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「●分子生物学・細胞生物学・免疫学」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の本(本庶 佑)
PD-1をPD-1抗体で壊す「がん免疫療法」を解説。生命科学論(幸福論)にも言及。
『幸福感に関する生物学的随想 (祥伝社新書)』 ['21年]
『がん免疫療法とは何か (岩波新書)』['19年]
PD-1抗体による免疫療法は,がん治療の考え方を根本から変えた。偶然の発見を画期的治療法の開発へと導いた著者の研究の歩みを辿りながら、生命現象の不思議、未知の世界に挑むサイエンスの醍醐味、そして「いのち」の思想から日本の医療の未来まで幅広く論じる―(版元口上)。
2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した著者による2019年4月刊の本書は、著者が以前に執筆した『いのちとは何か―幸福・ゲノム・病』('09年/岩波書店)と、『PD-1抗体でがんは治る-新薬ニボルマブの誕生』('16年/岩波書店、電子書籍のみの刊行)をベースとしており、全5章から成る内、『いのちとは何か』の一部を第3章「いのちとは何か」として収録、『PD-1抗体でがんは治る』の全編を、第2章「PD―1抗体でがんは治る」に収録し、全編を加筆修正したとのことです(第1章、第4章、第5章は書き下ろし)。岩波新書は、ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の本を受賞後早くに出す傾向にあり、本書もその流れと言えるでしょう。
第1章で、そもそも免疫とは何かを解説し、本書のキモは、続く第2章でのPD―1抗体によるがん治療=がん免疫療法の解説と、第3章の著者自身の生命科学論(幸福論)になるかと思います。この構成は、個人的には先に読んだ『幸福感に関する生物学的随想』('20年/祥伝社新書)と順番は異なるものの内容的には似ており、第2章のがん免疫療法の解説は、祥伝社新書の方がより平易に書かれているので、読む順番として逆になってちょうど良かったかも。
がん免疫療法「第4の道」手術・投薬・放射線に続き
[日本経済新聞社2018年10月2日]
その第2章ですが、がん免疫療法は大きく2つの種類に分かれ、1つは、がん細胞を攻撃し、免疫応答を亢進する免疫細胞を活かした治療で、アクセルを踏むような治療法と言え、もう1つは、免疫応答を抑える分子の働きを妨げることによる治療で、いわばブレーキを外すような治療法であり、PD-1抗体よる免疫療法は後者で、がん細胞を攻撃するキラー・リンパ球(T細胞)の活動を抑え込むブレーキ=PD-1(著者らが1992年に発見した。免疫過剰を防ぐ機能がある。ただし、その心証を得たのは1996年)をPD-1抗体で壊すことで、キラー・リンパ球のがん細胞に対する本来の攻撃を活性化させるというものであるとのことです(24p)。免疫のアクセルを踏むことばかりに集中するのではなく、がん細胞の免疫へのブレーキを外してやるという発想の転換がまさに〈発見〉的成果に繋がったと言え、これにより、今までうまくいかなかった治療が目覚ましく進展したと。そうした成果に至るまでに並々ならぬ「努力」と、また、PD-1は偶然の発見だったという「幸運」もあったのことです(因みに、免疫薬(オプジーボ)が承認取得し、初めて発売されたのは2014年。本書ではその名は出てこない)。
第3章は、著者自身の生命科学論(幸福論)になっていて、本書のタイトルからこうした内容は予測していなかった読者もいるかもしれませんが、個人的には『幸福感に関する生物学的随想』を先に読んでいたので、ああ、やっぱり(笑)と思いました。著者は、欲望の充足だけでは真の幸福感は得られず、不安を除去することが幸福感を得るためには必要で、人類が不安を除去するためにした最大の発明が宗教であるとしています。つまり、幸福感には「欲望充足型」の幸福感と「不安除去型」の幸福感があることから、幸福感が永続的に得られる道は、おそらく安らぎと、時折の快感刺激の混在であるとしています(85p)。
この章では、章題の通り、生命論も述べており、生・老・病・死とはなぜあるのか、がんとは何か(細胞と個体の関係とは)、心とは何か、といったことを深く論じ、生命科学の未来を展望しています。著者が最も強調したかった生命の思想は、「生命は遺伝子を基礎とした独自の枠組みの中で、限られた遺伝子を用いながら驚くべき多様性を発揮できるということ、またその遺伝子そのものがダイナミックに変化し、環境との相互作用のなかで今日の生物種が生み出されてきたという進化の原理である」とのこと、「メンデルの法則とダーウィンの法則を遺伝子レベルでしっかり理解することが「生命の思想」の理解への一番の近道である」(158p)とも。
第4章では、STAP細胞事件とそれを巡る報道を取り上げ、日本の科学マスメディアの閉鎖的な性格や国際性の欠如、・科学的な判断の欠如を批判し、優良な科学ジャーナリストの育成の必要性を説いているのが印象に残りました(180p)。全体としてはやはり、『幸福感に関する生物学的随想』よりはちょっと難しかったでしょうか。でも、(順序が逆だが)おさらいになりました。
《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 免疫の不思議
生命システムの一般則/多細胞生物体の特徴/免疫のしくみ/獲得免疫の原理/特異性と制御/免疫の全体統御
第2章 PD―1抗体でがんは治る
1 革新的がん免疫療法の誕生
2 免疫学の発展とがん免疫療法のたどった道
3 PD―1抗体治療の研究・開発の歴史
4 PD―1抗体治療の今後の課題
5 基礎研究の重要性――アカデミアと企業の関係を考える
第3章 いのちとは何か
1 幸福感の生物学
2 ゲノム帝国主義
3 有限のゲノムの壁を超えるしくみⅠ――流動性
4 有限のゲノムの壁を超えるしくみⅡ――時空間の階層性
5 ゲノムに刻まれる免疫系の〈記憶〉
6 内なる無限――増え続ける生物種
7 生・老・病・死
8 がん,細胞と個体の悩ましき相克
9 心の理解への長い道
10 生命科学の未来
第4章 社会のなかの生命医科学研究
1 現代の生命科学の置かれた位置/生命科学と医療のあいだ/医療・生命科学の社会実装/医学研究への投資/生命医科学研究における競争/国民の生命医科学への理解を深める
第5章 日本の医療の未来を考える
世紀医療フォーラム/国民皆保険制度の維持に向けて/医療をめぐる環境変化と課題/医師不足は本当か/終末期医療と死生観/治療から予防へ
参考文献
ノーベル生理学医学賞受賞晩餐会スピーチ
おわりに
世紀医療フォーラムについて(阪田英也)