「●海外サスペンス・読み物」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1390】ギャビン・ライアル 『深夜プラス1』
「○海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】」の インデックッスへ
アスペルガー症候群の"啓蒙書"としては星4つ、SF小説としては星3つ。
Elizabeth Moon
「くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)」['04年]「くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) (ハヤカワ文庫SF)」['08年]
自閉症の幼児期治療が可能になった近未来、自閉症の最後の世代である35歳のルウは、製薬会社で自閉症者特有の能力を仕事に活かし、仕事仲間の自閉症者のほかに通っているフェンシング教室にも仲間がいて、好きな女性もいるという順調な日々を送っていたが、ある日、会社の新任上司からルウ達に、新開発された自閉症治療法の実験台になるよう申し渡しがあった―。
2003年にアメリカのSF作家エリザベス・ムーンによって書かれた本書は、ダニエル・キイスの『アルジャーノンの花束を』('78年/早川書房)の"21世紀版"という触れ込みで、『アルジャーノン』と同じネビュラ賞というSFの賞を受賞した作品でもあります(翻訳者も『アルジャーノン』と同じ小尾美佐氏)。
著者はSF(スペース・オペラ)作家ですが、自閉症の子を持つ母親でもあるそうで、自閉症者の認知構造やそのパターンが、主人公のルウ(自閉症スペクトラムの1種、アスペルガー症候群と見るべき)の思考形態を通じて丁寧に描かれており、そうした意味ではむしろ、SFの形態を借りた"啓蒙書"ともとれ、ミステリの形態を借りて同様の試みをしたマーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』('03年/早川書房/小尾美佐:訳)に近い印象を持ちました。
但し、SF乃至ミステリとしては、『アルジャーノンの花束を』に比べるとどうかなあと。ルウの日常を通じての思考形態に係る記述が多く、起承転結のバランスがイマイチではないかと思い読んでいましたが、後半、手術を受けることで自閉症ではなくなる"自分"とは一体何かというテーマが浮き彫りになり、ああ、ここで『アルジャーノン』とテーマが重なるのかと思った次第。ところが、その後に思わぬ結末が待ち受けていて、ショッキングではあるけれども、技法的には『アルジャーノン』と同じじゃないかと(だから、"21世紀版『アルジャーノンの花束を』"なのか、と得心)。
個人的には、結末が描き込み不足のように思え、中途半端。例えば、同じ手術を受けたペイリは具体的にどうなったのかとか、気になりました。そこまで書かないのなら、いっそ手術直後の時点で話を終わりにした方が、キューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」('71年/米)ではないが、インパクトは大きかったかも(『アルジャーノン』と同じじゃないかという批判をかわすために書き加えたのかと勘繰りたくなる)。
自閉症(アスペルガー症候群)の"啓蒙書"という観点から見れば星4つ、SF乃至ミステリとしては星3つという感じです。タイトル(原題:"The Speed Of Dark")は個人的にはいいと思います(宇宙が膨張したスピードは光より速かったわけだ)。
【2008年文庫化〔ハヤカワ文庫〕】
《読書MEMO》
●精神障害を扱った小説
ダニエル・キイス (小尾美佐:訳) 『アルジャーノンに花束を』 (1978/07 早川書房)(知的障害のある男性が主人公のSF作品)
マ-ク・ハッドン (小尾芙佐:訳) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 (2003/06 早川書房) (自閉症の少年が主人公のミステリー作品)
エリザベス・ムーン (小尾美佐:訳) 『くらやみの速さはどれくらい』 (2004/10 早川書房)(高機能自閉症の男性が主人公のSF作品)