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庄内藩・酒田の足軽目付(地方警察)の活躍を『御用帳』から抽出。
『足軽目付犯科帳―近世酒田湊の事件簿 (中公新書)』 ['05年]
本書によれば、江戸時代に海運都市として栄えた庄内藩・酒田は、徳川氏の三河以来の重臣である酒井家の所領で、町政の拠点・亀ヶ崎城は城内の敷地に30人前後の町奉行や御徒目付など武士が、城下に足軽たちが住んでそうですが、足軽の小頭(小リーダー)から更に抜きん出た者が足軽目付となったそうです。
足軽目付は藩政における下級ライン管理職みたいなもので、それでも7石前後の微禄に1石の御役手当が付き、成績次第では加増の望みもあったとのこと(「役職手当」ってこの頃からあったんだあ)、仕事内容は現在の巡査長と市役所職員を兼ねたようものので、本書は、時代小説作家である著者が、古戸道具屋の店先に10冊積まれていた『亀ヶ崎足軽目付御用帳』をたまたま掘り出したことを契機に、この、足軽目付が残した当時の「地方警察の事件簿」にあたるような史料から、当時の足軽目付たちの活躍ぶりを抜き出したものです。
本書の前に読んだ、増川宏一氏の『伊予小松藩会所日記』('01年/集英社新書)も地方都市の事件簿的要素があり、こういうのが時代小説のネタ本になるのだろうなあと思いました。
本書は、著者自身が、「時代小説の作者とって、ネタ本を公開することは、自らの首を絞めるようなものだ」と書いていて、まさにそうした中身であり、盗難・殺人・詐欺・汚職といった犯罪事件から見世物興業を巡る騒動や女性が絡む醜聞事件まで、内容はバラエティに富んでいます。
中公新書には、『目明し金十郎の生涯-江戸時代庶民生活の実像』(阿部善雄/'81年)や『元禄御畳奉行の日記-尾張藩士の見た浮世』(神坂次郎/'84年)など、以前からこうした藩の記録や個人の日記を読み解く趣意の本が何冊かあります。
特に、本書と同じく時代小説作家が著わした後者は、かつてベストセラーになりましたが、本書も、『御用帳』に書かれている内容を解り易く解説するとともに、作家としての技量でシズル感を損なわないように書かれているように思いました。
但し、事件の犯人が捕まったかどうかとか事後談的な話は、『御用帳』に記録のない限り、「どうなったかという報告はない」といった一言で済ませていて、ある意味、本書を書くにあたって小説家と言うよりは歴史家(史料研究者)の立場として臨んだとも言えます。
しかし、そのために、1つ1つの事件が点描写になってしまって、話同士の線的な繋がりが弱いきらいもあり、膨大な史料から、「天明」期の小久保彦兵衛という"頑固親父"的な足軽目付が扱ったものを軸に事件を抽出するなどの工夫はなされていますが、『元禄御畳奉行の日記』や『目明し金十郎の生涯』が共に一気に読めてしまうような流れとインパクトだったのと比べると、こちらは個人的には、流れはやや滞り気味でインパクトも弱かったかも。
とは言え、酒井湊の当時の賑わいが聞こえてくるような内容で、本書自体が貴重な参考資料であることには違いないと思います。