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老い方、死に方を宗教者、科学者、地域エコノミスト、エッセイストと語る。

養老 孟司 『老い方、死に方』.jpg老い方、死に方2.jpg 南直哉氏.jpg
老い方、死に方 (PHP新書) 』['23年]南直哉氏(福井県霊泉寺住職、青森県恐山菩提寺院代)

 養老孟司氏が、禅僧の南直哉氏、生物学者の小林武彦氏、地域エコノミストの藻谷浩介氏、エッセイストの阿川佐和子氏の4氏と、老い方、死に方を語り合った対談集。

超越と実存.jpg 第1章の禅僧の南直哉氏は、脱サラして僧侶になり、永平寺で19年修業した後、恐山に行った人で、南氏との対談は、氏の『超越と実存―「無常」をめぐる仏教史』('18年/新潮社)が「小林英雄賞」を受賞した際の選評を養老氏が書いたことが縁のようです。この対談でも、キリスト教と禅の比較や、「諸行無常」をどう考えるかといった宗教的な話になり、「解剖」は僧侶の修行のようなものという話になっていきます。そして最後に南氏は、死を受容する方法、生き方として、「自我を自分の外に向かって広げていく」こともよいとしています。「褒められたい」とか思わないで、ただ単に他人と関わるようにするのがコツで、褒められたいとか「損得」にとらわれると、自分と他人を峻別して自己に固執するようになるとしています(褒められたいと思わないことが、死を受容する方法に繋がるという発想が示唆的で興味深い)。

小林武彦の著書.jpg 第2章の生物学者の小林武彦氏は、『生物はなぜ死ぬのか』('21年/講談社現代新書)がベストセラーになったゲノムの再生(若返り)機構を研究する学者で、当対談でも、生物には「老いて死ぬシステムがある」がDNAが壊れなければ、寿命は延びるとしています。老化のメカニズムについては、『なぜヒトだけが老いるのか』('23年/講談社現代新書)でも述べられている通りで、あの本は後半「シニア必要論」となって、やや社会学的色合いになったと個人的には感じたのですが、この対談でも同様の論を展開しています。

藻谷浩介 本2.jpg 第3章の地域エコノミストの藻谷浩介氏は、『里山資本主義ー日本経済は「安心の原理」で動く』('13年/角川新書)などの著書があり、養老氏との共著もある人ですが、日本総研の主席研究員で、平成大合併以前の約3200市町村のすべて、海外119カ国を私費で訪問したというスゴイ人です。この対談では、里山資本主義というものを唱え、「ヒト」「モノ(人工物)」「情報」の循環再生を説いています。少子化問題、環境問題、エネルギー問題と話は拡がっていきます。やや話が拡がり過ぎの印象もありますが、そう言えば養老氏は別の本で、都会で死ぬより田舎で死ぬ方が「土に返る」という感覚があっていいと言っていたなあ。

看る力.jpg 第4章のエッセイスト・作家の阿川佐和子氏は、佐和子氏が父・阿川弘之を看取り、母の介護をした時期があって、その経験を綴ったエッセイ本を出していることから対談の運びとなったと思われます。延命処置をせずに亡くなった父親の死について語る佐和子氏に対し、養老氏は、死んだ本人にしたら自分が死んだかわからないわけだから、「死ぬかもしれない」なんて恐れることはなく、「そのうち目が覚める」と思って死んでいけばいいと説いています。認知症や介護についても話題になっています。

 宗教者と根本的な思想の問題について、科学者と生物学的に見た老化について、地域エコノミストと社会的な老いと死について、エッセイスト・作家と肉親の死や介護について語り合っていることになり、養老氏は、「全体として目配りが非常にいいのは、編集者の西村健さんのおかげである」と感謝しています。しかしながら、確かによく言えば全方位的ですが、悪く言えば、ややテーマが拡散した印象もあったように思います(第1章の禅僧の南直哉氏の話がいちばんテーマに近かったように思う)。

 養老氏は、多くの自著で、「死は常に二人称」として存在するとし、なぜならば、一人称の死は自分の死なので見ることができず、三人称の死は自分に無関係なためとしていますが、阿川佐和子氏との対談の中で、愛猫の死を〈二人称の死〉としているのが、〈二人称の死〉とはどのようなものかを理解する上で分かりやすかったです。

養老 プレジデント.jpg養老 日本が心配.jpg また、養老氏は小林武彦氏との対談の中で「大地震が歴史を変える」としています。そう言えば、「プレジデント」2024年8/16号の「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」という特集で、養老氏は「私が101歳まで生きたい理由」として、それまでに南海トラフ地震が起きる可能性が高いため、日本がどうなるか見たいからだと述べていました。

「週刊文春」2025年3月13日号「阿川佐和子のこの人に会いたい」ゲスト・南 直哉
南直哉 週刊文春.jpg

《読書MEMO》
●「自己を開くことを繰り返していけば、自ずと死を迎えるための練習にもなるのではないかなという気がするんですね」(南直哉) 
●「DNAの修復能力は『寿命の壁』を突破する一つのカギだと考えています」(小林武彦) 
●「都会の高齢者ほど、老後の生活に必要なのは『お金』だけだと思い込んでいます。『自然資本』や『人的資本』に目が行かないのですね」(藻谷浩介) 
●「(母の)認知症がだいぶ進んでからは、母が頭のなかで思い描く世界に一緒に乗ることにしました。そのほうが介護する側も、される側もおもしろいし、イライラしないし」(阿川佐和子)
●「自分のことなんか、人に理解されなくて当たり前と思ってりゃいい」(養老孟司)


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自分はちょっとまだそこまで行けていないなあという感じか。

死を受け入れること 養老・小堀.jpg 死を受け入れること2.jpg
死を受け入れること ー生と死をめぐる対話ー』['20年]

 「3000体の死体を観察してきた解剖学者と400人以上を看取ってきた訪問診療医。死と向き合ってきた二人が、いま、遺したい「死」の講義」と帯にあります。

 小堀鴎一郎医師は森鴎外の孫で、母は『森鷗外 妻への手紙』('38年/岩波新書)を編纂した小堀杏奴(アンヌ)。かつては東大病院の外科医として活躍しましたが、定年後、患者の看取りまで担う在宅医となり、今は「人生の最期をわが家で」という願いを叶えるために在宅医療に奔走されている方です。NHKスペシャルなどでその活動が紹介されたのが印象的で(個人的に強く印象に残ったのはケアを受けて亡くなった人の方だったが)、今回、養老孟司氏との「生と死をめぐる対話」であるとのことで手にしました。

 第1章の「「死ぬ」とはどういうことですか?」において、死のガイドラインは必要か、在宅死は理想の死か、終末期の医療の難しさといった問題を扱っていて、この第1章がテーマ的には最も密度が濃かったように思います。

 養老氏は、他の本でも述べていますが、「死は常に二人称」として存在すると。つまり、一人称の死は自分の死であり、見ることができず、三人称の死は、自分と関係ない人の死で、死体を「もの」として扱うことができるため、死が自分に影響を与えるのは二人称の死だけという考え方です。養老氏は「気がついたら死んでいた」というのが理想だとしています。

 第2章が「解剖学者と外科医はどんな仕事ですか?」、第3章が 「東大医学部」ってどんなところでしたか?」というテーマで、両氏のこれまでやってきた仕事の話や、東大医学部に入るまでと入ってからの話になり、両氏のキャリアとその人となりがどう形成されたかを知るには良かったですが、「死を受け入れること」というテーマからは少し外れた印象も。

 第4章「これからの日本はどうなりますか?」で、自殺、終末期医療を巡る問題に触れ、小堀氏は「命を終えるための医療」という考えを提唱しており、これは、テレビで見た氏の看取り活動と重なりました。また「老い」とはどういうことか、長生きの秘訣、健康診断は必要か(小堀氏は75歳以降は検診をやめたと)といったことに触れています。

 養老氏によれば、余命宣告については、それがどんどん短くなっていて、それは、1年と言って6カ月で死んだらヤブ医者だと思われるからだそうです。

 最後に82歳になった小堀氏は「死を怖れず、死にあこがれず」との考えを述べています。「それぞれに人生があって、それぞれに望む死に方があって、それが面白い」とも。また、養老氏は、「どこで死ぬか」と予め考えることで、自分は変われるとしています(別の本で、田舎で死ぬのが「土に返る」という感覚があっていいと言っていた)。

 生死の境を何度も見てきた両氏だからこそ達観できているという面もあるかと思います。自分はちょっとまだそこまで行けていないなあという感じでしょうか。第2章、第3章で(両氏のことが色々わかっていいのだが)ややタイトルテーマから外れた印象もあり、評価としては△にしました。

《読書MEMO》
●目次
はじめに 養老孟司
第一章 「死ぬ」とはどういうことですか?
・在宅死が当たり前ではなくなった
・死んだら人間ではなくなるのか?
・自分の「死」について考えますか?
・インタビュー 養老孟司
第二章 解剖学者と外科医はどんな仕事ですか?
・解剖学者、外科医としてやってきたこと
・臨床医にならなかった理由
・インタビュー 小堀鷗一郎
第三章 「東大医学部」ってどんなところでしたか?
・二人が同じ「東大医学部」を目指した理由とは?
・教授選......出世競争は大変でしたか?
第四章 これからの日本はどうなりますか?
・自殺、終末期医療......死をめぐるさまざまな問題
・「老い」とはどういうことですか?
・医者の仕事って何だろう?
おわりに 小堀鷗一郎

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医学者によって書かれた初の医学的生死論。オーソドックス且つユニーク(?)。「ピンピン ごろり」と死ぬこと。
死ぬということ 黒木.jpg死ぬということ-医学的に、実務的に、文学的に .jpg  黒木 登志夫.jpg 黒木登志夫・東京大学名誉教授(略歴下記)
死ぬということ-医学的に、実務的に、文学的に (中公新書 2819)』['24年]

 本書は、哲学、宗教の立場からの本が占めている生死というテーマに医学者(臨床医ではない)が挑んだ、医学者によって書かれた初めての医学的生死論であるとのこと(医者によって書かれた生死論という意味では他にもあると思うが)。内容は分かりやすく、短歌、文学、映画とユーモアを交える一方、健康法など実用的な情報にも触れています。

 第1章「人はみな、老いて死んでいく」では、生まれるのは偶然、死ぬのは必然であることを説いています。生まれる確率は、23の染色体の組み合わせから、70兆分の1と計算しています。また、人はみな老いて死んでいくが、どんな病気で死ぬのか、もし老化しなかったらどうなるか、老化のメカニズムとはどのようなものかを解説しています。

 第2章「世界最長寿国、日本」では、長寿国の日本ではあるが、同時に日本人は低出生率による"絶滅危惧種"であり、対策として婚外子を認めるべきだと。また、江戸時代の寿命統計から、女性の厄年には意味があるとしています。

 第3章 「ピンピンと長生きする」では、毎年1回は健康診断を受けよと。さらに、タバコはやめ、酒は飲み過ぎないこと、メタボに注意すること、運動をすることを医学的見地から推奨しています。

 第4章「半数以上の人が罹るがん」では、がんの症例を紹介し、がんのリスクを説明する一方、告知の義務化でがんの受け止め方が大きく変わったとし、がんについての最小限の知識をまとめています。さらに、がんの診断と治療、高齢者のがん治療について述べています。

 第5章「突然死が恐ろしい循環器疾患」では、その症例を紹介し、循環器病(不整脈・虚血性心疾患・脳卒中)の基礎知識を解説、循環器疾患は突然死が多く、環器疾患のリスク要因として(1)高血圧と(2)高脂血症(動脈硬化)があるとしています。

 第6章「合併症が怖い糖尿病」では、その症例を紹介し、実は世界の人口の10%が糖尿病なのだと。糖尿病が本当に恐ろしいのは合併症なのだとしています。

 第7章「受け入れざるを得ない認知症」では、認知症の症例を紹介し、認知症は神経細胞の変性による病気であるとして、アルツハイマー病など代表的な5つの認知症を示し、症状を解説しています。そして、われわれは認知症を受け入れざるを得ないのだと(和田秀樹『ぼけの壁』に対して"優しい"と肯定的、『80歳の壁』に対してて"優しすぎる"と否定的)。

 第8章「老衰死、自然な死」では、老衰死は増えているが、なぜ老衰死が増えたのか(介護保険が背景にあると)、なぜ老衰死は世界で全く認められていないのか(WHOなども診断基準がないとして認めていない)を考察しています。

 第9章「在宅死、孤独死、安楽死」では、様々な死に方について述べています。「在宅死」に関しては、死に場所として病院・自宅・老人ホームのうち、最近は病院死が減って、自宅・老人ホームでの死が増えているようです(ただし、在宅看取りには覚悟が必要と)。また、高齢者施設(サ高住やグループホームを含む)の種類を解説しています。

 「孤独死」については、始末が大変なことがあると(上野千鶴子『在宅ひとり死のススメ』は困った本だと。

 「安楽死」については、「延命治療拒否(消極的安楽死)」は死に直接介入しないため「安楽死」の概念から外し、「自殺幇助」も「安楽死」から外し、「安楽死」(積極的安楽死)を「延命治療拒否」と「自殺幇助」の中間にあるものと位置づけ、さらにそれを「間接的臨死介助」と「直接的介助」に分けています。オランダの死因の4.2%は安楽死だそうです。

 第10章「最期の日々」では、終末期を迎えたとき人はどうなるのか、延命治療はどこまですべきか(胃ろうをやてちるのは日本だけらしい)、痛みや苦しみはどう抑えるのか、延命治療について自分の意思(リビング・ウィル)を明確に示すことの重要性などを説いています。

 第11章「遺された人、残された物」では、遺された人の悲しみや死の不条理性に触れ、グリーフから立ち直るための方法を説いています。死んでも人は心のなかで生き続けるとのこと、ということは、私が死ぬと、私の中で生きてきた人も死ぬと。また、遺品(デジタル遺産)の問題にも触れています。

 第12章「理想的な死に方」では、死の考えは大きく変わったこと(死が日常化した)、ムリして生きることに意義を求めないこと(健康に長生きし、人に迷惑をかけず一生を終えるのが理想)、理想的な死に方とは「ピンピン」と生きて「コロリ」とは死なず「ごろり」と死ぬことで、そのために病気をよく理解すること、リビング・ウィルを決めておくことなどを挙げています。

 終章「人はなぜ死ぬのか―寿命死と病死」で、なぜ寿命が尽きて死ぬのか、なぜ病気で死ぬのかを解説しています。

 新書ながら12章にわたり、かなり幅広いテーマを網羅して、それぞれの密度も濃いと思いました。一方で、敢えて宗教や哲学には触れず、「死後の世界」も「死の瞬間」もテーマから外しています。数多くの短歌、文学、映画を交えて読みやすく、医学的に見れば内容はオーソドックスですが、生死論としてはユニークであり(全体としては「オーソドックス且つユニーク(?)」ということになるか)、「医学者によって書かれた初めての医学的生死論」を標榜するのも納得できる気がしました。時々読み返したい本。お薦めです。

黒木登志夫・東京大学名誉教授
1936年生まれの「末期高齢者」(88歳)、東京生まれ、開成高校卒。1960年東北大学医学部卒業。3カ国(日米仏)の5つの研究所でがんの基礎研究をおこなう(東北大学、東京大学、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)。しかし、患者さんを治したことのない「経験なき医師団」。日本癌学会会長、岐阜大学学長を経て、現在日本学術振興会学術システム研究センター顧問。著書に『健康・老化・寿命』、『知的文章とプレゼンテーション』『研究不正』『新型コロナの科学』『変異ウィルスとの闘い』(いずれも中公新書)など。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 人はみな、老いて死んでいく
1 生まれるのは偶然、死ぬのは必然
2 人はみな老いて死ぬ
3 もしも老化しなかったら、もし死ななかったら
4 老化と寿命のメカニズム
第2章 世界最長寿国、日本
1 長寿国日本
2 日本人は絶滅危惧種
3 江戸時代の寿命とライフサイクル
第3章 ピンピンと長生きする
1 健康を維持する
(1)毎年1回は健康診断を受ける
(2)タバコをやめる
(3)酒は飲み過ぎない
(4)メタボリック・シンドロームにご用心
(5)運動をする
2 サプリメントをとるべきか
第4章 半数以上の人が罹るがん
1 症例
2 がんのリスク
3 がんの受け止め方は大きく変わった
[コラム4-1] セカンド・オピニオン
4 がんを知る
5 がんの診断と治療
6 高齢者のがん
第5章 突然死が恐ろしい循環器疾患
1 症例
2 循環器病を知る
(1)不整脈:期外収縮、心房細動、心室細動
(2)虚血性心疾患:狭心症と心筋梗塞
(3)脳卒中
3 循環器疾患は突然死が多い
4 循環器疾患のリスク要因
(1)高血圧
(2)高脂血症(動脈硬化)
第6章 合併症が怖い糖尿病
1 症例
2 世界の10%が糖尿病
3 糖尿病を知る
(1)インスリン製造細胞が死んでしまった1型糖尿病
(2)2型糖尿病
[コラム6-1] インスリンの発見
4 糖尿病が恐ろしいのは合併症
5 糖尿病の経過
[コラム6-2] 糖尿病という名前が嫌いな糖尿病専門家
第7章 受け入れざるを得ない認知症
1 症例
2 認知症を知る
[コラム7-1] アルツハイマーの生家
3 認知症の中核症状と周辺症状
[コラム7-2] 記憶力テスト
4 認知症の予防と治療
(1)認知症の予防
(2)認知症の治療
5 認知症の進行
6 われわれは認知症を受け入れざるを得ない
第8章 老衰死、自然な死
1 症例
2 老衰死を知る
3 なぜ老衰死が増えたのか
4 なぜ老衰死は世界で全く認められていないのか
[コラム8-1] 誤嚥性肺炎はなぜ高齢者に多いのか
[コラム8-2] 骨折
第9章 在宅死、孤独死、安楽死
1 在宅の死
2 高齢者施設
3 孤独死
[コラム9-1] 孤独死数をめぐる混乱
4 安楽死 
(1)B.間接的死介入(延命装置の取り外しによる安楽死)
(2)C.直接的死介入(薬物などによる安楽死)
(3)警察の介入
(4)オランダの死因の4・2%は安楽死
(5)自殺幇助
第10章 最期の日々
1 終末期を迎えたとき
2 延命治療
3 痛みと苦しみを抑える
4 延命治療について自分の意思(リビング・ウィル)を明確に示す
[コラム10-1] マーラー交響曲9番
第11章 遺された人、残された物
1遺された人
2 不条理な死
3 グリーフから立ち直るため
4 死んでも心のなかで生き続ける
5 残された物
第12章 理想的な死に方
1 死の考えは大きく変わった
2 生きることに意義を求めない
3 理想的な死に方
終章 人はなぜ死ぬのか―寿命死と病死
1 なぜ寿命が尽きて死ぬのか
2 なぜ病気で死ぬのか
おわりに

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「人は死ぬ」が霊魂は生き続けると考える方が、人生は豊かになるのではないかという本。

人は死なない.jpgおかげさまで生きる (幻冬舎文庫).jpgおかげさまで生きる (幻冬舎文庫)』['17年]

人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』['11年] 

 現役のER医師である著者が、生と死が行き交う日々の中で、数々の不思議な体験を通して大いなる力や神・魂の存在について思索した本。

 第1章では、自身が医師になった理由や、生と死の現場を見て来て、人は必ずこの世を去るものだと実感しながらも、容態が急変して亡くなる人もいれば予想を超えて命を繋ぐ人もいること、現代医学に限界がある一方で、気功などの不思議な世界を自身も体験したことなどが綴られています。

 第2章では、神は在るかということを問うています。著者自身は医師として科学主義の道を歩んできたが、科学主義も万能ではなく、物質領域を扱う自然科学に対して、精神の領域を扱う知の領域として宗教があるとしています。以下、三大宗教をはじめとする世界の宗教や日本の宗教について考察し、さらには、生命の神秘、宇宙の神秘に想いを馳せ、宗教における「神」とは、人知を超えたすべてを知る「大きな力」であり、自身はそれを「節理」と呼ぶとしています。

 第3章では、著者自身の体験も含め、非日常的な事例、現在の自然科学では説明できない、言うならば霊的な領域に関する事例を紹介しています。ここでは、自分の中に他者が入り込んでしまった人や、自分の「死」を見つめる経験(所謂「体外離脱体験」)をした人の話、さらには著名な登山家メスナーの不思議な体験が紹介されたり、登山を趣味とする著者自身の墜落事故と二度目の滑落事故の際の不思議な体験が語られています。

 いずれも実に不思議な話ですが、極め付けは、著者の父親の晩年と母親の晩年、そして母親が亡くなった際の話(孤独死だった)に続く、母親との「再会」の話です。つまり、霊媒師のような人を通して、著者が亡くなった母親と対話(交霊)したという話で、「そちらでお父さんに会ったの?」「お父さんには会わないわ」とか、かなり具体的です。やはり実際にこうした経験をしたことが、著者が「霊性」というものに思索をめぐらす契機になったのでしょう。

 第4章では、過去に「霊」について研究した人々を紹介し、スピリチュアリズムとは何か、スピリチュアリズムにおける霊魂と体の概念や近代スピリチュアリズムの系譜などを解説しています。

 最後の第5章では「人は死なない」という章題のもと、人知を超えた大いなる力(節理)と生の連続性、そしてそれを認識した上で人はいかに生きるかを述べています。ここでは「現代の霊性」というものについて考察し、「利他」という考えに到達し、著者の仕事である救急医療における利他の実践を追求するとし、「人は死ぬ」が霊魂は生き続ける、という意味で「人は死なない」として、本書を締め括っています。

 読んでみて、「現代の霊性」というものを「生きるための知恵」として著者が捉えていることが窺えました。あとがきにもありますが、「人間の知識は微々たるものであること、節理と霊魂は存在するのではないかということ、人間は節理によって生かされ霊魂は永遠である、そのように考えれば日々の生活思想や社会の捉え方も変わるのではないか」というのが本書のモチーフです。

矢作 直樹.jpg Amazonのレビューに「本書の一番のポイントは、現役の東大医学部の教授の著者が「霊」の存在を確信し「人は死なない」と言い切った点にある」としたものがありましたが、「人は死なない」と声高に言っているのではなく、人はもっと自分が「死ぬ」という事実をしっかり見つめる必要があるとした上で、「人は死ぬ」が霊魂は生き続けると考える方が人生は豊かになるのではないかと投げかけている本であると、個人的にはそのように受けとめました。スピリチュアリズムって無碍に否定するものでもないと教えてくれる、その意味で得るところがあった本でした。


人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索-』['11年/バジリコ]
医師が考える死んだらどうなるのか?: 終わりではないよ、見守っているよ』['13年/PHP研究所]
悩まない---あるがままで今を生きる』['14年/ダイヤモンド社]
身軽に生きる』['20年/海竜社]

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「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」。だんだん「法話」みたいになってくる。

死は存在しない1.jpg死は存在しない 2022.jpg
死は存在しない ― 最先端量子科学が示す新たな仮説 (光文社新書)』['22年]

 本書では、最先端量子科学に基づくとされる「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」というものを紹介しています。それは、一言で述べるならば、この宇宙に普遍的に存在する「量子真空」の中に「ゼロ・ポイント・フィールド」と呼ばれる場があり、この場に、この宇宙すべての出来事のすべての情報が「記録」されているという仮説です。この説によれば、我々の意識などもすべてそこに記録されているということです。

 「以心伝心」「予感」「予知」「シンクロニティ」など現在の科学で証明できない「不思議な現象」も、すべてこの「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」で説明できるとのことで、フィールドに「ホログラム原理」で記録されている「すべての波動」は「部分の中に全体が宿る」ホログラム構造のため、そこにアクセスすることで情報を得ることができるとしています。「前世を記憶する子どもたち」といったような不思議な話も、彼らが何らかのかたちでに「ゼロ・ポイント・フィールド」にアクセスして情報を得ているからだろうと(誰かが「クラウド」と言っていたが、簡単に言えばそんな感じか。でも、どうやってアクセスしているのかが本書では書かれていない)。

 では、我々が死んだらどうなるのか。肉体の死後、「自我意識」はしばらくこの世を漂った後、ゼロ・ポイント・フィールド内の「深層自己」に移って生き続けていき、フィールド内では「自我」の意識が消えていき、苦しみも消失し、至福に満たされた世界に向かっていって、言わば「宇宙意識」のようなものに取り込まれていくらしいです。

 読み始めた時は科学的な話なのかなと思いましたが(著者は科学者である)、「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」についてのそう突っ込んだ科学的な解説は無く、「仮説」でありながらも(まあ、すべての科学は仮説だと言えるが)、もう「ゼロ・ポイント・フィールド」があるものとして、話がどんどん進んでいっているように思いました。

 様々なメタファーや類似概念を用いて(「惑星ソラリス」のようなSF映画なども例に引き)説明していますが、これまで宗教家やスピリチュアリストらが語ってきたことをうまく科学と辻褄合わせをしているように読み取れなくもなく、これはこれで(「霊」という言葉の代わりに「意識」という言葉を用いた)ある種の宗教のようでもあり、少なくともスピリチュアルな話であるように思いました。

 興味深い話ではありましたが(最近「死」をテーマにした著作が多い、医師で作家の久坂部羊氏もそう述べていた)、後半にいけばいくほど、「祈り」の意味とか「裁き」の心を捨てることとか、どんどん「法話」みたいになっていって、最後は〈科学〉と〈宗教〉はやがて一つになると言っており、これが著者がいちばん言いたかったことなのかとも思いました(結局、〈宗教〉入ってる?)。

 「最先端量子科学が示す新たな仮説」というサブタイトルは嘘ではないでしょうが、あまり「最先端量子科学」という言葉に振り回されない方がいいかも。前著を見れば『運気を磨く―心を浄化する三つの技法』(光文社新書)とかあるので、まあ、その流れの言わば『「田坂」本』と思って読むと、それほど違和感ないのかもしれません。

死は存在しない ― 最先端量子科学が示す新たな仮説 (光文社新書)』['22年]/『運気を磨く 心を浄化する三つの技法 (光文社新書) 』['19年]/『人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」 (光文社新書) 』['16年]/『教養を磨く 宇宙論、歴史観から、話術、人間力まで (光文社新書 1263) 』['23年]/『知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代 (光文社新書) 』['14年]/『運気を引き寄せるリーダー 七つの心得 危機を好機に変える力とは (光文社新書) 』['14年]
死は存在しない2.jpg

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「アンチエイジング」本ではなく「死」を受け入れよという趣旨の本。

健康の分かれ道-死ねない時代に老いる.jpg「後悔しない死に方」.jpg
講演中の久坂部羊氏('24.4.10 学士会館/夕食会&講演会)講演テーマ「後悔しない死に方」
健康の分かれ道 死ねない時代に老いる (角川新書) 』['24年]

 本書では、老いれば健康の維持が難しくなるのは当然で、老いて健康を追い求めるのは、どんどん足が速くなる動物を追いかけるようなものであり、予防医学にはキリがなく、医療には限界があるとしています。その上で、絶対的な安心はないが、過剰医療を避け、穏やかな最期を迎えるためにはどうすればよいかを説いています。

 第1章では、「健康」は何かを考察してます。こここでは、健康の種類として、身体的健康、精神的健康のほかに、社会的健康や、さらには霊的健康というものを挙げているのが、個人的には興味深かったです。この健康の定義は、本書全体を通して意味深いと思います。

 第2章では、健康センターに勤めた経験もある著者が、健康診断で何が分かるのかを解説、ある意味、健康診断は健康人を病人に誘うシステムであるとしています(因みに、著者は受けていないと)。

 第3章では、メタボ検診の功罪を問うています。診断基準に対する疑問を呈し、メタボ判定を逃れる裏技として、腹式呼吸すれば息を吐いたときに腹がへこむので引っ掛からないとのこと、自分で腹を膨らませたときとへこませたときの差を測ったら13㎝あったとのことです。

 第4章では、現代の健康について解説しています。人々の健康観はメディアの力に大きく作用され、週刊誌情報を盲信する患者には医者も泣かされる一方、そうした怪しげな健康ビジネスがはびこっていると。また、日本はタバコに厳しく酒に緩いともしています。さらにがん検診にはメリットもあればデメリットもあるとしています。免疫療法は「溺れる者がすがるワラ」のようなものであるとし、PSA検査や線虫卯がん検査にも疑問を呈しています。また、認知症はその本態がまだ明らかになっておらず、近年開発されている"特効薬"も〈竹槍〉のようなものだと。

 第5章では。精神の健康とは何かを考察しています。年齢段階ごとにどのような精神的危機があるかを解説しています。また、「メンヘラ」「ヤンデレ」「インセル」といった言葉が拡がるのはレッテル貼りだと。さらに、「新型うつ」は病気なのか、また「代理ミュンヒハウゼン症候群」についても解説しています。

 第6章では、健康と老化について考察しています。老いを拒むとかえって苦しむとし、「アンチエイジング患」になり、「健康増進の落とし穴」に嵌る人の多いことを指摘し、また「ピンピンコロリ」という言葉には嘘があるとしています。さらに、誤嚥性肺炎が起きる理由を解説し、QOLの観点から最近はもう治療しないという選択もあると。生にしがみつくのは不幸で、認知症も早期に発見しない方が良かったりもするとしています。

 第7章では、健康を見失って見えるものとして、同じ難病でも心の持ちようで大差が出ることや、がんを敢えて治療しなかった医師の話、胃ろうやCVポートの問題点、現在非常に進化している人工肛門などについて解説した上で、健康にばかり気をとられていると、やるべきこでないこととしなければならないことに追われ、何のために生きているのか見失いがちになるとしています。

 第8章では、健康の「出口」としての死をどう考えるべきかを考察しています。そして、死に対して医療は無力であり、人生の残り時間をわずかでも伸ばすことに心を砕くより、有意義に使うことを考えた方が賢明であると。自分が「死の宣告」を受けたとシミュレーションしてみるのもいいし、好きなことをやって自分を甘やかすのも、死を迎える準備になるとしています。自分の人生を愛する「感謝力」「満足力」が大事であると。

 著者が「死」や「老い」について書いた本を何冊か読んできましたが、今回は「健康」という切り口でした。巷に溢れる「長生きする人がやっていること」といった「アンチエイジング」本ではなく、むしろ「死」を受け入れよという趣旨の本であり、結局最後は終章にあるように、健康の「出口」としての死というものに繋がってはいくのですが、これはこれで「死/老い」を包括するテーマであり、良かったです。

 これまで読んだものと重なる部分もあったし、体系的と言うよりエッセイ風に書かれている印象。ただし、、この著者のこの分野の本からは、知識を得ると言うより、考え方を学ぶという要素が大きいため、読み直すつもりで新刊にあたってみるのもいいかなと思いました。

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寿命が尽きる2年前、それは「今でしょ」、というつもりで生きる。

『寿命が尽きる2年前』2.jpg『寿命が尽きる2年前』.jpg寿命が尽きる2年前 (幻冬舎新書 669)』['22年]

 2年後に死ぬとわかったら何を想うか。うろたえ、嘆き続けるわけにもいかない。たった一度の人生を終えるのに際し、もっと大事なことがあるはず。人はみな自分の寿命を生きる。そもそも寿命とは何か。「死を受け入れるのはむずかしい」と人は言うが、その達人はいるのか、楽な方法はあるのか。悔いなき人生をまっとうするには? 本書は現役の医師で作家である著者が、こうした様々な問いに答えようとした本です。

 第1章では、「寿命」とは何かを考察しています。何が寿命を決めるのかについて、「テロメア説」や「心拍数説」などあるものの、十分なエビデンスは無いとし、70代で亡くなっても「老衰」とされることがあるように、「寿命」の範囲というものは特定されていないと。確かに平均寿命は延びてはいるが、むしろ「健康寿命」が大事であるとしています。

ライフスパン.jpg 第2章では、寿命を延ばす方法というものを、伝承や疑似科学から週刊誌の特集、さらには科学的な方法から拾う一方、ベストセラーとなったハーバード大学のデビッド・シンクレア教授の『LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界』における「死」は「病気」であり、NMNという治療薬で克服できるという論に対しては、酵母やマウスでの実験が人間にすぐに応用できるのかというと疑問だとし、「本書はどこにも嘘は書いていない。あるのは都合のいい事実と、楽観主義に貫かれた明るい見通しだ。万一、本書に書かれたことが実現するなら、この世はまちがいなくバラ色になる」と、皮肉を込めて批判しています。この章では、がんや心筋梗塞、脳血管障害などの寿命を縮める病気についても解説しています。

デビッド・シンクレア『LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界』['20年]

 第3章では、寿命に逆らうことの苦しみを説いています。老いを否定するのは負け戦となり、がんを最後まで治療するのもどうかと。ただ、業界的には老化を拒絶する傾向にあり、アンチエイジングで盛り上がってしまっていると。でも実際は、無益な延命治療をはじめ寿命に逆らうのは最悪の苦しみであり、逆らわない方が楽であるとしています。

 第4章では、表題にもある「2年後の死」は予測できるかという問題を扱っています。気品的には今は元気でも2年後は分からないということですが、分わからないのはいいことだと。でも、もしいつ死ぬか分かったら、死をシミュレーションするといいと(ただし、シミュレーションしていても、実際に自分の死が迫ったら冷静でいられるかは別問題であるとも)。また、ほぼ2年後の死が分かるケースとして〈がん〉があり、その意味で〈がん〉にはいい面もあると。ただし、それは死を受け入れている場合であって、生きることに執着している人にはきついと。黒澤明の「生きる」で志村喬が演じた主人公の話や、一年以内の死を予測して62歳で亡くなった内科医・丸山理一氏の話が出てきます。丸山氏は、がんで死ぬことをむしろ歓迎すべきではないかとし、死が近づくにつて、死の恐怖も鈍くなったという文章を遺しているとのことです。

CTスキャン.jpg 第5章では、現代日本は〈心配社会〉であるとしています(世界中のCTスキャンの約30%が日本にあるという)。日本人は健康診断の数値に惑わされ過ぎであると。しかしながら、がん検診もメリット・デメリットがあり、むしろデメリットが多く、著者は受けていないと(医者で受けていない人は、一般人より比率的に高いようだ)。検診を受けても不摂生していればどうしようもないわけで、検診より大事なことは、日常で健康的な生活を送ることであると。「安心は幻想、心配は妄想」としています。

 第6章では、医療の進歩が新たな不安をもたらしているという問題を取り上げています。気楽に60歳まで生きるにと、心配しながら80歳まで生きるのとどちらがいいのか疑問だと。治療すべきせざるべきか、予防的切除すべきか否か。拡大手術か温存手術か―どちらに転んでも悩ましい選択を迫られるのが現代医療であると。インフォームドコンセントも良し悪しで、医療は新興宗教みたいになってきてしまっていると。

レニ・リーフェンシュタール.jpg 第7章では、望ましい最期の迎え方について述べています。その例として、老いへの不安よりも新たな感動を求め続けたレニ・リーフェンシュタール氏(著者がパプアニューギニアに勤務していた時、94歳の彼女に実際に会ったという)や、著者が熱烈なファンであること自認する水木しげる氏、著者が所属していた同人誌の創始者の富士正晴氏の話などが紹介されています(レニ・リーフェンシュタールについては2022年に亡くなった石原慎太郎も、曽野綾子氏との対談『死という最後の未来』('20年/幻冬舎)の中で生き方の理想としていた)。

レニ・リーフェンシュタール(1902-2003)

 第8章では、寿命が尽きる2年前にするべきことは何かを述べています。要は、あらかじめある年齢を超えたら、もう十分生きたと満足するこころづもりをしておくことということになります。それまでに具体的にしたらいいこととして、絵画旅行でも豪華船の旅でもいいし、映画好きならDVDを観まくるとか、何ならホームシアターを作ってもいいと。長年世話になった人に感謝の気持ちを伝えるとか、家族と過ごす時間の増やすとか。逆に、しなくていいこと、してはいけないことは、病院通いで時間をつぶすこと、酒・タバコをやめるといった身体的節制、貯金・節約、アンチエイジングも無意味であると。

 最後に、寿命が尽きる2年前、それはいつなのか、それが分からないから問題なのだと思っていましたが、著者は、それは「今でしょ」(林修先生か(笑))と。間違っていてもそう考えることで損はないはずだと。ナルホド!そういうつもりで生きれば、密度の濃い日々を送ることができるのだと納得しました。

『人間の死に方』2014.jpg『人はどう死ぬのか』.jpg『人はどう老いるのか』.jpg 個人的には、今回は再読。著者のこのテーマの本の中では最初に読んだものであり、2つ前に取り上げた『人間の死に方―医者だった父の、多くを望まない最期』('14年/幻冬舎新書)、1つ前に取り上げた『人はどう死ぬのか』('22年/講談社現代新書)など著者の他の本を遡及して読む契機にもなった本であることもあって◎評価としました(次に取り上げる「老い」について述べた『人はどう老いるのか』('23年/講談社現代新書)を含め、この辺りは全部◎にしてもいいぐらい)。


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新たな知見も得られたし、それ以上に、死とどう向き合うかをきちんと考えさせられる内容だった。
『人はどう死ぬのか』2.jpg『人はどう死ぬのか』.jpg
人はどう死ぬのか (講談社現代新書 2655) 』['22年]

 在宅診療委として数々の死を看取ってきた小説家・久坂部羊氏による本。

 第1章では、死の実際を見ると、医療行為として行われているものの中には、死に際して行う"儀式"のようなものもあり、そこには。死にいくつかの種類(段階)があることが関係しているとしています。

 第2章では、さまざまな死のパターンを見ています。ここでは、延命治療は要らないという人には、助かる見込みがあっても病院に行かないとする覚悟が必要で、在宅での看取りを希望していたのが、間際になって家族によって全く反対の最期になる場合もあるとしています(ただし、それで奇跡的に回復することもある)。また、死を受け入れることの効用を、著者の父親を例に、道教的な「足るを知る」という考えを引いて、説いています。

 第3章では。著者がかつて外務省の医務官として赴任した、海外各地での"死"の扱われ方を紹介しています。サウジアラビア人医師の、「死を恐れるな。アッラーが永遠の魂を保証してくれる」という言葉に、宗教がある国の日本とは彼岸の差がある強さを感じたり、パプアニューギニアの死を受け入れやすい国民性に感心したりしていますが、ウィーンで開催されていた「死の肖像展」や、医学歴史博物館の蝋人形など、死をリアルに表現したものがあるというのが興味深かったです。

 第4章では、死の恐怖とは何かについてです。日常的に死に接している医者は、死体を見ても慣れてしまい、緊張しなくなるとのことです。また、よく「死ぬ時に苦しむのはゴメンだ」と言う人ほど苦しむのが人の死だとも述べています。死は、戦うより受け入れる気持ちになった方が楽だということです。

 第5章では、死に目に会うことの意味はあまりないとしています。むしろ、安らかに死のうとしているとこころを無理に覚醒させると、本人に苦痛を与えかねないし、エンゼルケアと呼ばれる死後処置も、実際にそのために遺体がどう扱われるか。それを見ると、あまりいいとは思えないとしています。

 第6章では、メディアは不愉快なことは伝えないため知られていないが、老衰死というのも、体の全機能が低下して悲惨な最期だったりするし、「ピンピンコロリ」も、理想の死に方のように言われるが、若い時から摂生している人ほどなかなか死ねず、コロリと死ぬのは不摂生してきた人だと。言われてみれば確かにそうかも。

 第7章では、がんに関する世間の誤解を述べています。ここでは、近藤誠氏の「がんもどき理論」も紹介されていて、良性のがんは治療せずとも転移しないし、悪性のがんは治療しても治らないので、結局がん治療は意味がないという話ですが、一理あるとしながらも、現実そうはいかないとも。また「生検」ががんを転移させる可能性を危惧しています。

 第8章では、安楽死・尊厳死について、その弊害や実際に国内外で起きた事件を取り上げながらも、本人が極度の苦しみを抱き、そこから逃れられない状況にあるときは、本人の意思を大事にすべきではないかとしています。

『ネガティブ・ケイパビリティ』1.jpg 第9章では、上手な最期を迎えるにはどうすればよいかを考察し、最後に「新・老人力」という考えを推奨し、また。同じく医師兼作家の帚木蓬生氏が着眼した「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を紹介するとともに、詩人・翻訳家でタオイストだった加島祥造氏の「求めない」という発句で始まる詩を紹介しています。

 読んでいて、新たな知見も得られましたが、それ以上に、死とどう向き合うかをきちんと考えさせられる内容です。やはり、作家としての筆力が大きいということでしょうか。お薦め本です。

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ドキュメントとして引き込まれ、がん・認知症などについて新たな知見もあった。

人間の死に方2.jpg人間の死に方.jpg人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期 (幻冬舎新書)』['14年]

 作家であり医師でもある著者が、2013年に87歳で亡くなった父親の「死に方」を書いたもの(2014年刊)。

 著者の父親は元医師でありながら医療否定主義者で、不摂生ぶりも医者に不養生どころではなく、若い頃に糖尿病をやって、それでも血糖値も測らず甘いものを食べ続け、自らが注射するインシュリンの量を増やして自然治癒させたともこと。極めつけは、前立腺がんを宣告されて「これで長生きせんですむ!」と治癒を拒否したというスゴイ人です。

 最初は、非常に特殊なキャラクターかとも思いましたが、読んでいくうちにQOLを実践しているようにも思ええてきて、作家としての筆力あるドキュメントタッチと相俟って引き込まれました。

 著者自身、「がん」は「いい死に方」との考えであり、ポックリ死だと、本人にも周囲にも何の準備もないで亡くなるのに対し(心筋梗塞や脳梗塞だと死ぬまでに少し時間があるため、その間やり残したことを後悔することになるという)、がんなら死ぬまでに結構時間があるので、やり残したことができるといいます(87p)。ただし、がんで上手に死ぬためには、ふだんからの心構えが必要で、それなしにがん宣告を受けて死ぬとなると、おいしいものを食べても味もわからないだろうと(88p)。

 著者の父親は、最期は「認知症」気味だったようですが、認知症に関する記述も印象に残りました。著者は、認知症の患者を抱えた家族の苦労は筆舌尽くしがたい(156p)として、その実際例を挙げながらも、自分の父親が認知症のおかげで、死の恐怖や家族に迷惑をかける申し訳なさを感じなかったようだとし、認知症は確かに多くの問題を孕んでいるが、不安や恐怖を消してくれるという一面もあり、自然の恵みのようにも思えるとしています(164p)

 また、「孤独死」は暗いイメージがありますが、著者は、よけいな医療を施されない分、死の苦しみが最低限で収まるという、よい面もあるとしており(215p)、なるほどと思いました。

 さらに、親の「死に目に会う」ことに人はこだわりがちだが、家族が死に目に会えたといってもそれは捏造された死に目であって、本当は前夜に亡くなっていたものを医療で強引に死を引き延ばしたところで本人には意識はなく、むしろ意識を取り戻したら人生の最期にとんでもない苦痛を味合わせることになると。

 このように、自身の親の死に方の記録であり、それを作家的視点と医師の視点の両面から描いているのがよく、さらに、それと並行して、先述のように「がん」「認知症」「孤独死」「死に目に会う」といったイシューについて新たな見方を提供してくれました。

 父親の死までの記録としては、「自宅における療養」と言っても著者自身が医師であることによって、結果的に自宅で専門的知見にもとづく医療・介護的ケアがなされる状況となっており、一般の人にはあまり参考にならないとの見方もあるかもしれません。ただ、家系的に子どもが皆医者の親で、子らが医者として手を尽くすので、"なかなか死なせてもらえなかった"と思わる例を見聞きしたことがあり、この親子の関係はそういうのとも違っているように思いました。

 新書本ですが、作家によるものであることもあり、読み応えのある随想とも言える本でした。

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「葬送」ということについて、さらには「死」について色々考えさせられた。

エンジェルフライト 国際霊柩送還士1.jpg
エンジェルフライト 国際霊柩送還士2.jpg エンジェルフライト 国際霊柩送還士3.jpg 佐々涼子.jpg
エンジェルフライト 国際霊柩送還士』['12年]『エンジェルフライト 国際霊柩送還士 (集英社文庫)』['14年]ドラマ「エンジェルフライト 国際霊柩送還」タイアップカバー 佐々涼子氏(1968年-2024年9月1日/56歳没
2024年ドラマ放映(主演:米倉涼子)
エンジェルフライト 国際霊柩送還士ドラマ1.jpg 2012年・第10回「開高健ノンフィクション賞」受賞作。

 異境の地で亡くなった人の遺体を、国境を越えて故国へ送り届ける「国際霊柩送還士」の姿を通し、死のあり方を見つめるノンフィクション作品。やっていることは「エンバーミング」なのですが、「葬送」ということについて、さらには「死」についていろいろ考えさせられる内容でした。

 取材対象となった国際霊柩搬送業者エアハース・インターナショナルは、海外で亡くなった人の遺体の日本への帰国と、日本で亡くなった外国人の遺体を母国へ送還することを主に行っています。

 タイトルでも使用されている「エンジェルフライト」は、天使が霊柩(棺)を運んでいる図柄のエアハース社のシンボルマークで、「国際霊柩送還士」という言葉(公的資格などの名称ではない)と併せて、登録商標だそうです。今はどうか分からないですが、取材当時、きちんとした会社としてこうした仕事をしているのは日本ではこの会社だけで、よく知られている海外の事件などの犠牲者の多くを、この社が扱っていたことが本書から窺えます。

 著者は約1年かけて創業者や社員、遺族などへの取材を重ね、時には遺体搬送の現場に立ち会い、エアハース・インターナショナルが手がける国際霊柩送還士という仕事の本質に迫っています。ただし、最初は社長の木村利惠氏から「あなたに遺族の気持ちが分かるんですか。あなたに書けるんですか」と言われて断られ、取材の許可が下りたのは、取材を申し込んでから4年ぐらい経ってからだそうで、この粘りに感服します。

 会社設立は'03年で、本書を読むと、現場はいつも緊急事態の連続のような感じで、当初はとても取材など受ける状況ではなかったのと、木村利惠氏のこの仕事への思い入れから、中途半端な取材はされたくないという思いがあったのではないでしょうか。

 この著者の取材方法には、対象の中に自分自身が入っていくところがあって、自分自身の親の看取り体験などの話も出てきますが、著者自身も取材対象に入り込んでいくタイプだったのがこの場合良かったのかもしれません。

 本書は「開高健ノンフィクション賞」を受賞し、「国際霊柩搬送士」という仕事が世に広く知られるようになるましたが、さらに'23年3月17日からAmazon Primeにて、本作を原作とし、米倉涼子を主演とした配信ドラマ「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(全6話)が配信されました。そちらの方は今でも視聴可能なのですが、今月['24年6月]9日よりNHK BSプレミアム4KおよびNHK BS「プレミアムドラマ」枠でも放送されるので、テレビ版の方を観たいと思います(BSでの放送に際しては、プレミアムドラマの放送枠(50分)に合わせられるよう再編集されたとのこと)。

《読書MEMO》
「エンゼルフライト.jpg●2024年ドラマ化(テレビ放映)【感想】脚本はエピソード的にはオリジナルで、フィリピンなどでの海外ロケも含め、かなりしっかり作られている感じ。やや、泣かせっぽい感じもあり、一方でコミカルな要素も加わっているが、「エンゼルフライト2.jpgテレビドラマにするなら、こうした味付けも必要なのかも。米倉涼子が主演で、(エンバーミングの)施術シーンがあり、遠藤憲一まで出ているので、ついつい「ドクターX」を想起してしまい、米倉涼子の演技にも当初それっぽいものを感じた。ただ、「ドク「エンゼルフライト3.jpgターX」と異なるのは、米倉涼子がエンジェルフライト 国際霊柩送還士ドラマ2.jpg泣く場面が多いことで、彼女自身の後日談によれば、脚本上泣かなくてもよいシーンでも涙が出てきたとのこと。それは他の俳優陣も同様のようで、それだけ脚本が上手くできていたということにもなるのだろう。反響が当初の予想以上に大きいことを受け、続編の製作が決まったと聞く。

  
エンジェルフライト 国際霊柩送還士ドラマ3.jpgエンジェルフライト 国際霊柩送還士」●脚本:古沢良太/香坂隆史●監督:堀切園健太郎●音楽:遠藤浩二●原作:佐々涼子●時間:49分●出演:米倉涼子/松本穂香/城田優/矢本悠馬/野呂佳代/織山尚大(少年忍者・ジャニーズJr.)/鎌田英怜奈/徳井優/草刈民代/向井理/遠藤憲一●放映:2024/03~07(全6回)●放送局:NHK-BSプレミアム4K/NHK BS

エンジェルフライト 国際霊柩送還士 全6.jpg第1話「スラムに散った夢」(葉山奨之・麻生祐未)

第2話「テロに打ち砕かれた開発支援」(平田満・筒井真理子)


第3話「社葬VS食堂おかめ」(余貴美子・菅原大吉)

第4話「アニメに憧れたベトナム人技能実習生」(近藤芳正・濱津隆之)


第5話「那美VS究極の悪女」(松本若菜・二役)

第6話「母との最期の旅」 (草刈民代・飯田基祐)


【2014年文庫化[集英社文庫]】

●文庫Wカバー版
エンジェルフライト 国際霊柩送還士w.jpg

佐々 涼子2.jpg佐々涼子(ささ・りょうこ)
2024年9月1日、悪性脳腫瘍のため死去。56歳。
「エンジェルフライト」や「エンド・オブ・ライフ」など生と死をテーマにした作品で知られる。

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妻は夫に大きなものを遺したが、そうすることが彼女の最後の生きがいにもなったのでは。

「青いカフタンの仕立て屋」000.jpg「青いカフタンの仕立て屋」00.jpg
「青いカフタンの仕立て屋」

「青いカフタンの仕立て屋」01.jpg モロッコ海沿いの街サレ。旧市街の路地裏で、ミナ(ルブナ・アザバル)とハリム(サーレフ・バクリ)の夫婦は母から娘へと世代を超えて受け継がれる、カフタンドレスの仕立て屋を営んでいる。伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩するハリム。そんな夫を誰よりも理解し支えてきたミナは、病に侵され余命僅かである。そこにユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)という若い職人が現れ、誰にも言えない孤独を抱えていた3人は、青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。そして刻一刻とミナの最期の時が迫る―。

「青いカフタンの仕立て屋」02.jpgマリヤム・トゥザニ.jpg モロッコ出身の映画監督マリヤム・トゥザニの2022年作品。2022年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。本作のタイトルにもあるカフタンとはモロッコの民族衣装で、結婚式や宗教行事など、フォーマルな席で着用するドレスのこと。コードや飾りボタンなどで華やかに刺繍を施し、完成に数カ月を費やすオーダーメイドの高級品となるものです。

「青いカフタンの仕立て屋」03.jpg 妻ミナと夫ハリムの間に25年間の結婚生活で築かれた愛情がある一方、芸術家乃至職人肌のハリムには世間知らずの子どものようなところもあり、実務家で現実家肌のミナが、独り立ちできない息子を助ける過保護な母親のようにも見えます。そうした二人の関係を、言葉や事件ではなく、その仕事などをする日常を描くことで観る側に伝えているのが旨いと思いました。

 二人の間にユーセフという若者が現れることで、ハリムの心の内に隠していた本来的性向である男性に対する愛情は刺激され、ミナは危惧と嫌悪感を抱きます。一方で、ミナ自身は病(原発は乳がん)のため日々痩せていき、観ていて先どうなるのかと...。

「青いカフタンの仕立て屋」04.jpg しかし、このミナという女性が強かった! 自らが余命いくばくもないことを悟るや、今で経験していなかったことを夫といろいろ経験しようとし、一方で、仕事にこだわりを持っているくせに、無茶を言うお客には抗えないという夫の性格を矯正し、自分がいなくても一人で仕事や店をマネジメントしていけるよう教育しています。

 そして、彼女は最後に大きな決断をします。当然のことながら夫の性向に嫌悪感を抱いていた彼女が、最後に夫に伝えた言葉「愛することを恐れないで」が強烈に心に残ります。これにより、夫は性的自我の不一致を乗り越え、それまで分裂していたアイデンティを回復するのです。

「青いカフタンの仕立て屋」002.jpg ミナは夫にすごく大きなものを遺したと思います。自分が亡くなった後も夫が自立して生活できるようにすることが、彼女の最後の生きがいであり、自らの病を嘆いている間もなくそのことに没頭したという意味では、彼女にとっても充実した最期の時間だったかもしれません。そして、その延長線上に、夫のアイデンティを回復を後押しする言葉があったのだと思います。

 ミナの死後にハリムが、客に引き渡すはずだった最高傑作の青いカフタンを、生前、一度でいいからこういうのを着てみたかったと言っていた妻の亡骸に着せ、ユーセフと共に担いで埋葬に向かうシーンも良かったです(「弔い」ということもテーマの1つだった)。

マリヤム・トゥザニ ルブナ・アザバルは.jpg ミナを演じたルブナ・アザバルは、マリヤム・トゥザニ監督の長編デビュー作「モロッコ、彼女たちの朝」('19年/モロッコ・仏・ベルギー)に続く主演で、ドゥニ・ヴィルヌーヴ 監督 「灼熱の魂」 ('10年/カナダ・仏)にも主演していましたが、今回は、乳がんの進行に合わせて期迫るミナを体現するために大幅に減量し、熱演を見せています。日本の映画でもガンになった登場人物はよく見られますが、首から上だけメイクして躰は布団に覆われていることなどが多いのに対し、この映画では実際に痩せ細った躰を見せていて、痛々しさが伝わってきました。

 タイトルは原題のまま「青いカフタン」で良かったように思います。やはりり「仕立て屋の恋」に倣って「仕立て屋」と入れたかったのか。だとしたら、いつも青ばかりを織っているわけではないので、「カフタンの仕立て屋」になるのではないでしょうか。

 マリヤム・トゥザニ監督は、今年['23年]のカンヌ映画祭ではコンペティション部門の審査員に選出されています。この監督はいつかカンヌ映画祭の最高賞「パルム・ドール」を獲るのではないかなという気がします。
   
カフタンを着たマリヤム・トゥザニ監督と主演のルブナ・アザバル(2022年カンヌ国際映画祭/左はトゥザニ監督の夫で映画監督・プロデューサー・作家のナビール・アユーシュ。この作品でも製作・脚本を務めた)

「青いカフタンの仕立て屋」05.jpg「青いカフタンの仕立て屋」●原題:LE BLEU DU CAFTAN●制作年:2022年●制作国:フランス/モロッコ/ベルギー/デンマーク●監督:マリヤム・トゥザニ●製作:ナビール・アユーシュ●脚本:マリヤム・トゥザニ/ナビール・アユーシュ●撮影:ビルジニー・スルデー●音楽:ナシム・ムナビーヒ●時間:122分●出演:ルブナ・アザバル/サーレフ・バクリ/アイユーブ・ミシウィ●日本公開:2023/06●配給:ロングライド●最初に観た場所:新宿武蔵野館(23-07-20)((評価:★★★★☆)
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「青いカフタンの仕立て屋」06.jpg

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やっぱり日本とは違うなあと思う一方で、あちらでも安楽死には壁があるのだなとも。

「すべてうまくいきますように」1.jpg 「すべてうまくいきますように」2.jpg
「すべてうまくいきますように」ソフィー・マルソー/ジェラルディーヌ・ペラス/アンドレ・デュソリエ
「すべてうまくいきますように」2021.jpg 人生を謳歌していた85歳のアンドレ(アンドレ・デュソリエ)は脳卒中で倒れて体が不自由になり、娘のエマニュエル(ソフィー・マルソー)に人生を終わらせる手助けをしてほしいと頼む。戸惑う彼女は父の考えが変わることを期待しつつも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会と連絡を取り合う。一方、リハビリによって順調に回復するアンドレは積極的に日々を楽しみ、生きる希望を取り戻したかのようだった。しかし、彼は自ら定めた最期の日を娘たちに告げ、娘たちは葛藤しながらも父の決断を尊重しようとする―。

 「焼け石に水」「まぼろし」(共に'00年)などのフランソワ・オゾン監督が、安楽死を巡る父と娘の葛藤を描いたドラマで、原題はTout s'est bien passé(すべてうまくいった)。「まぼろし」「スイミング・プール」('03年)などで同監督と組んだ脚本家エマニュエル・ベルンエイム(1955-2017)による自伝的小説が原作で、オゾン監督のインタビューによれば、彼女の生前に映画化を持ちかけられたもののその時は触発されず、それが彼女が亡くなってから映画化してみようと思ったとのことです。

「すべてうまくいきますように」6.jpg5「すべてうまくいきますように」.jpg 長女エマニュエルを「ラ・ブーム」('80年)のソフィー・マルソー、父アンドレを「恋するシャンソン」('97年)のアンドレ・デュソリエが演じるほか、オゾン監督作「17歳」('13年)にも出演したジェラルディーヌ・ペラスが、父と姉の絆に複雑な想いを抱き嫉妬することもあるが、こうと決めたら真っ直ぐな姉を慕う健気な妹パスカルを演じています(メガネをしていて最初は分からなかった)。

「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ.jpg「すべてうまくいきますように」ハンナ・シグラ.jpg さらに、オゾン監督作の常連シャーロット・ランプリング(「まぼろし」の主演でもあった)がアンドレの妻、エマニュエル姉妹の母を演じ、安楽死を支援する協会から派遣されてくるスイス人女性(ちょっと怪しげ?)を、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「マリア・ブラウンの結婚」('79年/西独)のドイツ人俳優ハンナ・シグラが演じています(年齢を経ていて最初は分からなかった)。

 安楽死という重いテーマを取り上げた映画ですが、最初は安楽死を願う父親と向き合いたがらなかった娘が、いつの間にか"無事に"父親の願いを叶えられるよう奔走しているという、ちょっとコミカルな面もありました。途中から急にサスペンス風になり、果たして当局の追手をかわして、安楽死が認められているスイスに父親を送り届けることができるかハラハラさせるという、こうしたちょっとユーモラスな作りは、この監督ならではと思います。

 娘たちの心境の変化の背景には、欧米社会には死を個人の権利と考える考え方がもともとあって、安楽死のハードルが日本などよりは精神土壌的に低いということがあるのではないかとも思えるし、自国でダメでもクルマで国境を越えて隣国に行けば何とかなるという、物理的なハードルの低さもあったように思います。

 一方で、自殺を大罪とするカトリックの思想がフランス、イタリア、スペインなどラテン系国家にはあり、同じ欧米社会でもプロテスタント系国家との間に格差があって、そのあたりが娘たちが最初は父親の願いを聴こうとしないことにも繋がっているように思いました。やっぱり日本とは違うなあと思う一方で、あちらでも安楽死には壁があるのだなとも思いました。

 同じく安楽死を扱った映画に、クリント・イーストウッド監督の 「ミリオンダラー・ベイビー」 ('04年/米)があり、あの映画も観る側に考えさせる映画でしたが、感動のツボを押さえたハリウッド映画らしい作り方になっていたように思います。一方のこの作品は、死ぬ側である父がブラック・ユーモアを発したりしていて、同じく感動的ではありますが、感動に至るプロセスがヨーロッパ映画的であり、こちらの方が意外とリアリティがあったように思います。

「すべてうまくいきますように」3.jpg 因みに、フランソワ・オゾン監督はゲイであることを公言していますが、この映画のアンドレ・デュソリエ演じる父親アンドレもゲイであり(その元カレが"クソ野郎"と呼ばれていたジェラルドだが、彼もアンドレを愛している)、シャーロット・ランプリング(1946年生まれ)演じる母親はゲイだとわかっていても夫を愛していたから別れなかったという設定のようです(娘ソフィー・マルソーが母がシャーロット・ランプリングになぜ別れなかったのか問い詰める場面がある)。シャーロット・ランプリングの常に憂いを秘めた表情に、そのあたりの経緯が込められていたでしょうか。

「すべてうまくいきますように」4.jpg「ラ・ブーム」 dvd.jpg ソフィー・マルソー(1966年生まれ)の演技も悪くなかったです。「ラ・ブーム」 ('80年/仏)の少女、「デサント・オ・ザンファー 地獄に墜ちて」 ('86年/仏)の若妻、 「007 ワールド・イズ・ノット・イナフ」 ('99年/英・米)のボンドガールなどを経て、著述業や監督業、社会貢献活動などもやりながら恋愛遍歴も重ね、いつの間にか演技派女優になっていたのか。

ハンナ・シグラ(1943年生まれ)
マリア・ブラウンの結婚」(1079)
「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ2.jpgハンナ・シグラ.jpg「すべてうまくいきますように」●原題:TOUT S'EST BIEN PASSÉ(英:EVERYTHING WENT FINE)●制作年: 2021年●制作国:フランス/ベルギー●監督・脚本:フランソワ・オゾン●製作:エリック・アルトメイヤー/ニコラス・アルトメイヤー●撮影:イシャーム・アラウィエ●音楽:ニコラス・コンタン●原作:エマニュエル・ベルンエイム●時間:113分●出演:ソフィー・マルソー/アンドレ・デュソリエ/ジェラルディーヌ・ペラス/シャーロット・ランプリング/エリック・カラヴァカ/ハンナ・シグラ/グレゴリー・ガドゥボワ/ジャック・ノロ/ジュディット・マーレ/ダニエル・メズギッシュ/ナタリー・リシャール●日本公開:2023/02●配給:キノフィルムズ●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(23-02-17)(評価:★★★★)

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直接的に死を語っている部分が面白かった。「生」への執着を素直に吐露する石原慎太郎。

死という最後の未来.jpg石原 慎太郎.gif 石原慎太郎 散骨.jpg
死という最後の未来』 石原 慎太郎(田園調布の自宅で2019年2月)[毎日新聞]/石原慎太郎の海上散骨式(2022年4月)[逗子葉山経済新聞]

 キリストの信仰を生きる曽野綾子。法華経を哲学とする石原慎太郎。対極の死生観をもつふたりが「老い」や「死」について赤裸々に語る。死に向き合うことで見える、人が生きる意味とは―。(版元口上)

 石原慎太郎(1932-2022/89歳没)と彼より1つ年上の曽野綾子(1931-r2025/93歳没)が死について語り合ったもので、第1章の中で、石原氏は2013年に脳梗塞に見舞われ、2020年には初期の膵臓癌が見つかったことから、身近に「死」を感じるようになったと語っており、一方、曽野氏はシェーグレン症候群という一種の膠原病のような持病があり、時々だるくなり微熱が続くが致命的ではないと告白していて、そのあたりも対談の契機となったようです。2020年6月に単行本刊行、今年['22年]2月に文庫化されましたが、その石原慎太郎は今年['22年]2月1日に満89歳で亡くなっており、作家としては初期の作品は面白いと思うものの、ものすごく好きな人物だったというわけではないですが、やはり寂しいものです。

 「人は死んだらどうなるのか」といった直接的なテーマから、「コロナは単なる惨禍か警告か」といった社会的なテーマ、「悲しみは人生を深くしてくれる」といった亡くなった人の周囲の人の問題までいろいろ語り合っていますが、やはり直接的に死を語っている部分が面白かったです。

 特に石原慎太郎は、法華経を哲学とするも死後は基本的に「無」であり何も無いと考えているようであって、それでいて、それは「つまらない」と必死に抵抗している感じ。こうなると「生」に執着するしかないわけであって、そのジタバタぶりがストレートに伝わってくるのが良かったです。「生」に執着しない人なんてそういないと思いますが、「功なり名なりを成した人間」が、それを素直に吐露している点が興味深いです。

レニ・リーフェンシュタール.jpg 石原慎太郎にとっての生き方の理想となっているのは、レニ・リーフェンシュタールのような人のようです。彼女は1962年、旅行先のスーダンでヌバ族に出会い、10年間の取材を続け1973年に10カ国でその写真集『ヌバ』を出版、70歳過ぎでスクーバダイビングのライセンスを取得して水中写真集をつくり、100歳を迎えた2002年に「ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海」で現役の映画監督として復帰し(世界最年長のダイバー記録も樹立)、その翌年の2003年、101歳で結婚しています。

レニ・リーフェンシュタール(1902-2003)

 また、石原慎太郎は対談の中で「僕は生涯、書き続けたい」と述べていて、結局、これも対談の中で「完治した」と言っていた膵臓がんが2021年10月に再発し、「余命3か月」程度との宣告を受けているわけですが、この時の心情も含め、「死への道程」というのを書いていて、その通り最後まで書き続けたのだったなあと(これが絶筆となり、死去後の今年['22年]3月10日に発売された「文藝春秋」4月号に掲載されている)。

 先月['22年6月]には、65歳になる前から書き綴られた自伝『「私」という男の生涯』(幻冬舎)が、石原自身と妻・典子の没後を条件に刊行されています(典子夫人は石原慎太郎の死去後1カ月余りしか経ない3月8日に亡くなっている)。まあ、生涯、作家であったと言えるし、作家というのは引退のない職業だとも言えるのかも。

ホタル  2001es.jpg 因みに、石原慎太郎が話す、特攻隊の基地があった鹿児島・知覧の町で食堂をやっていた鳥濱トメさんから直接聞いた「自分の好きな蛍になって、きっと帰ってきます」といった隊員の話は、降旗康男監督、高倉健主演の映画「ホタル」('01年/東映)のモチーフにもなっていました。

映画「ホタル」('01年/東映)奈良岡朋子

【2022年文庫化[幻冬舎文庫]】


曽野綾子.jpg曽野 綾子 作家
2025年2月28日老衰のため逝去。93歳。
キリスト教的倫理観に基づき、宗教や戦争、社会などを深く洞察した小説を数多く残した。
『誰のために愛するか』『神の汚れた手』など

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ガン治療の最前線を追いかけながら、自身は検査・治療、リハビリを拒否、QOLの方を選んだ。

死はこわくない3.jpg死はこわくない.jpg   立花 隆 5.jpg          
死はこわくない』['15年]  立花 隆(1940-2021)

自殺、安楽死、脳死、臨死体験。 長きにわたり、人の死とは何かを思索し続けた〈知の巨人〉が、正面から生命の神秘に挑む。「死ぬというのは夢の世界に入っていくのに近い体験だから、いい夢を見ようという気持ちで自然に人間は死んでいくことができるんじゃないか」。 がん、心臓手術を乗り越えた立花隆が、現在の境地を率直に語る―。

 今年['21年]4月30日、急性冠症候群のため80歳で亡くなった(訃報は6月23日になって主要メディアで報じられた)立花隆による本です。

 第1章「死はこわくない」は、「週刊文春」に'14年10月から11月にかけて3回にわたり連載された編集者による訊き語りで、「死」を怖れていた若き日のことや、安楽死についてどう考えるか、「死後の世界」は存在するか、「死の瞬間」についての近年の知見、体外離脱や「神秘体験」はなぜ起こるのか、自らががんと心臓手術を乗り越えて今考える理想の死とは、といったようなことが語られています。

Elisabeth Kübler-Ross.gif 第2章「看護学生に語る『生と死』」は、これから患者の死に立ち会うであろう看護学生に向けてリアルな医療の現場を語った'10年の講演録で、人は死ぬ瞬間に何を思うか、難しいがん患者のケア、長期療養病棟の現実、尊厳死とどう向き合うか、などについて述べています。また、その中で、キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』など、人間の死や終末医療に関する本を紹介しています。

Elisabeth Kübler--Ross

 第3章「脳についてわかったこと」は、月刊『文藝春秋』'15年4月号に掲載された「脳についてわかったすごいこと」を加筆・修正したもので、NHKの科学番組のディレクターの岡田朋敏氏との脳研究に関する対談になっています。

 というわけで、寄せ集め感はありますが、第1章は「死」に対する現在の自身の心境(すでに死はそう遠くないうちに訪れると達観している感じ)が中心に語られ、延命治療はいらないとか、自分の遺体は「樹木葬」あたりがいいとか言っています。章末に「ぼくは密林の象のごとく死にたい」という'05年に『文藝春秋』の「理想の死に方」特集に寄港したエッセイが付されていますが、このエッセイと本編の間に約10年の歳月があり、より死が身近なものになっている印象を受けます。

臨死体験.jpg臨死体験 下.jpg 第2章の看護学生に向けての講演も、第1章に劣らす本書の中核を成すものですが、内容的には著者の『臨死体験』('94年/文芸春秋)をぐっと圧縮してかみ砕いた感じだったでしょうか。ただ、その中で、検事総長だった伊藤栄樹(1925-1988)の『人は死ねばゴミになる―私のがんとの闘い』('88年/新潮社)といった本などの紹介しています。学術分野で言えば、第2章は脳科学であるのに対し、第3章は大脳生理学といったところでしょうか(著者は、'87年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進へのインタビュー『精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』['90年/文藝春秋]など早くからこの分野にも関わっている)。

I死は怖くないtukushi.jpg また、この中で、「NEWS23」のキャスターで73歳でガンで亡くなっただった筑紫哲也(1935-2008)のことに触れられていて、ガン治療に専念するといって番組を休んだ後、ほぼ治ったと(Good PR)いうことで復帰したものの、2か月後に再発して再度番組を休み、結局帰らぬ人となったことについて(当時まだ亡くなって2年しか経っていないので聴く側も記憶に新しかったと思うが)、「Good PR」はガンの病巣が縮小しただけで、まだガンは残っている状態であり、これを「ほぼ治った」と筑紫さんは理解してしまったのだとしています。かつては、病名告知も予後告知もどちらも家族にするのが原則でしたが、最近は本人に言うのが原則で、ただし、予後告知とか、どこまで本人がきちんと理解できるような形でお行われているのか、或いは、詳しくは言わない方がいいという医師の判断が働いていたりするのか、考えさせられました。

 それにしても、著者は、こうしたガン治療の最前線を追いかけながら、自分自身は大学病院に再度院したものの、検査や治療、リハビリを拒否し、「病状の回復を積極的な治療で目指すのではなく、少しでも全身状態を平穏で、苦痛がない毎日であるように維持する」との(QOL優先)方針の別の病院に転院しています。病状が急変したとき、看護師のみで医師が不在だったらしく、その辺りがどうかなあというのはありますが、あくまでも本人の希望がそういうことだったならば...(これも本人の希望に沿って、樹木葬で埋葬された)。
 
 このことから思うのは、著者の〈知〉の対象は、あくまでも〈対象〉であって、その中に著者自身は取り込まれていない印象を受けます。もちろん「QOL優先」については、テレビ番組の取材などを通して放射線や抗ガン剤治療が患者のQOLを下げた上に、結局その患者は亡くなってしまったといった例も見てきただろうから、その影響を受けている可能性はあるし、「QOL優先」自体が「たガン治療の最前線」のトレンドと言えなくもないですが。

 かつての『田中角栄研究』にしても、当時は「巨悪を暴いた」みたいな印象がありましたが、本人は田中角栄という人物の編み出した金権構造に、システムとしての関心があったのではないかと思います。だから、『脳死』とか『サル学の現在』とか、別のテーマにすっと入っていけたのではないかと、勝手に推測しています。

【2018年文庫化[文春文庫]】

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「脳を分けることができるなら?」という仮説を巡っての考察が新鮮だった。

「死」とは何か 完訳版1___.jpg『「死」とは何か 完全翻訳版』.jpg「死」とは何か.jpg 
「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版

 イェール大学で20年以上続いている著者の「死」をテーマにした講義を書籍化したもので、2018年10月に384ページの「縮約版」が刊行され、翌2019年7月にそのほぼ倍の769ページに及ぶ「完訳版」が刊行されています。本書は前半が、「死」とは何かを考察する「形而上学」的なパートになっており、後半が、「死」にどう向き合うかという「人生哲学」的とでも言うべき内容になっていますが、縮約版では、

『「死」とは何か 完全翻訳版』2.jpg  第1講 「死」について考える
  第2講 二元論と物理主義
  第3講 「魂」は存在するか?
  第4講 デカルトの主張
  第5講 「魂の不滅性」についてのプラトンの見解
  第6講 「人格の同一性」について
  第7講 魂説、身体説、人格説――どの説を選ぶか?

  第8講 死の本質
  第9講 当事者意識と孤独感――死を巡る2つの主張
  第10講 死はなぜ悪いのか
  第11講 不死――可能だとしたら、あなたは「不死」を手に入れたいか?
  第12講 死が教える「人生の価値」の測り方
  第13講 私たちが死ぬまでに考えておくべき、「死」にまつわる6つの問題
  第14講 死に直面しながら生きる
  第15講 自殺

の全15講の内、第2講~第7講が割愛されていたようです。縮約版は結構話題になったものの、大幅な割愛に対する読者から不満もあったりして、完訳版の刊行となったようです。

 個人的には、後半の「人生哲学」的なパートも悪くなかったですが、結構ありきたりで、やはり前半の「死」とは何かを考察する「形而上学」的なパートが良かったです(実質的には第10講かその前ぐらいまでは、「形而上学」的な要素も結構含まれているとみることもできる)。この本の場合、「死」について考えることはそのまま、「心((魂)」とは何か、「自分」とは何かについて考えることに繋がっているように思いました。

 著者の立場としては、「人間=身体+心(魂)」であるという「二元論」を否定し、「人間=身体」であるという「物理主義」を支持しています。現代科学の趨勢からも、個人的にも、確かにそうだろうなあとは思います。つまり、「私」乃至「私の心」とは、ラジオ(身体)から流れてくる音楽(意識)のようなもの(宮城音弥『心とは何か』('81年/岩波新書))で、両者は一体であり、デカルトの言うように「身体」と「心」は別であるという「二元論」は成り立たないと。ただし、頭でそう思っても、無意識的に「二元論」的に自己を捉えている面があることも否定し得ないように思います。

 本書では(縮訳で割愛された部分だが)、デカルトの「二元論」や、プラトンの「魂の不滅性」に丁寧かつ慎重に反駁していくと共に、「人格の同一性」(=その同一なものこそが「私」であるという考え)について取り上げ、自分とは何かというテーマに深く入っていき、魂説、身体説、人格説のそれぞれを論理的に検証していきます。

 個人的に非常に興味深く思ったのは、魂説、身体説、人格説と並べれば、本書の流れからも身体説が有力であり、実際に本書では、「人格説への異論」を唱えることで「身体説」の有効性を手繰り寄せようとしていますが、同時に、身体説の限界についても考察している点です(第7講)。

 わかりやすく言えば、例えば誰かが他人から心臓移植を受けても、その人が「自分」であることは変わらないですが、脳の移植を受ければ、それは脳の持ち主が身体の持ち主になるということ。つまり、身体が滅んでも脳が生き延びれば「自分」は生き延びるということで、これがまさに「身体説」であるということかと思いますが(つまり、「自分」とは脳という「身体」の産物であるということ)、本書では、「脳を分けることができるとしたら?」という思考実験をしています。

 つまり(知人の子で、生後すぐに脳腫瘍の手術をして脳が片側しかない子がいて、それでも普通に生活しているが)、仮にある人の右脳と左脳をそれぞれ別の身体に移植したら、「人格」も「身体」も分裂できるのか?、その際に「魂」はどうなるのか?(ここで「魂」論が再び顔を出す)という問題を提起しており、ここから、「魂」も分裂できるのか?(この場合の「魂」は「意識」と言ってもいいのでは)、分裂できない場合、「魂」は誰のものか?、分裂できなければ魂なしの人間が生まれてしまうのか?、といった様々な難問が生じ、「魂」説はこの分裂の仮説に勝てず、さらに、圧倒的にまともに思えた「身体説」も同時に脆弱性を帯びてくるということです。

 個人的には、本書の中で、この「脳を分けることができるなら?」という仮説を巡っての考察が、今まで考えたことがなくて最も斬新に感じられ、それを考えさせてくれただけで、本書を読んだ価値はあったように思います。

 後半の「死」との向き合い方とでも言うか、死を通しての「人生の価値」の測り方(第12講)などは、どこかでこれまでも考えたことがあるような話であるし(「太く短く」がいいか「細く長く」がいいかとか、「終わり良ければすべて良し」なのかとかは、無意識的に誰もが考えているのでは)、死ぬまでに考えておくべきこと(第13講)、死と直面しながら生きるとはどういうことか(第14講)、自殺の問題(第15講)なども、ものすごく斬新な切り口というわけでもないように思いました。

 読者によっては、後半の方が「胸に響いた」という人がいてもおかしくないと思いますが、「余命宣告をされた学生が、"命をかけて"受けたいと願った」授業というキャッチコピーほどではないかも。既視感のある「人生哲学」よりも、やはり「形而上学」のパートがあってこその本書の面白さであり、その部分において新鮮な思考実験を示してくれていたので「◎」としました。
「死」とは何か 3.jpg

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実質的な1位は自分が"隠れ"ファンを自認していた作品だった(笑)。

週刊文春「シネマチャート」全記録.jpg イノセント1シーン.jpg 家族の肖像 デジタル修復完全版.jpg ミリオンダラー・ベイビード.jpg
週刊文春「シネマチャート」全記録 (文春新書)』「イノセント」「家族の肖像」「ミリオンダラー・ベイビー」

 「週刊文春」の映画評「シネマチャート」が、1977(昭和42)年6月に連載を開始してから丸40年を迎えたのを記念して企画された本。40年間で4千本を超える映画に29名の評者が☆をつけてきたそうですが、その☆を今回初めて集計し、洋画ベスト200、邦画ベスト50選出しています。

地獄の黙示録01ヘリ .jpg 洋画のベスト1(評者の中で評価した人が全員満点をつけたもの)は10本あって(ただし、2003年までの満点が☆☆☆であるのに対し、2004年以降は☆☆☆☆☆で満点)、その中で評価(星取り)をしなかった(パスした)評者がおらず、全員が満点をつけたものが1977年から2003年までの間で9本、2004年以降が2本となっています。さらに、2003年までは評者の人数にもばらつきがあり、最も多くの評者が満点をつけたのがルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」('76年/伊・仏)(☆☆☆8人)、次がフランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」('79年/米)(☆☆☆7人、無1人)となっています。

 選ばれた作品を見て、あれが選ばれていない、これが入っていないという思いは誰しもあるかと思いますが、巻頭に選定の総括として、中野翠、芝山幹朗両氏、司会・植草信和・元「キネマ旬報」編集長の座談会があり(中野翠、芝山幹朗両氏は現役の評者)、彼ら自身が選定に偏りがあるといった感想を述べていて、特定の作品が高く評価されたりそれほど評価されなかったりした理由を、その時の時代の雰囲気などとの関連で論じているのが興味深かったです。

 それにしても、全般に芸術映画の評価は高く、娯楽映画の評価はそうでもない傾向があるようですが、洋画ベスト200の実質的なトップにルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」がきたのは、この作品の"隠れ"ファンを自認していた自分としては意外でした(全然"隠れ"じゃないね)。しかも、この時の評者が、池波正太郎、田中小実昌、小森和子、品田雄吉、白井佳夫、渡辺淳など錚々たるメンバーだからスゴイ。彼らが「イノセント」を高く評価したというのも時代風潮かもしれませんが、だとすれば、「家族の肖像」('74年)、「ルードウィヒ/神々の黄昏」('80年)が共に62位と相対的に低いのはなぜでしょうか(ただし、個人的評価は、「イノセント」★★★★☆、「ルードウィヒ/神々の黄昏」★★★★、「家族の肖像」★★★★で、今回の順位に符号している)。

家族の肖像 78.jpg家族の肖像00.jpg(●「家族の肖像」は2020年に劇場でデジタルリマスター版で再見した。日本ではヴィスコンティの死後、1978年に公開されて大ヒットを記録し、日本でヴィスコンティ・ブームが起きる契機となった作品だが、上記の通り個人的評価は星5つに届いていない。今回、読書会のメンバーから、「家族」とその崩壊がテーマになっているという点で小津安二郎の「東京物語」に通じるものがあるという見解を聞き、そのあたりを意識して観たが、バート・ランカスター演じる大学教授は平穏な生活を求める自分が闖入者によって振り回された挙句、最後家族の肖像01.jpgには「家族ができたと思えばよかった」と今までの自分の態度を悔やんでいることが窺えた。ただし、「家族の肖像」の場合、主人公の教授がすでに独り身になっているところからスタートしているので、日本的大家族の崩壊を描いた「東京物語」と比べると状況は異なり、「家族」というモチーフだけで両作品を敷衍的に捉えるまでには至らなかった。一方、主人公の教授がヘルムート・バーガー演じる若者に抱くアンビバレントな感情には同性愛的なものを含むとの見解もあるようで、それはどうかなと思ったが、再見して、シルヴァーナ・マンガーノ演じるその若者を自分の愛人とする女性が、教授に対して「あなたも彼の魅力にやられたの」と言って二人の間に同性愛的感情があることを示唆していたのに改めて気づいた。)

 ☆☆☆☆☆で満点となった2004年以降で満点を獲得したのは、ゲイリー・ロス監督の「シービスケット」('03年/米)と クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」('04年/米)ですが、クリント・イーストウッド監督は洋画ベスト200に9作品がランクインしており、2位のルキノ・ヴィスコンティ監督の6作品を引き離してダントツ1位。この辺りにも、この「シネマチャート」における評価の1つの傾向が見て取れるかもしれません。クリント・イーストウッド監督の9作品のうち、個人的に一番良かったのは「ミリオンダラー・ベイビー」なので、自分の好みってまあフツーなのかもしれません。

ミリオンダラー・ベイビー01.jpg 「ミリオンダラー・ベイビー」は重い映画でした。女性主人公マギーを演じたヒラリー・スワンクは、イーストウッドに伍する演技でアカデミー主演女優賞受賞。作品自体も、アカデミー作品賞、全米映画批評家協会賞作品賞を受賞しましたが、公開時に、マギーが四肢麻痺患者となった後で死にたいと漏らしフミリオンダラー・ベイビー04.jpgランキーがその願いを実現させたことに対して、障がい者の生きる機会を軽視したとの批判があったようです。批判の起きる一因として、主人公=イーストウッドとして観てしまうというのもあるのではないでしょうか。「J・エドガー」('11年)などもそうですが、イーストウッドのこの種の映画は問題提起が主眼で、後は観た人に考えさせる作りになっているのではないかと思います。

 因みに、邦画ベスト50では1位の「愛のコリーダ2000」('00年)だけが評者全員(5人)が満点(☆☆☆)でした。この作品は、「愛のコリーダ」('76年)における修正を減らしたノーカット版により近いものであり、実質的なリバイバル上映だったと言えます(これ、現時点['19年]でDVD化されていない)。


●週刊文春「シネマチャート」満点作品(評者全員が満点をつけた作品)1977-2017
 (洋画)
 ・1975年「イノセント」 (伊)ルキノ・ヴィスコンティ監督
 ・1979年「地獄の黙示録」(米)フランシス・フォード・コッポラ監督
 ・1983年「風櫃(フンクイ)の少年」(台湾)侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督
 ・1984年「冬冬(トントン)の冬休み」(台湾)侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督
 ・1990年「コントラクト・キラー」(フィンランド)アキ・カウリスマキ監督
 ・1994年「スピード」(米)ヤン・デ・ボン監督
 ・2000年「愛のコリーダ2000」(仏・日)大島渚監督
 ・2001年「トラフィック」(米)スティーヴン・ソダーバーグ監督
 ・2002年「ボウリング・フォー・コロンバイン」(米)マイケル・ムーア監督
 ・2006年「シービスケット」(米)ゲイリー・ロス監督
 ・2004年「ミリオン・ダラー・ベイビー」 (米)クリント・イーストウッド監督

Inosento(1976)
イノセント .jpgInosento(1976).jpg「イノセント」●原題:L'INNOCENTE●制作年:1976年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ/ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●原作:ガブリエレ・ダヌンツィオ「罪なき者」●時間:129分●出演:ジャンカルロ・ジャンニーニ/ラウラ・アントネッリ/ジェニファー・オニール/マッシモ・ジロッティ/ディディエ・オードパン/マルク・ポレル/リーナ・モレッリ/マリー・デュボア/ディディエ・オードバン●日本公開:1979/03●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-07-13)●2回目:新宿・テアトルタイムズスクエア (06-10-13) (評価★★★★☆)●併映(1回目):「仮面」(ジャック・ルーフィオ)

Jigoku no mokushiroku (1979)
Jigoku no mokushiroku (1979).jpg「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/ラリー・フィッシュバーン(=ローレンス・フィッシュバーン)●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

家族の肖像 デジタル・リマスター 無修正完全版 [DVD]
家族の肖像.jpg家族の肖像 dvd.jpg「家族の肖像」●原題:GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO(英:CONVERSATION PIECE)●制作年:1974年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:121分●出演: バート・ランカスター/ヘルムート・バーガー/シルヴァーナ・マンガーノ/クラウディア・マルサーニ/ステファノ・パトリッツィ/ロモロ・ヴァリ/クラウディア・カルディナーレ(教授の妻:クレジットなし)/ ドミニク・サンダ(教授の母親:クレジットなし)●日本公開:1978/11●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋・文芸座(79-09-24)●2回目(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(20-11-17)(評価:★★★★)●併映(1回目):「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ルキノ・ヴィスコンティ)

ルートヴィヒ 04.jpgルードウィヒ 神々の黄昏 ポスター.jpg「ルートヴィヒ (ルードウィヒ/神々の黄昏)」●原題:LUDWIG●制作年:1972年(ドイツ公開1972年/イタリア・フランス公開1973年)●制作国:イタリア・フランス・西ドイツ●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ウーゴ・サンタルチーア●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ●撮影:アルマンド・ナンヌッツィ●音楽:ロベルト・シューマン/リヒャルト・ワーグナー/ジャック・オッフェンバック●時間:(短縮版)184分/(完全版)237分●出演:ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/ジョン・モルダー・ブラウン/マルク・ポレル/ソーニャ・ペドローヴァ/ウンベルト・オルシーニ/ハインツ・モーグ/マーク・バーンズ1962年の3人2.jpgロミー・シュナイダー.jpg●日本公開:1980/11(短縮版)●配給:東宝東和●最初に観た場所:(短縮版)高田馬場・早稲田松竹(82-06-06) (完全版)北千住・シネマブルースタジオ(14-07-30)(評価:★★★★)

ロミー・シュナイダー(Romy Schneider,1938-1982)
ロミー・シュナイダー(手前)、アラン・ドロン、ソフィア・ローレン(1962年)

シルヴァーナ・マンガーノ in 「ベニスに死す」('71年)/「ルートヴィヒ」('72年)/「家族の肖像」('74年)
シルヴァーナ・マンガーノ.jpg

ナオミ・ワッツ(Naomi Watts1968- )(2012年)
大統領たちが恐れた男 j.エドガー dvd2.jpgナオミ・ワッツ.jpg「J・エドガー」●原題:J. EDG「J・エドガー」01.jpgAR●制作年:2011年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/ ブライアン・グレイザー/ロバート・ロレンツ●脚本:ダスティン・ランス・ブラック●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●時間:137分●出演:レオナルド・ディカプリオ/ ナオミ・ワッツ/アーミー・ハマー/ジョシュ・ルーカス/ジュディ・デンチ/エド・ウェストウィック●日本公開:2012/01●配給/ワーナー・ブラザーズ(評価★★★☆)

ミリオンダラー・ベイビー [DVD]」 モーガン・フリーマン(アカデミー助演男優賞)
ミリオンダラー・ベイビー.jpgミリオンダラー・ベイビー02.jpg「ミリオンダラー・ベイビー」●原題:MILLION DOLLAR BABY●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:ポール・ハギス/トム・ローゼンバーグ/アルバート・S・ラディ●脚本:ポール・ハギス●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●原案:F・X・トゥール●時間:133分●出演:クリント・イーストウッド/ヒラリー・スワンク/モーガン・フリーマン/ジェイ・バルチェル/マイク・コルター/ルシア・ライカ/ブライアン・オバーン/アンンソニー・マッキー/マーゴ・マーティンデイル/リキ・リンドホーム/ベニート・マルティネス/ブルース・マックヴィッテ●日本公開:2005/05●配給:ムービーアイ=松竹●評価:★★★★

《読書MEMO》
●『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』 (2015/06 鉄人社)
ミリオンダラー・ベイビー_7893.JPG

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短い余命宣告で奈落に落ちた人が、立ち直るにはどうすればよいかを真摯に考察。

がんを生きる 佐々木常雄.gif 佐々木 常雄 『がんを生きる』.jpg
がんを生きる (講談社現代新書)』 ['09年]

 がんの拠点病院(がん・感染センター都立駒込病院)の院長が書いた本ですが、制がん治療について書かれたものではなく、「もう治療法がない」と言われ、短い余命を宣告されて奈落に落とされた人が、立ち直るようにするにはどうしたらよいかということを真摯に考察したものです。

 本書によれば、'85年頃までは、医師は患者にがん告知をしなかった時代で、それ以降も'00年頃までは、告知しても予後は告げない時代だったとのこと、それが、今世紀に入り、「真実を医師が話し、患者が知る」時代となり、自らの余命が3ヵ月しかない、或いは1ヵ月しかないということを患者自身が知るようになった―そうした状況において、死の淵にある患者の側に立った緩和ケアはいかにあるべきかというのは、極めて難しいテーマだと思いました。

 著者自らが経験した数多くのがん患者の"看取り"から、19のエピソードを紹介していますが、中には担当医から「余命1週間」(エピソード5)と宣告された人もいて、著者自身、個々の患者への対応の在り方は本当にそれで良かったのだろうかと煩悶している様が窺えます。

 端的に言えば、如何にして突如目前に迫った死の恐怖を乗り越えるかという問題なのですが、著者の扱った終末期の患者のエピソードに勝手に解釈を加え、患者が死を受容し精神の高み達したかのように「美談仕立て」にした輩に著者は憤りを表す一方で、多くの書物や先人の言葉を引いて、そこから緩和ケアの糸口になるものを見出そうとしています。

 親鸞などの仏教者や哲学者、或いは、比較的最近の、宗教系大学の学長や高名な精神科医の言葉なども紹介していますが、それらを相対比較しながらも、あまりに宗教色の強いものや、俗念を離脱して人格の高みに達しているかのようなものには、自分自身がそうはなれないとして、素直に懐疑の念を示しています。

 結局、著者自身、本書で絶対的な"解決策"というものを明確に打ち出しているわけではなく、著者の挙げたエピソードの中の患者も殆どが失意や無念さの内に亡くなっているというのが現実かと思いますが、それでも、エピソードの紹介が進むつれて、その中に幾つかに、患者が心安らかになる手掛かりとなるようなものもあったように思います。
 
 例えば、毎年恒例となっている病棟の桜の花見会に、末期の患者をその希望に沿ってストレッチャーに乗せて連れていった時、その患者が見せた喜びの表情(エピソード2)、独身男性患者に、亡くなっていく人の心が何らかのかたちで残される人に伝わることを話す看護師の努力(エピソード13)、日々の新聞のコラム記事の切り抜きに没頭する、その切抜きを後で見直す機会は持たない女性患者(エピソード15)、お世話になった人への挨拶など、死に向かう"けじめ"の手続きをこなす余命3ヵ月の元大学教授(エピソード16)、病を得たのをきっかけに亡くなった友人のことを思い出したことで安寧な心を得たように思われる歌人(エピソード16)、余命1ヵ月と聞かされショックを受けた後、今度は急に仕事への意欲が湧いてきた"五嶋さん"という男性(エピソード19)等々(この"五嶋さん"は、余命1週間と言われ、1週間後に著者に挨拶に来て、その2日後に亡くなったエピソード5の人と同人物)。

 最後の"五嶋さん"のエピソードは、同じく余命1ヵ月の病床で、何も出来ず生きていても意味がないと思っていたら、夫から「君が生きていればそれでいい」と言われ、夫が後で見てくれるようにと"家事ノート"を作り始めた"秋葉さん"の話(エピソード1)にも繋がっているように思えました。

 そうしたことを通して末期の患者らの死の恐怖が緩和され、安寧を得たかどうかについても、著者は慎重な見方はしているものの、ただ不可知論で本書を終わらせるのではなく、奈落から這い上がるヒントとなると思われる項目を、「人は誰でも、心の奥に安心できる心を持っているのだ」「生きていて、まだ役に立つことがあると思える人は、奈落から早く這い上がる可能性が高い」など8つ挙げ、また、終章を「短い命の宣告で心が辛い状況にある方へ―奈落から這い上がる具体的方法」とし、その方法を示しています(①気持ちの整理、とりあえず書いてみる、②泣ける、話せる相手を見つける)。

 人間は死が近づいても心の中に安寧でいられる要素を持っているという著者の信念(生物学的仮説)に共感する一方、宗教を信じていない状況で、「あなたの余命は3ヵ月です」などと言われるようなことは医療の歴史では嘗て無かったわけで、心理面での緩和ケアの在り方が、今後のターミナルケアの大きな課題になるように思いました。

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ストイックな姿勢が貫かれ知的な考察に満ちたものでありながら、「素直な絶望」の記録でもある。
わたし、ガンです ある精神科医の耐病記.gif 『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記 (文春新書)』['01年]頼藤 和寛.jpg 頼藤和寛(よりふじ かずひろ)神戸女学院大学・人間科学科教授 (2001年4月8日没/享年53/略歴下記)

 精神科医である著者に直腸がんが見つかったのが'99(平成11)年晩夏で、入院・手術が'00(平成12)年6月、本書は主にその年の夏から秋にかけて書かれ、'01(平成13)年4月、丁度著者が亡くなった月に刊行されています。

 冒頭で、従来の「涙なみだの家族愛」的な闘病記や「私は○○で助かった」的な生還記となることを拒み、現代医学や医療への遠慮をすることもなく、だからと言って、現代医療の問題を告発する「良心的な医師」にもならず、がん患者やその家族を安心させることを目的ともせず、"やぶれかぶれの一患者"として「素直に絶望すること」を試みた記録とあります。

がんと向き合って 上野創.jpg 「闘病」ではなく「耐病」という言葉を用いているのは、実際に闘ったのは治療に伴う副作用に対してであり、がんそのものに対し、「闘う」というイメージは持てなかったためであるとのこと。抗がん剤治療の副作用の苦痛は、上野創 著 『がんと向き合って』('01年/文藝春秋)でも、比較的ポジティブな性格の著者が自殺を考えるまでの欝状態に追い込まれたことが記されていました。

 精神科医とは言え、さすがは医師、中盤部分は、がんという病やその治療に関する医学的な考察が多く織り込まれていて、がんの原因の不確実性、『患者よ、がんと闘うな』('96年/文藝春秋)近藤誠氏に対する共感と一部批判、アガリスクなどの代替医療や精神神経免疫学などに対する考察は、非常に冷静なものであるように思えました。

 "やぶれかぶれ"と言っても、現実と願望を混同せず、常に「認識の鬼」であろうとするその姿勢は、終盤の、いつ生を終えるかもわからない状況になってからの、自らの死生観の変化の検証、考察にも表れていているように思います。

 読者に阿ることなく(同病の読者にさえも不用意に同調・同感しないようにと注意を促している)死について冷徹に考察し、自らの50余年の生を振り返り、人間存在の意味を限られた時間の中で、既存宗教への帰依によることなく探る様は、独自の永劫回帰的想念に到達する一方で、「ちょっとお先に失礼しなければならない」という表現にも見られるように、ある種の諦念に収斂されていったかのようにも思えました。

 ノンフィクション作家の柳田邦男氏が、自分ががんになったら、達観したかのように振舞うのではなく、素直に絶望を吐露するといったことを言っていましたが、本書は、がん患者の記録としては、最もストイックな姿勢が貫かれ知的な考察に満ちた類のものでありながら、それでいて「素直な絶望」の記録でもあると言えます。
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頼藤和寛の人生応援団.jpg頼藤和寛(よりふじ かずひろ)
昭和22(1947)年、大阪市生まれ。昭和47年、大阪大学医学部卒業。麻酔科、外科を経て、精神医学を専攻。昭和50年、堺浅香山病院精神科勤務。昭和54年より阪大病院精神神経科に勤務。昭和61年より大阪府中央児童相談所(現・中央子ども家庭センター)主幹、大阪大学医学部非常勤講師を経て、平成10年より神戸女学院大学人間科学部教授。医学博士。

 産経新聞に平成3年2月より、人生相談「家族診ます(のちに人生応援団に改題)」を連載。
達意の文章とニヒルな人間洞察に支えられた30冊以上の著書を残す。(扶桑社ホームページより)

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同じ苦しみを抱えた患者やその家族への(押付けがましさのない)「励ましの書」として読み得る。
がんと向き合って 上野創.jpg上野 創 『がんと向き合って』.jpg がんと向き合って 上野創 文庫.jpg 上野 創.jpg
がんと向き合って』['02年]『がんと向き合って (朝日文庫)』['07年] 上野 創 氏

 朝日新聞の若き記者のがん闘病記で、'03(平成15)年・第51回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。著者は朝日新聞横浜支局勤務の'97年、26歳の時に睾丸腫瘍になり、肺にも数え切れないぐらいの転移があったということ、そうした告知を受けた時のショックがストレートに、且つ、記者らしく客観的な視点から綴られています。

 そして、同僚記者である恋人からの、彼ががんであることを知ったうえでのプロポーズと結婚、初めてのがん闘病生活と退院復帰、1年遅れで挙げた結婚式とがんの再発、そして再々発―。

 結局、こうした2度の再発と苛烈な苦痛を伴う抗がん治療を乗り越え、31歳を迎えたところで単行本('02年刊行)の方は終わっていますが、文庫版('07年刊行)で、記者としての社会人生活を続ける中、3度目の再発を怖れながらも自分なりの死生観を育みつつある様子が、飾らないトーンで語られています。

 冒頭から状況はかなり悲観的なものであるにも関わらず、強いなあ、この人と思いました。抗がん剤の副作用の苦しみの中で、自殺を考えたり、鬱状態にはなっていますが、そうした壁を乗り越えるたびに人間的に大きくなっていくような感じで、でも、自分がひとかどの人物であるような語り口ではなく、むしろ、周囲への感謝の念が深まっていくことで謙虚さを増しているような印象、その謙虚さは、自然や人間の生死に対する感じ方、考え方にも敷衍されているような印象を受けました。

 やはり、奥さんの「彼にとって死はいつも一人称だ。しかし、私が考える『死』はいつも二人称だ」という言葉からもわかるように、彼女の支えが大きいように思われ、文庫解説の鎌田實医師の「病気との闘いの中で彼女は夫の死を一・五人称ぐらいにした」という表現が、簡にして要を得ているように思います。

 がん闘病記は少なからず世にあるのに、本書が「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞したのは、文章が洗練されているからといった理由ではなく、同じ苦しみを抱えた患者やその家族への「励ましの書」として読み得るからでしょう(感動の"押付けがましさ"のようなものが感じられない点がいい)。

米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg絵門ゆう子.jpg 本書は、'00年秋の朝日新聞神奈川版での連載がベースになっていますが、エッセイストの絵門ゆう子氏(元NHKアナウンサー池田裕子氏)が、進行した乳がんと闘いながら、朝日新聞東京本社版に「がんとゆっくり日記」を連載していた際には、著者はその連載担当であったとのこと、絵門さんは帰らぬ人となりましたが('06年4月3日没/享年49)、以前、米原万里氏の書評エッセイで、免疫学者の多田富雄氏が脳梗塞で倒れたことを気にかけていたところ、米原さん自身が卵巣がんになり、絵門さんに続くように不帰の人となったことを思い出し('06年5月25日没/享年56)、人の運命とはわからないものだなあと(自分も含めて、そうなのだが)。
 
 【2007年文庫化[朝日文庫]】

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何時か確実に訪れる自らの「死」を想起させる。黒澤明に「生きる」を着想させた作品。

イワン・イリッチの死4.jpgイワン・イリッチの死_iwan.jpg イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ.jpg  Ikiru(1952).jpg Ikiru(1952)   
イワン・イリッチの死 (岩波文庫)』 米川正夫:訳 ['34年/'73年改版] 『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)』 望月哲男:訳 ['06年] 

The Death of Ivan Ilyich.jpgレフ・ニコライビッチ・トルストイ.jpg レフ・ニコライビッチ・トルストイ(1828‐1910/享年82IMG_3146.JPGの中篇小説。45歳の裁判官が不治の病に罹り、肉体的にも精神的にも耐え難い苦痛を味わいながら着実に「死」に向かっていく、その3カ月間の心理的葛藤を、今まで世俗的な価値に固執し一定の栄達を得た自らの人生に対する、それがいかに無意味なものであったかという価値観の転倒からくる混乱と絶望、周囲から哀れみの眼差しを浴びながらも、あたかも自分の死が「予定調和」乃至は「ちょっとした不意の出来事」のように受け取られていることへの苛立ち、そして死の直前の苦悶と周囲への思いやりにも似た「回心」に至るまでを、まさに描き難いものを描き切ったと言える作品です。
  
 1886年3月、文豪57歳の時に完成した作品ですが、1881年に実在のある裁判官の死に接して想を得たもので、主人公の葬儀生きる 映画.jpg「生きる」1952.jpg生きる 志村喬 伊藤雄之助.jpgとその世俗的な生涯の振り返りから始まるこの作品は、黒澤明監督の「生きる」と主人公が役人である点が似ており、また映画「生きる」も、『イワン・イリッチの死』生きるA.jpgのように主人公の葬儀の場面から始まるわけではないですが、物語の後半はほとんど主人公の葬儀(通夜)の場面であり、役所の同僚たちが生前の主人公についてのエピソード語ったりしており(その都度回想シーンが挿入される)、黒澤はこの作品から「生きる」を着想したとされています。映画関連のデータベースでは、「生きる」の原作としてこの小説が記されているものがありましたが、実際のクレジットはどうだったでしょうか。最初観た時は評価★★★★でしたが、後にテレビなどで観直したりして★★★★☆に評価修正しました(●2024年1月8日のなぜか「成人の日」にNHK総合で放映されたのを再々見。自分がこの作品が重くのしかかってくる年齢になったのかということを改めて実感させられた。)
「生きる」NHK.jpg                               

「生きる」(1952・東宝/志村喬・藤原釜足/伊藤雄之助・志村喬)
藤原・志村「生きる」.jpg『生きる』.jpg 映画は映画で独立した傑作であり(第4回ベルリン国際映画祭「市政府特別賞」受賞、第26回キネマ旬報ベスト・テン第1位)、トルストイのイワン・イリッチの死』が「原作」であるというより、この作品を「翻案」したという感じに近いかもしれません(或いは、単にそこから着想を得たというだけとも言える。伊藤雄之助が演じた無頼派作家に該当しそうな人物なども『イワン・イリッチの死』には登場しないし)。

 作品テーマから捉えても、「生きる」が残された時間をどう生きるかがテーマであったのに比べ(と言うと、たいへん重い映画のように思われがちだが、志村僑と小田切みきのやり取りなどにおいて意外とコミカルな場面が多かったりする)、このトルストイ作品は、自らの死をどう受け入れるかが大きなテーマになっているように思います。

   
iイワン・イリイチの死7.jpgThe Death of Ivan Ilyich6.jpg 『イワン・イリッチの死』の主人公イワン・イリッチは、「カイウスは人間である、人間は死すべきものである、従ってカイウスは死すべきものである」という命題の正しさを信じながらも、「自分はカイウスではない」とし、死を受け入れられないでいます。一見、バカバカしいように思われますが、一歩引いて考えると、ほとんどの人がこれに近い感覚を持ち合わせているような気もします。

 彼を最も苦しめるのは、「ただ病気しているだけで、死にかかっているわけではなく、落ち着いて養生していれば治る」という「(彼をとりまく家族など)一同に承認せられた嘘」であり、それは皮肉にも彼自身が生涯奉仕してきた「礼儀」というものからくるものですが、その「嘘」に自分も加担させられていることに彼は苛立つわけです。

『イワン・イリッチの死』.JPG この作品は読む者に、日常の雑事により隠蔽されている、但し何時か確実に訪れる自らの「死」を想い起こさせるものであり、ある意味、怖いと言うか、向き合うのが苦痛に感じる面もありますが、一方で、文庫で僅か100ページ、「メメント・モリ」をテーマとしたものとしては、比較的手に取り易い、ある種"テキスト"的作品であるようにも思います。

 周囲との断絶に苦しむ主人公は、死の直前、自分の今の存在こそが周囲を苦しめており、そこから周囲を解き放つことによって自分も楽になると感じる。その時、そこには「死は無かった」―。

 死は生の側にあり、死自体は無であるということを如実に示す実存的作品であり、訳者の米川正夫(1891‐1965)はドストエフスキー作品の翻訳でも知られた人、最近刊行された光文社古典新訳文庫でも、ドストエフスキーが"専門"である望月哲男氏が翻訳にあたっています。

 尚、望月氏もそうですが、『新潮世界文学20-トルストイ5』('71年)の中で本作品を訳している工藤精一郎氏も主人公の名前を「イワン・イリイチ」としており、通常ロシア人の名前を日本語で表す際の慣例に従えば「イリッチ」となるのかもしれませんが、韻を踏むことで主人公の規則的な「役人」人生を表象しているらしく、その点からすれば、この作品においては「イリッチ」より「イリイチ」の方が相応しいのかもしれません。
      
生きる2.jpg「生きる」●制作年:1952年●製作:本木莊二郎 ●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/橋本忍小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早生きる パンフ.bmp坂文雄●原作(翻案):生きる 加東.jpgレフ・トルストイ「イワン・イリッチの死」●時間:143分●出演:ikiru03.jpgikiru04.jpgikiru05.jpg志村喬小田切みき/金子信雄/関京子/浦辺粂子/菅井きん宮口精二 生きる.jpgIMG_生きる 宮口.jpg/丹阿弥谷津子/田中春男/千秋実/左ト全/藤原釜足/中村伸郎/渡辺篤/木村功/伊藤雄之助/清水将夫/南美江/加東大介/山田巳之助/阿部九洲男宮口精二河崎堅男/勝本圭一郎/鈴木治夫/今井和雄/加藤茂雄/安芸津広/長濱藤夫/川越一平/津田光男/榊田敬二/熊谷二良/片桐常雄/田中春男/日守新一/(以下、特別出演)市村俊幸(ジャズバー・ピアニスト)/倉本春枝(ジャズバ「生きる」中村伸郎.jpg「生きる」阿部九洲男.jpgー・ダンサー)/ラサ・サヤ(ストリップ・ダン生きる 藤原釡足.jpgサー)●公開:1952/10●配給:東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館 (85-02-24)(評価★★★★☆)●併映「隠し砦の三悪人」(黒澤明)

宮口精二(ヤクザの親分)/加東大介(ヤクザ子分)
中村伸郎(市役所助役)/阿部九州男(市会議員)/藤原釡足(市民課係長)
  
菅井きん(1926-2018/享年92)(陳情の主婦)/小田切みき(1930-2006/享年76)(小田切とよ)
菅井きん(陳情の主婦).jpg 黒澤 生きる 小田切みき.jpg                                                                                                      
 
志村喬/ラサ・サヤ
生きる ラサ・サヤ.jpg
                                
大井武蔵野館 閉館日2.jpg大井武蔵野館 閉館日.jpg大井武蔵野館.jpg「大井武蔵野館」ぼうすの小部屋 - おでかけ写真展より(左写真)

大井武蔵野館 1999(平成11)年1月31日閉館(右写真・最終日の大井武蔵野館) 

大井武蔵野館・大井ロマン(1985年8月/佐藤 宗睦 氏)
大井武蔵野館・大井ロマン.jpg大井武蔵野館2.jpg

 【1934年文庫化・1973年改定[岩波文庫(米川正夫訳)〕/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(望月哲男訳『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』)〕】

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医学が進んでも、難治性がんは残る。進行がんへの向き合い方、さらには人生について考えさせられる本。

がんとどう向き合うか.jpg 『がんとどう向き合うか』(2007/05 岩波新書) 額田 勲.jpg 額田 勲 医師 (経歴下記)

 著者は長年地方医療に携わり、多くのがん患者と接してきた経験豊富な医師で、がん専門医ではないですが、がんという病の本質や特徴をよくとらえている本だと思いました。

 がん細胞というのは"倍々ゲーム"的に増殖していくわけですが、本書によれば、最初のがん細胞が分裂するのに1週間から1年を要し、その後次第に分裂速度が速まるということで(「ダブリング・タイム」)、1グラム程度になるまでかなり時間がかかり、その後は10回ぐらいの分裂で1キロもの巨大腫瘍になる、その間に症状が見つかることが殆どだとのこと。

 細胞のがん化の開始が30代40代だとしても数十年単位の時間をかけてがん細胞は増殖することになり、つまり、がんというのは潜伏期間が数十年ぐらいと長い病気で、早期発見とか予防というのが元来難しく、長生きすればするほどがん発生率は高まるとのことです。

 以前には今世紀中にがんはなくなるといった予測もあり、実際胃がんなどは近年激減していますが、一方で膵臓がんはその性質上依然として難治性の高いがんであり、またC型肝炎から肝臓がんに移行するケースや、転移が見つかったが原発巣が不明のがんの治療の難しさについても触れられています。

 こうした難治性のものも含め、"がんと向き合う"ということの難しさを、中野孝次、吉村昭といった著名人から、著者自らが接した患者まで(ああすればよかったという反省も含め)とりあげ、更に自らのがん発症経験を(医師としてのインサイダー的優位を自覚しながら)赤裸々に語っています。

 医学的に手の打ち様がない患者の場合は、対処療法的な所謂「姑息的な手術」が行われることがあるが、それによって死期までのQOL(Quality of Life)を高めることができる場合もあり、抗がん剤の投与についても、「生存期間×QOL」が評価の基準になりつつあるとのこと。

 著者は、がんについて「治る」「治らない」の二分法で医療を語る時代は過ぎたとし(最近のがん対策基本法に対しては、こうした旧来のコンセプトを引き摺っているとして批判している)、進行がん患者にはいずれ生と死についての「選択と決断」を本人しなければならず、それは人それぞれの人生観で違ったものとなってくることが実例をあげて述べられていて、医療のみならず人生について考えさせられる本です。
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糠田 勲 (ぬかだ・いさお)
1940年、神戸市灘区生まれ。京都大学薬学部、鹿児島大学医学部卒業。専門は内科。2003年、全国の保健医療分野で草の根的活動をする人を対象にした「若月賞」を受賞。著書に「孤独死―被災地神戸で考える人間の復興」(岩波書店)など。

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在宅終末医療に関わる現場医師の声。「自分の家」に敵う「ホスピス」はない。

自宅で死にたい.jpg 「下町往診ものがたり」.jpg ドキュメンタリー「下町往診ものがたり」('06年/テレビ朝日)出演の川人明医師
自宅で死にたい―老人往診3万回の医師が見つめる命 (祥伝社新書)』〔'05年〕

 足立区の千住・柳原地域で在宅医療(訪問診療)に20年以上関わってきた医師による本で、そう言えば昔の医者はよく「往診」というのをやっていたのに、最近は少ないなあと(その理由も本書に書かれていますが)。

 著者の場合、患者さんの多くはお年寄りで、訪問診療を希望した患者さんの平均余命は大体3年、ただし今日明日にも危ないという患者さんもいるとのことで、残された時間をいかに本人や家族の思い通りに過ごさせてあげるかということが大きな課題となるとのことですが、症状や家族環境が個々異なるので、綿密な対応が必要であることがわかります。

 本書を読むと、下町という地域性もありますが、多くの患者さんが自宅で最後を迎えたいと考えており、それでもガンの末期で最後の方は病院でという人もいて、こまめな意思確認というのも大事だと思いました。
 また、家族が在宅で看取る覚悟を決めていないと、体調が悪くなれば入院して結果的に病院で看取ることとにもなり、本人だけでなく家族にも理解と覚悟が必要なのだと。

 「苦痛を緩和する」ということも大きな課題となり、肺ガンの末期患者の例が出ていますが、終末期に大量のモルヒネを投与すれば、そのまま眠り続けて死に至る、そのことを本人に含み置いて、本人了解のもとに投与する場面には考えさせられます(著者もこれを罪に問われない範囲内での"安楽死"とみているようで、こうしたことは本書の例だけでなく広く行われているのかも)。

 基本的には、「自分の家」に敵う「ホスピス」はないという考えに貫かれていて、本書が指摘する問題点は、多くの地域に訪問診療の医療チームがいないということであり、在宅終末医療に熱意のある医療チームがいれば、より理想に近いターミナルケアが実現できるであろうと。

 多くの医者は在宅を勧めないし、逆に家族側には介護医療施設に一度預けたらもう引き取らない傾向があるという、そうした中に患者の意思と言うのはどれぐらい反映されているのだろうかと考えさせらずにはおれない本でした。

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〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉。奥が深く、不思議な読後感。

The Little River:Ann Rand/Feodor Rojankovsky.jpg1151520.gif 『川はながれる』 岩波書店 〔'78年〕 
"The Little River" Ann Rand Published by Harcourt, Brace & Company, 1959
   
The Little River1.jpgThe Little River2.jpg 1959年原著出版(原題は"The little river")の アメリカの絵本作家Ann Rand (アン・ランド)の作品で、'78年に邦訳出版後、いったん絶版になりましたが、「岩波の子どもの本」50周年記念で復刊した本です。

Rand, Ann; (illustrator) Rojankovsky, Feodor, Littlehampton Book Services Ltd; New版

 アン・ランドの夫は世界的なデザイナーのポール・ランドで、夫婦の共著も多くありますが、この本は、絵の方は、彼女と同じロシア生まれの画家 Feodor Rojankovsky (フョードル(もしくはフェードル、フィオドル)・ロジャンコフスキー)が画いています。

 川はどのように流れ何処へ行くのかを、そのことを知りたいと思っている子どもたちに語るというかたちで、森の中で生まれた「小さい川」を主人公に、海へ辿り着くまでの自然とのふれあいを、ロジャンコフスキーの生き生きとした絵で描いています(この人の動物画は天下一品)。

 「小さい川」は何処へ流れて行けばいいのかわからず、いろんな動物たちに行き先を尋ね、湖へ出たり町を抜けたりし、野原では水鳥たちに挨拶したり牛に水をやりながら進むうちに、やがて3日後にきらきら輝く海が見えてくる―。

 その時「小さい川」は、このまま海に出ると自分はどうなるのか不安になりますが、海辺のカモメが「しんまいの川」に教えます。川は太陽や空気みたいなもので、同じときに、何処にでもいることができるのさ、と。
 「小さな川」は、これまで旅してきた何処にでも「自分」がいて、自分は森と海を行き来できるのだと悟ると明るい気持ちになる―。

 「川の一生」になぞらえて「人間の一生」を語っているともとれ、〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉といった哲学的テーマに触れているようにも思えます。

 4、5歳以上向けだそうですが、この話では、「小さい川」が河口まで辿り着いても「小さい川」のままであり、そこで短い一生を終えることになっているため、見方によっては「子どもの死」というものを想起することもできるのではないでしょうか。
 
 奥が深そうで、ちょっと不思議な読後感のある絵本です。

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「ある意味では神様っていいな、と思うこともある」と言っているのが一番のホンネかも。

死の壁.jpg 死の壁2.jpg死の壁 (新潮新書)』〔'04年〕 バカの壁1.jpg 『バカの壁』新潮新書

 テーマが拡散的だった『バカの壁』('03年/新潮新書)に比べると、テーマを「死」に絞っているだけわかりやすく、"語り下ろし"形態からくる論理飛躍みたいな部分は依然あるものの、前著より良かったと思います。ただし本書で主に扱っているのは、著者が言うところの「一人称」「二人称」「三人称」の死のうち、解剖死体に代表される「三人称」の死と、身近な人の死に代表される「二人称」の死ということになるでしょう。

 情報化社会における「人間は変わらない」という錯覚や、死というものが隠蔽される都市化のシステムについての言及は、本書が『バカの壁』の続編であることを示しています(そんなこと、タイトルを見れば一目瞭然か)。

 日本人の死生観に見られる「死んだら皆、神様」のような意識を「村の共同体」原理で説明しています。このことから、靖国問題や死刑制度へ言及するところが著者らしいと思いました。確かに中国の故事には、墓を暴いて死者に鞭打ったという話があります(戦国時代に呉の伍子胥(ごししょ)が平王の墓を暴いて死体を粉々になるまで鞭打った)。日本の場合、生死がコミュニティへの入会・脱会にあたり、全員が「あんな奴はいない方がいい」となれば村八分は成立しやすく、死刑廃止論者は少数派となると。大学なども、こうしたコミュニティの相似形で、入るのが難しいのに出るのは簡単。それでも○○卒という学歴が生涯つきまといます。

 人体の細胞の新陳代謝を、毎年新入生が入って卒業生が出て行く「学校」に喩えているのがしっくりきました。「私」というのも、こうしたシステムの表象に過ぎず、移ろっていくのだ...と思い読み進むうちに、著者自身の幼年時の父の死に対する心情推移の精神分析的解釈があり、ここで精神分析が出てくるのがそれまでの流れから見て唐突な印象ではありましたが、自身にとっての「二人称」の死に対する思いが吐露されています。「一人称」の死は自分で見ることができないので考えても意味がないという立場ながらも、「ある意味では神様っていいな、と思うこともある」と言っており、これが一番のホンネかも。

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並外れた精神力とジャーナリストとしての強い使命感に感銘。

『「死への準備」日記』 .jpg千葉2.jpg 千葉敦子2.jpg 千葉敦子(1940-1987)
「死への準備」日記』 朝日新聞社 ['87年]  『「死への準備」日記 (文春文庫)

 本書は、ニューヨーク在住のジャーナリストであった著者が、ガンで亡くなる'87年7月の前の年11月から亡くなる3日前までの間の、著者自身による記録です。

 3度目のガン再発で、著者の病状は刻々と悪化していきますが、その状況を客観的に記し、ただし決して希望を捨てず、片や残り少ない時間をいかに一日一日有意義に使うかということについて、まるで"実用書"を書くかのように淡々と綴る裏に、著者の並外れた精神力が感じられます。
 また読む側も、"今"という時間を大切に生きようという思いになります。

『乳ガンなんかに負けられない』.jpg 抗ガン剤の副作用に苦しみながらも、常に在住するアメリカ国内や世界の動向を注視し、少しでも体調が良ければ仕事をし、友人と会食し、映画や演劇を鑑賞する著者の生き方は、現代の日本の終末医療における患者さんたちの状況と比べても大きく差があるのではないかと思います。

 死の3日前の最後の稿にある、「体調が悪化し原稿が書けなくなりました。申し訳ありません」との言葉に、彼女のジャーナリストとしての強い使命感を感じました。

 【1989年文庫化[朝日文庫]/1991年再文庫化[中公文庫]】

《読書MEMO》
●善意の洪水に辟易する(29p)
●私は「死を見つめる」よりも、「死ぬまでにどう生きるか」のほうにずっと関心がある。死について考えろ、とあまり強要しないでほしい。(54p)
●死が遠くないと知ったら、寂しさや悲しさに襲われるはず、と決めてかかる人が多いが、これは迷惑だ。(55p)
●エンド―フィン(129p)

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「対決する文化」と「対決を避ける文化」の違いが現れる終末医療。

よく死ぬことは、よく生きることだ.jpgよく死ぬことは、よく生きることだ』 〔'87年〕 よく死ぬことは、よく生きることだ2.jpg 『よく死ぬことは、よく生きることだ (文春文庫)』 〔'90年〕 

 著者は1981年に乳ガンの手術をし、'83年にニューヨークへ転居、'87年にガンにより亡くなっていますが、その間ジャーナリストとして日米の働く男女の生き方の違いなどを取材し本にする一方で、精力的に自己の闘病の模様を雑誌等に連載し、この本は闘病記としては4冊目ぐらいにあたるのでしょうか、最後に書かれた『「死への準備」日記』('87年/朝日新聞社)の1つ前のもの、と言った方が、書かれた時の状況が把握し易いかも知れません。

 著者が亡くなる'78年7月の前年10月に上智大学に招かれて行った「死への準備」という講演と、3度目のガン再発後の闘病の記録を中心にまとめられ、亡くなる年の4月に出版されていますが、自身の病状や心境についての冷静なルポルタージュとなっています。

 特に前半は、現地のホスピス訪問の記録を中心に纏められていて、まるでO・ヘンリーの小説のような、或いは映画にでもなりそうな感動的なエピソードも盛り込まれていますが、あくまでもジャーナリストとしての視線で書かれているのが良くて、一方で、米国の終末医療全般の状況報告と日本の患者や医療への提言も多く、また、最近言われる「患者力」(何でも"力"をつければいいとは思いませんが)の先駆的な実践の記録としても読めます。

 病状について説明を求めるのはある意味「患者の責任」であり、ホスピスで周囲の人が死んでいくのを見ることは患者にとっての「死への準備」教育となる、という米国の医療のベースにある「対決する文化」と、患者は医師に従順で、医師は告知をためらいがちな「対決を避ける」日本の文化の違いがよくわかり、ジャーナリストとしての姿勢を貫き通した一女性の、稀有なルポルタージュだと思います。

 【1990年文庫化[中公文庫]】

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