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凄まじい話ではあるが、どこまでが小説でどこまでが創作なのか気になった「死の棘」。

「死の棘 (1990年)」2.jpg「死の棘」02.jpg
死の棘」[Prime Video](1990年)松坂慶子/岸部一徳 「カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ」受賞作
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眠る男」[Prime Video](1996年)役所広司/クリスティン・ハキム/アン・ソンギ
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埋もれ木」[Prime Video](2005年)夏蓮/松川リン/榎木麻衣

「死の棘」03.jpg ミホ(松坂慶子)とトシオ(島尾敏雄)は結婚後10年の夫婦。第二次大戦末期の1944年、二人は奄美大島・加計呂麻島で出会った。トシオは海軍震洋特別攻撃隊の隊長として駐屯し、島の娘ミホと恋におちた。死を予告されている青年と出撃の時には自決して「死の棘」04.jpg共に死のうと決意していた娘との、それは神話のような恋だった。しかし、発動命令がおりたまま敗戦を迎え、死への出発は訪れなかったのだ。そして現在、二人の子供の両親となったミホとトシオの間に破綻がくる。トシオの浮気が発覚したのだった。ミホは次第に精神の激しい発作に見舞われる。トシオはその狂態の中に、かつてのあの死の危機を垣間見る。それは、あら「死の棘」05.jpgゆる意味での人間の危機だった。トシオはすべてを投げ出してミホに奉仕する。心を病むミホと二人の子を抱え、ある時は居を転じ、ある時は故郷の田舎に帰ろうと試み、様々な回復の手段を講じるトシオだったが、事態は好転せず、さらに浮気の相手・「死の棘」06.jpg邦子(木内みどり)の出現によって、心の病がくっきりし始めるのだった。トシオは二人の子をミホの故郷である南の島に送ってミホと共に精神科の病院に入り、付き添って共に同じ日々を送る。社会と隔絶した病院を住み家とすることで、やがて二人に緩やかな蘇りが訪れる―(「死の棘」)。

死の棘 カンヌ.jpg 第43 回カンヌ国際映画祭で「死の棘」が審査員特別賞を受賞した小栗康平監督(1990年05月21日) 【AFP時事】

『死の棘』 島尾敏雄 1960年10月初版』(芸術選奨)/『死の棘(1977年)』(読売文学賞・日本文学大賞)
『死の棘』 島尾敏雄 昭和35年10月初版.jpg『死の棘』単行本2.jpg 「死の棘」は小栗康平監督の'90年作で、1990年カンヌ国際映画祭「審査員グランプリ」受賞作。主演の松坂慶子、岸部一徳はそれぞれ、1990年度「キネマ旬報ベスト・テン」の主演女優賞・主演男優賞など多くの賞を受賞した作品です。島尾敏雄の原作は、'60(昭和35)年から'76(昭和51)年まで、「群像」「文学界」「新潮」などに短編の形で断続的に連載され、'77(昭和52)年に新潮社より全12章の長編小説として刊行(第1章「離脱」、第2章「死の棘」までを収録した'60年(昭和36)年刊の講談社版、 第3章「崖のふち」、第4章「日は日に」までを収録した'63(昭和38)年刊の角川文庫版も存在する)、1961年・第11回「芸術選奨」、1977年・第29回「読売文学賞」、1978年・第10回「日本文学大賞」を受賞しています。

『狂う人』.jpg 原作はスゴかったです。初めて読んだときは多分にドキュメントとして読んだため、ミホの狂気に圧倒されてしまいました。しかし、後に刊行された、ノンフィクション作家の梯久美子氏が膨大な資料・証言から真実を探った『狂うひと―死の棘の妻・島尾ミ三島由紀夫  2.jpgホ』('16年/新潮社)によると、原作には虚実がないまぜの部分があるようです(作者が妻にわざと自分の日記を読ませたとかは早くから言われていたが、妻が一部書き直したりして、夫婦合作的要素もあるらしい)。三島由紀夫が作者の作品について、「われわれはこれらの世にも怖ろしい作品群から、人間性を救ひ出したらよいのか、それとも芸術を救ひ出したらよいのか。私小説とはこのやうな絶望的な問ひかけを誘ひ出す厄介な存在であることを、これほど明らかに証明した作品はあるまい」と言っていますが、ある意味、こうした問題を予見していたようにもとれます(個人的にも評価し難い)。

 そうした「原作の問題」を置いておいて、映画だけで観ると、面白かったし、やはりスゴ木内みど.jpgかったです。トシオを演じた岸部一徳はこの作品で一皮むけたのではないかと思われます。松坂慶子も、突然「肺炎になってやる!」と叫び、胸をさらけ出しなど、体当たりの演技に挑戦していま「死の棘 木内.jpgす。トシオの浮気相手を演じた木内みどり(1950-2019)(「ゴンドラ」('97年)など)も、この作品が代表作ではないでしょうか。子役も上手く使っていて、その辺りはさすが「泥の河」('81年)の監督という感じです。ただ、ミホとトシオが今どういった状況に置かれているのか説明がやや足りず、この辺りの"説明不足"は「伽倻子のために」('84年)からすでに見られるこの監督の特徴でしょうか。


「眠る男」01.jpg 山あいの温泉町・一筋町。キヨジ(今福将雄)とフミ(野村昭子)の老夫婦の家には、山で事故に遭って以来、意識を失ったまま眠り続けている拓次(アン・ソンギ)という男がいた。フミは拓次を病院から引き取り、献身的な介護を続けている。拓次を毎日のように見舞うのは、知的障害を持つ青年・ワタル(小日向文世)だった。感受性豊かな彼は、事故に遭った拓次の第一発見者でもあり、人一倍彼のことを心配していた。水車小屋には傳次平(田村高廣)という老人がおり、自転車置き場と小さな食堂を経営するオモニ(八木昌子)に育てられている少年リュウ(太刀川寛明)は、傳次平から色々な話を聞くのを楽しみにしている。町では、南アジアの国からやってきた女たちがスナック「メナム」で働いていた。その一人であるティア(クリスティン・ハキム)は、故国の河でわが子を亡くした過去を持つ。ティアは町の人たちと接するうちに、次第に町の暮らしに馴染んでいった。拓次の幼友達である電気屋の上村は、最近になって、小さい頃、拓次とよく遊びに行った山の奥にある山家のことを思い出すようになった。そこに誰が住んでいて、それが本当にあったのかどうかも定かではなかったが、独り暮らしの老婆たけ(風見章子)から山家が本当にあったこと「眠る男」02.jpgを聞いた上村(役所広司)は、もう一度そこへ行ってみたくなった。冬が過ぎ、春が訪れ、やがて夏になり季節が巡ると、人々の生活にも少しずつ変化が見えた。寝たきりだった拓次はついに息を引きり、いんごう爺さん(瀬川哲也)の提案で"魂呼び"が試みられたが、それも空しい結果に終わった。しかしその後、神社で催された能芝居を観ていたティアが、森の中で死んだはずの拓次と再会する。不思議な体験をした彼女は、何かに導かれるように上村が探す山家へたどり着き、翌日、そこで上村と出会う。二人は、涸れていると言われていた井戸に水が涌きでていることを知る。上村はブロッケン現象の起こる山頂で、拓次に人間の命について問いかけるのだった―(「眠る男」)。

「眠る男」」0101.jpg 小栗康平監督の'96年作「眠る男」は、群馬県が人口200万人到達を記念して、地方自治体としては初めて製作した劇映画です。第20回モントリオール世界映画祭「審査員特別大賞」、第47回ベルリン映画祭「国際芸術映画連盟賞」を受賞。'96年度キネマ旬報ベストテン第3位で、小栗康平監督は2度目の監督賞を受賞しています。役所広司を主演に据え、韓国人、インドネシア人俳優の出演で国際色豊かな作品です(韓国の安聖基が演じる〈眠る男〉は主役ではなく映画のシンボルとして存在している)。ただ、こちらもいよいよもって説明不足で、登場人物の個の感情が前面に押し出されてはいますが、結局、実際のところは本人にしかわからないという印象を受けました。したがって、正直〈眠る男〉が何の象徴なのかもよく分かりませんでした。


「埋もれ木」3.jpg 山に近い小さな町。まち(夏蓮)ら三人の女子高生たちは、短い物語を作り、それをリレーして遊ぶことを思いつく。さっそく、町のペット屋がらくだを仕入れた、というエピソードをはじまりに、無邪気な夢物語が紡がれていく。次々と紡がれる物語は未来へと向かう夢なのか。一方、大人たちも慎ましやかにそれぞれの日々をいき続けている。そんなある日、大雨の影響で地中から"埋もれ木"と呼ばれる古代の樹木林が姿を現した。やがて町の人々は、そこでカーニバルを開催することを思いつく―(「埋もれ木」)。

「埋もれ木」お1.jpg 「埋もれ木」は小栗康平監督の'05年作品で、撮影は'04年の梅雨から夏の三重県で行われ、前作「眠る男」と同じく地元タイアップ的な作品。第58回「カンヌ国際映画祭」で特別上映され、国内外で注目されたのよ、主演の女子高生三人(夏蓮、松川リン、榎木麻衣)を7000人の一般公募者の中から選出したことでも話題になった作品でした(そう言えば前作「眠る男」にも、ごく普通の女子高生たちが登場した)。物語は、起承転結がないような思わせぶりな小さいエピソードの積み重ねであり、それはそれでいいのですが、これもまた説明不足であるため、落としどころが何なのかよく分かりませんでした(したがって話題が先行した割にはヒットしなかった)。

 この監督は、真摯に自分の撮りたい作品を撮り続けているように見える一方で、独りよがりとの批判を受けても仕方がない面もあるように思えます(コアなファンには受けるのだろうが)。また、「賞狙い」的な要素も感じられ、その極みが「FOUJITA」('15年)だったのではないかと思います(個人的評価★★☆)。「泥の河」(個人的評価★★★★☆)みたいな作品はもう撮らないのかなあ。

「死の棘 (1990年)」 (1).jpg「死の棘」●制作年:1990年●監督・脚本:小栗康平●撮影:安藤庄平●音楽:細川俊夫●原作:島尾敏雄●時間:115分●出演:松「死の棘」松坂岸部.gif坂慶子/岸部一徳/木内みどり/松村武典/近森有莉/山内明/中村美代子/平田満/浜村純/小林トシ江/嵐圭史/白川和子/安藤一夫/吉宮君子/野村昭子●公開:1990/04●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-09-12)(評価:★★★☆)
松坂慶子(ミホ) 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、報知映画賞最優秀主演女優賞、日刊スポーツ映画大賞主演女優賞、山路ふみ子女優賞
岸部一徳(トシオ)日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、キネマ旬報賞主演男優賞、全国映連主演男優賞

「眠る男 (1996年)」.jpg「眠る男」●制作年:1996年●監督:小栗康「眠る男」010.jpg平●製作:小寺弘之●脚本:小栗康平/剣持潔●撮影:丸池納●音楽:細川俊夫●時間:103分●出演:役所広司/クリスティン・ハキム/安聖基 (アン・ソンギ)/左時枝/野村昭子/田村高廣/今福将雄/八木昌子/小日向文世/瀬川哲也/渡辺哲/岸部一徳/蟹江敬三/平田満/真田麻垂美/太刀川寛明/小林トシ江/中島ひろ子/藤真利子/高田敏江/浜村純/風見章子●公開:1996/02●配給:SPACE●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-10-03)(評価:★★★)

「埋もれ木」011.jpg「埋もれ木 (2005年)」.jpg「埋もれ木」●制作年:2005年●監督:小栗康平●製作:小栗康平/佐藤イサク/砂岡不二夫●脚本:小栗康平/佐々木伯●撮影:寺沼範雄●時間:93分●出演:夏蓮/松川リン/榎木麻衣/浅野忠信/坂田明/岸部一徳/坂本スミ子/田中裕子/平田満/左時枝/塩見三省/小林トシ江/草薙幸二郎/久保酎吉/湯川篤毅/代田勝久/松坂慶子(油状出演)●公開:2005/06●配給:ファントム・フィルム●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-10-17)(評価:★★★)


『死の棘』文庫.jpg『死の棘』...【1981年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「死の棘」より(抜粋)
●『あなたの気持ちはどこにあるのかしら。どうなさるおつもり?あたしはあなたに不必要なんでしょ。
だってそうじゃないの。10年ものあいだ、そのように扱ってきたんじゃないの。
あたしはもうがまんはしませんよ。もうなんと言われてもできません。爆発しちゃったの。
もうからだがもちません。見てごらんなさい、こんなに骸骨のように痩せてしまって』

●『あなた、あたしがすきだったの、どうだったの、はっきり教えてちょうだい・・・・じゃ、
どうしてあなたはあんなことをしたんでしょう。ほんとにすきならあんなことするはずがない。
あなた、ごまかさなくていいのよ。きらいなんでしょ。きらいならきらいだと言ってくださいな。
きらいだっていいんですよ。それはあなたの自由ですもの。きらいにきまってるわ。
あなたはほんとのことを、あたしに言ってちょうだいな。このことだけじゃないんでしょう。
もっとあるんでしょ。いったいなんにんの女と交渉があったの?』

●「妻は私の肝をつつき、その非をついばむことに容赦しないが、私からもぎ取られてしまえば彼女は
生きて行くことができないことに気づいた私は、彼女を手放すことはできない。
はっきりどれか一つをえらび、そして家の中に閉じこもったとき、私は家の外をみきわめないままに放棄された。
だから外の方はがらんどうの暗黒となって残り、そちらからいざないと審きがかさねてやってきて
いつ襲いかかられるかわからない。」

●「自分の身のまわりに起こる事件が、最悪の状態にころがって行くことは、むしろ、ひりひりした正確さがあっていい、
とほんのしばらくそう思った。」

●「妻がふとんをかぶって紐で首を絞めると、私はそうさせまいとしたあげく、ふたりはくんづほぐれつ取っ組み合いになった。
一方が出て行けとどなっても、相手が出て行こうとするとそれを止めにかかり、どこまで落ちて行くのが見当がつかない。
・・・・・『オトウシャン、ジサツ、シュルノ?』・・・すさまじい荒れた気配が家のなかいっぱいで、
障子もふすまもぶつかって手を突っ込むからさんばらに破れ、ちゃぶ台に使っていた応接台も私がからだごとぶつけたとき、
台が抜けてこわれた。二時ごろだったろうか。どちらからともなく疲れて中休みのかたちになった。」

●「頬の肉こそ落ちたが、丸顔で広い顔の造作のせいか、眠りのなかのその顔のときの疑いを知らぬひたむきなそれが
あらわれてきて、今にもかたりかけてきそうな錯覚を覚えた。
・・・・・眠りのため妻の意識は潜んでいるから、反応を受けずに娘のときそうしたように唇をそっとかさねることもできた。
すると深夜に部隊を抜け出し、岬の峠を越えてたどりついた部落奥の、家の縁側で眠っていた彼女に唇を合わせたときの
感触がよみがえった。
なんだか犬ころに近づくときめきのなかで、小鳥のやわらかな頭を両手で抱き取っている感じがし、
彼女のにおいは、すべて起らぬ前のやさしい状態につれもどしてくれたかと思えた。」

●「『力が弱い。もういっぺん』
と妻がいえば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
『そんなことぐらいじゃ。あたしのキチガイがなおるものか』」

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在日朝鮮人を主人公とする困難な素材への取り組みは評価されるべき。ただ、やや説明不足か。

「伽耶子のために」dvd.jpg 「伽耶子のために」00.jpg
伽耶子のために」[Prime Video]南果歩

「伽倻子のために」夜.jpg 1958年の夏の終わり、大学生だった林相俊(イム・サンジュン)(呉昇一(オ・スンイル))は、北海道の森駅に降り立った。父の親友のジョン・スンチュン(通名・松本秋男)(浜村純)を訪ねるためである。樺太(サハリン)から引き揚げて十年ぶりの再会であった。松本はトシ(園佳也子)という日本人の女性を妻にして、縁日で玩具を売って生計を立てる貧しい暮らしをしていた。そこには、伽倻子(かやこ)(南果歩)という高校生の少女がいた。相俊は樺太での記憶をたどるが、その少女は知らなかった。伽倻子は本名を美和子といい、敗戦の混乱期に日本人の両親に棄てられた少女だ。日本人が棄て、朝鮮人の秋男が拾った少女は、伽倻琴(カヤグム)という朝鮮の琴の名をとって伽倻子と名づけられていた。相俊は解放(日本の敗戦)後、父の林奎洙(イム・キュス)(加藤武)、母の呉辛春(ク・シンチュン)(左時枝)、兄の林日俊(イム・イルジュン)(川谷拓三)らと日本に留まったが、渡日した一世世代と違い、自分が朝鮮人であることを自負するためには、さまざまな屈折を重ねなければならなかった。奎洙はそんな子供たちに絶えず苛立ち、怒鳴り散らすのだった。貧しい東京の下宿生活の中で相俊は、在日朝鮮人二世の存在矛盾と格闘しながら、伽倻子を思い出していた。翌年、早春の北海道で二人は互いに心を通わせた。その秋、突然伽倻子は家を出た。貧しさを嘆く義父、朝鮮人と一緒になったことを悔いる義母、そんな人工的な家庭の中で、伽倻子の混乱は深まる一方だった。ようやく探し当てた道東の小さな町で、相俊は伽倻子に言う。「戦争があちこち引きずりまわしてくれたおかげで、僕たちは出会えた」。そしてその夜、二人は結ばれる。東京での二人の夢のような生活が始まった―。
伽倻子のために』['70年]『伽倻子のために (新潮文庫 り 1-1)』['75年]
「伽倻子のために」単行本.jpg「伽倻子のために」文庫.jpg 原作は、李恢成の同名小説で、因みに李恢成は樺太生まれで、1945年の敗戦後、家族で日本人引揚者とともに樺太より脱出、長崎県大村市の収容所まで行き、朝鮮への帰還を図ったが果たせず、札幌市に住み(このとき、樺太に姉を残留させたことが、その後の作品内でもトラウマとして残っていたことが語られている)、札幌西高等学校から、早稲田大学第一文学部露文科に進学。早稲田大学時代は留学生運動の中で活動していたとのこと(したがって、この作品にも自伝的要素が反映されていることになる)。「泥の河」でデビューした小栗康平監督が、この在日朝鮮人を主人公とする困難な素材に取り組み、3年の歳月をかけて完成させた作品(日本人初のジョルジュ・サドゥール賞(仏)を受賞した作品とのこと)。劇団ひまわりの初の自主製作映画で、手作りの上映でとの監督と製作者からの要望を受けて、1984年11月、エキプ・ド・シネマ(高野悦子支配人)が岩波ホールで上映しました。

 戦後と朝鮮人と日本人と二世。そうしたモチーフに男女の物語を重ねています。結局、主人公の二人は若すぎたということなのでしょう(原作者の実体験?)。伽倻子の義父母に、社会人になり生活力が持てるまで伽倻子を返してくれと言われれば、相俊(サンジュン)は返す言葉もないということになります。それから十年の歳月が過ぎ、相俊が北海道に松本を訪ねたら、トシは悔恨のうちに死んだといい、伽倻子は他の男と結婚したという。松本の老いた姿を、相俊はただ見つめるしかなかったわけです(「知らん。ワシはお前が誰か知らん」と言うのは、わざと相俊を無視している?)。

「伽倻子のために」列車.jpg 打ちひしがれて帰ろうとする相俊は偶然、伽倻子の実家の近くで遊ぶ「伽耶子」という名前の少女に出会いますが、少女の名前が原作では「美和子」でした(映画のラストにあたるこの部分は、原作ではこの少女との出会いがプロローグとエピローグに分かれて出てきて、プロローグの後、1956年に相俊が北海道S市の実家に帰省した際に、父の用事で函館に近いR町を訪ね、そこでクナボジ(おじさん=松本)とその家族、つまり伽耶子と初めて会うところから第一章が始まる)。原作及び映画のラストに出てくる少女が伽倻子の娘であるとして、自分の娘につけた名前が「伽倻子」か「美和子」かで若干メッセージが変わってくると思いますが、自分の娘に自分の名前をつけたという映画の解釈もありかもしれません(「かつての自分の名前」ということか。でも、「伽倻子」の幼名は「美和子」なのでややこしい。最後に出てくる少女が伽倻子の娘であることをわかりやすくするために「伽倻子」という名にしたとも考えられる)。

 日本人として生まれて捨てられて、育ての父が在日コリアンで、育ての母が日本人である伽倻子が日本人と結婚するには、「美和子」として稼ぐしかなかったということでしょうか。確かに、在日コリアンの伽倻子の父も日本人の母も、娘を在日コリアンと結婚させたくなかったというのは原作でも明かされています。一方で、原作の通り少女の名が美和子だとしたら、伽倻子は「伽倻子」のなのまま日本人に稼ぎ、娘に幼名を与えたことになります。分かりやすそうに見えて、原作を一捻りしていることになりますが、原作・映画のどちらの解釈にしても、伽倻子はよその土地へ行ったのではなく、両親の家の近くにいることになるかと思います(映画ではそのことが示唆されているだけだが、原作では、伽倻子は毎日義父の家に身の回りの世話のため通っているとされている)。

 映画は、もう少し説明的であってもよかったのではないかと思います。原作を読んで、初めて知った歴史的事件(数万人の島民が虐殺された1948年の済州島人民蜂起など)や説話的な話(沈清の伝説など)もありました。映画の方はその辺りを端折っているし、原作を読んでいない人は、最初は人物相関を把握するのも難しいかもしれません。そもそも原作も、「美しい抒情と哀しいユーモアをもたたえる」(新潮文庫裏表紙解説)一方で、伽倻子が抱える秘密などのミステリアスな要素を含んでます。

「伽倻子のために」eki.jpg 映画の方は、原作が文芸作品ということを意識して抒情性を重視し、説明的になることを敢えて避けたのでしょうか。確かに、北海道の美しくも冷え切った、そして寂しげな風景は、登場事物の心象風景にも重なるようで、印象に残りました。ただ、原作者もこの作品を観て、これはあくまでも「小栗康平監督の『伽倻子のために』」だとの感想を述べたようですし、個人的にも、原作とは違い世界を見せられているうような印象を受けなくもありませんでした。


[伽耶子のために 発表会.jpg 伽倻子役の南果歩(1964年生まれ)は、桐朋学園短大演劇科在学中に 2,200人の中から選ばれ、この作品が彼女のデビュー作となりましたが、小栗康平監督はオーディションで彼女を見て「まだ高校生で素人だったが、在日朝鮮人夫婦に育てられる日[伽耶子のために 南果歩.jpg本人少女伽椰子の設定にふさわしい雰囲気をもっていた。多分在日コリアンだろうと直感した」と後に語っています。

[左から]原作者・李恢成/小栗康平監督/南果歩[19歳]/呉昇一(オ・スンイル)/園佳也子/浜村純

 南果歩は、2007年放送のNHKの「スタジオパークからこんにちは」内で自身が在日3世であることを[ 南果歩.jpg告白、2012年NHKの「ファミリーヒストリー」に彼女が出演した際の話では、撮影当時、彼女は韓国籍から帰化した直後で、自分の出自について大きな過渡期に立っていたといい、「伽椰子のために」への出演はそれからの生き方を決定した瞬間だったといいます。この番組では、彼女のルーツは中国に1300年の歴史を持つ一族であったことが明かされています(前述のように、物語の設定では「伽倻子」は本名「美和子」という日本人なのだが)。南果歩はその後、乳がんの発見、夫・渡辺謙の不倫によるうつ病、二度目の離婚(最初は辻仁成と)といろいろありましたが、今は「乙女オバさん」をキャッチフレーズ(?)にして元気そうで何よりです。

「伽倻子のために」お.jpg 主人公・相俊を演じた呉昇一(オ・スンイル)は俳優ではなく在日韓国人の彫刻家で、現在はニューヨークで活動中。冒頭の列車内で主人公に語りかける男を演じる殿山泰司も味がありましたが、夜中に地中の音を聞いて回っている男(下水道局の人?)の蟹江敬三が不気味さとユーモラスな奇妙さを併せ持ち、何だか印象に残りました。

南果歩2.jpg「伽倻子のために」●制作年:1984年●監督:小栗康平●製作:砂岡不二夫●脚本:太田省吾/小栗康平●撮影:安藤庄平●音楽:毛利蔵人●原作:李恢成●時間:117分●出演:呉昇一(オ・スンイル)/南果歩/浜村純/園佳也子/加藤武/左時枝/川[伽耶子のために 南果歩3.jpg谷拓三/金福順/趙命善/白川和子/洪多美/ペイ平舜/姜優子/小林トシ江/吉宮君子/呉恵美子/殿山泰司/古尾谷雅人/蟹江敬三/田村高廣●公開:1984 /11●配給:劇団ひまわり.●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-08-29)(評価:★★★☆)

南果歩[1984年/20歳]

『伽倻子のために』...【1975年文庫化[新潮文庫]】

南果歩『乙女オバさん』(2022/02 小学館)表紙画像(撮影/野口貴司)[2021年/57歳]

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面白かったが重厚さはさほどなかった。映画化でますます浅くなった感じがした『人間の証明』。

『人間の証明』1976単行本.jpg 『人間の証明』1977角川文庫.jpg 『人間の証明』1997カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』講談社文庫.jpg.png
『人間の証明』2004.jpg 『人間の証明』20047カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』2015.jpg 「人間の証明」dvd.jpg 「人間の証明」b.jpg
『人間の証明』['76年/角川書店]/['77年/角川文庫]/['83年/講談社文庫]/['97年/カッパ・ノベルズ]『新装版 人間の証明 (角川文庫)』['04年]『人間の証明 (カッパ・ノベルス) 』['04年]『人間の証明 (角川文庫)』['15年]「人間の証明 角川映画 THE BEST [DVD]」「人間の証明 角川映画 THE BEST [Blu-ray]
「人間の証明」3.jpg

 東京・赤坂にある「東京ロイヤルホテル」のエレベーター内で、胸部を刺されたまま乗り込んできた黒人青年ジョニー・ヘイワードが死亡した。麹町署の棟居弘一良刑事らは、ジョニーを清水谷公園から東京ロイヤルホテルまで乗せたタクシー運転手の証言から、車中で彼が「ストウハ」という謎の言葉を発していたことを突き止める。さらに羽田空港から彼が滞在していた「東京ビジネスマンホテル」まで乗せた別のタクシーの車内からは、ジョニーが忘れたと思われる恐ろしく古びた『西條八十詩集』が発見された。一方、バーに勤めていたとある女性が行方不明になる。夫の小山田は独自に捜索をし、妻・文枝の浮気相手である新見を突き止めるが文枝の居場所は分からなかった。文枝はこの時点で轢死しており、犯人は政治家郡陽平とその妻の家庭問題評論家・八杉恭子の息子・郡恭平だった。恭平は車の運転中、スピンを起こし文枝をはねてしまったのだ。発覚を怖れた恭平は同棲相手の路子と共に遺体を東京都西多摩郡の山林へ隠す。その後路子の勧めで身を隠すため、路子を伴ってニューヨークへ渡った。棟居刑事は「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味すると推理した。また、事件現場であるホテルの回転ラウンジの照明が遠目には麦わら帽子のように見えるため、ジョニーがそれを見て現場に向かったのだと解釈した。また、タクシーから発見された詩集の中の一編の詩が「麦わら帽子と霧積(きりづみ)という地名」を題材としていたことと、ジョニーがニューヨークを去る際に残した「キスミー」という言葉から、捜査陣は群馬県の霧積温泉を割り出した。棟居らが現地に向かうと、ジョニーの情報を知っているであろう中山種という老婆がダムの堰堤から転落死していた。群馬県警は転落による事故と考えていたが棟居らは殺人事件と主張する。棟居らは中山種の本籍のある富山県八尾町へ向かう。そして捜査の中で、八杉が八尾出身であることを偶然発見する。更にアメリカ側からの捜査により、ハーレムに住むジョニーの父親が資産家アダムズの車に飛び込み示談金を得て、ジョニーの渡航費を捻出したことがわかる。父親はその後死亡した。新見によるひき逃げ事件の捜査も進み、現場に残されていた熊のぬいぐるみの所持者が恭平であること、ぬいぐるみに付着していた血液が文枝のものであることが明らかになると、新見は単身ニューヨークへ飛び、恭平からひき逃げと死体遺棄を白状させた。同じ頃、文枝の遺体がハイカーの大学生アベックに山中で発見され、その現場に恭平のコンタクトケースが落ちていたことで、犯人は恭平と断定された。新見から、恭平と路子の身柄が警察へ引き渡された。八杉とジョニーは生き別れた母子だった。ジョニーの父親は八杉と恋人同士であったが、当時は米国軍人と正式な結婚をすることが出来ず、親子3人で霧積温泉へ旅行した後、父親は二歳になるジョニーを連れて米国へ帰国し、日本に残された八杉は勧められるままに郡と見合結婚をした。ジョニーの存在が世間に知れ渡り、過去に黒人と関係を持っていた事実が露見することを恐れた恭子は自分に会いに来日したジョニーを殺害し、事情を知っている中山種も殺していた―。

 作者が、1975年に父を引き継ぎ角川書店社長に就任した角川春樹から、「作家の証明書になるような作品を書いてもらいたい」と依頼されて書いた作品で、1975年に旧「野性時代」(角川書店)で連載されました。1976年・第3回「角川小説賞」受賞作。

 映画監督の押井守氏が対談で、「『人間の証明』というのは松本清張みたいな話じゃん。『ゼロの焦点』とかあの辺の話だよね。戦後に暗い過去があって混血児を生んだ女が、いまはセレブになってるんだけどその息子が会いに来て、結局殺しちゃいましたというさ。これってまるっきり松本清張だよ」と言っていましたが、まさにそうだと思いました(「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味したというところなどは、『砂の器』の「亀田」が「亀嵩」だったというのを想起させる)。

 テンポよく読めて面白く、様々な伏線もちゃんと繋がっていて、文庫の解説で横溝正史が評価し、帯で宮部みゆき氏が推薦しているのも分かります。ただ、松本清張作品ほどの重厚さは感じられなかったでしょうか。戦後の闇市で強姦されかけていた恭子を助けた棟居の父は、米軍兵士たちに袋叩きにあって命を落としていますが、その米軍兵の一人がケン・シュフタン刑事だったというのも、あまりに偶然が過ぎて、ご都合主義的な気がしました(一方で、ケン・シュフタン刑事が混血だったと最後に出てくるが、途中どこにもその説明が無かったのが不可解)。

「人間の証明」03.jpg 1977年、角川春樹事務所製作の第2弾として映画化され、八杉恭子を演じた岡田茉莉子は、角川春樹と作者で直接を出演依頼し、松田優作、ジョージ・ケネディらが日本映画で初めて本格的なニューヨークロケをしたとのこと。映画は途中までは原作に比較的近いですが、原作では棟居とケン・シュフタンの刑事同士接触はなく、棟居(松田優作)がアメリカに行ってケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に会う辺りから急激に原作を外れてしまいます。作者自身は「映像化にOKを出した時点で、嫁に出すようなもの。好きに料理してくれ、という考えです」と言い、原作にはない米国ロケでアクションを繰り広げた松田優作にも感謝していたそうですが...。

「人間の証明」松田ハナ.jpg それにしても原作から外れすぎ、と言うか、いろいろ付け加えすぎて、ますます浅くなった感じ。八杉恭子の息子・恭平(岩城滉一)は 、ヘイワード殺しの犯人を追っていたはずのニューヨーク市警ケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に射殺されるし、息子の死の知らせを受けた八杉恭子は、授賞式の舞台で「あの子は私の生きがいです。 あの子は私の麦わら帽子だったんです。 私はすでに一つの麦わら帽子を失っています。 だからもう一つの麦わら帽子を失いたくなかったんです」という、黒人の息子より恭平の方が大事だったみたいな演説をぶって、最後は霧積まで行って『ゼロの焦点』よろしく自殺するし―。

「人間の証明」岡田.jpg 莫大な宣伝費をかけたメディアミックス戦略の効果で映画はヒットし、実際、観た人の中には感動したという人も少なくなかったようですが、映画評論家からは酷評されました(第51回「キネマ旬報ベスト・テン」では第50位、読者選出では第8位)。「山本寛斎のファッションショーが延々と長すぎる」「松田優作が、テレビドラマのジーパン刑事そのままで何とも異様」等々。小森和子は雑誌の映画評で「日米合作としては違和感のない出来上がり。ただすべてが唐突な筋立て」と述べたように、滅多に悪く批判しない映画評論家までが映画作品としての密度の希薄さを指摘し、特に大黒東洋士と白井佳夫の批判がキツ過ぎ、この二人は角川関連の試写会をボイコットされたそうです。出演した鶴田浩二も映画誌で、「製作に12億かけて宣伝に14億かけるなんて武士の商法じゃない。本来、宣伝費は製作費の1割5分か2割でしょう。これは外道の商法です」と角川商法を批判しました。

「人間の証明」松田.jpg 批判の多さに原作者の森村誠一自身が激怒し、「作品中のリアリティと現実を混同したり、輪舞形式をとった設定をご都合主義と評したりするのは筋違いの批評...映画評論家は悪口書いて、金をもらっている気楽な稼業。マスコミ寄生人間の失業対策事業で、マスコミのダニ」などと映画評論家を猛烈に批判したとのことです。

 いずれにせよ、メディアミックス戦略等で映画業界に1つ革新をもたらしたのは事実だと思いますが、そうしたビジネス上の功績と併せて、角川映画ってこんなものだという質的評価は、良くも悪くも映画「人間の証明」で定まってしまったように思います。

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野性の証明 単行本.jpg「野性の証明」図3.jpg 作者は、『人間の証明』の発表翌年に『野性の証明』を発表、東北の寒村で大量虐殺事件が起き、その生き残りの少女と、訓練中、偶然虐殺現場に遭遇した自衛の二人を主人公に、東北地方のある都市を舞台にした巨大な陰謀を描いた作品でした。こちらも発表翌年に高倉健、薬師丸ひろ子主演で映画化されましたが、大掛かりな分、多分に大味な映画になっていました。結局、高倉健演じる自衛隊の特殊部隊の隊員(味沢岳史)がある集落でたまたま正当防衛的に住民を殺してしまい、いろいろな経緯があって、薬師丸ひろ子演じる集落の生き残りの少女を守りながら、三國連太郎演じる日本のある地方を牛耳ってるボスと戦うというわけのわからない話である上に、映画では誰もが簡単に人を殺し、味沢もまたその例外ではなく、ラストも原作の味沢が細菌に侵されて狂人になってしまうというものではなく、異なる結末になっていました。まあ、とことん駄作にしてしまった感じ。結局は高倉健のカッコ良さも空回りしていて、お金をかけてこうした映画を撮る監督(どちらかと言うと製作者?)の気が知れないです。

「人間の証明」d.jpg「人間の証明」三船.jpg「人間の証明」●英題:PROOF OF THE MAN●制作年:1977年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/吉田達/サイモン・ツェー●脚本:松山善三●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:ジョー山中「「人間の証明のテーマ」)●原作:森村誠一●時間:133分●出演:岡田茉莉子/松田優作/ジョージ・ケネ「人間の証明」長門夏八木勲范文雀.jpgディ/ハナ肇/鶴田浩二/三船敏郎/ジョー山中/岩城滉一/高沢順子/夏八木勲/范文雀/長門裕之/地井武男/鈴木瑞穂/峰岸徹/ブロデリック・クロフ「人間の証明」09.jpgォード/和田浩治/田村順子/鈴木ヒロミツ/シェリー/竹下景子/北林谷栄/大滝秀治/佐藤蛾次郎/伴淳三郎/近藤宏/室田日出男/小林稔侍(ノンクレジット)/西川峰子(仁支川峰子)/小川宏/露木茂/坂口良子/リック・ジェイソン/ジャネット八田/小川宏/露木茂/三上彩子/姫田真佐久/今野雄二/E・H・エリック/深作欣二/角川春樹/森村誠一●公開:1977/12●配給:東映(評価:★★★)「人間の証明」m」.jpg「人間の証明」八田.jpg 「人間の証明」深作.jpg 「人間の証明」長門.jpg
[上]坂口良子(おでん屋の女将)/大滝秀治(おでん屋の客A)・佐藤蛾次郎(おでん屋の客B)
[下]森村誠一(ロイヤルホテル チーフ・フロントマネージャー)/ジャネット八田(ハーレムで写真屋を営む女性・三島雪子...写真提供:吉田ルイ子)/深作欣二(渋江警部補)・長門裕之(なおみ(范文雀)の夫・小山田武夫)

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「野性の証明」●制作年:1978年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/坂上順/遠藤雅也●脚本:高田宏治●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:町田「野性の証明」高倉.jpg義人「戦士の休息」)●原作:森村誠一●時間:143分●出演:高倉健/薬師丸ひろ子/中野良子/夏木勲 /三國連太郎(特別出演)/成田三樹夫/舘ひろし/田「野性の証明」[図3.jpg村高廣/松方弘樹/リチャード・アンダーソン/鈴木瑞穂/丹波哲郎/大滝秀治/角川春樹/ジョー山中/ハナ肇/中丸忠雄/渡辺文雄/北村和夫/山本圭/梅宮辰夫/成田三樹夫/寺田農/金子信雄/北林谷栄/絵沢萠子/田中邦衛/殿山泰司/寺田「野性の証明」3.jpg農/芦田伸介(特別出演)/角川春樹/ジョー山中●公開:1978/10●配給:日本へラルド映画=東映(評価:★★)

田中邦衛(八戸市のバーのマスター)/殿山泰司(八戸市のおでん屋台の主人)
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『人間の証明』... 【1977年3月文庫化[角川文庫]/1977年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/1983年再文庫化[講談社文庫]/1997年再文庫化[ハルキ文庫]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 人間の証明』) ]/2004年再新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「永遠のマフラー」を併録)]】
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『野生の証明』... 【1978年3月文庫化[角川文庫]/1978年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 野生の証明』)]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 野生の証明』) ]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「深海の隠れ家」を併録)]】
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正統派の抒情文学である原作を見事に映像化。グッときた。

「泥の河「.jpg映画 「泥の河」.jpg  泥の河-2.jpg
泥の河〓81東映セントラル〓 [VHS]
田村高廣/藤田弓子 
小栗 康平 「泥の河」2.png 朝鮮動乱の新特需を足場に高度経済成長へと向かおうとしていた昭和31年の大阪安治川河口が舞台。ある朝、河っぷちの食堂に住む食堂の息子、信雄(朝原靖貴)は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一(桜井稔)に出会う。喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい舟に住んでおり、信雄は泥の河.jpg銀子(柴田真生子)という優しい姉にも会った。信雄の父、晋平(田村高広)は、夜、あの舟に行ってはいけないという。しかし、父と母(藤田弓子)は姉弟を夕食に呼んで、温かくもて泥の河-2-3.jpgなした。楽しみにしていた天神祭りがきた。初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。喜一はランプの油に蟹をつけ、火をつけた。蟹は舟べりを逃げた。蟹を追った信雄は窓から喜一の母(加賀まりこ)の姿を見た。裸の男の背が暗がりに動いていた。次の日、喜一の舟は岸を離れた。信雄は「きっちゃーん!」と呼びながら追い続けた-。

「泥の河」    .jpg「泥の河」  .jpg 宮本輝の原作は'78年刊行の単行本『螢川』に所収。原作の"原色の街"のイメージに反して映画は白黒映画で、それがかえって良く、昭和31年の大阪下町のひと夏をノスタルジックに描いていました。蟹に油を塗って火をつけ遊ぶ2人の少年が、船べりを逃げる蟹を追って眼にしたものは―、ラストの「きっちゃーん」という少年の呼びかけに応えることなく出て行く"船"―等々。
映画 「泥の河」ポスター
泥の河 ポスター.jpg 信雄の父、晋平(田村高廣)には実は前妻がいて、母親(藤田弓子)が父親と結ばれた経緯が信雄を妊娠したことを契機とする略奪婚であり、その前妻が死に目に信雄に会いたがっているので京都の病院まで見舞いに行き、そこで後妻が前妻に謝る―というのは原作には無い設定ですが、その辺りは多分に「螢川」のストーリーを下敷きにしているようです。こうした原作からの改変こそありましたが、夏の強い日差しを表すコントラストの強い画面や、子ども目線でのカメラ位置などの効「泥の河」 加賀.jpg泥の河 加賀まりこ.jpg果的な技巧が窺え、出演者の演技もベテラン、子役ともになかなか良かったです。特にラストはグッときます。登場場面が数カットしかなかった加賀まりこ(当時の加賀まりこは多忙を極め、スケジュールの合間をぬって僅か6時間で彼女の出る全シーンを撮泥の河 映画es.jpg小栗 康平 「泥の河」3.jpgった)が「キネマ旬報助演女優賞」を受賞しましたが、確かに情感たっぷりの堂々たる演技ぶりでした。スティーブン・スピルバーグ5Q.jpg但し、個人的に思うに、一番上手かったのは子役達ではなかったかと(特に、姉弟の姉の方を演じた柴田真生子がいい)。この映画の子役の演技にはスティーブン・スピルバーグも感嘆し、演出の秘密を知ろうとして来日時に小栗康平に面会を求めたそうです。

 第55回「キネマ旬報ベストテン」で第1位に選ばれ、「毎日映画コンクール賞(日本映画大賞)」「ブルーリボン賞(作品賞)」なども受賞しました。個人的にも正統派の抒情文学である原作を見事に映像化しているように思え、「グッときた」作品でしたが、最初に映画の製作発表の記者会見を行った際は取材に来たマスコミは2社だけで、当初は上映館もなかなか決まらず自主上映だったとのとです。

シネマブルースタジオ 小栗康平監督特集(2023)
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泥の河00.jpg泥の河images.jpg「泥の河」●制作年:1981年●監督:小栗康平●脚本:重森孝子●撮影:安藤庄平●音楽:毛利蔵人●原作:宮本泥の河01.jpg輝●時間:105分●出演:田村高廣/藤田弓子/朝原靖貴/桜井稔/柴田真生子/加賀まりこ/殿山泰司/芦屋雁之助/西山嘉孝/蟹江敬三/八木昌子/初音礼子●劇場公開:1981/01●配給:東映セントラル●最初に観た場所:日比谷・第一生命ホール(81-05-22)●2回目:池袋・テアトル池袋(82-07-24)(併映:「駅 STATION」(降旗康雄))●3回目:キネカ泥の河 殿山泰司9.JPG泥の河 芦屋雁之助.jpg1981 泥の河 蟹江敬三.jpg大森(85-02-02) (評価★★★★☆)
殿山泰司(橋下から少年にスイカを投げ与える屋形船の男)/芦屋雁之助(荷車のおっちゃん)/蟹江敬三(巡査)
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第一生命館.jpg旧・第一生命ホール(左) 1952年9月15日、第一生命館6Fにオープン、1989年閉館。2001年11月、晴海アイランド・トリトンスクエアに2代目第一生命ホールオープン キネカ大森(右) 1984年3月30日、西友大森店内に都内初のシネコンとしてオープン(3スクリーン)
キネカ大森(2023年1月7日)
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裕次郎の日活青春映画の中ではやや異色なのは、芦川いづみの役どころのせい?

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あした晴れるか [DVD]」石原裕次郎/芦川いづみ
「あした晴れるか」000.jpg「あした晴れるか」m3.jpg 秋葉原のヤッチャバ(青果市場)に勤める三杉耕平(石原裕次郎)は写真大学卒で、本職はカメラマン。彼はある日、桜フィルムの宣伝部長・宇野(西村晃)から「東京探検」というテーマで仕事を依頼される。そして耕平の面倒をみる担当として、宣伝部員・矢巻みはる(芦川いづみ)を付けられた。みはるは才女で、耕平にとっては全くの苦手タイプだった。その上バー"ホブーブ"のホステス・セツ子(中原早苗「あした晴れるか」m2.jpgも耕平を追いかけ回し、苦手が二人になる。その夜、宇野に連れていかれたバーで、みはるが愚連隊に因縁をつけられるが、偶然通りがかったみはるの従弟・昌一(杉山俊o0420017915048971131.jpg夫)によって救われる。翌朝、耕平は目を覚まして仰天する。みはるの家に泊ってしまったのだ。みはるには、しのぶ(渡辺美佐子)という美しい姉がいた。しのぶは、美容学研究家の洒落男・下田(庄司永建)に求愛されていた。やがて、耕平の仕事が本格的に始まる。深川の不動尊、佃島の渡船場、旧赤線地帯、野犬抑留場―みはるは一日中耕平の傍に付きながら、彼に惹かれていくのを感じた。ふとしたことから耕平はセツ子の父親・清作(東野英治郎)と知り合う。清作は昔ヤクザだったが今は堅気の生活をしている。しかし六年前に清作がビッコにした人斬り根津(安部徹)という男が清作を探していた。ある日、根津に探し出された清作を、危機一髪、耕平が駆けつけて救ける―。

『あした晴れるか』.jpg '60年10月公開の中平康(1926-1978)監督作で、原作は菊村到(1925-1999)の新聞連載小説。'60年に東京新聞に268回に渡って連載されたものです。『あした晴れるか』('60年/光文社)として同年刊行されていますが、同じ年に映画化もされたことになります。菊村到は、「不法所持」で'57(昭和32)年・第3回「文學界新人賞」、「硫黄島」で'57(昭和32)年上期・第37回「芥川賞」を受賞していますが、個人的イメージとしては西村寿行(1930-2010)とかに近い印象。ビジネス小説も書いていたのかあ(しかもユーモア小説!まあ、ヤクザは出てくるが)。
あした晴れるか―長編小説 (1960年) -』 

o0420017915048875203.jpg「あした晴れるか」 芦川.jpg 全体としては、裕次郎のモテ男はつらいといったお話ですが、テンポが良くて楽しめるのと、どちらかというと可憐な女性の役が多い芦川いずみが、眼鏡をかけたキャリアウーマン風の女性を演じているところが変わったところでしょうか(実は周囲に馬鹿にされないための伊達メガネだったのだが)。

「あした晴れるか」m1.jpg 芦川いずみ演じる矢巻みはるは、中原早苗が演じる元気なホステス・セツ子と、裕次郎が演じる耕平を巡って張り合うし、渡辺美佐子が演じる矢巻みはるの姉しのぶも、政略的な婚約を断ち切り、最後、独り窓に向かって「昨日風吹き、今日雨吹り、明日晴れるか」と落書きし(これがタイトルの由来)、その瞳は耕平にじっと向けられていて―。

 最後は耕平の次々と発表した「東京探検」作品展は人気を呼び、大当りに気を良くした宇野(西村晃)は、この次の企画として「アフリカ探検」を耕平に用意してあると言うのだが、みはる、セツ子に加えて昌一までもが助手として同行することを希望し、さて一体誰が耕平についてアフリカに行くのか...。
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「あした晴れるか」c1.jpg 芦川いづみの大きな黒眼鏡の役どころのせいもあってか、彼女の出演作品としても、裕次郎の日活青春映画としてもやや異色ですが、肩が凝らずに楽しめるコメディでした。

 最後のヤクザとの乱闘シーンで、裕次郎がメロンを手に、「卸しでも300円する」と言っていますが、時代は1960年なのでかなりの高級品のはず。マスクメロンは、まだ庶民にとっては高嶺の花でした。これを投げつけるシーンには、当時批判があったのではなかったかなあ(因みに、この映画の鑑賞券(前売り券)には、「総天然色 主演:石原裕次郎 芦川いづみ」とあり、価格は「100円」とあった)。
『あした晴れるか』 (c).jpg「あした晴れるか」石原裕次郎/芦川いづみ

「あした晴れるか」 c2.jpg.gif「あした晴れるか」09.jpg「あした晴れるか」●制作年:1960年●監督:中平康●脚本:池田一朗/中平康●撮影:岩佐一泉●音楽:黛敏郎●原作:菊村到●時間:90分●出演:石原裕次郎/芦川いづみ/渡辺美佐子/杉山俊夫/信欣三/嵯峨善兵/高野由美/中原早苗/安部徹/草薙幸二郎/藤村有弘/庄司永建 o0420017915049307194.jpg/殿山泰司/宮城千賀子/西村晃/東野英治郎/三島雅夫●公開:1960/10●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-06)(評価:★★★☆)
      
殿山泰司(中年サラリーマン・植松伊之助。チンピラに絡まれるが耕平に助けられ、共に飲み屋で意気投合する。家庭では女房の尻に敷かれている)
  
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東野英治郎(セツ子の父親・梶原清作。今は花屋だが、かつては博打打ちで、根津(安部徹)が清作の親分を刺したため清作が根津を刺し、そのため根津から恨まれている)

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安部徹(人斬り根津。6年前に清作がビッコにしたヤクザで、最近出所して恨みを晴らすために清作を探している)
  
 
 
 
 
   
●菊村到原作
硫黄島」('59年)/「けものの眠り」('60年)
1硫黄島.jpg 1けものの眠り.png
俺は死なないぜ」('61年)/「夕陽の丘」('64年)
1俺は死なないぜ.jpg 1夕陽の丘.jpg

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「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「ジャズ大名」)「●真田 広之 出演作品」の インデックッスへ(「犬死にせしもの」)「●佐藤 浩市 出演作品」の インデックッスへ(「犬死にせしもの」)「●蟹江敬三 出演作品」の インデックッスへ(「犬死にせしもの」)「●西村 晃 出演作品」の インデックッスへ(「犬死にせしもの」)「●堤 真一 出演作品」の インデックッスへ(「犬死にせしもの」)「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(渋谷松竹) 「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ

最後は映画と言うよりミュージック・ビデオみたいな感じの「ジャズ大名」。

「ジャズ大名」1986.jpg 「ジャズ大名」02.jpg     「犬死にせしもの」1986.jpg
ジャズ大名 [DVD]」古谷一行(1944-2022.08.23/78歳没))/財津一郎/殿山泰司   「犬死にせしもの [DVD]」真田広之/佐藤浩市/安田成美

「ジャズ大名」1.jpg 南北戦争が終り、解放された黒人奴隷のジョー(ロナルド・ネルソン)は、弟サム、従兄ルイ、叔父ボブの3人に再会した。彼らはニューオリンズから船に乗り故郷アフリカへ帰るはずが、メキシコ商人に騙されて香港行きの船に乗せられる。ある日、病気で死んだボムを残し、大嵐の中ボートで脱出を図った3人は駿河湾の庵原藩に助けられる。海郷亮勝(古谷一行)が藩主の庵原藩は、薩摩藩と幕府の中間に位置しているため、家老の石出九郎左衛門(財津一郎)は薩摩「ジャズ大名」ざい.jpgか幕府のどちらにつくべきか悩んでいる。しかし亮勝はどこかうわの空。そんな時、黒人3人が流れ着いたとの一報が入る。亮勝は興味津々で彼らに会いたいと言うが、それを許そうとしない九郎左衛門は、医者の玄斎(殿山泰司)に作らせた眠り薬を使い、彼らを地下牢に閉じ込める。下手な篳篥を演奏するのが趣味の亮勝は、彼らは楽隊ではないかと玄斎から伝え聞き、何とか彼らと会うよう画策する。そして、念願を果たすや、音楽好きの亮勝は彼らの演奏するジャズの虜となり―。
岡本真実/財津一郎

エロチック街道』['81年]『エロチック街道 (新潮文庫)』['84年]『ジャズ大名 (新潮文庫)』
『エロチック街道』1.jpg『エロチック街道』2.jpg『ジャズ大名」1.jpg『ジャズ大名」2.jpg 岡本喜八監督の1986(昭和61)年公開作で、原作は筒井康隆の短編集『エロチック街道』('81年/新潮社)の1篇(文庫化後、映画化の際に書名が『ジャズ大名』に改められて表題作となった)。製作会社は大映、配給会社は松竹で、同年キネマ旬報ベストテンで10位となり、映画化困難といわれる筒井原作の映画では初のランクインとなっています。

「ジャズ大名」ろうか.jpg 藩主役の古谷一行と家老役の財津一郎のやり取りが楽しい。原作にある庵原藩の屋敷の特異な形状もしっかり再現されており、百畳敷以上の大広間(これが街道上に位置するため、伊勢参りや敗れた幕府軍、追う官軍などが行き来することになる)のセットは東宝スタジオに建てられ、音楽監督とプロデューサーを除くメ「ジャズ大名」00.jpgインスタッフ全員が東宝から起用されたとのことです。

 終盤は、藩主以下一同数十名(数百名?)は地下室で大ジャムセッション。三味線・琵琶・和太鼓・尺八・桶・ソロバンなどで即興演奏を繰り広げ、気がついたら地上では明治維新になっていた―。原作のシュールな展開が活かされており、維新なって行進する官軍の「トンヤレ節」を鼻で笑い飛ばしてジャムセッションを再開するラスト「ジャズ大名」3.jpgに、戦争なんて馬鹿らしいというメッセージが込められていたように思います。

 狂乱の大演奏がラスト2、30分続きますが、一応、原作も果てしなく演奏が続くという設定などでこれも"原作通り"。唐十郎が薩摩藩士役で出演しているほか、ジャムセッションでは山下洋輔はおもちゃのピアノを弾きまくり、タモリはラーメンの屋台を引きチャルメラを吹くという、最後は映画と言うより、ちょっと変わったミュージック・ビデオみたいな感じでした(併映は次に挙げる「犬時にせしもの」)。

真田広之/佐藤浩市 in「犬死にせしもの」
「犬死にせしもの」1.jpg 昭和23年。ビルマ戦線から復員した重左こと宗重左衛門(真田広之)は、戦友の鬼庄こと鬼松庄一(佐藤浩市)と遊郭で再会し、仲間の伝次郎(堀弘一)と共に海賊して瀬戸内海を股にかけていた。ある日、三人が襲撃した船に洋子(安田成美)という名の少女が乗っており、鬼庄は彼女を色街に売って金を得ようとしていた。しかし重左は影のある彼女に惹かれ、鬼庄の計画を思いとどまらせることに成功する。洋子の嫁ぎ先は瀬戸内海を牛耳る新興やくざ・花万に捜索を依頼。そして、花万の番頭・火つけ柴(蟹江敬三)が五貫島に現われ、3日後に洋子を渡すように要求してきた。大分・竹田津の実家まで送り届けると洋子に約束した重左は、高松の元やくざ・阿波政(西村晃)に助けを求めに行くが、その間洋子は火つけ紫に連れ去られてしまう。闇ブローカーの岩テコ(平田満)から火つけ紫の妾の居場所を聞いた重左たちは、その女・千佳(今井美樹)を攫って人質交換を目論み、小型船の梵天丸で西枯木島にある火つけ紫の本拠地に乗り込むが―。

「犬死にせしもの」d.jpg 井筒和幸監督作で、荒れ狂う海の上での真田広之佐藤浩市の活躍が観られます(この二人のW主演はある種"貴重映像"かも。「道頓堀川」('82年/松竹)でも共演はしていたが、W主演ではなかった)。ただ、二人とも復員者には見えないのが難ですが。加えて、洋子役の安田成美がヒロインなのは分かりますが、色街に売られそうになりながらもどこかお嬢さんっぽい安田成美の役どころと、火つけ柴の妾・千佳役の新人・今井美樹との扱われ方の差があまりに大きいのがどうかなという感じでした。

「ホンダ・トゥデイ」.jpg「ホンダトぅディ」.jpg 今井美樹が唯一ヌードになった映画がこの作品とのことです。ホンダ・トゥデイのCM('85年)に出ていた彼女。個人的には、新車発表会で"ナマ今井美樹"見たこともあり思い入れがあったのですが、その彼女をこうした使い方をして大丈夫なのかなあと、当時思ったりもしました(でも、無事、NWEトゥデイのCM('88年)にも出ていたが)。

井筒和幸.jpg 井筒和幸監督自身は当時のことをどう振り返っているのかと思ったら、「日刊ゲンダイDIGITAL」の連載コラム(2020年9月26日配信)に《新人の今井美樹嬢を丸裸にさせたり、船上で尻をまくって海にオシッコさせたり、キスを何十回と連続でテークしたりした。彼女は耐えに耐えて夢中で演じた。熱い時代だった。今はキスも嫌う女優もどきがいる。ご清潔なものだ》と書いていて、この発言が今年['22年]になってツイッター民により引用・拡散されたことで物議を醸しているようです。

井筒和幸監督

 映画撮影現場でのセクハラ、パワハラが問題視されている昨今の状況からすると「熱い時代だった」では済まされないように思いますが、2020年の時点でこうした発言をしていることを考えると、井筒和幸監督はまだ昭和の感覚をまだ引き摺っているのではないでしょうか。本人は今月['22年7月]、湧き起こった映画界の性加害報道を受けて、「役者に配慮するのは今まで通りだろうし。なのに、監督がセクハラするなんて、それこそこの世の終わり」と発言していますが、何かコメンテーター調だけど、自分のことではないかと思ってしまいます。実際に井筒監督は報道番組のコメンテーターのようなことをしており、その映画観だけでなく、政治・歴史的主張も含めさまざまな発言をしていて、個人的にはそれらを全否定するわけではなくむしろ賛同することが多いくらいですが、この件に関しては都合よく逃げている印象を受けました。


ジャズ大名 [DVD]
「ジャズ大名」0.gif「ジャズ大名」ps.jpg「ジャズ大名」●制作年:1986年●監督:岡本喜八●脚本:岡本喜八/石堂淑朗●製作:室岡信明●撮影:加藤雄大●音楽:筒井康隆/山下洋輔●原作:筒井康隆●時間:85分●出演:古谷一行/財津一郎/神崎愛/岡本真実 /殿山泰司/本田博太郎/今福将雄/小川真司/利重剛/ミッキー・カーチス/唐十郎 (友情出演)/ロナルド・ネルソン/ファーレズ・ウィテッド/レニー・マーシュ/ジョージ「ジャズ大名」「犬死にせしもの」.jpg・スミス/六平直政/山下洋輔(特別出演)/タモリ(特別出演)●公開:1986/04●配給:松竹(評価:★★★☆)●最初に観た場所:渋谷松竹(86-05-04)(評価:★★★☆)●併映:「犬死にせしもの」(井筒和幸)

「犬死にせしもの」●制作年:1986年●監督:井筒和幸●脚本:井筒和幸/西岡琢也●撮影:藤井秀「犬死にせしもの」k.jpg男●音楽:武川雅寛(主題歌:桑名晴子)●原作:西村望「犬死にせしものの墓碑名」●時間:92 分●出演:真田広之/佐藤浩市/安田成美/平田満/堀弘一/梅津栄/今井美樹/風祭ゆき/水木薫/吉行和子/蟹江敬三/木之元亮/中村玉緒(特別出演)/西村晃/堤真一(チンピラ 役)●公開:1986/04●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷松竹(86-05-04)(評価:★☆)●併映:「ジャズ大名」(岡本喜八)
蟹江敬三/真田広之
「犬死にせしもの」 10.jpg

渋谷松竹1.jpg渋谷松竹sibuyatoei1.jpg渋谷東映・松竹・全線座shibuya.jpg渋谷松竹 1938年、前身の松竹系「東京映画劇場」オープン。1990(平成2)年9月16日、隣接の「渋谷東映」と共に閉館 (1985年道玄坂「ザ・プライム」6Fにオープンしていた渋谷松竹セントラル(2003年~「渋谷ピカデリー」)が後継館となる(2009(平成21)年1月30日「渋谷ピカデリー」閉館))(⑦渋谷東映/⑨渋谷松竹/⑬全線座(1977年閉館))

「●今村 昌平 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2457】 今村 昌平 「にっぽん昆虫記
「●「ブルーリボン賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ「●黛 敏郎 音楽作品」の インデックッスへ「●長門 裕之 出演作品」の インデックッスへ 「●丹波 哲郎 出演作品」の インデックッスへ 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ 「●西村 晃 出演作品」の インデックッスへ 「●東野 英治郎 出演作品」の インデックッスへ 「●奈良岡 朋子 出演作品」の インデックッスへ 「●加藤 武 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○日活100周年邦画クラシックス・GREATシリーズ

今村「重喜劇」の代表作。大島渚の「太陽の墓場」と似た雰囲気を感じた。

「豚と軍艦」横1.jpg
日活100周年邦画クラシックス GREATシリーズ 豚と軍艦 HDリマスター版 [DVD]」長門裕之/吉村実子
「豚と軍艦」14.jpg 水兵相手のキャバレーが立ち並ぶ町の中心地ドブ板通り。周囲の活気をよそに。当局の取締りで根こそぎやられてしまったモグリ売春ハウスの連中、日森(三島雅夫)一家は青息吐息の状態。そこで一家は、豚肉の払底から大量の豚の飼育を考えついた。ハワイからきた崎山(山内明)が基地の残飯を提供するという耳よりな話もある。ゆすり、たかり、押し売りからスト破りまでやってのけて金をつくり、彼らの"日米畜産協会"もメドがつき始めた。そんな時、流れやくざの春駒(加原武門)がタカリに来た。応待に出た若頭で胃病もちの鉄次(丹波哲郎)の目が光る。叩き起されたチンピラの欣太(長門裕之)は春駒の死体を沖合まで捨てに行かされた。「欣太、万一の場合には代人に立つんだ。くせえ飯を食ってくりゃすぐ兄貴分だ」という星野(大坂志郎)の言葉に、単純な欣太はすぐその気になった。彼は恋人の春子(吉村実子)と暮したい気持でいっぱいなのだ。春子の家は、姉の弘美(中原早苗)のオンリー生活で左団扇だったが、彼女はこの町の醜さを憎悪し、欣太に地道に生きようと言っては喧嘩になった。ある夜、吐血して病院に担ぎこまれた鉄次がそのまま入院となり、日森一家の屋台骨はグラグラになる。会計係の星野が有り金を持って消え、崎山も前金を搾り取るとハワイに逃げてしまった。酷い胃癌で余命三日という診断結果を受けた鉄次は、自殺する勇気もなく、殺し屋のワン(城所英夫)に自分を殺してくれとすがりつく。だがこれは間違いで、鉄次は単なる胃潰瘍だった。鉄次は、間違いを喜ぶよりもワンに殺される恐怖に再び血を吐く。欣太と激しく口喧嘩をした春子は町に飛び出し、酔った水兵に嬲りものにされる。日森一家は組長の日森と、軍治(小沢昭一)・大八(加藤武)とに分裂、両者とも勝手に豚を売りとばそうと企み、軍治たちは夜にまぎれての運搬を欣太に命じた。欣太は豚を積み込む寸前に先回りした日森らに捕まってしまう。豚を乗せ走り出す日森のトラック群。それを追う軍治らのトラック。六分四分で手を打とうという日森だったが、欣太はもう騙されないと小型機関銃をぶっ放す。ドブ板通りには何百頭という豚の大群が溢れる―。

「豚と軍艦」poster.jpg「豚と軍艦」ny1.jpg 今村昌平監督の1961年公開作で、今村「重喜劇」の代表作とされる作品であり、1961年度・第14回「ブルーリボン賞(作品賞)」受賞作。マーティン・スコセッシ監督がこの映画を学生時代に観て「衝撃を受けた」と語っているという話は有名です。そう思うと確かに〈ピカレスクもの〉としては「グッドフェローズ」('90年/米)などに通じるところもあるし、一方、長門裕之(競演の南田洋子とはこの年に結婚)と吉村実子(今村昌平にスカウトされての映画初出演。「にっぽん昆虫記」にも出ている)のカップルはまさに「どぶの中の青春」という感じで(つまり〈青春もの〉でもある)、2012年に日活創立100周年記念として過去の日活映画を上映した「日活映画 100年の青春」企画でも、上映作品のラインアップにこの作品がありました。

「豚と軍艦」6.jpg 基本的にコメディですが普通のコメディと少し違い、「重喜劇」は単に重いのではなく、軽快な喜劇の逆であるということ、つまり「鈍重な喜劇」だということだそうです。豚を巡るブラックユーモアは、そのまま戦後日本の状況的な寓意になっていて、「米軍基地から出る残飯でやくざが豚を飼い、大儲けをたくらむ」という簡単なプロットから、戦後世界の中で軍艦(軍事的身分)を保持できなかった日本人が、豚(寄生的な家畜)として生きる姿を描いているともとれます。
  
小沢昭一/加藤武/長門裕之/丹波哲郎/大坂志郎
「豚と軍艦」ierba.jpg 神経を逆撫でするギャグが頻出し、丸焼きにした豚の肉片から人の入れ歯が見つかり、ヤクザの一人(加藤武)が殺害したお尋ね者の死体を土に埋めずに豚の餌の中に混ぜ込んだと言うと、鉄次(丹波哲郎)ら一同が嘔吐するといった場面と「豚と軍艦」丹波哲郎 j.jpgか、また、鉄次が、末期ガンで三日と持たないと伝えられ、発作的に鉄道自殺を企てるも直前で思い止まり、列車をやり過ごした直後にしがみついていたのが生命保険の看板だったとか―(だいたい強面な役が多い丹波哲郎が、ここではドスを効かせながらも喜劇的な部分をかなり担っているのが興味深く、この点も「重喜劇」故か?)。

 個人的には、前年公開の大島渚監督の「太陽の墓場」('60年/松竹)と似た雰囲気を感じました。「太陽の墓場」は大阪(西成地区か)が舞台で、主人公のチンピラ役は川津祐介で、愚連隊の会長役は長門裕之の弟・津川雅彦でした。皆が殺し合って、最後に残ったのは炎加世子演じるヒロインでしたが、この「豚と軍艦」でも、ラストの狂騒の中、警官に撃たれた欣太は路地裏でひっそり命を落とし、数日後、一人になった春子は未来を見据えて堂々と家を出ていきます。どちらの映画の女性も強い―。誰か、「太陽の墓場」と「豚と軍艦」を比較して論じている人はいないのかなあ。

「豚と軍艦」yokosuka.jpg 何年か前に横須賀に行って横須賀本港と、海上自衛隊の司令部がある長浦港をめぐり、日米の艦船を見学するクルージングツアーに参加しました。艦船の中にイージス艦2隻が泊まっていましたが、2隻で計約5000億円するそうな。新国立競技場の 建設「豚と軍艦」m.jpg費用が約1600億円だから、1隻の費用だけで新国立競技場の建設費を上回ることになります。ほかに「豚と軍艦」cb.jpgも猿島や三笠公園、海軍カレーの店などに行ったりし、「どぶ板通り商店街」も行ったはずですが、なぜかあまり印象に残らなかったです(観光スポット化して小ざっぱりしすぎていた?)。

「豚と軍艦」●制作年:1961年●監督:今村昌平●製作:大塚和●脚本:山内久「豚と軍艦」ny2.jpg●撮影:姫田真佐久●音楽:黛敏郎●時間:108 分●出演:長門裕之/吉村実子/三島雅夫/丹波哲郎/大坂志郎/加藤武/小沢昭一/南田洋子/佐藤英夫/東野英治郎/山内明/中原早苗/菅井きん/加原武門/青木富夫/西村晃/ 初井言栄/高原駿雄/神戸瓢介/矢頭健男/殿山泰司/城所英夫/武智豊子/河上信夫/玉村駿太郎/中川一二三/福田文子/奈良岡朋子●公開:1961/01●配給:日活●最初に観た場所(再見):シネマブルースタジオ(22-06-14)(評価:★★★★)

吉村実子/長門裕之

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「豚と軍艦」奈良岡.jpg 奈良岡朋子(ホテル「チェリィ」の女将)

Yokosuka Dobuita Street(© 2022 TripAdvisor LLC Todos los derechos reservados.)
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「●あ行の日本映画の監督」の インデックッスへ 「●吉永 小百合 出演作品」の インデックッスへ(「まぼろし探偵」「朝を呼ぶ口笛」)「●田村 高廣 出演作品」の インデックッスへ(「朝を呼ぶ口笛」)「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「朝を呼ぶ口笛」)「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ「●日本のTVドラマ (~80年代)」の インデックッスへ (「まぼろし探偵」) ○あの頃映画 松竹DVDコレクション(「朝を呼ぶ口笛」)

どの回も楽しく突っ込めるが、この回は"偽黒星"の黒子(ホクロ)か。

まぼろし探偵 第4巻 [DVD]5_.jpgまぼろし探偵 DVD-BOX2.jpgまぼろし探偵 Blu-ray.jpg『朝を呼ぶ口笛』.jpg
まぼろし探偵 第4巻 [DVD]」['07年]「まぼろし探偵 DVD-BOX」['09年]「まぼろし探偵 Blu-ray 【甦るヒーローライブラリー 第39集】」['21年]「<あの頃映画> 朝を呼ぶ口笛 [DVD]
まぼろし探偵 t.jpgまぼろし探偵 1.jpg 日の丸新聞社の記者・黒星十郎(花咲一平)はある日自分のことを「兄貴」と呼ぶやくざ風の青年と出会う。その事を聞いた当の"兄貴"である黒猫五郎(花咲一平、二役)はまぼろし探偵 2.jpg黒星本人に成り済まして彼の給料を前借りしたりする。図に乗った"偽黒星"は、吉野博士(カワベキミオ)からロケットの書類を奪って外国に売るという計画を立てる。しかし、その頃には、少年記者・富士進(加藤弘)に偽物の存在が見抜かれていた。ままぼろし探偵 進君.jpgまぼろし探偵 3.jpgまぼろし探偵 吉永.jpgぼろし探偵(加藤弘、二役)は本物の黒星に確実なアリバイを作ってやるため、富士警部(大平透)に黒星を明日まで警視庁で預かって欲しいと要請する。富士警部は、大塚刑事(鈴木志郎)に命じて、黒星に逮捕状を出す。ロケットの書類を奪い取った偽黒星は、吉野博士を殴って気絶させ、一緒にいた娘の吉野さくら(吉永小百合)を誘拐するが―。

「まぼろし探偵」桑田次郎 昭和33年9月 少年画報
まぼろし探偵.jpgまぼろし探偵 4.jpg 「まぼろし探偵」は1959(昭和34)年4月1日から1960(昭和35)年3月27日にかけて、全52回にわたり水曜18:15-18:45に放送されたもので(第28回から日曜の朝に変更)、原作は、1957年に『少年画報』に連載された桑田次郎(桑田二郎、1935-2020/85歳没)の漫画です(原作では「日の丸新聞社」は「少画新聞」)。また、当まぼろし探偵 コミック.jpg時14歳(中学2年生)だった吉永小百合の「赤胴鈴之助」に続くテレビ出演番組としても知られています(同じく子役時代の藤田弓子の出演している)。以前は3分の1くらいしかDVD化されていませんでしたが、その後、'07年に現存するうちの計49話を収録したがDVD化が発売され、昨年['21年]さらに50話収録の Blu-ray版(オリジナルも第24話以降は前編・後編となって、それをつなげているため全39集)が発売されています(当時はもちろんモノクロだが、最近では、彩色加工版もある)。

まぼろし探偵ま.jpg この第17話「犯人黒星十郎?」は、第1話「謎の怪電波」(武田信玄の子孫の復讐劇?)、第8話「れい迷教?」(当時流行りの新興宗教批判?)などと並んで面白いとされているエピソードですが、この回に限らず、同じKRT(現TBS)で前年スタートの「月光仮面」よりは全体的に洗練されてきているのではないでしょうか。この回で言えば、黒星記者に成りすましたチンピラのやることが、給料を前借り、かつ丼の注文、紳士服や靴、テレビの購入といったやたら生活染みたものであったりとか、依然、突っ込みどころは多いのですが、それはそれでまた別に意味での愉しみと言えるでしょう。

まぼろし探偵 新聞社.jpgまぼろし探偵 大平.jpg まぼろし探偵は第1話の時から世間に周知の存在であり、富士登警部(第1話から途中まで天草四郎、途中から大平透に交代)も全幅の信頼を置いていますが(まぼろ探偵に言われて黒星記者をほとんど人権蹂躙的に逮捕してしまうくらい(笑))、そのくせ"まぼろし探偵"の正体がさっきまで目の前にいた自分の息子・進少年であることに気がつきません(主題歌の2番に「親に心配かけまいと、あっという間の早変わり」とある)。

まぼろし探偵 吉永小百合 .jpgまぼろし探偵 まぼろし号.jpg 因みに、漫画で描かれるまぼろし探偵はバイクを操りますが、テレビ版は〈まぼろし号〉というフェアレディをベースにしたクルマが愛車で、これは探偵役の加藤弘がバイクに乗れなかったために用意されたとする説がありますが、加藤弘はまぼろし号の運転も無免許で行っていたと証言しています(バイクに乗ったスチール写真もあり、DVDカバーなどに使われまぼろし探偵じ.jpgている)。結構、撮影現場って道交法の遵守とかに関してはいい加減だったのかも(この他、飛行シーンはジェット機で、これはミニチュア特撮を駆使している。特撮は、「楢山節考」('58年/松竹)などに携わった矢島信男(1928-2019/91歳没)が、ちょうどこのこの頃は松竹から東映へ移籍する時期にあたり、松竹には内緒でアルバイトで担当、松竹から注意を受けたという)。

まぼろし探偵4枚y.jpg 吉野博士の娘、進のガールフレンドのさくら役という設定の吉永小百合は、テレビ番組放映中に人気が出て忙しくなったのか、最初の頃は進と一緒に事件について考えたりしていたのに、この頃にはスタート時ほど出ずっぱりではなく、この回にしても、中盤以降で父親の吉野博士と一緒に出てきて、あっという間に誘拐されてしまいます。誘拐グループが彼女を担ぎ上げて「わっしょい、わっしょい」と大声を出して運び(祭かいな)、すぐさま、まぼろし探偵に見つかってしまう。しかし、最後、まぼろし探偵も(博士から授かった電波ピストルを持っているのだが)徒手空拳の取っ組み合い。まあ、これは「月光仮面」も、宇宙人である「ナショナルキッド」でさえ最後はそうでしたが。それにしても少年の割には強い!

まぼろし探偵 宗教.jpg 花咲一平のシーリーズ唯一の一人二役の作品で、この人の演技、観ていて楽しいです。黒星十郎のキャラクターは、後の「ウルトラQ」の戸川一平(西條康彦)に引き継がれているのではないでしょうか。黒星はよく敵方に捕まって縛られている印象があり(第8話「れい迷教?」もそうだった)、進も敵方に捕まったりしていますが(第13話「金塊輸送車」など)、さくらが敵方につかまって縛られたというイメージは浮かびません。実際のところどうだったのでしょう。
第8話「れい迷教?」

まぼろし探偵 北tpy.jpg どの回も楽しく突っ込めますが、この回の最大の突っ込みどころは、花咲一平が演じる黒星十郎が、"偽黒星"の時は右頬にマジックでつけたような大きな黒子(ホクロ)がある点ではないでしょうか。観ていて今本物が出ているのか偽物が出ているのか分かりやすくしたのでしょうが、この黒子のことを誰も気づかないというのが、進行上の"お約束"ということなのでしょう。普通だったら「黒星さん、顔にマジックがついてますよ」って誰か言うだろうけれどね(笑)。

「朝を呼ぶ口笛」1.jpg「朝を呼ぶ口笛」2.jpg 因みに、吉永小百合はラジオのデビュー作がラジオ東京(現・TBSラジオ)の「赤胴鈴之助」('57年1月-'59年2月)であるのに対し、テレビのデビュー作がこの「まぼろし探偵」('59年4月-'60年3月)だと思っていたという人がいましたが、テレビのデビュー作もKRテレビ版の「赤胴鈴之助」('57年10月-'59年3月)です。一方、映画デビューは、「まぼろし探偵」の放映が始まる前月の'59年3月に公開の松竹映画「朝を呼ぶ口笛」でした。これは新聞配達を続けながら、夜間高校へ進学することを目指している中学生の少年が、母親が病気入院したところに父親の手術が重なって、両親と幼「朝を呼ぶ口笛」4.jpgい弟妹がいる家計を支えるために、学校も新聞配達も辞めて町工場で働くことにし、夢が消え落ち込んではいたところ、新聞販売店の仲間たちの力添えや配達先の少女の励ましに支えられ、再び以前の生活に戻ることができたというもの。その主人公の少年を励ます少女役が吉永小百合で、少年は少女に淡い想いを抱くも、最後、少女は父親の転勤で大阪に行くことになるという、言わば"ボーイ・ミーツ・ガール"&"別れ"というストーリーですが、この少年を演じていたのが「まぼろし探偵」こと富士進役の加藤弘でした。映画の方では、当時14歳の吉永小百合の方が加藤弘より大人びて見え、加藤弘の方は吉永小百合に励まされる役どころということもあってか、子供っぽく見えるので、加藤弘は「まぼろし探偵」で大変身を遂げたように思いました。

まぼろし探偵 藤田.jpg藤田弓子.jpg「まぼろし探偵(第17話)/犯人黒星十郎?」●制作年:1959年●監督:近藤竜太郎●企画:神山雄二●脚本:柳川創造●原作:桑田次郎(桑田二郎)●音楽:大塚一男●出演:加藤弘/吉永小百合/大平透/利根はる恵/花咲一平/カワベキミオ/藤田弓子●放送局:KRT(現TBS)●放送日:1959/07/22(評価:★★★☆)

藤田弓子(日の丸新聞社の給仕・みち子)当時13歳
     
●「まぼろし探偵」(全52話)放映ラインアップ(関東圏)
01 まぼろし探偵カラー版 「二人のまぼろし探偵」.jpg1959- 4- 1 水 18:15-18:45 謎の怪電
02 1959- 4- 8 水 18:15-18:45 時限爆弾
03 1959- 4- 15 水 18:15-18:45 透明人間の恐怖
04 1959- 4- 22 水 18:15-18:45 狙われた408列車
05 1959- 4- 29 水 18:15-18:45 二人のまぼろし探偵
06 1959- 5- 6 水 18:15-18:45 オリオン王国の秘密
07 1959- 5- 13 水 18:15-18:45 海王星から来た少年
08 「まぼろし探偵」編集長.jpg1959- 5- 20 水 18:15-18:45 れい迷教?
09 1959- 5- 27 水 18:15-18:45 進君危うし
10 1959- 6- 3 水 18:15-18:45 山火編集長おそわる
11 1959- 6- 10 水 18:15-18:45 怪人黒マント
12 1959- 6- 17 水 18:15-18:45 日本から逃がすな
13 1959- 6- 24 水 18:15-18:45 金塊輸送車
14 1959- 7- 1 水 18:15-18:45 怪盗紅バラ男爵
15 1959- 7- 8 水 18:15-18:45 青銅の仮面
16 1959- 7- 15 水 18:15-18:45 消えた花売娘
17 1959- 7- 22 水 18:15-18:45 犯人黒星十郎?
18 1959- 7- 29 水 18:15-18:45 ニセ札団
19 「まぼろし探偵」暗殺団.jpg1959- 8- 5 水 18:15-18:45 ゆうれい島
20 1959- 8- 12 水 18:15-18:45 白狐の挑戦
21 1959- 8- 19 水 18:15-18:45 暗殺団を倒せ
22 1959- 8- 26 水 18:15-18:45 海底魔人
23 1959- 9- 2 水 18:15-18-45 まだら蜘蛛の復讐・前篇
24 1959- 9- 9 水 18:15-18-45 まだら蜘蛛の復讐・後篇
25 1959- 9- 16 水 18:15-18:45 ウランの秘密・前篇
26 1959- 9- 23 水 18:15-18:45 ウランの秘密・後篇
27 1959- 9- 30 水 18:15-18:45 Xマン?・前篇
28 1959-10- 11 日 9:00- 9:30 Xマン?・後篇
29 1959-10- 18 日 9:00- 9:30 ダイヤの秘密・前篇
30 1959-10- 25 日 9:00- 9:30 ダイヤの秘密・後篇
31 1959-11- 1 日 9:00- 9:30 クラーク東郷・前篇
32 「まぼろし探偵」七色真珠.jpg1959-11- 8 日 9:00- 9:30 クラーク東郷・後篇
33 1959-11- 15 日 9:00- 9:30 ミイラ武者の復讐・前篇
34 1959-11- 22 日 9:00- 9:30 ミイラ武者の復讐・後篇
35 1959-11- 29 日 9:00- 9:30 七色真珠・前篇
36 1959-12- 6 日 9:00- 9:30 七色真珠・後篇
37 1959-12- 13 日 9:00- 9:30 国際密輸団・前篇
38 1959-12- 20 日 9:00- 9:30 国際密輸団・後篇
39 1959-12- 27 日 9:00- 9:30 謎の仮面博士・前篇
40 1960- 1- 3 日 9:30-10:00 謎の仮面博士・後篇
41 1960- 1- 10 日 9:00- 9:30 スパイ?・前篇
42 1960- 1- 17 日 9:00- 9:30 スパイ?・後篇
「まぼろし探偵」妖鬼.jpg43 1960- 1- 24 日 9:00- 9:30 謎のジョーカー・前篇
44 1960- 1- 31 日 9:00- 9:30 謎のジョーカー・後篇
45 1960- 2- 7 日 9:00- 9:30 妖鬼現わる・前篇
46 1960- 2- 14 日 9:00- 9:30 妖鬼現わる・後篇
47 1960- 2- 21 日 9:00- 9:30 黒星故郷へ帰る・前篇
48 1960- 2- 28 日 9:00- 9:30 黒星故郷へ帰る・後篇
49 1960- 3- 6 日 9:00- 9:30 仙人沼のせむし男・前篇
50 1960- 3- 13 日 9:00- 9:30 仙人沼のせむし男・後篇
51 1960- 3- 20 日 9:00- 9:30 邪魔者は倒せ・前篇
52 1960- 3- 27 日 9:00- 9:30 邪魔者は倒せ・後篇


まぼろし探偵   吉永小百合.jpgまぼろし探偵 1シーン.jpg「ぼろし探偵」●演出:近藤龍太郎●制作:近藤栽/松村あきお●脚本:柳川創造●音楽:大塚一男/渡辺浦人/渡辺岳夫●特撮:矢島信男(ノンクレジット)●原作:桑田次郎●出演:加藤弘/天草四郎/吉永小百合/大平透/利根はる恵/花咲一平/カワベキミオ/大宮敏/藤田弓子/ウィリアム・ロス●放映:1959/04~1960/03(全52回)●放送局:KRT(現TBS)

「朝を呼ぶ口笛」3.jpg「朝を呼ぶ口笛」●制作年:1959年●監督:生駒千里●製作:桑田良太郎●脚本:光畑碩郎●撮影:篠村荘三郎●音楽:鏑木創●原作:吉田稔「新聞配達」(全国中小学生綴り方コンクール文部大臣賞受賞)●時間:62分●出演:加藤弘/織田政雄/井川邦子/鳥居博也/羽江マリ/田村高廣/瞳麗子/山内明/殿山泰司/沢村貞子/吉永小百合/田村保/吉野憲司/田中晋二/真塩洋一/土紀洋兒/井上正彦/人見修/後藤泰子/村上記代/秩父晴子●公開:1959/03●配給:松竹(評価:★★★☆)
「朝を呼ぶ口笛」v.jpg

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「寒流」が原作。原作とも映画とも異なる結末はイマイチだったが、俳優を見ていて愉しめた。

「愛の断層」1975.jpg「松本清張シリーズ・事故」dvd2.jpg 「愛の断層」11.jpg
土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚」「愛の断層」平幹二朗/香山美子/中谷一郎

「愛の断層」12.jpg 東陽銀行の支店長・沖野一郎(「愛の断層」13.jpg平幹二朗)は融資先の料亭の女将・前川奈美(香山美子)と深い仲になっていた。だが学生時代からの友人で常務の桑山英己(中谷一郎)は、二人の関係を訝って探[愛の断層_s2.jpg偵の伊牟田(殿山泰司)を使って二人の仲を突き止める。そして、自分の権限を使って沖野から出されていた奈美の店の支店出店のための資金融資の稟議を却下してしまう。その上で、自分と沖野と奈美の三人での温泉旅行を設定し、途中で沖野に帰るよう命じて、自分は奈美を奪ってしまう。失意の沖野は銀行を辞めようとするが、そんなある日、探偵の伊牟田から桑山常務と奈美の密会写真を提供される―。

黒い画集 00_.jpg黒い画集2.png黒い画集3.png黒い画集 第二話 寒流.jpg『黒い画集』 .jpg '75(昭和50)年放送された、NHK「土曜ドラマ」松本清張シリーズ版('75年-'78年)の第3作で、原作は、'59(昭和34)年4月から翌年7月にかけて光文社から刊行された『黒い画集』第1巻から第3巻の中の1つであり、鈴木英夫監督の「黒い画集 第二話 寒流」('61年/東宝)として、池部良(沖野一郎)、新珠三千代(前川奈美)、平田昭彦(桑山常務)の出演で映画化されてます。

 一方、ドラマ化作品は以下の通り。
 •1960年「寒流 (日本テレビ)」山根寿子・細川俊夫・安部徹
 •1962年「寒流 (NHK)」原保美・春日俊二・環三千世
 •1975年「松本清張シリーズ・愛の断層 (NHK)」平幹二朗・香山美子・中谷一郎
 •1983年「松本清張の寒流 (テレビ朝日)」:露口茂・山口崇・近石真介
 •2013年「松本清張没後20年スペシャル・寒流 (TBS)」椎名桔平・芦名星・石黒賢
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2013年・TBS月曜ゴールデン「松本清張没後20年スペシャル・寒流」椎名桔平・芦名星(1983-2020/36歳没)

 このNHK版だけ「愛の断層」というタイトルなので、原作が「寒流」であることを見過ごしている人もいるかもれないと思われます。原作は、銀行員である主人公が踏んだり蹴ったりの目に遭いますが、最後に策を凝らして逆転すると言うか常務を罠に嵌める復讐劇になっています。

「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(1961/11 東宝) ★★★☆ 出演:池部良/新珠三千代
黒い画集 寒流01.jpg黒い画集 寒流03.jpg 一方、鈴木英夫監督の映画の方は、原作同様、主人公(池部良)が仕事上のきっかけで美人女将(新珠三千代)と知り合い、いい関係になったまではともかく、そこに主人公の上司である好色の常務(平田昭彦)が割り込んできて、主人公の仕事人生をも狂わせてしまうというものですが、主人公は原作と異なり、踏んだり蹴ったりの散々な目に遭うだけ遭って、反撃策を講じても相手に裏をかかれ、ただ敗北者で終わってしまう結末になっています(鈴木英夫監督は、欲に駆られて自滅する人間や犯罪者を描いた和製フィルム・ノワール的作品を得意とした)。

「愛の断層」14.jpg そして、このNHKの中島丈博(「無宿 やどなし」('74年)、「祭りの準備」('75年)、「女教師」('77年))脚本版は、どちらでもない結末でした。殿山泰司演じる探偵の伊牟田が、平幹二朗演じる沖野の前に現れる以前に、中谷一郎演じる桑山常務の依頼を受けて、香山美子演じる奈美と沖野の関係を密偵したことがあったというのはドラマのオリジナルです。桑山常務と奈美の密会写真を沖野に渡すのは原作と同じですが(ただし、桑山常務の対抗勢力である"副頭取派"に渡すよりも、写真をどうするか沖野に判断して欲しかったとの注釈がつく)、沖野が奈美といる旅館へ桑山常務を呼び出したり、その際に奈美が問題の写真をこっそり奪ったりと、この辺りはドラマのオリジナルで、どんどん原作と違った方向に行くなあという感じがしました。

「愛の断層」18.jpg.png.jpg 沖野が銀行を辞めるというのもドラマのオリジナルですが、原作とも映画とも決定的に異なるのは、沖野が奈美のところへ出向いて写真もネガも燃やして欲しいと頼むところで、奈美はそれを拒絶し、副頭取に送ると言い放ったために二人は揉み合いに。最後は転落事故でしたが、「無理心中」にされているということは、事故&自殺というこ「愛の断層」16.jpgとなのでしょう。それはともかく、どうして最後に沖野が桑山を守るような行動をとったのが謎で、ラストシーンで、むっつり顔の沖野の遺影が桑山にニヤッと微笑みかけるといったシュールなオチから逆算すると、沖野と桑山は最後まで友情で結ばれていたことになります。

「愛の断層」19.jpg しかしながら、最初に三人で旅館に行った際に、桑山が沖野に自分の背中を流せと言ってマウントしたのに対し、後に沖野が桑山を旅館に呼び出したときは沖野が桑山に自分の肩を揉めと言って(どちらもドラマのオリジナル)、権力の見せつけ行為とその仕返しという関係になっていただけに、その底流に「友情」があったとはちょっと理解しがたい気もします(友情と言うよりホモセクシャルな関係ととる人もいるようだ)。

黒い画集 寒流 ド.jpg 一方、奈美の自殺は沖野が死んだショックからのものと考えられ、結局、奈美は沖野を好きだったのだろなあ。原作でも映画でも、奈美は最後は沖野に「はっきり言って、自分より惨めに見える人、好きになれないわ」と絶縁宣言し、そのファム・ファタールぶりを露わにするのですが(新珠三千代が役に嵌っていた)、ドラマの香山美子演じる奈美は、桑山に抱かれた時こそ騙し討ちに遭った気持ちだったけれども、ホントは最後まで沖野のことを好きだったのではないかと考えます。

「愛の断層」香山.jpg
 同じ「松本清張シリーズ」で、この作品の翌週に放送された「事故」もそうでしたが、この頃のこのシリーズ、脚本家の意図かどうかは分かりませんが、メロドラマ的改変が多いように思います。「愛の断層」の場合、原作「寒流」やその映画化作品と異なり、総会屋(映画では志村喬が演じた)ややくざ(映画では丹波哲郎が演じた)も出てこず、「愛の断層」17.jpg.pngタイトルからしてそうですが、主人公の男女の恋愛心理に重点を置いている印象。原作から改変された結末は個人的にはイマイチでしたが、平幹二朗、中谷一郎、殿山泰司といった俳優たちの手堅い演技と、奈美を演じた香山美子(当時31歳)の美貌が堪能で「愛の断層」清張.jpgきるドラマでした。香山美子はこの2年後に「江戸川乱歩の陰獣」('77年/松竹)で初ヌードを披露することになりますが(本作にでも情事の場面がある)、一方で、時代劇「銭形平次」('70年‐'84年/フジテレビ)で平次の妻・お静役を長く務めました。因みに、この「松本清張シリーズ」の第1次シリーズ12作のすべてに原作者・松本清張がカメオ出演しています。

松本清張(タクシー運転手)

松本清張シリーズ・愛の断層  20.jpg「愛の断層」t.jpg「松本清張シリーズ・愛の断層」●演出:岡田勝●脚本:中島丈博●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張「寒流」●出演:平幹二朗/香山美子/中谷一郎/殿山泰司/高田敏江/森幹太/鈴木ヒロミツ/山崎亮一/松村彦次郎/鶴賀二郎/望月太郎/テレサ野田/桂木梨江/石黒正男/戸塚孝/小林テル/本田悠美子/風戸拳/西川洋子/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/01●放送局:NHK(評価:★★★)


●「土曜ドラマ(第1次・第2次)」松本清張シリーズ(全15話)放映ラインアップ
        放送日   脚本/演出       出 演 (《第1次》は松本清張本人がすべてに出演)
《第1次》
 1975年
  遠い接近  10月18日  大野靖子/和田勉   小林桂樹、笠智衆、吉行和子、荒井注
  中央流沙  10月25日  石松愛弘/和田勉   川崎敬三、佐藤慶、内藤武敏、中村玉緒
  愛の断層   11月1日    中島丈博/岡田勝   平幹二朗、香山美子、中谷一郎、殿山泰司
  事故    11月8日   田中陽造/松本美彦   田村高広、山本陽子、野際陽子、二瓶康一(火野正平)
 1977年
  棲息分布   10月15日  石堂淑朗/和田勉   滝沢修、佐藤慶、津島恵子、中山麻里
  最後の自画像  10月22日 向田邦子/和田勉   いしだあゆみ、加藤治子、内藤武敏、乙羽信子
  依頼人    10月29日  山内久/高野喜世志   太地喜和子、小澤栄太郎、二木てるみ、沖雅也
  たずね人   11月5日   早坂暁/重光亨彦   林隆三、鰐淵晴子、小山明子、戸浦六宏
 1978年 
  天城越え    10月7日   大野靖子/和田勉   大谷直子、佐藤慶、鶴見辰吾、中村翫右衛門
  虚飾の花園   10月14日  高橋玄洋/樋口昌弘    岡田嘉子、奈良岡朋子、内藤武敏、河原崎建三
   一年半待て   10月21日  杉山義法/高野喜世志   香山美子、早川保、南風洋子、藤岡弘
  火の記憶    10月28日  大野靖子/和田勉    高岡健二、秋吉久美子、村野武憲、山内明
《第2次》
  天才画の女   1980年4月5日・12日・17日  高橋康夫/高橋玄洋  竹下景子、佐藤慶、 鹿賀丈史、篠ひろ子
  けものみち   1982年1月9日・16日・23日  和田勉/ジェームス三木 名取裕子、山崎努、 西村晃、伊東四朗
  波の塔  1983年10月15日・22日・29日  和田勉/ジェームス三木 佐久間良子、山崎努、 鹿賀丈史、和由布子
土曜ドラマ 松本清張シリーズ3.jpg

「遠い接近」('75年)/「中央流沙」('75年)/「最後の自画像」('77年)/「天城越え」('78年)/「火の記憶」('78年)/「けものみち」('82年)

●松本清張カメオ出演集《第1次・松本清張シリーズ》(1975-1978)
[松本清張 カメオ出演 .jpg

土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚
土曜ドラマ 松本清張シリーズ1.jpg「遠い接近」(1975/10/18放送)
 昭和23年(1948)、三重県・御在所山の崖から男が突き落とされて死亡。事件の裏には、戦争の傷跡が深く刻まれていた。昭和17年(1942)、自営の印刷色版画工・山尾に召集令状が届く。入隊後は古参兵にいじめられ、朝鮮の前線部隊へ配属、復員すると家族は広島の原爆で亡くなっていた。山尾はふとしたことから自分の召集のカラクリを知り、人生を奪った相手に復讐の炎を燃やす。

「愛の断層」(1975/11/1放送)(原作「寒流」)
 沖野一郎は銀行支店長に就任早々、前支店長から料亭の女将・前川奈美を紹介される。やがて二人は深い仲に。奈美から八千万円の融資を頼まれた沖野は、学生時代からの友人で上役の桑山常務に了解を求めるが、桑山は奈美の体と引き替えという条件を出す。沖野は理不尽な条件に内心憤りつつも逆らえない。若くして支店長になれたのも桑山あってこそ。ある日、沖野は見知らぬ男から桑山と奈美の密会写真を提供され...。

「事故」(1975/11/8放送)
 興信所の調査員・浜口久子は、会社重役夫人・山西三千代の浮気調査を担当する。三千代の情事の確証を得るため、知り合いのトラック運転手に頼んで、夫の留守に山西邸の玄関に突っ込むという事故を起こさせる。現場に待機していた久子は、慌てて2階から下りてきた三千代と愛人を見て衝撃を受ける。なんと三千代の密会相手は、久子が勤める興信所の所長だった...。

「棲息分布」(1977/10/15放送)
 井戸原俊敏は戦時中に軍の物資を横領し、敗戦のどさくさに闇屋から巨財を築いた男。あくどく冷徹に会社を乗っ取り、利権を求めて政界の有力代議士にも近づこうとする。井戸原の過去を握る根本常務は元憲兵で、それをネタに井戸原に一泡吹かせ、金を引き出そうとたくらむ。さらに井戸原の妻や愛人たち、井戸原夫婦の情事をかぎつけたゴシップ記者などもからんで...。

「最後の自画像」(1977/10/22放送)(原作「駅路」)
 定年を迎え、第二の人生を前に小旅行に出かけた小塚貞一。一か月たっても戻らないため、妻の百合子は安否を気遣い捜索願いを出す。二人の刑事が捜索に当たるが、誰に聞いても小塚は謹厳実直で、社内の信頼も厚く、浮いた噂ひとつない。趣味といえば写真と旅行だけ。ところが、その小塚が旅に出る前、銀行から500万円を引き出していたことが判明。さらに、一人の若い女性の存在が浮上して...。

土曜ドラマ 松本清張シリーズ 下巻 DVD 全5枚
土曜ドラマ 松本清張シリーズ2.jpg「依頼人」(1977/10/29放送)(原作は小説としては存在せず)
 美容院を営む佐伯伊佐子は、ある会社会長の愛人で、店も会長に買ってもらったものだ。その会長が息を引き取ると、顧問弁護士の沼田が伊佐子に接触してくる。遺族の意向で伊佐子の出方を探るのが目的だったが、沼田は土地問題で悩んでいた伊佐子の弱みにつけ込み、自分の愛人にしようと画策し始める。追い詰められた伊佐子を、若手弁護士・河村亮平が助けようとするが、法曹界の壁が立ちはだかる。

「たずね人」(1977/11/5放送)(原作は小説としては存在せず)
 3年ぶりに帰国したカメラマンの綾村省三は、オランダで出会ったルキアという女性を連れていた。彼女は日本軍人の父とインドネシア人の母との間に生まれた子どもで、終戦直後に別れた父親を捜しに来日しただった。綾村とルキアはテレビの人捜し番組に出演するが、手がかりは「サイトウ少尉」という名前と、父が母に教えた「砂山」という歌だけだった。

「虚飾の花園」(1978/10/14放送)(原作「獄衣のない女囚」)
 リバーウエストマンションの10階に住むのは、独身女性ばかり。住人の一人で社長秘書の服部和子は、屋上で女性の死体を発見する。死んだのはマンションの住人ではない山本菊江で、他殺と断定。担当刑事らは、動機や犯行時間から容疑者を3人に絞る。元外交官夫人の栗宮多加子、洋裁学校教師の村瀬妙子、そして、モデルの南恭子。捜査が進むにつれて、中年を過ぎた独身女性たちの隠された一面が浮上してきて...。

「一年半待て」(1978/10/21放送)
 郊外の交番に、「夫を殺しました」という子連れの女が自首してきた。女は保険外交員の須村さと子。二人目の子どもができたころに夫の会社が倒産。働きに出たさと子の稼ぎが増えるにつれて、無職の夫は酒と賭博と女に明け暮れるように...。ある日、さと子は、酒を飲んで子どもに乱暴する夫を殺してしまう。世間は彼女に同情して嘆願書も集まり、執行猶予つきで刑は軽くなりますが、再出発を前に新しい事実が浮かび上がる。

「火の記憶」(1978/10/28放送)
 高村泰雄は父の顔を知らず、母もすでにこの世にはいない。記憶を閉ざしていた泰雄は、母の十七回忌に見つけた一枚のはがきを手がかりに、恋人とともに過去を探す旅に出る。母と暮らした幼い日々を思い出すと、なぜか"火の記憶"がよみがえり、母のそばには父ではない一人の男が寄り添っていた。封印していた過去の扉を開き、事実が明らかになるにつれて、泰雄の心は次第に解き放たれていく。


池部良/新珠三千代/平田昭彦
黒い画集 寒流 title.jpg黒い画集 寒流00.jpg「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良(沖野一郎)/荒木道子(沖野淳子)/吉岡恵子(沖野美佐子)/多田道男(沖野明黒い画集 寒流_0.jpg)/新珠三千代(前川奈美)/平田昭彦(桑山英己常務)/小川虎之助(安井銀行頭取)/中村伸郎(小西副頭取)/小栗一也(田島宇都宮支店長)/松本染升(渡辺重役)/宮口精二(伊牟田博助・探偵)/志村喬(福光喜太郎・総会屋)/北川町子(喜太郎の情婦)/丹波哲黒い画集 第二話 寒流12.jpg郎(山本甚造)/田島義文(久保田謙治)/中山豊(榎本正吉)/広瀬正一(鍛冶久一)/梅野公子(女中頭・お時)/池田正二(宇都宮支店次長)/宇野晃司(山崎池袋支店長代理)/西条康彦(探偵社事務員)/堤康久(比良野の板前)/加代キミ子(桑山の情婦A)/飛鳥みさ子(桑山の情婦B)/上村幸之(本店行員A)/浜村純(医師)/西條竜介(組幹部A)/坂本晴哉(桜井忠助)/岡部正(パトカーの警官)/草川直也(本店行員B)/大前亘(宇都宮支店行員A)/由起卓也(比良野の従業員)/山田圭介(銀行重役A)/吉頂寺晃(銀行重役B)/伊藤実(比良野の得意先)/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄(宇都宮支店行員B)/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆)


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女優のためにラストをドラマチックに改変?これはこれでよい。でも、やはり原作の方が上。

秋津温泉d.jpg 秋津温泉11.jpg 秋津温泉12.jpg 秋津温泉 集英社.jpg
あの頃映画 「秋津温泉」[DVD]」岡田茉莉子/長門裕之 藤原審爾『秋津温泉 (集英社文庫)』(カバー・関野準一郎)
秋津温泉p.jpg秋津温泉3.jpg 太平洋戦争中、生きる気力を無くした青年・河本周作(長門裕之)は死に場所を求めてふらりと秋津温泉にくる。結核に冒されている河本は、温泉で倒れたところを、温泉宿の女将の娘・新子(岡田茉莉子)の介護によって元気を取り戻す。そして、終戦。玉音放送を聞いて涙する純粋な新子に心打たれた河本は、やがて生きる力をとり戻していく。互いに心惹かれる二人だったが、女将が河本を追い出してしまったために、河本は街に戻る。秋津温泉01.jpg数年後、秋津に再び現れた河本だが、酒に溺れて女にだらしない、堕落してしまった河本に、新子は苛立ちを覚える。そこで、河本が結婚したことを知った新子は、苦しい河本への思いを捨てきれないまま、河本を送り出す。その後、東京に行くことになった河本は再び秋津を訪れる。一途なまでに河本を思う新子、そして、優柔不断でだらしない河本は再び都会へ。さらに四たび秋津を訪れる河本、そのときには旅館を廃業した新子だったが、河本は新子との肉体の情欲にだけ溺れる。新子は、河本に一緒に死んでくれと言う―。

岡田茉莉子 吉田喜重1.jpg岡田茉莉子 吉田喜重2.jpg 1962(昭和37)年公開の吉田喜重(1933-2022/89歳没)監督作で、岡田茉莉子が「映画出演百本記念作品」として自らプロデュースし、初めて吉田喜重とコンビを組んで作り上げた作品(1962年キネマ旬報ベストテン第10位)。岡田茉莉子はこの映画の後で引退しようと考えたが、吉田喜重に「あなたは青春を映画に全て捧げて、もったいないかと思いませんか」と言われて引き留められたとのこと。そして、翌1963年に二人は結婚しています。

 映画は、温泉宿の娘・新子(岡田茉莉子)と宿泊客の青年・河本周作(長門裕之)との戦後17年、時代に流されてゆく男と、変わらぬ真情を抱きつつ裏切られる女の姿を描いており、原作小説のモデルとなった岡山の奥津温泉でのロケ、雪や桜などの風光美と、岡田茉莉子演じる女性の切なさ哀しさが重なり合う佳作です(岡田茉莉子は第17回「毎日映画コンクール女優主演賞」受賞)。
     
秋津温泉 (1949年)』    
秋津温泉 新潮社.jpg 原作『秋津温泉』は、藤原審爾(1921-1984/63歳没)が戦争中21歳の時に岡山での執筆を始め、戦災で吉備津に移り、戦後倉敷市で書き上げ、1947(昭和22)年12月に『人間小説集 別冊』1集として鎌倉文庫から刊行されて1947年上半期・第21回「直木賞」候補となり(授賞に至らなかったのは、川端康成系の"純文学"と受け止められたためのようだ)、1948年9月に講談社より刊行、さらに加筆版が 1949(昭和24)年12月に新潮社より刊行されています。

 原作は全5章。第1章「花風月雲」は、辺鄙な山奥にある静かな秋津の街に、17歳の〈私〉が未亡人である伯母に連れられてやって来るところから始まり、宿である秋鹿園で湯治客同士の交流があって、そこで直子という同じ年の女性と知り合って、〈私〉にとってはその直子さんの振る舞いは忘れられないものとなる―。

 第2章「春夢深浅」では、3年ぶりに秋鹿園にやってきた〈私〉は肺カタルになり帰郷。再び秋鹿園で療養するが、そこで旅館の娘・お新さんから「戦争が始まったのよ!」と知らされ、秋鹿園が軍医の宿舎として徴用されることになり、お新さんが送別会を催してくれて、その夜、酔ったお新さんに〈私〉は頬を寄せる―。

『秋津温泉』図2.jpg 第3章「流水行雲」では、〈私〉は5年ぶりに秋津を訪れるが、その時には"木綿のような、苦労するに向く"女・晴枝と同棲し。1歳の子もあり、秋鹿園を新装して、"熟れた美しさ"をもつ女将となった新子と再会、ある夜は浴室で"切迫した時間のなかで、私は燃えだしそうな体をもてあます"ことになり、お新さんの燃える情愛の中に入って」いくも、秋津の気配が醸す自然空間の巨大な時間の中で、情愛の虚しさ、自然から逃れられない人間の虚しさを覚える―。

 第4章「煩悩去来」では、8年後、小説家になった私が、子供を連れた直子さんと再会、一方。お新さんとの5年の歳月の間に揺れた情愛も、結局、妻子ある身では、そのどちらとも一緒に暮らすことは叶わぬ夢であり、それdふぇもまだ〈私〉は"煩悩の深み"から抜け出せず、愛欲の念を抑えることなく神を怖れぬ冒涜の上に生きようとするが、最後には愛欲苦からくる罪の深さを認識する―。

 第5章「密夜夢幻」では、お新さんが青洞寺の息子と結婚するのを祝福せねば秋津に向かうと。踊りの稽古をしていたお新さんは湯殿に案内してくれ、〈私〉の服を畳む。お新さんは「あなたが亡くなったからといって、あたしも死ねるかしら?」と、話の主の幻のように言い、その夜〈私〉はお新さんの純白の裸身を抱く―(原作あらすじは新潮文庫の小松伸六(1914-2006)の解説のに拠った)。

秋津温泉7.jpg 映画は、原作の第1章が丸々描かれていないので、主人公の河本が死に場所を求めて秋津温泉に行くというのがやや唐突な印象がありますが、その後のお新さんとの関係は、ほぼ原作に沿ったものになっているように思いました(河本が敗戦時に秋津にいて、その際のお新さんの涙を流す様子を見たというのは映画のオリジナルだが)。

秋津温泉 岡田茉莉子.jpg 映画は、岡田茉莉子演じるお新さんを美しく撮っていますが、原作の方はもう少し肉感的なところもあるような印象。それにしても、自分を裏切って妻子持ちになりながらも愛欲断ち切れず秋津にやってくる長門裕之演じる"ダメ男"の河本 (当初、配役を芥川比呂志でクランクイン、途中で芥川が病気で降板し、急きょ長門裕之を代役に立てて撮り直したとのことだが、長門裕之に向いている役だと思う)をなぜお新さんは諦め切れないのか。成瀬巳喜男監督(原作:林 芙美子)の「浮雲」(1955年/東宝)で森雅之演じる"ダメ男"を諦め切れない、高峰秀子演じる女性を想起しました(森雅之演じる"ダメ男"の虚無と、長門裕之演じる"ダメ男"の虚無は似ているが、前者の方が深かったか)。

秋津温泉 last.jpg 最も原作と違っているのはラストで、最後、河本と別れたあとに、思いつめた新子は手首を剃刀で切ります。それが、桜吹雪の中で抒情的に描かれていますが、原作では、寺の次男との結婚を控えた新子が「あたしはこれでいいのよ、これで倖せだわ」と話すところで終わっており、手首を切る場面はありません。脚本も吉田喜重なので、吉田喜重がこの作品のプロデュースした岡田茉莉子のために、ドラマチックな、悲劇的で美しい結末を用意したことは間違いないですが、映画としては、これはこれでよいとも思います。佳作であると思います。でも、やっぱり原作の方が上でしょうか。

藤原審爾の世界.jpg秋津温泉4.jpg「秋津温泉」●制作年:1962年●監督・脚本:吉田喜重●製作:白井昌夫●撮影:成島東一郎●音楽:林光●原作:藤原審爾●時間:112分●出演:岡田茉莉子/長門裕之/山村聡/宇野重吉/東野英治郎/小夜福子/日高澄子/吉田輝雄/芳村真理/桜むつ子/高橋とよ/清川虹子/殿山泰司/中村雅子/神山繁/小池朝雄/名古屋章/秋津温泉02.jpg下元勉/西村晃/草薙幸二郎/田口計/鶴丸睦彦/穂積隆信/辻伊万里/千之赫子/吉川満子/夏川かほる●公開:1962/06●配給:松竹●最初に観た場所(再見):神保町シアター(21-11-12)(評価:★★★★)
吉田輝雄(新聞記者)
「秋津温泉」吉田.jpg
宇野重吉(松宮謙吉)・山村聡(三上)・長門裕之(河本周作)・芳村真理(陽子)
秋津温泉10.jpg

「秋津温泉」ps.jpg

秋津温泉vhs.jpg

【1962年文庫化[角川文庫]/1978年再文庫化[集英社文庫]】

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原作「雨あがる」を改変しているが、映画「雨あがる」より面白かった。骨太感もある。

44『道場破り』.jpg道場破り140.jpg
あの頃映画 「道場破り」 [DVD]」岩下志麻/長門勇

道場破り ポスター.jpg道場破り021.jpg 一見うだつが上がらなそうに見えて実は剣の達人・三沢伊兵衛(長門勇)は、恋人である家老の娘・妙(岩下志麻)を連れて脱藩した。古谷藩の愚鈍な殿様の側室になるよう強要された妙との旅は、すぐ追手につけられる破目となる。すぐにも宿賃を稼がなければならない伊兵衛は、神道道場破り041.jpg無双流秘法極意階伝の腕前を利用して、武士の掟を犯して町道場で賭試合を挑んだ。太刀落しという奇妙な手で勝った伊兵衛のもとに、迫手は刺客として浪人・大庭軍十郎(丹波哲郎)をむけていた。一方隣藩ににげるため十両を必要とした伊兵衛は武道大会で偶然にも軍十郎と相討ちとなった。この試合を見ていた小室帯刀(宮口精二道場破り07.png)はかつて娘・千草(倍賞千恵子)を川越人足から助けてくれた礼をも兼ねて伊兵衛に仕官を勧める。念願の仕官成就に喜ぶ伊兵衛だった、後日、賭試合をして剣を汚した事を理由に、一転して小室藩は仕官を断ってくる。傷心の伊兵衛だが帯刀と千草の温い心に送られて関所を越えようとするが、その関所で追手に正体を見破られて斬り合いになり、大立回りの最中に敵方の軍十郎が現れるが―。

倍賞千恵子(中央)

「道場破り」00.jpg 内川清一郎(1922-2000)監督の1964(昭和39)年作で、原作は山本周五郎の「雨あがる」となっていますが、小国英雄の脚本は、一部、その続編である「雪の上の霜」からもエピソードを引いているようです。三沢伊兵衛役の長門勇は、この作品が映画初主演でしたが、少しとぼけたところもある「人のいい剣豪」を演じて、いい味を出していました(顔がビートたけしにちょっと似ている)。

雨あがる.jpg 同じ原作の映画化作品の最近作では、小泉堯史監督、寺尾聰主演の「雨あがる」('00年/東宝)がありますが(脚本は黒澤明、菊島隆三、そして小国英雄)、映画「雨あがる」が比較的原作に忠実に作られているのに比べると、この「道場破り」はかなり原作に付け加えた部分があります。

道場破り13岩下.jpg まず、「道場破り」では、伊兵衛の脱藩理由が、岩下志麻が演じる、藩のバカ殿の側室になるよう強要された妙(たえ)を、独り道中の駕籠を襲って奪還し、一緒に出奔したことになっていますが、原作では特にそうした理由はなかったように思います。また、賭け試合をしたことが仕官の話が白紙化する原因となったのは原作と同じですが、原作では賭け試合をした理由が、宿賃を稼いで日々の糊口をしのぐためだったのに対し、映画「道場破り」では、関所越えに使う賄賂のためにまとまった金子(きんす)を作ろうとしたのが理由になっています。

道場破り01.jpg また、倍賞千恵子が演じる千草(倍賞千恵子は岩下志麻と同じ年の生まれなのだが、ここでは倍賞がすごく"お嬢さん"に見え、対する岩下志麻は、しばしば"超絶道場破り15岩下.jpg美人"に見える)は、原作の「雨あがる」にも続編の「雪の上の霜」にも出て来ないし、さらに、丹波哲郎が演じる、映画で大きな役割を占める大庭軍十郎も、同じく映画のオリジナルキャラクターです(したがって、軍十郎がかつて伊兵衛道場破り05丹波.jpgと同じ境遇にあったという話も、当然に原作には無い話)。

 ここまで付け加えると、かなりの改変になってしまい、どうなのかなあと思いましたが、良くないと思いながらも賭け試合をやって、勝って得たせっかくの賞金を、同宿の人たちが喧嘩になったのを宥めるために酒を振舞うのに使ってしまったりするなど、伊兵衛の「人のいい剣豪」ぶりというキャラクターは活かされていたように思います。

道場破り 021.jpg

道場破り06長門.jpg その上で、丹波哲郎が演じる、いかにも剣豪風の大庭軍十郎との賭け試合での対戦などがあり、剣豪ものとして愉しめました。映画「雨あがる」の寺尾聡の演技もまずまずでしたが、「道場破り」の方は、丹波哲郎と長門勇というギャップのある二人が闘っているところが、面白さを倍増させています。

道場破り03殿山.png 貧しい人たちが泊まる宿の様子もリアルに描かれていてシズル感があり、殿山泰司が演じる人情味のある宿の主人も良かったです。易者役で浜村純、いかけ屋役で左卜全なども出ていて、脇役・端役に至るまで芸達者揃い。映画「雨あがる」の方は、細部の描き方がそこまでいっていなかったし、「道場破り」ほど光る脇役がおらず、エキストラに至っては学芸会並みだったので、いろいろ面で「道場破り」の方が上であるように思いました。

道場破り17.jpg 最後、伊兵衛は当初意図していなかったものの、結果的には〈関所破り〉になってしまっていて、この後は伊兵衛は追われる身になるのでは、と心配になりますが、軍十郎とたった二人で全員を片付けてしまっているので、生きている目撃者は一人もいないということなのでしょう。

 まあ、追われている身と言えば、妙と出奔した時点ですでに追われる身になっていたわけでもあるし、当時は(全国ネットのニュース番組があるわけでもないし)関所を抜ければ何とかなったということなのでしょう(小国英雄のことだから、その辺りは全部計算済みか)。

 音楽は、黒澤明監督作品の音楽を多く手掛けた佐藤勝(1928-1999)。佐藤勝の音楽のせいだけではないと思いますが、昔の映画ってどうしてこんなに骨太感があり、それが最近の映画には無いのでしょうか。

三匹の侍 3.jpg 因みに、長門勇(1932-2013)は、浅草のコメディアン出身で全国的には無名だったのが、この映画の前年'63年10月から始まったテレビドラマ「三匹の侍」で、岡山弁丸出しの槍の名手・桜京十郎を演じて(実際三匹の侍eiga.jpg、長門勇は岡山県出身)人気俳優となりました。「三匹の侍」は、文政年間を舞台に、宿場から宿場へと流浪の旅を続ける三匹の凄腕浪人が、庶民を苦しめる権力や悪人と闘うというストーリー。当初は丹波哲郎、平幹二朗、長門勇の3人がレギュラーに起用されていましたが、第2シリーズからはリーダー格の丹波哲郎に代わって時代劇初出演の加藤剛がレギュラーに加わり、平幹二朗がリーダー格となっています。従って、テレビドラマでも丹波哲郎と長門勇は浪人役で共演していたことになります(丹波哲郎、長門勇、平幹二朗の主演メンバーで五社英雄監督による映画版「三匹の侍」('64年/松竹)も作られた)。
あの頃映画 「三匹の侍」 [DVD]

三匹の侍 五社.jpg 「三匹の侍」の第1シリーズの演出を主に担当したのは当時フジテレビのディレクターだった五社英雄で、かつてない斬新な殺陣とカメラワークに加え、"バサッ、ビュン、カキーン、ズボッ"と、人を斬る音、刀の刃風、刀と刀が打ち当る刃音、槍の突き刺す音が初めてテレビに出現、また、効果音だけでなく、狭いスタジオでの立ち回りをカバーするために、「写真斬り」(等身大に引き伸ばした写真を刀で斬ってこれを撮影すると、一瞬のことなので、小さなテレビの画面では本当に人が斬られたように見える)といったテクニックなども生み出しています。

TVドラマ「三匹の侍(1)」五社英雄/長門勇/平幹二朗/丹波哲郎

三匹の侍 ドラマ 丹波.jpg「三匹の侍(1)」●演出:五社英雄/藤井謙一●プロデューサー:五社英雄●脚本:柴英三郎/阿部桂一/大垣肇/猪俣勝人/丹菊保寿/茂木草介/寺田信義/愛川直人/竹内勇太郎/馬場当/生駒千里●音楽:津島利章●出演:丹波哲郎/平幹二朗/長門勇●放映:1963/10~1964/04(全26回)●放送局:フジテレビ

三匹の侍 tv.jpg「三匹の侍(2)」1964/10~1964/04(全27回)/「三匹の侍(3)」1965/10~1966/04(全27回)/「三匹の侍(4)」1966/10~1967/03(全26回)/「三匹の侍(5)」1967/10~1968/03(全26回)/「鬼平犯科帳(6)」1968/10~1969/03(全25回)(全157回)

「三匹の侍(2)」長門勇/平幹二朗/加藤剛

岩下志麻/長門勇
道場破り16.jpg「道場破り」●制作年:1964年●監督:内川清一郎●製作:岸本吟一●脚本:小国英雄●撮影:太田喜晴●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「雨あがる」●時間:91分●出演:長門勇/丹波哲郎/岩下志麻/倍賞千恵子/宮口精二/上田吉二郎/富田仲次郎/今橋恒/青木義朗/浜村純/殿山泰司/高橋とよ/左卜全●公開:1964/01●配給:松竹(評価:★★★★)

「道場破り」図1.jpg 道場破り12宮口.jpg 長門勇(三沢伊兵衛)/宮口精二(小室帯刀)

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"混沌"が魅力の「ロケーション」、アナーキーでパワフルな「党宣言」、"ごった煮"の「ニワトリはハダシだ」。
ロケーション 森崎東 1984.jpg ロケーション 美保2.jpg ロケーション 美保.jpg
あの頃映画 松竹DVDコレクション ロケーション」美保純/西田敏行
生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言 dvd.jpg 生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言 (1).jpg 生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言2.jpg
生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言【DVD】」平田満/倍賞美津子/原田芳雄
ニワトリはハダシだ 2004.jpg ニワトリはハダシだ 倍賞・原田.jpg ニワトリはハダシだ 肘井・加瀬.jpg
ニワトリはハダシだ [DVD]」倍賞美津子/原田芳雄   肘井美佳/加瀬亮

ロケーション1.jpg『ロケーション』1.jpg ピンク映画のキャメラマンであるべーやんこと小田辺子之助(西田敏行)は、妻で主演女優の奈津子(大楠道代)が自殺未遂し、撮影がストップし困り果てていた。たまたまロケ現場として借りた連れ込み宿の掃除婦・笑子(美保純)を強引に主演女優の代役に仕立てて、撮影を続行させる。しかし撮影中、監督(加藤武)は病気で倒れ、笑子は自分の田舎に墓参りに帰るので撮影は降りると言い出す。笑子の帰郷を逆手にとり、ロケ場所を笑子の故郷である福島の湯本に代え、その場その場で脚本を変えながら撮影していく―。(「ロケーション」)

「ロケーション」1.jpg 「ロケーション」('84年)は、ピンク映画のスチールマンだった津田一郎の『ザ・ロケーション』('80年/晩声社)を原作に、ピンク映画づくりの現場を描き出したもので、森崎東監督は、映画作りの参考にするため、滝田洋二郎監督による「真昼の切り裂き魔」('84年/新東宝)の撮影現場に足を運んだとのこと(滝田洋二郎ってあの、第81回アカデミー賞外国語映画賞受賞作「おくりびと」('08年)の監督だが)。それでも森崎東監督らしく、とにかくごちゃごちゃのストーリーです。
  
0映画 ロケーション.jpgロケーション vhs.jpg まず、西田敏行演じるキャメラマンと、大楠道代演じるその女房の女優と、柄本明演じる脚本家の三角関係があり、映画の撮影が始まるや、主役の彼女が降りてしまい、やっと見つけた代役も逃げ出し、監督は入院するという始末で、カメラマンと竹中直人演じる助監督が中心になり、美保純演じる連れ込み旅館の掃除婦をヒロインに仕立てて撮影を続けるも、彼女が福島へ墓参りに帰ると言い出し、それを追ってロケに行くと、彼女の過去が一家心中、父親殺し、母親殺しと錯綜し、ロケ隊一行は映画の内容を変更して、彼女と母親(大楠道代・二役)の愛僧劇をドキュメンタリーのように撮影することになるといった具合。映画内映画のもともとのストーリーは、3人の男に襲われ海で溺死した母親の娘が男たちに復讐する設定だったので、随分と話が違っていきますが、これもこの映画の脚本の内なのでしょうか。

ロケーション2.jpg 美保純が演じる笑子が、、最初の内は幼児体験の影響でロケーション 6.jpg無口だったのが、ラストの方では大楠道代演じる母親と拮抗して互いの情念をぶつけあっており、美保純としては最高傑作ではないでしょうか。美保純と同様にそれまで主にピンク映画に出ていた竹中直人が、最初に一般映画に出演した作品でもあります。作品全体としても、「喜劇 女は男のふるさとヨ」('71年)などよりは上ではないでしょうか。
西田敏行/大楠道代/美保純
ロケーション1984  竹中直人.jpg 竹中直人/西田敏行/美保純


倍賞美津子 in「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」
党宣言1.jpg党宣言 倍賞.jpg バーバラ(倍賞美津子)は15年前、19歳の時にコザ暴動で沖縄を離れたヌードダンサー。恋人の宮里(原田芳雄)は、原子力発電所の定期検査に携わる、所謂"原発ジプシー"だが、今は暴力団の手先に。バーバラは、元教師の野呂(平田満)と一緒に旅に出て、福井県で昔馴染み党宣言  o-00.pngのアイコ(上原由恵)と再会、彼女は頭の弱い娼婦で、足抜けを図ったためにヤクザに追われている。そんなアイコには、原発で働く安次党宣言o-00.png(泉谷しげる)という恋人がいたが、死んだという。ところが安次の墓に出向いたバーバラと野呂は、実は安次が生きていることを知る。安次は、原発事故で放射能を浴び、原発での事故のことを知っていることがばれるのを恐れ、死んだ060党宣言.jpgふりをしていたのだ。アイコと安次は、"じゃぱゆきさん"マリア(ジュビー・シバリオス)と一緒に逃亡するが、暴力団殿山 泰司 党宣言.jpgに見つかって殺されてしまう。アイコ殺しの罪を着せられそうになった宮里は、暴力団の戸張(小林稔侍)を猟銃で射殺、バーバラたちは、マリアをフィリピンに帰してやろうと密航を企て、それを阻止しようと、暴力団や悪徳刑事の鎧(梅宮辰夫)が港にやってくる。撃たれて息を引き取った宮里に代わって、バーバラは猟銃をぶっ放して追っ手を撃退。結局マリアの乗った船は、船長(殿山泰司)が油を積み忘れ止まってしまうが、最終的に彼女はフィリピンに送還されることに。移送される船上からバーバラの姿を見「生きているうちが」izumiya.jpg「生きているうちが」umemiya 2.jpg「生きているうちが」32.jpgつけたマリアは、アイコと安次のスローガンの言葉「溢れる情熱、みなぎる若さ、協同一致団結、ファイト!」と呼び掛ける―。(「党宣言」)
殿山泰司(真志城亀吉船長)
泉谷しげる(アイコの恋人・原発の作業員・姉川安次)/梅宮辰夫(鎧刑事)/小林稔侍(ヤクザ組織組員・戸張)

党宣言747.jpg 「ローケーション」の翌年に撮られたのが「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」('85年)ですが、森崎東監督のインタビューによれば、この作品の最初の構想では、原発内部の実態を暴露しようと教師ら多数の人質とともに立て籠もる男(原発ジプシー)の物語で、彼の要求で現場からの生中継が実現しそうになった時、突然天皇崩御の情報が入り、現場からの生中継が吹っ飛んでしまうという展開で、物語のオープニングでは犯人である主人公がトイレに入りながら天皇陛下の遺体を運ぶパレードがテレビで放映されている場面を見るという場面が用意されていたそうです(この映画の公開は1985(昭和60)年)。そして、その物語の主人公で立て籠もり犯のモデルは金嬉老だったそうです。

 こちらは、監督自身によるオリジナル脚本による作品であるため、撮影中にもセリフはどんどん変わったようでが、それは、森崎作品の多くに共通することだったようで、この作品でもセリフでけでなく、現場でどんどん物語や配役が変えられていったようです。

党宣言 8.jpg この映画の配役も、当初は平田満が演じた教師の役を原田芳雄が演じる予定だったといいます。しかし、原田芳雄が「俺に先生役は無理です」と監督に直訴し宮里を演じることになり、そのキャラクターも彼に合わせて変わっていったそうです。もちろん、野呂の役も平田に合わせて変えられたのでしょう。こうした、行き当たりばったり的な映画作りの手法は、完成度の高い作品を生み出すのには向いていないかもしれませんが、完成された芸術作品にはない、見るものを元気にするエネルギーを持つことあるとも思いました。

 昨年['20年]7月16日の森崎東次監督の逝去を受け、同月31日付の朝日新聞夕刊でこの作品をフィーチャーしていましたが、この映画には「虐げられた者への人間賛歌」であり、「ごった煮に落とし込んだ『怒り』」が込められているとしています。非常によくまとまった記事でした(さすが朝日新聞の映画担当記者。的を射た表現をするものだ)。

IMG_20210128_060024.jpg
2020年7月31日朝日新聞夕刊

 一言で言えば、「ロケーション」は、ごちゃごちゃしていて、もう何だか「わけわかんない」、言わば先の読めない"混沌"がむしろ魅力的であり、この映画の神髄であるのかも。「党宣言」の方も、アナーキーでパワフルであり、こうして2作比べてみると、通じ合う部分もあるように思え、故・森崎東監督の作品の持ち味がみえてくるように思いました。また、これは、「党宣言」の19年後に、脚本・撮影・音楽などの主要スタッフはすべて「党宣言」と同じメンバーで撮られた「ニワトリはハダシだ」('04年)にも見られた特徴のように思います。

ニワトリはハダシだ6.jpgニワトリはハダシだps.jpg 舞鶴に住む養護学校中学部3年生のサムこと大浜勇(浜上竜也)は重度の知的障害をもちながらも意外な記憶力を持つ。在日朝鮮人のハハこと金子澄子(倍賞美津子)は潜水夫のチチこと大浜守(原田芳雄)とサムの教育方針をめぐって対立し、現在は小学生の妹・チャルこと金子千春(守山玲愛)を連れて別居中である。そんなある日、サムとチャルが暴力団に拉致されてしまう。養護学校でサムを担任する桜井直子(肘井美佳)がサムたちの行方を追う―。(「ニワトリはハダシだ」)

ニワトリはハダシだin.jpgニワトリはハダシだド.jpg 森崎東監督の'04(平成16年)年度「芸術選奨」受賞対象となったこの作品においても、現代日本が抱える社会問題を詰め込められるだけ詰め込んで、その混沌とした中での猥雑で骨太な笑いから庶民の逞しさを描く構図になっています。20年近く経てもまったく枯れていないと言えば枯れていないと言えますが、相変わらずのごった煮感にはやや胃もたれがしそう(笑)。ただ、倍賞美津子、原田芳雄など森崎映画ならではの常連キャストの演技は安定感があってさすがであり、また養護学校教師役の肘井美佳の初々しい快活さも印象的でした(「時代屋の女房」の夏目雅子へのオマージュと思われる演技シーンがあった)。


シネマブルースタジオorigin.jpgロケーション s.jpg「ロケーション」●制作年:1984年●監督:森崎東●製作:中川滋弘/赤司学文●脚本:近藤昭二/森崎東●撮影:水野征樹●音楽:佐藤允彦●原作:津田一郎●時間:99分●出演:西田敏『ロケーション』un.jpg行/大楠道代/美保純/柄本明/加藤武/竹中直人/アパッチけん/大木正司/草見潤平/イヴ/パルコ/河原さぶ/殿山泰司/初井言榮/愛川欽也/乙羽信子/根岸明美/花王おさむ/和由布子/矢崎滋●公開:1984/09●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-12-23)(評価:★★★★)
「ロケーション」ポスター.gif

「生きているうちが」1.jpg「生きているうちが」2.jpg党宣言9.jpg「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」●制作年:1985年●監督:森崎東●製作:木下茂三郎●脚本:近藤昭二/森崎東/大原清秀●撮影:浜田毅●音楽:宇崎竜童●時間:105分●出演:倍賞美津子/原田芳雄/平田満/片石隆弘/竹本幸恵/久野真平/上原由恵/泉谷しげる/梅宮辰夫/河原さぶ/小林稔侍/唐沢民賢/左とん平/水上功治/小林トシエ/殿山泰司/ジュビー・シバリオス●公開:1985/05●配給:ATG●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-01-12)(評価:★★★★)

「生きているうちが」vhs.jpg


「ニワトリはハダシだ」●制作年:2004年●監督:森崎東●製作:シマフィルム/ビーワイルド/衛星劇場●脚本:近藤昭二/森崎東●撮影:浜田毅●音楽:宇崎竜童●時間:114分●出演:倍賞美津子/原田芳雄/肘井美佳/石橋蓮司/余貴ニワトリはハダシだ00.jpg美子/浜上竜也/守山玲愛/加瀬亮/李麗仙/岸部一徳/塩見三省/笑福亭松之助/柄本明/河原さぶ/不破万作/三林京子/露の五郎/眞島秀和●公開:2004/11●配給:ザナドゥー●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-01-27)(評価:★★★★)
「ニワトリはハダシだ」vhs.jpg

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「リズム感とスピード感あふれる口語体」(坪内祐三)。実は相当なインテリ? 

殿山泰司ベスト・エッセイ.jpg6殿山泰司ベスト・エッセイ.jpg  螢川図5.jpg
殿山泰司ベスト・エッセイ (ちくま文庫)』['18年](カバーデザイン・イラスト:南伸坊) 須川栄三監督「螢川」('87年)

 名脇役であり、ジャズとミステリーをこよなく愛し、趣味を綴った著書も多数残している殿山泰司(1915-1989/73歳没)ですが、そのエッセイ集『三文役者あなあきい伝』('74年/講談社)などは、講談社文庫に収められた後、絶版になっていました。こうした著者のエッセイ集を、その没後に掘り起こして再度文庫化しているのがちくま文庫で、そのラインナップは以下の通りです。

三文役者あなあきい伝1・2.jpg ・『三文役者あなあきい伝〈PART1〉』('95年1月/ちくま文庫)
 ・『三文役者あなあきい伝〈PART2〉』('95年1月/ちくま文庫)』
 ・『JAMJAM日記』('96年2月/ちくま文庫)
 ・『三文役者のニッポンひとり旅』('00年2月/ちくま文庫)
 ・『三文役者の無責任放言錄』('00年9月/ちくま文庫)
 ・『バカな役者め!!』('01年3月/ちくま文庫)
 ・『三文役者のニッポン日記』('01年3月/ちくま文庫)
 ・『三文役者の待ち時間』('03年3月/ちくま文庫)

 先に取り上げた坪内祐三(1958-2020)著『文庫本を狙え!』('16年/ちくま文庫)で『三文役者のニッポンひとり旅』が紹介されていましたが、殿山泰司の盟友だった新藤兼人(1912-2012)の著書『三文役者の死―正伝殿山泰司』('00年/岩波現代文庫)をもとに新藤兼人自身が監督した映画「三文役者」('00年/主演:竹中直人)が公開されることになったことを話題とする一方、ここでも、「殿山泰司復活の大きな力となっているのは、何といっても、ちくま文庫だ」としています。
『日本女地図』('2.jpg
『日本女地図』(1.jpg また、坪内祐三は、殿山泰司の作品の特徴は、「リズ『三文役者の無責任放言錄』.jpgム感とスピード感あふれる口語体」にあるとし、初期エッセイ『日本女地図』('69年/カッパ・ブックス)の角川文庫版('83年)で、糸井重里氏が「昭和軽薄体の父が嵐山光三郎であるならば、そのまぶたの父は殿山泰司である」と書いたことを紹介しています(そっか、糸井重里や椎名誠よりもずっと前の、言わば先駆者だったのだなあ)。

 復活してくれるのは有難いし、読んでいて面白いのですが、全部読むのはたいへんという人もいるかと配慮してくれた(?)のが本書ベストエッセイ集で、三部構成の1部は『三文役者のニッポン日「JAMJAM日記」.jpg三文役者の無責任放言録 (ちくま文庫).jpg記』、『三文役者あなあきい伝〈PART1・2〉』からの抜粋、第2部は『三文役者の無責任放言錄』、『三文役者のニッポン日記』、『JAMJAM日記』、『三文役者の待ち時間』、それと『殿山泰司のしゃべくり105日』('84年/講談社)からの抜粋、第3部がその他となっています。
三文役者の無責任放言録 (ちくま文庫)

 個人的には、自叙伝風に構成されている第1部が波乱万丈で特に面白く感じられましたが、銀座8丁目のおでん屋「お多幸」の息子だったのだなあと思い出しました(本人は役者になるため、家業は弟が継いだ)。小学校は愛のコリーダ 殿山.png泰明小学校かあ(公立校だが、何年か前にアルマーニを標準服にしたことで話題となった)。「お呼びがかかればどこへでも」をモットーに「三文役者」を自称し、大島渚監督の「愛のコリーダ」('76年/日・仏)で「フルチン」になったりしましたが、実生活では流行に敏感でお洒落であり、公私にわたりジーンズにサングラスがトレードマークだったようです。
大島 渚「愛のコリーダ」('76年)
新藤兼人「人間」('62年)
「人間」 殿山泰司山本圭.jpg 第1部の終わりの方にある、殿山泰司が出演した新藤兼人監督の「裸の島」('60年/主演:乙羽信子・殿山泰司)や野上弥生子原作の「人間」('62年/出演:乙羽信子・殿山泰司・山本圭・佐藤慶)など作品ごとの映画撮影時の裏話なども興味深かったですが(結構ハチャメチャな面のあったりする)、第2部に1977年から1980年までの日記の抜粋があり、撮影所に出向いて仕事したかと思えばジャズコンサートに行き、さらにミステリもたくさん読んで批評するなど、非常に密度の濃い時間を送っていることが窺えました。語り口とは裏腹に、相当インテリであるような印象を受けましたが、本人はそう見られることを極力避けていたのかもしれません。

黒澤 明「酔いどれ天使」('48年)/小津安二郎「お早よう」('59年)/小栗康平「泥の河」('81年)
酔いどれ天使Drunken-Angel-0.50.16.jpg小津 お早う 殿山.jpg泥の河 殿山泰司9.jpg 新藤兼人、大島渚のみならず、黒澤明、川島雄三、小津安二郎、野村芳太郎、今村昌平など多くの監督に愛されてその作品に起用され(小栗康平監督の「泥の河」('81年)に出演した時砂の器 殿山泰司.jpgのことも書かれていたなあ。舟の上から橋の上にいる子供にスイカを投げてやるオッさん役だった)、一方でこれだけエッセイ集を残しているわけで、充実した生き方であったのではないでしょうか。
野村芳太郎「砂の器」('74年)
  
田中小実昌・色川武大(阿佐田哲也)・殿山泰司
田中小実昌 色川武大 殿山泰司 .jpg田中小実昌(1925-2000/74歳没)
色川武大(1929-1989.4.10/60歳没)
殿山泰司(1915-1989.4.30/73歳没)

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1945年から1980年の「カルトムービー」を紹介。単著なのでまとまりがあった。

カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980.jpgカルトムービー本当に面白い日本映画 1981「→2013.jpg  誘惑 1948.jpg 誘惑 1948年).jpgあの頃映画 誘惑 [DVD]
カルトムービー 本当に面白い日本映画 1945→1980 (メディアックスMOOK)』['13年]カバー「黒線地帯」('60年/新東宝)天知茂/三原葉子『カルトムービー 本当に面白い日本映画 1981→2013 (メディアックスMOOK)』['14年]

 1945年から1980年に公開された、ベストテン映画ではないが面白い「カルトムービー」154作を紹介したもの。単著(一人の著者によるもの)なので、トーンが均一でまとまりがありました(著者は続編として『カルトムービー 本当に面白い日本映画 1981→2013』('14年)も上梓しているが、個人的にはこの"前編"の方が馴染みの作品が多かった)。

IMG_1象を喰った連中.JPG 吉村公三郎監督の「象を喰った連中」('47年)は、確かに、冒頭の出演者のクレジットもわざわざ「象を喰った連中」と「象は喰はない連中」に分けて紹介するというユーモアがありました。本書によれば、宝塚の動物園で病死した象の肉を食べた連中がワクチンを探して大騒ぎになった、という記事を読んだ吉村公三郎監督の着想で生まれた作品とのことで、半分"実話"だった? 最後、著者は、ラストシーンで死を免れたことを喜び、阿部徹が妻と抱き合うシーンで手だけアップになるところが秀逸なのに、「下品だと書いたバカな評論家が当時一人いたことを付け加えておく」と(誰?)。

IMG_2女真珠王の復讐.JPG 志村敏夫監督の「女真珠王の復讐」('56年)は、日本映画史上、女優が初めて大胆なオールヌードを見せた作品として知られ、そのほかにも、前田通子がビキニ姿で海中に潜ったり、手だけで胸を隠して逃げ回るシーンがあるため、単にセクシー映画と見られがちですが、著者は、スピード感溢れるドラマ展開の作りに驚嘆させられると。しかし、やっぱりこの映画は、漂流した一人の女性と32人の男性が南洋の小島で共同生活を送るうちに、女性を巡って殺し合いするまでに発展した、あの「アナタハン事件」がモデルだったのかあ。

IMG_3点と線.JPG 小林恒夫監督の「点と線」('58年)は、犯人の妻役で登場した高峰三枝子は当時40歳で28歳の病弱な妻を演じていますが、著者の言うように、映画の中では年齢に触れられていないので、単に病弱な妻として見れば違和感はないかも。普通なら犯人役など引き受けない大女優がこの役を引き受けたことで、後の市川崑監督の「犬神家の一族」('76年)への出演に繋がり、ブルーリボン助演女優賞を受賞するまでになったと著者は述べています。時刻表のアップは、カラーのシネマスコープでは技術上撮れなかっため、10畳ほどの大きさの時刻表を作り、レールに載せたカメラで接写したとのこと。東京駅のプラットホームの撮影も、国鉄が協力し、列車が止まった深夜に行われたとのこと。本書によって、撮影の苦労の跡が窺えました。

IMG_4モスラ.JPG 本多猪四郎監督の「モスラ」('61年)は、個人的には生まれて初めて観た特撮怪獣映画であり、思い出深いのですが(記憶自体はあとで観直して補強された面もあるかと思うが)、日米合作映画として作られたのだなあ。契約でアメリカのシーンを入れることになっていたのに、予算の都合で日本のシーンだけで撮影を終わらせたところ、アメリカ側から抗議を受け(そりゅあ怒る)、ラストはロリシカ国(ロシアとアメリカの合成語?)に逃げた悪徳興行師(あの小美人を金儲けのために見世物にした)を追って成虫モスラがニューヨークの摩天楼やサンフランシスコの金門橋と思われる街並みを破壊するシーンを撮り直したそうです(観てみたい!)。

IMG_5乾いた花.JPG 篠田正浩監督、石原慎太郎原作の「乾いた花」('64年)は、博打シーンを克明に映像化する篠田正浩監督に対し、脚本の馬場当は物語の骨子が見えにくくなったと不満であったとのことで、配給予定だった松竹も中身が難解だとして公開を見送って8カ月後にやっと封切り、しかも、加賀まりこはスタイリッシュだが裸シーンは本人もそれ以外も無く、人が殺されるシーンも池部良がヤクザの親分を刺すシーンのみで、それも効果音無しの荘厳なオペラでのBGM。それなのに映倫が成人映画に指定(著者は博打シーンのためではないかと推測)-だったにも関わらず、公開されると大ヒットだったとのことです(池部良の本作での演技が、「昭和残侠伝」('65年)での高倉健との共演に繋がった)。

IMG_6大魔神.JPG そのほか、安田公義監督の「大魔神」('65年)(大魔神の身長を4.5メートルに設定し、それは人間の身長の2.5倍の高さが人間が見上げたときに一番恐怖を感じるからという理IMG_7ある殺し屋.JPG由からだったそうだ)、森一生監督、藤原審爾原作の「ある殺し屋」('67年)(市川雷蔵のカッコよさ。「歌手の小林幸IMG_8盲獣.JPG子がまだ中学生で、小料理屋の女中を演じているのもご愛嬌」)や、増村保造監督、江戸川乱歩原作の「盲獣」('67年)(「登場人物たった三人」)など、二頁見開きで紹介されている作品と、そのほかに一頁紹介の作品がありますが、自分がちょっと気にかけている作品がどれも二頁見開き紹介なのが嬉しいです(それだけ、「カルトムービー」としては"メジャー"と言えるのかも)。
    
誘惑ges.jpg誘惑2.jpg 一頁紹介の作品の方がもしかしたら"カルト度"は高いのかなとも思ってしまいますが、そんな一頁紹介作品の中に、吉村公三郎監督の「誘惑」('48年)がありました。吉村公三郎監督としては「象を喰つた連中」「安城家の舞踏会」に次ぐ終戦後第三回作品で、原節子が女子医科大で医者を目指す女子大生役で、唯一の肉親であった父を亡くし、佐分利信が演じる、父の教え子だった妻子ある男性の家に、子どもたちの家庭教師として住み込むことなって、そこから当初無邪気に見えた彼女が次第に小悪魔的に見えるよう変貌し、杉村春子演じる病身の妻がそれに嫉妬するというもの。原節子には、以前から彼女のことが好きだった誘惑547.jpgという男子大学生も現れて、いろいろあった末、最後は、死に行く杉村春子が原節子に夫と妻を託し、原節新藤兼人.png子は迷った末に佐分利信の下へ―(脚本は新藤兼人(1912‐2012/享年100))。ラスト、雪の中、窓辺に立って、「佐分利信へ抱っこをねだるように両手を差し出す原節子」を(実際に佐分利信はお姫様抱っこして彼女を部屋に迎え入れる)、著者は、その仕草が「彼女を再び純愛娘に変えてしまった」としていますが、これってある種"略奪婚"映画ではないかと。メロドラマらしく比較的丁寧に作られていますが、後に原節子が小津安二郎作品などで演じる女性像とあまりに違っているため、作っている側が意図しないところで「カルトムービー」になったような気がします。そ東京の女性3s.jpg東京の女性1.jpgの意味では、原節子が19歳の時に仕事と恋の狭間で悩むキャリアウーマン(高級外車のセールスウーマン)を演じた丹羽文雄原作、伏水修監督の「東京の女性」('39年/東宝)なども「カルトムービー」と言えるかもしれません。

「東京の女性」('39年/東宝)
         

カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980ges.jpg黒線地帯 1960 vhs.jpg「黒線地帯」●制作年:1960年●監督:石井輝男●製作:大蔵貢●脚本:石井輝男/宮川一郎●撮影:吉田重石井輝男 黒線地帯8.jpg業●音楽:渡辺宙明●時間:80分●出演:天知茂/三原葉子/三ツ矢歌子/細川俊夫/吉田昌代/魚住純子/ 守山竜次/鳴門洋二/宗方祐二/瀬戸麗子/南原洋子/菊川大二郎/鮎川浩/城実穂/浅見比呂志/板根正吾/山村邦子/桂京子/小高まさる/大谷友彦/水上恵子/国創典/倉橋宏明/宮浩一/晴海勇三/村山京司/原聖二●公開:1960/01●配給:新東宝(評価:★★★★)

象を喰った連中 001.jpg象を喰った連中01.jpg「象を喰った連中」●制作年:1947年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:斎藤良輔●撮影:生方敏夫●音楽:万城目正 /仁木他喜雄●時間:84分●出演:日守新一/笠智衆/原保美/神田隆/安部徹/村田知英子/空あけみ/朝霧鏡子/文谷千代子/岡村文子/若水絹子/植田曜子/奈良真養/高松栄子/志賀美彌子/中川健三/遠山文雄/西村青兒/永井達郎/横尾泥海男●公開:1947/02●配給:松竹大船(評価:★★★)
   
女真珠王の復讐00.jpg女真珠王の復讐1b.jpg女真珠王の復讐 ps.jpg「女真珠王の復讐」●制作年:1956年●監督:志村敏夫●製作:星野和平●脚本:相良準/松木功●撮影:友成達雄●音楽:松井八郎●原作:青木義久「復讐は誰がやる」●時間:89分●出演:前田通子/宇津井健/藤田進/丹波哲郎天知茂/三ツ矢歌子/遠山幸子/小倉繁/若月輝夫/芝田新/林寛/沢井三郎/光岡早苗(後に城山路子)/保坂光代/藤村昌子/石川冷/宮原徹/菊地双三郎/高村洋三/有馬新二/山田長正/国創典(後に邦創典)/伸夫英一/倉橋宏明/高松政雄/山川朔太郎/北一天知茂s.jpg馬/村山京司/竹中弘直/小林猛/川部修詩/大谷友彦/草間喜代四/岡女真珠王の復讐  丹波s.jpg竜弘/池月正/三宅実/西一樹/東堂泰彦/三井瀧太郎/三村泰二/沢村勇/山口多賀志/万里昌子(後に昌代)/有田淳子/藤田博子/森悠子/ジャック・アルテンバイ●公開:1956/07●配給:新東宝(評価:★★★)
天知茂/丹波哲郎
    
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/点と線 DVD.jpg映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)
 

           
モスラ4S.jpg「モスラ」●制作年:1961年●監督:本多猪四郎●製作:田中友幸●脚色:関沢新一●撮影:小泉一●音楽:古関裕而●特殊技術:円谷英二●イメージボード:小松崎茂●原作:中村真一郎/福永武彦/堀田モスラ_1.jpg善衛「発光妖精とモスラ」●時間:101分●出演:モスラ111 .jpgフランキー堺小泉博香川京子/ジェリー伊藤/ザ・ピーナッツ(伊藤エミ、伊藤ユミ)/上原謙/志村喬/平田昭彦/佐原健二/河津清三郎/小杉義男/高木弘/田島義文/山本廉/加藤春哉/三島耕/中村哲/広瀬正一/桜井巨郎/堤康久●公開:1961/07●配給:東宝●最初に観た場所(再見):新宿シアターアプル (83-09-04)(評価:★★★☆)●併映:「三大怪獣 地球最大の決戦」(本多猪四郎)

乾いた花sim.jpg乾いた花  title.jpg「乾いた花」●制作年:1964年●監督:篠田正浩●製作:白井昌夫/若槻繁●脚本:馬場当/篠田正浩●撮影:小杉正雄●音楽:武満徹/高橋悠治●原作:石原慎太郎●時間:99分●出演:池部良/加賀まりこ/藤木孝/原知佐子/中原功二/東野英治郎/三乾いた花 (1).jpg上真一郎/宮口精二/佐々木功/杉浦直樹/平田未喜三/山茶花究/倉田爽平/水島真哉/竹脇無我/水島弘/玉川伊佐男/斎藤知子/国景子/田中明夫●公開:1964/03●配給:松竹(評価:★★★★)

大魔神2.jpg大魔神 blu-ray.jpg「大魔神」●制作年:1966年●監督:安田公義●製作総指揮:永田雅一●脚本:吉田哲郎●撮影:森田富士郎●音楽:伊福部昭●時間:84分●出演:高田美和/青山良彦/二宮秀樹/藤巻潤/五味龍太郎/島田竜三/遠藤辰雄/杉山昌三九/伊達三郎/月宮於登女/出口静宏/尾上栄五郎/伴勇太郎/黒木英男/香山恵子/木村玄/橋本力(大魔神)●公開:1966/04●配給:大映(評価:★★★☆)大魔神 Blu-ray BOX

市川雷蔵 in「ある殺し屋」
「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村小林幸子 3.jpg保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)
    
Môjû (1969) .jpg盲獣11.png盲獣090.jpg「盲獣」●制作年:1969年●監督:増村保造●脚本:白坂依志夫●撮影:小林節雄●音楽:林光●原作:江戸川乱歩「盲獣」●時間:84分●出演:船越英二/緑魔子/千石規子>●公開:1969/01●配給:大映(評価:★★★)
      
誘惑 原節子 佐分利 杉村.jpg誘惑   1948.jpg「誘惑」●制<作年:1948年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:新誘惑」(1948年)原.jpg藤兼人●撮影:生方敏夫●時間:84分●出演:原節子/佐分利信/杉村春子/芳丘直美/河野祐一/山内明/殿山泰司/文谷千代子/神田隆/西村青児/高松栄子●公開:1948/02●配給:松竹吉村 公三郎 「誘惑」u01.jpg大船(評価:★★★)
吉村 公三郎 「誘惑」t.jpg

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「泥の河」と同様に傑作。抒情派であり、ストーリーテラーでもあるということか。

螢川 (1978年) 200_.jpg蛍川 筑摩.jpg 「螢川」.jpg 蛍川.gif 蛍川 [DVD].jpg
螢川』(筑摩書房) 『蛍川 (角川文庫)』新版・旧版(「泥の河」収録) 「蛍川 [DVD]

泥の河・螢川・道頓堀川 (ちくま文庫)00_.jpg 1977(昭和52)年下半期・第78回「芥川賞」受賞作。

 昭和37年富山。14歳の少年竜夫は近所の銀蔵爺さんから螢の大群を見たという話を幼いころに聞いて、自分もいつか見てみたいと思っていた。その螢の大群は4月に大雪が降るような年でないと見られるという。竜夫は幼馴染みの同級生・英子と一緒に螢を見に行こうと約束をしていたが、中学生になってからは英子とまともに会話をしたことがなかった。ある日、父親の重竜が病気で倒れ入院する。重竜はかつて春枝という妻がありながら、竜夫の母千代と駆け落ちし、二人の間に出来た子が竜夫だった。父の死が近いことを知る竜夫。父は事業に失敗し、多額の借金があった。父の死が近づいた4月のある日大雪は降り、あの螢の大群を見ることができる条件が揃うのだった...。

川三部作 泥の河・螢川・道頓堀川 (ちくま文庫)

 「泥の河」を併録して1978年に筑摩書房より刊行され、「泥の河」、「道頓堀川」とともに作者の「川三部作」をなす作品です。「泥の河」、よりも早くから構想されたものの、「泥の河」の方が先に発表されて「太宰治賞」を受賞し、後から発表されたこの「螢川」が、初の芥川賞候補で、そのまま受賞となっています。

 最初に読んだ時は、抒情的な色合いの濃い「泥の河」の方が好みで、「螢川」の方は、これも傑作には違いないものの、途中まで結構どろどろしていて最後できなり抒情的になった印象があっため、ラストの螢の大群で表象されるロマンチシズムがやや浮いた感じがしていましたが、読み直してみて、やはりこれはこれで傑作だと思いました。

 芥川賞の選考では、すんなり決まったわけではなく混戦だったようですが、選考委員の中では大江健三郎が否定的だったほかは、井上靖が「久しぶりの抒情小説といった感じで、実にうまい読みものである。読みものであっても、これだけ達者に書いてあれば、芥川賞作品として採りたくなる」と述べるなど、概ね肯定的吉行 淳之介.jpgだったようです。個人的には、吉行淳之介の「前作『泥の河』の後半が良い意味での抽象的なものに達していた趣は、この作品にはなかった。しかし、全体としての完成度は、前作よりも高い。抒情が浮き上らずに、物自体に沁みこんでいるところが良い」という評が、前作との対比を上手く言い表しているように思いました。

 前作「泥の河」は昭和30年の大阪が舞台で、主人公の貴一少年は小学校の低学年という感じでしょうか。作者自身。昭和22年生まれで、作者の一家は9歳の時に大阪から富山に移転したということで、更に高校に進学したのも昭和37年とのことで、「螢川」の主人公・竜夫と重なりますが、富山に移住して1年後には兵庫県の尼崎に移っており、父親が事業に失敗して借財を残して死んだのも実際の作者の経験ですが、その時作者は22歳で大学在学中だったそうです。ですから、1年しか住まなかった富山を舞台に、自らの経験をいろいろ反映させてストーリーを構築したということになるかと思います。抒情派であり、ストーリーテラーでもあるということでしょうか。

螢川_02.jpg螢川es.jpg 小栗康平監督による映画化作品「泥の河」('81年)はよく知られていますが、「螢川」も1987年に須川栄三(1930-1998/享年68)監督におって映画化されています。須川栄三監督は1953年、東京大学経済学部を卒業し東宝に入社、どちらかというと「野獣死すべし」('59年)のようなハードボイルド・タッチの作品を得意としており、文芸作品というイメージはそれほど無かったのではないでしょうか。ただ、この作品は俳優陣がしっかりしており、三國連太郎の重竜、十朱幸代の千代も良く(十朱幸代はやや綺麗すぎか)、奈良岡朋子(泣かせる演技!)、大滝秀治、殿山泰司らが脇をしっかり支え、子役の演技も悪くなかったです(英子役は前年に歌手デビューした沢田玉恵で、歌も演技も高い評価を得ながらも映画公開時にはすでに引退していた"幻のアイドル")。

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螢川_01.jpg螢川ges.jpg 映画は、原作のどろどろした部分をやや抑えて、一方で、竜夫の学校生活をやや重点的に取り上げ、この年の文部省選定作品になっています。但し、教育映画風とかではなく、原作にもある話ですが、英子に思いを寄せている親友の関根圭太の死なども通して、「死」(関根・重竜)と「生(性)」(英子)というコントラストを上手く描いていたように思います。その「生(性)」の象徴である、ラストの無数の螢が乱舞するクライマックスシーンで特殊効果を担当したのが、円谷英二の最後の弟子で光学合成の匠・川北紘一であり、今でこそ「ウルトラマン」シリーズか何かを想起してしまいそうな特撮ですが、当時リアルタイムで劇場で観た人は結構圧倒されたのではないでしょうか。
螢川1bg.jpg 螢川2es.jpg 奈良岡朋子
螢川s.jpg  「螢川」 富山.jpg ロケ地:富山市
Hotaru-gawa (1987)
Hotaru-gawa (1987).jpg
螢川-p.jpg「螢川」●制作年:1984年●監督:須川栄三●製作:高橋松男/加藤博明●脚本:中岡京平/須川栄三●撮影:姫田真佐久●特技監督:川北紘一●音楽:篠崎正嗣●原作:宮本輝●時間:84分●出演:三國連太郎/十朱幸代/坂詰貴之/沢田玉恵/川谷拓三/奈良岡朋子/大滝秀治/河原崎長一郎/寺泉憲/殿山泰司/利根川龍二/早川勝也/粟津號/江幡高志/小林トシ江/斉藤林子/岩倉高子/伊藤敏博/飯島大介/勇静華●公開:1987/02●配給:松竹(評価★★★★)

【1978年単行本[筑摩書房(『螢川』)]/1980年文庫化[角川文庫(『螢川』)]/1986年再文庫化[ちくま文庫(『泥の河・螢川・道頓堀川』)]/1994年再文庫化・2005年改版[新潮文庫(『螢川・泥の河』)]】

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昆虫のような生命力に満ちた一女性の半生。左幸子の畢生の作品。

にっぽん昆虫記 ps.jpgにっぽん昆虫記 poster.jpgにっぽん昆虫記 dvd.jpg
NIKKATSU COLLECTION にっぽん昆虫記 [DVD]」左幸子(ベルリン国際映画祭・女優賞)

にっぽん昆虫記s.jpg 松木とめ(左幸子)は、大正7年冬、東北の寒村で父・忠次(北村和夫)と母・えん(佐々木すみ江)の間に生まれた。少々頭の弱い父は、わが子の誕生を喜び周囲に自慢したが、忠次がえんと結婚した時えんは既に妊娠8ヶ月だった。えんは誰とでも寝る女で、とめの本当の父は、えんの情夫・小野川(桑山正一)と思われるが、えんにも分からない。大正13年春、少女とめはえんが小野川と戯れているのを偶然見て、自らの出生に疑問を持つとともに父の忠次を好きになり、戸籍上は父娘だが血縁上は他人の2人の間に、近親相姦的愛情が芽生える。昭和17年春、23歳のとめは製糸工場で女工として働いていた。ある日、実家から電報で父・忠次が危篤であると知らされ急いで帰郷する。しかし、それは母・えんの陰謀で、村の地主であるにっぽん昆虫記06.jpg本田家に足入れ婚をさせるための口実だった。これを知った忠次は怒り狂ってえんを叩きのめし、家族を震え上がらせるが、とめは絶対に相手の男とは寝ないと約束し父を説得、自身も家のためと諦め本田家へ足入れ婚をする。本田家で出征する三男の俊三(露口茂)に無理矢理抱かれるが、彼は女中に手を出していて子供もいた。妊娠したとめは実家に戻り、昭和18年正月に娘の信子を出産、本田家に戻ることはもうなかった。昭和20年夏、とめは再び製糸工場へ戻り女工として働いていた。ラジオで玉音放送が流れた日、とめは女子寮で係長の松波(長門裕之)に無理矢理抱かれるが、終戦で工場は閉鎖。再開した工場で松波の影響から組合活動を行うが、あまりに熱心に活動に入れ込んだ上に、課長代理に昇進した松波にも邪険にさにっぽん昆虫記 15.jpgにっぽん昆虫記 ium.jpgれ、工場をクビになる。実家に戻るも、そこは既に弟(小池朝雄)夫婦に占拠され自分の居場所はなかった。昭和24年、とめは7歳になった娘の信子を父・忠次に預け単身上京。基地にある外人専用のカフェでメイドをし、外人兵のオンリー(春川ますみ)の家政にっぽん昆虫記 16.jpg婦となるが、彼らの間の混血の娘を不注意から死なせてしまう。失意の中で浸り始めた新興宗教で知り合った売春宿のにっぽん昆虫記  1.jpg女将(北林谷栄)に雇われ、女中として働くようになり、客の一人である問屋主人の唐沢(河津清三郎)と知り合う。彼の妾となりパトロンを得たとめは、女将を警察に売って自らが売春宿を経営するまで上り詰めるが、次第に前の女将のように業突張(ごうつくば)りになっていく。故郷から父・忠次と娘・信子(吉村実子)を呼び寄せたが、上京した忠次が亡くなり、仲間の密告から売春罪で逮捕され、とめは刑務所へ。出所した彼女を迎えるのは、今は唐沢の情婦になっている娘だった-。

 1963年11月公開の今村昌平(1926-2006)監督作で、東北の農村に生まれ、家族から地主に足入れ婚を強要され、やがて東京へ出て、製紙工場の女工から始まって売春組織の元締めにまでなる一人の女性と、その母娘三代にわたる女たちの、昆虫のような生命力に満ちた半生記をエネルギッシュに描いた今村監督の代表作。今村昌平監督は、以前に売春斡旋業をしていた南千住の旅館女将からその生い立ちを詳しく聴き出して脚色し、また綿密な実地調査をして映画化したとのことで、まるでドキュメンタリーのようにリアリティ溢れる作品となっており、「調査魔」と呼ばれた今村昌平の面目躍如といったところでしょうか(1963(昭和38)年度・第37回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品/第14回「ブルーリボン賞(作品賞)」受賞作)。

にっぽん昆虫記 01.jpgにっぽん昆虫記 17.jpg 左幸子演じる主人公のとめは、働きに出た東京で製紙工場の女工、組合活動家、新興宗教の信者、売春宿の女中から売春婦、そして売春組織の元締めへと最後は「成り上がって」いきますが、終盤に行けばいくほど、女同士の間で騙したたり騙されたりする頻度は増します(もちろん男も騙す)。そして、そうやって多くの他人を踏み台にして、それらを蹴落として這い上がってきた彼女も、いつか今度は自分の娘に裏切られ、その立場を取って代わられるというのが哀しいです(この性と言うか血筋は、エレクトラ・コンプレックスの系譜ともとれる)。

にっぽん昆虫記 ps1.jpgにっぽん昆虫記  .jpg ラストシーンでとめはうだるような暑さの中、下駄履きで山道をフラフラと歩いていますが、このシーンが映画の冒頭にあった焼けつく砂の上をノロノロと這う昆虫の姿とダブり、映画全体がある女性の半生を(倫理とか道徳とかはすっ飛ばして)ひたすら〈虫瞰図〉的に追ったものであったことに気付かされます。

 それを観ている観客の視点は、「ファーブル昆虫記」におけるファーブルのようだとも言えますが、主人公のとめの或るライフステージの一幕が終わる時、画面がストップ・モーションとなり、とめ作のユーモラスな川柳が彼女自身の東北弁で詠まれ、そこには何か彼女自身の達観したような心境も一面見られるように思いました。

Nippon konchûki (1963)

マーティン・スコセッシ.jpg 1963年のキネマ旬報ベストテン第1位作品で、第2位の黒澤明の「天国と地獄」('63年/東宝)より上に来ているというのもスゴイですが、興行的にも「天国と地獄」とほぼ互角の配給収入だったようです。今観てもリアリティある作品だと思いますが、1963年当時のこの映画の観客の中は、自分の人生と重ねるようにしてこの映画を観たりした人もいたのではないでしょうか。また、「タクシー・ドライーバー」('76年/米)のマーティン・スコセッシ監督は今村昌平を敬愛していることで知られていますが、ニューヨーク大学の映画学部に在籍中にこの「にっぽん昆虫記」を観たことがそのきっかけとなったとのことです。

左幸子001.jpg左幸子2.jpg 左幸子(1930-2001)はこの作品で、'64年のベルリン国際映画祭において日本人初の主演女優賞(銀熊賞の一部門)受賞者となりました(その後['16年迄で]田中絹代('75年)、寺島しのぶ('10年)、黒木華('14年)が同賞を受賞している)。彼女は、2年後の内田吐夢監督の「飢餓海峡」('65年/東映)でも存在感のある演技を見せますが、この「にっぽん昆虫記」は主役であるだけに、彼女に関して言えばこちらの方が印象が強いです。その他にも、父親役を演じた北村和夫の怪演などもなかなかのものであり、長門裕之、春川ますみ、小沢昭一、殿山泰司といった名脇役の演技も光っていましたが、やはり一番輝いているのは左幸子であり、それに尽きる映画(彼女「畢生の作品」)と言っていいと思います。

左幸子「死亡記事」(2001(平成13)年11月7日逝去)

(●2022年シネマブルースタジオで再見。北林谷栄が、主人公の松木とめやその娘・信子を取り上げた産婆・鬼頭くらと、とめが働く売春「楽々」の女将で正心浄土会の役員の蟹江スマの一人二役だったことを再確認した。最初観た時は、産婆役の方は気づかなかった。)

左幸子(主人公・松木とめ(山形県の農家松木家の長女)・北村和夫(とめの父親・松木忠次(とめの乳を吸う))
「にっぽん昆虫記01.jpg
長門裕之(高羽製糸の係長・松波守男(とめと不倫する))/殿山泰司(正心浄土会幹部(とめの懺悔を聴く))     
「にっぽん昆虫記 長門 殿山.jpg
北林谷栄(蟹江スマ(売春宿"楽々"の女将・正心浄土会役員))/河津清三郎(問屋"唐沢商店"の主人(とめのパトロン)唐沢)・吉村実子(とめの娘・信子)
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左幸子 in「幕末太陽傳」('57年/日活)/「にっぽん昆虫記」('63年/日活)/「飢餓海峡」('65年/東映)
左幸子 幕末太陽傳.jpg 左幸子 にっぽん昆虫記.jpg 左幸子 飢餓海峡.jpg
吉村実子 in「豚と軍艦」('61年/日活)/「にっぽん昆虫記」('63年/日活)
吉村実子.jpg

The-Insect-Woman-31804_5.jpgにっぽん昆虫記 02.jpg「にっぽん昆虫記」●制作年:1963年●監督:今村昌平●製作:大塚和/友田二郎●脚本:今村昌平/長谷部慶次●撮影:姫田真佐久●音楽:黛敏郎●時間:123分●出演:左幸子/岸輝子/佐々木すみ江/北村和夫/小池朝雄/相沢ケイ子/吉村実子/北林谷栄/桑山正一/露口茂/東恵美子/平田大三郎/長門裕之/小沢昭一/春川ますみ/殿山泰司/榎木兵衛/高緒弘志/渡辺節子/川口道江/澄川透/阪井幸一朗/河津0にっぽん昆虫記 yosimura .jpg.png清三郎/柴田新三/青木富夫/高品格/久米明●公開:1963/0にっぽん昆虫記 oazawa .jpg.png.jpg0にっぽん昆虫記 長門.jpg11●配給:日活●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-06-14)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(22-06-21)(評価:★★★★☆)
 
 

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「●黛 敏郎 音楽作品」の インデックッスへ 「●フランキー 堺 出演作品」の インデックッスへ 「●石原 裕次郎 出演作品」の インデックッスへ 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ 「●西村 晃 出演作品」の インデックッスへ 「●加藤 武 出演作品」の インデックッスへ 「●芦川 いづみ 出演作品」の インデックッスへ 「●今村 昌平 監督作品」の インデックッスへ(共同脚本) 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

'痛快コメディ'だが、深い余韻も。奇跡のような出来映え。天才・川島雄三の最高傑作。

幕末太陽傳 ps.jpg幕末太陽傳 dvd.jpg幕末太陽傳 00.jpg幕末太陽傳 デジタル修復版 DVD プレミアム・エディション」南田洋子/フランキー堺/左幸子

幕末太陽傳 _4.jpg 文久2年(1862年)の江戸に隣接する品川宿。お大尽を装って遊郭旅籠の相模屋で豪遊した佐平次(フランキー堺)は、金が無いのを若衆の喜助(岡田真澄)に打ち明けると居残りと称して相模屋に長居を決め込み、宿の主人(金子信雄)と女将(山岡久乃)は働いて宿代を返すとの佐平次の申し出を渋々承諾する。遊幕末太陽傳 05 喧嘩.jpg郭の売れっ子、こはる(南田洋子)、おその(左幸子)は互いに相手を罵り合っていたが、ある日遂に大喧嘩になって廓中を暴れまくり、中庭まで転げ落ちて凄まじいSun in the Last Days of the Shogunate (幕末太陽傳) 1957.jpg女の戦いを繰り広げる。そ幕末太陽傳 b5.jpgうした中、佐平次は下働きから女郎衆や遊郭に出入りする人々のトラブル解決に至るまで八面六臂の活躍をし、果てはこの旅籠に逗留する高杉晋作(石原裕次郎)ら攘夷派の志士たちとも渡り合う。様々な出来事の末に佐平次は体調を悪くするが、それでもなお「首が飛んでも動いてみせまさぁ」と豪語する―。
"Sun in the Last Days of the Shogunate″ (幕末太陽傳) 1957
南田洋子(24歳)・菅井きん(31歳)・左幸子(27歳)
幕末太陽傳 南田洋子 菅井きん 左幸子.jpg 1957(昭和32)年公開の川島雄三(1918-1963/享年45)監督作で(川島雄三はこれが最後の日活映画となった)、脚本はチーフ助監督も務めた今村昌平と田中啓一が川島雄三と共同で執筆したもの。ストーリーはオリジナルですが、材として、古典落語「居残り佐平次」から主人公を拝借し、「品川心中」「三枚起請」「お見立て」「「明烏」などの数多くの落語の要素を物語の随所に織り込んでいます。

幕末太陽傳23.jpg 品川宿にある遊郭で佐平次が居残りを決め込むというメインストーリーは「居残り佐平次」をそのまま踏襲していますが、佐平次以前に石原裕次郎演じる高杉晋作や、まだ売出し中の小林旭や二谷英明が演じる攘夷派の侍が相模屋に'居残り'でいるという設定になっているため、話がやや複雑になっています(当時、石原裕次郎→太陽族→反社会的というイメージがあった中で、石原裕次郎に攘夷派を演じさせることに日活の上層部はいい顔しなかったようだが)。

幕末太陽傳 tu_2.jpg 貸本屋の金造(小沢昭一)が「品川心中」の後半のサゲの部分(心中に誘いながら自分を置いて逃げた女郎へのニセ幽霊による仕返し話)まで演じています。遊郭の遊女が、雇用期間が満了すれば客と結婚することを約束する起請文(きしょうもん)を乱発幕末太陽傳 フランキー&裕次郎.jpgする話は、吉原遊郭を舞台にした「三枚起請」から取っており、この落語のサゲは、高杉晋作が品川遊郭の「土蔵相模」で作ったとされる都々逸「三千世界の鴉(からす)を殺しぬしと朝寝がしてみたい」をもじったものになっていますが、それも作品の中で生かされています。他にもまだまだ落語からネタを取っていると言うか、モチーフを得ている要素が多くあるようですが、全部まではちょっと分からないです。

幕末太陽傳 a04.jpg 落語のモチーフを映画に取り込んだ作品としては「唯一成功している」とも言われる作品ですが、唯一かどうかは分からないにしても、大いに成功しているには違いないと思います。これだけ多くの落語から引用して、滑らかに流れるようなストーリー体系を成しているというのは奇跡に近いというか、今村昌平と田中啓一の協力を得た脚本であるにしても、川島雄三という人の才気が尋常ならざるものだというのが、この映画について言えることかと思います。

幕末太陽傳9-s.jpg フランキー堺の活き活きした演技もいいです。川島雄三は役者にあまり細かい指示は出さない監督だったそうですが、この映画におけるフランキー堺の演技には何度もダメ出しをしたそうです。一方、当時人気絶頂の石原裕次郎が高杉晋作役ですが、完全にフランキー堺の脇に回っていて、これも日活の上層部は不満だったようです。そうしたこともあって川島雄三はフランキー堺の演技に発破をかけたのかもしれませんが、結果この作品はフランキー堺の最高傑作となり、一方では石原裕次郎の大根役者ぶりが浮き彫りになったような印象です(見方によっては、カッコいい'大根'なのだが)。これは、たまたま結果的にそうなったのではなく、そこまで川島雄三は織り込み済みだったとの説もあるようで、そうだとしたら、もうスゴイとしか言いようがないです。

 そのフランキー堺演じる主人公の佐平次は、時折結核を思わせる咳をしており(歴史上で結核で亡くなるのは高杉晋作の方なのだが、こちらは至って健康そう?)、そのことを人に指摘された時だけ、いつも明るい佐平次がちょっと暗い表情になります。こうした設定は明らかに、筋萎縮症を患っていた川島雄三自身の自己投影であると思われます。

幕末太陽傳 ラスト.jpg ラスト、すっかり相模屋の中で必要欠くべからざる人材となった佐平次ですが、夜明け前にこっそり荷物を纏めて旅に立ちます。彼の将来の夢が自然と口から洩れますが、それは自らの病を自覚している佐平次には残された時間が少ないということともに、米国渡航に賭けてまでも生きることへの希望を捨てないという決意が感じられるものでもありました。

幕末太陽傳 ed.jpg 川島雄三自身は、映画の冒頭シーンにあった'現代'の品川(と言っても、この映画が撮られた頃の「さがみホテル」付近はまだ赤線街だった)を佐平次が駆け抜けるラストを構想していたようですが、現場のスタッフ、キャストからも幕末太陽傳 1.jpgあまりに斬新すぎると反対の声が出て、結局現場の声に従わざるを得なかったとのことです。川島雄三が折れて撮った墓場シーンのラストは陰鬱な風景であり、佐平次がそこから逃避するという点では、川島雄三の「サヨナラだけが人生だ」という言葉に見られる人生観を反映したものになっているとも言われています(このラストシーンの解釈は諸説ある)。

昭和30年代の「さがみホテル」付近

 何れにせよ、黒澤明の「七人の侍」('54年/東宝)に見られるような武士のヒーロー像とは真逆の、町人乃至専門職としてのヒーロー像がフランキー堺演じる佐平次によって体現され、その生きざまに、病気のため45歳で没することになる、常に死を意識していた川島雄三自身が投影され、また色々なものが託されているには違いなく、そのことが、'痛快コメディ'であるこの作品に、 単にそれだけで終わらない深い余韻を与えているように思います。奇跡のような出来映え。天才・川島雄三のたった1本の傑作と言っていいかと思います。

上段:小沢昭一(貸本屋金造)/フランキー堺(佐平次)/南田洋子(女郎こはる)/山岡久乃(伝兵衛女房お辰)/岡田眞澄(若衆喜助)/石原裕次郎(高杉晋作)
幕末太陽傳4.jpg幕末太陽傳a.jpg幕末太陽傳51.jpg
下段:殿山泰司(仏壇屋倉造)/菅井きん(やり手婆おくま)/左幸子(女郎おそめ)/芦川いずみ(女中おひさ)/小林旭(久坂玄瑞)/二谷英明(志道聞多)

幕末太陽傳/1957年封切2.jpg幕末太陽傳 e.jpg「幕末太陽傳」●制作年:1957年●監督:川島雄三●製作:山本武●脚本:今村昌平/田中啓一(山内久の変名)/川島雄三●撮影:高村倉太郎●音楽:黛敏郎●時間:110分●出演:フランキー堺/左幸子/南田洋子/石原裕次郎/芦川いづみ/市村俊幸/金子信雄/山岡久乃/梅野泰靖/織田政雄/岡田真澄/高原駿雄/青木富夫/峰三平/菅幕末太陽傳 左幸子.jpg井きん/小沢昭一/植村謙二郎/河野秋武/西村晃/熊倉一雄/三島謙/殿山泰司/加藤博司/二谷英明/小林旭/関弘美/武藤章生/徳高渓介/秋津礼二/宮部昭夫/河上信夫/山田禅二/井上昭文/榎木兵衛/井東柳晴幕末太陽傳 岡田真澄.jpg幕末太陽傳 小林旭.jpeg/小泉郁之助/福田トヨ/新井麗子/竹内洋子/芝あをみ/清水千代子/高山千草/ナレーター:加藤武(クレジットなし)●公開:1957/07●配給:日活●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-05-17)(評価:★★★★★
南田洋子/左幸子/岡田真澄/小林旭
                  西村晃(気病みの新公)
o幕末太陽傳.jpgD幕末太陽傳.jpg《読書MEMO》
田中小実昌 .jpg田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○丹下左膳餘話 百萬兩の壺('35年、山中貞雄)
○赤西蠣太('36年、伊丹万作)
○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
○暢気眼鏡('40年、島耕二)
○カルメン故郷に帰る('51年、木下恵介)
○満員電車('57年、市川昆)
幕末太陽傳('57年、川島雄三)
○転校生('82年、大林宣彦)
○お葬式('84年、伊丹十三)
○怪盗ルビイ('88年、和田誠)

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稀代の犯罪者の多面的キャラクターを描くとともに、崩壊する家族・親子関係を描いた作品。

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復讐するは我にあり dvd.jpg 復讐するは我にあり 文春文庫5.jpg 文春文庫
あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 復讐するは我にあり [Blu-ray]」「あの頃映画 「復讐するは我にあり」 [DVD]」/『復讐するは我にあり (文春文庫)』['09年(改訂新版文庫化)]

復讐するは我にあり  04 1.jpg復讐するは我にありダウンロード.jpg 榎津巌(緒形拳)は、専売公社の集金係2名(殿山泰司ほか)を殺害し、詐欺を繰り返しながら逃走を続ける。実家は病身の母・かよ(ミヤコ蝶々)と敬虔なクリスチャンの父・鎮雄(三國連太郎)が経営する旅館で、榎津の妻・加津子(倍賞美津子)や子も一緒に暮らしているが、榎津は妻・加津子と父・鎮雄の関係を疑っている。警察が榎津を全国指名手配にする中、榎津は裁判復讐するは我にあり  C71.jpg所で被告人の母親(菅井きん)に近づき、弁護士を装って保釈金詐欺を働き、更に、仕事の依頼と称して老弁護士(加藤嘉)に近づいて殺害し、金品を奪って逃げ続ける。浜松の旅館「貸席あさの」に京都帝大教授を装っ復讐するは我にあり  05 小川1.jpgて投宿し、宿の女将ハル(小川真由美)と懇ろになる。ある日、ハルは映画館のニュースで榎津の正体を知るが、榎津を匿い続ける。しかし、榎津はハルとハルの母親・ひさ乃(清川虹子)を殺害し、質屋(河原崎長一郎)を旅館に呼んで2人の所持品を売り払う。榎津を以前客に取ったことのあるステッキガール(根岸とし江)が、榎津が指名手配の犯人であることに気づき、警察に通報する。榎津は逮捕され、死刑を宣告される。面会に来た父親の鎮雄は、榎津が教会から破門されたこと、自らも責任を取って脱会したことを伝える。処刑後、榎津の遺骨を抱いた妻の加津子と鎮雄は、山頂から空に向かって散骨する―。

復讐するは我にありG1.jpg 昨年['15年]10月に78歳で亡くなった佐木隆三(1937-2015)の直木賞受賞作を今村昌平(1926-2006)監督が映画化した1979年公開作で、復讐するは我にあり611.jpgその年のキネマ旬報ベスト・テン第1位作品。「第22回ブルーリボン賞」の作品賞、「第3回日本アカデミー賞」の最優秀作品賞も受賞し、演技面では、体当たり演技の小川真由美が日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞を受賞。小川真由美は「第4回報知映画賞」やキネマ旬報の賞も受賞し、三國連太郎も報知映画賞や「第22回ブルーリボン賞」など3つの賞を受賞。同じく体当たり演技の倍賞美津子復讐するは我にありNU1.jpgブルーリボン賞を受賞しているのに、主役の緒形拳(1937-2008)が何も受賞していないというのがやや不思議な気がします。主人公の多面的なキャラクターを巧みに演じ分けていたのは流石だと思ったのですが、緒形拳は前年の「鬼畜」('78年/松竹)で既に「第2回日本アカデミー賞」「第3回報知映画賞」「第21回ブルーリボン賞」の主演男優賞の"3冠"を達成していたというのも影響したのかもしれません。

 作品全体の印象としては、「神々の深き欲望」('68年/日活)以来約10年ぶりにメガホンを手にした今村昌平の「色」がかなり濃い感じでしょうか。原作者の佐木隆三は、モデルとなった「西口彰事件」について、「調べれば調べるほど内面が覗けなくなった」と秋山駿(1930-2013)との対談で述べていますが、この映復讐するは我にあり7K1.jpg画では、敬虔なクリスチャンで通っている父親との確執を、榎津との幼少期のエピソードなども交えながら描き、更には、榎津の妻・加津子と父・鎮雄の関係を前面に押し出すことで、犯行の背後に父親との関係に起因する何かを示唆しているように思われました。それは、終盤の榎津と父親との拘置所復讐するは我にあり8 .jpgでの対面シーンにも表れており、ここでも両者は和解し切れず、結局、父親が息子と内面的に和解したのは、ラストの散骨のシーンであったように思います。榎津の父親への感情は、ファーザー・コンプレックスと言えなくもないですが、加津子の方がむしろ義父・鎮雄をファザコンに近い感情で崇めていて、一方の榎津の父親に対する反発は、父親のその偽善性に対するものではなかったかと思われます(幼児期のエピソードに父親に裏切られたと取れるものがある)。何れにせよ、父・鎮雄と妻・加津子の関係も含め、この辺りは全て"今村昌平オリジナル"です。

復讐するは我にあり_9.png 同じくこの作品で原作以上に大きなウェイトを占めるハルの家族の描き方も、ハルの情夫で旅館のオーナーでもある男(北村和夫)とのどろどろした関係が前面に出ていて、それを苦々しく思う母親と、そこに榎津も絡んできて、もうぐちゃぐちゃという感じ。この辺りも全て映画のオリジナルで、ハルの母親が殺人事件で15年服役し、出所してそう年月も経っておらず、今は競艇に明け暮れる日々を送っているという設定もオリジナルです。更に原作との大きな違いは、榎津とハル復讐するは我にあり  NB.jpgが映画を観に映画館へ入ったところ(映画は「ヨーロッパの解放」第三部「大包囲撃滅作戦」('71年/松竹配給))、その前に映像ニュースで榎津の指名手配が流れてハルが榎津の正体を知ってしまうことで、榎津に惚れていたハルは榎津を匿い続けますが、原作では母娘は榎津の正体を知らないまま殺害されてしまい、従って、ハルの母親が榎津を競艇に誘って、当てた金を榎津に渡して自分たちの前から消えてくれるよう頼むといった場面も、榎津が人気の無い畦道かどこかを歩きながらハルの背後からマフラーで絞殺しようして彼女に気づかれ、いったんは諌められてしまうのも映画のオリジナルです。

 原作も映画も稀代の犯罪者を描いたある種ピカレスク・ロマン的な作品ですが、今村昌平の手によって、映画の半分は、崩壊している2組の家族と親子関係を描いたものとなっているように思いました(ハルの家族の方がより悲惨か。パトロン男が母親の目の前で娘であるハルを凌辱するのを目の当たりにした榎津が包丁を取り出そうとするのを、ハルの母親が押しとどめるという場面さえある)。原作に付加されているものが多くて、こうした作品の作りは個人的にあまり好きになれないことが多いのですが、この映画については、付加された部分もドラマとしてよく出来ていて良かったように思います(今村昌平は、個人的には、原作を改変してそれでも作品の質を落とさない数少ない監督の一人だと考える)。

 実際の事件では浜松の旅館の小学校5年生(10歳)の女の子が弁護士を装った榎津が指名手配中の連続続殺人犯であることを見破りますが(原作もその通り)、映画では、榎津を以前客に取ったことのある〈ステッキガール〉(クレジットにそうある)が見破ります。因みに、ステッキガールとは大宅壮一による造語で、昭和初期の銀座で1時間2円の料金で食事などデートの相手をする"援助交際"の少女のことで、男の腕にぶらさがるステッキみたいだというのが言葉の由来です(龍田静枝、川崎弘子らが出演の「ステッキガール」('29年/松竹蒲田)という映画がある)。戦後そうした"流行"が復活した浜松では、当時70のステッキガール組織があり、それぞれ20人ほどの女性を置いていて、浜松は"ステッキガール発祥の地"と言われています(戦後のステッキガールは観光ガイドなどの看板で売春をしていた)。作品の舞台は昭和46年頃と、原作より8年ぐらい後ろ倒しにされていますが、そうした組織は、昭和60年代頃まではまだあったと言われています。

復讐するは我にあり_7.jpg 原作者の佐木隆三が、ハルの宿でクレームをつけて帰ってしまう泊り客としてカメオ出演しています。佐木隆三はこの映画公開の前年['78年]、銀座の路上で交差点に赤信号停止しているタクシーに乗ろうとしたところ、タクシー乗り場から乗るように言われたことに逆上し、タクシーのボンネットに乗り上げて暴れてフロントガラスを破壊して警察に逮捕されていますが、クレーマーっぽい役柄はその事件の自虐パロディだったのかも。

「貸席あさの」のセットでの撮影準備(左から、今村昌平監督、姫田真佐久カメラマン、小川真由美、佐木隆三)

Fukushû suru wa ware ni ari (1979)
Fukushû suru wa ware ni ari (1979) .jpg復讐するは我にありC2.jpg「復讐するは我にあり」●制作年:1979年●監督:今村昌平●製作:井上和男●脚本:馬場当/池端俊策●撮影:姫田真佐久●音楽:池辺晋一郎●原作:佐木隆三●時間:140分●出演:緒形拳/三國連太郎/ミヤコ蝶々/倍賞美津子/小川真由美小川真由美 復讐するは我にあり2.jpg清川虹子/殿山泰司/垂水悟郎/絵沢萠子/白川和子/フランキー堺/北村和夫/火野正平/根岸とし江(根岸李江)/河原崎長一郎/菅井きん/石堂淑復讐するは我にあり 弁護士.jpg郎/加藤嘉/佐木隆三●公開:1979/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-17)(評価:★★★★☆)

緒形拳(榎津巌)/加藤嘉(河島弁護士)
 
観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
復讐するは我にあり_7880.JPG 復讐するは我にあり_7889 (1).jpg

小川真由美 in 山本薩夫監督「白い巨塔」('66年/大映)/野村芳太郎監督「鬼畜」('78年/松竹)/今村昌平監督「復讐するは我にあり」('79年/松竹) 
白い巨塔 小川真由美 2.jpg 小川真由美 鬼畜 - 2.jpg 小川真由美 復讐するは我にあり.jpg
   
《読書MEMO》
●ポン・ジュノ監督(韓国)の選んだオールタイムベスト10["Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)]
 ●悲情城市(ホウ・シャオシェン)
 ●CURE キュア(黒沢清)
 ●ファーゴ(ジョエル & イーサン・コーエン)
 ●下女(キム・ギヨン)
 ●サイコ(アルフレッド・ヒッチコック)
 ●レイジング・ブル(マーティン・スコセッシ)
 ●黒い罠(オーソン・ウェルズ)
 ●復讐するは我にあり(今村昌平)
 ●恐怖の報酬(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)
 ●ゾディアック(ディヴィッド・フィンチャー)

「●黒澤 明 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2095】 黒澤 明 「静かなる決闘
「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ「●「毎日映画コンクール 日本映画大賞」受賞作」の インデックッスへ 「●早坂 文雄 音楽作品」の インデックッスへ「●志村 喬 出演作品」の インデックッスへ 「●三船 敏郎 出演作品」の インデックッスへ 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ 「●木暮 実千代 出演作品」の インデックッスへ 「●久我 美子 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○東宝DVD名作セレクション(黒澤明監督作品)

主人公は真田だと思うが、松永が余りに鮮烈。意図して劇画的に作ることで緊迫感を増している。

酔いどれ天使 dvd2.jpg Yoidore tenshi(1948).jpg 酔いどれ天使 dvd.jpg 酔いどれ天使 0.jpg 
酔いどれ天使 [DVD]Yoidore tenshi(1948)酔いどれ天使<普及版> [DVD]」志村喬(眞田)/三船敏郎(松永)

酔いどれ天使 志村・三船.jpg 戦後の焼け跡にあるゴミ捨て場と化して悪臭を放つ小さな沼、その対岸で医師を営む眞田(志村喬)は近所でも評判の飲んだくれ医者で口は悪かったが、心の優しい人物だった。眞田は闇市をシマとするヤクザの松永(三船敏郎)の怪我の治療をしたことから、彼が結核であることを察知し注意を与える。松永は口煩い眞田の首を絞めつけるが、松永の兄貴分である岡田(山本礼三郎)に虐待され、今は眞田に救われて彼の看護婦代わりをしている美代(中北千枝子)を見て去って行く。眞田は松永を心配してダンスホールへ行って再度彼に忠告し、数日後、泥酔した松永がレントゲン写真を持って眞田を訪れるが、予醉いどれ天使 3.jpg想通り松永の病は重かった。やがて岡田が刑務所から出所、周囲は彼の機嫌を伺うようになり、松永の情婦だった奈々江(木暮実千代)も岡田に靡く。眞田は病魔に蝕まれた松永を医院に連れて帰る。悪夢にうなされて眼を覚ました松永は、美代を連れ戻そうと醉いどれ天使 4.jpg医院に乗り込んだ岡田に、今日は引き取ってくれと頭を下げて頼み込む。ヤクザの虚しさを悟った松永に、飲み屋の女ぎん(千石規子)は優しい誘いをかけるが、闇市の連中は打って変わって松永を無視するようになる。松永が奈々江の部屋へ行くと岡田がおり、アパートの廊下に流れたペンキの上で松永と岡田は死闘を繰り広げる。雪解けのある日、故郷へ帰るというぎんの手には松永の遺骨があった。沼をじっと眺めている眞田に、肺病を克服したセーラー服の少女(久我美子)が走ってきて礼を述べ、2人は微笑みながら肩を並べて歩き出す―。

酔いどれ天使 志村.jpg 主人公の医師・眞田に関しては、当初は若く理知的で使命感に燃える人物の設定だったそうですが、あまりに理想的すぎたため脚本執筆が初期段階で頓挫し、黒澤明、植草圭之助らは前に取材で出会った医師を思い出して、その人物をモデルに切り替えたとのこと。その人物は、劇中のような場末で無免許の婦人科医をやっていたような類の中年男で、アル中で下品を絵に描いたような人物だったが、会話中に時折見せる人間観察・批判、自嘲するような笑い方などに哀愁と存在感があったそうです。

 劇中で眞田が、自分のことを自分で「天使」だと言っているのが興味深いです(マイケル・カ酔いどれ天使_5.jpgーティスの「汚れた顔の天使」(Angel With Dirty Face、'38年/米)などとはタイトルの付け方のスタンスが異なるか)。仁義をふりかざす松永に対しての「仁義なんてものは悪党どもの安全保障条約さ」といった台詞も気が利いていますが、こうした台詞の中に、作品テーマの1つである、ヤクザ社会に対する批判も込められているように思いました(この台詞、和田誠氏も『お楽しみはこれからだ PART2―映画の名セリフ』('76年/文藝春秋)の中で取り上げていた)。
三船敏郎(松永)/山本礼三郎(岡田)

酔いどれ天使 三船.jpg酔いどれ天使 三船2.jpg ところが、テーマはヤクザ批判なのに、時の新人俳優・三船のギラギラした個性が際立つあまり、松永が主人公の眞田以上に魅力的な人物と化してしまったことは、黒澤監督にとって大きな誤算だった(?)ともされている作品で、確かにそうした面はあるかも。黒澤明は、この作品の前年の谷口千吉監督の「銀嶺の果て」('47年/東宝、三船敏郎の実質的デビュー作)で原作・脚本を務め、撮影現場にも関与していることから、自分が監督するなら三船敏郎という新人俳優をどう使おうかというイメージは、少し前からあったのではないでしょうか。

酔いどれ天使 チラシ.jpg酔いどれ天使 三船 4.jpg それがハマり過ぎたというか...。おそらく、これで松永が改心したら、ヒューマン・ドラマとして綺麗過ぎるものになってしまうため、敢えて松永を破滅の道へ向かわせたのだと思いますが(最後、松永は街娼と心中する、という植草圭之助の案を黒澤が却下して、ヤクザ同士の抗争による死にした)、結果的に松永を通して「滅びの美学」を描いたような作品になった印象も。一方で、これでは救いが無さすぎるということで、結核を克服した少女(久我美子)の話をエンディングに据えたのではないかな。

三船敏郎(写真奥)

酔いどれ天使 ラスト.jpg ラスト近くの松永と岡田がペンキにまみれて格闘する場面で、あそこでペンキ缶をひっくり返すのは非リアリズムだと思うのですが、リテイク(撮り直し)のきかない場面になっていることで緊迫感を増しているように思われました(「椿三十郎」('62年/東宝)のラストの三船敏郎と仲代達矢の噴血決闘シーンについても同じことが言える)。松永が瀕死の状態でありながら物干し台に上っていくのも非リアリズムでしょう(死ぬ時は、お天道様の方を向いて死ぬということか)。意図して「劇画的」に作られているように思いました。

酔いどれ天使 5.jpg 小林信彦氏が「週刊文春」のエッセイで、闇市の風景を一番忠実に描いているのは、黒澤明の「酔いどれ天使」と「野良犬」('49年/東宝)だと述べています。「酔いどれ天使」はセット撮影が主で、それもかなり大掛かりなセットだと思われますが、黒澤の師匠にあたる山本嘉次郎監督の「新馬鹿時代」('47年/東宝、三船敏郎の映画出演第2作目)のセットの使い回しだったそうです。

酔いどれ天使 笠置.jpg 劇中の酒場でのダンスシーンで「ジャングル・ブギー」(黒澤明:作詞/服部良一:作曲)を唄う笠置シズ子の型破りな芸風は凄かったなあ。序盤と終盤にちらりと映るガード下の"生活力ビタミン"「ワカフラビン」の広告がやけに印象に残った...(清水宏の「金環蝕」('34年/松竹蒲田)にも同じわかもと製薬の胃腸薬「ワカモト」飲んでいる場面があったが、あちらは明らかにタイアップ。こっちの場合、逆効果のような気もしたのだが、どうなのだろう)。

千石規子(ぎん)/殿山泰司(ひさごの親爺)  志村喬/久我美子(当時17歳/右写真は彩色加工版)
酔いどれ天使Drunken-Angel-0.50.16.jpg酔いどれ天使 久我m.jpg酔いどれ天使 久我c.jpg「醉いどれ天使」●制作年:1948年●監督:黒澤明●製作:本木荘二郎●脚本:植草圭之助/黒澤明●撮影:伊藤武夫●音楽:早坂文雄●時間:98分●出演:志村喬/三船敏郎/中北千枝子/山本礼三郎/木暮実酔いどれ天使s.jpg酔いどれ天使 Drunken-Angel-0.14.42.jpg千代/千石規子/笠置シヅ子/久我美子/進藤英太郎/清水将夫/殿山泰司/飯田蝶子/生方功/堺左千夫/大村千吉/河崎堅男/木匠久美子/川久保とし子/登山晴子/南部雪枝/城木すみれ●公開:1948/04●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(11-01-15)(評価:★★★★)

久我美子 小津 安二郎監督 「お早よう」('59年/松竹)/大島渚監督 「青春残酷物語」('60年/松竹)/野村芳太郎監督「ゼロの焦点」('61年/松竹)
小津 安二郎 「お早う」佐田・久我.jpg 「青春残酷物語」久我.jpg 『ゼロ3.JPG


《読書MEMO》
●NHK連続テレビ小説(朝ドラ)2023(令和5)年度後期放送「ブギウギ」(モデル:笠置シズ子)花田鈴子(福來(ふくらい )スズ子)役:趣里

「ブギウギ」.jpg

「●小津 安二郎 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2100】 小津 安二郎 「秋日和
「●野田 高梧 脚本作品」の インデックッスへ 「●厚田 雄春 撮影作品」の インデックッスへ「●黛 敏郎 音楽作品」の インデックッスへ 「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ 「●杉村 春子 出演作品」の インデックッスへ 「●東野 英治郎 出演作品」の インデックッスへ 「●佐田 啓二 出演作品」の インデックッスへ 「●久我 美子 出演作品」の インデックッスへ 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ  ○あの頃映画 松竹DVDコレクション

ラストの会話がくすりと笑える。昭和のノスタルジーを感じさせる作品。

小津 安二郎 「お早う」tirasi.jpg 小津 安二郎 「お早う」dvd2.jpg 小津 安二郎 「お早う」dvd.jpgあの頃映画 松竹DVDコレクション 「お早よう」」(2013) 「「お早よう」 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]」(2014)

 郊外の住宅地に長屋のように複数の家族が隣り合って暮らしている。林家の息子実(設楽幸嗣)と勇(島津雅彦)はテレビが欲しいと父・啓太郎(笠智衆)、母・民子(三宅邦子)の両親にねだるが、聞き入れてもらえない。男のくせに余計な口数が多いと啓太郎に叱られた子供たちは、要求を聞き入れてもらえるまで口を利かないというストライキを始める―。

 小津安二郎監督の第50作目にあたる作品(カラー第2作)で、初期作品「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」('32年)でも子供たちのストライキがあったことを思い出させます。「生れてはみたけれど」は子供の視点で始まって大人の視点に行き、最後は両者を統合するような感じで、その間に、大人の悲哀感と、それをうっすら感じる子供の成長のようなものがありましたが、こちらは専ら子供の視線であり、さほど悲哀感は無く、からっとしたコメディとなっています。

小津 安二郎 「お早う」父怒る.jpg 林家の子供たちは、先にテレビを自宅に入れている隣の丸山家にテレビを見に行きますが、1959(昭和34)年頃はそういうことがあちこちであったのだろなあと(因みに、テレビ画面の大相撲中継に出てくる栃錦は既に全盛期を過ぎていたが、昭和34年年3月場所で千秋楽に若乃花を破り「奇跡」と言われた復活優勝を遂げている)。

小津 安二郎 「お早う」テレビが来た.jpg 当時55歳の笠智衆が46歳の父親の役を演じていて、実年齢よりかなり若い役作りになっていますが、49歳の時に70歳の役を演じた「東京物語」('53年)で、息子の嫁を演じた三宅邦子と今度は夫婦役というのがやや強引な感じも。当時52歳の東野英治郎演じる啓太郎の「先輩」富沢が55歳で定年退職した後、何とか再就職が決まったのが家電セールスマンの仕事で、啓太郎は先輩へのご祝儀にテレビを買う―それが子供の要求を叶えることになるというほのぼのとした結末。つい先日まで、飲み屋で啓太郎と富沢がテレビを巡って大宅壮一の「一億総白痴化」論に便乗していたことからすると皮肉な結末とも言える?

小津 安二郎 「お早う」佐田・久我.jpg 民子の妹・節子(久我美子)は、勤めていた会社が潰れて失業中で近所の子供たちに英語を教えている福井平一郎(佐田啓二)の元へせっせと翻訳の仕事を届ける―というこの2人の仄かな恋愛感情がサイドストーリーの1つとしてあり、平一郎は林家の子供が口数が多いことを叱られて「大人だってコンチワ、オハヨウ、イイオテンキデスネ、余計なこと言ってるじゃないか」と反論したという話を節子から聞いて興味を抱き、そうした一見無駄であるような言葉が世の中の潤滑油になっているんだろうけれど、子供にはまだ解らないのだろうなあと節子に解説してみせる―その様子を、節子が帰った後に、同居の姉で自動車のセールスをしている加代子(沢村貞子)に、あなただって節子さんに肝腎なことは言わないで余計な話ばかりしているとたしなめられます。

お早よう ラスト.jpg その平一郎がラストで駅のホームで節子と偶然出会って、またしても挨拶と天気の話を繰り返しているのがくすりと笑えます。但し、2人の間に言葉が途切れて間があったと思ったら、平一郎が「あの雲は面白い形をしていますね」とか言い始めたのは、おいおい大丈夫かという感じも。まあ、優しい節子が相手だからともかく、普通だったら「見切られ時」ではないかという気もしなくはありませんでした。

小津 安二郎 「お早う」 佐田啓二.jpg 佐田啓二は当時32歳、5年後に自動車事故で亡くなっており(享年37歳)、一瞬、息子・中井貴一に似ているかなと思わせる部分がありますが、息子の方はもう50歳を超えているのだなあ。長屋風住宅街のロケ地は現在の多摩川緑地付近でしょうか。テレビ有りの丸山家の主人を演じているのは大泉滉、近所に鉛筆やゴム紐などを売り歩く押売りに殿山泰司など、懐かしい面々も。

Ohayô(1959).jpg 結局、「ウチはまだまだ」とか何やかや言いながらも、この後かなり短い年数の間にテレビは日本中の家庭に普及したわけで(昭和34年時点の普及率25%以下だったのに対し、昭和37年には約80%に)、近所の家にテレビを見いくというというようなことがあったのは限られた期間の現象ではなかったのかと思われます。どうってことない作品ですが、映像の隅々に昭和のノスタルジーを感じさせる作品です。

 
Ohayô(1959)
Two boys begin a silence strike to press their parents into buying them a television set.


 
小津 安二郎 「お早う」昭和.jpg小津 安二郎 「お早う」昭和2.jpg

 お早よう 杉村春子2.jpg お早よう 杉村春子.jpg 杉村春子 お早よう 東野英治郎.jpg 東野英治郎  

小津 安二郎 「お早う」笠・三宅・久我.jpg小津 お早う 大泉.jpg「お早よう」●制作年:1959年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:黛敏郎●時間:94分●出演:佐田小津 お早う 殿山.jpg啓二/久我美子笠智衆三宅邦子(左写真)/設楽幸嗣/島津雅彦/高橋とよ/杉村春子/沢村貞お早よう 小津 恋人たち.jpg子/東野英治郎/長岡輝子/三好栄子/田中春男/大泉滉(中)/泉京子/殿山泰司(右)/佐竹明夫/諸角啓二郎/桜むつ子/千村洋子/須賀不二男●公開:1959/05●配給:松竹●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-09)(評価:★★★☆)併映(1回目):「淑女は何を忘れたか」(小津安二郎)
大泉滉・泉京子夫婦の家の室内にあるポスターはルイ・マル「恋人たち」('59年4月日本公開)のもの

「●な行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【610】 乃南 アサ 『暗鬼
「●近代日本文学 (-1948)」の インデックッスへ 「○近代日本文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●「朝日賞」受賞者作」の インデックッスへ(野上弥生子・新藤兼人)「●さ行の日本映画の監督」の インデックッスへ 「●新藤 兼人 脚本作品」の インデックッスへ 「●林 光 音楽作品」の インデックッスへ 「●乙羽 信子 出演作品」の インデックッスへ 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ 「●佐藤 慶 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

恐るべき内容ながらも、抑制の効いた知的で簡潔・骨太の文体。男性的な印象を受けた。

海神丸 野上.jpg海神丸3.JPG海神丸 野上弥生子.jpg  「人間」1962.jpg
岩波文庫旧版/『海神丸―付・「海神丸」後日物語 (岩波文庫)』新藤兼人監督「人間 [DVD]」(原作『海神丸』)
野上弥生子(1885-1985/享年99)
野上彌生子集 河出書房 市民文庫 昭和28年初版 野上弥生子.jpg野上弥生子.jpg 1916(大正5)年12月25日早朝、「船長」ら男4人を乗せ、大分県の下の江港から宮崎県の日向寄りの海に散在している島々に向け出航した小帆船〈海神丸〉は、折からの強風に晒され遭難、漂流すること数十日に及ぶに至る。飢えた2人の船頭「八蔵」と「五郎助」は、船長の目を盗んで船長の17​歳の甥「三吉」を殺し、その肉を喰おうと企てる―。

野上彌生子集 河出書房 市民文庫 昭和28年初版(「海神丸」「名月」「狐」所収)

『海神丸』.JPG 1922(大正11)年に野上弥生子(1885-1985/享年99)が発表した自身初の長編小説で、作者の地元で実際にあった海難事故に取材しており、本当の船の名は「高吉丸」、但し、57日に及ぶ漂流の末、ミッドウエー付近で日本の貨物船に救助されたというのは事実であり、その他この小説に書かれていることの殆どは事実に即しているとのことです。

 救出された乗組員は3人で、あとの1人は漂流中に"病死"したため水葬に附したというのが乗組員の当時の証言ですが、何故作者が、そこに隠蔽された忌まわしい出来事について知ることが出来たかというと、物語における船長のモデルとなった船頭が、たまたま作者の生家に度々訪ねてくるような間柄で、実家の弟が彼の口から聞いた話を基に、この物語が出来上がったとのことです。

 岩波文庫の「海神丸」に「『海神丸』後日物語」という話が附されていて、作品発表から半世紀の後、海神丸を救助した貨物船の元船員と偶然にも巡り合った経緯が書かれている共に、救出の際の事実がより明確に特定され、更には、船長らの後日譚も書いていますが(作者と船長はこの時点では知己となっている)、この作品を書く前の事件の真相の情報経路は明かしていません(本編を読んでいる間中に疑問に思ったことがもう1つ。この小説が発表されたのは、救出劇から5年ぐらいしか経っていない時であり、殺人事件として世間や警察の間で問題にならなかったのだろうか)。

 大岡昇平の『野火』より四半世紀も前に"人肉食"をテーマとして扱い、恐るべき内容でありながらも(この物語が「少年少女日本文学館」(講談社)に収められているというのもスゴイが)、終始抑制の効いた、知的で、簡潔且つ骨太の文体。作者は造り酒屋の蔵元のお嬢さん育ちだったはずですが、まるで吉村昭の漂流小説を読んでいるような男性的な印象を受けました。

 「大切なのは、美しいのは、貴重なのは知性のみである」とは、作者が、この作品の発表の翌年から、亡くなる半月前まで60年以上に渡って書き続けた日記の中にある言葉であり、作者の冷徹な知性は、「『海神丸』後日物語」において、"人肉食"が実際に行われた可能性を必ずしも否定していません。
 
海神丸 野上弥生子 新藤兼人「人間」.jpg 尚、この作品を原作として、新藤兼人監督が「人間」('62年/ATG)という作品を撮っています(新藤監督初のATG作品である)。

「海神丸」の映画化 「人間」.jpg
人間 [DVD]
乙羽信子/山本圭/殿山泰司/佐藤慶
  
「人間」山本圭(三吉)/殿山泰司(船長・亀五郎)/佐藤慶(八蔵)/乙羽信子(五郎助)
「人間」 殿山泰司山本圭.jpg「人間」 乙羽信子/佐藤慶.jpg 主要な登場人物は遭難した4人ですが、殿山泰司(船長・亀五郎)、乙羽信子(五郎助)、佐藤慶(八蔵)、山本圭(三吉)、という配役で、「三吉」を殺し、その肉を喰おうと企てる「五郎助」が女性に置き換えられ、それを乙羽信子が演じ人間 (映画) 2.jpgています(乙羽信子の役は海女という設定)。それ以外は基本的に原作に忠実ですが、最後に原作にはない結末があり、五郎助と八蔵が精神的に崩壊をきたしたような終わり方でした(罪と罰、因果応報という感じか)。名わき役・殿ninngen  1962.jpg山泰司の数少ない主演作であり、殿山泰司と乙羽信子の演技が光っているように思いました(殿山泰司は好演、乙羽信子は怪演!)。この時のロケ撮影の様子は、名エッセイストでもある殿山泰司が『三文役者あなあきい伝〈part 2〉』('80年/講談社文庫)で触れていてますが、これがなかなか興味深いです(その後、『殿山泰司ベスト・エッセイ』('18年/ちくま文庫)にも収められた(p146))
   
人間 (映画) 1962.jpg「人間」●制作年:1962年●監督・脚本・美術:新藤兼人●製作:絲屋寿雄/能登節雄/湊保/松浦栄策●撮影:黒田清巳●音楽:林光0人間 佐藤慶.png人間 (映画)1.jpg●原作:野上弥生子「海神丸」●時間:100分●出演:乙羽信子/殿山泰司佐藤慶/山本圭/渡辺美佐子/佐々木すみ江/観世栄夫/浜村純/加地健太郎/村山知義●公開:1962/11●配給:ATG(評価:★★★★)

【1929年文庫化・1970年改版[岩波文庫]/1962年再文庫化[角川文庫]】

「●藤田 敏八 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3186】 藤田 敏八 「帰らざる日々
「●原田芳雄 出演作品」の インデックッスへ(「八月の濡れた砂」「赤い鳥逃げた?」) 「●渡辺 文雄 出演作品」の インデックッスへ(「八月の濡れた砂」)「●桃井 かおり 出演作品」の インデックッスへ (「赤い鳥逃げた?」「エロスは甘き香り」) 「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「赤い鳥逃げた?」) 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ ○日活100周年邦画クラシックス・GREATシリーズ(「八月の濡れた砂」) 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(新宿昭和館)インデックッスへ(ギンレイホール)

藤田敏八監督の創作活動において、象徴的なポジショニングにある作品と言えるかも。

八月の濡れた砂 dvd.jpg 八月の濡れた砂dvd.jpg  「八月の濡れた砂」01.jpg 
八月の濡れた砂 [DVD]」「日活100周年邦画クラシック GREAT20 八月の濡れた砂 HDリマスター版 [DVD]」テレサ・野田(テレサ野田)当時14歳
八月の濡れた砂 タイトル.jpg 夏の朝の海岸で、西本八月の濡れた1.jpg清(広瀬昌助)は、大学生らに襲われ置き去りにされた少女・三原早苗(テレサ・野田)を救い出すが、少女の姉の三原真紀(藤田みどり)に自分が妹を襲ったと疑われてカ「八月の濡れた砂」02.jpgッとなり、真紀を襲う。一方、西本の同級生の友人で、高校がいやで退学した野上健一郎(村野武範)は、秀才の川村修司(中沢治夫)がプラトニックな交際をしていた稲垣和子(隅田和世)に悪戯をしたことを言い、川村はその悔しさから和子を呼び出して襲い、それによって和子は自殺する―。
 西本、野上、早苗らはつるんで行動するようになり、身勝手な大人たちに反逆していきますが、それは苛立ちや焦燥感からくるものであって、何か自分たちに確たる目的があっての反抗ではありません。

八月4.bmp 藤田敏八(1932-1997)監督の'71年作品で、'71年と言えば大学紛争が後退を余儀なくされた直後であり、目標を失った当時の若者のシラけた雰囲気をよく伝えている作品とされ「八月の濡れた砂」03.jpgています。但し、その時代にその世代に達していないと、観てもぴんとこない部分もあるかも。散文詩的な作り方を織り交ぜたりしているので、随所に見られる抒情的な映像イメージは印象に残りましたがhatigatu.jpgストーリーが繋がりにくく、湘南を舞台にした青春映画なのに何だか暗いなあとか、どうしてこの若者たちはこんなことばかりしているのかとか、初めて観たときはそんな感じで、後で観直してみて、あぁ、70年代の閉塞感ってこんな感じかという印象を改めて受けました。

「八月の濡れた砂」ポスター/予告スチール2点(沖雅也の顔が隠れているものと見えているもの))
八月の濡れた砂 沖雅也9.jpg八月の濡れた砂.1.jpg八月の濡れた砂 沖雅也  .jpg 今観るとレトロ感に溢れた作品であり、藤田みどり、テレサ・野田、隅田和世といった女優陣そのものにノスタルジーを感じます。沖雅也沖雅也.jpg(1952-1983/享年31(自死))が当初の主演予定でしたが、バイク事故のため急きょ広瀬昌助(1946-1999/享年53)に主役が代わっており、ただし予告スチールには真ん中に沖雅也が写っています(ポスターには沖雅也の顔が正面からは写ってなく隠れているものの方を部分合成して使用村野武範ド.jpg八月3.jpgしている)。そのことはともかくとして、村野武範などはデビューしたてではありましたがこの時すでに26歳で、高校生にも不良にも見えないのがやや難点で、翌年にはNTV系の青春ドラマ「飛び出せ!青春」の教師役におさまっています。
  
「八月の濡れた砂」.jpg この作品の音楽にはメイン・テーマと主題歌があって、BGMのようなムーディ・ポップス調のメイン・テーマに対して、当時19歳の「石川セリ」が歌う主題歌「八月の濡れた砂」(この映画主題歌が石川セリのデビュー曲で、レコード・デビューは翌年)の方は演歌みたいだなあと思っていたら、後に「石川さゆり」がカバーしています(テーマと主題歌のどちらも映画に合っている。要するにポップス調も演歌調もフィットしてしまう、そういう映画なのかも)。

八月5.bmp 日活がロマンポルノに路線変更する前の青春映画路線の最後の作品ですが、石原慎太郎原作・石原裕次郎主演の往年の青春映画「狂った果実」('56年/日活)を意識してたようなカメラ撮りがあったりする一方で、内容的にはもうこの頃はヤクザが出てきたりレイプシーンがあったりして、かなりB級色が強くなっているように思います。公開時の併映は蔵原惟二監督の「不良少女魔子」('71年/ダイニチ映配)で、この2作を最後に日活は「にっかつロマンポルノ」路線へと製作方針を転換させます。

赤い鳥逃げた? 藤田 dvd.jpgエロスは甘き香り 藤田 dvd.jpg 藤田敏八監督はその後も、原田芳雄、桃井かおり主演の焦燥感に苛まれている28歳の青年・坂東宏(原田芳雄)を主人公とした「赤い鳥逃げた?」('73年)などを撮っていますが、これは東宝映画。同じ年に日活では、桃井かおり主演で「エロスは甘き香り」('73年)を撮っており、秋吉久美子主演の「赤ちょうちん」('74年)や「妹」('74年)も日活映画、更には江藤潤、永島敏行主演の「帰らざる日々」('78年)も日活です。「エロスは甘き香り」などは日活ロマンポルノ作品ということになっているみたいですが、これも確かに桃井かおりも伊佐山ひろ子も川村真樹も皆ヌードになっていますが、話の中身的には青春映画であり、オーソドックスにポルノ映画と言えるものは(オーソドックスにポルノって何?)藤田敏八監督は撮っていないのではないかという気がします。
           
「ツィゴイネルワイゼン」.jpgツィゴイネルワイゼン1.jpg 藤田敏八監督の映画人としてのデビューは、三島由紀夫原作・蔵原惟繕監督「愛の渇き」('67年/日活)における脚本担当でしたが、この人は結局、70年安保の挫折感とその後の虚無感を描いた映画を10年近く撮り続けたという感じがします(鈴木清順監督藤田敏八  .jpgの「ツィゴイネルワイゼン」('80年)に出演してからは、役者として活躍していた記憶の方が個人的には強い)。

藤田敏八&大谷直子 in「ツィゴイネルワイゼン」 

 藤田敏八監督の創作活動において、また「70年代的雰囲気」の映画として、この「八月の濡れた砂」という作品は、象徴的かつ代表的なポジショニングにある作品と言えるかもしれません。

石川セリ.jpg
「八月の濡れた砂」予告編     
隅田 和世/テレサ野田/藤田みどり
隅田和世.jpg八月の濡れた砂 テレサ野田.jpg八月の濡れた砂 藤田みどり.jpg

「八月の濡れた砂」●制作年:1971年●監督:藤田「八月の濡れた砂」.bmp敏八●脚本:藤田敏八/峰尾基三/大和屋竺●撮影:萩原憲治●音楽:むつひろし(主題歌:「八月の濡れた八月1.jpg砂」(作詞:吉岡治/作曲:むつひろし/歌:石川セリ))●時間:91分●出演:広瀬昌助/村野武範/剛たつひと/赤沢直人/隅田和世/藤田みどり/テレサ八月の濡れた砂 野田.jpg・野田(テレサ野nuretasuna5.jpg田)/三田村元/八木昌子/奈良あけみ/渡辺文雄/地井武男/原田芳雄/山谷初男/藤田みどり/中沢治夫/英原穣二/野村隆/赤塚直人/原田千枝子/新井麗子/重盛輝江/田畑善彦/溝口拳/中平哲仟/市村博/大浜詩郎/木村英幸/野村隆/長八月の濡れた砂 6.jpg浜鉄平/小島克巳/衣あけみ/光でんすけ/ザ・ハーフ・ブリード/●公ギギンレイホール.jpg飯田橋ギンレイホール内.jpg開:1971/08●配給:ダイニチ映配●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(79-05-23)(評価:★★★☆)●併映:「赤い鳥逃げた?」(藤田敏八)/「帰らざる日々」(藤田敏八) ギンレイホール 1974年1月3日飯田橋にオープン 2022年11月27日閉館

渡辺文雄
八月の濡れた砂 22.jpg
 
「赤い鳥逃げた?」●制作年:1973年●監督:藤田敏八●製作:奥田喜久丸●脚本:藤田敏八/ジェームス三木●撮影:鈴木達夫●音楽:樋口康雄(主題歌:「赤い鳥逃げた?」(作詞:福田みずほ/作曲:樋口康雄/歌:安田南)●時間:98分●出演:原田芳雄/大門正明/桃井かおり/白川和子/内田朝雄/穂積隆赤い鳥逃げた? 1973 1.jpg赤い鳥逃げた? 1973 3.jpg信/殿山泰司/地井武男/佐原健二/江波多寛児/青木義朗/阿藤海/戸浦六宏/加村赳雄/山谷初男/広瀬正一/大出洋行/古山桂治●公開:1973/02●配給:東宝●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(79-05-23)(評価:★★★)●併映:「八月の濡れた砂」(藤田敏八)/「帰らざる日々」(藤田敏八) 
「赤い鳥逃げた?」22.jpg

エロスは甘き香り vhs.jpgエロスは甘き香り 1973   .jpeg「エロスは甘き香り」●制作年:1973年●監督:藤田敏八●脚本:大和屋竺●撮影:萩原憲治●音楽:樋口康雄●時間:98分●出演:桃井かおり/伊佐山ひろ子/川村真樹/高橋長英/山谷初男/五条博/谷本一/橘田良江●公開:1973/03●配給:日活●最初に観た場所:池袋文芸地下(79-11-25)(評価:★★☆)●併映:「あらかじめ失われた恋人たちよ」(清水 邦夫/田原 総一朗) 

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大人の男女3人の宝探し。甘いけれど許せる甘さの"青春映画"。勝新・高倉健版はイマイチ。
冒険者たち.jpg 冒険者たち2.jpg 冒険者たち1.jpg Les aventuriers(1967).jpg
冒険者たち [DVD]」 Lino Ventura,Alain Delon,Joanna Shimkus in "LES AVENTURIERS" Les aventuriers(1967)
LES AVENTURIERS.jpg パリ郊外の飛行クラブでインストラクターをしているパイロットのマヌー(アラン・ドロン)と新型エンジンの開発に熱中する元エンジニアのローラン(リノ・ヴァンチュラ)のもとに、芸術家の卵である前衛彫刻家レティシア(ジョアンナ・シムカス)が現れ、2人とも彼女に恋心を抱くが、やがて3人はアフリカの海底に5億フランの財宝が眠っているとの話を聞き、共にコンゴの海に旅立つことに―。

 大の大人3人が宝探しをするという、何だか甘い青春ドラマみたいな設定なのですが、ジョゼ・ジョヴァンニの原作を大幅に脚色したロベール・アンリコ監督の演出が巧みで、話のテンポも良く、この中では一番おっさん臭いリノ・ヴァンチュラ(当時48歳)の演技も生きていました(この人、刑事役とかギャング役が十八番なのだが)。

Joanna Shimkus.jpg やはり、ちょっと胴長のジョアンナ・シムカス(当時24歳)の明るさが効いていて、周囲を巻き込んでしまう―それだけに、彼女が演じるレティシアが亡くなってしまうのが哀しく、そこから本来のリノ・ヴァンチュラとアラン・ドロン(当時32歳)の哀愁を帯びたギャング映画みたいなトーンになるといったところでしょうか。それでも、この映冒険者たち 戦場にながれる歌.jpg画は最後まで映像的には光に満ちているように思え、最後の方に出てくる銃撃戦の舞台となる要塞みたいな島も良かったです。

ジョアンナ・シムカス(背景のポスターは松山善三監督「戦場にながれる歌」('65年/東宝))

冒険者たち0.jpg アラン・ドロンを軸に見れば「太陽がいっぱい」系の雰囲気かとも思えますが、結末から逆算的に見るとリノ・ヴァンチュラの視点での物語ということになるのかもしれません(アラン・ドロンというのは常に「見られる側」の存在であって、「見「冒険者たち」doronn.jpgる側」にはならないような気がする)。因みに、生き残った者の掟.jpgジョゼ・ジョヴァンニ José Giovanni.JPGジョゼ・ジョヴァンニの原作のタイトルは「生き残った者の掟」で、ジョゼ・ジョヴァンニ自身も同時期に自らの監督作として「生き残った者の掟」('66年/仏))を撮っています(当然ながらジョゼ・ジョヴァンニ自身が監督したものの方が原作に忠実)。
生き残った者の掟 (河出文庫)

「冒険者たち」リノ」.jpg冒険者たち 1977年公開時チラシ.jpg リノ・ヴァンチュラ(1919-1987)は、俳優になる前はレスリングのヨーロッパ・チャンピオンだったそうですが、この映画での彼は、最近の俳優で言うと、ジャン・レノなどに通じるものがあるなあと勝手に思ったりしました。

冒険者たち6.jpg テーマ曲もいいですが、アラン・ドロンの歌うサブ・テーマ曲「愛しのレティシア」は、口笛の伴奏がホンダシビックのCFなどで使われましたが、サワリの部分を聞くだけで、レティシアを水葬に付す場面など、映画の様々なシーンが甦ってきます。甘いけれど、許せる甘さの"青春映画"であると思います。


無宿 .jpg無宿 ド.jpg 因みに、日本映画に「祭りの準備」('75年/ATG)の中島丈博脚本、斎藤耕一監督、勝新太郎・高倉健主演の「無宿(やどなし)」('74年/東宝)というのがあり、勝新太郎、高倉健の2人に梶芽衣子が絡む男2人と女1人のロードムービーであり、映画の後半は海で宝探しをするという展開でした。予備知無宿 やどなしロード.jpg識無しに観ましたが、「冒険者たち」の影響を受けていることがすぐに分かり、実際そうでした。但し、ジョゼ・ジョヴァンニ原作、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」は、無宿 ages.jpg女性が途中で亡くなり、男性が生き残ります。それが「無宿」では、ラスト逆になっていて、しかもそこで話は終わってしまい、「生き残った無宿 やどなしes.jpg者」(この場合は梶芽衣子)がどうなったかという話ありませんでした。どちらかというとダークな背景が似合いそうな勝新太郎、高倉健、梶芽衣子の3人が、前半は任侠映画風ながらも、後半はずっと陽光燦々と輝く海で演技しているというちょっと毛色の変わった作品ですが、こうした終わり方から、日本版「冒険者たち」のつもりなのか(それにしては"生き残った者の掟"というテーマが見出せない)、宝探しは単に部分的にモチーフを借りただけなのか、個人的には釈然としませんでした(男たちがヤクザ=ギャングに追われるところなどは同じなので、日本版「冒険者たち」のつもりなのだろうが...)。

無宿 大滝秀治.jpg 因みに、この映画は高倉健(1931-2014)と勝新太郎(1931-1997)が共演した唯一の作品であるとともに、高倉健と大滝秀治(1925-2012)の初共演作であり、大滝秀治は前半部分で高倉健が演じる主人公に殺されるヤクザの親分役で出ています(ただし、直接的な絡みは無く、二人同時に画面に映らない演出がされている)。高倉健と大滝秀治はその後「君よ憤怒の河を渉れ」('76年/大映)、「八甲田山」('77年/東宝)、「居酒屋兆治」('83年/東宝)など多くの作品で共演を重ねることになります(降旗康男監督の「あなたへ」('12年/東宝)が大滝秀治の遺作になったとともに、高倉健にとっても最後の主演作品となった)

Les aventuriers (1967)
Les aventuriers (1967).jpgジョアンナ・シムカス.jpg「冒険者たち」●原題:LES AVENTURIERS●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・アンリコ●脚本:ロベール・アンリコほか●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:フランソワ・ド・ルーベ●原作:ジョゼ・ジョヴァンニ「生き残った者の掟」●時間:112分●出演:アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス/セルジュ・レジニア●日本公開:1967/05●配給:大映●最初にロベール・アンリコ(Robert Enrico).jpg観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ1(77-11-24)●2回目:テアトル池袋(84-11-11) (評価:★★★★☆) ●併映(2回目):「カリブの熱い夜」(テイラー・ハックフォード)
ロベール・アンリコ(Robert Enrico)

「冒険者たち」 パンフレット 1977年/1989年
冒険者たち 1977.png  冒険者たち 1989.png

ニュー東宝シネマ1.jpgニュー東宝1.JPGニュー東宝シネマ1・2 チケット入れ.jpgニュー東宝シネマ1 1957年5月5日、有楽町ニュートーキョービル(有楽町マリオン向かいニユートーキヨー数寄屋橋本店ビル)3Fに「ニュー東宝シネマ」オープン(「ニュー東宝」「スキヤバシ映画」が「ニュー東宝シネマ1,2」に改称)。TOHOシネマズ 有楽座.jpg1972年5月~「ニュー東宝シネマ1」、1995年7月~「ニュー東宝シネマ」(「ニュー東宝シネマ2」閉館)、2005年4月~新生「有楽座」、2009年2月10日~「TOHOシネマズ有楽座」(右) 2015年2月27日閉館
「TOHOシネマズ 有楽座」閉館のお知らせ(TOHOシネマズHPより)
かつての「有楽座」は、1935年に演劇劇場(現 東宝日比谷ビル)として誕生し、1951年には映画専用劇場となり、1984年に一度閉館致しました。
その後、2005年に「ニュー東宝シネマ1」を「新・有楽座」として改装オープンし、2009年には「TOHOシネマズ有楽座」と館名を改め、今日まで多くの名作を上映して参りましたが、このたび、ニユートーキヨー本店ビルの閉鎖に伴い、TOHOシネマズ有楽座を閉館することとなりました。
これまでTOHOシネマズ有楽座にご支援、ご愛顧いただきました映画ファンの皆様、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
TOHOシネマズ日劇、スカラ座、みゆき座、シャンテにて、引き続きご来場をお待ちしております。
【TOHOシネマズ 有楽座(1スクリーン/397席)】
◆閉館日:2015年2月27日(金)
   
テアトル池袋2.JPG「テアトル池袋 LAST ALLNIGHT」チラシ-1.gif「テアトル池袋_1.jpgテアトル池袋
1956年12月26日に東池袋1丁目「(第一地所)池袋ビル」1階にオープン(当時地下1階はテアトルダイヤ)。1980年に「南池袋テアトルビル(南池袋共同ビル)」の8階に移転。2006(平成18)年8月31日閉館 IKEKYO.com
「テアトル池袋」閉館のお知らせ(東京テアトル株式会社HPより)
 テアトル池袋は、1980年に、名画座として開業以来「アニメ映画専門館」や「アジア映画専門館」をはじめ「新人作家発掘の専門館」や「拡大ロードショー館」など、様々な興行形態を展開してまいりました。
 しかしながら、ビルの8階での単独館であることや、映画館が立ち並ぶエリアから離れた立地なども影響して、業績が伸び悩み、今後の方向性につきまして検討を重ねてまいりましたが、収益性を飛躍的に向上させることは困難であるとの結論に達し、やむなく本年8月31日をもちまして閉館することといたしました。
 26年間に亘りご愛顧賜りましたことに心より御礼申し上げます。

無宿 やどなし  dvd.jpg無宿 やどなし01.jpg「無宿(やどなし)」●制作年:1974年●監督:斉藤耕一●製作:勝新太郎/西岡弘善/真田正典●脚本:中島丈博/蘇武道男●撮影:坂本典隆●音楽:青山八郎●時間:125分●出演:勝新太郎/高倉健/梶芽衣子/安藤昇/藤間紫/山城新伍/中谷一郎/三上真一郎/今井健二/大滝秀治/殿山泰司/神津善行「無宿(やどなし)」katu.jpg/荒木道子/石橋蓮司/栗崎昇/木下サヨ子/伊吹新吾●公開:1974/10●配給:東宝(評価:★★★)
無宿(やどなし) [東宝DVDシネマファンクラブ]
神津善行(ガセネタ売り)/大滝秀治(大場親分)/殿山泰司(元潜水夫・為造)
「無宿(やどなし)」神津.jpg 「無宿(やどなし)」大滝秀治2.gif 「無宿(やどなし)」殿山2.jpg

「●今村 昌平 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2392】 今村 昌平 「復讐するは我にあり
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「ドキュメンタリーもまたフィクションなり」ということを鮮やかに示した作品「人間蒸発」。

人間蒸発.jpg 人間蒸発2.jpg 今村昌平.jpg
人間蒸発 [DVD]」    早川佳江/今村昌平(1926-2006)

Ningen jôhatsu(1967.jpg 結婚の直前に突然失踪した婚約者を探す早川佳江という女性。露口茂がレポーターとなり、カメラと共に捜索を続ける彼女を追うが、やがて婚約者の二重生活が明らかになる。社会における人と人の繋がりの脆さに自分自身をも見失って呆然とする女性―。

人間蒸発2.jpg 松本清張の『ゼロの焦点』('58年発表)の"ドキメンタリー版"みたいな装いですが、この作品の狙いは"人と人の繋がりの脆さ"を描くと言うよりもむしろ、ドキメンタリーと言われるもの自体の脆さ、ドキメンタリー成立の不可能性を示すことにあったと思います。
Ningen jôhatsu(1967)

『人間蒸発』.jpg人間蒸発1.jpg 途中から佳江さんの実の姉が婚約者と密会していたなどという証言も出てきて、幼い頃から姉を憎んでいた佳江さんはカッとなり、婚約者の捜索をめぐる家族会議に証言者を交えこぞって姉を糾弾し始める―(弩号は飛び交うは、佳江さんは泣き出すは、まさに修羅場の様相)。人間蒸発3.jpgそのようにして家族会議の場で大いに激昂し口角泡飛ばしていた関係者たちですが、監督の「セット飛ばせ」の一言で、何処からともなく現れたスタッフらが"セット"の障子や襖を片付け始める―(観客はここで初めて、家族会議が人間蒸発4.jpg行われていたのは茶の間ではなく映画の撮影スタジオであったことに気づく)。スタッフが大道具、小道具を片付ける間、彼らは一瞬我に返ったかのように見えましたが、カメラが回り始めると、再び口角泡飛ばし猛然人間蒸発 早川佳枝_4.jpgと話し出します。この時彼らは、事件当事者と言うよりも"出演者"になっているということが、面白いほどよく分かる、(ドキュメンタリー)映画史に残る名場面です。

今村監督がネズミと呼んだ早川佳枝さん  

ネズミの後見人兼レポーターを務める露口茂氏/日本海に立つネズミと露口氏 
人間蒸発 露口茂氏_4.png人間蒸発_4.jpg 佳江さんはやがて婚約者を探す気力を失い、彼女の後見人としてこの作品のレポーターを務める俳優の露口茂氏が好きになったことをカメラに向かって告白しますが、その時の彼女はまるで物語の"主役"を演じている(しかも自分で脚本を書いている)"女優"のように見えます。思わぬ告白に戸惑う露口茂の方が、よほど"ドキメンタリー"的。今村監督は「ドキュメンタリーもまたフィクションなのだ」ということを、この"作品"で鮮やかに示しているように思います。

「楢山節考」ポスター/グランプリ受賞を今村監督に報告する坂本スミ子
楢山節考 ps.jpg楢山節考 洋.jpg楢山節考 グランプリ受賞.jpg その今村監督が世界的に注目されるきっかけとなったのが、「楢山節考」('83年/東映)で、深沢七郎の原作は、1958(昭和33)年にも木下恵介監督が映画化しています(「楢山節考」('58年/松竹))。'83年のカンヌ国際映画祭では大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」('83年/日・英)との熾烈な争いを経てグランプリに該当するパルム・ドールを獲得(前評判では「戦メリ」の方が本命視されていた)、今村監督自身は、姥捨伝説の話など外国人に分かるわけがなくどうせ受賞しないのだからと映画祭を欠席していました。前歯を短く削り歯が抜けたように見せる演出をして役作りした主演の坂本スミ子(1936-2021/84歳没)は、カンヌ映画祭へ出品に消極的だった今村昌平を、プロデューサーと一緒に説得して出品させた当事者であり、それがパルム・ドール受賞に繋がったわけですが、帰国直後、受賞報告をしたと思いきや「大麻取締法違反」で書類送検され、彼女自身が芸能界から干される結果を生んでいます。

Narayama Bushiko, 1958.jpg楢山節考3.jpg 寒村の中で因習に捉われながらも力強く生き抜いていく村人たちの姿を描いた作品で、「姥捨て」をはじめ農村の風習の不気味さと恐ろしさが存分に表現されている一方で、「人間蒸発」に衝撃を受けた自分としては、この作品はやや作り過ぎている印象も受けました(ラストで母と子の愛情が強調されている)。今村監督の作品の中ではベストワンに挙げる人も多い作品ですが、個人的には、「神々の深き欲望」('68年/日活)の方がパワーが感じられ、この作品はそこまで行かなかったかな。観る側との相性を選ぶ作品だとも思うのですが、カンヌに行く前は殆ど話題になっていなかったのに、パルム・ドール受賞で当時誰もが絶賛するようになっていたことに対する反発も若干あったかもしれません。
 
              
「人間蒸発」dvd.jpg人間蒸発ド.jpg「人間蒸人間蒸発es.jpg発」●制作年:1967年●製作:今村プロ=ATG●監督・企画:今村昌平●音楽:黛敏郎●時間:130分●出演:露口茂/早川佳江/早川サヨ/今村昌平●劇場公開:1967/06●配給:ATG=日活●最初に観た場所:有楽町・日劇文化劇場(80-07-05) ●2回目:池袋文芸地下(83-07-30)(評価人間蒸発_05.jpg★★★★★)●併映(1回目):「肉弾」(岡本喜八)●併映(2回目):「神々の深き欲望」(今村昌平)
日劇文化.jpg日劇文化日劇文化入口.jpg劇場 1935年12月30日日劇ビル地下にオープン、1955年8月12日改装/ATG映画専門上映館)。日劇ビルの再開発による解体工事のため、1981(昭和56)年2月22日閉館。/「日本劇場」(左写真:「銀座百点」624号より(1980年当時))[右下「日劇文化劇場」地下入口]/「日劇文化劇場」地下入口(「音楽・映画・生活雑筆」より)
   

  
Narayama bushikô(1983).jpg楢山節考 dvd.jpg「楢山節考」●制作年:1983年●製作:友田二郎●監督・脚本:今村昌平●撮影:栃沢正夫●音楽:池辺晋一郎 ●時間:131分●出演:緒形拳/坂本スミ子/あき竹城/倉崎青児/左とん平/辰巳柳太郎/深水三章/清川虹子 江藤漢/常田富士男/小林稔侍/三木のり平/ケーシー高峰/倍賞美津子/殿山泰司/樋浦勉/小沢昭一/志村幸江/岡本正己/岩崎聡子/長谷川秀夫/村瀬賢二●劇場公開:1983/04●配給:東映=今村プロ●最初に観た場所:渋谷東映(83-04-29) (評価★★★☆)  「楢山節考 [DVD]

Narayama bushikô(1983) 

楢山節考(1983年、東映).jpg

「楢山節考」パンフレット/倍賞美津子(おえい)ほか   左とん平(利助)・小林稔侍(常)
楢山節考 01.jpg 楢山節考  左とん平 小林稔侍.jpg 
倍賞美津子
「楢山節考」倍賞美津子1.jpg 「楢山節考」倍賞美津子2.jpg

渋谷TOEI.jpg渋谷東映.jpg渋谷東映 旧.jpg旧・渋谷東映 1953年11月、宮益坂下交差点前に東映の直営モデル劇場としてオープン(モノクロ写真は「渋谷フォトミュージアム」より(1953年当時))。隣渋谷東映 -2.jpg接の「渋谷松竹」と共に、1990(平成2)年9月16日閉館。跡地に「渋谷東映プラザ」が建設され、1993年2月20日、渋谷東映(7階)と渋谷エルミタージュ(9階)渋谷東映s-touei.jpgがオープン(2004年10月9日~渋谷TOEI1・渋谷TOEI2)。2022年12月4日閉館。
[左]菅野正写真展 「平成ラストショー hp」より(1999(平成2)年9月13日撮影)

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「小さき者へ」がいい。作家自身よりも残された者の方が逞しかった気もする。

小さき者へ・生まれいずる悩み.jpg小さき者へ・生れ出ずる悩み2.jpg 小さき者へ・生れ出づる悩み.jpg 小さき者へ.jpg 有島 武郎.jpg 有島武郎(1878‐1923)
小さき者へ・生れ出ずる悩み (岩波文庫)』(旧版・新版)/『小さき者へ・生れ出づる悩み』新潮文庫/アイ文庫オーディオブック「小さき者へ」

『小さき者へ・生れ出ずる悩み』.JPG 1918(大正7)年に発表された有島武郎(1878‐1923)の「小さき者へ」は、母親(つまり有島の妻)を結核により失った幼い3人のわが子らへの作者の手紙の形式をとっていて、「お前たちは見るに痛ましい人生の芽生えだ」としながらも、「前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ、恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さきものよ」という結語は力強いものです。亡くなった母親の子どもたちへの愛情が、作家の抑制の効いた(よく読むとセンチメンタリズムとリアリズムが混ざっている)文章を通してひしひしと伝わってくる一方で、より不幸な死に方をした知人の死をも想えとするところに、作者らしさを感じます。

中等新国語3.jpg 同年発表の「生れ出ずる悩み」は、画家を志す青年が「私」を訪ねてくる冒頭の部分が国語教科書などでよくとりあげられているほど、吟味された美しい文章です(昭和40年代から50年代にかけて、光村図書出版の『中等新国語』、つまり中学の「国語」の教科書(中学3年生用)に使用されていた)。

 高級官僚の子に生まれながら小説家を志した自身を、労働と芸術の狭間で苦悶する青年に投影しているのが感じられる一方で、個人的には、漁師である青年のような生粋の労働者になりえない自分と対比するあまり、青年を物語の中で美化しすぎている気もし、危うささえ感じます。

 文学的には「生れ出ずる悩み」の方が評価は高い? 対し「小さき者へ」は、文庫本で15ページ程の掌編で、かつ「これって文学なの」みたいな感想もあるかと思いますが、個人的には、センチメンタリズムの中にも、わが子を一人前の人格として見る凛とした個人主義の精神が窺えて好きな作品です(なかなか、こんな親にはなれないが)。
 
 有島は、志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人「白樺」に参加し、また自らの農場を開放するなどの活動もしますが、後にそうした活動にも創作にも行き詰まり感を見せ、45歳で中央公論社の記者(当時は編集者をこういった)だった波多野秋子と軽井沢で心中自殺します。
                                                
木田金次郎2.jpg木田金次郎.jpg 一方、「生れ出ずる悩み」のモデルとなった木田金次郎(1893‐1962)は、この事件を契機に漁師をやめ画家として生きる決意をします。描き溜めた作品1,500点が、洞爺丸台風襲来時の出火による「岩内大火」(1954年)で焼失したというのは残念ですが(この大火は水上勉の『飢餓海峡』のモチーフとなった)、それにもめげず創作活動を続けています(美術館の木田金次郎の作品を見ると、力強く少しゴッホっぽい)。

木田金次郎(1893‐1962/享年69)とその作品(岩内マリンパーク・木田金次郎美術館)
  
森雅之.gif さらに、「小さき者へ」で語られる側となった子のうち、長男は映画俳優の森雅森雅之 雨月物語.bmp羅生門 森雅之.jpg(1911-1973)で、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)や溝口健二監督の「雨月物語」('53年/大映)、成瀬巳喜男監督の「浮雲」('55年/東宝)などの名作に主演しています。また、その森雅之の娘・中島葵(1945-1991/子宮頸癌のため死去、享年45)も女優 中島葵.jpg女優 中島葵ド.jpgテレビドラマや映画で活躍した女優でした。不倫相手との間の子であったという事情ため、16歳の時まで父親=森雅之から認知されませんでした。生涯独身でしたが、演出家で元東大全共闘のオーガナイザー芥正彦(1969年に東大で三島由紀夫との公開討論会を実施したメンバーの一人)とパートーナー関係にありました。何だか、残された者の方が逞しかったような気もする...。

『女優 中島葵』1992年刊

中島葵 愛のコリーダ.jpg中島葵.jpg 因みに、中島葵は大島渚監督の「愛のコリーダ」('76年/日・仏)にも、藤竜也が演じた吉蔵の妻役で出ていますが、当然のことながら、吉蔵の情婦・阿部定を演じた松田暎子の方が目立っていました。「愛のコリーダ」は公開の翌年に高田馬場のパール座で観ましたが、日本語の映画にフランス語だったか英語だったかの字幕がつくので変な感じがしました。日本国内での上映は大幅な修正が施されたため(冬の日の外で眠っていて子供たちに雪玉を投げつけられる老乞食を演じた殿山泰司の露出された陰部も含め)、ぼかしの上に外国語の字幕が乗っかっていたような印象があります(2000年に「完全ノーカット版」としてリバイバル上映された)。海外ではベルナルド・ベルトリッチの「ラストタンゴ・イン・パリ」('72年/伊)と比肩し得ると高く評価され、"オーシマ"の名を世界的なものにした作品ですが、国内では田中登監督、宮下順子主演の「実録阿部定」('75年/日活)の方が上との声もありました(阿部定に注目したことは面白いと思ったが、映画の出来としては個人的にはどちらもイマイチか)。

愛のコリーダ dvd.jpg愛のコリーダード.jpg「愛のコリーダ」●制作年:1965年●制作国:日本・フランス●監督・脚本:大島渚●製作:アナトール・ドーマン/若松孝二●撮影:伊東英男●音楽:三木稔●原作:山田風太郎「棺の中の悦楽」●時間:96分●出演:藤竜也/松田暎子/中島葵/芹明香/阿部マリ子/三星東美/藤ひろ子/殿山泰司/白石奈緒美/青木真愛のコリーダ 殿山2.png知子/東祐里子/安田清美/南黎/堀小美吉/岡田京子/松廼家喜久平/松井康子/九重京司/富山加津江/福原ひとみ/野田真吉/小林加奈枝/小山明子●公開:1976/10●配給:東宝東和●最初に観た場所:高田馬場パール座(77-12-03)(評価:★★★)●併映:「ソドムの市」(ピエル・パオロ・パゾリーニ)

殿山泰司(子供に雪玉を投げつけられる老乞食)

 【1940年文庫化・1962年・2004年改版[岩波文庫]/1955年再文庫化・1980年・2003年改版[新潮文庫(『小さき者へ・生れ出づる悩み』)]/1966年再文庫化[旺文社文庫(『生れ出づる悩み』)]】

《読書MEMO》
●「小さき者へ」...1918(大正7)年発表 ★★★★
●「生れ出ずる悩み」...1918(大正7)年発表 ★★★

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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ 「●む 村上 龍」の インデックッスへ 「●今村 昌平 監督作品」の インデックッスへ 「●や‐わ行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「●「毎日映画コンクール 日本映画大賞」受賞作」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(今村昌平)「●黛 敏郎 音楽作品」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「●蟹江敬三 出演作品」の インデックッスへ(「十九歳の地図」)「●嵐 寛寿郎 出演作品」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「●三國 連太郎 出演作品」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「●加藤 嘉 出演作品」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「神々の深き欲望」)「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

骨太の芥川賞作品。主人公は「血」に負けたのか? むしろ、裏返された成長物語のように読めた。
岬 中上健次.png 岬.jpg 十九歳の地図 dvd.jpg 十九歳の地図 映画.jpg  神々の深き欲望L.jpg
』['76年] 『』文春文庫 「十九歳の地図(廉価版) [DVD]」「NIKKATSU COLLECTION 神々の深き欲望 [DVD]

中上 健次.jpg 表題作である「岬」のほか、「黄金比の朝」「浄徳寺ツアー」など3篇を収めていますが、作者の小説は郷里の紀州を舞台にしたものが多い中、表題作はまさに出身都市である新宮市を舞台に、家族と共に土方仕事をしながら、逃れられない血のしがらみに喘ぐ青年を描いたものです。作者は本作により、戦後生まれとしては初めての芥川賞作家となりましたが、近年の芥川賞作品に比べると、ずっと「骨太」感があると思いました。

中上健次(1946‐1992/享年46)

 「十九歳の地図」で芥川賞候補になり、作品としての幅を拡げるために三人称にしたのか? それも一面の真実かも知れませんが、多分「彼」にしないと作者に書けない要素というのが、この「岬」という作品にはあったのではないかと考えます。

中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて、ー。 対談+短篇小説+エッセイ.jpg中上 vs 村上.jpg 芥川賞の選考委員であり、中上健次との対談集もある村上龍氏は(『中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。』('77年/角川書店)―これも面白かった。村上氏が名が中上健次を前にしてやや背伸びしている感もあるが、2人の文学遍歴の共通点や相違点などがよくわかる)、後に、この『岬』という作品を受賞作の水準に定めていたことを、ある年の芥川賞の選評で述べていたように思います。
中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。 対談+短篇小説+エッセイ (1977年)

 登場人物はそれほど多くないのですが、主人公の「彼」(秋幸)を取り巻く人物の血縁関係が複雑で、読みながら家系図を作った方がいいかも知れません。父・母がそれぞれ異なる兄弟姉妹が入り乱れ、その家計図メモがだんだんぐちゃぐちゃになってきた頃に出来事は大きく進展し、義父が叔父を刺したり、異父姉の錯乱があったりしますが、姉を連れて家族で岬にピクニック?にいくところは、それまでの殺伐感とは違ったソフトフォーカスな感じがあり、印象的でした。

 書いてみた家計図を見て、こうして〈親族の基本構造〉を破壊している元凶は、3度の結婚をしている主人公の母親だと思ったのですが、主人公は、登場人物のすべてと距離を置いている中、この母親に対しては、愛憎入り混じっている感じで、姉に対する意識にも微妙なものがあり、こんなぐちゃぐちゃな血縁関係の中でも、自らを定位しつつ、どこか"家族"を求めているところがあるのかなあと。

 主人公は最後に異母妹と思われる女性を見つけて交合しますが、これは、それまで比較的おとなしかった彼が、父や義父と同じ獣性に目覚めた、つまり「血」に負けて同じように鬼畜の道に嵌まったということなのでしょうか。それとも、潜在的渇望としてあった兄妹愛に目覚めたということ?

 自分にはこの辺りはむしろ、今まで子どもだった主人公が、エディプス・コンプレックスを克服した話のように読めました。血縁関係のない義父と同じようになるということは、「血」に負けたという理屈は成立せず、むしろ、男になる、つまり妹と交わることで自らが父権そのものになる、という裏返された成長物語のように思えたのですが...。

十九歳の地図 文庫.jpg十九歳の地図.jpg なぜ「彼」という三人称が使われているのかもこの作品の"謎"で、「十九歳の地図」と同じような鬱屈した予備校生を主人公にした「黄金比の朝」では「ぼく」だったのが、「岬」や「浄徳寺ツアー」では「彼」になっている、しかし共に、「彼」を使うよりも「ぼく」でいった方がずっと自然に読める箇所がいくつかあります。

 『十九歳の地図 (河出文庫 102B)

「十九歳の地図」で芥川賞候補になり、作品としての幅を拡げるために三人称にしたのか? それも一面の真実かも知れませんが、多分「彼」にしないと作者に書けない要素というのが、この「岬」という作品にはあったのではないかと考えます。

 中編「十九歳の地図」(短編集『十九歳の地図』('74年/河出書房新社、'81年/河出文庫)所収)は、和歌山から東京に出てきて、新聞配達をしながら予備校に通っている浪人生の青年の鬱々とした青春を描いたもので、新聞を配達しても感謝されるわけでもなく、集金に行けば煙たがられ、仕舞には飼犬に吠えられるという、ストレスだらけの生活の中、青年は、新聞の配達先で自分の気に入らない家について、地図上で☓印をつけていくという―このメインストーリーだけでも暗い話ですが、併せて、主人公の周辺の社会の下層で生きる人々の生き様が描かれていて、中上健次らしい暗さだなあと。

十九歳の地図00.jpg十九歳の地図0.jpgさらば愛しき大地 poster.jpg この「十九歳の地図」は映画化され('79年/群狼プロ)、監督は暴走族を追ったドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」('76年/群狼プロ)の柳町光男(後に、根津甚八、秋吉久美子主演での「さらば愛十九歳の地図b.jpgしき大地」('82年/群狼プロ)などの佳作を撮るが、中上健次は「さらば愛しき大地」の脚本にも参加している)、主人公の青年役は「ゴッド・スピード・ユー!」にも出ていた本間優二(映画出演を機に暴走族から役者に転じたが1989年に引退)、主人公の下宿の同居人で、偽の入れ墨で客を脅して集金している元釘師の新聞配達人に蟹江敬三(1944-2014)(いい演技をしていて「さらば「十九歳の地図」蟹江.jpg愛しき大地」にも出演している。そして、「さらば愛しき大地」でもいい演技をしている)が扮していて、この蟹江十九歳の地図 沖山秀子.jpg敬三と、自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦を演じた沖山秀子(1945-2011)(ジャズ・ヴォーカリストでもあり、中上健次は彼女の大ファンだった)の濡れ場シーンの何と暗いこと! とにかく暗い暗い作品でしたが、その暗さを通して、青年の意志のようなものがじわーっと伝わってくる(ある意味「前向き」な)不思議な仕上がりになっていました。

神々の深き欲望_07.jpg神々の深き欲望 dvd.jpg 沖山秀子は、すでに今村昌平監督の「神々の深き欲望」(' 68年/日活)で存在感のある演技をみせており、汚れ役に迫力のある女優でした。この作品は、南国の孤島の村を舞台に、兄娘相姦や父娘相姦など村の禁制を破ったことで疎外され追放されていく太一族の太根吉(三國連太郎)と、島の産業開発や観光開発のためコミュニティとしての絆が崩壊していく村社会を描いたものでした。

 地元開発を機に村社会に亀裂が生じるというのはよくある設定ですが、主人公・根吉の娘(松井康子神々の深き欲望.jpg)を島の区長(加藤嘉)が引き取って愛人にし、区長が亡くなった後、兄は妹を取り戻して逃避行を図るものの、息子(河原崎長一郎)を含む村人達に殴殺されてしまうというストーリーにみられるように、また、語り部によって語られる説話的な構成という点から神々の深き欲望 スチール.jpgも、個と家族、共同体の関係性に重きを置いた作品という印象を受けました。沖山秀子の演じたのは、息子の妹で、開発業者の社員(北村和夫)に政略的に与えられる白痴の娘の役でした。

沖山秀子(太トリ子(太亀太郎の妹))/嵐寛寿郎(太山盛(太根吉の父で神に仕える太家の長。自分の娘と近親相姦をして根吉を産ませている))

 彼女が北村和夫演じる開発会社の社員を好きになったことが悲恋の結末に繋がり、最後は「岩」になってしまったという、説話または神話と呼ぶにはあまりにドロドロした話で、キネマ旬報ベストテンの'68年の第1位作品ですが、観た当時はあまり好きになれなかった作品でした(沖山秀子は良かった。と言うより、スゴかったが)。しかしながら、後に観直すうちに、だんだん良く思えるようになってきた...(抵抗力がついた?)。

沖山秀子.jpg 因みに、沖山秀子は関西学院の女子大生時に今村昌平監督に見い出されてこの映画に出演し、これを機に今村昌平監督の愛人となり、その関係が破局した後は、カメラマン恐喝のかどで逮捕され(留置場では全裸になって男性受刑者を歓喜させ、「みんな何日も女の体を見てないからね。私はブタ箱をパラダイスにしてやったんだよ」と言ったという逸話がある)、出所後は精神病院に入院、退院後マンションの7階から投身自殺をするも未遂に終わり、「十九歳の地図」出演時の「自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦」役をほぼそのまま地で演っているというスゴさでした。(2011年3月21日死去)

「十九歳の地図」●.jpg「十九歳の地図」●制作年:1979年●監督・脚本:柳町光十九歳の地図5.jpg男●製作:柳町光男/中村賢一●撮影:榊原勝己●音楽:板橋文夫●原作:中上健次「十九歳の地図」●時蟹江敬三.jpg間:109分●出演:本間優二/蟹江敬三/沖山秀子/山谷初男/原知佐子/西塚肇/うすみ竜/鈴木弘一/白川和子/豊川潤/友部正人/津山登志子/中島葵/川島めぐ /竹田かほり/中丸忠雄/清川虹子/柳家小三治/楠侑子●公開:1979/12●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)(評価:★★★★)●併映:「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」(柳町光男) 

ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR(1976) dvd_.jpgゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR .jpg「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」●制作年:1976年●製作・監督:柳町光男●撮影:岩永勝敏/横山吉文/塚本公雄/杉浦誠●時間:91分●出演:ブラックエンペラー新宿支部の少年たち/本間優二●公開:1976/07●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★)●併映(1回目):「十九歳の地図」(柳町光男)●併映(1回目):「さらば愛しき大地」(柳町光男)
ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR [DVD]

神々の深き欲望 .jpg「神々の深き欲望」.jpg「神々の深き欲望」●制作年:1968年●監督:今村昌平●製作:山野井正則●脚本:今村昌平/長谷部慶司●撮影:栃沢正夫●音楽:黛敏郎●時間:175分●出演:三國連太郎/河原崎長一郎/沖山秀子/嵐寛寿郎/松井康子/原泉/浜村純/中村たつ/水島晋/北村和夫/小松方正神々の深き欲望 竜立元 加藤嘉.jpg/殿山泰司/徳川清/石津康彦/細川ちか子/扇千景/加藤嘉/長谷川和彦●公開:1968/11●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(83-07-30)(評価:★★★★)

加藤嘉(クラゲ島の区長で製糖工場の工場長・竜立元)

中上 健次 ユリイカ.jpgユリイカ2008年10月号 特集=中上健次 21世紀の小説のために

 【1978年文庫化[文春文庫]/2000年再文庫化[小学館文庫(『岬・化粧 他』-中上健次選集12)]】

中上 健次.jpg  沖山秀子 2.jpg 沖山秀子 in「喜劇・女は度胸」('69年/松竹)with 渥美清

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映画を見てドラマを見て再読して、"本格派" 推理小説だったと...。

砂の器 カッパ.jpg 砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9).jpg 砂の器.jpg 砂の器 下.jpg  砂の器 dvd.jpg 砂の器 unnmei.jpg
砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9)』『砂の器〈上〉 (新潮文庫)』 『砂の器〈下〉 (新潮文庫)』〔'06年改版版〕「砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

sunanoutuwa12.jpg この作品は、'60(昭和35)年5月から翌年4月にかけて「読売新聞」夕刊に掲載され、カッパ・ノベルスで'61(昭和36)年7月刊行、'74年に映画化されたほか、'04年には中居正広主演でTVドラマ化されているので、ストーリーを知る人は多いと思います。

 映画館で映画を観て、「宿命」という言葉(または"曲の演奏")が頭にこびりついてしまい、パセティックな作品とのイメージを持っていましたが、もう一度原作にあたってみると、刑事たちに視点を置いて犯人を地道に追う"本格派" 推理小説の色合いが強いという印象を受けました(中居正広主演のテレビ版は最初から犯人を明かす倒叙型だったので、ミステリとしての面白さは半減。脇役陣は手堅いが、主演の中居正広の演技下手が目立つのも痛い)。

 好みは人それぞれだと思いますが、小説における、推理を通して徐々に、間接的に"犯人像"を浮き彫りにして行く描き方の方が、主人公の"業"のようなものがじわ〜っと感じられる気もします(元々テレビ版の配役で「人間の業」のようなものの描出を期待する方が無理がある?)。

映画「砂の器」.jpg 野村芳太郎(1919‐2005)監督、橋本忍・山田洋次脚本による映画化作品('74年/松竹)は、他の野村監督作品と比較しても、また同じ時期に映画化された他の松本清張原作のものと比べても比較的良い出来だったと思います(個人的には同監督の「鬼畜」('78年/松竹)の方が若干上かなという気がするが、松本清張自身はこの映画化作品を気に入っていたらしい。世間的な評価も「砂の器」の方が上か)。

「砂の器」3.jpg 加藤剛が演じた〈和賀英良〉は、「飢餓海峡」('64年/東映)で三國連太郎が演じた〈犬飼多吉(樽見京一郎)〉や「白い巨塔」('66年/大映)で田宮二郎が演じた〈財前五郎〉と並んで、恵まれない境遇から「成り上がる男」を体現していたと思われ、また、刑事役の丹波哲郎の演技も光るものがありました(その部下役を森田健作が演じている)。

『砂の器』(1974).jpg ただし、幼児期の暗い記憶や、自分をいじめた社会に対しての見返してやるという登場人物のリベンジ・ファクターが清張作品ならではのものだと思うのですが、どこまで映像で表現されていただろうかという気もします。テレビ版では「ハンセン病」というファクターを抜いてしまっているので、なおさらに原作とのギャップを感じざるを得ませんでした。

砂の器 チラシ.bmp『砂の器』(1974)21.jpg  個人的には、この小説が今まで読んだ清張作品の中で一番だとは思わないし、「ハンセン病」に対する偏見を助長したという批判までありますが、作者の代表的な傑作作品であることに異存はなく、結末を知ったうえでも原作を読む価値はあると思います。

映画「砂の器」チラシ
Suna no utsuwa (1974)         
Suna no utsuwa (1974).jpg砂の器  1.jpg「砂の器」●制作年:1974年●製作:橋本忍/佐藤正之/三嶋与四治●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍/山田洋次●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:143分●出演:丹波哲郎/森田健作/加藤剛/加藤嘉/緒形拳/山口果林/島田陽子/佐分利信渥美清笠智衆/夏純子/松山省二/内藤武敏/春川ますみ/花沢徳衛/浜村純/穂積隆信/山谷初男/菅井砂の器sunanoutuwa 1.jpg砂の器 丹波哲郎s.jpgきん/殿山泰司/加藤健一/春田和秀/稲葉義男/信欣三/松本克平/ふじたあさや/野村昭子/今井和子/猪俣光世/高瀬ゆり/後藤陽吉/森三平太/今橋恒/櫻片達雄/瀬良明/久保砂の器 (映画) 丹波 .jpg砂の器 丹波.jpg晶/中本維年/松田明/西島悌四郎/土田桂司/丹古母鬼馬二●劇場公開:1974/10●配給:松竹●最丹波哲郎 .jpg初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-19) (評価★★★★)●併映:「球形の荒野」(貞永方久)
丹波哲郎 2006年9月24日没

加藤嘉(本浦千代吉(和賀英良(本名・本浦秀夫)の父))
砂の器 (映画) 加藤嘉 .jpg 砂の器 加藤嘉.jpg
緒形拳(亀嵩駐在所巡査・三木謙一)/佐分利信(前大蔵大臣・田所重喜)
緒方拳 砂の器.jpg 佐分利信 砂の器.jpg

渥美清(伊勢の映画館「ひかり座」支配人)/笠智衆(亀嵩算盤・桐原小十郎)
渥美清 砂の器.jpg 笠智衆 砂の器.jpg

殿山泰司(通天閣前の商店街の飲食店組合長)/丹波哲郎(警視庁捜査一課警部補・今西栄太郎)
砂の器 殿山泰司.jpg

池袋文芸地下 地図.jpg文芸坐.jpg


 
 
 
池袋・文芸地下 1955(昭和30)年12月27日オープン、1997(平成9)年3月6日閉館。

砂の器 DVD-BOX
砂の器 DVD-BOX.jpg「砂の器」 2004 2.jpeg砂の器 中居版.jpg「砂の器」(TVドラマ版)●演出:福澤克雄/金子文紀●脚本:龍居由佳里●音楽:千住明●出演:中居正広/松雪泰子/渡辺謙/武田真治/砂の器 原田芳雄.jpg京野ことみ/永井大/夏八木勲/赤井英和/原田芳雄/市村正親/かとうかずこ/佐藤仁美/佐藤二朗/森口瑤子/松岡俊介●放映:2004/01~03(全11回)●放送局:TBS

 
  【1961年ノベルズ版[光文社]/1973年文庫化・2006年改版版[新潮文庫]】

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単なるメロドラマになってしまった「愛情の系譜」。岡田茉莉子はやはり「香華」か。

「愛情の系譜」00.jpg
「愛情の系譜」(1961/11 松竹)
「「香華(こうげ)」.jpg 香華 1964.jpg 香華 木下 00.jpg 香華 木下 01.jpg
「香華」(1964/05 松竹)
「愛情の系譜」01.jpg 米国留学を終えた吉見藍子(岡田茉莉子)は、帰国してから国際社会福祉協会に勤め社会事業に打ちこんでいた。その関係から彼女は、旋盤工の兼藤良晴(宗方勝巳)を補導しながらその更生を願っていたが、良晴は彼女に一途な思いを寄せていた。しかし藍子には、米国で結ばれた電力会社の有能な技師・立花研一(三橋達也)という恋人があった。藍子の母・克代(乙羽信子)は家政婦紹介所を営み、妹の紅子(桑野みゆき)は高校に通っていた。勝気な克代は子供達に父親は戦死したといっているが、夫の周三(山村聡)は杉電気の社長として実業界の大立物であった。藍子と紅子はふとしたことから父のことを知った。二十年前、克代の父に望まれ彼女と結婚して吉見農場の養子となった周三は、老人の死後、老母や兄夫婦の冷たい仕打ちに家を飛び出してしまった。杉を愛する克代は彼を追って復縁を迫ったが断わられ、克代は無理心中を図った。だが、二人とも生命をとりとめたのであった。藍子は自分の体の中に母と同じ血が流れていることを知った。その頃、立花には縁談が進められていた、化粧品会社を経営する未亡人・香月藤尾(高峰三枝子)の一人娘・苑子(牧紀子)との話である。ある日良晴は、藍子が自分に寄せる好意を、男女の愛情と勘違いして藍子に迫るが、藍子に突放されてしまう。それからの良晴の生活は荒れ、遂には夜の女を殺害するという事態に陥る。一方、立花は苑子との結婚のために藍子との関係を清算しようとしていた。立花のアパートを訪れた藍子は、眠っている立花の枕元からの手紙でそのことを知り、立花を殺そうとするが、どうしても殺すことができなかった。傷心の藍子は、父のところに飛び込む。翌朝、杉の知らせで克代も駆けつけて来た―。

『愛情の系譜』1.jpg 五所平之助監督の1961年11月公開作で、原作は円地文子の『愛情の系譜』('61年5月刊/新潮社)。原作を比較的忠実に映像化していますが、結果として「てんこ盛り」的になったという感じです。原作のイメージを視覚的に確認するのにはいいですが、ややストーリー全体のテンポが鈍くなってしまいました(例えば、原作では、藍子が父親の存命や母親との過去の経緯を知るのは前半部分のかなり早い段階だが、映画では後半に入ってから)。

『愛情の系譜』['61年]『愛情の系譜 (1966年) (角川文庫)

 原作のテーマは、文庫解説の竹西寛子が指摘しているように、形而上学的なものなのですが(敢えて言えば、「エゴイスティックな愛」を超えた「博愛」のようなもの)、そうした観念を振りかざさずことをせず、皮膚感覚的な面も含め、描写を通して読者に接しているところに、原作の「独自性」があります。映画の方は、その表象のみを描いたため、ちょっと単なるメロドラマになってしまった感じで、「愛情の系譜」の何たるかは分からなくもないですが、主人公がそれを乗り越えたという実感がイマイチでした。

「愛情の系譜」p.jpg 映画は、主人公・藍子が外人のガイドをして鷺山を見学している場面から始まり、そこへ、鷺を撮影している一人の中年の男性が話しかけます。藍子はガイド以外に罪を犯した青少年を更生させたりする仕事もしていて、その仕事に生き甲斐を感じていますが、結婚直前まで進んでいる恋人の立花はあまり評価していない様子。妹の紅子は最近派手な行動が目立ってきて母・克代は心配していますが、実は紅子が会っていたのは死んだと聞いていた父で、今は杉周三という名で事業を成功させおり、それが、藍子が鷺山で出会った紳士でした。杉は北海道で克代と結婚していたものの確執があり、克代からは離れようとした際に克代が杉をナイフで刺して怪我を負わせてしまい、克代は今も杉を恨み関わることを嫌っています。一方、立花は取引先の実業家の娘との縁談が持ち上がり、はっきり藍子に話せずにいて、藍子の方は、面倒を見ていた不良少年が殺人を犯してしまい、原因は藍子にそっけなくされて自暴自棄になったためらしい―と、やっぱり今一度振り返っても"盛り沢山"過ぎます(笑)。

 最後、藍子は立花を殺そうとガスの元栓を開けますが、すんでのところで留まって立花との別れを決心するのも、母・克代が父・杉周三を訪ね和解するのも原作と同じ。ただし、藍子が殺人を犯した良晴を諭して自首しに行くのに付き添うところで映画は終わりますが、原作はその前に、妹・紅子の恋人の法学生・叶正彦(園井啓介)が良晴を諭して自首しに行くのに付き添います。

 多分、正彦の役どころを映画で藍子に置き換えたのは、テーマを浮かび上がらせるためだったと思いますが、結果的に、正彦って何のためにいるのか分からない存在になってしまいました。原作では、良晴のメンター的存在であることが窺えます。映画では、紅子が自分の部屋に泊りに来ても手を出さない聖人君子みたいな描かれ方ですが、原作では正彦の内面での葛藤が描かれています。やはり、原作を読んでしまったから物足りなさを感じるのでしょうか。

「香華」3.jpg 同じく乙羽信子が母親、岡田茉莉子が娘を演じた映画に、木下惠介監督の「香華」('64年/松竹)があり、原作は有吉佐和子ですが、こちらの方が良かったです(原作を読んでいないせいか)。母娘の確執を描いたものでは、最近でも湊かなえ原作、廣木隆一 監督の「母性」('22年)などがありますが、そうした類の映画ではベストの部類ではないかと思います。二部構成で、木下惠介作品では最長の3時間超(204分)の長さですが、冗長は感じませんでした。

「香華」2.jpg 乙羽信子演じる母・郁代が実に身勝手そのものの性格で、その淫蕩な生活がたたって岡田茉莉子演じる娘・朋子は芸者に売られることになりますが、それから暫くして借金苦のため、郁代自身も芸者となり、芸者として成功する娘に対して母の方はすっかり落ちぶれ、それでもあれやこれやで娘に迷惑をかけるという展開の話です(同じ置屋に母と娘がいるというのが凄まじい)。

 岡田茉莉子は 吉田喜重監督の「秋津温泉」('62年)で温泉旅館の娘・新子の17歳から34歳までを演じましたが、この「香華」では娘・朋子の17歳から63歳までを演じています。個人的には彼女の代表作であり、最高傑作の部類だと思います。

 木下惠介監督はこの作品で、1964(昭和39年)年度・第15「芸術選奨(映画部門)」を受賞していますが、世間ではあまり評価されているように思えない作品で、原因としては、「原作を忠実に映画化しただけではないか」との評価があるためのようです。

 原作を読むと、そういった評価になってしまうのでしょうか。「香華」の原作も「婦人公論読者賞」や「小説新潮賞」を受賞しており、今回の自分が原作を読んでしまった(それで映画化作品に物足りななさを感じた)「愛憎の系譜」との関係で、ちょっと考えさられてしまいました。


「愛情の系譜」神保町.jpg「愛情の系譜」●制作年:1961年●監督:五所平之助●製作:月森仙之助/五所平之助●脚本:八住利雄●撮影:木塚誠一●音楽:芥川也寸志●原作:円地文子●時間:108分●出演:岡田茉莉子/三橋達也/桑野みゆき/山村聡/園井啓介/牧紀子/乙羽信子/高峰三枝子/宗方勝巳/市川翠扇/千石規子/殿山泰司/陶隆/十朱久雄●公開:1961/11●配給:松竹●最初に観た場所:神保町シアター(24-03-15)(評価:★★★)<.font>

神保町シアター

岡田茉莉子/桑野みゆき/山村聡/高峰三枝子/殿山泰司

「香華」4.jpg「香華」1964.jpg「香華(こうげ)」●制作年:1964年●監督・脚本:木下惠介●製作:白井昌夫/木下惠介●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:有吉佐和子●時間:201分●出演:岡田茉莉子/乙羽信子/田中絹代/北村和夫/岡田英次/宇佐美淳也/加藤剛/三木のり平/村上冬樹/桂小金治/柳永二郎/市川翠扇/杉村春子/菅原文太/内藤武敏/奈良岡朋子/岩崎加根子●公開:1964/05●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(19-08-27)(評価:★★★★☆)
木下惠介生誕100年「香華〈前篇/後篇〉」 [DVD]

岡田茉莉子 (朋子)
岡田英次 (野沢)
乙羽信子 (郁代)
杉村春子 (太郎丸)
菅原文太 (杉浦)
奈良岡朋子(江崎の妻)


●「香華」あらすじ
〈吾亦紅の章〉明治37年紀州の片田舎で朋子は父を亡くした。3歳の時のことだ。母の郁代(乙羽信子)は小地主・須永つな(田中絹代)の一人娘であったが、大地主・田沢の一人息子と、須永家を継ぐことを条件に結婚したのだった。郁代は二十歳で後家になると、その美貌を見込まれて朋子をつなの手に残すと、高坂敬助(北村和夫)の後妻となった。母のつなは、そんな娘を身勝手な親不孝とののしった。が幼い朋子には、母の花嫁姿が美しく映った。朋子が母・郁代のもとに引きとられたのは、祖母つなが亡くなった後のことであった。敬助の親と合わない郁代が、二人の間に出来た安子を連れて、貧しい生活に口喧嘩の絶えない頃だった。そのため小学生の朋子は静岡の遊廓叶楼に半玉として売られた。悧発で負けず嫌いを買われた朋子は、芸事にめきめき腕を上げた。朋子が13歳になったある日、郁代が敬助に捨てられ、九重花魁として叶楼に現れた。朋子は"お母さん"と呼ぶことも口止めされ美貌で衣裳道楽で男を享楽する母をみつめて暮した。17歳になった朋子(岡田茉莉子)は、赤坂で神波伯爵(宇佐美淳也)に水揚げされ、養女先の津川家の肩入れもあって小牡丹という名で一本立ちとなった。朋子が、士官学校の生徒・江崎武「香華」5.jpg文(加藤剛)を知ったのは、この頃のことだった。一本気で真面目な朋子と江崎の恋は、許されぬ環境の中で激しく燃えた。江崎の「芸者をやめて欲しい」という言葉に、朋子は自分を賭けてやがて神波伯爵の世話で"花津川"という芸者の置屋を始め独立した。
〈三椏の章〉関東大震災を経て、年号も昭和と変わった頃、朋子は25歳で、築地に旅館"波奈家(はなのや)"を開業していた。朋子の頭の中には、江崎と結婚する夢だけがあった。母の郁代は、そんな朋子の真意も知らぬ気に、昔の家の下男・八郎(三木のり平)との年がいもない恋に身をやつしていた。そんな時、神波伯爵の訃報が知らされた。悲しみに沈む朋子に、追い打ちをかけるように、突然訪れた江崎は、結婚出来ぬ旨告げて去った。郁代が女郎であったことが原因していた。朋子の全ての希望は崩れ去った。この頃44歳になった母・郁代は、年下の八郎と結婚したいと朋子に告げた。多くの男性遍歴をして、今また結婚するという母に対し、母のため女の幸せを掴めない自分に、朋子は狐独を感じた。終戦を迎えた昭和20年、廃虚の中で、八郎と別れて帰って来た郁代に戸惑いながらも、必死に生きようとする朋子は"花の家"を再建した。それから3年、新聞に江崎の絞首刑の記事を見つけた朋子は、一目会いたいと巣鴨通いを始めた。村田事務官(内藤武敏)の好意で金網越しに会った江崎は、三椏の咲く2月、十三階段に消えていった。病気で入院中の朋子を訪ねる郁代が、交通事故で死んだのは朋子の52歳の時だった。波乱に富んだ人生に、死に顔もみせず終止符を打った母を朋子は、何か懐かしく思い出した。母の死後、子供の常治を連れて花の家に妹の安子(岩崎加根子)が帰って来た。朋子は幼い常治の成長に唯一の楽しみを求めた。昭和39年、63歳の朋子は、常治を連れて郁代のかつての願いであった田沢の墓に骨を納めに帰った。しかしそこで待っていたのは親戚の冷たい目であった。怒りに震えながらも朋子は、郁代と自分の墓をみつけることを考えながら、和歌の浦の波の音を聞くのだった―。

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