2024年4月 Archives

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グローバルHR担当者からみたテレワーク、「駐妻」らの「越境テレワーク」問題。

『変革せよ! 企業人事部』1.jpg『変革せよ! 企業人事部』2.jpg
変革せよ! 企業人事部:テレワークがもたらした働き方革命 (早稲田新書 017)』['23年]

 人的資源管理の研究者による本書では、コロナ禍におけるテレワークの普及は、単なる「働き方改革」を超えて、企業の人事部門にも変革をもたらしたとして、その動向を検証するとともに、日本企業の人事部の今後あるべき姿について考察しています。

 第1章では、企業におけるテレワークの実施状況等のデータをもとに、テレワークの業務面・生活面での影響を確認し、最後に、国内の仕事はオフィスで、海外との仕事は時差の関係から自宅からテレワークで行っているグローバル人事担当者を例に挙げ、テレワークはすでに国境を超える働き方を含んでいるとしています。

 第2章では、4人の企業人事部のグローバルHR担当者とのディスカッションを通して、テレワークが人びとの働き方や人事部にどのような影響を与えたかを探っています。そこからは、在宅勤務の定常化、とりわけ海外における在宅オペレーションの定着、メンバーシップ型からジョブ型に変わりつつある仕事の仕方、といった変化が見られるとしています。

 さらに、テレワークには「正」の側面と「負」の側面について触れ、テレワークで仕事人生を送る「駐妻」(夫の海外赴任に帯同する女性)の抱える問題をテレワークは解決できるのか、海外オペレーションの今後や日本人スタッフの海外派遣はどうなっていくのかを議論しています。

 第3章では、実際の駐在員妻たちへのインタビューを通して、「越境テレワーク」はそうした海外で働く女性の救世主となるのかを語り合い、課税制度の複雑な現状や、帰国後に立ちはだかる再就職の壁によるキャリアブランクといった諸問題を浮き彫りにしています。

 第4章では、テレワークにより働き方改革が進んだ場合、企業の人事権はどうなるかを法的視点から確認し、第5章では、これからの人材開発と人事のドメインはどうなるかを考察、企業は従業員が「継続的学習力」を形成できるよう、社内環境を整備することが求めらるとしています。

 テレワークの拡大を機にジョブ型が検討され、報酬体系の見直しも迫られている現状が窺えます。また、働く時間や場所の垣根が低くなることで、部署や会社の枠を超えた連携が可能になる一方で、現場でメンバー同士が意見を言い合うことで生まれる"現場の力"は、ハイブリッド勤務では発揮に限界があるという指摘もされています。

 「変革せよ!企業人事部」というタイトルの結論は、従業員一人一人が望む働き方をふまえ、その人にふさわしいキャリア形成を支援する役割が人事部門に求められるようになったということなのでしょう。

 ただし、グローバルHR担当者からみたテレワーク、さらに海外駐在員の妻たちが抱える「越境テレワーク」上の問題にかなりのページを割いているため、そうしたテーマに特化した研究レポートのような本になったようにも思えてしまい、大上段に構えたタイトルの割には...といった印象もありました。 

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ 「●新潮新書」の インデックッスへ

特に、上司やリーダーが使いがちな言葉が、身近な気づきを与えてくれる。

『聞いてはいけない』.jpg山本 直人.jpg 山本 直人 氏(写真:ノマドジャーナル)
聞いてはいけない:スルーしていい職場言葉 (新潮新書) 』['23年]

 かつて大手広告代店・博報堂でコピーライターと人事部門での仕事をし、現在は人材開発コンサルタントをしている著者(この著者の本は以前に『ネコ型社員の時代』('09年/新潮新書)を読んだが、あの頃にはもう博報堂を辞めていた)による本書は、日々の仕事や職場において、本当はスルーしてもいいような言葉に影響されたり、流行り言葉に振り回されたりしないためにはどうすればいいのかを説いています。

 第1章では、聞いてはいけない説教言葉として、「評判悪いよ」「絶対大丈夫か」などを挙げて、その根底にある悪意や問題点を探っています。「寄りそう」なども実は、その先どうするのかが曖昧な"危うい言葉"であり、「何とかしろ」は"怒るだけのリーダー"がよく使う言葉であると。「机上の空論」という言葉は、今までの延長線上でしかものを考えられない人がよく発するもので、新しいアイデアをつぶす"名ばかりのスペシャリスト"が使いがちだとしています。また、「夢を持て」という言葉が胡散臭さを感じさせる理由についても考察しています。

 第2章では、目新しい言葉ではあるが、本当に言葉の使い方として正しいのかどうか疑問であるとして、「老害」「劣化」といった言葉を取り上げ、検証しています。「配属ガチャ」「親ガチャ」といった使われ方をしている「ガチャ」は、いわば"不幸を呼ぶ言葉"であり、「失われた世代」という言葉も"自分事"を"他人事"にしてしまう安易な使われ方をしていると。「さん付け」で果たして社内の風通しが良くなるのか、新しい強制力が生まれるのではないかと疑念を呈しています。

 第3章では、「迷惑をかけるな」「許せない」といった言葉の呪縛から解放されることを説いています。「やればできる」というのは、いわゆる"昭和の職場"であれば通用していたが、今の職場では通用せず、これからは「できることをやる」職場になっていくだろうしています。「あれが好きな人はダメ」という人こそダメであり、「誰だってできるようなことしかやらせてもらえなう」とよく言うけれども、「誰にでもできる仕事」と思ったら、そこで負けなのだとしています。

 仕事を進めていく上で、誰かの発する「困った言葉」が組織全体を停滞させてしまったり、メンバーの士気を低下させてしまったりすることもあり、なんとなくモヤモヤしている時は、そうした言葉にどこか引っ掛かっている場合があって、その引っ掛かりの理由を明らかにし、言葉を変えていくだけで職場の空気も変わるはずだとしています。

 仕事をしていく中で接する、身近な人々が発する言葉や、組織のリーダーが使う言葉だけでなく、メディアを通じて広まる言葉なども取り上げていますが、特に、上司やリーダーが使いがちと思われる言葉が、身近な気づきを与えてくれるように思いました。

 タイトル的には"部下としての防衛策"的なタイトルですが、"上司・リーダーのためのセルチェック"本としても読めます。さらっと読める一般ビジネス書ですが、"自分事"として読むことで、"上司学"の本としても読めるのではないでしょうか。

「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3480】 ウェンディ・スミス/他 『両立思考

「上司を辞めることから、はじめよう」と。やや総花的だが、様々な気づきがあった。

フラット・マネジメント.jpgフラット・マネジメント2023.jpg
フラット・マネジメント 「心地いいチーム」をつくるリーダーの7つの思考』['23年]

 本書の著者である電通のワカモン(若者研究部)は、「若者から未来をデザインする」というビジョンを掲げ、高校生・大学生を中心に10~20代の若者の実態に迫り、新しい価値観の兆しを捉えることを目指すユニットだそうで、本書は、若者にとって働き易い職場・チームを考えたという一冊とのことです。

 本書では、チームメンバーの一人一人と向き合いながら、その多様性を生かしてチームをより良い形に整えていく「フラット・マネジメント」というものを提唱し、その実践のためにこれからのリーダーに求められる「7つの思考」「16のスタンス(以下、S)」「35のアクション(以下、A)」を示しています。

 まず「思考1:固定観念より新しい価値観」では、古い慣習やステレオタイプを押しつけず(S1)、自分にとっての常識は部下にとっての非常識であることを自覚し(A1)、偏見や先入観(バイアス)を取り除き(A2)、「押しつける」のではなく「すり合わせる」という意識で部下と向き合い(A3)、部下へのリスペクトも忘れないこと(A4)、さらに、いつまでも過去の成功体験にすがらず(S2)、「いま」と「未来」の話をし(A5)、成功ではなく失敗に目を向けよ(A6)としています。

 「思考2:会社の都合より部下自身の「納得解」」では、会社の都合だけで人を動かそうとせず(S3)、「会社のため」よりも「部下自身のため」を考え(A7)、他社でも使えるポータブルスキルを伸ばしてあげること(A8)、部下にとっての「納得解」を見つけ出すために(S4)、「やらされ仕事」をゼロにすること(A9)、「チームの納得解」を整理すること(A10)を説いています。

 「思考3:費用対効果より時間対効果」では、若者のタイムパフォーマンス(タイパ)志向を理解すること(S5)、コスパよりタイパを意識して(A11)、「効率的な作業」を重視し(A12)、アジェンダのない会議などはしないこと(A13)、「習うより慣れろ」ではなく「慣れろより教えろ」であって(S6)、慣れるためにはやはり教えることが大事であり(A14)、教える=やり方を丁寧に共有すべき(A15)としています。

 「思考4:大きなビジョンより小さなアクション」では、「伝える」だけでは伝わらないと認識し(S7)、相手とキャッチボールすることが必要で(A16)、言葉とタイミングを意識すること(A17)、チームの信頼は行動で得られるため(S8)、言行不一致はNGで(A18)、What to say(何を言うか)」より「What to do(何をするか)」を大事にせよ(A19)としています。

 「思考5:上から目線より横から目線」では、「上司だから偉い」と勘違いしないこと(S9)、上下関係の呪縛を断ち切り(A20)、「感情的知性」を高めよと(A21)。さらに、伴走者としてのスタンスで(S10)、目線を合わせた指導をし(A22)、「聞き出す」ではなく、相手が自然に話すことを「聞く」こと(A23)、部下からも学ぼうとする姿勢で(S11)、恥をかくことを恐れず(A24)、プライドを捨てて素直に向き合うことで、得られるものは多い(A25)としています。

 「思考6:嫌われない建前より丁寧な本音」では、「心理的安全性」が高い職場を目指すべきで(S12)、チームの居心地の良さはリーダーの言動次第であり(A26)、「配慮」は必要だが「遠慮」は不要であり(A27)、等身大で対話するスタンスが大事で(S13)、自他尊重のコミュニケーションで(A28)、「素の自分」を見せるべきであると(A29)。怒らず丁寧に叱り(S14)、あくまでも「怒る」より「叱る」ことが肝要で(A30)、メンバーの良い部分を引き出すこと(A31)を説いています。

 「思考7:リッチキャリアよりサステナブルライフ」では、「人生100年時代」の視点を持ち(S15)、ワークをライフの一部とする「ワークライフ」思考で(A32)、持続可能な人生という目線で生き方を考えよ(A33)と。また、「違い」を認め、「互いの成功」を思案するスタンスで接することが必要で(S16)、変化を恐れず(A34)、Win-Winになるバランスを取り続ける(A35)ことで、チームとして成長できるとしています、

 本書の主題であるフラット・マネジメントは、「杓子(しゃくし)定規な考え方にとらわれず、チームメンバーの一人一人と向き合いながら、その多様性を生かしてチームをより良い形に整えていく」というマネジメントの在り方を意味します。そのためには、「立場の上下」にこだわる従来のリーダー像は成り立ちません。その意味で、本書の帯にある「上司を辞めることから、はじめよう」というキャッチが印象的です。書かれていることの一つ一つはそれほど目新しいわけではないですが、そうした視点からまとめられていることで、気づきを与えてくれる本になっています。

《読書MEMO》
●まとめ(若者の仕事観を知ることが大切! 「これからのリーダーに求められる7つの思考」とは(マイナビニュース2023/07/25 by春奈))
【1】固定観念より新しい価値観
時代とともに価値観が変化していく中、自分にとっての「常識」は部下にとっての「非常識」であることを自覚し、時代に適応していく意識をもつことが重要。そのために、古い慣習やステレオタイプを押しつけるのではなく、「すり合わせる」という意識で部下と向き合う。
【2】会社の都合より部下自身の「納得解」
今は個人が望む自分のあり方を実現できる時代。部下のモチベーションや動かし方においても、部下が思う"納得できるやる意味"=「納得解」を一緒に考えることで、「やらされ仕事」をゼロにすることが大事になる。
【3】費用対効果より時間対効果
「タイパ」が流行語となったように、時間対効果が重視されるようになっている。上司は「自分の時間は有限である」という今の時代の思考を理解した上で、部下と向き合う必要がある。具体的なアクションとして、労働時間の長さよりも生産性で評価する、明確な議題や目的のない会議はやめるなどがある。
【4】大きなビジョンより小さなアクション
今の時代において、具体的なアクションがない口だけの上司は部下の信頼を得られない。良いチームを構築するためには、言行不一致はNGだと心得て、「What to say(何を言うか)」より「What to do(何をするか)」を大事にする必要がある。
【5】上から目線より横から目線
今の若者は、上から目線での指導や強制的な物言いに抵抗を感じやすいため、リーダーのあり方を根底から考え直す必要がある。「上司だから偉い」と勘違いせず、部下からも学ぼうとする姿勢を持つことが大切。
【6】嫌われない建前より丁寧な本音
「部下を怒ってはいけない」という風潮が高まっており、若い部下を腫れ物に接するように扱う上司もいるが、部下を指導する上で「注意する」ことは避けられない。「配慮」は必要だが「遠慮」は不要。"怒る"と"叱る"の違いを理解し、本音で部下と向き合うことが重要。
【7】リッチキャリアよりサステナブルライフ
価値観が変化し続ける時代、リーダーに求められているのは、自分と相手の気持ちを尊重する姿勢で未来を見つめること。「違い」を認め、「互いの成功」を思案するスタンスで接することが必要で、お互いがWin-Winになるバランスを取り続けることで、チームとして成長できる。

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「ニューアラインメント」(パーパスと利益の新たな調和)を説く。両立可能と。

パーパス+利益のマネジメント.jpgパーパス+利益のマネジメント2023.jpg  ジョージ・セラフェイム.jpg George Serafeim
PURPOSE+PROFIT パーパス+利益のマネジメント』['23年]

 本書は、「ESG」(環境・社会:ガバナンス)問題の研究者によるもので、これからの企業経営に不可欠なのは、地域や社会との共生を図りながら利益を追求することであるとして、「ニューアラインメント」(パーパスと利益の新たな調和)を説くとともに、パーパスと利益の両立は可能であるだけでなく、企業に莫大な見返りをもたらし得るとしています(因みに、著者はハーバード・ビジネス・スクールで最も若くしてテニュア(終身在職権)を得た教授で、「ESG界の権威」とされている)。

 2部構成のパート1では、企業におけるパーパスと利益を調和させようとする最近のトレンドについて述べています。まず、多くの企業において、パーパスを利益の障害とみなす見方から、パーパスを重視する方向への変化が見られると指摘しています(第1章)。そして、その背景には、顧客や社員にとっての選択肢の増加、企業行動に関する透明性の向上、社員および消費者としての意思表示の機会の増加などがあるとしています(第2章)。

 透明性ということで言えば、テクノロジーやソーシャルメディアの発達により、かつてないほどに企業行動は"見える化"され、企業にとって隠し事はもはや不可能であり、社会から大きな結果責任を常に問われるようになったとしています(第3章)。そのため企業は、社会的役割を果たそうとするとともに、同時に自社にプラスの結果を得るために、パーパスを利益と一致させ、善行を競争優位に結びつける方向に行動変容しつつあるとしています(第4章)。

 パート2では、それを実行するにあたって企業はどうすればよいか、投資家や個人は何をすればよいかを論じています。まず、企業が善行をしつつ利益を出すための戦略的手法として、さまざまな企業がこうしたトレンドを追い風にする方法を見つけつつある様子を紹介し(第5章)、そうした戦術を足場にしてチャンスをつかむための「価値創造の6つのパターン」を示しています(第6章)。

 さらに、変化を後押しするためには投資家もニューアラインメントを受け入れ、後押ししなければならないとするとともに(第7章)、個人にとっても、自分と組織が調和するために、個人として、リーダーとしてできる最高のことは、組織のニューアラインメントを維持することであるとしています(第8章)。

 そして最後に結論として、未来を見据え、サステナブルな企業行動を支えていくための柱として、①分析による透明性、②結果に応じたインセンティブ、③教育、④政府の役割の4つを挙げています。

 著者は、我々はみな、日々の選択と行動を通して毎日インパクトを生み出していることを自覚するべきだとし、我々全員が、社会トレンドを通して商品購入やキャリアを見直し、日々の生活や自分の所属する組織になるべく大きな影響を与えるにはどうすればよいかを考えなければならないとしています。

 企業事例などが紹介されている一方で、根幹部分はコンセプチュアルな記述も多い本です。ただし、ESGやニューアラインメントといった概念の知識もさることながら、環境・社会問題の企業にとっての重要性を認識し、また、個人として何ができるかを考える上では、啓発度の高い内容の本であると思います。

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自律分散型の組織運営OS。組織論の動向を押さえる上では必読書の部類か。

[新訳]HOLACRACY.jpg[新訳]HOLACRACY 2023.jpg Brian  Robertson.jpg Brian Robertson
[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』['23年]

 本書によれば、ホラクラシーとは役職階層型の組織に代わる新たな自律分散型の組織運営法であり、既存の権力・役職型の組織ヒエラルキーから権力を分散し、組織の目的(パーパス)のために組織の一人ひとりが自律的に仕事を行うことを可能にする、新しいソーシャルテクノロジーであるとのことです。

 本書は大きく3部構成からなりますが、 Part1では、進化し続ける組織とはどういったものかを考察しています。組織にとって現状と改善すべき状態との間にあるギャップを「テンション」と呼び、テンションを正しく認識することで、それは単なる不協和音から組織が進化するための資源になるとし、ホラクラシーとは、そうした進化する組織を支える新たなオペレーティングシステム(OS)であるとしています(第1章)。

 続いて、ホラクラシーがどのように権限を分配するのかを解説し、ホラクラシーにおいては権力を「人」ではなく「プロセス」に持たせるのが特徴で、「組織がそのパーパスを実現できるように創造性を解き放つ」ということを追求するとしています(第2章)。そして、それが新しい組織構造にどのように反映されるのかを、人間に代わって主役となる「ロール」や、ロールのグループである「サークル」の構造デザインについて解説しています(第3章)。

 Part2では、ホラクラシーというオペレーティングシステムがどのような仕組みで動作するのか、その構造、プロセス、システムを解説しています。まず、組織構造を扱うガバナンスについて、「ガバナンス・ミーティング」の進め方を述べ(第4章)、続いて、日々の活動の進め方について、「タクティカル・ミーティング」の進め方を解説しています(第5章)。

さらに、いわばホラクラシーという新しいスポーツのレフェリーとなるファシリテーターの役割や(第6章)、ホラクラシー流の戦略とは何か、「ストラテジー・ミーティング」の進め方を解説しています(第7章)。

 Part3では、ホラクラシーを既存の組織でどう活用するか(第8章)、組織を一気に変えられなくとも実践できることは何か(第9章)、ホラクラシーにより組織にもたらされる新たな可能性やパラダイムとはどのようなものかを述べています(第10章)。

 従来の組織運営では、情報の伝達が複雑になりがちで、メンバーの意思決定も時間がかかることが多くあります。一方、ホラクラシーでは、全メンバーが裁量権を持つため、スピーディーな判断を下すことができるとされており、そのため、急速に変化するビジネスの世界において、ホラクラシーは注目を集めていると思われます。

 一方で、組織を根本から変えるための慣れとコストを要し、「従来の上下関係がなくなりコミュニケーションがとりやすくなる」「社内政治もコンセンサスも必要なくなる」というのは確かに理想的ですが、組織文化の壁を打ち破るのはそうたやすいことではないように思います。ホラクラシーの概念自体を組織に浸透させるのも容易ではないし、個々のマネジメント能力も必要で、指示待ちの社員ではホラクラシー型組織に馴染むのは難しいと思われます。

HOLACRACY図4.jpg 2016年の刊行から7年を経て「新訳」が刊行された背景には、フレデリック・ラルー著『ティール組織』(2018年/英治出版)に、ホラクラシーがその事例として取り上げられたこともあるかと思います。旧訳での訳語「ひずみ」が新訳では「テンション」に、「目的」が「パーパス」に変更されるなどして、より今日にマッチした翻訳になっています。組織論の動向を押さえる上では必読書の部類でしょう。

《読書MEMO》
●目次
■Part 1 進化する働き方
1 組織のOSをアップデートする──テンションが進化の力になる
【Column 1】組織の「エボリューショナリーパーパス」と「いのちが宿るテンション」とのつながり
2 誰もがパワーを手に入れる
【Column 2】ホラクラシーの仕組みを紐解く
3 ホラクラシーの組織構造
【Column 3】ロールを通じて創造的に仕事をする
■Part 2 日々の進化を楽しもう──ホラクラシーを実践する
4 組織構造を扱うガバナンス
5 日々の活動を進めよう
6 ファシリテーターの役割
7 ホラクラシー流の戦略とは
■Part 3 進化が根付いていくために──ホラクラシーに命を吹き込む
8 既存の組織でどう活用するか
【Column 8】ホラクラシーを始める前に大切なこと
9 一気に変えられなくてもできること
10 ホラクラシーがもたらすもの
【Column】ホラクラシーにおける「組織文化」の考え方

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ガラスの天井の原因と解決策。将来に向け人事戦略を考える上で示唆的。

『ガラスの天井を破る戦略人事』.jpg『ガラスの天井を破る戦略人事』2023.jpg 『ガラスの天井を破る戦略人事』1.jpg 
ガラスの天井を破る戦略人事――なぜジェンダー・ギャップは根強いのか、克服のための3つの視点』['23年]Colleen Ammerman & Boris Groysberg

 ハーバード大教授らによる本書は、数百人へのインタビューから、キャリアにおける女性たちのジェンダー差別による困難を浮き彫りにするとともに、なぜジェンダー・ギャップが根強いのかを分析し、それを踏まえて処方箋を提示したものです(原題:Glass Half-Broken: Shattering the Barriers That Still Hold Women Back at Work)。

 2部構成の第1部(第1章~第3章)では、企業の施策などにかかわらず、ジェンダーによる不公平が依然として女性のキャリアを妨げている現状を明らかにし、エリート(を志向する)女性が職場でぶつかる無数のハードルについて述べています。

 第1章では、就職してから中間管理職になるまでの障壁として、「女性は昇進を望んでいない」という嘘が組織にはびこっていたり、女性自身が「好感を持たれたい」という呪縛にとらわれていたり、さらには、働く母親は「良き母親」でなければならないという偏見に苦しめられていたりするとしています。

 第2章では、こうしたハードルを乗り越えて経営幹部になった女性たちに焦点を当てています。シニアレベルに達した女性たちの前に突然現れる「ガラスの天井」、男性にはない厳しい要求―それでも粘ってエグゼクティブとなった女性のレジリエンスには、本人の資質もある一方で、環境との相互作用で育まれた面もあり、特に、女性ローモデルがいたことが大きな役割を果たしていたとしています。

 第3章では、さらに上の階層である取締役会に注目しています。政府や投資家が取締役会のジェンダー格差に圧力をかけても、企業統治は依然として白人男性の独壇場であるとして、その原因を探るとともに、解決への取り組み例として、エリート女性たち同士の連帯ネットワークを紹介しています(これ、効果あると思う。男性同士でもそうだが、時に女性同士が足を引っ張りあったりすることもあるから)。

 第2部(第4章~第6章)では、組織におけるジェンダー・ギャップ解消の試みに焦点を当て、どうすれば男性が女性のアライ(味方)となれるかを探っています。

 第4章では、ジェンダー不平等を解消する上で最も活用されていないのが男性アライのパワーであるとして、男性メンターが果たす役割の重要性を述べています。

 第5章では、ガラスの天井を取り除く組織的アプローチとして、採用における面接担当者や採用決定者のバイアスを避けるポイントを挙げ、同じく、能力開発、人事考課、報酬と昇進の決定、人材定着等において、マネジャーにできることのポイントをそれぞれ整理しています。

 第6章では、インクルーシブなマネジャーになるための手引きとして、①採用は直感の入り込む余地を最小限に、②女性に建設的なフィードバックを、③インクルーシブな文化を推進する、④マイノリティの意見に意識的に耳を傾ける、⑤ダイバーシティはビジネスにプラスになる、の5つのポイントを挙げています。

 本書を読むと、米国でも、リーダーや高い地位にある女性が増えていない状況が依然としてあることが分かり、その原因には日本の企業社会にも通底する面があるように思いました。ハーバード・ビジネス・スクールを卒業した女性などが調査対象の中心になっており、ややエリートに偏っている印象もありますが、今後わが国でも女性のエリートは増えていくと思われ、将来に向け、中長期的な人事戦略を考える上で示唆的な(例えば、ジェンダー問題は、一見すると女性の問題のように見えるが、むしろ男性の古い意識・価値観が大きな障壁となっているといったこと)本であると思います。

 日本語タイトルにつけられた「克服のための3つの視点」というのがややモヤっとした感じですが、版元の取り纏めなどを参照すると、①男性の積極的な関わり、②人事システムの改善、③マネジャーのサポート、ということになるのでしょうか。

《読書MEMO》
●構成
はじめに なぜ女性経営者は少ないのか
第1部 エリート女性がぶつかる無数のハードル
 1 裏切られる「ガールパワー」――就職から中間管理職まで
 2 女性エグゼクティブの誕生――厳しい競争を勝ち抜く秘訣
 3 最高峰に立つ女性たち――取締役を目指せ
第2部 ジェンダー平等のために企業ができること
 4 未活用の秘密兵器――男性アライのパワー
 5 企業に贈る処方箋――ガラスの天井を取り除く組織的なアプローチ
 6 変化を阻む中間管理職――インクルーシブなマネジャーになるための手引き
結論 ブレークスルーのときがきた
エピローグ ジェンダー・バランスシート――ハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディ

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「企業理念」の作り方、活かし方。教科書であると同時に、啓発書として読める本。

『理念経営2.0.jpg『理念経営2.0 2023.jpg 
理念経営2.0 ── 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』['23年]

『理念経営2.0 }.jpg 本書は、会社の理想と戦略をつなぐ7つのステップとして、6つの経営資源(①ビジョン、②バリュー、③ミッション/パーパス、④ナラティブ、⑤ヒストリー、⑥カルチャー)とその生態系(⑦エコシステム)に着目しながら、自社なりの「理想」を現実的な「戦略」に落とし込むにはどうすればよいかを説いた本です。

 序章で、現代では、創業者が作った理念を一方的に浸透させようとしても社員にはなかなか響かず(理念経営1.0)、これからの企業理念は、「社長の誓い」ではなく、「みんなの物語」の源泉としての性格を持つようになるとしています(理念経営2.0)。その上で、企業理念とされるミッション、ビジョン、バリューとは何か、さらに、最近注目を集めているパーパスとは何かを概説し、以降、各章において、それらを含めた冒頭の7つのステップを詳しく述べていきます。

『理念経営2.0 1.jpg 第1章では、「ビジョン」とは「夢」であり、「私たちは将来、どんな景色をみたいか?」ということであるとして、ビジョンを具体化する上で効果的な要素を挙げ、それぞれ解説しています。第2章では、「バリュー」とは組織が大切にしたい価値観であり、「私たちがこだわりたいことは何か?」ということであるとして、バリューを言語化する際のポイントを紹介しています。

 第3章では、「ミッション/パーパス」とは「私たちは何のために存在しているのか?」ということであり、自分たちが社会に対して変わらず果たし続ける役割の意思表明なのだとして、それを作る際に重視すべき要素を挙げています。ここまでが、〈企業理念の作り方パート〉であり、第4章以降は、〈企業理念の活かし方パート〉になります。

 第4章では、「ナラティブ」とは理念を「自分ごと」として語り直すことであるとし、「個人のナラティブ」と「組織のナラティブ」を接続させるための5つのステップを紹介しています。第5章では、「ヒストリー」とは会社に埋蔵された「原点」を掘り起こすことであるとし、組織の歴史を定義し直して、新たな未来へのナラティブを生むことを奨めています。

 第6章では、「カルチャー」とは理念を体現する文化であるとし、組織文化を可視化する方法、理想的な組織文化を定義する方法、その行動への落とし込み方法を説明しています。第7章では、「エコシステム」とは理念を育てる「生態系」であるとし、それをどう作っていくか解説しています。

 理念経営1.0が創業者や組織の「答え=正解」を示すものだったとすれば、理念経営2.0の核心は「問い」にあるとし、ミッション、ビジョン、バリュー、パーパスなどの企業理念がすぐれたものであるかは、それが社員に対する「問い」として機能しているかどうかにかかっているというスタンスは、腑に落ちるものでした。

『理念経営2.0 2.jpg ミッション、ビジョン、バリューの相関関係をわかりやすく示しています。また、最近「パーパス祭り」とまで揶揄されるほど「パーパス経営」をテーマにした書籍などが多く刊行されていることを受け、その背景を探るとともに、ミッションとパーパスは似通っているとしながらも、その違いも解説しているのもわかりよかったです。

 企業が「利益を生み出す場」から「意義を生み出す場」にシフトしていくことが重要であるとし、企業理念こそが経営資源の核となり、社員が共感し、活かせる価値を生み出す源泉となるとしている点も示唆的です。教科書であると同時に、啓発書としても読める本でした。

《読書MEMO》
●ビジョン・バリュー・ミッション
①ビジョン:私たちは将来、どんな景色をつくり出したいか?
社員1人1人が、ビジョンを実現した状態をありありとイメージできて、それにワクワクし、毎日仕事に行くのが楽しみになる。それが本当の意味で「ビジョン」があるという状態だ。ビジョンを具体化するには、次の3つの要素を考えて、研ぎ澄ましていく。
解像度:人の生活の細部まで、未来の景色の解像度を上げる
広がり:様々な関係者にとって自分ごと化してもらえるものにする
時間軸:10年後より先の未来を考えてみる
②バリュー:私たちがこだわりたいことは何か?
バリューは組織を束ねる規範として機能する。様々な価値観を持つ人が組織の中で、優先させる価値観を明確にすることが必要になる。バリューは、未来の理想の価値観というよりは、現在の自分たちがありのままに心から信じていて、これからも信じ続けていきたい価値観を引き出して言語化する方が機能する。
価値観とは、人や組織が積み重ねてきた成功体験によって次第に形成されていく。そのため、自分たちの価値観にアクセスするには次の問いに答える。
組織における「最高の体験」は何か?
その際にどのように行動をしたか?
その行動を選んだのは、どんなことを大事にしているからか?
③ミッション/パーパス:私たちは何のために存在しているのか?
変化し続けるが、変わらない芯を持つ。そんな矛盾を解決するために必要なのが、自分たちが社会に対して変わらず果たし続ける役割の意思表明としての、ミッションやパーパスだ。ミッションの効用は、経営者自身も社員も、意思決定の優先順位で迷った時に立ち戻る原点になるということ。
ミッションをつくるには、自分たちの会社の事業が様々なステークホルダーに対して果たしてきた価値貢献を洗い出し、自分たちが最も大事だと思うコアの価値貢献を整理するプロセスが必要になる。そのためには次の3つが重要な要素となる。
どんな世界に価値があると信じているか?
どの領域で活動するか?
どんな役割を果たすか?


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幸福な退職」ができるよう、その日に向けて「MMK」を実践するという発想。

『幸福な退職』.jpg『幸福な退職』2023.jpg スージー鈴木.jpg スージー鈴木氏(音楽評論家)
幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術 (新潮新書) 』['23年]

 55歳で博報堂を退職し、音楽評論家として活躍している著者による本書は、「無駄なく・無理なく・機嫌よく」働くことが会社員生活を楽しいものとし、それによっていい仕事ができ、さらに「幸福な退職」につながるとして、そのための仕事術やキャリア論を9章にわたって展開したものです。

 第1章は「精神論」です。ここでは、「2枚目の名刺」を持つこと、「定時に帰る」こと、「65点主義」でいくことなどを推奨しています。「2枚目の名刺」を持つとは、本業に身も心も捧げてしまってはならないということです。「定時に帰る」とは、ダラダラ仕事しないということです。絶対に定時に帰ると心に誓い、「明日できることは今日しない」ことだとしています。

 「65点主義」とは、仕事において1時間で65点までアウトプットできても、100点満点を目指すと4時間かかるので、「仕事なんて65点でいいんだ」と考えて、4時間あるなら65点の仕事を4つこなした方が、65点×4時間=260点で、100点の2.6倍の仕事量になるという考え方です(分かりやすい!)。

 第2章は「時間論」です。定時に退社するには時間を「濃縮」する必要があり、その最大の敵は、会議であるとしています。会議参加者が5人いたとして、その中の1人が10分遅刻すれば、5人×10分=50分の損失になり、逆に、たった10分でも時間をかけてアイデアを考えてくれば、5人×10分=50分の事前アイデア群から会議が始められるという、「5×10の法則」などが紹介されています(「定時からビールを飲むための戦い」という表現が面白い)。

 第3章は「後輩論」です。先輩・後輩関係をプレイとして捉え、生き抜くための「後輩プレイ」を身に付けるとともに、1つの仕事に「スプーン1杯の自己顕示欲」をまぶせとしています。また、上司に悩まされた時は、仲間と「被害」を共有し、相対化(パロディ化)することだとも述べています。

 第4章は「管理職論」です。これからの管理職には、部下においても「MMK」(無駄なく・無理なく・機嫌よく)を実現する、クリエイティブなマネジメントが求められるのではないかとしています。

 第5章は「連絡論」で、正しく、わかりやすく、「大人っぽく」伝えるコミュニケーション方法や、具体的なメール作法を説いています。第6章は「企画書論」で、わかりやすい企画書の書き方、作り方を指南しています。第7章は「会議論」で、会議でどのような会話が有効かを論じています(「ですよね力」という表現がシンプル)。第8章は「プレゼン論」で、プレゼンを成功させるコツを解説しています。

 第9章は「退職論」です。自身の経験を振り返りながら、「幸福な退職」をするにはどうすればよいか考察し、やはり、そのためには「無駄なく・無理なく・機嫌よく」(MMK)を、会社での日々の仕事で実践し続けるべきであるとしています。終章として、かつての電通の「鬼十訓」をもじった「カニ十足」として、これまで述べてきたことのポイントがキャッチコピー的に10個にまとめられており、本書の理解・整理の助けになります。

 実体験に基づいて書かれれていて、幅広い層にとって面白く読めるのではないでしょうか。タイトルからキャリア論が主要テーマかと思いましたが、読んでみると、その要素もあったものの、「MMK」をベースとした仕事術の話(テクニカル要素)の方が多かったように思います。ただし、「幸福な退職」ができるよう、その日に向けて「MMK」を実践するという発想であるため、枠組み自体が1つのキャリア論になっているようにも思います。

 個人的には、自分が広告代理店の出身であるためか、1つ1つの話は腑に落ちる点が多かったです(笑)。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
序章 スージーという名の会社員
スージー鈴木少年、博報堂に入る/スージー鈴木局長、評論家になる/「会社員って、気持ちいい。」
第一章 精神論――無駄なく・無理なく・機嫌よく働くために
仕事なんかで死んでたまるか/「2枚目の名刺」を持つ/定時に帰る確実な方法/「65点主義」という考え方/「無駄なく・無理なく・機嫌よく」(MMK)
第二章 時間論――定時に退社するための時間「濃縮」法
時間を動かす。自分から/2つの「5×10の法則」/午前中は機械的作業から/「毒見」と「突然仕事」/抜け道を探し続ける午後/午後に見定めるふたつの抜け道/定時から飲むための地道な戦い
第三章 後輩論――生き抜くためのプレイと自己顕示欲とパロディ化
「後輩プレイ」を身に付ける/スプーン1杯の自己顕示欲/先輩は使うもの/「着おくれ」しない服装を/面倒くさい上司への接し方
第四章 管理職論――マネジメントこそクリエイティブに「MMK」で
クリエイティブ・マネジメント/部下の「MMK」の実現/先出しジャンケン/メンタルダウンについて/聞く力と聞かない力
第五章 連絡論――正しく、分かりやすく、そして大人っぽく伝える方法
固定電話が鍛えた「大人力」/大人メール力/読ませる長文メール/即レス原理主義/連絡無視論
第六章 企画書論――日本語と数字をとにかく分かりやすく
企画書作りは文字要素が7割/アイデアは質より量/「ひろげ」と「ぶつけ」の鈴木メソッド/企画書の日本語論(1)――熟語と体言止め/企画書の日本語論(2)――分かりやすさが正義/企画書の日本語論(3)――語順に気を付けろ/企画書のグラフ論
第七章 会議論――「男性性」「概念のオバケ」「ですよねー」
会議の男性性/「概念のオバケ」との戦い方/ハッキリと発言するために/ですよね力/打合せの神様
第八章 プレゼン論――業務の中でいちばん人間臭い行いとして
うまいプレゼンとは/プレゼンはリズムだ/プレゼンは休み休み言う/すべては「納得」のために/「ステレオ・プレゼン」/緊張をどうクリアするか/AIはプレゼンが出来るか
第九章 退職論――「何度でも退職したい!」と思うために
幸福な退職/3つのとっかかり/退職の決断法/「時代遅れ」という自己認識を持つ/公人と私人/得意先絶対主義?/「何度でも退職したい!」/腕っぷしで稼ぐ快感/会社員以外の自我を持つ/だから「MMK」を
終章 スージー鈴木の「カニ十足」
おわりに

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バカンス大国フランスも、最初は法改正だった。「休む」ため働くフランス人。

『休暇のマネジメント』2.jpg『休暇のマネジメント 』.jpg  フランスはどう少子化を克服したか.jpg
休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』['23年] 『フランスはどう少子化を克服したか (新潮新書) 』['16年]

 フランスはかつて日本と同じように「休めない国」だった―。そこからどのように、現在のバカンス王国に変容を遂げたのか? パリ郊外在住で、『フランスはどう少子化を克服したか』('16年/新潮新書)で現地の実情と生の声をレポートした著者が、今度は、日本がもっと「休める国」になるために参考になる点がフランスにあるかを探った本です。

 第1章では。フランスも元々は「休みヘタに国だ」ったのが、どのようにして今のように「休むために働く国」に変わったのか、その変遷に3つの区切りがあったとしています。それは、①「バカンスとは何か」が定義され、制度基盤ができた1936年、②制度・印綬らが充実し、大規模に定着した戦後復興期、③不況の経済対策として使われた80年代、の3つであると。

 何となくフランス人が長期のバカンスを取るのは「国民性」のせいだと思い込みがちですが、1936年に「勤続1年以上の労働者に原則連続取得で15日間」という有給休暇付与の法律が出来たのが最初だったのだなあと。そこから普及までにまた時間がかかり、その中で、戦後復興や不況対策など、それを推し進める要因があったことを知りました。それにしても「休暇」とは何かを国が(法的意味ではなく社会的意味で)定義するといのは、やはり日本と異なるなあ。

 第2章では、では実際年5週休むと言われるサラリーマンは、どのような働き方をしているのかを見ています。すると、管理職でも非管理職でも最低ラインが「週6日×5週間」となっており、さらには自営業も年に5週間休暇を取るという、バカンスが「人としての尊厳」として普及している社会があるとともに、「雇い主に取得させる義務がある」というのが特徴であるといしています。ここでは、それを実現するためのさまざまな仕組みや取り組みが紹介されています。

 第3章では、長期休暇制度を動かしている、全体の2~3割の人々(経営者・管理者)はどう考えているかを追って、休暇をマネジメントするポイントを探っています。結論的には、「しっかり休ませ、効率よく働いてもらう」というのが、フランスでは人事管理の常識となっているとのことです。

 第4章では、年休5週間が社会に与える影響を見ていきます。それによれば、バカンスの基幹産業はツーリズムであり、フランスはアメリカに次ぐ世界第2位の観光収入のある観光大国だが、観光消費の7割はフランス国内客が支えているとのことです。夏のバカンスの予算目安は「月収1ヵ月」で、大事なのは、非日常の場所で心のままに、気楽に過ごすこと。「人生の目的は幸せ、この場所の目的も幸せ。幸せになるのは今」というクラブメッド社の創業理念が、それを物語っています。

 最後に第5章で、日本社会でもこうした長期休暇の働き方・休み方は可能かを考察していますが、著者は、日本でもすでに10日から2週間程度の長期休暇制度を導入している企業はあり、決して出来ないことではなく、制度と意識を少しずつ変えて、より休みやすい社会にしていくべきだとしています。

 単にフランス在住の人が、周囲の人の働き方・休み方をリポートしているといった表層的なののでなく、歴史から洗い出して、統計的裏付けも持たせてしっかり論じられているように思いました。ただ、まだ、フランスと日本は彼大きな差があうように思いました。

 日本人は、休み明けからまた元気に「仕事」をするために休むのに対し、フランス人は「休む」ための手段として仕事をしているのであって、「休む」ことが人生の自己表現みたいにもなっているのだなあ。

 そう言えば、ジャック・ロジェ監督の「夏休み三部作」じゃないけれど、フランス映画で「夏休み」をモチーフにしたものは多いね。

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より良い仕事をするためには「休息」が必要。その証左としての賢人たちの箴言集。

 『TIME OFF』.jpg『TIME OFF』2023.jpg ジョン・フィッチ.jpg
TIME OFF 働き方に"生産性"と"創造性"を取り戻す戦略的休息術』['23年]ジョン・フィッチ(ビジネス・コーチ、エンジェル投資家、ライター)
『TIME OFF』1.jpg 本書は、世界の賢人35人(発明家、革命家、ノーベル賞受賞者、思想家、億万長者、アーティスト、ギリシャの神々、そして〝普通〟の人たち)の言葉やエピソードを通して、睡眠、運動、旅、遊びといった様々な面から、「休息」に関する考えや休息術を紹介したものです。

 個人的に印象に残った箴言やエピソードを挙げると―

 「私は真剣に訴えたい。現代人が仕事を美徳と信じるあまり、どれほど大きな害が及んだかを。そして、仕事を減らすことこそ、幸せと繁栄の道なのだということを」(p74)(バートランド・ラッセル(英国の数学者・哲学者))

 「燃え尽きるまで働かないと成功できないなんて、みんなで信じ込むのはもうやめよう。」(p86)(アリアナ・ハフィントン(米国「ハフポスト」創業者・作家))

 「仕事や読書、散歩の邪魔をする客人が来ないと思いと晴れ晴れした気分になるよ」(p108)( ピョートル・チャイコフスキー(ロシアの作曲家)チャイコフスキーは毎日2時間以上散歩しないと悪いことが起きると信じていた。)

 「バカげたことのなかでももっともバカげているのは、忙しくすることだ」(p158)( セーレン・キルケゴール(デンマークの哲学者))

 「かならず8時間以上眠る」(p192)( レブロン・ジェームズ(米国のバスケットボール選手))

 「たったひとりで旅に出る」(p240)(エド・"ウディ"・アレン(英国の音楽プロデューサー))

 「わずかな時間について気に病み、忙殺されることに人生の意味を見出すことは、言うまでもなく、喜ぶにとってのいちばんの敵だ」(p332)(ヘルマン・ヘッセ(ドイツの詩人・小説家))

 「週に1日、デバイスの電源を切る」(p396)(ティファニー・シュライン(米国の起業家・映画監督))

 このほかにも、「数学と科学の世界を変えた発見を、旅行中に思いついた数学者」(アンリ・ポアンカレ(フランスの数学者・物理学者))、「会社を1年休業したにもかかわらず成功したデザイナー」ステファン・サグマイスター(米国人グラフィックデザイナー))等々が紹介されています。

 「サウナで頭がすっきりしているとゾーンに入りやすくなる」(テリー・ルドルフ(オーストラリアの量子物理学者))、「"余暇"の状態になれる能力こそ、人間の魂の基本的な能力なのだ」(トマス・アクィナス(イタリア人カトリック教会博士))、「デスクにいないと最高の仕事ができないなんて、すごく古臭い考え方だ」(リチャード・ブランソン(起業家、「ヴァージン・グループ」創設者))などといったものもあります。

近藤小室2.jpg『TIME OFF』3.jpg 著者らは親日家なのか、日本版語版の序文も書いており、日本人も「カレンダーの中身を片付ける」(近藤麻理恵(片付けコンサルタント))、「あなたの人生を評価するのは会社ではなく、あなたの家族です」(小室淑恵(株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長))など何人か紹介されています。

 著者らによれば、彼らは「タイムオフを〝したのに〟成功した」ではなく、「タイムオフを〝したから〞成功した」人たちだそうです。仕事から逃れるためではなく、より良い仕事をするためには「休息」が必要だと。また、ただじっとしているだけが休息ではなく、創造的であることや、時には活動することもまた、変化を求める脳にとっては「休息」となるとのことです。

 このように、賢人たちの箴言をただ羅列するのではなく、著者ら自身の「休息」哲学を論じつつ、その証左としてそれらを引いているという作りになっているのが良いと思いました。 
 
『TIME OFF』2.jpg

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メンタルヘルスに関する実務的知識を整理・点検、ブラッシュアップする上でお薦め。

『職場のメンタルヘルス・マネジメント』.jpg   川村孝.jpg 川村 孝 氏(京都大学名誉教授)
職場のメンタルヘルス・マネジメント ――産業医が教える考え方と実践 (ちくま新書 1714) 』['23年] 

 ベテラン産業医による本書は、精神医学の最新の知見をもとに、職場のメンタルヘルス問題にどう対応したらよいか、その予防も含め、実務から考え方まで、管理職や人事担当者が押さえておくべきポイントを解説しています。

 第Ⅰ部では、第1章で、会社側には安全配慮義務があり、労働者側には自己保健義務あることを確認した上で、第2章で、上司が部下に対して普段からどのように接するべきか、「笑顔で接する」「話をよく聞く」など8つのポイントを掲げています。この部分は、部下を持つ人が自身を振り返ってみるのにもよいかと思います。

 第3章では、著者の経験から得られた健康的な仕事術として、「とりあえず手をつける」「残業は朝やる」など7つのコツを紹介し、第4章では、就業管理に関する会社側への提案として、勤務形態に多様性を持たせることや役職を任期制すること、さらには、課長補佐をケア要員にするといったことなども提言しています。

 第Ⅱ部では、人間の心理特性について解説しています。第5章で、メランコリー親和型、神経発達症(いわゆる発達障害)、自閉症、注意欠如性などについて解説し、職場におけるそうした人への対応策を述べています。また、親の養育などによって生じるパーソナリティの歪みとその類型や、それによる周囲との軋轢から本人が病んでしまう「パーソナリティ症」について紹介し、どう対処すべきかを説いています。

 第6章では、抑鬱、躁、妄想、不安、不眠、ストレスなど、職場で見られるさまざまな精神症状について述べ、第7章では、不眠症や自律神経失調症、適応障害といった診断名からそれらを解説していますが、そうした診断名はあくまでも便宜的に用いられるにすぎないとも述べています。

 第Ⅲ部では、職場の制度としてどのようなものがあるか解説しています。第8章では、休職とは何か、復職の申請やその際の産業医との復職面談、試し出勤、リワーク・プログラムなどについて解説しており、いずれも人事担当者が押さえておきたい事項です。第9章では、労働安全衛生推進のために法律はどうなっているか、最近言われる「健康経営」とは何か、などについて解説しています。

 第10章では、一般健康診断、特殊健康診断、ストレスチェック、長時間労働対応など、企業が行う健康管理の実務について解説し、最終第11章では、産業医の特性とスタンス、その職務などについて述べています。


 第Ⅰ部では、上司が部下に対して普段からの接し方を通してケアを提供することの重要性が説かれていました。第Ⅱ部では、メンタルヘルス・マネジメント上、人事担当者が知っておきたい精神医学的な知識・知見が解説されており、第Ⅲ部では、職場におけるメンタルヘルス・マネジメントの実務について述べられていたように思います。

 上司とそれを支える人事担当者の両方を読者層として想定し、さらには、職場のメンタルヘルス問題に対応するためには医学と法律の知識が欠かせないという著者の考え方に沿った構成となっていました。精神医学の最近のトレンドも反映しており、メンタルヘルスに関する実務的知識を整理・点検、ブラッシュアップする上でお薦めです。

《読書MEMO》
●著者プロフィール
川村孝(かわむら・たかし)/1954年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業。社会保険中京病院、日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院、静岡済生会総合病院で内科診療に従事した後、愛知県総合保健センターで健診・健康増進業務に携わる。1993年より名古屋大学医学部予防医学教室助教授、1999年より京都大学保健管理センター所長・教授。現在、京都大学名誉教授。

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1on1に加え、OKRや360度フィードバック、エンゲージメントサーベイなども解説。

エンゲージメントを高める会社.jpgエンゲージメントを高める会社202304.jpg
エンゲージメントを高める会社 人的資本経営におけるパフォーマンスマネジメント』['23年]

本書では、エンゲージメントは人的資本経営のキーファクターであり、エンゲージメントが高い組織は、優秀な人材を惹きつけ、人材の流出を防ぐとした上で、ではどうすれば従業員のエンゲージメントが高い会社を創ることができるかを説いています。

 第1章では、現在の人事・組織マネジメントの代表と言えるMBO(目標管理)は、ワークエンゲージメントに対してマイナスに作用するという問題点を抱えており、MBOはその歴史的使命を終えたとしています。そして、新たな「パフォーマンスマネジメント」のコンポネントとして、①OKR、②バリュー、③1on1、④360度フィードバック、⑤エンゲージメントサーベイを挙げています。

 第2章では、OKRについて解説し、OKRは一人ひとりの「これをやりたい」という主体的な意志のもとに立てられた目標を、測定可能な指標と組み合わせるものであるとしています。また、OKRでは達成度を評価しないため、「アンビシャス(野心的)」な目標を立てることができるなど、MBOとは異なるその特徴を解説しています。

 第3章では、1on1について解説し、1on1はパフォーマンスマネジメントの土台であり、その目的は、ワークエンゲージメントの向上にあるとしています。また、1on1における支援策として、メンバーへの理解・承認、目標設定支援、経験学習支援、キャリア開発支援の四つを挙げ、それぞれ解説しています。

 第4章では、評価とフォードバックについて述べています。まず「ノーレイティング」とは何か、レイティングなしでどう処遇を決めるかを解説し、さらに、「360度フィードバック」の意義や、OKRと360度フィードバックによるバリューの浸透方法(バリューの実践度を評価基準とする)、360度フィードバックの導入方法について説明しています。

 第5章では、キャリア自立の促進策として、人材開発会議やジョブポスティングについて紹介し、キャリア研修の在り方について述べています。第6章では、エンゲージメントサーベイについてその必須条件などを解説し、第7章では、変革マネジメントによる組織開発について述べています。

 著者の『人事評価はもういらない』(2016年/ファーストプレス)、『1on1マネジメント』(2018年/ファーストプレス)に続く本であり、1on1を中心に解説した前著などに比べると、OKRや360度フィードバック、エンゲージメントサーベイなども加わって、「パフォーマンスマネジメント」をより広角的に捉える内容となっています。

 一方で、全体として体系的によく纏まっているものの、概念的・抽象的なレベルに留まっている部分も多かったという前著までの特徴が、今回より色濃くなった印象も受けました(実務感がやや希薄か)。それでも、従来の固定観念を払拭し、新たな発想に至るための示唆を得ることはできる本だと思います(一応、○とした)。

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「命じるリーダーシップ」から「委ねるリーダーシップ」ヘ(実話本!)。

「最強組織」の作り方2.jpg デビッド・マルケ.jpg L. David Marquet(元アメリカ海軍大佐、リーダーシップコンサルタント)
米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方』['14年]

 本書は、1999年に米海軍で潜水艦艦長になった著者が、当時最低ランクの艦だったサンタフェを「命じるリーダーシップ」から「委ねるリーダーシップ」に試行錯誤しながら変えていったことで、たった1年で平均以上の優秀艦に変貌させ、その後は次々と優秀なリーダーを輩出するトップクラスの潜水艦になり、著者が退任した後も優秀艦であり続け、10年経過した後でも軍の平均よりもはるかに高い確率で乗員が昇進を遂げ続けているという、そうした艦長個人の技ではない改革を成し遂げた過程を紹介した本です(実話本とも言える)。

 Part1(第1章~第6章)では、著者がいかにして従来型のリーダーシップに対して葛藤や疑問を抱き、最終的には自分の固定概念となっていた「命じるリーダーシップ」と決別することになったかが書かれています。前に機関科長として乗り込んだ原子力潜水艦で、部下に権限を与える試みがうまくいかなかった著者(第1章)は、新たにサンタフェの指揮を執ることを命じられ、上っ面の権限移譲ではだめで、何かを改善するときに何よりも大事なのは、それをやり続ける不屈の精神を持ち続けることだと考えます(第2章)。そこでまず艦内を歩き回り(第3章)、乗員の話に耳を傾けることから始め(第4章)、職場の中で、立場が上の人々がリーダーでその他の人材は単なるフォロワーにすぎないという考え方が日常的に促進されているのに気づき(第5章)、新しいリーダーシップを導入する必要を感じます(第6章)。

 Part2(第7章~第13章)では、「委ねるリーダーシップ」を実践するために導入した仕組みを紹介しています。まず、名ばかりの委譲を止め、班長が班員をすべて管理できる「責任班長」という仕組みを作り(第7章)、挨拶のルールを変えるなど、意識よりまず行動を変えることから組織文化を変えていきます(第8章)。また、部下に仕事の目的を理解させ(第9章)、許可を求めるような言葉を使うのではなく、「これから~をしようと思います」という報告ベースの言葉に変えさせます(第10章)。さらに、問題の解決策を叫びたい欲求を抑えて、メンバーに決断のチャンスを与え(第11章)、常に部下を監視することを止め(第12章)、同僚や部下に率直な気持ちを話せるようにしました(第13章)。

 Part3(第14章~第18章)では、職務を果たす技能を高める仕組みに焦点を当てています。まず、ミスを減らす方法を考案し(第14章)、常に学ぶ者でありことを心掛けます(第15章)。部下の説明よりも上長自身の確認を重視し(第16章)、大事なメッセージは繰り返し(第17章)、非常事態時でも、部下に主導権を与えた方がよいとしています(第18章)。

 Part4(第19章~第25章)では、正しい理解を促す仕組みを紹介し、それを促すことで、誰もがリーダーとして振る舞うようになるとしています。まず、部下との間に信頼を作る方法を説き(第19章)、お飾りでない行動指針を作ること(第20章)、目標を持って始めさせること(第21章)、命令に盲目的に従わせないこと(第22章)を推奨しています。さらに、委ねるリーダーシップの具体策を整理し(第23章).部下には権限とともに自由を与えることで(第24章)、自分がいなくなっても機能する組織ができるとしてしています(第25章)。最後に、委ねるリーダーシップを実践するための3つの理念として、支配からの解放と、それを支える優れた技能、正しい理解の二本柱を挙げていました(第24章)。

 実話であるため読みやすく、海軍の潜水艦という「上からの命令に絶対服従」的イメージのある職場での、こうした「委ねるリーダーシップ」の実践が、成功例として紹介されているのが興味深いです。次世代型リーダーシップあるいは組織のあるべき姿のひとつとして、示唆に富む内容の本です。

《読書MEMO》
「最強組織」の作り方 2014.jpg●委ねるリーダーシップを実践するための3つの理念
1. 支配からの解放
仕事を自分ごととして捉えて、指示待ちにならないようにするために、上司が指示を出すという雰囲気や慣習を変える必要がある。
A. 指示を出されていた側の行動を変える
許可を求めるような言葉を使うのではなく、「これから〜をしようと思います。」という報告ベースの言葉に変えてもらう。また、報告を受けた人が質問をしなくても済むように、背景や行動の理由も一緒に報告するようにする。この場合、効果的な報告をするには報告を受ける側が気にするであろうことを考える必要がある。その結果、報告する側の視座が上がる。
B. 指示を出していた側の行動を変える
指示したくなってしまう衝動を抑える必要がある。指示という形で答えを渡してしまうのではなく、アドバイスや視点を提供することができれば、仕事の主導権は相手に残したままより良い形で進行する補助をすることができる。そのため、メンバーが困っていること、考えていること、何かをやろうとした背景を率直に口に出してもらう環境を作ることが鍵になる。
2. 優れた技能
メンバーの権限を拡大する時、メンバーにそれを処理する能力があることを確認する必要がある。
もし能力を大幅に超えていると、メンバーが重圧に押し潰されてしまいます。
3. 正しい理解
メンバーが自主的に行動を決定して進めていくときに、チームの進むべき方向性に対して正しい理解がある必要がある。それがないと、メンバーが判断を始めた瞬間にバラバラの方向にチームが進んでしまうことになる。そのため、チームの方向に対して正しく理解するとともに、行動指針を作り判断基準とする。

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礼節は、個人だけでなく、チームや企業にとっても最強の武器になると説く。

Think CIVILITY .jpg   Think CIVILITY c.jpg クリスティーン・ポラス.jpg
Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』['19年] 『まんがでわかる Think CIVILITY 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』['20年] Christine Porath

Think CIVILITY― .jpg 本書は、筆者が20年間携わってきた知識や経験、研究をもとに、チームや企業、コミュニティにとって、無礼な態度がいかに大きな損害をもたらすか、そして、礼節ある態度がいかに大きな利益をもたらすかを説いた本です。

 第1部では、著者自身の体験も踏まえ、無礼な態度とはどのようなもので、それはどのような大きな損害をもたらすか、また、礼節とはそもそも何であり、それはどのような大きな利益をもたらすかを述べています。第1章で、無礼な人が増え、礼節が悪化し続けている理由を考察し、第2章では、無礼な人がもたらす5つのコスト(同僚の健康を害する、会社に損害をもたらす、まわりの思考能力を下げる、まわりの認知能力を下げる、まわりを攻撃的にする)を、第3章では、礼節がもたらす5つのメリットを、個人が得られる3つのメリット(仕事が得やすい、幅広い人脈が築ける、出世の可能性が高まる)と、企業が得られる2つメリット(高い業績をあげる、従業員に安心感を与える)に分けて解説しています。そして第4章では、無礼は伝染し新たな無礼を生むが、礼節もその伝染力は強いとしています。

 第2部では、他人にどういう態度で接するべきか、仕事で成功を収め、強い影響力を持った人になるための、自身の礼節を高めるメソッドを紹介しています。第5章では、自らの礼節をチェックするための7つの方法(他人からフィードバックをもらう、できるコーチの指導を受けるなど)を挙げ、第6章では、礼節がある人が守る3つの原則(笑顔を絶やさない、相手を尊重する、人の話に耳を傾ける)について解説しています。第7章では、人に対する無意識の偏見を鎮める方法を説いています。第8章では、ワンランク上の礼節を身に付けるための5つの心得(与える人になる、成果を共有する、褒め上手な人になる、フィードバック上手になる、意義を共有する)を紹介しています。第9章では、礼節あるメール作法のを具体的に示しています。

 第3部では、礼節ある会社になるための4つのステップ(採用、コーチング、評価、改善策の実践)から成る方法を紹介しています。第10章では、礼節ある人を見極める採用システムを作ること(無礼な人を入れない)、第11章では、礼節を高めるコーチングを取り入れること(礼節を守る価値観を伝える)、第12章では、誤った評価システムを改善すること(礼節ある行動を取った人を評価できるシステムを作る)、第13章では、無礼な社員とどう向き合うか(フィードバックを与え、改善されなければ解雇も辞さない)について述べています。

 第4部では、無礼な人に狙われた場合の対処法について述べています。第14章は、無礼な人ととも働くことになってしまった人が、その状況にどう対処すべきかを述べ、未来に目を向けるための7つの方法を書いています。また、最後に、礼節を身に付けるのに遅すぎるということはなく、礼節は人生に必ず良い影響をもたらすとしてます。

 礼節は、個人にとってばかりでなく、チームや企業にとっても最強の武器になるとした点がユニークであり、自身や自身が属する組織を省みる上で、示唆の富む本です。

《読書MEMO》
■第1部 なぜ礼節ある人が得をするのか
●(第1章)礼節が悪化し続けている理由
・グローバリゼーションによる異文化同士の衝突
・自己愛の強さに関する世代間ギャップ
・職場環境とそこでの人間関係の変化
・発達したテクノロジーがもたらす、コミュニケーションに際しての誤解や欠落
●(第2章)無礼な人がもたらす5つのコスト
1.同僚の健康を害する。
2.会社に損害をもたらす。
3.まわりの思考能力を下げる。
4.まわりの認知能力を下げる。
5.まわりを攻撃的にする。
●(第3章)礼節がもたらす5つのメリット
[個人編]礼節のある人が得られる3つのメリット
・仕事が得やすい。
・幅広い人脈が築ける。
・出世の可能性が高まる。
[組織編]礼節のある企業が得られる2つのメリット
・礼節ある上司のチームは高い業績をあげる。
・礼節ある経営者は従業員に安心感を与える。
■第2部 自らの礼節を高める
●(第5章)自らの礼節をチェックするための7つの方法
1.他人からフィードバックをもらう
2.できるコーチの指導を受ける
3.同僚や友人に協力してもらいチームで改善に取り組む
4.360度フィードバックを利用する
5.人の感情を読み取る訓練をする
6.毎日、日記をつけてみる
7.「食う・眠る・動く」で自分を大切にする
●(第6章)礼節がある人が守る3つの原則
1.笑顔を絶やさない
2.相手を尊重する
3.人の話に耳を傾ける
●(第7章)無意識の偏見を鎮める方法
「無意識の偏見を抑制するには、相手と自分の共通点に注目することが有効である」と社会心理学者のジェイ・ヴァン・バヴァル、ウィル・カニンガムは述べている。もし偏見や思い込みからネガティブな感情を抱いてしまう人がいたら、「その人と何か共通のアイデンティティがないか」を探してみることだ。
●(第8章)ワンランク上の礼節を身に付けるための5つの心得
1.与える人になる
2.成果を共有する
3.褒め上手な人になる
4.フィードバック上手になる
5.意義を共有する
●(第9章)礼節あるメール作法
・件名は短く、内容がわかるようにする
・ccに含めるのは必要最低限の人のみ
・依頼に対しては対面と同様に誠実に対応する
・ユーモア・皮肉・批評については、少しでも問題がないか、何度も読み返す
・書いた文章に問題がないと確信できない時は、いったん保存してあとで見直す
・送信時間に気をつけ、場合によっては予約送信を利用する
・受け取り手が遠方にいる場合は時差に注意する
・返信の際は、もらったメールの文面をよく読む
「緊急」を多用せず、基本的に緊急かどうかの判断は受け取り手に委ねる
・開封通知やフォローアップ・フラグは使わない
・署名ブロックをつける
・相手が社内の他の人たちに読まれると困るようなことは絶対に書かない
・宛先が複数人の場合は順序に気をつける(職位順・要件への関わり順など)
・謝罪の場合はそもそもメールで良いのか熟考し、メールの場合には件名に「謝罪」「申し訳ありません」などを書いて明確に伝わるようにする
・絶対に適切な場合を除き「全員に返信」は使わない
・すべて太文字のメールは絶対に書かない
・送り手の評価が少しでも下がるようなメールは第三者に転送しない
・面と向かって言えないようなことはメールにも書かない
・マイナスな感情を伝えるのに「!」は使わないし、真剣な内容のメールでは「!」は多くて1回の使用にとどめる
■第3部 礼節ある会社になるための4つのステップ
●(第10章)礼節ある人を見極める採用システムを作る
無礼な人が1人でもいると、その無礼さは周りに伝染し、組織全体が無礼になってしまうリスクがある。そのため、無礼な人をそもそも採用しないというのは、シンプルながら有効な手段と言える。採用の面接の際には、少しでも無礼な言動がないか目を光らせ、仮定に基づく質問ではなく、過去に実際に起きた複数の出来事についてどう対処したかを尋ねるべき。面接の方法は体系化し、どの人に対しても同じ質問を同じ順序ですることによって、入社後の仕事ぶりがかなり正確に予測できるようになる。また、良い人を確実に採用したいのであれば、面接をするだけでなく、何人かの社員と食事やイベントを共にさせ、普段の言動を見たり、独自に探し出した関係者から話を聞くという方法もある。
●(第11章)礼節を高めるコーチングを取り入れる
まず「礼節を守る」ということを企業の経営理念に加えるべきである。そして、それを皆が常に念頭に置いて行動するよう、目立つ場所に掲示しておく。誰もが自分の力だけで変わることはできない。そのため、トレーニングやコーチが必要だし、その際には教える側、教わる側が互いに適切なフィードバックを与え合うことが大切である。「上方評価」「360度フィードバック」「ピア・トゥー・ピア・コーチング」などを取り入れ、積極的に改善の機会を作っていきたい。
●(第12章)誤った評価システムを改善する
会社の礼節を高めたいと思えば、礼節ある行動を確実に評価できる体制を作らなくてはいけない。そのため、評価にあたっては、業績評価という伝統的な基準と、思いやりや敬意の程度を適切に評価できるような体系的な基準を上手に組み合わせる必要がある。言い換えれば、結果だけではなく、その過程も評価基準に含めるということだ。過程を見る際に気を配りたいのが、自分に与えられた以上の動きをし、周囲の同僚たちを助ける「スター社員」である。
多くの企業は、こういうスター社員の貢献を正しく認識していない。他人に協力する態度を評価できる体制になっているか、今一度確認してみるべき。
●(第13章)無礼な社員とどう向き合うか
社内に無礼な人がいるとわかったときにはどうすればいいのか。方法は2つ。改善させて共に働き続けるか辞めてもらうかだ。コストの観点から考えて、改善させられるなら改善させて働いてもらいたい企業がほとんどだろう。他人の行動を変えるには、「フィードバックループ」が有効である。フィードバックループは次の4つのステップで構成される。
・証拠を提示する
・証拠の妥当性を確認する
・悪い行動を続けた場合にどうなるかを伝える
・改善を実行させる
改善を実行させた後は、改善度合いを評価する機会を作ることも大切である。後の成果確認がないと、人は進歩しないことが調査から明らかになっている。
また、周囲の人たちの協力も不可欠だ。
■第4部 無礼な人に狙われた場合の対処法
●(第14章)無礼な人から身を守る方法
自分自身や自分が影響を及ぼせる人から無礼な態度を受けている場合には対処のしようがあるが、中にはどうしようもない相手から無礼な扱いを受けてストレスを感じている人もいるだろう。それに対する助言を一言で言うなら「あなた自身と、あなたの将来のことだけを考えるべき」である。気をつけるべきなのは、相手の態度に振り回されてはいけないということだ。無礼な相手の人間性や、職場の環境を、自分だけの力で変えられると思ってはいけない。
ともかく必要なのは話し合いだが、アクションを起こす前に次の3つのことを自問した方がいい。加害者に何か言い返しても、身体的な危険はないか、その無礼な振る舞いは意図的なものか、その人が無礼な態度を取ったのは初めてか、3つの問いへの答えがすべて「イエス」なら、相手と面と向かって話をしよう。ただし、話し合う前には安全な場所を確保し、シミュレーションを行い、場合によっては第三者に同席を求める。話し合いの際には、「どうすれば最もお互いにとって利益になるか」を最優先に考え、決して相手の人格に触れてはいけない。また、話す言葉だけではなく、声の調子や表情など、言語以外でのコミュニケーションにも気を配る必要がある。もし、3つの問いへの答えがひとつでも「ノー」だった場合には、相手と直接、話し合ってはいけない。その後の接触では、会話を手短にし、友好的な態度を保ち、常に毅然とする。そして、最大の防御策は、自分自身がエネルギーに満ち、生き生きと活動していて、日々の成長を実感できていることである。逆境に遭遇したときも「この状況から何か学べることはないか」と考え、常に前向きに考えることによって、無礼な人から受けるネガティブな影響は抑えることができる。
●(第14章)未来に目を向けるための7つの方法
1.目標を定め、進歩を実感する
2.自分を成長させてくれるものを見つける
3.メンターの助けを得る
4.食事、睡眠、運動、マインドフルネスを活用する
5.仕事の意味を見出す
6.社内外で良い人間関係を築く
7.社外の活動で成功を目指す

●終わりに―あなたはどういう人間になりたいか
 礼節は人生に良い影響をもたらす

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「承認欲求の呪縛」を解くには、メンバーの組織への依存を断ち切り、プロ化する。

OODA LOOP3.jpgOODA LOOP 2019.jpg OODA LOOP2.jpg
OODA LOOP(ウーダループ) 』['19年]
         ジョン・ボイド(元米国空軍大佐・OODA LOOP提唱者)
ジョン・ボイド.jpg 不確実性の高いビジネス環境に"計画"はいらない―。本書によれば、米国の空軍大佐で戦闘機パイロットだったジョン・ボイドが提唱し、世界最強組織と言われる米国海兵隊が行動の基本原則とするOODAループが、アメリカの優良企業の間にも広がっているとのことです。本書は、OODAループとは何かを、その提唱者であるジョン・ボイドの愛弟子である著者が解説したものです。

 第1章では、戦略は多い方がいいとの考え方はビジネスの世界では通用しないとし、軍事の世界でボイドが提唱した、スピードを武器にした機動戦略こそが、ビジネスの世界でも有効であるとしています。

 第2章から第4章では、スピードを武器として活用するためのボイドの一般的な考え方について解説しています。

 第2章では、アジリティ(機敏性)こそが勝利へと導くとしています。また、従来型の戦略モデルは、ランチェスター戦略のように兵器数や兵器能力といった「ハード」のみ扱い、組織文化やリーダーシップといった「ソフト」は捨象されるが、戦争やビジネスで勝利をもたらすのは、実はこのソフト要因であって、ここに従来型戦略モデルの限界があるとしています。

OODA LOOP×.jpg 第3章では、電撃戦を成功させる4つの要因(①相互信頼、②皮膚感覚(直観的能力)、③リーダーシップ契約(リーダーシップの実行)、④焦点と方向性)を挙げています。さらに、OODAループとは何かを解説し、それは、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)の4つの活動からなるとしていますOODA LOOP○.jpgが、ボイドが構想したOODAループの概念は、一般的にそうだと誤解されているO→O→D→Aというような単純なサイクルではないとしています。ボイドは、大部分の意思決定は暗黙的であり、かつそうであるべきであって、多くの場合、明示的な意思決定の必要はなく、情勢判断が直接、行動を統制するとしています。つまり、最も効果的なのは、暗黙的コミュニケーションによる観察(O)→情勢判断(O)→行動(A)のループを瞬時に回すことであるとしています(この部分が本書の肝(キモ)であるとも言える)。

 第4章では、OODAループはビジネスの世界でも機能する戦略であり、信頼、直観的能力、リーダーシップ、焦点化と方向性という4つの属性や、それら結果実現される暗黙的コミュニケーションが重要な要素として含まれるとしています。

 第5章では、迅速な意思決定サイクルが組織で浸透していくための組織文化の属性として、①相互信頼を醸成している、②直観的能力を活用している、③リーダーシップ契約を実行している、④焦点と方向性を与えている、の4つを挙げています。

 第6章では、タイムベース競争論に関する最新のトピックを解説し、中でも起動戦で決定的に重要であり、軍事戦略によって古くから論じられてきた孫子の〈正と奇の機動〉という概念について紹介しています。

 最後に、第7章では、OODAループで実際に何をするべきか、戦略の応用、すなわち戦術的な処方箋を示しています。

 日本ではPDCAは仕事の基本であると言われ続けてきました。一方で、変化の激しい今の時代において、当初の計画(Plan)通りに事が運ばないことは少なからずあるかと思います。こうした状況において、OODAというフレームワークは非常に効果的ではないかと思われ、一読をお薦めします。

 因みに、原著刊行は2004年。年月の経過などを考慮し、各章末に、訳者の解説が付されれているの親切です。

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精神文化論から入り、日本の組織の中で心理的安全性を高める実践的手法を提案。

心理的安全性がつくりだす組織の未来.jpg 心理的安全性がつくりだす組織の未来2.jpg
心理的安全性がつくりだす組織の未来: アメリカ発の心理的安全性を日本流に転換せよ』['23年]

 本書は、近年、日本でも注目されているアメリカ発の心理的安全性を、欧米と日本の文化の違いを見極め、両者の良い点を組み合わせて心理的安全性を阻む固定観念を打破して効果的に日本流に転換し、企業や組織、個人が心理的安全性を実践する方法を示したものであるとのことです。

 第1章では、エイミー・C・エドモンドソンの『恐れのない組織』を俯瞰し、心理的安全性とは「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことであるとしています。そして、心理的安全性の高い組織を作るためには、「自分らしくある」というオーセンティック・リーダーシップが有効であるとしています。

 第2章では、欧米の産業発展の歴史と背景を、フレデリック・W・テーラーの科学的管理法、ヘンリー・フォードのフォード・システム、エルトン・メイヨーの「ホーソン実験」などを中心に振り返っています。そして、欧米の影響を受けて独自の強みを発揮してきた日本的経営の根底には「家族主義」があったとし、それがバブル崩壊後、失われた30年が経過し、日本的経営も崩れ、Z世代の出現などにより、どの組織も時代に合った変革が求められているとしています。

 第3章では、日本人の精神文化は、ルース・ベネディクトの『菊と刀』に代表される恥の文化であり、応分の場の中での役割を逸脱した行為を恥ずかしく感じる文化であるとしています。一方、アメリカの精神文化は、キリスト教を根底にした罪の文化であり、この日米の違いは、「恩」と「愛」という精神性の違いとなって現れるとしています。そして、日本人はその「恩と恥と義理」という精神性のため、役割(仕える人)が変わればその人に従うという二面性を有するとしています

 第4章では、日本における心理的安全性の高い組織の作り方として、透明性、ノンジャッジメント、操作主義に陥らないこと、フィードバック力を鍛えることなどを提唱するとともに、心理的に安全な会議を行うための具体的な方法を解説しています。また、第5章では、自分自身の心理的安全性の高め方として、これから日本でも広まっていくであろう「マインドフルネス瞑想法」について、その意味と手法を掘り下げています。

 第6章では、著者自身のコンサルティング経験から、心理的安全性を高めた組織変革事例を4つ紹介しています。第7章では、どのようにして心理的安全性を高めたかを4人の中堅企業の経営者に対してインタビューし、日本の組織の閉塞感を打破するために何が必要かを聞き出してい4す。最終章では、心理的安全性の先にある未来についての著者の考えが述べられています。

 第1章・第2章が「心理的安全性の基礎」と「欧米の産業発展史と日本的経営の特性」編、第3章・第4章が「日本人の精神文化」とそれをもとにした「日本における心理的安全性の高い組織の作り方」編、第6章・第7章が、日本での「心理的安全性を高めた事例」編といった構成と言えますが、この精神文化論から入って具体的な方法論にいく流れが、非常に説得力があり、わかりよいものであったと思います。

 心理的安全性について理解を深めるだけでなく、それを組織の成長につなげるための実践的な方法を探る上で示唆に富む内容であり、組織の在り方や個人の働き方を再考する上でも参考になる本でした。お薦めします。

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「リスキリング」議論が表層的であることを指摘し、解決への仕掛けを提示。

『リスキリングは経営課題.jpg『リスキリングは経営課題」.jpg
リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考 (光文社新書) 』['23年]

 最近「リスキリング」という言葉が浸透しつつありますが、本書の著者は、日本の「リスキリング」議論は、社会人の学習行動やその背景にある認知のメカニズムに関する学術的知見が参照されず、必要なスキルの教育訓練とその後の就業のみを目的とする表層的なレベルにとどまっているとしています。本書では、それを人をスキルの鋳型に入れる「工場モデル」であると指摘した上で、個人のやる気頼みではなく、動機付けを仕組み化すべきだとしています。

 全8章構成の第1章では、日本においてなぜ突然の「リスキリング」ブームは起きたのか、また、日本おけるそうした「リスキリング」の議論が表層的なものになってしまっている理由を考察しています。その上で、いわゆる人をスキルの鋳型に入れる「工場モデル」の欠点と、それを乗り越えるには、リスキリングのための動機付けを仕組み化の必要であることを説いています。

 第2章では、リスキリングにおいて最大のハードルとなる日本人特有の「学ばなさ」について分析し、そこには「学ばせたくない」企業と「学びたくない」国民の共犯関係があるとしています。そして、いま企業が連呼する「主体的な学び」や「自律的なキャリア形成」も、従業員の「個の力」への過剰な期待の表れに過ぎないとしています。

 第3章では、次に大きなハードルである従業員の「変わらなさ」をテーマに、日本における問題について論を進め、そうした〈変化抑制〉が起きる原因と、〈変化適応力〉を促進する心理や、〈変化適応力〉に影響を与える人事マネジメントについて述べています。

 第4章では、調査結果から、「アンラーニング」「ソーシャル・ラーニング」「ラーニング・ブリッジ」の「3つの学び」がリスキリングを支える具体的な学び行動として見い出されたことを示し、それぞれの具体的手法を解説しています。

 本書後半では、リスキリングを促進するための「変化創出モデル」を提案しています。リスキリングを本来の創発的な営みに近づけるには「行動変化」「学びのコミュニティ化」「意思の創発」という3領域で仕組み化が必要であるとし、第5章から第7章で、この3つの領域のそれぞれの具体的な仕掛けを解説しています。

 現在の日本におけるリスキリングをさまざまな角度から分析し、これから日本はリスキリングをどう進めるべきか提言した本であり、その根底には、リスキリングを一過性のブームで終わらせてはならないという著者の気概が込められています。従業員の学びに関心を持つ人事パーソンにお薦めします。

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問題解決能力より問題発見能力。リーダーがマスターすべき7つのスキルと能力。

なぜ危機に気づけなかったのか 2010.jpgなぜ危機に気づけなかったのか.gif マイケル・A・ロベルト.jpg Michael A. Roberto(現ブライアント大学教授)
なぜ危機に気づけなかったのか ― 組織を救うリーダーの問題発見力』['10年]

 優れたリーダーは、危機を未然に防ぐべく、問題を発見する能力を身につけている―。本書では、ハーバード・ビジネス・スクール教授などを歴任し、戦略的意思決定を専門とする著者が、多くの経営者へのインタビューと、ビジネス・政治・軍事・スポーツ・医療など数々のケーススタディを分析し、優れた問題発見者となるために、リーダーがマスターすべき7つのスキルと能力を示しています。

 第1章で、問題の解決よりもむしろ問題の発見の方が重要であるとし、それに続く7つの章で、その7つの問題発見のスキルと能力を一つずつ説明しています。

 第2章「フィルターを避ける」では、リーダーの周囲の部下たちは情報にフィルターをかけることがあるが、そうしたフィルタリングが起きる理由と、リーダーがそれを避けるための5つの手法を解説しています。

 第3章「人類学者になる」では、リーダーはあたかも人類学者のように、自然な環境の中で人々の集団を観察することを学ばなければならないとし、効果的な観察を行うためにすべきこと、してはならないことを説いています。

 第4章「パターンを探す」では、優れた問題の発見者は、問題のパターンを探し、見分けることができるとし、そうした直観を鍛え、強化し、パターンを認識する能力を高めるにはどうすればよいか解説しています。

 第5章「点を結びつける」では、一見バラバラな情報の断片の中から「点をつなぐ」能力を磨かなければならず、そのためには情報の共有が必要であり、情報の共有を阻む理由は何か、情報の共有を促進する方法を説いています。

 第6章「価値ある失敗を奨励する」では、優れた問題の発見者になるには、部下にリスクを取ることを促し、失敗から学ぶ方法を教えなければならないとし、また、失敗の中にも、学習と改善の機会となる「役に立つ、低コストの失敗」があるとしています。

 第7章「話し方と聴き方を教える」では、リーダーは自分自身のコミュニケーション能力だけでなく、組織全体のコミュニケーション能力も磨かなければならないとし、対人コミュニケーションの改善方法を説くとともに、それを個人だけではなくチームとして訓練することが重要だとしています。

 第8章「ゲームの録画を見る」では、スポーツチームの偉大なコーチや監督が、過去の試合や演技の録画を見てチームが抱える問題を把握するように、リーダーは、自らの行動を振り返り、反省のプロになることで、デリベレイト・プラクティス(計画的に熟慮された練習)を考えなければならないとしています。

 最後の第9章では、優れた問題発見者となるための心構えの要素として、「知的好奇心」「システム思考」「健全な偏執狂」の3つを挙げています。

 リーダーに求められるのは、問題解決能力より問題発見能力であるという趣旨の本です。各章で事例を挙げて解説していますが、ビジネスの場面だけでなく、9.11テロで情報統合に問題があったことや航空機事故なども事例に引いています。一方で、言説のエッセンスが個別の章立てして整理されているため、相互作用的に説得力を持たせているように思いました。

 指摘している7つのスキルと能力は、リーダー個人の姿勢の視点だけでなく、組織論的な視点もあり、自分自身と自分のいる組織や職場のことを省みながら読み進めるのもいいかと思います。

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経営者は不都合な事実を認めない傾向にあり、それは会社を破滅に導くとしている。

『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』2.jpg『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』2011.jpg『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』文庫.jpg
なぜリーダーは「失敗」を認められないのか: 現実に向き合うための8の教訓』['11年] 『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』['15年/日経ビジネス人文庫]
Tedlow, Richard S
Tedlow, Richard S .jpg 頭も良く、学歴も立派で、輝かしい経歴を持ち、切れ者の部下を抱える企業トップが、なぜ目の前の「現実」を認められないのか?――本書は、ハーバード・ビジネススクールの著名教授が、「否認」が原因で危機に陥った有名企業の事例を解き明かし、それを避けるためにリーダーが取るべき行動と「不都合な真実」を受け入れるための8つの教訓を説いたものです。

 第1部では、現実を直視せずに失敗した企業や経営者の事例が紹介されています。取り上げられているのは、"モデルT"の成功で自動車産業を興隆させたものの、自分にとって都合の悪い情報を遮断したために、会社を誤った方向に導いてしまったヘンリー・フォード(第1章)、ラジアルタイヤの出現で業界構造が一変したことを認めなかったために凋落したタイヤ業界の5大メーカー(第3章)(5社のうち生き残ったのはグッドイヤーのみ)、自分たちに都合のよい統計だけを信じ、不都合なものを無視した大手食品スーパーのA&P(第4章、その後、2015年に経営破綻)、シカゴに摩天楼を築いたのもつかの間、Kマートに買収された小売大手シアーズ(第5章、その後、2018年に経営破綻)などで、そのほかIBM(第6章)、コカ・コーラ(第7章)、さらにドットコムバブルとその崩壊(第8章)などの事例も紹介されています。IBMについては、コンサルタント出身のルイス・ガースナーによる経営の再建ストリー、コカ・コーラについては、ライバル会社ペプシコにおいてロジャー・エンリコがとった戦略などについても書かれています。

 フォード社の創業者ヘンリー・フォードは、革新的な生産技術によって、安価で庶民が買えるモデルTを生み出したことにより、米国に広く車社会を実現し、モデルTは、19年間という長きに渡り、ほぼ仕様の変更なく作り続けられ、その総販売台数は1500万台余におよぶ大ヒット作となったといいます(因みに、この台数は市場歴代第2位であり、第1位は日本のカローラだそうだ)。しかし、モーターリゼーションが進行するにつれ、人々の指向が多様性を帯び、その一つが、ボデーカラーでした。モデルTは、乾燥の早い塗色として黒しかなかったそうですが、人々は、他の色を求め始め、ボディスタイルや装備など、もっと優雅で豪華なものを嗜好し始めていたのでした。このユーザー指向の変化を捕まえたのがGMであり、モデルTより多少割高でも、その様な、好みの色やボディスタイル、装備などを求め、モデルTの売上は頭打ちになったのでした。このことは、ヘンリー・フォードが自らの社長室の窓から通りを走るクルマを見れば一目瞭然のことだったことです。その様な中、社の前途を憂いヘンリー・フォードに意見具申した幹部は、なんと彼に解雇されてしまったとのことです(第1章)。

 経営者やリーダーがどうして失敗を認められないのかについては、自我を脅かす外の現実に対する自己防御のメカニズムが無意識に働くためであり、これは個人的な場合もあるが、グループシンク(集団浅慮)と呼ばれる集団的行為であることも多いとしています。そして、否認は強力な本能だが、きちんとした自己認識、批判に対するオープンな姿勢、自らの認識とは矛盾する現実への寛容さなどを通じて、否認への防御を固めることできるとしています(第2章)。

 第2部では、事実の否認に陥りそうになりながらも、現実を見極め、それを克服した事例が紹介されています。取り上げられているのは、デュポン(第9章)、インテル(第10章)、ジョンソン&ジョンソン(第11章)などであり、彼らは、どうやって否認を回避することができたのかを、最終章(第12章)で次の8つの教訓としてまとめています。

  1.手遅れになるまで危機を待たない
  2.事実を曲解しても、待ち受ける現実は変わらない
  3.権力は人を狂わせる
  4.経営陣は、悪い知らせを聞く耳を持つ
  5.長期的な視野に立つ
  6.バカにしたり、歪曲した言葉遣いには要注意
  7.隠すことなく真実を語る
  8.失敗は、常識に囚われることから始まる

 紹介されている、事実の否認に起因する大企業の「凋落ストーリー」は、読む者を魅了します。優秀であるとみられている経営者さえも、不都合な事実を認めない傾向にあり、それは会社を破滅に導くことにもなるということでしょう。また、それは、CEOなどに限らず、リーダー全般に当てはまることであり、偉大なリーダーか否かは、厳しい現実に向き合えるかにかかっているということになるのでしょう。そのことを改めて強く思わされる本です。

 ビジネス書としては大変読みやすいし理解しやすく、また、デュポンの創業者の父親が、フランス革命の嵐の中、断頭台に上がる1日前にロベスピエールが処刑されて助かったとか、最近まで目にしていたコカ・コーラ・クラシックの「クラシック」の誕生の経緯とか色々あって、読み物としても飽きさせないものでした。

【2015年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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文庫化による再読だが、説得力ある。
リーダーを目指す人の心得文庫版.jpg
リーダーを目指す人の心得  文庫版.jpg リーダーを目指す人の心得 単行本.jpg リーダーを目指す人の心得 コリン・パウエル 英.jpg
リーダーを目指す人の心得 文庫版』['17年]  『リーダーを目指す人の心得』['12年]"It Worked for Me: In Life and Leadership"
PRESIDENT (プレジデント) 2019年 10/4号
「プレジデント」201910.jpg ジャマイカ移民の子で、子ども時代はニューヨークのサウス・ブロンクスのストリートキッドであり、若い頃にはぺプシ工場の清掃夫をしていたのが、陸軍入りして昇進に昇進を重ねて上りつめ、4つの政権でアメリカ軍制服組トップである統合参謀本部議長(1989-1993)などの要職を歴任、最後はジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官(2001-2005)を務めたコリン・パウエル(Colin Luther Powell、1937-2021)が、多くの逸話や自らの体験をもとにリーダーシップについて語った本です。纏めたのは、専ら軍人の回顧録を書いているライターのトニー・コルツ、訳者は『スティーブ・ジョブズ―偶像復活』('05年/東洋経済新報社)、『スティーブ・ジョブズ(上・下)』('11年/講談社)等、ジョブズの伝記なども訳している井口耕二氏です。

リーダーを目指す人の心得 管.jpg 少し前になりますが、菅義偉(すが よしひで)氏が2020年9月に総理大臣に就任した際に、官房長官時代に読んで以来いかなる時も心の支えにしてきた愛読書であると表明したことで話題になりました。その翌年['21年]10月に著者コリン・パウエルが84歳で亡くなったのが惜しまれます。以前、単行本で読みましたが、今回は、文庫化されたものを再読し、復習的に内容を纏め直してみました。


 第1章「コリン・パウエルのルール」では、私の「13ヵ条ルール」というリーダーに求められる"自戒13カ条"が紹介されていて、事例に沿った分かりやすいリーダー訓にまず引き込まれます。その13カ条とは、以下の通りです。
 1.なにごとも思うほどに悪くない。翌朝には状況は改善しているはずだ。
 2.まず怒れ。そのうえで怒りを乗り越えろ。
 3.自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたときに自分も地に落ちてしまう。
 4.やればできる。
 5.選択には細心の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし。
コリン パウエル.jpg 6.優れた決断を問題で曇らせてはならない。
 7.他人の道を選ぶことはできない。他人に自分の道を選ばせてもいけない。
 8.小さなことをチェックすべし。
 9.功績は分けあう。
 10.冷静であれ。親切であれ。
 11.ビジョンを持て。一歩先を要求しろ。
 12.恐怖にかられるな。悲観論に耳を傾けるな。
 13.楽観的であり続ければ力が倍増する。

 第2章「己を知り、自分らしく生きる」では、自分を本当に知ることの重要性と、いつも自分らしくある方法を、説いています。ここでは、仕事バカになるな、必要だと思う以上に人に親切にせよ、常に問題を探して歩けとも言っています。

 第3章「人を動かす」では、自分の部下を中心に、ほかの人を知ることに焦点を当てています。ここでは、部下を信じること、部下に尊敬されようとせず、まず部下を尊敬することなどを説いています。

 第4章「情報戦を制する」では、近年のデジタル世界における自らの経験を語り、情報戦を制するにはどうすればよいか、著者にとっての話をするときに意識すべき「5種類の聞き手」とは誰かなどを解説しています(著者にとってのそれは、記者、米国民、政治家や軍部リーダー、敵、兵士の5つであると)。

 第5章「150%の力を組織から引きだす」では、偉大な管理者、偉大なリーダーになる方法を説いています。まず、自分の側近として生き残る方法(べからず集)を挙げ、ひとつのチームになること、準備を整える時間を与えること、「命令だ!」と命令しないことなど説いています。また、組織において「必要欠くべからざるとされている人物」が実は組織の足を引っぱっているのに、その現実を直視しないリーダーがいるが、リーダーは、組織にみあう能力がなくなった者を交代させられるよう、常に用意を整えておかなければならないとしています。

 第6章「人生をふり返って―伝えたい教訓」では、自分のこれまでの人生を振り返るとともに、若い人に伝えたい教訓を述べています。ここでは、リーダーたるものは、降ってわいた問題も解決しなければならないとする一方で、スピーチで人の心をつかむ楽しい工夫などについても語られていて、エッセイとしても読める章となっています(ダイアナ妃との思い出―レセプションでダイアナ妃を巡って主賓のヘンリー・キッシンジャーをさし置いて王妃と近しく接したこと―を嬉々として語っている)。全体を通しても、リーダーシップの啓蒙書としてばかりでなく、読みものとしても興味深く、楽しく読めるものとなっています。

 原題は" It Worked for Me: In Life and Leadership"。「For Me(私にとっては)」となっているのは、リーダーシップに正解というものはなく、「誰もがこれでうまくいく」とはいうわけではないということを示唆しているわけですが、そうでありながらも、書かれていることの普遍性と説得力は、巷に出回っている「これを読めばあなたも有能なリーダーになれる」的な薄っぺらな自己啓発本を凌駕して大いに余りあるものです。

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経営管理においてプリミティブだが、不変に近い考え方を論じていた。10年ぶりの再読で、評価を○から◎に修正。
『産業ならびに一般の管理.jpg  アンリ・ファヨール2.jpg アンリ・ファヨール(1841-1925/84歳没)
産業ならびに一般の管理 (1985年)

 1916年にアンリ・ファヨール(またはファィヨール)が発表した本で(Fayol, H. Administration industrielle et generale)、ファヨールという人は元々は鉱山技師で、実際には学者は学者でも地質学者でしたが、鉱山会社の経営者となって、その実務経験から得た自らの考えを体系的に纏めた本書により、企業経営において「管理」という言葉を初めて使った人物とされています。

 第1部「管理教育の必要性と可能性」では、経営に不可欠な基本的機能を、①技術活動(生産、製造、加工)、②商業活動(購買、販売、交換)、③財務活動(資本の調達と運用)、④保全活動(財産と従業員の保護)、⑤会計活動(棚卸し、貸借対照表、原価、統計など)、⑥管理活動(計画、組織、命令、調整、統制)の6つに分類し、その上で、6番目の企業活動として管理活動を他の個別活動と分けて、その重要性を強調しています(第1章)。そして、管理活動は①から⑤までの活動の上に立って各企業活動を統合する全般的活動と位置づけられ、管理活動の重要性は、職長→係長→課長→製造部長→所長と上級職になると管理活動の比率が大きくなり、同様に、企業の規模が大きくなればなるほど大きくなると管理活動の比率は高くなるとし(第2章)、管理教育の必要性を説いています(第3章)。

Henri Fayol 14 Principles of Management.jpg 第2部「管理と原理の要素」では、管理の一般原理として、以下の14の項目を管理原則として挙げて、それぞれ解説しています(第1章)。
  ① 分業......組織の多様な機能を分業すること
  ② 権威......権限に基づく行為の責任を信賞必罰として明確にすること
  ③ 規律......組織としての確立された約定を外形的象徴として定めること
  ④ 命令一途(一元性)......業務の担当者が唯一の責任者以外から命令を受け取ってはいけないこと
  ⑤ 指揮統一......ひとつの組織目標に対して、ひとりの責任者とひとつの計画のみを置くこと
  ⑥ 個人的利害の一般的利害への従属......一個人や一集団の利害が、企業全体の利害に優先されることがあってはならないこと
  ⑦ 報酬公正......従業員への報酬を公正に定め、使用者と従業員双方が満足するように努めること
  ⑧ (権限の)集中......組織全体として最良の成果がもたらされるように必要な権限を配分すること
  ⑨ 階層組織......組織階層を上位権限者から下位の担当者に至る責任の配列とすること
  ⑩ 秩序......組織としての物的または社会的秩序を守ること。有形資源や人的資源の適材適所への配置に努めること
  ⑪ 公正......規律に定められていないことに対しても、人間的かつ社会的な好意と正義を前提として行動すること
  ⑫ 従業員安定......従業員の環境適応に対して、中長期的な時間的な猶予を持つこと
  ⑬ 創意力......担当者の仕事への熱意や意欲を尊重し、増大させるような対応を試みること
  ⑭ 従業員団結......団結が作り出す力を信じ、組織の好ましい調和を生み出すこと

 そして、計画、組織、命令、調整、統制の5つについてさらに詳しく解説しています(第2章)。
  ① 計画......企業理念を土台として、目標数値を設定し、外部・内部環境を分析して戦略を立案。そして、企業目標・戦略を達成するために実行計画を策定すること。
  ② 組織......企業目標・戦略を達成するための計画を実行に移すために組織体を設計、もしくは再構築して各部門の役割と責任を明確にすること。
  ③ 命令......各部門の役割と責任、そして目標数値を設定し達成に向けて指示を出しすこと。
  ④ 調整......企業全体として目標を達成できるように全体最適の観点から   部門間のコミュニケーションの促進や部門横断のチームを編成していくこと。
  ⑤ 統制......計画通りに業務遂行できているかを四半期、半期、通期のタイミング等で評価・モニタリングして計画未達の場合には計画の修正や新たな施策を検討して、手を打っていくこと。そして、再び①〜④のプロセスを繰り返していく。

 今回、個人的には約10年ぶりの再読。本書で提唱されている管理過程論は、経営管理において非常にプリミティブですが、不変に近い考え方を論じていたとも再認識しました。管理をすることの重要性や組織を動かすことの基本的な考え方を示した本として、改めて読んでみることをお薦めします(再読して評価○→◎になった(笑))。

 難点は、相変わらず入手しにくく、また、古本市場などで入手可能であっても値が張ることです。学生の場合は大学の図書館を利用するのがいいかも。一般のビジネスパーソンの場合は、例えば東京都内の区立図書館であれば、他区・市立図書館同士で貸し借りしているので、自分の地域の図書館も置いてなくとも、その仕組みを利用すれば読めます。

【1958年[風間書房『産業並に一般の管理』(都筑栄:訳)]/1972年2月[未来社(佐々木恒男:訳)]/1985年[ダイヤモンド社(山本安次郎:訳)]】

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○経営思想家トップ50 ランクイン(リンダ・グラットン)

「人」の問題の重要性を訴えている本。初読時の評価○から◎に変更した。

『ウィニング 勝利の経営』.jpgウィニング勝利の経営.jpg
ウィニング 勝利の経営』['05年]

 2020年に逝去したゼネラル・エレクトリック社の前CEOジャック・ウェルチによる本書は、強烈なリーダーシップでGEを再建したウェルチが、「人材採用のチェックポイント」「ライバル会社に勝つ戦略の選び方」から「昇進するためにやるべきこと」「人に辞めてもらうときのポイント」まで、「勝つためには何をすればよいのか」ということについて、経営やビジネス全般にわたって述べた本です。

 PARTⅠ「最初の四つの原則」では、「すべての底に流れるもの」、つまり著者の経営哲学の四つの原則について書かれています。第1章で「ミッションとバリュー」の重要性を強調し(バリューをミッションより上位に持ってきているのが興味深い)、第2章で「率直さ」の絶対的必要性とそれをどう人から引き出すかを、第3章で「選別」は残酷な弱肉強食主義だという意見に反駁し、能力主義に基づく選別の効用を、第4章で「発言権と尊厳」は誰にでもその権利があることを説いています。

 PARTⅡ「あなたの会社」では、会社の組織の仕組み、人材、業務手順、カルチャーについて書かれています。第5章で「リーダーシップ」、第6章で「人材採用」、第7章で「人事管理」、第8章で「別れ道(解雇)」、第9章で「変化(変革)」、第10章で「危機管理」について取り上げており、人事パーソンにとっては読みどころではないかと思います。たとえばリーダーシップについては、リーダーが守るべき8つのルールを挙げ、まず第1のルールとして、リーダーはチームの成績向上をめざして一生懸命努力するべきであり、リーダーの時間とエネルギーはメンバーが成果を出すためのサポートに投入すべきで、具体的には①評価する、②コーチする、③自信を持たせるの3つのサポートがあるとしています。人材採用においては、候補者が「4つのE」(Energy(エネルギーまたは情熱)、Energize(元気づける)、Edge(決断力)、Execute(実行力))を持っているかどうかを識別せよとしています。また、人事管理については、人事部門を組織の上の方において権限を与え、官僚主義に陥らない評価システムを使い、よい人材の士気を高めるべきだとしています。

 PARTⅢ「あなたの競合会社」では、自社の外の世界について語っています。第11章で、戦略的優位性をいかに作り上げるかを、第12章で、意味のある予算策定法について、第13章で、新規事業で成長する方法、第14章で、Ⅿ&Aによる成長について述べ、最後に第15章で、品質管理の手法であるシックス・シグマについて、その効用を説いています。

 PARTⅣ「あなたのキャリア」では、個人が職業人生の軌跡とクオリティをどう管理するかを述べています。第16章で、「天職」を探し当てたら仕事は趣味になるとし、第17章で、昇進には近道がないとしています。また、第18章で、誰もが一度や二度は遭遇する嫌な上司のもとで働くということについて語り、第19章で、仕事と家庭のバランスをとるために上司とどう向き合うかを述べています)。そしてPARTⅤ「最後のまとめに」として、第20章でQ&Aが付されています。

 このようにして見ていくと、前半部分のほとんどは人事マネジメントの話で占められていることが分かり、「選別」することの重要性や人材採用、人事管理におけるポイント、人を辞めさせる際の留意点等について触れられています。したがって、人事パーソンにお薦めです(よくまとまっていて読み易いのは、共著者である妻で元ハーバード・ビジネス・レヴュー誌の編集長スージー・ウェルチの功績か)。

 GEにおいてウェルチは、部下に敢えて過大なノルマを与えて克服させ、業績・人材も同時に伸ばすという、いわゆるストレッチ・ゴールの手法も採っていました。組織論の1つとして日本にも導入する企業が現れましたが、過大な要求に精神的に切れてしまう社員も少なくないため、成功とは言い難いものとなってしまいました。本家のGEでも、後にウェルチの人材育成の手法は時代遅れだとして軌道修正を図っています。

 こうしたこともあって、ウェルチは「20世紀で最も成功した偉大な経営者」とかつて言われたほど現在は評価されていないようですが、個人的には本書を再読して、改めて「人」の問題の重要性を訴えている本であることが再認識させられ、(世間の逆を行くみたいだけれど敢えて)初読の時の評価○から◎に変更しました。

【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

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「大組織再生の一大記録」としての普遍的な価値が増している本。評価を○→◎に変更。

0巨象も踊る.jpg巨象も踊る.jpg
巨象も踊る』['02年]

 1990年代前半、社員30万人を抱え破綻寸前だった巨象IBMにCEOとして乗り込み、復活させた著者の物語です。

 巨大企業IBMはかつて、パソコンのOSの支配権をマイクロソフトに、マイクロプロセッサーの支配権をインテルに委ねましたが、その後のパソコンの普及、ダウンサイジングなどにより、90年代初頭にはそれらの新興企業とは対照的に、メインフレーム主体の経営は悪化していました。にもかかわらず、社内には連帯感や危機感が薄く、いわば大企業病が蔓延していた、そこへCEOとしてナビスコから来たのがコンサルタント出身で、情報産業の門外漢だった著者ですが、著者がどのようにして大企業病からの脱却を図り、経営を安定させたかを、本書では専門ライターを使わずに自身が克明に述べています

 第Ⅰ部「掌握」では、CEO就任当時のIBMの問題点を、製品市場、組織、企業文化などの観点から述べ、著者が就任直後に打った手として、会社の分社化の阻止、メーンフレームの値下げの決断などを挙げています。また、取締役会を刷新し、社員との対話を推し進め、組織を作り替え、ブランドを再生したとしています。さらに、報酬制度も、均質的な固定報酬から業績本位の変動報酬に改めたとしています。

 第Ⅱ部「戦略」では、IBMの新しい戦略として、総合的なソリューションの提供を今後の戦略の基本とし、地域ごとの独立王国を解体し、全世界的に産業別のグループに再編、ブランド戦略の統一するとともに、スタッフを分解して事業の的を絞ったとしています。

 第Ⅲ部「企業文化」では、著者は、企業文化は経営の一側面などではなく経営そのものであるとし、新しい企業文化の原則をまとめることで行動様式の変化を促すとともに、リーダーたちにIBMにおける指導能力とは何かを示し、社員全員に求める姿勢を「勝利、実行、チーム」というスローガンにしたとしています。

 第Ⅳ部「教訓」では、自分のビジネスを知り、愛していることが肝要であり、また、戦略は重要だがそこには限界があって、経営者にとっては実行する能力こそが最重要であり、組織の変革の成否は、顔が見えるリーダーシップが重要な要因となるとしています。顔が見えるリーダーシップの意味するところは「ビジネスへの情熱」「勝利への情熱」であり、成功した偉大な企業の経営幹部は、「全員が情熱を持ち、情熱を示し、情熱に生き、情熱を愛している」としています。

 第Ⅴ部「個人的な意見」では、IT産業のこれからや企業株主の責任、企業と社会の関係の在り方について述べています。世の中には「動きを起こす人、動きに巻き込まれた人、動きを見守る人、動きが起こったことすら知らない人」の4種類の人間がいて、本書は「動きを起こす人」をテーマにしているとしています。

 本書に見られる著者の経営哲学は、① 基本哲学は「事業の絞り込み、スピード、顧客、チームワーク」、② 市場と現場を重視、③ 個人や部門中心でなく、チームワークで会社の利益を優先、④ 社内の組織や手続き重視から原則重視、などです。

 幹部役員を顧客のもとへ出向かせて報告書を提出させることから、服装規定の廃止まで、著者の強固なリーダーシップと、著者の導く方向性を信じる大勢の社員によって、IBMの企業文化の変革がなされたことが窺えます。

 卓越したコンサルタントの理論と思考が、実際の経営者として数々の難問に身を投じて獲得してきた知見とともに、熱のある言葉で語られており、今読んでも説得力のある記録となっています。と言うより、20年近く前に読んだ特はケーススタディとして読みましたが(評価★★★★)、今回読み直してみて、「大組織再生の一大記録」として、普遍的な価値が増しているように思いました。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

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多様性の重要性を豊富な具体例を示して説明。我々に意識変革を迫る。

『多様性の科学』1.jpg
多様性の科学』['21年]マシュー・サイド(イギリスのジャーナリスト、作家、放送作家、元卓球選手)

『多様性の科学』2.jpg 著者の『失敗の科学―失敗から学習する組織、学習できない組織』('16年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)に続く第2弾(ただし『才能の科学―人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』('22年/河出書房新社)は『非才!―あなたの子どもを勝者にする成功の科学』('10年/柏書房)として、著者の本としては先に刊行されている)。画一的な組織は凋落し、複数の視点で問題を解決する組織は成功するとして、多様性の重要性を豊富な具体例を示して説明し、致命的な失敗を未然に見つけ、生産性を高める組織づくりを説いた本です。

 第1章では、画一的な集団には「死角」があることを説いています。ここで主に取り上げられているのは、9・11テロ事件を防げなかったCIAであり、CIAにおける人材の偏りが失敗を助長したとし、異なる視点を持つ者を集められるかがカギとなり、画一的な視点では盲点を見抜けないとしています。

 第2章では、同質者の集まった組織と反逆者(異質者)の集まった組織でどちらが優れた成果を生み出すかを、サッカーの英国代表の技術顧問委員会に起業家や陸軍士官など門外漢を集めたケースを紹介し、画一的集団の危険性を1980年代の「人頭税」の失敗、ある町議会の積雪対策の盲点から説明、精鋭グループよりも多様性のあるグループの方が上であることを論じ、最後に戦時中にクロスワードの愛好家を暗号解読チームに入れたことで、ドイツ軍を早期に敗北に追い込んだ例を紹介しています。

 第3章では、1996年の「エベレスト大遭難事件」を主に取り上げ、また、1978年の「ユナイテッド航空173便燃料切れ墜落事故」で副操縦士らが機長に進言できなかった点に着眼し、支配的なリーダーがいるとほかのメンバーは本音を言えないというヒエラルキーが落とし穴をつくるとしています。また、こうしたヒエラルキーには、支配型のヒエラルキーのほかに尊敬型ヒエラルキーというのもあり、反逆者のアイデアをリーダーが脅威と受け止めず、心理的安全性が確保されていれば、チームのパフォーマンスは上がるとしています。

 第4章では、スーツケースにキャスターが付いた時のことを例に、偏見は発明の邪魔をするとし、また、イノベーションは多様性の中でこそ生まれ、「漸進的イノベーション」と「融合のイノベーション」があるが、「融合のイノベーション」はこれまで過小評価されてきたが重要であり、多様性と関係が深いこと、世界的に有名な起業家たちも、成功の原点には多様なネットワークでつながった頭脳があったとしています。

 第5章では、ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心をもつユーザーをフォローする結果、意見を発信すると自分と似た意見が返ってくる(それによってますます偏った考えに陥っていく)「エコーチェンバー現象」というものを解説、そこから抜け出した例として、自身がどっぷり浸かっていた白人至上主義から抜け出したデレク・ブラックのケースを紹介しています。

 第6章では、ダイエットの諸説に惑わされる人が多い中、ダイエットと多様性について考察するに際して、計算生物学者のエラン・シーガルの研究を引き合いにしてます。エランはダイエットの研究を重ねるうちに、ダイエットが人間の多様性を無視していることに気づいて、食事療法は一人ひとりで異なると訴えましたが、著者は標準化を疑う眼があなたにはあるかと問いかけています。

 第7章では、個人主義を集団知に広げるためにはどうすればよいか、日常に多様性を取り込むための3つのこととして、「無意識のバイアス」を取り除く、陰の理事会(若い社員が上層部に意見を言える場)、与える姿勢(ギバー)を挙げ、自分とは異なる人々と接し、馴染みのない考え方や行動に触れることが、進歩をもたらす大きな力になるとしています。

 致命的な失敗を未然に防ぎ、組織を伸ばすにはどうすればよいかを説いた本ですが、画一指向というのはどの組織でもあるのではないでしょうか。「ギバー」のところで紹介されているアダム・グラントの近著『THINK AGAIN―発想を変える、思い込みを手放す』(2022年/三笠書房)もそうですが、「我々一人ひとりの意識を根本的に変えにきている」本であり、啓発される要素は多いと思います。

《読書MEMO》
●【目次】
第1章 画一的集団の「死角」
第2章 クローン対反逆者
第3章 不均衡なコミュニケーション
第4章 イノベーション
第5章 エコーチェンバー現象
第6章 平均値の落とし穴
第7章 大局を見る

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「ブルシット・ジョブ」という禁忌を正面切って論じたものとして意義深い。

『ブルシット・ジョブ―1.jpg ブルシット・ジョブ.jpg 『ブルシット・ジョブ―3.jpg
ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』['20年]デヴィッド・グレーバー(文化人類学者)

『ブルシット・ジョブ.jpg 1930年、ケインズは、20世紀末までに、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろうと予測し、テクノロジーの観点からすればそれは達成可能だったはずが、実際には達成されなかったのはなぜなのか――本書は、こうした疑問からスタートし、それは、実質的に無意味な仕事=「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」が蔓延したからだとしています。

 第1章では、ブルシット・ジョブを、「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」であると定義し、とはゆえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わねばならないように感じているとしています。

 第2章では、ブルシット・ジョブの5つの類型として、①取り巻き:誰かを偉そうにみせたり、偉そうな気分を味わわせたりするためだけの仕事、②脅し屋:雇用主のために他人を脅したり欺いたりし、そのことに意味が感じられない仕事、③尻ぬぐい:組織に存在してはならない欠陥を取り繕うためだけの仕事、④書類穴埋め人:組織が実際にはやっていないことを、やっていると主張するための仕事、⑤タスクマスター:他人への仕事の割り当てだけを行う仕事、を挙げています。

 第3章、第4章では、ブルシット・ジョブによる精神的暴力について考察しています。例えば、意味のない仕事は、その仕事に従事する人を惨めな気持ちにさせるだけでなく、時には脳に損傷を起こすほどのダメージを与えるとしています。人は、自分の行動が何かに影響を与えて結果が得られるという広い意味での「仕事」に根源的な悦びを感じるように出来ていて、ブルシット・ジョブは、人からその喜びを取り上げる精神的暴力だとしています。

『ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事』.jpg 第5章では、ブルシット・ジョブが増殖するのには、個人的な次元、社会的・経済的な次元、文化的・政治的な次元の、それぞれの次元の理由があるとしています。例えば社会的・経済的な次元では、近年の金融資本の増大に伴い、金融や情報関連の(ブルシット・ジョブに発展しやすい)仕事が増加したこと、「雇用創出」は良いものとされ、無駄な仕事であっても雇用を減らすような大胆な政策を選択しにくいことが、理由として挙げられるとしています。

 第6章では、なぜ我々は無意味な雇用の増大に反対しないのかを、特に仕事の「価値」に注目して考察しています。社会的価値の低いブルシット・ジョブが高給であったりする一方、社会的価値の高いエッセンシャルワーカーの給料が低いという問題があり、奇妙なことに、労働の社会的価値が高まるほどその仕事の経済的価値が下がっているようであると。その考えられる理由の一つとして、世間にはどこか、教師などの社会的価値が高く尊い仕事は、お金目当ての人間が行うのはふさわしくないと考える風潮があり、これは言い換えれば、社会的価値の高い仕事に就き、社会に便益を与えていることを自覚し喜びを感じている人は、より多くの報酬を期待する権利はなく、反対に自分の仕事は有害で無意味だという認識に苛まれている人は、まさにこの理由によって、より多くの報酬を受け取ってもよいという感覚が存在しているためだとしています。

 最終章の第7章では、ブルシット・ジョブの政治的影響について、また、それを脱出する一つの方法について考察しています。ブルシット・ジョブの存在は、仕事に意味を求める人間の性質にも、合理性を追求する経済の原則にも反しており、つまるところ、ブルシット・ジョブの存在を許す現代の労働状況がこのような形になっているのは、政治的な力なのだとしています。そして、これまで指摘してきたジレンマを終結させるには、「普遍的ベーシック・インカムの導入しかない」とし、つまり「労働と報酬を切り離す」ことで、労働本来がもたらす楽しみややりがいに応じ、人が職業を選ぶ社会に転換させることを提案しています。

 本書は、現代の資本主義社会において、あるわけないという思い込み故に、(薄々気付いている人はいたものの)これまでほとんど言われなかった(禁忌とされてきた)「ブルシット・ジョブ」というものを正面切って論じたものとして意義深く、また、コロナ禍に見舞われ、AIへの期待と不安が大きい現代において、今後の仕事というものを考えるにあたり、この本が示唆するものは大きいと思います。本書を読み、周囲を見回してみて、仕事というものについて再考するのもよいかと思います。

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