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乳がん治療記。強いなあ。「私の体のボスは私」。「あなた」に向けて書いたと。

『くもをさがす』.jpg『くもをさがす』c.jpgくもをさがす

『くもをさがす』p.jpg 2021年コロナ禍の最中、滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、乳がん発覚から治療を終えるまでの約8カ月間を克明に描いたノンフィクション・がん治療記です。

 この本の印象は、帯に推薦文を書いている人が非常に的確に表現しているように思いました。引用させてもらうと、以下の通り。

・思い通りにならないことと、幸せでいることは同時に成り立つと改めて教わったよう。―ジェーン・スー(コラムニスト)

・読みながらずっと泣きそうで、でも一滴も泣かなかった。そこにはあまりにもまっすぐな精神と肉体と視線があって、私はその神々しさにただ圧倒され続けていた。西さんの生きる世界に生きているだけで、彼女と出会う前から、私はずっと救われていたに違いない。―金原ひとみ(作家)

・ 剥き出しなのにつややかで、奪われているわけじゃなくて与えられているものを知らせてくれて、眩しかったです。関西弁のカナダ人たちも最高でした。―ヒコロヒーさん(お笑い芸人)

 著者は、2015年、『サラバ!』で第152回「直木賞」を受賞しているだけあり、文章が上手いし、今回が初のノンフィクション(エッセイは書いている)とのことですが、以前(直木賞受賞前)読んだ著者の小説よりも面白かったかもしれません。

 著者が見て感じたもの―それは恐怖を引き起こすものであるのに、著者はどこまでもそれに凜として向き合っていて、強いなあ、いいなあ、と思いました。乳がんの治療の日々は、本来は辛いはずですが、現地の医師や看護師との遣り取りが関西弁になっているといったユーモラスな仕掛けもあったりします(著者は、あくまで「治療」であるとして、「闘病」という言葉を使わないようにしたという)。

 カナダと日本の治療の違いは興味深かったです。両乳房を摘出したのに、当日退院だなんて凄すぎ。カナダの医療は国民皆保険である上に、原則として患者の自己負担は無いようで、そうしたことと表裏関係にあるのかもしれません。

 因みに、著者は、2012年に結婚、2017年に第1子を出産していますが、2019年12月、2年間の語学留学として家族でカナダ・バンクーバーに転居し、2022年末に帰国し、現在は東京在住とのこと。この本の中では、子どもが体調を崩したことなどがちょっとだけ出てくるぐらいで、この辺りのプライベートなことがほとんど書かれていないのも本書の特徴かも。家族のことより猫のことの方が書かれています(笑)(でも、あとがきにはちゃんと夫と息子への謝辞がある)。

 性格的には根っからの大阪人であるとのことですが、小学5年生まで海外生活だったとのこと。「個」が強いと言うか、確立されている人なのだろなあ。両乳房を切断して即時に「再建しない」と決断したのも、遺伝的要因があることが判明したため予防的に両乳房を切除したという事情があったにしても、「私の体のボスは私」という強い信念があってのことだと思います。

 がん宣告を受けてから日記を書き始め、ほぼ同時進行でこの文章を書いたとのこと。最初は出版の予定はなく、誰に向けて書いているかも分からなかったものが、いつからか、これは「あなた」に向けて書いているのだと気づいた、どこにいるか分からない「あなた」に―というのも良かったです(最初から出版を目指していたのなら、もっとパターナルなものなっていたかも)。

《読書MEMO》
●西加奈子初のノンフィクション『くもをさがす』が28万部突破!「世界一受けたい授業 2時間SP」への出演決定!(2023年9月2日放送)
『くもをさがす』t.jpg

●<西加奈子>乳がん治療経験 「ありたい姿」や幸せのをかたちを捉え直す 桑子真帆アナと「クローズアップ現代」に(2024年1月16日放送)
西 加奈子 クローズアップ現代.jpg

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さらっと読めて、それでいて楽しかった。海外生活経験と大阪の遺伝子の融合。

『ごはんぐるり』.jpg『ごはんぐるり』文庫.jpgごはんぐるり (文春文庫)
『ごはんぐるり』

 2015年に『サラバ!』で第152回「直木賞」を受賞した著者による食エッセイで、「NHKきょうの料理」テキストの2008年10月号から2010年10月号、並びに「NHKきょうの料理ビギナーズ」テキストの2012年2月号から5月号に連載されたものに、大幅に加筆・修正を加えたものです。

 さらっと読めて、それでいて楽しかったです。〈小学生のときカイロで食べた卵かけごはんが、いままでで一番おいしかった〉と言うように、著者は父の赴任先だったイラン・テヘラン生まれで、その後エジプト・カイロに移り、小学5年生まで海外生活だったという経験の持ち主です。

 直木賞受賞作もそうですが、著者の小説は、どこまでがフィクションでどこまでが実際に著者が経験したことか分からない部分があります。もちろん他の作家でもそうしたことは大いにありますが、著者の場合、作者とも重なると思われる主人公のこともさることながら、登場人物として家族のことが書かれていたりして、それが気になって入り込めない部分がありました。

 その点、エッセイの場合は、最初から自分の経験を書いていることがはっきりしているわけで、そんなことを気にせずに読めて良かったです。自分は、著者の小説のあまりいい読み手ではないですが、エッセイとの相性はまずまずいいのかも(もちろん、著者の作品は小説の方が好みという人もいておかしくないが)。

 帰国子女が書いた食エッセイというと、どこかお高くとまっている印象を与えがちですが、〈なぜ大阪のおばさんは、いつもアメちゃん持っていて、絶妙なタイミングで「好きなん選び」と薦めてくるのか〉と言いながら、自身も性格的には根っからの大阪人であることを認めていて、さばけた感じがして好感を持てました。

 一方で、〈小説のなかで出会った未知の食べ物―アップル・ジェリーつき塩ふりクラッカー・グレイヴィーでとろ煮にしたマーモットの肉・そこに種が沈んでいる甘いレモネードとタフィー! それってどんな食べ物?と想像の羽をふくらませた日々〉といった具合に、多くの海外文学作品などから、食に関する記述を引いており、この辺りはさすが作家です。

 著者自らが希望して調理実習したというトルコ、セネガル、ベネズエラ、フィンランドの家庭料理の紹介は楽しかったし、と思えば、コンビニで買ったスナック菓子をがつがつ食べてお腹いっぱいになった話などもあって、食エッセイでこれだけ"幅広い"のは珍しいかもしれません。

 子ども時代の海外生活経験と大阪の遺伝子の融合とでも言うべきでしょうか。飾らずに食オンチを自認していて、〈夢は男子校の寮母になって、とんかつやしょうが焼きをがつがつ食べてもらうこと〉だなんて言っており、読んでいて肩がこらないエッセイでした。

【2016年文庫化[文春文庫]】

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独身OLの一人旅。悪くはないが、中篇でまとめた方がスッキリいったのでは。

うつくしい人 西加奈子.jpg 『うつくしい人』 (2009/02 幻冬舎)  西 加奈子.jpg 西 加奈子 氏

 32歳の独身OLの私は、他人の苛立ちに怯えながら周囲への注意を払い続けるような会社での日々に疲れ、退職をして気分転換に瀬戸内の離島のリゾートホテルへ旅に行くが、そこには、ホテル・バーテンダーの坂崎という男が働いていて、彼は冴えないけれども何となく私を安心させる。一方、暇と金を持て余しているドイツ人のマティアスという男が滞在客としていて、私と坂崎、マティアスは、ふとしたことから互いの距離を接近させる―。

 最初は、何か暗いムードの文芸小説という感じで、主人公の自意識との葛藤みたいなものに付き合わされているような感じも無くなく、更に主人公の姉に対する葛藤のような話が出てきて、ますます神経症的になってくるので、西加奈子ってこんな作風の人だったかなあと―。

 でも、一見風変わりなマティアスや坂崎の抱えているものが明らかになるにつれて、逆に「私」の方には何かゆとりが出てきたみたいで、出版社の口上に「非日常な瀬戸内海の島のホテルで出会った三人を動かす、圧倒的な日常の奇跡。心に迫る傑作長編!」とありますが、これはやや大袈裟、最後はまあ無難なところに落ち着いたという感じかなあ。

 主人公同様に作者自身が自意識と自己嫌悪に悩まされている時期にこの作品を書き始め、書き終えた時には、最悪の状況を脱していたというようなことがあとがきに書かれていますが、確かに、書くことによって自己セラピーしているような印象も受けます。

 そのためか、それほど長い作品でもないのにやや冗長に思える部分もあり、全体としてはそれほど悪くはないのですが、モチーフ的にも見ても、長編よりも中篇程度で纏めた方がスッキリいったのではないかと。

 作中に、本に挟まっていたという1枚の写真を探すため、夜中に3人がホテルの図書室の本を片っ端から開き始めるという場面があり、余談になりますが、ホテルに図書室があるのって、たまに出くわすといいなあと思います。

かんぽの宿.jpg 高級リゾートホテルではないですが、連泊が原則の湯治型の「かんぽの宿」に以前に宿泊した際に、公立図書館の処分本または滞在客が置いていった本などを集めたと思われる図書室がホテル内にあり、蔵書3,000冊と結構充実していて(自室への貸し出し可)、シーズンオフののんびりとした雰囲気の中で集中して読書できたことを、この小説を読みながらずっと思い出していました(オフとは言え、宿泊客の数の何倍もの従業員がいて無聊を託っているというのは、経営上、やや問題があるのではとも思ったが)。

【2011年文庫化[幻冬舎文庫]】

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