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面白かったが重厚さはさほどなかった。映画化でますます浅くなった感じがした『人間の証明』。

『人間の証明』1976単行本.jpg 『人間の証明』1977角川文庫.jpg 『人間の証明』1997カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』講談社文庫.jpg.png
『人間の証明』2004.jpg 『人間の証明』20047カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』2015.jpg 「人間の証明」dvd.jpg 「人間の証明」b.jpg
『人間の証明』['76年/角川書店]/['77年/角川文庫]/['83年/講談社文庫]/['97年/カッパ・ノベルズ]『新装版 人間の証明 (角川文庫)』['04年]『人間の証明 (カッパ・ノベルス) 』['04年]『人間の証明 (角川文庫)』['15年]「人間の証明 角川映画 THE BEST [DVD]」「人間の証明 角川映画 THE BEST [Blu-ray]
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 東京・赤坂にある「東京ロイヤルホテル」のエレベーター内で、胸部を刺されたまま乗り込んできた黒人青年ジョニー・ヘイワードが死亡した。麹町署の棟居弘一良刑事らは、ジョニーを清水谷公園から東京ロイヤルホテルまで乗せたタクシー運転手の証言から、車中で彼が「ストウハ」という謎の言葉を発していたことを突き止める。さらに羽田空港から彼が滞在していた「東京ビジネスマンホテル」まで乗せた別のタクシーの車内からは、ジョニーが忘れたと思われる恐ろしく古びた『西條八十詩集』が発見された。一方、バーに勤めていたとある女性が行方不明になる。夫の小山田は独自に捜索をし、妻・文枝の浮気相手である新見を突き止めるが文枝の居場所は分からなかった。文枝はこの時点で轢死しており、犯人は政治家郡陽平とその妻の家庭問題評論家・八杉恭子の息子・郡恭平だった。恭平は車の運転中、スピンを起こし文枝をはねてしまったのだ。発覚を怖れた恭平は同棲相手の路子と共に遺体を東京都西多摩郡の山林へ隠す。その後路子の勧めで身を隠すため、路子を伴ってニューヨークへ渡った。棟居刑事は「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味すると推理した。また、事件現場であるホテルの回転ラウンジの照明が遠目には麦わら帽子のように見えるため、ジョニーがそれを見て現場に向かったのだと解釈した。また、タクシーから発見された詩集の中の一編の詩が「麦わら帽子と霧積(きりづみ)という地名」を題材としていたことと、ジョニーがニューヨークを去る際に残した「キスミー」という言葉から、捜査陣は群馬県の霧積温泉を割り出した。棟居らが現地に向かうと、ジョニーの情報を知っているであろう中山種という老婆がダムの堰堤から転落死していた。群馬県警は転落による事故と考えていたが棟居らは殺人事件と主張する。棟居らは中山種の本籍のある富山県八尾町へ向かう。そして捜査の中で、八杉が八尾出身であることを偶然発見する。更にアメリカ側からの捜査により、ハーレムに住むジョニーの父親が資産家アダムズの車に飛び込み示談金を得て、ジョニーの渡航費を捻出したことがわかる。父親はその後死亡した。新見によるひき逃げ事件の捜査も進み、現場に残されていた熊のぬいぐるみの所持者が恭平であること、ぬいぐるみに付着していた血液が文枝のものであることが明らかになると、新見は単身ニューヨークへ飛び、恭平からひき逃げと死体遺棄を白状させた。同じ頃、文枝の遺体がハイカーの大学生アベックに山中で発見され、その現場に恭平のコンタクトケースが落ちていたことで、犯人は恭平と断定された。新見から、恭平と路子の身柄が警察へ引き渡された。八杉とジョニーは生き別れた母子だった。ジョニーの父親は八杉と恋人同士であったが、当時は米国軍人と正式な結婚をすることが出来ず、親子3人で霧積温泉へ旅行した後、父親は二歳になるジョニーを連れて米国へ帰国し、日本に残された八杉は勧められるままに郡と見合結婚をした。ジョニーの存在が世間に知れ渡り、過去に黒人と関係を持っていた事実が露見することを恐れた恭子は自分に会いに来日したジョニーを殺害し、事情を知っている中山種も殺していた―。

 作者が、1975年に父を引き継ぎ角川書店社長に就任した角川春樹から、「作家の証明書になるような作品を書いてもらいたい」と依頼されて書いた作品で、1975年に旧「野性時代」(角川書店)で連載されました。1976年・第3回「角川小説賞」受賞作。

 映画監督の押井守氏が対談で、「『人間の証明』というのは松本清張みたいな話じゃん。『ゼロの焦点』とかあの辺の話だよね。戦後に暗い過去があって混血児を生んだ女が、いまはセレブになってるんだけどその息子が会いに来て、結局殺しちゃいましたというさ。これってまるっきり松本清張だよ」と言っていましたが、まさにそうだと思いました(「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味したというところなどは、『砂の器』の「亀田」が「亀嵩」だったというのを想起させる)。

 テンポよく読めて面白く、様々な伏線もちゃんと繋がっていて、文庫の解説で横溝正史が評価し、帯で宮部みゆき氏が推薦しているのも分かります。ただ、松本清張作品ほどの重厚さは感じられなかったでしょうか。戦後の闇市で強姦されかけていた恭子を助けた棟居の父は、米軍兵士たちに袋叩きにあって命を落としていますが、その米軍兵の一人がケン・シュフタン刑事だったというのも、あまりに偶然が過ぎて、ご都合主義的な気がしました(一方で、ケン・シュフタン刑事が混血だったと最後に出てくるが、途中どこにもその説明が無かったのが不可解)。

「人間の証明」03.jpg 1977年、角川春樹事務所製作の第2弾として映画化され、八杉恭子を演じた岡田茉莉子は、角川春樹と作者で直接を出演依頼し、松田優作、ジョージ・ケネディらが日本映画で初めて本格的なニューヨークロケをしたとのこと。映画は途中までは原作に比較的近いですが、原作では棟居とケン・シュフタンの刑事同士接触はなく、棟居(松田優作)がアメリカに行ってケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に会う辺りから急激に原作を外れてしまいます。作者自身は「映像化にOKを出した時点で、嫁に出すようなもの。好きに料理してくれ、という考えです」と言い、原作にはない米国ロケでアクションを繰り広げた松田優作にも感謝していたそうですが...。

「人間の証明」松田ハナ.jpg それにしても原作から外れすぎ、と言うか、いろいろ付け加えすぎて、ますます浅くなった感じ。八杉恭子の息子・恭平(岩城滉一)は 、ヘイワード殺しの犯人を追っていたはずのニューヨーク市警ケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に射殺されるし、息子の死の知らせを受けた八杉恭子は、授賞式の舞台で「あの子は私の生きがいです。 あの子は私の麦わら帽子だったんです。 私はすでに一つの麦わら帽子を失っています。 だからもう一つの麦わら帽子を失いたくなかったんです」という、黒人の息子より恭平の方が大事だったみたいな演説をぶって、最後は霧積まで行って『ゼロの焦点』よろしく自殺するし―。

「人間の証明」岡田.jpg 莫大な宣伝費をかけたメディアミックス戦略の効果で映画はヒットし、実際、観た人の中には感動したという人も少なくなかったようですが、映画評論家からは酷評されました(第51回「キネマ旬報ベスト・テン」では第50位、読者選出では第8位)。「山本寛斎のファッションショーが延々と長すぎる」「松田優作が、テレビドラマのジーパン刑事そのままで何とも異様」等々。小森和子は雑誌の映画評で「日米合作としては違和感のない出来上がり。ただすべてが唐突な筋立て」と述べたように、滅多に悪く批判しない映画評論家までが映画作品としての密度の希薄さを指摘し、特に大黒東洋士と白井佳夫の批判がキツ過ぎ、この二人は角川関連の試写会をボイコットされたそうです。出演した鶴田浩二も映画誌で、「製作に12億かけて宣伝に14億かけるなんて武士の商法じゃない。本来、宣伝費は製作費の1割5分か2割でしょう。これは外道の商法です」と角川商法を批判しました。

「人間の証明」松田.jpg 批判の多さに原作者の森村誠一自身が激怒し、「作品中のリアリティと現実を混同したり、輪舞形式をとった設定をご都合主義と評したりするのは筋違いの批評...映画評論家は悪口書いて、金をもらっている気楽な稼業。マスコミ寄生人間の失業対策事業で、マスコミのダニ」などと映画評論家を猛烈に批判したとのことです。

 いずれにせよ、メディアミックス戦略等で映画業界に1つ革新をもたらしたのは事実だと思いますが、そうしたビジネス上の功績と併せて、角川映画ってこんなものだという質的評価は、良くも悪くも映画「人間の証明」で定まってしまったように思います。

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野性の証明 単行本.jpg「野性の証明」図3.jpg 作者は、『人間の証明』の発表翌年に『野性の証明』を発表、東北の寒村で大量虐殺事件が起き、その生き残りの少女と、訓練中、偶然虐殺現場に遭遇した自衛の二人を主人公に、東北地方のある都市を舞台にした巨大な陰謀を描いた作品でした。こちらも発表翌年に高倉健、薬師丸ひろ子主演で映画化されましたが、大掛かりな分、多分に大味な映画になっていました。結局、高倉健演じる自衛隊の特殊部隊の隊員(味沢岳史)がある集落でたまたま正当防衛的に住民を殺してしまい、いろいろな経緯があって、薬師丸ひろ子演じる集落の生き残りの少女を守りながら、三國連太郎演じる日本のある地方を牛耳ってるボスと戦うというわけのわからない話である上に、映画では誰もが簡単に人を殺し、味沢もまたその例外ではなく、ラストも原作の味沢が細菌に侵されて狂人になってしまうというものではなく、異なる結末になっていました。まあ、とことん駄作にしてしまった感じ。結局は高倉健のカッコ良さも空回りしていて、お金をかけてこうした映画を撮る監督(どちらかと言うと製作者?)の気が知れないです。

「人間の証明」d.jpg「人間の証明」三船.jpg「人間の証明」●英題:PROOF OF THE MAN●制作年:1977年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/吉田達/サイモン・ツェー●脚本:松山善三●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:ジョー山中「「人間の証明のテーマ」)●原作:森村誠一●時間:133分●出演:岡田茉莉子/松田優作/ジョージ・ケネ「人間の証明」長門夏八木勲范文雀.jpgディ/ハナ肇/鶴田浩二/三船敏郎/ジョー山中/岩城滉一/高沢順子/夏八木勲/范文雀/長門裕之/地井武男/鈴木瑞穂/峰岸徹/ブロデリック・クロフ「人間の証明」09.jpgォード/和田浩治/田村順子/鈴木ヒロミツ/シェリー/竹下景子/北林谷栄/大滝秀治/佐藤蛾次郎/伴淳三郎/近藤宏/室田日出男/小林稔侍(ノンクレジット)/西川峰子(仁支川峰子)/小川宏/露木茂/坂口良子/リック・ジェイソン/ジャネット八田/小川宏/露木茂/三上彩子/姫田真佐久/今野雄二/E・H・エリック/深作欣二/角川春樹/森村誠一●公開:1977/12●配給:東映(評価:★★★)「人間の証明」m」.jpg「人間の証明」八田.jpg 「人間の証明」深作.jpg 「人間の証明」長門.jpg
[上]坂口良子(おでん屋の女将)/大滝秀治(おでん屋の客A)・佐藤蛾次郎(おでん屋の客B)
[下]森村誠一(ロイヤルホテル チーフ・フロントマネージャー)/ジャネット八田(ハーレムで写真屋を営む女性・三島雪子...写真提供:吉田ルイ子)/深作欣二(渋江警部補)・長門裕之(なおみ(范文雀)の夫・小山田武夫)

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「野性の証明」●制作年:1978年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/坂上順/遠藤雅也●脚本:高田宏治●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:町田「野性の証明」高倉.jpg義人「戦士の休息」)●原作:森村誠一●時間:143分●出演:高倉健/薬師丸ひろ子/中野良子/夏木勲 /三國連太郎(特別出演)/成田三樹夫/舘ひろし/田「野性の証明」[図3.jpg村高廣/松方弘樹/リチャード・アンダーソン/鈴木瑞穂/丹波哲郎/大滝秀治/角川春樹/ジョー山中/ハナ肇/中丸忠雄/渡辺文雄/北村和夫/山本圭/梅宮辰夫/成田三樹夫/寺田農/金子信雄/北林谷栄/絵沢萠子/田中邦衛/殿山泰司/寺田「野性の証明」3.jpg農/芦田伸介(特別出演)/角川春樹/ジョー山中●公開:1978/10●配給:日本へラルド映画=東映(評価:★★)

田中邦衛(八戸市のバーのマスター)/殿山泰司(八戸市のおでん屋台の主人)
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『人間の証明』... 【1977年3月文庫化[角川文庫]/1977年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/1983年再文庫化[講談社文庫]/1997年再文庫化[ハルキ文庫]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 人間の証明』) ]/2004年再新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「永遠のマフラー」を併録)]】
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『野生の証明』... 【1978年3月文庫化[角川文庫]/1978年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 野生の証明』)]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 野生の証明』) ]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「深海の隠れ家」を併録)]】
『野性の証明『』.jpg 『野性にの証明』文庫.jpg

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片平なぎさがしたたかなヒロインを演じる。原作のラストを改変しているが、トータルで原作を超えている。
高台の家01.jpg高台の家 1976 0.jpg IMG_20220103_135522.jpg
「松本清張の高台の家」['85年/テレ朝・土曜ワイド劇場]片平なぎさ・岡田茉莉子・三國連太郎/『高台の家』['76年/文藝春秋]/『高台の家: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫プレミアム)』['19年]
 大学の助教授で法制史を教える山根(篠田三郎)は古本屋でいい資料を見つけ、親父(稲葉義男)に出所を聞く。本を売った人は残念ながらすでに交通事故で死亡しているという。遺族に他の本を見せてもらうようなんとか交渉したいと考えた山根は、親父に調べてもらい、本の出所・深良家を訪ねる。そこは高台にある広大な邸だった。病身の当主・英之輔(三國連太郎)とその妻・宗子(岡田茉莉子)、亡くなった息子の嫁・幸子(片平なぎさ)は、皆が快く山根を迎えてくれた。資料を探した山根は借りようと英之輔を探すが、英之輔と幸子の様子に何か異高台の家02.jpg様なものを感じる。資料を借りた山根は宗子に呼び止められ、幸子に案内され客間に連れていかれる。そこは優秀な青年たちが集うサロンで、みな若く美しい未亡人の幸子が目的だったのだ。メンバーに紹介されるも特に興味の無かった山根だが、後日、メンバーの一人・堀口と大学で偶然出会う。そして、その翌日、彼がとあるマンションから飛び降り自殺したことを新聞の記事で知り、深良家には何か隠された秘密があるとの疑いを抱く。山根が堀口が飛び降り自殺したマンションに行ってみると、そこで同じくサロンのメンバーの一人である建築家の森田(隆大介)の姿を見かける。果たしてこのマンションは森田が幸子と密会する場なのか―。

高台の家 5.jpg 1985年4月13日、テレビ朝日系列の「土曜ワイド劇場」枠にて「松本清張の高台の家」放映され、配役陣は、三國連太郎、岡田茉莉子、片平なぎさという強力ラインアップ。篠田三郎はどちらかと言うと狂言回し的な役どころでした。とにかく三國連太郎、岡田茉莉子、片平なぎさの三人が深良家のドロドロ感を盛り上げる、盛り上げる、凄いったらありゃしない(笑)。三國連太郎、岡田茉莉子に伍している片平なぎさは当時まだ25歳。若々しい美しさを湛えつつも、この頃から後に「2時間ドラマの女王」として君臨するようになるだけのオーラがあったともとれます。

 シャワーを浴びる片平なぎさを覗き込む三國連太郎の怪演などもありましたが、肩から上が片平なぎさ本人で、別のカットでの首から下は吹き替えです。映画初主演作だった「瞳の中の訪問者」('77年/東宝)の撮影中、シャワーシーンを控えた片瞳の中の訪問者 片平 志穂美.jpg平なぎさが共演者の志穂美悦子と一緒に大林宣彦監督から別室に呼び出されて「とても綺麗に撮りたい。美しい映像にしたい。(少し沈黙の後)脱いでくれないかな?」と言われ、片平なぎさも大林監督に対し敬意を表し、作品の撮影意図も理解していたものの、当時高校生であった彼女は、芸能界に入る時の条件として「絶対に脱がない」という父親との約束があったので、結局断ることとなり、この時もシャワーシーンはあったものの肩から下は擦りガラスでした(それ以降、現在に至るまで片平なぎさが撮影で脱ぐ事はなかった)。

「瞳の中の訪問者」('77年/東宝)志穂美悦子(手前)/片平なぎさ

高台の家 1976.jpg高台の家 1976 2.jpg 原作は松本清張の中編小説で、「週刊朝日」1972年11月10日号から12月29日号に、「黒の図説」第12話として連載され、1976年5月に『高台の家』収録の表題作として(他に「獄衣のない女囚」を収録)、文藝春秋から刊行されています(文春文庫、光文社文庫などで文庫化)。

松本清張の高台の家 katahira.jpg 原作では、深良英之輔が59歳で、妻は宗子は48歳、嫁の幸子は28歳という設定なので、当時の片平なぎさの実年齢25歳はかなり若いということになります。途中まで原作もドラマもほぼ同じですが、終盤から大きく異なります。

 建築家の森田が宗子と関係があったのはドラマと同じですが、原作では、ドラマとは逆に森田が宗子を旅館で絞殺し、その後、嫁・幸子を呼び出して雑木林で無理心中しようとしますが果たせなかったということになっています(このあたりは新聞記事報道の形式をとっている)。

「高台の家 00.jpg ドラマも原作も当主・英之輔とその妻・宗子の確執が軸になっていて、宗子の死をもって英之輔が"逆転勝利"を収めるのは同じですが、原作がそこで終わっているのに対し、ドラマではそこから片平なぎさ演じる嫁・幸子の"再逆転"があることになります(原作では事件後に幸子は実家に帰されてしまう)。

高台の家クレジット図2.jpg 監督は野村孝(「松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中」('80年/テレビ朝日))、脚本は橋本忍の娘・橋本綾(「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」('07年/日本テレビ))ですが、英之輔と宗子の両者の確執にとどまっている原作に対し、幸子を加えた三者の確執関係に発展させたドラマはこれはこれで面白く、結局、片平なぎさを主演に据え、したたかなヒロインとして描いたドラマにしたわけですが、三國連太郎、岡田茉莉子の好演と相俟って、トータルで原作を超えているように思えました。

地方紙を買う女.jpg 因みに、橋本綾脚本のドラマでは、「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」でも、内田有紀が演じる"女"が原作のように自殺はせず、逆に高嶋政伸演じる小説家を毒殺し、自分は病気の子どものために生き延びるという改変がされていました。ヒロインをしたたかな女性にしている点で、共通しているように思います。


高台の家1.jpg「松本清張の高台の家」●制作年:1985年●監督:野村高台の家2.jpg孝●プロデュース:白崎英介/大久保忠幸●脚本:橋本綾●撮影:西山誠●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●出演:片平なぎさ岡田茉莉子/篠田三郎/三國連太郎/隆大介/稲葉義男/片岡弘鳳/上田耕一/下塚誠/久保田民絵/山口嘉三/稲垣昭三●放送局:テレビ朝日●放送日:1985/04/13(評価:★★★★)

隆大介(「高台の家」建築家の森田)/2015年3月21日、マーチン・スコセッシ監督の新作映画「沈黙 -サイレンス-」の撮影のため台湾を訪れたが、台湾桃園国際空港にて入境審査の際、酒に酔っており、審査官に暴力を振るい骨折させた。現行犯逮捕され、公務執行妨害罪及び傷害罪にあたる罪で送検されたため「沈黙 -サイレンス-」の出演契約は解除された。/2021年4月11日、頭蓋内出血のため自宅にて死去、64歳。
高台の家 隆大介.jpg 隆大介図2.jpg 隆大介.jpg

光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)『中央流沙』['19年]/『高台の家』['19年]
中央流砂・高台の家.jpg

【1977年新書化[カッパ・ノベルズ]/1979年文庫化[文春文庫]/2011年再文庫化[PHP文芸文庫]/2019年再文庫化[光文社文庫プレミアム]】

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女優のためにラストをドラマチックに改変?これはこれでよい。でも、やはり原作の方が上。

秋津温泉d.jpg 秋津温泉11.jpg 秋津温泉12.jpg 秋津温泉 集英社.jpg
あの頃映画 「秋津温泉」[DVD]」岡田茉莉子/長門裕之 藤原審爾『秋津温泉 (集英社文庫)』(カバー・関野準一郎)
秋津温泉p.jpg秋津温泉3.jpg 太平洋戦争中、生きる気力を無くした青年・河本周作(長門裕之)は死に場所を求めてふらりと秋津温泉にくる。結核に冒されている河本は、温泉で倒れたところを、温泉宿の女将の娘・新子(岡田茉莉子)の介護によって元気を取り戻す。そして、終戦。玉音放送を聞いて涙する純粋な新子に心打たれた河本は、やがて生きる力をとり戻していく。互いに心惹かれる二人だったが、女将が河本を追い出してしまったために、河本は街に戻る。秋津温泉01.jpg数年後、秋津に再び現れた河本だが、酒に溺れて女にだらしない、堕落してしまった河本に、新子は苛立ちを覚える。そこで、河本が結婚したことを知った新子は、苦しい河本への思いを捨てきれないまま、河本を送り出す。その後、東京に行くことになった河本は再び秋津を訪れる。一途なまでに河本を思う新子、そして、優柔不断でだらしない河本は再び都会へ。さらに四たび秋津を訪れる河本、そのときには旅館を廃業した新子だったが、河本は新子との肉体の情欲にだけ溺れる。新子は、河本に一緒に死んでくれと言う―。

岡田茉莉子 吉田喜重1.jpg岡田茉莉子 吉田喜重2.jpg 1962(昭和37)年公開の吉田喜重(1933-2022/89歳没)監督作で、岡田茉莉子が「映画出演百本記念作品」として自らプロデュースし、初めて吉田喜重とコンビを組んで作り上げた作品(1962年キネマ旬報ベストテン第10位)。岡田茉莉子はこの映画の後で引退しようと考えたが、吉田喜重に「あなたは青春を映画に全て捧げて、もったいないかと思いませんか」と言われて引き留められたとのこと。そして、翌1963年に二人は結婚しています。

 映画は、温泉宿の娘・新子(岡田茉莉子)と宿泊客の青年・河本周作(長門裕之)との戦後17年、時代に流されてゆく男と、変わらぬ真情を抱きつつ裏切られる女の姿を描いており、原作小説のモデルとなった岡山の奥津温泉でのロケ、雪や桜などの風光美と、岡田茉莉子演じる女性の切なさ哀しさが重なり合う佳作です(岡田茉莉子は第17回「毎日映画コンクール女優主演賞」受賞)。
     
秋津温泉 (1949年)』    
秋津温泉 新潮社.jpg 原作『秋津温泉』は、藤原審爾(1921-1984/63歳没)が戦争中21歳の時に岡山での執筆を始め、戦災で吉備津に移り、戦後倉敷市で書き上げ、1947(昭和22)年12月に『人間小説集 別冊』1集として鎌倉文庫から刊行されて1947年上半期・第21回「直木賞」候補となり(授賞に至らなかったのは、川端康成系の"純文学"と受け止められたためのようだ)、1948年9月に講談社より刊行、さらに加筆版が 1949(昭和24)年12月に新潮社より刊行されています。

 原作は全5章。第1章「花風月雲」は、辺鄙な山奥にある静かな秋津の街に、17歳の〈私〉が未亡人である伯母に連れられてやって来るところから始まり、宿である秋鹿園で湯治客同士の交流があって、そこで直子という同じ年の女性と知り合って、〈私〉にとってはその直子さんの振る舞いは忘れられないものとなる―。

 第2章「春夢深浅」では、3年ぶりに秋鹿園にやってきた〈私〉は肺カタルになり帰郷。再び秋鹿園で療養するが、そこで旅館の娘・お新さんから「戦争が始まったのよ!」と知らされ、秋鹿園が軍医の宿舎として徴用されることになり、お新さんが送別会を催してくれて、その夜、酔ったお新さんに〈私〉は頬を寄せる―。

『秋津温泉』図2.jpg 第3章「流水行雲」では、〈私〉は5年ぶりに秋津を訪れるが、その時には"木綿のような、苦労するに向く"女・晴枝と同棲し。1歳の子もあり、秋鹿園を新装して、"熟れた美しさ"をもつ女将となった新子と再会、ある夜は浴室で"切迫した時間のなかで、私は燃えだしそうな体をもてあます"ことになり、お新さんの燃える情愛の中に入って」いくも、秋津の気配が醸す自然空間の巨大な時間の中で、情愛の虚しさ、自然から逃れられない人間の虚しさを覚える―。

 第4章「煩悩去来」では、8年後、小説家になった私が、子供を連れた直子さんと再会、一方。お新さんとの5年の歳月の間に揺れた情愛も、結局、妻子ある身では、そのどちらとも一緒に暮らすことは叶わぬ夢であり、それdふぇもまだ〈私〉は"煩悩の深み"から抜け出せず、愛欲の念を抑えることなく神を怖れぬ冒涜の上に生きようとするが、最後には愛欲苦からくる罪の深さを認識する―。

 第5章「密夜夢幻」では、お新さんが青洞寺の息子と結婚するのを祝福せねば秋津に向かうと。踊りの稽古をしていたお新さんは湯殿に案内してくれ、〈私〉の服を畳む。お新さんは「あなたが亡くなったからといって、あたしも死ねるかしら?」と、話の主の幻のように言い、その夜〈私〉はお新さんの純白の裸身を抱く―(原作あらすじは新潮文庫の小松伸六(1914-2006)の解説のに拠った)。

秋津温泉7.jpg 映画は、原作の第1章が丸々描かれていないので、主人公の河本が死に場所を求めて秋津温泉に行くというのがやや唐突な印象がありますが、その後のお新さんとの関係は、ほぼ原作に沿ったものになっているように思いました(河本が敗戦時に秋津にいて、その際のお新さんの涙を流す様子を見たというのは映画のオリジナルだが)。

秋津温泉 岡田茉莉子.jpg 映画は、岡田茉莉子演じるお新さんを美しく撮っていますが、原作の方はもう少し肉感的なところもあるような印象。それにしても、自分を裏切って妻子持ちになりながらも愛欲断ち切れず秋津にやってくる長門裕之演じる"ダメ男"の河本 (当初、配役を芥川比呂志でクランクイン、途中で芥川が病気で降板し、急きょ長門裕之を代役に立てて撮り直したとのことだが、長門裕之に向いている役だと思う)をなぜお新さんは諦め切れないのか。成瀬巳喜男監督(原作:林 芙美子)の「浮雲」(1955年/東宝)で森雅之演じる"ダメ男"を諦め切れない、高峰秀子演じる女性を想起しました(森雅之演じる"ダメ男"の虚無と、長門裕之演じる"ダメ男"の虚無は似ているが、前者の方が深かったか)。

秋津温泉 last.jpg 最も原作と違っているのはラストで、最後、河本と別れたあとに、思いつめた新子は手首を剃刀で切ります。それが、桜吹雪の中で抒情的に描かれていますが、原作では、寺の次男との結婚を控えた新子が「あたしはこれでいいのよ、これで倖せだわ」と話すところで終わっており、手首を切る場面はありません。脚本も吉田喜重なので、吉田喜重がこの作品のプロデュースした岡田茉莉子のために、ドラマチックな、悲劇的で美しい結末を用意したことは間違いないですが、映画としては、これはこれでよいとも思います。佳作であると思います。でも、やっぱり原作の方が上でしょうか。

藤原審爾の世界.jpg秋津温泉4.jpg「秋津温泉」●制作年:1962年●監督・脚本:吉田喜重●製作:白井昌夫●撮影:成島東一郎●音楽:林光●原作:藤原審爾●時間:112分●出演:岡田茉莉子/長門裕之/山村聡/宇野重吉/東野英治郎/小夜福子/日高澄子/吉田輝雄/芳村真理/桜むつ子/高橋とよ/清川虹子/殿山泰司/中村雅子/神山繁/小池朝雄/名古屋章/秋津温泉02.jpg下元勉/西村晃/草薙幸二郎/田口計/鶴丸睦彦/穂積隆信/辻伊万里/千之赫子/吉川満子/夏川かほる●公開:1962/06●配給:松竹●最初に観た場所(再見):神保町シアター(21-11-12)(評価:★★★★)
吉田輝雄(新聞記者)
「秋津温泉」吉田.jpg
宇野重吉(松宮謙吉)・山村聡(三上)・長門裕之(河本周作)・芳村真理(陽子)
秋津温泉10.jpg

「秋津温泉」ps.jpg

秋津温泉vhs.jpg

【1962年文庫化[角川文庫]/1978年再文庫化[集英社文庫]】

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〈ラーメン・ウエスタン〉のスタイル。人物造型もウェットでないのがいい。

「タンポポ」米国版ポスター.jpgタンポポ図2.jpgタンポポ 1985.jpg tampopo.jpg
タンポポ<Blu-ray>」/「Tampopo」米国版DVD

米国版ポスター['16年]

タンポポ61.jpg 長距離タンクローリーの運転手ゴロー(山﨑努)とガン(渡辺謙)がとある寂れたラーメン屋に入ると、店主のタンポポ(宮本信子)がタンポポ1.jpg幼馴染の土建屋ビスケン(安岡力也)にしつこく交際を迫られていたところだった。それを助けようとしたゴローだが逆にやられてしまう。翌朝、タンポポに介抱されたゴローはラーメン屋の基本を手解きしタンポポに指導を求められる。そして次の日から「行列のできるラーメン屋」を目指し、厳しい修行が始まる―。

タンポポ81.jpg 1985(昭和60)年公開の伊丹十三(1933-1997/64没)脚本・監督による「ラーメンウエスタン」と称したコメディ映画で、伊丹十三監督作としては、長「タンポポ」es.jpg編第1作「お葬式」('84年)と第3作「マルサの女」('87年)の間にくる作品ですが、公開当時は「お葬式」ほど注目されず、「マルサの女」が伊丹十三監督としての3年ぶりのブレイク作品になったように思います。実際、「お葬式」と「マルサの女」はそれぞれ第58回と第61回のキネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれていますが、この「タンポポ」はベストテンにも入っていません(ベストテン第11位)。やはり、ラーメン店の再興というのが、テーマ的に小粒と思われたのでしょうか(三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」('97年/東宝)で渡辺謙がタンクローリ0「藤田「タンポポ」.jpgーの運転手役で出演しており、この作品へのオマージュととれるし、三谷幸喜監督がこの作品を高く評価していることが窺える)。

藤田敏八(歯が沁みる男)

 「お葬式」は名画座で観て、「タンポポ」は90年頃ビデオで観ましたが(この作品はその後なかなかDVD化されず、先にDVD化された米国からの輸入版で観た人も多いようだ)、意外と「タンポポ」の方が面白かったのではないかと後で思いました。「タンポポ」米国版ポスター2.jpg伊丹十三作品の人気ランキングなどを見ると、「お葬式」「マルサの女」と並んでこの「タンポポ」はベスト3に入っていることが多いですし、個人的には、「マルサの女」に匹敵する面白さだとは思っていましたが、今回観直して、これは「マルサの女」よる上ではないかと(評価○から◎に変更!)。

 米国では日本公開の翌年の1986年12月にニューヨークのジャパン・ソサエティーにて初上映され、翌年3月、近代美術館(MOMA)で新人監督シリーズの一本として上映されるとたちまち話題を呼び、一般公開にて大ヒットを記録、その年の全米の外国映画興行成績第5位にランクインし、その後も長きに渡り"海外でヒットした日本映画"として、世界中に記憶されることとなったといいます。

2016年10月、4Kデジタルリマスター版での30年ぶりの全米公開が決まり、皮切り上映されたニューヨークで、新たに制作された米国版ポスターを前に舞台挨拶をする宮本信子氏[写真:産経新聞(三品貴志氏撮影)]
  
タンポポ山崎1.jpg 米国で受け入れられたのは、〈ラーメン・ウエスタン〉のスタイルで「シェーン」('53年)を換骨奪胎したストーリータンポポ図2 (2)1.jpgを作り上げたことが大きいと思います。ラーメン店を一人で営む宮本信子の下にふらりと店に入ってきたトラック運転手の山崎努にしても常にカウボーイハットだし、自分たちの店のラーメンの味を貶された男たりがタンポポの店に押し掛ける時も、4人の男の内1人はさりげなくカウボーイハットで大いなる西部J.jpgした(ここは「OK牧場の決斗」('57年)風か)。そう言えば、土建屋の安岡力也も洋風の帽子でした。山崎努と殴り合った末に友情を築くのは、グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンの延々と続く殴り合いのシーンで知られる「大いなる西部」('58年)へのオマージュではないでしょうか。アメリカ人は観ていてぴんとくるのでしょう。

「大いなる西部」('58年)チャールトン・ヘストン/グレゴリー・ペック

 山田洋次監督、高倉健主演の「遙かなる山の呼び声」('80年)なども「シェーン」へのオマージュ作品(ほぼパクリか)ですが、「タンポポ」の場合、ストーリー的には予定調和でありながらも、日本人的なウエットなキャラクターではなく、アメリカ映画的なドライな人物造形を意図的に模倣している点が、アメリカでスムーズに受け入れられる要因となったのではないかと思います。

「タンポポ」ロード.jpg また、この作品の中には、13の食べ物にまつわるエピソードが織り交ぜられているということで、それらも愉しめたし、今思うと、錚々たる面子(メンツ)の俳優がそれらサブストーリーに出ていたことが思い起こされ、暫く観ていない人は観直してみるのもいいのではないでしょうか。メインストーリーに関わる登場人物が主役の宮本信子、山崎努らを含め23名なのに対し、サブストーリーの登場人物が冒頭の役所広司、黒田福美(ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」のパロディか。黒田福美はこの作品以降、伊丹作品の常連に)を筆頭に46名と倍以上いるといいいます。

タンポポ 大友.jpg また、渡辺謙演じるガンが本を読みながら頭の中で描き出しているラーメンの先生を演じた大友柳太朗(1912‐1985/73歳没)は、この映画が公開される前の1985年9月27日、東京都港区の自宅マンション屋上から飛び降り自殺しています。したがって、この「タンポポ」が遺作となったわけですが、死の前日には自ら監督の伊丹十三(この人も'97年に自殺することになるのだが)に電話をかけ、自分の出番がすべて撮影済みであることを確認していたそうです。

市川右太衛門・大友柳太朗「大江戸七人衆」('58年)/大友柳太朗「酒と女と槍」('60年)/「赤穂浪士」('61年)
大江戸七人衆6.jpg酒と女と槍002.jpg赤穂浪士 大友.jpg この大友柳太朗という人は、1950年代には「片岡千恵蔵・市川右太衛門の両御大、中村錦之助・東千代之介・大川橋蔵の三羽烏よりも稼ぎ頭だ」と言われたほどの人気で、松田定次監督の「大江戸七人衆」('58年/東映)の七人衆の一人、旗本の平原役は市川右太衛門と同格か次席格で、大川橋蔵や東千代之介より上の格付けでしたし、内田吐夢監督、海音寺潮五郎原作の「酒と女と槍」('60年/東映)では主人公の富田高定を演じ(この映画、高定の"上司"格である前田利長役で片岡千恵蔵が客演している)、これも松田定次監督の「赤穂浪士」('61年/東映)でも原作者・大佛次郎が創造したキャラクターでフジテレビ「北の国から」 .jpgある、千坂兵部(市川右太衛門)の命により大石内蔵助(片岡千恵蔵)ら赤穂浪士の動向を探る浪人「堀田隼人」という重要な役どころでした。80年代には現代劇において老人役として人気を博しましたが、次第に台詞覚えに苦労するようになり「老人性痴呆にかかった」と悲観しはじめ、不眠症にも悩まされるようになり、特に後輩の杉良太郎からの執拗なダメ出し・批判に悩まされ、自信を喪失していったとのことです。

フジテレビ「北の国から」右は吉岡秀隆


タンポポs.jpg 因みに、西洋レストランで行われていた岡田茉莉子が講師を務めるマナー講座の近くの席で、パスタをすすったりげっぷを放つなどの騒音を出し、生徒たちが全員真似てパスタをすすって食べる元凶となった太った外人は、フランス出身のパティシエで日本で初となるフランス菓子専門店を開店させたアンドレ・ルコント(1932-1999)という人です。東京オリンピックを翌年に控えた1963年、ホテルオークラのシェフ・パティシエとして初めて日本を訪れ、本格的な砂糖菓子の彫刻を日本で最初に広めた人物です。


タンポポ5.jpgタンポポ4.jpg「タンポポ」●制作年:1985年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:田村正毅●音楽:村井邦彦●時間:115分●出演:山﨑努/宮本信子/渡辺謙/役所広司/安岡力也/加藤嘉/桜金造/大滝秀治/黒田福美/岡田茉莉子/高橋長英/橋爪功/大犮柳太朗/津川雅「タンポ」ポ 橋爪.jpg「タンポポ」井川.jpg彦/原泉/藤田敏八/高見映(高見のっぽ)/ギリヤーク尼ヶ崎/洞口依子/アンドレ・ルコント/中村伸郎/林成年/田武謙三/井川比佐志/三田和代/大月ウルフ/上田耕一●公開:1985/11●配給:東宝(評価:★★★★☆)
橋爪功(ホテルのボーイ)/井川比佐志(危篤の妻(三田和代)にチャーハンを作らせる男)

《読書MEMO》
●挿入されるエピソード(順不同。とりあえず13?)
タンポポ 紹興酒 海老.jpg➀ 白服の男(役所広司)とその情婦(黒田福美)が冒頭に登場し、映画館の最前列を陣取って食事をしようとする。
② 白服の男と情婦が口移しで生卵の黄身を崩さず何度もやりとりする(このほかに、白服の男が生きたままのエビに紹興酒をかけ、情婦の下腹に乗せ、情婦がくすぐったがって悶絶するというシーンもある)。
③ 白服の男が海辺の若い海女(洞口依子)から買った生牡蠣を食べ、殻で切った唇の血をその若い海女が舐める。
④ ガン(渡辺謙)が頭の中で創造した老人(大友柳太朗)がガンにラーメンの由緒正しい食べ方を教える。
⑤ レストランで食事マナーを生徒に教える講師(岡田茉莉子)の傍で外国人がズズッーとスパゲッティを啜って食べる。
⑥ 接待での場でフランス語メニューの読めない顧客と上司が当たり障りない注文し、フランス語は読めるが空気が読めない新米社員が高級料理や高級ワインを次々にオーダーする。やり取りを見たボーイ(橋爪功)は密かにほくそ笑む。
⑦そば屋で餅を喉につまらせた老人(大滝秀治)が、ゴロー(山崎努)らに助けられて、老人は御礼にとスッポン料理を一同に振舞う。
⑧ 食の細いターボー(タンポポの息子)にホームレスのシェフ(高見映(高見のっぽ))が、自分がリストラされたレストランに夜忍び込み、本物のオムライスを作って食べさせてやる(高見映は"ノッポさん"の帽子を被っている)。
⑨ 親から自然食しか与えらない子がソフトを食べる男(藤田敏八)をじっと見るので、男は自分のソフトをやる。
⑩ 食品店の柔らかい食材を触り回る老婆(原泉)とそれを見張る店長(津川雅彦)が深夜の店内で追っかけっことなる。
⑪ 東北大名誉教授を装うスリ(中村伸郎)に北京ダックを奢り、偽投資話で騙そうとする詐欺師(林成年)だったが...。
⑫ 幼い子どもらを持つ男(井川比佐志)が、危篤の妻(三田和代)にどうしてよいか分からずチャーハンを作らせる。
⑬ ラスト‥クレジットロールの背景に映し出される「授乳」シーン(人間にとって最初の食事であるということか)

タンポポ13.jpg

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小川眞由美版ドラマと比べると...。山崎努の演技は愉しめたが、岡田茉莉子の設定年齢がきつい。

『黒の奔流』.jpg
黒の奔流 01 - コピー.jpg 「黒の奔流」0001.jpg
<あの頃映画> 黒の奔流 [DVD]」岡田茉莉子/山崎努
「黒の奔流」0008.jpg黒の奔流 ポスター1.jpg
 ある殺人事件の裁判が始まった。事件とは多摩川渓谷の旅館の女中、貝塚藤江(岡田茉莉子)が馴染みの客(穂積隆信)を崖から突き落した、というのである。しかし藤江はあくまでも無罪を主張した、が、状況的には彼女の有罪を裏付けるものばかりだった。この弁護を担当したのが矢野武(山崎努)である。矢野はこの勝ち目の薄い事件を無罪に出来たら一躍有名になり、前から狙っている弁護士会々長・若宮正道(松村達雄)の娘・朋子(松坂慶子)をものにできるかもしれない、という目算があったのである。弁護は難行したが、矢野は見事、無罪判決を勝ら取る。「黒の奔流」 001.jpgたが、矢野は見事、無罪判決を勝ら取る。「黒の奔流」 01.jpgそして矢野の思惑通り、マスコミに騒がれるとともに、若宮と朋子の祝福を受け、若宮は朋子の結婚相手に矢野を選ぶ。一方、藤江を自分の事務所で勤めさせていた矢野は、ある晩、藤江を抱く。藤江は今「黒の奔流」松坂慶子1 (1).jpgでは矢野への感謝の気持ちが思慕へと変っていた「黒の奔流」 1972  okada.jpgのだ。やがて藤江は矢野が朋子と結婚するということを知る。藤江が朋子のことを失野に問いただすと、矢野は冷たく「僕が君と結婚すると思っていたわけではないだろうね」と言い放ち、去ろうとする。そこで藤江は、あの事件の真犯人は彼女であること、もし矢「黒の奔流」岡田茉莉子.jpg野が別れるなら裁判所へ行って全てを白状すると逆に矢野を脅迫する。矢野は、藤江はやりかねない、それは自分の滅亡を意味すると憔悴し、やがて藤江に対して殺意を抱く。翌日、矢野は藤江に詫びを入れて旅行に誘うと、藤江は涙ながらに喜び、数日後、富士の見える西湖畔に二人は投宿する。藤江は幸せだった。翌朝、矢野は藤江を釣に誘う。人気のない霧の湖上を二人を乗せたボートが沖へ向う―。
 
種族同盟 松本清張.jpg 1972(昭和47)年公開の渡辺祐介(1927- 1985/58歳没)監督作で、原作は松本清張が1967(昭和42)年に発表した中編小説「種族同盟」(中短編集『火と汐』('68年/ポケット文春)収録)。原作は、新宿のバーのホステス・杉山千鶴子(23歳)が東京の西の外れの渓谷で殺害され、被害者のペンダントを所持していたことが決め手となり、死体発見現場から2キロほど離れた旅館「春秋荘」の番頭・阿仁連平が逮捕されるというものであり、これを映画では男女を逆転させ、旅館の女中が馴染みの客を殺害したという設定になっています。

松本清張ほか著/日本推理作家協会編『種族同盟―現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』(カッパ・ノベルス 1969.01)

 また、原作は中編であり、弁護士(一人称で語られるため、弁護士の名は出てこない)が自分が裁判で救った元被告に恐喝され、殺意を抱くところで終わりますが、映画はそこから、新たな愛憎劇を展開させてみせます。

 この映画化作品のほか、これまで3回テレビドラマ化されています。
 ・1979年「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(テレビ朝日)小川眞由美・高橋幸治・金沢碧
 ・2002年「松本清張没後10年記念企画・黒の奔流」(テレビ朝日)渡瀬恒彦・さとう珠緒・純名里沙
 ・2009年「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子
 これら何れもが、殺人被害者を男性とし、女性を被告にしている点や、裁判終了後に弁護士と女性との間で愛憎劇を繰り広げる点において、原作のドラマ化と言うより、映画のリメイクと言った方が相応しいものとなっており、この映画脚本は(タイトルもそうだが)それだけ後に影響を与えたと言えるかと思います。

 個人的には小川眞由美(千鶴子役、つまり原作で殺害される女性と同じ名前になっている)版と船越英一郎版を観ましたが、映画も含め共通して言えるのは、最後、女性の男性に対する無理心中的な終わり方になっている点です。

黒の奔流l2.jpg この岡田茉莉子版の映画では、矢野がボートを止めると矢野の殺意には既に気づいていたと藤江が呟き、矢野は舟底のコックを抜いて脱出しようとした瞬間、藤江の体が矢野の上にのしかかり、「先生を誰にも渡さない!」と言って、それまで果物の皮を剥いていたナイフで矢野を刺すというもの。これに近いのが小川眞由美版で、見た目はほぼ同じです(船越英一郎版にはボートシーンがなく、星野真里演じる女がいきなり公衆の面前で弁護士を刺す)。

松本清張の種族同盟図9.jpg ただし、岡田茉莉子版の映画と小川眞由美版のドラマでは、ラストに至るプロセスが若干異なっており、映画では藤江はこれから弁護士としての輝かしい道を歩もうとする矢野の前に再三現れ、「私、あなたの女でいいと言ったことを撤回します!」と言って妊娠したことを逆手にとり結婚を迫るのに対し、ドラマでは、小川眞由美演じる女は最後まで「先生とのことは誰にも喋らない」「二度と先生の前には現れない」と言い、ボート上で弁護士を刺すのも、裏切られた恨みからと言うより、「先生、人殺しなんかしないで」という思いによるものとなっています。

「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」 (1979/05 テレビ朝日) ★★★★☆(小川真由美/高橋幸治)

【黒の奔流】松坂慶子岡田茉莉子.jpg どちらも女性の方に覚悟は出来ている印象ですが、どちらが切ないかと言えば、小川眞由美版の方が上でしょう。最近、この小川眞由美版のドラマを観て、なかなかよく出来ているなあと思って、それで岡田茉莉子版の映画を観直してみたのですが。映画版は、岡田茉莉子、山崎努の演技は愉しめましたが(特に、普段は渋くてクールだったのが、事態が思わぬ方向に行って、何度も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる演技は可笑しかった)、トータルではやはりドラマの方が上でした(ただし、映画をベースにドラマ化していることを考えると映画もさるもの。渡辺祐介監督の演出も悪くない)。

 映画版は、当時39歳の岡田茉莉子が25歳の藤江を演じているというのも、ちょっと見た目きつかったように思います。後半はその演技力で盛り返してきますが、やはり、受け身的な演技にならざるを得ない序盤の裁判シーンなどで、はっきり25歳と言われてしまうと、抵抗感がありました。実年齢では山崎努が当時36歳で、岡田茉莉子より3歳下だからなあ。当時20歳の松坂慶子が、山崎努演じる弁護士の婚約者役で出ているだけに、薹(とう)が立っているのが対比的に目立ちました。25歳という設定で、原作の23歳より2歳足しただけなのですが、もっと年嵩のいった年齢設定にしてもよかったのでは(まあ、小川眞由美も同じく39歳でこの役を演じていたのだが)。

撮影合間写真(松坂慶子/岡田茉莉子)

の奔流」山崎努0.jpg 黒の奔流」山崎努0図1.jpg の奔流」山崎努1.jpg

山崎努(弁護士・矢野武)/谷口香(矢野の助手・岡橋由基子)/佐藤慶(検事・倉石)/松坂慶子(若宮朋子)
黒の奔流図1.jpg

「黒の奔流」 1972 ps.jpg黒の奔流 91.jpg「黒の奔流」●制作年:1972年●監督・脚本:渡辺祐介●製作:猪股尭●脚本:国弘威雄/渡辺祐介●撮影:小杉正雄●音楽:渡辺宙明●時間:90分●出演:岡田茉莉子(貝塚藤江)/山崎努(矢野武)/谷口香(岡橋由基子)/松村達雄(若宮正道)/福田妙子(若宮早苗)/松坂慶子(若宮朋子)/中村伸郎(北川大造)/中村俊一(楠田誠次)/穂積隆信(阿部達彦)/玉川伊佐男(弁護士・三木)/佐藤慶(検事・倉石)/河村憲一郎(裁判長・松本)/加島潤(判事・細川)/小森英明(判事・竹内)/岡本茉利(太田美代子)/菅井きん(杉山とく)/金子亜子(とくの娘)/伊藤幸子(今村カツ子)/谷村昌彦(タクシー運転手)/生井健夫(弁護士)/石山雄大(弁護士)/久保晶(弁護士)/水木涼子(小坂清子)/光映子(森本澄子)/藤田純子(和江)/秩父晴子(管理人)/荒砂ユキ(アパートの隣人)/園田健二(記者)/岡本忠行(記者)/江藤孝(記者)/大船太郎(記者)/高畑喜三(廷吏)/松原直(廷吏)/土田桂司(刑事)/高杉和宏(刑事)/村上記代(仲居)●公開:1972/09●配給:松竹(評価:★★★☆)

「●成瀬 巳喜男 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒【3085】 成瀬 巳喜男 「放浪記
「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ 「●「毎日映画コンクール 日本映画大賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「ブルーリボン賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ 「●斎藤 一郎 音楽作品」の インデックッスへ 「●高峰 秀子 出演作品」の インデックッスへ「●森 雅之 出演作品」の インデックッスへ「●加東 大介 出演作品」の インデックッスへ「●山形 勲 出演作品」の インデックッスへ「●岡田 茉莉子 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○東宝DVD名作セレクション(成瀬巳喜男監督作品) 「●は 林 芙美子」の インデックッスへ

原作も傑作。主人公はなぜクズ男を追い続けるのか。水木洋子の答えは...。

映画 浮雲.jpg映画 浮雲  e.jpg浮雲dvd.jpg  浮雲 新潮文庫.jpg
浮雲 [DVD]」『浮雲 (新潮文庫)
高峰秀子/森雅之

映画 浮雲 仏印.jpg 戦時中の1943年、農林省のタイピストとして仏印(ベトナム)へ渡ったゆき子(高峰秀子)は、同地で農林省技師の富岡(森雅之)に会う。当初は富岡に否定的な感情を抱いていたゆき子だが、やがて富岡に妻が居ることを知りつつ2人は関係を結ぶ。終戦を迎え、妻・邦子(中北千枝子)との離婚を宣言して富岡は先に帰国する。後を追って東京の富岡の家を訪れるゆき子だが、富岡は妻とは別れていなかった。失意のゆき子は富岡と別れ、米兵ジョー(ロイ・ジェームス)の情婦になる。そんなゆき子と再会した富岡はゆき子を詰り、ゆき子も富岡を責映画 浮雲 加東.jpgめるが結局2人はよりを戻す。終戦後の混乱した経済状況で富岡は仕事が上手くいかず、米兵と別れたゆき子を連映画 浮雲 岡田 加東.jpgれて伊香保温泉へ旅行に行く。当地の「ボルネオ」という飲み屋の主人・清吉(加東大介)と富岡は意気投合し、2人は店に泊めてもらう。清吉には年下の女房おせい(岡田茉莉子)がおり、彼女に魅せられた富岡はおせいとも関係を結ぶ。ゆき子はその関係に気づき、2人は伊香保を去る。妊娠が判明したゆき子は再び富岡を映画 浮雲es.jpg訪ねるが、彼はおせいと同棲していた。ゆき子はかつて貞操を犯された義兄の伊庭杉夫(山形勲)に借金をして中絶する。術後の入院中、ゆき子は新聞報道で清吉がおせいを絞殺した事件を知る。ゆき子は新興宗教の教祖になって金回りが良くなった伊庭を訪れ、養われることになる。そんなゆき子の元へ落魄の富岡が現れ、邦子が病死したことを告げる。富岡は新任地の屋久島へ行くことになり、身体の不調を感じていたゆき子も同行するが―。

映画 浮雲 p.jpg浮雲4.jpg 成瀬巳喜男監督の1955年作品で、同年のキネマ旬報ベストテン第1位、監督賞、主演女優賞(高峰秀子)、主演男優賞受賞作品(森雅之)。「毎日映画コンクール」日本映画大賞、「ブルーリボン賞」作品賞も受賞。『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫)で第5位、キネ旬発表の1999年の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」で第2位、2009年版(キネ旬創刊90周年記念)」でも第3位に入っています。

 原作は、林芙美子(1903-1951/47歳没)の'51(昭和26)年刊行の『浮雲』(六興出版)で、49(昭和24)年秋から足かけ3年、月刊誌に書きついで完成したもの(「風雪」'49(昭和24)年11月~'50(昭和25)年8月、「文学界」'50(昭和25)年9月~'51(昭和26)年4月)。作者はこの年の6月に心臓麻痺で急逝しており、'49年から'51年にかけては9本の中長編を並行して新聞・雑誌に連載していたことから、過労が原因だったとも言われています。

 映画の方は、小津安二郎が、「俺にできないシャシンは溝口の『祇園の姉妹』と成瀬の『浮雲』だ」と言ったことが有名です。また、笠智衆の思い出話で、「浮雲」を小津安二郎に誘われて小田原で二人で観た時、映画館を出た後に口数が少なく黙りがちだった小津が、ポツリ、「今年のベストワン、これで決まりだな」と言ったというエピソードがあります(笠智衆『俳優になろうか―私の履歴書』)。

 成瀬巳喜男作品の中でも傑作だと思います。男の小ずるさを完璧に体現した森雅之の至芸、そんな男をずるずると追い続ける女の哀れを現し切った高峰秀子の秀逸な演技。戦時下の仏印、焼け跡のうらぶれたホテル、盛り場裏の汚い小屋住まい、長岡温泉、そしてラストの屋久島と、舞台を変えながら繰り返される二人の会話の哀しさや愚かさには、背景や二人が置かれている状況にマッチした絶妙の呼吸があり、リアリティに溢れていました。

 原作を読むと、セリフも含め原作にほぼ忠実に作られているのが分かり、そもそも原作が傑作なのだなあと改めて思わされます。それを見事に映像化した成瀬巳喜男監督もさることながら、原作に中から映像化すべきところを的確に抜き取った脚本の水木洋子(1910-2003/92歳没)もなかなかではないかと思います。

映画 浮雲 2.jpg しかし、なぜ主人公のゆき子は、富岡みたいな優柔不断なくせに女には手が早いクズ男をいつまでも追いかけまわすのか、これが映画を観ていても原作を読んでいても常について回る疑問でした。だだ、この点について訊かれた水木洋子は、彼女が別れられないのは「身体の相性が良かったからに決まっているじゃない」といった類の発言をしている水木洋子.jpgそうです。そう思って映画を観ると、あるいは原作を読むと、映画にも原作にもそうしたことは全く描かれていないのですが、にもかかわらず何となく腑に落ちて、これって所謂"女の性(さが)"っていうやつなのかなあと。

水木洋子(1910-2003)

高峰秀子
浮雲ード.jpg 当初主演を依頼された高峰秀子は「こんな大恋愛映画は自分には出来ない」と考え、自分の拙さを伝えるために台本を全て読み上げたテープを成瀬らに送ったが、それが気合いの表れと受け取られ、ますます強く依頼される羽目になったとのことです(潜在的には演じてみたい気持ちがあったのでは)。

 一方、'80年代に吉永小百合と松田優作のダブル主演でリメイクが計画されたものの、本作のファンであり、高峰秀子を尊敬していた吉永小百合が「私には演じられない」と断ったため実現しなかったという逸話もあります(吉永小百合には"女の性(さが)"を演じることは重すぎたということか)。

「映画ファン」昭和30年1月号 新作映画紹介「浮雲」
新作映画紹介『浮雲』2.jpg

新作映画紹介『浮雲』1.jpg 

森雅之/岡田茉莉子
映画 浮雲 岡田茉莉子11.jpg映画 浮雲 岡田茉莉子0.jpg「浮雲」●制作年:1955年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:124分●出演:高峰秀子/森雅之(大映)/岡田茉莉子/山形勲/中北千枝神保町シアター(21-04-13).jpg子/加東大介/木匠マユリ/千石規子(東映)/村上冬樹/大川平八郎/金子信雄/ロイ・ジェームス/林幹/谷晃/恩田清二郎/森啓子/馬野都留子/音羽久米子/出雲八重子/瀬良明/堤康久/神保町シアター.jpg木村貞子/桜井巨郎/佐田豊●公開:1955/01●Floating Clouds yamagata1.jpg配給:東宝●最初に観た場所(再見):神田・神保町シアター(21-04-13)(評価:★★★★☆)

山形勲(ゆき子がかつて貞操を犯された義兄・伊庭杉夫)
  
  
《読書MEMO》
是枝裕和監督の選んだオールタイムベスト10["Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)]
 ●ラルジャン(ロベール・ブレッソン)
 ●恋恋風塵(ホウ・シャオシェン)
 ●浮雲(成瀬巳喜男)
 ●フランケンシュタイン(ジェームズ・ホエール)
 ●ケス(ケン・ローチ)
 ●旅芸人の記録(テオ・アンゲロプロス)
 ●カビリアの夜(フェデリコ・フェリーニ)
 ●シークレット・サンシャイン(イ・チャンドン)
 ●シェルブールの雨傘(ジャック・ドゥミ)
 ●こわれゆく女(ジョン・カサヴェテス)

    

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主人公を男性から女性に変えて成功したとも言えるし、原作と別物になったとも言える。

06『顔』.jpg 顔 映画 0.jpg 顔 (1956年) (ロマン・ブックス).jpg 『顔・白い闇』.JPG
<あの頃映画> 顔 [DVD]」岡田茉莉子/大木実『顔 (1956年) (ロマン・ブックス)』(顔/殺意/なぜ「製図」が開いていたか/反射/市長死す/張込み)『顔・白い闇 (角川文庫)』(顔/張込み/声/地方紙を買う女/白い闇)
顔 (1956年) (ロマン・ブックス)』『声―松本清張短編全集〈5〉 (カッパ・ノベルス)
『顔』ロマン・ブックス.jpg声―松本清張短編全集〈5〉 (カッパ・ノベルス).jpgchapter_l_0001.jpg 東海道線の夜行列車にある男が乗り込み、そこである女を見つける。その女・水原秋子(岡田茉莉子)は、元は安酒場で働いていたが、ふとしたことでファッションモデルの幸運を掴みこれを手放すまいと懸命になっていた。一方の男・飯島(山内明)は無免許の堕胎医だった。秋子はプロ野球二軍選手の江波(森美樹)と結婚しようとしていたが、飯島は酒場時代の秋子の古傷に触れ彼女を苦しめていたのだ。飯島は、秋子の大阪でのショーの帰りを追って夜行列車に乗り込んだのだが、洗面所で秋子と口論となり、揉み合いになって列車から落ち、付近の病院に搬送されるも間もなく死亡する。警察chapter_l_0002.jpgは事件を軽く見たが、長谷川刑事(笠智衆)は何かあると確信、病院の死体置場に贈主不明の花束が届いたことから疑念を深め、列車の乗客で事件の目撃者である石岡三郎(大木実)に辿り着く。石岡は洗面所で秋子の顔を見たという。その新聞記事を見て秋子はモデルをやめ、江波と田舎に帰る決心するが、秋子の最後のショーに、長谷川刑事が石岡を連れて首実検に来る。驚く秋子だったが、石岡は犯人はいないと刑事に告げる。chapter_l_0003.jpg止むなく警察は石岡を尾行したがマカれてしまう。その頃、秋子のアパートでは江波が田舎へ行くため荷造りをしていた。そこへ石岡が現れ、秋子はいなかったが、去り際に表で帰って来た秋子に会う。石岡は秋子を旅館に連込み脅迫したが、そこを出た途端トラックに轢かれ死ぬ。秋子がアパートに戻ると、江波は石岡との関係を難詰、別れると言い出す。秋子は、呆然として外に出た。長谷川刑事らは漸く飯島殺し犯人として秋子を突止める。夜の銀座を彷徨う秋子。それをパトロールカーのサイレン音がけたたましく追う―。 笠智衆(長谷川刑事)

 原作は、「小説新潮」1956(昭和31)年8月号に掲載され、同年10月、講談社ロマン・ブックスより刊行された松本清張による初の推理小説短編集の表題作となり(所収作品:顔、殺顔 1957年 okada31.jpg意、なぜ「星図」が開いていたか、反射、市長死す、張込み)、この短編集は1957(昭和32)年・第10回「日本探偵作家クラブ賞(第16回以降「日本推理作家協会賞」)」を受賞作しています。
岡田茉莉子(水原秋子)
右から岡田茉莉子(水原秋子)・笠智衆(長谷川刑事)・大木実(石岡)
顔  大木 岡田 笠智衆.jpg ただし、原作の「顔」の主人公はファッションモデル女性ではなく、井野良吉という劇団員で、最近味のある役者として人気が出てきて、映画出演も決まり始めた男性です(つまり映画は主人公の性別を改変している)。実は彼は過去に女性を旅行に誘って殺害しようとして目的を果たすも、その土地に向かう途中の列車内で女性が知り合いの男性と出会ったところから二人でいるのを目撃されたため、今度はその男を理由をつけて旅行に誘い出し、殺害しようとします。ところが、その誘いを訝った男性は警察に相談し、警察は井野が犯人と確信、その旅行についてきて、旅館が井野と同宿だったために鉢合わせに。そこで実質的に首実検の状況になったわけですが、ところが、男には井野が自分が列車内で見た人物と同一人物には見えない! 見えないから当然、コイツが犯人だととも言えない(この点が、石岡が秋子を同一人物と分かりながらも、後で脅迫するために、その場では「犯人はここ中にはいない」と刑事に言っている映画とは大きく異なる)。

 結局、最終的には偶然どこかで井野が犯人であることが男にはわかるわけで、どこで分かるかは読んでのお楽しみですが、人間の記憶の機微を扱った短編らしいモチーフの作品です。ただし、このままだと映画になりにくい短編でもあるので、主人公を男性から女性に変えて、サイドストーリーを幾つも付け足して映画として"見栄えある"ものにしたとも言えるし、原作のモチーフを映画では活かしていないので、原作と別物になったとも言えるかと思います。

松本清張2 .jpg 原作者の松本清張は、自分の短編が映像化する際に話を膨らますことについては鷹揚であったようで、むしろ、短編をどうやって1時間半なり2時間なりの物語に加工するかこそが映画監督らの力量とみていたようです。自身の短編の映画化作品で最も評価していたのは、野村芳太郎監督の「張込み」('58年/松竹)だったようで、「原作を超えている」と言っていたそうですが、この「顔」については、脚本で原作が「改悪」されたと見て、それ以来映画会社を信用しなくなり「物申す原作者」になったとのことです。個人的には、原作を超えたとまでは言い難いですが、まずまずだったように思います。ただし、原作のモチーフを活かしていないので、「別物」として"まずます"ということになります。

 映画の中で、石橋湛山が自民党総裁で岸信介と争って勝った出来事が銀座のビルのテロップニュースで流れる場面がありますが、これは1956年12月のことで、岸信介に7票差で競り勝って総裁に当選した石橋湛山は、12月23日に内閣総理大臣に指名されています。原作が「小説新潮」1956年8月号に掲載されたもので、この映画の公開が1957年1月22日なので、撮影時の時事ネタを織り込んだといったところでしょうか。それにしても、雑誌の8月号に発表された短編が翌年1月には映画になるなんて、当時の松本清張の人気を窺わせます。ただし、過去に10回以上ドラマ化されていますが、映画化作品はこの大曽根辰夫監督の作品のみです。

・1958年「顔」(日本テレビ)三橋達也(井野)・花柳喜章(石岡)
・1959年「顔」(KRテレビ(現TBS))天本英世(井野)・高野真二(石岡)
・1962年「松本清張シリーズ・顔」(NHK)南原宏治・松宮五郎
・1963年「顔」(NET(現テレビ朝日))大木実(井野)・大坂志郎(石岡)
・1966年「松本清張シリーズ・顔」(関西テレビ・フジテレビ)山崎努・内田稔
・1978年「松本清張おんなシリーズ・顔」(TBS)大空真弓(井野)・織本順吉(石岡)
・1978年「松本清張の「顔」・死の断崖」(テレビ朝日)倍賞千恵子(井野)・財津一郎(石岡)
・1982年「松本清張の「顔」」(TBS)烏丸せつこ・浅茅陽子
・1999年「「松本清張特別企画・顔」(TBS)戸田菜穂 (井野)・斉藤慶子(石岡)
・2009年「松本清張ドラマスペシャル 顔」(NHK)谷原章介(井野)・高橋和也(石岡)
・2013年「松本清張スペシャル 顔」(フジテレビ) 松雪泰子・田中麗奈・坂口憲二

・1978年「松本清張の「顔」・死の断崖」(テレビ朝日)倍賞千恵子・山口崇・財津一郎・今井健二
「松本清張の「顔」」t.jpg 「松本清張の「顔」」01.png 「松本清張の「顔」」03.png 「松本清張の「顔」」04.png
・2009年「松本清張ドラマスペシャル 顔」(NHK)谷原章介/2013年「松本清張スペシャル 顔」(CⅩ)松雪泰子
松本清張ドラマスペシャル 顔.jpg松本清張SP--松雪泰子の「顔」.jpg

  
   
顔 映画00.jpg「顔」okada.jpg「顔」●制作年:1957年●監督:大曽根辰夫●脚本:井手雅人/瀬川昌治●撮影:石本秀雄●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「顔」●時間:104分●出演:岡田茉莉子/大木実/笠智衆/森美樹/宮城千賀子/佐竹明夫/松本克平/千石規子/小沢栄(小沢栄太郎)/山内明/細川俊夫/内田良平/永田靖/乃木年雄/草島競子/永井秀明/十朱久雄/笹川富士夫/高村俊郎●公開:1957/01●配給:松竹(評価:★★★☆)
顔 映画 dvd.jpg

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「晩秋」に似た終わり方。テーマも同じく「娘を嫁にやった男親の悲哀と孤独」。

秋刀魚の味 チラシ.jpg秋刀魚の味 dvd.jpg 秋刀魚の味 ブルーレイ.jpgあの頃映画 秋刀魚の味 [DVD]」「「秋刀魚の味」 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]」 

秋刀魚の味 宴席.jpg 初老のサラリーマン平山周平(笠智衆)は、秋刀魚の味 岩下.jpg妻を亡くして以来、24歳になる長女・路子(岩下志麻)と次男・和夫(三上真一郎)の三人暮らしで、路子に家事を任せきって生活している。そのことに後ろめたさを感じつつ、まだ嫁にやるには早い思いたい周平に、同僚の河合(中村伸郎)が路子の縁談を持ちかける。最初は乗り気でない周平だったが、河合のしつこい説得と、一人娘の婚期を遅れさせ後悔する恩師の姿を見るにつれ、ついに路子へ縁談話をするが、急な話に路子は当惑する―。

Sanma no aji (1962) 1.jpg秋刀魚の味1カット.jpg 小津安二郎監督の1962(昭和37)年作品で、同監督の遺作となった作品。原作は「秋日和」('60年)と同じ里見弴。タイトルの「秋刀魚の味」は佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」から引いており、映画の中には"秋刀魚"は出てきません(海外では"Autumn Afternoon"のタイトルで公開)。「秋日和」に受付嬢役で出てた岩下志麻が小津映画初主演(作中に小林正樹監督・仲代達矢主演の松竹映画「切腹」('62年9月公開)のポスターが見られるカットがあるが、岩下志麻はこの作品にも出演している)。

秋刀魚の味s.jpg 前半部分は、周平、河合、堀江(北竜二)らかつての中学の同級生たちが恩師の漢文教師で、通称"瓢箪"先生(東野英治郎)を招いて同窓会をした話が主軸になっています。その席で"瓢箪"はかつての教師の威厳も無く酔っぱらってしまいます(この元教師、鱧(はも)を食べたのは初めてか?この映画で出てくる料理魚は鱧だけで、先に述べた通りサンマは出てこない)。

 秋刀魚の味 東野.jpg 東野英治郎って「東京物語」以来、小津映画で酔っ払いの役が多いなあ(実際にはあまり飲めなかったようだが。一方、中村伸郎は酒好きで、笠智衆は完全な下戸だった)。笠智衆が実年齢58歳で57歳の周平を演じているのに対し、東野英治郎は実年齢55歳で17歳上の72歳の老け役です。"瓢箪"を家まで送ると独身の娘(杉村春子)が悲憤の表情でそれを迎える(杉村春子(1906年生まれ)は実年齢56歳で東野英治郎(1907年生まれ)演じる元教師の48歳の娘を演じている)―"瓢箪"は、今は独身の娘が経営するラーメン屋の親父になっていたわけ秋刀魚の味 杉村.jpg秋刀魚の味 燕来軒.jpgで、後日周平がその店を訪ねた際にもその侘しさが何とも言えず、"瓢箪"が周平の会社へ礼に来た際に河合と共に料理屋へ誘うと「あんたは幸せだ、私は寂しい、娘を便利に使って結局嫁に行きそびれた」とこぼす始末。それを聞き河合は「お前も"瓢箪"になるぞ。路子さんを早く嫁にやれ」と周平に忠告する―といった出来事が、後半の伏線となっています。

秋刀魚の味 佐田・岡田.jpg 周平の長男・幸一(佐田啓二)は妻・秋子(岡田茉莉子)が団地住まいをしていますが、夫は大企業に勤めているものの、共稼ぎの妻の方が帰りが遅い時は夫が自分で夕飯を作るところが、当時としては目新しかったといいます。幸一が以前から欲しかったゴルフクラブを会社の同僚(吉田輝雄)から買うために周平から金を借りると、それを秋子にさらわれてしまったため不満が募るといった具合に、共稼ぎのせいか妻の発言権が強く、最終的には秋子は月賦で買うことを認めますが、その代わり自分もハンドバッグを買うと言います。雰囲気的に、この作品で小津監督は、夫婦生活、結婚生活というものをあまり明るいものとしては描いていない印象を受けます(因みに佐田啓二はこの映画に出演した2年足らずの後に自動車事故で亡くなっている(享年37))。

秋刀魚の味 岩下志麻 花嫁姿.jpg 路子の縁談の話は周囲が色々動き過ぎてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしますが、最後に路子は結婚を決意し、河合が紹秋刀魚の味 笠 ラスト.jpg介した医師の元へ嫁ぐことに―。路子の花嫁姿に接し、平山は「うーん、綺麗だ。しっかりおやり、幸せにな」と言葉をかけ、式の後は亡き妻に似たマダム(岸田今日子)がいるバーへ行き独りで飲みながら軍艦マーチを聴く。ラスト、周平は自宅で「うーん、一人ぽっちか」と呟き、台所へ行くと急須から茶を注いで飲む―。

秋刀魚の味 笠1.jpg がっくりしてはいるが泣いてはいないという(笠智衆は映画において泣く演技を拒否した)、「晩秋」に似た終わり方でした(テーマも同じく「娘を嫁にやった男親の悲哀と孤独」であるし)。会社のオフィスの撮り方や宴席、料理屋の撮り方なども、同じセットを使ったのではないかと思われるくらい似ていて、しかも俳優陣も重なるため、やや印象が弱かった感じも(ヒロイン・路子役の岩下志麻は、「秋日和」で会社の受付嬢というチョイ役だった)。路子の花嫁姿はあっても結婚式の場面が無いのも「晩秋」と同じで、これは路子の結婚生活が必ずしも幸せなものとはならないことを暗示しているとの説もありますが、個人的には何とも言えません。

Sanma no aji (1962).jpg 小津安二郎監督のカラー作品は、「彼岸花」('58年)、「お早よう」('59年)、「浮草」('59年)、「秋日和」('60年)、「小早川家の秋」('61年)とこの「秋刀魚の味」の6作品があり、戦後のということで多くの人に観られているということもあってか、何れの作品も小津作品のファン投票サイトや個人のサイトなどでベストテンにランクインすることが多いのです。

 実際、2003年にNHK-BS2で「生誕100年小津安二郎特集」を放映した際の視聴者投票による「小津映画ベスト10」では、①「東京物語」②「晩春」③「麦秋」④「生れてはみたけれど」⑤「浮草」⑥「彼岸花」⑦「秋刀魚の味」⑧「秋日和」⑨「早春」⑩「淑女は何を忘れたか」の順でした。これ、自分の中でのランキングと近い部分もあれば違っている部分もあるのですが、この並び順が別の一般または個人のサイトなどを見ると「お早よう」がランクインしていたりして、微妙に違っていたりするのが面白いです。

 因みにIMDbの評価は「8.3」。海外でも高い評価を得ている作品と言えます。
Sanma no aji(1962)

(●2019年に劇場でデジタルリマスター版で再見した。実は一番最初に20代で観たときの評価は星3つだったが、観直すたびに良く思えてきて、星4つの評価に改めた。昔は2本立てや3本立てで観て、娘が嫁に行く行かないの話が続いてやや辟易したが、今こうやって久ぶりに1本落ち着いて観ると悪くない。映画自体も、初めて観たのが作られてから20年後で、今またそこから37年も経ったのかと、何か感慨深い。小津作品を観るということは、自分の中にある「昭和」を確認することなのかもしれない。)

秋刀魚の味 杉村春子.jpg 杉村春子(娘) 秋刀魚の味 東野英治郎.jpg 東野英治郎(父)

中村伸郎2.jpg秋刀魚の味 加東.jpg「秋刀魚の味」●制作年:1962年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:113分●出演:笠智衆/岩下志麻/佐田啓二/岡佐田 秋刀魚.png笠智衆 秋刀魚の味.png田茉莉子/中村伸郎/東野英治郎/北竜二/杉村春子/加東大介/吉田輝雄/三宅邦子/高橋とよ/牧紀子/三上真一郎/環三千世/岸田今日子/浅茅しのぶ/須賀不二男/菅原通済(特別出演)/緒方安雄(特別出演)●公開:1962/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-23)Sanma no aji (1962) 岸田今日子.jpg秋刀魚の味 吉田輝雄.jpg三上真一郎 秋刀魚の味.jpg●3回目(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(19-06-11)(評価:★★★★)●併映:「東京物語」(小津安二郎)/「彼岸花」(小津安二郎)
[上]佐田啓二(右端)/東野英治郎(左端)
[下]岸田今日子/吉田輝雄/三上真一郎(1940-2018(77歳没)

菅原通済(左端)/緒方安雄(右から3人目)   菅原通済(実業家・フィクサー・売春対策審議会会長)
秋刀魚の味 菅原通済.jpg 菅原通済ド.jpg 菅原通済.jpg

緒方安雄(小児科医・緒方洪庵の曾孫・天皇家担当医)
緒方安雄2.jpg緒方安雄.jpg

●"The Tofu Maker | The Films of Yasujiro Ozu/The six final films of Yasujiro Ozu"
1958年 彼岸花
1959年 お早よう
1959年 浮草
1960年 秋日和
1961年 小早川家の秋
1962年 秋刀魚の味

Music from the 2008 film Departures, 'Okuribito - Ending' written by Joe Hisaishi.

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「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(小津安二郎)「●野田 高梧 脚本作品」の インデックッスへ 「●厚田 雄春 撮影作品」の インデックッスへ「●斎藤 高順 音楽作品」の インデックッスへ「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ 「●佐分利 信 出演作品」の インデックッスへ 「●中村 伸郎 出演作品」の インデックッスへ「●原 節子 出演作品」の インデックッスへ「●岡田 茉莉子 出演作品」の インデックッスへ 「●佐田 啓二 出演作品」の インデックッスへ 「●岩下 志麻 出演作品」の インデックッスへ 「●桑野 みゆき 出演作品」の インデックッスへ 「●渡辺 文雄 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○あの頃映画 松竹DVDコレクション

「晩秋」と"裏返しの相似形"か。同じ手を使いながらも、ラストに女性の強さが感じられる。

映画 秋日和  dvd.jpg 映画 秋日和  ブルーレイ.png  映画 秋日和 女性3人.jpg
あの頃映画 秋刀魚の味 [DVD]」「「秋日和」 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]」司葉子/岡田茉莉子/原節子
映画 秋日和  七回忌.jpg 亡き友・三輪の七回忌に集まった間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)の3人は、未亡人の秋子(原節子)とその娘アヤ子(司葉子)と談笑するうち、年頃のアヤ子の結婚に話が至る。映画 秋日和  男3人.jpg3人は何とかアヤ子を結婚させようと動き始めるが、アヤ子は母親が一人になることが気がかりでなかなか結婚に踏み切れない。間宮の会社の後藤(佐田啓二)がアヤ子に似合いだと考えた3人は、アヤ子が嫁ぐ気になるためにはまず母親が再婚することが先決と考え、平山を再婚相手の候補として画策する。映画 秋日和  伊香保.jpgその動きを察したアヤ子は同僚の佐々木百合子(岡田茉莉子)に相談し、それを聞いて憤慨した百合子は間宮らを一堂に会させてやり込めるが、彼らの説明を聞いて百合子も納得し、母娘の結婚話が進むことになる。しかし秋子は娘と二人で出かけた伊香保温泉の宿で、自分は一人で生きていく決意だと伝え、娘の背中を押す―。

 小津安二郎監督の1960(昭和35)年製作作品で、「彼岸花」('58年)に続いての里見弴の原作であり、娘の結婚を巡る親子の感情のもつれと和解を淡々としたコメディタッチで描いています。

 なかなか結婚しない娘のことを気遣う親という、小津映画に繰り返し見られるモチーフを踏襲していますが、この作品では「親」が、「晩春」('49年)などで見られる「父親」ではなく「母親」になっていて、その母親を、「東京物語」('53年)で笠智衆の義理の娘を、「晩春」で笠智衆の実の娘を演じた原節子が演じているのが興味を引きます。

映画 秋日和 原2.jpg映画 秋日和 司.jpg 原節子は当時実年齢40歳にして45歳の未亡人秋子役で、娘役の司葉子は実年齢26歳で24歳のアヤ子を演じていますが、実年齢では14歳差ということになります。当時56歳の笠智衆が秋子の義兄(59歳)という設定であるため、「晩春」と比べると原節子が1世代上にスライドしたことになります。

 「晩春」においてもこの「秋日和」においても、親の再婚話を前にして娘が「不潔よ」「汚らしい」などという場面がありますが、「晩春」でそのセリフを言った原節子が、今度は娘・司葉子に言われる側に回っているわけです。その秋子が、再婚話に乗り気になったふりをして、アヤ子を嫁に行く気にさせるというのも、「晩春」で笠智衆が再婚話に乗ったふりをして原節子演じる娘・紀子を嫁に行かせるのと"同じ手"を使っている訳で、言わば"裏返しの相似形"になっている点が興味深いです。

映画 秋日和 原.jpg 但し、「晩春」のラストで笠智衆は、娘を嫁にやった後に家で独りになって林檎の皮を剥きながら深くうなだれますが、この作品の原節子演じる秋子は、娘の結婚式を終えてアパートに戻った後、独り静かに微笑を浮かべます。原節子が母親役を演じていることに注目が行きがちな作品ですが、「晩春」と比べるとこの点が大きく異なるように思います。

 秋子に再婚の意思が無いことは本人が最初から言っていることですが、この"笑み"によって、それは確信として最初からあり、途中で揺らぐことも無かったのだと、個人的には感じられました。平山(北竜二)が、妻に先立たれて不自由し、自分が秋子の再婚相手として話が進んでいると勘違いして有頂天になった挙句に、アヤ子の結婚式では一人しおれていたのとは対極的で、小津安二郎はこの作品で、男と女の強さの違いを描いたかのようにも思います。

秋日和 記念撮影.jpg秋日和 司葉子 佐田啓二.jpg また、「晩春」にも「秋刀魚の味」にも無い結婚式の場面がこの作品にあるのは(新郎新婦そろっての式当日の記念撮影シーンなど)、このアヤ子(司葉子)と後藤(佐田啓二)の結婚のみが、小津映画ではごく例外的に"幸せな結婚"として暗示されているためとの説もあるようです。個人的には、「お茶漬けの味」('52年)、「早春」('56年)などでもお馴染みのラーメン屋「三来元」で2人が並んでラーメンを食べる場面に、この先2人が上手くいくであろう予兆が示唆されているように思いました。

司葉子(当時26歳)/岡田茉莉子(当時27歳)
秋日和 司葉子.jpg映画 秋日和 岡田.jpg 名匠・小津の作品として気負って観たところで、話としては何てことない話のような気もしますが、主人公のアヤ子を演じた司葉子を美しく撮っているほか、アヤ子は同僚の佐々木百合子を演じた小津映画初出演の岡田茉莉子(当時27歳)の活き活きとした演技も印象的であり、特に百合子が秋子に会いに行く場面は、昭和前期型(原節子)と昭和後期型(岡田茉莉子)の異なる演出パターンが1つの場面に収まっているという点が興味深かったです。

秋日和 屋上から1.jpg秋日和 屋上から2.jpg 小津安二郎監督の映画と言えば、鉄道の駅や走っている列車を映すところから始まるものが多いのですが(或いは作中に必ず駅や列車が出てくる)、この作品は2年前に完成した東京タワーが冒頭に映し出されています。では列車秋日和9.jpgは出てこないかというと、アヤ子や百合子が秋日和 岩下志麻.jpg勤めるオフィスの屋上から東海道線が映し出されていました(その列車には、新婚旅行に向かう二人のかつての同僚が乗っていて、二人は列車に向かって手を振る)。

 ローアングルは和室場面だけでなく、会社のオフィスでの場面もローアングルで撮っていたのだなあと改めて思わされましたが、そのオフィスの受付嬢役で出演していたのが、2年後に「秋刀魚の味」に主演することになる岩下志麻(当時19歳)でした。佐分利信がいる重役室のドアの開け閉めだけで4回登場します。小津作品における"試用期間"だったのでしょうか。
岩下志麻(当時19歳)/原節子(当時40歳)

佐分利信 秋日和.jpgIMDbの評価は「8.2」。海外でも高い評価を得ている作品と言えます。

(●2019年に劇場で観直して改めて思ったが、佐分利信はいかにも会社の重役という感じだった(仕事らしい仕事をしている場面はほとんど無いのだが)。間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)らが大学生だった頃、本郷三丁目の薬屋の看板娘だったのが秋子(原節子)ということは、3人の出身校は東大ということか。原作者の里見弴が東大だからなあ。) 
佐分利信  

映画 秋日和  チラシ.jpg「秋日和」●制作年:1960年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:128分●出演:原節子/司葉子/佐分利信/岡田茉莉子/佐田啓二/中村伸郎/北竜二/桑野みゆき/三宅邦子/沢村貞子/三上真一郎/渡辺文雄/高橋とよ/十朱久雄/南美江/須Akibiyori (1960)AL_.jpg秋日和 原 司.jpg秋日和ード.jpg賀不二男/桜むつ子/笠智衆/田代百合子/設楽幸嗣/千之赫子/岩下志麻●公開:1960/11●配給:松竹●最初に観た場所(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-21)●2回目:(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(19-06-04)(評価:★★★★)
Akibiyori(1960)
A widow tries to marry off her daughter with the help of her late husband's three friends.
「秋日和」桑野みゆき.jpg桑野みゆき(宗一(佐分利信)の娘・間宮路子)
「秋日和」渡辺.jpg 渡辺文雄(アヤ子(司葉子)の同僚で遊び仲間・杉山常男)

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日本のホームドラマの基盤がこんなところで着々と築かれていたのだなあと。斎藤達雄、栗島すみ子がいい。

淑女は何を忘れたか vhs.jpg淑女は何を忘れたか1.bmp 流れる dvd .jpg
 「淑女は何を忘れたか [VHS]」(斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子)「流れる [DVD]

ozu  'What Did the Lady Forget?'.jpg節子(桑野通子)と岡田(佐野周二).jpg 大学の医学部教授の小宮(斎藤達雄)は日頃から、口うるさい妻の時子(栗島すみ子)に頭が上がらなかったが、それは、夫婦円満を保つ彼流の秘訣でもあった。そんなある日、大阪より時子の姪・節子(桑野通子)が上京、小宮家にやって来る。自分とは対照的に思ったままに行動する彼女に触発された小宮は、ある揉め事を契機に初めて時子に平手打ちをくらわせてしまう―。

 トーキー時代に入ってもしばらくサイレント映画にこだわり続けた小津安二郎監督の、「一人息子」('36年)に続くトーキー第2作で、サイレント映画時代の彼のコメディ的要素と戦後の家庭劇の要素が混ざった作品のように思えました。

 それまで下町の庶民を題材にすることが多かった小津ですが、この作品では一転して舞台を山の手へ移し(丁度この頃に小津自身も深川から高輪へ転居している)、アメリカ映画から得られた素養をふんだんに生かしたモダニズム溢れるソフィストケティッド・コメディに仕上がっています。

淑女は何を忘れたか3.jpg 31際の若さで夭逝した桑野通子が演じる(当時22歳)姪の節子は、いわば当時のモダンガールといったところでしょうか。未婚だがタバコも酒も嗜むし、車の運転にも興味がある活発な彼女は、妻の尻に敷かれる小宮を見て、夫権の復活を唱えて盛んに小宮をけしかける―そこへ時子がいきなり現れたりして、小宮が節子を叱るフリをする、時子が去ると節子が小宮を軽く小突くなどといった具合に、小宮と節子の遣り取りが、爆笑を誘うというものではないですが、クスッと笑えるものとなっています。

ozu  'What Did the Lady Forget?' 2.jpg この作品の斎藤達雄はいいです。サイレント時代の小津作品では、もてない大学生(「若い日」)やしがないサラリーマン(「生まれてはみたけれど」)を演じたりもしていましたが、この作品で「ドクトル」と世間から呼ばれるインテリを演じてもしっくりきています(独りきりになると結構このドクトルは剽軽だったりするが)。

ozu  'What Did the Lady Forget?' 3.jpg 有閑マダム3人組(栗島すみ子、吉川満子、飯田蝶子)の会話なども、それまでの小津作品には無かったシークエンスですが、関西弁で話しているためかどことなくほんわかした感じがあり、それでいて畳み掛けるところは畳み掛けるという、トーキー2作目にしてこの自在な会話のテンポの操り方には、トーキー参入に際しての小津の周到な事前準備が感じられました。

淑女は何を忘れたか4.jpg その他に、小宮家で家庭教師をすることになる大学の助手・岡田を佐野周二が演じていますが、息子・関口宏より相当濃いハンサム顔に似合わず、この作品では教え子の友達(突貫小僧)に先に算数の問題を解かれてしまって面目を失うというとぼけた役回り。

 小宮は、妻にはゴルフに行ったことにしながら、節子の東京探訪に付き合わされて、その晩は岡田の下宿に泊めてもらいますが、アリバイ工作のためにゴルフ仲間の会社役員(坂本武)に投函を託した葉書に書かれた当日の天候が全く違っていたことに気付いて慌てふためくも、まあ、大丈夫でしょうと、岡田はのんびり構えてしまっています(結局、そのことで小宮の工作は時子にばれてしまう)。

淑女は何を忘れたか2.jpg 岡田と節子の間で何かあるのかなと思いましたが、これは"夫婦"がテーマの映画なのでそうはならず、結局、「雨降れば地固まる」みたいな映画だったんだなあと。

 まあ、全体として他愛の無い話と言えばそうなのですが、こうした細部のユーモラスなシチュエーションの組み入れ方もそうですし、ストーリーの落とし所からも、ああ、日本のホームドラマの基盤がこんなところで着々と築かれていたのだなあと思わせるものがありました。

流れる 栗島すみ子.jpg流れる 栗島すみ子2.jpg また、この作品は、日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)の映画界引退作品でもあり、さすがに堂々たる存在感を見せています。彼女はその後、成瀬巳喜男監督の「流れる」('56年/東宝)で一度だけスクリーンに復帰、田中絹代(1909-1977)、山田五十鈴(1917-2012)、杉村春子(1906-1997)、高峰秀子(1924-2010)らと共演しましたが、それら大女優の更に先輩格だったわけで、まさに貫禄充分!
栗島すみ子、高峰秀子、山田五十鈴、田中絹代
『お嬢さん』栗島すみ子、岡田時彦.jpg そもそも、成瀬巳喜男の監督デビュー(1930年)よりも栗島すみ子の映画デビューの方が先であり(1921年)、年齢も彼女の方が3歳上。成瀬監督を「ミキちゃん」と呼び、「流れる」撮影の際は、「あたしはミキちゃんを信用して来てるのだから」と、セリフを一切覚えず現場入りしたという話があり、小津安二郎の「お嬢さん」('30年/松竹蒲田)で岡田時彦と共演したりしていることから、自分の父親が自分が1歳の時に亡くなったためその記憶が無い岡田茉莉子(1933-)には、「あなたのお父さんは美男子の中でもずば抜けて美男子だった」と「流れる」の撮影現場で話してやっていたそうな。

栗島すみ子、岡田時彦 in「お嬢さん」('30年/モノクロ。フィルムは現存せず)

流れる 映画ポスター.jpg それにしても「流れる」の配役陣は、今になった見れば見るほどスゴいなあという感じ。大川端にある零落する置屋を住込みのお手伝いさん(田中絹代)の視点から描いた作品でしたが、先に挙げた田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子ら大物女優に加えて、岡田茉莉子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めるという布陣で、成瀬巳喜男作品は個人的には合う合わないがあって、世間で評価されるほど自分としての評価は高くないのですが(若い頃に観たというのもあるかもしれない)、この作品も、ストーリーよりも一人一人の演技が印象に残った感じでした。

流れる 杉村春子.jpg 杉村春子を除いて皆、着物の着こなしがいい、との評がどこかにありましたが、年増芸者を演じた杉村春子は、あれはあれで役に合わせた着こなしだっだのでしょう。個人的には、水野の女将を演じた栗島すみ子の演技は"別格"として、当時、田中絹代・山田五十鈴・高峰秀子の三大女優より一段格下だった杉村春子が一番上手いのではないかと思いました(高峰秀子は子役としてのデビューは早かったが、1940流れる 1シーン.jpg年、豊田四郎監督の「小島の春」に出演した杉村春子の演技にショックを受けて演技開眼したという。杉村春流れる 岡田茉莉子.jpg子を"格下"と言ったら失礼にあたるか)。岡田茉莉子などは実に若々しく、和服を着ると昭和タイプの美女という感じでしたが(着物を着た際にスレンダーで足長に見える)、演技そのものは当時はまだ大先輩たちの域には全然達していなかったのではないでしょうか。機会があれば、また観直してみたいと思います。

岡田茉莉子
 
神保町シアター.jpg桑野通子.jpg「淑女は何を忘れたか」●制作年:1937年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁/ジェームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英雄/厚田雄春●音楽:伊藤冝二●時間:71分●出演:斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子/佐野周二/飯田蝶子/坂本武/吉川満子/葉山正雄/突貫小僧/上原謙●公開:1937/03●配給:松竹大船●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目:神保町シアター(10-12-11)(評価:★★★)●併映(1回目):「お早よう」(小津安二郎) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン
桑野 通子 (1915-1946/享年31)

淑女は何を忘れたか vhs.jpg


流れる%20(1956年).jpg流れる [DVD]「流れる」●制作年:1956年●監流れる dvd .jpg映画「流れる」.jpg督: 成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:幸田文「流れる」●時間:117分●出演:田中絹代山田五十鈴高峰秀子杉村春子流れる09.jpg田茉莉子/中北千枝子/賀原夏子/栗島すみ子(特別出演)/泉千代/加東大介宮口精二/仲 流れる杉村春子.jpg山田五十鈴 流れる.jpg谷昇/中村伸郎●公開:1956/11●配給:東宝(評価:★★★☆)
左奥:栗島すみ子(お浜)・右手前:田中絹代(梨花(お春))   杉村春子(染香)/山田五十鈴(つた奴)
宮口精二(なみ江の鋸山の叔父)       中村伸郎(医者)
宮口精二 流れる なみ江の伯父1.jpg映画 流れる.jpg

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予定調和だが、それなりに楽しめた。映画の方は「スーパーの女」などと比べるとやはり...。
県庁の星2.jpg  県庁の星 桂.jpg 県庁の星 dvd.jpg県庁の星 織田 柴崎2.jpg  スーパーの女.jpg
県庁の星 (2) (ビッグコミックス)』 (全4巻) 桂 望実『県庁の星』「県庁の星 スタンダード・エディション [DVD]」柴咲コウ・織田裕二 「伊丹十三DVDコレクション スーパーの女

 Y県のエリート県庁職員である野村聡は、民間との人事交流プロジェクトに選ばれ、スーパー富士見堂で1年間の研修を受けることになるが、最初は役員根性・県庁マインド丸出しだった彼が、全く肌違いの民間の仕事を通して変質し、真の"スーパー改革"を実現するに至る―。

 公務員って、民間で言う「出向」のことを「研修」と言ってるみたいですね(「研修(出向)」と言っても、労務提供はしているわけだが、民間の「出向」と異なり、労災の請け元は官公庁のまま)。

 ということで、実質的なマンガの舞台は県庁内では無く、前半部分(1巻・2巻)はスーパーマーケット。後半部分(3巻・4巻)は、スーパーの経営を建て直した彼が、第3セクター赤字テーマパークを"潰す"ために送り込まれますが、前半からの流れで、結果はともかく、彼がどう立ち回るかは大体予想がついてしまいます。

 官庁の上層部や主人公の同期の役人の描き方はパターン化していて、事の展開もかなりご都合主義ですが、それでも、主人公とその教育係であるシングルマザーのパート女性とのやりとりも含め、結構楽しく読めました。"ギャグ的"に面白いというか、テーマパークに赴任した初日、「名刺を猿に配って終了」には思わず噴きました。

県庁の星 ポスター.jpg県庁の星1.jpg '05(平成17)年から'07(平成19)年にかけて「ビッグコミックススペリオール」に連載されたコミックで(桂望実の原作を杉浦真夕が脚色)、連載途中の'06年に織田裕二、柴咲コウ主演で映画化されていますが(実際に制作されたのは'05年。「白い巨塔」などのTVドラマを手掛けた西谷弘の映画初監督作品)、織田裕二って本気で演技してそれが丁度マンガ的になるようなそんな印象があり、こうした作品にはピッタリという感じでした。 柴咲コウ/織田裕二

スーパーの女.jpgスーパーの女2.jpg 但し、スーパーを舞台にした作品では、伊丹十三(1933-1997)監督、宮本信子主演の「スーパーの女」('96年/東宝)があるだけに、それと比べるとインパクトは劣るし、「スーパーの女」が食品偽装問題など今日的なテーマを10年以上も前から先駆的に扱っていたのに対し、「県庁の星」は映画もマンガもその部分での突っ込み度は浅く、特に映画は単なるラブ・コメになってしまったきらいも無きにしも非ずという感じ。

マルサの女.jpgマルサの女 1987.jpg 「お葬式」('84年/ATG)で映画界に旋風を巻き起こした伊丹十三監督でしたが、個人的には続く第2作タンポポ」('85年/東宝)と第3作「マルサの女」('87年/東宝)が面白かったです(「お葬式」と「マルサの女」はそれぞれ第58回と第61回のキネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれている)。「マルサの女」は、山崎努がラブホテル経営者"権藤"を演じていますが、彼が新人として出演した「天国と地獄」('63年/黒澤プロ・東宝)で三船敏郎が演じていた会社社長の苗字も"権藤"でした。巧妙な手口で脱税を行う経営者らとそれを見破る捜査官たちとの虚々実々の駆け引きをテンポよく描いており、ラストに抜けてのスリリングな盛り上げ方はなかなかのものでした。

マルサの女2 三國.jpgマルサの女 .jpg それまであまり世に知られていなかった国税査察部の捜査の様子をリアルに描いたということで社会的反響も大きく、翌年には「マルサの女2」('88年/東宝)も作られましたが、山崎努に続いてこちらも、宗教法人を隠れ蓑とし巨額の脱税を企てようとする"鬼沢"に大物俳優・三國連太郎マルサの女2 dvd.jpgを配し、これもまた脇役陣を含め演技達者が揃っていた感じでした。

 伊丹十三監督は「前作はマルサの入門編」であり、本当に描きたかったのは今作であるという伊丹十三.jpg趣旨のことを後に述べていますが、確かに、鬼沢さえも黒幕に操られている駒の1つに過ぎなかったという展開は重いけれども、ラストは前作の方がスッキリしていて個人的には「1」の方がカタルシス効果が高かったかなあ。監督自身は、高い娯楽性と巨悪の存在を一般に知らしめることとの両方を目指したのでしょう。
伊丹十三(1933-1997/享年64(自死))

お葬式 映画 dvd.jpg 確かに「お葬式」で51歳で監督デビューし、高い評価を得たのは鮮烈でしたが、作品の質としてはお葬式 映画 00.jpg3作目・4作目に当たる「マルサの女」「マルサの女2」の方が密度が濃いように思いました。それが、この「マルサの女1・2」以降は何となく作品が小粒になっていたような気がしたのが、この「スーパーの女」を観て、改めて緻密かつパワフルな伊丹作品の魅力を堪能できた―と思ったら、この「スーパーの女」を撮った翌年に伊丹十三は自殺してしまった。残念。
中央:菅井きん(日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞)(1926-2018.8.10/享年92
伊丹十三DVDコレクション お葬式

企業家サラリーマン.gif 「スーパーの女」の原作は、『小説スーパーマーケット』(『小説流通産業』('81年))で、作者の「安土敏」こと荒井伸也氏は元サミット社長であり、この人の『企業家サラリーマン』('86年/講談社、'89年/講談社文庫)は、海外飲食店グループを指揮する男性と、新しい時代の経営者を目指す女性たちの生き方を描いた作品で、作者が現役役員の時点でこお小説を書いているということもあってシズル感があり面白かったですが、こちらもテレビドラマ化されているらしい。どこかで再放送しないものかなあ。

企業家サラリーマン (講談社文庫)

酒井和歌子(K県知事・小倉早百合)/石坂浩二(K県議会議長・古賀等)
「県庁の星」酒井和歌子石坂浩二2.jpg県庁の星9.jpg「県庁の星」●制作年:2006年●監督:西谷弘●製作:島谷能成/「県庁の星」井川2.jpg亀山千広/永田芳男/安永義郎/細野義朗/亀井修朗●脚本:佐藤信介●撮影:山本英夫●音楽:松谷卓●原作:桂望実「県庁の星」●時間:131分●出演:織田裕二/柴咲コウ/佐々木蔵之介/和田聰宏/紺野まひる/奥貫薫/井川比佐志/益岡徹/矢島健一/山口紗弥加/ベンガル/酒井和歌子/石坂浩二●公開:2006/02●配給:東宝(評価:★★★)

井川比佐志(スーパー「満天堂」店長・清水寛治)
柴咲コウ in「県庁の星」('06年/東宝)/「おんな城主 直虎」('17年/NHK)

県庁の星 柴咲コウ.jpg おんな城主 直虎 .jpg

中央:津川雅彦(1940-2018.8.4/享年78
スーパーの女ド.jpgスーパーの女 9.jpg「スーパーの女」●制作年:1996年●監督・脚本:伊丹十三●製作:伊丹プロダクション●撮影:前田米造/浜田毅/柳島克巳/高瀬比呂志●音楽:本多俊之●原作:安土敏「小説スーパーマーケット」●時間:127分●出演:宮本信子/津川雅彦/三宅裕司/小堺一機/伊東四朗/金田龍之介/矢野宣/六平直政/高橋長英/あき竹城/松本明子/山田純世/柳沢慎吾/金萬福/伊集院光●公開:1996/06●配給:東宝(評価:★★★★)

お葬式 映画01.jpgお葬式 映画 02.jpg「お葬式」●制作年:1984年●監督・脚本:伊丹十三●製作:岡田裕/玉置泰●撮お葬式 大滝435.jpg影:前田米造●音楽:湯浅譲二●時間:124分●出演:山笠智衆 お葬式.jpgお葬式 笠智衆.jpg崎努/宮本信子/菅井きん/財津一郎/大滝秀治/江戸家猫八/奥村公廷/藤原釜足/高瀬春奈/友里千賀子/尾藤イサオ/岸部一徳/笠智衆/津川雅彦/佐野浅/小林薫/長江英和/井上陽水●公開:1984/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋日勝文化 (85-11-04)(評価:★★★☆)●併映「逆噴射家族」(石井聰互)
[左]笠智衆(僧侶)/[下]高瀬春奈(侘助の愛人・良子。侘助もだだをこね、雑木林で性交する)/小林薫(火葬場職員・焼いている遺体が生き返る夢を見ることがあると吐露する)
お葬式 高瀬春奈.jpgお葬式 高瀬春奈2.jpg 「お葬式」小林薫2.jpg

菅井きん in「生きる」('52年)/「ゴジラ」('54年)/「幕末太陽傳」('57年)/「天国と地獄」('63年)/「お葬式」('84年)
菅井きん 生きる .jpg 菅井きん ゴジラ.jpg 菅井きん 幕末太陽傳 南田洋子  左幸子.jpg 菅井きん 天国と地獄.jpg お葬式8e-s.jpg 菅井きん.jpg
Marusa no onna (1987)
Marusa no onna (1987) .jpgマルサの女  .jpgマルサの女AL_.jpg「マルサの女」●制作年:1987年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:前田米造●音楽:本多俊之●時間:127分●出演:宮本信子/山崎努津川雅彦/大地康雄/桜金造/志水マルサの女347.jpgマルサの女 岡田ド.jpgマルサの女 津川.jpg里子/松居一代/室田日出男/ギリヤーク尼ヶ崎/柳谷寛/杉山とく子/佐藤B作/絵沢萠小沢栄太郎 マルサの女.jpg子/山下大介/橋爪功/伊東四朗/小沢栄太郎/大滝秀治/芦田伸介/小林桂樹/岡田茉莉子/渡辺まちこ/山下容里枝/小坂一也/打田親五/まる秀也/ベンガル/竹内正太郎/清久光彦/汐路章/上田耕一●公開:1987/02●配給:東宝
右端:小沢栄太郎
ジョイシネマ3 .jpg新宿ジョイシネマ3.jpg●最初に観た場所:新宿シネパトス (88-03-12)(評価:★★★★)●併映「マルサの女2」(伊丹十三)

新宿シネパトス (1956年3月「新宿名画座」オープン→1987年5月「新宿シネパトス」→1995年7月「新宿ジョイシネマ5」→1997年11月「新宿ジョイシネマ3」)

2009(平成21)年5月31日閉館 

「マルサの女」ポスター
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「マルサの女2」三國連太郎/上田耕一
マルサの女2 三國連太郎_1.jpgマルサの女2 .jpg佐渡原:丹波哲郎.jpg「マルサの女2」●制作年:1987年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:前田米造●音楽:本多俊之●時間:127分●出演:宮本信子/津川雅マルサの女2 笠.jpg彦/三國連太郎丹波哲郎/大地康雄/桜金造/加藤治子/益岡マルサの女2」.jpg徹他/マッハ文朱/加藤善博/浅利香津代/村井のりこ/岡本麗/矢野宣/笠智衆/上田耕一/中村竹弥/小松方正●公開:1988/01●配給:東宝●最初に観た場所:新宿シネパトス (88-03-12)(評価:★★★☆)●併映「マルサの女」(伊丹十三)

《読書MEMO》
映画に学ぶ経営管理論2.jpg●松山 一紀『映画に学ぶ経営管理論<第2版>』['17年/中央経済社]

目次
第1章 「ノーマ・レイ」と「スーパーの女」に学ぶ経営管理の原則
第2章 「モダン・タイムス」と「陽はまた昇る」に学ぶモチベーション論
第3章 「踊る大捜査線THE MOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ!」に学ぶリーダーシップ論
第4章 「生きる」に学ぶ経営組織論
第5章 「メッセンジャー」に学ぶ経営戦略論
第6章 「集団左遷」に学ぶフォロワーシップ論
第7章 「ウォール街」と「金融腐蝕列島"呪縛"」に学ぶ企業統治・倫理論

「●五所 平之助 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒「●山本 嘉次郎 監督作品」【1496】 山本 嘉次郎「エノケンの近藤勇
「●え 円地 文子」の インデックッスへ 「●岡田 茉莉子 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」「香華」)「●乙羽 信子 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」「香華」)「●桑野 みゆき 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●山村 聰 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●高峰 三枝子 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●岡田 英次 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●杉村 春子 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●菅原 文太 出演作品」の インデックッスへ(「香華」) 「●奈良岡 朋子 出演作品」の インデックッスへ(「香華」)「●芥川 也寸志 音楽作品」の インデックッスへ(「愛情の系譜」)「●木下忠司 音楽作品」の インデックッスへ(「香華」)「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(木下惠介) 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

単なるメロドラマになってしまった「愛情の系譜」。岡田茉莉子はやはり「香華」か。

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「愛情の系譜」(1961/11 松竹)
「「香華(こうげ)」.jpg 香華 1964.jpg 香華 木下 00.jpg 香華 木下 01.jpg
「香華」(1964/05 松竹)
「愛情の系譜」01.jpg 米国留学を終えた吉見藍子(岡田茉莉子)は、帰国してから国際社会福祉協会に勤め社会事業に打ちこんでいた。その関係から彼女は、旋盤工の兼藤良晴(宗方勝巳)を補導しながらその更生を願っていたが、良晴は彼女に一途な思いを寄せていた。しかし藍子には、米国で結ばれた電力会社の有能な技師・立花研一(三橋達也)という恋人があった。藍子の母・克代(乙羽信子)は家政婦紹介所を営み、妹の紅子(桑野みゆき)は高校に通っていた。勝気な克代は子供達に父親は戦死したといっているが、夫の周三(山村聡)は杉電気の社長として実業界の大立物であった。藍子と紅子はふとしたことから父のことを知った。二十年前、克代の父に望まれ彼女と結婚して吉見農場の養子となった周三は、老人の死後、老母や兄夫婦の冷たい仕打ちに家を飛び出してしまった。杉を愛する克代は彼を追って復縁を迫ったが断わられ、克代は無理心中を図った。だが、二人とも生命をとりとめたのであった。藍子は自分の体の中に母と同じ血が流れていることを知った。その頃、立花には縁談が進められていた、化粧品会社を経営する未亡人・香月藤尾(高峰三枝子)の一人娘・苑子(牧紀子)との話である。ある日良晴は、藍子が自分に寄せる好意を、男女の愛情と勘違いして藍子に迫るが、藍子に突放されてしまう。それからの良晴の生活は荒れ、遂には夜の女を殺害するという事態に陥る。一方、立花は苑子との結婚のために藍子との関係を清算しようとしていた。立花のアパートを訪れた藍子は、眠っている立花の枕元からの手紙でそのことを知り、立花を殺そうとするが、どうしても殺すことができなかった。傷心の藍子は、父のところに飛び込む。翌朝、杉の知らせで克代も駆けつけて来た―。

『愛情の系譜』1.jpg 五所平之助監督の1961年11月公開作で、原作は円地文子の『愛情の系譜』('61年5月刊/新潮社)。原作を比較的忠実に映像化していますが、結果として「てんこ盛り」的になったという感じです。原作のイメージを視覚的に確認するのにはいいですが、ややストーリー全体のテンポが鈍くなってしまいました(例えば、原作では、藍子が父親の存命や母親との過去の経緯を知るのは前半部分のかなり早い段階だが、映画では後半に入ってから)。

『愛情の系譜』['61年]『愛情の系譜 (1966年) (角川文庫)

 原作のテーマは、文庫解説の竹西寛子が指摘しているように、形而上学的なものなのですが(敢えて言えば、「エゴイスティックな愛」を超えた「博愛」のようなもの)、そうした観念を振りかざさずことをせず、皮膚感覚的な面も含め、描写を通して読者に接しているところに、原作の「独自性」があります。映画の方は、その表象のみを描いたため、ちょっと単なるメロドラマになってしまった感じで、「愛情の系譜」の何たるかは分からなくもないですが、主人公がそれを乗り越えたという実感がイマイチでした。

「愛情の系譜」p.jpg 映画は、主人公・藍子が外人のガイドをして鷺山を見学している場面から始まり、そこへ、鷺を撮影している一人の中年の男性が話しかけます。藍子はガイド以外に罪を犯した青少年を更生させたりする仕事もしていて、その仕事に生き甲斐を感じていますが、結婚直前まで進んでいる恋人の立花はあまり評価していない様子。妹の紅子は最近派手な行動が目立ってきて母・克代は心配していますが、実は紅子が会っていたのは死んだと聞いていた父で、今は杉周三という名で事業を成功させおり、それが、藍子が鷺山で出会った紳士でした。杉は北海道で克代と結婚していたものの確執があり、克代からは離れようとした際に克代が杉をナイフで刺して怪我を負わせてしまい、克代は今も杉を恨み関わることを嫌っています。一方、立花は取引先の実業家の娘との縁談が持ち上がり、はっきり藍子に話せずにいて、藍子の方は、面倒を見ていた不良少年が殺人を犯してしまい、原因は藍子にそっけなくされて自暴自棄になったためらしい―と、やっぱり今一度振り返っても"盛り沢山"過ぎます(笑)。

 最後、藍子は立花を殺そうとガスの元栓を開けますが、すんでのところで留まって立花との別れを決心するのも、母・克代が父・杉周三を訪ね和解するのも原作と同じ。ただし、藍子が殺人を犯した良晴を諭して自首しに行くのに付き添うところで映画は終わりますが、原作はその前に、妹・紅子の恋人の法学生・叶正彦(園井啓介)が良晴を諭して自首しに行くのに付き添います。

 多分、正彦の役どころを映画で藍子に置き換えたのは、テーマを浮かび上がらせるためだったと思いますが、結果的に、正彦って何のためにいるのか分からない存在になってしまいました。原作では、良晴のメンター的存在であることが窺えます。映画では、紅子が自分の部屋に泊りに来ても手を出さない聖人君子みたいな描かれ方ですが、原作では正彦の内面での葛藤が描かれています。やはり、原作を読んでしまったから物足りなさを感じるのでしょうか。

「香華」3.jpg 同じく乙羽信子が母親、岡田茉莉子が娘を演じた映画に、木下惠介監督の「香華」('64年/松竹)があり、原作は有吉佐和子ですが、こちらの方が良かったです(原作を読んでいないせいか)。母娘の確執を描いたものでは、最近でも湊かなえ原作、廣木隆一 監督の「母性」('22年)などがありますが、そうした類の映画ではベストの部類ではないかと思います。二部構成で、木下惠介作品では最長の3時間超(204分)の長さですが、冗長は感じませんでした。

「香華」2.jpg 乙羽信子演じる母・郁代が実に身勝手そのものの性格で、その淫蕩な生活がたたって岡田茉莉子演じる娘・朋子は芸者に売られることになりますが、それから暫くして借金苦のため、郁代自身も芸者となり、芸者として成功する娘に対して母の方はすっかり落ちぶれ、それでもあれやこれやで娘に迷惑をかけるという展開の話です(同じ置屋に母と娘がいるというのが凄まじい)。

 岡田茉莉子は 吉田喜重監督の「秋津温泉」('62年)で温泉旅館の娘・新子の17歳から34歳までを演じましたが、この「香華」では娘・朋子の17歳から63歳までを演じています。個人的には彼女の代表作であり、最高傑作の部類だと思います。

 木下惠介監督はこの作品で、1964(昭和39年)年度・第15「芸術選奨(映画部門)」を受賞していますが、世間ではあまり評価されているように思えない作品で、原因としては、「原作を忠実に映画化しただけではないか」との評価があるためのようです。

 原作を読むと、そういった評価になってしまうのでしょうか。「香華」の原作も「婦人公論読者賞」や「小説新潮賞」を受賞しており、今回の自分が原作を読んでしまった(それで映画化作品に物足りななさを感じた)「愛憎の系譜」との関係で、ちょっと考えさられてしまいました。


「愛情の系譜」神保町.jpg「愛情の系譜」●制作年:1961年●監督:五所平之助●製作:月森仙之助/五所平之助●脚本:八住利雄●撮影:木塚誠一●音楽:芥川也寸志●原作:円地文子●時間:108分●出演:岡田茉莉子/三橋達也/桑野みゆき/山村聡/園井啓介/牧紀子/乙羽信子/高峰三枝子/宗方勝巳/市川翠扇/千石規子/殿山泰司/陶隆/十朱久雄●公開:1961/11●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-15)(評価:★★★)<.font>

神保町シアター

岡田茉莉子/桑野みゆき/山村聡/高峰三枝子/殿山泰司

「香華」4.jpg「香華」1964.jpg「香華(こうげ)」●制作年:1964年●監督・脚本:木下惠介●製作:白井昌夫/木下惠介●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:有吉佐和子●時間:201分●出演:岡田茉莉子/乙羽信子/田中絹代/北村和夫/岡田英次/宇佐美淳也/加藤剛/三木のり平/村上冬樹/桂小金治/柳永二郎/市川翠扇/杉村春子/菅原文太/内藤武敏/奈良岡朋子/岩崎加根子●公開:1964/05●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-08-27)(評価:★★★★☆)
木下惠介生誕100年「香華〈前篇/後篇〉」 [DVD]

岡田茉莉子 (朋子)
岡田英次 (野沢)
乙羽信子 (郁代)
杉村春子 (太郎丸)
菅原文太 (杉浦)
奈良岡朋子(江崎の妻)


●「香華」あらすじ
〈吾亦紅の章〉明治37年紀州の片田舎で朋子は父を亡くした。3歳の時のことだ。母の郁代(乙羽信子)は小地主・須永つな(田中絹代)の一人娘であったが、大地主・田沢の一人息子と、須永家を継ぐことを条件に結婚したのだった。郁代は二十歳で後家になると、その美貌を見込まれて朋子をつなの手に残すと、高坂敬助(北村和夫)の後妻となった。母のつなは、そんな娘を身勝手な親不孝とののしった。が幼い朋子には、母の花嫁姿が美しく映った。朋子が母・郁代のもとに引きとられたのは、祖母つなが亡くなった後のことであった。敬助の親と合わない郁代が、二人の間に出来た安子を連れて、貧しい生活に口喧嘩の絶えない頃だった。そのため小学生の朋子は静岡の遊廓叶楼に半玉として売られた。悧発で負けず嫌いを買われた朋子は、芸事にめきめき腕を上げた。朋子が13歳になったある日、郁代が敬助に捨てられ、九重花魁として叶楼に現れた。朋子は"お母さん"と呼ぶことも口止めされ美貌で衣裳道楽で男を享楽する母をみつめて暮した。17歳になった朋子(岡田茉莉子)は、赤坂で神波伯爵(宇佐美淳也)に水揚げされ、養女先の津川家の肩入れもあって小牡丹という名で一本立ちとなった。朋子が、士官学校の生徒・江崎武「香華」5.jpg文(加藤剛)を知ったのは、この頃のことだった。一本気で真面目な朋子と江崎の恋は、許されぬ環境の中で激しく燃えた。江崎の「芸者をやめて欲しい」という言葉に、朋子は自分を賭けてやがて神波伯爵の世話で"花津川"という芸者の置屋を始め独立した。
〈三椏の章〉関東大震災を経て、年号も昭和と変わった頃、朋子は25歳で、築地に旅館"波奈家(はなのや)"を開業していた。朋子の頭の中には、江崎と結婚する夢だけがあった。母の郁代は、そんな朋子の真意も知らぬ気に、昔の家の下男・八郎(三木のり平)との年がいもない恋に身をやつしていた。そんな時、神波伯爵の訃報が知らされた。悲しみに沈む朋子に、追い打ちをかけるように、突然訪れた江崎は、結婚出来ぬ旨告げて去った。郁代が女郎であったことが原因していた。朋子の全ての希望は崩れ去った。この頃44歳になった母・郁代は、年下の八郎と結婚したいと朋子に告げた。多くの男性遍歴をして、今また結婚するという母に対し、母のため女の幸せを掴めない自分に、朋子は狐独を感じた。終戦を迎えた昭和20年、廃虚の中で、八郎と別れて帰って来た郁代に戸惑いながらも、必死に生きようとする朋子は"花の家"を再建した。それから3年、新聞に江崎の絞首刑の記事を見つけた朋子は、一目会いたいと巣鴨通いを始めた。村田事務官(内藤武敏)の好意で金網越しに会った江崎は、三椏の咲く2月、十三階段に消えていった。病気で入院中の朋子を訪ねる郁代が、交通事故で死んだのは朋子の52歳の時だった。波乱に富んだ人生に、死に顔もみせず終止符を打った母を朋子は、何か懐かしく思い出した。母の死後、子供の常治を連れて花の家に妹の安子(岩崎加根子)が帰って来た。朋子は幼い常治の成長に唯一の楽しみを求めた。昭和39年、63歳の朋子は、常治を連れて郁代のかつての願いであった田沢の墓に骨を納めに帰った。しかしそこで待っていたのは親戚の冷たい目であった。怒りに震えながらも朋子は、郁代と自分の墓をみつけることを考えながら、和歌の浦の波の音を聞くのだった―。

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