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シリーズでいちばん凝った「道行」。なぜシリーズ後半の作品に"一押し作品"が多いのか。

「昭和残侠伝 死んで貰います」ap.jpg「昭和残侠伝 死んで貰います」dnd.jpg「昭和残侠伝 死んで貰います」0.jpg 「昭和残侠伝 死んで貰います」00.jpg
昭和残侠伝 死んで貰います」[Prime Video]/「昭和残侠伝 死んで貰います [DVD]」高倉健/池部良/藤純子
    
「昭和残侠伝 死んで貰います」11.jpg 花田秀次郎(高倉健)は東京深川の老舗料亭「喜楽」に生まれたが、父・清吉(加藤嘉)が後妻を迎えたときに家を出て、そのまま裏街道を歩き始めた。賭場で袋だたきにあった秀次郎は、銀杏の木の下でうずくまっているところを、芸者になったばかりの幾江(藤純子)に救われた。3年後、いかさま師を怪我させた秀次郎は逮捕され、刑に服することに。だが服役中に父が死去、関東大震災が起こり義理の妹も死亡、継母のお秀(荒木道子)は盲目となってしまう。窮地に立たされた「喜楽」を救ったのは、板前の風間重吉(池部良)と小父の寺田(中村「昭和残侠伝 死んで貰います」2.jpg竹弥)だった。昭和2年、出所した秀次郎は偽名で板前として働くこととなり、その姿を寺田は涙の出る思いで見守っていた。一方幾江は売れっ妓芸者となって秀次郎の帰りを待っていて、重吉と寺田の計いで二人は7年ぶりに再会する。そんな頃、寺田一家のシマを横取りしようとことあるごとに目を光らせていた新興博徒の駒井(諸角啓二郎)が、「喜楽」を乗っとろうとしていた。秀次郎の義弟・武史(松原光二)は相場に手を染め、むざむざと「喜楽」の権利書を取り上げられてしまう。それを買い戻す交渉に出かけた寺田が、帰り道で襲撃され殺される―。

「昭和残侠伝 死んで貰います」3.jpg 1970(昭和45)年9月公開のマキノ雅弘監督の「昭和残侠伝」シリーズの第7作品主演は高倉健、共演は池部良、藤純子。高倉健が演じるのは唐獅子牡丹の刺青を背中に仁侠道に生きる昭和初期の渡世人・花田秀次郎で、1965(昭和40)年から1972(昭和47)年までのシリーズ9作のうち7作がこの役名であり、東映やくざ映画全盛時代の最大のヒーローといってもいいかと思います。

「昭和残侠伝 死んで貰います」4.jpg 義理と人情のしがらみに苦悩し、堪えに堪えた新興やくざへの怒りをついには爆発させる―というのがほぼすべてに共通のパターン。ここでも最後、それまで駒井の執拗な挑発に耐えてきた秀次郎でしたが、かけがえのない恩人の死に遂に怒りを爆発させ、重吉と共に駒井の元に殴りこみます(幾江は行かないでとは言わず、死なないでと言う)。

「昭和残侠伝 死んで貰います」m2.jpg ホントは、秀次郎は重吉に、堅気のあんたが行ってはいけない、俺一人で行くと言っていたのですが、結局、死地へ向かおうとする秀次郎の前に重吉が現れ、その流れで「道行」の図となります。この「道行き」を二人が共にするのもシリーズのパターンですが、シリーズ作でいちばん出会いのシチュエーションが凝っているのがこの第7作の「昭和残侠伝 死んで貰います」であるとも言われています。

 秀次郎が暗い夜道を長ドスを携えて歩いて行く途中、街角に重吉が待っており、秀次郎の前に立って懐から短刀を取り出して、「見ておくんなせえ! 恩返しの花道なんですよ」と言って、封印をされていた短刀の封を握った右手親指で切ります。短刀を見つめていた秀次郎は、目だけを上に上げて無言で重吉を見つめると、重吉は「ご一緒、願います」と。そして二人が並んで歩いて行くところに主題歌「唐獅子牡丹」が被さってきます。

 池部良もシリーズ全9作に出演していますが、9作で高倉健(花田秀次郎)・池部良(風間重吉)の二人ともが生還するのは1作のみ。ほとんどが池部良の役の方が命を落とし(風間重吉は何回死ぬのか(笑))、この作品も例外ではなく、必ずしもハッピーエンドとは言えないものとなっています。これは池部良が当時俳優協会の理事をしており、ヤクザ賛美には賛同しかねるゆえの最低ラインを守るための条件だったそうですが、ここでも池部良は志半ばで後を高倉健に託して斃れ伏し、それに気づいた高倉健の表情が何とも言えません。息を引き取る"兄弟"を抱きしめるというのが一つのパターンとして出来上がっています。

 9作作られているこのシリーズ、第1作・2作・3作・8作・9作の監督が佐伯清、第4作・5作、7作がマキノ雅弘、第6作が山下耕作で、このマキノ雅弘監督の第7作をベストとして推す人も多いほか、その他のシーリーズ後半の作品をベストとする人も多いようです。これは、同じ高倉健主演の「日本侠客伝」シリーズ('64年~'71年・全11作)や「網走番外地」シリーズ('65年~67年・全10作)には見られない傾向で、11作中9作がマキノ雅弘が監督した「日本侠客伝」シリーズや、全作が石井監督作品で短い期間に多く作られた「網走番外地」シリーズに対し、主に二人の監督により撮られたこのシリーズは、監督が入れ替わり立ち替わり撮ることで競争原理が働いて、シリーズの後半になってもダレることが無かったのではないかと思います。

 また、普通シリーズものが続けていくうちにダレてくるのは、マンネリ化やそれに伴う粗雑化のせいであったり、あるいはその逆の間違った方向転換のせいであったりするものですが、このシリーズも「日本侠客伝」シリーズと似ている点もあったりして、批評家からは早くからマンネリとの批判があったようです。ただ興行面では、観客が映画館に入り切らないといった盛況ぶりが毎回だったようです。そうした成功の要因を考えるに、マンネリ化を逆手に取って定型パターン化を武器にし、義理人情物語としての純粋性、様式美的な完成度を高めることにいずれの監督も注力したためではないかと思います。

 「日本侠客伝」シリーズが高倉健33歳の時の'64年に始まり、翌年には「網走番外地」シリーズと「昭和残侠伝」シリーズが始まり、各シリーズ年2本撮ったりすることもあって、高倉健はそこから5年間ぐらいは毎年10本以上映画出演していたことになります。しかもそのほとんどが主役。本人は、映画館に人が溢三島由紀夫  2.jpgれるのを見て、繰り返し量産されるワンパターンの作品でも観客が求めるならばと自らに言い聞かせて、同じような役どころを演じ続けたのだそうです(体力維持のため、ジムに通って筋力トレーニングに励み始めたのも各シリーズが始まったこの頃から)。因みに、あの三島由紀夫は、高倉や鶴田浩二主演の任侠映画を好み、特にこの「昭和残侠伝 死んで貰います」を高く評価していたとのことです。

1970(昭和45)年(三島由紀夫が亡くなる年)の雑誌「映画芸術」(「戦争映画とヤクザ映画」)での三島由紀夫と石堂淑朗の対談(一部抜粋)
編集部「「昭和残侠伝 死んで貰います」はどこがよかったのですか」
三島 「何よりも池部良が良かった。...他人のためにやっていることを、自分のこととしている...。なんと言うか、自分の中に消えていく小さな火をそっと大切にしているような、あの淋しさと暗さが何ともいえない。わかっているという感じだ。タンスにしまっておいた短刀出して、封印を指でブスリと切るところもすばらしかった」
「昭和残侠伝 死んで貰います」ぁ.jpg編集部「あそこは質屋から間に合わせにもってきたドスと対照的だったけれど、なんか健さんのほうが良かった」
三島 「あなたは武士じゃないんだ」
(中略)
三島 「うーん、ぼくはホモ的要素があるのかな、ホモじゃあないと思うけれど。最後に池部と高倉が目と目を見交わして、何の言葉もなく行くところなどをみると、胸がしめつけられてくる。キューッとなってくるんだ。日本文化の伝統を伝えるのは今ややくざ映画しかない」
石堂 「(略)礼儀作法をよく守る奴が結局人殺しをやる、これが泣かせるんですね」
(中略)
三島 「(略)あのラストの道行きだけあればいいんだよ。あとはいらない」
石堂 「(略)要するに同じパターンのくりかえしで、擬似神話の魅力ですね」

●「昭和残侠伝」シリーズ(全9作)一覧
第1作『昭和残侠伝』(1965年10月1日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:村尾昭、山本英明、松本功
 出演:高倉健、池部良、三田佳子、江原真二郎、松方弘樹、梅宮辰夫、他
第2作『昭和残侠伝 唐獅子牡丹』(1966年1月13日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:山本英明、松本功
 出演:高倉健、池部良、三田佳子、津川雅彦、三島ゆり子、芦田伸介、他
第3作『昭和残侠伝 一匹狼』(1966年7月9日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:松本功、山本英明
 出演:高倉健、池部良、藤純子、島田正吾、扇千景、他
第4作『昭和残侠伝 血染の唐獅子』(1967年7月8日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:マキノ雅弘、脚本:鈴木則文、鳥居元宏
 出演:高倉健、池部良、藤純子、津川雅彦、金子信雄、加藤嘉、他
第5作『昭和残侠伝 唐獅子仁義』(1969年3月6日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:マキノ雅弘、脚本:山本英明、松本功
 出演:高倉健、池部良、藤純子、待田京介、志村喬、他
第6作『昭和残侠伝 人斬り唐獅子』(1969年11月28日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:山下耕作、脚本:神波史男、長田紀生
 出演:高倉健、池部良、片岡千恵蔵、大木実、小山明子、他
第7作『昭和残侠伝 死んで貰います』(1970年9月22日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:マキノ雅弘、脚本:大和久守正
 出演:高倉健、池部良、藤純子、加藤嘉、中村竹弥、長門裕之、他
第8作『昭和残侠伝 吼えろ唐獅子』(1971年10月27日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:村尾昭
 出演:高倉健、池部良、鶴田浩二、松方弘樹、松原智恵子、他
第9作『昭和残侠伝 破れ傘』(1972年12月30日公開 東映東京撮影所製作)
 監督:佐伯清、脚本:村尾昭
 出演:高倉健、池部良、鶴田浩二、星由里子、北島三郎、安藤昇、他

長門裕之(坂井(ひょっとこの松))/津川雅彦(書生節を歌う男)
「昭和残侠伝 死んで貰います」長門.jpg 「昭和残侠伝 死んで貰います」 津川雅彦2.jpg
加藤嘉(秀次郎の父・花田清吉)
「昭和残侠伝 死んで貰います」かとう.jpg
下沢広之(真田広之[当時9歳])(秀次郎の甥・花田康男)
「昭和残侠伝 死んで貰います」さなだ.jpg 「昭和残侠伝 死んで貰います」さなだ2.jpg 0真田広之.jpg 真田広之

「昭和残侠伝 死んで貰います」m1.gif「昭和残侠伝 死んで貰います」m2.jpg「昭和残侠伝 死んで貰います」●制作年:1970年●監督:マキノ雅弘●脚本:大和久守正●撮影:林七郎●音楽:菊池俊輔●時間:92 分●出演:高倉健/藤純子/加藤嘉/池部良/永原和子/荒木道子/山本麟一/津川雅彦/三島ゆり子/松原光二/永原和子/八代万智子/石井富子/高野真二/諸角啓二郎/赤木春恵/小倉康子/日尾孝司/下沢広之(真田広之)/永山一夫/南風夕子/「昭和残侠伝 死んで貰います」13.jpg小林稔侍/久地明/久保一/伊達弘/田甲一/土山登士幸/花田達/木川哲也/佐川二郎/山浦栄/畑中猛重/青木卓司/五野上力/高月忠/長門裕之●公開:1970/09●配給:東映●最初に観た場所:新宿昭和館(01-03-22)(評価:★★★★)●併映:「日本女侠伝 血斗乱れ花」(山下耕作)/「博徒対テキ屋」(小沢茂弘)
「昭和残侠伝 死んで貰います」.jpg

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女主人公をイノセントとして描いている。原作を改変して成功している稀有なドラマ化例。

松本清張の種族同盟0.jpg 松本清張の種族同盟1.jpg 火と汐  ポケット文春 1968.jpg 火と汐  文春文庫 旧.jpg
土曜ワイド劇場「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」['79年/テレビ朝日]小川真由美/高橋幸治『火と汐 (文春文庫)
種族同盟 松本清張3.jpg松本清張ほか著/日本推理作家協会編『種族同盟―現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』(カッパ・ノベルス 1969.01)
 千鶴子(小川真由美)は旅館から旅館、仕事から仕事へと流れ歩く"渡り中居"。そんな千鶴子に思わぬ災難がふりかかる。彼女の色気に目をつけた議員秘書に犯され、誤って崖から突き落としてしまったのだ。そして、千鶴子は逮捕されてしまうが、一人の高い野望を抱いた男(高橋幸治)が国選弁護士となり、無罪判決を勝ち取るが―。原作は松本清張の中編推理小説で、「オール讀物」1967(昭和42)年3月号に掲載され、1968年7月に中短編集『火と汐』収録作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行されています(その後、文春文庫で文庫化)。また黒の奔流 01 -  コピー.jpg、カッパ・ノベルス『現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』('69年)に表題作として収録されています。渡邊祐介監督、岡田茉莉子・山崎努主演で、「疑惑」('82年/松竹)の10年前に「黒の奔流」('72年/松竹)として映画化されているほか、これまで以下3度テレビドラマ化されています。
渡辺 祐介 「黒の奔流」 (1972/09 松竹) ★★★★

 •1979年「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(テレビ朝日)小川眞由美・高橋幸治・金沢碧
 •2002年「松本清張没後10年記念企画・黒の奔流」(テレビ朝日)渡瀬恒彦・さとう珠緒・純名里沙
 •2009年「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子

「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」('79年/テレビ朝日)小川真由美/高橋幸治/金沢碧
松本清張の種族同盟3.jpg松本清張の種族同盟 6.jpg この1979年版の小川真由美演じる被告は、映画版と同じく旅館の女中(渡り仲居)で(千鶴子、つまり原作で殺害される女性と同じ名前になっている)、彼女の色香に目をつけた客の議員秘書に犯され、彼を崖から渓流に突き落として死なせてしまいます。警察に捕まって尋問されますが、本人に殺意がなかったこともあってか無実を訴え、資力がないので国選弁護人をつけることになりますが、その案件引き受けた弁護士が、高橋幸治演じる矢野弁護士で(原作は一人称で語られるため、弁護士の名は出てこず、この「矢野」という名は映画と同じ名前)、その助手の金沢碧が演じる由基子は(これは原作でもそのことが示唆されているが)彼の愛人ということになっています(男女の入れ替えをはじめ、全体の設定としては原作より映画「黒い奔流」にずっと近い)。

阿刀田高.jpg 小説家の阿刀田高はその著書『松本清張あらかると』(1997年/中央公論社)で「種族同盟」のドラマの脚色を賞賛していて、少し長くなりますが引用します。

松本清張の種族同盟ド.jpg 「〈種族同盟〉のテレビ化は、実にみごとなものであった。もちろん小説を映像化して絶讃を受けた映画やテレビ・ドラマは他にもたくさんあるだろう。どちらかと言えば、テレビより映画のほうによい作品が多いような気がするけれど、テレビ化だって捨てたものじゃない。名品を次々に思い出すことができる。だが、私がここでことさらに〈種族同盟〉を挙げるのは、作品の筋が原作から大きく変更されたにもかかわらず、見どころのある物語をあらたに創っていたからである。しかもその変更の理由が(これはあくまで私の推測ではあるけれど)―テレビ的だなあ―と思いたくなるような、けっして本質的ではないものなのに、ドラマ化された結果は本質的な条件をクリアーしていた。ありていに松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件454.jpg言えば「小説をテレビ化するとき、テレビ局の側にもいろいろ事情はあるでしょう。しかし変更するなら、このくらい、熟慮して変えてください」と、あらまほしき例として挙げたくなるのが、この〈種族同盟〉のテレビ・ドラマ化であった。(中略)〈種族同盟〉のドラマ化は、原作のエンドマークの先にたっぷりと新しいものをつけたして違和感のないものとした。付加するならば、このくらいうまく繋げてほしい。主人公を男から女へ変えるなら、ここまで工夫してほしい。小説〈種族同盟〉と、テレビ・ドラマ化された映像と、どちらがよいかは、むつかしい問題ではあるけれど、私としては、「小説のほうは凄味があるけれど、陰鬱だからなあ。テレビのほうがある種の女のあわれさがよく出ていて、ここちはいいね」と言いたくなってしまう。いずれにせよテレビドラマ〈種族同盟〉は、原作を大きく変えて、しかも充分に成功した珍しい例、と、私は特筆大書したいのである。」

 個人的にも阿刀田氏とほぼ同意見で、やはり脚本が優れているのでしょう。原作や映画化作品と大きく異なるのは、小川真由美演じる千鶴子が"イノセント"として描かれていることで、彼女が無罪を訴えるのも自分は何も悪いことはしていないという"イノセント(無実)の心情"によるものであり、彼女の高橋幸治演じる弁護士に対する想いも"イノセント(純粋)な愛"であって、これが最後まで貫かれていました。弁護士が婚約しても、「先生の結婚は邪魔しない」と言い、妊娠を口実に結婚を迫った映画版とは真逆と言えるかもしれません。

8話)/悪魔のような美女 o.jpg松本清張の種族同盟4.jpg ただ、この"イノセント"を実際に演じるのは相当に難しいはずであり、それをリアリティをもって演じ切った小川真由美ってすごいなあと思いました。同じ「土曜ワイド劇場」枠で同年4月放映の「江戸川乱歩 美女シリーズ(第8話)/悪魔のような美女」('79年/テレビ朝日)で『黒蜥蜴』の緑川夫人(魔性の女賊・黒蜥蜴)を演じたばかりだったはずですが、演技の幅を感じます(出演映画では、前年の6月に「鬼畜」('78年/松竹)、この年の4月「復讐するは我にあり」('79年/松竹)が公開されている。まさに絶頂期)。

松本清張の種族同盟図9.jpg松本清張の種族同盟 t.jpg 最初の方で小川真由美演じる千鶴子と議員秘書の絡みがあって、しかも千鶴子がたまたまゆっくり走っていたトラックに飛び乗るシーンがあるので(これが意図せず時間トリックとなって彼女の無罪につながるのだが)、原作と違って言わば倒叙ミステリーになっています。その分、ミステリとしての意外性は削がれていることになりますが、ドラマはあくまでも千鶴子が主人公である作りなので、あまり気になりませんでした。

松本清張の種族同盟5.jpg松本清張の種族同盟6.jpg 高橋幸治(1935年生まれ)も悪くなかったです(映画で弁護士を演じた山崎努(1936年生まれ)と似た感じか)。NHKの大河ドラマ「太閤記」('65年)で織田信長、連続テレビ小説「おはなはん」('66年)で速水中尉を演じて人気を博した俳優です。山崎努より1歳年上なだけですが、今世紀に入ってから引退状態にあり、知らない人も多くなっているか...。

高橋幸治(矢野弁護士)/小川真由美(千鶴子)
金沢碧(由基子)
松本清張の種族同盟0.png 金沢碧は、事務所の助手・岡橋由基子役でしたが、原作や映画において弁護士を追いつめる元被告に代わって、由基子が弁護士を恐喝する役回りでした。ダーティな部分を全部引き受けた感じで、最後にドジを踏ん7話)/宝石の美女 kanazawa2.jpgで哀れな末路を辿りますが、どこかユーモラスで憎めない感じであり、その前に、基本"美人"です。実際、「江戸川乱歩 美女シリーズ(第8話)/宝石の美女」('79年)に"美女"役で出ており、これは小川真由美が出た「悪魔のような美女」の1話前になります(同シリーズ第15話「鏡地獄の美女」('81年)にも再度"美女"役で出ている)。

 小川真由美版のドラマ「種族同盟」は、改変して成功している稀有な例ですが、一つケチをつけるとしたら、「湖上の偽装殺人事件」というサブタイトルでしょうか。これって、視聴者を怖がらせるための、ある種"叙述トリック"のつもりなのかなあ。でも"偽装"しようとした側からすれば未遂に終わったわけで、未遂行為をタイトルにするのは如何なものでしょうか。

松本清張の種族同盟k.jpg松本清張の種族同盟1-.jpg「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(土曜ワイド劇場)●演出:井上昭●脚本:吉田剛●音楽:津島利章●原作:松本清張●出演:小川真由美/高橋幸治/金沢碧/下条アトム(下條アトム)/加藤嘉/朝加真由美/中村竹弥/川合伸旺/進藤準/小島三児●放映:1979/05/26(全1回)●放送局:テレビ朝日(評価:★★★★☆)

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メロドラマ in 阿蘇谷。高峰秀子と仲代達矢が競演。田村正和の本格デビュー作でもある。

永遠の人 1961.jpg 永遠の人 木下 01.jpg 永遠の人 木下 02.jpg
木下惠介生誕100年「永遠の人」 [DVD]」高峰秀子/仲代達矢/佐田啓二

「永遠の人」1.jpg◇第一章 昭和7年、上海事変の頃、阿蘇谷の大地主・小清水平左衛門(永田靖)の小作人・草二郎(加藤嘉)の娘・さだ子(高峰秀子)には川南隆(佐田啓二)という親兄弟も許した恋人がいた。隆と、平左衛門の息子・平兵衛(仲代達矢)は共に戦争に行っていたが、平兵衛は足に負傷、除隊となって帰郷する。平兵衛の歓迎会の数日後、平兵衛はさだ子を犯す。さだ子は川に身を投げるが、隆の兄・力造(野々村潔)に助けられる。やがて隆が凱旋、事情を知った彼は、さだ子と村を出奔しようと決心するが、当日になって幸せになってくれと置手紙を残し行方をくらます。

「永遠の人」13.jpg◇第二章 昭和19年。さだ子は平兵衛と結婚、栄一、守人、直子の三人の子をもうけていた。太平洋戦争も末期、隆も力造も応召していた。隆はすでに結婚、妻の友子(乙羽信子)は幼い息子・豊と力造の家にいたが、平兵衛の申し出で小清水家に手伝いにいくことになる。隆を忘れないさだ子に苦しめられる平兵衛と、さだ子の面影を追う隆に傷つけられた友子。ある日、平兵衛は友子に挑み、さだ子は"ケダモノ"と面罵する。騒ぎの中、長い間病床に伏していた平左衛門が死去、翌日、友子は暇をとり郷里へ帰る。

「永遠の人」tamura.jpg◇第三章 昭和24年。隆は胸を冒されて帰郷。一方、さだ子が平兵衛に犯された時に姙った栄一(田村正和)は高校生になっていたが、ある日、自分の出生の秘密を知り、阿蘇火口に投身自殺する。さだ子と平兵衛は一層憎み合うようになる。

◇第四章 昭和35年。二十歳になる直子(藤由紀子)と25歳になる隆の息子・豊(石浜朗)は愛し合っていたが家の事情で結婚できない。さだ子は二人を大阪へ逃がしてやった。これを知って怒る平兵衛。そこへ巡査(東野英治郎)がきて、東京の大学に入っている次男の守人(戸塚雅哉)が安保反対デモに参加、逮捕状が出ていると報せに来る。その後へ守人から電話。さだ子は草千里まできた守人に会い金を渡して彼の逃走を助ける。草千里へ行く途中、さだ子はまた友子と会い、息子と会いたいという友子に大阪の居場所を教える。

◇第五章 昭和36年。隆は死の床についていた。直子と豊も生れたばかりの子を連れて駆けつける。さだ子も来た。隆は死の間際に、平兵衛を苦しめていたのは自分であり、謝ってくれとさだ子に告げるた。さだ子は隆を安らかに送るため平兵衛を呼んでこようとするが―。

「永遠の人」tamura2.jpg 木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1961(昭和36)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第3位。1962年に米国の第34回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品でもあります。前年「旗本愚連隊」にて顔見せ出演した田村正和は、この作品が本格的デビューとなりました。

仲代達矢/田村正和/高峰秀子

 「ザ・メロドラマ in 阿蘇谷」という感じ。さだ子(高峰秀子)、隆(佐田啓二)、平兵衛(仲代達矢)は三角関係で、さだ子にとっての「永遠の人」は隆であり、そのためさだ子と平兵衛は憎しみ合っていて、それを演じる高峰秀子と仲代達矢が演技合戦がスゴイです(高峰秀子は'61年・第12回「芸術選奨(演技)」受賞)。

「永遠の人」12.jpg ラスト、平兵衛はさだ子の頼みを最初はきかなかったけれども、やがて頑なだった彼の心も砕けます。ただ、これで30年間も憎み、苦しんできた二人にようやく平和が訪れたという、所謂メロドラマ的筋書きなのでしようが、高峰秀子と仲代達矢のそれまでの憎しみ合う演技がスゴ過ぎて、結末がやや安易に思えてしまうほどでした。

 なぜかBGMがフラメンコギターなのですが、これが各シーンに合っていて、フラメンコ調のギターはメロドラマと相性がいいのかも。フラメンコ調のギターを活かした映画と言えば今井正監督の「小林多喜二」('74年)がありましたが、あれもなぜフラメンコギターなのかと思いながらも、しばらくすると違和感がなくなりました。個人的には、この映画で再び同じような経験をしたことになります。

「永遠の人」あそ.jpg.png「永遠の人」●制作年:1961年●監督・脚本:木下惠介●製作:月森仙之助/木下惠介●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●時間:107分●出演:高峰秀子/佐田啓二/仲代達矢/加藤嘉/野々村潔/永田靖/浜田寅彦/乙羽信子/田村正和/戸塚雅哉/藤由紀子/石濱朗/東野英治郎●公開:1961/09●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-08-20)(評価:★★★★)
「永遠の人」p.jpg.png.jpg

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〈ラーメン・ウエスタン〉のスタイル。人物造型もウェットでないのがいい。

「タンポポ」米国版ポスター.jpgタンポポ図2.jpgタンポポ 1985.jpg tampopo.jpg
タンポポ<Blu-ray>」/「Tampopo」米国版DVD

米国版ポスター['16年]

タンポポ61.jpg 長距離タンクローリーの運転手ゴロー(山﨑努)とガン(渡辺謙)がとある寂れたラーメン屋に入ると、店主のタンポポ(宮本信子)がタンポポ1.jpg幼馴染の土建屋ビスケン(安岡力也)にしつこく交際を迫られていたところだった。それを助けようとしたゴローだが逆にやられてしまう。翌朝、タンポポに介抱されたゴローはラーメン屋の基本を手解きしタンポポに指導を求められる。そして次の日から「行列のできるラーメン屋」を目指し、厳しい修行が始まる―。

タンポポ81.jpg 1985(昭和60)年公開の伊丹十三(1933-1997/64没)脚本・監督による「ラーメンウエスタン」と称したコメディ映画で、伊丹十三監督作としては、長「タンポポ」es.jpg編第1作「お葬式」('84年)と第3作「マルサの女」('87年)の間にくる作品ですが、公開当時は「お葬式」ほど注目されず、「マルサの女」が伊丹十三監督としての3年ぶりのブレイク作品になったように思います。実際、「お葬式」と「マルサの女」はそれぞれ第58回と第61回のキネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれていますが、この「タンポポ」はベストテンにも入っていません(ベストテン第11位)。やはり、ラーメン店の再興というのが、テーマ的に小粒と思われたのでしょうか(三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」('97年/東宝)で渡辺謙がタンクローリ0「藤田「タンポポ」.jpgーの運転手役で出演しており、この作品へのオマージュととれるし、三谷幸喜監督がこの作品を高く評価していることが窺える)。

藤田敏八(歯が沁みる男)

 「お葬式」は名画座で観て、「タンポポ」は90年頃ビデオで観ましたが(この作品はその後なかなかDVD化されず、先にDVD化された米国からの輸入版で観た人も多いようだ)、意外と「タンポポ」の方が面白かったのではないかと後で思いました。「タンポポ」米国版ポスター2.jpg伊丹十三作品の人気ランキングなどを見ると、「お葬式」「マルサの女」と並んでこの「タンポポ」はベスト3に入っていることが多いですし、個人的には、「マルサの女」に匹敵する面白さだとは思っていましたが、今回観直して、これは「マルサの女」よる上ではないかと(評価○から◎に変更!)。

 米国では日本公開の翌年の1986年12月にニューヨークのジャパン・ソサエティーにて初上映され、翌年3月、近代美術館(MOMA)で新人監督シリーズの一本として上映されるとたちまち話題を呼び、一般公開にて大ヒットを記録、その年の全米の外国映画興行成績第5位にランクインし、その後も長きに渡り"海外でヒットした日本映画"として、世界中に記憶されることとなったといいます。

2016年10月、4Kデジタルリマスター版での30年ぶりの全米公開が決まり、皮切り上映されたニューヨークで、新たに制作された米国版ポスターを前に舞台挨拶をする宮本信子氏[写真:産経新聞(三品貴志氏撮影)]
  
タンポポ山崎1.jpg 米国で受け入れられたのは、〈ラーメン・ウエスタン〉のスタイルで「シェーン」('53年)を換骨奪胎したストーリータンポポ図2 (2)1.jpgを作り上げたことが大きいと思います。ラーメン店を一人で営む宮本信子の下にふらりと店に入ってきたトラック運転手の山崎努にしても常にカウボーイハットだし、自分たちの店のラーメンの味を貶された男たりがタンポポの店に押し掛ける時も、4人の男の内1人はさりげなくカウボーイハットで大いなる西部J.jpgした(ここは「OK牧場の決斗」('57年)風か)。そう言えば、土建屋の安岡力也も洋風の帽子でした。山崎努と殴り合った末に友情を築くのは、グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンの延々と続く殴り合いのシーンで知られる「大いなる西部」('58年)へのオマージュではないでしょうか。アメリカ人は観ていてぴんとくるのでしょう。

「大いなる西部」('58年)チャールトン・ヘストン/グレゴリー・ペック

 山田洋次監督、高倉健主演の「遙かなる山の呼び声」('80年)なども「シェーン」へのオマージュ作品(ほぼパクリか)ですが、「タンポポ」の場合、ストーリー的には予定調和でありながらも、日本人的なウエットなキャラクターではなく、アメリカ映画的なドライな人物造形を意図的に模倣している点が、アメリカでスムーズに受け入れられる要因となったのではないかと思います。

「タンポポ」ロード.jpg また、この作品の中には、13の食べ物にまつわるエピソードが織り交ぜられているということで、それらも愉しめたし、今思うと、錚々たる面子(メンツ)の俳優がそれらサブストーリーに出ていたことが思い起こされ、暫く観ていない人は観直してみるのもいいのではないでしょうか。メインストーリーに関わる登場人物が主役の宮本信子、山崎努らを含め23名なのに対し、サブストーリーの登場人物が冒頭の役所広司、黒田福美(ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」のパロディか。黒田福美はこの作品以降、伊丹作品の常連に)を筆頭に46名と倍以上いるといいいます。

タンポポ 大友.jpg また、渡辺謙演じるガンが本を読みながら頭の中で描き出しているラーメンの先生を演じた大友柳太朗(1912‐1985/73歳没)は、この映画が公開される前の1985年9月27日、東京都港区の自宅マンション屋上から飛び降り自殺しています。したがって、この「タンポポ」が遺作となったわけですが、死の前日には自ら監督の伊丹十三(この人も'97年に自殺することになるのだが)に電話をかけ、自分の出番がすべて撮影済みであることを確認していたそうです。

市川右太衛門・大友柳太朗「大江戸七人衆」('58年)/大友柳太朗「酒と女と槍」('60年)/「赤穂浪士」('61年)
大江戸七人衆6.jpg酒と女と槍002.jpg赤穂浪士 大友.jpg この大友柳太朗という人は、1950年代には「片岡千恵蔵・市川右太衛門の両御大、中村錦之助・東千代之介・大川橋蔵の三羽烏よりも稼ぎ頭だ」と言われたほどの人気で、松田定次監督の「大江戸七人衆」('58年/東映)の七人衆の一人、旗本の平原役は市川右太衛門と同格か次席格で、大川橋蔵や東千代之介より上の格付けでしたし、内田吐夢監督、海音寺潮五郎原作の「酒と女と槍」('60年/東映)では主人公の富田高定を演じ(この映画、高定の"上司"格である前田利長役で片岡千恵蔵が客演している)、これも松田定次監督の「赤穂浪士」('61年/東映)でも原作者・大佛次郎が創造したキャラクターでフジテレビ「北の国から」 .jpgある、千坂兵部(市川右太衛門)の命により大石内蔵助(片岡千恵蔵)ら赤穂浪士の動向を探る浪人「堀田隼人」という重要な役どころでした。80年代には現代劇において老人役として人気を博しましたが、次第に台詞覚えに苦労するようになり「老人性痴呆にかかった」と悲観しはじめ、不眠症にも悩まされるようになり、特に後輩の杉良太郎からの執拗なダメ出し・批判に悩まされ、自信を喪失していったとのことです。

フジテレビ「北の国から」右は吉岡秀隆


タンポポs.jpg 因みに、西洋レストランで行われていた岡田茉莉子が講師を務めるマナー講座の近くの席で、パスタをすすったりげっぷを放つなどの騒音を出し、生徒たちが全員真似てパスタをすすって食べる元凶となった太った外人は、フランス出身のパティシエで日本で初となるフランス菓子専門店を開店させたアンドレ・ルコント(1932-1999)という人です。東京オリンピックを翌年に控えた1963年、ホテルオークラのシェフ・パティシエとして初めて日本を訪れ、本格的な砂糖菓子の彫刻を日本で最初に広めた人物です。


タンポポ5.jpgタンポポ4.jpg「タンポポ」●制作年:1985年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:田村正毅●音楽:村井邦彦●時間:115分●出演:山﨑努/宮本信子/渡辺謙/役所広司/安岡力也/加藤嘉/桜金造/大滝秀治/黒田福美/岡田茉莉子/高橋長英/橋爪功/大犮柳太朗/津川雅「タンポ」ポ 橋爪.jpg「タンポポ」井川.jpg彦/原泉/藤田敏八/高見映(高見のっぽ)/ギリヤーク尼ヶ崎/洞口依子/アンドレ・ルコント/中村伸郎/林成年/田武謙三/井川比佐志/三田和代/大月ウルフ/上田耕一●公開:1985/11●配給:東宝(評価:★★★★☆)
橋爪功(ホテルのボーイ)/井川比佐志(危篤の妻(三田和代)にチャーハンを作らせる男)

《読書MEMO》
●挿入されるエピソード(順不同。とりあえず13?)
タンポポ 紹興酒 海老.jpg➀ 白服の男(役所広司)とその情婦(黒田福美)が冒頭に登場し、映画館の最前列を陣取って食事をしようとする。
② 白服の男と情婦が口移しで生卵の黄身を崩さず何度もやりとりする(このほかに、白服の男が生きたままのエビに紹興酒をかけ、情婦の下腹に乗せ、情婦がくすぐったがって悶絶するというシーンもある)。
③ 白服の男が海辺の若い海女(洞口依子)から買った生牡蠣を食べ、殻で切った唇の血をその若い海女が舐める。
④ ガン(渡辺謙)が頭の中で創造した老人(大友柳太朗)がガンにラーメンの由緒正しい食べ方を教える。
⑤ レストランで食事マナーを生徒に教える講師(岡田茉莉子)の傍で外国人がズズッーとスパゲッティを啜って食べる。
⑥ 接待での場でフランス語メニューの読めない顧客と上司が当たり障りない注文し、フランス語は読めるが空気が読めない新米社員が高級料理や高級ワインを次々にオーダーする。やり取りを見たボーイ(橋爪功)は密かにほくそ笑む。
⑦そば屋で餅を喉につまらせた老人(大滝秀治)が、ゴロー(山崎努)らに助けられて、老人は御礼にとスッポン料理を一同に振舞う。
⑧ 食の細いターボー(タンポポの息子)にホームレスのシェフ(高見映(高見のっぽ))が、自分がリストラされたレストランに夜忍び込み、本物のオムライスを作って食べさせてやる(高見映は"ノッポさん"の帽子を被っている)。
⑨ 親から自然食しか与えらない子がソフトを食べる男(藤田敏八)をじっと見るので、男は自分のソフトをやる。
⑩ 食品店の柔らかい食材を触り回る老婆(原泉)とそれを見張る店長(津川雅彦)が深夜の店内で追っかけっことなる。
⑪ 東北大名誉教授を装うスリ(中村伸郎)に北京ダックを奢り、偽投資話で騙そうとする詐欺師(林成年)だったが...。
⑫ 幼い子どもらを持つ男(井川比佐志)が、危篤の妻(三田和代)にどうしてよいか分からずチャーハンを作らせる。
⑬ ラスト‥クレジットロールの背景に映し出される「授乳」シーン(人間にとって最初の食事であるということか)

タンポポ13.jpg

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事実をアムンゼン・スコット隊の物語のようにドラマチックに改変した原作と映画。

八甲田山  1.jpg八甲田山 1977.jpg八甲田山  2.jpg 八甲田山 dvd.jpg
Hakkodasan (1977)   「八甲田山 完全版 [DVD]

八甲田山 大滝秀治.jpg八甲田山1s.jpg 日露戦争開戦目前の1901(明治34)年10月、軍部はロシア軍と戦うためには雪と寒さに慣れておく必要があると判断、弘前の第4旅団司令部で行われた「日露戦争に備えての雪中行軍作戦会議」に、弘前第8師団より第4旅団長・友田少将(島田正吾)、参謀長・中林大佐(大滝秀治)、「弘前第31連隊」より連隊長・児島大佐(丹波哲郎)、第1大隊長・門間少佐(藤岡琢也)、徳島大尉(高倉健)、「青森第5連隊」よ八甲田山2a96e.jpg八甲田山 高倉2.jpgり津村中佐(小林桂樹)、木宮少佐(神山繁)、神田大尉(北大路欣也)、第2大隊長・山田少佐(三國連太郎)らがそれぞれ出席して、耐寒訓練として冬の八甲田山を軍行する計画を立て、神田大尉率いる「青森第5連隊」と徳島大尉率いる「弘前第31連隊」の参加が決まる。双方は青森と弘前から出発、八甲田山ですれ違うという進行が大筋だった。翌年1月20日、徳島率いる弘前0八甲田山80.jpg第31連隊は、雪に馴れている27名の編成部隊で弘前を出発し、一方の神田大尉も小数精鋭部隊の編成を申し出たが、大隊長・山田少佐に拒否され210名という大部隊で青森を出発した。神田の青森第5連隊の実権は大隊長・山田少佐に移っており、神田の用意した案内人を山田が断ってしまう。神田の部隊は低気圧に襲われ、磁石が用をなさなくなり、ホワイトアウトの中に方向を失い、次第に隊列は乱れ、狂死する者0八甲田山12.jpgさえ出始める。一方徳島の部隊は、案内人(秋吉久美子)を先頭に風のリズムに合わせ、八甲田山に向って快調に進む。出発してから1週間後、徳島隊は八甲田に入って神田大尉の従卒の遺体を発見、神田の青森第5連隊の遭難は疑う余地はなかった。そして徳島は、吹雪の中で永遠の眠りにつく神田と再会。青森第5連隊の生存者は山田少佐以下12名。徳島の弘前第31連隊は全員生還。山田少佐はその後に拳銃自殺する―。

0八甲田山 高倉.jpg 1977年公開の森谷司郎監督、橋本忍脚本、高倉健・北大路欣也主演作品で、原作は新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』('71年/新潮社)。原作は、1902(明治35)年)1月、陸軍第8師団の「青森歩兵第5連隊」が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍訓練で参加者210名中199名が死亡した事件に材を得ていますが、「弘前歩兵第31連隊」の雪中行軍訓練と時期は重なるものの、お互いに相手の計画を知らなかったということで、これを徳島・神田両大尉が同時に行軍指揮の命令を受け、事前に両隊が八甲田山で出会うことを示し合わてスタートしたように描き、更に、強行スケジュールを立てて先を急いだ神田・青森隊と、自然の驚異への畏怖からそれに逆らわず慎重に行動した徳島・弘前隊を対比的に描くことで、ちょうど南極点一番乗りを目指して片や偉業達成、片や全滅したアムンゼン隊とスコット隊の物語のようにドラマチックにしたのは、新田次郎の作家としての力量の為せる技でしょう。

八甲田山 1977  三國s.jpg 従って、事実としては、映画のように高倉健が演じた徳島大尉(モデルは福島泰蔵大尉)と北大路欣也が演じた神田大尉(モデルは神成文吉大尉)が出発前に出会って語らったこともなく、また、映画では三國連太郎演じる山田少佐(モデルは山口鋠少佐)の我田引水の判断や行動が遭難事故の誘因となったように描かれていますが、実際には山口少佐の遭難事故に与えた影響は判明していないそうです(部下の犠牲で生き残ったことへの自責の念から病院で拳銃自殺するというのも新田次郎の創作)。

0八甲田山es.jpg 一方の、徳島大尉は理想のリーダーのように描かれていますが、実際には福島隊も地元の案内人との関係は良くなかったらしく、高倉健の徳島大尉が秋吉久美子演じる(軽々と雪山を登って行く部分はスタント?)案内人に感謝の意を表して部下らに捧げ銃を命じるのは完全に映画のオリジナルで、新田次郎原作においてすら、小銭を渡して冷たくあしらったことになっています(映画では、三國連太郎演じる山田少佐が「金目当てか?」と案内人を追い返したのと対照的な行動として描かれている。感動的な場面ではある)。

八甲田山i.jpg しかしながら、事実がどうだったかはともかく、映画は映画としてみれば面白く、少なくとも長尺の割には、途中飽きることはありませんでした。原作の方は企業研修や大学において、リスクマネジメントやリーダー論などの経営学のケーススタディに用いられることがあるようですが、当然事前に読ませておくということでしょう。映画も(その後の討論を含め1日がかりの研修ならともかく)勤務時間中に見せるのは約2時間40分の長さはきついかもしれません。

八甲田山 北大路欣也.jpg そもそも、原作にしても映画にしても、明治陸軍という特殊な組織の中での話であって、これを現代のビジネス社会に当て嵌めて考えたり応用したりするには無理があるという見方もあるようですが、確かにそうした面もあるかもしれないし(「北大路欣也演じる神田大尉が上官の無茶な命令に逆らえないのはフォロワーシップの欠如だ」と言うのは簡単だが、当時の陸軍においては上官命令には絶対服従だっただろう)、一方、高倉健演じる徳島大尉はあまりに理想的に描かれ過ぎている感じもします。しかしながら、個々のリーダーシップと言うより組織論的な観点から見ると、命令系統の混乱が青森隊を混迷状況に陥れたわけで、マネジメントにおける「命令統一の原則」が守られなかった場合どうなるかということと呼応しており、参考になる部分はあるかもしれません。

0八甲田山 1977   8.jpg 今日まで続く"山岳映画"の流れの嚆矢にもなったとされる作品ですが(一応これ以前にも「銀嶺の果て」('47年)や「黒い画集 ある遭難」('61年)といった作品はあるが)、この作品のロケは大変だったろうなあと思います。撮影隊が本当に遭難しそうになったという逸話があるというのは頷けますが、今だったらかなりの部分をCGでカバーしてしまうだろうから、そう考えると全てフィルムで撮っているというのは映像的に貴重かも。但し、カメラマンの木村大作は吹雪の中で照明が殆ど使えなかったことが不満だったとのことで、確かに白い雪の中で登場人物の顔が黒く潰れてしまっているというのは多く見られました。おそらくこれはデジタルリマスター版になってもそう改善されないものなのでしょう。

八甲田山_n.jpg八甲田山(映画) 加藤嘉 .jpg
徳島大尉(第一大隊第二中隊長):高倉健
神田大尉(第二大隊第五中隊長):北大路欣也
山田少佐(第二大隊長):三國連太郎
村山伍長(第五中隊第二小隊):緒形拳
田茂木野村の作右衛門:加藤嘉
「八甲田山」欣也.jpg
八甲田山 特別愛蔵版 高倉健 主演 DVD2枚組」(2014年)
八甲田山 特別愛蔵版.jpg八甲田山03.jpg「八甲田山」●制作年:1977年●監督:森谷司郎●製作:橋本忍野村芳太郎/田中友幸●脚本:橋本忍●撮影:木村大作●音楽:芥川也寸志●時間:169分●出演:高倉健/北大路欣也/島田正吾/三國連太郎/丹波哲郎/藤岡琢也/加山雄三/小林桂樹/神山繁/森田健作/下絛アトム/大滝秀治/前田吟/東野英心/緒方拳/加賀まり子秋吉久美子八甲田山 加賀まりこ.jpg八甲田山 akiyosi.jpg山谷初男/丹古母鬼馬二/菅井きん/加藤嘉/田崎潤/栗原小巻/金尾哲夫/玉川伊佐男/江角英明/樋浦勉/浜田晃/加藤健一/江幡連/高山浩平/安永憲司/佐久間宏則/大竹まこと/新克利/山西道宏/船橋三郎●公開:1977/06●配給:東宝(評価:★★★☆)
加山雄三(大隊本部・倉田大尉)/前田吟(第三十一連隊・斉藤伍長)/森田健作(第五連隊・三上少尉)/秋吉久美子(案内人さわ)
「八甲田山」加山前田森田秋吉.jpg

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「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っている?

Okuribito (2008).jpgおくりびと 2008 .jpgおくりびと1.jpg
おくりびと [DVD]」 山崎努・本木雅弘
Okuribito (2008)

おくりびと2.jpg チェロ奏者の小林大悟(本木雅弘)は、所属していた楽団の突然の解散を機にチェロで食べていく道を諦め、妻・美香(広末涼子)を伴い、故郷の山形へ帰ることに。さっそく職探しを始めた大悟は、"旅のお手伝い"という求人広告を見て面接へと向かう。しかし旅行代理店だと思ったその会社の仕事は、"旅立ち"をお手伝いする"納棺師"というものだった。社長の佐々木生栄(山崎努)に半ば強引に採用されてしまった大悟。世間の目も気になり、妻にも言い出せないまま、納棺師の見習いとして働き始める大悟だったが―。

おくりびと アカデミー賞.jpg 2008年公開の滝田洋二郎監督作で、脚本は映画脚本初挑戦だった放送作家の小山薫堂。第32回「日本アカデミー賞」の作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞(本木雅弘)・助演男優賞(山崎努)・助演女優賞(余貴美子)・撮影賞・照明賞・録音賞・編集賞の10部門をを独占するなど多くの賞を受賞しましたが(第63回「毎日映画コンクール 日本映画大賞」、第33回「報知映画賞 作品賞」、第21回「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」も受賞)、その前に第32回モントリオール国際映画祭でグランプリを受賞しており、更に日本アカデミー賞発表後に第81回米アカデミー賞外国語映画賞の受賞が決まり、ロードショーが一旦終わっていたのが再ロードにかかったのを観に行きました(2009年(2008年度)「芸術選奨」受賞作。脚本の小山薫堂は第60回(2008年)「読売文学賞」(戯曲・シナリオ賞)、本木雅弘と映画製作スタッフは第57回(2009年)「菊池寛賞」を受賞している)。

滝田洋二郎監督、本木雅弘、余貴美子、広末涼子(第81回アカデミー賞授賞式/2009年2月23日(日本時間))

おくりびと3.jpg 主演の本木雅弘のこの映画にかけた執念はよく知られていますが、"原作者"に直接掛け合ったものの、原作者から自分の宗教観が反映されていないとして「やるなら、全く別の作品としてやってほしい」と言われたようです。もともとは、本木雅弘が20歳代後半に藤原新也の『メメント・モリ―死を想え』('83年/情報センター出版局)を読み、インドを旅して、いつか死をテーマにしたいと考えていたとのことで、まさに「メメント・モリ」映画と言うか、いい作品に仕上がったように思います(結局、原作者も一定の評価をしているという)。

おくりびと4.jpg 特に、前半部分で主人公が"納棺師"の仕事の求人広告を旅行代理店の求人と勘違いして面接に行くなどコメディタッチになっているのが、重いテーマでありながら却って良かったです(逆に後半はややベタか)。技術的な面や宗教性の部分で原作者に限らず他の同業者からも批判があったようですが、それら全部に応えていたら映画にならないのではないかと思います。こうした仕事に注目したことだけでも意義があるのではないかと思いますが(ジャンル的には"お仕事映画"とも言える)、米アカデミー賞の選考などでは、同時にそれが作品としてのニッチ効果にも繋がったのではないでしょうか(アカデミーの外国語映画賞が、前3年ほど政治的なテーマや背景の映画の受賞が続いていたことなどラッキーな要素もあったかも)。

おくりびと5.jpg Wikipediaに「地上波での初放送は2009年9月21日で21.7%の高視聴率を記録したが、2012年1月4日の2回目の放送は3.4%の低視聴率」とありましたが、2回目の放送は日時が良くなかったのかなあ。こうした映画って、ブームの時は皆こぞって観に行くけれど、時間が経つとあまり観られなくなるというか、《無意識的に忌避される》ことがあるような気がしなくもありません。そうした傾向に反発するわけではないですが、個人的には、最初観た時は星4つ評価(○評価)であったものを、最近観直して星4つ半評価(◎評価)に修正しました(ブームの最中には◎つけにくいというのが何となくある?)。「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っているかもしれません。

 これもWikipediaに、「本作では、一連の死後の処置(エンゼルメイク)を納棺師が行っているが、現在では、臨終全体の8割が病院死であり、実際には、看護師が病院で行うことが多い」(小林光恵著『死化粧の時―エンゼルメイクを知っていますか』('09年/洋泉社))とありましたが、病院側がやるエンゼルメイクとは別に葬儀会社に「湯灌」などを頼めば、有料の付加サービスとしてやってくれるでしょう。納棺師と湯灌師の違いの厳密な規定はないそうですが、そうした人たちもある意味"おくりびと"であるし(最近若い女性の湯灌師が増えているという)、エンゼルメイクする看護師もその仕事をしている時は、広い意味での"おくりびと"であると言えるのではないでしょうか。

木村家の人びとド.jpg 滝田洋二郎監督は元々は新東宝で成人映画を撮っていた監督で、初めて一般映画の監督を務めた「コミック雑誌なんかいらない!」('86年/ニュー・センチュリー・プロデューサーズ)でメジャーになった人です。個人的には、鹿賀丈史、桃井かおり主演の夫婦で金儲けに精を出す家族を描いた「木村家の人びと」('88年/ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画)を最初「木村家の人びと」0.jpgに観て、部分部分は面白いものの、全体として何が言いたいのかよく分からなかったという感じでした(ぶっ飛び度で言えば、石井聰互監督の「逆噴射家族」('84年/ATG)の方が上)。その後、東野自圭吾原作の「秘密」('99年/東宝)、浅田次郎原作の「壬生義士伝」('03年/松竹)を観て、比較的原作に沿って作る"職人肌"の監督だなあと思いました(結果として、映画に対する評価が、原作に対する好き嫌いにほぼ対応したものとなった。「木村家の人びと」の原作は未読)。「おくりびと」はいい作品だと思いますが、このタイプの監督が米アカデミー賞の表彰式の舞台に立つのは、やや違和感がなくもないです。菊池寛賞も、「本木雅弘と映画製作スタッフ」が受賞対象者となっていて、その辺りが妥当な線かもしれません(まあ、アカデミー外国語映画賞も監督にではなく作品に与えられた賞なのだが)。因みに、「木村家の人びと」はビデオが絶版になった後DVD化されておらず[2017年現在]、ファンがDVD化を待望しているようですが、個人的にはどうしても観たいというほどでもありません。
   
おくりびとes.jpg「おくりびと」●制作年:2009年●監督:滝田洋二郎●製作:中沢敏明/渡井敏久●脚本:小山薫堂●撮影:浜田毅●音楽:久石譲●時間:130分●出演:本木雅弘/広末涼子/山崎努/杉本哲太/峰岸徹/余貴美子/吉行和子/笹野高史/山田辰夫/橘ユキコ/飯森範親/橘ゆかり/石田太郎/岸博之/大谷亮介/諏訪太郎/星野光代/小柳友貴美/飯塚百花/宮田早苗/白井小百合●公開:2008/09●配給:松竹●最初に観た場所:丸の内ピカデリー3(09-03-12)(評価:★★★★☆)

本木雅弘(2009年アジアン・フィルム・アワード」(主演男優賞))
「アジアン・フィルム・アワード」本木2.jpg.png 

丸の内ルーブル.jpg丸の内ピカデリー3.jpg丸の内ピカデリー3ド.jpg丸の内ブラゼール4.jpg丸の内ブラゼールes.jpg丸の内松竹(丸の内ピカデリー3) 1987年10月3日「有楽町マリオン」新館5階に「丸の内松竹」として、同館7階「丸の内ルーブル」とともにオープ「丸の内ピカデリー ドルビーシネマ」.jpgン、1996年6月12日~「丸の内ブラゼール」、2008年12月1日~「丸の内ピカデリー3」) (「丸の内ルーブル」は2014年8月3日閉館)
「サロンパス ルーブル丸の内/丸の内ブラゼール」(2008)
2018(平成30)年12月2日休館、2019(令和元)年10月4日~ドルビーシネマ専用劇場「丸の内ピカデリー ドルビーシネマ」として再オープン。
 
   
木村家の人びと vhs.jpg木村家の人びとf5.jpg「木村家の人びと」●制作年:1988年●監督:滝田洋二郎●脚本:一色伸幸●撮影:志賀葉一●音楽:大野克夫●原作:谷俊彦●時間:113分●出演:鹿賀丈史/桃井かおり/岩崎ひろみ/伊崎充則/柄本明/木内みどり/風見章子/小西博之/清水ミチ木村家の人びと4.jpg「木村家の人びと」柄本明.jpgコ/中野慎/加藤嘉/木田三千雄/奥村公延/多々良純/露原千草/辻伊万里/今井和子/酒井敏也/鳥越マリ/池島ゆたか/上田耕一/江森陽弘/津村鷹志/竹中木村家の人びと 加藤嘉_0.jpg直人/螢雪次朗/ルパン鈴木/山口晃史/三輝みきこ/小林憲二/野坂きいち/江崎和代/橘雪子/ベンガル●劇場公開:1988/05●配給:東宝 (評価★★★)

秘密DVD2.jpg映画 秘密2.jpg「秘密」●制作年:1999年●監督:滝田洋二郎●製作:児玉守弘/田上節郎/進藤淳一●脚本:斉藤ひろし●撮影:栢野直樹●音楽:宇崎竜童●原作:東野圭吾●時間:119分●出演:広末涼子/小林薫/岸本加世子/金子賢/石田ゆり子/伊藤英明/大杉漣/山谷初男/篠原ともえ/柴田理恵/斉藤暁/螢雪次朗/國村隼/徳井優/並樹史朗/浅見れいな/柴田秀一●劇場公開:1999/09●配給:東宝 (評価★★★☆)

壬生義士伝(DVD).jpg壬生義士伝m.jpg「壬生義士伝」●制作年:2003年●監督:滝田洋二郎●製作:松竹/テレビ東京/テレビ大阪/電通/衛星劇場●脚本:中島丈博●撮影:浜田毅●音楽:久石譲●時間:137分●出演:中井貴一/佐藤浩市/夏川結衣/中谷美紀/山田辰夫/三宅裕司/塩見三省/野村祐人/堺雅人/斎藤歩/比留間由哲/神田山陽/堀部圭亮/津田寛治/加瀬亮/木下ほうか/村田雄浩/伊藤淳史/藤間宇宙/大平奈津美●公開:2003/01●配給:東宝 (評価:★★☆)

「●今村 昌平 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2459】 今村 昌平 「うなぎ
「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ「●「ブルーリボン賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ「●「山路ふみ子映画賞」受賞作」の インデックッスへ「●三國 連太郎 出演作品」の インデックッスへ 「●池辺 晋一郎 音楽作品」の インデックッスへ「●緒形 拳 出演作品」の インデックッスへ「●倍賞 美津子 出演作品」の インデックッスへ「●小川 眞由美 出演作品」の インデックッスへ「●加藤 嘉 出演作品」の インデックッスへ 「●フランキー 堺 出演作品」の インデックッスへ「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○あの頃映画 松竹DVDコレクション

稀代の犯罪者の多面的キャラクターを描くとともに、崩壊する家族・親子関係を描いた作品。

復讐するは我にあり13.jpg
復讐するは我にあり dvd7.jpg
復讐するは我にあり dvd.jpg 復讐するは我にあり 文春文庫5.jpg 文春文庫
あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 復讐するは我にあり [Blu-ray]」「あの頃映画 「復讐するは我にあり」 [DVD]」/『復讐するは我にあり (文春文庫)』['09年(改訂新版文庫化)]

復讐するは我にあり  04 1.jpg復讐するは我にありダウンロード.jpg 榎津巌(緒形拳)は、専売公社の集金係2名(殿山泰司ほか)を殺害し、詐欺を繰り返しながら逃走を続ける。実家は病身の母・かよ(ミヤコ蝶々)と敬虔なクリスチャンの父・鎮雄(三國連太郎)が経営する旅館で、榎津の妻・加津子(倍賞美津子)や子も一緒に暮らしているが、榎津は妻・加津子と父・鎮雄の関係を疑っている。警察が榎津を全国指名手配にする中、榎津は裁判復讐するは我にあり  C71.jpg所で被告人の母親(菅井きん)に近づき、弁護士を装って保釈金詐欺を働き、更に、仕事の依頼と称して老弁護士(加藤嘉)に近づいて殺害し、金品を奪って逃げ続ける。浜松の旅館「貸席あさの」に京都帝大教授を装っ復讐するは我にあり  05 小川1.jpgて投宿し、宿の女将ハル(小川真由美)と懇ろになる。ある日、ハルは映画館のニュースで榎津の正体を知るが、榎津を匿い続ける。しかし、榎津はハルとハルの母親・ひさ乃(清川虹子)を殺害し、質屋(河原崎長一郎)を旅館に呼んで2人の所持品を売り払う。榎津を以前客に取ったことのあるステッキガール(根岸とし江)が、榎津が指名手配の犯人であることに気づき、警察に通報する。榎津は逮捕され、死刑を宣告される。面会に来た父親の鎮雄は、榎津が教会から破門されたこと、自らも責任を取って脱会したことを伝える。処刑後、榎津の遺骨を抱いた妻の加津子と鎮雄は、山頂から空に向かって散骨する―。

復讐するは我にありG1.jpg 昨年['15年]10月に78歳で亡くなった佐木隆三(1937-2015)の直木賞受賞作を今村昌平(1926-2006)監督が映画化した1979年公開作で、復讐するは我にあり611.jpgその年のキネマ旬報ベスト・テン第1位作品。「第22回ブルーリボン賞」の作品賞、「第3回日本アカデミー賞」の最優秀作品賞も受賞し、演技面では、体当たり演技の小川真由美が日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞を受賞。小川真由美は「第4回報知映画賞」やキネマ旬報の賞も受賞し、三國連太郎も報知映画賞や「第22回ブルーリボン賞」など3つの賞を受賞。同じく体当たり演技の倍賞美津子復讐するは我にありNU1.jpgブルーリボン賞を受賞しているのに、主役の緒形拳(1937-2008)が何も受賞していないというのがやや不思議な気がします。主人公の多面的なキャラクターを巧みに演じ分けていたのは流石だと思ったのですが、緒形拳は前年の「鬼畜」('78年/松竹)で既に「第2回日本アカデミー賞」「第3回報知映画賞」「第21回ブルーリボン賞」の主演男優賞の"3冠"を達成していたというのも影響したのかもしれません。

 作品全体の印象としては、「神々の深き欲望」('68年/日活)以来約10年ぶりにメガホンを手にした今村昌平の「色」がかなり濃い感じでしょうか。原作者の佐木隆三は、モデルとなった「西口彰事件」について、「調べれば調べるほど内面が覗けなくなった」と秋山駿(1930-2013)との対談で述べていますが、この映復讐するは我にあり7K1.jpg画では、敬虔なクリスチャンで通っている父親との確執を、榎津との幼少期のエピソードなども交えながら描き、更には、榎津の妻・加津子と父・鎮雄の関係を前面に押し出すことで、犯行の背後に父親との関係に起因する何かを示唆しているように思われました。それは、終盤の榎津と父親との拘置所復讐するは我にあり8 .jpgでの対面シーンにも表れており、ここでも両者は和解し切れず、結局、父親が息子と内面的に和解したのは、ラストの散骨のシーンであったように思います。榎津の父親への感情は、ファーザー・コンプレックスと言えなくもないですが、加津子の方がむしろ義父・鎮雄をファザコンに近い感情で崇めていて、一方の榎津の父親に対する反発は、父親のその偽善性に対するものではなかったかと思われます(幼児期のエピソードに父親に裏切られたと取れるものがある)。何れにせよ、父・鎮雄と妻・加津子の関係も含め、この辺りは全て"今村昌平オリジナル"です。

復讐するは我にあり_9.png 同じくこの作品で原作以上に大きなウェイトを占めるハルの家族の描き方も、ハルの情夫で旅館のオーナーでもある男(北村和夫)とのどろどろした関係が前面に出ていて、それを苦々しく思う母親と、そこに榎津も絡んできて、もうぐちゃぐちゃという感じ。この辺りも全て映画のオリジナルで、ハルの母親が殺人事件で15年服役し、出所してそう年月も経っておらず、今は競艇に明け暮れる日々を送っているという設定もオリジナルです。更に原作との大きな違いは、榎津とハル復讐するは我にあり  NB.jpgが映画を観に映画館へ入ったところ(映画は「ヨーロッパの解放」第三部「大包囲撃滅作戦」('71年/松竹配給))、その前に映像ニュースで榎津の指名手配が流れてハルが榎津の正体を知ってしまうことで、榎津に惚れていたハルは榎津を匿い続けますが、原作では母娘は榎津の正体を知らないまま殺害されてしまい、従って、ハルの母親が榎津を競艇に誘って、当てた金を榎津に渡して自分たちの前から消えてくれるよう頼むといった場面も、榎津が人気の無い畦道かどこかを歩きながらハルの背後からマフラーで絞殺しようして彼女に気づかれ、いったんは諌められてしまうのも映画のオリジナルです。

 原作も映画も稀代の犯罪者を描いたある種ピカレスク・ロマン的な作品ですが、今村昌平の手によって、映画の半分は、崩壊している2組の家族と親子関係を描いたものとなっているように思いました(ハルの家族の方がより悲惨か。パトロン男が母親の目の前で娘であるハルを凌辱するのを目の当たりにした榎津が包丁を取り出そうとするのを、ハルの母親が押しとどめるという場面さえある)。原作に付加されているものが多くて、こうした作品の作りは個人的にあまり好きになれないことが多いのですが、この映画については、付加された部分もドラマとしてよく出来ていて良かったように思います(今村昌平は、個人的には、原作を改変してそれでも作品の質を落とさない数少ない監督の一人だと考える)。

 実際の事件では浜松の旅館の小学校5年生(10歳)の女の子が弁護士を装った榎津が指名手配中の連続続殺人犯であることを見破りますが(原作もその通り)、映画では、榎津を以前客に取ったことのある〈ステッキガール〉(クレジットにそうある)が見破ります。因みに、ステッキガールとは大宅壮一による造語で、昭和初期の銀座で1時間2円の料金で食事などデートの相手をする"援助交際"の少女のことで、男の腕にぶらさがるステッキみたいだというのが言葉の由来です(龍田静枝、川崎弘子らが出演の「ステッキガール」('29年/松竹蒲田)という映画がある)。戦後そうした"流行"が復活した浜松では、当時70のステッキガール組織があり、それぞれ20人ほどの女性を置いていて、浜松は"ステッキガール発祥の地"と言われています(戦後のステッキガールは観光ガイドなどの看板で売春をしていた)。作品の舞台は昭和46年頃と、原作より8年ぐらい後ろ倒しにされていますが、そうした組織は、昭和60年代頃まではまだあったと言われています。

復讐するは我にあり_7.jpg 原作者の佐木隆三が、ハルの宿でクレームをつけて帰ってしまう泊り客としてカメオ出演しています。佐木隆三はこの映画公開の前年['78年]、銀座の路上で交差点に赤信号停止しているタクシーに乗ろうとしたところ、タクシー乗り場から乗るように言われたことに逆上し、タクシーのボンネットに乗り上げて暴れてフロントガラスを破壊して警察に逮捕されていますが、クレーマーっぽい役柄はその事件の自虐パロディだったのかも。

「貸席あさの」のセットでの撮影準備(左から、今村昌平監督、姫田真佐久カメラマン、小川真由美、佐木隆三)

Fukushû suru wa ware ni ari (1979)
Fukushû suru wa ware ni ari (1979) .jpg復讐するは我にありC2.jpg「復讐するは我にあり」●制作年:1979年●監督:今村昌平●製作:井上和男●脚本:馬場当/池端俊策●撮影:姫田真佐久●音楽:池辺晋一郎●原作:佐木隆三●時間:140分●出演:緒形拳/三國連太郎/ミヤコ蝶々/倍賞美津子/小川真由美小川真由美 復讐するは我にあり2.jpg清川虹子/殿山泰司/垂水悟郎/絵沢萠子/白川和子/フランキー堺/北村和夫/火野正平/根岸とし江(根岸李江)/河原崎長一郎/菅井きん/石堂淑復讐するは我にあり 弁護士.jpg郎/加藤嘉/佐木隆三●公開:1979/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-17)(評価:★★★★☆)

緒形拳(榎津巌)/加藤嘉(河島弁護士)
 
観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
復讐するは我にあり_7880.JPG 復讐するは我にあり_7889 (1).jpg

小川真由美 in 山本薩夫監督「白い巨塔」('66年/大映)/野村芳太郎監督「鬼畜」('78年/松竹)/今村昌平監督「復讐するは我にあり」('79年/松竹) 
白い巨塔 小川真由美 2.jpg 小川真由美 鬼畜 - 2.jpg 小川真由美 復讐するは我にあり.jpg
   
《読書MEMO》
●ポン・ジュノ監督(韓国)の選んだオールタイムベスト10["Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)]
 ●悲情城市(ホウ・シャオシェン)
 ●CURE キュア(黒沢清)
 ●ファーゴ(ジョエル & イーサン・コーエン)
 ●下女(キム・ギヨン)
 ●サイコ(アルフレッド・ヒッチコック)
 ●レイジング・ブル(マーティン・スコセッシ)
 ●黒い罠(オーソン・ウェルズ)
 ●復讐するは我にあり(今村昌平)
 ●恐怖の報酬(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)
 ●ゾディアック(ディヴィッド・フィンチャー)

「●野村 芳太郎 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2990】 野村 芳太郎 「疑惑 
「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(野村芳太郎)「●芥川 也寸志 音楽作品」の インデックッスへ「●緒形 拳 出演作品」の インデックッスへ「●岩下 志麻 出演作品」の インデックッスへ「●小川 眞由美 出演作品」の インデックッスへ「●大滝 秀治 出演作品」の インデックッスへ「●加藤 嘉 出演作品」の インデックッスへ「●蟹江敬三 出演作品」の インデックッスへ「●田中 邦衛 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張スペシャル・鬼畜」「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」「●ま 松本 清張」の インデックッスへ ○あの頃映画 松竹DVDコレクション

概ね原作に忠実に作られているように思われた。ラストは「砂の器」より上か。原作も越えた?
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鬼畜dvd 2015.jpg鬼畜dvd.jpg Kichiku  (1978)  .jpg
鬼畜 [DVD]」/Kichiku (1978)
あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 鬼畜 [Blu-ray]
「松本清張スペシャル・鬼畜」('02年・日本テレビ)/「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」('17年・テレビ朝日)
「鬼畜」ドラマ  2.jpg
岩下志麻
鬼畜 岩下1.jpg 川越市で印刷屋を営む竹下宗吉(緒形拳)は、妻・お梅(岩下志麻)に隠れ、鳥料理屋の女中・菊代(小川真由美)を妾として囲い、7年間に3人の隠し子を作鬼畜 小川1.jpgった。やがて火事と大印刷店攻勢で宗吉の商売は凋落し、手当を貰えなくなった菊代が、利一(6歳)、良子(4歳)庄二(1歳半)を連れて宗吉の家に怒鳴り込む。菊代はお梅と口論した挙句、3人を宗吉に押しつけて蒸発し、お梅が子供達と宗吉に当り散らす鬼畜 緒形・岩下1.jpg地獄の日々が始まる。末の庄二が栄養失調で衰弱し、医者に行ったある日、寝ている庄二の顔の上にシートが故意か偶然か被さって庄二は死ぬ。宗吉はお梅の仕業と思いながらも口に出せず、逆に、「あんたも一つ気が楽になったね」と言われる。その夜、夫婦は久しぶりに燃え、共通の罪悪感に昂ぶる。お梅鬼畜k51.jpgは残りの子供も〈処分〉することを宗吉に迫り、宗吉は良子を東京タワーに連れて行って置き去り鬼畜k3 1.jpgにし、一人エレベーターを降りる。更に長男・利一を毒殺しようとするものの果たせず、何日か後、新幹線こだま号に利一を乗せ、北陸海岸に連れて行く。能登半島に辿り着き、日本海を臨む岸壁で、宗吉は利一を海に落す。翌朝、沖の船が絶壁の途中に引掛っている利一を発見し、かすり傷程度で鬼畜 09.jpg助け出す。警察の調べに利一は父親と遊びに来て眠っているうちに落ちたと言い張り、名前、住所、親のことや身許の手掛かりになることは一切言わない。しかし警察は、事故ではなく利一は突き落とした誰かを庇っていると判断し、利一の持っていた石版印刷に使用する石材のかけら(利一はこれを石蹴り遊びに使っていた)から宗吉が殺人未遂容疑で警察に拘束される。そして、移送されてきた宗吉が警察で利一と対面する―。

鬼畜―松本清張短編全集〈7〉 (カッパ・ノベルス)1.jpg 松本清張の短編小説「鬼畜」を野村芳太郎(1919-2005)監督が映画化した1978年公開作で、脚本は「赤ひげ」('65年/東宝)の井出雅人、音楽は「砂の器」('74年/松竹)の芥川也寸志(他に「ゼロの焦点」「黒い十人の女」(共に'61年)など)。主な出演者は、緒形拳(1937-2008)、岩下志麻、小川真由美。野村芳太郎による松本清張原作の映画化作品では「砂の器」の評価が高いようですが、この「鬼畜」も非常に良く出来ていると思います。「砂の器」は原作を超えていませんが、「鬼畜」は一面において原作を超えているようにも思います。
鬼畜―松本清張短編全集〈7〉 (カッパ・ノベルス)

鬼畜011.jpg まず、前半部分しか出てきませんが、小川真由美の3人の子供を連れての鬼畜k211.jpg押しかけぶりが良く、岩下志麻との競演は見所であり、更に中盤の見せ場は、岩下志麻演じるお梅の児童虐待ぶりの凄まじさでしょうか(子役たちは撮影の休憩時間中も岩下志麻に寄りつかなかったという)。

鬼畜k612.jpg それらに比べると、2人の女の間でおろおろしている宗吉を演じた緒形拳はやや影が薄いようにも見えましたが、これはこれで、あまりやりすぎると喜鬼畜k31.jpg劇になってしまうし、あまり抑え過ぎると面白くないし、意外と加減の難しい役どころだったのではないでしょうか(緒形拳はこの演技で、「第2回日本アカデミー賞」「第3回報知映画賞」「第21回ブルーリボン賞」の主演男優賞を"3冠"受賞した)。

鬼畜 蟹江.jpg その他にも、印刷所の工員(原作でもいることになっているが人物造型は描かれていない)を蟹江敬三(1944-2014)が好演していたし(お梅が赤ん坊の口に米を突っ込んで虐待するのを「よせよ」と遠巻きに言うだけで何もできない夫・宗吉に代わって毅然と赤ん坊を取り上げ、「しっかりしろよ!旦那の子だろ!」と言うという、いい人のキャラだった)、子役の演技も、賛否ありますが、個人的には悪くなかったと思います(子役の演技力というより監督の演出力の成果だろう)。

 原作が発表されたのは'57(昭和32)年ですが、それを映画が作られた'78(昭和53)年に置き換えていて(利一が歌う「科学忍者隊ガッチャマン」は、この映画が公開された'78年10月に続編のアニメ放送が始まっている)、宗吉の営む印刷所は、東京から急行列車で3時間を0鬼畜 男衾.jpg要する地方にあるS市という原作の設定から埼玉県の川越市に改変され、宗吉が菊代を囲った家は、原作ではS市から1時間ばかり汽車で行く町ということで、映画では同じ埼玉県の男衾(おぶすま)駅付近となっています。

「鬼畜」 9s1.jpg鬼畜 6.jpg 宗吉が良子を置き去りにするのは原作では東京タワーではなく銀座のデパートの屋上のミニ動物園、利一を毒殺しようとして上野動物園で食鬼畜 緒形 .pngべさせるのはアンパンではなく最中(もなか)、利一を旅に連れて行ったのは北陸ではなく原作では西伊豆です。映画では西伊豆を北陸に変え(米原まで新幹線で行く)、能登金剛までやって来て、そこで利一を崖から放ってしまう―。能登金剛は「ゼロの焦点」('61年/松竹)のラストシーンの舞台でもあります(こちらは原作通り)。これら細かい改変点はありますが、概ね原作に忠実に作られているように思われ、こうした作り方は個人的には割合と好きな方です。

「鬼畜」 s21.jpg 原作と一番異なる点はラストで、原作が、利一が頑なに黙秘を続けるも、持っていた石材で宗吉の犯行の足が付くことを示唆して終わるのに対し、映画では、宗吉が殺人未遂容疑で逮捕され、利一と面会を果たす場面が加えられていることです。そこでも利一は、「坊やのお父さんだね?」 との警官の問いに、「知らないおじさんだよ!」と否定し、宗吉はそんな利一にすがりつき、後悔と罪悪感で号泣する―。利一は何故黙秘を続けたのかという疑問を更に発展させて、利一は宗吉を庇ったのか見捨てたのかという究極の問いを観る者に投げかけている訳で、この持って行き方は悪くないように思いました。答えはそう難しくないと思いますが(脚本の井手雅人は「父親を拒否した」を意図したが、野村芳太郎監督が「父親を庇った」ととれる演出に変えたと言われている)、観る者にちょっとだけ考えさせるこの終わり方が余韻となっており、「砂の器」の加藤剛が延々とピアノ曲「宿命」を奏でる(やや大仰な)エンディングより上だったかもしれません。一面において原作を超えていると思うのも、この分かりやすい問題提起とでも言うか、まさにこの点にあります(因みに、原作にはモデルとなった実際の事件があって、犯人の男は在獄中に発狂死したという凄まじいエピソードがある)。

松本清張スペシャル・鬼畜5.jpg松本清張スペシャル 鬼畜 dvd.jpg 過去に1度だけテレビドラマ化されていて、'02年10月15日に日本テレビ系列で「火曜サスペンス劇場('81年~'95年)1000回突破記念作品」として「松本清張スペシャル・鬼畜」のタイトルで放送されています(監督は「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」('76年)「女教師」('77年)の田中登)。時代を「今」に移し、保夫(宗吉から改変)をビートたけし、妻・春江(お梅から改変)を黒木瞳、妾の昌代(菊代から改変)を室井滋が演じ、竹中印刷所の所在地を川越市から同じ埼玉県の川口市に移していますが、あとは概ね映画と同じような展開でした。ビートたけしは、映画でおろおろしてばかりいた緒形拳に比べると抑制した演技。一方、春江を演じた黒木瞳は頑張っていたとは思いますが美しす松本清張スペシャル・鬼畜 9.jpgぎて、映画の岩下志麻ほどの凄味もやつれ感も無かったように思います。映画では岩下志麻演じるお梅が赤ん坊の口に米を突っ込んで虐待するところが、ドラマでは食事が美味しくないと言う子どもに腹を立てた黒木瞳演じる春江が玉子焼きを取り上げて捨てるぐらいで、後の方で保夫が長男を連れて行った上野動物園そばの不忍池で、長男に妻が毒を入れたおにぎりを無理やり食べさせようとするシーンなどがあり(前述の通り原作は最中、映画はアンパン)、黒木瞳がやるはずの汚れ役の一部をビートたけしが肩代わりしている印象もありました。全体として、夫婦を突き放すのではなく、寄り添うような感じだったでしょうか。

松本清張スペシャル・鬼畜3面.jpg

 子どもを捨てようと思った保夫が長女を連れて行く場所は、映画の東京タワーからお台場に改変されていて、長男を最後に連れて行く場所は、映画の能登金剛から原作と同じ西伊豆に戻されています。ラストは、映画と同じように保夫が子どもと対面するシーンがあって(原作にはない)、映画と同じように父親のことを知らないと子どもは言い張ります。映画では、子どもが父親を拒否したとも庇ったともとれるつくりになっていますが、ドラマの方はビートたけしがおいおい泣くので、ああ「庇った」のだなあとすぐ判ります。でもここが、それまで抑えた演技をしてきたビートたけしの、ラストでの演技の見せ所であったと思います。「火曜サスペンス劇場」のいつもの2時間ドラマよりかなり重かったし、ビートたけしがこれまで出演している清張原作ドラマの中でも一番いいくらいの出来ではなかったでしょうか(賛否はあるかと思うが、他のがあまりにひどい改変のものが多いから)。

鬼畜  岩下志麻.jpg 鬼畜 小川真由美.jpg 岩下志麻小川真由美
鬼畜 蟹江敬三.jpg 鬼畜 大滝秀治.jpg 蟹江敬三大滝秀治
鬼畜 田中1.jpg 鬼畜 鈴木瑞穂、大竹しのぶ.jpg 田中邦衛/鈴木瑞穂・大竹しのぶ



鬼畜 パンフ.jpg鬼畜 o.jpg「鬼畜」●制作年:1978年●監督:野村芳太郎●製作:野村芳太郎/野村芳樹●脚本:井手雅人●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:110分●出演:緒形拳/岩下志麻/小川真由美/加藤嘉/蟹江敬三/大滝秀治/大竹しのぶ/田中邦衛/浜村純/鈴木瑞穂/岩瀬浩規/吉沢美幸/穂積隆信/石井旬/山谷初男/三谷昇●公開:1978/10●配給:松竹●最初に観た場所:銀座・東劇(野村芳太郎特集)(05-08-27)●2回目:新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-16)●3回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-31)(評価:★★★★☆)
映画パンフレット 「鬼畜」 監督 /野村芳太郎 出演 /岩下志麻、緒方拳
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小川真由美 in「鬼畜」('78年)/「復讐するは我にあり」('79年)/「江戸川乱歩 美女シリーズ/悪魔のような美女」('79年)
小川真由美 鬼畜 - 2.jpg 小川真由美 復讐するは我にあり.jpg 8悪魔のような美女 06.jpg
松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」('79年)
松本清張の種族同盟図9.jpg


松本清張スペシャル 鬼畜 dvd.jpg松本清張スペシャル 「鬼畜」.jpg松本清張スペシャル・鬼畜4.jpg「松本清張スペシャル・鬼畜」●監督:田中登●企画:酒井浩至●脚本:佐伯俊道●音楽:大谷和夫(エンディング:安全地帯「出逢い」)●原作:松本清張●時間:141分(放送分)●出演:ビートたけし/黒木瞳/室井滋/片岡涼/佐藤愛美/諸岡真尋/小野武彦/奥村公延/石倉三郎/日野陽仁/渡辺哲/波乃久里子/斉藤暁/大林丈史/津田三七子/井田國彦/斎藤歩/酒井敏也/水田啓太郎/斉藤実紀●放映:2002/10/15(全1回)●放送局:日本テレビ
火曜サスペンス劇場2 鬼畜 [DVD]

《読書MEMO》
●2度目のテレビドラマ化「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」(テレビ朝日・2017年12月24日放送)
監督:和泉聖治/出演:玉木宏(宗吉)・常盤貴子(梅子)・木村多江(菊代)
ドラマSP 松本清張「鬼畜].jpg 「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」(テレビ朝日).jpg
ドラマ 鬼畜.jpg【感想】脚本・竹山洋(「松本清張 点と線」('07年))、監督・和泉聖治(「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」('17年))(共に1946年生まれ)というベテランコンビでのドラマ化。ビートたけし主演のドラマ化の際は、妻役の黒木瞳がキレイ過ぎたが(男が黒木瞳を捨てて室井滋(愛人役)に奔るはずがないとの声もあったとかで、バランスも大事なのか)、今回はどちらもキレイで、共にやつれ感があまりない。まあ最初から、緒形拳・岩下志麻・小川真由美という強力布陣の映画版ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」3.jpgを超えるのは難しいと思って観ているが、演出はまずまず手堅かったように思う。映画では、終盤で子どもが父親を庇ったのか拒絶したのか解釈が分かれるような作りだが、このドラマでは婦警が「この子は親を庇っている」と言ってしまっている。ラストは原作と異なり、妻に贖罪させたような感じで、男の方は刑務所に入り、刑期を終えて出てきて墓参り。モデルとなった人物は獄中で狂死したことを思うと、やや甘い。妻に贖罪させたことも含め、テレビ的な改変であったように思う。しかし、ネットでいちばん話題になっていたのは、なぜこれをクリスマスイブに放映するのか謎であるということだった(笑)。


「鬼畜」ドラマ61.jpg「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」.jpg「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」●監督:和泉聖治●プロデューサー:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:吉川清之●原作:松本清張●時間:138分(放送分)●出演:玉木宏/常盤貴子/木村多江/余貴美子/南岐佐(菊代の長男で7歳)/稲谷実恩(菊代の長女で4歳)/今中陸人(菊代の次男で2歳)/前田亜季/近藤芳正/羽場裕一/片桐竜次/河西健司/萩原悠/嘉門洋子/平泉成/柳葉敏郎/橋爪功●放映:2017/12/24(全1回)●放送局:テレビ朝日


     
  

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「インテレクチュアルな好奇心」(五木寛之)を満たす傑作。

点と線―長編推理小説 (1958年).jpg点と線29.JPG 点と線.png 点と線 映画1.jpg
カッパ・ノベルズ(1960/1973) 『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)』映画「点と線」('58年/東映)
『点と線 』.jpg点と線―長編推理小説 (1958年)』[四六版]
    『点と線 (新潮文庫)

点と線 4.jpg松本 清張 『点と線』 新潮文庫.jpg 汚職事件の摘発が進行中の某省の課長補佐・佐山憲一(31)と、料理屋女中・お時(本名:桑山秀子)の死体が九州の香椎海岸で発見される。2人の死は情死との見解が強まるが、佐山の遺留品の中から、東京から九州方面へ向かう特急「あさかぜ」号の中で発行された「御一人様」の列車食堂のレシートが残っていたことに、地元警察のベテラン刑事・鳥飼重太郎が疑問を抱く。警視庁捜査2課の警部補・三原紀一も現地を訪れ、捜査が進む。実務者の佐山は汚職事件の鍵を握る人物であり、検察は佐山に確認したいことが多くあり、また、佐山の死で"利益を得る"上役官僚が複数いた。その中に、汚職事件の中心にある某省の部長・石田芳男(50)がおり、捜査線上に、某省に出入りする機会工具商・安田辰郎が上がる。佐山とお時の間の繋がりが認められず、三原は2人が青酸カリを飲んだ前後の安田の足取りを追う。すると、2人が青酸カリを飲んだ翌日の夜に、安田が仕事で北海道の小樽に行き、そこで取引先の業者と会っていた。東京から青森へ向かう特急列車や、北海道へ渡る青函連絡船でも、安田がいたことの証言や、乗車記録が残っている。2人が青酸カリを飲んだ夜に安田が九州にいることは物理的に不可能に思えたが、航空機を利用すれば、安田が業者に会う前に九州から北海道に着くことが可能なことに三原は気付く。しかし、安田は該当する便に乗っておらず、乗客全員を当たって偽名などがないか裏付けを取るが、全員がその便に乗っていたことが判明し、捜査は難航する―。

点と線 旅.jpg 松本清張(1909‐1992)のあまりに有名な長編推理小説で、雑誌「旅」の1957(昭和32)年2月号から1958(昭和33)年1月号に連載され(挿絵は佐藤泰治)、加筆訂正の上、1958年2月に光文社から単行本刊行されていますが、連載当時は、同時期に「週刊読売」に連載されていた『眼の壁』に比べて反響は少なく、作者自身から「病気のため休載にしてほしい」との申し出が「旅」の編集者にあったのを、編集者が「休載するなら『眼の壁』など、他の全ての連載を休載にしてもらう」と迫ったため、結局休載することなく連載が続けられたとのことです。

東京駅の13番線ホームに立つ松本清張[朝日新聞デジタル]
松本清張00.jpg 東京から博多まで夜行列車で20時間ほどかかった時代の話であることを念頭に読む必要はありますが、安田が、自分が東京駅の13番線プラットフォームで料亭「小雪」の女中2人に見送られる際に、向かいの15番線プラットフォームにお時が男性と夜行特急列車時間の習俗 カッパノベルス.jpg「あさかぜ」に乗り込むところを見たという他の目撃者付き証言に対して、13番線から15番線に停まっている「あさかぜ」を見通せるのは17時57分から18時01分までの4分間しかないことが判り、三原は、逆にこの「空白の4分間の謎」から安田に対する嫌疑が確信に近いものとなり、安田が航空機を使ったのではないかというアリバイのトリックを思い立つ(この"移動"トリックは、'61年発表の『点と線』の姉妹編とも言える時間の習俗でも使われている)という展開は、すんなり腑に落ちるものでした(しかし、この後も多くの推理の壁が三原の前に立ちはだかる)。

点と線 カッパノベルズ2.JPG 今手元にあるのはカッパ・ノベルズの'73(昭和48)年発行版(162版)で、「香椎海岸」や「青函連絡船」など10枚の写真が収められていてシズル感を高めているほか、冒頭には「東京駅構内で取材する松本清張氏」の写真もあります。カッパ・ノベルズとしての刊行部数は92万部で、84万部を売り上げた『ゼロの焦点』と並んで、カッパ・ノベルズの初期の隆盛を支えたことになりますが(部数は1974年7月26日付「夏のカッパ祭り」の新聞広告より。最近までの累計では共に100万部を超える)、『点と線』は『ゼロの焦点』より先に発表されたものの、その時はまだカッパ・ノベルズ創刊前であったため、当初四六版で発行され、『ゼロの焦点』より後からカッパ・ノベルズに入れられています。

五木寛之.jpg また、巻末には、昭和44年に行われた、この作品を巡る荒正人・尾崎秀樹の2人の対談があり、その中で、作家の五木寛之氏が、「松本清張氏はプロレタリアート・インテリゲンチャとして成熟した稀有な例」だとし、「その文学はプロレタリアートの怨念とインテレクチュアルな好奇心をバネとしている」と言っていることを取り上げています(五木寛之氏の"プロレタリアート・インテリゲンチャ"という表現に対して荒正人・尾崎秀樹両氏の間で距離感の違いはあるようだが)。それにしても、当時発行部数7000万部だったカッパ・ノベルズの内1000万部が松本清張作品だったというのはスゴイことだと思いました(荒正人は、夏目漱石の本が明治・大正・昭和の時代をかけて1000万部読まれてきたのに対し、松本清張はこの数字に僅か10年で到達してしまったことを取り上げ、大衆社会の中で"米の飯"のような必需品のような読まれ方をしてきたと指摘している)。

点と線 ラスト.jpg この作品は、『ゼロの焦点』や『砂の器』などの作者の他の代表作に比べると、「インテレクチュアルな好奇心」を満たすウェイトの方が高いように思われ、その点では無駄が少なく、一方、作者が昭和30年代に初めて「社会派推理というジャンルを築いた」という説明の流れの中で紹介される作品としては、"社会派"の部分はやや希薄な印象も受けます。但し、作中で殆ど姿を見せない安田の妻・亮子(最終的には自らの死も心中に見せかけたと推察され、自らも含む2度の"心中偽装"を行ったことになる)の人物造型は、抑圧された女性の怨念を描いて巧みな後の清張作品の、ある種「原点」的な位置づけにあると言えるかもしれません。
映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫

テレビ朝日「点と線」(2007) 監督:石橋冠
点と線 ドラマ0.jpg この作品は、「テレビ朝日」開局50周年記念ドラマスペシャルとして2007年11月24日と25日2夜連続で放送されていますが(2009年には「点と線~松本清張生誕100年記念特別バージョン」として再放映された)、ビートたけしが鳥飼重太郎を演じることで、高橋克典が演じる三原より鳥飼の方が事件解明の中心になっていて、原作では三原は鳥飼から幾つかの示唆を得ながらも自分で事件を解明するのに対し、ドラマでは鳥飼が独断で東京に行き三原と共に、あるいは単独で捜査するよう改変されており、かな点と線 テレビ朝日 1シーン.jpgり原作とは異なった印象を受けました。これまで何度も映像化されているのであればこうした改変もあっていいのかもしれませんが、テレビドラマとしては初の映像化だったので、ストレートに原作をなぞって欲しかった気もします。上司からの捜査中止命令にその場では抵抗しない三原(高橋克典)に対して鳥飼(ビートたけし)が怒りをぶちまけ、両者が殴り合いになるのはやりすぎで(あまりに"ビートたけし"風)、終盤の鳥飼と安田の妻・亮子(夏川結衣)の"直接対決"もドラマのオリジナル。原作を読んでいない人は松本清張がそんな話を書いたのかと思ってしまうのではないかなあ(原作では、鳥飼が三原に捜査を諦めないよう手紙で激励するとともに捜査のヒントを与えるにとどまっているし、安田宅に出向いて安田の妻と直競対峙するといったこともない。完全に、ビートたけしを主役にするための改変である)。


点と線 チラシ.jpg 小林恒夫監督による映画化作品('58年/東映)は、高峰三枝子、山形勲、志村喬といったベテランはともかく、三原刑事役の南廣が映画初出演ということもあり(元々はジャズドラマーだった)、演技がややパターン化したものであったのが、最初に観たときにイマイチだった印象に繋がっています(当点と線.jpg時40歳の高峰三枝子に28歳の役をやらせたのもきつかったか)。また、映像でトリックを解明するとやや複雑に感じられてしまい、原作が『ゼロの焦点』以上にトリックの占めるウェイトが高いものであったことを改めて認識させられるものでした。

映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫/主演:高峰三枝子、山形勲

 しかし、最近DVDで改めて観て、三原刑事役の南廣はある種"語り手"的な役割も果たしているので、むしろ演技過剰にならなくてよかったのではないかとか、高峰三枝子の「女の情念」の演技はさすがで、若い頃貧しくて旅行に行けず、時刻表で"空想の旅"をしていたという松本清張の情念を反映していていたのではないかとか再評価したい面もあって、また汽車の長旅や青函連絡船などが出てくるレトロ感もあって、個人的評価を△から○に変更しました。ラストの方の、心中現場に駆け付けた刑事たちの中に鳥飼刑事(加藤嘉)が居たりするなど、原作と異なる点はありますが、ビートたけしのテレビ版などと比べると、ほぼ原作に忠実に作られているように思いました。

点と線ges.jpg

点と線 映画2.jpg 点と線 映画3.jpg                                  
図1 「点と線」 .png図 2「点と線」 .png
   
図3 「点と線」 .png図4 「点と線」 .png

                                
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg点と線 DVD.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)

映画 「点と線 [DVD]」(1958年/東映) 

山形勲(安田商会・安田辰朗)/月丘千秋(「小雪」女中・八重子)/光岡早苗(同・とみ子)/志村喬(警視庁捜査二課係長・笠井警部)/河野秋武(警視庁捜査二課・土屋刑事)/加藤嘉(東福岡署・鳥飼重太郎刑事)     
点と線tentosen03.jpg 点と線tentosen09.jpg
 
 
点と線 ビートたけし6.jpg点と線 ビートたけし.jpg「松本清張 点と線」●監督:石橋冠●制作:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●時間:234分/【特別バージョン】138分●出演:ビートたけし/高橋克典/内山理名/小林稔侍/樹木希林/原沙知絵/大浦龍宇一/平泉成/本田博太郎/金児憲史/名高達男/大鶴義丹/竹中直点と線 テレビ朝日 2.jpg人/橋爪功/かたせ梨乃/坂口良子/小野武彦/高橋由美子/宇津井健/池内淳子/江守徹/市原悦子/夏川結衣/柳葉敏郎/(ナレーション・解説)石坂浩二●放映:2007/11(全2回)/【特別バージョン】2009/08(全1回)●放送局:テレビ朝日
ビートたけし×松本清張 点と線 [DVD]

週刊『松本清張』 1号 点と線 (デアゴスティーニコレクション)」 (2009/10)/『点と線―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)
週刊 松本清張 【創刊号】 点と線.jpg週刊松本清張 点と線.jpg点と線 文春文庫.jpg 【1958年単行本・1960年ノベルズ版・1968年カッパ・ノベルズ改版/1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/2009年再文庫化[文春文庫]】

点と線 (新潮文庫)
点と線 (新潮文庫)1.jpg 点と線 (新潮文庫)2.jpg 点と線 (新潮文庫),200_.jpg

カッパ・ノベルズ(1973)
『点と線』2 .JPG

《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
IMG_3点と線.JPG

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群像活劇。配役の"混乱"が作品の"混沌(カオス)"的雰囲気と重なった。

仁義なき戦い dvd.jpg   女奴隷船 dvd.jpg
仁義なき戦い [DVD]」/「仁義なき戦い」テーマ(津島利章)/「女奴隷船 [DVD]

6 仁義なき戦い.jpg 広能昌三(菅原文太)は復員後、遊び人の群れに身を投じていたが、山守組々長・山守義雄(金子信雄)はその度胸と気風の良さに感心し、広能を身内にする。まだ小勢力だった山守組は、土居組との抗争に全力を注ぐ。その土居組を破門された若頭・若杉(梅宮辰夫)が山守組に加入し、若杉による土居(名和宏)殺害計画が進む―。 

 「仁義なき戦い」シリーズの作曲家の津島利章の訃報が入ってきました(1936-2013.11.25/享年77)。キネマ旬報が'09(平成21)年に実施した「オールタイム・ベスト映画遺産200(日本映画編)」で、歴代第5位という上位にランクされた作品ですが、個人的にはあの作品で最も印象に残ったのはテーマ曲だったかも。

 任侠道を美化して描くそれまでの"時代劇風の舞台演劇"っぽいヤクザ映画から、ヤクザの行動原理も結局は金と権力に拠るという視点に立った、"リアルな群像活劇"へのターニングポイントとなった作品と言われていますが、裏切りに続く裏切りの一方で、主人公の広能だけは、従来の任侠道を貫く者として美化されているような感じで、やや矛盾を感じなくもありません。但し、そのことが作品としての救いにもなっています。「その他大勢」はストレートに「我欲に忠実」な人々とでも言うべきでしょうか。そうした点も含め、深作欣二の作品の中では、その演出力が最も発揮された作品だと思います。

梅宮辰夫の若杉.jpg仁義なき戦いAL_.jpg仁義なき戦い5_AL_.jpg 「仁義なき戦い 広島死闘篇「('73年)、「仁義なき戦い 代理戦争」('73年) 、「仁義なき戦い 頂上作戦('74年)、「仁義なき戦い 完結篇」('74年)も続けて観ましたが、広能の他にも、松方弘樹演じる板井や梅宮辰夫演じる若杉などサブヒーロー的な登場人物がいることはいますが、彼らは皆、この第1作の中で死んでしまいます。
獄中の広能を訪ねる若杉(梅宮辰夫)
明石組幹部 岩井信一(梅宮辰夫
梅宮辰夫 仁義なき戦い.jpg シリーズの後の方になると、死んだ人物の役を演じた俳優がまた別の役で出てくるので、観ていて妙な感じがします。第1作における梅宮辰夫の「若杉」などは結構キーパーソンだったのですが、第3作「仁義なき戦い 代理戦争」と第4作と「仁義なき戦い 頂上梅宮辰夫 アンナ2.jpg作戦」には「明石組幹部 岩井信一」の役で出演しています。この役を演じるのに際して眉毛を剃り落としましたが、これは、岩井のモデルで梅宮ア辰夫ンナ.jpgある三代目山口組若頭の山本健一に眉毛がなかったためで、眉のない父の顔を見た娘の梅宮アンナ(1972年生まれ)は、怖くて泣いたそうです。でも、このシリーズの演技で最も飛躍した俳優の一人が彼、梅宮辰夫であり、異なった役を演じ切ったこともその要因としてあったのでは。違った役と言えば、第3作に第1作と別の役で出てくるのは渡瀬恒彦も然り。しかも、ストーリー的には、この第3作が第1作の続編となっているのでややこしいです。松方弘樹は第4作「頂上作作戦」で別の役で登場、第5作「完結篇」でさらに別の役で出てきます。

「仁義なき戦い」シリーズ松方.jpg松方弘樹 in「仁義なき戦い」(坂井鉄也・射殺される)/「仁義なき戦い頂上作戦」(藤田正一(射殺される)/「仁義なき戦い完結編」(市岡輝吉・射殺される)
   
「仁義なき戦い」73.jpg 準主役級でさえそうですから、主に殺され役である川谷拓三などは第1作から第5作まで全部異なる役で登場しており、一方で、小林旭は第3作から第5作まで、山城新伍は第2作から第5作まで同じ役で出ていたりもします。流れとしては、誰か特定の個人の生き様を追うというよりは、次第に"群像活劇"の色合いを濃くしていくという感じでしょうか(広能が結構長く刑務所に入っている期間があって、必ずしも毎回は表舞台に出てはこないということもある)。
「仁義なき戦い」('73年)

 個人的には、配役から受ける"混乱"が、そのまま、作品の"混沌(カオス)"的雰囲気と重なりました(笑)。その他、千葉真一(第2作)、北大路欣也(第2作・第5作)、丹波哲郎(第3作、写真のみ)、宍戸錠(第5作)といった面々も登場します。因みに第5作「完結篇」は、当初4作で終わる予定が、シリーズ続行でオマケ的に作られた作品です。

吉祥寺プラザ 2024年1月31日閉館(最終上映「もののけ姫」)(吉グル
吉祥寺プラザ 閉館.jpg吉祥寺東映.jpg このシリーズを通しで観た「吉祥寺東映」は、自分が通った当時はまだ狭い映画館で、「仁義なき戦い」上映時は満席で立ち見も出る状態でした。但し、席にアルプス・スタンドのようなかなり急勾配の段差が設けられて(最前列には手すりがあった)、前の人が邪魔になるということはありませんでした。東宝配給の「もののけ姫」('97年)の吉祥寺地域での上映誘致を契機に、'96年7月に館名を「吉祥寺プラザ」に変えていますが、その前にいつの間にかロード館になっていて、あの座席はかなり早い時期に取り壊されたみたいです。
吉祥寺東映 1978(昭和53)年に吉祥寺駅北方面・五日市街道沿いにオープン、1996年7月~吉祥寺プラザ 2024(令和6)年1月31日閉館

「女奴隷船」(新東宝)1.jpg 菅原文太は、'60(昭和35)年の正月映画「女奴隷船」(新東宝)に26歳で主演しています。この作品は舟崎淳の「お唐さん」を基にした和風海洋アドベンチャー(?)で、これ、昭和20年初頭の時代設定なのですが(「仁義なき戦い」と大差ない)、日本女性を上海まで運んでセリにかけて売り飛ばす「お唐さん船」というものがストーリー背景となっています。

「女奴隷船」(新東宝)2.jpg菅原文太 「女奴隷船」.jpg 善玉主人公が菅原文太で(この頃は何となく的場浩司と似ている)、悪役は丹波哲郎(この人は昔からこんな感じだったんだなあと)、女優陣は新東宝のセクシー看板女優・三原葉子に、この映画を撮った小野田嘉幹監督と結婚することになる三ツ矢歌子など。

「女奴隷船」(新東宝)3.jpg 菅原文太は丹波哲郎とのアクション対決を演じたりしましたが、う~ん、スゴイ「B級」の冒険アクション&お色気映画。ダサいセットが微笑ましく、但し、東映風のミニチュア特撮を駆使したりしている努力は買えます。音楽は、東大文学部卒心理学科卒で作曲家になった渡辺宙明(1925-font color=red>2022/96歳没)です。
三原葉子/三ツ矢歌子

女奴隷船l2.jpg 丹波哲郎の海賊の統領役はあまりに漫画チックで笑女奴隷船 1シーン.jpgえますが(洋画の影響?)、これでも作品全体としては新東宝作品群の中では相対的にみてゴージャスな方女奴隷船il2.jpgと言ってよく(この作品は'60年の新東宝のお正月映画であり、新東宝は翌'61年に倒産する)、三原葉子三原葉子のベリーダンス.jpgベリーダンスもどきの踊り(これも洋画の影響?)が見ることができるなど、「珍品」的意味合いで星1個オマケという感じ大井武蔵野館 閉館日2.jpg大井武蔵野館 閉館日22.jpgでしょうか(大井武蔵野館って変わった作品を上映していた)。
大井武蔵野館 1999(平成11)年1月31日閉館

 菅原文太は、新東宝の経営が倒産して東映に移籍してからは10年間くらい「雌伏の時」がありましたが(というと聞こえはいいが、セリフさえない端役時代が長らくあった)、やがて徐々に頭角を現し、この「仁義なき戦い」シリーズでブレイク、この人、東北出身ですが(井上ひさしの「吉里吉里人」の映画化権を持っている)、どうしても「仁義なき戦い」のイメージがあって「じゃけんの~」という広島弁の方が似合ってしまう役者です。

Jingi naki tatakai (1973)
Jingi naki tatakai (1973) .jpg仁義なき戦い 1973年1月13日公開.jpg「仁義なき戦い 〈シリーズ第1作〉」●制作年:1973年●監督:深作欣二●脚本:笠原和夫●撮影:吉田貞次●音楽:津島利「仁義なき戦い」1973年.jpg章●原作:飯干「仁義なき戦い」渡瀬.jpg晃一●時間:99分●出演:菅原文太/松方弘樹/田中邦衛/金子信雄/梅宮辰夫/成田三樹夫/渡瀬恒彦/曽根晴美/川地民夫/田中邦衛/名和宏/内田朝雄/伊吹吾郎/川谷拓三/中村英子/木村俊恵/渚まゆみ/内田朝雄/三上真一郎/高野真二/高宮敬二/林彰太郎/中村錦司/野口貴史/大前均/志賀勝/岩尾正隆●公開:1973/01●配給:東映●最初に観た場所:吉祥寺東映(83-07-09)(評価:★★★☆)●併映:「仁義なき戦い 広島死闘篇」/「仁義なき戦い 代理戦争」/「仁義なき戦い 頂上作戦」/「仁義なき戦い 完結篇」(何れも深作欣二)  
      
Hiroshima shitô hen (1973)  
Hiroshima shitô hen (1973) .jpg仁義なき戦い 広島死闘篇12.jpg仁義なき戦い 広島死闘篇.jpgHiroshima shitô hen _.jpg「仁義なき戦い 広島死闘篇」●制作年:1973年●監督:深作欣二●脚本:笠原和夫●撮影:吉田貞次●音楽:津島利章●原作:飯干晃一●時間:100分●出演:菅原文太/前田吟/松本泰郎/司裕介/金子信雄/木村俊恵/名和宏/成田三樹夫/北大路欣也/山城新伍/宇崎尚韶/笹木俊志/木谷仁義なき戦い 広島死闘篇 1973年2.jpg仁義なき戦い 広島死闘篇   .jpg仁義なき戦い 広島死闘篇_梶2.jpg邦臣/小池朝雄/堀正夫/遠藤辰雄/国一太郎/川谷拓三/藤沢徹夫/白川浩二郎/千葉真一/大木晤郎/室田日出男/八名信夫/志賀勝/広瀬義宣/北川俊夫/加藤嘉/中村錦司/梶芽衣子●公開:1973/04●配給:東映●最初に観た場所:吉祥寺東映(83-07-09)(評価:★★★☆)
「仁義なき戦い 広島死闘篇」前田吟/千葉/加藤.jpg前田吟(広能組若衆・島田幸一)/千葉真一(大友組組長・大友勝利)/加藤嘉(大友連合会々長・大友長次)
     

          
Jingi naki tatakai:Dairi sensô (1973)
Jingi naki tatakai:Dairi sensô (1973).jpg
仁義なき戦い 代理戦争3.jpg仁義なき戦い 代理戦争dvd.jpg「仁義なき戦い 代理仁義なき戦い 代理戦争  .jpg戦争」●制作年:1973年●監督:深作欣二●脚本:笠原和夫●撮影:吉田貞次●音楽:津島利章●原作:飯干晃一●時間:102分●出演:菅原文太仁義なき戦い 代理戦争 田中邦衛.jpg0仁義なき戦い 代理戦争 1973年.png/小林旭/渡瀬恒彦/山城新伍/池玲子/金子信雄/木村俊恵/成田三樹夫/加藤武/山本麟一/川谷拓三/北村英三/汐路章/内田朝雄/遠藤辰雄/室田「仁義なき戦い 代理戦争 」渡瀬.jpg日出男/大前均/野口貴史/曽根晴美仁義なき戦い 代理戦争 丹波.jpg/名和宏/丹波哲郎「仁義なき戦い 代理戦争」加藤武.jpg宮辰夫田中邦衛●公開:1973/09●配給:東映●最初に観た場所:吉祥寺東映(83-07-09)(評価:★★★☆)
  
Jingi naki tatakai:Chôjô sakusen (1974)
Jingi naki tatakai:Chôjô sakusen (1974) .jpg
仁義なき戦い 頂上作戦.jpg仁義なき戦い 頂上作戦 1974年1月.jpg「仁義なき戦い 頂上作戦」●制作年:1974年●監督:深作欣二●脚本:笠原和夫●撮影:吉田貞次●音楽:津島利章●原作:飯干晃一●時間:101分●出演:菅原文太/梅宮辰夫/黒沢年男/田中邦仁義なき戦い 頂上作戦t.jpg衛/小林旭/松方弘樹/堀越光恵/木村俊恵/中原早苗/渚まゆみ「仁義なき戦い 頂上作戦」加藤武.jpg/金子信雄/小池朝雄/山城新伍/加藤武/夏八仁義なき戦い 頂上作戦 小林旭2.jpg木勲/遠藤太津朗/内田朝雄/長谷川明男/小倉一郎/葵三津子/城恵美/八名信夫/汐路章/室田日出男/鈴木瑞穂/野口貴史/小林稔侍/岡部正純/高月忠/白川浩二郎/有川正治●公開:1974/01●配給:東映「仁義なき戦い 頂上作戦」小林.jpg●最初に観た場所:吉祥寺東映(83-07-09)(評価:★★仁義なき戦い 頂上作戦 小林稔侍2.jpg頂上作戦 渚まゆみ2.jpg★☆)

小林稔侍・岡部正純・高月忠/渚まゆみ
 
Jingi naki tatakai:Kanketsu-hen (1974)
Jingi naki tatakai:Kanketsu-hen (1974) .jpg
仁義なき戦い 完結篇.jpg仁義なき戦い 完結篇 1974.jpg「仁義なき戦い 完結篇」●制作年:1974年●監督:深作欣二●脚本:高田宏治●撮影:吉田貞次●音楽:津島利章●原作:飯干晃一●時間:98分●出演:菅原文太/伊吹吾郎/野口貴史/寺田誠/桜木健一/松方弘樹/唐沢民賢/白川浩三郎/小林旭/北大路欣也/西田良/曽根晴美/成瀬正孝/宍戸錠/山田吾一/誠直也/織本順吉/高並功/八名信夫/山城新伍/木谷邦臣/田中邦衛/国一太郎/川谷拓三/金子<第五作  槇原政吉(田中邦衛).jpg仁義なき戦い 完結篇ド.jpg信雄/岩尾正隆/鈴木康弘/天津敏/内田朝雄/野川由美子/藤浩子/中原早苗/橘麻紀/賀川雪絵●公開:1974/06●配給:東映●最初に観た場所:吉祥寺東映(83-07-09)(評価:★★★☆)
田中邦衛(槇原組組長・槇原政吉)

「女奴隷船」ポスター/スチール写真
女奴隷船 ポスター.jpg女奴隷船 スチール.jpg女奴隷船ps.jpg「女奴隷船」●制作年:1960年●監督:小野田嘉幹●製作:大蔵貢●脚本:田辺虎男●撮影:山中晋●音楽:渡辺宙明●原作:舟崎淳「お唐さん」●時間:83分●出演:菅原文太/三原葉子/三ツ矢歌子/丹波女奴隷船 vhs.jpg映画「女奴隷船」【TBSオンデマンド】_.jpg哲郎/左京路子/沢井三郎/大友純/杉山弘太郎/川部修詩/中村虎彦●公開:1960/01●配給:新東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館(86-10-04)(評価:★★☆)●併映:「女獣」(曲谷守平)主演:菅原文太
女奴隷船 [VHS]」「映画「女奴隷船」【TBSオンデマンド】」   
        


「●ま 松本 清張」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3257】 松本 清張 『波の塔
「●TVドラマ②70年代・80年代制作ドラマ」の インデックッスへ 「●森崎 東 監督作品」の インデックッスへ 「●さ行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●市川 昆 監督作品」の インデックッスへ 「●「報知映画賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('76))「●新藤 兼人 脚本作品」の インデックッスへ(「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」) 「●佐藤 勝 音楽作品」の インデックッスへ(「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」)「●田中 邦衛 出演作品」の インデックッスへ(「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」)「●橋爪 功 出演作品」の インデックッスへ(「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」)「●小沢 栄太郎 出演作品」の インデックッスへ(「悪魔が来りて笛を吹く」「犬神家の一族」('76))「●梅宮 辰夫 出演作品」の インデックッスへ(「悪魔が来りて笛を吹く」)「●加藤 嘉 出演作品」の インデックッスへ(「悪魔が来りて笛を吹く」)「●夏八木 勲 出演作品」の インデックッスへ(「悪魔が来りて笛を吹く」)「●三國 連太郎 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('76))「●高峰 三枝子 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('76))「●大滝 秀治 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('76/'06))「●加藤 武 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('76/'06))「●岸田 今日子 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('76))「●仲代 達矢 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('06))「●富司 純子(藤 純子) 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('06))「●松坂 慶子 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('06))「●岸部 一徳 出演作品」の インデックッスへ(「犬神家の一族」('06))「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ「●や‐わ行の外国映画の監督②」の インデックッスへ 「●三船 敏郎 出演作品」の インデックッスへ(「将軍 SHŌGUN」)「●フランキー 堺 出演作品」の インデックッスへ(「将軍 SHŌGUN」)「●宮口 精二 出演作品」の インデックッスへ(将軍 SHŌGUN)「●TV-M (その他)」の インデックッスへ「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(池袋東映)

平沢無罪説を先駆的に展開。GHQの関与については"隔靴掻痒の感"は否めないが。
小説帝銀事件.jpg 松本 清張 『小説 帝銀事件』.jpg 小説 帝銀事件.jpg  悪魔が来りて笛を吹く 1979 ちらし.jpg 犬神家の一族 角川映画 THE BEST [DVD].jpg
小説帝銀事件 (1959年)』/角川文庫/『小説帝銀事件 (角川文庫)』/「悪魔が来りて笛を吹く【DVD】」「犬神家の一族 角川映画 THE BEST [DVD]
昭和23年9月28日毎日新聞
帝銀事件02.jpg帝銀事件.jpg '59(昭和34)年に雑誌「文藝春秋」に発表された松本清張の「昭和史発掘シリーズ」に先立つ昭和の事件モノで、「昭和史発掘シリーズ」の中でも'48(昭和23)年という占領時代に起きたこの「帝銀事件」は取り上げられていますが、「小説」と頭に付くのは、捜査に疑念を抱いた新聞社の論説委員の視点からこれを描いているのと、事件の部分がセミドキュメンタリータッチで再現されているためでしょうか。

 12人が死亡した凶悪事件と平沢貞通画伯が犯人に祭り上げられていく過程もさることながら、個人的には本書によって初めて、関東軍細菌戦部隊(731部隊)の生き残り関係者の事件への関与が疑われること、彼らはGHQの保護下にあったことなどを知り、そっちの方の衝撃も大きかったです。

 731部隊がいかに残虐の限りを尽くしたか、また、その戦犯行為の当事者らが人体実験を含む研究データを渡す代わりに戦争犯罪に問われないと言う約束をGHQに取り付け免責されたという事実については、森村誠一氏の『悪魔の飽食―「関東軍細菌戦部隊」恐怖の全貌!長編ドキュメント』('81年/カッパノベルズ)があるし(この本は後に記述や写真の誤謬を多く指摘された)、太田昌克氏の『731 免責の系譜―細菌戦部隊と秘蔵のファイル』('99年/日本評論社)青木富貴子氏の『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』('05年/新潮社)では "免責問題"をより深く追及していますが、「小説帝銀事件」の発表は『悪魔の飽食』と比べても、それより20年以上早いことになります。

 いま読み直してみると、最初に挙がった何人かの容疑者の中に平沢の名前があり、一旦それが消えて軍関係者へ嫌疑が向けられるも、そちら方面の捜査が打ち切られて再び平沢の名が浮上したという経緯や、面通しの結果誰も平沢を犯人だとする人がいなかったこと、彼の病的な虚言癖などについては細かく書かれている一方で、GHQの関与については"隔靴掻痒の感"は否めず、このことは、平沢は無実の罪に問われたということが公然の事実のようになっている今と違い(歴代の法務大臣が誰も死刑執行のハンコを押さなかったわけだし)、「事件は解決済み」とする風潮がまだ根強かった当時としては、米軍から情報を得られない限りは、平沢を犯人とする根拠の脆弱さに的を絞って、そこから平沢無実説を導き出すことを主眼とするしかなかったためと思われます。

帝銀事件0.JPG帝銀事件01.jpg平沢貞通.bmp 平沢が疑われることになった原因の1つに、所持金の出処の曖昧さの問題がありましたが、「春画を描いたと自分の口から白状すれば、彼の画家的な生命は消滅するのである」とし、「肉体的な死刑よりも、芸術的生命の処刑を重しとした」と、その精神的内面まで踏み込んで"推理"している点も作家らしく、またこれも、タイトルに「小説」と付くことの所以の1つであると思います。    

事件発生直後の現場の様子/犯人の行動を再現させられる平沢(ともにWikipediaより) 平沢貞通(1892-1987/享年95)

仲谷昇(平沢貞通)/田中邦衛(平沢を犯人と決めつけてしまった古志田警部補)
帝銀事件 ドラマ 1.jpg帝銀事件 ドラマ 3.jpg帝銀事件 ドラマ 2.jpg 松本清張のこの作品は1980(昭和55)年に1度だけドラマ化されていて、ドラママタイトルは「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」、監督は森崎東、脚本は新藤兼人、主演は仲谷昇、共演は田中邦衛・橋本功などです。テレビ帝銀事件・大量殺人獄中32年の死刑囚.jpg朝日の「土曜ワイド劇場」枠で放映されました。平沢(仲谷昇)を犯人と決めつけてしまった古志田警部補(田中邦衛)に焦点を当て、平沢に対する拷問に近い取り調べなどが描かれており、第17回ギャラクシー賞(月間賞)を受賞するなどしています。結局、「GHQのことなど何も知らなかった」と後に嘯く警部補も、利用された人間だったということでしょう。誰による犯行かについては、冒頭に犯人が犯「帝銀事件:タイトル2.jpg行に及ぶ場面がかなりの間尺であり、その間常に犯人の背中や手元・足元だけを映し顔を殆ど映していませんが、犯人が犯行後に現場付近で待機していたと思われる軍用ジープで現場を立ち去る場面などがあり、最初からGHQ関係者の犯行であることを強く匂わせる作りとなっています。

「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」●制作年:1980年●監督:森崎東(監修:野村芳太郎)●脚本:新藤兼人●撮影:小杉正雄●音楽:佐藤勝●原作:松本清張「小説帝銀事件」「日本の黒い霧」●出演:仲谷昇/田中邦衛/橋本功/中谷一郎/小松方正/戸浦六宏/木村理恵/大塚道子/浜田寅彦/稲葉義男/暮林修/ジェリー・ククルスキー●放送局:テレビ朝日●放送日:1980/01/26(評価:★★★★)
 
 
 因みに、横溝正史の『悪魔が来りて笛を吹く』(雑誌「宝石」1951年11月号 - 1953年11月号に発表)は、この帝銀事件をモチーフに書かれたと言われています(作中では「天銀堂事件」となっており、ストーリーは事件の後日譚となっている)。悪魔が来りて笛を吹く 1979.jpg原作は読んでいませんが、西田敏行が金田一耕助を演じた映画「悪魔が来りて笛を吹く」('79年/東映)を観ました(角川春樹製作、監督は「太陽にほえろ」「俺たちの旅」などのTVシリーズを手掛けた斎藤光正)。青酸カリも事件に絡んで出てきますが、メインのモチーフは近親相姦と言えるでしょうか。謎解きの部分で複雑な家系図が出てきますが、映画ではそれが分かりにくいのが難でした(「読んでから観る」タイプの映画だったかも)。歴悪魔が来りて笛を吹く 1979.jpg代の横溝正史原作の映画化作品の中ではまあまあの評価のようですが、そのわりには西田敏行が金田一耕助を演じたのはこの1回きりでした。まあ、映画で金田一耕助を1度演じただけという俳優は、西田敏行以前には池部良、高倉健、中尾彬、渥美清などがいて、西田敏行以降も古谷一行、鹿賀丈史、豊川悦司などがいるわけですが...(石坂浩二と並んで金田一耕助役のイメージが強い古谷一行は映画では1度きりだが、MBSテレビの「横溝正史シリーズ」('77-'78年)、TBSの「名探偵・金田一耕助シリーズ」('83-'05年)でそれぞれ金田一耕助役を演じている)。

犬神家の一族 (1976年)1.jpg犬神家の一族 (1976年)2.jpg 金田一耕助ものの映画化作品でやはりまず最初に思い浮かぶのは、東宝の市川崑監督・石坂浩二主演の金田一耕助シリーズ(「犬神家の一族」('76年)、「悪魔の手毬唄」('77年)、「獄門島」('77年)、「女王蜂」('78年)、「病院坂の首縊りの家」('79年))ではないでしょうか。特に、角川映画第1作として作られた「犬神家の一族」('76年)(配給会社は東宝、共演は島田陽子坂口良子など)は、かつて片岡千恵蔵の金田一耕助シリーズ(「獄門島」('49年)など)で千恵蔵がスーツ姿だったりしたのが、金田一耕助を初めて原作通りの着物姿で登場させた映画であり(結局、西田敏行版「悪魔が来りて笛を吹く」などもその路線をなぞっていることになる)、原作の複雑な人物関係も分かりやすく表されていて、細部では原作と改変されている部分も少なからずあるものの、エンタテインメントとしてよく出来ていたように思います。30年後の2006年に同じ監督・主演コンビでリメイクされ(原作からの改変部分まで旧作を踏襲している)、石坂浩二(金田一)のほかに、大滝秀治(神官)、加藤武(署長)が旧作と同じ役で出演していますが、00年代としては犬神家の一族」(2006ード.jpg犬神家の一族 (2006年 松嶋.jpg犬神家の一族 (2006年 富司.jpg豪華キャストであるものの、それでも旧作と比べると役者の豪華さ・熟達度で及ばないように思いました。犬神家の三姉妹は旧作の高峰三枝子、三條美紀、草笛光子に対して、新作が富司純子、松坂慶子、 萬田久子でそれなりに錚々たるものでしたが、何となく違うなあと思いました。富司純子も大女優ですが、高峰三枝子が長年役柄を通して培ってきた"毒気"のようなものが無いように思われました。ヒロイン役の島田陽子と松嶋菜々子を比べても、松嶋菜々子って何か運命的なものを負っている将軍 SHŌGUN0.jpgという印象が島田陽子に比べ弱いなあと(ただ、島田陽子も米テレビドラマ「将軍 SHŌGUN」('80年)に出てダメになった。ジェームズ・クラベルのベストセラー小説を原作に、アメリカで12時間ドラマとしてTV放映したものを劇場用にまとめたものを観たが、日本人の描き方がかなりヘンだ。どうしてこんな作品に三船敏郎はじめ日本の俳優は臆面もなく出るのか。ただし、島田陽子はこの作品で日本人女性初のゴールデングローブ賞を受賞している)。
島田陽子 in「将軍 SHŌGUN」

 「小説 帝銀事件」から始まって、映画「悪魔が来りて笛を吹く」を経て、映画「犬神家の一族」の新旧比較になってしまいました。

「犬神家の一族」(1976)
「犬神家の一族」1976.jpg
「犬神家の一族」(1999)
「犬神家の一族」1999.jpg
「犬神家の一族」新旧キャスト.gif
 
 
 

悪魔が来りて笛を吹く 1979 ポスター.jpg悪魔が来りて笛を吹く 1979 vhs.jpg「悪魔が来りて笛を吹く」●制作年:1979年●監督:斎藤光正●製作:角川春樹●脚本:野上龍雄 ●撮影:伊佐山巌●音楽:山本邦山/今井裕●原作:横溝正史●時間:136分●出演:西田敏行/夏木勲(夏八木勲)/仲谷昇/鰐淵晴子/斎藤とも子/村松英子/石浜朗/小沢栄太郎/池波志乃/原知佐子/山本麟一/宮内淳/二木てるみ0「悪魔が来りて笛を吹く」.jpg/梅宮辰夫/浜木綿子/北林早苗/中村玉緒/加藤嘉/京悪魔が来りて笛を吹く jidojpeg.jpeg慈道...加藤嘉.jpg唄子/村田知栄子/藤巻潤/三谷昇/熱田一久/住吉道博/村田知栄子/藤巻潤/三谷昇/金子信雄/中村雅俊/秋野太作/横溝正史/角川春樹●公開:1979/01●配給:東映(評価:★★☆)

西田敏行(32歳)/斉藤とも子(18歳)/鰐淵晴子(34歳)/原知佐子(43歳)/小沢栄太郎(70歳)
悪魔が来りて笛を吹く...西田敏行(32).jpg 悪魔が来りて笛を吹く...斉藤とも子(18).jpg 悪魔が来りて笛を吹く...鰐淵晴子(34).jpg 悪魔が来りて笛を吹く...原知佐子(43).jpg 悪魔が来りて笛を吹く...小沢栄太郎.jpg
「「悪魔が来りて笛を吹く」夏木.2jpg.jpg夏木勲(夏八木勲)(39歳)等々力警部

梅宮辰夫(40歳)「俺はな、金田一耕助というのは明智小五郎より名探偵だと思ってるんだ」(風間俊六)
「悪魔が来りて笛を吹く」梅宮1.jpg

池袋東映-2.jpg●最初に観た場所:池袋東映 (79-01-13)


池袋東映 池袋東口2分60階通り(地下に池袋名画座) 1985年頃閉館 

0池袋東映.jpg 1982年8月 舛田利雄監督・丹波哲郎主演「大日本帝国」公開時
         
犬神家の一族 (1976年)0.jpg「犬神家の一族」●制作年:1976年●監督:市川崑●製作:市川犬神家の一族 poster.jpg坂浩犬神家の一族 女優.jpg喜一●脚本:市川崑/日高真也/長田紀生●撮影:長谷川清●音楽:大野雄二●原作:横溝正史●時間:146分●出演:石坂浩二/島田陽子/あおい輝彦/川口恒/川口晶/坂口良子/地井武男/三条美紀/原泉/草笛光犬神家の一族 (1976年)00.jpg子/大滝秀治/岸田今日子/加藤武/小林昭二/三谷昇/三木のり平/高峰三枝子/小沢栄太郎/三國連太郎●公開:1976/11●配給:東宝(評価:★★★☆)

犬神家の一族(2006) [DVD]」「犬神家の一族」(2006年)市川崑監督とキャストら(2006.10 東京国際映画祭)
犬神家の一族 (2006年 DVD.jpg犬神家の一族 2006.jpg「犬神家の一族」●制作年:2006年●監督:市川崑●製作:市川喜一●脚本:市川崑/日高真也/長田紀生●撮影:五十畑幸勇●音楽:谷川賢作/大野雄二(テーマ曲)●原作:横溝正史●時間:134分●出演:石坂浩二/松嶋菜々子/尾上菊之助/富司純子/松坂慶子/萬田久子/池内万作/奥菜恵/岸部一徳/深田恭子/三條美紀/草笛光子/大滝秀治/加藤武/中村敦夫/仲代達矢●公開:200「犬神家の一族」matuzaka.jpg犬神家の一族 (2006年  大滝秀治.jpg犬神家の一族 (2006年 仲代.jpg6/12●配給:東宝(評価:★★★)
松坂慶子(次女・犬神竹子)/大滝秀治(神官・大山泰輔)/仲代達矢(犬神佐兵衛)

 
 
 
 

将軍 SHŌGUN p.jpg将軍 SHŌGUN1.jpg将軍 SHŌGUN2.jpg「将軍 SHŌGUN」●原題:SHŌGUN●制作年:1980年●制作国:アメリカ●監督:ジェリー・ロンドン●製作プロデューサーベル/ケリー・フェルザーン●脚本:エリック・バーコビッチ●撮影:アンドリュー・ラズロ●音楽:モーリス・ジャール●原作:ジェームズ・クラベル●時間:121分(TV版全5話・547分)●出演:リチャード・チェンバレ将軍 shogun 島田.jpg/ベン・チャップマン/ジェームズ・クラ将軍 SHŌGUN31.jpgン/三船敏郎/島田陽子/フランキー堺/目黒祐樹/金子信雄/ダミアン・トーマス/ジョン・リス=デイビス/安部徹/高松英郎/宮口精二/夏木陽介/岡田真澄/宅麻伸/山本麟一/(ナレーション)オーソン・ウェルズ●日本公開:1980/11●配給:東宝●最初に観た場所:飯田橋・佳作座 (81-01-24)(評価:★☆)●併映:「二百三高地」(舛田利雄)
将軍 SHŌGUN vhs.jpg


【1961年文庫化・2009年新装版[角川文庫]/1980年再文庫化[講談社文庫]】

 
《読書MEMO》
神保町シアター「没後40年 横溝正史 銀幕の金田一耕助」特集(2021年6月5日~25日)ライアンアップ
銀幕の金田一耕助.jpg1.『三つ首塔』 昭和31年 白黒 監督:小林恒夫、小沢茂弘 出演:片岡千恵蔵、高千穂ひづる、三条雅也、中原ひとみ、南原伸二
2.『悪魔の手毬唄』 昭和36年 白黒 監督:渡辺邦男 出演:高倉健、北原しげみ、小野透、永田靖、大村文武
3.『本陣殺人事件』 昭和50年 カラー 監督:高林陽一 出演:中尾彬、田村高広、村松英子、東野孝彦、常田富士男
4.『犬神家の一族』 昭和51年 カラー 監督:市川崑 出演:石坂浩二、高峰三枝子、三条美紀、草笛光子、あおい輝彦
5.『悪魔の手毬唄』 昭和52年 カラー 監督:市川崑 出演:石坂浩二、岸恵子、若山富三郎、加藤武、草笛光子
6.『獄門島』 昭和52年 カラー 監督:市川崑 出演:石坂浩二、司葉子、大原麗子、草笛光子、太地喜和子
7.『八つ墓村』 昭和52年 カラー 監督:野村芳太郎 出演:渥美清、萩原健一、山崎努、小川真由美、山本陽子
8.『女王蜂』 昭和53年 カラー 監督:市川崑 出演:石坂浩二、岸恵子、司葉子、高峰三枝子、仲代達矢
9.『悪魔が来りて笛を吹く』 昭和54年 カラー 監督:斎藤光正 出演:西田敏行、夏八木勲、鰐淵晴子、斉藤とも子、仲谷昇

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洞爺丸事故を7年繰り上げた大胆さ。心筋梗塞後の作者がワープロ練習用に選んだ作品。

飢餓海峡 上.jpg 飢餓海峡下.jpg    飢餓海峡dvd.jpg  飢餓海峡1シーン.jpg
飢餓海峡(改訂決定版) 上』『飢餓海峡(改訂決定版) 下』〔'05年〕 『飢餓海峡 [DVD]』(三國連太郎(中)/伴淳三郎(左)/高倉健(右))
飢餓海峡(上) (新潮文庫)』『飢餓海峡(下) (新潮文庫)
飢餓海峡(上) (新潮文庫).jpg飢餓海峡(下) (新潮文庫).jpg飢餓海峡(ポスター).jpg 昭和22年秋、台風のため青函連絡船・層雲丸の転覆事故が起き、必死の救助活動が行われる中、3人の復員服姿の男が台風で不通になった列車から飛び降り、転覆事故の混乱に紛れ、本土へ向けて夜の海峡を船を漕いでいた。台風が去った後、転覆した層雲丸の乗客の遺体が次々と収容されるが、引取り人のいない遺体があり、収容遺体は実際の乗客数より2体多かった。一方、同じ台風の中、函館市内て質屋が全焼する火事があり、焼け跡から質屋一家の他殺体が発見され、質屋一家強盗殺人事件と、転覆事故の乗船者数より多い2体の遺体が結びついた―。

飢餓海峡2.jpg [映画]函館署のベテラン刑事の弓坂(伴淳三郎)は、亡くなった男2人と行動を共にしていた犬飼太吉なる大男の行方を粘りつよく捜索を続け、その男・犬飼太吉(三國連太郎)と思われる男と一夜を共にした女郎・杉戸八重(左幸子)の存在を突き止める―。

 水上勉(1919‐2004)(ミナカミベンと呼ぶ人もいるが本来は「みずかみ・つとむ」と読む)の代表作で、内田吐夢(1898‐1970(うちだ・とむ)監督による映画化作品も、様々なアンケートでいつも歴代邦画のベストテンに入っている、そうした評価に相応しい力作でした(水上勉は'71年に『宇野浩二伝』などの功績で「菊池寛賞」を受賞)。

「飢餓海峡」1.jpg「飢餓海峡」2.jpg

飢餓海峡.jpg 主人公・犬飼役の三國連太郎の生涯最高の演技に加えて、刑事役の高倉健の演技もいいですが、高倉健と共に捜査にあたる元「飢餓海峡」.jpg刑事役の伴淳三郎と、堅気になろうとしてなれない薄幸の女性・八重(ひたすら犬飼を思いながら生き続ける哀しさ)を演じた左幸子の演技が、この二人もまた生涯最高の演技と言っていいくらいに、とてもいいです。

飢餓海峡」3.jpg とりわけ伴淳三郎については、内田吐夢監督がロケで、大勢の見物人の前で彼を罵倒して何十回もNGを出し、喜劇王伴淳のプライドをズタズタに傷つけ、すっかり意気消沈させたとのことで、実はそれこそが内田吐夢の狙いであり、伴淳がいつもの喜劇と場が違って巨匠の撮る大作にシリアスな大役ということで、いいところを見せようと肩に力が入り過ぎるのを、監督が伴淳を怒鳴りつける事で意図的に元気をなくさせ、それが作品が求めるところの人生に疲弊している老刑事像に繋がったというから、恐ろしいまでの演出です。

 原作を以前に読んだときは、貧困から這い上がる男のパワーとその結末の哀しさが強く印象に残りましたが、「改訂決定版」('05年/河出書房新社(上・下))で再読し、終盤の主人公の更正施設への"寄付"の組み入れ方なども改めて良くできているなあと思いました(結果的にはこの寄付によって、主人公の犬飼は...)。本作発表当時にはもう人気作家だった作者ですが、"贖罪"というテーマが、晩年の宗教的回帰の「予兆」としてこの作品の中に既にあったともとれます。

虚無への供物.jpg 岩内大火というのは本当に洞爺丸の転覆事故と同じ日に起きたのだと知りませんでした。共に、昭和29年9月の台風15号の影響を受けての惨事ですが、2つの事件からよくここまで構想したものだと驚きます。洞爺丸の転覆事故をモチーフにしたものでは、中井英夫『虚無への供物』がありますが、『虚無への供物』が歴史どおり昭和29年の出来事としてこの事件を扱っているのに対し、『飢餓海峡』では岩内大火と併せて7年繰り上げて昭和22年の出来事としているわけであって、その大胆な"柔軟性"にも改めて感心させられました。 
虚無への供物』 講談社文庫

事件.jpg 純文学作家による推理小説の最高峰として、テーマは異なりますが大岡昇平事件とこの作品を挙げたいと思います。ただし、『事件』は〈裁判小説〉、『飢餓海峡』は〈社会派サスペンス小説〉と言った方がよいかもしれませんが...(『虚無への供物』が正統派ミステリーと言えるかどうかは別として、少なくとも『事件』も『飢餓海峡』も、一般的な推理小説とはかなり異なるタイプの作品と言えるだろう)。

 河出書房新社の「改訂決定版」は、仮名使いだけでなく、文章そのものにかなり手を加えていますが、筋立ての変更はありません。作者は'89(平成元)年、70歳の時に心筋梗塞で倒れ、リハビリとしてワープロに挑戦し、"入力練習用"に選んだのがこの「飢餓海峡」だったということです(自身の代表作の「改稿」とリハビリのための「入力練習」を同時にやったことになる。作者が亡くなったのは「改訂決定版」出版の前年('04(平成16)年)で85歳だった)。
Kiga kaikyô (1965)
Kiga kaikyô (1965) .jpg飢餓海峡film.jpg高倉健 若い頃.png「飢餓海峡」●制作年:1965年●制作:東映●監督:内田吐夢●脚本:鈴木尚之●撮影:仲沢半次郎●音楽:冨田勲●時間:183分●出演:三國連太郎(樽見京一郎/犬飼多吉)、左幸子(杉戸八重/千鶴)/伴淳三郎(弓坂吉太郎刑事、函館)/高倉健(味映画「飢餓海峡」2.jpg村時雄刑事、東舞鶴)/加藤嘉(杉戸長左衛門、八重の父)/三井弘次(本島進市、亀戸の女郎屋「梨花」の主人)/沢村貞子(本島妙子)/藤田進(東舞鶴警察署長、味村の上司)/風見章子(樽見敏子、樽見の妻)/山本麟一(和尚、弓坂34587552f0e389e1d42e569c1a635e71--japanese-film.jpgの読経を褒める)/最上逸馬(沼田八郎、岩内の強盗犯)/安藤三男(木島忠吉、岩内の強盗犯)/沢彰謙(来間末吉)/関山耕司(堀口刑事、東舞鶴)/亀石征一郎(小川、チンピラ)/八名信夫(町田、チンピラ)/菅沼正(佐藤刑事、函館)/曽根秀介(八重が大湊で働いていた娼館、"花や"の主人)/牧野内とみ子(朝日館女中)/志摩栄(岩内署長)/岡野耕作(戸波刑事、函館)/鈴木昭生(唐木刑事、東舞鶴)/八木貞男(岩田刑事、東舞鶴)/外山高士(田島清之助、岩内署巡査部長)/安城百合子(葛城時子、八重が東京で訪ねる)/河村久子(煙草屋のおかみ)/高須準之助(竹中誠一、樽見家の書生)/河合絃司(巣本虎次郎、網走刑務所所長)/加藤忠(刈田治助)/須賀良(鉄、チンピラ)/大久保正信(漁師の辰次)/西村淳二(下北の巡査)/田村錦人(大湊の並木座.jpg巡査)/遠藤慎子(巫子)/荒木玉枝(一杯呑み屋のおかみ)/進藤幸(弓坂織江、弓坂の妻)/松平峯夫(弓坂の長男)/松川清(弓坂の次男)/山之内修(記者)/室田日出男(記者)●劇場公開:1965/01●最初に観た場所:銀座並木座 (87-10-18) (評価★★★★☆) 
銀座並木座  1953年10月7日オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

 【1963年単行本(全1巻)・1978年改訂版(全1巻)[朝日新聞社]/1964年単行本(全1巻)・2005年改訂決定版(上・下)[河出書房新社]/1969年文庫化(全1巻)・1990年文庫改訂(上・下)[新潮文庫]】

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骨太の芥川賞作品。主人公は「血」に負けたのか? むしろ、裏返された成長物語のように読めた。
岬 中上健次.png 岬.jpg 十九歳の地図 dvd.jpg 十九歳の地図 映画.jpg  神々の深き欲望L.jpg
』['76年] 『』文春文庫 「十九歳の地図(廉価版) [DVD]」「NIKKATSU COLLECTION 神々の深き欲望 [DVD]

中上 健次.jpg 表題作である「岬」のほか、「黄金比の朝」「浄徳寺ツアー」など3篇を収めていますが、作者の小説は郷里の紀州を舞台にしたものが多い中、表題作はまさに出身都市である新宮市を舞台に、家族と共に土方仕事をしながら、逃れられない血のしがらみに喘ぐ青年を描いたものです。作者は本作により、戦後生まれとしては初めての芥川賞作家となりましたが、近年の芥川賞作品に比べると、ずっと「骨太」感があると思いました。

中上健次(1946‐1992/享年46)

 「十九歳の地図」で芥川賞候補になり、作品としての幅を拡げるために三人称にしたのか? それも一面の真実かも知れませんが、多分「彼」にしないと作者に書けない要素というのが、この「岬」という作品にはあったのではないかと考えます。

中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて、ー。 対談+短篇小説+エッセイ.jpg中上 vs 村上.jpg 芥川賞の選考委員であり、中上健次との対談集もある村上龍氏は(『中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。』('77年/角川書店)―これも面白かった。村上氏が名が中上健次を前にしてやや背伸びしている感もあるが、2人の文学遍歴の共通点や相違点などがよくわかる)、後に、この『岬』という作品を受賞作の水準に定めていたことを、ある年の芥川賞の選評で述べていたように思います。
中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。 対談+短篇小説+エッセイ (1977年)

 登場人物はそれほど多くないのですが、主人公の「彼」(秋幸)を取り巻く人物の血縁関係が複雑で、読みながら家系図を作った方がいいかも知れません。父・母がそれぞれ異なる兄弟姉妹が入り乱れ、その家計図メモがだんだんぐちゃぐちゃになってきた頃に出来事は大きく進展し、義父が叔父を刺したり、異父姉の錯乱があったりしますが、姉を連れて家族で岬にピクニック?にいくところは、それまでの殺伐感とは違ったソフトフォーカスな感じがあり、印象的でした。

 書いてみた家計図を見て、こうして〈親族の基本構造〉を破壊している元凶は、3度の結婚をしている主人公の母親だと思ったのですが、主人公は、登場人物のすべてと距離を置いている中、この母親に対しては、愛憎入り混じっている感じで、姉に対する意識にも微妙なものがあり、こんなぐちゃぐちゃな血縁関係の中でも、自らを定位しつつ、どこか"家族"を求めているところがあるのかなあと。

 主人公は最後に異母妹と思われる女性を見つけて交合しますが、これは、それまで比較的おとなしかった彼が、父や義父と同じ獣性に目覚めた、つまり「血」に負けて同じように鬼畜の道に嵌まったということなのでしょうか。それとも、潜在的渇望としてあった兄妹愛に目覚めたということ?

 自分にはこの辺りはむしろ、今まで子どもだった主人公が、エディプス・コンプレックスを克服した話のように読めました。血縁関係のない義父と同じようになるということは、「血」に負けたという理屈は成立せず、むしろ、男になる、つまり妹と交わることで自らが父権そのものになる、という裏返された成長物語のように思えたのですが...。

十九歳の地図 文庫.jpg十九歳の地図.jpg なぜ「彼」という三人称が使われているのかもこの作品の"謎"で、「十九歳の地図」と同じような鬱屈した予備校生を主人公にした「黄金比の朝」では「ぼく」だったのが、「岬」や「浄徳寺ツアー」では「彼」になっている、しかし共に、「彼」を使うよりも「ぼく」でいった方がずっと自然に読める箇所がいくつかあります。

 『十九歳の地図 (河出文庫 102B)

「十九歳の地図」で芥川賞候補になり、作品としての幅を拡げるために三人称にしたのか? それも一面の真実かも知れませんが、多分「彼」にしないと作者に書けない要素というのが、この「岬」という作品にはあったのではないかと考えます。

 中編「十九歳の地図」(短編集『十九歳の地図』('74年/河出書房新社、'81年/河出文庫)所収)は、和歌山から東京に出てきて、新聞配達をしながら予備校に通っている浪人生の青年の鬱々とした青春を描いたもので、新聞を配達しても感謝されるわけでもなく、集金に行けば煙たがられ、仕舞には飼犬に吠えられるという、ストレスだらけの生活の中、青年は、新聞の配達先で自分の気に入らない家について、地図上で☓印をつけていくという―このメインストーリーだけでも暗い話ですが、併せて、主人公の周辺の社会の下層で生きる人々の生き様が描かれていて、中上健次らしい暗さだなあと。

十九歳の地図00.jpg十九歳の地図0.jpgさらば愛しき大地 poster.jpg この「十九歳の地図」は映画化され('79年/群狼プロ)、監督は暴走族を追ったドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」('76年/群狼プロ)の柳町光男(後に、根津甚八、秋吉久美子主演での「さらば愛十九歳の地図b.jpgしき大地」('82年/群狼プロ)などの佳作を撮るが、中上健次は「さらば愛しき大地」の脚本にも参加している)、主人公の青年役は「ゴッド・スピード・ユー!」にも出ていた本間優二(映画出演を機に暴走族から役者に転じたが1989年に引退)、主人公の下宿の同居人で、偽の入れ墨で客を脅して集金している元釘師の新聞配達人に蟹江敬三(1944-2014)(いい演技をしていて「さらば「十九歳の地図」蟹江.jpg愛しき大地」にも出演している。そして、「さらば愛しき大地」でもいい演技をしている)が扮していて、この蟹江十九歳の地図 沖山秀子.jpg敬三と、自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦を演じた沖山秀子(1945-2011)(ジャズ・ヴォーカリストでもあり、中上健次は彼女の大ファンだった)の濡れ場シーンの何と暗いこと! とにかく暗い暗い作品でしたが、その暗さを通して、青年の意志のようなものがじわーっと伝わってくる(ある意味「前向き」な)不思議な仕上がりになっていました。

神々の深き欲望_07.jpg神々の深き欲望 dvd.jpg 沖山秀子は、すでに今村昌平監督の「神々の深き欲望」(' 68年/日活)で存在感のある演技をみせており、汚れ役に迫力のある女優でした。この作品は、南国の孤島の村を舞台に、兄娘相姦や父娘相姦など村の禁制を破ったことで疎外され追放されていく太一族の太根吉(三國連太郎)と、島の産業開発や観光開発のためコミュニティとしての絆が崩壊していく村社会を描いたものでした。

 地元開発を機に村社会に亀裂が生じるというのはよくある設定ですが、主人公・根吉の娘(松井康子神々の深き欲望.jpg)を島の区長(加藤嘉)が引き取って愛人にし、区長が亡くなった後、兄は妹を取り戻して逃避行を図るものの、息子(河原崎長一郎)を含む村人達に殴殺されてしまうというストーリーにみられるように、また、語り部によって語られる説話的な構成という点から神々の深き欲望 スチール.jpgも、個と家族、共同体の関係性に重きを置いた作品という印象を受けました。沖山秀子の演じたのは、息子の妹で、開発業者の社員(北村和夫)に政略的に与えられる白痴の娘の役でした。

沖山秀子(太トリ子(太亀太郎の妹))/嵐寛寿郎(太山盛(太根吉の父で神に仕える太家の長。自分の娘と近親相姦をして根吉を産ませている))

 彼女が北村和夫演じる開発会社の社員を好きになったことが悲恋の結末に繋がり、最後は「岩」になってしまったという、説話または神話と呼ぶにはあまりにドロドロした話で、キネマ旬報ベストテンの'68年の第1位作品ですが、観た当時はあまり好きになれなかった作品でした(沖山秀子は良かった。と言うより、スゴかったが)。しかしながら、後に観直すうちに、だんだん良く思えるようになってきた...(抵抗力がついた?)。

沖山秀子.jpg 因みに、沖山秀子は関西学院の女子大生時に今村昌平監督に見い出されてこの映画に出演し、これを機に今村昌平監督の愛人となり、その関係が破局した後は、カメラマン恐喝のかどで逮捕され(留置場では全裸になって男性受刑者を歓喜させ、「みんな何日も女の体を見てないからね。私はブタ箱をパラダイスにしてやったんだよ」と言ったという逸話がある)、出所後は精神病院に入院、退院後マンションの7階から投身自殺をするも未遂に終わり、「十九歳の地図」出演時の「自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦」役をほぼそのまま地で演っているというスゴさでした。(2011年3月21日死去)

「十九歳の地図」●.jpg「十九歳の地図」●制作年:1979年●監督・脚本:柳町光十九歳の地図5.jpg男●製作:柳町光男/中村賢一●撮影:榊原勝己●音楽:板橋文夫●原作:中上健次「十九歳の地図」●時蟹江敬三.jpg間:109分●出演:本間優二/蟹江敬三/沖山秀子/山谷初男/原知佐子/西塚肇/うすみ竜/鈴木弘一/白川和子/豊川潤/友部正人/津山登志子/中島葵/川島めぐ /竹田かほり/中丸忠雄/清川虹子/柳家小三治/楠侑子●公開:1979/12●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)(評価:★★★★)●併映:「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」(柳町光男) 

ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR(1976) dvd_.jpgゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR .jpg「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」●制作年:1976年●製作・監督:柳町光男●撮影:岩永勝敏/横山吉文/塚本公雄/杉浦誠●時間:91分●出演:ブラックエンペラー新宿支部の少年たち/本間優二●公開:1976/07●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★)●併映(1回目):「十九歳の地図」(柳町光男)●併映(1回目):「さらば愛しき大地」(柳町光男)
ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR [DVD]

神々の深き欲望 .jpg「神々の深き欲望」.jpg「神々の深き欲望」●制作年:1968年●監督:今村昌平●製作:山野井正則●脚本:今村昌平/長谷部慶司●撮影:栃沢正夫●音楽:黛敏郎●時間:175分●出演:三國連太郎/河原崎長一郎/沖山秀子/嵐寛寿郎/松井康子/原泉/浜村純/中村たつ/水島晋/北村和夫/小松方正神々の深き欲望 竜立元 加藤嘉.jpg/殿山泰司/徳川清/石津康彦/細川ちか子/扇千景/加藤嘉/長谷川和彦●公開:1968/11●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(83-07-30)(評価:★★★★)

加藤嘉(クラゲ島の区長で製糖工場の工場長・竜立元)

中上 健次 ユリイカ.jpgユリイカ2008年10月号 特集=中上健次 21世紀の小説のために

 【1978年文庫化[文春文庫]/2000年再文庫化[小学館文庫(『岬・化粧 他』-中上健次選集12)]】

中上 健次.jpg  沖山秀子 2.jpg 沖山秀子 in「喜劇・女は度胸」('69年/松竹)with 渥美清

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読後の感動はあった。モデルはモデル、小説は小説として読むべきか。

不毛地帯 1.jpg 不毛地帯 2.jpg 不毛地帯 3.jpg 不毛地帯 4.jpg 不毛地帯12f9.jpg
『不毛地帯』 新潮文庫[旧版](全4巻)   映画「不毛地帯」('76年/東宝) 仲代達矢・丹波哲郎

不毛地帯 映画.jpg 『白い巨塔』('65年/新潮社)、『華麗なる一族』(73年/新潮社)が、それぞれ映画も含め力作だったのに対し、この『不毛地帯』の仲代達矢主演の"映画"の方は、配役は豪華だけれど個人的には今ひとつでした(テレビで観たため、平幹二朗主演のテレビ版と記憶がごっちゃになっている)。そもそも、181分という長尺でありながらも、原作の4分の1程度しか扱っておらず、原作が連載中であった事もありますが次期戦闘機決定をめぐる攻防部分だけを映像化したと言ってもよく、結果として壱岐正という主人公の生き方に深みが出てこない...。

不毛地帯ー.png「仲代達矢 不毛地帯.jpg ただし"原作"だけでみると、自分が最初に読んだ当時の読後の感動はこれが一番で、もともと映画に納まり切らない部分が多すぎたか? それと、こうした複雑な話が映画化された時によくありがちな傾向で、愛憎劇中心になってしまった感じもしました。

 この原作の方は、以前は商社マンを目指す人はみなこぞって読んで、そして感動したという話も聞きます。しかし今改めて読むと、作品に描かれる総合商社の体質は今も変わらないのかもしれませんが、産業構造の変化などで商社の仕事自体はずいぶん変わっているのではないかという気がします(その点、一番変わっていないのは『白い巨塔』で描かれた大学附属病院かもしれない)。

 国の二次防主力戦闘機の受注をめぐって、交渉相手の防衛庁の部長に戦時中の命の恩人である元陸軍中佐・壱岐正をぶつけるという商社の戦略が凄いと思いましたが、戦後60年以上を経た今現在、こうした"命の恩人"みたいな関係がどれだけあるのか、またそれがビジネスで成り立つかと考えると、かなり特異な状況を描いているようにも思えました。

 そうしたこともあり、良くも悪くも、モデルとされている瀬島龍三氏のイメージとどうしても切り離せません。
 小説の主人公はラストの身の引き方は美しいが、瀬島氏は商社マンとして一線を退いた後も中曽根内閣の臨調委員として政治"参謀"ぶりを発揮し(結局こういう「ひとかどの人物」は在野にいても声がかかる?)、90歳を超えてなお中曽根氏の個人的ブレーンの1人となっている...。

 著者は「これは架空の物語である。実在する人物、出来事と類似していても偶然に過ぎない」と言っています。
 『白い巨塔』と並ぶ著者の代表作であり傑作であることには違いなく、モデルはモデル、小説は小説として読むべきなのかも知れません(同一作者の後の作品『沈まぬ太陽』では、同一モデルであるはずのこの人物の描き方が、「国士」から単なる「策士」へと変化している)。

瀬島龍三(せじま・りゅうぞう)
瀬島龍三.jpg伊藤忠商事元会長。富山県松沢村(現小矢部市)出身。1938年12月陸軍大学校卒、大本営陸軍参謀として太平洋戦争を中枢部で指揮をとる。満州で終戦を迎えたが、旧ソ連軍の捕虜となり、11年間シベリアに抑留され、1956年に帰国。1958年、伊藤忠に入社し、主に航空機畑を歩いた。1968年専務に就き、いすゞ自動車と米ゼネラル・モーターズ(GM)との提携を仲介。戦前、戦中、戦後を通じて政、財界の参謀としての道を歩んだ。(2007年9月4日死去/享年95)

不毛地帯 映画.jpg不毛地帯 丹波哲郎2.jpg「不毛地帯」●制作年:1976年●監督:山本薩夫●製作:佐藤一郎/市川喜一/宮古とく子●脚本:山田信夫●音楽:佐藤勝●原作:山崎豊子●時間:181分●出演:仲代達矢/丹波哲郎/山形勲/神山繁/滝田裕介/山口崇/日下武史/仲谷昇/山本圭/北大路欣也/小沢栄太郎/田宮二郎/久米明/大滝秀治/高橋悦史/井川比佐志/中谷一郎/八千草薫/秋吉久美子/藤村志保/志村喬/高城淳一/秋本羊介/岩崎信忠/石浜朗/内田朝雄/小松方正/加藤嘉/中津川衛/辻萬長/高杉哲平/杉田俊也/神田隆/永井智不毛地帯 dvd.jpg不毛地帯相関図.jpg不毛地帯久松経済企画庁長官  1.jpg雄/嵯峨善兵/伊沢一郎/青木義朗/アンドリュー・ヒューズ/デヴィット・シャピロ/●劇場公開:1976/08●配給:東宝(評価★★★) 
不毛地帯 [DVD]
不毛地帯 金脈図.jpg丹波哲郎(防衛庁・川又空将補)/加藤嘉(防衛庁・原田空幕長)/大滝秀治(経済企画庁長官・久松清蔵)
川又空将補 - 丹波哲郎.jpg 原田空幕長 - 加藤嘉.jpg 久松経済企画庁長官 - 大滝秀治.jpg
小沢栄太郎(貝塚官房長)
不毛地帯b-b014d3c5e38d.jpg「不毛地帯」 小沢栄太郎.jpg 
    
山形勲(近鉄商事社長・大門一三――壱岐をスカウトする)
山形勲 不毛地帯.jpg不毛地帯 山形.jpg

秋吉久美子(壱岐直子)
「不毛地帯」秋吉久美子.jpg

 【1983年文庫化[新潮文庫(全4巻)]・2009年改訂[新潮文庫(全5巻)]】

不毛地帯〔'76年/東宝〕監督:山本薩夫/製作:佐藤一郎/脚本:山田信夫/出演:仲代達矢/丹波哲郎/山形勲
不毛地帯 映画.jpg

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「華麗なる一族」1974年.jpg 古さを感じさせない。政財界にわたっての丹念な取材の跡が窺える。

山崎豊子 華麗なる一族.jpg  華麗なる一族 上巻.jpg 華麗なる一族 中巻.jpg 華麗なる一族 下巻.jpg 
華麗なる一族 (1980年) (新潮文庫)』 /新潮文庫(上・中・下)〔改訂版〕/映画「華麗なる一族」('74年/東宝)

華麗なる一族 dvd.jpg華麗なる一族.jpg 万俵財閥の当主で阪神銀行頭取の万俵大介の野望を軸に、それに翻弄される一族の姿を金融業界の内幕に絡めて描いた作品で、'73(昭和48)年の発表ですが、「金融再編」に伴う「銀行の合併問題」がモチーフになっているため、あまり古さを感じさせません。

 小説の冒頭は、志摩半島の英虞湾を望む一流ホテルでの主人公一族の豪奢な正月晩餐会から始まりますが、作者は舞台のモデルにした「志摩観光ホテル」のレストランから夕陽がどう見えるかまで取材しに行ったそうで、そうした丹念な取材は、銀行内部のみでなく、政治家や大蔵省など政財界に広く及んでいて、物語にリアルな厚みを増しています。 
華麗なる一族 [DVD]」/映画パンフレット                  

 大介の野望は、上位銀行の専務と結託してその銀行を併呑する、所謂「小が大を呑む」というもので(かつて神戸銀行が太陽銀行を吸収合併し、"名"前だけ「太陽神戸」として"実"の方をとった出来事がベースになっている)、大介の政財界への働きかけは、「政財癒着は良くない」という綺麗事のレベルを遥かに凌駕する凄まじさで、目的のためには親友も、長男さえも切り捨てる―。

 タイトルの「華麗なる一族」という言葉が、政界との癒着強化のための閨閥づくりを指すとともに、長男・鉄平の暗い過去の出生の秘密を表す反語にもなっています。

華麗なる一族 佐分利信.jpg華麗なる一族 仲代.png 同じ山崎豊子原作の映画化作品「白い巨塔」が大ヒットした華麗なる一族 仲代.jpgためか、この作品は豪華キャストで映画化されましたが('74年・山本薩夫((1910-1983))監督)、オールキャストとは言え、その中で圧倒的に存在感を際立たせているのは華麗なる一族 田宮二郎.jpg佐分利信であり、その佐分利信が演じる万俵大介と仲代達矢が演じる鉄平の"暗い血"にまつわる確執に重きが置かれていたような感じもしました。また、鉄平の最期が、大介の女婿を演じた田宮二郎の実人生での自殺方法と同じだったことに思い当たりますが、鉄平役は実は田宮二郎がやりたかった役だったそうです。

華麗なる一族 目黒.jpg華麗なる一族 佐分利.jpg どうしても、こういう複雑なストーリーの話が映画化されると、情緒的な方向に重きがいってしまったりセンセーショナルな部分が強調されるのは仕方がありませんが(大介の「妻妾同衾」シーンなども当時話題になった)、それなりの力作でした。"いい人"がとにかく苛められる(相手方銀行の頭取の二谷英明とか)点で「白い巨塔」に共通するものを改めて感じたのと、農家の預金獲得のために、ワイシャツ姿で終日稲刈りまでする銀行員なども描いていて「銀行員って意外と泥臭いなあ」と思わされたりもしました。
                    映画「華麗なる一族 [VHS]」 ビデオ(上・下)
華麗なる一族2.gif華麗なる一族 ビデオ.jpg「華麗なる一族」●制作年:1974年●製作:芸苑社●監督:山本薩夫●製作:佐藤一郎/市川喜一/森岡道夫●脚本:山田信夫●音楽:佐藤勝●原作:山崎豊子●時間:210分●出演:佐分利信仲代達矢/月丘夢路/京マチ子/酒井和歌子/目黒祐樹/田宮二郎/二谷英明/香川京子/山本陽子/中山麻里/小沢栄太郎滝沢修/河津清三郎/大空真弓/北大路欣也/志村喬中村伸郎加藤嘉/神山繁/平田昭彦/細川俊夫/大滝秀治/北林谷栄/西村晃/金田龍之介/小林昭二/花沢徳衛/鈴木瑞穂(ナレーション華麗なる一族 京マチ子 .pngも担当)/嵯峨善兵/荒木道子/小夜福子/中村哲/武内亨/梅野泰靖/浜田寅彦/花布辰男/下川辰平/伊東光一/田武謙三/若宮大祐/青木富夫/五藤雅博/生井健夫/白井鋭/夏木章/笠井一彦/守田比呂也/華麗なる一族 京マチ子.jpg鳥居功靖/堺美紀子/横田楊子/川口節子/森三平太/千田隼生/金親保雄/南治/麻里とも恵/木島一郎/坂巻祥子/隅田一男/久遠利三/鈴木昭生/記平佳枝/東静子/加納桂●劇場公開:1974/01●配給:東宝●最初に観た場所:渋谷・東急名画座(山本薩夫監督追悼特集) (84-01-08) (評価★★★☆) 京マチ子(万俵大介の愛人・高須相子)
華麗なる一族 saburi.jpg滝沢修 華麗なる一族.jpg 大滝秀治 華麗なる一族.jpg 中村 伸郎 華麗なる一族.jpg 華麗なる一族 志村.jpg
佐分利信(阪神銀行頭取・万俵大介)/滝沢修(長期開発銀行頭取・宮本之三)/大滝秀治(社民党代議士・荒尾留七)/中村伸郎(日銀総裁・松平公之)/志村喬(大華麗なる一族 小沢栄太郎.jpg華麗なる一族 (1974東宝)katou .jpg阪重工社長・安田太左衛門)/小沢栄太郎(永田大蔵大臣)/仲代達矢(阪神特殊鋼専務・万俵鉄平)/加藤嘉(阪神特殊鋼常務・銭高)
西村晃(大同銀行専務・綿貫千太郎)/二谷英明(大同銀行頭取・三雲祥一)/北大路欣也(一之瀬(阪神特殊鋼:工場長)の息子・一之瀬四々彦)
華麗なる一族 西村・二谷.jpg 華麗なる一族 西村.jpg 「華麗なる一族」きたおうじ.jpg

華麗なる一族3.jpg月丘夢路(万俵大介の妻・万俵寧子)/香川京子(長女・美馬一子)/京マチ子(家庭教師・高須相子)/山本陽子(長男鉄平の妻・万俵早苗)/中山麻理(次男銀平の妻)/酒井和歌子(次女・万俵二子)


 【1973年単行本・1979年改訂[新潮社(上・中・下)]/1980年文庫化・2003年改訂[新潮文庫(上・中・下)]】

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医学界の権力構造の図式を鮮やかに浮かびあがらせた傑作。もとは財前の勝利で終わる話だった。
白い巨塔 1965.jpg 白い巨塔 1.jpg 白い巨塔 2.jpg 白い巨塔 3.jpg kyotou2.jpg 白い巨塔 1シーン.jpg
白い巨塔 (1965年)』 『新潮文庫「白い巨塔 全5巻セット」』  映画「白い巨塔 [DVD]」['66年]
映画「白い巨塔」('66年/大映) 田宮二郎・田村高廣
映画「白い巨塔」('66年/大映).jpg この作品は何度かテレビドラマ化ざれ、佐藤慶('67年/テレビ朝日系/全26回)、田宮二郎('78年/フジテレビ系/全31回)、村上弘明(90年/テレビ朝日系/全2回)などが主役の財前五郎を演じています。更に最近では、'03年にフジテレビ系で唐沢寿明主演のもの(全21回)がありましたが、断トツの視聴率だったのは記憶に新しいところ(唐沢寿明版の最終回の視聴率32.1%で、'78年の田宮二郎版の最終回31.4%を上回る数字だった)。
                   
白い巨塔 66.jpg銀座シネパトス.jpg しかしながら個人的には、やっぱりテレビ版よりは、原作を読む前に観た山本薩夫(1910-1983)監督による映画化作品(田宮二郎主演)が鮮烈な印象として残っており、また観たいと思っていたら、'04年にニュープリント版が銀座シネパトス(東銀座・三原橋の地下にあるこの映画館は、しばしば昔の貴重な作品を上映する。2013年3月31日閉館)で公開されたため、約20年ぶりに劇場で観ることができました。これも全て今回の唐沢寿明版のヒットのお蔭でしょうか。

映画 「白い巨塔」('66年/モノクロ)

白い巨塔」(テレビ 1978.jpg田宮二郎自殺.jpg田宮二郎.jpg 田宮二郎(1935-1978/享年43)は、31歳の時にこの小説と巡り会って主人公・財前五郎に惚れ込み、作者の山崎豊子氏に懇願してその役を得たとのこと。その演技が原作者に認められ、それがテレビでも財前医師を演じることに繋がっていますが、テレビドラマの方も好評を博し、撮影終盤の頃、ドラマでの愛人役の太地喜和子(1943‐1992/享年48)との対談が週刊誌に掲載されていた記憶があります。それがまさか、ヘミングウェイと同じ方法でライフル自殺するとは思わなかった...。クイズ番組「タイム・ショック」の司会とかもやっていたのに(司会者は自殺しないなどという法則はないのだが)。

テレビドラマ版 「白い巨塔」('78~'79年/カラー)
 田宮二郎は30代前半の頃から躁うつ病を発症したらしく、テレビ版の撮影当初は躁状態で自らロケ地を探したりも田宮二郎 .jpgしていたそうです。それが終盤に入ってうつ状態になり、リハーサル中に泣き出すこともあったりしたのを、周囲が励ましながら撮影を進めたそうで、彼が自殺したのはテレビドラマの全収録が終わった日でした(実現が困難な事業に多額の投資をし、借金に追われて「俺はマフィアに命を狙われている」とか、あり得ない妄想を抱くようになっていた)。当時週刊誌で見た大地喜和子とのにこやかな対談は、実際に行われたものなのだろうか。

『続・白い巨塔』('69年/新潮社 )/『白い巨塔(全)』('94年/新潮社改版版)/映画「白い巨塔」('66年/大映)
白い巨塔 ラスト.jpg続白い巨塔.jpg白い巨塔1994.jpg
 もともとの『白い巨塔』('65年/新潮社)は、'63年から'65年にかけて「サンデー毎日」に連載されたもので、熾烈な教授選挙戦を征して教授になった財前五郎が、権力者の後ろ盾のもとに、彼の医療ミスを告発する里見医師らを駆逐するところで終わっています。映画('66年)も教授選をクライマックスに、主人公の財前が第一外科教授に昇進するまでを描いていて、原作・映画ともに、医学界の権威主義に対する強烈な風刺や批判となっていますが、権力志向の強い男のピカレスク・ロマンとしてもみることができます。しかしながら、こうした「悪が勝つ」終わり方に世間から批判があり、そのため『続・白い巨塔』('69年)が書かかれたということです('94年新装版では、正・続が2段組全1冊に収められている)。

白い巨塔 新潮文庫.jpg 文庫の方は、当初は正(上下2巻)・続に分かれていましたが、'93年の改定で「続」も含め『白い巨塔』として全3巻になり、更に'02年の改定で全5巻になっています(「続」という概念がある時期から消されているともとれる)。最近のテレビドラマもそれに準拠し、財前が亡くなるところまで撮り切っていますが、文庫で読むときは、もともとは今ある全5巻のうち、第3巻までで終わる話だったことを意識してみるのも良いのではないでしょうか。

 因みに、いくつかあるテレビ版で、原作の正編に相当する部分のみで終わっているのは、「続」が書かれる前にドラマ化された佐藤慶版('67年/テレビ朝日系/全26回)のみです。田宮二郎の主演のものも、テレビ版の方は唐沢寿明版と同じく、主人公が癌で亡くなるところまで撮っています。田宮二郎テレビ版では、田宮二郎自身が台本に自分で書いた遺書を挿入し、末期がんのがん患者になり切ったとのこと、ストレッチャーに乗る遺体役での演技をラッシュで確認して、本人は満足していたそうです(その場面が放送される前に自殺したわけだが)。

白い巨塔 .jpgkyotou1.jpg この小説は、続編も含め、単純な勧善懲悪物語にしていないところがこの著者の凄いところです。財前はむしろ、周囲に翻弄されるあやつり人形のような存在で(苦学生上がりで医師になったのに、才能を上司に認められないというのは辛いだろうなあ)、彼をとりまく人々の中に、医学界の権力構造の図式を鮮やかに浮かびあがらせている(読んでると、権力を持たなければ何も出来ないではないかという気にさえさせられる)一方、個々に「白い巨塔」小沢.jpgは、権力に憧れる気持ちと真実を追究し正義を全うしようという気持ちが入り混じっているような"普通の人"も多く出てきて、この辺りがこの小説の充実したリアリティに繋がっていると思います。 

山崎豊子(1924-2013
山崎豊子.png白い巨塔 東野.jpg白い巨塔 加藤嘉.jpg「白い巨塔」●制作年:1966年●製作:永田雅一(大映)●監督:山本薩夫●脚本:橋本忍●音楽:池野成●原作:山崎白い巨塔 船越 英二.jpg白い巨塔 滝沢修.jpg豊子●時間:150分●出演:田宮二郎/東野英治郎小沢栄太郎小川真由美/岸輝子/加藤嘉田村高廣船越英ニ滝沢修藤村志保/下条正巳/石山健二郎/加藤武/里見明凡太朗/鈴木瑞穂/清水将夫/下條正巳/須賀不二男/早白い巨塔 小川真由美.jpg白い巨塔 藤村志保  .jpg川雄三/高原駿雄/杉田康/夏木章/潮万太郎/北原義郎/長谷川待子/瀧花久子/平井岐代子/村田扶実子/竹村洋介/小山内淳/伊東光一/南方伸夫/河原侃二/山根圭一郎/浜世津子/白井玲子/天池仁美/岡崎夏子/赤沢未知子/福原真理子●劇場公開:1966/10●配給:大映●最初に観た場所:渋谷・東急名画座(山甦れ!東急名画座3.jpg甦れ!東急名画座1.jpg東急文化会館.jpg東急名画座 1.jpg本薩夫監督追悼特集) (83-12-05)●2回目:銀座シネパトス (04-05-02) (評価★★★★)
東急名画座 (東急文化会館6F、1956年12月1日オープン、1986年〜渋谷東急2) 2003(平成15)年6月30日閉館

銀座シネパトス.jpg銀座東映.jpg銀座シネパトス.jpg銀座シネパトス 1952(昭和27)年、ニュース映画の専門館「テアトルニュース」開館、1954(昭和29)年「銀座東映」開館、1967(昭和42)年10月3日「テアトルニュース」跡地に「銀座地球座」開館、1968(昭和43)年9銀座シネパトスs.jpg月1日「銀座東映」跡地に「銀座名画座」開館、1988(昭和63)年7月1日「銀座地球座」→「銀座シネパトス1」、「銀座名画座」→「銀座シネパトス2」「銀座シネパトス3」に改装。2013(平成25)年3月31日閉館

  
白い巨塔」(テレビ 1978.jpgテレビドラマ 白い巨塔 田宮二郎  dvd.jpg白い巨塔 ドラマ 1.jpg「白い巨塔」(テレビ・田宮二郎版)●演出:小林俊一●制作:小林俊一●脚本:鈴木尚之●音楽:渡辺岳夫●原作:山崎豊子「白い巨塔」「続・白い巨塔」●出演:田宮二郎/生田悦子/太地白い巨塔 大滝秀治2.jpgTV版「白い巨塔」中村伸郎.jpg喜和子/島田陽子/藤村志保/上村香子/高橋長英/中村伸郎/小沢栄太郎/河原崎長一郎/山本學/金子信雄/清水章吾/大滝秀治佐分利信加藤嘉/渡辺文雄/戸浦六宏/関川慎二/東恵美子/中村玉緒/井上孝雄/小松方正/西村晃/曽我廼家明蝶/渡辺文雄/米倉斉加年/岡田英次/中北千枝子/児玉清/北村和夫/小林昭二●放映:1978/06~1979/01(全31回)●放送局:フジテレビ
白い巨塔 佐分利 信.jpg白い巨塔 (1978年のテレビドラマ) 大河内 加藤.jpg白い巨塔 戸浦六宏.jpg中村伸郎(浪速大学医学部第一外科教授→近畿労災病院院長・東貞蔵)/大滝秀治(大阪地方裁判所裁判長)/佐分利信(東都大学医学部第一外科教授教授・船尾悟)/加藤嘉(浪速大学医学部病理学教授・大河内清作)/戸浦六宏(浪速大学医学部産婦人科教授・葉山優夫)/小沢栄太郎(浪速大学医学部第一内科教授、浪速大学医学部長・鵜飼雅一)/渡辺文雄(真鍋外科病院院長・真鍋貫治)/岡田英次(里見清一(里見脩二の兄、洛北大学医学部第二内科講師→開業医))
「白い巨塔」小沢渡辺.jpg「白い巨塔」岡田.jpg『白い巨塔_1331.jpeg
    
白い巨塔 ドラマ 2003.jpg「白い巨塔」ドラマ  .jpg「白い巨塔」(テレビ・唐沢寿明版)●演出:西谷弘/河野圭太/村上正典/岩田和行●制作:大多亮●脚本:井上由美子●音楽:加古隆●原作:山崎豊子「白い巨塔」「続・白い巨塔」●出演:唐沢寿明/江口洋介/西田敏行/佐々木蔵之介/上川隆也/伊藤英明/及川光博/石坂浩二/伊武雅刀/黒木瞳/矢田亜希子/水野真紀/高畑淳子/沢村一樹/片岡孝太郎/若村麻由美●放映:2003/10~2004/03(全21回)●放送局:フジテレビ

 【1965年単行本・1969年続編・1973年改訂・1994年新装版[新潮社]/1978年文庫化(上・下・続)・1993年改訂(全3巻)・2002年再改定(全5巻)[新潮文庫]】

《読書MEMO》
白い巨塔 岡田准一版.jpg白い巨塔 2019.jpg●2019年再ドラマ化【感想】'78年の田宮二郎版の全31回、'03年の唐沢寿明版の全21回に対して今回の岡田准一版は全5回とドラマ版としては短く、盛り上がる間もなくあっという間に終わってしまった感じで、岡田准一は大役を演じ切れてない印象を持った。最終回の視聴率が15.2%というのはそう悪い数字ではないが、この原作ならば本来はもっと高い数字になって然るべきで、やはり内容的に...。田宮二郎版の31.4%、唐沢寿明版の32.1%と比べると平凡な数字に終わったのもむべなるかなと。

白い巨塔 キャスト.jpg白い巨塔 2019  01.jpg「白い巨塔(テレビ・岡田准一版)~テレビ朝日開局60周年記念5夜連続ドラマスペシャル」●監督:鶴橋康夫/常廣丈太●脚本:羽原大介/本村拓哉/小円真●音楽/兼松衆●原作:山崎豊子「白い巨塔」「続・白い巨塔」●出演:岡田准一/松山ケンイチ/寺尾聰/小林薫/松重豊/岸部一徳/沢尻エリカ/椎名桔平/夏帆/飯豊まりえ/斎藤工/向井康「白い巨塔」小林.jpg白い巨塔 ドラマ 小林薫.jpg「白い巨塔」岸部.jpg二/岸本加世子/柳葉敏郎/満島真之介/八嶋智人/山崎育三郎/高島礼子/市川実日子/美村里江/市毛良枝/小林稔侍●放映:2019/05/22-26(全5回)●放送局:テレビ朝日
小林稔侍(浪速大学医学部名誉教授・滝村恭輔)/小林薫(財前の義父・財前産婦人科医院院長・財前又一)/岸部一徳(浪速大学医学部病理学科教授・次期第一外科教授選選考委員会委員長・大河内恒夫)
 

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映画を見てドラマを見て再読して、"本格派" 推理小説だったと...。

砂の器 カッパ.jpg 砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9).jpg 砂の器.jpg 砂の器 下.jpg  砂の器 dvd.jpg 砂の器 unnmei.jpg
砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9)』『砂の器〈上〉 (新潮文庫)』 『砂の器〈下〉 (新潮文庫)』〔'06年改版版〕「砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

sunanoutuwa12.jpg この作品は、'60(昭和35)年5月から翌年4月にかけて「読売新聞」夕刊に掲載され、カッパ・ノベルスで'61(昭和36)年7月刊行、'74年に映画化されたほか、'04年には中居正広主演でTVドラマ化されているので、ストーリーを知る人は多いと思います。

 映画館で映画を観て、「宿命」という言葉(または"曲の演奏")が頭にこびりついてしまい、パセティックな作品とのイメージを持っていましたが、もう一度原作にあたってみると、刑事たちに視点を置いて犯人を地道に追う"本格派" 推理小説の色合いが強いという印象を受けました(中居正広主演のテレビ版は最初から犯人を明かす倒叙型だったので、ミステリとしての面白さは半減。脇役陣は手堅いが、主演の中居正広の演技下手が目立つのも痛い)。

 好みは人それぞれだと思いますが、小説における、推理を通して徐々に、間接的に"犯人像"を浮き彫りにして行く描き方の方が、主人公の"業"のようなものがじわ〜っと感じられる気もします(元々テレビ版の配役で「人間の業」のようなものの描出を期待する方が無理がある?)。

映画「砂の器」.jpg 野村芳太郎(1919‐2005)監督、橋本忍・山田洋次脚本による映画化作品('74年/松竹)は、他の野村監督作品と比較しても、また同じ時期に映画化された他の松本清張原作のものと比べても比較的良い出来だったと思います(個人的には同監督の「鬼畜」('78年/松竹)の方が若干上かなという気がするが、松本清張自身はこの映画化作品を気に入っていたらしい。世間的な評価も「砂の器」の方が上か)。

「砂の器」3.jpg 加藤剛が演じた〈和賀英良〉は、「飢餓海峡」('64年/東映)で三國連太郎が演じた〈犬飼多吉(樽見京一郎)〉や「白い巨塔」('66年/大映)で田宮二郎が演じた〈財前五郎〉と並んで、恵まれない境遇から「成り上がる男」を体現していたと思われ、また、刑事役の丹波哲郎の演技も光るものがありました(その部下役を森田健作が演じている)。

『砂の器』(1974).jpg ただし、幼児期の暗い記憶や、自分をいじめた社会に対しての見返してやるという登場人物のリベンジ・ファクターが清張作品ならではのものだと思うのですが、どこまで映像で表現されていただろうかという気もします。テレビ版では「ハンセン病」というファクターを抜いてしまっているので、なおさらに原作とのギャップを感じざるを得ませんでした。

砂の器 チラシ.bmp『砂の器』(1974)21.jpg  個人的には、この小説が今まで読んだ清張作品の中で一番だとは思わないし、「ハンセン病」に対する偏見を助長したという批判までありますが、作者の代表的な傑作作品であることに異存はなく、結末を知ったうえでも原作を読む価値はあると思います。

映画「砂の器」チラシ
Suna no utsuwa (1974)         
Suna no utsuwa (1974).jpg砂の器  1.jpg「砂の器」●制作年:1974年●製作:橋本忍/佐藤正之/三嶋与四治●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍/山田洋次●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:143分●出演:丹波哲郎/森田健作/加藤剛/加藤嘉/緒形拳/山口果林/島田陽子/佐分利信渥美清笠智衆/夏純子/松山省二/内藤武敏/春川ますみ/花沢徳衛/浜村純/穂積隆信/山谷初男/菅井砂の器sunanoutuwa 1.jpg砂の器 丹波哲郎s.jpgきん/殿山泰司/加藤健一/春田和秀/稲葉義男/信欣三/松本克平/ふじたあさや/野村昭子/今井和子/猪俣光世/高瀬ゆり/後藤陽吉/森三平太/今橋恒/櫻片達雄/瀬良明/久保砂の器 (映画) 丹波 .jpg砂の器 丹波.jpg晶/中本維年/松田明/西島悌四郎/土田桂司/丹古母鬼馬二●劇場公開:1974/10●配給:松竹●最丹波哲郎 .jpg初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-19) (評価★★★★)●併映:「球形の荒野」(貞永方久)
丹波哲郎 2006年9月24日没

加藤嘉(本浦千代吉(和賀英良(本名・本浦秀夫)の父))
砂の器 (映画) 加藤嘉 .jpg 砂の器 加藤嘉.jpg
緒形拳(亀嵩駐在所巡査・三木謙一)/佐分利信(前大蔵大臣・田所重喜)
緒方拳 砂の器.jpg 佐分利信 砂の器.jpg

渥美清(伊勢の映画館「ひかり座」支配人)/笠智衆(亀嵩算盤・桐原小十郎)
渥美清 砂の器.jpg 笠智衆 砂の器.jpg

殿山泰司(通天閣前の商店街の飲食店組合長)/丹波哲郎(警視庁捜査一課警部補・今西栄太郎)
砂の器 殿山泰司.jpg

池袋文芸地下 地図.jpg文芸坐.jpg


 
 
 
池袋・文芸地下 1955(昭和30)年12月27日オープン、1997(平成9)年3月6日閉館。

砂の器 DVD-BOX
砂の器 DVD-BOX.jpg「砂の器」 2004 2.jpeg砂の器 中居版.jpg「砂の器」(TVドラマ版)●演出:福澤克雄/金子文紀●脚本:龍居由佳里●音楽:千住明●出演:中居正広/松雪泰子/渡辺謙/武田真治/砂の器 原田芳雄.jpg京野ことみ/永井大/夏八木勲/赤井英和/原田芳雄/市村正親/かとうかずこ/佐藤仁美/佐藤二朗/森口瑤子/松岡俊介●放映:2004/01~03(全11回)●放送局:TBS

 
  【1961年ノベルズ版[光文社]/1973年文庫化・2006年改版版[新潮文庫]】

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社会ドラマとしての人間がしっかり描かれている初期代表作。

松本清張「ゼロの焦点」.jpg ゼロの焦点.jpg ゼロの焦点2.jpg 『ゼロの焦点』(1961)3.jpg 『ゼロの焦点』(1961).jpg 「ゼロの焦点」真野あずさ・林隆三 vhs - コピー.jpg
ゼロの焦点―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)』['59年]/『ゼロの焦点 (新潮文庫)』/野村芳太郎 監督「ゼロの焦点 [DVD]」(1961年)/新藤兼人脚本/真野あずさ・林隆三主演「ゼロの焦点 [VHS]」(1991年)
『ゼロの焦点』昭和34年初版.jpgカッパ・ノベルス『ゼロの焦点』昭和34年初版
『ゼロの焦点』昭和34年初版2.jpg 板根禎子は、広告代理店に勤める鵜原憲一と見合い結婚、信州から木曾を巡る新婚旅行を終えた。その7日後、東京へ転勤になったばかりだった憲一は、仕事の引継ぎをしてくると言い前勤務地の金沢へ出張へ旅立つが、予定を過ぎても帰京しない―。やがて禎子のもとに、憲一が北陸で行方不明になったという勤務先からの知らせがある。禎子は単身捜査に乗り出すが、その過程で夫の知られざる過去が浮かび上がる―。

点と線.png 『ゼロの焦点』('58年発表)は、松本清張(1909‐1992)が点と線の翌年に発表したものですが(『ゼロの焦点』は1959年刊行のカッパ・ノベルスの創刊ラインアップの1冊となり、『点と線』はその翌年にカッパ・ノベルスに加わった)、最初読んだ時は、時刻表トリックにハマって『点と線』の方が面白く感じたものの、時間が経つにつれ、『ゼロの焦点』も好きな作品になってきました(『点と線』のトリックは時代を経ても色褪せたという印象は無く、むしろ、見合いだけで相手のことをよく知らないで結婚する―という設定においては、『ゼロの焦点』の方がよりクラシカルな雰囲気の背景設定とも言えるかも)。
点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス (11-4))』['60年]

松本清張1.jpg この『ゼロの焦点』が書かれた時点で"社会派"推理小説というジャンル分けは確立していなかったと思いますが、この辺りがその始まりではないでしょうか。ミステリーとしては瑕疵が多いとの指摘もありますが、社会ドラマとしての人間がしっかり描かれて、これがこの作家の大きな魅力でしょう。また、清張の推理小説作品の中でも、風景の描写などに文学的な細やかさがあり、『点と線』と並んで"旅情ミステリー"のハシリとも言えるのではないでしょうか。冒頭部分だったかが国語の試験問題に出されたのを覚えています。

『ゼロの焦点』1.jpgzero1b.jpg 映画化された「点と線」('58年・カラー)「ゼロの焦点」('61年・モノクロ)をそれぞれ観ましたが、「ゼロの焦点」の方が、白黒の画面が"裏日本"北陸の寒々とした気候風土に合っゼロの焦点0.jpgた感じがして良かったです(●2009年に犬童一心監督、広末涼子・中谷美紀・木村多江主演で再映画化され、時代設定を安易に現代にせず、原作通り1957年から1958年頃の設定をにして頑張っていたが、どうしても雰囲気的にイマイチだった。1960年から1961年に撮影しているこの野村芳太郎版の時代的シズル感を今に再現するのはやはり難しいのか)

映画「ゼロの焦点 [DVD]」(1961年/松竹)      
「ゼロの焦点」●vhs.jpgゼロの焦点 1961.jpg 多くのサスペンスドラマの典型モデルとなった、日本海の荒波を背に崖っぷちで犯人が告白するというラストシーンなど、橋本忍の脚本の運びを原作と比べてみるもの面白いかと思います。橋本忍脚本の犯人の長台詞は、込み入った原作の背景を1時ゼロの焦点9.jpg間半の映画に収めようとした結果の「苦肉の策」とだったともとれるのですが...(因みに、山田洋次監督も共同脚本として名を連ねている)。

沢村貞子/久我美子
 
zero-focus-snowy-houses-kanazawa.jpg この映画作品が発表された後、作品の舞台周辺への観光客が増加し、一方、能登金剛・ヤセの断崖(映画の舞台)での投身自殺が急増したとのことです。自分も行ったことがありますが、「早まるな」と書いた立て札があったように思います。金沢ロケで雪がかなり積もっているのは、昭和35年末から36年初めの北陸地方の豪雪によるもの。「昭和38年1月豪雪」はよく知られていますが、この時も結構積もったようです。

[ゼロの焦点 有馬稲子.jpg(●2020年にシネマブルースタジオの「戦争の傷跡」特集で再見した。原作の鵜原憲一が勤める「A広告社」は「博報社」になっていたのだなあ。ラストの謎解きは、主人公の推理と犯人の告白が交互に映像化されるスタイルになっていたことを改めて確認した。'91年にビデオで観たのが初有馬稲子3.jpgめてで、その時点で映画が作られてから30年で、今またそこから30年経とうとしているのかと思うと何か感慨深い。1931年生まれの久我美子も1932年生まれの有馬稲子も2020年時点で健在である。)
有馬稲子/高千穂ひづる

 因みに、「ゼロの焦点」は、調べた限りでは60年代から90年代にかけて6回テレビドラマ化されていますが、「点と線」は1回もドラマ化されていないようです。(「点と線」はその後、2007年にビートたけし主演でドラマ化された。)
ゼロの焦点 1991.jpg •1961年「ゼロの焦点(CX)」野沢雅子・河内桃子
 •1971年「ゼロの焦点(NHK)」十朱幸代・露口茂
 •1976年「ゼロの焦点(NTV)」土田早苗・北村総一朗
 •1983年「松本清張のゼロの焦点(TBS)」星野知子・竹下景子
 •1991年「ゼロの焦点(NTV)」真野あずさ林隆三
 •1994年「ゼロの焦点(NHK BS-2)」斉藤由貴・萩尾みどり

「ゼロの焦点」真野あずさ・林隆三.jpg この中で印象に残っているのは'91年の鷹森立一監督による日本テレビ版(「火曜サスペンス劇場」)で、眞野あずさ (板根禎子)、林隆三(北村警部補新藤兼人.png)、芦川よしみ(田沼久子)、増田恵子(室田佐知子)といった布陣ですが、原作者・松本清張の指名を受けた新藤兼人(1912‐2012/享年100)が脚本を手掛けています。個人的には、主役の真野あずさ、林隆三(1943‐2014/享年70)とも良かったように思います。眞野あずさ 演じる板根禎子が、パンパン上がりのふりをして増田恵子(元ピンク・レディー!)演じる室田佐知子に探りを入れるというのが素人にそこまで演技が出来るかと思「ゼロの焦点」真野あずさ.jpgうとちょっとどうだったか。ラストの犯人が海上に小舟を漕ぎ出すシーン火曜サスペンス劇場「ゼロの焦点」.jpgの撮影に関しては新藤兼人の発案ではなく、原作者である松本清張の希望により脚本に導入され、むしろ新藤兼人は難色を示したものの、その方向で撮影が行われたとのこと(原作も一応そうなっているのだが)。おそらく松本清張は、このTV版のロケの時期が初夏になったことで、部分的に趣向を変えてみてもいいかなと考えたのではないでしょうか。すでに5回目のTVドラマ化であったというのもあるかと思います和倉温泉「銀水閣」[左下写真]2007年の能登半島地震の風評被害、東日本大震災による予約キャンセルなどで経営が行き詰まり、2011年4月25日閉館)

Zero no shôten (1961)
Zero no shôten (1961) .jpg「ゼロの焦点」●制作年:1961年●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍山田洋次●撮影:川又昂●音楽:芥川 也寸志●原作:松本清張●時間:95分●出演:久我美子/高千穂ひづる/『ゼロの焦点』2.jpg有馬稲子/南原宏治/西村ゼロの焦点 加藤嘉.jpg晃/加藤嘉/穂積隆信/野々浩介/十朱久雄/高橋とよ/沢村貞子/磯野秋雄/織田政雄/永井達郎/桜むつゼロの焦点 1961(1).jpg子/北龍二(本編では佐々木孝丸がキャストされている)/稲川善一/山田修吾/山本幸栄/高木信夫/今井健太郎/遠山文雄●劇場公開:1961/03●配給:松竹●最初に観た場所:銀座・東劇(野村芳太郎特集)(05-08-13)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(20-08-24)(評価★★★★)
[ゼロの焦点].jpg
ゼロの焦点 1961年 1.jpg ゼロの焦点 1961年 2.jpg
ゼロの焦点 1961年 4.jpg ゼロの焦点 1961年 5.jpg
「野村芳太郎特集」00.jpg
「野村芳太郎特集」.jpg
南原宏治 in「ゼロの焦点」('61年/松竹)/「網走番外地」('65年/東映)
鵜原憲一:南原宏治.jpg 網走番外地 南原宏治 高倉健4.jpg


ゼロの焦点 真野あずさ・林隆三1.jpgゼロの焦点 真野あずさ・林隆三2.jpg「ゼロの焦点―松本清張作家活動40年記念スペシャル(松本清張スペシャル・ゼロの焦点)」●監督:鷹森立一● プロデュー増田恵子.jpgサー:嶋村正敏(日本テレビ)/赤司学文(近代映画協会)/坂梨港●脚本:新藤兼人●音楽:大谷和夫●原作:松本清張●出演:眞野あずさ/林隆三/増田恵子(元ピンク・レディー)/芦川よしみ/藤堂新二/並木史朗/岸部一徳/神山繁/音無真喜子/乙羽信子/平野稔/金田明夫●放映:1991/07/09(全1回)●放送局:日本テレビ(「火曜サスペンス劇場」枠)

ゼロの焦点 [VHS]」(眞野あずさ主演) 
真野あずさ(板根(鵜原)禎子)/林隆三(金沢署・北村警部補)/増田恵子(室田儀作の後妻・室田佐知子)/神山繁(室田煉瓦社長・室田儀作)/岸部一徳(憲一の兄・鵜原宗太郎)
ゼロの焦点―作家活動40年記念.jpg

 
 
 

ゼロの焦点 ブルーレイ.jpg映画「ゼロの焦点」(1961) vhs.jpg ゼロの焦点 新潮文庫.jpg『あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション ゼロの焦点』 [Blu-ray]ゼロの焦点 [VHS]/(2009年再映画化)新潮文庫・映画タイアップカバー 

   
ゼロの焦点0.jpgゼロの焦点 2009.jpgゼロの焦点 2009 03.jpg犬童 一心 「ゼロの焦点」 (2009/11 東宝) ★★★

【1959年ノベルズ版・2009年カッパ・ノベルス創刊50周年特別版[光文社]/1971年文庫改版[新潮文庫]】 

《読書MEMO》
●加賀屋
野村芳太郎監督「ゼロの焦点」('61年) のロケで使われた(原作執筆時の松本清張も宿泊)。
加賀屋 .jpg ゼロの焦点 1961年.jpg
  
 

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