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「湿地帯小説」。世間から見捨てられながらも自分の人生を歩んだ少女の生きざま。

「ザリガニの鳴くところ」 1.jpg「ザリガニの鳴くところ」 2.jpg「ザリガニの鳴くところ」 3.jpg
【2021年本屋大賞 翻訳小説部門 第1位】ザリガニの鳴くところ』 映画「ザリガニの鳴くところ」(2022)

「ザリガニの鳴くところ」 0.jpg 2021(令和3)年・第18回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位作品。

「ザリガニの鳴くところ」 4.jpg ノースカロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアはたったひとりで生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女を置いて去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく―。

 動物学者である作者が69歳で初めて執筆した小説で、2018年8月に原著刊行。2019年、2020年と2年連続で「アメリカで最も売れた本」となり、日本でも「本屋大賞」(翻訳小説部門)受賞となりました。年末ミステリランキングでは、3年連続4冠達成のアンソニー・ホロヴィッツの『その裁きは死』の後塵を拝するも、「このミステリーがすごい!」(宝島社)海外篇・第2位、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門・第2位、「2021本格ミステリ・ベスト10」(原書房)第9位、「ミステリが読みたい!」(ハヤカワ・ミステリマガジン)第3位と、各ランンクインしています。

 キャッチは「みずみずしい自然に抱かれた少女の人生が不審死事件と交錯するとき、物語は予想を超える結末へ」。確かに過程のプロットより結末の意外性かと思いますが、ただし、このパターンは日本でも、大岡昇平の『事件』や松本清張原作の映画「黒の奔流」など、形は少し違いますが今までもあるにはありました。

 やはり、この作品の読みどころは、‟ザリガニが鳴く"と言われる(ホントはザリガニは鳴かないらしい)湿地帯の、まさに「湿地帯小説」と言っていいくらいの美しい自然描写と、その中で世間から見捨てられながらも自分の人生を歩んだ少女の(ホタルに喩えることできる動物的な側面もある)生きざま、ということになるのではないかと思います。「本屋大賞」受賞に異存なし、といったところです。

「ザリガニの鳴くところ」 5.gif オリヴィア・ニューマン監督の起用で昨年[2022年]に映画化され、女性監督だからやはり女性映画っぽくなるのだろうと思いましたが、予想どおりでした。原作は、幼いころから事件が起きるまでの少女の歩み(ドラマ部分とも言える)と、事件が起きた後の捜査の進捗や裁判の様子(ミステリ部分とも言える)が、あざなえる縄のように交互に描かれていますが、映画はほとんど少女の生きざまと成人するまでを中心に描いていて、特に、成人してから恋愛の方に重点が置かれています。ただ、それが何だか「学園ドラマ」を観ているような感じで、深まりがないまま話がだらだらと続く印象を受けました。

「ザリガニの鳴くところ」 6.jpg ミステリ部分ももっと描いてほしかったように思います。深夜でもバスは走っているのだなあ(高速バスみたいな路線バスか)。映像で再現する必要はなですが、省き過ぎです。この監督、ミステリには関心がないのかな。

「ザリガニの鳴くところ」 7.jpg 沼地の自然は美しく撮っていて、それはそれで良かったのですが、ドラマ部分含め全体に明るすぎる印象で、少女の沼地での生活や服装、身の回りなども小綺麗すぎて、原作の重くてダークなイメージとの間にギャップを感じました。Amazonプライムで有料視聴したのですが、原作の評価★★★★に対して、映画は評価★★★となりました。

「ザリガニの鳴くところ」8.jpg「ザリガニの鳴くところ」●原題:WHERE THE CRAWDADS SING●制作年:2022年●制作国:アメリカ●監督:オリヴィア・ニューマン●製作:リース・ウィザースプーン/ローレン・ノイスタッタ●脚本:ルーシー・アリバー●撮影:ポリー・モーガン●音楽:マイケル・ダナ●原作:ディーリア・オーウェン●時間:126分●出演:デイジー・エドガー=ジョーンズ/テイラー・ジョン・スミス/ハリス・ディキンソン/マイケル・ハイアット/スターリング・メイサー・Jr/デヴィッド・ストラザーン/ジェイソン・ワーナー・スミス/ギャレット・ディラハント/アーナ・オライリー/エリック・ラディン●日本公開:2022/11●配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(評価:★★★)

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いちばん生き残ってはいけない人物が生き残ってしまっている。

『大洞窟』3.jpg『大洞窟』.jpg『大洞窟』2.jpg
大洞窟 (文春文庫)

 ユーゴスラヴィアのカルスト台地の地底深く、4万年前にネアンデルタール人が壁画を残した大洞窟が見つかった。世紀の大発見に、国際調査団が勇躍現地に赴くが、ときならぬ大地震で閉じこめられてしまう。漆黒の闇のなかで、土砂流、水没洞、大瀑布、毒虫などと闘いながら続ける地獄めぐり。彼らが再び陽光を見る日はあるのか―。

 1983年にカナダ人作家クリストファー・ハイドが発表した作品で、原題は"STYX(黄泉) "。もちろん巣既に絶版となっていますが、一部の冒険小説ファンの間では根強い人気があるようで、Amazonのレビューの評価も高いようです。

 光の射さない洞窟内に閉じ込められ、食料や燃料、電池といった物資がいつかは枯渇してしまうという緊張感の中、13人のメンバーは、目の前に立ちはだかる障害を、ただただ切り抜けるしかない―このシンプルな構成が読者を引き付けるのでしょう。13人の内、誰が生き残るのかという興味もあります。

 また、人種や年齢、性別や性格も多様な一行ですが、その中で光るのが、日本人の中年の地質学者・原田以蔵で、こうした冒険小説の魅力は、ただスケールの大きさや緊迫感だけでなく、登場人物(主人公)の魅力によるところが大きく、個人的にはその主人公の哲学的深みによるところが大きいと思っています(ダイバーのスピアーズも自らの"人生哲学"を独白するが、その内容は空寒い)。

 その点、この原田以蔵の人物造型はまずまず良かったです。ただ、洞窟内での専門イラストレーター・マリーアとの "ベッドシーン"(ベッドではなく寝袋だったが)は必要だっただろうか(ほとんどポルノ的描写)。あるとすれば、イケメン男ディヴィッドとその恋人イレーヌだけでよかったのでは。トーンが"通俗"冒険小説になった気がします。

 一番良くないのは、このタイプの小説のセオリーからすると、本来はいちばん生き残ってはいけない人物が生き残ってしまっているということ(他はいっぱい死んでいるのに)。これにはややガックリしました。

 「土砂流、水没洞、大瀑布、毒虫」とありますが、「毒虫」で、無数のムカデに獲りつかれて血を吸われて死ぬというのは、昔からあるパターンなんだなあ。

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映画を観てよく分からなくて、原作を読んでもう一度映画を観たが、それぞれの段階で愉しめた。

裏切りのサーカス 2011.jpg 裏切りのサーカス04.jpg 裏切りのサーカス01.jpg
裏切りのサーカス [DVD]」ゲイリー・オールドマン/ジョン・ハート/ベネディクト・カンバーバッチ
ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ 文庫.jpgティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ 単行本.jpg ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV).jpg ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ 文庫新訳.jpg
ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ (1975年) (Hayakawa novels)』(装幀画:真鍋博)/『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)』['86年]『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)』['06年]/『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕』['12年]
裏切りのサーカス 07s.jpg 東西冷戦下、英国情報局秘密情報部MI6(通称サーカス)とソ連情報部KGB(通称モスクワセンター)は熾烈な情報戦を繰り広げていた。長年の作戦失敗や情報漏洩から、サーカスの長官であるコントロール(ジョン・ハート)は内部にソ連情報部の二重スパイ〈もぐら裏切りのサーカス desk.jpg〉がいるとの情報を掴む。ハンガリーの将軍が〈もぐら〉の名前と引き換えに亡命を要求。コントロールは独断で、工作員ジム・プリドー(マーク・ストロング)をブダペストに送り込むが、ジムが撃たれて作戦は失敗に終わる。責任を問われたコントロールは、長年の右腕ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)と共に組織を去ることに。退職後ほどなくコントロールは謎の死を遂げ、ほぼ同時期にイスタンブールに派遣されていたリッキー・ター(トム・ハーディ)の前に、持つソ連情報部の女イリーナ(スヴェトラーナ・コドチェンコワ)が現れる。彼女と恋仲になったターはイリーナを英国に亡命させるためロンドンのサーに連絡するが、翌日イリーナはソ連情報部に発見され連れ去られる。サーカス内部に「もぐら」がいることを察知したターはイギリスへ戻り、外務次官でサーカスの監視役のオリバー・レイコン(サイモン・マクバーニー)に連絡。レ裏切りのサーカス 8.pngカス本部イコンは、引退したスマイリーに裏切りのサーカス 3.png「もぐら」探しを要請する。スマイリーは、ターの上司のピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)と、ロンドン警視庁公安部のメンデル警部(ロジャー・ロイド=パック)とともに調査を始める。標的は、組織幹部である"ティンカー(鋳掛け屋)"ことパーシー・アレリン(トビ-・ジョー、"テイラー(仕立て屋)"ことビル・ヘイドン(コリン・ファー裏切りのサーカス 06.pngンズ)ス)、"ソルジャー(兵隊)"ことロイ・ブランド(キアラン・ハインズ)、裏切りのサーカス 14.png"プアマン(貧乏人)"ことトビー・エスタヘイス(デヴィッド・デンシック)の4人。スマイリーは、過去の記憶を遡り、証言を集め、容疑者を洗いあげていくと、ソ連の深部情報ソース〈ウィッチクラフト〉が浮かび上がる。そしてかつての宿敵のソ連のスパイ、カーラ(マイケル・サーン(声のみ))の影。やがてスマイリーが見い出した意外な裏切り者とは―。

 トーマス・アルフレッドソン監督による2011年の英・仏・独合作のスパイ映画。昨年['12年]12月に亡くなったジョン・ル・カレ(『寒い国から帰ってきたスパイ』『ナイロビの蜂』)の1974年発表の小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が原作です。タイトルは、主人公のスマイリーが組織幹部たちの身辺を探る際につけたコードで、マザー・グースの「鋳掛け屋さん、仕立て屋さん、兵隊さん」の歌詞になぞらえたものです。

裏切りのサーカス 相関図.png 一度観ただけでは、複雑な人物相関を理解するのが難しく、原作を読んでからもう一度映画を観直してみて、やっと理解できたという感じでした(でも、1度目に観た時も雰囲気は愉しめた)。

 ただし、原作が分かりやすいかというとそうでもなく、映画はいくつかカットバックを使ったりしてますが、これが原作は、時系列で並べたものをぶつ切りにしてシャッフルしたような感じです。本来の物語の中盤が冒頭にきて、どうしていきなり学校の教師などが出てくるのかなあと思ったら...といっても、自分の場合は、映画を既に観ていたため、なるほど、ここから語り始めるのか、といった感じで、これはこれで愉しめました(旧訳の方が読みやすい!)。

 ようやっと人物相関が掴めて、もう一度映画を観ると、これはこれでまた愉しめました。映画は、あまり説明的に作りすぎてテンポが悪くなるよりは、全部を説明しないで観る側には自ら推測してもらうことにし、ハードボイルドタッチな演出にして映像や音楽を凝らし、007やミッション・インポッシブルシリーズのようなアクション映画ではない、本格スパイ映画の雰囲気を味わってもらうことを主眼としたもののように思いました。

裏切りのサーカス 02.jpg しかし、コリン・ファースが演じる戦略的に人妻を誘惑したヘイドンも、ベネディクト・カンバーバッチが演じる職場の女性に対裏切りのサーカス 04.jpgしてプレイボーイとして振る舞うギラムも、実はどちらもゲイだったということか...。原作では、ギラムの方はゲイということになっていないので、これは映画のオリジナルです(ゲイ映画ブームに乗っかった?)。二重スパイとその"愛人"の哀しい結末は、原作と同じです。

 イギリスとイタリアの国籍を持つコリン・ファースは、この作品の前年、「英国王のスピーチ」('10年/英・豪・米)で、英王ジョージ裏切りのサーカス001.jpg6世を演じて第83回アカデミー賞の主演男優賞受賞と第68回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)をダブル受賞しています。一方、スマイリーを演じたゲイリー・オールドマンは、この作品でアカデミー主演男優賞に初ノミネートされるも受賞は果たせませんでゲイリー・オールドマン.jpgしたが、その後「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」('17年/英・米)でチャーチルを演じて、こちらも第90回アカデミー賞の主演男優賞と第75回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)をダブル受賞しています(リュック・ベッソン監督の「フィフス・エレメント」('97年/仏)で変てこな悪役ジャン=バティスト・エマニュエル・ゾーグを演じたのと同じ役者には見えない(笑))。

 また、コリン・ファースは「シングルマン」('09年)でもゲイの大学教授を演じていますが、この映画については次のエントリーでレビューしたいと思います。

裏切りのサーカス all.jpg「裏切りのサーカス」●原題:TINKER TAILOR SOLDIER SPY●制作年:2011年●制作国:イギリス・フランス・ドイツ●監督:トーマス・アルフレッドソン●製作:ティム・ビーヴァン/エリック・フェルナー/ロビン・スロヴォ●脚本:ブリジット・オコナー/ピーター・ストローハ●撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ●音楽:アルベルト・イグレシアス●原作:ジョン・ル・カレ●時間:128分●出演:ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/トム・ハーディ/ジョン・ハート/トビー・ジョーンズ/マーク・ストロング/ベネディクト・カンバーバッチ/キアラン・ハインズ/デヴィッド・デンシック/スティーヴン・グレアム/サイモン・マクバーニー/スヴェトラーナ・コドチェンコワ/キャシ裏切りのサーカス 07.jpgー・バーク/ロジャー・ロイド=パック/クリスチャン・マッケイ/コンスタンチン・ハベンスキー/マイケル・サーン(声のみ)/ジョン・ル・カレ(カメオ出演)●日本公開:2012/04●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-03-20)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(19-03-26)(評価:★★★★)

【1975年単行本[早川書房(菊池光:訳]/1986年文庫化・2006年改版[ハヤカワ文庫NV(菊池光:訳)]/2012年再文庫化[ハヤカワ文庫NV(村上博基:訳〔新訳版〕』)]】


真鍋博装幀画稿「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」
真鍋博装幀画稿「ティンカー、...」.jpg 真鍋博装幀画稿「ティンカー、...」2.jpg
真鍋博装幀画稿「ティンカー、.jpg 真鍋 博 ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ.jpg

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映画と異なる結末。小説は小説的に書かれ、映画は映画的に作られているが、軍配は映画か。

Modern Classics a Clockwork Orange.jpg時計じかけのオレンジ 完全版.jpg アントニイ・バージェス.jpg  時計じかけのオレンジ dvd.jpg スタンリー・キューブリック2.jpg
Modern Classics a Clockwork Orange (Penguin Modern Classics)』『時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)』Anthony Burgess「時計じかけのオレンジ [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]」Stanley Kubrick
『時計じかけのオレンジ(ハヤカワ・ノベルズ)』['71年]表紙イラスト:真鍋博/『時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)』['08年]/『時計じかけのオレンジ (ハヤカワ文庫 NV 142) 』['77年]
ハヤカワ・ノヴェルズ 『時計じかけのオレンジ』.jpg時計じかけのオレンジ100.jpg『時計じかけのオレンジ』hn.jpg 近未来の高度管理社会。15歳の少年アレックスは、平凡で機械的な毎日にうんざりしていた。そこで彼が見つけた唯一の気晴らしは「超暴力」。仲間とともに夜の街を彷徨い、盗み、破壊、暴行、殺人をけたたましく笑いながら繰り返す。だがやがて、国家の手がアレックスに迫る―。

時計じかけのオレンジ002.jpg 『時計じかけのオレンジ』は、アンソニー・バージェス(1917-1993/76歳没、翻訳出版物ではアントニイ・バージェスと表記される)が1962年に発表したディストピア小説で、スタンリー・キューブリック(1928-1999/70歳没)によって映画化された「時計じかけのオレンジ」('71年/英・米)は、第37回「ニューヨーク映画批評家協会賞」の作品賞や監督賞を受賞しています。

時計じかけのオレンジ 09.jpg 小説にも映画にも、少年たちが作家の家に押し入り、妻を暴行する場面がありますが、原作者アンソニー・バージェスが兵役でジブラルタルに駐在中、ロンドンに残っていた身重の妻が市内が停電中に4人の若い米軍脱走兵に襲われ、金を強奪され、結局赤ん坊を流産したという出来事があったとのことです。さらに、それから何年か後、バージェスは手術不可能な脳腫瘍があるという告知を受け、自分が死んだ後に妻が困らないようにと猛スピードで原稿を書き、『時計じかけのオレンジ』の元稿ができたそうです(脳腫瘍は後に誤診と判明した)。

時計じかけのオレンジ 004.jpg しかしながら、出来上がった原稿を作者自身が読み返してみて、ただの少年犯罪の小説であって新鮮味も無いことに気がつき、たまたま60年代初頭のソ連に旅行をした時、ソ連にも不良少年がいて英国の不良少年ともなんら違いがなかったことから、主人公の少年が、英語とロシア語を組み合わせて作った「ナツァト言葉」を操るという設定にしたとのことです。

 作品が発表された時の評判はイマイチで、「タチが悪く、取るに足らない扇情小説」と言われ、原罪と自由意志がテーマだとは気づかれずにいましたが、若者の間ではアンダーグラウンド的に支持を得ました。そして、時代や価値観の急激な変化や、映画界でも暴力や性の描写に寛大になってく中で、時代に乗り遅れないテーマを模索していたスタンリー・キューブリック監督の目にこの作品がとまって映画化されることになり、そのことによって一気に注目されるようになったとのことです。

 ストーリーと設定については原作と映画に大きな違いはないのですが、設定で1つ異なるのは、映画では成人男性である主人公のアレックスが、原作では15歳で設定されている点です。これはさすがに15歳のままの設定では映像化しにくかったということでしょう。

時計じかけのオレンジ003.jpg それと、それ以上に大きく異なるのは結末です。映画の衝撃的かつ皮肉ともとれる結末は、原作の第3部の6章で、アレックスが「ルドビコ療法」による「治療」を施されたにもかかわらず、結局「すっかり元通り」になった(要するに"ワル"に戻った)と宣言するところに該当します。しかし、原作は第1部から第3部までそれぞれ7章ずつで構成されており、この第3部の第7章が映画では割愛されています。

 なぜこうしことが起きたかというと、原作が米国で最初に出版された際、バージェスの意図に反し最終章である第21章(第3部の第7章)が削除されて出版され、キューブリックによる映画も本来の最終章を削除された版を元に作られたためです。

 その第3部の第7章を収めているゆえに、「ハヤカワepi文庫」版は「完全版」と謳っているわけです。本版は、'80年刊行の〈アンソニー・バージェス選集(早川書房)に準拠していますが、それ以前に刊行('77年)の「ハヤカワ文庫」版にはこの最終章がありません。

時計じかけのオレンジes.jpg 最終の第3部の第7章はどういった内容かというと、アレックスは21歳になっていて、新しい仲間たちと集い再び暴れ回る日々に戻るも、そんな生活に対してどこか倦怠感を覚えるようになって、そんなある日、かつての仲間ピートと再会し、妻を伴う彼の口から子どもが生まれたことを聞いて、そろそろ自分も落ち着こうと考え、暴力からの卒業を決意し、かつて犯した犯罪は若気の至りだったと総括するのです。

 文庫解説の映画評論家の柳下毅一郎氏(自称「特殊翻訳家」)によると、キューブリックは、「この版(第3部の第7章がある版)は、ほとんど脚本を書き上げるまで、読まなかった。けれども、私に関する限り、それは納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している」と言っていたとのことです(キューブリックは、出版社がバージェスを説き伏せて、彼の"正しい判断"に反して付け足しの章を加えさせたと思い違いしていたようだ。第3部の第7章はいわばハッピーエンドであるため、そうした"作為"があった思うのも無理ない)。

時計じかけのオレンジ dh.jpg 米国刊行時に最終章のカットを求めたのは実は米国出版社であり、キューブリックや出版社は、最終章をとってつけたハッピーエンドに過ぎないと考え、一方のバージェスはむしろ「主人公か主要登場人物の道徳的変容、あるいは英知が増す可能性を示せないのならば、小説を書く意味などない」とし、第6章で「すべて元通り」のままで終わったのでは、ただの寓話にしかならないと反発したそうです(バージェスはカソリック作家でもある)。

時計じかけのオレンジch.jpg この両者の言い分をどうとるかで「映画派」と「小説派」に分かれるかもしれません(バージェスは映画版を嫌っていたという)。バージェスの側に与したいところですが、そうなると、「ルドビコ療法」によるアレックスの「治療」というのは結果的にうまくいったことになり、「拷問を通じた再教育」を是認するともとられかねない恐れもあるように思われます。映画では、そうした自己矛盾に陥るのを回避し、原作が自由意志の小説であることがインパクトをもって伝わることの方を重視したように思います(キューブリックは「シャイニング」('80年/英)の結末も原作と変えていて、原作者のスティーヴン・キングと喧嘩になっている)。

 「映画派」に立っても「小説派」に立っても、人間の自由意志は尊重されるべきであるというテーマは変わりないと思います。小説は小説的に書かれ、映画は映画的に作られているように思います。ただし、小説の結末をキューブリックが、「納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している」としているのは単に"いちいちゃもん"をつけているとは言い難く、まさに小説の方の弱点とも言え、個人的にはこの勝負、映画の方に軍配を上げたいと思います(「シャイニング」は、自分は原作の方に軍配を上げるのだが)。

 因みに、先に取り上げた同じくディストピア小説であるジョージ・オーウェルの『一九八四年』を読んでいる時に、いつも想起させれていたのがこの作品でした。そして、バージェスはオーウェルの『一九八四年』を意識して『1985年』という未来小説を書いていますが、そこでは、オーウェルが描いた管理社とはまた違った社会が描かれているようです。


【2836】 尾形 誠規 (編) 『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
IMG_7882.JPG「時計じかけのオレンジ」●原題:A CLOCKWORK ORANGE●制作年:1971年●制作国:イギリス・アメリカ●監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック●撮影:ジョン・オルコット●音楽:ウォルター・カーロス●原作:アンソニー・バージェス●時間:137分●出演:マルコム・マクダウェル/ウォーレン・クラーク/ジェームズ・マーカス/ポール・ファレル/リチャード・コンノート/パトリック・マギー/エイドリアン・コリ/ミリアム・カーリン/オーブリー・モリス/スティーヴン・バーコフ/イケル・ベイツ/ゴッドフリー・クイグリー/マッジ・ライアン/フィリップ・ストーン/アンソニー・シャープ/ポーリーン・テイラー●日本公開:1972/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-02-09)●2回目:吉祥寺セントラル(83-12-04)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「非情の罠」(スタンリー・キューブリック)
『時計じかけのオレンジ(ハヤカワ・ノベルズ)』['71年]表紙イラスト:真鍋博
ハヤカワ・ノヴェルズ  『時計じかけのオレンジ』.jpg

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「独裁政治」「全体主義」批判と併せて「管理社会」「監視社会」批判にもなっている。

一九八四年.jpg一九八四年 sin.jpeg 1984 (角川文庫).jpg 
一九八四年〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)』/『1984 (角川文庫)』['21年3月]
『一九八四年』 吉田健一・龍口直太郎訳 昭和25年/『1984年(ハヤカワ・ノヴェルズ)』新庄哲夫訳['75年]
『一九八四年』一九五〇.jpg『一九八四年』ハヤカワ・ノヴェルズ「.jpg 1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三大超大国によって分割統治されていて、国境の紛争地域では絶えず戦争が繰り返されている。物語の舞台オセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンや街中に仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。オセアニアの構成地域の一つ「エアストリップ・ワン(旧英国)」の最大都市ロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の下級役人として日々歴史記録の改竄作業を行っている。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら定かではない。ウィンストンは、古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという禁行為に手を染める。ある日の仕事中、抹殺されたはずの三人の人物が載った過去の新聞記事を偶然見つけ、体制への疑いは確信へと変わる。「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性ジュリアから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになり、古い物の残るチャリントンという老人の店を見つけ、隠れ家としてジュリアと共に過ごす。さらに、ウィンストンが話をしたがっていた党内局の高級官僚のオブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白、オブライエンよりエマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。ところが、こうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出る―。

ジョージ・オーウェル.jpg 1949年6月に出版されたジョージ・オーウェル(1903-1950)の作品で、オーウェルは結核に苦しみながら、1947年から1948年にかけて転地療養先のスコットランドのジュラ島でこの作品のほとんどを執筆し、1947年暮れから9カ月間治療に専念することになって執筆が中断されるも、1948年12月に最終稿を出版社に送ったとのこと、1950年1月21日、肺動脈破裂による大量出血のため、46歳の若さで亡くなっています。
ジョージ・オーウェル(1903-1950/46歳没)

 ロイター通信によれば、英国人の3人に2人は、実際には読んでいない本も「読んだふり」をしたことがあるといい、「世界本の日」を主催する団体の'09年のウェッブ調査の結果では、読んだと嘘をついたことのある本の1位が、回答者の42%が挙げたジョージ・オーウェルの『一九八四年』であったとのこと(2位はトルストイの『戦争と平和』、3位はジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』)。

 確かに、第1部で描かれる未来都市ロンドンの管理社会は、ややマニアックなSF小説を読んでいるみたいで、そうした類の小説を読みつけていない人は途中で投げ出したくなるかもしれません。しかし、第2部で主人公のウィンストン・スミスがジュリアという女性との恋に陥るところから話が面白くなってきます(恋愛はほとんどの人が身近に感じるから)。そして、突然の暗転。ジュリアと一緒にウィンストンは思想警察に捕らえられ、「愛情省」で尋問と拷問を受けることになりますが、これがまたヘビィでした。

 そして、最後は、「愛情省」の〈101号室〉で自分の信念を徹底的に打ち砕かれたウィンストン・スミスは、党の思想を受け入れ、処刑(銃殺)される日を想いながら"心から"党を愛すようになるという―読んでいても苦しくなってくるような内容であるばかりでなく、ディストピア小説としてテーマ的にも重いものでした。

 この作品は、ソ連のスターリン体制批判ともとれる『動物農場』がそうであったように、刊行時においては、文学的価値よりも政治的価値の方が評価され、とりわけ米政府は、『動物農場』と併せて反共宣伝の材料として本書を利用したようで(逆にソ連ではペレストロイカが進行した1980年代末、1991年のソ連解体の直前まで禁書だった)、そうした政治的局面が過ぎればその価値は下がるとまで見られたりもしていたようです。

 しかし、実際には十分に普遍性を持った作品であったことは、後には誰もが認めるとことろとなったわけで、この作品で描かれ、端的に批判対象になっている「独裁政治」「全体主義」は、今もって北朝鮮や中国をはじめ、そういう国が実際にあるということです。また、アメリカでトランプ政権が誕生した際に、本書が再びベストセラーランキングに名を連ねたとの話もあります。

 あと、もっと広い意味での批判対象として描かれている、「管理社会」「監視社会」の問題もあるかと思いますが、そう言えば、都市部の街角に監視(防犯)カメラが普及し始めた際に、この作品が取り上げられたりしたことがありました。そうした意味でも先駆的であったわけですが、一方でわれわれ現代人は、そうした社会の恩恵をも受けているわけで、こちらの方が一筋縄背はいかないテーマかもしれません。

 監視カメラについては、警察が設置した街頭防犯カメラも増加傾向にあるものの、住宅や店舗、駅などに設置されている民間のカメラの方が圧倒的に数が多くて数百万台にのぼるとみられているそうですが、今や犯罪検挙の一割は、そうした防犯カメラが容疑者の特定に役立っているそうで、誰もこれを悪くは言わないでしょう。マイナンバー制度も、当初は「国民総背番号制」などと言われて国民が不安感を抱いたりしましたが、今は浸透し、カードを作った方が何かと便利だとかいう話とかになっているし、現代人はいつの間にか監視・管理されることに慣れてしまっているのかもしれません。

 でも、時にはそのことに自覚的になってみることが大事であって、その意識を思い起こさせてくれるという面も、この作品の今日的意義としてあるように思いました。「独裁政治」「全体主義」批判と併せて「管理社会」「監視社会」批判にもなっている作品であるように思います。先月['21年3月]に角川文庫から新訳が刊行されたのも、この作品が今日的価値を有することの証左とも言え、帯文には「思想統制、監視―現代を予見した20世紀の巨作‼」とあり、解説の内田樹氏が「昔読んだときよりもむしろ怖い」と述べていて、それぐらい自覚的な意識で読むべき本なのかもしれません。

映画「1984」('84年/英)ジョン・ハート    初代 MacintoshのCM('84年)
1984 映画 ジョン・ハート.jpg1984 マッキントッシュ cm.jpg 1984年にマイケル・ラドフォード監督により映画化されており、(「1984」(英))、ウィンストン・スミスをジョン・ハート、オブライエンをリチャード・バートン(この作品が遺作となった)が演じているそうですが未見です。個人金正恩 syouzou.jpg的には、ビッグブラザーのイメージは、同じく1984年に発表された、スティーブ・ジョブズによる初代MacintoshのCM(監督はリドリー・スコット)の中に出てくる巨大なスクリーンに映し出された独裁者の姿でしょうか。明らかにオーウェルの『一九八四年』がモデルですが(独裁者に揶揄されているのはIBMだと言われている)、作品を読む前に先にCMの方を観てしまったこともあり、イメージがなかなか抜けない(笑)。でも、現代に置き換えれば、金正恩や習近平がまさにこのビッグブラザーに該当するのでしょう。
まんがでわかる ジョージ・オーウェル『1984年』

まんがでわかる ジョージ・オーウェル.jpgまんがでわかる 『1984年』1.jpg 漫画などにもなっていますが、絶対に原作を読んだ方がいいです。ハヤカワepi文庫版の『動物農場』の訳者である山形浩生氏が監修した『まんがでわかる ジョージ・オーウェル「1984年」』('20年/宝島者社)がありますが、これも漫画の部分はそれほどいいとは思わなかったですが、解説はわかりよかったです。

『1984年(ハヤカワ・ノヴェルズ)』新庄哲夫訳['75年]
1984年 hayakawa novels.jpg

【1972年文庫化[ハヤカワ文庫(『1984年』新庄哲夫:訳)]/2009年再文庫化[ハヤカワepi文庫(高橋和久:訳)]/2021年再文庫化[角川文庫(『1984』田内志文:訳)]】

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ニック・ビレーンがずっこけることで、そのキャラを逆に好きになってしまう。

パルプ チャールズ ブコウスキー 新潮文庫.jpgパルプ チャールズ ブコウスキー.jpg パルプ チャールズ ブコウスキー ちくま.jpg   チャールズ・ブコウスキー.jpg
パルプ』['95年]/『パルプ (ちくま文庫)』['16年](カバーイラスト:
サヌキナオヤ)/チャールズ・ブコウスキー(1920-1994)
パルプ (新潮文庫)』['00年](カバーイラスト:ゴッホ今泉)

パルプ チャールズ ブコウスキー6.jpg バーと競馬場に入りびたり、ろくに仕事もしない史上最低の私立探偵ニック・ビレーンのもとに、死んだはずの作家セリーヌを探してくれという依頼が来る。早速調査に乗り出すビレーンだが、それを皮切りに、いくつもの奇妙な事件に巻き込まれていく。死神、浮気妻、宇宙人等が入り乱れ、物語は佳境に突入する―。

 『パルプ』は、詩人・作家であるチャールズ・ブコウスキー(1920-1994)が最後に執筆した小説で、ブコウスキーの死の直前、1994年に出版されています。日本では'95年に単行本が刊行され、2000年に新潮文庫で文庫化されましたが、その後、2016年に同じ訳者のものがちくま文庫で文庫化されました。背景として、近年ブコウスキーが見直されていてちょっとしたブームになっているということがあるようです。

 ハードボイルド探小説の体裁をとっていますが、話はもうはちゃめちゃで、このはちゃめちゃぶりが楽しいです。ハードボイルド小説の定型をパロディ化した、メタハードボイルド小説と言えます。それと、ブコウスキーはこの小説を"悪文"に捧げていて、小説に登場するエピソードやアイテムはいわゆる「パルプ・マガジン」に見られるような意図的な悪文や、それに付きものの安っぽい要素(キッチュ感)を彷彿とさせ、それらへのオマージュともなっています(訳者は、クエンティン・タランティーノ監督の映画「パルプ・フィクション」('94年/米)と対比させている)。

東山 彰良.jpg 自分では「LA一の名探偵」「スーパー探偵」と称し、依頼料は1時間6ドル、飲んだくれ(日本酒をよく呑む)で競馬が趣味だという主人公・ニック・ビレーンという男(55歳)のキャラが最高に面白く、ちくま文庫解説の直木賞(『』)作家の東山彰良氏が述べているように、ミステリの部分は読者にページをめくらせるための推進力に過ぎず、作者が描きたかったのは、このダメ探偵の厭世的な人生観かもしれません。そのことは、冒頭から「セリーヌ」の名が出てくることなどとも符合するように思えます(そう言えば、ブコウスキーはルイ=フェルディナン・セリーヌと雰囲気的に似ている)。

橋 源一郎.jpg翻訳夜話.jpg 帯の推薦文で高橋源一郎氏が、「日本翻訳史上の最高傑作だと思います」と述べていますが、どう訳すか翻訳者の腕にかかっている小説とも言え、その翻訳者が、村上春樹氏との間に『翻訳夜話』('00年/文春新書)という共著もある柴田元幸氏であるというのも分かる気がします。

小鷹信光.jpg斎藤美奈子.jpg 「ハードボイルド小説は男のハーレクインロマンスである」と言ったのは斎藤美奈子氏ですが、それに対してハードボイルドの御大であった故・小鷹信光氏も、「何だか少し違う気がする」と言って苦笑いしたたとか。斎藤美奈子氏の言葉もある程度は本質を突いているのかもしれませんが、言われた方も、別に自分が登場人物のようになれると思って読んでいるわけではなく、そのギャップを十分衣自覚し、憧憬の対象は憧憬の対象として、現実は現実としてとらえ、時にはギャップを楽しんでいる部分もあるように思います。

 この『パルプ』は、ニック・ビレーンがずっこけることで、そのキャラを逆に好きになってしまうという、不思議な吸引力を持った小説ですが、ニック・ビレーンが一人で、ハードボイルドな男とずっこけ男の両方をやってのけているところが、なかなかのミソではないかと思いました。

 因みに、ニック・ビレーンという名は、映画「カサブランカ」におけるハンフリー・ボガートの役名「リック・ブレイン」のもじりだとか。「マイク・ハマー」シリーズの原作者であるミッキー・スピレインとも少し似ているけれど(この人、「刑事コロンボ」に殺害されるベストセラー作家の役で出演していた(「第22話/第三の終章」))。

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本当に「傷だらけ」になったなあ、カミーユ警部。シリーズを終わらせるところまでいくとは...。

Sacrifices (A.M.THRIL.POLAR) (French Edition).jpg傷だらけのカミーユ.jpg Pierre Lemaitre.jpg
Sacrifices (A.M.THRIL.POLAR) (French Edition)『傷だらけのカミーユ (文春文庫)』 Pierre Lemaitre(2014)

 妻を失って5年、ようやく立ち直りかけたカミーユ。ところが恋人のアンヌがたまたま事件に巻き込まれ、二人組の強盗に殴られ瀕死の重傷を負う。アンヌの携帯の連絡先のトップにカミーユの電話番号があったため、警察からカミーユに電話があり、カミーユは病院に駆けつけ、アンヌとの関係を誰にも明かすことなく、事件を担当することにする。しかしながら、強引なうえに秘密裏の捜査活動は上司たちから批判され、事件の担当を外されるどころか、刑事として失格の烙印さえ押されそうになる―。

 2012年10月原著刊行のピエール・ルメートルの、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続くカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの第三作であり(原題:Sacrifices)、シリーズ完結編となるとのことです。英国推理作家協会賞のインターナショナル・ダガー賞を2013年に受賞した『その女アレックス』に続いて、この作品でも2015年のインターナショナル・ダガー賞を受賞しています。また日本では、2016年「週刊文春ミステリーベスト10」の第1位となり、『その女アレックス』『悲しみのイレーヌ』に続く3年連続の第1位でした(別冊宝島の「このミステリーがすごい!」(2016年)では第2位、早川書房の「ミステリーが読みたい!」(2017年)では第5位)。

 時系列でいうと、『その女アレックス』のすぐあとの事件ですが、本書で繰り返し言及されるのは、悲劇的な死をとげたイレーヌのことです(日本では、翻訳の順序が『その女アレックス』→『悲しみのイレーヌ』と逆になった)。ようやく立ち直りかけたカミーユに襲いかかる新たな悲劇! これ、ほとんどの読者は完全に騙されると思いますが、プロットのこと以上に、作者というのはここまで主人公を苛めるものなのかなあと考えてしまいました。

 事件は解決しても、カミーユは本当に「傷だらけ」になったなあ。警察も辞めることになり、シリーズもこれで終わらせるということだそうで、そこまで普通やるかね。アガサ・クリスティはエルキュール・ポワロのことを好きではなかったと言われていますが、この作者もこの物語の主人公である身長145㎝のカミーユ・ヴェルーヴェン警部のことをあまり好きではないのかも、と思ってしまいました。

 ただ、後に作者はシリーズの復活も示唆しており、今のところ個人的にはこのシリーズとは相性がイマイチですが(すべてにおいてカミーユ警部が強引すぎる)、新作が出れば読んでみるかもしれません。

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面白かった。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラー。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上.jpg ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ下.jpg  ヒッチコック「裏窓」1954.jpg 裏窓o2.jpg
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上』『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下』 アルフレッド・ヒッチコック「裏窓」

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ.jpg 神分析医のアナ・フォックスは、夫と娘と生活を別にして、ニューヨークの高級住宅街の屋敷に10カ月も一人こもって暮らしていた。広場恐怖症のせいで、そこから一歩たりとも出られないのだ。彼女の慰めは古い映画とアルコール、そして隣近所を覗き見ること。ある時、アナは新しく越してきた隣家で女が刺される現場を目撃する。だが彼女の言葉を信じるものはいない。事件は本当に起こったのか―。

 家の扉を閉ざし、社会から疎外された人間として生き、その慰めはワインとニコンD5500を使った覗き行為。不動産譲渡証書をネットで漁り、近所に越してきた新しい住人たちの出自をネットで調べる、言わば遠隔ストーカーである主人公。こんな主人公に感情移入できるかなと最初は思いましたが、巧みな筆致であるため、しっかりハマりました。

 解説によれば、作者自身もアナのように広場恐怖症とうつ病に長い間苦しめられ、2015年にはうつ病が再発し、家から出ることさえも出来なかったそうで、そんな辛い時期に思いついたのが本書のアイデアであったとのこと。編集者としての仕事を続けながら書き上げ、2018年1月に発表されたこの作者のデビュー長編は、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリスト初登場1位の快挙を成し遂げ、その後も29週にわたりランクインしたそうです。やはり、切迫感のある描写は、それだけの苦労の賜物なのかもしれません。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ eiga.jpg 最後の畳み掛けるような、且つ意外な展開も良く、素直に「面白かった」と言える作品でした。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラーでした。

 2019年に映画化され(2020年公開予定)、主人公アナを演じたのは「ザ・ファイター」('10年)や「アメリカン・ハッスル」('13年)の女優エイミー・アダムス。ゲイリー・オールドマンやジュリアン・ムーアなども出演しているようです。

Amy Adams in "The Woman in the Window"
  
ヒッチコック「裏窓」ド.jpg 主人公が古い映画を観るのが趣味で、多くの映画作品が作中に登場するのが、また楽しいです。とりわけアルフレッド・ヒッチコック作品が多く、この作品そのものがヒッチコック作品へのオマージュともとれますが、やっぱりストレートに「あれ、これってあの映画と同じかも」と言えるのが、ヒッチコック「裏窓」('54年/米)ではないかと思います。
Uramado (1954)
裏窓01.jpg 「裏窓」も、実際に殺人事件はあったのだろうかということがプロセスにおいて大きな謎になっていて、映画の中で実際には殺人が起こっていないのではないか、という仮説をもとにして論証を試みた、加藤幹郎著『ヒッチコック「裏窓」ミステリの映画学』('05年/みすず書房)という本もあったりします(加藤幹郎氏の主眼は「裏窓」そのものの読解ではなく、そこから見えてくるヒッチコック映画の計算された刷新性を見抜くことにあるかと思われるが、「裏窓」における事件が無かったとすることについては無理があるように思う)。

映画術 フランソワ トリュフォー.jpg ヒッチコックは、『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)でのインタビューの中で、「わたしにとっては、ミステリーはサスペンスであることはめったにない。たとえば、謎解きにはサスペンスなどはまったくない。一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている」と述べており(p60)、「観客はつねに、危険にされされた人物の方に同化しておそれをいだくものなんだよ。もちろん、その人物が好ましく魅力的な人物ならば、観客のエモーションはいっそう大きくなる。「裏窓」のグレース・ケーリーがその例だ」と述べています。

ヒッチコック「裏窓」4.jpg 「裏窓」は公開当時、ジェームズ・ステュアート演じる主人公の〈のぞき〉の悪趣味ぶりを攻撃されましたが、「これこそが映画じゃないか。のぞきがいかに悪趣味だって言われようと、そんな道徳観念よりもわたしの映画への愛のほうがずっと強いんだよ」(同書P20)と答えています。ある批評家が、「『裏窓』はおぞましい映画だ、のぞき専門の男の話だ」と「吐き捨てるように書いた」のに対しても、「そんなにおぞましいものかね。たしかに、『裏窓』の主人公はのぞき屋(スヌーパー)だ。しかし、人間である以上、わたしたちはみんなのぞき屋ではないだろうか」と述べています(同署p218-219)。

 この『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』で言えば、先に書いたように(さらにヒッチコック流に言えば)、単なるサスペンスではなく、エモーショナルな部分が加わって(ホラー小説としても)成功しているように思いました。この成功のベースには、読者が主人公のアナにどれだけ感情移入できるかということにあるかと思いますが、元々作者にそうした闘病経験があったうえに、(ヒッチコックの示唆に則れば)主人公をのぞき屋(スヌーパー)にしたことで、すでに半分は成功が約束されていたのかもしれないと思った次第です。

「裏窓」DVD/Blu-ray
裏窓 dvd.jpg裏窓 br.jpg「裏窓」●原題:REAR WINDOW●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ●撮影:ロバート・バークス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:ウィリアム・アイリッシュ「裏窓」●時間:112分●出演:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/レイモンド・バー/セルマ・リッター/ウェンデル・コーリイ/ジュディス・イヴリン/ロス・バグダサリアン/ジョージン・ダーシー/サラ・ベルナー/フランク・キャディ/ジェスリン・ファックス/ギグ・ヤング●日本公開:1955/01●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:新宿文化シネマ2(84-02-19)(評価:★★★★)

「裏窓」ヒッチ.png.jpg



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エピローグ的な結末が引っ掛かる。フィクションとして許される範囲を超えているのではないか。

その女アレックス.jpgその女アレックス6.jpg
その女アレックス2.jpg
その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス 7冠.jpg 2014 (平成26) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、2015(平成27) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位、早川書房の「ミステリが読みたい! 2015年版」(海外編)第1位、2014年「IN☆POCKET文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第1位、2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位作品。海外では、「リーヴル・ド・ポッシュ読者大賞」(フランス)、「英国推理作家協会インターナショナル・ダガー賞」受賞。最後に決まった「本屋大賞」を含め"7冠"とのことです(国内だけだと5冠)。

 30歳の美女アレックスはある夜、何者かに拉致され、監禁される。アレックスを誘拐した男は、「おまえが死ぬのを見たい」と言って彼女を檻に幽閉する。衰弱したレックスは脱出を図るが...。一方、目撃者がいたことから誘拐事件の捜査に乗り出したパリ警視庁のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は、一向に手掛かりが掴めず、いらだちを募らす。そうした中、事件は思わぬ方向に転がりだす―。

alex_.jpg 2011年にピエール・ルメートルが発表したカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ第2作(第1作は2006年発表の『悲しみのイレーヌ』)。全三部構成で、ストーリーもそれに沿って大きく二転三転します。個人的には、「二転目」はすぐにその気配を感じましたが、「三転目」は予想と違いました。但し、"衝撃のドンデン返し"といった類のものでもなかったです。
"Alex (The Camille Verhoeven Trilogy)"

 そして、最後にエピローグ的な結末が...。これが一番引っ掛かりました。警察が事件を捏造? フィクションの中では許される設定かもしれませんが、判事や弁護士の壁はどう乗り切るのか。

 と思ったら最後、予審判事に「まぁ、真実、真実と言ったところで......これが真実だとかそうでないとか、いったい誰が明言できるものやら!われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ。そうでしょう?」と言わせていて、件の予審判事、最初は何となくいけ好かない人物だったけれど、最後は自らの意思でカミーユと協調路線をとったのか。

 でも、判事だからなあ。自分たちで勝手に事実を捻じ曲げて裁いちゃっていいのかなあ。「協調」と言うより「共謀」にあたるかも。この段階で、フィクションの中でもそのようなことが許されるかどうか微妙になっているのではないかと思いました。

 アガサ・クリスティの「名探偵ポワロ」シリーズに「厩舎街の殺人」(ハヤカワ・クリスティー文庫『死人の鏡』所収)という短編があって、犯人の女性は恐喝を苦に自殺した友人の恨みを晴らすため、その死を他殺に見せかけ、自殺の原因となった男性に罪を被せるのですが、それを見抜いたポワロは、犯人を男性に対する"殺人未遂"で追及しています(1930年代の英国で人を殺せば大概は死刑だったから、無実の人間に濡れ衣を着せて死刑に追い込む行為は"殺人"であるという理屈)。

 ちょっと厳しいけれど、どちらがスジかと言えばポワロの方がスジであり、死んだ人間の遺志を継いで事実を捻じ曲げようとしているこの物語の警部や判事の方が、その「正義」とやらに無理があるように思いました(ポワロにも「オリエント急行の殺人」のように実質的に犯行を見逃してやっているケースがあるが、彼は警官でも判事でもないからなあ)。

 こうしたこともあって、本来ならば評価は△ですが、カミーユ警部や部下の刑事たちのキャラクター造型がユニークであり、そのことを加味して、ぎりぎりで○にしました。

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ちょっと軽めだが、プロットに無理が無い印象。アットホーム感のあるブラウン神父像。

Father Brown Series 1 [DVD] [2013].jpg「ブラウン神父」固定メンバー1.jpg ブラウン神父の童心.jpg
Father Brown Series 1 [DVD] [2013]『ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)』['82年](カバーイラスト:西山クニ子/カバーデザイン:小倉敏夫)


『ブラウン神父の童心』.JPG かつて英国ITVでケネス・モア主演の「Father Brown」が全13話放送され(1973年)、好評を博しましたが、こちらの「ブラウン神父」はBBCによる新シリーズ。本国で今年(2013年)1月に10日連続で10話放映され、これまた平均で20%台後半の高視聴率で、第2シーズンの制作が内定したとのことです。日本では、今年10月にAXNミステリーで、2日に分けて5話ずつ一挙放映されました。

クリスマス・プレゼントブラウン神父の童心 (1959年) (創元推理文庫).jpg 原作者のG・K(ギルバート・ケイス)・チェスタトン(Gilbert Keith Chesterton、1874‐1936)はコナン・ドイル(1859‐1930)、モーリス・ルブラン(1864‐1941)などとそう年代的に変わらないわけですが、このシリーズでは時代を1950年代に置き換え、また、全てのエピソードにおいて、マッカーシー夫人(神父の秘書?)、バレンタイン警部補など数名のメンバーを固定的に配置し、アットホームな仕上がりになっているでしょうか。ブラウン神父を演じるマーク・ウィリアムズ(「ハリー・ポッター」の親友ロン父親役でお馴染み)は、原作と違って恰幅がいいですが、自転車を愛用し、蝙蝠傘を手放さないないのは同じ(但し、蝙蝠傘の方は邪魔になったのか、だんだん持っていない場面が結構多くなる)。
ブラウン神父の童心 (1959年) (創元推理文庫)』(カバー:松田正久)

 第1シーズンの10話は、G・K・チェスタトンの1911年刊行の第1短編集である『ブラウン神父の童心』(The Innocence of Father Brown)にある話に基づいているようですが、翻訳のタイトルとドラマのタイトルが一致するのは半分ぐらいで、あとの半分はオリジナルなのか、別の短編集からの翻案なのか、個人的にはよく分かりませんでした。

ブラウン神父1.jpg 第1話「神の鉄槌」(The Hammer of God)(Director:Ian Barber)は、『ブラウン神父の童心』所収のものと同じ邦題。ブラウン神父は、ボーハン牧師が新しい時計台をお披露目するパーティーに参加していた。一方、牧師の弟であるノーマンは、招待されていないにもかかわらず、パーティーに現れ、周囲の人に悪態をつくき、更に、シメオン・バーンズとケンカを始める―。
 犯人は意外ですが、犯行はやや大雑把というか、鐘が命中しなかったら...と思ったりもするのですが、これ、兄弟の順番が入れ代わっているのを除いては、犯行手口等は原作通りなんですね(評価★★★)。

ブラウン神父2.jpg 第2話「飛ぶ星」(The Flying Stars)(Director:Ian Barber)も、『ブラウン神父の童心』所収のものと同じ邦題。貴族の令嬢、ルビー・アダムズの誕生日パーティーに招かれたブラウン神父とマッカーシー夫人は、バスに乗り遅れたので、領地を横切って邸宅に向かっていた。しかし、到着すると家政婦のスージーから、誕生日パーティーは中止になったと聞かされる―。
 劇中殺人というやつですか(その部分は未遂に終わったが)。若い2人の結婚を思想・身分の違いから反対していた親が、最後に2人の結婚を認めるラストは心地よい(評価★★★☆)。

ブラウン神父3.jpg 第3話「狂った形」(The Wrong Shape)(Director:Dominic Keavey)も『ブラウン神父の童心』所収のものと同じ邦題。ブラウン神父は、レナード・クィントン主催の詩の朗読会に招待され、屋敷には妻マーサの他に、レナードの愛人と噂されるバイオレット、弁護士のハリスがいた。朗読会が始まり、バイオレットはレナードとの関係を匂わす詩を読み、動揺したマーサは席を立つ―。
 アガサ・クリスティもそうですが、医者や弁護士って出てくるなり怪しい。すでに自殺者している者を首吊りに掛けるというのは、犯人に御大層なことでと言いたくなります(評価★★★)。

ブラウン神父4.jpg 第4話「木の中の男」(The Man in the Tree)(Director:Dominic Keavey)は、同名の邦題原作が見当たりません。ある日、絵を描こうとフェリシアが森を歩いていると、頭上からうめき声が聞こえ、見上げると負傷した男が下着姿で木に引っ掛かっていた。その頃、ブラウン神父とマッカーシー夫人は、ドイツからの訪問者フランク神父を駅で出迎えていた―。
 推理のプロットは面白かったです。クリスティは神父や牧師を犯人にすることは無かったけれど、チェスタトンはアリ。神父が主人公でありながら、結構、牧師や神父を悪者にしているなあ(元ナチスとは!)。本物の神父の前で神父になり切るのは無理。最後、ブラウン神父は犯人に逃走の機会を与えたの?(評価★★★☆)

ブラウン神父5.jpg 第5話「アポロの眼」(The Eye of Apollo)(Director:Matt Carter)は、『ブラウン神父の童心』所収のものと同じ邦題。アポロ教会という信仰集団が現れ、パンフレットを村中に配ったため、ブラウン神父はマッカーシー夫人と集会に参加する。集会では、アポロ教会の創始者ケイロンが、戦争で負傷した際に、太陽を通して神からの啓示を得た話を語り始める―。
 こんな胡散臭い教祖がいる教団によく信者になる人がいるなあと思うけれど、この手の新興宗教は日本にもいくらでもあるからなあ。身内が洗脳されてブラウン神父もやや焦り気味ですが、宗教対決的な局面もあって、かなり押し出しの強いブラウン像になっている印象です(でも、事前にちゃんと教祖の経歴の裏を取っている)。教祖は、色情狂であるとともに、脳の器質的障害による異常者でしたね。犯行の手口はミエミエでしたが、新興宗教 vs.ブラウン神父という素材が面白かったです(評価★★★★)。

 元が短編であるせいか、時間が60分ドラマに収める形になっているためか、ちょっと軽いかなという感じで、それはG・K・チェスタトンの原作を読んでも感じられることかもしれません。コナン・ドイルなどは、短編も結構密度が濃いけれど、一方で、現代に置き換えるとややキツイ面もあり(同じくBBC制作の「SHERLOCK(シャーロック)」は、そこのところを割り切って思い切り現代風にアブラウン神父」固定メンバー 2.jpgレンンジしている)、一方のG・K・チェスタトンは、当時の社会観の影響は受けているとはいえ、意外とプロット的には現代に置き換えても(このドラマの場合、50年代だが)無理がないかなという印象を、ドラマを観て改めて思いました。原作は結構、神父が自ら断罪してしまう司法的な役割も果たしてしまっているものがあったはず(エルキュール・ポアロも同様のことをしているが)。また読み直してみようっと。

「ブラウン神父」 Father Brown(英国BBC 2013~) ○日本での放映チャネル:AXNミステリー(2013~)

ブラウン神父の事件簿 DVD-BOXI(2018年リリース)
ブラウン神父の事件簿 DVD-BOXI.jpg【収録内容】
Disc.1 「神の鉄槌」The Hammer of God / 「飛ぶ星」The Flying Stars
Disc.2 「狂った形」The Wrong Shape / 「木の中の男」The Man in the Tree
Disc.3 「アポロの眼」The Eye of Apollo / 「キリストの花嫁」The Bride of Christ
Disc.4 「悪魔の塵」The Devil's Dust / 「死者の顔」The Face of Death
Disc.5 「市長とマジシャン」The Mayor and the Magician / 「青い十字架」The Blue Cross
Disc.6 「物体に宿る霊」The Ghost in the Machine / 「狂気の沙汰」The Maddest of All
Disc.7 「プライド家のプライド」The Pride of the Prydes / 「絞首台の影」The Shadow of the Scaffold
Disc.8 「ロザリオの謎」The Mysteries of the Rosary / 「エルサレムの娘」The Daughters of Jerusalem
Disc.9 「三つの兇器」The Three Tools of Death / 「ジェラード大佐の褒美」The Prize of Colonel Gerard
Disc.10 「死神」The Grim Reaper / 「行動の法則」The Laws of Motion

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面白かったが、唐突なラストのドンデン返しが、どっちの解釈をしてもやや中途半端で惜しい。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ 文庫.jpg女彫刻家 ミネット ウォルターズ.png   ミネット ウォルターズ.jpg ミネット ウォルターズ(1949- )
女彫刻家 (創元推理文庫)

 1995 (平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。1996(平成8) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。

 母と妹を切り刻むという凄惨かつ猟奇的な殺人事件を起こしたかどで、今は無期懲役囚として服役中の女オリーヴ・マーチン。その凶悪な犯行にも拘らず、精神鑑定の結果は正常で、しかも罪を認めて一切の弁護を拒んでいる。フリーライターのロザリンド(ロズ)・リーは、エージェントに言われて彼女についての本を書くことになるが、オリーヴと何度も接見し、また事件の周辺の人物への取材を進めるうちに、事件そのものに違和感を覚えるようになり、事件が本当に彼女の犯行によるものだったのか疑念を抱き始める―。

The Sculptress Minette Walters.jpg 1993年に原著刊行の、英国の女流推理作家ミネット・ウォルターズ(Minette Walters、1949- )の長編第2作(原題:The Sculptress )で、アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)長編賞受賞作でもある作品。

"The Sculptress"

 フリーライターのロズが、次第にオリーヴとの間で気持ちを通い合わせ、事件の真相を独自に調査して、最後は彼女を無罪へと導く―と思ったら...意外や意外、大岡昇平の『事件』やレイモンド・ポストゲートの『十二人の評決』を想起させる結末でした。

 ロズが、複雑な人物相関を読み解いていく過程はスリリングで、その過程で知り合った"ハードボイルド"タッチの元刑事ハルとの間に恋愛感情が芽生えていくプロセスもいいです。

 そうした「ロズ釈放」に向けての歩みが丁寧に描かれているのに対し、僅か1ページのエピローグの、しかもその最後数行での暗示的ドンデン返しはあまりに唐突で、余韻を感じさせる暇もないといった印象です。でも、その暗示をまともに受けると、それまでの展開に多々不整合があるような気もします。解説者ですら、このエピローグ、本当に必要なのかどうかは読者の判断に委ねるとしています(この解説のやや投げ遣りなトーンに疑問を感じる人もいるのではないかと思われるが)。

 そう言えば、犯人の、死体を「人間の形に並べて台所に血まみれの抽象画を描いた」という犯行後の行為については何も解明されていなかったなあ。おかしいとは思ったんだけど、世間的にはロズの活躍で事件は"新たな決着"をみたようになっているのがどうも解せないと言えば解せません。

 面白かっただけに、どっちの解釈をしてもやや中途半端という感じの結末がやや惜しいか。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ dvd.jpg女彫刻家02.jpg 1996年にイギリスでTVドラマ化され、日本でもビデオがリリースされていますが、個人的には未見です。

女彫刻家【字幕版】 [VHS]
ポーリーン・クイーク/キャロライン・グッダール 出演

【2000年文庫化[創元推理文庫]】

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ヒロインの心理描写は優れ、背景描写も凝っているが、ミステリとしてのテンポはイマイチ。

サラ・ウォーターズ  『半身』.jpg サラ・ウォーターズ (中村有希:訳) 『半身』.jpg  サラ・ウォーターズ.jpg サラ・ウォーターズ (1966- )
半身 (創元推理文庫)』    

 2003 (平成15) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2004(平成16) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。2003年「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第3位。

 19世紀後半ビクトリア朝時代のロンドン。30歳で婚期を逃し、不幸続きで傷心のマーガレット・プライアは、上流階級の令嬢という身分を活かしミルバンク監獄の女囚獄へ慰問のため訪れ、そこで著名な霊媒であり、交霊中に起こった事故が原因で投獄された少女シライナ・アン・ドーズと出会い、「掃き溜めに鶴」のような彼女に心を奪われていく。以来、プライアの身辺には不可思議な出来事が立て続けに起こる―。

 1999年に原著刊行の、英国の女流推理作家サラ・ウォーターズ(Sarah Waters、1966- )の長編第2作(原題:Affinity)で、アメリカ図書館協会賞やサンデー・タイムズの若手作家年間最優秀賞、さらには35歳以下の作家を対象とするサマセット・モーム賞を受賞している作品です。

 物語は、1874年の現在の、シライナに会うために女囚獄への慰問を続けるマーガレットの話と、1872年の過去の、霊媒師として活動中のシライナの話が、それぞれ日記と独白で交互に紡がれていく形で進展し、推理小説と言うより文芸作品を読んでいるような印象です。特に、前半部分のミルバンク監獄の描写は、チャールズ・ディケンズの小説のような雰囲気を醸しています。

 中盤は、「私達は身も心も魂もひとつ-わたしは彼女の半身。光り輝くひとつの魂をふたつに割られた、その半身なのだもの」とあるように、マーガレットのシナイラへの没入ぶりがメインで、シナイラの特異な霊能力によるものか、不思議な現象が次々に起き、一方、ミステリとしての展開はここまで殆どありません(どちらかと言うと、女性間の恋愛感情を描いたレズビアン小説っぽい。大体、この人の作品は、ビクトリア朝を背景とした百合&お嬢様&メイドというパターンのようだ)。

 それが終盤にきての思わぬ展開―神秘的現象も全て種明かしされ、そういうことだったのかと。それにしても、人を自分に感化させ、意のままに操るといい意味では、やはりシライナの異能は超絶的で、やはりこういうのを描くには、現代よりもビクトリア朝時代とかの方が合っていることは合っているなあと。

 トリックに嵌っていたのはマーガレットだけではなく、しかもシライナの背後にはまた別の女性が...(シライナのかつての侍女ルースがすなわち、霊媒ピーター・クイックであり、なおかつプライア家の小間使いヴァイカーズでもあったという"一人三役"とは!)。終盤の展開は面白いけれど、それにしてもヒロインの側から見れば暗い結末になったものです。

 そのヒロイン・マーガレットの心理描写には優れたものがありましたが、あまりに背景描写に凝り過ぎて、ミステリとしてのテンポは決していいとは言えなかったように思います。

サラ・ウォーターズ  『半身』dvd.jpgSarah Waters's Affinity.jpg 2008年にイギリスでTVドラマ化されているので、その内、AXNミステリーあたりで放映されるかも。

Anna Madeley, Zoe Tapper 主演

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青春ハードボイルド・文芸ミステリであると同時に、ビルドゥングスロマンでもある。

『解錠師』.jpg解錠師 ハヤカワ・ポケット・ミステリ.jpg  解錠師 ハヤカワミステリ文庫.jpg 2解錠師 ハヤカワミステリ文庫.jpg  スティーヴ・ハミルトン.jpg Steve Hamilton
解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』『解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

The Lock Artist.png 2012(平成24) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2013 (平成25) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。早川書房の「ミステリが読みたい! 2013年版」(海外編)第2位。

 8歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイクだが、彼には。絵を描くこと、そしてどんな金庫の錠前も解錠することが出来る才能があった。孤独な彼は錠前を友に成長し、やがて高校生となったある日、偶然からプロの金庫破りの弟子となり、芸術的腕前を持つ解錠師になっていくと同時に、犯罪の世界にどっぷり引き摺り込まれていく―。

"Lock Artist"

 IBM本社勤務社員との二足の草鞋を履く作家スティーヴ・ハミルトン(Steve Hamilton)が2009年に発表した長編小説(原題:The Lock Artist)で、物語は、刑務所に服役中の主人公のマイケルの独白という形で始まり、彼の半生が主に二つの時間―ポケベルで呼び出され、全米各地の泥棒たちに金庫破りの技術を提供して過ごす解錠師としての日々と、伯父に引き取られてミシガン州ミルフォードで暮らし始め、若き解錠師になるまでの日々―を行き来しながら進行し、その両方に、マイケルが高校生の時に知り合った恋人のアメリアとの関係が絡んできます。

 誰かがこの作品を"青春ハードボイルド"と呼んでいましたが、まさにそんな感じ。エルモア・レナードやドン・ウィンズロウのようなハードボイルド・タッチでありながら、10代の若者を主人公にした青春小説でもあり、また、マイケルの細やかな心の動きを精緻に描いている点では、文芸小説的でもあります。

 アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長編賞、英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞の英米2冠を受賞した作品で、この作品の前年に同じくエドガー賞を受賞をした、ジョン・ハートの『ラスト・チャイルド』(2010年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(こちらも英国推理作家協会賞との2冠)なども、少年を主人公として"文芸"っぽい感じだったことを思い出しました。『ラスト・チャイルド』も、「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)で1位に選ばれており(「このミステリーがすごい」は5位)、殆ど純文学と言っていいローリー・リン・ドラモンドの『あなたに不利な証拠として』(2006年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)も、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」の両方で1位。日本にも、こうした"文芸ミステリ"のような作品を好む人が結構いるのだなあと。

 但し、この作品においては、主人公が身の危険に晒される場面が多く登場し、特に後半は凄惨な場面も多く、一歩間違えば命を失う綱渡りの繰り返しになっていってハラハラさせ、一方で、終盤には、彼の口がきけなくなったトラウマの元となった事件について明かされていき、サスペンス感も充分にあります。

 社会の暗部、犯罪の世界にどっぷり染まった絶望的な状況で、自分なりに懸命に生きようともがく主人公の姿が、抑制されたトーンで描かれているだけに、じわーっと胸に迫ってくるものがあり、また、彼の唯一最大の武器である解錠のテクニックがかなり詳細に記されていて、リアリティ溢れるものとなっています。

 犯罪の場面が多く、仲間の裏切りといった局面も出てくる分、主人公のある意味ブレない生き方は爽快でもあり、読後感も悪くありませんでした。
 本作品は全米図書館協会アレックス賞も受賞していて、これはヤングアダルト世代に読ませたい一般書に与えられるものですが、確かに少年の成長物語としても読める点では"ビルドゥングスロマン(教養小説)"的要素もあるかも。

 となると、この作品、青春ハードボイルド・文芸ミステリであると同時にビルドゥングスロマンであるということになるね。

【2011年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ]/2013年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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ドラマ以上にフーダニット(犯人探し)がじっくり堪能できる原作。

Written in Blood Caroline Graham.jpg空白の一章2.JPG 空白の一章.jpg CAROLINE GRAHAM.gif 血ぬられた秀作 dvd.jpg
"Written in Blood: The 4th Inspector Barnaby Mystery"『空白の一章―バーナビー主任警部』Caroline Graham「バーナビー警部~血ぬられた秀作[DVD]

Written in Blood.jpg アマチュア作家サークルのメンバー、ジェラルド・ハドリーが自宅で惨殺された。殺害される直前、ジェラルドが緊張しているのを他のメンバーは不審に思っていた。その夜、サークルがゲストに招いたプロ作家マックス・ジェニングズと関係があるのか......。捜査が進展するにつれ、被害者ジェラルドの素性を誰も知らないことがわかる。一方、疑惑の人、ジェニングズは事件後に旅立ったまま、行方がわからない。ロンドン郊外の架空の州ミッドサマーを舞台に、バーナビー主任警部と相棒のトロイ刑事が、錯綜する人間関係に挑む―。

 バーナビー警部とトロイ部長刑事のコンビが活躍するTVドラマシリーズ「バーナビー警部」の原作者である英国のキャロライン・グレアム(Caroline Graham、1931-)の「バーナビー主任警部」シリーズの1994年に発表された第4作(原題:Written in Blood)で、作者はシリーズ第1作『蘭の告発』(1987)で注目を集め、1997年からイギリスのITVでの放映が開始、2012年までに92話が放映されています。

Written in Blood (Chief Inspector Barnaby Series #4) Audiobook

 「92話」というとスゴイ数ですが、原作そのものは7作しかなく、翻訳されているのは第1作『蘭の告発』、第2作『うつろな男の死』とこの第4作『空白の一章』のみです。グレアムは、舞台女優やフリーランスのジャーナリストなどの職業を経て作家となり、最初はロマンス小説や児童書などを書いていて、「バーナビー主任警部」シリーズの第1作を発表したのが56歳の時、2004年にシリーズ第7作を発表した時点で73歳になっていますから、今後は「新作」を望むというより、「新訳」を望むということになりそうです。

 本書は単行本で500ぺージ以上ある大作ですが、翻訳がこなれていて読み易い上に、ストーリーの展開が巧みで引き込まれ、ほぼ一気に読めます。
 映像化作品の方は、シリーズ第4話として1998年に英国で放映され、日本では2002年に「小説は血のささやき」としてNHK-BS2で放映され、ミステリチャンネルで再放映された際に「血ぬられた秀作」というタイトルとなり、それがDVDのタイトルにもなっています。

 多くの人物が登場するにも関わらず、人物描写の書き分けが丁寧で、犯人当ての醍醐味も十分楽しめます。本来は、映像化作品を観る前に原作を愉しみたいところですが、ドラマ版が日本で初放映されて10年以上たってやっと翻訳が出されているわけで、殆どの人がドラマの方に先に触れることにならざるを得ないのは致し方ないところでしょうか(自分もその一人)。

 ドラマと比べると、ジェラルド・ハドリーが殺害される前にプロ作家マックス・ジェニングズと二人きりにしないでくれと懇願した相手が違っていたり、ドラマにおける、マックス・ジェニングズの作家になる前の職業が精神科医であって、精神分析を通してジェラルド・ハドリーの過去の秘密を知るといった経緯が、ドラマ版のオリジナルであったことが分かりますが、何よりも大きな違いは、ドラマで殺害されるマックス・ジェニングズが原作では殺されないという点で、そのため、マックス・ジェニングズ自身の口から過去の出来事の経緯が語られるという点ではないでしょうか。

Written in Blood (1998).jpg とは言え、ドラマは原作のストーリー展開をほぼ活かしていたように思われ、但し、時間的制約もあって、その重厚さにおいてやはり原作にはかなわないといった印象もあり、そのために、第二の殺人を強引にもってきたのではないでしょうか。今風のテンポの速いサスペンスに慣れた読者には、原作はやや話がゆったりし過ぎているように感じられるというのもあるのかもしれませんが、個人的にはやはり原作の方が上。

 ドラマのラストにあったヒッチコックの「サイコ」ばりのエピソードは原作通りだったのだなあ。原作もドラマもこれからという人は、先に原作を読んでフーダニット(犯人探し)をじっくり堪能した上で、ドラマで改変を愉しむという順番の方をお勧めします。 「バーナビー警部(第2話)/血ぬられた秀作」 (98年/英) ★★★☆

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「このミス」第1位作品の映画化だが、大味のアクションに終始してしまった感じ。

Shooter (2007).jpgザ・シューター/極大射程 dvd.jpg 極大射程 新潮文庫 上下.jpg 極大射程 上.jpg 極大射程 新潮文庫 下.jpg
マーク・ウォールバーグ「ザ・シューター/極大射程 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]」『極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)』『極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)
Shooter (2007)
ザ・シューター/極大射程 4.jpg ボブ・リー・スワガー(マーク・ウォールバーグ)は軍の元狙撃手で、アフリカでの任務で観測手の友人を失い、今で退役して山中で犬と暮らしているが、そんな彼にある依頼が来て、それは、何者かが大統領の狙撃暗殺を企てているので、その実行プランを見抜いて欲しいというもの。愛国心から引き受けた彼は、フィラデルフィアで狙撃が行われると確信、大統領演説の当日に現場で監視にあたるが、いきなりアドバイザーの制服警官に撃たれ、その間に狙撃が行われて弾は大統領を外れてエチオピア大司教の命を奪う。負傷しながらも何とかその場を離れたスワガーは、自分が罠にはめられたことに気付き、そこから彼の復讐が始まる―。

 原作は1993年にスティーヴン・ハンターが発表した「ボブ・リー・スワガー三部作」の第1作『極大射程(上・下)』(原題:Point of Impact、'98年/新潮文庫(上・下))で、2000(平成12)年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位作品。当時の新潮文庫の帯に「キアヌ・リーブス主演で映画化!」とあったので、直ぐに映画されるのかと思ったら、マーク・ウォールバーグ主演で2006年になって映画化され(発表から映画化まで結局13年かかった)、原作はそこそこ面白かったけれども、予告を観て原作と雰囲気が違う気がしたため、DVD化されても暫く観ないでいました。

ザ・シューター/極大射程 1.jpg つい最近になって観てみたら、やっぱり違う! 原作の、ちょうど『レッド・オクトーバーを追え(上・下)』('85年/文春文庫)のトム・クランシーが潜水艦や兵器に拘(こだわ)るのと似たような、銃へのマニアックな拘りが無いのはいいけれど、マーク・ウォールバーグ(元不良青年で服役囚だったこともあるようだが)は原作のボブ・スワガーよりやや線が細い感じか。

 少しロバート・ラドラムの『暗殺者(上・下)』('83年/新潮文庫)と似たところもある話なのですが、その映画化作品「ボーン・アイデンティティ」('02年、こちらも発表から映画化まで22年と時間がかかっている)で主人公のジェイソン・ボーンを演マーク・ウォールバーグ.jpgマット・デイモン.jpgじたマット・デイモンが原作より線が細く見えたのと似た印象を持ちました'(この二人、よく似ている)。

マーク・ウォールバーグ(1971年生まれ)/マット・デイモン(1970年生まれ)

ザ・シューター/極大射程 2.jpg スワガーが今は亡き親友の恋人サラ(ケイト・マーラ、「ソーシャル・ネットワーク」 ('10年/米)に出ていたルーニー・マーラの姉)に助けを求め、最初は拒まれるも結局スワガ―の力となるのはいいが、彼女自身、敵方の人質になってしまうというのは、ある意味"定番"。途中からサスペンスと言うより殆どアクション映画になっていて、ラストに行くまでに銃撃戦や爆殺で人がバタバタ死んでいき、一方、原作でのヤマ場である最後の法廷闘争は、映画ではその部分はさらっと流してその代り、法の裁きを逃れた"悪い奴ら"を最後は主人公が自ら...。

ザ・シューター/極大射程 3.jpg カタルシス効果に重きを置いたと思われますが、やや安直に結末だけ修正したような感じもし、原作スト―リーだけでは観客を惹きつけ切れないという自信の無さか。"悪い奴ら"である大佐と上院議員を演じるのが「リーサル・ウェポン」('87年)のダニー・グローヴァーやコメディ作品にも出演の多いネッド・ビーティで、両者とも気のいいオッサンに見えてしまうのも難かも。

 原作の主人公は、ベトナム戦争で狙撃手として鳴らし、2300メートルという狙撃の「最大射程距離」(所謂「極大射程」)記録を保持していた実在の狙撃手カルロス・ハスコックをモチーフとしていて(カール・ヒッチコックという名の伝説の狙撃手として原作にも出てくる)、主人公のボブもハスコック同様にベトナム帰りの元海兵隊員でしたが、映画では、さすがに時間を経てしまったため、ソマリア帰りに置き換えられています(狙撃兵って戦争や内戦には欠かせないのか)。

極大射程 扶桑社 上.png極大射程 扶桑社 下.png 原作は「このミステリーがすごい」第1位作品だけあって(「週刊文春ミステリー ベスト10」で第2位、「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」でも第2位)、読んでいる時は面白かったけれども、時間を経るとあまり記憶に残らないような気もし、映画はその忘れかけた面白さを喚起してくれるかと思いきや、大味のアクションに終始してしまった感じでした(元々、プロットを生かすタイプの監督ではなかったということか)。

極大射程(上)」[Kindle版]  「極大射程 下 (扶桑社ミステリー)」[文庫]


tvドラマ ザ・シューター極大射程 axn  (1).jpgtvドラマ ザ・シューター極大射程 axn (1).jpg (●2016年に映画でボブ・リー・スワガーを演じたマーク・ウォールバーグの製作指揮によって、ライアン・フィリップ主演でTVドラマ化された。シーズン1はスティーヴン・ハンターの原作『極大射程』に基づき、ボブ・リーは狙撃能力を買われて大統領暗殺阻止のチームに加わるが、罠にはまり追われる身となるという展開。シーズン2は同じスティーヴン・ハンターの『狩りのとき』をベースにしているが、ドラマ独自のストーリーで、シーズン3も『ブラックライト』をベースにした独自ストーリーになっている。日本ではNetflixが"Netflixオリジナル"「ザ・シューター」として、本国放送直後に週に1エピソードずつ独占配信し、その後、2020年1月からAXNでシーズン1が「ザ・シューター/極大射程」として放送された。)

「ザ・シューター/極大射程」Shooter (USAネットワーク 2016~2018) ○日本での放映チャネル:AXN(2020~)


マーク・ウォールバーグ in「ザ・ファイター」('10年/米)
ザ・ファイター01.jpg ザ・ファイター12.jpg

ケイト・マーラ(マーラ姉妹・姉) (→
ケイト・マーラ.jpgケイト・マーラ2.jpg「ザ・シューター/極大射程」●原題:SHOOTER●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:アントワーン・フークア●製作:ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ/リック・キドニー●脚本:ジョナサン・レムキン●撮影:ピーター・メンジース・Jr●音楽:マーク・マンシーナ●原作:スティーヴン・ハンター「極大射程」●時間:124分●出演:マーク・ウォールバーグ/マイケル・ペーニャ/ダニー・グローヴァー/ケイト・マーラ/イライアス・コティーズ/ローナ・ミトラ/ネッド・ビーティ/ラデ・シェルベッジア/ジャスティン・ルイス/テイト・ドノヴァン/レイン・ギャリソン/ブライアン・マーキンソン/アラン・C・ピーターソン●日本公開:2007/06●配給:UIP(評価:★★☆)


【2013年文庫化[扶桑社ミステリ-]】

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角川文庫所収のラドラム初期作品では、個人的にはこれがいい。

ホルクロフトの盟約 上.jpg  ホルクロフトの盟約下.jpg    ludlum_robert.jpg Robert Ludlum(1927 - 2001)
ホルクロフトの盟約 (上) (角川文庫)』『ホルクロフトの盟約 (下) (角川文庫)

The Holcroft Covenant.jpg 米国の建築家ノエル・ホルクロフトはジュネーヴ第一銀行頭取から呼び出され、銀行に総額7億8千万ドルの第三帝国の遺産が密かに保管されていると聞かされる。その金は、第二次世界大戦末期第三帝国の蛮行を悔やんだ3人のドイツ高官の手によって預けられたもので、しかるべき時を経てナチス・ドイツの犠牲となった人々へ分配されるべき金だという。ホルクロフトは、かつて第三帝国有数の戦略家にして財界の大立者と呼ばれ、ジュネーヴ銀行に遺産を預けたドイツ高官ハインリッヒ・クラウゼンの一人息子だったのだ。実父の遺言を信じて、残る2人のドイツ高官の息子を捜すことになった彼だったが、莫大な遺産を狙う謎の組織の襲撃は早速ジュネーヴで開始されていた―。

"The Holcroft Covenant" (Bantam Books, 1979. paperback)

 1978年に米国の作家ロバート・ラドラム(Robert Ludlum, 1927 - 2001)が発表した作品で、米国内では'71年に『スカーラッチ家の遺産』でデビューした当初から「並みのミステリ作家6人が束になっても敵わないほどのスリルとサスペンスに満ち溢れている」と称賛され、世界的なベストセラー作品を連発しており、この作品に関しては日本でも'80年に単行本で邦訳が出ていましたが、自分が読んだのは文庫化された際でした。

 自分自身の「第1次ラドラム没頭期」を顧みると、先ず『狂気のモザイク』(The Parsifal Mosaic '82年発表/'85年3月に新潮文庫で文庫化(上・下))や『囁く声』(The Parsifal Mosaic '77年発表、'84年12月に講談社文庫で文庫化(上・下))などを読み、次に『暗殺者』(The Bourne Identity '80年発表/'83年12月に新潮文庫で文庫化(上・下))を読み、更に『スカーラッチ家の遺産』(Covenant The Scarlatti Inheritance '71年発表/'74年に単行本邦訳、'84年8月に角川文庫で文庫化(上・下))、この『ホルクロフトの盟約』(The Holcroft Covenant '78年発表/'80年に単行本邦訳、'85年5月に角川文庫で文庫化(上・下))、『マタレーズ暗殺集団』(The Matarese Circle '79年発表/'82年に単行本邦訳(上・下)、'85年8月に角川文庫で文庫化(上・下))といった作品を読んでおり、'84年から'85年にかけて相次いで文庫化されたものを原著の発表順に関係無くわーっと読んだのだなあと(その後、『戻ってきた将軍たち』(The Aquitaine Progression '84年発表/'85年3月に新潮文庫で文庫化(上・下))から始まる「第2次ラドラム没頭期」があったりした)。

 あの松岡正剛氏も、自身のサイト「千冊千話」の中で、「ともかく力作が目白押しに発表されるので、これは駄作だろうとおもってもみるのだが、つい読まされ、興奮してしまっている」「少なくともフォーサイスやジェフリー・アーチャーがどんどんつまらなくなっていったのに比べると、ぼくを十冊以上にわたってハメつづけたのだから、その手腕は並大抵ではないということなのだろう」と書いていて、「ぼくの80年代はロバート・ラドラムで埋まっていたようなものだ」というのは自分と同じです。

 個人的には、ラドラムの作品では、『暗殺者』が一番ではないかと思われ、松岡正剛氏も「千冊千話」の中では『暗殺者』を傑作として取り上げおり、新潮文庫はいい作品の翻訳権を押さえたものだと思っていましたが、角川文庫で読んだ中では、相対的にはこの『ホルクロフトの盟約』が一番良かったように思います(米国でも日本でも、『マタレーズ暗殺集団』の方がやや人気は上のようだが、あくまで自分の好みとして)。

 ナチス・ドイツの犠牲者へ遺産を分配するというホルクロフトと実父との「盟約」は実現されるのかというのがこの作品のモチーフであり、味方だと思ったのが敵だったり、敵だと思ったのが味方だったりという展開は、今で言えば、『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンなどに引き継がれているかも(見方によっては、サービス精神過剰ともとれるが)。ダン・ブラウンは、最も影響を受けた作家として、ラドラムの名を挙げています。

ホルクロフトの盟約 movie1.jpgホルクロフトの盟約 move2.jpgホルクロフトの盟約 movie0.jpg この作品はジョン・フランケンハイマーの監督、マイケル・ケイン主演で映画化されています(「第三帝国の遺産」('85年/英)、映画原題はThe Holcroft Covenant)。日本では劇場未公開であり、ビデオ化はされていますが既に絶版のようであり、DVD化はされていません(個人的には未見)。

【1985年文庫化[角川文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
ロバート・ラドラムの作品
●「ジェーソン・ボーン」三部作
・暗殺者 (1980) 新潮社
・殺戮のオデッセイ (1986) 角川書店
・最後の暗殺者 (1989) 角川書店
● 「マタレーズ」シリーズ
・マタレーズ暗殺集団 (1982) 角川書店
・マタレーズ最終戦争 (2000) 角川書店
● その他
・スカーラッチ家の遺産 (1971) 角川書店
・オスターマンの週末 (1972) 角川書店  ※文庫再刊の際に『バイオレント・サタデー』と改題
・マトロック・ペーパー (1973) 角川書店
・禁断のクルセード (1973) 角川書店  ※ジョナサン・ライダー名義
・悪魔の取引 (1974) 角川書店
・灼熱の黄金郷 (1975) 角川書店  ※ジョナサン・ライダー名義
・砕かれた双子座 (1976) 新潮社
・囁く声 (1977) 講談社
・ホルクロフトの盟約 (1978) 角川書店
・狂気のモザイク (1982) 新潮社
・戻ってきた将軍たち (1984) 新潮社
・血ぬられた救世主 (1988) 角川書店
・狂信者 (1993) 新潮社
・陰謀の黙示録 (1995) 新潮社
● 「秘密組織カヴァート・ワン」シリーズ
・冥界からの殺戮者 (2002) 角川書店
・破滅の預言 (2002) 角川書店

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20作の「ダーク・ピット」シリーズの内、本当に面白かったのはこの辺りまでか。

Clive Cussler Vixen 03 2.jpg  Vixen03.jpg  Clive Cussler Vixen 03 3.jpg  QD弾頭を回収せよ.jpg
Vixen 03 (Dirk Pitt Adventure) ハードカバー/Vixen 03 (Dirk Pitt Adventure) Published 2010 by Bantam Books/Vixen 03 ペーパーバック /『QD弾頭を回収せよ (新潮文庫)

 コロラド州の湖に米軍の輸送機(Vixen03)が沈んでいることを発見したNUMA(国立海中海洋機関)は、その中に陸軍が極秘に開発した生物兵器「QD弾頭」が積まれていたことを知る。NUMAは輸送機を湖から引き揚げるが、何本かの弾頭が行方不明となっていた。一方、南アフリカ政府は、宿敵アフリカ革命軍の崩壊を目的とした偽装作戦として、米国の首都ワシントンを戦艦で砲撃する「野薔薇作戦」を計画、彼らは元英陸軍大佐を味方につけ、戦艦アイオワをワシントンに向け、ポトマック川を遡らせる。QD弾頭の行方を追うダーク・ピットは、弾頭が戦艦アイオワに搭載されたことを知り、QD弾頭の発射を阻止するために、ワシントンを砲撃中のアイオワに単身乗り込むが、敵の妨害工作に合っている間にQD弾頭は発射されてしまう―。

 1973年から2003年までに20作発表された「ダーク・ピット」シリーズの内の'78年に発表された第4作で(原題:Vixen03)、『タイタニックを引き揚げろ』('76年発表)の次の作品にあたりますが、この頃の「ダーク・ピット」シリーズが一番面白く、シリーズが進むにつれて完全無欠のスーパーマン的なキャラクターになっていくダーク・ピット像からすると、この頃はまだ"不死身"というイメージはさほどなくて、その分ハラハラさせられます。

 政治状況の設定は、この作品が書かれた時点での10年後の'88年を想定しているためか、自由自在と言うかやや荒唐無稽な趣もあるもののそれなりに凝っていて、アイオワという実在の戦艦を登場させているところなども、ベストセラー作家の妙手と言えますが、QD弾頭が武器商人の手違いでたまたまアイオワに搭載されてしまって、偽装工作であるがゆえの"挑発的"攻撃であるつもりが、強烈な細菌兵器が発射され大変なことになろうとしている―という言わば"アクシデント"がキーになっている点で評価が割れるかも(個人的には、充分に面白かったが)。

 ダーク・ピットがヘリコプターからロープにぶら下がって戦艦へ潜入するなど、派手なアクション映画のようなシーンもありますが、以前にも書いた通り、『タイタニックを引き揚げろ』の映画化作品「レイズ・ザ・タイタニック」('80年/米英)の余りの出来の悪さに懲りた作者は、このシリーズの映画化を永らく許可せず、その後は、『死のサハラを脱出せよ』('92年発表)が今世紀になってやっと「サハラ―死の砂漠を脱出せよ」('05年/米)として映画化されたのみで、四半世紀の空白が勿体なかった気もします。
 
 『QD弾頭を...』も、もしも映画化されていれば多分観ただろうし、「レイズ・ザ・タイタニック」の"駄作の罪"は大きい(?)。但し、映画「サハラ」も(こちらは観ていないが)、「自分の了承なしに大幅に脚本に手を加えた」として、作者は怒っているそうです。

 因みに、「ダーク・ピット」シリーズは、第6作の『大統領誘拐の謎を追え』('84年発表)以降の15作全てが、邦訳は上下2分冊となっており、だんだん読まなくなった個人的理由として、一作一作が長くなり過ぎたというのもあるかもしれません。

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妻殺害容疑の弟を兄が弁護。テンポよく読める。面白かったが、読後は何となくスッキリしない。

A Very Simple Crime.jpgいたって明解な殺人.jpgいたって明解な殺人 (新潮文庫)』(2011/03 新潮文庫)

"A Very Simple Crime"

 頭を割られた妻の無惨な遺体と、その傍らには暴力癖のある知的障害の息子、クリスタルの灰皿。現場を発見した夫アダムの茫然自失ぶりを見れば犯人は明らかなはずだったこの事件を担当するのは、かつて検事補を辞職し、今は屈辱的な立場で検察に身を置くレオ。捜査が進むにつれ、ねじれた家族愛と封印された過去のタブーが明らかになる―。

 2010年に発表されたグラント・ジャーキンス(Grant Jerkins)のデビュー作(原題:A Very Simple Crime)ですが、文庫で400ページ足らずと長くも短くもなく、むしろ、すいすいとテンポ良く読めて短く感じます。

 3部構成で、訳者あとがきにもあるように、アダムと被害者である妻との異常な夫婦関係を中心に描いた心理サスペンス風の第1部、下級検事補レオ・ヒューイットが、事故死として処理されようとしたこの事件に疑問を感じて動くリーガル・サスペンス風の第2部、妻殺害の容疑で訴追されたアダムと彼の弁護をすることになった兄モンティに、検事局側の屈折した政治力学が絡んで、これまで張られてきた伏線の意味が明らかとなる第3部―と盛沢山ですが、田舎町で起きた一事件だけを追って、その後連続殺人事件が起こるわけでもなく、話がやたら拡散していかないのが却っていいです(その意味ではタイトル通り)。

 更に、これらの話の中に重要な挿話が2つあり、1つはモンティとアダムの兄弟の過去に纏わる歪な兄弟関係の源となった話、もう1つは、レオ・ヒューイットが下級検事補に留まる原因となった、一旦は追い詰めた幼児性愛者を再び野に放つことになったという過去に犯した失態の経緯。

 心理サスペンスとしてはやや浅いかなと思ったら、法廷劇としての面白さにウェイトを置いた作品だったのかと―でも、最後にももう一捻りありました。心理サスペンスとして深まらない理由もここにあったのだなあ(ある意味、"叙述トリック")。

 読者にあるパターンの法廷劇を予感させておいた上での、最後の劇的な展開は旨いと思ったし、一見まともに見える人間が持っている異常性というものを描き切っているという意味では、サイコ・サスペンスとして一貫しているとも言えます("深さ"というより"構造"の妙)。

 ただ、周囲の皆がこの「逆転劇」の従順な観客になってしまっているのは不自然だし(当事者"M"がその通りに演じてしまっているのも不自然)、「一時不再理」と言っても、後でバレるのは間違いないと言うか、これ、完全犯罪とは言えないように思います。

 その辺りを"救い"と見る見方もあるかも知れないけれど、倫理的なことは抜きにして、プロットとして、個人的には何となくスッキリしませんでした(結局、"L"は前回と同じような運命を辿るのだろなあ)。

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「十二人の怒れる男」と一味違った構成。江戸川乱歩の解説がネタバレかと思ったらラストに―。

Verdict of Twelve .jpg十二人の評決 ハヤカワミステリー1600番突破記念函入り.jpg十二人の評決  2.jpg 十二人の評決 ポストゲート.jpg
Raymond W. Postgate.gif"Verdict of Twelve (British Library Crime Classics) (English Edition)"『十二人の評決 (1954年) (世界探偵小説全集)』(ハヤカワミステリ1600番突破記念函入り)['54年/黒沼健:訳]『十二人の評決 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』['99年/宇野輝雄:訳]表紙絵:勝呂忠(1926‐2010)(旧版・新版とも)
Raymond W. Postgate(1896-1971)

 第1部「陪審」― 1930年代後半の英国で、ある殺人事件を裁くために選ばれた12人の陪審員たちの、職業や経歴、思想などが描かれ、彼らの中には誰にも知られてはいけない秘密を持つ者もいる―。
 第2部「事件」― 審議の対象となった事件―莫大な遺産を相続した11歳の少年とその後見人の叔母は、日頃から折り合いが悪かったが、孤独な少年が唯一愛する1匹の兎を叔母が殺したことを契機に異様な殺人事件が起きる―。
 第3部「公判と評決」― 証言ごとに揺れ動く陪審員たちの心理がメーターの針で図示され、最後に評決に至る―。

Vintage Novel Verdict of Twelve Raymond Postgate.jpg十二人の評決 裏表紙.bmp 左翼系ジャーナリストであり、小説家、伝記作者、政治経済評論家、社会学者でもあったレイモンド・ポストゲート(Raymond W. Postgate 1896-1971)が1940年に発表した作品で(原題:Verdict of Twelve)、ハヤカワ・ミステリ(1954年初版)では江戸川乱歩が解説をしています。

 第1部の12人の陪審員の人物の来歴が面白く、過去に巧妙な完全犯罪(殺人)を成し遂げた老婆、狡知により下層階級から成り上がった詐欺師男、年老いたギリシャ学者、寡男の酒場の亭主、ある日突然信仰に目覚めた熱烈なクリスチャン、ユダヤ人として迫害され夫をチンピラに殺された女性、労働組合の書記長、社会主義詩人、美容院助手、二流どころの俳優、百科事典のセールスマン、小新聞の編集長―と、やや作者の経歴寄りの"布陣"のような印象も受けますがそれでもバラエティに富み、12人のプロファイリングの後半の方はやや端折り気味であるものの、この第1部で全体の半分近くを占めます。

 第2部で展開される事件がまた謎に満ちていて、ここは通常の推理小説における問題提起部分と言え、更に第3部で事件の公判の模様が描かれ、いよいよ陪審員たちが審議に入りますが、彼らは一生懸命考えているような、いないような―結局その判断は、自らの出自や経歴に強く影響を受けていることを如実に窺わせるものとなっています。

 シドニー・ルメット監督の「十二人の怒れる男」('57年/米)が、審議を通して12人の陪審員らの人間性が次第に露わになっていくプロセスが描かれていたのに対し、この作品は、先に12人のプロファイリングがあり、審議においてはその思想や偏見がアプリオリに各自の判断を誘引しているものの、それがそのまま明確な判断に結び付くとも限らず、他者の発言によって微妙に揺らいでいる様が描かれているといっていいのではないでしょうか(それを作者はバロメータ表示している)。

 12人の陪審員の中で一番振れ幅が大きいのは、完全殺人の経験者である老婆で、「あなたは殺人に対してどんな知識を持っているのです?」と問い詰められて有罪支持から無罪支持に転じますが、ホントは殺人というものを知っている..何せ経験者だから(自らの保身のために意見を変えた)。

 解説の江戸川乱歩は、中心題目である殺人事件に最も関心を抱いたようで「可憐なる残虐」と評していますが(乱歩の解説が裏表紙に要約されて掲載されている)、こうした形容はややネタバレではないかと思いつつ読みながらも、第4部「後記」で示された"ドンデン返し"的な展開で楽しませてくれます。

フィクションとしての裁判.jpg事件.bmp この小説は、作家の大岡昇平(1909‐1988)と弁護士から最高裁判事になった大野正男(1927-2006)の対談集『フィクションとしての裁判―臨床法学講義』('79年/朝日出版社)の中で大岡昇平が紹介していたことで知りましたが、結末は、大岡昇平の『事件』('77年/新潮社)と似てなくもないです(但し、『事件』の主人公のラストの告白は懺悔に近いが、こちらの問題の人物の告白は自己弁護に近い)。

 【1954年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(黒沼健:訳)/1999年改訳[ハヤカワ・ポケットミステリ(宇野輝雄:訳)】

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5人の女性警官の物語。TVドラマでは描かれないリアリティ。前半の短篇に鋭い切れ味。

あなたに不利な証拠として hpm1.jpgあなたに不利な証拠として jpg あなたに不利な証拠として 文庫.jpg Anything you say can and will be used against you by Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond
あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』['06年] 『あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['08年] Anything You Say Can and Will Be Used Against You: Stories by Laurie Lynn Drummond

Anything you say can and will be used against you.jpg ルイジアナ州バトンルージュ市を舞台に、キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人の女性警官のそれぞれを主人公にした短篇集で、2006 (平成18) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、並びに、2007(平成19) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位作品(原題:Anything you say can and will be used against you)。

 ミステリと言うよりは女性警察官たちの職務上の体験を通しての人間ドラマであり、2004年にこの第1作品集を発表したローリー・リン・ドラモンド(Laurie Lynn Drummond)自身が、バトンルージュ市警で5年間女性制服警官として勤務した経験の持ち主であるということもあって、退職後12年間かけて書き上げたという10篇の作品群は、ずっしりとした読後感を読者に与えるものとなっているように思いました。

サード・ウォッチ.jpgフェイス・ヨーカス.jpg 確かに「サード・ウォッチ」や「The Division 5人の女刑事たち」といったTVドラマなどでも女性警官は活躍していますが、この作品はそうしたTVドラマでは見られない現場(及び現場の外)のリアリティに溢れています(但し、「サード・ウォッチ」は高質の警察ドラマであり、女性警官フェイス・ヨーカスは、この作品の女性警官達に通じるものがあると思う)。

 10篇中、最後のサラの物語(「生きている死者」(Keeping the Dead Alive)と「わたしがいた場所」(Where I Come From)が最も長く、2篇で1つの物語となっていて全体の半分を占め、これが最もストーリー性がありますが、前半部分の短篇の方が、鋭い剃刀の刃のような切れ味があったように思いました。

 キャサリンの3つの物語のうち、「完全」(Absolutes)では、警官になりたての頃に被疑者を射殺した経験が、脳裏にこびり付いて離れない様が1人称で語られ、「味、感触、視覚、音、匂い」(Taste,Touch,Sight,Sound,Smell)では、すでに新人警官を教える教官という立場になっている主人公が、酸鼻な惨殺死体のある現場に踏み込んだ後、体や衣服に染みついて離れない死体の匂いのことなどを独白的に語っていて、何れも、こんなの今までの警官小説にもTVドラマにも無かったなあと(むしろ、意識的に避けてきた部分か)。
 それが、「キャサリンへの挽歌」(Katherine's Elegy)になると、警察学校の訓練生が語る3人称に近い文体に変わり、キャサリンという"伝説的"な女性警官がいかなる人物であったかが、彼女が殉職した事件までを含めて書かれています。
 たった3つの短篇の連なりの中で、新人―教官―殉職という主人公の立場の違いによって時制や語り手の視点が変化するのが、たいへん新鮮な構成に思えました。

 リズの2つの物語の内、「告白」(Lemme Tell You Something)は10ページに満たない短篇で、警官自身の話ではなく、女性警官の自宅隣りに越してきた、かつてベトナムで戦った経験のある57歳の男の"告白"譚ですが、それを聞かされた女性警官の反応も含めて傑作(この作品は短篇ながらストーリー性がある)、もう1つの話「場所」(Finding a place)では、主人公が警官を辞めた理由が語られていますが(交通事故なんだなあ)、死亡事故の現場というのは、殺人事件でも交通事故でも、悲惨であることには変わりがないということを感じさせられました。

 モナの2つ物語のうち、「制圧」(Under Control)では、被疑者と銃を向け合って対峙するという緊迫した場面が1人称の現在進行形で描かれているかと思いきや、「銃の掃除」(Cleaning Your Gun)では、独り拳銃の掃除をする女性警官に対して、第三者的視点からその心境に語りかけるように描かれていて(結局、ここで語りかけているのは"モナ自身")、ここでも、語り手の視点のバリエーションの多様性が見られます。

 キャシーの物語は「傷痕」(Something About a Scar)の1篇のみで、この作品はアメリカ探偵クラブ賞の最優秀短篇賞を受賞しており、かつて警察官だったキャシーとロビロはある事件で見解が対立したことがあったが、その2人が夫婦となった今、6年前の事件が再捜査となるというもの―警官とは、辞めても"警官"であり、夫の妻となっても"警官"なんだなあと。

 文芸的サスペンスと言うより、文学作品そのものに近い印象を受けるのは、ストーリー性を要しないリアリティの重さもさることながら、語り手の視点の多様性など実験的な要素がふんだんに盛り込まれていることもあるのでしょう。

 個人的には、主人公別でみれば、キャサリンの物語が一番気に入りました。
 彼女は性的に放埓であったともとれますが、身を挺して危険な職務に就いていたからこそ、生きている時間の一瞬一瞬を大事にしていたのだろうなあ。
 それにしても、「あなたは伝説の女と寝たのよ」と自分で言えるところがスゴイね(生きているうちから"伝説"だったわけだ)。

サード・ウォッチ 1シーン.jpgサード・ウォッチ・ファースト.jpg「サード・ウォッチ」Third Watch (NBC 1999/09~2005) ○日本での放映チャネル:WOWOW(2000~2006)/スーパー!ドラマTV

サード・ウォッチ 〈ファースト・シーズン〉 コレクターズ・ボックス(6枚組) [DVD]


 【2008年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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『評決』の続編。本格リーガル・サスペンスだが、エンタメ要素もふんだんに。

決断 バリー・リード.jpg  評決 dvd.jpg 評決 ニューマン チラシ.jpg 『評決』(1982)3.jpg
決断 (ハヤカワ文庫NV)』['97年]/「評決 [DVD]」/映画「評決」チラシ/「評決」の1シーン
"The Choice" Barry C. Reed (Paperback 1992)『決断 (ハヤカワ・ノヴェルズ)』['94年]
『決断』ハヤカワ・ノヴェルズ.jpg アル中から立ち直った弁護士フランク・ギャルヴィンは、今や一流法律事務所で出世街道をひた走っていたが、ある日、若い女性弁護士ティナから巨大製薬会社の薬害訴訟の被害者側の弁護を依頼される。しかし、その訴訟は勝目が無い上に、その製薬会社はギャルヴィンの所属事務所の大手顧客であったため、彼は弁護を断わり、代わりに恩師の老弁護士モウ・カッツを紹介する。訴訟は提訴され、ギャルヴィンは図らずも製薬会社側の弁護を命じられ、恩師と女性弁護士、更には事務所を辞めたかつての部下らと対峙することになる―。

 1980年にデビュー作『評決』(原題:The Verdict、'83年/ハヤカワ・ミステリ文庫)を発表したバリー・リード(Barry C. Reed 1927-2002)が、11年後の1991年に発表した、『評決』の続編で(原題:The Choice)、医療ミスに関する訴訟を扱った前作の『評決』は、「十二人の怒れる男」のシドニー・ルメット監督、「明日に向かって撃て!」のポール・ニューマン(1925-2008)主演で映画化('82年/米)され、アル中のため人生のどん底にあった中年弁護士ギャルヴィンの、甦った使命感と自らの再起を賭けた法廷での闘いが描かれていました。

 本作『決断』では、弁護士として功名を成したギャルヴィンは、専ら大企業の弁護をするボストンの一流法律事務所のパートナー弁護士になっていて、その分刻みでのビジネスライクな仕事ぶりに、最初はすっかり人が変わってしまったみたいな印象を受けますが、やはりギャルヴィンはあくまでギャルヴィンであり、最後どうなるか大方の予想がつかなくもありませんでした。

 中盤までは、法律事務所の仕事ぶりや裁判の経緯がこと細かく描かれていて、バリー・リード自身が医療ミス事件としては史上最高額の評決を勝ち取ったことがある法律事務所に属していた辣腕弁護士であっただけに、本格的なリーガル・サスペンスという感じで、同じ弁護士出身の作家でも、『法律事務所』(1991年発表、'92年/文藝春秋)のジョン・グリシャムのよりも、弁護士としての実績では遥かにそれを上回る『推定無罪』(1987年発表、'88年/文藝春秋)のスコット・トゥローの作風に近い感じがしました。

 結末の方向性は大体見えているし、審理の過程を楽しむ"通好み"のタイプの作品かなと思って読んでいたら、『評決』同様乃至はそれ以上に終盤は緊迫したドンデン返しの連続で、一時は法廷を飛び出してスパイ・ミステリみたいになってきて、相変わらず女性との絡みもあり、大いに楽しませてくれました。

 映画化されたら「評決」と同じかそれ以上に面白い作品になるのではないかとも思いましたが、やはり、主人公がどん底から這い上がって来て、人生の逆転劇を演じるような作品の方がウケルのかなあ(『決断』は映画化されていない)。

 但し、こうした作品が映画化される場合、「評決」の時もカルテの書き換えとそれに関する偽証に焦点が当てられていたように、細かい箇所は端折って、どこか一点に絞ってクローズアップされる傾向にあり、リーガル・サスペンスとしての醍醐味は、やはり原作の方が味わえるのではないかと思います。

 振り返れば、女性の使われ方が『評決』とやや似かよっていて、また、証人の証言に比重がかかり過ぎているようにも思えましたが、後半からラストまでは息つく間もなく一気に読める作品でした(読んでいて、どうしてもギャルヴィンにポール・ニューマンを重ねてイメージしてしまう。映画化されていないのは、続編が出るのが遅すぎて、ポール・ニューマンが歳をとりすぎてしまっていたこともあるのか?)。

評決 ペーパーバック.jpg評決 ポール・ニューマン.jpg 映画「評決」は、当初アーサー・ヒラー監督、ロバート・レッドフォード主演で制作が予定されていたのが、アーサー・ヒラーが創作上の意見不一致を理由に降板、ロバート・レッドフォードもアル中の役は彼のイメージにそぐわないとの理由で見送られ、企画は頓挫し、脚本も途中で何回も書き直されることになったそうです。

 結局、監督はシドニー・ルメットに(彼が選んだ脚本は一番最初に没になったものだった)、主演は「明日に向かって撃て!」でレッドフォードと共演した評決 新宿ロマン1.jpg評決 新宿ロマン2.jpgポール・ニューマンになり、そのポール・ニューマン自身、「自分の長いキャリアの中で初めてポール・ニューマン以外の人物を演じた」と述べたそうですが、そうした彼の熱演もあって、リーガル・サスペンスと言うより人間ドラマに近い感じに仕上がっているように思いました。

評決 ニューマン.jpg ちょうどアカデミー賞の受賞式を日本のテレビ局で放映するようになった頃で、ポール・ニューマンの初受賞は堅いと思われていましたが、「ガンジー」のベン・キングズレーにさらわれ、4年後の「ハスラー2」での受賞まで持ち越しになりました。映画の内容の方は、より一般向けに原作をやや改変している部分もありますが、ポール・ニューマンの演技そのものにはアカデミー賞をあげてもよかったのではないかと思いました。

The Verdict (1982).jpgThe Verdict (1982)
評決」●原題:THE VERDICT●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:リチャード・D・ザナック/デイヴィッド・ブラウン●脚本:デイヴィッド・マメット●撮影:アンジェイ・バートコウィアク●音楽:ジョニー・マンデル●時間:129分●出演:ポール・ニューマン/シャーロット・ランプリング/ジャック・ウォーデン/「評決」 シャーロット・ランプリング.jpg評決 ジェームズ・メイソン.jpg評決 ブルース・ウィリス2.jpgジェームズ・メイスン/ミロ・オシア/エドワード・ビンズ/ジュリー・ボヴァッソ/リンゼイ・クルーズ/ロクサン・ハート/ルイス・J・スタドレン/ウェズリー・アディ/ジェームズ・ハンディ/ジョー・セネカケント・ブロードハースト/コリン・スティントン/バート・ハリス/ブルース・ウィリス(ノンクレジット)(傍聴人)●日本公開:1983/03●配給:20世紀フォックス●最初に観新宿ロマン.png新宿ロマン劇場2.jpgた場所:新宿ロマン劇場(83-05-03)(評価:★★★☆) 
    
新宿ロマン劇場 明治通り・伊勢丹向かい。1924(大正13)年「新宿松竹館」→1948(昭和23)年「新宿大映」→1971(昭和46)年「新宿ロマン劇場」 1989(平成元)年1月16日閉館

「新宿ロマン劇場閉館―FNNスーパータイム」1989(平成元)年1月17日放送(アンカーマン 逸見政孝・安藤優子)
新宿ロマン劇場閉館.jpg

【1997年文庫化[ハヤカワ文庫NV]】

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サンディエゴ版「ゴッドファーザー」。主人公の"老い"があまり描かれていないと思いきや...。

フランキー・マシーンの冬 上.jpg フランキー・マシーンの冬 上・下.jpg  「RED/レッド」 ブルース・ウィリス.jpg
フランキー・マシーンの冬 上 (角川文庫)』『フランキー・マシーンの冬 下 (角川文庫)』 「RED/レッド」

1フランキー・マシーンの冬.pngThe Winter of Frankie Machine.jpg サンディエゴで釣り餌店など複数のささやかなビジネスを営む傍ら、元妻と娘、恋人の間を立ち回り、余暇にはサーフィンを楽しむ62歳のフランク・マシアーノは、かつては"フランキー・マシーン"と呼ばれた凄腕の殺し屋だったが、今はマフィアの世界からすっかり足を洗ったつもりでいた―が、そうした冬のある日、フランクは、今になって彼の命を奪おうとする何者かに罠に嵌められ、それまでの平和な日々に別れを告げることに―。

 2006年に発表されたドン・ウィンズロウ(Don Winslow、1953-)の10作目の邦訳作品(原題:The Winter of Frankie Machine")であり、叙事詩的大作『犬の力』(2005年発表、'09年/角川文庫)の次の作品になりますが、その後も2011年までに4作書いているとのことで、未だ邦訳が出ていないそれらの作品との関連ではどうなのか知りませんが、過去のシリーズ作品ではなく単独作品です。

 50代に入った作者が62歳の"黄昏の殺し屋"をどう描くか、それまでタフガイながらも繊細さを持った比較的若い主人公が多かっただけに、その新境地に関心を持ちましたが、実際に読んでみると、フランクの人生の過去を追っている部分がかなり占めています。

 "見習いマフィア"のような時代から始まって、様々の抗争事件を振り返るのは、今自分を亡き者にしようとしているのが誰なのかをフランク自身が考えるためでもありますが、過去の出来事も"現在形"のように書かれているため、結局、今までのウィンズロウ作品とあまり変わらないような...(そのため、今までのウィンズロウ作品と同じように楽しめてしまったのだが)。

 「ストリップ戦争」凄いね。"ウィンズロウ節"炸裂という感じ。バイオレンスものが嫌いな人にはお薦め出来ませんが、サンディエゴ版「ゴッドファーザー」と言ってもいいかも(作中に映画「ゴッドファーザー」を意識した記述が縷々ある)。

 一方、現在の"老"フランクは、彼の命を狙う包囲網を次々と切りぬけていきますが、そこには年齢というものがあまり感じられず、やはり、ヒーローは老いても"老い"を見せてはならなのかと。
62歳の元殺し屋と65歳の旧友との再会は確かにキツイものだったけれど、老いているのは相方ばかりで、フランク自身からは(冒頭部分を除いては)年齢は伝わってこないなあと思いきや、"老い"はちゃんと最後に、巧みにプロットに組み込まれていました(『ボビーZの気怠く優雅な人生』(′99年/角川文庫)をちょっと思い出した)。

 ジョン・ハートの『ラスト・チャイルド』('10年/ハヤカワ・ミステリ)に続いて読みましたが、最近、ジョン・ハートや、『エアーズ家の没落』('10年/創元推理文庫)のサラ・ウォーターズなど文芸色の強いミステリがよく読まれている中、この独特の「エンタメ・トーン」は、"ゆるい系ハードボイルド"と呼ばれているそうで、一言でミステリと言っても幅があるなあと思いました。

 2010(平成22)年・第29回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作(『犬の力』に続いて2年連続の受賞)。2010 (平成22) 年度の「週刊文春ミステリー ベスト10」では、『ラスト・チャイルド』は1位、この作品は9位ですが、宝島社の「このミステリーがすごい!」では『フランキー・マシーンの冬』が4位で『ラスト・チャイルド』は5位。こうなると、どっちがいいかは好みの問題で、優劣の問題ではないような気がします。

robertdeniro.jpg どっちも好きだけど『ラスト・チャイルド』はじっくり読んで、『フランキー・マシーンの冬』は一気に読むのがいいかも。『犬の力』よりは軽めだし。

 因みに『犬の力』の後書きで、本作はロバート・デ・ニーロ主演で映画化が決定していると書いてありましたが、どうなっている?


RED レッド poster 2010.jpgRED レッド 01.jpg(●本記事エントリーの2日後(2011/01/29)に日本公開された、ブルース・ウィリス主演で、引退した"殺し屋"ならぬ"CIAの腕利きエージェント"を主人公にした映画「RED レッド」('10年/米)を観た(「RED」は「引退した超危険人物(Retired Extremely Dangerous)」の意味)。あらすじは― 元CIAのトップエージェントで今は年金で静かな引退生活を送っていた主人公が、ある日何者かに襲われ、それは実は自分が過去に関わった秘密任務が原因でCIAから狙われたのだったが、彼はエージェント時代の仲間や元MI6の女スパイも巻き込んで、自ら巨大な陰謀に立ち向かっていく― RED レッド ド.jpg というもの。モーガン・フリーマン、ジョン・マルコヴィッチ、ヘレン・ミレンなど大物俳優が共演で、それでいてブルース・ウィリスが演じる主人公が年金事務所の電話担当の女性と相思相愛になっているなど途中までコメディチックな流れだったが、ラスト近くで主人公のかつての盟友が仲間のために命を投げ出すに至ってすっかり重くなってしまい(あのモーガン・フリーマンがその役を演じているということもあり)、コメディとして観てていいのか、悲劇としてみるべきだったのか分からなくなってしまった。巷の評価は高かったみたいだが(続編「REDリターンズ」('13年)が作られた)、個人的評価は△。『フランキー・マシーンの冬』をしっかり映画化してほしい。)

RED レッド 02.jpg「RED/レッド」●原題:RED●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:ロベルト・シュヴェンケ●製作:ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ/マーク・ヴァーラディアン●脚本:ジョン・ホーバー/エリック・ホーバー●撮影:フロリアン・バルハウス●音楽:クリストフ・ベック●原作:ウォーレン・エリス カリー・ハムナー●時間:111分●出演:ブルース・ウィリス/モーガン・フリーマン/ジョン・マルコヴィッチ/ヘレン・ミレン/カール・アーバン/メアリー=ルイーズ・パーカー/ブライアン・コックス/ジュリアン・マクマホン/アーネスト・ボーグナイン/リチャード・ドレイファス●日本公開:2011/01●配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン(評価:★★★)

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「不全家庭」の再生。環境に負けない少年の心意気が健気。ミステリと言うより"文学作品"的。

ラスト・チャイルド ポケミス.jpg ラスト・チャイルド ポケミス2.jpg  ラスト・チャイルド 上.jpg  ラスト・チャイルド 文庫上.jpg ラスト・チャイルド文庫下.jpg 
ラスト・チャイルド (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』『ラスト・チャイルド(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ジョン・ハ―ト.jpg 2010 (平成22) 年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外部門)第1位作品であり、早川書房の「ミステリが読みたい! 2011年版」(海外編)でも第1位。

 13歳の少年ジョニーの家庭は、1年前に起きた双子の妹アリッサの誘拐・行方不明事件のために一変し、共に優しかった両親は、父親はやがて謎の失踪を遂げ、母親は薬物に溺れるようになっていた。ジョニーは、妹の無事と家族の再生を願って、昼夜を問わない危険な調査にのめり込んでいくが―。

 ミステリ界の"新帝王"との呼び声も高いジョン・ハート(John Hart、1965-)が2009年に発表した作品(原題:The Last Child)であり、「アメリカ探偵作家クラブ賞」最優秀長篇賞と「英国推理作家協会賞」最優秀賞スリラー賞のW受賞作とのこと。また、「早川書房創立65周年&ハヤカワ文庫40周年記念作品」ということで(何だか"肩書"が長いが)、ハヤカワ・ミステリ文庫とほぼ同時期に、ポケット・ミステリからも刊行されるという早川書房の力の入れようです。

 実際、日本でも、各ミステリ・ランキングで上位に入るなど評判も良かったようで、自分自身も読んでみて感動しました。

 家族が崩壊して「不全家庭」状態になっているにも関わらず、そうした環境に押しつぶされることなく、自らを律し、家族の再生という目的意識を持って、親友と共に妹の行方を探し続ける少年の心意気が健気に感じられました。

 全体としてハードボイルド・タッチな中にも、登場人物の心理描写などにおいて詩的な表現が入り交ざったりして、ミステリと文学作品の中間のようなトーンであり、作者自身が「(テーマとしての)家族崩壊は豊かな文学を生む土壌である」と述べているそうです。

 前半部でジョニーの目の前で殺人事件が起き、被害者が死に際に「あの子を見つけた」というダイイング・メッセージを残したため、妹の生存に希望を抱いた少年は、犯罪歴のある近隣の住人たち(これが分かるというところがアメリカ社会らしい)を日々監視して過ごしますが、ここから物語の展開は遅々として進まず、ミステリとしては、必ずしもテンポはいいものではないように思えました。

 一方、人物描写はよく出来ていて、とりわけ殺人事件の捜査にあたるハント刑事の、少年の妹の誘拐事件を解決出来ていないという悔恨の情を抱え、少年の母親への愛情にも似た思い入れがありながらも、少年の行動を手掛かりに、上司の妨害や嫌がらせにも屈せず事件の核心に迫ろうとする姿勢には、共感を覚えました(自分の事件への深入りを、かつての少年の妹の誘拐事件からくる偏りによるものではないかと自問するなど、ストイック且つ自省的なところもいい)。

 「家族崩壊」は少年の家庭だけのことではなく、ハント刑事も息子とうまくいっておらず、またジョニーと探索行動を共にするジャックも、親兄弟とうまくいっていません。
 途中で発覚した事件(こっちの方がより大事件?)は小児性愛者によるものであるし、ある意味、アメリカの社会や家庭が抱えている問題を扱った"社会派"系でもあるなと、途中から、半分ミステリとして読むことを自分の中で抑えてしまった感もありましたが、読み終えてみて、これらの親子関係は実は事件の伏線でもあったんだなあと。

 但し、"予想通り"通常のミステリにおけるカタルシスが期待出来るような作品ではなく、むしろ、ずっしり重い気分にさせられる話でした(純粋にミステリとして見た場合の評価は★3つかも知れない)。
 そうした中で、悲惨な事実を知ってもそこから立ち直り、"お墓参り"をしたり、親友に"仲直り"の手紙を書いたりするジョニー少年の、あくまでも前向きな姿勢が"救い"であるような、そんな作品でした(少年1人にこれだけのものを負わせちゃっていいのかなあ)。

 【2010年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ]/2010年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(上・下)]】 

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非情さと人間臭さを併せ持ったスパイ像。ひと癖ありそうなドナルド・サザーランド向きだった?

針の眼.jpg 針の眼 創元推理文庫.jpg 針の眼 dvd.jpg 針の眼 映画チラシ.jpg  鷲は舞いおりた_.jpg
針の眼 (ハヤカワ・ノヴェルズ)』['80年]『針の眼 (創元推理文庫)』['09年]「針の眼 [DVD]」/映画チラシ 「鷲は舞いおりた [DVD]

針の眼 新潮文庫.jpg 第2次世界大戦の最中、英国内で活動していたドイツの情報将校ヘンリー・フェイバー(コードネーム"針")は、連合軍のヨーロッパ進攻に関する重大機密を入手、直接アドルフ・ヒトラーに報告するため、英国陸軍情報部の追跡を振り切り、Uボートの待つ嵐の海へ船を出したが、暴風雨の影響で離れ小島に漂着してしまう―。

針の眼 (新潮文庫)』['96年]

針の眼 .jpg 1978年にイギリスの作家ケン・フォレット(Ken Follett)が発表したスパイ小説で(原題:The Eye of the Needle)、1979年「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」を受賞した作品。この人は『大聖堂』以来、歴史小説家の趣きがありますが、この作品でエドガー賞などを受賞し、『トリプル』(Triple)、『レベッカへの鍵』 (The Key to Rebecca)と相次いで発表していた頃は、米国のロバート・ラドラム(1927-2001)に続くエスピオナージュの旗手という印象でした。

 この作品には相変わらず根強いファンがいるようで、集英社文庫、新潮文庫にそれぞれ収められ、'09年には創元推理文庫からも新訳が出たり、 映画化作品がWOWOWでハイビジョン放送されるなどしていますが、もともと原文が読み易いのではないでしょうか。畳み掛けるようなテンポの良さがあります。

ジャッカルの日 73米.jpg スパイの行動を追っていくという点では、同じ英国の作家フレデリック・フォーサイスの『ジャッカルの日』と似て無くもないし、『ジャッカルの日』を読む前からドゴールが暗殺されなかったのを知っているのと同じく、連合軍の欧州侵攻の上陸地点がカレーであるかのように見せかけて実はノルマンディだという"針"ことヘンリーが掴んだ"機密情報"が、結局ヒトラーにもたらされることは無かったという既知の事実から、彼が目的を果たすことは無かったということは事前に察せられます。

針の眼 映画eye-of-the-needle.jpg 但し、そのプロセスがやや異なり、マシーンのように非情に行動する"ジャッカル"に対し、ヘンリーは、同じく非情な人物ではあるものの、流れついた島の灯台守の夫婦に世話になるうちに、その妻と"本気"の恋に落ちてしまうという人間臭い設定になっています(夫針の眼 洋モノチラシ.jpgが下半身不随で、妻は欲求不満気味だった?)。そして、そのことが結局は、彼が任務を遂行し得なかった原因に―。

ドナルド・サザーランド in「針の眼」(1981)

 '81年にリチャード・マーカンド監督によって映画化され、ヘンリー役がドナルド・サザーランド(Donald Sutherland、1935‐)というのには当初は違和感がありましたが、実際に映画を観てみたら、結局は向いていたかもしれないと思いました。

 このひと癖もふた癖もありそうな人物を演じるのが上手いカナダ出身の俳優は、ロバート・アルトマン監督の「M★A★S★H」('70/米)からフェデリコ・フェリーニ監督の「カサノバ」('76年/伊)まで幅広い役柄をこなし、英国のジャク・ヒギンズ(1929-2022/92歳没)が1975年に発表したベストセラー小説『鷲は舞い降りた』('81年/ハヤカワ文庫NV)の映画化作品でジョン・スタージェス監督の遺作となった「鷲は舞いおりた」('76年/英)にも戦争スパイ役で出ていました(同じ年に「カサノバ」と「鷲は舞いおりた」というこのまったく毛色の異なる2本の作品に出ているというのもスゴイが)。

『鷲は舞い降りた (Hayakawa Novels)』.jpg『鷲は舞い降りた 完全版 (Hayakawa Novels)』.jpg鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)_.jpg鷲は舞い降りた (Hayakawa Novels)』 ('76年)
鷲は舞い降りた 完全版 (Hayakawa Novels)』 ('92年)
鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)』('97年改版版)

 「鷲は舞いおりた」は、原作『鷲は舞い降りた』は、第二次世界大戦中の英国領内にある寒村を舞台に、保養地滞在中の英国首相相ウィンストン・チャーチルを拉致しようとするナチス親衛隊長ヒムラーによる「イーグル計画」(架空?)という特殊任務を受けたナチス・ドイツ落下傘部隊の冒険を描いたもので、英米において発売直後から約6か月もの間ベストセラーに留まり続け、当時の連続1位記録を塗り替えたという作品であり、発表の翌年に映画化されたことになります。鷲は舞いおりた 00.jpg鷲は舞いおりた_.jpg鷲は舞いおりた サザーランド.jpgドイツのパラシュート部隊の精鋭を率いるシュタイナーを演じたマイケル・ケインが主役で、ドナルド・サザーランドの役どころは、部隊に先んじて英国に潜入する元IRAのテロリストで現大学教授のリーアム・デヴリン。スパイである男性(デヴリン)が潜入先で地元の女性と恋に陥るところが「針の眼」と似ていますが、シュタイナーの部隊の人間がどんどん死んでいく(計画を指揮したラードル大佐(ロバート・デュヴァル)も失敗の責を取らされ銃殺される。但し、ヒトラーの命令によ鷲は舞いおりた 11.jpg鷲は舞いおりた .jpgる形をとっているが、元々からヒムラー(ドナルド・プレザンス、本物そっくり!)の独断的計画であったことが示唆されていて、ヒムラー自身は何ら責任を取らない)という状況の中で、愛に目覚めたデヴリンは最後に生き残ります(ドナルド・サザーランドについて言えば、「針の眼」とちょうど逆の結末と言えるかもしれない。ケン・フォレットとジャック・ヒギンズの作風の違いか?)。

「鷲は舞いおりた」(1976)出演:マイケル・ケイン/ドナルド・サザーランド/ロバート・デュヴァル

カサノバ 1シーン.jpgカサノバ サザーランドs.jpg 「カサノバ」は全編スタジオ撮影で、巨大なセットがカサノバの人生の虚しさとだぶっていると言われているそうです(フェリーニ監督は彼の人生を演技的と捉えたのか)。カサノバ(ドナルド・サザーランド)が自らの強壮ぶりを誇示する"連続腕立て伏せ"シーンなどは凄かったというか、むしろ悲壮感、悲哀感があった...(ある精神分析家によれば、好色家には、"女性なら誰とでも"という「カサノバ型」と"高貴な女性を落とす"ことに喜びを感じる「ドンファン型」があるそうだが、何れもマザー・コンプレックスに起因するそうな)。

「カサノバ」.jpgカサノバ フェリーニ.jpg この映画のカサノバ役は、ロバート・レッドフォードをはじめ多くの自薦他薦の俳優が候補にあがったようですが、「最もそれらしくない風貌」をフェリーニ監督に買われてドナルド・サザーランドに決定したそうです。ただ、当のドナルド・サザーランドは、なぜ自分が起用されたのか分からず、自分がどういう映画に出ているのかさえも最後まで掴めなかったそうです。
ドナルド・サザーランド in「カサノバ」(1976)

Donald Sutherland and Kate Nelligan.jpg 「針の眼」の映画の方は、「カサノバ」及び「鷲は舞いおりた」の5年後に撮られた作品ですが、ここでのサザーランドは、冷徹非情ながらもやや"もっそり"した感じもあって、それでいて目付きは鋭く(こういう病的に鋭い目線は、後のロン・ハワード監督の「バックドラフト」('91年/米)の放火魔役に通じるものがある)、半身不随の灯台守の夫を自身の正体を知られたために殺害する場面などは、(相手を殺らなければ自分が殺られるという状況ではあるが)"卑怯者ぶり"丸出しで、普通のスパイ映画にある"スマートさ"の微塵も無く、それが却ってリアリティありました。

針の眼 シーン2.jpg ケイト・ネリガン(この人もカナダ出身で演技を学ぶためにイギリスに渡った点でドナルド・サザーランドと重なる)が演じる灯台守の妻がヘンリーの正体を知り、突然愛国心に目覚めたため?と言うよりは、ヘンリーの行為を愛情に対する裏切りととったのでしょう、「何もかも戦争のせいだ。解ってくれ」と弁解する彼に銃を向けるという、直前まで愛し合っていた男女が殺し合いの争いをする展開は、映像としてはキツイものがありましたが、それだけに反戦映画としての色合いを強く感じました。

ケイト・ネリガン in「針の眼」
       
ダーティ・セクシー・マネー.jpg 因みに、ドナルド・サザーランドの息子のキーファー・サザーランド(英ロンドン出身)も俳優で、今は映画よりもTVドラ24 -TWENTY FOUR-ド.jpgマ「24-TWENTY FOUR-」のジャック・バウアー役で活躍していますが(どの場面を観ても、いつも銃と携帯電話を持って、無能な大統領補佐官らに代わって大統領から直接指令を受け、毎日"全米を救うべく"駆け回っていた)、父親ドナルド・サザーランドの方も、「ダーティ・セクシー・マネー」の大富豪役などTVドラマで最近のその姿(相変わらず、どことなく不気味さを漂わせる容貌だが)を観ることができるのが嬉しいです(でも本国では2シーズンで打ち切りになってしまったようだ)。キーファーが自身の演じるジャック・バウアーの父親役とドナルド・サザーランド バンクーバー五輪.jpgして「24」への出演を依頼した際、ドナルドは「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」('89年/米)におけるショーン・コネリーとハリソン・フォードのような親子関係ならOKだと答えましたが、息子を殺そうとする役だと聞いて断ったということです。

 因みに、ドナルド・サザーランドがカナダ人であることを思い出させるシーンとして、昨年['10年]のバンクーバーオリンピック(第21回オリンピック冬季競技大会)開会式で、オリンピック旗を運ぶ8人の旗手のひとりに彼がいました。

バンクーバーオリンピック開会式(2010年2月12日)五輪旗を掲揚台へと運ぶカナダ出身の著名人たち。右端がドナルド・サザーランド。
 
針の眼ード.jpg針の眼 ド.jpg「針の眼」●原題:EYE OF THE NEEDLE●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:リチャード・マーカンド●製作:スティーヴン・フリードマン●脚本:スタンリー・マン●撮影: アラン・ヒューム●音楽:ミクロス・ローザ●時間:154分●出演:ドナルド・サザーランド/ケイト・ネリガン/イアン・バネン/クリストファー・カザノフ/フィリップ・マーティン・ブラウン/ビル・ナイン●日本公開:1981/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

カサノバ <HDニューマスター版> [Blu-ray]
カサノバ HDニューマスター版.jpg「カサノバ」●原題:IL CASANOVA DI FEDERICO FELLINI●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アルベルト・グリマルディ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ベルナルディーノ・ザッポーニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:154分●出演:ドナルド・サザーランド/ティナ・オーモン/マルガレート・クレマンティ/サンドラ・エレーン・アレン/カルメン・スカルピッタ/シセリー・ブラウン/クラレッタ・アルグランティ/ハロルド・イノチェント/ダニエラ・ガッティ/クラリッサ・ロール●日本公開:1980/12●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-02-09)(評価:★★★☆)

鷲は舞いおりた [Blu-ray]
「鷲は舞いおりた」09.jpg鷲は舞いおりた b.jpg鷲は舞い降りた9_2.jpg「鷲は舞いおりた」●原題:THE EAGLE HAS LANDED●制作年:1976年●制作国:イギリス●監督:ジョン・スタージェス●製作:ジャック・ウィナー/デイヴィッド・ニーヴン・ジュニア●脚本:トム・マンキーウィッツ●撮影:アンソニー・B・リッチモンド●音楽:ラロ・シフリン●原作:ジャック・ヒギンズ「鷲は舞いおりた」●時間:123分(劇場公開版)/135分(完全版)●出演:マイケル・ケイン/ドナルド・サザーランド/ロバート・デュヴァル/ジェニー・アガター/ドナルド・プレザンス/アンソニ鷲は舞いおりた ケイン サザーランド.jpg鷲は舞い降りた ロバート・デュヴァル.jpg鷲は舞い降りた D・プレザンス.jpgー・クエイル/ジーン・マーシュ/ジュディ・ギーソン/トリート・ウィリアムズ/ラリー・ハグマン/スヴェン=ベッティル・トーベ/ジョン・スタンディング●日本公開:1977/08●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋テアトルダイア (77-12-24)(評価:★★★☆)●併映:「ジャッカルの日」(フレッド・ジンネマン)/「ダラスの熱い日」(デビッド・ミラー)/「合衆国最後の日」(ロバート・アルドリッチ)(オールナイト)

ロバート・デュヴァル(ラードル大佐)/ドナルド・プレザンス(ナチス親衛隊長ヒムラー)

24 (2001)
24 (2001).jpg24 TWENTY FOUR.jpg「24」ホッパー.jpg「24-TWENTY FOUR-」24 (FOX 2001/11~2009) ○日本での放映チャネル:フジテレビ(2004~2010)/FOX
24 -TWENTY FOUR- ファイナル・シーズン DVDコレクターズBOX

デニス・ホッパー(シーズン1(2001-2002)ヴィクター・ドレーゼン役)


Dirty Sexy Money.jpg「ダーティ・セクシー・マネー」Dirty Sexy Money (ABC 2007/09~2009) ○日本での放映チャネル:スーパー!ドラマTV(2008~)
Dirty Sexy Money: Season One [DVD] [Import]

 

 【1983年文庫化[ハヤカワ文庫(鷺村達也:訳)]/1996年再文庫化[新潮文庫(戸田裕之:訳)]/2009年再文庫化[創元推理文庫(戸田裕之:訳)]】

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「精緻」と言うより「丁寧」。新訳によって、「犯人を知りつつ読む面白さ」が増した?

Yの悲劇 エラリー・クイーン 創元推理文庫.jpgyの悲劇 角川文庫.jpg Yの悲劇 ハヤカワポケット2.jpg
Yの悲劇 (1959年) (創元推理文庫)』(1959)カバー:日下弘/『Xの悲劇 (角川文庫)』['10年(越前敏弥:訳)]/『Yの悲劇 (1957年) (世界探偵小説全集)』['57年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)]

yの悲劇 カバー.jpgThe Tragedy of Y  .jpgyの悲劇 原著.jpg 行方不明が伝えられた富豪ヨーク・ハッターの腐乱死体がニューヨークの港で見つかり、その後、ハッター邸では毒殺未遂事件など奇怪な出来事が発生する。そして遂には、ヨーク・ハッターの老妻エメリー夫人が寝室で何者かに殴殺されるという事件が起きる。警察の依頼を受けた元シェイクスピア俳優のドルリー・レーンが調査に乗り出すが―。

The Tragedy of Y by Barnaby Ross (Ellery Queen)

 エラリー・クイーン(Ellery Queen)がバーナビー・ロス名義で1932年に発表した作品で、1985年に「週刊文春」で実施された、推理小説のオールタイムベスト選定企画「東西ミステリーベスト100」(推理作家や推理小説の愛好者ら約500名がアンケートに回答)で第1位になるなど、日本での海外ミステリの人気投票企画では定番で上位に来る作品ですが、『Xの悲劇』と同じ発表年であるというのもスゴイことだなあと。

 但し、犯人の意外性がこの作品の最大のポイントであり、時間を経てもその衝撃が忘れられないというのは傑作の証しだろうけれども、再読した場合にどれくらいインパクトがあるだろうかと疑念を抱きつつ、越前敏弥氏による新訳が出たので、数十年ぶりに再読してみました。

 そしたら、やっぱり面白かった。結構、早め早めに犯人を暗示するような伏線が敷かれていたというか、思った以上にヒントが散りばめられていたというか、ミステリ音痴の自分にとっては、ドルリー・レーンが犯人を絞っていく論理的な過程を追うことが出来て、安心して楽しめたというところでしょうか。

The Tragedy of Y.jpg なぜ凶器がマンドリンなのかということ以外にも、普通の犯人だったらするとは考えられないようなことをこの犯人はどうしてやったのかということが、ドルリー・レーンによって事細かに"解説"されていて、「精緻」と言うより「丁寧」な印象を今回は受けました。

 やや引っ掛かったのは、ヨーク・ハッターの書いた小説のあらすじが、とりわけ薬物の扱いについて極めて手順指示的なことで、そうでなければ薬物の専門知識の無い犯人には犯行は成し得ないわけですが、ヨーク・ハッターが結局は構想止まりだった小説について、ここまで指示的に書く必然性があったのかなあと(深読みすれば、書いている間は潜在的に実行犯の登場を期待していたともとれるが)。

The Tragedy of Y (Ellery Queen in Ipl Library of Crime Classics) Paperback (1986)


 それと、「奇異な血筋」とか「家系的に欠陥がある」といった病気や遺伝についての誤った表現があり、これは、1930年代という時代を考えればやむを得ないのかも知れないし、この作品以降の推理小説やハードボイルド小説にも、そうした家系をベースとしたプロットのものが少なからずありますが、一方で、ダシール・ハメットの『デイン家の呪い』(1929年)などは、それを匂わせながらも、最後はそうしたものを否定していて、やはり、時代を考慮しても、少なからず抵抗がありました。

「Yの悲劇」田村隆一 角川文庫.jpg 結局、ドルリー・レーンは、それ(血筋)を根拠に、性悪説的な見地から最後は独自に断罪行為に出たようにもとれ、解説の桜庭一樹氏が書いているように、「老人になってからのエルキュール・ポアロのある事件にも似て」いるのかも知れません(エルキュール・ポアロ・シリーズの中には、ポワロはまるで死刑執行人のようだと思わせるような結末のものがあり、そもそも、ポアロ・シリーズ3作目の『アクロイド殺し』(1926年)からしてその気配がある)。

 そうした幾つかの引っ掛かりはありましたが、傑作であるには違いなく、海外よりも日本でこの作品の人気が高いのは(海外では『Ⅹの悲劇』の方が評価高いらしい)、「犯人を知りつつ読む」という読み方を日本人が結構しているからではないかと(ミステリを読む人ならば、この作品が未読であっても全く犯人を知らないという人の方が少ないのではないか)、今回の越前敏弥氏の読み易い新訳を通して改めて思った次第です。

角川文庫旧版(田村隆一:訳)カバー

 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)]/1958年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1959年再文庫化・1970年改版[創元推理文庫(鮎川信夫:訳)]/1961年再文庫化[角川文庫(田村隆一:訳)]/1974年再文庫化[講談社文庫(平井呈一:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2010年再庫化[角川文庫(越前敏弥:訳)]】

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新訳によってより感じられた、テンポの良さ、モダニズム、構成・謎解きの精緻さ。

Xの悲劇 エラリー・クイーン 創元推理文庫.jpgxの悲劇 角川文庫.jpg Xの悲劇 (創元推理文庫)_.jpg xの悲劇 1952.jpg
Xの悲劇 (角川文庫)』['09年]/『Xの悲劇 (創元推理文庫)』/Avon Books(1952)
Xの悲劇 (1960年) (創元推理文庫)』(1960)カバー:日下弘

xの悲劇 原著.jpg ニューヨークの株式仲買人ロングストリートが、会社で女優との婚約発表を兼ねたパーティーをした後、自宅でパーティーの続きをするため出席者全員で乗った路面電車の中で、ポケットに入れられた毒液が塗られた針が何本も刺さったコルク玉に触れて死ぬ。この満員の車中での密室犯罪の謎を解くため、警察から援助を求められて、元俳優のドルリー・レーンが調査に乗り出すが、その目の前で第2の殺人が起き、更には第3の殺人までもが―。

 エラリー・クイーン(Ellery Queen)がバーナビー・ロス名義で1932年に発表した作品で、「エラリー・クイーン」とはフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay、1905-1982)とマンフレッド・リー(Manfred Lee、1905-1971)という従兄同士の合作ペンネームですが、ダネイがプロット担当で、リーが文章担当だったそうです。

 この作品に関しては、引退したシェイクスピア俳優であるドルリー・レーンという英国貴族風のキャラクターと、犯罪者の心理を読み解くことが推理の柱となっているというそのシャーロック・ホームズ的な手法から、やや古風な印象が強かったのですが、今回、『ダヴィンチ・コード』の翻訳者である越前敏弥氏による新訳で読んでみて、まず、第1の殺人から第2の殺人にかけてのテンポの良さにハマりました。

The Tragedy of X 1.jpg これ、高度の科学捜査技術が用いられていないことを除いては、現代のクライム・サスペンスのトーンとさほど変わらないのではないかと思ったりもし(サム警視も現代の犯罪捜査官とあまり変わらないような感じで、結構てきぱき行動している)、この作品の発表の5年くらい前までコナン・ドイルが雑誌にシャーロック・ホームズ物を連載していたり、モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパン物の後期作品やアガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』(1934年)や『ABC殺人事件』(1935年)と時期的にほぼ重なることを思うと、このモダンさは特筆すべきではないかと感じました。

Tragedy of X ペーパーバック (1986)

 ドルリー・レーンが登場してからは、英国風の庭がどうのこうのといった話も出てはきますが、ホームズ物のようにプロットの周辺にある時代がかった小道具を楽しむというよりは、純粋にプロットを楽しめる本格推理小説であり、どうして英米でこの作家の作品が日本ほどに一般ウケしないのか(ミステリ通には支持されているようだが)、やや不思議な気もします。

The Tragedy of X(Xの悲劇) .jpg 但し、既に多くの人が指摘しているように、なぜレーンは犯人の見通しがつきながらもサム警視に何も情報を与えなかったのかなどといった疑問点も少なからずあり、最大の瑕疵とされているのは、第2の殺人の犯行の(犯人にとっての)重要ポイントが、多分に蓋然性に依拠している点です。

 個人的にもそこが1つのネックだとは思いますが(ダイイング・メッセージにも無理があるようには思うが)、それらのことを含めても、市電、フェリー、列車という3つの乗り物を事件の舞台に設定した構成力や、犯行への執着を裏付ける犯人の抱えた悲劇性の深さに加えて、レーンの精緻且つ論理的な謎解きが新訳によってよりクリアになったように思われ、今さらこの作品を傑作とするのはベタな気もしますが、やはり傑作であるには違いないと改めて思った次第です。

The Tragedy of X:Xの悲劇〈ぶらっく選書15〉 延原謙 訳 古澤岩美 装幀(新樹社/昭和25年9月30日)

Yの悲劇Ⅹの悲劇 ハヤカワ・ポケット・ミステリ.jpgハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)/角川文庫旧版(田村隆一:訳)/ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)
「Xの悲劇」田村隆一 角川文庫.jpgXの悲劇 (ハヤカワ・ミステリ文庫) _.jpg【1958年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)/1958年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1959年再文庫化・1970年改版[創元推理文庫(鮎川信夫:訳)]/1964年再文庫化・2004年改版[角川文庫(田村隆一:訳)]/1977年再文庫化[講談社文庫(宇野利泰:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2009年再庫化[角川文庫(越前敏弥:訳)]】

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時間転移を解説するこだわりは評価したいが、話は最後"人生訓"みたいになってしまった。

『フラッシュフォワード』.JPGフラッシュフォワード.jpg フラッシュフォワード2.jpg フラッシュフォワード1.jpg フラッシュフォワード1.gif
フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)』['10 年]『フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)』['01 年]

 2009年、ヨーロッパ素粒子研究所で、ヒッグス粒子を発見するための大規模な実験が行われたが、装置が稼働した瞬間に、全人類の意識が1分43秒間だけ2030年に飛んでしまい、2009年の世界では飛行機が墜落するなどの大災害が発生、何千人もの犠牲者が出た。実験の中心人物だったロイドとテオ両博士は―。

 1999年にカナダのSF作家、ロバート・J・ソウヤー(Robert J. Sawyer、1960年生まれ)が発表した長編で(原題:Flashforward)、アメリカのTVドラマ<LOST>の後番組として2009年9月にスタートした番組の原作ですが、着想の部分こそ原作に沿っているものの、全体の内容的にはドラマとはかなり異なったものでした。

 所謂タイム・パラドックスものですが、タキオン粒子とかミンコフスキー・キューブなどといったテクニカル・タームを用いて、どうして時間転移が起きたのかを解説しようとしており(そのこだわりは評価したい)、但し、これって解説すればするほど、「因果律」の壁にぶつかってしまうような気が...(その「因果律」そのものが、この小説のモチーフとなっているとも言えるのだが)。
 地球も太陽系も銀河系も、常時もの凄いスピードで移動しているんだけどなあ、その辺の理論的整合性はどうなっているのか、とか突っ込みどころ満載。

 それ以外の部分は、ロイドとテオの人間ドラマが殆どで、ロイドは、同僚のミチコと結婚するつもりでいたけれど、20年後の"ヴィジョン"では別の女性と暮らしていたために、彼女との結婚に消極的になる、一方、テオは、20年後の"ヴィジョン"を見ることがなかった、つまり、20年後には自分は死んでいるということで、その原因を探り、何とか未来を変えられないかと躍起になる―。

 それぞれにとって大事なことだろうけれど、周囲では大事故などの予期せぬ不幸が頻発しているのに、それらはインターネットのニュース記事の見出しのように散発的に作中に記されるだけで(国連が再実験を決議するというのは非現実的ではないか)、あくまでも、ロイド、ミチコ、テオといった研究所のメンバーについての人間ドラマを軸に話は展開していくため、随分"独我論"的な物語のような印象を受けました(こうした内向性は、『ターミナル・エクスペリメント』('95年発表)なども含め、政治的色合いを避ける傾向と、永遠の生命とは何かというのがテーマの1つになっていることと併せ、ソウヤー作品の特徴のようではあるが)。

 但し、その分、人物を深く描いてくれればいいのですが、何となくパターン化した人物造形で(TVドラマ向き?)、長さの割には深まらず、だったらこんなに長くなくてもいいのではないかと(すらすら読めることは読めるのだが)。

 ネタバレになりますが、結局のところ、「諦念」によって"ヴィジョン"通りになってしまったロイドと、「努力」によって"ヴィジョン"を変えたテオ―ということで、この話って、最後は、そういう"人生訓"が落とし所だったのかと。

 2030年の未来予測はともかく、1999年発表された2009年を舞台とした作品ということで、既に2009年の予測からして外れている部分が所々あるのをチェックするというのは、ちょっと意地悪な楽しみ方でしょうか。

フラッシュフォワード top.jpgフラッシュフォワード tv.jpg TVドラマ<フラッシュフォワード>の方は、全人類が2分17秒間意識を失い「6カ月後」を垣間見るという設定で、この「20年後」と「6カ月後」の違いだけで、全く異なる話になってしまうし、また、登場人物の設定なども随分違っているので、原作を元に「作り変えた」別のお話と考えた方がいいのでしょう(本国では低視聴率のため、放送打ち切りになってしまったが、続編を望む声も一部にあるという)。

「フラッシュフォワード」FlashForward (ABC 2009/09~2010) ○日本での放映チャネル:AXN(2010.07~08)

 【2001年文庫化・2010年新装版[ハヤカワ文庫SF]】

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アクション・ハードボイルドの傑作。男心に響く主人公の行動美学。

深夜プラス1 ハヤカワミステリ.jpg  深夜プラス1ミステリ文庫1.jpg 深夜プラス1ミステリ文庫2.jpg 深夜プラス1ミステリ文庫3.jpg Gavin Lyall.jpg
深夜プラス1 (1967年) 』『深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))』 Gavin Lyall(1932-2003)

Gavin_Lyall_-_Midnight_Plus_One.jpgMidnight+One 73.jpgMidnight Plus One (Pan 1983).jpg 元英国情報部員のルイス・ケインは、マガンハルトという実業家を、ブルターニュからリヒテンシュタインまで定刻に間に合うよう送り届ける仕事を請け負うが、この男は、彼の到着を快く思わない者から狙われ、フランス警察からも追われていた。ケインは護衛役のハーヴェイ・ロヴェルというガンマンを引き連れ、シトロエンDSを駆って出発する―。

"Midnight Plus One" (Firirst edition(UK)1965/Pan 1973/1983)

ヤカワミステリ文庫創刊 深夜プラス1.png 1965年に英国の作家ギャビン・ライアル(Gavin Lyall、1932-2003/享年70)が発表した冒険アクション小説(原題"Midnight Plus One")で、CWA(英国推理作家協会)最優秀英国作品賞(CWA. Best. British. Novel. 1965)受賞作。作者の最高傑作とも言われており、ハヤカワ・ミステリ文庫の創刊ラインアップの一冊で、「ハヤカワ文庫海外ミステリ・ベスト100」の5位にランクインしたりもしていますが、再読してみて以前読んだよりも面白く感じられ、確かに傑作だなあと。

Midnight_Plus_One_(Coronet_1993).jpg 物語はケインの一人称で語られており、ロヴェルは欧州で3本の指に入る名うてのガンマンであるものの実はアル中で(何だかドグ・ホリディみたい)いざという時に心許なく、一方、敵方は欧州で№1と№2のガンマンを雇っているという、最初から形勢不利な状況設定がハラハラさせられますが、レジスタンスの闘士でもあったケインの落ち着きある判断で、立ちはだかる数々の難局を何とか潜り抜けていきます。

(Coronet 1993)

 国外脱出行というシンプルで骨太のプロットを軸とした緊迫した展開でありながらも、中継点としてケインのレジスタンス活動時代の恋人の下を訪ねたり、マンガハルトの美人秘書がいつの間にかロヴェルに惚れたりといった男女間の機微も適度に織り込まれ、更には、この護送劇そのものの背後に、予想もつかなかったような黒幕がいるというドンデン返しもあり、いろいろ楽しめます。

Midnight_Plus_One_(Orion).jpg こうした護送劇は、ハードボイルド・アクションなどで結構ありますが、護送の対象となるのは大体、独裁政権を倒そうする政治家であったり、裁判で重要な証言が期待されている参考人であったりすることが多く、但し、このマンガハルトについては、自分の会社の株主としての利益を守ることがリヒテンシュタイン行きの目的であり、それに対しケインは、この仕事の請け負う上での道義性を常に検証していて、ああ、何となくレジスタンスっぽいなあと。

(Orion 2007)

 戦争時代にスパイの元締めをやっていて、今は産業スパイの黒幕になっているフェイ将軍とかいう怪しげな人物(やや滑稽でもあるが、実はくせ者)も登場したりし、ガンマン達の戦いの場も塹壕網だったりして、登場人物の過去も含めて、欧州大戦の面影が色濃く感じられる話でもあります。

 ケイン、リヴェル、フェイ将軍らのそれぞれの銃に対するこだわりの違いなども面白く、車に対する作者のこだわりも強く感じられます(前半はシトロエンDSが激走、後半は、7千㏄の1930年式ロールスロイス・ファントムⅡが装甲車並みの活躍をする)。

 ケインは諜報員時代にカントンと呼ばれていて、作中では(一人称であるため)それほど詳しく語られていませんが、レジスタンス時代の英雄であったらしく、ケインが何か重大な判断を求められる局面で、常にカントンとして相応しい行為であるかどうかを基準にしているというその行動美学も、大いに男心をくすぐる点ではないでしょうか。

 【1967年新書化[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2002年単行本[講談社ルビー・ブックス]】

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裕福な家庭の人々の「罪」を暴いた「警部」は、「超自然の存在」という解釈が妥当では。

夜の来訪者 1952.jpg夜の訪問者 三笠書房.jpg夜の来訪者.jpg An Inspector Calls (2015/09 BBC).jpg
夜の来訪者 (岩波文庫)』['07年]「夜の来訪者」('15年/2015/09 BBC)デヴィッド・シューリス主演
夜の来訪者 (1952年)
夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)』「夜の来訪者」('54年製作・'55年公開/ガイ・ハミルトン監督)
夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)_.jpg夜の訪問者 映画.jpg 裕福な実業家の家庭で、娘の婚約を祝う晩餐会の夜に警部を名乗る男が訪れて、ある貧しく若い女性が自殺したことを告げ、その家の人々(主人夫妻、娘、息子、娘の婚約者)全員が自殺した女性との接点を持っており、彼女に少なからず打撃を与えたことを暴いていく―。
John Boynton Priestley
John Boynton Priestley.jpg 1946年10月初演の、英国のジャーナリスト・小説家・劇作家・批評家ジョン・ボイントン・プリーストリー(John Boynton Priestley "J. B." Priestley、1894-1984)の戯曲で(原題は"An Inspector Calls")、文庫で160ページほどであるうえに、安藤貞雄氏の新訳であり、たいへん読みやすかったです。初訳は1952年の内村直也訳の三笠書房版で、1951年10月の俳優座による三越劇場での日本初演(警部役は東野英治郎(1907‐94)に合わせて訳出されました(古本市場で入手可能)。

I夜の来訪者」.jpg 娘の死に自分たちは関与していないという実業家の家族たちの言い分を、「警部」が1人1人論破していく様は実に手際よく、娘や息子が自らの「罪」が招いた悲劇であることを認めたのに対し、それでも抗う主人夫婦などに、上流(中産)階級のエゴイズムや傲慢、他罰的な姿勢が窺えるのが興味深いです(最初は自罰的な態度をとっていた娘が、親に対して今度は他罰的な態度をとり始めるのも、やや皮肉っぽくもとれ、作者は家族ひっくるめて、風刺の俎上に上げているのでは)。

 作品の時代背景は1912年ということですが、人間心理を突いた文学的作品であると同時に、1946年の英国にまだ残る旧社会的な考え方を照射した、社会批評的な要素もあるのではないかと思います。プリーストリーは当時、「左翼的ジャーナリスト」と見做されていたようだし、キリスト教精神の影響もみられるようです。

 但し、このお話、それだけで終わるのではなく、終盤、大いなる「謎」が家族の間に生じる―つまり、家族の団欒を台無しにして帰っていったあの訪問者は、本当に警部だったのかという...。

 その疑念に自分らなりの解釈を加えて、また一喜一憂する実業家夫婦。そして、何も無かったことにしようといった雰囲気になる中、ラストにシュールな「どんでん返し」―と、結末までの持って行き方が鮮やかで、「推理劇」ではありませんが(どこかで「推理小説」のジャンルに入っていたのを見た記憶があるが)確かにスリラー的な楽しみがあり、最後には読者(観客)に対しても、大いなる「謎(ミステリ)」を残しています(作品自体は、"サスペンス"とでも言うべきものか)。

夜の来訪者 演劇.jpg その「謎」、つまり「警部」とは何者だったのかについては、2度の映画化作品での描かれ方においても、「超自然の存在」という解釈と、"予知夢"などで「先に事件を知った別の人間」という解釈とに分かれているそうですが、やはり男の存在自体を「超自然の存在」とみるのが妥当だろうなあ。

 ガイ・ハミルトン監督による映画化作品('57年)はそのような解釈らしいけれど、シス・カンパニーの舞台版(演出:段田安則)はどう扱ったのかなあ(解釈抜きでも演劇としては成立するが...)。

シス・カンパニー公演「夜の来訪者」 2009年2月14日~3月15日 新宿 紀伊國屋ホール
出演・演出:段田安則/出演:高橋克実、渡辺えり、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀、梅沢昌代

BBCドラマ「夜の来訪者」.jpg(●2015年制作の英BBC版(本国放映'15年9月)が、'16年7月にAXNミステリーで放映され、DVDは輸入盤しかなかったが、'20年にアマゾンのPrime Videoで字幕版がリリースされた。グール役は「ハリー・ポッター」シリーズでルーピン教授BBCドラマ「夜の来訪者」1.jpg(狼人間)役を演じたデヴィッド・シューリス、母親役は同じく「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」('05年)でのフリーライターのスキーター役や「オペラ座の怪人」('04年)のマダム・ジリー役を演じたミランダ・リチャードソンで、そのほか、「ホビット」シリーズのケン・ ストット、TVシリーズ「ポルダーク」のカイル・ソラーなどキャストは豪華。室内劇だが、オリジナルが戯曲なので違和感がなく、俳優陣も演技力があり、原作の持ち味がよく出ていたように思った。)

BBCドラマ「夜の来訪者」3.jpgBBCドラマ「夜の来訪者」2.jpg「夜の来訪者」●原題:AN INSPECTOR CALLS●制作年:2015●制作国:イギリス●監督:アシュリング・ウォルシュ●製作:ジャクリーン・デービス●脚本:ジョン・B・プリーストリー/ヘレン・エドムンドソン●音楽ドミニク・シェラー●時間:87分●原作:ジョン・B・プリーストリー「夜の来訪者」●出演:ソフィー・ランドル/ルーシー・チャペル/ミランダ・リチャードソン/ケン・ストット/フィン・コール/クロエ・ピリー/カイル・ソラー/デヴィッド・シューリス/ゲイリー・デイヴィス●日本放送:2016/07●放送局:AXNミステリー(評価:★★★★)

 【1952年文庫化[三笠文庫]/1955年新書化[三笠新書]/2007年再文庫化[岩波文庫]】

《読書MEMO》
劇団かに座第105回公演「夜の来訪者」 2012年11月16日 関内ホール・小ホール

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アスペルガー症候群の"啓蒙書"としては星4つ、SF小説としては星3つ。

くらやみの速さはどれくらい1.jpg  くらやみの速さはどれくらい2.jpg  エリザベス・ムーン.jpg Elizabeth Moon
くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)」['04年]「くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) (ハヤカワ文庫SF)」['08年]

 自閉症の幼児期治療が可能になった近未来、自閉症の最後の世代である35歳のルウは、製薬会社で自閉症者特有の能力を仕事に活かし、仕事仲間の自閉症者のほかに通っているフェンシング教室にも仲間がいて、好きな女性もいるという順調な日々を送っていたが、ある日、会社の新任上司からルウ達に、新開発された自閉症治療法の実験台になるよう申し渡しがあった―。

アルジャーノンに花束を.jpg 2003年にアメリカのSF作家エリザベス・ムーンによって書かれた本書は、ダニエル・キイス『アルジャーノンの花束を』('78年/早川書房)の"21世紀版"という触れ込みで、『アルジャーノン』と同じネビュラ賞というSFの賞を受賞した作品でもあります(翻訳者も『アルジャーノン』と同じ小尾美佐氏)。

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpg 著者はSF(スペース・オペラ)作家ですが、自閉症の子を持つ母親でもあるそうで、自閉症者の認知構造やそのパターンが、主人公のルウ(自閉症スペクトラムの1種、アスペルガー症候群と見るべき)の思考形態を通じて丁寧に描かれており、そうした意味ではむしろ、SFの形態を借りた"啓蒙書"ともとれ、ミステリの形態を借りて同様の試みをしたマーク・ハッドン『夜中に犬に起こった奇妙な事件』('03年/早川書房/小尾美佐:訳)に近い印象を持ちました。

 但し、SF乃至ミステリとしては、『アルジャーノンの花束を』に比べるとどうかなあと。ルウの日常を通じての思考形態に係る記述が多く、起承転結のバランスがイマイチではないかと思い読んでいましたが、後半、手術を受けることで自閉症ではなくなる"自分"とは一体何かというテーマが浮き彫りになり、ああ、ここで『アルジャーノン』とテーマが重なるのかと思った次第。ところが、その後に思わぬ結末が待ち受けていて、ショッキングではあるけれども、技法的には『アルジャーノン』と同じじゃないかと(だから、"21世紀版『アルジャーノンの花束を』"なのか、と得心)。

 個人的には、結末が描き込み不足のように思え、中途半端。例えば、同じ手術を受けたペイリは具体的にどうなったのかとか、気になりました。そこまで書かないのなら、いっそ手術直後の時点で話を終わりにした方が、キューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」('71年/米)ではないが、インパクトは大きかったかも(『アルジャーノン』と同じじゃないかという批判をかわすために書き加えたのかと勘繰りたくなる)。

 自閉症(アスペルガー症候群)の"啓蒙書"という観点から見れば星4つ、SF乃至ミステリとしては星3つという感じです。タイトル(原題:"The Speed Of Dark")は個人的にはいいと思います(宇宙が膨張したスピードは光より速かったわけだ)。

 【2008年文庫化〔ハヤカワ文庫〕】 

《読書MEMO》
●精神障害を扱った小説
アルジャーノンに花束を (海外SFノヴェルズ).jpgダニエル・キイス (小尾美佐:訳) 『アルジャーノンに花束を』 (1978/07 早川書房)(知的障害のある男性が主人公のSF作品)

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpgマ-ク・ハッドン (小尾芙佐:訳) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 (2003/06 早川書房) (自閉症の少年が主人公のミステリー作品)

くらやみの速さはどれくらい1.jpgエリザベス・ムーン (小尾美佐:訳) 『くらやみの速さはどれくらい』 (2004/10 早川書房)(高機能自閉症の男性が主人公のSF作品)

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SFと言うよりヤングアダルト小説としての色合いが強いかも。

Flowers for Algernon by Daniel Keyes.jpgアルジャーノンに花束を (海外SFノヴェルズ).jpgアルジャーノンに花束を.jpg Flowers for Algernon.bmp Daniel Keyes.png Daniel Keyes
アルジャーノンに花束を (海外SFノヴェルズ)』(1978/07 早川書房)『アルジャーノンに花束を』 (1989/04 新装改訂版) "Flowers for Algernon"

 大人になっても幼児ほどの知能しか持たない主人公のパン屋の店員チャーリーに、科学者から知能指数を向上させる手術話がもたらされ、彼は喜んで脳手術を受け、やがて「天才」へと変貌していく。一方、同じ手術を受けた白ネズミのアルジャーノンは既に天才ネズミと化していたが、ある時期からその知能は急速に後退していく―。

 1966年に米国の作家ダニエル・キイス(Daniel Keyes,1927-2014)が発表した(元となった中編は1959年に書かれた)あまりにも有名なSF小説であり(原題:Flowers for Algernon)、「超知能を手に入れた青年の愛と憎しみ、喜びと孤独を通して人間の心の真実に迫った」もので、個人的に読んだのは随分以前ですが、それでもブームの後で30代の時だったと思います。もし、もっと若い頃、自分とは何かとかいったことを真面目に考えているような時期にこの本を読んだら、もっと衝撃を受けていたかも知れませんが、それでも今もって傑作であることには違いないと思います。

ハツカネズミと人間.jpg あのアイザック・アシモフが「どうしてこんな傑作が書けたのか」と訊ね、それに作者が「もし、あなたに、どうして私があの作品を書けたのかわかったら教えてくれませんか」と答えたという話はよく知られていますが、いつ頃のことだろう。
 スタインベック二十日鼠と人間からも想を得ているということを最近知りましたが、チャーリーとアルジャーノンの相似形、大男レニーと二十日鼠の相似形という両者の構成上の類似はなるほどと思わせるものの、やはりこの作品のプロットは稀有のオリジナリティを有しており、むしろプロット的な部分よりもモチーフや詩的な感性の部分で『二十日鼠と人間』に通じるかも。

24人のビリー・ミリガン下.jpg24人のビリー・ミリガン上.jpg 結局、作者はこの衝撃的なデビュー作以降、この作品に匹敵するフィクションはものにすることなく、24人のビリー・ミリガンといったノンフィクションに軸足を移すのですが(90年代に入ってまた小説を書き始めたが)、個人的には、ノンフィクションであるところの『24人のビリー・ミリガン』の中にはまだ作者のオーサーシップ(作家性)が滲み出ていて、ノンフィクションとしてどうなのか?という疑念すら覚えるくらいです(この小説の作者であるだけに)。

天才.jpg チャーリーは「天才」になったとされていますが、宮城音弥天才』(岩波新書))流に言えば、「能才」ということであり、「能才」になったからといって、歴史に名を残すような偉業を果たせるわけではなく、専門的な研究に勤しみ、高度な科学論文を何本か残すだけです。
 チャーリーが超知能を得て成し得たのは、家族や友人など人との絆の再構築であり、その最大のイベントが、異性との接合であるというのが、SFでありながら、その部分において非常にリアリティがあるように思えました。
 男性にとって、性的に一人前になって「男性」として異性から認められることは、アイデンティ確立の重要な要素なのだなあと(結果として、作品全体が、SFというよりヤングアダルト小説としての色合いが強いものになったとも言えるのだが)。

進化しすぎた脳 中高生と語る〈大脳生理学〉の最前線.jpg SFとしての設定自体は、全くのフィクションとして最初は読みましたが、池谷裕二氏(進化しすぎた脳』(講談社ブルーバックス))によれば、頭の良くなる薬は既にあるらしく、ただやはり副作用がわからないので実用化されないそうな。

アルジャーノンに花束を53.jpgアルジャーノンに花束を〔新版〕.jpg 最近は年齢のせいか、むしろボケる方を連想してしまい、アルツハイマーを宣告された時って、似たような状況かも知れないと思ったりして...(綾小路きみまろのネタに、「人間なんてみな同じ。おしめで始まりおしめで終わる。あ〜、おしめいだ〜」というのがあったのを思い出した)。

   
アルジャーノンに花束を〔新版〕』ハヤカワ文庫NV

 【1999年文庫化[ダニエル・キイス文庫]/2015年再文庫化〔新版〕[(ハヤカワ文庫NV) ]】

《読書MEMO》
●精神障害を扱った小説
アルジャーノンに花束を (海外SFノヴェルズ).jpgダニエル・キイス (小尾美佐:訳) 『アルジャーノンに花束を』 (1978/07 早川書房)(知的障害のある男性が主人公のSF作品)

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpgマ-ク・ハッドン (小尾芙佐:訳) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 (2003/06 早川書房) (自閉症の少年が主人公のミステリー作品)

くらやみの速さはどれくらい1.jpgエリザベス・ムーン (小尾美佐:訳) 『くらやみの速さはどれくらい』 (2004/10 早川書房)(高機能自閉症の男性が主人公のSF作品)

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映画も怖かったが、映画ではそぎ落とされてしまった独特の怖さが原作にはある。

シャイニング(上).gifシャイニング(下).gif シャイニング(下)映画.gifシャイニング(上)映画.gif シャイニング〈新装版〉 上.jpgシャイニング〈新装版〉 下.jpg  The scrap.jpg
シャイニング (1978年) 』 初版(上・下)/パシフィカ 1980年改装版 (上・下)(映画タイアップ・カバー)/『シャイニング 上』 ['08年/文春文庫 新装版]/村上春樹『'THE SCRAP'―懐かしの1980年代』(装丁:和田 誠

The Shining.bmp コロラド山中にある「オーバールックホテル」は冬の間閉鎖されるリゾートホテルで、作家志望のジャックはその妻と息子と共にホテル住み込みの冬季管理人としてやってきたが、そのホテルでは過去に、管理人が家族を惨殺するという事件が起こっていた―。

THE SHINING3.jpg 1977年に書かれたスティーヴン・キング(Stephen Edwin King, 1947- )の長編第3作(原題:"THE SHINING")で、この人のホラー小説は、後期のものになればなるほど「何でもあり」Stephen King.jpgみたいになってきていて、どちらかというと初期のものの方がいいような気がしていますが(TVドラマの「デッド・ゾーン」はそう悪くないと思うが)、その中でもこの作品はやはり記念碑的傑作と言ってよいのではと思います。
Stephen King

シャイニング  00.jpg スタンリー・キューブリック(1928-1999/享年70)の監督・製作・脚本による映画化作品('80年/英)の方を先に観ましたが、映画の方も、イギリスの学者によると数学的に計算すると世界最高のホラー映画になるとのこと(根拠よくわからないが)、確かに、家族を殺し自殺したホテルの前任者の霊にとりつかれた主人公が、タイプに向かって"All work and no play make Jack a dull boy "(働かざるもの食うべからず)と打ち続けるシーンは、映画のオリジナルですが怖かったです(それにしてもシェリー・デュバルは恐怖顔がよく似合う女優だ)。

THE SHINING2.jpg 但し、原作では、ホテル自体が邪悪な意志のようなものを宿し、それに感応する能力を持つ5歳の息子の(内なる)異界との交流がかなりのページを割いて描かれているのに対し、映画は、ジャックが閉塞状況の中で神経衰弱になり狂気に蝕まれていく様に重点が置かれており、ジャック・ニコルソンの演技自体には鬼気迫るものがあるものの、そこに至る過程は、書けない作家の単なるノイローゼ症状の描写みたいになってしまっている感じもしなくもないです。

シャイニング s.jpg 最後に、生垣を走り回って...というのも映画のオリジナルで、独創性は感じられるものの原作を曲げていることには違いなく、これでは原作者のキングが怒るのも無理からぬこと。

シャイニング es.jpg 劇場予告編で、ホテルの過去の歴史を暗示すべく、双子の少女をモチーフにした怖〜いイメージ映像がありましたが、これは本編では違った使われ方になっていて、こうした取ってつけたようなやり方もルール違反ではないかなあ。

creepshow (1982).jpgcreepshow .jpg キングはキューブリックに対して「あの男は恐怖の何たるかを知らん」とくそみそにこきおろした末に、「クリープ・ショー」というオムニバス・ホラー・ムビーの脚本を自分で書き、自らも出演したほか、「シャイニング」も自分で脚本を書き下ろして製作総指揮を務めTV版に作り直していますが、どういうわけか共に評判は今一だったようです。

"creepshow" (1982)

『'THE SCRAP'―.jpg村上春樹 09.jpg キングの「クリープ・ショー」の失敗を指して作家の村上春樹氏が、「恐怖小説作家が真剣に恐怖とは何かと考えはじめたり、ユーモア小説作家が真剣にユーモアとは何かと考えはじめたりすると、物事はわりにまずい方向に流れちゃうみたいである」と『'THE SCRAP'―懐かしの1980年代』('87年/文藝春秋)に書いています。まあ、何となく当たっているような気がします。

村上春樹『'THE SCRAP'―懐かしの1980年代』(装丁:和田 誠

 因みにこの『THE SCRAP』という本の中身は、スポーツ雑誌「ナンバー」に連載されたもので、アメリカの雑誌や新聞に掲載された記事やコラムをネタに、村上春樹流にコラムとして再構成した感じの本ですが、アメリカナイズされている感性の持ち主であるとも言われる彼の、アメリカ文化に関する「元ネタ帳」みたいで興味深いです。雑誌連載期間は'82年春から'86年2月にかけてで、単行本刊行は'87年。「懐かしの1980年代」とサブタイトルにありますが、80年代前半、彼が33~37歳の頃に、当時の雑誌から"リアルタイム"での様々な出来事、流行事をピックアップして書いているわけであって、その際に話が更に遡ることもあるけれど、基本的には、過去を振り返った回想記ではないです。でも、結構、「アメリカ文化オタク」みたいで面白かったです。

THE SHINING4.jpg「シャイニング」●原題:The Shining●制作年:1980年●制作国:イギリス・アメリカ●監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック●音楽:ベラ・バルトーク●原作:スティーヴン・キング「シャイニング」●吉祥寺東亜.jpg時間:140分●出演:ジャック・ニコルソン/シェリー・デュヴァル/ダニー・ロイド/スキャットマン・ クローザース/バリー・ネルソン/フィリップ・ストーン/ジョー・ターケル/アン・ジャクソン●日本公開:1980/12●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:吉祥寺セントラル(83-12-04) (評価★★★)●併映:「時計じかけのオレンジ」(スタンリー・キューブリック )
吉祥寺スカラ座・吉祥寺オデヲン座・吉祥寺セントラル・吉祥寺東宝
吉祥寺セントラル・吉祥寺スカラ座.jpg7吉祥寺セントラル.jpg吉祥寺セントラル 1954(昭和29)年、吉祥寺駅東口付近に「吉祥寺オデヲン座」オープン。1978(昭和53)年10月、吉祥寺オデヲン座跡に竣工の吉祥寺東亜会館5階にオープン(3階「吉祥寺スカラ座」、2階「吉祥寺アカデミー」(後に「吉祥寺アカデミー東宝」→「吉祥寺東宝」)、B1「吉祥寺松竹オデヲン」(後に「吉祥寺松竹」→「吉祥寺オデヲン座」)。 2012(平成24)年1月21日、同会館内の全4つの映画館を「吉祥寺オデヲン」と改称。2012(平成24)年8月31日、地下の前・吉祥寺オデヲン座(旧・吉祥寺松竹)閉館。 

吉祥寺東亜会館
吉祥寺オデオン.jpg 吉祥寺オデヲン.jpg

 【1986年文庫化・2008年新装版[文春文庫]】

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パルプマガジン作家らしい作品。"レナード・タッチ"より、むしろストーリー自体が楽しめる。

五万二千ドルの罠 ノヴェルズ.jpg 52 pickup.jpg 五万二千ドルの罠 エルモア・レナード.jpg  キャット・チェイサー.jpg stick.jpg  ラム・パンチ.jpg
五万二千ドルの罠 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』/「デス・ポイント/非情の罠(52 PICK-UP)」輸入版DVDカバー/『五万二千ドルの罠 (1979年) (ハヤカワ・ノヴェルズ) 』/映画「キャット・チェイサー」チラシ/「スティック」ペーパーバック /『ラム・パンチ (角川文庫)
『五万二千ドルの罠』(1979/12 ハヤカワ・ノヴェルズ
ハヤカワ・ノヴェルズ『五万二千ドルの罠』.jpgFifty-Two Pickup.jpgElmore Leonard.jpg 1974年に発表されたアメリカの人気ハードボイルド作家、エルモア・レナード Elmore Leonard(1925‐) のベストセラー作品で原題は"52 Pickup"

 鉄鋼会社経営の中年実業家の主人公は、浮気現場をビデオに撮られて犯人グループから恐喝され、妻も真実を知って困惑するが、犯人を見つけるため夫に協力する。浮気相手の友人から得た情報で、犯人はポルノ映画館支配人の男ら3人とわかり、主人公は犯人らに年間5万2000ドル払うと申し出て、彼らの仲間割れを図る―。

 エルモア・レナードは、先に『キャット・チェイサー(Cat Chaser 1982)』('86年/サンケイ文庫)や『スティック(Stick 1983)』('86年/文春文庫)を読んで、ストーリーよりも、所謂"レナード・タッチ"と言われるハードボイルドな文体やフロリダなどを舞台にしたスタイリッシュな雰囲気に惹かれました(とりわけ『スティック』の高見浩氏の訳は鮮烈。この人、ヘミングウェイなども翻訳している)。

 それらに比べると、本書は文体もさることながら、むしろストーリー展開自体が楽しめ、読んだ後も印象に残る―、と言っても、エルモア・レナード自身が西部劇の脚本家からスタートして、パルプマガジンで支持を得てきた人なので、話は大いに通俗的であり、また、その展開にはかなりハチャメチャな部分はありますが...(主人公は戦争で戦闘機パイロットだった時に、敵機を撃墜しただけでなく、誤襲してきた味方機まで撃墜したというかなり血の気の多い人物という設定)。映画「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」の監督クエンティン・タランティーノが敬愛する作家であるというのはよくわかります。

 「5万2千ドル」ぐらいでこんな殺し合いになるのかという気もしますが、70年代初頭は1ドル=360円だったわけで、しかも主人公が提示したのは、それを「毎年」支払うということだったことを考えると、そう不自然な設定ではないかも(どこから5万2千ドルという数字が出てくるのかと思ったら、1週千ドルというわけだ)。

デス・ポイント 歌舞伎町シネマ2.jpg レナード作品は幾つか映画化されていますが、『スティック』はバート・レイノルズ主演で'85年に映画化されているものの、原作を捻じ曲げて却って拙い仕上がりになっているとの評だったので未見、ピーター・ウェラー、ケリー・マクギリス主演の「キャット・チェイサー」('86年)も映画館では観る機会がなかったのですが、テレビで途中から観て、まあまあこんなものかなと。

52 PICK-UP.jpg 『五万二千ドルの罠』は、映画化された作品('86年、邦題 「デス・ポイント/非情の罠」)を、B級映画専門の準ロード館歌舞伎町シネマ2で観ましたが、かなり原作に忠実に作られているように思いました。 「歌舞伎町シネマ2」上映作品ギャラリー HOME PAGE「映画の時間ですよっ!!」

Roy Scheider, Ann-Margret

 今年['08年]2月に亡くなったロイ・シャイダーの主演で、主人公の粗暴な面と脅迫に脅える面が両方出ていて、ロイ・シャイダーは、「ブルーサンダー」('83年)でベトナム帰りの攻撃ヘリコプターのやたら砲弾を撃ちまくるパイロットを演じていましたが、この作品では、「ジョーズ」('75年)の警察署長役に繋がる(サメならぬ)脅迫者に脅えた感じの演技がハマっているような気がし、但しその分、原作よりもやや線の細い人物造型になったように思います。

ゲット・ショーティ [DVD].jpgアウト・オブ・サイト.jpgビッグ・バウンス.jpg レナードの作品は1990年代後半に、「ジャッキー・ブラウン」('97年)(原作:『ラム・パンチ』)、「ゲット・ショーティ」('98年)、「アウト・オブ・サイト」('98年)など映画化が続き、今世紀に入っても「ビッグ・バウンス」('04年)、「Be Cool ビー・クール」('05年)などが映画化されています。(「3時10分、決断のとき」('09年)(原作:『決断の3時10分』(1957))然り。)

ゲット・ショーティ [DVD]」(ジョン・トラボルタ主演)/「アウト・オブ・サイト [DVD]」(ジョージ・クルーニー主演)/「ビッグ・バウンス 特別版 [DVD]」(モーガン・フリーマン主演)

52 PICK-UP m.jpg「デス・ポイント/非情の罠」●原題:52 PICK-UP●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フランケンハイマー●音楽:ゲイリー・チャン●原作:エルモア・レナード「五万二千52 Pick-Up Bl4.jpgドルの罠」●時間:112分●出演:ロイ・シャイダーアン=マーグレット/クラレンス・ウィリアムズ3世/ジョン・グローヴァー/ロバート・トレボア/ケリー・プレスト/ダグ・マクルーア/ヴァニティ/ロニー・チャップマン●日本公開:1987/12●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:歌舞伎町シネマ2 (88-01-30)(評価★★★)●併映:「第27囚人戦車部隊」(ゴードン・ヘスラー)

ヒューマックスパビリオン 新宿歌舞伎町.jpg「ジョイシネマ3:4」.gif歌舞伎町シネマ1・歌舞伎町シネマ2 1985年、コマ劇場左(グランドオヲデオンビル隣り)「新宿ジョイパックビル」(現「ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町」)2Fにオープン→1995年7月~新宿ジョイシネマ3・新宿ジョイシネマ4。1997(平成9)年頃閉館。

 【1979年ノヴェルズ化〔ハヤカワ・ノヴェルズ]/1986年文庫化〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕】

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オリジナルな着想は素晴らしいが、ミステリとしての「掟破り」が瑕疵となり、映画に劣る。

気ちがい〔サイコ〕.png  サイコ  ロバート・ブロック.jpg サイコ ハヤカワ文庫.jpg     PSYCHO2.jpg
気ちがい (1960年) (世界ミステリシリーズ)』『サイコ (ハヤカワ文庫)』 ['82年旧版/新装版] 映画「サイコ」

Psycho.jpgPSYCHO 3.jpg 1959年発表のアメリカ人作家ロバート・ブロック Robert Bloch(1917‐1994/享年77)の『気ちがい(Psycho)』('60年4月/ハヤカワ・ミステリ)は、アルフレッド・ヒッチコック監督(1899‐1980/享年80)の映画「サイコ」('62年)の原作として有名になり、同じ福島正実訳のものがハヤカワ文庫に納められたとき('82年5月)に、『サイコ』という表題に改変されています(この小説や映画のお陰で、他の映画の字幕などでも「この"サイコ野郎"め」といった翻訳表現が使われるようになった)。
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 ロバート・ブロックは、エド・ケインという男が起こした実際の犯罪事件をヒントにこの作品を書いており、父と兄に続いて母親を亡くしたエドは、とりわけ絶対的な影響力を占めていた母親が死んでから、オカルトや解剖、屍体への性的執着、カニバリズムに耽溺、1957年に女性殺害容疑で逮捕されて家宅捜索を受けた際に、自宅から全部で15人の女性の死体が見つかりましたが、死体はどれも細かく解体されており、その一部は上着や食器・家具に加工され、また一部は食用として保存されていたといいます(裁判では精神障害(性的サイコパス)として無罪に)。

 小説の主人公ノーマンの人格造型に、今で言う"解離性障害"のようなものを持ち込んだのは作者のオリジナルだと思われ、その着想は素晴らしいものの、「ノーマンは母さんを面と向かって見られなかった」とか「彼は母さんのスカートに頭をうずめ、しゃくりあげながら、話しはじめた」、「母さんは窓のほうに行くと、降りしきる雨足をじっと眺めた」などといった表現は、ミステリとしては所謂「掟破り」になるかと思われます(以下、カッコ内青字部分は、再見して加筆したコメント)

映画術 フランソワ トリュフォー.jpg 映画監督のフランソワ・トリュフォーもこの点を批判していて、『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)でのヒッチコックへのインタビューにおいて、こうした"禁じ手"を使わずに原作を映像化したヒッチコックの技法を讃えています(映画でもノーマンと"母親"がジャネット・リー演じる女性をモーテルに泊めたことで言い争う場面があるが、それはジャネット・リーには遠くから二人の声だけが聞こえてくるものとなっていて、視覚化されていない。実は、ノーマン自身が話しているにも関わらず、声色を変える事によって彼自身が、他人 (この場合は母親) が話しているかのように錯覚して聞いていることになる)

ユージュアル・サスペクツ.jpg 例えば、アカデミー賞脚本賞受賞映画の「ユージュアル・サスペクツ」('95年/米)なども、傑作ミステリ映画と言われながらも、途中で実在しない人物を映像化するという"禁じ手"を用いて自ら瑕疵を生じせしめているように思います。コカインの密輸船が爆破され大量のコカインと金が消えた事件の黒幕と目される大物ギャング、カイザー・ソゼとは何者なのかを巡る心理サスペンスで、ラストもさることながら、その少し前の尋問場面で、観ていてアッと言わせる、確かに傑作でした。本来なら星5つ乃至4つ半ぐらい献上したい、にもかかわらず、この"禁じ手"を用いていることで、個人的には星1つ分は減らさざるを得ない...まさに「残念な映画」と言えます(そこにこだわるどうかは個人の勝手だが、自分はこだわってしまった)。 「ユージュアル・サスペクツ [DVD]

Psycho (1960).jpg 『映画術』ではこの外に、「サイコ」においてヒッチコックがいかに緻密な計算の上に、セオリー通りの手法やセオリーを外れた実験的手法を用いサイコ7.jpgて効果を上げているかを、トリュフォーが本人から巧みに聞き出していて、例えば後者(セオリー外)で言えば、最初の被害者にジャネット・リーを起用した点などもそうです。ヒッチコック映画で女優がブラジャー姿で出てくるのはこの作品だけです(しかも3度も。白い下着姿で1度、黒い下着姿で2度出てくる。他のヒッチコック映画のヒロインでは考えられない)。因みにジャネット・リーは、ポスターでは中ほどより下にその名があり、特別出演のような扱いになっています。
Psycho(1960)

ヒッチコック 「サイコ」ノーマン.jpg 自らがこの作品の監督だとして、普通は映画の半ばで殺される女性に有名女優を用いようとは思わないでしょう。物語の最後まで観客の興味を牽引していくと思われた主演クラスの女優が演じる役を途中で被害者にしてしまい、観客の感情移入に見事に肩透かしを食わせ、アンソニー・パーキンスが演じる孤独な青年に一気に感情移入の対象を移行させる―やはり、こうした計算され尽くした「映画術」から見ても、ヒッチコックの映画監督としての才能が原作の名を高めたというべきでしょう(最初の30分はジャネット・リーの独壇場で、30分してからアンソニー・パーキンスが登場し、48分頃に例のシャワーシーンがある。ジャネット・リーはすぐ殺害されてしまうイメージがあるが、108分の映画の内、前半約50分までは出ていたことになる)

『サイコ』(1960) 0.jpg『サイコ』(1960).jpg ヒッチコックがこの小説の映画化に踏み切った理由は、ただ1つ、「シャワーを浴びていた女性が突然に殺されるという悲惨さ」にショックを受けたからとのことで(匿名で、極めて安値で原作の映画化権を買い取っている)、45秒のシャワーシーンに200カット詰めみ7日間もかけて撮ったという話は有名。但し、このシーンの撮影の際にアンソニー・パーキンスは舞台出演中で撮影現場にはいなかったことを、映画公開の20年後にアンソニー・パーキンス自身が告白しています(解離性人格である殺人者は犯行時には服装も髪型も母親の姿になるという設定であり、アンソニー・パーキンスがいなくても撮影可能だったということになる。犯人の影姿から鬘を被っていることが窺える)

サイコ1.jpg その外にも、ジャネット・リーの手と肩と顔だけが本物で、あとは全てスタンドインのモデルを使っているとか、エロティックかつ残酷な場面という印象があるにも関わらず、女性の乳房さえ映っておらず、ナイフが肉に刺さるショットも無い(そうした印象は全てモンタージュ効果によるものである)とか、このシーンだけでもネタは尽きません。

Janet Leigh2.jpgジャネット・リー(Janet Leigh、本名:Jeanette Helen Morrison、1927年7月6日 - 2004年10月3日)は、カリフォルニア州マーセド出身。アメリカの女優。15歳で駆け落ちしたが4ヶ月で破局、19歳で大学の同級生と再婚した。休暇中、写真のモデルとして写った写真を、女優ノーマ・シアラーが偶然見て、「この顔は絶対映画に出るべきよ」と映画関係者にスカウトを勧めたという。20歳で当時若く素朴な田舎の少女を捜していたメトロ・ゴールドウィン・メイヤーと契約する。彼女の最も有名な出演作は、アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』(1960年)である。同作での演技でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞を受賞した。また、有名なシャワーシーンの演技から、今日では「絶叫クイーン」の1人として挙げられることがある。娘のジェイミー・リー・カーティスもまた、『ハロウィン』(1978年)での演技が評価され、同様に称される。(「音楽映画関連没年データベース」より)

Psycho (1960) Theatrical Trailer - Alfred Hitchcock Movie
サイコ dvd.jpg「サイコ」●原題:PSYCHO●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●音楽:バーナード・ハーマン●原作:ロバート・ブロック「気ちがい(サイコ)」●時間:108分●出演:アンソニー・パーキンス/ジャネット・リー/ベラ・マイルズ/マーチン・バルサン/ジャン・ギャヴィン●日本公開:1960/09●配給:パラマウント●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(97-09-19) (評価★★★★☆)
サイコ hiiti.jpg

ユージュアル・サスペクツ2.jpg「ユージュアル・サスペクツ」●原題:THE USUAL SUSPECTS●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ブライアン・シンガー●製作:ハンス・ブロックマン他●脚本:クリストファー・マッカリー●撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル●音楽:ジョン・オットマン●時間:106分●出演:ケヴィン・スペイシー/ガブリエル・バーン/スティーヴン・ボールドウィン/ベニチオ・デル・トロ/ケヴィン・ポラック/チャズ・パルミンテリ/ピート・ポスルスウェイト●日本公開:1996/04●配給:アスミック●最初に観た場所:銀座テアトル西友(96-04-29) (評価★★★☆)
ル テアトル銀座1.jpgル テアトル銀座2.jpg銀座セゾン劇場・銀座テアトル西友/ル テアトル銀座・銀座テアトルシネマ
1987年7月「銀座テアトルビル」3階に「銀座セゾン劇場」、5階に「銀座テアトル西友」オープン。1999年一時閉館。2000年4月~「ル テアトル銀座」(座席数770席)(2007年3月~「ル テアトル銀座 by PARCO」)、「銀座テアトルシネマ」(座席数150席) 。2013年5月31日共に閉館。

 【1982年文庫化[ハヤカワ文庫 NV (『サイコ』(福島正実訳))]/1999年再文庫化[創元推理文庫(『サイコ』(夏来健次訳))]】
  

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写真やイラストを交え詳細に描かれる1880年代のニューヨークの街の様子が魅力。

ふりだしに戻る (1973年).jpg
   
ふりだしに戻る 上.jpg ふりだしに戻る下.jpg 『ふりだしに戻る』.jpg
ふりだしに戻る〈上〉(下)』 〔'91年/角川文庫〕Jack Finney, "Time and Again" [Audiobook]

ふりだしに戻る (1973年)
Jack Finney Time and Again (1970)
Jack Finney time and again.jpgTime and Again.jpg 1970年原著刊行の米国人作家ジャック・フィニイ(Jack Finney、1911-1995/享年84)のタイムトラベル・ミステリで(原題は"Time and Again")、'91年初版の角川文庫の口上に「20年の歳月を越えて、ふたたび蘇る」とあるように、福島正実(1929-1976/享年47)による初訳は、同じく角川から1973年7月に刊行されています。

 広告会社でイラストレーターをしていたサイモン・モーリーは、恋人ケイトの養父の自殺現場に残されていた90年前に投函された手紙が気にかかっていたが、ある日男に声をかけられて、現代人を過去に送り込むタイプスリップの実験プロジェクトに参加することになり、自らの希望でその手紙の謎を追って1882年のニューヨークにやってくる―。

 「これは政府の極秘プロジェクトなのだが...」と謎の男が現れて言い、「君は才能を見込まれてその候補に選ばれた」なんていうのがちょっと臭いけれども、映画「メン・イン・ブラック」('97年)とかで最近でも使われているパターンだし、その「才」のある人間ならば「過去のある場所にいると強く思い込む」だけで過去に行くことが出来る―というのがSFのレベルとしてどうかというのもあるけれど、TVシリーズ「HEROES/ヒーローズ」('06年)で今まさに超能力者たちがやっているのもこのパターンであり、あまりケチをつけるべきでもないものかもしれません。

Time and Again3.jpg ただ、ミステリに恋愛を絡めたことでミステリ部分は弱まってしまった面もあるし(もともと、この話のトリック自体が古典的)、過去の世界に生きる異性に恋をするというのもタイム・ファンタジーの常道と言えば常道で、どうしてこの作品がタイムトラベルものの名作とされるかというと、やはり、マニアックなまでに詳細に描かれる1880年代のニューヨークの街の様子や人々の暮らしぶりのためでしょう。

 当時の建造物から交通機関、ファッションまでの写真やイラストを交えての描写は、1880年代の「ニューヨーク紀行」であり、「ニューヨーク旅ガイド」になっているようにも思え(作者自身もこれを最も描きたかったのでは?)、実際、自分がそこに行ったような気になるとともに、この小説によって、ニューヨークの街にも歴史があるのだという意識を改めて抱いたといってもいいかも知れません(ブロードウェイを馬車が走っている様なんて、それまであまり想像したことがなかった)。

The Time Tunnel.jpg 国家予算を投入した極秘の時間航行プロジェクトで、但し、タイムトラベラーは歴史を変えてはいけない、という"お約束ごと"は、60年代のTVシリーズ「タイムトンネル」と同じ。但し、沈没直前のタイタニック号や陥落直前のアラモ砦にたまたま"流れ着く"といった「タイムトンネル」流のご都合主義がないだけ、まだこっちの方がリアリティがある?
 "The Time Tunnel"

 【1991年文庫化[角川文庫]】

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In the Name of the Father.jpg 壮大なプロットもさることながら、主人公がトラウマから立ち直り男気に目覚めるプロセスがいい『スナップ・ショット』。

スナップ・ショット 新潮文庫.jpg スナップ・ショット(集英社文庫).jpg A J Quinnell.jpg A J Quinnell ヴァチカンからの暗殺者.jpg
スナップ・ショット(新潮文庫)』 〔'84年〕『スナップ・ショット(集英社文庫)』 〔'00年〕『ヴァチカンからの暗殺者 (新潮文庫)』['78年] "In the Name of the Father"(1978)

Snap Shot.jpg 1982年に発表された冒険小説作家A・J・クィネル(A. J. Quinnell 1940-2005)の小説で、 『燃える男』Man on Fire (1980)、『メッカを撃て』The Mahdi (1981)に続くもの。

 天才カメラマンのマンガーは、ベトナム戦争でのトラウマから性的不能となりカメラも捨てていたが、ある女性と出会い、カメラマンとしての腕と男としての自信をも取り戻すことが出来た。その頃、イラクではサダム・フセインが原発の建設に取り組んでいたが、イスラエルでは、それが原発に名を借りた核兵器工場と疑っており、空爆による破壊工作を策していた。しかし、フセインの陰謀を立証するためには、証拠写真が必要であり、そこでマンガーに白羽の矢が立つ―。

In the Name of the Father (1987).jpg クィネルの作品は『燃える男』のような元傭兵クリーシーが主人公として活躍する「クリーシーシリーズ」と(『燃える男』は'04年に「マイ・ボディガード」としてトニー・スコット監督、デンゼル・ワシントン主演で映画化された)、『メッカを撃て』のような"独立系"の話がありますが、これは独立系なので単独で楽しめ、出来もいいと思いました(個人的には、1987年に発表された『ヴァチカンからの暗殺者』 In the Name of the Fatherなど"独立系"の話の方が、この人の作品は面白いと思う)。

 何よりも、その当時何気なくなく読んでいたプロットが、この作品発表の前年にイスラエル空軍機がイラクの原子炉を急襲し破壊した事実をベースにしており、更にその後の湾岸戦争、イラク戦争に繋がる政治背景をしっかり取材して書かかれていたものであったことに気づかされ、今更のように驚かされます。

 それでもって、かなり自由にフィクションを織り込み、話を壮大かつ面白くしているというのが、この人の作品の特徴でしょうか。『ヴァチカンからの暗殺者』なんて、ローマ法王を守るためにソ連の書記長―しかも実在の(アンドロポフ)―を暗殺しようとする話ですから、スケールは大きいし、実際この物語のプロットも、現実にあったとされるヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件に着想を得ているとのことです。

 ただ、主人公である西側へ亡命したポーランド秘密保安機関のエリート少佐と、潜入作戦のために妻役を装って彼を助けることになる信仰心厚い修道女の関係がどうなっていくかというサイドストーリーの絡ませ方が上手く、そっちの方への関心からぐいぐい引き込まれます。

 同様に、『スナップ・ショット』においても、個人的にはプロットの壮大さよりも、戦争で心的トラウマを負った主人公のマンガーが、鬱屈から立ち直って男気に目覚めていくプロセスが好きです。

2シベールの日曜日.jpgシベールの日曜日1.jpgシベールの日曜日.jpg 前半部はセルジュ・ブールギニョン監督の「シベールの日曜日」('62年/仏)を思い出しました。あの映画でハーディ・クリューガー演じる元パイロットの主人公は、インドシナ戦争でベトナム人少女を空爆で殺したのでないかというトラウマから記憶喪失となりますが、孤独な少女との触れ合いを通して癒されていく―、しかし、2人が出会う日曜日、彼のことを変質者だと決め込んだ医師の通報で駆けつけた警官により...。

シベールの日曜日」.jpgシベールの日曜日2.jpg この映画を観てパトリシア・ゴッジの愛くるしさにハマった人も多いのでは。そこががこの映画の微妙な点でもあり、主人公がトラウマから反動的にロリコン化して最終的には立ち直れなかったともとれなくはないかなあ(少しひねくれ過ぎ? しかし実際、この映画は"ロリコン映画の傑作"という評価のされ方もしている)。
「シベールの日曜日」●原題:CYBELE OU LES DIMACHES DE VILLE D'AVRAY●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:セルジュ・ブールギニョン●脚本:セルジュ・ブールギニョン/アントワーヌ・チュダル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:モーリス・ジャール●原作:ベルナール・エシャスリオー「ビル・ダヴレイの日曜日」●時間:110分●出演:ハーディ・クリューガー/パトリシア・ゴッジ/ニコール・クールセ/ダニエル・イヴェルネル,/アンドレ・ウマンスキー●日本公開:1963/06●配給:東和●最初に観た場所:有楽町スバル座(80-06-06)(評価:★★★☆)●併映「悲しみこんにちは」(オットー・プレミンジャー)

 まあ、『スナップ・ショット』の天才カメラマンのマンガーの場合は再びヒーローに返り咲き、トラウマを克服するわけですが、クリーシィシリーズより主人公がやや屈折している点が個人的には好みでしょうか(『ヴァチカンからの暗殺者』でも、クールなはずのスナイパーが恋に落ちていくという展開が面白い)。

ゴゾ島 地図.pngA.J.クイネル氏.jpg クィネルは長年覆面作家で通してイタリア・シチリア島の南に位置するマルタ共和国の小島であるゴゾ島(マルタ島自体が淡路島ほどの小さな島国なのだが、ゴゾ島はその中のさらなる島)に住んでいましたが、その地で日本人の青年に「あなた、クィネルさんでしょ?」と言われて観念して覆面を脱いだとか(世界中どこへでも行く日本人!)。タンザニア生まれで、イギリスで教育を受け、作家になる前は世界を駆け回るビジネスマンだったというその経歴が初めて世に知られたのは1999年のこと。『ヴァチカンからの暗殺者』が発表年である1978年に翻訳されていることから、既に日本での人気も定着していたかに思えますが(その年の「週刊文春ミステリーベスト10」の3位にランクインしている)、その頃から数えても更に20年余り「覆面作家」で通していたわけかあ。

A・J・クィネル A. J. Quinnell (1940-2005/享年65)
クイネルが描いたマルタの世界を.jpgゴゾへの追悼の旅.jpg その後、日本にも講演に来ていますが、すごくシャイな人で、講演では滅茶苦茶緊張していたそうです(前述の日本人の青年に正体を見破られた話はこの時にした。その日本人青年も講演会場に来ていたというから、事実に近い話なのだろう)。残念ながら2005年に亡くなっていますが、旅行会社が「クイネル追悼ツアー」を企画していました。

「A・J・クィネル追悼ツアー」パンフレット〔'06年〕

 『スナップ・ショット』...【1984年文庫化[新潮文庫]/2000年再文庫化[集英社文庫]】

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自閉症児の視点で、その認知の世界を解き明かすヒューマン物語。

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpg  夜中に犬に起こった奇妙な事件  新装版.jpg  夜中に犬に起こった奇妙な事件 (ハヤカワepi文庫).jpg  Mark Haddon.jpg Mark Haddon
夜中に犬に起こった奇妙な事件』〔'03年〕/新装版['07年]/夜中に犬に起こった奇妙な事件 (ハヤカワepi文庫)』['16年]

class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 0px 0;" /> 2003年にイギリスで刊行されるや話題を呼び(原題は"The Curious Incident of the Dog in the Night-Time")、世界中で1千万部ぐらい売れたそうですが、日本ではじわじわとブームが来た感じの本です(2004年・第51回「産経児童出版文化賞」の「大賞」受賞作)。

 物語の主人公・15歳の少年クリストファーは、自閉症(アスペルガー症候群)の障害を生まれながら持っていて、数学や物理では天才的な能力を発揮するものの、人の表情を読み取ったりコミュニケーションすることが苦手で、養護学校に通っています。この物語は、彼が、夜中に起きた「近所の飼い犬の刺殺事件」の謎を解くために書き始めたミステリという形で進行していきます。                                             

 そのミステリに引き込まれて読んでいるうちに、自閉症児のモノの認知の仕方や考え方、ヒトとのコミュニケーションのとり方などが少しずつわかってくるようになっていて、作者のうまさに感心しました(相当の才能と体験が無ければ書けない)。クリストファーは落ち着かない気持ちになると、頭の中で高等数学の問題などを考えて気持ちを落ち着かせたりするため、数学や宇宙物理学の話がときおり出てきますが、読者にとっても気分転換になるくらいの配置で、それらもまた楽しめます。

 彼は必ずしも恵まれた環境にいるのではなく、むしろ崩壊した家庭にいて、大人たちのエゴに板ばさみになっているのですが、彼が自分なりに成長して様は、読後にヒューマンな印象を与え、クリストファーとは、「キリストを運ぶ者」という意であるという文中の言葉が思い出されます。クリストファー自身は、自分は自分以外の何者でもないという理由で、この意味づけを認めていませんが...。

The Curious Incident of the Dog in the Night-Time.jpg イギリスでは当初、児童書として出版され、なかなか好評だったため、それを大人向けに改版したものが本書らしいでです。翻訳者は『アルジャーノンに花束を』('78年/早川書房)の小尾芙佐さんですが、語り手の視点の置き方や語り口という点ではすごく似ている作品です。「アルジャーノン」はネズミの名前ですが、この本にもトビーというネズミが出てきます。

 ただし本書には、自閉症(アスペルガー症候群)という「障害」とその「可能性」を知るためのテキストとして読めるという大きな利点があるかと思います。彼らのすべてが、同じようにこうした障害や能力を持つと思い込むのは、それはそれで、また危険だとは思いますが。

【2007年単行本新装版〔早川書房〕/2016年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

英国舞台「The Curious Incident of the Dog in the Night-Time」(New Theatre Oxford)/国内舞台「夜中に犬に起こった奇妙な事件」2014年4月4-20日 世田谷パブリックシアター/4月24-29日 シアターBRAVA!(森田剛主演)


《読書MEMO》
●精神障害を扱った小説
アルジャーノンに花束を (海外SFノヴェルズ).jpgダニエル・キイス (小尾美佐:訳) 『アルジャーノンに花束を』 (1978/07 早川書房)(知的障害のある男性が主人公のSF作品)

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpgマ-ク・ハッドン (小尾芙佐:訳) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 (2003/06 早川書房) (自閉症の少年が主人公のミステリー作品)

くらやみの速さはどれくらい1.jpgエリザベス・ムーン (小尾美佐:訳) 『くらやみの速さはどれくらい』 (2004/10 早川書房)(高機能自閉症の男性が主人公のSF作品)

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「自分探し」がサスペンス気分を盛り上げ、ラドラムの作品では一押し。

暗殺者 上.jpg 暗殺者下.jpg THE BOURNE IDENTITY3.bmp ボーン・アイデンティティー.jpg  lラドラム.jpg
暗殺者 (上) (新潮文庫)』『暗殺者 (下) (新潮文庫)』「ボーン・アイデンティティー [DVD]」Robert Ludlum

Thebourne Identity.jpg 1980年に発表されたアメリカの作家ロバート・ラドラム(Robert Ludlum)の作品で、彼の作品ではこの『暗殺者』 (The Bourne Identity)と『狂気のモザイク』 (The Parsifal Mosaic '82年発表)が一押しです(共に日本語訳は新潮文庫)(『暗殺者』は1984(昭和59)年・第3回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作)。

 発表は海外でも国内(邦訳)でも、『スカーラッチ家の遺産』 (The Scarlatti Inheritance '71年発表)、『ホルクロフトの盟約』 (The Holcroft Covenant '78年発表)、『マタレーズ暗殺集団』 (The Matarese Circle '79年発表)の方が先ですが、それらの作品もかなり面白いです(この3作品は何れも日本語訳は角川文庫)。

 あの松岡正剛氏も、自身のサイト「千冊千話」の中で、「ともかく力作が目白押しに発表されるので、これは駄作だろうとおもってもみるのだが、つい読まされ、興奮してしまっている」「ぼくを十冊以上にわたってハメつづけたのだから、その手腕は並大抵ではないということなのだろう」と書いています。

 実際、アメリカの週刊誌パブリッシャーズ・ウィークリー(Publishers Weekly)のアメリカ・ベストセラー書籍(小説/フィクション)の年間トップ10ランキングを見ると、『ホルクロフトの盟約』が'78年の5位、『マタレーズ暗殺集団』は'79年の1位となっています(『暗殺者』は'80年の2位)。

 "エスピオナージュの旗手"ともてはやされたこと自体は、自分も読んでみて大いに頷けましたが、角川文庫にあるものは、内容がやや荒唐無稽、謀略・策略何でもありという印象も、一部拭えませんでした(はまるとクセになるが、あまり続けて読むとやや食傷気味になる)。

 それに対して本作は、、松岡正剛氏も「千冊千話」の中で『暗殺者』を取り上げ、「傑作は、やはりこの『暗殺者』である。文庫本で2冊にわたる長編だが、読みだしたら、絶対にやめられない」としているように、ジェイソン・ボーンという主人公のキャラクターがいいのと、最初に彼が記憶喪失者として登場するという設定がうまいと思います。

 「自分」は誰なのか、「自分」を見つけなければ生きられないという切実な「自分探し」が、サスペンス気分を盛り上げていて、米ソ冷戦という今となっては古い時代背景であるにも関わらず古さを感じさせません。
 
マット・デイモン.jpgthe-bourne-identity.jpg 原題の「ボーン・アイデンティティー」そのままのタイトルで映画化('02年/米)されました(発表から映画化まで22年かあ)。悪い映画ではなかったのですが、物語の細部が端折られてしまったのと、主人公がキャラクター的に少しズレてしまった感じがして、どうなのかなという印象でした。主役のマット・デイモン自体が少し線が細いと言うか優し過ぎるイメージかな(この人、米国の有名俳優の中では数少ないハーバード大学出身者、但し、中退)。さらに"暗殺者"であるカルロス、これが原作ではある種のサイコ的凄みがあるのですが、アクション映画にしてしまうと怖くなくなるのが痛い。

The Bourne Identity21.jpgボーン・アイデンティティー  .jpg「ボーン・アイデンティティー」●原題:THE BOURNE IDENTITY●制作年:2002年●制作国:アメリカ●監督:ダグ・リーマン●製作総指揮:フランク・マーシャル/ロバート・ラドラム●音楽:ジョン・パウエル●原作:ロバート・ラドラム「暗殺者」(The Bourne Identity)●時間:119分●出演:マット・デイモン/フランカ・ポテンテ/クリス・クーパー/クライヴ・オーウェン/ブライアン・コックス/アドウェール・アキノエ・アグバエ/ダグ・リーマン/ジュリア・スタイルズ●日本公開:2003/01●配給:UPI (評価★★★)

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スペシャリストらの"技"と彼らをまとめるマロリーのリーダーシップがいい『ナヴァロンの要塞』。

ナヴァロンの要塞 カラージャケット.jpg ナヴァロン.jpg ナヴァロンの要塞.jpg    ナバロンの要塞).jpg the-guns-of-navarone-cover-3.jpg
ナバロンの要塞 (1966年)』/『ナヴァロンの要塞 (1977年) (ハヤカワ文庫―NV)』/映画「ナバロンの要塞」日本版ポスター/輸入版ポスター

 1957年にイギリスで発表されたアリステア・マクリーン(Alistair MacLean 1922-1987)の戦争冒険小説『ナヴァロンの要塞』(The Guns of Navarone)は、『荒鷲の要塞』(Where Eagles Dare)と並ぶ"要塞モノ"の傑作ですが、この作品が発表されたのは、『荒鷲』に先立つこと10年で、結構「古典」だったのなのだなあと。

 第二次世界大戦中、ナチスのエーゲ海支配の拠点である難攻不落のナヴァロン島の要塞に、英国連合国軍から要塞の破壊指令を受けた、ニュージーランド人登山家マロリーをリーダーとする少数精鋭のスペシャリストチームが潜入する―。

 映画でも知られるストーリーですが、原作もこれでもかこれでもかとチームを不測のトラブルがテンポよく(?)襲い、それを克服していくスペシャリストたちの"技"と、彼らをまとめるマロリーのリーダーシップがいいです。
 "マロリー"という名は、戦前チョモランマ登攀中に行方不明になった「そこに山があるから登るのだ」の登山家ジョージ・マロリーへのオマージュなのでしょうか。

『ナバロンの要塞』(1961) 2.jpgナバロンの要塞p.jpg J・リー・トンプソン監督(1914-2002)、グレゴリー・ペック主演の映画「ナバロンの要塞」('61年/米)も、原作のサスペンティックな緊迫感を保っている傑作ではあります。
映画「ナバロンの要塞」輸入版ポスター
『ナバロンの要塞』(1961).jpg
 ただし、彼らチームを助けるケロス島の2人の男が女性に置き換えられていて、しかもそのうちの1人を演じたギリシャ人女優イレーネ・パパスがやけに存在感があり、その上、グレゴリー・ペックはもう1人の女性に恋情のようなものを抱いたりするため、良い意味でも悪い意味でも男女物のヒューマンドラマの色合いが強まった気がしました。
   
                  
「ナバロンの要塞」1.jpg「ナバロンの要塞」2.jpg こうした"情"の部分をストレートに表現することをできるだけ避けていたのが作者の特質だったのではないだろうか? 映画自体は悪くは無いけれど(むしろ傑作の部類だと個人的にも思うが)、原作の方がより男っぽい重厚感があります。 

荒鷲の要塞.jpg荒鷲の要塞 ハヤカワ・ノヴェルズ.jpg「荒鷲の要塞」.jpg荒鷲の要塞 (1968年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)』/『荒鷲の要塞 (1977年) (ハヤカワ文庫―NV)』/映画「荒鷲の要塞」ポスター(左)

 1967年に発表された姉妹作『荒鷲の要塞』('68年/ハヤカワ・ノヴェルズ)は、ドイツ軍の捕虜となる要塞に囚われたアメリカ軍将校を救出するために、イギリス軍情報部員6名とアメリカ陸軍のレンジャー部隊員から成る救出部隊が組まれるもので、その要塞というのが専用ロープウェイでしか行けないという難攻不落のもの。しかも、味方にもスパイがいて...と、ちょっと『ナヴァロンの要塞』と似ている感じ。(小説の評価★★★☆)

映画「荒鷲の要塞」('68年/米)では、イギリス軍情報部員の一員としてリチャード・バートン、アメリカ陸軍のレンジャー部隊員にクリント・イーストウッドを配していますが、最後のロープウェイ上の格闘に象徴されるように、小説の段階で既により冒険アクション風な感じがしました。

荒鷲の要塞1.jpg 先に映画の脚本として書かれたものを、後にセリフなどを書き加えて小説化したものと後で知って納得しましたが、結果的にはこれはやはり映画の方が面白く(映画の評価★★★★)、ロープウェイを使った映画では№1ではないかと思います("ロープウェイを使った映画"なんてそう矢鱈あるものではないが)。

「ナバロンの要塞」6.jpgナバロンの要塞(61米).jpg「ナバロンの要塞」●原題:THE GUNS OF NAVARONE●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:J・リー・トンプソン●音楽:デミトリー・ティオムキン●原作:アリステア・マクリーン「ナヴァロンの要塞」●時間:157分●出演:グレゴリー・ペック/デビッド・ニーヴン/アンソニー・クイン/スタンリー・ベイカー/アンソニー・クエイル/イレーネ・パパス/ジア・スカラ/ジェームズ・ダーレン/ブライアン・フォーブス/リチャード・ハリス●日本公開:1961/08●配給:コロムビア映画 (評価★★★★)

「荒鷲の要塞」ps.jpg荒鷲の要塞(68米、英).jpg「荒鷲の要塞」●原題:WHERE EAGLE DARE●制作年:1968年●制作国:イギリス・アメリカ●監荒鷲の要塞 2.jpg督:ブライアン・G・ハットン●音楽:ロン・グッドウィン●原作:アリステア・マクリーン「荒鷲の要塞」●時間:155分●出演:リチャード・バートン/クリント・イーストウッド/メアリー・ユーア/イングリッド・ピット/マイケル・ホーダーン/パトリック・ワイマーク/ロバート・ ビーティ/アントン・ディフリング/ダーレン・ネスビット/ファーディ・メイン●日本公開:1968/12●配給:MGM (評価★★★★)

ハヤカワノヴェルズ ヴァロンの要塞.jpg『ナヴァロンの要塞』...【1966年単行本〔早川書房(『ナバロンの要塞』)〕・新書版〔ハヤカワ・ポケット・ミステリ〕/1971年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ〕/1977年文庫化[ハヤカワ文庫ノヴェルズ]】

荒鷲の要塞 カバー.jpg『荒鷲の要塞』...【1968年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ〕/1977年文庫化[ハヤカワ文庫ノヴェルズ]】

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業界小説だが、多様な登場人物とスピーディでサスペンスフルな展開で楽しめる『ホテル』。

ホテル 上巻.jpg ホテル下巻.jpg Arthur Hailey.jpg   大空港 .jpg 大空港6273b631.jpg
ホテル 上 』 新潮文庫 Arthur Hailey (1920-2004/享年84) 「大空港 [Blu-ray]」 

Arthur Hailey hotel.jpgArthur Hailey's Hotel.bmp 1965年原著発表のイギリス人作家アーサー・ヘイリー(Arthur Hailey, 1920‐2004)の小説で、アメリカ南部の老舗ホテルを舞台にホテル業界を描いた長編小説(この人は途中でアメリカに移住し、活動の場はほとんどアメリカ)。

 ニューオーリンズ最大のホテル、セント・グレゴリーは、町の繁華な一劃に、堂々たる偉容を誇って建っていた。しかし近代的、能率的経営方式全盛の昨今では、この古風な品格にあふれたホテルも時代遅れで、さらに老オーナーの放漫経営で赤字を抱え、他のホテルチェーンの総帥から買収攻勢を受けており、従業員の士気も下がっている。そんな中で、若い副支配人ピーター・マックダーモットは経営不振を打開しようと精力的に奔走する―。

 従業員も従業員なら泊り客も泊まり客で、チップをピン撥ねするボーイ長、スィートルームでレイプ騒ぎを起こす金持ちの息子、轢き逃げ事件のもみ消しを図る公爵夫妻と彼らを脅迫するホテルの警備主任、ホテル専門の泥棒...etc.、副支配人ピーターの対応がすべて事後処理にならざるを得ないのがちょっとどうかなという気もしますが、ホテルの裏側をよく取材していると感じました。

 黒人医師の宿泊をホテル側が拒否してもめるといった、公民権運動時代の名残り的な話もありますが、その後多く現れるホテルを舞台とした小説、コミック、ドラマなどの原型が、この小説には詰まっていると思えました。

ホテル [DVD] .jpgHOTEL (1967)l4.jpg この作品は1966年にリチャード・クワイン監督、HOTEL 1967 .jpgロッド・テイラー、メルヴィン・ダグラス主演で映画化されていますが、日本ではソフト化されておらず(ビデオにもならなかった)個人的には未見です(その後2012年にDVDが発売された)
ホテル [DVD]

 また、この作品をベースとして、'82年に本国にてTVシリーズドラマ化されており(原題:"Hotel"、邦題:「アーサー・ヘイリーのホテル」) 、'88年まで5シーズンにわたり放映されています。時代は'60年代から現代('80年代)に、舞台はニューオリンズからサンフランシスコに置き換えられていて(外観は超高級ホテル「フェアモント サンフランシスコ」を使っているようだ)、ゲストスターとしてベティ・デイヴィスやアン・バクスター、「刑事コロンボ」の名犯人役で知られるロバート・カルプなど様々な役者が出ています(日本では番組としては放映されなかったが、ビデオが出された)。
Arthur Hailey's Hotel 1983 ABC Opening Intro(音楽: ヘンリーマンシーニ)

大空港.jpg この小説は作者のデビュー作ではないですが出世作と言え、その後、映画化作品もヒットした『大空港』('68年)や、『自動車』('71年)、『マネー・チェンジャーズ』('75年)、『エネルギー』('79年)、『ストロング・メディスン』('84年)、『ニュース・キャスター』('90年)と次々に発表しており、それぞれ、航空・自動車・電力・医療・放送といった業界の研究本の小説版としても読めます(『自動車』は、パブリッシャーズ・ウィークリーのアメリカ・ベストセラー書籍(小説/フィクション)の年間トップ10ランキングの'71年の1位、『マネー・チェンジャーズ』は'75年の2位。後者は日本でも、銀行に内定した学生の入社までに読んでおく課題図書だったりした)。

 ただし、作品全般に小説としては登場人物などがややパターン化傾向にあり、そうした中ではこの作品は、登場人物が比較的バラエティに富み、ある週の月曜から金曜までの出来事としてのスピーディな展開が(謎の老人アルバート・ウェルズの正体はややご都合主義ともとれるが)大いにサスペンスフルで面白く(この人は、『殺人課刑事』('97年)という推理小説も書いている)、また、他の作品が問題解決型なのに対し、結末にカタストロフィが仕組まれているのも本書の特徴です。M&A的な話が織り込まれ従業員のモチベーションに関することなどもとりあげられていて、企業小説が好きな人はお薦めですが、そうしたものをあまり読まない読者にも充分楽しめる内容です。
             
大空港a.jpg アーサー・ヘイリー原作の最初の映画化作品「ホテル」('66年)はそれほど話題にならなかったようですが、2番目の映画化作品「大空港」('70年)は大ヒットし、70年代前半から中盤にかけてのパニック映画ブームの先駆けとなりました(右:ハヤカワ文庫NVカバー)。

 シカゴのリンカーン国際空港(架空。オヘア国際空港がモデル)は何年に一度という大雪に見舞われる。そんな中、着陸したトランスグローバル航空(架空)45便のボーイング707旅客機が誘導路から脱輪し、積雪の中に車輪を沈ませてメイン滑走路を閉鎖させてしまう。そこへ、リンカーン発ローマ行きのトランスグローバル2便の飛行中の旅客機内に、爆弾が持ち込まれているという通報が入る。機長と主任客室乗務員は、爆弾の入ったアタッシュ・ケースを確保しようとするが、犯人は爆弾もろとも自殺し、その衝撃で旅客機の胴体に穴が空き、空中分解の危機が訪れる。急遽、旅客機はリンカーン空港へ向けて旋回するが、空港は立往生したボーイング707のため滑走路が閉鎖されたままで、猛吹雪の中、依然機能停止状態だった―。

大空港 1970 01.jpg大空港 1970 03.jpg大空港 1970ド.jpg 空港長にバート・ランカスター、機長にディーン・マーティン、2人とも家庭がありながら不倫をしていて、空港長の不倫相手の地上勤社員にジーン・セバーグ、機長の不倫相手の客室乗務員にジャクリーン・ビセット、加えてベテラン整備士に大空港s.jpgジョージ・ケネディという豪華な顔ぶれ。所謂グランドホテル方式で、ディーン・マーティン演じる機長は家庭不和に悩み、ジーン・セバーグはサンフランシスコ栄転と機長との関係の狭間に悩み、ジャクリーン・ビセットは妊娠し、この日同僚機長の定期テストのため副操縦士としてトランスグローバル2便乗り合わせたディーン・マーティンは、彼女から出産する決意であること聞かされる―といった具合に、をそれぞれの登場人物にまつわるストーリーが交錯する構成大空港 1970 02.jpg大空港 s.jpgになっています。第43回アカデミー賞では最多10部門にノミネートされましたが、結局、飛行機にただ乗りする常連"密航者"の老夫人を演じたヘレン・ヘイズが助演女優賞を受賞したのみでした。続編として、小型機と衝突した旅客機を最後はスチュワーデスが操縦する事態となるチャールトン・ヘストン、カレン・ブラック主演の「エアポート'75」('74年/米大空港 1970 ages.jpg)、ハイジャックされた旅客機がバミューダ海域の海底に不時着するジャック・レモン主演の「エアポート'77/バミューダからの脱出」('77年/米・英)、武器商人が売上拡大を狙ってコンコルド撃墜を企てるアラン・ドロン主演の「エアポート'80」('79年/米)が作られ、「エアポート'77」まで原作者名にアーサー・ヘイリーの名が見エアポートBOX [DVD].jpgられたりしますが、実際には「エアポート'75」以降ストーリーにはアーサー・ヘイリーは関与しておらず、実質的な原作者というより契約上の原案者といったところだったようです(アーサー・ヘイリー自身は続編が作られるなど思ってもいなかったが、「大空港」が映画化された際の契約書を後で確認したところ、続編を作ることが可能となっていたという。外国人でも契約内容を確認せずに契約書にサインすることがあるのか)。アーサー・ヘイリーの原作に比較的忠実に作られている「大空港」は人間ドラマの比重が高いのに対して(主人公の男性2人が共に不倫をしていて、2人とも最終的に妻よりも不倫相手の方に靡くような結末なのがスゴイが)、続編の「エアポート'75」以降はパニック映画の色合いが濃くなっていき、その分大味になっていきます。

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「大空港」「エアポート'75」「エアポート'77 バミューダからの脱出」「エアポート'80」収録

大空港 mages.jpg大空港 1970 dvd.jpg「大空港」●原題:AIRPORT●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョージ・シートン●製作:ロス・ハンター●撮影:アーネスト・ラズロ●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:アーサー・ヘイリー●時間:137分●出演:バート・ランカスター/ディーン・マーティン/ジーン・セバーグ/ジャクリーン・ビセット/ジョージ・ケネディ/ヘレン・ヘイズ /ヴァン・ヘフリン/モーリン・ステイプルトン/バリー・ネルソン/ダナ・ウィンター/ロイド・ノーラン/バーバラ・ヘイル/ゲイリー・コリンズ/ジェシー・ロイス・ランディス/ラリー・ゲイツ/ウィット・ビセル/ヴァージニア・グレイ/リサ・ゲリッツェン/ジム・ノーラン/ルー・ワグナー/メアリー・ジャクソン/シェリー・ノヴァク/メリー・アンダース/キャスリーン・コーデル/ポール・ピサーニ●日本公開:1970/04●配給:ユニバーサル映画 (評価:★★★☆)
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 【1970年単行本〔講談社/ウィークエンド・ブックス〕/1974年文庫化〔新潮文庫(上・下)〕】

《読書MEMO》
●70年代前半の主要パニック映画個人的評価
・「大空港」('71年/米)ジョージ・シートン監督(原作:アーサー・ヘイリー)★★★☆
・「激突!」('71年/米)スティーヴン・スピルバーグ(原作:リチャード・マシスン)★★★☆
・「ポセイドン・アドベンチャー」('72年/米)ロナルド・ニーム監督(原作:ポール・ギャリコ)★★★☆
・「タワーリング・インフェルノ」('74年/米)ジョン・ギラーミン監督(原作:リチャード・M・スターン)★★★☆
・「JAWS/ジョーズ」('75年/米)スティーヴン・スピルバーグ監督(原作:ピーター・ベンチュリー)★★★★

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読んでいる間は面白いけれど、読み終えると、何だったのみたいな感じ。

ダ・ヴィンチ・コード 上.jpg ダ・ヴィンチ・コード(下).jpg ダ・ヴィンチ・コード愛蔵版.jpg ダ・ヴィンチ・コード dvd.jpg ダ・ヴィンチ・コード   .jpg ナショナル・トレジャー dvd.jpg
ダ・ヴィンチ・コード〈上〉〈下〉』〔'04年〕『ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版』〔'05年/角川書店〕「ダ・ヴィンチ・コード (1枚組) [SPE BEST] [DVD]」トム・ハンクス「ナショナル・トレジャー 特別版 [DVD]

ダ・ヴィンチ・コード4.jpg 2003年に発表されたダン・ブラウンのベストセラー小説で、2004 (平成16) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位作品であり、映画化もされたのであらすじを知る人は多いと思いますが、著者自身の説明によると―、「高名なハーヴァード大学の象徴学者が警察によってルーヴル美術館へ呼び出され、ダ・ヴィンチの作品にまつわる暗号めいた象徴を調べるよう依頼されます。その学者は暗号を解読し、史上最大の謎のひとつを解き明かす手がかりを発見するのですが...追われる身となります」ということで、実はその前に、ルーヴル美術館の館長が異様な死体で発見されるという出来事があるのですが...。

 館長の孫娘が象徴学者と協力して祖父のダイイング・メッセージを説こうとするが、そこに立ちはだかる謎の宗教団体がいて、ハラハラドキドキの展開。一度は聞いたことがあるようなキリストにまつわる有名な謎を孕んだ宗教的背景、美術館の中を探索しているような芸術の香り高い味付け。謎解きだけでもグイグイ読者を引っぱっていく上にこれだから、読者の色んな欲求を満たしてくれます。海外ではillustrated edition という「愛蔵版」が出ていましたが、日本でもすぐに出版され、小説の中に登場する美術作品や建築物、場所、象徴などを数多く収録した豪華カラー版!美術本としては楽しめるが洋書より値が高い。1冊1万2千円の皮装版まで出て、ここまでくるとちょっとスノッブではないかと...。

 ただし、作品の最大の魅力であるはずの謎解き(暗号解読)も、鍵穴の向こうにまた鍵穴がありそれを開けるとそのまた向こうに鍵穴があるような展開がずっと続くと、少し食傷気味となります。こんな複雑なダイイング・メッセージ残して、残された者が解けなかったらどうするのだろうという素朴な疑問も覚えました(娘は一応優秀な「暗号解読官」であるという設定になってはいるが)。

 著者は、小説の構築においてロバート・ラドラムの影響を受けたそうですが、言われなくともよく似ているあという感じで、読んでいる間は面白いけれど、読み終えると、何だったのみたいな感じもします。エンタテインメントはそれでいいのだという考え方もありますが...。

 冒頭の、「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述はすべて事実に基づいている」という記述も、小説の一部であると見た方がいいと思います。

Tom Hanks in "The Da Vinci Code"(2006)
ダ・ヴィンチ・コード.png「ダ・ヴィンチ・コード」 2005 トム・ハンクス.jpg ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の映画「ダ・ヴィンチ・コード」('06年/米)も同じような感じで、原作のストーリーを丁寧になぞったために展開がかなりタイトになった上に(上映時間は2時間半と長いのだが)、「トンデモ学説」をホイホイ素直に信じる登場人物たちを見ていて「こんなの、あり得ない」という気持ちにさせられ、ああ、これは「インディ・ジョーンズ」などと同じで、ハナから真面目に考えてはいけなかったのかと改めて思いました(どうせ映像化するなら、ルーヴル美術館の中をもっとしっかり撮って欲しかった)。 「ダ・ヴィンチ・コード (1枚組) [DVD]

ダイアン・クルーガー/ニコラス・ケイジ in「ナショナル・トレジャー」('04年/米)
ナショナル・トレジャー dvd.jpgナショナル・トレジャー1.jpg 同じような「お宝探し」系の作品では、ジョン・タートルトーブ監督の「ナショナル・トレジャー」('04年/米)があり、これは、歴史学者にして冒険家の主人公(ニコラス・ケイジ)が、合衆国独立宣言書に署名した最後の生存者が自分の先祖に残した秘宝の謎を女性公文書館員(ダイアン・クルーガー)らとともに追うもので、こちらもフリーメイソンとかテンプル騎士団とか出てきますが、そもそもアメリカの建国来の歴史が200年そこそこであるため、「ダ・ヴィンチ・コード」ほどの重々しさがなく、しかも、予算の都合なのか、「ダ・ヴィンチ・コード」以上に殆どの展開が都会の真ん中で繰り広げられています。 「ナショナル・トレジャー 特別版 [DVD]

 但し、作っている側も敢えて大仰に構えるのではなく、謎解きとアクションに徹している感じで、娯楽映画としてはフラストレーションの残る「ダ・ヴィンチ・コード」よりは、プロセスにおいてテンポ良く、結末においてカタルシスのあるこちらの方が楽しめたかも(まあ、「ダ・ヴィンチ・コード」の方は、原作を読んで結末が分かった上で観ているわけだからその分ハンディがあり、比較にならないかも知れないが)。
 
 「ダ・ヴィンチ・コード」より公開は早く、男女が組んでのお宝探しや都会の真ん中にそのお宝の秘密があったことなど、「ダ・ヴィンチ・コード」の原作のパクリではないかとも言われたそうですが、「ダ・ヴィンチ・コード」風に変に重々しく作ってしまうと、却ってアメリカ人の歴史コンプレックスの表れみたいな作品になっていたかも。純粋娯楽映画としてはまあまあの出来でしょうか。本国でもそれなりに人気があったらしく、続編「ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記」('07年)も作られています。

ダ・ヴィンチ・コードs.jpgダ・ヴィンチ・コード09.jpg「ダ・ヴィンチ・コード」●原題:THE DA VINCI CODE●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:ブライアン・グレイザー/ジョン・コーリー●脚本:ダン・ブラウン/アキヴァ・ゴールズマン●撮影:サルヴァトーレ・トチノ●音楽:ハンス・ジマー●原作:ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」●時間:150分●出演:トム・ハンクス/オドレイ・トトゥ/ジャン・レノ/イアン・マッケラン/ポール・ベタニー/アルフレッド・モリーナ/ユルゲン・プロホノフ ●日本公開:2006/05●配給:ソニー・ピクチャーズ(評価:★★☆)

ナショナル・トレジャー』.jpg「ナショナル・トレジャー」●原題:NATIONAL TREASURE●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・タートルトーブ●製作:ジェリー・ブラッカイマー/ジョン・タートナショナル・トレジャー2.jpgルトーブ●脚本:コーマック・ウィバーリー/マリアンヌ・ウィナショナル・トレジャー ジョン・ヴォイト.jpgバーリー/ジム・カウフ●撮影:キャレブ・デシャネル●音楽:トレヴァー・ラビン●時間:131分●出演:ニコラス・ケイジ/ダイアン・クルーガー/ジャスティン・バーサ/ショーン・ビーン/ハーヴェイ・カイテル/ジョン・ヴォイト/クリストファー・プラマー●日本公開:2005/03●配給:ブエナ・ビスタ(評価:★★★☆)

ジョン・ヴォイト

ダイアン・クルーガー              「ナショナル・トレジャー」('05年/米)
ダイアン・クルーガー.jpeg ナショナル・トレジャー ダイアン・クルーガー.jpg
女は二度決断する」('17年/独)[カンヌ国際映画祭女優賞]女は二度決断する ド.jpg女は二度決断する 32 0.jpg

 【2006年文庫化[角川文庫(上・中・下)]】

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かなり怖い心理小説であると同時に、何だか予言的な作品。

『コレクター』 (196609 白水社).jpgコレクター(収集狂).jpg コレクター 上.jpg コレクター下.jpg ウィリアム・ワイラー 「コレクター」.jpg
新しい世界の文学〈第40〉コレクター (1966年)』白水社『コレクター (上)(下)』白水Uブックス/映画「コレクター」(1956) 「カンヌ国際映画祭 男優賞(テレンス・スタンプ)」 カンヌ国際映画祭 女優賞(サマンサ・エッガー)

「フランス軍中尉の女」.bmpフランス軍中尉の女.jpgThe Collector John Fowles.jpg 1963年発表のイギリスの小説家ジョン・ファウルズ(1916‐2005)『コレクター』 (The Collector)は、映画化作品('65年、テレンス・スタンプ主演)でも有名ですが、イギリス人女性とフランス人男性の不倫を描いたカレル・ライス監督の「フランス軍中尉の女」('81年、メリル・ストリープ主演、メリル・ストリープはこの作品でゴールデングローブ賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞の各「主演女優賞」を受賞)の原作者もジョン・ファウルズであることを知り、サイコスリラーからメロドラマまで芸域が広い?という印象を持ちました。但し、映画「フランス軍中尉の女」は一昨年['05年]ノーベルハロルド・ピンター1.jpg文学賞を受賞した脚本家ハロルド・ピンターの脚色であり、現代の役者が19世紀を舞台とした『フランス軍中尉の女』という小説の映画化作品を撮影する間、小説と同じような事態が役者達の間で進行するという入れ子構造になっていることからもわかるように(そのため個人的にはやや入り込みにくかった)、映画はほぼハロルド・ピンターのオリジナル作品になっているとも言え、映画は映画として見るべきでしょう。
ハロルド・ピンター(1930-2008

the collector 1965.jpg 『コレクター』の方のストーリーは、蝶の採集が趣味の孤独な若い銀行員の男が、賭博で大金を得たのを機に仕事をやめて田舎に一軒家を買い、自分が崇拝的な思慕を寄せていた美術大学に通う女性を誘拐し、地下室にに監禁する―というもの。
"The Collector " ('65/UK)
The Collector.jpg 日本でも女児を9年も監禁していたという「新潟少女監禁事件」(1990年発生・2000年発覚)とかもあったりして、何だか今日の日本にとって予言的な作品ですが、原作は、独白と日記から成る心理小説と言ってよく、人とうまくコミュニケーション出来ない(当然女性を口説くなどという行為には至らない)社会的不適応の男が、自分の思念の中で自己の行為を正当化し、さらに一緒にいれば監禁女性は自分のことを好きになると思い込んでいるところがかなり怖い。

the collector 1965 2.jpg しかし、性的略奪が彼の目的でないことを知った女性が彼に抱いたのは「哀れみ」の感情で、彼女の日記からそのことを知った男はかえって混乱する―。
サマンサ・エッガー
サマンサ・エッガー_2.jpg 文芸・社会評論家の長山靖生氏は、この作品の主人公について「宮崎勤事件」との類似性を指摘し、共に「女性の正しいつかまえ方」を知らず、実犯行に及んだことで、正しくは"コレクター"とは言えないと書いてましたが、確かにビデオや蝶の「収集」はともかく、この主人公に関して言えば女性はまだ1人しか"集めて"いないわけです。しかし、作品のラストを読めば...。

「コレクター」7.jpg 映画化作品の方も、男が監禁女性を標本のように愛でるのは同じですが、彼女に対する感情がより恋愛感情に近いものとして描かれていて、結婚が目的となっているような感じがして、ちょっと原作と違うのではと...。

 テレンス・スタンプの代表作として知られているものの(カンヌ国際映画祭男優賞受賞)、ヒロインを演じたサマンサ・エッガーの演技も悪くなかったです(カンヌ国際映画祭女優賞受賞。ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)も受賞している)。結構SMっぽい場面もあったりして、「ローマの休日」を撮ったウィリアム・ワイラーの監督作品だと思うと少し意外かもしれません。
    
萌える男.jpg 「萌え」評論家?の本田透氏は、「恋愛」を追い求めるという点で(レイプ犯とは異なり)主人公はストーカー的であると言っていて(『萌える男』('05年/ちくま新書))、これは原作ではなく映画を観ての感想のようですが、確かに「娼婦ならロンドンに行けばいくらでも買える」だけの大金を主人公が持っていたことは、本作品を読み解くうえで留意しておいた方がいいかもしれません。但し、映画での主人公が異常性愛者っぽいのに対し、原作での主人公は何かセックス・レスに近いとも言えるような気がしました。
      
「ソフィーの選択」1982.jpg.gif 因みに、冒頭に挙げた「フランス軍中尉の女」('81年)のメリル・ストリープは、前述の通りこの作品でゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞しましたが、アカデミー賞の主演女優賞はノミネート止まりで、翌年の「ソフィーの選択」('82年)で主演女優賞を、2年連続となるゴールデングローブ賞主演女優賞と併せて受賞しました(ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞、ニューヨーク映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞の各主演女優賞も受賞)。ただし、アカデミー賞の"助演"女優賞の方は、「ディア・ハンター」('78年)でノミネートされ、「クレイマー、クレイマー」('79年)ですでに受賞しており、この時にゴールデングローブ賞"助演"女優賞も受賞しているので、この頃はほとんど出る作品ごとに大きな賞を受賞していたことになります。

「ソフィーの選択」1.jpg「ソフィーの選択」2.jpg アラン・J・パクラの「ソフィーの選択」('82年)は、昨年['06年]亡くなったウィリアム・スタイロン(1925-2006)が1979年に発表しベストセラーとなった小説が原作です。駆け出し作家のスティンゴ( ピーター・マクニコル )が、ソフィー(メリル・ストリープ)というポーランド人女性と知り合うのですが、彼女には誰にも語ることの出来ない恐るべき過去があり、それは、彼女の人生を大きく左右する選択であった...という話で、ネ「ソフィーの選択」3.jpgタバレになりますが、自分の幼い娘と息子のどちらを生きながらえさせるか選択しろとドイツ将校に求められるシーンが壮絶でした。この作品でメリル・ストリープは役作りのためにロシア語訛りのポーランド語、ドイツ語及びポーランド語訛りのある英語を自在に操るなど、作品の背景や役柄に応じてアメリカ各地域のイントネーションを巧みに使い分けており、そのため「訛りの女王」と呼ばれてその才能は高く評価されることになります。「恋におちて」('84年)で共演したロバート・デ・ニーロは、メリル・ストリープのことを自分と最も息の合う女優と言っています。
 

the collector 1965 3.jpg「コレクター」●原題:THE COLLECTOR●制作年:1965年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ウィリアム・ワイラー●製作:ジョン・コーン/ジャド・キンバーグ●脚本:スタンリー・マン/ジョン・コーン/テリー・サザーン●撮影:ロバート・サーティース/ロバート・クラスカー●音楽:モーリス・ジャール●原作:ジョン・ファウルズ●時間:119分●出演:テレンス・スタンプ/サマンサ・エッガー/モナ・ウォッシュボーン/モーリス・ダリモア●日本公開:1965/08●配給:コロムビア映画(評価:★★★☆)

フランス軍中尉の女04.jpg「フランス軍中尉の女」●原題:THE FRENCH LIEUTENANT'S WOMAN●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:カレル・ライス●製作:レオン・クロア ●脚本:ハロルド・ピンター●撮影:フレディ・フランシス●音楽:カール・デイヴィス●原作:ジョン・ファウルズ●時間:123分●出演:メリル・ストリープ/ジェレミー・アイアンズ/レオ・マッカーン/リンジー・バクスター/ヒルトン・マクレー●日本公開:1982/02●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(82-05-06)●2回目:三鷹文化(82-11-06)(評価:★★☆)●併映(2回目):「情事」(ミケランジェロ・アントニオーニ)

ソフィーの選択 [DVD]
「ソフィーの選択」d1.jpg「ソフィーの選択」4.jpg「ソフィーの選択」●原題:SOPHIE'S CHOICE●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督・脚本:アラン・J・パクラ●製作:キース・バリッシュ/アラン・J・パクラ●撮影:ネストール・アルメンドロス●音楽:マーヴィン・ハムリッシュ●原作:ウィリアム・スタイロン●時間:150分●出演:メリル・ストリープ/ケヴィン・クライン/ピーター二子東急 1990.jpg・マクニコル/リタ・カリン/スティーヴン・D・ニューマン/グレタ・ターケン/ジョシュ・モステル/ロビン・バートレット/ギュンター・マリア・ハルマー/(ナレーター)ジョセフ・ソマー●日二子東急.gif本公開:1982/12●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ●最初に観た場所:二子東急(86-07-05)(評価:★★★☆)●併映:「愛と追憶の日々」(ジェイムズ・L・ブルックス)

二子東急のミニチラシ.bmp二子東急 場所.jpg二子東急 1957年9月30日 開館(「二子玉川園」(1985年3月閉園)そば) 1991(平成3)年1月15日閉館

 
 【1984年新書化[白水Uブックス(上・下)]】

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家族問題や醜聞に揺れる上流階級とモラルや薬物の問題を抱える社会の影を浮き彫りに。

大いなる眠り レイモンド・チャンドラー.jpg大いなる眠り.jpg 大いなる眠り レイモンド・チャンドラー.jpg  『三つ数えろ』(1946) .jpg
『大いなる眠り』創元推理文庫(旧装丁版)カバー絵:若菜等/『大いなる眠り』創元推理文庫/〔'56年・東京創元社(世界推理小説全集)〕/「三つ数えろ 特別版 [DVD]」(1946)

大いなる眠り(創元推理文庫).jpg 1939年発表の『大いなる眠り』(The Big Sleep/'56年・東京創元社)は、レイモンド・チャンドラー(1888‐1959)のハードボイルド小説の中では『さらば愛しき女よ』(Farewell, My Lovely '40年発表/56年・早川書房)、『長いお別れ』(The Long Goodbye '54年発表/'58年・早川書房)と並んで最も人気が高いのではないでしょうか。

 私立探偵フィリップ・マーロウは、石油財閥のスターンウッド将軍から、その年頃の2人の娘のうち末娘のカーメンが賭博ネタで強請られている件で、内密に脅迫者の正体を探るよう依頼を受け、脅迫者ガイガーの家に赴くが、銃声を聞いてマーロウが部屋に飛び込むと、そこは秘密写真の撮影現場であり、ガイガーの死体と、何も身に着けてずドラッグで虚ろな状態のカーメンを目にする―。

『大いなる眠り』(創元推理文庫・旧版)〔'59年〕カバー:日下弘

 この作品は作者の"フィリップ・マーロウもの"長編の第1作になりますが、会話の洗練され具合とかだと後の2作の方が上かもしれません。ただし、このシリーズを読み進むと、フィリップ・マーロウというのはカッコいい反面、結構"自己愛"型人間ではないかという気も少ししてきて...。

 事件のバックグランドにある、物質的に恵まれながらも精神的に満ちたりず、家族問題や醜聞に揺れる上流階級と、モラルの紊乱や薬物の問題などを抱えるアメリカ社会の、それぞれの影の部分が、ストーリーの展開に合わせてあぶり出しのように見えてくる、その分、ミステリとしての構築度は後退しているように思え、結末は衝撃的でかなり重いものですが、謎解きとしては漠たる部分も残ります。

「三つ数えろ」9.jpg三つ数えろ2.jpgThe Big Sleep.jpg 『大いなる眠り』(The Big Sleep)は「三つ数えろ」のタイトル(邦題)で、ハンフリー・ボガート主演で映画化('46年/米)されていますが、これも短いセリフがボギーにマッチしていてなかなか良かったです。ノーベル文学賞作家のウィリアム・フォークナーが脚本に参加しているというし、大富豪の娘役のローレン・バコールもいい(この映画の公開の前年に2人は結婚していて、結婚後初の"夫婦共演"作だが、むしろ"夫婦競演"と言った感じ)。
 "The Big Sleep" ('46年/米)
The Big Sleep3.bmpThe Big Sleep1.bmp 原作『大いなる眠り』の中で、大富豪の娘がフィリップ・マーロウに言う「貴方って随分背が高いのね」が、映画のローレン・バコールのセリフでは「貴方って随分背が低いのね」にアレンジされていて、ハンフリー・ボガートの答えは原作のフィリップ・マーロウと同じく「それがどうした」となっています。

 「三つ数えろ」は好きな映画の1つですが、原作のほうがドロドロしている感じで、映画は原作よりかなり"マイルド"になっているような気がします。

 他にロバート・ミッチャム主演の「大いなる眠り」('78年/英、劇場未公開)もありますが、33歳のフィリップ・マーロウを当時60代のロバート・ミッチャムが演じるのは、ハンフリー・ボガートが演じた以上に年齢ギャップがありました。
 
三つ数えろ パンフ.jpg三つ数えろ.jpgシアターアプル・コマ東宝.jpg「三つ数えろ」●原題:THE BIG SLEEP●制作年:1946年●制作国:アメリカ●監督:ハワード・ホークス●脚本:ウィリアム・フォークナー他●音楽:マックス・スタイナー●原作:レイモンド・チャンドラー「大いなる眠り」●時間:114分●出演:ハンフリー・ボガート/ローレン・バコール/マーサ・ヴィッカーズ/ドロシー・マローン/ジョン・リッジリー/レジス・トゥーミイ/ペギー・クヌードセン●日本公開:1955/04●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-11-17) (評価★★★★)
歌舞伎町・新宿シアターアプル・コマ東宝  2008(平成20)年12月31日閉館
  
 【1956年単行本[東京創元社(『世界推理小説全集』第1回配本)〕/1959年文庫化[創元推理文庫〕】

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映画では割愛されてしまった素晴らしい"潜水艦"トリック。

レッド・オクトーバーを追え 上.jpg レッド・オクトーバーを追え下.jpg レッド・オクトーバーを追え!2.jpg レッド・オクトーバーを追え!.jpg Tom Clancy.jpg Tom Clancy
レッド・オクトーバーを追え (上) (文春文庫)』『レッド・オクトーバーを追え (下) (文春文庫)』〔'85年〕映画「レッド・オクトーバーを追え!」

THE HUNT FOR RED OCTOBER0.jpgTHE HUNT FOR RED OCTOBER1.jpg 1984年に発表されたトム・クランシー(Tom Clancy)のデビュー作で、'90年の映画化作品でも御馴染みですが、スケールの大きい海洋軍事小説であり、また、米ソ冷戦の軍事的背景や、原潜レッド・オクトーバー号のラミウス艦長を初めとする人物の描写などがしっかりしているのではないかと思います。

 しかし何よりもリアリティに寄与しているのが、潜水艦を初めとする軍事兵器に関する詳細な専門的記述で、何だかメルヴィルの『白鯨』とちょっと似ているかもしれないという気になりました(『白鯨』も捕鯨に関する百科事典的ウンチクが矢鱈スゴく、「世界一退屈な小説」とも言われている)。             

 トム・クランシーは保険代理業をやっていた人で、何でそんな一介の保険セールスマンがここまで書けるのか、不思議な気もします(アメリカ海軍については、リクルーティング目的でかなりの情報をサイト等で公開しているし、一般にもマニアが多くいるようですが...)。仕事をしながらおおよそ9年の歳月をかけて書き上げたそうですが、単なるオタクの領域を超えています。正直、『白鯨』のときと同じく、いささか食傷しました。でも、それを"乗り越えて"至る結末は、満足のいくものでした。

 映画化作品(監督は「ダイ・ハード」('88年/米)のジョン・マクティアナン)の方は、原作と細部において異なり、軍事や兵器に詳しい人たちの間で326103.jpgは、どっちがいいとかどっちがおかしいとか議論があるみたいです。映画での海中シーンの殆どは、水中での撮影ではなく、スモークを焚いて撮ってるとのこと、海中をいく潜水艦の感じをうまく出していたし、音響にもシズル感がありました。ショーン・コネリーら役者陣の演技もいいと思いました。

Sean Connery as Captain Ramius inside the Red October

 ところが、原作で最も感心させられた、囮の潜水艦を使ってソ連側の乗組員を錯覚させるという巧妙かつ大掛かりなトリックが、映画ではスッポリ抜け落ちていて、最後にガックリきたというか、唖然としました。映画だけ観ればまあまあだったのかもしれませんが、原作を読んだ上でだと、原作の白眉とも言える一番のアイデアが生かされていないというのは、やはりいかがなものかと。THE HUNT FOR RED OCTOBER movie.jpg従って、この映画に対する個人的評価はあまり高くはないのですが、スモークで本当に海の中のように見せる技術的な工夫だけは評価できます。

「レッド・オクトーバーを追え!」●原題:THE HUNT FOR RED OCTOBER●制作年:1990年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・マクティアナン●音楽:バジル・ポールドゥリス●原作:トム・クランシー 「レッド・オクトーバーを追え」●時間:135分●出演:ショーン・コネリー/アレック・ボールドウィン/スコット・グレン/ジェームズ・アール・ジョーンズ/ティム・カリー/コートニー・B・ヴァンス/ステラン・スカルスガルド/ジェフリー・ジョーンズ/リチャード・ジョーダン/ジョス・アックランド/ゲイツ・マクファーデン/トマス・アラナ/ティモシー・カーハート●日本公開:1990/07●配給:UIP (評価★★★)

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レイズ・ザ・タイタニック tirasi.jpg タイタニック引き揚げのほかにも、映画では味わえない数多い魅力。

クライヴ・カッスラー「タイタニックを引き揚げろ」(パシフィカ).jpg タイタニックを引き揚げろ〔旧〕.jpg タイタニックを引き揚げろ.jpg Clive Cussler.jpg Clive Cussler
タイタニックを引き揚げろ(1977年)』『タイタニックを引き揚げろ』新潮文庫 〔'81年/'07年〕「【映画チラシ】レイズ・ザ・タイタニック/監督・ジェリー・ジェームソン

Raise the Titanic!.jpg アメリカが秘密裡に進める超強力ミサイル防衛システムの計画において、どうしても必要だとされる希少鉱物ビザニウムが、かつてのロシアのノバスゼムリヤで採掘された後、1912年に沈没したタイタニック号に積まれていたらしいということがわかり、タイタニック号の引き揚げ計画の実行者として、NUMA(国立海中海洋機関)の空軍少佐ダーク・ピットがその命を受けるが、当然のことながら情報を察知した敵国「ソ連」が邪魔立てに入る―。

 1976年に発表されたクライブ・カッスラー(Clive Cussler)の海洋サスペンスシリーズ第4弾で、シリーズの中でも人気が高く、'80年に映画化もされています。4千メートルの深海に沈む全長268.8メートル、総トン数46,328トンという巨大なタイタニック号をどうやって引き揚げるかだけでも充分引き込まれますが、スパイチェイスやマスコミ対策、結末をどう持っていくのかなど興味は尽きません。

 しかし何よりもこのシリーズ、ダーク・ピットというキャラクターが魅力的で、海にいるときは命を賭して平和のために戦う(必ずしもイコール命令に従うということにはならない)精神的にも肉体的にも強い男ですが、陸に上がると心理的で少し屈折した面も見せ、女性にはモテるけれども、ジェームズ・ボンドなどよりはずっと女性に対しても自分に対してもセンシティブな面があります。

Raise the Titanic (1980)
Raise the Titanic 1980.jpgRaise the Titanic.jpg 映画化作品「レイズ・ザ・タイタニック」('80年/米・英)をテレビで見ましたが、ダーク・ピット役のリチャード・ジョーダンは原作の雰囲気を全く醸しておらず、映画そのものも、約15億円かけて漁船を改造し、それを使って撮影したというタイタニックの浮上シーンぐらいしか見せ場のないシロモノでした(そのシーンも、ジェームズ・キャメロン監督が「タイタニック」('97年/米)を撮ってしまったので、それと比べると霞む)。

 監督は「エアポート'77/バミューダからの脱出」('77年/米)のジェリー・ジェームソンで(原作は『大空港』のアーサー・ヘイリーとされているが、実際にはストーリーにはアーサー・ヘイリーは関与していない)、「エアポート'77」の方は劇場で観ました(水中に沈んだ飛行機を引き上げるというモチーフは、クライブ・カッスラーの次作『QD弾頭を回収せよ』('78年発表)と重なるが、この映画の方が先)。実際に海中に旅客機が墜落した場合にとられる救出方法をベースにしているとのことですが、配役が豪華な割には内容はイマイチで、何故か"ドラキュラ役者"クリストファーRaise the Titanic.bmpレイズ・ザ・タイタニック1.jpg・リーの土左衛門姿だけが印象に残った作品でした。「レイズ・ザ・タイタニック」へのこの監督の起用は、そもそも"「引き揚げ」経験"のみに基づく抜擢?という人選自体が安易だったのかも。
   
Raise the Titanic (輸入版VHS)
    

 クライブ・カッスラーは映画「レイズ・ザ・タイタニック」の不評に懲りたのか、以降は自作の映画化を断り続け、'05年サハラ 死の砂漠を脱出せよ dvd.jpgサハラ 死の砂漠を脱出せよ.jpgにやっと11作目の『死のサハラを脱出せよ』の映画化を許可しました(「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」('05年/米))。しかし、これも製作側が彼の了承なしに脚本を大幅に変更する契約違反を犯し「物語を台無しにした」として、クライブ・カッスラーが製作側を訴える事態となり、裁判所は今年['07年]5月に製作者側にクライブ・カッスラーに500万ドルを支払うよう命じています。

「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」 ('05年/米)

RAISE THE TITANIC! 1980.jpg「レイズ・ザ・タイタニック」●原題:RAISE THE TITANIC!●制作年:1980年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:ジェリー・ジェームソン●製作:マーティン・スターガー/ウィリアム・フライ●脚本:アダム・ケネディ/エリック・ヒューズ●撮影:マシュー・F・レオネッティ●音楽:ジョン・バリー●原作:クライブ・カッスラー●時間:115分●出演:リチャード・ジョーダン/ジェイソン・ロバーズ/アン・アーチャー/アレック・ギネス/デイヴィッド・セルビー/J・D・キャノン/ボー・ブランディン/M・エメット・ウォルシュ/ノーマン・バートールド/エリヤ・バスキン/ダーク・ブロッカー/ロバート・ブロイルズ/ポール・カー/マイケル・C・グウィン/ハーヴェイ・ルイス●日本公開:1980/12●配給:東宝東和 (評価:★☆)
      
エアポート77.jpgエアポート'77/バミューダからの脱出.jpgエアポート'77/バミューダからの脱出es.jpg「エアポート'77/バミューダからの脱出」●原題:AIRPORT'77●制作年:1977年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:ジェリー・ジェームソン●製作:ウィリアム・フライ●脚本:デビッエアポート'77/バミューダからの脱出ges.jpgド・スペクター●撮影:フィリップ・ラスロップ●音楽:ジョン・カカバス●原作:アーサー・ヘイリー●時間:113分●出演:ジャック・レモン/リー・グラント/ブレンダ・バッカロ/ジョセフ・コットン/オリビア・デ・ハビランド/ジェームズ・スチュアート/ダーレン・マッギャビン/クリストファー・リー/ジョージ・ケネディ/パメラ・ベルウッド/キャスリーン・クインラン/ロバート・フォックスワース/ ロバート・フックス/モンテ・マーカム/ギル・ジェラード/ジェームズ・ブース/モニカ・ルイス/メイディー・ノーマン/アーレン・ゴロンカ/トム・サリヴァン●日本公開:1977/04●配給:ユニバーサル映画●最初に観有楽シネマ 1991頃.jpgた場所:有楽シネマ(77-12-13) (評価:★★)●併映:「スティング」(ジョージ・ロイ・ヒル)

 【1981年文庫化・2007年改版[新潮文庫]/2020年再文庫化[扶桑社・海外文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●クライブ・カッスラーの"ダーク・ピット"シリーズ
『スターバック号を奪回せよ』(Pacific Vortex)
『海中密輸ルートを探れ』(The Mediterranean Caper)
『氷山を狙え』(Iceberg)
死のサハラを脱出せよ クライブ・カッスラー.jpg『タイタニックを引き揚げろ』(Raise The Titanic)
『QD弾頭を回収せよ』(Vixen 03)
『マンハッタン特急を探せ』(Night Probe!)
『大統領誘拐の謎を追え』(Deep Six)
『ラドラダの秘宝を探せ』(Cyclops)
『古代ローマ船の航跡をたどれ』(Treasure)
『ドラゴンセンターを破壊せよ』(Dragon)
『死のサハラを脱出せよ』(Sahara)
『インカの黄金を追え』(Inca Gold)
『殺戮衝撃波を断て』(Shock Wave)
『暴虐の奔流を止めろ』(Flood Tide)
『アトランティスを発見せよ』(Atlantis Found)
『マンハッタンを死守せよ』(Valhalla Rising)
『オデッセイの脅威を暴け』(Trojan Odyssey)
『極東細菌テロを爆砕せよ』(Black Wind)
『ハーンの秘宝を奪取せよ』(TREASURE OF KHAN, 2008)
『北極海レアメタルを死守せよ』(Arctic Drift, 2008)
『ステルス潜水艦を奪還せよ』(POSEIDON'S ARROW, 2012)
『カリブ深海の陰謀を阻止せよ』(HAVANA STORM, 2014)
『黒海に消えた金塊を奪取せよ』(ODESSA SEA, 2016)
 Celtic Empire,2019

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死の間際を悲劇的・皮肉的に描く短篇集。結末1行の意外性が見事。

『いのちの半ばに』.jpgアンブローズ・ビアス いのちの半ばに.jpg ビアス短篇集.jpg ふくろうの河.jpg Ambrose Bierce.jpg
いのちの半ばに (岩波文庫)』『ビアス短篇集』/ロベール・アンリコ監督 「ふくろうの河」Ambrose Bierce
アウルクリーク橋の出来事/豹の眼.jpgアウルクリーク橋の出来事/豹の眼 (光文社古典新訳文庫) 』(2011)
 1891年刊行のアメリカの作家アンブローズ・ビアス Ambrose Gwinnett Bierce (1842‐1914?)の短篇集『いのちの半ばに』(In the Midst of Life)から7篇を収めています(『いのちの半ばに』 '55年/岩波文庫)。ビアスはエドガー・アラン・ポーの後継者とも言われた作家で(没年が不詳なのは、1913年の年末に知友に宛てた手紙を最後に失踪したため)、本書にあるのは、〈死の間際〉にある人間の極限や神秘をミステリアスに、或いはその過程や結末を悲劇的または皮肉的に描いたものが殆どです。

 1890年に発表され、翌年刊行の『いのちの半ばに』に収められた「アウル・クリーク橋の一事件」は、まさに今死刑を執行されようとする男が体験したことの話で、これは一般に「メリーゴーランド現象現象」「走馬燈現象」「パノラマ視現象」などの名で呼ばれているものでしょうか。

ふくろうの河1.jpgふくろうの河2.jpg 原作もいいけれど、「冒険者たち」の監督ロベール・アンリコによる本作の映画化作品「ふくろうの河」(La Rivière du Hibou/'61年/仏)も良くて、逃走する主人公の息づかいが聞こえる緊張感に、モノクロならではの瑞々しさが加わった傑作短篇映画となっています。
"An Occurence at Owl Creek Bridge ( La rivière du hibou)"(1961)/The Twilight Zone - Season 5 Episode 22 #142(1964)
淀川長治.jpgふくろうの河3.jpg  セリフも音楽もほとんど無く、アテネフランセで英字幕版でも観ましたが、充分堪能することができました(1962年カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞(短編部門)、1963年アカデミー賞短編実写賞受賞作。あの淀川長治氏のお薦め作品でもあった)。昨年('06年)、日本語字幕版DVDがリリースされましたが、表題作(第3部「ふくろうの河」)は米TVシリーズ「トワイライトゾーン」の最終第5シーズンの一話として1964年に放映されています。リメイクではなく、ロベール・アンリコの作品をそのまま放映していて、これはテレビ番組としての予算が底をついてきたためのようです(テレビ版としてのIMDbスコアは8.5と高いが、「トワイライトゾーン」としては本邦では放映されなかった)。

Alfred Hitchcock Presents - Season 5 Episode 13 #166 "An Occurrence at Owl Creek Bridge"(1959)
An Occurrence at Owl Creek Bridge 1.jpgAn Occurrence at Owl Creek Bridge 2.jpgAn Occurrence at Owl Creek Bridge James Coburn.jpg また、この原作は、ロベール・アンリコの短篇映画に先行しAlfred Hitchcock Presents Seasons 1-7.jpgて、米CBSで1955年から1962年に放映された「ヒッチコック劇場(Alfred Hitchcock Presents)」で、1959年に「メリー・ポピンズ」('64年)のロバート・スティーブンソン監督により映像化されています(第146話「橋上の絞首刑」(ヒッチコック劇場の「話数」は本邦のものを採用))。ロナルド・ハワード主演で、ジェームス・コバーンなども共演していて多少翻案していて、主人公が無言であるロベール・アンリコ版に対して主人公が会話したりしていますが、ショッキングな結末は同じです(コレ、変えようがない)。IMDbスコアは7.3

 「アウル・クリーク橋の一事件」もそうですが、結末の一文で読者を唸らせる意外性にエンタテインメントとしての完成度の高さを感じ、「生死不明の男」「人間と蛇」「ふさがれた窓」などは本当にその一文(1行)で決まりという感じです。「生死不明の男」のタイム・パラドックスもいいけれど、特に、「ふさがれた窓」のラスト一文は、強くぞっとするイメージを湧かせるものでした。

芥川龍之介.bmp  ビアスを日本に紹介したのは、彼を短篇小説の名手と絶賛していた芥川龍之介だったそうですが、『侏儒の言葉』などには『悪魔の辞典』のア乱歩の選んだベスト・ホラー.jpg短篇小説講義.jpgフォリズムの影響も見られるし、ビアス作品全体に漂うアイロニカルな死のムードも、彼には結構身近に感じられ(?)惹かれたのではないかと思います。

 その他にも、筒井康隆氏が『短篇小説講義』('90年/岩波新書)の中で「アウル・クリーク橋の一事件」を取り上げているし、『乱歩の選んだベスト・ホラー』('00年/ちくま文庫)という本では「ふさがれた窓」が紹介されています。

La rivière du hibou(1962 Short Film) 「ふくろうの河」(La Rivière du Hibou)仏版DVD
ふくろうの河 (1961).jpgLa rivière du hibou(1962 Short Film).jpg「ふくろうの河」仏.jpg「ふくろうの河」●原題:LA RIVIERE DU HIBOU/AN OCCURRENCE AT OWL CREEK BRIDGE●制作年:1961年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベールTwilight Zone episode review -- 5.22 -- An Occurrence at Owl Creek Bridge.jpg・アンリコ●撮影:ジャン・ボフェティ●音楽:アンリ・ラノエ●原作:アンブローズ・ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」●時間:95分(第3部「ふくろうの河」23分)●出演:ロジェ・ジャッケAn Occurrence at Owl Creek Bridge_0.jpgAN OCCURRENCE AT OWL CREEK BRIDGE  009.jpg/アン・コネリー/サミー・フレイ●日本公開:1963/09●配給:東和●最初に観た場所:ACTミニシアター (84-02-05)●併映:「カビリアの夜」(フェデリコ・フェリーニ)/「フェリーニの監督ノート」(フェデリコ・フェリーニ)/「(チャップリンの)ノックアウト」(チャールズ・アヴェリー)/「聖メリーの鐘」(レオ・マッケリー)/「お熱いのがお好き」(ビリー・ワイルダー)《「トワイライト・ゾーン/ふくろう河(S 5 E 22 #142)」)●放映国:アメリカ●米国放映:1964/2/28)》(評価:★★★★)

An Occurrence at Owl Creek Bridge
An Occurrence at Owl Creek BridgeAL.jpgAlfred Hitchcock Presents An Occurrence at Owl Creek Bridge.jpg「ヒッチコック劇場(第146話)/橋上の絞首刑(S 5 E 13 #166)」●原題:Alfred Hitchcock Presents - AN OCCURRENCE AT OWL CREEK BRIDGE●制作Alfred Hitchcock Presents (S 5 E 13-#166) An Occurrence At Owl Creek Bridge図1.png年:1959年●制作国:アメリカ●本国放映:1959/12/20●監督:ロバート・スティーブンソン(Robert Stevenson)●脚本:ハロルド・スワントン(Harold Swanton)●原作:アンブローズ・ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」●時間:30分●出演:ロナルド・ハワード(Ronald Howard)/ケネス・トビー(Kenneth Tobey)/ジェームス・コバーン(James Coburn)/ファノ・フェルナンデス (Juano Hernández)/ダグラス・ケネディ(Douglas Kennedy)/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:「ヒチコック劇場」(1957-1963)●放映局:日本テレビ(評価★★★☆)
ジェームス・コバーン(北軍の軍曹。斥候として主人公をおびき出した後に捕らえ、首に縄をかける)
An Occurrence At Owl Creek Bridge.gif 「アウルクリーク橋」jこばーん.jpg

○ヒッチコック劇場 (TV Series) An Occurrence at Owl Creek Bridge (1959) IMDb: User Reviews
It's very odd that both "The Twilight Zone" and "Alfred Hitchcock Presents" made an episode based on this story!
This is probably the most unusual episode of "Alfred Hitchcock Presents" because it's based on a story by Ambrose Bierce...as is a short French film (which won the Oscar for Best Short Subject) AND an episode of "The Twilight Zone". And, incidentally, "The Twilight Zone" episode actually IS an edited version of the French short! Wow...three stories by the same name and all based on the same story over a five year period. Of the three, this "Alfred Hitchcock Presents" story was the first.

The story is set during the US Civil War. A Confederate (Ronald Howard) is trying to blow up a strategic bridge but is captured. He's sentenced to hang but the rope apparently breaks and he falls into the river....and spends the rest of the episode on the run.

There sure wasn't any suspense for me, as I'd seen the other two versions of the story. Hopefully, when you see it, it will be the for the first time.

This version is a bit different. While the basic story is the same, the French/"Twilight Zone" version has almost no dialog at all, which made it easy to splice apart and air on US TV in 1964. But in this first version, there's a lot of dialog...plenty. Now comparing them is not easy for me, as I saw the other two episodes about a decade ago. As for the Hitchcock version, it was very well made and has a VERY dark and jarring ending. Well worth seeing.

By the way, a couple guys to look for in this one is a very young James Coburn as well as the terrific and sadly forgotten character actor, Juano Hernandez.

トワイライトゾーン.jpgThe Twilight Zone oo.jpgThe Twilight Zoneド.jpg「トワイライトゾーン (ミステリーゾーン)」The Twilight Zone (CBS 1959~64) ○日本での放映チャネル:日本テレビ(1960)/TBS(1961~67)/AXN

Alfred Hitchcock Presents.jpgヒッチコック劇場00.jpgヒッチコック劇場01.jpgヒッチコック劇場_0.jpg「ヒッチコック劇場」Alfred Hitchcock Presents (CBS 1955.10.2~62.7.3)○日本での放映チャネル:日本テレビ(1957~63)
Alfred Hitchcock Presents 

 【1955年文庫化[岩波文庫(西川正身:訳)〕/1987年文庫化[創元推理文庫(中村能三:訳『生のさなかにも』〈26篇収録〉)〕/2000年再文庫化[岩波文庫(大津栄一郎:訳『ビアス短篇集』〈15篇収録〉)〕/2011年再文庫化[光文社古典新訳文庫(小川高義:訳『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』】

《読書MEMO》
『いのちの半ばに』その他6編の収録作品
「空飛ぶ騎手」北軍兵卒ドルーズは偵察の場所で日頃の父の教えを忠実に守り馬上の敵に向け銃を発射したのだが...。
「生死不明の男」建物から敵を偵察していた兵卒が偶然にも敵の砲弾が命中し倒壊により内部に閉じ込められる...。
「哲人パーカー・アダスン」悟りの境地に達し夜明けに待つ死刑を恐れぬ捕虜のだったが、予定が変わったとたん...。
「人間と蛇」蛇について書かれた記述を迷信と馬鹿にしていた男たが、暗示が人間に与える力により皮肉の結末を...。
「ふさわしい環境」怪奇小説作家が友人に夜の古屋敷で自作を読むことを依頼した奇妙な実験は恐るべきは結末に...。
「ふさがれた窓」昔森の中の小屋に住んでいたマーロック老人が愛する妻を亡くした後に不審死を遂げた謎の真相は...。

岩波文庫 新旧・収録作品対比
Aビアス 短篇集.jpg

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登場人物ほぼ全員70歳以上の「笑劇」&「いやミス」。怪電話の主は「死神」?

『死を忘れるな』.jpg『死を忘れるな』2.jpg 『死を忘れるな』白水.jpg
死を忘れるな』['13年]/『死を忘れるな (白水Uブックス) 』['15年]
「死ぬ運命を忘れるな」と電話の声は言った。デイム・レティ(79歳)を悩ます正体不明の怪電話は、やがて彼女の知人たちの間にも広がっていく。犯人探しに躍起となり、疑心暗鬼にかられて遺言状を何度も書き直すデイム・レティ。かつての人気作家で現在は少々認知症気味のチャーミアン(85歳)は死の警告を悠然と受け流し、レティの兄でチャーミアンの夫ゴドフリー(87歳)は若き日の数々の不倫を妻に知られるのを恐れながら、新しい家政婦ミセス・ベティグルー(73歳)の脚が気になる模様。社会学者のアレック(79歳)は彼らの反応を観察して老年研究のデータ集めに余念がない。果たして謎の電話の主は誰なのか―。

 ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1959年に発表した小説で、原題もまさにMemento Mori(死を想え)。登場人物ほぼ全員70歳以上(レティの今の家政婦アンソニーはぎりぎり69歳だが)の入り組んだ人間模様を、辛辣なユーモアを交えて描き、ミステリの要素もありました。読み始めて最初の20ページいくかいかないかくらいで、病院の患者が1ダースいる老人病科(女性のみ)が舞台となり、あっという間に通算で十数人ぐらいの人物が登場したことになってしまったので、もう一度最初に戻って、人物相関図を作りながら読みました(笑)。

 突き放した視点で人間を描く作者らしく、登場人物は喰えない、共感できない人間ばかりで、「笑劇」であると同時に「いやミス」っぽい感じも。ただし、「ミステリの要素もある」としましたが、犯人(電話の主)は明かされておらず、その意味では、サスペンスフルでありながらも、ミステリとして完結しておらず、やや消化不良の感もありました(この作家にまだ慣れてなかったというのもある)。

 ただし、登場人物の中には懸命に事態を分析している人物もいて(まあ、するのが普通だが)、デイム・レティは、甥で売れない小説家のエリックか、かつて婚約を破棄した老社会学者のアレック(79歳)の 仕業ではないかと考え、チャーミアンの夫ゴドフリーはその電話は偏執狂か、または妹レティの敵の誰かの仕業ではないかと考え(結局誰かわからないということ(笑))、「老年」を研究課題としているアレックは、自身も謎の電話を受けた一人だが、一連の怪電話の説明に「集団ヒステリー」論を当て嵌めています。

 さらに、レティの昔の女中で今は老人病棟にいるミス・テイラー(82歳)は、この人は人間的にはまともなのですが(なにせ、"まともな人"はこの作品では少数派に属する(笑))、最初はアレックを疑っていましたが、最終的に出した決論は(おそらく自身の信仰という観点から)電話の正体は「死神」であると。ところが科学的捜査をしていたはずのモーティマー警部も、最後にはテイラーと同じ結論に至るので、これにはやや驚きました。

 この流れていくと、「死神」説は極めて有力(笑)。モーティマーがそうした結論に至ったのは、あらゆる科学的捜査を尽くした上で、尚もそれが解明されないならば、あとは超現実的なものしか残らないだろうということのようです。

 作者は、登場人物の会話と行動だけを主として描き、個々の思惟を深く描くことをしないので、結局のところ誰の意見にも加担しておらず、もともと犯人を特定していないようにも思えるし、テイラーとモーティマー警部が異なったアプローチから同一の結論に至っていることから、もしかしたら「死神」説を想定しているのかもしれない―とも思った次第です。

『死を忘れるな』tv.jpg 1996年にBBCでTVドラマ化されていて、ミュリエル・スパーク原作、ロナルド・ニーム監督の「ミス・ブロディの青春」('69年/英)で主役のミス・ブロディを演じ「英国アカデミー賞」と「米アカデミー賞」の主演女優賞をW受賞したマギー・スミスが、その縁からか準主役級の家政婦ミセス・ベティグルー役で出ています(原作ではこの人だけハッピーエンドなんだなあ。でも実は主人の遺言を書き換え遺産を独り占めした悪(ワル)だったのかも。ドラマでの描かれ方を知りたい)。

【1964年全集[白水社『新しい世界の文学〈第13〉死を忘れるな』/1981年単行本[東京新聞出版部(『不思議な電話―メメント・モーリ』今川憲次:訳)]/2015年叢書化[白水社Uブックス]

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「運転席」に座って主人公を"ドライブ"しているのは"狂気"か。今まで読んだことないタイプの話だった。
『運転席』.jpg「運転席」vhs.jpg
運転席 (1972年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)』/映画「サイコティック」エリザベス・テイラー

 ヨーロッパのとある北の国で、会計事務所の事務員として働く女性リズは、4か国語を話す30代独身キャリアウーマンである。その彼女がとある南の国へ海外旅行に出かける。チンドン屋みたいにド派手な色合いの服を着て 練り歩き、店員、通行人、警察官、旅先で知りあった人たちに絡んでは、自分の臭跡を残していく。それはやがて起こる悲劇の伏線となる―。

 ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1970年に発表した小説で、原題もまさにThe Driver's Seat。リズは、旅行の目的地に向かう飛行機の機内においてから、両隣りに座った男性と噛み合わない会話をし、旅先でも出会った老女と何だかおかしい会話をしています。何のための旅行と思われるところがありますが、要は「運命の人」を探すのが旅の目的らしいということがわかってきます。

 ここからはネタバレになりますが、彼女は目的地に着いた翌日、現地の「公園のなかの空き別荘の庭で、手首をスカーフで、足首を男のネクタイで縛られたうえ、めった刺しにされた惨死体として」発見されることが、この作家独特のフラッシュフォワード(結末の先取り)として、早いうちに読者に知らされます。したがって、彼女はどうしてそんなことになったのか、物語はミステリの様相を帯びてきます。

 ところが、さらにここからネタバレになりますが、どうやら彼女が探していた「運命の人」というのは自分を殺してくれる男性だったようです。つまり、彼女は自分の死に向かってまっしぐらに突き進んでいるわけで、最終的にその目的を果たしたようです。

 なぜ彼女がそんなことになっているのかは、作者は直接語ろうとはしないため、彼女の行動、彼女の見るもの、彼女が接触する人物との遣り取りを通して推し測るしかないのですが、とても理解できるようなものではありません。「ホワイダニット」を探る読者に対して作者は「フーダニット」までは示しますが、「ホワイダニット」は読者が自ら考えるしかないのでしょう(作中にも「嬰q長調の"ホワイダニット"」との示唆がある)。

 「フーダニット」といっても、そうした性向を持った男性を探し当てたものの、いわば無理強いした嘱託殺人のようなもので、犯人も被害者のようなものかも。因みに「探し当てた男性」は偶然にも彼女が旅先で出会った老女の甥で、しかも、さらに偶然には、実は彼女がこの旅行の早い段階で会っていた!このオチは面白かったです。ある意味、確かに「運命の人」(実態は単なる〈神経症〉男なのだが)。フラッシュフォワード的記述が伏線になっていたましたが、見抜けませんでした。

 「運転席」というタイトルは、おそらく彼女の行動をドライブしている(駆り立てている)何者かを示唆しているのでしょう。自殺者が死に向かって突き進む話はありますが、自殺者は自分で死に向かって脚本を書くのに対し、リズの場合は誰かが書いた脚本をひたすら演じているようであり、ある種「解離性人格障害」のようにも思いました。

 「運転席」に座ってリズを"ドライブ"しているのは"狂気"でしょうか。今までまったく読んだことのないタイプの小説でした。


Driver's Seat (Identikit).jpg映画「運転席」.jpg この作品は「悦楽の闇」('75年/伊)のジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ監督により「サイコティック/Driver's Seat (Identikit)」('74年/伊)としてエリザベス・テイラー主演で映画化され、エリザベス・テイラーは、アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』の映画化作品でガイ・ハミルトン監督の「クリスタル殺人事件」('80年/英)など凖主役級(「クリスタル殺人事件」の場合、一応は主演は犯人役のエリザベス・テーラーではなくミス・マープル役のアンジェラ・ランズベリーということになる)の出演作はこの後にもありましたが、純粋な主演作品としては42裁で出演したこの映画が最後の作品になりました

Driver's Seat (Identikit)0.jpg 映画は劇場未公開で、80年代に日Driver's Seat (Identikit)7.jpg本語ビデオが「パワースポーツ企画販売」という主としてグラビア系映像ソフトを手掛ける会社から「サイコティック」というタイトルで発売され(テイラーの乳首が透けて見えるためか。販売年月不明)、'20年5月にDVDの海外版が再発売、'22年12月U-NEXTで日本語字幕付きで配信されました。

 ある意味、原作通り映像化しているため、原作を知らない人にはわけが分からなかったのDriver's Seat (Identikit)4.jpgではないでしょうか。一部改変されていて、リズが当初からインターポールにマークされている設定になっていますが(ただしその理由は最後まで明かされない)、これは、映画の脚本にも参加したミュリエル・スパークがインターポールに勤務したことがあるという経歴の持ち主のためでしょうか(アンディ・ウォーホルが出演している)。

Driver's Seat (Identikit)3.jpg エリザベス・テイラーは体当たり的にこの難役に挑んでいますが、役が役だけに、また、ましてやオチが不条理オチだけに、評判はイマイチだったようです(彼女の生涯最悪の映画とも言われているらしい)。

 この映画のエリザベス・テイラーの演技を見ていると、すべては性的欲求不満が原因のように思えてきますが(彼女はそうした欲求不満の女性を演じるのが上手かった)、この主人公は性的交渉自体を望んでいるわけではありません。主人公が望むのはあくまで「死」であり、彼女がそこまで至ってしまうのは、当時の女性に対する社会的抑圧も誘因としてあったのかなという気がします。

Driver's Seat (Identikit)9.jpg また、「嘱託殺人」を選んだのは、主人公がカソリックで、自殺が禁じられていることも理由として考えられるように思いました(自分を殺す際に手足を縛ることまで要求したのは、あくまでも殺人だと印象付けるため)。

 先にも述べた通り、エリザベス・テイラーの長い映画キャリアの中で最も酷い作品とも評されていますが、原作を念頭に置けば、個人的にはそう酷評されるような作品ではなく、むしろよく出来ていると思います。撮影は「ラストエンペラー」のヴィットリオ・ストラーロ、音楽は「家族の肖像」のフランコ・マンニーノであることから、イタリアの製作陣はそれなりの人材を配したのではないでしょうか。イタリア語タイトルは"Smrt u Rimu"(「ローマの死」)。原作では「南の国」としか言われていませんが、いろいろな点で原作をイメージするのにうってつけの作品と言えます。

Driver's Seat (Identikit)2.jpgDriver's Seat (Identikit)5.jpg「サイコティック」●原題:IDENTIKIT(DRIVER'S SEAT/伊:SMRT U RIMU)●制作年:1974年●制作国:イタリア●監督:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ●製作:フランコ・ロッセリーニ●脚本:ラファエル・ラ・カプリア/ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ/ミュリエル・スパーク●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:105分●出演:エリザベス・テイラー/イアン・バネン/グイード・マンナリ/モナ・ウォッシュボーン/アンディ・ウォーホル●配信:2022/12●配信元:U-NEXT(評価:★★★★)

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