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意外とオーソドックスな評伝&作品解説の岩波新書版。ビジュアル充実の別冊太陽。
『三島由紀夫 悲劇への欲動 (岩波新書 新赤版 1852) 』['20年] 『新版 三島由紀夫 (320) (別冊太陽 日本のこころ)』['25年]
岩波新書版は、三島由紀夫の衝撃的な自決から50年を経て、第一人者が作家と作品に迫ったもの。サブタイトルにあるように、三島由紀夫には「悲劇的なもの」への憧憬と渇仰があり、それは三島由紀夫にとって存在の深部から湧出する抑えがたい欲動であったとする「前意味論的欲動」論を唱えています。
冒頭にこの論が出てくるため、少し読むのにしんどいかなと思いましたが、読んでみると、事本的には、作品ごとに追っていく比較的オーソドックスな流れの評伝&作品解説でした(因みに著者は、近畿大学文芸学部教授(現名誉教授)で、山中湖にある「三島由紀夫文学館」館長。1955年生まれで、1970年11月25日の時点で15歳だった)。
章立ては以下の通り。
序 章 前意味論的欲動
第一章 禁欲の楽園――幼少年期
第二章 乱世に貫く美意識――二十歳前後
第三章 死の領域に残す遺書――二十代、三十一歳まで
第四章 特殊性を越えて――三十代の活動
第五章 文武両道の切っ先――四十代の始末
終 章 欲望の完結
全体的にはそう難しくないですが、第5章は、作品論を離れて、「英霊の声」とか「文化防衛論」を論じてはいますが(これらも"作品"と言えばそうなる)、三島にとっての天皇論になっていて難しいのと、三島が皇居突入計画を(「観念の内で」)目論んでいた!という、かなり先鋭的な論になっていて、やや馴染めなかったです。ただ、その他の作品解説または作品論の部分は、比較的"穏当"(笑)で良かったです。
ただし、『豊穣の海』を論じた第6章も少し難しかったかもしれません。『豊穣の海』は、第1巻『春の雪』から輪廻転生をモチーフとして後に繋がっていくものの、第4巻の『暁の寺』のラストで輪廻転生が否定され、それまでの流れが覆ってしまうことが、この作品における謎として知られていますが、これは主人公の本多が唯識の理論に到達したためであるとしていて、う~ん、この辺りもよく分からない。
個人的に面白かったのは、『仮面の告白』を、当時は、異性愛者/同性愛者の対立構造のもと同性愛小説として切り分けようとしたため、主人公の心情の解釈に無理があったのであって(主人公は自らの性癖を吐露しながら、女性にも恋をしている)、今はLGBTの社会的認知が進んだことで、『仮面の告白』のセクシュアリティはより明瞭になったとしている点で、ナルホドと思いました。『仮面の告白』という作品は、時代とともに読まれ方が変わってくる可能性があるのかも。
『三島 由紀夫 (別冊太陽 日本のこころ)』['10年]
因みに、今年['25年]は三島由紀夫の生誕100年にあたり、多くの「三島本」が刊行され、ムックである「別冊太陽」も、15年前に刊行の「三島由紀夫」特集(2010年10月刊)の「新版」を出しました。監修は旧版と同じく「三島由紀夫文学館」顧問の松本徹・元近畿大学教授(1933年生まれ)ですが、松本徹氏の弟子方である著者(佐藤秀明氏)が、三島の生涯と作品の俯瞰から「英霊の声」「豊穣の海」など個々の作品解説まで9本と最も多い寄稿をしています。
こちらも、生涯と作品を同時並行的に追っていて、作品解説の方は本書とダブる部分もありますが、昭和21年ごろに書かれた「会計日記」といった生活の外面的記録もあります(発表を意図しない日記で、これまで見つかった唯一のもので、この部分も著者が解説している)。
例えば、岩波文庫版の36ページに、三島の学習院中等科・高等科での成績の話が出てきますが(「教練」は「上」であり、三島は45歳になってもそのことを得意がってたという)、別冊太陽版の30ページに高等科卒業時の通知表が掲載されています(卒業時も「教練」は「上」。全体の席次は24人中1位)。
また、そうした資料のみならず、表紙を初めとして、「高貴な被写体」とされた三島の写真も多くあり、ビジュアルが充実していて楽しめます。