「●や‐わ行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●や‐わ行の現代日本の作家」【630】 山田 詠美 『ベッドタイムアイズ』
ある種の「叙述トリック」。振り返ってみて引っ掛かっる部分があった。
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」―ある日、結城美帆子がフェイスブックで偶然見つけたメッセージの送り手は、かつての恋人で、大学の演劇部で出会い、28年前に結婚を約束した水谷一馬だった。やがて二人の間でぎこちないやりとりが始まるが、それは徐々に変容を見せ始める...。読み手に対して次第に明らかになっていく一馬と未帆子の過去―。
「先の読めない展開、待ち受ける驚きのラスト。前代未聞の読書体験で話題を呼んだ、衝撃の問題作!」という惹句ですが、世評を見るに、まさにその通りの衝撃作だったという人と、そうでもなかったという人で評価が割れているようです。
個人的には、これってある種の「叙述トリック」であり、かつて何度もあったパターンではないかなと。歌野晶午の『葉桜の季節に君を想うということ』('03年/文藝春秋)といった、この手法分野で有名な作品があり、そのような作品を覚えている人は、ラストの一行でナルホドそうだったのかとは思うかもしれませんが、衝撃を受けたというよりは、やっぱりこんなことだったのか、という印象ではないでしょうか。
こうした作品は、叙述トリックそのものもさることながら、周辺部分がどれくらいリアリティをもって描かれているかというのが決め手になるかと思います。その点で、一馬と未帆子の演劇に纏わる過去の話は、作者に演劇の経験があるのか、リアリティがあったように思います。ただ、作品内の事件で、髪飾りから犯人にアシがつくというのは、ちょっと現実味が薄いように思いました。
ただ、もっと全体を振り返ってみて(この作品によって「衝撃を受けた」派は、読み直してみてさらに衝撃を受けると言うが)それ以上に引っ掛かったのは、なぜ未帆子が一馬の素性を知りながら彼に返信したのかという点です。
好意的に解せば、一馬が年月を経て変容したどうか、期待を込めて確認しようとしたのかもしれませんが、そのためにわざわざ自分の過去の暗い秘密までバラすかなあ。この点が、個人的には最も不自然に思った部分でした。まあ、読んでいる間は、これ、どうなのだろうとあれこれ想像して読む愉しさがあったので、評価は「×」ではないけれど「△」くらいかな。