【3205】 ○ 松本 清張 『死の枝 (1967/12 新潮社) ★★★★

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誰もがこの主人公たちのようになり得ると思わせるところが作者の上手さ(ただし「交通事故死亡1名」「家紋」「不法建築」の3編だけ犯行動機不明)。
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死の枝 (1967年) (新潮小説文庫)』['67年]『死の枝 (新潮文庫)

 松本清張の短編集で、「小説新潮」に1967(昭和42)年2月から12月まで11回にわたって『十二の紐』と題して連載され、同年12月、新潮社(新潮小説文庫)より『死の枝』と改題されて刊行されたもの(もともと、例えば第1話「交通事故死亡1名」には「赤い紐」、第3話「家紋」には「橙色の紐」といった副題が付けられていた。どうして12編目を書かなかったのか?)。事件の真相や結末が見えてきたところで終わっているものが多く、犯人逮捕までは至らなかったりするけれど、その「真相」や「結末」に意外性があり、これはこれでテンポよく読めました。

「交通事故死亡1名」
「交通事故死亡1名」.jpg 東京西郊のI街道で起きた人身事故。女が急に飛び出してきたため急停止した前方車を、咄嗟に避けたタクシーだが、男を轢き殺してしまう。事故の調査を始めたタクシー会社の事故係・亀村友次郎だが、奇異な点は見当たらず、事故を起こした運転手もすでに実刑に処され服役中である。事故から1年経って、亀村の頭をふと疑惑がかすめる―。結論的にはタクシーが引き起こした交通事故は、乗客が周到に仕組んだ罠だったということ。最後まで飽きさせない佳作で、1982年に日本テレビ系列の「火曜サスペンス劇場」枠で林隆三主演で「松本清張の交通事故死亡1名」としてドラマ化されています(監督:貞永方久)。林隆三は事故を起こした運転手の方の役で、交通刑務所で服役して、出所後に自ら事件の真相を探るというように改変されています。また、原作では犯行動機が明かされていませんが、ドラマでは商品の横流しという経済犯罪が背景となっています。

「偽狂人の犯罪」
 完全犯罪を全うするより、心神喪失者になって無罪を勝ち取る方が容易であると判断した主人公は、徹底的に精神異常者を研究し、実践するが―。これは例外的に犯人が逮捕されていて、むしろ、犯人が逮捕されたところから始まる話。結末も予想通りでしたが、検事の顛末までは予測できなかった(笑)。男は性欲に勝てない?

「家紋」
 粉雪のの夜、北陸地方で農業を営む生田市之助は、本家からの使いと称する釣鐘マントの男に呼び出される。本家の当主の妻・スギの容体が良くないとの話を聞き、市之助はマントの男と外へ出る。夜半にマントの男は再訪し、スギの容体が急変したので、市之助の妻・美奈子と娘・雪代も本家に来るよう求める。熱を出していた雪代は隣家の主婦・お房に預けられ、美奈子はマントの男と外へ出て行く。それが雪代の見た母親の最後の姿だった―。父母を殺害された子が成人して18年後に犯人を"推測" するというもの。1990年・2002年にテレビドラマ化されていますが(1990年版主演は若村麻由美、2002年版主演は岸本加世子)、1990年版の方は、地方のある宗派の寺を借り、本物の輪袈裟を借りて行われ、放送直後、宗派本寺から「殺人犯が着用した輪袈裟は当寺の紋が入っており、当寺を特定し、その僧侶「家紋」2002.jpg、門信徒を冒涜し、宗教活動を妨害する」との抗議を受け、交渉の結果、今後再放送を一切行わないこと、ビデオ化などの二次使用もしないという約束をもって妥結したそうです(犯人のネタバレになったが、読んでいて大体は途中で気づくと思う)。2002年にBSジャパンの「BSミステリー」枠で放映された(テレビ東京でも放映)岸本加世子版の方は、大地康雄が刑事役で出演しているので、犯人逮捕までいくのではないでしょうか。

「松本清張没後10年特別企画 家紋」('02年/BSジャパン・テレビ東京)岸本加世子/大地康雄

「史疑」
 新井白石の価値ある文献の原本を盗もうと、新進気鋭の考古学者が蔵書マニアの老人を殺してしまうが―。殺人自体は自己防衛本能のなせる業でしたが、その直後、興奮状態のまま激情に駆られて姦通したのがまずかかったなあ(女は逆らわなかったのだが)。清張ならではの歴史素材物。

「年下の男」
 会社の電話交換台に勤めるプライド高き35歳のハイミス女性が、年下の男に捨てられたと思われたくないがために、彼を高尾山に誘い出して殺人を決行する―。これも、清張の作品によく出てくるタイプの女性。「鉢植を「松本清張サスペンス 年下の男」.jpg買う女」('61年)などもそうでした。自分を裏切った男を殺害するのも同じですが、蓄財してアパートを建てるのも似ています。因みに、「鉢植を買う女」は完全犯罪で終わりますが(ドラマではなく原作)、こちらは、警視庁捜査一課の連中が高尾山に登って現場を検分し、容疑を固めたところで終わります。ドラマ化作品は1件のみで、1988年に関西テレビ制作・フジテレビ系列の「月曜サスペンス(松本清張サスペンス)」枠(22:30~23:24)にて「松本清張サスペンス 年下の男」として、小川真由美主演で放送されています(関西テレビ制作・月曜夜10時枠の連続ドラマ通称"月10"(1985-1996年)は1時間ドラマだった)。

「松本清張サスペンス 年下の男」('88年/フジテレビ)小川真由美/田中隆三

「古本」
 かつて人気作家だった長府敦治は、今や時代に乗取り残された地方作家になっていた。そんな彼が、ネタの宝庫とも言える貴重な古本に巡り合い、これは願ってもないチャンスと、それを種本にそのまま小説を書いたところ大人気に。ところが、その古本の作者の子孫が現れ、金銭を求め脅迫する―。作家の創作の苦悩が垣間見れる作品。充分な殺人の動機になっていますが、殺害方法が、鉄橋の上を歩かせるというユニークなものでした。小説好きの刑事がいたというのが、犯人にとってアンラッキーでした(これも清張作品にたまに見かけるパターンか)。

「ペルシアの側天儀」
 愛人との痴情沙汰から会社の課長が殺人を犯し、珍しい形のペンダントから犯人の足がついたという話。会社の課長クラスでも愛人を持てた時代だったのかなあ。

「不法建築」
 昭和四十年代の不法建築の実態とその素材を扱った作品で、犯行の動機というより、隠す方法自体がモチーフとなっています。犯人の死体隠蔽工作もヤクザ気質で大胆ですが、これ考えたのは松本清張なんだよなあと思うと思わず笑ってしまいます。でも、近所の住民が不法建築にうるさいことを逆利用したわけだから、ヤクザにしても頭がいい(笑)。

「入江の記憶」
 愛人である妻の妹を伴って故郷に帰った男は、父母の回想を手繰りながら、最後に思いがけない表白をする―。妻の妹と関係を持った主人公が、自分の父に思いを馳せながら父と同じ行動を取ろうとするという、因果は巡るというヤツでしょうか。

「不在宴会」
 主人公・魚住一郎はエリート官僚。役人の地方出張での饗応で、自分が出ないにも関わらず自分が出ていたような宴会を開いたことにして、その間に「不在宴会」.jpg女との密会に赴くが、当の女は風呂場で死んでおり、彼女を見捨ててこっそり逃げ帰る―。エリートにしては、最後、警官が訊いてもいないことを喋てしまったのは、ちょっとドジ過ぎるのでは。ドラマ化作品は、2008年にBSジャパンの「BSミステリー」枠で放映された(テレビ東京でも放映)「松本清張特別企画 不在宴会 死亡記事の女」があり、魚住一郎を三浦友和が演じています(どうやら平田満演じる出張で案内役を務めた男に脅迫されるらしい)。

「松本清張特別企画 不在宴会 死亡記事の女」('08年/BSジャパン・テレビ東京)三浦友和/平田満

「土偶」
 女に声をかけて恐怖の叫び声をあげられたヤミ商人が、計画的あるいは激情に駆られてか相手を殺害するが―。主人公の不可解な行動が、12年前の秘密をが明かされるきっかけとなったという話で、このシリーズに多い、事件後何年もしてから事実が明かされるパターン。人間、悪事に関してはどこまで行っても逃げ切れないとも思わせますが、昔は殺人に時効があったなあと、ここまで飛んで改めて思い出した次第です。。

 いずれも人間の欲望、愛情、怨恨などのさまざまな想念が、主人公たちを破局へと誘っている作品であり(ただし、「交通事故死亡1名」「家紋」「不法建築」の3編は犯行動機不明)、ふと、誰しもがこの主人公たちのようになり得るなあと思わせるところが、作品に時代を超えた普遍性を持たせる作者の上手さかなと思います。

『死の枝』単行本2.jpg【1974年文庫化・2009年改版[新潮文庫]】

『死の枝』(1967/12 新潮小説文庫)

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