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俗流心理学を脳科学に置き換えたエセ脳科学。「脳科学」における「竹内久美子」。
『脳の闇 (新潮新書) 』['23年]竹内 久美子『そんなバカな: 遺伝子と神について』['91年]
自身の人生と脳科学の知見を通して、現代社会の病理と私たち人間の脳に備わる深い闇を鮮やかに解き明かす。5年にわたる思索のエッセンスを一冊に凝縮した、衝撃の人間論!(版元口上)
「しばしば、ファンですという方からメッセージをいただく」という文章から始まるように、この著者の固定ファンは多いようです。個人的にはずっと著者の本は手にしていなかったのですが、テレビでのコメンテーターとしてのその発言に違和感を感じ、どんなこと書いている人なのかと思い、読んでみました。
読んでいて、「(こうした作用は)前頭葉の前頭前野が行っていることが実験によって明らかになっている」といったような記述ばかりで、踏み込んだ科学的説明がほどんど無いまま、あとは「人はそういうふうにできているのだ」と決めつけているような表現ばかりだったように思いました。学術的根拠を詳しく解明せずに結論を言い切っているところが、読者にとってある意味"楽"であり、一部の読者には受けるのかもしれませんが、俗流心理学を脳科学に置き換えているだけの「エセ脳科学」のように感じられ、これって純粋には科学とは言えないのではと思いました(読み物としても脳科学系というより心理学系か)。
何でもセロトニンとか脳内物質で説明してしまうところは、文芸評論家の斎藤美奈子氏が"ア本"(アキレタ本)認定した米山公啓氏の『男が学ぶ「女脳」の医学』('03年/ちくま新書)を想起させられました。
さらには、脳科学とはジャンルは異なり進化学ですが、個人的評価が星1つであるため当時この読書ブログでは単独では取り上げなかった『そんなバカな!―遺伝子と神について』('91年/ちくま新書)の竹内久美子氏をも思い出しました(竹内久美子氏は後に「睾丸のサイズによって日本人が日本型リベラルになるかどうかが左右される」「睾丸の小さい男は子の世話をよくし、イクメン度が高い」という「睾丸決定論」を唱えた御仁)。
『そんなバカな!』は「講談社出版文化賞」(講談社科学出版賞)を受賞しましたが(「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」の第1位にも選ばれている)、進化生物学者の佐倉統氏は『進化論という考えかた』('02年/講談社現代新書)の中で、竹内久美子氏を"俗流"進化生物学と批判しました(佐倉統氏は神経科学者の澤口俊之氏も同様に批判している)。竹内久美子氏に似たものを、本書の著者にも感じます。著者の「不倫遺伝子論」は、もともとそういうことをする遺伝子を持った人がいるという説で、竹内久美子氏の「同性愛遺伝子論」とよく似ているように思います(まさに「竹内久美子」の脳科学版。誰か小保方晴子さんになぞらえていた人もいた(「小保方感ある脳科学者・中野信子さん」))。
精神科医の岩波明氏は『精神医療の現実』('23年/角川新書)の中で、「脳科学という言葉が世の中に浸透するようになったのは、1990年代ころのことだと思われる(中略)。現在では、「脳科学者」を名乗っている人が、テレビ番組のコメンテーターなどに登場することはまれなことではなくなっている。それでは脳科学とは何かというと、そもそも日本の医学部に「脳科学科」という名称の部門は存在していない」としています。大学において、脳に関する研究をしているのは、基礎医学の部門に加えて、神経内科、脳外科、精神科が相当しているが、いずれの部門も、世の中に浸透している「脳科学」のイメージとはピッタリ一致していないとのこと。この読書ブログでは「脳科学」というカテゴリーを設けていますが、岩波氏の論でいけば、要するに「脳科学者」を標榜する人はやや似非(エセ)臭い要素があるかもしれないということでしょうか(となると、先ほど用いた「エセ脳科学」という言葉も微妙になってくるが)。ネットで「脳科学者」で検索すると、著者の名が真っ先にで出てきて、それに続くのが茂木健一郎氏と澤口俊之氏でした。
岩波明氏は、"脳科学者"の茂木健一郎氏も批判の対象としていますが、茂木健一郎氏はその論がやや浮いていたりすることがあって、だんだん茂木氏がどんな人か皆分かってきた(笑)印象があります。これに対し、この著者は、本書『脳の闇』を出した2023年には単著7冊、共著3冊を出していて(ほぼ〈作家〉業。〈研究〉などしている"暇"は無いのでは)、おそらくこの辺りがピークであろうとは思いますが、まだ現時点ではコアなファンが多くいると思われます。読み物として読むのならばどうぞお好きにという感じですが、まさか科学的に正しいと信じて読まれているのではないだろうなあと、少し気になります。
『そんなバカな!―遺伝子と神について』...【1994年文庫化[文春文庫]】