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医学者によって書かれた初の医学的生死論。オーソドックス且つユニーク(?)。「ピンピン ごろり」と死ぬこと。
黒木登志夫・東京大学名誉教授(略歴下記)
『死ぬということ-医学的に、実務的に、文学的に (中公新書 2819)』['24年]
本書は、哲学、宗教の立場からの本が占めている生死というテーマに医学者(臨床医ではない)が挑んだ、医学者によって書かれた初めての医学的生死論であるとのこと(医者によって書かれた生死論という意味では他にもあると思うが)。内容は分かりやすく、短歌、文学、映画とユーモアを交える一方、健康法など実用的な情報にも触れています。
第1章「人はみな、老いて死んでいく」では、生まれるのは偶然、死ぬのは必然であることを説いています。生まれる確率は、23の染色体の組み合わせから、70兆分の1と計算しています。また、人はみな老いて死んでいくが、どんな病気で死ぬのか、もし老化しなかったらどうなるか、老化のメカニズムとはどのようなものかを解説しています。
第2章「世界最長寿国、日本」では、長寿国の日本ではあるが、同時に日本人は低出生率による"絶滅危惧種"であり、対策として婚外子を認めるべきだと。また、江戸時代の寿命統計から、女性の厄年には意味があるとしています。
第3章 「ピンピンと長生きする」では、毎年1回は健康診断を受けよと。さらに、タバコはやめ、酒は飲み過ぎないこと、メタボに注意すること、運動をすることを医学的見地から推奨しています。
第4章「半数以上の人が罹るがん」では、がんの症例を紹介し、がんのリスクを説明する一方、告知の義務化でがんの受け止め方が大きく変わったとし、がんについての最小限の知識をまとめています。さらに、がんの診断と治療、高齢者のがん治療について述べています。
第5章「突然死が恐ろしい循環器疾患」では、その症例を紹介し、循環器病(不整脈・虚血性心疾患・脳卒中)の基礎知識を解説、循環器疾患は突然死が多く、環器疾患のリスク要因として(1)高血圧と(2)高脂血症(動脈硬化)があるとしています。
第6章「合併症が怖い糖尿病」では、その症例を紹介し、実は世界の人口の10%が糖尿病なのだと。糖尿病が本当に恐ろしいのは合併症なのだとしています。
第7章「受け入れざるを得ない認知症」では、認知症の症例を紹介し、認知症は神経細胞の変性による病気であるとして、アルツハイマー病など代表的な5つの認知症を示し、症状を解説しています。そして、われわれは認知症を受け入れざるを得ないのだと(和田秀樹『ぼけの壁』に対して"優しい"と肯定的、『80歳の壁』に対してて"優しすぎる"と否定的)。
第8章「老衰死、自然な死」では、老衰死は増えているが、なぜ老衰死が増えたのか(介護保険が背景にあると)、なぜ老衰死は世界で全く認められていないのか(WHOなども診断基準がないとして認めていない)を考察しています。
第9章「在宅死、孤独死、安楽死」では、様々な死に方について述べています。「在宅死」に関しては、死に場所として病院・自宅・老人ホームのうち、最近は病院死が減って、自宅・老人ホームでの死が増えているようです(ただし、在宅看取りには覚悟が必要と)。また、高齢者施設(サ高住やグループホームを含む)の種類を解説しています。
「孤独死」については、始末が大変なことがあると(上野千鶴子『在宅ひとり死のススメ』は困った本だと。
「安楽死」については、「延命治療拒否(消極的安楽死)」は死に直接介入しないため「安楽死」の概念から外し、「自殺幇助」も「安楽死」から外し、「安楽死」(積極的安楽死)を「延命治療拒否」と「自殺幇助」の中間にあるものと位置づけ、さらにそれを「間接的臨死介助」と「直接的介助」に分けています。オランダの死因の4.2%は安楽死だそうです。
第10章「最期の日々」では、終末期を迎えたとき人はどうなるのか、延命治療はどこまですべきか(胃ろうをやてちるのは日本だけらしい)、痛みや苦しみはどう抑えるのか、延命治療について自分の意思(リビング・ウィル)を明確に示すことの重要性などを説いています。
第11章「遺された人、残された物」では、遺された人の悲しみや死の不条理性に触れ、グリーフから立ち直るための方法を説いています。死んでも人は心のなかで生き続けるとのこと、ということは、私が死ぬと、私の中で生きてきた人も死ぬと。また、遺品(デジタル遺産)の問題にも触れています。
第12章「理想的な死に方」では、死の考えは大きく変わったこと(死が日常化した)、ムリして生きることに意義を求めないこと(健康に長生きし、人に迷惑をかけず一生を終えるのが理想)、理想的な死に方とは「ピンピン」と生きて「コロリ」とは死なず「ごろり」と死ぬことで、そのために病気をよく理解すること、リビング・ウィルを決めておくことなどを挙げています。
終章「人はなぜ死ぬのか―寿命死と病死」で、なぜ寿命が尽きて死ぬのか、なぜ病気で死ぬのかを解説しています。
新書ながら12章にわたり、かなり幅広いテーマを網羅して、それぞれの密度も濃いと思いました。一方で、敢えて宗教や哲学には触れず、「死後の世界」も「死の瞬間」もテーマから外しています。数多くの短歌、文学、映画を交えて読みやすく、医学的に見れば内容はオーソドックスですが、生死論としてはユニークであり(全体としては「オーソドックス且つユニーク(?)」ということになるか)、「医学者によって書かれた初めての医学的生死論」を標榜するのも納得できる気がしました。時々読み返したい本。お薦めです。
黒木登志夫・東京大学名誉教授
1936年生まれの「末期高齢者」(88歳)、東京生まれ、開成高校卒。1960年東北大学医学部卒業。3カ国(日米仏)の5つの研究所でがんの基礎研究をおこなう(東北大学、東京大学、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)。しかし、患者さんを治したことのない「経験なき医師団」。日本癌学会会長、岐阜大学学長を経て、現在日本学術振興会学術システム研究センター顧問。著書に『健康・老化・寿命』、『知的文章とプレゼンテーション』『研究不正』『新型コロナの科学』『変異ウィルスとの闘い』(いずれも中公新書)など。
《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 人はみな、老いて死んでいく
1 生まれるのは偶然、死ぬのは必然
2 人はみな老いて死ぬ
3 もしも老化しなかったら、もし死ななかったら
4 老化と寿命のメカニズム
第2章 世界最長寿国、日本
1 長寿国日本
2 日本人は絶滅危惧種
3 江戸時代の寿命とライフサイクル
第3章 ピンピンと長生きする
1 健康を維持する
(1)毎年1回は健康診断を受ける
(2)タバコをやめる
(3)酒は飲み過ぎない
(4)メタボリック・シンドロームにご用心
(5)運動をする
2 サプリメントをとるべきか
第4章 半数以上の人が罹るがん
1 症例
2 がんのリスク
3 がんの受け止め方は大きく変わった
[コラム4-1] セカンド・オピニオン
4 がんを知る
5 がんの診断と治療
6 高齢者のがん
第5章 突然死が恐ろしい循環器疾患
1 症例
2 循環器病を知る
(1)不整脈:期外収縮、心房細動、心室細動
(2)虚血性心疾患:狭心症と心筋梗塞
(3)脳卒中
3 循環器疾患は突然死が多い
4 循環器疾患のリスク要因
(1)高血圧
(2)高脂血症(動脈硬化)
第6章 合併症が怖い糖尿病
1 症例
2 世界の10%が糖尿病
3 糖尿病を知る
(1)インスリン製造細胞が死んでしまった1型糖尿病
(2)2型糖尿病
[コラム6-1] インスリンの発見
4 糖尿病が恐ろしいのは合併症
5 糖尿病の経過
[コラム6-2] 糖尿病という名前が嫌いな糖尿病専門家
第7章 受け入れざるを得ない認知症
1 症例
2 認知症を知る
[コラム7-1] アルツハイマーの生家
3 認知症の中核症状と周辺症状
[コラム7-2] 記憶力テスト
4 認知症の予防と治療
(1)認知症の予防
(2)認知症の治療
5 認知症の進行
6 われわれは認知症を受け入れざるを得ない
第8章 老衰死、自然な死
1 症例
2 老衰死を知る
3 なぜ老衰死が増えたのか
4 なぜ老衰死は世界で全く認められていないのか
[コラム8-1] 誤嚥性肺炎はなぜ高齢者に多いのか
[コラム8-2] 骨折
第9章 在宅死、孤独死、安楽死
1 在宅の死
2 高齢者施設
3 孤独死
[コラム9-1] 孤独死数をめぐる混乱
4 安楽死
(1)B.間接的死介入(延命装置の取り外しによる安楽死)
(2)C.直接的死介入(薬物などによる安楽死)
(3)警察の介入
(4)オランダの死因の4・2%は安楽死
(5)自殺幇助
第10章 最期の日々
1 終末期を迎えたとき
2 延命治療
3 痛みと苦しみを抑える
4 延命治療について自分の意思(リビング・ウィル)を明確に示す
[コラム10-1] マーラー交響曲9番
第11章 遺された人、残された物
1遺された人
2 不条理な死
3 グリーフから立ち直るため
4 死んでも心のなかで生き続ける
5 残された物
第12章 理想的な死に方
1 死の考えは大きく変わった
2 生きることに意義を求めない
3 理想的な死に方
終章 人はなぜ死ぬのか―寿命死と病死
1 なぜ寿命が尽きて死ぬのか
2 なぜ病気で死ぬのか
おわりに