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「あるある」オンパレード。どんな認知バイアスがあるかを知っておくことは大事なのかも。

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大図鑑シリーズ バイアス大図鑑 (Newton大図鑑シリーズ) 』['24年]

Newton大図鑑シリーズ2.jpgNewton大図鑑シリーズ.jpg 科学雑誌「ニュートン」の2020年から刊行が続いている本格図鑑シリーズ「Newton大図鑑シリーズ」の第33弾(2024年までに33巻刊行)。心理学系は、『心理学大図鑑』に続いて2巻目ですが、図鑑に心理学系の本があること自体が「ニュートン」らしいかも。

 「認知バイアス」という言葉が注目を集めている昨今ですが(ジャンル的には心理学だが、プロスペクト理論とか行動経済学などの分野との関係も深い)、認知バイアスを場面に応じて大きく6つに分類し、実験や調査などのエビデンスとともに、イラストと図で分かりやすく解説しています。

 どれも「あるある」という感じで、まさに「あるある」のオンパレードです。その理由として書かれていることにも大体は以前から見当がついていたように思えましたが、それぞれにちゃんと名前がついているのだということが興味深かったです。

 Part1「知覚にまつわるバイアス」では、広告などを何度も見ると好きになっていく「単純接触効果」、A型は几帳面だと根拠なく信じてしまう「確証バイアス」、占いが当たっていると感じる「バーナム効果」、日頃の習慣や知識が固定観念となって新たな発想を妨げる「機能的固着」、ドキドキしただけでもっともらしい原因があると取り違えて好きになる「誤帰属」、効き目のない偽薬で症状が改善する「プラセボ効果」(これはよく知られている)、幸せや悲しみは実際よりも長く続くと思う「インパクト・バイアス」、すべては計画通りに進むと思い込む「計画錯誤」、無意識に辻褄を合わせようとする「認知的不協和」(フェスティンガーが提唱したこれも有名)etc.。

 Part2「記憶にまつわるバイアス」では、思い出を後から作る「偽記憶」、記憶が言葉一つで変わってしまう「事後情報効果」、昔の出来事を最近のことのように感じる「圧縮効果」、10代から20代の出来事ばかり思い出す「レミニセンス・バンプ」、今よりも昔の方がよく見える「バラ色の回顧」、完了された内容よりも中断された内容を覚えているツァイガルニック効果」、「後出し」で記憶を都合よく修正する「後知恵バイアス」、過去から未来までずっと人は変わらないと思い込む「一貫性バイアス」よい印象より悪い印象の方が残りやすい「ネガティビティ・バイアス」etc.。

 Part3「判断・意思決定にまつわるバイアス」では、数値を示されると尤もらしいと思ってしまう「アンカリング」、質問の仕方で答えが変わる「フレーミング効果」、損が気になって挑戦できない「現状維持バイアス」(この辺りはプロスペクト理論か)、過去の投資が勿体なく無駄な投資を続ける「サンクコスト効果」(コンコルドの写真が出ている)、明日得られる利益よりも今日得られる利益を大切にする「現在志向バイアス」、どうせ失敗するなら何もしない方を選ぶ「不作為バイアス」、レアものや限定品が魅力的に感じる「希少性バイアス」、選択肢が多いとかえって選べない「択肢過多効果」、手間をかけたものに価値を感じる「イケア効果」(家具などを購入者自らが組み立てる)etc.。

 Part4「対人関係にまつわるバイアス」では、見た目良ければすべて良しとなる「ハロー効果」(代表的な考課者錯誤として有名)、期待をかけられると成果が出る「ピグマリオン効果」、実力不足だと自分の実力より過大評価する「ダニング・クルーガー効果」、自分と意見が合わないと相手が間違っていると考える「ナイーブ・リアリズム」、他の人も自分と同じように考えているだろうと思い込む「フォールス・コンセンサス」、自分が思っているほど他人は自分に興味がないことに気づかない「スポットライト効果」、否定されるとよけいに自分が正しいと思う「バックファイア効果」etc.。

バイアス大図鑑3.jpg Art5「集団にまつわるバイアス」では、勝ち馬に乗って自分も勝者になりたい「バンドワゴン効果」、出身地が同じということだけで贔屓してしまう「内集団バイアス」(出身地に限らずこれはある)、人がたくさんいると行動しなくなる「傍観者効果」etc.。Part6「数にまつわるバイアス」では、アイスが売れると水難事故が増えるといった「疑似相関」、連続で黒が出たら次は赤が出る確率が高くなると思う「ギャンブラー錯誤」(ドストエフスキーなら黒に賭け続ける(『賭博者』))etc.。

 見て分かるように、認知バイアスは様々な場面で見られますが,自分ではなかなか気づかないもので、それゆえに「バイアス」として在るのだろうし、だからといって「自分はいつも正しい」と開き直るのではなく(これこそが最大のバイアスかも)、本書が言うように、どんな認知バイアスがあるかを知っておくことで、いざというとき、バイアスにうまく対処することができるのでしょう。

《読書MEMO》
●目次
Part1 知覚にまつわるバイアス
錯視/見落としの錯覚/単純接触効果/真実性の錯覚/確証バイアス/バーナム効果/機能的固着/誤帰属/プラセボ効果(偽薬効果)/妥当性の錯覚/インパクト・バイアス/計画錯誤/COLUMN 認知的不協和
Part2 記憶にまつわるバイアス
虚記憶(偽りの記憶)/事後情報効果/ラベリング効果/圧縮効果/レミニセンス・バンプ/バラ色の回顧/ツァイガルニック効果/皮肉なリバウンド効果/後知恵バイアス/一貫性バイアス/ピーク・エンドの法則/ネガティビティ・バイアス/気分一致効果/COLUMN 有名性効果
Part3 判断・意思決定にまつわるバイアス
代表性ヒューリスティック/利用可能性ヒューリスティック/アンカリング/フレーミング効果/正常性バイアス/現状維持バイアス/サンクコスト効果/デフォルト効果/現在志向バイアス/不作為バイアス/ゼロサム・バイアス/COLUMN 利用可能性カスケード/おとり効果/希少性バイアス/選択肢過多効果/メンタル・アカウンティング/保有効果/イケア効果/単位バイアス/曖昧さ回避/身元のわかる犠牲者効果/モラル・ライセンシング/COLUMN リスク補償
Part4 対人関係にまつわるバイアス
ハロー効果/ステレオタイプ/ピグマリオン効果/平均以上効果/ダニング・クルーガー効果/自己奉仕バイアス(セルフ・サービング・バイアス)/楽観性バイアス/ナイーブ・リアリズム/フォールス・コンセンサス/知識の呪縛/貢献度の過大視/スポットライト効果/透明性の錯覚/公正世界仮説・被害者非難/システム正当化/敵意的メディア認知/バックファイア効果/COLUMN 第三者効果
Part5 集団にまつわるバイアス
同調バイアス/集団への同調/少数派への同調/バンドワゴン効果/集団極性化/権威バイアス/外集団同質性バイアス/内集団バイアス(内集団びいき)/究極的な帰属の誤り/錯誤相関/COLUMN 傍観者効果
Part6 数にまつわるバイアス
ナンセンスな数式効果/平均値の誤謬/生存者バイアス/相関分析の落とし穴/シンプソンのパラドックス/擬似相関/回帰の誤謬/ギャンブラー錯誤/モンティ・ホール問題/確率の誤謬/COLUMN 確実性効果

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「幸福」を学問的に捉えているのがユニークで、説得力もあった。

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幸せのメカニズム 実践・幸福学入門 (講談社現代新書 2238) 』['13年]

 本書は、脳・ロボット学者である著者が、個人の幸福追求、幸せにつながるビジネスのために「幸福」の仕組みを解き明かし、「幸せはコントロール幸せのメカニズム1.jpgできる」ことを示した、誰でも分かる学術書、学問としての体系的幸福学の本であるとのことです。

 第1章では、前提知識として、幸福の定義、測り方、世界的な研究動向、および幸福に影響することがら、主に心理学の分野で行われてきた幸福研究の成果とその限界」について述べてます。

 第2章では、著者らのグループが行った幸福学の研究成果に的を絞って、幸福の因子分析をした結果、次の幸せの4つの因子が得られたとしています。

 ・「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)
 ・「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)
 ・「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)
 ・「あなたらしく!」因子(独立とマイペースの因子)

 著者はこれらを「幸せの四葉のクローバー」としています。

 「やってみよう!」因子は、コンピテンス、社会の要請、個人的成長、自己実現に関係した因子。自分の得意なことを伸ばす楽しみ。オタク・天才・達人を目指せ!としています。

 「ありがとう!」因子は、人を喜ばせる、愛情、感謝、親切などの要素から成りたち、たくさんの友人より多様な友人を持てと。さらに、人を幸せにすると自分も幸せになるとしています。

 「なんとかなる!」因子は、楽観性、気持ちの切り替え、積極的な他者関係、自己受容に関連した因子。「そこそこで満足する人」が幸せであるとしています。

 「あなたらしく!」因子は、社会的比較のなさ、制約の知覚のなさ、自己概念の明確傾向、最大効果の研究に関係し、人の目なんて気にせず、マイペースな自分を、と。また、「満喫」する態度を持つと幸せになれるとしています。

 第3章は応用編で、第2章で得た4つの因子から見て、世の中はどうなっていくのか、どうすべきかを考察しています。

 この本はある読書会の課題本として読んだもので、個人的には、これまであまり「(幸福を学問として捉える)幸福学」というものを意識してきませんでしたが、第1章の冒頭で、「幸福」「幸せ」(両者は同意だとしている)と「happiness」「well-being」の違いなどを解説しているのは興味深かったです(「happy」と「幸福」は、時間的スパンにおいて違うのだとしている)。

 「幸せって何だろう」的な本は、それをテーマにしたエッセイなどのも含めると結構出ていますが、「幸福」を学問的に解明しようとしてる本である点がユニークであったし(前からこの分野は存在していたと思うが、自分にとっては目新しかっった)、科学的・統計的手法を駆使しているため説得力もあったように思います。

 ジャンル的には心理学に近いと思うけれど、学問的な心理学の範疇ではないので、逆に、脳・ロボット学者である著者のように学際的な観点を持つ人が参入してくるのでしょう。海外などは、心理学者が経営学にどんどん参入したりしているけれど、そういうのも日本ではあまりないなあ、と思った次第です。

《同著者の本》
幸せのメカニズム2.jpg
・前野 隆司『実践 ポジティブ心理学―幸せのサイエンス』(2017/08 PHP新書)
・前野 隆司『幸せな職場の経営学―「働きたくてたまらないチーム」の作り方』(2019/05 小学館)
・前野 隆司/前野 マドカ『ウェルビーイング』(2022/03 日経文庫)
・前野 隆司/太田 雄介『実践!ウェルビーイング診断』(2023/05 ビジネス社)
・前野 隆司『幸せに働くための30の習慣―社員の幸せを追求すれば、会社の業績は伸びる』(2023/12 ぱる出版

《読書MEMO》
●幸福と相関が高いもの...健康、信仰、結婚(58p)
●ダニエル・カーネマンの「フォーカス・イリュージョン」(63p)
「人は所得など特定の価値を得ることが必ずしも幸福に直結しないにもかかわらず、それらを過大評価してしまう傾向がある」
●ネッシィ「地位財と非地位財のバランスを取れ!」(70--74p)
●自由時間の長さは幸福に結びつかない(78p)
●「プロスぺクト理論」(87p)
●幸せは間接的にやってくる(91p)

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「ポリティカル・スキル」を習得することで「組織で自由に働く人」になれると説く。

ポリティカル・スキル2.jpgポリティカル・スキル.jpg マリー・マッキンタイヤー.jpg マリー・マッキンタイヤー(ワークプレイス心理学者・キャリアコーチ)
ポリティカル・スキル 人と組織を思い通りに動かす技術』['24年] 

 本書は、20年以上のコンサル経験を持つ組織心理・組織力学のプロである著者が、「組織で自由に働く人」というキーワードのもと、「ポリティカル・スキル」を習得することで、思い通りに人と組織を動かし、仕事の自由度を上げることができるとし、その方法を明かしたものです。

 三部構成のPART1では、「組織で自由に働く人」の極意とは何かを分析しています。まず、組織に生息する人間には、「成功者」「殉教者」「背徳者」「愚か者」の4タイプがあるとし、自分のタイプを把握して問題行動を改め、抱えている倫理的なジレンマを整理することを説いています(第1章)。

 また、「組織で自由に働く人」は、職場に理想を求めず、現実だけを見るとしています。組織とはもともと民主的なものではなく、最も大きな力を持つ者が勝つのであり、「公平さ」へのこだわりは捨てるべきだとしています(第2章)。

 さらに、「組織で自由に働く人」は、相手との力関係を見極めているとし、組織スキルを高める力を7つの力を「レバレッジ・ブースター」として挙げていますが、この中に「距離を置く力」というのがあるのが興味深いです(第3章)。

 このPARTの最後では、「組織で自由に働く人」は敵と味方を見分けて利用するとし、その際に「友人」「パートナー」「人脈」という3つの仲間を取り込むとし、また、敵への対処法の「法則」を示しています(第4章)。

 PART2では、「組織の力学」の落とし穴にはまらないためにどうすればよいかを説いています。まず、リーダーとは「組織内ゲームの勝者」であるとし、組織のゲームには「パワーゲーム」「エコゲーム」「回避ゲーム」の3つのカテゴリーがあるとして、それぞれのゲームに勝つ方法を説いています(第5章)。

 また、人は「怒り」か「不安」によって自滅していくとして、「私は犠牲者だ」という感情にとらわれていたら要注意であるとしています。その上で、習慣になっている態度や行動を変えるカギとなる5つのステップ(「気づき」「モチベーション」「特定」「代替」「習慣の置き換え」)を挙げています(第6章)。

 さらに、「個人の力」とは、肩書や役職ではなく、自身の性格や能力がその源泉であるとして、自分の力量や自分に影響を与えている要素の分析方法を示しています(第7章)。

 PART3では、組織において主導権を手にするにはどうすればよいかを説いています。まず、どんな目標であれ、達成するには十分な力が必要であり、真の力は貢献から生まれるが、見えない貢献は組織内での力を高める効果はまったくないので、貢献の重要性だけでなく「露出度」も意識せよとしています(第8章)。

 さらに、誰かに影響を与えるには、自分の言動を意識することが必要で、セルフマネジメント能力を磨き、改善すべき影響力のスキルを検討することを説いています(第9章)。

 また、組織内の力関係を全方位的に掌握し、上・横・下に影響力を持つべきであるとし、上司に対するマネジメント法や同僚との付き合い方、部下の引っぱり方を説いています(第10章)。

 そして最後に、組織で自由に働くためには"ゲームプラン"が必要であるとし、「やめること」「始めること」「続けること」をリストアップし、それらを定期的に見直しことを勧めています(第11章)。

 別に権謀術数をめぐらすことを推奨しているわけではなく、どれほど才能があっても、社内政治を軽んじてしまえば、得たい結果は得られないという趣旨の本です。

 ジェフリー・フェファーの『「権力」を握る人の法則』(2014年/日経ビジネス人文庫)や、ロバート・B・チャルディーニの『影響力の武器[新版]―人を動かす七つの原理』(2023年/誠信書房)などにも通じる内容であり、それらに読み進むのもいいのではないかと思います。

《読書MEMO》
●目次
Introduction―はじめに
PART1「組織スキル」の極意
第1章 「組織で自由に働く人」だけが知っている組織で生きるためのスキル
第2章 「組織で自由に働く人」は職場に理想を求めず、現実だけを見る
第3章 「組織で自由に働く人」は相手との力関係を見きわめる
第4章 「組織で自由に働く人」は敵と味方を見分けて利用する
PART2「組織の力学」の落とし穴にはまらないために
第5章 リーダーとは「組織内ゲームの勝者」である
第6章 「組織で自由に働く人」が絶対にしないこと
第7章 「組織で自由に働く人」は権力に逆らわない
PART3 組織において主導権を手にする
第8章 「組織で自由に働く人」は正しいプランを立てる
第9章 「組織で自由に働く人」には影響力という武器がある
第10章 「組織で自由に働く人」は全方位で力関係を掌握する
第11章 組織で自由に働くために必須のゲームプラン
Epilogue―おわりに

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なぜ人は悪事を前に沈黙するのかということを、わかりやすく説得力を持って解説。

悪事の心理学2.jpg悪事の心理学.jpg Why We Act.jpg悪事の心理学 善良な傍観者が悪を生み出す』['24年] 『Why We Act: Turning Bystanders into Moral Rebels』['20年]キャサリン・A・サンダーソンキャサリン・A・サンダーソン.jpg

悪事の心理学3.jpg 善と悪の心理学などを研究テーマとしてきた心理学者が、悪事に直面すると人間は沈黙する、という人間の生来の性向の根底にある心理的要因を解説し、沈黙が悪事の継続にどれほど重要な役割を果たしているかを明らかにするとともに、道徳的な勇気を持つにはどうすればよいかを説いた本です。

 全3部構成の第1部「善人の沈黙」では、善良な人々が悪事を前にしてなぜ沈黙してしまうのかを、心理学的観点から解説しています。

 第1章で、悪事の継続を許す唯一最大の要因は、個々の悪人よりも、善良な人々が立ち上がって正しい行動をしないことにあるとした上で、第2章から第5章で、他人の悪事に直面したときに、人はどうして沈黙するのかを、要因ごとに解説しています。

 第2章では、集団的状況で起きる(自分が行動しなくてもばれないという)「社会的手抜き」が傍観者の不作為を生むとし、そうした傍観者効果を克服するには、公的自己意識、責任、人間関係が大切な要素となるとしています。

 第3章では、悪事に直面しても、事態の「曖昧さ」が不作為を生むとし、ただし、何が起きているか正確に分からなくとも、(他に行動者がいて)自分一人で立ち向かう必要がないときなどは、自分も行動できるとしています。

 第4章では、誰かが窮地に陥っているような状況であっても、助けると自分の命が危ない、自分の出世に関わるなどといった「援助にかかる多大なコスト」が、結果として不作為を生むとしています。

 第5章では、社会的圧力に同調してしまうのはなぜかを考察し、それは「社会集団のパワー」に同調すると気分が良くなるからであり、そのことが、集団の悪事を無視・隠蔽につながるとしています。

 第2部「いじめと傍観者」では、現実世界のさまざまな状況において、これらの状況的・心理的要因がどのように作用して行動を抑制するのかを説明し、その対処法を述べています。第6章で、学校でいじめに立ち向かう方法を、第7章で、大学で性的不正行為を減らす方法を、そして第8章では、職場で倫理的行動を育む方法を説いています。

 職場において倫理的行動を育む方法としては、倫理的なリーダーを雇うこと、非倫理的行動を容認しないこと、注意喚起のメッセージを作ること、率直に意見が伝えられる職場環境を作り出すことなどが提唱されています。

 第3部「行動の仕方を学ぶ」では、どのような人が他者と立ち向かうことができるかを考察しています。

 第9章では、道徳的勇気とは、不正を止めるために社会的排斥を受けることを厭わないことを意味するとしています。そして、そうした勇気を示す人を心理学者は「道徳的反逆者」と呼ぶとし、自身の内なる道徳的反逆者を見つけることを説いています。

 第10章では、道徳的反逆者となる方法として、変化の力を信じる、そのスキルと方法を学ぶ、とにかく実践する、ちょっとしたことでもやってみる、共感力を育てる、など10の提案をしています。

 サブタイトルに「善良な傍観者が悪を生み出す」とあります。では、なぜ人は悪事を前に沈黙するのかということを、わかりやすく説得力を持って解説しているよう思いました。組織内に「傍観者」状態を生まないようにするにはどうすればよいか(かつて問題が生じた際にどこに原因があったのか)考える上でお薦めです。

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「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」。それは「才能」よりも重要だ」と。

やり抜く力 GRIT .jpgやり抜く力 GRIT.jpg  ダックワース.jpg
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』['16年] アンジェラ・ダックワース
 2016年5月原著(原題:GRIT:The Power of Passion and Perseverance)刊行の本書は、米国で大きな話題を呼び(ただし、著者はその前に、彼女がマッカーサー賞(別名「天才賞」)を受賞した年である2013年の4月のTED Talkで有名になっていた)、ほどなく日本でも翻訳が刊行されました。大きな成果を出すには必ずしも才能に恵まれている必要はなく、大切なのは、優れた資質よりも「情熱」と「粘り強さ」―即ち「グリット(GRIT)」=「やり抜く力」である(言い換えれば、天才とはグリットを持った人、即ち「やり抜く力」を持った人が天才と呼ばれるにふさわしい人である)ということを心理学の観点から多角的に検証したものです。

 PART1では、「やり抜く力(グリット)」とは何か、なぜそれが重要なのかを述べています。まず、著者が大学院生のときに取り組んだ研究で、成功を収めた人たちに共通する特徴は、情熱と粘り強さを併せ持っていたことで、つまり「やり抜く力」とは「情熱」と「粘り強さ」を併せ持っていることだとしています(第1章)。著者は数学の教師をしていたときに、才能だけでは結果を出すことはできないということに気づき(第2章)、教師をやめて心理学者になり「達成の心理学」について研究した結果、「才能×努力=スキル」「スキル×努力=達成」という才能から達成に至るまでの方程式を導き出しました(第3章)。そして作成した、「やり抜く力」がどれだけあるか―「情熱」と「粘り強さ」がわかるグリッド・スケールというテストを紹介するとともに(第4章)、「やり抜く力」は①興味、②練習、③目的、④希望の4つのステップを通して伸ばせるとしています(第5章)。

 PART2では、「やり抜く力」を内側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。人は自分のやっていることを心から楽しんでこそ「情熱」が生まれ、情熱を持つためにはまず、自分が「興味」があることを見つけなければならず、興味は自分の内側を見つめることによって発見するものではなく、外の世界と交流するなかで生まれてくるとし、興味を持つための「3つのポイント」をを挙げています(第6章)。

 また、「粘り強さ」の特徴のひとつとして、日々の努力を怠らないことがあり、成功者はすでに卓越した技術や知識を身につけているにもかかわらず、さらに上を目指したいという強い意欲を持っているとし、認知心理学者のアンダース・エリクソンが世界で活躍するエキスパートたちのスキルの習得方法を研究した結果、エキスパートたちはただ何千時間もの練習を積み重ねているだけではなく、「意図的な練習」(目的を持った「練習」)をしていたとして、エキスパートたちの練習の「3つの流れ」で挙げています(第7章)。

 次に、「やり抜く力」が強い人たちは、自分たちがやっていることは「人の役に立っている」と考え、つまり自分たちがしていることに「目的」を持っているとし、他の人びとの役に立つという目的を持っていれば挫折や失望や苦しみを乗り越えることができるとして、目的を育む「3つの提案」をしています(第8章)。

 さらに、私たちの心のなかには、「固定思考」と「成長思考」があり、「固定思考」とは、人はスキルを習得することはできるが、スキルを習得するための能力、すなわち「才能」は、鍛えても伸ばせるものではないと考える思考であり、「成長思考」とは、「やればできる」と信じて一生懸命努力すれば、自分の能力をもっと伸ばすことは可能だと考える思考であって、「やり抜く力」を強くするためには、「人間は何でもやればうまくなる」「人は成長する」という「成長思考」(「希望」)を持つことが大切であるとしています(第9章)。

 PART3では、「やり抜く力」を外側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。「やり抜く力」を伸ばす方法を、子育てにおける例を挙げ(第10章)、「課外活動」は絶対にすべしとしています(第11章)。さらに自分ひとりで伸ばしていくことは大変なことであり、「やり抜く力」を伸ばすためには、まわりの人たちの力を得ることが効果的であって、「やり抜く力」が強い人たちは、人生のなかで「自信」と「支援」を与えてくれる人に出会っているとし(第12章)、「やり抜く力」が強いほど人生の「幸福感」も強いとしています(第13章)。

 結論的に言うと、「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」の2要素から成り、「情熱」とは、自分の最も重要な目標に対して、興味を持ち続け、ひたむきに取り組むこと、「粘り強さ」とは、困難や挫折を味わっても諦めずに努力し続けることであり、人々がそれぞれの分野で成功し、偉業を達成するには、「才能」よりも「やり抜く力」が重要であることを科学的に究明した本ということになります。自分にとって勇気づけられる本であるとともに、人を育てるということについても示唆に富む本であり、お薦めします。

《読書MEMO》
●「興味」興味を持つための「3つのポイント」
・興味を持ったことを実際に試してみる
・興味を持ち続けるために、さらに興味が湧くような経験をする
・興味を持ち続けるために、親、教師、コーチ、仲間など周囲の励ましや応援を得る
●「練習」エキスパートたちは次の「3つの流れ」で練習する
1.ある一点に的を絞って、ストレッチ目標(高めの目標)を設定する
2.しっかりと集中して努力を惜しまずに、ストレッチ目標の達成を目指す
3.改善すべき点がわかったあとは、うまくできるまで何度でも繰り返し練習する
●目的を育む「3つの提案」
提案1:いまの自分のやっていることが、社会にとってどのように役立つかを考えてみる
提案2:自分にとって大切な価値観につながるように、ささやかな変化を起こしてみる
提案3:生き方の手本となる人物(ロールモデル)からインスピレーションをもらう

●目次
[PART1]「やり抜く力(グリット)」とは何か? なぜそれが重要なのか?
第1章:「やり抜く力」の秘密―なぜ、彼らはそこまでがんばれるのか?
第2章:「才能」では成功できない―「成功する者」と「失敗する者」を分けるもの
第3章:努力と才能の「達成の方程式」―一流の人がしている当たり前のこと
第4章:あなたには「やり抜く力」がどれだけあるか? ―「情熱」と「粘り強さ」がわかるテスト
第5章:「やり抜く力」は伸ばせる―自分をつくる「遺伝子と経験のミックス」
[PART2]「やり抜く力」を内側から伸ばす
第6章:「興味」を結びつける―情熱を抱き、没頭する技術
第7章:成功する「練習」の法則―やってもムダな方法、やっただけ成果の出る方法
第8章:「目的」を見出す―鉄人は必ず「他者」を目的にする
第9章:この「希望」が背中を押す―「もう一度立ち上がれる」考え方をつくる
[PART3]「やり抜く力」を外側から伸ばす
第10章:「やり抜く力」を伸ばす効果的な方法―科学では「賢明な子育て」の答えは出ている
第11章:「課外活動」を絶対にすべし―「1年以上継続」と「進歩経験」の衝撃的な効果
第12章:まわりに「やり抜く力」を伸ばしてもらう―人が大きく変わる「もっとも確実な条件」
第13章:最後に―人生のマラソンで真に成功する

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人間の行動を支配する基本的な心理学の原理(新版で6つ→7つへ)を解説。

影響力の武器[新版].jpg影響力の武器[1-3.jpg影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』['91年]『影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか』['07年]『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』['14年]
影響力の武器[新版]:人を動かす七つの原理』['23年]

 本書は、人間関係において、相手にイエスと言わせるために使う戦術は7つのカテゴリーに分類でき、そのカテゴリーをそれぞれ支配するのは、人間の行動を支配する基本的な心理学の原理であるとして、この7つの原理及び戦術を解説したものです。

 第1章で、世の中に情報が溢れるなか、深く考えず手っ取り早い意思決定が増えているが、このような「手っ取り早い」反応の利点は、その効率性と経済性にあり、欠点は、間違いを犯す可能性が高くなることであるとしています。そして、一部の承認誘導の専門家は、自分の要求を通す〈影響力の〉武器として、こうした信号刺激的な反応を利用しているとして、以下、第2章から第8章の各章で、説得のための〈強力な〉7つの道具について解説しています。

 第2章は「返報性」です。つまりはギブアンドテイクのことであり、人間文化のなかに最も基本的なものとして昔からあるもので、他者から与えられたら、自分も相手に返すように努めようとする心理です。注意点として、返報性のルールのために余計な恩義を感じてしまうことがあることを挙げ、不公平な交換を引き起こす危険があるとする一方、承認を引き出す方法として、最初に譲歩して、そのお返しとして相手の譲歩を引き出すやり方があるとしています。

 第3章は「好意」です。人は好意を寄せてくれている人に対してイエスと言いやすい傾向があるとしています。承認誘導の専門家はこのルールを知っているので、自らの影響力を強めるために、自身の外見の魅力、相手との類似性、相手への称賛、繰り返しの接触、相手との連合(結びつき)といった、相手が好意を寄せる要因を強調するとしています。

 第4章は「社会的証明」です。人は他の人たちが何を正しいと考えているかを基準に物事を判断するというものです。社会的証明は一定の条件下で強い影響力を持ち、それは不確かさ(自分に確信が持てない)、人の多さ(多くの人がそうだ)、類似性(自分と似た人がそうだ)の3つであるとしています。

 第5章は「権威」です。権威からの要求には、服従を促す強い圧力があるとしています。権威者に対して自動的に反応する場合、その実体ではなく、権威の単なるシンボル(肩書き、服装、そして自動車などの装飾品)に反応してしまう傾向があり、権威の影響力の源は、権威ある地位(肩書きなど)、もしくは何らかの意味で権威とみなされること(専門性など)にあるとしています。また、前者はしばしば反発や恨みを買う難しさがあり、後者はこの問題を避けられ、確かな権威であると判断されれば説得効果は大きくなるとしています。
 
 第6章は「希少性」です。人は機会を失いかけると、その機会をより価値のあるものとみなすとしています。希少性の原理が効果を上げるのは、手に入れにくいものは貴重だという思い込みと、入手機会が減ると自由を失い、そのことを嫌う心理的リアクタンスが働くためであるとしています。

 第7章は「コミットメントと一貫性」です。承諾を引き出す上で鍵となるのは、最初にコミットメントを確保することであり、コミットメントしてしまうと、人はそのコミットメントに合致した要求を受け入れやすくなるので、承認誘導のプロは、後でやらせようとしている行動と一貫するような、最初の立場をとらせようとするとしています。

 第8章は「一体性」です。人は自分の身内だと思う相手にイエスと言うとしています。他者との「私たち」性(一体性)に関係するのは、アイデンティティの共有であり、「私たち」集団の成員には、仲間の成員の幸福を非成員のものより重く見たり、仲間の好みや行動を手本に自分の行動を決め、それらが集団の結束を高めたりする傾向があるという結論が、研究の結果として導き出されているとしています。

 最終章である第9章では、情報過多の社会で、私たちは手っ取り早い意思決定を行う「思考の近道」を使わざるを得なくなってきており、そのため、相手への要請の中に影響力の梃子(テコ)を忍ばせる承認誘導の専門家は増えているとしています。その上で、この仕組みを悪用する者もいるため、私たちが思考の近道によって得られる利益を失わずにいるためには、あらゆる適切な手段を使って、そのようなインチキに対抗することが重要だとして、本書を締め括っています。

 人々がどのように相手から要求に意のままに従うのか、豊富な実例を交えて人の行動を司る心理学の原理を解説しています。初版から30年を経て改版を重ね(原著初版は1984年刊行)、評価は定着している本ですが、改版ごとに事例などは新しいものに更新されています。前回の第三版からの変更点は、6つだった影響力の原理に新に「一体性」が加わって7つとなり、また、その並び順も変わっています。旧版を読まれた方も、新版で再読してみるのもいいのではないかと思います。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2790】 ○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

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人的マネジメントに携わる人にとって示唆に富む内容。あとは現場への敷衍化力。

職場に活かす心理学.jpg職場に活かす心理学2023.jpg
世界の学術研究から読み解く職場に活かす心理学』['23年]

 本書は、個人キャリアから組織マネジメントまで、人の心や現実を正しく理解するために知っておきたい心理学の知見を、学術研究や多くの論文のエビデンスに基づいて紹介し、働き方にまつわる問題解決のヒントを探ったものです。

 第1章では、これからの働き方に求められる価値観として、「仕事で感じる幸福感」と「自分らしさの追求」という2つのテーマを取り上げています。幸福感の50%は遺伝によって決まるとし、幸福感が高いと仕事のパフォーマンスは向上するとしています(第1節)。さらに、人は集団への所属欲求だけでなく、他者との違いを認識する差別化の欲求も持っており、所属する集団のユニークさによって、両方の欲求を満たそうとするため、組織そのものがユニークな価値を持つことが、組織の魅力につながるとしています(第2節)。

 第2章では、自律的なキャリアの実現について考察しています。ここでは、自律的な目標設定はやる気を高め(第1節)、自分の影響力を信じられる「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める効果があり、部下へのエンパワーメントは、部下のコントロール感を高めるのに有効であるとしています(第2節)。また、自己制御システムである制御焦点理論には促進焦点と予防焦点の2種類があり、状況に応じて効果的な制御焦点は変わってくるため、個人の持つ制御焦点の傾向を活かすと効果的であるとしています(第3章)。

 第3章では、人間の「行動の変化」について論じています。自己評価はなぜ甘くなるのか(第1節)、なぜ人は変わらないのか(第2節)、それぞれ心理学研究のデータをもとに考察し、人の認知や行動をどう変えていくかを述べるとともに、「メタ認知」を適切に用いることで、自律的な学習を促進できるとしています(第3節)。

 第4章では、人の判断や意思決定についてです。意識的な判断と直感的な判断では異なる結論が導かれることがあり、その場合、なぜ判断がずれたのか考えることが役立つとしています(第1節)。また、道徳的判断にも感情的・直感的側面と理性的・熟慮的側面があり、倫理的な意思決定において理性的に思考することができるトレーニング機会を設けることが肝要だとしています(第2節)。

 第5章では、なぜ肝心なときに力が発揮できないのか、仕事で窮地に立たされたとき、どう対処するかを考察しています。人はプレッシャーがかかると、不安から集中を欠いてパフォーマンスが低下するため、そうした場合は、自分の評価を気にするのではなく、よい成果に向けて集中すべきだとしています(第1節)。また、人は「レジリエンス」を持っており、つらい出来事の後でも回復に向かうことができるが、回復の程度やスピードには個人差があるとしています(第2節)。さらに、職場でマイノリティになるメンバーは、心理的脅威を感じている可能性があるとしています(第3節)。

 第6章では、他者と協力して仕事する難しさについて考えています。まず、対人関係において重要な「信頼」という概念について、「互恵的な交換」と「交渉による交換」の2種類の信頼があり、互恵的な相互作用を通じて構築された信頼は、環境などの変化を受けにくいとしています(第1節)。また、集団での活動が生産的でありうるのは、どのような条件下においてかを見ています(第2節)。

 第7章では、対人コミュニケーションについて取り上げています。悪意のある攻撃性は抑制が利かなくなる一方、他者のために行動すると幸福感が増すとしています(第1節)。対人援助を行うことは、価値ある行動をしたと思えるポジティブな効果があるとのことです(第2節)。終章で、心理学をもっと職場の問題解決に応用すべきであるとして、本書を締めくくっています。

 人的マネジメントに携わる人にとって、示唆に富む内容だったように思います。何となくそうではないかと思われていることであっても、心理学の理論や研究データによって、きちんと裏付け証明している点がいいと思いました。また、各節において、心理学の研究成果と職場への応用ポイントをまとめているのも。

 あとは、こうした知見や概念を職場で実際に活かすためには、職場でのさまざまな事象を敷衍化する能力が必要であり、それこそが、マネジメント層に欠かせないとされるコンセプチュアルスキルということになるのではないかと、改めて思いました。

新装版 幸せがずっと続く12の行動習慣.jpg 個人的には、幸福感の50%は「遺伝」によって決まり、「環境」は10%で、あとの40%は「意図した活動」である、というソニア・リュボミアスキーの研究が興味深かったです。また、「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める、というのも、大いに得心が行きました。

ソニア・リュボミアスキー『新装版 幸せがずっと続く12の行動習慣 「人はどうしたら幸せになるか」を科学的に研究してわかったこと 』['23年]


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人間性の研究結果として生まれた「動機づけ―衛生理論」とその実証的裏討ちを示す。

『仕事と人間性』21.jpg『仕事と人間性』.jpg ハーズバーグ.jpg フレデリック・ハーズバーグ
仕事と人間性: 動機づけ-衛生理論の新展開』['68年]
Herzberg's Two-Factor Theory.jpg
 1966年にフレデリック・ハーズバーグ(Frederick Herzberg、1923 - 2000)による原著(Work and the Nature of Man)の初版が刊行された本書は、仕事における動機づけの心理学的調査研究の結果から、人間の仕事における満足度は、ある特定の要因が満たされると満足度が上がり、不足すると満足度が下がるということではなくて、「満足」に関わる要因(動機付け要因)と「不満足」に関わる要因(衛生要因)は別のものであるとする「動機づけ―衛生理論」という考え方を実証的に提唱し、経営や組織、社会に新しい人間観を持ち込んだことで知られる本です。

 「1.ビジネス―現代の支配的制度」で、ビジネス組織が今日の社会の支配的制度となっているとし、「2.アダムとアブラハム」では、人間はアダム的要素とアブラハム要素の両方を基本的性質として持っているとしています。エデンの園を追われたアダムは、人間の回避的性質の象徴であり、不快さの回避に関する欲求を持っている(後に述べる衛生要因につながる)のに対し、神から「完全なものになれ」といわれたアブラハムは、人間が有能で生得の潜在能力があることの象徴であり、成長、自己実現の欲求を持っている(同じく動機づけ要因につながる)としています。

 「3.産業界の人間概念」では、産業界における人間の概念が、プロテスタント倫理、テーラーの科学的管理法、ホーソン工場の実験と人間関係論などを経て「経済的人間」から「社会的人間」「情緒的人間」へと変遷してきたと振り返り、「4.人間の基本的欲求」では、人間はアダム的人間としての欲求とエブラハム的人間としての欲求の二組の欲求を有するとしています。「5.精神的成長」では、精神成長とはなにか、その6つの要点(より多く知ること、知識内の関係づけが増えること、創造性、あいまいさの中での効率、個別化、現実的成長)を挙げています。

 そして「6.動機づけ―衛生理論」において、仕事の満足に関わるもの(動機づけ要因)は、「達成」「承認」「仕事そのもの」「責任」「昇進」などで、これらが満たされると満足感を覚えるが、欠けていても職務不満足を引き起こすわけではなく、一方、仕事の不満足に関わるもの(衛生要因)は「会社の政策と経営」「監督技術」「給与」「対人関係」「作業条件」などで、これらが不足すると職務不満足を引き起こすが、満たしたからといっても満足感につながるわけではなく、単に不満足を予防する意味しか持たないとしています。「7.動機づけ―衛生理論の実証」「8.動機づけ―衛生理論の追加実証」で、そのことがさまざまな職種における調査から実証できることを証明し、「9.どうすればいいか」で、この理論を現実にどう活かすべきかを説いています。

 本書の前半のかなりの部分が人間性をめぐる解釈と変遷の記述で占められているのは、「動機づけ―衛生理論」が人間性の研究結果として生まれた理論であることを示しており、同時に、実証研究による理論の裏打ちもされています。それらが、この理論が今なおビジネスの現場で活きている理由であると考えます。

ハーズバーグ2」.jpg 因みに、フレデリック・ハーズバーグは、両親がリトアニア出身のユダヤ系米国人臨床心理学者であり(そう言えばアブラハム・マズローもユダヤ人だった)、こうしたモチベーションの性質と人をやる気にさせる最も効果的な方法の研究によって影響力のある経営思想家となりました。彼を最初に心理学の道に進ませた「メンタルヘルスに対する一方ならぬ関心」は、「メンタルヘルスはわれわれの時代の中核的な課題である」という信念から生じているそうです。この信念は、第2次世界大戦で、悪名高いダッハウ強制収容所に解放直後に配属された従軍体験によって形成されたと言われています(収容所にいた多くの同胞ユダヤ人を見たものと思われる)。米国に戻ると公衆衛生局で働き、その後は学究生活に入って、「動機づけ―衛生理論」は1959年に刊行された『作業動機の心理学』(The Motivation to Work)で初めて発表されています(35,6歳の頃か。衛生局に勤めていたから「衛生要因」になった? 普通だったら「環境要因」とかになった可能性もあったのでは)。後半生は大学教授として、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で心理学の教授、ユタ大学で経営学の教授を歴任しています(つまり、心理学者から経営学者へという流れ。マズローもそうだった)。
Frederick Irving Herzberg

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「再考」することの大切さを説く。相手と意見が対立した際の対処法も。

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THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』['22年]『Think Again: The Power of Knowing What You Don't Know』['21年] Adam Grant
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 組織心理学者で、ベストセラーとなった『GIVE & TAKE―「与える人」こそ成功する時代』('14年/三笠書房)の著者による本書では、人はその心理的な特性から思い込みを捨てて考え直すことが苦手であり、既存の考えにとらわれず考えを見直すことは、思考の柔軟性を取り戻し正しい判断を促すとして、その原理と対処法を紹介しています。

 パート1では、私たちの思考様式は、考えたり話をしたりする時、無意識に3つの職業の思考モードに切り替わり、その3つとは、「牧師」(理想を守り確固としたものにするために説教する)、「検察官」(相手の間違いを明らかにするために論拠を並べる)、「政治家」(支持層の是認を獲得するためにキャンペーンやロビー活動を行う)であるとしています。

 そして、それらとは別に私たちが持つべきは「科学者」の思考モードであり、科学者は自分の知っていることを疑い、知らないことを深掘りする力が要求され、真実を追求する時、私たちは科学者の思考モードに入り、仮説を検証するために実験を行い、新しい知識を発見するとしています。

 科学者のように考えるとは、単に偏見のない心で物事に対応することではなく、それは能動的に偏見を持たないことをいい、なぜ自分の見解が「間違っているかもしれない」のか、その理由を探し、わかったことに基づいて見解を改めることが必要であり、大抵の場合、多くの人は偏見を捨てて、様々な観点から物事を見つけることによって恩恵を受けるはずであって、私たちの思考の敏捷性が向上するのは、科学者の思考モードにいる時だからだとしています(第1章)。

 私たちの知識や考えには「盲点」があり、思考の盲点は、人を「見えていないことが見えていない」状態にし、結果として自分の判断力に誤った自信を持つようになり、自分の考えが間違っているかもしれないと考えることさえしなくなるが、対処法はあり、私たちは正しい種類の自信を持っていれば、曇りのない目で自分を見つめ、考え方を改善するよう学ことができるとしています。

人は、ある特定の分野における能力が低ければ低いほど、同分野での自己能力を過大評価する傾向にあり、これが原因で、人は自己を正しく認識できず、多くの場面で自分で自分の足を引っ張り、また、人は自分の知識に確信を持っていると、知識の隙間や誤認を探そうとしないし、当然ながら隙間を埋めたり修正したりしないとしています。

 一方で、経験不足が明らかである時は自らを過小評価するもので、人が自信過剰になりやすいのは、ド素人からワンステップ進み、アマチュアになった時であり、ほんの少しの知識が危険になり得、人は経験を積むにつれて、謙虚さを失うものだとしています。

私たちが手に入れるべきは、バランスの取れた自信と謙虚さであり、つまり、自己の能力を信じながら、自分の解決方法が正しくない可能性、あるいは問題自体を正しく理解していない可能性を認めること、そこから疑問が生まれれば、既存の知識を再評価するようになり、ほどほどの自信があれば、新しい見識を追い求めることができるとしています(第2章)。

 そして、実は、「自分の間違い」を発見することは喜びであり、「愚かなこだわり」から自由になるには、個人的感情に流されず、固定観念を捨て、「外からはいいてくる情報」に心を開くことであり、「ミスを潔く認める人」ほど評価が上がるとしています(第3章)。

 また、「熱い論戦」(グッド・ファイト)は怖れてはならず、「対立を避けてしまう心理」が革新を妨げ、「挑戦的なネットワーク」(耳の痛い意見)を避けるべきではなく、意見が合わない時に感情に流されず「理性的に反論」できるかがカギになるとしています(第4章)。

 パート2では、相手に再考を促す方法を説いています。まず。議論の場で相手の心を動かすには、相手を「敵」と見なすのではなく「ダンスの相手」だと思うことであるとして(第5章)、相手の「先入観」「偏見」とどう向き合うかを説くとともに(第6章)、「穏やかな傾聴」こそ人の心を開くとしています(第7章)。

 パート3では、学び、再考し続ける社会・組織を創造する方法を説いています。分断された社会の「溝」を埋めるために「平行線の対話」を打開していくにはどうすればよいか(第8章)、健全な懐疑心と探究心を育み、生涯にわたり「学び続ける力」を培うにはどうすればよいか(第9章)、「学びの文化」を職場で醸成しさせ、「いつものやり方」を変革し続けるにはどうすればよいか(第10章)を説いています。

 パート4では、結論として、「意義ある人生」をおくるために、視野を広げて自らの「人生プラン」を再考することを推奨しています(第11章)。

 出来るようでなかなか出来ないのが「再考」であり、自分の考えを疑うことをせず、誤った考えに気づきもしないことが多い中で、本書では「再考」することの大切さが組織論にまで落とし込んで書かれています。仕事上の相手と意見が対立した際の対処法や、建設的な議論を通して自らの思考の質を高める方法についても書かれており、ビジネスパーソンには啓発される要素の多い本であると思います。

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モチベーションから組織運営まで、職場で役立つ心理学を学べる。

職場の人事心理学.jpg職場の人事心理学2022.jpg職場の"人事心理学"』['22年]

 本書は、「人事心理学」を標榜する現時点での唯一の書籍として、人事心理学を体得するのに必須となる基礎知識を、モチベーションから組織運営まで9ジャンル100項目にわたって解説したものであるとのことです。確かに、人事用語についての辞典や解説書はこれまでもありましたが、「人事心理学」にフォーカスした本は意外と無かったように思います。

 ジャンル区分は、モチベーション、人材育成、キャリア開発、人事評価、ストレス対処、人間関係、交渉・説得、リーダーシップ、組織運営の9つで、例えば第1章のモチベーションであれば、X理論・Y理論、欲求の変化を踏まえた対応など、第2章の人材育成であれば、学習性無力感やアイデンティ拡散、防衛的悲観主義など、第3章のキャリア開発であれば、職業適性、職業興味やワークバリュー、キャリアアンカーなどといった用語やテーマが取り上げられています。

 第4章の人事評価で、ポジティブ・イリュージョンやダニング=クルーガー効果といったことを取り上げているのも心理学という観点から特徴的ですが、第5章がストレス対処、第6章が人間関係、第7章が交渉・説得というように、こうしたジャンル区分のもとに用語やテーマが集約されていること自体が目新しいと同時に、本来的であるように思いました。人間関係管理などは人事の職務領域かと思いますが、そうした認識があまりない人もいたりする昨今です。また、個人や他部門に対して説得的コミュニケーションができることは、営業職などに限らず、人事パーソンにも求められる資質であると言えます。

 書かれていることはいずれも、人事パーソンに限らず、管理職や経営者は知っておいて、リーダーシップの発揮や組織運営に役立てたい知識ばかりですが、「人事の仕事は、まさに心理学の守備範囲にあるといってよい」と著者も述べているように、その前にまず人事パーソンとしての自分自身が押さえておきたいところです。

 これまで多くの職場心理学に関する本を著している著者だけに、それぞれの解説が具体例を挙げるなどしてわかりやすく解説されています。書店で見かける組織心理学などの入門書的な解説本の中には、図解を多用してぱっと見て概要が理解できるようにしたものもあり、確かにそれはそれで分かりよいのですが、「何となくわかった気になっている」だけという面もあるかもしれません。

 本書の場合、著者自身の言葉でしっかり解説されていて、また、100項目ある各項の前半は用語などの基本解説となっているのに対し、後半は実践のためのヒントが示されている構成となっているため、読み込みことによって理解が深まり、実践へのより強固な足掛かりにもなると思われます。

 改めて「人事心理学」というものが関わる範囲が広範であることに思い当たり、本書の100項でそのすべてをカバーしているとは言えないと思います。しかしながら、書かれていることは知っておきたいことばかりです。

 どの章からでも読め、それでいて、各項は読み物を読むように読めます(もちろんその際には自分の経験に引き付けて読むべきですが)。人事パーソンとして、職場で役立つ心理学を学ぶ上での"すぐれもの"ではないかと思います。

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オプティミストの優位性を説くが、企業には職業的ペシミストも必要であると。

オプティミストはなぜ成功するか2.jpgオプティミストはなぜ成功するか2013.jpg
オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)』['13年]

マーティン・セリグマン.jpg ポジティブ心理学を創始した心理学者マーティン・セリグマン((Martin E. P. Seligman、1942年- )の本(英題"Learned Optimizm")で、楽観主義者(オプティミスト)はうつ病になりにくく、諦めが悪く粘り強いので、悲観主義者(ペシミスト)よりもいい結果を残すことが多いとしています。3部構成の第1部はセリグマンの学習性無力感の研究の経緯やチェックリストがあり、第2部はオプティミストの利点、第3部はオプティミストになるための方法が書かれています。

 第1部「オプティミズムとは何か」では、人生にはペシミズム(悲観主義)とオプティミズム(楽観主義)という2つの見方があり(第1章)、困難を前にして無力状態に陥りやすい者とそうでない者がいて(第2章)、両者の違いは、不幸な出来事をどう自分に説明するかにあるとしています(第3章)。さらに、悲観主義の行きつくところはうつ病であるが(第4章)、物事の考え方。、感じ方で人生は変わるとして、認知療法によりうつ病を克服した例などを紹介しています(第5章)。

 第2部「オプティミズムが持つ力」では、どんな(説明スタイルの)人が成功するか、大手生保会社での実証的研究をもとに考察しています(第6章)。さらに、楽観主義は親から子に遺伝するのか(第7章)、学校で良い成績をあげるのはどんな子か(第8章)、偉大な記録を打ち立てたスポーツ選手やチームはどうであったか(第9章)、人の寿命という面で、楽観主義と健康的人生とは関係があるのか(第10章)、政治家の選挙戦ではどうか(第11章)を実証的に考察し、いずれについても概ねオプティミストの優位性を説いています。

 ただし、第6章では、会社で研究開発や企画に携わる人々は夢を追うタイプでなければならないが、社員全員がオプティミストだと会社は破綻するとし、財務管理や安全管理などの面では、現在の状況をしっかり把握している職業的ペシミストが必要であるとして、ある分野では悲観主義者の方が優れていることを指摘しています。

 第3部「変身―ペシミストからオプティミストへ」では、自分が楽観的な人生を送るにはどうすればよいか(第12章)、子どもを悲観主義から守るにはどうすればよいか(第13章)、楽観主義は仕事や会社にどういった影響を与えるか(第14章)をそれぞれ考察し、最後に、楽観主義は人々が設定した目標を達成するための道具であり、この目標選択自体にこそ意味があるとし、やみくもな楽観主義ではなく、しっかりと目を見開いた柔軟な楽観主義が望まれるとしています(第15章)。

 このうち、第14章では、企業の職場における楽観主義が必須条件である分野と、慎重を期する悲観主義が長所となる分野を列挙していて(「人事」は後者に属している)、その人の楽観度に適した仕事に配置することが大切だが、現在就いている仕事に悲観的でいる人も、楽観主義を習得することはできるとして、認知療法の考えを生かしたテクニックを示しています。

 自己啓発書であり(ただし科学実証的根拠による)、人によって読みどころは違ってくると思いますが、自分はどのタイプであり、どうすればオプティミストになれるか知りたい人は、チェックリストのある章と第3部を読むといいと思います。また、人事パーソンにとっては、第6章、第14章が読みどころかと思います。

 著者は、ポジティブ心理学と学習性無力感で有名ですが、意外とその詳細は知られておらず、本書を読むことで、ポジティブ心理学とは何かが理解出来るのではないかと思われます。

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ギバー(与える人)こそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説く。

GIVE & TAKE2.jpgGIVE & TAKE.jpg アダム・グラント.jpg アダム・グラント
GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』['14年]

 組織心理学者による本書では、人間の思考と行動を「ギバー(人に惜しみなく与える人)」「テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)」「マッチャー(損得のバランスを考える人)」の三類型に分け、それぞれの特徴と可能性を分析し、ギバーこそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説いています。

 パート1では、ギバーは「ギブ・アンド・テイク」の関係を相手の利益になるようもっていき、受け取る以上に与えようとし、テイカーが自分を中心に考えるのに対し、ギバーは他人を中心に考え、相手が何を求めているかに注意を払うとしています。そして、多くの人々が、ギバーとして人間関係や評判を築いたサービス提供者を重視するようになっているとしています。

 パート2では、テイカーは自分のことで頭がいっぱいなので、三人称の代名詞(私たち)より一人称の代名詞(私)を使うことが多く、調査によれば、たいていの人は、フェイスブックのプロフィールを見ただけでテイカーかどうかを見分けることができるというとのことです。また、ギバーの1つ目の才能として、「ゆるいつながり」の人脈づくりを挙げ、強いつながりは「絆」を生み出すが、弱いつながりは「橋渡し」として役立つとしています。

 パート3では、テイカーは自分がほかの人より優れていると考え、他人に頼りすぎると、守りが甘くなってライバルに潰されてしまうと思いがちだが、ギバーは、競り合うことを弱さだとは考えず、それは強さの源であり、多くの人々のスキルをより大きな利益のために活用する手段であるとしています。また、ギバーの2つ目の才能として、自分だけでなくグループ全体が得をするように、パイ(総額)を大きくすることを挙げ、ギバーはグループに貢献するので皆から感謝されるとしています。

 パート4では、ギバーは同僚や会社を守ることを第一に考えるので、進んで自らの失敗を認め、柔軟に意思決定しようとし、長い目で見てよりよい選択をするためなら、さしあたって自分のプライドや評判が打撃を受けてもかまわないとするとしています。そして、ギバーの3つ目の才能として、テイカーが、自分こそが一番賢い人間になろうと躍起になるのに対し、ギバーは、たとえ自分の信念が脅かされようと、他人の専門知識を受け入れ、その結果、部下の可能性を掘り出し、精鋭たちを育てるということを挙げています。

 パート5では、テイカーは強気な話し方をする傾向があり、独断的であるのに対し、ギバーはもっとゆるい話し方をする傾向があり、控えめな言葉を使って話すとしています。また、ギバーの4つ目の才能として、「強いリーダーシップ」を発揮するのではなく、知らずしらずのうちに相手の心をつかむ質問力や説得術により、相手に対して「影響力」を及ぼすことが挙げられるとしています。

 パート6では、ギバーが成功するために気をつけなければならないこととして、困っている人をうまく助けてやれないときに、燃え尽きてしまうことがあるが、他人のことだけでなく自分自身のことも思いやりながら他者志向的に与えれば、心身の健康を犠牲にすることはなくなるとしています。

 パート7では、「いい人」であるだけでは絶対に成功はできないとし、気づかいが報われる人と人に利用されるだけの人の違いを説いています。ここでは、ギバーが陥りやすい三つの罠として、信用しすぎること、相手に共感しすぎること、臆病になりすぎることを挙げ、それらに陥らないためにはどうすればよいかを述べています。

 パート8では、人間が「お互いを助ける」のはなぜかを考察し、それは、困っている相手に自己意識を同化させ、相手のなかに自分自身を見出すからだとし、つまり、実際には自分自身を助けていることになるとしています。そして、最初に人々の行動を変えれば、信念も後からついてくるとしています。

 パート9では、多くの人がギバーとしての価値観を持っているのに仕事ではそれを表に出したがらないが、ほんの少しでもギバーになれば、もっと大きな成功や豊かな人生、より鮮やかな時間が手に入ること示唆して、本書を締め括っています。

 監訳者の楠木建氏も書いていますが、本書を読んだ第一の印象は「情けは人のためならず」ということでしょうか。しかし、楠木氏は、本書は凡百の「自己啓発書」ではなく、行動科学の理論と実証研究に裏打ちされている点で、個人的な経験や思いつきで書かれた自己啓発のビジネス書とは一線を画しているとしています。

 人事パーソンの視点で見れば、職場にこうしたギバーが増えていくことが望ましいということになるかと思います。また、もし、あるチームが効果的に機能しているとすれば、それは特定のギバーに負っている面があったりもする可能性もあり、そうしたギバーが燃え尽きてしまうことがないような配慮も必要になってくるかと思います。その意味で、組織論的な観点からも多くの示唆に富む本であると思います。

TED Talks. 「与える人」と「奪う人」 ― あなたはどっち?
TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg

2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」2.jpg2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg(●アダム・グラントは「TEDトーク」で「人当たりの良いギバー」と「人当たりの悪いテイカ―」はすぐ分かるが、「人当たりの良いテイカ―」と「人当たりの悪いギバー」は見分けを誤ることがあると注意を促してる。「人当たりの悪いギバー」の例として「Dr.HOUSE」でヒュー・ローリーが演じたグレゴリー・ハウス医師を挙げているのが個人的には分かりやすかった。有能だが不愛想でいつも不機嫌に「Dr.HOUSE」2004.jpg「Dr.HOUSE」ヒュー・ローリー.jpgしているため組織の上の方からも疎んじられているが、実は部下にとって自身の成長を促してくれる存在であるということだ。キャラクター的にはシャーロック・ホームズをモデルにしていることが知られ、日本では「US版ブラック・ジャック」というキャッチコピーが付けられていた。)

「Dr.HOUSE」 House (FOX 2004/11~2012) ○日本での放映チャネル:FOXライフHD(2005)→FOXチャンネル(2006-)

《読書会》
■2021年04月16日 第34回「人事の名著を読む会」アダム・グラント 『GIVE & TAKE』
『GIVE & TAKE dokusyokai.jpg『GIVE & TAKE dokusyokai2.jpg


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興味深い「負の力」の概念。トランジションやレジリエンスにも通じるのでは。

『ネガティブ・ケイパビリティー.jpg『ネガティブ・ケイパビリティ』1.jpg 『ネガティブ・ケイパビリティ』2.jpg 
 『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書)』['17年]

kuro もやもやする力.jpg 第8回「山本周五郎賞」を受賞した『閉鎖病棟』などの作品で知られる著者による本書は、最近巷でよく言われる「ネガティブ・ケイパビリティ」について、そのブームのきっかけを作ったとも言える本です。個人的には、NHKの「クローズアップ現代」で特集された(「迷って悩んでいいんです~注目される"モヤモヤする力"」(2023年9月6日放送))のを見て関心を持ちました。

 「ネガティブ・ケイパビリティ」とは一般に、「事実や理由を性急に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」を意味し、本書では、悩める現代人に最も必要と考えるのは「共感する」ことであり、この共感が成熟する過程で伴走し、容易に答えの出ない事態に耐えうる能力がネガティブ・ケイパビリティであるとしています。

 本書によれば、これは、古くは詩人のキーツがシェイクスピアに備わっていると発見した「負の力」であり、さらに、第二次世界大戦に従軍した精神科医ビオンにより再発見されたもので、本書の第1章、第2章はそのことについて解説誰されています(著者はある意味"再掘り起し"したことになる)。

 第3章では、人間はもともと「分かりたがる脳」を持つが、そのことはしばしば思考停止を招くとし、その弊害を事例として紹介するとともに、ネガティブ・ケイパビリティは拙速な理解ではなく、謎を謎として興味をいだいたまま、宙ぶらりんの、どうしょうもない状態を耐え抜く力であるとしています。

 以下、ネガティブ・ケイパビリティが各分野でどのように活かされるかを、医療(第4章)、身の上相談(第5章)、伝統治療(第6章)、創造行為(第7章)の各分野で見ていき、さらに第8章では、キーツが見たシェイクスピアのネガティブ・ケイパビリティとはどのようなものか、それを超えると著者が考える紫式部のネガティブ・ケイパビリティとはどのようなものかを見ています。

 そして第9章では、教育の場面でネガティブ・ケイパビリティがどう生かされるか、第10章では、「寛容」とネガティブ・ケイパビリティの関係について見ていき、終わりに、再び共感について、ネガティブ・ケイパビリティは共感の成熟に寄り添うものであるとしています。

 書いているのが作家であるということもありますが、エッセイを読むように読めるのが良かったです。ただ、学者ではなく作家が書いている分「この作家かそう言っているだけだろ」「科学的に実証されているの?」と言われてしまう可能も無きにしも非ずかと。

 その点に関して興味深かったのが、NHKの「クローズアップ現代」で特集された内容で、ネガティブ・ケイパビリティの高い人(モヤモヤ力の高い人―なかなか物事の結論を導き出せない人)と、ネガティブ・ケイパビリティの低い人(モヤモヤ力の低い人―物事の結論を効率よく導き出していく人)の2つのチームに分けて同じ課題を与え解決のアイデアを出させた実験をしたら、最初はモヤモヤ力の低い人のチームが早々と結論を出して課題を終えたのに、モヤモヤ力の高い人のチームは煮詰まっていたのが、後の方になってモヤモヤ力の高い人のチームからどんどんいいアイデアが出されたというものです。

 すべてにおいて、こんな絵に描いたような結果になるかなというのはありますが面白かったです。キャリア行動における「トランジション」や心理学における「レジリエンス」といった概念と通じたり重なったりする要素もあるように思われ、興味深かったです。

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忘我の境地こそ「フロー」の感覚。フロー体験についての原典的な本。

Flow:The Psychology of Optimal Experience.jpgフロー体験 喜びの現象学1.jpg  フロー体験 喜びの現象学2.jpg
フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)
"Flow: The Psychology of Optimal Experience"by Mihaly Csikszentmihalyi

ミハイ・チクセントミハイ.jpg 「フロー理論」とは、1960年代に当時シカゴ大学の教授であったハンガリー出身のアメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly.Csikszentmihalyi)が提唱したもので、人が喜びを感じるということを内観的に調べていくと、仕事、遊びにかかわらず何かに没頭している状態であるというものであり、本書("Flow: The Psychology of Optimal Experience"1990)は、その考えを体系的に纏め上げたものです(因みにハンガリー語に沿った名前の表記はチークセントミハーイ・ミハーイ(Csíkszentmihályi Mihály)。ハンガリー語は日本語と同じく姓、名の順になる)。

 チクセントミハイが「フロー」と呼ぶのは、完全に何かに集中し没頭している忘我の境地のことであり、このフローを手に入れる時、人は恋焦がれてやまない幸福という状態を手に入れるとのことです。活動の経験そのものがあまりに楽しいので、人はただ純粋に、何としてもそれを得ようとするとのことです。

 このような機会は、はかなくて予測不可能に思われがちですが、本書第1章「幸福の再来」で著者は、それは偶然に生じるものではなく、ある種の仕事や活動はフローの状態になりやすいとしています。以下、本書では、内面生活の統制による幸福への達成過程を検討しています。

 第2章「意識の分析」では、我々の意識はどのように働き、どのように統制されるのかについて述べています。我々が経験する喜びまたは苦しみ、興味または退屈は心の中の情報として現れ、この情報が統制できれば、我々は自分の生活がどのようなものになるかを決めることができるとしています。

 第3章「楽しさと生活の質」では、内的経験の最適状態とは、意識の秩序が保たれている状態であって、これは心理的エネルギー(注意)が目標に向けられている時や、能力や挑戦目標と適合している時に生じるとしています。1つの目標の追求は意識に秩序を与え、人は当面する目標達成に取り組んでいる時が、生活の中で最も楽しい時であるとしています。

 第4章「フローの条件」では、フロー体験が生じる条件を概観し、「フロー」とは意識がバランスよく秩序づけられた時の心の状態であるとしています。たえずフローを生み出すいくつかの行動―スポーツ、ゲーム、芸術、趣味―を考えれば、何が人々を楽しくするかを理解することは容易だとしています。

 第5章「身体のフロー」及び第6章「思考のフロー」では、心の中に生じることを統制することで、人は例えば競技や音楽からヨーガに至る身体的能力や感覚的能力の使用を通して、または詩、哲学、数学などの象徴的能力の発達を通して、殆ど無限の楽しみの機会を利用できるとしています。

 第7章「フローとしての仕事」第8章「孤独と人間関係の楽しさ」では、殆どの人々は生活の大部分を労働や他者との相互作用、特に家族との相互作用に費やしており、仕事をフローが生じる活動に変換すること、及び両親、配偶者、子供たち、そして友人との関係をより楽しいものにする方法を考えることが決定的に重要であるとしています。

 第9章「カオスへの対応」では、多くの生活が悲劇的な出来事によって引き裂かれ、最高の幸運に恵まれた人々ですら様々なストレスに悩まされるが、不幸な状態から益するものを引き出すか、惨めな状態に留まるかを決定するのは、ストレスにどう対応するかによるとし、人は逆境の中でどのようにして生活に楽しみを見出すかについて述べています。

 第10章「意味の構成」では、どうすればすべての体験を意味のあるパタンに結びつけることができるかというフローの最終段階について述べています。それが達成され、自分自身の生活を支配していると感じ、それを意味あるものと感じる時、それ以上望むものは何も無くなるとしています。

 本書は、課題達成に向けたアプローチを幅広く考察するうえで大いに参考になるとともに、「フロー」体験は、生産性以上に幸福な時間を生み出すものであるという観点からも重要と言えるでしょう。忘我の境地へもっと頻繁に至るには、努力を怠ってはならないということも忘れてはならないように思います。

チクセントミハイの本.JPG 本書のほかに、フロー体験について著者自身が書いたものに、『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学』("Finding Flow: The Psychology of Engagement With Everyday Life"1997、'10年/世界思想社)や『フロー体験とグッドビジネス―仕事といきがい』("Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning"2003、'08年/世界思想社)がありますが、ビジネス寄りに書かれていたりするものの、「フロー」というものが何かについて最も深く書かれているのは本書であり(「フロー」状態の例として、ロッククライミング自体に何の外発的報酬もなく観客の喝采も期待出来ないのに、命を賭してまで没入する人のことを書いているが、ミクセントミハイ自身、ロッククライマーであり、それにのめりこんだ経験を持つ)、やや大部ではあるが、先に原典的な本書を読んでおいてから『フロー体験フロー体験 喜びの現象学3.jpg入門』や『フロー体験とグッドビジネス』に読み進む方が、結果として効率が良かったりするのではないでしょうか。

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清水康太郎「ベンチャー企業で働く人たちのモチベーション」

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

《読書MEMO》
●著者のフロー関連本(出版順)
・Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play 1975
・The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self 1981
・Optimal Experience: Psychological studies of flow in consciousness 1988
・Flow: The Psychology of Optimal Experience 1990
・The Evolving Self 1994
・Creativity: Flow and the Psychology of Discovery and Invention 1996
・Finding Flow: The Psychology of Engagement with Everyday Life 1997
・Flow in Sports: The keys of optimal experiences and performances 1999
・Good Work: When Excellence and Ethics Meet 2002
・Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning 2002
●内、邦訳が入手可能なもの
・Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play 『楽しみの社会学』
・The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self 『モノの意味』
・Flow: The Psychology of Optimal Experience 『フロー体験 喜びの現象学』
・Finding Flow: The Psychology of Engagement with Everyday Life 『フロー体験入門』
・Flow in Sports: The keys of optimal experiences and performances 『スポーツを楽しむ フロー理論からのアプローチ』
・Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning 『フロー体験とグッドビジネス』

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人事パーソンが読んでも、"おさらい"を兼ねつつ、新たに得られる知見もあるのではないか。
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伊波和恵 教授 臨床心理士.jpg 伊波和恵氏(東京富士大学教授・臨床心理士)東京富士大学サイトより
マネジメントの心理学: 産業・組織心理学を働く人の視点で学ぶ

 本書は、主に学生やビジネスパーソンらを対象としたマネジメントの心理学(産業・組織心理学)に関する初学者向け入門書です。著者らは、会社で働き始めてから心理学をもっと学んでおくべきだったというビジネスパーソンの声をよく耳にする一方で、大学で学んだことはあまり役に立たないという声も聞くことから、ビジネスの現場で活用しうる考えや知識を、学生自身が今後の社会人生活をイメージしながら学ぶことができて、大学での学びが社会での実践に結びつくようにするにはどうすればよいかということを意識したうえで、産業・組織心理学の入門書として本書を企画したとのことです。

 心理学を専攻したことがない読者を主に想定して書かれており、心理学の基本的で重要な内容を一通り学びつつ、その知見の持つ意味や、実生活の中でそれがどのように役立つのかを具体的に分かるように解説したものとなっています。また、「働く人の文脈、働く人の視点」を強調し、「働くこと」に関する心理学の知見をもとに、企業組織におけるマネジメントのあり方までを考えるものともなっています。

 本編は、第1章「働くということ」からはじまり、「採用と就職」「組織と私」「リーダーシップ」「ワーク・モチベーション」「コミュニケーション」「キャリア発達」「人事マネジメント・教育研修」「起業」「経営革新」「心の健康」「働く環境の質」の全12章から成りますが、各章の冒頭に、ある学生が就職して、さまざまな人とのかかわりの中で「働く人」として成長していく姿が、各章の内容と関連したストーリーで描かれています。

 そのため、テキストではありますが読み物を読むような感覚でも読めて、また、章末には参考文献を掲げるとともに、働くことに関する現代社会の状況が反映されたケーススタディを載せることで、学習した理論の実践への応用を助ける(自分で考えてみる)ものとなっています。

 参考文献は「もっと詳しく知りたい人の文献紹介」と「文献」の二段構成で、後者がいわゆる"参考文献"の列挙であるのに対し、前者は、例えば「キャリア発達」の章であれば、シャインの『キャリア・ダイナミクス』(1991年/白桃書房)と金井壽宏氏の『働く人のためのキャリア・デザイン』(2002年/PHP新書)の2冊に絞って内容の概略まで紹介するなどしており、次に何を読むべきかという実践的な読書ガイドとなっているように思いました。

 全体を通して、産業・組織心理学の基本から近年の新たな知見まで網羅されている点でオーソドックスであるとともに、組織から個人を捉えるというアプローチではなく、個人から組織を捉えるというアプローチが強調されている点が、類書と比較してユニークかと思います。

 主に人事部門の初任者にお薦めですが、リーダーシップやモチベーション、コミュニケーションといったものの人事マネジメントにおける重要性がより高まっていると考えられる今日、人事パーソンが「実務に役立つ教養」として身につけておきたい知識がふんだんに織り込まれているという意味で、初任者に限らず各層の人事パーソンが本書を読むことで、"おさらい"を兼ねつつ、新たに得られる知見もあるのではないかと思います。

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モチベーション理論としての「X理論-Y理論」を提唱。今読んでも示唆に富む名著。

The Human Side Of Enterprise Douglas McGregor.jpg1新版 企業の人間的側面.jpg.png              ダグラス・マクレガー.png
企業の人間的側面―統合と自己統制による経営』['70年] ダグラス・マクレガー
The Human Side of Enterprise, Annotated Edition McGraw-Hill; 1版 (2005)

McGregor, Theory x and Theory y.jpg 1960年にアメリカの心理学者ダグラス・マクレガー(またはマグレガー、Douglas McGregor、1906-1964)が、発表した著書で(原題:The Human Side Of Enterprise)、モチベーション理論としての「X理論-Y理論」を提唱したことで知られています。

 マクレガーの言う「X理論」とは、「普通の人間は生来仕事が嫌いで、できれば仕事はしたくないと思っている」「仕事が嫌いだから、強制・統制・命令されたり、処罰や脅しを受けなければ働かない」「普通の人間は命令される方が楽で、責任はとらずに済む方がよく、野心はもたず、安全を望む」という人間観に根ざすもので、この場合、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰するといった、「アメとムチ」による経営手法となります。

 これに対し「Y理論」とは、「人間は生まれつき仕事をすることをいとわない。仕事は条件次第で満足の源になる」「進んで働きたいと思う人間には統制や命令は役にたたない」「進んで働く人間は責任も積極的にとるし、創意工夫をして問題を解決する」という人間観に根ざすものであり、この場合、労働者の自主性を尊重する経営手法となります。
 
02 企業の人間的側面.jpg 第1部「経営に関する理論的考察」では、まず、伝統的な科学的管理法に基づく「権限による人の統制」に対する批判が続きますが、こうした命令系統による人の動かし方を、彼は「X理論」によるものであるとしています。これまでの経営者や管理職は、従業員に対して「権限に基づく適切な命令」を与えることが自らの重要な職務であると考えてきた経緯があり、その根底には、よく働く従業員には報酬を与え、怠ける従業員には罰則を与えることで、従業員の労働意欲を高め、仕事へのモチベーションを維持することが出来るという「X理論」の見解があると―。従業員を積極的に働かせて生産性と効率性を高めるには、道具的条件付け的な報酬と罰則の強化子(刺激)が必要であると考えられてきたということです。

 しかし、マズローの欲求階層説に基づけば、低次元の欲求(生理的欲求や安全の欲求)が十分に満たされた現在(1960年当時)、高次元の欲求(社会的欲求や自我・自己実現欲求)を考慮した理論が求められているのであり、上司から部下への命令統制や企業の階層関係における権限の行使によって、従業員の労働意欲を高め生産効率性を上昇させようとする「X理論」には自ずと限界があり、「通常業務を効率的に処理する」議論から抜け出す必要があるとし、そうした意味で、「人間的側面」を取り込んで、しかも科学的な経営理論を確立することが時代的要請としてあり、それを形にしたものが、彼が提唱する「Y理論」であったわけです。

 先にも述べたように、「人間は本来、怠け者ではなく働き者であり、旺盛な知的好奇心と自己実現欲求を持つので、やりがいのある職場環境(人間関係)と達成目標さえ与えられれば積極的に働く」というのが「Y理論」の考え方であり、マクレガーは、これからの経営理論(組織論・人事管理・企業運営)では、外部から強制的な命令を下して「統制による管理」を行う「Ⅹ理論」の有効性は大きく低下し、内発的な動機付けを重視して「目標による管理」を行うY理論の有効性が段階的に上昇すると主張したわけです。

 そのことは、本書の第2部「Y理論の考察」、第3部「管理者の育成」における、現行の組織理論・管理理論に対する痛烈な批判として具体的に示されており、また、この第2部、第3部では、目標管理、業績評価、給与・昇進の管理、経営環境、ライン・スタッフ関係、リーダーシップ、管理者の育成と教室での管理技法の習得についてなど、人事マネジメント、人材育成に関する様々なテーマを取り上げていて、今日改めて読んでも、大いに示唆に富むものです。

 例えば、「管理者の部下に対する最も適切な役割は、部下の教師、専門的援助者、同僚、コンサルタント」であって、「Y理論」に基づく管理者であれば、「専門家と顧客との関係と同じような関係を、部下や上役や同僚との間で作り上げることができるであろう」としています。

 リーダーシップに関しては、「すべてのリーダーに共通の能力や人柄の基本型は唯一つであるということは全くありえない。リーダーの人柄は重要であるが、人柄として何が不可欠かは状況によって大いに異なる」とし、「まだ設立早々で苦悶している会社に必要なリーダーシップは、大規模で安定している会社の場合とは全く違う」としています。

 管理者の育成については、製品を「製造」するような方法では、管理を「製造」することはできないとし、望めるのは管理者が成長することだけであると―。そして、「目標管理」による方法ほど、それだけで管理者育成を促進する環境を作り出すのに役立つものはないとしています(「農業的」な管理者育成方法が「工業的」な方法よりも望ましい、という表現を用いているのが面白い)。

 「X理論-Y理論」については、発表当初には、労働者にあまりにも高次元の資質を求めすぎているのではないかとの批判もあり(本書の中でも、労働者が高次元欲求を持っている場合においてより有効であるとされているのだが)、その後、対照的な2つのマネジメントスタイルとして「X理論」的な対処と「Y理論」的な対処の両方を考え、細かいことには目をつむり、基本は「Y理論」でいくが、但し、「X理論」的な仕組みは欠かさない―という「修正Y理論」的な考えが、マズローをはじめ多くの研究者から出されるとともに、マクレガー自身も所謂「Z理論」の構築に取り組みましたが、本書刊行の4年後、58歳で亡くなってしまったため、完成を見ることはありませんでした。

 マクレガーは、1906年にミシガン州デトロイトに生まれ、曾祖父はスコットランド長老派の牧師であり、祖父はオハイオで浮浪者のための施設を作っていて、これが慈善事業を行なうマグレガー協会という団体に発展し、ダクラス・マグレガーの父親も1915年にマグレガー協会の理事になっています。彼の家では毎晩礼拝が行なわれ、父親がオルガンをひき、母親が讃美歌を歌い、彼も伴奏をしたり、幼い頃から恵まれない人々に食事や宿を与える仕事の事務を手伝ったりしていたとのことで、マグレガーの「Y理論」は人間に対する深い信頼がベースになっていますが、それは、彼が宗教的で慈善精神の継承された家系に育ったことと結びつくかと思われます。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書会》
■2017年03月10日 第3回「人事の名著を読む会」ダグラス・マグレガー 『企業の人間的側面』

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「心理学的」立場、「病跡学的」アプローチから、多様な異常心理に通底するものを探る。

あなたの中の異常心理 (幻冬舎新書).jpgあなたの中の異常心理 (幻冬舎新書)』〔'12年〕異常の心理学.jpg相場均 『異常の心理学』〔'69年〕

 著者は、「異常心理についてこれまで書かれたものは、明白な異常性をもった状態にばかり注目していると思う」「中身は、そっくりそのまま精神医学の病名の羅列とその解説になっているということが多い」としていますが、確かに、ここ何年もそうした傾向が続いているように思われ、一方「心理学」を冠した一般書は、対人関係のテクニック、困った性格の人との接し方といった実用書的なものが多くを占めるようになってしまっている印象を受けます。

 本書では、「異常心理」は精神障害に限ったものではなく、誰の心にでも潜んでいるものであるとし、健康な顔と異常な顔は一つの連続体として繋がっているとしたうえで、異常心理の原因、それらの根底に通じるものについて書いています。

 こうした切り口の本は、かつては、『異常の心理学』('69年/講談社現代新書)を著した相場均(1924‐1976)や、多くの心理学の啓蒙書を著した宮城音弥(1908-2005)など、書き手が結構いたように思いますが、臨床重視の傾向にある最近では、このタイプの精神医学の素養を持った「心理学」者はあまりいないのではないかと...(著者は東大哲学科を中退し京大医学部で精神医学を学んでいるが、宮城音弥は、京大哲学科卒業後にフランス留学し精神医学を学んでいる)。

 著者の得意とする著名人や文学作品・映画の主人公の生き方を引く方法で、異常心理を7つの類型で分かり易く解説しており、精神科医兼作家が書いた、いわば「文系心理学」の本かと(著者は小笠原慧のペンネームで書いた小説「DZ」で横溝賞を受賞している)。

yukio mishima2.jpgマハトマ・ガンジー.jpg 「完璧主義」の病理を説いた第1章で出てくるのは、何事においても完璧を求め努力した三島由紀夫(その完璧主義が彼自身を追い詰めることになった)を筆頭に、映画「ブラック・スワン」の主人公、東電OL殺人事件の被害者、極端な潔癖主義だったマハトマ・ガンジー(父の最期の時に肉欲に溺れていたことへの罪の意識から過剰に禁欲的になったという) 、ピアニストのグレン・グールドなど。

 誰にでもある「悪の快感」が、いじめや虐待、過食症や万引き癖、更には異常性愛に繋がることを説いた第2章では、悪の哲学者ジョルジュ・バタイユと、倒錯と嗜虐性をテーマにした作品を多く残したマルキ・ド・サドの違いを、その生い立ちや生涯から考察するなどしています。

1ドストエフスキー.jpg1夏目漱石.jpgバートランド・ラッセル.jpgjung.jpg 「敵」を作り出す心のメカニズムについて説いた第3章では、ドストエフスキーや夏目漱石などの文豪のエピソードが取り上げられており、幻聴や神経衰弱に悩まされたカール・グスタフ・ユングや、生涯にわたって女癖がひどかったというバートランド・ラッセル(平和活動家としての名声が高まるとともに、活動を共にする取り巻き女性をハーレム化していったという)の話も紹介されています。

 人間が正反対の気持ちを同時に持ち得る「アンビバレント」を解説した第4章に登場するのはシェークスピアの「リア王」で、自分の中にもう一人の自分がいる気がする「解離」などについて説いた第5章では、精神分析、心理分析の歴史を追って主要な先人たちの業績を紹介し、またまたユング登場。

オスカー・ワイルド.jpgニーチェ2.jpgHemingway.bmp 人形(ドール)しか愛せないという異形愛が、幼児期に母親から捨てられたという思いか原因であるとする第6章では、ショーペンハウアーや、同性愛の方へ傾斜したオスカー・ワイルド、そして再び三島由紀夫のことが出てきて、罪悪感は強すぎて自己否定の奈落に陥ってしまうことを解説した最後第7章では、幼い頃の父親の死と厳格な母親の教育の重みによって施された心の纏足から自らを解き放とうとして「神を殺した」ニーチェ、スランプと飲酒の悪循環でうつ病になったヘミングウェイが―。

 こうなると歴史上の人物の生涯を精神医学及び心理学的観点を追った、所謂「病跡学」の本かとの印象も受けますが、一方で、普通人で各パターンに当て嵌まる患者の症例なども紹介されていて、異常心理の底にある共通した要因を探る際に、その多くは幼児期や若い頃の体験などにあるため、成育歴が一般に知られている著名人をケーススタディの素材としているのかと思われます(読者の関心を引き易いというのもあるし、著者自身がそうした「病跡学」的アプローチが好みなのかとも思うが)。

 多くの異常心理から読み取れる人間の根源的欲求は、自己保存の欲求、他者からの承認欲求であり、それが損なわれると、端的な自己目的化や自己絶対視に陥って出口無しの自己追求に入り込むか、解離など自己分裂を起こすかでしか自己を保てなくなり、こうした閉鎖的回路に陥らない、或いは陥ったとしても、他者を介することでそこから脱出することが大切であるとしています。

 心理学のクラシカルなスタイルに立ち戻り(「病跡学」などは流行らなくなってもう何年も経つが、かつてはうつ病の先駆的権威である笠原嘉氏などもやっていた)、パーソナリティ障害など現代精神医学で使われる用語の使用を極力避けて書かれていて(「リビドー」など精神分析用語は出てくる)、久しぶりに「心理学」的立場から異常心理について書かれた本に出会ったという印象です。

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催眠について新書で科学的な観点から取り上げた点は先駆的だったと言える。

暗示と催眠の世界―2.JPG暗示と催眠の世界s.jpg  日本人の対人恐怖.jpg
暗示と催眠の世界―現代人の臨床社会心理学 (1969年) (講談社現代新書)』『日本人の対人恐怖 (Keiso c books―社会心理学選書)
暗示と催眠の世界22.JPG暗示と催眠の世界5.JPG 『日本人の深層心理』『日本人の対人恐怖』などの著書のある臨床心理学者・木村駿(1930-2002/享年72)の著書。

 「暗示」と「催眠」について分り易く解説した本で、とりわけ催眠については、それまで学術書以外では、実用書のようなもので「催眠術」としてしか扱われてなかったものを、「講談社現代新書」というエスタブリッシュな新書で科学的な観点から取り上げたのは先駆的だったかも。メスメルから始まる催眠の歴史から説き起こし、催眠時における脳波の測定結果などを示して催眠状態とは如何なるものかを解説したうえで、その技法についても、著者の実演写真入りで紹介しています(簡潔ではあるけれども、一応、技法書としても使える)。

 さらに、自動車交通事故の誘因の1つともされるハイウェイ催眠など、日常に見られる催眠現象及びその類似現象について解説し、自律訓練法や脳性麻痺のリハビリテーションなどの催眠法による治療を紹介すると共に、後半は、学生運動における群集心理や政治における大衆操作などの「社会現象」としての催眠(暗示)を扱っています。

1暗示と催眠の世界 石原.jpg1暗示と催眠の世界 美濃部.jpg 「政治家のイメージも暗示で作られる」としているのは、最近言われる「ポピュリズム政治」をある意味先取りしており、リーダーを「父親型」と「母親型」に分類していて、"最近のわが国の政治家"の例としてそれぞれ、'68年の参議院議員選挙の全国区でトップ当選した石原慎太郎と、'67年に東京都知事選挙で勝利した美濃部亮吉を挙げているのが興味深く、また、時代を感じさせます(宗教界の父親型リーダーに創価学会の池田大作、母親型リーダーとして立正佼成会の庭野日敬を挙げており、集団の性格は、リーダーのタイプによって象徴されるとしている)。

 最後に、広告・宣伝における大衆暗示について述べていて、ビールはイメージ商品であり、キリン、サッポロ、アサヒの3社のビールの味の違いは、ビール会社の技師でも分らないと言っていたとあり、当時ビール市場に参入して間もないサントリーのテレビCMを巧妙と絶賛する一方、ビール市場からの撤退を余儀なくされた「タカラビール」を、味は他社にひけを取らないのに焼酎のイメージから脱却できなかった「悲劇的な例」としています。

 社会心理にまで言及したことで、1冊にやや盛り込み過ぎになったきらいもありますが、入門書としては読み易く、読み直すことでまた新たな興味が湧く部分もありました。

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「サディスティック・パーソナリティ障害」についての知識面で得るところがあった。

サディスティックな人格―身のまわりにいるちょっとアブナイ人の心理学.jpg サディスティックな人格―.jpg  Theodore Millon.jpg Dr. Theodore Millon
サディスティックな人格―身のまわりにいるちょっとアブナイ人の心理学』 ['04年] 

Disorders of Personality DSM-IV and Beyond.jpg やたらキレて部下に怒鳴り散らす、或いは延々と小一時間ばかりも(それぐらいで済めばまだいい方)説教する"クセ"がある人を職場で見たことがありますが、自信家で実際に仕事は出来て押し出しも強いので、要職を歴任している、しかし、行く先々の部署で部下は次々と辞めていき、そして最後は自分も辞めざるを得なくなったのですが、「役員候補なのにもったいなかった」と見る人もいれば、「もともと病気(癪)持ちなんだ」と見る人もいて、本書を読んで、あれは"クセ"とか"病気"とか言うより、「人格障害」だったのかなあと。

 本書は、臨床心理士である著者が、「サディスティック・パーソナリティ障害」「受動攻撃性パーソナリティ障害」について書いた本で、これらは、著者が日本に紹介している、人格障害理論の世界的権威で元ハーバード大学精神医学教授のセオドア・ミロン(Theodore Millon、米国精神医学会の診断基準DSM-IIIにおける人格障害部門の原案作成者)がパーソナリティ障害の類型とした14のタイプに含まれるものですが、当初、DSMに入っていたものが、DSM-IV以降、削られているとのこと。本書では、ミロンの著書(『パーソナリティ障害-DSM-IVとそれを超えて』) などをベースに、この2つの性格障害について、例を挙げながら解説しています。 "Disorders of Personality: Dsm-IV and Beyond (Wiley-Interscience Publication)"

 個人的には、「サディスティック・パーソナリティ障害」は「自己愛性パーソナリティ障害」の攻撃が外に向かうタイプと変わらず、それが、DSMから削られた理由だと思っていましたが、本書を読んで、やはり違うなと(ミロンは、「反社会性パーソナリティ障害」に近いものとしているが、実際、本によっては、「自己愛性」とグループ化しているものもある)。
山口美江0.jpg 冒頭で著者によって取り上げられているタレント(山口美江(1960-2012/享年51))などは、言われてみれば確かにミロンが、「サディスティック・パーソナリティ障害」のサブタイプの1つに挙げている「キレるサディスト-癇癪持ち」にピッタリ嵌まります(ような気がする)。
 ミロンはその他に、暴君系サディスト、警官役サディスト"など幾つかのサブタイプを挙げていますが、こうして見ると、権威や権力志向に直結し易い分、職場においてはかなりやっかいなタイプだなあと思いました。

 一方、「受動攻撃性」というのは、これもまた難物で、表れ方としては、すね者であったり天邪鬼であったりするのですが、受身でいながら主体性を実感したいというのが根底にあるとのこと、但し、本書を読んでも、「サディスティック・パーソナリティ障害」ほどは明確に性格障害としてのイメージが掴みにくく、むしろ、対人心理学のテーマであるような気も正直しました(ミロン自身が、精神医学ではなく臨床心理学の出身)。

 「予備知識が無くても読めるアカデミックなもの」から、完全に「一般読者向けのもの」へと、執筆途中で方針転換したとのことで、個人的には「サディスティック・パーソナリティ障害」について得るところがあり、海外の専門書を平易に解説してくれているのは有難いが、使い回しの内容もある割には価格(2,100円)が少し高いのでは? この後、同じテーマで新書なども書いているので、そちらと見比べて購入を決めた方がいいです。

 因みに、著者が講師を勤めたの最近の市民講座(ウェブ講座)におけるパーソナリティ障害の講義では、ミロンのパーソナリティ分類から11個を選び、元東大学医学部助教授の安永浩が提案した性格類型である「中心気質」を加え、下記の12個を解説していますが、こうなると、先生ごとに分類の仕方は異なってくるということか...。

 ① 自己愛性 (プライドが高く理想を追うお殿様な人たち)
 ② 依存性 (自信がなく他人に助けてもらうために調子を合わせる)
 ③ 自虐性 (禁欲的でまじめだが苦労ぶりをアピールする一面も)
 ④ 加虐性 (自信家で競争心の強い仕切りたがり屋)
 ⑤ 強迫性 (手抜きをしない完璧主義者だが慎重過ぎ柔軟性に欠ける)
 ⑥ 演技性 (社交的な目立ちたがり屋、ノリはいいが計画性・ポリシー欠如)
 ⑦ 反社会性 (自主独立の改革者にもなりうるが既存のルールを軽視しがち)
 ⑧ 回避性 (繊細だが対人関係に過敏、内面に閉じこもる)
 ⑨ 中心気質 (熱中人間、飾り気がなく素朴で小技に乏しい)
 ⑩ シゾイド性 (物静かで社交嫌い、観念活動を好む)
 ⑪ 拒絶性 (自尊心はあるが周囲に逆らうあまのじゃく)
 ⑫ 抑うつ性 (安全志向だが悲観的でめげやすい)

《読書MEMO》
●章立て
 第1部 サディスティック・パーソナリティ障害
 第1章 サディスティック・パーソナリティとの出会い
 第2章 サディスティック・パーソナリティはどうつくられるのか
 第3章 サディスティック・パーソナリティの基本的特徴
    3.1 まわりの人は落ち着けない
    3.2 威嚇的な対人関係
    3.3 視野の狭い主義主張をふりかざす
    3.4 サディストの自己イメージは「ファイター」
    3.5 他人はみんな「狼」
    3.6 相手を傷つけても罪悪感を免れる心理テクニック
    3.7 攻撃性が強すぎて不安定
    3.8 感情が沈みこむことはなく、常に興奮と苛立ちに満ちている
 第4章 サディスティック・パーソナリティの六タイプ
    4.1 キレるサディスト
    4.2 暴君系サディスト
    4.3 警察役サディスト
    4.4 臆病サディスト
    4.5 自己抑制的なサディスト
    4.6 マゾヒスティックなサディスト
    4.7 ノーマルなサディスト
    4.8 サディスティック・パーソナリティと他のパーソナリティ障害との違い
 第5章 【応用編】長崎女児殺害事件とサディスティック・パーソナリティ
第2部 受動攻撃性パーソナリティ障害
 第6章 受動攻撃性パーソナリティとは何か
 第7章 受動攻撃性パーソナリティはどうつくられるのか
 第8章 受動攻撃性パーソナリティの基本的特徴
    8.1 憤慨を露わにする
    8.2 へそ曲がりな対人行動
    8.3 斜に構えた現実認識
    8.4 「不遇な人生」という自己規定
    8.5 揺らぎと迷いに満ちた心的活動
    8.6 代用的な発散によってしか心理的バランスがとれない
    8.7 休む間もない不安定さ
    8.8 苛立ちやすさ
 第9章 受動攻撃性パーソナリティの四タイプ
    9.1 サボタージュ・タイプ
    9.2 当り散らすタイプ
    9.3 評論家タイプ
    9.4 不安定タイプ
    9.5 ノーマルな受動攻撃性パーソナリティ
 第10章 【応用編】綿矢りさ『蹴りたい背中』と受動攻撃性パーソナリティ

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催眠の技法を面接話法として具体的に記述。暗示の力の凄さを実感したこともあったが...。

催眠面接法.jpg催眠術入門―あなたも心理操縦ができる (カッパ・ブックス).jpg 催眠術入門.jpg 自己催眠術 劣等感からの解放・6つの方法.jpg 成瀬悟策(なるせ ごさく).jpg
藤本正雄(左写真)『催眠術入門―あなたも心理操縦ができる (1959年) (カッパ・ブックス)』『催眠術入門―あなたも心理操縦ができる』(旧版/新版)/平井富雄『自己催眠術―劣等感からの解放・6つの方法 (カッパ・ブックス)藤本正雄.jpg/成瀬悟策(なるせ・ごさく) 九州大学名誉教授
催眠面接法』['68年]成瀬悟策『催眠面接法 POD版』['07年]

 昭和30年代に催眠術ブームがあり、例えば日産生命名誉会長の藤本正雄氏 (1908-1993、執筆時は同社常務)の書いた『催眠術入門』('59年/カッパブックス)などがベストセラーになりましたが、この本は催眠の効用や技法をわかりやすく示したたいへん良心的な内容でした。但し、その他の催眠に関する本で「術」とつくものには少し妖しげなものも少なくなかったようです(それは昭和平井富雄.jpg40年代に再ブームが到来したときも同様で、そうした本を書いている人がテレビ番組などに出演するなどして催眠ブーム(催眠への認知)を広げたということもあるが)。自己催眠に関するものでは、東京大学の平井富雄教授(1927-1993、執筆時は東大講師)の『自己催眠術』('67年/カッパブックス)は。やはり「術」とはつきますが、良かったというか、真っ当な内容であったように思います(書かれていることは学術的言い方をするならば「自律訓練法」のことなのだが)。

「 暗示と催眠の世界」.jpg 比較的入手しやすい本で信頼できる学者が書いたものとしては、木村駿氏の暗示と催眠の世界』('69年/講談社現代新書)がありましたが、「暗示」の部分で社会心理学的なテーマまで扱っているため、催眠の技法部分については、一応は書かれているものの、それほど詳しくない―そこで、催眠の技法についてきっちり書かれている本は?ということで探して、本書をはじめとする成瀬悟策氏の著書に行き着きました。

 とりわけ本書 『催眠面接法』は、催眠の技法が面接話法的に、実際に用いる話し言葉で幾通りも示されているので実践的です。本書を参照し、以前に何人かの被験者に催眠を試みる機会がありましたが、概ねうまくいき、中には、"後催眠暗示"までいって、手を叩けば窓を開けるとか、窓を開けると飲み物が欲しくなるとか、催眠中にこちらで指示した通りに行動する人もいました(何だか、こちらが優位に立った気になるのが危うい)。

 ここまでになると本人の催眠感受性による部分が大きいわけで、被験者の集中力の高さのお陰と考えるべきかも。その被験者は、殆ど受験勉強らしいことをせず一流大学に現役合格した人だったそうです。

 「催眠術」として遊び気分でやったこともあり、後輩に掌に置いた硬貨が熱くなるという暗示をかけたら、冷たいはずの硬貨でヤケドしたといったこともあって、自分より年下が相手だったということで、そうした上下関係が暗示効果を増幅した面もあったかと思われますが、それにしても暗示の力の凄さを思い知りました。

 この本は技法について詳しく書かれていますが、それだけでなく、臨床場面において技法が実際にいかなる分野でどのように用いられるかが論述されていて、"後催眠暗示"は充分に覚醒させて終了することが大事であるとのこと。また、フロイトの催眠療法のような権威的効果の利用に否定的であり、当然のことながら、自分が硬貨を使ってやったようなことは、被験者にとって百害あって一利もない邪道であることがわかります―大いに反省。

藤本 正雄 『催眠術入門』 ('59年/カッパ・ブックス)カバー-デザイン:田中一光
藤本 正雄 『催眠術入門』d.jpg 藤本 正雄 『催眠術入門』331.jpg
藤本 正雄 『催眠術入門』0108.jpg

《読書MEMO》
●60年代末~70年代の所謂"催眠本"
守部昭夫『あなたもできる催眠教室』('69年/ベストセラーズ)/守部昭夫『他者催眠』('72年/ベストセラーズ)/世和玄次/『HOW TO プロ催眠術師』('73年/日本文芸社)/時川匠『8週間でマスターする催眠勉強法』('73年/アロー出版社)/世和玄次『催眠技術独習 わかりやすい精神統一法!』('74年/日本文芸社)
7あなたもできる催眠教室.jpgHOW TO プロ催眠術師.jpg8週間でマスターする催眠勉強法.jpg7他者催眠jpg.jpg4催眠技術独習.jpg

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自己暗示も記憶喪失も嘘の類型であると―。印象に残った記憶喪失者の話。

『うその心理学』相場均(講談社現代新書)2.jpgうその心理学.jpg 『うその心理学』相場均(談社現代新書)2.jpg うその心理学00.jpg
うその心理学』 講談社現代新書〔'65年〕/『異常の心理学』〔'69年〕/『うその心理学』本文イラスト:真鍋博

うその心理学18.jpg 本書でも紹介されている、子犬を絞め殺した夢を見た女性のフロイトによる分析の話は有名ですが、こうした憎しみの「転移」は、夢の中で自分に嘘をついているとも言え、本書を読むと、人間というのは、夢に限らず現実においても嘘をつくようにできているということになります。但し、自己中心的な嘘をつき続ける人は、やはり虚言症と呼ばれる病気であり、クレペリンの調べでは、虚言症者の43%は自殺を図っているそうです(周囲の誰かが病気だということに気づいてあげないと危険な状況になるかも)。

異常の心理学.jpg  自己暗示などは意識的に自分を騙すような要素もあるわけで、一方、記憶喪失の場合は、無意識のうちに(自己防衛的に)自分に嘘をつく(自分を欺く)ものと言えるようです。同じ著者の『 異常の心理学』('69年/講談社現代新書)を読んだ時に記憶喪失の症例が印象に残りましたが、本書でも、特に印象に残ったのは、ルーという記憶喪失者の話(124p)。
   
West Country Gallery web site.jpg ルーは貧しい若者だった。母と2人、とある町に住み、小さな店で働いていた。仕事は単調で、生活は苦しく味気なかった。彼の楽しみといえば、場末の酒場に集まる船員たちに混じって、彼らの冒険談に聞き入ることだった。危険とスリルに富んだ海の男の生活。熱帯の陽光に輝く紺碧の海。遠い国々の風景。ルーは夢み、そして憧れた。しかし、彼には養わねばならない母がある...。

 ある日、ルーは突然姿を消した。年老いた母親の嘆き。探索。ルーはあちこちの家の手伝いをしたりして僅かな路銀を稼ぎながら、海辺の町へと旅をしたのだった。初めて、運河をゆき過ぎる荷船で働き、辛い労働によく耐えた。やがて、あちこちを流れ歩く鋳掛屋の徒弟になった。海への憧れは満たされたとは言えないが、それでも変化のある生活が送れた。

 数ヵ月たったある日、親方は徒弟たちに酒を振舞った。「今日はちょっとお目出度いことがあるのでな。祝杯でもやってくれ。」ルーは親方に今日は何日ですかと聞いた。親方が日を教えたとき、突然ルーは叫んだ。「今日は母さんの誕生日だ。」若者は、はっとわれにかえった。ここはどこだろう。今まで僕は何をしていたのだろう。いつも行く場末の酒場で船乗りたちと酒を飲み、彼らの話を聞き、そして酒場を出た―彼の頭の中にあるのは、それだけだった。そこからは空白なのだ。今まで何をしていたのか全然記憶が無い。びっくりして彼を見つめている親方の顔も、ルーには全く見知らぬ人の顔だった―。これって、今で言うところの「解離性遁走」に近いのではないだろうか。

Ronald Colman, Greer Garson in Random Harvest
『心の旅路』グリア・ガースン、ロナルド・コールマン.bmp こうした記憶喪失は映画などのモチーフしても扱われており、よく知られているのがマーヴィン・ルロイ監督の「心の旅路」(原題:Random Harvest、'42年/米)です(原作は『チップス先生、さようなら』『失われた地平線』などの作者ジェームズ・ヒルトン)。

心の旅路ド.jpg 第1次世界大戦の後遺症で記憶を失ったスミシィ(仮称)という男が、入院先を逃げ出し彷徨っているところを、踊り子ポーラにに助けられ、2人は結婚し田舎で安穏と暮らすが、出張先で転倒したスミシィは、自分がレイナーという実業家の息子であった記憶喪失以前の記憶を取り戻し、逆に、ポーラと過ごした記憶喪失以後の3年間のことは忘れてしまう―。

 かなりご都合主義的な展開ととれなくもありませんが、「コールマン髭」のロナルド・コールマンが記憶喪失になった男を好演していて(共演はグリア・ガーソン)、同じマーヴィン・ルロイ監督の"メロドラマ"「哀愁」よりも、こちらの"メロドラマ"の方が素直に感動してしまいました("記憶喪失"というモチーフの面白さもあったが)。

「心の旅路」パンフレット
心の旅路 パンフレット.jpg「心の旅路」.jpg「心の旅路」●原題:RANDOM HARVEST●制作年:1942年●制作国:アメリカ●監督:マーヴィン・ルロイ●製作:シドニー・フランクリン ●脚本:クローディン・ウェスト/ジョージ・フローシェル/アーサー・ウィンペリス●撮影:ジョセフ・ルッテンバーグ ●音楽:ハーバート・ストサート●原作:ジェームズ・ヒルトン「心の旅路」●時間:124分●出演: ロナルド・コールマン/グリア・ガーソン/フィリップ・ドーン/スーザン・ピータース/ヘンリー・トラヴァース/レジナルド・オーウェン/ライス・オコナー●日本公開:1947/07●配給:MGM=セントラル●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-12-23)(評価:★★★★)●併映「舞踏会の手帖」(ジュリアン・デュビビエ)

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読んでいて面白いが、フロイト学派だとこうなってしまうのか、という印象も。

夢判断 外林大作2.bmp夢判断―あなたの知らないあなたの欲望.jpg夢判断.jpg夢判断―あなたの知らないあなたの欲望』〔'68年/カッパ・ブックス〕(カバー-デザイン:田中一光/カバーイラスト:辰巳四郎/推薦文:懸田克躬)

 フロイト学派(新フロイト派)の外林大作氏の書いた一般向けの夢解釈の本ですが、夢の中に現れる物や人物、行動が50音順に並んでいて、自分の夢の中で印象に残った事柄をそこから手繰れば、その夢の意味が解るという親しみやすい構成のため、かなり多くの人に読まれたのではないでしょうか。

Salvador Dali
Salvador Dali, Honey is Sweeter Than Blood.jpg 「死体」は"秘密"の象徴である(だから、夢に死体が現れる場合は、何とかしてそれを隠そうとしている場合が多い)とか、「トイレ」に行くことは"情事"を表す(どの戸を叩いても使用中だというのは、自分が知っている異性はみな結婚していたり恋人がいて、相手にしてくれないという失望感を表す)とか、結構、当時は面白いと思って読んだ部分がありました。

 夢に現れるものの殆どが性的願望の象徴として解釈されていて、「靴をはく夢は、婚約者や配偶者など、社会的に承認された特定の異性に対する性的願望です。なぜなら、足が男性、靴が女性を表わすものであり、また、靴はスリッパと違って自分の足に合った特定のものでなくては、はけないものだからです」とありますが、要するに、細長いものや棒状のものは全て男性器の象徴であり、丸いものや器状のものは全て女性器の象徴ということになっているので、読んでいて、読んでいて面白いことは面白いですが、だんだん本当かなあという気になってくる―。

精神分析入門.jpg フロイトの考えを要約すると、夢は、昼間の生活で満たされない願望を夜になって満たすという役目を果たしているということですが、宮城音弥精神分析入門』('59年/岩波新書)に、フロイトとユングの神話解釈の対比があり、フロイトは過去の願望から解釈し、ユングは将来の何かを示すために〈目的的〉に解釈したとあり、夢の解釈においてもそれは当て嵌まるでしょう(宮城音弥は、フロイトの説明は"後ろ向き"、ユングのは"前向き"とも言っている)。 
精神分析入門 (1959年) (岩波新書)

 一つの解釈方法に教条的にとらわれない方が良いとは思いますが、同じタイプの夢でも「学派」によって解釈が対極的に異なったりする点が、夢解釈を心理療法などにとり入れる際の難しい点ではないでしょうか。

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年代を超えた説得力。近年の「日本人論」よりも知的エッセンスでは一段上。

「甘え」の構造 (1971年).jpg  「甘え」の構造3.jpg  「甘え」の構造4.jpg 「甘え」の構造5.jpg 土居健郎.jpg 土居健郎 氏
「甘え」の構造 (1971年)』/『「甘え」の構造』第3版〔'91年〕(カバー:真鍋博)/『「甘え」の構造 [新装版]』〔'01年〕/『「甘え」の構造 [増補普及版]』〔'07年〕

「甘え」というものを、周りの人に好かれて依存したいという日本人独特の心理として分析し、日本の社会における種々の営みを貫くものとして「甘え」を論じた'71年刊行のベストセラーで、'91年刊行の「20周年記念」版で再読しました(表紙に「20」という数字がある)。

 「甘え」の心理の原型は母子関係における乳児心理があり、他の人間関係においても、親子関係のような親密さを求めるのが日本人の特質だという言説には批判もあり(乳児心理は普遍的だから、精神分析論的に論じると外国人にも「甘え」の心理はあるということになる)、社会現象、文学作品、天皇制など幅広いジャンルを「甘え」というキーワードで論じている分、それぞれにおいても反論があり、著者自身、その後も続編などで反駁したり説明不足を補ったり(若干の修正も)しています。
 にも関わらず、オリジナル版がたびたび復刻しているのは、オリジナル版に年代を超えた説得力がそれなりにある証拠ではないかと思います(刊行30周年にあたる'01年にも新装版が出され、'07年にも増補普及版が刊行された)。

 読み直してみて、「義理と人情」の項が面白かったです。
 著者によれば、両者は対立概念ではなく、義理とは人為的に人情が持ち込まれた関係であり、義理が器であるとすれば、その中身は人情であると。
 「一宿一飯の恩」などと言いますが、恩とは人から情け(人情)を受けることで義理が成立する契機となるものであり、義理人情の葛藤というのは、恩を受けた複数の相手方の片方に義理を立てれば片方に義理を欠くということであり、相手方の好意を引きたいという意味では、ともに甘えに根ざしていると(人情を強調すれば甘えの肯定となり、義理を強調することは関係性を賞揚することになるが、甘えを依存性という言葉に置き換えると、それを歓迎するか、そうした関係に縛られるかの違いに過ぎないと)。

 続く「他人と遠慮」と「内と外」「罪と恥」の項も面白い。
 遠慮というのは、親子と他人の中間的な関係において働くものであり、親子の間では無遠慮であり、また、全くの他人に対しても往々にして、同様に無遠慮でいることができる、遠慮とは相手に甘えすぎてはいけないという意識であり、遠慮が働くのは根底に甘えがあるからだと。
 日本人が恥を感じるのは、そうした中間的な関係にあたる帰属集団に対してであり、集団から仲間として扱ってもらえなくなることを日本人は恐れる傾向にあると。

 日本人論(それも自省的なもの)がベストセラーになることは多いですが、近年のその類のものに比べて本書は、やや時代を感じる面もあるものの、知的エッセンスでは一段上という感じがします。

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結論には共感したが、インパクトが弱い。『「甘え」の構造』がなぜ参考文献リストに無い?

羞恥心はどこへ消えた.jpg 『羞恥心はどこへ消えた? (光文社新書)』 〔'05年〕 菅原 健介.jpg 菅原 健介 氏 (聖心女子大教授)

ジベタリアン.jpg 駅や車内などで座り込むジベタリアン、人前キス、車内化粧などの横溢―現代の若者は羞恥心を無くしたのか? そうした疑問を取っ掛かりに、「恥」の感情を研究している心理学者が、羞恥心というものを社会心理学、進化心理学の観点で分析・考察した本。

 社会的生き物である人間は、社会や集団から排除されると生活できなくなるが、羞恥心は、人間が社会規範から孤立しないようにするための「警報装置」としての役割を持っているとのこと。それは、単なる自己顕示欲や虚栄心といった世俗的なプライドを守る道具ではなく、生きていくために必要なもので、進化心理学の視点で考えると、敏感な羞恥心を持たない人物は、社会から排斥されその形質を後世に伝えられなかっただろうと。

ジベタリアン2.jpg 「恥の文化ニッポン」と言われますが、国・社会によって「恥」の基準は大きく異なり、日本の場合、伝統的には、血縁などを基準にした「ミウチ」、地域社会などを基準にした「セケン」、それ以外の「タニン」の何れに対するかにより羞恥心を感じる度合いが異なり、「セケン」に対して、が最も恥ずかしいと感じると言うことです。しかし、「セケン」に該当した地域社会が「タニン」化した現代においては、一歩外に出ればそこは「タニン」の世界で、羞恥心が働かないため、「ジブン」本位が台頭し、駅や車内などで座り込もうと化粧しようと、周囲とは"関係なし状態"に。

 しかし一方では、従来の「セケン」に代わって「せまいセケン」というものが乱立し、若者の行動はそこに準拠することになる、つまり、平然と車内化粧する女子高生も、例えば、仲間がみんなルーズソックスを穿いている間は、自分だけ穿かないでいるのは「恥ずかしい」ことになり、結局、その間は帰属集団と同じ行動をとった、というのが著者の分析です。

「甘え」の構造3.jpg さらっと読める本ですが、前半部分の分析が、わかりきったことも多かったのと(ジベタリアンへのアンケート結果なども含め)、ポイントとなる「ミウチ・セケン・タニン」論は、30年以上も前に土居健郎氏などが言っていること(『「甘え」の構造』、どうして参考文献のリストに無い?)と内容が同じことであるのとで、インパクトが弱かったです。

 最後の方の、今まで「セケン」に該当していたものが「タニン」化し、「せまいセケン」が乱立しているという結論には、改めてそれなりに共感はしましたが、これも一般感覚としては大方が認識済みのことともとれるのでは。

《読書MEMO》
NHK「チコちゃんに叱られる!」2024年5月31日放送「"恥ずかしい"ってなに?...人間特有のこの感情の意味とは」
(解説:聖心女子大学人間関係研究室・菅原健介先生)

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セルフカウンセリング的な効用がある本? 「夢を持つこと」が難しい社会なのかも...。

傷つくのがこわい.jpg 『傷つくのがこわい (文春新書)』 〔'05年〕 人と接するのがつらい.jpg人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074))』 ['99年]

ca_img02.jpg  この著者には、同じ文春新書で『人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学』('99年)という本もあり、自我心理学が専門だと思いますが、人間関係など社会生活で悩んでいる人への思いやりが感じられ、本書もまた、ブックレビューなどを読むと好評のようです。

 前半部では、傷つくとはどういうことか、なぜ若者は傷つきやすいのかが、最近の社会動向、学校・家庭・職場内で見られる傾向なども分析しながら丁寧に解説されていて、後半部では心傷ついたときにはどうすればよいか、傷つかない心を持つにはどうしたらよいかが、カウンセリング理論をベースに、自律訓練法やリラクゼーションなどの方法論にまで落とし込んで書かれています。

 新書という体裁上、1つ1つの方法論についての解説は簡略なものですが、そこに至るまでに「傷つく」ということを心理学者の立場から臨床的に分析しているため、読者にすれば、本書を読むことで自らの「傷つき」を対象化することができ、セルフカウンセリング的な効果が得られる、それが好評である一因なのではないかと思われます。

 前半と後半の間に、「傷つきやすい若者への接し方」という章があって、社会そのものが若者を傷つけやすい構造になってきていることを指摘し、そうした「傷つきやすい若者」に対して、よき相談相手になることと、彼らの「自己価値観」を高める配慮をすることの大切さを説いています。

 この中で注目すべきは、フリーターやニートの増加を、単に若者の労働意欲の低下によるものではなく、彼らをとりまく厳しい労働環境との関係で捉えている点で、レビンソンの〈ライフサイクル論〉を引きながらも、現代の若者が大人としてのアイデンティティの確立が遅れているのは、社会が「余裕のない」「夢を持てない」ものになっているからだとしています(叶わぬ「夢」を保留するために現実への関与を避け、その結果モラトリアム期間が長期化するということ)。

 "新米成人"にとって「非現実的な夢にしがみつくこと」も「夢の全面的放棄」も満足な生活を与えてくれるものでなはなく、レビンソンに習って、「夢を生活構造の中に位置づけること」が大切であるとしながら、著者自身が認識するように、社会そのものが「夢を持てない」ものになっているというのは、結構キツイ状況だなあと感じました。

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ロールシャッハ、YG、内田クレペリンを俎上に。読み物としては面白かった。

「心理テスト」はウソでした。2.jpg「心理テスト」はウソでした。.jpg 村上宣寛(むらかみよしひろ)教授.jpg 村上宣寛(むらかみよしひろ)・富山大学教授 〔性格心理学、教育測定学〕
「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』〔'05年〕 

 心理テストと呼ばれるものの曖昧さ、いい加減さを心理テストの専門家自身が(この人、"野宿"の大家でもあるらしいが)、統計学的・実証的に検証してみせた本で、第1章で「血液型人間学」、第2章で「万能心理テスト」、第3章で「ロールシャッハ・テスト」、第4章で「矢田部ギルフォード性格検査(YG検査)」、第5章で「内田クレペリン検査」を俎上に上げています。大学の一般教養の講義を受けているかのように気軽に読め、しかも、隣りの教室で教えている心理学の授業は間違っているよ、みたいな内容なので面白かったです。

 ただし、「血液型人間学」というのは、著者の論駁以前に、未だにこれを科学だと思っている人がいるのかなという気が、個人的にはしました。一方、「万能心理テスト」とは、誰もが「当たっている!」と感じる質問や結果を並べた"ひっかけ"テストのことで、著者が大学院生などに試みて、全員に同じ結果を配っているのに殆どがきれいに騙されているのが面白かったですが(実際、この部分が本書で一番愉快だった)、本書における本格的な心理テスト批判ということになると、第3章以下の、ロールシャッハ、YG、内田クレペリンの3つに対する批判であると言えるでしょう(("3つのみに対する批判"とも言えてしまうが)。

shukanbunshun071108.jpg 高名な学者の言っていることが、比較的簡単な実験でその論拠が大きく揺らいでしまうのが面白く、特にロールシャッハは、権威者3名の同一テストに対する分析がバラバラで、しかも実態から大きく外れているという結果に。YG、内田クレペリンは、学生時代に自ら被験者になり、また結果分析もしたことがあるので身近に感じましたが、その当時から信憑性に疑義があり、今時こんなの使っているのかなという気もしました(実際には、批判も多い一方で、精神科や心療内科などで根強く用いられているようだが)。

「週刊文春」'07年11月8日号(ロールシャッハの誕生日)表紙 デザインは和田誠氏オリジナル

 後書きに、仕事の能力は測れるかというテーマをとりあげ、「SPI」や「コンピテンシー」について若干触れていますが、一般学生や企業の実務担当者などの側からすれば、むしろこのあたりをもっと突っ込んで書いてほしかったという気がするのでは。

 統計の話などは往々にしてつまらなくなりがちですが、わかりやすい論理展開と軽妙なテンポで読者を導き、読み物としては面白かったです。
 
 【2008年文庫化[講談社+α文庫]】

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「笑いの効用」について、三者三様に語る。ちょっと、パンチ不足?

笑いの力.jpg笑いの力』岩波書店['05年]人間性の心理学.jpg 宮城音弥『人間性の心理学』〔'68年/岩波新書〕

 '04年に小樽で開催された「絵本・児童文学研究センター」主催の文化セミナー「笑い」の記録集で、河合隼雄氏の「児童文化のなかの笑い」、養老孟司氏の「脳と笑い」、筒井康隆氏の「文学と笑い」の3つの講演と、3氏に女優で落語家の三林京子氏が加わったシンポジウム「笑いの力」が収録されています。

 冒頭で河合氏が、児童文学を通して、笑いによるストレスの解除や心に与える余裕について語ると、養老氏が、明治以降の目標へ向かって「追いつけ、追い越せ」という風潮が、現代人が「笑いの力」を失っている原因に繋がっていると語り、併せて「一神教」の考え方を批判、このあたりは『バカの壁』('03年)の論旨の延長線上という感じで、筒井氏は、アンブローズ・ビアスなどを引いて、批判精神(サタイア)と笑いの関係について述べています。

 「笑い」について真面目に語ると結構つまらなくなりがちですが、そこはツワモノの3人で何れもまあまあ面白く、それでも、錚錚たる面子のわりにはややパンチ不足(?)と言った方が妥当かも。 トップバッターの河合氏が「これから話すことは笑えない」と言いながらも、河合・養老両氏の話が結構笑いをとっていたことを、ラストの筒井氏がわざわざ指摘しているのが、やや、互いの"褒め合戦"になっているきらいも。

『人間性の心理学』.JPG 人はなぜ笑うのか、宮城音弥の『人間性の心理学』('68年/岩波新書)によると、エネルギー発散説(スペンサー)、優越感情説(ホッブス)、矛盾認知説(デュモン)から純粋知性説(ベルグソン)、抑圧解放説(フロイト)まで昔から諸説あるようですが(この本、喜怒哀楽などの様々な感情を心理学的に分析していて、なかなか面白い。但し、学説は多いけれど、どれが真実か分かっていないことが多いようだ)、河合氏、養老氏の話の中には、それぞれこれらの説に近いものがありました(ただし、本書はむしろ笑いの「原因」より「効用」の方に比重が置かれていると思われる)。

 好みにもよりますが、個人的には養老氏の話が講演においても鼎談においても一番面白く、それが人の「死」にまつわる話だったりするのですが、こうした話をさらっとしてみせることができるのは、職業柄、多くの死者と接してきたことも関係しているかも。

桂枝雀.jpg その養老氏が、面白いと買っているのが、桂枝雀の落語の枕の創作部分で、TVドラマ「ふたりっ子」で桂枝雀と共演した三林京子も桂枝雀と同じ米朝門下ですが、彼女の話から、桂枝雀の芸というのが考え抜かれたものであることが窺えました。桂枝雀は'99年に自死していますが(うつ病だったと言われている)、「笑い」と「死」の距離は意外と近い?

宮城 音弥 『』『精神分析入門』『神秘の世界』『心理学入門[第二版]』『人間性の心理学
宮城音弥 岩波.jpg

《読書MEMO》
養老氏の話―
●(元旦に遺体を病院からエレベーターで搬出しようとしたら婦長さんが来て)「元旦に死人が病院から出ていっちゃ困る」って言うんですよ。それでまた、四階まで戻されちゃいました。「どうすりゃいいんですか」って言ったら、「非常階段から降りてください」と言うんです。それで、運転手さんとこんど、外側についている非常階段を、長い棺をもって降りる。「これじゃ死体が増えちゃうよ」って言って。
●私の父親が死んだときに、お通夜のときですけれども、顔があまりにも白いから、死に化粧をしてやったほうがいいんじゃないかということになったんです。まず白粉をつけようとしたら、弟たちが持ってきた白粉を、顔の上にバッとひっくり返してしまった...
●心臓マッサージが主流になる前は長い針で心臓にじかにアドレナリンを注入していたんですね。病院でそれをやったお医者さんが結局だめで引き上げていったら、後ろから看病していた家族の方が追っかけてきて、「先生、最後に長い針で刺したのは、あれは止めを刺したんでしょうか」

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「きれいごと」は何の役にもたたないかという問いかけ、で終わっている?

いまどきの「常識」.jpg 『いまどきの「常識」』 岩波新書  〔'05年〕  香山リカ.jpg 香山 リカ 氏 (精神科医)

 各章のタイトルが、「自分の周りはバカばかり」、「お金は万能」、「男女平等が国を滅ぼす」、「痛い目にあうのは「自己責任」、「テレビで言っていたから正しい」、「国を愛さなければ国民にあらず」となっていて、こうした最近の社会的風潮に対して、はたしてこれらが"新しい常識"であり、これらの「常識」に沿って生きていかなければ、社会の範疇からはみ出てしまうのだろうかという疑問を呈しています。

 前書きの「「きれいごと」は本当に何の役にたたないものなのか?」という問いのまま、本文も全体的に問題提起で終わっていて、実際本書に対しては、現状批判に止まり、なんら解決策を示していないではないかという批判もあったようです。

 確かに著者の問題提起はそれ自体にも意味が無いものではないと思うし、精神分析医で、社会批評については門外漢とは言えないまでも専門家ではない著者が、人間関係・コミュニケーション、仕事・経済、男女・家族、社会、メディア、国家・政治といった広範なジャンルに対して意見している意欲は買いたいと思いますが、それにしても、もっと自分の言いたいことをはっきり言って欲しいなあ。

本当はこわいフツウの人たち.jpg より著者の専門分野に近い『本当はこわいフツウの人たち』('01年/朝日新聞社)などにも、こうした読者に判断を預けるような傾向が見られ、これってこの著者のパターンなのかと思ってしまう。
 すっと読める分、これだけで判断しろとか、「ね、そうでしょ」とか言われてもちょっとねえ...みたいな内容で、世の中の風潮を俯瞰するうえでは手ごろな1冊かも知れませんが、読者を考えさせるだけのインパクトに欠けるように思えました。

 社会の右傾化に対する著者の危惧は、『ぷちナショナリズム症候群』('02年/中公新書ラクレ)から続くものですが、今回あまり「イズム」を前面にだしていないのは、より広範な読者を引き込もうという戦略なのでしょうか。

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広く浅くだが、一定の切り口でわかりやすく纏まっている。

図解雑学 ユング心理学 1.jpg図解雑学 ユング心理学.jpg   jung.jpg Carl Gustav Jung (1875‐1961)
図解雑学 ユング心理学』['02年]

 「心理学と錬金術」「黄金の華の秘密」「空飛ぶ円盤」「個性化とマンダラ」...これらはみんなユングの著作のタイトルであり、こうして見ると何が何だかわからなくなってくる?  しかもユングが一般向けに書いた著作は『人間と象徴』ぐらいしかない―となると、どうしてもユング心理学を知ろうとすると、入門書探しから始めざるを得ないのではないでしょうか。ということでの「図解雑学シリーズ」ですが、本書は"広く浅く"ですが、一定の切り口でわかりやすく纏まっていると思いました。

図解雑学 ユング心理学2.jpg 第1章と第3章が「対話のためのユング心理学」「病者との対話」となっていて、「対話」というキーワードを切り口にコンプレックス、元型論(アニマとアニムスなど)、集合的無意識といった概念や、夢分析、箱庭療法などの心理療法についての解説がされています。

 また第2章でユングの生い立ちと生涯をとりあげ、1つの伝記として読めるとともに、彼の提唱した様々な概念が、彼自身の体験に由来するものであったことがわかり、興味深かったです。

 ユングはフロイトとの決別後に「中年の危機」状態となり、その後生涯にわたり幻覚に悩まされ続け、そうしたことが彼の神秘主義や錬金術への傾倒などと関係があることを知りました。

 最後の第4章ではユングが後世に与えた影響を紹介し、ユング派の3つの流れ(古典派・元型派・発達派)や「トランスパーソナル心理学」などを紹介しています。

 カール・ロジャーズらの提唱した「人間性の心理学」にユング心理学などの要素が加わったものが「トランスパーソナル心理学」(個を超えた心理学)であり、やはりこれもまたユングの系譜であることなどがわかります。
 
 この本だけで充分というわけではありませんが、右ページが図やイラストになっているため、とっつきやすく読み返しやすい"参考書"ではあります。

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考察は深いが、夢の解釈は文学的で、夢の構造分析は哲学の世界に。

夢分析.jpg
夢分析』岩波新書〔'00年〕 夢判断 フロイト.jpg フロイト『夢判断』新潮文庫(上・下)〔旧版〕

 2000(平成12)年度「サントリー学芸賞」(思想・歴史部門)受賞作(他の業績を含む受賞)。

 本書でなされている夢分析は、フロイト派のそれがベースになっていますが、同時に、『夢判断』という古典に対する著者なりの読解を示すものにもなっています。

 エディプス・コンプレックスに関係する夢としてフロイトがあげている中から「裸で困る夢」、「近親者の死ぬ夢」、「試験の夢」という露出、殺害、自覚を表す"類型夢"を、自己を再確認する過程として解釈している点などに、それがよく表れているのではないかと思います。

 しかし何れにせよ本書は、夢はすべて幼年期の体験の再活性化であり、夢に現れる多くのものには共通の意味があるというフロイトの考え方が前提になっているので、この考え方が必ずしもしっくりこない人には、著者の解釈は、フィクション(文学または新たな神話)を構築する作業にも見てとれるのではないでしょうか。

 夢が"現在の自分の状況を楽にする(=快感原則)"、あるいは"睡眠を保護する"といった「義務」を負っているという捉え方についても同じことが言えるのではないかと思います。

 最終章の、夢と現の関係("夢を語ること"と"人生"のアナロジー)についての考察は面白いものでした。
 人生は一夜の夢であり、我々はそこから醒めなければならならず、人生を寝倒してはいけない、という意識が、死に対し能動的に心の準備をするように仕向けるという...。

 深い考察に基づく著作であることには違いないのですが、夢の解釈についてはある種の文学の世界に、夢の構造分析においては(意図的にでしょうが―著者はラカン派らしいけれど)哲学の世界に入ってしまい過ぎているような気もします。

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この線でいくと、星占いでも何でも心理学になり得るのではないかと...。

トランスパーソナル心理学入門―人生のメッセージを聴く (講談社現代新書).jpgトランスパーソナル心理学入門.jpgトランスパーソナル心理学入門―人生のメッセージを聴く』講談社現代新書 〔'99年〕

 本書によれば、〈トランスパーソナル心理学〉とは"個を越えたつながり"を志向する心理学で、行動主義・科学主義心理学や精神分析への批判から、第3の流れとして登場したマズローやロジャーズらの〈人間性心理学〉の、そのまた発展プロセスの中で生まれた"第4の勢力"としています。

 マズローらの〈人間性心理学〉が「自己実現」を目指すとすれば、それさえもエゴイズムやナルシズムから新たな心の呪縛に陥るという矛盾を孕むもので、〈トランスパーソナル心理学〉では、その呪縛を解き放つために、「私の癒し」と「世界の癒し」「地球の癒し」を不可分とした"個を越えたつながり"を志向することで自分に起こる全ての出来事に意味を見出し "個が生きるつながり"を回復するとしています。

 カウンセリングでの応用においては個人の〈超心理学〉的体験も重視しますが、むしろ考え方としては〈超心理学〉のレベルをも超えてスピリチュアリティを重視した心理学で、こうした考えに惹かれる人もいれば、新手の宗教のように思えて引いてしまう人もいるかも知れないと思います。

 自分も(将来的には考え方が変わるかも知れないけれど、今のところ)後者の方で、実際、本書で紹介されているケン・ウィルバーには、 『宗教と科学の統合』という著作もあるし、自らの想像力が貧困なのかも知れませんが、この線でいくと、本書巻末にもその名のある「鏡リュウジ」じゃないけれど、星占いでも何でも心理学になり得るのではないかと(ウィルバーには、『ウィルバー・メッセージ 奇跡の起こし方』という著書もある)。

 著者の諸富氏は、日本トランスパーソナル学会の会長であるとともにカウンセリングの専門家であり、〈フォーカシング〉などの技法を生かした心理療法の記述は参考になりましたが、確かに〈フォーカシング〉を〈トランスパーソナル心理学〉の応用的手法と捉えることが出来るかもしれませんが、「世界の癒し」「地球の癒し」となると、心理学の「了解」範囲を超えているような気がします。

 こうした心理学の流れががあるということは知っておいて無駄ではないと思いますが、本書は新書という手軽さはあるものの、諸富氏自身も本書の内容を「私の色に染まったトランスパーソナル心理学」と自ら述べているように、ウィルバーの思想の人生論的解釈と、プラグマティカルな心理療法に重点が置かれ、どの部分が心理「学」なのかよくわからない本でした。

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河合隼雄、養老孟司との共通点も感じられて面白かった。

甘えの周辺2901 2.jpgkbn7205p.jpg 「甘え」の構造.jpg 土居健郎.png
「甘え」の周辺』(1987/03 弘文堂)『「甘え」の構造』('71年初版/'91年改訂版)(共にカバー:真鍋博)土居健郎

 『「甘え」の構造』の土居健郎(1920-2009)による対談・講演集で、「甘え」の良し悪しや、国際的に見た場合の日本人の「たてまえ」と「ほんね」の問題から、家庭問題、健康と病気、幸福願望とストレス、教育問題まで、広いテーマに触れています。

 『「甘え」の構造』('71年/弘文堂)は、『日本人とユダヤ人』('70年/山本書店)などの「日本人論」ブームの中で出版されベストセラーとなり、続編も出ましたが、本書はブームから15年以上を経たものです。

 著者も当初は、「甘え」を日本人の中に"発見"したという言い方をしており、自分も「日本人論」として読みましたが、本書では「甘え」を、概念としては日本的だが西洋人の心理にもある普遍的なものだともしています。もともとフロイトの母子関係論から発想されているもので、そうなるのは自然なことなのかも。精神分析派とユング派の違いはありますが、河合隼雄氏の「母子社会論」に近いものを改めて感じました。

東京物語.jpg 本書にある、小津安二郎監督の映画「東京物語」夏目漱石の『こころ』の読み解きはしっくりくるもので、こうした「物語」分析にも、河合氏に通じるものを感じます。この土居氏による、『こころ』の「先生」のKに対する心情を「甘え」として捉えた(そして、「私」の「先生」に対する傾倒も同じであるという)分析は、漱石研究家の間でも話題になりました(類似した「甘え」の構造が男性同士の同性愛に見られることを指摘したのは、当時としてはセンセーショナルだったかも)。

 精神障害者の社会的扱いの問題など、精神分析医という本職に近いところで語っている章が多いのも本書の特徴ですが、障害者が復帰しにくい日本社会という指摘は、養老孟司氏が『死の壁』('04年/新潮新書)などで展開しているコミュティ論と同じで、また東大での最終講義「人間理解の方法」は、「わかっている」とはどういうことかを扱っていて、『バカの壁』に通じるものがあります。

 東大医学部出身で東大名誉教授という点で養老氏と、心理療法の権威であるという点で河合氏と同じですが、『「甘え」の構造』に比べずっと読みやすくなった語り口にも、養老氏の口述エッセイ、河合氏の講演集と同じトーンを感じてしまいます。

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喫煙者にとってのタバコの心理的効用を多角的に検討している。

タバコ241010.jpgタバコ―愛煙・嫌煙.jpg cigar.jpg
タバコ―愛煙・嫌煙』 講談社現代新書 〔'83年〕 

 本書出版の頃には既にタバコの健康に与える害は強調され、嫌煙運動は広まりつつありましたが、敢えて著者は、ストレス解消や作業能率向上などの、喫煙者にとってのタバコの効用を検討することも必要ではないかとし、タバコが人間の心理や行動に及ぼす影響を多面的に分析・考察しています。

 反応時間テストで、喫煙者がタバコを吸うと心理的緊張力が高まり、非喫煙者を上回る好成績を上げるそうですが、喫煙者と非喫煙者は同一人物ではないので、この辺りに実験そのものの難しさがあることも、著者は素直に認めています(それでも、タバコが長期記憶を良くするが短期記憶には影響がないといった実験結果は興味深い)。

 一方でタバコには心理的緊張力を解く効果もありますが、深層心理を表面化させ、詩人や作家の創造活動に繋がるケースがあるのではないかという考察は面白いです(フロイトは、医師に禁煙を命じられていた間は「知的関心が大幅に減少した」とボヤいていた)。

 コロンブスが米大陸から持ち帰ったタバコは、流布されて長い期間「薬」とされていたなどという歴史から、喫煙習慣と性格の相関、女性の場合は女子大の学生の方が共学よりも喫煙率が高いなど、性格・社会・文化心理学な観点まで、とりあげている範囲は広く、ニコチンの生理学的な影響やガンと喫煙の相関についてもしっかり言及しています(1日に吸う本数もさることながら、"吸い方"の影響が大きいことがわかる)。

 読み物としても楽しいですが(喫煙者ならば妙に安心できる?)、マスメディアが「タバコ=悪」という単一論調である今日において、「分煙」という現実的方法を探る際に一読してみるのもいいのでは。

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テーマは「中年の危機」。でも幅広い世代に対しての示唆に富む。

働きざかりの心理学 PHP文庫.jpg働きざかりの心理学 (PHP文庫)』['84年]働きざかりの心理学.jpg 『働きざかりの心理学』 新潮文庫

JR Shinbashi Station.jpg 働きざかりのミドルが家庭や社会の中で遭遇する様々な課題を心理学的に考察し、わかりやすく解説した本で、中心となるテーマは「中年の危機」。しかし、幅広い世代に対しての示唆に富む本だと思います。40歳から50歳の間に"思秋期"が来るという本書の考えのベースになっているのは、ユングの「人生の正午」という概念です。日常生活の人と人の繋がりにおける諸事象から、より根源的な心理学のテーマを抽出する著者の眼力は、この頃からすごかったのだなあと、改めて感じました(単行本は1981年刊)。 者論における、「場の倫理」に対する「個の倫理」という切り口などが、個人的にはとりわけ秀逸だと思えました。

働きざかりの心理学 PHP文庫.jpg また、主に年長者が重視するという「場の倫理」にも、微妙な側面があることを指摘しています。「場の倫理」というのは、日本は欧米に比べ企業などで特に強く働くのでしょうが(企業のトップなどは、それなりに年齢のいった人が多いということもある)、「場に対する忠誠心は、その場においては満場一致の絶対性を要求しながら、場が変わったときには態度の変更のあり得ることを認めるというのは不思議だ」と著者は述べています。確かに日本の場合、「決議は百パーセントは人を拘束せず」(山本七平)というのは、企業でよくあることではないかという気がしました。役員会での決定事項が簡単に覆ったりするのは、会議の後でそれぞれのメンバーはまた別の「場」へいくと、そちらの「場」の平衡を保つことがより重要事項となる―そこで役員会ともう1つの「場」との調整が再度図られるということなのでしょうか(自分の見た例だと、連日にわたり"最終決定"役員会を開いていた会社があった)。

 アニマ(男性の深層に存在する女性像)とアニムス(女性の深層に存在する男性像)というユングの提唱したやや難解な概念についても、平易に述べています(個人的には、アニマ/アニムスという考えは、ユング個人に思考特性の色が濃い概念であり、どこまで普遍化できるか疑問を感じていますが)。著者が言うには、女性の場合、中年になって初めてアニムスが働きはじめることもあり、それは夫ではなく子供に投影され猛烈な教育ママとなることがある―、とか。河合氏は今はソフトなイメージがありますが、結構、この頃の河合さんは言い方がシビアです。

 【1984年文庫化[PHP文庫]/1995年再文庫化[新潮文庫]】

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「●か 河合 隼雄」の インデックッスへ 「●「朝日賞」受賞者作」の インデックッスへ(谷川俊太郎)

ユング心理学の用語や分析家としての姿勢のニュアンスが、"対談"を通して語られることでよくわかる。

魂にメスはいらない2875.JPG魂にメスはいらない2.jpg   魂にメスはいらない.jpg
魂にメスはいらない―ユング心理学講義』朝日レクチャーブックス〔'79年〕『魂にメスはいらない―ユング心理学講義』講談社+α文庫〔'93年〕

河合隼雄・谷川駿太郎.jpg 本書は、詩人・谷川俊太郎が河合隼雄にユング心理学について話を聞くというスタイルになっています。河合氏によるユング研究所に学んだ時の話から始まり、夢分析などに見るユング心理学の考え方、箱庭療法の実際、分析家としての姿勢などが語られ、最後はイメージとシンボル、自我と自己の違いの話から、谷川氏との間での創作や世界観の話にまで話題が及び、内容的にも深いと思いました。

1魂にメスはいらない.jpg ユング心理学の用語や分析家としてのあるべき姿勢が、"対談"を通して語られることで、ニュアンスとしてよく伝わってきます。心理療法について体系的に理解したい人には、河合氏の『ユングと心理療法』('99年/講談社+α文庫)の併読をお薦めします。

 本書は「朝日レクチャーブックス」(朝日出版社)の1冊で、'79年に刊行されたものです('93年に「講談社+α文庫」の創刊ラインナップの1冊として文庫化)。この「朝日レクチャーブックス」のシリーズは全30冊あり、廣松渉←五木寛之、今西錦司←吉本隆明、岸田秀←伊丹十三など、学者に作家が話を聞くというパターンがほとんどですが、いずれも内容が濃いものばかりです(その割に文庫化されているものが少ないのが残念)。その中でも本書は、聞き手(谷川)のレベルが高く、語り手と聞き手が対等な立場となっている稀なケースだと思われます。

講談社+α文庫(新カバー版)

 【1993年文庫化[講談社+α文庫]】

谷川俊太郎さん.jpg谷川俊太郎(詩人)
2024年11月13日午後10時5分、老衰のため東京都杉並区の病院で死去。92歳。東京都出身。親しみやすい言葉による詩や翻訳、エッセーで知られ、戦後日本を代表する詩人として海外でも評価された。

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夢の謎を科学的に解説し、様々な夢解釈法を紹介した楽しい本だった。

夢の世界99の謎AE.jpg
『夢の世界99の謎』 サンポウ・ブックス job37_2.jpg 大原 健士郎 氏 (略歴下記)

Dream.jpg  現代の生理学の常識としては、夢を見ない人はいないと言われていて、赤ちゃんでも夢を見るし、赤ん坊の寝ているときの眼球の動きから、所謂"夢見"の状態であるREM(rapid eye movement)睡眠が見つかったことは有名です。

 本書は、日本の自殺研究の権威・大原健士郎氏の著作ですが、自殺の研究を始める前から夢の研究に強い関心があったとのことです。
 「夢で発明や発見ができるか」「正夢や予知夢はあるか」といった素朴な疑問に、科学的見地に立って回答するとともに、夢の解釈について、フロイトや、それを批判したアドラー、ユング、フロムらの考えをわかりやすく解説しています。

夜明かしする人、眠る人5.jpg また、夢の生理学的側面についても、「動物から眠りを奪うとどうなるか」といった疑問に答えるところから始まり、睡眠時無呼吸やナルコレプシーについても解説しています。
 様々な歴史的人物が行った夢の謎解きや、夢とテレパシーの関係についての考察などもあって、読みどころ満載の楽しい本です。

 更には、アメリカ流反フロイト主義の中でも、本書出版当時としては新しい、アン=ファラデー女史の『ドリームパワー』ウィリアム・C・デメント『夜明かしする人、眠る人』などにある研究成果や、フレデリック・パールズ「ゲシュタルト療法」の立場での夢解釈などがわかりやすく紹介されているのも、本書の特長です(アン=ファラデー、W・C・デメントとも、夢に対するプラグマティックな姿勢がうかがえる。デメントの『夜明かしする人、眠る人』には、著者が肺がんになった夢を見たことでタバコをやめた話などが出てくる。読み物としてもたいへん面白い本)。


夜明しする人、眠る人』['75年/みずず書房]


夢の不思議がわかる本.jpg このサンポウ・ブックスのシリーズは他にも『幻の古代生物99の謎』など良いものがあり、絶版となった今は、その一部が古書市場で高値になっているとのことです。
 ただし本書については、「知的生きかた文庫」に『夢の不思議がわかる本』('92年)として、ほぼ同じ内容で移植されています。

 『夢の不思議がわかる本』 知的生きかた文庫 ('92年)


《読書MEMO》
夢の世界99の謎―.jpg●「黄梁一炊(こうりょういっすい)の夢」「邯鄲の夢」...盧生(ろせい)が宿で栄華が思いの儘になるという枕で寝ると皇帝になって50年世を治め、さらに不老長寿の薬を得る夢を見るが、それは黄梁(粟飯)が炊ける間の事だった(34p)
●ゲシュタルト療法(フレデリック・パールズ)...自由連想法(精神分析)は問題の周辺をぐるぐる回るだけで自己の神経症に直面することを避ける自由分裂に過ぎない。(ゲシュタルト療法では)集団の中で自分自身の夢を語るという方法で、自身の表情、声の調子、姿勢、身振り、他人に対する反応に患者の注意を向けさせ、その人の人格の欠陥をさがし、気づかせるとともに治療に応用する(157p)

_________________________________________________
大原健士郎 (精神科医)
1930年、高知県伊野町生まれ。東京慈恵医大大学院博士課程修了。六六年、ロサンゼルス自殺予防センター特別招聘(しょうへい)研究員として、一年間留学。七七年、浜松医大教授。神経症の治療法として知られる森田療法のほかアルコール依存、薬物依存なども研究テーマ。「精神医学はまだ科学の名に値しない」が持論。

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「●み 宮城 音弥」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ

フロイトは限度を越えて「了解」しているという考えは受け入れやすいものだった。

夢 2855.JPG宮城 音弥 『夢.jpg  夢 宮城音弥.jpg 
夢 (1953年) (岩波新書〈第139〉)』/『夢 (1972年)』岩波新書

 心理学の権威で多くの啓蒙書を残したこの本の著者・宮城音弥(1908-2005/享年97)。この人の学生時代の卒論は「睡眠」をテーマにしたものだったそうで、「夢」というのは著者の早期からの関心事だったようです。本書では、人はなぜ夢を見るのか、夢の心理とはどんなものか。そうした問題を、フロイトなどの諸理論を引きながら考察し、わかりやすく解説しています。

夢 (1953年)2.jpgalexanders dream.jpg 実験的に夢を製造することはできるのか、夢の中で創作は可能なのか、夢の無い睡眠というのはあるのか、盲目の人はどんな夢を見るのか、といった多くの人が興味を抱くだろう疑問にも答えようとしています。個人的には、夢における時間感覚について、崖から墜落した人などがよく体験する"パノラマ視現象"などとの類似を指摘している点などが興味深かったです。

Alexander's Dream by Mati Klarwein (1980)

 夢には我々の了解できない面があるものの、精神分析によって心理的原因を求めていけば、結局はかなりの部分その意味を了解できるのではないか、という著者の考えはオーソドックスなものです。ただし、その「了解」には限度があるとも著者は述べています。

 夢はすべて「過去の願望の変装したもの」であるというフロイトは、限度を越えて「了解」しているのであって、意味の無いものにムリに意味をつけようとしているという著者のフロイト批判は、読者には受け入れられやすいものではないかと思います。

宮城 音弥 『』『精神分析入門』『神秘の世界』『心理学入門[第二版]』『人間性の心理学
宮城音弥 岩波.jpg

《読書MEMO》
●フロイトとユングの夢分析の違い...「ミネルヴァがジュピターの頭から生まれた」
 フロイト:「性器から出生」の社会的抑圧に対する「転移」、
 ユング:知恵が神神から由来したことを示す象徴
 (ユングは夢を「前向きな解釈」と「後ろ向きな解釈」に分類した-夢を見る者の目的を示すことを強調)(61p)

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異常を通して人間心理の不思議に迫る。記憶喪失の症例が印象的だった。

異常の心理学 旧.jpg異常の心理学.jpg  うその心理学_0235.JPG
異常の心理学』〔'69年〕
相場 均 (1924‐1976)
相場均.jpg 物質文明に縛られた現代人にとって、"異常の真理"は、けっして無縁ではない。たとえ自分はどんなに健康だと思っても、異常な状態や環境におかれたりすると、自分の心を失って流されてしまう。合理性の背後に、不意にしのびこむ異常性――人種的偏見、政治的な憎しみ、群集心理などは、日常生活にも、しばしば顔をのぞかせる。本書は、われわれの心にひそむ異常性を、社会的な、文化的な、さらに歴史的な視野で把え、それが現代社会にどう反映しているかを解明する。――本書より

 本書では、魔女狩りから説き起こし現代の精神医学に至るまで異常心理の歴史とでも言うべきもの述べたうえで、群集心理、催眠現象、記憶喪失、知覚のゆがみ、異常性格などさまざま事象・症例をあげて考察し、人の心の中に潜む異常性を浮き彫りにしています。

相場 均 『異常の心理学』.jpgうその心理学.jpg 前著『うその心理学』('65年/講談社現代新書)に続いての心理学全般にわたる入門書としても読めますが、病理学から社会心理学までやや間口を広げすぎた印象もあります。しかしながら、間口が拡がった分、誰にでも読みやすいものとなっており、意図的に前著との差別化を図ったのではないかと推察します。両方読んで損はないと思いました。

 個人的に印象に残ったのは、ある記憶喪失の症例で、患者の青年が催眠療法で記憶を取り戻す過程で自分の家は富豪だったと思い出したように言ったが、実は貧農だったという話。著者は記憶喪失を「精神の自殺」と表現していますが、この青年は過去の記憶を何重にも封印したことになります。こうした現象が起きる原理を精神力動論的には分かり易く解説していますが、理屈でわかっても、実際どうしてそうなるかは、やはりまだ不思議な気がするというのが正直なところです(だからこそ、こうした本を読むのが面白いのかもしれないが)。 

            
相場均 孤独の考察.jpg体格と性格―体質の問題および気質の学説によせる研究.jpgクレッチマー.jpg 著者の相場均は、『孤独の考察』('73年/平凡社)などの名著がある心理学者で、エルンスト・クレッチメル(クレッチマー)『体格と性格』('78年/文光堂)の訳者でもあります。

ダヴィート・カッツの肥満型・細長型の合成写真-クレッチマー『体格と性格』(相場均訳)より

 たまたま生前の著者に大学での授業を通して接する機会がありました(クレッチマーの『体格と性格』がテキストだったので、いやおうなしに購入したが、読んでみたら面白かった)。講義の中で、連続殺人犯・大久保清の精神鑑定を依頼されたけれども、「死刑になることがほぼ確実な人物の鑑定はやりにくい」として断ったと話していました。

石原慎太郎 裕次郎.jpg 学生の前で、石原慎太郎・裕次郎兄弟の性格の違いを分析してみせたりもしていました。慎太郎氏がやたら瞬き(正確には"しばたき")することが多いのは、作家特有の神経症的気質からきていると...。素質的に豪放磊落な弟に比べると、実は兄貴の方はずっと神経質で防衛機制が強く働くタイプであると言っていましたが、当たっている?

 また、自分の母親が最近亡くなったことを振り返り、「ボケて死ぬのが一番幸せかもしれない」とおしゃっていましたが、その数ヵ月後、大学の夏休み中に急逝されました。まだ50代前半の若さだったのが惜しまれます。                     

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「知能指数の極めて高い人=天才」ではないことを教えてくれる本。

天才.jpg天才』岩波新書 〔'67年〕 ミケランジェロ.jpg ベートーベン.jpg ゲーテ.bmp ドストエフスキー.jpg マルクス.jpg

 「天才」とは何かを指摘した本で、ミケランジェロからベートーベン、ゲーテ、ドストエフスキー、マルクスまで数多くの天才をとりあげ、彼らを心理・精神医学的に分析していて興味深く読めます。

 著者によれば、知能指数の極めて高い人が「天才」なのではなく、それは「能才」と呼ぶべきもので、「天才」には創造的能力が無ければならないということです。しかし、「天才」の多くは知能指数が高かった(つまり「能才」の素質を兼ねていた)と推定されるようです。

 また、著者によれば、「天才」は、成功し世に認められなければ「天才」とは呼ばれないとのことです。ですから「天才」は、〈時代の要請〉との相性が合った人たちとも言えるのではないでしょうか。 

 ところが、「天才」の多くには心理学的に異常な面があり(その異常性が創造性に結びつくと著者は考えている)、「能才」に比べて社会的適応性が無かったか、あるいはそれを犠牲にした人物がほとんどを占めているとのことです。従って、後世に認められたとしても、本人が生きている間は不遇だったりするケースが多いのです。

 著者の主張は、「天才」は正常な精神の持ち主ではない、というアリストテレスの「天才病理説」に帰結します。従って、「天才」は教育で創られるものでもない、ということになります。

Raffaello.jpg 興味深いのは、ラファエロのように、推定知能指数が110程度の「天才」もいることで、「天才」の1割は"正常"(?)だったという研究もあり、彼もその1人ということになるようです。ラファエロは14歳ですでに画家として有名でしたが、画風や仕事ぶりは職人(または親方)タイプだったそうです。「天才」グループに紛れ込んだ"偉大なる職人"とでも言うべきでしょうか。

 ウィキペディアによれば、ラファエロは建築家としても異例なほどに大規模な工房を経営しており、37歳という若さで死去したとは考えられないほどに多数の作品を制作したとのことで、彼の業績には、親方としての才能(リーダーシップ)による面もかなりあるのではないでしょうか。

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オーソドックスな入門書。精神分析は「了解心理学」であるという説明は"しっくり"くる。

精神分析入門2978.JPG精神分析入門.jpg  psy04ph1.jpg 宮城 音弥 (1908-2005/享年97)
精神分析入門』 岩波新書 〔'59年〕

精神分析入門/宮城音弥.jpg '05年に97歳で逝去した心理学者・宮城音弥氏の著作。初版が1959年という古い本ですが、精神分析の入門書としてはオーソドックスな内容だと思います。

 本書によれば精神分析とは、心理学とくに深層心理学としての「精神分析」を指す場合と、フロイト学説としての「精神分析」を指す場合があるとのこと。本書では前者に沿って、精神分析を深層心理学の観点から説き起こし、引き続き、人格心理学、性心理学、異常心理学、臨床心理学など広い観点から解説しています。そして最後に、フロイトの理論や、以後の、ユング、アドラー、新フロイト派の理論を紹介しています。ただし本文を読めば、精神分析という精神療法がフロイトによって完成されたことには違いなく、フロイトは、その方法を通して、様々な学説を発表したのだということがわかります。

 精神分析における「抑圧」「合理化」「同一視」「昇華」といったタームは、無意識を解析するさまざまな手掛かりを我々に与えてくれます。しかし、これって「科学」なのだろうかという疑問が付きまといます。この疑問に対し、本書で用いられている精神分析は「了解心理学」であるという説明は"しっくり"くるものでした。つまり、観察者と被観察者の間の了解(共感)のもとに成り立つ心理学であって、一般の自然科学の方法とは異なると。パーソナリティを研究する場合に、自然科学の方法ではその一部の解明にしか役立たないということでしょう。ただし、そうなると、どんどん思念的なっていくのは避けられないように思います。

 フロイトは当初、「精神の構造」というものを、意識(自分自身で意識しているもの)・前意識(思い出そうとすれば思い出せるもの)・無意識(意志の力では思い出すことのできぬもの)に分けていましたが、これらは単に精神構造の種類を示したものにすぎず、フロイトは精神の図式を「より固定たもの」にしたかった、例えば抑圧する精神(パーソナリティ)の部分の問題にしたかった―人間が良心的にふるまうとき、その良心のありかを語ろうとした―そこで出てきたのが「自我」「超自我」「イド」というものだったのだなあということがよく分かりました。

I 宮城 音弥 『精神分析入門』55.jpg I 宮城 音弥 『精神分析入門』03.jpg

宮城 音弥 『』『精神分析入門』『神秘の世界』『心理学入門[第二版]』『人間性の心理学
宮城音弥 岩波.jpg

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第一人者による「論理療法」の考え方の実生活での応用。

自己発見〉の心理学』.jpg〈自己発見〉の心理学.jpg  〈自己発見〉の心理学2.jpg 『「自己発見」の心理学』 講談社現代新書 〔'91年〕

 人は「ねばらなぬ」の思い込み(ビリーフ)に縛られており、その非合理性に気づき、そこから自己を開放することの大切さを、「論理療法」の第一人者である著者が、自らの人生観や経験を交えわかりやすく述べています。

 社会、学習、家庭、職業の4つの生活局面から、「人を拒否すべきではない」「暗記式の勉強はすべきでない」「配偶者はやさしくなければならない」「いばるべきではない」といった普段何となく正しいと信じられている考え方(ビリーフ)を4つずつ16個挙げ、それらに反駁していく過程は、こなれた文章により理解しやすく、そのまま「論理療法」の考え方(技法)の応用を示すものにもなっています。

 「家庭は憩いの港たるべきである」と考えるのではなく「...にこしたことはない」とか、「第二の職場である」と考える方が事実に即している―。
 ナルホドと、以下、自分なりに考えてみました。

 会社で仕事でしんどい思いをして、やっと終わってホッとして、これで家に帰ってくつろげると思ったら、家に帰ってもやること(やらされること?)がいっぱいあってイライラする...。つまりこれは、家に帰ってみたらそこでもやるべきことがあったという事実A(Activatin event)に対して、イライラするという結果C(Consequence)が生じているのですが、この結果を招いているのは 「家庭は憩いの港たるべきである」という思い込みB(Beliefe)であると。
 この思い込みがそもそも誤りではないかという反駁D(Dispute)を自分自身に対して行い、最初から「家にも仕事がある」と思っていれば、会社での仕事が終わっても、「ああ、これで今日の仕事の8割が終わった。家に帰って、あと2割、"家の仕事"をやらなくちゃ」という前向きな考えになる効果E(Effect)が得られるということか。
 
《読書MEMO》
●目標達成志向の人生観とプロセス主義の人生観(今ここを大事にする)(62p)
●家庭は憩いの港である→にこしたことはないが第二の職場であると考える(119p)
●職場で女性がお茶汲み→男性が女性に母親を期待することを許容する文化(144p)
●おとなになってからも自力で大人の小学校教育を自分に施す(163p)
●「認められたいと願うのは自分の利益優先ゆえ、生き方として高級ではないと思う人がいる。地の塩としての生き方の方が高級だというわけである。
 このような考え方には検討の余地がある。
 この人生は自分のために用意されたものではない。したがって世人は私に奉仕するために存在しているのではない。それゆえ、自分のことは自分でするというのが、この人生を生きるための常識である。
 人は私を認めるために生きているのではない。人に認めてほしければ、自分で人に認めてもらうよう何かをすることである。自力で自分を幸福にする。そのことにひけめや恥かしさや自責の念を持つ必要はない。自分がまず幸福にならないと、人を幸福にするのはむつかしいからである」(188‐189p)
●会社は私を認めるべきだ、認められない人間はダメだ→人を不満に陥れる(192p)

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「ABC理論」などをわかりやすく丁寧に説くオーソドックスな入門書。

自己変革の心理学 .jpg『自己変革の心理学―論理療法入門』.JPG自己変革の心理学.jpg
自己変革の心理学―論理療法入門』講談社現代新書 〔'90年〕

 副題にある論理療法とは、「非合理的・非論理的な思考をみつけて取り出し、それに有効な反論を加えて、次第に考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出すもの」(本書)で、カウンセリング理論の一つです。

 本書では"自己訓練法"というとらえ方をしていますが、カウンセリングの目的が自己実現の「援助」であり、変容するのは本人自身であることを考えれば、これが自己変革を図るための手立てにもなり得ることは納得できると思います。

ABC.gif 論理療法でいうイラショナル・ビリーフやABC理論(ABCDE理論)をわかりやすく説くために著者の経験やマンガを引いたりしていますが、内容的にはオーソドックスで、最後に「論理療法のまとめ」と「実践のためのアドバイス」を配しており、入門書として丁寧な構成になっています。

〈自己発見〉の心理学.jpg 同じく現代新書に『〈自己発見〉の心理学』('91年)という論理療法の権威・国分康孝氏の著作があり、こちらも論理療法の入門書ですが、イラショナル・ビリーフに焦点を当て実生活での応用などを説いたものであるため、論理療法を体系的に知りたい人は、先に本書を読んでそのアウトラインを掴んでおいた方がよいのではと思います。

《読書MEMO》
●私は大学の教師になる以前、予備校の教師をしていたことがあるが、そこでは、「浪人までした以上、第一志望の大学に入れなければ自分の人生はもうダメだ」と思い込んでいたり、それに似た考えに固まっている学生はきわめて多かった。(中略)人間が意識的・無意識的に行っている思考には、論理的・合理的で適切に、その人の自己実現につまりは幸福な人生に導いていくものと、非合理的・非論理的な思考で、それは自分で自分をダメだと決めつけたり、その不当な思い込みに自ら縛られて二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなり、結局は人を自滅の方向へ進ませてしまうものがあるということである。論理療法とは、先に述べた後者のような、非合理的・非論理的な思考を見つけて取り出し、それに有効な反論を加えて、しだいに考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出し、人がよりよき自己実現、幸福な生活に向かうのを援助しようとする(12p)
●受付の対応だけで「あの病院は冷たい」...過度の一般化(19p)
●カウンセリングとは、言語的および非言語的ココミュニケーションを通して、相手の行動の変容を試みる人間関係(38p)
●諸悪の根源は非論理的な文章記述にあるというのが、論理療法のαでありω(82p)
●適切な感情を自分のものとする(176p)
●ABCDE理論...
・A(Activating event)
・B(Belief)
・C(Consequence)
・D(Dispute)
・E(Effect)

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