「●美学・美術」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2821】 辻 惟雄/山下 裕二 『血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛』
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代表作の図版が圧巻で、解説も深い。荒木村重の息子(&孫?)だったのかあ。
「山中常盤物語絵巻」九巻)
『岩佐又兵衛:浮世絵の開祖が描いた奇想 (別冊太陽太陽 日本のこころ)』['17年]
江戸初期の絵師・岩佐又兵衛(1578-1650)をフィーチャーした『別冊太陽』版。その口上は、「又兵衛を知らずして、日本美術を語るなかれ!「浮世又兵衛」と伝説化され、それまでの風俗画のありようを、根幹から変えた絵師がいた。生と死の鮮烈なイメージを与える絵巻、風俗画での笑いと活力、古典のモチーフを軽やかに換骨奪胎していく教養と感性、和漢の技法を巧みに操る筆さばき...。これまで描かれることのなかった絵を描き続けた江戸絵画史の最重要人物、岩佐又兵衛を見よ!」となっています。
「上瑠璃物語絵巻」四巻/九巻(部分)
巻頭に代表作である「山中常盤物語絵巻」「上瑠璃物語絵巻」「洛中洛外図屏風」の図版が掲載されていて、これがまず圧巻です(「洛中洛外図屏風」は6ページを割いている)。全5章構成の第1章で、代表作である「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「上(浄)瑠璃物語絵巻」(12巻)、「堀江物語絵巻」(12巻)、「小栗判官絵巻」(15巻)の4作品についてそれぞれ、あらすじを紹介するとともに、主要な場面がどのように描かれているかを見せていきます(「山中常盤物語絵巻」の図版は6ページを割いて掲載)。解説においてこれらを「絵巻に描いた恋と復讐」として括っているのが特徴でしょうか。
「洛中洛外図屏風」(舟木本)右隻
第2章では、又兵衛の得意ジャンルの1つである「源氏物語」「伊勢物語」「歌仙画」など王朝物の作品群を紹介。第3章では、大和絵や水墨画、代表作「旧金谷屏風」を中心に、和漢の技法を操る円熟期の作品の数々を。第4章では、浮世絵のルーツと考えられ、後世に多大な影響を与えたとされる「洛中洛外図屏風」(舟木本)など、又兵衛の評価を決定的にした作品が紹介されています。第5章では、一時代を築いた岩佐派の作品群を改めて検討し、最後に岩佐又兵衛の生涯を探っています。
辻 唯雄 氏
執筆陣も錚々たるメンバーですが、中でも、第1部と第2部に分けて掲載されている、長年岩佐又兵衛を研究してきた東京大学名誉教授で、前多摩美術大学学長、MIHO MUSEUM館長の辻唯雄(のぶお)氏と、東京大学教授の佐藤康宏氏の対談が、「舟木屏風」が国宝に指定された経緯などの裏話もあって面白かったです(「舟木屏風」の馬の絵と「山中常盤物語絵巻」の馬の絵とを比較して、同じ画家の筆にとるものだと判別されたということを、実際に両方を示して解説している。辻氏は当初は、舟木屏風は又兵衛より一つ前の世代の有能な画家が描いたと考えていたとのことで、国宝指定が遅かったことについて「私がずいぶん足を引っ張っていたから(笑)」と)。
岩佐又兵衛(1578-1650)自画像
また、巻末で東北大学大学院専門研究員の畠山浩一氏が、同時代の画家で「風神雷神図屛風」で知られる俵屋宗達などに比べ、その生涯に関する情報量が多いものの、それでも謎多い岩佐又兵衛の家系を探り、又兵衛が荒木村重の末子であるという説と、村重の長男村次の子であるという説の二説が有力だが、どちらも正しいのではないかと言っているのが興味深いです(家系図があって分かりやすい)。兄弟を養子にすれば、そういうことが起こるのかあ。
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」('14年)岡田准一(黒田官兵衛)/田中哲司(荒木村重)
それにしても、解説にもあるように、荒木村重といえば織田信長の家臣でありながら信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もった人物であり(NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」('14年)で岡田准一演じる黒田官兵衛が、田中哲司演じる荒木村重に謀叛を思いとどまるよう説得するため使者として単身有岡城に来城するも、村重は聞く耳を持たず、官兵衛を土牢に幽閉したのを思い出した)、何百人もの一族郎党が信長の命で処刑されたのは有名。ただし、村重は生き延び、後に茶人として復活するという数奇な運命を辿りますが、同じ頃、間違いなく村重の近親者である又兵衛が、本来ならば処刑されるところをどう生き延びたかというのも興味深かったです。
大判で絵図の鑑賞に適しているだけでなく、解説も深く掘り下げていていいです。辻唯雄氏が『奇想の系譜―又兵衛-国芳』('70年/美術出版社、'88年/ぺりかん社、'04年/ちくま学芸文庫)として又兵衛を取り上げたことで"奇想の絵師"とのイメージが定着しましたが、編集後記にもあるように、洗練と破壊、知性と享楽といった相反するものを一緒くたにしてしまうエネルギ―を感じ、これを「奇想」と言う言葉で片づけてしまっていいものかとも思ったりしました(本書のサブタイトルにもその言葉が入っているが)。本書の後にも岩佐又兵衛の関連本が続々と刊行されており、その評価が注目されます。
《読書MEMO》
●主な執筆者
《主な執筆者》
・辻惟雄(東京大学名誉教授)
・佐藤康宏(東京大学教授)
・戸田浩之(福井県立美術館主任学芸員)
・黒田日出男(東京大学名誉教授)
・奥平俊六(大阪大学教授)
・河上繁樹(関西学院大学教授)
・安村敏信(萬美術家)
・廣海伸彦(出光美術館学芸員)
・畠山浩一(東北大学大学院専門研究員)