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安藤サクラの演技力が冒頭部分を牽引。原作へのこだわりが感じられて良かった。

「ある男」00.jpg
「ある男」窪田正孝・安藤サクラ/眞島秀和・妻夫木聡/清野菜名

「ある男」9.jpg 弁護士の城戸(妻夫木聡)は、かつての依頼者・谷口里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫・大祐(窪田正孝)の身元調査をして欲しいという奇妙な相談を受ける。里枝は離婚を経験後に子どもを連れて故郷へ帰り、やがて出会った大祐と再婚、新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていたが、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となった。ところが、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が、遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、愛したはずの夫が全くの別人だったことが判明したのだ。城戸はその男「X」の正体を追う中で様々な人物と出会い、驚くべき真実に近づいていく―。

『ある男』平野 単行本ei - コピー.jpg 2022年度・第47回「報知映画賞」作品賞受賞作。原作は、芥川賞作家・平野啓一郎の、第70回「読売文学賞」受賞作である『ある男』('18年/文藝春秋)で、文芸作品であると同時に、"ある男"の謎の過去を追う物語であり、ミステリーとまでは言えないですが、エンターテインメント性も備わった作品です。

妻夫木聡/安藤サクラ/窪田正孝/清野菜名
「ある男」4.jpg 原作は、里枝の再婚相手である大祐が亡くなって里恵が未亡人となったところから話が始まります「ある男」ges.jpgが、映画の方は、里枝と大祐の出会いから始まり、二人が慎ましやかながらも幸せな家庭生活を送っていた中、大祐が森林伐採の仕事中に倒木の下敷きになって亡くなるまでが冒頭に描かれています。この部分を安藤サクラが圧倒的な演技力で引っ張っていて、これがこの作品の中盤から後半へ向けてのいい"助走"になっているように思いました。

「ある男」2.jpg 以下、ネタバレになりますが、猟奇殺人犯の父を持つことXは、成長するにつれ、父に生き写しになる自分を嫌悪し、自分から父を剥ぎ取りたい一心で、ボクシングに打ち込み、さらに、殺人犯の子という烙印から逃れるために、戸籍を替えて、最後には「谷口大祐」となって里枝のもとに辿り着き、やっと幸福に満ちた家族との日々を手に入れたということになります。

 夫が何か人に言えない過去を抱えていたら、犯罪者だったらと、その不安で苦しんだ里枝も、最後は城戸弁護士の調査により、夫が忌まわしい血から逃れたい一心でここに辿り着いた、信じていた通りの心優しい人だったことを知り、母子で安堵するというのがこの作品の結末であり、普通のミステリの結末とはまた違った味わいがあります。

 ラストシーン近くで、弁護士の城戸(妻夫木聡)が妻・香織(真木よう子)の浮気に気づくというのは原作では仄めかされていた程度だったでしょうか。それに続くように、ラストでは、一人で飲むバーでふと気まぐれにXになりすまして、温泉旅館の実家を飛び出して自分の人生を歩んでいるなどと、隣の客にうそぶいて見せます。

 原作では、作家とおぼしき語り手である男が、バーで出会って親密になった弁護士から聞いた話がこの物語であるという構造になっていて、谷口の過去を自分の過去のように話して一時的に他人なった気分を味わうのは、この作家と思しき語り手です(映画だけ観て、城戸が谷口と戸籍交換したのかと思った人もいたようだが、原作を読んだ側からは、それはあり得ない発想ということになる)。また、妻の浮気の方は原作も最後の方に出てきますが、作家が谷口になりすましてみるのは、初期段階にあったエピソードです。順番を変えたことで、これはこれで、Xの人生にどこか共感を覚えた城戸が、彼にバトンを渡されたような意味合いが出ています。

「ある男」mg.jpg このように、入れ子構造を1つ分(作家の分)外してはいますが、冒頭のルネ・マグリットの絵画「エドワード・ジェームズの肖像」に、それを眺める城戸自身が加わることで"複製男"が3人になるのは、「城戸→X→本物の谷口大祐」という構造のメタファーであると分かり、インテリジェンスが感じられました。どこまで観る側に伝わったか(特に原作を読んでいない人に対して)というのはありますが、原作へのこだわりがあって、個人的には良かったように思います(評価は原作と同じく★★★★)

「ある男」えもと.jpg「ある男」●制作年:2022年●監督:石川慶●製作:田渕みのり/秋田周平●脚本:向井康介●撮影:近藤龍人●音楽:Cicada●原作:平野啓一郎●時間:121分●出演:妻夫木聡/安藤サクラ/窪田正孝/清野菜名/眞島秀和/小籔千豊/坂元愛登/山口美也子/きたろう/カトウシンスケ/河合優実/でんでん/仲野太賀/真木よう子/柄本明●公開:2022/11●配給:松竹●最初に観た場所:TOHOシネマズ錦糸町オリナス(22-12-18)(評価:★★★★)
柄本明(戸籍交換ブローカー・小見浦憲男)
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「TOHOシネマズ 錦糸町オリナス」座席数・スクリーンサイズ
2022年12月18日 TOHOシネマズ 錦糸町2.jpgTOHOシネマズ 錦糸町オリナス1.jpg TOHOシネマズ 錦糸町オリナス2.jpg

TOHOシネマズ 錦糸町オリナス3.jpgSCREEN1 172  3.9×9.2m
SCREEN2 450  6.4×15.2m
SCREEN3 159  3.6×8.7m
SCREEN4 223  4.4×10.5m
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8スクリーン 1,457   

2022年12月18日 錦糸町オリナス(右の建物)
2022年12月18日 TOHOシネマズ 錦糸町1.jpg


《読書MEMO》
●2023(令和5)年・第46回日本アカデミー賞(2023年3月10日発表)
最優秀作品賞 「ある男」(石川慶)
最優秀アニメーション作品賞 「THE FIRST SLAM DUNK」(井上雄彦)
最優秀監督賞 石川慶 -「ある男」
最優秀脚本賞 向井康介 - 「ある男」
最優秀主演男優賞 妻夫木聡 -「ある男」
最優秀主演女優賞 岸井ゆきの -「ケイコ 目を澄ませて」
最優秀助演男優賞 窪田正孝 -「ある男」
最優秀助演女優賞 安藤サクラ -「ある男」

映画「ある男」が最多8冠/第46回日本アカデミー賞
映画「ある男」が最多8冠.jpg
 作品賞や監督賞など最多8部門で最優秀賞を受賞し喜ぶ「ある男」の出演者ら。前列左2人目から清野菜名さん、安藤サクラさん、窪田正孝さん、妻夫木聡さん、石川慶監督ら=10日午後、東京都内のホテル(代表撮影)

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単にエンタメというだけでなく、愛にとって過去とは何か? を問うている。

『ある男』平野 単行本ei.jpg『ある男』2.jpg 『ある男』['18年/文藝春秋].jpg
ある男 (文春文庫 ひ 19-3)』『ある男』['18年/文藝春秋]

 2018(平成30)年・第70回「読売文学賞」受賞作。
『ある男』平野 単行本.jpg
 弁護士の城戸章良は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、そこで出会った谷口大祐と再婚、新たに生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていが、ある日突然、林業に従事していた大祐は事故で命を落とす。ところが、法要の日に、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一が、遺影に写っているのは大祐ではないと告げたことから、夫が全くの別人だったことが判明する。かつて里絵を担当した城戸は大祐(=ある男X)の正体を追う中で、驚くべき真実に近づいていく―。

 今年['22年]映画化され(監督は石川慶、主演は妻夫木聡)、今月[11月]18日に公開予定の作品ですが、映画化の前に読んで面白かったです。何とか本物の大祐に辿り着いたかと思ったら、もう一捻りあって、ミステリとしてもなかなか。だだし、単にエンタメというだけでなく、愛にとって過去とは何か? 幼少期に深い傷を負っても人は愛にたどりつけるのか?といった重いテーマに向き合っています。

 里枝の長男の、実の父親より、血のつながらない父親のほうを好きである、という設定などは、作者もずいぶん考えて、書きたいと思っていたモチーフだったとあるトークイベントで語っていましたが、こうしたメタファミリー的なテーマは最近はやりなのかも。でも、これはこれで良かったです。

 「戸籍入れ替え」のモチーフは、「このミステリーがすごい!」の2008年の「20周年ベスト・オブ・ベスト」(過去20年間のランキングでベスト20に入った作品を対象したアンケート結果)で第1位となった宮部みゆきの『火車』というスゴイ作品があるため、そこまでは行かないかなという感じです。

 ミステリとしてやや弱いかなと思うのは、絵画のタッチが親子で似ることがあるかもということがヒントになっていて、しかも、それが本人が描いた絵ではなく、本人と接触のあった人物が描いたものであるという、この辺りがちょっと線が細いかなあ。

 でも、そうしたことをカバーしているのが、愛とは何かといったテーマへの深い掘り下げであったと思います。里枝にとって夫は、確かに谷口大祐とは全く別人であったし、自分の知らない過去を抱えていたわけですが、彼と過ごした短い結婚生活はまさに幸せな人生の一時期であり、そのことによってその意義が損なわれるものではないと思います。

 だから、夫に自分の知らない過去があったとしても、例えば松本清張の『ゼロの焦点』のような、実は夫は別に愛人を持つ二重生活者だったという話とは趣が違うように思います(『ゼロの焦点』そのものは傑作だが)。

 本作について個人的に参考になった書評としては、翻訳家でエッセイストの鴻巣友季子氏が「週刊新潮」書評で、「主人公は数奇な運命をたどる里枝ではなく、あえて弁護士の方に設定されている。城戸が謎の男「X」の正体を追う物語が本筋に見えて、実はそれを通して彼が自らの夫婦、親子の問題、ひと時の恋心、死刑や被災者支援にまつわる思想、そして在日三世としてのルーツと向き合うことが主眼である」とし、「「X」の正体は半ば過ぎで当たりがつくものの、間に幾人もの偽者がいて真相はなかなか掴めない。マグリットの絵画「複製禁止」や芥川龍之介の戯曲『浅草公園』、里枝の息子が詠む俳句がモチーフを多彩に変奏する。本作は著者が近年唱える「分人」という概念の大胆な発展形と言えるだろう」と評していました。

 作者の『私とは何か―「個人」から「分人」へ』('12年/講談社現代新書)も読んでみようかなあ。個人的評価は星4つとしましたが、「読売文学賞」の受賞は妥当と思いました。

映画化作品 2022年11月18日公開 ○ 石川 慶 (原作:平野啓一郎) 「ある男」 (2022/11 松竹) ★★★★
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【2021年文庫化[文春文庫]】

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