【1508】 ○ 池井戸 潤 『鉄の骨 (2009/10 講談社) ★★★☆

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若きゼネコンマンが垣間見た建設談合の世界。まあまあ面白かったが、ドラマは改変が目立った。

鉄の骨    .jpg鉄の骨.jpg 鉄の骨 dvd.jpg NHKドラマ『鉄の骨』.jpg
鉄の骨』(2009/10 講談社) 「NHK土曜ドラマ 鉄の骨 DVD-BOX」2010/07放映(全5回)豊原功輔/小池徹平
NHKドラマ・タイアップカバー版

 2009(平成21)年・第31回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 中堅ゼネコンの現場で働く入社3年目の富島平太は、突然畑違いの業務課への異動を命じられるが、業務課とは主に大口の公共土木事業などの受注に携わる営業部門であり、別名"談合課"と呼ばれる部署。最初は異動に不満だった平太だが、業界のフィクサーと称される人物と知り合ったり、上司たちの優秀な仕事ぶりに接したりするうちに仕事にのめり込んでいく。一方で、常に目の前に立ちはだかる「談合」の実態に愕然とし、会社のために違法行為に加担すべるきか葛藤する―。

 「談合」にターゲットを絞っているせいもありますが、これだけ分かり易いエンタテインメントに仕上げているのはなかなかのものであり、企業小説の新たな書き手が現れたように思いました。

「法令遵守」が日本を滅ぼす.jpg 建設談合については、大学教授で東京地検特捜部の元検事・郷原信郎氏のように、過去における一定の機能的役割を認め、単純な「談合害悪論」がそうした機能を崩壊させようとしているという見方もあります。しかしながら、インフラ整備が未発達だった戦後間もない頃から高度経済成長期にかけてならともかく、今の時代には相応しくないシステムに違いなく(郷原氏も基本的にはそうした考え)、ましてや公共事業となると使われるのは税金だし、それでいて、官僚の関係企業への天下りなど政財官の癒着の原因になっていると思うと、やはり今時「必要悪」論は無いんじゃないかなと思います。でも、理想と現実は異なり、この作品を読むと、肝心の建設会社の当事者達は、そうした議論からは遠い「村社会」に居るのだろうなあと感じます。

鉄の骨2.jpg '10年7月にNHKの「土曜ドラマ」で全5話にわたってドラマ化されましたが、その際に監修協力を求められた郷原氏は、「原作が全くゼネコンの仕事と乖離し、リアリティの無さに議論に値しない」とし、ドラマについても、「談合を個別の企業、個人の意思によって回避できる問題のようにとらえる原作とは異なり、単純に善悪では割り切れない問題ととらえている点は評価できるが、談合構造の背景の話がないので、なぜ談合に同調するのかが一般人には理解できないのではないか」と、twitterでなかなか手厳しい評価をしていました。

鉄の骨3.jpg 原作は人物造形がステレオタイプと言えばステレオタイプで、但し、個人的には文芸的なものは期待せずに単純に「企業小説」として読んだため、山崎豊子クラスとはいかないまでもまあまあ面白く感じられました。ドラマも、同じ「土曜ドラマ」枠で'07年に放映された「ハゲタカ」などに比べるとやや地味ですが、「ハゲタカ」が『ハゲタカ(上・下)』、『バイアウト(ハゲタカⅡ)(上・下)』という2つの原作(単行本4巻!)を全6話の中に"無理矢理"組み入れたものであったのに対し、こちらは原作1冊に準拠しているようなので、一貫性という意味ではスッキリしたものになるのではないかと...。

 ところが実際ドラマを観ていると、人物造形が原作とやや違っているみたいで、平太(小池撤平)の部署の統轄である尾形常務(陣内孝則)が原作ほどの貫禄がないとか細かいことは色々ありますが、何よりも、「西田」という見栄えはぱっとしないが有能な先輩のキャラが、ドラマでは、会社のエース的存在であるカッコいい"遠藤"(豊原功補)と見栄えはイマイチだがコスト計算のスペシャリストである"西田"(カニング竹山)に分かれ、談合組織の仕切役(ボス)の「長岡」のキャラが、剛腕の"和泉"(金田明夫)と真面目で責任感の強い"長岡"(志賀廣太郎)に分かれているなど、「キャラクター分割」がなされている点が異なります。一体何のためにそんな面倒なことをするのか。

鉄の骨4.jpg しかも、殆ど新たに造ったキャラクターに近い志賀廣太郎の"長岡"が、検察の追及と会社の板挟みになって自殺するという原作には無い展開で(原作が直木賞の選評で「人物の描き方が浅い」という理由で落選したのを意識したのか?)、さすがにこれには原作者の池井戸潤氏も、「どんどん原作から離れていきますね。まさにNHK版『鉄の骨』です」と自らのブログで書いていましたが、「このテンションで最終回まで引っ張ってくれないかなあ。そしたら、すごくいいドラマになる予感がします」とのエールも送っています(でも、「ハゲタカ」ほどまでのテンションは上がらなかったような気がする)。

鉄の骨  .jpg NHKのドラマって、民放よりは原作に比較的忠実に作るというイメージがありましたが、最近はそうでもないようです。志賀廣太郎の演技は悪くなかったですが、とにかく劇的な要素を入れてハイテンションで持っていけばいいというものでもないし(この場合"自殺"に至るという重い結果により、システム的な問題よりも個人の苦悩のウェイトが大きくなりすぎたような気がする)、改変しない原作通りのものを観たかった気もします(疑獄事件で関係者の自殺を持ち出すというのは、これもまたある種のステレオタイプではないか)。

「鉄の骨」nhk.jpg鉄の骨 dvd.jpg「鉄の骨」●演出:柳川強/松浦善之助/須崎岳●制作:磯智明●脚本:西岡琢也●音楽:川井憲次●原作:池井戸潤「鉄の骨」●出演:小池徹平/カンニング竹山/豊原功輔/臼田あさ美/松田美由紀/笹野高史/中村敦夫/陣内孝則/北村総一朗/金田明夫/志賀廣太郎●放映:2010/07(全5回)●放送局:NHK
NHK土曜ドラマ 鉄の骨 DVD-BOX

【2011年文庫化[講談社文庫]】

2020年再TVドラマ化「鉄の骨」ドラマW土曜オリジナルドラマ(全5回:主演:神木隆之介、内野聖陽、中村獅童、土屋太鳳、柴田恭兵、石丸幹二、向井理、小雪)
ドラマW 2019 鉄の骨.jpg

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志賀廣太郎(しが・こうたろう)2020年4月20日午後8時20分、誤嚥(ごえん)性肺炎のため川崎市の介護施設で死去。71歳。

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