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時代に合わせてかなりリニューアルしてきた。「詳解」と交互に改訂か。

労働法10版 水町 &詳解.jpg労働法10版 水町.jpg 詳解労働法3版 水町.jpg 
労働法〔第10版〕』['24年]『詳解 労働法 第3版』['23年]

 所謂「水町労働法」の第10版。2007年の初版、2008年の第2版以降2年ごとに改版していて、2022年の第9版からそれまで紺一色だった表紙がデザイン化され、今回の第10版でさらにオシャレになった! まあ、それはいいいとして、今回は内容もかなりリニューアルしています。

 「はしがき」によれば、事例を重要判例・裁判例との連結を意識して大幅に見直し、構成や項目も時代に遭った変更を加えたとのこと、例えば、LGBTQ、テレワーク、兼業・副業、フリーランスといった項目が新たに設けられています。

 また、これまでの改訂と同様、この2年間の法改正(2022年の職業安定法改正、2023年の労働基準法施行規則改正、フリーランス保護制度制定、LGBT理解増進法制定など)や判例・裁判例の動き(山形県・県労委(国立大学法人山形大学)事件判決、国・人事院(経産省職員)事件判決、名古屋自動車学校(再雇用)事件判決など)が反映されています。

 全体を通して、判例の立場を重視し、条件や背景の違いによって判決が違ってくる場合があることを、重要判例や最新の裁判例を理論的に分析しながら解説しています。さらには、時代の動向を踏まえつつ、著者なりの見解も述べられています。そうした著者なりの見解は、「考察」といった形で述べられていることもありますが、文中にある「コラム」欄においてもかなり言及されていて、できれば「コラム」欄は読み飛ばさない方がよいかと思います。

 教科書であり、ただし、内容レベル的には専門書でもありますが、一人の著者によって書かれたものであることもあり、全体の統一感があって、内容の硬さのわりには読みやすいです。少しずつ読み進めば、初学者であっても最後まで読み通せるものであり、多忙な企業内実務者についても同じことが言えるかと思います。

詳解労働法3版 水町2.jpg 本書が改訂された前年、同著者の『詳解 労働法』(東京大学出版会)も、2019年の初版、2021年の第2版に続いて第3版が刊行されていて、こちらもお薦めです(『労働法』が偶数年改訂であるのに対し、こちらは奇数年改訂で、今後も交互に改訂していくのか)。

 こちらもお薦めです、と他人に薦めておきながら、実は自分自身は買い替えが追いついていない状況ですが、著者自身はインタビューで、「初学者の学生用の入門書というよりも、実務を広く射程に入れた体系書ってとこかな」と述べています。初版でページ数1429ぺ―ジ、それが第2版で1520ページになって、第3版で1568ページ。価格だけは8,580円(本体価格7,800円)に据え置いているのは良心的ですが、置く場所の問題とか(笑)。

東京都社会保険労務士会 法学 .jpg 著者が東京都社労士会の法学研修の講師を始めたのが2016年からで(2023年度以降はコーディネーター的な位置づけ)、初年度のテキストが『労働法 第6版』でした。個人的には毎年参加していたのですが、2019年11月から2020年2月にかけて、この『詳解 労働法』の当時出たばかりの初版をテキストとした全14回の研修が組まれました。コレ、なかなか良かったですが、1巡しただけでは駆け足すぎて...という印象も。でも、それがコロナ前の最後の「リアル研修」で、翌年からリモートになってしまったのが個人的には残念でした(重い本を持ち運ばずに済んだ、という人もいるかもしれないが)。

水町詳解労働法 第3版.jpg なお、著者による『詳解 労働法〔第3版〕』をテキストとした全16回のセミナーが2023年11月から2024年3月に日本法令にて開催されており、毎回参加者から提起された質問にその場で答えたものを原稿化し、Q&Aにまとめた『水町詳解労働法 第3版』(日本法令)が来月['23年6月]に刊行予定となっています。『水町詳解労働法 第3版 公式読本』['24年]

 因みに、著者の水町勇一郎教授は、2023年度(今年['24年]3月)をもって東京大学を早期退職し、早稲田大学に正式移籍しましたが(もともと早稲田の講義を永らく持っていた)、東京大学出版会から刊行されている『詳解 労働法』の方は、出版社はそのままなのでしょうか。

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人生を上手く「マネジメント」するにはどうすればよいか。腑に落ちるタイトル。
世界は経営でできている2.jpg
世界は経営でできている.jpg 日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか.jpg
世界は経営でできている (講談社現代新書 2734)』['24年]
日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか (光文社新書 1279)』['23年]
岩尾俊兵氏(東京大学博士(経営学))
岩尾俊兵.jpg なぜ組織の上層部ほど無能だらけになるのか? 張り紙が増えると事故も増える理由とは? 飲み残しを置き忘れる夫は経営が下手? 貧乏から家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、老後、さらに、芸術、科学、歴史まで15のテーマについて、東大初の経営学博士(今まで一人もいなかったのか!)であるという著者が、「経営」というキーワードで人生の課題や世界の事象を解き明かした本です。

 「本書の主張」とは、
  ① 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
  ② 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
  ③ 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。
の3つに要約されていて、本書で言う「経営」とは、「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」であり、分かりやすく言えば、思い通りにいかないことを上手く「マネジメント」するということでしょう。

 目の前にある局所的な解にこだわり過ぎると、ときに人は「目的」と「手段」を取り違えるのであって、私たちの日々は困難な課題に満ちているが、人生の究極の目的を意識する経営的視点を持てば、あらゆる出来事が幸せになるためのプロセスに見えてくる―ということで、仕事から家庭、恋愛、勉強、老後まで、あらゆることがその対象となり得るということで、タイトルは腑に落ちるものでした。

 内容は社会批評や人生論みたいな印象も受け、わりと常識的ですが、でも確かに、世の中、非常識が常識になっている部分もあるしなあ。すべてを「経営」というキーワードで方法論的に括っている点が最大の特徴で、あとは「経営概念」の誤解によって生じる様々な悲喜劇をユーモアたっぷりに描いていく軽妙な文学エッセイ的文体と(章題はすべて文学作品等のパロディになっている)、幅広い知識・話題性が特徴的でしょうか。ベストセラーになったのも頷けます。

bigguturi-.jpg 個人的にいいなあと思ったのは、著書のこれまでの人生に関する記述がある箇所で、父親の会社が倒産し、中卒自衛官になって、日中働きながら高卒認定試験(旧・大検)を受け、東大に入って、父の借金の整理をしながら学生起業もした(ただし、失敗した)という凄まじい人生ですが、その話は半ページ足らずでとどめ、自身は日本社会に恩義があるとし、「(社会への)感謝を忘れ、苦労を商売道具とする、飽食の時代に卑劣を売り歩く偽物たちと一緒になりたくない」ときっぱり言っている点でした(最近著者が亡くなったが、家族との苦労話が本のすべてを占める、佐々木常夫『ビッグツリー その後―母、娘、そして家族』('23年/光文社)などとは対極にあるスタンスである)。

日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか3.jpg 同著者の前著では、『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』('23年/光文社新書)を読みましたが(本書もかなり注目された)、こちらは、かつて日本企業が描いていた「お金より人が大事」という考えは、決して理想主義ではなく実利に沿ったもので、ビジネス繁栄の基盤だったのが、日本企業はその考え方を捨て、アメリカ式経営を表層的に模倣し、今や、それを実践しようとしているのは海外企業の方だと訴えています。

日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか2.jpg 両利きの経営、オープン・イノベーション、ユーザー・イノベーション、リーン・スタートアップ、アジャイル開発、ティール組織―これらは海外企業による日本企業研究の結果生まれた概念で、それらが言わば"逆輸入"されているのが現状であると。「カイゼン」研究はインド、スウェーデン、中国で進んでいるとか。

 そうした現状分析と併せ、日本だからできることは何か、日本式経営の「これから」を考察した、内容的にはリジッドなビジネス本でした。単行本として刊行された『日本〝式〟経営の逆襲』('21年/日本経済新聞出版)の増補改訂版ですが、この『世界は経営でできている』と同じ著者の本であると思い出すのに少し時間がかかりました。著者自身は「文学と経営の融合」を目指し、本書でその一歩前進ができたとしているので、今後はこっち系(どう言えばいいのか。〈やや堅めの経営ビジネス書〉から〈やや柔らかめの教養ビジネス書〉へのスライド?)の著書が多くなるのかでしょうか。

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組織不正はいつも、その組織では「正しい」という判断において行われると。

組織不正はいつも正しい2.jpg組織不正はいつも正しい.jpgトヨタ会長会見.jpg 日テレ(2024.6.3)
組織不正はいつも正しい ソーシャル・アバランチを防ぐには (光文社新書 1311) 』['24年]

 本書は、経営学者が、組織不正はなぜなくならないのかを考察したものです。本書によれば、組織不正は、いつでも、どこでも、どの組織でも、誰にでも起こりうるものであり、なぜなら、組織不正とは、その組織ではいつも「正しい」という判断において行われるものだからだとして、燃費不正、不正会計、品質不正、軍事転用不正の例を中心に、組織をめぐる「正しさ」に着目し考察しています。

 第1章では、組織不正は必ずしも意図的なものではないとしています。不正であるかどうかは〈第三者〉が判断するため、組織にとっての「正しさ」が認められないこともあるということです。また、組織不正には、実際に被害が発生する「発生型不正」と呼べるもののほかに、被害が見られなくとも捜査機関が立件する「立件型不正」と呼べるものがあるとのことです。本書では、組織不正を「起こりうる」ものと考えた上で、第2章から第5章で実際の事例を取り上げ、この問題にどう対処すべきかを述べています。

 第2章では、三菱自動車、スズキなどの「燃費不正」問題を取り上げています。事件の分析を通して見えてくるのは、国の基準に沿ったテスト法に対して、それは使えないものであり、メーカーは使えるテスト法を採用したという、行政とメーカーがそれぞれ「正しさ」を追求したが、その「正しさ」に差異があったということです(つまり、それぞれに「閉じられた正しさ」であったと)。

 第3章では、東芝の「不正会計」問題を分析しています。そして、「利益」を追求した結果として起きた事件ではあるが、根本原因は経営陣と各事業部との「時間感覚の差」であり、経営陣が「短い期間」での利益達成を求めた結果生じたものであるとして、利益を求める「正しさ」の中にある時間的「危うさ」を指摘しています。

 第4章では、医薬品業界の「品質不正」問題について、小林化工や日医工の不正製造を扱っています。国の政策としての、ジェネリック医薬品のシェアを早期に80%以上にするという目標が高すぎたために起きたことで、表面的には人出不足が招いたことだが、構造的には、「国―都道府県―製薬企業」間の対話の時間が少なかったことが原因だとしています。

 第5章では、大川原化工機事件における「軍事転用不正」問題を扱っています。この問題は周知のごとく、そもそも犯罪が成立しない事案について、会社の代表者らが逮捕・勾留され、公訴提起が行われたものであり、警視庁公安部や検察が、なぜ無根拠な「正しさ」に拠る暴走をしてしまったのかを考察しています。

 最終の第6章では、まとめとして、個人が「正しさ」を追求することで、いとも簡単に組織全体が崩れる「組織的雪崩」が起きることがあり、また、「組織的雪崩」の代名詞である組織不祥事や不正は、外部環境からの要求によって起きるとしています。その上で、単一的=固定的な「正しさ」から複数的=流動的な「正しさ」へと、「正しさ」を相対的に捉えることの大切さを説いています。

《読書MEMO》
BSテレ東・日経ニュースプラス9
トヨタ会長会見2.jpg 本エントリーをアップして5日後、トヨタなど自動車メーカー5社の認証不正問題が明らかになったが、トヨタのトップの記者会見を見ると、今回の不正が「立件型不正」であり、社内では「不正」と認識していなかったということがよく窺え、本書の内容に符合するものであった。そうしたことから、「(「正しさ」の認識の違いによる)不正の撲滅は無理」との発言もつい出てしまったのだろうが、本音であるにしても、トップ会見での発言としてはマズかったように思う。聞いている人は「不正」という言葉から、意図的になされる不正しか思い浮かべないのではないか。

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キーワードの意味確認という用途でなら悪くない。

人事マネジメントの最新常識2.jpg人事マネジメントの最新常識.jpg
ビジュアルいまさら聞けない人事マネジメントの最新常識』['20年]

 リクルートマネジメントソリューションズ編著。働き方改革関連法、パワハラ防止法、女性活躍推進法改定など、新たな法律の枠組みの登場や、通年採用の普及や、シニア雇用など様変わりするキャリアや組織の在り方の中で次々に登場するこうした新しい「人事の常識」について、わかりやすく紹介したものであるとのことです。

 基本的にはキーワード解説になっていて、1ワード見開き2ページで、右側のページが図になっています。そのため、これだけで「人事マネジメントの常識」が身につくかどうかはともかく、各キーワードについてその意味が簡潔ににまとめられて、効率化に学ぶことができます。「学ぶ」と言うより「確認する」という感じでしょうか。図もまあまあ分かりやすく、短時間でトレンドを把握するには悪くないと思います。

 気になったキーワードは、「リファラル採用」(そのメリット、デメリットが簡潔にまとめられている)、「ワークエンゲージメント」(関連概念をポートフォリオ図で紹介)、「ワークプレースラーニング」(ラーニングエコシステムを図で紹介)、「1on1」(業績管理の場ではないことを強調)、「アクションランニング」(オフサイト、オンサイトの展開プロセス図を紹介)...etc.(図などは何れも参考文献からの引用)。

 ただ、字数やスペースの制約上、これだけ読んでもちょっとイメージが掴みにくのではないかと思われるものもありました(「ホラクラシー経営」「ナラティブ・アプローチ」など)。まあ、この辺りは、取り敢えずトレンドとなっているキーワードを確認しておくのが狙いといったところでしょうか。

 同じく日経文庫ビジュアル版で、こちらは組織コンサルタントによる単著になりますが、『ビジュアル 職場と仕事の法則図鑑』('20年)というのが先に刊行されていて、個人的には。視野を拡げておくためにこちらも購入しました。こちらもキーワード解説になっていて、1ワード見開き2ページ、右ページは図表やイラスト。ただ、分野が広い割には150ページ程度しかなく、これで全部かという印象も。でも、この中にもよく知らない言葉もあったので偉そうなことは言えないか。「ピーターの法則」とか「パーキンソンの法則」は"組織論"関連なのでこっちに入っています(評価★★★☆)。

 両著に共通して取り上げられているキーワードに「心理的安全性」があり、2020年刊行ですが、最近でもこの言葉をタイトルに冠した書籍が刊行されていることを考えると、その頃からずっと「旬」の状態が続いているワードということになるのかもしれません。

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個人のビジョンからアプローチし、持続的な変化を促す「思いやりのコーチング」。

成長を支援するということ2.jpg成長を支援するということ.jpg リチャード・ボヤツィス.jpg
成長を支援するということ――深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生むコーチングの原則』['24年]リチャード・ボヤツィス

 本書は、従来のコーチングに対し、相手と深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生む新たなコーチングの原則を提唱したもので、成長を願う相手の情熱やビジョンを呼び起こし、本気で相手を支援するための理論と実践方法を示したものです。

 第1章では、外から規定された目的を果たすための行動を促す従来のコーチングを「誘導型のコーチング」とし、それに対し、相手に心からの気遣いや関心を示し、相手を中心に考え、相手が自分のビジョンや情熱の対象を自覚、追求できるようにするコーチングを「思いやりのコーチング」と呼んで、他者が学び、成長するのを真に助けるには、後者の方がうまくいくとしています。

 第2章では、優秀なコーチは、人々が追い求め、潜在能力を最大限に発揮するためにインスピレーションを与え、励まし、サポートするとし、これこそが思いやりのコーチングであり、真に持続する望ましい変化を達成するコーチングでは、「共感する関係」を築くことが重要だとしています。

 第3章では、思いやりのコーチングの方法をさらに掘り下げていきます。「人は変わりたいと思ったときに変われる」と気づくことの重要性から始め、持続する望ましい変化モデルとして、「意図的変革理論(ICT)」における5つのディスカバリーを解説しています。

 第4章では、脳科学の観点から、不安や怒り、罪悪感といったネガティブな感情を引き起こすNEAと、希望や喜び、高揚感といったポジティブな感情を呼び起こすPEAという2つの脳内要素を示し、PEAを呼び込む方法としては、まず相手に夢やパーソナルビジョンを尋ねること、さらに、思いやりを示すことであるとし、マインドフルネスや遊び心などの効用も説いています。

 第5章では、変化や学びのプロセスを維持するには、PEAの影響下にいる時間がNEAの影響下にいる時間の2~5倍必要であり、PEAは安全、希望、喜びなどの感情を生み出し、私たちの繁栄を助け、NEAは、ストレスホルモンを活性化することで、脅威に対する闘争、逃亡、停止などの反応を引き起こし、私たちの生存を助けるとしています(両者は相互補完的な関係にあり、コーチングにおいても、NEAとPEAのバランスを保つことが重要)。

 第6章では、パーソナルビジョンについて述べています。個人のビジョンを発見し発展させることが、PEAを呼び起こすための最も強力な方法であるとし、パーソナルビジョンがいかに変化を生み出すかを述べるともに、パーソナルビジョンは、特定の目標というより、夢を映像化したものに近いとしています。

 第7章では、夢を現実に変える手助けをするために、コーチ、マネジャー、その他の支援者が対象者と共鳴する関係を育むにはどうすればよいかを、第8章では、組織の中でコーチングや助け合いの文化を築くにはどうすればよいかを、第9章では、コーチングに適した瞬間の見分け方や、気の進まない相手に対してどう対処すべきかを述べています。

 そして最終第10章で、改めて相手を思いやることの大切さを説き、コーチングにおける対話を通して人々を支援し、鼓舞するにはどうすればよいか、これまで述べてきたことを振り返りながら、読者それぞれの将来に向けてアドバイスを呼びかけています。

 本書で提唱されている思いやりのコーチングとは、個人のビジョンをもとに、総合的なアプローチを取りながら持続的な変化を促すプロセスであるといえ、お互いに共鳴するコーチングによって、真の人間関係を築かれ、支援者はビジョンを実現できるようになり、より充実した人生を送れるようになるという考えは、どうしてもコーチングをテクニカルなものと捉えがちな我々にとって、従来のコーチングの枠を超えるものであり、たいへん啓発的であったように思います。

 著者の一人、リチャード・ボヤツィスは、ダニエル・ゴールマンの『EQリーダーシップ』(2002年/日本経済新聞社)の共著者であることも念頭に置いて読むといいのではないかと思います。

《読書MEMO》
●「意図的変革理論(ICT)」における5つのディスカバリー
・ディスカバリー1 理想の自分
 コーチや支援者は、コーチング対象者がどのような人間になりたいか、どのような人生を送りたいかを明確にする手助けをする。この探索はキャリアだけに留まらず、人生の全ての側面にわたる。
・ディスカバリー2 現実の自分
 コーチは対象者の現実の姿を理解することを支援し、その人の強みや弱みを明らかにし、理想の自分と比較する。
・ディスカバリー3 学習アジェンダ
 コーチや支援者は対象者の強みを活かし、理想と現実のギャップを埋めるための学習アジェンダを作成するよう促す。
・ディスカバリー4 新しい行動の実験と実践
 新しい行動を試みることを奨励し、失敗しても再度挑戦するか別のアプローチを試すようにサポートする。
・ディスカバリー5 共鳴する関係と社会的アイデンティティ・グループ
 対象者が信頼できる人々のネットワークから引き続きサポートを受けることが重要である。これらの発見を通じて、コーチや支援者は対象者が自己効力感を高め、希望や楽観を持つように励まし、核となる価値観や人生の目的について深く考えるよう促す。
●NEAとPEA
▪️NEA
 不安や怒り、罪悪感といったネガティブな感情を引き起こし、目の前のタスクの実行や課題の解決を促すもの。
▪️PEA
 希望や喜び、高揚感といったポジティブな感情を呼び起こし、パーソナルビジョンに向けた自律的な成長を促すもの。

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「ポリティカル・スキル」を習得することで「組織で自由に働く人」になれると説く。

ポリティカル・スキル2.jpgポリティカル・スキル.jpg マリー・マッキンタイヤー.jpg マリー・マッキンタイヤー(ワークプレイス心理学者・キャリアコーチ)
ポリティカル・スキル 人と組織を思い通りに動かす技術』['24年] 

 本書は、20年以上のコンサル経験を持つ組織心理・組織力学のプロである著者が、「組織で自由に働く人」というキーワードのもと、「ポリティカル・スキル」を習得することで、思い通りに人と組織を動かし、仕事の自由度を上げることができるとし、その方法を明かしたものです。

 三部構成のPART1では、「組織で自由に働く人」の極意とは何かを分析しています。まず、組織に生息する人間には、「成功者」「殉教者」「背徳者」「愚か者」の4タイプがあるとし、自分のタイプを把握して問題行動を改め、抱えている倫理的なジレンマを整理することを説いています(第1章)。

 また、「組織で自由に働く人」は、職場に理想を求めず、現実だけを見るとしています。組織とはもともと民主的なものではなく、最も大きな力を持つ者が勝つのであり、「公平さ」へのこだわりは捨てるべきだとしています(第2章)。

 さらに、「組織で自由に働く人」は、相手との力関係を見極めているとし、組織スキルを高める力を7つの力を「レバレッジ・ブースター」として挙げていますが、この中に「距離を置く力」というのがあるのが興味深いです(第3章)。

 このPARTの最後では、「組織で自由に働く人」は敵と味方を見分けて利用するとし、その際に「友人」「パートナー」「人脈」という3つの仲間を取り込むとし、また、敵への対処法の「法則」を示しています(第4章)。

 PART2では、「組織の力学」の落とし穴にはまらないためにどうすればよいかを説いています。まず、リーダーとは「組織内ゲームの勝者」であるとし、組織のゲームには「パワーゲーム」「エコゲーム」「回避ゲーム」の3つのカテゴリーがあるとして、それぞれのゲームに勝つ方法を説いています(第5章)。

 また、人は「怒り」か「不安」によって自滅していくとして、「私は犠牲者だ」という感情にとらわれていたら要注意であるとしています。その上で、習慣になっている態度や行動を変えるカギとなる5つのステップ(「気づき」「モチベーション」「特定」「代替」「習慣の置き換え」)を挙げています(第6章)。

 さらに、「個人の力」とは、肩書や役職ではなく、自身の性格や能力がその源泉であるとして、自分の力量や自分に影響を与えている要素の分析方法を示しています(第7章)。

 PART3では、組織において主導権を手にするにはどうすればよいかを説いています。まず、どんな目標であれ、達成するには十分な力が必要であり、真の力は貢献から生まれるが、見えない貢献は組織内での力を高める効果はまったくないので、貢献の重要性だけでなく「露出度」も意識せよとしています(第8章)。

 さらに、誰かに影響を与えるには、自分の言動を意識することが必要で、セルフマネジメント能力を磨き、改善すべき影響力のスキルを検討することを説いています(第9章)。

 また、組織内の力関係を全方位的に掌握し、上・横・下に影響力を持つべきであるとし、上司に対するマネジメント法や同僚との付き合い方、部下の引っぱり方を説いています(第10章)。

 そして最後に、組織で自由に働くためには"ゲームプラン"が必要であるとし、「やめること」「始めること」「続けること」をリストアップし、それらを定期的に見直しことを勧めています(第11章)。

 別に権謀術数をめぐらすことを推奨しているわけではなく、どれほど才能があっても、社内政治を軽んじてしまえば、得たい結果は得られないという趣旨の本です。

 ジェフリー・フェファーの『「権力」を握る人の法則』(2014年/日経ビジネス人文庫)や、ロバート・B・チャルディーニの『影響力の武器[新版]―人を動かす七つの原理』(2023年/誠信書房)などにも通じる内容であり、それらに読み進むのもいいのではないかと思います。

《読書MEMO》
●目次
Introduction―はじめに
PART1「組織スキル」の極意
第1章 「組織で自由に働く人」だけが知っている組織で生きるためのスキル
第2章 「組織で自由に働く人」は職場に理想を求めず、現実だけを見る
第3章 「組織で自由に働く人」は相手との力関係を見きわめる
第4章 「組織で自由に働く人」は敵と味方を見分けて利用する
PART2「組織の力学」の落とし穴にはまらないために
第5章 リーダーとは「組織内ゲームの勝者」である
第6章 「組織で自由に働く人」が絶対にしないこと
第7章 「組織で自由に働く人」は権力に逆らわない
PART3 組織において主導権を手にする
第8章 「組織で自由に働く人」は正しいプランを立てる
第9章 「組織で自由に働く人」には影響力という武器がある
第10章 「組織で自由に働く人」は全方位で力関係を掌握する
第11章 組織で自由に働くために必須のゲームプラン
Epilogue―おわりに

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具体例は分かりよかったが、「心理屋さん」が書いた本という印象は拭えない。

職場を腐らせる人たち2.jpg職場を腐らせる人たち.jpg    他人を攻撃せずにはいられない人.jpg
職場を腐らせる人たち (講談社現代新書 2739)』['24年] 『他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)』['13年]

 精神科医としてこれまで7,000人以上を診察してきたという一方で、『他人を攻撃せずにはいられない人』('13年/PHP新書)など多数の著書のある本書の著者によれば、最も多い悩みは、職場を「腐らせる」人がらみだとのことです。本書は、「職場を腐らせる人たち」とはどのような人であり、それに対する有効な対処法は何かを解説したものです。

 第1章では、「職場を腐らせる人たち」の具体例を紹介し、その精神構造と思考回路を分析しています。「根性論を持ち込む上司」「過大なノルマを部下に押しつける上司」「言われたことしかしない若手社員」や「完璧主義で細かすぎる人」「あれこれケチをつける人」など15の事例を挙げ、その精神構造や思考回路を分析しています。

例えば「根性論を持ち込む上司」や「過大なノルマを部下に押しつける上司」などは、次のように紹介されていて、いずれの事例も分かりやすいです。

 〈食品会社で営業部長を務める50代の男性は、「営業で大切なのは気合と根性」と日々力説し、何軒訪問したか、何人に電話したかを毎日報告させ、少ないと「気合が足らん」と激高する。しかも、自分が若い頃気合と根性で営業成績をあげた話を何度も繰り返す。残業を暗に強要し、定時に退社した社員がいると翌日デスクを廊下に出したこともある。〉

 〈保険会社の40代の男性上司は、部下を別室に呼びつけて「君の将来を思って言うんだが...」という枕詞を吐いた後、過大なノルマを押しつける。この上司は、現状を見れば達成できるとは到底思えない数字を示し、「これだけの契約を取ってくれば、上からの君の評価はうなぎ登りで、賞与にも反映されるし、今後も安泰。昇進できるし、給料も上がる。本当に君のためになるんだぞ」と熱っぽく言うそうだ。〉

 第2章では、なぜ「職場を腐らせる人」は変わらないかのかを分析し、そこには、たいてい自己保身や喪失不安が絡んでおり、合理的思考ではなく感情に突き動かされていて、けっして自分が悪いとは思わないとしています。そして、彼らは「ゲミュートローゼ」である可能性が高いとしています。「ゲミュート」とは、思いやり、同情、良心などを意味するドイツ語で、このような高等感情を持たない人を、ドイツの精神科医クルト・シュナイダーは「ゲミュートローゼ」と名づけ、日本では「情性欠如者」と訳されるそうです(実は政治家などにも多いとのこと)。

 第3章では、職場を腐らせる人を変えるのは難しいということを踏まえた上で、どう対処すべきかを説いています。ここでは、まず、その人物が「職場を腐らせる人」であることに気づき、どのタイプか見極めることが大事だとしています。さらに、そうした人のターゲットにされやすい人の特徴を8つ挙げ、ターゲットにされないためにはどうすればよいかを説いています。

 全体の3分の2を占める第1章の「職場を腐らせる人たち」の(「職場を腐らせる人」というネーミングはいい)具体例は、読んでいて、職場にそうした人がいることに思い当たる人も多いかと思います。終盤の対処法の方は、一般のビジネスパーソン目線ではまずまずですが、人事パーソン目線でみると、組織がそうした人を抱えている場合どうすればよいかという視点も必要になってきます。「職場を腐らせる人が一人でもいると、腐ったミカンと同様に職場全体に腐敗が広がっていく」というのは正しいと思いますが、その見解レベルで終わっている点ではやや物足りないように思いました(一般のビジネスパーソン向けに書かれているので仕方がないが)。

 個人的には、イジメ上司、卑劣な同僚、ムカつく部下......これらをどうするか? を説いた、ロバート・I・サットン著『あなたの職場のイヤな奴』('08年/講談社)という本をお薦めしたいです。この本では、そうした人物は職場からできるだけ早く追放するべきだと明確に提言しており、一方で、自分自身がそうした「イヤな奴」になってしまう危険性も説かれていて、経営組織論としても啓発書としても優れていたように思います。

 そうした本と比べると本書はどうしても、「心理屋さん」が書いた本という印象を拭えなかったです。

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「上司ガチャ」でなく「上司学」の本だが、話があちこちに飛び、体系が見えない。

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なぜこんな人が上司なのか (新潮新書 1035) 』['24年]

 責任は取らず、手柄は自分のものに。失敗の本質を見抜けず、数字も時代の変化も読めず、無駄な努力を続ける。見当違いの対策を無理強いする―そうした無能な上司、経営者らの抱える問題と、そうならないためにどうすればよいうかを説いた本であるとのことです。

 第1章「人望を失うリーダーがやっていること」では、「私がいたからこそ成功した」と言う上司の問題を指摘する一方、「負けない組織」を作った栗林中将のリーダーシップや、ロシアが伝統的に弱い理由について述べています。

 第2章「組織を壊しているのはリーダーである」では、最凶のパワハラは「無駄な仕事」であるとし、また、AIの時代でも問われるのは経営者の資質であるとしています。さらに、ビッグモーター事件から何が部下を壊すのかを探り、80代現役ホステスが教えてくれる経営の真髄についても述べています。

 第3章「成功したリーダーの共通点」では、「部下が言うことを聞かない」と嘆く前にすべきことを説き、「好きを仕事にする」のは失敗するとも言っています。さらに、新聞社が衰退した理由はスマホのせいではないとし、自衛隊の「任務分析」というものを紹介、器の小ささが混乱を招くとしています。

 タイトルから「上司ガチャ」系の本かと思いましたが、むしろ「上司学」的な本でした。ダメな上司の話と同じくらい、立派な上司の話も出てきます。それらの中には、著者と親交がある陸海空自衛隊の将官や元最高幹部など、著者に近い人も出てきます(著者は国防ライターでもあるらしい)。

 ただし、書かれていること1つ1つは尤もかもしれませんが、上述のように話があちこちに飛んで、読んでいて体系というのが見えてこないのが難点でしょうか。「体験談的」リーダーシップ論であり、「昭和型」のリーダーシップ論のように感じました。こういうのって合う人には合うけれど、自分はイマイチでした。

 Amazonのレビューの評価は「素晴らしい」「読む価値あり」など総じて高いようですが、個々にレビューを見ていくと「読みずらいし、言いたいことが浅い」或いは「読みやすい本だけど主観」というのもあって、「飲み会で聞く話としてはライトだし、楽しく盛り上がれそうな内容だなと思った」と。個人的にもこれらに近い印象でしょうか。ぎりぎり×にはしないけれど△です。

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「1on1」と「今どきの職場の若者像」。リジッドだが、読み易い。

静かに退職する若者たち2.jpg静かに退職する若者たち.jpg
静かに退職する若者たち 部下との1on1の前に知っておいてほしいこと』['24年]

 本書によれば、1on1ミーティングを実施する企業が増えている一方で、笑顔で1on1ミーティングをしたばかりの若者が、何の前触れもなくその翌週に会社を辞め、しかもそれが上司を通さず人事部経由であったり、退職代行サービスを使った退職であったりするということが、最近少なからずあるとのことです。

 本書は、そうした状況を踏まえ、「若者との1on1の前に読む本」とのコンセプトのもと、1on1を核とした世代間コミュニケーションの問題を切り口に、職場の若者を多面的に分析し、今どきの「職場の若者像」に迫ったものです。

 第1部「1on1の前に知っておきたいこと」では、日本企業の現場で1on1が求められている理由を探り(第1章)、1on1の基本原則とそのパターンや、見落とされがちな課題を整理した上で(第2章)、1on1に求められるスキルやコーチングとの違いを解説し(第3章)、さらに、1on1を若者たちはどう捉えているのか、その受けめ方を6つのタイプに分類しています。

そして、その中でも特徴的な3つのタイプ――活用を望む〈積極志向〉、やらされている感がある〈表面志向〉、やりたがらない〈回避志向〉――について、その対応方法を解説しています。〈積極志向〉だからといって良いことづくめではなく、それに応えるべく「上司としてできる限りの行動」をとらないと、逆に部下から見透かされてしまうというのは、鋭い指摘だと思いました。

 第2部「なぜ、若者は突然会社を辞めるのか?」では、退職代行サービスを使って辞める若者たちの考え方や(第5章)、「別の会社で通用しなくなる」と考えて辞める若者(いわゆる「ゆるブラック」を理由とする退職)の心理を探り(第6章)、アメリカで見られる「静かな退職」と言われる現象との比較で、日本の今の若者が会社を辞める理由を4つ挙げています(第7章)。

また、その背後にある今どきの「職場の若者像」に迫り、とにかく早く正解を教えてもらおうとする姿勢が特徴であることを指摘するとともに(第8章)、今の若者にとっての「理想の上司・先輩像」を、調査データから探っています(第9章)。また、社内新人研修がテンプレート化しているという問題も指摘しています(第10章)。

 第3部「提案:これからも若者たちと共に前に進むために」では、上司や先輩が何よりも優先して鍛えるべきスキルは「フィードバック」スキルであるとし、その理論と、効果的なフィードバックを行うための5つの原則を示しています。そして終章では、「上司・先輩世代に向けた5個の提案」をしています。

 構成はしっかりしていて、データの裏付けもあります。一方で、非常に分かりやすく書かれていて、時に砕けた表現などもあり、肩が凝らずに読めます。帯に「職場のわかり合えないを乗り越える処方箋」とあるように、実践に供することを狙いとして書かれていることが窺えました。

 そちらかと言うと、第1部の「1on1」についての方がテキスト的で、第2部の「今どきの職場の若者像」の方が興味深く読めたでしょうか。ただし、1on1を上司・部下の「双方の学びの場」としているのには共感されられ、コーチングとの違いなどもわかりやすかったです。

 絶対解は存在しないとの前提の下、お互いが理解を深め、楽しみながら寄り添える現場をどう作るか、読者と共に考えていきたいという姿勢が謙虚であると思いました。


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なぜ人は悪事を前に沈黙するのかということを、わかりやすく説得力を持って解説。

悪事の心理学2.jpg悪事の心理学.jpg悪事の心理学 善良な傍観者が悪を生み出す』['24年] キャサリン・A・サンダーソンキャサリン・A・サンダーソン.jpg

悪事の心理学3.jpg 善と悪の心理学などを研究テーマとしてきた心理学者が、悪事に直面すると人間は沈黙する、という人間の生来の性向の根底にある心理的要因を解説し、沈黙が悪事の継続にどれほど重要な役割を果たしているかを明らかにするとともに、道徳的な勇気を持つにはどうすればよいかを説いた本です。

 全3部構成の第1部「善人の沈黙」では、善良な人々が悪事を前にしてなぜ沈黙してしまうのかを、心理学的観点から解説しています。

 第1章で、悪事の継続を許す唯一最大の要因は、個々の悪人よりも、善良な人々が立ち上がって正しい行動をしないことにあるとした上で、第2章から第5章で、他人の悪事に直面したときに、人はどうして沈黙するのかを、要因ごとに解説しています。

 第2章では、集団的状況で起きる(自分が行動しなくてもばれないという)「社会的手抜き」が傍観者の不作為を生むとし、そうした傍観者効果を克服するには、公的自己意識、責任、人間関係が大切な要素となるとしています。

 第3章では、悪事に直面しても、事態の「曖昧さ」が不作為を生むとし、ただし、何が起きているか正確に分からなくとも、(他に行動者がいて)自分一人で立ち向かう必要がないときなどは、自分も行動できるとしています。

 第4章では、誰かが窮地に陥っているような状況であっても、助けると自分の命が危ない、自分の出世に関わるなどといった「援助にかかる多大なコスト」が、結果として不作為を生むとしています。

 第5章では、社会的圧力に同調してしまうのはなぜかを考察し、それは「社会集団のパワー」に同調すると気分が良くなるからであり、そのことが、集団の悪事を無視・隠蔽につながるとしています。

 第2部「いじめと傍観者」では、現実世界のさまざまな状況において、これらの状況的・心理的要因がどのように作用して行動を抑制するのかを説明し、その対処法を述べています。第6章で、学校でいじめに立ち向かう方法を、第7章で、大学で性的不正行為を減らす方法を、そして第8章では、職場で倫理的行動を育む方法を説いています。

 職場において倫理的行動を育む方法としては、倫理的なリーダーを雇うこと、非倫理的行動を容認しないこと、注意喚起のメッセージを作ること、率直に意見が伝えられる職場環境を作り出すことなどが提唱されています。

 第3部「行動の仕方を学ぶ」では、どのような人が他者と立ち向かうことができるかを考察しています。

 第9章では、道徳的勇気とは、不正を止めるために社会的排斥を受けることを厭わないことを意味するとしています。そして、そうした勇気を示す人を心理学者は「道徳的反逆者」と呼ぶとし、自身の内なる道徳的反逆者を見つけることを説いています。

 第10章では、道徳的反逆者となる方法として、変化の力を信じる、そのスキルと方法を学ぶ、とにかく実践する、ちょっとしたことでもやってみる、共感力を育てる、など10の提案をしています。

 サブタイトルに「善良な傍観者が悪を生み出す」とあります。では、なぜ人は悪事を前に沈黙するのかということを、わかりやすく説得力を持って解説しているよう思いました。組織内に「傍観者」状態を生まないようにするにはどうすればよいか(かつて問題が生じた際にどこに原因があったのか)考える上でお薦めです。

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分析A、ネーミングS、提案B、総合評価はAといったところか。

罰ゲーム化する管理職.jpg罰ゲーム化する管理職 2024.jpg  『リスキリングは経営課題.jpg
罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法 (インターナショナル新書) 』['24年] 『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考 (光文社新書) 』['23年]

 高い自殺率、縮む給与差、育たぬ後任、辞めていく女性と若手―日本の管理職の異常な「罰ゲーム化」をデータで示し、解決策を提案した本です(著者はパーソル総合研究所の研究員。前著に『リスキリングは経営課題』がある)。

 第1章の【理解編】では、管理職になることが「罰ゲーム化」してしまった現状を概観しています。業務量の増加、リソース不足、新しい素子課題への対応増、部下マネジメントの困難などのため管理職の負担感は増し、一方で、管理職の人数と賃金は減り続けていることをデータで示しています。また、海外で「日本では一般職より管理職の方が死亡率が高い」と報じられたことを自社データで裏付けし、管理職は時に死に至るものだが、このように「罰ゲーム化」しても管理職のなり手が現れるのは、日本社会における大きなジェンダーギャップのせいだとしています(「覚悟」する男性、「避妊」する女性。ただし、日本では女性の方がハードルが高くて先に抜けていくため、男性が残る)。

 第2章の【解決編】では、「管理職の何がそんなに大変なのか」という点について、データを分析しながら、職場のバグを解剖しています。管理職の負荷はロング・トレンドで上がり続けていて、そこには組織のフラット化など組織レベルの負荷トレンドもあるとしています。さらには、ハラスメント防止法が「回避型」上司を量産し、働き方改革によってメンバー層は保護されるも、管理職は優先順位が低く、加えて、「年上部下」マネジメントなどで頭を悩ますようになると。そうしたことの積み重ねで、このような管理職負荷の「インフレ・スパイラル」が起きているとしています。

 第3章の【構造編】では、「罰ゲーム化」がなぜ発生し、なぜ放置されるのかという問題を考えています。まず、「入り口問題」として、いつの間にか管理職候補にされてしまうという「オプトアウト」方式の昇進の仕組みが日本の場合あって(海外は「オプトイン」方式が一般的)、新入社員をデフォルトで出世競争に巻き込んできた経緯があり、その側面が最も分かりやすく見られるのが、このレースから「女性」が徐々に抜けていくということであるとしています。また、「管理職になると転職できなくなる」という謎について、管理職キャリアが「ジョブ」にならないという日本の特質を挙げ、その結果、「管理職になると市場価値が低下する」という事態が生じると。さらには、「出口問題」として「役職定年」を挙げ、総じて「勝手に参加させられ、勝手に降ろされる雑用係」という世界でも極めて奇妙な姿をしているのが、日本の管理職だとしています。

 第4章の【修正編】では、バグを修正し、「罰ゲーム化」を止めるための処方箋が示されています。ここでは、修正の方向性として、
  ①フォロワーシップ・アプローチ
  ②ワークシェアリング・アプローチ
  ③ネットワーク・アプローチ
  ④キャリア・アプローチ
の4つのアプローチを示し、それぞれ解説しています。「フォロワーシップ・アプローチ」とはメンバー層のトレーニングであり、「ワークシェアリング・アプローチ」とは、エンパワーメントとデリケーションの促進です。「ネットワーク・アプローチ」は管理職同士の「ネットワーク構築」の施策で、「キャリア・アプローチ」は、「健全なえこひいき」(次世代リーダー候補の早期絞り込み)と「行ったり来たり」(非幹部層の管理職のジョブローテーションの範囲を狭め、専門領域の管理職にキャリアシフトさせる)の組み合わせになります。

 第5章の【攻略編】では、管理職は「罰ゲーム」をどう生き残るか、そのための処方箋が説かれています。ここでは、先に挙げた4つの修正アプローチを現場で実践することを説き、それぞれを解説しています。その際に大原則となるポイントとして、積極的に「やらない」上司を目指す(「アクション過剰」を抑える)ことを提唱しており、「自分を許す」ことができる管理職になれと説いています。

 著者が調査会社の所属であるため、分析はなかなか鋭く、「罰ゲーム化」というキーワードのネーミングも上手いと思いました。一方で、解決策の方は、論理的にはキレイですが、どこかのファームが提唱しているようなことにも思え、インパクトがやや弱く、ほわっとした感じ。分析A、ネーミングS、提案B、総合評価はAといったところでしょうか。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(マーシャル・ゴールドスミス)

ベストセラーの17年を経ての文庫化。改めて啓発される要素が多々ある。

コーチングの神様が教える「できる人」の法則3.jpgコーチングの神様が教える「できる人」の法則 文庫.jpg コーチングの神様が教える「できる人」の法則 2.jpg マーシャル・ゴールドスミス.jpg マーシャル・ゴールドスミ
コーチングの神様が教える 「できる人」の法則 (日経ビジネス人文庫)』['24年] 『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』['07年]

 本書の著者マーシャル・ゴールドスミスは、エグゼクティブ・コーチングの第一人者であり、GEのジャック・ウェルチをはじめ、世界的大企業の経営者80人以上をコーチしたことで知られる人で、本書は2007年に刊行された世界的ベストセラーの17年を経ての文庫化になります。

トリガー.jpg 米アマゾンによれば、本書『コーチングの神様』と、同じく今回文庫化された『トリガー』は、「リーダーシップ本と成功本のトップ100リスト」(古典から現代までの経営本、自己啓発本で構成)に入っており、著者は、そのトップ100リストに2冊もランク入りしている、唯一の存命の作家(2024年時点)であるとのことです。

トリガー 6つの質問で理想の行動習慣をつくる (日経ビジネス人文庫)』['24年]
 
 PART1「成功の落とし穴」では、第1章で、エグゼクティブ・コーチという仕事の役割は、エグゼクティブの悪い癖を直すことであるとした上で、第2章で、成功した人ほど変化を嫌う傾向にあり、その理由は、自分はスキルがある、自信がある、モチベーションが高い、みずから成功を選んでいる、という思い込み的な信念(=迷信)があるためとしています。

 PART2「あなたをさらなる成長から遠ざける20の悪癖」では、第3章で、何か行動する以上に、何かの行動を「やめる」ことが重要であると説き、第4章で、「20の悪い癖」を挙げて誤った行動を直す方法を具体的に解説しています。

 因みに、著者が指摘する、経営者やリーダーの多くが持っていて、それが職場に悪い影響を与えているという「20の悪い癖」とは以下の通り(他人だけでなく自身についても、思い当たるフシがある人も多いのではないか)。
  1. 極度の負けず嫌い
  2. 何かひと言よけいなことを言う
  3. 善し悪しの判断をくだす
  4. 人を傷つけるコメントをする
  5. 「いや」「しかし」「でも」から始める
  6. 自分の賢さを誇示する
  7. 怒っているときに話す
  8. ネガティブなコメントをする
  9. 情報を教えない
  10. きちんと他人を認めない
  11. 他人の手柄を横どりする
  12. 言い訳をする
  13. 過去にしがみつく
  14. えこひいきする
  15. 謝らない
  16. 人の話を聞かない
  17. お礼を言わない
  18. 八つ当たりする
  19. 責任回避をする
  20. 「わたしはこうなんだ」と言いすぎる

 さらに、第5章で21番目の癖として、「目標に執着しすぎる」もよくないとしています。

 PART3「どうすればもっとよくなれるのか」では、「対人関係を変え、よいつながりを長続きさせる7つのステップを学ぼう」として、第6章から第12章にかけて、以下のステップをそれぞれ解説しています。
  第6章〈ステップ1〉フィードバックのスキルを磨く
  第7章〈ステップ2〉 謝罪する
  第8章〈ステップ3〉 公表する・宣伝する
  第9章〈ステップ4〉 聞くこと
  第10章〈ステップ5〉 感謝する
  第11章〈ステップ6〉 フォローする
  第12章〈ステップ7〉 フィードフォワードを練習する

 PART4「「自分を変える」ときの注意すべきポイント」では、「変化のためのコーチングをいかに使うか、何をやめるべきかを学ぶ」として、第13 章で「自分を変える」8つのルールとして、以下を挙げています。
  ルール1 行動を変えることでは直せない問題もある
  ルール2 正しいものを直そうとするように
  ルール3 本当に何を変えなくてはいけないか、を勘違いしないように
  ルール4 聞かなくてはならない真実から逃げない
  ルール5 理想的な行動はどこにもない
  ルール6 計画可能なら、達成可能になる
  ルール7 結果をお金に変え、解決策を見つけよう
  ルール8 最高の変わるタイミングは、今だ

 さらに、第14章で、部下やスタッフの扱い方について述べています。

 そして、最後に、「コーチングすべきでない人をコーチするのはやめよう」として、例として「変化を望まない人」などを挙げていますが、自分自身がそちら側にならないように意識することも大切だと思わされました。

 著者自身の経験に近いところの事例が豊富で、語り口も非常にわかりやすいものとなっています。読んでいて、自分自身がコーチングを受けているような気持になる本です。「20の悪い癖」や「つながりを長続きさせる7つのステップ」などは、読むたびに改めて啓発される箇所が少なからずあり、未読の人はもちろんのこと、既に読まれている人も、文庫化を機に読み直してみるのもいいのではないかと思います。


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手段にすぎない制度導入を目的化せず、本当に実現したい目的を実現することを説く。

再生・日本の人事戦略2.jpg再生・日本の人事戦略.jpg   デジタル時代の人材マネジメント2.jpg
再生・日本の人事戦略 失われた30年を取り戻す実践手法』['24年]/『『デジタル時代の人材マネジメント― 組織の構築から人材の選抜・評価・処遇まで』』['20年]
 野村総合研究所のコンサルタントである同著者の本を取り上げるのは、『デジタル時代の人材マネジメント』('20年/東洋経済新報社)以来。本書では、グローバル人事、コンピテンシーモデル、ジョブ型人事、そして昨今は人的資本経営と、この30年間、新たな「人事制度ブーム」が登場しては取り入れられたものの、それらに振り回された結果が日本企業の競争力を奪うことになったとしています。その上で、その失敗のメカニズムを明らかにし、新時代に対応できる人事システムの再構築について語っています。

 全8章の第1章では、1990年代以降、日本企業の多くは欧米発の人材マネジメントテーマを導入すること自体が目的化してしまい、本当に実現したい目的は実現できていなかったとしています。

 第2章では、そうした人事改革がなぜ失敗に帰するのかを、「思いつき」に振り回される人事部門、日本の雇用システムからの制約、組織や人が有する変革を拒む"免疫機能"といった観点から分析しています。

 第3章以降は、日本企業が取り組みが必要な人事アジェンダとして
 1 ジョブ型ありきではない人材戦略
 2 お金だけではない人への投資
 3 会社の付加価値増につながる「報酬引き上げ」
 4 見えることではなく、「見るべきこと」を見える化する
 5 人事部門を再活性化する
の5つを掲げ、第3章から第7章の各章で解説しています。

 第3章では、資格等級制度(格付け制度)について述べ、ジョブ型人事制度を「改革のおもちゃ」にしないようにするためとして、ジョブ型と職能型のハイブリッド型アプローチや、ジョブ型と職能型の両面からの人を成長させるための人材マネジメントを提唱しています。

 第4章では、「人への投資」を取り上げ、人的資本の「開示」に終始するのではなく、目的を見据えた機会付与をすべきであるとし、ジョブ型と職能型の機械付与の違いや、越境学習など新たな形の機械付与を解説・紹介しています。

 第5章では、「報酬引き上げ」を取り上げ、それを会社や個人の成長にどう結びつけるかを解説し、報酬水準の引き上げと高生産性を両立させている企業例などを紹介しています。

 第6章では、見える化が難しいとされる人的資本について、見える化は目的ではなく手段であって、見える化することに意義があるものを見える化の対象とすべきであるとしています。

 第7章では、社内における人事部門は弱体化傾向にあるとし、人事部門をどうやって再活性化するかを述べています。デイビッド・ウルリッチの 『MBAの人材戦略』を引きながら、今人事部門に何が求められているかを考察し、人事部門のリソースの強化・組み換えを提唱しています。

 最終第8章では、まとめとして、経営者が人的資本経営で同じ過ちを犯さないためには、人に付加価値をつけ成長させることに経営者自身がフォーカスすべきであるとしています。

 第8章で、経営者自らが「施策」という手段を目的にすり替えないこととしているのが、第1章の、人材マネジメントテーマを導入すること自体が目的化したという過ちを繰り返さないようにするという課題を受けており、そのことが全編を貫くテーマとなっています。

 掲げられている5つの人事アジェンダは、今後取り組みが必要であると同時に、「日本企業が過去に取り組んできた」ものでもあるとされており、実際、必ずしも目新しいものではないように思いました。ただし、手段にすぎないはずの制度導入を目的化せず、本当に実現したい目的を実現するにはどうすればよいかを念頭に置いて読み進むと、多分に示唆的であったと思います。

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"ジジイの壁"問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本。

働かないニッポン2.jpg働かないニッポン.jpg働かないニッポン (日経プレミアシリーズ)』['24年]

 本書によれば、「仕事に意欲を持っている社員は5%しかおらず、世界145位中最下位」であるとのこと。何が日本人から働く意欲を奪っているのか? 本書は、健康社会学者である著者が「働かないニッポン」の構造的な問題を、統計や会社員へのインタビューをもとに解き明かしたものです。

 第1章では、若者に焦点を当て、早々に「窓際族」を目指す新入社員や、「できれば仕事したくない」という20代後半から30代前半の社員が増えていることを、統計などから指摘しています。そして、若者が意欲をなくす背景には、彼らが社会構造を「頑張り損」ととらえていることや、「無難」に埋没したがることを挙げ、自分への「身分偏差値」に敏感になるあまり、"群衆の中に消えようとする"傾向が見られるとしています。

 第2章では、中高年に焦点を当て、いわゆる「働かないおじさん」を作った張本人は、大企業で社内競争に勝ち残った「スーパー昭和おじさん」ではないかとしています。彼らは、ジジイ化しやすく、ジジイとは、組織内で権力を持ち、その権力を組織のためでなく自分のために使う人たちの総称であり、その"ジジイの壁"が、中高年にとっての「働き損社会」の影にあるとしています。

 第3章では、なぜ働く意欲を失ってしまうのかを考察しています。そして、そこには、世界に類を見ない強固な階層主義のもと、「日本的マゾヒズム」という、上からの命令で、無理難題を押し付けられても、次第に理不尽が理不尽でなくなってしまい、逆にそれを望んでしまうような心理状態があるとしています。

 第4章では、その日本的マゾヒズムの呪縛からどう逃れるかを説いています。こでは、生きる力=幸せになる力としての「SOC」(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)というものに注目し、SOCは個人だけでなく集団にもあって、それを高めることで相互に向上を促進するとしています。また、SOCは、「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」という3つの感覚で構成されることを解説しています。

 第5章では、脱「働かないニッポン」のためにできることとして、有意味感を強くするための6カ条(1.普通を疑う、2.仕事は金のためだと考えない、3.仕事にやりがいを求めない、4.年齢を言い訳にしない、5.信頼されようとしない、6.愛をケチらない)をまとめています。

 「働かないニッポン」の背後にある日本的マゾヒズム、長いものには巻かれろ的思考、批判的精神を封じる階層主義など、ひとつひとつの指摘は目新しいものではないですが、読んでいて、働く人が将来に希望が持てないのも無理からぬことかと改めて思ってしまいました。多くの人が自身のコスパ・タイパだけを重視して、あたかも働いているフリをし、「死んだままの月曜から金曜」状態で仕事に埋没する人も少なからずいるというのが、タイトルの由来でしょう。

 "ジジイの壁"は高いながらも、そのジジイからの逃走を果たした会社員の例を引き合いに「労働」を止めて「働く」ことを提唱し、健康社会学という視点から「SOC」という概念を紹介しています。その第一歩として、「半径3メートル世界」への働きかけから始めてみようという結語は、多分に啓発的であるように思いました。

 Amazonのレビューを見ると、ストーリーに一貫性はなく、何を言いたい本なのかよくわからない、読んでいて頭が混乱するという評があり、多くの人がそれに賛同していました。自分も最初は、とっ散らかった感じで何が言いたいのかよく分からなかったです("ジジイの壁"というところに目がいってしまうというのもあった)。でも繰り返して読むと、"ジジイの壁"問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本だったように思います。

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「適度な仕事」というコンセプト。仕事と生活のバランスの大切さを説く。

静かな働き方.jpg静かな働き方2023.jpg シモーヌ・ストルゾフ.jpg シモーヌ・ストルゾフ(ジャーナリスト、デザイナー兼働き方研究者)
静かな働き方 「ほどよい」仕事でじぶん時間を取り戻す』['23年]

 本書は、ジャーナリスト、デザイナー兼働き方研究者であるという著者が、「仕事は自己実現の手段だ」とする「ワーキズム(仕事主義)」が世間で広まった背景と、それを加速させている人々の思い込みを指摘したものです(『限りある時間の使い方―人生は「4000週間」あなたはどう使うか?』('22年/かんき書房)の著者オリバー・バークマン推薦)。

 元「仕事主義者」たちのストーリー紹介を軸に、仕事と自己評価を結びつけることのリスクと、そうしたワーキズムの罠に陥ることなく、仕事と人生のバランスをどう取るかを、「ほどよい」仕事というコンセプトのもと提案しています。

 第1章では、「仕事中心の生活」の是非を問いかけています。シェフを目指した女性が、憧れていたカリスマシェフのサポートでいったんは成功を得るものの、結局はその人物に裏切られたことを契機に、仕事以外のアイデンティを探るための旅をし、その経験を通して自分の価値を仕事以外にも見出したことで、新たな姿勢で仕事に向き合えるようになった事例が紹介されています。

 第2章では、ホワイトカラーの労働者にとって仕事は宗教的なアイデンティティに近いものとなっているとし、これを「ワーキズム」として疑念を呈しています。事例では、若く熱心な聖職者が、自身の"ワーキズム教"から脱し、ワークライフバランスを獲得するまでが描かれています。

 第3章では、「理想の仕事」を求めるあまり、やりがいの搾取に遭ってしまうことに警鐘を鳴らしています。自分の憧れの仕事として図書館司書になった女性が、「神聖な務め」という名のやりがい詐欺がなされている現実を目の当たりにし、自身が"理想の仕事"幻想を捨てることで、図書館改革に取り組むようになった経緯が紹介されています。

 第4章では、燃え尽き症候群の危険を扱っています。10代にして学生編集者として世に出た女性が、やがて燃え尽き症候群に陥り、仕事中心の生活をやめてみることで、自分自身の価値を見つめ直すことができたという話が紹介されています。

 第5章では、愛社精神というものを再考しています。家族的な社風の企業に入った社員が、現実にある労務問題に直面する中、労働組合の設立に関わっていく様が描かれています。

 第6章では、オーバーワークの問題を扱い、長く働けば成果が上がるというものではないということを述べ、第7章では、仕事に何を求めるかは自分で決めなければならないとしています。第8章では、肩書は成功の証ではないとして、出世競争の無意味さを説いています。

 第9章では、「あまり働かない世界」を作るためとして、政府に対してはベーシックインカムの検討を、企業へは言葉よりもまずは行動で示すことを、個人へは、自分なりの「ほどよい」仕事を定義することを提言し、本書を締め括っています。

 仕事は重要ではあるが、それがすべてではなく、生活の中で仕事が占める割合を見直し、家族、趣味、休息、健康など、他の重要な要素にも注意を払うことが大切であること、仕事と生活のバランスを整えることで、より充実した日々を送ることができるということを、改めて教えてくれる本です。

 個人的には、さまざまなアイデンティティを育むと誰しも人生の困難を乗り越えやすくなる(逆を言えば、ひとつしかアイデンティティがないと変化に対応するのが難しい)としているのが啓発的でした。「働くということ」を考えてみる上でお薦めです。

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新任マネジャーに限らず振り返りにいい。人事パーソンにとっても同様。

マネジャーの全仕事3.jpgマネジャーの全仕事4.jpgマネジャーの全仕事.jpg
マネジャーの全仕事 いつの時代も変わらない「人の上に立つ人」の常識』['23年]

 "The First-Time Manager" 1983/11・1993/03・2012/01・2021/10

 本書は、原著が1981年に初版刊行され、7度の改版を経て40年以上読み継がれている新任マネジャーのための教科書です。全6部43章にわたって、「人の上に立つ人」の常識を説いています。初版刊行以来7度目の改版であり、内容がその都度アップデートされているため、古さを感じさせないものとなっています。

 第1部は、新任マネジャーに向けた総論であり、ある意味、最重要事項になりますが、その中に、部下をちゃんと褒めることや、積極的傾聴をマスターすることなど、コーチング的なものが含まれているのが興味深いです。

 第2部は、マネジャーとしての新しい仕事にどう取り組むかを述べています。チーム・ダイナミクスというものを活かして強い職場を作ることを説くとともに、マネジメントとリーダーシップの違い、問題のある部下のマネジメント、採用と面接、解雇などについて解説しています。日本企業で人事部がやるような仕事も多分に含まれています。

 第3部は、部下の心を掴み、人を動かすにはそうすればよいかを説いています。部下のモチベーションを高めるにはどうすればよいか、自律的でイノベーティブな組織を作るにはどうすればよいかなどを指南し、リモート勤務(拠点外勤務)におけるマネジメントや、職場でのソーシャルメディアの利用についても述べています。

 第4部は、人事評価をどう行うかについて述べていますが、業績評価だけでなく、職務記述書の作成や昇給の判断までがマネジャーの業務に含まれているのが、日本と比べ特徴的です。その中で、振り返り面談について詳しく解説しているのが印象的でした.

 第5部は、マネジャーとして成長し、さらに上を目指すにはどうすればよいかについて述べています。EQを高めること、「成功する人」になること(相手への自分の見せ方も含め)、文章力を高めることを推奨し、会議のマネジメントやプレゼンテーション技術の高め方についても解説しています。

 第6部は人としての総合力を高めることを説き、ストレスへの対処の仕方や、ワーク・ライフ・バランスの重要性、マネジャーの品格について述べています。誰もが人として成長すべきであり、マネジメントの技法だけでなく、人間としての総合力を高めることが重要であるという考えが、本書の根底に貫かれていることが見てとれます。

 日本のビジネスパーソンにも共感をもって読める内容です。例えば第1部で、「褒めるのは人前で、叱るのは個別に」の原則は時に検討を要するとし、同僚の前で褒められることをきまり悪く思う人もいるし、褒められなかった同僚の嫉妬を買うこともあるため、おおいに褒めたい場合は個別に呼んで褒めた方がいいとしており、これなどは腑に落ちる読者も多いのではないでしょうか。

 書かれていることは「基礎の基礎」ですが、「一生役立つ」との謳い文句のとおり、どの階層のマネジャーが読んでも、自身の振り返りに役立つように思いました。研修などにおけるテキスト的な意味での「教科書」というよりは、一人ひとりが自ら読みたいと思って読む「啓発書」の色合いが強いかと思います。

 前述のとおり、米国企業では前線にいるマネジャーが日本企業でいう人事の仕事を負っている部分がかなりあることが窺え、そのため、人事パーソンが読んでも得るところが少なからずある内容となっています。

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日本と違いすぎるが、自身のマインドセットや日常の行動を変えるヒントもかなりある。

デンマーク人はなぜ4時に帰っても2.jpgデンマーク人はなぜ4時に帰っても.jpg デンマーク人はなぜ.jpg
デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか (PHPビジネス新書) 』['23年]

 本書は、2009年末にデンマーク移住後、13年以上にわたってテレビ・ラジオ・新聞・雑誌・ウェブ等からデンマークの現地情報を発信するデンマーク文化研究家の著者が、なぜデンマーク人は労働時間が日本よりも短いのに、時間当たりの生産性は日本よりはるかに高いのかを、多くのデンマーク人へのインタビューなどを通して探った本です。

 第1章では、デンマークが2022年に国際競争力ランキングで世界ナンバーワンに選ばれ、世界から注目を浴び、中でも「ビジネス効率性」において4年連続首位であったその背景には、時代の変化への対応力があったとし、デンマーク人には、時代をリードする「先見の明」あるとしています。一方で、デンマークは「ワークライフバランス先進国」でもあり、デンマーク人は「家族と一緒に夕食を食べる」ことから始めるとしています。

 第2章は、「時間」をテーマにしています。デンマーク人に人生で大切なののは何かを問うと、「楽しむこと」「新しい人に出会うこと」「自分自身が健康でいること」といった答えが返ってくるそうです。デンマーク人は、優先順位の低いものはバッサリ切って、時間を意識的に使い、「仕事は午後4時に終了し、その後はフリータイム」が大前提なのだとしています。

 金曜日は早めの帰宅がOKで、上司は部下が先に帰っても気にしない、会議をする際はアジェンダと終了時刻を設定して延長はしない、時間的に「ムリしない、ムリさせない」を意識するとしています。仕事ばかりしていると、パートナーから別れを切り出されてしまうので、プライべートライフを守る「覚悟」を決めているとのことです。

 また、職場がユルい(カジュアルである)ことがクリエイティブなアイデアが生むことにつながり、それが生産性の向上につながると。さらに、休むからこそ、情熱がキープできているとし、長期休暇の取得は当たり前で、夏休み中はメールを「自動応答」にしているとのことです。

 第3章は、「人間関係」をテーマにしています。仕事において、マイクロマネジメントはNGとされ、部下を信じて任せるマクロマネジメントにより、上司も部下も楽になって「タイパ」が実現できているとしています。また、上下関係のないフラットな職場で、部下がやりやすい方法で仕事をさせるようにしているとしています。

 部下の意見を聞いて、組織改善に活かす風土があり、部下が働きやすい環境づくりを最優先し、部下との間に「ムリしない、ムリさせない」コミュニケーションを保つことで、「最強のチーム」が自然と生まれるとしています。

 第4章では、デンマーク人の「仕事観・キャリア観」について見ています。プライベートライフを第一優先とするデンマーク人にとって、仕事とは何かをインタビューから探ると、仕事は「自己成長」のためのものであり、あるいは自身の「アイデンティティ」であり、さらには「意味」を求めるものであるとのことです。仕事に求める「意味」には、「社会的意義」と「自分にとっての意味」があるとしています。

 そのため、デンマーク人は「転職」をポジティブに捉えており、デンマークは、社会のリソースを最大限に活かすための「適材適所のマッチング」が比較的上手くいっている国であるとして、本書を締め括っています。

「世界一ゆるい、だけどすごい働き方」とキャッチにありますが、何から何まで日本人や日本の職場と異なるため、「組織風土の違い」で片づけてしまう読者もいるかもしれません。しかしながら、上司学として読める部分や、自身のマインドセットや日常の行動を変えるヒントになる部分もかなりあり、そのつもりで読まれると得るものもあって良いと思います。

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成功事例だけではなく、失敗したリーダーの事例もあるのがいい。

九つの決断1.jpg九つの決断.jpg
九つの決断: いま求められているリーダーシップとは』['99年]

 本書は、それぞれのおかれた危機的局面で、重要な決断をし9人のリーダーをドキュメント風に紹介したものです。成功事例だけではなく、失敗したリーダーの事例も含まれているのが特徴的で、さまざまな立場でのリーダーたちの判断や行動を通して、企業リーダーなどに求められるリーダーシップについての示唆が得られるものとなっています。

 第1章で取り上げているのは、アフリカの風土病オンコセルカ症の撲滅に貢献した製薬会社メルク社のCEOロイ・ヴァジェロスの話です。彼は、開発中の難病特効薬が、研究費がかさむ一方で、それを必要とする人々には購買力がなく、会社に損失をもたらすかもしれないという状況下で、「健康を利益より優先させる」というメルク社の伝統的原則に沿って薬を開発して多くの人命を救い、最終的には社業の発展にも貢献しました。リーダーは「己(の役割)を知る」ことが、とるべき道を確信できるということです。

大村智 2.png 因みに、本書に特効薬の研究開発者としてその名が出てくるウィリアム・キャンベルとともに、共同開発者として'15年にノーベル生理学・医学賞が授与されたのが(残念ながら本書にその名前が出てこないが)大村智・北里大特別栄誉教授です。本書では、4万種のバクテリアの抗寄生虫性を確かめたところ、効果があったものは1種類だったとありますが、それが、大村博士が伊東市の川奈ホテルゴルフ場近隣の土から採取した新種の放線菌でした。
 
マクリーンの渓谷.jpg 第2章では、1949年にモンタナ州マン渓谷で起きたで起きた大規模な森林火災に立ち向かった森林消防隊長ワグナー・ドッジの話です。彼は、15人の部下とともに火の海に取り囲まれますが、"向かい火"というあえて足元に火を放つ手法で2人の部下と窮地を脱します。ただし、無口な性格から部下に自分の考えを説明しておらず、離反した残り13人の部下が焼死しました。リーダーには「己(の考え)を語る」ことが求められるということです。

 因みに、この話は、ノーマン・マクリーン著『マクリーンの渓谷 若きスモークジャンパー(森林降下消防士)たちの悲劇』という本になっていて、原著(原題:YOUNG MEN AND FIRE)は全米批評家協会賞を受賞しています。

マクリーンの渓谷 若きスモークジャンパー(森林降下消防士)たちの悲劇』('97年/集英社)

アポロ13 n.jpg 第3章では、1970年のアポロ13号の宇宙飛行で、故障した宇宙船を無事地球に帰還させるために全権を与えられた管制官ユージン・クランツの話です。ここでは、困難だが失敗が許されない状況で、解決策が見つかるという揺るぎない信念で危機を耐え抜いた例を引いて、あらゆる状況で最善をつくすことがリーダーの要件であることを伝えています。

アポロ13 .jpgアポロ13 2.jpg この話はアポロ13号の船長だったジム・ラヴェルらが『失われた月』(未訳)という本に著しており、ロン・ハワード監督により「アポロ13」('95年)というタイトルで映画化され、ラヴェル船長はトム・ハンクス、飛行主任ユージン・クランツはエド・ハリスが演じています。

 第4章では、1978年に女性の遠征隊を率いてアンナプルナの登頂を目指したアーリン・ブルームの話であり、最終的に頂上に挑むメンバーを誰にするかという彼女の決断を通して、メンバーの同意を得ることがリーダーの務めであることを伝えています。「大切なのは、私たちの誰かが頂上に登って、全員が無事下山すること、それだけだ」「普通の人びとが集まったグループでも、ビジョンを共有すれば、信じられないような挑戦ができ、実力をはるかに超えたことができる」という彼女の言葉が印象に残ります。

 第5章では、南北戦争のゲティスバーグの戦いの北軍指揮官ジョシュア・ローレンス・チェンバレンの話で、部下が全員札付きの上官反抗者であった状況において、彼が何から着手し、どのように部下の信頼を得たかが紹介されています。

クリフトン・ウォートン.jpg 第6章では、危機に瀕した米国最大の年金基金(教職員退職年金)を再建したクリフトン・ウォートンが、旧態依然とした巨大組織でのリストラをどのように進めたのか、第7章では、ソロモン社(ソロモン・ブラザーズ)のトップ(会長兼CE0)として部下の不正の報告を受けたジョン・グッドフレンドが、迅速な行動を怠ったためにその経営権を失い、ウォーレン・バフェットCEOに経営再建をゆだねることになった経緯が、第8章では、第三世界の女性のための銀行を設立したナンシー・バリーが、いかにして「自分の人生はこの仕事をするためにあった」との己れの天分を知るに至ったか、第9章では、エルサルバドルの大統領に選ばれたアルフレッド・クリスティアニが、内戦続きで荒廃した国を、交渉による同意を得ることで内戦を終結させた経緯が描かれています。

Privilege and Prejudice: The Life of a Black Pioneer』['15年]

 最後の結びで著者は、これらの事例から得られる最も重要な教訓は、ビジョンと行動がもつ圧倒的な意義であるとしています。また、「何人の部下をもっているかというだけの問題ではなく、部下のなかから何人のリーダーをつくれるかということも重要なのだ」とも述べています。

 先にも述べたように、成功事例だけではなく、失敗したリーダーの事例もあるのがいいです。〈凖古典〉となりつつある本で、もしかしたら入手が難しいかもしれませんが、小説を読むように読める本でもあり、リーダーシップの本質とは何かを探る上で一読をお薦めします。


アポロ13 う.jpg 映画「アポロ13」は、アポロ13号の打ち上げシーンがとにかく凄い迫力だった印象があります(レンタルビデオ全盛期で、映画館ではなくビデオで観たのだが)。熱風による遠景の揺らぎや船体から剥がれ落ちる無数の氷片など、当時の先端のCGテクニックがふんだんに使われていました(燃料の液体酸素と液体水素が冷たいため、燃料注入後の機体は冷たくなり、発射までの間にまわりに氷がつく。それが発射の時に船体から剥がれ落ちるのを、一つ一つをCGを使って表現したそうだ)。ドラマ部分では、NASA指令センターのエド・ハリスが良かったです。

アポロ13 (4K ULTRA HD + Blu-rayセット) [4K ULTRA HD + Blu-ray]
アポロ13 d4k.jpgアポロ13 4.jpg「アポロ13」●原題:APOLLO 13●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:ブライアン・グレイザー●脚本:ウィリアム・ブロイルス・Jr./アル・レイナート●撮影: ディーン・カンディ●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:ジム・ラヴェル/ジェフリー・クルーガー●時間:140分●出演:トム・ハンクス/ケヴィン・ベーコン/ビアポロ13 3.jpgル・パクストン/ビル・パクストン/ゲイリー・シニーズ/エド・ハリス/キャスリーン・クインラン/ローレン・ディーン/ミコ・ヒューズ/ジーン・スピーグル・ハワード/トレイシー・ライナー/メアリー・ケイト・シェルハート/クリス・エリス/ザンダー・バークレー/クリント・ハワード/ベン・マーリー●日本公開:1995/07●配給:ユニヴァーサル映画=UIP(評価:★★★★)

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

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「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」。それは「才能」よりも重要だ」と。

やり抜く力 GRIT .jpgやり抜く力 GRIT.jpg  ダックワース.jpg
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』['16年] アンジェラ・ダックワース
 2016年5月原著(原題:GRIT:The Power of Passion and Perseverance)刊行の本書は、米国で大きな話題を呼び(ただし、著者はその前に、彼女がマッカーサー賞(別名「天才賞」)を受賞した年である2013年の4月のTED Talkで有名になっていた)、ほどなく日本でも翻訳が刊行されました。大きな成果を出すには必ずしも才能に恵まれている必要はなく、大切なのは、優れた資質よりも「情熱」と「粘り強さ」―即ち「グリット(GRIT)」=「やり抜く力」である(言い換えれば、天才とはグリットを持った人、即ち「やり抜く力」を持った人が天才と呼ばれるにふさわしい人である)ということを心理学の観点から多角的に検証したものです。

 PART1では、「やり抜く力(グリット)」とは何か、なぜそれが重要なのかを述べています。まず、著者が大学院生のときに取り組んだ研究で、成功を収めた人たちに共通する特徴は、情熱と粘り強さを併せ持っていたことで、つまり「やり抜く力」とは「情熱」と「粘り強さ」を併せ持っていることだとしています(第1章)。著者は数学の教師をしていたときに、才能だけでは結果を出すことはできないということに気づき(第2章)、教師をやめて心理学者になり「達成の心理学」について研究した結果、「才能×努力=スキル」「スキル×努力=達成」という才能から達成に至るまでの方程式を導き出しました(第3章)。そして作成した、「やり抜く力」がどれだけあるか―「情熱」と「粘り強さ」がわかるグリッド・スケールというテストを紹介するとともに(第4章)、「やり抜く力」は①興味、②練習、③目的、④希望の4つのステップを通して伸ばせるとしています(第5章)。

 PART2では、「やり抜く力」を内側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。人は自分のやっていることを心から楽しんでこそ「情熱」が生まれ、情熱を持つためにはまず、自分が「興味」があることを見つけなければならず、興味は自分の内側を見つめることによって発見するものではなく、外の世界と交流するなかで生まれてくるとし、興味を持つための「3つのポイント」をを挙げています(第6章)。

 また、「粘り強さ」の特徴のひとつとして、日々の努力を怠らないことがあり、成功者はすでに卓越した技術や知識を身につけているにもかかわらず、さらに上を目指したいという強い意欲を持っているとし、認知心理学者のアンダース・エリクソンが世界で活躍するエキスパートたちのスキルの習得方法を研究した結果、エキスパートたちはただ何千時間もの練習を積み重ねているだけではなく、「意図的な練習」(目的を持った「練習」)をしていたとして、エキスパートたちの練習の「3つの流れ」で挙げています(第7章)。

 次に、「やり抜く力」が強い人たちは、自分たちがやっていることは「人の役に立っている」と考え、つまり自分たちがしていることに「目的」を持っているとし、他の人びとの役に立つという目的を持っていれば挫折や失望や苦しみを乗り越えることができるとして、目的を育む「3つの提案」をしています(第8章)。

 さらに、私たちの心のなかには、「固定思考」と「成長思考」があり、「固定思考」とは、人はスキルを習得することはできるが、スキルを習得するための能力、すなわち「才能」は、鍛えても伸ばせるものではないと考える思考であり、「成長思考」とは、「やればできる」と信じて一生懸命努力すれば、自分の能力をもっと伸ばすことは可能だと考える思考であって、「やり抜く力」を強くするためには、「人間は何でもやればうまくなる」「人は成長する」という「成長思考」(「希望」)を持つことが大切であるとしています(第9章)。

 PART3では、「やり抜く力」を外側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。「やり抜く力」を伸ばす方法を、子育てにおける例を挙げ(第10章)、「課外活動」は絶対にすべしとしています(第11章)。さらに自分ひとりで伸ばしていくことは大変なことであり、「やり抜く力」を伸ばすためには、まわりの人たちの力を得ることが効果的であって、「やり抜く力」が強い人たちは、人生のなかで「自信」と「支援」を与えてくれる人に出会っているとし(第12章)、「やり抜く力」が強いほど人生の「幸福感」も強いとしています(第13章)。

 結論的に言うと、「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」の2要素から成り、「情熱」とは、自分の最も重要な目標に対して、興味を持ち続け、ひたむきに取り組むこと、「粘り強さ」とは、困難や挫折を味わっても諦めずに努力し続けることであり、人々がそれぞれの分野で成功し、偉業を達成するには、「才能」よりも「やり抜く力」が重要であることを科学的に究明した本ということになります。自分にとって勇気づけられる本であるとともに、人を育てるということについても示唆に富む本であり、お薦めします。

《読書MEMO》
●「興味」興味を持つための「3つのポイント」
・興味を持ったことを実際に試してみる
・興味を持ち続けるために、さらに興味が湧くような経験をする
・興味を持ち続けるために、親、教師、コーチ、仲間など周囲の励ましや応援を得る
●「練習」エキスパートたちは次の「3つの流れ」で練習する
1.ある一点に的を絞って、ストレッチ目標(高めの目標)を設定する
2.しっかりと集中して努力を惜しまずに、ストレッチ目標の達成を目指す
3.改善すべき点がわかったあとは、うまくできるまで何度でも繰り返し練習する
●目的を育む「3つの提案」
提案1:いまの自分のやっていることが、社会にとってどのように役立つかを考えてみる
提案2:自分にとって大切な価値観につながるように、ささやかな変化を起こしてみる
提案3:生き方の手本となる人物(ロールモデル)からインスピレーションをもらう

●目次
[PART1]「やり抜く力(グリット)」とは何か? なぜそれが重要なのか?
第1章:「やり抜く力」の秘密―なぜ、彼らはそこまでがんばれるのか?
第2章:「才能」では成功できない―「成功する者」と「失敗する者」を分けるもの
第3章:努力と才能の「達成の方程式」―一流の人がしている当たり前のこと
第4章:あなたには「やり抜く力」がどれだけあるか? ―「情熱」と「粘り強さ」がわかるテスト
第5章:「やり抜く力」は伸ばせる―自分をつくる「遺伝子と経験のミックス」
[PART2]「やり抜く力」を内側から伸ばす
第6章:「興味」を結びつける―情熱を抱き、没頭する技術
第7章:成功する「練習」の法則―やってもムダな方法、やっただけ成果の出る方法
第8章:「目的」を見出す―鉄人は必ず「他者」を目的にする
第9章:この「希望」が背中を押す―「もう一度立ち上がれる」考え方をつくる
[PART3]「やり抜く力」を外側から伸ばす
第10章:「やり抜く力」を伸ばす効果的な方法―科学では「賢明な子育て」の答えは出ている
第11章:「課外活動」を絶対にすべし―「1年以上継続」と「進歩経験」の衝撃的な効果
第12章:まわりに「やり抜く力」を伸ばしてもらう―人が大きく変わる「もっとも確実な条件」
第13章:最後に―人生のマラソンで真に成功する

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人間の行動を支配する基本的な心理学の原理(新版で6つ→7つへ)を解説。

影響力の武器[新版].jpg影響力の武器[1-3.jpg影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』['91年]『影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか』['07年]『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』['14年]
影響力の武器[新版]:人を動かす七つの原理』['23年]

 本書は、人間関係において、相手にイエスと言わせるために使う戦術は7つのカテゴリーに分類でき、そのカテゴリーをそれぞれ支配するのは、人間の行動を支配する基本的な心理学の原理であるとして、この7つの原理及び戦術を解説したものです。

 第1章で、世の中に情報が溢れるなか、深く考えず手っ取り早い意思決定が増えているが、このような「手っ取り早い」反応の利点は、その効率性と経済性にあり、欠点は、間違いを犯す可能性が高くなることであるとしています。そして、一部の承認誘導の専門家は、自分の要求を通す〈影響力の〉武器として、こうした信号刺激的な反応を利用しているとして、以下、第2章から第8章の各章で、説得のための〈強力な〉7つの道具について解説しています。

 第2章は「返報性」です。つまりはギブアンドテイクのことであり、人間文化のなかに最も基本的なものとして昔からあるもので、他者から与えられたら、自分も相手に返すように努めようとする心理です。注意点として、返報性のルールのために余計な恩義を感じてしまうことがあることを挙げ、不公平な交換を引き起こす危険があるとする一方、承認を引き出す方法として、最初に譲歩して、そのお返しとして相手の譲歩を引き出すやり方があるとしています。

 第3章は「好意」です。人は好意を寄せてくれている人に対してイエスと言いやすい傾向があるとしています。承認誘導の専門家はこのルールを知っているので、自らの影響力を強めるために、自身の外見の魅力、相手との類似性、相手への称賛、繰り返しの接触、相手との連合(結びつき)といった、相手が好意を寄せる要因を強調するとしています。

 第4章は「社会的証明」です。人は他の人たちが何を正しいと考えているかを基準に物事を判断するというものです。社会的証明は一定の条件下で強い影響力を持ち、それは不確かさ(自分に確信が持てない)、人の多さ(多くの人がそうだ)、類似性(自分と似た人がそうだ)の3つであるとしています。

 第5章は「権威」です。権威からの要求には、服従を促す強い圧力があるとしています。権威者に対して自動的に反応する場合、その実体ではなく、権威の単なるシンボル(肩書き、服装、そして自動車などの装飾品)に反応してしまう傾向があり、権威の影響力の源は、権威ある地位(肩書きなど)、もしくは何らかの意味で権威とみなされること(専門性など)にあるとしています。また、前者はしばしば反発や恨みを買う難しさがあり、後者はこの問題を避けられ、確かな権威であると判断されれば説得効果は大きくなるとしています。
 
 第6章は「希少性」です。人は機会を失いかけると、その機会をより価値のあるものとみなすとしています。希少性の原理が効果を上げるのは、手に入れにくいものは貴重だという思い込みと、入手機会が減ると自由を失い、そのことを嫌う心理的リアクタンスが働くためであるとしています。

 第7章は「コミットメントと一貫性」です。承諾を引き出す上で鍵となるのは、最初にコミットメントを確保することであり、コミットメントしてしまうと、人はそのコミットメントに合致した要求を受け入れやすくなるので、承認誘導のプロは、後でやらせようとしている行動と一貫するような、最初の立場をとらせようとするとしています。

 第8章は「一体性」です。人は自分の身内だと思う相手にイエスと言うとしています。他者との「私たち」性(一体性)に関係するのは、アイデンティティの共有であり、「私たち」集団の成員には、仲間の成員の幸福を非成員のものより重く見たり、仲間の好みや行動を手本に自分の行動を決め、それらが集団の結束を高めたりする傾向があるという結論が、研究の結果として導き出されているとしています。

 最終章である第9章では、情報過多の社会で、私たちは手っ取り早い意思決定を行う「思考の近道」を使わざるを得なくなってきており、そのため、相手への要請の中に影響力の梃子(テコ)を忍ばせる承認誘導の専門家は増えているとしています。その上で、この仕組みを悪用する者もいるため、私たちが思考の近道によって得られる利益を失わずにいるためには、あらゆる適切な手段を使って、そのようなインチキに対抗することが重要だとして、本書を締め括っています。

 人々がどのように相手から要求に意のままに従うのか、豊富な実例を交えて人の行動を司る心理学の原理を解説しています。初版から30年を経て改版を重ね(原著初版は1984年刊行)、評価は定着している本ですが、改版ごとに事例などは新しいものに更新されています。前回の第三版からの変更点は、6つだった影響力の原理に新に「一体性」が加わって7つとなり、また、その並び順も変わっています。旧版を読まれた方も、新版で再読してみるのもいいのではないかと思います。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2790】 ○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

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「両立思考」によるパラドックス・マネジメントを提唱。

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両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』['23年]

 仕事と家庭、利益とパーパス、個人と組織、男性と女性...。相反する考えで溢れる現代において、われわれが常に陥りがちな「択一思考」の罠から逃れ、創造力に富み、持続可能で包括的な解決策の糸口を見つけるにはどうすればよいか。本書は、それを可能にする「両立思考」へのアプローチを、二人の経営学者が解説したものです。

 全3部構成の第1部では、われわれを取り巻く二者択一的な対立(ジレンマ)の中にはパラドックスが隠れており、矛盾しながらも相互に依存する緊張関係(テンション)があるとして、それに効果的に対応するにはまず、このパラドックスを理解しなければならないとしています。第1章で、パラドックスは、パフォーマンス・パラッドクス、学習パラドックス、所属パラドックス、組織化パラドックスの4種類に区別できるとしています。

 第2章では、こうしたパラドックスを乗りこなす際に悪循環につながるパターンとして、行き過ぎた強化をする「ウサギの穴」、過剰修正する「解体用剛球」、二極化する「塹壕戦」の3つを挙げています。

 第2部では、パラドックスをマネジメントするツールを紹介しています。まず第3章で、パラドックスが好循環を引き起こす方法として、ラバ型(クリエイティブな統合)と綱渡り型(一貫した非一貫性―状況に応じて頻繁に方針を変える)を紹介しています。それから、統合システムとしての「パラドックス・マネジメントのABCDシステム」を紹介し、続く第4章から第7章で、各ツールを説明しています。

 第4章では、択一から両立に「前提(アサンプション(A))」をシフトするパラドックス・マインドセットについて述べ、第5章では、「境界(バウンダリー(B))」構造を作って緊張関係を包み込むことで、不確かさを乗りこなす術について解説しています。第6章では、不快のなかに「心地よさを(コンフォート(C))」を見つけることで、緊張関係を受け入れる感情に至る方法ついて述べ、第7章では、「動態性(ダイナミクス(D))」を備え緊張関係を解き放つことで、危機を回避する方法を解説しています。

 第3部では、両立思考を採用するプロセスを、個人、対人、組織という異なるレベルで探求しています。第8章では、個人の意思決定においてジレンマにどう取り組むか、第9章では、対人関係において、拡大する分断をどう縮小するか、第10章では、組織のリーダーとして、持続可能なインパクトを与え続けるにはどうするかを、具体例を挙げて説明しています。

 著者らは最後に、「パラドックスとは、対立項が互いに打ち消し合うのではなく、両極にわたってひらめきの火花を起こすように、バランスを取る技術である。(中略)思いさえあれば矛盾を受け入れることができるのだ」として、本書を締めくくっています。

 パラドックス・マネジメント、パラドキシカルリーダシップといった、日本ではまだ目新しい概念を扱った本ですが、読んでみると、陰陽思想をはじめとする古今東西の思想・哲学から、最近の話題となった経営書まで多く引用がなされており、これまでの人間の思考の歩みを辿りつつ、多様な視点が重要となる不確かな今日世界を背景に生まれた概念やアプローチであることがわかります。

 コンセプチュアルで堅めな本ですが、著者ら自身の体験談なども多く織り込まれていて、物語を読むように読める箇所も少なからずある本です。敬遠せずトライしてみるのもいいかと思います。

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組織の「誠実さ」を構成する3つの条件と4つの行動。「誠実さ」という戦略。

誠実な組織1.jpg誠実な組織.jpg  To Be Honest.jpg  ロン・カルッチ.jpg
誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』['23年] 『To Be Honest: Lead With the Power of Truth, Justice and Purpose』['21年]Ron A. Carucci

 組織行動学の専門家である著者による本書(原題:To Be Honest: Lead With the Power of Truth, Justice and Purpose)では、15年の研究と3200件以上のインタビューから導き出された結論として、これからの組織にとって「誠実さ」こそが大切であるとしています。そして、組織にとって誠実さがなぜ大切なのか、誠実さは組織にどのような影響を与え、誠実さをビジネスの中で実践いくにはどうしたらよいのかを説いています。

 まず、組織の誠実さを構成する3つの条件として、①目的(よりよい善を為す)、②公正(正しく公平な行いをする)、③ 真実(相手を尊重しつつ、妥協せず率直に真実を伝える)の3つを挙げ、この3つが同時に働くことで誠実さは生まれ、3つのうちのどれか1つ欠けても誠実さは成り立たないとしています。

 さらに、組織に誠実さをもたらすために必要な4つの行動として、①アイデンティティにおける誠実さ(言葉と行動を一致させる)、②アカウンタビリティにおける公正(尊厳を第一に考える)、③ガバナンスにおける透明性(誠実な対話を通じて、信頼できる意思決定を行う)、④グループ間の一体感(全員をひとつの大きな物語へ導く)を挙げています。

 第1章では、誠実さとは人間の生まれつきの機能であり、人間は誠実でいることを好み、相手にも誠実さを求めるとしています。また、希望があると、組織の雰囲気は明るくなるが、その逆の場合、職場の空気は重くなり、希望は、情熱、忍耐力、信念の3つの要素が交わることで生まれるとしています。以下、第1部から第4部にかけて、組織に誠実さをもたらす4つの行動について解説しています。

 第1部では、アイデンティティにおける誠実さについて述べています。まず第2章で、言葉と行動を一致させることを説き、どれほど巧みに書かれたミッション、ビジョン、バリューであっても、言葉を掲げるだけではだめで、組織が言葉通りに行動できるかどうかが重要であるとしています。さらに第3章では、個のパーパスと組織のパーパスが結びついていることの重要性を説いています。

 第2部では、アカウンタビリティにおける公正について述べています。第4章では、アカウンタビリティ(評価)について、人々は自分が公平に評価されていないと感じると、自己保身のために自分の業績を過大に表現することがあるとし、第5章では、失敗を学びの機会として受け入れる文化がある場所では、従業員は自分の業績を正直に報告し、他者に対しても公平に接するとしています。

 第3部では、ガバナンスにおける透明性について述べています。第6章では、透明性のあるガバナンスとは、ただ意思決定のプロセスを可視化することではなく、明確さ、機敏さ、思いやりの3つが伴ってこそ、信頼ある意思決定が生まれるとしています。第7章では、活気ある声に満ちた文化を育てるにはどうすればよいか、反対意見や厳しいフィードバック、型破りなアイデアを受け入れるにはどうすればよいかを説いています、

 第4部では、グループ間の一体感について述べています。第8章では、異なる部署の相手との関係性を強化し、シームレスな組織をつくるにはどうすればよいか、第9章では、"部族意識"を排し、受け入れがたい違いを持つ相手とより深いつながりを築くにはどうすればよいか解説しています。

 著者は、誠実さは組織の能力であって、能力を伸ばすためには鍛えなければならず、誠実さとは筋肉のようなものであり、定期的に鍛えていく必要があるとしています。「誠実さ」というものを戦略として打ち出している点が目を引きます。組織のあるべき姿への方向性なども、企業事例を挙げて説明されており、日米の企業文化の違い等はありますが、共通点も多く参考になるかと思います。

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〈アカウンタビリティ〉を再定義。「被害者意識から脱し、主体的に動く」こと。

主体的に働く.jpg主体的に働く2023.jpg Roger Connors.jpg オズの魔法使い1.jpg
主体的に動く アカウンタビリティ・マネジメント(新装版)』['23年]Roger Connors 映画「オズの魔法使」
The Oz Principle: Getting Results through Individual and Organizational Accountability』['04年]
『主体的に動く.jpg 1994年原著刊行(原題:The Oz Principle: Getting Results through Individual and Organizational Accountability)の本。本書で言う〈アカウンタビリティ〉とは「当事者意識を持って主体的に行動する力」という意味です。著者らは、アメリカで最もポピュラーな童話『オズの魔法使い』のテーマは、「登場人物たちが被害者意識から脱し、自分の持っている能力に気づく」ことであるとし、『オズ』の物語や登場人物になぞらえながら、個人と組織がアカウンタビリティを高めていく方法を解説しています。

 3部構成の第1部(第1章~第3章)では、ビジネスの世界に蔓延する被害者意識がどのような悪循環を生むかを述べ、アカウンタビリティがないと被害者意識に陥り、アカウンタビリティこそが結果を生み出すとしています。

 第1章では、優良企業と凡庸な企業を分けるのは1本のラインだとしています。そして、被害者意識から、目標が達成できないことを状況や他人のせいにする風潮がある企業を〈ライン下〉にある凡庸な企業とし、そこには、言い訳、他人への非難、混乱などが並ぶとしています。一方〈ライン上〉には、現実認識、コミットメント、問題解決、断固たる行動などが並ぶとしています。そして、〈ライン上〉に行くには、①現実を見つめる、②当事者意識を持つ、③解決策を見いだす、④行動に移す、という4つの〈アカウンタビリティのステップ〉をのぼらねばならないとしています。

 第2章では、被害者意識の悪循環から生じる言動として、①無視する/否定する、②「自分の仕事ではない」とする、③責任の押しつけ合い、④混乱、⑤言い逃れをする、⑥様子を見る、の6つを挙げ、被害者意識の悪循環に陥っていると気づけば、そこから抜け出せるとしています。

 第3章では、アカウンタビリティとは何かを改めて考察し、それは「現状を打破し、求める成果を達成するまで、自分が問題の当事者であると考え、自分の意志で主体的に行動しようとする意識」であると定義しています。また、アカウンタビリティとは「責任の共有」(ジョイント・アカウンタビリティ)でもあるとしています。

 第2部(第4章~第7章)では、自分のアカウンタビリティを伸ばすにはどうすればよいかを、先に挙げた4つのステップに沿って説明しています。第4章では、勇気を持って「現実を見つめる」ということについて、第5章では、「当事者意識を持つ」ということについて、第6章では「解決策を見いだす」ための知恵を手に入れることについて、第7章では、すべてを「行動に移す」ことについて、それぞれ解説しています。

 第3部(第8章~第10章)では、組織全体がアカウンタビリティを身につけるにはどうすればよいかを述べています。第8章では、〈ライン上のリーダーシップ〉とはどのようなものかを、第9章では、組織全体を〈ライン上〉に導くにはどうすればよいかを述べ、第10章では、今日の企業が抱えるさまざまな問題に対し、どのように対処すればよいかを説いています。

 「成功の鍵を握るのは結果に対するアカウンタビリティ」であるというのが本書の趣旨ですが、一般的には〈アカウンタビリティ〉という言葉は、過去の出来事の「説明責任」というネガティブなイメージで使われるのに対し、本書においては、それにより未来への前向きな意志を引き出すことができるという、ポジティブな用いられ方となっている点が特徴的です。

 本書の原書である"The Oz Principle"は1994年にアメリカで出版され、50万部を超えるベストセラーとなっています。日本では2009年に初版が刊行され、この度改版されたということは、それだけ長く読まれて続けているということでしょう。『オズの魔法使い』をもとに説いている読みやすさもさることながら、今日の企業組織が抱える問題に照らしても内容に普遍性があることが、その最大要因ではないかと考えます。 


 因みに、『オズの魔法使い』は、竜巻で家ごと飛ばされた主人公ドロシーと飼い犬のトトが、「エメラルドシティのオズの魔法使いなら家に帰す方法を教えてくれるかも」という"良い魔女"のアドバイスに従って旅をする途中で、勇気が欲しい臆病なライオン、ハートの欲しいブリキのきこり、脳味噌の欲しいかかしと出会い、彼らの悩みもオズの魔法使いに叶えてもらうとするものです。そして、本書にあるように、実は、自分たちが望んでいたものは自分たち自身が既に持ち合わせていたということです。自分たちの望みをかなえてくれる魔法使いなどは存在せず、自分の望みを鼎られるのは自分だけというのが"教訓"です。
オズの魔法使い [DVD]
オズの魔法使い.jpgオズの魔法使い2.jpg 映画化作品「オズの魔法使」('39年)が有名です(最近のソフト化作品は「魔法使い」と"い"を送ったりしている)。ヴィクター・フレミングが監督していますが、彼は同じ年に「風と共に去りぬ」も撮っています。初めて観た時は、教訓めいたものはあまり意識しなかったように思います(笑)。ただ、「風と共に去りぬ」と同じく戦後の公開で、当時これを観た日本人は、「風と共に去りぬ」同様に、こんな映画を作っていた国と戦争してしまったのかあ、これは勝てるわけがないと思ったのではないでしょうか。

オズの魔法使い3.jpg MGMは当初、主人公ドロシーの役にシャーリー・テンプルを予定していましたが、20世紀FOXが彼女を貸さなかったため、当時無名のジュディ・ガーランドが起用されました。彼女が歌った主題歌「虹の彼方に」は、2001年に全米レコード協会等の主催で投票により選定された「20世紀の名曲」(Songs of the Century)で第1位に選ばれ、さらに2004年のAFIの「アメリカ映画主題歌ベスト100」でも第1位を獲得しています。

アメリカ映画主題歌ベスト100(AFI)ベスト10(2004年)
 #    曲      映画      年     俳優・歌手
 1."虹の彼方に" 「オズの魔法使」 1939  ジュディ・ガーランド
 2."アズ・タイム・ゴーズ・バイ" 「カサブランカ 」1942  ドーリー・ウィルソン
 3."雨に唄えば" 「雨に唄えば」 1952  ジーン・ケリー
 4."ムーン・リバー"  「ティファニーで朝食を」 1961  オードリー・ヘプバーン, アンディ・ウィリアムス
 5."ホワイト・クリスマス" 「スイング・ホテル 」1942  ビング・クロスビー
 6."ミセス・ロビンソン" 「卒業」 1967  サイモン&ガーファンクル
 7."星に願いを" 「ピノキオ」 1940  クリフ・エドワーズ
 8."追憶" 「追憶」 1973  バーブラ・ストライサンド
 9."ステイン・アライヴ" 「サタデー・ナイト・フィーバー」 1977  ビージーズ
 10."The Sound of Music" 「サウンド・オブ・ミュージック 」1965  ジュリー・アンドリュース

オズの魔法使いb.jpg「オズの魔法使」●原題:THE WIZARD OF OZ●制作年:1939年●制作国:アメリカ●監督:ヴィクター・フレミング●製作:マーヴィン・ルロイ●脚本:ノエル・ラングレー/フローレンス・ライアソン/エドガー・アラン・ウルフ●撮影:ハロルド・ロッソン●音楽:ハーバート・ストサート●原作:ライマン・フランク・ボーム「オズの魔法使い」●時間:101分●出演:ジュディ・ガーランド/レイ・ボルジャー/ジャック・ヘイリー/バート・ラー/ビリー・バーク/マーガレット・ハミルトン/フランク・モーガンイ●日本公開:1954/12●配給:MGM●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(84-06-05)(評価:★★★☆)

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人的マネジメントに携わる人にとって示唆に富む内容。あとは現場への敷衍化力。

職場に活かす心理学.jpg職場に活かす心理学2023.jpg
世界の学術研究から読み解く職場に活かす心理学』['23年]

 本書は、個人キャリアから組織マネジメントまで、人の心や現実を正しく理解するために知っておきたい心理学の知見を、学術研究や多くの論文のエビデンスに基づいて紹介し、働き方にまつわる問題解決のヒントを探ったものです。

 第1章では、これからの働き方に求められる価値観として、「仕事で感じる幸福感」と「自分らしさの追求」という2つのテーマを取り上げています。幸福感の50%は遺伝によって決まるとし、幸福感が高いと仕事のパフォーマンスは向上するとしています(第1節)。さらに、人は集団への所属欲求だけでなく、他者との違いを認識する差別化の欲求も持っており、所属する集団のユニークさによって、両方の欲求を満たそうとするため、組織そのものがユニークな価値を持つことが、組織の魅力につながるとしています(第2節)。

 第2章では、自律的なキャリアの実現について考察しています。ここでは、自律的な目標設定はやる気を高め(第1節)、自分の影響力を信じられる「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める効果があり、部下へのエンパワーメントは、部下のコントロール感を高めるのに有効であるとしています(第2節)。また、自己制御システムである制御焦点理論には促進焦点と予防焦点の2種類があり、状況に応じて効果的な制御焦点は変わってくるため、個人の持つ制御焦点の傾向を活かすと効果的であるとしています(第3章)。

 第3章では、人間の「行動の変化」について論じています。自己評価はなぜ甘くなるのか(第1節)、なぜ人は変わらないのか(第2節)、それぞれ心理学研究のデータをもとに考察し、人の認知や行動をどう変えていくかを述べるとともに、「メタ認知」を適切に用いることで、自律的な学習を促進できるとしています(第3節)。

 第4章では、人の判断や意思決定についてです。意識的な判断と直感的な判断では異なる結論が導かれることがあり、その場合、なぜ判断がずれたのか考えることが役立つとしています(第1節)。また、道徳的判断にも感情的・直感的側面と理性的・熟慮的側面があり、倫理的な意思決定において理性的に思考することができるトレーニング機会を設けることが肝要だとしています(第2節)。

 第5章では、なぜ肝心なときに力が発揮できないのか、仕事で窮地に立たされたとき、どう対処するかを考察しています。人はプレッシャーがかかると、不安から集中を欠いてパフォーマンスが低下するため、そうした場合は、自分の評価を気にするのではなく、よい成果に向けて集中すべきだとしています(第1節)。また、人は「レジリエンス」を持っており、つらい出来事の後でも回復に向かうことができるが、回復の程度やスピードには個人差があるとしています(第2節)。さらに、職場でマイノリティになるメンバーは、心理的脅威を感じている可能性があるとしています(第3節)。

 第6章では、他者と協力して仕事する難しさについて考えています。まず、対人関係において重要な「信頼」という概念について、「互恵的な交換」と「交渉による交換」の2種類の信頼があり、互恵的な相互作用を通じて構築された信頼は、環境などの変化を受けにくいとしています(第1節)。また、集団での活動が生産的でありうるのは、どのような条件下においてかを見ています(第2節)。

 第7章では、対人コミュニケーションについて取り上げています。悪意のある攻撃性は抑制が利かなくなる一方、他者のために行動すると幸福感が増すとしています(第1節)。対人援助を行うことは、価値ある行動をしたと思えるポジティブな効果があるとのことです(第2節)。終章で、心理学をもっと職場の問題解決に応用すべきであるとして、本書を締めくくっています。

 人的マネジメントに携わる人にとって、示唆に富む内容だったように思います。何となくそうではないかと思われていることであっても、心理学の理論や研究データによって、きちんと裏付け証明している点がいいと思いました。また、各節において、心理学の研究成果と職場への応用ポイントをまとめているのも。

 あとは、こうした知見や概念を職場で実際に活かすためには、職場でのさまざまな事象を敷衍化する能力が必要であり、それこそが、マネジメント層に欠かせないとされるコンセプチュアルスキルということになるのではないかと、改めて思いました。

 個人的には、幸福感の50%は「遺伝」によって決まり、「環境」は10%で、あとの40%は「意図した活動」である、というソニア・リュボミアスキーの研究が興味深かったです。また、「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める、というのも、大いに得心が行きました。


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注目されている「リファラル採用」のメリット・デメリットや導入の手順を解説。

戦わない採用 2.jpg戦わない採用.jpg
人材獲得競争時代の 戦わない採用 「リファラル採用」のすべ』['23年]

戦わない採用 3.jpg リファラル採用とは、自社の社員から友人や知人などを紹介してもらう手法を指します。リファラル(referral)は、「推薦」や「紹介」という意味があり、人材市場が完全に売り手市場となっており、業界を問わず人手不足が叫ばれる中、注目を浴びつつある手法です。株式会社マイナビの、1年間(2020年1月~12月)に中途採用活動実績のある企業の人事担当者1,333件を対象にした「中途採用状況調査2021年版」によれば、リファラル採用を導入している企業は全体の56.1%でしたが、これはコロナ禍での調査であり、現時点ではさらなる普及が見込まれます。本書は、そうしたリファラル採用についてそのメリット・デメリットや導入の手順を解説したものです。

 第1章では、「戦わない採用」とは何かを解説しており、それを、限られた転職者(288万人)を競合と奪い合うのではなく、転職潜在層(6500万人、労働人口の95%)にアプローチする、競合と戦わない採用であるとしています。

 第2章では、リファラルとは何かを解説しており、リファラル採用こそがまさに戦わない採用だとしています。ここでは、経営陣や一般社員による「縁故採用(コネ採用)」をリファラル採用1.0、社員をリクルーター化する「社員紹介採用」をリファラル採用2.0、社員もしくは関わった者が自発的に会社を薦めたくなうような関係づくりから始まる採用をリファラル採用3.0としています。

 リファラル採用のメリットとして、①転職潜在層から人材を獲得、②定着率が高くなる、②社員エンゲージメントが高くなる、④採用コスト削減の4つを挙げ、また、リファラル採用が組織にもたらす効果として「組織市民行動」(例えば、「職場に落ちているゴミを拾う」「新入社員が困っていたらさ@ポートしてあげる」など本来の自分の役割を超えた組織行動)という概念を紹介し、リファラル採用は社員の従来の組織行動を組織市民行動にまで拡げ、会社もパフォーマンスを向上させるとしています。

 また、デメリットとしては、①人間関係と人材配置に配慮が必要なこと、②社員の認知と理解が必要なこと、③情報が可視化しにくい点、④販促・活性化するまで一定の工数が必要なことを挙げています。

 第3章では、リファラル採用3.0を導入するにはどのような準備が必要か、リファラル採用3.0における人事の役割や中長期的なゴール設計、協力社員へのインセンティブルールの設計などについて解説しています。

 第4では、社員が協力したくなるフレームワークをどう作るかを実践的に解説し、第5章 では」、リファラル採用の成功事例を8選紹介しています(そう言えば博報堂は昔からリクルーター採用をやっていた)。

 第6章では、応用編として、更にリファラル採用を促進するためのKPI分析や「一人当たり声掛け数」を増やすEVPブックなどの手法を紹介し、最終章で、従来のリクルーターの概念を超える「採用マーケター」という"新職種"を紹介しています。

 以前にもネットでリファラル採用のメリット・デメリットを調べたことがあり、メリット・デメリットの両面において縁故採用やリクルーター制などと重なる部分もあると思っていましたが、縁故採用をリファラル採用1.0、リクルーター制をリファラル採用2.0と捉えているのが分かりやすかったです。

 個人的には、リファラル採用と縁故採用との違いは、リファラル採用はあくまで企業の採用活動における母集団形成手段の一つだということであり、一方、縁故採用は求職者(被紹介者)の入社を前提(または期待)とした、経営陣や一部社員の紹介による裏口入社的な採用手法であるという側面があることだと思います。

 リファラル採用の導入が優秀で自社にマッチした人材獲得のための戦略的手法であるのに対し、縁故採用は戦略的人材獲得の手法ではないとも言えるのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●目次
第1章  戦わない採用
第2章  新時代の当たり前―リファラル採用とは何か
第3章  リファラル採用3.0の導入―準備編
第4章  社員がおすすめしたくなるフレームワーク―実践編
第5章  リファラル採用の成功事例8選
第6章  更に促進したい方へ―応用編
最終章  採用マーケターのあなたへ

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グローバルHR担当者からみたテレワーク、「駐妻」らの「越境テレワーク」問題。

『変革せよ! 企業人事部』1.jpg『変革せよ! 企業人事部』2.jpg
変革せよ! 企業人事部:テレワークがもたらした働き方革命 (早稲田新書 017)』['23年]

 人的資源管理の研究者による本書では、コロナ禍におけるテレワークの普及は、単なる「働き方改革」を超えて、企業の人事部門にも変革をもたらしたとして、その動向を検証するとともに、日本企業の人事部の今後あるべき姿について考察しています。

 第1章では、企業におけるテレワークの実施状況等のデータをもとに、テレワークの業務面・生活面での影響を確認し、最後に、国内の仕事はオフィスで、海外との仕事は時差の関係から自宅からテレワークで行っているグローバル人事担当者を例に挙げ、テレワークはすでに国境を超える働き方を含んでいるとしています。

 第2章では、4人の企業人事部のグローバルHR担当者とのディスカッションを通して、テレワークが人びとの働き方や人事部にどのような影響を与えたかを探っています。そこからは、在宅勤務の定常化、とりわけ海外における在宅オペレーションの定着、メンバーシップ型からジョブ型に変わりつつある仕事の仕方、といった変化が見られるとしています。

 さらに、テレワークには「正」の側面と「負」の側面について触れ、テレワークで仕事人生を送る「駐妻」(夫の海外赴任に帯同する女性)の抱える問題をテレワークは解決できるのか、海外オペレーションの今後や日本人スタッフの海外派遣はどうなっていくのかを議論しています。

 第3章では、実際の駐在員妻たちへのインタビューを通して、「越境テレワーク」はそうした海外で働く女性の救世主となるのかを語り合い、課税制度の複雑な現状や、帰国後に立ちはだかる再就職の壁によるキャリアブランクといった諸問題を浮き彫りにしています。

 第4章では、テレワークにより働き方改革が進んだ場合、企業の人事権はどうなるかを法的視点から確認し、第5章では、これからの人材開発と人事のドメインはどうなるかを考察、企業は従業員が「継続的学習力」を形成できるよう、社内環境を整備することが求めらるとしています。

 テレワークの拡大を機にジョブ型が検討され、報酬体系の見直しも迫られている現状が窺えます。また、働く時間や場所の垣根が低くなることで、部署や会社の枠を超えた連携が可能になる一方で、現場でメンバー同士が意見を言い合うことで生まれる"現場の力"は、ハイブリッド勤務では発揮に限界があるという指摘もされています。

 「変革せよ!企業人事部」というタイトルの結論は、従業員一人一人が望む働き方をふまえ、その人にふさわしいキャリア形成を支援する役割が人事部門に求められるようになったということなのでしょう。

 ただし、グローバルHR担当者からみたテレワーク、さらに海外駐在員の妻たちが抱える「越境テレワーク」上の問題にかなりのページを割いているため、そうしたテーマに特化した研究レポートのような本になったようにも思えてしまい、大上段に構えたタイトルの割には...といった印象もありました。 

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特に、上司やリーダーが使いがちな言葉が、身近な気づきを与えてくれる。

『聞いてはいけない』.jpg山本 直人.jpg 山本 直人 氏(写真:ノマドジャーナル)
聞いてはいけない:スルーしていい職場言葉 (新潮新書) 』['23年]

 かつて大手広告代店・博報堂でコピーライターと人事部門での仕事をし、現在は人材開発コンサルタントをしている著者(この著者の本は以前に『ネコ型社員の時代』('09年/新潮新書)を読んだが、あの頃にはもう博報堂を辞めていた)による本書は、日々の仕事や職場において、本当はスルーしてもいいような言葉に影響されたり、流行り言葉に振り回されたりしないためにはどうすればいいのかを説いています。

 第1章では、聞いてはいけない説教言葉として、「評判悪いよ」「絶対大丈夫か」などを挙げて、その根底にある悪意や問題点を探っています。「寄りそう」なども実は、その先どうするのかが曖昧な"危うい言葉"であり、「何とかしろ」は"怒るだけのリーダー"がよく使う言葉であると。「机上の空論」という言葉は、今までの延長線上でしかものを考えられない人がよく発するもので、新しいアイデアをつぶす"名ばかりのスペシャリスト"が使いがちだとしています。また、「夢を持て」という言葉が胡散臭さを感じさせる理由についても考察しています。

 第2章では、目新しい言葉ではあるが、本当に言葉の使い方として正しいのかどうか疑問であるとして、「老害」「劣化」といった言葉を取り上げ、検証しています。「配属ガチャ」「親ガチャ」といった使われ方をしている「ガチャ」は、いわば"不幸を呼ぶ言葉"であり、「失われた世代」という言葉も"自分事"を"他人事"にしてしまう安易な使われ方をしていると。「さん付け」で果たして社内の風通しが良くなるのか、新しい強制力が生まれるのではないかと疑念を呈しています。

 第3章では、「迷惑をかけるな」「許せない」といった言葉の呪縛から解放されることを説いています。「やればできる」というのは、いわゆる"昭和の職場"であれば通用していたが、今の職場では通用せず、これからは「できることをやる」職場になっていくだろうしています。「あれが好きな人はダメ」という人こそダメであり、「誰だってできるようなことしかやらせてもらえなう」とよく言うけれども、「誰にでもできる仕事」と思ったら、そこで負けなのだとしています。

 仕事を進めていく上で、誰かの発する「困った言葉」が組織全体を停滞させてしまったり、メンバーの士気を低下させてしまったりすることもあり、なんとなくモヤモヤしている時は、そうした言葉にどこか引っ掛かっている場合があって、その引っ掛かりの理由を明らかにし、言葉を変えていくだけで職場の空気も変わるはずだとしています。

 仕事をしていく中で接する、身近な人々が発する言葉や、組織のリーダーが使う言葉だけでなく、メディアを通じて広まる言葉なども取り上げていますが、特に、上司やリーダーが使いがちと思われる言葉が、身近な気づきを与えてくれるように思いました。

 タイトル的には"部下としての防衛策"的なタイトルですが、"上司・リーダーのためのセルチェック"本としても読めます。さらっと読める一般ビジネス書ですが、"自分事"として読むことで、"上司学"の本としても読めるのではないでしょうか。

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「上司を辞めることから、はじめよう」と。やや総花的だが、様々な気づきがあった。

フラット・マネジメント.jpgフラット・マネジメント2023.jpg
フラット・マネジメント 「心地いいチーム」をつくるリーダーの7つの思考』['23年]

 本書の著者である電通のワカモン(若者研究部)は、「若者から未来をデザインする」というビジョンを掲げ、高校生・大学生を中心に10~20代の若者の実態に迫り、新しい価値観の兆しを捉えることを目指すユニットだそうで、本書は、若者にとって働き易い職場・チームを考えたという一冊とのことです。

 本書では、チームメンバーの一人一人と向き合いながら、その多様性を生かしてチームをより良い形に整えていく「フラット・マネジメント」というものを提唱し、その実践のためにこれからのリーダーに求められる「7つの思考」「16のスタンス(以下、S)」「35のアクション(以下、A)」を示しています。

 まず「思考1:固定観念より新しい価値観」では、古い慣習やステレオタイプを押しつけず(S1)、自分にとっての常識は部下にとっての非常識であることを自覚し(A1)、偏見や先入観(バイアス)を取り除き(A2)、「押しつける」のではなく「すり合わせる」という意識で部下と向き合い(A3)、部下へのリスペクトも忘れないこと(A4)、さらに、いつまでも過去の成功体験にすがらず(S2)、「いま」と「未来」の話をし(A5)、成功ではなく失敗に目を向けよ(A6)としています。

 「思考2:会社の都合より部下自身の「納得解」」では、会社の都合だけで人を動かそうとせず(S3)、「会社のため」よりも「部下自身のため」を考え(A7)、他社でも使えるポータブルスキルを伸ばしてあげること(A8)、部下にとっての「納得解」を見つけ出すために(S4)、「やらされ仕事」をゼロにすること(A9)、「チームの納得解」を整理すること(A10)を説いています。

 「思考3:費用対効果より時間対効果」では、若者のタイムパフォーマンス(タイパ)志向を理解すること(S5)、コスパよりタイパを意識して(A11)、「効率的な作業」を重視し(A12)、アジェンダのない会議などはしないこと(A13)、「習うより慣れろ」ではなく「慣れろより教えろ」であって(S6)、慣れるためにはやはり教えることが大事であり(A14)、教える=やり方を丁寧に共有すべき(A15)としています。

 「思考4:大きなビジョンより小さなアクション」では、「伝える」だけでは伝わらないと認識し(S7)、相手とキャッチボールすることが必要で(A16)、言葉とタイミングを意識すること(A17)、チームの信頼は行動で得られるため(S8)、言行不一致はNGで(A18)、What to say(何を言うか)」より「What to do(何をするか)」を大事にせよ(A19)としています。

 「思考5:上から目線より横から目線」では、「上司だから偉い」と勘違いしないこと(S9)、上下関係の呪縛を断ち切り(A20)、「感情的知性」を高めよと(A21)。さらに、伴走者としてのスタンスで(S10)、目線を合わせた指導をし(A22)、「聞き出す」ではなく、相手が自然に話すことを「聞く」こと(A23)、部下からも学ぼうとする姿勢で(S11)、恥をかくことを恐れず(A24)、プライドを捨てて素直に向き合うことで、得られるものは多い(A25)としています。

 「思考6:嫌われない建前より丁寧な本音」では、「心理的安全性」が高い職場を目指すべきで(S12)、チームの居心地の良さはリーダーの言動次第であり(A26)、「配慮」は必要だが「遠慮」は不要であり(A27)、等身大で対話するスタンスが大事で(S13)、自他尊重のコミュニケーションで(A28)、「素の自分」を見せるべきであると(A29)。怒らず丁寧に叱り(S14)、あくまでも「怒る」より「叱る」ことが肝要で(A30)、メンバーの良い部分を引き出すこと(A31)を説いています。

 「思考7:リッチキャリアよりサステナブルライフ」では、「人生100年時代」の視点を持ち(S15)、ワークをライフの一部とする「ワークライフ」思考で(A32)、持続可能な人生という目線で生き方を考えよ(A33)と。また、「違い」を認め、「互いの成功」を思案するスタンスで接することが必要で(S16)、変化を恐れず(A34)、Win-Winになるバランスを取り続ける(A35)ことで、チームとして成長できるとしています、

 本書の主題であるフラット・マネジメントは、「杓子(しゃくし)定規な考え方にとらわれず、チームメンバーの一人一人と向き合いながら、その多様性を生かしてチームをより良い形に整えていく」というマネジメントの在り方を意味します。そのためには、「立場の上下」にこだわる従来のリーダー像は成り立ちません。その意味で、本書の帯にある「上司を辞めることから、はじめよう」というキャッチが印象的です。書かれていることの一つ一つはそれほど目新しいわけではないですが、そうした視点からまとめられていることで、気づきを与えてくれる本になっています。

《読書MEMO》
●まとめ(若者の仕事観を知ることが大切! 「これからのリーダーに求められる7つの思考」とは(マイナビニュース2023/07/25 by春奈))
【1】固定観念より新しい価値観
時代とともに価値観が変化していく中、自分にとっての「常識」は部下にとっての「非常識」であることを自覚し、時代に適応していく意識をもつことが重要。そのために、古い慣習やステレオタイプを押しつけるのではなく、「すり合わせる」という意識で部下と向き合う。
【2】会社の都合より部下自身の「納得解」
今は個人が望む自分のあり方を実現できる時代。部下のモチベーションや動かし方においても、部下が思う"納得できるやる意味"=「納得解」を一緒に考えることで、「やらされ仕事」をゼロにすることが大事になる。
【3】費用対効果より時間対効果
「タイパ」が流行語となったように、時間対効果が重視されるようになっている。上司は「自分の時間は有限である」という今の時代の思考を理解した上で、部下と向き合う必要がある。具体的なアクションとして、労働時間の長さよりも生産性で評価する、明確な議題や目的のない会議はやめるなどがある。
【4】大きなビジョンより小さなアクション
今の時代において、具体的なアクションがない口だけの上司は部下の信頼を得られない。良いチームを構築するためには、言行不一致はNGだと心得て、「What to say(何を言うか)」より「What to do(何をするか)」を大事にする必要がある。
【5】上から目線より横から目線
今の若者は、上から目線での指導や強制的な物言いに抵抗を感じやすいため、リーダーのあり方を根底から考え直す必要がある。「上司だから偉い」と勘違いせず、部下からも学ぼうとする姿勢を持つことが大切。
【6】嫌われない建前より丁寧な本音
「部下を怒ってはいけない」という風潮が高まっており、若い部下を腫れ物に接するように扱う上司もいるが、部下を指導する上で「注意する」ことは避けられない。「配慮」は必要だが「遠慮」は不要。"怒る"と"叱る"の違いを理解し、本音で部下と向き合うことが重要。
【7】リッチキャリアよりサステナブルライフ
価値観が変化し続ける時代、リーダーに求められているのは、自分と相手の気持ちを尊重する姿勢で未来を見つめること。「違い」を認め、「互いの成功」を思案するスタンスで接することが必要で、お互いがWin-Winになるバランスを取り続けることで、チームとして成長できる。

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「ニューアラインメント」(パーパスと利益の新たな調和)を説く。両立可能と。

パーパス+利益のマネジメント.jpgパーパス+利益のマネジメント2023.jpg  ジョージ・セラフェイム.jpg George Serafeim
PURPOSE+PROFIT パーパス+利益のマネジメント』['23年]

 本書は、「ESG」(環境・社会:ガバナンス)問題の研究者によるもので、これからの企業経営に不可欠なのは、地域や社会との共生を図りながら利益を追求することであるとして、「ニューアラインメント」(パーパスと利益の新たな調和)を説くとともに、パーパスと利益の両立は可能であるだけでなく、企業に莫大な見返りをもたらし得るとしています(因みに、著者はハーバード・ビジネス・スクールで最も若くしてテニュア(終身在職権)を得た教授で、「ESG界の権威」とされている)。

 2部構成のパート1では、企業におけるパーパスと利益を調和させようとする最近のトレンドについて述べています。まず、多くの企業において、パーパスを利益の障害とみなす見方から、パーパスを重視する方向への変化が見られると指摘しています(第1章)。そして、その背景には、顧客や社員にとっての選択肢の増加、企業行動に関する透明性の向上、社員および消費者としての意思表示の機会の増加などがあるとしています(第2章)。

 透明性ということで言えば、テクノロジーやソーシャルメディアの発達により、かつてないほどに企業行動は"見える化"され、企業にとって隠し事はもはや不可能であり、社会から大きな結果責任を常に問われるようになったとしています(第3章)。そのため企業は、社会的役割を果たそうとするとともに、同時に自社にプラスの結果を得るために、パーパスを利益と一致させ、善行を競争優位に結びつける方向に行動変容しつつあるとしています(第4章)。

 パート2では、それを実行するにあたって企業はどうすればよいか、投資家や個人は何をすればよいかを論じています。まず、企業が善行をしつつ利益を出すための戦略的手法として、さまざまな企業がこうしたトレンドを追い風にする方法を見つけつつある様子を紹介し(第5章)、そうした戦術を足場にしてチャンスをつかむための「価値創造の6つのパターン」を示しています(第6章)。

 さらに、変化を後押しするためには投資家もニューアラインメントを受け入れ、後押ししなければならないとするとともに(第7章)、個人にとっても、自分と組織が調和するために、個人として、リーダーとしてできる最高のことは、組織のニューアラインメントを維持することであるとしています(第8章)。

 そして最後に結論として、未来を見据え、サステナブルな企業行動を支えていくための柱として、①分析による透明性、②結果に応じたインセンティブ、③教育、④政府の役割の4つを挙げています。

 著者は、我々はみな、日々の選択と行動を通して毎日インパクトを生み出していることを自覚するべきだとし、我々全員が、社会トレンドを通して商品購入やキャリアを見直し、日々の生活や自分の所属する組織になるべく大きな影響を与えるにはどうすればよいかを考えなければならないとしています。

 企業事例などが紹介されている一方で、根幹部分はコンセプチュアルな記述も多い本です。ただし、ESGやニューアラインメントといった概念の知識もさることながら、環境・社会問題の企業にとっての重要性を認識し、また、個人として何ができるかを考える上では、啓発度の高い内容の本であると思います。

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自律分散型の組織運営OS。組織論の動向を押さえる上では必読書の部類か。

[新訳]HOLACRACY.jpg[新訳]HOLACRACY 2023.jpg Brian  Robertson.jpg Brian Robertson
[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』['23年]

 本書によれば、ホラクラシーとは役職階層型の組織に代わる新たな自律分散型の組織運営法であり、既存の権力・役職型の組織ヒエラルキーから権力を分散し、組織の目的(パーパス)のために組織の一人ひとりが自律的に仕事を行うことを可能にする、新しいソーシャルテクノロジーであるとのことです。

 本書は大きく3部構成からなりますが、 Part1では、進化し続ける組織とはどういったものかを考察しています。組織にとって現状と改善すべき状態との間にあるギャップを「テンション」と呼び、テンションを正しく認識することで、それは単なる不協和音から組織が進化するための資源になるとし、ホラクラシーとは、そうした進化する組織を支える新たなオペレーティングシステム(OS)であるとしています(第1章)。

 続いて、ホラクラシーがどのように権限を分配するのかを解説し、ホラクラシーにおいては権力を「人」ではなく「プロセス」に持たせるのが特徴で、「組織がそのパーパスを実現できるように創造性を解き放つ」ということを追求するとしています(第2章)。そして、それが新しい組織構造にどのように反映されるのかを、人間に代わって主役となる「ロール」や、ロールのグループである「サークル」の構造デザインについて解説しています(第3章)。

 Part2では、ホラクラシーというオペレーティングシステムがどのような仕組みで動作するのか、その構造、プロセス、システムを解説しています。まず、組織構造を扱うガバナンスについて、「ガバナンス・ミーティング」の進め方を述べ(第4章)、続いて、日々の活動の進め方について、「タクティカル・ミーティング」の進め方を解説しています(第5章)。

さらに、いわばホラクラシーという新しいスポーツのレフェリーとなるファシリテーターの役割や(第6章)、ホラクラシー流の戦略とは何か、「ストラテジー・ミーティング」の進め方を解説しています(第7章)。

 Part3では、ホラクラシーを既存の組織でどう活用するか(第8章)、組織を一気に変えられなくとも実践できることは何か(第9章)、ホラクラシーにより組織にもたらされる新たな可能性やパラダイムとはどのようなものかを述べています(第10章)。

 従来の組織運営では、情報の伝達が複雑になりがちで、メンバーの意思決定も時間がかかることが多くあります。一方、ホラクラシーでは、全メンバーが裁量権を持つため、スピーディーな判断を下すことができるとされており、そのため、急速に変化するビジネスの世界において、ホラクラシーは注目を集めていると思われます。

 一方で、組織を根本から変えるための慣れとコストを要し、「従来の上下関係がなくなりコミュニケーションがとりやすくなる」「社内政治もコンセンサスも必要なくなる」というのは確かに理想的ですが、組織文化の壁を打ち破るのはそうたやすいことではないように思います。ホラクラシーの概念自体を組織に浸透させるのも容易ではないし、個々のマネジメント能力も必要で、指示待ちの社員ではホラクラシー型組織に馴染むのは難しいと思われます。

HOLACRACY図4.jpg 2016年の刊行から7年を経て「新訳」が刊行された背景には、フレデリック・ラルー著『ティール組織』(2018年/英治出版)に、ホラクラシーがその事例として取り上げられたこともあるかと思います。旧訳での訳語「ひずみ」が新訳では「テンション」に、「目的」が「パーパス」に変更されるなどして、より今日にマッチした翻訳になっています。組織論の動向を押さえる上では必読書の部類でしょう。

《読書MEMO》
●目次
■Part 1 進化する働き方
1 組織のOSをアップデートする──テンションが進化の力になる
【Column 1】組織の「エボリューショナリーパーパス」と「いのちが宿るテンション」とのつながり
2 誰もがパワーを手に入れる
【Column 2】ホラクラシーの仕組みを紐解く
3 ホラクラシーの組織構造
【Column 3】ロールを通じて創造的に仕事をする
■Part 2 日々の進化を楽しもう──ホラクラシーを実践する
4 組織構造を扱うガバナンス
5 日々の活動を進めよう
6 ファシリテーターの役割
7 ホラクラシー流の戦略とは
■Part 3 進化が根付いていくために──ホラクラシーに命を吹き込む
8 既存の組織でどう活用するか
【Column 8】ホラクラシーを始める前に大切なこと
9 一気に変えられなくてもできること
10 ホラクラシーがもたらすもの
【Column】ホラクラシーにおける「組織文化」の考え方

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ガラスの天井の原因と解決策。将来に向け人事戦略を考える上で示唆的。

『ガラスの天井を破る戦略人事』.jpg『ガラスの天井を破る戦略人事』2023.jpg 『ガラスの天井を破る戦略人事』1.jpg 
ガラスの天井を破る戦略人事――なぜジェンダー・ギャップは根強いのか、克服のための3つの視点』['23年]Colleen Ammerman & Boris Groysberg

 ハーバード大教授らによる本書は、数百人へのインタビューから、キャリアにおける女性たちのジェンダー差別による困難を浮き彫りにするとともに、なぜジェンダー・ギャップが根強いのかを分析し、それを踏まえて処方箋を提示したものです(原題:Glass Half-Broken: Shattering the Barriers That Still Hold Women Back at Work)。

 2部構成の第1部(第1章~第3章)では、企業の施策などにかかわらず、ジェンダーによる不公平が依然として女性のキャリアを妨げている現状を明らかにし、エリート(を志向する)女性が職場でぶつかる無数のハードルについて述べています。

 第1章では、就職してから中間管理職になるまでの障壁として、「女性は昇進を望んでいない」という嘘が組織にはびこっていたり、女性自身が「好感を持たれたい」という呪縛にとらわれていたり、さらには、働く母親は「良き母親」でなければならないという偏見に苦しめられていたりするとしています。

 第2章では、こうしたハードルを乗り越えて経営幹部になった女性たちに焦点を当てています。シニアレベルに達した女性たちの前に突然現れる「ガラスの天井」、男性にはない厳しい要求―それでも粘ってエグゼクティブとなった女性のレジリエンスには、本人の資質もある一方で、環境との相互作用で育まれた面もあり、特に、女性ローモデルがいたことが大きな役割を果たしていたとしています。

 第3章では、さらに上の階層である取締役会に注目しています。政府や投資家が取締役会のジェンダー格差に圧力をかけても、企業統治は依然として白人男性の独壇場であるとして、その原因を探るとともに、解決への取り組み例として、エリート女性たち同士の連帯ネットワークを紹介しています(これ、効果あると思う。男性同士でもそうだが、時に女性同士が足を引っ張りあったりすることもあるから)。

 第2部(第4章~第6章)では、組織におけるジェンダー・ギャップ解消の試みに焦点を当て、どうすれば男性が女性のアライ(味方)となれるかを探っています。

 第4章では、ジェンダー不平等を解消する上で最も活用されていないのが男性アライのパワーであるとして、男性メンターが果たす役割の重要性を述べています。

 第5章では、ガラスの天井を取り除く組織的アプローチとして、採用における面接担当者や採用決定者のバイアスを避けるポイントを挙げ、同じく、能力開発、人事考課、報酬と昇進の決定、人材定着等において、マネジャーにできることのポイントをそれぞれ整理しています。

 第6章では、インクルーシブなマネジャーになるための手引きとして、①採用は直感の入り込む余地を最小限に、②女性に建設的なフィードバックを、③インクルーシブな文化を推進する、④マイノリティの意見に意識的に耳を傾ける、⑤ダイバーシティはビジネスにプラスになる、の5つのポイントを挙げています。

 本書を読むと、米国でも、リーダーや高い地位にある女性が増えていない状況が依然としてあることが分かり、その原因には日本の企業社会にも通底する面があるように思いました。ハーバード・ビジネス・スクールを卒業した女性などが調査対象の中心になっており、ややエリートに偏っている印象もありますが、今後わが国でも女性のエリートは増えていくと思われ、将来に向け、中長期的な人事戦略を考える上で示唆的な(例えば、ジェンダー問題は、一見すると女性の問題のように見えるが、むしろ男性の古い意識・価値観が大きな障壁となっているといったこと)本であると思います。

 日本語タイトルにつけられた「克服のための3つの視点」というのがややモヤっとした感じですが、版元の取り纏めなどを参照すると、①男性の積極的な関わり、②人事システムの改善、③マネジャーのサポート、ということになるのでしょうか。

《読書MEMO》
●構成
はじめに なぜ女性経営者は少ないのか
第1部 エリート女性がぶつかる無数のハードル
 1 裏切られる「ガールパワー」――就職から中間管理職まで
 2 女性エグゼクティブの誕生――厳しい競争を勝ち抜く秘訣
 3 最高峰に立つ女性たち――取締役を目指せ
第2部 ジェンダー平等のために企業ができること
 4 未活用の秘密兵器――男性アライのパワー
 5 企業に贈る処方箋――ガラスの天井を取り除く組織的なアプローチ
 6 変化を阻む中間管理職――インクルーシブなマネジャーになるための手引き
結論 ブレークスルーのときがきた
エピローグ ジェンダー・バランスシート――ハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディ

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「企業理念」の作り方、活かし方。教科書であると同時に、啓発書として読める本。

『理念経営2.0.jpg『理念経営2.0 2023.jpg 
理念経営2.0 ── 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』['23年]

『理念経営2.0 }.jpg 本書は、会社の理想と戦略をつなぐ7つのステップとして、6つの経営資源(①ビジョン、②バリュー、③ミッション/パーパス、④ナラティブ、⑤ヒストリー、⑥カルチャー)とその生態系(⑦エコシステム)に着目しながら、自社なりの「理想」を現実的な「戦略」に落とし込むにはどうすればよいかを説いた本です。

 序章で、現代では、創業者が作った理念を一方的に浸透させようとしても社員にはなかなか響かず(理念経営1.0)、これからの企業理念は、「社長の誓い」ではなく、「みんなの物語」の源泉としての性格を持つようになるとしています(理念経営2.0)。その上で、企業理念とされるミッション、ビジョン、バリューとは何か、さらに、最近注目を集めているパーパスとは何かを概説し、以降、各章において、それらを含めた冒頭の7つのステップを詳しく述べていきます。

『理念経営2.0 1.jpg 第1章では、「ビジョン」とは「夢」であり、「私たちは将来、どんな景色をみたいか?」ということであるとして、ビジョンを具体化する上で効果的な要素を挙げ、それぞれ解説しています。第2章では、「バリュー」とは組織が大切にしたい価値観であり、「私たちがこだわりたいことは何か?」ということであるとして、バリューを言語化する際のポイントを紹介しています。

 第3章では、「ミッション/パーパス」とは「私たちは何のために存在しているのか?」ということであり、自分たちが社会に対して変わらず果たし続ける役割の意思表明なのだとして、それを作る際に重視すべき要素を挙げています。ここまでが、〈企業理念の作り方パート〉であり、第4章以降は、〈企業理念の活かし方パート〉になります。

 第4章では、「ナラティブ」とは理念を「自分ごと」として語り直すことであるとし、「個人のナラティブ」と「組織のナラティブ」を接続させるための5つのステップを紹介しています。第5章では、「ヒストリー」とは会社に埋蔵された「原点」を掘り起こすことであるとし、組織の歴史を定義し直して、新たな未来へのナラティブを生むことを奨めています。

 第6章では、「カルチャー」とは理念を体現する文化であるとし、組織文化を可視化する方法、理想的な組織文化を定義する方法、その行動への落とし込み方法を説明しています。第7章では、「エコシステム」とは理念を育てる「生態系」であるとし、それをどう作っていくか解説しています。

 理念経営1.0が創業者や組織の「答え=正解」を示すものだったとすれば、理念経営2.0の核心は「問い」にあるとし、ミッション、ビジョン、バリュー、パーパスなどの企業理念がすぐれたものであるかは、それが社員に対する「問い」として機能しているかどうかにかかっているというスタンスは、腑に落ちるものでした。

『理念経営2.0 2.jpg ミッション、ビジョン、バリューの相関関係をわかりやすく示しています。また、最近「パーパス祭り」とまで揶揄されるほど「パーパス経営」をテーマにした書籍などが多く刊行されていることを受け、その背景を探るとともに、ミッションとパーパスは似通っているとしながらも、その違いも解説しているのもわかりよかったです。

 企業が「利益を生み出す場」から「意義を生み出す場」にシフトしていくことが重要であるとし、企業理念こそが経営資源の核となり、社員が共感し、活かせる価値を生み出す源泉となるとしている点も示唆的です。教科書であると同時に、啓発書としても読める本でした。

《読書MEMO》
●ビジョン・バリュー・ミッション
①ビジョン:私たちは将来、どんな景色をつくり出したいか?
社員1人1人が、ビジョンを実現した状態をありありとイメージできて、それにワクワクし、毎日仕事に行くのが楽しみになる。それが本当の意味で「ビジョン」があるという状態だ。ビジョンを具体化するには、次の3つの要素を考えて、研ぎ澄ましていく。
解像度:人の生活の細部まで、未来の景色の解像度を上げる
広がり:様々な関係者にとって自分ごと化してもらえるものにする
時間軸:10年後より先の未来を考えてみる
②バリュー:私たちがこだわりたいことは何か?
バリューは組織を束ねる規範として機能する。様々な価値観を持つ人が組織の中で、優先させる価値観を明確にすることが必要になる。バリューは、未来の理想の価値観というよりは、現在の自分たちがありのままに心から信じていて、これからも信じ続けていきたい価値観を引き出して言語化する方が機能する。
価値観とは、人や組織が積み重ねてきた成功体験によって次第に形成されていく。そのため、自分たちの価値観にアクセスするには次の問いに答える。
組織における「最高の体験」は何か?
その際にどのように行動をしたか?
その行動を選んだのは、どんなことを大事にしているからか?
③ミッション/パーパス:私たちは何のために存在しているのか?
変化し続けるが、変わらない芯を持つ。そんな矛盾を解決するために必要なのが、自分たちが社会に対して変わらず果たし続ける役割の意思表明としての、ミッションやパーパスだ。ミッションの効用は、経営者自身も社員も、意思決定の優先順位で迷った時に立ち戻る原点になるということ。
ミッションをつくるには、自分たちの会社の事業が様々なステークホルダーに対して果たしてきた価値貢献を洗い出し、自分たちが最も大事だと思うコアの価値貢献を整理するプロセスが必要になる。そのためには次の3つが重要な要素となる。
どんな世界に価値があると信じているか?
どの領域で活動するか?
どんな役割を果たすか?


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幸福な退職」ができるよう、その日に向けて「MMK」を実践するという発想。

『幸福な退職』.jpg『幸福な退職』2023.jpg スージー鈴木.jpg スージー鈴木氏(音楽評論家)
幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術 (新潮新書) 』['23年]

 55歳で博報堂を退職し、音楽評論家として活躍している著者による本書は、「無駄なく・無理なく・機嫌よく」働くことが会社員生活を楽しいものとし、それによっていい仕事ができ、さらに「幸福な退職」につながるとして、そのための仕事術やキャリア論を9章にわたって展開したものです。

 第1章は「精神論」です。ここでは、「2枚目の名刺」を持つこと、「定時に帰る」こと、「65点主義」でいくことなどを推奨しています。「2枚目の名刺」を持つとは、本業に身も心も捧げてしまってはならないということです。「定時に帰る」とは、ダラダラ仕事しないということです。絶対に定時に帰ると心に誓い、「明日できることは今日しない」ことだとしています。

 「65点主義」とは、仕事において1時間で65点までアウトプットできても、100点満点を目指すと4時間かかるので、「仕事なんて65点でいいんだ」と考えて、4時間あるなら65点の仕事を4つこなした方が、65点×4時間=260点で、100点の2.6倍の仕事量になるという考え方です(分かりやすい!)。

 第2章は「時間論」です。定時に退社するには時間を「濃縮」する必要があり、その最大の敵は、会議であるとしています。会議参加者が5人いたとして、その中の1人が10分遅刻すれば、5人×10分=50分の損失になり、逆に、たった10分でも時間をかけてアイデアを考えてくれば、5人×10分=50分の事前アイデア群から会議が始められるという、「5×10の法則」などが紹介されています(「定時からビールを飲むための戦い」という表現が面白い)。

 第3章は「後輩論」です。先輩・後輩関係をプレイとして捉え、生き抜くための「後輩プレイ」を身に付けるとともに、1つの仕事に「スプーン1杯の自己顕示欲」をまぶせとしています。また、上司に悩まされた時は、仲間と「被害」を共有し、相対化(パロディ化)することだとも述べています。

 第4章は「管理職論」です。これからの管理職には、部下においても「MMK」(無駄なく・無理なく・機嫌よく)を実現する、クリエイティブなマネジメントが求められるのではないかとしています。

 第5章は「連絡論」で、正しく、わかりやすく、「大人っぽく」伝えるコミュニケーション方法や、具体的なメール作法を説いています。第6章は「企画書論」で、わかりやすい企画書の書き方、作り方を指南しています。第7章は「会議論」で、会議でどのような会話が有効かを論じています(「ですよね力」という表現がシンプル)。第8章は「プレゼン論」で、プレゼンを成功させるコツを解説しています。

 第9章は「退職論」です。自身の経験を振り返りながら、「幸福な退職」をするにはどうすればよいか考察し、やはり、そのためには「無駄なく・無理なく・機嫌よく」(MMK)を、会社での日々の仕事で実践し続けるべきであるとしています。終章として、かつての電通の「鬼十訓」をもじった「カニ十足」として、これまで述べてきたことのポイントがキャッチコピー的に10個にまとめられており、本書の理解・整理の助けになります。

 実体験に基づいて書かれれていて、幅広い層にとって面白く読めるのではないでしょうか。タイトルからキャリア論が主要テーマかと思いましたが、読んでみると、その要素もあったものの、「MMK」をベースとした仕事術の話(テクニカル要素)の方が多かったように思います。ただし、「幸福な退職」ができるよう、その日に向けて「MMK」を実践するという発想であるため、枠組み自体が1つのキャリア論になっているようにも思います。

 個人的には、自分が広告代理店の出身であるためか、1つ1つの話は腑に落ちる点が多かったです(笑)。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
序章 スージーという名の会社員
スージー鈴木少年、博報堂に入る/スージー鈴木局長、評論家になる/「会社員って、気持ちいい。」
第一章 精神論――無駄なく・無理なく・機嫌よく働くために
仕事なんかで死んでたまるか/「2枚目の名刺」を持つ/定時に帰る確実な方法/「65点主義」という考え方/「無駄なく・無理なく・機嫌よく」(MMK)
第二章 時間論――定時に退社するための時間「濃縮」法
時間を動かす。自分から/2つの「5×10の法則」/午前中は機械的作業から/「毒見」と「突然仕事」/抜け道を探し続ける午後/午後に見定めるふたつの抜け道/定時から飲むための地道な戦い
第三章 後輩論――生き抜くためのプレイと自己顕示欲とパロディ化
「後輩プレイ」を身に付ける/スプーン1杯の自己顕示欲/先輩は使うもの/「着おくれ」しない服装を/面倒くさい上司への接し方
第四章 管理職論――マネジメントこそクリエイティブに「MMK」で
クリエイティブ・マネジメント/部下の「MMK」の実現/先出しジャンケン/メンタルダウンについて/聞く力と聞かない力
第五章 連絡論――正しく、分かりやすく、そして大人っぽく伝える方法
固定電話が鍛えた「大人力」/大人メール力/読ませる長文メール/即レス原理主義/連絡無視論
第六章 企画書論――日本語と数字をとにかく分かりやすく
企画書作りは文字要素が7割/アイデアは質より量/「ひろげ」と「ぶつけ」の鈴木メソッド/企画書の日本語論(1)――熟語と体言止め/企画書の日本語論(2)――分かりやすさが正義/企画書の日本語論(3)――語順に気を付けろ/企画書のグラフ論
第七章 会議論――「男性性」「概念のオバケ」「ですよねー」
会議の男性性/「概念のオバケ」との戦い方/ハッキリと発言するために/ですよね力/打合せの神様
第八章 プレゼン論――業務の中でいちばん人間臭い行いとして
うまいプレゼンとは/プレゼンはリズムだ/プレゼンは休み休み言う/すべては「納得」のために/「ステレオ・プレゼン」/緊張をどうクリアするか/AIはプレゼンが出来るか
第九章 退職論――「何度でも退職したい!」と思うために
幸福な退職/3つのとっかかり/退職の決断法/「時代遅れ」という自己認識を持つ/公人と私人/得意先絶対主義?/「何度でも退職したい!」/腕っぷしで稼ぐ快感/会社員以外の自我を持つ/だから「MMK」を
終章 スージー鈴木の「カニ十足」
おわりに

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バカンス大国フランスも、最初は法改正だった。「休む」ため働くフランス人。

『休暇のマネジメント』2.jpg『休暇のマネジメント 』.jpg  フランスはどう少子化を克服したか.jpg
休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』['23年] 『フランスはどう少子化を克服したか (新潮新書) 』['16年]

 フランスはかつて日本と同じように「休めない国」だった―。そこからどのように、現在のバカンス王国に変容を遂げたのか? パリ郊外在住で、『フランスはどう少子化を克服したか』('16年/新潮新書)で現地の実情と生の声をレポートした著者が、今度は、日本がもっと「休める国」になるために参考になる点がフランスにあるかを探った本です。

 第1章では。フランスも元々は「休みヘタに国だ」ったのが、どのようにして今のように「休むために働く国」に変わったのか、その変遷に3つの区切りがあったとしています。それは、①「バカンスとは何か」が定義され、制度基盤ができた1936年、②制度・印綬らが充実し、大規模に定着した戦後復興期、③不況の経済対策として使われた80年代、の3つであると。

 何となくフランス人が長期のバカンスを取るのは「国民性」のせいだと思い込みがちですが、1936年に「勤続1年以上の労働者に原則連続取得で15日間」という有給休暇付与の法律が出来たのが最初だったのだなあと。そこから普及までにまた時間がかかり、その中で、戦後復興や不況対策など、それを推し進める要因があったことを知りました。それにしても「休暇」とは何かを国が(法的意味ではなく社会的意味で)定義するといのは、やはり日本と異なるなあ。

 第2章では、では実際年5週休むと言われるサラリーマンは、どのような働き方をしているのかを見ています。すると、管理職でも非管理職でも最低ラインが「週6日×5週間」となっており、さらには自営業も年に5週間休暇を取るという、バカンスが「人としての尊厳」として普及している社会があるとともに、「雇い主に取得させる義務がある」というのが特徴であるといしています。ここでは、それを実現するためのさまざまな仕組みや取り組みが紹介されています。

 第3章では、長期休暇制度を動かしている、全体の2~3割の人々(経営者・管理者)はどう考えているかを追って、休暇をマネジメントするポイントを探っています。結論的には、「しっかり休ませ、効率よく働いてもらう」というのが、フランスでは人事管理の常識となっているとのことです。

 第4章では、年休5週間が社会に与える影響を見ていきます。それによれば、バカンスの基幹産業はツーリズムであり、フランスはアメリカに次ぐ世界第2位の観光収入のある観光大国だが、観光消費の7割はフランス国内客が支えているとのことです。夏のバカンスの予算目安は「月収1ヵ月」で、大事なのは、非日常の場所で心のままに、気楽に過ごすこと。「人生の目的は幸せ、この場所の目的も幸せ。幸せになるのは今」というクラブメッド社の創業理念が、それを物語っています。

 最後に第5章で、日本社会でもこうした長期休暇の働き方・休み方は可能かを考察していますが、著者は、日本でもすでに10日から2週間程度の長期休暇制度を導入している企業はあり、決して出来ないことではなく、制度と意識を少しずつ変えて、より休みやすい社会にしていくべきだとしています。

 単にフランス在住の人が、周囲の人の働き方・休み方をリポートしているといった表層的なののでなく、歴史から洗い出して、統計的裏付けも持たせてしっかり論じられているように思いました。ただ、まだ、フランスと日本は彼大きな差があうように思いました。

 日本人は、休み明けからまた元気に「仕事」をするために休むのに対し、フランス人は「休む」ための手段として仕事をしているのであって、「休む」ことが人生の自己表現みたいにもなっているのだなあ。

 そう言えば、ジャック・ロジェ監督の「夏休み三部作」じゃないけれど、フランス映画で「夏休み」をモチーフにしたものは多いね。

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より良い仕事をするためには「休息」が必要。その証左としての賢人たちの箴言集。

 『TIME OFF』.jpg『TIME OFF』2023.jpg ジョン・フィッチ.jpg
TIME OFF 働き方に"生産性"と"創造性"を取り戻す戦略的休息術』['23年]ジョン・フィッチ(ビジネス・コーチ、エンジェル投資家、ライター)
『TIME OFF』1.jpg 本書は、世界の賢人35人(発明家、革命家、ノーベル賞受賞者、思想家、億万長者、アーティスト、ギリシャの神々、そして〝普通〟の人たち)の言葉やエピソードを通して、睡眠、運動、旅、遊びといった様々な面から、「休息」に関する考えや休息術を紹介したものです。

 個人的に印象に残った箴言やエピソードを挙げると―

 「私は真剣に訴えたい。現代人が仕事を美徳と信じるあまり、どれほど大きな害が及んだかを。そして、仕事を減らすことこそ、幸せと繁栄の道なのだということを」(p74)(バートランド・ラッセル(英国の数学者・哲学者))

 「燃え尽きるまで働かないと成功できないなんて、みんなで信じ込むのはもうやめよう。」(p86)(アリアナ・ハフィントン(米国「ハフポスト」創業者・作家))

 「仕事や読書、散歩の邪魔をする客人が来ないと思いと晴れ晴れした気分になるよ」(p108)( ピョートル・チャイコフスキー(ロシアの作曲家)チャイコフスキーは毎日2時間以上散歩しないと悪いことが起きると信じていた。)

 「バカげたことのなかでももっともバカげているのは、忙しくすることだ」(p158)( セーレン・キルケゴール(デンマークの哲学者))

 「かならず8時間以上眠る」(p192)( レブロン・ジェームズ(米国のバスケットボール選手))

 「たったひとりで旅に出る」(p240)(エド・"ウディ"・アレン(英国の音楽プロデューサー))

 「わずかな時間について気に病み、忙殺されることに人生の意味を見出すことは、言うまでもなく、喜ぶにとってのいちばんの敵だ」(p332)(ヘルマン・ヘッセ(ドイツの詩人・小説家))

 「週に1日、デバイスの電源を切る」(p396)(ティファニー・シュライン(米国の起業家・映画監督))

 このほかにも、「数学と科学の世界を変えた発見を、旅行中に思いついた数学者」(アンリ・ポアンカレ(フランスの数学者・物理学者))、「会社を1年休業したにもかかわらず成功したデザイナー」ステファン・サグマイスター(米国人グラフィックデザイナー))等々が紹介されています。

 「サウナで頭がすっきりしているとゾーンに入りやすくなる」(テリー・ルドルフ(オーストラリアの量子物理学者))、「"余暇"の状態になれる能力こそ、人間の魂の基本的な能力なのだ」(トマス・アクィナス(イタリア人カトリック教会博士))、「デスクにいないと最高の仕事ができないなんて、すごく古臭い考え方だ」(リチャード・ブランソン(起業家、「ヴァージン・グループ」創設者))などといったものもあります。

近藤小室2.jpg『TIME OFF』3.jpg 著者らは親日家なのか、日本版語版の序文も書いており、日本人も「カレンダーの中身を片付ける」(近藤麻理恵(片付けコンサルタント))、「あなたの人生を評価するのは会社ではなく、あなたの家族です」(小室淑恵(株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長))など何人か紹介されています。

 著者らによれば、彼らは「タイムオフを〝したのに〟成功した」ではなく、「タイムオフを〝したから〞成功した」人たちだそうです。仕事から逃れるためではなく、より良い仕事をするためには「休息」が必要だと。また、ただじっとしているだけが休息ではなく、創造的であることや、時には活動することもまた、変化を求める脳にとっては「休息」となるとのことです。

 このように、賢人たちの箴言をただ羅列するのではなく、著者ら自身の「休息」哲学を論じつつ、その証左としてそれらを引いているという作りになっているのが良いと思いました。 
 
『TIME OFF』2.jpg

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メンタルヘルスに関する実務的知識を整理・点検、ブラッシュアップする上でお薦め。

『職場のメンタルヘルス・マネジメント』.jpg   川村孝.jpg 川村 孝 氏(京都大学名誉教授)
職場のメンタルヘルス・マネジメント ――産業医が教える考え方と実践 (ちくま新書 1714) 』['23年] 

 ベテラン産業医による本書は、精神医学の最新の知見をもとに、職場のメンタルヘルス問題にどう対応したらよいか、その予防も含め、実務から考え方まで、管理職や人事担当者が押さえておくべきポイントを解説しています。

 第Ⅰ部では、第1章で、会社側には安全配慮義務があり、労働者側には自己保健義務あることを確認した上で、第2章で、上司が部下に対して普段からどのように接するべきか、「笑顔で接する」「話をよく聞く」など8つのポイントを掲げています。この部分は、部下を持つ人が自身を振り返ってみるのにもよいかと思います。

 第3章では、著者の経験から得られた健康的な仕事術として、「とりあえず手をつける」「残業は朝やる」など7つのコツを紹介し、第4章では、就業管理に関する会社側への提案として、勤務形態に多様性を持たせることや役職を任期制すること、さらには、課長補佐をケア要員にするといったことなども提言しています。

 第Ⅱ部では、人間の心理特性について解説しています。第5章で、メランコリー親和型、神経発達症(いわゆる発達障害)、自閉症、注意欠如性などについて解説し、職場におけるそうした人への対応策を述べています。また、親の養育などによって生じるパーソナリティの歪みとその類型や、それによる周囲との軋轢から本人が病んでしまう「パーソナリティ症」について紹介し、どう対処すべきかを説いています。

 第6章では、抑鬱、躁、妄想、不安、不眠、ストレスなど、職場で見られるさまざまな精神症状について述べ、第7章では、不眠症や自律神経失調症、適応障害といった診断名からそれらを解説していますが、そうした診断名はあくまでも便宜的に用いられるにすぎないとも述べています。

 第Ⅲ部では、職場の制度としてどのようなものがあるか解説しています。第8章では、休職とは何か、復職の申請やその際の産業医との復職面談、試し出勤、リワーク・プログラムなどについて解説しており、いずれも人事担当者が押さえておきたい事項です。第9章では、労働安全衛生推進のために法律はどうなっているか、最近言われる「健康経営」とは何か、などについて解説しています。

 第10章では、一般健康診断、特殊健康診断、ストレスチェック、長時間労働対応など、企業が行う健康管理の実務について解説し、最終第11章では、産業医の特性とスタンス、その職務などについて述べています。


 第Ⅰ部では、上司が部下に対して普段からの接し方を通してケアを提供することの重要性が説かれていました。第Ⅱ部では、メンタルヘルス・マネジメント上、人事担当者が知っておきたい精神医学的な知識・知見が解説されており、第Ⅲ部では、職場におけるメンタルヘルス・マネジメントの実務について述べられていたように思います。

 上司とそれを支える人事担当者の両方を読者層として想定し、さらには、職場のメンタルヘルス問題に対応するためには医学と法律の知識が欠かせないという著者の考え方に沿った構成となっていました。精神医学の最近のトレンドも反映しており、メンタルヘルスに関する実務的知識を整理・点検、ブラッシュアップする上でお薦めです。

《読書MEMO》
●著者プロフィール
川村孝(かわむら・たかし)/1954年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業。社会保険中京病院、日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院、静岡済生会総合病院で内科診療に従事した後、愛知県総合保健センターで健診・健康増進業務に携わる。1993年より名古屋大学医学部予防医学教室助教授、1999年より京都大学保健管理センター所長・教授。現在、京都大学名誉教授。

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1on1に加え、OKRや360度フィードバック、エンゲージメントサーベイなども解説。

エンゲージメントを高める会社.jpgエンゲージメントを高める会社202304.jpg
エンゲージメントを高める会社 人的資本経営におけるパフォーマンスマネジメント』['23年]

本書では、エンゲージメントは人的資本経営のキーファクターであり、エンゲージメントが高い組織は、優秀な人材を惹きつけ、人材の流出を防ぐとした上で、ではどうすれば従業員のエンゲージメントが高い会社を創ることができるかを説いています。

 第1章では、現在の人事・組織マネジメントの代表と言えるMBO(目標管理)は、ワークエンゲージメントに対してマイナスに作用するという問題点を抱えており、MBOはその歴史的使命を終えたとしています。そして、新たな「パフォーマンスマネジメント」のコンポネントとして、①OKR、②バリュー、③1on1、④360度フィードバック、⑤エンゲージメントサーベイを挙げています。

 第2章では、OKRについて解説し、OKRは一人ひとりの「これをやりたい」という主体的な意志のもとに立てられた目標を、測定可能な指標と組み合わせるものであるとしています。また、OKRでは達成度を評価しないため、「アンビシャス(野心的)」な目標を立てることができるなど、MBOとは異なるその特徴を解説しています。

 第3章では、1on1について解説し、1on1はパフォーマンスマネジメントの土台であり、その目的は、ワークエンゲージメントの向上にあるとしています。また、1on1における支援策として、メンバーへの理解・承認、目標設定支援、経験学習支援、キャリア開発支援の四つを挙げ、それぞれ解説しています。

 第4章では、評価とフォードバックについて述べています。まず「ノーレイティング」とは何か、レイティングなしでどう処遇を決めるかを解説し、さらに、「360度フィードバック」の意義や、OKRと360度フィードバックによるバリューの浸透方法(バリューの実践度を評価基準とする)、360度フィードバックの導入方法について説明しています。

 第5章では、キャリア自立の促進策として、人材開発会議やジョブポスティングについて紹介し、キャリア研修の在り方について述べています。第6章では、エンゲージメントサーベイについてその必須条件などを解説し、第7章では、変革マネジメントによる組織開発について述べています。

 著者の『人事評価はもういらない』(2016年/ファーストプレス)、『1on1マネジメント』(2018年/ファーストプレス)に続く本であり、1on1を中心に解説した前著などに比べると、OKRや360度フィードバック、エンゲージメントサーベイなども加わって、「パフォーマンスマネジメント」をより広角的に捉える内容となっています。

 一方で、全体として体系的によく纏まっているものの、概念的・抽象的なレベルに留まっている部分も多かったという前著までの特徴が、今回より色濃くなった印象も受けました(実務感がやや希薄か)。それでも、従来の固定観念を払拭し、新たな発想に至るための示唆を得ることはできる本だと思います(一応、○とした)。

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「命じるリーダーシップ」から「委ねるリーダーシップ」ヘ(実話本!)。

「最強組織」の作り方2.jpg デビッド・マルケ.jpg L. David Marquet(元アメリカ海軍大佐、リーダーシップコンサルタント)
米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方』['14年]

 本書は、1999年に米海軍で潜水艦艦長になった著者が、当時最低ランクの艦だったサンタフェを「命じるリーダーシップ」から「委ねるリーダーシップ」に試行錯誤しながら変えていったことで、たった1年で平均以上の優秀艦に変貌させ、その後は次々と優秀なリーダーを輩出するトップクラスの潜水艦になり、著者が退任した後も優秀艦であり続け、10年経過した後でも軍の平均よりもはるかに高い確率で乗員が昇進を遂げ続けているという、そうした艦長個人の技ではない改革を成し遂げた過程を紹介した本です(実話本とも言える)。

 Part1(第1章~第6章)では、著者がいかにして従来型のリーダーシップに対して葛藤や疑問を抱き、最終的には自分の固定概念となっていた「命じるリーダーシップ」と決別することになったかが書かれています。前に機関科長として乗り込んだ原子力潜水艦で、部下に権限を与える試みがうまくいかなかった著者(第1章)は、新たにサンタフェの指揮を執ることを命じられ、上っ面の権限移譲ではだめで、何かを改善するときに何よりも大事なのは、それをやり続ける不屈の精神を持ち続けることだと考えます(第2章)。そこでまず艦内を歩き回り(第3章)、乗員の話に耳を傾けることから始め(第4章)、職場の中で、立場が上の人々がリーダーでその他の人材は単なるフォロワーにすぎないという考え方が日常的に促進されているのに気づき(第5章)、新しいリーダーシップを導入する必要を感じます(第6章)。

 Part2(第7章~第13章)では、「委ねるリーダーシップ」を実践するために導入した仕組みを紹介しています。まず、名ばかりの委譲を止め、班長が班員をすべて管理できる「責任班長」という仕組みを作り(第7章)、挨拶のルールを変えるなど、意識よりまず行動を変えることから組織文化を変えていきます(第8章)。また、部下に仕事の目的を理解させ(第9章)、許可を求めるような言葉を使うのではなく、「これから~をしようと思います」という報告ベースの言葉に変えさせます(第10章)。さらに、問題の解決策を叫びたい欲求を抑えて、メンバーに決断のチャンスを与え(第11章)、常に部下を監視することを止め(第12章)、同僚や部下に率直な気持ちを話せるようにしました(第13章)。

 Part3(第14章~第18章)では、職務を果たす技能を高める仕組みに焦点を当てています。まず、ミスを減らす方法を考案し(第14章)、常に学ぶ者でありことを心掛けます(第15章)。部下の説明よりも上長自身の確認を重視し(第16章)、大事なメッセージは繰り返し(第17章)、非常事態時でも、部下に主導権を与えた方がよいとしています(第18章)。

 Part4(第19章~第25章)では、正しい理解を促す仕組みを紹介し、それを促すことで、誰もがリーダーとして振る舞うようになるとしています。まず、部下との間に信頼を作る方法を説き(第19章)、お飾りでない行動指針を作ること(第20章)、目標を持って始めさせること(第21章)、命令に盲目的に従わせないこと(第22章)を推奨しています。さらに、委ねるリーダーシップの具体策を整理し(第23章).部下には権限とともに自由を与えることで(第24章)、自分がいなくなっても機能する組織ができるとしてしています(第25章)。最後に、委ねるリーダーシップを実践するための3つの理念として、支配からの解放と、それを支える優れた技能、正しい理解の二本柱を挙げていました(第24章)。

 実話であるため読みやすく、海軍の潜水艦という「上からの命令に絶対服従」的イメージのある職場での、こうした「委ねるリーダーシップ」の実践が、成功例として紹介されているのが興味深いです。次世代型リーダーシップあるいは組織のあるべき姿のひとつとして、示唆に富む内容の本です。

《読書MEMO》
「最強組織」の作り方 2014.jpg●委ねるリーダーシップを実践するための3つの理念
1. 支配からの解放
仕事を自分ごととして捉えて、指示待ちにならないようにするために、上司が指示を出すという雰囲気や慣習を変える必要がある。
A. 指示を出されていた側の行動を変える
許可を求めるような言葉を使うのではなく、「これから〜をしようと思います。」という報告ベースの言葉に変えてもらう。また、報告を受けた人が質問をしなくても済むように、背景や行動の理由も一緒に報告するようにする。この場合、効果的な報告をするには報告を受ける側が気にするであろうことを考える必要がある。その結果、報告する側の視座が上がる。
B. 指示を出していた側の行動を変える
指示したくなってしまう衝動を抑える必要がある。指示という形で答えを渡してしまうのではなく、アドバイスや視点を提供することができれば、仕事の主導権は相手に残したままより良い形で進行する補助をすることができる。そのため、メンバーが困っていること、考えていること、何かをやろうとした背景を率直に口に出してもらう環境を作ることが鍵になる。
2. 優れた技能
メンバーの権限を拡大する時、メンバーにそれを処理する能力があることを確認する必要がある。
もし能力を大幅に超えていると、メンバーが重圧に押し潰されてしまいます。
3. 正しい理解
メンバーが自主的に行動を決定して進めていくときに、チームの進むべき方向性に対して正しい理解がある必要がある。それがないと、メンバーが判断を始めた瞬間にバラバラの方向にチームが進んでしまうことになる。そのため、チームの方向に対して正しく理解するとともに、行動指針を作り判断基準とする。

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礼節は、個人だけでなく、チームや企業にとっても最強の武器になると説く。

Think CIVILITY .jpg   Think CIVILITY c.jpg クリスティーン・ポラス.jpg
Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』['19年] 『まんがでわかる Think CIVILITY 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』['20年] Christine Porath

Think CIVILITY― .jpg 本書は、筆者が20年間携わってきた知識や経験、研究をもとに、チームや企業、コミュニティにとって、無礼な態度がいかに大きな損害をもたらすか、そして、礼節ある態度がいかに大きな利益をもたらすかを説いた本です。

 第1部では、著者自身の体験も踏まえ、無礼な態度とはどのようなもので、それはどのような大きな損害をもたらすか、また、礼節とはそもそも何であり、それはどのような大きな利益をもたらすかを述べています。第1章で、無礼な人が増え、礼節が悪化し続けている理由を考察し、第2章では、無礼な人がもたらす5つのコスト(同僚の健康を害する、会社に損害をもたらす、まわりの思考能力を下げる、まわりの認知能力を下げる、まわりを攻撃的にする)を、第3章では、礼節がもたらす5つのメリットを、個人が得られる3つのメリット(仕事が得やすい、幅広い人脈が築ける、出世の可能性が高まる)と、企業が得られる2つメリット(高い業績をあげる、従業員に安心感を与える)に分けて解説しています。そして第4章では、無礼は伝染し新たな無礼を生むが、礼節もその伝染力は強いとしています。

 第2部では、他人にどういう態度で接するべきか、仕事で成功を収め、強い影響力を持った人になるための、自身の礼節を高めるメソッドを紹介しています。第5章では、自らの礼節をチェックするための7つの方法(他人からフィードバックをもらう、できるコーチの指導を受けるなど)を挙げ、第6章では、礼節がある人が守る3つの原則(笑顔を絶やさない、相手を尊重する、人の話に耳を傾ける)について解説しています。第7章では、人に対する無意識の偏見を鎮める方法を説いています。第8章では、ワンランク上の礼節を身に付けるための5つの心得(与える人になる、成果を共有する、褒め上手な人になる、フィードバック上手になる、意義を共有する)を紹介しています。第9章では、礼節あるメール作法のを具体的に示しています。

 第3部では、礼節ある会社になるための4つのステップ(採用、コーチング、評価、改善策の実践)から成る方法を紹介しています。第10章では、礼節ある人を見極める採用システムを作ること(無礼な人を入れない)、第11章では、礼節を高めるコーチングを取り入れること(礼節を守る価値観を伝える)、第12章では、誤った評価システムを改善すること(礼節ある行動を取った人を評価できるシステムを作る)、第13章では、無礼な社員とどう向き合うか(フィードバックを与え、改善されなければ解雇も辞さない)について述べています。

 第4部では、無礼な人に狙われた場合の対処法について述べています。第14章は、無礼な人ととも働くことになってしまった人が、その状況にどう対処すべきかを述べ、未来に目を向けるための7つの方法を書いています。また、最後に、礼節を身に付けるのに遅すぎるということはなく、礼節は人生に必ず良い影響をもたらすとしてます。

 礼節は、個人にとってばかりでなく、チームや企業にとっても最強の武器になるとした点がユニークであり、自身や自身が属する組織を省みる上で、示唆の富む本です。

《読書MEMO》
■第1部 なぜ礼節ある人が得をするのか
●(第1章)礼節が悪化し続けている理由
・グローバリゼーションによる異文化同士の衝突
・自己愛の強さに関する世代間ギャップ
・職場環境とそこでの人間関係の変化
・発達したテクノロジーがもたらす、コミュニケーションに際しての誤解や欠落
●(第2章)無礼な人がもたらす5つのコスト
1.同僚の健康を害する。
2.会社に損害をもたらす。
3.まわりの思考能力を下げる。
4.まわりの認知能力を下げる。
5.まわりを攻撃的にする。
●(第3章)礼節がもたらす5つのメリット
[個人編]礼節のある人が得られる3つのメリット
・仕事が得やすい。
・幅広い人脈が築ける。
・出世の可能性が高まる。
[組織編]礼節のある企業が得られる2つのメリット
・礼節ある上司のチームは高い業績をあげる。
・礼節ある経営者は従業員に安心感を与える。
■第2部 自らの礼節を高める
●(第5章)自らの礼節をチェックするための7つの方法
1.他人からフィードバックをもらう
2.できるコーチの指導を受ける
3.同僚や友人に協力してもらいチームで改善に取り組む
4.360度フィードバックを利用する
5.人の感情を読み取る訓練をする
6.毎日、日記をつけてみる
7.「食う・眠る・動く」で自分を大切にする
●(第6章)礼節がある人が守る3つの原則
1.笑顔を絶やさない
2.相手を尊重する
3.人の話に耳を傾ける
●(第7章)無意識の偏見を鎮める方法
「無意識の偏見を抑制するには、相手と自分の共通点に注目することが有効である」と社会心理学者のジェイ・ヴァン・バヴァル、ウィル・カニンガムは述べている。もし偏見や思い込みからネガティブな感情を抱いてしまう人がいたら、「その人と何か共通のアイデンティティがないか」を探してみることだ。
●(第8章)ワンランク上の礼節を身に付けるための5つの心得
1.与える人になる
2.成果を共有する
3.褒め上手な人になる
4.フィードバック上手になる
5.意義を共有する
●(第9章)礼節あるメール作法
・件名は短く、内容がわかるようにする
・ccに含めるのは必要最低限の人のみ
・依頼に対しては対面と同様に誠実に対応する
・ユーモア・皮肉・批評については、少しでも問題がないか、何度も読み返す
・書いた文章に問題がないと確信できない時は、いったん保存してあとで見直す
・送信時間に気をつけ、場合によっては予約送信を利用する
・受け取り手が遠方にいる場合は時差に注意する
・返信の際は、もらったメールの文面をよく読む
「緊急」を多用せず、基本的に緊急かどうかの判断は受け取り手に委ねる
・開封通知やフォローアップ・フラグは使わない
・署名ブロックをつける
・相手が社内の他の人たちに読まれると困るようなことは絶対に書かない
・宛先が複数人の場合は順序に気をつける(職位順・要件への関わり順など)
・謝罪の場合はそもそもメールで良いのか熟考し、メールの場合には件名に「謝罪」「申し訳ありません」などを書いて明確に伝わるようにする
・絶対に適切な場合を除き「全員に返信」は使わない
・すべて太文字のメールは絶対に書かない
・送り手の評価が少しでも下がるようなメールは第三者に転送しない
・面と向かって言えないようなことはメールにも書かない
・マイナスな感情を伝えるのに「!」は使わないし、真剣な内容のメールでは「!」は多くて1回の使用にとどめる
■第3部 礼節ある会社になるための4つのステップ
●(第10章)礼節ある人を見極める採用システムを作る
無礼な人が1人でもいると、その無礼さは周りに伝染し、組織全体が無礼になってしまうリスクがある。そのため、無礼な人をそもそも採用しないというのは、シンプルながら有効な手段と言える。採用の面接の際には、少しでも無礼な言動がないか目を光らせ、仮定に基づく質問ではなく、過去に実際に起きた複数の出来事についてどう対処したかを尋ねるべき。面接の方法は体系化し、どの人に対しても同じ質問を同じ順序ですることによって、入社後の仕事ぶりがかなり正確に予測できるようになる。また、良い人を確実に採用したいのであれば、面接をするだけでなく、何人かの社員と食事やイベントを共にさせ、普段の言動を見たり、独自に探し出した関係者から話を聞くという方法もある。
●(第11章)礼節を高めるコーチングを取り入れる
まず「礼節を守る」ということを企業の経営理念に加えるべきである。そして、それを皆が常に念頭に置いて行動するよう、目立つ場所に掲示しておく。誰もが自分の力だけで変わることはできない。そのため、トレーニングやコーチが必要だし、その際には教える側、教わる側が互いに適切なフィードバックを与え合うことが大切である。「上方評価」「360度フィードバック」「ピア・トゥー・ピア・コーチング」などを取り入れ、積極的に改善の機会を作っていきたい。
●(第12章)誤った評価システムを改善する
会社の礼節を高めたいと思えば、礼節ある行動を確実に評価できる体制を作らなくてはいけない。そのため、評価にあたっては、業績評価という伝統的な基準と、思いやりや敬意の程度を適切に評価できるような体系的な基準を上手に組み合わせる必要がある。言い換えれば、結果だけではなく、その過程も評価基準に含めるということだ。過程を見る際に気を配りたいのが、自分に与えられた以上の動きをし、周囲の同僚たちを助ける「スター社員」である。
多くの企業は、こういうスター社員の貢献を正しく認識していない。他人に協力する態度を評価できる体制になっているか、今一度確認してみるべき。
●(第13章)無礼な社員とどう向き合うか
社内に無礼な人がいるとわかったときにはどうすればいいのか。方法は2つ。改善させて共に働き続けるか辞めてもらうかだ。コストの観点から考えて、改善させられるなら改善させて働いてもらいたい企業がほとんどだろう。他人の行動を変えるには、「フィードバックループ」が有効である。フィードバックループは次の4つのステップで構成される。
・証拠を提示する
・証拠の妥当性を確認する
・悪い行動を続けた場合にどうなるかを伝える
・改善を実行させる
改善を実行させた後は、改善度合いを評価する機会を作ることも大切である。後の成果確認がないと、人は進歩しないことが調査から明らかになっている。
また、周囲の人たちの協力も不可欠だ。
■第4部 無礼な人に狙われた場合の対処法
●(第14章)無礼な人から身を守る方法
自分自身や自分が影響を及ぼせる人から無礼な態度を受けている場合には対処のしようがあるが、中にはどうしようもない相手から無礼な扱いを受けてストレスを感じている人もいるだろう。それに対する助言を一言で言うなら「あなた自身と、あなたの将来のことだけを考えるべき」である。気をつけるべきなのは、相手の態度に振り回されてはいけないということだ。無礼な相手の人間性や、職場の環境を、自分だけの力で変えられると思ってはいけない。
ともかく必要なのは話し合いだが、アクションを起こす前に次の3つのことを自問した方がいい。加害者に何か言い返しても、身体的な危険はないか、その無礼な振る舞いは意図的なものか、その人が無礼な態度を取ったのは初めてか、3つの問いへの答えがすべて「イエス」なら、相手と面と向かって話をしよう。ただし、話し合う前には安全な場所を確保し、シミュレーションを行い、場合によっては第三者に同席を求める。話し合いの際には、「どうすれば最もお互いにとって利益になるか」を最優先に考え、決して相手の人格に触れてはいけない。また、話す言葉だけではなく、声の調子や表情など、言語以外でのコミュニケーションにも気を配る必要がある。もし、3つの問いへの答えがひとつでも「ノー」だった場合には、相手と直接、話し合ってはいけない。その後の接触では、会話を手短にし、友好的な態度を保ち、常に毅然とする。そして、最大の防御策は、自分自身がエネルギーに満ち、生き生きと活動していて、日々の成長を実感できていることである。逆境に遭遇したときも「この状況から何か学べることはないか」と考え、常に前向きに考えることによって、無礼な人から受けるネガティブな影響は抑えることができる。
●(第14章)未来に目を向けるための7つの方法
1.目標を定め、進歩を実感する
2.自分を成長させてくれるものを見つける
3.メンターの助けを得る
4.食事、睡眠、運動、マインドフルネスを活用する
5.仕事の意味を見出す
6.社内外で良い人間関係を築く
7.社外の活動で成功を目指す

●終わりに―あなたはどういう人間になりたいか
 礼節は人生に良い影響をもたらす

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「承認欲求の呪縛」を解くには、メンバーの組織への依存を断ち切り、プロ化する。

OODA LOOP3.jpgOODA LOOP 2019.jpg OODA LOOP2.jpg
OODA LOOP(ウーダループ) 』['19年]
         ジョン・ボイド(元米国空軍大佐・OODA LOOP提唱者)
ジョン・ボイド.jpg 不確実性の高いビジネス環境に"計画"はいらない―。本書によれば、米国の空軍大佐で戦闘機パイロットだったジョン・ボイドが提唱し、世界最強組織と言われる米国海兵隊が行動の基本原則とするOODAループが、アメリカの優良企業の間にも広がっているとのことです。本書は、OODAループとは何かを、その提唱者であるジョン・ボイドの愛弟子である著者が解説したものです。

 第1章では、戦略は多い方がいいとの考え方はビジネスの世界では通用しないとし、軍事の世界でボイドが提唱した、スピードを武器にした機動戦略こそが、ビジネスの世界でも有効であるとしています。

 第2章から第4章では、スピードを武器として活用するためのボイドの一般的な考え方について解説しています。

 第2章では、アジリティ(機敏性)こそが勝利へと導くとしています。また、従来型の戦略モデルは、ランチェスター戦略のように兵器数や兵器能力といった「ハード」のみ扱い、組織文化やリーダーシップといった「ソフト」は捨象されるが、戦争やビジネスで勝利をもたらすのは、実はこのソフト要因であって、ここに従来型戦略モデルの限界があるとしています。

OODA LOOP×.jpg 第3章では、電撃戦を成功させる4つの要因(①相互信頼、②皮膚感覚(直観的能力)、③リーダーシップ契約(リーダーシップの実行)、④焦点と方向性)を挙げています。さらに、OODAループとは何かを解説し、それは、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)の4つの活動からなるとしていますOODA LOOP○.jpgが、ボイドが構想したOODAループの概念は、一般的にそうだと誤解されているO→O→D→Aというような単純なサイクルではないとしています。ボイドは、大部分の意思決定は暗黙的であり、かつそうであるべきであって、多くの場合、明示的な意思決定の必要はなく、情勢判断が直接、行動を統制するとしています。つまり、最も効果的なのは、暗黙的コミュニケーションによる観察(O)→情勢判断(O)→行動(A)のループを瞬時に回すことであるとしています(この部分が本書の肝(キモ)であるとも言える)。

 第4章では、OODAループはビジネスの世界でも機能する戦略であり、信頼、直観的能力、リーダーシップ、焦点化と方向性という4つの属性や、それら結果実現される暗黙的コミュニケーションが重要な要素として含まれるとしています。

 第5章では、迅速な意思決定サイクルが組織で浸透していくための組織文化の属性として、①相互信頼を醸成している、②直観的能力を活用している、③リーダーシップ契約を実行している、④焦点と方向性を与えている、の4つを挙げています。

 第6章では、タイムベース競争論に関する最新のトピックを解説し、中でも起動戦で決定的に重要であり、軍事戦略によって古くから論じられてきた孫子の〈正と奇の機動〉という概念について紹介しています。

 最後に、第7章では、OODAループで実際に何をするべきか、戦略の応用、すなわち戦術的な処方箋を示しています。

 日本ではPDCAは仕事の基本であると言われ続けてきました。一方で、変化の激しい今の時代において、当初の計画(Plan)通りに事が運ばないことは少なからずあるかと思います。こうした状況において、OODAというフレームワークは非常に効果的ではないかと思われ、一読をお薦めします。

 因みに、原著刊行は2004年。年月の経過などを考慮し、各章末に、訳者の解説が付されれているの親切です。

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精神文化論から入り、日本の組織の中で心理的安全性を高める実践的手法を提案。

心理的安全性がつくりだす組織の未来.jpg 心理的安全性がつくりだす組織の未来2.jpg
心理的安全性がつくりだす組織の未来: アメリカ発の心理的安全性を日本流に転換せよ』['23年]

 本書は、近年、日本でも注目されているアメリカ発の心理的安全性を、欧米と日本の文化の違いを見極め、両者の良い点を組み合わせて心理的安全性を阻む固定観念を打破して効果的に日本流に転換し、企業や組織、個人が心理的安全性を実践する方法を示したものであるとのことです。

 第1章では、エイミー・C・エドモンドソンの『恐れのない組織』を俯瞰し、心理的安全性とは「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことであるとしています。そして、心理的安全性の高い組織を作るためには、「自分らしくある」というオーセンティック・リーダーシップが有効であるとしています。

 第2章では、欧米の産業発展の歴史と背景を、フレデリック・W・テーラーの科学的管理法、ヘンリー・フォードのフォード・システム、エルトン・メイヨーの「ホーソン実験」などを中心に振り返っています。そして、欧米の影響を受けて独自の強みを発揮してきた日本的経営の根底には「家族主義」があったとし、それがバブル崩壊後、失われた30年が経過し、日本的経営も崩れ、Z世代の出現などにより、どの組織も時代に合った変革が求められているとしています。

 第3章では、日本人の精神文化は、ルース・ベネディクトの『菊と刀』に代表される恥の文化であり、応分の場の中での役割を逸脱した行為を恥ずかしく感じる文化であるとしています。一方、アメリカの精神文化は、キリスト教を根底にした罪の文化であり、この日米の違いは、「恩」と「愛」という精神性の違いとなって現れるとしています。そして、日本人はその「恩と恥と義理」という精神性のため、役割(仕える人)が変わればその人に従うという二面性を有するとしています

 第4章では、日本における心理的安全性の高い組織の作り方として、透明性、ノンジャッジメント、操作主義に陥らないこと、フィードバック力を鍛えることなどを提唱するとともに、心理的に安全な会議を行うための具体的な方法を解説しています。また、第5章では、自分自身の心理的安全性の高め方として、これから日本でも広まっていくであろう「マインドフルネス瞑想法」について、その意味と手法を掘り下げています。

 第6章では、著者自身のコンサルティング経験から、心理的安全性を高めた組織変革事例を4つ紹介しています。第7章では、どのようにして心理的安全性を高めたかを4人の中堅企業の経営者に対してインタビューし、日本の組織の閉塞感を打破するために何が必要かを聞き出してい4す。最終章では、心理的安全性の先にある未来についての著者の考えが述べられています。

 第1章・第2章が「心理的安全性の基礎」と「欧米の産業発展史と日本的経営の特性」編、第3章・第4章が「日本人の精神文化」とそれをもとにした「日本における心理的安全性の高い組織の作り方」編、第6章・第7章が、日本での「心理的安全性を高めた事例」編といった構成と言えますが、この精神文化論から入って具体的な方法論にいく流れが、非常に説得力があり、わかりよいものであったと思います。

 心理的安全性について理解を深めるだけでなく、それを組織の成長につなげるための実践的な方法を探る上で示唆に富む内容であり、組織の在り方や個人の働き方を再考する上でも参考になる本でした。お薦めします。

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「リスキリング」議論が表層的であることを指摘し、解決への仕掛けを提示。

『リスキリングは経営課題.jpg『リスキリングは経営課題」.jpg
リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考 (光文社新書) 』['23年]

 最近「リスキリング」という言葉が浸透しつつありますが、本書の著者は、日本の「リスキリング」議論は、社会人の学習行動やその背景にある認知のメカニズムに関する学術的知見が参照されず、必要なスキルの教育訓練とその後の就業のみを目的とする表層的なレベルにとどまっているとしています。本書では、それを人をスキルの鋳型に入れる「工場モデル」であると指摘した上で、個人のやる気頼みではなく、動機付けを仕組み化すべきだとしています。

 全8章構成の第1章では、日本においてなぜ突然の「リスキリング」ブームは起きたのか、また、日本おけるそうした「リスキリング」の議論が表層的なものになってしまっている理由を考察しています。その上で、いわゆる人をスキルの鋳型に入れる「工場モデル」の欠点と、それを乗り越えるには、リスキリングのための動機付けを仕組み化の必要であることを説いています。

 第2章では、リスキリングにおいて最大のハードルとなる日本人特有の「学ばなさ」について分析し、そこには「学ばせたくない」企業と「学びたくない」国民の共犯関係があるとしています。そして、いま企業が連呼する「主体的な学び」や「自律的なキャリア形成」も、従業員の「個の力」への過剰な期待の表れに過ぎないとしています。

 第3章では、次に大きなハードルである従業員の「変わらなさ」をテーマに、日本における問題について論を進め、そうした〈変化抑制〉が起きる原因と、〈変化適応力〉を促進する心理や、〈変化適応力〉に影響を与える人事マネジメントについて述べています。

 第4章では、調査結果から、「アンラーニング」「ソーシャル・ラーニング」「ラーニング・ブリッジ」の「3つの学び」がリスキリングを支える具体的な学び行動として見い出されたことを示し、それぞれの具体的手法を解説しています。

 本書後半では、リスキリングを促進するための「変化創出モデル」を提案しています。リスキリングを本来の創発的な営みに近づけるには「行動変化」「学びのコミュニティ化」「意思の創発」という3領域で仕組み化が必要であるとし、第5章から第7章で、この3つの領域のそれぞれの具体的な仕掛けを解説しています。

 現在の日本におけるリスキリングをさまざまな角度から分析し、これから日本はリスキリングをどう進めるべきか提言した本であり、その根底には、リスキリングを一過性のブームで終わらせてはならないという著者の気概が込められています。従業員の学びに関心を持つ人事パーソンにお薦めします。

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問題解決能力より問題発見能力。リーダーがマスターすべき7つのスキルと能力。

なぜ危機に気づけなかったのか 2010.jpgなぜ危機に気づけなかったのか.gif マイケル・A・ロベルト.jpg Michael A. Roberto(現ブライアント大学教授)
なぜ危機に気づけなかったのか ― 組織を救うリーダーの問題発見力』['10年]

 優れたリーダーは、危機を未然に防ぐべく、問題を発見する能力を身につけている―。本書では、ハーバード・ビジネス・スクール教授などを歴任し、戦略的意思決定を専門とする著者が、多くの経営者へのインタビューと、ビジネス・政治・軍事・スポーツ・医療など数々のケーススタディを分析し、優れた問題発見者となるために、リーダーがマスターすべき7つのスキルと能力を示しています。

 第1章で、問題の解決よりもむしろ問題の発見の方が重要であるとし、それに続く7つの章で、その7つの問題発見のスキルと能力を一つずつ説明しています。

 第2章「フィルターを避ける」では、リーダーの周囲の部下たちは情報にフィルターをかけることがあるが、そうしたフィルタリングが起きる理由と、リーダーがそれを避けるための5つの手法を解説しています。

 第3章「人類学者になる」では、リーダーはあたかも人類学者のように、自然な環境の中で人々の集団を観察することを学ばなければならないとし、効果的な観察を行うためにすべきこと、してはならないことを説いています。

 第4章「パターンを探す」では、優れた問題の発見者は、問題のパターンを探し、見分けることができるとし、そうした直観を鍛え、強化し、パターンを認識する能力を高めるにはどうすればよいか解説しています。

 第5章「点を結びつける」では、一見バラバラな情報の断片の中から「点をつなぐ」能力を磨かなければならず、そのためには情報の共有が必要であり、情報の共有を阻む理由は何か、情報の共有を促進する方法を説いています。

 第6章「価値ある失敗を奨励する」では、優れた問題の発見者になるには、部下にリスクを取ることを促し、失敗から学ぶ方法を教えなければならないとし、また、失敗の中にも、学習と改善の機会となる「役に立つ、低コストの失敗」があるとしています。

 第7章「話し方と聴き方を教える」では、リーダーは自分自身のコミュニケーション能力だけでなく、組織全体のコミュニケーション能力も磨かなければならないとし、対人コミュニケーションの改善方法を説くとともに、それを個人だけではなくチームとして訓練することが重要だとしています。

 第8章「ゲームの録画を見る」では、スポーツチームの偉大なコーチや監督が、過去の試合や演技の録画を見てチームが抱える問題を把握するように、リーダーは、自らの行動を振り返り、反省のプロになることで、デリベレイト・プラクティス(計画的に熟慮された練習)を考えなければならないとしています。

 最後の第9章では、優れた問題発見者となるための心構えの要素として、「知的好奇心」「システム思考」「健全な偏執狂」の3つを挙げています。

 リーダーに求められるのは、問題解決能力より問題発見能力であるという趣旨の本です。各章で事例を挙げて解説していますが、ビジネスの場面だけでなく、9.11テロで情報統合に問題があったことや航空機事故なども事例に引いています。一方で、言説のエッセンスが個別の章立てして整理されているため、相互作用的に説得力を持たせているように思いました。

 指摘している7つのスキルと能力は、リーダー個人の姿勢の視点だけでなく、組織論的な視点もあり、自分自身と自分のいる組織や職場のことを省みながら読み進めるのもいいかと思います。

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経営者は不都合な事実を認めない傾向にあり、それは会社を破滅に導くとしている。

『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』2.jpg『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』2011.jpg『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』文庫.jpg
なぜリーダーは「失敗」を認められないのか: 現実に向き合うための8の教訓』['11年] 『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』['15年/日経ビジネス人文庫]
Tedlow, Richard S
Tedlow, Richard S .jpg 頭も良く、学歴も立派で、輝かしい経歴を持ち、切れ者の部下を抱える企業トップが、なぜ目の前の「現実」を認められないのか?――本書は、ハーバード・ビジネススクールの著名教授が、「否認」が原因で危機に陥った有名企業の事例を解き明かし、それを避けるためにリーダーが取るべき行動と「不都合な真実」を受け入れるための8つの教訓を説いたものです。

 第1部では、現実を直視せずに失敗した企業や経営者の事例が紹介されています。取り上げられているのは、"モデルT"の成功で自動車産業を興隆させたものの、自分にとって都合の悪い情報を遮断したために、会社を誤った方向に導いてしまったヘンリー・フォード(第1章)、ラジアルタイヤの出現で業界構造が一変したことを認めなかったために凋落したタイヤ業界の5大メーカー(第3章)(5社のうち生き残ったのはグッドイヤーのみ)、自分たちに都合のよい統計だけを信じ、不都合なものを無視した大手食品スーパーのA&P(第4章、その後、2015年に経営破綻)、シカゴに摩天楼を築いたのもつかの間、Kマートに買収された小売大手シアーズ(第5章、その後、2018年に経営破綻)などで、そのほかIBM(第6章)、コカ・コーラ(第7章)、さらにドットコムバブルとその崩壊(第8章)などの事例も紹介されています。IBMについては、コンサルタント出身のルイス・ガースナーによる経営の再建ストリー、コカ・コーラについては、ライバル会社ペプシコにおいてロジャー・エンリコがとった戦略などについても書かれています。

 フォード社の創業者ヘンリー・フォードは、革新的な生産技術によって、安価で庶民が買えるモデルTを生み出したことにより、米国に広く車社会を実現し、モデルTは、19年間という長きに渡り、ほぼ仕様の変更なく作り続けられ、その総販売台数は1500万台余におよぶ大ヒット作となったといいます(因みに、この台数は市場歴代第2位であり、第1位は日本のカローラだそうだ)。しかし、モーターリゼーションが進行するにつれ、人々の指向が多様性を帯び、その一つが、ボデーカラーでした。モデルTは、乾燥の早い塗色として黒しかなかったそうですが、人々は、他の色を求め始め、ボディスタイルや装備など、もっと優雅で豪華なものを嗜好し始めていたのでした。このユーザー指向の変化を捕まえたのがGMであり、モデルTより多少割高でも、その様な、好みの色やボディスタイル、装備などを求め、モデルTの売上は頭打ちになったのでした。このことは、ヘンリー・フォードが自らの社長室の窓から通りを走るクルマを見れば一目瞭然のことだったことです。その様な中、社の前途を憂いヘンリー・フォードに意見具申した幹部は、なんと彼に解雇されてしまったとのことです(第1章)。

 経営者やリーダーがどうして失敗を認められないのかについては、自我を脅かす外の現実に対する自己防御のメカニズムが無意識に働くためであり、これは個人的な場合もあるが、グループシンク(集団浅慮)と呼ばれる集団的行為であることも多いとしています。そして、否認は強力な本能だが、きちんとした自己認識、批判に対するオープンな姿勢、自らの認識とは矛盾する現実への寛容さなどを通じて、否認への防御を固めることできるとしています(第2章)。

 第2部では、事実の否認に陥りそうになりながらも、現実を見極め、それを克服した事例が紹介されています。取り上げられているのは、デュポン(第9章)、インテル(第10章)、ジョンソン&ジョンソン(第11章)などであり、彼らは、どうやって否認を回避することができたのかを、最終章(第12章)で次の8つの教訓としてまとめています。

  1.手遅れになるまで危機を待たない
  2.事実を曲解しても、待ち受ける現実は変わらない
  3.権力は人を狂わせる
  4.経営陣は、悪い知らせを聞く耳を持つ
  5.長期的な視野に立つ
  6.バカにしたり、歪曲した言葉遣いには要注意
  7.隠すことなく真実を語る
  8.失敗は、常識に囚われることから始まる

 紹介されている、事実の否認に起因する大企業の「凋落ストーリー」は、読む者を魅了します。優秀であるとみられている経営者さえも、不都合な事実を認めない傾向にあり、それは会社を破滅に導くことにもなるということでしょう。また、それは、CEOなどに限らず、リーダー全般に当てはまることであり、偉大なリーダーか否かは、厳しい現実に向き合えるかにかかっているということになるのでしょう。そのことを改めて強く思わされる本です。

 ビジネス書としては大変読みやすいし理解しやすく、また、デュポンの創業者の父親が、フランス革命の嵐の中、断頭台に上がる1日前にロベスピエールが処刑されて助かったとか、最近まで目にしていたコカ・コーラ・クラシックの「クラシック」の誕生の経緯とか色々あって、読み物としても飽きさせないものでした。

【2015年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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文庫化による再読だが、説得力ある。
リーダーを目指す人の心得文庫版.jpg
リーダーを目指す人の心得  文庫版.jpg リーダーを目指す人の心得 単行本.jpg リーダーを目指す人の心得 コリン・パウエル 英.jpg
リーダーを目指す人の心得 文庫版』['17年]  『リーダーを目指す人の心得』['12年]"It Worked for Me: In Life and Leadership"
PRESIDENT (プレジデント) 2019年 10/4号
「プレジデント」201910.jpg ジャマイカ移民の子で、子ども時代はニューヨークのサウス・ブロンクスのストリートキッドであり、若い頃にはぺプシ工場の清掃夫をしていたのが、陸軍入りして昇進に昇進を重ねて上りつめ、4つの政権でアメリカ軍制服組トップである統合参謀本部議長(1989-1993)などの要職を歴任、最後はジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官(2001-2005)を務めたコリン・パウエル(Colin Luther Powell、1937-2021)が、多くの逸話や自らの体験をもとにリーダーシップについて語った本です。纏めたのは、専ら軍人の回顧録を書いているライターのトニー・コルツ、訳者は『スティーブ・ジョブズ―偶像復活』('05年/東洋経済新報社)、『スティーブ・ジョブズ(上・下)』('11年/講談社)等、ジョブズの伝記なども訳している井口耕二氏です。

リーダーを目指す人の心得 管.jpg 少し前になりますが、菅義偉(すが よしひで)氏が2020年9月に総理大臣に就任した際に、官房長官時代に読んで以来いかなる時も心の支えにしてきた愛読書であると表明したことで話題になりました。その翌年['21年]10月に著者コリン・パウエルが84歳で亡くなったのが惜しまれます。以前、単行本で読みましたが、今回は、文庫化されたものを再読し、復習的に内容を纏め直してみました。


 第1章「コリン・パウエルのルール」では、私の「13ヵ条ルール」というリーダーに求められる"自戒13カ条"が紹介されていて、事例に沿った分かりやすいリーダー訓にまず引き込まれます。その13カ条とは、以下の通りです。
 1.なにごとも思うほどに悪くない。翌朝には状況は改善しているはずだ。
 2.まず怒れ。そのうえで怒りを乗り越えろ。
 3.自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたときに自分も地に落ちてしまう。
 4.やればできる。
 5.選択には細心の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし。
コリン パウエル.jpg 6.優れた決断を問題で曇らせてはならない。
 7.他人の道を選ぶことはできない。他人に自分の道を選ばせてもいけない。
 8.小さなことをチェックすべし。
 9.功績は分けあう。
 10.冷静であれ。親切であれ。
 11.ビジョンを持て。一歩先を要求しろ。
 12.恐怖にかられるな。悲観論に耳を傾けるな。
 13.楽観的であり続ければ力が倍増する。

 第2章「己を知り、自分らしく生きる」では、自分を本当に知ることの重要性と、いつも自分らしくある方法を、説いています。ここでは、仕事バカになるな、必要だと思う以上に人に親切にせよ、常に問題を探して歩けとも言っています。

 第3章「人を動かす」では、自分の部下を中心に、ほかの人を知ることに焦点を当てています。ここでは、部下を信じること、部下に尊敬されようとせず、まず部下を尊敬することなどを説いています。

 第4章「情報戦を制する」では、近年のデジタル世界における自らの経験を語り、情報戦を制するにはどうすればよいか、著者にとっての話をするときに意識すべき「5種類の聞き手」とは誰かなどを解説しています(著者にとってのそれは、記者、米国民、政治家や軍部リーダー、敵、兵士の5つであると)。

 第5章「150%の力を組織から引きだす」では、偉大な管理者、偉大なリーダーになる方法を説いています。まず、自分の側近として生き残る方法(べからず集)を挙げ、ひとつのチームになること、準備を整える時間を与えること、「命令だ!」と命令しないことなど説いています。また、組織において「必要欠くべからざるとされている人物」が実は組織の足を引っぱっているのに、その現実を直視しないリーダーがいるが、リーダーは、組織にみあう能力がなくなった者を交代させられるよう、常に用意を整えておかなければならないとしています。

 第6章「人生をふり返って―伝えたい教訓」では、自分のこれまでの人生を振り返るとともに、若い人に伝えたい教訓を述べています。ここでは、リーダーたるものは、降ってわいた問題も解決しなければならないとする一方で、スピーチで人の心をつかむ楽しい工夫などについても語られていて、エッセイとしても読める章となっています(ダイアナ妃との思い出―レセプションでダイアナ妃を巡って主賓のヘンリー・キッシンジャーをさし置いて王妃と近しく接したこと―を嬉々として語っている)。全体を通しても、リーダーシップの啓蒙書としてばかりでなく、読みものとしても興味深く、楽しく読めるものとなっています。

 原題は" It Worked for Me: In Life and Leadership"。「For Me(私にとっては)」となっているのは、リーダーシップに正解というものはなく、「誰もがこれでうまくいく」とはいうわけではないということを示唆しているわけですが、そうでありながらも、書かれていることの普遍性と説得力は、巷に出回っている「これを読めばあなたも有能なリーダーになれる」的な薄っぺらな自己啓発本を凌駕して大いに余りあるものです。

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経営管理においてプリミティブだが、不変に近い考え方を論じていた。10年ぶりの再読で、評価を○から◎に修正。
『産業ならびに一般の管理.jpg  アンリ・ファヨール2.jpg アンリ・ファヨール(1841-1925/84歳没)
産業ならびに一般の管理 (1985年)

 1916年にアンリ・ファヨール(またはファィヨール)が発表した本で(Fayol, H. Administration industrielle et generale)、ファヨールという人は元々は鉱山技師で、実際には学者は学者でも地質学者でしたが、鉱山会社の経営者となって、その実務経験から得た自らの考えを体系的に纏めた本書により、企業経営において「管理」という言葉を初めて使った人物とされています。

 第1部「管理教育の必要性と可能性」では、経営に不可欠な基本的機能を、①技術活動(生産、製造、加工)、②商業活動(購買、販売、交換)、③財務活動(資本の調達と運用)、④保全活動(財産と従業員の保護)、⑤会計活動(棚卸し、貸借対照表、原価、統計など)、⑥管理活動(計画、組織、命令、調整、統制)の6つに分類し、その上で、6番目の企業活動として管理活動を他の個別活動と分けて、その重要性を強調しています(第1章)。そして、管理活動は①から⑤までの活動の上に立って各企業活動を統合する全般的活動と位置づけられ、管理活動の重要性は、職長→係長→課長→製造部長→所長と上級職になると管理活動の比率が大きくなり、同様に、企業の規模が大きくなればなるほど大きくなると管理活動の比率は高くなるとし(第2章)、管理教育の必要性を説いています(第3章)。

Henri Fayol 14 Principles of Management.jpg 第2部「管理と原理の要素」では、管理の一般原理として、以下の14の項目を管理原則として挙げて、それぞれ解説しています(第1章)。
  ① 分業......組織の多様な機能を分業すること
  ② 権威......権限に基づく行為の責任を信賞必罰として明確にすること
  ③ 規律......組織としての確立された約定を外形的象徴として定めること
  ④ 命令一途(一元性)......業務の担当者が唯一の責任者以外から命令を受け取ってはいけないこと
  ⑤ 指揮統一......ひとつの組織目標に対して、ひとりの責任者とひとつの計画のみを置くこと
  ⑥ 個人的利害の一般的利害への従属......一個人や一集団の利害が、企業全体の利害に優先されることがあってはならないこと
  ⑦ 報酬公正......従業員への報酬を公正に定め、使用者と従業員双方が満足するように努めること
  ⑧ (権限の)集中......組織全体として最良の成果がもたらされるように必要な権限を配分すること
  ⑨ 階層組織......組織階層を上位権限者から下位の担当者に至る責任の配列とすること
  ⑩ 秩序......組織としての物的または社会的秩序を守ること。有形資源や人的資源の適材適所への配置に努めること
  ⑪ 公正......規律に定められていないことに対しても、人間的かつ社会的な好意と正義を前提として行動すること
  ⑫ 従業員安定......従業員の環境適応に対して、中長期的な時間的な猶予を持つこと
  ⑬ 創意力......担当者の仕事への熱意や意欲を尊重し、増大させるような対応を試みること
  ⑭ 従業員団結......団結が作り出す力を信じ、組織の好ましい調和を生み出すこと

 そして、計画、組織、命令、調整、統制の5つについてさらに詳しく解説しています(第2章)。
  ① 計画......企業理念を土台として、目標数値を設定し、外部・内部環境を分析して戦略を立案。そして、企業目標・戦略を達成するために実行計画を策定すること。
  ② 組織......企業目標・戦略を達成するための計画を実行に移すために組織体を設計、もしくは再構築して各部門の役割と責任を明確にすること。
  ③ 命令......各部門の役割と責任、そして目標数値を設定し達成に向けて指示を出しすこと。
  ④ 調整......企業全体として目標を達成できるように全体最適の観点から   部門間のコミュニケーションの促進や部門横断のチームを編成していくこと。
  ⑤ 統制......計画通りに業務遂行できているかを四半期、半期、通期のタイミング等で評価・モニタリングして計画未達の場合には計画の修正や新たな施策を検討して、手を打っていくこと。そして、再び①〜④のプロセスを繰り返していく。

 今回、個人的には約10年ぶりの再読。本書で提唱されている管理過程論は、経営管理において非常にプリミティブですが、不変に近い考え方を論じていたとも再認識しました。管理をすることの重要性や組織を動かすことの基本的な考え方を示した本として、改めて読んでみることをお薦めします(再読して評価○→◎になった(笑))。

 難点は、相変わらず入手しにくく、また、古本市場などで入手可能であっても値が張ることです。学生の場合は大学の図書館を利用するのがいいかも。一般のビジネスパーソンの場合は、例えば東京都内の区立図書館であれば、他区・市立図書館同士で貸し借りしているので、自分の地域の図書館も置いてなくとも、その仕組みを利用すれば読めます。

【1958年[風間書房『産業並に一般の管理』(都筑栄:訳)]/1972年2月[未来社(佐々木恒男:訳)]/1985年[ダイヤモンド社(山本安次郎:訳)]】

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○経営思想家トップ50 ランクイン(リンダ・グラットン)

「人」の問題の重要性を訴えている本。初読時の評価○から◎に変更した。

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ウィニング 勝利の経営』['05年]

 2020年に逝去したゼネラル・エレクトリック社の前CEOジャック・ウェルチによる本書は、強烈なリーダーシップでGEを再建したウェルチが、「人材採用のチェックポイント」「ライバル会社に勝つ戦略の選び方」から「昇進するためにやるべきこと」「人に辞めてもらうときのポイント」まで、「勝つためには何をすればよいのか」ということについて、経営やビジネス全般にわたって述べた本です。

 PARTⅠ「最初の四つの原則」では、「すべての底に流れるもの」、つまり著者の経営哲学の四つの原則について書かれています。第1章で「ミッションとバリュー」の重要性を強調し(バリューをミッションより上位に持ってきているのが興味深い)、第2章で「率直さ」の絶対的必要性とそれをどう人から引き出すかを、第3章で「選別」は残酷な弱肉強食主義だという意見に反駁し、能力主義に基づく選別の効用を、第4章で「発言権と尊厳」は誰にでもその権利があることを説いています。

 PARTⅡ「あなたの会社」では、会社の組織の仕組み、人材、業務手順、カルチャーについて書かれています。第5章で「リーダーシップ」、第6章で「人材採用」、第7章で「人事管理」、第8章で「別れ道(解雇)」、第9章で「変化(変革)」、第10章で「危機管理」について取り上げており、人事パーソンにとっては読みどころではないかと思います。たとえばリーダーシップについては、リーダーが守るべき8つのルールを挙げ、まず第1のルールとして、リーダーはチームの成績向上をめざして一生懸命努力するべきであり、リーダーの時間とエネルギーはメンバーが成果を出すためのサポートに投入すべきで、具体的には①評価する、②コーチする、③自信を持たせるの3つのサポートがあるとしています。人材採用においては、候補者が「4つのE」(Energy(エネルギーまたは情熱)、Energize(元気づける)、Edge(決断力)、Execute(実行力))を持っているかどうかを識別せよとしています。また、人事管理については、人事部門を組織の上の方において権限を与え、官僚主義に陥らない評価システムを使い、よい人材の士気を高めるべきだとしています。

 PARTⅢ「あなたの競合会社」では、自社の外の世界について語っています。第11章で、戦略的優位性をいかに作り上げるかを、第12章で、意味のある予算策定法について、第13章で、新規事業で成長する方法、第14章で、Ⅿ&Aによる成長について述べ、最後に第15章で、品質管理の手法であるシックス・シグマについて、その効用を説いています。

 PARTⅣ「あなたのキャリア」では、個人が職業人生の軌跡とクオリティをどう管理するかを述べています。第16章で、「天職」を探し当てたら仕事は趣味になるとし、第17章で、昇進には近道がないとしています。また、第18章で、誰もが一度や二度は遭遇する嫌な上司のもとで働くということについて語り、第19章で、仕事と家庭のバランスをとるために上司とどう向き合うかを述べています)。そしてPARTⅤ「最後のまとめに」として、第20章でQ&Aが付されています。

 このようにして見ていくと、前半部分のほとんどは人事マネジメントの話で占められていることが分かり、「選別」することの重要性や人材採用、人事管理におけるポイント、人を辞めさせる際の留意点等について触れられています。したがって、人事パーソンにお薦めです(よくまとまっていて読み易いのは、共著者である妻で元ハーバード・ビジネス・レヴュー誌の編集長スージー・ウェルチの功績か)。

 GEにおいてウェルチは、部下に敢えて過大なノルマを与えて克服させ、業績・人材も同時に伸ばすという、いわゆるストレッチ・ゴールの手法も採っていました。組織論の1つとして日本にも導入する企業が現れましたが、過大な要求に精神的に切れてしまう社員も少なくないため、成功とは言い難いものとなってしまいました。本家のGEでも、後にウェルチの人材育成の手法は時代遅れだとして軌道修正を図っています。

 こうしたこともあって、ウェルチは「20世紀で最も成功した偉大な経営者」とかつて言われたほど現在は評価されていないようですが、個人的には本書を再読して、改めて「人」の問題の重要性を訴えている本であることが再認識させられ、(世間の逆を行くみたいだけれど敢えて)初読の時の評価○から◎に変更しました。

【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

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「大組織再生の一大記録」としての普遍的な価値が増している本。評価を○→◎に変更。

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巨象も踊る』['02年]

 1990年代前半、社員30万人を抱え破綻寸前だった巨象IBMにCEOとして乗り込み、復活させた著者の物語です。

 巨大企業IBMはかつて、パソコンのOSの支配権をマイクロソフトに、マイクロプロセッサーの支配権をインテルに委ねましたが、その後のパソコンの普及、ダウンサイジングなどにより、90年代初頭にはそれらの新興企業とは対照的に、メインフレーム主体の経営は悪化していました。にもかかわらず、社内には連帯感や危機感が薄く、いわば大企業病が蔓延していた、そこへCEOとしてナビスコから来たのがコンサルタント出身で、情報産業の門外漢だった著者ですが、著者がどのようにして大企業病からの脱却を図り、経営を安定させたかを、本書では専門ライターを使わずに自身が克明に述べています

 第Ⅰ部「掌握」では、CEO就任当時のIBMの問題点を、製品市場、組織、企業文化などの観点から述べ、著者が就任直後に打った手として、会社の分社化の阻止、メーンフレームの値下げの決断などを挙げています。また、取締役会を刷新し、社員との対話を推し進め、組織を作り替え、ブランドを再生したとしています。さらに、報酬制度も、均質的な固定報酬から業績本位の変動報酬に改めたとしています。

 第Ⅱ部「戦略」では、IBMの新しい戦略として、総合的なソリューションの提供を今後の戦略の基本とし、地域ごとの独立王国を解体し、全世界的に産業別のグループに再編、ブランド戦略の統一するとともに、スタッフを分解して事業の的を絞ったとしています。

 第Ⅲ部「企業文化」では、著者は、企業文化は経営の一側面などではなく経営そのものであるとし、新しい企業文化の原則をまとめることで行動様式の変化を促すとともに、リーダーたちにIBMにおける指導能力とは何かを示し、社員全員に求める姿勢を「勝利、実行、チーム」というスローガンにしたとしています。

 第Ⅳ部「教訓」では、自分のビジネスを知り、愛していることが肝要であり、また、戦略は重要だがそこには限界があって、経営者にとっては実行する能力こそが最重要であり、組織の変革の成否は、顔が見えるリーダーシップが重要な要因となるとしています。顔が見えるリーダーシップの意味するところは「ビジネスへの情熱」「勝利への情熱」であり、成功した偉大な企業の経営幹部は、「全員が情熱を持ち、情熱を示し、情熱に生き、情熱を愛している」としています。

 第Ⅴ部「個人的な意見」では、IT産業のこれからや企業株主の責任、企業と社会の関係の在り方について述べています。世の中には「動きを起こす人、動きに巻き込まれた人、動きを見守る人、動きが起こったことすら知らない人」の4種類の人間がいて、本書は「動きを起こす人」をテーマにしているとしています。

 本書に見られる著者の経営哲学は、① 基本哲学は「事業の絞り込み、スピード、顧客、チームワーク」、② 市場と現場を重視、③ 個人や部門中心でなく、チームワークで会社の利益を優先、④ 社内の組織や手続き重視から原則重視、などです。

 幹部役員を顧客のもとへ出向かせて報告書を提出させることから、服装規定の廃止まで、著者の強固なリーダーシップと、著者の導く方向性を信じる大勢の社員によって、IBMの企業文化の変革がなされたことが窺えます。

 卓越したコンサルタントの理論と思考が、実際の経営者として数々の難問に身を投じて獲得してきた知見とともに、熱のある言葉で語られており、今読んでも説得力のある記録となっています。と言うより、20年近く前に読んだ特はケーススタディとして読みましたが(評価★★★★)、今回読み直してみて、「大組織再生の一大記録」として、普遍的な価値が増しているように思いました。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

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多様性の重要性を豊富な具体例を示して説明。我々に意識変革を迫る。

『多様性の科学』1.jpg
多様性の科学』['21年]マシュー・サイド(イギリスのジャーナリスト、作家、放送作家、元卓球選手)

『多様性の科学』2.jpg 著者の『失敗の科学―失敗から学習する組織、学習できない組織』('16年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)に続く第2弾(ただし『才能の科学―人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』('22年/河出書房新社)は『非才!―あなたの子どもを勝者にする成功の科学』('10年/柏書房)として、著者の本としては先に刊行されている)。画一的な組織は凋落し、複数の視点で問題を解決する組織は成功するとして、多様性の重要性を豊富な具体例を示して説明し、致命的な失敗を未然に見つけ、生産性を高める組織づくりを説いた本です。

 第1章では、画一的な集団には「死角」があることを説いています。ここで主に取り上げられているのは、9・11テロ事件を防げなかったCIAであり、CIAにおける人材の偏りが失敗を助長したとし、異なる視点を持つ者を集められるかがカギとなり、画一的な視点では盲点を見抜けないとしています。

 第2章では、同質者の集まった組織と反逆者(異質者)の集まった組織でどちらが優れた成果を生み出すかを、サッカーの英国代表の技術顧問委員会に起業家や陸軍士官など門外漢を集めたケースを紹介し、画一的集団の危険性を1980年代の「人頭税」の失敗、ある町議会の積雪対策の盲点から説明、精鋭グループよりも多様性のあるグループの方が上であることを論じ、最後に戦時中にクロスワードの愛好家を暗号解読チームに入れたことで、ドイツ軍を早期に敗北に追い込んだ例を紹介しています。

 第3章では、1996年の「エベレスト大遭難事件」を主に取り上げ、また、1978年の「ユナイテッド航空173便燃料切れ墜落事故」で副操縦士らが機長に進言できなかった点に着眼し、支配的なリーダーがいるとほかのメンバーは本音を言えないというヒエラルキーが落とし穴をつくるとしています。また、こうしたヒエラルキーには、支配型のヒエラルキーのほかに尊敬型ヒエラルキーというのもあり、反逆者のアイデアをリーダーが脅威と受け止めず、心理的安全性が確保されていれば、チームのパフォーマンスは上がるとしています。

 第4章では、スーツケースにキャスターが付いた時のことを例に、偏見は発明の邪魔をするとし、また、イノベーションは多様性の中でこそ生まれ、「漸進的イノベーション」と「融合のイノベーション」があるが、「融合のイノベーション」はこれまで過小評価されてきたが重要であり、多様性と関係が深いこと、世界的に有名な起業家たちも、成功の原点には多様なネットワークでつながった頭脳があったとしています。

 第5章では、ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心をもつユーザーをフォローする結果、意見を発信すると自分と似た意見が返ってくる(それによってますます偏った考えに陥っていく)「エコーチェンバー現象」というものを解説、そこから抜け出した例として、自身がどっぷり浸かっていた白人至上主義から抜け出したデレク・ブラックのケースを紹介しています。

 第6章では、ダイエットの諸説に惑わされる人が多い中、ダイエットと多様性について考察するに際して、計算生物学者のエラン・シーガルの研究を引き合いにしてます。エランはダイエットの研究を重ねるうちに、ダイエットが人間の多様性を無視していることに気づいて、食事療法は一人ひとりで異なると訴えましたが、著者は標準化を疑う眼があなたにはあるかと問いかけています。

 第7章では、個人主義を集団知に広げるためにはどうすればよいか、日常に多様性を取り込むための3つのこととして、「無意識のバイアス」を取り除く、陰の理事会(若い社員が上層部に意見を言える場)、与える姿勢(ギバー)を挙げ、自分とは異なる人々と接し、馴染みのない考え方や行動に触れることが、進歩をもたらす大きな力になるとしています。

 致命的な失敗を未然に防ぎ、組織を伸ばすにはどうすればよいかを説いた本ですが、画一指向というのはどの組織でもあるのではないでしょうか。「ギバー」のところで紹介されているアダム・グラントの近著『THINK AGAIN―発想を変える、思い込みを手放す』(2022年/三笠書房)もそうですが、「我々一人ひとりの意識を根本的に変えにきている」本であり、啓発される要素は多いと思います。

《読書MEMO》
●【目次】
第1章 画一的集団の「死角」
第2章 クローン対反逆者
第3章 不均衡なコミュニケーション
第4章 イノベーション
第5章 エコーチェンバー現象
第6章 平均値の落とし穴
第7章 大局を見る

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「ブルシット・ジョブ」という禁忌を正面切って論じたものとして意義深い。

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ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』['20年]デヴィッド・グレーバー(文化人類学者)

『ブルシット・ジョブ.jpg 1930年、ケインズは、20世紀末までに、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろうと予測し、テクノロジーの観点からすればそれは達成可能だったはずが、実際には達成されなかったのはなぜなのか――本書は、こうした疑問からスタートし、それは、実質的に無意味な仕事=「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」が蔓延したからだとしています。

 第1章では、ブルシット・ジョブを、「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態」であると定義し、とはゆえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わねばならないように感じているとしています。

 第2章では、ブルシット・ジョブの5つの類型として、①取り巻き:誰かを偉そうにみせたり、偉そうな気分を味わわせたりするためだけの仕事、②脅し屋:雇用主のために他人を脅したり欺いたりし、そのことに意味が感じられない仕事、③尻ぬぐい:組織に存在してはならない欠陥を取り繕うためだけの仕事、④書類穴埋め人:組織が実際にはやっていないことを、やっていると主張するための仕事、⑤タスクマスター:他人への仕事の割り当てだけを行う仕事、を挙げています。

 第3章、第4章では、ブルシット・ジョブによる精神的暴力について考察しています。例えば、意味のない仕事は、その仕事に従事する人を惨めな気持ちにさせるだけでなく、時には脳に損傷を起こすほどのダメージを与えるとしています。人は、自分の行動が何かに影響を与えて結果が得られるという広い意味での「仕事」に根源的な悦びを感じるように出来ていて、ブルシット・ジョブは、人からその喜びを取り上げる精神的暴力だとしています。

『ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事』.jpg 第5章では、ブルシット・ジョブが増殖するのには、個人的な次元、社会的・経済的な次元、文化的・政治的な次元の、それぞれの次元の理由があるとしています。例えば社会的・経済的な次元では、近年の金融資本の増大に伴い、金融や情報関連の(ブルシット・ジョブに発展しやすい)仕事が増加したこと、「雇用創出」は良いものとされ、無駄な仕事であっても雇用を減らすような大胆な政策を選択しにくいことが、理由として挙げられるとしています。

 第6章では、なぜ我々は無意味な雇用の増大に反対しないのかを、特に仕事の「価値」に注目して考察しています。社会的価値の低いブルシット・ジョブが高給であったりする一方、社会的価値の高いエッセンシャルワーカーの給料が低いという問題があり、奇妙なことに、労働の社会的価値が高まるほどその仕事の経済的価値が下がっているようであると。その考えられる理由の一つとして、世間にはどこか、教師などの社会的価値が高く尊い仕事は、お金目当ての人間が行うのはふさわしくないと考える風潮があり、これは言い換えれば、社会的価値の高い仕事に就き、社会に便益を与えていることを自覚し喜びを感じている人は、より多くの報酬を期待する権利はなく、反対に自分の仕事は有害で無意味だという認識に苛まれている人は、まさにこの理由によって、より多くの報酬を受け取ってもよいという感覚が存在しているためだとしています。

 最終章の第7章では、ブルシット・ジョブの政治的影響について、また、それを脱出する一つの方法について考察しています。ブルシット・ジョブの存在は、仕事に意味を求める人間の性質にも、合理性を追求する経済の原則にも反しており、つまるところ、ブルシット・ジョブの存在を許す現代の労働状況がこのような形になっているのは、政治的な力なのだとしています。そして、これまで指摘してきたジレンマを終結させるには、「普遍的ベーシック・インカムの導入しかない」とし、つまり「労働と報酬を切り離す」ことで、労働本来がもたらす楽しみややりがいに応じ、人が職業を選ぶ社会に転換させることを提案しています。

 本書は、現代の資本主義社会において、あるわけないという思い込み故に、(薄々気付いている人はいたものの)これまでほとんど言われなかった(禁忌とされてきた)「ブルシット・ジョブ」というものを正面切って論じたものとして意義深く、また、コロナ禍に見舞われ、AIへの期待と不安が大きい現代において、今後の仕事というものを考えるにあたり、この本が示唆するものは大きいと思います。本書を読み、周囲を見回してみて、仕事というものについて再考するのもよいかと思います。

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人間性の研究結果として生まれた「動機づけ―衛生理論」とその実証的裏討ちを示す。

『仕事と人間性』21.jpg『仕事と人間性』.jpg ハーズバーグ.jpg フレデリック・ハーズバーグ
仕事と人間性: 動機づけ-衛生理論の新展開』['68年]
Herzberg's Two-Factor Theory.jpg
 1966年にフレデリック・ハーズバーグ(Frederick Herzberg、1923 - 2000)による原著(Work and the Nature of Man)の初版が刊行された本書は、仕事における動機づけの心理学的調査研究の結果から、人間の仕事における満足度は、ある特定の要因が満たされると満足度が上がり、不足すると満足度が下がるということではなくて、「満足」に関わる要因(動機付け要因)と「不満足」に関わる要因(衛生要因)は別のものであるとする「動機づけ―衛生理論」という考え方を実証的に提唱し、経営や組織、社会に新しい人間観を持ち込んだことで知られる本です。

 「1.ビジネス―現代の支配的制度」で、ビジネス組織が今日の社会の支配的制度となっているとし、「2.アダムとアブラハム」では、人間はアダム的要素とアブラハム要素の両方を基本的性質として持っているとしています。エデンの園を追われたアダムは、人間の回避的性質の象徴であり、不快さの回避に関する欲求を持っている(後に述べる衛生要因につながる)のに対し、神から「完全なものになれ」といわれたアブラハムは、人間が有能で生得の潜在能力があることの象徴であり、成長、自己実現の欲求を持っている(同じく動機づけ要因につながる)としています。

 「3.産業界の人間概念」では、産業界における人間の概念が、プロテスタント倫理、テーラーの科学的管理法、ホーソン工場の実験と人間関係論などを経て「経済的人間」から「社会的人間」「情緒的人間」へと変遷してきたと振り返り、「4.人間の基本的欲求」では、人間はアダム的人間としての欲求とエブラハム的人間としての欲求の二組の欲求を有するとしています。「5.精神的成長」では、精神成長とはなにか、その6つの要点(より多く知ること、知識内の関係づけが増えること、創造性、あいまいさの中での効率、個別化、現実的成長)を挙げています。

 そして「6.動機づけ―衛生理論」において、仕事の満足に関わるもの(動機づけ要因)は、「達成」「承認」「仕事そのもの」「責任」「昇進」などで、これらが満たされると満足感を覚えるが、欠けていても職務不満足を引き起こすわけではなく、一方、仕事の不満足に関わるもの(衛生要因)は「会社の政策と経営」「監督技術」「給与」「対人関係」「作業条件」などで、これらが不足すると職務不満足を引き起こすが、満たしたからといっても満足感につながるわけではなく、単に不満足を予防する意味しか持たないとしています。「7.動機づけ―衛生理論の実証」「8.動機づけ―衛生理論の追加実証」で、そのことがさまざまな職種における調査から実証できることを証明し、「9.どうすればいいか」で、この理論を現実にどう活かすべきかを説いています。

 本書の前半のかなりの部分が人間性をめぐる解釈と変遷の記述で占められているのは、「動機づけ―衛生理論」が人間性の研究結果として生まれた理論であることを示しており、同時に、実証研究による理論の裏打ちもされています。それらが、この理論が今なおビジネスの現場で活きている理由であると考えます。

ハーズバーグ2」.jpg 因みに、フレデリック・ハーズバーグは、両親がリトアニア出身のユダヤ系米国人臨床心理学者であり(そう言えばアブラハム・マズローもユダヤ人だった)、こうしたモチベーションの性質と人をやる気にさせる最も効果的な方法の研究によって影響力のある経営思想家となりました。彼を最初に心理学の道に進ませた「メンタルヘルスに対する一方ならぬ関心」は、「メンタルヘルスはわれわれの時代の中核的な課題である」という信念から生じているそうです。この信念は、第2次世界大戦で、悪名高いダッハウ強制収容所に解放直後に配属された従軍体験によって形成されたと言われています(収容所にいた多くの同胞ユダヤ人を見たものと思われる)。米国に戻ると公衆衛生局で働き、その後は学究生活に入って、「動機づけ―衛生理論」は1959年に刊行された『作業動機の心理学』(The Motivation to Work)で初めて発表されています(35,6歳の頃か。衛生局に勤めていたから「衛生要因」になった? 普通だったら「環境要因」とかになった可能性もあったのでは)。後半生は大学教授として、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で心理学の教授、ユタ大学で経営学の教授を歴任しています(つまり、心理学者から経営学者へという流れ。マズローもそうだった)。
Frederick Irving Herzberg

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 ○経営思想家トップ50 ランクイン(スティーブン・R・コヴィー)

自己啓発本の名著。成功の方法やリーダーシップについて実践的・現実的に書かれている。。

『完訳 7つの習慣』00.jpg『完訳 7つの習慣』.jpg スティーブン・コヴィー.jpg Stephen Covey
完訳 7つの習慣 人格主義の回復』['13年]

 1989年に原著の初版が刊行された本書は、自己啓発本の名著とされる本であり、成功の方法やリーダーシップについて実践的・現実的に書かれたビジネス書でもあります。

IMG_20240502_184813.jpg 第1部「パラダイムと原則」では、「個性主義」なものはあくまで二次的なものであって、まずは「人格」を磨かなければ真の成功は得られないとするとともに、問題の見方を「自分が変わらなければ周囲も変化しない」という「インサイド・アウト」という考え方にパラダイム・シフトすべきであるとしています。そして、「7つの習慣」は人格を磨くための基本的な原則を具体的なかたちにしたものであり、その原則を守ることで、自らが変わり結果を引き寄せていく、という新しいパラダイムを手に入れることができるとしています。

 また、「7つの習慣」とは、「依存」から「自立」、「相互依存」へと至る、成長の連続体を導くプロセスでもあり、そのプロセスは3段階に分類できるとして、以下、第2部で私的成功の習慣(第1〜第3の習慣)、第3部で公的成功の習慣(第4〜第6の習慣)、第4部で再新再生の習慣(第7の習慣)についてそれぞれを解説しています。

私的成功の習慣
 第1の習慣として「主体的であること」を挙げています。主体的であるということは、「今の自分の人生は自分の選択の結果だ」と考え、「それゆえにこれからの人生も自分で選択していくことができる」という考えであり、私たちは人間に与えられた「想像、良心、意思、自覚」という能力によって、何が自分の身に降りかかってこようとも、それが自分に与える影響を自分自身で決定することができるとしています。

 第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」です。何事においても「終わりをイメージ」しておくことはとても重要であり、なぜなら「終わりをイメージ」しておくことによって、「最終的に自分がどこに辿り着きたいか」が自ずと見えてくるからで、この習慣を身につけるためには、個人のミッションステートメントを書くのが効果的で、どのような人間になりたいか(人格)、何をしたいか(貢献・功績)、自分の根底にあるもの(価値観)を羅列していくとよいとしています。

 第3の習慣「最優先事項を優先する」です。自分のミッション・ステートメントに照らし合わせて自ら行うことを決め、最優先事項から優先的に行動せよと述べています。具体的には物事を①緊急で重要なこと、②緊急ではないけれど重要なこと、③緊急だが重要ではないこと、④緊急ではなく重要でもないことの4つに分け、そして「緊急ではないけれど重要なこと」を優先して行うことが自分自身の成長につながるとしています。

公的成功の習慣
 第4の習慣「Win-Winを考える」であり、第1〜第3の習慣が身につくと、人と協力しながらより大きな成功を目指せるようになるが、「Win-Winを考える」とは、全ての人間関係で自分も相手も利益になることを考えるということであり、この習慣が身につくと、競争よりも協力することに眼が向くようになり、関わった人との間に信頼が積み重なり、協力を得やすくなるとしています。

 第5の習慣は、「まず理解に徹し、そして理解される」です。より深い信頼関係を構築するためにはお互いに理解し合う必要があり、高度な信頼関係を構築するためにも、自分を理解してもらおうとする前に相手を理解することに徹することが重要で、話を聞く時も、相手の身になって親身に話を聴き、相手の言葉にしっかりと耳を傾けていることが伝われば、その後で自分のことも理解してもらいやすくなるとしています。

 第6の習慣「シナジーを創り出す」です。シナジー(相乗効果)とは、全体の合計が個々の総和より大きくなることを指し、バラバラに仕事をしている人が協力し合うことで、個人では達成できない大きな結果を生み出せるとしています。

再新再生の習慣
 第7の習慣「刃を砥ぐ」です。これは、自分自身の価値をより高めていく習慣です。人間には、肉体・精神・知性・社会・情緒という5つの刃があるとし、これら5つの刃を日頃からバランスよく磨いていくことで、自分自身の価値をより高めることが可能であるとしています。

 本書は、人事パーソンの間でも推す人の多い本。「7つの習慣」は生きている限りいくらでも高めることができるものと言えるものであり、本書は定期的に読み返したい本の一冊です。


【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

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自己啓発書の名著。リーダーシップ論、マネジメント論としても読める。

『自助論』.jpg 『自助論』0「.jpg 西国立志編.jpg 現代語訳 西国立志編.jpg
自助論』['03年] 『西国立志編 (1981年) (講談社学術文庫)』['81年]『現代語訳 西国立志編 スマイルズの『自助論』 (PHP新書)』['13年]
『自助論』2.jpg
・竹内 均:訳『自助論―人生を最高に生きぬく知恵』(1985年/三笠書房)
・竹内 均:訳『自助論―人生を最高に生きぬく知恵』(2002年/三笠書房・知的生きかた文庫)
・竹内 均:訳『スマイルズの世界的名著 自助論』(2012年/三笠書房・知的生きかた文庫)
・竹内 均:訳『自助論』(2003年/三笠書房)
・竹内 均:訳『自助論:「こんな素晴らしい生き方ができたら!」を実現する本』(2013年/三笠書房)
『自助論』3.jpg
・久保美代子:訳『新・完訳 自助論』(2016年/アチーブメント出版)
・夏川賀央:訳『今度こそ読み通せる名著 スマイルズの「自助論」』(2016年/ウェッジ)
・三輪裕範:訳『超訳 自助論 自分を磨く言葉 エッセンシャル版』(2023年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
・竹内 均:訳『自助論:「まんがで人生が変わる! 自助論: 感動的に面白い世界的名著!!』(2013年/三笠書房)
・『マンガでわかる サミュエル・スマイルズの自助論~成功する「考え方」と「習慣」』(2017年/マイナビ出版)

 原著が1858年に刊行された『自助論(セルフ・ヘルプ)』は、世界10数ヵ国語に訳されたベストセラーの書で、日本では1871(明治4)年、『西国立志編』として中村正直により翻訳刊行されています。講談社学術文庫所収されていて、PHP新書に現代語訳版が所収されていますが、翻訳は現在訳されている『自助論』とかなり異なり(底本が異なる?)、立身出世志向の色合いが強いものとなっています。ただし、今日目にする『自自論』自体も、多くの偉人の成功談を集め、自助の精神を説いた自己啓発の古典的名著であり(中村正直訳を見ると「成功本」の奔りでもあると思わされるが)、冒頭の「天は自ら助くる者を助く」という言葉は特に有名です。

 第1章「自助の精神」では、「天は自ら助くる者を助く」とし、外部からの援助は人間を弱くし、自分で自分を助けようとする精神こそ、その人間をいつまでも励まし元気づけるとしています。そして、最高の教育は日々の生活と仕事の中にあるとしています。

 第2章「忍耐」では、何をするにしても、常識や集中力、勤勉、忍耐のような平凡な資質がいちばん役に立ち、天賦の才は不要であり、天才と称される人物ほど、必ずといっていいくらい、粘り強い努力家であったとしています。ニュートンは業績の秘訣を問われた際「いつもその問題を考えつづけていたからだ」と答え、フランスの博物学者ビュフォンは「天才とは、一つの問題に深く没頭した結果、生まれるものだ」と言ったと。

 第3章「好機は二度ない」では、勤勉の中にこそ「ひらめき」は生まれるものであり、ありふれた事物の背後にある本質を理解する観察力は、人間に大きな差をつけるとしています。ニュートンにしてもガリレオにしても、膨大な科学的知識を土台に、常に本質を探求する観察力や洞察力で、大きな功績を残したと。そして、チャンスをとらえ、偶然を何かの目的に利用していくところに成功の大きな秘密が隠されているとしています。

 第4章「仕事」では、割に合わない仕事にも注意深く心をこめて取り組むべきで、常に最善をつくし、前の仕事より一歩でも二歩でも前進しようと努力することが大切であるとしています。成功を決意し、努力の結果に自信を持つことが大事で、仕事は自分の才能を伸ばす最高の"栄養剤"であると。

 第5章「意志と活力」では、「世間」という学校にしっかり学ぶことが大事で、意志の力さえあれば、人は自分の決めた通りの目標を果たし、自分がかくありたいと思った通りの人間になることができるとしています。自分を方向づけるのはまさに「意志の力」であり、それによって"何も生まない生活"と訣別すべきであると。また、誠実に生きることの大切さを説くとともに、旺盛な活力と不屈の決意さえあれば、この世に不可能なことはないとしています。

 第6章「時間の知恵」では、どんなビジネスにも、それを効率よく運営するのに欠かせない原則が6つあり、それは、注意力、勤勉、正確さ、手際のよさ、時間厳守、そして迅速さであるとしています。また、今日の仕事を明日に延ばすと、二倍時間がかかるとしています。時間を正しく活用すれば、自己を啓発し、人格を向上させられるが、仕事に身を入れず、怠惰な時間を過ごしていると、心に雑草をはびこらせると。1日15分の使い方が人生の明暗を分け、時間にルーズな人は成功のバスに乗り遅れるとも言っています。

 第7章「お金の知恵」では、金を人間生活の第一の目的だなどと考えるべきではないが、聖人ぶってお金を軽蔑するのも正しくないとしています。実際、人間の優れた資質のいくつかは、金の正しい使い方と密接な関係があり、寛容、誠実、自己犠牲などはもとより、倹約や将来への配慮といった間の美徳と密接に関わっているとしています。いちばん大切なのは、正直な手段で金を得て、それを倹約しながら使うことであり、身の丈を超える借金は絶対にしてはいけないとしています。財産を相続した若者は、安易な生活に流されがちであり、望むものが何でも手に入るため、かえって生活に飽き飽きしはじめ、彼のモラルや精神力は、いつまでも眠りから覚めることがないと。

 第8章「自己修養」では、最良の教育とは、人が自分自身に与える教育であり、確固たる目的や目標を持っていれば、勉強も実り多いものとなると。また、仕事を通してしか生まれない実践的「知的素養」というものがあり、"自学自習"で勝ち取った知識は応用がきくとしています。人間は、困難や失敗を克服することで、自己を高めていくものであり、困難に立ち向かわなくても済むようになるのは、人生が終わり、修養の必要もなくなった時だけだと。

 第9章「出会い」では、よき師、よき友は人生の最大の宝であり、人間性を育てる際の成否は、誰を模範にするかによって決まり、われわれの人格は、周囲の人間の性格や態度、習慣、意見などによって無意識のうちに形づくられるとしています。また、「人生を変える一冊」「自分を奮い立たせる一冊」を持つことも大切であり、特に真の人生を生きた人の伝記は、現在に通ずる優れた知恵であるとしています。

 第10章「信頼される人」では、立派な人格は人間の最良の特性であり、人格者は社会の良心であり、同時に国家の原動力となるとしています。教養や能力に乏しく財産の少ない人間でも、立派な人格さえ持ち合わせていれば他人に大きな影響を与えられると。また、言行一致は、立派な人格のバックボーンを成すとしています。真の人格者は、力や才能に驕らず、成功しても有頂天にならず、失敗にもそれほど落胆せず、他人に自説を無理に押しつけたりせず、求められた時にだけ自分の考えを堂々と披瀝し、人の役に立とうという場合でも、恩着せがましいそぶりは微塵も見せないものだと。

 本書はキャリアの入り口にいる若い人向けの自己啓発本と思われている面もありますが、どの世代にも通用する普遍的な自己管理論で、リーダーシップ論、マネジメント論として読める要素も多くあり、中堅・ベテランの人事パーソンの教養書としてもお薦めできる内容です。当ブログには「自己啓発書」というカテゴリーが無いため、リーダーシップ論、マネジメント論として扱いました。


【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

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自己啓発の名著であるとともに、リーダーシップの名著でもある。

『人を動かす【新装版】 』.jpg『人を動かす【文庫版】』 .jpg    『人を動かす【改訂新装版】』 .jpg 『人を動かす【改訂文庫版】』 .jpg
人を動かす 新装版』['99年]『人を動かす 文庫版』['16年]『人を動かす 改訂新装版』['23年]『人を動かす 改訂文庫版』['23年]
1937年10月30日・日本語抄訳版初版(加藤直士:訳)/1958年5月20日・第20版/1958年11月1日・全訳版初版(山口 博:訳)/1982年12月1日・第2版
『人を動かす』[旧版].jpg 本書は、社会人として身につけるべき「人間関係の原則」を具体的に明示した、自己啓発本の古典としてよく知られている本です。1936年に刊行(日本語版は抄訳版が1937(昭和12)年創元社刊)されて以降、全世界で1500万部以上売れてたベストセラーであり、タイトルだけは聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。もちろん、すでに読んだという人も多いかと思います。

 PART1では、「人を動かす3原則」として、①盗人にも五分の理を認める、②重要感を持たせる、③人の立場に身を置く――を挙げています。どんな相手であっても非難せずに相手を認めること、相手に心からの賛辞を示して自己重要感を満たすこと、自分のことではなく相手の立場に立ってその望みは何なのかを考え、そこに自分の望みの標準を合わせることが、人を動かすための重要な点であるとしています。

 PART2では、「人に好かれる6原則」として、①誠実な関心を寄せる、②笑顔を忘れない、③名前を覚える、④聞き手にまわる、⑤関心のありかを見抜く、⑥心からほめる――を挙げています。どんな人でも、自分に関心があって、常に笑顔で、自分の話をよく聞き、自己重要感を高めてくれる相手に対しては、けっして無下に扱うようなことはしないとしています。自然と人に好かれ、行動を促すための、簡単なようでなかなかできている人が少ない人間関係の基礎を説いています。

 PART3では、「人を説得する12原則」として、①議論を避ける、②誤りを指摘しない、③誤りを認める、④穏やかに話す、⑤"イエス"と答えられる問題を選ぶ、⑥しゃべらせる、⑦思いつかせる、⑧人の身になる、⑨同情を寄せる、⑩美しい心情に呼びかける、⑪演出を考える、⑫対抗意識を刺激する――を挙げています。人を説得する12原則では、人を動かす3原則、人に好かれる6原則をベースに具体的な方法が書かれています。自分の意見を相手に受け入れてもらい、説得するためにはまず相手を尊重する必要があるとし、対立することを避け、相手の立場と考えを尊重し穏やかな言動で接することで、相手はこちらの意見を受け入れやすくなるとしています。その上で相手の良心に訴え、相手が興味を引き楽しめるような演出をすることで、結果的に相手がこちらの望む行動をとるようになるとしています。

 PART4では、「人を変える9原則」として、①まずほめる、②遠まわしに注意を与える、③自分の過ちを話す、④命令をしない、⑤顔をつぶさない、⑥わずかなことでもほめる、⑦期待をかける、⑧激励する、⑨喜んで協力させる――を挙げています。人を変える9原則では、相手へ影響を与えるための原則が書かれています。人を変えるには、まず相手を褒め、自尊心を満たし、期待をかけ自分は変われるという自信を持たせること、そして実際以上の評価を相手に伝えることで理想とする指針を示し、やる気を刺激する「肩書き」を与えることで、相手の自発的な行動が促されるとしています。

 「時代が変わっても、人の性質は変わらない」という著者の言葉があります。豊富な事例から抽出される原則が的確で、まさに原則としての普遍性を湛えており、それが、今日もなお本書がベストセラーの上位にある所以でしょう。

 自己啓発の名著であるとともに、リーダーシップの名著でもあります。全部で30の「人間関係の原則」が記されていることになりますが、一つ一つの原則を自分が理解できるまで何度も繰り返し読み、何度も実践しすることで、自分のものへと落とし込んでいくことになるかと思います。

人を動かす 完全版.jpg 創元社の単行本【新装版】(1999年刊)と【文庫版】(2016年刊)の違いは、単行本版には「付」として「幸福な家庭をつくる7原則」というのが掲載されていますが、文庫版にはありません(昨年['23年]、【改訂新装版】の単行本が6月に、文庫が9月に刊行されたが、どこが"改訂"なのか、個人的には未確認。目次を見る限りそれぞれ同じに見えるが...)。また、新潮社より『人を動かす 完全版』(2016年刊)が東条健一訳で刊行されており、こちらは著者の未亡人が編纂に関わり、著者の死後に加えられたエピソードを排し、失われていた「本書を書いた理由」など多くの原稿を復活させたものです(ただし、個人的には創元社版の方が読みつけているせいか読みやすい)。

人を動かす 完全版』['16年]

【1999年新装版[創元社]/2016年新装版文庫化[創元社]/2016年完全版[新潮社]/2023年改訂新装版[創元社]/2023年改訂新装版文庫化[創元社]】

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

蔵書用(単行本)と携帯用(文庫)
『人を動かす【新装版】』1.jpg

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OODAを回すのに必要なリーダーシップとは何か、組織文化の属性は何かを説く。

OODA式リーダーシップ.jpgOODA式リーダーシップ20223.jpg   アーロン・ズー.jpg アーロン・ズー((株)電通 BXCC事業開発プロデューサー)
OODA式リーダーシップ 世界が認めた最強ドクトリン』['23年]

OODA式リーダーシップ2.jpg 本書によれば、PDCAよりも環境変化に柔軟に対応でき、変化が激しい昨今のビジネスをハンドリングしていくフレームワーク概念として「OODAループ」というものがあり、それは「Observe(観察)」「Orient(状況判断)」「Decide(意思決定)」「Act(実行)」に分かれていて、意思決定から行動までを網羅しているとのことです。

 OODAは米国空軍で戦闘機パイロットだったジョン・ボイド大佐が提唱したもので、米国ではすでに確立されており、民間でも一般的であるとのことです。ただし、PDCAが当たり前になってしまっている日本人がOODAを使いこなすには、日本人が苦手とするリーダーシップが必要であるとし、軍事戦略をベースにしたOODAの基礎知識と、求められるリーダーシップについて解説しています。

OODA式リーダーシップ1-2.jpg 第1章では、マネジャーの役割は複雑さに対応することであるのに対し、リーダーの重要な役割は「変化に対応する」ことであるとしています。その上で、真のリーダーに必要な5つの基本要素(①意義を共有する、②与える人になる、③メンバーの強みを見つける、④フィードバック上手になる、⑤成果を明確にする)を掲げています。また、OODAとPDCAの決定的な違いとして、OODAは目指すべき結果を想定しておらず、評価のプロセスもなく、そもそも意思決定のためのものであり、業務改善のためのものであるPDCAとは役割が異なるとしています。

 第2章では、OODAが持つ軍事的エッセンスについて、軍事戦略の基礎である「ランチェスOODA式リーダーシップ2-2.jpgターの法則」から説き起こしています(弱者のための「一次法則(=機動戦)」と「強者のための二次法則(=消耗戦)」)。そして、PDCAが「消耗戦」でいく"正策"であるのに対し、OODAは「機動戦」に可能性を見出した"奇策"であり、本当の戦争よりもビジネスにおいて、その実力を発揮できるとしています。また、一般に知られているOODAの図は、正確なOODAではなく、実際の現場では「明示的な決定」は必要とされず、「判断(Orient)」が直接「行動(Act)」を統制することで、スピーディーな意思決定のプロセスが踏め、これこそがOODAの「速さの正体」だとしています。

 第3章では、ビジネスにおけるOODAの存在意義として、今後「パラダイムシフト」によってビジネスの根本が変化する中、スピーディーに状況を観察(Observe)し、方向性(Orient)を決め、迅速な決定(Decide)により行動(Act)することは不可欠だとしています。また、OODAを回すために必要な組織文化の属性として、信頼、直観、任務、方向性の4つを挙げ、さらに、すべての経営者(リーダー)は、奇策を生み出せるクリエイターであるべきだとしています。

 第4章では、日本でOODAを高速回転させるための手法として、「イシュー・セリング(Issue Selling)」と呼ばれる「問題を課題として経営層に認識してもらうためのプロセス(提案、根回し、協力者探しなど)」を紹介し、その4つのステップ(①前準備、②パッケージング活動、③巻き込み活動、④セリング活動)について解説しています。

 日本では、PDCAは仕事の基本であると言われ続けてきたように思います。一方で、変化の激しい今の時代において、当初の計画通りに事が運ばないことは少なからずあるかと思います。こうした状況において、OODAというフレームワークは、非常に興味深いと思われます。

 ただし、やや漠たる印象もあり、それを日本の企業や職場においてどう回していけばいいのか、具体的なイメージが把握しにくい面もあるように思います。本書も、読んでみてまだ難しく思われる箇所もあるかもしれませんが、OODAを回すのに必要なリーダーシップとは何か、組織文化の属性は何かにフォーカスして書かれている分、「では、どうすればよいのか」をイメージしやすい内容になっているように思います。

OODA LOOP 2019.jpg 「OODAループ」についてより知りたい人は、本書にも紹介されている本で、OODAの提唱者であるジョン・ボイド大佐の弟子だった企業コンサルタントのチェット・リチャーズ氏の著書『OODA LOOP(ウーダループ)』('19年/東洋経済新報社)を読んでみるのもいいかと思います。

《読書MEMO》
●目次
第一章 科学的に考えるリーダーシップの定義
第二章 軍事戦略から紐解く「戦略」の要素
第三章 ビジネスにおけるOODAの存在意義
第四章 日本でOODAを活かすための変革とは
●「人生で偽りのリーダーに出会うほど無駄なことはない。」(31p)
●ランチェスターの法則
・ランチェスターの1次法則(弱者戦略)
「一騎打ちの法則」 純粋な白兵戦、一対一の戦闘を前提とすると、戦闘力が優勢な方が勝利し、勝利側の損害は劣勢の戦闘力と等しくなる。
・ランチェスターの2次法則(強者戦略)
30人と50人が同じ能力の武器を使って戦う場合、兵士数はそれぞれ2乗になると考え、50人の軍が、40人を残して勝つことになる。 公式は「戦闘力=(兵士数の2乗)×武器効率」。

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21世紀の資本による、21世紀の労働者に対する「搾取と疎外」。

人が働くのはお金のためか.jpg人が働くのはお金のためか2023.jpg
人が働くのはお金のためか (青春新書インテリジェンス) 』['23年]

 本書において著者は、「21世紀の労働」という名のミステリーゾーンを旅するとして、ブームを引き起こした経済学者トマ・ピケティの著作『21世紀の資本』(2014年/みすず書房)などに着目しながら、「21世紀の労働」の有り様と実態に迫りつつ、そもそも「人はなぜ働くのか」という考察を進めています。

 『21世紀の資本』で言われていることを著者なりに要約すると、グローバル化の進展とともに富の偏在は進み、「21世紀の資本」は凄まじい規模と速度で国境を越え、暴利をむさぼり、富裕層の不労所得が増大と集中をする一方で、経済格差は広がり、「使い捨て型」雇用は増え、働く人々に貧困が忍び寄る―ということになります。

 第1章では「人はなぜ働くのか」をテーマにした文献を14冊挙げ、それらのアマゾンのサイトにおける「読者のブック・レビュー」を分析しています。そして、そこから、自分たちは「21世紀を生きる労働者」だということを意識しつつも、知的創造活動の成果に見合う待遇(お金)を受けていない、「疎外された労働」の立場に置かれていると感じていることが読み取れるとしています。

 一方で、「若者向けの就活支援サイト」に目を向けると、21世紀の労働者の多くが「お金を得るために働く」と言っている現実を踏まえつつも、彼らに「カネのために働くのか」と問いかけ、企業の採用面接で「なぜ働くの?」と聞かれた際の対応例としては、「自己実現」と「社会貢献」を模範解答として挙げているとのことです。

 第2章では、この文献レビュアーの感覚と就活サポーターの呼びかけを、労働観の変遷、働く理由としての金銭動機、自己実現、承認欲求、社会貢献の5つ対比ポイントから分析しています。そして、それらは正反対の傾向を示していて、就活サポーターは文献レビュアーたちの感覚と真逆の、「21世紀の資本」が求める「21世紀の労働」のイメージを押し付けているように見えるとしています。

 第3章では、以上、述べたように、21世紀の資本は、それが欲している21世紀の労働の鋳型の中に、21世紀の労働者たちを押し込もうとしているという観点から、安倍政権が推し進めた「働き方改革」を批判的に検証しています。その中にはフリーランス絶賛論もありましたが、日本のフリーランスがどこまで自由なのか、実際には高齢者が多く、低収入で不安定なのが実態であり、ギグワーカーなども同様であるとしています。

 第4章では労働観の歴史的変遷を辿り、終章ではアダム・スミスとカール・マルクスにフォーカスして、この偉大なる二人の偉人の労働観から、21世紀の資本による「21世紀の労働」の呪縛から逃れる方法を探っています。そして、そこから「共感」と「覚醒」というキーワードを引き出しています。

 また、ここでは、21世紀の資本による、21世紀の労働者に対する「搾取と疎外」について、「21世紀型ステルス搾取」が端的に集約されているのが「やりがい詐欺」であり、仕事の成果によって承認欲求が満たされるなどして、搾取されているのに疎外感が実感できないのが「ステルス疎外」だとしています。

 本書によれば、アマゾンのサイトにおける文献レビュアーは、金銭的動機を第一に挙げ、やりがい詐欺を警戒しているといいます。企業の採用面接で、自己実現や社会貢献を志望理由とせよとの就活サポーターのアドバイスに従ったとしても、それは「面接での受け答え」と割り切っのてことではないでしょうか。

 考察を進めていく過程は興味深く読めましたが、やや政策批判が先にありきの印象も。本書のタイトルについては、著者自身も「やりがい詐欺の道具立てにされかねず不本意」だそうです。

《読書MEMO》
●目次
序章 ―――「21世紀の労働」に目を向けるわけ
第1章―――湧き上がる「人はなぜ働くのか」論
第2章―――2つの「人はなぜ働くのか」論を比べてみれば
第3章―――日本の21世紀の労働者たちが当面している状況
第4章―――かつて人々はどう働いていたのか
終章 ―――「21世紀の労働」を呪縛から解き放つために


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「表層的なパーパス」とは異なる「深層的なパーパス(ディープ・パーパス)」を提唱。

DEEP PURPOSE.jpgDEEP PURPOSE2023.png  ランジェイ・グラティ.jpg
DEEP PURPOSE 傑出する企業、その心と魂』['23年]  ランジェイ・グラティ(ハーバード大学ビジネス・スクール教授)

 ハーバード大学ビジネス・スクール教授による本書では、高業績を上げる企業は利潤よりもパーパスに導かれているとしています。パーパスは、その会社の従業員、顧客、パートナー、株主などあらゆるステークホルダーをまとめるビジョンを作り出し、倫理的な行動を動かし、ステークホルダーの最善の利益に反する行動に対する本質的な抑制を作り出すものであり、また、文化の強力な原動力であり、組織の内部すべてで一貫性を持つ意思決定の枠組みを提供し、最終的には、会社の株主のために長期的な収益を維持するのに役立つとしています。

 最初の3章は、ディープ・パーパス・リーダーがパーパスについて考える強力なやり方を検討しています。

 第1章「そもそもパーパスとは何か?」では、一般の多くのリーダーは、パーパスを機能または道具として考え、ツールだと思っているが、ディープ・パーパス・リーダーはそれを、より根源的な企業の存在理由そのものを表現するものと考え、彼らにとっては、パーパスは意思決定を形成し、ステークホルダーたちをお互いに結びつける組織原理となるとしています。

 第2章「かみそりの刃の上を歩く」では、ディープ・パーパス・リーダーは、商業主義と社会倫理のトレードオフの調整に取り組み、ステークホルダー間の利害を調整して、ときには彼らが短期的には「不満足」と思うが、やがて万人に利益をもたらすつらい決断をすることもあるとしています。

 第3章「すぐれた業績の四つのレバー」では、ディープ・パーパス・リーダーは企業の成長を導くレバーとして、①戦略立案の焦点を定める能力、②顧客との関係構築、③外部ステークスホルダーへの対応、④従業員の啓発、の四つ便益を指摘しているとしています。

 第4章から第7章は、存在理由(パーパス)を定義して企業に根づかせ、それが本当に業績を改善するようにするために、リーダーたちが実施すべき鍵となるアクションを検討しています。

 第4章「パーパスの真の源:前を見ながら振り返る」では、ディープ・パーパス・リーダーは過去を振り返り、創業者や初期の従業員たちの意図に入り込んで企業の不滅の魂や本質を捉えるため、結果的に感情的なつながりが深まって、存在理由への献身が高まるとしています。

 第5章「あなたは詩人? それともただの作業員?」では、ディープ・パーパス・リーダーがパーパスを伝える際には、壮大な基盤となる物語を語り、会社に深みと意義と、詩情さえももたらすとしています。

 第6章「パーパスの中の「自分」」では、ディープ・パーパス・リーダーは、組織のパーパスをチームメンバーの個人的な発展と成長に結びつけ、内在的動機に火をつけ、高水準の献身と業績を実現するとしています。

 第7章「鉄の檻を逃れる」では、パーパスを深く追求するリーダーは、伝統的な官僚主義的やり方を破壊し、自社をイノベーション、アジャイル性、成長に向かわせようとするとしています。

 最後に、第8章「思いつきから理想へ:未来に湛えるパーパス」で、パーパスを次第に空疎化させてしまういくつかの罠を述べ、ディープ・パーパス・リーダーが会社を正しい方向に維持するために使う手法を紹介しています。

 昨今「パーパス経営」という言葉がよく使われますが、本書では、「ディープ・パーパス(深層的なパーパス)」という概念を初めて提唱し、パーパスには「表層的なパーパス」と「深層的なパーパス」があって、両者は異なるとしています。

 パーパスステートメントを書くのは簡単だが、出来上がった美辞麗句を社員に伝えただけではパーパス経営が行なわれているとは言えず、深層的なパーパスは、経営者が中心となり、経営者と社員が長い時間を掛けて真剣に検討し何度も議論する中で生まれてくるものであるとしています。

 さらには、経営者自らが社員一人ひとりに、パーパスを浸透させるために、自ら実践する必要があり、戦略立案、人材採用、新規事業開発など、どのような仕事を行なう際にも、経営者を始め管理者層がパーパスを実践し、それを下へと伝えていくことが肝要あるとしています。

 ペプシコやレゴ社、リクルートなど、パーパス経営を実現しているとされる18の企業例が紹介されていますが、解説の鵜澤慎一氏が、伊藤忠商事が近江商人の「三方よし」の精神を企業理念に掲げていることを例に、「パーパス経営は実は日本の経営観に近い」と述べており、このことを念頭に置くと、身近な印象を抱きながら読み進めることができるのではないかと思います。

《読書MEMO》
●目次
序文
はじめに
第1章 そもそもパーパスとは何か
都合のいいパーパス
パーパスの別のパラダイム
会社の魂とのつながり
第2章 かみそりの刃の上を歩く
「同時解決策」の誘惑
かみそりの刃の上を歩く
実務的理想主義の心構え
実務的理想主義の勇敢な追求
トレードオフの妙技
第3章 優れた業績の四つのレバー
成長を導く「北極星」(パーパスのレバーその1:方向的)
緊密なエコシステム(パーパスのレバーその2:関係的)
顧客への評判強化(パーパスのレバーその3:評判的)
従業員を惹きつけ啓発(パーパスのレバーその4:動機的)
第4章 パーパスの真の源:前を見ながら振り返る
道徳的コミュニティとしてのビジネス企業
過去に見出す聖なるもの
未来を見つつ振り返る
戦略その1:過去の美化と邪悪化の緊張に特に注目
戦略その2:過去についての批判的対話を育む
戦略その3:パーパスをストレステストにかけよう
第5章 あなたは詩人? それともただの作業員?
ただのエピソードではない――大きな物語
業績はパーパスとともに
ペプシコの大きな物語を語る
「大きな物語」の背後の物語
自分/我々/今
大きな物語を具象化する
第6章 パーパスの中の「自分」
「自分」を解き放つ
「自分らしく、率直に、親切に」
何のために会社にくるのか?
会社はあなたのために何ができる?
人生のパーパスの力を解き放つ
第7章 鉄の檻を逃れる
「醜悪な一大惨状」
パーパスとのつながり
「船頭が多すぎる」問題の解決
パーパス=自律性=信頼のつながり
「根深いタコツボ」問題の解決
パーパス=信頼=協働のつながり
第8章 思いつきから理想へ:未来に湛えるパーパス
コース逸脱
脱線要因その1:属人化のパラドックス
脱線要因その2:(不適切な)計測による死
脱線要因その3:善行者のジレンマ
脱線要因その4:パーパスと戦略の分裂

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CEは、新規事業を立ち上げ推進するだけでなく、既存組織の変革も両立して行うリーダー。

コーポレート・エクスプローラー2.jpgコーポレート・エクスプローラー2023.jpg アンドリュー・ビンズ2.jpg アンドリュー・J・M・ビンズ(後ろ)/チャールズ・A・オライリー(手前)
コーポレート・エクスプローラー――新規事業の探索と組織変革をリードし、「両利きの経営」を実現する4つの原則』['23年]

 本書は、企業の中から新しい探索事業を立ち上げるリーダー(コーポレート・エクスプローラー、CE)に焦点を当てています。CEはスタート・アップの起業家とは異なり、成熟した企業の内側からイノベーションを起こしつつ、既存事業の変革も担うリーダーであり、本書では、実際に存在するCEの事例にフォーカスし、新規事業を立ち上げ、既存組織も変革する「両利きの経営」を実現するための4つの原則を提示しています。

 第Ⅰ部では、調査の結果、創造的破壊を起こす企業には、「戦略的抱負」「イノベーションの原則」「両利きの組織」「探索事業のリーダーシップ」の4つの特徴(原則)があったとしています(第1章)。

 まず、自社の資産を活用して破壊的イノベーションを起こした企業が生まれた経緯とその方法を分析し、CEが社内イノベーションに果たした役割を紹介、CEこそが新規事業は起こすと結論づけています(第2章)。さらに、CEの成功を左右するCEOや経営陣の役割は、企業の成長意欲と直結する「戦略的抱負」を定め、探索事業にお墨付きを与えることだとしています(第3章)。

 第Ⅱ部では、CEが知っておくべき「イノベーション」の原則――着想、育成、量産化――について述べています。着想はただ案を出すだけではなく、解決すべき顧客の問題を突き止め、顧客を惹きつける力のある解決策を出すという二段階があるとし(第4章)、育成は、新規事業の軸となる最重要仮説を検証し、そこから学ぶことであって(第5章)、さらにCEは新規事業のために資産(顧客、組織能力、経営資源)を集めることで、新規事業の成功に欠かせない量産化を実現するとしています(第6章)。

 第Ⅲ部では、探索事業とコア事業を分離する「両利きの経営」について扱っています。探索事業の組織形態としてのフォーカス型、ボトムアップ型、トップダウン型の3つの選択肢を紹介し(第7章)、探索事業システムとしてのチーム構成などについて解説(第8章)、さらに、CEが直面する社員のモチベーション問題や、CE個人のモチベーション問題などのリスクについて述べています(第9章)。

 第Ⅳ部では、経営陣とCEの両面から、リーダーシップについて考察しています。まず、探索事業を妨げる抵抗(「サイレントキラー」)はコア事業システムから生じるとして(第10章)、イノベーションと組織変革を「両立する」リーダーが求められるとし、そうした"二重らせん"型のリーダーの特質を述べ(第11章)、最終章で、新規事業を成功させる最後の要素は「リーダーとして実行する覚悟だ」としています(第12章)。

 著者らの前著『両利きの経営』(2019年/東洋経済新報社)の実践版とのことで、まだ全体的に概念的な記述が多いものの、今回は事例も多く紹介されて、内容をイメージしながら読み進むことができます。ここで言うCEとは、新規事業を立ち上げ推進するだけでなく、既存組織の変革も両立して行うリーダーということになるかと思います。

 CEOに実行する覚悟を持たせるのもCEの役割であると。また、イノベーションの原則、両利きの経営などの要素はすべて成功への地固めであり、最終的にはリーダーとしての勇気が不可欠なのだとしています。個人的には、創造的破壊に向けて、実務者にエールを送っている本であるように思いました(前著が経営論、組織論の色合いが強かったのに対し、今回はリーダーシップ論の色合いが濃い)。

《読書MEMO》
●目次
Part1 戦略的抱負
1 社内イノベーションの利点
2 新規事業はCEが動かす
3 戦略的抱負の条件
Part2 イノベーションの原則
4 着想―新規事業のアイデアを出す
5 育成―検証を通して学ぶ
6 量産化―新規事業のための資産を集める
Part3 両利きの組織
7 探索事業部
8 探索事業システム
9 CEのリスクと報酬
Part4 探索事業のリーダーシップ
10 探索事業を妨げる「サイレントキラー」
11 二重らせん―イノベーションと組織変革を「両立する」リーダー
12 行動する覚悟―新規事業の量産化を決断するリーダー

「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3443】 アンドリュー・J・M・ビンズ/他 『コーポレート・エクスプローラー

優れたリーダーは「脇役」。エンパワーメント・リーダーシップを提唱。

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世界最高のリーダーシップ 「個の力」を最大化し、組織を成功に向かわせる技術』['23年]フランシス・フライ/アン・モリス

 本書は、実際に多くの企業の再生に携わったハーバード・ビジネススクールの教授が、エンパワーメント・リーダーシップについて唱えたものです。

 1章では、一般的なリーダーシップ論ではリーダーにとって最も大切な仕事が隠されてしまうとし、その仕事とは、他者(メンバー)を育てることであって、エンパワーメント・リーダーシップとは、自分の存在によって他者をエンパワーメントし、その影響力が、自分が不在の状況でも続くようにすることであると定義しています。

 そして、「エンパワーメント・リーダーシップの輪」というものを示し、円の中心に「信頼」があり(第2章)、そこから外に向かうにつれて、エンパワーできる他者も増えていき、まず「愛」を通して個人をエンパワーし(第3章)、「帰属」を通してチーム(第4章)、「戦略」を通して組織(第5章)、そして「文化」を通してさらにその影響の範囲を拡げる(第6章)としています。

 つまり、信頼、愛、帰属の3つがエンパワーメント・リーダーシップのコア・コンピタンス(核となる強み)であるが、この段階ではリーダー現場に姿を見せることを前提とした「存在のリーダーシップ」であり、さらにその外側に、組織に対する「戦略」と、組織およびその先のコミュニティに対する「文化」という、「不在のリーダーシップ」の領域があるということです。

 第1部(第1章~第4章)では、「存在のリーダーシップ」について述べています。第2章で「信頼」について、人が信頼するのは、本当の自分を出していると感じられる人(オーセンティシティ)、判断や能力があてにできる人(ロジック)、自分を気にかけてくれると感じられる人(共感)であるとしています。

 第3章では「愛」について、高い基準と献身を両立させた「正義のリーダーシップ」により他者をエンパワーメントできるとし、他者が確実に能力を発揮できる状況をつくるための枠組みを示しています。

 第4章では「帰属」について、多様な組織を構成・維持する4つのステップとして、①多様な才能を引き寄せて選別する、②成功するチャンスを平等に与える、③厳密で透明なシステムを通して最高の人材を昇格させる、④最高の人材を維持する、を掲げています。

 第2部(第5章~第6章)では、「不在のリーダーシップ」について書かれています。第5章で「戦略」について、自分がいない状況でも組織の隅々までリーダーシップを浸透させるにはどのような戦略が効果的であるかを、多くの事例で紹介しています。

 第6章では「文化」について、文化は組織の隅々まで届いてこそ行動指針となるとして、文化を変えるための「プレイブック」として、①懐疑的なデータを集める、②情報を(まだ)誰にも話さない、③厳密で、楽観的な実験プランを作成する、④解決策に全員を巻き込む、の4つのステップを示しています。

 書かれていることは、これまで多くのリーダシップ本で言われてきたようなことも多いです。ただし、帯に「優れたリーダーは『脇役』」とあるように、「リーダーシップの主役はリーダー本人ではない」と言い切っている点や、自分が不在の状況でも続くような「不在のリーダーシップ」というものを提唱している点がユニークでしょうか。事例が多く紹介されていて、方法論・技術論的なこと――例えば「スマホを置き、目の前にいる相手の話を聴く」といったこと――まで細かく書かれており、誰が読んでも啓発される箇所は少なからずあるかと思います。

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コミュニティこそ最強。企業やリーダーが最善のコミュニティを構築する方法を説く。

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Think COMMUNITY「つながり」こそ最強の生存戦略である』['22年]クリスティーン・ポラス(ジョージタウン大学マクドノー・スクール・オブ・ビジネス准教授)『Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』['19年]

 前著『Think CIVILITY 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』(2019年/東洋経済新報社)がベストセラーとなった著者の最新作です。本書では、パンデミック後に常態化した在宅勤務などより急速に人と人との交流が減り、ビジネスやメンタル面での弊害が大きくなる中、「コミュニティ」(本書では、「互いの幸福に配慮し合う個人の集まりである」と定義されている)こそが、この状況を打開するとしています。

 第1部(第1章~第6章)では、企業やリーダーが最善のコミュニティを構築するためには、①情報を共有し、②人を解き放ち、③尊重し合える環境を作り、④率直さを実践し、⑤意義を与え、⑥メンバーの幸福度を高めることだとし、以下、章ごとにそれぞれ解説しています。

 第1章「団結する」では、コミュニティの潜在能力を開花させたいならば、経験や情報を共有すべきであり、連帯感は危機によって育まれるとしています。第2章「解放する」では、コントロールからの解放はコミュニティの潜在能力を開花させるとし、その際には、絶対に譲れない部分を明確にすること、従業員を信じること、ミスを学びの機会と捉えることなどがポイントになるとしています。第3章「尊敬する」では「礼儀正しさ」こそがより強く、高いパフォーマンスのコミュニティを作るとしていて、これは、前著でも強調されていたことです。

 第4章「「徹底した率直さ」を実践する」では、部下へのフィードバックは、ポジティブなものもネガティブなものもコミュニティを育み、パフォーマンスを向上させるとしています。第5章「意義を与える」では、コミュニティとそのメンバーに、その仕事の意義を感じさせる方法を解説し、第6章「ウェルビーイングを活性化する」では、思いやりのカルチャーを作ることのメリットとその方法を説いています。

 第2部(第7章~第10章)では、一人ひとりが最善の自分を発揮することでコミュニティに貢献できるとし、自己認識、運動と栄養、回復、マインドセットなどの基本を探っています。

 第7章「自己認識」では、自己を正しく認識することは成功の基本であるとし、自己認識が人々やコミュニティにもたらすメリットや、自己認識を促進するにはどうすればよいか述べています。第8章「身体的なウェルビーイング」では、エクササイズは心と体に効く万能療法であり、また、食物は体と脳の燃料となり、それはコミュニティの栄養にもなるとして、従業員が共に食事をすることのメリットを説いています。

 第9章「リカバリー」では、睡眠は健康の鍵であり、それはコミュニティを結びつけることにつながるとし、休息と再生はチーム全体の課題であり、それを企業が後押しするにはどのような方法があるか解説しています。第10章「マインドセット」では、批判的になることなく、問題を評価し危機を分析するニュートラルな思考が重要であるとして、「成長型マインドセット」という考えを提唱しています。

 職場のコミュニティづくりに焦点をあて、リーダー層がコミュニティ意識を向上する方法を提案するとともに、個人がコミュニティを構成する一人としての貢献を高める方法も紹介している本です。ビジネスやスポーツなど、多くの分野にわたるケーススタディが紹介されていて、職場や会社がコミュニティとして結束し、発展していくためのヒントを与えてくれるかと思います。

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スタートアップの事業戦略は人生(キャリア)戦略に応用できると説く。

スタートアップ的人生(キャリア)戦略1.jpgスタートアップ的人生(キャリア)戦略.jpg   『スタートアップ!.jpg
スタートアップ的人生(キャリア)戦略』['23年]『スタートアップ! シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』['12年]

 起業家らによって書かれた本書では、成長著しいスタートアップの事業戦略と、個人の人生(キャリア)戦略は驚くほど似通っているとし、変化に対応できるスタートアップ的人生戦略とはどのようなものかを説いています(因みに本書は、『スタートアップ! ―シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』('12年/日経BP)を底本とし、2022年における原著の大幅アップデートを反映させた上で改題した改訂新版である。著者らには、『ALLIANCE アライアンス―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』('15年/ダイヤモンド社)などの著書もある)。

 第1章では、情熱のみでキャリアを検討するのは問題があり、自分の競争上の強みを、大志、市場環境、資産の3つの歯車の組み合わせによって考え、自分のキャリア資本を築くのにふさわしい、歯車がうまく噛み合う場所を見つけ、そこから、情熱のほとばしる方向へと方向転換すべきだとしています。また、成長ループに乗っている分野、もしくは競争の少ない隙間(ニッチ)分野に参入すべきだとしています。

 第2章では、21世紀の人生(キャリア)は、スタートアップと同様に、準備万端になることなどないが、変化に適応できるよう、うまく方向転換できるプランニングが必要であるとしています。そこで、「ABZプランニング」というものを提唱し、それは現状プラン(A)のほかに、目標や目的、そこにたどり着くルートが変わった場合にとるプラン(B)を考えておき、さらに、いざというときの備え、救命ボート的なプラン(Z)も考えておくべきだが、二手先を考えても、それ以上先(C、D、E...)は考える必要はないというものです。

 第3章では、誰かが独力で成功したという「神話」を信じてはならず、事業やキャリアを切り拓いてきた人は、人との縁を何より大切にしてきたとし、仕事上で大き意味を持つ人間関係には、信頼できる盟友、弱いつながり、ソーシャルメディアのフォロワーの3種類があるとしています。また、人とのつながりを大事にするには、まず相手の立場に立って尽くすことであるとしています。

 第4章では、偶然の幸運(セレンディピティ)をどう引き寄せるかについて、好奇心を発揮し、情熱を注げるのを見つけること、周りとのつながりを大切にし、機転を利かせ、活動を絶やさずにいることなどを説いています。

 第5書では、リスクへの対応について、リスクを賢く見極めることは大事で、不確実性とリスクを同一視してはならず、正確にリスクを評価すべきだとしています。また、年齢と仕事のステージによってリスクは異なり、短期的なリスクも、長い目で見れば安定性を高めることになるというパラドックスが、事業にもキャリアにもあてはまるとしています。

 第6章では、よりよい機会を探し、キャリアについてのこれまで以上に優れた判断を下すには、周りの人とのつながりを知恵袋とすることで、さまざまの難問が解けるとし、他人とのつながりがあっても使いこなせなければ意味がないため、必要な情報を人と分かち合うこと、幅広い専門家にアドバイスを求めることを推奨しています。

 スタートアップの事業戦略は人生(キャリア)戦略に類似しており、応用できるというのが本書の趣旨ですが、起業家らによって語られていることで説得力があると受け止める人と、ちょっと自分たちとは遠い世界だと思ってしまう人がいるかもしれません。

 しかしながら、読んでいくと、事実やデータを基に論じていることもあってオーソドックスであり、一方で、「職種ではなく業界を選ぶ」「スキル・情熱と市場環境を組みあわせる」といったスタートアップの発想も活かされていて、さらに「ポートフォリオ・キャリア」「永遠のβ版」といった興味深い考え方も紹介されており、人事パーソンにとっても、啓発される要素が少なからずある本でした。

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なぜ辞める? 若手社員のワーク・エンゲージメントに必要な「キャリア安全性」。

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ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由 (中公新書ラクレ 781) 』['22年]

 本書によれば、2010年代後半からの法改革などにより、日本企業の労働環境は「働きやすい」ものへと変わりつつある一方で、若手社員の離職率はむしろ上がっているとのことです。本書は、若者はなぜ「働きやすい会社」を辞めてしまうのか、企業や日本社会が抱えるこの課題と解決策について、データと実例を示しながら解説したものです。

 第1章、第2章では、職場環境改善のための法整備などによって、負荷も高くなく、叱られることもない、居心地のいい職場、いわば「ゆるい職場」が登場したが、若年層の会社への意識や退職に関するデータを分析した結果、会社のことは好きだが、キャリアが不安で辞めるという、つまり「職場がゆるくて辞める」という若者が増えていることが明らかになったとしています。

 第3章では、最近の若者たちの変化を分析し、仕事志向かプライベート志向かといった志向性が多様化しているとのこと、さらに入社前の社会的経験の量の差により"大人化"している若者とそうでない若者がいて、前者は入社後も活躍するが離職率が高く、後者は、辞めないが成長できにくくなっている傾向があるとしています。

 第4章では、若者のキャリア観の中には、「ありのままの自分でいたい」という意識と、「何者かになりたい」というそれとは矛盾する意識があり、両者の間にある無数のグラデーションの中で、自分の最適解を見つけるために情報過多に陥っているのではないかとしています。その上で、情報だけ多くても展望は開けず、行動することが自律的キャリアをつくるとし、「小さな行動」(スモールステップ)というものを起こすことを提唱しています。

 第5章では、これからの若者と職場の関係について考察し、「人材の囲い込み」的なリテンション施策に疑念を呈し、社外活動の効用を説くとともに、若者側の新しいキャリアチェンジ方法として、A社からB社へすぱっと「転職」するのではなく、現在の所属組織に対するコミットメント比率を下げて別の活動にコミットし、その後にコミットの割合を移す、「コミットメントシフト」とでも呼ぶべきものを提唱し、そのメリットを説いています。

 第6章では、「ゆるい職場」時代の2つの難問を論じています。1つは、人間関係の負荷を上げずに質的負荷を上げるにはどうすればよいか、もう1つは、自律的でパフォーマンスの高い若者ほど辞めていくのにはどう対処すればよいかということです。前者については、若手のみのチームを作るなど、横の関係で育てることを、後者については、社内・職場内だけでなく「外側の世界」を経験させることなどを提唱しています。

 第7章では、社会人生活の助走としての学校生活の在り方に言及し、学校を変えなくては優秀な若者は採用できないとしています。第8章では、ゆるい職場とこれからの日本の関係について考察し、これまでは大企業が若手人材を育てていたが、ジョブ型雇用が進んだ場合に今後直面する課題として、「誰が若手を育てるのか」問題があるとしています。

 若者たちは「不満」により会社を辞めるのではなく、「不安」により会社を辞めるのだという指摘は興味深いものでした。「心理的安全性」が高い企業ほど、優秀な若手の社員の早期離職率が高くなる"皮肉"ととれなくもないですが、むしろ、その職場で働いていて、自分のキャリアの選択権を持ち続けられるかという「キャリア安全性」が、心理的安全性と同様に若手社員のワーク・エンゲージメントに影響を与えるというように捉えるべきなのでしょう。

 個人的には、最近読んだ浜田敬子氏の『男性中心企業の終焉』('22年/文春新書)で、多くの企業が女性社員を対象に導入した両立支援施策が逆に女性にマミートラックと呼ばれる道を歩ませ、性別役割分業を固定化させたという指摘を思い出しました。「両立支援」だけでもダメ(均等待遇促進が必要)、「心理的安全性」だけでもダメ
(「キャリア安全性」が必要)、結構難しいです。

《読書MEMO》
●目次
はじめに――若者はなぜ会社を辞めるのか。古くて、全く新しい問題
第一章 注目すべきは「若者のゆるさ」ではなく「ゆるい職場」
1 若者の早期離職状況 
日本の若者就労の特徴/3割の退職者/大手企業だけが上がっている
2 これだけ変わった日本の職場運営ルール
「職場運営法」改革/すべてはブラック企業批判から始まった/若者が求める職場環境の条件/日本の職場を変えた3本の法律/ほかにもある職場運営法改革/後押しするマーケット/「ゆるい職場」の登場
第二章 若者はなぜ会社を辞めるのか
1 グレートリセットされた日本の職場
不可逆的な変化/新卒社員の労働時間/負荷の低下/叱責されたことがない/職場環境の好転/リアリティショックの縮小
2 好きなのになぜ辞めるのか
高まる若者の不安/転職できなくなるんじゃないか
3 若者の「不安」の正体
なぜ職場環境が良くなっているのに不安なのか/不満型転職から不安型転職へ/不安をどうマネジメントするか/ロールモデルになりえない上司・先輩/世界でも起こる若者と職場の関係変化
第三章 「ゆるい職場」時代の若者たち
1 二層化する若者
「最近の若者」論の限界/コスパ志向/異なる2つの姿勢
2 "白紙"でなくなる新入社員たち
入社時点ですでに違う/学生時代の活動/社会的経験の量/世代間での大きな差/「社会的経験」がもたらすもの/「不安」を感じる新入社員/新入社員の"大人化"
3 「過去の育て方が通用しない」を科学する
10年前の新卒社員と比べる/2016年卒という転機/難問の浮上
第四章 「ありのままで」、でも「なにものか」になりたい。入社後の若者に起こること
1 "優秀な若者"の研究
若者の悩みと希望/矛盾する2つのキャリア観/情報だけが多くても展望は開けない/行動がキャリアをつくる/4つの実像
2 スモールステップで動き出す若者たち
育成の主語の転換/小さな行動から始める/スモールステップの特徴/アクションと性質/実践5要素/ゆるい職場とスモールステップ
第五章 若者と職場の新たな関係
1 定着させることが本当の目的なのか
離れ小島に囲い込む/社外活動の効用/転職がなくなるとき
2 「コミットメントシフト」がもたらす新しい関係
関係社員を増やす/新しい関係の成立/ハイパー・メンバーシップ型
第六章 若手育成最大の難問への対処
1「ゆるい職場」時代の解決不能な問題
2つの難問/成長した若手ほど辞める
2 第一の難問に対処する
いかに関係負荷なくストレッチな仕事をさせるか/横の関係で育てる
3 第二の難問に対処する
自律的でパフォーマンスの高い若者/仕事外の新たな使い方/社内・職場内の「外側の世界」/開示しやすい空気/不安をマネジメントする
第七章 助走としての学校生活
1 若者を育てるスタートライン
学校を変えなくては優秀な若者は採用できない/動機なき学校選択
2 学びの動機はどうつくられるか
外側にしか学校生活の動機は存在しない/学びの選択が自由な国
第八章 ゆるい職場と新しい日本
1 キャリア選択が世界一自由な国をつくる
自由の二重奏/行動と動機の好循環を巻き起こす/企業の新しいメンバーシップ/余白を活かすキャリアづくり/あらゆる経験が活きる
2 日本が今後直面する課題「誰が若手を育てるのか」問題/自律なき自由/はびこるパターナリズム/遅い選択の問題
おわりに

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両立支援が性別役割分業を固定化、「変わらない」企業はフリーライドしている。

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男性中心企業の終焉 (文春新書 1383)』['22年] 浜田 敬子 氏

 朝日新聞で『AERA』で女性初の編集長を務め、今は報道番組のコメンテーターとしても活躍する著者が、自身が長年にわたり取り組んできたジェンダーギャップの問題について、現状とその解消策を論じた本です。

 第1章では、男子的なテクノロジー業界でD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)企業に舵を切ったメルカリの事例が紹介されています。経営者が私財30億円を投じて理科系女子向け奨学金制度をつくるなど、むしろⅠT企業ならではないかとも思わせられましたが、2021年の「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」と言った森喜朗東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の発言問題が、逆に追い風になったというのはナルホドと思いました。

 第2章では、均等法施行以降の30年を振り返りながら、依然ジェンダー指数が万年最下位にある日本の現況を掘り下げています。興味深かったのは、資生堂やベネッセといった両立支援の先進企業が企業内保育や育休期間の延長を実施し、また多くの企業が短時間勤務制度などを導入したが、こうした施策が逆に女性にマミートラックと呼ばれる道を歩ませ、性別役割分業を固定化させることにも繋がったとしている点です。2014年の"資生堂ショック"などもその延長線上にあることになります。

 第3章では、新型コロナによるリモートワークの普及により、女性たちの発言は活発化し、働き方への満足度も上がったものの、企業によって取り組みに差があるため、企業間の「オンライン格差」は拡大しており、また一方で企業内でも、ハイブリッド型の職場で出社している人とリモートを続ける人との間で格差が生じてきているとしています。

 第4章では、政府が2003年から、政治家や企業の経営層・管理職など指導的立場における女性の比率を30%にする 「202030」という目標を掲げていたものの、 2020年になってもその目標は一向に達成されず、あっさりと達成時期は 「2020年代のできるだけ早い時期に」と延期されたこと取り上げ、なぜうまくいかなかったのか、こうした数値目標は逆差別なのか、「女性優遇」という反発にどう挑戦していくべきかを論じています。

 第5章では、経営戦略としてダイバーシティを進める経営者たちを紹介し、第6章では、女性たちの間で世代間のギャップがあることからくる「ロールモデル不在」問題にどう向き合うべきかを提言しています。第7章では、最後の壁は家庭にあり、コロナによって家庭での男性と女性の家事育児時間の格差はむしろ拡大しており、今後は、男性育休の段階的な義務化が、この問題を解くカギになるとしています。

 第7章の最後に、ジェンダーギャップが解消しない背景には、先進的な取り組みをする企業がある一方で、「変わることを拒んでいる企業」があるためだとし、改革を進める企業は「変わらない」企業にフリーライドされていて、「変わらない」企業はいずれ若い世代から見放されていくにしても、フリーライドが続いている期間、タダ乗りされている職場は楽ではないとしている点は、個人的には新たな視点でした。

 取材で得た証言や事例などだけでなく、著者自身の経験も(ずっと正社員として好きな仕事をやってこられたことを恵まれていたと自覚しながらも)盛り込まれていて、読みやすいです。個人的には、分析に啓発的な視点が見られ(両立支援が性別役割分業を固定化、にはナルホドと、「変わらない」企業がフリーライドしているというのは、「ブラック企業」問題と相似形だと思った)、やや漠たる面はあるもののの、解決策も提言されていてよかったと思います。
《読書MEMO》
●目次
第1章 男子的なテクノロジー業界でD&I企業に舵を切ったメルカリ
第2章 日本の「ジェンダー失われた30年」と加速する世界の動き
第3章 リモートワークが変えた意識。阻んでいた「出社マスト」
第4章 数値目標は逆差別か。「女性優遇」という反発への挑戦
第5章 経営戦略として本気でダイバーシティを進める経営者たち
第6章 ロールモデル不在と女性たちの世代間ギャップ
第7章 最後の壁は家庭と夫の家事育児進出

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○経営思想家トップ50 ランクイン(リンダ・グラットン)

新しい働き方を再設計(リデザイン)する前提となるコンセプトと手順を説く。

リデザイン・ワーク2.jpgリデザイン・ワーク.jpg リンダ・グラットンrainiti.jpg
リデザイン・ワーク 新しい働き方』['22年]再来日したリンダ・グラットン教授 2023/1/22(読売新聞オンライン)

 共著『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(2016年/東洋経済新報社)で人生100年時代の生き方を問うたロンドン・ビジネススクール教授である著者が、単著である本書では、コロナ禍で普及したテレワークは働き手の自由度を高める一方で、人的交流を減らしイノベーションを停滞させる可能性もあるとした上で、社員の幸福と企業の競争力向上を両立するには、仕事のあり方を根本から設計し直す(リデザインする)必要があると説いています。

 第1章では、仕事をリデザインするためのプロセスには、①理解する、②新たに構想する、③モデルを作り検証する、④行動して創造する、の4段階があるとして、以下の各章でそれぞれ解説しています。

 第2章「理解する」では、自社における生産性を支える行動と能力は何か、知識の流れと人的ネットワークの仕組みはどうなっているか、社員が仕事と会社に期待することは何か、現場で何が起きているか、を理解する必要があるとしています。

 第3章では「新たに構想する」では、「働く場所」と「働く時間」について新たに構想するべきであり、場所についは、オフィスは「協力」の場となるように、自宅は「活力」のもとになるようにすべきであり、時間については、課題に「集中」する時間を設ける一方で、よりよい「連携」(バーチャルな連携も含め)のための時間の設け方も検討すべきであるとしています。

 第4章「モデルをつくり検証する」では、自社の仕事の在り方を設計し直して、社員がいつ、どこで、どのように働くかというモデルを作った際には、新しいデザインは未来にも通用するか、テクノロジーの変化に即しているか、公平で正義にかなうものかの3点を検証せよとしています。

 第5章「行動して創造する」では、優れたマネジャーの果たす役割を考察し、リーダー層が大きな視点と戦略を示し、それを全社の知見やエネルギーを組み合わせる「コ・クリエーション」のプロセスを試してみることを推奨し、さらに、リーダーがストーリーを描くことで人を動かす「語り力」の重要性を説いています。そして、戦略上の「パーパス」の強化に向けて、これまで述べてきた4つのステップを実践した企業例を紹介しています。


 長引くコロナ禍で、人々の働き方や働くということへの意識に変化が見られるのは間違いなく、企業も今「新しい働き方」を模索しているところではないかと思います。本書の場合、これを仕事の在り方を設計し直す絶好のチャンスと捉えている点が特徴的です。

 また、働き方の再設計の前提となるコンセプトとして、働く人を大切にする職場こそ人は集まり、人間的な豊かさが成果につながるという考えに立ち、その上で、仕事というものを再設計する際の手順を示した本であると言えます。

 かなりコンセプチュアルな説明となっている部分も多いですが、一方で、企業事例も多く紹介されています。また、第2章から第5章までの4章は、各章4節、全16節から成り、それぞれの節の末尾に「新しい働き方のアクション」がまとめられています。そのため、啓発書ではありますが、同時に実践の書とも言えるものになっています。

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すべての過去問が、初版で取り上げた過去問と重複しないかたちで抽出されている。

ビジネス・キャリア検定試験過去問題集2.jpgビジネス・キャリア過去問題【第2版】.jpgビジネス・キャリア®検定試験 過去問題集(解説付き)「人事・人材開発 2級・3級」【第2版】』['22年]

 「ビジネス・キャリア検定試験」は、事務系職種のビジネス・パーソンを対象に平成6年(1994年)にスタートした、中央職業能力開発協会(JAVADA=ジャバダ)が実施する公的資格試験で、事務系職業の労働者に求められる能力の高度化に対処するために、段階的・計画的に自らの職業能力の習得を支援し、キャリアアップのための職業能力の客観的な証明を行うことを目的としています。

 分かりやすく言えば、同じくJAVADAが実施する「技能検定」のホワイトカラー版といったところでしょうか。検定分野は「人事・人材開発・労務管理」「企業法務・総務」など8分野に区分され、その中に「人事・人材開発」「労務管理」「企業法務」「総務」など18部門(2級)があり、2級と3級の試験がそれぞれ年2回実施されています(それとは別に、論述式の1級の試験が年1回実施されている)。

本書は「人事・人材開発」部門の2級(部長補佐・課長級)・3級(課長補佐・係長級)の過去問題集です。一部、労働法関連の問題も含まれていますが、当然のことながら、労働法分野も「人事」の出題範囲内です。「人事・人材開発」部門の出題傾向としては、2級・3級とも新規問題よりも過去問題をそのまま乃至は一部改変して出題するケースの方が、出題数に占めるウェイトとしては圧倒的に高いため、この過去問題集を読み込めば、試験において40問のうち何問かは、読まない人より上乗せできると思います。

 JAVADAは以前から過去問をウェブサイトで公表し、新たに実施された試験も同じように試験後それほど日を置かずに公表していますが、正答の公表のみで解説が無かったため、これだけでは今一つ、過去問を検証する動機づけが弱いように思います。この過去問題集を読むと(一度自分で解いてみるのが理想だが)、どうしてそのような答えになるのか納得することが出来、作問者の意図を嗅ぎ取るセンスのようなものが身につくのではないかと思います。

 そのうえで、(本書にすべての過去問が出ているわけではないので)その他の過去問をウェブサイトでチェックすれば、試験対策効果としては大きいと思います。もちろん、2級・3級についてはそれぞれ公式テキストがあるので、学習効果全体を向上させるためにはテキストの読み込みも欠かせないと思います。ただし、ほとんどの公的資格試験に当てはまることですが、より確実に合格ライン(当検定の場合は6割以上の正答率)を確保しようとするならば、過去問をやらない手はないと思われます。

 本書は第2版ですが、初版をすでに所持している人にもお薦めです。なぜならば、この第2版では、すべての過去問が初版で取り上げた過去問と重複しないかたちで抽出されているからです。したがって、初版に加えてこの第2版も読み込めば、過去問対策としてはより盤石になるかと思います。

 このように、活用すればしただけ試験で有利になるかと思いますが、ただ試験に合格するためというだけでなく、自らの人事的な知識・センスをチェックし、それをより一層磨きたいと思っている人にもお薦めです。

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組織改革の7領域(戦略、DX、リストラ、組織文化、Ⅿ&A、アジリティ、社会変革)を論じる。
CHANGE 組織はなぜ変われないのか.jpgCHANGE 組織はなぜ変われないのか2022.jpg  実行する組織図1.jpg
CHANGE 組織はなぜ変われないのか』['22年]/『ジョン・P・コッター 実行する組織―大企業がベンチャーのスピードで動く(Harvard Business Review Press)』['15年]

 本書は、組織論・リーダーシップ論で著名な著者が、そもそも組織がなぜ変化に適応することが苦手なのかについて解説し、その対処法を紹介したものです。

 全3部構成の第1部「序論」(第1章・第2章)では、第1章で、人類の進化の過程で何千年も昔に確立された人間の性質と、19世紀後半から20世紀前半に形づくられた現代型組織の基本設計は共に、迅速に容易に賢明に変化を遂げることに適しておらず、人と組織は主として、生き延びるために効率性と安定性を確保することを得意としている(21p)ため、人や組織は成熟するにつれて、安定と目先の安全を重んじるメカニズムが強化されていくが、そのため、新たな脅威を察知しても、試練を乗り越えるために十分な規模の変化を十分なスピードで実行できない場合が多いとしています(22p)。今日の世界では、変化に素早く適応しないことほど大きなリスク要因はなく、変化を積極的に追求する姿勢こそが大切であり、今日の企業が生き延びるにはもっと多くの変化が必要であるとしています。

 第2章では、「人間の性質」に組み込まれている生存本能は非常に強く、生き延びようとする本能が働く結果、新しいチャンスを素早く察知し、イノベーションを推進し、変化に適応し、適切なリーダーシップを振るい、好ましい変革を成し遂げる能力が意図せずして押さえ込まれてしまう場合がしばしばあるとのこと(33p)。現代社会では、脅威が極めて手強かったり、脅威を素早く回避もしくは除去する現実的な手立てがなかったりし、この場合、生存チャネルが活性化して緊張が高まった状態が長引きかねず、すると、人は疲弊し、動転して、問題にうまく対処できなくなり、の状態になると、チャンスに気づいたり、冷静に、そして創造的に物事を考えたりする能力が低下する場合が多いとしています(36p)。

人間は生存チャネルの他にもう1つ「繁栄チャネル」というメカニズムを持っていて、これは生存チャネルと異なり、これにより、脅威ではなく機会に目を光らせ、このレーダーが新しいチャンスを察知すると、不安や怒りよりも情熱や興奮が高まり、視野が狭まるのではなく、逆にチャンスへの好奇心により、視野が広がることが多いと。自らの当面の生き残りに関して不安を感じず、ポジティブな感情が高まると、人はコラボレーションに前向きになり、創造性とイノベーションが活発になると(39p)。

 今日の組織が十分なスピードで賢明な変化を実現するためには、多くのメンバーの生存チャネルが過熱することを防ぎ、逆に繁栄チャネルを活性化させる必要があり、しかし、これは簡単ではなく(39p)、現在は昔に比べてデータの入手と活用が容易になったことで、生存チャネルが簡単に過熱しかねず、生存チャネルが過熱すると、繁栄チャネルはあっさり抑え込まれてしまうとしています(42p)。人間本来の性質と現代のピラミッド型組織は、安定性と効率性を重視するため、変化の激しい時代には不向きであり(45p)、そうした現組織に対する学術研究に加え、変革のリーダーシップが求められるとしています。

 そして、適応や変革を早めるにどうすればよいかを、第2部(第3章~第9章)で、戦略、デジタル・トランスインフォメーション(DX)、リストラ、組織文化、M&A、アジリティ、社会変革の推進という組織の7つの領域について述べています。

 第2部「本論」の第3章では、戦略を通じて人々の行動を引き出し成果を上げるためには、マネジメント中心ではなく、リーダーシップ中心のアプローチの方が、変化の速い時代には適しているとしています。

 第4章では、DX成功のカギは、幅広い層の社員に切迫感を持たせ、変革に本腰を入れさせ、行動とリーダーシップを引き出すことであるとしています。

 第5章では、リストラクチャリングは旧来のやり方では弊害は大きくなるばかりであるとして、成功の確率を高めるための方法論を説いています。

 第6章では、組織文化と業績の関係を紐解き、企業文化が好業績を生むとの考えのもと、深く根を張った文化を変え、はるかに良い結果を生み出すにはどうすればよいかを解説しています。

 第7章では、M&Aについて、Ⅿ&A後の統合でしばしば見られる失敗を指摘し、統合にまつわる問題とその解決策や、事業売却や会社分割を見送ってよい場合について述べています。

 第8章では、「アジャイル」な組織として、ピラミッド型組織とネットワーク型組織を併存させた「デュアル・システム」が適しているとしています(著者らが2012年頃にこれに気づいたとしいるように、この部分については、『ジョン・P・コッター 実行する組織―大企業がベンチャーのスピードで動く』 (2015年/ダイヤモンド社)に詳しい)。

 第9章では、社会変革と企業変革の共通点は何かを考察し、社会運動と企業変革は互いに学べることが多く、共に、変革の成否はリーダーシップの在り方にかかっているとしています。

 第3部「結論」(第10章・第11章)では、第10章で、より多くの人に、より多くのリーダーシップを発揮してもらうにはどうすればよいかを説いています。

 第11章では、現代型組織の在り方を捨てずに変える方法として「デュアル・システム」を改めて推奨し、社内のあらゆる部署や組織階層の人たちのリーダーシップを引き出しやすい環境づくりが重要であるとしています。

 コッターの前著『実行する組織』が「デュアル・システム」に的を絞った組織論であったのに対し、コッター社の研究プロジェクトの成果物である本書は、脳科学(「人間の性質」)、現代型組織の限界、変革のリーダーシップの3種類の研究をベースに、戦略、DX、リストラ、組織文化、Ⅿ&A、アジリティ、社会変革の推進という組織改革の7つの領域について論じている点で集大成的であり(著者らは第2部については、自らが関心のある個所から読めばよいとしている)、より幅広い観点から啓発される組織論となっているように思います。

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パワハラする人、される人について分析した人生訓的エッセイ。人事パーソンには物足りないか。

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「人生相談50年」―心理学者で早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生(撮影/山田智絵)(フムフムニュース )

パワハラ依存症 (PHP新書)』['22年]

番組を始めて10年頃、1980年代前半の加藤氏
加藤諦三 j.jpg 本書は、社会学者であり、ニッポン放送のラジオ番組「テレフォン人生相談」のパーソナリティを半世紀にわたり務める加藤諦三氏(1938年生まれ)が、パワー・ハラスメント(パワハラ)をやめられない人、いつもパワハラされる人について解説したものです(懐かしいけれど「まだおやりになっていたのか」という印象もある。大和書房に70年代から80年代にかけて「加藤諦三文庫」というのがあったし、『青春をどう生きるか』('81年/光文社カッパ・ブックス)といった類の著書も多くある。PHP研究所にも70年代「加藤諦三青春文庫」というのがあって、こちらは2020年代に入って復刻されており、PHP新書には本書以外も10冊ばかり著作があって、版元とのつながりは深いようだ)。

 第1章では、パワハラが起きる理由を考察し、パワハラは「観客のいる前で」(みんなの前で)行なわれるという点が重要であり、パワハラをする人は自分の無意識にある失望を部下に投射し、部下を声高に侮辱することで自分の心の傷を癒しているため、観客は多いほど気持ちが落ち着くのだとのことです。

 そして、パワハラが多い職場に共通するのは、コミュニケーションがうまくいってないことであり、そうした職場では、それぞれの個人が心の底にマイナスの感情を溜め込むため、どうしても心を病んだ人が多くなるとしています。

 第2章では、パワハラの深層を分析し、パワハラをする人は、社会心理学者のフロムが唱えた、死を愛好するネクロフィラスな傾向、悪質なナルシズム傾向、近親相姦願望が統合された「衰退の症候群」の病理にあるとしています。

 また、心理学者のアドラーは、「共同体感情をもっている人によってのみ人生の諸問題は解決できる」としており、共同体感情の反対は劣等感、ナルシズム、ネクロフィラスであって、パワハラをする人は、人生の問題を解決できないままに生きているが、無意識では自分の人生が行き詰っていることを感じていても、意識の領域では認めていないといいます。

 第3章では、パワハラされるのは、危機的な状況に陥っても他人にお願いをすることができない人であり、そうした人がうつ病になったり過労死するとしています。パワハラされる人は、世俗には質の悪い人がいることを知り、人を見る目を養わない限り、何度立ち直っても、またそうした人物に利用されて燃え尽きるとしています。

 一方、パワハラをする人は、あらゆる方法で自分が優越していることを確認しようとし、それは強迫性を帯びていて、したくてパワハラをしているわけではないが、そうしないと自分自身では生きられないためサディストになるのだと。つまり、パワハラをするのは善人を装ったサディストであり、彼らには苦しむ部下を見るのが快感であるとのことです。

 第4章では、パワハラする人は、子供の頃に抑圧されて悔しかった思いを、大人になって弱い立場の相手にぶつけているのであり、パワハラする上司への従順は、火に油を注ぐことになるとしています。パワハラされないようにするには、狼の餌食にならない人間関係を築くことであり、心が触れ合う仲間をつくるなどの助言をしています。

 心理学の知見をベースとする一方で、人生訓的エッセイ風でもあり、読んでみて合う人、合わない人がいるかと思いますが、パワハラは依存症であると言い切っている点は明快でした。ただし、パワハラする側の人は、本書にもある通り自分でその意識がないため、きっとこうした本も読まないでしょう(パワハラされる側の人にとっては、状況改善のヒントとなる点があると思った)。

 この本の通りならば、パワハラする上司は詰まるところ、独りで仕事するか辞めてもらうしかないようにも思いますが、企業としては、この点が最も難しいところではないでしょうか。ただし、そうしたマネジメント的な対処策は、本書で扱う範疇には含めないことを前提に書かれている本であり、その点は人事パーソンには物足りないのではないかと思います。

 ただ、冒頭に「まだおやりになっていたのか」と書きましたが、心理学の知見は仕事や生活における対人関係で応用可能な普遍性があり、また「人生相談」などはベテランが活躍できる場でもあるので、続けられること自体は良いことだと思います(最近週刊誌などで散見する、自分の過去の経験を滔々と述べるタイプの人生相談よりはいいのではないか)。


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ウェルビーイングを高める5要素。内、キャリア・ウェルビーイングが最重要であると。

『職場のウェルビーイングを高める.jpg職場のウェルビーイングを高める 2022.jpg Jim Clifton.jpg  『ザ・マネジャー』2022.jpg
職場のウェルビーイングを高める 1億人のデータが導く「しなやかなチーム」の共通項』['22年]Jim Clifton(Chairman and CEO, Gallup)/ジム・クリフトン/ジム・ハーター 『ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる ボスからコーチへ』['22年]

 本書は、次にくるグローバル危機はメンタル・パンデミックかもしれないとの危機感のもと、「ウェルビーイング(充実度)」という切り口から、しなやかで永続する組織やチームの共通項を、長年にわたるギャラップの調査を基に導き出したものです。

 第1章では、「想像しうる最高の生活」とは何かを考察し、ギャラップの調査から、エンゲージできる「よい仕事」に就くことが、生き生きした暮らしを送る、まさしくその基盤になることが判明したとしています。そして、ウェルビーイングに欠かせない5つの要素を挙げています。、

 第2章では、第1章で述べた5つのウェルビーイングについて、それぞれ解説しています。その5つとは、①キャリア・ウェルビーイング(日々していることが好き)、②人間関係ウェルビーイング(人生を豊かにする友がいる)、③経済的ウェルビーイング(上手にお金を管理する)、④身体的ウェルビーイング(やり遂げるエネルギーがある)、⑤コミュニティ・ウェルビーイング(住んでいるところが好き)になりますが、この中でキャリア・ウェルビーイングが最も重要であり、他の4つの基盤となるとしています。

 第3章では、生き生きした組織文化を生み出そうとするに際して、社内外にありがちな4つのリスクを挙げています。それは、①従業員のメンタルヘルス、②明確さと目的の欠如、③指針やプログラム、特典への過度の依存、④スキルの浅いマネジャーの4つであるとして、それらへの対処法を述べています。さらに、ウェルビーイングとレジリエンスの高い文化は、危機の時も優れたパフォーマンスを上げるとしてレジリエンスの重要性を説くとともに、危機においてフォロワーが必要としているのは、希望、安心感、信頼、思いやりであるとしています。

 第4章では、キャリアのエンゲージメントからウェルビーイングは始まるとし、ウェルビーイングの実践法を身につけるための今すぐ使えるシンプルな洞察方法として、自らの①期待値、②強み、③能力開発、④意見、⑤ミッションや目的の5つのエンゲージメント項目を見つめ直すことを説いています。また、マネジャーはこのエンゲージメント項目に沿って、従業員が何を必要としているかを考えた上で彼らに接し、彼らにとって仕事を意味あるものにする役割を担うとして、その具体的方法を示しています。

 第5章では、ウェルビーイングを高めるにはどうすればよいかを考察し、従業員の強みを特定できれば、それを活かして職場のウェルビーイングを高めることができ、それは直ちにレジリエンスとメンタルヘルスの向上にもつながるとしています。

 巻末に付録として、①5つのウェルビーイング要素に関する強みの洞察とアクション項目、②マネジャー・リソース・ガイド――ウェルビーイングの5つの要素、③テクニカルレポート――ギャラップのウェルビーイング5つの要素の研究と開発、④従業員エンゲージメントと組織的成果の関係、といったメソッド集や調査の概要が付されています。

 このようにギャラップの調査がベースになっているということもあり、何か突飛なことが書かれているわけではないですが、ウェルビーイングというやや一般には漠然とした概念をわかりやすく整理・要素分解し、キャリア・ウェルビーイングこそが最も重要であると結論づけている点が、主張が明確だったように思います。

 同著者の前著『ザ・マネジャー―人の力を最大化する組織をつくる ボスからコーチへ』(2022年/日本経済新聞出版)では、社員の熱意とやる気を高めるためにマネジャーは何をすべきかということを説いていましたが、本書も、部下コミュケーションやリーダーシップについて述べた本として読めます。前著同様に、テーマごとにポイントが整理されていて、意識の面、実践の面から改めて振り返ってみるのにいい本であると思います。

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人的資本時代のリーダー論。組織のパーパスと社員のパーパスを結びつけるという点で啓発的。

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THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)――「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』['22年]『The Heart of Business: Leadership Principles for the Next Era of Capitalism』['00年]ユベール・ジョリーユベール・ジョリー.jpg
ベスト・バイ(Best Buy)米ミネソタ州ミネアポリスに本社を置く世界最大の家電量販店
ベスト・バイ.jpg 「人」を大事にする、「パーパス」を大切にするといったことは最近よく聞かれますが、「パーパス経営」と言われても今一つ漠たるイメージしかなかったりすることも多いかと思います。本書は、マッキンゼーのコンサルタント出身で数々の企業の再生を行なってきた元ベスト・バイのCEOが、企業経営がどん底の中、リストラでも事業縮小でもインセンティブでもなく、目の前の人とパーパスでつながることを選んで会社を立て直した自身の実体験をもとに、これからの時代のリーダーシップについて述べたものです。本書では、パーパスを明らかにし、人々の深いつながりとパーパスを基軸に経営することが、ビジネスの核心(ハート・オブ・ビジネス)だと述べています。

働く意味.jpg 第1部(第1章~第3章)では、人にとっての仕事の意味について考察しています。仕事は生きる意味の探究の一部であり、「人間らしく生きるのに欠かせないもの」「自分の生きる意味を探すための鍵」「人生に充実感を見いだす手段」だと捉えることで、経営者と従業員の関係がよくなり、ビジョンを達成できるようになるとしています。また、自分のパーパスを探るには、
  ① 愛していること、
  ② 得意なこと、
  ③ 世界が必要としていること、
  ④ お金を得られること
の4つの要素が重なるところに自分のパーパスがあるとしています。

 第2部(第4章~第7章)では、企業は利益ばかりに目を向けていると、顧客や従業員を敵に回すことになり、企業におけるパーパス(その企業が存在する意義)と人を重視すべきであって、「ノーブル・パーパス(大いなる存在意義)」を会社の戦略の要とし、それに沿った経営慣行を作るべきであるとしています。そして、どんなときも人から始め人が最後になるとし、人のエネルギーを生むにはどうすればよいかを説いています。

 第3部(第8章~第13章)では、時代遅れとなった「アメとムチ」による経営手法に代わるアプローチの鍵となるものを「ヒューマン・マジック(人に備わる魔法のような力)」と呼び、経営者が以下の5つの要素を意識し従業員への接し方を変えることで、彼らの働き方が変わるとしています。
  ① 個人の夢と会社のパーパスを結びつける
  ② 人と人とのつながりを育む
  ③ 自律性を育む
  ④ マスタリー(熟達)を追究する
  ⑤ 追い風に乗る(成長できる環境を作る)

 第4部(第14章~第15章)では、パーパスフルなリーダーになるために大切なことを挙げ、パーパスフル・リーダーの5つの「あり方」として、以下を挙げています。
  ① 自分と周囲の人々のパーパスを理解し、それらと企業のパーパスの結びつきを明確にする
  ② リーダーとしての役割を明確にする
  ③ 誰に仕えているかを明確にする
  ④ 価値観を原動力にする
  ⑤ 偽りのない自分になる

 本書は、経営者自らがパーパスについて語った最初の本であるとのことです。個人的には、一人ひとりにとってのパーパスというものを、企業にとってのノーブル・パーパスに敷衍している点が興味深かったです。個々にものすごく目新しいことが書いてあるわけではありませんが、リーダーは完璧である必要はなく、リーダーにとって重要なのは自分らしくあることであり、また、最善を求めて努力し続け、周りの人とコミュケーションをとり、組織のパーパスと社員のパーパスを結びつけ、彼らがのびのびと働ける環境づくりをすることこそが求められるということを、改めて教唆してくれる本でした。

世界の家電量販店業界.jpg

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人的資本時代のリーダー論。啓発的でありながらも、どことなくもやっとした印象も。

人的資本の活かしかた1.jpg人的資本の活かしかた2022.jpg
人的資本の活かしかた 組織を変えるリーダーの教科書 単行本』['22年]

 本書では、日本にアップルやアマゾンがような企業が生まれないのは、かつて製造業を世界一に押し上げた日本的な組織のあり方からなかなか脱却できず、人的資本への投資が進んでいないからであるとしています。日本企業の持つ資産の多くは、設備や建物、現金などの有形資産に偏っており、今、日本の企業も「人的資本経営」へと大きく変革する必要があるとしています。本書は、これから企業にとって「人的資本経営」は避けられない課題になるとし、ではその「人的資本経営」とは何なのか、 今までのマネジメントとどう異なるのか、これからのリーダーにはどのような能力が求められるのかを解説しています。

 第1章で、「人的資本経営」とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方であると定義し、今、人的資本経営が注目される理由は3つあり、1つは社会からの要請、1つは企業の戦略的必要性、1つは価値観の変化であるとしています。

 第2章では、人的資本時代における管理職を「チーム経営責任者(TMO=Team Management Officer)」と定義し、チーム経営責任者に求められる能力として、①キャリア支援力、②強み発見力、③仕事アサイン力、④チームビルディング力、⑤人材獲得力、⑥オンボーディング力、⑦全体俯瞰力の7つを挙げ、以下、第3章から第9章までの各章でそれぞれについて解説しています。

 まず、第3章と第4章では、人的資本を伸ばす能力としての「キャリア支援力」と「強み発見力」について述べています。「キャリア支援力」は、ポジションを重視した組織内キャリアではなく、人的資本に注目した個人のキャリアを支援するものであり、「強み発見力」は、自分のコピーをつくる育成ではなく、それぞれのメンバーの強みを引き出す能力であるとしています。

 第5章と第6章では、人的資本を活躍させる能力としての「仕事アサイン力」と「チームビルディング力」について解説しています。「仕事アサイン力」は、メンバーに対して画一的に関わるのではなく、それぞれの強みにフォーカスした個別アプローチがベースになるとし、「チームビルディング力」は、かつてのような上意下達ではなく、メンバーの力がスムーズに発揮できるフラットなチームづくりのために必要であるとしています。

 第7章と第8章では、チームに人的資本を投入する能力としての「人材獲得力」と「オンボーディング力」について述べています。「人材獲得力」の前提にあるのは、人材は受け身的に与えられるものではなく、管理職が自分から獲得していくものであるという考え方であるとし、「オンボーディング力」は、新しく受け入れたメンバーをチームに当てはめるのではなく、新しいメンバーの強みを活かして新たなチームを作っていくということが基本となるとしています。

 さらに、第9章で、チームの人的資本と経営戦略をつなぐ能力としての「全体俯瞰力」について、近視眼的に自分のチームだけを見るのではなく、経営戦略との連携を重視するということであるとしています。そして最後に、第10章で、人的資本経営にありがちな「5つの罠」を挙げ、罠に陥らないために人事部門や経営者が行うべきことを説いています。

 人的資本は、人的資本情報の「開示」という面で注目を集めていますが、将来的に企業価値向上につなげるという意味では、実際のアクション部分である人的資本の「最大化」を行うことが、組織を強くする上で大事であり、その中核を担うのが中間管理職であるという本書の趣旨は、その通りであると思います。

 「組織を変えるリーダーの教科書」とサブタイトルにあるように、人的資本時代における「チーム経営責任者」としての管理職やリーダーに求められる能力とそれを発揮するためのスキルが、よくまとめられていると思いました。

 一方で、啓発的な内容でありながらも、どことなくもやっとした印象にとどまる面もあり、読みやすい本ですが、書かれていることを実践しようとしたら、何度か読み返しが必要な本でもあるように思いました。

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「転身力」を身につける方法をエッセイ風に論考・解説。味わい深かった。

転身力1.jpg転身力2022.jpg
転身力-「新しい自分」の見つけ方、育て方 (中公新書 2704) 』['22年]

 本書では、人生100年時代とも言われ、誰もが人生二毛作、三毛作を楽しめる可能性のある時代において求められるのは、自分を変えるための「転身力」を身につけることであるとし、自らの道筋を変えるポイントやその際の課題について、豊富な実例をもとにエッセイ風に論考しています。

 第1章では、俳優として何度も復活した藤田まことなどを例に挙げて、複数の世界を経験することで人生は豊かになるとしています。また、著者自身が取材した多くの事例から、転身にはさまざまなキャリアチェンジのパターンがあり、中高年以降の転身は、年齢と自己実現との関係からますます注目されるようになっているとしています。

 第2章では、転身の条件として、①実行、行動できる、②自分を語ることができる、③大義名分を持つ、の3つを挙げ、それらは具体的にはどういうことなのかを解説しています。

 第3章では、企業に在籍しながら取材・執筆・講演をしていた著者自身の経験などを踏まえ、転身においてはそこに至るプロセスが大切であり、会社勤めにもメリットはあるし、会社に勤務する傍ら、起業だけではなく趣味も含め、自分なりの本業を"予行演習"的に育てていく道もあるとしています。

 第4章では、転身の際には個人事業主としての商売感覚、自分にとっての幸せの定義づけ、自分の顧客は誰かという見極めが必要であるということを、著者自身の失敗した例、うまくいった例を引き合いにしながら説いています。

 第5章では、野球選手の「再生工場」と言われた野村克也監督や、月亭八方にに弟子入りして芸人から落語家・月亭邦正に転じた山崎邦正の例を引くなどして、転身においては師匠やメンターの存在が大きな役割を果たすとし、ではどうすれば師匠やメンターが見つかるのか、そのポイントを解説しています。

 第6章では、カメラマンから作家になり、さらに時代小説に特化した佐伯泰英の例などを紹介し、人間万事塞翁が馬と言われるように、挫折や不遇は実はチャンスなのだとしています。

 第7章では、伊能忠敬の生き方を例に引くなどして、好きを極めてこそ人生であり、好奇心が転身を支えるとしています。また、移住という転身もあれば、地元愛や故郷愛を全うし、地域に貢献するという転身もあるとしています。

 多くの転身の事例が紹介されており(ここに挙げたのはごく一部)、その中には著者自身が取材したものも多く、また、自身の経験も織り込まれていて、味わい深く、説得力もありました。自分自身の転身を考える上でも、読んでみる価値はあるかと思います(本書によれば、人事パーソンはあまり転身しないようだが)。

 かつて企業がキャリア研修などで中高年社員に転身を呼びかけるときには、どこかに中高年社員に会社を辞めて欲しいという気持ちが見え隠れしたこともあったように思います。今後は、社員のキャリアに真に寄り添うことが、企業に求められる役割になってくると思われ、社員が「新しい自分」を見つけたり育てたりすることを企業がサポートでできれば、それがベストなのだろうと思いました。

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「3つのトレード・オン」「レジリエント・カンパニー」「トリプルA」を提唱。抽象レベル?

しなやかで強い組織のつくりかた.jpgしなやかで強い組織のつくりかた 3.jpg 
しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション』['22年]

 長年にわたり日本企業を観察してきた著者は、日本の組織には、個人のパッションの炎を消してしまう「もったいない」力が働いているといいます。この状況を変えていかなければ「望ましい未来」は訪れないとし、目指すはしなやかで強い人間集団「レジリエント・カンパニー」であり、その実現のためには「マネジメント・イノベーション」が必要であるとしています。

 そして、「望ましい未来」を迎えるには、「3つのトレード・オン」の実現が求められ、 1つ目は、企業の発展と、健全な社会および自然環境の間のトレード・オン、2つ目は、組織の発展と働き手個人の充実感、やりがい、いきがいの間のトレード・オン、3つ目は、業績・ワークと家族と暮らしの幸福度の間のトレード・オンであるとしています。

 第1章では、これまでの人びとの働き方を振り返り、働き手の「暮らし」「幸福度」「人間性の解放」が軽視されてきたとしています。

 第2章では、日本的組織のこれまでの強みであったまじめさ、継続力、一体性は、20世紀には適していたが、こうした光(強み)に部分から生まれた、枠組みの重視と個の軽視、均質化、前例主義といった影(弱み)の部分もあるとしています、

 第3章では、これからの企業が「レジリエント・カンパニー」にならねならない理由を、人口統計学的な変化や、経済と成長市場のグローバルシフトなど、企業と組織を変えるメガトレンドとしての5つの「未来の種」を挙げて、それらの観点から解説しています。

 第4章では、日本企業はこれまでどうしてマネジメント・イノベーションを起こしにくかったのかを考察し、組織運営に必要な要素と、それらの21世紀に必要とされる実践スタイルを示しています。

 第5章では、「しなやかで強い組織体質」を実現する原理原則として、「トリプルA」、すなわちアンカリング(Anchoring)、自己変革力(Adaptiveness)、社会性(Alignment)の"3のA"と、それを強化する"9つの行動"を提唱し、その狙いを解説しています。

 第6章では、日本の上場企業に勤める社員2千人以上に対してトリプルA経営の観点から行った調査の結果から、日本企業におけるその現状と経営効果を、個別項目、性別、織級、業種別ごとに分析しています。

 第7章では、マネジメント・イノベータにとって必要な心構えとして、「主体性」「建設的思考」「行動重視」の3つが出発点となるとしています。

 第8章では、トリプルA(アンカリング、自己変革力、社会性)の原則、現場での行動、期待できる効果をより詳しく解説し、マネジメント・イノベーションの具体的なアクションを「カード」にして示しています。

 終章では、冒頭に述べた「3つのトレード・オン」を実現し、しなやかで強い組織「レジリエント・カンパニー」となることが最終ゴールであることを改めて説き、本書を締めくくっています。

 マネジメントのあり方や、組織運営そのものに革新を起こすことが日本企業にとっての最重要課題であるという趣旨であり、目指すは「しなやかで強い人間集団」=レジリエント・カンパニーであるという方向性もしっかりしているように思いました。マネジャーでなくともマネジメント・イノベータになり得るというのも啓発的でした。

 ただし、トリプルAとは何か、それを「現場での行動」にまで落とし込んだとしながらも、例えばそれが「強い信頼感の醸成」といった抽象レベルにとどまっており(もし自分で書いているとすればスゴイ日本語能力!)、全体としては"実践書"としてより、"啓発書"としてのの色合いが濃かったように思います。

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この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であると。

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才能の科学;人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』['22年]『非才!: あなたの子どもを勝者にする成功の科学』['10年]『Bounce: Mozart, Federer, Picasso, Beckham, and the Science of Success』['10年]

 ビジネス、学問、スポーツ、芸術...。能力は後天的に伸ばせる! 元オックスフォード大学主席のアスリートが科学的に導き出した成長の法則を、スポーツ選手らのエピソードを交えつつ紹介する―。(版元口上)

 著者マシュー・サイドの『非才!―あなたの子どもを勝者にする成功の科学(Bounce: Mozart, Federer, Picasso, Beckham, and the science of success(2010)』('10年/柏書房)を改題の上、復刊したもの。したがって、同著者の近著『失敗の科学―失敗から学習する組織、学習できない組織(Black Box Thinking: Why Most People Never Learn from Their Mistakes(2015)』('16年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『多様性の科学―画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織(Rebel Ideas: The Power of Diverse Thinking(2019)』('21年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)より前に書かれた本になります。

 3部構成の第1部「才能という幻想」(第1~4章)では、芸術や学問、スポーツ、ビジネスなど、あらゆる分野で見られる、生まれながらの才能という考え方に疑問を呈し、批判的に考察しています。

 まず、英国代表の卓球選手として2度オリンピックに出場した著者自身についての考察から始まり、著者がすぐれた卓球選手になれたのは、訓練内容や恵まれた環境が要因であったとしています。さらに、"天才"と言われたチェスプレーヤーのガルリ・カスパロフがIBMのディープブルーに勝てたのは"経験"の差であり、"神童"と言われたモーツァルトの場合も、優秀なバイオリニストと練習時間の間には密接な相関関係があり、幼くして英才教育を受けた彼のケースは、そのことの例外と言うよりむしろ証左であると。

 さらには、ゴルフのタイガー・ウッズやテニスのウィリアムズ姉妹の過酷なトレーニング、幼少期から傑出したチェスプレーヤーになるために英才教育を受け、実際にそうなったポルガー3姉妹の話など、さまざまな例から、才能ではなく目的性のある訓練と成長への気構えによって傑出した人物が生まれるとし、人を褒めるときは知性より努力を褒めた方が効果的でり、企業における才能至上主義は良い結果を招かないとしています。

 第2部「パフォーマンスの心理学」(第5~7章)では、プラシーボ効果(偽薬を本物の薬と思い込み、服用することで得られる心理効果)のようなものがスポーツのパフォーマンスにおいて大きな役割を果たすことを、ボクシングのモハメド・アリや三段跳びのジョナサン・エドワーズにとっての宗教、タイガー・ウッズにおける強固な自信などから説明し、「信条」という言葉で表される脳の状態が、高いパフォーマンスを生むとしています(第5章)。

 さらに、「あがり」のメカニズムについて考察し、熟練者だけがあがる能力を持っているとして、それを回避する方法を説くとともに(第6章)、儀式(所謂「ルーティーン」というもの)がなぜスポーツのパフォーマンスを向上せるのか、また、大会で優勝するなどして目標を達成したあと憂鬱になるのはなぜか、考察しています(第7章)。

 第3部「能力にまつわる考察」(第8~10章)では、知覚というものの構造はつくり変わるものであり、意識的な処理ができる帯域幅は誰も同じようなものだが、熟練者はその幅を広げられるとし(第8章)、さらに、ドーピングや遺伝子改良について、強化手段のすべてが人類の将来にマイナスとなるのかどうか考察、最後に、陸上競技において黒人は、短距離(西アフリカ)においても長距離(東アフリカ)においても遺伝子的に優れた走者であるというのが必ずしも正しくないことを実証し、改めて、能力は生得的なものではなく後天的に伸ばせるものであるとして本書を締めくくっています。

 基本的には、この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であるという主張の本ですが、著者自身がアスリート出身であることもあってスポーツに関連した事例が多く、説得力をもって楽しく読めます(環境論である点でマルコム・グラッドウェルの『天才! ―成功する人々の法則』('09年/講談社)に近いが、解説でも述べられているように、グラッドウェルの方が「1万時間の練習で何でも習熟」説を安易にぶち上げている分、通俗的か)。

 『失敗の科学』(原著2015年、邦訳2016年)は、なぜ人や組織が失敗をしてしまうのか、そしてそれ以上になぜその失敗から学べずに落とし穴にはまり続けるのかをまとめたもの、『多様性の科学』(原著2019年、邦訳2021年)は、画一的な集団はみな同じ事しか考えず、同じ見落としをしてしまうし、別のフレームで物事が考えられず、大失敗を引き起こすとし、本当の多様性をつくり活用するにはどうすればよいかを説いた本です。未読であれば、本書に次いでこれらに読み進むのもいいかと思います。

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

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ギャラップ調査に基づくマネジャー論。優れたマネジャーは「優れたコーチ」であると。

『ザ・マネジャー』.jpg『ザ・マネジャー』2022.jpg 『ザ・マネジャー』原著.jpg  さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 最新版.jpg
ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる ボスからコーチへ』['22年]『It's the Manager: Moving From Boss to Coach』['19年]ジム・クリフトン/ギャラップ 『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 最新版 ストレングス・ファインダー2.0

 本書は、ベストセラーシリーズ『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』の著者ジム・クリフトンらが、数十年にわたるギャラップの調査をもとに、「人の力を最大化する組織」をつくるための問題解決の糸口となる突破口を、50項目以上(全52章)にわたり解説したものです。それぞれをテーマごとに5つの部に分けて取り上げ、従業員エンゲージメントを高めるための方法や、従業員の「才能」を開花させる方法、そのためにマネジャーがとるべき会話やアクションなどを詳説しています。

 第Ⅰ部「戦略を立てる」(第1章~第5章)では、職場で求められているものが「給料」→「目的」、「満足度」→「成長」、「ボス」→「コーチ」、「年次評価」→「継続的な会話」と変化してきているとした上で、リーダーに欠かせない特性について述べています。

 第Ⅱ部「組織文化をつくる」(第6章~第8章)では、なぜ組織文化が重要であるのか、また、それを変革するには何が必要かを述べています。

 第Ⅲ部「採用のためのブランドを確立する」(第9章~第19章)では、新世代の労働力を惹きつけ、スター社員を採用するにはどうすればよいか説くとともに、新入社員のキャリアを方向づける「オンボーディング(入社後施策)」プログラムや、能力開発への近道となる「強みに基づく会話」、成功するために必要な「7つの期待値―コンピテンシー2.0」を紹介しています。また、「サクセッションプラン(後継者育成計画)」を科学的に行うための4つのステップや、成功する退職とはどのようなものかについても述べています。

 第Ⅳ部「ボスからコーチへ」(第20章~第31章)では、コーチングを成功させるための「3つの条件」と「5つの会話」を紹介するとともに、給与や昇進の正しい在り方、レーティング(評価)における「バイアスの罠」とその補正方法、従業員の定着を高めるキャリアアップの3要素、チームを成功に導く12の要素などを列挙しています。また、なぜ従業員は仕事に対して「エンゲージしていない」のか考察し、「能力開発を重視する組織文化」をつくるのに必要な4つの要素や、優れたマネジャーが持つ5つの特性を挙げ、どのようにしてマネジャーを育てるかを論じています。

 第Ⅴ部「これからの働き方」(第32章~第52章)では、ダイバーシティ&インクルージョンの3要件や働く女性が直面する3つの課題について述べるとともに、年配社員の活かし方、福利厚生、フレックスタイム、イノベーション、アジャイル、ギグワーカー、AIテクノロジーなどについて論じ、最後に、ビジネスの成果には「人間の本質」が果たす役割が大きく、マネジャーこそが成功のカギであるとして、本書を締めくくっています。

 巻末に100ページ以上に及ぶ調査資料が付されているように、ギャラップの調査がベースになっているということもあり、何か突飛なことが書かれているわけではないですが、幅広く、かつオーソドックスな内容であるように思いました。

 それでいて、時代の変化に沿った内容にもなっていて、その中で特に強調されていたのは、「ボスからコーチへ」ということ、つまり、優れたマネジャーとは「優れたコーチ」であるということではなかったかと思います。

 テーマごとにポイントが整理されていて、社員の熱意とやる気を高めるためにマネジャーは何をすべきかということを、意識の面、実践の面から改めて振り返ってみるのにいい本であると思います。

《読書MEMO》
●オンボーディングのための5つの質問(第13章)
1「皆が信じているものは何か」
2「私の強みは何か」
3「私の役割は何か」
4「私のパートナーは誰か」
5「ここでの自分の未来はどうなるか」
●7つの期待値―コンピテンシー2.0(第17章)
・人間関係を築く
・人を育てる
・変化を導く
・人に意欲を吹き込む
・批判的に考える
・明確なコミュニケーションをとる
・アカウンタビリティを生み出す
●サクセッションプランを科学的に行うための4つのステップ(第18章)
1 客観的なパフォーマンス評価から始める
2 カギとなる成功体験を分析する
3 生来の傾向を活かす
4 個別にリーダーシップ開発を設計する
●退職を成功させる(第19章)
 1 授業員は「自分の話を聞いてもらえた」と感じている
 2 従業員は自分の貢献に誇りを感じて退職する
 3 退職者をブランド大使にする
●コーチングの3つの条件(第20章)
1 期待値を設定する
2 継続的なコーチングを行う
3 アカウンタビリティを生み出す
●パフォーマンスを向上させる5つの会話(第21章)
1 職務の明確化と人間関係の構築
2 クイックコネクト
3 チェックイン
4 育成型コーチング
5 進捗レビュー
●従業員の定着率を高めるキャリアアップの3要素(第25章)
1 変化をもたらす機会
2 成功
3 希望するキャリアとの適合性
●「能力開発を重視する組織文化」をつくるのに必要な4点(第29章)
1 CEOや取締役会が取り組みを開始している
2 マネジャーに新しいマネジメント方法を教えている
3 全社的なコミュニケーションが行われている
4 マネジャーにアカンタビリティを持たせている
●優れたマネジャーが持つ5つの特性(第30章)
1 モチベーション(チームにやる気をもたらす)
2 ワークスタイル(目標を設定し、リソースを配置する)
3 イニシエーション(周囲に影響を与えて、逆境や抵抗を乗り越える)
4 コラボレーション(深い絆で結ばれた信頼できるチームをつくる)
5 思考プロセス(戦略や意思決定のために分析的アプローチ)
●ダイバーシティ&インクルージョンの3要件(第33章)
 ・「私に敬意を払って」
 ・「私の強みを大事にして」
 ・「リーダーは正しいことをする」
●働く女性が直面する3つの課題(第37章)
 ・職場での不当な扱い
 ・賃金格差
 ・ワークライフの柔軟性

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○経営思想家トップ50 ランクイン(アダム・グラント)

「再考」することの大切さを説く。相手と意見が対立した際の対処法も。

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THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』['22年]『Think Again: The Power of Knowing What You Don't Know』['21年] Adam Grant
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 組織心理学者で、ベストセラーとなった『GIVE & TAKE―「与える人」こそ成功する時代』('14年/三笠書房)の著者による本書では、人はその心理的な特性から思い込みを捨てて考え直すことが苦手であり、既存の考えにとらわれず考えを見直すことは、思考の柔軟性を取り戻し正しい判断を促すとして、その原理と対処法を紹介しています。

 パート1では、私たちの思考様式は、考えたり話をしたりする時、無意識に3つの職業の思考モードに切り替わり、その3つとは、「牧師」(理想を守り確固としたものにするために説教する)、「検察官」(相手の間違いを明らかにするために論拠を並べる)、「政治家」(支持層の是認を獲得するためにキャンペーンやロビー活動を行う)であるとしています。

 そして、それらとは別に私たちが持つべきは「科学者」の思考モードであり、科学者は自分の知っていることを疑い、知らないことを深掘りする力が要求され、真実を追求する時、私たちは科学者の思考モードに入り、仮説を検証するために実験を行い、新しい知識を発見するとしています。

 科学者のように考えるとは、単に偏見のない心で物事に対応することではなく、それは能動的に偏見を持たないことをいい、なぜ自分の見解が「間違っているかもしれない」のか、その理由を探し、わかったことに基づいて見解を改めることが必要であり、大抵の場合、多くの人は偏見を捨てて、様々な観点から物事を見つけることによって恩恵を受けるはずであって、私たちの思考の敏捷性が向上するのは、科学者の思考モードにいる時だからだとしています(第1章)。

 私たちの知識や考えには「盲点」があり、思考の盲点は、人を「見えていないことが見えていない」状態にし、結果として自分の判断力に誤った自信を持つようになり、自分の考えが間違っているかもしれないと考えることさえしなくなるが、対処法はあり、私たちは正しい種類の自信を持っていれば、曇りのない目で自分を見つめ、考え方を改善するよう学ことができるとしています。

人は、ある特定の分野における能力が低ければ低いほど、同分野での自己能力を過大評価する傾向にあり、これが原因で、人は自己を正しく認識できず、多くの場面で自分で自分の足を引っ張り、また、人は自分の知識に確信を持っていると、知識の隙間や誤認を探そうとしないし、当然ながら隙間を埋めたり修正したりしないとしています。

 一方で、経験不足が明らかである時は自らを過小評価するもので、人が自信過剰になりやすいのは、ド素人からワンステップ進み、アマチュアになった時であり、ほんの少しの知識が危険になり得、人は経験を積むにつれて、謙虚さを失うものだとしています。

私たちが手に入れるべきは、バランスの取れた自信と謙虚さであり、つまり、自己の能力を信じながら、自分の解決方法が正しくない可能性、あるいは問題自体を正しく理解していない可能性を認めること、そこから疑問が生まれれば、既存の知識を再評価するようになり、ほどほどの自信があれば、新しい見識を追い求めることができるとしています(第2章)。

 そして、実は、「自分の間違い」を発見することは喜びであり、「愚かなこだわり」から自由になるには、個人的感情に流されず、固定観念を捨て、「外からはいいてくる情報」に心を開くことであり、「ミスを潔く認める人」ほど評価が上がるとしています(第3章)。

 また、「熱い論戦」(グッド・ファイト)は怖れてはならず、「対立を避けてしまう心理」が革新を妨げ、「挑戦的なネットワーク」(耳の痛い意見)を避けるべきではなく、意見が合わない時に感情に流されず「理性的に反論」できるかがカギになるとしています(第4章)。

 パート2では、相手に再考を促す方法を説いています。まず。議論の場で相手の心を動かすには、相手を「敵」と見なすのではなく「ダンスの相手」だと思うことであるとして(第5章)、相手の「先入観」「偏見」とどう向き合うかを説くとともに(第6章)、「穏やかな傾聴」こそ人の心を開くとしています(第7章)。

 パート3では、学び、再考し続ける社会・組織を創造する方法を説いています。分断された社会の「溝」を埋めるために「平行線の対話」を打開していくにはどうすればよいか(第8章)、健全な懐疑心と探究心を育み、生涯にわたり「学び続ける力」を培うにはどうすればよいか(第9章)、「学びの文化」を職場で醸成しさせ、「いつものやり方」を変革し続けるにはどうすればよいか(第10章)を説いています。

 パート4では、結論として、「意義ある人生」をおくるために、視野を広げて自らの「人生プラン」を再考することを推奨しています(第11章)。

 出来るようでなかなか出来ないのが「再考」であり、自分の考えを疑うことをせず、誤った考えに気づきもしないことが多い中で、本書では「再考」することの大切さが組織論にまで落とし込んで書かれています。仕事上の相手と意見が対立した際の対処法や、建設的な議論を通して自らの思考の質を高める方法についても書かれており、ビジネスパーソンには啓発される要素の多い本であると思います。

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資産を減らすという真逆の発想はユニーク。批判もあるが、啓発的。

DIE WITH ZERO.jpgDIE WITH ZERO2020.jpg DIE WITH ZERO2.jpg Bill Perkins.jpg Bill Perkins
DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』['20年] 『Die with Zero: Getting All You Can from Your Money and Your Life』['20年]

 本書タイトルが示すところは「ゼロで死ね」、つまり「死ぬ時までにお金はすべて使いきってしまおう」ということで、人生を豊かにするためにお金を使い切るという考え方を、9つのルールにして提案しています。版元の口上も「お金の"貯め方"ではなく"使い切り方"に焦点を当てた、これまでにない"お金の教科書"」とのことで、確かにその点ではユニークであり、アメリカではベストセラーになったようです。

 ルール1は、「"今しかできないこと"に投資する」こと。今しかできないことに金を使うべきで、金を無駄にするのを恐れて機会を逃すのはナンセンスだとしています。人生の充実度を高めるのは、"そのときどきにふさわしい経験"であり、節約ばかりしていると、その時にしかできない経験をするチャンスを失うとしています

 ルール2は、「一刻も早く経験に金を使う」こと。人生で一番大切な仕事は「思い出づくり」であり、思い出を通して人生の出来事を再体験でき、「思い出の配当」はバカにはできず、年齢を重ねるごとに多くのリターンが得られるとしています。

 ルール3は、「ゼロで死ぬ」こと。莫大な時間を費やして働いても、稼いだ金をすべて使わずに死んでしまえば、人生の貴重な時間を無駄に働いて過ごしたことになるし、仕事に情熱を捧げる人であっても、稼いだ金を使うことをおろそかにすべきではないとしています。

 ルール4は、「人生最後の日を意識する」こと。人は死が迫ってこないと、合理的な判断ができないが、人生の残り時間を意識することは、現在の行動に大きな影響を与えるはずだとしています。

 ルール5「子どもには死ぬ「前」に与える」こと。死んでから与えるのは遅すぎ、死ぬ「前」に財産を与えるべきであるとしています。なぜならば、一般的に相続人の相続時の年齢は「60歳前後」であるのに対し、金の価値を最大化できる年齢は「26~35歳」であるから。親が財産を分け与えるのは、子どもが26~35歳のときが最善としています。

 ルール6「年齢にあわせて"金、健康、時間"を最適化する」こと。資質と貯蓄のバランスを最適化し、経験から価値を引き出しやすい年代に、貯蓄を抑えて金を多めに使うことを推奨し、「金」「健康」「時間」のバランスが人生の満足度を高めるとしています。また、若い頃に健康に投資した人ほど得をするとも述べています。

 ルール7は、「やりたいことの"賞味期限"を意識する」こと。どんな経験でも、いつか自分にとって人生最後のタイミングがやってくるものであり、もうじき失われてしまう何かについて考えると、人生の幸福度は高まることがあると。つまり、人生の終わりを意識すると、その時間を最大限に活用しようとすう意欲が高まるとしています。

 ルール8は、「45~60歳に資産を取り崩し始める」こと。老後のために過度に貯蓄するのではなく、金をもっと早い段階で有効に活用することを計画すべきだとしています。

 ルール9は、「大胆にリスクを取る」こと。失うものが極めて小さく、メリットが極めて大きい場合、大胆な行動をとらないほうがリスクになるとしています。

 資産を増やすことばかり励んでいる人が多い中で、資産を減らすという真逆の発想はユニークで、そのバックに、金ではなく人生の価値を最大化するためにはどうすればようかという発想があるのが共感できました。

 本書でも紹介されている『Your Money or Your Life: 9 Steps to Transforming Your Relationship with Money and Achieving Financial Independence』(邦訳『お金か人生か―給料がなくても豊かになれる9ステップ』('21年/ダイヤモンド社))で提唱された「FIRE」(Financial Independence, Retire Early movement、経済的自立と早期退職を目標とするライフスタイル)という考え方とも重なる部分があるように思いました。

 ただし、「FIRE」とは、経済的に独立して、早期に引退することであり、そのために収入増や支出減を模索しながら、意図的に貯蓄率を最大化することであって(その目的は、FIRE達成後の生涯の支出を賄うのに十分な不労所得を得ること)、一定年齢までに充分な貯蓄を得ることが前提条件になるのでないでしょうか。

 そう考えると、著者はトレーダーとして成功を収めたからこそ言える部分もあるのではないかという気もしなくはないです。40代とか50代といったら、子どもの教育費などで結構お金が必要な時期であるし、今の日本だと、子どもがいない人でも、非正規雇用のまま中年期を迎え(そのために子どもを持てなかったというのもあるかも)生活が楽ではない人も結構いるのでは。

 そうした現実問題はオミットされているため、この本には、自己中心的だという批判的な評価もあるようです。ただ、時間とお金の使い方を再考し、より豊かな人生を送るためのフレームワークを提供している点では啓発的であり、評価していいと思います(読んだ直後の評価は★★★★だったが、時間が経つにつれて日常生活で本書の趣旨について考えさせれる局面がしばしばあり、★★★★☆に評価を修正した)。

《読書MEMO》
●目次
ルール1 「今しかできないこと」に投資する
ルール2 一刻も早く経験に金を使う
ルール3 ゼロで死ぬ
ルール4 人生最後の日を意識する
ルール5 子どもには死ぬ「前」に与える
ルール6 年齢にあわせて「金、健康、時間」を最適化する
ルール7 やりたいことの「賞味期限」を意識する
ルール8 45~60歳に資産を取り崩し始める
ルール9 大胆にリスクを取る

《読書会》
■2023年06月09日 第60回「人事の名著を読む会」ビル・パーキンス 『DIE WITH ZERO』
(読書会後の懇親会)
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コンサルティングファームの手を借りることになる前の準備として読む?

戦略的人事制度のつくりかた.jpg図解でわかる! 戦略的人事制度のつくりかた』['22年]

 経営コンサルティングファームによる本書は、人事制度自体を俯瞰した上で、人材ビジョン、等級、評価、報酬という人事制度の重要な要素を統合的に説明できるような「フレームワーク」の提示を目指したものです。そのフレームワークは、大手企業からの数多くの引き合いを通して、経営コンサルティングファームが生み出した「人事フレーム」をもとに作成したとのことです。

 一般に、学術書であると抽象的すぎて実務で活用しにくく、一方、実務書であれば、報酬制度や評価方法など、個々の論点についてのノウハウは詳しく書いてあるものの、人事の全体像とはリンクしていないタイプのものが多い中、本書は理念と実務を統合的に説明している点が特徴であり、その点において「フレームワーク」という言い方をしているようです。

 要となるフレームワークは全体で5+1のステップで構成されており、ステップ1が「現状分析・改定の方向性」、ステップ2が「人材ビジョン・人事制度改定コンセプト」、ステップ3が「等級制度」、ステップ4が「評価制度」、ステップ5が「報酬制度」、ラストステップが「導入・運用」となっています。

 ステップ1からステップ2にかけては、人材マネジメントのあるべき姿とその企業の現状とのギャップをどのように測り、人事制度改定の判断軸をどう作っていくかを解説しています。主として理念的・概念的な内容となりますが、図解で解説し、ポイントを整理しているため、とっつきにくいという印象は緩和されていると思います。

 ステップ3からステップ5にかけて解説されている等級制度、評価制度、報酬制度については、比較的オーソドックスな解説がなされていますが、この制度しかない、これがベストであるという示し方ではなく、あくまでも制度策定のフレームとなる考え方を示すことに主眼が置かれている印象を受けました。

 ラストステップでは、「制度3割、運用7割」であるということを踏まえた上で、人事制度が活用される運用基盤をどう整えるか、制度導入説明会の注意点や評価者トレーニングの実施ポイントなどを具体的に解説しています。

 全体を通して、例えば評価制度であれば、評価制度の役割や種類、行動評価、目標管理、評価段階・ウエイト等をひと通り解説した上で、制度の概要設計や詳細設計等について具体策の検討フレームを空欄で示すとともに、併せてそれぞれの記載例も示すというかたちをとっています。そのため、記載例を見ながら、自社の場合、検討フレームを埋めるとすればどうなるかを考えさせる、ワークブック的なつくりになっていると言えます。

 現実には、人事制度改定プロジェクトのリーダーまたはメンバーにでもならない限り、なかなかこうしたことは学習したり考えたりしないものであるし、また実践の場を経ないと、こうした知識は本当に身にはつかないという面はどうしてもあるかと思います。人事ビギナーには、本書の各検討フレームを埋めるのは結構ハードルが高いようにも思いました。

 ただし、人事パーソンには社内コンサルタント的な素養も求められると思われることから、こうしたコンサルティングファームの切り口や手法に触れておくのもいいのではないかと思います。それは、制度改定を内製的に実施することになった際にも役立つと思います。また、仮にコンサルティングファームの手を借りることになったとしても、自社最適の制度への道は自らが選択しなければならないわけです。そうしたことをイメージしながら読むといいのではないでしょうか。

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モチベーションから組織運営まで、職場で役立つ心理学を学べる。

職場の人事心理学.jpg職場の人事心理学2022.jpg職場の"人事心理学"』['22年]

 本書は、「人事心理学」を標榜する現時点での唯一の書籍として、人事心理学を体得するのに必須となる基礎知識を、モチベーションから組織運営まで9ジャンル100項目にわたって解説したものであるとのことです。確かに、人事用語についての辞典や解説書はこれまでもありましたが、「人事心理学」にフォーカスした本は意外と無かったように思います。

 ジャンル区分は、モチベーション、人材育成、キャリア開発、人事評価、ストレス対処、人間関係、交渉・説得、リーダーシップ、組織運営の9つで、例えば第1章のモチベーションであれば、X理論・Y理論、欲求の変化を踏まえた対応など、第2章の人材育成であれば、学習性無力感やアイデンティ拡散、防衛的悲観主義など、第3章のキャリア開発であれば、職業適性、職業興味やワークバリュー、キャリアアンカーなどといった用語やテーマが取り上げられています。

 第4章の人事評価で、ポジティブ・イリュージョンやダニング=クルーガー効果といったことを取り上げているのも心理学という観点から特徴的ですが、第5章がストレス対処、第6章が人間関係、第7章が交渉・説得というように、こうしたジャンル区分のもとに用語やテーマが集約されていること自体が目新しいと同時に、本来的であるように思いました。人間関係管理などは人事の職務領域かと思いますが、そうした認識があまりない人もいたりする昨今です。また、個人や他部門に対して説得的コミュニケーションができることは、営業職などに限らず、人事パーソンにも求められる資質であると言えます。

 書かれていることはいずれも、人事パーソンに限らず、管理職や経営者は知っておいて、リーダーシップの発揮や組織運営に役立てたい知識ばかりですが、「人事の仕事は、まさに心理学の守備範囲にあるといってよい」と著者も述べているように、その前にまず人事パーソンとしての自分自身が押さえておきたいところです。

 これまで多くの職場心理学に関する本を著している著者だけに、それぞれの解説が具体例を挙げるなどしてわかりやすく解説されています。書店で見かける組織心理学などの入門書的な解説本の中には、図解を多用してぱっと見て概要が理解できるようにしたものもあり、確かにそれはそれで分かりよいのですが、「何となくわかった気になっている」だけという面もあるかもしれません。

 本書の場合、著者自身の言葉でしっかり解説されていて、また、100項目ある各項の前半は用語などの基本解説となっているのに対し、後半は実践のためのヒントが示されている構成となっているため、読み込みことによって理解が深まり、実践へのより強固な足掛かりにもなると思われます。

 改めて「人事心理学」というものが関わる範囲が広範であることに思い当たり、本書の100項でそのすべてをカバーしているとは言えないと思います。しかしながら、書かれていることは知っておきたいことばかりです。

 どの章からでも読め、それでいて、各項は読み物を読むように読めます(もちろんその際には自分の経験に引き付けて読むべきですが)。人事パーソンとして、職場で役立つ心理学を学ぶ上での"すぐれもの"ではないかと思います。

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越境学習によって得られる「冒険する力」が「変革」を成し遂げると。

越境学習入門2.jpg越境学習入門3.jpg   定年前と定年後の働き方2.jpg 定年前と定年後の働き方.jpg
越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』['22年]/『定年前と定年後の働き方~サードエイジを生きる思考 (光文社新書 1255)』['23年]

 本書は、長年にわたり越境学習について研究してきた著者らが、越境学習によって得られる「冒険する力」が、「新しいこと」「変革」を成し遂げる原動力になるとして、その全体像を解説するとともに、企業と個人が越境学習を開始・実践する方法を提案したものです。

 第1章では、越境学習とは、個人にとって居心地のよい慣れた場所であるホームと、居心地が悪く慣れない場所だがその分刺激に満ちているアウェイとを往還する(行き来する)ことによる学びのことであると定義し、その学問的成り立ちや、なぜ「越境」が働く人にとっての「学習」につながるのか、その背景となる理論を解説しています。

 第2章では、なぜ今、働く人の学びとしての越境学習が注目されるようになってきたのかを、働き方改革、キャリア自律のベースとなる「ニューキャリア理論」、イノベーション人材の育成、新しいタイプのリーダーシップ開発などとの関係で述べるとともに、個人における越境学習のポイントと、企業主導の越境学習の試みがどのような形で広がっているのかを紹介しています。

 第3章では、越境学習のプロセスを「越境前」「越境中」「越境後」の3段階に分け、各段階で越境学習がどのように行われるかを解説しています。また、この中で、インタビュー調査の結果、「越境中」(アウェイにいるとき)以上に「越境後」(ホームに戻ってから)の葛藤と衝撃が大きいことが判明したとして、それぞれの葛藤が本人にどのような変化をもたらすか考察しています。

 第4章では、どうすれば「越境の学び」を企業における人材育成の一部に位置づけていけるのか、そのための人事部門や上司の役割や導入と運用の手順を解説するとともに、越境先から戻ってからの「迫害」や「風化」を避けるにはどうすればよいかを説いています。

 第5章では、ケーススタディとして、海外出張から戻ってからの違和感が主体的な行動発揮の原動力になった例や、ベンチャー企業への"レンタル移籍"によって、経営目線で会社全体の成果を考えるようになったり、リスクマネジメント志向からリスクテイキング志向へ変わった事例など、4つの例を紹介しています。


 越境学習を推進する上で人事部門に求められることは、「経営者、現場の事業部門、越境学習者本人、越境学習事業者のハブとなり、その調整を行う」ことだとしています。可能なら人事部門担当者にも越境学習を自ら体験してもらうことが肝要だとしていて、それはいいことだと思いました。

 4つの事例紹介のうち3つが"レンタル移籍"という越境学習プログラムによるもので、そうしたプログラムが会社にあるに越したことはないですが、著者もあとがきで述べているように、これによって越境学習の考え方を限定的にとらえない方がいいように思います。

 本書冒頭の「人は誰もが越境学習者」という考えに立ち返れば、すべての人にとって啓発的な本であるかもしれません。第3章の「越境学習のプロセス」の部分は越境学習者のいわば心理的ステップですが、会社主導の人事異動であれポスティング型の人事異動であれ、実施後の経過と成果を検証し、その人材の活用を検討する上で、人事パーソンには参考になるように思いました。

 因みに、著者の一人である石山恒貴氏の近著に『定年前と定年後の働き方~サードエイジを生きる思考』('23年/光文社新書)という本があり、こちらは、これからの中高年(シニア)の働き方を理論研究と実例から捉え直したもの。この本もお薦めですが、この中でシニアに対しても越境学習の勧めを説き、その事例なども紹介しています。新書ですが、理論の部分はかなりリジッドな本になります。

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「コーアクティブ・コーチング」を提唱。プロに限らず活かせるのでは。

コーチング・バイブル 第2版.jpgコーチング・バイブル 第2版2008.jpg コーチ1.jpg  Co-Active Coaching.jpg Laura Lynn Whitworth.jpg 
コーチング・バイブル 第2版: 人と組織の本領発揮を支援する協働的コミュニケーション』['08年]『コーチング・バイブル―人がよりよく生きるための新しいコミュニケーション手法』['02年]"Co-Active Coaching: New Skills for Coaching People Toward Success in Work And Life"(2007) Laura Lynn Whitworth (1947-2007)
Laura  Whitworth.jpg 本書はコーチングのプロを目指す人のための入門書であり、「コーアクティブ・コーチング」というものが提唱されているように、コーチとクライアントが協働してコーチングを進めていくことを重視し、「クライアントはもともと完全な存在であり、自らが答えを見つける力を持っている」ということを鍵(前提)にしています。個人的には初版(2002年邦訳刊行)を読んで以来となります(2020年に『コーチング・バイブル(第4版)』が刊行されているが、主たる執筆者でコーアクティブ・コーチングの提唱者であるローラ・ウィットワースが2007年2月に肺がんで亡くなったため(59歳没)、2012年邦訳刊行の第3版から執筆陣の名前から外れている)。

 第Ⅰ部では、コーアクティブ・コーチングの全体像が紹介されています。第1章では、コーアクティブ・コーチングでコーチに求められる「5つの資質」(傾聴、直感、好奇心、行動と学習、自己管理)の各要素について概要を説明するとともに、クライアントの主題を形成する「3つの指針」(フルフィルメント、バランス、プロセス)について触れ、第2章では、コーチングの土台となるコーチとクライアントの協働関係をいかに築くかを解説しています。

 第Ⅱ部では、「5つの資質」についてさらに詳しく述べるとともに、それぞれの資質と関係の深いコーチング・スキルについて、実例を交えながら解説しています。第3章では「傾聴」について、意識の焦点のレベルと各レベルごとの相手に与える影響を解説しています。第4章では「直観」について、直観は強い武器になるとし、それをどこで感じるかを、第5章では「好奇心」について、好奇心は信頼関係を築くとし、それを意図に活用するための鍛錬法を、それぞれ説いています。第6章では「行動と学習」について、「ありのまま」「つながり」「生き生き感」「思い切り」という4つの領域で、コーチが力を出し切ることの重要性を説いています。第7章では「自己管理」について、コーチがクライアントから意識が離れそうになったき、そこから立ち直ってクライアントとの関係を取り戻すにはどうするかを述べています。

 第Ⅲ部では、「3つの指針」についてさらに詳しく説明し、その実践方法を説いています。第8章では「フルフィルメント(充実感)」について、クライアントが描く「充実した人生」とはどのようなものかを明確にするよう支援することの重要性を、「人生の輪」というツールと併せて解説しています。第9章では「バランス」について、行き詰まり感から可能性へ、可能性から行動へとクライアントを導くバランス・コーチングにおける、①視点、②選択、③計画、④決意、⑤実行の5つのステップから成る公式を紹介しています。第10章では「プロセス」について、コーチングにおけるクライアントの変化のプロセスを、同じく5つのステップに分けて解説しています。最終第11章では、これら3つの指針をいかに統合し、コーチングを芸術の域にまで高めるにはどうすればよいかについて解説しています。そして、巻末に、コーチがクライアントに対して使うことができる「ツールキット」が収録されています。

 冒頭に、「コーチングのプロを目指す人のための入門書」と書きましたが、前回は初版を読んだときは、プロのコーチを目指す人にはいいけれども、一般のビジネスパーソンにはどうかと思ったりもしましたが、改めて読んでみて、プロのコーチを目指す人のためだけでなく、日常のコミュニケーションに「コーアクティブ・コーチング」の考え方やスキルは活かせるものであり(前に拠んだときは形式的な枠組みに囚われすぎた?)、コーチを目指す人にとどまらず、ビジネスパーソンに広くお薦めできるのではないかと思います(初版を読んだ際の評価 ★★★☆ → 今回第2版を読んでの評価 ★★★★。2022年現在、第4版まで刊行されている)。

《読書MEMO》
「5つの資質」(第3章~第7章)
「傾聴」(第3章)
 レベル1―クライアントの発言を受けた上での自分の考えや気持ち、意見・判断など自分自身に意識が向いている状態。
 レベル2―声色や表情など、クライアントから読み取れるあらゆることに意識が向かっている状態。このレベルでは,コーチは常に,自分の聴き方がクライアントにどのように影響を与えているかを認識する必要がある。これは、監視のように意識的に行うのではなく、ただ相手に与えている影響に気づいているという無意識的な状態で行わなければならない。
 レベル3―肌で感じるものや感情的なものなど、クライアントの言動以外の全てのことも認識する状態。これは「環境的傾聴」とも言う。
「直感」(第4章)
 直観がコーチングにおいては有益なものになるのは、それが正しいかどうかではなく、それがクライアントの行動を前に進め,学びを深めることに繋がったかどうかで評価されるから。
「好奇心」(第5章)
 質問を投げかけることで簡単に意識の方向を換えることができる。質問する際はクローズドクエスチョンを避け、尋問調にならないようにする必要がある。加えて、質問によってクライアントの意識が向かう方向を自覚しながらも、クライアントがどこに向かおうとそれに拘ってはいけない。
「行動と学習」(第6章)
 クライアントは「行動」「学習」を、コーチは「進める」「深める」ことに重点を置く。そしてクライアントがその経験から学んだ内容に着目しなければならない。行動を進め,学習を深めるためのスキルとして「目標設定のスキル」がある。良い目標は具体的かつ測定可能で、その結果を何らかの形で記録し評価することができるという特徴を持つ。
「自己管理」(第7章)
 例えばクライアントとの会話で自分の専門分野を扱っている場合に,「コーチとしての意見」と「専門家としてのアドバイス」を明確に区別しなければならない。

「バランス・コーチング」の5つのステップ(第9章)
  (1) 有りうる視点を列挙する。
 (2) 挙げられた視点からある視点を選択し、それを通して自身に選択力があることを自覚してもらう。
 (3) 選択した視点であり得る行動を列挙してから絞り込み、行動を計画する。
  (4) 計画した行動をやり切る決意を固めてもらう。
  (5) 実行してもらい、進捗確認とフィードバックを行う。

「プロセス・コーチング」の5つのステップ(第10章)
  (1) クライアントの「心のうねり」を聴き取り、それを言葉にする。
 (2) クライアントとそれを探求する。
 (3) クライアントがそれを深く経験する。
  (4) クライアントのエネルギーに変化が起きる。
  (5) 新たな動きが起きる。

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「できる」上司が「できない」部下をつくってしまう「失敗おぜん立て症候群」を指摘。

よい上司ほど部下をダメにするド.jpgよい上司ほど部下をダメにする.jpg  ジャン=フランソワ・マンゾーニ.jpg ジャン=フランソワ・マンゾーニ(2017年よりIMD学長)
よい上司ほど部下をダメにする』〔'05年〕

 スイスのローザンヌに拠点を置く世界トップクラスのビジネススクールIMDの教授らによる本書の英題は"The Set-Up-To-Fail Syndrome"で、本文では「失敗おぜん立て症候群」と訳されていますが、この方がタイトルの「よい上司ほど部下をダメにする」よりも内容を分かりやすく端的に表しているかと思います。本書は個人的には18年前に読んだものの再読・再整理になります。

 第1章では、上司は知らず知らずのうちに一部の部下に「できないヤツ」というレッテルを貼り、その部下の失敗を導く仕組みを作り出していることがあるとし、この現象を著者らは「失敗おぜん立て症候群」と呼んでいます。第2章では、部下の成績が悪いとき、上司は「自分たちの努力にもかかわらず」そうなっていると考えるが、実際には「上司の努力ゆえに」部下の成績が悪いというケースが多いとしています。

 第3章では、部下が「できない」のは上司のせいであり、そのことに多くの上司が気づいていないとしています。上司には、「できない部下」に対してどこかで「できないままでいて欲しい」という願望があり、自分が下してきた評価を今さら変えたくないので、「できない」部下がたまに「できた」行動を取っても認めようとせず、「できない」部下が「できない」行動を取ることで予想と一致してその考えは確信に変わり、ますます自分に責任があるとは思わなくなる悪循環になるとしています。

 第4章では、上司は「できる部下」と「できない部下」とでは異なる見方をしてしまい、こうした色メガネで部下を見ることが、「失敗おぜん立て症候群」をさらに悪化させるとしています。第5章では、部下の側からも上司にレッテルを貼ることで上司をダメにしてしまうことがあることを解説しています。第6章では、以上のことから、上司と部下がいっしょになって生み出している巨大なコストの中身を検証しています。

 第7章では、症候群の具体的な治療法を提示し、上司が症候群を理解するには、まず自分の考え方を変える必要があることを説いています。第8章では、「できない部下」とうまく付き合うための枠組みを紹介し、第9章では、症候群の「予防法」を考えています。第10章では、予防につながる行動を取りやすくするには、上司自身が変わらなければならないと論じています。

 「できない部下」をそのままにしておくことは、これからの人材難の時代に業務効率に多大のマイナスを及ぼすに違いないと思います。本書で示されている解決の方法は、やはり部下とのコミュニケーションを密にするということです。事例が数多くとり上げられているので、過去の経験を想起しつつ、自分に言い聞かせるように熟読すれば、上司にとっての自己変革(自省)効果は大きいと思います。それにしても、上司とは色メガネで部下を見てしまいがちなものであるということは、日本も海外も同じなんだなあ。

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リーダーシップとワーク・ライフ・バランスを統合させた「トータル・リーダーシップ」。

トータル・リーダーシップ.jpgトータル・リーダーシップ.jpg スチュワート・フリードマン(Stewart Friedman).jpg スチュワート・フリードマン(Stewart Friedman)
トータル・リーダーシップ 世界最強ビジネススクール ウォートン校流「人生を変える授業」』['13年]

Work and Life The Four-Way View.jpg 著者は、リーダーシップ開発とワーク・ライフ・バランスに関する第一人者であり、本書はそうした著者が唱えるところの、リーダーシップとワーク・ライフ・バランスを統合させた「トータル・リーダーシップ」の強化ステップやその内容等について、著者がペンシルバニア大学で実際に行っている講義に沿ってテキスト化したものです。個人的には、10年前に読んだものの再読・再整理になります(翻訳者の塩崎彰久氏は弁護士で、父は塩崎恭久元厚生労働大臣。2021年10月衆議院議員総選挙にて初当選して自身も国会議員となり、2023年9月、岸田改造内閣で厚生労働大臣政務官に就任している)。

 第1章「トータル・リーダーシップへの旅」では、「トータル・リーダーシップ」とは、「リーダーシップ」と「ワーク・ライフ・バランス」というこれまで直接関連しないと考えられてきた概念を融合する新たな概念であり、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の四つの領域に調和をもたらすことで、リーダーシップにも磨きをかけるものであるとしています。「トータル・リーダーシップ」の目的は、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の四つの領域における「四面勝利」であり、一般にはレード・オフと思われがちなこれら四領域が実は相互連関しているとの新発見から、新たな人生は始まるとして、以下、そのためのエクササイズを紹介しています。

 よきリーダーは自らの価値観に沿った明確なビジョンを持つとし、第2章、第3章では、ビジョンを描くために、何が最も大事なのかを見極めていくエクササイズになっています。第4章、第5章では、自分のビジョンにまわりの人を巻き込んでいく前提として、自分にとって誰が本当に大切なのかを探っていきます。第6章、第7章では、創造力を発揮して、人生の四つの領域のすべてに成果を上げるための「実験」を計画し、実行に移していくことになります。そして最後には、実験がパフォーマンスにどう影響したかを分析して、うまくいった理由、いかなかった理由を挙げ、そこから卓越したリーダーとしての人生を送るための知見を得るところとなります。

 第2章「あなたにとって本当に大切なものは何ですか」では、まず、自分はどんな人間か、どういう人間になりたいのかを問い直し、どんなリーダーになりたいか、自身の中核的な価値観は何かを見つめ直すことを説いています。

Wharton, Total Leadership.jpg 第3章「4つの領域を定義する」では、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の四つの領域の自分にとっての関心度をチャート化し、さらにそれらが調和しているかを四つの円で表してみることで、人生の四の領域を調和させるために、自分に何ができるかを考えてみることを推奨しています。

 第4章「人生の大事なステークスホルダーは誰ですか」では、自分にとってカギとなるステークスホルダーを特定すること、そのステークスホルダーは自分に何を求め、自分はステークスホルダーに何を期待しているかを考えてみることを勧めています。

 第5章「大事なステークスホルダーと心から繋がるためには」では、ステークスホルダーとの関係を掘り下げるためにダイアログ(対話)について解説し、相手の視点に立って新たな可能性を見つけるにはどうすればよいか、ステークスホルダーの気持ちを探るにはどうすればよいかを説いています。

 第6章「ビジョンに近づく「実験」を計画してみよう」では、自分を頼りにしている人々の期待にうまく応えられる人間になるために、知恵を絞った「実験」を計画・実行してみようとして、実験のアイデアの生み出し方やプランの立て方についてアドバイスしています。

 第7章「ステークスホルダーと力を合わせてビジョンを実現しよう」では、前進への決意をさらに固めるためのアドバイスとして、行動を開始すること、利他に貢献すること、現在の人的ネットワークの隙間を見つけてそれを広げ、身近な人々の輪を超えて変化を起こすことを説いています。

 第8章「「リーダーシップの終わらぬ旅」では、実験の結果やステークスホルダーの期待を振り返り、さらには「四面勝利」の視点を振り返ることで、自分にとって何が大事なのか、第3章の関心度チャートと四つの円を新たに書き直してみることを勧めています。そして、ここまでのエクササイズを通して、リーダーシップの教訓をどう導き出すか、学習者・指導者として成長するための次のステップは何かを説いています。

 仕事、家庭、コミュニティ、自分自身で各「円」を描かせて、その大きさや重なり具合から、その人の人生における比重の置き方や価値観の一致度をみるやりかたは興味深いです。これは、キャリアカウンセリングなどでは以前から用いられている手法ではないかと思いますが、それをリーダーシップ理論にまとめあげているところが画期的と言えるでしょう。

 因みに、翻訳者の塩崎彰久氏は元厚生労働大臣・塩崎恭久氏の長男。本書刊行時点で長島・大野・常松法律事務所パートナー・弁護士でしたが、2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙にて初当選し、現在衆議院議員です。

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女性のためのキャリア指南書。男性が読んでも啓発される要素は多い。

LEAN IN(リーン・イン)」.pngLEAN IN(リーン・イン)2018年文庫.png
LEAN IN: 女性、仕事、リーダーへの意欲』['18年/日経ビジネス人文庫]

 本書の著者は、財務省で首席補佐官、グーグルでオペレーション担当副社長を歴任した後、現在はフェイスブックのCOO(最高執行責任者)の地位にある人です。こうした著者の華々しい経歴から、本書は、スーパーウーマンが自らの成功体験をもとに、常人には真似できないようなことを書いた自己啓発書かと思われがちですが、実際に読むと、著者自身、自らのキャリアが恵まれたものであることを認めつつも、現在の地位にたどりつくまでにさまざまな苦労や葛藤があったことが、実に赤裸々に、時にユーモアを交え描かれています(本書は2013年刊行の単行本の文庫化で、個人的には再読になる)。

 まず、アメリカ社会において女性が仕事をしていくことがいかに困難かを、社会の仕組みだけでなく、働く女性の心理面からも分析し、女性はもっと「怖がらなければできること」をやるべきであり(第1章)、男性に自分の意見を無視されようとも、まず「同じテーブルにつく」ことが大事だと。「できる女性は嫌われる」という風潮はまだ根強くあるが(第3章)、そうした中で、アドバイスとして、キャリアを梯子ではなくジャングルジムにように考えること(第4章)、良きメンターを見つけること(第5章)、建前でなく本音でコミュニケーションすること(第6章)、どうしても辞めなければならないときまで会社を辞めないこと(第7章)、男性パートナーがもっと家庭のことに積極的に参加するよう仕向けること(第8章)、完全無欠のスーパーママ神話を捨てること(第9章)を挙げています。また、より平等な環境をつくるために皆が声をあげること(第10章)女性同士が力を合わせること(第11章)を提唱し、「対話を続けよう」として本書を締めくくっています。

 著者によれば、男女差別はアメリカ社会の中にも隅々まで根付いていて、優秀な女性たちは、自分たちの優秀さについて一種の罪悪感を抱いており(著者自身、ハーバード大学で最優秀学生の1人に選ばれた際に、「優秀な女は嫌われる」という思い込みから、周囲にはそのことを隠していたという)、女性たちはまず、この内なる敵と闘わなければならないのとしています。

 その上で、「キャリアは梯子ではなくジャングルジム」「笑っていれば気分が明るくなる」「ロケットの座席をオファーされたらまず座ってみる」「正直なリーダーになる」「完璧を目指すよりもとにかくやり遂げること」という「5つのマインドチェンジ」を提唱しています。

 女性がキャリアで成功する上での障害と、それを取り除くためにどうすればよいかということについて多くのページを割いていて、報酬の交渉をする際のポイント、夫を協力的なパートナーにするためのコツや、子供が生まれるまさにその時まで仕事を辞めてはいけないというアドバイスなど、いずれも具体的かつ有用なものばかりです。

 単に声高に女性の権利を主張するのではなく、本当に必要なのは相互理解であり、女性は女性で、まず出来ること、やるべきことをやりましょう、と言っているように思えました。その上で著者は、「いまこそ私は、誇りをもって、自分をフェミニストと呼ぼう」と宣言しています。結婚や出産といったライフイベントを機に、キャリアを諦めてしまう女性が多いのは日本も同じであるという、データに基づいた指摘もあり、アメリカ国内だけでなく、世界の女性に呼びかけているところに、メッセージ性、発信力のスケールの大きさを感じます。

 著者は本書を自分の領域でトップに就く可能性を高めたい、全力でゴールを目指したい、そう考えている女性に向けて書いたそうです。女性のためのキャリアの指南書として読めるばかりでなく、男性にとっても、一緒に働く女性のことを考える契機となる本であり、また、男女を問わず、キャリアやリーダーシップに関する示唆に富むものとなっています。更に、女性リーダーのロールモデルを増やしていくことは、今後の企業の人材活用における大きな課題になっていくことは間違いなく、人事パーソンの視点からみても、啓発される要素を多分に含んだ本であると思います。

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コンプライアンスの取り組みが逆に組織の非倫理的な行動を助長してしまうことがある‼

倫理の死角2.jpg   Max H. Bazerman.jpg Max H. Bazerman
倫理の死角ーなぜ人と企業は判断を誤るのか

 本書は、企業不祥事を防ぐにはどうしたらよいか、人や組織はなぜ無責任で、非倫理的な行動を起こすのか―この問題を考えるに際して、「人間」の行動に焦点を当てた「行動倫理学」という行動心理学・行動経済学的アプローチにより、いわばミクロの視点から人や組織の行動メカニズムを読み解きながら、意思決定プロセスに潜むさまざまな落とし穴を浮き彫りにした本です。個人的には2014年に読み、今回が約10年ぶりの再読及び選評になります・。

 第1章では、たいがいの人はおおむね倫理的に行動しているが、ときには自分が非倫理的行動をとっていると自覚している場合もあり、いちばん危険なのは、自分も気づかずに非倫理的な行動をとるケースであるとしています。

 第2章では、人は概して、自分の倫理上の判断がバイアスの影響を受けていても気づかずに非倫理的決定を下しがちで、そうした人間の認知能力の限界(「倫理の死角」)を前提に物事を考えるのが「行動倫理学」であるとしています。

 第3章では、無意識のうちに非倫理的行動を取ってしまう心理的プロセスについて述べており、そこには、内集団びいき、日常的偏見、自己中心主義のバイアス、未来の過剰な割引の4つがその要因としてあるとして分析しています。

 第4章では、聡明な人たちがどうして意思決定の際に問題の倫理的側面を見落としてしまうのかについて、意思決定の「事前」の予測の誤り(自分の倫理的行動能力を過大評価し、倫理問題を度外視した判断(直感的行動)をしがち)、意思決定の「最中」の「したい」の自己と「すべき」の自己のせめぎ合い、意思決定の「事後」の回想のバイアス(自分の判断を正当化したり、倫理性の判断基準をすり替えたりして、自己イメージを守りがち)の3点から分析しています。

 第5章では、どうして多くの人が他人の非倫理的行動を見落としたり、阻止できなかったりするのかについて、動機づけられた見落とし(非倫理的行動を黙認する方が自分の得になるという)、間接性による見落とし、段階的エスカレートの罠、結果偏重のバイアスの4点から分析しています。

 以下の三章では、そうしたバイアスが組織と社会に及ぼす影響と、問題のある行動パターンを改めるための道筋について論じています。

 第6章では、なぜ倫理的な組織を築けないのかを考察し、報酬システムのゆがみ、制裁システムの思わぬ副作用、善行の「免罪符効果」、目に見えない組織文化の影響の4点から分析しています。

 第7章では、なぜ改革が実現しないのか、どのような組織がどうやって非倫理的行動を増幅させているのかを、たばこ産業、(経営破綻したエンロンの)会計事務所、エネルギー産業を例に見ていっています。

 第8章では、読者が自分の「倫理の死角」をなくし、人生でぶつかる倫理上のジレンマを明確に認識できるように、個人、組織、社会の各レベルでのアドバイスを記して、本書を締めくくっています。

 興味深いのは、コンプライアンスの取り組みを進めても、逆にそのことがバイアスとなって、組織の暗黙の文化が非倫理的な行動を助長してしまうことがあることを指摘している点で、制度化の圧力が強まると、人は制度や目標に合わせることばかり考え、内面からの動機や自らの言葉で倫理問題について考えなくなる傾向にあるという指摘は、非常にブラインド・スポットを突いているように思いました。

 制度化を進めるだけでは非倫理的行動を防ぐという期待通り効果を生むとは限らず、一つの意思決定が組織内・外にどういった倫理的影響を与えるか、一人一人が考えることが大事であり、企業側も、形式的な取り組みではなく、自社が抱える問題を明確にし、自らの言葉で説明し、それに応える制度を作っていかない限り、経営基盤の強化にも繋がらないということなのでしょう。

 今回読み直して(翻訳者も同じですが)改めて考えさせられる面があり、評価を★★★★から★★★★☆に変更しました。

【2772】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『企業変革の名著を読む』 (2016/12 日経文庫)

《読書MEMO》
企業変革の名著を読む.jpg● 『企業変革の名著を読む』('16年/日経文庫)で取り上げている本
1 ジョン・P・コッター『企業変革力』
2 ロバート・バーゲルマン『インテルの戦略』
3 ピーター・センゲほか『出現する未来』
4 サリム・イスマイルほか『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法』
5 松下幸之助述『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』
6 ジョセフ・L・バダラッコ『静かなリーダーシップ』
7 C・K・プラハラード『ネクスト・マーケット』
8 シーナ・アイエンガー『選択の科学』
9 ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』
10 マックス・ベイザーマンほか『倫理の死角』
11 若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ』
12 アレックス・ファーガソン『アレックス・ファーガソン自伝』


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オプティミストの優位性を説くが、企業には職業的ペシミストも必要であると。

オプティミストはなぜ成功するか2.jpgオプティミストはなぜ成功するか2013.jpg
オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)』['13年]

マーティン・セリグマン.jpg ポジティブ心理学を創始した心理学者マーティン・セリグマン((Martin E. P. Seligman、1942年- )の本(英題"Learned Optimizm")で、楽観主義者(オプティミスト)はうつ病になりにくく、諦めが悪く粘り強いので、悲観主義者(ペシミスト)よりもいい結果を残すことが多いとしています。3部構成の第1部はセリグマンの学習性無力感の研究の経緯やチェックリストがあり、第2部はオプティミストの利点、第3部はオプティミストになるための方法が書かれています。

 第1部「オプティミズムとは何か」では、人生にはペシミズム(悲観主義)とオプティミズム(楽観主義)という2つの見方があり(第1章)、困難を前にして無力状態に陥りやすい者とそうでない者がいて(第2章)、両者の違いは、不幸な出来事をどう自分に説明するかにあるとしています(第3章)。さらに、悲観主義の行きつくところはうつ病であるが(第4章)、物事の考え方。、感じ方で人生は変わるとして、認知療法によりうつ病を克服した例などを紹介しています(第5章)。

 第2部「オプティミズムが持つ力」では、どんな(説明スタイルの)人が成功するか、大手生保会社での実証的研究をもとに考察しています(第6章)。さらに、楽観主義は親から子に遺伝するのか(第7章)、学校で良い成績をあげるのはどんな子か(第8章)、偉大な記録を打ち立てたスポーツ選手やチームはどうであったか(第9章)、人の寿命という面で、楽観主義と健康的人生とは関係があるのか(第10章)、政治家の選挙戦ではどうか(第11章)を実証的に考察し、いずれについても概ねオプティミストの優位性を説いています。

 ただし、第6章では、会社で研究開発や企画に携わる人々は夢を追うタイプでなければならないが、社員全員がオプティミストだと会社は破綻するとし、財務管理や安全管理などの面では、現在の状況をしっかり把握している職業的ペシミストが必要であるとして、ある分野では悲観主義者の方が優れていることを指摘しています。

 第3部「変身―ペシミストからオプティミストへ」では、自分が楽観的な人生を送るにはどうすればよいか(第12章)、子どもを悲観主義から守るにはどうすればよいか(第13章)、楽観主義は仕事や会社にどういった影響を与えるか(第14章)をそれぞれ考察し、最後に、楽観主義は人々が設定した目標を達成するための道具であり、この目標選択自体にこそ意味があるとし、やみくもな楽観主義ではなく、しっかりと目を見開いた柔軟な楽観主義が望まれるとしています(第15章)。

 このうち、第14章では、企業の職場における楽観主義が必須条件である分野と、慎重を期する悲観主義が長所となる分野を列挙していて(「人事」は後者に属している)、その人の楽観度に適した仕事に配置することが大切だが、現在就いている仕事に悲観的でいる人も、楽観主義を習得することはできるとして、認知療法の考えを生かしたテクニックを示しています。

 自己啓発書であり(ただし科学実証的根拠による)、人によって読みどころは違ってくると思いますが、自分はどのタイプであり、どうすればオプティミストになれるか知りたい人は、チェックリストのある章と第3部を読むといいと思います。また、人事パーソンにとっては、第6章、第14章が読みどころかと思います。

 著者は、ポジティブ心理学と学習性無力感で有名ですが、意外とその詳細は知られておらず、本書を読むことで、ポジティブ心理学とは何かが理解出来るのではないかと思われます。

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「●採用・人材確保」の インデックッスへ

企業内でキャリア研修に携わる人だけでなく、人事パーソン全般にお薦め。

トランジション 2.jpgトランジション.jpg トランジション 人生の転機.jpg
トランジション ――人生の転機を活かすために (フェニックスシリーズ) 』['14年]/『トランジション: 人生の転機』['94年]
William Bridges(1933-2013)
ウィリアム・ブリッジズ2.jpgウィリアム・ブリッジズ.jpg 人生で訪れる転機をどのように乗り越え、変化に適応していくか―本書では、キャリアや生涯での節目をトランジションと呼び、キャリアや生涯での節目にあたるトランジションには、何かが終わるとき(終わり)、混乱や苦悩のとき(ニュートラルゾーン)、新しい何かが始まるとき(始まり)の3つの段階があるとし、人生で訪れる転機をどのように乗り越えるかを説いています。第Ⅰ部(第1章~第4章)では、人生の発達過程としてのトランジションが、人間関係や職業生活にどう影響するかを考察し、第Ⅱ部(第5章~第7章)では、トランジションの3つ段階についてそれぞれ解説しています。

 第1章では、すべてのトランジションは何かの「終わり」から始まり、「終わり」の後に「始まり」があるが、その間に重要な空白ないし休養期間が入るとしています。そして、トランジションの過程で、人は「死と再生」を経験するとしています。

 第2章では、人生はトランジションの連続であり、それは人生の発達過程としてとらえることができるとし、子ども時代の終わり、30代、「中年の危機」、それ以降のヒンドゥー教で言うところの「林住期」のそれぞれにおけるトランジションについて述べています。

 第3章では、人間関係にもトランジションがあり、たとえば夫婦関係とは、相手の物語に組み込まれた役割を演じることであり、危機の中で二人の関係をどう育むかが大切であるとし、人間関係がトランジションを迎えている人が留意すべきチェックリストを示しています。

 第4章では、トランジションは「終わり」から始まり、「ニュートラルゾーン」「始まり」という3つの局面があるが、人間関係と同様に、職業生活にも人生のステージごとにトランジションのリズムがあるとし、トランジションに直面した際にその意味を見い出し、自分自身のために「もはやふさわしいとは言えなくなった」ことが何であるかとしっかりと捉える必要があると説いています。

 第5章では、トランジションの最初の局面としての「終わり」には、離脱・解体・アイデンティティの喪失・覚醒・方向感覚の喪失の5つの側面があるとし、また、トランジションが変化と異なる点は、自分にふさわしくなくなったものを手放すことから始めることにあるとしています。

 第6章では、「ニュートラルゾーン」は経験したことのない不思議な体験であり、深刻な虚無感を伴うものであるが、そこに意味を見い出し、この時期をできるだけ短く切り上げるにはどうすればよいか、そのヒントを挙げています。

 第7章では、「始まり」について、それは印象に残らない形で生じるが、「始まり」を知らせるヒントはどのように現れるか、また、「始まり」において留意すべきことは何かを述べています。

 人材不足の時代、企業は、社員のトランジションをサポートする仕組み作りをすることが、人材定着率の中長期的な向上に繋がるのではないでしょうか。キャリア研修の担当者に限らず、広く人事パーソンにお薦めです。もちろん、自分自身に引き寄せて読んでみるのもいいと思います。

《読書MEMO》
●ニュートラルゾーンの中で、その意味を見いだすためのヒント(第6章・207p)
 (1) ニュートラルゾーンで過ごす時間の必要性を認める
 (2) 一人になれる特定の時間と場所を確保する
 (3) ニュートラルゾーンの体験を記録する
 (4) 自叙伝を書くために、ひと休みする
 (5) この機会に、本当にしたいことを見いだす
 (6) もし今死んだら、心残りは何かを考える
     人生を後悔しないための重要な質問が「今自分の人生が終わったら心残りになることは何か?」。
     日々この質問を自分にすることで、やり残すことがないように生きる。
 (7) 数日間、あなたなりの通過儀礼を体験する
●「始まり」において留意すべきこと(第7章:244p)
 第一:あまり準備せずに行動する
 第二:「始まり」がもたらした結果を確認する
 第三:目標よりもプロセスを重視する
     大切なのは何か目標を達成するのではなく、人生の過程そのもの。
     何を得たのではなく、何を経験し、どのように生きたか?本当に大切にすべきなのは生きていく過程そのもの。
     目標が達成された or 失敗したで物事の価値を決めてはいけない。行動したことは間違いではないから。

「●キャリア行動」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【180】 金井 壽宏/高橋 俊介 『キャリアの常識の嘘

企業内でキャリア研修に携わる人事パーソン、キャリアの入り口にある人にお薦め。

その幸運は偶然ではないんです1.jpgその幸運は偶然ではないんです2005.jpg J.D.クランボルツ.jpg J.D.クランボルツ(1928-2019)
その幸運は偶然ではないんです! 』['05年]

 何か事が上手くいった人が、「偶然だよ。たまたま運が良かっただけ」だと言ったりもしますが、心理学者でキャリアカウンセラーでもある著者らによる本書では、想定外の出来事が本物のチャンスに変わる時、全くの偶然など存在せず、そこには、必ずその人自身が果たした「いくつかの行動」があり、そこから新しいチャンスを創り出せた人が人生を変えられるとして、45人のキャリアをめぐるケースを紹介しています。

 第1章では、人生の目標を決め、将来のキャリア設計を考え、自分の性格やタイプを分析したからといって、自分の望む仕事を見つけることができるわけではなく、人生には予測不可能なことのほうが多いが、結果がわからないときでも、行動を起こしてチャンスを切り開くこと、想定外の出来事を最大限に活用することが大事であるとしています。

 第2章では、自分自身も環境も変化していくなかで、自分の将来を今決めるよりも、選択肢はいつもオープンにしているほうがずっとよいとしています。

 第3章では、夢が計画どおり実現しなかったとしても、「夢は消えてしまった」と考えるのではなく、「状況が変わった。さらに自分にとってよいチャンスを探すにはどうしたらいいだろう!」と考えるべきであるとして、「夢から覚める方法」を指南しています。

 第4章では、新しいことをやるときにはリスクがあり、結果がどうなるかわからないが、結果が見えなくてもやってみることが重要であり、失敗を恐れて何もしなければ、どんな幸運も訪れてはくれないとしています。

 第5章では、新しいことに挑戦することは、時として失敗という結果につながることがあるが、間違えるかもしれないという恐怖から何もしないことよりも、間違いから学ぶことこそ成功につながるとしています。

 第6章では、過去の自分をひきずったり、意にそわない現在の仕事にこだわる必要はなく、将来に向かって自分の環境を変えていくための行動を起こすことが大切であるとして、それではどうすればよいかを述べています。

 第7章では、まず仕事に就いて、それからスキルを学べばよいとしています。スキルやキャリアを身につけるための「学ぶ意欲」こそが重要であり、逆に、要求されるスキルがあったとしても、それですべての仕事がうまくいくと限らず、変化の激しい時代には「学び続けること」こそが最も大切であるとしています。

 第8章では、行動を起こすことが重要なのに、それが時として難しいのは、自分の中にある心理的な障害によることが多く、まずはそうした心の壁を克服することに焦点を当ててみることを勧めています。

 45人のキャリアをめぐるエピソードの中は、自分のキャリアを変えられなかった人の話もあり、何が自分の望む仕事に就くことの障害になるかを知る上でも参考になります。また、各章の末尾に、章ごとのテーマに沿った「練習問題」があり、書かれていることを自分に当てはめた場合どうであるかチェックできるようになっています。

因みに、著者らの提唱するプランドハプンスタンス理論=計画的偶発性理論(本書そのものにこの言葉は出てこない)のキーファクターは大きく次の5つになるとされています。

 1.好奇心(Curiosity) 絶えず新しい学習の機会を模索し続ける
  「おもしろそうだ、やってみよう」
 2.持続性(Persistence) 失敗してもあきらめず、努力し続ける
  「同じ失敗はくり返さないぞ」
 3.楽観性(Optimism) 予期せぬ出来事を否定的に受け止めるのではなく、新しい成長をもたらす機会ととらえる
  「この異動にも意味があるはずだ」
 4.冒険心(Risk Taking) 結果が不確実でも、リスクを冒して行動する
  「先は見えないけど挑戦することに意味がある」
 5.柔軟性(Flexibility) 過去に固執せず、信念・概念・態度・行動を変える
  「過去は過去。新しい方法でやってみよう」

 上記に照らすと、本書の第2章は柔軟性、第3章は楽観性・柔軟性、第4章・第5章は冒険心、第6章は柔軟性、第7章は持続性、第8章は柔軟性について言っているともいえるのではないでしょうか。


 本書に書かれていること並びにプランドハプンスタンス理論に沿って言えば、計画や人生の目標は変わってよいものであり、道をひとつに決めずにオープンマインドでいることが重要であって、ただし、失敗を恐れて行動しなければ、何も起こらないのは確かなことであるということです。そして、キャリアの多くは予期しない偶然の出来事により形成されるが、その偶然は、自分の行動や考え方によって産み出しているといってもよいということでしょう。

 キャリアプランを立てることが重要視され、一貫性のあるキャリアばかりが評価される風潮にある中で、企業内でキャリア研修に携わるような人事パーソンは、そうした考え方へのアンチテーゼとして、このプランドハプンスタンス理論を意識しておく必要があるように思います。

 また。日本では、キャリア研修というのは中高年になったから実施されることが多いように思いますが(中高年人材をリリースするために行っている印象もある)、本書はキャリアの入り口にあるような人たちにむしろお薦めの本であり、本来であれば、キャリア研修も若手社員のうちからやるべきものなのだろなあとも思わされました(若手人材囲い込みのために敢えて行っていない気もする)。

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リーダーの在り方と併せ、リーダーシップ研修を行う際の気づきを促してくれる。

次世代型リーダーの基準1.jpg次世代型リーダーの基準.jpg
次世代型リーダーの基準 世界基準で「話す」「導く」「考える」 (角川新書)』['22年]

 GE(ゼネラル・エレクトリック)のリーダー育成機関「クロトンビル」でマスター・トレーナーを務めた著者が、GEの幹部研修で語られる「リーダーに求められる考え方」「リーダーシップを発揮するために必要なスキル」を紹介した本です。

 第1部「仕事の基本」では、序章で、誰もが今よりも「自分を進化」させることができるとし、第1章で、自分を「知る」ための方法を「ジョハリの窓」などを用いて紹介、第2章で、自分で「考える」とはどういうことかを述べています。第3章では、自分を「鍛える」にはどうすればよいか、そのために心掛けるべきことを説き、「学ぶことをやめたら、会社を去れ」とまで言い切っています。第4章では、自分を「変える」ステップを「守・破・離」という考え方などと併せて解説し、第5章では、自分をより高みに「導く」ためには、自分の運命を自分でコントロールすることを意識せよと述べています。

 第2部「部下の育て方」では、序章で、なぜ部下を育てなければならないのかを説き、第1章で、部下を"エンゲージ"させるにはどうすればよいか、第2章で、部下の"人生の価値観"を把握するにはどうすればよいかを、それぞれ解説しています。第3章では、GEにおいてOJD(On the Job Development)と呼ばれる仕事を通じた人材育成について、フィードバックやコーチングの在り方と併せてそのポイントを紹介しています。第4章では、部下の基本能力をアップデートし、単なる「権限移譲」を超えた「エンパワーメント」をするための実践方法を説き、仮に「今日から100日で部下を育てよ」と言われたら何から着手すべきかを述べています。

 第3部「プレゼンの基本」では、序章で、なぜGEにおけるプレゼンが簡潔であることを旨としているのか解説しています。第1章で、優れた人は事前に「聞き手を知ろう」として情報を集めて整理するとし、第2章では、なぜ「構造がシンプル」な話は効果的なのか、プレゼンの全体構造の在り方について述べています。第3章では、なぜ簡潔な資料が「人を動かす」のか、第4章では、なぜ短く「15秒で話す」と記憶に残るのか、聞き手にとって印象的なプレゼンにするための技法を紹介し、第5章では、質問・反論は「歓迎すべき」ものであるとしてその理由を述べています。

 著者の前著『世界最高のリーダー育成機関で幹部候補だけに教えられている仕事の基本』(2014年)、『世界最高のリーダー育成機関で幹部候補だけに教えられているプレゼンの基本』(2017年)、『世界基準の「部下の育て方」』(2019年)の3冊を合本・再編集したものであるため内容的には盛りだくさんです。ただし、図などの使用は最小限に抑え、ちょうど研修の場で講師が語るようなトーンで書かれていて、また、著者自身の経験に近いところで書かれていることあり、比較的読みやすかったです。

 GEでトップ15%の社員が受けられる幹部研修で語られる内容というだけあって、強い上昇志向が前提となっているように感じられます。また、GEという一企業の研修内容を紹介して「次世代型」「世界基準」と言い切る自信はスゴイいと思いました。しかしながら、ものすごく目新しいこと書かれているわけではなく、普段そこまで考えなかったり見落としがちであったりするけれども、本来は基本として押さえていくべきことが多く書かれていると思いました。

 自分の価値観を知る人は成長が早く、ではそれをどうやって知るかといったマインドセット的なことことから、プレゼンの後「ご質問はありませんか?」ではなく「ご質問をお願いします」と言うのがよいといったテクニカルなことまで、まさに「考え方」から「スキル」まで幅広くかつ体系的に網羅されていて、人事パーソンにとっては、リーダーの在り方を考える上でもそうですが、リーダーシップ研修を行う際のさまざまな気づきを促してくれる本でもあるかと思います。

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指図や命令なしに人を動かす力こそが本物のリーダーシップ。その鍛え上げ方を説く。

あなたがリーダーに生まれ変わるとき.jpgあなたがリーダーに生まれ変わるとき2006.jpg developing the leader within you.jpg ジョン・C・マクスウェル2.jpg ジョン・C・マクスウェル 『あなたがリーダーに生まれ変わるとき―リーダーシップの潜在能力を開発する』 〔'06年〕『Developing the Leader within you

 あとがきによると、著者は、アメリカでリーダーシップと言えば、知らない人がいないほどの権威であり、さらに、Wikipediaによれば、2014年に、「Inc.」誌による世界のリーダーシップ、経営の専門家のランキングで第1位となったそうです(二十数年にわたり教会の主任牧師を務めた経験も持つ)。そうした著者の古典的名著とされる本書(原題:Developing the Leader Within You, 1993 (Repackaged 2001))は、指図や命令なしに人を動かす力こそが本物のリーダーシップであるとし、誰もが持っている本物のリーダーになるための資質を鍛え上げるにはどうすればよいかを説いた本です。

 第1章では、リーダーシップとは影響力のことであり、それは身につけられるものだとしています。さらに、リーダーシップには、低次から高次にかけて、①地位、②相互理解、③成果、④人材育成、⑤人間性の5つのレベルがあるとしています。

 第2章では、リーダーシップ発揮のカギは、ものごとの優先順位を見きわめることであるとし、パレートの法則(80:20の法則)を紹介するとともに、その優先順位に見られるいくつかの法則を解説しています。

 第3章では、リーダーシップの最も重要な構成要素は誠実さであるとし、誠実さが信頼感を育てること、誠実さは大きな影響力があることなど、誠実さが重要な理由を7つ挙げています。

 第4章では、リーダーシップの究極の試練は、徹底した変革を生み出せるかどうかであり、なぜ人は変化に抵抗するのか、変化を起こす前にチェックすべきことは何か、変化に向かう空気をつくり出すにはそうすればよいかを説いています。

 第5章では、リーダーシップを手に入れる最速の方法は、みなが抱えている問題を解決することであり、優れたリーダーは先回りして問題を認識する能力を有し、立ち向かっている問題の大きさを評価でき、正しい心構えのもと、しっかりした行動計画を立て、問題解決へのプロセスを過たないとしています。

 第6章では、リーダーシップにとりわけ大切なものはその心構えであり、リーダーの心構えが部下の心構えをも左右するとして、自分の心構えを変えるにはどのようなステップを踏めばよいか解説しています。

 第7章では、周りの人たちまでをリーダーに育て上げるだけの影響力があるリーダーには限界がないとし、人材育成の成功のカギをとして、①人について適切な仮説を立てる、②人について適切な質問をぶつける、③人に対して適切な支援をする、の3つを挙げています。

 第8章では、リーダーシップになくてはならない資質として、ビジョンを挙げています。そして、ビジョンを企業に根づかせるには、①認知(現実的な目で現状をみつめる)、②先見性(洞察力のある目でこらから先のことを見通す)、③可能性(ビジョンのある目で起こりそうなことを見通す)の3つのレベルがあるとしています。

 第9章では、本物のリーダーはみな、自分自身を律して初めて、周りの人たちを動かせることを知っているとして、リーダーにとっての自己規律の重要性を説くとともに、自分の生活にめりはりをつけるために実践すべき10のこと、誠実さを育むために意識すべき5つにことを挙げています。

 第10章では、リーダーシップの最も重要な課題はスタッフの育成であるとしています。常勝チームには本物のリーダーがいて、財務・人事・計画立案の三大分野をコントロールし、優秀な人材を選抜し、メンバーの実力を向上させているとしています。

 極めてオーソドックスなことが書かれており、「リーダーシップ」について俯瞰するのに適切な本です。本書によれば、最も内向的な人でも一生の間に1万人の人たちに影響を与えるという社会学者の説があるとのこと。そして本書では、リーダーシップとは影響力のことであると言っているわけです。他の人に影響を与える可能性のある人間としての心構えを持ち、自分のリーダーシップの潜在能力を開発することは、充実した人生を送るためには、誰にとっても必要なことかもしれないと、改めて思わされる内容でした。

多くの事例を引いていますが、それで終わらせず、その都度、ポイントを3つや5つ、或いは10程度にとまとめているのが分かりやすいです。以前に著者の『伸びる会社には必ず理想のリーダーがいる』('11年/辰巳出版)を読みましたが、著者のこれまでの著作から著者自身がエッセイを130篇抜粋して、26週間の月曜から金曜まで毎週5日、それぞれ1日1頁に収まるような形で割り振ったもので、本来ならば、26週間かけてじっくり内省を深めながら読むべきなのだろうけれど、これを一気に読んでしまったので、何だか"お腹一杯"であまり頭に残らなかった感じでした。こっちを先に読んでおけば、先に「体系」が理解出来てよかったかもしれないと思った次第です。

《読書MEMO》
●【目次】
はじめに
第1章 リーダーシップとは影響力のこと
第2章 リーダーシップ発揮のカギ 優先順位の見きわめ
第3章 リーダーシップの最も重要な構成要素 誠実さ
第4章 リーダーシップ究極のテスト 徹底した変革を生み出せるか
第5章 リーダーシップを手に入れる最速の方法 問題の解決
第6章 リーダーシップにとりわけ大切なもの 心構え
第7章 最も大切な資産を育てる 人材の育成
第8章 リーダーシップになくてはならない資質 ビジョン
第9章 リーダーシップにつける価格 自己規律
第10章 リーダーシップの最も重要な課題 スタッフの育成
エピローグ
訳者あとがき
●リーダーシップの5つのレベル(第1章)
・第一レベル:地位
・第二レベル:相互理解
・第三レベル:成果
・第四レベル:人材育成
●優先順位の法則(第2章)
・優先順位は決して"不変不動"ではない
・どんなに重要そうに見えても、無視できないものはない
・"そこそこの出来"は"最高の出来"の敵
・すべてを手に入れることは不可能
・優先順位の高いものがあまりにも多いと、立ち往生の原因になる
・優先順位の低いものが過大な負担になると大きな問題が生まれる
・期限と緊急度が私たちに優先順位の設定を迫る
・本当に重要なものがわかったときには手遅れ、という場合が多すぎる
●誠実さはなぜ重要か、7つの理由(第3章)
①誠実さが信頼感を育てる
②誠実さには大きな影響力がある
③誠実さは志の高い規範を生み出す力となる
④誠実さが生み出すのはイメージではなく確かな評判
⑤誠実さとは人を動かす前に自分時自身が日々誠実に生きること
⑥誠実さは、リーダがただ賢くなるのではなく信頼できる人物になるための力になる
⑦誠実さは必死で身につけるもの
●心構えを変えるための6段階(第6章)
①問題のある感情を見きわめる
②問題のある行動を見きわめる
③問題のある考えからを見きわめる
④真っ当な考えを見きわめる
⑤組織全体が真っ当な考えにこだわるようにする
⑥真っ当な考えを実現する計画を練る
●人材育成の成功のカギをと(第7章)
①人について適切な仮説を立てる
②人について適切な質問をぶつける
③人に対して適切な支援をする
●ビジョンを企業に根づかせるには(第8章で)
①認知(現実的な目で現状をみつめる)
②先見性(洞察力のある目でこらから先のことを見通す)
③可能性(ビジョンのある目で起こりそうなことを見通す)
●自分の生活にめりはりをつける(第9章)
①自分の優先順位を定める
②自分のカレンダーに優先順位を書き込む
③予期しない案件に少しばかり時間を割く
④仕事への取り組みはひとつずつ
⑤仕事のスペースを整える
⑥自分の気質と相談しながら仕事をする
⑦通勤時間を簡単な仕事や自己啓発に活用する
⑧自分のために役立つシステムを開発する
⑨会議と会議の合間の分秒を活用するプランを常に用意する
⑩活動ではなく、成果にこだわる

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○経営思想家トップ50 ランクイン(バーバラ・ケラーマン)

すぐれたリーダーの34の資質。自ら「強み」に沿った「人の動かし方」を伝授。

ストレングス・リーダーシップ.jpgストレングス・リーダーシップ2013.jpg ストレングス・リーダーシップ2.jpg
『ストレングス・リーダーシップ さあ、リーダーの才能に目覚めよう』['13年] ギャラップ著『ストレングス・リーダーシップ<新装版> さあ、リーダーの才能に目覚めよう』['22年]

 本書は、すぐれたリーダーの条件とは何か、それを34の資質に分類し、その強みを活かした「人の動かし方」を伝授しています('22年に著者らが所属した調査会社ギャラップの著作として新装版が刊行されている)。

 本文は4つの章に分かれ、それぞれ、「強みに集中する大切さ」「強みを活かしたチーム力の発揮」「人がついてくる理由」「強みを活かして人を率いる方法」を説いています。

 第1章「自分の強みに投資する」では、リーダーにとっての自らの強みに集中することの大切さを説いています。あらゆることに秀でようとすると傑出した存在にはなれず、他の素晴らしいリーダーを真似ても人はついてこないとし、取り組むべきことは「自分ならでは強みを知り、発揮すること」であるとしています。

 第2章「チームの力を最大限に活かす」では、すぐれたチームが備える4つの条件を挙げています。すぐれたチームには「実行力」「影響力」「人間関係構築力」「戦略的思考力」の4つの条件が揃っているとし、さらにそれらを34の資質に分類しています。また、強固なチームの特徴として、「結果を重視する」、「組織にとって最善のことを優先し、行動を起こす」、「チームのメンバーは、仕事と同じように私生活にも真剣にかかわる」、「多様性を受け入れる」、「才能を引きつける」の5つを挙げています。

 第3章「『なぜ人がついてくるか』を理解する」では、人がついてくる4つの理由として、「信頼」(正直さ、誠実さ、尊敬により育まれる人間関係)、「思いやり」(親密でいたわりのある、ポジティブなコミュニケーション)、「安定」(必要なときにいつでも頼れる人であること)、「希望」(組織に成長をもたらす新たな取り組みに着手していること)を挙げています。

 第4章「実践編・強みを活かして人の率いる」では、ウェブ上のテストである「ストレングス・ファインダー」の質問を受けて、先に挙げた人を率いるための34の資質のどれが自分の強みになるかを理解することを推奨するとともに、この34のリーダーの強みについて、それぞれに即した「信頼」「思いやり」「安定」「希望」の発揮の仕方はどのようなものになるかを解説してします。

 たとえば、自身が〈最上志向〉を持っているなら、それを活かしてどうリーダーシップを発揮するか、具体的には、どう信頼を築くか、どう思いやりを示すか、どう安定をもたらすか、どう希望を生み出すかを伝授しています。さらには、その強みを持つ部下やメンバーに対して、リーダーとしてどうふるまえばよいかについてもアドバイスしています。

 すぐれたリーダーは、常に自身の「強み」に投資をし、また、周囲に適切な人材を配置して、メンバーごとの強みにあわせて仕事を任せることで、チームの力を最大限に引き出しているということを説いた本です。マネジャーが自分自身の強みとは何か、メンバーの強みは何か、それらをどう活かすかを考えるのにお薦めの1冊です。

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成功するリーダーの特性は、教育、学習とIdea、Value、Energy、Edge、Story。

リーダーシップ・エンジン.jpg リーダーシップ・エンジン1999.jpg
リーダーシップ・エンジン: 持続する企業成長の秘密』['99年]

 企業におけるリーダーシップを長年研究してきたビジネススクールの教授による本書は、勝ち続ける企業にはリーダーを生み出す仕組みがあるとし、成功するリーダーの特性を探究したリーダーシップ論となっています。

 第1章「リーダーが率いる組織」では、勝利する組織にはリーダーがいて、勝利するリーダーは教育を行い、また、過去を省みて、経験から貪欲に学習するとしています。さらに、リーダーには、アイデア、バリュー(価値観)、エネルギー、エッジ(大胆な意志決定力)、ストーリーが備わっているとしています。この教育、学習、アイデア、バリュー、エネルギー、エッジ、ストーリーの重要性については、後に第3章から第9章の各章でそれぞれ詳説されることになります。

 第2章「なぜリーダーが重要なのか」では、リーダーは変革のときを乗り切り、カルチャーを形成し、現実に直面して適切な対処を示し、他者も同様に行動するよう激励するとしています。

 第3章「リーダーシップおよび教育的見地」では、優れたリーダーは優れた教師であり、成功するリーダーは、教えることを第一義と捉え、あらゆる機会を逃さず学び、教えるとしています。また、リーダーとは「教育的見地」を持ち、他者をリーダーになるべく教える人のことであると述べています。

 第4章「プロローグとしての過去」では、成功するリーダーは自分の過去から教訓を得るが、誰にも役立つ過去があり、リーダーはそれを上手に活用するにすぎないとしています。また、リーダーのストーリーは、彼らの教育的見地を明らかにするとしています。

第5章「リーダーシップの神髄」では、勝利する組織は明確なアイデアの上に作られ、リーダーはアイデアを現実に即した適切なものにし、また、アイデアは、組織の全階層で行動の枠組みとなるとしています。

 第6章「価値観」では、勝利する組織にはしっかりした価値観があり、リーダーたちはその価値観を自ら実践するが、そうした価値観こそが競争力を強化する重要なツールになるとしています。

 第7章「実現する」では、勝利するリーダーは精力的な人間で、チャレンジを好み、自分の仕事を楽しむと同時に、従業員の中にエネルギーを創出し、野心に満ちた努力を促すとしています。

 第8章「エッジ」では、エッジとは、現実を直視し、それに基づいて行動する勇気であり、勝利するリーダーは決して楽な道をとらないとしています。また、エッジとは、残酷であることではなく正直であることであり、エッジがなければご都合主義が勝利を収めてしまうとも述べています。

 第9章「皆で一緒にトライする」では、リーダーにとって自身のリーダーシップ・ストーリーを描くことの重要性を説いています。勝利するリーダーは未来を展開中のドラマとして描き出し、そのダイナミックなストーリーは人々を動機づける成功へのシナリオとなるとしています。

 第10章「結び」では、これまでの総括として、勝利するリーダーシップとは未来を作ることであり、成功は他のリーダーを育成することで達成されるとしています。そして最後に、最高のリーダーは去るべきときを知っているとしています。

 本書におけるリーダーシップ・エンジンとは、組織の全階層でリーダーを生み出し続ける仕組みであり、優れたリーダーとは、わが身を削って後継者の育成を行う人々のことであるというのが本書の趣旨であるともいえます。

ジャック・ウェルチわが経営 下.jpgジャック・ウェルチわが経営.jpgジャック・ウェルチ.jpg GEのジャック・ウェルチなどがこの考え方に影響を受けており、また本書の中でもその実践者としてウェルチが登場します。そう言えば、『ジャック・ウェルチ わが経営』('01年/日本経済新聞社)の中で、A(評価)プレイヤーの4つのEとして、ウェルチは以下を挙げていました(ほぼ本書に重なる)。
 ・活力(Energy)
 ・周囲の活力を引き出す(Energize)
 ・決断力(Edge)
 ・実行力(Execute))

 後継者を育てないと自分が上に行けないという、米国流のプロモーション(昇進)の仕組みも関係しているとは思ますが、リーダーが忙しさにかまけて後継を育てないとき、そのリーダーが去ったあとの組織はどうなるだろうかということを考えてみれば、どこにでも当て嵌まる帰結であるとも言えます。

 だだ、日本の企業で、われわれの日常で、そうしたことが日々どれほど真剣に行われているか、どれだけの経営者がこの考えに沿って実践しているかを考えると、(反省も込めて)改めて啓発される本であるように思いました。

《読書MEMO》
●アイデア、バリュー(価値観)、エネルギー、エッジ、ストーリー
(1)アイデア(Idea):仕事を成功させるためのアイデアを確立せよ。アイデアは組織としての目標を明確に述べるもの。これを明示することによって組織は大きく変わる。
(2)バリュー(Value)(価値観):目的を達成するために必要な価値基準バリューを組織に浸透させよ。バリューは望ましい行動様式を規定する。いかにして目標を達するかという方法に関わる。いわば日々の判断に際しての倫理的指針。リーダーはこれを体現せよ。そして組織に浸透させよ。ジョンソン&ジョンソン社の「タイラノル事件」(鎮痛剤のビンに毒を入れられた事件)の際の見事な行動は、その直前に会社のバリューを全社的に見直したことによる。組織としてバリュー を持つだけでは不十分で人々に徹底しておく必要がある。
(3)エネルギー(Energy):部下にエネルギーを注入せよ。そもそもリーダーはエネルギッシュな人。仕事に価値を見出しているから、ほかを犠牲にしているという意識なくして仕事に勢力を注ぎ込む。かくして部下のエネルギーをかき立てよ。やる気にさせよ。方法はさまざまある。パーソナルタッチもよい。より高い目標を設定することでもよい。
(4)エッジ(Edge):リーダーは厳しい決断をせよ。エッジ とは、現実を直視する能力、今後発展の望めない分野からきっぱりと手を引く能力、組織にとってプラスでない人物を取り除く能力を意味する。いずれにせよ、個人的にはつらい厳しい決断をしなくてはならない。
(5)ストーリー(Story):以上の全ての要素を盛り込んだ生き生きとしたストーリーを語れ。物語を語れ。そうすることによって部下は全てを理解する。

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ

オーソドックスかつ普遍的な内容。読み流すのではなく実践の書として読むべき本。

ベイシック・マネジャー.jpgベイシック・マネジャー1984.jpg ベイシック・マネジャー2.jpg
ベイシック・マネジャー: 部下の動きを働きに変えるリーダーシップ』['84年]

 1983年原著(Back-to-basics Management: Lost Craft of Leadership)刊行の本書の訳者はしがきによれば、80年代後半にアメリカ経済を蘇らせた、この自信と回復のポイントは、一時的な流行を追いかけることに狂奔せず、温故知新を真面目に行い、基本に立ち戻る精神の作興であり、こうしたアメリカのマネジメントを蘇生させた原点回帰運動の基本的宣言であり、実践的指南書が本書『ベイシック・マネジャー』であるとのことです。本書は、コミュニケーションを基軸としたリーダーシップの復活を熱っぽく説いて、マネジメントとして古くて新しい真理の現実的展開法と領域の第一歩を丁寧に手ほどきしたものであるとのことです。

 第1章では、ベイシック・マネジメントとは何か、ベイシック・マネジャーの特質を述べています。そして、その特質は以下のようになるとしています。
 1.自分自身を知っている。
 2.物事をやり遂げることに関してエキスパートである。
 3.時間の管理と自己管理にたけている。
 4.管理の最高の用具としてのコミュニケーションの利用価値を理解している。
 5.対人関係技術に優れている。
 6.創造的かつ革新的である。そしてグループ全体のやる気を盛り上げ、その創造的成果を活用する法を知っている。
 7.仕事を委譲して成功させる法を心得ている。
 8.影響力のある監督者になる法を知っている。

 第2章では、ベイシック・マネジメントに必要不可欠なものとして、人の話を創造的に聴く技術を挙げ、人の話を効果的に聴く能力をアップする方法や、話し手に対して注意を払ったり、相手の話の方向づけをする技術について解説し、さらに、相手への質問は控えめにすべきだとして、話し手の言い分を反映し、話し手に反応を示す技術や、反映的な聴き方以外の方法を紹介しています。

 第3章では、意思決定のしかたについて述べています。意思決定においてはまず「現地に見合った地図をつくる」ことが重要であるとし、「現地」とは何か、「地図」とは何か、判断のルールはどのようなもので、意思決定の実行はどのようになされるべきか、上司、他のマネジャー、部下に対するコミュニケーションはどうすればうまくいくかをそれぞれ解説しています。

 第4章では、変革を管理するための鍵となることについて述べています。また、マネジャー・リーダーはまず自分が変革を試みなければならないとし、変革に部下を巻き込むにはどうすればよいかを解説しています。

 第5章では、部下にやる気を起こさせるにはどうすればよいかを述べています。ここではマズローの欲求段階説を引いて欲求とモチベーションについて解説し、部下をやる気をさせる言葉や、やる気を起させるタイミング、「相手からいちばん良いものを引き出す」ためのマネジメントなどについて述べています。

 第6章では、時間をどう管理すべきかを述べています。ここでは、集中力を増すためのヒントや知識と経験の力、自己の時間管理法を高める方法について述べています。

 第7章では、権限移譲をどうマネジメントするかを述べています。権限移譲における"すべきこと""してはならないこと"は何か、権限移譲のやり方の計画や、権限移譲を成功させる要素などについて解説しています。

 第8章では、リーダーシップについて述べています。社会状況の変化に応じて、リーダーシップのあり方も変化するとして、その趨勢を分析し、これからの時代にどのようなリーダーシップが求められるかを考察しています。

 第9章では、コミュニケーションにおけるボディ・ランゲージの役割について述べ、基本的なボディ・ランゲージの数々について解説しています。

 第10章では、効果的に部下に指導するにはどうすればよいか、部下を訓練・指導する際のプロセスと障害、コミュニケーションと学習の方法などについて解説しています。

 第11章では、コミュニケーションの技術について述べています。コミュニケーションの技術に磨きをかけ、相手を言葉で説得できるようにするにはどうすればよいか、書く技術として求められるものは何か、ミーティングをもっとうまく利用するにはどうすればよいか、ディスカッションの進め方などについて述べています。

 第12章では、目標設定のマネジメントについて述べています。ここでは、目標設定の重要性を説くとともに、効果をあげる目標を立て、部下たちが従うことのできる計画を立てるこにはどうすればよいかを指南しています。

 ベイシック・マネジメントとは何か。著者らは、
・それは第一に「マネジメントを一つの手腕として掌握することである。実践とと現場で鍛え磨くアートとしてとらえることである」
・そして第二に、「人間各個人こそ、いかなる組織においても最も貴重な資産であるという人間尊重の理念をトコトンからだで認識することである」としています。

 このような発想を起点として、創造的な積極的傾聴法から意思決定へ、変化の先取りと計画変革の実現へ、動機づけのマネジメントへ、時間という貴重な資源の管理へ、権限移譲の適切な行使のしかたへと、部下コーチと教育訓練のあり方と手続きへ、コミュニケーション・スキルの向上へ、目標設定の的確な技術へと、冒頭に述べたように、マネジメントとして古くて新しい真理の現実的展開法と領域の第一歩を丁寧に手ほどきしているのが本書です。

 オーソドックスかつ普遍的な内容であり、平易でもありますが、訳者も述べているように、読み流しの書としてではなく、実践の書として読まれることで価値が増す本であると思います。

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リーダーシップは学んで得られ、仕事を成就するグループにより発揮される。

not boss nut leader John Adair.jpg『最良の指導者(リーダー)とは何か。』.jpg  ジョン・アデア.jpg ジョン・アデア
最良の指導者とは何か』['89年]

Not Bosses But Leaders: How to Lead the Way to Success』['87年]

 本書は、英国のリーダーシップ論の権威が、若きマネジャーが経営者として成長する課程を通して、具体的・合理的・実践的なリーダーシップ論を展開した本です(原題:Not Bosses But Leaders: How to Lead the Way to Success)。

 第1章では、リーダーシップ研究の3つのアプローチとして、リーダーに共通する特性があるとの前提に立つ方法、リーダーは資質ではなく状況によって誰がリーダーになるのかが決まるという前提に立つ方法、グループを構成する仕事、個人、チームという3つの要素こそがリーダーシップを発揮する対象であるとの前提に立つ方法を挙げています。以下、本書は、この3番目の方法を軸とするリーダーシップモデルを展開していきます。

 第2章では、チーム作りと意思決定について、仕事、個人、チームを3つの重なり合う円とし、その相互関係を述べています。仕事を達成することで、チームがまとまり、個人も満足するが、チームが満足なものでなければ、つまり、チームが結束に欠けていれば、仕事の達成度が悪くなり、個人の満足も減少するし、また、個人の要求が満たされなければ、チームの団結力が薄れ、仕事の達成度も悪くなるとしています。

 第3章では、リーダーシップとマネジメントの概念について整理しています。リーダーは変革を好み、リーダーシップとはインスピレーションであるとしています。さらに、マネジャーは必要だが、リーダーは不可欠であるとしています。

 第4章では、リーダーの力量を判断するチェックポイントを列挙するとともに、リーダーシップとは学んで得られるものであり、そのための訓練が必要であるとしています。

 第5章では、ビジネスの成功の鍵は戦略的思考のプロセスにあり、善良さと知性と経験こそがリーダーとしての英知を生み出すとしています。また、リーダーに不可欠な要素として、相手の言うことを「聴く」ことができなければならないとしています。

 第6章では、戦略的リーダーシップの原則として、計画だけでな部下をく行動させるために必要なことは何か述べています。

 第7章では、リーダーは惜しみなく与える存在であり、部下への気配りは最も重要であるとしています。

 第8章では、リーダーシップと権力(パワー)の行使の関係について、リーダーシップとは、賢明で鋭敏な感覚をもってする権力の行使であるとしています。また、リーダーとは、同等者の中の第一人者であり、まず部下や同僚に敬意を表せとしています。

 第9章では、上からではなく内側からのリーダーシップこそ最高の指導力であるとし、また、リーダーは人々に方向感覚を与えるとしています。

最良の指導者(リーダー)とは何か。 .jpg 著者は、組織におけるリーダーシップ論とリーダーシップ開発では世界的権威として認知されていますが、その理由は、自らが作り上げた機能的リーダーシップモデルによって、古代ギリシャ時代から定説であった「リーダーシップは生まれながらに持った先天性のもの」という認識から、「リーダーシップは訓練と経験によって後天的に誰もが身に付けられるもの」という自身の主張を裏付け、これまでの常識を覆したためであるとされています。

 本書では、本書に登場する若いマネジャーが実証しているように、ほんの少しばかりよけいに考え実践することにより、誰でもリーダーシップを大きく向上しうるとしています。そして、これからの社会に必要なのはボスではなくリーダーであると言っています。

 リーダーシップは学んで得られるもので、仕事を成就するグループを通して発揮されることを説いた、読みやすく、説得力もある内容であり、人事パーソンにお薦めできる本です。

 しかし、この頃の小林薫って、『1分間マネジャー』『1分間リーダーシップ』をはじめ、いっぱい翻訳してたなあ。

《読書MEMO》
Wikipediaより抜粋
●アデアの最大の功績は、はるか昔から主流であった「リーダーシップは生まれながらの資質によるものである」というそれまでの定説であったリーダー偉人説から、「リーダーシップは後天的なものであり、訓練と経験によって誰もが身に付けることができるもの」とし、それまでの常識を覆したことにある。
●彼はリーダーシップとマネジメントを明確に区別しており、マネジメントが力学、統制、システムに根差しているのに対し、リーダーシップは人に根ざしており、その発揮する対象は仕事、チーム、個人という3つの要素が重なり合った領域に働きかけるものとした。
●彼の思想は実用的であり、働く環境に関わらずすべてのマネジャーに当てはまる。また自著についても実際に現場で働くマネジャーやリーダーのために書かれたものが多く、その内容は緻密な分析に基づき慎重に書かれている。一部のリーダーシップ論者が書くような研究や学問のための著書ではないことも彼が現場や実用性を重視していることがうかがえる。また意思決定、イノベーション、モチベーション、コミュニケーションといったリーダーシップの実務的側面についても研究対象としており、彼の考えの多くは当時の時代を先取りしたもので、現在でも広く教えられ利用されている。

●優れたリーダーとなるために必要な7つの品格
リーダーシップにおいてパーソナリティやキャラクターを切り離すことはできないように、彼が提唱するリーダーが持つべき一定の資質というものが存在する。
 1.熱意:すべきことを一生懸命にする
 2.誠実さ:信頼関係を作り出す資質。また善や真実といった外部の価値観を固守するという意味も含まれる
 3.タフネス:リーダーはしばしば人々への要求者であり、ときにその水準が高いがゆえに周囲は不満を持つ。リーダーは立ち直りが早く、また粘り強い。
 4.公明正大:リーダーはお気に入りをつくらず、成果に対しては公平に報酬と罰を与える。
 5.温かさ:リーダーシップは感情をも包含するものだ。人々のために実践し、人に気を配り思いやる心は不可欠である。
 6.謙虚さ:最上級のリーダーたちが持つ特質でもある。優れたリーダーのしるしは、進んで傾聴し、うぬぼれたエゴを排除することである。
 7.信頼:不可欠な基本的要素である。

●リーダーシップを発揮する3つの対象領域(スリーサークル)
これらの欲求に対し、彼は仕事、チーム、個人、この3つこそがリーダーシップを発揮する対象であるとする。 すなわちチームメンバーは自分のリーダーに、
 ・「職務を遂行する手助けをしてほしい」
 ・「チームワークのシナジーを生んでほしい」
 ・「個人の要求に応えてほしい」
と期待するというものである。
この理論は、比喩的に3つの重なり合う円(スリーサークル)で描かれている。 この3つの円はそれぞれ
 ・仕事(Task)
 ・チーム(Team)
 ・個人(Individual)
を示しており、グループの欲求に対して、リーダーが取るべき基本的な行動の対象を表している。
仕事は1人の力だけでは達成できない。チームは職務を全うしたい欲求を持っている。チームが成功するには、絶えずグループの結束を高め、維持することが不可欠であり、団結したい欲求が備わっている。チームは団結すれば成功し、分裂すれば失敗する。個人の要求は、物質的なもの(給料・報酬など)と精神的なもの(評価、達成感、地位、仕事上での他者との関わりなど)がある。
また「仕事」「チーム」「個人」、3つの欲求は部分的に重なり合う必要がある。
 ・仕事を達成することで、チームがまとまり、個人も満足する。
 ・チームが満足なものでなければ、つまり、チームが結束に欠けていれば、仕事の達成度が悪くなり、個人の満足も減少する。
 ・個人の要求が満たされなければ、チームの団結力が薄れ、仕事の達成度も悪くなる。

●リーダーシップを発揮する目的、リーダーの役割
仕事・チーム・個人のバランスを俯瞰的に捉え、ニーズを満たすことがリーダーシップの発揮となり、リーダーシップを発揮する目的は下記の3つとも捉えることができる。
 1.タスクや目標を達成すること
 2.チームを作り、団結を維持すること
 3.個人の能力を開発すること

●7つのリーダーシップの実践行動(7 core Functions)
3つの領域において、期待に応えるために実践する7つの機能が存在する。これらの行動を起こすことがリーダーシップを発揮することになり、リーダーに求められる核となる行動と主張する。
 1.リスクを明確にする
 2,計画する
 3.統制する
 4.支援する
 5.評価する
 6.動機づけする
 7.模範となる

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ダイバシティ経営の推進に際してどこからどのように実践すべきかを示唆。

多様な人材のマネジメント』.jpg多様な人材のマネジメント.jpg
多様な人材のマネジメント (シリーズダイバーシティ経営)』['22年]

 ダイバーシティ経営の推進が必要とされる今日、日本企業が直面している課題を踏まえ、多様な人材の能力発揮を経営価値の向上につなげるために必要な人事管理、求められる社員像やそれに関連する取組みを紹介した本です。

 序章で、「理念共有経営」の実現推進、多様な「人材像」を想定した人事管理システムの構築など、ダイバーシティ経営を支える5つの柱を挙げています。第1章では、ダイバーシティ経営の推進における経営戦略との整合性の重要性を説き、経営戦略においてどのような人材戦略をとるのかを明確にして進める必要があるとしています。

 第2章では、職場の人材の多様性が増すことは、生産性や創造性の向上など多くの成果が期待される一方、職場のコンフリクトや不公平感の増大につながるリスクもあるとし、そうした効果やリスクを左右する、①企業を取り巻く環境、②施策を運用する管理職、③施策を受け止める社員、などの要因を視野に入れて施策を推進する必要があると説いています。

 第3章では、「ワーク・ワーク社員」(無限定社員)が減り、「ワーク・ライフ社員」(限定社員)など多様な就業ニーズを持つ社員が増え、企業も勤務地限定制度などの導入を進めてきているが、真に多様な社員を前提とした人事管理システムに日本企業が転換するためには、従来の「無限定雇用」(いわゆる正社員制度)を改革すべきであり、それとは別に多様な正社員制度を導入しても、正社員制度を本流、多様な正社員制度を傍流とする階層化が生じるだけであると述べています。

 第4章では、多様な人材が活躍できる柔軟な「働き方」に転換するために、時間意識の高い働き方への転換、働く場所の柔軟化に加えて、仕事と仕事以外の生活の境界管理が重要であり、自由時間に「心理的資本」を回復する「リカバリー体験」を実現することで、社員が仕事にエンゲージメントを感じたり、仕事でのパフォーマンスが向上するという好循環が生まれるとしています。

 第5章では、ダイバーシティ経営の前提となる労働者モデルは「自律的なキャリア形成」を行う個人ということができるとし、ダイバーシティ経営で重要な役割を担う社員の意識や行動の在り方、それを支援する企業のキャリア支援について述べています。

 第6章では、欧州企業におけるダイバーシティ経営の現況について事例分析し、その特徴から日本企業への示唆を読み取っています。欧州企業も人材の多様性を重視する経営に円滑に移行できているわけではないが、現場の管理職に人事権を委ねており、日本に比べてダイバーシティを阻む壁は低いとのことです。

 個人的な読みどころは第3章で、「メンバーシップ型雇用」と特徴づけられる日本型の従来の人事管理システムの改革の鍵は、職務記述書などの導入による「ジョブ型雇用」(そもそもこの用語の理解に混乱があるとしている)への転換ではなく、日本企業がこれまで堅持してきた、社員の異動・配置に関する包括的な人事権の見直し(「企業主導型キャリア管理」→「企業・社員調整型キャリア管理」)にあるとしている点でした。

 全体としてテキストというより論考集であり、ダイバシティ経営の推進に向けて、どこからどのようにに実践すべきかという示唆や提言があるのがいいと思いました。欧州企業の事例を紹介しながらも、日本企業の置かれた環境や実情を分析し、それらを踏まえた適合を図っていく姿勢が見られ、一読の価値があると思います。

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総花的ではなく、「組織モデル」を絞り込んで解説していて分かりやすい。

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図解 組織開発入門 組織づくりの基礎をイチから学びたい人のための「理論と実践」100のツボ』['22年]

 本書は、前著『図解 人材マネジメント入門』(2020年)に続く第2弾であり、「組織開発」の入門書になります。著者は本書で、人事担当者にとって組織開発とは「人事として取り組まなければならないことはわかっているが、正体のわからない不安なもの」なのではないかと述べていますが、確かにそうした面はあるように思います。そこで本書では、組織開発を「体系的にわかりやすく」理解できることを企図したとのことです。

 タイトルに「100のツボ」とあるように、全部で10のChapter(章)から成り、1つのChapterは10のツボ(ポイント)からできています。1つのツボは見開き2ページで完結した内容となっていて、見開き上部にQ&Aがあって、左ページに解説、右ページに図解があり、右下にはツボを理解し実践するためのヒントが記載されているという構成であるため、どこからでも読めるものとなっています。

 まず、「組織開発」とはそもそも何か、その目的、歴史、哲学の解説(第1章)から始まって、チェンジエージェント(第2章)、サーベイ・フィードバック(第3章)、対話型組織開発(第4章)など「組織開発のやり方・あり方」を解説していきます。第4章では、ホールシステム・アプローチ、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)、フューチャーサーチ、オープンスペーステクノロジー、ワールドカフェといった具体的方法が紹介されています。

 第5章以降は「組織モデル」の解説となり、ピーター・センゲの提唱する「学習する組織」(第5章)、フレデリック・ラルーの「ティール組織」(第6章)、ジム・コリンズらの「ビジョナリー・カンパニー」(第7章)をそれぞれ取り上げて解説し、さらにザッポス社が実践している「デリバリング・ハピネス」という考え方(第8章)、リクルート社が実践してきた「心理学的経営」(第9章)を紹介し、最後に、野中郁次郎氏らの『知的創造企業』の続編『ワイズカンパニー』で提唱された考え方(第10章)について解説しています。

 入門書でありながら、総花的になっていないのがいいと思いました。特に「組織モデル」については、以上のように6つの考え方に絞り込んだ上でそれぞれ10のツボを紹介しているため、読者に考えながら読ませる、丁寧で多角的な解説となっています。また、各章末に「次の1歩」として原典や関連する書籍を6冊ずつ紹介しているため、より深耕したい読者にとってはいい手引きになるかと思います。

 また、組織モデルの説明として、「個・組織」を縦軸に、「内的(幸せ・充足)・外的(成功・上昇)」を横軸に置いたマトリクス図を設定し、図中に、ティール組織論における三つの発展段階「オレンジ達成型」(組織・外的)、「グリーン多元型」(組織・内的)、「ティール進化型」(個・外的)という組織の3つの発展段階の位置づけを示した上で、、さらに、「学習する組織」「ビジョナリー・カンパニー」「デリバリング・ハピネス」「心理学的経営」「ワイズカンパニー」がその図のどこに位置して、それらがどのような相関関係にあるかを示しているのも、「体系的にわかりやすく」という謳(うた)い文句どおりであったように思います。

 対話型組織開発の方法や組織モデルも含め、コンセプチュアルな要素の多い分野ですが、その点においては「図解」の助けを借りながら読み進むことができるのが有り難いです。読後に時間を経て読み直してみたいと思った際も、ページを開きやすいのではないかと思います。人事パーソンに広くお薦めします。

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テレワークが生み出すたくさんのメリット(啓発的)。テレワーク課題の克服法(実践的)。

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テレワーク本質論 企業・働く人・社会が幸せであり続ける「日本型テレワーク」のあり方』['22年]

 テレワーク専門のコンサルティング会社の設立者である著者によれば、感染防止のために多くの企業がテレワークを実施し、企業も働く側もそのメリットを実感したものの、コミュニケーションやマネジメント、生産性の低下などの課題にぶつかり、後戻りする企業が増え始めていて、一方で、課題を克服し、さらにテレワークを推し進め、大きく成長していく企業もあり、テレワーク推進はいま岐路にあるとのことです。

 第1章では、会社のテレワークが、コミュニケーションが取れない、マネジメントができない、生産性が上がらないといった課題にぶつかっているのならば、それは、テレワークに対する先入観や思い込みから「間違ったテレワーク」を実施したためであるとして、12の「間違ったテレワーク」の類型とその問題点を挙げ、この問題に向き合わずしてテレワークの成功はないとしています。

 第2章では、テレワークは、企業にとっては生産性向上、人材確保、働く人にとってはワーク・ライフ・バランス向上、さらには日本における労働力確保、少子化対策、地方創生など、数多くのメリットを生み出すものであるとしています。さらに、そうしたテレワークがなぜ日本では普及しにくいのか、その理由を考察し、欧米の真似でない日本型のテレワークの実現を訴えています。

 第3章では、適切なテレワークを導入するための考え方や方向性を、「仕事が限られると思い込むなかれ」「一緒に仕事をしている感を大切にせよ」「雑談してしまう〈場〉をつくれ」「ホウレンソウをデジタル化せよ」など「テレワークを成功に導く心得十か条」としてまとめ、それぞれを解説しています。

 第4章では、テレワークのコミュニケーションをよりリアルに近づけるための重要な要素として、①リアルタイムの会話、②話しかけるきっかけ、③チームの業務遂行、④インフォーマルな会話、⑤チームの一体感、の5つを挙げています。また、オンライン会議を活性化したり、オンラインとオフラインの人が混在する ハイブリッド会議をフェアに行うためのヒントや、雑談しやすい「場」と「雰囲気」のつくり方、「ホウレンソウ」をデジタル化する際のコツなどを説いています。

 第5章では、テ レワークでのマネジメント実践のポイントとして、通常の労働時間制度、フレックスタイム制、みなし労働時間制などのパターンを示し、テレワーク時の労働時間管理の方法と就業規則・運用ルールについて解説するとともに、自社で開発した、社員が「いつ」「どこで」「どんな仕事」をしているかを確認できるツールを紹介し、時間あたりの成果をどう把握するかを解説しています。

 第6章では、テレワークの広がりによるオフィスの変化やワーケーションへの関心の高まり、まちづくりへの活用や障がい者雇用の促進などの可能性を挙げ、日本型テレワークが企業・働く人・社会全体のウェルビーイングを実現するとして、本書を締めくくっています。

 テレワークは単なる「感染防止のための在宅勤務」ではなく、企業にとっても、働く人にとっても多くのメリットとがあるものであり、さらに社会にとっても、労働力確保、少子化対策、地方創生など多くのメリットを生み出すものであって、企業、働く人、社会全体を幸せにするとしている点が啓発的です。

 一方で、第4章における「テレワークでのコミュニケーション実践のポイント」などはたいへん具体的であり、オンライン会議を企画したりファシリテーターを務める人にはすぐにでも使える配慮や工夫などもあって、参考になるかと思います。

そうした人に限らず、テレワークに課題を抱える人やテレワークを進めたい人にお薦めですが、著者が本当に読んでほしいのは、テレワークの必要性に疑問を感じている人なのもしれません。


労働問題・人事マネジメント・仕事術

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ビジネスの本質は小さなチーム、小さな会社のやり方にこそあり。

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕.png小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕2012.jpg 小さなチーム、大きな仕事.jpg
小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則』['12年] 『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)』['10年]

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕2.jpg シカゴに本社を置く非上場企業でウェブアプリケーションを手がけているIT企業「37シグナルズ」(旧社名37signals、現社名Basecamp)の共同経営者らによる本書は、ビジネスの本質は小さなチーム、小さな会社のやり方にこそあり、大企業における資本のやり取りや体制変革ばかりに目を奪われていると、本当に大切なことを見失うことが多いと説いています。

 「見直す」の章では、失敗から学ぶな、計画は予想にすぎない(予想を頼りにしてはいけない。今年ではなく、今週することを決めよ)、会社の規模を気にするなとし、また、仕事依存症は(ワーカーホリック)は馬鹿げているとしています。

 「先に進む」の章では、他人の問題を解決しようとするのは、暗闇の中を無闇に進むのと同じで、自分にほしいものを作るべきだ、「時間がない」は言い訳にならない、また、ミッションステートメントについて。何かを信じるということを書くだけでは駄目で、本当にそれを信じ、そのとおりに人生を送ることだとしています。また、外部の資金はできるだけ少なくすべきだ、人も資金も必要なものは思ったより少ない、会社は身軽でいるべきで、身軽さをなくすものとして、長期契約、過剰人員、固定した決定、会議、鈍重なプロセス、在庫、オフィスの政治などを挙げています。

 「進展」の章では、しばらくの間は細かいことは気にしないこと、初期の段階ではディテールから得られるものはない、実際に始めてからディテールに気づく、そのときに目をむければよいとし、やることを減らし、変わらないことに着目すべきで、それはいま、始めるべきだとしています。

 「生産性」の章では、やめたほうがいいものを考えるべきで、邪魔が入る環境では生産性が上がらず、何よりも最悪な邪魔者は会議であると。解決策はそこそこのもので構わず、小さな勝利がモチベーションにつながるしています。また、睡眠はしっかりとるべきで、たまに徹夜仕事をしてもいいが、それが定期的になると、多くの代償を積み重ねることになるとしています。

 「競争相手」の章では、商品をありふれたものにしないためには、競争相手の真似をしてはならず、むしろ競合相手よりひとつ下回るようにする(簡単さ、単純さを武器にする)、そもそも競争相手が何をしているしているのか気にしないことだと述べています。

 「進化」の章では、作る製品への正しい態度とは、基本的に「ノー」と言うことであり、「顧客は常に正しい」と信じてはならず、顧客を自分たちよりも成長させようと言っています。

 「プロモーション」の章では、マーケティングとは独立した業務ではなく、何かコミュニケーションの手段があるならば、マーケティングは可能だとしています。

 そして、いよい人事に関する「人を雇う」の章に入りますが、まずは自分自身でやってみるまで人は雇わないこと、人を雇うタイミングは、自分の限界を超えた仕事があるときに限り、無用な人は雇わなようにすること、会社を「知り合いのいないパーティ」にしてはならないと。また、履歴書よりも自身の直観を信じ、経験年数は意味が無く、学歴は忘れることだとしています。また、「自分マネジャー」(自分をマネジメントできる人)、文章力のある人を雇うべきであるとも言っています。文章がはっきりしているということは、考え方がはっきりしている、コミュニケーションのコツもわかっている、ものごとを他人に理解しやすいようにする、他の人の立場に立って考えられる、何をしなくてもよいかもわかっている、ということであり、こんな能力こそ必要であると。

 最後に「文化」の章で、文化はつくるものではなく、自然に発達するものであり、スター社員が環境を作るが、そのスターが育つ環境とは信頼と自律と責任から生まれるものであるとし、従業員は子供扱いすれば、子供のような仕事しかしないとしています。また、仕事が人生のすべてであってはならず、社員は5時に帰宅させるようにしよう、「なるたけ早く」を連呼することは毒にしかならないとしています。

 ベンチャー企業やスタートアップ段階の小さな会社だけでなく、一般企業やその中のチームや個人にも適用できる考え方が多く含まれています。自分の会社が「大企業病」に陥っていないか、自らがそうした価値観に縛られていないかを振り返ってみるうえで、人事パーソンにもお薦めです。

【2010年新書刊行[(ハヤカワ新書juice『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則』]/2016年文庫化[ハヤカワ文庫NF(『小さなチーム、大きな仕事―働き方の新しいスタンダード』)]】

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「従業員を団結させ、競争力を高める」実践的リーダー論。「社員第一主義」で貫かれている。

逆境を生き抜くリーダーシップ0.jpg逆境を生き抜くリーダーシップ.jpg
逆境を生き抜くリーダーシップ』['11年]

 本書は、80年代において鉄鋼業がマメリカ国内で構造不況に陥る中、倒産寸前の片田舎の製鉄所(ニューコア)を、全米有数の鉄鋼メーカーに押し上げ(本書刊行時点で全米第3位、2016年時点で粗鋼生産量全米第1位)、フォーチュン500社のCEO(最高経営責任者)の中で最も所得が低いと書かれたことを勲章とする著者が明かす、「従業員を団結させ、競争力を高める」実践的リーダー論です。

 第1章「『長期の』利益を全員の目標に」では、経営者は「長期の」利益を社員全員の目標としなければならないとし、そのために社員とつながる4つの原則として、以下を挙げています。
(1)経営陣は、従業員が生産性に応じた報酬をえられるように会社を経営する義務がある
(2)従業員は、職務をきちんとはたしていれば明日も仕事があると安心できなくてはならない
(3)従業員は公平に扱われる権利があり、また、当然そのように扱われると確信できなければならない
(4)従業員には、不公平な扱いを受けていると思った場合に申し立てる手段がなければならない

 第2章「意思決定は現場にまかせろ」では、経営者は自分の直感を信じるべきだが、総合的な方針以外の決定はすべて、現場の管理職と従業員に任せるべきで、従業員とつながる方法としては、①対話、②意識調査、③ミーティングの3つを効果的に行うべきであるとしています。

 第3章「社員はすべて平等だ」では、社員をすべて平等に扱うことが経営を助けるとし、また、マネジメント階層はできるだけ少なくするべきであるとしています(ニューコアには4階層しかない)。そして、情報はすべて共有すべきであるとしています。平等と自由こそがやる気を生み、企業の成功は文化で決まるとしています。

 第4章「進歩は従業員から生まれる」では、会社の功績は社員の功績であり、社員の職場環境は重要であり、責任の大部分を部下に委譲し、社員が自力で答えを見つけられるような職場環境の形勢に専念すべきだとしています。本気で社員を活かしたいなら、「経営者が企業の成功のカギを握っている」といった考えは変えるべきだとし、管理職に求められる6つの変化として、以下を挙げています。
 ①ふさわしい人材を選ぶ。
 ②管理職の時間配分を見直す。
 ③社員がみずから成長できるようにする。
 ④社員に情報を提供する
 ⑤テクノロジーへの投資は社員にまかせる。
 ⑥合併と買収は社員の視点から検討する

 第5章「やる気を生む給料とは」では、ニューコアが業界最高の給与を払える理由は、作業効率が良く、生産性が高いからで、「生産量に応じた」ボーナスがチームワークを高めているとしています。報酬体系を改善するカギは、個人の貢献よりもチームワークに報いるようにすることであり、給与体系の違いが競争力の差になるとしています。

 第6章「小さいことはいいことだ」では、「大きな本社」は無駄そのものであり、大企業にとって最善のやり方は、必要最低限の階層の数を設定して、なるべく早く構造のスリム化に取りかかることだとしています。

 第7章「リスクをとれ!」では、アイデアはすべて試させるべきで、経営者や管理職は、社員が持ってくるアイデアを受けいれるよう努め、その革新性とリスクを引き受けるべきであるとしています。賭けに出てこそ成功するのであって、攻めの姿勢を保ち、勝つことだけを考えるべきだとしています。

 第8章「『ビジネス』と『倫理』の関係」では、倫理の問題は棚上げにすべきではなく、また、ビジネス界での倫理の基準は常に変化するとしています。

 第9章「成功は『シンプル』の先に」では、シンプルこそ成功のカギであり、事業をシンプルに保てば、顧客にも正直になれるとしています。成長を促す単純な原理として、また、これまで述べてきたことのまとめとして、以下の5つを挙げています。
 ・長期的な存続を短期的な収益より重視すること。
 ・重役のふところを潤わせるのではなく、痛みを分かち合うこと。
 ・意思決定の権限を現場の労働者に与えること。
 ・管理職と従業員の差を最小限にすること。
 ・社員には生産性に応じた報酬を支払うこと。

 従業員の信頼と忠誠心を獲得するにはどうすればよいかという問題は、どこの企業でも悩むことですが、著者は、そのためのリーダーシップの在り方として、長期視点での意思決定、現場との適切なコミュニケーションや現場への意思決定権限の委譲、アクティブリスリングを身につけること、権力の危険性を理解すること、必要な情報が従業員に公平公正に開示されていること、など多くの考え方や方法を挙げています。また、それらを実践することで著者自身が、組合の必要性を従業員が一切提起しないほど満足度の高い経営を実現してきたことになり、とても説得力があるように思いました。

 特に従業員第一を心掛けている点が印象的で、典型的なアメリカ型の経営者というより、むしろ日本の経営者(松下幸之助や本田宗一郎)に近い空気も感じさせなくもない点が興味深かったです。従業員の能力を最大限発揮させるには、彼らを「人間らしく扱う」ことであるといったようなことは、当たり前の原則なのかもしれませんが、こうした「社員第一主義」を貫いている企業が実際どれほどあるかと思うと、改めて示唆に富む内容であったと思います。

《読書MEMO》
●目次
序文(ウォレン・ベニス)
はじめに
1 「長期の」利益を全員の目標に
2 意思決定は現場にまかせろ
3 社員はすべて平等だ
4 進歩は従業員から生まれる
5 やる気を生む給料とは
6 小さいことはいいことだ
7 リスクをとれ!
8 「ビジネス」と「倫理」の関係
9 成功は「シンプル」の先に
エピローグ ビジネススクールへの提言

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従業員の夢の実現を支援する会社、部下が個人としても伸びていけるようにする管理職こそ理想。

ザ・ドリーム・マネジャー0.jpgthe dream manager.jpg マシュー・ケリー.jpg
The Dream Manager』['07年]マシュー・ケリー
ザ・ドリーム・マネジャー モチベーションがみるみる上がる「夢」のマネジメント』['08年] 

 本書は、働く者全員が「やりがい」と「愛着」を感じる会社を作るにはどうすればよいか、そのためのシンプルで楽しいアイデアを示した本であり、第Ⅰ部が「物語」形式のビジネスストーリーに、第Ⅱ部が「実践ガイド」になっています。

 第Ⅰ部「物語」の第1章「変化のきざし」では、物語の舞台である清掃会社の総務担当取締役のサイモンと創業社長のグレッグが、年400%にもなる離職率に頭を悩ませています。サイモンは、「離職率の高さは士気や作業効率、顧客の満足度の低下にもつながります」「現場の従業員はビジネスについて、われわれの知らないことを知っているんです」と言って、従業員にアンケートをとることを進言します。そして、アンケートをとってみると、社員が辞めていく最大の理由は、通勤の足だったことが判明、つまり、交通手段がないことによる通勤問題でした。そこでサイモンはシャトルバスの運行を提案しますが、グレックはいくら費用がかかるのか心配します。それに対しサイモンは、「問題は、いくらかかるかではなく、いくら無駄にせずにすむかです」と言い、グレッグもシャトルバスの導入を認め、結果として離職率は大幅に下がります。

 第2章「夢はかなう!」では、サイモンが離職問題をめぐる幹部会議において、従業員が今やっている仕事と、彼らが夢見ている豊かな未来とを結びつけない限り、この問題は永遠に解決しないとし、「ここで働くことが自分の望む未来につながると具体的に示すことこそ、唯一の方法だ」と発言、アシスタントのサンドラの助けを借りながら、社員に「あなたの夢は何か」を訊くアンケートを実施する準備にかかるとともに、社長のグレッグに、社員の夢を実現できる手助けをする「ドリーム・マネジャー」の必要を説きます。グレッグは、悩んだ末に、サイモンの「マネジメントの方法自体を革命的に変えられる」との言葉に後押しされるように、ドリーム・マネジャーを探すことにOKを出します。サイモンとサンドラはあらゆるところに求人広告を手配し、ひきもきらない応募者の中から最終的にショーンという人物をドリーム・マネジャーに迎えます。

 まず管理職がショーンとのセッションを設けることになり、最初にセッションを受けたジェフは、当初この試みに懐疑的だったものの、大陸横断旅行という自分の夢の実現にむけて一歩踏み出します。さらに、「部下が具体的な夢を持てるようになり、それが実現したら、彼らは顧客に対しても同じことをするようになる」とサイモンは説き、セッションは一般社員にも行われ、ドリーム・マネジャーのショーン自身が、人は、ただ夢を語るだけで自然とその実現に向かうようになるという事実に驚かされたように、リタはドリーム・マネージャーと会った132日後に夢だったマイホームの取得を実現し、そのほかにも多くの社員が夢によって人生を取り戻します。

 第3章「ハッピーエンド」では、その後も、夢が現実となる文化のなかでは、仕事への情熱と、やってやれないということないという自信とが無限に生みだされることが次第に明らかになったとしています。グレッグ自身も、「ビジネスが失敗するときにはたいてい、少ない戦力に大きな間接部門がぶらさがっている。逆に成功する企業では、全員が戦力と化すものだ」と痛感するようになります。また、サイモンは、「わが社では物足らなくなった人がいた場合に、外の働き口を探してやることが仕事になります」と言います。離職率ゼロが、組織の目標ではないということです。サンドラは、「ドリーム・マネジャーは忠誠心をも生む」と言い、ミッシェルは。「人は人生の多くの時間を働いて過ごすわけですから、仕事は楽しいものであるべき」だとし、サイモンはさらに、「夢は、あなたがどんな人間かだけでなく、明日のあなたがどうなりたいと願っているかも教えてくれる」と言います。

 第Ⅱ部の「実践ガイド」では、まず、自分の夢の実現に向けたステップとして何をやっていくべきか、また、夢のカテゴリーとしてどのようなものがあるかを示して、このドリーム・マネジャー・プログラムというものが広い応用範囲があることを強調するとともに、これからの時代の「忠誠心」とは、社員と会社が互いに「自分の理想を実現する」という目標を理解することがその土台となり、21世紀の管理職がなすべきことは、会社を発展させる方法を見つけるとともに、部下が仕事上でも個人としても伸びていけるよう手を貸せる人ということになるとしています。

 いいことづくめの夢のような「物語」に思えるかもしれませんが、本書のモデルとなった清掃会社が実在します。社員は「会社が自分を思ってくれている、だからその会社のために働きたい」と考えるという、実にシンプルな思想のもと、その実践例を示した本であると言えます。「社員満足向上には、給料を上げ、労働時間を減らすのが最善で唯一の方法」「個人の夢は個人でなんとかすべきである」といった考えに見直しを迫る本でもあり、一読をお勧めします。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
・組織を動かす1人ひとりが理想の自分になろうと懸命に努力すれば、その組織は理想の状態に近づく
・「ビジネスウィーク」は今後10年間に、あらゆる分野、地域、産業で役員クラスの21パーセント、一般管理職の24パーセントのポストが空席になるだろうと報じている。
・人は会社のために存在しているわけではない。会社が人間のために存在する。
第Ⅰ部・物語
1.変化のきざし
・現場の従業員はビジネスについて、われわれの知らないことを知っている
・問題は、コストがいくらかかるかではなく、いくら無駄にせずにすむかです。
2.夢はかなう
・人間を特別な存在にしているものは、豊かな未来を想像し、未来に希望を託し、その未来に向かって歩む能力です。
・これからふたりでやりたいこと、行ってみたい場所、ほしいもの、大切にしたい人間関係、それぞれの夢を紙に書き出すこと
・人を仕事に引き止めるものは、「やりがい」と「進歩し成長している実感」。
・「この中で、これから半年以内でかなえたい夢はなんですか?」
・大切なのは完璧さを求めることではなく、"自分が進歩していることに注意を向ける"ということです。
・『偉大な書物を読もうとしない人間は、字が読めない人間と得るものになんら変わりはない』
・部下が具体的な夢を持てるようになり、それが実現したら、彼らは顧客に対しても同じことをするようになる
・人は、ただ夢を語るだけで自然とその実現に向かうようになる
・希望は計画から生まれる
・相手の夢を理解しようとすること、その夢の追求や実現に手を貸すことが、いかに人間関係を変える力強い原動力になりうるか。
・お互いの夢に関心を払うとき、あらゆる人間関係は必ずよりよいものになる。
・ビジネスマンのほとんどにとって、ビジネスとはお金を稼ぐことで、金をかけて問題を解決するという発想がないからです。
・社員は、認められたいんです。
・プロセスへの全員参加
3.ハッピーエンド
・本当の貧しさとは、機会が与えられないこと。
・ビジネスが失敗するときにはたいてい、少ない戦力に大きな間接部門がぶらさがっている。
・逆に成功する企業では、全員が戦力と化す。
・離職率ゼロが、組織の目標ではない。
・人間を人間らしく扱えば、相手もまた人間として応えてくれる。
・企業活動においては、ビジネスを動かすのも組織を動かすのも人。
第Ⅱ部・実践ガイド
・計画を立てることは1人でもできる。大変なのは、最後までやりぬく意志を持ち続けることだ。
・新時代の忠誠心は、「たがいの価値を高めあう」ことで築かれる。
・社員が自分自身のためにやらないことを、会社のためにやってくれると期待するのはまちがっている。
・夢の実現に向けて
 (1)ドリーム・ブックを用意する
 (2)夢を書きはじめる
 (3)夢に制限を設けない 
 (4)ドリーム・ブックに書き込むときには日付を入れる
 (5)夢が実現したら、その日付も加える
・勇気の言葉
・大きな一歩を踏み出すことを恐れるな 
・リスクをとる勇気のないものは、人生で何も成し遂げることができない
・時宣を得たアイデアほど力強いものはない
・勇気をもて。そうすれば偉大な力が助けてくれる
・人生の大きさは、勇気の大きさに等しい
・車を運転するのにもお金を使うにも歳をとりすぎ、ついに思い出と思索だけの日々が訪れたとき、はたして世の中のために出来ることがあるだろうか
・夢の種類
 (1)肉体(2)感動(3)知性(4)精神世界(5)心理(6)物質(7)仕事(8)経済(9)創造性(10)冒険(11)後世に残すもの(12)性格
・夢実現ステップ
  ステップ(1):夢リストを作る(12カテゴリ、100リスト)
  ステップ(2):毎朝30分。部下(パートナー)と話す。心から関心をもつ。
  ステップ(3):部下を集めてドリームセッションを行う。
  ステップ(4):人事面接を利用し、各人の夢のなかからあなたが力になれる夢をひとつ選び、1年以内に達成できるよう励ます。

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組織重視指向の日本企業、市場重視指向の米国企業。今後、人事部の目指すべきは?

日本の人事部・アメリカの人事部2.jpg日本の人事部・アメリカの人事部.jpg日本の人事部・アメリカの人事部: 日米企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係』['05年]

 本書は、日米両国の大企業の事例研究および大規模調査をもとに、日本企業の人事部とアメリカ企業の人事部の、企業におけるその役割や位置づけの違いを検証したものです。

 第1章では、日米の大企業における雇用構造とガバナンス構造を比べています。日本企業は相対的に組織志向的であり、長期雇用、低い離職率、広範な教育訓練、平等、年功といった組織内配慮が、賃金や採用・昇進・異動の決定に大きな影響を与え、ステークスホルダー型ガバナンスと企業別組合がその組織志向性を支え、これらが日本企業の人事機能の高い集権的性格を補強してきたとし、一方、アメリカは、雇用慣行はより市場志向的になる傾向があり、短期雇用、高離職率、少ない教育訓練、市場水準など外部基準に基づいて決める賃金や採用・昇進・異動が特徴で、コーポレートガバナンスは株主を特権的に扱い、人事機能は日本のような集権性と影響力を欠いていたとしています。

 第2章では、巨大日本企業の人事部のこれまでの実態を探っています。アメリカの企業と比べ、日本企業はこれまでも現在も集権的であり、人事部は「影の実力者」としての地位と権力を有し、それは、組織志向の雇用の雇用政策、集権的な組織、企業別組合、ステークスホルダー型のガバナンスによってもたらされたとしています。

 第3章では、現代日本企業の内実を、6つの業界の代表的企業7社を通して見ていきます。そして、本社機能の縮小、株主志向のコーポ―レートガバナンス、雇用調整の実施など様々な変化が見られるものの、本社人事部の役割にはかなり安定性が残っているとしています。つまり、人事部は60~70年代に比べれば力を失っているが、依然として特権的な地位を占めているとしています。

 第4章では、アメリカにおける人事管理のこれまでを振り返っています。アメリカ企業の人事管理者の立場は、これまで強弱の揺れ幅はあったにせよ日本企業ほど強くはないままできたとしています。ただし、現在は、人事担当役員の権力強化に向けた2つのアプローチがあり、1つは、ビジネスパートナー・モデル(人的資源管理担当役員は役員室にいる財務担当者やそれ以外の分野を担当する役員と連携し、市場への配慮によって雇用政策は左右されるものの、分権化した事業部にオン・デマンドでサービスを提供)、もう1つは、資源ベース・アプローチ(高い熟練を持つ従業員が競争上の優位をもたらし、雇用政策は比較的組織志向で、人的資源管理は雇用に関して全社規模で同時に進行する特有のアプローチに基づきつつ、戦略的な結果を確保する役割を演じるもので、知的資本の重要性の増大などにより登場)で、敵対的買収の危険が小さい企業は、資源を従業員に向ける傾向が強くなるとしています。

 第5章では、二つのモデルがアメリカ企業の内部でどのような役割を果たしているか、5つの業界の5社を通して見ていき、アメリカでは人事担当役員の役割や本社人事部機能が多様であり、標準的なパターンは存在しないとしています。

 第6章では、(第3・5章がケース・スタディであったのに対し)日米両国の人事担当役員を対象とした大規模調査の結果を分析しています。調査データ比較による結論は、①アメリカでは、ステークホルダー志向の人事担当役員と株主志向人事担当役員との間には明確な隔たりがあり、後者は強い影響力を持つ、②日本の人事担当役員は、株主志向であっても見返りがあまり期待されず、この事実がアメリカへの収斂プロセスを遅らせる、③取締役構成などコーポレート・ガバナンスと人事政策のありようとの間には関係がある、としています。

 第7章では、日本では、近年市場重視への移行、株主重視のコーポレート・ガバナンス、上級人事管理者の役割の縮小が起きているが、経路依存性からその移行は緩慢であり、アメリカもまた、市場志向の極へ向かって移動しており、その変化はより広範囲で、二国間の格差はより拡大しているとしています。

 アメリカ企業の人事部と日本企業の人事部を、その歴史的推移から最近の傾向まで独自のアプローチにより分析したものでした。結論的には、人事戦略の面でも企業統治の面でも、日本企業が組織重視指向なのに対し、米国企業はより市場重視指向であり、日本企業にも市場重視指向の動きはあるがそれは遅いものであり、この傾向の差は広がりつつあるということになります。しかしながら、人事管理には、財務基準を重視して従業員をコストとみなす考え方だけではなく、知識社会化の進展の下、人的資本の高度化が競争上の優位性をもたらすとする資源ベース・アプローチがあるとし、このような側面をより強く持つ日本的経営を必ずしも否定的に評価していない点が興味深いところです。今後の日本企業の人事部の役割(今のままでいいのか)を考える上で、一読をお勧めします。

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