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映画的終わり方にしてしまい小説に比べインパクトが弱かったが、傑作には違いない。

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あの頃映画 「事件」 [DVD]」「あの頃映画 the Best 松竹ブルーレイ・コレクション 事件 [Blu-ray]

「事件」 キャスト.jpg 神奈川県の相模川沿いにある土田町の山林で、若い女性の刺殺死体が発見された。その女性はこの町の出身で、新宿でホステスをしていたが、一年程前から厚木の駅前でスナックを営んでいた坂井ハツ子(松坂慶子)だった。数日後、警察は19歳の造船所工員・上田宏(永島敏行)を犯人として逮捕する。宏はハツ子が殺害されたと推定される日の夕刻、現場付近の山道を自転車を押しながら下りてくるのを目撃されていた。警察の調べによると、宏はハツ子の妹・ヨシ子(大竹しのぶ)と恋仲であり、彼女はすでに妊娠3ヵ月であった。宏とヨシ子は家を出て横浜方面で暮らし、子供を産んで、二十歳になってから結婚しようと計画していた。しかし、ハツ子はこの秘密を知り、子供を中絶するようにと二人に迫った。ハツ子は宏を愛し、ヨシ子に嫉妬していた。その頃ハツ子には宮内(渡瀬恒彦)というやくざのヒモがいた。彼女は宮内と別れて、宏と結婚し、自分を立ち直らせたいと思っていたのだった。ハツ子が親に言いつけると宏に迫った時、彼はとっさに登山ナイフをかまえて彼女を威嚇した。宏が一瞬の悪夢から覚めて気がついた時、ハツ子は血まみれになって倒れていた。上田宏は逮捕され、検察側の殺人、死体遺棄の冒頭陳述から裁判が開始された―。

「事件」02.jpg 大岡昇平による原作を野村芳太郎監督、新藤兼人脚本で映画した1978年公開作。日本アカデミー賞「作品賞」、毎日映画コンクール「日本映画大賞」、「文化庁芸術選奨」(野村芳太郎、「鬼畜」とセット受賞)受賞。

 進行する裁判のシーンに回想が断片的に挿入され真実が明らかになると同時に、事件に潜む人間の虚実や姉妹の葛藤を浮き彫りにしていくという構図。ただし、奇を衒うような実験的表現は無く、いい意味で大衆目線の作り方になっています。

「事件」松坂・渡瀬.jpg「事件」渡瀬.jpg 清楚なイメージが定着していた松坂慶子が汚れ役に挑戦しているほ「事件」佐分利.jpgか、野村芳太郎監督をして天才と言わしめた大竹しのぶの演技も見もの(同年のドラマ版(1978/04 NHK)で同じ役を演じていた)。ヒモ男を演じた渡瀬恒彦や、そのほかの演技陣も充実しており、弁護人の丹波哲郎の、証言台に立つ北林谷栄や森繁久彌といった芸達者との掛け合いも愉しめます。その丹波哲郎演じる弁護士と芦田伸介演じる検事を前に、裁判長としての威厳と貫録を見せた佐分利信の演技はさすがでした。

 原作も映画も、つまりは「殺人」か「傷害致死」かを争うだけの話なので、裁判ものと言っても、E.S.ガードナーの「ペリー・メイスン」シリーズ及びそのドラマ化作品のようなミステリとはまったく趣を異にしますが、原作にはラストで思わぬ被告人の告白、言わば「大どんでん返し」があります(これは大岡昇平がラストを当初の構想から変えたことにより生まれたという)。

 映画は映像表現なので、「殺人」か「傷害致死」かということについてはどちらともとれる見せ方になっています。そして、ラスト。原作と同じく、永島敏行演じる元被告人はある告白をしますが、丹波哲郎演じる弁護士はそれを「罪悪感からくる思い込み」とあっさり片付けてしまっています。これは所謂「映画的」「検閲的」修正なのでしょうか。ここの所が原作の肝(キモ)ではなかったかと思うのですが。

 新藤兼人(1912年生まれ)は自分の脚本を勝手に直されると怒る脚本家として有名でしたが、野村芳太郎(1919年生まれ)だけには任せていたようです。よって、最後の丹波哲郎の軽いあしらい方はどちらの考えなのか分かりません。こうした終わり方となっているため、小説に比べインパクトが弱かったですが、映画としても傑作であるには違いないと思います。

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事件 映画 野村芳太郎.jpg事件(ポスター).jpg事件 映画 野村芳太郎v.jpg
「事件」●制作年:1978年●監督: 野村芳太郎●製作:野村芳太郎/織田明●脚本:新藤兼人●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●原作:大岡昇平●時間:138分●出演:丹波哲郎/芦田伸介/大竹しのぶ/「事件」クレジット.jpg永島敏行/サスペンスな女たち.jpg松坂慶子/渡瀬恒彦/山本圭/夏純子/佐野浅夫/北林谷栄/乙羽信子/西村晃/佐分利信/森繁久彌/中野誠也/磯部勉/浜田寅彦/丹古母鬼馬二/早川雄二/穂積隆信/山本一郎●公開:1978/06●配給:松竹●最初に観た場所(再見):神田・神保町シアター(23-06-30)(評価:★★★★) 

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浦粕(浦安)で暮らす人々の悲喜こもごも。原作を巧みに再構成した新藤兼人脚本。

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青べか物語 [DVD]」森繁久彌/左幸子/フランキー堺/池内淳子
「青べか物語」p.jpg 「青べか物語」000.jpg
 東京都と千葉県の境を流れる江戸川の河口に、貝と海苔と釣場で有名な浦粕集落がある。ある日、「先生」と呼ばれる三文文士(森繁久彌)がやって来て、当分の住いを、片足が不自由な妻(乙羽信子)と暮らす増さん(山茶花究)の家の二階に決める。着て早々、先生は見知らぬ老人・芳爺(東野英治郎)から、青べか舟を売りつけられる。先生が観察するに、この地では他人の女房と寝るぐらいのことは珍しくなく、動物的本能が公然と罷り通っている大変なところだった。町にはごったく屋という小料理屋が多い。その中の一軒「澄川」に威勢のいいおせい(左幸子)、おきん(紅美恵子)、おかつ(富永美沙子)の3人が働いている。「澄川」の真ん前に「みその」洋品雑貨店があり、息子・五郎(フランキー堺)の花嫁(中村メイコ)は里帰りしたまま戻ってこない。べか舟を先生に売りつけた芳爺、消防署長わに久(加藤武)、天ぷら屋の勘六(桂小金治)あさ子(原悦子)夫婦などが五郎は不能らしいと噂をふりまいた。だが、孤独な生活を楽しんでいる老人もいる。廃船になった蒸気船に寝泊りしている老船長(左卜全)がそれだ。彼はいまだに若い頃の恋人(桜井浩子)を想い浮かべることによってのみ生き甲斐を感じているかのようである。飲み屋の連中の騒ぎ、バクチ場で血相変えて喚く連中、様々な人間模様に興味を感じながらも、煩わしさを避けて先生は青べか舟で釣りに出掛ける。五郎には母親(千石規子)が新しい花嫁(池内淳子)を連れてきて、今度は不能だなどと陰口も叩かれず、幸福な生活に入れるらしい。そんな先生に思いがけない事件が起きる。ごったく屋のおせいが先生に惚れたのだ。言い寄られた先生は眼を白黒。失恋のおせいは、腹いせに偽装心中を図る。とんでもない騒ぎに巻き込まれた先生は、様々な思いを抱きながらも浦粕集落から逃げ出すことにした―。

 1962(昭和37)年公開の川島雄三監督作品。個人的には劇場(神保町シアター)で観ましたが、昨年['21年]やっとDVD化された作品であり、これまでなかなか観る機会が無かった作品です。

青べか物語1.jpg 原作は山本周五郎が1960(昭和35)年1月から12月にかけて「文藝春秋」に連載したもので、この年、作者は57歳。ただし、実際に作者が浦安(作中では原作・映画とも"浦粕"となっている)に住んだのは、1924(大正15)年からの3年間、23歳から26歳までの間のことで、町の人から「先生」と呼ばれているけれど、実はまだ20代の若さだったのです。

 映画では設定を、浦安付近の埋め立てがまさに始まらんとする直前(浦安市の海面埋め立てが始まったのは1964(昭和39)年)、つまり映画撮影時の"現在('62年)"に置き換えているようにも見えますが(冒頭にそう思わせる浦安の'62年当時の風景シーンがあり、そのままドラマ部分に入っていく。警察官も戦後のそれの恰好をしている)、一方で、描かれている物語の中身や背景はとても戦後とは思われず、昭和初期といった感じなのはそのためでしょう(母親に売り飛ばされた娘の話などがあったりする)。永らくDVD化(ビデオ化)されなかったのは、地元の人に浦安とその周辺の描き方に根強い反発や忌避感があったためだとのことですが、それは、このアナクロニズムによるものではないでしょうか。

「青べか物語」12.jpg 原作は33篇のエピソードからなる「浦粕」とそこに暮らす人々のいわば"点描"ですが、映画ではそこから幾つかのエピソードを拾い上げて膨らませ、特にフランキー堺が演じる五郎の結婚騒動が中心にきているため、哀しい話もあるけれども、全体的には喜劇色が強くなっているように思いました。それでも、原作を巧みに再構成し(脚本は新藤兼人)、「浦粕」で暮らす人々の悲喜交交(こもごも)をよく描いた作品だと思います。

「青べか物語」11.jpg 森繁久彌は主人公の語り手の立場で、珍しく受け身的な演技でしたが、これはこれでぴったりでした。最後、逃げ出すかのように「浦粕」を去るのも原作と同じです。左卜全演じる「船長」が、退職後、廃船に住んでいまだに若いころの恋人(桜井浩子)を思い出しているというのも切なかったです。

「青べか物語」13.jpg 名優揃いですが、その魅力を引き出す川島雄三の演出はさすが。先に述べたように、時代が戦後なのか昭和初期なのかよくわからないのが残念で(戦後だとすればかなりアナクロということになる)星半分マイナス。でも、もうこうした映画は撮れないだろうという思いで(加えて、久しく待望されたDVD化を祝して)星半分オマケして、最終的に星3つ半というところでしょうか。

 
「青べか物語」14.jpg「青べか物語」●制作年:1962年●監督:川島雄三●製作:佐藤一郎/椎野英之●脚本:新藤兼人●撮影:岡崎宏三●音楽:池野成●原作:山本周五郎●時間:101分●出演:森繁久彌/東野英治郎/南弘子/丹阿弥谷津子/左幸子/紅美恵子/富永美沙子/都家かつ江/フランキー堺/千石規子/中村メイコ/池内淳子/加藤武/中村是好/桂小金治/市原悦子/山茶花究/乙羽信子/園井啓介/左卜全/井川比佐志/東野英心/小池朝雄/名古屋章●公開:1962/06●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(22-11-10)(評価:★★★☆)

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倍賞美津子を中心にシリーズを撮っていく選択肢もあったのでないか。

喜劇 女は男のふるさとヨ v.jpg喜劇 女は男のふるさとヨa1.jpg 喜劇 女は男のふるさとヨa21.jpg 喜劇 女は男のふるさとヨa22.jpg
喜劇 女は男のふるさとヨ」(VHS)倍賞美津子/河原崎長一郎/中村メイコ/森繁久弥/緑魔子
喜劇 女は男のふるさとヨ(1971).jpg喜劇 女は男のふるさとヨ07.jpg ストリッパー斡旋業「新宿芸能社」を営む金沢(森繁久弥)と竜子(中村メイ子)夫妻は、父さん母さんと呼ばれながら、踊り子たちと家族のように暮らしている。ある日、旅に出ていたマタタビ笠子(倍賞美津子)が、金も溜まり、そろそろ結婚したいと久し振りに帰って来る。が、金沢夫婦の留守中、昔のヒモに強引に連れ去られ、金沢が談判に行くがイタメつけられて戻る。腹にすえかねた竜子が人糞を流し込んで報復したが、笠子は再び旅に出る。笠子の紹介でやって来た、泣いているような顔の田舎臭い星子(緑魔子)は、踊りを教えているうちに、結構いい線いくようになる。とは言え、客の頼みを断れず、トイレで性行為したり、道端で自殺しそうな青年を救おうとしてアオカンしたと警察に捕まったりして、その都度竜子は一喜一憂する。一方、笠子は旅先で彼女に心酔する青年・照夫(河原崎長一郎)に出会い、彼が作ってくれたキャンピング・カーで一緒に旅回りを続ける。運転は勿論、三度の食事までひたすら尽くすだけで、絶対に手を出さない照夫。笠子は運転免許を取ったのを機会にいったんはクビにしたが、彼のこのうえない愛情と誠意に気づき、結婚しようと心に決める。しかし―。

女は度胸.jpg男は愛嬌.png森崎東監督.jpg 昨年['20年]7月に92歳で亡くなった森崎東監督の「女シリーズ」の第1作で、原作は、藤原審爾のお座敷ストリッパーを描いた連作短編集『わが国おんな三割安』の中の「またたび笠子」「あおかん星子」を中心としています(脚本は山田洋次)。笠子を演じる倍賞美津子は森崎東監督の「喜劇 女は度胸」('69年)、「喜劇 男は愛嬌」('70年)に続く出演で、星子を演じた緑魔子は山田洋次監督(森崎東脚本)の「吹けば飛ぶよな男だが」('68年)にも出ています。
喜劇・女は度胸 [DVD]」(倍賞美津子/渥美清)/「あの頃映画 「喜劇 男は愛嬌」 [DVD]」(渥美清/倍賞美津子)
喜劇・女生きてます [VHS]」(森繁久彌)/「喜劇・女売り出します [VHS]」(森繁久彌)
女生きています.png女売る出します.jpg この作品の後、この「女シリーズ」は第2作「喜劇 女生きてます」('71年)、第3作「喜劇 女売り出します」('72年)、第4作「女生きてます 盛り場渡り鳥」('72年)と続いていきますが、何れも森繁久弥演じる金沢を軸に話が展開し、その妻・竜子役は第2作で左幸子、第3作で市原悦子と代わって、第4作で中村メイ子に戻っています。ヒロインの方も毎回変わり、倍賞美津子と緑魔子が出ているのはこの第1作のみで、第2作は安田(大楠)道代、第3作は夏純子、第4作は川崎あかねです。

 山田洋次監督が「男はつらいよ」 シリーズの第1作を撮ったのが'69年で、シリーズ中、第2作「男はつらいよ フーテンの寅」('70年)のみ森崎東監督作となっていますが、あとは全部山田洋次の監督作です。ただし、この森崎東監督の「女シリーズ」を観ると、同じ下町人情を描いても山田洋次監督作とは随分雰囲気が違っている感じもします(「女シリーズ」でこの「喜劇 女は男のふるさとヨ」だけ脚本に山田洋次が噛んでいるのだが)。

山田洋次.jpg 1931年生まれの山田洋次監督は「男はつらいよ」「続・男はつらいよ」などで1969(昭和44)年度・第20回「芸術選奨」を、1927年生まれの森崎東監督は「男はつらいよ フーテンの寅」「喜劇・男は愛嬌」などで1970(昭和45)年度・第21回「芸術選奨新人賞」を受賞しています。因みに、山田洋次監督は東京大学法学部を卒業し、新聞社勤務を経て1954年に松竹に補欠入社、森崎東監督は京都大学法学部を卒業して1956年に松竹に入社しています(年齢は森崎東監督の方が上だが、松竹では山田洋次監督の方が先輩ということになる)。

倍賞千恵子 倍賞美津子.jpg 森崎東監督は森繁久弥を中心にシリーズを撮っていきましたが、倍賞美津子を中心にシリーズを撮っていくという選択肢もあったのでないかという気がします(山田洋次監督のヴィーナスが倍賞千恵子で、森崎東監督のヴィーナスが倍賞美津子であるというのも面白い)。そうしたならば、もしかしたら倍賞美津子が女性版寅さんみたいな存在になっていたかもしれません。ただし、この倍賞美津子のストリッパー「笠子」のキャラクターは、森崎東監督の後の作品「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」('85年/ATG)における、倍賞美津子演じる主人公のヌードダンサー「バーバラ」などにも反映されていたように思います。

倍賞千恵子/倍賞美津子

喜劇 女は男のふるさとヨ vhs.jpg「喜劇 女は男のふるさとヨ」●制作年:1971年●監督:森崎東●製作:小角恒雄●脚本:山田洋次/森崎東●撮影:吉川憲一●音楽:山本直純●原作:藤原審爾●時間:91分●出演:森繁久弥/中村メイコ/倍賞美津子/緑魔子/河原崎長一郎/花沢徳衛/伴淳三郎/佐藤蛾次郎/園佳也子/山本紀彦/犬塚弘/名古屋章/左卜全●公開:1971/05●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-12-06)(評価:★★★☆)

喜劇 女は男のふるさとヨ vhsa.jpg

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新たに発見された続編と併せ、当初からストーリー性の高い構想だったのではないか。

夫婦善哉 決定版 新潮文庫.jpg夫婦善哉 (新潮文庫)旧.jpg 夫婦善哉 DVD.jpg 夫婦善哉 森繁久弥・淡島千景.jpg
夫婦善哉 決定版 (新潮文庫)』['16年]『夫婦善哉 (新潮文庫)』['50年/'00年改版]「夫婦善哉 [DVD]」淡島千景/森繁久彌
夫婦善哉19.JPG 大正時代の大阪。貧乏な天ぷらやの娘・蝶子は、17歳で芸者になり、陽気でお転婆な人気芸者に成長する。そして化粧問屋の若旦那・柳吉といい仲になり、駆け落ちをする。ところが熱海で関東大震災に出くわした二人は、大阪に戻り、黒門市場の裏路地の2階に間借り生活をはじめる。蝶子は職のない柳吉に代わり、ヤトナ芸者(コンパニオン)で稼ぎに出るが、柳吉はその金でカフェに出かけたりしていた。柳吉は実家の父親から勘当され、蝶子が苦労して貯めた金に手をつけて放蕩を繰り返す。蝶子はなんとか柳吉を一人前の男にして、実家から認めてもらおうと、商売を始める。剃刀屋、関東煮屋、果物屋、カフェなど転々と商売をするが、結局は柳吉の浪費で失敗に終わる。蝶子の苦労はなかなか報われず、柳吉も腎臓結石を患い、実家から廃嫡される。ある日、柳吉は蝶子を法善寺境内の「めおとぜんざい」に誘い、二人仲良くぜんざいをすする。蝶子はめっきり肥えて座布団が尻に隠れるほどになった―。(「夫婦善哉」)

 「夫婦善哉」は、織田作之助(1913-1947/33歳没)が1940(昭和15)年4月に同人雑誌「海風」に発表し、作者が世に出る契機となった作品です。新潮文庫の旧版(1950年刊)は、この他に「木の都」「六白金星」「アドバルーン」「世相」「競馬」の五編を所収していましたが、2007年に「続 夫婦善哉」の未発表原稿が発見されて刊行され(『夫婦善哉 完全版』雄松堂出版)、この文庫「決定版」は、旧版に「続 夫婦善哉」を加えたものです(新版の解説は石原千秋・早稲田大学教授だが、旧版の作家・青山光二の解説も載せている)。

映画 夫婦善哉0.jpg 「夫婦善哉」は、前記の通り、北新地の人気芸者で陽気なしっかり者の女・蝶子と、化粧問屋の若旦那で優柔不断な妻子持ちの男・柳吉が駆け落ちし、次々と商売を試みては失敗し、喧嘩しながらも別れずに一緒に生きてゆく内縁夫婦の物語であり、豊田四郎監督、森繁久彌、淡島千景主演の映画('55年/東宝)でも知られています。映画は森繁久彌主演ということもあって結構ユーモラスに描かれていますが、原作を読むと、見方によっては、頑張り屋の女性がダメ男に惚れたばっかりに、共に破滅に向かっていく、その予兆の部分まで描いた作品ととれなくもないように思いました。

「夫婦善哉」('55年/東宝)

 ところが、2007年に見つかった「続 夫婦善哉」では、二人は別府に渡り、そこで例のごとく商売を始め、前と同じく起伏がありながらも何とか見通しがついたところへ、隆吉の娘から、自分が結婚することになったので、二人で式に対会ってもらいたいとの速達が届く―という結末になっています(ハッピーエンドと言っていいのでは)。

夫婦善哉 映画 自殺未遂.jpg 実は、本編の終盤で、柳吉の父親が亡くなった際に、蝶子が葬式に出ることを実家から拒まれ、紋付を二人分用意していた蝶子は、いまだに隆吉の実家に自分が受け容れてもらえないのかと絶望し、ガス自殺未遂を起こすという事件があり(この事件は映画にも描かれて、原作同様に新聞記事になっている。この事件のため、柳吉は結局、父の位牌を持つことさえ許されなかったというのは映画のオリジナル)、こうしたことが、文学的には傑作だが、現実的に考えると、一人の女性が破滅に向かう話ともとれるのではないかと個人的に危惧するところであったのですが、ちゃんと話に続きがあって、前は「葬式に呼ばれなかった」けれど、今度は「結婚式に呼ばれる」という相対する結末が「続 夫婦善哉」には用意されていたのだなあと。

 決定版解説の石原千秋氏は、「夫婦善哉」を書いたのは私たちのイメージの中にある「織田作之助」その人であって、「続 夫婦善哉」を書いたのは、人間織田作之助であり、「夫婦善哉」には文学があって、「続 夫婦善哉」には織田作之助がいるとしていますが、なるほど、そうい夫婦ぜんざい.jpgう見方もあるのかなあと。ただし、旧版解説の青山光二(1913-2008)は、「結末のオチがうかばぬうちは作品を書き出さないというのが、短編小説の名手とされた織田作之助の基本的態度でもあった」としており、青山光二は、柳吉と蝶子が法善寺境内の「めおとぜんざい」に行き、二人でぜんざいを食べるという結末のイメージは早くから作者の頭の中にあったようだとしていますが、もしかしたら、更にその先までストーリーはできていたのかも、と思ってしまいます。
夫婦ぜんざい

 青山光二は、「若書きの『夫婦善哉』には、「文章に未熟な個所が目立ち、構成にも起伏が乏しい」といった弱点があるとしながらも、「この作品が今日まで多くの読者を獲得しつづけ、名品の風格さえ高いと思えるのは、題材と渾然たる調和をなす斬新な文体と、それによって一分の弛みもなく作品を支えている高度の緊張感、さらに作品の根底にある、作者の煮つまった情熱が、そくそくと伝わってきて、読者の心をうつからである」と評しています。

 確かに、戦後書かれた「世相」や「競馬」の方が、完成度自体は高いのかも。「世相」は作者の分身と思しき作家が世相を見ながら作品のネタを漁る、虚実皮膜譚のような構成でオチは無いのですが、真面目男がふとした契機から競馬に嵌ることになる「競馬」は、ストーリー性も高いように思います。ただし、「夫婦善哉」が「続 夫婦善哉」と当初からセットで構想されていたとしたら、ストーリー性においても後の作品と遜色なく、青山光二の言うように、「結末のオチがうかばぬうちは作品を書き出さない」というのは、デビュー当時からそうだったのではないかと思わせます。

 最初に読んだ時は、「世相」や「競馬」は「夫婦善哉」と並ぶ傑作だと思いましたが、読み返してみると、1940(昭和15)年の夏に(つまり「夫婦善哉」のすぐ後に)書かれた、作者と同じ六白水星の星まわりの少年・楢雄を主人公とする「六白水星」が傑作と言うか、愛おしい作品のように思えてきました(因みに、この作品は書いたときは発表が許されず、戦後に改稿して発表されている。織田作之助は、「夫婦善哉」の次作「青春の逆説」が発禁処分になっていて、このことはそのまま「世相」の中に話として出てくる)。「六白水星」は、何となくオチが無いように見えますが、読み返してみると、青山光二の言うように、「結末のオチがうかばぬうちは作品を書き出さない」という法則が当て嵌まるかのように、ラストが決まっているなあと思いました。

映画 夫婦善哉1.jpg 映画「夫婦善哉」は、森繁久彌演じる柳吉と淡島千景演じる蝶子が熱海の温泉旅館に駆け落ちと洒落込んだところへ関東大震災に見舞われるというのが出だしでしたが、森繁久彌のアドリブっぽい演技もあって(原作に無い台詞が結構あったように思う)ユーモラスに淡島千景 森繁久彌 夫婦善哉.jpg描かれていたし、あの映画で一番気持ちがいいのは、淡島千景演じる蝶子が、「あの人を一人前の男に出世させたら、それで本望や」と言い切るところですが、原作ではこうした啖呵を切る場面はありません。

 淡島千景は、この作品の演技で1955年・第6回ブルーリボン賞・主演女優賞を受賞。デビュー作でいきなりブルーリボン賞・主演女優賞を受賞した渋谷実監督の「てんやわんや」('50年/松竹)に続く2度目の受賞で、1955年度(1956(昭和31)年)・第4回「菊池寛賞」も受賞しています。また、森繁久彌も1955年・第6回ブルーリボン賞・主演男優賞を初受賞、淡島千景とのコンビで、この作品以降、「駅前シリーズ」など多くの作品で夫婦役を演じることになります。
  
映画 夫婦善哉 awasima.jpg 淡島千景(1924-2012、享年87)は生涯を独身で通しています。森繁久彌(1913-2009、享年96)が生前に「ずっと手が出なかった」と語ったように、男性を寄せつけないオーラがあったそうです。映画は、豊田四郎監督とこの二人のコンビで「新・夫婦善哉」('63年/東宝)が作られただけでリメイク作品はありません。一方、1966年以降10回ほどTVドラマ化されていて、扇千景、中村玉緒、榊原るみ夫婦善哉 森山未來 尾野真千子.jpg、泉ピン子、森光子、浜木綿子、三林京子、黒木瞳、田中裕子、藤山直美らが蝶子(またはそれに相当する役)を演じていますが、淡島千景を超えるものはなかったとの世評のようです。2013年の織田作之助生誕100年を機に、新たに発見された続編を含む新解釈でNHKが初めてテレビドラマ化しています(全4回)。柳吉と蝶子は森山未來と尾野真千子が演じましたが、残念ながら未見です。どろっとした役を演じても透明感のあるのが淡島千景でしたが、尾野真千子はどこまでそれに迫れたのでしょうか。

NHK土曜ドラマ「夫婦善哉」(2013年)森山未來/尾野真千子
 
映画 夫婦善哉es.jpg映画 夫婦善哉ド.jpg「夫婦善哉」●制作年:1955年●監督:豊田四郎●製作:佐藤一郎●脚本:八住利雄●撮影:三浦光雄●音楽:團伊玖磨●原作:織田作之助●時間:121分●出演:森繁久彌/淡島千景/司葉子/浪花千栄子/小堀誠/田村楽太/三好栄子/森川佳子/山山茶花究 夫婦善哉.jpg茶花究/万代峰子●公開:1955/09●配給:東浪花千栄子 夫婦善哉.jpg宝●最初に観たふたりぼっちの物語.jpg場所:神保町シアター(14-01-18)(評価★★★★)
 
山茶花究/浪花千栄子

 
夫婦善哉 正続 他十二篇_.jpg織田作之助 (ちくま日本文学全集).jpg【1950年文庫化・2000年改版[新潮文庫(『夫婦善哉』)]/1993年再文庫化[ちくま文庫(『織田作之助 (ちくま日本文学全集)』)]/1999年再文庫化[講談社文芸文庫(『夫婦善哉』)]/2013年再文庫化[岩波文庫(『夫婦善哉 正続 他十二篇』)]/2013年再文庫化[実業之日本社文庫(『夫婦善哉・怖るべき女 - 無頼派作家の夜』)]】

夫婦善哉 正続 他十二篇 (岩波文庫)』['13年]/『織田作之助 (ちくま日本文学全集)』['93年](※「続 夫婦善哉」は所収しておらず)カバー絵:安野光雅   
    
夫婦善哉 (講談社文芸文庫) 文庫.jpg夫婦善哉 (講談社文芸文庫)』['99年]
「夫婦善哉」のほか、「放浪」「勧善懲悪」「六白金星」「アド・バルーン」、評論「可能性の文学」所収(※「続 夫婦善哉」は所収しておらず)

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大家族ホームドラマに見る滑稽と無常。東宝映画だが小津トーンが行きわたっている。

Kohayagawa-ke no aki (1961).jpg小早川家の秋 poster.png小早川家の秋 dvd2.jpg 小早川家の秋 dvd1.jpg
小早川家の秋 [DVD]」「小早川家の秋 [DVD]」
「小早川家の秋」ポスター(司葉子/原節子/新珠三千代)
Kohayagawa-ke no aki (1961)

小早川家の秋TF.jpg 京都の造り酒屋・小早川の長男は早く死に、その未亡人の秋子(原節子)に親戚の北川(加東大介)が再婚話を持ってくる。相手の磯村(森繁久彌)は鉄工所の社長でちょっとお調子者だ。また、次女の紀子(司葉子)も婚期を迎えて縁談が持ち込まれるが、彼女は大学時代の友人で、札幌に転勤することになっ小早川家の秋 R.jpgている寺本(宝田明)に思いを寄せていた。一方、小早川の当主・万兵衛(中村鴈治郎)は最近、行き先も告げずにこそこそと出かけることが目立つようになった。店員の丸山(藤木悠)が後を小早川家の秋4_R.jpg尾けるが、したたかな万兵衛に見つかってしまい失敗。小早川の経営を取り仕切る入り婿の久夫(小林桂小早川家の秋  last.jpg樹)と長女の文子(新珠三千代)夫婦が心配して行方を突き止めると、そこはかつての愛人・佐々木つね(浪花千栄子)の家だった。さんざん死んだ母を泣かせた万兵衛の女好きがまた始まったと怒る文子。万兵衛はつねとその娘・百合子(団令子)との触れあいに、特別な安らぎを感じているようだったが、そこで倒れて亡くなる―。

小早川家の秋 撮影現場.png 1961年公開作で、小津安二郎が東宝に招聘されて撮った作品。時期的には「秋日和」('60年/松竹)と「秋刀魚の味」('62年/松竹)の間の作品になりますが、野田高梧、小津安二郎のオリジナル脚本は、再婚話を持ちかけられた未亡人・秋子(原節子)と同じく縁談が持ちあがった娘・紀子(司葉子)の義理姉妹といったようにそれぞれに小津作品の定番的モチーフを踏襲しながらも、多くの登場人物によって大家族を巡るホームドラマとなっており、しかも、そうした話の流れの中心にいるのはあくまでも、物語の舞台である京都・伏見の造り酒屋の当主で、今は隠居している・万兵衛(中村鴈治郎)であるというのが後期小津作品の中では特徴的でしょうか(大阪・京都が舞台になっているというのも珍しい)。

原節子/小津安二郎/加東大介/森繁久彌

小早川家の秋5.jpg 物語は導入部の森繁久彌加東大介の未亡人を巡る会話からコミカルなタッチで進み(まるで森繁の「社長シリーズ」('58年~'70年/小早川家の秋09.jpg東宝)みたい)、万兵衛(中村鴈治郎)が孫とかくれんぼしている間に抜け出して昔の愛人(浪花千栄子)に会いに行くところで滑稽さはピークに達しますが、そうやって軽妙に描かれた道楽旦那の〈老いらくの恋〉の後に突然のその死が訪れ、葬式の日に紀子(司葉子)が秋子(原節子)に札幌の寺本の下へ行く決心を告げる場面こそありますが、全体として無常感の漂う作品となっています(火葬場の近くで川漁りをする笠智衆と望月優子の夫婦の会話が効いている)。

小早川家の秋 ryuu.jpg小早川家の秋R6.jpg 当時57歳の小津安二郎の死生観が反映された作品であるのに違いなく、また万兵衛のコミカルさにも、自らを「道化」と称していた小津自身が反映されているとの見方もあるようです(万兵衛の死すらも愛人(浪花千栄子)によって、或いは万兵衛の妹・しげ(杉村春子)によってコミカルに語られる。死んでしまえば自分だってどう言われるかわからないという思いが小津にあったのか?)。

小早川家の秋S.jpg 歌舞伎役者でありながら「映画スターの中村鴈治郎」と言われた2代目・中村鴈治郎(1902-1983)(大映から借り受け)の洒脱でコミカルな演技から、名女優・杉村春子のやっぱり上手いと思わせるショートリリーフ的な演技まで(「東京物語」の時も葬儀で帰りの時間を気にしていたなあ)何かと楽しめますが、東宝が用意した新珠三千代、宝田明、小林桂樹、団令子、森繁久彌、白川由美、藤木悠ら錚々たる俳優陣を小津安二郎がどう演出したかというのも大きな見所かもしれません。

小早川家の秋 aratama2.jpg 因みに、小津の好みに適ったのは小林桂樹、藤木悠、団令子、最も惚れ込んだのは新珠三千代で、新珠三千代には撮影の合間に松竹での次回作の出演を持ちかけていたとか(結局、次回作「秋刀魚の味」の主演は岩下志麻になったが)。一方、小津が演出しづらかったのはアドリブで演技する森繁久彌や山茶花究らで、特に森繁久彌(1913-2009)は小津のかっちりした演出が自分の肌に合わず、「小津に競輪なんか撮れっこない」と言ったというエピソードなども知られています(但し、映画の中で競輪を観に行くのは中村鴈治郎と浪花千栄子)。因みに、この作品は、オープニングタイトルバックの出演者の最初に原節子、司葉子、新珠三千代の名がきて、最後に中村鴈治郎、森繁久弥の名がきます)。

彼岸花・秋日和・小早川家の秋・秋刀魚の味.jpg それにしても、役者の演技は小津安二郎自身が演出するとして、小津が松竹からスタッフを一人も連れて行かずに撮った作品であるのに、照明やカメラなどに何の違和感も無く、調度品の色調まで"小津トーン"が再現小早川1.jpgされているというのはなかなかのものではないでしょうか。名匠・小津安二郎を招聘する立場で作品を作った東宝側のスタッフの緊張感が伝わってくるような印象です。個人的は、昭和30年代の造り酒屋の様子や競輪場の風景などが興味深かったです(競輪場の壁にあるのは何かの映画のポスターか)。因みに、小津安二郎は「お茶漬の味」('52年)で競輪シーンをかなりしつこく撮っており(競輪を観に行くのは佐分利信と鶴田浩二)、森繁久彌が何をもって「小津には競輪は撮れない」と言ったのか...。

 一般には「彼岸花」「秋日和」「秋刀魚の味」よりやや下に見られがちな作品ですが、以上3作が似たようなモチーフで連作っぽい雰囲気であるのに対し、作品としての独自性という点では印象に残る作品であるかと思います。

宝田 明/司 葉子(ロケ地:阪急電鉄・十三駅)
「小早川家の秋」j十三.jpg

司 葉子                            新珠三千代/加東大介/中村鴈治郎
小早川家の秋_500.jpg小早川家の秋r.jpg「小早川(こはやかわ)家の秋」●制作年:1961年●監督:小津安二郎●製作:藤本真澄/金子正且●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:中井朝一●音楽:黛敏郎●時間:103分●出演:中村鴈治郎/原節子/司葉子/新小早川家の秋8_R.jpg珠三千代/森繁久彌/小林桂樹/宝田明/加東大介/団令子/白川由美/山茶花究/藤木『小早川家の秋』8.jpg小早川家の秋30.jpg悠/杉村春子/望月優子/浪花千栄子/笠智衆/東郷晴子/環三千世/島津雅彦/遠藤辰雄/内田朝雄●公開:1961/10●配給:東宝(評価:★★★☆)
山茶花究・藤木悠
新珠三千代/杉村春子
小早川家の秋 新珠三千代.jpg  小早川家の秋 杉村春子.jpg
小林桂樹
小林桂樹 小早川家の秋.jpg

鍵 1959 s.jpg中村鴈治郎 in 「」('59年/大映)

浪花千栄子 小早川家の秋_2.jpg浪花千栄子 悪名.jpg浪花千栄子 in 「小早川家の秋」('61年/東宝)/ 「悪名」('61年/大映)
                                   
山茶花究 用心棒.jpg山茶花究 悪名.jpg山茶花究 in 「用心棒」('61年/東宝)/ 「悪名」('61年/大映)  

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'97年は「もののけ姫」ヒットの年。宮崎駿監督のお陰で映画産業界は底を脱した?
  
映画イヤーブック 1998.jpg もののけ姫 1997 dvd.jpg もののけ姫 0.jpg となりのトトロ dvdes.jpg
映画イヤーブック (1998) (現代教養文庫)』「もののけ姫 [DVD]」「となりのトトロ [DVD]」('88年/東宝)

映画イヤーブック.JPG 1997年の劇場公開作品、洋画344本、邦画191本の計535本の全作品データと解説を収録し、ビデオ・ムービー、未公開洋画、テレビ映画ビデオのデータなども網羅、このシリーズは8冊目となり、巻末に'91年版から'98年版までの全巻を通しての索引が付いていますが、結局このシリーズはその後刊行されることなく、2000年代に入って版元の社会思想社は倒産しています。

 本書での最高評価になる「四つ星」作品は、「シャイン」「イングリッシュ・ペイシェント」「浮き雲」「コンタクト」「世界中にアイ・ラブ・ユー」「タイタニック」の6作品、邦画は、「うなぎ」(今村昌平監督)、「もののけ姫」(宮崎駿監督)、「バウンズ ko GALS」(原田眞人監督)、「ラヂオの時間」(三谷幸喜監督)の4作品。

 トム・クルーズ主演の「ザ・エージェント」('96年)やブルース・ウィリス主演の「フィフス・エレメント」('97年)、ハリソン・フォード主演の「エアフォース・ワン」('97年)、トミー・リー・ジョーンズ主演の「メン・イン・ブラック」('97年)と、ハリウッド・スター映画もそれなりに頑張っていたけれど(本書評価は何れも「三つ星」)、この頃からビデオ化されるサイクルがどんどん早くなってきたので、個人的にもこうした作品はビデオで観てしまうことが多くなりました。

もののけ姫.jpg 世間一般でもこうした「ビデオで観る」派が増えて、'96年の映画館の入場者数が1億1,957万人と史上最低だったわけですが、翌年は、この年'97年7月公開の「もののけ姫」('97年/東宝)のヒットを受けて、邦画の映画館入場者数は前年比2千万人増、さらに12月公開のジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」('97年)のヒットが、翌年の洋画の映画館入場者数を前年比2千万人以上押し上げ、映画業界は何とか底を脱したかたちになりました。

 ちなみに、'90年から'98年までの年度別映画興行成績(配給収入)ベストワンは、  
  1990年 「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」 (UIP) 55.3億円  
  1991年 「ターミネーター2」(東宝東和) 57.5億円   
  1992年 「紅の豚 」(東宝) 28億円   
  1993年 「ジュラシック・パーク」 (UIP) 83億円   
  1994年 「クリフハンガー」 (東宝東和) 40億円  
  1995年 「ダイ・ハード3」 (20世紀フォックス) 48億円   
  1996年 「ミッション:インポッシブル」 (UIP) 36億円  
  1997年 「もののけ姫」 (東宝) 113億円
  1998年 「タイタニック」 (20世紀フォックス) 160億円
となっています。
Sen to Chihiro no kamikakushi (2001)
Sen to Chihiro no kamikakushi (2001).jpg 2001年には宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」が304億円、2003年には「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」が173.5億円、2004年には宮崎駿監督の「ハウルの動く城」が196億円、2008年には同じく宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」が155億円、2010年にはジェームズ・キャメロン監督の「アバター」が156億円と、それぞれ年間で150億円以上の興行成績を打ち立てていますが、この(社)日本映画製作者連盟による統計のとり方は、90年代までは「配給収入」をみていたのが、2000年以降は海外(米国)の基準に沿って「配給収入」ではなく「興行収入」でみています

 「興行収入」は映画館の入場料の総和そのもので、「配給収入」はそこから映画館(興行側)の取り分を差し引いた、配給会社の収益ですので、「興行収入」の方が「配給収入」よりも数字は大きくなり(配給収入=興行収入×50~60%、洋画メジャー大作の場合は×70%)、2000年代に入り、数字上は100億円超の"興行成績"を収める映画が出やすくなっているというのもあります。

 そうした観点からしても、90年代の"100億円"映画というのは大ヒット作ということになり(「もののけ姫」を「興業収入」でみると193億円になる)、90年代後半にそうした作品が出てきたところで、本書のような評論家による作品評価やマイナー作品の映画情報も入った「総合映画事典」的な文庫の刊行が途絶えたことはやや残念でした。

 確かに、一発「お化けヒット」した作品が出れば映画業界は活気づくけれども、皆が皆、宮崎駿やジェームズ・キャメロンの監督作品、或いは「ハリー・ポッター」シリーズ(このシリーズも殆どが興行収入100億円超)に靡いて劇場の前に列を作るというのもどうかと―(と言いつつ、自分もこの頃にはすでにあまり劇場に行かず、専らビデオで映画を観ることが多くなっていたのだが)。

もののけ姫2.jpg 「もののけ姫」は、それまでの宮崎駿監督の作品の集大成とも言える大作で、作画枚数は14万枚以上に及び、これは後の「千と千尋の神隠し」の11.2万枚をも上回る枚数です。時代の特定は難しいですが、室町後期あたりのようで、室町時代にしたのはこれ以上遡ると現実感が希薄になって自分自身もイメージが湧きにくくなるためだというようなことを、宮崎監督が養老孟司氏との対談で言っていました(『虫眼とアニ眼』 ('08年/新潮文庫))。自然と人間の対決というテーマは「風の谷のナウシカ」('84年)にも見られましたが、こちらはより深刻かつ現実的に描かれているような気もします。バックボーンになっているのは明らかに網野善彦(1928-2004)の展開する非農業民に注目した日本史観であり、映画全編を通して様々な要素が入っていて、その解釈となると結構難解もののけ姫 1.jpgな世界とも言え、歴史学の知識に疎もののけ姫e.jpgい身としては、その辺りが今一つ解らなかったもどかしさもありました(その網野善彦からは、当時の女性は皆ポニーテールだったとの指摘を受けている)。「となりのトトロ」('88年)みたいに、深く考えないで観た方が良かったのかも。

天空の城ラピュ dvd.jpgKaze no tani no Naushika (1984).jpg 因みに、スタジオジブリはこの「もののけ姫」からプロデューサーに鈴木敏夫氏を据え、企画、宣伝、興行全てを鈴木プロデューサーが取り仕切り、徹底的なメディア戦略を行ったそうです。そのことにより、先に述べたように作品はヒットし、初期作品「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」の15倍から18倍の観客を動員しています。「千と千尋の神隠し」となると、更にその1.5倍ほどの差になるわけですが、だからと言って、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」が「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」より優れているということには必ずしもならないでしょう。

Kaze no tani no Naushika (1984)

千と千尋の神隠しド.jpg千と千尋の神隠し 01.jpg 「千と千尋の神隠し」が記録的な興行成績となったのは、第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞し、海外でも評価されたということで、普段アニメを観ない人も映画館に行ったという事情もあったのではないで千と千尋の神隠し アカデミー.jpgしょうか。但し、米国アカデミー賞受賞は、先に第52回ベルリン国際映画祭で「金熊賞」を受賞したことと(アカデミー賞外国映画賞がその典型だが、アカデミー賞が外国映画に与えられる場合、すでに海外の映画祭などで賞を獲って高評価を得ているものに与えられることが多い)、もう1つ、宮崎駿監督の友人である映画監督ジョン・ラセターの尽力によって北米で公開されたということが大きな要因としてあったように思います。内容は"夢落ち"ですが、予めそのことが示唆されていて、観ていてだまされたという感じはしません(「もののけ姫」みたいに網野史観が分からないと映画が読み解けないといったプレッシャーもない?)。

となりのトトロes.jpg 「風の谷のナウシカ」が出たての頃、この作品にすごく注目していた友人がいて、薦められてその友人の家でレーザーディスクで観たことがありますが(彼は当時パイオニアに勤務していた)、彼は先見の明があったのかもしれません。また、「となりのトトロ」については、この作品が出た時期に限らず、その後もビデオやDVDの普及で繰り返し多くの家庭で観られ、幅広い世代の幼年期の記憶に残ったのではないでしょうか(個人的には「となりのトトロ」がスタジオジブリの最高傑作だと思っている)。こうした初期作品の方が好きな人も結構いるように思います。

「となりのトトロ」('88年/東宝)

もののけ姫  .jpgもののけ姫11.jpg「もののけ姫」●制作年:1997年●監督・脚本:宮崎駿●製作:鈴木敏夫●撮影:奥井敦●音楽:久石譲(主題歌:米良美一「もののけ姫」)●時間:133分●声の出演:松田洋治/石田ゆり子/美輪明宏/渡辺哲/小林薫/森繁久彌/田中裕子/佐藤允/森光子/上條「もののけ姫」ジコ坊.jpg恒彦/島本須美/名古屋章/近藤芳正/飯沼慧●公開:1997/07●配給:東宝 (評価:★★★☆)
0小林薫.jpg ジコ坊(声:小林薫

「もののけ姫」乙事主.jpg 森繁久彌.jpg 乙事主(おっことぬし)(声:森繁久彌

風の谷のナウシカ1.jpeg風の谷のナウシカ DVD.jpg「風の谷のナウシカ」●制作年:1984年●監督・脚本・原作:宮崎駿●製作:高畑勲●撮影:白神孝始●音楽:久石譲●時間:116分●声の出演:島本須美/松田洋治/榊原良子/家弓家正/永井一郎/富永み~な/京田尚子/納谷悟朗/辻村真人/宮内幸平/八奈見乗児/矢田稔●公開:1984/03●配給:東映●最初に観た場所:下高井戸京王(84-08-25)(評価:★★★☆)●併映:「未来少年コナン」(佐藤肇)
風の谷のナウシカ [DVD]

となりのトトロ 1.jpgとなりのトトロ DVD.jpg「となりのトトロ」●制作年:1988年●監督・脚本・原作:宮崎駿●製作:原徹●撮影:白井久男●音楽:久石譲(主題歌:井上あずみ「となりのトトロ」)●時間:88分●声の出演:日高のり子/坂本千夏/糸井重里/島本須美/高木均/北林谷栄/丸山裕子/鷲尾真知子/鈴木れい子/広瀬正志/雨笠利幸/千葉繁●公開:1988/04●配給:東宝 (評価:★★★★☆)
となりのトトロ [DVD]

千と千尋の神隠し 03.jpg千と千尋の神隠し 02.jpg「千と千尋の神隠し」●制作年:2001年●監督・脚本・原案・原作:宮崎駿●製作:鈴木敏夫●撮影:奥井敦●音楽:久石譲(主題歌:木村弓「いつも何度でも」)●時間:124分●声の出演:柊瑠美菅原文太 千と千尋の神隠し.jpg菅原文太 .jpg/入野自由/夏木マリ/中村彰男/玉井夕海/内藤剛志/沢口靖子/神木隆之介/我修院達也/大泉洋/小野武彦/上條恒彦/菅原文太●公開:2001/07●配給:東宝 (評価:★★★☆)

釜爺(声:菅原文太
     
《読書MEMO》
●ジブリ作品の興行収入(1984-2011) 
作品 公開年度  興行収入   観客動員
「風の谷のナウシカ」  1984年 14.8億円 91万人
「天空の城ラピュタ」   1986年 11.6億円 77万人
「となりのトトロ」  1988年 11.7億円 80万人
「魔女の宅急便」  1989年 36.5億円 264万人
「おもひでぽろぽろ」   1991年 31.8億円 216万人
「紅の豚」  1992年 47.6億円 304万人
「平成狸合戦ぽんぽこ」 1994年 44.7億円 325万人
「耳をすませば」  1995年 31.5億円 208万人
「もののけ姫」  1997年 193億円 1,420万人
「千と千尋の神隠し」  2001年 304億円 2,350万人
「猫の恩返し」  2002年 64.6億円 550万人
「ハウルの動く城」 2004年 196億円 1,500万人
「ゲド戦記」  2006年 76.5億円 588万人
「崖の上のポニョ」  2008年 155億円 1,200万人
「借りぐらしのアリエッティ」2010年 92.5億円 750万人
「コクリコ坂から」  2011年 44.6億円 355万人

森卓也.jpg森卓也(映画評論家)の推すアニメーションベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』(1989年/文春文庫ビジュアル版))
○難破ス物語第一篇・猿ヶ島('30年、正岡憲三)
くもとちゅうりっぷ('43年、正岡憲三)
○上の空博士('44年、原案・横山隆一、演出:前田一・浅野恵)
○ある街角の物語('62年、製作構成:手塚治虫、演出:山本暎一・坂本雄作)
殺人(MURDER)('64年、和田誠)
○長靴をはいた猫('69年、矢吹公郎)
ルパン三世・カリオストロの城('79年、宮崎駿)
うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー('84年、押井守)
○天空の城ラピュタ('86年、宮崎駿)
となりのトトロ('88年、宮崎駿)
森卓也(映画評論家)の日本アニメ映画ベストテン(『オールタイム・ベスト 映画遺産 アニメーション篇』(2010年/キネ旬ムック)
○難船ス物語 第一篇・猿ヶ島(1931)
○くもとちゅうりっぷ(1943)
○上の空博士(1944)
桃太郎 海の神兵(1945)
○長靴をはいた猫(1969)
○道成寺(1976)
○ルパン三世 カリオストロの城(1979)
○うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(1984)
となりのトトロ(1988)
○東京ゴッドファーザーズ(2003)

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話はシンプルだが、アニメーション自体が素晴らしい。日本アニメの黎明期の「別格」的作品か。

白蛇伝 vhs.jpg 白蛇伝 dvd.jpg  白蛇伝1.bmp「白蛇伝」(1958)
白蛇伝 [VHS]」「白蛇伝 [DVD]
白蛇伝2.jpg 心優しい青年・許仙(しゅうせん)に助けられた白蛇の精が、青年を慕って美少女・白娘(ぱいにやん)として現れるが、その正体を知る和尚・法海(ほっかい)によって二人の恋は妨げられ、許仙は命を落としてしまう。その命を助けるためには龍王の許しがなければならず、白娘は命を賭して龍王の試練に立ち向かい、更に青年を蘇らせるべく、法海のもとへ向かう―。

 中国古代の四大民間伝説の一つとされている「白蛇伝」は、上田秋成の『雨月物語』の中の「蛇性の淫」のモチーフにもなっています(と言うことは、白蛇の精は、溝口健二の「雨月物語」('53年/大映)で京マチ子が演じた元御姫にも通じるのか)。

 この作品以前に日本で作られた最大規模のアニメ映画は、松竹動画研究所による大戦中の国策映画「桃太郎 海の神兵」('45年/白黒74分)であり、それに対してこの「白蛇伝」は、東映動画が日本で初めて長編アニメ映画制作システムを構築した上で制作した作品であるとのこと(日本初の長編「カラー」アニメ映画ということになる)。
 
 以来、東映動画は「少年猿飛佐助」('59年)、「西遊記」('60年)、「安寿と厨子王丸」('61年)、「アラビアンナイト シンドバッドの冒険」('62年)、「わんぱく王子の大蛇退治」('63年)、「わんわん忠臣蔵」('63年)、「ガリバーの宇宙旅行」('65年)と毎年のように長編アニメを発表し、アニメ制作の主導権は長年にわたり東映が握っているということです(「東映アニメまつり」の先駆けなのだなあ)。

なつぞら 藪下泰司.jpg 「桃太郎 海の神兵」を観て、その技法に感動したのが手塚治虫ならば、17歳で「白蛇伝」を観てアニメーション作家を志したのが宮崎駿、「白蛇伝」は日本アニメの黎明期の傑作とされています(2019年度前期NHK連続テレビ小説でアニメーターの奥山玲子の立志伝「なつぞら」に出てくる「東洋動画」でアニメーション映画の初監督作品が「白蛇姫」となる露木重彦(演:木下ほうか)のモデルが藪下泰司、「東洋動画」に入社してくる新人・神地航也(演:染谷翔太)のモデルが宮崎駿とされている)
 
佐久間良子.jpg白蛇伝3.jpg 当時のことですから、セルは当然1枚1枚が手描きですが、登場人物の動きは、当時"新人女優"だった佐久間良子がヒロインの動きをライブで演じ(厳密に言えば、彼女は当時まだ映画デビューしておらず、俳優座養成所での半年間研修期間中に当作品のモデルとして初めてカメラの前に立つことになった)、その動きをアニメーションに生かすディズニー・アニメと同じ手法を取ることで概ね滑らかなものとなっており、妖術合戦や大波のシーンなどのスペクタクルシーンは迫力満点、更に、場面ごとの背景の描写などは中国の古典的説話の雰囲気をよく醸していて(ここでも、画面の奥行きを出すために背景と動画を何層にも重ねるディズニー・アニメの手法が取られている)、総じて、長編アニメの第1号作品にしてかなり高い完成度と言えるのではないでしょうか。

「白蛇伝」森繁。宮城まり子0.jpg「白蛇伝」森繁。宮城まり子2.jpg「白蛇伝」森繁。宮城まり子1.jpg 声の出演は、森繁久彌宮城まり子のたった2人だけでそれぞれ10役以上をこなしたとのことで、このやり方は、後のTV番組「まんが日本昔ばなし」(声の出演は常田富士男と市原悦子の2人だけ)に受け継がれました。

 説話を翻案した中国の伝奇物語では、「異類婚姻譚」という物語の大枠は共通していても、このアニメのように恋物語としてハッピーエンドで終わるものもあれば、最後は白娘が妖魔としての正体を露わにし、法海に退治されてしまうというものもあるそうですが、何れにせよ、幾多の魑魅魍魎が登場するオリジナルに比べれば、登場人物を大幅に絞り込んだストーリーはシンプルと言えばシンプル、しかし、アニメの場合はこれでいいのだろうなあ。

白蛇伝 ポスター.jpg 子供の時に劇場で観ましたが、やはり、ストーリーよりもアニメーションそのものがずうっと後々まで印象に残りました(リアルタイムで観たつもりでいたが、実はリヴァイバル上映だった)。

 よくインターネット上で、「日本アニメのマイ・ベスト10」とか「日本アニメ史上の最高傑作は?」などといったサイトを見かけますが、名が挙がっているのは80年代、90年代の作品が多く、意外とこの作品の名が挙がらないのは、やはり何と言っても50年代という古さのためでしょうか?(そもそも、その頃は「アニメ」とは言わず「漫画映画」とか言っていたし)

白蛇伝8.jpg そうした80年代、90年代の作品を挙げている人達は、こんな古いのは観ていないのかなあ。まあ、80年代、90年代の作品と比べても見劣りしない「傑作」であることに違いなく(評価としては一応星4つにしてはいるが)、むしろ、日本アニメ史上におけるポジショニングや個人的な想い出も含めると、それらを超えて「別格」であるという感じはします。 

「白蛇伝」●制作年:1958年●監督(演出):藪下泰司●製作:大川博●脚本:藪下泰司/矢代静一●演出:藪下泰司/芹川有吾●撮影:塚原孝吉/石川森繁久彌.jpg宮城まり子 女優5.jpg光明●音楽:木下忠司/池田正義/鏑木創●時間:79分●声の出演:森繁久彌/宮城まり子/佐久間良子(アニメ作画用モデルとして)●公開:1958/10●配給:東映(評価:★★★白蛇伝 渡辺.jpg★)

渡辺 仙州(編著)/石原 依門(絵)『白蛇伝』(2005/03 偕成社)

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