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『大穴』の主人公が再登場。シリーズの中で『興奮』に比肩しうる傑作。

利腕 単行本.jpg『利腕』(ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg利腕 文庫カバー.jpgI 利腕.jpg
利腕 (1981年) (Hayakawa novels―競馬シリーズ)』『利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-18 競馬シリーズ)
利腕.jpg 片手の競馬専門調査員シッド・ハレーのもとに、昔馴染みの厩舎から依頼が舞い込む。絶対とも言える本命馬が謎の調子の悪さを見せて失速、次々と原因不明のままレース生命を絶たれるというのだ。馬体は万全、薬物の痕跡もなく、不正が行われた形跡は全くないのだが...。厩舎に仕掛けられた陰謀か、それとも単なる不運か? 調査に乗り出したハレーを襲ったのは、彼を恐怖のどん底に突き落とす脅迫だった。「手を引かないと、残った右手を吹き飛ばすぞ」と―。

 ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1979年発表作(原題:Whip Hand)で、作者の"競馬シリーズ"40作の中で、「英国推理作家協会(CWA)賞(ダガー賞)」(1979年)のゴールド・ダガー賞と、「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」(1981年)という、英米の両方の賞を受賞した唯一の作品です。

 "競馬シリーズ"の第4作『大穴』('65年)で登場したシッド・ハレーが再登場し、その後も『敵手』('95年)、『再起』('06年)に登場するという、基本的に毎回主人公が変わる"競馬シリーズ"の中では数少ないシリーズキャラクターとなっています。

 その主人公シッド・ハレーは、元は競馬騎手で、大障害レースでチャンピオンになったりしましたが、落馬事故をきっかけに左腕を義手にせざるを得なくなり、ラドナー探偵社の調査員に転職、さらに独立して競馬界専門の調査員となってこの作品に登場したというのが、それまでの経緯です。

 前作『大穴』は、絶望の中でだらしなく生きていたシッド・ハレーが、恐喝事件を解決するための任務で銃で撃たれてしまったのを機に再び燃え上がる復活物語になっていましたが、今回の作品のシッド・ハレーは、強い自制心を持って物事に相対する、本来の彼の姿となっているように思いました。身長は167センチと小柄ですが、幼少の頃から苦労を味わい尽くしていて、忍耐強さが彼の本分なのです。

 本命馬が突然不調になる事件を軸として、シンジケートの件、元妻の詐欺師事件、保安部の不正といったさまざまな事件が互いに関連し合ったり、あるいはまったく別個に発生して(全部で4人の依頼主と4つの事件があることになる)、うち2つの事件は、シッド・ハレーや相棒のチコ・バーンズへの先制攻撃・脅し・暴力に満ちており、前作が復活物語ならば、今回は、シッド・ハレーが恐怖を克服する物語となっていると言えます。

 周囲の人間はシッド・ハレーのタフガイぶりを「神経がない」と評しますが、内面はその反対で、彼はしばしば恐怖に苛まれていて、その辺りの人間らしさも魅力です。調査員という職業柄、ハードボイルド風でスパイ小説風でもある展開ですが、気球に乗って追っ手から逃れ、最後は取っ組み合いになるなどのアクション場面も豊富です。

このシリーズの主人公は、結構ラストで身体を張って、実際、身体を傷つけながら、さらには命を危険に晒しながら事件を解決するというのが多いように思いますが、シッド・ハレーはその典型。007シリーズで言えば、ショーン・コネリーが演じていた頃のジェームズ・ボンドではなく、最近のダニエル・クレイグの演じるボンドに近いかも。

 その分、最後までハラハラドキドキさせられました。今まで『興奮』が"競馬シリーズ"の最高傑作だと思っていましたが、この作品もそれに匹敵するくらいの出来ではないでしょうか。『大穴』の続編と見做されるせいか、人気ランキングで『興奮』の後塵を拝しているようですが、シリーズのファンの中には『興奮』よりこちらを上にもってくる人もいるようで、何となく分かる気がしました。

【1985年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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映画を観てよく分からなくて、原作を読んでもう一度映画を観たが、それぞれの段階で愉しめた。

裏切りのサーカス 2011.jpg 裏切りのサーカス04.jpg 裏切りのサーカス01.jpg
裏切りのサーカス [DVD]」ゲイリー・オールドマン/ジョン・ハート/ベネディクト・カンバーバッチ
ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ 文庫.jpgティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ 単行本.jpg ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV).jpg ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ 文庫新訳.jpg
ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ (1975年) (Hayakawa novels)』(装幀画:真鍋博)/『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)』['86年]『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)』['06年]/『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕』['12年]
裏切りのサーカス 07s.jpg 東西冷戦下、英国情報局秘密情報部MI6(通称サーカス)とソ連情報部KGB(通称モスクワセンター)は熾烈な情報戦を繰り広げていた。長年の作戦失敗や情報漏洩から、サーカスの長官であるコントロール(ジョン・ハート)は内部にソ連情報部の二重スパイ〈もぐら裏切りのサーカス desk.jpg〉がいるとの情報を掴む。ハンガリーの将軍が〈もぐら〉の名前と引き換えに亡命を要求。コントロールは独断で、工作員ジム・プリドー(マーク・ストロング)をブダペストに送り込むが、ジムが撃たれて作戦は失敗に終わる。責任を問われたコントロールは、長年の右腕ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)と共に組織を去ることに。退職後ほどなくコントロールは謎の死を遂げ、ほぼ同時期にイスタンブールに派遣されていたリッキー・ター(トム・ハーディ)の前に、持つソ連情報部の女イリーナ(スヴェトラーナ・コドチェンコワ)が現れる。彼女と恋仲になったターはイリーナを英国に亡命させるためロンドンのサーに連絡するが、翌日イリーナはソ連情報部に発見され連れ去られる。サーカス内部に「もぐら」がいることを察知したターはイギリスへ戻り、外務次官でサーカスの監視役のオリバー・レイコン(サイモン・マクバーニー)に連絡。レ裏切りのサーカス 8.pngカス本部イコンは、引退したスマイリーに裏切りのサーカス 3.png「もぐら」探しを要請する。スマイリーは、ターの上司のピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)と、ロンドン警視庁公安部のメンデル警部(ロジャー・ロイド=パック)とともに調査を始める。標的は、組織幹部である"ティンカー(鋳掛け屋)"ことパーシー・アレリン(トビ-・ジョー、"テイラー(仕立て屋)"ことビル・ヘイドン(コリン・ファー裏切りのサーカス 06.pngンズ)ス)、"ソルジャー(兵隊)"ことロイ・ブランド(キアラン・ハインズ)、裏切りのサーカス 14.png"プアマン(貧乏人)"ことトビー・エスタヘイス(デヴィッド・デンシック)の4人。スマイリーは、過去の記憶を遡り、証言を集め、容疑者を洗いあげていくと、ソ連の深部情報ソース〈ウィッチクラフト〉が浮かび上がる。そしてかつての宿敵のソ連のスパイ、カーラ(マイケル・サーン(声のみ))の影。やがてスマイリーが見い出した意外な裏切り者とは―。

 トーマス・アルフレッドソン監督による2011年の英・仏・独合作のスパイ映画。昨年['12年]12月に亡くなったジョン・ル・カレ(『寒い国から帰ってきたスパイ』『ナイロビの蜂』)の1974年発表の小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が原作です。タイトルは、主人公のスマイリーが組織幹部たちの身辺を探る際につけたコードで、マザー・グースの「鋳掛け屋さん、仕立て屋さん、兵隊さん」の歌詞になぞらえたものです。

裏切りのサーカス 相関図.png 一度観ただけでは、複雑な人物相関を理解するのが難しく、原作を読んでからもう一度映画を観直してみて、やっと理解できたという感じでした(でも、1度目に観た時も雰囲気は愉しめた)。

 ただし、原作が分かりやすいかというとそうでもなく、映画はいくつかカットバックを使ったりしてますが、これが原作は、時系列で並べたものをぶつ切りにしてシャッフルしたような感じです。本来の物語の中盤が冒頭にきて、どうしていきなり学校の教師などが出てくるのかなあと思ったら...といっても、自分の場合は、映画を既に観ていたため、なるほど、ここから語り始めるのか、といった感じで、これはこれで愉しめました(旧訳の方が読みやすい!)。

 ようやっと人物相関が掴めて、もう一度映画を観ると、これはこれでまた愉しめました。映画は、あまり説明的に作りすぎてテンポが悪くなるよりは、全部を説明しないで観る側には自ら推測してもらうことにし、ハードボイルドタッチな演出にして映像や音楽を凝らし、007やミッション・インポッシブルシリーズのようなアクション映画ではない、本格スパイ映画の雰囲気を味わってもらうことを主眼としたもののように思いました。

裏切りのサーカス 02.jpg しかし、コリン・ファースが演じる戦略的に人妻を誘惑したヘイドンも、ベネディクト・カンバーバッチが演じる職場の女性に対裏切りのサーカス 04.jpgしてプレイボーイとして振る舞うギラムも、実はどちらもゲイだったということか...。原作では、ギラムの方はゲイということになっていないので、これは映画のオリジナルです(ゲイ映画ブームに乗っかった?)。二重スパイとその"愛人"の哀しい結末は、原作と同じです。

 イギリスとイタリアの国籍を持つコリン・ファースは、この作品の前年、「英国王のスピーチ」('10年/英・豪・米)で、英王ジョージ裏切りのサーカス001.jpg6世を演じて第83回アカデミー賞の主演男優賞受賞と第68回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)をダブル受賞しています。一方、スマイリーを演じたゲイリー・オールドマンは、この作品でアカデミー主演男優賞に初ノミネートされるも受賞は果たせませんでゲイリー・オールドマン.jpgしたが、その後「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」('17年/英・米)でチャーチルを演じて、こちらも第90回アカデミー賞の主演男優賞と第75回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)をダブル受賞しています(リュック・ベッソン監督の「フィフス・エレメント」('97年/仏)で変てこな悪役ジャン=バティスト・エマニュエル・ゾーグを演じたのと同じ役者には見えない(笑))。

 また、コリン・ファースは「シングルマン」('09年)でもゲイの大学教授を演じていますが、この映画については次のエントリーでレビューしたいと思います。

裏切りのサーカス all.jpg「裏切りのサーカス」●原題:TINKER TAILOR SOLDIER SPY●制作年:2011年●制作国:イギリス・フランス・ドイツ●監督:トーマス・アルフレッドソン●製作:ティム・ビーヴァン/エリック・フェルナー/ロビン・スロヴォ●脚本:ブリジット・オコナー/ピーター・ストローハ●撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ●音楽:アルベルト・イグレシアス●原作:ジョン・ル・カレ●時間:128分●出演:ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/トム・ハーディ/ジョン・ハート/トビー・ジョーンズ/マーク・ストロング/ベネディクト・カンバーバッチ/キアラン・ハインズ/デヴィッド・デンシック/スティーヴン・グレアム/サイモン・マクバーニー/スヴェトラーナ・コドチェンコワ/キャシ裏切りのサーカス 07.jpgー・バーク/ロジャー・ロイド=パック/クリスチャン・マッケイ/コンスタンチン・ハベンスキー/マイケル・サーン(声のみ)/ジョン・ル・カレ(カメオ出演)●日本公開:2012/04●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-03-20)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(19-03-26)(評価:★★★★)

【1975年単行本[早川書房(菊池光:訳]/1986年文庫化・2006年改版[ハヤカワ文庫NV(菊池光:訳)]/2012年再文庫化[ハヤカワ文庫NV(村上博基:訳〔新訳版〕』)]】


真鍋博装幀画稿「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」
真鍋博装幀画稿「ティンカー、...」.jpg 真鍋博装幀画稿「ティンカー、...」2.jpg
真鍋博装幀画稿「ティンカー、.jpg 真鍋 博 ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ.jpg

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映画と異なる結末。小説は小説的に書かれ、映画は映画的に作られているが、軍配は映画か。

Modern Classics a Clockwork Orange.jpg時計じかけのオレンジ 完全版.jpg アントニイ・バージェス.jpg  時計じかけのオレンジ dvd.jpg スタンリー・キューブリック2.jpg
Modern Classics a Clockwork Orange (Penguin Modern Classics)』『時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)』Anthony Burgess「時計じかけのオレンジ [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]」Stanley Kubrick
『時計じかけのオレンジ(ハヤカワ・ノベルズ)』['71年]表紙イラスト:真鍋博/『時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)』['08年]/『時計じかけのオレンジ (ハヤカワ文庫 NV 142) 』['77年]
ハヤカワ・ノヴェルズ 『時計じかけのオレンジ』.jpg時計じかけのオレンジ100.jpg『時計じかけのオレンジ』hn.jpg 近未来の高度管理社会。15歳の少年アレックスは、平凡で機械的な毎日にうんざりしていた。そこで彼が見つけた唯一の気晴らしは「超暴力」。仲間とともに夜の街を彷徨い、盗み、破壊、暴行、殺人をけたたましく笑いながら繰り返す。だがやがて、国家の手がアレックスに迫る―。

時計じかけのオレンジ002.jpg 『時計じかけのオレンジ』は、アンソニー・バージェス(1917-1993/76歳没、翻訳出版物ではアントニイ・バージェスと表記される)が1962年に発表したディストピア小説で、スタンリー・キューブリック(1928-1999/70歳没)によって映画化された「時計じかけのオレンジ」('71年/英・米)は、第37回「ニューヨーク映画批評家協会賞」の作品賞や監督賞を受賞しています。

時計じかけのオレンジ 09.jpg 小説にも映画にも、少年たちが作家の家に押し入り、妻を暴行する場面がありますが、原作者アンソニー・バージェスが兵役でジブラルタルに駐在中、ロンドンに残っていた身重の妻が市内が停電中に4人の若い米軍脱走兵に襲われ、金を強奪され、結局赤ん坊を流産したという出来事があったとのことです。さらに、それから何年か後、バージェスは手術不可能な脳腫瘍があるという告知を受け、自分が死んだ後に妻が困らないようにと猛スピードで原稿を書き、『時計じかけのオレンジ』の元稿ができたそうです(脳腫瘍は後に誤診と判明した)。

時計じかけのオレンジ 004.jpg しかしながら、出来上がった原稿を作者自身が読み返してみて、ただの少年犯罪の小説であって新鮮味も無いことに気がつき、たまたま60年代初頭のソ連に旅行をした時、ソ連にも不良少年がいて英国の不良少年ともなんら違いがなかったことから、主人公の少年が、英語とロシア語を組み合わせて作った「ナツァト言葉」を操るという設定にしたとのことです。

 作品が発表された時の評判はイマイチで、「タチが悪く、取るに足らない扇情小説」と言われ、原罪と自由意志がテーマだとは気づかれずにいましたが、若者の間ではアンダーグラウンド的に支持を得ました。そして、時代や価値観の急激な変化や、映画界でも暴力や性の描写に寛大になってく中で、時代に乗り遅れないテーマを模索していたスタンリー・キューブリック監督の目にこの作品がとまって映画化されることになり、そのことによって一気に注目されるようになったとのことです。

 ストーリーと設定については原作と映画に大きな違いはないのですが、設定で1つ異なるのは、映画では成人男性である主人公のアレックスが、原作では15歳で設定されている点です。これはさすがに15歳のままの設定では映像化しにくかったということでしょう。

時計じかけのオレンジ003.jpg それと、それ以上に大きく異なるのは結末です。映画の衝撃的かつ皮肉ともとれる結末は、原作の第3部の6章で、アレックスが「ルドビコ療法」による「治療」を施されたにもかかわらず、結局「すっかり元通り」になった(要するに"ワル"に戻った)と宣言するところに該当します。しかし、原作は第1部から第3部までそれぞれ7章ずつで構成されており、この第3部の第7章が映画では割愛されています。

 なぜこうしことが起きたかというと、原作が米国で最初に出版された際、バージェスの意図に反し最終章である第21章(第3部の第7章)が削除されて出版され、キューブリックによる映画も本来の最終章を削除された版を元に作られたためです。

 その第3部の第7章を収めているゆえに、「ハヤカワepi文庫」版は「完全版」と謳っているわけです。本版は、'80年刊行の〈アンソニー・バージェス選集(早川書房)に準拠していますが、それ以前に刊行('77年)の「ハヤカワ文庫」版にはこの最終章がありません。

時計じかけのオレンジes.jpg 最終の第3部の第7章はどういった内容かというと、アレックスは21歳になっていて、新しい仲間たちと集い再び暴れ回る日々に戻るも、そんな生活に対してどこか倦怠感を覚えるようになって、そんなある日、かつての仲間ピートと再会し、妻を伴う彼の口から子どもが生まれたことを聞いて、そろそろ自分も落ち着こうと考え、暴力からの卒業を決意し、かつて犯した犯罪は若気の至りだったと総括するのです。

 文庫解説の映画評論家の柳下毅一郎氏(自称「特殊翻訳家」)によると、キューブリックは、「この版(第3部の第7章がある版)は、ほとんど脚本を書き上げるまで、読まなかった。けれども、私に関する限り、それは納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している」と言っていたとのことです(キューブリックは、出版社がバージェスを説き伏せて、彼の"正しい判断"に反して付け足しの章を加えさせたと思い違いしていたようだ。第3部の第7章はいわばハッピーエンドであるため、そうした"作為"があった思うのも無理ない)。

時計じかけのオレンジ dh.jpg 米国刊行時に最終章のカットを求めたのは実は米国出版社であり、キューブリックや出版社は、最終章をとってつけたハッピーエンドに過ぎないと考え、一方のバージェスはむしろ「主人公か主要登場人物の道徳的変容、あるいは英知が増す可能性を示せないのならば、小説を書く意味などない」とし、第6章で「すべて元通り」のままで終わったのでは、ただの寓話にしかならないと反発したそうです(バージェスはカソリック作家でもある)。

時計じかけのオレンジch.jpg この両者の言い分をどうとるかで「映画派」と「小説派」に分かれるかもしれません(バージェスは映画版を嫌っていたという)。バージェスの側に与したいところですが、そうなると、「ルドビコ療法」によるアレックスの「治療」というのは結果的にうまくいったことになり、「拷問を通じた再教育」を是認するともとられかねない恐れもあるように思われます。映画では、そうした自己矛盾に陥るのを回避し、原作が自由意志の小説であることがインパクトをもって伝わることの方を重視したように思います(キューブリックは「シャイニング」('80年/英)の結末も原作と変えていて、原作者のスティーヴン・キングと喧嘩になっている)。

 「映画派」に立っても「小説派」に立っても、人間の自由意志は尊重されるべきであるというテーマは変わりないと思います。小説は小説的に書かれ、映画は映画的に作られているように思います。ただし、小説の結末をキューブリックが、「納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している」としているのは単に"いちいちゃもん"をつけているとは言い難く、まさに小説の方の弱点とも言え、個人的にはこの勝負、映画の方に軍配を上げたいと思います(「シャイニング」は、自分は原作の方に軍配を上げるのだが)。

 因みに、先に取り上げた同じくディストピア小説であるジョージ・オーウェルの『一九八四年』を読んでいる時に、いつも想起させれていたのがこの作品でした。そして、バージェスはオーウェルの『一九八四年』を意識して『1985年』という未来小説を書いていますが、そこでは、オーウェルが描いた管理社とはまた違った社会が描かれているようです。


【2836】 尾形 誠規 (編) 『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
IMG_7882.JPG「時計じかけのオレンジ」●原題:A CLOCKWORK ORANGE●制作年:1971年●制作国:イギリス・アメリカ●監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック●撮影:ジョン・オルコット●音楽:ウォルター・カーロス●原作:アンソニー・バージェス●時間:137分●出演:マルコム・マクダウェル/ウォーレン・クラーク/ジェームズ・マーカス/ポール・ファレル/リチャード・コンノート/パトリック・マギー/エイドリアン・コリ/ミリアム・カーリン/オーブリー・モリス/スティーヴン・バーコフ/イケル・ベイツ/ゴッドフリー・クイグリー/マッジ・ライアン/フィリップ・ストーン/アンソニー・シャープ/ポーリーン・テイラー●日本公開:1972/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-02-09)●2回目:吉祥寺セントラル(83-12-04)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「非情の罠」(スタンリー・キューブリック)
『時計じかけのオレンジ(ハヤカワ・ノベルズ)』['71年]表紙イラスト:真鍋博
ハヤカワ・ノヴェルズ  『時計じかけのオレンジ』.jpg

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「独裁政治」「全体主義」批判と併せて「管理社会」「監視社会」批判にもなっている。

一九八四年.jpg一九八四年 sin.jpeg 1984 (角川文庫).jpg 
一九八四年〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)』/『1984 (角川文庫)』['21年3月]
『一九八四年』 吉田健一・龍口直太郎訳 昭和25年/『1984年(ハヤカワ・ノヴェルズ)』新庄哲夫訳['75年]
『一九八四年』一九五〇.jpg『一九八四年』ハヤカワ・ノヴェルズ「.jpg 1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三大超大国によって分割統治されていて、国境の紛争地域では絶えず戦争が繰り返されている。物語の舞台オセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンや街中に仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。オセアニアの構成地域の一つ「エアストリップ・ワン(旧英国)」の最大都市ロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の下級役人として日々歴史記録の改竄作業を行っている。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら定かではない。ウィンストンは、古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという禁行為に手を染める。ある日の仕事中、抹殺されたはずの三人の人物が載った過去の新聞記事を偶然見つけ、体制への疑いは確信へと変わる。「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性ジュリアから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになり、古い物の残るチャリントンという老人の店を見つけ、隠れ家としてジュリアと共に過ごす。さらに、ウィンストンが話をしたがっていた党内局の高級官僚のオブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白、オブライエンよりエマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。ところが、こうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出る―。

ジョージ・オーウェル.jpg 1949年6月に出版されたジョージ・オーウェル(1903-1950)の作品で、オーウェルは結核に苦しみながら、1947年から1948年にかけて転地療養先のスコットランドのジュラ島でこの作品のほとんどを執筆し、1947年暮れから9カ月間治療に専念することになって執筆が中断されるも、1948年12月に最終稿を出版社に送ったとのこと、1950年1月21日、肺動脈破裂による大量出血のため、46歳の若さで亡くなっています。
ジョージ・オーウェル(1903-1950/46歳没)

 ロイター通信によれば、英国人の3人に2人は、実際には読んでいない本も「読んだふり」をしたことがあるといい、「世界本の日」を主催する団体の'09年のウェッブ調査の結果では、読んだと嘘をついたことのある本の1位が、回答者の42%が挙げたジョージ・オーウェルの『一九八四年』であったとのこと(2位はトルストイの『戦争と平和』、3位はジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』)。

 確かに、第1部で描かれる未来都市ロンドンの管理社会は、ややマニアックなSF小説を読んでいるみたいで、そうした類の小説を読みつけていない人は途中で投げ出したくなるかもしれません。しかし、第2部で主人公のウィンストン・スミスがジュリアという女性との恋に陥るところから話が面白くなってきます(恋愛はほとんどの人が身近に感じるから)。そして、突然の暗転。ジュリアと一緒にウィンストンは思想警察に捕らえられ、「愛情省」で尋問と拷問を受けることになりますが、これがまたヘビィでした。

 そして、最後は、「愛情省」の〈101号室〉で自分の信念を徹底的に打ち砕かれたウィンストン・スミスは、党の思想を受け入れ、処刑(銃殺)される日を想いながら"心から"党を愛すようになるという―読んでいても苦しくなってくるような内容であるばかりでなく、ディストピア小説としてテーマ的にも重いものでした。

 この作品は、ソ連のスターリン体制批判ともとれる『動物農場』がそうであったように、刊行時においては、文学的価値よりも政治的価値の方が評価され、とりわけ米政府は、『動物農場』と併せて反共宣伝の材料として本書を利用したようで(逆にソ連ではペレストロイカが進行した1980年代末、1991年のソ連解体の直前まで禁書だった)、そうした政治的局面が過ぎればその価値は下がるとまで見られたりもしていたようです。

 しかし、実際には十分に普遍性を持った作品であったことは、後には誰もが認めるとことろとなったわけで、この作品で描かれ、端的に批判対象になっている「独裁政治」「全体主義」は、今もって北朝鮮や中国をはじめ、そういう国が実際にあるということです。また、アメリカでトランプ政権が誕生した際に、本書が再びベストセラーランキングに名を連ねたとの話もあります。

 あと、もっと広い意味での批判対象として描かれている、「管理社会」「監視社会」の問題もあるかと思いますが、そう言えば、都市部の街角に監視(防犯)カメラが普及し始めた際に、この作品が取り上げられたりしたことがありました。そうした意味でも先駆的であったわけですが、一方でわれわれ現代人は、そうした社会の恩恵をも受けているわけで、こちらの方が一筋縄背はいかないテーマかもしれません。

 監視カメラについては、警察が設置した街頭防犯カメラも増加傾向にあるものの、住宅や店舗、駅などに設置されている民間のカメラの方が圧倒的に数が多くて数百万台にのぼるとみられているそうですが、今や犯罪検挙の一割は、そうした防犯カメラが容疑者の特定に役立っているそうで、誰もこれを悪くは言わないでしょう。マイナンバー制度も、当初は「国民総背番号制」などと言われて国民が不安感を抱いたりしましたが、今は浸透し、カードを作った方が何かと便利だとかいう話とかになっているし、現代人はいつの間にか監視・管理されることに慣れてしまっているのかもしれません。

 でも、時にはそのことに自覚的になってみることが大事であって、その意識を思い起こさせてくれるという面も、この作品の今日的意義としてあるように思いました。「独裁政治」「全体主義」批判と併せて「管理社会」「監視社会」批判にもなっている作品であるように思います。先月['21年3月]に角川文庫から新訳が刊行されたのも、この作品が今日的価値を有することの証左とも言え、帯文には「思想統制、監視―現代を予見した20世紀の巨作‼」とあり、解説の内田樹氏が「昔読んだときよりもむしろ怖い」と述べていて、それぐらい自覚的な意識で読むべき本なのかもしれません。

映画「1984」('84年/英)ジョン・ハート    初代 MacintoshのCM('84年)
1984 映画 ジョン・ハート.jpg1984 マッキントッシュ cm.jpg 1984年にマイケル・ラドフォード監督により映画化されており、(「1984」(英))、ウィンストン・スミスをジョン・ハート、オブライエンをリチャード・バートン(この作品が遺作となった)が演じているそうですが未見です。個人金正恩 syouzou.jpg的には、ビッグブラザーのイメージは、同じく1984年に発表された、スティーブ・ジョブズによる初代MacintoshのCM(監督はリドリー・スコット)の中に出てくる巨大なスクリーンに映し出された独裁者の姿でしょうか。明らかにオーウェルの『一九八四年』がモデルですが(独裁者に揶揄されているのはIBMだと言われている)、作品を読む前に先にCMの方を観てしまったこともあり、イメージがなかなか抜けない(笑)。でも、現代に置き換えれば、金正恩や習近平がまさにこのビッグブラザーに該当するのでしょう。
まんがでわかる ジョージ・オーウェル『1984年』

まんがでわかる ジョージ・オーウェル.jpgまんがでわかる 『1984年』1.jpg 漫画などにもなっていますが、絶対に原作を読んだ方がいいです。ハヤカワepi文庫版の『動物農場』の訳者である山形浩生氏が監修した『まんがでわかる ジョージ・オーウェル「1984年」』('20年/宝島者社)がありますが、これも漫画の部分はそれほどいいとは思わなかったですが、解説はわかりよかったです。

『1984年(ハヤカワ・ノヴェルズ)』新庄哲夫訳['75年]
1984年 hayakawa novels.jpg

【1972年文庫化[ハヤカワ文庫(『1984年』新庄哲夫:訳)]/2009年再文庫化[ハヤカワepi文庫(高橋和久:訳)]/2021年再文庫化[角川文庫(『1984』田内志文:訳)]】

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クリスティ的要素がてんこ盛り。ヒントは傍点にあったのか。

白昼の悪魔 ポケット・ミステリ.jpg 白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 白昼の悪魔  cb.jpg  地中海殺人事件 1982 poster.jpg
白昼の悪魔 (1955年) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 208)』『白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐82))』『白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 映画「地中海殺人事件」ポスター/タイアップ・カバー
『白昼の悪魔』 (1976年) (Hayakawa novels)
ハヤカワ・ノヴェルズ 白昼の悪魔『.jpg白昼の悪魔  s.jpg白昼の悪魔HK2.jpg レザーコム湾のスマグラーズ島は、ジョリー・ロジャー・ホテル専用の小島で、ホテルは毎夏リゾート客で賑わうが、今年も多くの客が来ており、その中にポアロもいた。他の主な客は、米国人のガードナー夫妻、牧師スチーブン・レーン、ケネス・マーシャル大佐とその後妻で元女優アリーナ、大佐の連れ子リンダ、著名ドレスメーカーのロザモンド・ダーンリー、美男のパトリック・レッドファンと妻クリスチン、健康的だが控えめなエミリー・ブルースターなどだった。パトリックは滞在中にアリーナと親しくなり、二人の仲はホテル内の噂だが、パトリックを誘惑したアリーナに対する皆の評判は悪く、パトリックの妻クリスチンに同情が集まる。ある晴れた日、いつもは朝が遅いアリーナが早朝からホテル専用の海水浴場に現れ、散歩していたポアロに口止めしたうえで、フロートに乗って海に出ていく。その姿が島陰に隠れ見えなくなってから、パトリックとケネスが現れアリーナを捜す。アリーナの姿が見えずに落ち着かない様のパトリックは、ブルースターを誘いボートで海に出る。一方で、クリスチンは、リンダを誘って絵を描きに島内のガル湾に向かう。そして日光浴をするリンダと絵を描いていたが、テニスEvil Under the Sun ta.jpgの約束があったので、昼前に一人ホテルに戻って行く。ボートのパトリックとブルースターは、ビクシー湾の入江で、砂浜に寝そべるアリーナと思われる女性を見つける。パトリックは大声で呼びかけたが返事がないため不審に思い、ボートを降りて彼女のそばに向かうが、その脈を取って震えて囁く―「死んでいる」「首をしめられている...殺されたんだ」。パトリックはブルースターにホテルに戻って知らせるよう頼み、ブルースターはボートで海水浴場に戻る。ポアロと共に連絡を受けた地元の警察がやって来て、アリーナ・マーシャルを絞殺した犯人の捜査が始まる。アリーナに対して最も強い動機を持つ夫のケネスに容疑がかかるが、ケネスは部屋でその朝届いた手紙の返事をタイプしていたというアリバイがあった。浮気相手のパトリックもブルースターと一緒に行動していたし、その妻のクリスチンも動機がありそうだが、リンダと一緒にいたというアリバイがある。アリーナを殺したのは誰か、そして動機とそのチャンスは?

Evil Under the Sun - Tom Adams paperback covers

Evil Under the Sun First Edition 1941/1982
Evil Under the Sun 1.jpgEvil Under the Sun 1982jpg.jpg 1941年にアガサ・クリスティが発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作ですが、意外と原作と映画が結びつかなかったりするのは、映画がその舞台を原作の英国南西部にあるレザーコム湾のスマグラーズ島から、バルカン半島とイタリア半島に囲まれたアドリア海の孤島に変更しているせいもあるかもしれません。

 映画に比べると原作はやや知名度が落ちるかも知れませんが、中身はクリスティらしい要素がいっぱいで、小島というクローズドサークル、何か事件が起きそうな人物配置と人間関係、そして複数のトリックを組み合わせた巧みなプロットと、最後の最後まで楽しめます。あまりにクリスティ的要素がてんこ盛りで逆に目立たないのかなとも思いましたが、1982年に行われた日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による作者ベストテンでは第10位に入っているとのことです(江戸川乱歩は本書を作者ベスト8の1つに挙げている).

Evil Under the Su-M.jpg 読み終えてみて、これは所謂"叙述トリック"ではなかったかと思いましたが、肝腎な箇所を読み返してみると、傍点が振ってありました。その時はなぜ傍点が振られているのか全然考えなかったけれども、後になってみてなるほど、そういうことだったのかと...。

 本格推理の要素が強い分、リアリティの面でどうかというのもありますが、その辺であまり目くじらを立てると、作品そのものが楽しめないかもしれません(本格推理小説でもっとリアリティに乏しい作品は世にいくらでもある)。むしろ、意外な人間関係は『ナイルに死す』などにも通じるものがあったかもしれませんが、犯人の殺人を犯す動機がやや弱い点が少し気になりました(クリスティー文庫の翻訳が捕物帳風なのも気になった)。でも、トータル的には、先行して映画化された『ナイルに死す』(映画タイトルは「ナイル殺人事件」)と並ぶかそれ以上の出来の作品だと思います。
1999 by Collins Crime                  Evil Under the Sun (BBC Radio Collection)
Evil Under the Sun (BBC Radio Collection) .jpg                 

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpgEvil Under the Sun_1.jpg
「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」 (01年/英) (2002/01 NHK) ★★★★

地中海殺人事件  1982 .jpg地中海殺人事件s.jpg地中海殺人事件b6.jpg「地中海殺人事件」 (82年/英) (1982/12 東宝東和) ★★★☆

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(堀田善衛:訳)/1976年単行本[Hayakawa novels(鳴海四郎:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(鳴海四郎:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(鳴海四郎:訳)]】

《読書MEMO》
●日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン(1982)
1.『そして誰もいなくなった』
2.『アクロイド殺し』
3.『オリエント急行の殺人』
4.『予告殺人』
5.『ナイルに死す』
6.『カーテン』
7.『ゼロ時間へ』
8.『ABC殺人事件』
9・『葬儀を終えて』
10.『白昼の悪魔』

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『ボーン・コレクター』に匹敵するか、心理描写の部分ではそれ以上。結局これが一番の傑作。

『静寂の叫び』hn.jpg『静寂の叫び』.jpg 『静寂の叫び』上.jpg『静寂の叫び』下.jpg 『静寂の叫び』文庫.jpg
静寂の叫び (Hayakawa novels)』『静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 
『静寂の叫び』新.jpg カンザス州で聾学校の生徒と教員を乗せたスクールバスを3人の脱獄囚が乗っ取り、閉鎖された食肉加工場に生徒たちを監禁して立て籠もるという事件が発生、FBI危機管理チームのアーサー・ポターは犯人側との人質解放交渉に臨むが、聡明な女生徒が凶弾に倒れ犠牲となる。一方、工場内では教育実習生のメラニーが生徒たちを救うために独力で反撃に出るが―。

A Maiden's Grave.jpg 1995年にジェフリー・ディーヴァー(Jeffery Deaver)が発表した作品で(原題:A Maiden's Grave(乙女の墓))、『ボーン・コレクター』('97年)の一つ前の作品ということになりますが、この作品でコアなミステリ・ファンの間でディーヴァーの名が認知されるようになったとのことです(「このミステリーがすごい!」第5位、「週刊文春ミステリーベスト10」第8位)。そして『ボーン・コレクター』で一気に世界的メジャーのサスペンス作家になったわけですが、この作品も『ボーン・コレクター』に匹敵するぐらいの力作で、むしろある部分では超えているくらいの出来ではなかったかと思います。

 『ボーン・コレクター』ほどの人気でないのは、主人公の交渉人ポターが妻を亡くした寡男で腹の出た中年で、しかも人質交渉において必ずしも完璧ではなく、一時は相手に完全に裏をかかれてしまうなど、ハリウッド映画的ヒーローの基準からやや外れているからでしょうか。ジェフリー・ディーヴァーの『ボーン・コレクター』以降の作品は、映画的ヒーロー及び犯人、映画的展開をかなり意識しているように思います。

 最初の方で聡明な女生徒が犠牲になってしまうというのも、ハッピーエンドを望む読者には沿わないものだったかもしれません。こうした人質交渉において人質の生命の安全を第一に考える日本の警察の絶対価値基準に対し、向こうは人質をテロリストであると見做し、彼らに絶対に屈服することなく、"最小限の犠牲のもと"事件を解決することが第一優先のようです。この違いを受け容れたうえで読めば、或いは受け容れられないまでも日米の考え方の違いを念頭に置いて読めば、この作品に対する興味は深まるのではないでしょうか。

 個人的には、交渉の詳細な過程や犯人・人質・交渉人の心理の描写、FBI・州警察の現場での主導権争い等々、十分に堪能できました。『ボーン・コレクター』のような"ジェット・コースター"的展開が好みの読者にはこのあたりが冗長感をもって受け止められるのかもしれませんが、こうした交渉人と犯人の心理戦を克明に描いた作品も悪くないと思いました。面白さや緊迫感という点では、この作者の作品の中で一番かも。

デッドサイレンス.jpg 但し、残酷な場面も多く、映画化はされにくい作品との印象を持っていましたが、ダニエル・ペトリー・ジュニア監督、ジェームズ・ガーナー、マーリー・マトリン(「愛は静けさの中に」('86年)でアカデミー主演女優賞受賞。彼女自身、難聴者)主演でテレビ映画「デッドサイレンス(Dead Silence)」('96年製作、1997年放映/米)として映像化されています(日本では劇場公開されたようだが、前半部分で少女が射殺される場面や、後半部分で中年の女教師がレイプされる場面などは改変されているのではないか)。

 因みに、原題の"A Maiden's Grave"(乙女の墓)は、メラニーが8歳の頃、コンサートで聴いた曲のタイトルを兄に訊ねたところ、兄が「アメイジング・グレイス」だと答えたのを「ア・メイデンズ・グレイヴ」と聞き間違えた―つまり、その頃から聴力が急激に落ち始めていた―エピソードに由来していますが、人質交渉の冒頭で殺害されてしまった少女に懸けているのではないでしょうか。
 
【2000年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(上・下)]】

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若夫婦を暖かく見守りつつ事件の核心に迫るミス・マープルの関与の仕方がいい。

Agatha Christie - Sleeping Murder (audiobook).jpgSleeping Murder 01.jpgSleeping Murder 1977.jpg スリーピング・マーダー クリスティー文庫.jpg スリーピング・マーダー 文庫.jpg Sleeping Murder: Miss Marple's Last Case (Miss Marple Mysteries)/Fontana版(1977)/『スリーピング・マーダー (クリスティー文庫)』『スリーピング・マーダー―ミス・マープル最後の事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
Sleeping Murder (audiobook) 
『スリーピング・マーダー―ミス・マープル最後の事件』(1977年/ハヤカワ・ノヴェルズ)
『スリーピング・マーダー』.jpg 新婚のグエンダ・リードは、夫ジャイルズとの新居を求め、夫より一足先にニュージーランドから故郷イングランドに戻り、自分で捜し出した物件であるヴィクトリア朝風の家で新たな生活を始めるが、奇妙なことに初めて見るはずの家の中に既視感を抱く。ある日、観劇に行ったグエンダは、芝居の終幕近くの台詞を聞いて突如失神し、彼女は家の階段の下で殺人が行なわれた記憶をふいに思い出したと言う―。

 1976年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)の没後に発表されたクリスティ最後の作品ですが、実際にはクリスティが存命中の第二次世界大戦中(1943年)に『カーテン』とともに執筆され、死後出版の契約を結んで、ニューヨークで厳重に保管されていたとのこと。

  1940年頃は、クリスティが『そして誰もいなくなった』や『ゼロ時間へ』を発表した黄金期に該当し、本作も傑作と言っていいのでは。ミス・マープルが18年前の事件の謎を解く、所謂「回想の中の殺人」というもので、3人の容疑者が浮かび上がりますが、最後ぎりぎりまでその内の誰が犯人か分からない―と思ったら...。

 グエンダ、ジャイルズ夫妻は、ミス・マープルの助けを借りつつも自らも謎を解こうとするわけですが、グエンダは、過去を掘り返すことに不安をも覚えていて(父親が殺人者である可能性が当初からあったため)、それでも2人して協力し合っていく前向きな姿が良く、それを暖かく見守りつつ事件の核心に迫るミス・マープルの関与の仕方もいいです。

 訳出当初は、「ミス・マープル最後の事件」とのサブタイトルがついてましたが、一応クリスティの"遺作"ということになっているけれども、作中どこにもミス・マープルが引退を仄めかすような記述は無かったように思います。

 「クリスティー文庫」解説の作家の恩田睦氏が、「『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』などの超有名トリック作品というのは、たった一行でネタが割れてしまい、これって結構怖いというか恐ろしいことだと思う」と書いていますが、まさにその通りだなあと。『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』は、先に読んだ友人にネタを明かされたらお終いという感じにもなってしまう作品かも。

 本作も、その要素がゼロではないけれど、複数の容疑者のキャラクターや、そうしたキャラクターに絡んでくる容疑のポイントが旨く書き分けられていて、再読でも楽しめるものとなっています。

 クリスティが自分の死後に発表するよう娘に託したのが『カーテン』で、夫に託したのがこの『スリーピング・マーダー』で、おそらく、自分が生前に動けなくなっても作品だけは出せるようにとの意図もあったと思われ、結果的には、『カーテン』の方は、クリスティが亡くなる前年の1975年に発表が許可され、この『スリーピング・マーダー』のみ没後刊行されています。

 自分の存命中に自作の評価を知りたくはなかったのかなあという気もしますが、作者が亡くなった後もその"新作"を読めるようにというファンサービスだったのかあ? (死後発表されたため)自らが選んだベストテンに入っていミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー00.jpgないけれど、おそらく十分に自信作でもあったんだろうなあと思います。

スリーピング・マーダー dvd.jpgスリーピング・マーダー 001.jpg 「ミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー」 (87年/英) ★★★★
 


   

ミス・マープル スリーピング・マーダー dvd.jpg
ミス・マープル2 スリーピング・マーダー 03.jpgミス・マープル2 スリーピング・マーダー 02.jpg
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第5話)/スリーピング・マーダー」 (06年/英) ★★★☆

  
クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩.jpgフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー」 (12年/仏) ★★★☆

【1977年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ(綾川梓:訳)]/1990年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(綾川梓:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(綾川梓:訳)]】
  

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『評決』の続編。本格リーガル・サスペンスだが、エンタメ要素もふんだんに。

決断 バリー・リード.jpg  評決 dvd.jpg 評決 ニューマン チラシ.jpg 『評決』(1982)3.jpg
決断 (ハヤカワ文庫NV)』['97年]/「評決 [DVD]」/映画「評決」チラシ/「評決」の1シーン
"The Choice" Barry C. Reed (Paperback 1992)『決断 (ハヤカワ・ノヴェルズ)』['94年]
『決断』ハヤカワ・ノヴェルズ.jpg アル中から立ち直った弁護士フランク・ギャルヴィンは、今や一流法律事務所で出世街道をひた走っていたが、ある日、若い女性弁護士ティナから巨大製薬会社の薬害訴訟の被害者側の弁護を依頼される。しかし、その訴訟は勝目が無い上に、その製薬会社はギャルヴィンの所属事務所の大手顧客であったため、彼は弁護を断わり、代わりに恩師の老弁護士モウ・カッツを紹介する。訴訟は提訴され、ギャルヴィンは図らずも製薬会社側の弁護を命じられ、恩師と女性弁護士、更には事務所を辞めたかつての部下らと対峙することになる―。

 1980年にデビュー作『評決』(原題:The Verdict、'83年/ハヤカワ・ミステリ文庫)を発表したバリー・リード(Barry C. Reed 1927-2002)が、11年後の1991年に発表した、『評決』の続編で(原題:The Choice)、医療ミスに関する訴訟を扱った前作の『評決』は、「十二人の怒れる男」のシドニー・ルメット監督、「明日に向かって撃て!」のポール・ニューマン(1925-2008)主演で映画化('82年/米)され、アル中のため人生のどん底にあった中年弁護士ギャルヴィンの、甦った使命感と自らの再起を賭けた法廷での闘いが描かれていました。

 本作『決断』では、弁護士として功名を成したギャルヴィンは、専ら大企業の弁護をするボストンの一流法律事務所のパートナー弁護士になっていて、その分刻みでのビジネスライクな仕事ぶりに、最初はすっかり人が変わってしまったみたいな印象を受けますが、やはりギャルヴィンはあくまでギャルヴィンであり、最後どうなるか大方の予想がつかなくもありませんでした。

 中盤までは、法律事務所の仕事ぶりや裁判の経緯がこと細かく描かれていて、バリー・リード自身が医療ミス事件としては史上最高額の評決を勝ち取ったことがある法律事務所に属していた辣腕弁護士であっただけに、本格的なリーガル・サスペンスという感じで、同じ弁護士出身の作家でも、『法律事務所』(1991年発表、'92年/文藝春秋)のジョン・グリシャムのよりも、弁護士としての実績では遥かにそれを上回る『推定無罪』(1987年発表、'88年/文藝春秋)のスコット・トゥローの作風に近い感じがしました。

 結末の方向性は大体見えているし、審理の過程を楽しむ"通好み"のタイプの作品かなと思って読んでいたら、『評決』同様乃至はそれ以上に終盤は緊迫したドンデン返しの連続で、一時は法廷を飛び出してスパイ・ミステリみたいになってきて、相変わらず女性との絡みもあり、大いに楽しませてくれました。

 映画化されたら「評決」と同じかそれ以上に面白い作品になるのではないかとも思いましたが、やはり、主人公がどん底から這い上がって来て、人生の逆転劇を演じるような作品の方がウケルのかなあ(『決断』は映画化されていない)。

 但し、こうした作品が映画化される場合、「評決」の時もカルテの書き換えとそれに関する偽証に焦点が当てられていたように、細かい箇所は端折って、どこか一点に絞ってクローズアップされる傾向にあり、リーガル・サスペンスとしての醍醐味は、やはり原作の方が味わえるのではないかと思います。

 振り返れば、女性の使われ方が『評決』とやや似かよっていて、また、証人の証言に比重がかかり過ぎているようにも思えましたが、後半からラストまでは息つく間もなく一気に読める作品でした(読んでいて、どうしてもギャルヴィンにポール・ニューマンを重ねてイメージしてしまう。映画化されていないのは、続編が出るのが遅すぎて、ポール・ニューマンが歳をとりすぎてしまっていたこともあるのか?)。

評決 ペーパーバック.jpg評決 ポール・ニューマン.jpg 映画「評決」は、当初アーサー・ヒラー監督、ロバート・レッドフォード主演で制作が予定されていたのが、アーサー・ヒラーが創作上の意見不一致を理由に降板、ロバート・レッドフォードもアル中の役は彼のイメージにそぐわないとの理由で見送られ、企画は頓挫し、脚本も途中で何回も書き直されることになったそうです。

 結局、監督はシドニー・ルメットに(彼が選んだ脚本は一番最初に没になったものだった)、主演は「明日に向かって撃て!」でレッドフォードと共演した評決 新宿ロマン1.jpg評決 新宿ロマン2.jpgポール・ニューマンになり、そのポール・ニューマン自身、「自分の長いキャリアの中で初めてポール・ニューマン以外の人物を演じた」と述べたそうですが、そうした彼の熱演もあって、リーガル・サスペンスと言うより人間ドラマに近い感じに仕上がっているように思いました。

評決 ニューマン.jpg ちょうどアカデミー賞の受賞式を日本のテレビ局で放映するようになった頃で、ポール・ニューマンの初受賞は堅いと思われていましたが、「ガンジー」のベン・キングズレーにさらわれ、4年後の「ハスラー2」での受賞まで持ち越しになりました。映画の内容の方は、より一般向けに原作をやや改変している部分もありますが、ポール・ニューマンの演技そのものにはアカデミー賞をあげてもよかったのではないかと思いました。

The Verdict (1982).jpgThe Verdict (1982)
評決」●原題:THE VERDICT●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:リチャード・D・ザナック/デイヴィッド・ブラウン●脚本:デイヴィッド・マメット●撮影:アンジェイ・バートコウィアク●音楽:ジョニー・マンデル●時間:129分●出演:ポール・ニューマン/シャーロット・ランプリング/ジャック・ウォーデン/「評決」 シャーロット・ランプリング.jpg評決 ジェームズ・メイソン.jpg評決 ブルース・ウィリス2.jpgジェームズ・メイスン/ミロ・オシア/エドワード・ビンズ/ジュリー・ボヴァッソ/リンゼイ・クルーズ/ロクサン・ハート/ルイス・J・スタドレン/ウェズリー・アディ/ジェームズ・ハンディ/ジョー・セネカケント・ブロードハースト/コリン・スティントン/バート・ハリス/ブルース・ウィリス(ノンクレジット)(傍聴人)●日本公開:1983/03●配給:20世紀フォックス●最初に観新宿ロマン.png新宿ロマン劇場2.jpgた場所:新宿ロマン劇場(83-05-03)(評価:★★★☆) 
    
新宿ロマン劇場 明治通り・伊勢丹向かい。1924(大正13)年「新宿松竹館」→1948(昭和23)年「新宿大映」→1971(昭和46)年「新宿ロマン劇場」 1989(平成元)年1月16日閉館

「新宿ロマン劇場閉館―FNNスーパータイム」1989(平成元)年1月17日放送(アンカーマン 逸見政孝・安藤優子)
新宿ロマン劇場閉館.jpg

【1997年文庫化[ハヤカワ文庫NV]】

「●ふ ケン・フォレットス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1434】フォレット『レベッカへの鍵
「●「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」受賞作」の インデックッスへ(『針の眼』)「○海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】」の インデックッスへ「●ハヤカワ・ノヴェルズ」の インデックッスへ(『針の目』『鷲は舞いおりた』『鷲は舞いおりた 完全版』) 「●フェデリコ・フェリーニ監督作品」の インデックッスへ「●さ行の外国映画の監督②」の インデックッスへ 「●ま行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「●ニーノ・ロータ音楽作品」の インデックッスへ(「カサノバ」) 「●ドナルド・サザーランド 出演作品」の インデックッスへ(「針の眼鷲」「カサノバ」「は舞いおりた」「ダーティ・セクシー・マネー」)「●マイケル・ケイン 出演作品」の インデックッスへ (「鷲は舞いおりた」)「●ロバート・デュヴァル 出演作品」の インデックッスへ(「鷲は舞いおりた」)「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●海外サスペンス・読み物」の インデックッスへ 「●海外のTVドラマシリーズ」の インデックッスへ(「24-TWENTY FOUR-」「ダーティ・セクシー・マネー」) 「●デニス・ホッパー 出演作品」の インデックッスへ(「24-TWENTY FOUR-」)

非情さと人間臭さを併せ持ったスパイ像。ひと癖ありそうなドナルド・サザーランド向きだった?

針の眼.jpg 針の眼 創元推理文庫.jpg 針の眼 dvd.jpg 針の眼 映画チラシ.jpg  鷲は舞いおりた_.jpg
針の眼 (ハヤカワ・ノヴェルズ)』['80年]『針の眼 (創元推理文庫)』['09年]「針の眼 [DVD]」/映画チラシ 「鷲は舞いおりた [DVD]

針の眼 新潮文庫.jpg 第2次世界大戦の最中、英国内で活動していたドイツの情報将校ヘンリー・フェイバー(コードネーム"針")は、連合軍のヨーロッパ進攻に関する重大機密を入手、直接アドルフ・ヒトラーに報告するため、英国陸軍情報部の追跡を振り切り、Uボートの待つ嵐の海へ船を出したが、暴風雨の影響で離れ小島に漂着してしまう―。

針の眼 (新潮文庫)』['96年]

針の眼 .jpg 1978年にイギリスの作家ケン・フォレット(Ken Follett)が発表したスパイ小説で(原題:The Eye of the Needle)、1979年「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」を受賞した作品。この人は『大聖堂』以来、歴史小説家の趣きがありますが、この作品でエドガー賞などを受賞し、『トリプル』(Triple)、『レベッカへの鍵』 (The Key to Rebecca)と相次いで発表していた頃は、米国のロバート・ラドラム(1927-2001)に続くエスピオナージュの旗手という印象でした。

 この作品には相変わらず根強いファンがいるようで、集英社文庫、新潮文庫にそれぞれ収められ、'09年には創元推理文庫からも新訳が出たり、 映画化作品がWOWOWでハイビジョン放送されるなどしていますが、もともと原文が読み易いのではないでしょうか。畳み掛けるようなテンポの良さがあります。

ジャッカルの日 73米.jpg スパイの行動を追っていくという点では、同じ英国の作家フレデリック・フォーサイスの『ジャッカルの日』と似て無くもないし、『ジャッカルの日』を読む前からドゴールが暗殺されなかったのを知っているのと同じく、連合軍の欧州侵攻の上陸地点がカレーであるかのように見せかけて実はノルマンディだという"針"ことヘンリーが掴んだ"機密情報"が、結局ヒトラーにもたらされることは無かったという既知の事実から、彼が目的を果たすことは無かったということは事前に察せられます。

針の眼 映画eye-of-the-needle.jpg 但し、そのプロセスがやや異なり、マシーンのように非情に行動する"ジャッカル"に対し、ヘンリーは、同じく非情な人物ではあるものの、流れついた島の灯台守の夫婦に世話になるうちに、その妻と"本気"の恋に落ちてしまうという人間臭い設定になっています(夫針の眼 洋モノチラシ.jpgが下半身不随で、妻は欲求不満気味だった?)。そして、そのことが結局は、彼が任務を遂行し得なかった原因に―。

ドナルド・サザーランド in「針の眼」(1981)

 '81年にリチャード・マーカンド監督によって映画化され、ヘンリー役がドナルド・サザーランド(Donald Sutherland、1935‐)というのには当初は違和感がありましたが、実際に映画を観てみたら、結局は向いていたかもしれないと思いました。

 このひと癖もふた癖もありそうな人物を演じるのが上手いカナダ出身の俳優は、ロバート・アルトマン監督の「M★A★S★H」('70/米)からフェデリコ・フェリーニ監督の「カサノバ」('76年/伊)まで幅広い役柄をこなし、英国のジャク・ヒギンズ(1929-2022/92歳没)が1975年に発表したベストセラー小説『鷲は舞い降りた』('81年/ハヤカワ文庫NV)の映画化作品でジョン・スタージェス監督の遺作となった「鷲は舞いおりた」('76年/英)にも戦争スパイ役で出ていました(同じ年に「カサノバ」と「鷲は舞いおりた」というこのまったく毛色の異なる2本の作品に出ているというのもスゴイが)。

『鷲は舞い降りた (Hayakawa Novels)』.jpg『鷲は舞い降りた 完全版 (Hayakawa Novels)』.jpg鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)_.jpg鷲は舞い降りた (Hayakawa Novels)』 ('76年)
鷲は舞い降りた 完全版 (Hayakawa Novels)』 ('92年)
鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)』('97年改版版)

 「鷲は舞いおりた」は、原作『鷲は舞い降りた』は、第二次世界大戦中の英国領内にある寒村を舞台に、保養地滞在中の英国首相相ウィンストン・チャーチルを拉致しようとするナチス親衛隊長ヒムラーによる「イーグル計画」(架空?)という特殊任務を受けたナチス・ドイツ落下傘部隊の冒険を描いたもので、英米において発売直後から約6か月もの間ベストセラーに留まり続け、当時の連続1位記録を塗り替えたという作品であり、発表の翌年に映画化されたことになります。鷲は舞いおりた 00.jpg鷲は舞いおりた_.jpg鷲は舞いおりた サザーランド.jpgドイツのパラシュート部隊の精鋭を率いるシュタイナーを演じたマイケル・ケインが主役で、ドナルド・サザーランドの役どころは、部隊に先んじて英国に潜入する元IRAのテロリストで現大学教授のリーアム・デヴリン。スパイである男性(デヴリン)が潜入先で地元の女性と恋に陥るところが「針の眼」と似ていますが、シュタイナーの部隊の人間がどんどん死んでいく(計画を指揮したラードル大佐(ロバート・デュヴァル)も失敗の責を取らされ銃殺される。但し、ヒトラーの命令によ鷲は舞いおりた 11.jpg鷲は舞いおりた .jpgる形をとっているが、元々からヒムラー(ドナルド・プレザンス、本物そっくり!)の独断的計画であったことが示唆されていて、ヒムラー自身は何ら責任を取らない)という状況の中で、愛に目覚めたデヴリンは最後に生き残ります(ドナルド・サザーランドについて言えば、「針の眼」とちょうど逆の結末と言えるかもしれない。ケン・フォレットとジャック・ヒギンズの作風の違いか?)。

「鷲は舞いおりた」(1976)出演:マイケル・ケイン/ドナルド・サザーランド/ロバート・デュヴァル

カサノバ 1シーン.jpgカサノバ サザーランドs.jpg 「カサノバ」は全編スタジオ撮影で、巨大なセットがカサノバの人生の虚しさとだぶっていると言われているそうです(フェリーニ監督は彼の人生を演技的と捉えたのか)。カサノバ(ドナルド・サザーランド)が自らの強壮ぶりを誇示する"連続腕立て伏せ"シーンなどは凄かったというか、むしろ悲壮感、悲哀感があった...(ある精神分析家によれば、好色家には、"女性なら誰とでも"という「カサノバ型」と"高貴な女性を落とす"ことに喜びを感じる「ドンファン型」があるそうだが、何れもマザー・コンプレックスに起因するそうな)。

「カサノバ」.jpgカサノバ フェリーニ.jpg この映画のカサノバ役は、ロバート・レッドフォードをはじめ多くの自薦他薦の俳優が候補にあがったようですが、「最もそれらしくない風貌」をフェリーニ監督に買われてドナルド・サザーランドに決定したそうです。ただ、当のドナルド・サザーランドは、なぜ自分が起用されたのか分からず、自分がどういう映画に出ているのかさえも最後まで掴めなかったそうです。
ドナルド・サザーランド in「カサノバ」(1976)

Donald Sutherland and Kate Nelligan.jpg 「針の眼」の映画の方は、「カサノバ」及び「鷲は舞いおりた」の5年後に撮られた作品ですが、ここでのサザーランドは、冷徹非情ながらもやや"もっそり"した感じもあって、それでいて目付きは鋭く(こういう病的に鋭い目線は、後のロン・ハワード監督の「バックドラフト」('91年/米)の放火魔役に通じるものがある)、半身不随の灯台守の夫を自身の正体を知られたために殺害する場面などは、(相手を殺らなければ自分が殺られるという状況ではあるが)"卑怯者ぶり"丸出しで、普通のスパイ映画にある"スマートさ"の微塵も無く、それが却ってリアリティありました。

針の眼 シーン2.jpg ケイト・ネリガン(この人もカナダ出身で演技を学ぶためにイギリスに渡った点でドナルド・サザーランドと重なる)が演じる灯台守の妻がヘンリーの正体を知り、突然愛国心に目覚めたため?と言うよりは、ヘンリーの行為を愛情に対する裏切りととったのでしょう、「何もかも戦争のせいだ。解ってくれ」と弁解する彼に銃を向けるという、直前まで愛し合っていた男女が殺し合いの争いをする展開は、映像としてはキツイものがありましたが、それだけに反戦映画としての色合いを強く感じました。

ケイト・ネリガン in「針の眼」
       
ダーティ・セクシー・マネー.jpg 因みに、ドナルド・サザーランドの息子のキーファー・サザーランド(英ロンドン出身)も俳優で、今は映画よりもTVドラ24 -TWENTY FOUR-ド.jpgマ「24-TWENTY FOUR-」のジャック・バウアー役で活躍していますが(どの場面を観ても、いつも銃と携帯電話を持って、無能な大統領補佐官らに代わって大統領から直接指令を受け、毎日"全米を救うべく"駆け回っていた)、父親ドナルド・サザーランドの方も、「ダーティ・セクシー・マネー」の大富豪役などTVドラマで最近のその姿(相変わらず、どことなく不気味さを漂わせる容貌だが)を観ることができるのが嬉しいです(でも本国では2シーズンで打ち切りになってしまったようだ)。キーファーが自身の演じるジャック・バウアーの父親役とドナルド・サザーランド バンクーバー五輪.jpgして「24」への出演を依頼した際、ドナルドは「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」('89年/米)におけるショーン・コネリーとハリソン・フォードのような親子関係ならOKだと答えましたが、息子を殺そうとする役だと聞いて断ったということです。

 因みに、ドナルド・サザーランドがカナダ人であることを思い出させるシーンとして、昨年['10年]のバンクーバーオリンピック(第21回オリンピック冬季競技大会)開会式で、オリンピック旗を運ぶ8人の旗手のひとりに彼がいました。

バンクーバーオリンピック開会式(2010年2月12日)五輪旗を掲揚台へと運ぶカナダ出身の著名人たち。右端がドナルド・サザーランド。
 
針の眼ード.jpg針の眼 ド.jpg「針の眼」●原題:EYE OF THE NEEDLE●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:リチャード・マーカンド●製作:スティーヴン・フリードマン●脚本:スタンリー・マン●撮影: アラン・ヒューム●音楽:ミクロス・ローザ●時間:154分●出演:ドナルド・サザーランド/ケイト・ネリガン/イアン・バネン/クリストファー・カザノフ/フィリップ・マーティン・ブラウン/ビル・ナイン●日本公開:1981/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

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カサノバ HDニューマスター版.jpg「カサノバ」●原題:IL CASANOVA DI FEDERICO FELLINI●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アルベルト・グリマルディ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ベルナルディーノ・ザッポーニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:154分●出演:ドナルド・サザーランド/ティナ・オーモン/マルガレート・クレマンティ/サンドラ・エレーン・アレン/カルメン・スカルピッタ/シセリー・ブラウン/クラレッタ・アルグランティ/ハロルド・イノチェント/ダニエラ・ガッティ/クラリッサ・ロール●日本公開:1980/12●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-02-09)(評価:★★★☆)

鷲は舞いおりた [Blu-ray]
「鷲は舞いおりた」09.jpg鷲は舞いおりた b.jpg鷲は舞い降りた9_2.jpg「鷲は舞いおりた」●原題:THE EAGLE HAS LANDED●制作年:1976年●制作国:イギリス●監督:ジョン・スタージェス●製作:ジャック・ウィナー/デイヴィッド・ニーヴン・ジュニア●脚本:トム・マンキーウィッツ●撮影:アンソニー・B・リッチモンド●音楽:ラロ・シフリン●原作:ジャック・ヒギンズ「鷲は舞いおりた」●時間:123分(劇場公開版)/135分(完全版)●出演:マイケル・ケイン/ドナルド・サザーランド/ロバート・デュヴァル/ジェニー・アガター/ドナルド・プレザンス/アンソニ鷲は舞いおりた ケイン サザーランド.jpg鷲は舞い降りた ロバート・デュヴァル.jpg鷲は舞い降りた D・プレザンス.jpgー・クエイル/ジーン・マーシュ/ジュディ・ギーソン/トリート・ウィリアムズ/ラリー・ハグマン/スヴェン=ベッティル・トーベ/ジョン・スタンディング●日本公開:1977/08●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋テアトルダイア (77-12-24)(評価:★★★☆)●併映:「ジャッカルの日」(フレッド・ジンネマン)/「ダラスの熱い日」(デビッド・ミラー)/「合衆国最後の日」(ロバート・アルドリッチ)(オールナイト)

ロバート・デュヴァル(ラードル大佐)/ドナルド・プレザンス(ナチス親衛隊長ヒムラー)

24 (2001)
24 (2001).jpg24 TWENTY FOUR.jpg「24」ホッパー.jpg「24-TWENTY FOUR-」24 (FOX 2001/11~2009) ○日本での放映チャネル:フジテレビ(2004~2010)/FOX
24 -TWENTY FOUR- ファイナル・シーズン DVDコレクターズBOX

デニス・ホッパー(シーズン1(2001-2002)ヴィクター・ドレーゼン役)


Dirty Sexy Money.jpg「ダーティ・セクシー・マネー」Dirty Sexy Money (ABC 2007/09~2009) ○日本での放映チャネル:スーパー!ドラマTV(2008~)
Dirty Sexy Money: Season One [DVD] [Import]

 

 【1983年文庫化[ハヤカワ文庫(鷺村達也:訳)]/1996年再文庫化[新潮文庫(戸田裕之:訳)]/2009年再文庫化[創元推理文庫(戸田裕之:訳)]】

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原作はプロットも心理描写も見事。映画は"観光映画(?)"としては楽しめたが...。

ナイルに死す.jpg ナイルに死す2.jpg ナイルに死す3.bmp ナイル殺人事件 DVD.jpg DEATH ON THE NILE  .jpg
ナイルに死す (1957年) 』『ナイルに死す (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-76)』(表紙:真鍋博) 『ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 「ナイル殺人事件 デジタル・リマスター版 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]」 ピーター・ユスティノフ

ナイルに死す ハ―パーコリンズ版.jpg ハネムーンをエジプトに決めた大富豪の娘リンネットは、ナイル河で遊覧船の旅を楽しんでいたが、そこには夫のかつての婚約者ジャクリーンの不気味な影が...果たして、乗り合わせたポワロの目の前でリンネットは殺され、さらに続く殺人の連鎖反応が起きるが、ジャクリーンには文句無しのアリバイが―。

ナイル殺人事件 北大路.jpg"Death on the Nile" ハ―パーコリンズ版

 1937年に発表されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の作品で(原題:Death on the Nile)、プロットもさることながら、会話を主体とした多くの登場人物の心理描写が見事。ああ、この作家は小説でも戯曲でも"何でもござれ"だなあと改めて思わされた次第ですが、この作品はあくまでも小説です(クリスティはこの作品の戯曲版も残していて、日本でも北大路欣也などの主演で上演されているが、こちらはポワロが登場しない)。

ナイル殺人事件 スチール.jpg 「タワーリング・インフェルノ」('74年)、「キングコング」('76年)のジョン・ギラーミン監督によって「ナイル殺人事件」('78年/英)として映画化されており、ポアロ役はピーター・ユスティノフです(ピーター・ユスティノフ はその後「地中海殺人事件」('82年/英)、「死海殺人事件」 ('88年/米)でもポアロを演じている)。シドニー・ルメットが監督した「オリエント急行殺人事件」('74年/英)ほどの「往年の大スターの豪華競演」ではないにしても、こちらも名優がたくさん出演しています。
音楽:ニーノ・ロータ

ナイル殺人事件  Death on the Nile(1978英).jpg '78年の公開時に、今は無きマンモス映画館「日比谷映画劇場」で観て、90年代初めにビデオでも観ましたが、映画は、原作をやや端折ったような部分もあり、最後はちょっとドタバタのうちにポアロの謎解きが始まって、原作との間に多少距離を感じました。

 映画化されると、本格推理の部分よりも人間ドラマの方が強調されてしまうのは、この作品に限らず、この手の作品によくあるパターンで、しかも、この作品は登場人物が結構多いとあって、時間の制約上やむを得ない面もあるのかなあ(一応、2時間20分とやや長めではあるのだが)。それでも、原作の良さに救われている部分が多々あるように思いました。

『ナイル殺人事件』(1978) 2.jpg また、この映画に関して言えば、本場エジプトでのオールロケで撮影されているため(同じナイル川でも原作の場所とはやや違っているようだが)、ある種"観光映画"(?)としても楽しめたというのがメリットでしょうか。行ってみたいね、ナイル川クルーズ。雪中で止まってしまった「オリエント急行」と違って、ナイルの川面を船が「動いている」という実感もあるし、途中で下船していろいろ観光もするし...。

 映画「オリエント急行殺人事件」は、トリックの関係上(犯人同士しかいない場で演技させると"映像の嘘"になってしまうという制約があり)、ポワロの容疑者に対する個別尋問に終始しましたが、こちらはそのようなオチではないので、登場人物間の心理的葛藤は比較的自由かつ丁寧に描けていたと思います。

ナイル殺人事件ド.jpgDEATH ON THE NILE_original_poster.jpg ベティ・デイヴィスなんて往年の名女優も出ていたりして名優揃いの作品ですが、やはり何と言ってもオリジナルがいいんだろうなあ。この意外性のあるパターン、男女の関係なんて、傍目ではワカラナイ...。クリスティが最初の考案者かどうかは別として、この手の「人間関係トリック」は、その後も英国ミステリで何度か使われているみたいです。


DEATH ON THE NILE UK original film poster(右)/「ナイル殺人事件」映画パンフレット/単行本(早川書房(加島祥造:訳)映画タイアップカバー)
ナイル殺人事件 パンフレット.jpg「ナイルに死す」.jpg「ナイル殺人事件」●原題:DEATH ON THE NILE●制作ミア・ファロー_3.jpg年:1978年●制作国:イギリス●監督:ジョン・ギラーミン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー●撮影:ジャック・カーディフ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:アガナイル殺人事件 オリヴィア・ハッセー.jpgナイル殺人事件 べティ・デイヴィス.jpgサ・クリスティ「ナイルに死す」●時間:140分●出演:ピーター・ユスティノフ/ミア・ファローベティ・デイヴィス/アンジェラ・ランズベリー/ジョージ・ケネディ/オリヴィア・ハッセー/ジkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612353.jpgkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612358.jpgョン・フィンチ/マギー・スミス/デヴィッド・ニーヴン/ジャック・ウォーデン/ロイス・チャイルズサイモン・マッコーキンデールジェーン・バーキン/サム・ワナメイカー/ハリー・アンドリュース●日本公開:1978/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:日比谷映画劇場(78-12-17)(評価:★★★☆)

日比谷映画劇場.jpg日比谷映画劇場(戦前).bmp日比谷映画5.jpg

     
日比谷映画劇場(日比谷映劇)
1934年2月1日オープン(現・日比谷シャンテ辺り)(1,680席)1984年10月31日閉館

戦前の日比谷映画劇場(彩色絵ハガキ)

名探偵ポワロ 52  ナイルに死す.jpg名探偵ポワロ  ナイルに死す 02.jpg「名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す」 (04年/英) ★★★☆

『ナイルに死す』加島祥造訳.jpg  【1957年ポケット版[ハヤカワ・ミステリ(脇矢徹:訳)]/1965年文庫化[新潮文庫(西川清子:訳)]/1977年ノベルズ版[ハヤカワ・ノヴェルズ(加島祥造:訳)]/1984年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

1977年ハヤカワ・ノヴェルズ

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多才な人だったマイケル・クライトン。年下の女性上司からの強烈な「逆セクハラ」を描いた「ディスクロージャー」。
ディスクロージャー.jpg デミ・ムーア DISCLOSURE.bmp ディスクロージャー〈上〉 (ハヤカワ文庫NV).jpgディスクロージャー〈下〉 (ハヤカワ文庫NV).jpg  「大列車強盗」3.jpg
ディスクロージャー [DVD]」 マイケル・ダグラス、デミ・ムーア/マイケル・クライトン『ディスクロージャー〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)』『ディスクロージャー〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)』/マイケル・クライトン原作・脚本・監督「大列車強盗」('78年/米)ショーン・コネリー/レスリー=アン・ダウン
DISCLOSURE 2.jpg「ディスクロージャー」.jpg ハイテク企業に勤めるトム・サンダース(マイケル・ダグラス)は、自分に内定していた副社長ポストに、社の創設者ボブ・ガーヴィン(ドナルド・サザーランド)が目をかけてきた野心溢れる女性メレディス(デミ・ムーア)が就任したことを知らされ唖然とする。彼女はかつてのトムの恋人だったのだ。そしてトムは就任したばかりの彼女に部屋に呼び出されて誘惑され、その誘いに負けそうになるも、かろうじて踏み止まり部屋を出る。しかし今度は、彼女から部屋でレイプをされそうになったと訴えられる―。

DISCLOSURE 1994 1.jpgDisclosure 1994.bmp 「レインマン」('88年)のバリー・レヴィンソン監督作で、原作は今月('08年11月)亡くなったマイケル・クライトン.jpgイケル・クライトン(Michael Crichton、1942‐2008/享年66)です。この人の著作で最初に映画化され『ディスクロージャー』単行本.jpgたのが『アンドロメダ病原体』('69年)であり、『ジュラシック・パーク』('90年)などのバイオ・サスペンスや、ハーバード・メディカルスクールの出身でもあるだけに、TVドラマ「ER」のようなメディカル系に強かった印象があります(1994年にはテレビ(「ER」)、映画(「ジュラシック・パーク」)、書籍(『ディスクロージャー』)で同時に1位となる3冠を成し遂げた)。ただし、その著作には『大列車強盗』('75年)などのミステリもあれば、『ライジング・サン』('92年)のようなビジネスドラマ(ビジネス・サスペンス)もあり、何でもござれといった多才さというか、守備範囲の広さを感じさせ、まだバリバリの現役であっただけに、66歳でのガン死は、壮絶な戦死といった印象も受けます。

『ディスクロージャー』単行本
   
 この作品もビジネスドラマ(ビジネス・サスペンス)であり、年下の女性上司による「逆セクハラ」を扱っていますが、日本では「セクシャル・ハラスメント」が「新語・流行語大賞」の"新語"部門金賞に選ばれたのが'89年です(この段階ではまだ"新モノ"扱いか)。男女雇用機会均等法に「性的嫌がらせへの配慮」が盛り込まれたのが8年後の'97年改正に於いてであり、「男性への性的嫌がらせ」も配慮の対象となったのが更に10年後の'07年4月ですから、この作品の原作が1993年に発表され'94年に映画化されたことを思うと、向こうは随分と先を行っていたなあと。但し、米国では、原著発表時点で既に「テーマが古い」との批評もあったとのこと...。

音楽:エンニオ・モリコーネ

 セクハラ事件を契機に主人公は、野望渦巻く企業のパワーゲームに巻き込まれていきますが、映画におけるマイケル・ダグラスは、「ウォール街」('87年)で若僧チャ-リー・シーンを翻弄するやり手の投資銀行家ゲッコー氏のイメージよりも、「危険な情事」('87年)で不倫相手のグレン・クローズに翻弄される弁護士のイメージに近いかも。

ドナルド・サザーランド ディスクロージャー .jpg 映画としては凡作になってしまったと思いますが、マイケル・クライトンへの追悼と、「ライジング・サン」よりはまだ映画らしい映画になっているということで本作品を取り上げました。DISCLOSURE film.gif上司デミ・ムーアの誘いを断った主人公に対する上司の仕打ちの1つに、会社のサーバーへのアクセス権を奪ってしまうというのがあって、そのことで主人公は仕事が完全にストップしてしまいパニックに陥るというのが当時としてはすごく"現代風"の恐怖だなあと思われ、印象的に残りました。

大列車強盗 (1976年)1.jpg「大列車強盗」1.jpg「大列車強盗」図11.jpg マイケル・クライトン原作のその他の映画化作品では、マイケル・クライトン自身の脚本・監督で、ショーン・コネリーが主演した「大列車強盗」('78年/米).jpg「大列車強盗」('78年/米)が面白かったです。ヴィクトリア朝時代のイギリスで実際に起きた事件を基に、怪盗とその仲間たちが厳重管理で列車輸送している莫大な金塊の強奪に挑むさまを描いた犯罪サスペンスで、ストーリーはいいし(1975年に出版された原作『大列車強大列車強盗 (1976年).jpg大列車強盗 (ハヤカワ文庫.jpg盗』('76年/早川書房、'81年/早川書房)は、今回取り上げた『ディスクロージャー』よりはっきり言って面白い)、怪盗ピアースを演じるショーン・コネリーをはじめ役者もいいです。ショーン・コネリー(当時48歳)は、桁の低い陸橋が何本も接近してくる中、それをよけながら疾走する列車の屋根を這い進んで行くというアクションをスタントなしでこなしています。
大列車強盗 (ハヤカワ文庫 NV 256)
大列車強盗 (1976年) (Hayakawa novels)

「ライジング・サン1.jpg「ライジング・サン3.jpg 「大列車強盗」と同じショーン・コネリー主演でフィリップ・カウフマンが監督した「ライジング・サン」('93年/米)は、ロサンゼルスに進出した日本企業のビルで殺人事件が発生し、ショーン・コネリー演じる刑事ジョン・コナーが捜査を進めるうち、文化の違いという壁にぶち当たるという、コネリーが製作総指揮と主演を兼ねたサスペンス・アクション。ネタバレになりますが、偽造ディスクを解明した女性がコナー刑事の愛人だったというオチは、裏ストーリーを暗示させるものの、あまりに説明不足。日本人の社員が黒服にサングラスだったり、日本語の使い方がヘンテコリンで笑わせます(もっと以前よりは良くはなっているが、この時点でまだ日本文化の認識の違いが窺えるのは仕方のないことか)。因みに、武満徹が劇中音楽を担当し、そのキャリアの中で唯一の外国映画音楽作品となりました。

「コンゴ」1.jpg「コンゴ」3.jpg あともう1本、フランク・マーシャル監督の「コンゴ」('95年)というのもありました。映画的展開の狭い「ライジング・サン」や「ディスクロージャー」の失敗を反省材料にしたのか、今度は旧作('80年発表)ながら派手な見せ場のある『失われた黄金都市』を映画化したもので、アフリカ奥地で、レーザー通信の核となるダイヤモンドの鉱脈を調べていたトラヴィコム社の先発隊が全滅し、手掛かりは通信画面に映し出された"灰色の猿人"らしきものだけだった...というもの。この監督はあまり上手くない(本業は映画プロデューサー。妻のキャスリーン・ケネディと共に、多くのスピルバーグ作品を手がけている)。観終わって時間が無駄だったと思いましたが(一緒に観た人間と「もう今後(こんご)は観ない」と冗談を言い合った)、amazonのレビューでは高い評価を得ているみたいで、自分たちだけ違う映画を観たのかなあ(笑)。


ディスクロージャー マイケル・ダグラス.jpg「ディスクロージャー」●原題:DISCLOSURE●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督:バリー・レヴィンソン●製作:バリー・レヴィンソン/マイケル・クライトン●脚本:ポール・アタナシオ●音楽:エンニオ・モリコーネ●撮影:アンソニー・ピアース=ロバーツ●原作:マイケル・クライトン●時間:128分●出演:マイケル・ダグラス/デミ・ムードナルド・サザーランド/キャロライン・グッドオール/デニス・ミラー/ロマ・マフィア/ドナルド・サザーランド ディスクロージャー.jpgニコラス・サドラー/ローズマリー・フォーサイス/ディラン・ベイカー/ジャクリーン・キム/ドナル・ローグ/アラン・リッチ/ スージー・プラクソン●日本公開:1995/02●配給:ワーナー・ブラザース (評価★★★)

ドナルド・サザーランド
      
   
     
ドナルド・サザーランド/ショーン・コネリー
「大列車強盗」2.jpg「大列車強盗」4.jpg「大列車強盗」●原題:THE GREAT TRAIN ROBBERY/THE FIRST GREAT TRAIN ROBBER●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・脚本:マイケル・クライトン●製作:ジョン・フォアマン●撮影:ジェフリー・アンスワース●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●原作:マイケル・クライトン●時間:111分●出演:ショーン・コネリー/ドナルド・サザーランド/レスリー=アン・ダウン/アラン・ウェッブ/ロバート・ラング/マイケル・エルフィック/パメラ・セイラム/ガブリエル・ロイド/ジェームズ・コシンズ/ブライアン・グローヴァー/マルコム・テリス/ウェイン・スリープ●日本公開:1979/11●配給: ユナイト映画(評価★★★★)

「ライジング・サン」2.jpg「ライジング・サン」4.jpg「ライジング・サン」●原題:RISING SUN●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:フィリップ・カウフマン●製作:ピーター・カウフマン●脚本:マイケル・クライトン/フィリップ・カウフマン/マイケル・バックス●撮影:マイケル・チャップマン●音楽:武満徹●原作:マイケル・クライトン●時間:125分●出演:ショーン・コネリー/ウェズリー・スナイプス/ハーヴェイ・カイテル/ケイリー=ヒロユキ・タガワ/ケヴィン・アンダーソン/マコ/レイ・ワイズ/スタン・イーギー/ティア・カレル/タジャナ・パティッツ/ヴィング・レイムス/スティーヴ・ブシェミ/サム・ロイド●日本公開:1993/11●配給:20世紀フォックス(評価★★★)

「コンゴ」2.jpg「コンゴ」●原題:CONGO●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:フランク・マーシャル●製作:キャスリーン・ケネディ/サム・マーサー●脚本:ジョン・パト「コンゴ」4.jpgリック・シャンリー●撮影:アレン・ダヴィオー●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●原作:マイケル・クライトン●時間:109分●出演:ショーン・コネリー/ウェズリー・スナイプス/ハーヴェイ・カイテル/ケイリー=ヒロユキ・タガワ/ケヴィン・アンダーソン/マコ/レイ・ワイズ/スタン・イーギー/ティア・カレル/タジャナ・パティッツ/ヴィング・レイムス/スティーヴ・ブシェミ/サム・ロイド●日本公開:1995/10●配給:UIP(評価★★)
  
 【1994年単行本〔早川書房〕/1995年文庫化[ハヤカワ文庫NV(上・下)]】

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パルプマガジン作家らしい作品。"レナード・タッチ"より、むしろストーリー自体が楽しめる。

五万二千ドルの罠 ノヴェルズ.jpg 52 pickup.jpg 五万二千ドルの罠 エルモア・レナード.jpg  キャット・チェイサー.jpg stick.jpg  ラム・パンチ.jpg
五万二千ドルの罠 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』/「デス・ポイント/非情の罠(52 PICK-UP)」輸入版DVDカバー/『五万二千ドルの罠 (1979年) (ハヤカワ・ノヴェルズ) 』/映画「キャット・チェイサー」チラシ/「スティック」ペーパーバック /『ラム・パンチ (角川文庫)
『五万二千ドルの罠』(1979/12 ハヤカワ・ノヴェルズ
ハヤカワ・ノヴェルズ『五万二千ドルの罠』.jpgFifty-Two Pickup.jpgElmore Leonard.jpg 1974年に発表されたアメリカの人気ハードボイルド作家、エルモア・レナード Elmore Leonard(1925‐) のベストセラー作品で原題は"52 Pickup"

 鉄鋼会社経営の中年実業家の主人公は、浮気現場をビデオに撮られて犯人グループから恐喝され、妻も真実を知って困惑するが、犯人を見つけるため夫に協力する。浮気相手の友人から得た情報で、犯人はポルノ映画館支配人の男ら3人とわかり、主人公は犯人らに年間5万2000ドル払うと申し出て、彼らの仲間割れを図る―。

 エルモア・レナードは、先に『キャット・チェイサー(Cat Chaser 1982)』('86年/サンケイ文庫)や『スティック(Stick 1983)』('86年/文春文庫)を読んで、ストーリーよりも、所謂"レナード・タッチ"と言われるハードボイルドな文体やフロリダなどを舞台にしたスタイリッシュな雰囲気に惹かれました(とりわけ『スティック』の高見浩氏の訳は鮮烈。この人、ヘミングウェイなども翻訳している)。

 それらに比べると、本書は文体もさることながら、むしろストーリー展開自体が楽しめ、読んだ後も印象に残る―、と言っても、エルモア・レナード自身が西部劇の脚本家からスタートして、パルプマガジンで支持を得てきた人なので、話は大いに通俗的であり、また、その展開にはかなりハチャメチャな部分はありますが...(主人公は戦争で戦闘機パイロットだった時に、敵機を撃墜しただけでなく、誤襲してきた味方機まで撃墜したというかなり血の気の多い人物という設定)。映画「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」の監督クエンティン・タランティーノが敬愛する作家であるというのはよくわかります。

 「5万2千ドル」ぐらいでこんな殺し合いになるのかという気もしますが、70年代初頭は1ドル=360円だったわけで、しかも主人公が提示したのは、それを「毎年」支払うということだったことを考えると、そう不自然な設定ではないかも(どこから5万2千ドルという数字が出てくるのかと思ったら、1週千ドルというわけだ)。

デス・ポイント 歌舞伎町シネマ2.jpg レナード作品は幾つか映画化されていますが、『スティック』はバート・レイノルズ主演で'85年に映画化されているものの、原作を捻じ曲げて却って拙い仕上がりになっているとの評だったので未見、ピーター・ウェラー、ケリー・マクギリス主演の「キャット・チェイサー」('86年)も映画館では観る機会がなかったのですが、テレビで途中から観て、まあまあこんなものかなと。

52 PICK-UP.jpg 『五万二千ドルの罠』は、映画化された作品('86年、邦題 「デス・ポイント/非情の罠」)を、B級映画専門の準ロード館歌舞伎町シネマ2で観ましたが、かなり原作に忠実に作られているように思いました。 「歌舞伎町シネマ2」上映作品ギャラリー HOME PAGE「映画の時間ですよっ!!」

Roy Scheider, Ann-Margret

 今年['08年]2月に亡くなったロイ・シャイダーの主演で、主人公の粗暴な面と脅迫に脅える面が両方出ていて、ロイ・シャイダーは、「ブルーサンダー」('83年)でベトナム帰りの攻撃ヘリコプターのやたら砲弾を撃ちまくるパイロットを演じていましたが、この作品では、「ジョーズ」('75年)の警察署長役に繋がる(サメならぬ)脅迫者に脅えた感じの演技がハマっているような気がし、但しその分、原作よりもやや線の細い人物造型になったように思います。

ゲット・ショーティ [DVD].jpgアウト・オブ・サイト.jpgビッグ・バウンス.jpg レナードの作品は1990年代後半に、「ジャッキー・ブラウン」('97年)(原作:『ラム・パンチ』)、「ゲット・ショーティ」('98年)、「アウト・オブ・サイト」('98年)など映画化が続き、今世紀に入っても「ビッグ・バウンス」('04年)、「Be Cool ビー・クール」('05年)などが映画化されています。(「3時10分、決断のとき」('09年)(原作:『決断の3時10分』(1957))然り。)

ゲット・ショーティ [DVD]」(ジョン・トラボルタ主演)/「アウト・オブ・サイト [DVD]」(ジョージ・クルーニー主演)/「ビッグ・バウンス 特別版 [DVD]」(モーガン・フリーマン主演)

52 PICK-UP m.jpg「デス・ポイント/非情の罠」●原題:52 PICK-UP●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フランケンハイマー●音楽:ゲイリー・チャン●原作:エルモア・レナード「五万二千52 Pick-Up Bl4.jpgドルの罠」●時間:112分●出演:ロイ・シャイダーアン=マーグレット/クラレンス・ウィリアムズ3世/ジョン・グローヴァー/ロバート・トレボア/ケリー・プレスト/ダグ・マクルーア/ヴァニティ/ロニー・チャップマン●日本公開:1987/12●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:歌舞伎町シネマ2 (88-01-30)(評価★★★)●併映:「第27囚人戦車部隊」(ゴードン・ヘスラー)

ヒューマックスパビリオン 新宿歌舞伎町.jpg「ジョイシネマ3:4」.gif歌舞伎町シネマ1・歌舞伎町シネマ2 1985年、コマ劇場左(グランドオヲデオンビル隣り)「新宿ジョイパックビル」(現「ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町」)2Fにオープン→1995年7月~新宿ジョイシネマ3・新宿ジョイシネマ4。1997(平成9)年頃閉館。

 【1979年ノヴェルズ化〔ハヤカワ・ノヴェルズ]/1986年文庫化〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕】

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スペシャリストらの"技"と彼らをまとめるマロリーのリーダーシップがいい『ナヴァロンの要塞』。

ナヴァロンの要塞 カラージャケット.jpg ナヴァロン.jpg ナヴァロンの要塞.jpg    ナバロンの要塞).jpg the-guns-of-navarone-cover-3.jpg
ナバロンの要塞 (1966年)』/『ナヴァロンの要塞 (1977年) (ハヤカワ文庫―NV)』/映画「ナバロンの要塞」日本版ポスター/輸入版ポスター

 1957年にイギリスで発表されたアリステア・マクリーン(Alistair MacLean 1922-1987)の戦争冒険小説『ナヴァロンの要塞』(The Guns of Navarone)は、『荒鷲の要塞』(Where Eagles Dare)と並ぶ"要塞モノ"の傑作ですが、この作品が発表されたのは、『荒鷲』に先立つこと10年で、結構「古典」だったのなのだなあと。

 第二次世界大戦中、ナチスのエーゲ海支配の拠点である難攻不落のナヴァロン島の要塞に、英国連合国軍から要塞の破壊指令を受けた、ニュージーランド人登山家マロリーをリーダーとする少数精鋭のスペシャリストチームが潜入する―。

 映画でも知られるストーリーですが、原作もこれでもかこれでもかとチームを不測のトラブルがテンポよく(?)襲い、それを克服していくスペシャリストたちの"技"と、彼らをまとめるマロリーのリーダーシップがいいです。
 "マロリー"という名は、戦前チョモランマ登攀中に行方不明になった「そこに山があるから登るのだ」の登山家ジョージ・マロリーへのオマージュなのでしょうか。

『ナバロンの要塞』(1961) 2.jpgナバロンの要塞p.jpg J・リー・トンプソン監督(1914-2002)、グレゴリー・ペック主演の映画「ナバロンの要塞」('61年/米)も、原作のサスペンティックな緊迫感を保っている傑作ではあります。
映画「ナバロンの要塞」輸入版ポスター
『ナバロンの要塞』(1961).jpg
 ただし、彼らチームを助けるケロス島の2人の男が女性に置き換えられていて、しかもそのうちの1人を演じたギリシャ人女優イレーネ・パパスがやけに存在感があり、その上、グレゴリー・ペックはもう1人の女性に恋情のようなものを抱いたりするため、良い意味でも悪い意味でも男女物のヒューマンドラマの色合いが強まった気がしました。
   
                  
「ナバロンの要塞」1.jpg「ナバロンの要塞」2.jpg こうした"情"の部分をストレートに表現することをできるだけ避けていたのが作者の特質だったのではないだろうか? 映画自体は悪くは無いけれど(むしろ傑作の部類だと個人的にも思うが)、原作の方がより男っぽい重厚感があります。 

荒鷲の要塞.jpg荒鷲の要塞 ハヤカワ・ノヴェルズ.jpg「荒鷲の要塞」.jpg荒鷲の要塞 (1968年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)』/『荒鷲の要塞 (1977年) (ハヤカワ文庫―NV)』/映画「荒鷲の要塞」ポスター(左)

 1967年に発表された姉妹作『荒鷲の要塞』('68年/ハヤカワ・ノヴェルズ)は、ドイツ軍の捕虜となる要塞に囚われたアメリカ軍将校を救出するために、イギリス軍情報部員6名とアメリカ陸軍のレンジャー部隊員から成る救出部隊が組まれるもので、その要塞というのが専用ロープウェイでしか行けないという難攻不落のもの。しかも、味方にもスパイがいて...と、ちょっと『ナヴァロンの要塞』と似ている感じ。(小説の評価★★★☆)

映画「荒鷲の要塞」('68年/米)では、イギリス軍情報部員の一員としてリチャード・バートン、アメリカ陸軍のレンジャー部隊員にクリント・イーストウッドを配していますが、最後のロープウェイ上の格闘に象徴されるように、小説の段階で既により冒険アクション風な感じがしました。

荒鷲の要塞1.jpg 先に映画の脚本として書かれたものを、後にセリフなどを書き加えて小説化したものと後で知って納得しましたが、結果的にはこれはやはり映画の方が面白く(映画の評価★★★★)、ロープウェイを使った映画では№1ではないかと思います("ロープウェイを使った映画"なんてそう矢鱈あるものではないが)。

「ナバロンの要塞」6.jpgナバロンの要塞(61米).jpg「ナバロンの要塞」●原題:THE GUNS OF NAVARONE●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:J・リー・トンプソン●音楽:デミトリー・ティオムキン●原作:アリステア・マクリーン「ナヴァロンの要塞」●時間:157分●出演:グレゴリー・ペック/デビッド・ニーヴン/アンソニー・クイン/スタンリー・ベイカー/アンソニー・クエイル/イレーネ・パパス/ジア・スカラ/ジェームズ・ダーレン/ブライアン・フォーブス/リチャード・ハリス●日本公開:1961/08●配給:コロムビア映画 (評価★★★★)

「荒鷲の要塞」ps.jpg荒鷲の要塞(68米、英).jpg「荒鷲の要塞」●原題:WHERE EAGLE DARE●制作年:1968年●制作国:イギリス・アメリカ●監荒鷲の要塞 2.jpg督:ブライアン・G・ハットン●音楽:ロン・グッドウィン●原作:アリステア・マクリーン「荒鷲の要塞」●時間:155分●出演:リチャード・バートン/クリント・イーストウッド/メアリー・ユーア/イングリッド・ピット/マイケル・ホーダーン/パトリック・ワイマーク/ロバート・ ビーティ/アントン・ディフリング/ダーレン・ネスビット/ファーディ・メイン●日本公開:1968/12●配給:MGM (評価★★★★)

ハヤカワノヴェルズ ヴァロンの要塞.jpg『ナヴァロンの要塞』...【1966年単行本〔早川書房(『ナバロンの要塞』)〕・新書版〔ハヤカワ・ポケット・ミステリ〕/1971年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ〕/1977年文庫化[ハヤカワ文庫ノヴェルズ]】

荒鷲の要塞 カバー.jpg『荒鷲の要塞』...【1968年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ〕/1977年文庫化[ハヤカワ文庫ノヴェルズ]】

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前半部分はサスペンス。映画には無いジリジリさせる小出し感が良かった。

ジュラシック・パーク (上).jpgジュラシック・パーク (下).jpgジュラシック・パーク 上.jpg ジュラシック・パーク下.jpg ジュラシック・パーク.jpg  激突!.jpg 『激突!』(1971) 1.jpg 激突1.jpg
『ジュラシック・パーク (上・下)』['96年]『ジュラシック・パーク〈上〉〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)』 「ジュラシック・パーク [DVD]」/「激突!スペシャル・エディション [DVD]

ジュラシック・パーク 上下.jpgmichael crichton jurassic park.jpg 1990年に発表されたマイクル・クライトン(Michael Crichton、1942-2008)の『ジュラシック・パーク』(Jurassic Park)は、映画('93年)で見るより先に原作を読みましたが、原作の方が面白かったと思います。

 まず、原作はかなりSF小説っぽく、例えばカオス理論の話が数学者によって詳しく述べられていますが、映画では「蝶のはばたき効果」(北京で蝶がはばたくとニューヨークで嵐が起きるというやつ)程度の話ぐらいしか出てきません。しかしそれよりも映画を見てエッと思ったのは、原作のサスペンス・タッチが、映画ではかなりそぎ落とされてしまっていることです。

 特に前半部分、浜辺で遊んでいた子どもの失踪など、不審な出来事が断続的に続き(この部分は映画化を想定してか、非常に映像的に書かれている感じがした)、「何かあるな」と読者に思わせるものの、事実の全体が読者にもなかなか見えてこない"ジリジリ感"と言うか"小出し感"のようなものが、いやがおうにもサスペンス気分を盛り上げます。

「激突!」パンフレット/チラシ
激突 パンフレット.jpg激突!チラシ.jpg『激突!』(1971) 2.jpg スティーヴン・スピルバーグが監督するということで、大いに期待していたのですが...。

スティーブン・スピルバーグ5Q.jpg スピルバーグ監督には、TV版の「刑事コロンボ(第3話)/構想の死角」 ('71年)や、これも元々テレビ映画として作られた「激突!」('72年、原題はDuel=決闘)という初期作品があります。原作・脚本ともSF・ホラー作家のリチャード・マシスン(1926-2013)であり、監督はオーディションで選考され、スピルバーグは応募者の1人であり、プレゼンにおいて「刑事コロンボ/構想の死角」で自己アピールしたそうです。

激突.jpg激突!-17.jpg 「激突!」は、デニス・ウィーヴァー(TVシリーズ「警部マクロード」(1970-77、日本放映1974(テレビ朝日)、1975-77(NHK)に主演)が演じる一般ドラーバーが、ハイウェイで前方の大型トラックに対してパッシングをしただけで、その大型トラックにずっと追い回されるという極めて単純なストーリーにも関わらず、追ってくる運転手の顔が最後まで見えないため、トッラクが人格を持っているように見えるのが非常に怖かったのです。

JAWS/ジョーズ1.bmpJAWS/ジョーズ2.bmpJAWS/ジョーズ3.bmp 「激突!」における対象がなかなか見えてこない恐怖(不安)は、「JAWS/ジョーズ」('75年)でも効果的に生かされていたように思います。

JAWS/ジョーズ5.bmpJAWS/ジョーズ4.bmp 「ジョーズ」は人間ドラマとしてもよく出来ているように思いました。但し、ピーター・ベンチュリー(1946-2006)の原作自体はたいしたことはないと思われ、この作家の映画「ザ・ディープ」('77年)の原作『ザ・ディープ』も読みましたが、通俗作家であるという印象を受けました(英語で読んだのだが多分にポルノグラフィ調。だから英語で読めたかもしれないが)。

ザ・ディープ1977★★.jpg その『ザ・ディープ』はピーター・イェーツ監督(「ジョンとメリー」('69年))、ロバート・ショウ(「007 ロシアより愛をこめて」('63年)、「ジョーズ」('75年))、ジャクリーン・ビセット(「大空港」('70年)、「料理長殿、ご用心」('78年))主演で1977年に映画化されましたが、本国でそこそこヒットしたので日本でも大作扱いで公開されたけれども、本邦ではあまり奮わなかったように思います。今観るならば基本的にB級映画として愉しむことになるのでは(お宝探し映画なので元からB級映画だったと言えなくもないが)。ジャクリーン・ビセットのファンにはいい映画なのだろうなあ。実際、ファンの間ではリバイバルブームになっているようです。
ジャクリーン・ビセット in「ザ・ディープ」('77年)

ザ・ビースト~巨大イカの逆襲~【日本語吹替版】 [VHS]
ザ・ビースト~巨大イカの逆襲.jpgビースト/巨大イカの大逆襲10.jpg さらに、ピーター・ベンチュリー原作の映像化作品では、「ビースト」('96年/米)という4時間(実質180分)のTVムービーがあり、それを113分にした短縮版が1996年に「ビースト/巨大イカの大逆襲」というタイトルで日曜洋画劇場で放映され、さらに1999年に「ザ・ビースト/巨大イカの逆襲」というタイトルでビデオ化されましたが、タイトルから分かるようにイカが人間を襲う生き物パニック映画です(淀川長治は「タコのギャング映画(タコが襲ってくる映画)はあったんですねぇ(「テンタクルズ」('77年/伊・米)のことか)、でもイカは初めてなんですね」と言っていたが、セシル・B・デミルが製作・監督、日本でも公開された「絶海の嵐」('42年/米)には全長18mの大イカが登場したりするなどしている(因みクラーケン2.pngクラーケン.jpgに、北欧に伝わる「海の怪物」クラーケンの基になった生き物は大ダコ説とダイオウイカ説が有力なようだ)。おそらくメインにイカを据えたのは初めてということだろう。淀川長治も「イカが主役になったのは初めて」と言い換えている)。「ジョーズ」におけるサメをイカに置き換えたような感じですが、短縮版を観てもかったるい印象でした。そもそも、「母イカ」が人間に捕らえられた「子イカ」を助けに来る(死骸を取り返しに来る)という、頭足類であるイカに人間並みの母性愛を設定したところに無理がありました。

 こうしてみると、スピルバーグは必ずしも作家の力量や作品のレベルを買って原作を選んでいるわけではなく、スピルバーグにとって原作はあくまで着想のきっかけであって、そこから自分なりのイメージを膨らませ、監督のオリジナル作品にしていくタイプなのかも。しかも、そのことによって原作を大きく超えることがあるという点において、ヒッチコックや黒澤明とレベル的には拮抗しているのかもしれません(「ジョーズ」は原作を超えているが、「ジュラシック・パーク」は原作の絶妙な"小出し感"が減殺されてしまっているように思った)。

未知との遭遇4.bmp「未知との遭遇」(1977年)3.jpg 更に、"小出し感"ということで言えば、「未知との遭遇」('77年)などはその最たるもので、最後フタを開けてみれば、大掛かりな割には他愛も無い結末という気もしなくもありませんが、やはり、途中の"引っ張り方"は巧みだなあと(因みに、この映画でUFOとコンタクト出来る人を"選民"のように描いているが、それがスピルバーグがユダヤ系であることと結びつくのかどうかは自分には分からない)。 

E.T..jpg 「未知との遭遇」の"小出し感"は「E.T.」('82年)にも引き継がれていたように思います。E.T.がまず兄妹の妹に認知され、次に兄に、そして友人達に、更に家族にその存在を認知され、最後は国家が出向いて...と段階を踏んでいました。脚本のメリッサ・マティソンはハリソン・フォードの恋人で、「レイダース」のロケで知り合ったスピルバーグ監督から原案を話され、感動して脚本を引き受けたそうです。本作品のテーマはスピルバーグ自らが経験した「両親の離婚」であり、SFは表面的な要素に過ぎないと監督自身が述べています(こうなってくると、「未知との遭遇」もユダヤ系としての彼の出自と関係してくるのか?)。

「ジュラシック・パーク」(93年).jpg このマイケル・クライトンの『ジュラシック・パーク』の原作を読んで、この"小出し感"は、スピルバーグが映画化するのに相応しい作品だと思いました。ところが、実際に映画化された「ジュラシック・パーク」('93年)を観てみると、原作と違ってあまりにもあっさりと恐竜たちにお目にかかれたため拍子抜けしました。

JURASSIC PARK.jpg CG(コンピュータ・グラフィックス)の魅力に抗しきれなかったスピルバーグ、監督の意向を受け容れざるを得なかったマイケル・クライトンといったところでしょうか(マイケル・クライトンも脚本に参加しているのだが)。これではサスペンス気分も何もあったものではないと...。「E.T.」の方がまだ、着ぐるみなどを使って"手作り感"があって、それが良かったのではないかなあ。

 登場人物は映画とほぼ同じでも、キャラクターの描き方が異なっていたり(映画化に際して単純な善玉悪玉に振り分けられてしまった?)、映画でカットされた原作の挿話(翼竜の飼育ドームのことなど)が、映画続編の「ロストワールド」('97年)「ジュラシック・パークⅢ」('01年)に分散して挿入されていたりもし、その分本書は、映画を既に見た人にも楽しめる内容だと思います。

Er.jpgER 緊急救命室.jpgマイケル・クライトン2.jpg マイクル・クライトン自身は、小説だけでなく、直接映画などの脚本や監督も手掛けていて、映画では「大列車強盗」('79年/米)などの監督・脚本作品があり、また、テレビドラマシリーズ「ER緊急救命室」の脚本、製作総指揮に携わったことでも知られています(彼自身ハーバード・メディカルスクールの出身)。

 「ER緊急救命室」は個人的にはファーストシーズンから観続けているかなり好きなドラマなのですが、カメラーワークに特徴のあるドラマでもあります。この小説(『ジュラシック・パーク』)も映画作品のノベライゼーションではなくあくまでも小説なのですが、非常に視覚的に描かれていて、場面転換なども映画のカット割りと似たものを感じ、このまま脚本として使えそうな気がしました(でも、実際には映画はその通りにはなってはいないことからすると、スピルバーグは自分自身の"監督"オリジナルにこだわったとみるべきか?)。

michael crichton jurassic park2.jpg「ジュラシック・パーク」●原題:JURASSIC PARK●制作年:1993年●制ジュラシックパーク  s.jpg作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●脚本:マイケル・クライトンほか●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:マイケル・クライトン●時間:127分●出演:サム・ニール/ローラ・ダーン/ジェフ・ゴールドブラム/リチャード・アッテンボロー/ウェイン・ナイト/マーティン・フェレロ/サミュエル・L・ジャクソン/ボブ・ペック/アリアナ・リチャーズ/ジョゼフ・マゼロ●日本公開:1993/07●配給:UNI(ユニバーサル・ピクチャーズ)●最初に観た場所:有楽町・日本劇場 (93-09-12) (評価★★★)

激突1.jpg激突!ポスター.jpg「激突!」●原題:DUEL●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ス「激突!」7.jpgティーヴン・スピルバーグ●製作:ジョージ・エクスタイン●脚本:リチャード マシスン●撮影:ジャック・A・マータ ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ/●原作:リチャード マシスン●時間:90分●出演:デニス・ウィーヴァー警部マクロードes.jpgジャクリーン・スコット/デヴィッド・マン/キャリー・ロフティン/アレクサンダー・ロックウッド/警部マクロード.jpgエディ・ファイアストーン/ルシル・ベンソン●日本公開:1973/01●配給:CIC (評価★★★☆) 

「警部マクロード」McCloud (NBC 1970~1977) ○日本での放映チャネル:テレビ朝日(1974)/NHK(1975~1977)

 
ジョーズ.jpgJaws - Movie.jpg「JAWS/ジョーズ」●原題:JAWS●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:デイヴィッド・ブラウン/リチャード・D・ザナック●脚本:JAWS/ジョーズes.jpgピーター・ベンチュリー/カール・ゴッドリーブ●撮影:ビル・バトラー●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:ピーター・ベンチュリー●時間:124分●出演:ロイ・シャイダー/ロバート・ショウ/リチャード・ドレイファス/カール・ゴットリーブ/マーレイ・ハミルトン/ジェフリー・クレイマー/スーザン・バックリーニ/ジョナサン・フィレイ/クリス・レベロ/ジェイ・メロ●日本公開:1975/12●配給:CIC●最初に観た場新宿ローヤル 地図.jpg新宿ローヤル.jpg新宿ローヤル劇場 88年11月閉館 .jpg所:新宿ローヤル(82-12-28) (評価★★★★)

新宿ローヤル劇場(丸井新宿店裏手)1955年「サンニュース」オープン、1956年11月~ローヤル劇場、1988年11月28日閉館[モノクロ写真:高野進 『想い出の映画館』('04年/冬青社)/カラー写真:「フォト蔵」より]

ザ・ディープ [DVD].jpgthe deep 1977.jpg「ザ・ディープ」●原題:THE DEEP●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:ピーター・イェーツ●製作:ピーター・グーバー●脚本:ピーター・ベンチリー/トレイシー・キーナン・ウィン●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:ジョン・バリー(主題歌:ドナ・サマー「Down Deep Inside」)●原作:ピーター・ベンチュリー●時間:123分●出演:ロバート・ショウ/ジャクリーン・ビセット/ニック・ノルティ/ルイス・ゴセット・ジュニアイーライ・ウォラック/ロバート・テシア/ディック・アンソニー・ウィリアムズ●日本公開:1977/07●配給: コロムビア映画(評価★★☆)
ザ・ディープ [DVD]

ザ・ビースト 完全版 [DVD]
ザ・ビースト 完全版 [DVD].jpg「ザ・ビースト/巨大イカの逆襲(ビースト/巨大イカの大逆襲)」●原題:THE BEAST●制作年:1996年●制作国:アメリカ●監督:ジェフ・ブレックナー●製作:タナ・ニュージェント●脚本:ジェフ・ブレックナー/J・B・ホビースト/巨大イカの大逆襲l2.jpgワイト/クレイグ・D・リード●撮影:ジェフ・バートン●音楽:ドン・デイヴィス●原作:ピーター・ベンチュリー「ビースト」●時間:133分●出演:ウィリアム・ピーターセン/ラリー・ドレイク/カレン・サイラス/チャールズ・マーティン・スミス/ロナルド・ガットマン/ミッシー・クライダー/スターリング・メイサー・Jr/デニス・アーント/ブルース・アレキサンダー/アンジー・ミリケン/マーレイ・バートレット●テレビ映画:1996/12 テレビ朝日(評価★★☆)

Close Encounters.jpg未知との遭遇-特別編.jpgClose Encounters of the Third Kind (1977).jpg「未知との遭遇 〈特別編〉」●原題:THE SPECIAL EDITION CLOSE ENCOUNTERS OF THE THIRD KIND●制作年:1980年 (オリジナル1977年)●制作国:アメリカ●監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ●製作:ジュリア・フィリップス/マイケル・フィリップス●撮影:ヴィルモス・ジグモンド●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:133分●出演:リチャード・ドレイファス/フランソワ・トリュフォー/テリー・ガー/メリンダ・ディロン/ボブ・バラバン/ケイリー・ガフィー/ランス・ヘンリクセン/ケイリー・ガフィー/ジャスティン・ドレイファス/新宿ミラノ座内2.jpg新宿ミラノ座 1959.jpgメリル・コナリー/J・パトリック・マクナマラ/ウォーレン・J・ケマーリング/ジョージ・ディセンツォ/メアリー・ギャフリー/ロバーツ・ブロッサム●日本公開:1980/10 (オリジナル1978/02)●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:新宿ミラノ座(81-02-16) (評価★★★)  [上写真:「新宿ミラノ座」オープン当初 (1959年)]
ミラノ座 1983年.jpg新宿ミラノ.jpg新宿ミラノ座 内部.jpg新宿ミラノ座 1956年12月、歌舞伎町「東急文化会館(後に「東急ミラノビル」)」1Fにオープン(1,288席)、2006年6月1日~「新宿ミラノ1」(1,064席) 2014(平成26)年12月31日閉館。 (閉館時、都内最大席数の劇場だったが、閉館により「TOHOシネマズ日劇・スクリーン1」(948席)が都内最大席数に)

新宿東急ミラノビル4館(シネマミラノ・ミラノ座・新宿東急・シネマスクエアとうきゅう)2005年8月
新宿ミラノ会館4館 20051.08.jpg

poster for 'E.T. the Extra-Terrestrial' by Dan McCarthy     「E.T. スペシャル・エディション [DVD]
dan-mccarthy-ET-poster.jpgE.T.dvd.jpg「E.T.」●原題:E.T. THE EXTRA-TERRESTRIAL●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:スティーヴン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ●脚本:メリッサ・マシスン●撮影:アレン・ダヴィオー●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:115分(20周年記念特別版120分)●出演:ヘンリー・トーマス/ドリュー・バリモア/ピーター・コヨーテ/ディー・ウォレス/ロバート・マクノートン/ケイ・シー・マーテル/ショーン・フライ/トム・ハウエル●日本公開:1982/12●配給:ユニヴァーサル=CIC ●最初に観た場所:池袋東急(82-12-04)●2回池袋東急が62年の歴史に幕!.jpg3池袋東急.png「池袋東急」(明治通り沿い).jpg目:渋谷パンテオン (82-12-18) (評価★★★★)
池袋東急 1949年9月「池袋東洋映画劇」としてオープン。1988(昭和63)年4月、明治通り沿いビッグカメラ本店隣り「池袋とうきゅうビル」7Fに再オープン。2011(平成23)年12月25日閉館。
「池袋東急が62年の歴史に幕!12/25で閉館へ」(「池袋ブログ」2011/12/13)

ER 緊急救命室2.jpger season1.jpg「ER 緊急救命室」ER (NBC 1994~2009) ○日本での放映チャネル:NHK-BS2(1996~2011)/スーパー!ドラマTV

 【1993年文庫化[ハヤカワ文庫NV(上・下)]】

《読書MEMO》
70年代前半の主要パニック映画の個人的評価
・「大空港」('71年/米)ジョージ・シートン監督(原作:アーサー・ヘイリー)★★★☆
・「激突!」('71年/米)スティーヴン・スピルバーグ(原作:リチャード・マシスン)★★★☆
・「ポセイドン・アドベンチャー」('72年/米)ロナルド・ニーム監督(原作:ポール・ギャリコ)★★★☆
・「タワーリング・インフェルノ」('74年/米)ジョン・ギラーミン監督(原作:リチャード・M・スターン)★★★☆
・「JAWS/ジョーズ」('75年/米)スティーヴン・スピルバーグ監督(原作:ピーター・ベンチュリー)★★★★

マイケル・クライトン.bmpマイケル・クライトン(1942-2008/66歳没)『アンドロメダ病原体』『大列車強盗』『ジュラシック・パーク』『ディスクロージャー

ピーター・ベンチュリー.jpgピーター・ベンチュリー(1940-2006/65歳没)『ジョーズ』『ザ・ディープ』『アイランド 』『ビースト

リチャード・マシスン.jpgリチャード マシスン(1926-2013/87歳没)『吸血鬼(アイ・アム・レジェンド)』『激突!


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「運転席」に座って主人公を"ドライブ"しているのは"狂気"か。今まで読んだことないタイプの話だった。
『運転席』.jpg  「運転席」vhs.jpg The Driver's Seat.jpg
運転席 (1972年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)』/映画「サイコティック」エリザベス・テイラー/「The Driver's Seat/Impulse [DVD]」(ウィリアム・シャトナー主演「Impulse(「キラー・インパルス/殺しの日本刀」)」とセット)

 ヨーロッパのとある北の国で、会計事務所の事務員として働く女性リズは、4か国語を話す30代独身キャリアウーマンである。その彼女がとある南の国へ海外旅行に出かける。チンドン屋みたいにド派手な色合いの服を着て 練り歩き、店員、通行人、警察官、旅先で知りあった人たちに絡んでは、自分の臭跡を残していく。それはやがて起こる悲劇の伏線となる―。

 ミュリエル・スパーク(1918-2006)が1970年に発表した小説で、原題もまさにThe Driver's Seat。リズは、旅行の目的地に向かう飛行機の機内においてから、両隣りに座った男性と噛み合わない会話をし、旅先でも出会った老女と何だかおかしい会話をしています。何のための旅行と思われるところがありますが、要は「運命の人」を探すのが旅の目的らしいということがわかってきます。

 ここからはネタバレになりますが、彼女は目的地に着いた翌日、現地の「公園のなかの空き別荘の庭で、手首をスカーフで、足首を男のネクタイで縛られたうえ、めった刺しにされた惨死体として」発見されることが、この作家独特のフラッシュフォワード(結末の先取り)として、早いうちに読者に知らされます。したがって、彼女はどうしてそんなことになったのか、物語はミステリの様相を帯びてきます。

 ところが、さらにここからネタバレになりますが、どうやら彼女が探していた「運命の人」というのは自分を殺してくれる男性だったようです。つまり、彼女は自分の死に向かってまっしぐらに突き進んでいるわけで、最終的にその目的を果たしたようです。

 なぜ彼女がそんなことになっているのかは、作者は直接語ろうとはしないため、彼女の行動、彼女の見るもの、彼女が接触する人物との遣り取りを通して推し測るしかないのですが、とても理解できるようなものではありません。「ホワイダニット」を探る読者に対して作者は「フーダニット」までは示しますが、「ホワイダニット」は読者が自ら考えるしかないのでしょう(作中にも「嬰q長調の"ホワイダニット"」との示唆がある)。

 「フーダニット」といっても、そうした性向を持った男性を探し当てたものの、いわば無理強いした嘱託殺人のようなもので、犯人も被害者のようなものかも。因みに「探し当てた男性」は偶然にも彼女が旅先で出会った老女の甥で、しかも、さらに偶然には、実は彼女がこの旅行の早い段階で会っていた!このオチは面白かったです。ある意味、確かに「運命の人」(実態は単なる〈神経症〉男なのだが)。フラッシュフォワード的記述が伏線になっていたましたが、見抜けませんでした。

 「運転席」というタイトルは、おそらく彼女の行動をドライブしている(駆り立てている)何者かを示唆しているのでしょう。自殺者が死に向かって突き進む話はありますが、自殺者は自分で死に向かって脚本を書くのに対し、リズの場合は誰かが書いた脚本をひたすら演じているようであり、ある種「解離性人格障害」のようにも思いました。

 「運転席」に座ってリズを"ドライブ"しているのは"狂気"でしょうか。今までまったく読んだことのないタイプの小説でした。


Driver's Seat (Identikit).jpg映画「運転席」.jpg この作品は「悦楽の闇」('75年/伊)のジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ監督により「サイコティック/Driver's Seat (Identikit)」('74年/伊)としてエリザベス・テイラー主演で映画化され、エリザベス・テイラーは、アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』の映画化作品でガイ・ハミルトン監督の「クリスタル殺人事件」('80年/英)など凖主役級(「クリスタル殺人事件」の場合、一応は主演は犯人役のエリザベス・テーラーではなくミス・マープル役のアンジェラ・ランズベリーということになる)の出演作はこの後にもありましたが、純粋な主演作品としては42裁で出演したこの映画が最後の作品になりました。

Driver's Seat (Identikit)0.jpg 映画は劇場未公開で、80年代に日Driver's Seat (Identikit)7.jpg本語ビデオが「パワースポーツ企画販売」という主としてグラビア系映像ソフトを手掛ける会社から「サイコティック」というタイトルで発売(年月不明)され、こうした会社からリリースされたのは、テイラーの乳首が透けて見えるカットがあるためでしょうか("色モノ"扱い?)。'20年5月にDVDの海外版が再リリーズ、'22年12月VOD(動画配信サービス)のU-NEXTで日本語字幕付きで配信されました。

 ある意味、原作通り映像化しているため、原作を知らない人にはわけが分からなかったのDriver's Seat (Identikit)4.jpgではないでしょうか。一部改変されていて、リズが当初からインターポールにマークされている設定になっていますが(ただしその理由は最後まで明かされない)、これは、映画の脚本にも参加したミュリエル・スパークがインターポールに勤務したことがあるという経歴の持ち主のためでしょうか(アンディ・ウォーホルが出演している)。

Driver's Seat (Identikit)3.jpg エリザベス・テイラーは体当たり的にこの難役に挑んでいますが、役が役だけに、また、ましてやオチが不条理オチだけに、評判はイマイチだったようです(彼女の生涯最悪の映画とも言われているらしい)。

 この映画のエリザベス・テイラーの演技を見ていると、すべては性的欲求不満が原因のように思えてきますが(彼女はそうした欲求不満の女性を演じるのが上手かった)、この主人公は性的交渉自体を望んでいるわけではありません。主人公が望むのはあくまで「死」であり、彼女がそこまで至ってしまうのは、当時の女性に対する社会的抑圧も誘因としてあったのかなという気がします。

Driver's Seat (Identikit)9.jpg また、「嘱託殺人」を選んだのは、主人公がカソリックで、自殺が禁じられていることも理由として考えられるように思いました(自分を殺す際に手足を縛ることまで要求したのは、あくまでも殺人だと印象付けるため)。

 先にも述べた通り、エリザベス・テイラーの長い映画キャリアの中で最も酷い作品とも評されていますが、原作を念頭に置けばそう酷評されるような作品ではなく、むしろよく出来ていると思います。撮影は「ラストエンペラー」のヴィットリオ・ストラーロ、音楽は「家族の肖像」のフランコ・マンニーノであることから、イタリアの製作陣はそれなりの人材を配したのではないでしょうか。イタリア語タイトルは"Smrt u Rimu"(「ローマの死」)。原作では「南の国」としか言われていませんが、いろいろな点で原作をイメージするのにうってつけの作品と言えます。

Driver's Seat (Identikit)2.jpgDriver's Seat (Identikit)5.jpg「サイコティック」●原題:IDENTIKIT(DRIVER'S SEAT/伊:SMRT U RIMU)●制作年:1974年●制作国:イタリア●監督:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ●製作:フランコ・ロッセリーニ●脚本:ラファエル・ラ・カプリア/ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ/ミュリエル・スパーク●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:105分●出演:エリザベス・テイラー/イアン・バネン/グイード・マンナリ/モナ・ウォッシュボーン/アンディ・ウォーホル●配信:2022/12●配信元:U-NEXT(評価:★★★★)

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