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組織改革の7領域(戦略、DX、リストラ、組織文化、Ⅿ&A、アジリティ、社会変革)を論じる。
CHANGE 組織はなぜ変われないのか.jpgCHANGE 組織はなぜ変われないのか2022.jpg  実行する組織図1.jpg
CHANGE 組織はなぜ変われないのか』['22年]/『ジョン・P・コッター 実行する組織―大企業がベンチャーのスピードで動く(Harvard Business Review Press)』['15年]

 本書は、組織論・リーダーシップ論で著名な著者が、そもそも組織がなぜ変化に適応することが苦手なのかについて解説し、その対処法を紹介したものです。

 全3部構成の第1部「序論」(第1章・第2章)では、第1章で、人類の進化の過程で何千年も昔に確立された人間の性質と、19世紀後半から20世紀前半に形づくられた現代型組織の基本設計は共に、迅速に容易に賢明に変化を遂げることに適しておらず、人と組織は主として、生き延びるために効率性と安定性を確保することを得意としている(21p)ため、人や組織は成熟するにつれて、安定と目先の安全を重んじるメカニズムが強化されていくが、そのため、新たな脅威を察知しても、試練を乗り越えるために十分な規模の変化を十分なスピードで実行できない場合が多いとしています(22p)。今日の世界では、変化に素早く適応しないことほど大きなリスク要因はなく、変化を積極的に追求する姿勢こそが大切であり、今日の企業が生き延びるにはもっと多くの変化が必要であるとしています。

 第2章では、「人間の性質」に組み込まれている生存本能は非常に強く、生き延びようとする本能が働く結果、新しいチャンスを素早く察知し、イノベーションを推進し、変化に適応し、適切なリーダーシップを振るい、好ましい変革を成し遂げる能力が意図せずして押さえ込まれてしまう場合がしばしばあるとのこと(33p)。現代社会では、脅威が極めて手強かったり、脅威を素早く回避もしくは除去する現実的な手立てがなかったりし、この場合、生存チャネルが活性化して緊張が高まった状態が長引きかねず、すると、人は疲弊し、動転して、問題にうまく対処できなくなり、の状態になると、チャンスに気づいたり、冷静に、そして創造的に物事を考えたりする能力が低下する場合が多いとしています(36p)。

人間は生存チャネルの他にもう1つ「繁栄チャネル」というメカニズムを持っていて、これは生存チャネルと異なり、これにより、脅威ではなく機会に目を光らせ、このレーダーが新しいチャンスを察知すると、不安や怒りよりも情熱や興奮が高まり、視野が狭まるのではなく、逆にチャンスへの好奇心により、視野が広がることが多いと。自らの当面の生き残りに関して不安を感じず、ポジティブな感情が高まると、人はコラボレーションに前向きになり、創造性とイノベーションが活発になると(39p)。

 今日の組織が十分なスピードで賢明な変化を実現するためには、多くのメンバーの生存チャネルが過熱することを防ぎ、逆に繁栄チャネルを活性化させる必要があり、しかし、これは簡単ではなく(39p)、現在は昔に比べてデータの入手と活用が容易になったことで、生存チャネルが簡単に過熱しかねず、生存チャネルが過熱すると、繁栄チャネルはあっさり抑え込まれてしまうとしています(42p)。人間本来の性質と現代のピラミッド型組織は、安定性と効率性を重視するため、変化の激しい時代には不向きであり(45p)、そうした現組織に対する学術研究に加え、変革のリーダーシップが求められるとしています。

 そして、適応や変革を早めるにどうすればよいかを、第2部(第3章~第9章)で、戦略、デジタル・トランスインフォメーション(DX)、リストラ、組織文化、M&A、アジリティ、社会変革の推進という組織の7つの領域について述べています。

 第2部「本論」の第3章では、戦略を通じて人々の行動を引き出し成果を上げるためには、マネジメント中心ではなく、リーダーシップ中心のアプローチの方が、変化の速い時代には適しているとしています。

 第4章では、DX成功のカギは、幅広い層の社員に切迫感を持たせ、変革に本腰を入れさせ、行動とリーダーシップを引き出すことであるとしています。

 第5章では、リストラクチャリングは旧来のやり方では弊害は大きくなるばかりであるとして、成功の確率を高めるための方法論を説いています。

 第6章では、組織文化と業績の関係を紐解き、企業文化が好業績を生むとの考えのもと、深く根を張った文化を変え、はるかに良い結果を生み出すにはどうすればよいかを解説しています。

 第7章では、M&Aについて、Ⅿ&A後の統合でしばしば見られる失敗を指摘し、統合にまつわる問題とその解決策や、事業売却や会社分割を見送ってよい場合について述べています。

 第8章では、「アジャイル」な組織として、ピラミッド型組織とネットワーク型組織を併存させた「デュアル・システム」が適しているとしています(著者らが2012年頃にこれに気づいたとしいるように、この部分については、『ジョン・P・コッター 実行する組織―大企業がベンチャーのスピードで動く』 (2015年/ダイヤモンド社)に詳しい)。

 第9章では、社会変革と企業変革の共通点は何かを考察し、社会運動と企業変革は互いに学べることが多く、共に、変革の成否はリーダーシップの在り方にかかっているとしています。

 第3部「結論」(第10章・第11章)では、第10章で、より多くの人に、より多くのリーダーシップを発揮してもらうにはどうすればよいかを説いています。

 第11章では、現代型組織の在り方を捨てずに変える方法として「デュアル・システム」を改めて推奨し、社内のあらゆる部署や組織階層の人たちのリーダーシップを引き出しやすい環境づくりが重要であるとしています。

 コッターの前著『実行する組織』が「デュアル・システム」に的を絞った組織論であったのに対し、コッター社の研究プロジェクトの成果物である本書は、脳科学(「人間の性質」)、現代型組織の限界、変革のリーダーシップの3種類の研究をベースに、戦略、DX、リストラ、組織文化、Ⅿ&A、アジリティ、社会変革の推進という組織改革の7つの領域について論じている点で集大成的であり(著者らは第2部については、自らが関心のある個所から読めばよいとしている)、より幅広い観点から啓発される組織論となっているように思います。

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パワハラする人、される人について分析した人生訓的エッセイ。人事パーソンには物足りないか。

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「人生相談50年」―心理学者で早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生(撮影/山田智絵)(フムフムニュース )

パワハラ依存症 (PHP新書)』['22年]

番組を始めて10年頃、1980年代前半の加藤氏
加藤諦三 j.jpg 本書は、社会学者であり、ニッポン放送のラジオ番組「テレフォン人生相談」のパーソナリティを半世紀にわたり務める著者が、パワー・ハラスメント(パワハラ)をやめられない人、いつもパワハラされる人について解説したものです(懐かしいけれど「まだおやりになっていたのか」という印象もある。大和書房に70年代から80年代にかけて「加藤諦三文庫」というのがあったし、『青春をどう生きるか』('81年/光文社カッパ・ブックス)といった類の著書も多くある。PHP研究所にも70年代「加藤諦三青春文庫」というのがあって、こちらは2020年代に入って復刻されており、PHP新書には本書以外も10冊ばかり著作があって、版元とのつながりは深いようだ)。

 第1章では、パワハラが起きる理由を考察し、パワハラは「観客のいる前で」(みんなの前で)行なわれるという点が重要であり、パワハラをする人は自分の無意識にある失望を部下に投射し、部下を声高に侮辱することで自分の心の傷を癒しているため、観客は多いほど気持ちが落ち着くのだとのことです。

 そして、パワハラが多い職場に共通するのは、コミュニケーションがうまくいってないことであり、そうした職場では、それぞれの個人が心の底にマイナスの感情を溜め込むため、どうしても心を病んだ人が多くなるとしています。

 第2章では、パワハラの深層を分析し、パワハラをする人は、社会心理学者のフロムが唱えた、死を愛好するネクロフィラスな傾向、悪質なナルシズム傾向、近親相姦願望が統合された「衰退の症候群」の病理にあるとしています。

 また、心理学者のアドラーは、「共同体感情をもっている人によってのみ人生の諸問題は解決できる」としており、共同体感情の反対は劣等感、ナルシズム、ネクロフィラスであって、パワハラをする人は、人生の問題を解決できないままに生きているが、無意識では自分の人生が行き詰っていることを感じていても、意識の領域では認めていないといいます。

 第3章では、パワハラされるのは、危機的な状況に陥っても他人にお願いをすることができない人であり、そうした人がうつ病になったり過労死するとしています。パワハラされる人は、世俗には質の悪い人がいることを知り、人を見る目を養わない限り、何度立ち直っても、またそうした人物に利用されて燃え尽きるとしています。

 一方、パワハラをする人は、あらゆる方法で自分が優越していることを確認しようとし、それは強迫性を帯びていて、したくてパワハラをしているわけではないが、そうしないと自分自身では生きられないためサディストになるのだと。つまり、パワハラをするのは善人を装ったサディストであり、彼らには苦しむ部下を見るのが快感であるとのことです。

 第4章では、パワハラする人は、子供の頃に抑圧されて悔しかった思いを、大人になって弱い立場の相手にぶつけているのであり、パワハラする上司への従順は、火に油を注ぐことになるとしています。パワハラされないようにするには、狼の餌食にならない人間関係を築くことであり、心が触れ合う仲間をつくるなどの助言をしています。

 心理学の知見をベースとする一方で、人生訓的エッセイ風でもあり、読んでみて合う人、合わない人がいるかと思いますが、パワハラは依存症であると言い切っている点は明快でした。ただし、パワハラする側の人は、本書にもある通り自分でその意識がないため、きっとこうした本も読まないでしょう(パワハラされる側の人にとっては、状況改善のヒントとなる点があると思った)。

 この本の通りならば、パワハラする上司は詰まるところ、独りで仕事するか辞めてもらうしかないようにも思いますが、企業としては、この点が最も難しいところではないでしょうか。ただし、そうしたマネジメント的な対処策は、本書で扱う範疇には含めないことを前提に書かれている本であり、その点は人事パーソンには物足りないのではないかと思います。

 ただ、冒頭に「まだおやりになっていたのか」と書きましたが、心理学の知見は仕事や生活における対人関係で応用可能な普遍性があり、また「人生相談」などはベテランが活躍できる場でもあるので、続けられること自体は良いことだと思います(最近週刊誌などで散見する、自分の過去の経験を滔々と述べるタイプの人生相談よりはいいのではないか)。


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ウェルビーイングを高める5要素。内、キャリア・ウェルビーイングが最重要であると。

職場のウェルビーイングを高める 2022.jpg Jim Clifton.jpg Jim Clifton(Chairman and CEO, Gallup)『ザ・マネジャー』2022.jpg
職場のウェルビーイングを高める 1億人のデータが導く「しなやかなチーム」の共通項』['22年]/『ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる ボスからコーチへ』['22年]

 本書は、次にくるグローバル危機はメンタル・パンデミックかもしれないとの危機感のもと、「ウェルビーイング(充実度)」という切り口から、しなやかで永続する組織やチームの共通項を、長年にわたるギャラップの調査を基に導き出したものです。

 第1章では、「想像しうる最高の生活」とは何かを考察し、ギャラップの調査から、エンゲージできる「よい仕事」に就くことが、生き生きした暮らしを送る、まさしくその基盤になることが判明したとしています。そして、ウェルビーイングに欠かせない5つの要素を挙げています。、

 第2章では、第1章で述べた5つのウェルビーイングについて、それぞれ解説しています。その5つとは、①キャリア・ウェルビーイング(日々していることが好き)、②人間関係ウェルビーイング(人生を豊かにする友がいる)、③経済的ウェルビーイング(上手にお金を管理する)、④身体的ウェルビーイング(やり遂げるエネルギーがある)、⑤コミュニティ・ウェルビーイング(住んでいるところが好き)になりますが、この中でキャリア・ウェルビーイングが最も重要であり、他の4つの基盤となるとしています。

 第3章では、生き生きした組織文化を生み出そうとするに際して、社内外にありがちな4つのリスクを挙げています。それは、①従業員のメンタルヘルス、②明確さと目的の欠如、③指針やプログラム、特典への過度の依存、④スキルの浅いマネジャーの4つであるとして、それらへの対処法を述べています。さらに、ウェルビーイングとレジリエンスの高い文化は、危機の時も優れたパフォーマンスを上げるとしてレジリエンスの重要性を説くとともに、危機においてフォロワーが必要としているのは、希望、安心感、信頼、思いやりであるとしています。

 第4章では、キャリアのエンゲージメントからウェルビーイングは始まるとし、ウェルビーイングの実践法を身につけるための今すぐ使えるシンプルな洞察方法として、自らの①期待値、②強み、③能力開発、④意見、⑤ミッションや目的の5つのエンゲージメント項目を見つめ直すことを説いています。また、マネジャーはこのエンゲージメント項目に沿って、従業員が何を必要としているかを考えた上で彼らに接し、彼らにとって仕事を意味あるものにする役割を担うとして、その具体的方法を示しています。

 第5章では、ウェルビーイングを高めるにはどうすればよいかを考察し、従業員の強みを特定できれば、それを活かして職場のウェルビーイングを高めることができ、それは直ちにレジリエンスとメンタルヘルスの向上にもつながるとしています。

 巻末に付録として、①5つのウェルビーイング要素に関する強みの洞察とアクション項目、②マネジャー・リソース・ガイド――ウェルビーイングの5つの要素、③テクニカルレポート――ギャラップのウェルビーイング5つの要素の研究と開発、④従業員エンゲージメントと組織的成果の関係、といったメソッド集や調査の概要が付されています。

 このようにギャラップの調査がベースになっているということもあり、何か突飛なことが書かれているわけではないですが、ウェルビーイングというやや一般には漠然とした概念をわかりやすく整理・要素分解し、キャリア・ウェルビーイングこそが最も重要であると結論づけている点が、主張が明確だったように思います。

 同著者の前著『ザ・マネジャー―人の力を最大化する組織をつくる ボスからコーチへ』(2022年/日本経済新聞出版)では、社員の熱意とやる気を高めるためにマネジャーは何をすべきかということを説いていましたが、本書も、部下コミュケーションやリーダーシップについて述べた本として読めます。前著同様に、テーマごとにポイントが整理されていて、意識の面、実践の面から改めて振り返ってみるのにいい本であると思います。

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人的資本時代のリーダー論。組織のパーパスと社員のパーパスを結びつけるという点で啓発的。

the heart of business ハート オブ ビジネス.jpg
THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)――「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』['22年]『The Heart of Business: Leadership Principles for the Next Era of Capitalism』['00年]ユベール・ジョリー
ベスト・バイ(Best Buy)米ミネソタ州ミネアポリスに本社を置く世界最大の家電量販店
ベスト・バイ.jpg 「人」を大事にする、「パーパス」を大切にするといったことは最近よく聞かれますが、「パーパス経営」と言われても今一つ漠たるイメージしかなかったりすることも多いかと思います。本書は、マッキンゼーのコンサルタント出身で数々の企業の再生を行なってきた元ベスト・バイのCEOが、企業経営がどん底の中、リストラでも事業縮小でもインセンティブでもなく、目の前の人とパーパスでつながることを選んで会社を立て直した自身の実体験をもとに、これからの時代のリーダーシップについて述べたものです。本書では、パーパスを明らかにし、人々の深いつながりとパーパスを基軸に経営することが、ビジネスの核心(ハート・オブ・ビジネス)だと述べています。

働く意味.jpg 第1部(第1章~第3章)では、人にとっての仕事の意味について考察しています。仕事は生きる意味の探究の一部であり、「人間らしく生きるのに欠かせないもの」「自分の生きる意味を探すための鍵」「人生に充実感を見いだす手段」だと捉えることで、経営者と従業員の関係がよくなり、ビジョンを達成できるようになるとしています。また、自分のパーパスを探るには、
  ① 愛していること、
  ② 得意なこと、
  ③ 世界が必要としていること、
  ④ お金を得られること
の4つの要素が重なるところに自分のパーパスがあるとしています。

 第2部(第4章~第7章)では、企業は利益ばかりに目を向けていると、顧客や従業員を敵に回すことになり、企業におけるパーパス(その企業が存在する意義)と人を重視すべきであって、「ノーブル・パーパス(大いなる存在意義)」を会社の戦略の要とし、それに沿った経営慣行を作るべきであるとしています。そして、どんなときも人から始め人が最後になるとし、人のエネルギーを生むにはどうすればよいかを説いています。

 第3部(第8章~第13章)では、時代遅れとなった「アメとムチ」による経営手法に代わるアプローチの鍵となるものを「ヒューマン・マジック(人に備わる魔法のような力)」と呼び、経営者が以下の5つの要素を意識し従業員への接し方を変えることで、彼らの働き方が変わるとしています。
  ① 個人の夢と会社のパーパスを結びつける
  ② 人と人とのつながりを育む
  ③ 自律性を育む
  ④ マスタリー(熟達)を追究する
  ⑤ 追い風に乗る(成長できる環境を作る)

 第4部(第14章~第15章)では、パーパスフルなリーダーになるために大切なことを挙げ、パーパスフル・リーダーの5つの「あり方」として、以下を挙げています。
  ① 自分と周囲の人々のパーパスを理解し、それらと企業のパーパスの結びつきを明確にする
  ② リーダーとしての役割を明確にする
  ③ 誰に仕えているかを明確にする
  ④ 価値観を原動力にする
  ⑤ 偽りのない自分になる

 本書は、経営者自らがパーパスについて語った最初の本であるとのことです。個人的には、一人ひとりにとってのパーパスというものを、企業にとってのノーブル・パーパスに敷衍している点が興味深かったです。個々にものすごく目新しいことが書いてあるわけではありませんが、リーダーは完璧である必要はなく、リーダーにとって重要なのは自分らしくあることであり、また、最善を求めて努力し続け、周りの人とコミュケーションをとり、組織のパーパスと社員のパーパスを結びつけ、彼らがのびのびと働ける環境づくりをすることこそが求められるということを、改めて教唆してくれる本でした。

世界の家電量販店業界.jpg

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人的資本時代のリーダー論。啓発的でありながらも、どことなくもやっとした印象も。

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人的資本の活かしかた 組織を変えるリーダーの教科書 単行本』['22年]

 本書では、日本にアップルやアマゾンがような企業が生まれないのは、かつて製造業を世界一に押し上げた日本的な組織のあり方からなかなか脱却できず、人的資本への投資が進んでいないからであるとしています。日本企業の持つ資産の多くは、設備や建物、現金などの有形資産に偏っており、今、日本の企業も「人的資本経営」へと大きく変革する必要があるとしています。本書は、これから企業にとって「人的資本経営」は避けられない課題になるとし、ではその「人的資本経営」とは何なのか、 今までのマネジメントとどう異なるのか、これからのリーダーにはどのような能力が求められるのかを解説しています。

 第1章で、「人的資本経営」とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方であると定義し、今、人的資本経営が注目される理由は3つあり、1つは社会からの要請、1つは企業の戦略的必要性、1つは価値観の変化であるとしています。

 第2章では、人的資本時代における管理職を「チーム経営責任者(TMO=Team Management Officer)」と定義し、チーム経営責任者に求められる能力として、①キャリア支援力、②強み発見力、③仕事アサイン力、④チームビルディング力、⑤人材獲得力、⑥オンボーディング力、⑦全体俯瞰力の7つを挙げ、以下、第3章から第9章までの各章でそれぞれについて解説しています。

 まず、第3章と第4章では、人的資本を伸ばす能力としての「キャリア支援力」と「強み発見力」について述べています。「キャリア支援力」は、ポジションを重視した組織内キャリアではなく、人的資本に注目した個人のキャリアを支援するものであり、「強み発見力」は、自分のコピーをつくる育成ではなく、それぞれのメンバーの強みを引き出す能力であるとしています。

 第5章と第6章では、人的資本を活躍させる能力としての「仕事アサイン力」と「チームビルディング力」について解説しています。「仕事アサイン力」は、メンバーに対して画一的に関わるのではなく、それぞれの強みにフォーカスした個別アプローチがベースになるとし、「チームビルディング力」は、かつてのような上意下達ではなく、メンバーの力がスムーズに発揮できるフラットなチームづくりのために必要であるとしています。

 第7章と第8章では、チームに人的資本を投入する能力としての「人材獲得力」と「オンボーディング力」について述べています。「人材獲得力」の前提にあるのは、人材は受け身的に与えられるものではなく、管理職が自分から獲得していくものであるという考え方であるとし、「オンボーディング力」は、新しく受け入れたメンバーをチームに当てはめるのではなく、新しいメンバーの強みを活かして新たなチームを作っていくということが基本となるとしています。

 さらに、第9章で、チームの人的資本と経営戦略をつなぐ能力としての「全体俯瞰力」について、近視眼的に自分のチームだけを見るのではなく、経営戦略との連携を重視するということであるとしています。そして最後に、第10章で、人的資本経営にありがちな「5つの罠」を挙げ、罠に陥らないために人事部門や経営者が行うべきことを説いています。

 人的資本は、人的資本情報の「開示」という面で注目を集めていますが、将来的に企業価値向上につなげるという意味では、実際のアクション部分である人的資本の「最大化」を行うことが、組織を強くする上で大事であり、その中核を担うのが中間管理職であるという本書の趣旨は、その通りであると思います。

 「組織を変えるリーダーの教科書」とサブタイトルにあるように、人的資本時代における「チーム経営責任者」としての管理職やリーダーに求められる能力とそれを発揮するためのスキルが、よくまとめられていると思いました。

 一方で、啓発的な内容でありながらも、どことなくもやっとした印象にとどまる面もあり、読みやすい本ですが、書かれていることを実践しようとしたら、何度か読み返しが必要な本でもあるように思いました。

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「3つのトレード・オン」「レジリエント・カンパニー」「トリプルA」を提唱。抽象レベル?

しなやかで強い組織のつくりかた.jpgしなやかで強い組織のつくりかた 3.jpg 
しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション』['22年]

 長年にわたり日本企業を観察してきた著者は、日本の組織には、個人のパッションの炎を消してしまう「もったいない」力が働いているといいます。この状況を変えていかなければ「望ましい未来」は訪れないとし、目指すはしなやかで強い人間集団「レジリエント・カンパニー」であり、その実現のためには「マネジメント・イノベーション」が必要であるとしています。

 そして、「望ましい未来」を迎えるには、「3つのトレード・オン」の実現が求められ、 1つ目は、企業の発展と、健全な社会および自然環境の間のトレード・オン、2つ目は、組織の発展と働き手個人の充実感、やりがい、いきがいの間のトレード・オン、3つ目は、業績・ワークと家族と暮らしの幸福度の間のトレード・オンであるとしています。

 第1章では、これまでの人びとの働き方を振り返り、働き手の「暮らし」「幸福度」「人間性の解放」が軽視されてきたとしています。

 第2章では、日本的組織のこれまでの強みであったまじめさ、継続力、一体性は、20世紀には適していたが、こうした光(強み)に部分から生まれた、枠組みの重視と個の軽視、均質化、前例主義といった影(弱み)の部分もあるとしています、

 第3章では、これからの企業が「レジリエント・カンパニー」にならねならない理由を、人口統計学的な変化や、経済と成長市場のグローバルシフトなど、企業と組織を変えるメガトレンドとしての5つの「未来の種」を挙げて、それらの観点から解説しています。

 第4章では、日本企業はこれまでどうしてマネジメント・イノベーションを起こしにくかったのかを考察し、組織運営に必要な要素と、それらの21世紀に必要とされる実践スタイルを示しています。

 第5章では、「しなやかで強い組織体質」を実現する原理原則として、「トリプルA」、すなわちアンカリング(Anchoring)、自己変革力(Adaptiveness)、社会性(Alignment)の"3のA"と、それを強化する"9つの行動"を提唱し、その狙いを解説しています。

 第6章では、日本の上場企業に勤める社員2千人以上に対してトリプルA経営の観点から行った調査の結果から、日本企業におけるその現状と経営効果を、個別項目、性別、織級、業種別ごとに分析しています。

 第7章では、マネジメント・イノベータにとって必要な心構えとして、「主体性」「建設的思考」「行動重視」の3つが出発点となるとしています。

 第8章では、トリプルA(アンカリング、自己変革力、社会性)の原則、現場での行動、期待できる効果をより詳しく解説し、マネジメント・イノベーションの具体的なアクションを「カード」にして示しています。

 終章では、冒頭に述べた「3つのトレード・オン」を実現し、しなやかで強い組織「レジリエント・カンパニー」となることが最終ゴールであることを改めて説き、本書を締めくくっています。

 マネジメントのあり方や、組織運営そのものに革新を起こすことが日本企業にとっての最重要課題であるという趣旨であり、目指すは「しなやかで強い人間集団」=レジリエント・カンパニーであるという方向性もしっかりしているように思いました。マネジャーでなくともマネジメント・イノベータになり得るというのも啓発的でした。

 ただし、トリプルAとは何か、それを「現場での行動」にまで落とし込んだとしながらも、例えばそれが「強い信頼感の醸成」といった抽象レベルにとどまっており(もし自分で書いているとすればスゴイ日本語能力!)、全体としては"実践書"としてより、"啓発書"としてのの色合いが濃かったように思います。

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この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であると。

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才能の科学;人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』['22年]『非才!: あなたの子どもを勝者にする成功の科学』['10年]『Bounce: Mozart, Federer, Picasso, Beckham, and the Science of Success』['10年]

 ビジネス、学問、スポーツ、芸術...。能力は後天的に伸ばせる! 元オックスフォード大学主席のアスリートが科学的に導き出した成長の法則を、スポーツ選手らのエピソードを交えつつ紹介する―。(版元口上)

 著者マシュー・サイドの『非才!―あなたの子どもを勝者にする成功の科学(Bounce: Mozart, Federer, Picasso, Beckham, and the science of success(2010)』('10年/柏書房)を改題の上、復刊したもの。したがって、同著者の近著『失敗の科学―失敗から学習する組織、学習できない組織(Black Box Thinking: Why Most People Never Learn from Their Mistakes(2015)』('16年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『多様性の科学―画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織(Rebel Ideas: The Power of Diverse Thinking(2019)』('21年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)より前に書かれた本になります。

 3部構成の第1部「才能という幻想」(第1~4章)では、芸術や学問、スポーツ、ビジネスなど、あらゆる分野で見られる、生まれながらの才能という考え方に疑問を呈し、批判的に考察しています。

 まず、英国代表の卓球選手として2度オリンピックに出場した著者自身についての考察から始まり、著者がすぐれた卓球選手になれたのは、訓練内容や恵まれた環境が要因であったとしています。さらに、"天才"と言われたチェスプレーヤーのガルリ・カスパロフがIBMのディープブルーに勝てたのは"経験"の差であり、"神童"と言われたモーツァルトの場合も、優秀なバイオリニストと練習時間の間には密接な相関関係があり、幼くして英才教育を受けた彼のケースは、そのことの例外と言うよりむしろ証左であると。

 さらには、ゴルフのタイガー・ウッズやテニスのウィリアムズ姉妹の過酷なトレーニング、幼少期から傑出したチェスプレーヤーになるために英才教育を受け、実際にそうなったポルガー3姉妹の話など、さまざまな例から、才能ではなく目的性のある訓練と成長への気構えによって傑出した人物が生まれるとし、人を褒めるときは知性より努力を褒めた方が効果的でり、企業における才能至上主義は良い結果を招かないとしています。

 第2部「パフォーマンスの心理学」(第5~7章)では、プラシーボ効果(偽薬を本物の薬と思い込み、服用することで得られる心理効果)のようなものがスポーツのパフォーマンスにおいて大きな役割を果たすことを、ボクシングのモハメド・アリや三段跳びのジョナサン・エドワーズにとっての宗教、タイガー・ウッズにおける強固な自信などから説明し、「信条」という言葉で表される脳の状態が、高いパフォーマンスを生むとしています(第5章)。

 さらに、「あがり」のメカニズムについて考察し、熟練者だけがあがる能力を持っているとして、それを回避する方法を説くとともに(第6章)、儀式(所謂「ルーティーン」というもの)がなぜスポーツのパフォーマンスを向上せるのか、また、大会で優勝するなどして目標を達成したあと憂鬱になるのはなぜか、考察しています(第7章)。

 第3部「能力にまつわる考察」(第8~10章)では、知覚というものの構造はつくり変わるものであり、意識的な処理ができる帯域幅は誰も同じようなものだが、熟練者はその幅を広げられるとし(第8章)、さらに、ドーピングや遺伝子改良について、強化手段のすべてが人類の将来にマイナスとなるのかどうか考察、最後に、陸上競技において黒人は、短距離(西アフリカ)においても長距離(東アフリカ)においても遺伝子的に優れた走者であるというのが必ずしも正しくないことを実証し、改めて、能力は生得的なものではなく後天的に伸ばせるものであるとして本書を締めくくっています。

 基本的には、この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であるという主張の本ですが、著者自身がアスリート出身であることもあってスポーツに関連した事例が多く、説得力をもって楽しく読めます(環境論である点でマルコム・グラッドウェルの『天才! ―成功する人々の法則』('09年/講談社)に近いが、解説でも述べられているように、グラッドウェルの方が「1万時間の練習で何でも習熟」説を安易にぶち上げている分、通俗的か)。

 『失敗の科学』(原著2015年、邦訳2016年)は、なぜ人や組織が失敗をしてしまうのか、そしてそれ以上になぜその失敗から学べずに落とし穴にはまり続けるのかをまとめたもの、『多様性の科学』(原著2019年、邦訳2021年)は、画一的な集団はみな同じ事しか考えず、同じ見落としをしてしまうし、別のフレームで物事が考えられず、大失敗を引き起こすとし、本当の多様性をつくり活用するにはどうすればよいかを説いた本です。未読であれば、本書に次いでこれらに読み進むのもいいかと思います。

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ギャラップ調査に基づくマネジャー論。優れたマネジャーは「優れたコーチ」であると。

『ザ・マネジャー』.jpg『ザ・マネジャー』2022.jpg 『ザ・マネジャー』原著.jpg  さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 最新版.jpg
ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる ボスからコーチへ』['22年]『It's the Manager: Moving From Boss to Coach』['19年]ジム・クリフトン/ギャラップ 『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 最新版 ストレングス・ファインダー2.0

 本書は、ベストセラーシリーズ『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』の著者ジム・クリフトンらが、数十年にわたるギャラップの調査をもとに、「人の力を最大化する組織」をつくるための問題解決の糸口となる突破口を、50項目以上(全52章)にわたり解説したものです。それぞれをテーマごとに5つの部に分けて取り上げ、従業員エンゲージメントを高めるための方法や、従業員の「才能」を開花させる方法、そのためにマネジャーがとるべき会話やアクションなどを詳説しています。

 第Ⅰ部「戦略を立てる」(第1章~第5章)では、職場で求められているものが「給料」→「目的」、「満足度」→「成長」、「ボス」→「コーチ」、「年次評価」→「継続的な会話」と変化してきているとした上で、リーダーに欠かせない特性について述べています。

 第Ⅱ部「組織文化をつくる」(第6章~第8章)では、なぜ組織文化が重要であるのか、また、それを変革するには何が必要かを述べています。

 第Ⅲ部「採用のためのブランドを確立する」(第9章~第19章)では、新世代の労働力を惹きつけ、スター社員を採用するにはどうすればよいか説くとともに、新入社員のキャリアを方向づける「オンボーディング(入社後施策)」プログラムや、能力開発への近道となる「強みに基づく会話」、成功するために必要な「7つの期待値―コンピテンシー2.0」を紹介しています。また、「サクセッションプラン(後継者育成計画)」を科学的に行うための4つのステップや、成功する退職とはどのようなものかについても述べています。

 第Ⅳ部「ボスからコーチへ」(第20章~第31章)では、コーチングを成功させるための「3つの条件」と「5つの会話」を紹介するとともに、給与や昇進の正しい在り方、レーティング(評価)における「バイアスの罠」とその補正方法、従業員の定着を高めるキャリアアップの3要素、チームを成功に導く12の要素などを列挙しています。また、なぜ従業員は仕事に対して「エンゲージしていない」のか考察し、「能力開発を重視する組織文化」をつくるのに必要な4つの要素や、優れたマネジャーが持つ5つの特性を挙げ、どのようにしてマネジャーを育てるかを論じています。

 第Ⅴ部「これからの働き方」(第32章~第52章)では、ダイバーシティ&インクルージョンの3要件や働く女性が直面する3つの課題について述べるとともに、年配社員の活かし方、福利厚生、フレックスタイム、イノベーション、アジャイル、ギグワーカー、AIテクノロジーなどについて論じ、最後に、ビジネスの成果には「人間の本質」が果たす役割が大きく、マネジャーこそが成功のカギであるとして、本書を締めくくっています。

 巻末に100ページ以上に及ぶ調査資料が付されているように、ギャラップの調査がベースになっているということもあり、何か突飛なことが書かれているわけではないですが、幅広く、かつオーソドックスな内容であるように思いました。

 それでいて、時代の変化に沿った内容にもなっていて、その中で特に強調されていたのは、「ボスからコーチへ」ということ、つまり、優れたマネジャーとは「優れたコーチ」であるということではなかったかと思います。

 テーマごとにポイントが整理されていて、社員の熱意とやる気を高めるためにマネジャーは何をすべきかということを、意識の面、実践の面から改めて振り返ってみるのにいい本であると思います。

《読書MEMO》
●オンボーディングのための5つの質問(第13章)
1「皆が信じているものは何か」
2「私の強みは何か」
3「私の役割は何か」
4「私のパートナーは誰か」
5「ここでの自分の未来はどうなるか」
●7つの期待値―コンピテンシー2.0(第17章)
・人間関係を築く
・人を育てる
・変化を導く
・人に意欲を吹き込む
・批判的に考える
・明確なコミュニケーションをとる
・アカウンタビリティを生み出す
●サクセッションプランを科学的に行うための4つのステップ(第18章)
1 客観的なパフォーマンス評価から始める
2 カギとなる成功体験を分析する
3 生来の傾向を活かす
4 個別にリーダーシップ開発を設計する
●退職を成功させる(第19章)
 1 授業員は「自分の話を聞いてもらえた」と感じている
 2 従業員は自分の貢献に誇りを感じて退職する
 3 退職者をブランド大使にする
●コーチングの3つの条件(第20章)
1 期待値を設定する
2 継続的なコーチングを行う
3 アカウンタビリティを生み出す
●パフォーマンスを向上させる5つの会話(第21章)
1 職務の明確化と人間関係の構築
2 クイックコネクト
3 チェックイン
4 育成型コーチング
5 進捗レビュー
●従業員の定着率を高めるキャリアアップの3要素(第25章)
1 変化をもたらす機会
2 成功
3 希望するキャリアとの適合性
●「能力開発を重視する組織文化」をつくるのに必要な4点(第29章)
1 CEOや取締役会が取り組みを開始している
2 マネジャーに新しいマネジメント方法を教えている
3 全社的なコミュニケーションが行われている
4 マネジャーにアカンタビリティを持たせている
●優れたマネジャーが持つ5つの特性(第30章)
1 モチベーション(チームにやる気をもたらす)
2 ワークスタイル(目標を設定し、リソースを配置する)
3 イニシエーション(周囲に影響を与えて、逆境や抵抗を乗り越える)
4 コラボレーション(深い絆で結ばれた信頼できるチームをつくる)
5 思考プロセス(戦略や意思決定のために分析的アプローチ)
●ダイバーシティ&インクルージョンの3要件(第33章)
 ・「私に敬意を払って」
 ・「私の強みを大事にして」
 ・「リーダーは正しいことをする」
●働く女性が直面する3つの課題(第37章)
 ・職場での不当な扱い
 ・賃金格差
 ・ワークライフの柔軟性

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「再考」することの大切さを説く。相手と意見が対立した際の対処法も。

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THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』['22年]『Think Again: The Power of Knowing What You Don't Know』['21年] Adam Grant
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 組織心理学者で、ベストセラーとなった『GIVE & TAKE―「与える人」こそ成功する時代』('14年/三笠書房)の著者による本書では、人はその心理的な特性から思い込みを捨てて考え直すことが苦手であり、既存の考えにとらわれず考えを見直すことは、思考の柔軟性を取り戻し正しい判断を促すとして、その原理と対処法を紹介しています。

 パート1では、私たちの思考様式は、考えたり話をしたりする時、無意識に3つの職業の思考モードに切り替わり、その3つとは、「牧師」(理想を守り確固としたものにするために説教する)、「検察官」(相手の間違いを明らかにするために論拠を並べる)、「政治家」(支持層の是認を獲得するためにキャンペーンやロビー活動を行う)であるとしています。

 そして、それらとは別に私たちが持つべきは「科学者」の思考モードであり、科学者は自分の知っていることを疑い、知らないことを深掘りする力が要求され、真実を追求する時、私たちは科学者の思考モードに入り、仮説を検証するために実験を行い、新しい知識を発見するとしています。

 科学者のように考えるとは、単に偏見のない心で物事に対応することではなく、それは能動的に偏見を持たないことをいい、なぜ自分の見解が「間違っているかもしれない」のか、その理由を探し、わかったことに基づいて見解を改めることが必要であり、大抵の場合、多くの人は偏見を捨てて、様々な観点から物事を見つけることによって恩恵を受けるはずであって、私たちの思考の敏捷性が向上するのは、科学者の思考モードにいる時だからだとしています(第1章)。

 私たちの知識や考えには「盲点」があり、思考の盲点は、人を「見えていないことが見えていない」状態にし、結果として自分の判断力に誤った自信を持つようになり、自分の考えが間違っているかもしれないと考えることさえしなくなるが、対処法はあり、私たちは正しい種類の自信を持っていれば、曇りのない目で自分を見つめ、考え方を改善するよう学ことができるとしています。

人は、ある特定の分野における能力が低ければ低いほど、同分野での自己能力を過大評価する傾向にあり、これが原因で、人は自己を正しく認識できず、多くの場面で自分で自分の足を引っ張り、また、人は自分の知識に確信を持っていると、知識の隙間や誤認を探そうとしないし、当然ながら隙間を埋めたり修正したりしないとしています。

 一方で、経験不足が明らかである時は自らを過小評価するもので、人が自信過剰になりやすいのは、ド素人からワンステップ進み、アマチュアになった時であり、ほんの少しの知識が危険になり得、人は経験を積むにつれて、謙虚さを失うものだとしています。

私たちが手に入れるべきは、バランスの取れた自信と謙虚さであり、つまり、自己の能力を信じながら、自分の解決方法が正しくない可能性、あるいは問題自体を正しく理解していない可能性を認めること、そこから疑問が生まれれば、既存の知識を再評価するようになり、ほどほどの自信があれば、新しい見識を追い求めることができるとしています(第2章)。

 そして、実は、「自分の間違い」を発見することは喜びであり、「愚かなこだわり」から自由になるには、個人的感情に流されず、固定観念を捨て、「外からはいいてくる情報」に心を開くことであり、「ミスを潔く認める人」ほど評価が上がるとしています(第3章)。

 また、「熱い論戦」(グッド・ファイト)は怖れてはならず、「対立を避けてしまう心理」が革新を妨げ、「挑戦的なネットワーク」(耳の痛い意見)を避けるべきではなく、意見が合わない時に感情に流されず「理性的に反論」できるかがカギになるとしています(第4章)。

 パート2では、相手に再考を促す方法を説いています。まず。議論の場で相手の心を動かすには、相手を「敵」と見なすのではなく「ダンスの相手」だと思うことであるとして(第5章)、相手の「先入観」「偏見」とどう向き合うかを説くとともに(第6章)、「穏やかな傾聴」こそ人の心を開くとしています(第7章)。

 パート3では、学び、再考し続ける社会・組織を創造する方法を説いています。分断された社会の「溝」を埋めるために「平行線の対話」を打開していくにはどうすればよいか(第8章)、健全な懐疑心と探究心を育み、生涯にわたり「学び続ける力」を培うにはどうすればよいか(第9章)、「学びの文化」を職場で醸成しさせ、「いつものやり方」を変革し続けるにはどうすればよいか(第10章)を説いています。

 パート4では、結論として、「意義ある人生」をおくるために、視野を広げて自らの「人生プラン」を再考することを推奨しています(第11章)。

 出来るようでなかなか出来ないのが「再考」であり、自分の考えを疑うことをせず、誤った考えに気づきもしないことが多い中で、本書では「再考」することの大切さが組織論にまで落とし込んで書かれています。仕事上の相手と意見が対立した際の対処法や、建設的な議論を通して自らの思考の質を高める方法についても書かれており、ビジネスパーソンには啓発される要素の多い本であると思います。

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資産を減らすという真逆の発想はユニーク。批判もあるが、啓発的。

DIE WITH ZERO.jpgDIE WITH ZERO2020.jpg DIE WITH ZERO2.jpg Bill Perkins.jpg Bill Perkins
DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』['20年] 『Die with Zero: Getting All You Can from Your Money and Your Life』['20年]

 本書タイトルが示すところは「ゼロで死ね」、つまり「死ぬ時までにお金はすべて使いきってしまおう」ということで、人生を豊かにするためにお金を使い切るという考え方を、9つのルールにして提案しています。版元の口上も「お金の"貯め方"ではなく"使い切り方"に焦点を当てた、これまでにない"お金の教科書"」とのことで、確かにその点ではユニークであり、アメリカではベストセラーになったようです。

 ルール1は、「"今しかできないこと"に投資する」こと。今しかできないことに金を使うべきで、金を無駄にするのを恐れて機会を逃すのはナンセンスだとしています。人生の充実度を高めるのは、"そのときどきにふさわしい経験"であり、節約ばかりしていると、その時にしかできない経験をするチャンスを失うとしています

 ルール2は、「一刻も早く経験に金を使う」こと。人生で一番大切な仕事は「思い出づくり」であり、思い出を通して人生の出来事を再体験でき、「思い出の配当」はバカにはできず、年齢を重ねるごとに多くのリターンが得られるとしています。

 ルール3は、「ゼロで死ぬ」こと。莫大な時間を費やして働いても、稼いだ金をすべて使わずに死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになるし、仕事に情熱を捧げる人であっても、稼いだ金を使うことをおろそかにすべきではないとしています。

 ルール4は、「人生最後の日を意識する」こと。人は死が迫ってこないと、合理的な判断ができないが、人生の残り時間を意識することは、現在の行動に大きな影響を与えるはずだとしています。

 ルール5「子どもには死ぬ「前」に与える」こと。死んでから与えるのは遅すぎ、死ぬ「前」に財産を与えるべきであるとしています。なぜならば、一般的に相続人の相続時の年齢は「60歳前後」であるのに対し、金の価値を最大化できる年齢は「26~35歳」であるから。親が財産を分け与えるのは、子どもが26~35歳のときが最善としています。

 ルール6「年齢にあわせて"金、健康、時間"を最適化する」こと。資質と貯蓄のバランスを最適化し、経験から価値を引き出しやすい年代に、貯蓄を抑えて金を多めに使うことを推奨し、「金」「健康」「時間」のバランスが人生の満足度を高めるとしています。また、若い頃に健康に投資した人ほど得をするとも述べています。

 ルール7は、「やりたいことの"賞味期限"を意識する」こと。どんな経験でも、いつか自分にとって人生最後のタイミングがやってくるものであり、もうじき失われてしまう何かについて考えると、人生の幸福度は高まることがあると。つまり、人生の終わりを意識すると、その時間を最大限に活用しようとすう意欲が高まるとしています。

 ルール8は、「45~60歳に資産を取り崩し始める」こと。老後のために過度に貯蓄するのではなく、金をもっと早い段階で有効に活用することを計画すべきだとしています。

 ルール9は、「大胆にリスクを取る」こと。失うものが極めて小さく、メリットが極めて大きい場合、大胆な行動をとらないほうがリスクになるとしています。

 資産を増やすことばかり励んでいる人が多い中で、資産を減らすという真逆の発想はユニークで、そのバックに、金ではなく人生の価値を最大化するためにはどうすればようかという発想があるのが共感できました。

 本書でも紹介されている『Your Money or Your Life: 9 Steps to Transforming Your Relationship with Money and Achieving Financial Independence』(邦訳『お金か人生か―給料がなくても豊かになれる9ステップ』('21年/ダイヤモンド社))で提唱された「FIRE」(Financial Independence, Retire Early movement、経済的自立と早期退職を目標とするライフスタイル)という考え方とも重なる部分があるように思いました。

 ただし、「FIRE」とは、経済的に独立して、早期に引退することであり、そのために収入増や支出減を模索しながら、意図的に貯蓄率を最大化することであって(その目的は、FIRE達成後の生涯の支出を賄うのに十分な不労所得を得ること)、一定年齢までに充分な貯蓄を得ることが前提条件になるのでないでしょうか。

 そう考えると、著者はトレーダーとして成功を収めたからこそ言える部分もあるのではないかという気もしなくはないです。40代とか50代といったら、子どもの教育費などで結構お金が必要な時期であるし、今の日本だと、子どもがいない人でも、非正規雇用のまま中年期を迎え(そのために子どもを持てなかったというのもあるかも)生活が楽ではない人も結構いるのでは。

 そうした現実問題はオミットされているため、この本には、自己中心的だという批判的な評価もあるようです。ただ、時間とお金の使い方を再考し、より豊かな人生を送るためのフレームワークを提供している点では啓発的であり、評価していいと思います(読んだ直後の評価は★★★★だったが、時間が経つにつれて日常生活で本書の趣旨について考えさせれる局面がしばしばあり、★★★★☆に評価を修正した)。

《読書MEMO》
●目次
ルール1 「今しかできないこと」に投資する
ルール2 一刻も早く経験に金を使う
ルール3 ゼロで死ぬ
ルール4 人生最後の日を意識する
ルール5 子どもには死ぬ「前」に与える
ルール6 年齢にあわせて「金、健康、時間」を最適化する
ルール7 やりたいことの「賞味期限」を意識する
ルール8 45~60歳に資産を取り崩し始める
ルール9 大胆にリスクを取る

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コンサルティングファームの手を借りることになる前の準備として読む?

戦略的人事制度のつくりかた.jpg図解でわかる! 戦略的人事制度のつくりかた』['22年]

 経営コンサルティングファームによる本書は、人事制度自体を俯瞰した上で、人材ビジョン、等級、評価、報酬という人事制度の重要な要素を統合的に説明できるような「フレームワーク」の提示を目指したものです。そのフレームワークは、大手企業からの数多くの引き合いを通して、経営コンサルティングファームが生み出した「人事フレーム」をもとに作成したとのことです。

 一般に、学術書であると抽象的すぎて実務で活用しにくく、一方、実務書であれば、報酬制度や評価方法など、個々の論点についてのノウハウは詳しく書いてあるものの、人事の全体像とはリンクしていないタイプのものが多い中、本書は理念と実務を統合的に説明している点が特徴であり、その点において「フレームワーク」という言い方をしているようです。

 要となるフレームワークは全体で5+1のステップで構成されており、ステップ1が「現状分析・改定の方向性」、ステップ2が「人材ビジョン・人事制度改定コンセプト」、ステップ3が「等級制度」、ステップ4が「評価制度」、ステップ5が「報酬制度」、ラストステップが「導入・運用」となっています。

 ステップ1からステップ2にかけては、人材マネジメントのあるべき姿とその企業の現状とのギャップをどのように測り、人事制度改定の判断軸をどう作っていくかを解説しています。主として理念的・概念的な内容となりますが、図解で解説し、ポイントを整理しているため、とっつきにくいという印象は緩和されていると思います。

 ステップ3からステップ5にかけて解説されている等級制度、評価制度、報酬制度については、比較的オーソドックスな解説がなされていますが、この制度しかない、これがベストであるという示し方ではなく、あくまでも制度策定のフレームとなる考え方を示すことに主眼が置かれている印象を受けました。

 ラストステップでは、「制度3割、運用7割」であるということを踏まえた上で、人事制度が活用される運用基盤をどう整えるか、制度導入説明会の注意点や評価者トレーニングの実施ポイントなどを具体的に解説しています。

 全体を通して、例えば評価制度であれば、評価制度の役割や種類、行動評価、目標管理、評価段階・ウエイト等をひと通り解説した上で、制度の概要設計や詳細設計等について具体策の検討フレームを空欄で示すとともに、併せてそれぞれの記載例も示すというかたちをとっています。そのため、記載例を見ながら、自社の場合、検討フレームを埋めるとすればどうなるかを考えさせる、ワークブック的なつくりになっていると言えます。

 現実には、人事制度改定プロジェクトのリーダーまたはメンバーにでもならない限り、なかなかこうしたことは学習したり考えたりしないものであるし、また実践の場を経ないと、こうした知識は本当に身にはつかないという面はどうしてもあるかと思います。人事ビギナーには、本書の各検討フレームを埋めるのは結構ハードルが高いようにも思いました。

 ただし、人事パーソンには社内コンサルタント的な素養も求められると思われることから、こうしたコンサルティングファームの切り口や手法に触れておくのもいいのではないかと思います。それは、制度改定を内製的に実施することになった際にも役立つと思います。また、仮にコンサルティングファームの手を借りることになったとしても、自社最適の制度への道は自らが選択しなければならないわけです。そうしたことをイメージしながら読むといいのではないでしょうか。

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モチベーションから組織運営まで、職場で役立つ心理学を学べる。

職場の人事心理学.jpg職場の人事心理学2022.jpg職場の"人事心理学"』['22年]

 本書は、「人事心理学」を標榜する現時点での唯一の書籍として、人事心理学を体得するのに必須となる基礎知識を、モチベーションから組織運営まで9ジャンル100項目にわたって解説したものであるとのことです。確かに、人事用語についての辞典や解説書はこれまでもありましたが、「人事心理学」にフォーカスした本は意外と無かったように思います。

 ジャンル区分は、モチベーション、人材育成、キャリア開発、人事評価、ストレス対処、人間関係、交渉・説得、リーダーシップ、組織運営の9つで、例えば第1章のモチベーションであれば、X理論・Y理論、欲求の変化を踏まえた対応など、第2章の人材育成であれば、学習性無力感やアイデンティ拡散、防衛的悲観主義など、第3章のキャリア開発であれば、職業適性、職業興味やワークバリュー、キャリアアンカーなどといった用語やテーマが取り上げられています。

 第4章の人事評価で、ポジティブ・イリュージョンやダニング=クルーガー効果といったことを取り上げているのも心理学という観点から特徴的ですが、第5章がストレス対処、第6章が人間関係、第7章が交渉・説得というように、こうしたジャンル区分のもとに用語やテーマが集約されていること自体が目新しいと同時に、本来的であるように思いました。人間関係管理などは人事の職務領域かと思いますが、そうした認識があまりない人もいたりする昨今です。また、個人や他部門に対して説得的コミュニケーションができることは、営業職などに限らず、人事パーソンにも求められる資質であると言えます。

 書かれていることはいずれも、人事パーソンに限らず、管理職や経営者は知っておいて、リーダーシップの発揮や組織運営に役立てたい知識ばかりですが、「人事の仕事は、まさに心理学の守備範囲にあるといってよい」と著者も述べているように、その前にまず人事パーソンとしての自分自身が押さえておきたいところです。

 これまで多くの職場心理学に関する本を著している著者だけに、それぞれの解説が具体例を挙げるなどしてわかりやすく解説されています。書店で見かける組織心理学などの入門書的な解説本の中には、図解を多用してぱっと見て概要が理解できるようにしたものもあり、確かにそれはそれで分かりよいのですが、「何となくわかった気になっている」だけという面もあるかもしれません。

 本書の場合、著者自身の言葉でしっかり解説されていて、また、100項目ある各項の前半は用語などの基本解説となっているのに対し、後半は実践のためのヒントが示されている構成となっているため、読み込みことによって理解が深まり、実践へのより強固な足掛かりにもなると思われます。

 改めて「人事心理学」というものが関わる範囲が広範であることに思い当たり、本書の100項でそのすべてをカバーしているとは言えないと思います。しかしながら、書かれていることは知っておきたいことばかりです。

 どの章からでも読め、それでいて、各項は読み物を読むように読めます(もちろんその際には自分の経験に引き付けて読むべきですが)。人事パーソンとして、職場で役立つ心理学を学ぶ上での"すぐれもの"ではないかと思います。

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越境学習によって得られる「冒険する力」が「変革」を成し遂げると。

越境学習入門2.jpg越境学習入門3.jpg
越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』['22年]

 本書は、長年にわたり越境学習について研究してきた著者らが、越境学習によって得られる「冒険する力」が、「新しいこと」「変革」を成し遂げる原動力になるとして、その全体像を解説するとともに、企業と個人が越境学習を開始・実践する方法を提案したものです。

 第1章では、越境学習とは、個人にとって居心地のよい慣れた場所であるホームと、居心地が悪く慣れない場所だがその分刺激に満ちているアウェイとを往還する(行き来する)ことによる学びのことであると定義し、その学問的成り立ちや、なぜ「越境」が働く人にとっての「学習」につながるのか、その背景となる理論を解説しています。

 第2章では、なぜ今、働く人の学びとしての越境学習が注目されるようになってきたのかを、働き方改革、キャリア自律のベースとなる「ニューキャリア理論」、イノベーション人材の育成、新しいタイプのリーダーシップ開発などとの関係で述べるとともに、個人における越境学習のポイントと、企業主導の越境学習の試みがどのような形で広がっているのかを紹介しています。

 第3章では、越境学習のプロセスを「越境前」「越境中」「越境後」の3段階に分け、各段階で越境学習がどのように行われるかを解説しています。また、この中で、インタビュー調査の結果、「越境中」(アウェイにいるとき)以上に「越境後」(ホームに戻ってから)の葛藤と衝撃が大きいことが判明したとして、それぞれの葛藤が本人にどのような変化をもたらすか考察しています。

 第4章では、どうすれば「越境の学び」を企業における人材育成の一部に位置づけていけるのか、そのための人事部門や上司の役割や導入と運用の手順を解説するとともに、越境先から戻ってからの「迫害」や「風化」を避けるにはどうすればよいかを説いています。

 第5章では、ケーススタディとして、海外出張から戻ってからの違和感が主体的な行動発揮の原動力になった例や、ベンチャー企業への"レンタル移籍"によって、経営目線で会社全体の成果を考えるようになったり、リスクマネジメント志向からリスクテイキング志向へ変わった事例など、4つの例を紹介しています。


 越境学習を推進する上で人事部門に求められることは、「経営者、現場の事業部門、越境学習者本人、越境学習事業者のハブとなり、その調整を行う」ことだとしています。可能なら人事部門担当者にも越境学習を自ら体験してもらうことが肝要だとしていて、それはいいことだと思いました。

 4つの事例紹介のうち3つが"レンタル移籍"という越境学習プログラムによるもので、そうしたプログラムが会社にあるに越したことはないですが、著者もあとがきで述べているように、これによって越境学習の考え方を限定的にとらえない方がいいように思います。

 本書冒頭の「人は誰もが越境学習者」という考えに立ち返れば、すべての人にとって啓発的な本であるかもしれません。第3章の「越境学習のプロセス」の部分は越境学習者のいわば心理的ステップですが、会社主導の人事異動であれポスティング型の人事異動であれ、実施後の経過と成果を検証し、その人材の活用を検討する上で、人事パーソンには参考になるように思いました。

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「コーアクティブ・コーチング」を提唱。プロに限らず活かせるのでは。

コーチング・バイブル 第2版.jpgコーチング・バイブル 第2版2008.jpg コーチ1.jpg  Co-Active Coaching.jpg Laura Lynn Whitworth.jpg 
コーチング・バイブル 第2版: 人と組織の本領発揮を支援する協働的コミュニケーション』['08年]『コーチング・バイブル―人がよりよく生きるための新しいコミュニケーション手法』['02年]"Co-Active Coaching: New Skills for Coaching People Toward Success in Work And Life"(2007) Laura Lynn Whitworth (1947-2007)
Laura  Whitworth.jpg 本書はコーチングのプロを目指す人のための入門書であり、「コーアクティブ・コーチング」というものが提唱されているように、コーチとクライアントが協働してコーチングを進めていくことを重視し、「クライアントはもともと完全な存在であり、自らが答えを見つける力を持っている」ということを鍵(前提)にしています。個人的には初版(2002年邦訳刊行)を読んで以来となります(2020年に『コーチング・バイブル(第4版)』が刊行されているが、主たる執筆者でコーアクティブ・コーチングの提唱者であるローラ・ウィットワースが2007年2月に肺がんで亡くなったため(59歳没)、2012年邦訳刊行の第3版から執筆陣の名前から外れている)。

 第Ⅰ部では、コーアクティブ・コーチングの全体像が紹介されています。第1章では、コーアクティブ・コーチングでコーチに求められる「5つの資質」(傾聴、直感、好奇心、行動と学習、自己管理)の各要素について概要を説明するとともに、クライアントの主題を形成する「3つの指針」(フルフィルメント、バランス、プロセス)について触れ、第2章では、コーチングの土台となるコーチとクライアントの協働関係をいかに築くかを解説しています。

 第Ⅱ部では、「5つの資質」についてさらに詳しく述べるとともに、それぞれの資質と関係の深いコーチング・スキルについて、実例を交えながら解説しています。第3章では「傾聴」について、意識の焦点のレベルと各レベルごとの相手に与える影響を解説しています。第4章では「直観」について、直観は強い武器になるとし、それをどこで感じるかを、第5章では「好奇心」について、好奇心は信頼関係を築くとし、それを意図に活用するための鍛錬法を、それぞれ説いています。第6章では「行動と学習」について、「ありのまま」「つながり」「生き生き感」「思い切り」という4つの領域で、コーチが力を出し切ることの重要性を説いています。第7章では「自己管理」について、コーチがクライアントから意識が離れそうになったき、そこから立ち直ってクライアントとの関係を取り戻すにはどうするかを述べています。

 第Ⅲ部では、「3つの指針」についてさらに詳しく説明し、その実践方法を説いています。第8章では「フルフィルメント(充実感)」について、クライアントが描く「充実した人生」とはどのようなものかを明確にするよう支援することの重要性を、「人生の輪」というツールと併せて解説しています。第9章では「バランス」について、行き詰まり感から可能性へ、可能性から行動へとクライアントを導くバランス・コーチングにおける、①視点、②選択、③計画、④決意、⑤実行の5つのステップから成る公式を紹介しています。第10章では「プロセス」について、コーチングにおけるクライアントの変化のプロセスを、同じく5つのステップに分けて解説しています。最終第11章では、これら3つの指針をいかに統合し、コーチングを芸術の域にまで高めるにはどうすればよいかについて解説しています。そして、巻末に、コーチがクライアントに対して使うことができる「ツールキット」が収録されています。

 冒頭に、「コーチングのプロを目指す人のための入門書」と書きましたが、前回は初版を読んだときは、プロのコーチを目指す人にはいいけれども、一般のビジネスパーソンにはどうかと思ったりもしましたが、改めて読んでみて、プロのコーチを目指す人のためだけでなく、日常のコミュニケーションに「コーアクティブ・コーチング」の考え方やスキルは活かせるものであり(前に拠んだときは形式的な枠組みに囚われすぎた?)、コーチを目指す人にとどまらず、ビジネスパーソンに広くお薦めできるのではないかと思います(初版を読んだ際の評価 ★★★☆ → 今回第2版を読んでの評価 ★★★★。2022年現在、第4版まで刊行されている)。

《読書MEMO》
「5つの資質」(第3章~第7章)
「傾聴」(第3章)
 レベル1―クライアントの発言を受けた上での自分の考えや気持ち、意見・判断など自分自身に意識が向いている状態。
 レベル2―声色や表情など、クライアントから読み取れるあらゆることに意識が向かっている状態。このレベルでは,コーチは常に,自分の聴き方がクライアントにどのように影響を与えているかを認識する必要がある。これは、監視のように意識的に行うのではなく、ただ相手に与えている影響に気づいているという無意識的な状態で行わなければならない。
 レベル3―肌で感じるものや感情的なものなど、クライアントの言動以外の全てのことも認識する状態。これは「環境的傾聴」とも言う。
「直感」(第4章)
 直観がコーチングにおいては有益なものになるのは、それが正しいかどうかではなく、それがクライアントの行動を前に進め,学びを深めることに繋がったかどうかで評価されるから。
「好奇心」(第5章)
 質問を投げかけることで簡単に意識の方向を換えることができる。質問する際はクローズドクエスチョンを避け、尋問調にならないようにする必要がある。加えて、質問によってクライアントの意識が向かう方向を自覚しながらも、クライアントがどこに向かおうとそれに拘ってはいけない。
「行動と学習」(第6章)
 クライアントは「行動」「学習」を、コーチは「進める」「深める」ことに重点を置く。そしてクライアントがその経験から学んだ内容に着目しなければならない。行動を進め,学習を深めるためのスキルとして「目標設定のスキル」がある。良い目標は具体的かつ測定可能で、その結果を何らかの形で記録し評価することができるという特徴を持つ。
「自己管理」(第7章)
 例えばクライアントとの会話で自分の専門分野を扱っている場合に,「コーチとしての意見」と「専門家としてのアドバイス」を明確に区別しなければならない。

「バランス・コーチング」の5つのステップ(第9章)
  (1) 有りうる視点を列挙する。
 (2) 挙げられた視点からある視点を選択し、それを通して自身に選択力があることを自覚してもらう。
 (3) 選択した視点であり得る行動を列挙してから絞り込み、行動を計画する。
  (4) 計画した行動をやり切る決意を固めてもらう。
  (5) 実行してもらい、進捗確認とフィードバックを行う。

「プロセス・コーチング」の5つのステップ(第10章)
  (1) クライアントの「心のうねり」を聴き取り、それを言葉にする。
 (2) クライアントとそれを探求する。
 (3) クライアントがそれを深く経験する。
  (4) クライアントのエネルギーに変化が起きる。
  (5) 新たな動きが起きる。

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「できる」上司が「できない」部下をつくってしまう「失敗おぜん立て症候群」を指摘。

よい上司ほど部下をダメにするド.jpgよい上司ほど部下をダメにする.jpg  ジャン=フランソワ・マンゾーニ.jpg ジャン=フランソワ・マンゾーニ(2017年よりIMD学長)
よい上司ほど部下をダメにする』〔'05年〕

 スイスのローザンヌに拠点を置く世界トップクラスのビジネススクールIMDの教授らによる本書の英題は"The Set-Up-To-Fail Syndrome"で、本文では「失敗おぜん立て症候群」と訳されていますが、この方がタイトルの「よい上司ほど部下をダメにする」よりも内容を分かりやすく端的に表しているかと思います。本書は個人的には18年前に読んだものの再読・再整理になります。

 第1章では、上司は知らず知らずのうちに一部の部下に「できないヤツ」というレッテルを貼り、その部下の失敗を導く仕組みを作り出していることがあるとし、この現象を著者らは「失敗おぜん立て症候群」と呼んでいます。第2章では、部下の成績が悪いとき、上司は「自分たちの努力にもかかわらず」そうなっていると考えるが、実際には「上司の努力ゆえに」部下の成績が悪いというケースが多いとしています。

 第3章では、部下が「できない」のは上司のせいであり、そのことに多くの上司が気づいていないとしています。上司には、「できない部下」に対してどこかで「できないままでいて欲しい」という願望があり、自分が下してきた評価を今さら変えたくないので、「できない」部下がたまに「できた」行動を取っても認めようとせず、「できない」部下が「できない」行動を取ることで予想と一致してその考えは確信に変わり、ますます自分に責任があるとは思わなくなる悪循環になるとしています。

 第4章では、上司は「できる部下」と「できない部下」とでは異なる見方をしてしまい、こうした色メガネで部下を見ることが、「失敗おぜん立て症候群」をさらに悪化させるとしています。第5章では、部下の側からも上司にレッテルを貼ることで上司をダメにしてしまうことがあることを解説しています。第6章では、以上のことから、上司と部下がいっしょになって生み出している巨大なコストの中身を検証しています。

 第7章では、症候群の具体的な治療法を提示し、上司が症候群を理解するには、まず自分の考え方を変える必要があることを説いています。第8章では、「できない部下」とうまく付き合うための枠組みを紹介し、第9章では、症候群の「予防法」を考えています。第10章では、予防につながる行動を取りやすくするには、上司自身が変わらなければならないと論じています。

 「できない部下」をそのままにしておくことは、これからの人材難の時代に業務効率に多大のマイナスを及ぼすに違いないと思います。本書で示されている解決の方法は、やはり部下とのコミュニケーションを密にするということです。事例が数多くとり上げられているので、過去の経験を想起しつつ、自分に言い聞かせるように熟読すれば、上司にとっての自己変革(自省)効果は大きいと思います。それにしても、上司とは色メガネで部下を見てしまいがちなものであるということは、日本も海外も同じなんだなあ。

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リーダーシップとワーク・ライフ・バランスを統合させた「トータル・リーダーシップ」。

トータル・リーダーシップ.jpgトータル・リーダーシップ.jpg スチュワート・フリードマン(Stewart Friedman).jpg スチュワート・フリードマン(Stewart Friedman)
トータル・リーダーシップ 世界最強ビジネススクール ウォートン校流「人生を変える授業」』['13年]

Work and Life The Four-Way View.jpg 著者は、リーダーシップ開発とワーク・ライフ・バランスに関する第一人者であり、本書はそうした著者が唱えるところの、リーダーシップとワーク・ライフ・バランスを統合させた「トータル・リーダーシップ」の強化ステップやその内容等について、著者がペンシルバニア大学で実際に行っている講義に沿ってテキスト化したものです。個人的には、10年前に読んだものの再読・再整理になります(翻訳者の塩崎彰久氏は弁護士で、父は塩崎恭久元厚生労働大臣。2021年10月衆議院議員総選挙にて初当選して自身も国会議員となり、2023年9月、岸田改造内閣で厚生労働大臣政務官に就任している)。

 第1章「トータル・リーダーシップへの旅」では、「トータル・リーダーシップ」とは、「リーダーシップ」と「ワーク・ライフ・バランス」というこれまで直接関連しないと考えられてきた概念を融合する新たな概念であり、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の四つの領域に調和をもたらすことで、リーダーシップにも磨きをかけるものであるとしています。「トータル・リーダーシップ」の目的は、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の四つの領域における「四面勝利」であり、一般にはレード・オフと思われがちなこれら四領域が実は相互連関しているとの新発見から、新たな人生は始まるとして、以下、そのためのエクササイズを紹介しています。

 よきリーダーは自らの価値観に沿った明確なビジョンを持つとし、第2章、第3章では、ビジョンを描くために、何が最も大事なのかを見極めていくエクササイズになっています。第4章、第5章では、自分のビジョンにまわりの人を巻き込んでいく前提として、自分にとって誰が本当に大切なのかを探っていきます。第6章、第7章では、創造力を発揮して、人生の四つの領域のすべてに成果を上げるための「実験」を計画し、実行に移していくことになります。そして最後には、実験がパフォーマンスにどう影響したかを分析して、うまくいった理由、いかなかった理由を挙げ、そこから卓越したリーダーとしての人生を送るための知見を得るところとなります。

 第2章「あなたにとって本当に大切なものは何ですか」では、まず、自分はどんな人間か、どういう人間になりたいのかを問い直し、どんなリーダーになりたいか、自身の中核的な価値観は何かを見つめ直すことを説いています。

Wharton, Total Leadership.jpg 第3章「4つの領域を定義する」では、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の四つの領域の自分にとっての関心度をチャート化し、さらにそれらが調和しているかを四つの円で表してみることで、人生の四の領域を調和させるために、自分に何ができるかを考えてみることを推奨しています。

 第4章「人生の大事なステークスホルダーは誰ですか」では、自分にとってカギとなるステークスホルダーを特定すること、そのステークスホルダーは自分に何を求め、自分はステークスホルダーに何を期待しているかを考えてみることを勧めています。

 第5章「大事なステークスホルダーと心から繋がるためには」では、ステークスホルダーとの関係を掘り下げるためにダイアログ(対話)について解説し、相手の視点に立って新たな可能性を見つけるにはどうすればよいか、ステークスホルダーの気持ちを探るにはどうすればよいかを説いています。

 第6章「ビジョンに近づく「実験」を計画してみよう」では、自分を頼りにしている人々の期待にうまく応えられる人間になるために、知恵を絞った「実験」を計画・実行してみようとして、実験のアイデアの生み出し方やプランの立て方についてアドバイスしています。

 第7章「ステークスホルダーと力を合わせてビジョンを実現しよう」では、前進への決意をさらに固めるためのアドバイスとして、行動を開始すること、利他に貢献すること、現在の人的ネットワークの隙間を見つけてそれを広げ、身近な人々の輪を超えて変化を起こすことを説いています。

 第8章「「リーダーシップの終わらぬ旅」では、実験の結果やステークスホルダーの期待を振り返り、さらには「四面勝利」の視点を振り返ることで、自分にとって何が大事なのか、第3章の関心度チャートと四つの円を新たに書き直してみることを勧めています。そして、ここまでのエクササイズを通して、リーダーシップの教訓をどう導き出すか、学習者・指導者として成長するための次のステップは何かを説いています。

 仕事、家庭、コミュニティ、自分自身で各「円」を描かせて、その大きさや重なり具合から、その人の人生における比重の置き方や価値観の一致度をみるやりかたは興味深いです。これは、キャリアカウンセリングなどでは以前から用いられている手法ではないかと思いますが、それをリーダーシップ理論にまとめあげているところが画期的と言えるでしょう。

 因みに、翻訳者の塩崎彰久氏は元厚生労働大臣・塩崎恭久氏の長男。本書刊行時点で長島・大野・常松法律事務所パートナー・弁護士でしたが、2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙にて初当選し、現在衆議院議員です。

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(シェリル・サンドバーグ)

女性のためのキャリア指南書。男性が読んでも啓発される要素は多い。

LEAN IN(リーン・イン)」.pngLEAN IN(リーン・イン)2018年文庫.png
LEAN IN: 女性、仕事、リーダーへの意欲』['18年/日経ビジネス人文庫]

 本書の著者は、財務省で首席補佐官、グーグルでオペレーション担当副社長を歴任した後、現在はフェイスブックのCOO(最高執行責任者)の地位にある人です。こうした著者の華々しい経歴から、本書は、スーパーウーマンが自らの成功体験をもとに、常人には真似できないようなことを書いた自己啓発書かと思われがちですが、実際に読むと、著者自身、自らのキャリアが恵まれたものであることを認めつつも、現在の地位にたどりつくまでにさまざまな苦労や葛藤があったことが、実に赤裸々に、時にユーモアを交え描かれています(本書は2013年刊行の単行本の文庫化で、個人的には再読になる)。

 まず、アメリカ社会において女性が仕事をしていくことがいかに困難かを、社会の仕組みだけでなく、働く女性の心理面からも分析し、女性はもっと「怖がらなければできること」をやるべきであり(第1章)、男性に自分の意見を無視されようとも、まず「同じテーブルにつく」ことが大事だと。「できる女性は嫌われる」という風潮はまだ根強くあるが(第3章)、そうした中で、アドバイスとして、キャリアを梯子ではなくジャングルジムにように考えること(第4章)、良きメンターを見つけること(第5章)、建前でなく本音でコミュニケーションすること(第6章)、どうしても辞めなければならないときまで会社を辞めないこと(第7章)、男性パートナーがもっと家庭のことに積極的に参加するよう仕向けること(第8章)、完全無欠のスーパーママ神話を捨てること(第9章)を挙げています。また、より平等な環境をつくるために皆が声をあげること(第10章)女性同士が力を合わせること(第11章)を提唱し、「対話を続けよう」として本書を締めくくっています。

 著者によれば、男女差別はアメリカ社会の中にも隅々まで根付いていて、優秀な女性たちは、自分たちの優秀さについて一種の罪悪感を抱いており(著者自身、ハーバード大学で最優秀学生の1人に選ばれた際に、「優秀な女は嫌われる」という思い込みから、周囲にはそのことを隠していたという)、女性たちはまず、この内なる敵と闘わなければならないのとしています。

 その上で、「キャリアは梯子ではなくジャングルジム」「笑っていれば気分が明るくなる」「ロケットの座席をオファーされたらまず座ってみる」「正直なリーダーになる」「完璧を目指すよりもとにかくやり遂げること」という「5つのマインドチェンジ」を提唱しています。

 女性がキャリアで成功する上での障害と、それを取り除くためにどうすればよいかということについて多くのページを割いていて、報酬の交渉をする際のポイント、夫を協力的なパートナーにするためのコツや、子供が生まれるまさにその時まで仕事を辞めてはいけないというアドバイスなど、いずれも具体的かつ有用なものばかりです。

 単に声高に女性の権利を主張するのではなく、本当に必要なのは相互理解であり、女性は女性で、まず出来ること、やるべきことをやりましょう、と言っているように思えました。その上で著者は、「いまこそ私は、誇りをもって、自分をフェミニストと呼ぼう」と宣言しています。結婚や出産といったライフイベントを機に、キャリアを諦めてしまう女性が多いのは日本も同じであるという、データに基づいた指摘もあり、アメリカ国内だけでなく、世界の女性に呼びかけているところに、メッセージ性、発信力のスケールの大きさを感じます。

 著者は本書を自分の領域でトップに就く可能性を高めたい、全力でゴールを目指したい、そう考えている女性に向けて書いたそうです。女性のためのキャリアの指南書として読めるばかりでなく、男性にとっても、一緒に働く女性のことを考える契機となる本であり、また、男女を問わず、キャリアやリーダーシップに関する示唆に富むものとなっています。更に、女性リーダーのロールモデルを増やしていくことは、今後の企業の人材活用における大きな課題になっていくことは間違いなく、人事パーソンの視点からみても、啓発される要素を多分に含んだ本であると思います。

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コンプライアンスの取り組みが逆に組織の非倫理的な行動を助長してしまうことがある‼

倫理の死角2.jpg   Max H. Bazerman.jpg Max H. Bazerman
倫理の死角ーなぜ人と企業は判断を誤るのか

 本書は、企業不祥事を防ぐにはどうしたらよいか、人や組織はなぜ無責任で、非倫理的な行動を起こすのか―この問題を考えるに際して、「人間」の行動に焦点を当てた「行動倫理学」という行動心理学・行動経済学的アプローチにより、いわばミクロの視点から人や組織の行動メカニズムを読み解きながら、意思決定プロセスに潜むさまざまな落とし穴を浮き彫りにした本です。個人的には2014年に読み、今回が約10年ぶりの再読及び選評になります・。

 第1章では、たいがいの人はおおむね倫理的に行動しているが、ときには自分が非倫理的行動をとっていると自覚している場合もあり、いちばん危険なのは、自分も気づかずに非倫理的な行動をとるケースであるとしています。

 第2章では、人は概して、自分の倫理上の判断がバイアスの影響を受けていても気づかずに非倫理的決定を下しがちで、そうした人間の認知能力の限界(「倫理の死角」)を前提に物事を考えるのが「行動倫理学」であるとしています。

 第3章では、無意識のうちに非倫理的行動を取ってしまう心理的プロセスについて述べており、そこには、内集団びいき、日常的偏見、自己中心主義のバイアス、未来の過剰な割引の4つがその要因としてあるとして分析しています。

 第4章では、聡明な人たちがどうして意思決定の際に問題の倫理的側面を見落としてしまうのかについて、意思決定の「事前」の予測の誤り(自分の倫理的行動能力を過大評価し、倫理問題を度外視した判断(直感的行動)をしがち)、意思決定の「最中」の「したい」の自己と「すべき」の自己のせめぎ合い、意思決定の「事後」の回想のバイアス(自分の判断を正当化したり、倫理性の判断基準をすり替えたりして、自己イメージを守りがち)の3点から分析しています。

 第5章では、どうして多くの人が他人の非倫理的行動を見落としたり、阻止できなかったりするのかについて、動機づけられた見落とし(非倫理的行動を黙認する方が自分の得になるという)、間接性による見落とし、段階的エスカレートの罠、結果偏重のバイアスの4点から分析しています。

 以下の三章では、そうしたバイアスが組織と社会に及ぼす影響と、問題のある行動パターンを改めるための道筋について論じています。

 第6章では、なぜ倫理的な組織を築けないのかを考察し、報酬システムのゆがみ、制裁システムの思わぬ副作用、善行の「免罪符効果」、目に見えない組織文化の影響の4点から分析しています。

 第7章では、なぜ改革が実現しないのか、どのような組織がどうやって非倫理的行動を増幅させているのかを、たばこ産業、(経営破綻したエンロンの)会計事務所、エネルギー産業を例に見ていっています。

 第8章では、読者が自分の「倫理の死角」をなくし、人生でぶつかる倫理上のジレンマを明確に認識できるように、個人、組織、社会の各レベルでのアドバイスを記して、本書を締めくくっています。

 興味深いのは、コンプライアンスの取り組みを進めても、逆にそのことがバイアスとなって、組織の暗黙の文化が非倫理的な行動を助長してしまうことがあることを指摘している点で、制度化の圧力が強まると、人は制度や目標に合わせることばかり考え、内面からの動機や自らの言葉で倫理問題について考えなくなる傾向にあるという指摘は、非常にブラインド・スポットを突いているように思いました。

 制度化を進めるだけでは非倫理的行動を防ぐという期待通り効果を生むとは限らず、一つの意思決定が組織内・外にどういった倫理的影響を与えるか、一人一人が考えることが大事であり、企業側も、形式的な取り組みではなく、自社が抱える問題を明確にし、自らの言葉で説明し、それに応える制度を作っていかない限り、経営基盤の強化にも繋がらないということなのでしょう。

 今回読み直して(翻訳者も同じですが)改めて考えさせられる面があり、評価を★★★★から★★★★☆に変更しました。

【2772】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『企業変革の名著を読む』 (2016/12 日経文庫)

《読書MEMO》
企業変革の名著を読む.jpg● 『企業変革の名著を読む』('16年/日経文庫)で取り上げている本
1 ジョン・P・コッター『企業変革力』
2 ロバート・バーゲルマン『インテルの戦略』
3 ピーター・センゲほか『出現する未来』
4 サリム・イスマイルほか『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法』
5 松下幸之助述『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』
6 ジョセフ・L・バダラッコ『静かなリーダーシップ』
7 C・K・プラハラード『ネクスト・マーケット』
8 シーナ・アイエンガー『選択の科学』
9 ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』
10 マックス・ベイザーマンほか『倫理の死角』
11 若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ』
12 アレックス・ファーガソン『アレックス・ファーガソン自伝』


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オプティミストの優位性を説くが、企業には職業的ペシミストも必要であると。

オプティミストはなぜ成功するか2.jpgオプティミストはなぜ成功するか2013.jpg
オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)』['13年]

 ポジティブ心理学を創始した心理学者マーティン・セリグマン((Martin E. P. Seligman、1942年- )の本(英題"Learned Optimizm")で、楽観主義者(オプティミスト)はうつ病になりにくく、諦めが悪く粘り強いので、悲観主義者(ペシミスト)よりもいい結果を残すことが多いとしています。3部構成の第1部はセリグマンの学習性無力感の研究の経緯やチェックリストがあり、第2部はオプティミストの利点、第3部はオプティミストになるための方法が書かれています。

 第1部「オプティミズムとは何か」では、人生にはペシミズム(悲観主義)とオプティミズム(楽観主義)という2つの見方があり(第1章)、困難を前にして無力状態に陥りやすい者とそうでない者がいて(第2章)、両者の違いは、不幸な出来事をどう自分に説明するかにあるとしています(第3章)。さらに、悲観主義の行きつくところはうつ病であるが(第4章)、物事の考え方。、感じ方で人生は変わるとして、認知療法によりうつ病を克服した例などを紹介しています(第5章)。

 第2部「オプティミズムが持つ力」では、どんな(説明スタイルの)人が成功するか、大手生保会社での実証的研究をもとに考察しています(第6章)。さらに、楽観主義は親から子に遺伝するのか(第7章)、学校で良い成績をあげるのはどんな子か(第8章)、偉大な記録を打ち立てたスポーツ選手やチームはどうであったか(第9章)、人の寿命という面で、楽観主義と健康的人生とは関係があるのか(第10章)、政治家の選挙戦ではどうか(第11章)を実証的に考察し、いずれについても概ねオプティミストの優位性を説いています。

 ただし、第6章では、会社で研究開発や企画に携わる人々は夢を追うタイプでなければならないが、社員全員がオプティミストだと会社は破綻するとし、財務管理や安全管理などの面では、現在の状況をしっかり把握している職業的ペシミストが必要であるとして、ある分野では悲観主義者の方が優れていることを指摘しています。

 第3部「変身―ペシミストからオプティミストへ」では、自分が楽観的な人生を送るにはどうすればよいか(第12章)、子どもを悲観主義から守るにはどうすればよいか(第13章)、楽観主義は仕事や会社にどういった影響を与えるか(第14章)をそれぞれ考察し、最後に、楽観主義は人々が設定した目標を達成するための道具であり、この目標選択自体にこそ意味があるとし、やみくもな楽観主義ではなく、しっかりと目を見開いた柔軟な楽観主義が望まれるとしています(第15章)。

 このうち、第14章では、企業の職場における楽観主義が必須条件である分野と、慎重を期する悲観主義が長所となる分野を列挙していて(「人事」は後者に属している)、その人の楽観度に適した仕事に配置することが大切だが、現在就いている仕事に悲観的でいる人も、楽観主義を習得することはできるとして、認知療法の考えを生かしたテクニックを示しています。

 自己啓発書であり(ただし科学実証的根拠による)、人によって読みどころは違ってくると思いますが、自分はどのタイプであり、どうすればオプティミストになれるか知りたい人は、チェックリストのある章と第3部を読むといいと思います。また、人事パーソンにとっては、第6章、第14章が読みどころかと思います。

 著者は、ポジティブ心理学と学習性無力感で有名ですが、意外とその詳細は知られておらず、本書を読むことで、ポジティブ心理学とは何かが理解出来るのではないかと思われます。

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「●採用・人材確保」の インデックッスへ

企業内でキャリア研修に携わる人だけでなく、人事パーソン全般にお薦め。

トランジション 2.jpgトランジション.jpg トランジション 人生の転機.jpg
トランジション ――人生の転機を活かすために (フェニックスシリーズ) 』['00年]/『トランジション: 人生の転機』['94年]

 人生で訪れる転機をどのように乗り越え、変化に適応していくか―本書では、キャリアや生涯での節目をトランジションと呼び、キャリアや生涯での節目にあたるトランジションには、何かが終わるとき(終わり)、混乱や苦悩のとき(ニュートラルゾーン)、新しい何かが始まるとき(始まり)の3つの段階があるとし、人生で訪れる転機をどのように乗り越えるかを説いています。第Ⅰ部(第1章~第4章)では、人生の発達過程としてのトランジションが、人間関係や職業生活にどう影響するかを考察し、第Ⅱ部(第5章~第7章)では、トランジションの3つ段階についてそれぞれ解説しています。

 第1章では、すべてのトランジションは何かの「終わり」から始まり、「終わり」の後に「始まり」があるが、その間に重要な空白ないし休養期間が入るとしています。そして、トランジションの過程で、人は「死と再生」を経験するとしています。

 第2章では、人生はトランジションの連続であり、それは人生の発達過程としてとらえることができるとし、子ども時代の終わり、30代、「中年の危機」、それ以降のヒンドゥー教で言うところの「林住期」のそれぞれにおけるトランジションについて述べています。

 第3章では、人間関係にもトランジションがあり、たとえば夫婦関係とは、相手の物語に組み込まれた役割を演じることであり、危機の中で二人の関係をどう育むかが大切であるとし、人間関係がトランジションを迎えている人が留意すべきチェックリストを示しています。

 第4章では、トランジションは「終わり」から始まり、「ニュートラルゾーン」「始まり」という3つの局面があるが、人間関係と同様に、職業生活にも人生のステージごとにトランジションのリズムがあるとし、トランジションに直面した際にその意味を見い出し、自分自身のために「もはやふさわしいとは言えなくなった」ことが何であるかとしっかりと捉える必要があると説いています。

 第5章では、トランジションの最初の局面としての「終わり」には、離脱・解体・アイデンティティの喪失・覚醒・方向感覚の喪失の5つの側面があるとし、また、トランジションが変化と異なる点は、自分にふさわしくなくなったものを手放すことから始めることにあるとしています。

 第6章では、「ニュートラルゾーン」は経験したことのない不思議な体験であり、深刻な虚無感を伴うものであるが、そこに意味を見い出し、この時期をできるだけ短く切り上げるにはどうすればよいか、そのヒントを挙げています。

 第7章では、「始まり」について、それは印象に残らない形で生じるが、「始まり」を知らせるヒントはどのように現れるか、また、「始まり」において留意すべきことは何かを述べています。

 人材不足の時代、企業は、社員のトランジションをサポートする仕組み作りをすることが、人材定着率の中長期的な向上に繋がるのではないでしょうか。キャリア研修の担当者に限らず、広く人事パーソンにお薦めです。もちろん、自分自身に引き寄せて読んでみるのもいいと思います。

《読書MEMO》
●ニュートラルゾーンの中で、その意味を見いだすためのヒント(第6章・207p)
 (1) ニュートラルゾーンで過ごす時間の必要性を認める
 (2) 一人になれる特定の時間と場所を確保する
 (3) ニュートラルゾーンの体験を記録する
 (4) 自叙伝を書くために、ひと休みする
 (5) この機会に、本当にしたいことを見いだす
 (6) もし今死んだら、心残りは何かを考える
     人生を後悔しないための重要な質問が「今自分の人生が終わったら心残りになることは何か?」。
     日々この質問を自分にすることで、やり残すことがないように生きる。
 (7) 数日間、あなたなりの通過儀礼を体験する
●「始まり」において留意すべきこと(第7章:244p)
 第一:あまり準備せずに行動する
 第二:「始まり」がもたらした結果を確認する
 第三:目標よりもプロセスを重視する
     大切なのは何か目標を達成するのではなく、人生の過程そのもの。
     何を得たのではなく、何を経験し、どのように生きたか?本当に大切にすべきなのは生きていく過程そのもの。
     目標が達成された or 失敗したで物事の価値を決めてはいけない。行動したことは間違いではないから。

「●キャリア行動」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【180】 金井 壽宏/高橋 俊介 『キャリアの常識の嘘

企業内でキャリア研修に携わる人事パーソン、キャリアの入り口にある人にお薦め。

その幸運は偶然ではないんです1.jpgその幸運は偶然ではないんです2005.jpg J.D.クランボルツ.jpg J.D.クランボルツ(1928-2019)
その幸運は偶然ではないんです! 』['05年]

 何か事が上手くいった人が、「偶然だよ。たまたま運が良かっただけ」だと言ったりもしますが、心理学者でキャリアカウンセラーでもある著者らによる本書では、想定外の出来事が本物のチャンスに変わる時、全くの偶然など存在せず、そこには、必ずその人自身が果たした「いくつかの行動」があり、そこから新しいチャンスを創り出せた人が人生を変えられるとして、45人のキャリアをめぐるケースを紹介しています。

 第1章では、人生の目標を決め、将来のキャリア設計を考え、自分の性格やタイプを分析したからといって、自分の望む仕事を見つけることができるわけではなく、人生には予測不可能なことのほうが多いが、結果がわからないときでも、行動を起こしてチャンスを切り開くこと、想定外の出来事を最大限に活用することが大事であるとしています。

 第2章では、自分自身も環境も変化していくなかで、自分の将来を今決めるよりも、選択肢はいつもオープンにしているほうがずっとよいとしています。

 第3章では、夢が計画どおり実現しなかったとしても、「夢は消えてしまった」と考えるのではなく、「状況が変わった。さらに自分にとってよいチャンスを探すにはどうしたらいいだろう!」と考えるべきであるとして、「夢から覚める方法」を指南しています。

 第4章では、新しいことをやるときにはリスクがあり、結果がどうなるかわからないが、結果が見えなくてもやってみることが重要であり、失敗を恐れて何もしなければ、どんな幸運も訪れてはくれないとしています。

 第5章では、新しいことに挑戦することは、時として失敗という結果につながることがあるが、間違えるかもしれないという恐怖から何もしないことよりも、間違いから学ぶことこそ成功につながるとしています。

 第6章では、過去の自分をひきずったり、意にそわない現在の仕事にこだわる必要はなく、将来に向かって自分の環境を変えていくための行動を起こすことが大切であるとして、それではどうすればよいかを述べています。

 第7章では、まず仕事に就いて、それからスキルを学べばよいとしています。スキルやキャリアを身につけるための「学ぶ意欲」こそが重要であり、逆に、要求されるスキルがあったとしても、それですべての仕事がうまくいくと限らず、変化の激しい時代には「学び続けること」こそが最も大切であるとしています。

 第8章では、行動を起こすことが重要なのに、それが時として難しいのは、自分の中にある心理的な障害によることが多く、まずはそうした心の壁を克服することに焦点を当ててみることを勧めています。

 45人のキャリアをめぐるエピソードの中は、自分のキャリアを変えられなかった人の話もあり、何が自分の望む仕事に就くことの障害になるかを知る上でも参考になります。また、各章の末尾に、章ごとのテーマに沿った「練習問題」があり、書かれていることを自分に当てはめた場合どうであるかチェックできるようになっています。

因みに、著者らの提唱するプランドハプンスタンス理論=計画的偶発性理論(本書そのものにこの言葉は出てこない)のキーファクターは大きく次の5つになるとされています。

 1.好奇心(Curiosity) 絶えず新しい学習の機会を模索し続ける
  「おもしろそうだ、やってみよう」
 2.持続性(Persistence) 失敗してもあきらめず、努力し続ける
  「同じ失敗はくり返さないぞ」
 3.楽観性(Optimism) 予期せぬ出来事を否定的に受け止めるのではなく、新しい成長をもたらす機会ととらえる
  「この異動にも意味があるはずだ」
 4.冒険心(Risk Taking) 結果が不確実でも、リスクを冒して行動する
  「先は見えないけど挑戦することに意味がある」
 5.柔軟性(Flexibility) 過去に固執せず、信念・概念・態度・行動を変える
  「過去は過去。新しい方法でやってみよう」

 上記に照らすと、本書の第2章は柔軟性、第3章は楽観性・柔軟性、第4章・第5章は冒険心、第6章は柔軟性、第7章は持続性、第8章は柔軟性について言っているともいえるのではないでしょうか。


 本書に書かれていること並びにプランドハプンスタンス理論に沿って言えば、計画や人生の目標は変わってよいものであり、道をひとつに決めずにオープンマインドでいることが重要であって、ただし、失敗を恐れて行動しなければ、何も起こらないのは確かなことであるということです。そして、キャリアの多くは予期しない偶然の出来事により形成されるが、その偶然は、自分の行動や考え方によって産み出しているといってもよいということでしょう。

 キャリアプランを立てることが重要視され、一貫性のあるキャリアばかりが評価される風潮にある中で、企業内でキャリア研修に携わるような人事パーソンは、そうした考え方へのアンチテーゼとして、このプランドハプンスタンス理論を意識しておく必要があるように思います。

 また。日本では、キャリア研修というのは中高年になったから実施されることが多いように思いますが(中高年人材をリリースするために行っている印象もある)、本書はキャリアの入り口にあるような人たちにむしろお薦めの本であり、本来であれば、キャリア研修も若手社員のうちからやるべきものなのだろなあとも思わされました(若手人材囲い込みのために敢えて行っていない気もする)。

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リーダーの在り方と併せ、リーダーシップ研修を行う際の気づきを促してくれる。

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次世代型リーダーの基準 世界基準で「話す」「導く」「考える」 (角川新書)』['22年]

 GE(ゼネラル・エレクトリック)のリーダー育成機関「クロトンビル」でマスター・トレーナーを務めた著者が、GEの幹部研修で語られる「リーダーに求められる考え方」「リーダーシップを発揮するために必要なスキル」を紹介した本です。

 第1部「仕事の基本」では、序章で、誰もが今よりも「自分を進化」させることができるとし、第1章で、自分を「知る」ための方法を「ジョハリの窓」などを用いて紹介、第2章で、自分で「考える」とはどういうことかを述べています。第3章では、自分を「鍛える」にはどうすればよいか、そのために心掛けるべきことを説き、「学ぶことをやめたら、会社を去れ」とまで言い切っています。第4章では、自分を「変える」ステップを「守・破・離」という考え方などと併せて解説し、第5章では、自分をより高みに「導く」ためには、自分の運命を自分でコントロールすることを意識せよと述べています。

 第2部「部下の育て方」では、序章で、なぜ部下を育てなければならないのかを説き、第1章で、部下を"エンゲージ"させるにはどうすればよいか、第2章で、部下の"人生の価値観"を把握するにはどうすればよいかを、それぞれ解説しています。第3章では、GEにおいてOJD(On the Job Development)と呼ばれる仕事を通じた人材育成について、フィードバックやコーチングの在り方と併せてそのポイントを紹介しています。第4章では、部下の基本能力をアップデートし、単なる「権限移譲」を超えた「エンパワーメント」をするための実践方法を説き、仮に「今日から100日で部下を育てよ」と言われたら何から着手すべきかを述べています。

 第3部「プレゼンの基本」では、序章で、なぜGEにおけるプレゼンが簡潔であることを旨としているのか解説しています。第1章で、優れた人は事前に「聞き手を知ろう」として情報を集めて整理するとし、第2章では、なぜ「構造がシンプル」な話は効果的なのか、プレゼンの全体構造の在り方について述べています。第3章では、なぜ簡潔な資料が「人を動かす」のか、第4章では、なぜ短く「15秒で話す」と記憶に残るのか、聞き手にとって印象的なプレゼンにするための技法を紹介し、第5章では、質問・反論は「歓迎すべき」ものであるとしてその理由を述べています。

 著者の前著『世界最高のリーダー育成機関で幹部候補だけに教えられている仕事の基本』(2014年)、『世界最高のリーダー育成機関で幹部候補だけに教えられているプレゼンの基本』(2017年)、『世界基準の「部下の育て方」』(2019年)の3冊を合本・再編集したものであるため内容的には盛りだくさんです。ただし、図などの使用は最小限に抑え、ちょうど研修の場で講師が語るようなトーンで書かれていて、また、著者自身の経験に近いところで書かれていることあり、比較的読みやすかったです。

 GEでトップ15%の社員が受けられる幹部研修で語られる内容というだけあって、強い上昇志向が前提となっているように感じられます。また、GEという一企業の研修内容を紹介して「次世代型」「世界基準」と言い切る自信はスゴイいと思いました。しかしながら、ものすごく目新しいこと書かれているわけではなく、普段そこまで考えなかったり見落としがちであったりするけれども、本来は基本として押さえていくべきことが多く書かれていると思いました。

 自分の価値観を知る人は成長が早く、ではそれをどうやって知るかといったマインドセット的なことことから、プレゼンの後「ご質問はありませんか?」ではなく「ご質問をお願いします」と言うのがよいといったテクニカルなことまで、まさに「考え方」から「スキル」まで幅広くかつ体系的に網羅されていて、人事パーソンにとっては、リーダーの在り方を考える上でもそうですが、リーダーシップ研修を行う際のさまざまな気づきを促してくれる本でもあるかと思います。

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指図や命令なしに人を動かす力こそが本物のリーダーシップ。その鍛え上げ方を説く。

あなたがリーダーに生まれ変わるとき.jpgあなたがリーダーに生まれ変わるとき2006.jpg developing the leader within you.jpg ジョン・C・マクスウェル2.jpg ジョン・C・マクスウェル 『あなたがリーダーに生まれ変わるとき―リーダーシップの潜在能力を開発する』 〔'06年〕『Developing the Leader within you

 あとがきによると、著者は、アメリカでリーダーシップと言えば、知らない人がいないほどの権威であり、さらに、Wikipediaによれば、2014年に、「Inc.」誌による世界のリーダーシップ、経営の専門家のランキングで第1位となったそうです(二十数年にわたり教会の主任牧師を務めた経験も持つ)。そうした著者の古典的名著とされる本書(原題:Developing the Leader Within You, 1993 (Repackaged 2001))は、指図や命令なしに人を動かす力こそが本物のリーダーシップであるとし、誰もが持っている本物のリーダーになるための資質を鍛え上げるにはどうすればよいかを説いた本です。

 第1章では、リーダーシップとは影響力のことであり、それは身につけられるものだとしています。さらに、リーダーシップには、低次から高次にかけて、①地位、②相互理解、③成果、④人材育成、⑤人間性の5つのレベルがあるとしています。

 第2章では、リーダーシップ発揮のカギは、ものごとの優先順位を見きわめることであるとし、パレートの法則(80:20の法則)を紹介するとともに、その優先順位に見られるいくつかの法則を解説しています。

 第3章では、リーダーシップの最も重要な構成要素は誠実さであるとし、誠実さが信頼感を育てること、誠実さは大きな影響力があることなど、誠実さが重要な理由を7つ挙げています。

 第4章では、リーダーシップの究極の試練は、徹底した変革を生み出せるかどうかであり、なぜ人は変化に抵抗するのか、変化を起こす前にチェックすべきことは何か、変化に向かう空気をつくり出すにはそうすればよいかを説いています。

 第5章では、リーダーシップを手に入れる最速の方法は、みなが抱えている問題を解決することであり、優れたリーダーは先回りして問題を認識する能力を有し、立ち向かっている問題の大きさを評価でき、正しい心構えのもと、しっかりした行動計画を立て、問題解決へのプロセスを過たないとしています。

 第6章では、リーダーシップにとりわけ大切なものはその心構えであり、リーダーの心構えが部下の心構えをも左右するとして、自分の心構えを変えるにはどのようなステップを踏めばよいか解説しています。

 第7章では、周りの人たちまでをリーダーに育て上げるだけの影響力があるリーダーには限界がないとし、人材育成の成功のカギをとして、①人について適切な仮説を立てる、②人について適切な質問をぶつける、③人に対して適切な支援をする、の3つを挙げています。

 第8章では、リーダーシップになくてはならない資質として、ビジョンを挙げています。そして、ビジョンを企業に根づかせるには、①認知(現実的な目で現状をみつめる)、②先見性(洞察力のある目でこらから先のことを見通す)、③可能性(ビジョンのある目で起こりそうなことを見通す)の3つのレベルがあるとしています。

 第9章では、本物のリーダーはみな、自分自身を律して初めて、周りの人たちを動かせることを知っているとして、リーダーにとっての自己規律の重要性を説くとともに、自分の生活にめりはりをつけるために実践すべき10のこと、誠実さを育むために意識すべき5つにことを挙げています。

 第10章では、リーダーシップの最も重要な課題はスタッフの育成であるとしています。常勝チームには本物のリーダーがいて、財務・人事・計画立案の三大分野をコントロールし、優秀な人材を選抜し、メンバーの実力を向上させているとしています。

 極めてオーソドックスなことが書かれており、「リーダーシップ」について俯瞰するのに適切な本です。本書によれば、最も内向的な人でも一生の間に1万人の人たちに影響を与えるという社会学者の説があるとのこと。そして本書では、リーダーシップとは影響力のことであると言っているわけです。他の人に影響を与える可能性のある人間としての心構えを持ち、自分のリーダーシップの潜在能力を開発することは、充実した人生を送るためには、誰にとっても必要なことかもしれないと、改めて思わされる内容でした。

多くの事例を引いていますが、それで終わらせず、その都度、ポイントを3つや5つ、或いは10程度にとまとめているのが分かりやすいです。以前に著者の『伸びる会社には必ず理想のリーダーがいる』('11年/辰巳出版)を読みましたが、著者のこれまでの著作から著者自身がエッセイを130篇抜粋して、26週間の月曜から金曜まで毎週5日、それぞれ1日1頁に収まるような形で割り振ったもので、本来ならば、26週間かけてじっくり内省を深めながら読むべきなのだろうけれど、これを一気に読んでしまったので、何だか"お腹一杯"であまり頭に残らなかった感じでした。こっちを先に読んでおけば、先に「体系」が理解出来てよかったかもしれないと思った次第です。

《読書MEMO》
●【目次】
はじめに
第1章 リーダーシップとは影響力のこと
第2章 リーダーシップ発揮のカギ 優先順位の見きわめ
第3章 リーダーシップの最も重要な構成要素 誠実さ
第4章 リーダーシップ究極のテスト 徹底した変革を生み出せるか
第5章 リーダーシップを手に入れる最速の方法 問題の解決
第6章 リーダーシップにとりわけ大切なもの 心構え
第7章 最も大切な資産を育てる 人材の育成
第8章 リーダーシップになくてはならない資質 ビジョン
第9章 リーダーシップにつける価格 自己規律
第10章 リーダーシップの最も重要な課題 スタッフの育成
エピローグ
訳者あとがき
●リーダーシップの5つのレベル(第1章)
・第一レベル:地位
・第二レベル:相互理解
・第三レベル:成果
・第四レベル:人材育成
●優先順位の法則(第2章)
・優先順位は決して"不変不動"ではない
・どんなに重要そうに見えても、無視できないものはない
・"そこそこの出来"は"最高の出来"の敵
・すべてを手に入れることは不可能
・優先順位の高いものがあまりにも多いと、立ち往生の原因になる
・優先順位の低いものが過大な負担になると大きな問題が生まれる
・期限と緊急度が私たちに優先順位の設定を迫る
・本当に重要なものがわかったときには手遅れ、という場合が多すぎる
●誠実さはなぜ重要か、7つの理由(第3章)
①誠実さが信頼感を育てる
②誠実さには大きな影響力がある
③誠実さは志の高い規範を生み出す力となる
④誠実さが生み出すのはイメージではなく確かな評判
⑤誠実さとは人を動かす前に自分時自身が日々誠実に生きること
⑥誠実さは、リーダがただ賢くなるのではなく信頼できる人物になるための力になる
⑦誠実さは必死で身につけるもの
●心構えを変えるための6段階(第6章)
①問題のある感情を見きわめる
②問題のある行動を見きわめる
③問題のある考えからを見きわめる
④真っ当な考えを見きわめる
⑤組織全体が真っ当な考えにこだわるようにする
⑥真っ当な考えを実現する計画を練る
●人材育成の成功のカギをと(第7章)
①人について適切な仮説を立てる
②人について適切な質問をぶつける
③人に対して適切な支援をする
●ビジョンを企業に根づかせるには(第8章で)
①認知(現実的な目で現状をみつめる)
②先見性(洞察力のある目でこらから先のことを見通す)
③可能性(ビジョンのある目で起こりそうなことを見通す)
●自分の生活にめりはりをつける(第9章)
①自分の優先順位を定める
②自分のカレンダーに優先順位を書き込む
③予期しない案件に少しばかり時間を割く
④仕事への取り組みはひとつずつ
⑤仕事のスペースを整える
⑥自分の気質と相談しながら仕事をする
⑦通勤時間を簡単な仕事や自己啓発に活用する
⑧自分のために役立つシステムを開発する
⑨会議と会議の合間の分秒を活用するプランを常に用意する
⑩活動ではなく、成果にこだわる

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○経営思想家トップ50 ランクイン(バーバラ・ケラーマン)

すぐれたリーダーの34の資質。自ら「強み」に沿った「人の動かし方」を伝授。

ストレングス・リーダーシップ.jpgストレングス・リーダーシップ2013.jpg ストレングス・リーダーシップ2.jpg
『ストレングス・リーダーシップ さあ、リーダーの才能に目覚めよう』['13年] ギャラップ著『ストレングス・リーダーシップ<新装版> さあ、リーダーの才能に目覚めよう』['22年]

 本書は、すぐれたリーダーの条件とは何か、それを34の資質に分類し、その強みを活かした「人の動かし方」を伝授しています('22年に著者らが所属した調査会社ギャラップの著作として新装版が刊行されている)。

 本文は4つの章に分かれ、それぞれ、「強みに集中する大切さ」「強みを活かしたチーム力の発揮」「人がついてくる理由」「強みを活かして人を率いる方法」を説いています。

 第1章「自分の強みに投資する」では、リーダーにとっての自らの強みに集中することの大切さを説いています。あらゆることに秀でようとすると傑出した存在にはなれず、他の素晴らしいリーダーを真似ても人はついてこないとし、取り組むべきことは「自分ならでは強みを知り、発揮すること」であるとしています。

 第2章「チームの力を最大限に活かす」では、すぐれたチームが備える4つの条件を挙げています。すぐれたチームには「実行力」「影響力」「人間関係構築力」「戦略的思考力」の4つの条件が揃っているとし、さらにそれらを34の資質に分類しています。また、強固なチームの特徴として、「結果を重視する」、「組織にとって最善のことを優先し、行動を起こす」、「チームのメンバーは、仕事と同じように私生活にも真剣にかかわる」、「多様性を受け入れる」、「才能を引きつける」の5つを挙げています。

 第3章「『なぜ人がついてくるか』を理解する」では、人がついてくる4つの理由として、「信頼」(正直さ、誠実さ、尊敬により育まれる人間関係)、「思いやり」(親密でいたわりのある、ポジティブなコミュニケーション)、「安定」(必要なときにいつでも頼れる人であること)、「希望」(組織に成長をもたらす新たな取り組みに着手していること)を挙げています。

 第4章「実践編・強みを活かして人の率いる」では、ウェブ上のテストである「ストレングス・ファインダー」の質問を受けて、先に挙げた人を率いるための34の資質のどれが自分の強みになるかを理解することを推奨するとともに、この34のリーダーの強みについて、それぞれに即した「信頼」「思いやり」「安定」「希望」の発揮の仕方はどのようなものになるかを解説してします。

 たとえば、自身が〈最上志向〉を持っているなら、それを活かしてどうリーダーシップを発揮するか、具体的には、どう信頼を築くか、どう思いやりを示すか、どう安定をもたらすか、どう希望を生み出すかを伝授しています。さらには、その強みを持つ部下やメンバーに対して、リーダーとしてどうふるまえばよいかについてもアドバイスしています。

 すぐれたリーダーは、常に自身の「強み」に投資をし、また、周囲に適切な人材を配置して、メンバーごとの強みにあわせて仕事を任せることで、チームの力を最大限に引き出しているということを説いた本です。マネジャーが自分自身の強みとは何か、メンバーの強みは何か、それらをどう活かすかを考えるのにお薦めの1冊です。

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成功するリーダーの特性は、教育、学習とIdea、Value、Energy、Edge、Story。

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リーダーシップ・エンジン: 持続する企業成長の秘密』['99年]

 企業におけるリーダーシップを長年研究してきたビジネススクールの教授による本書は、勝ち続ける企業にはリーダーを生み出す仕組みがあるとし、成功するリーダーの特性を探究したリーダーシップ論となっています。

 第1章「リーダーが率いる組織」では、勝利する組織にはリーダーがいて、勝利するリーダーは教育を行い、また、過去を省みて、経験から貪欲に学習するとしています。さらに、リーダーには、アイデア、バリュー(価値観)、エネルギー、エッジ(大胆な意志決定力)、ストーリーが備わっているとしています。この教育、学習、アイデア、バリュー、エネルギー、エッジ、ストーリーの重要性については、後に第3章から第9章の各章でそれぞれ詳説されることになります。

 第2章「なぜリーダーが重要なのか」では、リーダーは変革のときを乗り切り、カルチャーを形成し、現実に直面して適切な対処を示し、他者も同様に行動するよう激励するとしています。

 第3章「リーダーシップおよび教育的見地」では、優れたリーダーは優れた教師であり、成功するリーダーは、教えることを第一義と捉え、あらゆる機会を逃さず学び、教えるとしています。また、リーダーとは「教育的見地」を持ち、他者をリーダーになるべく教える人のことであると述べています。

 第4章「プロローグとしての過去」では、成功するリーダーは自分の過去から教訓を得るが、誰にも役立つ過去があり、リーダーはそれを上手に活用するにすぎないとしています。また、リーダーのストーリーは、彼らの教育的見地を明らかにするとしています。

第5章「リーダーシップの神髄」では、勝利する組織は明確なアイデアの上に作られ、リーダーはアイデアを現実に即した適切なものにし、また、アイデアは、組織の全階層で行動の枠組みとなるとしています。

 第6章「価値観」では、勝利する組織にはしっかりした価値観があり、リーダーたちはその価値観を自ら実践するが、そうした価値観こそが競争力を強化する重要なツールになるとしています。

 第7章「実現する」では、勝利するリーダーは精力的な人間で、チャレンジを好み、自分の仕事を楽しむと同時に、従業員の中にエネルギーを創出し、野心に満ちた努力を促すとしています。

 第8章「エッジ」では、エッジとは、現実を直視し、それに基づいて行動する勇気であり、勝利するリーダーは決して楽な道をとらないとしています。また、エッジとは、残酷であることではなく正直であることであり、エッジがなければご都合主義が勝利を収めてしまうとも述べています。

 第9章「皆で一緒にトライする」では、リーダーにとって自身のリーダーシップ・ストーリーを描くことの重要性を説いています。勝利するリーダーは未来を展開中のドラマとして描き出し、そのダイナミックなストーリーは人々を動機づける成功へのシナリオとなるとしています。

 第10章「結び」では、これまでの総括として、勝利するリーダーシップとは未来を作ることであり、成功は他のリーダーを育成することで達成されるとしています。そして最後に、最高のリーダーは去るべきときを知っているとしています。

 本書におけるリーダーシップ・エンジンとは、組織の全階層でリーダーを生み出し続ける仕組みであり、優れたリーダーとは、わが身を削って後継者の育成を行う人々のことであるというのが本書の趣旨であるともいえます。

ジャック・ウェルチわが経営 下.jpgジャック・ウェルチわが経営.jpgジャック・ウェルチ.jpg GEのジャック・ウェルチなどがこの考え方に影響を受けており、また本書の中でもその実践者としてウェルチが登場します。そう言えば、『ジャック・ウェルチ わが経営』('01年/日本経済新聞社)の中で、A(評価)プレイヤーの4つのEとして、ウェルチは以下を挙げていました(ほぼ本書に重なる)。
 ・活力(Energy)
 ・周囲の活力を引き出す(Energize)
 ・決断力(Edge)
 ・実行力(Execute))

 後継者を育てないと自分が上に行けないという、米国流のプロモーション(昇進)の仕組みも関係しているとは思ますが、リーダーが忙しさにかまけて後継を育てないとき、そのリーダーが去ったあとの組織はどうなるだろうかということを考えてみれば、どこにでも当て嵌まる帰結であるとも言えます。

 だだ、日本の企業で、われわれの日常で、そうしたことが日々どれほど真剣に行われているか、どれだけの経営者がこの考えに沿って実践しているかを考えると、(反省も込めて)改めて啓発される本であるように思いました。

《読書MEMO》
●アイデア、バリュー(価値観)、エネルギー、エッジ、ストーリー
(1)アイデア(Idea):仕事を成功させるためのアイデアを確立せよ。アイデアは組織としての目標を明確に述べるもの。これを明示することによって組織は大きく変わる。
(2)バリュー(Value)(価値観):目的を達成するために必要な価値基準バリューを組織に浸透させよ。バリューは望ましい行動様式を規定する。いかにして目標を達するかという方法に関わる。いわば日々の判断に際しての倫理的指針。リーダーはこれを体現せよ。そして組織に浸透させよ。ジョンソン&ジョンソン社の「タイラノル事件」(鎮痛剤のビンに毒を入れられた事件)の際の見事な行動は、その直前に会社のバリューを全社的に見直したことによる。組織としてバリュー を持つだけでは不十分で人々に徹底しておく必要がある。
(3)エネルギー(Energy):部下にエネルギーを注入せよ。そもそもリーダーはエネルギッシュな人。仕事に価値を見出しているから、ほかを犠牲にしているという意識なくして仕事に勢力を注ぎ込む。かくして部下のエネルギーをかき立てよ。やる気にさせよ。方法はさまざまある。パーソナルタッチもよい。より高い目標を設定することでもよい。
(4)エッジ(Edge):リーダーは厳しい決断をせよ。エッジ とは、現実を直視する能力、今後発展の望めない分野からきっぱりと手を引く能力、組織にとってプラスでない人物を取り除く能力を意味する。いずれにせよ、個人的にはつらい厳しい決断をしなくてはならない。
(5)ストーリー(Story):以上の全ての要素を盛り込んだ生き生きとしたストーリーを語れ。物語を語れ。そうすることによって部下は全てを理解する。

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オーソドックスかつ普遍的な内容。読み流すのではなく実践の書として読むべき本。

ベイシック・マネジャー.jpgベイシック・マネジャー1984.jpg ベイシック・マネジャー2.jpg
ベイシック・マネジャー: 部下の動きを働きに変えるリーダーシップ』['84年]

 1983年原著(Back-to-basics Management: Lost Craft of Leadership)刊行の本書の訳者はしがきによれば、80年代後半にアメリカ経済を蘇らせた、この自信と回復のポイントは、一時的な流行を追いかけることに狂奔せず、温故知新を真面目に行い、基本に立ち戻る精神の作興であり、こうしたアメリカのマネジメントを蘇生させた原点回帰運動の基本的宣言であり、実践的指南書が本書『ベイシック・マネジャー』であるとのことです。本書は、コミュニケーションを基軸としたリーダーシップの復活を熱っぽく説いて、マネジメントとして古くて新しい真理の現実的展開法と領域の第一歩を丁寧に手ほどきしたものであるとのことです。

 第1章では、ベイシック・マネジメントとは何か、ベイシック・マネジャーの特質を述べています。そして、その特質は以下のようになるとしています。
 1.自分自身を知っている。
 2.物事をやり遂げることに関してエキスパートである。
 3.時間の管理と自己管理にたけている。
 4.管理の最高の用具としてのコミュニケーションの利用価値を理解している。
 5.対人関係技術に優れている。
 6.創造的かつ革新的である。そしてグループ全体のやる気を盛り上げ、その創造的成果を活用する法を知っている。
 7.仕事を委譲して成功させる法を心得ている。
 8.影響力のある監督者になる法を知っている。

 第2章では、ベイシック・マネジメントに必要不可欠なものとして、人の話を創造的に聴く技術を挙げ、人の話を効果的に聴く能力をアップする方法や、話し手に対して注意を払ったり、相手の話の方向づけをする技術について解説し、さらに、相手への質問は控えめにすべきだとして、話し手の言い分を反映し、話し手に反応を示す技術や、反映的な聴き方以外の方法を紹介しています。

 第3章では、意思決定のしかたについて述べています。意思決定においてはまず「現地に見合った地図をつくる」ことが重要であるとし、「現地」とは何か、「地図」とは何か、判断のルールはどのようなもので、意思決定の実行はどのようになされるべきか、上司、他のマネジャー、部下に対するコミュニケーションはどうすればうまくいくかをそれぞれ解説しています。

 第4章では、変革を管理するための鍵となることについて述べています。また、マネジャー・リーダーはまず自分が変革を試みなければならないとし、変革に部下を巻き込むにはどうすればよいかを解説しています。

 第5章では、部下にやる気を起こさせるにはどうすればよいかを述べています。ここではマズローの欲求段階説を引いて欲求とモチベーションについて解説し、部下をやる気をさせる言葉や、やる気を起させるタイミング、「相手からいちばん良いものを引き出す」ためのマネジメントなどについて述べています。

 第6章では、時間をどう管理すべきかを述べています。ここでは、集中力を増すためのヒントや知識と経験の力、自己の時間管理法を高める方法について述べています。

 第7章では、権限移譲をどうマネジメントするかを述べています。権限移譲における"すべきこと""してはならないこと"は何か、権限移譲のやり方の計画や、権限移譲を成功させる要素などについて解説しています。

 第8章では、リーダーシップについて述べています。社会状況の変化に応じて、リーダーシップのあり方も変化するとして、その趨勢を分析し、これからの時代にどのようなリーダーシップが求められるかを考察しています。

 第9章では、コミュニケーションにおけるボディ・ランゲージの役割について述べ、基本的なボディ・ランゲージの数々について解説しています。

 第10章では、効果的に部下に指導するにはどうすればよいか、部下を訓練・指導する際のプロセスと障害、コミュニケーションと学習の方法などについて解説しています。

 第11章では、コミュニケーションの技術について述べています。コミュニケーションの技術に磨きをかけ、相手を言葉で説得できるようにするにはどうすればよいか、書く技術として求められるものは何か、ミーティングをもっとうまく利用するにはどうすればよいか、ディスカッションの進め方などについて述べています。

 第12章では、目標設定のマネジメントについて述べています。ここでは、目標設定の重要性を説くとともに、効果をあげる目標を立て、部下たちが従うことのできる計画を立てるこにはどうすればよいかを指南しています。

 ベイシック・マネジメントとは何か。著者らは、
・それは第一に「マネジメントを一つの手腕として掌握することである。実践とと現場で鍛え磨くアートとしてとらえることである」
・そして第二に、「人間各個人こそ、いかなる組織においても最も貴重な資産であるという人間尊重の理念をトコトンからだで認識することである」としています。

 このような発想を起点として、創造的な積極的傾聴法から意思決定へ、変化の先取りと計画変革の実現へ、動機づけのマネジメントへ、時間という貴重な資源の管理へ、権限移譲の適切な行使のしかたへと、部下コーチと教育訓練のあり方と手続きへ、コミュニケーション・スキルの向上へ、目標設定の的確な技術へと、冒頭に述べたように、マネジメントとして古くて新しい真理の現実的展開法と領域の第一歩を丁寧に手ほどきしているのが本書です。

 オーソドックスかつ普遍的な内容であり、平易でもありますが、訳者も述べているように、読み流しの書としてではなく、実践の書として読まれることで価値が増す本であると思います。

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リーダーシップは学んで得られ、仕事を成就するグループにより発揮される。

not boss nut leader John Adair.jpg『最良の指導者(リーダー)とは何か。』.jpg  ジョン・アデア.jpg ジョン・アデア
最良の指導者とは何か』['89年]

Not Bosses But Leaders: How to Lead the Way to Success』['87年]

 本書は、英国のリーダーシップ論の権威が、若きマネジャーが経営者として成長する課程を通して、具体的・合理的・実践的なリーダーシップ論を展開した本です(原題:Not Bosses But Leaders: How to Lead the Way to Success)。

 第1章では、リーダーシップ研究の3つのアプローチとして、リーダーに共通する特性があるとの前提に立つ方法、リーダーは資質ではなく状況によって誰がリーダーになるのかが決まるという前提に立つ方法、グループを構成する仕事、個人、チームという3つの要素こそがリーダーシップを発揮する対象であるとの前提に立つ方法を挙げています。以下、本書は、この3番目の方法を軸とするリーダーシップモデルを展開していきます。

 第2章では、チーム作りと意思決定について、仕事、個人、チームを3つの重なり合う円とし、その相互関係を述べています。仕事を達成することで、チームがまとまり、個人も満足するが、チームが満足なものでなければ、つまり、チームが結束に欠けていれば、仕事の達成度が悪くなり、個人の満足も減少するし、また、個人の要求が満たされなければ、チームの団結力が薄れ、仕事の達成度も悪くなるとしています。

 第3章では、リーダーシップとマネジメントの概念について整理しています。リーダーは変革を好み、リーダーシップとはインスピレーションであるとしています。さらに、マネジャーは必要だが、リーダーは不可欠であるとしています。

 第4章では、リーダーの力量を判断するチェックポイントを列挙するとともに、リーダーシップとは学んで得られるものであり、そのための訓練が必要であるとしています。

 第5章では、ビジネスの成功の鍵は戦略的思考のプロセスにあり、善良さと知性と経験こそがリーダーとしての英知を生み出すとしています。また、リーダーに不可欠な要素として、相手の言うことを「聴く」ことができなければならないとしています。

 第6章では、戦略的リーダーシップの原則として、計画だけでな部下をく行動させるために必要なことは何か述べています。

 第7章では、リーダーは惜しみなく与える存在であり、部下への気配りは最も重要であるとしています。

 第8章では、リーダーシップと権力(パワー)の行使の関係について、リーダーシップとは、賢明で鋭敏な感覚をもってする権力の行使であるとしています。また、リーダーとは、同等者の中の第一人者であり、まず部下や同僚に敬意を表せとしています。

 第9章では、上からではなく内側からのリーダーシップこそ最高の指導力であるとし、また、リーダーは人々に方向感覚を与えるとしています。

最良の指導者(リーダー)とは何か。 .jpg 著者は、組織におけるリーダーシップ論とリーダーシップ開発では世界的権威として認知されていますが、その理由は、自らが作り上げた機能的リーダーシップモデルによって、古代ギリシャ時代から定説であった「リーダーシップは生まれながらに持った先天性のもの」という認識から、「リーダーシップは訓練と経験によって後天的に誰もが身に付けられるもの」という自身の主張を裏付け、これまでの常識を覆したためであるとされています。

 本書では、本書に登場する若いマネジャーが実証しているように、ほんの少しばかりよけいに考え実践することにより、誰でもリーダーシップを大きく向上しうるとしています。そして、これからの社会に必要なのはボスではなくリーダーであると言っています。

 リーダーシップは学んで得られるもので、仕事を成就するグループを通して発揮されることを説いた、読みやすく、説得力もある内容であり、人事パーソンにお薦めできる本です。

 しかし、この頃の小林薫って、『1分間マネジャー』『1分間リーダーシップ』をはじめ、いっぱい翻訳してたなあ。

《読書MEMO》
Wikipediaより抜粋
●アデアの最大の功績は、はるか昔から主流であった「リーダーシップは生まれながらの資質によるものである」というそれまでの定説であったリーダー偉人説から、「リーダーシップは後天的なものであり、訓練と経験によって誰もが身に付けることができるもの」とし、それまでの常識を覆したことにある。
●彼はリーダーシップとマネジメントを明確に区別しており、マネジメントが力学、統制、システムに根差しているのに対し、リーダーシップは人に根ざしており、その発揮する対象は仕事、チーム、個人という3つの要素が重なり合った領域に働きかけるものとした。
●彼の思想は実用的であり、働く環境に関わらずすべてのマネジャーに当てはまる。また自著についても実際に現場で働くマネジャーやリーダーのために書かれたものが多く、その内容は緻密な分析に基づき慎重に書かれている。一部のリーダーシップ論者が書くような研究や学問のための著書ではないことも彼が現場や実用性を重視していることがうかがえる。また意思決定、イノベーション、モチベーション、コミュニケーションといったリーダーシップの実務的側面についても研究対象としており、彼の考えの多くは当時の時代を先取りしたもので、現在でも広く教えられ利用されている。

●優れたリーダーとなるために必要な7つの品格
リーダーシップにおいてパーソナリティやキャラクターを切り離すことはできないように、彼が提唱するリーダーが持つべき一定の資質というものが存在する。
 1.熱意:すべきことを一生懸命にする
 2.誠実さ:信頼関係を作り出す資質。また善や真実といった外部の価値観を固守するという意味も含まれる
 3.タフネス:リーダーはしばしば人々への要求者であり、ときにその水準が高いがゆえに周囲は不満を持つ。リーダーは立ち直りが早く、また粘り強い。
 4.公明正大:リーダーはお気に入りをつくらず、成果に対しては公平に報酬と罰を与える。
 5.温かさ:リーダーシップは感情をも包含するものだ。人々のために実践し、人に気を配り思いやる心は不可欠である。
 6.謙虚さ:最上級のリーダーたちが持つ特質でもある。優れたリーダーのしるしは、進んで傾聴し、うぬぼれたエゴを排除することである。
 7.信頼:不可欠な基本的要素である。

●リーダーシップを発揮する3つの対象領域(スリーサークル)
これらの欲求に対し、彼は仕事、チーム、個人、この3つこそがリーダーシップを発揮する対象であるとする。 すなわちチームメンバーは自分のリーダーに、
 ・「職務を遂行する手助けをしてほしい」
 ・「チームワークのシナジーを生んでほしい」
 ・「個人の要求に応えてほしい」
と期待するというものである。
この理論は、比喩的に3つの重なり合う円(スリーサークル)で描かれている。 この3つの円はそれぞれ
 ・仕事(Task)
 ・チーム(Team)
 ・個人(Individual)
を示しており、グループの欲求に対して、リーダーが取るべき基本的な行動の対象を表している。
仕事は1人の力だけでは達成できない。チームは職務を全うしたい欲求を持っている。チームが成功するには、絶えずグループの結束を高め、維持することが不可欠であり、団結したい欲求が備わっている。チームは団結すれば成功し、分裂すれば失敗する。個人の要求は、物質的なもの(給料・報酬など)と精神的なもの(評価、達成感、地位、仕事上での他者との関わりなど)がある。
また「仕事」「チーム」「個人」、3つの欲求は部分的に重なり合う必要がある。
 ・仕事を達成することで、チームがまとまり、個人も満足する。
 ・チームが満足なものでなければ、つまり、チームが結束に欠けていれば、仕事の達成度が悪くなり、個人の満足も減少する。
 ・個人の要求が満たされなければ、チームの団結力が薄れ、仕事の達成度も悪くなる。

●リーダーシップを発揮する目的、リーダーの役割
仕事・チーム・個人のバランスを俯瞰的に捉え、ニーズを満たすことがリーダーシップの発揮となり、リーダーシップを発揮する目的は下記の3つとも捉えることができる。
 1.タスクや目標を達成すること
 2.チームを作り、団結を維持すること
 3.個人の能力を開発すること

●7つのリーダーシップの実践行動(7 core Functions)
3つの領域において、期待に応えるために実践する7つの機能が存在する。これらの行動を起こすことがリーダーシップを発揮することになり、リーダーに求められる核となる行動と主張する。
 1.リスクを明確にする
 2,計画する
 3.統制する
 4.支援する
 5.評価する
 6.動機づけする
 7.模範となる

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ダイバシティ経営の推進に際してどこからどのように実践すべきかを示唆。

多様な人材のマネジメント』.jpg多様な人材のマネジメント.jpg
多様な人材のマネジメント (シリーズダイバーシティ経営)』['22年]

 ダイバーシティ経営の推進が必要とされる今日、日本企業が直面している課題を踏まえ、多様な人材の能力発揮を経営価値の向上につなげるために必要な人事管理、求められる社員像やそれに関連する取組みを紹介した本です。

 序章で、「理念共有経営」の実現推進、多様な「人材像」を想定した人事管理システムの構築など、ダイバーシティ経営を支える5つの柱を挙げています。第1章では、ダイバーシティ経営の推進における経営戦略との整合性の重要性を説き、経営戦略においてどのような人材戦略をとるのかを明確にして進める必要があるとしています。

 第2章では、職場の人材の多様性が増すことは、生産性や創造性の向上など多くの成果が期待される一方、職場のコンフリクトや不公平感の増大につながるリスクもあるとし、そうした効果やリスクを左右する、①企業を取り巻く環境、②施策を運用する管理職、③施策を受け止める社員、などの要因を視野に入れて施策を推進する必要があると説いています。

 第3章では、「ワーク・ワーク社員」(無限定社員)が減り、「ワーク・ライフ社員」(限定社員)など多様な就業ニーズを持つ社員が増え、企業も勤務地限定制度などの導入を進めてきているが、真に多様な社員を前提とした人事管理システムに日本企業が転換するためには、従来の「無限定雇用」(いわゆる正社員制度)を改革すべきであり、それとは別に多様な正社員制度を導入しても、正社員制度を本流、多様な正社員制度を傍流とする階層化が生じるだけであると述べています。

 第4章では、多様な人材が活躍できる柔軟な「働き方」に転換するために、時間意識の高い働き方への転換、働く場所の柔軟化に加えて、仕事と仕事以外の生活の境界管理が重要であり、自由時間に「心理的資本」を回復する「リカバリー体験」を実現することで、社員が仕事にエンゲージメントを感じたり、仕事でのパフォーマンスが向上するという好循環が生まれるとしています。

 第5章では、ダイバーシティ経営の前提となる労働者モデルは「自律的なキャリア形成」を行う個人ということができるとし、ダイバーシティ経営で重要な役割を担う社員の意識や行動の在り方、それを支援する企業のキャリア支援について述べています。

 第6章では、欧州企業におけるダイバーシティ経営の現況について事例分析し、その特徴から日本企業への示唆を読み取っています。欧州企業も人材の多様性を重視する経営に円滑に移行できているわけではないが、現場の管理職に人事権を委ねており、日本に比べてダイバーシティを阻む壁は低いとのことです。

 個人的な読みどころは第3章で、「メンバーシップ型雇用」と特徴づけられる日本型の従来の人事管理システムの改革の鍵は、職務記述書などの導入による「ジョブ型雇用」(そもそもこの用語の理解に混乱があるとしている)への転換ではなく、日本企業がこれまで堅持してきた、社員の異動・配置に関する包括的な人事権の見直し(「企業主導型キャリア管理」→「企業・社員調整型キャリア管理」)にあるとしている点でした。

 全体としてテキストというより論考集であり、ダイバシティ経営の推進に向けて、どこからどのようにに実践すべきかという示唆や提言があるのがいいと思いました。欧州企業の事例を紹介しながらも、日本企業の置かれた環境や実情を分析し、それらを踏まえた適合を図っていく姿勢が見られ、一読の価値があると思います。

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総花的ではなく、「組織モデル」を絞り込んで解説していて分かりやすい。

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図解 組織開発入門 組織づくりの基礎をイチから学びたい人のための「理論と実践」100のツボ』['22年]

 本書は、前著『図解 人材マネジメント入門』(2020年)に続く第2弾であり、「組織開発」の入門書になります。著者は本書で、人事担当者にとって組織開発とは「人事として取り組まなければならないことはわかっているが、正体のわからない不安なもの」なのではないかと述べていますが、確かにそうした面はあるように思います。そこで本書では、組織開発を「体系的にわかりやすく」理解できることを企図したとのことです。

 タイトルに「100のツボ」とあるように、全部で10のChapter(章)から成り、1つのChapterは10のツボ(ポイント)からできています。1つのツボは見開き2ページで完結した内容となっていて、見開き上部にQ&Aがあって、左ページに解説、右ページに図解があり、右下にはツボを理解し実践するためのヒントが記載されているという構成であるため、どこからでも読めるものとなっています。

 まず、「組織開発」とはそもそも何か、その目的、歴史、哲学の解説(第1章)から始まって、チェンジエージェント(第2章)、サーベイ・フィードバック(第3章)、対話型組織開発(第4章)など「組織開発のやり方・あり方」を解説していきます。第4章では、ホールシステム・アプローチ、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)、フューチャーサーチ、オープンスペーステクノロジー、ワールドカフェといった具体的方法が紹介されています。

 第5章以降は「組織モデル」の解説となり、ピーター・センゲの提唱する「学習する組織」(第5章)、フレデリック・ラルーの「ティール組織」(第6章)、ジム・コリンズらの「ビジョナリー・カンパニー」(第7章)をそれぞれ取り上げて解説し、さらにザッポス社が実践している「デリバリング・ハピネス」という考え方(第8章)、リクルート社が実践してきた「心理学的経営」(第9章)を紹介し、最後に、野中郁次郎氏らの『知的創造企業』の続編『ワイズカンパニー』で提唱された考え方(第10章)について解説しています。

 入門書でありながら、総花的になっていないのがいいと思いました。特に「組織モデル」については、以上のように6つの考え方に絞り込んだ上でそれぞれ10のツボを紹介しているため、読者に考えながら読ませる、丁寧で多角的な解説となっています。また、各章末に「次の1歩」として原典や関連する書籍を6冊ずつ紹介しているため、より深耕したい読者にとってはいい手引きになるかと思います。

 また、組織モデルの説明として、「個・組織」を縦軸に、「内的(幸せ・充足)・外的(成功・上昇)」を横軸に置いたマトリクス図を設定し、図中に、ティール組織論における三つの発展段階「オレンジ達成型」(組織・外的)、「グリーン多元型」(組織・内的)、「ティール進化型」(個・外的)という組織の3つの発展段階の位置づけを示した上で、、さらに、「学習する組織」「ビジョナリー・カンパニー」「デリバリング・ハピネス」「心理学的経営」「ワイズカンパニー」がその図のどこに位置して、それらがどのような相関関係にあるかを示しているのも、「体系的にわかりやすく」という謳(うた)い文句どおりであったように思います。

 対話型組織開発の方法や組織モデルも含め、コンセプチュアルな要素の多い分野ですが、その点においては「図解」の助けを借りながら読み進むことができるのが有り難いです。読後に時間を経て読み直してみたいと思った際も、ページを開きやすいのではないかと思います。人事パーソンに広くお薦めします。

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テレワークが生み出すたくさんのメリット(啓発的)。テレワーク課題の克服法(実践的)。

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テレワーク本質論 企業・働く人・社会が幸せであり続ける「日本型テレワーク」のあり方』['22年]

 テレワーク専門のコンサルティング会社の設立者である著者によれば、感染防止のために多くの企業がテレワークを実施し、企業も働く側もそのメリットを実感したものの、コミュニケーションやマネジメント、生産性の低下などの課題にぶつかり、後戻りする企業が増え始めていて、一方で、課題を克服し、さらにテレワークを推し進め、大きく成長していく企業もあり、テレワーク推進はいま岐路にあるとのことです。

 第1章では、会社のテレワークが、コミュニケーションが取れない、マネジメントができない、生産性が上がらないといった課題にぶつかっているのならば、それは、テレワークに対する先入観や思い込みから「間違ったテレワーク」を実施したためであるとして、12の「間違ったテレワーク」の類型とその問題点を挙げ、この問題に向き合わずしてテレワークの成功はないとしています。

 第2章では、テレワークは、企業にとっては生産性向上、人材確保、働く人にとってはワーク・ライフ・バランス向上、さらには日本における労働力確保、少子化対策、地方創生など、数多くのメリットを生み出すものであるとしています。さらに、そうしたテレワークがなぜ日本では普及しにくいのか、その理由を考察し、欧米の真似でない日本型のテレワークの実現を訴えています。

 第3章では、適切なテレワークを導入するための考え方や方向性を、「仕事が限られると思い込むなかれ」「一緒に仕事をしている感を大切にせよ」「雑談してしまう〈場〉をつくれ」「ホウレンソウをデジタル化せよ」など「テレワークを成功に導く心得十か条」としてまとめ、それぞれを解説しています。

 第4章では、テレワークのコミュニケーションをよりリアルに近づけるための重要な要素として、①リアルタイムの会話、②話しかけるきっかけ、③チームの業務遂行、④インフォーマルな会話、⑤チームの一体感、の5つを挙げています。また、オンライン会議を活性化したり、オンラインとオフラインの人が混在する ハイブリッド会議をフェアに行うためのヒントや、雑談しやすい「場」と「雰囲気」のつくり方、「ホウレンソウ」をデジタル化する際のコツなどを説いています。

 第5章では、テ レワークでのマネジメント実践のポイントとして、通常の労働時間制度、フレックスタイム制、みなし労働時間制などのパターンを示し、テレワーク時の労働時間管理の方法と就業規則・運用ルールについて解説するとともに、自社で開発した、社員が「いつ」「どこで」「どんな仕事」をしているかを確認できるツールを紹介し、時間あたりの成果をどう把握するかを解説しています。

 第6章では、テレワークの広がりによるオフィスの変化やワーケーションへの関心の高まり、まちづくりへの活用や障がい者雇用の促進などの可能性を挙げ、日本型テレワークが企業・働く人・社会全体のウェルビーイングを実現するとして、本書を締めくくっています。

 テレワークは単なる「感染防止のための在宅勤務」ではなく、企業にとっても、働く人にとっても多くのメリットとがあるものであり、さらに社会にとっても、労働力確保、少子化対策、地方創生など多くのメリットを生み出すものであって、企業、働く人、社会全体を幸せにするとしている点が啓発的です。

 一方で、第4章における「テレワークでのコミュニケーション実践のポイント」などはたいへん具体的であり、オンライン会議を企画したりファシリテーターを務める人にはすぐにでも使える配慮や工夫などもあって、参考になるかと思います。

そうした人に限らず、テレワークに課題を抱える人やテレワークを進めたい人にお薦めですが、著者が本当に読んでほしいのは、テレワークの必要性に疑問を感じている人なのもしれません。


労働問題・人事マネジメント・仕事術

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ビジネスの本質は小さなチーム、小さな会社のやり方にこそあり。

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕.png小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕2012.jpg 小さなチーム、大きな仕事.jpg
小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則』['12年] 『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)』['10年]

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕2.jpg シカゴに本社を置く非上場企業でウェブアプリケーションを手がけているIT企業「37シグナルズ」(旧社名37signals、現社名Basecamp)の共同経営者らによる本書は、ビジネスの本質は小さなチーム、小さな会社のやり方にこそあり、大企業における資本のやり取りや体制変革ばかりに目を奪われていると、本当に大切なことを見失うことが多いと説いています。

 「見直す」の章では、失敗から学ぶな、計画は予想にすぎない(予想を頼りにしてはいけない。今年ではなく、今週することを決めよ)、会社の規模を気にするなとし、また、仕事依存症は(ワーカーホリック)は馬鹿げているとしています。

 「先に進む」の章では、他人の問題を解決しようとするのは、暗闇の中を無闇に進むのと同じで、自分にほしいものを作るべきだ、「時間がない」は言い訳にならない、また、ミッションステートメントについて。何かを信じるということを書くだけでは駄目で、本当にそれを信じ、そのとおりに人生を送ることだとしています。また、外部の資金はできるだけ少なくすべきだ、人も資金も必要なものは思ったより少ない、会社は身軽でいるべきで、身軽さをなくすものとして、長期契約、過剰人員、固定した決定、会議、鈍重なプロセス、在庫、オフィスの政治などを挙げています。

 「進展」の章では、しばらくの間は細かいことは気にしないこと、初期の段階ではディテールから得られるものはない、実際に始めてからディテールに気づく、そのときに目をむければよいとし、やることを減らし、変わらないことに着目すべきで、それはいま、始めるべきだとしています。

 「生産性」の章では、やめたほうがいいものを考えるべきで、邪魔が入る環境では生産性が上がらず、何よりも最悪な邪魔者は会議であると。解決策はそこそこのもので構わず、小さな勝利がモチベーションにつながるしています。また、睡眠はしっかりとるべきで、たまに徹夜仕事をしてもいいが、それが定期的になると、多くの代償を積み重ねることになるとしています。

 「競争相手」の章では、商品をありふれたものにしないためには、競争相手の真似をしてはならず、むしろ競合相手よりひとつ下回るようにする(簡単さ、単純さを武器にする)、そもそも競争相手が何をしているしているのか気にしないことだと述べています。

 「進化」の章では、作る製品への正しい態度とは、基本的に「ノー」と言うことであり、「顧客は常に正しい」と信じてはならず、顧客を自分たちよりも成長させようと言っています。

 「プロモーション」の章では、マーケティングとは独立した業務ではなく、何かコミュニケーションの手段があるならば、マーケティングは可能だとしています。

 そして、いよい人事に関する「人を雇う」の章に入りますが、まずは自分自身でやってみるまで人は雇わないこと、人を雇うタイミングは、自分の限界を超えた仕事があるときに限り、無用な人は雇わなようにすること、会社を「知り合いのいないパーティ」にしてはならないと。また、履歴書よりも自身の直観を信じ、経験年数は意味が無く、学歴は忘れることだとしています。また、「自分マネジャー」(自分をマネジメントできる人)、文章力のある人を雇うべきであるとも言っています。文章がはっきりしているということは、考え方がはっきりしている、コミュニケーションのコツもわかっている、ものごとを他人に理解しやすいようにする、他の人の立場に立って考えられる、何をしなくてもよいかもわかっている、ということであり、こんな能力こそ必要であると。

 最後に「文化」の章で、文化はつくるものではなく、自然に発達するものであり、スター社員が環境を作るが、そのスターが育つ環境とは信頼と自律と責任から生まれるものであるとし、従業員は子供扱いすれば、子供のような仕事しかしないとしています。また、仕事が人生のすべてであってはならず、社員は5時に帰宅させるようにしよう、「なるたけ早く」を連呼することは毒にしかならないとしています。

 ベンチャー企業やスタートアップ段階の小さな会社だけでなく、一般企業やその中のチームや個人にも適用できる考え方が多く含まれています。自分の会社が「大企業病」に陥っていないか、自らがそうした価値観に縛られていないかを振り返ってみるうえで、人事パーソンにもお薦めです。

【2010年新書刊行[(ハヤカワ新書juice『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則』]/2016年文庫化[ハヤカワ文庫NF(『小さなチーム、大きな仕事―働き方の新しいスタンダード』)]】

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「従業員を団結させ、競争力を高める」実践的リーダー論。「社員第一主義」で貫かれている。

逆境を生き抜くリーダーシップ0.jpg逆境を生き抜くリーダーシップ.jpg
逆境を生き抜くリーダーシップ』['11年]

 本書は、80年代において鉄鋼業がマメリカ国内で構造不況に陥る中、倒産寸前の片田舎の製鉄所(ニューコア)を、全米有数の鉄鋼メーカーに押し上げ(本書刊行時点で全米第3位、2016年時点で粗鋼生産量全米第1位)、フォーチュン500社のCEO(最高経営責任者)の中で最も所得が低いと書かれたことを勲章とする著者が明かす、「従業員を団結させ、競争力を高める」実践的リーダー論です。

 第1章「『長期の』利益を全員の目標に」では、経営者は「長期の」利益を社員全員の目標としなければならないとし、そのために社員とつながる4つの原則として、以下を挙げています。
(1)経営陣は、従業員が生産性に応じた報酬をえられるように会社を経営する義務がある
(2)従業員は、職務をきちんとはたしていれば明日も仕事があると安心できなくてはならない
(3)従業員は公平に扱われる権利があり、また、当然そのように扱われると確信できなければならない
(4)従業員には、不公平な扱いを受けていると思った場合に申し立てる手段がなければならない

 第2章「意思決定は現場にまかせろ」では、経営者は自分の直感を信じるべきだが、総合的な方針以外の決定はすべて、現場の管理職と従業員に任せるべきで、従業員とつながる方法としては、①対話、②意識調査、③ミーティングの3つを効果的に行うべきであるとしています。

 第3章「社員はすべて平等だ」では、社員をすべて平等に扱うことが経営を助けるとし、また、マネジメント階層はできるだけ少なくするべきであるとしています(ニューコアには4階層しかない)。そして、情報はすべて共有すべきであるとしています。平等と自由こそがやる気を生み、企業の成功は文化で決まるとしています。

 第4章「進歩は従業員から生まれる」では、会社の功績は社員の功績であり、社員の職場環境は重要であり、責任の大部分を部下に委譲し、社員が自力で答えを見つけられるような職場環境の形勢に専念すべきだとしています。本気で社員を活かしたいなら、「経営者が企業の成功のカギを握っている」といった考えは変えるべきだとし、管理職に求められる6つの変化として、以下を挙げています。
 ①ふさわしい人材を選ぶ。
 ②管理職の時間配分を見直す。
 ③社員がみずから成長できるようにする。
 ④社員に情報を提供する
 ⑤テクノロジーへの投資は社員にまかせる。
 ⑥合併と買収は社員の視点から検討する

 第5章「やる気を生む給料とは」では、ニューコアが業界最高の給与を払える理由は、作業効率が良く、生産性が高いからで、「生産量に応じた」ボーナスがチームワークを高めているとしています。報酬体系を改善するカギは、個人の貢献よりもチームワークに報いるようにすることであり、給与体系の違いが競争力の差になるとしています。

 第6章「小さいことはいいことだ」では、「大きな本社」は無駄そのものであり、大企業にとって最善のやり方は、必要最低限の階層の数を設定して、なるべく早く構造のスリム化に取りかかることだとしています。

 第7章「リスクをとれ!」では、アイデアはすべて試させるべきで、経営者や管理職は、社員が持ってくるアイデアを受けいれるよう努め、その革新性とリスクを引き受けるべきであるとしています。賭けに出てこそ成功するのであって、攻めの姿勢を保ち、勝つことだけを考えるべきだとしています。

 第8章「『ビジネス』と『倫理』の関係」では、倫理の問題は棚上げにすべきではなく、また、ビジネス界での倫理の基準は常に変化するとしています。

 第9章「成功は『シンプル』の先に」では、シンプルこそ成功のカギであり、事業をシンプルに保てば、顧客にも正直になれるとしています。成長を促す単純な原理として、また、これまで述べてきたことのまとめとして、以下の5つを挙げています。
 ・長期的な存続を短期的な収益より重視すること。
 ・重役のふところを潤わせるのではなく、痛みを分かち合うこと。
 ・意思決定の権限を現場の労働者に与えること。
 ・管理職と従業員の差を最小限にすること。
 ・社員には生産性に応じた報酬を支払うこと。

 従業員の信頼と忠誠心を獲得するにはどうすればよいかという問題は、どこの企業でも悩むことですが、著者は、そのためのリーダーシップの在り方として、長期視点での意思決定、現場との適切なコミュニケーションや現場への意思決定権限の委譲、アクティブリスリングを身につけること、権力の危険性を理解すること、必要な情報が従業員に公平公正に開示されていること、など多くの考え方や方法を挙げています。また、それらを実践することで著者自身が、組合の必要性を従業員が一切提起しないほど満足度の高い経営を実現してきたことになり、とても説得力があるように思いました。

 特に従業員第一を心掛けている点が印象的で、典型的なアメリカ型の経営者というより、むしろ日本の経営者(松下幸之助や本田宗一郎)に近い空気も感じさせなくもない点が興味深かったです。従業員の能力を最大限発揮させるには、彼らを「人間らしく扱う」ことであるといったようなことは、当たり前の原則なのかもしれませんが、こうした「社員第一主義」を貫いている企業が実際どれほどあるかと思うと、改めて示唆に富む内容であったと思います。

《読書MEMO》
●目次
序文(ウォレン・ベニス)
はじめに
1 「長期の」利益を全員の目標に
2 意思決定は現場にまかせろ
3 社員はすべて平等だ
4 進歩は従業員から生まれる
5 やる気を生む給料とは
6 小さいことはいいことだ
7 リスクをとれ!
8 「ビジネス」と「倫理」の関係
9 成功は「シンプル」の先に
エピローグ ビジネススクールへの提言

「●マネジメント」の インデックッスへ 【1657】 望月 護 『ドラッカーの実践経営哲学

従業員の夢の実現を支援する会社、部下が個人としても伸びていけるようにする管理職こそ理想。

ザ・ドリーム・マネジャー0.jpgthe dream manager.jpg マシュー・ケリー.jpg
The Dream Manager』['07年]マシュー・ケリー
ザ・ドリーム・マネジャー モチベーションがみるみる上がる「夢」のマネジメント』['08年] 

 本書は、働く者全員が「やりがい」と「愛着」を感じる会社を作るにはどうすればよいか、そのためのシンプルで楽しいアイデアを示した本であり、第Ⅰ部が「物語」形式のビジネスストーリーに、第Ⅱ部が「実践ガイド」になっています。

 第Ⅰ部「物語」の第1章「変化のきざし」では、物語の舞台である清掃会社の総務担当取締役のサイモンと創業社長のグレッグが、年400%にもなる離職率に頭を悩ませています。サイモンは、「離職率の高さは士気や作業効率、顧客の満足度の低下にもつながります」「現場の従業員はビジネスについて、われわれの知らないことを知っているんです」と言って、従業員にアンケートをとることを進言します。そして、アンケートをとってみると、社員が辞めていく最大の理由は、通勤の足だったことが判明、つまり、交通手段がないことによる通勤問題でした。そこでサイモンはシャトルバスの運行を提案しますが、グレックはいくら費用がかかるのか心配します。それに対しサイモンは、「問題は、いくらかかるかではなく、いくら無駄にせずにすむかです」と言い、グレッグもシャトルバスの導入を認め、結果として離職率は大幅に下がります。

 第2章「夢はかなう!」では、サイモンが離職問題をめぐる幹部会議において、従業員が今やっている仕事と、彼らが夢見ている豊かな未来とを結びつけない限り、この問題は永遠に解決しないとし、「ここで働くことが自分の望む未来につながると具体的に示すことこそ、唯一の方法だ」と発言、アシスタントのサンドラの助けを借りながら、社員に「あなたの夢は何か」を訊くアンケートを実施する準備にかかるとともに、社長のグレッグに、社員の夢を実現できる手助けをする「ドリーム・マネジャー」の必要を説きます。グレッグは、悩んだ末に、サイモンの「マネジメントの方法自体を革命的に変えられる」との言葉に後押しされるように、ドリーム・マネジャーを探すことにOKを出します。サイモンとサンドラはあらゆるところに求人広告を手配し、ひきもきらない応募者の中から最終的にショーンという人物をドリーム・マネジャーに迎えます。

 まず管理職がショーンとのセッションを設けることになり、最初にセッションを受けたジェフは、当初この試みに懐疑的だったものの、大陸横断旅行という自分の夢の実現にむけて一歩踏み出します。さらに、「部下が具体的な夢を持てるようになり、それが実現したら、彼らは顧客に対しても同じことをするようになる」とサイモンは説き、セッションは一般社員にも行われ、ドリーム・マネジャーのショーン自身が、人は、ただ夢を語るだけで自然とその実現に向かうようになるという事実に驚かされたように、リタはドリーム・マネージャーと会った132日後に夢だったマイホームの取得を実現し、そのほかにも多くの社員が夢によって人生を取り戻します。

 第3章「ハッピーエンド」では、その後も、夢が現実となる文化のなかでは、仕事への情熱と、やってやれないということないという自信とが無限に生みだされることが次第に明らかになったとしています。グレッグ自身も、「ビジネスが失敗するときにはたいてい、少ない戦力に大きな間接部門がぶらさがっている。逆に成功する企業では、全員が戦力と化すものだ」と痛感するようになります。また、サイモンは、「わが社では物足らなくなった人がいた場合に、外の働き口を探してやることが仕事になります」と言います。離職率ゼロが、組織の目標ではないということです。サンドラは、「ドリーム・マネジャーは忠誠心をも生む」と言い、ミッシェルは。「人は人生の多くの時間を働いて過ごすわけですから、仕事は楽しいものであるべき」だとし、サイモンはさらに、「夢は、あなたがどんな人間かだけでなく、明日のあなたがどうなりたいと願っているかも教えてくれる」と言います。

 第Ⅱ部の「実践ガイド」では、まず、自分の夢の実現に向けたステップとして何をやっていくべきか、また、夢のカテゴリーとしてどのようなものがあるかを示して、このドリーム・マネジャー・プログラムというものが広い応用範囲があることを強調するとともに、これからの時代の「忠誠心」とは、社員と会社が互いに「自分の理想を実現する」という目標を理解することがその土台となり、21世紀の管理職がなすべきことは、会社を発展させる方法を見つけるとともに、部下が仕事上でも個人としても伸びていけるよう手を貸せる人ということになるとしています。

 いいことづくめの夢のような「物語」に思えるかもしれませんが、本書のモデルとなった清掃会社が実在します。社員は「会社が自分を思ってくれている、だからその会社のために働きたい」と考えるという、実にシンプルな思想のもと、その実践例を示した本であると言えます。「社員満足向上には、給料を上げ、労働時間を減らすのが最善で唯一の方法」「個人の夢は個人でなんとかすべきである」といった考えに見直しを迫る本でもあり、一読をお勧めします。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
・組織を動かす1人ひとりが理想の自分になろうと懸命に努力すれば、その組織は理想の状態に近づく
・「ビジネスウィーク」は今後10年間に、あらゆる分野、地域、産業で役員クラスの21パーセント、一般管理職の24パーセントのポストが空席になるだろうと報じている。
・人は会社のために存在しているわけではない。会社が人間のために存在する。
第Ⅰ部・物語
1.変化のきざし
・現場の従業員はビジネスについて、われわれの知らないことを知っている
・問題は、コストがいくらかかるかではなく、いくら無駄にせずにすむかです。
2.夢はかなう
・人間を特別な存在にしているものは、豊かな未来を想像し、未来に希望を託し、その未来に向かって歩む能力です。
・これからふたりでやりたいこと、行ってみたい場所、ほしいもの、大切にしたい人間関係、それぞれの夢を紙に書き出すこと
・人を仕事に引き止めるものは、「やりがい」と「進歩し成長している実感」。
・「この中で、これから半年以内でかなえたい夢はなんですか?」
・大切なのは完璧さを求めることではなく、"自分が進歩していることに注意を向ける"ということです。
・『偉大な書物を読もうとしない人間は、字が読めない人間と得るものになんら変わりはない』
・部下が具体的な夢を持てるようになり、それが実現したら、彼らは顧客に対しても同じことをするようになる
・人は、ただ夢を語るだけで自然とその実現に向かうようになる
・希望は計画から生まれる
・相手の夢を理解しようとすること、その夢の追求や実現に手を貸すことが、いかに人間関係を変える力強い原動力になりうるか。
・お互いの夢に関心を払うとき、あらゆる人間関係は必ずよりよいものになる。
・ビジネスマンのほとんどにとって、ビジネスとはお金を稼ぐことで、金をかけて問題を解決するという発想がないからです。
・社員は、認められたいんです。
・プロセスへの全員参加
3.ハッピーエンド
・本当の貧しさとは、機会が与えられないこと。
・ビジネスが失敗するときにはたいてい、少ない戦力に大きな間接部門がぶらさがっている。
・逆に成功する企業では、全員が戦力と化す。
・離職率ゼロが、組織の目標ではない。
・人間を人間らしく扱えば、相手もまた人間として応えてくれる。
・企業活動においては、ビジネスを動かすのも組織を動かすのも人。
第Ⅱ部・実践ガイド
・計画を立てることは1人でもできる。大変なのは、最後までやりぬく意志を持ち続けることだ。
・新時代の忠誠心は、「たがいの価値を高めあう」ことで築かれる。
・社員が自分自身のためにやらないことを、会社のためにやってくれると期待するのはまちがっている。
・夢の実現に向けて
 (1)ドリーム・ブックを用意する
 (2)夢を書きはじめる
 (3)夢に制限を設けない 
 (4)ドリーム・ブックに書き込むときには日付を入れる
 (5)夢が実現したら、その日付も加える
・勇気の言葉
・大きな一歩を踏み出すことを恐れるな 
・リスクをとる勇気のないものは、人生で何も成し遂げることができない
・時宣を得たアイデアほど力強いものはない
・勇気をもて。そうすれば偉大な力が助けてくれる
・人生の大きさは、勇気の大きさに等しい
・車を運転するのにもお金を使うにも歳をとりすぎ、ついに思い出と思索だけの日々が訪れたとき、はたして世の中のために出来ることがあるだろうか
・夢の種類
 (1)肉体(2)感動(3)知性(4)精神世界(5)心理(6)物質(7)仕事(8)経済(9)創造性(10)冒険(11)後世に残すもの(12)性格
・夢実現ステップ
  ステップ(1):夢リストを作る(12カテゴリ、100リスト)
  ステップ(2):毎朝30分。部下(パートナー)と話す。心から関心をもつ。
  ステップ(3):部下を集めてドリームセッションを行う。
  ステップ(4):人事面接を利用し、各人の夢のなかからあなたが力になれる夢をひとつ選び、1年以内に達成できるよう励ます。

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組織重視指向の日本企業、市場重視指向の米国企業。今後、人事部の目指すべきは?

日本の人事部・アメリカの人事部2.jpg日本の人事部・アメリカの人事部.jpg日本の人事部・アメリカの人事部: 日米企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係』['05年]

 本書は、日米両国の大企業の事例研究および大規模調査をもとに、日本企業の人事部とアメリカ企業の人事部の、企業におけるその役割や位置づけの違いを検証したものです。

 第1章では、日米の大企業における雇用構造とガバナンス構造を比べています。日本企業は相対的に組織志向的であり、長期雇用、低い離職率、広範な教育訓練、平等、年功といった組織内配慮が、賃金や採用・昇進・異動の決定に大きな影響を与え、ステークスホルダー型ガバナンスと企業別組合がその組織志向性を支え、これらが日本企業の人事機能の高い集権的性格を補強してきたとし、一方、アメリカは、雇用慣行はより市場志向的になる傾向があり、短期雇用、高離職率、少ない教育訓練、市場水準など外部基準に基づいて決める賃金や採用・昇進・異動が特徴で、コーポレートガバナンスは株主を特権的に扱い、人事機能は日本のような集権性と影響力を欠いていたとしています。

 第2章では、巨大日本企業の人事部のこれまでの実態を探っています。アメリカの企業と比べ、日本企業はこれまでも現在も集権的であり、人事部は「影の実力者」としての地位と権力を有し、それは、組織志向の雇用の雇用政策、集権的な組織、企業別組合、ステークスホルダー型のガバナンスによってもたらされたとしています。

 第3章では、現代日本企業の内実を、6つの業界の代表的企業7社を通して見ていきます。そして、本社機能の縮小、株主志向のコーポ―レートガバナンス、雇用調整の実施など様々な変化が見られるものの、本社人事部の役割にはかなり安定性が残っているとしています。つまり、人事部は60~70年代に比べれば力を失っているが、依然として特権的な地位を占めているとしています。

 第4章では、アメリカにおける人事管理のこれまでを振り返っています。アメリカ企業の人事管理者の立場は、これまで強弱の揺れ幅はあったにせよ日本企業ほど強くはないままできたとしています。ただし、現在は、人事担当役員の権力強化に向けた2つのアプローチがあり、1つは、ビジネスパートナー・モデル(人的資源管理担当役員は役員室にいる財務担当者やそれ以外の分野を担当する役員と連携し、市場への配慮によって雇用政策は左右されるものの、分権化した事業部にオン・デマンドでサービスを提供)、もう1つは、資源ベース・アプローチ(高い熟練を持つ従業員が競争上の優位をもたらし、雇用政策は比較的組織志向で、人的資源管理は雇用に関して全社規模で同時に進行する特有のアプローチに基づきつつ、戦略的な結果を確保する役割を演じるもので、知的資本の重要性の増大などにより登場)で、敵対的買収の危険が小さい企業は、資源を従業員に向ける傾向が強くなるとしています。

 第5章では、二つのモデルがアメリカ企業の内部でどのような役割を果たしているか、5つの業界の5社を通して見ていき、アメリカでは人事担当役員の役割や本社人事部機能が多様であり、標準的なパターンは存在しないとしています。

 第6章では、(第3・5章がケース・スタディであったのに対し)日米両国の人事担当役員を対象とした大規模調査の結果を分析しています。調査データ比較による結論は、①アメリカでは、ステークホルダー志向の人事担当役員と株主志向人事担当役員との間には明確な隔たりがあり、後者は強い影響力を持つ、②日本の人事担当役員は、株主志向であっても見返りがあまり期待されず、この事実がアメリカへの収斂プロセスを遅らせる、③取締役構成などコーポレート・ガバナンスと人事政策のありようとの間には関係がある、としています。

 第7章では、日本では、近年市場重視への移行、株主重視のコーポレート・ガバナンス、上級人事管理者の役割の縮小が起きているが、経路依存性からその移行は緩慢であり、アメリカもまた、市場志向の極へ向かって移動しており、その変化はより広範囲で、二国間の格差はより拡大しているとしています。

 アメリカ企業の人事部と日本企業の人事部を、その歴史的推移から最近の傾向まで独自のアプローチにより分析したものでした。結論的には、人事戦略の面でも企業統治の面でも、日本企業が組織重視指向なのに対し、米国企業はより市場重視指向であり、日本企業にも市場重視指向の動きはあるがそれは遅いものであり、この傾向の差は広がりつつあるということになります。しかしながら、人事管理には、財務基準を重視して従業員をコストとみなす考え方だけではなく、知識社会化の進展の下、人的資本の高度化が競争上の優位性をもたらすとする資源ベース・アプローチがあるとし、このような側面をより強く持つ日本的経営を必ずしも否定的に評価していない点が興味深いところです。今後の日本企業の人事部の役割(今のままでいいのか)を考える上で、一読をお勧めします。

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最強チームをつくるカギは「安全な環境をつくる、弱さを共有する、共通の目標を持つ」こと。

THE CULTURE CODE― 最強チームをつくる方法0.jpgTHE CULTURE CODE― 最強チームをつくる方法.jpg
THE CULTURE CODE ―カルチャーコード― 最強チームをつくる方法』['18年]

 本書では、グーグルやピクサーなど、仕事への熟達やヒットを生む創造力の強さが世界的にも証明されている「最強のチーム」を実際に訪ねて分析した結果、チーム力の原点は「日常の仕事での、ちょっとしたさりげない行動」にあり、成功しているチームには共通する3つのスキルがあることが判明したとしています。その3つのスキルとは、「安全な環境をつくる」「弱さを共有する」「共通の目標を持つ」であるとし、以下、3部構成で各スキルを解説しています。

 第1部(スキル1「安全な環境をつくる」)では、チームのパフォーマンスを決めるのは、「ここは安全な場所だ。そして私たちはつながっている」という心理的安全性と帰属意識であり(第1章)、安全な社内環境が信頼を生んで、それが帰属意識につながり(第2章)、その帰属意識がチームの結束を強めるとしています(第3章)。さらに、帰属意識を育てるにはどうすればよいか(第4章)、帰属意識の高いチームをつくるにはどうすればよいか(第5章)、そのためにリーダーはどのような行動をとるべきか(第6章)を解説しています。

 第2部(スキル2「弱さを共有する」)では、帰属意識がチームをくっつける「接着剤」だとするなら、弱さを共有することは「筋肉」であるとしています(第7章)。「自分には弱点があり、助けが必要だ」という弱さの開示は「弱さのループ」を生み、それによってチームの親密さと信頼が深まり(第8章)、チームのパフォーマンスは最大化されるとしています(第9章)。また、小さなチームで協力関係を築くには、シンプルな質問を何度もするのが効果的であり(第10章)、個人間の協力関係を築くには、相手の話を本当に聞き、相手に全神経を集中させることだとし(第11章)、最後に、リーダーが弱さを見せられるようになる方法を指南しています(第12章)。

 第3部(スキル3「共通の目標を持つ」)では、成功しているチームでは、共通の価値観や目的が明確であり、目標達成のメリットと障害が理解されていて、「現実と理想をつなぐ物語」が存在するとし(第13章)、目的意識の高い環境のチームを、実例で紹介しています(第14章)。その上で、「熟達したチーム」をつくるには価値を言葉にして伝え続けることが重要であり(第15章)、「創造的なチーム」をつくるには、創造的な人たちへのサポートが必要であるとしています(第16章)。そして最後に、価値や目標を共有するためにリーダーが何をすべきか、行動のためのアイデアを示しています(第17章)。

 本書の特徴の一つは、事例を引いて、3つのスキルそれぞれの有効性を説くとともに、どうすればそれを実践できるかという、具体的な行動提案が書かれている点にあります。環境変化が激しく、企業が抱える問題の複雑さも増す今日、一人のカリスマに依存するのはリスクであり、チームの力を最大化することが、より大きな困難や逆境を乗り越える原動力となるということであると思います。本書を通してチームビルディングの新しい形を知ることができ、リーダーが読むべき本であると言えます。

 本書では、チーム力の原点は「日常の仕事での、ちょっとしたさりげない行動」にあるとし、一見すると普通とも思えるような行動を習慣化することによって、チームの力は大きく変わっていくとしています。最強チームをつくるカギは、「安全な環境」「弱さの開示」「共通の目標」の3つのスキルに集約されるとし、これらのスキルはなぜ重要で、具体的にはどのように行動すればよいのかを説いています。

 良いチームに最も必要なのは、強いリーダーシップや優秀な人材ではないということです。本書を通して提案される行動は、シンプルでポジティブな人間観に基づいており、極々「普通」に思えますが、だからこそ誰でも、いつでも行うことができ、こうした些細な行動によって強いチームが育まれるならば、一読の上、試してみる価値は大いにあると思われます。

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リーダーシップ行動のあり方が具体的・実践的に書かれていて、軍隊を超えた普遍性も高い。

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リーダーシップ―アメリカ海軍士官候補生読本』['81年]『リーダーシップ 新装版―アメリカ海軍士官候補生読本』['09年]
 
 本書は、アメリカ海軍兵学校の生徒、幹部候補生、見習士官のリーダーシップ教育のために作成されたものであり、原書は1959年に発行され、本邦では、野中郁次郎氏らの共訳で1981年に訳書が刊行され、35刷を重ねています(2009年に新装版が刊行された)。

 2部構成の第Ⅰ部「基礎編」では、まず第1章で、リーダーシップとは「一人の人間がほかの人間の心からの服従、信頼、尊敬、忠実な協力を与えるようなやり方で、人間の思考、計画、行為を指揮できかつそのような栄誉を与えうる技術、科学、ないし天分」であると定義し、このリーダーシップを理解し、身につけるうえで、フォロアーシップを身につけることが必要であり、フォロアーシップとは、チームメンバーとして必要となる要素であり、フォロアーシップとして習得すべき態度は、リーダーに対して服従、信頼、尊敬、忠実な協力の4つであるとしています。

 そして、リーダーシップを理解するためには、心理学、行動分析学の要素を理解しておく必要があるとし、第2章で、心理学的研究の歴史的背景を述べています。そして、第3章では、人間行動の科学的研究について述べ、科学的行動は、健全な懐疑主義、客観性、変化への即応性の3つを基本的なアプローチとするとしています。さらに、第4章では、集団の構造と機能について書かれており、リーダーが集団の成員に配慮すべきこととして、集団における安定した満足すべき社会的関係、集団内部における身分感情、集団内のメンバーシップによる地位感情、現時点で重要かつ多様な個人的欲求の充足の4つを挙げています。

 第Ⅱ部「実践編」では、第5章で、道義的リーダーシップとは何かを説き、それは、第一は、リーダーが自己を誠実にするのに必要な高い水準の徳性を伸ばすことであり、第二は、リーダーが道徳的価値を部下に率先垂範によって分け与えることであるとし、与えられた使命を達成するための責任を受け入れる覚悟が求められるとしています。第6章では、士官の役割や、リーダーとしての品位を保った言動、立ち居振る舞いと話し方などについて述べています。

 第7章では、バーク大将がリーダーの人格的特性として①自信、②知識、③熱意、④力強く明確に表現する能力、⑤無能な不適任者をふるいにかける道義的勇気、⑥大義のために何かをしようとする意思の6つを挙げたことを引き、有能なリーダーの人格的特性として組織に対する「忠誠」や行動・判断する「勇気」、「謙虚」「自信」など挙げて、それぞれ解説しています。第8章では、リーダーシップを日々行使することで得られるダイナミックな(体得可能な)特性(目標設定、熱意と快活、配慮、専門知識など)を挙げ、さらに第9章では、その他重要なリーダーシップを増強する特性、リーダーとしての成功要因(部下を名前で呼ぶ能力、寛容、話し振りなど)を挙げて、それぞれ解説しています。

 第10章では、リーダーとして人間関係をうまくやっていく際の13の落とし穴を列挙し、どうすればリーダーとしてよい人間関係をフォロワーとの間に築けるか、また、組織化された制度上のリーダーシップの概念においては、フォロワーの役割が一番大切であることを脳裡に刻むべきであるとし、よいフォロワーの特性とは何かを述べています。

 第11章では、部下との人間関係を維持し、部下を認めてあげるための効果的な技術としては、個人面接とカウンセリングに勝る方法はないとして、よいカウンセリング(面接)の一般原則を説き、第12章では、規律の重要性と、部下の士気を高める方法を説いています。第13章では、組織、管理、および指揮リーダーシップは、相互に結びついて切り離せないものであるとし、最後の第14章にアメリカ合衆国の戦闘要員の行動要領(部分訳)を付けています。

 興味深いのは、リーダーシップの基礎として「人間心理を客観的に分析する」という科学的方法を重視していること(本書第Ⅰ部)と、科学的合理主義のみならず、それと同時に、リーダーたり得るかどうかの基準である部下や上司、同僚の信頼をいかに獲得するかということについて、自分の視点ではなく、他者の評価が重要であると強調されている点です。

 さらに、リーダーシップ行動のあり方が、きわめて具体的かつ実践的に書かれているのが本書の特徴であり、例えば、飲酒に関する注意点について、①絶対な一人飲みをするな、②絶対に就業中および勤務時間中に飲むな、③絶対に空腹時に飲むな、④とくに、疲労時に飲みすぎに注意せよ、⑤絶対に早飲みするな、⑥絶対に毎日飲む習慣をつけるな、⑦飲みすぎの気がしたら、たえず動いたり、ダンスをしたり、食事したり、談話したりすること―そして、次回にはひと飲み減らすこと―といった具合です。

 アメリカ海軍兵学校の士官候補生を対象としたリーダーシップの教科書でありながら、軍事組織の範囲を超えて、リーダーシップ一般に共通する(敷衍できる)視点を展開していることが、60年以上前に書かれて、いまだに読みつがれている理由ではないかと思います(勿論アメリカ海軍の理想的なリーダー像も見えてくるわけだが、同時に現代ビジネス社会に応用可能な普遍的要素を多く含むということ)。

《読書MEMO》
●集団に関する要素(第4章:49p~70p)
・集団の性質:規模・構造・密度・集団となった経緯によって決定される
・集団の特徴:排他性・一体感・ポテンシャル・目的の統一性・安定性によって決定される
・個人と集団:集団との一体感・組織内の位置づけ・参加の度合い・リーダーへの依存度により関係性が決定される
・集団の構成員の欲求:集団との関係性の安全、集団内での地位、集団による地位、評価、報酬、組織の士気により変化する
●バーク大将の「海軍のリーダーシップの実践」における有能なリーダーの人格的特性(第7章:115p)
(1) 自信
(2) 知識
(3) 熱意
(4) 力強く明確に表現する能力
(5) 無能な不適任者をふるいにかける道義的勇気
(6) 大義のために何かをしようとする意思
●リーダーに必要な特性(第7章)
・組織に対する「忠誠」
・行動・判断する「勇気」
・名誉・正直・真実
・信義
・宗教的信仰
・謙虚
・自信
・常識とよい判断
・健康、エネルギー、楽観主義
●リーダーのダイナミックな特性(第8章)
・目標の設定
・熱意と快活
・協力
・敏速、信頼性
・如才なさ
・配慮
・公正
・自制
・専門知識、準備、余暇の利用
・率先。計画能力、想像力
・決断力
・勝つ意志
●その他重要な成功要因(第9章)
・部下を名前で呼ぶ能力
・寛容
・よい聞き手であれ
・節制
・弁説の力
・話し振り
・口頭による命令
・集団の前で話すこと
・会話
・書き言葉対話し言葉
・有効な文書
●人間関係をうまくやっていく際の13の落とし穴(第10章:160p)
(1) 自分勝手な善意の規準を設けようとすること。
(2) 他人の楽しみを自分自身の物差しで測ろうとすること。
(3) 世間の意見の画一性を期待すること。
(4) 無経験を酌量しないこと。
(5) すべての気質を同じ型につくり上げようとすること。
(6) 重要でない、ささいなことがらについて譲歩しないこと。
(7) 自分自身の行動に完全を求めること。
(8) つまらぬことに自分自身また他人についてくよくよ思い悩むこと
(9) 場所のいかんを問わず、助けることができるときにだれも助けないこと。
(10) 自分自身が実行できないことを不可能と考えること。
(11) われわれ有限の心で捉えうるものだけしか信じないこと。
(12) 他人の弱点を斟酌しないこと。
(13) その人をつくり上げるのが内部の質的基準であるのに、外部の質的基準で評価すること。
●フォロワーのリーダーに対する責任(第10章:178p)
(1)自己の仕事とそれがいかに部隊の使命達成に寄与しているかを知っている。
(2)リーダーの特性を知っている。
(3)インスピレーションを与える能力をもっている。
(4)上司および部下に対して忠誠をつくす。
(5)能力に見合うイニシアチブを発揮する。
(6)権限と責任の委譲を容易に受諾し、かつまた受諾する用意がある。
(7)リーダーの決定を受諾し、全幅的にこの決定を実施するために最善をつくす。
(8)リーダーの部下のために配慮する能力と限界を十分に知り、不当な期待をかけることによって、上司のリーダーシップの負担をふやさない
●団結心の達成と維持のためにリーダーが克服すべきこと(第12章:212p)
(1)リーダーに対する信頼の欠如
(2)チームメンバーの葛藤
(3)成果に対する非協力者の存在
(4)リーダー・チームメンバーの急な異動
(5)正当な評価の欠如
●組織を成果に向かわせるために(第13章:212p)
・成果に必要なミッションを組織内に全て割り当てる
・チームメンバーが自分の責任・ミッションを明確に理解できるようにする(簡潔に整理し、何をすべきかを明確にする)
・チームメンバーの特性・職位にあったミッションを与え、必要な権限を最大限委譲する(責任に相応)
・矛盾や重複した責任・ミッションの分担は行わない
・組織全体の構造に一貫性と正当性を持たせる
・複数のリーダーを一つのチーム、または一人の個人に置かない(上長1に対し、チームメンバーNとする)
・リーダーがコントロールできないチームメンバーをおかない
・指揮系統の安定を図る(他による侵食を防ぐ)
・上位にいるリーダー(複数のチームリーダーをまとめるリーダー、会社で言う部長など)は、方針によって組織を統制する
・組織内で相互に監視が行われ、統制機能が働く関係性を作る

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『オプティミストはなぜ成功するか』の"裏返し"のようなアプローチの本に思えた。

0会社ではネガティブな人を活かしなさい.jpg会社ではネガティブな人を活かしなさい1.jpg   オプティミストはなぜ成功するか2013.jpg
会社ではネガティブな人を活かしなさい (集英社新書) 』['21年] マーティン・セリグマン 『オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)

 本書では、巷に流布する「従業員が幸せ(ポジティブ)になれば会社の業績が上がる」という言説に疑念を呈し、会社はもっとネガティブな人を活かすべきだとしています。第1章から第3章では、「幸せな従業員が業績を上げる」というのは事実かどうかを検証し、ネガティブな従業員が組織にもたらす恩恵もあると分析、第4章では、これからの組織の在り方を念頭に、テレワークやeリーダーシップ(オンライン上のリーダー論)に言及しています。

 第1章では、幸せ(ポジティブ)な従業員は業績を上げるかどうかをさまざな実験結果から検証しています。従業員の気分が良くなって生産性が向上するのは一時的なものであって、従業員あたりの売上高は仕事の満足度とは無関係であり、従業員を幸せにする労務管理は、費用対効果から推奨できない可能性が高いとしています。

 第2章では、不幸せ(ネガティブ)な従業員こそ重要であるとしています。ネガティブな従業員は、現状に問題があるととらえ、より体系的かつ合理的に考えるし、ここ一番では協調的であるとして、金融業などでは心配性の方が有利であるとしています。

 第3章では、最近その重要性が唱えられているマインドフルネスについて言及しています。ストレスが多い職場では、マインドフルな従業員ほどよい成績を上げるとそています。マインドフルネスの訓練は、ストレスからの回復力(レジリエンス)を向上させ、また、上司がマインドフルであれば、部下の疲弊度は低く、業務評価は高い傾向にあるとしています。

 第4章では、在宅勤務により、従業員のパフォーマンスが向上する傾向にある一方、在宅勤務に向かない従業員もいて、キャリア形成面での悪影響も懸念されるとしています。また、テレワーク時代に成果を出す上司とはどのような上司かを分析し、オンライン上での感情表現の重要性について述べています。

 最後に第5章で、企業は従業員に「幸せ」を押しつけない方がよいとし、ネガティブな人間が創造性を発揮しやすい環境を作れば、ネガティブ社員はいざという時に会社のピンチを救うことになるとしています。

本書を読んで、ポジティブ心理学の創始者セリグマンの『オプティミストはなぜ成功するか』という本を思い出しました。楽観主義者は悲観主義者よりも物事において良い結果を残すことが多いとした本ですが、会社で社員全員がオプティミストだと会社は破綻するとしています。財務管理や安全管理などの面では、現在の状況をしっかり把握する職業的ペシミストが必要であるとし、分野によっては悲観主義者の方が優れていることを指摘していました(人事はこの分野に該当するとされていました)。

 本書は、ポジティブ心理学を批判した本のように見えますが、結局、ネガティブだからといってがすべて悪いわけではなければ、ポジティブだからといってすべて良いとも限らず、状況によって活躍する人材は異なってくるということを意識すべきであるといっているのだと思います。その意味では、むしろ『オプティミストはなぜ成功するか』に書かれていることに通じる部分があったように感じました(この本の"裏返し"のようなアプローチ)。

 「幸福学から考えた組織論」であり、マインドフルネスの本質と訓練方法や職場への影響、オンライン上のリーダーの「怒り」の表現の効用などについても書かれていて、そうした新たな知見に触れたい人にはお薦めです。

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職場の問題点だけでなく、人事についての自分の意識のセルフチェックにいいかも。

なぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか0.jpgなぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか.png  沢渡 あまね.jpg
なぜ、日本の職場は世界一ギスギスしているのか (SB新書)』['21年]沢渡あまね氏

 本書では、日本の職場は、国際調査を見ると、人間関係、生産性、やりがい、満足度などの点で「世界一」ギスギスした職場とされているとした上で、日本の職場のどこに問題があるのか、働きやすい職場に生まれ変わるにはどうしたらよいかを、そのアイデアを提案しています。

 はじめに、日本の職場がギスギスする3つの主な要因として、①旧態依然のマネジメントや働き方、②旧態依然の職場環境、③ジェネレーションギャップを挙げ、職場のギスギスを解消させる3つのシフトとして、マインドシフト、マネジメントシフト、スキルシフトを挙げています。その上で、以下、ケースごとに職場のギスギスを生む要因を紐解き、それをどう解決していくか、3つのシフトをどう仕掛けていくかを、本文3章にわたってまとめています。

 第1章では、環境によるギスギスについて取り上げています。ここでは、職場環境によるギスギスとして、人が辞めていく、情報が共有できない、管理職・上司が現場を知らない、相談や提案がしにくい一方通行のコミュニケーション、誰に何を訊けばいいのか分からない、部門間の連携が取りにくい、といった6つの問題を、さらに、労働環境によるギスギスとして、公平すぎて不公平な働き方、テレワークで仕事がはかどらない、物理的環境がよくない、という3つ問題を挙げて、それぞれの原因と問題解決のヒントを示しています。

 第2章では、スキルやメンタリティによるギスギスについて取り上げています。スキルとキャリアによるギスギスとして、組織は集団主義だが行動は個人主義であること、雑用が多くてスキルが伸びないこと、日本特有の採用ミスマッチ、待遇で区別される非正規社員と働かなくても大丈夫な正社員、の4つの問題を、メンタリティによるギスギスとして、新しいことへの挑戦を拒む「5教科主義」「減点評価主義」、いまだに目立つ根性論、確認が多くてイライラの部下としっかり仕事しているか不安の上司、という3つの問題を挙げて、それぞれの問題解消のためのポイントを示しています。

 第3章では、制度によるギスギスについて取り上げています。ここでは、毎日出社しなければいけない、条件が厳しくて働けない、自分が動いても何も変わらない、終身雇用がモチベーションを下げるといった、制度に起因する問題を取り上げ、問題解決の道筋を示唆 しています。

 読んでいて、自分の職場も同じような問題を抱えていると思われる読者は多いのではないでしょうか。そうした問題の特効薬的な解決方法を示すというよりは、マインドシフト、マネジメントシフト等を促すことを主眼として、解決のためのアプローチを示しているように思えました。

 帯に「こんな職場は危険信号」とあって「コロナ禍依然と働き方が変わらい」とありますが、「テレワークで仕事がはかどらない」という問題については、テレワーク以前の仕事のプロセスに問題があるとしていて、なるほどと思いました。すごく斬新なことが書かれているわけではありませんが、自分の職場の問題点のセルフチェックにはいいかと思います。

 本文の最後で「終身雇用がモチベーションを下げる」と言い切って、企業として人材に投資する一方、成長しない人たちには厳しい人事制度に変えていくべきであるとし、おわりには、「気合・根性主義の体育会系カルチャー、そろそろおやすみなさい」とあります。これからのあるべき人事についての自分の意識のセルフチェックにもいいかもしれません。

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これからの組織変革の方向と実行のための知的ヒント、組織論の「今」を知る。

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だから僕たちは、組織を変えていける --やる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた【ビジネス書グランプリ2023「マネジメント部門賞」受賞!】

 本書は、「組織を変える」ことを目的に、社会のパラダイムシフト、これからの組織の在り方、リーダーの在り方、チームを動かす原動力、やる気のあるチームの作り方、組織を変えるための影響の輪の広げ方などについて書かれた本です。

 第1章では、「時代」ということについて、21世紀に入り人類は、テクノロジーによる「デジタルシフト」、リーマンショックによる「ソーシャルシフト」、そして新型コロナウイルス流行による「ライフシフト」という3つのパラダイムシフトを経験し、これらの変化により、ビジネスにおいては「場所や情報よりも、アイデア」「個人の努力よりも、人とのつながり」「ワークライフバランスよりも、ワークとライフをともに楽しむこと」が重要になったが、こうした時代や価値観の変化があったにもかかわらず、多くの企業は、いまだに旧態依然とした仕組みのままだとしています。

 第2章では、「組織」ということについて、この3つのパラダイムシフトによって、知識社会に必要となる組織特性として、①環境から学び続ける「学習する組織」、②社会とのつながりを大切にする「共感する組織」、③メンバーが自ら考え、共創する「自走する組織」を挙げて、3つ組織を実現するためのエッセンスや、組織を変えるリーダ像(「学習する組織」→サーバント・リーダーシップ、「共感する組織」→オーセンティック・リーダーシップ、「自走する組織」→シェアド・リーダーシップ)を示しています。

 第3章では、「関係」ということについて、「心理的安全性」こそがチームを変えていくとし、心理的に安全な場をつくるためのプロセスとして、①共感デザインと②価値デザインの2つを挙げて解説し、心理的安全性のためにリーダーがやるべきことや留意すべきことを挙げ、リーダーは強がりの仮面をはずし、安全に対話できる場をつくるべきで、「関係性」は組織の土壌であるとしています。

 第4章では、「思考」ということについて、サイモン・シネックを引いて、すべてはWHYからはじまるとし、社会にとっての「仕事の意味」、自分にとっての「仕事の意味」を考え、仕事を楽しむことからはじめよう、チームを動かす北極星(目的)を見つけよう訴えています。

 第5章では、「行動」ということについて、組織のモチベーションをアップデートすべきだとし、メンバーの「自律性」をとりもどし、「有能感」を満たし、「関係性」を育むにことが、「内発的な動機」を生むことになるとして、やる気のあるチームをつくるにはどうすればよいかを説いています。

 第6章では、「変革」ということについて、変革のアクションを7段階に分けて解説し、まず一歩を踏み出すことからはじめ、共感をつなぎ「影響の輪」を広げていくまでを具体的に解説しています。

 リーダーシップは肩書ではなく行動であり、組織変革は現場最前線にいるスタッフ一人からでもはじめられるとして、そうした行動への勇気を促し、また実行する際の知的なヒントを与えてくれる本であるように思いました。

 多くのリーダーシップ論、経営論、組織論が、最新のものも含めて紹介されていて、普通であれば読んでいて"お腹いっぱい"になりそうなところですが、イラストと図解を多用することで、無理なく理解できるよう工夫されています。人事パーソン、ビジネスパーソンとして知っておきたいものが多く、組織論の「今」を知るという意味でもお薦めです。

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前著『LIFE SHIFT』を深堀りした実践編。キーワードは物語・探索・関係。

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LIFE SHIFT2: 100年時代の行動戦略』['21年]

 本書は、『LIFE SHIFT』(2016年/東洋新報社)の著者らによる、前著の"実践編"であるとのことです。前著では、これまでは「教育→仕事→引退」という人生だったのが、長寿化によって、これからは多くのステージへの移行を繰り返し、多様な経験とスキルなどを育んでいくマルチステージの時代になっていくと説いていました。

 本書は、第1部で、テクノロジーの進化と長寿化がどのような変化を生み出し、私たちはそれにどう向き合い、どのような要素を重んじるべきなのかを論じ、第2部では、その要素を軸に、長寿の時代に適応するためにひとりひとりがとるべき行動について論じ、第3部では、企業や教育機関、政府の仕組みがどのような転換を遂げるべきかを指摘しています。

 第1部の第1章では、人工知能(AI)やロボットについて論じ、テクノロジーの進化と長寿化の進展は私たちの生活を改善し得るが、どうすれば長く働き続けられるか、どうすれば建設的な世代間関係を築けるかといった人間的問題は、最終的には人間だけが解決できるものであるとしています。

 第2章では、人生の在り方を再設計し、人間としての可能性を開花させる上で重んじるべき要素として、物語(自分のストーリーを歩む)、探索(学習と変身を実践する)、関係(深い絆をはぐくむ)の3つを挙げ、この3要素に注目することで有効な対処法を導き出せるとして、以下、第2部でそれを実践するための具体的方法を論じています。

 第2部の第3章「物語」では、社会の変化に伴い、自分の人生に意味を与えられる新しいストーリーを紡ぐ必要が出てくるが、それは、年齢や時間、仕事に対する自分の考え方を再検討し、長期化する職業人生や余暇時間の増加などを前提に、人生で様々な選択を行う際の手引きとなるようなストーリーでなければならないとしています。

 第4章「探索」では、いくつもの移行を繰り返しながら長い職業人生を送るためには学び続ける必要があるとして、移行を成功させる方法をどう学ぶか、新しいタイプの移行はそのようなものか、中年期の移行や高齢期の移行を成功させるにはどうすればよいかを説いています。

 第5章「関係」では、長寿化により家族の在り方も多様化し、同時期にいくつもの世代が共存するようになるが、そうした中で純粋な人間関係を構築するにはどうすればよいか、コミュニティとどう関わるべきかを説いています。

 第3部の第6章では、これからの企業の課題は、社員のマルチステージの生き方や幸せで健康的な家庭生活を支援し、学習を促す環境を整備し、年齢差別をなくして高齢の働き手の生産性を維持することであるとしています。

 前著『LIFE SHIFT』を深堀りした本であり、長寿化の進展とテクノロジーの進化の中、個人と社会はどのように行動すればよいのかを説いているとともに、そうした社会の変化に対して企業はどうあるべきかをも説いており、人事パーソンにも薦めです。

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「中央集権」から「分権」への組織論の新たな視点(旧訳の方が読み易かった?)。

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ヒトデ型組織はなぜ強いのか 絶対的なリーダーをつくらない組織が未来をつくる The Starfish and the spider』['21年]『ヒトデはクモよりなぜ強い―21世紀はリーダーなき組織が勝つ』['07年]

 本書では、階層的な指揮命令系統が定められている中央集権的な組織を「クモ型」、権限が分散し階層構造を持たないネットワークの総体を「ヒトデ型」とし、「ヒトデ型」を「ヒトデ型」たらしめるものは何で、「ヒトデ型」を有効に機能させる要素は何かの解明を試みています(本書は、'07年刊行の『ヒトデはクモよりなぜ強い―21世紀はリーダーなき組織が勝つ』(日経BP社)の14年ぶりの新訳となる)。

 第1章では、MGMなどのレコード会社が違法なダウンロードをユーザーにさせるP2Pサービス会社を排除できなかった事例を、スペイン軍がアパッチ族を制圧できなかった事例に照らして分析し、「分権型組織は攻撃を受けると、より一層開かれた状態となり、さらに分権化の度合いを強める」(第1の法則)としています。

 第2章では、インターネット登場時に初めてそれに接した人が、インターネットの社長は誰かと問うたように、「ヒトデはクモと間違えやすい」(第2の法則)ものであり、「開かれた組織では、情報は中央に集中せず、組織全体に分散している」(第3の法則)、「開かれた組織は容易に変化させられる」(第4の法則)、「分権型組織はこっそり近づいてくる」(第5の法則)、「業界内で分権化が進むと、業界全体の利益が減少する」(第6の法則)としています。

 第3章では、ウィキペディアを例に、「人は開かれたシステムの中に身を置くと、無意識のうちに貢献しようという気になる」(第7の法則)とし、第4章では、分権型組織の5本の足(基本要素)は、①サークル、②触媒、③イデオロギー、④既存のネットワーク、⑤推進者であるとし、第5章では、そのうちの「触媒」に必要なものを挙げています。第6章では、「中央集権型組織は、攻撃されると、より一層集権化する傾向にある」(第8の法則)がこれはうまくいかないとし、ヒトデによる侵略に対抗する具体的な戦略を挙げています。

 第7章では、純粋にヒトデ型でもクモ型でもない、ハイブリッド型組織というものもあり、ハイブリッド型組織には、①カスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)を分権化させた中央集権型企業、②中央集権型企業が事業の内部構造を分権化するというパターンの2種類があるとしています。第8章では、企業はどの部分を分権化するか、分権の「スイートスポット」を追い求めるべきだとしています。第9章では、これまでのまとめとして、今日の企業競争には新しいゲームのルールが誕生しているとして、規模の不経済、ネットワーク効果など10のルールを挙げています。

ヒトデ型組織はなぜ強いのか3.jpg 本書では権力分散の成功例が豊富に紹介されていますが、今日において活発に活動している企業の多くが、はっきりした命令系統のある組織でありながら、サービスや経営に権限分散の要素を取り入れた「ハイブリッド型」であり、社内で一貫性を保ち、きちんと管理するには集権型のマネジメントが必要だが、人々が創造力を発揮しやすいのは、秩序よりも柔軟性を重んじる分権型の環境であることも示唆しています。組織論に新たな視点を提供しているという意味で、一読をお薦めします。

 ただ、個人的には、重要箇所が太字ゴシックになっていた旧訳の方が読み易かったかもしれません。例えば、第7章でのハイブリッド型組織の2タイプの紹介で、1種類目と1種類目の紹介の間に15ページ近く間隔がありますが、要約部分が特に太字ゴシックになっているわけでもなく、これでは2タイプの説明の位置関係が分かりにくいのではないかという気がしました。ハードカバーからソフトカバーになったのはともかく、そうしたところは手を抜かないで欲しかったように思います(旧訳★★★★☆に対して、新訳★★★★)

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本書で言う「日本型ジョブ型雇用」は「職務等級制度」と同じではないか。

日本的ジョブ型雇用2.jpg日本的ジョブ型雇用.jpg 『日本的ジョブ型雇用』['21年]

 ジョブ型雇用の本質とは何であり、日本の企業風土・雇用慣行と親和性の高いジョブ型の仕組みとはどのようなものか、転換へのさまざまなハードルをどう克服するかなどを説いた本です。第Ⅰ部がョブ型の制度に関する理論編、第Ⅱ部が有識者と執筆陣のディスカッション、第3部が企業事例編になっていますが、やはり読みどころは第Ⅰ部になるかと思います。

 第1部の第1章では、いま、なぜ、ジョブ型雇用なのか、導入の目的と何が期待されるかを述べるとともに、メンバーシップ型の利点を残すなどした「日本型ジョブ型雇用」を提唱し、移行に向けた課題を整理しています。

 第2章では、ジョブ型を巡る議論の混沌はなぜ生まれるのかを考察し、ジョブ型人材マネジメントのエッセンスとして、①事業とポジションの連動、②職責と処遇の連動、③職務とキャリパスの連動、④国内とグローバルの連動の5つを挙げて、日本企業のジョブ型人材マネジメントの「基本形」を示しています。

 第3章では、著者らの研究所が行ったアンケート調査の結果を定量分析することで、ジョブ型導入企業についての企業行動や業績との関連を分析しています。

 第4章では、企業内でジョブ型人材マネジメントを構築する際に、経営理念から事業戦略、人材戦略、さらに具体的な運用をどう進めるか、そのプロセスを解説するとともに、富士通、リクルート、トヨタ自動車といった大企業の導入事例を紹介しています。

 第5章では、ジョブ型人材マネジメントを構築した後の運用面について述べ、転換後に起こり得る事象を具体的に指摘しながら、制度運用を誤らないようにするにはどういった施策が効果的であるかを解説しています。

 第6章では、人材マネジメント改革における経営と人事の役割を説き、第7章では、社員側から見て「ジョブ型雇用」の時代に個人はどう働くべきか、また、企業側から見た教育と人材育成の在り方を提言しています。

 本書では、「日本型ジョブ型雇用」に移行する際の最初の課題は、ジョブ型職種の職務価値を定め、その価値の大きさ(ジョブサイズ)に応じてグレード分けすることであるとしています。これは、職務主義、職務等級制度とほぼ同じ意味であり、「ジョブ型」というのはキャッチフレーズであるように思いました。したがって、それに続く「報酬の見直し」も、職務給制度の導入ということと同じであるように思います。

 かつて職務等級制度を導入しようとして、せっかく作成した職務記述書(ジョブディスクリプション)が仕事の変化に追いつけず柔軟性に欠けたために、柔軟な運用が可能な「役割等級制度」を選択した企業も多かったように思います。一方で、従前の「職能資格制度」及び職能給を維持する選択をしたところもあるかと思います。

 職能資格制度のままであったり、役割等級制度における役割の定義が曖昧であったりしたために年功的な処遇から脱し切れていない企業の人事担当者にとっては、もう一度、職務主義の原点に立ち返るという意味で、本書を読んでみるものよいかと思います。

 ただし、個人的な感想を言わせてもらえば、これは職務等級制度、職務記述書の復活を説いた本であり、それほど新しいことを述べているものではないように思いました。その割には、かつて日本企業でジョブディスクリプションが機能しなかったことへの言及が(事例などでは一部触れられているが)やや弱いように感じられました。

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ブラック企業を辞められない人に再考を促す本だが、人事パーソンにとっても極めて啓発的。

ブラック職場があなたを殺す.jpg ブラック職場があなたを殺す2.jpg  社員が病む職場、幸せになる職場.jpg   Dying for a Paycheck.jpg
ブラック職場があなたを殺す』['19年]『社員が病む職場、幸せになる職場 スタンフォードMBA教授の警告』['21年]『Dying for a Paycheck: How Modern Management Harms Employee Health and Company Performance―and What We Can Do About It』['18年]
社員が病む職場、幸せになる職場3.jpg 本書は、スタンフォード大学ビジネススクール教授で、『人材を活かす企業』などの著作で知られる著者が、職場のストレスはどうやって解決できるかという問題に取り組んだものです(原題:Dying for a Paycheck「給料のために死ぬ」)。2021年には『社員が病む職場、幸せになる職場―スタンフォードMBA教授の警告』と改題されて文庫化されました。

 第1章では、健康な行動は健康な職場から生まれるとし、経営者には選択肢があって、それは、従業員の心身の健康と幸福を重視する方針を掲げ、それによって従業員の医療費、欠勤、労災を減らし、労働意欲や生産性を高める選択肢と、従業員を病気や死に追いやる職場環境を、意図的または無知ゆえに創出または放置すろ選択肢だとしています。

 第2章では、解雇、無保険、シフト勤務、長時間労働、雇用の不安定など10種類の職場ストレス要因を挙げるとともに、それらストレス要因が超過死亡数や医療費に及ぼす影響を統計的に分析しています。この中で「無保険」が、解雇や雇用不安定を上回って超過死亡数の最重要要因となっているのは、米国ならではでしょう。

 第3章では、解雇や雇用不安定が健康に及ぼす影響を分析し、人員削減で企業業績が上向くという統計的証拠はなく、企業は安易に人員削減やレイオフをするべきではないとしており、このあたりの著者の主張は、『人材を活かす企業』から一貫しています。

 第4章では、長時間労働、仕事と家庭の両立困難などについて考察しています。ここでは、日本における「過労死」に言及し、長時間労働が起きる要因を労働者側と企業側の双方から分析しています。また、仕事と家庭の両立が困難となる原因を分析する一方、ワーク・ライフ・バランスに配慮している企業例を紹介しています(米国は日本より両立のプレッシャーが強いのかも)。

 第5章では、健康な職場を支える二大要素として、「仕事の裁量性」と「ソーシャルサポート(困ったときに周囲の助けを得られること)」を挙げています。仕事の裁量性が健康に影響するのは、それが仕事満足度に繋がるためであるとし、また、ソーシャルサポートが自然に生まれる環境づくりをしている企業は、社員を大切にする文化を育んでいるとして、その事例を紹介しています。

第6章では、健康によくない職場で働く人々が、そうとわかっていて辞められない理由を分析し、生計維持のため、有名企業であること、辞める気力が残っていないこと、力不足だと思われたくないことなどを挙げており、 そうしているうちに異常がいつしか正常になってしまう危険性を説いています。

 第7章では、まとめとして、変えられること、変えるべきことは何かを考察し、企業や社会は産業心理学などの手法を活用して従業員の健康と幸福を計測し、社会は「社会的公害企業」を公表する一方、好ましい企業は表彰するなどすべきであるとしています。

 本書に一貫しているのは、従業員の健康と企業の利益は両立するという考えであり、人間の健康と幸福は企業経営においても最も重視されるべきものであるという主張です。直接的には、ブラックな職場だとわかっていながら会社を辞められない人に再考を促す本と言えますが、実証的・理論的であり(とりわけ心理学的側面からの分析に説得力がある)、人事パーソンにとっても少なからず啓発される要素の多い本だと思います。

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「ジョブ型雇用」について理解でき、「同一労働同一賃金ガイドライン」の謎も解明。

ジョブ型雇用社会とは何か1.jpgジョブ型雇用社会とは何か0.jpgジョブ型雇用社会とは何か.jpg
ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機 (岩波新書 新赤版 1894)』['21年]

 著者の前著『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』(2009年/岩波新書)で提起された「ジョブ型」という言葉は、今や世に広く使われるようになりました。しかしながら著者は、昨今きわめていい加減な「ジョブ型」論がはびこっているとして、本書では、改めて「ジョブ型」「メンバーシップ型」とは何かを解説するとともに、日本の雇用システムの問題点を浮かび上がらせています

 序章で、世に氾濫するおかしなジョブ型論を取り上げ、とりわけ、ジョブ型を成果主義と結びつける考え方の誤りを指摘しています。第1章では、ジョブ型とメンバーシップ型の「基礎の基礎」を解説し、続いて第2章から第6章にかけて、採用と退職、賃金、労働時間、非正規雇用、集団的労使関係という各領域ごとに、メンバーシップ型の矛盾がどのように現れているかを分析し、解決の方向性を探っています。

 特に印象に残ったのは、第2章の「採用」のところで、日本型雇用システムにおいて採用差別という概念が成立しにくいのは、それだけメンバーシップ型の採用が自由度が高いためであり、それをジョブ型の採用にすると日本型の採用の自由を捨てることになるが、ジョブ型をもてはやしている人の中に、その覚悟がある人がいるようには思えないとしている点でした。

 また、第3章の「賃金」のところで、1990年代から2000年代にかけてブームになったものの失敗に終わった成果主義を、もう一度今度は成果を測定するジョブを明確化することで再チャレンジしようとしているのが2020年以来の日本版ジョブ型ブームではないかとし、その目的は成果主義によって中高年の不当な高給を是正することにあり、本来のジョブ型を実践する気は毛頭ないのだとしているのもナルホドと思わされました。

 さらに著者は、同一労働同一賃金の政策過程の裏側を探り、日本版同一労働同一賃金を"虚構"であると言い切っています。安倍政権の政策に携わる中で、それを日本でも可能だとした労働法学者・水町勇一郎氏(東大教授)の真意は、正社員の職能給をすべて職務給に入れ替えるのではなく(それにはかなり困難)、せめて非正規労働者の(職務給的)賃金を正社員の職能給に統一しようとしたのではないかとしています(確かに「同一労働同一賃金ガイドライン」は能力給、成果給、年功給のケースを書いているが、職務給については触れていない)。

 しかし、結局は、ガイドライン策定の過程段階で、基本給の項の最後に、雇用形態によって賃金制度が異なることを前提とした「注」付け加えられることになり、実はこの「注」の部分こそが、圧倒的多数の企業に関わりがあるとしています。この点については、学習院大学の今野浩一郎名誉教授も、『同一労働同一賃金を活かす人事管理>』(2012年/日本経済新聞出版)の中で、ガイドラインの中で最も重要なのはこの「注」であり、先にこれをもってくるべだとしていました。

 今野教授は「ジョブ型雇用の亡霊」がまた現れたといった表現をしていましたが、本書はどちらかというと「ジョブ型」を正しく読者に理解してもらうことに注力しているように思いました。「ジョブ型」というものに対して人事の現場が何となく抱いている疑念を整理し、すっきりさせてくれる本であり(ついでに「同一労働同一賃金ガイドライン」の「謎」(笑)も解明してくれる)、人事パーソンにお薦めします。


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人事マネジメント用語についての知識が得られる本。図鑑形式で読みやすい。

人材マネジメント用語図鑑00.jpg人材マネジメント用語図鑑2021.jpg 『人材マネジメント用語図鑑』['21年]

 人や組織、マネジメントの実務を巡って、毎年のように新たな流行語が登場しますが、経営学の研究者らによる本書は、新しい考え方が出てくる度に、読者に手に取ってもらい「関連する研究知見はないか」と探してもらうことで、流行に対して冷静な目を持ってもらうことを企図したものとのことです。

 多くのビジネスパーソンには学術論文を日常的に読む習慣がなく、他方で、経営学の実証研究を網羅的に紹介したビジネス書も少ないという実状を背景に、ビジネスパーソンが気軽に手に参照できるよう、図鑑の形式を用いて、文章の量は少なくし、視覚的に読者の理解をサポートするような構成にしたとのことです。

 まず人事マネジメント関連の重要キーワードを挙げ、キーワードごとに定義や研究概要、研究知見などを解説していくというのが大まかな構成です。また、関連する主要な研究者をキーワードごとに2名ずつ紹介していて、それらは本書の裏表紙にも一覧化されています。

 2部構成の第1部「人材編」で「目標設定① 目標設定理論」から「フィードバック」まで11のキーワードを、第2部「組織編」で「組織社会化」から「組織学習」まで13のキーワードを取り上げています。全体で24とそれほど数は多くないですが、それら個々を深堀りして解説していく中で、関連するキーワードや人事施策・制度を紹介し解説しているため、情報量としてはかなり多くなっています。

 「用語事典」と異なるのは、このようにテーマごとに体系化されている点です。学究に基づく体系的な知識や理論となると、研究者や学生ならともかく、一般の読者にはやや縁遠くなりがちなところを、すべてのページにイラストまたは図表を配してわかりやすく解説しているため、著者らが意図したように、多忙なビジネスパーソンであってもとっつきやすいものとなっています。

 キーワードに関連する用語では、例えば冒頭の「目標設定理論」のところでは「ノーレイティング」や「バリュー評価」といった比較的新しい用語も取り上げ解説されていますが、以前から使われている用語にせよ最新の用語にせよ、ファクトチェックにこだわっているのが特徴であり、オリジナルの参考文献を巻末に数ページにわたり挙げています。一方で、人事制度などは、実際に使われているものを多く紹介していて、実務に密着したものとなっています。

 キーワードの選び方や解説については、著者の一人が心理学が専門であることもあってか、「自己効力感」や「モチベーション」といったところが非常に丁寧に解説されていたように思います。読者によっては、「あの用語がないのはなぜ」と思う人もいるかもしれませんが、「用語事典」というよりは「参考書」として読んだ方がいいと思います。

 冒頭からでも読めるし、どれかキーワードを選んで読んでもよいようになっています。人事パーソンにとっても、人材マネジメント用語について、その定義や発祥から、正しい使い方や適用範囲を知ることができ、さらに、さまざまな理論の知識が得られる本であるかと思います。

 紹介されている人事施策や制度などについては、すぐに使えるものもないことはないですが、どちらかといえば1つのサンプルとして捉えた方がよいものが多かったように思います(人事制度の紹介事例といのは、だいたいそういうものですが)。そうしたことを前提としながらも、人事パーソンにはお薦めできる本かと思いました。

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ウィズ&アフターコロナ時代の人事の現況&見通しを俯瞰するのにテキスト的に手頃。

働き方ネクストへの人事再革新.jpg 『働き方ネクストへの人事再革新』['21年]

 本書は、新型コロナウィルス感染症の蔓延とその対策のなかで、雇用・人事の現下の状況はさながら「人事事変」とでも呼ぶような局面にあるとの前提に立ち、雇用・人事の「いま・ここ」を俯瞰するとともに、次世代の働き方と人材マネジメントの「これから」を予測し、そのあるべき姿を提示しようとしたものです。

 第1章で、新型コロナ禍による強制的なリモート環境で雇用・人事がどのように変わったかを、統計や企業事例を交えて俯瞰し、第2章では、そうした今、従来の「日本型雇用」からの脱却は不可避であり、(成し遂げたい目的を明示し行動する)「パーバス・ドリブン経営」へのパラダイム・シフトが起きているとしています。また、「ジョブ型雇用」とは何かを説き、改めて職能資格型・職務等級型・期待役割型という人事の3つのバリエーションとそれぞれの強み・弱みを解説した上で、ジョブ型雇用を取り入れる際の留意点を挙げています。

 第3章では、リモートワーク・マネジメントを機能させるにはどうすればよいか、オンライン会議の常設など4つのポイントを挙げています。さらに、リモートワークに紐づけてジョブ型と併せて話題となる「成果主義」について、その正しい定義を示し、成果主義は結果主義とは異なるとする一方、導入に際しては「払拭しがたい年功意識」からの脱却を説いています。また、企業は今後、リアル・オフィスとリモートワークのベストミックス(ハイブリッド)を模索していくだろうとし、そうしたなかオフィスの役割や人々の働き方はどう変わっていくかを予測しています・

 第4章では、1on1ミーティングのブームの背景を分析し、1on1ミーティングに話し合うべきテーマを挙げるとともに、「心理的安全性」の確保の重要性を説いています。また、「アジャイル(俊敏な)人事」や「リアルタイム・フィードバック」とは何かを解説し、個人の行動変革と成長を促し、組織成果を最大化する「パフォーマンス・ディベロップメント」という概念を紹介するとともに、1on1を加味したパフォーマンス・ディベロップメントの例を紹介しています。

 第5章では、これからの時代のマネジメントとリーダーシップの在り方をテーマに、「感情的知性(EI)」を開発して仕事に活かす方法や、心理的安全性を確保して「恐れのない」組織をつくることを説いています。また、状況対応型リーダーシップなど従来型のリーダーシップ理論の活用方法に加え、リーダーはメンバーの「安全地帯」になるというセキュアベース・リーダーシップや、すぐれたリーダーは「謙虚」なものであるというハンブル・リーダーなど、比較的新しいリーダーシップ理論も紹介しています。さらに、令和型上司はコーチ型上司を目指すべきであるとしています。

 第6章では、HRM → SHRM → タレントマネジメンと変遷してきた人材マネジメントはさらに進化し、2020年代にはデータ化しにくい社員個々のソフト面に配慮した「ピープル・マネジメント」が主流を占めるようになるだろうとしています。また、これからのコア人材の鍛え方を説くとともに、これからの社会は「企業中心社会」から「個人中心社会」になっていくだろうとしています。

 タイトルに「再革新」とあるように、読んでいて、過去にもあったようなトピックが、言葉を変えて再び注目されていたりもすることもあるように思いました。言葉に振り回されるのも良くないですが、人事パーソンとして知っておくべき言葉を知らないのもどうかというのもあります。そうしたことも含め、ウィズコロナ時代の人事の現況や、アフターコロナ時代の人事の見通しを俯瞰する上で、テキスト的に手頃と言うか、丁度いい本であるように思いました。

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育成の現場が抱える諸問題を具体的にイメージしながら対応法が学べる。

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事例で学ぶOJT-先輩トレーナーが実践する効果的な育て方』['21年]

 すぐにふて腐れる人にはどう対応するか?「この仕事、意味あるんですか」と言われたら? 本書は、OJTトレーナー研修に長年携わってきた著者が、マネジャーやリーダー、新入社員自身、さらにはOJTトレーナーから見聞きした様々な育成事例を、「悩みのあるある」と「アドバイス」という67のQ&A形式にしてまとめたものです。

 第Ⅰ章では、OJTトレーナーの役割を説いていますが、OJTトレーナーにふさわしい年齢はあるのかといった問いが興味深かったです。また、OJTトレーナーにも成長目標を設定することを推奨しています。第Ⅱ章では、OJTトレーナーが周囲の協力を上手に得るにはどうすればよいかを述べるとともに、新人に残業させるかなどの方針も決めておくのがよいとしています。

 第Ⅲ章では、新入社員がうれしいこと、戸惑うことは何か、新入社員に信頼されるOJTトレーナーになるにはどうすればよいかを説いています。第Ⅳ章では、新入社員への業務の教え方と質問への対応の仕方について述べていますが、同じことを何度も聞いてくるような場合はどうしたらよいかなどについても答えています。

 第Ⅴ章では、コミュニケーション力、「報連相」といった社会人としての基本を学ばせるにはどうすればよいかを説き、価値観や「マインド」をどう伝えるか、気働きをどう教えるかといったことまで指南しています。第Ⅵ章では、経験学習をどう生かすか、失敗経験から学ばせるにはどうすればよいか、さらには、仕事にやりがいを感じてもらうための工夫などについて解説しています。

 第Ⅶ章では、仕事の取り組み方をどう教えるかを説くとともに、優先順位をつけた段取りができない、言われたことしかやらないといった場合の対処法を解説しています。第Ⅷでは、新入社員との1on1ミーティングのやり方について解説し、配属先に不満を漏らす場合や、同期と比べて焦っている時はどうすればよいか、成長を自覚させるにはどうすればよいかを説いています。

 最後の第Ⅸ章では、フィードバックに際して、上手な褒め方とはどのよなものか、「褒める」と「だめ出し」どちらが効果的かなどを解説し、注意をすると笑ってごまかす人への対処法なども示しています。
 
 新人を成り行き任せで現場に放り込み、雑用係から鍛えるというのは、「OJTという名の放置主義」との批判もある通り今やアウトであり、きちんと「育成計画」を作成して、トレーナーが不在でも周囲がサポートできるよう「方針」を共有することが肝要であると(第Ⅱ章)、改めて思いました。

 新人に早く職場になじんでもらうための「オフィスツアー」や、コミュケーソンを促す「お菓子コーナー」など、さまざまなアイデアや工夫が紹介されており、職場にいる「一癖ある人(要注意人物)」の情報は伝えておくべきかなどといった興味深い問いもあります(第Ⅲ章)。また、就業時間内に「OJTタイム」を組み込む(第Ⅳ章)というのも、ポイントではないかと思いました。

 OJTトレーナー制度は、新人を育てる過程でその育成に携わるOJTトレーナーの能力開発にも効果があることから、多くの企業が取り入れていると思われますが、OJTトレーナーに対する研修がどの水準まで行われているかは企業によって差があるように思います。

 本書は、事例ベースでの解説であるため、多くの事例を通じて新人育成の現場が抱える諸問題を具体的にイメージしながら対応法が学べる実務書であり、マネジャーやリーダーにとっての後輩指導の手引き書として、また、人事的には、OJTトレーナー研修の副読本などとしてお薦めです。

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「全員戦力化」に必要な組織力をどう高めるかを説く。「過程の公平性」という考え方に関心を持った。
全員戦力化.jpg全員戦力化2021.jpg
全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』['21年]

全員戦力化3.jpg 本書は、日本企業が抱える最も大きな人材問題は「人手不足」であり、社員全員を戦力化する必要があるが、それには組織力を高めるためのマネジメントが重要になるとし、そのために何をすべきかを論じています。

 第1章では、戦略人事とは企業目的の達成のために人事を行うことであり、数多くの経営環境の変化が起きている今、不足しているのは人手ではなく人材であって、多くの企業が人材不足に陥っている可能性があるとし、そこでとるべき人事戦略は、「全員戦力化」とでも呼ぶべきものとなるとしています。

 第2章では、「全員戦力化」のために必要なのは組織力であるとし、「組織力開発」の重要性を説いています。第3章では、職場に宿る組織力として、「協働」「人材育成」「所属」「同質化」の4つを挙げ、組織が弱体化するときにはどのような兆候が見られるか、特に危うい職場の人材育成とは何かを論じています。第4章では、従業員が働きがい・働きやすさを感じる組織とは何かを考察し、働きがいの根幹には達成感と成長感があり、働きやすさについては、個の尊重であるとしています。

第5章では、ダイバーシティおよびダイバースな人材を活用するインクルージョンという考え方は、全員戦力化において重要であるとし、インクルージョンの3要素として、①意見を表明しやすい職場、②組織文化や組織風土、③一段上の目標の共有、の3つを挙げています。

 第6章では、組織力としてのミドルにフォーカスし、ミドルは強い組織の礎であるが、環境の変化などによりミドル育成機能はいま低下しており、ミドル対象の研修に頼らない組織的な対応が求められているとして、その重要ポイントとして、①コンピテンシーまたは行動レベルのミドルの役割明確化、②組織図の修正、③フォロワー育成への投資、の3つを挙げています。

 第7章では、チームにフォーカスし、いま企業経営で構築され、活躍が期待されるチームとは、①多様化、②期待される成果・目標。③チーム内コミュニケーションという面で従来のチームの概念から変容しつつあり、こうしたチームを活用する組織力強化のカギとして、①ダイバーシティからインクルージョンへの進化、②心理的安全性、③個を自立させる組織の確保の3つを挙げています。

 第8章では働き方改革について、働く人が個々の事情に応じて、多様で柔軟な働き方ができるようにすることは、「全員戦力化」の考えにも一致するとした上で、「同一労働同一賃金」が意味するものは何か、法が求める衡平原則の課題と、組織力としての公平性を確保する施策を述べています。第9章では、従業員エンゲージメントとは何か、働く人のココロをつかむには何が必要かを論じています。

 最終章では、コロナウィルス感染拡大が要請する組織と人材の革新とは何かを述べていますが、この最終章のみが書き下ろしで、第1章から第9章までは、日本経済新聞などに掲載された既出の論考をもとに加筆・アップデートしたものであるとのことです。経営者・管理職をも読者として想定しているため、それぞれの章が、テーマごとに概論になっている印象があり、著者自身も述べているように、「全員戦力化」という課題について、方法論までは議論できていないような印象を受けました。それでも、インクルージョン、ミドル育成機能強化、チームの活用、働き方改革など、どこに焦点を当てればよいかということについては把握できると思われ、著者身の主張にぶれがなく一貫性のある内容であると思います。 

 個人的に印象に残ったのは第8章で、同一労働同一賃金法制が求める衡平原則は、誰と誰を比較するのか、何を比較の基準とするのか、どこまでの格差が許容されるのかの3点について合理性の判断に関して曖昧さが大きいとの問題点を指摘しつつ、公平性を確保し、企業運営もスムーズに進める方法として、「過程の公平性」と呼ばれる考え方を紹介している点です。これは「手続きの公平性」「手続きの平等性」などと呼ばれることもあり、一般的にいえば、評価の手続きや基準の公開、上司との話し合い、苦情処理システムの整備などによって、従業員がもつ公平感を高めようという考え方で、目標管理制度の導入や評価結果の本人への開示などは、その代表的な施策となるとのことです。

 法的要請を超えた人事管理にとっての同一労働同一賃金とは何なのか、同一労働同一賃金の考え方を活かす人事施策とは何なのかを、ひとりひとりの人事パーソンが考えていかなければならない時代が今なのかもしれないと思わされました。

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ストーリー仕立てで読みやすい。初学者に限らず、人事パーソンにお薦め。

労働法で企業に革新を.jpg労働法で企業に革新を2021.jpg
労働法で企業に革新を』['21年]

 日本酒の取次・販売をメインとする豊夢商事は、正社員150名、臨時社員55名が働く中堅商社。東京本社のほかに、東京近郊に4つと神戸、新潟に支店がある。社長の中上は、「働き方改革」に向けた改革・変革に意欲的で、彼を外部からサポートするのが、元同社の社員で現在は社会保険労務士でコンサルタントの戸川美智香。社内では、新卒入社で人事部に配属になった東畑も改革に意欲的だが、彼の上司である人事部長の磯谷はやや消極的。それでも社長の一声でDX室が立ち上がり、プロ人材の深谷が室長として入社してくる―。

 本書は、労働法の基本を押さえながら、同一労働同一賃金やDX、テレワークや働き方改革といった「新しい働き方」をめぐる様々なトピックについて、豊夢商事という架空の会社を舞台に、ストーリー仕立てで解説したものです(本書は『労働法で人事に新風を』('16年)のアップデート版とも言える)。

 第1章は2018年12月から始まり、豊夢商事の働き方改革に向けた課題が示される一方、同社の社員から退職して顧問となった戸川美智香のことから、「社員」とは何かということが話題になっており、このあたりは雇用契約の基本でもあります。

 第2章では、2019年3月、新たにDX室長を迎え入れるにあたり、残業代を業務手当で支払うことは可能かという問いから始まって、同一労働同一賃金とは何かという話になり、臨時社員の手当の問題など、同一労働同一賃金関する具体的なテーマに踏み込んでいます。

 第3章は、2020年1月のコロナ禍直前期で、ある事業の子会社化をめぐって、子会社への出向命令に社員はイヤと言えるか? といった、これもまた人事の基本でありながらも、ケースによって微妙な要素の絡む問題を扱っています。

 第4章では、2020年4月のウィズコロナ第1期において、テレワークを導入するにあたり、労働時間管理をどうするか、事業場外みなし労働制は適用できるかといった問題などを扱っています。

 第5章は、2020年7月のウィズコロナ第2期において、テレワークの影響を概観するとともに、ジョブ型、パラレルキャリア、ボランティア休暇、ワーケーションなど、「働き方のニューノーマル」をめぐる様々なトピックについて述べられています。そして、第6章では、2022年のアフターコロナ時代の豊夢商事がどうなっているかを描いています。

 「新しい働き方」をめぐる様々なトピックについて、労働法の基本を解説しながら、ストーリー仕立て話を進めていて、初学者には読みやすいと思います。また、人事パーソンである読者が、近時において経験してきたであろうと思われることも多く含まれているので(会話シチュエーション自体が途中からオンライン会議になっている)、シズル感を持って読めるのではないでしょうか。

 人事として、これからの時代に考えていかなければならないことのいくつかを示してくれるとともに、自分が自覚のないうちに守旧派になってしまうこともあり得るとの危機感も抱かせてくれます。ラストは人事部改革のような話であり、さらにはエンタメ系企業小説のようなエンディングが待ち受けているので、どうぞお楽しみに。

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ジョブ型のもとでの課長の在り方を整理するも、ジョブ型に限らずの話になっている。

ジョブ型と課長の仕事.jpg 『ジョブ型と課長の仕事 役割・達成責任・自己成長』['21年]

 ヘイグループを一部前身とするコンサルティングファーム「コーン・フェリー」の「クライアントパートナー」であるという著者による本書は、ジョブ型人事制度のもとでの課長の役割と仕事とは何か、これまでとは何が違うのか、何を為すべきかについて、体系的に整理したものであるとのことです。

 序章では、ジョブ型雇用雇用の本質とは何かを解説したうえで、ジョブ型雇用の成功のカギは、社員が個性を自覚し、ジョブを選択し、自己の運命に責任を持つこと、換言すれば「自律」と能力開発への自主的な取り組みであるとし、その上で、組織の中核を担う課長級の社員からジョブ型雇用に合った役割と仕事を理解し、行動を変容することが出発点になるとして、
  ①課長は中核管理職である
  ②21世紀のパラダイムを主導する
  ③チームの目標管理を推進する
  ④役に立つスキルを磨く
  ⑤マネジメントの焦点を理解する
  ⑥自らの運命を支配する
の6つの基本を掲げています。

 第1章では、これからの課長がやるべきこととして、
  ①ジョブの意味を正しく理解する (ジョブとは付加価値を生むもの)
  ②ジョブの価値を向上させる  (ジョブは与えられるのではなく、自らつくるもの)
  ③ジョブを実践する原則を知る (7つの原則)
の3つを挙げ、それぞれ解説しています。最後の「7つの原則」とは、
 [第1の原則]2020年代の成功につながるマインドセット
 [第2の原則]トップダウン型目標管理ではなく、自律型目標管理
 [第3の原則]360度型リーダーシップ
 [第4の原則]顧客の創造
 [第5の原則]思考力の錬磨
 [第6の原則]コミュニケーション力の錬磨
 [第7の原則]社会的課題への積極的な関与
であるとのことです。

 第2章では、変えるべきマインドセットとして、
  ①「競争に勝つ」から脱却する (競争志向から顧客志向へ)、
 ②戦略的思考の定義を変える (競争戦略からブルーオーシャン戦略に立ち戻る)
 ③管理者から支援者に変わる (ファシリテーターの役割を担う)
 ④部下ではなくパートナーとして接する (部下から学ぶ)
 ⑤中間管理職から中核管理職に変わる (成果を生み出すプロフェッショナルになる)
の5つを挙げ、それぞれ解説しています。

 第3章では、チームの目標管理をどう行うかについて、
 ①自律的な仕事環境をつくる
 ②作業の棚卸しをする
  ③目標達成に必要なスキルを確認する
  ④ジョブディスクリプションを運用する
  ⑤チームの目標管理を行う
の5つを挙げ、それぞれ解説しています。

 第4章では、チーム運営に必要なスキルとして、
  ①リーダーシップ
  ②共感力を生むコミュニケーション力
  ③問題解決のためにの思考力
の3つを挙げ、それぞれ解説しています。

 第5章では、課長のマネジメントの課題として、
  ①コンプライアンス問題への対応
  ②リスクマネジメントへの対応
  ③ダイバーシティへの対応
  ④SDGsへの対応
  ⑤組織づくりへの対応
  ⑥顧客起点の行動
の6つを挙げ、それぞれ解説しています。

 第6章では、課長の自己成長のための習慣として、
  ①内省の習慣
  ②継続的な学習習慣
  ③定期的なフィードバック習慣
  ④プロジェクトをつくる習慣
  ⑤教養を身につける習慣
  ⑥キャリアビジョンを考える習慣
の5つを挙げ、それぞれ解説しています。

 要約すると、ジョブ型人事制度のもとでの課長には、経営からの待ちの姿勢ではなく、顧客起点から機会を探り、最適なビジネスを自律的に展開すること、問題の発見と解決のための自発的な目標管理プロセスを運営すること、プロジェクトをリードすること、人の育成と同等に自分のキャリアを開発することなどが求められるということを言っているように思います。

 いずれも至極もっともであり、「課長の教科書」としては、さまざまな気づきを喚起してくれる本であると思いました。課長の役割や責任、人材育成や自己成長について、ジョブ型という視点で捉え直そうとする試みかと思います。

 ただし、本書で書かれていることの多くは、「ジョブディスクリプションを運用する」といったようなことを除けば、ジョブ型雇用であるかどうかによらず、以前から言われてきた、または近年よく言われていることであり、今後さらに求められるであるように思いました。その意味で、オーソドックスですが、新味はさほど無いように思いました。

 コーン・フェリーとしては、〈ジョブディスクリプションの必要性〉に持っていきたいのだろうなあ。そのために、協力コンサルタントに、日本企業向けの「課長論」を書かせているようにも思えなくもないです。

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同一労働同一賃金の法的要請を人事管理の観点から解説している点がユニーク。

同一労働同一賃金を活かす人事管理2.jpg同一労働同一賃金を活かす人事管理.jpg
同一労働同一賃金を活かす人事管理』['21年]

同一労働同一賃金を活かす人事管理p.jpg 本書は、同一労働同一賃金の法的要請は人事管理に大きな影響を及ぼすが、人事管理の在り方を決めるものでもないし決めるべきものではないとの考え方のもと、人事管理の観点からすると同一労働同一賃金の法的要請はどう解釈するべきなのか、同一労働同一賃金は、賃金を合理的に決めるうえでどのような意味があるのかを検討し、企業のとるべき非正社員の人事管理・賃金管理の方向を解説したものです。

 第1章「非正規労働者の雇用と賃金」では、非正規労働者の雇用について、労働市場全体における位置やその構成、正規労働者との賃金格差や仕事のレベルなどの実態を統計資料から読み解くとともに、それらを踏まえ、同一労働同一賃金を検討するにあたっての留意点ついて、賞与、退職金など基本給以外の賃金要素と、役職等の高レベルの仕事に就く非正規労働者の基本給を挙げています。

 第2章「同一労働同一賃金の法規制の捉え方」では、パートタイム・有期雇用労働法によって策定された「同一労働同一賃金ガイドライン」を人事管理の観点から読み解き、そのポイントを整理するとともに、人事管理からみたガイドラインに欠ける3つの視点として「賃金の全体性」「賃金の関連性」「市場均衡」の3つの視点を挙げてそれぞれ解説し、その上で、企業が同一労働同一賃金に対してどう取り組むべきか、その基本姿勢を示しています。

 第3章「派遣労働者の同一労働同一賃金」」では、派遣労働者の同一労働同一賃金について、ガイドラインによれば賃金や賃金以外の待遇の決定のルールはどうなるのかを解説し、人事管理からみた賃金決定のポイントを整理しています。

 第4章「同一労働同一賃金のための賃金の基礎理論」では、企業にとっての「あるべき賃金」は多様性を持つが、その多様性を超えた「基本理論」があるとし、人事管理にとっての同一労働同一賃金の意味を解説するとともに、賃金決定の2つの原則としれ、「内部公平性原則」と「外部競争性原則」を挙げ、この2つの原則は緊張関係にあるとしています。

 第5章「制約社員と人事管理」では、同一労働同一賃金を実現するために人事管理は何をすべきであるのか、同一労働同一賃金を考える上で「同一労働同一賃金は人事管理の一部」であるとの視点と、「非正社員は制約社員の1タイプ」であるとの視点の2つの視点を示すとともに、伝統的人事の特徴とその崩壊について述べた上で、人事管理改革の今後の方向性としての「多元型人事管理」のもとでの賃金決定の諸原則を解説しています。

 第6章「総合職の制約社員化と人事管理」では、総合職が制約社員化してきている現状において、正社員の制約社員化における課題と、これからの人事管理の方向を示しています。

 第7章「同一労働同一賃金に応える賃金」では、正社員の賃金の現状と今後の行方、同一労働同一賃金を実現するためのパート社員の賃金、同じく高齢社員の賃金、さらに賞与、退職金、諸手当の同一労働同一賃金について解説しており、パートについては「逆Y字型」の人事管理モデルを提唱しています。

 法律が求める同一労働同一賃金とは何かを人事管理の観点から解説している点がユニークであると思いましたが、それにとどまらず、企業が同一労働同一賃金に対してどう取り組むべきか、その基本姿勢を示した上で、今後の人事管理の在り方や制度策定の方向性まで示している良書であるように思いました。人事パーソンにはご一読をお勧めします。

 後半部分は、前著『正社員消滅時代の人事改革―制約社員を戦力化する仕組みづくり』('12年/日本経済新聞出版社)や『高齢社員の人事管理―戦力化のための仕事・評価・賃金』('14年/中央経済社)に書かれていることとダブったりもしますが、冒頭で、同一労働同一賃金の法的要請はどう解釈するべきなのかということを今回新たに論じた上で、ちゃんと論旨が繋がっていくのは、著者の理論体系がしっかりしているためではないかと思いました。

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本書を読んで自身の労働に関する「教養」に磨きをかけるのもいいのではないか。

教養としての「労働法」入門2021.jpg教養としての「労働法」入門』['21年]

 かつては劣悪な労働環境改善や、長時間労働の是正などのために、近年では同一労働同一賃金、ハラスメントなどへのルールを定めてきた労働法ですが、本書は、海外諸国の制度と比較しながら、労働基準法や労働契約法などが制定された歴史的な背景などから労働法を解説した入門書です。

 序章で労働法とは何かを概説し、また、政令・省令・指針・通達・告示のそれぞれの位置づけや役割を解説しています。ここでは、背後にある価値観が労働法制全体に影響を与えるとしています。第1章では、労働法の歴史と現在を、労働基準法、労働組合法、労働契約法のそれぞれについて解説しています。

 第2章では、日本の「解雇」に関する規制について、諸外国との比較で見えてくる特徴や、日本の解雇規制の歴史と最近の問題点を解説しています。また、採用・内定・試用期間、有期労働契約のルールも解雇規制の延長で考えると理解しやすいとし、さらには「解雇」規制を表の規制、「配置転換」を裏の規制と捉えると、強大な配転命令権がなぜ生まれたのかが見えてくるとしています。

 第3章では、多様な雇用の在り方とそれらを取り巻く法制度について解説しています。まず、労働者とは誰か、労働法の保護を受ける者について解説し、職業紹介や労働者派遣についても説明しています。さらには、正規雇用・非正規雇用との関連で、「同一労働同一賃金」改革に関する法改正のポイントを整理し、高齢者雇用についても、日本の特徴と法施策について述べています。

 第4章では、労働時間と有給休暇について扱っています。ここでは、なぜ「8時間労働」や「週5日勤務・週休2日制」が世の中のスタンダードになったかを歴史的経緯から解説するとともに、年次有給休暇の起源とそれがどのように発展してきたかを述べており、興味深く読める章となっています。

 第5章では、労働環境をテーマとし、セクシャル・ハラスメント、パワーハラスメントについて、これまでの経緯と現在の法規制の内容、今後の課題を諸外国との比較において述べています。また、安全配慮義務の法規制の成り立ちや変容についても解説しています。

 第6章では、懲戒ルールについて、懲戒処分はどこまでできるかを考察し、第7章では労働組合について、現代的労働組合と「不当労働行為」などの関連する概念について再整理しています。

 本書では、「役に立たない知識が役に立つ」と考え、労働法を考える上でヒントになる情報を盛り込んだとのことです。確かに、労働法の歴史を学ぶことや、諸外国の制度と比較しながその特徴を知ることは、これまで当たり前と思って受け入れていたことについて、また別の視点を提供してくれるものであるように思いました。

 法改正をひたすら追いかけ、その対応に追われるばかりが人事パーソンのあるべき姿ではないことは明白であり、労働法の現在や将来に対して、自分なりに見識や展望を持つということも大切ではないかと思われます。本書を読んで自身の労働法に関する「教養」に磨きをかけるのもいいのではないでしょうか。

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ユーモアに助けられて肩が凝らずに読み通せるリーダーシップの「教科書」。

ゼロから考えるリーダーシップ2021.jpgゼロから考えるリーダーシップ』['21年]

 本書は、企業組織の研究を心理学と経営学の両方から研究してきた著者によるリーダーシップの「教科書」であり、マネジャーとリーダーはどう違うのか、リーダーシップはカリスマや積極的な人だけのものなのか、リーダーは何を考えているのか、といったリーダーシップにまつわるさまざまな疑問に答えながら、リーダーシップ理論の体系とその中身を解説しています。

 まず、第1章で、リーダーシップとは何か、第2章で、リーダーとマネジャーの違いは何か、第3章で、マネジャーとして、リーダーとして必要な素養とはそれぞれどのようなものかを解説しています。第4章では、トヨタグループへの調査結果と照合させながら、学術上、リーダーシップの3要素として、業務を担うリーダーシップ、人間関係を担うリーダーシップ、変革を担うリーダーシップがあることを紹介しています。

 続いて第5章では、マネジメントやリーダーシップは本当に組織で役に立っているのかを調査から分析し、リーダーシップとマネジメントはともに組織に不可欠だが、それを両立させる黄金比は3:1であるとしています。つまりポジティブ(リーダーシップ)とネガティブ(マネジメント)の比率バランスが3:1であることが理想であるという、「3:1の法則」を提唱しています。

 第6章では、リーダーシップ理論のビッグファイブ・パラダイムとして、①特性理論、②行動理論、③条件適合(コンティンジェンシー)理論、④リーダー・メンバー交換関係(LMX)理論、⑤変革型理論の5つがあるとして、それぞれを解説しています。この章はとりわけ、読者のリーダーシップに関する"理論武装"に資するであろう章となっています。

 第7章では、リーダーシップと脳の機能の関係を解説し、業務志向・対人志向の2要素と未来志向・現在志向の2要素の掛け合わせから、業務遂行型リーダーシップ、チームワーク型リーダーシップ、ビジョン型リーダーシップ、育成型リーダーシップという4つのリーダーシップと、それに呼応する、ゲームリーダー、チームリーダー、イメージリーダー、ドリルリーダーという4タイプのリーダー像を示しています。

 第8章では、リーダーシップはどうすれば育成できるのか、知識と経験でリーダは育つのかを考察し、第9章では、リーダーにとって対話が持つ意味は何か、対話がもたらすリーダーシップの効果について解説しています。

 第10章から11章にかけては、リーダーにとってビジョンとはどういうことかを述べ、リーダーの器はビジョンで決まるとし、ビジョンはどうすれば鍛えられるのかを解説しています。

 第12章では、リーダーには集団を引っ張るリーダーだけではなく、従者(サーバント)として集団を支えるリーダーや、リーダーシップをメンバーと分かち合うリーダー(シェアド・リーダー)もいるとしています。その上で、最終章の第13章では、日本型リーダーシップの本質とは何かを考察しています。

 しっかりした内容で、リーダーシップの歴史を踏まえつつ、最近のトレンドも押さえた本であったと思います。前提としてリーダーシップをマネジメントと峻別する立場に立っていること、リーダーシップの解説においてポジティブ心理学の知見などが織り込まれていることなどが特徴的です。

 ともするとガチガチに固いテキスト本になりがちな内容であるにも関わらず、随所にアニメ等にまつわるネタなどをギャグ的にを織り交ぜているため、そうしたユーモアに助けられて固さが緩和され、肩が凝らずに読み通せるのも、類書にはない特長かと思います。リーダーシップ理論について初学者が入門書として読むのもいいし、ベテランが復習のために読むのもいいと思います。

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リフレクションについての気づきを与えてくれるが、実践はまた別か。

リフレクション図1.jpgリフレクション2021.jpg
リフレクション(REFLECTION) 自分とチームの成長を加速させる内省の技術 オリジナルフレームワークPPT・PDF特典付き』['21年]

 本書では、リフレクションとは、自分の内面を客観的、批判的に振り返る行為であり、「内省」という言葉が最も近いとしています。リフレクションの目的は、あらゆる経験から学び、未来に活かすことであるとし、このスキルを応用していくことで、自分自身だけでなく、他者への理解を深めて成長を促進したり、組織をまとめるリーダーシップを育んだりすることができるとしています。本書は、そうしたリフレクションスキルを身につけるための基本メソッドを紹介したものです。

 第1章では、リフレクションの質を高めるメタ認知のフレームワーク「認知の4点セット」(意見・経験・感情・価値観)と、リフレクションの基本となる5つのメソッド(自分を知る・ビジョンを形成する・経験から学ぶ・多様な世界から学ぶ・アンラーンする)を紹介しています。この章は、本書の"読みどころ"になるかと思います。

 第2章は「リーダーシップ編」であり、メンバーの主体性を引き出すチーム型リーダーになるには、リフレクション(認知の4点セット)をどう活用すればよいかを説いています。ここでは、ぶれない軸をつくるリフレクション、自分自身のモチベーションを高めるリフレクション、感情を上手に扱うリフレクション、思考の柔軟性を高めるリフレクション、対話力・傾聴力を高めるリフレクションなどを紹介しています。

 第3章は「育成編」であり、自立型学習者を育てるにはどうすればよいか、部下育成にリフレクションを活用する方法を紹介しています。ここでは、先に述べた5つのメソッドを自分だけでなく他者にも応用することを説くとともに、自分の頭で考える力を育むにはどうすればいいか、信頼関係を構築するにはどうすればよいか、相手の強みを引き出したり成長を支援するにはどうすればようか、などを解説いています。

 第4章は「チーム編」であり、どのように他者と協働(コラボレーション)するかを説いています。ここでは、組織のパーパス(目的)・ビジョン(ありたい姿)・バリュー(組織文化)の定義にも認知の4点セットを活用することを推奨するとともに、ビジョンを浸透させるにはどうすればよいか、多様性を価値に変えるにはどうすればよいか、などについても認知の4点セットから説明し、最後に、ピーター・センゲが提唱した「学習する組織」を作るための5つの規律(ディシプリン)を紹介しています。

 著者自身が「学習する自立型組織を目指す人のためにハウツー本」として執筆したと述べているとおり、本書におけるリフレクションの基本となる5つのメソッドは、ピーター・センゲの「学習する組織」における5つのディシプリンを、その実践方法として再構築したものであるようです。

 リーダーにはリフレクション(内省)が不可欠であるとはよく言われるものの、そのことを掘り下げて一冊にまとめた本は少なく、その点ではリフレクションにフォーカスして書かれた本書は、読む価値はあったかと思います。また、リフレクションのメソッドを自分だけでなく他者にも応用することを説いているのはユニークです。

 体系的にも整理されていて、最新のリーダーシップや組織開発に関する理論も随所で紹介されています。マイドフルネス、レジリエンス、グロースマインド、ウェルビーイングといったことにも触れていれば、ティール組織やホラクラシーといった言葉も出てきます。

 ただし、読み終わって、やや漠たる、少しもっとした印象が残るのは、本書におけるリフレクション・メソッドのスタートは、結局は自身の認知の在り方ということになるためではないかとも思いました(認知心理学(論理療法におけるABC理論(出来事(A)、信念(B)、結果(C))を想起させる)。本書を読んで〈気づき〉を得られるのは、それはそれでいいのですが、それがイコール実践というようには、すぐにはならないのではないかという感想も抱きました。

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「できるリーダー」の部下の能力を100%引き出すマネジメント術。読みやすく説得力がある。

「最強のチーム」のつくり方.jpg「最強のチーム」のつくり方2.jpg
アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方: 一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術 (知的生きかた文庫 よ 19-2)』['15年]

 本書は、『即戦力の人心術―部下を持つすべての人に役立つ』('08年/三笠書房))の文庫化・改題版で、内容は、アメリカ海軍のミサイル駆逐艦「ベンフォールド」の艦長として300名以上のクルーを率い、機能不全に陥っていた同艦を"海軍No.1"と呼ばれるまでに大変革させ、海軍中にその名を轟かせたという元海軍大佐が、「できるリーダー」は何をしているのか、その具体的な思考方法を明らかにし、部下一人ひとりの能力を100%引き出すマネジメント術を、自身の経験に基づいて説いたものです(原題: It's Your Ship -Management Techniques from the Best Damn Ship in the Navy(2002))。

 第1章「「硬直した組織」に、ガツンと変化を起こす」では、硬直した組織に変化を起こすために著者はまず、部下の身になって、何がいちばん大事かを考えたとしています。そして、もっとよいやり方はないか部下に聞いてまわり、いいアイデアは惜しみなく褒め、実績として高く評価したとのことです。「自分たちの提案を大事にしてくれる上司」に対しては、部下たちは心を開き、信頼を寄せてくれるものであるとしています。

 第2章「部下を迷わせない、確たる「一貫性」」では、単に命令するだけでは部下は動かず、①目標を明確にし、②その任務を達成するための十分な時間・資金・材料を部下に与え、③部下に十分な訓練を受けさせなければならないとしています。そして、結果だけではなく、正しいやり方を重視し、そのことが明日のワシントン・ポストの一面に掲載されて全米中に知られることになって、それを誇りに思うだろうかを問うてみるとしています。

 第3章「「やる気」を巧みに引き出す法」では、部下のやる気を引き出すには、組織内のすべての人間との出会いを大事にしたとのことです。また、自分の部下をよく知っていることは、実に大きな資産で、部下を上手く指導する手段ともなるとしています。

 第4章「明確な「使命」を共有せよ」では、管理職にとって重要なのはチームの力であり、そのためには「集団の知」が必要であるとしています。また、部下がどれだけ上司の命令について知っているかということと、彼らがそれをどれだけうまく実行できるかということには直接的な関係があるとしています。

 第5章「チームで「負け組」を出さない!」では、組織全体が勝利すれば、そこにいる全員の勝利であり、負け組が必要な組織など偽物であるとしています。また、部下を見限ったりせず、力になるつもりだというシグナルを送ると部下は安心できるとしています。

 第6章「なぜ「この結果か」をよく考える」では、部下に服従を求めるだけでなく、アイデアや自発性を引き出すことが必要であり、「自分自身で判断し、行動する」ことを身につけさせれば、部下がその後どのような人生を歩んだとしてもそれは彼らにとって貴重な財産となるとしています。

 第7章「「合理的なリスク」を恐れるな!」では、「合理的なリスク」を恐れてはならず、ときには失敗しても冒険する人間を称え、昇進させるべきであるとしています。

 第8章「「いつものやり方」を捨てろ」では、マニュアルはおよび腰な行動の原因となり、本当に重要なものを見えなくするとし、日ごろから自分たちの仕事において「いちばん大事なこと」をおろそこにするなとしています。懸命に働くな、賢明に働けとも言っています。

 第9章「あなたはまだ、部下をほめ足りない!」では、部下の些細に思える意思表示を見逃さず、コミュニケーションを重ねることで、親密で協力的な雰囲気が生まれるのだとしています。また、前向きで、直接的な励ましこそが効果的なリーダーシップの本質であるともしています。

 第10章「「頭を使って遊べる」人材を育てよ」では、どんな組織でも、友人たちと楽しむことは、お金では換算できない、大きな精神的つながりを生み出すとしています。

 第11章「永遠に語り継がれる「最強のチームワーク」」では、リーダーの役割は「管理すること」よりも、「いかに才能を育て、延ばすか」にあるとして本書を締めくくっています。

 著者自身が「この武勇伝」と呼んでいるように、実際に著者が経験したエピソードばかりで構成されているため、読み物を読むように読めます。アメリカ海軍が舞台になっていますが、企業組織にも通用することがほとんどであり、机上の空論ではなく、実際の指導経験と成功例に支えられた内容となっているためり、読みやすくて説得力がある良い本だと思いました。広くお薦めできるものです。

《読書MEMO》
●第1章:「硬直した組織」に、ガツンと変化を起こす
・艦長室で報告を待っているのではなく、積極的に艦内を歩きまわって意見を吸い上げる。
・何をするにも必ずもっと良い方法があると考えよ。
・どんな小さな提案であっても、いいアイデアは惜しみなくほめ、その提案者の実績として高く評価した。
・自分たちの提案を大事にしてくれる上司に対しては部下たちは心を開き信頼を寄せてくれる。
●第2章:部下を迷わせない、確たる「一貫性」
・目標を明確にし、それを行うだけの時間と設備を与え、部下がそれを正しく行う為の適切な訓練を受けていることを確認しない限り、もう二度と命令を口にすることはしない。
・結果だけではなく正しいやり方を重視する。明日のワシントン・ポストの一面に掲載されて全米中に知られることになってそれを誇りに思うだろうか、恥と思うだろうか。汚い手を使って目標を達成しても必ず敵をつくり、長い目でみるとマイナスである。
●第3章:「やる気」を巧みに引き出す法
・艦にいる全ての人間との全ての出会いを一番大事なものとして扱う。
・艦にいる全員の名前を覚える。
・自分の部下をよく知っていることは、実に大きな資産で、部下を上手く指導する手段となる。
●第4章:明確な「使命」を共有せよ
・部下がどれだけ上司の命令について知っているかということと、彼らがそれをどれだけうまく実行できるかということには直接的な関係がある。
●第5章:チームで「負け組」を出さない!
・組織全体が勝利すれば、そこにいる全員の勝利である。
・負け組が必要な組織など偽物である。
・部下を見限ったりせず、力になるつもりだというシグナルを送ると部下は安心できる。
・悪い知らせを持ってくる人間をないがしろにせず信頼関係を築いておくことで、悪い知らせほどすぐ耳に届くようにする。
●第6章:なぜ「この結果か」をよく考える
・「自分自身で判断し、行動する」ことを身につけさせれば、部下達がその後どのような人生を歩んだとしてもそれは彼らにとって貴重な財産になる。
●第9章:あなたはまだ、部下をほめ足りない!
・前向きで、直接な励ましこそが効果的なリーダーシップの本質である。
・彼らを機械のように扱うのをやめれば、彼らの業績は向上する。
・あらゆる重要な業務でクロストレーニング(複数の仕事ができるよう訓練すること)を実施することが必要であり、そうしないと重要な業務に精通している人間が一人だけになってしまい、何かあったときに惨事が起こる可能性がある。

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経営論&人生論の名著『もっといい会社、もっといい人生』の新訳版。

THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方1.jpgTHE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方.jpg                『もっといい会社、もっといい人生.jpg
THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方』['21年] 『もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』['98年]

 「英国のドラッカー」と称される著者による本書(原題:The Hungry Spirit,1997)は、あるべき資本主義を説いた経営論であるとともに、企業人のための人生論も語られている本です。以前に『もっといい会社、もっといい人生』(1998年/河出書房新社)として邦訳が刊行されていますが、今回はその23年ぶりの新訳版となります(約四半世紀を経て新訳が刊行されること自体が、名著の証しとも言える)。

 PART1「資本主義のゆがみを見つめる」(第1~3章)では、資本主義社会の問題や不安について考察しています。第1章では、資本主義における市場の限界について述べ、市場原理に基づく効率の追求は、社会全体に大きな歪みを生み出しかねないとしています。

 第2章では、効率の追求は、社会を一部の人には有利に、他の多数の人々には不利に傾斜させるとしています。第3章では、資本主義の欠点を直そうとしてそれ自体まで失ってはならず、資本主義は道具にすぎないものであり、人類が暮らすこの世界を救済する手段は、人間の心の中にしか存在しないとしています。

 PART2「自分の人生を見つめる」」(第4~7章)では、人生の目的は、世界を少しばかり良くすることでなくてはならないとしています。第4章では、これからの人生の在り方として、自分の人生の筋書きを自分 の手で書くことができる時代になるが、それには責任とモラルが求められ、また、企業にも個人と同様、その行動と運命に責任が求められるとしています。

 第5章では、人生の充足に至るまでには、「生存志向型」→「外部志向型」→「内部志向型」の3段階の心理学的な類型があるとしています。また、「正当な利己性」は誰もが持つべき権利であるとしています。第6章では、生きる意味を見い出すための4要素として、人生という旅の活力となる夢を持つこと、自分にとっての「十分」を知ること、崇高なものの味わいを経験すること、最後に、世界に貢献することで自分の人生を永遠化すること、を挙げています。また、自分の関心に基づく活動の仲間が新しい"家族"になるとしています。

 PART3「これからのまっとうな社会に向けて」(第8~10章)では、PART2で展開した考えを社会制度に当て嵌めて考察しています。第8章では、会社にとっての本当の目的とは何かを考察し、社会の一市民としての企業の在り方を探っています。

 第9章では、企業における市民性とは才能ある社員をどうまとめるかであり、そこには信頼というものが大きく関わってくるとしています。第10章では、自分自身と他者に対する責任感を育てる教育の必要性を説いています。

 そして、エピローグでは、企業と社会と人生の理想的な関係をどう構築していくかを考察し、未来の社会に起こり得ることを予測するとともに、人は誰でも心の中で、よりよい世界、より公正な世界を求めているので、世界は変えることができるとしています。

 本書において著者は、「正当な利己性」というキーフレーズをよく用いています。それは、個人としては「利己と利他とが調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の考えです。資本主義の限界を分析して「あるべき社会」を探るとともに、企業人にとってより良い人生とは何か、自らの人生をどう生きるべきかを説いており、人事パーソンに限らず、ビジネスパーソンに広くお薦めできる本です。

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既成概念にとらわれない新たなマネジメントの視座への気づきを与えてくれる。

『これからのマネジャーが大切にすべきこと.jpgこれからのマネジャーが大切にすべきこと.jpg
これからのマネジャーが大切にすべきこと 42のストーリーで学ぶ思考と行動』['20年]

 経営思想界の泰斗が、自らのブログ記事の中からマネジャーにとって特に有意義だと思えるものを42本選んだものです。マネジャーが寝る前にベッドで読めるような内容を意図していて、01から42までのストーリーがマネジメントや組織など7つのカテゴリー(章)に分類されています。

 第1章「マネジメントの話」では、02で、ピーター・ドラッカーの「マネジャーはオーケストラの指揮者のようなものである」という見方が本当に正しいのかを批判的に考察しています。また、03では、よく言われる「正しい物事を行うのがリーダーで、物事を正しく行うのがマネジャーだ」という言い方に疑念を呈し、「リーダーシップをマネジメントから切り離して考えるのはもうやめよう」と述べています。このように、従来の経営思想家と一線を画しているのが特徴です。

 さらに第2章「組織の話」では、10で、素晴らしいと思える組織では、リーダーシップ以上に、強力なコミュニティシップの精神が浸透しており、これからはリーダーシップよりもコミュニティシップが重視されるようになるとしています。12では、ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッターが提唱した企業変革モデル(8段階の変革プロセスモデル)に対し、それはCEOで始まりCEOで終わっているが、1人のリーダーがいて、あとはすべてフォロワーにすぎないという考え方はいかがなものかとしています。

 第3章「分析の話」では、18で、ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・キャプランらが、「数値で計測できないものはマネジメントできない」というのは"よく知られている格言"であるとしているのに対し、よく知られてはいるが、実際には文化やリーダーシップは数値で計測できるものではなく、この"格言"は馬鹿げた内容であると斬り捨てています。22では、マネジャーの仕事の質は、数値で評価するのではなく、頭を使って判断すべきであるとしています。

 第4章「マネジャー育成の話」の25では、ケーススタディ学習は実際の経験とは別物であることを心得るべきであるとし、27で「MBA」での授業の在り方を批判するとともに、自分たちが開発した新しい教育プログラムのポイントを挙げ、28では、その実際の進め方の特徴を紹介しています。

 第5章「分脈の話」では、後継人材の探し方や、グローバル人材であるより広い視野を持った人材であることの重要性を説き、第6章「責任の話」では、ダウンサイジングの問題点やこれからのCSRの在り方について述べています。

 そして、最終の第7章「未来の話」では、38で、誰もが発揮できる平凡な創造性こそが非凡な力を生むとし、40で、「もっと多く」より「もっとよく」を目指すべきであると、41で、ベストよりグッドを目指ざせと説いています。

 MBA教育の在り方などに対する批判を通して、既成概念にとらわれない新たなマネジメントの視座への気づきを与えてくれる本です。著者は、MBAでは、マネジメントの「アート」も「クラフト」(技)も教えられないので、「サイエンス」に頼り、分析やテクニックばかり教えているとしています。

著者の言う「アート」や「クラフト」とは何かを知るには、同著者の『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』(2014年/日経BP社)が参考になります。さらに言えば、マネジャー研修等を企画する側にある人事パーソンとしては、『マネジャーの実像』(2011年/日経BP社)に読み進むことで、ミンツバーグの経営思想へのより深い理解に繋がるのではないかと思います。

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「教科書」であると同時に、コンサルティング会社の「販促本」でもある?

ジョブ型人事制度の教科書1.jpg 『ジョブ型人事制度の教科書 日本企業のための制度構築とその運用法』['21年]

 ヘイグループを一部前身とするコンサルティングファーム「コーン・フェリー」に属する著者らによる本書は、「ジョブ型」人事制度について書かれた初めての専門書であるとのことです。本書で言うジョブ型人事制度とは、人事制度を構成する等級制度・評価制度・報酬制度が「ジョブサイズ(職務価値)」を核として構成される仕組みで、ヘイグループが開発したものです。

 第1章では、ジョブ型人事制度はここ数年、第3次ブームを迎えているとしています(第1次ブームは2000年前後の「成果主義ブーム」、第2次ブームは2010年~2015年の「グローバル人事ブーム」)。いまジョブ型人事制度が求められる背景として、変化の激しい事業環境への対応、同一労働同一賃金の要請、高齢化社会の到来などを挙げています。

 第2章では、日本企業でもジョブ型制度の普及が進んでいて、その狙いは、年功序列の打破、適所適材の実現、スペシャリスト人材の活用にあるとしています。また、非管理職にも広がりつつあるとしながらも、新卒一括採用・ゼネラリスト育成はジョブ型に馴染まないとしています。さらに、日本企業が簡単にジョブ型制度へ移行することができない理由として、企業文化の問題、異動の柔軟性の阻害、運用負荷の増大の3つを挙げています。

 第3章では、日本企業の労働慣行とジョブ型制度のギャップを分析しています。ジョブ型制度において異動は類似した職種になるのが原則であるとし、新卒一括採用・ゼネラリスト育成との兼ね合いについて考察、日本企業に合ったジョブ型制度として、職能型からスタートしてジョブ型にシフトしていくハイブリッド型の制度を提案しています。

 第4章では、ジョブ型制度における等級制度について解説しています。その根幹は職務等級であり、職務評価の仕方やそれを踏まえた等級体系の構築、職務記述書の作成方法などについて解説しています。

 以下、第5章と第6章で、ジョブ型制度における評価制度と報酬制度について、第7章と第8章で導入コミュニケーションと運用体制・プロセスについてそれぞれ解説し、第9章でジョブ型制度の導入事例を紹介しています。最終章の第10章では、ジョブ型制度の導入における課題として、メンバーシップ型雇用の発想を転換する必要があるとしています。

 以上の通り、ジョブ型制度とは、職務等級制度を基本人事制度とする制度であり、本書は、職務等級制度の「教科書」とも言えるものでした。その意味ではオーソドックスな内容ですが、特に目新しいものではないように思いました。

 2000年前後に多くの企業が職能資格制度から職務等級制度への移行を図り、必ずしもうまくいかなかった結果として、両方を中和したような役割等級制度が主流になっていたという経緯があるかと思います。中には、役割給が総合決定給化して、賃金制度が年功的な運用になっていることが問題化しているケースもあるかと思われます。そうした状況を打開するうえで本書は参考になるかもしれません。ただし、「メンバーシップ型雇用の発想を転換する」ということにまでなると、制度だけ入れれば済むというものではなく、まだまだ多くの議論の余地があるようにも思います。

 「ジョブ型」の意味ですが、「日本企業でもジョブ型制度の普及が進んでいる」という言い方をする際には「役割・職務給」という捉え方をし、そのほかのところでは、職務等級制度という意味で使っているのが気になりました。

 「教科書」であると同時に、コンサルティング会社の「販促本」でもあるように思われました。職務主義のベクトルを全否定はしませんが、自社に企業風土改革の素地が無いのに安易に飛びつくと上手くいかないこともあるだろうし、自分のところだけでは出来ないということでコンサルティング会社の協力を仰ぐと、費用ばかり高くついて自社に合わないものが出来上がってしまう可能性もあると思います。

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「●PHP新書」の インデックッスへ

「働かないおじさん」を変える、ミドル人材が活性化される仕組み例を多く紹介。

働かないおじさんが御社をダメにする.jpg働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋 (PHP新書)』['21年]

 本書によれば、長年、企業を悩ませているのが「働かないおじさん=成果を出せないミドル社員」問題であり、テレワークが進んだ昨今は、成果を出せる社員とそうでない社員に二極化し、企業側も、年功序列でパフォーマンス以上に高い給与をもらっている彼らにどう対応すべきか、判断を迫られているとのこと。しかし、政府の働き方改革実現会議で有識者議員を務めた著者は、働かないおじさんの本質は「"変化に対応できないこと"にある」と言い、そのため、企業が変化に強い社員・風土を育てられなければ、今いる働かないおじさんをリストラしても、第二第三の「働かないおじさん」が生まれ続けるだけだと。そこで本書では、ミドルシニア層を活用しながら、働き方改革や業務改善に成功している各種企業の事例を解説することで、「ミドル活躍で伸びるすごい会社」の共通点を探ろうとしています。

 因みに、本書で取り上げられている「おじさん」とは、実際的にはミドル世代を指しますが、必ずしも性別や年齢で特定はしないようです。簡単に言うと、アップデートしない人、変化に抵抗する人が該当します。そして、「おじさん=変化を拒む人」を活性化することで、企業力は確実にアップするとしています。

 本書は以下の6章から構成されています。
  第1章:働き方のパラダイムシフトが起きた!
  第2章:「働かないおじさん」はこう変える!ミドル活用の「新常識」
  第3章:ミドル人材が活性化される仕組み 「ミドル人材活躍推進」の先進事例
  第4章:「ミドル人材活用」の担当者たちが本音を語る
  第5章:「新しい人材」としてのミドル
  第6章:変わるマネジメント こらからの時代に求められる「ミドル人材」とは

 第1章「働き方のパラダイムシフトが起きた!」では、コロナ禍で起きた「働き方」のパラダイムシフトについて説明、経営者や管理職、一般社員までもがテレワークを利用したことで、仕事における時間と場所の意識にパラダイムシフトが起きたとしています。

 第2章「「働かないおじさん」はこう変える!ミドル活用の「新常識」」では、そんな中でミドルの意識改革をどう進めるべきかを考察、働き方改革を拒むのは「おじさん」たちだが、抵抗勢力だからといって、彼らを取り残したまま働き方改革を進めても、生産性の高い組織にはならないとし、働かないおじさんの6つのリスクとして、
  組織のリスクその1:イノベーションの停滞
  組織のリスクその2:生産性の低下
  組織のリスクその3:不祥事の発生
  組織のリスクその4:優秀なイノベーション人材がトップになれない
  個人のリスクその1:若手のモチベーション低下
  個人のリスクその2:会社におじさんの居場所がなくなる
を挙げ、さらに、おじさん(ミドルシニア)が変わるための5つの提案として、
  提案1:旅に出よ、ワーケーションせよ
  提案2:自分をマネジメントするスキルを身につけよ
  提案3:自分のキャリアを取り戻せ
  提案4:有害なステレオタイプから自由になれ
  提案5:我に帰れ
を挙げています。

 第3章「ミドル人材が活性化される仕組み」では、「ミドル人材活躍推進」の先進事例として、
  大和証券:「ASP研修」&「ライセンス認定制度」(45歳以上の学びと成長の場)
  三菱地所:プロパティマネジメントの業務改善プロジェクト(残業3割削減・残業代は給与に還元)
  チェリオコーポレーション:残業25%削減、生産性2割増
  キリンホールディングス:「なりキリン」プロジェクト(おじさんたちが「働くママパパ」の日常を体験)
  ロート製薬:「ロートネーム」でおじさんと若手の壁をなくす
を紹介しています。これらを見ると、企業によってさまざまアプローチがみられることが窺えます。

 第4章「「ミドル人材活用」の担当者たちが本音を語る」では、企業で「おじさん改革」に取り組む担当者の座談会で、現場の実態と本音を知る上で参考になるかと思います。

 第5章「「新しい人材」としてのミドル」では、おじさんたちを新たな人材として採用し、ベテランならではの経験や能力を組織として積極的に活用している企業やプログラム例として、
  森下仁丹:「第四新卒」採用
 「キャリア・シフトチェンジ(C&C)」プログラム
を紹介しています。これらは、おじさんたちを新たな人材として採用し、ベテランならではの経験や能力を組織として積極的に活用している企業であったり、「第二の新人教育」として中高年が長く活躍するための研修に取り組んでいる事例になります。

 第6章「変わるマネジメント」では、こらからの時代に求められる「ミドル人材」像を探っています。また、、「マネジメントFができるミドル」を育成するための研修事例を紹介しています。紹介されている事例は、
  カゴメ:評価制度改革(役員でも減収あり。納得感のある「人事評価」)
  P&G:「アンコンシャスバイアス研修」でおじさんのマネジメント」を変える

 事例が豊富に紹介されており、また、その事例部分が本書の核となっているかと思います。これら先進事例における制度的なアプローチは多岐多様であり、その中で共通項を見出すと言うよりも、自社で制度設計する際のヒントになるものがあれば参考にするといった感じではないでしょうか。

 むしろ共通するのは、その根底にある、「働かないおじさんたち」を排除するのではなく、多様な人材が一体となって価値を生む「インクルージョン」を重視する考え方であり、こうした課題に組織的に取り組んでいる企業がすでにいくつもあるという点が、本書の最も啓発される要素であったように思います。

「●人材育成・教育研修・コーチング」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3388】 田中 淳子 『事例で学ぶOJT

"GAFA"の経営者らが師と仰いだ伝説の人物のコーチングとはどのようなものかを紹介。

対話型OJT.jpg対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』['20年]

 本書では、部下・後輩という教える対象だけでなく、周囲のメンバーも巻き込み、「対話」を行いながら、成長できる環境を作り出していくことで、自ら考え、動くことができる「自立型人材」の育成を目指す「対話型OJT」というものを提唱し、そのための知識とスキルを解説しています。

 第1章(Why)では、なぜ今「自立型人材」が求められるのか、自立型人材はどのように行動し、自立型人材を育てるために必要なことは何かを説明しています。本書では、「ミニ起業家」「副業・兼業者」を自立型人材の最たるものとしていますが、そうした自立型人材は一般に扱いにくいと思われています。それは、彼らによる「遠心力」が働く中で、職場・組織としての「求心力」も保つ必要があるためで、これからのリーダーには、自立型人材を育てるとともに、それらを取りまとる力が求められるとしています、

 第2章(Who)では、マンツーマン型のOJTには限界があるとし、一人で教えようとせず、複数で教えるネットワーク型OJTというものを提唱しています。その際に、同僚による「業務支援」、上司を含む職場メンバー全員による「内省支援」、上司が注力する「精神支援」、というように役割分担をすべきだとしています。

 第3章(what)では、人は経験することで成長するものであるとし、部下・後輩に経験学習をどのように提供すべきかを説いています。また、人の成長を促すのは、「コンフォート・ゾーン(快適空間)」と「パニック・ゾーン(混乱空間)」との間にある「ストレッチ・ゾーン(挑戦空間)」での経験であるとし、「ストレッチ経験」をさせる場合は、上司・先輩側からの支援がとりわけ重要になるとしています。

 第4章(How long)では、育成にどれぐらい時間がかかるかについて、適応までの「短期」、手ばなれまでの「中期」、一人前のパートナーになるまでの「長期」に分けて解説しています。

 第5章~第7章(How)では、第5章で、「対話型OJT」の前提と実践の際の留意点を、第6章で、リモート環境での効果的なコミュニケーションのノウハウやスキルを紹介しています。また、第7章で、手離れを促す教え方として、ティーチングとコーチングの中間に位置する「スキャフォルディング(足場をかける)」という指導手法とその実践について解説しています。

 最終章の第8章では、本書で紹介した「対話型OJT」をリモート環境で具体的に活用していく方法を、ケースをもとに紹介しています。

 リモート環境下の「会えない時代」において、主体的に動ける「自立型人材」を育てるにはどうすればよいかという命題のもとに、「対話型OJT」というものが提唱されていて、体系的にもよくまとまっていると思いました。

 本書の中には数多くのフレームワークや考え方、実践の方法が示されていますが、それらをすべてそのまま現実に当て嵌めるというよりは、その中に含まれているエッセンスを自分なりに咀嚼した上で、現実の状況を踏まえつつ応用していくことが求められるのではないかと思います。単に仕事を覚えさせるためだけのOJTではなく、「自立型人材」を育てるためのOJTという視点は、啓発的であったと思います。

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人事賃金コンサルタントとしての成功の秘訣は? 人事賃金コンサルを目指す人にお薦め。

「同一労働同一賃金」の具体的な進め方.jpg 『企業経営を誤らない、「同一労働同一賃金」の具体的な進め方』['20年]

 本書によれば、2014年頃から人事コンサルティングのニーズが再び高まっているとのこと。但し、今、企業が求めているのは、他社に追随する表面的な成果主義人事制度などではなく、将来に向けて新たな成果を創出していくための「社員が理解し、やりがいが持て、定着する」独自の人事制度であるとのことです。

 著者はこれまで「実際に運用できて十分に機能しえる人事制度」を目指してきたとのことで、本書では、著者の25年にわたる人事コンサルタントとしての実体験を基に、コンサルタントとしての基本的な心構えから、中小企業を中心とした人事制度・賃金設計の知識や手順、運用・企画提案の仕方から業務の進め方まで、広く、また重要ポイントを追って解説しています。

 特に第Ⅰ編「人事コンサルタントの基本」では、人事コンサルタントとしてのスタンスや企業との接点の場においてどのようなことに留意すべきかを、自らの経験に基づき余すところなく披露しており、人事コンサルタントとしての「成功の秘訣を伝授」という帯書きは決して大袈裟ではないように思いました。

 第Ⅱ編「人事コンサルティングの実行と手順」は人事コンサル、賃金コンサルの実務編であり、テキストとして著者のノウハウを丁寧に解説し、また、実際に活用しているコンサル資料も数多く添付する一方で、ここでも単なるテクニカルスキルの範疇に止まらず、制度に込められた意図や導入に際して留意すべき心構えなども併せて解説しています。

 そして第Ⅲ編「人事賃金コンサルタント(社外・社内)としてのスキルアップ」では、コンサルタントの役割とはを改めて問い直すとともに、コンサルタントの資質の磨き方、コンサルティングのきっかけづくりなどについて解説しています。個人的には、著者がその中で示している、従来の企画提案型のコンサルティングに対する新たなアドバイザリー(側面支援)型のコンサルティングというスタイルに関心を持ちました。

 全体を通して、全てのケースに同じことが当てはまるわけではないが、自らの経験上こうした方がうまくいくことが多かった―といった謙虚なスタンスの解説になっていて、一つの考えを読者に押しつけることをしないながらも、そのベースに四半世紀もの実地経験があるかと思うと、却って述べられていることに説得力が感じられました。

 人事賃金コンサルタントを目指すには格好の書であり、特に社会保険労務士などの開業者で、人事賃金コンサルを付加価値業務として行いたい人、或いは人事賃金コンサルを主体としてやったいきたいと考えている人にお薦めですが、その道に進んで暫くしてから振り返って本書を読むと、また更に得心する箇所が多くあるかもしれません。

 また、例えば賃金制度の解説部分などは、時代の流れに適合した制度の説明がしっかりなされているため、社会保険労務士に限らず、企業内の人事パーソンが読んでも参考になる部分は多いかと思います。企業に勤務している社会保険労務士であったも必ずしも人事賃金制度の策定等に携わっているわけではないので、そうした人に賃金制度策定等に関心を持っていただき、3号業務を身近に感じるようになっていただく上でもお薦めできる本かと思います。

《読書MEMO》
●目次 :
第Ⅰ編 人事コンサルタントの基本(はじめに/ マネジメントコンサルタントという仕事/ 人事コンサルタントとしてのスタンス ほか)/
第Ⅱ編 人事コンサルティングの実行と手順(現状分析の手順とポイント/ 基本人事制度の設計手順とポイント/ 賃金設計 ほか)/
第Ⅲ編 人事賃金コンサルタント(社外・社内)としてのスキルアップ(コンサルタントの役割とは/ コンサルタントの資質の磨き方/ コンサルティングのきっかけづくり ほか)

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社員感染時の対応や在宅勤務や時差出勤のルール構築等を分かりやすく解説。

新しい企業の人事・労務管理.jpg新しい企業の人事・労務管理1.jpg
with&after コロナ禍を生き抜く 新しい企業の人事・労務管理』['20年]

 本書は、新型コロナウイルス感染症により変化した会社の経営や勤務形態を踏まえ、社員が感染した場合の対応、在宅勤務や時差出勤のルール構築、人事評価制度や就業規則の見直しなど、人事・労務管理上のポイントを実務家の視点で解説したものです。

 第1章「感染拡大予防とコロナ禍時代の新しい企業活動」(全9節)と第2章「コロナ禍時代のダメージコントロール」(全3節)から成り、 各節の各項は、必要に応じて「基礎編☆」(対応が必須の事項)、「応用編☆☆」(対応の必要性が高い事項)、「発展編☆☆☆」(留意しておいたほうが良い事項)に分類されています。

 第1章の第1節「社員感染時の対応」では、基礎編で、社員が新型コロナウィルスに感染した場合は入院勧告の対象となることや、賃金・休業手当の支払いの要否、社内調査・社内公表の必要性について述べ、さらに、体調不良社員への自宅待機命令の可否や、その場合は休業手当の支払いが必要かどうかを解説しています。続く応用編では、社員と同居している家族が発症した場合や社員寮・社宅居住者が発症した場合の対応を、発展編では、社員の労災認定や会社の法的責任はどうなるかを解説しています。

 第2節「勤務形態の変更に伴う社員対応」では、基礎編で、出社を拒否しテレワークを要求する社員や、逆にテレワークを拒否して出社要求する社員への対応を、応用編では、出社拒否社員に担当変更やワークシェアリングを求める場合の留意点を、さらに、採用内定者の入社延期・内定取消しは可能かどうか解説しています。

 第3節「賃金・処遇」では、基礎編として、コロナ禍休業時の賃金・休業手当の支払いの要否について述べるとともに、休業時に有給休暇の活用する方法や、テレワーク実施費用の会社負担を軽減するためのポイントを述べています。さらに応用編では、休業手当の算定方法や雇用調整助成金の活用など実務面の解説をし、発展編では、コロナ禍対応に報いるための一時金の支給を提案するとともに、業・副業を許可する場合の留意点などを述べています。

 第4節「労務管理①:オフィスにおける感染防止策」では、基礎編としてオフィスにおける感染防止策顔説しています。

 第5節「労務管理②: テレワーク」では、基礎編で、テレワーク労務管理の基本や労働時間の管理方法、「事業場外みなし労働時間制」の適用について述べ、応用編で、情報管理の徹底・情報セキュリティ、柔軟な労働時間の実現と残業ルールの明確化・長時間労働防止策、作業環境整備による社員の安全衛生管理・労災リスクの回避、社内教育・「試しテレワーク」の必要性、テレワークにおける業績評価・人事評価、電子契約の活用について解説しています。

 第6節「労務管理③: 時差出勤・自家用車通勤・自転車通勤」では、基礎編で、変形労働時間制、フレックスタイム制について、応用編で、自家用車通勤・自転車通勤における安全確保対策等について、発展編で、勤務時間の一部をテレワークにする場合について解説しています。

 第7節「労務管理④:テレワークにおける業務効率アップ・インセンティブ確保・メンタルヘルスケア」では、基礎編で、社員同士のコミュニケーションの充実、会社・部署内での方針共有・一体性確保、オンラインハラスメントについて、応用編で、管理職に対する教育研修の実施について解説しています。

 第8節「就業規則など未整備時の対応」では、基礎編として、就業規則の作成と届出の基本と、テレワークに関する就業規則等の未整備、通勤手当不支給に関する規程の未整備、三六協定・特別条項の未整備の場合どうすればようかを述べています。

 第9節「雇用契約以外の活用とトラブル対応」では、応用編として、「外注契約」の活用と留意点、労働者派遣契約の中途解約、コロナ禍に起因する取引契約の不履行による法的責任について解説しています。

 第2章「コロナ禍時代のダメージコントロール」の第1節「経費削減」では、応用編として、オフィス縮小、賃料負担軽減、ワークシェアリングと副業・兼業勧奨、事業所閉鎖と配転命令について述べ、第2節「効率的な人材活用・人員削減とトラブル対応」では、応用編として、、「新しい」成果主義の導入、業務フローの検証及び改善、「外注契約」への恒常的シフトについて述べ、発展編として、退職勧奨、整理解雇・雇止めを扱い、第3節「会社経営が悪化したときの対応」では、応用編として、会社再建(債務整理)の手段、事業譲渡・廃業を前提とする清算型の法的倒産手続きについて解説しています。

 法律の専門家ではない人も読者として想定して書かれている大判本なので、基本事項に絞られている分理解しやすいです。法律上どうなるかを述べるだけでなく、実務上の対応にも踏み込んでいます。ただし、未曽有の事態であるため「正解」がない事柄も多く発生するであろうとし、活用上の注意点として、本書は実務上の「正解」が書かれているわけではないため、実務上の「正解」については、専門家に相談することを勧めているのも丁寧であると思いました。通読することで、自身の理解度をチェックしてみるのもよいかと思います。

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ダイバーシティを企業の活力に。部下ミュニケーションの部分が具体性があった。

ダイバーシティ・マネジメント大全.jpg成果・イノベーションを創出する ダイバーシティ・マネジメント大全』['20年]

 本書では、この度の新型コロナ・パンデミックによって急速な社会変革が進行し、日本人に馴染みの"職場"や"協働"といった概念も変わって、これまで"コンパクトシティ"を目指して「集中・集約化」を行ってきた日本は、今や「集中・集約化」のリスクと向き合わなけれならなくなっていて、「分散化」につながるダイバーシティこそが強みになるとしています。いるとしています。その上で、多様性を認めるダイバーシティ・マネジメントから発展した、成果・イノベーションを創出するダイバーシティという考え方と、その実現方法を示しています。

 第Ⅰ章では、ダイバーシティ・マネジメント(ver.1)の歴史的経緯とアフターコロナ時代の新しいダイバーシティ・マネジメント(ver.2)の概観を説明するとともに、ダイバーシティ・マネジメントとは何か、わが国におけるダイバーシティの現状を、「ジェンダー」「性的マイノリティ」「ジェネレーション/両立社員」「外国人」「障害者」「テレワーク社員」という観点から分析し、さらに、ダイバーシティ・マネジメントを推進する"ビジネスメリット"を説いています。

 第Ⅱ章では、まずジェンダーをテーマに、女性社員・男性社員・LGBTQ+社員について考察し、性別ではなく認知機能の違いによる"個人差"の違いを認め、相手に応じて、体系的・論理的な「システム優位型」働きかけと、相手に感情移入する「共感優位型」の働きかけを使い分けることを説いています。そして、部下に対する1on1においてもこの使い分けは可能であるとして、その具体例を挙げています。続いて、ジェネレーション(若手社員・シニア社員)のマネジメントについて言及し、若手社員を活かすにはローコンテクストなコミュニケーションが有効であり、一方、シニア社員を活かすにはハイコンテクストなコミュニケーションが有効であるとして、具体例を挙げています。

 第Ⅲ章では、外国人社員と障害を持つ社員のマネジメントについて言及しています。外国人社員とのコミュニケーションについては、エリン・メイヤーの『異文化理解力』を引いて、外国人社員を活かすにはローコンテクストの「論理的」なコミュニケーションが効果的であるとしています。また、障害を持つ社員を活かすためのマネジメントで意識すべきポイントを5つ挙げています。

 第Ⅳ章では、仕事と生活を両立しながら奮闘する社員を「両立社員」と定義し、「育児」「介護」「傷病治療」「学習」と仕事を両立する社員について考察しています。ここでは、部下とよく話し合い、さまざまな支援制度の利用を当事者である部下と一緒に考えることなどを推奨しています。

 第Ⅴ章では、テレワーク社員のマネジメントについて述べています。ここでは、テレワークで部下へのマネジメントに求められる4つのポイントとして、業務の成果、オンライン・コミュニケーション、個別管理、組織管理の、それぞれの在り方を解説しています。

 第Ⅵ章では、成果を創出するマネジメントのポイントとして、①生産性を意識する、②成果を評価する、③時間を限定する、④無駄な業務を排除する、⑤成果と業務を"見える化"する、という5つの観点か述べるとともに、成果を創出するマネジメントへ転換する際に乗り越えるべき障壁や、「オンライン」による組織の変質とそれにどう対応すべきかを説いています。

 第Ⅶ章では、成果の創出からさらに一歩進んで、ダイバーシティがイノベーション喚起するとし、イノベーションを生み出す企業文化とはどのようなものかを解説し、最後に、多様性こそが"持続可能"な経営を創るとして、本書を締めくくっています。

 コロナ禍によって人々の働き方や組織の在り方が変わるということはすでにあちこちで言われていることですが、そのことを踏まえ、、これからのダイバーシティ・マネジメントはどうあるべきか捉え直しているのが本書の特徴でしょうか。全体を通して、コミュニケーションの重要性が強調されていたように思いました。

 ただ、そのコミュニケーションに関しては、若手社員を活かすにはローコンテクストなコミュニケーションが有効であり、シニア社を活かすにはハイコンテクストなコミュニケーションが有効であるといった、比較的「具体的」な実践方法が見られた一方で(著者の得意分野?)、成果・イノベーションを創り出すダイバーシティという考え方の部分は、やや「概念的」だったように感じました。

 とは言え、ダイバーシティを企業の活力にしたいと考える経営者や人事担当者、実際に職場でマネジメントする現場のマネジャーにとって多くの示唆を含む内容であったと思います。

《読書MEMO》

プロローグ 働き方の変化によって加速化する、ダイバーシティ・マネジメント
I章 ダイバーシティ・マネジメントの今──ver.1からver.2へ
Ⅱ章 属性の違いを活かすマネジメント──ジェンダー、ジェネレーション
Ⅲ章 2%のマイノリティを活かすマネジメント──外国人、障害者
Ⅳ章 多様な生活様式を活かすマネジメント──育児、介護、傷病治療、学習との両立
Ⅴ章 時空間を超えるマネジメント──テレワーク
Ⅵ章 成果を創出するマネジメント
Ⅶ章 ダイバーシティからイノベーションへ
エピローグ 多様性こそが"持続可能"な経営を創る

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定年延長は「日本型=会社従属型」から「ジョブ型=職務請負型雇用」への一里塚であると。

失敗しない定年延長.jpg 『失敗しない定年延長 「残念なシニア」をつくらないために (光文社新書)』['20年]

 組織人事コンサルタントによる本書では、労働力不足を補う最も手近で有用な人材は、シニアの活用をおいて他にないが、小手先の定年延長をすれば「残念なシニア」が大量に生まれ、企業のみならず日本経済全体の後退をも引き起こすとし、"正しい定年延長"の在り方を提言しています。

 第1章では、日本企業の職に少なからず存在する残念なシニアを、迷惑系・勘違い系・無力系に類型化するとともに、社員が残念なシニア化してしまう大きな理由は、定年再雇用の仕組みによるモチベーションダウンにあること指摘し、日本企業では、中高年社員の半数以上が会社の人材育成施策の対象外であり、約7割の社員が自己学習すらしていないとしています。

 第2章では、少子高齢化の進展で生産年齢人口が大きく減少するなか、若手人材の不足を女性・外国人雇用だけでカバーするのは困難であるため、シニア雇用が人材確保政策として有力な選択肢となり、定年延長は国策として推進される可能性もあるとしています。

 第3章では、シニア雇用のあるべき姿を検討する際の前提となる「雇用ジェロントロジ―(老年学)」という考え方を紹介し、加齢による体力・知力・心の変化、心身機能の低下と、それらが職務にどのような影響を及ぼすかを解説しています。

 第4章では、定年延長のあるべき姿として、
  ①会社がシニアに期待する職務をリスト化し、職務内容・要件を明示する
  ②個々の職務について、その客観的価値に基づく適正な処遇水準を設定する
  ③個々の職務に最適なシニアを配置する
  ④シニア一人ひとりの働きぶり・成果に報いる
という4つのステップを示すとともに、現在の人事制度との乖離が大きい場合の処方箋として、60歳到達前までは従来の人事制度を維持し、60歳到達以降は定年延長のあるべき姿に基づく制度とする、一社二制度とする方法もあるとしています。

 第5章では、日本型雇用システム=会社従属型雇用は世界に類を見ないガラパゴス的な雇用システムであるとして、その成立の経緯と特徴を架空の人物のエピソードに基づいて紹介するとともに、会社従属型雇用の真因は正規社員の長期勤続にあり、「生産性の低い働き方」「職務価値と乖離した報酬水準」「正規・非正規社員間の不平等な処遇」「会社依存のキャリア形成」という4つの弊害を生じさせており、会社従属型雇用を日本企業が継続する限り、企業各社の成長も日本経済の復活もないとしています。

 第6章では、日本企業が今後、どのような人材マネジメントを展開していくべきか、経済産業省主催の研究会による提言が示す「今後目指すべき方向性」と「具体的なアクション」や、経団連による「経営労働政策特別委員会報告」の提言する「Society 5.0時代の働き方」の内容などを紹介しています。そして、そこらから、ジョブ型の人材マネジメントの必要性を確認するとともに、ジョブ型の人材マネジメントへ一足飛びに移行するのではなく、従来からの「日本型=会社従属型」と「ジョブ型=職務請負型」の複数の人材マネジメントを組み合わせることで多様な人材を受け入れるようにすること、そのために「ジョブポートフォリオ」を設計し活用することで最適な労働力を確保をすることを提唱しています。

 会社従属型雇用は数ある労働力確保方法の1つと位置づけ、ジョブ型=職務請負型雇用を中心とした労働力確保のフル活用が求められていることを説き、定年延長は、ジョブポートフォリオ・マネジメントの一環であり、今後の人材マネジメントをジョブ型で行っていくための一里塚となるもので、企業にとって最重要プロジェクトであると説いたものでした。

タイトルからテックカルなことが書かれていると思われがちですが、人事部員だけでなく、自社の人材マネジメントの将来を憂う経営者、これから定年を迎える会社員などを読者層に想定した啓発書でした。最終章がいかにもコンサルティングファームっぽい纏め方になっているのがやや気になりましたが、独自の視点で定年延長の問題を捉えているという点で、人事パーソンにとっても啓発的であるかと思います。

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優優れたリーダーは「WHAT(結果)」からではなく、「WHY(理念)」から始める!

WHYから始めよ!.jpg
WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う』['12年]

WHYから始めよ!gc.jpg 本書は、コンサルタントである著者が、TEDでの「優れたリーダーはどうやって行動を促すのか」というプレゼンで提唱して注目を集めた〈ゴールデン・サークル〉理論を書籍化したものです。その趣旨は、人々や社会を巻き込む力を持つリーダーには共通点があり、それは思考を「WHAT(結果)」からではなく、「WHY(理念と大義)」から始めるという点にあるということです。本書は、組織の内外の人々に感銘を与え、やる気を起こさせ、アイディアやビジョンを発展させる手助けができる"インスパイア型リーダー"になる方法を説いたものです。

 第1部「WHYから始まらない世界」では、第1章「あなたの思い込みが間違っていたら?」で、我々はつい勝手な思い込みをして、不完全な情報を基に誤った判断をしがちだが、長期的な成功を得ることができるのは正しい判断が下された時のみであるとしています。第2章「飴と鞭」では、人に影響を与えることができる方法は、「操作(マニュピレーション)」と「鼓舞(インスピレーション)」しかなく、価格競争・プロモーション・恐怖心の利用・上昇思考メッセージ・目新しさなどの様々な操作は、短期的な利益を得るためには有効な手段だが、操作から継続的な忠誠心が生まれることはなく、別の正しい方法(つまり鼓舞)が存在するとしています。

 第2部「WHYから始まる世界」では、第3章「ゴールデン・サークル」で、著者が〈ゴールデン・サークル〉と命名したコンセプトを紹介しています。これは、人に何かしらの情報を伝え、行動を促したい時、「WHY・HOW・WHAT」という3層のサークル状の構成要素が存在し、サークルの中心にあるWHY(なぜ)から始め、HOW(どうやって)、WHAT(何を)の順で相手に伝えると共感を生むことができるという理論です。例えば、アップルのメッセージはWHY(理由)から始まっていて、つまりそれは目的、大義、理念であり、アップルを際立たせているのは、アップルのWHAT(していること)ではなくWHYであり、アップルの製品は、彼らの信念に命を吹き込んだものなのだと。「よりよい」製品という考え方には疑問が伴い、なぜその製品が存在するのかが最初に考えられるべきであり、それを望む人がいる理由と一致してなければならず、どの場合でも、初心、大義、信条といったものに立ち戻っていれば、業界の変化に対応できると。「競争に勝つためににはなにをすべきか?」と自問するのではなく、「そもそも自分たちの理念とはな何か、その理念に生命を吹き込むには、なにができるか」と自問すべきなのだとしています。

 第4章「これは生物学だ」では、どこかに帰属していたいという願望は、理性から生じるものではなく、どんな文化であろうとすべての人間がもつ普遍的なものであるとしています。また、意思決定を司る脳の部位は、言語機能を司っていないため、我々は無理やり説明をくっつけるが、WHYがなければ、決断を下すのは難しくなり、不安な気持ちのままデータや数値に頼って決断を下そうとするようになると。WHYが鮮明な製品は、ユーザーの理念や信条を周囲に明確に伝える力を持っているが、WHYを曖昧にしている企業は、顧客の要望を叶えようとHOWやWHATで始めてしまい、低価格、特徴の数、サービスや製品の品質といった操作で差異化を図って勝負せざるを得なくなるとしています。

 第5章「明快さ、厳しい指針、一貫性」では、終始一貫したWHATには「本物であること」が求められ、本物であることは、永続する成功には必須だが、これは、もとをたどればWHYに行きつくとしています。そして、自分のWHYがわかっていなければ、志や理念を言動であらわすことなどできず、自分のWHY(信条)と言動が矛盾せず、終始一貫していなければ、本物になれないと。リーダーは自分の心から信じることを行動に移すことによって本物(オーセンティシティ)になり、周囲の同じ信条を持っている人がついてくるとしています。

 第3部「リーダーには信奉者が必要」では、第6章「危機に瀕する信頼」で、勝ちたいという欲望は、本質的に悪いものではないが、得点だけが成功の基準になると問題が生じるとしています。会社や顧客のためではなく「自分のために」勝たなければならなず、会社やリーダーは、社内の人間が「自分のために」と思えるようなWHYを持つ必要がある―つまり、会社のWHYと自分のWHYを一致させ、自分のためにやったことが会社のためになっていることが理想なのだとしています。

 第7章「ティッピング・ポイントとは」では、ビジネスや社会でティッピング・ポイント(それまで小さく変化していたある物事が、突然急激に変化する時点)に達するには、コネクター(イノベーター、アーリーアダプター)による口コミが必要だが、初期ターゲットとするイノベーターやアーリーアダプターには単に影響力をある人を選ぶのではなく、自分たちが信じているものを信じてくれる人を選ぶべきであると。ビジネスの目標は、単に誰か(大衆)に商品を売ることではなく、理念や信念に共感してくれる人を探すことにあり、初期採用者についてそうした狙いを定めていれば、最終的には大衆がついてくるとしています。

 第4部「信じる人間をどう集結させるか」では、第8章「WHYからはじめよ、だがHOWを知れ」で、世の中にはWHYタイプの人(夢を語る人)とHOWタイプの人(計画を立てる人)が存在するが、優劣があるわけではなく、WHYタイプの語る信念・大義を中心に、それらをメガホンのように拡散する役割をHOWタイプが担っていて、WHYを知る人にはHOWを知る人が必要であり、WHYタイプの役割は、人々をインスパイアし、活動をおこすことだとしています。

 第9章「WHYがわかり、HOWもわかった。で、WHATは?」では、リーダーは、メンバーに信念を確実に信じさせ、それを実行する方法を理解させなければならず、また、HOWタイプはWHYを理解する責任を負っているとしています。組織のトップに座っているリーダーは、インスピレーションであり、我々の行動理由のシンボルなのだと。

 第10章「コミュニケーションとは耳を傾けること」では、業績をあげている会社の「最善策」を、つまりWHATやHOWをそのまま真似るだけではダメで、大切なのは、WHATやHOWではなく、HOWとWHATがWHYと一致しているかどうかが肝心なのだとしています。

 第5部「成功は最大の難関なり」では、第11章「WHYが曖昧になるとき」で、起業した後、あるいは仕事を始めた後、自分が行うWHATに我々は自信を深めていき、それを行うHOWに精通していく―業績を上げれば、どれだけの成功をおさめたかを数値で知ることができ、これでまた精進した、成功した、と感じることができる―ところがその過程で、そもそもどうしてこの旅を始めたのかというWHYをすっかり忘れてしまいがちになり、すると、必ずWHATとWHYに乖離が生じるとしています。

 第12章「WHATとWHYの乖離」では、WHATとWHYが離れはじめた組織は、もはや理念や大義に心動かされることはなく、インスピレーションはなきに等しいと。多くの大企業が「初心に戻れ」と異口同音に言っているのも、偶然ではなく、彼らがほのめかしているのは、乖離が始まる前の時代に戻れということだとしています。

 第6部「WHYを発見する」では、第13章「WHYの源泉」で、アップルという会社のWHYの源泉はどこにあったのかを振り返り、アップルの製品は、アップルのWHYを理解する人にとって最高なのだとしています。

 第14章「新たな競争」では、他の人間と競争するとき、誰もあなたを助けたいとは思わないが、自分自身に戦いを挑むと、誰もがあなたを助けたいと思うとし、他人と自分を比べると誰も私たちを助けようとしないが、自分自身をよりよくするために出社したらどうなるか? 人々をインスパイアするために出社したたらどうなるか? と問うています。そして、もし、すべての組織がWHYから始めたら、決定はよりシンプルになり、忠誠心は篤くなり、信頼が共通認識になるだろうとしています。

 世の中には「形式上のリーダー」と「本物のリーダー」がいて、「形式上のリーダー」は、権力のある座につき、影響力を持つが、「本物のリーダー」は、私たちを感激させ、奮起させる。「本物のリーダー」は、私たちに「WHY(理念と大義)」を語るが、それこそが組織の内外の人たちのやる気を起こさせるのに対し、「形式上のリーダー」は「WHAT(結果)」だけを語ってしまうということを言っている本です。

FIND YOUR WHY2.jpg TEDで記録的な再生数を誇った著者のプレゼンテーションを見て本書を手に手にした人も多いかと思いますが、プレゼンからさらに一歩踏み込んで説明されており、啓発度が高かったように思います。単なる啓発書にとどまらず、組織論、リーダーシップ論としても読め、人事パーソンにお薦めです(本書の実践編として、『FIND YOUR WHY―あなたとチームを強くするシンプルな方法』('19年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)も刊行されている)。

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一般向け新書だが、意外と経営者、管理職向けだった。事例も豊富で解説も深い。

パワハラ問題.jpg 『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで― (新潮新書)』['20年]

 最近、社内でのパワハラがもめて法廷にまで持ち込まれるケースが増えてきていますが、本書は、20年以上にわたりこの分野を専門の一つとしてきた弁護士が、アウトとセーフの境界はどこにあるのか、被害を受けたり訴えられたりした場合どうすればいいか、といったパワハラをめぐるさまざまな問題について、一般向けに分かりやすく解説したものです。

 第1章で、まず、ハラスメントに関する基礎知識を整理するとともに、さまざまな種類のハラスメントを解説し、第2章では、ウィズコロナ時代におけるテレワークの浸透で登場した新たなハラスメント「テレハラ」を取り上げています。第3章では、パワハラの6つの行為類型を示すとともに、どんなことがアウトでどういうときがセーフなのかを示し、また、会社や経営者・管理職の責任はどう問われるのかを解説しています。

 第4章では、いわゆるパワハラ防止法の中味にについて、パワハラ3要件を軸に解説し、第5章では、公務員の場合は法律上どう規定されているのか(人事院規則とパワハラ防止法ではパワハラの定義が違うとのこと。公務員のの方が範囲が広い)、第6章では、経営者や管理職は措置義務として何をすればよいのかを述べ、第7章では、パワハラ経営者、管理職にならないためにどうすればいいのか、例えば、部下から相談を受けたときに、部下に言っていい言葉・悪い言葉などを教示しています。

 第8章では、グレーゾーンとパワハラの境界線を示し、上司の立場に立ち、問題化した場合はどうリカバリーするべきかを説いていますが、特にグレーゾーンの事案の場合、その後の対応によって「白」にもなれば「黒」にもなることがあるというのが理解できます。

 さらに、第10章では、これも最近多いようですが、モンスター社員やネット中傷などにより管理職が被害者となった場合の会社の対応の在り方を述べ、第11章では、「問題集」形式で8つのケースを挙げて、「あなたならどう動くか」を問うとともに、望ましい対応とはどのようなものかを示しています。

 また、巻末に、「現場で役立つ最新パワハラ判決30戦」として、パワハラを認めた判決例を16、認めなかった判決を14ほど紹介しています。こうしてみると、パワハラの判例もかなりの件数が出揃い、グレーゾーンとパワハラの境界線が以前よりは見えてきた印象を受けます。

 個人的には、思っていた以上に経営者、管理職向けとの印象を受けました。人事パーソンにとっても、啓発される部分は少なからずあると思われます。新書という限られた紙数の範囲内ですが事例も豊富であり、最後の判例集などはこの1、2年のものが多く紹介されていて、実務面でも参考になります。さらに、研修などにおけるケーススタディやグループディスカッションなどに応用できる"素材"もあったように思われ、あとがきで著者自身が本書の社内研修での利用を推奨しています。

パワハラ問題に対する自身の認識・理解度を確認し、知識をブラッシュアップするために一読されるのもよいかと思います。

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「男性育休」は、啓発だけでは限界があり、少子化対策には「義務化」が必要と。

男性の育休.jpg 『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる (PHP新書) 』['20年]

 若手男性社員の多くが取得を希望しているという男性の育休ですが、その希望とは裏腹に、取得率は7%台と横ばいを続けています。少子化による人口減少の突破口としても期待されている男性育休ですが、それにもかかわらず普及しないのはなぜか、「男性育休義務化」が注目される背景は何なのか―本書は、自民党有志議員による「男性の育休『義務化』を目指す議員連盟」の民間アドバイザーである著者2人が、豊富なデータや具体的事例をもとに詳説したものです。

 第1章では、男性育休にまつわるよくある誤解について解説しています。育休期間中は収入がなくなる、共働きでないと取得できない、男性育休の制度がある大企業でないと取れない、といったことがいずれも誤解であることは、人事パーソンであれば常識かと思いますが、意外と経営幹部や一般社員には、そうした誤った思い込みがまだ一部にあるかもしれないと思いました。

 第2章では、男性育休の現状を豊富なデータから分析してその課題を探るとともに、結婚・出産・子育てをしたがらない若者が多くなっているのはなぜか、その背景を探っています。調査では、女子学生の9割が将来の夫に育休の取得を希望し、さらに、新入社員男性の8割、男性中堅社員の9割が育休取得を希望するものの、詰まるところ、育休を取得しづらい「職場の雰囲気」が大きな壁になっていることが事実として判明したとしています。

 第3章では、男性育休を企業が推進するメリットを説いています。男性育休は人材不足解決の切り札になるとし、男性育休の取得率を100%にすることで、残業ゼロで採用もうまくいった中小企業の事例を取り上げ、さらに、男性就活生に人気の企業は、男性育休の取得率が高いといったデータを紹介しています。そして、男性育休がもたらす変化として、①時間当たりの生産性の向上、②エンゲージメントとロイヤリティの向上、③周囲の社員や部下の成長機会になる、④上司のマネジメント力の向上、を挙げています。

 第4章では、男性育休を「義務化」することを提唱し、その理由を述べています。少子化対策には企業への働きかけが急務であるが、啓発するだけでは限界があり、少子化対策を加速させるためには、義務化が必要であるとしています。平成は"女性活躍時代"の時代だったが、それは「女性のスーパーウーマン化」によって支えられたものであり、令和は、"男性の家庭活躍の時代"にしなければならないとも述べています。

 第5章は、具体的にどのようにして男性育休を「義務化」するかについて、①企業の周知行動の報告の義務化、②取得率に応じたペナルティやインセンティブの整備、③有価証券報告書に「男性育休取得率」を記載、④育休の一カ月前申請を柔軟に、⑤男性の産休を新設し、産休期間中の給付金を実質100%へ、⑥半休制度の柔軟な運用、⑦育休を有効に活用するための「父親学級」支援策、の7つの提言をしています。

 男性育休について知るためのテキスト的要素もある本でしたが、それ以上に、男性育休を「義務化」することを提唱している本でした(だから、一般向け新書なのか。ナルホド)。企業の人事部には、男性で育休を取った前例が少なく、育休を取る人が出ないので、「いっそ、全員が取得することを義務付けてくれたらいいのに」との声も多いとのことです。先進諸国の例でも、取得が義務化されていたり、取得に対するインセンティブが用意されていたりした上での、高い男性育休取得率になっていることが窺えます(義務やインセンティブ条件を満たしてしまえば、すぐに職場復帰する傾向もみられる)。

 コロナ禍によるテレワークの浸透などで、企業における業務の生産性についても見直される機会の多い昨今、効率性の概念が弱く、社員に果てしなく残業をさせるような職場は「問題」とされ、これから企業には、生産性高く効率的に働いて、早く帰り家族に会いたいと思う社員自身の欲求を満たすことが求められるのでしょう。一般向けの新書ではありますが、男性の育休取得促進は、企業にとって経営戦略として位置付けられるとの思いを抱かされました。

 因みに、2022年の育児・介護休業法の改正により、男性の育休取得推進が義務化されています。これは、男性労働者に対して育休の取得を義務づけたものではなく、使用者に対して男性従業員の育休取得を促進することが義務づけられたというものでり、これだと「義務化」と言っても実質「努力規定」に留まっていることになってしまいます。法律は少しずつ改正されていますが、その歩みはあまりに小刻みすぎる気がします。

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啓発的かつ実践的。「新しい時代の上司学」を考えるうえでは良かった。

あなたの職場の繊細くんと残念な上司.jpg 『あなたの職場の繊細くんと残念な上司 (青春新書インテリジェンス)』['20年]

 自分の意見を言えなかったり、強く注意すると会社を休んだり、言いづらいことはメールで伝えてくる――といった繊細な若手社員が増えているのはなぜか? そんな若者を良かれと思った指導でつぶしてしまう残念な上司にならないようにするはどうすればよいか? 本書は、かつて企業に勤め、現在は大学教員であり、職場でのコミュケーション、メンタルヘルス問題や若者意識に詳しい著者が、世代間のギャップを考察し、若手を伸ばすリーダーや職場の共通点を明らかにしたものです。

 まず、著者は、いまNOをはっきり言えないといった繊細な若者が増えていることを指摘し、彼らがひ弱で繊細に見える理由として、①中高年には見えにくい「不安心理」、②多様性の時代に高まる「同調圧力」、③「doingからbeing」への人生に求めるもの変化、の3つがその言動の背景にあるとしています。

 第1章では、上司には見えない「不安心理」の背景には、彼らが不透明かつ不安定な時代を生きてきたことがあるとしています。彼らは常に「(Comfortable ℤone(居心地のいい空間)」に身を置きたいという気持ちが強く、会社にそうした居心地のいい空間があるかどうかを、会社の規模や知名度、給料の高さよりも重要視するとしています。たとえば、若手社員の定着率は、緩やかながらもお互いに支え合える「横の人間関係」の有無に左右されるとしています。

 第2章では、自分の意見をはっきり言わず、遅刻を注意したら退職したとか、飲み会・社内イベントの幹事をやろうとしない、海外勤務や転勤をきっぱり断る、といった最近の若者の言動の背景には、「doing(形のあるもの)からbeing(形のないもの)」への価値観の変化があり、外面よりも内面の充実を重視するようなっていて、旧来の価値観を押し付ける上司は、若手を追い込む「同調圧力」として避けられ、できる上司ほど自身の価値観を部下に「強要」しないとしています。

 第3章では、いま日本では、ハラスメントを恐れて部下にダメ出しできない上司が増えているとし、中高年の管理職が部下に言いにくいことを伝えるときは、これまで述べてきた若者の特徴を踏まえ、「かりてきたねこ」に留意すべきであるとし、「か:感情的にならない」「り:理由をきちんと話す」「て:手短に済ませる」「き:キャラクターには触れない」「た:他人と比較しない」「ね:根に持たない」「こ:個別に伝える」の7つのポイントについて解説しています。

 第4章では、できるリーダーとは、若手の力を引き出す共感のマネジメントができる人であり、若手の力を引き出す近道は、何をおいても「傾聴」であるとし、残念な上司は「指示」を出し、できるリーダーは「質問」をするとしています。

そして、部下との信頼関係を築く、以下の6つのポイントを紹介しています。
 1.100点か0点かで判断しない
 2.「いつも~だ」と考えない
 3.「マイナス思考」「マイナスだけを通すフィルター」を持たない
 4.事実から離れない
 5.「すべき思考」にはまらない
 6.レッテルを貼らない

 また、部下の成長応じて、指示は4段階で変えるようにとも(SL理論)。
 ・成熟度1(その仕事の未経験者)→「指示型」の指導
 ・成熟度2(ある程度自分でできる)→「コーチ型」の指導
 ・成熟度3(その業務に精通している)→「援助型」の指導
 ・成熟度4(専門性を持ち成果がだせる)→「委任型」の指導

 最後に「繊細な若手社員の力を引き出す、以下の6か条を紹介しています。
 1.賞罰や競争、比較をからめないこと
 2.共同体の感覚を持たせる
 3.YES・NOの表明を強要しない
 4.不安に共感し、不安を共有する
 5.相手の考え、環境、生き方に共感する
 6.責任を口にしない

 例えば、最後の「責任を口にしない」。「おまえたちのやりたいようにやってみろ。その代わり全力投球しろ。責任は俺が取るから心配するな」と、こんな啖呵を切っても、今の若手社員にはたいして響かず、彼らは「自分に酔っている」とか「耳あたりのいい台詞だけど、こっちにプレッシャーをかけている」と見透かしているとのことです(笑)。責任を強調して部下を追い込むのではなく、上司と部下で役割は違えど、同じ目的に向かっていく仲間として、ともに力を合わせていくことを伝え、それを共有していくことが求められている(179p)ということなのでしょう。

 いろいろ気付きを与えてくれて啓発的であると同時に、実践的な内容でもあったように思います。多様性の時代、働く部下のワーク・ライフ・バランスを理解し、彼らと価値観や倫理観が共有でき、良いコミュニケーションが取れることが、これからの上司に求められる資質であるとの思いを抱かされました。会社としても、そうしたことを後押しする社内環境の整備を考えるべきで、ただ、若い社員には愛社精神を持ってほしいと思っているだけでは何も変わらないのでしょう。

 著者の過去の著書の傾向からメンタルヘルスの本かと思いましたが、タイトル通り「上司学」の本でした。「新しい時代の上司学」とまで言ってしまうとどうでしょうか。SL理論をはじめ、リジッドなリーダーシップ理論も織り込まれていたように思います。でも、「新しい時代の上司学」を考えるうえでは良かったように思います。

font size=2>「●労働経済・労働問題」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3368】 小室 淑恵/天野 妙 『男性の育休

性別役割分業意識よりむしろ〈仕事優先〉の時間意識に原因が。

男性育休の困難.jpg 『男性育休の困難 取得を阻む「職場の雰囲気」』['20年]

性別役割分業意識よりむしろ〈仕事優先〉の時間意識に原因が。

 本書では、男性が育児休業を取得しようとする際に感じる、何となく取得を言い出せない「職場の雰囲気」はどこからくるのか、育児と仕事を両立することがなぜ困難なのかなどを、育児休業を取得した男性社員だけでなく、長時間労働の経験をもつ男性社員や女性社員たちへのインタビューの語りを通して分析しています。

 第1章では、育児休業を取得した男性へのインタビューから、職場には性別役割分業意識があり、育休と取得する男性はそれを超えるために、自らが置かれている状況が特別であることを上司にアピールする交渉力を発揮しなければならず、また、たとえ育休が取れたとしても、職場には「なんかいやーな感じ」の潜在化した批判が残ることが多いとしています。

 第2章では、男性が育児休業を取ったことで、男性の認識がどのように変化するかをインタビューを通して分析していますが、その間「仕事から離れた」ことはそれほど否定的に捉えられることはなく、性別役割分業意識よりむしろ、〈仕事優先〉の時間意識を自分が持っていたことへの気づきや、〈仕事優先〉の時間意識から〈仕事も育児も〉の時間意識への変化があったとしています。

 第3章では、育児休業を取らなかった男性や、育児をしながら働いた女性に、育児と仕事の時間配分はどうだったかを聞いていますが、労働時間を短縮しなかったケース、労働時間を短縮したケース、仕事を辞めて転職したケースがあり、いずれのケースも男女とも、育児に携わりながらも、そこには〈仕事優先〉の時間意識があったとしています。

 第4章では、正社員として働く人たちの時間意識を、長時間労働や私生活の時間に対する考えを聞くことで探り、入社当初から長時間労働をしてきた正社員は、無意識に〈仕事優先〉の時間意識を持つようになり、その結果、労働時間が私生活の時間をコントロールするようになっているという実態があるとしています。一方、残業ゼロの職場で働く人は、私生活で多彩な活動をしていることを確認しています。

 第5章では、〈仕事優先〉の時間意識と〈仕事も育児も〉の時間意識は、職場でどのような位置づけにあり、これらの時間意識が明らかにする育児の特殊性はどのようなものかを考察しています。そして、従来の「望ましい労働者」像は、〈仕事優先〉の時間意識を持ち、それを実践している労働者である一方、育児は、(柔軟に減らすことができる自由時間と違って)仕事時間を規定する硬直性を持つ(育児の時間が仕事の時間を決める)という特殊性があるため、そこで葛藤が生じるとしています。

 第6章では、これまでの分析を踏まえた上で、なぜ男性は育児休業制度の利用が難しいのかを分析し、性別役割分業意識よりも深層にある〈仕事優先〉の時間意識が、①常に〈仕事優先〉の働き方を要請するとともに、②「どちらかを選択しなければならない」と思わせ、③性別役割分業の実態に沿って、男は仕事、女性は家事・育児を「選択」するよう迫られるためだとしています。

 終章で、男性育休の困難を解消するためにどうすればよいかを述べており、まず「ジェンダー視点をカッコに入れる」ことを提案しています。なぜならば、〈仕事優先〉の時間意識=男性的価値観とは言い難い面があるためです。〈仕事優先〉の時間意識を積極的に受け容れる女性もいれば、育児休業を取得したことで仕事優先〉の時間意識から〈仕事も育児も〉の時間意識への変化する男性もいるためです。その上で、ワーク・ライフ・バランス論を組織文化論に位置づけ、新しい両立研究として進化させていくことの可能性を示唆しています。また、組織成員の相互作用を視野に入れること、さらに、第1章で、変化の可能性の1つに同僚の賛同を動員する事例を示していますが、交渉当事者を拡大すること(育休を取得する男性を増やすこと)を提唱しています。

 本書に出てくるインタビュー対象者は、男女を問わず、会社に入社した時からかなり猛烈に仕事をしてきた人が多いように思いました。そして、そういう人たちの多くは無意識のうちに〈仕事優先〉の時間意識を受け容れており、育児と仕事の両立の困難を抱える当事者に限らず、(人事パーソンも含め)組織の全員が、まず、そのことに気づき、見直してみることが、これからの望ましい働き方を探るうえで必要であると思わされる本でした。

《読書MEMO》
●目次
序 章 「職場の雰囲気」に着目する理由
 1 男性にとっての育児休業制度
 2 男性の育児休業と職場の雰囲気
 3 本書の課題
 4 調査対象
第1章 育休男性と職場のコンフリクト
 1 職場の性別役割分業意識――「お母さんじゃだめなの?」「休めるんだから仕事頼むよ」
 2 手続きの確実さと育児の不確実さ――「いつから休むのかちゃんと出して」
 3 交渉力の発揮――「特別だからできる」
 4 潜在化する批判――「なんかいやーな感じ」
第2章 育休男性の新しい意識
 1 育休取得前――稼ぎ手役割の委譲
 2 育休取得経験で顕在化する意識
 3 育休取得後――意識化される〈時間帯〉
第3章 育児・仕事の時間配分の三つの様相
 1 労働時間を短縮せず、育児に関わる
 2 労働時間を短縮して、育児をする
 3 仕事を辞める
第4章 仕事/私生活をめぐる時間意識
 1 長時間労働に対する認識
 2 私生活の時間に対する認識
 3 コントロールできない労働時間が私生活の時間をコントロールする
 4 残業ゼロと多彩な活動
第5章 「望ましい労働者」像と育児の特殊性
 1 二つの時間意識――〈仕事優先〉と〈仕事も育児も〉
 2 男性が育休取得をためらうのはなぜか
 3 職場の「望ましさ」と育児の特殊性
第6章 なぜ男性育休は困難か
 1 〈仕事優先〉の時間意識に内在する「しかけ」
 2 性別役割分業意識の作動
 3 なぜ男性は育児休業制度の利用が難しいのか
終 章 男性育休の困難を解消するために
 1 ジェンダー視点を「カッコに入れる」とは
 2 組織成員の相互作用を視野に入れる
 3 交渉当事者を拡大する
あとがき

著者プロフィル
齋藤 早苗(サイトウ サナエ)
東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。会社員、団体職員として約20年働き、2度の育児休業を経験。その後、大学院に進学。調査報告に「親はどのような保育を求めているのか――株式会社立保育所に着目して」(「相関社会科学」第24号)、「育児休業取得をめぐる父親の意識とその変化」(「大原社会問題研究所雑誌」2012年9・10月号)など。

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社員の自律性と快適さを重視する新しい働き方としての「リモートワーク」を提示。

リモートワーク1.jpgリモートワーク2020.jpg
リモートワーク――チームが結束する次世代型メソッド』['20年]

 本書は、リモートワークは欧米のIT業界が長く牽引してきたもので、そこで蓄積された膨大なメソッドは、他業種にも多くのヒントを与えてくれるとし、初級者、中級者、マネジャーにその方法論を伝えることを目的としたものです。

 第Ⅰ部「リモートワークの前提条件」では、なぜリモートワークをするのかについて述べ、リモートワークは職場に柔軟性をもたらし、時間志向ではなく成果志向の働き方を促進するとし(第1章)、さらに、リモートワークが雇用主にもたらす利益として、競争力強化のために必要な人材が確保しやすくなることなどを挙げています(第2章)。また、バーチャル領域でどう効果を発揮すればよいかについてのよくある質問に回答するともに、職場勤務の重要なメリットをオンラインでも再現する方法について紹介しています(第Ⅰ部番外編)。

 第Ⅱ部「リモートワーク実践ガイド」では、リモートで働く人に焦点を当てています。まずリモートワーク初心者について、リモートワークを始める前にどのようなスキルセット、ツールセット、マインドセットが必要かを述べ(第3章)、さらに中級者がリモートワークに磨きをかけるにはどうすればよいか、どうすれば自分でも、そして他者ともうまく働けるのかを述べています(第4章)。最後に、リモートワークの準備が整っているかどうかを決める手助けにする質問票を示し、その結果から、準備を整えるためには、具体的に何をすべきかが明確になるとしています。また、上司(やチーム)を説得する方法や、リモートの職探しといった、次の段階へ続く助言もあります(第Ⅱ部番外編)。

 第Ⅲ部「リモートチームのマネジメント入門編」では、経営者やマネジャーの視点から見たリモートワークについて検討しています。バーチャル領域に初めて踏み込もうとする企業や部署のために、それに備える方法を説明しています(第5章)、また、リモートワーカーを雇う方法についても説明しています。ここでは、トップリモートワーカーは、協調性があり、フィードバックを前向きに受け取れる優れたチームワーカーであるとして、そうした資質を面接でどう見抜くか、サンプル質問票を提示しています(第6章、第Ⅲ部番外編)。

 第Ⅳ部「リモートチームのマネジメント中級編」では、リモートワークにおいて効果的なコラボレーションを実現するにはどうすればよいか、リモートチームのマネジメントについて述べています。ここではまず、マネージャーがコミットしてチームの成功を信じ、メンバーが期待通りに仕事を成し遂げると信頼することの重要性を説いています(第7章)。さらに、チームを成功に導くためにはどのようなリーダーシップや方向性、ツールが必要か(第8章)、チーム間で効果的なコミュニケーションをするためにはどのようなルール決めをすればよいか(第9章)、効果的なオンラインミーティングを実施するにはどうすればよいか(第10章)、それぞれ述べています。そして最後に、各章で説明されている行動の手順を〈マネジャーの行動計画〉としてまとめています(第Ⅳ部番外編)。

 上意下達・ピラミッド式の従来の日本企業像をそのままに踏襲する「テレワーク」ではなく、社員の自律性と快適さを重視する新しい働き方としての「リモートワーク」を提示している点は評価できるかと思います。テクニカルな問題にも触れていますが、それ以前に、リモートワークの前提となるマインドセットの必要性を強調しています。

 ただし、結果的に、周囲との価値観の共有や配慮が重要であるといった、一般的な組織論、チームワーク論と変わらないものになったような気もします。たとえば、上司(やチーム)を説得する方法を説いている箇所(第Ⅱ部番外編)や、トップリモートワーカーは、協調性があり、フィードバックを前向きに受け取れる優れたチームワーカーであるとしている点(第6章、第Ⅲ部番外編)などがそうです(かつてのグローバルリーダー論が一般のリーダー論とそう変わらないものであったのと相似関係になっている)。

 また、インタビューの引用が多く、インタビューした人のリストだけで30ページ近く、英文の「註」も含めると60ページ近くあって、それらが全部文中に入っているため、"引用過多"のきらいも。その割には、皆、言っていることは「同僚に感謝を示そう」「同僚との関係性を強化しよう」といった抽象的な精神論であったりするので、今一つ読後の印象が弱かったようにも思います。

 と言うことで、メリット、デメリットが半々みたいな本でしたが、帯に「いま、仕事の質を変えるとき」とありょうに、職場勤務の重要なメリットをリモートワークでも再現するにはどういう問題を克服すべきかを論じることによって、日本企業における人々のこれまでの働き方をリフレクション(内省)するための気づきを与えてくれるという副次的効果はあったように思います。

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DX(デジタルトランスフォーメーション)実現のための人事・人材マネジメントモデル変革を提唱。

デジタル時代の人材マネジメント.jpgデジタル時代の人材マネジメント2.jpg
デジタル時代の人材マネジメント: 組織の構築から人材の選抜・評価・処遇まで』['20年]

 本書の著者によれば、過去、日本企業は経営・事業のグローバル化や低成長経済下における事業構造改革の各局面において、日本型人材マネジメントモデルの抜本的な改革を先送りしてきたとのこと。一方でDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するために、高度なデジタルスキルを有するデータサイエンティストやAIエンジニアの処遇制度だけではなく、デジタル化による変化を主導するリーダー人材の育成や調達の仕組みはもはや待ったなしの状況にあるとしています。本書は、変革を先送りしてきた日本企業が、今後デジタル化を進める上でどのように人事・人材マネジメントモデル変革を進めていくのかを、豊富な事例を交えながら示したものであるとのことです。

 第1章では、デジタル化の現状を人材視点から総括し、デジタル化に対する多くの企業の取組みはまだ成果につながっておらず、そこには改革を拒む組織とヒトの問題があるとしています。

 第2章では。デジタル人材をめぐる処遇の勘所を取り上げています。デジタル人材を「ビジネス系デジタル人材」と「IT系デジタル人材」の2区分に分類し、ワークモチベーション調査の結果をもとに、デジタル人材のモチベーション要因や思考特性を分類ごとに分析しています。また、日本型人事制度を職能型・職務型・役割型に分類し、それぞれのデジタル人材の人材マネジメントとの親和性を考察しています。そして、職能型人事制度のような純日本型人材マネジメントモデルは既に機能不全化しており、見直しが迫られているとしています。また、デジタル化への不安から生じるコンフリクトを乗り越えるには、経営者のリーダーシップが鍵になるとしています。

 第3章では、DXを実現するために必要な組織・人材とは何かを深耕しています。エンジニアを獲得するだけではDXは実現できず、デジタルで経営のかじ取りができる「経営人材」、デジタルテクノロジーとビジネスを繋ぎ、ビジネスモデルの創出や業務プロセスの抜本的改革をリードする「ブリッジ人材」、そしてAIやビッグデータを操ることのできる人材を幅広く確保するための「デジタルビジネスの下地づくり」のすべてがこれからの企業には必要であるとし、そうした考えのもとに人材獲得戦略を繰り広げている先進・萌芽企業の例を紹介しています。

 第4章では「処遇制度」について述べています。デジタル人材の処遇においては、内部の既存の非デジタル人材との公平性やバランスの問題が生じることに直結しがちで、この困難な問題に対して、職務型の人事制度によって仕事に給与を払うことで、報酬水準を外部市場価値に連動させることが可能となるとする「外部市場価値連動型」職務給制度の導入をアプローチとして提案しています。また、有期雇用契約や業務委託などの形態も考えられること、さらには職務給と能力給のハイブリッド型の報酬制度などを、実際にそうした仕組みを取り入れている企業例も交えて紹介しています。因みに、事業の状況別アプローチとして、デジタル事業の創業期には、デジタル人材の質的充実のために「有期雇用形態」の活用を、成長・成熟期には、"出島組織"で「外部市場価値連動型の報酬制度」を、全社的にデジタルを志向する状況においては「職務給と能力給のハイブリッド型の報酬制度」を導入することを推奨しています。

 第5章では、「組織開発手法を活用した人事改革ステップ」について具体的に説明しています。そのステップとは
  Step1.トップが想いとコミットメントを持つ
  Step2.役員層を全体最適視点へ転換する
  Step3.経営陣でありたい姿から描く
  Step4.現場MG.共鳴型で巻き込む
  Step5.現場MGが双方向マネジメントへ転換する
  Step6.人事部がエンゲージメントをモニタリングする、
の6ステップであるとし(Step1~3がフェーズ1、Step4~6がフェーズ2)、それぞれのスッテプについて解説しています。

 本書を読んで、DXの実現に向けて人事面で対応していくということは、突き進んでいけば、これまで抜本的な改革を先送りしてきた日本型人材マネジメントモデルの見直しに自ずと繋がっていくとの思いを強くしました。デジタル人材を「ビジネス系デジタル人材」と「IT系デジタル人材」に分類して、特性の違いを分析しているのが興味深かったです。ともすると抽象論になりがちなテーマですが、SAP、サイバーエージェント、コニカミノルタ、大日本印刷など先進企業の制度事例が多く織り込まれていて、イメージを掴みやすく、具体的な示唆が得られやすかったように思います。そのまま、どの企業でも使えるというものでもありませんが、ひとつの示唆にはなるかと思います。

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「人事の緑本(入門編)」第3版。「赤本(基礎編)、青本(応用編)と併せてお薦め。

7の基本。8つの主な役割.jpg    『人事担当者が知っておきたい、⑧の実践策』.JPG
第3版 はじめて人事担当者になったとき知っておくべき、7の基本。8つの主な役割。(入門編)』['20年] 『人事担当者が知っておきたい、8の実践策。7つのスキル。』(2010/08 労務行政)

 企業が継続的に成長していくうえで欠かせない経営資源であるヒト、モノ、カネ、情報のうち、最も重要なのが「ヒト」であることはドラッカーの指摘を待つまでもありませんが、経営管理においてその「ヒト」の部分を担うのが人事労務管理の役割であるといえるでしょう。

 では実際問題として、人事部に新たに配属になった若手社員がいたとして、人事労務管理(人材マネジメント)の全体像がどれぐらい把握されているかというと、とりあえずは目の前の仕事をこなすことに忙殺され、近視眼的にしか自らの仕事を捉えられていないということもあるのではないでしょうか。

 本書は、人事労務管理を担当する初心者から中堅クラスを対象に、人事の業務全般が体系的に把握できるように解説された入門書であり、2012年刊の初版、2017年刊の第2版に続く第3版であるとともに、2010年刊の『人事担当者が知っておきたい、⑩の基礎知識。⑧つの心構え。―基礎編(人事の赤本)』『人事担当者が知っておきたい、⑧の実践策。⑦つのスキル。―ステップアップ編(人事の青本)』の姉妹本になります。

 これまでと同様、第1章で「人事の基本」として7つの仕事を挙げ、第2章以下、人材確保、人材活用、人材育成、働き方や報酬マネジメント、働きやすい環境の整備、労使関係と社内コミュニケーションを良くすることなど、人事にとって重要な8つの役割について解説されています。

 原則として見開きごとに1テーマとなっていて、要点を絞って簡潔に解説されているうえに図説もふんだんに使われていて、内容的にもオーソドックスであり、新任の人事パーソンにも入門書として読みやすいものとなっています。

 こうした入門書において「読みやすさ」と「内容に漏れがなく一貫性があること」は大きなアドバンテージになるかと思いますが、本書はその両方を満たしており、人材マネジメントの基本的なコンセプトから、諸制度の枠組み、「採用」から「退職」までの業務の流れ、労働法・社会保険に関する基礎知識などが、バランスよくコンパクトに網羅されています。

 さらにこの第3版は、近年の法改正への対応はもちろん、最近注目の人事に関するトピックやテーマにも触れ、例えば、職場環境の整備のところでは、メンタルヘルスケア、ハラスメントの防止、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティへの対応といった節が新たに設けられています。

 また、最終章では、環境の変化に伴うこれからの人事の課題として、これまでも触れていた少子高齢化、グローバル化、企業の社会的責任に加え、HRテックとピープル・アナリスティック、日本型雇用慣行とその変容、人事管理(PM)と人的資源管理(HRM)という節が新たに設けられていて、まさに「今」読むに相応しい入門書となっています。

 従来の人事労務管理の入門書が、実際には「マネジメント」領域までは踏み込んでおらず、実務中心のいわば「アドミニストレーション」偏重であるものが多いのに対し、この「緑本」「赤本」「青本」のシリーズを通して感じるのは、何れも人材の「マネジメント」という視座がしっかり織り込まれていることです。

 部下に人事部の役割や仕事を教える際に、実は伝えるのに最も苦労するのがその「マネジメント」の部分であり、その点を含めてカバーしている点にこのシリーズの特長があるように思います。

「●人事マネジメント全般」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3364】 内藤 琢磨 『デジタル時代の人材マネジメント

テキストだが、単に総花的・羅列的ではないのがいい。通読するだけで新潮流が分かる。

人材マネジメントの基本』.jpg人材マネジメントの基本.jpg 『この1冊ですべてわかる 人材マネジメントの基本』['20年]

 本書は、人材マネジメントとは「個人(社員やメンバー)が、所属する組織や社会のために、能力を最大限に引き出し、発揮することを支援する組織の関わり」であり、その重要性はますます高まっているとの考えのもと、人材マネジメントの基礎知識、導入の方法から最新トピックまでを網羅したものです。

 まず序章において、これまでの、人材は会社の「資源」であるという「ヒューマンリソース」の見方をベースに、人材にいかに効率的に働いてもらうかを考える従来型の管理型マネジメントに加えて、今後は、人材は会社の「仲間」であるという「ヒューマンリレーションシップ」の見方のもとに、人材にいかに主体的に働いてもらうかを考える、個人の主体性を重視したマネジメントが重要性を増すとしています。また、これまでの管理的なマネジメントではなく、委任的なマネジメントが求められるとして、ハーバード大学のリンダ・ヒル教授が提唱する、「羊飼い型のリーダーシップ」(逆さまのピラミッド)という概念を紹介しています。

 第1章では、人事マネジメントの具体的な「定義、目的、役割」について、第2章では、人材マネジメントを取り巻く、特に重要な「組織変化とその対応方法」について解説しています。第3章では、人材マネジメントの入り口である「人材の獲得」に関するトレンドや考え方、具体的な方法について、第4章では、獲得した人材の「育成方法」についてOJTとOFF-JTの両側面面から解説しています。第5章では、「人材の評価」の考え方、具体的な方法と「目標管理」の在り方を新しいトレンドも踏まえ解説し、第6章では、「人材を輝かせる組織の在り方」「組織デザイン」について、第7章では、企業や組織が人材とともに「持続的に成長するために必要な関わり」「カルチャーの形成」に関する考え方と取組方法について解説しています。

 このように網羅的であり、各章においてテーマに沿った基本を押さえながらも、例えば第2章では、時代の要請に沿った人材マネジメントの在り方を論じる中で、働き方改革、通年採用、副業解禁、女性の抜擢人事、男性の育休取得、介護離職問題、シニア人材活用、外国人雇用といったトレンディかつ具体的なトピックを扱っています。

 同じように、第5章の「人材の評価」では、テレワークの社員をどう評価するか、第6章の「組織デザイン」では、"パワハラ""逆パワハラ"を生まない組織基盤を構築するにはどうすればよいか、SDGsに対応する人材マネジメントとはどようなものか、といったことにも触れらています。

 形態はテキスト的でありながらも、内容的に単に総花的・羅列的ではないのがいいと思います。序章以下の随所に、著者らのコンサルティング経験をベースにした考え方や主張も織り込まれていること、また、章を追うごとにテーマがより根源的なものになっていくことが、全体を読みやすく、また、最後まで読み通せるものにしていると思います。

 もちろん関心のある部分から読むのもいいし、通読するだけでも、人材マネジメントの基本と最近のトレンドに関する知識が身につくと思います。また、人事部に配属になったばかりの初学者に限らず、ある程度経験がある人事パーソンが読んでも、目指す方向性の確認などにおいて、少なからず示唆が得られるのではないかと思います。

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労働法の初学者にもベテランにも、忙しい人や労働法の本はちょっと苦手という人もお薦め。

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労働法トークライブ』['20年]

 本書は、二人の労働法学者が、労働法上の今議論しておくべき問題、いわば旬のトピックを選んで語り合ったものですが、タイトルおよび表紙イラストにあるように、あたかも聴衆を前にした軽妙なトークライブのように(あるいはラジオの深夜番組のトークのように)、真面目一点張りではなく、ときにおちゃらけた冗談などもはさみながら、それでも真剣に、かつ深く、各テーマについて考えています。

 選ばれたテーマは、採用の自由、労働者性、性差別、障害者雇用、高齢者雇用、ハラスメント、過労死、解雇、正規・非正規の格差、副業・兼業の10個であり、それを各章に割り振っていますが、例えば「高齢者雇用」の章には「私がジジババになっても」というサブタイトルがついていたりすることなども、本書の持つ雰囲気を表しています。

 各章の構成は、冒頭に、各テーマに関わる論点を含んだ、実際にありそうな「Case」(設例)があり、そこに含まれる労働法上の問題を示唆したうえで「Talking」に入り、この部分が各章の根幹となります。そして、トークの後にまとめとしての「Closing」があり、続いて、冒頭のケースに対して労働法上正しい解答をするとすればどうなるかという「Answer」があります。さらに、各章ごとに、実務家や研究者などの「Special Guest」のトークに対するコメントを付しています。

 大学で行われているゼミスタイルを想起させる構成ですが、各章の「Closing」の部分が、「意識高い系若者たちへ」「現場の労使の皆さんへ」「霞が関の皆さんへ」と分かれていて、学生など労働法の学習者だけでなく、企業労働者や経営者といった社会人、労働政策の立案に携わる行政官なども意識したものとなっています。

 全体の流れとしては、基本を押さえながら、後に行けば行くほど、正規・非正規の格差、副業・兼業といったより今日的なテーマを扱っていることになりますが、1つの章の中においても、まず基本を押さえた上で、必要に応じて最近の法改正や裁判例なども押さえながら、今現場でどういったことが課題となっているか、それは今後どういった方向に向かうのかを探っています。

 例えば、第1章の「採用の自由」では、三菱樹脂事件などの過去の重要判定を検証しつつ、どこまで個人情報に関わる部分を調査していのか、あるいは面接で聞いていいのかといった実務的な問題に踏み込んでいきますが、両者の会話を通して、時代や社会環境の変化とともに、新たな論点や留意すべき点、判断が難しい点などが浮かび上がってきます。

 第9章の「正規・非正規の格差」でも、丸子警報器事件の判決を検証しながら、長澤運輸事件など最近の注目判決を読み解き、パート法からパート有期法法への法改正のポイントを踏まえつつ、今後日本的雇用は変わるかどうかといったことを論じています。

 まず、現行の法制度のルールや判例法理を踏まえた上で論を進めていますが、それらはいずれも人事パーソンであれば知っておきたいことばかりであるため、労働法の初学者の方にもお薦めです。一方で、現場で生じている(あるいはこれから生じるであろう)難しい問題にコンパクトに斬り込んでいるため、べテランにもお薦めです。更には、どの章からでも読めて、しかも楽しくすっと入り込めるように書かれているため、忙しい人や労働法の本はちょっと苦手という人にもお薦めという、三拍子揃ったスグレモノでした。

 個人的には、お堅いイメージのある有斐閣にしては思い切ったソフト趣向ながら、内実はオーソドックスであるという印象がありました。Special Guestの一人の清家篤氏、『定年破壊』('00年/講談社)での論から少し方針変更したんのだなあ(因みに、森戸英幸氏は『いつでもクビ切り社会―「エイジフリー」の罠』('09年/文春新書)で「定年破壊」に大いなる疑念を呈していたように思う)。

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心理的安全性と何か、それを実践するにはどうすればよいかを説く。

恐れのない組織1.jpg恐れのない組織.png チームが機能するとはどういうことか.jpg エイミー・C・エドモンドソン2.jpg Amy C. Edmondson
恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』['21年] エイミー・C・エドモンドソン『チームが機能するとはどういうことか―「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』['14年]

 本書は、ハーバード・ビジネススクール教授で、最近注目を集めている「心理的安全性」という概念の提唱者である著者が、フォルクスワーゲン、ピクサー、福島原発など様々な事例を分析し、対人関係の不安がいかに組織を蝕むか、それを乗り越えた組織の在り方とは何かを論じて、実践への示唆までを語った本です。

 3部構成の第1部「心理的安全性のパワー」では、心理的安全性とは何か、心理的安全性がなぜ重要なのかを説明し、さらに、なぜ多くの組織で心理的安全性が当たり前になっていないのかを考察しています。

 第1章「土台」では、病院での医療事故につながりかねなかった事例から、対人関係の不安により職場で従業員が本心を言わないことがパターン化すると、仕事の質に深刻な影響を及ぼしかねないとしています。心理的安全性とは、率直に発言することによる対人関係リスクを、人々が安心して取れる環境のことであるとしています。

 第2章「研究の軌跡」では、心理的安全性に関する学術研究からわかったことして、不安を当たり前にして生き残れる組織は21世紀においてはなく、「フィアレスな組織」は従業員にとってよりよい場であるだけでなく、学習、エンゲージメント、パフォーマンスに素晴らしい効果をもたらすことが明らかになったとしています。

 第2部「職場の心理的安全性」では、事例をもとに、心理的安全性が業績と人々の安全委にどのように影響するかを述べています。

 第3章「回避できる失敗」では、心理的安全性が欠けていると、ビジネスにおいて重大な失敗を吹き起こしてしまうことをフォルクスワーゲンなどの事例から、第4章「危険な沈黙」では、率直に意見を言えないことや権威を過信することとがもたらすリスクを、福島第一原発の事例などから、それぞれ検証しています。

 第5章および第6章では、率直に考えを述べることができ、それを当たり前とする組織の事例を紹介しています。第5章「フィアレスな組織」では、ピクサーを例に、クリエイティブな仕事が業績を左右するなかでのフィアレスな組織のもたらした効果を、第6章「無事に」では、福島第二原発などを例に、思いやりのあるリーダーシップよって、従業員が求められる以上のことをすることを、それぞれ例示しています。

 第3部「フィアレスな組織をつくる」では、リーダーはどんなことをすればフィアレスな組織―誰もが率直に話して仕事をし、貢献・成長・成功し、チームを組んで、ずば抜けた成果を出す組織―をつくりだせるかに焦点を当てています。

 第7章「実現させる」では、心理的安全性をつくるためには何をする必要があるかを述べ、心理的安全性は相互に関連する3つの行動(土台をつくる。参加を求める、生産的に対応する)によって生み出され、心理的安全性を強固にすることは、組織のあらゆるレベルのリーダーの責務であるとしています。

 第8章「次に何が起きるのか」では、本書の事例に関するいくつかの最新情報を紹介するとともに、心理的安全性に関してのよくある質問について回答しています。

 最後の質問のなかに「職場が心理的に安全になると、時間がかかりすぎてしまうのではないか」というのがあり、これなどは最近どこかの組織委員会であったような話ですが、著者は、心理的安全性は効率性に役立つ可能性があり、時間の浪費ではなく節約になるとしています。また、透明性の問題にも触れています。

 著者は、日本企業は「権力格差(パワー・ディスタンス)」が大きいとしており、その意味でも日本企業の職場こそ心理的安心性がより求められると思われますが、著者もそれは可能なことであるとしています。

 著者は『チームが機能するとはどういうことか』の著者でもあり、専門はチーミング(境界を越えてコミュニケーションを図り、一致協力する技術)ですが、心理的安全性と何か、それを実践するにはどうすればよいかを問いた本書は、チーミングをテーマとした本と言ってもいいのではないかと思います。

 心理的安全性について書かれた本がすでに何冊か出ていますが、先に大本(おおもと)である本書を読んで、そのエッセンスに触れておくのがよいかと思います(『チームが機能するとはどういうことか』もお奨めです)。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1部 心理的安全性のパワー
第1章 土台
第2章 研究の軌跡
第2部 職場の心理的安全性
第3章 回避できる失敗
第4章 危険な沈黙
第5章 フィアレスな職場
第6章 無事に
第3部 フィアレスな組織をつくる
第7章 実現させる
第8章 次に何が起きるのか
解説 村瀬俊朗

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理想のチームプレーヤーの特質は、「謙虚」「ハングリー」「スマート」の3つ。

理想のチーム プレーヤー2.jpg理想のチーム プレーヤー.jpg
理想のチームプレーヤー――成功する組織のメンバーに欠かせない要素を知り、成長・採用・育成に活かす方法』['20年]

 本書の著者パトリック・レンシオーニには、『なぜあなたのチームは力を出しきれないのか』('02年/日経BP)、『あなたのチームは、機能してますか?』('03年/翔泳社)など日本でも話題になった著書があります。

 『なぜあなたのチームは力を出しきれないのか』は、大規模な組織を率いるトップにとっての組織が競争優位を得るための最重要課題は、戦略でもマーケティングでも財務でもなく、健全な組織をつくることにあるとし、それを実現する「結束」「明確化」「周知徹底」「強化」という4つの指針を、物語を通して示した本であり、『あなたのチームは、機能してますか?』は、危ない組織の5つの症状(「信頼の欠如」「衝突への恐怖」「責任感の不足」「説明責任の回避」「結果への無責任」)を、これも物語形式で示し、ここから導かれる、真のチームワークに求められる5つの行動とは、弱みを見せて信頼を築き、健全に衝突し合い、進んで責任感を持ち、互いの説明責任を追求し、結果を重視することであるとしたものでした。

 本書『理想のチームプレーヤー』では、著者は、チームデベロプメントのコンサルタントとして長年に渡り様々な企業と関わる中で、組織の繁栄に最も必要な人材はチームプレーヤーであるという結論に至ったとした上で、前著での5つの行動は、十分なコーチングや忍耐力、時間などの条件を満たせば習得可能だが、周りよりも優れたチームプレーヤーで、この5つの行動をうまく実践できる人がいて、これ実現できるそうした理想のチームプレーヤーは、人生や仕事や鍛錬を通して「3つの美徳」を身に付けてきたのだとしています。そして、その3つの美徳とは何かを、「第1部:寓話」で、前二著と同じく物語形式で示しています。物語の枠組みは次のようなものです。

 シリコンバレーの企業やコンサルティング会社で輝かしいキャリアを重ねてきた主人公ジェフ・シャンリーは、突然、伯父が経営する有名な建設会社バレー・ビルダーズ社のCEO に任命される。緊急の社長交代劇と共に与えられた使命は、会社史上最大規模の2つのプロジェクトを成功させることだった。ジェフは困惑しながらも、難航するプロジェクトをやり遂げる唯一の方法を見つけ出す。それは、会社のメンバー全員が「理想のチームプレーヤーになる」という価値観を共有し、それに向かう採用と育成の企業文化を、早急に作り上げることだった―。

 つまり本書は、ジェフ・シャンリーという主人公が叔父の会社を救おうとする物語を例に、理想のチームプレーヤーとは何かが語られているわけです。物語で主人公らはまず、会社に問題を引き起こす「モンスター社員」の特性を考え、次にその逆の特質とは何かを考えます。そして、偉ぶらず、勤勉に働き、人間との接し方を知っていることが、モンスター社員の逆、つまりチームプレーヤーの特質であり、この「謙虚」「ハングリー」「スマート」という3つの要素が、優れたチームプレーヤーに欠かせないという結論に行きつきます。

 物語の後の「第2部:モデル」では、3つの美徳を改めて定義し、理想のチームプレーヤーと、そうでない3つの要素のどれかがが欠けている人物のモデルを示すとともに、理想のチームプレーヤーを採用する方法、今いる社員の評価の仕方、一つ二つ美徳に欠けている社員の育成方法、3つの美徳の組織カルチャーへの組み込み方がまとめられています。

 例えば、採用に関しては、面接でカギとなるポイントや、謙虚、ハングリー、スマートの3要素のエッセンスを探るのに役立つ質問例が紹介されていいます。その中には、ごく普通に日本の企業面接で訊くような質問もありますが、チームプレーヤーに必須の3要素を持っているかどうかを、要素ごとに探るためにその質問をしているという点が特徴的であると思われます。

 物語形式なので読みやすく、内容も頭に入ってきやすいです。例えば採用に関して、米国企業の採用というとスペック重視という印象が強いですが、最近は変わってきているのではないかと思わせるものがありました。一方、日本企業は、前述のように、以前から本書にあるような採用をしてきたような気がしなくもありません。しかしながら、どこまで戦略的バックグラウンドがあったかはやや疑問であり、本書を読みながらそのことについて考えてみるのもいいのではないかと思います。また、著者の前著が未読であれば、遡及してそちらに読み進むのも良いかと思います。

《読書MEMO》
●モデル
三分の一
・「謙虚さのみ」 ⇒ 歩兵
・「ハングリーさのみ」 ⇒ ブルドーザー
・「スマートさのみ」 ⇒ 人たらし
三分の二
・「謙虚でハングリーだがスマートでない」 ⇒ うっかりトラブルメーカー
・「謙虚でスマートだがハングリーでない」 ⇒ 憎めない怠け者
・「ハングリーでスマートだが謙虚でない」 ⇒ 熟練の政治家

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「賢明」より「健全」。そのために「結束」「明確化」「周知徹底」「強化」せよと。

れんしおーに2.jpgなぜあなたのチームは力を出しきれないのか.jpg あなたのチームは、機能してますか.jpg
なぜあなたのチームは力を出しきれないのか 』['02年] 『あなたのチームは、機能してますか?』['03年]

 本書『なぜあなたのチームは力を出しきれないのか』では、まえがきにおいて、競争優位を得ている組織には、①賢明である、②健全である、の2つの特徴があるが、「現実をみると、ほとんどのリーダーは、組織をかしこくすることに時間とエネルギーの大半を費やし、組織をすこやかにすることにはあまり熱がこもっていない。ビジネス・スクールやビジネス誌が何を重視しているかを考えれば、無理もないことである。しかし、組織が健全であることの、しなやかで強い特性を考えると、これは残念なことである」(8p)としています。自身がマネジメントを任されているチームが、最高のパフォーマンスを発揮していると胸を張って言える管理職はどれほどいるでしょうか。本書は、物語形式で話を進めながら、チームが力を出し切れていないのはなぜなのか、その疑問に答え、解決策を提示したものです。

 第1部「不安の種」では、物語の枠組みが示されています。ビンス・グリーンが創立しCEOを務めるITコンサルティング会社グリニッチ・コンサルティングは、ビジネス・スクールの同級生だったリッチ・オコナーがほぼ同時期に創立しCEOを務める同業のITコンサルティング会社テレグラフとライバル関係にあるが、リッチの会社はすこぶる評判が良く、両社は売上こそ競ってはいるものの、人材獲得競争において、ビンスの会社からリッチの会社に移る人の流れが止まらない。また、ビンスの方は相手の会社が気になるが、相手は自分の会社に関心すら示していないようだ。ビンスはリッチの会社テレグラフ成功の秘密を知るためにスパイまがいの偵察までしたりし、さらにその"謎"を探ろうと、専門家を経営会議に招いたりするが、専門家らの分析では、ビンスの会社とリッチの会社では何から何まで異なり、彼らは、リッチの会社は「非常に健全な組織なのです」と言うばかりだった―。

 第2部「異なる文化」では、ビンスのライバルと目されていたリッチにも、ある悩みがあったことを明かしています。その悩みとは、忙しすぎるということで、自らの時間を取れないためリッチは会社を売却しようかとも考えましたが、生きがいでもある会社であるため踏ん切りがつかず、そこで、本当に会社にためになることを1つだけやるとすれば、それは何か? それだけを考えることにしました。そして、その結果見出した「4か条の指針」を黄色い用箋に記し、これを「イエロー・リスト」と呼びます。そのイエロー・リストに記された指針に則って行動することで、会社は急速に素晴らしいものになっていきました。そのイエロー・リストには何が書かれているのか、秘密にしていたわけではないですが、本当に知る人はごく限られていました(4か条の内容は本書の最後の方で明かされる)。
しかしながら、どんなグレートな会社でも過ちを犯すものです。リッチの会社は、空いていた人事担当副社長のポストにジャミー・ベンダーという男を採用します。ジャミーの経歴はどこから見ても申し分ないように思えましたが、次第にジャミーが進める改革の手法を巡って、彼とリッチの会社の経営チームのメンバーとの間に溝が生じます。結局、リッチの会社は、自社の企業文化にそぐわない人物を採用したことが判明し、ジャミー自身も自分がリッチの会社の企業文化に合わないことに気づいて会社を辞めます。

 第3部「チャンス」では、リッチの会社を辞めたジャミーが、ビンスの会社に自分を売り込みに行きますが、その際に何とイエロー・リストの内容を手土産に持っていきます。ここで、その4か条の内容が明かされます。それは、①まとまりがある指導者チームをつくり、その結束を維持する、②透明な組織をつくりだす、③組織が決定したことの伝達はやり過ぎるくらいやる、④人事システムで透明な組織を強化する、の4つで、つまり、リーダーが第一にするべき仕事とは、組織を健全にすること、それだけなのだということです。しかし、ビンスには、それがやれるというイメージが湧かない―。
ジャミーが転職希望先のビンスの会社で、ライバルのリッチの会社の「秘密の4か条」を説いているとき、偶然にもリッチがその場に、ビンスの会社事業買収の相談で訪ねてきます。そして、まだホワイトボードに書かれていなかった第4条と、「結束せよ、明確にせよ、周知徹底せよ、強化せよ」というまとめのスローガンを書き残して、穏やかな表情で去っていきます。

 第4部「情熱のゆくえ」は後日譚です。4か条の効用を信じたとしても、そのとおり実践するのは自分には無理だと悟ったビンスは、企業経営への情熱を失っている自分に気づき、会社を売却します。

 以上、本書の前4分の3がストーリー展開になっていて、後の4分の1が、健全な組織をつくるための4か条の指標のまとめとなっています。本書には、組織を健全化するためのノウハウがたくさん盛り込まれていて、リーダーは可能な限りその命題に取り組んでみるべきだろうと改めて思わされます。社内政治は良くないのではなく「絶対に駄目」と言っているのが印象的で、小さなほころびが大きな穴となり、組織を崩してしまうことの危険性がわかります。「強い」チームを作るためにリーダーが最も注力すべきことは何か、そのことを知りたいと思うマネジャーにお薦めです。


 同著者には、本書に続いて日本でもベストセラーになった『あなたのチームは、機能してますか?』('03年/翔泳社)という著書もあり、こちらもストーリー仕立てになっていて、その枠組みは以下の通りです。

 経験豊富な経営陣、完全無欠な事業計画、他の企業には望むべくもない一流の投資家、ことさら慎重なベンチャーキャピタルも列をなして投資を申し込み、オフィスも決まらないうちに有能なエンジニアが履歴書を送ってきた。その企業の将来は薔薇色に見えた。しかし2年後、取締役会で37歳のCEOは解任された。150名の社員の頂点に迎えられたのは57歳の女性CEOのキャスリン。しかも古くさいブルーカラー業界出身。ビジネス・スクールも決して有名とは言えない。彼女をCEOに迎えたいという会長の発言を聞き、取締役は彼の正気を疑った。でも、会長には確信があった。競争における究極の武器はチームワークである。そして、キャスリンはチーム作りの天才だったのだ―。

 本書では、キャスリンが来た時には最悪だった会社の状況を示し、危ない組織の5つの症状を挙げています。それは次のようになります。
 ・結果への無責任(各自の仕事にかまけて全体を見ない)
 ・説明責任の回避(衝突を避けて互いの説明を求めない)
 ・責任感の不足(決定したことでもきちんと支持しない)
 ・衝突への恐怖(不満があっても会議で意見を言わない)
 ・信頼の欠如(意見は一致していないのに議論が起きない)

 キャスリンは、経営チームのメンバー各個人の性格を全員露わにすることから始め、チームの輪を崩すもの(テイカー)をチームから排除し、少しづつチームとして機能させていきます。危ない組織の5つの症状から導かれる、真のチームワークに求められる5つの行動とは、弱みを見せて信頼を築き、健全に衝突し合い、進んで責任感を持ち、互いの説明責任を追求し、結果を重視することであるとしたものでした。

 本書も、前6分の5がストーリー展開になっていて、キャスリンが経営チームとの対話や討議を通して、組織がチームワークの実現に失敗する、これら5つの要因を一つひとつ明らかにしていき、それを解決するにはどうすればよいかを説いていきます。そして、最後の6分の1で、「五つの機能不全」モデルを再整理し、それを理解し克服する「プロセス」と「ノウハウ」をまとめています。こちらも併せて読まれることをお勧めします(シンプルさで言えば前者、より体系的であると言えば後者になるか)。

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「上司」を持たない自律したチーム=「セルフマネジング・チーム」を提唱。今もって先進的。

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自律チーム型組織―高業績を実現するエンパワーメント』['97年]

 本書は、チーム制を組織に導入し、フラット化された組織を作るうえでの注意すべきポイントを、実際にチーム制を導入した実例を使って説明している本であり、著者であるチャールス・C・マンツとヘンリー・P・シムズJr.は「セルフマネジング・チーム」という概念の産みの親とも言える研究者です。セルフマネジング・チームとは「上司」を持たない自律したチームであり、「上司」の代わりに部下をセルフマネジングに導く「スーパーリーダー」がいることになります。本書ではまず、この新チーム制を導入する際の阻害要因を整理し、それらを踏まえ、チーム制導入のためには何をすればよいかを章ごとに事例を通して説明していきます。

 第1章「チーム制への道―中間管理職の壁の克服」では、チーム制導入成功への最大の課題である中間管理職の抵抗をどう克服するかについて、シャレッテ社の倉庫管理における中間管理職の移行事例を通して述べています。ここでは、管理職を「上司」から「スーパーリーダー」へと新しいリーダーシップの役割に移行する際に想定されるステップと、ステップごとにどのようなことが課題となるかを示すとともに、移行のための時間と努力は、セルフマネング・チームを成功させるのに重要であるとしています。

 第2章「現場でのチーム経験―役割、行動、そして成熟したセルフマネジング・チームの業績」では、メンテナンスフリーの自動車バッテリーを創り出したゼネラルモータース工場の事例を取り上げ、比較的成熟したセルフマネジング・チームにおける従業員の日々の行動を通して、セルフマネジング・チーム内での従業員の役割や行動、チームリーダーや調整者のリーダーシップの特徴などを見ています。そして、初期の段階から以前は管理者に任されていた責任と役割がチームに任せられたこと、調整者の最も頻繁な言語的行動は、従業員への思慮深い問いかけであったことなどが明らかになったとしています。

 第3章「チーム制の利点と欠点―成功と課題の実践的展望」では、レイク・スペリアー製紙会社の工場での、セルフマネジング・チーム制への移行のまだ比較的初期の発展段階にあるチーム制の事例を通して、解決されるべき多くの課題もあるが多くの成功もあるとし、以降の際にどのようなことが課題となり、それらにどう応えるべきかを説いています。

 第4章「導入初期の段階―オフィスでチーム制を導入する」では、IDS金融会社でのチーム制の導入を検証し、導入初期の段階で留意すべきことを説いています。ここでは、さまざまな難題や挫折、苦境に直面したもののチーム制への移行は成功したが、その過程において、どのような組織が設けられ、どのような分析ツールが活用されたかを紹介し、チーム制によって得をする人もいれば損をする人もいるが、できるだけ多くの人が得をするよう細心の注意を払わなければならないとしています。

 第5章「セルフマネジングの幻想―権限を奪うためにチーム制を利用すること」では、ある独立系保険会社の失敗事例を取り上げ、従業員の権限を奪い、コントロールを強化するためにチーム制を導入した場合は、たとえ「セルフマネジメント」という言葉を使ったからといって、自動的にエンパワーされた従業員につながるわけでもなく、セルフマネジング・チームが達成されるわけでもないと警告しています。

 第6章「組職上のチーム制なしでのセルフマネジング―チームとしての組織」では、セルフマネジメント・チームを公式にデザインされたチーム制なしで実現している例として、非常に成功しているW・A・ゴア社の事例が紹介されています。そのなかでは、自分たちで育てていくようなかたちでのチームが必要な時だけに現れてくるという画期的なやり方が明らかにされ、上司とか管理者はいないが、たくさんのリーダーがいるというのが成功の秘訣であったとしています。ゴア社の経営スタイルは「無管理」と呼ばれていて、チームワークはさかんであるが、組織上のチームはなく、仕事を遂行するうえで必要な場合、だれもが異分野の人々とチームを組むことができるとのことです。

 第7章「チーム制とトータルクオリティマネジメント―国境を越えて」では、トータルクオリティマネジメント(TQC)の最終段階としてセルフマネジング・チームを取り入れたテキサス・インスツルメント・マレーシアの事例を紹介し、アメリカ以外の国の組織でも、チーム制の導入により目を見張るような効果が上がることを明らかにしています。

 第8章で「戦略的チーム―上層部のチーム」では、電力会社であるAES社の事例をもとに、企業の戦略形成におけるチームワークの重要性について述べています。会社のあちこちに出現するチームのネットワークが、成長中の組織の経営戦略を決定するうえでどう影響するのかを見ています。AES社にとって全従業員が共有する価値観は非常に重要であり、この会社で共有されているコアバリューとは、正直さ、公平さ、楽しさ、社会的責任の4つであるが、この4つのコアバリューに忠実であるということは、それ自体、価値のある目標であるとしています。さらに、この章では、チーム制は組織の下の部分だけでなく、上層部においても適用されるべきであるとしています。

 第9章「セルフマネジング・チーム―我々は何を学び、どこへいくのか」では、これまでのセルフマネジメントの実践例から得られた知見と将来の課題について述べるとともに、チームアプローチを採用することを検討していたり、すでに採用しだした企業に向けて、セルフマネジング・チームを成功させる道のりのガイドを示しています。

 各章での議論が、著者たちの調査した事例に基づいて行われていて、顧客対応、TQC、業務プロセスなど多様であるため興味深く、また説得力もあります。今や"準古典"的な位置づけにある本ですが、セルフマネジング・チームという概念は今もって先進的であるように思います。むしろ、本書を読んで、「ウチはまだそこまでは」と思われる読者の方が多いかもしれません。ただし、そうした企業であっても、本書で示された知見は、プロジェクトマネジメントや人材育成などにおいて応用可能であると思われます。新しいリーダー像を示した啓発書としても読めるかと思われ、人事パーソンにお薦めの1冊です。

《読書MEMO》
●目次
序章 ティラノザウルス王国―企業内の恐竜としての上司
第1章 チーム制への道―中間管理職の壁の克服
第2章 現場でのチーム経験―役割、行動、そして成熟したセルフマネジング・チームの業績
第3章 チーム制の利点と欠点―成功と課題の実践的展望
第4章 導入初期の段階―オフィスでチーム制を導入する
第5章 セルフマネジングの幻想―権限を奪うためにチーム制を利用すること
第6章 組職上のチーム制なしでのセルフマネジング―チームとしての組織
第7章 チーム制とトータルクオリティマネジメント―国境を越えて
第8章 戦略的チーム―上層部のチーム
第9章 セルフマネジング・チーム―我々は何を学び、どこへいくのか

「●メンタルヘルス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●労働法・就業規則」【3301】 佐賀 潜 『労働法入門―がっぽり給料をもらうために』

メンタルヘル問題対応を、経営戦略としての健康投資という観点から解説。

企業はメンタルヘルスとどう向き合うか.jpg 『企業はメンタルヘルスとどう向き合うか 経営戦略としての産業医 (祥伝社新書) 』['20年]

 企業におけるメンタルヘルスの問題は深刻化・多様化しており、この問題の放置による被害は、生産性の低下、離職がもたらす風評被害、市場の失望による株価の低下...etc.拡大の一途をたどっていると言われています。本書では、従業員のメンタルヘルスの維持・増進は、今や企業経営の最重要テーマであるとし、専門の産業医の立場から、企業のあるべき姿について、具体例を挙げてアドバイスしています。

 第1章では、メンタルヘルス問題の歴史と変遷をたどるともに、最近の動向として、働き方の変化や世の中の変化がメンタルヘルに与えている影響を紹介しています。この中では、ある企業で「残業時間を半減させたら全員の所定労働時間を8時間から7時間に減らす」という取組を社長が発表したら、見事に残業時間が半減したという例なども紹介されており、また、ITを活用して負荷の少ない働き方を実現する際のコツなども解説されています。

 第2章では、うつ病、パニック障害、ADHDなど症例別に6つのケースを取り上げ、それぞれについて、どんな病気で、症例としてはどのようなもので、産業医がどのような思考で問題にアプローチするのかや、上司や同僚が現場でできるサポートなど、メンタルヘルス問題と向き合う際に参考になる事柄を解説しています。ここでは、かつては自閉症やアスペルガー症候群と呼ばれたASD(自閉スペクトラム症)や、最近現場で注目されているPMDD(月経前不快気分障害)についても取り上げています。

 第3章では、経営戦略の中にメンタルヘルス予防を取り入れ、「健康経営」を実践していくことのメリットを解説しています。「健康経営」とは、経済産業省HPによれば、「従業員の健康獲得・増進の取組が、将来的に収益性等を高めるための投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」であると。本書では、健康経営のメリットを、➀健康経営を生産性の向上、②従業員の活力向上、③企業の業績・外部評価の向上、④産業保健の促進、⑤疾病予防と健康寿命の延長、⑥新産業の創出、⑦医療費の抑制、などの側面から解説しています。

 第4章では、メンタルヘルス問題の予防と対応のためのエッセンスを紹介しています。ここでは、産業保健体制をどのように整備するか、さらに、衛生委員会をどう活用すべきかを解説し、例として、メンタル不調者が出た時の対応と、休業開始時・休業中のケア、職場復帰の判断から復帰プランの作成、復帰の決定までの流れを解説しています。

 第5章では、経営戦略としての健康投資について解説しています。健康投資とは、「健康管理に基づいた具体的な取組」(経済産業省HP)を指し、これを進めるメリットとして、外部からの評価の向上に直結し、外部からの投資を引き出せることを挙げています。ここでは、「健康投資管理会計」という考え方や、経産省のヘルスケア産業課が公表している「企業の『健康経営』ガイドブック」などを紹介するとともに、どのような健康投資が有効かということについて、福利厚生を例に解説しています。また、健康投資はやり方次第では投資額以上の即時的なリターンをもたらすという意味で、もっと注目されるべきだとしています。

 メンタルヘル問題対応を、経営戦略としての健康投資という観点から解説した良書だと思います。コンパクトにまとまっていて、各章末にコラムがあり、例えば「レジリエンス」について、メンタルの観点とキャリアの観点から解説されていたりもします。人事パーソンにとって、メンタルヘルス問題に関する〈知識〉をリニューアルし、〈意識〉をブラッシュアップする上で手頃な本であると思います。あとには、どれだけ実践に結びつけるか、経営陣の意識改革はどうするか、といった課題はまだ残るかと思いますが、まずは自身の意識改革から始めるべきかもしれません。

《読書MEMO》
●目次
第1章 メンタルヘルス問題の動向(メンタル疾患は増えているのか/企業におけるメンタルヘルスへの関心の高まり ほか)
第2章 具体的な事例と対応策(うつ病/パニック障害 ほか)
第3章 健康経営の重要性(健康経営とは/健康経営の歴史 ほか)
第4章 メンタルヘルス問題の予防と対応のためのエッセンス(産業保健体制の整備を/コンプライアンス遵守を超えた体制の戦略的整備とは? ほか)
第5章 経営戦略としての健康投資(健康投資とは/内部への健康投資で、外部からの投資を引き出す ほか)
●著者情報
・尾林誉史(オバヤシタカフミ)
1975年、東京都生まれ。東京大学理学部卒業後、(株)リクルート入社。弘前大学医学部学士編入、東京都立松沢病院を経て、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。VISION PARTNERメンタルクリニック四谷院長
・木下翔太郎(キノシタショウタロウ)
1989年、神奈川県生まれ。千葉大学医学部卒業後、内閣府に入府し大臣官房人事課などで勤務。現在、慶應義塾大学医学部助教(精神・神経科学教室)。労働衛生コンサルタント
・堤多可弘(ツツミタカヒロ)
1986年、東京都生まれ。弘前大学医学部卒業後、東京女子医科大学神経精神科で助教、非常勤講師を歴任。現在は複数企業の産業医と臨床業務を兼務。労働衛生コンサルタント。医学博士

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○経営思想家トップ50 ランクイン(エドガー・H・シャイン)

「1人の人間として相手を見る」謙虚なリーダーシップを提唱。従来理論の前段階か。

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謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる』['20年]

 昨年['23年]1月に亡くなったエドガー・H・シャイン(1928-2023/94歳没)らによる本書は、これまで人と組織の研究に大きな影響を与えてきた著者らが、「謙虚なリーダーシップ」という新たなリーダーシップのコンセプトを提唱するとともに、その実践の在り方を示したものです。リーダーシップに対する新しいアプローチとして、従来の業務上の役割に基づく関係ではなく、個人的なつながりを重視するアプローチを提唱しています。

 まず、第1章で、リーダーとフォロワーの関係は、
 ・レベルマイナス1(全く人間味のない、支配と強制の関係)、
 ・レベル1(単なる業務上の役割や規則に基づいて監督・管理したり、サービスを提供したりする関係。大半の「ほどほどの距離を保った」支援関係)、
 ・レベル2(友人同士や有能なチームに見られるような、個人的で、互いに助け合い、信頼し合う関係)、
 ・レベル3(感情的に親密で、互いに相手に尽くす関係)
の4つのレベルがあるとしています。そして、ルールと役割に依存するレベル1の関係から、もっと個人的なレベル2の関係に基づくリーダーシップ・モデルが新たに必要になってきているとしています。その理由として、
 1.課題の複雑さが、加速的に増している
 2.現代の経営文化は、近視眼的で、目に入らない領域があり、自己破壊的である
 3.職業的、社会的価値観は世代交代する
の3つを挙げています。そして、謙虚なリーダーシップの基盤は、レベル2の個人的な関係であり、この関係は、率直に話し、信頼し合うことが基盤となり、グループの関係がまだレベル2になっていないなら、謙虚なリーダーはまず、グループのなかで信頼を確立し、率直な発言を促す必要があるとしています。

 第2章では、関係の4つのレベル改めて解説し、単なる業務上の役割に基づく関係は、「相手を一個人として見る」レベル2の関係にシフトする必要があるとしています。

 第3章から第5章にかけては、謙虚なリーダーシップの成功事例として、シンガポールの政治リーダーらが謙虚なリーダーシップにより、国の経済開発を変革した事例、バージニアの医療センターのCEOが同センターのあらゆる人とレベル2の関係を築いて抜本的な改革を成し遂げた事例、アメリカ海軍という厳密なヒエラルキー下においてさえ、レベル2の協働が成果を生んだの事例の3つが紹介されています。

 第6章では、謙虚なリーダーシップが育たなかったり、行き詰まったり、成功しなかった事例を紹介し、謙虚なリーダーシップを阻害する要因となるヒエラルキーや意図せぬ結果について解説しています。

 第7章では、「パーソニゼーション」(personization)という概念、グループ・センスメーキング、チーム学習といった謙虚なリーダーシップの主要要素を今まさに推し進めているいくつかの傾向について解説するとともに、謙虚なリーダーシップは「英雄のようなリーダーシップ」の対極にあり、包括的で適応力のある組織デザインを可能にすることで変化の激しい時でも組織の崩壊を回避できる、未来型のリーダーシップであるとしています。

 第8章では、謙虚なリーダーシップの本質は、対人関係およびグループ・ダイナミクスにひたすら集中し続けることであり、これによって、より広範な経営文化についての考えを推し進められるかもしれないとしています。

 第9章では、謙虚なリーダーシップとは、弱さを受け容れ、レベル2のつながりを通じて、レジリエンシー(しなやかに適応する力)を育みことであるとしています。また、さらなる読書、自己分析、スキル習得を通して、自分自身のリーダーシップに磨きをかけることでできるとしています。

 英雄的な1人のリーダーに頼る組織は時代の変化に対応できず、重要なのは、相互に信頼し、率直に本音を伝え合う「組織文化」であって、そのような組織文化を築くためには、役割やそれに基づく関係ではなく、「1人の人間として相手を見る(パーソニゼーション)」という(個人的には、この言葉が"謙虚"ということに最もリンクした)、普段の絶え間ない実践が不可欠であるというのが、本書の趣旨となるかと思います。

 タイトルから「サーバント・リーダーシップ」のようなものを想像したりもしましたが、読んでみて、「サーバント・リーダーシップ」や「変革型リーダーシップ」といった一般的なリーダーシップ理論の前段階として、本書で言う謙虚なリーダーシップがあるべきなのだと思いました。第9章で、参考になる書籍として、ダグラス・マグレガーの『企業の人間的側面』からフレデリック・ラルーの『ティール組織』まで10冊の書籍が紹介されていることも、その表れかと思います。それらに読み進むのもよいでしょう。

 謙虚なリーダーシップというのは、本書で言う日本人のリーダーシップ観に馴染みやすく、フォロワーにも受け容れられやすいのではないでしょうか。むしろ、業務上の役割に基づく関係ではなく、個人的なつながりを重視するアプローチというのは、本書を読んでなくとも、多くの日本人リーダーが実践していることのようにも思いました。

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「自社最適」の制度・施策に至るまでの課題解決プロセスをケースで体系的に示す。

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ストーリーでわかる! 人材マネジメントの課題解決』['20年]

 自社の人事管理は、本当に上手く行っているのだろうか―組織人事コンサルタントによる本書では、人事施策の企画から実行までの最適解を導くための課題解決のプロセスを、「第Ⅰ部 人材フレーム」「第Ⅱ部 人材マネジメント」「第Ⅲ部 人事機能」の3つの領域における各3つ計9つの事例を通して、具体的なテーマを取り上げて解説しています。

 9つの事例(実際にあったものを複合して構成)の課題解決へのプロセスは、おおよそ、①事実の把握、②原因の掘り下げ、③課題の明確化、④打ち手の検討→実施という流れになっていて、各領域にまとめの章を設けてポイントを整理しています(したがって本書は全3部12章構成となっている)。

 例えば第Ⅰ部で取り上げられているのは、職能資格制度から仕事ベースの人事制度に移行する際に"ベストプラクティス"であると考えて導入した制度が実情に合わず、運用段階で骨抜きとなったため、自社にとって"ベストフィット"である制度に修正したA社のケース(第1章)、全国転勤のある総合職とは別に地域限定総合職制度を導入したもののローテーションに支障が生じ、総合職の在り方とその育成・選抜の在り方から見直すことでコース設定を見直したB社のケース(第2章)、ダイバーシティ推進計画を立てたものの、関係者の足並みが揃わず、「良い企業」を目指すののか「強い企業」目指すのか、組織のアイデンティをどこに置くかトップに確認した上で、改革シナリオを練り直したC社のケース(第3章)です。

 第Ⅰ部はいずれも「人材フレーム」の見直しを迫られたケースですが、第Ⅰ部のまとめの章(第4章)では、人材フレームは組織文化と密接にかかわっているとして、組織文化を捉える3段階モデルとして「制度・ルール」レベル、「方針・戦略」レベル、「価値観・行動様式」レベルを挙げ、A社のケースは制度レベル、B社のケースは方針レベル、C社のケースは価値観・行動様式レベルにそれぞれ問題があったとし、このように課題が3段階のどのレベルにあるかを見極めた上で、どのようにしたら課題が解決できるかを考えていくべきだとしています。

 第Ⅱ部では、いずれも「人事マネメント」の課題として、部下を叱れない上司のケース(第5章)、成果主義に賛成しつつも差をつけない評価者のケース(第6章)、次世代幹部育成が、名ばかり「タレントマネジメント」として華々しいが、実態が伴っていないケース(第7章)と、それらをどうやって克服したかというケースが紹介されており、ここでも、打ち手を講じる前に課題がどのレベルにあるのか見極めることを説いています(第8章)。

 さらに第Ⅲ部では、「人事機能」に関する課題として、研修制度において本来受けなければならない人が受けていないというケース(第9章)、内部通報制度が機能せず不祥事が発覚した際に、人事部はどう組織改革に取り組むべきかというケース(第10章)、働き方改革実現に向けて、第1フェーズは上手くいったものの第2フェーズにおいて社内の足並みが揃わなくなったケース(第11章)を取り上げ、その課題克服のプロセスを示すとともに、まとめの章(第12章)では、「人事機能」とは何かを、デイビッド・ウルリッチが『MBAの人材戦略』で示した人事の「4つの役割」を用いて解説、さらに、人事機能をめぐる日本企業の課題とこれから取り組むべきことを示しています。

 ケースがいずれも実際にありそうなものばかりで、社内政治を含めた現実的な課題解決のプロセスが体系的に整理されている点が良いと思いました。世間で「良い制度」と言われているものが必ずしも「自社最適」とは言えず、では、理想と現実の間の溝をどうやって埋めるかというのは、多くの人事パーソンが直面する問題かと思いますが、自社にとっての「良い制度」として定着させるにはどこから着手すればよいかを考える上でヒントを与えてくれる本でした。

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「●光文社新書」の インデックッスへ

女性幹部育成にポジティブアクションは必須。やらない企業は時代に遅れていく。

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女性リーダーが生まれるとき 「一皮むけた経験」に学ぶキャリア形成 (光文社新書)』['20年]

 本書によれば、日本では、政治の世界も経済の世界も、意思決定層は「日本人、男性、シニア」と極めて均質であり、2019年12月、世界経済フォーラムから発表されたジェンダー・ギャップ指数で、日本は調査対象の153カ国中121位、過去最低の順位であり、女性リーダーの少なさが、下位低迷の大きな要因とのことです。海外各国では働く女性の現況に危機感を抱き、変化を加速させていて、意思決定層に女性を増やさないと日本は変わらない、それどころか、このまま沈んでしまうと―。

 本書は、四半世紀にわたって女性リーダーの取材を続けてきた著者が、国内外の女性役員にインタビューしたもので、それら「生の声」に、これからの時代を生き抜くヒントが眠っているとしています。

 第1章、第2章で、企業の役員となった女性たち10人のその道のりを紹介しています。第1章では、均等法世代の総合職一期生、二期生としての道を歩んで役員となった女性を5人、第2章では、役員に就いた年代が30代から50代までの様々なキャリアの女性を、短大卒一般職、地域限定職などから役員になった人も含め5人紹介しています。この10人のキャリアの紹介が本書の半分強を占めます。

 第3章では、こうした女性役員の歩んだキャリアを分析し、その中で「一皮むけた経験」とは何だったのかを見ていくと、男性役員と大差なく、
1.キャリアの初期で、仕事を任せて鍛えてくれる上司と出会っている
 2.転勤も海外赴任もいとわずにキャリアを築いてきた
 3.仕事で修羅場(過酷な経験、失敗体験)を経験した
4.「目をかけ引き上げてくれる人」に早い時期に巡り合っている
5.「ガラスの天井」も「ガラスの壁」もなかった
といったものになるとしています。その上で、女性幹部の育成を加速させるにはいわゆる「ポジティブアクション」が必要であるとして、そのポイントを整理しています。

 第4章、第5章では海外に目を転じています。第4章では監査役会を対象に「女性を3割以上にすべし」というクオータ制を導入したドイツにおいて、それでも残るさまざまな女性に特有の壁を克服して、企業の取締役や監査役になった女性たちに、自らの成長体験は何だったのかを訊き、第5章では、米国シリコンバレーで、その地においてさえまだ根強いジェンダー・バイアスと闘って、CEOなどエグゼクティブの地位に就いた女性たちに、今までのどのような経験が役に立ち、何をモットーに仕事に向き合ってきたのかを訊いています。

 第6章では、女性のキャリア形成が世代によりどう違うのかを考えるとともに、まだ残る女性管理職ならではの壁についても証言から明らかにし、女性課長のキャリア形成の3つのポイントを挙げるとともに、女性課長を悩ませる5つの壁を整理し、第7章では、女性幹部育成にまつわる5つの誤解と題して、根強い根強いジェンダー・バイアスと女性幹部育成の関係を、アンケート調査から探っています。

 やはり、第1章、第2章の女性役員たちのキャリアの紹介がインパクトがありました。部下全員が年上の男性だったり、部長職を解任されたり、リストラの矢面に立たされたりと、各章末に図解で可視化されたキャリアの軌跡は"山あり谷あり"で多様でありながらも、"谷"の部分、乃至はコンフォートゾーン(居心地のいいポジション)を抜け出す契機となったものは何だったのかという点について共通項が見られるようにも思いました。

 それが、第3章にある「一皮むけた経験」であると思いますが、それを見ると、確かに本人の頑張りや有能さもあるとは思われ、実際に第1章、第2章などは"列伝"風に読めてしまう側面もある(そのため抵抗を感じる読者もいるのではないか)、その一方で、見方によっては、会社や上司がその女性を育てる環境を用意したからこそ、彼女たちのキャリアがあったともとれます。だからこそ、著者が、女性役員を増やすためには、トップ主導での「ポジティブアクション」が必要であると説くのは、よく分かるように思いました。

 サブタイトルからも窺えるように、神戸大学・金井壽宏教授の『仕事で「一皮むける」―関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』('02年/光文社新書)にインスパイアされてその女性版を指向したものですが、よく纏まっていて("本家"以上(?))、ジェンダー・バイアスの解消がこれからの社会には必要であり、いま会社の経営方針としてそれを進めることが求められており、施策を講じない企業はどんどん時代の流れに遅れていくと改めて思わせられる本でした。

《読書MEMO》
●女性幹部育成のポイント(第3章)
 ➀トップダウンで、必要性を繰り返し説く
 ②経営戦略に組み込み、目標を定める
 ③管理職の育成責任を明確にする
 ④女性社員のキャリア意識を高める
 ⑤アンコンシャス・バイアスの影響を取り除く
●女性課長のキャリア形成の3つのポイント(第6章)
 1.「武者修行」の機会を20代のうちから与える
2.子育てとの両立で、管理職のイメージを塗り替えていく
3.管理職へのルートが多様化している
●女性課長を悩ませる5つの壁(第7章)
 その1:「女性枠」と抜擢の度に言われる
 その2:成功しても失敗しても目立ってしまう
 その3:上の世代の女性管理職との「世代差」に悩む
 その4:男性とは違う「母親的」リーダー像を求められる
 その5:振り返ると、あとに続く後輩がいない
番外編:夫との家事育児分担・収入差という「家庭内の壁」
●女性課長を悩ませる5つの壁(第7章)
 その1)女性は管理職になりたがらない
  → 昇進意欲は男性の方が強いが、リーダー意欲に男女で大きな差はない
 その2)管理職にふさわしい女性がいない
  → 女性はリーダーに向かないというジェンダー・バイアスがある
その3)女性は「木を見て森を見ず」、大局観に欠ける
  → 男女のリーダーシップ・スタイルに差はない
その4)管理職のハードワークは、子育て中の女性には難しい
  →「女性はハードワークに耐えてはいけない」という刷り込みがある
 その5)女性管理職には、面倒見のいいお母さんタイプが多い
  → これからの時代、管理職には男女を問わず「個別配慮」が求められる

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パワハラ境界線ばかり気にするのではなく、働きやすい職場、良好な人間関係づくりをめざせと。

『最新パワハラ対策完全ガイド』2020.jpg 『最新パワハラ対策完全ガイド【付録】厚生労働省パワハラガイドライン全文』['20年]

 本書は、令和2年6月から、大企業に対して、改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)が施行されるのに合わせて刊行されたもので、企業のパワハラへの対応の義務化に際して、人事や窓口担当者、管理職が留意すべき対応のポイントは何かを、わかりやすく解説しています。

 第1章では、企業におけるパワハラ対策の必要性と意義を説いています。パワハラは今や企業不祥事となっており、パワハラ防止は組織を挙げて取り組むべき課題であるとし、また、パワハラ防止対策は、健康で健全な経営につながるとしています。

 第2章では、パワハラの定義と構成要件を整理しています。パワハラの法的責任が問われるケースを判例から説明するとともに、人によってパワハラと感じる範囲にズレがあるため、現場レベルでパワハラであるかないかを議論しない方がよく、判断基準にとらわれるとかえって問題がこじれるとしています。

 第3章では、管理職のパワハラリスクとその対処法を説いています。パワハラが起きる背景には「役割期待」のズレがあるとし、管理職に対し、いくら指導に熱心でも一線を越えてはならず、部下の受信力に合わせた発信をし、「役割期待」のズレを解消するよう説いています。

 第4章では、パワハラの被害を受けないようにするにはどうすればよいかを説いています。上司からマイナスの目で見られないために報連相をこまめに行うこと、「やりにくい上司」というネガティブな見方をリフレーミングという手法で変えること、「内的キャリア」を育て、仕事の意味を明確化すること、セルフリファー力(周囲や専門家に相談する力)を高めること、などを挙げています。

 第5章では、一人ひとりの「パワハラを許さない」という意識がパワハラを防ぐとしています。パワハラは当事者と人事部だけで解決する問題ではなく、第三者もパワハラの「見える化」に協力し、日ごろから周囲の人に関心を持つこと、気になることがあれば声かけをし、悩みを聞いてあげるだけでもサポートになるし、相談窓口につなぐのも第三者の役割であるとしています。

 第6章では、パワハラの相談を受ける技術を紹介しています。ハラスメントの担当者になったら留意すべきこと、被害者面談の進め方と注意点などをまとめています。

 第7章では、パワハラ対策の実効性を高めるにはどうすればよいかを説いています。人事に求められるプロジェクトをパワハラを中心に一本化することを推奨し、予防と再発防止を重視した取り組みを行い、「小さな芽」を摘むことを心がけるよう説いています。

 人事部、上司、部下、それ以外の第三者のいずれにとっても啓発的であるととも実践的な内容です。わかりやすく書かれていて、個人的には特に、第3章で、パワハラには、相手に意識が集中してしまう「ロックオン」とでもいう前段階があり、これによってマイナスエネルギー(ストレスやネガティブ感情)が溜まり、そのマイナスエネルギーが放出されるとパワハラになるという説明は腑に落ちました。
 
 パワハラかどうかの境界線ばかり気にするのではなく、「働きやすい職場」「良好な人間関係づくり」という前向きなアプローチの方が、パワハラを生まない職場づくりの近道になることを説いた、啓発的かつ実践的な良書だと思います。

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内発的動機づけを促すのは「自律性・有能感・関係性」。とりわけ「自律性」支援が重要。

人を伸ばす力01.jpg人を伸ばす力02.jpg エドワード・L・デシ.jpg Edward L. Deci
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』['99年] 

 本書(原題:Why We Do What We Do: Understanding Self-Motivation、1995)では、アメとムチによる旧来のマネジメントを否定し、課題に自発的に取り組む「内発的動機づけ」と、自分が自分の行動の主人公となる「自律性」の重要性を実証的に提唱するとともに、では内発的動機づけと自律性はどうしたら伸びるか、その成長を支援する方法は何か、その実践方法を説いています。

 全四部構成ですが、第Ⅳ部は結論であるため、実質的には三部構成です。第1章では、内発的動機づけの中心テーマである「自律性」について解説されていて、第2章以降のプロローグとなっているとともに、本書の狙いは、さまざまな動機づけ研究から自律性と責任感の関係について探り、疎外をもたらす世界において責任ある行動を促すという問題に活かすことであるとしています。

 第Ⅰ部「自律性と有能感がなぜ大切なのか」(第2章~第5章)では、「自律性」と「有能さ」を高めることが内発的動機づけを高めることにつながるとしています。
 第2章では、報酬と疎外の関係について解説されていて、被験者にパズルを解かせ、その際に一方には報酬を与え、他方には報酬を与えないとした実験の結果(報酬を与えないグループの方がパズルに熱心に取り組んだ)を通して、外的な報酬は内発的動機づけを低下させることがあるとしています。

 第3章では、なぜ報酬は内発的動機づけを低下させるのか、ならば内発的動機づけを高めるのは何かを考察し、報酬が内発的動機づけを低下させるのはそれが自律性を阻害してしまうからであり、一方、自由な行為選択の機会が与えられることで内発的動機づけは高まるとしています。

 第4章では、内発的動機づけと外発的動機づけがそれぞれもたらすものについて解説し、ここでも二つに分けた被験者グループに学習テストをさせ、一方は評価を目的とし、もう一方は人に学習内容を教えることを目的とした実験の結果を通して、外的報酬を用いて過度に統制することが、いかに内発的動機づけを低下させ、成果の質を落とすかを実証的に説明しています。

 第5章では、「自律性」の感覚は、上手くこなせるという感覚、周囲の世界との関わりを通した「有能感」への欲求につながるとし、有能感が生まれる条件は、それが最適な難度への挑戦であるとともに、統制の要素を伴わない、自律性を支えるやり方での挑戦であることだとしています。

 第Ⅱ部「人との絆がもつ役割」(第6章~第9章)では、「関係性」の重要性が述べられています。
 第6章では、人間は主体的に世界と関わっていくことで発達していくものであるとし、自ら内的世界を組織化し、大きな統合性に向かっていく基本的性向があるとしています。この欲求を阻害するのは、動機づけシステムが上手く機能しない社会的文脈や、システムの機能があってもそれが統制的で自律性を奪う場合などで、自分が有能であり自律的であると自分自身が認識できなければこの内的統合は果たせず、その意味で人間の発達にとって自律性の支援は極めて重要であるとしています。

 第7章では、さらに自律性の支援いついて説き、社会化とは社会の一員となるスキルを身につけることであり、社会の担い手(親、教師、管理職など)は、下位の者たちが自分の意志によって社会の活動に従事し、自律的に活動できるようにしなければならないとしています。

 第8章では、社会の中の自己というものについて考察し、自己に統合されていない規範「とりこみ」が過度になると、人は「~すべき、~あるべき」に縛られて、本当の自己が見えなくなるとし、真の自己の統合と発達には、そうした規範に捉われず、自由になることで、真の内発的欲求を充足する必要があるとしています。
第9章では、生きる意欲の内、外発的な意欲として、裕福になること、有名になること、肉体的魅力があることの三つを挙げ、内発的な意欲として、満足のいく個人的関係、社会貢献、個人としての成長の三つを挙げて、内発的な意欲に比べ外発的な意欲の高い人は精神的健康が低くなるという調査結果をもとに、病める現代社会においては、個人主義的ではあるが自律的ではないという状態が起きやすいと警告しています。

 第Ⅲ部「どうしたらうまくいくか」(第10章~第12章)では、これまで述べてきたことを受けて、どうすれば人々の内発的動機づけを高めることはできるかをまとめています。
 第10章では、いかにして自律を促進するか、 第11章では、健康な行動を促進するにはどうすればよいか、第12章では、統制された環境下で自律的に生きるにはどうすればようかを説いています。

 本書で著者らは、「内発的動機づけ」を高める欲求として、「自分のすることは自分で決めて動きたい」という「自律性への欲求」、自分で自分の仕事を「こなすことができる」「やりとげることができる」という「有能感」、「他者と関わっていたい」「他人とよい関係を築きたい」「他者に貢献したい」という「関係性への欲求」の三つを挙げていることになりますが、この中で「自律性への欲求」に最もページが割かれていて、「自律性」が内発的動機づけの"一丁目一番地"と言えるのかもしれません。社員が「自律性」をもって、ひとりの人間として成長し、「有能感」を持てるように支え合い、互いを尊重する「関係性」が組織風土として根付けば、「明日もがんばろう」と思えるモチベーションの高い社員が増加するということなのでしょう。仕事や人生に対する哲学的な考察や示唆も多く含まれていて、読めば読むほど味の出る本。人事パーソンには是非とも読んで欲しい名著です。

《読書MEMO》
●二十世紀のおそらくもっとも偉大な美術教師であるロバート・ヘンリは、(中略)次のように記している。「(中略)絵を描くことの目的は、絵を完成させることにあるのではない。(中略)真の芸術活動の背後にある目標は、存在の本質的状態(a state of being)に到達することである。それは、高い次元で活動している状態、普通に存在している以上の状態に達することである。」(27p)

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業績管理法(PM)を解説。部下が「笛吹けど踊らず」状態の上司に読ませたい。

ベストを引き出せ1.jpgベストを引き出せ.jpg オーブリー・ダニエルズ.jpg オーブリー・ダニエルズ
ベストを引き出せ―部下の業績を最大化するリーダーシップ』['95年]

 本書は、臨床心理学者でコンサルタントでもある著者によって、心理学的な観点から業績管理法について書かれた本であり、この分野では代表的な著作であるとされています。業績管理法はパフォーマンス・マネジメント(PM)とも呼ばれ、本書により「メンバーが行動を結果に結びつけるための人材マネジメント手法」として紹介されました。

 まえがきにおいて、「リーダーが企業内で変革を勧めようとする場合、リーダーは従業員たちの貢献意欲、創造活動、協力、業績を高めるか逆に低下させるかどちらかのやり方で変革を推進する。本書は、どうして、いかにこのような状況が発生するのかについて、明確に説明したい」としています。

 第Ⅰ部「伝統的マネジメントの危険性」では、1章で、流行の経営管理手法に惑わさず、また「自己流のスタイル」から脱して確固たる方法をとるべきであるとしたうえで、ビジネスとは行動そのものであり、業績管理法は人間行動を理解することを目的とし、行動を変革するための科学的な方法を活用するとしています。2章では、常識的な知識は通常のビジネスや生活の中で身につくが、科学的知識は計画的、体系的に追求されなければならず、科学的な知識こそが継続的な成果の基になるとしています。3章では、行動分析の科学では、行動の前に現れてくる現象を「前件」、行動の後に生じてくることを「結果」と呼び、前件はある行動を引き起こすが持続させることはできず、結果こそが行動を持続させるとしています。

 第Ⅱ部「行動強化は驚くべき力をもたらす」では、4章で、行動に伴って出てくる結果には、行動強化、行動否定、行動処罰、行動消去の4つのタイプがあり、行動強化は業績を改善させる「結果」と定義されているので、この方法は常に有効であることになるとしています。5章では、業績管理の基本は、ものごとを他人が見ているのと同じ見方でとらえることであり、それによって部下との信頼が築けるとしています。6章では、行動否定には大きな欠陥があるとして、行動強化と行動否定でどのような差があるか、行動否定が作用していることを示すヒントとはどこに見られるのかを解説しています。7章では、行動強化で部下の自発的努力を引き出すにはどうすればよいか、8章では、行動消去と行動処罰を活用するにはどうすればよいか、9章では、行動強化を効果的に活用するにはどうすればよいかをそれぞれ解説しています。

 第Ⅲ部「業績管理法によりリーダーシップを発揮する」では、10章で、成果を達成するために必要とされる行動をどう特定するかを述べています。11章では、行動を測定する方法の妥当性を高めるにはどうすればよいか、12章では、部下に効果的に業績をフィードバックするにはどうすればよいかを述べ、13章では、部下の業績を最大に高めるための技法を紹介しています。

 第Ⅳ部「組織の業績をベストに導く」では、14章で、業績管理法において経営幹部の果たすべき役割を説き、困難な時期こそ支援的行動強化が必要とされるとしています。15章では、従業員の学習効果を最大限に高めるにはどうすればよいかを説き、16章では、部下からベストを引き出すための心構えやヒントを示しています。

 さらにエピローグで、業績管理法が基礎とする価値として、つつみ隠さぬ姿勢、一貫性、公平性と人間尊重などを挙げています。

 近年、組織としてどのようなアクションをとるのが望ましいかを明らかにし、それを従業員一人ひとりの個人的な目標とリンクさせることによって、組織全体の生産性を向上させようと考える企業が増えてきています。本書によれば、業績管理法は、目標達成につながる行動を社員本人と一緒に考え、そのアクションの結果を受けて、定期的にフィードバック。社員に気付きを促すことで、さらに能力発揮につながるように導くものであるということになります。

 より具体的には、各メンバーの行動とその結果に注目し、客観的な計測結果をフィードバックすることで、パフォーマンスに繋がる「望ましい行動」を増やし、「望ましくない行動」を減らそうとするものということになります。この手法は現代の職場においても効果的であると考えられ、従業員や部下が「笛吹けど踊らず」状態の経営者やマネジャーには是非読んでほしい本です。

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エクセレントを生むのは「人」という考え方はブレず、AI時代にも説得力を持つ。

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新エクセレント・カンパニー: AIに勝てる組織の条件』['20年]

 本書は、80年代に発表され、世界的ベストセラーとなった『エクセレント・カンパニー』を著した著者が、豊富な経験とケーススタディをもとに、AI(人工知能)には決してマネ出来ない「エクセレント」な企業活動の条件とは何か、時代に左右されないビジネスの本質を説いたものです。

 第Ⅰ部「実践」 、第Ⅱ部「エクセレント」 、第Ⅲ部「人びと」、 第Ⅳ部「イノベーション」、 第Ⅴ部「付加価値」、 第Ⅵ部「エクセレントなリーダー」の全6部から成り、さらにそれを15の章に分けており、 第Ⅰ部では、実践こそ戦略であり、実践とは現場で行われるものであって、社長室では起こらないと説いています(第1章)。

 第Ⅱ部では、エクセレントとは何かを14のセクションにわたって検討し、エクセレントはその瞬間瞬間の生き方にあり、実行しなければ存在しないとしています(2章)。さらに、エクセレントは、エクセレントな組織文化によってのみ維持されるとし(第3章)、中小企業は間違いなくエクセレントたり得るとして、エクセレントな成果を上げている中小企業の事例を紹介しています(第4章)。

 第Ⅲ部のテーマは人間関係であり、まず「人がいちばん」はエクセレントを目指すための最重要項目であるとし(第5章)、従業員一人ひとりにチームにがっちりかかわらせて、チームの成長に専念させなければならないとしています(第6章)。また、新しいテクノロジーとの向き合い方を説き、企業の新しい道徳的責務は、すべての社員に将来必要となる専門技術を身につけさせることだとし(第7章)、不安定な世界で雇用を安定させることは、攻撃的な戦略なのだとしています(第8章)。

 第Ⅳ部では、イノベーションの2つの法則(「数打ちゃ当たる」と「失敗は成功のもと」)を紹介し、イノベーションは"本気の遊び"であり、思い切って一歩を踏み出すことだとし(第9章)、多様な相手との付き合いが私たちを成長させるのであって、この時代、同じような人とばかり付き合うのは身を亡ぼすとしています(第10章)。

 第Ⅴ部では、AI時代において魂が抜けた業務が氾濫するなかで、付加価値こそ優先すべきだとして、付加価値を強化する9つの戦略の筆頭にデザインを挙げ、アップルなどの例からデザインこそ最重要の差別化因子であるとし(第11章)、続いて、その他の8つの付加価値強化戦略を説いています(第12章)。

 第Ⅵ部では、エクセレントなリーダーの最大の特質は「聴き上手」であることだとし(第13章)、最前線のエクセレントなリーダーは企業のコアバリューであって、もっと評価されるべきだとしています(第14章)。そして最後に、エクセレントなリーダーとなるための26の戦術を紹介しています(第15章)。

 各章の冒頭に「マイストーリー」という著者自身の実体験があり、その後に各トピックが番号付きで紹介されてはいますが、内容的には特に体系だった構成がされているわけではなく、解説の米倉誠一郎・法政大学大学院教授が述べているように、気に入った章から読み進め、各章で紹介されるエクセレントな事例を座右の銘として書き留めるという読み方でもよいと思います。

 他の書籍からの引用が多く、読んでいてやや細切れ感があったのは否めませんが、戦略や数字、分析よりも、組織文化や人こそが大切であるという考え方は、前著『エクセレント・カンパニー』から受け継がれているものであり、AI時代に突入した今日においても、エクセレントを生むのは「人」であるとし、そうした「人がいちばん」という著者の考え方がブレず、且つ、今日においても説得力を持っているのは、個人的には嬉しく、また心強く思いました。

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「体育会系」組織の病理に迫るも、人事パーソン的には物足りない。

体育会系上司.jpg体育会系上司2020.jpg       自己実現という罠.jpg  
 『体育会系上司 - 「脳みそ筋肉」な人の取扱説明書 - (ワニブックスPLUS新書)』['20年] 『自己実現という罠―悪用される「内発的動機づけ」』['18年]  

 以前、その著書『お子様上司の時代』('13年/日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』('15年/日経文庫)、『自己実現という罠―悪用される「内発的動機づけ」』('18年/平凡社新書)を取り上げた著者の本(この著者は4冊目ということになる)。

 ここ数年、体育会系組織の不祥事が次々と明るみに出て、世間を騒がせていますが、本書は、心理学者である著者が、体育会系組織の特徴と問題点について心理学の視点から検討することで、「体育会系」という存在の正体に迫っています。そして、スポーツ系の組織に限らず、日本的組織の持つ特徴が体育会系組織に凝縮されているとの仮説のもと、日本的組織が陥りがちな問題点を探るとともに、体育会系組織との付き合い方を示しています。

 第1章では、なぜ人は体育系の魅力に取り憑かれるのかを分析しています。著者によれば、池井戸潤の「下町ロケット」などもいわば体育会系のノリの作品であり、見る者を熱くさせるのが体育会系の魅力であるが、そこには非現実の世界だからこそ美しく見えるといった面もあるとしています。

 第2章では、アメフト部、ボクシング連盟、体操協会などに見られた諸事件を分析し、その権力構造が、山崎豊子の「白い巨塔」で描かれる大学医学部の組織構造と酷似していることを指摘、体育会系の組織構造は日本の社会に深く浸透しているとして、果たしてそうした組織に身を置いたとき、自分が正しいと思った通りに行動できる人間がどれだけいるだろうかと問いかけています。

 第3章では、体育会系学生のイメージと実態を分析しています。体育会系学生の肯定的なイメージは、➀礼儀正しい、②仲間を大切にする、③自己抑制力がある、などで、否定的なイメージは、➀勢いだけで動く、②融通が利かない、③自分の頭で考えない、④単純な認知構造、であると。体育会系人材の特徴として、社交性や協調性の高さ、行動力、達成動機の強さ、チャレンジ精神、意志の強さなどがあり、実態としては、今も体育会系人材は企業から好まれているとしています。

 第4章では、体育会系組織がなぜ病んでしまうのかを分析し、その原因として、上意下達が思考停止を招く、気配りが忖度の行きすぎを招く、権威主義がパワハラ容認につながる、属人思考に染まる、事なかれ主義に陥りがちになる、などを挙げています。また、自己抑制による欲求不満が陰湿ないじめを生んだり、団結心の強さが逆に仇になることがあるとしています。

 第5章では、体育会系組織に象徴される日本的組織の病巣を、実際に起きた不祥事事件などから探り、不祥事を生む「気配り」、責任の所在を覆い隠す忖度の心理構造、情実人事につながる「上にお任せ」の「甘えの心理構造」、会議で本当の議論ができず、空気を乱さないことが何よりも大事になっていることなど挙げています。

 第6章では、体育会系組織との上手い付き合い方を指南しています。ここでは、自己中心的になりすぎない、危ない時は情にアピールする、話を単純明快にする、適度の距離感を保つ、自分の軸を持つ、別の居場所を持つ、といったことを挙げています。

 採用時にはどの会社もこぞって欲しがる人材でありながら、何年も会社にて権力を持つと高圧的な態度を取りがちという、「体育会系」人材の問題を指摘した本は、これまでもあったように思います。本書の場合、それを個人レベルにとどまらず、組織心理学的な視点まで敷衍して分析している点は良かったです。

 ただし、何か新規性のある分析が見られたかというとそうでもなく、また、そうした問題のある組織や上司をどうするべきかということではなく、最後は、体育会系組織に馴染めない人に向けたアドバイスで終わっているのが(これはこれで一般向け図書としてはいいのだが)、これまで取り上げたこの著者の本と同様、人事パーソンの視点から見ると物足りないように思いました(今のところ、『自己実現という罠』がいちばん良かった)。


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何か自分の職場や生活にとってヒントになるものはないか探してみるもいいのでは。

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フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか (ポプラ新書 ほ 2-1)』['20年]『フィンランド豊かさのメソッド (集英社新書)』 ['08年]

 以前、その著書『フィンランド豊かさのメソッド』('08年/集英社新書)を取り上げた著者の本。フィンランドは、国連が毎年発表している幸福度ランキングで、2018年、2019年と2年連続で1位となった国ですが、フィンランド人は、仕事も、家庭も、趣味も、勉強も、なんにでも貪欲で、それでも睡眠は7時間半以上とるとのことです。本書は、フィンランド大学大学院を卒業し、フィンランド系企業を経て、現在はフィンランド大使館で仕事をしている著者が、こうしたゆとりのあるフィンランド流の働き方の秘訣を解説したものです。

 第1章では、フィンランドがなぜ幸福度1位なのかを分析しています。それによれば、1人あたりのGDPは日本の1.25倍で、マクロ経済の安定度は世界1位、インフラや教育が高く評価され、ヘルシンキはヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれる一方で、子ども貧困率はOECDの2018年調査ではデンマークに次いで2番目に低く(日本は34位)、同調査で教育、所得、生活満足度、健康の格差の平均順位をとっていくとフィンランドはデンマークに次いで2番目に格差が少ないとのこと。働く人々は夏にほとんどの有給休暇をまとめてとり、1カ月はしっかり休んで、有給消化率はほぼ100%。さらに、ふだんも、定時にオフィスを出て、残業はほとんどしないとのことです。著者によれば、フィンランドはパラダイスではなく課題も多くあるが、「日本もこうなったらいいのに」と思う部分が、特にワークライフバランや「ゆとり」の部分に多くあるとのことです。

 第2章では、フィンランドの人たちの働き方を紹介しています。16時を過ぎるころから一人、また一人と帰っていき、16時半を過ぎるとオフィスにはほとんど人はいなくなるといいます(フレックスを利用して8時から働き始めているというのもあるが)。まず、基本的には、残業しないのができる人の証拠だとされていると。また、3割の人が週に1度以上在宅勤務しているとのことです。オフィスもフリーアドレスの会社が増えてきており、立って仕事をする人も多いとのこと。スポーツインストラクターによるエクササイズ休憩(昭和の日本企業の職場での午後3時のラジオ体操みたい)を採り入れているところもあれば、コーヒー休憩を設けることが法律で決まっているというのは驚きです。コーヒー休憩はコミュニケーションの場にもなりますが、そのほかにも、社員同士が交流するレクリエーションデイや、時には外で話し合うリトリート、更には、サウナ会議などというのもあったりするとのこと。著者は、こうした仕事文化の根底にあるものとして、フィンランド人がよく使うウェルビーイングという言葉を挙げており、さらに、ウェルビーイングとともに、企業や組織が追求するのが、効率であるとしています。

 第3章では、フィンランドの人の働き方を見ていきます。フィンランドの仕事で肩書は重要ではなく、組織はオープンでフラットであり、組織のリラックスした上下関係は、年齢、性別、学歴などによっても左右されないとのこと、最近ではIT企業などでボスのいない職場というのも生まれており、また、歓送迎会もコーヒーでシンプルに行われ、接待さえも、ランチミーティングやブレックファーストミーティングでやってしまうことがあると。また、父親の8割が育児休暇を取得するとのことです。

 第4章では、フィンランド人の休み方を見ていきます。フィンランド人は、仕事も好きだけれど、それ以外の時間も大切にし、また、会社も福利厚生の一環として、仕事以外の活動や趣味を支援するとのこと、睡眠は7時間半以上確保し、週末も趣味、スポーツ、DIYなどに充てるとのことです。お金をかけずにアウトドアを楽しむコツを知っていて、また、土曜日は「サウナの日」で、9割以上の人がサウナを楽しむと。サウナは接待やおもてなしの場にもなるとのことです。夏休みは1カ月で、1年は11カ月と割切って心置きなく休む工夫をし、また、その分、夏は大学生が大きな戦力となり、企業にとってもインターンシップとしてプラスになるとのことです。

 第5章では、フィンランド人の根底にある「シス」という考え方を紹介しています。シスは、フィンランド語で、困難に耐えうる力、努力してあきらめずにやり遂げる力、不屈の精神、ガッツといった意味を持つ言葉です。シスは、フィンランド人にとっては、「自分の強い気持ち」を表しています。それが仕事も、家庭も、趣味も、勉強も、全てに貪欲に取り組む姿勢につながっているようです。

 第6章では、フィンランド人の貪欲な学び方を見ています。総合大学は授業料が無料で、多くの人が修士取得まで勉強を続け、また、大学や職業学校などでは、社会人向けの短期から長期の講座を多く用意しているため、転職者の二人に一人は、転職の際に新たな専門や学位を得ているとのことです。ですから、将来を見据えてAIを学ぶ人も多いとのことです。国の施策としてワークライフバランスの向上を目指す一方で、個々人は課題を冷静に見つめ、努力することも忘れない、そうした仕事も人生も大事にするという国民性なのだなあと思わされました。

 本書は、著者の前著『フィンランド 豊かさのメソッド』('08年/集英社新書)と同じく、豊かさとは何かということがテーマになっているようにも思います。人事パーソンの目線で言うと、前著のビジネス版ということで、2章から4章で、なぜそうすれば働きやすさと仕事の効率の維持が両立可能なのか、もう少し突っ込んで欲しかった気もします。ただし、日本でも働き方改革の議論が進んでいますが、ともすると労働時間を減らすということばかりに目が行って近視眼的になりやすいのではないかと思われ、その点では、フィンランドは日本とは国土も人口も、法律も制度も違い過ぎるといって、フィンランドで行われているようなことは日本できはしないと諦めるのではなく、本書を通して、何か自分の職場や生活にとってヒントになるものはないか探してみればそれなりに得るものはあるように思われます。


《読書MEMO》
●目次(一部抜粋)
1 フィンランドはなぜ幸福度1位なのか
・2年連続で幸福度1位の理由
・「ゆとり」に幸せを感じる
・自分らしく生きていける国
・ヨーロッパのシリコンバレー
・「良い国ランキング」でも1位
2 フィンランドの効率のいい働き方
・残業しないのが、できる人の証拠
・エクササイズ休憩もある
・コーヒー休憩は法律で決まっている
・「よい会議」のための8つのルール
・必ずしも会うことを重要視しない
3 フィンランドの心地いい働き方
・肩書は関係ない
・年齢や性別も関係ない
・ボスがいない働き方
・歓送迎会もコーヒーで
・父親の8割が育休をとる
4 フィンランドの上手な休み方
・お金をかけずにアウトドアを楽しむ
・土曜日はサウナの日
・心置きなく休む工夫
・休み明けにバリバリ働くフィンランド人
・おすすめの休みの過ごし方
5 フィンランドのシンプルな考え方
・世界のトレンドはフィンランドの「シス」!?
・ノキアのCEOも「シス」に言及
・職場でも、シンプルで心地いい服を
・偏差値や学歴で判断しない
・人間関係もシンプルで心地よく
・コミュニケーションもシンプルに
6 フィンラドの貪欲な学び方
・仕事とリンクする学び
・2人に1人は、転職の際に新たな専門や学位を得ている
・学びは、ピンチを乗り切るための最大の切り札
・将来を見据えてAIを学ぶ人も多い

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ギバー(与える人)こそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説く。

GIVE & TAKE2.jpgGIVE & TAKE.jpg アダム・グラント.jpg アダム・グラント
GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』['14年]

 組織心理学者による本書では、人間の思考と行動を「ギバー(人に惜しみなく与える人)」「テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)」「マッチャー(損得のバランスを考える人)」の三類型に分け、それぞれの特徴と可能性を分析し、ギバーこそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説いています。

 パート1では、ギバーは「ギブ・アンド・テイク」の関係を相手の利益になるようもっていき、受け取る以上に与えようとし、テイカーが自分を中心に考えるのに対し、ギバーは他人を中心に考え、相手が何を求めているかに注意を払うとしています。そして、多くの人々が、ギバーとして人間関係や評判を築いたサービス提供者を重視するようになっているとしています。

 パート2では、テイカーは自分のことで頭がいっぱいなので、三人称の代名詞(私たち)より一人称の代名詞(私)を使うことが多く、調査によれば、たいていの人は、フェイスブックのプロフィールを見ただけでテイカーかどうかを見分けることができるというとのことです。また、ギバーの1つ目の才能として、「ゆるいつながり」の人脈づくりを挙げ、強いつながりは「絆」を生み出すが、弱いつながりは「橋渡し」として役立つとしています。

 パート3では、テイカーは自分がほかの人より優れていると考え、他人に頼りすぎると、守りが甘くなってライバルに潰されてしまうと思いがちだが、ギバーは、競り合うことを弱さだとは考えず、それは強さの源であり、多くの人々のスキルをより大きな利益のために活用する手段であるとしています。また、ギバーの2つ目の才能として、自分だけでなくグループ全体が得をするように、パイ(総額)を大きくすることを挙げ、ギバーはグループに貢献するので皆から感謝されるとしています。

 パート4では、ギバーは同僚や会社を守ることを第一に考えるので、進んで自らの失敗を認め、柔軟に意思決定しようとし、長い目で見てよりよい選択をするためなら、さしあたって自分のプライドや評判が打撃を受けてもかまわないとするとしています。そして、ギバーの3つ目の才能として、テイカーが、自分こそが一番賢い人間になろうと躍起になるのに対し、ギバーは、たとえ自分の信念が脅かされようと、他人の専門知識を受け入れ、その結果、部下の可能性を掘り出し、精鋭たちを育てるということを挙げています。

 パート5では、テイカーは強気な話し方をする傾向があり、独断的であるのに対し、ギバーはもっとゆるい話し方をする傾向があり、控えめな言葉を使って話すとしています。また、ギバーの4つ目の才能として、「強いリーダーシップ」を発揮するのではなく、知らずしらずのうちに相手の心をつかむ質問力や説得術により、相手に対して「影響力」を及ぼすことが挙げられるとしています。

 パート6では、ギバーが成功するために気をつけなければならないこととして、困っている人をうまく助けてやれないときに、燃え尽きてしまうことがあるが、他人のことだけでなく自分自身のことも思いやりながら他者志向的に与えれば、心身の健康を犠牲にすることはなくなるとしています。

 パート7では、「いい人」であるだけでは絶対に成功はできないとし、気づかいが報われる人と人に利用されるだけの人の違いを説いています。ここでは、ギバーが陥りやすい三つの罠として、信用しすぎること、相手に共感しすぎること、臆病になりすぎることを挙げ、それらに陥らないためにはどうすればよいかを述べています。

 パート8では、人間が「お互いを助ける」のはなぜかを考察し、それは、困っている相手に自己意識を同化させ、相手のなかに自分自身を見出すからだとし、つまり、実際には自分自身を助けていることになるとしています。そして、最初に人々の行動を変えれば、信念も後からついてくるとしています。

 パート9では、多くの人がギバーとしての価値観を持っているのに仕事ではそれを表に出したがらないが、ほんの少しでもギバーになれば、もっと大きな成功や豊かな人生、より鮮やかな時間が手に入ること示唆して、本書を締め括っています。

 監訳者の楠木建氏も書いていますが、本書を読んだ第一の印象は「情けは人のためならず」ということでしょうか。しかし、楠木氏は、本書は凡百の「自己啓発書」ではなく、行動科学の理論と実証研究に裏打ちされている点で、個人的な経験や思いつきで書かれた自己啓発のビジネス書とは一線を画しているとしています。

 人事パーソンの視点で見れば、職場にこうしたギバーが増えていくことが望ましいということになるかと思います。また、もし、あるチームが効果的に機能しているとすれば、それは特定のギバーに負っている面があったりもする可能性もあり、そうしたギバーが燃え尽きてしまうことがないような配慮も必要になってくるかと思います。その意味で、組織論的な観点からも多くの示唆に富む本であると思います。

TED Talks. 「与える人」と「奪う人」 ― あなたはどっち?
TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg

2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」2.jpg2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg(●アダム・グラントは「TEDトーク」で「人当たりの良いギバー」と「人当たりの悪いテイカ―」はすぐ分かるが、「人当たりの良いテイカ―」と「人当たりの悪いギバー」は見分けを誤ることがあると注意を促してる。「人当たりの悪いギバー」の例として「Dr.HOUSE」でヒュー・ローリーが演じたグレゴリー・ハウス医師を挙げているのが個人的には分かりやすかった。有能だが不愛想でいつも不機嫌に「Dr.HOUSE」2004.jpg「Dr.HOUSE」ヒュー・ローリー.jpgしているため組織の上の方からも疎んじられているが、実は部下にとって自身の成長を促してくれる存在であるということだ。キャラクター的にはシャーロック・ホームズをモデルにしていることが知られ、日本では「US版ブラック・ジャック」というキャッチコピーが付けられていた。)

「Dr.HOUSE」 House (FOX 2004/11~2012) ○日本での放映チャネル:FOXライフHD(2005)→FOXチャンネル(2006-)

《読書会》
■2021年04月16日 第34回「人事の名著を読む会」アダム・グラント 『GIVE & TAKE』
『GIVE & TAKE dokusyokai.jpg『GIVE & TAKE dokusyokai2.jpg

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○経営思想家トップ50 ランクイン(エリック・シュミット)

"GAFA"の経営者らが師と仰いだ伝説の人物のコーチングとはどのようなものかを紹介。

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1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』['19年] エリック・シュミット氏(右)とジョナサン・ローゼンバーグ氏

 スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾズ、ラリー・ペイジといった"GAFA"と呼ばれる企業の創業者らがこぞってコーチとして仰ぎ、シリコンバレーのレジェンドと言われながら、2016年に亡くなったビル・キャンベルの、彼の教えがどのようなものであったかを、『How Google Works―私たちの働き方とマネジメント』('14年/日本経済新聞出版社)の著者でもある元グーグルの経営幹部らが紹介した本です。

 ビル・キャンベルという人は、アメフトのコーチ出身でありながら、優秀なプロ経営者であり、著名な企業のタレント揃いの人材に多大な影響を及ぼしながらも、本人は表に出ることは少なく、人を活かす黒子役に徹してきたとのことです。本書は彼のコーチを受けた3人のグーグル幹部経験者が、彼のコーチングを受けた80人のエグゼクティブにヒアリングするなどして、改めて伝説のコーチの人となりやコーチングとはどのようなものだったのかを纒めています。

 まず紹介されているビルの考え方は、「人がすべて」という原則です(第2章)。マネジャーのいちばん大事な仕事は、部下が仕事で実力を発揮し、成長し、発展できるように手を貸すことであると。また、コミュニケーションが会社の命運を握るとし、例えば月曜のスタッフミーティングが始まると、まず一人ひとりに週末何をしたかを尋ね、旅行帰りの人がいれば簡単に旅の報告をしてもらったとのこと。この目的は二つあり、一つは、チームメンバーが仕事以外の生活を持つ人間同士としてお互いを知り合えるようにすること、二つめは、全員が特定の職務の責任者としてだけでなく、一人の人間として楽しんでミーティングに参加できるようにすることにあったとのことです。

 また、ビルにとって「信頼」は最優先されるべき価値観であり(第3章)、信頼を確立することは、最近の言葉で言う、チームの「心理的安全性」を育むための必要条件であるとしていたとのこと。心理的安全性とは、「チームメンバーが、安心して対人リスクを取れるという共通認識を持っている状態であり、ありのままでいることに心地よさを感じられようなチーム風土である」としています。

 ビルは、コーチングを受け入れられると判断した人に対しては、じっくりと耳を傾け、偉大なことを成し遂げられるとして、誠意を尽くしたとのことです。また、コーチとの関係から最大の価値を引き出すには、教えられる側が、コーチングを受け入れる姿勢がなくてはならないともしたとのことです。彼が求めた、コーチされるのに必要な資質とは、「正直さ」「謙虚さ」「努力を厭わない姿勢」「常に学ぼうとする意欲」であったとのことです。「正直さ」が求められるのは、コーチングの関係を成功させるには、赤裸々に自分の弱さをさらけ出す必要があるためであり、「謙虚さ」が重要なのは、リーダーシップとは、会社やチームという自分より大きなものに献身することだと考えていたためとのことです。

 また、ビルは、コーチングセッションで、「フリーフォーム」で話を聞くことを心掛けていたとのことです。いつでも相手に全神経を集中させ、じっくり耳を傾けたとのことです。相手が言いそうなことを先回りして考えたりせず、とにかく耳を傾けることが重要であるとしたと。ビルが「すべきこと」を指図することは一度もなく、むしろ彼は、どんどん質問を投げかけて、本当の問題に自分自身で気づかせるようにしたとのことです。

 さらに、ビルは、全員が「チーム・ファースト」となることを求め(第4章)、チームを最適化すれば問題は解決するとして、問題そのものよりも、チームに取り組むことの重要性を説いたとのことです。そして、物事がうまくいかないときは、いつにも増して「誠意」「献身」「決断力」がリーダーに求められると。また、小さな「声かけ」が大きな効果を持つということを自身が身をもって示していたとのことです。

 最後に紹介されているビルのモットーは、「パワー・オブ・ラブ」―ビジネスに愛を持ち込めということです(第5章)。人を大切にするには、人に関心を持たねばならず、プライベートな生活について尋ね、同僚の家族を理解し、大変な時には実際に駆けつけて手を差しのべていたと。ビルの小さな贈り物はほとんどの場合、アダム・グラントがその著書『GAVE & TAKE―「与える人」こそ成功する時代』('14年/三笠書房)「5分間の親切」と呼ばれるものにあたり、親切をする側にとってあまり負担はかからないが、受ける側にとっては大きな意味のあるものを指し、人々が絆で結ばれるとき、チームはずっと強くなれることをビルは信じ、自ら実践していたとのことです。

 ビル・キャンベルへの追悼の意を込めた伝記としての要素もあるため、やや故人が絶対視されている印象もありますが、本書に序文を寄せたアダム・グラントが述べているように、ビル・キャンベルが実践した人材管理やコーチングの原則は、「最先端の研究」のはるか先を行く考え方であり、そのコーチングにおける姿勢や考え方については、いつの時代にも通用するものであると思われ、人事パーソンにとっても参考になるかと思います

 日本ではエグゼクティブ・コーチングというものがそれほど浸透してはいないという現況がありますが、述べられていることは最も"オーソドックス"と言ってよく、やや精神論的な部分もありましたが、部下マネジメントに際して応用可能だと思いました。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(エリック・シュミット)

どうやってスマート・クリエイティブを惹きつける労働環境を作っているかが分かる。

How Google Works.jpgHow Google Works 文庫.jpg シュミット ローゼンバーグ.jpg
How Google Works: 私たちの働き方とマネジメント』['14年]『How Google Works: 私たちの働き方とマネジメント』['17年/日経ビジネス人文庫] エリック・シュミット氏(右)とジョナサン・ローゼンバーグ氏

How Google Works1.jpg グーグル現会長で前CEO(本書執筆時)のエリック・シュミットと、前プロダクト担当シニア・バイスプレジデント(上級副社長)のジョナサン・ローゼンバーグが、グーグルはどうやって成功したのかを述べた本で、すべてが加速化している時代にあって、ビジネスで成功する最良の方法は、スマート・クリエイティブを惹きつけ、彼らが大きな目標を達成できるような環境を与えることであるとして、文化、戦略、人材、意思決定、コミュニケーション、イノベーションの各重要トピックについて、グーグルの考え方、グーグルでの働き方を説き明かしています。

 まず彼らは「現代は、どのような時代か?」という問いに、「現代は、インターネットの世紀である。具体的には、3つの生産要素が格段に安くなった。情報、インターネットへの接続、そしてコンピューティング性能」であると答えます。そして、「その結果、企業の成功に最も必要な要素は何か?」という問いには、「プロダクトの優位性である。情報の管理能力でも、流通チャネルの支配力でも、圧倒的なマーケティング力でもない」と答えます。さらに、優れたプロダクトをスピードを持って開発するのに必要な人材はどのようなものか?」という問いのGoogleの答は、「スマート・クリエイティブと言われる人々」である」と。では、「スマート・クリエイティブを惹きつける、良い会社にするにはどうしたら良いか?」という問いに対し、その答えは文化、戦略、人材、意思決定、コミュニケーション、イノベーションの6つの要素に集約されるとして、以下、それぞれについて解説していきます。

 「文化」では、社員同士の距離を近づけること、「カバ」すなわち、エライ人の言うことを聞かないこと、「悪党」すなわち、傲慢な人間、妬む人間からは仕事を取り上げること、人に「ダメ」と言わないこと(「イエス」の文化を醸成すること)などを推奨しています。

「戦略」では、計画は流動的であるべきであり、市場調査はせず、技術的アイデアに賭け、利益よりも成長(大きくなること)を重視せよと言っています。

 「人材」では、採用は一番大切な仕事であり、採用は絶対に妥協せず、学ぶ意欲の高い人物を採用すること、大事なのは「何を知っているか」ではなく、「これから何を学ぶか」であるとし、また、好き嫌いではなく、人格と知性で選ぶようにし、採用を全社員の担当業務に含め、「スゴイ知り合い」を紹介させるようにし(その際の貢献度は評価に入れる)、報酬は、低いところから始め、成果を出す人にはずば抜けた報酬を支払うようにせよと言っています。

 「意思決定」については、データに基づき決定すること、最適解に達するため意見の対立を不可欠とするとすること、収益の8割を稼ぐ事業に8割の時間をかけることを説いています。

 「コミュニケーション」については、役員会の議事録であったとしても、法律、あるいは規制で禁じられているごくわずかな事柄を除き、全て共有すること、会話を促進し(時にはコミュニケーション過剰と言われるくらい)話しやすい雰囲気を作ることを説いています。

 「イノベーション」については、①それが対象とするものは、数百万人、数十億人に影響をおよぼすような大きな問題あるいはチャンスだろうか。②既に市場に存在するものとは根本的に異なる解決策のアイデアはあるのか。③根本的に異なる解決策を世に送り出すための画期的な技術は既に存在しているのか、あるいは実現可能なのか、この3つの条件を検討せよと述べています。また、イノベーティブな人間にイノベーションを起こせと言う必要はなく、自由にさせれば良いとし、ユーザーに焦点を絞れば、後は全部ついてくる(カネを出す「顧客」ではなく、サービスを利用するユーザーに焦点を絞る)、リソースの70%をコアビジネスに、20%を成長ビジネスに、10%を新規ビジネスに投下せよとも言っています。

 本書で述べられているのはあくまでもGoogleの考え方であって、安易にマネをできるものではないし、異なる考え方を持つ方も多いでしょう(Amazon.comのレビューで「製造業には無縁の話で」というのもあった)。それでも、「次の時代の働き方」を模索するビジネスパーソンには、啓発される要素を多く含んだ本であると思います。また、人事パーソンの視点から見ても、世界的なエクセレント・カンパニーがどのようにして魅力的な労働環境を作っているかが分かるとともに、「人材」に関する記述などは、これからの人材マネジメントの在り方について多くの示唆を含むものであると思います(日本の人事部「HRアワード」2015の書籍部門で「最優秀賞」を受賞)。

【2017年文庫化[日経ビジネス人文庫]】


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人事変革の手法と言うより、その前提となるフレームの認識の在り方を説いた本。

最強組織をつくる人事変革の教科書.jpg 『最強組織をつくる人事変革の教科書』['19年]

 デトロイトトーマツのコンサルタントらによる本書は、人事は今大きな転換期を迎えており、「人事のあり方」を刷新しようとする動きが本格的に加速し始めているとした上で、人、組織、企業そして社会を変えていく人事とは何かを、人事のトレンドから実際の人事変革アプローチまで要素分析し、体系的に整理したものです。

 第1章では、人事が影響を与える3つの領域として「従業員一人ひとりの世界」「経営の世界」「社会」を挙げ、それぞれどのような影響を与えるのかを説明しています。「従業員個人」に与える影響に関しては、これまでの"会社・組織目線"での従業員エンゲージメントから、"従業員主導"の経験・価値の実現に対して人事が関わることの重要性を提唱しています。また、「経営」に対する影響としては、人事の成熟度が高まれば高まるほど、企業のパフォーマンスが高まるとし、「社会」に対する影響としては、SDGs(持続可能な開発目標)に基づき課題を整理し、人事との関連が深い目標にどのように人事が関わるべきかを示しています。

 第2章では、人事の実態をデータや事例から検証し、業務量を集計してみると、業務量の80%程度がオペレーション業務に費やされていることが分かったとし、戦略・企画業務により力を入れなければならないと人事自身も認識しているはずだが、過去から積み重なった様々な慣習が、人事を機能不全にし、知らぬ間に人事の変革を鈍らせているとしています。その上で、機能不全をその人事の特徴になぞらえて、「独りよがり」「成り行き」「管理者」「アナログ」の4つに類型化し、その原因を踏まえてそれぞれ解説しています。

 第3章では、これからの世界で勝つ"最強の人事"とは何かを、デロイトグローバル共通の方法論である「Future of HR」という人事変革コンセプトを活用して明らかにしています。「Future of HR」は、「これからの人事が真に価値を発揮し、新しい未来に踏み込みこんでいくための観点はどのようなものか」という問いに答える考え方で、「マインドセット」「フォーカス」「レンズ」「イネーブラー」という4つから構成されるとしています。

 第4章では、最強の人事に変革するための"6つのステップ"を紹介し、その大きな流れは、Step1:現状分析、Step2:設計方針策定、Step3:概要設計、Step4:詳細設計、Step5:実行計画策定、Step6:実行であるとしています。各社の置かれている外部環境や自社の人事課題、これまでの人事変革の達成状況によって、アプローチややり方が異なるため、全てを本書に記載することは困難であると断りながらも、実際のプロジェクトの中で共通的に実施し、特に重要だと考える、人事変革の具体的な流れと外してはいけないポイントは記載したつもりとのことです。

 第5章では、最強人事を担う"人事プロフェッショナル"について定義し、育成の考え方を提示しています。これまでの人事の担い手を、その求められてきた要件から「人事オペレーション人材」と呼ぶ一方で、最強の人事の担い手を「人事プロフェッショナル」と呼ぶことにしたと。人事変革に終わりはなく、絶えず変化する外部環境・内部環境に人事も合わせて変化し続ければならない―その変化に対応できるのはプロフェッショナルたる真の人事人材であるとし、人事ぷろっフェッショナルを育成する要件を示しています。

 最後に、人事は構造的な課題を抱えているとした上で、人事変革で成功するために絶対に外してはいけないことちして、1.人事変革コンセプトを言語化すること、2.人事担当役員またはそれに相当する方がプロジェクトをリードし、意思決定をタイムリーに行うこと、3.施策の実行者自身が実行プランを考えること、4.施策の実行者には専任メンバーを充てること、5.抵抗勢力は想像している以上に多いと思うこと、の5つを掲げていますが、何れもなるほどと思わされるものでした。

 人事を取り巻く環境変化、人事が機能不全に陥っている状況、人事に求められる役割、人事人材の育成も含めた人事変革の進め方についt、まさに「教科書」的に網羅されており、人事は、従業員個人、経営、社会に対して影響を及ぼす存在としてその価値が高まっていくとしており、これからの人事の仕事は非常にタフになるが、挑戦的で面白くもなるとの結語は、人事パーソンの胸に響くのではないでしょうか。

 良書だと思いますが、ややコンサルファームっぽさが匂う印象も(「具体策はご相談ください」的な)。個人的には、人事変革の具体的手法と言うより、その前提となるフレームの認識の在り方に重きを置いて説いた本のように思いました。

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ビジネスパーソン、ワーママを取り巻く感情管理の膜の「しんどさ」への気づきを促す。

働く人のための感情資本論0.jpg働く人のための感情資本論.jpg
働く人のための感情資本論―パワハラ・メンタルヘルス・ライフハックの社会学』['19年]

 職場のパワハラ、メンタルケアと産業保健、過労自殺とうつ病、ライフハックの現場、ワーママのため息。感情が管理され、生が査定される時代。私たちは、グッとこらえたこの心の揺らぎと、どう向き合えばいいのか。毎日の仕事は、社会問題とどうつながっているのか。現代に疲弊する、働く人びとのための社会学―(「BOOK」データベースより)。

 近年職場でのハラスメントや労働者のうつ病、自殺が社会問題化していますが、そこで問われているのは、職場の対人コミュニケーションであり、本書で著者が論じようとしているのは、(感情が組織によって抑圧されることによる人間疎外よりも)相互尊重的なコミュニケーションができることが社会人としての必須能力とされ、それによって職業上の能力や評価が決定される現象に伴う閉塞感についてです。コミュニカティブであることを推奨する職場環境の中で、感情という資本はどのように機能しているのか、感情的にならずに感情を表出することと、効率的なパフォーマンスを可能にすることとの関係を解きほぐしながら、ハラスメントやうつ病と自殺、時間管理、ワーク・ライフ・バランスといった現代的な課題について考察しています。

 第1章「感情という資本」では、「パワーハラスメント」を受けて「倍返しだ!」と言える人は稀であり、多くはなかなか嫌悪感を表明できないのはなぜかを、アメリカの社会学者A・R・ホックシールドの感情管理論と、E・イルーズの勘定資本主義の観点から考察しています。我々は、対人関係の中で感情を贈り物とて交換しあっているため、感情をその場のコードに沿って適切に管理し、表出できる能力(=感情資本)を持っているかどうかが、その場の状況や他者の反応を操作する権力を持つことにつながるが、空気を読み、ハラスメントにNOと言うことを難しくさせるのは、こうした自発的な管理とコミュニケーションを促す感情文化であるとしています。

 第2章「メンタルヘルスという投資」では、労働者を対象としたメンタルヘルス対策の中で、特にEAP(従業員支援プログラム)について取り上げ、インタビュー調査をもとに、EAPの考え方を明らかにすることで、「効率的な業務遂行」と「感情に向き合うこと」がどう結びつくのかを検討しています。従業員のメンタル不調は、事業主からすれば経営上のコストでありリスクであって、メンタルヘルスケアは、そうしたコストやリスクを軽減させるものとして位置づけられるとしています。

 第3章「自殺のリスク化と医療化」では、日本の労災保険制度における労働者の自殺の取り扱いの変化に注目し、従来は自殺は故意によるものとして保険事故の対象外だったのが、後に労働災害として補償対象に取り込まれた、このような変化がどのようにして生じたのかを、行政や裁判などから明らかにし、自殺は、精神障害(主にうつ病)の症状の一つとして位置づけられることで、病死=災害死となり、社会保障制度の救済対象となったとしています。

 第4章「自殺の意味論」では、労災申請や訴訟の中で、労働者の自殺がいかに「鑑定」され、解釈されるのかを、責任帰属の観点から検討しています。自殺が病死の一種とみなされるようになったことで、自殺者は免責される一方、事業主の安全配慮義務や遺族の自責がクローズアップされるようになったとし、また、第3章と第4章のまとめとして、自殺者を病死者とみなすのはなぜかを考察しています。

 第5章「「パワーハラスメント」の社会学」では、「パワーハラスメント」の詳細なケーススタディを通して、どのような状況が「パワーハラスメント」であると認識される/されないのかについて、E・ゴフマンの「フレーミング・アナリシス」の観点から検討するとともに、自殺をめぐる解釈が遺族や労働基準監督署の臨検や法廷において錯綜し、やがて「うつ病の結果」へと収斂していくプロセスと、それにより「パワーハラスメント」が不可視化される過程を分析しています。

 第6章「時は金なり、感情も金なり」では、SNSを介したライフハックや時間管理術の勉強会での参与観察やインタビューを通して、実践者たちの時間に関する感覚や意識を浮かび上がらせています。また、時間管理が感情管理と密接な関係にあること(時間をうまく使うことと感情をうまく使うことが職業人としてのアイデンティティや他者からの評価に関わっていること)を明らかにすることで、感情が資本であるということの意味について再考しています。

 第7章「ワーキング・マザーの「長時間労働」」では、ワーキング・マザーが、職場での「ファースト・シフト」の後、帰宅しての家事育児に携わる「セカンド・シフト」をこなし、さらに深夜や早朝に「残業」をするような「長時間労働」の状態にあることを示し、家庭という領域での生活の効率化や合理化と、それに伴うワーキング・マザーの感情労働と働き過ぎの問題を、ワーキング・マザーの事例から考察しています。

 これまで「感情労働」という概念は、主に顧客に対するサービスの文脈で使われることが多かったですが、本書では、感情の管理が組織内の同僚や上司に対しても必要になっているとされる状況に注視し、職場が実施する「メンタルヘルスケア」、自分で行う様々な「ライフハック」(仕事効率化のテクニック)にも感情管理という要素が組み込まれているとしています。

 職場のトラブルがもたらす最悪の帰結としての自殺が、かつては自責行為だったのが、今は「精神障害による病死」とみなされることで労働災害と位置づけられるようになった―それはそれで進展ではあるが、精神障害が明確に確認されなくとも、ハラスメントによって尊厳や誇り、すなわち感情がひどく傷つけられた場合には自殺のトリガーになり得るとしています。

 また、感情管理は職場だけでなく、ワーキング・マザーは帰宅すれば子ども向けの「菩薩(ぼさつ)モード」に感情を切り替え、子どもが寝た後や早朝に、持ち帰った仕事をし、休日でさえそれは続き、子どもの先生や保護者間の付き合いでも場面に応じた感情管理が求められると。

 本書は、ビジネスパーソン、ワーキング・マザーを取り巻く感情管理の膜から抜け出す方法を必ずしも示したものではありませんが(ややもやっとした感じの読後感があるのは否めない)、働く人がごく普通に置かれている「ありふれたしんどさ」に事業主も上司も同僚もまず気づくことから始める必要があるかもしれず、本書はそうした気づきを促す一助となるものかもしれません。

《読書MEMO》
●目次
はじめに―働く人のための感情資本論
第1章 感情という資本―職場でコミュニカティブであること
 1 はじめに―「倍返しだ!」とは言えない人々
 2 「パワーハラスメント」と感情管理
 3 ホモ・コミュニカンスの出現
 4 むすびに代えて
第2章 メンタルヘルスという投資―メンタル不調=リスク=コスト
 1 はじめに―人的資源管理の医療化
 2 働く人々のメンタルヘルスケアをめぐる専門職
 3 メンタルヘルスケアの商品化
 4 メンタル不調=リスク=コスト
 5 むすびに代えて
第3章 自殺のリスク化と医療化―労働者の自殺はいつ、どのようにして「労働災害」になったのか
 1 はじめに―「うつ病」の症状としての自殺
 2 「業務上疾病」としての自殺
 3 労災保険における自殺のリスク化
 4 自殺の医療化
 5 健康問題としての労働問題―労働者の自殺の医療化を促進するエンジン
 6 自殺の医療化、社会保険への接続
 7 むすびに代えて
第4章 自殺の意味論―労働者の死をめぐる語り
 1 はじめに―いかに「鑑定」され、解釈されるか
 2 死者の診断と鑑定
 3 自殺の医療化と遺族
 4 自殺の責任の外在化
 5 自殺を病死者ととらえることについて
 6 むすびに代えて
第5章 「パワーハラスメント」の社会学―「業務」と「うつ病」のフレーム・アナリシス
 1 はじめに―「パワーハラスメント」の社会問題化
 2 ある「パワハラ」の風景
 3 「パワーハラスメント」のフレーム・アナリシス
 4 自殺の「動機の語彙」と「うつ病」フレーム
 5 自殺の「動機の語彙」の確定
 6 むすびに代えて―次世代への影響
第6章 時は金なり、感情も金なり―ライフハックの現場から
 1 はじめに―時間管理の自己目的化
 2 ライフハック
 3 頭をからっぽにする
 4 ライフハックの伝播、ライフハックを介したつながりの創出
 5 ライフハックの社会的機能
 6 時間管理と感情管理
 7 むすびに代えて
第7章 ワーキング・マザーの「長時間労働」―「ワーク・ライフ・過労死?」
 1 はじめに―働く千手観音
 2 ワーキング・マザーの「長時間労働」
 3 時間管理と感情管理―回し続けるジャグリング
 4 むすびに代えて―「ワーク・ライフ・過労死」を避けるために
あとがき

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

企業の採用・人材育成、働く人々のキャリア行動の変化を俯瞰するには良かったか。

定年消滅時代をどう生きるか2.jpg定年消滅時代をどう生きるか.jpg
定年消滅時代をどう生きるか (講談社現代新書)』['19年]

 本書では、これからは「定年」もなく、人生で3つの仕事や会社を経験する時代となり、そうした新しい雇用の在り方が普及していく時代には、個々の社員が自らキャリア形成を考えていかねばならないとしています。

 第1章では、大手企業で定年を撤廃する動きが散見され、2020年代には多くの企業が雇用継続年齢を引き上げていき、事実上「定年」は消滅するだろうとしています。また、年齢だけを理由に一律で給与を下げる従来の再雇用制度は、再雇用者のモチベーションを低下させ、優秀なシニア人材が新興国に流出する原因にもなっているとし、個人の専門性や能力に応じて待遇を見直す企業が増えているとしています。そこで、高齢者になる前に、今後の企業社会で通用するスキルを身に付け、絶えず更新することを推奨しています。

 第2章では、企業の採用において今や新卒一括採用から通年採用への流れは決定的であり、さらにジョブ型雇用も拡大していくだろうとしています。優れた人材には新卒でも年収1000万円以上支払う企業も現れていて、終身雇用・年功序列を前提としたこれまでの日本型雇用は見直され、企業は「優秀な学生以外はいらない」という考え方になってきていると。また、ジョブ型雇用の普及につれて企業は社員のキャリア形成のコストを縮小するため、社員は自分でキャリア形成を考えることが必要になってくるとしています。

 第3章では、新卒一括採用から通年採用への衣替えは、日本型雇用の変革の突破口となるのは間違いなく、2019年には大手企業の4分の1が通年採用を導入し、トヨタなどは中途採用が占める割合を中期的には5割まで引き上げる方針であると。中途採用が標準となると、50年の会社人生で転職2回(3つの職場経験)が普通となるだろうとしています。そのため、リカレント教育(学び直し)が必要となり、3年である領域のプロとなることを目指し、スキルを最低3つは持ちたいとしています。個人が3回分野を変えて10人に1人の専門家になれば、その掛け算の組み合わせで、9年で1000人に1人の稀少人材なれるとしています。

 第4章では、大学における教育改革について必要な4つの視点を提示し、大学はリカレント教育の普及を担う中核的な存在にもなり、また、人生にとって貴重な一般教養を学ぶ機会も与えてくれるとしています。

 第5章では、スマートフォンのような便利な機器が、逆に日頃から考える機会を奪っているとし、今後は頭を「使う人」と「使わない人」との経済格差が拡大していくとています。そして、考える力=思考力が強い人は、ごく自然に読書が習慣になっているとし、読書の効用を説いています。

 一般の働く人々に向けた本であり、日常で人事に携わっている読者にとっては、本書で書かれていることはすでに知識や実感としてあるかもしれませんが、それでも、最近の企業の採用・人材育成の動向や、働く人々のキャリア行動とそれを取り巻く環境の変化を俯瞰するにはちょうど手頃な本だったように思います。類書には、働く人にとって「受難の時代」が到来するといったトーンのものが多い中、「人生100年時代の変化を未来志向で楽しむ」という前向きなスタンスであるのが、個人的には良かったように思えます。

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会社を辞めるのに慎重になり過ぎるのもどうかと思うが、その辺りの見極めを説いた本か。

50歳からの逆転キャリア戦略.jpg 『50歳からの逆転キャリア戦略 「定年=リタイア」ではない時代の一番いい働き方、辞め方 (PHPビジネス新書) 』['19年]

 「会社員人生もいよいよ最終コーナー」と思いきや、「定年後も働き続ける人生100年時代」と言われガックリといったミドルも少なくからずいると思われる一方、これは見方を変えれば、「本当にやりたい仕事に挑戦する時間ができた」とも言えるとし、では、充実したセカンドキャリアのためには何が必要で、会社員のうちにやっておくべきことは何か、そのポイントを説いた本です。

 第1章では、もしいま早期退職したらどうなるか分からない(=危うい)「まだ辞めてはいけない人たち」とはどのような人かを挙げ、第2章では、人生後半戦のキャリアの考え方を「お金、肩書き」から「働きがい」へ転換することを説いています。第3章では、会社は「学び直しの機会」に溢れていて、辞める前に出来ることはまだ多くあるとしてそれらを列挙し、第4章では、 50歳からの働き方を変える「7つの質問」を通して、著者の" 七転八倒体験"から人生後半戦の働き方を考え、最後に、「人生後半戦の使命を考えるキャリアプランニングシート」など3つのワーク素材を付しています。

 各章とも列挙型で分かりやすく纏まっていて、個人的には第1章、第3章、第4章がすんなり腑に落ちた印象です。特に、第1章の「まだ辞めてはいけない人たち」については納得度が高かったですが、慎重になりすぎるのもどうかなと。第4章の「50歳からの働き方を変える「7つの質問」」も、著者は自身の経験に照らして照らしてとのことですが、一般論として参考になるように思われました。第1章、第4章の各項は以下の通り。

■第1章 まだ辞めてはいけない人たち
 【1】やりたいことがない人―転職の条件が年収しか言えない人は危険
 【2】変化に対応できない人―自分の専門以外に関心を持とうとしない人は危険
 【3】根拠なく楽観する人―リサーチ不足の「なんとかなるさ」は危険
 【4】自分を客観視できない人―「上司が評価してくれないから辞める」は危険
 【5】経営の視点や知識に欠ける人―会社経営を甘く考えている人の独立・転職は危険
 【6】自分のことしか考えていない人―周囲に貢献する意識に欠けているミドルは危険
 【7】社名や肩書きにこだわる人―昭和・平成型のプライドを捨てられないミドルは危険

■第4章 50歳からの働き方を変える「7つの質問」
 Q1 自分の人生があと1年だとしたら、何をやりたいですか?
 Q2 なぜ、その「やりたいこと」に挑戦しないのですか?
 Q3 やりたいことができない本当の理由は何ですか?
 Q4 名刺がなくても付き合える社外の知人は何人いますか?
 Q5 会社の外でも通用する「自分の強み」は何ですか?
 Q6 その強みを磨き、不動のものにするためには何が必要ですか?
 Q7 今のうちに何から始めますか?
 
 いつか自分のやりたいことをやってみたいと思いつつも、いつ会社を辞めるかというのは難しい問題だと思います。本書は、準備ができていないうちに辞めることの危うさを説いた本とも言えますが、意外と、すぐにでも独立できるような人が慎重になって定年まで(場合によっては再雇用されても)会社にとどまっているというのが、平成不況以降続いている傾向ではないかと、個人的には感じています。

 自分に辞める準備ができているかセルフチェックするにはいい本だと思いますが、あまりに慎重になり過ぎるのもどうかと思いました(誰でも慎重にはなると思うが)。まあ、その辺りの見極めを説いた本だと思います。実際、辞める準備ができていないのに辞めて失敗している人もいれば、辞める準備ができないまま定年再雇用期間も終わってしまい、結局、今いる会社がラストキャリアになる人もいて、そうした人が途中で辞めていればやっぱり上手くいかなかったかもしれず、うかつに他人に対してこうした方がいいああした方がいいとは言えない、本当に難しい問題だと思います。

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「職場の空気」を改善するオープネスとは何か、オープネスを使った組織戦略とは―。

OPENNESS(オープネス).jpgOPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』['19年]

本書では、わが国の職場でいま最も期待値を下回り、業績にマイナスの影響を及ぼしているのは「オープネス(開放性)」の低さであるとしています。これまで、会社の評価をするときには「財務データ」「経営者の情報」がその根拠として使われてきた一方、社員の士気を左右する「職場の空気」については、定量化が難しく、可視化されてこなかったと。しかし、著者が戦略担当ディレクターを務めるオープンワークにためられた述べ840万人の現役・OB社員のクチコミから、V字回復した企業、好調を維持する企業に共通の傾向をまとめたところ、オープネス(OPENNESS、風通しの良さ)が重要であることが分かってきたとのことです。本書は、グローバル企業から日系大手、ベンチャーまで企業の事例を豊富に使いながら、オープネスとは何か、そしてオープネスを使った組織戦略について説明しています。

 第1章では、「職場の空気」と「企業の業績」には強い関係があるとし、職場の満足度を高めようとすたとき。最も改善の余地があるのは「風通しの良さ」(≒オープネス)と「社員の士気」であるとしています。

 第2章では、オープネスは、①経営開放性(経営と現場の関係がオープンになっているか)、②情報開放性(社内情報にアクセスしやすいか)、③自己開示性(自分の才能を表現しても攻撃対象にならないか)の3つの要素から成るとし、風通しが悪いのに社員の士気が高い会社というのはほとんど存在しないとしています。また、オープネスは衛生要因であり、高ければ高いほどいいというものでもなく、さらに、組織の規模とオープネスは関係がなく、「オープネスが高い=フラットな組織」ということでもないとしています。

 第3章では、オープネスを高める方法を説いています。オープネスを阻む壁として、①ダブルバインド(人の心を蝕む「言行不一致」)、②トーション・オブ・ストラテジー(組織を壊す「戦略わかったふりおじさん」)、③オーバーサクセスシェア(成功例しかシェアしようとしないリーダー)の3つがあるとしています。その上で、経営開放性を高めるには、①失敗が起きたときにどのような解決策をとるか(自らの失敗を開示できるか)、②なぜ経営者をやっているのか、をしっかり伝えることが求められ、情報開放性を高めるには、①印象性、②アクセス性、③質疑性の3つを高めることが鍵となり、自己開示性を高めるには、一人ひとりが持つ才能を仕事において発揮させることが重要となるため、創造性、再現性、共感性を発揮しやすい環境づくりが必要となるとしています(章末に「リーダーができるオープネスを高めるアクション12選」あり)。

第4章では、オープネスをどう使うかを説いています。利益が出なくなった組織はまずオープネスが悪化し、リーダーの心の弱さによって事業と組織は負のスパイラルに嵌っていくとしています。そうしたことを「予防」するための"打ち手"として、①勝ちグセの強化戦略(勝っているときも自分たちの「機会損失」を発見できる)、②ロードウェイ改善戦略(従業員の働き方や仕事の進め方を改善)を挙げ、さらに、「早期治療」のための"打ち手"として、業績が悪いのに真実を伝えないといった「白い嘘」をつかないことを、「手術」の"打ち手"として、アロケート戦略(士気がダウントレンドに入る前に人を異動させ、活気のあるトップを新しい事業部、地域、部署に配属させる)と撤退生存戦略(所謂「損切り」をする。事業撤退と退職マネジメントを行い、「存続させる事業と組織」にフォーカスする)を挙げています。

 社員の士気を左右する「職場の空気」について、これまで定量化が難しいいとされてきたものを、クチコミデータなどを駆使して可視化している点が一つ、本書の特徴です。かっちり纏まった構成で、読みやすかったです。基本的にコンセプチュアルな内容であり、実務家の視点からすれば、すでに分かり切っている点もあれば、「そうは言っても」という点もあるかと思いますが、それでも十分、組織の在り方についての気づきを促す啓発書として読めるように思いました。

1《読書MEMO》
●目次
第1章 オープネスの発見
「株価当てゲーム」に私が猛烈にハマったワケ
見えなかった「職場の空気」が可視化されつつある
「職場環境のデータ」が株価へ及ぼす影響度
データが示す事実「職場の空気が企業の結果を決める」
社員の士気が高い企業は事業のピボットもうまくいく
「改善できる余地」はどこにあるのか

第2章 オープネスとは何か
なぜ人は社員のクチコミをのぞきたがるのか
「経営開放性」「情報開放性」「自己開示性」とは何か
「変われた企業」と「変われなかった企業」を分けたもの
「大企業は変化が苦手」は真実か
「社長の名前がバイネームで書かれる」となぜよいのか
「顔をオープンにする」ことはコミットする姿勢の表れ
風通しの悪い組織は「グレートカンパニー」にはなれない
「給与は低いが満足度が高い企業」は存在するか
【オープネスの誤解1】「高ければ高いほどいい」わけではない
【オープネスの誤解2】「大きい組織だと高められない」はウソ
【オープネスの誤解3】「オープネスが高い組織=フラットな組織」ではない
「オープネス」と「戦略」は対の関係にある

第3章 オープネスをどう高めるか
オープネスを「邪魔しているもの」は何か
【オープネスを阻む罠1】ダブルバインド:「言行不一致」が人の心を蝕む
【オープネスを阻む罠2】トーション・オブ・ストラテジー:「戦略わかったふりおじさん」が組織を壊す
【オープネスを阻む罠3】オーバーサクセスシェア:リーダーは失敗例こそシェアせよ
経営開放性を高める 失敗への対応、経営者をやっている理由を伝える
情報開放性を高める 印象性、アクセス性、質疑性を高める
自己開示性を高める 一人ひとりがもつ才能を仕事にクロスさせる
リーダーができる「オープネスを高めるアクション12選」

第4章 オープネスをどう使うか
ウサギの生存戦略に学べ
オープネスは「組織のカナリア」
事業と組織には、モメンタむがある
【「予防」の打ち手1】勝ちグセの強化戦略
【「予防」の打ち手2】ロードウェイ改善戦略
【「早期治療」の打ち手】「白い嘘」をついてはいけない
【「手術」の打ち手】アロケート戦略と撤退生存戦略
組織にも「ライフサイクル」が存在する
「組織の力」は採用や資本市場にダイレクトにヒットする

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組織の三つの質(関係・思考・行動)を高め、結果の質を向上させる方法を指南。

病まない組織のつくり方.jpg病まない組織のつくり方 ――他人事を自分事に変えるための処方箋』['19年]

 本書では、MIT教授ダニエル・キムの「組織の成功循環モデル」を引いて、病んでいる組織というのは、「結果の質」→「関係の質」→「思考の質」→「行動の質」という4つの質においてバッド・サイクルに陥っているとし、組織の「関係の質」「思考の質」「行動の質」の向上が「結果の質」を向上させるとして、三つの質(関係・思考・行動)について、それぞれを高めるための方法を述べています。

 第1部「関係の質」では、チーム内の風通しを良くする方法を説いています。ここでは、社会心理学者ジャック・ギブ論を引いて、チームの成長の懸念には、①受容の懸念(受容懸念)、②コミュニケーンの懸念(データの流動的表出懸念)、③目標の懸念(目標形成懸念)、④リーダーシップの懸念(社会的統制懸念)の4種類があり、「関係の質」を高めるとは、この四つの懸念を解消させていくことであるとしています。

 第1章「受容-組織を健やかにする方法」では、コミュニケーションで相手に発信していることには、(コミュニケーションについて)①知覚、②感情、③思考、(目に留まる動作・行動について)④態度、⑤行動、(最終的な結果について)⑥結果の六つがあり、相手を受容するには、まず自分を受容する必要があるとし、特に自分の感情に気づいてそれを受け入れることが重要であるとしています。

 第2章「コミュニケーション―誤解なく意思疎通ができる方法」では、伝えたいことが相手に伝わるまでには、①記号化、②送信、③受信、④解読の四つのプロセスがあり、相手にミスなく伝える基本的な方法は、確認しながら聴くことであるとして、その方法を指南しています。

 第3章「ファシリテーション―思ったことを言い合えて関係も悪くならない法」では、会議で大切なのは参加者の納得感であるとし、コンセンサスによる意思決定の方法を解説しています

 第2部「思考の質」では、チームの真の課題を発見する方法を説いています。賢明な思考の前提として全体像が見えていることを挙げ、現実の世界をなるべく正確に見るには、自らの解釈のベースとなっている「メンタルモデル」を検証しなければならないとしています。

 第4章「メンタルモデル―行動を決定づけている固定観念に気づく方法」では、メンタルモデルに気づく方法として、ピーター・センゲが提唱した「推論のはしご」という、自分自身の解釈を、①どこを見て(自分の見た事実)、②どう意味づけし(その事実をどんな言葉にしたか)、③どう解釈したか(その言葉を私はく解釈した)という三つの視点で掘り下げていく手法や、ロバート・キーガンらが提唱した「免疫マップ」という、その目標を阻害する行動をとっている裏の目標(メンタルモデル)に気づく方法を紹介しています。

 第5章「ダイヤログ―物事の本質をみつける」では、対話(ダイアログ)を一般に広めたデヴィッド・ボームの『ダイヤログ』を引いて、本書では、対話とは「お互いの思考プロセスを開示して、新しい見方を創造する行為」と定義し、対話の必要性を説くとともに、対話の方法として、①一人称で語り、②前提を疑い、③判断を留保することを挙げ、また、対話を活用するケースとして、①対話をすることを目的として実施する場合と、②普段の会議の中で実施する場合があるが、①の場合は「問い」が、②の場合は「観察」が大切であるとしています。

 第6章「システム思考―個別最適から全体最適へと意識が変わる方法」では、問題を含む状況の全体像を"見える化"し、全体を見据えて根本的な原因を探る「システム思考」という考え方を紹介し、従来の分析思考とシステム思考の違いを解説するとともに、全全体像を表現するとして「因果ループ図」というものを紹介しています。

 第3部「行動の質」では、チームに自発的な行動を促すにはどうすればよいかを説き、その鍵となるものとして、「モチベーション」「フロー理論」「習慣化」の三つを挙げています。

 第7章「モチベーション―創造的な仕事のモチベーションを高める方法」では、ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0』などを引きながら、内発的動機づけをベースとするモチベーション3.0の要素は、自律性、マスタリー、目的の三つに整理され、自律性には、課題、時間、手法、チームという四つの側面があり、マスタリーとは、何か価値のあることを上達させたいという欲求であり、目的とは使命のことであって、ミッションステートメントを書くことで使命はみつけやすくなるとしています。

 第8章「フロー―仕事に集中し、どんなことからも成長していける方法」では、集中しているときの状態を指す、心理学者ミハイ・チクセントミハイの「フロー(最適体験)」という概念を紹介し、仕事をフローになりやすいようにするには何が重要かを解説、内発的な動機に導かれてフロー状態に入ることで、人が本来持っている能力が最大限に活かされる行動が生まれるとしています。

 第9章「目標設定―行動に直結し達成感が得られる目標をつくる方法」では、意識的に行動するとき、どのように行動するかを意思決定することを「セルフコントロール」と呼び、セルフコントロールを使いすぎると心身を消耗させ、集中力や問題解決力を低下させるので、セルフコントロールを消耗させないためには、目標をあらかじめ行動レベルで設定しておくのがよいとしています。また、行動を習慣化するには、小さな成功体験を積み重ねることが自信につながり、体験学習とは、行動の後に振り返り(「体験」の後に「指摘」→「分析」→「仮説を立てる」)を行い、そうした循環を繰り返すとしています。

 第4部「実践のために」では、好循環を作り出す方法を"おさらい"的に説いています。第10章「結果につなげるための実践方法」として、「関係の質」を高めるために、受容懸念やコミュニケーション懸念をどうやって下げるか、「思考の質」を高めるために、気づきの好循環をどう作り出すか、「行動の質」を高めるために、行動に集中する環境をどう整えるか、これまで述べてきたことを再整理しながら解説しています。

 さまざまなマネジメント理論、モチベーション理論が独自に統合・再整理されていますが(それは18ページの「本書全体のレベルマトリックス」に集約されている)、理論を理論で終わらせず、実際に役立つ「方法」として読者がノウハウを得られるよう丁寧に説明しようとしているのが良いと思います(全体としてまだまだ概念的ではあるが)。もっとも影響を受けているのは、ピーター・センゲの「学習する組織」という考え方でしょうか。その中でも「システム思考」というのは理解が難しい概念ですが、本書の中ではわかりやすく説明されていたように思います。関心を持たれた読者は、各章で引用元となっている経営書にあたってみるのもいいかと思います。

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「わかりあえなさ」から始まる問題を解くには「対話」と「ナラティブ・アプローチ」をと説く。

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他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』['19年]

 本書では、組織内で起きる「わかりあえなさ」から始まる諸問題は、単なるノウハウやスキルで解決できるものではないとし、こうした複雑で厄介な組織の問題を解くための方法として、「対話」と「ナラティブ・アプローチ」というものを提唱しています。

 まず、組織内の問題を、リーダーシップ研究者のロナルド・ハイフェッツの論を引用して「技術的問題」と「適応的課題」に分けています。「技術的問題」とは、ハウツーやノウハウ、あるいは、技術的合理性に基づく何らかの処方箋が存在する課題であり、誰かがすでに解決していることが多いが、組織のなかにある「わかりあえなさ」の問題は後者の「適応的課題」であり、ハウツーやノウハウによって一方的に解決できる問題ではないとしています。そして、「適応的課題」を解くものが「対話」であり、対話とは「新しい関係性を構築すること」であるとしています。

 第1章では、組織における一方的に解決できない「適応課題」として、大切にしている「価値観」と実際の「行動」にギャップが生じるケース(「ギャップ型」)、互いのコミットメントが対立するケース(「対立型」)、「言いにくいことを言わない」ケース(「抑圧型」)、痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケース(「回避型」)の4つのタイプを挙げています。

 そして、適応課題が見い出されたときには相手を変えるのではなく、こちら側の「ナラティブ(解釈の枠組み、囚われ)」を変えるアプローチが必要であるとし、ナラティブとは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことであるとしています。また、ナラティブとは、視点の違いにとどまらず、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものであるとも言っています。

 つまり、適応的課題とは、問題を生み出しているステークホルダーが相互に有している「ナラティブ(解釈の枠組み:囚われ)」が、微妙に「ズレ」ているがゆえに、そこからの解釈、行動の枠組みがすべて「ズレ」てきて、いわゆる「適応的課題」を組織に生み出していると考えられるということです。しかも、人々は、自己の囚われのナラティブには自覚的ではなく、ましてや、他人のナラティブにも気づかないでいるため、両者の間にある溝そのものが見えていないことが多いとしています。

 ここまで、「対話」とは、一方的な技術だけでは解決できない「適応課題」を解消するための「新しい関係性を築く」方法であり、対話に取り組むことで、互いの「ナラティブ」の溝に向き合って厄介な状況を乗り越えていくことができるとしてきました。

 そこで、第2章では、対話を「溝に橋を架ける」という行為になぞらえ、適応課題に挑んでいくためには、1.準備「溝に気づく」―2.観察「溝の向こうを眺める」―3.解釈「溝を渡り橋を設計する」―4.介入「溝に橋を架ける」という4つの対話のプロセスを経なければならないとして、各プロセスを解説しています。この部分が本書の中核になるかと思います。

 例えば「準備」においては、一度自分のナラティブを脇に置いてみることが、実践的な取り組みの第一歩であるとしています。また、次の「観察」では、よい観察は発見の連続であるはずであるとしており、「解釈」では、よい解釈をするには、協力者などのリソースを交えて考えるとよいとしています。そして、「介入」というアクションは、次の観察の入り口となり、こうして対話のプロセスを繰り返すことで、新たな関係性は構築されていくとしています。

 第3章から第5章にかけては実践編として、1.総論賛成・各論反対の溝にどう挑むか、2.正論の届かない溝にどう挑むか、3.権力が生み出す溝にどう挑むかについてそれぞれ、より実践的な観点から論じています。

 第6章では、対話を拒む5つの罠として、①気づくと迎合になっている、②相手への押しつけになっている、③相手との馴れ合いになっている、④他の集団から孤立する、⑤結果が出ずに徒労感に支配される、を挙げ、その問題点とそうならないための対処法を説いています。例えば、相手との馴れ合いになるのは、いったん橋が架かった相手との関係性を維持すべく、言いたいことが言えない「抑圧型」の適応課題が生じることを意味するとしていて、ナルホドと思わされました。

 最終の第7章では、「ナラティブ・アプローチ」の目指すところは、相手を自分のナラティブに都合よく変えることではなく、自分を改めることを通じて、相手との間に、今までなかった関係性の構築を目指すことにあるとし、また、対話の実践は自分を助けることにもなるとしています。

 NHK白熱教室シリーズ「ハーバードリーダーシップ白熱教室」(2016)で知られるロナルド・ハイフェッツ教授が『最難関のリーダーシップ―変革をやり遂げる意志とスキル』('17年/英治出版)の中でも提唱しているアダプティブ・リーダーシップ(観察、解釈、介入という3つの主要な活動を反復することで、難題に取り組み、成功するように人々をまとめあげ動かしていくリーダーシップ)の"日本版"という印象を受けました。

 ただし、特にリーダーシップを発揮する場面に限らず、組織内における多くのコミュニケーション場面において当て嵌まる示唆を含んだ内容であると思います。とりわけ人事パーソンは常日頃から、多種多様な他者のナラティブ(解釈の枠組み)に向き合う機会が多いと思われ、その際の考え方やの問題解決のヒントとなる本であるとも言えるかと思います。

一方で、認識論的な内容でもあるため、理解することはできるが、読んだからといってすぐにできるものでもない―実践には相当の鍛錬が必要かな(?)という気にもさせられた本でした(鍛錬の場は日々そこかしこにあるので、あとは意識の問題か)。

《読書MEMO》
●目次
はじめに 正しい知識はなぜ実践できないのか
第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている
第2章 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス
第3章 実践1.総論賛成・各論反対の溝に挑む
第4章 実践2.正論の届かない溝に挑む
第5章 実践3.権力が生み出す溝に挑む
第6章 対話を阻む5つの罠
第7章 ナラティヴの限界の先にあるもの
おわりに 父について、あるいは私たちについて

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「経験から学ぶ力」を高めるには、弱みに目をむけるのではなく部下の強みを引き出せと。

経験学習リーダーシップ.jpg部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ 』['19年]松尾 睦  『成長する管理職』2.jpg成長する管理職: 優れたマネジャーはいかに経験から学んでいるのか』['13年]

 経験学習という言葉は、企業における人材育成の場で、最近よく使われるようになっているようです。経験から学ぶものが最も大きいということは、認識としてはずっと以前からあったものの、部下や後輩が「自らの経験から学べるように支援する」ことが人材育成上の課題として捉えられるようになってきたのは、最近の傾向ではないかと思います。

 本書における「経験学習リーダーシップ」とは、まさにそうした「職場メンバーの経験学習をうながす指導」を指し、マネジャーはどうすれば部下の「経験から学ぶ力」を高め、部下の成長を効果的に支援できるのかを解明するのが本書の目的となっています。

 本書では、さまざまな調査の結果、育て上手のマネジャーがどのような指導をしているかが明らかになったと同時に、普通のマネジャーが陥りやすい「落とし穴」も見えてきたとしています。

 その普通のマネジャーが陥りやすい「落とし穴」とは、①弱みを克服させることに重点を置き、②問題や失敗のみを振り返らせ、③マネジャーが職場のすべてを仕切るというアプローチ法であり、こうした指導方法は、「反省」を重視した、極めて日本的・職人的な育成方法であるとのことです。

 これに対し、育て上手のマネジャーは、①強みを探り、成長ゴールで仕事を意味づけ、②失敗だけでなく成功も振り返らせることで、強みを引き出し、③中堅社員と連携しながら、思いを共有するという、3つのエッセンスから成るアプローチ法をとるとのことです。こうした指導は、「組織における成果」を高め、「人生における幸福」や「社会における善」につながるとしています。

 第1章では、ディビッド・コルブの経験学習サイクル(①経験する、②振り返る、③教訓を引き出す、④応用する)などを引きながら経験学習の基本プロセスを示し、経験から学ぶ力は、①ストレッチ(挑戦する力)、②リフレクション(振り返る力)、③エンジョイメント(やりがいを感じる力)、④思い、⑤つながりの5つの要素から成るとしています。

 続く第2章では、先に述べた育て上手の指導法の3つのエッセンスを改めて紹介し、第3章から第5章にかけて、①強みを探り、成長ゴールで仕事を意味づける(3章)、②失敗だけでなく成功も振り返らせ、強みを引き出す(4章)、③中堅社員と連携しながら、思いを共有する(5章)という3つのエッセンスについて、それぞれより詳しい指導法や事例を解説しています。

 さらに、こうした指導法に加えて、2つの補完スキルとして、第6章と第7章で、④成長をうながす仕事の創り方(6章)、⑤成長をうながすリフレクション(振り返り)支援(7章)について、それぞれ指導法や事例を解説し、終章で、これまでの内容を確認しまとめています。また、巻末に付録として、部下の強みをチェックする「強みのリスト」、本書の内容をより深く理解するための「自己診断チェックリスト」、育成計画を立てるための「育成ワークシート」が付されています。

 内容的には、調査結果をもとにした研究書とも言えるものですが、体系的によく整理されているのと、「部下の強みを引き出す」という大きな柱が一本あることでわかりやすくなっています。また、事例も豊富で、「手軽にできる5分間リフレクション・エクササイズ」といったツール的な素材も織り込まれているため、実際の職場で応用が可能な実務書(マニュアル)としても読めるものとなっています。

 ただし、著者自身もそう述べていますが、本書に書かれていることのすべてを一度に実行することは難しいと言えるため、できるところから実践していくというスタンスになるかと思います。また、職場で起きていることが、本書で書かれていることのどの部分に該当するか、常に意識することも必要かと思います。そうした地道な実践を通してはじめて、組織メンバーの「経験から学ぶ力」を高めるよう指導するうえでの、ガイドラインになる本であると思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 経験学習の基本プロセス
第2章 育て上手のマネジャー vs 平均的マネジャー
第3章 育て上手の指導法1:強みを探り、成長ゴールで仕事を意味づける
第4章 育て上手の指導法2:失敗だけでなく成功も振り返らせ、強みを引き出す
第5章 育て上手の指導法3:中堅社員と連携しながら、思いを共有する
第6章 補完スキル1:成長をうながす仕事の創り方
第7章 補完スキル2:成長をうながすリフレクション支援
終 章 まとめ
おわりに
付録A 強みのリスト
付録B 自己診断チェックリスト
付録C 育成ワークシート
参考文献

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「●光文社新書」の インデックッスへ

テクニックを具体的に説くだけでなく、作成の際の心構えや仕事の意義にも言及。

「マニュアル」をナメるな!.jpg 『「マニュアル」をナメるな! 職場のミスの本当の原因 (光文社新書) 』['19年]

 工学博士であり、人間のミスと安全に関する研究を様々な業種との共同研究において現場主義で進めてきたという著者が、マニュアルの本質とあるべき姿を語った本です。マニュアル作りに悩んでいる読者に向けて、使えるテクニックを具体的に説くことを基本とする一方、それらを通じて「仕事とはどうあるべきか」という根源的な問いに答えようとしたものです。

 まえがきで、マニュアル作成の原則を示したうえで、本章へ入っていきます。その原則とは、マニュアルは全てを1ページ以内に収める、ルール風には書かない、見本で示す、絵・図・写真のビジュアルを使う、指示を断言する、単文・肯定形・大和言葉で書く、工程の途中に"味見"のタイミングを入れる、マニュアルの原稿を部外者や家族に下読みさせる、執筆者の氏名や更新履歴を明記する、の9つです。

 第1部「マニュアルの文章術」では、第1章で、なぜマニュアルを作るのか、その目的を再整理しています。第2章では、マニュアルの文章作法について、冒頭に掲げたマニュアル作成の原則に沿って解説しています。断言する、単文で書く、大和言葉で書く、肯定形で書く、といった原則は、具体例によって、そうあるべき理由が明快に示されていたように思いました。第3章では、マニュアルはどうあるべきか、その本質を探っていて、マニュアル作成の際の心構えを説いた章とも言えるものでした。

 第2部「正しい作業手順の作り方」では、第4章で、作業手順の全体構造をどのように作るかを説き、作業ループ型ではループは一本道にするのが最良であり、対処マニュアル型では、正常状態に戻す復旧作業を明示することがポイントであるとしています。第5章では、作業は「型から型へ」で組んで、途中までの成果が積み立てられていくのが望ましいとしています。第6章では、チェックは、行為の有無よりも、結果を検証する(味見する)方が確実であるとし、第7章では、作業の意味は、時代の変化によって変わり得るとしています。

 第3部「練習問題」では、ルールブック調のマニュアルを示して、それを手順主義に書き直すとどうなるかといった例題が3題と、それらの解答例が示されています。

 まさに、マニュアルを作るためのマニュアルのような本であり、マニュアルを作成したり見直したりするうえでの、テクニカルな面での気づきを指摘してくれる本でした。ただし、そうした実務書的な要素もありながら、一方で、マニュアル作りに際しての心構えを説いた啓発書でもあり、さらに言えば、最初に述べたように、「仕事とはどうあるべきか」という問いに答えようとした意欲作でもあるように思いました。

 本来、マニュアルは作業ミスを失くすための重要なものであり、作業時間や教育時間を短縮できるメリットもあるはずですが、実際にはマニュアルが活用されず、社内で浮いた存在となってるケースも少なからずあるように思われます(それでいて、マニュアルがあるという事実に安心してしまっていたりもする)。また、定型作業を機械化(AI化)する上で、その作業がすでにマニュアル化されていること(加えてそれが機械に置き換え可能であること)が、前提条件の1つになるかもしれません。本書を読んで、自社に今あるマニュアルを、今一度見直してみるきっかけとするのも良いかもしれないと思った次第です。

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