【3204】 ○ 松本 清張 『急な斜面 (1959/02 東京創元社) ★★★★ (○ 柳井 満 (原作:松本清張) 「二階 (1977/02 TBS) ★★★★)

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意外な結末ばかりの短編集。もう少しで完全犯罪が成立しそうだったのが...。

『危険な斜面』単行本.jpg 『危険な斜面』カッパ01.gif『危険な斜面』カッパ02.jpg 『危険な斜面』文春文庫.jpg 『危険な斜面』文庫2.jpg
危険な斜面 (1959年) 』『危険な斜面 (カッパ・ノベルス)』['62年]『危険な斜面 (1980年) (文春文庫)』『新装版 危険な斜面 (文春文庫)
『危険な斜面 (カッパ・ノベルス)』
『危険な斜面』カッパ01.jpg『危険な斜面』カッパ05.jpg『危険な斜面』カッパ3.jpg 松本清張の、1959年2月刊行の短編集『危険な斜面』収録作6編を所収。もう少しで完全犯罪が成立しそうだったり、事件が迷宮入りになったままで終わりそうだったりしたのが、偶然の事実やある人物の洞察によって、その壁が崩れ、事実が見えてきたといった展開のものをはじめ(「急な斜面」「投影」)、6編とも「意外な結末」という意味では共通していて、さすがに上手いなあと思いました。

『危険な斜面 (カッパ・ノベルス)』カット:金子千恵子
『危険な斜面』カッパ4危険.jpg「急な斜面」(1959.2 オール読物)
 歌舞伎座で会社の得意先の接待に参加していた秋場文作は、ロビーで自社の会長・西島卓平の愛人を目にするが、呼び止められて、10年前の自分が何度か交渉を持った女・野関利江であると気づく。野関利江は秋場文作に電話番号を教え、交渉が復活。秋場文作は、出世したい男で、重役、部長、課長、平社員といった序列を、人生の階段として絶えず意識していた。今の野関利江は西島会長の妾だから利用価値があるのだ、と秋場文作は考えた。しかし、野関利江は秋場文作を恋人と考えた。自分が老いて西島会長から捨てられる前に、秋場文作を繋いでおきたいのだった。感情を沸騰させはじめた女を前に、秋場文作は黒い計画を巡らす―。

「急な斜面」」2000.jpg 「男というものは、絶えず急な斜面に立っている。爪を立てて、上にのぼっていくか、下に転落するかである」という一文が響く。秋場文作が用いたのは、超有名作「点と線」('57年発表)みたいなアリバイトリックだが、使った飛行機に有名人が乗っていたのが運が悪かった。まあ、秋場文作のために野関利江に振られた沼田仁一という男の執念もあるけれど。謎を解いた人間が犯人に金銭要求する「脅迫者」になるパターンはよくあるが、途中までそうかと思ったら、結局「金」よりも「復讐」だった。
松本清張特別企画・危険な斜面」('00年/TBS)田中美佐子/風間杜夫

『危険な斜面』カッパ5二階.jpg「二階」(1958.1婦人朝日)
 竹沢幸子の夫・英二は2年近く療養所にいたが、治癒の見込みはなかった。夫の懇願に負け、幸子は夫を自宅療養に切り替え、付添いの看護婦を頼む。看護婦・坪川裕子は経験も長く、世話は行き届いていた。印刷屋の仕事に忙しい幸子は、あまり夫の寝ている二階に上っていく暇がない。それは頼みにできる付添い看護婦をつけた安心もあるからだと幸子は信じていた。しかし幸子の心には、階段に足をかける度に、素直に上れない躊躇が起きた。幸子には、看護婦というよりも、一人の女が、二階で夫とひっそりと向かい合っているという意識が起こっていた。理由のない不安であった。実際、坪川裕子は常に忠実で慎み深かった。にもかかわらず、夫と看護婦のいる二階の圧迫に、幸子の心は追いつめられていく―。

「松本清張傑作選 4 二階」.jpg「二階」77年.jpg 「婦人朝日」1958年1月号に掲載。坪川裕子という女性がこの家にやってきたのは偶然で、英二とどうだったかとうのも最後に明かされるが、二階で起きていることは何となく見当がつく。最後は妻のプライド、凄まじきかな、という感じ。'77年のTBS「東芝日曜劇場」のドラマ版は、若い妻が十朱幸代(1942年生まれ)なのに対して看護婦が10歳年上の渡辺美佐子(1932年生まれ)が演じて、その年齢差が逆にリアリティを醸していた。登場人物がほぼ3人きりの約45分のスタジオ収録ドラマだが、緊迫感があったように思う(視聴率21.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区))。
松本清張傑作選 4 二階」('77年/TBS「東芝日曜劇場」)十朱幸代/竹沢英二/山口崇/渡辺美佐子

「巻頭句の女」(1958.7小説新潮)
 俳句雑誌「蒲の穂」の編集会議の場で、巻頭を飾ったこともあるさち女が、この3か月一句も投稿していないことが話題になった。さち女の才能を高く評価する麦人は、さち女を見舞うことにする。困窮しているさち女が入院していたのは施療院だったが、麦人が訪ねると3か月前に退院したという。麦人の本業は医師なので、院長は親切に当時の状況を語る。さち女の本名は志村さち子、病名は末期の胃癌、文通していた岩本英太郎という男性が、結婚して彼女の最期を看取るために引き取るというので退院を許可したという。東京に戻った麦人は、同人の青沙を女の新居に行かせたが、さち女は亡くなっていた。近所の人の話では、月の内10日ほどしか岩本は帰宅しておらず、さち女が亡くなった夜は何度か自動車が岩本の家の前で止まったのこと。麦人は、さち女の死についてさらに詳しく調べさせる―。

 保険金殺人&死体すり替え殺人だったわけか。死体すり替えの部分は、後の東野圭吾『容疑者Xの献身』('05年/文藝春秋)がこれに似ているように思った(どちらも、余った死体をどうするかという課題が残るが)。さち女の薄幸が痛ましい。


『危険な斜面』カッパ6失敗.jpg「失敗」(1958 新春号・別冊週刊サンケイ)
 東京で強盗殺人が発生し、2人組の犯人の1人は九州出身の浦瀬三吉、もう1人は東北出身の大岩玄太郎で、主犯は浦瀬で共犯が大岩。2人は浦瀬の故郷・九州に逃亡したと思われたが、警視庁から大岩の妻子がいる東北の中都市D市の警察に、大岩が妻子の許に立ち寄る可能性もあるので、捜査協力してほしいとの連絡があった。所轄署の山村刑事部長は、ベテランの島田刑事と若手の津坂刑事を張込み任務につかせる。大岩の妻くみ子に了承をもらい、自宅で張込みを開始するが―。

 これも超有名作「張込み」('55年)を思わせる設定。張込みを開始して1週間、大岩は妻くみ子の許に現れなかったという、途中まではほとんど「張込み」と同じような流れでいくが...。犯罪者の妻に対する若い刑事の同情が愛情に変わったのか。でも、「張込み」のドラマ化作品も、結構この路線を匂わせているものが多いのではないか。


「拐帯行」(1958.2日本)
 会社の金を持ち出した森村隆志は、西池久美子と博多行きの特急「さちかぜ」に乗り、一路九州へと向かった。死に場所を求めての旅だった。これまで惨めな境遇で生きてきた隆志と久美子は、生きていても仕方がない、死ぬよりほかに途が無いように思えた。が、せめて、死ぬ直前に一度贅沢をしてみたかったのだ。熱海から、斜め向こうの席に中年の紳士と妻らしい人が座った。夫は落ち着いてパイプをくわえ、妻は穏やかな上品さを湛え、夫婦は生活も十分安定して幸福そうに見えた。しばらく眼を惹かれていた隆志は、一瞬、久美子との間に、妙な距離を感じた。なぜかわからないが、その夫婦に影響されたような気がした。闇の中にいるような隆志の気持ちが、少しずつ変わり始める―。

 「日本」1958年2月号に掲載。土壇場で光と影が逆転する展開。山田洋次の初監督作品「二階の他人」('61年/松竹、原作:多岐川恭)の中の1ストーリーを思い出した。小坂一也・葵京子夫婦が間貸しした二階の部屋にやって来た評論家とその妻という品のよさそうな夫婦が、実は...というもの。


『危険な斜面』カッパ投影2.jpg「投影」(1957.7読売倶楽部)
 トラブルから東京の大手新聞社を辞職した太市は、水商売の女と瀬戸内の見知らぬ地方都市まで流れ、キャバレー勤めする女のヒモにまで堕ちる出口の見えない日々を過ごす。やがて、なんとか零細新聞社に職を得た彼は、市政の腐敗摘発に動く羽目になる―。

 不審な死亡事故における、光の投影によって帰宅の方向を誤らせるトリックはやや現実味が薄い気がするが、主人公が再就職した地方新聞社での人との出会いや経験を通して人間的に成長する姿が活き活きと描かれていて、ラストはグッと来る、松本清張作品には珍しい感動作に仕上がっていると言える。


「危険な斜面」2012.jpg この短篇集に収録されている作品はすべてテレビドラマ化されていますが、その中でも表題作の「危険な斜面」が8回と多く(「投影」もいい作品だと思うが、ドラマ化回数がそう多くないのは、トリックの再現が難しいからではないか)、個人的は、2012年フジテレビの「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面」(出演・渡部篤郎・長谷川京子・溝端淳平)を観ました。

「危険な斜面」4.jpg 原作では最後に刑事が出てきますが、ドラマでは赤井英和演じる刑事が最初は溝端淳平演じる沼田仁一に嫌疑をかけたことから、頭にきた沼田仁一から示唆されて渡部篤郎演じる秋場文作に接近するようになり、一方で沼田仁一も秋場文作を心理的に追い込み最後の結末に至るという、警察と沼田仁一が実は"共闘戦線"を張っていたというのは原作通りですが、刑事役に赤井英和を配して主要人物の1人としたことでその伏線が描かれている点が、原作との大きな違いだったでしょうか。それ以外は、「点と線」のトリックも、報道写真にたまたま写り込んでいたことによるアリバイ崩壊も活かされていて、オーソドックスな作りになっていたように思います(禿げ頭のはずの会長は、中村敦夫演じるダンディな男性に改変されていたが、長谷川京子演じる会長秘書・野関利江の手引きで渡部篤郎演じる秋場文作がどんどん出世していくのは原作とほぼ同じ)。
「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面」('12年/フジテレビ)長谷川京子/中村敦夫/渡部篤郎
「危険な斜面」3.jpg
    
     
    
「二階」11.jpg「二階」●監督:柳井満●プロデューサー:石井ふく子●脚本:服部佳●原作:松本清張「二階」●出演:十朱幸代/山口崇/渡辺美佐子/松下達夫/岡本茉利●放映:1977/02/06(全1回)●放送局:TBS(評価:★★★★)
  
      
       
長谷川京子/渡部篤郎
「危険な斜面」12.jpg「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面」●監督:赤羽博●プロデュー:岩崎文(ユニオン映画)●脚本:当摩寿史●サウンドデザイン:石井和之●原作:松本清張「危険な斜面」●出演:渡部篤郎/長谷川京子/溝端淳平/萩尾みどり/大路恵美/品川徹/梨本謙次郎/伊藤栞穂/長谷川朝晴/五辻真吾/木下政治/松川荘八/加藤満/旭屋光太郎/高品剛/有山尚宏/赤井英和/中村敦夫●放映:2012/09/30(全1回)●放送局:フジテレビ

【1962年新書化[カッパ・ノベルズ]/1980年文庫化・2007年新装版[文春文庫]】

《読書MEMO》
●「急な斜面」のテレビドラマ化
•1959年「急な斜面(フジテレビ・全2回)」梶川武利・千典子
•1961年「急な斜面(TBS・全2回)」須賀不二夫・浅茅しのぶ・丹阿弥谷津子
•1962年「急な斜面(NHK・全2回)」前田昌明・中川弘子・渡辺文雄
•1966年「松本清張シリーズ・急な斜面(フジテレビ)」川崎敬三・富永美沙子・内田朝雄
•1982年「松本清張の危険な斜面(テレビ朝日)」:水沢アキ・田島令子・山本圭・西村晃
•1990年「松本清張スペシャル・危険な斜面(日本テレビ)」古谷一行・池上季実子・松本留美・薬丸裕英
「危険な斜面」ドラマ.jpg•2000年「松本清張特別企画・危険な斜面(TBS)」田中美佐子・風間杜夫・袴田吉彦
•2012年「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面(フジテレビ)」渡部篤郎・長谷川京子・溝端淳平・赤井英和
  
●「二階」のテレビドラマ化
•1965年「二階(フジテレビ)」三國連太郎・佐々木すみ江・楠侑子
「二階」77年.jpg•1977年二階(TBS)」十朱幸代・山口崇・渡辺美佐子
  
●「巻頭句の女」のテレビドラマ化
•1962年「巻頭句の女(NHK・全2回)」加藤嘉・前沢迪雄・高橋正夫
  
●「失敗」のテレビドラマ化
•1959年「失敗(フジテレビ)」津島恵子・清水将夫・土屋嘉男
  
●「拐帯行」のテレビドラマ化
•1959年「拐帯行(日本テレビ)」高橋昌也・悠木圭子・幸田宗丸
•1988年「松本清張サスペンス 拐帯行(フジテレビ)」石橋保・渡辺典子・高松英郎・南田洋子
「ドラマSP 黒革の手帖~拐帯行~」.jpg•2021年「黒革の手帖~拐帯行~(テレビ朝日)」武井咲・渡部篤郎・毎熊克哉・安達祐実
  
●「投影」のテレビドラマ化
•1959年「投影(日本テレビ)」三橋達也・岩崎加根子・河野秋武
•1960年「投影(NHK・全2回)」佐竹明夫・吉行和子・早野寿郎・大町文夫

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This page contains a single entry by wada published on 2022年10月 1日 01:34.

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