【2312】 ◎ 清水 潔 『遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層』 (2000/10 新潮社) 《桶川ストーカー殺人事件―遺言』 (2004/05 新潮文庫)》 ★★★★★

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記者が独自に犯人を特定し、警察の腐敗も明るみに。まるでドラマの世界のよう。

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遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層』['00年] 『桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)』['04年] 清水 潔 氏

清水潔 著 『遺言〜桶川ストーカー殺人事件〜』.jpg ひとりの週刊誌記者が、殺人犯を捜し当て、警察の腐敗を暴いた...。埼玉県の桶川駅前で白昼起こった女子大生猪野詩織さん殺害事件。彼女の悲痛な「遺言」は、迷宮入りが囁かれる中、警察とマスコミにより歪められるかに見えた。だがその遺言を信じ、執念の取材を続けた記者が辿り着いた意外な事件の深層、警察の闇とは。「記者の教科書」と絶賛された、事件ノンフィクションの金字塔!日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞受賞作―(文庫版「BOOK」データベースより)(因みに著者は北関東連続幼女誘拐殺人事件(所謂「足利事件」所謂)の冤罪の可能性も早くから指摘していた)。

 1999年、白昼のJR桶川駅前で起きた女子大生殺害事件、所謂"桶川ストーカー殺人事件"において、被害者が周囲に残した"遺言"にこだわり、事件の真相を追い続けた写真週刊誌「フォーカス」記者(当時)のルポルタージュですが、単なるルポではなく、警察よりも早く犯人グループを突き止め、また、逃亡した犯人の行先もこれまた警察より早くより突き止めたという極めて稀なケースです。

 なぜ主要メディアを差し置いて、記者クラブにも属さない写真週刊誌の一記者によってこのようなことが成されたかというと、事件に対する上尾署(埼玉県警)の初動対応のマズさを警察が組織ぐるみで隠蔽し、事件の真相解明よりも組織防衛のために勝手に描いたシナリオの記者発表していたところを、主要メディアは唯々諾々単にそれに沿って報道していたに過ぎなかったからだという背景があったことが本書から窺えます。

 また、警察が事件の真実を捻じ曲げようとした背景には、被害者に告訴取り下げを求め、その事実をも隠蔽しようとしたという事情もあり(この警察の腐敗からくる行為も著者の取材スクープによって明るみになった)、取材の過程ではニセ警官だと思ったら実はホンモノの警官だったという、何とも言えないヒドイ話です。「告訴」調書を「被害届」に改竄しておいて、事件から5ヵ月も経って特別調査チームが調べてみたら、「驚いたことに改竄されていました。今、初めて気がついた」は、そりゃ無いでしょう。

2012年9月26日放映「ザ!世界仰天ニュース」
桶川ストーカー殺人事件発生後の埼玉県警上尾警察署(片桐敏男元刑事二課長・当時48­歳)の記者会見

 全てが劇的ですが、最大のクライマックスは、著者らが1999年末に犯人グループを独自に特定し、記事も出来上がっていたものの、フォーカス誌の校了日にまだ逮捕されておらず、記事を載せれば犯人に逃げられる可能性があるし、載せなければ載せないでこれまた逃げられるかもしれず、また何日か後に警察に逮捕されたとしても今度自分たちがこれを記事に出来るのは年が明けてからということで、ここまで追ってきたものが特ダネでもなんでもなくなってしまうというジレンマに陥ったところでしょうか。輪転機が回り始めてほぼ諦めかけたところへ、実行犯の身柄確保の報が入り、あとは、急遽記事を差し替え、身柄確保が逮捕に繋がることにかける―(仮に逮捕に至らなければ、大誤報ということになるリスクを負って)。取材に協力してくれたスタッフへの「百倍返し」という表現が出てきて、殆どドラマの世界のようです。

 被害者の元交際相手である小松和人が指名手配された翌2000年1月、著者は彼の逃亡先が北海道である可能性が高いことを突き止め、単独で北海道に向かいますが、同月、小松和人の死体が北海道の屈斜路湖で発見され、遺書があったことから自殺と判断されます。この小松というのは、本書を読む限り異常人格ではないかと思われますが、そうであろうとなかろうと死んでしまったら事の真相は分からないわけで、そうした意味でも、スッキリ解決した事件であるとはとても言えません(風俗業を営んでいた彼の背後に組織的な指図者がいたとの説もある)。

 加えて著者は、事件の裁判が、あたかも実行犯に指示をした小松和人の兄・小松武史(東京消防庁の消防士だった)があくまで"主犯"であり、本来の主犯である小松和人の存在が希薄なまま裁判が進められていくことに違和感を覚えていますが(最終的に小松武史は2006年に最高裁で無期懲役が確定)、それは警察の意図でもあるのではないでしょうか。仮に小松和人をこの事件の主犯であると定義づけてしまうと、警察は主犯を逃し、挙句の果てにその主犯を捕える前に自殺されてしまったということになるので、警察としては小松和人を事件の外に追いやって、兄・小松武史が"主犯"であるという方向へ事件を持って行ったのではないでしょうか。

 著者はその後日本テレビに転職し、2007年以降、当時殆どの人が関心を持っていなかった「足利事件」について、無期懲役が確定していた菅家利和さんは冤罪ではないかとの疑いのもと真犯人を追っており、実際あの事件では2009年に菅家さんの再審無罪が確定しており、一方、著者の方は、既に真犯人を特定し、捜査機関に情報を提供している事実を明らかにしています。

 この事件は、フォーカス誌を読んだジャーナリストの鳥越俊太郎氏が日本テレビの「スーパーテレビ情報最前線」によって2001年3月に取り上げられ(2002年には同番組版で椎名桔平、内藤剛志などの出演でドラマ化もされた)、その鳥越俊太郎氏が単行本の帯に「今どき、こんな記者がいたのか」と驚嘆の辞を寄せていますが、確かにスゴイなあと。元々記者ではなくカメラマンですから、記者やカメラマンという職種の違いに関係なく(まあ、両者は連れだって現場に赴くことが多いわけだが)、現場の感触から事件の真相を嗅ぎ分ける、ある種"才覚"のようなものがあるではないかと思いました。
 
【2004年文庫化[新潮文庫(『桶川ストーカー殺人事件―遺言』)]】

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