【3477】 ◎ 今城 志保 『世界の学術研究から読み解く職場に活かす心理学 (2023/09 東洋経済新報社) ★★★★☆

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人的マネジメントに携わる人にとって示唆に富む内容。あとは現場への敷衍化力。

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世界の学術研究から読み解く職場に活かす心理学』['23年]

 本書は、個人キャリアから組織マネジメントまで、人の心や現実を正しく理解するために知っておきたい心理学の知見を、学術研究や多くの論文のエビデンスに基づいて紹介し、働き方にまつわる問題解決のヒントを探ったものです。

 第1章では、これからの働き方に求められる価値観として、「仕事で感じる幸福感」と「自分らしさの追求」という2つのテーマを取り上げています。幸福感の50%は遺伝によって決まるとし、幸福感が高いと仕事のパフォーマンスは向上するとしています(第1節)。さらに、人は集団への所属欲求だけでなく、他者との違いを認識する差別化の欲求も持っており、所属する集団のユニークさによって、両方の欲求を満たそうとするため、組織そのものがユニークな価値を持つことが、組織の魅力につながるとしています(第2節)。

 第2章では、自律的なキャリアの実現について考察しています。ここでは、自律的な目標設定はやる気を高め(第1節)、自分の影響力を信じられる「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める効果があり、部下へのエンパワーメントは、部下のコントロール感を高めるのに有効であるとしています(第2節)。また、自己制御システムである制御焦点理論には促進焦点と予防焦点の2種類があり、状況に応じて効果的な制御焦点は変わってくるため、個人の持つ制御焦点の傾向を活かすと効果的であるとしています(第3章)。

 第3章では、人間の「行動の変化」について論じています。自己評価はなぜ甘くなるのか(第1節)、なぜ人は変わらないのか(第2節)、それぞれ心理学研究のデータをもとに考察し、人の認知や行動をどう変えていくかを述べるとともに、「メタ認知」を適切に用いることで、自律的な学習を促進できるとしています(第3節)。

 第4章では、人の判断や意思決定についてです。意識的な判断と直感的な判断では異なる結論が導かれることがあり、その場合、なぜ判断がずれたのか考えることが役立つとしています(第1節)。また、道徳的判断にも感情的・直感的側面と理性的・熟慮的側面があり、倫理的な意思決定において理性的に思考することができるトレーニング機会を設けることが肝要だとしています(第2節)。

 第5章では、なぜ肝心なときに力が発揮できないのか、仕事で窮地に立たされたとき、どう対処するかを考察しています。人はプレッシャーがかかると、不安から集中を欠いてパフォーマンスが低下するため、そうした場合は、自分の評価を気にするのではなく、よい成果に向けて集中すべきだとしています(第1節)。また、人は「レジリエンス」を持っており、つらい出来事の後でも回復に向かうことができるが、回復の程度やスピードには個人差があるとしています(第2節)。さらに、職場でマイノリティになるメンバーは、心理的脅威を感じている可能性があるとしています(第3節)。

 第6章では、他者と協力して仕事する難しさについて考えています。まず、対人関係において重要な「信頼」という概念について、「互恵的な交換」と「交渉による交換」の2種類の信頼があり、互恵的な相互作用を通じて構築された信頼は、環境などの変化を受けにくいとしています(第1節)。また、集団での活動が生産的でありうるのは、どのような条件下においてかを見ています(第2節)。

 第7章では、対人コミュニケーションについて取り上げています。悪意のある攻撃性は抑制が利かなくなる一方、他者のために行動すると幸福感が増すとしています(第1節)。対人援助を行うことは、価値ある行動をしたと思えるポジティブな効果があるとのことです(第2節)。終章で、心理学をもっと職場の問題解決に応用すべきであるとして、本書を締めくくっています。

 人的マネジメントに携わる人にとって、示唆に富む内容だったように思います。何となくそうではないかと思われていることであっても、心理学の理論や研究データによって、きちんと裏付け証明している点がいいと思いました。また、各節において、心理学の研究成果と職場への応用ポイントをまとめているのも。

 あとは、こうした知見や概念を職場で実際に活かすためには、職場でのさまざまな事象を敷衍化する能力が必要であり、それこそが、マネジメント層に欠かせないとされるコンセプチュアルスキルということになるのではないかと、改めて思いました。

 個人的には、幸福感の50%は「遺伝」によって決まり、「環境」は10%で、あとの40%は「意図した活動」である、というソニア・リュボミアスキーの研究が興味深かったです。また、「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める、というのも、大いに得心が行きました。


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