「●や 安岡 章太郎」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【520】 安岡 章太郎 『死との対面』
「●「朝日賞」受賞者作」の インデックッスへ(安岡章太郎)
「なまけもの」とは何に対するアンチテーゼなのか考えながら読む。
(表紙イラスト:山藤章二) (表紙装丁:田村義也)
『なまけものの思想』 (1973/05 角川文庫)/ 『軟骨の精神 (1968年)』/ 講談社文庫
同じ「第三の新人」のエッセイで、遠藤周作の"ユーモア"に対し、安岡章太郎のものには"エスプリ(機知)"があると言われますが、〈河盛好蔵〉流に言えば、"ユーモア"は自虐的な性格を持ち、"エスプリ"には軽い攻撃的要素があるとのこと。
その"攻撃"するはずの安岡自身が、自らを「劣等生」「なまけもの」というように位置づけているので、構造的にやや複雑な感じがしますが、軽い読み物としても楽しく読めます。
実際に安岡は、高校時代から不良学生で、大学受験にも何度か失敗し、「劣等生」としての生き方を早々と身につけてしまったような感じもしますが、軍隊でも落ちこぼれ、さらに脊椎カリエスという大病をしたことが、やはり彼の「なまけもの」思想を決定づけたのではないかと思います。
安岡の言う「なまけもの」とは単に何もしない人間のことを言うのではなく、また、動かざること山のごとく、何があってもビクともしない自信家でもなく、では何かとなると、「それは心に期するところあって働きたがらぬ者、或いは、心に悩みつつも動かぬ者のことである」と。
これって"ひきこもり"じゃないの? とも思われそうですが、吉行淳之介の「軽薄のすすめ」が"重厚"に対するアンチテーゼなら、安岡の「なまけものの思想」は何に対するアンチテーゼなのか、考えながら本書を読むと面白いと思います。
遠藤、吉行、阿川弘之といった同世代の"悪友"たちとの交流をはじめ、他の作家の話も面白く描かれています。
佐藤春夫や井伏鱒二が大先輩、五味康祐や柴田連三郎がやや先輩、安部公房がやや後輩、江藤淳、大江健三郎がだいぶ後輩になるといったところでしょうか。文壇での年季を感じます。
本書は'73(昭和48)年に角川文庫で刊行され、同じ年に講談社文庫に収められた『軟骨の精神』('68年単行本初版)などと併せて楽しく読みました。'94年には文庫版を元本とした復刻新装版も出ていますが、このエッセイが実際に書かれたのは昭和30年代なので、男女のことや世相のことについて触れた部分に時代の隔たりを感じる面があるのは否めないかと思います。
『なまけものの思想』...【1978年文庫化[角川文庫]/1994年ソフトカバー新装版[角川書店]】
安岡 章太郎 2013年1月26日午前2時35分、老衰のため東京都世田谷区の自宅で死去。92歳。