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前著『LIFE SHIFT』を深堀りした実践編。キーワードは物語・探索・関係。

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LIFE SHIFT2: 100年時代の行動戦略』['21年]

 本書は、『LIFE SHIFT』(2016年/東洋新報社)の著者らによる、前著の"実践編"であるとのことです。前著では、これまでは「教育→仕事→引退」という人生だったのが、長寿化によって、これからは多くのステージへの移行を繰り返し、多様な経験とスキルなどを育んでいくマルチステージの時代になっていくと説いていました。

 本書は、第1部で、テクノロジーの進化と長寿化がどのような変化を生み出し、私たちはそれにどう向き合い、どのような要素を重んじるべきなのかを論じ、第2部では、その要素を軸に、長寿の時代に適応するためにひとりひとりがとるべき行動について論じ、第3部では、企業や教育機関、政府の仕組みがどのような転換を遂げるべきかを指摘しています。

 第1部の第1章では、人工知能(AI)やロボットについて論じ、テクノロジーの進化と長寿化の進展は私たちの生活を改善し得るが、どうすれば長く働き続けられるか、どうすれば建設的な世代間関係を築けるかといった人間的問題は、最終的には人間だけが解決できるものであるとしています。

 第2章では、人生の在り方を再設計し、人間としての可能性を開花させる上で重んじるべき要素として、物語(自分のストーリーを歩む)、探索(学習と変身を実践する)、関係(深い絆をはぐくむ)の3つを挙げ、この3要素に注目することで有効な対処法を導き出せるとして、以下、第2部でそれを実践するための具体的方法を論じています。

 第2部の第3章「物語」では、社会の変化に伴い、自分の人生に意味を与えられる新しいストーリーを紡ぐ必要が出てくるが、それは、年齢や時間、仕事に対する自分の考え方を再検討し、長期化する職業人生や余暇時間の増加などを前提に、人生で様々な選択を行う際の手引きとなるようなストーリーでなければならないとしています。

 第4章「探索」では、いくつもの移行を繰り返しながら長い職業人生を送るためには学び続ける必要があるとして、移行を成功させる方法をどう学ぶか、新しいタイプの移行はそのようなものか、中年期の移行や高齢期の移行を成功させるにはどうすればよいかを説いています。

 第5章「関係」では、長寿化により家族の在り方も多様化し、同時期にいくつもの世代が共存するようになるが、そうした中で純粋な人間関係を構築するにはどうすればよいか、コミュニティとどう関わるべきかを説いています。

 第3部の第6章では、これからの企業の課題は、社員のマルチステージの生き方や幸せで健康的な家庭生活を支援し、学習を促す環境を整備し、年齢差別をなくして高齢の働き手の生産性を維持することであるとしています。

 前著『LIFE SHIFT』を深堀りした本であり、長寿化の進展とテクノロジーの進化の中、個人と社会はどのように行動すればよいのかを説いているとともに、そうした社会の変化に対して企業はどうあるべきかをも説いており、人事パーソンにも薦めです。

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社員の自律性と快適さを重視する新しい働き方としての「リモートワーク」を提示。

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リモートワーク――チームが結束する次世代型メソッド』['20年]

 本書は、リモートワークは欧米のIT業界が長く牽引してきたもので、そこで蓄積された膨大なメソッドは、他業種にも多くのヒントを与えてくれるとし、初級者、中級者、マネジャーにその方法論を伝えることを目的としたものです。

 第Ⅰ部「リモートワークの前提条件」では、なぜリモートワークをするのかについて述べ、リモートワークは職場に柔軟性をもたらし、時間志向ではなく成果志向の働き方を促進するとし(第1章)、さらに、リモートワークが雇用主にもたらす利益として、競争力強化のために必要な人材が確保しやすくなることなどを挙げています(第2章)。また、バーチャル領域でどう効果を発揮すればよいかについてのよくある質問に回答するともに、職場勤務の重要なメリットをオンラインでも再現する方法について紹介しています(第Ⅰ部番外編)。

 第Ⅱ部「リモートワーク実践ガイド」では、リモートで働く人に焦点を当てています。まずリモートワーク初心者について、リモートワークを始める前にどのようなスキルセット、ツールセット、マインドセットが必要かを述べ(第3章)、さらに中級者がリモートワークに磨きをかけるにはどうすればよいか、どうすれば自分でも、そして他者ともうまく働けるのかを述べています(第4章)。最後に、リモートワークの準備が整っているかどうかを決める手助けにする質問票を示し、その結果から、準備を整えるためには、具体的に何をすべきかが明確になるとしています。また、上司(やチーム)を説得する方法や、リモートの職探しといった、次の段階へ続く助言もあります(第Ⅱ部番外編)。

 第Ⅲ部「リモートチームのマネジメント入門編」では、経営者やマネジャーの視点から見たリモートワークについて検討しています。バーチャル領域に初めて踏み込もうとする企業や部署のために、それに備える方法を説明しています(第5章)、また、リモートワーカーを雇う方法についても説明しています。ここでは、トップリモートワーカーは、協調性があり、フィードバックを前向きに受け取れる優れたチームワーカーであるとして、そうした資質を面接でどう見抜くか、サンプル質問票を提示しています(第6章、第Ⅲ部番外編)。

 第Ⅳ部「リモートチームのマネジメント中級編」では、リモートワークにおいて効果的なコラボレーションを実現するにはどうすればよいか、リモートチームのマネジメントについて述べています。ここではまず、マネージャーがコミットしてチームの成功を信じ、メンバーが期待通りに仕事を成し遂げると信頼することの重要性を説いています(第7章)。さらに、チームを成功に導くためにはどのようなリーダーシップや方向性、ツールが必要か(第8章)、チーム間で効果的なコミュニケーションをするためにはどのようなルール決めをすればよいか(第9章)、効果的なオンラインミーティングを実施するにはどうすればよいか(第10章)、それぞれ述べています。そして最後に、各章で説明されている行動の手順を〈マネジャーの行動計画〉としてまとめています(第Ⅳ部番外編)。

 上意下達・ピラミッド式の従来の日本企業像をそのままに踏襲する「テレワーク」ではなく、社員の自律性と快適さを重視する新しい働き方としての「リモートワーク」を提示している点は評価できるかと思います。テクニカルな問題にも触れていますが、それ以前に、リモートワークの前提となるマインドセットの必要性を強調しています。

 ただし、結果的に、周囲との価値観の共有や配慮が重要であるといった、一般的な組織論、チームワーク論と変わらないものになったような気もします。たとえば、上司(やチーム)を説得する方法を説いている箇所(第Ⅱ部番外編)や、トップリモートワーカーは、協調性があり、フィードバックを前向きに受け取れる優れたチームワーカーであるとしている点(第6章、第Ⅲ部番外編)などがそうです(かつてのグローバルリーダー論が一般のリーダー論とそう変わらないものであったのと相似関係になっている)。

 また、インタビューの引用が多く、インタビューした人のリストだけで30ページ近く、英文の「註」も含めると60ページ近くあって、それらが全部文中に入っているため、"引用過多"のきらいも。その割には、皆、言っていることは「同僚に感謝を示そう」「同僚との関係性を強化しよう」といった抽象的な精神論であったりするので、今一つ読後の印象が弱かったようにも思います。

 と言うことで、メリット、デメリットが半々みたいな本でしたが、帯に「いま、仕事の質を変えるとき」とありょうに、職場勤務の重要なメリットをリモートワークでも再現するにはどういう問題を克服すべきかを論じることによって、日本企業における人々のこれまでの働き方をリフレクション(内省)するための気づきを与えてくれるという副次的効果はあったように思います。

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何か自分の職場や生活にとってヒントになるものはないか探してみるもいいのでは。

フィンランド人はなぜ午後4時.jpgフィンランド人はなぜ午後4時に.jpg      フィンランド 豊かさのメソッド2.jpg
フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか (ポプラ新書 ほ 2-1)』['20年]『フィンランド豊かさのメソッド (集英社新書)』 ['08年]

 以前、その著書『フィンランド豊かさのメソッド』('08年/集英社新書)を取り上げた著者の本。フィンランドは、国連が毎年発表している幸福度ランキングで、2018年、2019年と2年連続で1位となった国ですが、フィンランド人は、仕事も、家庭も、趣味も、勉強も、なんにでも貪欲で、それでも睡眠は7時間半以上とるとのことです。本書は、フィンランド大学大学院を卒業し、フィンランド系企業を経て、現在はフィンランド大使館で仕事をしている著者が、こうしたゆとりのあるフィンランド流の働き方の秘訣を解説したものです。

 第1章では、フィンランドがなぜ幸福度1位なのかを分析しています。それによれば、1人あたりのGDPは日本の1.25倍で、マクロ経済の安定度は世界1位、インフラや教育が高く評価され、ヘルシンキはヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれる一方で、子ども貧困率はOECDの2018年調査ではデンマークに次いで2番目に低く(日本は34位)、同調査で教育、所得、生活満足度、健康の格差の平均順位をとっていくとフィンランドはデンマークに次いで2番目に格差が少ないとのこと。働く人々は夏にほとんどの有給休暇をまとめてとり、1カ月はしっかり休んで、有給消化率はほぼ100%。さらに、ふだんも、定時にオフィスを出て、残業はほとんどしないとのことです。著者によれば、フィンランドはパラダイスではなく課題も多くあるが、「日本もこうなったらいいのに」と思う部分が、特にワークライフバランや「ゆとり」の部分に多くあるとのことです。

 第2章では、フィンランドの人たちの働き方を紹介しています。16時を過ぎるころから一人、また一人と帰っていき、16時半を過ぎるとオフィスにはほとんど人はいなくなるといいます(フレックスを利用して8時から働き始めているというのもあるが)。まず、基本的には、残業しないのができる人の証拠だとされていると。また、3割の人が週に1度以上在宅勤務しているとのことです。オフィスもフリーアドレスの会社が増えてきており、立って仕事をする人も多いとのこと。スポーツインストラクターによるエクササイズ休憩(昭和の日本企業の職場での午後3時のラジオ体操みたい)を採り入れているところもあれば、コーヒー休憩を設けることが法律で決まっているというのは驚きです。コーヒー休憩はコミュニケーションの場にもなりますが、そのほかにも、社員同士が交流するレクリエーションデイや、時には外で話し合うリトリート、更には、サウナ会議などというのもあったりするとのこと。著者は、こうした仕事文化の根底にあるものとして、フィンランド人がよく使うウェルビーイングという言葉を挙げており、さらに、ウェルビーイングとともに、企業や組織が追求するのが、効率であるとしています。

 第3章では、フィンランドの人の働き方を見ていきます。フィンランドの仕事で肩書は重要ではなく、組織はオープンでフラットであり、組織のリラックスした上下関係は、年齢、性別、学歴などによっても左右されないとのこと、最近ではIT企業などでボスのいない職場というのも生まれており、また、歓送迎会もコーヒーでシンプルに行われ、接待さえも、ランチミーティングやブレックファーストミーティングでやってしまうことがあると。また、父親の8割が育児休暇を取得するとのことです。

 第4章では、フィンランド人の休み方を見ていきます。フィンランド人は、仕事も好きだけれど、それ以外の時間も大切にし、また、会社も福利厚生の一環として、仕事以外の活動や趣味を支援するとのこと、睡眠は7時間半以上確保し、週末も趣味、スポーツ、DIYなどに充てるとのことです。お金をかけずにアウトドアを楽しむコツを知っていて、また、土曜日は「サウナの日」で、9割以上の人がサウナを楽しむと。サウナは接待やおもてなしの場にもなるとのことです。夏休みは1カ月で、1年は11カ月と割切って心置きなく休む工夫をし、また、その分、夏は大学生が大きな戦力となり、企業にとってもインターンシップとしてプラスになるとのことです。

 第5章では、フィンランド人の根底にある「シス」という考え方を紹介しています。シスは、フィンランド語で、困難に耐えうる力、努力してあきらめずにやり遂げる力、不屈の精神、ガッツといった意味を持つ言葉です。シスは、フィンランド人にとっては、「自分の強い気持ち」を表しています。それが仕事も、家庭も、趣味も、勉強も、全てに貪欲に取り組む姿勢につながっているようです。

 第6章では、フィンランド人の貪欲な学び方を見ています。総合大学は授業料が無料で、多くの人が修士取得まで勉強を続け、また、大学や職業学校などでは、社会人向けの短期から長期の講座を多く用意しているため、転職者の二人に一人は、転職の際に新たな専門や学位を得ているとのことです。ですから、将来を見据えてAIを学ぶ人も多いとのことです。国の施策としてワークライフバランスの向上を目指す一方で、個々人は課題を冷静に見つめ、努力することも忘れない、そうした仕事も人生も大事にするという国民性なのだなあと思わされました。

 本書は、著者の前著『フィンランド 豊かさのメソッド』('08年/集英社新書)と同じく、豊かさとは何かということがテーマになっているようにも思います。人事パーソンの目線で言うと、前著のビジネス版ということで、2章から4章で、なぜそうすれば働きやすさと仕事の効率の維持が両立可能なのか、もう少し突っ込んで欲しかった気もします。ただし、日本でも働き方改革の議論が進んでいますが、ともすると労働時間を減らすということばかりに目が行って近視眼的になりやすいのではないかと思われ、その点では、フィンランドは日本とは国土も人口も、法律も制度も違い過ぎるといって、フィンランドで行われているようなことは日本できはしないと諦めるのではなく、本書を通して、何か自分の職場や生活にとってヒントになるものはないか探してみればそれなりに得るものはあるように思われます。


《読書MEMO》
●目次(一部抜粋)
1 フィンランドはなぜ幸福度1位なのか
・2年連続で幸福度1位の理由
・「ゆとり」に幸せを感じる
・自分らしく生きていける国
・ヨーロッパのシリコンバレー
・「良い国ランキング」でも1位
2 フィンランドの効率のいい働き方
・残業しないのが、できる人の証拠
・エクササイズ休憩もある
・コーヒー休憩は法律で決まっている
・「よい会議」のための8つのルール
・必ずしも会うことを重要視しない
3 フィンランドの心地いい働き方
・肩書は関係ない
・年齢や性別も関係ない
・ボスがいない働き方
・歓送迎会もコーヒーで
・父親の8割が育休をとる
4 フィンランドの上手な休み方
・お金をかけずにアウトドアを楽しむ
・土曜日はサウナの日
・心置きなく休む工夫
・休み明けにバリバリ働くフィンランド人
・おすすめの休みの過ごし方
5 フィンランドのシンプルな考え方
・世界のトレンドはフィンランドの「シス」!?
・ノキアのCEOも「シス」に言及
・職場でも、シンプルで心地いい服を
・偏差値や学歴で判断しない
・人間関係もシンプルで心地よく
・コミュニケーションもシンプルに
6 フィンラドの貪欲な学び方
・仕事とリンクする学び
・2人に1人は、転職の際に新たな専門や学位を得ている
・学びは、ピンチを乗り切るための最大の切り札
・将来を見据えてAIを学ぶ人も多い

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働き方の未来を明るいものとするための3つのシフト。"意識高い" 系だが、示唆に富む。

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ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

ワークシフト1.jpg 2025年、われわれはどんなふうに働いているのか? ロンドンビジネススクール教授であり、経営組織論の世界的権威で働くことについて研究し続けてきた著者(英タイムズ紙の選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」のひとりでもある)が、「働き方に大きく影響する『五つの要因(32の要素)』」を基に、2025年を想定した働き方の未来を予測した本です。

 序章において、未来を理解し、未来ストーリーを描いて自分の選択の手掛かりにし、職業生活に関するいくつかの常識を根本から〈シフト〉させれば、より好ましい未来を迎える確率を高められるとして、働き方を変える三つの〈シフト〉を提唱しています。

 第1部「なにが働き方の未来を変えるのか」(第1章)では、働き方の未来を形づくる五つの要因として、①テクノロジーの進化、②グローバル化の進化、③人口構成の変化と長寿化、④社会の変化、⑤エネルギー・環境問題の深刻化、を挙げて、それぞれ解説しています。

 第2部と第3部では、これら五つの要因の組み合わせを基に、2025年の人々の働き方の予測シナリオを架空の人物ストーリーとして描いています。

 第2部「『漫然と迎える未来』の暗い現実」(第2章~第4章)では、暗い未来予測図として5人のストーリーがあり、3分間隔でいつも時間に追われ続ける未来(第2章)、人とのつながりが断ち切られ、孤独にさいなまれる未来(第3章)、繁栄から締め出された新たな貧困層が生まれる未来(第4章)が描かれています。

 第3部「『主体的に築く未来』の明るい日々」(第5章~第7章)では、明るい未来予測図として7人のストーリーがあり、みんなの力で大きな仕事をやり遂げるコ・クリエーションの未来(第5章)、積極的に社会と関わることで共感とバランスのある人生を送ることができる未来(第3章)、ミニ起業家が活躍し、創造的な人生を切り開く未来(第4章)が描かれています。

 第4部「働き方を〈シフト〉する」(第8章~第10章)では、冒頭に示した第一のシフトとして、ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ(第8章)、第二のシフトとして、孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ(第9章)、第三のシフトとして、大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ(第10章)という三つのシフトについて解説しています。

 第8章「第一のシフト―ゼネラリストから『連続スペシャリスト』へ」では、なぜ、「広く浅く」ではだめなのか? 高い価値をもつ専門技能の三条件とは何か、未来に押しつぶされないキャリアと専門技能とは何かを解説し、あくまでも「好きな仕事」を選ぶこと、移動と脱皮で専門分野を広げること、セルフマーケティングを通して、カリヨン・ツリー型のキャリアを築くことの重要性を説いています。つまり、1つの企業でしか通用しない技能で満足せず、高度な専門技術を磨き、他者との差別化をするために「自分ブランド」を築くことが肝要であるということです。

 第9章「第二のシフト―孤独な競争から『協力して起こすイノベーション』へ」では、未来に必要となる三種類の人的ネットワークを掲げ、ポッセを築くこと、ビッグアイデア・クラウドを築くこと、自己再生のコミュニティを築くことを勧めています。難しい問題に取り組む上で頼りになる少人数の「同志(ポッセ)」グループとイノベーションの源泉となるバラエティに富んだ大勢のネットワーク(ビックアイデア・クラウド)と打算のない友人関係(自己再生のコミュニティ)という三種類のネットワークを構築することが求められるということです。

 第10章「第三のシフト―大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ」では、なぜ、私たちはお金と消費が好きになったのかを考察し、消費より経験に価値を置く生き方へシフトすることを説いています。経済・消費第一優先から、家族や趣味、社会との絆といった創造的経験を重んじる生き方に転換することになります。

 ある種「未来学」ではありますが、データの裏付けがあって説得力があり、また、働き方の未来図を人物ストーリーとして描いているために分かり易いです。一方で、著者が提唱する〈シフト〉は、あまりに"意識高い"系であり、ついていけないと感じる読者もいるかもしれません。しかし、世の中は次第に著者の描く未来図に近づいていくのではないでしょうか。それを「明るい未来」とするにはどうすればよいか考える上で多くの示唆を含んだ本であり、働き方のこれからやキャリアというもの考えるにあたって欠かせない1冊であることは間違いないと考えます。

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 
【2794】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『プロがすすめるベストセラー経営書』 (2018/06 日経文庫)

ワーク・シフト LIFE SHIFT.JPG ライフ・シフト2.jpg リンダ・グラットン 来日1.jpgリンダ・グラットン 2016年10月来日『LIFE SHIFT』発売記念講演「100年時代の人生戦略」

《読書MEMO》
●未来を形づくる5つの要因と32の要
要因1.テクノロジーの進化
①テクノロジーが飛躍的に発展する。
②世界の50億人がインターネットで結ばれる。
③地球上のいたるところで「クラウド」を利用できるようになる。
④生産性が向上し続ける。
⑤「ソーシャルな」参加が活発になる。
⑥知識のデジタル化が進む。
⑦メガ企業とミニ起業家が台頭する。
⑧バーチャル空間で働き、「アバタ―」を利用することが当たり前になる。
⑨「人工知能アシスタント」が普及する。
⑩テクノロジーが人間の労働者に取って代わる
要因2.グローバル化の進展
①24時間・週7日休まないグローバルな世界が出現した。
②新興国が台頭した。
③中国とインドの経済が目覚ましく成長した。
④倹約型イノベーションの道が開けた。
⑤新たな人材輩出大国が登場しつつある。
⑥世界中で都市化が進行する。
⑦バブルの形成と崩壊が繰り返される。
⑧世界のさまざまな地域に貧困層が出現する。
要因3.人口構成の変化と長寿化
①Y世代の影響力が拡大する。
②寿命が長くなる。
③ベビーブーム世代の一部が貧しい老後を迎える。
④国境を越えた移住が活発になる。
要因4.社会の変化
①家族のあり方が変わる。
②自分を見つめ直す人が増える。
③女性の力が強くなる。
④バランス重視の生き方を選ぶ男性が増える。
⑤大企業や政府に対する不信感が強まる。
⑥幸福感が弱まる。
⑦余暇時間が増える。
要因5.エネルギー・環境問題の深刻化
①エネルギー価格が上昇する。
②環境上の惨事が原因で住居を追われる人が現れる。
③持続可能性を重んじる文化が形成されはじめる。

●ワーク・シフト:3つのシフト
第一のシフト:ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ
•ゼネラリスト的な技能から専門技能の連続的習得へシフト
•資本:知的資本
•資質:①専門技能の連続的習得、②セルフマーケティング
•対応:広く浅い知識を持つのではなく、いくつかの専門技能を連続的に習得する。そのためには、時間とエネルギーをつぎ込む覚悟をする。
•高い価値を持つ専門技能の条件
①価値を生み出す、②希少性がある、③模倣されにくい。
•いくつもの小さな釣り鐘が連なって職業人生を形作る「カリヨン・ツリー型」のキャリアが主流となる。
第二のシフト:孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ
・個人主義、競争原理から人間同士の結びつき、コラボレーション、人的ネットワークへシフト
・資本:人間関係資本、人的ネットワークの強さと幅広さ
・対応:高度な専門知識と技能を持つ人たちと繋がり合って、イノベーションを成し遂げることを目指す姿勢に転換する。仕事とそれ以外の要素のバランスを取り、新たに重要となる活動に時間を割く。
・人的ネットワーク
①ボッセ:同じ志を持ち、頼りになり、長期にわたる互恵的な関係(少人数)
②ビックアイデア・クラウド:大きなアイデアの源となる群衆
③自己再生のコミュニティ:頻繁に会い、リラックスしできる人達
第三のシフト:大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ
・貪欲に大量のモノを消費し続けるライフスタイルから質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢へシフト
・資本:情緒的資本、自分の選択について深く考える能力、勇気ある行動を取るための強靭な精神を育む能力
•対応:際限ない消費に終始する生活をやめ、情熱を持って何かを生み出す生活に転換する。やりがいとバランスのとれた働き方に転換する。
・「お金のためだけに働く」という古い考えでなく、「働くのは、充実した経験をするためで、それが幸せの土台」となる。自分の生き方と選択に責任と理解を持つ。
自分の未来予想図を描くためのプロセス
1.不要な要素を捨てる。
2.重要な要素に肉づけをする。
3.足りない要素を探す。
4.集めた要素を分類し直す。
5.一つの図柄を見いだす。
未来に押しつぶされないキャリアと専門技能
1.今後価値が高まりそうなキャリアの道筋
・草の根の市民活動
・社会起業家
・ミニ起業家
2.特に重要性を増す専門技能
・生命科学・健康関連
・再生可能エネルギー関連
・創造性・イノベーション関連
・コーチング・ケア関連
第二のシフトは、難しい問題に取り組む上で頼りになる少人数の「同志(ポッセ)」グループとイノベーションの源泉となるバラエティに富んだ大勢のネットワーク(ビックアイデア・クラウド)と打算のない友人関係(自己再生のコミュニティ)という三種類のネットワークを構築すること。
第三のシフトは家族や趣味、社会との絆といった創造的経験を重んじる生き方に転換すること。

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働く人々の人生観や仕事観が今後多様化していくであろうことを新たな視点で説明。

ライフ・シフト2.jpg LIFE SHIFT   .jpg リンダ・グラットン 来日1.jpg リンダ・グラットン 来日2.jpg
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』['16年]リンダ・グラットン 2016年10月来日『LIFE SHIFT』発売記念講演「100年時代の人生戦略」
ライフ・シフト0.JPGThe 100-Year Life.jpg イギリスの心理学者リンダ・グラットン(前著『ワーク・シフト』はベストセラー)と経済学者アンドリュー・スコットによる共著で、先進国の寿命が伸び、人生100年時代が現実となってきた今、人々はどう人生設計すべきかを考察した本です(本書もベストセラーとなり「ライフシフト」という言葉は人事専門誌などでも使われるようになった)

 本書の日本語版への序文によれば、100歳以上の人をセンテナリアンと呼び、日本は現在6万人以上のセンテナリアンがいるとのことすが、国連の推計によれば、2050年には日本のセンテナリアンは100万人を突破、2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107年以上生きることが予想されるとのことです(個人的にはそこまでの実感はないが...)。

「月刊 人事マネジメント」2018年12月号
「月刊 人事マネジメント」2018年12月号.JPG 人が長く生きるようになれば、職業生活に関する考え方も変わらざるをえず、人生が短かった時代は、「教育→仕事→引退」という3ステージの生き方で問題はなかったのが、寿命が延びれば2番目の仕事のステージが長くなり、引退年齢が70~80歳になって、長い期間働くようになる。すると、人々は生涯にもっと多くのステージを経験するようになるだろうとしています。

 著者らは、このような時代には、選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探求者)」、自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」、さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」が登場すると予測しています。

 本書では、1945年生まれのジャック(3ステージの人生の世代)、1971年生まれのジミー(3ステージの人生が軋む世代)、1998年生まれのジェーン(3ステージの人生が壊れる世代)という3人のモデルを想定し、雇用の未来を見据えつつ、3人の人生と仕事のシナリオを描いていきます。

 また、その際に、人生の資産はマイホーム、貯蓄などの「有形資産」だけでなく、「無形資産」も重要な役割を果たすとして、その無形資産を1.生産性資産(知識、職業上の人脈、評判)、2.活力資産(健康、人生のバランス、自己再生の友人関係)、3.変身資産(多様な人的ネットワーク、自分についての知識)の3つに分類し、ジャック、ジミー、ジェーンの人生と仕事のシナリオを、これら有形・無形資産の増減と併せて描いています(これ、なかなか興味深い)。

 そして、その結果、あとの世代なればなるほど、長くなった仕事人生の間にいくつものステージが現れることが考えられるとし、それが、エクスプローラーであり、インディペンデント・プロデューサーであり、ポートフォリオ・ワーカーであって、それだけ、人々にとって人生の選択肢は多様化するであろうとしています。

 こうした、人生で多くの移行を経験し、多くのステージを生きる時代には、新しいスキルを身につけるための投資(生産性資産への投資)、新しいライフスタイルを築くための投資(活力資産への投資)、新しい役割に合わせて自分のアイデンティティを変えるための投資(変身資産への投資)を怠ってはならないということを説いており、さらに、新しいお金の考え方、新しい時間の使い方、未来の人間関係についても述べており、そうした意味では、自己啓発的な内容であるとも言えます。

 但し、それだけではなく終章では企業の課題についても論じています、企業には、①従業員の無形資産にも目を向けること、②従業員の人生で経験する移行を支援すること、③キャリアに関する制度や手続きを見直し、従来の3ステージの人生を前提にしたものからマルチステージを前提にしたものに改めること、④仕事と家庭の関係の変化を理解すること、⑤(難しいだろうが)年齢を基準にすることをやめること、⑥実験を容認・評価することを提案し、これらを実践しようとすれば、人事の一大改革が必要であるとしています。

ワーク・シフト   .jpg 著者の1人リンダ・グラットンの前著『ワーク・シフト─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』('12年/プレジデント社)は、2025年を想定ワーク・シフト LIFE SHIFT.JPGした働き方の未来をシナリオ風に予測した本でした。そこでは、「働き方」の〈シフト〉として、①ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ、②孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ、③大量消費から「情熱を傾けられる経験」へという3つのシフトを提唱していましたが、データの裏付け等があって説得力がありました。本書も同様にある種「未来学」であり、同じくシナリオ仕立てなので小説を読むように読めますが、働く人々の人生観や仕事観が今度どんどん多様化していくであろうことを体系的に説明しており、新たな視点を提供して説得力を持っているように思いました。読む世代によっても受け止め方は異なるかもしれません。今のところ "教養系"(実務系ではない)ということになるかと思いますが、人事パーソンにはお薦めです。

《読書MEMO》
●選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探検者)」のステージを経験する人が出てくるだろう。自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」のステージを生きる人もいるだろう。さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」のステージを実践する人もいるかもしれない(5p)。
●人生で多くの移行を経験し、多くのステージを生きる時代には、投資を怠ってはならない。新しい役割に合わせて自分のアイデンティティを変えるための投資、新しいライフスタイルを築くための投資、新しいスキルを身につけるための投資が必要だ(27p)。
●エイジとステージが一致しなくなれば、異なる年齢層の人たちが同一のステージを生きるようになって、世代を越えた交友が多く生まれる(31p)。
●アイデンティティ、選択、リスクは、長い人生の生き方を考えるうえで中核的な要素になるだろう(37p)。
●無形の資産の3分類(127p)
1.生産性資産 2.活力資産 3.変身資産
●落とし穴にはまっていない人は、以下の三つのことを実践している。
まず、リスク分散のために、投資対象を分散させ、ファンドの運営会社もいくつかにわけている。次に、高齢になると損失を取り返す時間があまりないことを理解していて、引退が近づくとポートフォリオのリスクを減らしはじめる。そして、資金計画を立てるとき、資産の市場価値を最大化させることよりも、引退後に安定した収入を確保することを重んじる(276p)。
●平均寿命が延び、無形の資産への投資が多く求められるようになれば、(中楽)レクリエーション(=娯楽)ではなく、自分のリ・クリエーション(=再創造)に時間を使うようになるのだ(312p)。

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外的報酬無く内発的動機づけを刺激するモチベーション・マネジメントは「やりがい搾取」。

自己実現という罠.jpg新書877自己実現という罠 (平凡社新書)』['18年]

 心理学者である著者(『お子様上司の時代』('13年/日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』('15年/日経文庫)などの著作あり)によれば、本来自己実現とは、人間としてより成熟していくことを指すが、仕事と自己実現を結びつけ、やりがいを感じさせることで、働く人々に低賃金で過重労働を強いている現実があり、それは、悪質な経営者が「内発的動機づけ」というものを悪用しているにほかならないとしています。本書では、働く側がそのようなトリックになぜ簡単に引っかかってしまうのか、その原因となる無自覚に植えつけられた仕事観や、その背景にある社会観を探るとともに、そうした問題への対処法を示しています。

 第1章では、「一億総活躍」「女性が輝く」といった言葉がメディアを通してばらまかれることで、社会に自己愛過剰の病理がもたらされ、人々の間に「活躍できていない自分」への苛立ちが蔓延する一方、そうした満たされない自己愛につけ込む資格・転職ビジネスも横行しているのが、今の世の中であるとしています。

 第2章では、「自己実現(やりがい)」によって搾取される人々が生まれる背景には、日本人独特の「間柄の文化」によって、人の役に立ちたいという思いの強さからつい無理をしてしまう日本人気質と、「仕事で自己実現すべき」という考えを煽る今の日本の社会の風潮があるとしています。

 第3章では、「自己実現」を悪用する経営者がいる一方で、働く側がそれに呼応するかのように「やりがい」のために低賃金で無理をして働き、「自己実現系ワーカホリック」となっていく仕組みを明かすとともに、キャリア教育という名の「好きなこと探し」によって、キャリア・デザイン教育そのものに振り回される若者が多いことを指摘しています。

 第4章では、日本で過労死が多い原因を考察し、「やりがい搾取」が横行する文化的な背景として、「使命感」や「人間関係」に縛られやすい日本人の特質があるとしています。まず、そうした自分たちを支配している心理メカニズムに気づくことが重要であり、「間柄の文化」の心を無自覚に持って働くことは危険であるとしています。

 第5章では、仕事に求めるものは人それぞれであるとして、「あなたが仕事にどのような価値を求めているか」が簡単な質問でわかる全22問のチャートが収録されています。その上で、そもそも人は仕事をするために生きているのではなく、私生活の中での自己実現こそ大切であるとして、本書を締め括っています。

 著者は「やりがい」そのものを否定しているわけではなく、正当な外的報酬のないまま、「使命感」や「充実感」といった内発的動機づけを刺激するモチベーション・マネジメントは、「やりがい搾取」になるとして批判しているのだと思います。

 主に働く人に向けて書かれた本ですが、本書の中で指摘されている、これまで従業員の「使命感」に報いてきた日本型雇用は、終身雇用や年功賃金といった日本型経営を維持する余裕がなくなるにつれ、そうしたものに報いきれなくなり、今後、企業と働く人との関係は変わっていかざるを得ないだろうという予測は、企業経営者や人事パーソンにも、「働く」ということについての新たなマインドセットを促しているように感じられました。

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幸福に働くには?「働く人が時間主権を回復することが大切」に納得。

勤勉は美徳か?.jpg勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント (光文社新書)』['16年]

 同著者による『君の働き方に未来はあるか?』(2014年/光文社新書)の後継書ですが、前著がこれから働き始める(あるいは働き始めてまだ間もない)若者を対象にしていたのに対し、本書は主に、これまで頑張って働いてきたけれどもなかなか幸福感を得られず悩んでいる人に向けて、幸せに働くことの意味を考えてもらうために書かれたものであるとのことです。

 第1章では、労働者が仕事において不幸になる原因をさまざまな角度から眺めています。ヒルティの『幸福論』を参考にしながら、仕事の「内側」に入ることができず、仕事に隷属して主体性を発揮できないことに問題の根幹があると分析し、仕事の様々な局面でできるかぎり主体性を発揮していくことが、幸福に働くうえでのポイントになるとしています。もちろん、労働者個人の立場みれば主体性を発揮したくともできないこともあるが、本人の努力次第で主体性を発揮できる領域もあるとのことです。

 第2章では、仕事の目的を金銭などの物質的な満足に陥ってしまい、他人の評価を気にして働くことが不幸につながるとしています。他人の評価を気にして働くことがいけないというのではなく、公正な評価を受けて働くということは、自らが社会で承認されるという精神的な満足をもたらし、幸福な働き方につながり、ここで大切となる主体性とは、公正な評価をする良い会社を自ら探していくことにあります(つまり、良い会社をみつけることが、働くうえで重要な意味をもっているということである)。

 第3章では、「いつ」「どこで」という面で会社からの拘束をできるだけ受けないようにするという意味での主体性を論じています。その際に重要となる理念が「ワーク・ライフ・バランス」であり、テレワークが普及すると、「いつ」「どこで」という制約が徐々になくなり、「ワーク・ライフ・バランス」を実現しやすい社会が到来するだろうとしています。

 第4章では、そうなると、何を仕事としてやっていくかが重要になり、それは「どのように」働くかにも関係してくるとしています。目の前の仕事にエネルギーを吸い取られてしまい、将来に繋がらないような仕事をしてしまうのではダメで、但し、ここでも技術の進歩により、仕事の大きな新陳代謝が起きることが予想され、仕事の将来展望は不透明になってきているとしています。だからこそ、政府が労働者の職業キャリアを保障するキャリア権が重要になるが、それは「基盤」にすぎず、その基盤のうえにどのような幸福を築くかは、個々の労働者が主体的に追求しなければならない、但し、そのことが容易ではないからこそ、政府が労働法によって、直接労働者の幸福を実現する必要がある、ともいえるとしています。

 第5章では、政府による幸福の実現に、どこまで期待できるかを検討し、結論としては、政府にあまり期待しすぎてはならないとしています。労働法によって労働者の権利を保障しても、かえって副作用や権利が十分に行使されない面があったり(著者は一部の"お節介が過ぎる"法律に疑問を呈している)、また、経営者の自由や労使の自治を無視して政府が介入するには限界があるとしています。

 第6章では、政府による幸福の実現は難しいとしても、これまでの雇用文化を変えて、社会で労働者が幸福になりやすい土壌を作ることはできるのではないかという観点から、特に問題となる日本の休暇文化の貧困性を、法制度面と実態面から取り上げ、日本の労働者がもっと休めるようにするための法改正と意識改革のための具体的な提案を行っています。

 第7章では、そうした意識改革は、日本人の美徳とされてきた勤勉さの面でも行う必要があるとして、勤勉に働くことの意味を問い直しています。そして、勤勉さを否定し去るのではなく、主体性を損なうほどの過剰な勤勉性は避ける方が望ましいと提言しています。企業秩序は労働者に重くのしかかるが、それを乗り越えて、もっと自由に働き主体性を発揮できるようにならなければ、労働者は幸福にはなれないとしています。

 第8章では、第1章で提起した主体性の意味をもう一度問い直し、幸福な働き方の鍵は、一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すことであるが、特に重要なのは、時間主権を回復することであるとしています。ホワイトカラー・エグザンプションは批判されることの多い制度であるが、制度の真の目的は時間規制を取り除き、労働者が仕事において時間主権を取り戻し、創造的な仕事をするための主体性を実現することにあるとしています。

 本書の結論としては、幸福な働き方とは、日常の仕事に創造性を追求して主体的に取り組むこと、かつ、そのために必要な転職力を身につけるために主体的に行動すること、という二重の主体性をもって実現できるということになります。そして、その実現は容易ではないが、最後は自分自身でつかみ取らねばならないとしています。

 労働法学者でありながらも労働法の限界を見極め、労働法や政策によって働く人の幸福を実現するのは難しいとしても、雇用文化や働く人の個々の意識改革は可能なのではないかとし、とりわけ一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すうえで特に重要なのは、働く人が時間主権を回復することであるという導き方は、非常に説得力があるように思えました。

 安易な時間外労働をなくし、しっかり休むことでワーク・ライフ・バランスを実現することが、働く側がより自由に自らの個性を活かして働くことに繋がり、更にはそれが組織の活性化に繋がるということ、また、働く側が主体性をもって働くことが、自らの専門的技能を高めて、いつでも転職できるようなキャリアを形成することに繋がるということになるかと思います。

 ビジネスパーソンにとって働くということについて今一度考えてみるのによい啓発書であり、また随所に労働法学者の視点や法律に対する見解が織り込まれていることから、人事パーソンにもお薦めできる本です。

《読書MEMO》
● 目次
はしがき
【第1章】労働者が不幸となる原因を考える ―― 過労・ストレス・疎外
【第2章】公正な評価が、社員を幸せにする ―― 良い会社を選べ
【第3章】生活と人生設計の自由を確保しよう ―― ワーク・ライフ・バランスへの挑戦
【第4章】「どのように」「何をして」働くかを見直そう ―― 職業専念義務から適職請求権まで
【第5章】法律で労働者を幸福にできるか ―― 権利のアイロニー
【第6章】休まない労働者に幸福はない ―― 日本人とバカンス
【第7章】陽気に、自由に、そして幸福に ―― 勤勉は美徳か?
【第8章】幸福は創造にあり
あとがき
●トラバーユ(travail)の意味(42p)
 ①仕事 ②陣痛
●アンナ・ハーレント(43p)
人間の活動の3類型とギリシャへの置き換え
「action」...公的な活動(市民)
「work」...その結果が「作品」として評価されるもの(職人)
「labor」...奴隷のやる仕事(奴隷)

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入門書として分かり易く、また全体にバランスよく纏まっている。将来予測は興味深かった。

これだけは知っておきたい働き方の教科書.jpg
  あんどう・むねとも.jpg 安藤至大(あんどう・むねとも)氏[from ダイヤモンド・オンライン
これだけは知っておきたい働き方の教科書 (ちくま新書)

 NHK(Eテレ)の経済学番組「オイコノミア」やBSジャパン「日経みんなの経済教室」などにも出演している新進気鋭(だと思うが)の経済学者・安藤至大氏による「働き方」の入門解説書。1976年生まれの安藤氏は、法政大学から東京大学の大学院に進み、現在は日本大学の准教授ですが、最近はネットなどで見かけることも多く、売出し中という感じでしょうか。

 第1章で、「なぜ働くのか?」「なぜ人と協力して働くのか?」「なぜ雇われて働くのか?」といった基本的な疑問に答え、第2章で、「働き方の現状とルールはどうなっているのか?」「正社員とは何か?」「長時間労働はなぜ生じるのか?」「ブラック企業とは何か?」といった日本の「働き方の現在」を巡る問題を取り上げ、第3章で「働き方の未来」についての予見を示し、最終第4章で今自分たちにできることは何かを説いています。

 経済学者として経済学の視点から「労働」及びそれに纏わる今日的課題を分かり易く説明するとともに、労働法関係の解説も織り交ぜて解説しており(この点においては濱口桂一郎氏の著作を想起させられる)、これから社会人となる人や既に働いている若手の労働者の人が知っておいて無駄にはならないことが書かれているように思いました。

 まさに「教科書」として分かり易く書かれていて、Amazon.comのレビューに、「教科書のように当たり前なことの表面だけが書かれていて退屈だった」というものがありましたが、それはちょっと著者に気の毒な評価ではないかと。元々入門解説書として書いているわけであって、評者の視点の方がズレているのではないでしょうか。個人的には悪くなかった言うか、むしろ、たいへん説明上手で良かったように思います。

 例えば「正規雇用」の3条件とは「無期雇用」「直接雇用」「フルタイム雇用」であり、それら3条件を満たさないものが「非正規雇用」であるといったことは基本事項ですが、本書自体が入門解説的な教科書という位置づけであるならばこれでいいのでは。労働時間における資源制約とトレードオフや、年功賃金と長期雇用の関係などの説明も明快です。

 第2章「働き方の現在を知る」では、こうした基本的知識を踏まえ、日本的雇用とは何かを考察しています。ここでは、「終身雇用」は、高度成長期の人手不足のもとでのみ合理的だったと思われがちだが、業績変動のリスクを会社側が一手に引き受けることにより、平均的にはより低い賃金の支払いで労働者を雇うことができ、その企業に特有な知識や技能を労働者に身につけさせるという点においても有効であったとしています。また、法制度の知識も踏まえつつ、解雇はどこまでできるか、ブラック企業とは何かといったテーマに踏み込んでいます(著者は、解雇規制は緩和する前に知らしめることの方が重要としている)。

 更に第3章「働き方の未来を知る」では、著者の考えに沿って、まさに「働き方の未来」が予測されており、この部分は結構"大胆予測"という感じで、興味深く読めました。

 そこでは、少子高齢社会の到来によって近い将来、労働力不足が深刻化し、高齢者は働けるうちは働き続けるのが当たり前になると予測しています。更に、妻や夫が専業主婦(夫)をしているというのはとても贅沢なことになるとも。一方で、労働力不足への対処として外国人労働者や移民の受け入れが議論されるようにはなるが、諸外国の経験も踏まえて議論はなかなか進まないだろうともしています。

 また、機械によって人間の仕事が失われる可能性が今より高くはなるが、仕事の減少よりも人口の減少の方が相対的にスピードが速く、やはり、労働力を維持する対策が必要になるとしています。

 雇用形態は多様化し、安藤至大 (あんどうむねとも) (@munetomoando).jpg限定正社員は一般化して、非正規雇用も働き方の1つの選択肢として考えられ、また、社会保障については、企業ではなく国の責任で行われる方向へ進み、職能給や年功給は減少して職務給で雇われる限定正社員が増えるなどの変化が起きる一方で、新卒一括採用は、採用時の選別が比較的容易で教育コストなども抑えられることから、今後もなくならないだろうとしています。

 入門書の体裁をとりながらも、第3章には著者の考え方が織り込まれているように感じられましたが、若い人に向けて、今だけではなく、これからについて書いているというのはたいへん良いことだと思います。個別には異論を差し挟む余地が全く無い訳では無いですが、全体としてはバランスよく纏まっており、巻末に労働法や労働経済に関するブックガイドが付されているのも親切です(「機械によって人間の仕事が失われる」という事態を考察したエリク・ブリニョルフソン、 アンドリュー・マカフィー著『機械との競争』('13年/日経BP社)って最近結構あちこちで取り上げられているなあ)。
安藤至大 (あんどうむねとも) (@munetomoando)

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 働き方の仕組みを知る
1 私たちはなぜ働くのか?
生活のために働く
稼得能力を向上させるために働く
仕事を通じた自己実現のために働く
2 なぜ人と協力して働くのか?
自給自足には限界がある
分業と交換の重要性
比較優位の原理
比較優位の原理と使い方
「すべての人に出番がある」ということ
3 なぜ雇われて働くのか?
なぜ雇われて働くのか
他人のために働くということ
法律における雇用契約
雇われて働くことのメリットとデメリット
4 なぜ長期的関係を築くのか?
市場で取引相手を探す
長期的関係を築く
5 一日にどのくらいの長さ働くのか?
「収入-費用」を最大化
資源制約とトレードオフ
限界収入と限界費用が一致する点
6 給料はどう決まるのか?
競争的で短期雇用の場合
長期雇用ならば年功賃金の場合もある
取り替えがきかない存在の場合
給料を上げるためには
コラム:労働は商品ではない?

第2章 働き方の現在を知る
1 働き方の現状とルールはどうなっているか?
正規雇用と非正規雇用
正規雇用の三条件
7種類ある非正規雇用
非正規雇用の増加
2 正社員とはなにか?
正規雇用ならば幸せなのか
正社員を雇う理由
正規雇用はどのくらい減ったのか
3 長時間労働はなぜ生じるのか?
長時間労働の規制
長時間労働と健康被害の実態
なぜ長時間労働が行われるのか
一部の労働者に仕事が片寄る理由
4 日本型雇用とはなにか?
定年までの長期雇用
年功的な賃金体系
企業別の労働組合
職能給と職務給
中小企業には広がらなかった日本型雇用
5 解雇はどこまでできるのか?
雇用関係の終了と解雇
できる解雇とできない解雇
日本の解雇規制は厳しいのか
仕事ができる人、できない人
6 ブラック企業とはなにか?
ブラック企業はどこが問題なのか
なぜブラック企業はなくならないのか
どうすればブラック企業を減らせるのか
コラム:日本型雇用についての誤解

第3章 働き方の未来を知る
1 少子高齢社会が到来する
生産年齢人口の減少
働くことができる人を増やす
生産性を向上させる
2 働き方が変わる
機械により失われる仕事
人口の減少と仕事の減少
「雇用の安定」と失業なき労働移動
3 雇用形態は多様化する
無限定正社員と限定正社員
働き方のステップアップとステップダウン
非正規雇用という働き方
社会保障の負担
4 変わらない要素も重要
日本型雇用と年功賃金
新卒一括採用
コラム:予見可能性を高めるために

第4章 いま私たちにできることを知る
1 「労働者の正義」と「会社の正義」がある
「専門家」の言うことを鵜呑みにしない
目的と手段を分けて考える
会社を悪者あつかいしない
2 正しい情報を持つ
雇用契約を理解する
労働法の知識を得る
誰に相談すればよいのかを知る
3 変化の方向性を知る
働き方は変わる
失われる仕事について考える
「機械との競争」をしない
4 変化に備える
いま自分にできることは何か
これからどんな仕事をするか
普通に働くということ

おわりに

ブックガイド:「働くこと」についてさらに知るために

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上から目線で尚且つ分かりにくい。昭和的なものに凝り固まっている旧来型人事の体現者か。

働く。なぜ? 講談社現代新書1.jpg 中澤 二朗 『働く。なぜ?』.JPG働く。なぜ? (講談社現代新書)「働くこと」を企業と大人にたずねたい.jpg 『「働くこと」を企業と大人にたずねたい ―これから社会へ出る人のための仕事の物語』['11年]

 自分で勝手に名付けた「"やや中古"本に光を」シリーズ第1弾(エントリー№2270)。以前に著者の『「働くこと」を企業と大人にたずねたい―これから社会へ出る人のための仕事の物語』('11年/東洋経済新報社)を読み、巷ではそこそこ好評であるのに自分には今一つぴんと来ず、自分の理解力が足りないのか、或いはそもそも相性が悪いのかなどと思ったりもしました。文中にあまりに"考え中"のことが多いような気がして、しかもその"考え中"のことを"考え中"のまま書いているような気がし、そのモヤっとした感じが全体にも敷衍されていて、図説等にもその傾向がみられたように思います。

 今回、同じ著者の本書を読んでみて、また同じような印象を持ちました。前著を読んだ際も感じましたが、著者は真面目な人なのでしょう。今回も、停滞する日本経済がアジア全体の成長に置いていかれ気味な今日、日本で働くことの意味を今一度見つめ直し問い直そうとする真摯な姿勢は感じられました。しかし、如何せん、"考え中"のことを"考え中"のまま書いているという前著での著者のクセは治っていないどころか進行しており、理解に苦しむ図説が再三登場します。

 今回も自分だけが物分かりが悪いのかと思って(ちょっと心配になって?)Amazon.comのレビューなどを見ると、ほかにもそういう人は多くいたようです。まあ、前著同様に良かったという人もいるようですが、個人的には、あまりに我田引水、唯我独尊的な論理展開並びに見せ方に感じられ、大企業の人事出身者に時折見られる上から目線的なものを感じました。

 今まで1万人と面接したとか、ベンチャー企業を起こして売り込みをかけているわけでもないのに、そんなことを誇ってはいけません。冒頭の留学生の疑問に対する回答をはじめ、「日本型雇用の素晴らしさ」を説き、「40年ひとつの会社で働くことの意味」を語っているところなど、逆にこれまでの経験が仇(あだ)になって、昭和的なものに凝り固まってそこから抜け出せないでいる旧来型の人事の体現者のように思えてしまいます。

 「日本は就職ではなく就社」なんて今頃言っているし、「石の上にも三年、下積み十年」という考えが著者の職業人生の礎でありモットーであったのかもしれないけれど、それを上から目線で人に押しつけるのはマズイのではないでしょうか(人事の人って自分が特別な人間だと思い込んでいる人がたまにいるけれど)。

 後半になると「名著名言」の引用だらけで、う~ん、「第2の佐々木常夫」を目指しているのか、この人は。それは著者の勝手ですが、Amazon.comのレビューでも指摘されていたように、M.ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」について致命的な誤読があります。それも旧約聖書と読み間違えたのかというくらい真逆の読み方になっていて、あとがきで謝辞を献じられている大先生らは本書についてどう思っているのか、老婆心ながらもやや心配になりました。本書に関して言えば、「中古本」に光は当たらずじまいか。

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多すぎる「正論」が社員の働く気力を削ぐという切り口は興味深かったが...。

会社が正論すぎて、働きたくなくなる90.JPG会社が正論すぎて、働きたくなくなる.jpg
会社が正論すぎて、働きたくなくなる 心折れた会社と一緒に潰れるな (講談社+α新書)』['14年]

細井 智彦 使える人材」を見抜く 採用面接.jpg 『「使える人材」を見抜く 採用面接 』('13年/高橋書店)などの著書のある大手人材支援会社(リクルート系)に属する面接コンサルタントによる本書は、前半部分で、効果・効率を追求するあまりに「正論」がはびこる会社の現状と、それに追い詰められることによって、働く人ばかりでなく会社自体が"うつ化"しやすくなっていることを訴えています。そして、後半部分では、働く人が「心が折れるような状態」から脱するための対処法を示しています。
「使える人材」を見抜く 採用面接』['13年]

 著者がここで言う「正論」とは、「ポジティブ思考」「効果・効率」「イノベーション」「コンプライアンス」といったものであり、そうした「正論」に取り囲まれているゆえに、まともに抵抗すると個人の心が折れてしまい、働く気力を削がれ、疲弊感が再生産されて、それが、会社自体の"うつ化"に繋がっているということです。

 会社の"うつ化"のサインとして、「上司の態度が変わりパワハラが増えた」「会社が現場を無視し生の声を聞かなくなった」「以前にも増してマニュアル支配が強まった」「不正防止が強化され罰則が目立つようになった」等々が挙げられています。逆に"うつ化"しにくい企業の特徴は、「会社が目指したい将来像や姿勢、こだわりを明文化したものがあり、実際に事業の判断で活かされている」「数字や効率だけでなく、人の気持ちを大切にし、それを最大限活かすために金銭以外で社員にやりがいを与えることができている」――つまり、「ビジョン」が示され「働きがい」があるということになるようです。

 組織を論じるにあたって"うつ化"という言葉を使用することの是非はあるかと思いますが(著者は"比喩"だと断っているが)、「閉塞感」として捉えれば、それほど抵抗はなく読めるかと思います。「ノベーション」「グローバル」「チャレンジ」といった抽象的な言葉が、ホームページや会社のパンフレットに矢鱈に多く使われている企業は要注意であるという指摘などは興味深いものでした。

 一方で"うつ化"しにくい企業の事例は幾つか挙げられているものの、その中にも「燃え尽き症候群」を引き起こしそうなものもあり、実際には多くの企業が、多かれ少なかれ "うつ化"しやすい要素としにくい要素の両面を持っているようも思いました。

 働く個人が"うつ化"しやすい組織にいる場合のアドバイスとしては、自分のこだわりを大事にし、息抜きの時間を作ったりするなど、会社から距離を置く客観的姿勢も有効だとしていますが、処方箋としてはやや弱いかなという印象も。最後に「6ヵ月後に転職すると決める」というのがきているのは、それも一手だと思う一方で、著者の仕事柄からくる意見ともとれます。

 著者としては、これまでの「採用本」から一皮剥けたというか、新境地の著書といった感じ? 全体としてさらっと読めましたが、分析部分はまあまあなのに対し、提言部分のインパクトが弱いのは、リクルート系の著者らに共通することなのでしょうか。一応、部下を持つ上司や企業側に対しても提言をしていますが...。

 企業側に対しては、経験値を持つベテランを評価し、人の非効率を評価する余地を残し、「社内外のコミュニュケーションを改善する」「否定的な意見を含めて多様な意見を出しやすくする」などして"働きがいを最大化する社風"を築くことを提言してはいますが、多分に示唆的ではあるものの、それらの提言自体がさほど具体性をもって述べられていないため、どうしても読後にもの足りなさを覚えざるを得ませんでした。多すぎる「正論」が社員の働く気力を削ぐという切り口は興味深かっただけに、分析部分に比べて提言部分のインパクトが弱いのがやはり残念です。

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定年起業の勧めと心構え。読後感は悪くないが目新しさはないか。内容ズレしたタイトルが気になった。

65歳定年制の罠.jpg65歳定年制の罠 (ベスト新書)』['13年]

 全6章構成で、第1章で、「65歳定年時代」の隠された罠―つまり、65歳定年と言っても再雇用制度が中心で、給料は半分近くに激減し、不安定な身分と理不尽な配属が待っていて、場合によっては「追い出し部屋」に入れられるかもしれない、といった"怖い"話が続き、一方、第2章では、そうは言っても年金だけでやっていくのは難しく、定年延長後も働かなければならない現実があることを、年金制度についての解説を交えながら説明し、第3章では、そうした老後の破綻リスクに備えるために、今の内からマインドセットをして定年後に備えておくことが必要であるとするとともに、米国では50代で独立して会社をスタートさせる人が多く、日本にもアクティブなシニア経営者がいることを紹介しています。

 それを受けるような形で、後半部分の第4章では、「個人のキャリアをフルに活かす」「借金は最大のリスクであると知る」といった、定年起業を成功に導くための10か条について説き、第5章では、起業家たちの事例から失敗から立ち上がる者が成功することを示し、第6章では、定年を機に起業した先輩たちについてのより突っ込んだ取材に基づく事例を紹介するとともに、趣味を活かした起業の注意点をこれも具体的な取材例を掲げて述べ、最終第7章では、ボランティアやNPOという道もあることを示しています。
 
 タイトルから"怖い"ことばかりが書かれた本だと思われがちですが、後半部はシニア起業、定年起業に関する指南書的な内容で、取材事例には励まされるものが多く、読後感は意外と爽やかなものでした。

 著者自身は、日本興業銀行か勤務時代にMBAを取得し、その後、J・P・モルガン、メリルリンチ、リーマン・ブラザーズの投資銀行各社のマネージング・ディレクターを経て経営コンサルタン会社を立ち上げた人で、そうなると、一般の人はちょっと引いてしまいそうな印象もありますが、著者の同新書の前著が『自分の年金をつくる』であることからも窺えるように、金融アドバイザリーからシニア・ライフ・コンサルティングへ主業が移りつつある模様。本書も、通して読めば、「定年起業」に関する本だったのだなあと(本題ではなく、その前提状況がタイトルになっていたのだという感じで、タイトルの方が内容からズレ気味?)。

 第3章の終わりに、50代以降に独立して会社をスタートさせた米国人の事例として、レイモンド・クロック、スコット・マクネリー、バートン・ビックスの3人が出てきますが、スコット・マクネリーは56歳で起業したといっても、それ以前に27歳でサン・マイクロシステムズを創業した実績があり、バートン・ビックスは70歳でモルガンを辞めて新たなヘッジファンドを立ち上げたと言っても、それまでにストラテジストとしての確固たる名声と巨万の富を築いていて、殆どゼロから起業と言えるのは、レイモンド・クロックだけではないかなあ。

 レイモンド・クロックは、1954年、ミルクシェイク用のミキサーを売り歩いていた当時52歳のある日、カリフォルニア州のあるレストランから8台ものミキサーの注文を一度に受け、素朴な疑問からその店を訪ね、その効率的なサービスの提供システムに感嘆、ここほど将来性のある店はないと考え、その店の経営者だったマクドナルド兄弟に自分と組んでチェーン展開することを提案したことが、巨大外食チェーン「マクドナルド」の始まりだった―但し、これは、知ってる人は知ってるという、かなり有名な話です。

 まあ、定年起業を勧める本というか、心構え的なガイドブックとしてはオーソドックスですが、どちらかというと実務書と言うより啓蒙書。年金に関する解説も、ざっくりではありますが、それに絞った前著もあるだけに、間違ったことは言っていません。

 但し、読後感は悪くないのですが、トータルでみてさほどの目新しさは感じられず、前に述べたように、内容ズレしているとも言えるタイトルばかりが気になりました(おそらく版元の編集者が考えたものだと思うが)。

レイ・クロック - .JPG資料:
俵山 祥子 氏

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巷の評価が高かった割には、個人的には相性がイマイチだった2冊。

『破壊と.jpg『破壊と創造の人事』.jpg「働くこと」を企業と大人にたずねたい.jpg
破壊と創造の人事』['11年]『「働くこと」を企業と大人にたずねたい ―これから社会へ出る人のための仕事の物語』['11年]

 『破壊と創造の人事』('11年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、帯には守島基博・一橋大学教授推薦とあり、Amazon.comでレビューでは高い評価で、『労政時報』のアンケートでも、人事パーソンが推薦する本に入っていました。

 第1章で「日本の人事」の歴史を辿り、バブル崩壊以降、2度の転換期を経ていることを指摘していて、このあたりはまあまあ導入部としてはよく纏まっていたように思います。第2章は、第1章の状況を踏まえ、これからの人事が、戦略人事として成果を上げるにはどうすればよいかを「教育・人材開発」「コーポレイトユニバーシティ」「採用」「グローバル化」「グループ人事」「メンタルヘルス」といったキーワードに沿って考察したとのことですが、この部分もキーワードとして挙げたテーマを巡る問題の解説としてはよく纏まっていたと思いますし、個人的には、「人材データベース」の節などは"我が意を得たり"という感じでした。

 それでいよいよ本論かと思ったら、第3章として、グローバル人材、経済、コーチング等いろいろな分野で活躍する第一人者へのインタビューが挿入され、第4章でやっと本論に、という感じ。ところが、この第4章の実際の中身は、人事担当者が現在おかれている位置と今後のキャリア形成について概観的に20ページぐらい述べられているだけで、その後すぐ、第5章として、著者が2年間で大企業を1000社以上廻って取材したという人事部長や人事部の各担当者のインタビューからの抜粋があり、これでお終わり。

 インタビュー集にするならインタビュー集で1冊に纏めた方が良かったような気もしますが、1000社以上廻った中から選んだという割には、インタビューの内容にもムラがあり、"玉石混交"感が。インタビューのテーマがあっちこっち飛ぶのも困りますが、そもそも、本論がどこにあるのか分からないような変則的な構成の本だったように思われました。

 『「働くこと」を企業と大人にたずねたい ―これから社会へ出る人のための仕事の物語』('11年/東洋経済新報社)は、これから就職しようとする人や若い人々に向けて、働くとはどんなことか、良き企業人とは、良き社会とはについて、さまざまな角度より論じた本で、著者は、企業の人事担当として、30年間のべ1万人にわたる人事・採用面接に立ち会ってきたとのことですが、まず、あまりこうした数字を誇示しない方がいいと思うなあ。著者の会社はしっかり面接していたのかもしれないけれど、世の中には、いい加減な面接で数だけは何万とこなしている採用担当者もいるかも知れないし。

 本の中身自体は、書いている人はすごく真面目そうだなあという感じがしましたが、あまりに"考え中"のことが多いような気がして、そもそも、コンサルタントでも評論家でもなく、現役の人事マンなのだから、あまり結論めいたことばかり言うのも変なのですが(その意味では自分に正直な人なのだろう)、しかしながら、"考え中"のことを"考え中"のまま書いているような気がしなくもありませんでした。

 冒頭の小説風の文章などはその典型で、そのモヤっとした感じが全体にも敷衍されていて、図説にもその傾向がみられたように思います。部分部分においてはそれなりの示唆を得られた箇所もありましたが、チャート図的に矢印で関連づけられていてその部分の解説が無かったりすると、どうしても引っ掛かってしまいました。

 読む人が読むと嵌るのでしょうが(自分が読者として未熟なだけかも)、全体に「思考ノート」みたいで、本にするのはちょっと早かったのではないかなあ。ただ、こちらもAmazon.comでレビューでは高い評価であり、玄田有史・東大教授の解説も付されています。

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「上司が若手に読ませたい」というのは、ある意味、核心(現実)を衝いているかも。

上司が若手に読ませたい働く哲学6.JPG上司が若手に読ませたい働く哲学.jpg               社畜のススメ.jpg
上司が若手に読ませたい働く哲学』(2011/02 同友館)/藤本篤志 『社畜のススメ (新潮新書)』(2011/11)

 「自立・自責(他責で損をするのは自分)」「会社はお金儲けの筋力トレーニング事務所」「期待値(ビジネスには全て期待値がある)」「教えられ上手・育てられ上手・叱られ上手」という4つの考え方を基本ベースに、「社会で働くために知っておくべき考え方」「仕事との向き合い方」「コミュニケーション」「キャリアアップ」「ビジネスマナー」「プライベート」の6つのカテゴリーについて、若手社員からの全75項目の質問に著者が答える形の構成となっています。

 基本的には20代の若者を対象に、今の仕事がつまらないからといって腐るなと説いており、「個性的でキツイ上司の下で働くことが将来的にすべて自分のためになる」「コピー取り、ティッシュ配りでもプロフェッショナルは断然かっこいい!」「上司や会社の悪口を言って損するのは自分」といった感じで続いていきます。

 著者が説いていることは、ビジネスの世界に一定の年数身を置いた人には尤もなことと聞こえるように思いますが、これを読んでいて、今たまたま多くの人に読まれている、藤本篤志氏の『社畜のススメ』('11年11月/新潮新書)を想起しました。

 藤本氏は、「自分らしさ」を必要以上に求め、自己啓発本を鵜呑みにすることから生まれるのは、ずっと半人前のままという悲劇であり、そうならないためには敢えて意識的に組織の歯車になれ、としていて、世阿弥の「守破離」の教えを引き、サラリーマンの成長を、師に決められた通りのことを忠実に守る「守」、師の教えに自分なりの応用を加える「破」、オリジナルなものを創造する「離」の三つのステージに分け、この「守→破→離」の順番を守らない人は成長できないとしています。

 本書は、言わば、その「守」の部分を、より具体的に噛み砕いて説いたものであるとも言え、藤本氏(1961年生まれ)は、IT企業に18年間勤めた上でそう述べているのですが、この著者(1977年生まれ)の場合は、専門学校卒業後、就職活動に失敗し、その際に逆転の発想で、大学に対する就職支援、企業に対しる人財育成支援の事業を起こし、今に至っているとのこと。

 こっちの方が根っからのベンチャーのような気もしますが、20歳から働き始めて会社設立が25歳、その時初めて給料を手にしたとのことで、まだ30代ですが、それなりに苦労はしているわけだなあと。

 「個性を大切にしろ」「自分らしく生きろ」と一見若者受けすることばかり唱え、その結果どうなろうと何も担保しない、所謂、巷に溢れる「自己啓発本」とは一線を画しているというか、ある意味逆方向であり、その意味でも、藤本氏の本と同趣旨と言えます。

 藤本氏の本を読んで概ね共感はしたものの、これが若い人に伝わるかなあという懸念もありましたが、この本の著者は、こうした「守」の時代、修行の時期の大切さをセミナーや社員研修を通して、若手のビジネスパーソンに訴えているようです。

 まだ30代という若さである分、言っていることが若い人に伝わり易いのかも知れないけども(「新聞は読むな!携帯のモバイルサイトに登録を」などと言っているのも30代前半っぽい)、それでも、「腐る」ことなく、全てが将来に役立つと思って取り組めという言葉に頷くのは中堅以上の社員ばかりで、若い人にはピンとこない面もあるのではないかとの危惧は、個人的には拭い去れませんでした。
 
 その意味でも、「上司が若手に読ませたい」というのは、多少皮肉を込めて言えば、核心(現実)を衝いているかも。

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労働経済学者による社会哲学の本。自己啓発本にみたいな印象も。

希望のつくり方.jpg 『希望のつくり方 (岩波新書)

 労働経済学者で、『仕事の中の曖昧な不安』('01年/中央公論新社)などの著書のある著者の本ですが、『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』('04年/幻冬舎、曲沼美恵氏と共著)で「ニート」論へ行き、今度は「希望学」とのこと。
 但し、いきなりということではなく、東京大学社会科学研究所で'05年度に「希望学プロジェクト」というものを立ち上げており、既に『希望学』(全4巻/東大出版会)という学術書も上梓されているとのことです。

 冒頭で、希望の有無は、年齢、収入、教育機会、健康が影響するといった統計分析をしていますが、この人の統計分析は、前著『ニート』において、フリーターでも失業者でもない人を「ニート」と呼ぶことで、求職中ではないが働く意欲はある「非求職型(就職希望型)」無業者(本質的にはフリーターや失業者(求職者)に近いはず)を、(働く予定や必要の無い)「非希望型」無業者と同じに扱ってしまい、それらに「ひきこもり」や「犯罪親和層」のイメージが拡大適用される原因を作ってしまったと、同門後輩の本田由紀氏から手厳しく非難された経緯があり、個人的には、やや不信感も。

 但し、本書では、そうした数値で割り切れない部分に多くの考察を割いており、希望を成立させるキーワードとして、Wish(気持ち)、Something(大切な何か)、Come True(実現)、Action(行動)の4つを見出し、「希望とは、行動によって何かを実現しようとする気持ち」(Hope is a Wish for Something to Come True by Action)だと定義づけています。

 更に、これに「他者との関係性」も加え、社会全体で希望を共有する方策を探ろうとしていて、個人の内面で完結すると思われがちな希望を、「社会」や「関係」によって影響を受けるものとして扱っているのが、著者の言う「希望学」の特色でしょう。

 学際的な試みではあるかと思われ、「希望の多くは失望に終わる」が、それでも「希望の修正を重ねることで、やりがいに出会える」という論旨は、労働経済学やキャリア学の本と言うより「社会哲学」の本と言う感じでしょうか。

 実際、主に、キャリアの入り口に立つ人や、10代・20代の若い層に向けた本であるようで、語りかけるような平易な言葉で書かれていて(但し、内容的には難解な箇所もある)、本書文中にもある、'10年4月にNHK教育テレビで「ハーバード白熱教室」として放送されたマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』('10年/早川書房)を意識した感もあります(あっちは「政治哲学」の話であり、ベストセラーになった翻訳本そのものは、そう易しい内容ではないように思ったが)。

 「希望は、後生大事に自分の中に抱え込んでいては生きてこない」「全開にはせずとも、ほんの少しだけでも、外へ開いておくべきだ」といった論調からは、啓蒙本、自己啓発本に近い印象も受け、『希望学』全3巻に目を通さずに論評するのはどうかというのもありますが、結局「希望学」というのが何なのか、もやっとした感じで、個人的にはよくわからなかったというのが正直な感想です。

 どちらかと言うと、中高生に向けて講演し、彼を元気づけるような、そんなトーンが感じられる本で、この人、労働経済学よりこっちの方面の方が向いているのではないかと思います。

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「働き方」を今一度考えさせられると共に、「仕事術」の体験的指南書でもある。

働き方革命.jpg   駒崎 弘樹.jpg 駒崎 弘樹 氏(略歴下記) NPO法人フローレンス.jpg http://www.florence.or.jp
働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)』 ['09年] 

 著者は、学生時代に起業したITベンチャー出身の人で、今は、自らが立ち上げた会社を共同経営者に譲渡し、子供が病気になり普通の保育園などで預かってもらず、そのために仕事を休まねばならないようなワーキングマザーのために、そうした子供を預かる所謂"病児保育"専門の託児所のネットワーク作りをしているNPO法人「フローレンス」の代表、と言っても、まだ29歳の若さです。

 今までの日本人の働き方、人生を会社に捧げるような仕事中心の人生観、その割には低い生産性、といったことに対する疑問からスタートし、ITベンチャーの経営者として、それこそ身を粉にして仕事をしてきた自分を振り返り、そこから脱却していく思考過程が1つ1つ内省的に綴られていて、「働く」ということに対する根源的な思索となっている上に、新たに自分が描いたライフビジョンをどう行動に移していったかが、ユーモアを交えて語られています。

 自分だけが自己実現やワークライフバランスの実現をすればいいというのではなく、社会実現(あるべき社会像の実現)を通しての自己実現ということを念頭に置き、社員、パートナーや親・家族、社会が豊かな人生を享受できるようにするためには自分がどうしたらよいかということを具体的に行動に移しています。

 その手始めとして、自らが経営者である会社の「働き方」(仕事のやり方)をどう変えていったか、どう仕事の「スマート化」していったかということが、論理的・実践的に紹介されていて(いきなり「とりあえず定時に帰れ、話はそれからだ」というのも凄いといえば凄いけれど)、仕事術(メール術・会議術・報告術・残業しない術...etc.)の指南書にもなっています。

 ここで言う「スマート化」が、例えば「『長時間がむしゃら労働』から『決められた時間で成果を出す』」ということとして表されているように、個人的にはこの著者に対して、やはり何事においても徹底してやる「モーレツ」ぶりを感じなくもないし、著者の抱く家族観や人生観も、新たなことを提唱しているのではなく、ある種"原点回帰"的なものに過ぎないような気もしなくもありませんでした。

 でも、「働く」とは「傍」を「楽」にすることであり、その「傍」とは家族だけなく地域や社会に及ぶという発想や、「『成功』ではなく『成長』」、「『目指せ年収1000万円』ではなく『目指せありたい自分』」、「『キャリアアップ』ではなく『ビジョンの追求』」、「『金持ち父さん』ではなく『父親であることを楽しむ父さん』」といったキーワードの整理の仕方などに、通常の啓蒙書(著者は啓蒙書が好きでないみたいだが)には無い視座が感じられました。

 「働き方革命」をしたら、会社でトラブルがあって倒産の危機に見舞われる、こうなったのも「働き方革命」したせいだと、今までやってきたことを全否定するような心境になった、というその話の落とし処も旨い、とにかく全体に読むものを引き込んで離さない文章の巧みさ(自分を3枚目キャラとした小説のように描いている)、もしかしたら、その点に一番感服したかも。

 ただ、そうした文章テクニックはともかく、「働くということ」「働き方」について今一度考させられると共に、「仕事術」の体験的指南書としても、一読して損は無い本でした。
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駒崎 弘樹 (コマザキ ヒロキ)
1979年生まれ。99年慶応義塾大学総合政策学部入学。在学中に学生ITベンチャー経営者として、様々な技術を事業化。同大卒業後「地域の力によって病児保育問題を解決し、育児と仕事を両立するのが当然の社会をつくれまいか」と考え、ITベンチャーを共同経営者に譲渡し、「フローレンス・プロジェクト」をスタート。04年内閣府のNPO認証を取得、代表理事に。著書に『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』(英治出版)がある。2012年までに東京全土の働く家庭をサポートすることを志す。

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またまたタイトルずれ? 特殊な人だけ拾っても...。

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか.jpg 
若者はなぜ3年で辞めるのか?.jpg若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)』['06年]
3年で辞めた若者はどこへ行ったのか アウトサイダーの時代 (ちくま新書)』['08年]

 『若者はなぜ3年で辞めるのか』('06年/光文社新書)の続編と思われますが、今度は〈ちくま新書〉からの刊行で、〈webちくま〉の連載に加筆修正して新書化したものとのこと。

 前著では、「年功序列」を日本企業に未だにのさばる「昭和的価値観」としていて、そこから企業のとるべき施策が語られるのかと思いきや、働く側の若者に対し「昭和的価値観」からの脱却を呼びかけて終わっていましたが、本書では、実際にそうして企業を辞め、独立なり転職なりした、著者が言うところの「平成的価値観」で自らのキャリアを切り拓いた人達を取材しています。

 ですから、タイトルからすると労働問題の分析・指摘型の内容かと思われたのですが、後から書き加えたと思われる部分にそうした要素はあったものの、実際には、どちらかというと働き方、キャリアの問題を扱っていると言えるかも知れず、こちらも少しずつタイトルずれしているような気が...。

 紹介されている人の全てがそうだとも言えないけれど、(著者同様に)高学歴でもって世で一流と言われる企業に勤め、業界のトップの雰囲気や先端のノウハウに触れた上で起業なり独立なりを果たした人が中心的に取り上げられているような気がし、同じ「若者」といっても産業社会の下層で最初からそうしたものに触れる機会の無かった人のことは最初から眼中にないような印象を受けました。

 こうした特殊な人ばかり取り上げて(その方向性の散漫さも目につく)、「辞めた若者」の一般的な実態には迫っていないんじゃないかなという気がしますが、転職に失敗した人に対しては、前著『若者はなぜ3年で辞めるのか』にある"羊 vs.狼"論で、「彼ら"転職後悔組"に共通するのは、彼らが転職によって期待したものが、あくまでも『組織から与えられる役割』である点だ。言葉を換えるなら、『もっとマシな義務を与えてくれ』ということになる。動機の根元が内部ではなく外部に存在するという点で、彼らは狼たちと決定的に異なるのだ」と既にバッサリ斬ってしまっていたわけです。

 元々著者自身が、企業の中で学習機会に恵まれた環境のもと大事に育てられた人なわけで、この人が「キャリア塾」的な活動をするとすれば、対象としては大企業に今いて一応レールに乗っかっている人に限られるのではないかと思われ、個人的にはそうした活動よりも、企業向けのコンサルティング的提言をしていく方がこの人には向いているのではないかと、老婆心ながらも思いました(『内側から見た富士通-「成果主義」の崩壊』('04年/光文社ペーパーバックス)は悪い本ではなかった。むしろ、大いに勉強になった)。

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キャリアの入り口に立ったばかりの人向け、と言うよりジュニア向け?

職業とは何か.jpg職業とは何か (講談社現代新書)』 ['08年]

 本書の趣旨は、職業とは「〜をやりたい」という主観だけではなく「〜を通じて社会の一員となる」という社会性がより重要であり、「自分に合った仕事探し」という考え方をやめて、社会が要請している仕事を探すべきであるということで、この内容からも察せされるように、キャリアの入り口に立ったばかりの人向けの本とでも言うべきものなのでしょう。

 キャリア教育の専門家が書いた真面目な本であり、書かれている内容も正論だと思いますが、「自分探し」なんてやめろということは養老孟司氏なども以前から言っていることであってあまりインパクトが感じられず、「職業とは何か」と言うことを「仕事とは何か」ということから考察している部分は、むしろ「仕事とは」の方にウェイトがいってしまっている感じもしました。

 「キャリアの入り口に立ったばかりの人向け」と最初に書きましたが、就職を間近に控えた人が読んでも、即"応用"という風にはならないかも。
 むしろ、イチロー、三浦和良、マザー・テレサから大前研一、三木谷浩史、小椋佳まで(誰彼と無くと言っていいほど多くの)有名人の歩んだキャリアや仕事観がその発言や著作などから引用されていて、こういうのってジュニア向けの書籍によくあるパターンではないかと。

 それでいて、冒頭にフランク・パーソンズの「職業選択」理論が出てきて、終わりの方では「ライフサイクル」論のダニエル・レビンソンの著作を紹介していたりもしていますが、但しそれらの解説も浅いもので、キャリア論を深く展開するというところまでは行っておらず、本全体として総花的一般論という感じは拭いきれませんでした。

 大学に入学したばかりぐらいの人向けか、あるいは高校生向けといったところかも知れません。

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"体験小説"風「就活記録」。「読み物」を書くことが目的化している本?
若者はなぜ正社員になれないのか.jpg 若者はなぜ正社員になれないのか2.jpg     高学歴ワーキングプア.jpg
若者はなぜ正社員になれないのか (ちくま新書)』['08年] 水月 昭道 『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

 本書は、「大学を出た後、2年近くふらふらしていた人間が心を入れ替えて開始した一連の就職活動」の顛末の記録ということで、著者は大学院卒であることから、水月昭道氏の『高学歴ワーキングプア』('07年/光文社新書)の実体験版と言えなくも無く、但し、「若者はなぜ正社員になれないのか」という労働問題上の一般論的なタイトルを謳いながら、「いかにも新書的に社会を俯瞰する形で解答を提示することを僕はしない」として、結果として"体験小説"風の本に仕上がっている(それに終始している)のはいかがなものでしょうか。

 企業の採用活動の現場やそこに集まる学生達の様子が結構生々しく綴られていて、読み物としてはまあまあ面白かったりもするのですが、そうした「読み物」を書く事が目的化しているみたいで、ああ、結局この著者は文筆業で身を立てていくつもりでいて、本書はその足掛かりなのだなあと勘繰りたくなってしまいます(その分、書かれている就職活動の内容に、今ひとつ著者自身の真剣さが感じられない)。

 どういう本にするのか編集者ともう少し詰めて欲しかった気がし、編集者側から提示されたタイトルをそのまま受け入れ、但し、内容は自分の書きたいことを書いているという感じ。
 本来ならばタイトルそのものを拒否すべきだろうけれども、こうした"妥協"ぶりも、著者の就職活動いい加減ぶりと重なるような...(著者自身も、内容との整合性を重視するより、"売れそうな"タイトルを選択した?)。

 本書に対する個人的評価を星1つにせず星2つとしたのは、採用面接で落ちまくる自分のダメさ加減や、企業の担当者や一緒に受けた周囲の学生に対する印象などが素直に描き表わされていて、気持ち的には大いに共感(同情?)をそそられる面があったため(やっぱり小説なんだなあ、これ)。

 但し、最後の方にある就職活動者に対するアドバイスなどになると、やけに保守的な部分とフザケ気味な部分が混在していて、著者自身がやや分裂している感じもし(就職試験で落ちまくる学生も、就活の終盤に来ると分裂状態を呈することがあるが)、「不安定の意義」なんて考え始めるとドツボに嵌るのであんまりそんなことは考察しないで、是非、自分の身の丈に合った「安定」を追求していただきたいと思います。

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「●働くということ」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(中村 修二)

「松井選手を監督にするのが日本型処遇」だと批判。過激だが示唆に富む。

大好きなことを「仕事」にしよう.jpg大好きなことを「仕事」にしよう』〔'04年〕 成果を生み出す非常識な仕事術.jpg成果を生み出す非常識な仕事術

 青色発光ダイオードの開発者・中村修二氏の本で、たまたま図書館でみかけて借りてみたら結構面白かったです。

 本書刊行後ですが、'04年の長者番付で外資系投資顧問会社に勤めるサラリーマンがトップになったという報道がありました。
 中村氏は本書で、「アメリカの評価基準はお金である」と断言しています。
 彼に言わせれば、例えばメジャーリーグで松井秀樹選手が活躍すれば年俸を上げる。
 ビジネスの世界も同じであると。
 ところが日本では、いい仕事をしたら役職を上げる。
 これは松井選手をコーチや監督にするようなものだと言っています。
 この本は一応、小学校高学年向けになっていますが、ビジネスパーソン向けかと思ってしまいます。

 青色発光ダイオード開発の裏話も興味深いのですが、日亜化学工業を辞めてアメリカへ渡ったのが46歳のとき。
 意外と遅かったのだなあという感じで、アメリカで著者が「20年同じ会社に勤めていた」と言うと、アメリカ人から「そんなにいたら飽きてしまうのではないか」と驚かれたという話が『成果を生み出す非常識な仕事術』('04年/メディアファクトリー)に紹介されていますが、このあたりにも、渡米してアメリカナイズされた彼にとっての、元いた会社に対するルサンチマン(怨念)の源があるのかもと思ったりもします。

 「一般教養なんて無理に教える必要はまったく無い」とか、個々の主張は過激で賛否両論あるかと思いますが、氏が自身の歩んできた道を率直に振り返って、後に続く世代には出来るだけ後悔しない生き方をして欲しいという気持ちは伝わってきました。

 単に、「特許裁判前のアジテーション活動としてこの類の本を書きまくっているのだ」という先入観で、この人の一般向けの著作を切り捨ててしまう人がいるのはモッタイナイ感じがします(この裁判は、'04年1月に東京地裁が日亜化学に対して中村氏に200億円を支払うよう命じたものの、'05年1月に東京高裁において日亜化学側が約8億4千万円を中村氏に支払うということで和解が成立した)。

 子ども向けに書かれたものですが、主張がはっきりしていて、毒にもクスリにもならないような本よりはよほど示唆に富んでいると思いました。

《読書MEMO》
中村修二 氏 - コピー.jpg中村修二 ノーベル賞2.jpg中村 修二 氏 2014年(平成26年)世界に先駆けて実用に供するレベルの高輝度青色発光ダイオードや青紫色半導体レーザーの製造方法を発明・開発した功績により赤崎勇氏、天野浩氏らと共にノーベル物理学賞受賞。

  
   
   


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グローバル化による「市場個人主義」の台頭に、疑念を提示している。

働くということ グローバル化と労働の新しい意味.jpg 『働くということ - グローバル化と労働の新しい意味』〔'05年〕ロナルド・ドーア.bmp ロナルド・ドーア

 英国人である著者は50年来の日本研究家で(個人的には、江戸後期の寺子屋の教育レベルが当時の英国以上のものであったことを示した『徳川時代の教育』('65年)を鶴見俊輔が高く評価していたのを覚えている)、日本の社会や労働史、最近の労働法制の動向にも詳しく、また、日本企業の年功主義が「年=功」ではなく「年+功」であるとするなど、その本質を看過しているようです。

 自国でもこうした「日本型」志向が強まるのではと予測していたところへ新自由主義的な「サッチャー革命」が起き、官の仕事の民への移行、競争主義原理の導入、賃金制度での業績給の導入などを、官が民に先んじて行うなど予測と異なる事態になり、その結果、所得格差の拡大など様々な社会的変化が起きた―。

 著者から見れば、日本の小泉政権での官の仕事の民営化や市場競争原理の導入、あるいは企業でのリストラや成果主義導入が、20年遅れで英米と同じ"マラソン・コース"を走っているように見えるのはもっともで、それはまさに米国標準のグローバル化の道であり、そうした「改革」が、従来の日本社会の長所であった社会的連帯を衰退させ、格差拡大を招く恐れがあるという著者の言説は、先に自国で起きたことを見て語っているので説得力があります。

 著者は、こうした社会的変化の方向性を「市場個人主義」とし、不平等の拡大を"公正"化するような社会規範の変化とともに、「日本型」など従来の資本主義形態の多様性が失われ米国の文化的覇権が強まる動向や、「勝つためには人一倍働くことが求められる」といった単一価値観の社会の現出が、働く側にとって本当に良いことなのか疑念を抱いています。

 グローバル化が加速するなかで、「働くこと」の意味は今後どう変遷していくかを考察するとともに、日本は、これまでの日本的な良さを捨ててこの流れに追随するのか、またその方向性でしか選択肢はないのかを鋭く突いた警世の書と言えます。

 因みに、著者の日本研究は、第2次大戦終結の10年後、山梨県の南アルプス山麓の集落を訪ね、6週間泊まり込みで集落の家々をくまなく回り、聞き取り調査を行ったことに始まりますが、調査で威力を発揮した日本語を、彼は戦争中に学んでいます。

 開戦後、前線での無線傍受や捕虜の尋問ができる人材が足りないと感じた英国軍が、ロンドン大学に日本語特訓コースを作り、語学が得意な学生を集めた、その中の一人が著者だったわけで、このコースは多くの知日派を輩出することになり、著者もまた、今も自宅のあるイタリアと日本を行き来し、日本語で原稿を書き、日本を励まし続けています。


《読書MEMO》
●仕事の満足感...知的好奇心を満足させるもの、芸術的喜びが見出せるもの、競争・対抗の本能を満足させるもの、リーダーシップや指導力が行使できるもの...加えて、ヘッジファンドの運用者などに典型的に見られる「ギャンブラーの興奮」など(63p)
●渋沢栄一...『論語』注釈を通じて、企業家リスクと投機家リスクの道徳的違いを説く→「小学生に株を教えるのは悪くないアイデア」とする竹中平蔵教授には、企業家リスクと投機家リスクの道義的違いは無意味?(68p)
●日本人にとって大事なのは、日本がその(文化・倫理的伝統、民情、行動特性といった)特徴を維持すべきかどうか、維持できるかどうか(83p)
●経済学がますます新古典派的伝統によって支配されるようになるにつれて、市場志向への傾斜が促され、自由化措置を正当化する力が増してきた(104p)
●同質化の傾向は、グローバルなエリートを養成するアメリカのビジネス・スクールによって強化されている(176p)

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社会学的視点で若者の職業意識を探るが、マーケッターの域を出ていない。

仕事をしなければ、自分はみつからない.jpg  『仕事をしなければ、自分はみつからない。』 マイホームレス・チャイルド.jpg 『マイホームレス・チャイルド―今どきの若者を理解するための23の視点

 増え続けるフリーターの問題をどうするかというよりも、フリーターの"生態"のようなものを書いた本で、この本を読んで一番よくわかることは、著者がマーケッターであるということだったかも知れません。
 社会学的視点でフリーターの職業意識を探ろうとしていますが、マーケッターの域を出ず、タイトル(「生きる道」)にも充分に応えているとは言えないのでは。

 『マイホームレス・チャイルド』('01年/クラブハウス)の中でフォーカスした「真性団塊ジュニア世代」('75〜'79年生まれ、本書執筆時の20代前半)を「フリーター世代」とし、その職業意識をインタビューなどから探ろうとしていますが、「若者の農民化」とか「常磐線スタイル」「週刊自分自身」といった表現はいかにも"それ"らしく、一方、提言の部分は、若者に対しては「自分探し」にこだわるな、社会(教育)に対しては「中学六年制」だけというのはいかにも弱い。

 著者の本は統計の用い方が我田引水ではないかという批判がありますが、マーケッターというのは多分に自らの直感をもとに論理を展開するという面もあり、またプレゼンなどでは、統計をずらずら並べるより、第2部「若者のいる場所」のように写真などビジュアルで示した方が、その場での訴求力はあったりする(聞き手が眠らない)...。ただしこうした手法は、学者らから見れば、"俗流"若者論と言われる所以となるのでは。

 第2部以降は文化社会学、家族社会学的な視点に立とうとしているようでもありますが、やはり"ウォッチャー"的立場を出ていません。
 だだし、フリーターへのインタビューがうまくまとめられていて、この部分ではある意味端的に若者の職業意識をあぶり出しているのと、「三浦半島ってどこですか?」などの"オヤジ"的な憤りにやや共感を覚えた部分もありましたが(この部分が教育論ときちんとリンクしていないのが残念)、これもやりすぎると若者への生理的偏見の持ち主ととられかねないかと思います。

《読書MEMO》
●「"できちゃった婚"の増加は若者の"農民化"のため」(32p)...現状の中で停滞
●「歩き食べ」...3食"歩き食べ"ですませる若者も。携帯電話を使う時、ふと立ち止まるかどうかが世代の分かれ目(121p)
●「常磐線スタイル」(140p)...車内飲食
●「週刊自分自身」(194p)...携帯電話で交わされる情報は、自分自身で週刊誌をつくっているようなもの

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「インディペンデント・コントラクター」を熱く語るが、現実問題を認識し解決への示唆にも富む。

インディペンデント・コントラクター.jpg 『インディペンデント・コントラクター 社員でも起業でもない「第3の働き方」』('04年/日本経済新聞社)
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 リクルートからセガに移り、その後インディペンデント・コントラクター(IC)となった秋山進氏と、『賃金デフレ』('03年/ちくま新書)の著者で日本総研の山田久氏が、ICとは何かについてその現況と今後を語っています(2人は同じ大学の同じ学部を'87年に卒業した同期生)。

 秋山氏の体験談をもとに、山田氏が労働経済的な観点などから補足しつつ対談は進められていますが、ICとして仕事する楽しさ、充実感だけでなく、社会制度面でのデメリットや、顧客との契約をとる難しさ、仕事が終れば契約は打ち切られることもあるという不安定さなど仕事上の悩みも語られています。

 ICの正確な定義は無いようですが、統計上は日本でも米国でも不況になるとその数が増えるようで、両者はこの数字の中には無理やり正社員の座を追われた「擬似IC」が相当数含まれているのではと見ています。
 またICと「フリーランス」の違いについて、「フリー」というのが会社の圧政を逃れ自由になるという意味合いなのに対し、会社から独立して一人前の個人として会社と契約する人と見ています(こうした評価には主観が入るので、正確な定義にはつながらないという気はしますが)。

 主に働く側からの見方で語られていますが、企業側も今後インディペンデント・コントラクターを活用していくには、企業の内と外の仕事をモジュール化し、ICを一種の業務モジュールとして使いこなしていくことが必要になっていくことを示唆しています。
 余計なものを持たずにリスクを軽減したい経営者にとって、インディペンデント・コントラクターは経済合理性を持つと説いています。
  
 両者とも既存の企業を否定しているのではなく、教育の場としての価値は認めていて、ICになったらお世話になった会社に恩返しできるような、そうした関係が理想であるとしています。
 会社を辞めて自分でベンチャーを起こすのも大変だし、ベンチャー企業などに転職しても、独裁的な経営者のもとに仕えるならば結局不満は解消されないでしょう。
 本書は「第3の働き方」について前向きに熱く語った本ですが、現実問題に対する認識とその解決に向けた示唆にも富んでいるものだと思います。

《読書MEMO》
●インディペンデント・コントラクター(IC)の3つの特徴(69‐70p)
 1.何を遂行するかについて自ら決定できる立場を確保している
 2.実質的に個人単位で、期間と業務内容を規定した、請負、コンサルティング、または顧問契約などを、複数の企業や各種団体と締結する
 3.高度な専門性、業務遂行能力を有している

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取材姿勢には概ね好感が持て、働くことの意味を考えさせられる。

日経ビジネス人文庫 働くということ.jpg働くということ.jpg 『働くということ』 (2004/09 日本経済新聞社)

働くということ (日経ビジネス人文庫)』['06年]

 本書に関しては日経連載中から読んでいましたが、広い世代の人々の働き方を取材し、その多様化を如実に示すものとなっています。会社を辞めて独立したり、大企業からベンチャーへ行ったり、会社内でも新規事業を立ち上げたり...。

 92歳の「現役」エンジニアとか、居酒屋を開いた元「裁判官」とか、かなり特別じゃないかと思われる事例もありますが、成功して結果を出した人だけでなく、将来に向けて努力している真最中の人も追っています。ワークライフ・バランス的な問題も視野に入れ、またフリーターに対して頭ごなしに否定的な見方をしてはいないなど、取材姿勢には概ね好感が持てました。"ひとり「プロジェクトX」"みたいな話も多く、じっくり読むとグッとくるものもあります。

 こうしたワークスタイルの多様化は、本書の中で"元祖"『働くということ』('82年/講談社現代新書)の著者・黒井千次氏が指摘するように、「昔は企業に身売りしたが、今は企業が脆弱になり、全部を売ろうとしても買ってくれない」という状況と、ある意味で対応関係にあるのではないでしょうか。
 
 企業内で会社に対し"不満"を言っていた時代から、企業内にいること自体に"不安"を感じる時代へ社会的ムードがシフトする中、自らが働くことの意味は、困難ではあるが自らの経験を通じて探すしかないという時代が来たのだ思いました。

 【2006年文庫化[日経ビジネス人文庫〕】

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著者に悪意は無いが、あえて皮肉な見方をすれば...。

13歳のハローワーク11.jpg13歳のハローワーク.jpg        おじいさんは山へ金儲けに.jpg
13歳のハローワーク』〔'03年〕 『おじいさんは山へ金儲けに』('01年/NHK出版)

13歳のハローワーク12.jpg 親たちは何故こんなデカくて高い本を買って狭いウチに置いておくのでしょうか?(広いウチに住んでいて大きな書架があるという人もいるだろうし、買わずに図書館で借りたという人も多いとは思うが)

 経済書を500冊読破したとかいう著者は、本書と同じ画家とのコンビで『おじいさんは山へ金儲けに』('01年/NHK出版)を出しています。
 こちらの方は寓話による金融投資論で、そうした教育が日本でほとんど行われていない点を突いたものですが、著者のオーサーシップ(作家性)が全面に出すぎて『本当は恐ろしいグリム童話』みたくなってしまい不評でした―親が絶対買わない。

 "学習"した著者は『13歳〜』ではサーチャー(の統括ディレクター)に徹し、その内容の質的な善し悪しはともかく、職業情報を整理したものが学校になく、家庭でも職業教育のようなものが行われていないという日本の現状の虚を突いたかたちになって成功しました。
 ベースにあるのは労働経済学的な考え方で、受給バランスの発想です。サラリーマン以外の職業の多くは「買い手市場」であり、そう簡単になれるものではないと...。―親が安心して子供に買う。が、子供はそれほど読まない。
 
 本書の主な情報源となっているのがインターネットであることは明らかですが、インターネット情報というのは過去または現在に偏りがちで、どうしても未来というものの比重が小さくなるのではないでしょうか。 

 同様に本書には、"キャリア創生"といった考えが入る余地はほとんどなく、一定の過去から現在にかけて認知を得ている職業についてのみ語られているので(1人1人の読者は「へぇ〜、こんな職業もあるのか」と思うかもしれませんが)、それらの需給バランスを検証すれば、大方が「買い手市場」の、就くのが難しい職業ということにならざるを得ないのではないでしょうか。
 
 まあ、子供が、こういう仕事が世の中に存在しているということを知り、働いている人のことをイメージすることの教育上の意味が無いわけではないと思うので、星1つオマケという感じですが、本当に「子供」が読んでいるのかなあ。

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フリーター分析や漱石読解は興味深い。結論は「自助努力」論?

若者はなぜ「決められない」かm.jpg若者はなぜ「決められない」か.jpg  『若者はなぜ「決められない」か』 ちくま新書 〔'03年〕

 「フリーター」について考察した本書は、フリーター批判の書でも肯定の書でもないとのことですが、フリーターは早い時期に、自らの不安定な立場と可能性の実像を把握しておくべきだと冒頭に述べています。
 著者は、フリーターは労働意欲に乏しいのではなく、「本当の仕事」との出会いを求め "恋愛"を繰り返しているような人たちだとしていますが、「自由でいられる」などのメリットの裏に「単純労働にしか関われない」といったデメリットともあることを認識せよとし、「いろいろな仕事が出来て楽しい」と言っても、それぞれの仕事で関われる限界があるとしているのは、確かにそうだと思いました。

 でも彼らが、親の気持ち知らずでフリーターをしているのではなく、サラリーマンの親の苦労を見てきたからこそ社会に一歩踏み出せないでいる面もあり、また、それを支えるモラトリアム社会の土壌もあるが、これはやや異常な構造だと。
 一方、進路を「決められない」若者だけでなく、自分の将来はこれしかないと「決めつけている」ことで、現状フリーターをしている若者もいると指摘しています。

 著者はフリーリーターを「階級」として考えるようになったと言い、好きなことを仕事にしたいというのは「高等遊民」の発想とも言え、「労働=金儲け」とし勤労を尊敬しない伝統が日本はあるのではないかと。
 明治・大正の文豪の小説の登場人物を引き合いに出し、夏目漱石が「道楽=生き甲斐(小説を書くこと)」と「職業(教師)」を峻別しながらもその間で苦悩したことを、彼の作品の登場人物から考察していて、この辺りの読み解きは面白く読め、また考えさせられます(小説家としての彼自身も「業務目的」と「顧客満足」の間で悩んだと...)。

 その他にも、「オタク」や「ゆとり教育」などへの言及においては鋭い指摘がありましたが、全体結論としては、まず自分をよく見つめ、生計を何で立てるかを考えて、それから好きなことをやりなさいという感じでしょうか。
 当然、フリーター問題の具体的な解決策などすぐに見出せるわけでなく、著者の論は「自助努力」論で終わっている感じもしますが、開業歯科医であり評論家でもある著者の生き方と重なっている分、一定の訴求力はあったかと思います。

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「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人に。

近代人の疎外11.JPG近代人の疎外1112.JPG近代人の疎外 (1960年).jpg 2602150.gif
近代人の疎外 (1960年)』岩波新書(著者が「自己疎外」の概念を説明するために引用したゴヤの「歯を求めて」)『近代人の疎外』 岩波同時代ライブラリー 

 本書は、ヘーゲルからマルクス、フロム、サルトルなどへと引き継がれた「疎外論」とそれらの違いを追うとともに、「疎外」が近代生活において重要な問題であることを、テクノロジーや政治、社会構造の変化といった観点から分析しています。

 とりわけ著者は、マルクスが初期に展開した、資本主義の拡大による労働力の商品化や搾取、いわゆる商品支配の増大によって「疎外」が生じたとする労働疎外論に注目し、歴史的要因への固執に対し批判を加えながらも、それがドイツの社会学者テンニエスの「ゲマインシャフト(共同社会)」から「ゲゼルシャフト(利益社会)」への変化を本質意志から選択意志への移行と関連づけた考え方と重なるものとしています。
 そして、この疎外を克服するための方法は、宗教でも哲学でも教育でもなく、社会構造そのものが変わらなければならないだろうとしています。

近代人.jpg 原著は'59年の出版。著者はドイツで経済学、社会学、哲学を学んだ後、ナチスに追われ米国に亡命した人で、本書で展開される著者の「疎外論」は、アメリカ社会心理学の系譜にあるかと思われますが、哲学的かつ広い視野での社会分析がされています。

 当初、岩波新書('60年刊)にあり、'60年代の「疎外論」ブームで版を重ねましたが、実存主義やマルクス主義の沈滞と同調して忘れ去られかけていたものが、ライブラリー版で復活したものです。

 イギリス人の日本研究家であるR・ドーアも近著『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味』('05年/中公新書)の中で「ゲマインシャフト」から「ゲゼルシャフト」への変化に触れていましたが、株主資本主義が幅をきかす昨今、企業内で働く個人、およびその個人と他者との関係はどうなるのかというテーマは、ますます今日的なものになってくるかと思います。

 また、マルクス、テンニエスの社会思想やサルトルの実存哲学などをわかりやすく解説しているという点でも良書。
 翻訳もこなれているので 「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人にも良い本だと思います。

《読書MEMO》
●疎外=自分自身にとって見知らぬ他人となってしまった人間の状態(新書3p)
●疎外された人間はしばしば大いに成功を収めることがある。それはある種の無感覚を生み出す。したがって、その人が自分自身の疎外を自覚することはなかなかむずかしい。(新書5p)
●政治からの疎外...朝鮮戦争で戦場の兵士に何故この戦争に加わっているのかを聞くと「まあボールが跳ねているようなものさ」としか答えられなかった。(新書64p)
●本質意志⇔ゲマインシャフト、選択意志⇔ゲゼルシャフト(新書86p)
●動物は肉体的欲望に支配されて生産するが、人間は、肉体的欲望から自由である場合に初めて本当に生産する〔経済学・哲学草稿〕。(新書108p)
●作家フォークナーのエピソード...個人攻撃は悪趣味だが、売れ行きの良い商品となる(裁判費用は損失勘定、売れ行き増加は利益勘定に)(新書123p)→著述家さえも商品支配の下にある

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入社前よりも、社会人3年目以降何年かごとに読み返すような内容。

働くということ 旧版.jpg 〔'82年〕 働くということ 黒井.jpg  『働くということ (講談社現代新書 (648))―実社会との出会い』

働くということ 実社会との出会い1.jpg働くということ 実社会との出会い2.jpg 著者は作家であり、東大経済学部を卒業後富士重工業に入社し15年勤務しましたが、在職中に芥川賞候補になった人で、企業とその中で働く個人の人間性や生きることの意味を問う作品を書いていました。

 ただし、'70年に富士重工を退職して専業作家になってからは、当初は社会一般の問題に素材を拡げたりもしたものの、その後はどちらかというと都市における普通の人間の営みなどを描いた小説が多いような気がします(たまたま、自分の読んだのがその傾向の作品だったのかも知れないが)。

 本書では、自らの問題意識の原点に帰るようなかたちで、働くことの意味を、著者自身の会社勤めの経験を振り返りつつ考察しています。
 特に入社時の戸惑いや仕事に対する疑問が率直に綴られていますが、書かれたのが15年の会社勤めと専業作家としての12年を経た後であることを思うと、入社時の記憶というものはやはり強烈なのでしょうか。

 本書での著者の「労働」に対する疎外感の考察には、個人的には、F・パッペンハイムの近代的疎外論を想起させるような深みが感じられましたが、語られている言葉自体は平易かつ具体的で、結論的には「職業意識」という観点から、働くということが自己実現につながることを肯定的に捉えています。

 本書はよく「新社会人に贈る本」のように見られていて、それはそれでいいのですが、むしろ社会人3年目ぐらい以降、何年かごとに読み返すのにふさわしい内容ではないかと思います。

 かけがえのない読書体験に絞ったという引用の中に『イワン・デニーソヴィチの一日』の一節があり、極限状況においてさえ人を駆り立てる、著者の言う「労働の麻薬」というものには普遍性を感じます(実は自分も『イワン・デニーソヴィチの一日』の中でこの部分が一番印象に残ったのです)。

 ただし若者の中には、この「麻薬」にたどり着く前に、会社が"強制収容所"だと少しでも思えた段階で、転職または独立してしまう人も多いのではないかと思います(企業が脆弱化し、長期雇用が揺らぐ今日においては特に)。

 「仕事というのは単にお金を稼ぐために働くのではない」「働くことを通じて自己実現を図っていくことこそ働くということの重要さ」というのが著者の伝えたいメッセージですが、それ以外の考え方を必ずしも完全に否定していないところまども良いと感じました。

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"親向け就職ガイド"。「あ〜、とうとうこんな本、出ちゃった」という感じも。

大卒無業.jpg 『大卒無業―就職の壁を突破する本』 (2006/05 文藝春秋)

 本書は"親向けの大卒就職ガイド"であり、子どもが大学を卒業するにあたって、"大卒無業者"にならないようにするにはどうすれば良いかということが書いてあります。
 子どもをフリーターやニートにしないようにするにはどうすれば良いかという本は結構多く出版されていますが、本書の場合、大学卒業時に的を絞っているのが特徴でしょうか。

 著者はリクルート出身で、親向けの就職情報サイトを立上げ、大卒無業時代における「親のサポート力」の大切さを訴え続けているそうですが、本書では近年の大卒就職戦線の状況が、これまでの背景や流れとともに要領よくまとめられていて、そうしたことにこれまで疎かった人にもわかるように書かれています。

 本書によれば、子どもに対する「無知・無関心・過保護」が"働かない子ども"をつくるということですが、OB訪問の仕方からエントリーシートの書き方、面接時に留意すべきことまでこと細かく書いてある本書は、想定読者が親であることを考えると、ある意味これも「過保護」的では?

 「あ〜、とうとうこんな本、出ちゃった」という感じもしないではないですが、毎年卒業する大学生のうち、就職するのは僅か55%、5人に1人はフリーター(契約社員・派遣社員・アルバイト等)でもない「無業者」となっているという現実があるならば、こうした本が出てくるのも「むべなるかな」という感じ。

 いいことも書いてありました。
 「子どもの就職を成功させる条件」の中に「オフィスでアルバイトをさせよう」というのがあり、ファミレスやコンビニなど仕事仲間が同世代ばかりの環境では、異なる世代と円滑にコミュニケーションする能力は身につかないと。

 若者(と親?)に対する愛情溢れる本であるとの評価もありますが、著者は本書執筆時点でリクルート関連会社の新卒採用部門にいるわけで、人材会社の新たな市場開拓戦略というものが背後にあるようにも思えます。

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