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鼠小僧次郎吉の年収は人気作家・滝沢馬琴の10倍!
『江戸の盗賊―知られざる"闇の記録"に迫る (プレイブックス・インテリジェンス)』〔'05年〕
「豊国漫画図絵 日本左衛門」
石川五右衛門に始まり、江戸中期の日本左衛門(にほんざえもん)や後期の鼠小僧次郎吉など江戸時代の盗賊には、後世に歌舞伎などで脚色されて、その実像と一般のイメージにズレが出てしまっているものがあり、本書では、できるだけ信頼しうる史料により、本来の彼らの行状や素顔がどのようなものであったかを解明しようとしています。
また、彼らがどのように捕縛され、どういった吟味を経て(これらの点で一番多くその活躍がとりあげられているのが"鬼平"こと長谷川平蔵)、どのような刑罰に処されたか迄の"後フォロー"がしっかりされていて、江戸時代の刑罰のあり方がざっと理解できるのも本書の特長であり、個人的には、「拷問」が"容疑者の権利"だったともとれるというのが興味深かったです。
つまり、当時は自白が最も有力な証拠であり、自白がない限りは処罰されず、そのため、木鼠吉五郎という盗人は、たった1両の盗みのために、3年間にわたり石抱や釣責など27回もの拷問に耐えたとのこと。著者は、吉五郎にとって拷問がエクスタシーとなっていたのではないかと推察していますが、全編を通じては、著者のこうした個人的な想像部分はむしろ少なく、こつこつ丹念に史料分析しているという感じ。
そうした中で、鼠小僧次郎吉が9年間の盗人稼業で得た総収入から平均年収を算定すると、当代の人気作家・滝沢馬琴の稼ぎの10倍ぐらいになるという試算が面白かったです。
鼠小僧次郎吉が貧しい者に金を与える"義賊"であったなどという確証はどこにも無いそうで(大名屋敷など大邸宅を中心に狙うとか、或いは、忍び先でちょっとした悪戯をしてくるといった遊び心はあったらしいが)、後に、盗人たちが浄瑠璃や歌舞伎でヒーローとして描かれたのは、盗賊と江戸庶民が共生関係にあり(盗まれる金品も少ない長屋住まいでは、むしろ盗賊が同じ長屋に住んでいた方が安全であるという逆説的認識もあった)、その"活躍"が庶民の日ごろの不平・不満の捌け口になっていたためであると、後書きで考察しています。
銭湯で衣服を盗む手口として、2人組で粗末な服と上等な服で銭湯に行き、粗末な服の方が他人の上等な服を盗んで着て、もし見咎められたら、間違えたと言って、相方のもっと上等な服に着替えるので疑われなかったといった、いろいろな盗っ人の手口が紹介されているのも面白い。
但し、全体としては大学の先生が書いたような真面目な筆致で(著者はフリーの文筆家)、最近は大学の先生の方が、むしろ自由な発想や文体で一般向けの本を書いているような気もしますが、本書は本書で、江戸の犯罪と警察機構を読み解くうえで参考になりました。