「●本・読書」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【277】 小谷野 敦 『バカのための読書術』
誰がどの作家を選び、その中でどの3冊を選んでいるのか興味深い。
『私の選んだ文庫ベスト3』['95年]/『私の選んだ文庫ベスト3 (ハヤカワ文庫JA)』['97年]/『本読みの達人が選んだ「この3冊」』['98年]何れも装幀・挿画:和田誠
1992年4月から1995年3月まで「毎日新聞」の書評欄に連載された「私の選んだ文庫ベスト3」の書籍化(後に文庫化)。150名弱の識者が、一人の作家を選んでその作家のベスト3を挙げて紹介しています。オリジナルが新聞コラムなので、1人当たりそれほど詳しく書かれているわけではないですが、やっぱり「あの作品」が選ばれるのだなあという思いがあって興味深かったです。
常盤新平・選「藤沢周平」には「用心棒日月抄シリーズ」、「獄医立花登手控えシリーズ」があって、「彫師伊之助捕物覚えシリーズ」は入れておらず、代わりに長編「海鳴り」が入っています。
村松友視平・選「吉行淳之介」では先ず「原色の街・驟雨」がきてあと対談とエッセイがきているというのが吉行という作家らしいですが、新潮文庫の『原色の街・驟雨』には「薔薇販売人」「夏の休暇」「漂う部屋」といった短編の代表作も収められており、納得です。
E・G・サイデンステッカー・選「谷崎潤一郎」には、「蓼食う虫」「陰翳礼讃」があってあと1つは「猫と庄造と二人のおんな」。サイデンステッカーという人は谷崎の"軽妙文学"と呼ばれる作品が好きだったようです。
Edward George Seidensticker (1921-2007)
中村稔・選「司馬遼太郎」は、「梟の城」「新選組血風録」「菜の花の沖」が挙がっていて、個人的にはやはり初期作品が面白いと思いますが、選者は「菜の花の沖」を「竜馬がゆく」以降の教養小説(人格形成小説)の頂点とみなしているようです。
石原慎太郎・選「ヘミングウェイ」は「ヘミングウェイ短編集」「日はまた昇る」「武器よさらば」で、ヘミングウェイあh短編もいいし「日はまた昇る」も傑作だと思いますが(自分は時々この人と芥川賞候補作の評価で重なることがある)、「老人と海」を傲慢、退屈でリアリティもないとしているのが興味深いです(でも、和田誠のイラストが「老人と海」をモチーフにしたものになっているように思える)。
伊集院静・選「阿佐田哲也・色川式大」で「麻雀放浪記」がくるのは、自身のギャンブルの師匠である阿佐田哲也をモデルにいた『いねむり先生』の作者であることからすれば当然でしょうか。まさに「もう二度と出ることのないギャンブル小説」です(あと2つは「百」「引越文房」)。
荒俣宏・選「江戸川乱歩」は、「暗黒星」「パノラマ島奇談」「屋根裏の散歩者」で、この選者ならこうなるのだろうなあ。そのほかに「人間椅子」「押絵と旅する男」にも触れていますが変態・猟奇物ばかり(笑)。
加賀乙彦・選「志賀直哉」で「小僧の神様 他十篇」と「小僧の神様・城の崎にて」がきているのは、前者が岩波文庫で後者が新潮文庫で、収録作品のラインアップが異なるためで、作家が短編の名手の場合、文庫単位でベストを選ぶとこういうことになるのだなあと(ベスト3のあと1つは長編「暗夜行路」)。
山崎正和・選「チェーホフ」が「桜の園・三人姉妹」「かもめ・ワーニャ伯父さん」「かわいい女・犬を連れた奥さん」の新潮文庫3冊を挙げているのは、これでチェーホフの代表作を網羅してしまうと思われ、ケチのつけようがないというかズルいという気もしますが、「かもめ」1作の中に少なくとも五つの愛の不幸が描かれているというのは、確かにそうでした。
先に述べたように1つのコラムが2ページ程度とそう長くはないですが、その作家のどの作品を読めばいいのかというガイドとして使えるし、どの識者がどの作家を選び、またその中でどの作品を推しているかということの興味が尽きません。
故・和田誠(1936-2019)によるイラストも、そのことを意識してか、選ばれた作家と選んだ識者の似顔絵をセットで描いています。ただ刊行から20年以上も経つと、選ばれる側だけでなく選んだ識者の方も、編者の丸谷才一(1925-2012)をはじめ多くの人が亡くなっているのがちょっと寂しいです(大江健三郎や椎名誠、筒井康隆、黒井千次のように、選ばれる側で存命の人もいるが)。
尚、本書の元のなった連載に続いて、1995年4月から1998年3月まで「毎日新聞」の書評欄に連載された、各界の読書人150人にいろいろな分野の本のベスト3を推薦してもらう「この3冊」(同じく丸谷才一・編、和田誠・イラスト)も書籍化されていますが(『本読みの達人が選んだ「この3冊」』('98年/毎日新聞社))、こちらは文庫化されていないようです。選者には新体操の山崎浩子(スポーツの本3冊)や女優の岩崎ひろみ(太宰治の本3冊)、俳優の池部良(日本人が学ぶべきもの3冊)もいて面白いのですが、全体としては評論家や翻訳家、特定分野の専門家が多くを占めており、その分、前書に比べると選本のアカデミック度、マニアック度がやや高かったように思います(選評の対象を文庫に限定していないというのもその要因だとは思うが)。
『本読みの達人が選んだ「この3冊」』
【1997年文庫化[ハヤカワ文庫JA〕】