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影響を受けている『ラスト・チャイルド』を超える広がりと奥行き(重み)。

『われら闇より天を見る』01.jpg 『われら闇より天を見る』02.jpg uliyaka.jpg
われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー

『われら闇より天を見る』1p.jpg 米カリフォルニア州の海沿いの町ケープ・ヘイヴン。自称無法者の少女ダッチェス・ラドリーは、30年前に自身の妹シシーを亡くした事故から立ち直れずにいる母親スターと、まだ幼い弟ロビンとともに、世の理不尽に抗いながら懸命に日々を送っていた。町の警察署長ウォーカー(ウォーク)は、件(くだん)の事故で親友のヴィンセント・キングが逮捕されるに至った証言をいまだに悔いており、過去に囚われたまま生きていた。彼らの町に刑期を終えたヴィンセントが帰って来る。彼の帰還は町の平穏を乱し、ダッチェスとウォークを巻き込んでいく。そして、ダッチェス姉弟の身に新たな悲劇が降りかかる―。

『われら闇より天を見る』e1.jpg『われら闇より天を見る』e2.jpg 2020年8月原著刊(原題:We Begin at the End)で、2021年「英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞」受賞作。日本では、2022(令和4) 年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外部門)第1位、宝島社・2023(令和5)年版「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位、早川書房・2023年版「ミステリが読みたい!」(海外編)第1位、2023年・第20回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位で、特に、年末ミステリランキングで4年間ほぼ1位を独占状態だった同じ英国ミステリ作家のアンソニー・ホロヴィッツの牙城を崩したのは大きいと思います(因みにホロヴィッツの新作『殺しへのライン』は「週刊文春ミステリーベスト10」第2位、「このミステリーがすごい!」第2位、「ミステリが読みたい!」第2位、「本格ミステリ・ベスト10」第2位)。

 主人公の13歳の少女ダッチェス・ラドリーのタフさが良かったです。言わないでもいい憎タレ口を叩いて、そのお陰でしなくてもいい苦労を抱え込んでいる面もありますが、弟ロビンを守ろうとする気持ちにうたれます(それが結果として逆効果になることもあるが)。いつも弟ロビンの傍に居ようとしますが、肝心な時に傍に居てやれなかったのは皮肉です。

 それと、姉弟を見守り続ける警察署長のウォーク。30年前、15歳だった姉弟の母スター・ラドリーとヴィンセント、今は弁護士になっているマーサ・メイと彼ウォークの4人の幼馴染はいつも行動を共にしており、その思い出から抜けきれない彼ですが、ヴィンセントが誤ってスターの妹シシーを車で轢いた際、ヴィンセントの車の痕跡に気づいて警察に証言したのも彼で、複雑な感情を抱いて生きています。しかも、誰にも秘密にしていますが、パーキンソン病という難病を患っています。

 ダッチェスとウォーク以外にも印象的なキャラクターが多く登場し、姉弟の祖父でモンタナの農場で暮らすハルや、新たな事件の容疑者とされるも否認することもなく、起訴され裁判にかけられても一切を黙秘したままで通すヴィンセントがそれに当たります。ダッチェスに何かと優しく接してくるハルの知人である優しい老婦人ドリー(実は凄惨な過去を抱えている)や、ダッチェスを慕い、彼女とパーティで踊ることを至上の歓びとする黒人少年トーマス(小児麻痺を抱えている)などもそうです。

 物語は邦題からも予測されるように、最後に姉弟にとってのハッピーエンドとなりますが、最後の1行により、それは実にほろ苦い終わり方となっています。加えて、そこに至るまでに、ある者は非業の死を遂げ、ある者は自死の道を選びます。とりわけこの物語を重いものにしているのは、ヴィンセント・キングの存在であり、すべてを諦めたかのように見える彼は、実は贖罪のために生きていたような人物だったのだなあと読後に思いました。

ラスト・チャイルド ポケミス.jpg 作者は、かつてロンドンの金融街でファイナンシャル・トレーダーとして働いていましたが、「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」「英国推理作家協会イアン・フレミング・スチール・ダガー賞」W受賞作である米国ミステリ作家のジョン・ハ―トの『ラスト・チャイルド』(2010年/ハヤカワ・ミステリ)を読んで感動し、成功した弁護士であるハートが、妻子ある身で事務所を辞めて作家になる決断をしたと知り、昇進の道を自ら断って会社を辞め、スペインに移住して執筆に専念、2016年刊の『消えた子供 トールオークスの秘密』(2018年/集英社文庫)で、翌年の「英国推理作家協会ジョン・クリーシー・ダガー賞(新人賞)」を受賞しています。

 そう言えば、『ラスト・チャイルド』も、環境に負けない健気な心意気の少年が主人公で、ミステリと言うより"文学作品"的であり、この『われら闇より天を見る』と共通する要素があるように思いました。因みに、『消えた子供 トールオークスの秘密』も、ギャングに憧れる男子高校生マニーが主人公で、それがこの『われら闇より天を見る』では、中学1年生の女の子が主人公になっているわけです。

 また、作者はジョン・グリシャムやスティーヴン・キングなども愛読したそうで、確かにこの小説にも短いながらも法廷場面があるし、ひとつの町で怪事件が連続して起きる点はキングの小説と似ています。ただし、第1部でケープ・ヘイヴンを舞台にしていたのが、第2部ではモンタナへと舞台が移り、さらに第3部に入るとロードノヴェルの様相を呈してきて、その分広がりがあるように思いました。

 さらには、ヴィンセント・キングのキャラクターに象徴されるような奥行き(重み)もあり、個人的には米国作家であるフォークナー的な雰囲気を感じました。ただし、作者自身はイギリス人作家であるわけで、それがデビュー以来、一貫してアメリカを小説の舞台にしているのは、本人へのインタビューによれば、「アメリカは犯罪小説を書く作家にとって理想的な舞台だから」というのがその理由だそうです。確かに、この物語のスケールの大きさは、イギリスよりもアメリカがその舞台に相応しく、『ラスト・チャイルド』の影響も受けているとは思いますが(ジョン・ハ―トは原著に推薦の辞を寄せている)、個人的には、この作品はその上をいくのではないかと思いました。

《読書MEMO》
●メディア紹介
2022年
・8月16日 讀賣新聞「エンターテインメント小説月評」にて紹介
・8月18日 「北上ラジオ」にて紹介
・8月29日 Web「COLORFUL」にて北上次郎さんによる紹介
・9月1日 Web「翻訳ミステリー大賞シンジケート」にて紹介
・9月8日 「週刊文春」(文藝春秋)2022年9月15日号にて池上冬樹さんによる書評掲載
・9月9日 Web「ジャーロ」の「ミステリ作家は死ぬ日まで、黄色い部屋の夢を見るか?~阿津川辰海・読書日記~」にて紹介
・9月16日 「本の雑誌」2022年10月号にて吉野仁さんによる紹介
・9月17日 日本経済新聞・読書面にて千街晶之さんによる紹介
・10月4日 Web「日刊ゲンダイデジタル」にて紹介
・11月24日 PodCast「Hideo Kojima presents Brain Structure」にて小島秀夫さんによるご紹介
・11月25日 「ハヤカワミステリマガジン」(早川書房)2023年1月号にて「ミステリが読みたい! 2023年1月号 海外篇」第1位
・12月5日 「このミステリーがすごい! 2023年版」(宝島社)にて「このミステリーがすごい! 2023年版 海外編」第1位
・12月8日 CBCラジオ「朝PON」にて大矢博子さんによる紹介
・12月8日 「週刊文春」(文藝春秋)2022年12月15日号にて「週刊文春ミステリーベスト10 2022年海外部門」第1位
・12月10日 朝日新聞にて杉江松恋さんによる紹介

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年末ミステリランキング4年連続3冠。『カササギ殺人事件』に続き「1作品で2度美味しい」。

ヨルガオ殺人事件 上.jpgヨルガオ殺人事件下.jpgヨルガオ殺人事件 上下.jpg
ヨルガオ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『ヨルガオ殺人事件 下 (創元推理文庫)

Moonflower Murders.jpg アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』にまつわる事件に巻き込まれてから2年。出版業界を離れたスーザン・ライランドはギリシャに移り住み、恋人のアンドレアスと共にホテルを営んでいた。しかし、経営はギリギリで心の余裕もなく、イギリスに戻ることを考えていた。ある日、イギリスで高級ホテルを経営しているトレハーン夫妻がスーザンのもとを訪れ、失踪した娘のセシリーの捜索を依頼される。なんと、ホテルで8年前に起きた殺人事件の真相がアティカス・ピュントシリーズ3作目の『愚行の代償』に隠されているのだという。スーザンは事件の関係者たちに話を聞いてまわり、アランの作品を読み返すことになる。果たして、8年前の真相とスーザンの失踪の関係は、そして作品に隠された真相とは一体何なのか―。

 「このミステリーがすごい!」(宝島社)2022年版海外篇・第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」(週刊文春2021年12月9日号)海外部門・第1位、「2022本格ミステリ・ベスト10」(原書房)第1位を獲得し、『カササギ殺人事件』『メインテーマは殺人』『その裁きは死』による3年連続での年末ミステリランキング3冠を更新し、〈4年連続3冠〉となりました。ただし、「ミステリが読みたい!2022年版」(ハヤカワ・ミステリマガジン2022年1月号)だけ第2位だったため、〈4年連続4冠〉は成らなりませんでした(1位は『自由研究には向かない殺人』(ホリー・ジャクソン))。

 2020年8月原著刊行。『カササギ殺人事件』の続編(事件はまったく異なる事件)であり、主人公は同じスーザン・ライランド。編集者を辞め、ロンドンからパートナー・アンドレアスと共にクレタ島に移りホテルを経営しています。『カササギ殺人事件』と同じく「現実編」と「小説編」から成りますが、文庫上巻が「小説編」で下巻が「現実編」だった『カササギ殺人事件』に対して、こちらは、「現実編」の真ん中に、文庫の上下を繋ぐような形で「小説編」である『愚行の代償』が入っており、このまさに「入れ子」構造となっている『愚行の代償』だけで1つの推理小説として緊迫感を持って読めます。

 まあ、『カササギ殺人事件』に続いて「1作品で2度美味しい」という感じでしょうか。敢えて惜しかった点を指摘すれば、『愚行の代償』(「小説編」)の謎解きが本編(「現実編」)の謎解きと直接的にはリンクしていなかったことでしょうか。文庫下巻で本編の登場人物一覧と、小説編の登場人物一覧の両方に指を挟んで、見比べながら読んだ割には、正直やや拍子抜けさせられた印象もあります。

 でも、上下巻で一気に読ませる力量はさすが。分量はあっても無駄がないと言うか、これは作者ならではという感じ。ただ、「現実編」「小説編」共かなり登場人物が多いので、ややマニアックになっている印象はありました(「現実編」の登場人物がかなり『カササギ殺人事件』から引き継がれている分、緩和されている面もあるが)。

 最後の方では、主人公が結構いきなり誰が犯人か閃いたようで、思わずそこでいったん本を置いて、居住まいを正し(笑)一呼吸置いてから読み進みました。随所にアガサ・クリスティへのオマージュが見られるのも楽しかったですが、犯人に至る伏線が記号として織り込まれていたことは、謎解きがああってから分かりました(プロットではなく記号だった)。

 『カササギ殺人事件』とどちらが上かと言うと、「現実編」に対し「小説編」が「入れ子」構造となっている分、『カササギ殺人事件』より洗練されていた(加点要素)とも言えるし、でも、「小説編」の現実の事件の解決ポイントがプロット的なものではなかったことへの物足りなさ(減点要素)もあるし、まあ、いい勝負という感じでしょうか。何れにせよ、そこいらの並みの推理小説よりはずっと面白いので「◎」です。

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獄中にて事件の謎を解く黒田官兵衛。上手いなあと思った点がいくつもあった。

黒牢城3.jpg黒牢城.jpg
黒牢城2.jpg 
 
黒牢城

『黒牢城9冠.jpg 2021(令和3)年下半期・第166回「直木賞」、2021(令和3)年度・第12回「山田風太郎賞」受賞作。① 2021(令和3)年度「週刊文春ミステリー ベスト10(週刊文春2021年12月9日号)」(国内部門)第1位、② 2022(令和4)年「このミステリーがすごい!(宝島社)」(国内編)第1位、③「2022本格ミステリ・ベスト10(原書房)」国内ランキング第1位、④ 2022年「ミステリが読みたい!(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)」(国内編)第1位の、国内小説では初の「年末ミステリランキング4冠」達成。2022年・第19回「本屋大賞」第9位。そして先月['22年5月]、2022年・第22回「本格ミステリ大賞」も受賞(もろもろ併せて「9冠」になるとのこと(下記《読書MEMO》参照))。

 本能寺の変より四年前、天正六年の冬。摂津池田家の家臣から上り詰め、摂津一国を任され織田家の重臣となっていた荒木村重は、突如として織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もる。織田方の軍師・小寺官兵衛(黒田官兵衛)は謀叛を思いとどまるよう説得するための使者として単身有岡城に来城するが、村重は聞く耳を持たず、官兵衛を殺すこともせずに土牢に幽閉する。荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求める―。

 荒木村重による摂津・有岡城での約1年間の籠城期間を冬・春・夏・秋の4章(+終章)に分けた構成。まず冬に「人質殺害事件」が起き、春に「手柄争い騒動」が、さらに夏には「高僧殺害事件」、そして秋には、前の事件の犯人の死をめぐる「鉄炮放の謎」が浮上してくるという―有岡城はミステリに事欠かない(笑)。

 上手いなあと思ったのは、4つの事件すべての"探偵役"が黒田官兵衛になっていることで、獄中に居ながら事件の謎を解いてみせるという"安楽椅子探偵"みたいなポジショニングにしてみせているところです(「獄中」と「安楽椅子」で言葉上は真逆だが)。

 それと、4つの事件が単に並列なのではなく、最後の事件がそれまでの3つを包括的に謎解きしている点も上手いと思ったし、黒田官兵衛が荒木村重を助けてあげたくて謎解きをしたのではなく、そこには深謀があったというのも上手いなあと思いました。

gunsi kanbei.jpg軍司官兵 araki.jpg 作者のこれまでの警察物や海外ものとはがらっと変わった時代物で、しかも荒木村重という戦国武将の中では数奇な生涯を送った人物を取り上げたのも良かったと思います(NHKの大河ドラマでは、'14年の岡田准一主演の「軍師官兵衛」で、田中哲司の演じた荒木村重が印象深い)。
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」['14年]岡田准一(黒田官兵衛)/田中哲司(荒木村重)
桐谷美玲(荒木だし)
軍師官兵衛 だし 桐谷.jpg軍師官兵衛 だし 桐谷2.jpg 因みに、主要登場人物の一人、荒木村重の妻・千代保(荒木だし。村重の妻だが、正室か側室かは不明だそうだ)は「絶世の美女」と称されたそうですが(大河ドラマでは村重に隠れて囚われた官兵衛の世話をしていた)、有岡城落城後に捕えられるも城主の妻として潔くすべてを受け入れ、京の六条河原で一族の者とともに処刑されています。一方、荒木村重の方は、だし等一族が処刑されたことを知ると「信長に殺されず生き続けることで信長に勝つ」ことを誓って尼崎城から姿を消したとのこと。そうした村重の信長の逆を行くという思いは、この作品でも示唆されているように思われます。

 年末ミステリランキングで、前作『満願』『王とサーカス』に続いて「3冠」を達成し、加えて「4冠」全制覇した作品は国内では初で(下記参照)、海外も含めると、アンソニー・ホロヴィッツ の『カササギ殺人事件』『メインテーマは殺人』『その裁きは死』の3年連続「4冠」に次ぐ快挙でした。直木賞の選考会でも、選考委員9人による1回目の投票の時点で「抜けていた」という評価を受けています。

●年末ミステリランキング3冠達成作品(『黒牢城』は4冠達成)
容疑者χの献身.jpg 東野 圭吾『容疑者Xの献身(2005年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」賞自体が未創設

満願1.jpg 米澤 穂信『満願(2014年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」2位、「ミステリが読みたい」1位

王とサーカス.jpg 米澤 穂信『王とサーカス(2015年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」3位、「ミステリが読みたい」1位

屍人荘の殺人.jpg 今村 昌弘『屍人荘の殺人(2017年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位

たかが殺人じゃないか.jpg 辻 真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(2020年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」4位、「ミステリが読みたい」1位

黒牢城.jpg 米澤 穂信『黒牢城』(2021年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」1位

大河ドラマ 軍師官兵衛 完全版3竹中直人(豊臣秀吉)
軍師官兵衛 2014.jpg軍師官兵衛 竹中.jpg「軍師官兵衛」●脚本:前川洋一●演出:田中健二ほか●プロデューサー:中村高志●時代考証:小和田哲男●音楽:菅野祐悟子●出演:岡田准一/(以下五十音順)東幹久/生田斗真/伊吹吾郎/伊武雅刀/宇梶剛士/内田有紀/江口洋介/大谷直子/大橋吾郎/忍成修吾/片岡鶴太郎/勝野洋/金子ノブアキ/上條恒彦/桐谷美玲/黒木瞳/近藤芳正/塩見三省/柴田恭兵/春風亭小朝/陣内孝則/高岡早紀/高橋一生/高畑充希/竹中直人/田中圭/田中哲司/谷原章介/塚本高史/鶴見辰吾/寺尾聰/永井大/中谷美紀/二階堂ふみ/濱田岳/速水もこみち/吹越満/別所哲也/堀内正美/眞島秀和/益岡徹/松坂桃李/的場浩司/村田雄浩/山路和弘/横内正/竜雷太(ナレーター)藤村志保 → 広瀬修子●放映:2014/01~12(全50回)●放送局:NHK

《読書MEMO》
●『黒牢城』(9冠)
 ★「第166回直木三十五賞」受賞
 ★「第12回山田風太郎賞」受賞
 ★「週刊文春ミステリーベスト10」(週刊文春2021年12 月9 日号)国内部門 第1位
 ★『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編 第1位
 ★「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)国内篇 第1位
 ★『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング 第1位
 ★「第22回本格ミステリ大賞」受賞
 ★「2021年SRの会ミステリーベスト10」国内部門 第1位
 ★「週刊朝日 歴史・時代小説ベスト3」(週刊朝日 2022年1月7・14日号) 第1位
 ・「2022年本屋大賞」第9位
 ・『この時代小説がすごい! 2022年版』(宝島社)単行本 第3位

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青春ミステリ。"白眉"と言える箇所はどこか。『容疑者Xの献身』『屍人荘の殺人』よりは好み。

たかが殺人じゃないか.jpg たかが殺人じゃないか2.jpg たかが殺人じゃないか3.jpg 辻真先.jpg
たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』['20年] 辻 真先 氏

 昭和24年、ミステリ作家を目指しているカツ丼こと風早勝利は、名古屋市内の新制高校3年生になった。旧制中学卒業後の、たった一年だけの男女共学の高校生活。そんな中、顧問の勧めで勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で一泊旅行を計画する。顧問と男女生徒5名で湯谷温泉へ、修学旅行代わりの小旅行だった。しかし、そこで彼らは密室殺人事件に巻き込まれる。そしてさらに―。

 2020(令和2)度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2021(令和3) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2021年「ミステリが読みたい!」第1位。所謂"ミステリ3冠達成"で、過去には米澤穂信氏が『満願』(2014年刊)と『王とサーカス』(2015年刊)で同じく「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」での3冠を達成していますが、この作者の場合、これを88歳で成し遂げたということはスゴイと言えるかもしれません。

 作者は60年代からアニメ脚本家として活躍し、「鉄腕アトム」「サザエさん」「デビルマン」「名探偵コナン」など、さまざまな作品を手掛けており、小説家としては'82年に日本推理作家協会賞を受けていますが、自作がこれらのランキングで1位に選ばれるのは初めてです。

 読んでみると、推理小説によくある〈学園もの〉の青春ミステリでしたが、昭和24年の名古屋市内の旧制中学卒業後の1年だけの新制高校という、時間的にも空間的にも限定された状況下での高校生活を描いていることもあり、興味深く読めました。

 作者自身の経験がもとになっていて、登場人物にも皆モデルがいるそうですが、そうした作者の思い入れもあってか、高3で経験する初めての男女共学の甘酢っぱさがさよく伝わってきます。

 タイトルも一見軽い感じであるし、そうしたライト感覚で最後までいくのかなと思ったら、意外と事件の真相とその背後にあったものは重かったです。このギャップを、書き出しとラストで上手く表していて、この点がこの作品の白眉であったように思います。

 一方で、ミステリとしてはどうかなというのもありました。両方の殺人において、トリックの理屈よりも実行面で、かなり実現可能性に疑いがあるように思いました(いずれ映画等の映像化作品を観てみたいところ)。

 因みに、現在、主要ミステリランキングには、
 ・文藝春秋「週刊文春 ミステリーベスト10」(「文春ミス」)
 ・宝島社「このミステリーがすごい!」(「このミス」)
 ・原書房「本格ミステリ・ベスト10」(「本ミス」)
 ・早川書房「ミステリが読みたい」(「早ミス」)
がありますが、今まで['21年まで]国内部門での"4冠達成"の作品はなく、"3冠達成"は本作を含め5作となり、それらは以下の通りです(因みに海外部門ではアンソニー・ホロヴィッツが『カササギ殺人事件』、『メインテーマは殺人』、『その裁きは死』で3年連続"4冠達成"をするなどしている)。

東野 圭吾『容疑者Xの献身(2005年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」賞自体が未創設

米澤 穂信『満願(2014年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」2位、「ミステリが読みたい」1位

米澤 穂信『王とサーカス(2015年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」3位、「ミステリが読みたい」1位

今村 昌弘『屍人荘の殺人(2017年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位

辻 真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』(2020年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」4位、「ミステリが読みたい」1位

 「ミステリが読みたい」(「早ミス」)が当時まだ創設されていなかった『容疑者Xの献身』を除けば、傾向としては、「早ミス」で支持されると「本格ミス」を落とすというのがあるようです((満願』『王とサーカス』『たかが殺人じゃないか』がそれに該当。『屍人荘の殺人』が「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位で、4冠に最も迫ったということになるか)。(その後、2022年に米澤穂信の『黒牢城』(2021年刊)が4冠を達成)

 やはり先にも述べたように、「本格ミステリ」かと言われると、ちょっと弱いでしょうか。本格ミステリのファンには多分に物足りないと思いますが、個人的には、『容疑者Xの献身』や『屍人荘の殺人』よりは好みでした(まあ、自分の場合、『屍人荘の殺人』などは映画化作品を観て初めてトリックが理解できたくらいのミステリ音痴なのだが)。

【2023年文庫化[創元推理文庫]】

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3年連続でのミステリランキング4冠。二転三転するラストに引き込まれた。

その裁きは死 .jpgその裁きは死 全制覇.pngその裁きは死 11.jpg
その裁きは死 ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)

『その裁きは死』3.jpgその裁きは死 3年連続4冠2.png 実直さが評判の離婚弁護士リチャード・プライスが殺害された。未開封のワインボトルで殴打され、砕けたボトルで喉を刺されていたのだが、これは裁判の相手方が彼に対して口走った脅し文句に似た方法だっThe Sentence is Death.jpgた。プライスは一千万ポンドの財産をめぐる離婚訴訟を受け持っていて、その相手はアキラ・アンノという有名な小説家であり、彼女は多くの人がいるレストランで、プライスにワインのボトルでぶん殴ってやると脅しともとれる言葉を言い放っていたのだ。現場の壁には謎の数字"182"がペンキで乱暴に描かれていて、、被害者は殺される直前に奇妙な言葉を残していた。私ことアンソニー・ホロヴィッツは、元刑事の探偵ホーソーンによって、この奇妙な事件の捜査に引き摺り込まれていく―。

 2016年原著刊行の『カササギ殺人事件』、2017年原著刊行の『メインテーマは殺人』に続く2018年11月原著(The Sentence Is Death)刊行の創元推理文庫版第3弾で、この作品で、「このミステリーがすごい!」2021年版(宝島社) 第1位、「週刊文春年末ミステリランキング.jpgミステリーベスト10」(週刊文春2020年12月10日号)第1位、「2021本格ミステリ・ベスト10」(原書房)第1位、「ミステリが読みたい!」(ハヤカワ・ミステリマガジン2021年1月号)第1位を獲得し、3年連続ミステリランキング全制覇、つまり3年連続での4冠を達成しています。

 本書は、『メインテーマは殺人』に続く著者のアンソニー・ホロヴィッツが語り手となり、変わり者の元刑事のホーソーンとともに奇妙な事件の捜査に挑むシリーズの第2弾です。『メインテーマは殺人』を最初に読んだ時、解決できるかどうか分からない事件について、それをありのままミステリとして書こうとする作家がいるだろうかという疑問を自ずと抱いたものの、面白く読めたためにそのあたりは気にならなくなって、それが2作目も同じ設定となると、もうこのシリーズのお約束事として納得してしまうから不思議なものです。

 6人の容疑者の誰が犯人であってもおかしくないといった設定はアガサ・クリスティの系譜と思わされますが、一方で、ラストではしっかりコナン・ドイルへのオマージュが込められていました。このあたりはクリスティ、ドイルのファンは嵌るかと思いますが、それらを読んでなくとも十分愉しめます。

 それにしてもこのラストの二転三転する展開には魅了されました。「私ことアンソニー・ホロヴィッツ」が自らも元刑事の探偵ホーソーンに負けまいと必死に推理を張り巡らすも、結局はホーソーンはずっと先を行っていたわけで、ホームズとワトソン、ポワロとヘイスティングズの関係の相似形になっているのも楽しいです(作者は過去にTVドラマシリーズ「名探偵ポワロ」の脚本も11作担当している)。

アンソニー・ホロヴィッツがITVの「刑事フォイル」(2002-2015)の脚本家であり、妻のジル・グリーンが「刑事フォイル」のプロデューサーであるというのは事実で、ワトソン役を作者自身とするにあたって、こうした事実を織り交ぜて入れ子構造にしているのが、「作者自身もこの先どうなるか分からない」感があって上手いと思います。

 「3年連続での年末ミステリランキング4冠」に納得。個人的には、シリーズ第1作の『メインテーマは殺人』を超えているように思いました。作者は、今年[2021年]、『カササギ殺人事件』の続編Moonflower Murdersを刊行予定とのことで、そちらでは探偵アティカス・ピュントと編集者スーザンが再登場するとのことです。こちらも楽しみです。

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2年連続での年末ミステリランキング4冠に相応しい、安定した力量を見せた。

メインテーマは殺人1.jpgメインテーマは殺人2.jpg  カササギ殺人事件.jpg
カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)
メインテーマは殺人 ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)

The Word Is Murder.jpg 売れっ子作家のアンソニー・ホロヴィッツは、知り合いで元刑事のダニエル・ホーソーンから今捜査している事件をもとにホーソーン自身の本を書いてほしいと依頼される。事件とは、自分の葬儀を手配したダイアナ・クーパーが、その6時間後に殺害され、死の直前に「損傷の子に会った、怖い」というメールを息子のダミアンに送っていたというものだ。ダイアナは、かつて、道に飛び出してきた幼い少年ティモシーを事故で死なせ、その兄弟ジェレミーに重い障害を負わせていた。ダミアンは、10年前の交通事故のことを聞かれて激怒。ダイアナがハンドルを握らなくなったこと、住み慣れた家を売り転居したことなどを挙げ、まるで自分が被害者だという顔をして話す。ホーソーンは仕事でスティーヴン・スピルバーグと打ち合わせ中のアンソニーを強引に連れ出し、無理やりダイアナの葬儀に出席させる。その葬儀で、埋葬の際に柩を下ろした瞬間、ティモシーお気に入りの童謡が流れ出し、取り乱したダミアンは顔色を変え一人帰ってしまうが、やがて自宅で惨殺死体で発見される。アンソニーとホーソーンは、葬儀屋のロバート・コーンウォリスを訪ね、ティモシーの父親アランから葬儀の日程の確認の電話があったという情報を得る。勝手に執筆を始めたことを著作権エージェントのヒルダに責められたアンソニーだったが、秘密裡にアランを訪ねるために出かけてく―。

メインテーマは殺人0.png 2017年8月刊行の原著タイトルは"The Word Is Murder"。作者の『カササギ殺人事件』が年末ミステリランキング4冠を達成したのに続いて、この作品もまた「週刊文春ミステリーベスト10」(2019)、「ミステリが読みたい!」(2020)、「本格ミステリ・ベスト10」(2020)、「このミステリーがすごい!」(2020)、のそれぞれの海外部門で1位を獲得して年末ミステリランキング4冠を達成しており、同じ作家の作品が2年連続で4冠となるのは史上初とのことです(結局、次回作『その裁きは死』で3年連続での年末ミステリランキング4冠を達成することになるのだが)。

 前作は、上巻の作中作の事件と、下巻の今起きている事件と絡み合っていて、上下巻で二度楽しめました。今回もちょっと変わっていて、アンソニー・ホロヴィッツ自身が、ホーソーンという探偵役の元刑事にくっついていき、事件が解決に至るまでを小説に書くという、前作とは少し違ったタイプの"入れ子"構造になっています。

 解決できるかどうか分からない事件についてミステリを書こうとする作家がいるだろうかという疑問は自ずと湧くかと思いますが(実際、アンソニーも時々疑心悪鬼になる)、ホーソーンがこの物語におけるホームズ役であり、最後に事件を解決するのはいわばお約束事であって、どうやって事件を解決するのかということに関心を持っていくため、あまりその辺りは気になりませんでした。後で考えればかなり強引な虚構ですが、そんなことを考えさせない話の展開の旨さ、スピード感があります。

 ホーソーンがホームズならば、アンソニーはワトソンといった役回りでしょうか。ただし、前作からもそれを感じましたが、やはり作者はアガサ・クリスティの影響をかなり受けているように思いました。終盤にきて、もう登場人物の誰も彼もが容疑者たり得るという状況になるのは、クリスティの得意なパターンでもあったように思います。

 出来としては星5つとしてもいいのですが、どうしても"二度おいしかった"前作と比べてしまい、星4つとしました。最初に怪しいと思われた人間は、だいたいにおいて犯人ではないというのは、作者が脚本を手掛ける刑事ドラマの「バーナビー警部」などでよくあったパターンのように思います。でも、2年連続での年末ミステリランキング4冠に相応しい、安定した力量を見せてくれたと思います。

 ホーソーンという元刑事の、個人的な話や世間並みの挨拶は一切抜きで、一度口を閉じたら黙り続け、いつも単独で勝手な捜査をするため昔から相棒がおらず、裡に暴力性や同性愛者や小児性愛者に見せる憎悪を秘める一方で、子どもにシンパシーを寄せる―といったキャラクターが興味深く、作者はこのキャラクターでのシリーズ化を表明しています(その結果、「ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ」としてシリーズ第2作『その裁きは死』が誕生することとなった)。

 ホーソーンが、アンソニーがこれから書こうとする小説は、『ホーソーン登場』という題名が相応しいと主張するのが可笑しいです(まだ事件に着手して間もない時からそう言っている(笑)のだが、実質、「ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ」の第1作なので、サブタイトルでそう入ってもおかしくないわけだ)。そう言えば、前作では、作中作であるアラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』について、版元の社長が『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』というタイトルは『バーナービー警部(ミッドサマー・マーダーズ)に似すぎているので変えた方がいいと意見する場面がありました(結局、"Magpie Murders"のままでいったわけだが)。こうした「遊び」は楽しめます。

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クリスティ風の上巻と現実事件の下巻の呼応関係が絶妙。"二度おいしい"傑作。

カササギ殺人事件 上.jpgカササギ殺人事件下.jpgカササギ殺人事件.jpg
カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

Magpie Murders.jpg 1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、或いは?  彼女の死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死が。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は―(上巻・アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』)。

 名探偵アティカス・ピュントのシリーズ最新作『カササギ殺人事件』の原稿を結末部分まで読んだシリーズ担当編集者であるわたしことスーザン・ライランドは、あまりのことに激怒する。肝心の結末の謎解きが書かれていないのである。原因を突きとめられず、さらに憤りを募らせるわたしを待っていたのは、アラン・コンウェイ自殺のニュースだった─(下巻)。

カササギ_0038.JPG 2016年8月刊行の原著タイトルは"Magpie Murders"。「週刊文春ミステリーベスト10(2018年)」、「このミステリーがすごい!(2019年版)」、「本格ミステリ・ベスト10(2019年)」、「ミステリが読みたい!(2019年)」の海外部門で1位を獲得し、年末ミステリランキングを「4冠」全制覇した作品ですカササギ殺人事件 7冠.jpg(翌'19年に発表された「本屋大賞」の翻訳小説部門でも第1位。'19年4月発表の第10回「翻訳ミステリー大賞」も同読者賞と併せて受賞。これらを含めると「7冠」になるとのこと)。年末ミステリランキングはこれまで('20年まで)に『二流小説家』(デイヴィッド・ゴードン)と『その女アレックス』(ピエール・ルメートル)の2作品が「3冠」を獲得していますが、「4冠」は史上初とのことです。国内部門のミステリ作品では『容疑者Xの献身』(東野圭吾)、『満願』『王とサーカス』(米澤穂信)、『屍人荘の殺人』(今村昌弘)の4作品が「3冠」を獲得していますが、年末ミステリランキングを4冠全制覇した作品はありません(『容疑者Xの献身』『屍人荘の殺人』は、それらとは別に本格ミステリ作家クラブが主催する「本格ミステリ大賞」も受賞しているが、こちらは海外部門が無い)(その後、米澤穂信『黒牢城』が4冠達成した)

 事前知識なく読み始めて、アガサ・クリスティへのオマージュに満ちたミステリ小説だと思いましたが、上巻から下巻にいって、その『カササギ殺人事件』は、作中作のミステリ小説であることに改めて思い当たりました。そして、それを読む女性編集者スーザンが、ある事を契機に現実の世界で起きた出来事の謎を解き明かそうと推理を繰り広げることになるのですが、その現実と小説が呼応し合ったパラレル構造が巧みであり、しかも、ラストは現実の謎解きと小説の謎解きがダブルで楽しめるということで(解説の川出正樹氏は「一読唖然、二読感嘆。精緻かつ隙のないダブル・フーダニット」と表現している)、初の「年末ミステリランキング4冠」もむべなるかなという印象です。

 2017年原著刊行の本書の作者アンソニー・ホロヴィッツは、1955年英国ロンドン生まれ。ヤングアダルト作品『女王陛下の少年スパイ! アレックス』シリーズがベストセラーになったほか、脚本家としてテレビドラマ「名探偵ポワロ」(「第26話/二重の手がかり」('91年)、「第27話/スペイン櫃の秘密」('91年)、「第36話/黄色いアイリス」('93)、「第43話/ヒッコリー・ロードの殺人」('95年)、など多数)や「バーナビー警部」(「第1話/謎のアナベラ」('97年)、「第2話/血ぬられた秀作」('98年)、「第4話/誠実すぎた殺人」('98年)、「第6話/秘めたる誓い」('99年)など多数)などの脚本を手掛け、2014年にはイアン・フレミング財団に依頼されたジェームズ・ボンドシリーズの新作『007 逆襲のトリガー』を執筆しています。

 「バーナビー警部」もクリスティ型のミステリドラマであると言え、架空の田舎町で犯罪が起きるのは「ミス・マープル」シリーズなども同じですし、これが自身YA向け以外で書いた初のオリジナルミステリ小説でありながらも、著者の経歴からみて、こうしたクリスティ型のミステリの面白くなるための"必勝パターン"を知り尽くしているという感じでしょうか。作中、アラン・コンウェイに対して版元の社長が『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』というタイトルは『バーナービー警部(ミッドサマー・マーダーズ)に似すぎているので変えた方がいいと意見するような"遊び"も織り込まれていて、ただし、それをアラン・コンウェイが断るという行いまでもが、複雑な謎解きの数多くある伏線の一つになっているという精緻さには感服します。

 アラン・コンウェイは自ら生み出した名探偵アティカス・ピュントを嫌いだったのかあ。これも、クリスティが晩年ポワロをあまり好きでなかったことなどと呼応していて巧みですが、アラン・コンウェイの場合、最初から憎んでいたわけだなあ(それが伏線の前提条件にもなっている)。作者(アンソニー・ホロヴィッツ)がミステリを貶めたり、或いは、ミステリを貶めたともとれるアラン・コンウェイを"罰した"ということではなく、ある意味、ベストセラー作家になることで自己疎外を昂じさせる作家の悲劇を描いたように思いました。そうした奥行きも備えつつ、クリスティを思わせる作中作の上巻と、現実事件の下巻の呼応関係が絶妙であり、1つの作品で"二度おいしい"傑作だと思いました。

2022年TVドラマ化(全6話、脚本:アンソニー・ホロヴィッツ)
「カササギ殺人事件」0.jpg 「カササギ殺人事件」1.jpg 「カササギ殺人事件(全6話1.jpg
【3232】 ○ ピーター・カッタネオ (原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ) カササギ殺人事件(全6話)」 (22年/英) (2022/07 WOWWOW) ★★★★
「カササギ殺人事件(全6話)」●原題:MAGPIE MURDERS●制作国:イギリス●本国放映:2022/02/10●監督:ピーター・カッタネオ●原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●時間:270分●出演:レスリー・マンヴィル/コンリース・ヒル/ティム・マクマラン/アレクサンドロス・ログーテティス/マイケル・マロニー/マシュー・ビアード●日本放映:2022/07/09・10●放映局:WOWWOW(評価:★★★★)

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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

2018年「本屋大賞」.jpg 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2017年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。

2020.11.9 旭屋書店 池袋店
20201109_1盤上の向日葵.jpg盤上の向日葵   .jpg盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。

映画タイアップ帯
屍人荘の殺人 映画タイアップカバー.jpg屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

2019年映画化「屍人荘の殺人」
監督:木村ひさし 脚本:蒔田光治
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也
配給:東宝

屍人荘の殺人 (創元推理文庫).jpg 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作(加えて「本格ミステリ大賞」も受賞)ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

屍人荘の殺人 2019.jpg屍人荘の殺人01.jpg(●『屍人荘の殺人』は2019年に木村ひさし監督、神木隆之介主演で映画化された。原作でゾンビたちが大勢出てくるところで肌に合わなかったが、後で考えれば、まあ、あれは推理物語の背景または道具に過ぎなかったのかと。映画はもう最初からそういうものだと思って観屍人荘の殺人03.jpgているので、そうした枠組み自体にはそれほど抵抗は無かった。その分ストーリーに集中できたせいか、原作でまあまあと思えた謎解きは、映画の方が分かりよくて、原作が多くの賞に輝いたのも多少腑に落ちた(原作の評価★★☆に対し、映画は取り敢えず星1つプラス)。但し、ゾンビについては、エキストラでボランティアを大勢使ったせいか、ひどくド素人な演技で、そのド素人演技のゾンビが原作よりも早々と出てくるので白けた(星半分マイナス。その結果、★★★という評価に)。)

屍人荘の殺人02.jpg屍人荘の殺人 ps.jpg「屍人荘の殺人」●制作年:2019年●監督:木村ひさし●製作:臼井真之介●脚本:蒔田光治●撮影:葛西誉仁●音楽:Tangerine House●原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』●時間:119分●出演:神木隆之介/浜辺美波/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生/中村倫也●公開:2019/12●配給新宿ピカデリー1.jpg新宿ピカデリー2.jpg:東宝●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★)●併映(同日上映):「決算!忠臣蔵」(中村 義洋)
    
   
   
新宿ピカデリー 
  
神木隆之介 in NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年)/TBSテレビ系日曜劇場「集団左遷‼」(2019年)/ドラマW 土曜オリジナルドラマ「鉄の骨」(2019年)
神木隆之介「いだてん.jpg 神木隆之介 集団左遷!!.jpg ドラマW 2019 鉄の骨2.jpg
 
《読書MEMO》
盤上の向日葵 ドラマ03.jpg盤上の向日葵 08.jpg●2019年ドラマ化(「盤上の向日葵」) 【感想】 2019年9月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全4回)。主演はNHK連続ドラマ初主演となる千葉雄大。原作で埼玉県警の新米刑事でかつて棋士を目指し奨励会に所属していた佐野が男性(佐野直也)であるのに対し、ドラマ0盤上の向日葵 05.jpgでは蓮佛美沙子演じる女性(佐野直子)に変更されている。ただし、最近はNHKドラマでも原作から大きく改変されているケースが多いが、これは比較的原作に沿って盤上の向日葵 ドラマ.jpg丁寧に作られているのではないか。原作通り諏訪温泉の片倉館でロケしたりしていたし(ここは映画「テルマエ・ロマエⅡ」('14年/東宝)でも使われた)。主人公の幼い頃の将棋の師・唐沢光一朗を柄本明が好演(子役も良かった)。竹中直人の東明重慶はややイメージが違ったか。「竜昇戦」の挑戦相手・壬生芳樹が羽生善治っぽいのは原作も同じ。加藤一二三は原作には無いゲスト出演か。

盤上の向日葵 ドラマ01.jpg0盤上の向日葵  片倉館.jpg「盤上の向日葵」●演出:本田隆一●脚本:黒岩勉●音楽:佐久間奏(主題歌:鈴木雅之「ポラリス」(作詞・作曲:アンジェラ・アキ))●原作:柚月裕子●出演: 千葉雄大/大江優成/柄本明/竹中直人/蓮佛美沙子/大友康平/檀ふみ/渋川清彦/堀部圭亮/馬場徹/山寺宏一/加藤一二三/竹井亮介/笠松将/橋本真実/中丸新将●放映:2019/09/8-29(全4回)●放送局:NHK-BSプレミアム

IMかがみの孤城.jpg『かがみの孤城』...【2021年文庫化[ポプラ社文庫](上・下)】
『盤上の向日葵』...【2020年文庫化[中公文庫(上・下)(解説:羽生善治)]】
『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

I『屍人荘の殺人』.jpg Wカバー版

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背景のスケールの割には事件が小粒。「2年連続3冠達成」は'ハロー効果'の為せる技ではないか。

王とサーカス.jpg  王とサーカス-s.png
王とサーカス』(2015/07 東京創元社)

米澤 穂信 『王とサーカス』三冠.jpg 2015(平成27)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2016(平成28) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2016年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、作者は前作『満願』に続いて2年連続の「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」3冠を達成したことになる)。2016(平成28)年・第13回「本屋大賞」第6位。

 2001年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり―。(「BOOK」データベースより)

 『満願』は警察官ものなどを含む短編集でしたが、こちらは2001年6月にネパールの首都カトマンズのナラヤンヒティ王宮で実際に発生したネパール王族殺害事件がモチーフとなっており、なかなか思い切った背景選択だなあと。但し、主人公の大刀洗万智は、ユーゴスラビア紛争(1991-2000)モチーフにした『さよなら妖精』('04年/東京創元社)で当時高校生として登場しています。

 ということで、本作は、新聞記者を経てフリージャーナリストとなった彼女を主人公とする<ベルーフ>シリーズの1作とのことですが、読み終えてみると、背景がネパール王族殺害事件という壮大で衝撃的なものだった割には、推理の元となる事件そのものは、犯人の動機なども含め小粒であったように思いました。

 前半は紀行文のような穏やかな感じで進むので、後半その流れをどんな結末に持っていくのか期待されましたが、確かに犯人の意外性はあったかもしれないものの、事件そのものが、コレ、ネパール王族殺害事件など別になくてもいのではないかという感じのしょぼいものでややがっかりしました。

 ネット上には、「面白かった!」「最後まで目が離せない極上のミステリ」といった評価が溢れていますが、ある種(この作家のものが面白くないはずがないという)"ハロー効果"的な作用も働いたのではないかという気が、個人的にはしないでもないです。

【2018年文庫化[創元推理文庫]】

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粒揃いの短編集。「夜警」と「満願」がいい。"粒揃い"だが、飛び抜けたものは見出しにくい?

米澤 穂信 『満願』2.jpg満願1.jpg満願2.jpg  米澤穂信s.jpg 米澤 穂信 氏
満願』(2014/03 新潮社)

 2014(平成26)年・第27回「山本周五郎賞」受賞作。2014年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2015 (平成27) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2015年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」の3冠は2008年に「ミステリが読みたい!」がスタートして初)。2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」第7位。

 交番勤務の警察官が主人公。交番に訪れたありふれたDV被害者。包丁を持って暴れる彼女の夫と対峙し、発砲するも殉職した同僚の警察官。その事実の裏に潜む心の闇とは?(「夜警」)。美しい母、二人の美しい娘、女たらしの父親。離婚協議が進むなか、娘二人のとった驚きの行動。美しく残酷な性(さが)が導いた結末とは(「柘榴」)。 殺人の罪を認め服役を終えた下宿屋の内儀。人柄を知る元下宿人の弁護士は内儀の行動に疑問を抱く。下された判決に抗おうとせず刑期を勤め上げた女の本当の願いとは(「満願」)。他「死人宿」「万灯」「関守」の3編を収録。

 賞を総嘗めしただけあって粒揃いという感じでしょうか。どれも面白く、個人的には最初の「夜警」と最後の「満願」が特に良かったかなあ。ただ、どちらにも言えることですが、トリックの面白さであって、犯行の動機という点からすると、こんな動機のために(しかも相当の不確実性が伴うという前提で)ここまでやるかという疑問は少しありました。「死人宿」と「関守」も旅館と喫茶店の違いはありますが、ちょっと雰囲気似ていたかなあ。「関守」は途中でオチが解ってしまいましたが、それでも面白く読めました。ということで、"粒揃い"ではあるが、飛び抜けたものは見出しにくいという感じも若干ありました。

 敢えて一番を絞れば、表題作の「満願」でしょうか。直木賞の選評で選考委員の宮部みゆき氏が、「ハイレベルな短編の連打に魅せられました」とし、「表題作の『満願』には、松本清張の傑作『一年半待て』を思い出しました」としているのにはほぼ納得(この作品自体、何となく昭和の雰囲気がある)。しかし、直木賞の選考で積極的にこの短編集を推したのは宮部みゆき氏のみで、「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました」としています。

 "事実関係の記述のミス"とは幾つかあったようですが、東野圭吾氏が「最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。(中略)この小説のケースでも感染はありえない」というもので、確かに"致命的"であったかも。更には、「『満願』の妻には借金の返済義務はない。(中略)殺人の動機も成立しない」としていて、これも痛いか。

 結局、浅田次郎氏の「稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ」という流れに選考委員の多くが乗って、直木賞は逃したという感じでしょうか。まあ、いずれは直木賞を獲るであろうと思われるその力量を認めた上での配慮(?)。自分自身の評価も星5つではなく星4つとしましたが、作者の今後に期待したいと思います。

 かつて横山秀夫氏が『半落ち』('02年/講談社)で直木賞候補になったものの、直木賞選考員会で作中の「事実誤認」を指摘されて直木賞に「絶縁」宣言をし、伊坂幸太郎氏が「執筆活動に専念したい」という理由で、山本周五郎賞受賞の自作『ゴールデンスランバー』('07年/新潮社)が直木賞候補になることを辞退したことがありました(伊坂幸太郎氏の場合は初めて直木賞候補になった『重力ピエロ』が選考員会で一部の委員に酷評されたという経緯があった)。まあ、この作者の場合は、そんな事態にはならないとは思いますが...。

【2017年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「満願」(第1夜「万灯」西島秀俊主演・第2夜「夜警」安田顕主演・最終夜「満願」高良健吾主演)
NHKドラマ『満願』.jpgNHKドラマ『満願』2.jpgNHKドラマ『満願』s.jpg●2018年ドラマ化 【感想】 「万灯」「夜警」「満願」をチョイスしてドラマ化したのは、妥当な選択か。この順番で放映されたが、後になるほど面白かった。つまり「満願」が一番良かったことになるが、これは原作を読んだ時と同じだった。「満願」は「万灯」同様、東野圭吾氏が指摘する瑕疵はあるが、プロットの出来としてはこれが頭一つ抜けていて、さらに脚本と演出が同じ人によるものであるため(熊切和嘉監督)、演出が木目細かったように思った。市川実日子がやや若すぎる気がしたが(しかも10年経ってもまったく老けない)、その演技は効いていたし、スイカやダルマといった小道具も原作通りではあるがそれぞれに効果的だった(旧二葉屋酒造で本格ロケをしたことも良かったのではないか)。

最終夜「満願」市川実日子/高良健吾

「満願」(第1夜「万灯」・第2夜「夜警」・最終夜「満願」)●演出:(第1夜)萩生田宏治/(第2夜)榊英雄/(最終夜)熊切和嘉●プロデューサー:益岡正志●脚本:(第1夜・第2夜)大石哲也/(最終夜)熊切和嘉●原作:米澤穂信●出演:(第1夜)西島秀俊/近藤公園/窪塚俊介・(第2夜)安田顕/馬場徹/吉沢悠・(最終夜)高良健吾/市川実日子/寺島進●放映:2018/08(全3回)●放送局:NHK
市川実日子 in「満願」('18年/NHK)/「シン・ゴジラ」('16年/東宝)
市川実日子 満願.jpg市川実日子 シン ゴジラ.jpg

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エピローグ的な結末が引っ掛かる。フィクションとして許される範囲を超えているのではないか。

その女アレックス.jpgその女アレックス6.jpg
その女アレックス2.jpg
その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス 7冠.jpg 2014 (平成26) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、2015(平成27) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位、早川書房の「ミステリが読みたい! 2015年版」(海外編)第1位、2014年「IN☆POCKET文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第1位、2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位作品。海外では、「リーヴル・ド・ポッシュ読者大賞」(フランス)、「英国推理作家協会インターナショナル・ダガー賞」受賞。最後に決まった「本屋大賞」を含め"7冠"とのことです(国内だけだと5冠)。

 30歳の美女アレックスはある夜、何者かに拉致され、監禁される。アレックスを誘拐した男は、「おまえが死ぬのを見たい」と言って彼女を檻に幽閉する。衰弱したレックスは脱出を図るが...。一方、目撃者がいたことから誘拐事件の捜査に乗り出したパリ警視庁のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は、一向に手掛かりが掴めず、いらだちを募らす。そうした中、事件は思わぬ方向に転がりだす―。

alex_.jpg 2011年にピエール・ルメートルが発表したカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ第2作(第1作は2006年発表の『悲しみのイレーヌ』)。全三部構成で、ストーリーもそれに沿って大きく二転三転します。個人的には、「二転目」はすぐにその気配を感じましたが、「三転目」は予想と違いました。但し、"衝撃のドンデン返し"といった類のものでもなかったです。
"Alex (The Camille Verhoeven Trilogy)"

 そして、最後にエピローグ的な結末が...。これが一番引っ掛かりました。警察が事件を捏造? フィクションの中では許される設定かもしれませんが、判事や弁護士の壁はどう乗り切るのか。

 と思ったら最後、予審判事に「まぁ、真実、真実と言ったところで......これが真実だとかそうでないとか、いったい誰が明言できるものやら!われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ。そうでしょう?」と言わせていて、件の予審判事、最初は何となくいけ好かない人物だったけれど、最後は自らの意思でカミーユと協調路線をとったのか。

 でも、判事だからなあ。自分たちで勝手に事実を捻じ曲げて裁いちゃっていいのかなあ。「協調」と言うより「共謀」にあたるかも。この段階で、フィクションの中でもそのようなことが許されるかどうか微妙になっているのではないかと思いました。

 アガサ・クリスティの「名探偵ポワロ」シリーズに「厩舎街の殺人」(ハヤカワ・クリスティー文庫『死人の鏡』所収)という短編があって、犯人の女性は恐喝を苦に自殺した友人の恨みを晴らすため、その死を他殺に見せかけ、自殺の原因となった男性に罪を被せるのですが、それを見抜いたポワロは、犯人を男性に対する"殺人未遂"で追及しています(1930年代の英国で人を殺せば大概は死刑だったから、無実の人間に濡れ衣を着せて死刑に追い込む行為は"殺人"であるという理屈)。

 ちょっと厳しいけれど、どちらがスジかと言えばポワロの方がスジであり、死んだ人間の遺志を継いで事実を捻じ曲げようとしているこの物語の警部や判事の方が、その「正義」とやらに無理があるように思いました(ポワロにも「オリエント急行の殺人」のように実質的に犯行を見逃してやっているケースがあるが、彼は警官でも判事でもないからなあ)。

 こうしたこともあって、本来ならば評価は△ですが、カミーユ警部や部下の刑事たちのキャラクター造型がユニークであり、そのことを加味して、ぎりぎりで○にしました。

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面白かったが、唐突なラストのドンデン返しが、どっちの解釈をしてもやや中途半端で惜しい。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ 文庫.jpg女彫刻家 ミネット ウォルターズ.png   ミネット ウォルターズ.jpg ミネット ウォルターズ(1949- )
女彫刻家 (創元推理文庫)

 1995 (平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。1996(平成8) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。

 母と妹を切り刻むという凄惨かつ猟奇的な殺人事件を起こしたかどで、今は無期懲役囚として服役中の女オリーヴ・マーチン。その凶悪な犯行にも拘らず、精神鑑定の結果は正常で、しかも罪を認めて一切の弁護を拒んでいる。フリーライターのロザリンド(ロズ)・リーは、エージェントに言われて彼女についての本を書くことになるが、オリーヴと何度も接見し、また事件の周辺の人物への取材を進めるうちに、事件そのものに違和感を覚えるようになり、事件が本当に彼女の犯行によるものだったのか疑念を抱き始める―。

The Sculptress Minette Walters.jpg 1993年に原著刊行の、英国の女流推理作家ミネット・ウォルターズ(Minette Walters、1949- )の長編第2作(原題:The Sculptress )で、アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)長編賞受賞作でもある作品。

"The Sculptress"

 フリーライターのロズが、次第にオリーヴとの間で気持ちを通い合わせ、事件の真相を独自に調査して、最後は彼女を無罪へと導く―と思ったら...意外や意外、大岡昇平の『事件』やレイモンド・ポストゲートの『十二人の評決』を想起させる結末でした。

 ロズが、複雑な人物相関を読み解いていく過程はスリリングで、その過程で知り合った"ハードボイルド"タッチの元刑事ハルとの間に恋愛感情が芽生えていくプロセスもいいです。

 そうした「ロズ釈放」に向けての歩みが丁寧に描かれているのに対し、僅か1ページのエピローグの、しかもその最後数行での暗示的ドンデン返しはあまりに唐突で、余韻を感じさせる暇もないといった印象です。でも、その暗示をまともに受けると、それまでの展開に多々不整合があるような気もします。解説者ですら、このエピローグ、本当に必要なのかどうかは読者の判断に委ねるとしています(この解説のやや投げ遣りなトーンに疑問を感じる人もいるのではないかと思われるが)。

 そう言えば、犯人の、死体を「人間の形に並べて台所に血まみれの抽象画を描いた」という犯行後の行為については何も解明されていなかったなあ。おかしいとは思ったんだけど、世間的にはロズの活躍で事件は"新たな決着"をみたようになっているのがどうも解せないと言えば解せません。

 面白かっただけに、どっちの解釈をしてもやや中途半端という感じの結末がやや惜しいか。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ dvd.jpg女彫刻家02.jpg 1996年にイギリスでTVドラマ化され、日本でもビデオがリリースされていますが、個人的には未見です。

女彫刻家【字幕版】 [VHS]
ポーリーン・クイーク/キャロライン・グッダール 出演

【2000年文庫化[創元推理文庫]】

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ヒロインの心理描写は優れ、背景描写も凝っているが、ミステリとしてのテンポはイマイチ。

サラ・ウォーターズ  『半身』.jpg サラ・ウォーターズ (中村有希:訳) 『半身』.jpg  サラ・ウォーターズ.jpg サラ・ウォーターズ (1966- )
半身 (創元推理文庫)』    

 2003 (平成15) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2004(平成16) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。2003年「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第3位。

 19世紀後半ビクトリア朝時代のロンドン。30歳で婚期を逃し、不幸続きで傷心のマーガレット・プライアは、上流階級の令嬢という身分を活かしミルバンク監獄の女囚獄へ慰問のため訪れ、そこで著名な霊媒であり、交霊中に起こった事故が原因で投獄された少女シライナ・アン・ドーズと出会い、「掃き溜めに鶴」のような彼女に心を奪われていく。以来、プライアの身辺には不可思議な出来事が立て続けに起こる―。

 1999年に原著刊行の、英国の女流推理作家サラ・ウォーターズ(Sarah Waters、1966- )の長編第2作(原題:Affinity)で、アメリカ図書館協会賞やサンデー・タイムズの若手作家年間最優秀賞、さらには35歳以下の作家を対象とするサマセット・モーム賞を受賞している作品です。

 物語は、1874年の現在の、シライナに会うために女囚獄への慰問を続けるマーガレットの話と、1872年の過去の、霊媒師として活動中のシライナの話が、それぞれ日記と独白で交互に紡がれていく形で進展し、推理小説と言うより文芸作品を読んでいるような印象です。特に、前半部分のミルバンク監獄の描写は、チャールズ・ディケンズの小説のような雰囲気を醸しています。

 中盤は、「私達は身も心も魂もひとつ-わたしは彼女の半身。光り輝くひとつの魂をふたつに割られた、その半身なのだもの」とあるように、マーガレットのシナイラへの没入ぶりがメインで、シナイラの特異な霊能力によるものか、不思議な現象が次々に起き、一方、ミステリとしての展開はここまで殆どありません(どちらかと言うと、女性間の恋愛感情を描いたレズビアン小説っぽい。大体、この人の作品は、ビクトリア朝を背景とした百合&お嬢様&メイドというパターンのようだ)。

 それが終盤にきての思わぬ展開―神秘的現象も全て種明かしされ、そういうことだったのかと。それにしても、人を自分に感化させ、意のままに操るといい意味では、やはりシライナの異能は超絶的で、やはりこういうのを描くには、現代よりもビクトリア朝時代とかの方が合っていることは合っているなあと。

 トリックに嵌っていたのはマーガレットだけではなく、しかもシライナの背後にはまた別の女性が...(シライナのかつての侍女ルースがすなわち、霊媒ピーター・クイックであり、なおかつプライア家の小間使いヴァイカーズでもあったという"一人三役"とは!)。終盤の展開は面白いけれど、それにしてもヒロインの側から見れば暗い結末になったものです。

 そのヒロイン・マーガレットの心理描写には優れたものがありましたが、あまりに背景描写に凝り過ぎて、ミステリとしてのテンポは決していいとは言えなかったように思います。

サラ・ウォーターズ  『半身』dvd.jpgSarah Waters's Affinity.jpg 2008年にイギリスでTVドラマ化されているので、その内、AXNミステリーあたりで放映されるかも。

Anna Madeley, Zoe Tapper 主演

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青春ハードボイルド・文芸ミステリであると同時に、ビルドゥングスロマンでもある。

『解錠師』.jpg解錠師 ハヤカワ・ポケット・ミステリ.jpg  解錠師 ハヤカワミステリ文庫.jpg 2解錠師 ハヤカワミステリ文庫.jpg  スティーヴ・ハミルトン.jpg Steve Hamilton
解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』『解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

The Lock Artist.png 2012(平成24) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2013 (平成25) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。早川書房の「ミステリが読みたい! 2013年版」(海外編)第2位。

 8歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイクだが、彼には。絵を描くこと、そしてどんな金庫の錠前も解錠することが出来る才能があった。孤独な彼は錠前を友に成長し、やがて高校生となったある日、偶然からプロの金庫破りの弟子となり、芸術的腕前を持つ解錠師になっていくと同時に、犯罪の世界にどっぷり引き摺り込まれていく―。

"Lock Artist"

 IBM本社勤務社員との二足の草鞋を履く作家スティーヴ・ハミルトン(Steve Hamilton)が2009年に発表した長編小説(原題:The Lock Artist)で、物語は、刑務所に服役中の主人公のマイケルの独白という形で始まり、彼の半生が主に二つの時間―ポケベルで呼び出され、全米各地の泥棒たちに金庫破りの技術を提供して過ごす解錠師としての日々と、伯父に引き取られてミシガン州ミルフォードで暮らし始め、若き解錠師になるまでの日々―を行き来しながら進行し、その両方に、マイケルが高校生の時に知り合った恋人のアメリアとの関係が絡んできます。

 誰かがこの作品を"青春ハードボイルド"と呼んでいましたが、まさにそんな感じ。エルモア・レナードやドン・ウィンズロウのようなハードボイルド・タッチでありながら、10代の若者を主人公にした青春小説でもあり、また、マイケルの細やかな心の動きを精緻に描いている点では、文芸小説的でもあります。

 アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長編賞、英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞の英米2冠を受賞した作品で、この作品の前年に同じくエドガー賞を受賞をした、ジョン・ハートの『ラスト・チャイルド』(2010年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(こちらも英国推理作家協会賞との2冠)なども、少年を主人公として"文芸"っぽい感じだったことを思い出しました。『ラスト・チャイルド』も、「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)で1位に選ばれており(「このミステリーがすごい」は5位)、殆ど純文学と言っていいローリー・リン・ドラモンドの『あなたに不利な証拠として』(2006年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)も、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」の両方で1位。日本にも、こうした"文芸ミステリ"のような作品を好む人が結構いるのだなあと。

 但し、この作品においては、主人公が身の危険に晒される場面が多く登場し、特に後半は凄惨な場面も多く、一歩間違えば命を失う綱渡りの繰り返しになっていってハラハラさせ、一方で、終盤には、彼の口がきけなくなったトラウマの元となった事件について明かされていき、サスペンス感も充分にあります。

 社会の暗部、犯罪の世界にどっぷり染まった絶望的な状況で、自分なりに懸命に生きようともがく主人公の姿が、抑制されたトーンで描かれているだけに、じわーっと胸に迫ってくるものがあり、また、彼の唯一最大の武器である解錠のテクニックがかなり詳細に記されていて、リアリティ溢れるものとなっています。

 犯罪の場面が多く、仲間の裏切りといった局面も出てくる分、主人公のある意味ブレない生き方は爽快でもあり、読後感も悪くありませんでした。
 本作品は全米図書館協会アレックス賞も受賞していて、これはヤングアダルト世代に読ませたい一般書に与えられるものですが、確かに少年の成長物語としても読める点では"ビルドゥングスロマン(教養小説)"的要素もあるかも。

 となると、この作品、青春ハードボイルド・文芸ミステリであると同時にビルドゥングスロマンであるということになるね。

【2011年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ]/2013年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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組織及びそこに属する人間の生々しい縮図、終盤の畳み掛けるような展開で一気に読ませる。

64 ロクヨン.jpg 64 ロクヨン 1.jpg64(ロクヨン)64 ロクヨン2.jpg

 2012 (平成24) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2013 (平成25) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。2014 (平26) 年「ミステリが読みたい!」(国内編)第2位。雑誌「ダ・ヴィンチ」の2013年上半期「BOOK OF THE YEAR」一般小説ランキング部門1位。2013年・第10回「本屋大賞」第2位。

 D県警の広報が記者クラブと加害者の匿名問題で対立する中、昭和64年に起きたD県警史上最悪の重要未解決事件「翔子ちゃん誘拐殺人事件」通称「64(ロクヨン)」の時効が迫り、警察庁長官による視察が1週間後に行われることが決定するが、長官視察を巡って刑事部と警務部は対立状態に突入、一方、事件の遺族は長官慰問を拒んでいる。刑事部と警務部の鉄のカーテンの狭間に落ちた広報官・三上義信は己の真を問われる―。

 著者7年ぶりの長編は、デビュー作品集『陰の季節』から連なる「D県警」もので、今回の主人公は、D県警広報官三上義信46歳。若い頃1年だけ広報室にいて、あとはずっと刑事部で働き、捜査二課で実績を築いてきたのが、20年ぶりに広報に出戻り勤務になっているという設定です。

 おおよそ650ページの長編ですが、一気に読ませる筆力はさすがです。前半から中盤にかけては、広報と記者クラブの対立と併せて、D県警内の刑事部と警務部は組織としての権力抗争、自らの出世や地位保全を狙って画策に走る個々人、飛び交う怪文書情報、といった具合で、本人たちにとっては大事なんだろうけれど、外部から見れば所詮コップの中の戦争ではないかと思えなくもないものの、ついつい引き込まれてしまうのは、企業組織などに属したことがある身には、そこに組織及びそこに属する人間の生々しい縮図が見て取れるためでしょう。

 終盤から一気に事件の展開は加速し、それまで引っ張ってきた分、この"畳み掛け"感は効いている感じ。但し、カタルシス効果という面で、どうなんだろうか、この結末は。主人公の娘が行方不明になっているという状況も、完全に宙に浮いたままの終わり方になっているし。でも、丁度10年前に、同じく「週刊文春ミステリー ベスト10」と「このミステリーがすごい」で共に1位になった『半落ち』よりは面白かったように思います。

 当初、版元のサイトでのあらすじ紹介で、物語の終盤にならないと判明しないことが最初の1、2行の内に書かかれていて、これはミステリのあらすじ紹介としてはマズイよなあと思ったけれど、後で削ったようです。

【2015年文庫化[文春文庫(上・下)]】

NHK土曜ドラマ「64(ロクヨン)」['15年(全5回)]主演:ピエール瀧(テレビ初主演)(2015)/映画「64(ロクヨン)」(前編・後編)主演:佐藤浩市(2016)
64 ドラマ.jpg映画64.jpg

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細かいところでケチをつけたくなるが、基本的には"力作"エンタテインメント。

ジェノサイド 高野和明2.jpgジェノサイド 高野和明1.jpgジェノサイドb.jpg  
ジェノサイド』(2011/03 角川書店)

 2012(平成24)年・第65回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)、第2回「山田風太郎」各受賞作。2011 (平成23)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)、2012(平成24)年「このミステリーがすごい!」(国内編)共に第1位(2012年・第9回「本屋大賞」2位、2012年「ミステリが読みたい!」国内編・第4位)。

 急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが―。(Amazonより引用)

 殆ど先入観無しで読み始めたため、最初はフレデリック・フォーサイスの『戦争の犬たち』のような傭兵モノかと思いましたが、新人類の出現がストーリーの核になっていて、SFだったのかと...。但し、「人類史における大量殺戮は人間そのものの性によるものなのか」というテーマに加え、薬学や生命学、或いは軍事や兵器、ピグミーの生活などについてマニアックなくらい色々調べ込んでいるみたいで、そうしたテーマ並びに豊富な情報の醸す重厚感はありました。

 現生人類を超える種の誕生ということについても、人類進化の大きな区切りが、2500万年前(類人猿の誕生)、150万年前(直立二足歩行の原人類ホモ・エレクトズの誕生)、20万年前(ネアンデルタール旧人類の誕生)、4万年前(言語の使用)、5千年前(文字の発明)というように一桁ごとに短くなる非連続で起きていて、類人猿→原人類間が2000万年以上もかかったのに、原人類→旧人類間が200万年程度、旧人類→新人類間が15万年とスパンが短くなっていて、新人類が誕生して現代までが5万年ということを考え合わせると、そろそろ「新・新人類」が出てきてもおかしくないという見方もできます。

 Amazonのレビューなどを見ると、すぐに銃で人を殺そうとする日本人が出てくるなど、日本人を悪く描いているようで気に入らないとか、作者の人種的偏見が作中人物に反映されているとかいたもののありましたが、個人的には、どちらかと言うと日本人だけをよく描こうとはしていないことの結果で、それほど偏っているようには思いませんでした。

 歴史観的にも、南京大虐殺の捉え方などに批判があるようですが、個人的にはむしろジンギスカンを殺戮者の代表格として扱っているのがやや疑問。モンゴル帝国は宗教的宥和策をとったからこそあれだけ版図拡大が可能だったわけで、これはオスマン帝国についても言えることであり、宗教戦争について言えば、ヨーロッパ人の方がよほど殺戮を繰り返してきたのではないかな。

 ストーリーの流れとしては、細部を諸々マニアックに語り過ぎて、前半は話の流れそのものが緩慢な感じがしましたが、中盤から後半にかけては、東京、アメリカ、コンゴで起きていることが連動して、畳み掛けるような感じでテンポは悪くなかったかなあと。

 ただ、プロット的にちょっと理由付けが弱いのではないかと思われる部分があり、例えば、核コントロールに用いている暗号を解読される恐れがあるという理由だけで新人類を駆逐しようとするかなあ。新人類が近親交配の劣勢遺伝を取り除くために創薬ソフトを開発するというのもあまりピンとこないし、そのソフトが、難病の子の命を救うことにもなるというのもご都合主義のように見えてしまいます。

 イエーガーの難病の息子に対する思い入れは分かるけれども、古賀研人のたまたま病院で見かけた難病の女の子に対する思い入れは、やや強引と言うか安易な印象も受けました。同じ病気の子どもは他にも大勢いるでしょう。この子だけ、たまたまタイムリミットがこのお話の展開に合致したということ?

 世間一般の評価が高いだけに、逆に見方が厳しくなってしまうというのはあり、細かいところでケチをつけましたが、基本的には、エンタテインメントの"力作"であると思います。

 この作品の新人類って、映画「E.T.」の宇宙人を彷彿させるね。あっちは植物学者で、こっちは単なる子どもだけど、その知能は確かに現生人類を遥かに凌駕している。一個体でこれだけスゴイ能力を有するとなると、新人類の99%が大量殺戮など決して思いつきもしない平和主義者であっても、1%でも破壊主義的な性質を持った'変種'がいれば、その1%によって簡単に種そのものを絶滅に追い込むことが出来てしまうのではないかな。以前、「理科室でも作れる原子爆弾」という話題がありましたが、進み過ぎた文明というのは、あまり長続きしない気がするなあ。

 【2013年文庫化[角川文庫(上・下)]】

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「このミス」第1位作品の映画化だが、大味のアクションに終始してしまった感じ。

Shooter (2007).jpgザ・シューター/極大射程 dvd.jpg 極大射程 新潮文庫 上下.jpg 極大射程 上.jpg 極大射程 新潮文庫 下.jpg
マーク・ウォールバーグ「ザ・シューター/極大射程 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]」『極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)』『極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)
Shooter (2007)
ザ・シューター/極大射程 4.jpg ボブ・リー・スワガー(マーク・ウォールバーグ)は軍の元狙撃手で、アフリカでの任務で観測手の友人を失い、今で退役して山中で犬と暮らしているが、そんな彼にある依頼が来て、それは、何者かが大統領の狙撃暗殺を企てているので、その実行プランを見抜いて欲しいというもの。愛国心から引き受けた彼は、フィラデルフィアで狙撃が行われると確信、大統領演説の当日に現場で監視にあたるが、いきなりアドバイザーの制服警官に撃たれ、その間に狙撃が行われて弾は大統領を外れてエチオピア大司教の命を奪う。負傷しながらも何とかその場を離れたスワガーは、自分が罠にはめられたことに気付き、そこから彼の復讐が始まる―。

 原作は1993年にスティーヴン・ハンターが発表した「ボブ・リー・スワガー三部作」の第1作『極大射程(上・下)』(原題:Point of Impact、'98年/新潮文庫(上・下))で、2000(平成12)年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位作品。当時の新潮文庫の帯に「キアヌ・リーブス主演で映画化!」とあったので、直ぐに映画されるのかと思ったら、マーク・ウォールバーグ主演で2006年になって映画化され(発表から映画化まで結局13年かかった)、原作はそこそこ面白かったけれども、予告を観て原作と雰囲気が違う気がしたため、DVD化されても暫く観ないでいました。

ザ・シューター/極大射程 1.jpg つい最近になって観てみたら、やっぱり違う! 原作の、ちょうど『レッド・オクトーバーを追え(上・下)』('85年/文春文庫)のトム・クランシーが潜水艦や兵器に拘(こだわ)るのと似たような、銃へのマニアックな拘りが無いのはいいけれど、マーク・ウォールバーグ(元不良青年で服役囚だったこともあるようだが)は原作のボブ・スワガーよりやや線が細い感じか。

 少しロバート・ラドラムの『暗殺者(上・下)』('83年/新潮文庫)と似たところもある話なのですが、その映画化作品「ボーン・アイデンティティ」('02年、こちらも発表から映画化まで22年と時間がかかっている)で主人公のジェイソン・ボーンを演マーク・ウォールバーグ.jpgマット・デイモン.jpgじたマット・デイモンが原作より線が細く見えたのと似た印象を持ちました'(この二人、よく似ている)。

マーク・ウォールバーグ(1971年生まれ)/マット・デイモン(1970年生まれ)

ザ・シューター/極大射程 2.jpg スワガーが今は亡き親友の恋人サラ(ケイト・マーラ、「ソーシャル・ネットワーク」 ('10年/米)に出ていたルーニー・マーラの姉)に助けを求め、最初は拒まれるも結局スワガ―の力となるのはいいが、彼女自身、敵方の人質になってしまうというのは、ある意味"定番"。途中からサスペンスと言うより殆どアクション映画になっていて、ラストに行くまでに銃撃戦や爆殺で人がバタバタ死んでいき、一方、原作でのヤマ場である最後の法廷闘争は、映画ではその部分はさらっと流してその代り、法の裁きを逃れた"悪い奴ら"を最後は主人公が自ら...。

ザ・シューター/極大射程 3.jpg カタルシス効果に重きを置いたと思われますが、やや安直に結末だけ修正したような感じもし、原作スト―リーだけでは観客を惹きつけ切れないという自信の無さか。"悪い奴ら"である大佐と上院議員を演じるのが「リーサル・ウェポン」('87年)のダニー・グローヴァーやコメディ作品にも出演の多いネッド・ビーティで、両者とも気のいいオッサンに見えてしまうのも難かも。

 原作の主人公は、ベトナム戦争で狙撃手として鳴らし、2300メートルという狙撃の「最大射程距離」(所謂「極大射程」)記録を保持していた実在の狙撃手カルロス・ハスコックをモチーフとしていて(カール・ヒッチコックという名の伝説の狙撃手として原作にも出てくる)、主人公のボブもハスコック同様にベトナム帰りの元海兵隊員でしたが、映画では、さすがに時間を経てしまったため、ソマリア帰りに置き換えられています(狙撃兵って戦争や内戦には欠かせないのか)。

極大射程 扶桑社 上.png極大射程 扶桑社 下.png 原作は「このミステリーがすごい」第1位作品だけあって(「週刊文春ミステリー ベスト10」で第2位、「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」でも第2位)、読んでいる時は面白かったけれども、時間を経るとあまり記憶に残らないような気もし、映画はその忘れかけた面白さを喚起してくれるかと思いきや、大味のアクションに終始してしまった感じでした(元々、プロットを生かすタイプの監督ではなかったということか)。

極大射程(上)」[Kindle版]  「極大射程 下 (扶桑社ミステリー)」[文庫]


tvドラマ ザ・シューター極大射程 axn  (1).jpgtvドラマ ザ・シューター極大射程 axn (1).jpg (●2016年に映画でボブ・リー・スワガーを演じたマーク・ウォールバーグの製作指揮によって、ライアン・フィリップ主演でTVドラマ化された。シーズン1はスティーヴン・ハンターの原作『極大射程』に基づき、ボブ・リーは狙撃能力を買われて大統領暗殺阻止のチームに加わるが、罠にはまり追われる身となるという展開。シーズン2は同じスティーヴン・ハンターの『狩りのとき』をベースにしているが、ドラマ独自のストーリーで、シーズン3も『ブラックライト』をベースにした独自ストーリーになっている。日本ではNetflixが"Netflixオリジナル"「ザ・シューター」として、本国放送直後に週に1エピソードずつ独占配信し、その後、2020年1月からAXNでシーズン1が「ザ・シューター/極大射程」として放送された。)

「ザ・シューター/極大射程」Shooter (USAネットワーク 2016~2018) ○日本での放映チャネル:AXN(2020~)


マーク・ウォールバーグ in「ザ・ファイター」('10年/米)
ザ・ファイター01.jpg ザ・ファイター12.jpg

ケイト・マーラ(マーラ姉妹・姉) (→
ケイト・マーラ.jpgケイト・マーラ2.jpg「ザ・シューター/極大射程」●原題:SHOOTER●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:アントワーン・フークア●製作:ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ/リック・キドニー●脚本:ジョナサン・レムキン●撮影:ピーター・メンジース・Jr●音楽:マーク・マンシーナ●原作:スティーヴン・ハンター「極大射程」●時間:124分●出演:マーク・ウォールバーグ/マイケル・ペーニャ/ダニー・グローヴァー/ケイト・マーラ/イライアス・コティーズ/ローナ・ミトラ/ネッド・ビーティ/ラデ・シェルベッジア/ジャスティン・ルイス/テイト・ドノヴァン/レイン・ギャリソン/ブライアン・マーキンソン/アラン・C・ピーターソン●日本公開:2007/06●配給:UIP(評価:★★☆)


【2013年文庫化[扶桑社ミステリ-]】

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状況が加速するにつれてリアリティが後退し、イマイチ入り込めなかった。

悪の教典 1.jpg 悪の教典2.jpg 映画 悪の教典.jpg デクスター.jpg
悪の教典 上」「悪の教典 下」  映画「悪の教典」(2012年/東宝) 監督:三池崇史、主演:伊藤英明 「デクスター ~警察官は殺人鬼」
貴志 祐介 『悪の教典 (上・下)』.bmp 2010(平成22)年・第1回「山田風太郎賞」(角川文化振興財団、角川書店主催)受賞作。2010 (平成22) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2011 (平成23) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。2011年版「ミステリが読みたい!」国内編・第2位。

 暴力生徒やモンスターペアレント、集団カンニングに、淫行教師など様々の問題を抱える私立高校に勤める蓮実聖司は、有能で生徒からの人気も高かったが、実は彼の本性は、自分に都合の悪い人間を次々と抹殺していくサイコ・キラーだった―。

 ―ということだったのだなあ。何ら先入観無しで読み始めたので、最初は、学校の諸問題をあらゆる手段で解決していくマキャベリストの話かと思ったけれども、そうではなく、単なる殺人鬼でした。

 それでも前半部分は、学校内の教師間、教師と生徒間の人間関係のダイナミクスが旨く書けているように思え、サスペンスとしてもまあまあの滑り出しのように思えました。

 しかし、主人公のシリアルキラーぶりが昂進し、殺人が大量殺戮へと加速していった途端に、現実感が希薄になり、あとはゲームの世界のような感じで、イマイチ入り込めませんでした(「他人に共感出来ない」というだけで、これだけ殺すかなあ)。

デクスター2.jpg 同じくシリアルキラーを描いた、海外ドラマ「デクスター~警察官は殺人鬼」のマイケル・C・ホール演じる主人公のデクスターは、優秀な鑑識官でありながら自らの殺害欲求を抑えられない、これもまたサイコパスですが、法では裁き切れない凶悪犯を次々と殺害していくという点では、世の役に立っている?

「デクスター~警察官は殺人鬼」.jpg マイケル・C・ホールは、これ、ハマり役。主人公の複雑な内面も、「デクスター」の方がよく描けているように思えます(海外ドラマ、意外と侮れない)。

デクスター.jpg「デクスター ~警察官は殺人鬼」 Dexter (Showtime 2006~2013) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME (2007~2013)
「デクスター」しゃーロット・ランプリング.png (シーズン8)シャーロット・ランプリング(サイコパス研究家エブリン・ボーゲル博士)[計10話出演]/マイケル・C・ホール

【2012年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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5人の女性警官の物語。TVドラマでは描かれないリアリティ。前半の短篇に鋭い切れ味。

あなたに不利な証拠として hpm1.jpgあなたに不利な証拠として jpg あなたに不利な証拠として 文庫.jpg Anything you say can and will be used against you by Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond
あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』['06年] 『あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['08年] Anything You Say Can and Will Be Used Against You: Stories by Laurie Lynn Drummond

Anything you say can and will be used against you.jpg ルイジアナ州バトンルージュ市を舞台に、キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人の女性警官のそれぞれを主人公にした短篇集で、2006 (平成18) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、並びに、2007(平成19) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位作品(原題:Anything you say can and will be used against you)。

 ミステリと言うよりは女性警察官たちの職務上の体験を通しての人間ドラマであり、2004年にこの第1作品集を発表したローリー・リン・ドラモンド(Laurie Lynn Drummond)自身が、バトンルージュ市警で5年間女性制服警官として勤務した経験の持ち主であるということもあって、退職後12年間かけて書き上げたという10篇の作品群は、ずっしりとした読後感を読者に与えるものとなっているように思いました。

サード・ウォッチ.jpgフェイス・ヨーカス.jpg 確かに「サード・ウォッチ」や「The Division 5人の女刑事たち」といったTVドラマなどでも女性警官は活躍していますが、この作品はそうしたTVドラマでは見られない現場(及び現場の外)のリアリティに溢れています(但し、「サード・ウォッチ」は高質の警察ドラマであり、女性警官フェイス・ヨーカスは、この作品の女性警官達に通じるものがあると思う)。

 10篇中、最後のサラの物語(「生きている死者」(Keeping the Dead Alive)と「わたしがいた場所」(Where I Come From)が最も長く、2篇で1つの物語となっていて全体の半分を占め、これが最もストーリー性がありますが、前半部分の短篇の方が、鋭い剃刀の刃のような切れ味があったように思いました。

 キャサリンの3つの物語のうち、「完全」(Absolutes)では、警官になりたての頃に被疑者を射殺した経験が、脳裏にこびり付いて離れない様が1人称で語られ、「味、感触、視覚、音、匂い」(Taste,Touch,Sight,Sound,Smell)では、すでに新人警官を教える教官という立場になっている主人公が、酸鼻な惨殺死体のある現場に踏み込んだ後、体や衣服に染みついて離れない死体の匂いのことなどを独白的に語っていて、何れも、こんなの今までの警官小説にもTVドラマにも無かったなあと(むしろ、意識的に避けてきた部分か)。
 それが、「キャサリンへの挽歌」(Katherine's Elegy)になると、警察学校の訓練生が語る3人称に近い文体に変わり、キャサリンという"伝説的"な女性警官がいかなる人物であったかが、彼女が殉職した事件までを含めて書かれています。
 たった3つの短篇の連なりの中で、新人―教官―殉職という主人公の立場の違いによって時制や語り手の視点が変化するのが、たいへん新鮮な構成に思えました。

 リズの2つの物語の内、「告白」(Lemme Tell You Something)は10ページに満たない短篇で、警官自身の話ではなく、女性警官の自宅隣りに越してきた、かつてベトナムで戦った経験のある57歳の男の"告白"譚ですが、それを聞かされた女性警官の反応も含めて傑作(この作品は短篇ながらストーリー性がある)、もう1つの話「場所」(Finding a place)では、主人公が警官を辞めた理由が語られていますが(交通事故なんだなあ)、死亡事故の現場というのは、殺人事件でも交通事故でも、悲惨であることには変わりがないということを感じさせられました。

 モナの2つ物語のうち、「制圧」(Under Control)では、被疑者と銃を向け合って対峙するという緊迫した場面が1人称の現在進行形で描かれているかと思いきや、「銃の掃除」(Cleaning Your Gun)では、独り拳銃の掃除をする女性警官に対して、第三者的視点からその心境に語りかけるように描かれていて(結局、ここで語りかけているのは"モナ自身")、ここでも、語り手の視点のバリエーションの多様性が見られます。

 キャシーの物語は「傷痕」(Something About a Scar)の1篇のみで、この作品はアメリカ探偵クラブ賞の最優秀短篇賞を受賞しており、かつて警察官だったキャシーとロビロはある事件で見解が対立したことがあったが、その2人が夫婦となった今、6年前の事件が再捜査となるというもの―警官とは、辞めても"警官"であり、夫の妻となっても"警官"なんだなあと。

 文芸的サスペンスと言うより、文学作品そのものに近い印象を受けるのは、ストーリー性を要しないリアリティの重さもさることながら、語り手の視点の多様性など実験的な要素がふんだんに盛り込まれていることもあるのでしょう。

 個人的には、主人公別でみれば、キャサリンの物語が一番気に入りました。
 彼女は性的に放埓であったともとれますが、身を挺して危険な職務に就いていたからこそ、生きている時間の一瞬一瞬を大事にしていたのだろうなあ。
 それにしても、「あなたは伝説の女と寝たのよ」と自分で言えるところがスゴイね(生きているうちから"伝説"だったわけだ)。

サード・ウォッチ 1シーン.jpgサード・ウォッチ・ファースト.jpg「サード・ウォッチ」Third Watch (NBC 1999/09~2005) ○日本での放映チャネル:WOWOW(2000~2006)/スーパー!ドラマTV

サード・ウォッチ 〈ファースト・シーズン〉 コレクターズ・ボックス(6枚組) [DVD]


 【2008年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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掛け値無しの面白さ。バイオレンスは厭という人にはお薦めできないが。

犬の力.jpg  犬の力 上.jpg 犬の力 下.jpg犬の力 上 (角川文庫)』『犬の力 下 (角川文庫)

犬の力 (上・下)』4.JPG 2009(平成21)年・第28回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作、2009年度・第1回「翻訳ミステリー大賞」受賞作、2010年・第28回「ファルコン賞」(マルタの鷹協会主催)受賞作(更に、宝島社「このミステリーがすごい!(2010年版・海外編)」1位、2009年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外部門)第2位、2009年「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」でも第2位)。

 メキシコの麻薬撲滅に取り憑かれたDEAの捜査官アート・ケラー、叔父が築く麻薬カルテルの後継アダン&ラウル・バレーラ兄弟、高級娼婦への道を歩む美貌の女子学生ノーラ・ヘイデン、ヘルズ・キッチン育ちのアイルランド人の若者ショーン・カラン。彼らは、米国政府、麻薬カルテル、マフィアなどの様々な組織の思惑が交錯する壮絶な麻薬戦争に巻き込まれていく。血に塗られた30年間の抗争の末、最後に勝つのは誰か―。

犬の力 洋書.jpg 2005年に発表されたドン・ウィンズロウの長編で(原題: "The Power of the Dog" )、1999年以降筆が途絶えていたと思いきや6年ぶりのこの大作、まさに満を持してという感じの作品であり、また、あのジェイムズ・エルロイが「ここ30年で最高の犯罪小説だ」と評するだけのことはありました。

 それまでのウィンズロウ作品のような1人の主人公を中心に直線的に展開していく構成ではなく、アート・ケラー、バレーラ兄弟、カランの3極プラスノーラの4極構成で、それぞれの若い頃から語られるため、壮大な叙事詩的構図を呈しているとも言えます。

 若い頃にはバレーラ兄弟に友情の念を抱いたことさえあったのが、やがて彼らを激しく憎しむようになるアート・ケラー、マフィアの世界でふとした出来事から名を馳せ、無慈悲な殺し屋となっていくカラン、メキシコの麻薬市場を徐々に牛耳っていくバレーラ兄弟、その兄アダン・バレーラの愛人になるノーラの謎に満ちた振る舞い、大掛かりな国策的陰謀の中で彼らは踊らされているに過ぎないのか、最後までハラハラドキドキが続きます。

 もう、「ニール・ケアリー・シリーズ」のような"ソフト・ボイルド"ではなく、完全にバイオレンス小説と化していますが、重厚感とテンポの良さを併せ持ったような文体は、やはりこの作家ならではかも。
 「ボビーZ・シリーズ」で、エルモア・レナードっぽくなったなあと思いましたが、この作品を読むと、あれは通過点に過ぎなかったのかと思われ、エンタテインメントの新たな地平を求めて、また1つ進化した感じです。

 一歩間違えれば劇画調になってしまうのですが、と言って、この作品の場合、そう簡単には映画化できないのではないでしょうか。丁度、ダシール・ハメットの最もバイオレンス風味溢れる作品『赤い収穫(血の収穫)』が、かつて一度も映画化されていないように(1930年に映画化され「河宿の夜」として日本にも公開された作品の原作が『赤い収穫』であるという話もあるが)―。それでも、強引に映画化するかなあ。

 とにかく掛け値無しで面白いです。但し、たとえエンタテインメントであってもバイオレンスは厭という人にはお薦めできません(と言う自分も、上巻の終わりのところでは、結構うぇっときたが)。

「●て ジェフリー・ディーヴァー」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1386】 ジェフリー・ディーヴァー 『ソウル・コレクター
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シリーズ第7作。どんでん返しの連続は楽しめたが、やや無理がある展開か。でも、面白い。

ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』.jpgウォッチメイカー.jpg ウォッチメイカー 上.jpg ウォッチメイカー 下.jpg
ウォッチメイカー』['07年] 『ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)』『ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)』['10年]

 2007 (平成19) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2008 (平成20) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞した作品。

cold moon.bmp クリスマス前のある日、ニューヨークで2件の殺人があり、犯行現場に時計を残し"ウォッチメイカー"と名乗る犯人を、四肢麻痺の犯罪学者リンカーン・ライムとアメリア・サックスが追うことになるが、サックスはもう一方で、自殺したと見られていたある公認会計士の死について調査していた―。

 2006年発表のジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズの第7作で(原題は"The Cold Moon")、2007(平成9)年・第26回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作です(2008(平成10)年「このミステリがーすごい!海外部門」でも1位)。
 上下2段組みで511ページという分厚さですが、殆ど3日間内の出来事なので、一気に読むことをお奨めします。

 シリーズ史上最強の敵(?)"ウォッチメイカー"とリンカーン・ライムの知恵比べは、後半のどんでん返しの連続が醍醐味であり、それはそれで大いに楽しめ、星5つを献上したいところですが、振り返ってみると、前半部分に後半に繋がる多くの伏線があったことが分かるにしても、やや無理がある展開かなあとも。

 いつも通り、途中まではずっと、事件の経過に合わせてライムの推理がリアルタイムで展開され、読者に開示されていたのが、今回は、最後の最後で、読者が置き去りになってしまったのもやや不満が残りました。
 どんでん返しの連続である終盤は、展開のスピーディさの方を優先したのでしょうが、いくらライムが"天才"でも、そんな短い時間ですべてが判明するかなあと。

 最初の猟奇的な事件とも随分と方向が違っていってしまったように思いますが(『ボーン・コレクター』で読者がこの作家の作風に抱いたイメージを逆用した?)、とは言え、"ウォッチメイカー"の時計仕掛けの如く緻密な犯罪計画には目を瞠るものがあり、何よりも、これだけの長編を面白く最後まで読ませる力量は半端なものではありません。
 
 相手の会話の状況や仕草から嘘を見抜くキネシクスという手法をこなす、尋問エキスパート(人間嘘発見器?)キャサリン・ダンスの登場など、シリーズ7作目にしても、新たな味付けはしっかりなされていて、ダンスとライムは方法論的に折が合わないのではないかと思いきや、ライムがダンスに頼るという意外な展開、ディーヴァーの次作『スリーピング・ドール』('07年発表)では、とうとうダンスが「主役」を張るようになり、これ所謂「スピンアウト」というものか。

 "ウォッチメイカー"がシリーズ最強の敵と言えるかどうかは別として(訳者の池田真紀子氏は「最強の敵の1人かもしれない」と書いているが)、ライムとの再戦は何れまたあるのでしょう。

 【2010年文庫化[文春文庫(上・下]】

「●ひ 東野 圭吾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1459】 東野 圭吾 『カッコウの卵は誰のもの
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江戸の匂いの残る日本橋を背景にした人情話を堪能。ベースにある推理作家としての力量。

新参者 東野.jpg 新参者.jpg新参者』['09年] 新参者 ドラマ.jpg ドラマ「新参者」

 日本橋のマンションで、三井峯子という45歳の女性が絞殺死体で見つかった事件で、日本橋署に着任したばかりの刑事・加賀恭一郎は、今もって江戸の匂いの残る日本橋・人形町の店々を、丹念に聞き込みに歩き回る―。

 加賀恭一郎シリーズの8作目で、宝島社の「このミステリーがすごい!(2010年版)」と週刊文春の「2009ミステリーベスト10(国内部門)」の両方で1位になった作品。

 加賀にとって日本橋は未知の土地であり、よって「新参者」ということなのですが、加賀が聞き込みに回った先々の様子が、「煎餅屋の娘」「料亭の小僧」「瀬戸物屋の嫁」...とオムニバス構成になっていて、下町の情緒やそこで暮らす人々の人情の機微がふんだんに織り込まれているのが楽しかったです。

 更に、聞き込みを通して浮き彫りになる親子間、夫婦間の齟齬や、表向きは反目しあっているようで実は互いに通じ合っている親子、嫁姑の関係などを加賀が鋭く嗅ぎ取り、事件の核心に迫りつつ、そうした溝も埋めていくという、加賀刑事がちょっと出来すぎという感じもなくもしなくはないですが、心にじわっとくる仕上がりになっています。

 核心となる事件の方が大したトリックもなく凡庸であるため、むしろそちらの人情譚の方ににウェイトが置かれていると言ってもいい感じですが、この作者の近作は、「理屈」より「情」に訴えるものの方が個人的には合っているような気がして、この作品もその1つ、大いに堪能できました。

 それにしても、1つの町を背景にした各シークエンスにこれだけの登場人物を配して整然と章立てし、しかも、加賀が登場人物たちの人間関係をも修復してしまう過程もミニ推理仕立てになっているという構成は、やはり作者の推理作家としての技量が並々ならぬものであることを感じさせます。

新参者 日曜劇場.jpg '10年4月からTBSの日曜劇場で連続ドラマ化されましたが、原作に比較的忠実に作られているように思いました。

 役者陣の演技力にムラがあるように思いましたが(ムラがあると言うより、黒木メイサだけが下手なのか)、所謂、新進俳優をベテランが脇で支えるといったパターンでしょうか。原作の良さに救われている感じでした。ただ、阿部寛が演じる加賀恭一郎は、ちょっとスマート過ぎるような気がしました。原作の加賀は、もっと泥臭くてあまり目立たない感じではないかなあ。まあ、阿部寛は何を演じても阿部寛であるようなところはありますが。


「新参者」 tbs.jpg新参者s.jpg「新参者」●演出:山室大輔/平野俊一/韓哲/石井康晴太●制作:伊與田英徳/中井芳彦●脚本:牧野圭祐/真野勝成●音楽:菅野祐悟●出演:阿部寛/黒木メイサ/向井理/溝端淳平/三浦友和/木村祐一/泉谷しげる/笹野高史/原田美枝子●放映:2010/04~06(全10回)●放送局:TBS

【2013年文庫化[講談社文庫]】

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面白かった〜。特に後半は息もつかせぬという感じ。現時点での作者の集大成的作品。

ゴールデンスランバー1.jpgゴールデンスランバー.jpg  ゴールデンスランバー3.jpg 
ゴールデンスランバー』(2007/11 新潮社) 2010年映画化(東宝) 

 2008(平成20)年・第21回「山本周五郎賞」受賞作、並びに第5回「本屋大賞」の大賞(1位)受賞作。2009 (平成21) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。 2009(平成21)年・第2回「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)国内編・第1位(他に、「週刊文春」2008年度ミステリーベスト10(国内部門)で第2位)。

 仙台で金田首相の凱旋パレードが行われている時、旧友の森田森吾に何年かぶりで呼び出された青柳雅春は、「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」「金田はパレード中に暗殺される」「逃げろ!オズワルドにされるぞ」といきなり言われ、その時遠くで爆音がして、折しも現れた警官は青柳に向かって拳銃を構えた―。

 面白かった〜。特に後半は息もつかせぬという感じ。エンタテイメントに徹することを試みた書き下ろし作品ということですが、ということは、これまでの作者の作品は"純文学"が入っていたということ?
 それはともかくとして、本作品が直木賞候補になった時点で作者はそれを辞退してしまいましたが、"幻の直木賞候補作" と言うより"幻の直木賞作"そのものと言えるかも。

 日本を舞台としながらも、架空の政治背景を設定し、年代も近未来と過去が混ざったような曖昧なものにしていることで、却ってフィクションの世界に入り込み易かったです。
一方で、細部の描写がキッチリしているし、監視社会の姿や警察・マスコミの対応にもリアリティがあることが、作品の面白さを支えているように思えます。

 逃亡する主人公を助ける面々が、それぞれ立場は異なるものの、ある種の義侠心のようなものに突き動かされて行動していて、古風と言えば古風なパターンですが、いいんじゃないかなあ、この"熱い"雰囲気。

 個人的評価は「星5つ」ですが、強いて難を言えば、後半で或る人物が主人公を導くために現れ、この男のやっていることの事件性の方も考えてみれば本題に劣らずかなり大きいものであることが気になったのと、主人公がマスコミを利用した2つの狙い(「無実の疎明」と「身の安全の確保」)のうち、結局1つしか利用目的を果たしておらず、カタルシス効果としては十全なものになっていないことかなと。

 それでも、これまでの作者の作品の集大成的作品であるとの評判には自分としても全く異論は無く、「星5つ」の評価は変わりません。

「ゴールデンスランバー」映画.jpg映画「ゴールデンスランバー」('10年/東宝)監督:中村義洋 
出演:堺雅人/竹内結子/吉岡秀隆/劇団ひとり/香川照之

 【2010年文庫化[新潮文庫]】

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「純愛」というより「偏愛」。直木賞作品としては軽すぎる。

容疑者χの献身.jpg容疑者Xの献身.jpg     容疑者Xの献身 dvd.jpg 容疑者Xの献身 映画.jpg
容疑者Xの献身』['05年/文藝春秋] 「容疑者Xの献身 スタンダード・エディション [DVD]」福山雅治/柴咲コウ

 2005(平成17)年下半期・第134回「直木賞」受賞作。2005 (平成17) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2006 (平成18) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。2006(平成18)年版「本格ミステリ・ベストテン」第1位。これにより、「年末ミステリランキング3冠」初達成作品になりました(早川書房の「ミステリが読みたい!」は2008年版(2007年11月発行)が第1回で、この時点では賞自体が未創設であるため「4冠」はあり得なかった。後に、米澤穂信『黒牢城』(2021年刊)が「年末ミステリランキング4冠」国内初達成作品となる)。2006(平成18)年・第6回「本格ミステリ大賞」(小説部門)も受賞(因みに『黒牢城』も「直木賞」および「本格ミステリ大賞」を受賞している)

 以前に水商売をしていて今は弁当屋に勤める子持ち女性・靖子は、自分につきまとう前夫・富樫が自分のアパートに押しかけてきたために思わず絞殺してしまうが、現場に駆けつけたアパートの隣に住む「石神」という高校の数学教師は、「私の論理的思考に任せてください」と言って事件の事後処理を請け負う―。

NUMBERS 天才数学者の事件ファイル.jpg 作者の「物理学者湯川シリーズ」の第3弾で、TVドラマ化されている「ガリレオ」('07年放映開始)を見て海外ドラマ「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」('05年米国放映開始)を想起しましたが、実は、オリジナルである「物理学者湯川シリーズ」の第1弾『探偵ガリレオ』('98年/文藝春秋)の刊行は「NUMBERS」の放映より7年も早い。
 「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」(FOX)

 今回の第3弾では、この「石神」という数学教師が湯川学の大学時代の同窓で、実は天才的な数学者であり、物理学者・湯川学と"論理対決"をすることになるという構図で、敢えて天才数学者を敵役にしたのは、数学者が探偵役である「NUMBERS」を意識したということでもないでしょうけれど。

 さらっと読めて、トリックも奇想天外で、シリーズものの1編としてはまあまあの出来の小品だと思いましたが、これが直木賞作品だと思うと、同じ作者の『秘密』('98年)や『白夜行』('99年)に比べてどう見てもインパクト不足で、ついついケチをつけたくなってしまう...。

 天才と呼ばれる数学者の考えたトリックというのが、こんな危なっかしくて非効率なものなのかとか、警視庁の科学捜査というのはずいぶん手抜きだなあとか、プロットに対する不満もいろいろありますが、個人的には「石神」という人物にあまり共感できないし、それ以前に、その人物像にリアリティが感じられないのが一番の不満な点でした。

 帯に「純愛」とありますが、むしろ「偏愛」と言った方がよく、その心理構造がよく見えない分、作品として軽いものになってしまっている気がしました。ただし、世間一般には東野作品の中では評価が高いようです。
 
容疑者x スチール.jpg 「県庁の星」('06年/東宝)の西谷弘監督によって映画化されましたが、探偵役の物理学者・湯川(福山雅治)の主たる相方が、同窓の草薙刑事ではなく、柴咲コウ演じる部下の女性刑事になっていて、「県庁の星」で西谷監督と相性が良かったのかなと思ったら、テレビドラマ「ガリレオ」からこのパターンになっていたようです(テレビ版を見ていないので知らなかった)。

容疑者Xの献身ド.jpg 原作にない雪山登山シーンとかあって面喰いましたが、数学教師「石上」役の堤真一(本来は二枚目であってはならないのだが)と「靖子」役の松雪泰子は、どちらもベテランらしい手堅い演技で(堤真一は第33回「報知映画賞」最優秀主演男優賞を受賞、松雪泰子も好演と言っていいかも)、その分、映画化作品にありがちなことですが、ミステリよりも人情ものの要素が強くなっているように思いました(一方で、富樫の死体は一体どうやって始末したのかとか、プロット面での突っ込みどころが出てきてしまう)。

容疑者Xの献身 2008フジテレビジョン.jpgYôgisha X no kenshin (2008).jpg 前日ベンチに座っていたはずの浮浪者が翌日消えているのが、同じカメラワークを反復させることで分かり易くなっていますが、浮浪者に対する「石上」の排他的・優越的な考え方(愛する人のためなら浮浪者1人の命なんぞ...という)などは映画では必ずしも充分に説明されてはおらず、そのあたり、親切なのか不親切なのかよく分からない作りでした。

Yôgisha X no kenshin (2008)

「容疑者Xの献身」●制作年:2008年●監督:西谷弘●製作:亀山千広●脚本:福田靖●撮影:山本英夫●音楽:福山雅治/菅野祐悟●原作:東野圭吾「容疑者Xの献身」●時間:128分●出演:福山雅治/柴咲コウ/堤真一/松雪泰子/北村一輝/ダンカン/長塚圭史/金澤美穂/益岡徹/林泰文/渡辺いっけい/品川祐/真矢みき/リリー・フランキー(友情出演)/八木亜希子/石坂浩二(特別出演)/林剛史/葵/福井博章/高山都/伊藤隆大●公開:2008/10●配給:東宝●最初に観た場所:台場・シネマメディアージュ(08-11-01)(評シネマメディアージュ.jpgシネマメディアージュ2.jpgシネマメディア-ジュ「容疑者Xの献身」zj.jpeg価:★★★) シネマメディアージュ 2000年4月22日アクアシティお台場のメディアージュ1階にオープン。13スクリーン3034席を有するシネマコンプレックス。2017年2月23日閉館

天才数学者の事件ファイル2.jpgNUMBERS 天才数学者の事件ファイル 5 dvd.jpg「NUMBERS~天才数学者の事件ファイル」Numbers (CBS 2005/01~ ) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME (2006~)

 【2008年文庫化[文春文庫]】


《読書MEMO》
『容疑者Xの献身』をめぐる「本格」論争(Wikipediaより)
 2005年末、『容疑者Xの献身』が「本格ミステリ」として評価され、同年の『本格ミステリ・ベスト10』にて1位を獲得したことに、推理作家の二階堂黎人が疑問を呈したことに始まる問題。
 二階堂の主張は、「『容疑者Xの献身』は、作者が推理の手がかりを意図的に伏せて書いており、本格推理小説としての条件を完全には満たしていない(そのため、『本格ミステリ・ベスト10』の1位にふさわしくない)」というものであった。このことに関して二階堂のウェブサイトや『ミステリマガジン』誌上などに多くの作家や評論家が意見を寄せたため、本格的な論争となった。その過程で二階堂の説における矛盾や見当違いも指摘されたが、二階堂は自説を曲げなかった。
 最終的には笠井潔などの有力者の多くが「『容疑者Xの献身』は本格である」という立場につき、さらには2006年5月に同作品が第6回本格ミステリ大賞を受賞したこともあり、現在では二階堂の意見は否定された形で議論が収束している。ただし、笠井は本作を「標準的な出来栄えの初心者向け本格」とした上で「探偵小説の精神的核心が無い」と批評し、ミステリ関係者が絶賛したことに手厳しい批判を向けている。同時に、メインの犯行とは別個の、道義的には遥かに悪質な行為がトリックの手段として淡々と描かれながら「感動的なラスト」と評されたことについても議論となった が、これについては北村薫が、ミステリあるいは小説を道徳論で論ずるべきでないとの立場を示している。もっとも、本作を感動的とか、涙誘うとかという風に位置づけたのは市場や読者の側であって、筆致はむしろ客観的である。
 なお、作者の東野圭吾本人は、一貫して「本格であるか否かは、読者一人一人が判断することである」というスタンスを取っている。

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手続き上の瑕疵と作品の価値。直木賞選考委員会の曖昧な態度。

半落ち.jpg 横山秀夫 半落ち.jpg半落ち』['02年] 半落ち2.jpg半落ち (講談社文庫)』['05年]

 2002 (平成14) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2003 (平成15) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。

 妻を殺し自首した警察官。彼はなぜ殺したのか、そして彼はなぜ死ななかったのか。殺害から自首までの2日間、彼はどこで何をしていたのか―。

 刑事、検事、記者、弁護士、判事、刑務官と6人の話をリレー方式で繋いでいく方式にズズッと引き込まれましたが、人物造詣が何れも似ているため、後半少しだれました。極端に言えば、バトンを渡した人とバトンを受け取った人が職業が違うだけで、人物像はほぼ同じなのです。しかし、作品の良し悪しに対する個人的な評価と世間の評価とのギャップとは別に、直木賞の選考には煮え切らないものを感じました。

 選考では、11名の委員中、肯定2、中立2、否定7。北方謙三氏が指摘した"手続き上の問題"を直接の否定理由に挙げた人はいません。ただし、林真理子氏や阿刀田高氏のように2次的理由として挙げた人や津本陽氏のように肯定派でありながら強く推すことをしなかった人もいます。全体としては、北方謙三氏の「関係団体に問い合わせたら、主人公の警部の動きには現実性がない(受刑者には骨髄提供が許可されていない)ことがわかった」という報告に引っ張られた気がしないでもないですが、真相はよく分かりません。

 結局、この点に北方謙三氏以上にこだわったのは林真理子氏で、この作品が、「事実誤認」があるにも関わらず、既に他の複数の賞を受賞していることまで批判しています。

 北方謙三氏が問い合わせた関係団体は、過去に最高裁で死刑相当として高裁差し戻し審中の被告が骨髄提供を申し出た際に、「勾留一時停止を認める重大な理由」にはならないとして検察が却下したことがあったというたった1度の事例を以ってそのように回答したらしく、この場合、被告はドナー登録も未だしておらず、小説のケースとは異なります。

 状況に応じて「勾留一時停止を認める重大な理由」に該当するかどうかが判断されるならば、小説のようなケースは過去に無い訳で、そうした状況になってみないとわからないということであり、ハナからダメと言い切れるものでもないようです。鬼の首を取ったように手続き上の瑕疵(「事実誤認」)を強調した林真理子氏ですが、自分自身で、小説の前提状況ではどうかということを関係団体に問い合わせるということはしていないようです。

 表向きはフィクションにおける手続き上の瑕疵は、必ずしも作品の価値を貶めるものではないという立場(と推察される)をとりながら、委員会としてそのことを明言しない(結果、林真理子氏のような「事実誤認」と言い切る発言の一人歩きもあって、その瑕疵のため落選したと世間に思われている)のは、選考委員会が個人の集まりに過ぎないということか。「他の委員から指摘があって...」「そういうことを言う委員もいて...」という発言がそれを物語っています。直木賞との"絶縁"宣言をしたという(この言葉自体は少し変な気もするが、ノミネートされても辞退するということか)、作者の気持ちも理解できないではないです。

映画「半落ち」e.jpg映画「半落ち」.jpg映画「半落ち」(2003年/東映)
監督:佐々部清
出演:寺尾聰/原田美枝子/柴田恭兵

 【2005年文庫化[講談社文庫]】

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ハリウッド映画を思わせるスケールの大きい状況設定。

ホワイトアウト.jpgホワイトアウト 1995.jpg  ホワイトアウト文庫.jpg ホワイトアウト2.jpgホワイトアウト 映画ド.jpg
ホワイトアウト』['95年]/新潮文庫〔'98年〕/「ホワイトアウト<初回限定2枚組> [DVD]

 1995(平成7)年度・第17回「吉川英治文学新人賞」受賞作。1996 (平成8) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位(1995(平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位)。

 日本最大の貯水量の「奥遠和ダム」を武装グループが占拠し、職員、麓住民を人質に50億円の身代金を要求するという、映画でも良く知られるところとなったストーリーです。

 スケールの大きい状況設定は、ハリウッド映画を思わせるものがあり、吹雪の様子などの描写が視覚的で、尚更そう感じます。作者は、アニメ制作会社でアニメの演出などをしていたそうですが、なるほどという感じもしました。ダムの構造の描写などにも作品のテンポを乱さない程度に凝っていて、この作者は"理科系"というか"工業系"の感じがしますが、臨場感を増す効果をあげています。アクション・サスペンスの新たな旗手の登場かと思われる作品ではありました(その後、純粋なアクション・サスペンスはあまり書いてないようだが...)。

WHITEOUT ホワイトアウトド.jpg ただ、アクション・サスペンス的である分、人物描写や人間関係の描き方が浅かったり類型的だったりで、映画にするならば、役者は大根っぽい人の方がむしろ合っているかも、と思いながら読んでました。結局のところ映画は織田祐二主演で、体を張った(原作にマッチした)アクションでしたが、演技の随所に「ダイハード」('88年/米)のブルース・ウィリスの"嘆き節"を模した部分があったように思ったのは自分だけでしょうか。

映画「ホワイトアウト」 ('00年・東宝)

ホワイトアウト 映画 佐藤浩市.jpg映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 松嶋.jpg 織田祐二はまあまあ頑張っているにしても、テロリスト役の佐藤浩市の演出が「ダイハード」のアラン・リックマンのコピーになってしまっていて、自分なりの役作りが出来ていないまま映画に出てしまった感じで存在感が薄く、人質にされた松嶋菜々子に至っては、別に松嶋菜々子を持ってくるほどの役どころでもなく、客寄せのためのキャスティングかと思いました。    

奥只見ダム.jpg 奥只見ダム(重力式ダム) 黒部ダム.jpg 黒部ダム(アーチ式ダム)

 細かいことですが、本作の舞台である日本最大の貯水量を誇る「奥遠和ダム」のモデルとなったのは奥只見ダムであると思われますが、映画では「奥遠和ダム」はアーチ式ダムという設定になっているため(奥只見ダムはアーチ式ではなく重力式ダム)、撮影の際にダムの外観のショットは、アーチ式の黒部ダムなどで撮っています(原作の中身は重力式ダムという設定、単行本の表紙写真は奥只見ダムのものと思われる)。映画化するならば、アーチ式ダムの方がビジュアル面で映える、という原作者の意向らしいですが、確かにそうかも。さすが、もとアニメ演出家。

WHITEOUT ホワイトアウト .jpg映画「WHITEOUT ホワイトアウト」0.JPG「ホワイトアウト」●制作年:2000年●製作:角川映画●監督・脚本:若松節朗●脚本:真保裕一/長谷川康夫/飯田健三郎●音楽:ケンイシイ/住友紀人●撮影:山本英夫●原作:真保裕一●時間:129分●出演:織田裕二/松嶋菜々子/佐藤浩市/石黒賢/吹越満/中村嘉葎雄/平田満●劇場公開:2000/08●配給:東宝 (評価★★★)

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

「●み 宮部 みゆき」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【502】 宮部 みゆき 『あかんべえ
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クライマックスがやや弱い、それと、少し長すぎる気もするが、それでもそこそこの力作。

模倣犯 上.jpg 模倣犯 The copy cat 下.jpg  模倣犯 上下.jpg   模倣犯.jpg
模倣犯〈上〉模倣犯〈下〉 style=』(単行本カバー画:大橋 歩)/新潮文庫(全5巻) 〔'05年〕

「模倣犯」.jpg 2001(平成13)年・第55回「毎日出版文化賞」(特別賞)並びに2002(平成14)年・第52回「芸術選奨」受賞作。2001 (平成13) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2002 (平成14) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。併せて、2002(平成14)年・第5回「司馬遼太郎賞」も受賞。

 ある日、公園のゴミ箱から女性の右腕が発見されるが、それは猟奇的な残虐さと比類なき知能を併せ持つ犯人からの宣戦布告であり、連続女性殺人事件のプロローグだった―。

模倣犯 ラスト.jpg模倣犯 movie.jpg SMAPの中居正広が初主演した映画で荒筋を知る人は多いと思いますが、映画でのあの「自爆シーン」の結末は何だったのでしょうか? 映画を観て原作の方は未読であるという人に、"正しい理解"のために原作を読むことをお勧めしたいようにも思います。とにかく大長編作品であるためにやや読むのに躊躇しますが、でも、やっぱり原作を読んで正しく評価していただきたいと思うぐらいに、映画の方は勝手に原作を改変して、しかもダメにしてしまっているように思えます(原作者が試写会の途中で席を立ってしまったというのもわかる)。

 小説そのものについては、『火車』('92年/双葉社)の素晴らしいラストや『理由』('98年/朝日新聞社)の冒頭の意外な展開に比べると、本書のクライマックスにおける犯人を激昂させるキー―この鍵で扉が簡単にバタンと開いてしまうところは、やはり今ひとつでしたが(今まで極めて冷静だった犯人が、あまりに脆く瓦解する)、でも読んでいる間はやはりハマりました。

 個人的には『火車』が星5つで、『理由』も星5つに近く、この作品もそれらに及ばずともそこそこの評価になってしまうのです。さすが宮部みゆき。それだけに、この作品ももっとまともに映像化されれば良かったのにと思ってしまいます(『火車』は'94年にテレビ朝日で"2時間ドラマ"化され、『理由』は'04年に大林宣彦監督により映画化されている)。

 全部読むのにかなり時間かかりました。それだけ長時間、宮部ワールドに浸れたということでもありますが、少し長すぎる気もします。けっこう残忍な場面とかがあったわりには、登場キャラの多いRPGゲームをやり終えたような読後感であるのは、この作家の作品の特徴と言うか、"作家体質"的なものではないかと思います(本人、RPGゲーム大好き人間らしいですが)。

模倣犯 2002.jpg「模倣犯」●制作年:2002年●製作:「模倣犯」製作委員会(東宝・小学館・博報堂DYメディアパートナーズ・毎日新聞社・日本テレビ放送網ほか)●監督:森田芳光●撮影:北信康●音楽:大島ミチル●原作:宮部 みゆき●時間:124分●出演:中居正広/山崎努/伊東美咲/木村佳乃/寺脇康文/藤井隆/津田寛治/田口淳之介/藤田陽子/小池栄子/平泉成/城戸真亜子/モロ模倣犯 文庫.jpg師岡/村井克行/角田ともみ/中村久美/小木茂光/由紀さおり/太田光/田中裕二/吉村由美/大貫亜美●劇場公開:2002/06●配給:東宝 (評価★☆)

 【2005年文庫化[新潮文庫(全5巻)]】

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社会派の本領が最も発揮された作品。企業小説としても読める。

レディ・ジョーカー1.jpg レディ・ジョーカー2.jpg 映画 レディージョーカー2.jpg レディ・ジョーカー bunnko.jpg
レディ・ジョーカー〈上〉〈下〉』(1997/12 毎日新聞社)/映画「レディ・ジョーカー」['04年/東映]主演:渡哲也/レディ・ジョーカー〈上・中・下〉全3冊完結セット (新潮文庫)』['10年]

 1998(平成10)年度・第52回「毎日出版文化賞」受賞作。1999(平成11)年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位(1998(平成10) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位)。 

 グリコ森永事件に想を得ているということははっきりしていますが、それでも一気に読ませます(と言いいつつ、読み通すのに20数時間かかったのだが)。 

 現実の未解決事件をモチーフにしたリアリティがあるだけに、フィクションとしての結末をどこへ導いてこの物語を終わらせようとしているのか読んでいて心配になりましたが、後味の悪くない結末にも充分満足させられました。

 同じく大作で、スパイ小説とも言える『リヴィエラを撃て』('92年/新潮社)が好きな人もいますが、自分としては本作の方が良かったし、刑事物である『マークスの山』('93年/早川書房)、『照柿』('94年/講談社)の流れで新作が出たのは良かったと思いました。

 ミステリーとしての『マークスの山』、ヒューマン・ドラマとしての『照柿』に対して、この作品は企業小説としても読めて、社会派としての著者の本領が最も発揮されていると思います。 
 ミステリーとしては、半田と合田の接点のセッティングがやや偶然すぎる感じがもしますが、犯人グループの動機ややり口には今回はさほど違和感はありませんでした(『マークスの山』は動機の割には手段が凝っているし、『照柿』は、動機無き殺人という観もある)。

レディ・ジョーカー 映画.jpgレディ・ジョーカー.jpg 警察内部の描写に加えて、新聞社内の記者の動きがリアルに描けていて(毎日新聞社とのジョイント効果?「毎日出版文化賞」を受賞している)、そして何よりも、混乱する恐喝されたメーカー企業側の社内で、会社のことよりも自分時自身の利害を真っ先に考える企業幹部らがよく描けています。

 そうした意味では、組織心理学、組織行動学的観点から読んでも、そのリアリティに感服させられますが、一方で、事件とは何か、犯人とは何か、何をもって事件が解決したとするのかを考えさせられる小説でもあります。

映画「レディ・ジョーカー」('04年/東宝)チラシ・ポスター
出演:渡哲也/徳重聡/吉川晃司/國村隼/大杉漣/吹越満/平山秀幸

 【2010年文庫化[新潮文庫(上・中・下)]】

《読書MEMO》
レディ・ジョーカー tv2.jpgレディ・ジョーカー tv.jpg2013年TVドラマ化(WOWOW「連続ドラマW」全7話)
出演:上川隆也/柴田恭兵/豊原功補/山本耕史/矢田亜希子/本仮屋ユイカ

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ミステリとしても人間ドラマとしても充分に堪能できた。

『マークスの山』.jpgマークスの山 (ハヤカワ・ミステリワールド)』 マークスの山 上.jpg マークスの山下.jpgマークスの山(上) 講談社文庫』 『マークスの山(下) 講談社文庫

 1993(平成5)年上半期・第109回「直木賞」受賞作で、1993 (平成5) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。1994 (平成6) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞。

 東京で起きた連続殺人事件。被害者は謎の凶器で惨殺されている。事件の背後に潜む複雑な人間関係を、警視庁捜査第一課の合田刑事らが解き明かしていくうちに、その背景に16年前に南アルプスで起きたある出来事が浮かび上がる―。

 警察の内部組織の捜査上の確執などの描写に圧倒的なリアリティがあり、"警察小説"とも言えるかも知れません。 
 事件の背後関係は複雑を極めていますが、事件の捜査陣が事実を細かく積み上げいくうちに、通常の感覚では理解しがたいモンスターのような犯人像が浮かんでくる―その導き方が巧みで、読み進むにつれてググッと惹き込まれます。 

 "人間の業"のようなものもよく描かれていると感じました。 
 ただしその描かれ方がかなり屈折したものであるため、実際こうした形で怨念のようなものが人から人へ伝播していくものだろうか、という動機に対する疑念も感じました。 
 結局事件を複雑にしているのは、この"凝った"動機の部分ではないかと...。 

 その他にも、ミステリファンにはプロットの瑕疵と映る部分が幾つかあるかもしれません。 
 ただし(本格的ミステリーに固執しない)自分のレベルでは、ミステリとしても人間ドラマとしても、それなりに充分に堪能できました。

 '03年に文庫化されました。かなり手を加えているとのことで(この作者が文庫化の際にオリジナルに手を加えるのは毎度のことで、そのため文庫が出るのが遅くなる)、文庫の方は読んでいませんが、ドロッとした部分がややマイルドになっているとか(これではよくわからないか)。 

映画「マークスの山」.jpg 書店で見たら、文庫の初版本には、登場人物の名前にふりがながなかったような気がしましたが、「林原」は「はやしばら」ではなく、ちゃんと「りんばら」と読ませないと、「MARKS」にならないのではないだろうか。

映画「マークスの山」.jpg

映画「マークスの山」 (1995年・監督:崔洋一/出演:萩原聖人・名取裕子・中井貴一)

 【2003年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

 


 
《読書MEMO》
2013年TVドラマ化(WOWOW「連続ドラマW」全5話)
出演:上川隆也/石黒賢/高良健吾/戸田菜穂/小西真奈美
マークスの山 TV1.jpgマークスの山 TV2.jpgマークスの山 TV3.jpgマークスの山 TV4.jpg

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