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ヴェンダース生涯の傑作か。主人公を「悟りきった哲人」にしていないところがいい。

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「PERFECT DAYS」役所広司

PERFECT DAYS01.jpg 東京スカイツリー近くの古アパートで独り暮らす中年の寡黙な清掃作業員・平山(役所広司)は、毎朝薄暗いうちに起き、台所で顔を洗い、ワゴン車を運転して仕事場へ向かう。行き先は渋谷区内の公衆トイレ。それらを次々と回り、隅々まで手際よく磨き上げてゆく。一緒に働く清掃員タカPERFECT DAYS02.jpgシ(柄本時生)はどうせすぐ汚れるからと作業は適当にこなし、通っているガールズ・バーのアヤ(アオイヤマダ)と深い仲になりたいが金が無いとぼやいてばかりいる。平山は意に介さず、ただ一心に自分の持ち場を磨き上げる。誰からも見て見ぬふりをされるような仕事だが、平山はそれも気にせず仕事を続け、仕事中は殆ど言葉を発しない。それでも平山は日々の楽しみを数多く持っている。例えば、移動中の車で聴く古いカセットテープ。パティ・スミス、ルー・リード、キンクス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとどれも少し前の音楽だ。PERFECT DAYs 2.jpg休憩時に神社の境内の隅に座りささやかな昼食をとる時は、境内の樹々を見上げる。木洩れ日を見て笑みを浮かべ、一時代前の小型フィルムカメラでモノクロ写真を撮る。街のPERFECT DAYS田中.jpg人々は平山をまったく無視して行き交うが、時折ホームレス風の老人(田中泯)が、平山と目を合わせてくれる。仕事が終わると近くの銭湯で身体を洗い、浅草地下商店街の定食屋で安い食事をする。休日には行きつけの小さな居酒屋で、客にせがまれて歌う女将(石川さゆり)の声に耳を傾けることもある。家に帰ると、四畳半の部屋で眠くなるまで本を読む。フォークナー『野生の棕櫚』、幸田文『木』等々...。眠りに落ちた平山の脳裏には、そのPERFECT DAYS05.jpg日に目にした映像の断片がゆらゆら閃き続けている。ある日、平山の若い姪・ニコ(中野有紗)がアパートへ押し掛けてくる。平山の妹ケイコ(麻生祐未)の娘で、家出してきたという。平山の妹は豊かな暮らしを送っていて、ニコに平山とは世界が違うのだから会ってはならぬと言い渡しているらしい。ニコは平山を説き伏せて仕事場へついてゆく。公衆トイレを一心に清掃してゆく平山の姿にニコは言葉を失うが、休憩時、公園で木洩れ日を見上げる平山の姿を見て、ニコにも笑顔が戻る。しかし平山の妹がニコを連れ戻しにやってくる―。

PERFECT DAYS0s1.jpg ヴィム・ヴェンダース監督の2023年公開作で、同年の第76回「カンヌ国際映画祭」で、役所広司が日本人俳優としては是枝裕和監督の「誰も知らない」('04年)の柳楽優弥以来19年ぶり2人目となる男優賞を受賞した作品です(同映画祭のエキュメニカル審査員賞も受賞)。そう言えば役所広司は、主演作である今村正平監督の「うなぎ」('97年)が第50回「カンヌ映画祭」で最高賞である「パルム・ドール」を受賞しています。

PERFECT DAYSt.jpg この映画の製作のきっかけは、世界で活躍する16人の建築家やデザイナーが参画して渋谷区内17か所の公共トイレを刷新したプロジェクト「THE TOKYO TOILET」の活動PRを目的とした短編オムニバス映画が当初の計画だったとのこと、撮影はたった15日間という短い期間だったそうです。

 カンヌ国際映画祭の審査員で台湾の批評家・王信(ワン・シン)は、ヴィム・ヴェンダース監督の代表作「パリ、テキサス」('84年/西独・仏)が、より成熟した高いレベルで日本を舞台に再び作り直されたかのようだとし、ヴェンダース生涯の傑作と呼ばれるだろうとしていますが、同感です。アメリカの「バラエティ」誌も、映画の構造はごくシンプルで「ベルリン・天使の詩」('87年/西独・仏)のような哲学的な煩悶は登場しないが、同監督による劇映画としてはここ数十年でもっとも優れた作品になったと称賛、個人的にも「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」よりいいと思いました。

PERFECT DAYS10.jpg 主人公・平山(ヴィム・ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎監督の作品の主人公の名に由来しているのは明らか)の一見かわり映えの無い生活が12日間描かれていますが、毎日が同じようで、ちょっとずつ今までにない出来事や事件のようなものが起き、過去を捨てたはずの平山が、次第にその自分の過去に向き合わさざるを得なくなるという作りになっています。

 行政のキャンペーンが製作のきっかけだったこともあり、上から目線での、主人公・平山にとっての「パーフェクトな生活(素晴らしい生活)」という見方であり、(ラストの方の切実な展開もあってか)平山にとって本当にこの生活がパーフェクトなのか、平山はこのままでいいのかという批判もあるようです。でも、そうした批判は「パーフェクト」をどう捉えるかにもよるのではないかと思いました。

PERFECT DAYS20.jpg エンディングの平山の表情を映した長いショットで、最初笑っていた平山は、途中からやや泣き顔にも見える表情になったりもし、彼の人生への満足と後悔の両方が滲み出ていて、それらをひっくるめての「パーフェクト」という意味であり、少なくとも一般的な「完璧な生活」という意味合いとは異なるように思いました。平山の日々を見ていると、どこか禅僧の生活のメタファーのようでもありますが、それを「完全に悟りきった哲人」にしてしまっていないところが、平山という人物が身近に感じられていいです。

PERFECT DAYS04.jpg 居酒屋の女将が石川さゆりで、ほんとに映画の中で歌っていたなあ(自分がこの映画を観た大晦日の日に紅白歌合戦でも歌っていた)。三浦友和が演じるその女将の元夫が現れ、平山は最初はその元夫の登場で女将に振られたと思い、この映画の中で初めて酒を飲みます(行きつけの定食屋でも居酒屋でもそれまで酒は飲んでいない)。しかし、元夫はガンで余命宣告を受けており、後を平山に託したことで、二人は女将を介して何となく気持ちが通じていました。

 一方で、麻生祐未が演じる平山の妹ケイコとは全然ダメでした。恋敵にもなり得る相手と気持ちが通じて、近しいはずの肉親と気持ちが通じないのも、人生の皮肉かも。小津安二郎の「東京物語」('53年)で、父親(笠智衆)と気持ちが通じ合うのが実の息子や娘ではなく、血の繋がりのない息子の嫁(原節子)であったのが想起させられました。

 因みに、写真屋の主人を翻訳家の柴田元幸が演じているほか、バーの常連客としてモロ師岡とあがた森魚、野良猫と遊ぶ女性に研ナオコ、駐車場係に松金よね子など、結構いろいろな人がカメオ出演していました。

アパートの平山の部屋のセット
PERFECT DAYS0部屋.jpg「PERFECT DAYS」●原題:PERFECT DAYS●制作年:2023年●制作国:日本・ドイツ●監督:ヴィム・ヴェンダース●製作:柳井康治●脚本:ヴィム・ヴェンダース/高崎卓馬●撮影:フランツ・ラスティグ●音楽:(劇中曲)ルー・リード「Perfect Day」ほか●時間:124分●出演:役所広司/柄本時生/アオイヤマダ/中野有紗/麻生祐未/石川さゆり/田中泯/三浦友和/田中都子/水間ロン/渋谷そらじ/岩崎蒼維/嶋崎希祐/川崎ゆり子/小林紋/原田文明/レイナ/三浦俊輔/古川がん/深沢敦/田村泰二郎/甲本雅裕/岡本牧子/松居大悟/高橋侃/さいとうなり/大下ヒロト/研ナオコ/長井短/牧口元美/松井功/吉田葵/柴田元幸/犬山イヌコ/モロ師岡/芹澤興人/松金よね子/安藤玉恵●公開:2023/12●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:シネ・リーブル神戸(23-12-31)(評価:★★★★☆)
「PERFECT DAYS」部屋2.jpg
シネ・リーブル神戸(朝日ビルディングB1F)
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シネリーブル神戸2.jpgシネリーブル神戸内.jpg

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ラストは「参った」という感じ。読み終わった後に、もう一度読み返したくなった。

木挽町のあだ討ち1.jpg 木挽町のあだ討ち2.jpg木挽町のあだ討ち

 2023(平成5)年・第36回「山本周五郎賞」、2023(平成5)年上半期・第169回「直木賞」受賞作。

 ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙は多くの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者という若侍が、仇討ちの顛末を知りたいと芝居小屋を訪れ、木戸芸者の一八、立師の与三郎、衣装兼女形のほたる、小道具の久蔵、戯作者の篠田金治と聴き回る。一八は吉原の遊女を母に持ち、かつて幇間の仕事をしていた。役者への振り付けをする立師の与三郎は、元武士で、当時、ある事件を発端に人の道と仕え先や親への忠義の狭間で苦しんでいた。衣装係兼女形の吉澤ほたるは浅間山の大噴火後に孤児となり、火葬場で隠亡に育てられるが、縫物の才を見込まれて芝居衣装を仕立てるようになった。小道具役の久蔵爺さんは、木彫り職人だったが、長屋暮らしの妻との間にできた一人息子を亡くし、失意の底にあったところを看板役者に拾われる。戯作者の篠田金治は元旗本の次男で、芸者遊びが好きな放蕩者だが、芝居の筋書きに興味を持つようになる。彼には後に菊之助との接点となる十も離れた許嫁がいた。それぞれの来し方に辛酸、迷い、悲しみがあり、それを乗り越えてきた物語があり、聞き手の若侍は引き込まれるが―。

 面白かったです。菊之助による仇討ちを軸とした人情噺の連作かと思って読んでいましたが、ミステリー構造になっていたのだなあ。そのことを知らずに読んで、最終章までそれに気づかなかったので、その分、結果的に驚きがあったかもしれません。

 単行本の帯の惹句によっては、ミステリー的要素がある作品だと読む前に分かってしまうものもあり、それもどうかなとも。例えば「直木賞」受賞と帯にあるものには、「このあだ討の『真実』を、見破れますか?」とあり、この時点で半分ネタバレしている印象も受けます。ただ、この頃には、そうした構造の作品であることが人口に膾炙しているだろうとの前提に立っているのかもしれません(実際、このブログでも同じことをしていることになるわけだし)。

 直木賞の選評を見ると、選考委員の林真理子氏が「私は途中までこの仕掛けにまるで気づかなかった」とする一方、宮部みゆき氏は、「私だけでなく、すれっからしのミステリー・ファンなら、この「あだ討ち」の仕掛けと真相はすぐ見当がつきますが、それで全然かまわない」という言い方をしています。山本周五郎賞の選考の時も、伊坂幸太郎氏が「仇討ちの真相自体は読み始めてすぐに見当がついてしまい、どちらかと言えば、読みながら答え合わせをしていく感覚になったため、せっかくなのだから読者を驚かせるための工夫をしてもいいのではないか、ともどかしさはありましたが、それは僕がミステリーを好んで読む人間だからかもしれません」とコメントしています。

 ミステリー構造だと知らずに読んだ分驚きがあったと先に書きましたが、一般読者でも第4章あたりで判ったという人が結構いたようです(作者も意図的にこの辺で種明かししたのかも)。仮に自分がもう少し勘が働いて、これは裏に隠されたトリックがあるぞと見透かして読んだとしても、それはそれで愉しめる作品なのでしょう。その証拠に、読み終わった後に、もう一度読み返したくなりましたから。

 いずれにせよ、ラストは「参った」という感じで、「山本周五郎賞」と「直木賞」のW受賞は納得。タイトルの「仇討ち」の「仇」を平仮名にしているのも旨いです。

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演出もストーリーも自然な流れでよくできていた「緑の光線」。

「緑の光線」00.jpg
「緑の光線」(1986)「喜劇と格言劇」シリーズ第5作
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「飛行士の妻」(1980)「喜劇と格言劇」シリーズ第1作
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「美しき結婚」(1981)「喜劇と格言劇」シリーズ第2作
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「満月の夜」(1984)「喜劇と格言劇」シリーズ第4作

「緑の光線」1.jpg オフィスで秘書をしているデルフィーヌ(マリー・リヴィエール)は、独りぼっちのヴァカンスを何とか実りあるものにしようとする。恋に恋する彼女の理想は高く、昔からの男友達も、新たに現われた男性もなんとなく拒んでしまう。ヴァカンスを前に胸をときめかせていた。7月に入って間もない頃、ギリシア行きのヴァカンスを約束していた女ともだちから、急にキャンセルの電話が入る。途方に暮れるデルフィーヌ。周囲の人がそんな彼女を優しく慰める。女ともだちのひとりが彼女をシェルブールに誘ってくれた。が、シェルブールでは独り、海ばかり見つめているデルフィーヌ。8月に入り山にでかけた彼女は、その後、再び海へ行った。そこで、彼女は、老婦人が話しているのを聞いた。ジュール・ヴェルヌ『緑の光線』の話で、太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線は幸運の印だという。太陽が水平線に沈んだ瞬間、青い光線が最後まで残って、それがまわりの黄色と混ざって私たちの目に緑の光線として届き、それを見た者は幸福を得られるという。何もなく、パリに戻ることにした彼女、駅の待合室で、本を読むひとりの青年と知り合いになる。初めて他人と意気投合し、思いがけず、自分から青年を散歩に誘う。海辺を歩く二人の前で、太陽が沈む瞬間、緑の光線が放たれたのだった―。(「緑の光線」

「緑の光線」2.jpg エリック・ロメール監督による1986年のフランス映画。同監督の「喜劇と格言劇」シリーズ全6作の内の第5作にあたり、1986年「ヴェネツィア国際映画祭」金獅子賞受賞作品です。同監督は、「全編がシナリオなしの即興演出で撮られた『緑の光線』の場合は、毎朝その場で役者に台詞を渡して撮っていた」(『映画狂人のあの人に会いたい』蓮見重彦、河出書房新社(2002))と述べています。これまでの作品にもその傾向が見られましたが、このシーリーズの5作目にして、そのスタイルが非常に効果的な演出に繋がったように思います。個人的には、濱口竜介監督がその演出方法を参照・応用したとされていますが、確かに濱口監督の作品に通じるところがあります。

「緑の光線」(86年).jpg 演出もストーリーも自然な流れでよくできていると思いました。「緑の光線」は、ジュール・ヴェルヌの小説で、太陽が沈む最後の瞬間に放つ緑の光線を見ると"自分と他人の感情が分かる"という言い伝えがあることを知った女性の、緑の光を求める旅を描いた作品で、要するに「緑の光線」とは日没時にたまに見られるグリーン・フラッシュのことを指します(小学校の自由研究で日の出・日没観測をやったので見たことがある)。そのモチーフをうまく作品に織り込んでいるように思いました(スピリチュアルな印象もある一方で、なぜグリーン・フラッシュが起きるのか見知らぬオジさんが科学的に説明もしていたなあ)。よくある日没シーンですが、観ている側も思わず固唾を飲んで見つめてしまいます。主人公デルフィーヌの心情が観ている側に伝わっているから、美しく感動的なシーンになっているのでしょう。デルフィーヌ役のマリー・リヴィエールが好演していて、何よりもそのキャラクターに好感が持てるのが大きかったです。しかし、フランス人にとってバカンスをどう過ごすかは大問題なわけだなあ(評価は★★★★)。


「飛行士の妻」1.jpg 二十歳の法学部の学生フランソワ(フィリップ・マルロー)は、秘書として働く5歳年上のアンヌ(マリー・リヴィエール)と交際中。そんなある日、航空会社パイロットのクリスチャン(マチュー・カリエール)が以前から不倫関係にあったアンヌを訪ね、妻とヨリを戻したので関係を完全に終わらせようと申し出る。話を終えた2人が部屋から出ていくところをフランソワが偶然目撃し、2人の仲を疑う。動揺したフランソワがパリの街をさすらっていたところ、クリスチャンが別の女性といる姿を目撃し、衝動的に尾行する。途中のバスで彼はリュシー(アンヌ=マリー・ムーリー)と目が合う―。(「飛行士の妻」

「飛行士の妻」 (80年/仏).jpg 1980年発表の「喜劇と格言劇」シリーズ第1作。主人公の青年がある勘違いをしたため、交際中の年上の女性の不倫相手の妻(ややこしい!)が一体誰なのかというちょっとしたミステリ仕立てにもなっています。これ、後に続く作品の流れで行くと、フランソワはたまたまバスで乗り合わせ共に謎を探ったリュシー(ぱっと見、15歳に見えないくらい大人っぽいが、キャラクター的にはやは女子高生だった)と結ばれそうな気もしますが、結末はほろ苦いものとなっています。結局、この映画でマリー・リヴィエールが演じているアンヌというのは悪女に近いかなあ。フランソワは何だか人生を回り道しそうなタイプに見えました(評価は★★★☆)。


「美しき結婚」12.jpg「美しき結婚」 (81年/仏).jpg パリで美術史を学ぶサビーヌ(ベアトリス・ロマン)は画家で妻子持ちの愛人シモン(フェオドール・アトキン)との関係を清算し、結婚することを決意する。親友のクラリス(アリエル・ドンバール)は従兄弟で弁護士のエドモン(アンドレ・デュソリエ)を紹介する。サビーヌは彼との結婚を決意するのだが、多忙なエドモンがなかなか電話に出てくれない―。(「美しき結婚」

ベアトリス・ロマン/アリエル・ドンバール

「美しき結婚」22.jpg 1981年発表の「喜劇と箴言」シリーズの第2作目。第1作よりよりはわかりやすい面白さになりました。ただし、ベアトリス・ロマン演じるヒロインのサビーヌの猪突猛進的な暴走感もあったなあ。結婚を絶対視していて、しかも、「自分が相手を好きならば相手も自分を好きに違いない」的な思い込みが凄いです。思われた相手は迷惑しそう。エドモンが最後に付き合えない理由をやんわり傷つけないように言ってるのに、逆上して彼を罵倒する場面は、見ていて痛々しかったです。第1作より作りはいいのですが、ヒロインが好きになれない。最後は親友(アリエル・ドンバール、米国生まれだが、父親がフランスの駐メキシコ特命全権大使だっためにメキシコで育ち、フランス語とスペイン語を話す)にまで当たっていたからなあ。友達無くすタイプ(評価は第1作と同じく★★★☆)。


「満月の夜」01.jpg インテリア・デザイナーの美女ルイーズ(パスカル・オジェ)は、仕事一筋の男性レミ(チェッキー・カリョ)とパリ郊外で同棲中。パーティ好きなルイーズと生真面目なレミは相容れない性格だが、縛られることを嫌うルイーズの自由気ままに対してレミは寛容に接しようとする。そんなある日、美しいゆえ常に誰かと交際し続けてきたルイーズは、孤独になりたくて新たに一人部屋を借りることに。ルイーズは妻帯者の親友オクターブ(ファブリス・ルキーニ)と遊び歩き、やがて彼から関係を求められるが、ルイーズは友だち以上の感情をもっていな い。あるパーティで、ルイーズはバスチアン(クリスチャン・ヴァデム)という美青年と知り合う。オクターヴの忠告も聞かずバスチアンの誘いにのるルイーズ―(「満月の夜」)。
「満月の夜」02 (1).jpg 1984年発表の「喜劇と箴言」シリーズの「喜劇と格言劇」シリーズ第4作。恋多き女性を個性的に演じて室内装飾も担当したパスカル・オジェが、遺作となった本作で1984年・第41回 「ヴェネチア国際映画祭女優賞」を受賞しています(パスカル・オジェは「満月の夜」公開2か月後に心臓発作のため25歳で夭折した)。

クリスチャン・ヴァディム/パスカル・オジェ

「満月の夜」 パンフ.jpg 登場人物それぞれに恋人が複数いたり、お互い知り合いだったりして、性的交渉も含め自由奔放に生きているようで、それでいて息苦しさもあって、結局、冒頭の格言"二人の妻を持つ者は心をなくし、「満月の夜0.jpg二つの家を持つ者は分別をなくす"に帰結するような話だったように思います。パスカル・オジェ演じる男を切らしたことが無いというのが自慢の主人公ってあまり好きになれないなあ(キャラクターは嫌いだけれどファッションは好きという人も多いみたい)。野性味のある男が好きな彼女は〈満月の夜〉に彼氏とは別のそんな男(クリスチャン・ヴァディム、「アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵 〜パディントン発4時50分〜」 ('08年/仏)にも出ていた)と寝てしまいますが(すぐ寝るね)、彼氏の方は彼氏の方で他の女性と恋に落ちていた! パスカル・オジェに賞が与えられたのは、追悼の意味もあったのではと思ったりもしましたが、受賞した後に急逝したようです(評価は★★★)。

 演出方法やカメラの撮り方など、技法論的に語られることの多い作品であったはずですが、ほとんど主人公(ヒロイン)のキャラクターの好き嫌いで観てしまいました。そうなってしまうのは、それだけキャラクター造型が画一的なものではなく、リアリティのあるものであるためではないかと思います(こんな人物が自分の身近にいたらどうだろうか...という思いでついつい観てしまう)。


「緑の光線」ds.jpg「緑の光線」●原題:LE RAYON VERT(英:THE GREEN RAY)●制作年:1986年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:マルガレット・メネゴス●撮影:ソフィー・マンティニュー●音楽:ジャン=ルイ・ヴァレロ●時間:98 分●出演:マリー・リヴィエール/リサ・エレディア/ヴァンサン・ゴーティエ /ベアトリス・ロマン●日本公開:1987/04●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(22-12-26)(評価:★★★★)

「飛行士の妻」 (.jpg「飛行士の妻」99.jpg「飛行士の妻」●原題:LA FEMME DE L'AVIATEUR(英:THE AVIATOR`S WIFE)●制作年:1980年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:マルガレット・メネゴス●撮影:セシル・デキュシス●音楽:ジャン=ルイ・ヴァレロ●時間:107分●出演:フィリップ・マルロー/マリー・リヴィエール/アンヌ=マリー・ムーリー/マチュー・カリエール●日本公開:1996/03●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(22-11-20)(評価:★★★☆)

「美しき結婚」●.jpg「美しき結婚」23.jpg「美しき結婚」●原題:LE BEAU MARIAGE(英:THE GOOD MARRIAGE)●制作年:1981年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:マルガレット・メネゴズ●撮影:ベルナール・リュティック●時間:103分●出演:ベアトリス・ロマン/アンドレ・デュソリエ/アリエル・ドンバール/フェオドール・アトキン/ユゲット・ファジェ/ヴァンサン・ゴーティエ/タミラ・メツバ/ソフィー・ルノワール/パスカル・グレゴリー●日本公開:1996/03●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(22-11-28)(評価:★★★☆)
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アリエル・ドンバール.jpg アリエル・ドンバール

「満月の夜」sb.jpg「満月の夜」●原題:LES NUITS DE LA PLEINE LUNE(英:FULL MOON IN PARIS)●制作年:1984年●制作国:フランス●監督・脚本:エリック・ロメール●製作:マルガレット・メネゴズ●撮影:レナート・ベルタ●音楽:エリ&ジャクノ●時間:101分●出演:パスカル・オジェ/チェッキー・カリョ/ファブリス・ルキーニ/クリスチャン・ヴァディム/ラズロ・サボ●日本公開:1987/01●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-12-19)(評価:★★★)

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「法廷から男社会を刺す女の絆」。メッセージ性と娯楽性の両立。

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「私がやりました」

「私がやりました」01.jpg 有名映画プロデューサーがパリの大豪邸の自宅で殺された。容疑者は、売れない新人女優マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)。プロデューサーに襲われ、「自分の身を守るために撃った」と自供する彼女は、親友で駆け出しの弁護士ポー「私がやりました」02.jpgリーヌ(レベッカ・マルデール)と共に法廷へ。正当防衛を訴える鮮やかな弁論と感動的なスピーチで裁判官や大衆の心をつかみ、見事無罪を勝ち取る。それどころか、「悲劇のヒロイン」として一躍時の人となったマドレーヌは、大スターの座へと駆け上がっていく。ところが、そんなある日、二人の前にオデット(イザベル・ユペール)という女が現れる。彼女は二人に証拠を突き付け、プロデューサー殺しの真犯人は自分で、マドレーヌたちが手にした富も名声も、自分のものだと言うのだ。こんなに魅力的な"犯人の座"は渡せない─。
 
「私がやりました」3人.jpg フランソワ・オゾン監督の2023年公開作で、3人の女たちが繰り広げる犯罪ミステリ&コメディです。ナディア・テレスキウィッツ(1996年生まれ)が新人女優マドレーヌ、レベッカ・マルデール(1995年生まれ)が新米弁護士ポーリーヌ、この二人より40歳以上も年上のイザベル・ユペール(1953年生まれ)が落ちぶれた元大女優のオデットを演じています(イザベル・ユペールは「エキセントリックで常軌を逸したような役を演じるのはとても楽しい」とインタビューで答えている)。

ダニー・ブーン/ファブリス・ルキーニ/イザベル・ユペール
「私がやりました」04.jpg 30年代の戯曲をフランソワ・オゾン監督が脚色したもので、1930年代における女性の地位や差別撤廃にも言及する本作は、ドタバタ・コメディでありながら、フェミニズムや#MeTooムーブメントという現代的なテーマとも通底するメッセージを持っており、むしろ、それを敢えてドタバタコメディというスタイルで表現しているところに、この監督の才気煥発ぶりを感じます。

「私がやりました」05.jpg 最大の見せ場は、法廷で男性のみで構成された陪審員団に向けてナディア・テレスキウィッツ演じる新人女優が「嘘も真実となる」とばかり自分が犯人であるとの演説をし、それをレベッカ・マルデール演じる新米弁護士ポーリーヌが見守るシーンです(朝日新聞の批評子は「法廷から男社会を刺す女の絆」としていた)。

「私がやりました」03.jpg ナディア・テレスキウィッツも、「これはシスターフッドの物語。私とレベッカも出合ってすぐ、共に闘う共犯関係のようなもので結ばれました」と述べていますが、共演者同士の関係を映画と重なるように持っていくところに、フランソワ・オゾン監督の演出の旨さがあるのかもしれません。

 コメディですが、衣装が凝っていてセットもお金をかけて作っている感じ。コメディにこれだけお金をつぎ込むところがフランス映画らしいですが、クラシカルな味わいを持たせながらも、コメディとしてのテンポは維持しているところも上手だと思います。

 突然人気スターとなったマドレーヌのところに主演オファーが来て出た映画が「マリー・アントワネットの苦い涙」というもので、マドレーヌは断頭台で首を撥ねられるヒロインのマリー・アントワネット役(ややB級映画っぽい?)。フランソワ・オゾン監督の前作「苦い涙」('22年/仏)は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー 監督の「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」('72年/西独)をリメイクしたもので、これに懸けているところに監督の茶目っ気が窺えます。さらには、リドリー・スコット監督の「ナポレオン」('23年/米・英)が公開されたばかりですが、マリー・アントワネットが斬首刑に処されれるシーンが冒頭にあり、これにも懸けたと見るのは穿ち過ぎでしょうか(史実では、マリー・アントワネットは獄中で刈られた短髪で絞首台に登るが、リドリー・スコット版では、豊かな髪をたなびかせている。このフランソワ・オゾン版もマリー・アントワネットが髪を刈った痕跡は無い(笑))。

 メッセージ性がありながらも、コメディとしても楽しめる作品でした。

私がやりました
「私がやりました」imdb.jpg「私がやりました」シネリーブル.jpg「私がやりました」●原題:MON CRIME(英:THE CRIME IS MINE)●制作年:2023年●制作国:フランス●監督・脚本:フランソワ・オゾン●製作:エリック・アルトメイヤー /ニコラ・アルトメイヤー●撮影:マニュエル・ダコッセ●音楽:フィリップ・ロンビ●時間:103分●出演:ナディア・テレスキウィッツン/レベッカ・マルデール/イザベル・ユペール/ファブリス・ルキーニ/ダニー・ブーン/アンドレ・デュソリエ/エドゥアール・シュルピス●日本公開:2023/11●配給:ギャガ●最初に観た場所:シネ・リーブル池袋(スクリーン2)(20-11-14)(評価:★★★☆)●同日上映:「サタデー・フィクション」(婁燁(ロウ・イエ))

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刹那を懸命に生きた男女のドラマ。スタイリッシュなスパイ&アクション映画。

「サタデー・フィクション」2019.jpg「サタデー・フィクション」004.jpg
「サタデー・フィクション」鞏俐(コン・リー)/趙又廷(マーク・チャオ)/オダギリジョー/中島歩
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「サタデー・フィクション」01.jpg 日中欧の諜報員が暗躍する魔都・上海。真珠湾攻撃7日前の1941年12月1日、人気女優ユー・ジン(鞏俐(コン・リー))は新作舞台「サタデー・フィクション」に主演するため上海を訪れる。かつてフランスの諜報員ヒューバート(パスカル・グレゴリー)に孤児院から救われた過去を持つ彼女は、女優であると同時に諜報員という裏の顔をもっていた。ユー・ジンの到着から2日後、日本の暗号通信の専門家である海軍少佐・古谷三郎(オダギリジョー)が、暗号更新のため上海にやって来る。古谷の亡き妻によく似たユー・ジンは、古谷から太平洋戦争開戦の奇襲情報を得るためフランス諜報員が仕掛けた「マジックミラー計画」に身を投じていく―。

「サタデー・フィクション」02リー.jpg 中国の婁燁(ロウ・イエ)監督が、太平洋戦争直前の上海で繰り広げられる愛と謀略の行方をモノクロ映像で描いたスパイ映画。主人公ユー・ジンを鞏俐(コン・リー)、日本海軍少佐・古谷をオダギリジョーが演じ、中島歩、台湾の俳優・趙又廷(マーク・チャオ)、ドイツの俳優トム・ブラシア、フランスの俳優パスカル・グレゴリーらが共演。2019年の中国映画ですが、中国本国では2021年10月に、日本では2023年11月にそれぞれ公開されています。

白黒で、手持ちカメラを主とする映像が躍動感がありましたが、スペクタクルな遠景より、登場人物一人一人をしっかり撮っている印象で、ただし、背景説明が無いだけに、最初の方は人物相関がよく判りませんでした。途中でこれは雰囲気を感じる映画かなと開き直ると、次第に人物と人物の関係が分かってきたという感じでしょうか。

「サタデー・フィクション」002.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督が前半で見せようとしていたのは、手に汗握るスパイ戦ではなく、鞏俐(コン・リー)演じるスパイとしての使命を負ったユー・ジンが(そのことさえ最初観ているうちは判らないのだが)、かつての恋人だった舞台演出家やフランス諜報員、日本の海軍少佐らと接触することで、ユー・ジンとそれら登場人物との間に生まれる情感を描くことに重きが置かれているように思いました。

「サタデー・フィクション」03リー2.jpg コン・リーは、たまたま陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年/中国)を観直したところでしたが、この「サタデー・フィクション」で最近の彼女をたっぷり観ることができて良かったです。2008年にシンガポール国籍を取得し、中国国籍ではなくなっていますが、コン・リーは何年経ってもやっぱりコン・リーという感じでしょうか(モノクロであるのも素であるのもかえって良かったかも)。

 映画は終盤になって一気に銃撃戦へとなだれ込み、そのコン・リーが派手なアクションをするのにはちょっとびっくりさせられました。ターミネーター並みに大勢を相手に撃ちまくり、中島歩が演じる射撃の名手・梶原をも一対一対決で撃ち斃し、まるでアンジェリーナ・ジョリー演じる「トゥームレイダー」シリーズのヒロイン・ララ・クロフトみたい。コン・リー(1965年生まれ)はアンジェリーナ・ジョリー(1975年生まれ)より10歳年上ですが、ジェニファー・ロペス(1969年生まれ)並みに鍛えているということなのかも。

「サタデー・フィクション」05.jpg この映画の良かった点は、この時代を描いた中国映画では珍しく、日本の軍人が悪や残虐性の権化として描かれていないということです。中島歩(「偶然と必然」('21年))が演じる梶原の暴力性は純粋にアクションとして描かれています。オダギリジョー(「FOUJITA」('15年))「サタデー・フィクション」04.jpg演じる海軍少佐・「サタデー・フィクション」中島歩.jpg古谷にも寄り添っているし(オダギリジョーは凖主演だが、役柄のせいかやや線が細い感じで、脇の中島歩の方が目立っていた)、一方で、中国人の舞台演出家は同胞に裏切られたりもし(中国人の中にも卑怯な人間がいたということ)、対等な視点で描かれているように思いました(観劇マナーも、中国人の方が日本兵以上に酷いものとして描かれている)。

 やや疑問に思った点は、負傷して自分たちの側の病院に運び込まれた古谷にユー・ジンが囁きかけて暗号を聞き出す(これが「マジックミラー作戦」の肝(きも))場面で、ユー・ジンは諜殺された(?)古谷の亡き妻と似ているということで、古谷が意識朦朧とする中、妻から話しかけられたと錯覚するのですが、ユー・ジンの日本語が中国語訛りなので、これを自分の妻と間違えるかなあと。

 この時、ハワイを意味する山桜という言葉を古谷は言ってしまいますが、暗号に個人的思いを込めるものなのか。その部分が録音されなかったのは、ユー・ジンがわざとそうしたのであって、二人の遣り取りは睦言のメタファーだったのか(だからマイクを切った?)―といろいろ考えてしまいます。

 ラストは哀愁と虚無が漂いますが、'41年12月初旬の上海(婁燁(ロウ・イエ)監督作品のいつもの舞台)、蘭心大劇院(今も観劇可能な劇場で、この映画の原題にもなっている)を時間的・地理的軸に、その刹那を懸命に生きた男女を描いた人間ドラマであり、スタイリッシュなスパイ&アクション映画でもありました。

「サタデー・フィクション」00.jpg「サタデー・フィクション」010.jpg「サタデー・フィクション」●原題:蘭心大劇院(英:SATURDAY FICTION)●制作年:2019年●制作国:中国●監督:婁燁(ロウ・イエ)●脚本:馬英力(マー・インリー)●製作:マー・インリー/チャン・ジーホン/ロウ・イエ/ドン・ペイウェン/ウー・イー●撮影:曾剑(ツォン・ジエン)●原作:虹影『上海の死』/横光利一『上海』●時間:126分●出演:鞏俐(コン・リー)/趙又廷(マーク・チャオ)/オダギリジョー/中島歩/パスカル・グレゴリー/トム・ブラシア/黄湘麗(ホァン・シャンリー)/王傳君(ワン・チュアンジュン)/張頌文(チャン・ソンウェン)●日本公開:2023/11●配給:アップリンク●最初に観た場所:シネ・リーブル池袋(スクリーン2)(20-11-14)(評価:★★★★)●同日上映:「私がやりました」(フランソワ・オゾン)

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最初からエリオット・グールド風のマーロウになっていたが、なかなか良い(好みの問題)。

「ロング・グッドバイ」 1973.jpg「ロング・グッドバイ」 2.jpg
ロング・グッドバイ(テレビ吹替音声収録版) [DVD]
「ロング・グッドバイ」 3p.jpg「ロング・グッドバイ」 4.jpg 私立探偵フィリップ・マーロウ(エリオット・グールド)の家に、友人のテリー・レノックス(ジム・バウトン)が突然訪ねて来る。テリーは妻とケンカしたと話し、メキシコへ連れて行ってほしいとマーロウに頼む。テリーを車で送り帰宅したマーロウは、テリーの妻が殺されたことを知る。テリーを匿っていると疑われたマーロウは警察に留置場に入れられるが、テリーがメキシコで自殺したとの報せを受けて釈放される。「ロング・グッドバイ」 5.jpg「ロング・グッドバイ エリオット・グールド2.jpgそんな中、マーロウは有名作家ロジャー・ウェイド(スターリング・ヘイドン)の妻アイリーン(ニーナ・ヴァン・パラント)から、行方不明になった夫の捜索を依頼される。マーロウはアルコール中毒のウェイドを発見し、病院から連れ帰る。しかし、ウェイドはある日、深夜に自ら海に入っていき自殺してしまう。そして、テリーの件でチンピラのボス、マーティ・オーガスティン(マーク・ライデル)がマーロウを脅迫してくる。やがてマーロウは、テリーの妻殺害にアイリーンが関わっていることに気づく。テリーの死を確かめにマーロウはメキシコへ行く―。

「ロング・グッドバイ」 6.jpg ロバート・アルトマン監督がレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説をアレンジして映画化したものですが、ストーリー的に原作とかなり違います。原作では作家のウェイドは、マーロウと妻アイリーンの目の前で入水自殺するのではなく、どこかで殺害死体が発見されるというものでした。誰が殺したかというと、実は妻のアイリーンで、彼女の忘れられない"亡くなった恋人"というのがテリー・レノックス。だから、テリーの殺しも、嫉妬したアイリーンによるもので、マーロウにそれらを事実として突き付けられた彼女は自殺するのではなかったかな。ただ、核となるマーロウと"友人"テリーとの関係変化と結末は原作と同じで、自分を裏切った友に対して「ロング・グッドバイ」ということです(まあ、ここを変えると「ロング・グッドバイ」というタイトルが成立しなくなる)。

「ロング・グッドバイ エリオット・グールド3.jpg「ロング・グッドバイ エリオット・グールド.jpg エリオット・グールドが、猫を愛する探偵フィリップ・マーロウを飄々とした演技で好演していますが、冒頭の猫の餌を買いに夜中に出かける話などは原作にはまったくなく、最初からエリオット・グールド風のマーロウになっています。ただ、これがなかなか良くて、松田優作などはドラマ「探偵物語」('78年-'79年/日本テレビ)の役作りで大いに参考にしたそうです(確かにこのマーロウ、私立探偵の工藤俊作っぽいけれど、松田優作の方がマネしたわけか)。

「ロング・グッドバイ エリオット・グールド5.jpg 原作とは大幅に異なる設定と結末を変えたことで、公開当時は賛否両論を呼んだようですが、長年にわたりカルト映画として愛されているのは事実でしょう。今回初めて観ましたが、個人的にも好きです。ただ、レイモン村上春樹 09.jpgド・チャンドラーの熱心なファンにはやり評判がよくないようです。村上春樹などは『カラマーゾフの兄弟』『グレート・ギャツビー』とこの原作『長いお別れ』を最も影響を受けた作品3作として挙げており、『長いお別れ』は自らも翻訳していますが(『ロング・グッドバイ』('07年/早川書房)、この映画に対する彼の評価はどうなのだろうか。おそらく、ダメだろうなあ。人それぞれ好みの問題だと思います。

「ロング・グッドバイ」 7しゅわ.jpg 無名時代のアーノルド・シュワルツェネッガーがオーガスティンの手下の一人として出演していましが(「コナン・ザ・グレート」('82年/米)に出る約10年前か)、なぜかオーガスティンがその場にいる男連中に「皆、裸になれ」と言います。シュワルツェネッガーの肉体を見せるため? シュワちゃんは、ボディガードを通り越して完全にボディビルダーでした(笑)。
 
「ロング・グッドバイ」 p2.jpg「ロング・グッドバイ」●原題:THE LONG GOODBYE●制作年: 1973年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・アルトマン●製作:ジェリー・ビ「ロング・グッドバイ エリオット・グールド7.jpgック●脚本:リー・ブラケット●撮影:ビルモス・ジグモンド●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』●時間:111分●出演:エリオット・グールド/ニーナ・ヴァン・パラント/スターリング・ヘイドン/ジム・バウトン/ヘンリー・ギブソン/マーク・ライデル/ウォーレン・バーリンジャー/ルターニャ・アルダ/ルターニャ・アルダ/デヴィッド・アーキン/アーノルド・シュワルツェネッガー●日本公開:1974/02●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:早稲田松竹(23-10-06)((評価:★★★★)●併映:「雨にぬれた舗道」「イメージズ」(ロバート・アルトマン)

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「女性映画3部作」の第1・第2作。少しずつ狂っていく女性の話と最初から少し狂っている女性の話。
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「雨にぬれた舗道」「That Cold Day in the Park [Blu-ray] (1969) [Import]」サンディ・デニス
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イメージズ [DVD]」スザンナ・ヨーク(原作も) [カンヌ国際映画祭 女優賞」受賞]

「雨にぬれた舗道」p.jpg ある雨の日。30代の裕福な独身女性フランセス(サンディ・デニス)は、窓の外から見える青年(マイケル・バーンズ)が気になっていた。土砂降りの中、自宅の近くの公園のベンチでずぶ濡れになっているのだ。彼女はパーティを早めに切り上げると、その青年のもとへ行って声を掛け、自宅に連れ帰り、風呂に入れて食事を与え、レコードを一緒に聴く。不思議なことに、彼は一言も声を発せず、彼女の問いかけにも一切反応しない。それでもフランシスは彼に世話を焼き、青年は気が向くと彼女の家に立ち寄るようになる。かくして、二人の奇妙で不思議な関係が築かれていく―(「雨にぬれた舗道」)。
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 「雨にぬれた舗道」は、ロバート・アルトマン(1925-2006/81歳没)がキャリア初期に手がけた「女性映画3部作」の第1作で、元ハリウッド子役の作家リチャード・マイルズの長編小説を原作に、サンディ・デニス(1937-1992/54歳没)演じる、社交上の友人はいるが孤独なブルジョア女性と、見知らぬ青年の奇妙な関係を描いたスリラーで、1969年・第22回「カンヌ国際映画祭」の特別招待作品でした(ポスターによれば、主人公は34歳の処女で、青年は19歳という設定らしい)。

 物語はホームパーティを開くシーンから始まりますが、いつもの食事、ありきたりな会話に、おそ「雨にぬれた舗道」4.jpgらくフランセスは飽き飽きしていたのでは。それが、青年に出合い、心の底にしまっていた母性的感情が湧き上がり、さらにそれが青年に対しする女性としての愛情に変化していったのでしょう。青年を失う不安から、彼を囲い込もうとして少しずつおかしくなっていく主人公を、サンディ・デニスがリアルに演じていました。仕舞いには青年のために娼婦を連れてきたりして(本当は青年に抱かれたいのは自分なのだろう)、この時点でかなりおかしくなっていますが、最後に、突発的に狂気を爆発させます。

 監禁系ミステリーと言えば、蝶の熱心な蒐集家が女子大生を地下室に監禁する、ウィリアム・ワイラー監督の 「コレクター」 ('65年/英・米)がそうでしたが、フランセスに監禁された青年の側からすると、スティーヴン・キングが1987年に発表し、1990年には映画化された『ミザリー』の主人公にみたいな立場でしょうか。最後は狂気がその牙をむいたという感じ。でも、娼婦はどばっちりだったなあ。


「イメージズ」01.jpg ロンドンに住むキャスリン(スザンナ・ヨーク)は、夫が浮気しているという謎の女からの不気味な電話をきっかけに、幻聴や幻視にさいなまれるように。キャスリンは心配する夫に連れられて田舎で静養することになるが、幻覚はさらにエスカレートしていく―(「イメージズ」)。

 「イメージズ」は、ロバート・アルトマン監督の「女性映画3部作」の第2作で、幻覚に悩まされる女性の姿をエキセントリックな映像で描いたドラマ。原作「イメージズ」02.gifも手掛けた英国女優スザンナ・ヨーク(1939-2011/72歳没)が主人公キャスリンを演じ、1972年・第25回「カンヌ国際映画祭」で女優賞を受賞しています。

 亡くなった人間が見えてしまうというのは、フランソワ・オゾン監督、シャーロット・ランプリング主演の「まぼろし」('00年/仏)を想起しました。こちらの主人公は最初から幻影が見えているので、最初からどこか狂っているわけですが、こちらもそれが次第にエスカレートして、夫と前の愛人が瞬間的に入れ替わって見えたり、仕舞いには、自分の分身が見えるというドッペルゲンガー状態にまでいって...。

 ラストは、エドガー・アラン・ポー原作で、オムニバス映画「世にも怪奇な物語」('67年/仏・伊)の3話の内の1話としてルイ・マルが監督し、アラン・ドロンとブリジット・バルドーが主演した「影を殺した男」を思い出しました。

 ネタバレと言うか、個人的な解釈としては、自分の幻影を崖から突き落として自宅に戻った主人公は、実は自分が崖から飛び降りていたということなのでしょう。つまり、自分の幻影を突き落としてから後は、自分が死の直前の一瞬の間に見た幻影(所謂「夢の中での5分は現実世界の1時間に相当する」という現象)なのでしょう。

 最初から(器質的に)少し狂っている話である「イメージズ」よりも、(精神的に)少しずつおかしくなっていく「雨にぬれた舗道」の方が観ていて面白かったですが、「イメージズ」の方はラストで追いついたという感じ。「イメージズ」で最初に主人公に掛かってきた電話も実はこの主人公が掛けていた(或いは幻聴だった)―という伏線回収でいいのではないでしょうか。

「雨にぬれた舗道」m.jpgアルトマン傑作選.jpg「雨にぬれた舗道」●原題:THAT COLD DAY IN THE PARK●制作年: 1969年●制作国:アメリカ・カナダ●監督:ロバート・アルトマン●製作:ドナルド・ファクター/レオン・ミレル●脚本:ギリアン・フリーマン●撮影:ラズロ・コバックス●音楽:ジョニー・マンデル●原作:リチャード・マイルズ●時間:113分●出演:サンディ・デニス/マイケル・バーンズ/スザンヌ・ベントン/ジョン・ガーフィールド・Jr/ルアナ・アンダース●日本公開:1970/02●配給:松竹映配●最初に観た場所:早稲田松竹(23-10-06)(評価:★★★☆)●併映:「ロング・グッドバイ」「イメージズ」(ロバート・アルトマン)

「イメージズ」p.jpg「イメージズ(ロバート・アルトマンのイメージズ)」●原題: IMAGES●制作年:1972年●制作国:イギリス・アイルランド・アメリカ●監督・脚本:ロバート「イメージズ」03.jpg・アルトマン●製作:トミー・トンプソン●脚本:ギリアン・フリーマン●撮影:ビルモス・ジグモンド●音楽:ジョン・ウィリアムズ /ツトム・ヤマシタ●原作:スザンナ・ヨーク●時間:101分●出演:スザンナ・ヨーク/ルネ・オーベルジョノワ/マルセル・ボズフィ/ヒュー・ミレース/キャスリン・ハリソン●日本公開:2023/05●配給:コピアポア・フィルム●最初に観た場所:早稲田松竹(レイトショー)(23-10-06)(評価:★★★☆)●併映:「ロング・グッドバイ」「雨にぬれた舗道」(ロバート・アルトマン)

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傑作だが、ラストははっきりした方がよかった「マリア・ブラウンの結婚」。

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マリア・ブラウンの結婚 [DVD]」ハンナ・シグラ
「マリア・ブラウンの結婚」p.jpg「マリア・ブラウンの結婚」11.jpg 1943年第二次世界大戦後期、混乱するベルリンでマリア(ハンナ・シグラ)とヘルマン(クラウス・レーヴィッチ))は爆撃下の戸籍登記所で略式の結婚式を上げた。しかし半日と一夜を共に過ごした後、ヘルマンは戦場へと向かってしまう。戦争が終わってもヘルマンは還ってこなかったがマリアは夫の生存を信じて尋ね人のプラカードを背負って駅に通う。闇市で物資を調達するだけでは足りず、マリアはアメリ「マリア・ブラウンの結婚」1.jpgカ占領軍のGIバーにホステスの職を得る。親友ベティ(エリザベト・トリッセナー)の夫ウィリー(ゴットフリート・ヨーン)は無事に戻ってくるが、ヘルマンは戦死したと告げられる。マリアは黒人兵ビル(ジョージ・バード)の愛を受け入れ妊娠する。ある日彼女のベッドに二人がいるところに、死んだと思われていたヘルマンが帰還してくる。ビルに立ち向かうヘルマンの姿を見て、マリアは放心状態のまま酒瓶でビルを殴り殺してしまう。米軍兵士殺害の罪でマリアの尋問が行われ、ヘルマンが彼女の罪を被っ「マリア・ブラウンの結婚」2.jpgてビル殺害を自白して投獄される。マリアは牢獄を訪れ、夫の出所を待ち、生活の基盤を準備するために働くことを誓う。子供は堕胎した。マリアは列車の中で繊維業者のオズワルト(イヴァン・デニ)と知り合い、英語を武器に秘書兼愛人として戦後復興の中を成り上がっていく。マリアはオズワルトとの関係も夫に報告する。しかしヘルマンのことを知らないオズワルトは、週末ごとに姿を消すマリアの行く先を突き止め、ヘルマンの存在を知る。そして彼らはマリアを巡ってある「マリア・ブラウンの結婚」4.jpg契約を交わす。突然ヘルマンの出所が決まり慌てるマリアだったが、夫は彼女の前には現れずに行方をくらませる。そして心臓に疾患を持っていたオズワルトもある日急死してしまう。一軒家を買い孤独に暮らすマリアの元へ夫が急に還ってくる。これでようやく二人の結婚生活が再開できると思われたその日、オズワルトの遺言が開封され、オズワルトとヘルマンは合意の上でマリアを共有していた事が明かされる。1954年ドイツは再軍備し、サッカーのワールドカップで世界チャンピオンになった日にマリアの結婚生活は、事故とも故意ともつかぬガス爆発で幕を閉じる―。

「マリア・ブラウンの結婚」3図1.jpg ライナー・ベルナー・ファスビンダー(1945-1982/37歳没)監督の1979年作で、1981年の「ローラ」、1982年の「ベロニカ・フォスのあこがれ」の3本でファスビンダーの「西ドイツ三部作」とも呼ばれ、その最初に当たる本作で、マリア・ブラウンを演じたハンナ・シグラが1979年・第29回「ベルリン国際映画祭」で「銀熊賞(女優賞)を受賞しています。

 最初に観た時は、ラストがマリアが事故死したような感じの終わり方で、かなり突然の展開に思え、衝撃とあっけ無さのようなものを覚えましたが、マリアはオズワルトとヘルマンが合意の上で自分を共有していたこと知り、愕然として自殺したとの解釈があるとのことで納得しました。

「マリア・ブラウンの結婚」3.jpg さらに言うと、マリアの元の夫が東ドイツ、新しい夫が当時のECやアメリカを象徴しているとの見方もあるのようで、そう言えば星条旗が背景に出てくる場面がありました。ハンナ・シグラの美しさばかりに目を奪われていたのかそこまで気がつかなかったですが、この映画がアメリカでも商業的に成功し、初めて100万ドル以上売り上げたドイツ映画となったという背景には、当時の彼女の美しさも貢献していたと思われます(当時35歳だった彼女も、フランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」('21年/フランス・ベルギー)で見るとすっかり年季が入っていたが、77歳でまだ活躍していること自体が喜ばしい)。

「ライナー・ベルナー・ファスビンダー傑作選」.jpg「マリア・ブラウンの結婚」8「.jpg マリアは自殺だったのか不慮の事故死だったのか結末は気になるので、昨年['23年]実施された「ライナー・ベルナー・ファスビンダー傑作選」上映会で何十年ぶりかで観てみると、やっぱり偶然の事故死に見える(笑)。ファスビンダーの原案はマリアは「自殺」だったようですが(最初の脚本ではマリアは夫ヘルマンと一緒にドライヴに出て、ハンドルを恣意的に切って崖から落ちて自殺することになっていた)、マリアを演じたハンナ・シグラが、マリアはそんなことで自殺するような弱い女性ではないと反論したため、事故とも自殺ともとれる結末になったようです。

 そうした表現をとることによって作品に深みが出ることもありますが、この作品については、ファスビンダーの原案通り「自殺」と判るようにした方が良かったようにも思われ、しかしながら、どちらともとれるからこそ、長い間自分の中で印象に残ったというか、引っ掛かっていたのかもしれません(ファスビンダーの最高傑作の部類であるには違いない。個人的評価は初見も今回も★★★★。自殺と判るようにしていれば、初見の時の評価は星5つだったかも)。

「真夜中の向こう側」
「真夜中の向こう側」002.jpg「真夜中の向こう側」001.jpg 最初に池袋・文芸座で観た際の併映がチャールズ・ジャロット監督の「真夜中の向こう側」('77年/米)であり(原作は、シドニー・シェルダンが1973年に発表した『真夜中は別の顔』)、おそらく戦争にその運命を翻弄された女性を描いたという共通項での併映かと思われます。

 ただし、「真夜中の向こう側」(ビデオ化された際に原作と同じ「真夜中は別の顔」のタイトルになった)はストーリーが波乱万丈すぎて、ハーレクイン・ロマンスの"暗黒版"のような感じで、結末も過度の復讐心を戒めた勧善懲悪で判りやすいものでした(こちらは判りやすすぎ! つまりは"通俗")。当時、原作の版元の「アカデミー出版」というところが"超訳シリーズ"として大々的に新聞広告を出していてずっと気になっていたのですが、これなら映画だけで十分かという感じでした(当時の個人的評価は★★☆。配役はいいし、音楽はミッシェル・ルグランので、観直したら星半分くらい上乗せするかも。でも、その機会が無い)。

マリア・ブラウンの結婚 DVD
「マリア・ブラウンの結婚」1979.jpg「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ2.jpg「マリア・ブラウンの結婚」●原題:DIE EHE DER MARIA BRAUN (英:THE MARRIGE OF MARIA BRAUN)●制作年:1979年●制作国:西ドイツ●監督・原案:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー●脚本:ペーター・メルテスハイマ―/ペア・フレーリッヒ●撮影:ミヒャエル・バルハウス●音楽:ペール・ラーベン●時間:120分●出演:ハンナ・シグラ/クラウス・レーヴィッチ/「マリア・ブラウンの結婚(字幕版)」.jpgイヴァン・デニ/エリザベト・トリッセナー/ ゴットフリート・ヨーン/ジョージ・バード/ギゼラ・ウーレン/クラウス・ホルム●日本公開:1980/02●配給:フランス映画社●最初に観た場所:池袋・文芸座(80-06-29)●2回目:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(23-08-02)(評価:★★★★)●併映(1回目):「真夜中の向こう側」(チャールズ・ジャロット)●同日上映(2回目):「不安は魂を食いつくす」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)

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真夜中は別の顔 [DVD]
「真夜中は別の顔」.jpg「真夜中の向こう側」1977.jpg「真夜中の向こう側(真夜中は別の顔)」●原題:THE OTHERSIDE OF MIDNIGHT●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:チャールズ・ジャロット●脚本:ハーマン・ローチャー/ダニエル・タラダッシュ●撮影:フレッド・コーネカンプ●音楽:ミシェル・ルグラン●原作:シドニー・シェルダン「真夜中は別の顔」●時間:165分●出演:マリー=フランス・ピジェ/ジョン・ベック/スーザン・サランドン/ラフ・バローネ/クルー「真夜中の向こう側」ぴじぇ・さらんどん.jpg・ギャラガー/クリスチャン・マルカン/マイケル・ラーナー/ソレル・ブーク/アンソニー・ポンジニ/ルイス・ゾリック/チャールズ・シオッフィ●日本公開:1978/03●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:池袋・文芸座(80-06-29)(評価:★★☆)●併映:「マリア・ブラウンの結婚」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)
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愛に起因する苦悩や残酷さと人種差別批判のダイレクトなメッセージを併せ持つ。

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不安は魂を食いつくす【DVD】
(不安と魂)01.jpg 掃除婦として働きながら一人暮らしをしている60代のドイツ人女性エミ(ブリギッテ・ミラ)は、雨宿りに入ったアラブ系のバーで20歳以上も年下のモロッコ人の自動車工アリ(エル・ヘディ・ベン・サレム)と出会う。ダンスをし、話をして意気(不安と魂)02.jpg投合した二人は一緒に暮らし始め、結婚する。外国人に対する偏見が強いその町で、アラブ人の外国人労働者と一緒にいることで、隣人、同僚、家族をはじ(不安と魂)03.jpgめ、行く先々の人々から差別と偏見に満ちた扱いを受ける。エミはアリを守り、アリはそうした人種差別者に対して寛容にふるまい、二人は幸せに暮らしていたが、ある日エミがアリの自尊心を傷つけるようなことをしたため、アリは家を出る。アリを求めてエミは二人が出会ったバーに行き、最初に踊ったダンスの曲をかける。二人はまたダンスを踊り始めるが、突然アリが腹痛で倒れ、病院に運ばれる。医師から、日常的な差別によるストレスからくる胃潰瘍であることを告げられたエミは横たわるアリに静かに寄り添う―。

 ニュー・ジャーマン・シネマを牽引したライナー・ベルナー・ファスビンダー(1945-1982/37歳没)監督の1974年作で、1955年製作のダグラス・サーク監督作「天はすべて許し給う」の物語を下敷きに、愛に起因する苦悩や残酷さを描いたドラマ。昨年['23年]全国的に実施された「ライナー・ベルナー・ファスビンダー傑作選」上映会での上映が日本初の劇場公開でした(この時、「天はすべて許し給う」も上映されている)。

(不安と魂)04.jpg 第27回カンヌ国際映画祭で「国際批評家連盟賞」「エキュメニカル審査員賞」を受賞しています。今から半世紀前ににこうした人種的偏見を批判するダイレクトなメッセージを持った映画を撮っていることもスゴイですが、それでちゃんと愛とそれに起因する苦悩の物語に仕上げているのはファスビンダーらしく、そのため押しつけがましい印象がないのがいいです(近年では、同じくゲイであることを公表しているフランソワ・オゾンジ監督の作品などがこの系譜ではないか)。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(左端)

(不安と魂)05.jpg 余談になりますが、モロッコ人移民アリを演じたエル・ヘディ・ベン・サレムは、当時のファスビンダーの同性愛パートナーです。モロッコ出身の彼をパリのゲイ向けサウナで見つけたファスビンダーは一目惚れしてミュンヘンへと連れ帰り、俳優でもなく、ドイツ語も話せない黒人男性を初めて自らの映画の主役級の役柄で出演させたのが本作です。

(不安と魂)06.jpg しかし、そのサレムには酒乱癖があり、本作完成後に酒場で酔って暴れ、3人の男性を次々に刺して指名手配され、逮捕を恐れファスビンダーに無断でフランスへと逃亡、結局フランス当局に逮捕され独房で自殺しています。後に彼の最期を知ったファスビンダーは強い衝撃を受け、遺作「ケレル」をサレムに捧げています。

 因みに、ファスビンダーはサレムに去られた1974年以降は、"ドイツの秋"の語源となった共作映画「秋のドイツ」(1978年公開)のファスビンダーの担当パートに出演したアルミン・マイアーと恋愛関係にありましたが、この新たな恋人のマイヤーも大量の睡眠薬を飲んで1978年5月に自殺しています。

(不安と魂)00.jpg 何だか、映画よりもファスビンダーに纏わる裏話の方がスゴそうですが、この話にはまだ続きがあり、かけがえのない友人でありパートナーを相次いで失ったショックから、ファスビンダーは徐々に麻薬へと手を染めていくようになり、1982年、コカインの過剰摂取により37歳で死去しています。それまでの16年間で44本の映画、14本の戯曲、6本の脚色戯曲、4本のラジオドラマを発表しており、もしもっと生きていたら何本映画を撮っただろうかとも考えてしまいますが、むしろ当時はオーバーワークが常態化していて、そのまま続けていてもどこかで限界にぶつかっていたようにも思います。

 作品の方に戻ると、多作にもかかわらす、この作品もカット割りとか構図などはしっかり計算されていて、さすが「マリア・ブラウンの結婚」と並ぶファスビンダー美学の極致と言われる作品だけあるなあと思いました。ただ、ややメロドラマ的なところが、個人的には好みに合わなかったとまではいかないですが、キレを欠いたようにも思えました。

「不安は魂を食いつくす((不安と魂))」●原題:ANGST ESSEN SEELE AUF●制作年:1974年●制作国:西ドイツ●監督・製作・脚本・音楽:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー●撮影:ユルゲン・ユルゲス●時間:95分●出演:ブリギッテ・ミラ/エル・ヘディ・ベン・サレム/バーバラ・ヴァレンティン/イルム・ヘルマン●日本公開:2023/07●配給:マーメイドフィルム=コピアポア・フィルム●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(23-08-02)(評価:★★★☆)●同日上映:「マリア・ブラウンの結婚」(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)

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凄まじい話ではあるが、どこまでが小説でどこまでが創作なのか気になった「死の棘」。

「死の棘 (1990年)」2.jpg「死の棘」02.jpg
死の棘」[Prime Video](1990年)松坂慶子/岸部一徳 「カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ」受賞作
「眠る男」000.jpg
眠る男」[Prime Video](1996年)役所広司/クリスティン・ハキム/アン・ソンギ
「埋もれ木」00.jpg
埋もれ木」[Prime Video](2005年)夏蓮/松川リン/榎木麻衣

「死の棘」03.jpg ミホ(松坂慶子)とトシオ(島尾敏雄)は結婚後10年の夫婦。第二次大戦末期の1944年、二人は奄美大島・加計呂麻島で出会った。トシオは海軍震洋特別攻撃隊の隊長として駐屯し、島の娘ミホと恋におちた。死を予告されている青年と出撃の時には自決して「死の棘」04.jpg共に死のうと決意していた娘との、それは神話のような恋だった。しかし、発動命令がおりたまま敗戦を迎え、死への出発は訪れなかったのだ。そして現在、二人の子供の両親となったミホとトシオの間に破綻がくる。トシオの浮気が発覚したのだった。ミホは次第に精神の激しい発作に見舞われる。トシオはその狂態の中に、かつてのあの死の危機を垣間見る。それは、あら「死の棘」05.jpgゆる意味での人間の危機だった。トシオはすべてを投げ出してミホに奉仕する。心を病むミホと二人の子を抱え、ある時は居を転じ、ある時は故郷の田舎に帰ろうと試み、様々な回復の手段を講じるトシオだったが、事態は好転せず、さらに浮気の相手・「死の棘」06.jpg邦子(木内みどり)の出現によって、心の病がくっきりし始めるのだった。トシオは二人の子をミホの故郷である南の島に送ってミホと共に精神科の病院に入り、付き添って共に同じ日々を送る。社会と隔絶した病院を住み家とすることで、やがて二人に緩やかな蘇りが訪れる―(「死の棘」)。

死の棘 カンヌ.jpg 第43 回カンヌ国際映画祭で「死の棘」が審査員特別賞を受賞した小栗康平監督(1990年05月21日) 【AFP時事】

『死の棘』 島尾敏雄 1960年10月初版』(芸術選奨)/『死の棘(1977年)』(読売文学賞・日本文学大賞)
『死の棘』 島尾敏雄 昭和35年10月初版.jpg『死の棘』単行本2.jpg 「死の棘」は小栗康平監督の'90年作で、1990年カンヌ国際映画祭「審査員グランプリ」受賞作。主演の松坂慶子、岸部一徳はそれぞれ、1990年度「キネマ旬報ベスト・テン」の主演女優賞・主演男優賞など多くの賞を受賞した作品です。島尾敏雄の原作は、'60(昭和35)年から'76(昭和51)年まで、「群像」「文学界」「新潮」などに短編の形で断続的に連載され、'77(昭和52)年に新潮社より全12章の長編小説として刊行(第1章「離脱」、第2章「死の棘」までを収録した'60年(昭和36)年刊の講談社版、 第3章「崖のふち」、第4章「日は日に」までを収録した'63(昭和38)年刊の角川文庫版も存在する)、1961年・第11回「芸術選奨」、1977年・第29回「読売文学賞」、1978年・第10回「日本文学大賞」を受賞しています。

『狂う人』.jpg 原作はスゴかったです。初めて読んだときは多分にドキュメントとして読んだため、ミホの狂気に圧倒されてしまいました。しかし、後に刊行された、ノンフィクション作家の梯久美子氏が膨大な資料・証言から真実を探った『狂うひと―死の棘の妻・島尾ミ三島由紀夫  2.jpgホ』('16年/新潮社)によると、原作には虚実がないまぜの部分があるようです(作者が妻にわざと自分の日記を読ませたとかは早くから言われていたが、妻が一部書き直したりして、夫婦合作的要素もあるらしい)。三島由紀夫が作者の作品について、「われわれはこれらの世にも怖ろしい作品群から、人間性を救ひ出したらよいのか、それとも芸術を救ひ出したらよいのか。私小説とはこのやうな絶望的な問ひかけを誘ひ出す厄介な存在であることを、これほど明らかに証明した作品はあるまい」と言っていますが、ある意味、こうした問題を予見していたようにもとれます(個人的にも評価し難い)。

 そうした「原作の問題」を置いておいて、映画だけで観ると、面白かったし、やはりスゴ木内みど.jpgかったです。トシオを演じた岸部一徳はこの作品で一皮むけたのではないかと思われます。松坂慶子も、突然「肺炎になってやる!」と叫び、胸をさらけ出しなど、体当たりの演技に挑戦していま「死の棘 木内.jpgす。トシオの浮気相手を演じた木内みどり(1950-2019)(「ゴンドラ」('97年)など)も、この作品が代表作ではないでしょうか。子役も上手く使っていて、その辺りはさすが「泥の河」('81年)の監督という感じです。ただ、ミホとトシオが今どういった状況に置かれているのか説明がやや足りず、この辺りの"説明不足"は「伽倻子のために」('84年)からすでに見られるこの監督の特徴でしょうか。


「眠る男」01.jpg 山あいの温泉町・一筋町。キヨジ(今福将雄)とフミ(野村昭子)の老夫婦の家には、山で事故に遭って以来、意識を失ったまま眠り続けている拓次(アン・ソンギ)という男がいた。フミは拓次を病院から引き取り、献身的な介護を続けている。拓次を毎日のように見舞うのは、知的障害を持つ青年・ワタル(小日向文世)だった。感受性豊かな彼は、事故に遭った拓次の第一発見者でもあり、人一倍彼のことを心配していた。水車小屋には傳次平(田村高廣)という老人がおり、自転車置き場と小さな食堂を経営するオモニ(八木昌子)に育てられている少年リュウ(太刀川寛明)は、傳次平から色々な話を聞くのを楽しみにしている。町では、南アジアの国からやってきた女たちがスナック「メナム」で働いていた。その一人であるティア(クリスティン・ハキム)は、故国の河でわが子を亡くした過去を持つ。ティアは町の人たちと接するうちに、次第に町の暮らしに馴染んでいった。拓次の幼友達である電気屋の上村は、最近になって、小さい頃、拓次とよく遊びに行った山の奥にある山家のことを思い出すようになった。そこに誰が住んでいて、それが本当にあったのかどうかも定かではなかったが、独り暮らしの老婆たけ(風見章子)から山家が本当にあったこと「眠る男」02.jpgを聞いた上村(役所広司)は、もう一度そこへ行ってみたくなった。冬が過ぎ、春が訪れ、やがて夏になり季節が巡ると、人々の生活にも少しずつ変化が見えた。寝たきりだった拓次はついに息を引きり、いんごう爺さん(瀬川哲也)の提案で"魂呼び"が試みられたが、それも空しい結果に終わった。しかしその後、神社で催された能芝居を観ていたティアが、森の中で死んだはずの拓次と再会する。不思議な体験をした彼女は、何かに導かれるように上村が探す山家へたどり着き、翌日、そこで上村と出会う。二人は、涸れていると言われていた井戸に水が涌きでていることを知る。上村はブロッケン現象の起こる山頂で、拓次に人間の命について問いかけるのだった―(「眠る男」)。

「眠る男」」0101.jpg 小栗康平監督の'96年作「眠る男」は、群馬県が人口200万人到達を記念して、地方自治体としては初めて製作した劇映画です。第20回モントリオール世界映画祭「審査員特別大賞」、第47回ベルリン映画祭「国際芸術映画連盟賞」を受賞。'96年度キネマ旬報ベストテン第3位で、小栗康平監督は2度目の監督賞を受賞しています。役所広司を主演に据え、韓国人、インドネシア人俳優の出演で国際色豊かな作品です(韓国の安聖基が演じる〈眠る男〉は主役ではなく映画のシンボルとして存在している)。ただ、こちらもいよいよもって説明不足で、登場人物の個の感情が前面に押し出されてはいますが、結局、実際のところは本人にしかわからないという印象を受けました。したがって、正直〈眠る男〉が何の象徴なのかもよく分かりませんでした。


「埋もれ木」3.jpg 山に近い小さな町。まち(夏蓮)ら三人の女子高生たちは、短い物語を作り、それをリレーして遊ぶことを思いつく。さっそく、町のペット屋がらくだを仕入れた、というエピソードをはじまりに、無邪気な夢物語が紡がれていく。次々と紡がれる物語は未来へと向かう夢なのか。一方、大人たちも慎ましやかにそれぞれの日々をいき続けている。そんなある日、大雨の影響で地中から"埋もれ木"と呼ばれる古代の樹木林が姿を現した。やがて町の人々は、そこでカーニバルを開催することを思いつく―(「埋もれ木」)。

「埋もれ木」お1.jpg 「埋もれ木」は小栗康平監督の'05年作品で、撮影は'04年の梅雨から夏の三重県で行われ、前作「眠る男」と同じく地元タイアップ的な作品。第58回「カンヌ国際映画祭」で特別上映され、国内外で注目されたのよ、主演の女子高生三人(夏蓮、松川リン、榎木麻衣)を7000人の一般公募者の中から選出したことでも話題になった作品でした(そう言えば前作「眠る男」にも、ごく普通の女子高生たちが登場した)。物語は、起承転結がないような思わせぶりな小さいエピソードの積み重ねであり、それはそれでいいのですが、これもまた説明不足であるため、落としどころが何なのかよく分かりませんでした(したがって話題が先行した割にはヒットしなかった)。

 この監督は、真摯に自分の撮りたい作品を撮り続けているように見える一方で、独りよがりとの批判を受けても仕方がない面もあるように思えます(コアなファンには受けるのだろうが)。また、「賞狙い」的な要素も感じられ、その極みが「FOUJITA」('15年)だったのではないかと思います(個人的評価★★☆)。「泥の河」(個人的評価★★★★☆)みたいな作品はもう撮らないのかなあ。

「死の棘 (1990年)」 (1).jpg「死の棘」●制作年:1990年●監督・脚本:小栗康平●撮影:安藤庄平●音楽:細川俊夫●原作:島尾敏雄●時間:115分●出演:松「死の棘」松坂岸部.gif坂慶子/岸部一徳/木内みどり/松村武典/近森有莉/山内明/中村美代子/平田満/浜村純/小林トシ江/嵐圭史/白川和子/安藤一夫/吉宮君子/野村昭子●公開:1990/04●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-09-12)(評価:★★★☆)
松坂慶子(ミホ) 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、報知映画賞最優秀主演女優賞、日刊スポーツ映画大賞主演女優賞、山路ふみ子女優賞
岸部一徳(トシオ)日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、キネマ旬報賞主演男優賞、全国映連主演男優賞

「眠る男 (1996年)」.jpg「眠る男」●制作年:1996年●監督:小栗康「眠る男」010.jpg平●製作:小寺弘之●脚本:小栗康平/剣持潔●撮影:丸池納●音楽:細川俊夫●時間:103分●出演:役所広司/クリスティン・ハキム/安聖基 (アン・ソンギ)/左時枝/野村昭子/田村高廣/今福将雄/八木昌子/小日向文世/瀬川哲也/渡辺哲/岸部一徳/蟹江敬三/平田満/真田麻垂美/太刀川寛明/小林トシ江/中島ひろ子/藤真利子/高田敏江/浜村純/風見章子●公開:1996/02●配給:SPACE●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-10-03)(評価:★★★)

「埋もれ木」011.jpg「埋もれ木 (2005年)」.jpg「埋もれ木」●制作年:2005年●監督:小栗康平●製作:小栗康平/佐藤イサク/砂岡不二夫●脚本:小栗康平/佐々木伯●撮影:寺沼範雄●時間:93分●出演:夏蓮/松川リン/榎木麻衣/浅野忠信/坂田明/岸部一徳/坂本スミ子/田中裕子/平田満/左時枝/塩見三省/小林トシ江/草薙幸二郎/久保酎吉/湯川篤毅/代田勝久/松坂慶子(油状出演)●公開:2005/06●配給:ファントム・フィルム●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-10-17)(評価:★★★)


『死の棘』文庫.jpg『死の棘』...【1981年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「死の棘」より(抜粋)
●『あなたの気持ちはどこにあるのかしら。どうなさるおつもり?あたしはあなたに不必要なんでしょ。
だってそうじゃないの。10年ものあいだ、そのように扱ってきたんじゃないの。
あたしはもうがまんはしませんよ。もうなんと言われてもできません。爆発しちゃったの。
もうからだがもちません。見てごらんなさい、こんなに骸骨のように痩せてしまって』

●『あなた、あたしがすきだったの、どうだったの、はっきり教えてちょうだい・・・・じゃ、
どうしてあなたはあんなことをしたんでしょう。ほんとにすきならあんなことするはずがない。
あなた、ごまかさなくていいのよ。きらいなんでしょ。きらいならきらいだと言ってくださいな。
きらいだっていいんですよ。それはあなたの自由ですもの。きらいにきまってるわ。
あなたはほんとのことを、あたしに言ってちょうだいな。このことだけじゃないんでしょう。
もっとあるんでしょ。いったいなんにんの女と交渉があったの?』

●「妻は私の肝をつつき、その非をついばむことに容赦しないが、私からもぎ取られてしまえば彼女は
生きて行くことができないことに気づいた私は、彼女を手放すことはできない。
はっきりどれか一つをえらび、そして家の中に閉じこもったとき、私は家の外をみきわめないままに放棄された。
だから外の方はがらんどうの暗黒となって残り、そちらからいざないと審きがかさねてやってきて
いつ襲いかかられるかわからない。」

●「自分の身のまわりに起こる事件が、最悪の状態にころがって行くことは、むしろ、ひりひりした正確さがあっていい、
とほんのしばらくそう思った。」

●「妻がふとんをかぶって紐で首を絞めると、私はそうさせまいとしたあげく、ふたりはくんづほぐれつ取っ組み合いになった。
一方が出て行けとどなっても、相手が出て行こうとするとそれを止めにかかり、どこまで落ちて行くのが見当がつかない。
・・・・・『オトウシャン、ジサツ、シュルノ?』・・・すさまじい荒れた気配が家のなかいっぱいで、
障子もふすまもぶつかって手を突っ込むからさんばらに破れ、ちゃぶ台に使っていた応接台も私がからだごとぶつけたとき、
台が抜けてこわれた。二時ごろだったろうか。どちらからともなく疲れて中休みのかたちになった。」

●「頬の肉こそ落ちたが、丸顔で広い顔の造作のせいか、眠りのなかのその顔のときの疑いを知らぬひたむきなそれが
あらわれてきて、今にもかたりかけてきそうな錯覚を覚えた。
・・・・・眠りのため妻の意識は潜んでいるから、反応を受けずに娘のときそうしたように唇をそっとかさねることもできた。
すると深夜に部隊を抜け出し、岬の峠を越えてたどりついた部落奥の、家の縁側で眠っていた彼女に唇を合わせたときの
感触がよみがえった。
なんだか犬ころに近づくときめきのなかで、小鳥のやわらかな頭を両手で抱き取っている感じがし、
彼女のにおいは、すべて起らぬ前のやさしい状態につれもどしてくれたかと思えた。」

●「『力が弱い。もういっぺん』
と妻がいえば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
『そんなことぐらいじゃ。あたしのキチガイがなおるものか』」

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在日朝鮮人を主人公とする困難な素材への取り組みは評価されるべき。ただ、やや説明不足か。

「伽耶子のために」dvd.jpg 「伽耶子のために」00.jpg
伽耶子のために」[Prime Video]南果歩

「伽倻子のために」夜.jpg 1958年の夏の終わり、大学生だった林相俊(イム・サンジュン)(呉昇一(オ・スンイル))は、北海道の森駅に降り立った。父の親友のジョン・スンチュン(通名・松本秋男)(浜村純)を訪ねるためである。樺太(サハリン)から引き揚げて十年ぶりの再会であった。松本はトシ(園佳也子)という日本人の女性を妻にして、縁日で玩具を売って生計を立てる貧しい暮らしをしていた。そこには、伽倻子(かやこ)(南果歩)という高校生の少女がいた。相俊は樺太での記憶をたどるが、その少女は知らなかった。伽倻子は本名を美和子といい、敗戦の混乱期に日本人の両親に棄てられた少女だ。日本人が棄て、朝鮮人の秋男が拾った少女は、伽倻琴(カヤグム)という朝鮮の琴の名をとって伽倻子と名づけられていた。相俊は解放(日本の敗戦)後、父の林奎洙(イム・キュス)(加藤武)、母の呉辛春(ク・シンチュン)(左時枝)、兄の林日俊(イム・イルジュン)(川谷拓三)らと日本に留まったが、渡日した一世世代と違い、自分が朝鮮人であることを自負するためには、さまざまな屈折を重ねなければならなかった。奎洙はそんな子供たちに絶えず苛立ち、怒鳴り散らすのだった。貧しい東京の下宿生活の中で相俊は、在日朝鮮人二世の存在矛盾と格闘しながら、伽倻子を思い出していた。翌年、早春の北海道で二人は互いに心を通わせた。その秋、突然伽倻子は家を出た。貧しさを嘆く義父、朝鮮人と一緒になったことを悔いる義母、そんな人工的な家庭の中で、伽倻子の混乱は深まる一方だった。ようやく探し当てた道東の小さな町で、相俊は伽倻子に言う。「戦争があちこち引きずりまわしてくれたおかげで、僕たちは出会えた」。そしてその夜、二人は結ばれる。東京での二人の夢のような生活が始まった―。
伽倻子のために』['70年]『伽倻子のために (新潮文庫 り 1-1)』['75年]
「伽倻子のために」単行本.jpg「伽倻子のために」文庫.jpg 原作は、李恢成の同名小説で、因みに李恢成は樺太生まれで、1945年の敗戦後、家族で日本人引揚者とともに樺太より脱出、長崎県大村市の収容所まで行き、朝鮮への帰還を図ったが果たせず、札幌市に住み(このとき、樺太に姉を残留させたことが、その後の作品内でもトラウマとして残っていたことが語られている)、札幌西高等学校から、早稲田大学第一文学部露文科に進学。早稲田大学時代は留学生運動の中で活動していたとのこと(したがって、この作品にも自伝的要素が反映されていることになる)。「泥の河」でデビューした小栗康平監督が、この在日朝鮮人を主人公とする困難な素材に取り組み、3年の歳月をかけて完成させた作品(日本人初のジョルジュ・サドゥール賞(仏)を受賞した作品とのこと)。劇団ひまわりの初の自主製作映画で、手作りの上映でとの監督と製作者からの要望を受けて、1984年11月、エキプ・ド・シネマ(高野悦子支配人)が岩波ホールで上映しました。

 戦後と朝鮮人と日本人と二世。そうしたモチーフに男女の物語を重ねています。結局、主人公の二人は若すぎたということなのでしょう(原作者の実体験?)。伽倻子の義父母に、社会人になり生活力が持てるまで伽倻子を返してくれと言われれば、相俊(サンジュン)は返す言葉もないということになります。それから十年の歳月が過ぎ、相俊が北海道に松本を訪ねたら、トシは悔恨のうちに死んだといい、伽倻子は他の男と結婚したという。松本の老いた姿を、相俊はただ見つめるしかなかったわけです(「知らん。ワシはお前が誰か知らん」と言うのは、わざと相俊を無視している?)。

「伽倻子のために」列車.jpg 打ちひしがれて帰ろうとする相俊は偶然、伽倻子の実家の近くで遊ぶ「伽耶子」という名前の少女に出会いますが、少女の名前が原作では「美和子」でした(映画のラストにあたるこの部分は、原作ではこの少女との出会いがプロローグとエピローグに分かれて出てきて、プロローグの後、1956年に相俊が北海道S市の実家に帰省した際に、父の用事で函館に近いR町を訪ね、そこでクナボジ(おじさん=松本)とその家族、つまり伽耶子と初めて会うところから第一章が始まる)。原作及び映画のラストに出てくる少女が伽倻子の娘であるとして、自分の娘につけた名前が「伽倻子」か「美和子」かで若干メッセージが変わってくると思いますが、自分の娘に自分の名前をつけたという映画の解釈もありかもしれません(「かつての自分の名前」ということか。でも、「伽倻子」の幼名は「美和子」なのでややこしい。最後に出てくる少女が伽倻子の娘であることをわかりやすくするために「伽倻子」という名にしたとも考えられる)。

 日本人として生まれて捨てられて、育ての父が在日コリアンで、育ての母が日本人である伽倻子が日本人と結婚するには、「美和子」として稼ぐしかなかったということでしょうか。確かに、在日コリアンの伽倻子の父も日本人の母も、娘を在日コリアンと結婚させたくなかったというのは原作でも明かされています。一方で、原作の通り少女の名が美和子だとしたら、伽倻子は「伽倻子」のなのまま日本人に稼ぎ、娘に幼名を与えたことになります。分かりやすそうに見えて、原作を一捻りしていることになりますが、原作・映画のどちらの解釈にしても、伽倻子はよその土地へ行ったのではなく、両親の家の近くにいることになるかと思います(映画ではそのことが示唆されているだけだが、原作では、伽倻子は毎日義父の家に身の回りの世話のため通っているとされている)。

 映画は、もう少し説明的であってもよかったのではないかと思います。原作を読んで、初めて知った歴史的事件(数万人の島民が虐殺された1948年の済州島人民蜂起など)や説話的な話(沈清の伝説など)もありました。映画の方はその辺りを端折っているし、原作を読んでいない人は、最初は人物相関を把握するのも難しいかもしれません。そもそも原作も、「美しい抒情と哀しいユーモアをもたたえる」(新潮文庫裏表紙解説)一方で、伽倻子が抱える秘密などのミステリアスな要素を含んでます。

「伽倻子のために」eki.jpg 映画の方は、原作が文芸作品ということを意識して抒情性を重視し、説明的になることを敢えて避けたのでしょうか。確かに、北海道の美しくも冷え切った、そして寂しげな風景は、登場事物の心象風景にも重なるようで、印象に残りました。ただ、原作者もこの作品を観て、これはあくまでも「小栗康平監督の『伽倻子のために』」だとの感想を述べたようですし、個人的にも、原作とは違い世界を見せられているうような印象を受けなくもありませんでした。


[伽耶子のために 発表会.jpg 伽倻子役の南果歩(1964年生まれ)は、桐朋学園短大演劇科在学中に 2,200人の中から選ばれ、この作品が彼女のデビュー作となりましたが、小栗康平監督はオーディションで彼女を見て「まだ高校生で素人だったが、在日朝鮮人夫婦に育てられる日[伽耶子のために 南果歩.jpg本人少女伽椰子の設定にふさわしい雰囲気をもっていた。多分在日コリアンだろうと直感した」と後に語っています。

[左から]原作者・李恢成/小栗康平監督/南果歩[19歳]/呉昇一(オ・スンイル)/園佳也子/浜村純

 南果歩は、2007年放送のNHKの「スタジオパークからこんにちは」内で自身が在日3世であることを[ 南果歩.jpg告白、2012年NHKの「ファミリーヒストリー」に彼女が出演した際の話では、撮影当時、彼女は韓国籍から帰化した直後で、自分の出自について大きな過渡期に立っていたといい、「伽椰子のために」への出演はそれからの生き方を決定した瞬間だったといいます。この番組では、彼女のルーツは中国に1300年の歴史を持つ一族であったことが明かされています(前述のように、物語の設定では「伽倻子」は本名「美和子」という日本人なのだが)。南果歩はその後、乳がんの発見、夫・渡辺謙の不倫によるうつ病、二度目の離婚(最初は辻仁成と)といろいろありましたが、今は「乙女オバさん」をキャッチフレーズ(?)にして元気そうで何よりです。

「伽倻子のために」お.jpg 主人公・相俊を演じた呉昇一(オ・スンイル)は俳優ではなく在日韓国人の彫刻家で、現在はニューヨークで活動中。冒頭の列車内で主人公に語りかける男を演じる殿山泰司も味がありましたが、夜中に地中の音を聞いて回っている男(下水道局の人?)の蟹江敬三が不気味さとユーモラスな奇妙さを併せ持ち、何だか印象に残りました。

南果歩2.jpg「伽倻子のために」●制作年:1984年●監督:小栗康平●製作:砂岡不二夫●脚本:太田省吾/小栗康平●撮影:安藤庄平●音楽:毛利蔵人●原作:李恢成●時間:117分●出演:呉昇一(オ・スンイル)/南果歩/浜村純/園佳也子/加藤武/左時枝/川[伽耶子のために 南果歩3.jpg谷拓三/金福順/趙命善/白川和子/洪多美/ペイ平舜/姜優子/小林トシ江/吉宮君子/呉恵美子/殿山泰司/古尾谷雅人/蟹江敬三/田村高廣●公開:1984 /11●配給:劇団ひまわり.●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-08-29)(評価:★★★☆)

南果歩[1984年/20歳]

『伽倻子のために』...【1975年文庫化[新潮文庫]】

南果歩『乙女オバさん』(2022/02 小学館)表紙画像(撮影/野口貴司)[2021年/57歳]

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桑野みゆきが娼婦に墜ちていく女、平幹二朗がヤクザのヒモ男を演じた異色作。

「夜の片鱗」1964.jpg「夜の片鱗」01.jpg
あの頃映画 松竹DVDコレクション 夜の片鱗」平幹二朗/桑野みゆき/園井啓介

「夜の片鱗」03.jpg 野上芳江(桑野みゆき)は19歳。彼女はレコード会社の下請け工場で働く傍ら、夜は知り合いのマダム佳代(千石規子)から頼まれ、バーのホステスをしていた。北見英次(平幹二朗)は、芳江が働くバーのなじみ客だったが、二度、三度と会う瀬を重ねるうち急速に親しくなっていった。ある夜芳江は誘われるままにホテルにいき、英次に身体を許す。それからの芳江は次第に英次との情事に溺れ、両親に無断で英次とアパートで同棲するようになった。しかし、そんな頃から英次の態度が変り、たびたび芳江に金を無心するようになる。やがて英次は自らの正体を暴露した。英次はそこの盛り場を支配するヤクザだったのだ。英次は金のために芳江に売春を迫る。「夜の片鱗」04.jpg芳江はヤクザに対する恐怖と、行き場のない孤独から言われるままに客をとった。が、英次はさらに芳江に街に出て客をとることを強いる。さすがに耐えられなくなった芳江は、英次の手をふりきってアパートを逃げ出した。しかし数日後、芳江はその組のヤクザにつかまり残酷なリンチを受けた。事件後、芳江は放心したように夜毎街に出て客をとった。そんな客の一人に建築技師の藤井(園井啓介)がいた。藤井は熱心に芳江の元に通い、ある夜結婚を申し込む。そんな折も折、英次の組に縄張り争いが起り、英次は争いに巻き込まれ、下腹部にひどい打撲を受けて男としての機能を失った。それからというもの、芳江と英次との間には、穏やかな愛情が芽生えてきたが、事情を知らない藤井は芳江に駈け落ちを迫った―。

「夜の片鱗」p.jpg 1964(昭和39)年11月公開の中村登監督作で、室生犀星に認められてデビューした太田經子(おおた きょうこ1928-2008)の原作を、「古都」('63年/松竹)で中村登監督とコンビの権藤利英が脚色、撮影もコンビの成島東一郎です。この作品は2013年・第70回「ヴェネツィア国際映画祭」のクラシック部門に選出され、小津安二郎監督の「彼岸花」、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」とともに上映され、絶賛を浴びたとのこと。2014年・第64回「ベルリン国際映画祭」フォーラム部門でも上映され、ベルリンの地元紙ターゲスピーゲル紙では「生は暗く、死もまた暗い:心を描く名匠」と、マーラーの交響楽「大地の歌」の歌詞から引用した見出しを付けて絶賛されたそうです。

 川端康成原作の「古都」やなどとはかなり雰囲気の異なる、どろっとした風俗ドラマ的作品(因みに原作者の太田經子は「小説宝石」などに官能小説を書いた人で(双葉社の「レディース文庫」などにその作品があった)で、中村登監督は良質なホームドラマの代名詞でもある"松竹大船調"の正統的な後継者として語られることが多いので、この作品は異色作と言えるかと思います。また、桑野みゆきが娼婦に墜ちていく女を、平幹二朗がヤクザのヒモ男を演じているという点でも異色作と言えるでしょう(東京オリンピックで世間が沸いた直後ぐらいの頃に、こんな重苦しい映画が公開されていたのかあ)。

 どうしようもないクズ男と知りつつ離れることができず、孤独という闇に取り憑かれ、底なしの沼に堕ちて行く女の複雑で繊細で狂おしいまでの情念を、桑野みゆきが圧倒的な心理描写で魅せてくれます。桑野みゆきが演じる芳江の激しく揺れ動く心を、巧みな色彩設計で映像として焼き付けてくる成島東一郎のカメラワークもいいです。

 結末のネタバレになりますが、結局、最後、無感動に慣れ切った芳江には、藤井の結婚の申し込みに応えることができず、ある日、彼女の下着や食事の後片付けを嬉々として担う平幹二郎演じる英次を見ていて心に狂おしい激情が走り、彼を刺します。虚脱して立ちつくす芳江の脳裏に、英次と過した盛り場の灯が懐かしく甦る―

 芳江が藤井の結婚の申し込みに応えることができないのは、いつかこんな暮らしから抜け出すと言っていた娼婦仲間のケイ子(広村芳子)が、ヤクザに追われ交通事故に見せかけて殺されたことから、藤井と一緒になっても逃げ切れず、藤井に迷惑をかけることになるだろうという思ったからでしょうか。英次との関係も含め、全てをリセットするために刑務所へ入るという選択になったのでしょう。オトシマエを付けたとも言え、無表情だった桑野みゆきの顔が夜叉のように変化する一瞬がすごいです。

 桑野みゆきは、大島渚監督の「青春残酷物語」('60年/松「暖春」022.jpg竹)に主演した年に、松本清張原作、中村登監督の「波の塔」('60年/松竹)や里見弴原作、小津安二郎監督の「秋日和」('60年/松竹)に〈お嬢さん〉的な役で出ていましたが、この映画の翌年公開の里見弴・小津安二郎原作、中村登監督の「暖春」('65年/松竹)でも、岩下志麻が演じる主人公の女友達を倍賞千恵子と一緒に演じていて、「夜の片鱗」とは180度異なる役柄でした(「松竹とハダが合わないんじゃないか」と悩み始め、1965年11月で松竹と契約が切れ、1967年に結婚して引退)。
「暖春」倍賞千恵子/桑野みゆき/岩下志麻

「夜の片鱗」
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 この映画では、芳江が自らの転落の歴史を語るモノローグが、芳江自身が×重苦しさを象徴していました。タイトルクレジットに「ナレーター・神山繁」とありましたが、ラストで芳江が法廷で証言しているときの弁護士の声でした(敢えて役柄を伏せた?)。

「夜の片鱗」09.jpg 来月['23年11月]、第14回「東京フィルメックス映画祭」の「生誕100年中村登」特集にて上映が決まっています。「王家衛の『花様年華』の先取り」とパンフレットにありますが、海外で評価されたことで、日本での再評価熱が高まっていることは確か。でも、「『花様年華』の先取り」はやや褒めすぎの感もあり、個人的評価は★★★☆としました(芳江のオトシマエの付け方に納得し切れていない自分がどこかにある)。

「夜の片鱗」0p.jpg「夜の片鱗」●英題: THE SHAPE OF NIGHT●制作年:1964年●監督:中村登●製作:島田昭彦●脚本:権藤利英●撮影:成島東一郎●音楽:日暮雅信●原作:太田經子●時間:106分●出演:桑野みゆき/平幹二朗/園井啓介/岩本多代/富永美沙子/広村芳子/松原浩二/田中晋二/千石規子/河野秋武/中村美代子/呉恵美子/吉野憲司/永井秀明/菅原文太/木村功/東京ぼん太/高丘一二三/逗子とんぼ/佐藤芳秀/(ナレーター)神山繁●公開:1964/11●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-08-19)(評価:★★★☆)

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岩下志麻主演の2作。一人二役がいい「古都」。酔っ払いシーンが見ものの「暖春」。

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<あの頃映画> 古都 [DVD]
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「談春」
「古都」01.jpg 京都平安神宮の咲いたしだれ桜の下で、佐田千重子(岩下志麻)は幼な友達の水木真一(早川保)に突然「あたしは捨子どしたんえ」と言う。呉服問屋の一人娘として何不自由なく育ったが、自分は店の前の弁柄格子の下に捨てられていたのだと...。とは言え、親娘の愛は細やかだった。父の太吉郎(宮口精二)は名人気質の人で、ひとり嵯峨にこもって下絵に凝っていた。西陣の織屋の息子・大友秀男(長門裕之)は秘かに千重子を慕っており、見事な帯を織り上げて太吉郎を驚かした。ある日千重「古都」02.jpg子は、清滝川に沿って奥へ入った北山杉のある村を訪ねた。そして杉の丸太を磨いている女達の中に自分そっくりの顔を見い出す。夏が来た。祇園祭の谷山に賑う四条通を歩いていた千重子は北山杉の娘・苗子(岩下志麻、二役)に出会った。娘は「あんた姉さんや」と声をふるわせた。千重子と苗子は双子の姉妹だった。しかし父も母もすでにこの世にはいない、と告げると苗子は身分の違うことを思い雑踏に姿を消した。「古都」03.jpgその苗子を見た秀男が千重子と間違えて、帯を織らせてくれと頼む。一方自分の数奇な運命に沈む千重子は、四条大橋の上で真一に声をかけられ兄の竜助(吉田輝雄)を紹介された。8月の末、千重子は苗子を訪ねた。俄か「古都」05s.jpg雨の中で抱きあった二人の身体の中に姉妹の実感がひしひしと迫ってきた。秋が訪れる頃、秀男は千重子に約束した帯を苗子のもとに届け、時代祭の日に再会した苗子に結婚を申し込む。しかし、苗子は秀男が自分の中に千重子の面影を求めていることを知っていた。冬のある日、以前から千重子を愛していた竜助が太吉郎を訪ねて求婚し、翌日から経営の思わしくない店を手伝い始めた。その夜、苗子が泊りに来た。二階に並べた床の中で千重子は言う。「二人はどっちの幻でもあらしまへん、好きやったら結婚おしやす。私も結婚します」と―。

『古都』新潮文庫.jpg「古都」スチル.jpg 中村登(1913-1981/67歳没)監督の1963(昭和38)年公開作で、川端康成の同名小説を忠実に映画化した文芸ロマンス。原作は川端康成が「朝日新聞」に1961(昭和36)年10月から翌1962(昭和37年)年1月まで107回にわたって連載したもので、1962年6月新潮社刊。京都各地の名所や史蹟、年中行事が盛り込まれた作品で、国内より海外での評価が高く、ノーベル文学賞の授賞対象作とされる作品です。(1968(昭和43)年、川端康成は日本人として初めてノーベル文学賞を受賞する。しかしその当時、受賞対象の作品名は発表されず、50年間非公開となっていた。ようやく2016(平成28)年に受賞作品が公開され、スウェーデンアカデミーは、受賞対象は「古都」(The Old Capital)であり、「まさに傑作と呼ぶにふさわしい」と絶賛した。(2017.1.4 日本経済新聞))

「古都」川端康成.jpg「古都」二役.jpg 映画化に際し、原作者の川端康成が撮影現場に足を運び、指導監修を手掛けており、その結果、静謐で繊細、情緒的な川端の世界を忠実に再現した作品になっています。映画の方も四季折々の美しい風景や京都の伝統を背景に、当時21歳の岩下志麻が二人の姉妹の二役を好演し、彼女の一人二役は自然かつ美しいと思いました。原作(読んだのはかなり前だが)の良さを(おそらく)損なっておらず、中村登監督の職人的な技量が感じられます。この作品は第36回米国「アカデミー賞外国語映画賞」にノミネートされています(後に1980年に市川崑監督、山口百恵主演で、2016年には Yuki Saito監督、松雪泰子主演でリメイク作品が撮られている)。

「古都」vhs.png 実は双子の姉妹だった千重子と苗子の生い立ちを比べると、千重子は呉服問屋の一人娘として何不自由なく育てられたお嬢さんで、一方の苗子は早くから北山杉の木場(製材所)における労働力として勤しみ苦労してきたはずなのに、二人が出会ってからずっと苗子の方が千重子に対して何か済まないような気持ちは抱いているのは、最初は身分差を感じて苗子が自分を卑下しているのかなと思ったりしましたが(確かに最初自ら千重子に会わないようにしたのはそのためだったが)、根っこのところでは、実親に捨てられたのが千重子の方で、実親の元に残されたのが自分だったからということだったのだなあ。

「古都」06w.jpg しっかり者の苗子に対して、お嬢さん育ちでおっとり気味の千重子でしたが、竜助(吉田輝雄)に店の番頭(田中春男)が不正を働いているのではと指摘され、少し変化が見られます。そして最後はしっかり番頭を問い詰めますが、この時の岩下志麻はちょっと「極妻」っぽかった、と言うか、それに繋がる雰囲気があり(当時まだ22)、「お嬢さん」と「強い女」の両方を演じられるところが、岩下志麻の強みと言うか、魅力だと思いました(一人二役だが、三役演じているみたい)。


「暖春」p.jpg 京都東山南禅寺に小料理屋「小笹」を出す佐々木せい(森光子)には、24歳になる娘・千鶴(岩下志麻)がいた。せいは、日頃親しくする西陣の織元・梅垣のぼん(長門裕之)との縁談を望んでいたが、千鶴は何か吹っ切れぬものを感じていた。そんな時、かつてせいが祇園の舞妓だった頃、せいのファンであった山口信吉(山形勲)が小笹を訪れた。大学教授だという山口を、格好の脱出先とみた千鶴は、母親の愚知を無視して、山口に連れられ上京した。途中、千鶴を連れて箱根に立寄った山口は、千鶴の亡父らと京大三人組と呼ばれた実業家の緒方(有島一郎)を紹介した。そこで緒方の秘書・長谷川一郎(川崎敬三)に紹介された千鶴は、洗錬された長谷川に好感を持つ。その晩千鶴のお酌で、学生時代に返った二人は、せいが千鶴の父と結婚した時に、既にせいのお腹の中には千鶴がおり、三人の内の誰の子供か判らないと冗談まじりに話した。その話は千鶴に秘かな母への不審を抱かせた。上京した千鶴は、山口や緒方の家に泊り、銀座で長谷川と飲み明かし、ますます長谷川に魅かれていった。ある日、結婚して上京している親友・金子三枝子(桑野みゆき)を訪れた千鶴は、ちょうど遊びに来ていたOLでかつての級友・長嶋節子(倍賞千恵子)に会って懐しい一日を過した。二人が自分の生活の範囲で、楽しく暮らしているのを知った千鶴は急に長谷川に会いたくなり、電話をしたが、長谷川にはすでに同棲している恋人・京子(宗方奈美)がいることを知り、千鶴はすっかり失望した。また緒方の浮気を目撃した千鶴は、東京でのめまぐるしい生活から、京都が懐しく思い出された。せいの心臓病発作で急拠京都へ帰った千鶴は、梅垣のぼんが店をきりもりする姿に、急に親しみを感じた。その夜、ぼんと結婚を決意した千鶴は、せいから出生の秘密を確かめると、初めて母娘の情愛が交流するのを感じた。大安吉日、千鶴は美しい花嫁姿でせいの前に立った―。

「暖春」01.jpg 中村登監督の1965年作で、里見弴と小津安二郎の原作を中村登が脚色・監督した青春もの。撮影は「夜の片鱗」の成島東一郎。岩下志麻が、嫁入り前の娘の心の揺らぎを演じており、中村登版「秋刀魚の味」('62年/松竹)といったところでしょうか

 里見弴と小津安二郎の原作だと、後期の小津作品の「嫁に行く・行かない」と似たような話にどうしてもなってしまうのだなあ。ヒロイン・千鶴の父親とその友人たちも、小津映画が「東大三人組」ならばこちらは「京大三人組」で状況設定がよく似ています。「秋刀魚の味」は笠智衆・中村伸郎・北竜二がかつて中学の同級だったという設定でしたが、こちらはヒロインの父親はすでに亡くなっていて、後の二人は山形勲と有島一郎です。

 森光子演じる千鶴の母親は元・祇園の芸妓で、千鶴を妊娠した頃「三人組」のいずれとも行き来があったらしく、千鶴は自分の本当の父親は誰なのか知りたく思い、結構彼女としては思い切った行動に出たりしますが、最後は「誰だっていいじゃない」ということでした。

「暖春」022.jpg 当時24歳の岩下志麻がキュートに酔っ払ってるシーンは見もの。考えてみれば岩下志麻は銀座生まれの吉祥寺育ちで、東京っ子の彼女が、京言葉をこなしてお御転婆な京娘を演じているわけで、やはりこの頃から演技力がありました。

倍賞千恵子/桑野みゆき/岩下志麻
 
 
 

岩下志麻(呉服問屋丸太屋の一人娘・佐田千重子(北山杉の村娘・苗子と一人二役))/長門裕之(帯織職人の息子・大友秀男)
「古都」p.jpg「古都」岩下 長門.jpg「古都」●制作年:1963年●監督・脚色:中村登●製作:桑田良太郎●脚本:権藤利英●撮影:成島東一郎●音楽:武満徹●原作:川端康成●時間:106 分●出演:岩下志麻/宮口精二「古都」sb.jpg/中村芳子/吉田輝雄/柳永二郎/長門裕之/環三千世/東野英治郎/浪花千栄子/田中春男/千之赫子●公開:1963/01●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-06-27)(評価:★★★★)
「古都」スチル2.jpg「古都」岩下・宮口.jpg 岩下志麻/宮口精二(呉服問屋丸太屋の主人・佐田太吉郎)
 
 
 
「暖春」●英題:SPRINGTIME●制作年:1965 年●監督・脚色:中村登●製作:佐々木孟●撮影:成島東一郎●音楽:山本直純●原作:里見弴/小津安二郎●時間:93分●出演:森光子/岩下志麻/山形勲/三宅邦子/太田博之/有島一郎/乙羽信子/早川保/桑野みゆき/倍賞千恵子/川崎敬三/宗方奈美/長門裕之/三ツ矢歌子/呉恵美子/岸洋子/志賀真津子●公開:1965 /12●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-08-19)(評価:★★★)

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有馬稲子・津川雅彦2作。長編を上手く纏めた職人技の「波の塔」。日本初のゲイムービー(?)「惜春鳥」。
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<あの頃映画> 波の塔 [DVD]」有馬稲子/津川雅彦
惜春鳥 木下 1959.jpg 惜春鳥 木下 津川1.jpg 惜春鳥 木下 091.jpg
「惜春鳥」有馬稲子/津川雅彦/小坂一也

「波の塔」p.jpg 某省局長の娘・田沢輪香子(桑野みゆき)は、旅行先の上諏訪で一人「波の塔」桑野2.jpgの青年(津川雅彦)に知りあい、帰京して友人・佐々木和子(峯京子)と深大寺に出かけた時、美しい女性(有馬稲子)と同伴の彼に再会した。青年は小野木喬夫という東京地検の新任検事だった。連れの女性は結城頼子といい、小野木とは一昨年演舞場で知りあってから、逢瀬を重ねていた。小野木は頼子を「波の塔」13.jpg輪香子たちに紹介しなかった。輪香子は二人の間になにか暗い秘密の影を感じた。頼子の夫・結城庸雄(南原宏治)は政治ブローカーで、夫婦間は冷く、結城は家を空けることがしばしばだった。ある日、頼子と小野木は身延線の下部温泉へ旅行する。着くと間もなく台風に襲われ、帰りの中央線は不通、二人は東海道線に出るため山道を歩き、番小屋で一夜を明かす。そこで頼子は人妻であることを告白するが、喬夫の心は変らなかった。小野木は某官庁の汚職事件の担当になる。所用で新潟へ出張して帰京する小野木を頼子は駅で迎えた。それを結城の仲間・吉岡(佐野浅夫)が目撃し、結城に告げる。結城は妻の情事を察し、下部まで調べに出掛ける。一方、汚「波の塔」12.jpg職事件の捜査も着着と進んでいた。輪香子は頼子のことが気になり、家に出入りする新聞記者・辺見(石浜朗)に調査を頼む。頼子は汚職事件の中心人物・結城の妻で、自分の父(二本柳寛)も関係していると聞き呆然とする。結城は妾宅で検挙された。家宅捜査のため小野木は結城邸へ向う。そこで頼子と小野木は対面し、二人の心は驚きと悲しみで一杯になる。結城の弁護士・林(西村晃)は小野木と頼子の情事を調べ、司法界の長老を動かし事件の揉み消しにかかった。小野木は休職になった。彼は辞表を出し、頼子と二人だけの生活に入る決心をする。約束の夜、小野木は東京駅で待っていたが、その頃頼子は新宿発の列車に乗っていた―。
波の塔―長編小説 (カッパ・ノベルス (11-3))
『波の塔』ノベルズ.jpg「波の塔」vhs.jpg 中村登監督の1960年10月公開作。原作は、松本清張が週刊誌「女性自身」の1959年5月29日号から1960年6月15日号にかけて連載した長編小説で、1960年6月に光文社(カッパ・ノベルス)から刊行されています。政界推理小説でありながら、若い検事と被疑者の妻の恋愛物語であり、それに被疑者の夫の嫉妬も加わり、さらにそれらを検事に恋心を抱く若い女性の視点を取り入れて描いており、「ミステリ」的要素よりも「女性小説」的要素の方が濃くなっていて、ちゃんと読者ターゲットに合わせているというのが原作の印象です。そして、映画の方ですが、原作に忠実であり、長編を上手く纏めた職人技という感じです。

 結城と離婚して自由の身になることも頼子には出来たわけですが、それは破滅に通じることも知っていて、小野木との約束を破ることが彼女の最後の愛の表現だったということでしょう。ラスト、富士の裾野、黒い樹海の中に吸いこまれるように入っていく頼子。今の若い世代から見れば、なぜこうならなければならないのかと思われるやや古風な結末ですが、そこが"昭和"なのでしょう。


 この松本清張の原作は、何度もテレビドラマ化されていますが、池内淳子、加賀まりこ、佐久間良子など錚々たる女優がこの頼子の役を演じています。直近では、2012年にテレビ朝日系で「松本清張没後20年特別企画 ドラマスペシャル 波の塔」として沢村一樹、羽田美智子主演で放映されましたが、それが8度目のドラマ化でした。90年代以降は単発2時間ドラマとして放映されていますが、それ以前に、60年代・70年代に連ドラとして4回ドラマ化されています。いかにも、かつての「昼メロ」枠でやりそうな感じですが、頼子役は女優がやってみたい役でもあるのかもしれません。

1961年版「波の塔」フジテレビ系列「スリラー劇場」1月9日 - 4月24日・全16回(主演:池内淳子・井上孝雄)
1964年版「波の塔」NETテレビ系列「ポーラ名作劇場」8月24日 - 11月2日・全13回(主演:村松英子・早川保)
1970年版「波の塔」TBS系列「花王 愛の劇場」8月31日 - 10月30日・全45回(主演:桜町弘子・明石勤)
1973年版「波の塔」NHK「銀河テレビ小説」4月2日 - 5月11日・全30回(主演:加賀まりこ・浜畑賢吉・山口いづみ)
1983年版「松本清張シリーズ 波の塔」NHK「土曜ドラマ」10月15日 - 10月29日・全3回(主演:佐久間良子・山﨑努)
1991年版「松本清張作家活動40年記念 波の塔」フジテレビ系列「金曜エンタテイメント」5月24日・全1回(主演:池上季実子・神田正輝)
2006年版「松本清張ドラマスペシャル 波の塔」TBS系列 12月27日・全1回(主演:麻生祐未・小泉孝太郎)
2012年版「松本清張没後20年特別企画 波の塔」テレビ朝日 6月23日・全1回(主演:沢村一樹・羽田美智子)
「波の塔」tv0.jpg 「波の塔」tv1.jpg

「波の塔」tv2.jpg「波の塔」tv3.jpg

「惜春鳥」v.jpg 有馬稲子と津川雅彦は、前年の木下惠介監督作「惜春鳥」('59年/松竹)でも共演していました。「惜春鳥」は、福島県会津若松市を舞台に大人へと成長していく青年たちの友情を描いた作品で(詳しいあらすじは最下段の通り)、有馬稲子が演じるみどりの相手は津川雅彦が演じる康正ではなく、佐田啓二が演じる康正の叔父の英太郎であるわけで、津川雅彦演じる康正の相手は十朱幸代が演じる蓉子になるため"共演"したという印象が薄いかもしれません。

左から小坂一也・川津祐介・山本豊三・津川雅彦・石濱朗
「惜春鳥」01「.jpg 加えて、この「群像劇」的映画については、男女間の愛情よりも男性同士の親密な関係に着目した論考が少なくなく、例えば、映画評論家の 石原郁子氏が「木下はこの映画で一種捨身のカムアウ「惜春鳥」川津.jpgトとすら思えるほどに、はっきりとゲイの青年の心情を浮き彫りにする。邦画メジャーの中で、初めてゲイの青年が〈可視〉のものとなった、と言ってもいい」と述べているように、日本初の「ゲイムービー」とも言われているようです。故・ 長部日出雄も、「いま初めて観る人は、作中に描かれる男同士の愛情表現の強烈さに驚くだろう。(中略)ゲイ・フィルムであるかどうかは別として、作中の山本が川津を恋しているのは、間違いなくその通りだと思う」としています。冒頭の詩吟が「白虎隊」であることなども示唆的かもしれません。

「波の塔」津川有馬.jpg そうしたこともあって、有馬稲子と津川雅彦が出ていた男女の恋愛映画というと、やはり「波の塔」の方が思い浮かびます。

「波の塔」1.jpg「波の塔」●制作年:1960年●監督:中村登●製作:小松秀雄●脚本:沢村勉●撮影:平瀬静雄●音楽:鏑木創●原作:松本清張●時間:99分●出演:有馬稲子/津川雅彦/南原宏治/桑野みサスペンスな女たち.jpgゆき/岸田今日子/石浜朗/峯京子/二本柳寛/沢村貞子/西村晃/佐藤慶/佐野浅夫/石黒達也/佐々木孝丸/深見泰三/幾野道子/関千恵子/柴田葉子/平松淑美/高橋とよ/田村保●公開:1960/10●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-06-30)(評価:★★★☆)

「波の塔」有馬稲子・桑野みゆき・峯京子
 
 
 
「惜春鳥」津川雅彦・川津祐介/石濱朗・十朱幸代
「惜春鳥」津川川津.jpg「惜春鳥」石浜十朱.jpg「惜春鳥」●制作年:1959年●監督・脚本:木下惠介●製作:小出孝/脇田茂●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●時間:102分●出演:津川雅彦/小坂一也/石濱朗/山本豊三/川津祐介/有馬稲子/佐田啓二/伴淳三郎/岸輝子/十朱幸代/藤間紫/村上記代/清川虹子/伊久美愛子/笠智衆/末永功/宮口精二/岡田和子/永田靖/桜むつ子●公開:1959/04●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-08-10)(評価:★★★)

「惜春鳥」004.jpg「惜春鳥」あらすじ... 会津の飯盛山、白虎隊の墓前で、一人の青年が吟ずる"少年白虎隊"の詩にあわせて4人の青年が剣舞を舞っていた。詩を吟じているのは会津塗りの下職のビッコの馬杉彰(山本豊三)、舞っているのは大滝旅館の息子・峯村卓也(小坂一也)、工場に働く手代木浩三(石濱朗)、"サロンX"の息子・牧田康正(津川雅彦)、それにアルバイトしながら東京の大学に通っている岩垣直治(川津祐介)の4人。岩垣の帰郷を機会に久しぶりに旧交を温める5人だったが、彼らの胸には幼き日の友情と、現在のそれぞれの境遇の変化からきた感情の食違いが複雑に流れていた。というのも岩垣は出資者・鬼塚(永田靖)の家の女中と変なことになって追い出されてきたのであり、そんな彼を手代木は冷く責め、馬杉は庇っていた。康正の家にも東京から叔父の英太郎(佐田啓二)が転り込んできていた。彼は土地の芸者みどり(有馬稲子)と駈け落ちしたが、みどりは芸者屋の女将に連れ戻され、彼自身は胸を患っていた。康正の母・米子(藤間紫)は質屋の桃沢悠吉(伴淳三郎)の妾で、英太郎にいい顔をしなかったが、康正はこの叔父が好きで、芸者をしているみどりと再会させてやりたいと思った。が、みどりは近く鬼塚の妾になる身の上だった。そんなある日、桃沢家に、悠吉の妻・たね(岸輝子)の姪で養女にしていた蓉子(十朱幸代)に婿養子をもらう話が、鬼塚の肝入りで持ち上がった。相手に見込まれたのは手代木である。ところが蓉子は康正を慕っていた。康正は本妻と妾の子といった互いの関係から蓉子を諦めていたのだが...。手代木は蓉子と見合する前に、友達として康正に一言断りに来たが、康正は是認する外なかった。しかし、見合いの日、蓉子は「康正さんが好きです」と座を立つ。そんなところへ、鬼塚のもとへ電話があり、岩垣が詐欺犯として追われていることが判った。鬼塚は「惜春鳥」005.jpg岩垣の処置を、手代木ら4人との友情を考え、彼らに任せる。4人は岩垣を逃そうとした。が、岩垣が金に困った末、卓也の時計を盗んで逃げようとするを見た手代木は、怒って警察へ電話し、卓也がそれを止めようとしたが岩垣は警察に捕る。数日後、手代木の行動を友人として許せないと、馬杉は彼に決闘を申込む。手代木は、馬杉が待つ戸ノ口原へ向った。2人を心配して康正と卓也が戸ノ口原へ行こうとしたとき、英太郎とみどりが心中したという報せが来た。2人は悄然と戸ノ口原へ行く。馬杉と手代木は激しく格闘していた。そこへ康正が乗り出していった。「今度は俺が相手になろう、俺は蓉子を諦めないぞ」―康正は叔父の心中で、蓉子への気持ちを固めたのだ。康正と手代木は向い合った。それを卓也が止めた。「最後の友情じゃないか」と。4人は戸ノ口原を後にした―。

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映画的終わり方にしてしまい小説に比べインパクトが弱かったが、傑作には違いない。

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あの頃映画 「事件」 [DVD]」「あの頃映画 the Best 松竹ブルーレイ・コレクション 事件 [Blu-ray]

「事件」 キャスト.jpg 神奈川県の相模川沿いにある土田町の山林で、若い女性の刺殺死体が発見された。その女性はこの町の出身で、新宿でホステスをしていたが、一年程前から厚木の駅前でスナックを営んでいた坂井ハツ子(松坂慶子)だった。数日後、警察は19歳の造船所工員・上田宏(永島敏行)を犯人として逮捕する。宏はハツ子が殺害されたと推定される日の夕刻、現場付近の山道を自転車を押しながら下りてくるのを目撃されていた。警察の調べによると、宏はハツ子の妹・ヨシ子(大竹しのぶ)と恋仲であり、彼女はすでに妊娠3ヵ月であった。宏とヨシ子は家を出て横浜方面で暮らし、子供を産んで、二十歳になってから結婚しようと計画していた。しかし、ハツ子はこの秘密を知り、子供を中絶するようにと二人に迫った。ハツ子は宏を愛し、ヨシ子に嫉妬していた。その頃ハツ子には宮内(渡瀬恒彦)というやくざのヒモがいた。彼女は宮内と別れて、宏と結婚し、自分を立ち直らせたいと思っていたのだった。ハツ子が親に言いつけると宏に迫った時、彼はとっさに登山ナイフをかまえて彼女を威嚇した。宏が一瞬の悪夢から覚めて気がついた時、ハツ子は血まみれになって倒れていた。上田宏は逮捕され、検察側の殺人、死体遺棄の冒頭陳述から裁判が開始された―。

「事件」02.jpg 大岡昇平による原作を野村芳太郎監督、新藤兼人脚本で映画した1978年公開作。日本アカデミー賞「作品賞」、毎日映画コンクール「日本映画大賞」、「文化庁芸術選奨」(野村芳太郎、「鬼畜」とセット受賞)受賞。

 進行する裁判のシーンに回想が断片的に挿入され真実が明らかになると同時に、事件に潜む人間の虚実や姉妹の葛藤を浮き彫りにしていくという構図。ただし、奇を衒うような実験的表現は無く、いい意味で大衆目線の作り方になっています。

「事件」松坂・渡瀬.jpg「事件」渡瀬.jpg 清楚なイメージが定着していた松坂慶子が汚れ役に挑戦しているほ「事件」佐分利.jpgか、野村芳太郎監督をして天才と言わしめた大竹しのぶの演技も見もの(同年のドラマ版(1978/04 NHK)で同じ役を演じていた)。ヒモ男を演じた渡瀬恒彦や、そのほかの演技陣も充実しており、弁護人の丹波哲郎の、証言台に立つ北林谷栄や森繁久彌といった芸達者との掛け合いも愉しめます。その丹波哲郎演じる弁護士と芦田伸介演じる検事を前に、裁判長としての威厳と貫録を見せた佐分利信の演技はさすがでした。

 原作も映画も、つまりは「殺人」か「傷害致死」かを争うだけの話なので、裁判ものと言っても、E.S.ガードナーの「ペリー・メイスン」シリーズ及びそのドラマ化作品のようなミステリとはまったく趣を異にしますが、原作にはラストで思わぬ被告人の告白、言わば「大どんでん返し」があります(これは大岡昇平がラストを当初の構想から変えたことにより生まれたという)。

 映画は映像表現なので、「殺人」か「傷害致死」かということについてはどちらともとれる見せ方になっています。そして、ラスト。原作と同じく、永島敏行演じる元被告人はある告白をしますが、丹波哲郎演じる弁護士はそれを「罪悪感からくる思い込み」とあっさり片付けてしまっています。これは所謂「映画的」「検閲的」修正なのでしょうか。ここの所が原作の肝(キモ)ではなかったかと思うのですが。

 新藤兼人(1912年生まれ)は自分の脚本を勝手に直されると怒る脚本家として有名でしたが、野村芳太郎(1919年生まれ)だけには任せていたようです。よって、最後の丹波哲郎の軽いあしらい方はどちらの考えなのか分かりません。こうした終わり方となっているため、小説に比べインパクトが弱かったですが、映画としても傑作であるには違いないと思います。

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「事件」●制作年:1978年●監督: 野村芳太郎●製作:野村芳太郎/織田明●脚本:新藤兼人●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●原作:大岡昇平●時間:138分●出演:丹波哲郎/芦田伸介/大竹しのぶ/「事件」クレジット.jpg永島敏行/サスペンスな女たち.jpg松坂慶子/渡瀬恒彦/山本圭/夏純子/佐野浅夫/北林谷栄/乙羽信子/西村晃/佐分利信/森繁久彌/中野誠也/磯部勉/浜田寅彦/丹古母鬼馬二/早川雄二/穂積隆信/山本一郎●公開:1978/06●配給:松竹●最初に観た場所(再見):神田・神保町シアター(23-06-30)(評価:★★★★) 

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妻は夫に大きなものを遺したが、そうすることが彼女の最後の生きがいにもなったのでは。

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「青いカフタンの仕立て屋」

「青いカフタンの仕立て屋」01.jpg モロッコ海沿いの街サレ。旧市街の路地裏で、ミナ(ルブナ・アザバル)とハリム(サーレフ・バクリ)の夫婦は母から娘へと世代を超えて受け継がれる、カフタンドレスの仕立て屋を営んでいる。伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩するハリム。そんな夫を誰よりも理解し支えてきたミナは、病に侵され余命僅かである。そこにユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)という若い職人が現れ、誰にも言えない孤独を抱えていた3人は、青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。そして刻一刻とミナの最期の時が迫る―。

「青いカフタンの仕立て屋」02.jpgマリヤム・トゥザニ.jpg モロッコ出身の映画監督マリヤム・トゥザニの2022年作品。2022年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。本作のタイトルにもあるカフタンとはモロッコの民族衣装で、結婚式や宗教行事など、フォーマルな席で着用するドレスのこと。コードや飾りボタンなどで華やかに刺繍を施し、完成に数カ月を費やすオーダーメイドの高級品となるものです。

「青いカフタンの仕立て屋」03.jpg 妻ミナと夫ハリムの間に25年間の結婚生活で築かれた愛情がある一方、芸術家乃至職人肌のハリムには世間知らずの子どものようなところもあり、実務家で現実家肌のミナが、独り立ちできない息子を助ける過保護な母親のようにも見えます。そうした二人の関係を、言葉や事件ではなく、その仕事などをする日常を描くことで観る側に伝えているのが旨いと思いました。

 二人の間にユーセフという若者が現れることで、ハリムの心の内に隠していた本来的性向である男性に対する愛情は刺激され、ミナは危惧と嫌悪感を抱きます。一方で、ミナ自身は病(原発は乳がん)のため日々痩せていき、観ていて先どうなるのかと...。

「青いカフタンの仕立て屋」04.jpg しかし、このミナという女性が強かった! 自らが余命いくばくもないことを悟るや、今で経験していなかったことを夫といろいろ経験しようとし、一方で、仕事にこだわりを持っているくせに、無茶を言うお客には抗えないという夫の性格を矯正し、自分がいなくても一人で仕事や店をマネジメントしていけるよう教育しています。

 そして、彼女は最後に大きな決断をします。当然のことながら夫の性向に嫌悪感を抱いていた彼女が、最後に夫に伝えた言葉「愛することを恐れないで」が強烈に心に残ります。これにより、夫は性的自我の不一致を乗り越え、それまで分裂していたアイデンティを回復するのです。

「青いカフタンの仕立て屋」002.jpg ミナは夫にすごく大きなものを遺したと思います。自分が亡くなった後も夫が自立して生活できるようにすることが、彼女の最後の生きがいであり、自らの病を嘆いている間もなくそのことに没頭したという意味では、彼女にとっても充実した最期の時間だったかもしれません。そして、その延長線上に、夫のアイデンティを回復を後押しする言葉があったのだと思います。

 ミナの死後にハリムが、客に引き渡すはずだった最高傑作の青いカフタンを、生前、一度でいいからこういうのを着てみたかったと言っていた妻の亡骸に着せ、ユーセフと共に担いで埋葬に向かうシーンも良かったです(「弔い」ということもテーマの1つだった)。

マリヤム・トゥザニ ルブナ・アザバルは.jpg ミナを演じたルブナ・アザバルは、マリヤム・トゥザニ監督の長編デビュー作「モロッコ、彼女たちの朝」('19年/モロッコ・仏・ベルギー)に続く主演で、ドゥニ・ヴィルヌーヴ 監督 「灼熱の魂」 ('10年/カナダ・仏)にも主演していましたが、今回は、乳がんの進行に合わせて期迫るミナを体現するために大幅に減量し、熱演を見せています。日本の映画でもガンになった登場人物はよく見られますが、首から上だけメイクして躰は布団に覆われていることなどが多いのに対し、この映画では実際に痩せ細った躰を見せていて、痛々しさが伝わってきました。

 タイトルは原題のまま「青いカフタン」で良かったように思います。やはりり「仕立て屋の恋」に倣って「仕立て屋」と入れたかったのか。だとしたら、いつも青ばかりを織っているわけではないので、「カフタンの仕立て屋」になるのではないでしょうか。

 マリヤム・トゥザニ監督は、今年['23年]のカンヌ映画祭ではコンペティション部門の審査員に選出されています。この監督はいつかカンヌ映画祭の最高賞「パルム・ドール」を獲るのではないかなという気がします。
   
カフタンを着たマリヤム・トゥザニ監督と主演のルブナ・アザバル(2022年カンヌ国際映画祭/左はトゥザニ監督の夫で映画監督・プロデューサー・作家のナビール・アユーシュ。この作品でも製作・脚本を務めた)

「青いカフタンの仕立て屋」05.jpg「青いカフタンの仕立て屋」●原題:LE BLEU DU CAFTAN●制作年:2022年●制作国:フランス/モロッコ/ベルギー/デンマーク●監督:マリヤム・トゥザニ●製作:ナビール・アユーシュ●脚本:マリヤム・トゥザニ/ナビール・アユーシュ●撮影:ビルジニー・スルデー●音楽:ナシム・ムナビーヒ●時間:122分●出演:ルブナ・アザバル/サーレフ・バクリ/アイユーブ・ミシウィ●日本公開:2023/06●配給:ロングライド●最初に観た場所:新宿武蔵野館(23-07-20)((評価:★★★★☆)
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マギー・チャン出演2作。ラストがいい「ラヴソング」。勉強になった「宋家の三姉妹」。

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ラヴソング」マギー・チャン(張曼玉)/レオン・ライ(黎明)
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宋家の三姉妹」マギー・チャン(張曼玉)/ヴィヴィアン・ウー(鄔君梅)/ミシェル・ヨー(楊紫瓊)[左]

「ラヴソング」 01.jpg 1986年。故郷 天津に恋人シャオティン(小婷)(クリスティ・ヨン(楊恭如))を残し、シウクワン(小軍)(レオン・ライ(黎明))は香港へやって来る。シウクワンの夢は、香港で金を蓄えてシャオティンと結婚すること。しかし、広東語はチンプンカンプン、右も左も分からない香港では迷う事ばかり。そんなある日、初めて入ったハンバーガーショップで 店員のレイキウ(李翹)(マギー・チャン(張曼玉))に偶然助けられ、彼女と徐々に親しくなっていく。いくつも仕事を掛け持ちするシッカリ者のレイキウは、シウクワンにとって、香港で唯一頼れる友人に。ところが、何でも知っているように見えたレイキウもまた広州からやって来た大陸出身者であると判る。香港で孤独な二人はどんどん親密になり、1987年大晦日の晩、ついに一線を越えてしまう。それでも、お互いを"友人"と偽り続け、関係を続けるが、1990年、シウクワンは天津から呼び寄せたシャオティンと結婚、レイキウもまたパウ(豹哥)(エリック・ツァン(曾志偉))の援助で、実業家として成功していくのであった―(「ラヴソング」)。

 1996年(香港返還の前年)11月に公開されたピーター・チャン(陳可辛)監督作で、出演はマギー・チャン(張曼玉)、レオン・ライ(黎明)、エリック・ツァン(曾志偉)など。1998年・第16回「香港電影金像奨」で最優作品賞・最優秀主演女優賞・最優秀助演男優賞など9つの賞、「台湾映画金馬賞」最優秀脚本賞、米国の「シアトル国際映画祭」最優秀作品賞などを受賞し、「タイム」では同年度の世界での優秀な作品トップ10で2位に選ばれています。20世紀末で最も成功したラブストーリー映画とも称され、同作品のヒロイン、マギー・チャンは「ロアン・リンユィ 阮玲玉」('91年/香港)に続いて2回目の金像賞、金馬賞のダブル受賞を達成しています。

「ラヴソング」 11.jpg 1986年から始まり、1995年までの主人公二人の10年に及ぶ心温まるラブストーリーで、特にラストがいいですが、ラストがいいと感じられるということは、そこまでのストーリーの積み上げ方が上手いのでしょう。テレサ・テンの歌をモチーフにしており、「ラヴソング」 12.jpg原題にもなっている「甜蜜蜜(ティェンミミ/ 蜜のように甘く)」という曲もその1つ。当時香港ではテレサ・テンのファンであることは 大陸出身であることを意味し、それを隠すためテレサ・テンのカセットは密かに買われていたようですが、 それまでいかにも香港人らしく振る舞っていたレイキウも実は大陸出身であることを告白し、他に親しい人のいない寂しい二人の仲は一気に 深まっていきます。

「ラヴソング」 l.jpg 二人が自転車に乗って「甜蜜蜜」を歌うのが、恋愛の始まりの高揚感を現していて良かったです(まさに「ラヴソング」)。テレサ・テンの曲では、その他に、「再見!我的愛人」(アン・ルイスの「グッドバイ・マイ・ラブ」)、「涙的小雨」(クールファイブの「長崎は今日も雨だった」)といったカバー曲も流れます。テレサ・テンが亡くなったのは1995年5月8日ですが、そのニュースが流れる場面が最後にあり、この映画で重要な役割を果たします。この映画はテレサ・テンが亡くなった翌年に作られているため、ラストシーンはほぼリアルタイムということになります。

「我が心のテレサ・テン」.jpg テレサ・テンについては、昨年['22年]8月にNHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」で"我が心のテレサ・テン"として取り上げていましたが、日本人が一般に抱く「台湾からやって来た歌手テレサ・テン」のイメージとは大違いであり、彼女は当時すでにアジアの歌姫であって、天安門事件(1989年)などに苦しむ中国の若者たちにとっては、政治的メッセージを発する自分たちのシンボル的な存在であったようでです(ただし、この映画では天安門事件などは描かず、そうした政治的メッセージを伏せている)。

「ラヴソング」 つあん.jpg エリック・ツァン(曾志偉)演じる、レイキュウがその愛人になってしまうヤクザ者のパウ(豹哥)も、実は見かけに「ラヴソング」 ドイル.jpgよらず人間味のあるいい男でした(エリック・ツァンはこの演技で「香港電影金像奨最優秀助演男優賞」を受賞)。ウォン・カーウァイ監督作品の撮影監督で知られるクリストファー・ドイルが、英語学校の酔いどれ不良講師役で出ていますが(その授業というのが、海賊映画を見せてその台詞を覚えさせるものだった)、これもまた見かけによらず優しい男であり、この辺りもラブロマンス的には良かったです。


「宋家の三姉妹」1997.jpg 1900年代の初頭。中国の大財閥の総帥チャーリー宋(チアン・ウェン(姜文))は、三姉妹のわが子を米国留学させた。長女の宋靄齢は14歳。三女の美齢はまだ9歳の時に。当時の中国は清朝打倒運動が盛んで、宋も密かに革命家の孫文(ウィンストン・チャオ(趙文瑄))を支援していた。やがて辛亥革命で清朝は滅亡、孫文は中華民国大統領に選出される。1910年、帰国して孫文の秘書となる長女の靄齢(ミシェル・ヨー(楊紫瓊))。だが、靄齢は程なく富豪の孔祥熙(ニウ・チェンホワ(牛振華))と結婚。代わって孫文の秘書となる次女の慶齢(マギー・チャン(張曼玉))。政争に破れた孫文が日本に亡命すると慶齢も渡日し、親の反対を押し切って親「宋家の三姉妹」01.jpg子ほど歳の離れた孫文と結婚。1922年、広東に革命政府を樹立した孫文は、味方であるはずの軍閥に急襲され、軍事顧問の蔣介石(ウー・シングォ(呉興国))により救出される。だが、妻・慶齢は脱出に苦労し、妊娠中の子を失う。1924年、孫文の抜擢で蒋介石は黄捕士官学校の校長となる。学校設立には、財閥である靄齢の夫・孔祥熙が深く関わっていた。蒋介石の出世を見越して、妹の美齢(ヴィヴィアン・ウー(鄔君梅))に結婚を勧める靄齢。1925年、「宋家の三姉妹」02.jpg孫文は総理在任中に「革命未だ成らず」と言い残して逝去。人々から孫文の思想の象徴と見なされる慶齢。政治的に孫文になり代わったのは総司令官の蒋介石だった。蒋家の権力、孔家の財力。孫家の名声が国を動かすと確信する靄齢。孫文が作り上げた中国国民党は彼の死後、権力争いで分裂。乱れた国民党を嫌って脱退する慶齢。混乱に乗じて権力拡大を画策する蒋介石。蒋介石を非難した慶齢は、美齢や靄齢と敵対する。美齢は既に蒋介石と婚約していたのだ。1927年、慶齢はソ連に渡り、美齢は国民革命軍の総司令官となった蒋介石と盛大な結婚式を挙げる。1931年。満洲事変が勃発するが、蒋介石の国民党は中国共産党の粛清を優先し、日本軍の侵攻を許す。ソ連から帰国し、蒋介石非難声明を発表する慶齢。慶齢が邪魔だが、義姉であり、英雄・孫文の妻である彼女を暗殺できない蒋介石。1936年、蒋介石が西安で張学良らに拉致・監禁される。国民党と共産党の内戦を停止し、対日戦線を開始せよと蒋介石に迫る張学良。蒋介石の救出に力を合わせる宗家の三姉妹。日本軍との戦いのために、共産党に働きかけて張学良らの暴走を止める慶齢。救い出された蒋介石は、挙国一致の抗日を宣言。兵士の慰問などで反日戦線の象徴となる三姉妹。だが、終戦を待たずに靄齢と夫は香港に、慶齢は上海に移住。中国では共産党が台頭し、蒋介石と美齢は国民党と共に台湾に去る。「一人は金と、一人は権力と、一人は国家と結婚した」と言われた三姉妹が再び揃うことは無かった―(「宋家の三姉妹」)。

 「誰かがあなたを愛してる」('87年/香港)のメイベル・チャン 監督の1997年5月公開作(この年の7月に香港は英国から中国に返還された)。「誰かがあなたを愛してる」とはまったく作風の異なる作品で(「ラヴソング」の方が「誰かがあなたを愛してる」に近い)、伝記映画であるとともに壮大な時代劇ロマンです。1998年・第17回「香港電影金像奨」の最優秀主演女優賞(マギー・チャン)、最優秀助演男優賞(チアン・ウェン)、最優秀撮影賞(アーサー・ウォン)、最優秀衣装賞(ワダ・エミ)、最優秀音楽賞(喜多郎/ランディ・ミラー)を受賞しています(マギー・チャンは前年の「ラヴソング」に続いて2年連続の受賞)。

 三姉妹とその配役を整理すると、

「宋家の三姉妹」3姉妹.jpg  長女・宋靄齢(孔祥熙と結婚)... ミシェル・ヨー(楊紫瓊)
  次女・宋慶齢(孫文と結婚)... マギー・チャン(張曼玉)
  三女・宋美齢(蔣介石と結婚)... ヴィヴィアン・ウー(鄔君梅)

「宋家の三姉妹」3姉妹本.jpg 「一人は金と、一人は権力と、一人は国家と結婚した」いうこの映画のキャッチから、「宋靄齢は金を愛し、宋美齢は権力を愛し、宋慶齢は国を愛した」と評されるようになったそうです。宋三姉妹については、これもまた昨年['22年]8月にNHKの「映像の世紀バタフライエフェクト」で"中国 女たちの愛と野望"として取り上げていたので、まったく知らないわけではありませんでしたが、映画は意外と説明的に作られていて、これはこれで勉強になりました。この映画によれば「国共合作」が成り立ったのは宋三姉妹の尽力によるものであり、中国の歴史を変えた三姉妹ということになるでしょうか。

 渋谷のBunkamuraが今年['23年]4月10日から休館したことに伴い、渋谷東映プラザ内「渋谷TOEI」跡地に6月16日に開業した「Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下」のこけら落としを飾ったのが、このマギー・チャン(1964年生まれ)の回顧上映「マギー・チャン レトロスペクティブ」でした(マギー・チャンに着眼するところがBunkamuraらしい?)。ミシェル・ヨー(1962年生まれ、マレーシア出身)が「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」('22年/米)でアジア人女優として初めてアカデミー主演女優賞にエントリーされ、受賞したことも影響しているのでしょうか。そのミシェル・ヨーとマギー・チャンを同時に観られるのが嬉しい作品です。

 ミシェル・ヨーはアカデミー賞受賞で、国際派女優としてこれまで以上に注目を集めるようになりましたが、マギー・チャンも1992年には「ロアン・リンユィ/阮玲玉」で香港女優初の「ベルリン映画祭主演女優賞」を獲得し、ベルリン国際映画祭(1997年)、ベネチア国際映画祭(1999年)、カンヌ国際映画祭(2007年)の審査員も務めるなどした香港を代表する国際派女優となりました。

「ラヴソング」 d.jpg「ラヴソング」●原題: 甜蜜蜜/(英)COMRADES, ALMOST A LOVE STORY●制作年:1996年●制作国:香港●監督:ピーター・チャン(陳可辛)●製作:ピーター・チャン/クローディ・チョン(製作総指揮:レイモンド・チョウ)●脚本:アイヴィ・ホー●撮影:ジングル・マー●音楽:チウ・ツァンヘイ(主題歌:テレサ・テン「甜蜜蜜」)●時間:118分●出演:マギー・チャン(張曼玉)/レオン・ライ(黎明)/エリック・ツァン(曾志偉)/クリストファー・ドイル(杜可風)/クリスティ・ヨン(楊恭如)/アイリーン・ツー●日本公開:1998/02●配給:BMGジャパン=ビターズ・エンド●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(23-07-10)(評価:★★★★☆)

「宋家の三姉妹」05.jpg「宋家の三姉妹」●原題:宋家皇朝/(英)THE SOONG SISTERS●制作年:1997年●制作国:香港・日本●監督:メイベル・チャン(張婉婷)●製作:ン・シーユエン●脚本:アレ「宋家の三姉妹」04.jpgックス・ロー●撮影:アーサー・ウォン(黄岳泰)●音楽:喜多郎/ランディ・ミラー●時間:145分●出演:マギー・「宋家の三姉妹」03.jpgチャン(張曼玉)/ミシェル・ヨー(楊紫瓊)/ヴィヴィアン・ウー(鄔君梅)/ウィンストン・チャオ(趙文瑄)/ウー・シングォ(呉興国)/チアン・ウェン(姜文)/エレイン・チン(金燕玲)/ニウ・チェンホワ(牛振華)●日本公開:1998/11●配給:東宝東和●最初に観た場所:Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下(23-07-09)(評価:★★★★)

チアン・ウェン(姜文)in 「紅いコーリャン」('87年/中国)/「春桃(チュンタオ)」('88年/中国・香港)/「宋家の三姉妹」('97年/香港・日本)[「香港電影金像奨最優秀助演男優賞」受賞]
チアン・ウェン(姜文)1.jpg チアン・ウェン(姜文)3.jpg チアン・ウェン(姜文)2.jpg

《読書MEMO》
●NHK 総合 2022/05/30「映像の世紀バタフライエフェクト#8―我が心のテレサ・テン」
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台湾出身のテレサ・テンの歌声は世界のチャイニーズの心を震わせ、テレサが一度も足を踏み入れたことのない中国本土にも彼女のカセットテープがあふれた。中国から台湾に亡命した空軍パイロットはテレサとの面会を真っ先に求め、台湾当局もテレサをプロパガンダに利用した。そして、テレサの歌声は天安門広場の民主化デモを支援し、香港の民主化運動でも歌われ続けている。歴史に翻弄されたアジアの歌姫の知られざる物語である。

●NHK 総合 2022/08/22「映像の世紀バタフライエフェクト#15―中国 女たちの愛と野望」
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中華人民共和国の建国式典に毛沢東と共に天安門に上る女性がいた。「革命の父」孫文の未亡人・宋慶齢である。中国の権力の攻防の陰にはいつも女性がいた。辛亥革命から権力者を支えてきた宋家の三姉妹、「一人は国を愛し、一人は権力を愛し、一人は富を愛した」と言われた。中国を恐怖に陥れた文化大革命を主導した江青、そのねらいはライバルの女性を失脚させることだった。権力の陰で繰り広げられた女性たちの愛と野望の物語。

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根底にはユーモアがあるものの、痛みが多く感じられる映画。監督の最高傑作とれながら、公開が遅れた。
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「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」

「ペトラ・フォン・カント01.jpg ドイツ・ブレーメン。女性ファッション・デザイナーのペトラ(マルギット・カルステンセン)は、2度の結婚に失敗していて、最初の夫との間には娘がいた。今の彼女は、アシスタントのマレーネ(イルム・ヘルマン)を下僕のように扱いながら、アトリエ兼アパルトマンの部屋で生活している。ある日、友人のシドニー(カトリン・シャーケ)が部屋を訪れ、彼女に若い女性カーリン(ハンナ・シグラ)を紹介する。ペトラは美しいカーリンに心奪われ、彼女と同棲を始めるが―。

「ペトラ・フォン・カント絵.jpg ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(1945-1982/37歳没)が1972年に手掛けた、女性同士の愛を描いたメロドラマ。1972年のドイツ映画賞で主演女優賞、助演女優賞、撮影賞を受賞。この映画の男性版リメイク作品である、フランソワ・オゾン監督の、男性の映画監督が野心的な青年に惚れ嫉妬に身を狂わせていくという「苦い涙」('22年/仏)が今年['23年]6月に公開されたのを機に公開されましたが、DVDは'18年に発売されていました(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督、フランソワ・オゾン監督ともにゲイである)。

「ペトラ・フォン・カント02.jpg 映画は主人公ペトラのアパルトマンの一室で終始、あたかも演劇のように展開され、部屋の美術装飾がちょっと過剰なぐらい凄まじいです。宗教画のような絵画に加えて、衣装や部屋を区切る窓や梁の独特な構図や、実験的演出が取り入れられています。

 2度目の夫と離婚したばかりのペトラは、自分の成功が夫を傷つけたと友人に語り、そこに突然カーリンが現れ、彼女はカーリンをスターにすることに情熱を注ぎますが、結局のところカーリンにとってペトラは成功の踏み台でしかなかった―。

「ペトラ・フォン・カント03.jpg でも結局カーリンは自堕落で奔放な女で、じきにペトラを見限り夫のもとへと戻ってしまったため、そのショックからペトラは常軌を逸してしまいますが、やがて彼女は、自分を支配しようとする男(過去の夫)たちに絶望していた自分が、結局は自分もカーリンを支配したがっていたことに気づき、それが「苦い涙」ということになるのでしょう。しかし、その時はしすでに時遅く、アシスタントのマレーネ(彼女の支配欲の対象であると同時に潜在的同性愛の対象?)も彼女の下を去っていきます。

 相手に依存し、同時に支配下に置きたがるという異性愛でよくあることを同性愛で描いた作品であり、自分が男優のギュンター・カウフマンと同性愛関係にあり、それを女性同士に置き換えたことで映画はより複雑になっています。さらに、それにペトラと娘の確執なども絡んできて(「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 ('22年/米)か(笑))、映画の根底にはユーモアがあるものの、痛みが多く感じられる映画でした。そのキツさもあるし、ペトラの「支配したい願望」にもちょっと感情移入しにくかったかもしれません(ファスビンダー監督の最高傑作と評価されながら、公開が遅れたのもそのせいか)。 

 ペトラを演じたマルギット・カルステンセン(1940年生まれ)は「マルタ」('74年/西独)などファスビンダー作品の常連でしたが、今年['23年]6月、83歳で亡くなっています。一方、カーリンを演じたハンナ・シグラ(1943年生まれ)も「マリア・ブラウンの結婚」('79年/西独)などファスビンダー作品の常連で、今はフランソワ・オゾン監督の常連、同監督の「すべてうまくいきますように」 (21年/仏・ベルギー)やこの作品のリメイク作「苦い涙」('22年/仏)に出演しています。

「ペトラ・フォン・カント 1972.jpg「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」●原題:DIE BITTEREN TRANEN DER PETRA VON KANT/(英)THE BITTER TEARS OF PETRA VON KANT●制作年:1972年●制作国:西ドイツ●監督・脚本・原作:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー●製作:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー/ミハエル・フェングラー●撮影:ミヒャエル・バルハウス●音楽:プラターズ●時間:124分●出演:マルギット・カルステンセン/ハンナ・シグラ/カトリン・シャーケ/エーファ・マッテス/ギーゼラ・ファッケルディ/イルム・ヘルマン●日本公開:2023/06(DVD発売:2018/12)●配給:セテラ・インターナショナル●最初に観た場所:新宿武蔵野館(スクリーン2)(23-06-23)(評価:★★★☆)

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1世紀以上も前にこのような作品が作られていたことに驚かされる。

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死神の谷
「死滅の谷」0 0.jpg 愛し合うカップルである彼女(リル・ダゴファー)とその婚約者(ワルター・ヤンセン)は、村に向かう途中、一人の黒衣の男(ベルンハルト・ゲッケ)を馬車に乗せる。2人は知らないが、その男は死神(死神)だった。村に着いた死神は墓地の近くの土地を借り受け、ドアも門もない高い壁に囲まれた館を建てる。恋人たちが居酒屋で睦まじく語らっているところに死神が現れる。彼女が席を外し、戻ってくると彼の姿が消えていた。彼女は恋人を探して村中を彷徨「死滅の谷」01.jpgう。死神の館の近くにきて、幽霊の行列に出くわす。そこに彼の姿もあった「死滅の谷」02.jpg。幽霊たちは壁の向こうに消える。彼女は毒を呷って死のうととる。その瞬間、彼女は死神の館へ運ばれる。彼女は恋人に会わせてほしいと死神に頼む。死神は彼女を蝋燭が無数にある部屋へ連れて行く。蝋燭は人の一生を表していて、灯火が消えるとその人間の運命は尽きる。死神は3本の蝋燭のうち1つでも救うことができれば恋人を返そうと約束する。1本目の蝋燭は、中東バグダッドの恋人たち、ソベイデと西欧人。2本目の「死滅の谷」03.jpg蝋燭は、17世紀ヴェネチアの恋人たち、フィアメッタとジョヴァン・フランチェスコ。3本目の蝋燭は、古代中国の恋人たち、チャオ・チェンとリャン。それぞれの物語が語られるが、すべては悲劇で幕を閉じ、蝋燭は3本とも消えてしまう。しかし、死神は最後の提案を持ちかける。1時間のうちに誰か別の人間の魂を差し出せば恋人を生き返らせようと。彼女は死期が近い老人たちに死んでくれるよう頼むが断られる。そこに火事が起きる。彼女は置き去りにされた赤ちゃんを彼の身代わりにしようとするが、悲しむ母親を見て思いとどまる。赤ちゃんを母親に手渡し、自分は燃え盛る炎の中に消える。死神の館で再会を遂げた恋人たちはともに死後の世界に旅立つ―。

「死滅の谷」死神.jpg 新宿武蔵野館での「カツベン映画祭」で鑑賞(弁士:澤登翠氏、ギター&フルート演奏付き)。フリッツ・ラング監督最初期の作品で、"現代"を含め4つの時代に渡ってオムニバス形式で描かれる雄大な幻想映画。「死滅の谷」という邦題は今一つピンと来ませんが、原題は「疲れ果てた死神」という意味だそうです(ヒロインの粘りに死神の方も結構疲れたということ? ヒロインが最後に死神に勝利したという解釈か)。すべてのエピソードで死神をベルンハルト・ゲッケ、恋人たちをリル・ダゴファーとワルター・ヤンセンが演じています。

 リル・ダゴファー演じるヒロインが死神と駆け引きするところは、後のイングマール・ベルイマン監督の「第七の封印」('57年/スウェーデン0第七の封印.jpg)を想起させられました。そして、「第七の封印」同様、人は死神に出し抜かれ、勝つことができません。この作品でも、ヒロインはそれぞれの時代で恋人を失います。「第七の封印」の救いは純朴な旅芸人でしたが、この映画ではラストでヒロインが自ら命を差し出すところが救いになっています(このヒロイン、直前まで死期が近い老人たちに死んでくれと頼んだり、赤ちゃんを身代わりにしようとしたりしているため、かなりの急転換のがやや唐突だが)。

「死滅の谷」05.jpg「死滅の谷」絨毯.jpg 時代を違え、アラブ、イタリア、中国で展開されるが3のエピソードのすべてで、恋人たちと死神を同じ俳優が演じているため、古代中国を舞台とした3つ目のエピソードでもドイツ人俳優が中国人に扮しているのが奇妙で、しかも、魔術師が空飛ぶ絨毯に乗って移動したりして、アラビアン・ナイト風であったりするのが可笑しいです(男女を象と
寺院に変えてしまうなど、どこかインドっぽいイメージも。象が寺院をしょっているというのがスゴイね)。

 ただ、幻想的な物語の中に命の尊さを浮かび上がらせていく手法が見事で、死神の与えた最後の試練は重く、それでいて、全体にユーモラスでもあるという(どこまでが計算なのかよく分からないが)1世紀以上も前にこのような作品が作られていたことに驚かされます(ウィキペディアを見たら「ファンタジー映画・ロマンス映画・ホラー映画にカテゴライズされる」とあった)。89分(オリジナルは99分)の中に3つのエピソード("現代"を含め4つ)が織り込まれていて、観ていて飽きる隙が無かったという印象です。

「死滅の谷」09.jpg「死滅の谷」04.jpg「死滅の谷(死神の谷)」●原題:LE DER MUDE TOD/(英)THE WEARY DEATH/BETWEEN TWO WORLDS/DESTINY●制作年:1921年●制作国:ドイツ●監督:フリッツ・ラング●製作:エーリッヒ・ポマー●脚本:テア・フォン・ハルボウ/フリッツ・ラング●撮影:フリッツ・アルノ・ヴァグナー/エーリッヒ・ニッチェマン/ヘルマン・サールフランク●時間:89分(オリジナル99分)●出演:リル・ダゴファー(彼女/ゾベイデ/フィアメッタ/チャオ・チェン)/ヴァルター・ヤンセン(彼/西欧人/ジョヴァン・フランチェスコ/リヤン)/ベルンハルト・ゲッケ(死神/エル・モット/ムーア人/皇帝の射手)/ルドルフ・クライン=ロッゲ/カール・リュッケルト/マックス・アダルベルト/ヴィルヘルム・ディーゲルマン/エーリヒ・パブスト/カール・プラーテン/ヘルマン・ピヒャ/パウル・レーコッフ/マックス・フェイファー/ゲオルク・ヨーン/リディア・ポテキナ/グレーテ・ベルガー/エドゥアルト・フォン・ヴィンターシュタイン/エリカ・ウンルー/ルドルフ・クライン=ロッゲ/ルイス・/フザール・パフィー/パウル・ビーンスフェルト/パウル・ノイマン●日本公開:1923/03●配給:松竹●最初に観た場所:新宿武蔵野館(スクリーン1)(新宿東口映画祭2023提携企画「第三回カツベン映画祭」弁士:澤登翠/演奏:カラード・モノトーン・デュオ(作曲・編曲、ギター:湯浅ジョウイチ/フルート:鈴木真紀子))(23-06-02)((評価:★★★★)

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以前観て、難解だという印象があったが、今回はラストを観て大いに納得した。

惑星ソラリス dvd.jpg 「惑星ソラリス」ブルー.jpg
惑星ソラリス [DVD]」シネマブルースタジオ上映(2023)
「惑星ソラリス」001.jpg 海と雲に覆われた惑星ソラリスを探索中の宇宙ステーション「プロメテウス」からの通信が途切れ、地球の研究所で会議が開かれている。帰還した宇宙飛行士(アンリ・バートン)は、ソラリスの海の表面が複雑に変化し、街や赤ん坊の形になるのを見たと証言する。心理学者のク惑星ソラリス12.jpgリス・ケルヴィン(ドナタス・バニオニス)は豊かな自然に囲まれた一軒家で父母とともに暮らしているが、状況を調査するために呼び出され、ロケットでステーションへと向かう。ステーションの内部は閑散としており、科学者のスナウト(ユーリー・ヤルヴェト)とサルトリウス(アナトリー・ソロニーツィン)は自室に籠もっていてケルヴィンに状況を説明しようとはしない。また、ここにいるはずのない少「惑星ソラリス」0 11.jpg女が通路に姿を現し、スナウトの部屋からは小人は走り出てこようとしてスナウトに引き戻されたりしている。もうひとりの物理学者でケルヴィンの友人であったギバリャン(ソス・サルキシャン)はケルヴィンにビデオメッセージを残して自殺しており、その映像にも少女の姿が映っている。翌朝、ケルヴィンが眠っている部屋に、かつてケルヴィンとの諍いの果てに自殺したはずの妻ハリー(ナタリヤ・ボンダルチュク)が現れる。目覚めたケルヴィンは内心驚くが、ハリーは自然な態度でケルヴィンと会話する。ケルヴィンはステーションに搭載された小型ロケットにハリーを乗せて発射させ、ハリーを追い払ってしまうが、翌朝になるとやはりハリーはケルヴィンの部屋にいる。どうやらこの惑星を覆う海そのものが知性を持つ巨大な有機体であり、その海がステーションにいる人間の心の奥にあるものを読み取って、あたかも本物の人間であるかのような実体をもつも「惑星ソラリス」[.jpgのとしてステーションに送り込んでくるらしい。ハリー自身も自分がここに存在していることに悩み、液体酸素を飲んで自殺をはかるが、凍りついた身体がもとにもどると息を吹き返す。やがてケルヴィンはハリーが本当のハリーではない「惑星ソラリス」島.jpgことを理解しながらも彼女を愛するようになる。しかし、ソラリスの海の正体を調べるための照射実験が行われると、ハリーは姿を消してしまう。緑豊かな実家でゆったり過ごしているケルヴィン。しかし、彼がいるのは彼の記憶にもとづいてソラリスの海がその表面に作った小さな島の上だった―。

惑星ソラリス1.jpg「惑星ソラリス」0 12.jpg アンドレイ・タルコフスキーの1972年監督作で(原作はスタニスワフ・レムの小説『ソラリス』)、カンヌ映画祭に急遽出展され、審査員特別グランプリを受けています。ただ、ストーリーは追いにくくて難解と評され(タルコフスキー監督は後に、意図的に観客を退屈させるような作風を選んだと述べている)、最初に観た際にはよく分からないという印象を受けましたが、今回40年ぶりに再見する機会があり、予めストーリーを大筋押さえた上で観に行ったら、前より遥かに理解できた気がしました。ラストってこんな分かりやすかったっけ(評価を★★★☆→★★★★☆に修正)。

ナタリア・ボンダルチュク(「戦争と平和」の監督セルゲイ・ボンダルチュクの娘)とドナタス・バニオニス

惑星ソラリスSOLARIS 1972.jpg ソラリスに人間の記憶を再合成して物質化する(あたかも物質化するような)力があるため、その作用で主人公のケルヴィンの亡き妻ハリーがステーションに送り込まれてきますが、彼女は彼の本物の妻のように夫婦の過去のことを知っていて、一方で自分が何者か分からずに悩んでいるという設定が面白かったです(仕舞いには自殺まで図る)。目の前に現れた亡き妻が、単なる幻影ではなく、自らの存在の曖昧さに悩む一方で、ケルヴィンを愛してもいるという、自我を持った存在となっています。最初は幻影を振り払うかのように彼女を小型ロケットに乗せ追い払おうとしたケルヴィンも、次第に彼女への愛にのめり込んでいき、ステーションに前からいた既に半分心を病んでしまっているような科学者らに比べ、ずっと正常で強靭な精神力を持っていると思われた心理学者の彼が、最後には仮想現実世界の虜囚となってしまうことの伏線になっていました(だから、今回はラストを観て大いに納得した)。

 タルコフスキーよる宇宙ステーションでの物語は、もっぱら主人公と「ソラリスが、主人公の記憶の中から再合成して送り出してきたかつて自殺した妻」との関係に集中し、レムが、その「ソラリスが、主人公の記憶の中から再合成して送り出してきたかつて自殺した妻」との人間関係のほかに、それ以上の大きなテーマとして、「人間と、意思疎通ができない生命体との、ややこしい関係」について思弁的な物語を展開するのとは明確に異なるようです。

 そのため、レムとタルコフスキーとの間で大喧嘩が起き、レムは独自のSF観にそぐわない自作の映画化を批判し、芸術至上主義のタルコフスキーは自身の芸術観を展開し、激しい口論の末に、レムは最後に「お前は馬鹿だ!」と捨て台詞を吐いたと言われています。レムはこの映画について「タルコフスキーが作ったのはソラリスではなくて罪と罰だった」と語っていおり、一方、タルコフスキーは「ロケットだとか、宇宙ステーションの内部のセットを作るのは楽しかった。しかし、それは芸術とは関係の無いガラクタだった」と語っており、SF映画からの決別を宣言しています(後に撮った「ストーカー」('79年)はSF映画だが、宇宙船も機械類も特撮も一切無い)。

 この映画と比較されることの多い「2001年宇宙の旅」('68年)を公開直後にタルコフスキーは観ていますが、「最新科学技術の業績を見せる博物館に居るような人工的な感じがした」「キューブリックはそうしたこと(セットデザインや特殊効果)に酔いしれて、人間の道徳の問題を忘れている」とコメントしており、「惑星ソラリス」においても、人間の心の問題が解決されなければ科学の進歩など意味がないという台詞をスナウトに語らせています。

Solaris-Highway-Scene-Tokyo
「惑星ソラリス」首都高s.jpg 未来都市の風景として赤坂見附界隈の首都高速道路の立体交差が使われていますが、「タルコフスキー日記」によれば、この場面を日本万国博覧会会場で撮影することを計画していたものの当局からの許可がなかなか下りず、来日したときには既に万博は終わっており、仕方なしに東京で撮影したとのこと。ビル街の高架橋とトンネルが果てしなく連続する光景の超現実感にご満悦だったらしく、日記には「建築は疑いもなく日本は最先端だ」と手放しの賞賛が書き残されていたとのことです(再見して、首都高シーンがかなり長回しで撮られていたことを改めて再確認した)。

 人間の最後の救いって、「宗教」乃至それに近いものになるのかなあと改めて思いました。そうした意味では、ソラリスは「神」の役割を担っていたと言えるかも。

 因みに、黒澤明監督がタルコフスキー監督と親交があったことは知られていますが、黒澤監督のオムニバス映画「」('90年/日・米)の最後話「水車のある村」(笠智衆が出演)の中に「惑星ソラリス」の情景描写に似たシーンがあります(長野県安曇野市の大王わさび農場で撮影)。

タルコフスキー「惑星ソラリス」
タルコフスキー『惑星ソラリス』.jpg
黒澤明「夢」
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2023年11月5日 長野安曇野・大王わさび園
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撮影:和田泰明
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撮影:杉山秀文氏

惑星ソラリス パンフレット.jpg「惑星ソラリス」●原題:SOLARIS●制作年:1972年●制作国:ソ連●監督:アンドレイ・タルコフスキー●脚本:アンドレイ・タルコフスキー/フリードリッヒ惑星ソラリス チラシ.jpg・ガレンシュテイン●撮影:ワジーム・ユーソフ●音楽:エドゥアルド・アルテミエフ●原作:スタニスワフ・レム「ソラリス」(「ソラリスの陽のもとに」)●時間:165分●出演:ナタリア・ボンダルチュク/ドナタス・バニオニス/ウラジスラフ・ドヴォルジェツキー/アナトーリー・ソロニーツィン/ソス・サルキシャン/ユーリー・ヤルヴェト/ニコライ・グリニコ/タマーラ・オゴロドニコヴァ/オーリガ・キズィローヴァ●日本公開:1977/04●配給:日本海映画●最初に観た場所:大井武蔵野館(83-05-29)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(23-07-25)(評価:★★★★☆) 
「惑星ソラリス」1977年岩波ホール公開時ポスター[左]/パンフレット[右]

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「●菅原 文太 出演作品」の インデックッスへ(「太陽を盗んだ男」))「●伊藤 雄之助 出演作品」の インデックッスへ(「太陽を盗んだ男」)「●佐藤 慶 出演作品」の インデックッスへ(「太陽を盗んだ男」「●さ行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●高倉 健 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●渡辺 文雄 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●千葉 真一 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●小林 稔侍 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●志村 喬 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●丹波 哲郎 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●北大路 欣也 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「●田中 邦衛 出演作品」の インデックッスへ(「新幹線大爆破」)「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 

犯人の無目的性がこの作品を面白く、深くしている。「新幹線大爆破」などよりずっといい。

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太陽を盗んだ男
「「太陽を盗んだ男」01.jpg 中学校の理科教師の城戸誠(沢田研二)は、日頃から遅刻を繰り返す無気力教師。ある日、生徒たちを引率し原発の社会科見学を終え「「太陽を盗んだ男」伊藤.jpgた時、火器を持つ老人(伊藤雄之助)にバスジャックされる。彼の要求は「ただちに皇居へ向かい、天皇陛下に合わせろ」。事件を解決すべく、丸の内警察署捜査一課の山下警部(菅原文太)らによる犯人確保と人質救出作戦が始まる。山下は誠と協力し、生徒らを盾にしてバスを降りてきた老人を取り押さえる。この出来事に影響され、誠は変わる。休み時間に学校のネットをよじ登る、授業は学級崩壊を気にせず延々と原子力や原爆の作り方についての講義を行う等の奇行が始まった。だがこれは、彼がこれから起こす犯罪のための予「「太陽を盗んだ男」02.jpg習だった。ある日、誠は茨城県東海村の原発から液体プルトニウムを強奪し、アパートの自室で「「太陽を盗んだ男」03.jpg原爆を完成させる。そして、精製した金属プルトニウムの欠片を仕込んだダミー原爆を国会議事堂に置いて日本政府を脅迫、交渉相手として山下を指名する。誠の第一の要求は「プロ野球のナイターを試合の最後まで中継させろ」。電話を介しての山下との交渉の結果、その夜の巨人vs.大洋戦は急遽完全中継される。快哉を叫ぶ誠は山下に「俺は『9番』」と名乗る。第二の要求を何にするか思いつかずに迷う誠は、愛聴するラジオDJ・ゼロこと沢井零子(池上季実子)を巻き込む。「「太陽を盗んだ男」西田.jpg「「太陽を盗んだ男」04.jpg公開リクエストの結果、誠の決めた第二の要求は「ローリング・ストーンズ日本公演」。これにも従わざるを得ない山下だったが、原爆製造のため借金したサラ金業者(西田敏行)に返済を迫られた誠が出した第三の要求は「現金5億円」。山下は、逆探知時間を把握し、ギリギリまで電話で話す誠の性癖を逆手に、電電公社に電話の逆探知時間を短縮させる罠を仕掛ける。作戦は的中し、誠が東急デパート屋上から電話をしていることが判明、デパート出入口を警察が封鎖する。誠はトイレに駆け込むも、歯茎からの出血や吐き気などの被爆症状の進行を悟る。封鎖を突破することが困難とみた誠は、山下に原爆の在りかを教え、原爆のタイマー解除を交換条件として、用「「太陽を盗んだ男」s.jpg意した5億円を屋上からばら撒くことと封鎖を解くことを指示。万札が空から降ってきて大騒ぎになる街中を誠は逃げ切る。原爆を回収した山下らは、起爆装置を解除するも、解体作業は翌朝になる。誠は原爆が保管されているビルを襲い、原爆を奪取す「「太陽を盗んだ男」ss.jpgると車で逃走、追跡する警察とのカーチェイスの際に零子が事故の巻き添えになる。ローリング・ストーンズ公演の日、山下と誠は対峙する。ストーンズの来日はもともと予定されておらず、観客にわざと暴動を起こさせ全員まとめて逮捕、その中から犯人を洗い出すという作戦だった。誠は山下を、原爆を置いていたビルの屋上まで連れて行って銃で撃つが、銃弾を何発も身に受けながら、山下は誠を道連れにしようと屋上から転落する。山下は全身打撲で殉職、誠はどうにか生き長らえる。誠は被爆で弱った上に転落の怪我の流血が止まらないまま、原爆を持ちながら街を歩き、やがて30分が過ぎる―。

 長谷川和彦監督の'79年公開作(同監督の監督作は「青春の殺人者」('76年/ATG)とこれのみ)。「キネマ旬報 日本映画ベスト・テン」第2位(同読者選出日本映画ベスト・テン第1位)、「毎日映画コンクール」監督賞(長谷川和彦)、「報知映画賞」作品賞・主演男優賞(沢田研二)、「日本アカデミー賞」最優秀助演男優賞(菅原文太)などを受賞。

 脚本は当初は村上龍が予定されていたが、彼の仲介者だった長谷川和彦自身が村上案を没にし、'77年に渡米先で知り合ったレナード・シュレイダー(シドニー・ポラック監督・高倉健主演「ザ・ヤクザ」('74年/米)の原作者でもある)に依頼、レナード・シュレイダーはドストエフスキー張りの脚本を書き上げたとのこと。当初は中学教師・城戸が犯行に「新幹線大爆破」高倉.jpg及ぶ理由として、校長と喧嘩するとか色々と案はあったようですが、同じくパニック映画である「新幹線大爆破」('75年/東映)で高倉健が新幹線を爆破するにはそれなりに理由があるものの、それが映画をつまらなくしていると長谷川和彦は考えたため、主人公の家族の関係など全てカットし、都会で孤独に生きる中学校教師という人物造型にしたとのこと。この目論見は成功しており、犯人の無目的性がこの作品を「新幹線大爆破」などより面白く、また深くしています。

 山本又一朗プロデューサーは萩原健一を主役の中学教師役に想定していたようです。長谷川和彦は警部のイメージを「鬼警部」として描いていたため、高倉健に話を持って行ったら、高倉健から「原爆を作る方をやりたい」と言われ(「新幹線大爆破」でも犯人役を演じたから?)、長谷川和彦は原爆を作る中学教師はちゃらんぽらんな男として描きたかったため高倉健のイメージと合わず、結局は高倉健からも断られます。そこで、以前から新宿ゴールデン街の飲み友達だった菅原文太に出演依頼すると快諾を得、その菅原文太から「主役にはジュリーなんかどうなの?」との提案を受けて沢田研二になったそうです(長谷川和彦は沢田研二主演のTVドラマ「悪魔のようなあいつ」('75年/TBS、全」17話)の脚本を書いていた)。

 因みに、長谷川和彦は、石川達三原作・神代辰巳監督・萩原健一主演の「青春の蹉跌」('74年/東宝)で脚本を務め、主人公をアメフト選手にする原作には無い設定を入れ(長谷川和彦は東大アメフト部出身)、萩原健一演じる主人公が試合するシーンは、明大と東大のアメフト部員を動員して、長谷川和彦が自分でメガホンを取ったとのことで、萩原健一が主役を演じる可能性もかなりあったように思います。でも、この映画は沢田研二を使ったことで成功していると思うし、また、菅原文太も渋くて良かったです(長谷川和彦からヤクザ風の演技に何度もダメ出しされたのを、役者魂でよく耐えたとか)。

 犯罪映画としては、今村昌平監督の 「復讐するは我にあり」('79年/松竹)に迫る面白さです。途中、巻き添えであっさり死んでしまう池上季実子に対し、ラストで、何発撃たれても「新幹線大爆破」高2.jpgなかなか死なない菅原文太など、リアリティを外した場面もありましたが(没シーンも多かったようだ。主人公が小学校のプールにプルトニウムを撒いて多くの子供が死体となって浮き上がるシーンは、当初の"現実の出来事"の予定から"主人公の想像"に置き替わった)、「新幹線大爆破」で最後に射殺される主人公は高倉健のイメージにそぐわなかったのに対し、取り敢えずは生き延びるこの映画の主人公は、まずますジュリーのイメージに合っているのでは(「新幹線大爆破」の宇津井健演じる運転指令長運頼み的行動も疑問)。

「「太陽を盗んだ男」p.jpg「「太陽を盗んだ男」0ss.jpg ラストの沢田研二を羽交い絞めにし、一緒にビルの屋上から落ちようとする菅原文太の「行くぞ『9番』」というセリフは菅原文太の案で、元々は長谷川和彦自身が脚本でそう書いていたものの、ホモセクシュアルの暗示が露骨なため、「死ぬぞ『9番』」に変更していたところ、菅原文太から「行くぞ『9番』」でという提案があったそうで、菅原文太はこれがどんな映画かよく分かっていた?

 意外と原爆製造シーンが丹念に描かれていたし、誠が液体プルトニウム強奪のため東海村の原発に潜入するシーンは「ミッション:インポッシブル」('96年/米)みたい。冒頭の日本兵の軍装で皇居に突撃しようとするバスジャック犯を演じた特別出演の伊藤雄之助(1919-1980)は怪演。池上季実子は、演技はクサいけれども、ヘドロの東京湾に飛び込んで体を張っていました。当時の新宿や渋谷の街並みも懐かしく、貴重映像と言っていいくらい('79年夏公開の映画「スーパーマン」('78年/米・英)の看板があった)。突っ込みどころも多いけれど、長谷川和彦にもっと作品を撮って欲しかったと思わせる力作。なかなか劇場で観る機会が無かったというレア感なども加味して、評価は★★★★☆としました。

「「太陽を盗んだ男」ぽ.jpg「「太陽を盗んだ男」4.jpg「太陽を盗んだ男」●制作年:1979年●監督:長谷川和彦●製作:山本又一朗●脚本:長谷川和彦/レナード・シュレイダー●撮影:鈴木達夫●音楽:井上堯之/星勝●原作:レナード・シュレイダー●時間:147分●出演:沢田研二/菅原文太/池上季実子/北村和夫/神山繁/佐藤慶/伊藤雄之助(特別出演)/汐路章/市川好朗/石山雄大/森大河/樽仙三/中平哲仟/江角英明/風間杜夫/草薙幸二郎/小松方正/西田敏行/水谷豊●公開:1979/10●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-07-19)(評価:★★★★☆)

菅原文太(丸の内警察署捜査一課警部・山下満州男)/佐藤慶(市川博士)

「新幹線大爆破」p.jpg「新幹線大爆破」●制作年:1975年●監督:佐藤純弥●脚本:小野竜之助/佐藤純弥●撮影:飯村雅彦/山沢義一/清水政郎●音楽:青山八郎●時間:152分●出演:高倉健/千葉真一/宇津井健/山本圭/郷鍈治/織田あきら/竜雷太/宇津宮雅代/藤田弓子/多岐川裕美/志穂美悦子/渡辺文雄/福田豊土/田坂都/十勝花子/片山由美子/風見章子/岩城滉一/小林稔侍/阿久津元/黒部進/河合絃司/志村喬/山内明/永井智雄/鈴木瑞穂/(以下、特別出演)丹波哲郎/北大路欣也/川地民夫/田中邦衛●公開:1975/05●配給:東映(評価:★★☆)

宇津井健(倉持運転指令長)/高倉健(主人公・沖田哲男)/山本圭(元過激派・古賀勝)
千葉真一(ひかり109号・青木運転士)/小林稔侍(ひかり109号・森本運転士)
「新幹線大爆破」001.jpg

丹波哲郎(特別出演:須永警察庁刑事部長)/北大路欣也(特別出演:空港で張り込む刑事)/田中邦衛(古賀勝(山本圭)の兄)
山内明(内閣官房長官)・永井智雄(国鉄新幹線総局長)・志村喬(国鉄総裁)/鈴木瑞穂(花村警察庁捜査第一課長)・渡辺文雄(宮下義典国鉄公安本部長)・青木義朗(千田刑事)
「新幹線大爆破」002.jpg

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爽快感があった「バニシング・ポイント」。「イージー・ライダー」より好みか。

「バニシング・ポイント」00.jpg
バニシング・ポイント
イージー・ライダー.jpg イージー・ライダー9.jpg イージー・ライダー3.jpg
イージー・ライダー
「バニシングポイント」2.jpg 1970年代のアメリカ、新車の陸送を仕事としている男コワルスキー(バリー・ニューマン)は、請け負った「白の1970年型ダッジ・チャレンジャー」の陸送で、翌日の午後3時までの15時間でコロラド州デンバーからサンフランシスコまで到着させるという賭けをすることになった。途中、スピード違反で警察に追いかけられ、派手に騒ぎを起こして振り切ったことを地方ラジオ局の盲目の黒人DJ・スーパー・ソウル(クリーヴォン・リトル)に放送されたこともあって、他愛のない賭けは思わぬ大騒動へと発展する。かつてベトナム戦争に従軍した退役アメリカ陸軍軍人であり、レースドライバーであり、警官であったこともあり、そして愛す[「バニシングポイント」.jpgる女を失った男であるコワルスキーは、数々の障害が降りかかろうと、道々に追跡してくる警察を蹴散らし、ただひたすら車を走らせ続ける。そんな彼に対して、スーパー・ソウルを始め、共感するものたちの輪が広がっていき、ある者は協力し、またある者は声援を送った。その有様を苦々しく思う警察は、威信にかけてコワルスキーを止めようと異常なまでの検問をひく。しかし、コワルスキーは自らの消失点(バニシング・ポイント)に向かうかのようにアクセルを踏み続けるのだった―。

「バニシングポイント」シャロ十.jpg この「バニシング・ポイント」('71年)という映画は、まずイギリスで公開され、シーンをカットしてからアメリカ、日本で公開されたために、イギリス公開版にのみ存在するシーンと出演者がいます(行きずりのヒッチハイカー役で出ているシャーロット・ランプリングなど)。公開当時の米国で興行的には奮いませんでしたが、日本では第45回(1971年度)キネマ旬報ベストテンで第5位に選ばれており、米国でもカルト的な人気がある作品です。今回4Kデジタルリマスター版を劇場で見ることが出来ました。

 コロラド州デンバーからサンフランシスコまでの2,000キロを不眠不休、15時間で⾛り切るというコワルスキーの姿を、体制も反体制も超越した乾ききった精神性で鮮烈に描いており、既存の体制や⽂化への反抗や、現実に敗北する主⼈公の姿を描いた多くのニューシネマとは⼀線を画し、何も求めない主⼈公の虚無感が全篇を貫いているように思われます。

 よく比較されるのが、アメリカン・ニューシネマの代表的映画とされる「イージー・ライダー」('69年)ですが、こちらは―、

「イージー・ライダー.jpg メキシコからロサンゼルスへのコカインの密輸で大金を得たワイアット(ニックネームはキャプテン・アメリカ)(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)が、金をフルカスタムされたハーレーダビッドソンのタンク内に隠し、カリフォルニアからマルディグラ(謝肉祭「イージー・ライダー」3.jpg)の行われるルイジアナ州ニューオーリンズを目指して旅に出るというもの。カトリック信者の農夫の家でランチをご馳走になったり、ヒッチハイクをしていたヒッピーを拾って彼らのコミューンへ立ち寄ったりと気ままな旅を続ける二人。旅の途中、無許可で祭りのパレードに参加したことを罵られ、留置場に入れられると、そこで若い弁護士ハンセン(ジャック・ニコルソン)と出会い意気投合。ハンセンの口利きで釈放された2人は、ハンセンと共にルイジアナ州ニューオーリンズに向けての旅を続けるが、「自由」を体現する彼らは行く先々で沿道の排他的な人々の思わぬ拒絶に遭い、ついには殺伐としたアメリカの現実に直面する―。

 クルマとバイクの違いはありますが、自由を求めて旅するロードムービーでありカウンターカルチャーを反映し、マリファナやコカインが出てきて反体制・反権力を象徴しているなど、共通点も多いです。ただ、個人的には「バニシング・ポイント」の方が好みでしょうか。

 両者の違いとしては、まず、「イージー・ライダー」は意外と"安全走行"(笑)しているのに対し、「バニシング・ポイント」にはスピードの魅力があります。これは、娯楽映画としては大きなポイントです。

 また、二人が行き当たりばったりの旅をする、脚本のないヌーヴェルヴァーグ的な作りの「イージー・ライダー」に対し(この点もアメリカン・ニューシネマの代表的映画とされる理由の1つか)、「バニシング・ポイント」の冒頭とラストは繋がっており、こちらは予めよく練られた脚本のように思われます。

 「バニシング・ポイント」の主人公のコワルスキーはずっと一人でいるため、リアルタイムでのセリフはほぼ無く、代わりに過去の出来事が何度もフラッシュバックされることで、主人公の内面が浮かび上がる(観る者に考えさせる)ようになっていて、これも自分の好みです。

 「イージー・ライダー」のラストが哀しいのに対し、「バニシング・ポイント」のラストは壮絶ながらも意思的であり、爽快感があったように思いました。

「バニシングポイント」シャロッと.jpg「バニシング・ポイント」1971.jpg「バニシング・ポイント」●原題:VANISHING POINT●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督: リチャード・C・サラフィアン●製作:ノーマン・スペンサー●脚本:ギレルモ・ケイン(ギリェルモ・カブレラ=インファンテ)●撮影:ジョン・A・アロンゾ●時間:105分●出演:バリー・ニューマン/クリーヴォン・リトル/リー・ウィーバー/カール・スウェンソン/ディーン・ジャガー/スティーブン・ダーデン/ポール・コスロ/ボブ・ドナー/ティモシー・スコット/ギルダ・テクスター/アンソニー・ジェームズ/アーサー・マレット/ビクトリア・メドリン/シャーロット・ランプリング(イギリス公開版のみ)●日本公開:1971/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:シネマート新宿(スクリーン1)(23-04-04)((評価:★★★★)

新宿シネマート .jpgシネマート新宿(新宿3丁目「新宿文化ビル」4・5階)スクリーン1(335席)・スクリーン2(62 席)。
2006(平成18)年12月9日、旧「文化シネマ2・3」が「シネマート新宿1・2」、「旧文化シネマ1・4」が「新宿ガーデンシネマ1・2」として、として再オープン、2008(平成20)年6月14日「新宿ガーデンシネマ1・2」が「角川シネマ新宿1・2」に改称。2018(平成30)年7月休館、同月「角川シネマ新宿1」はアニメ作品のみを上映する「EJアニメシアター新宿」に改称、角川シネマ新宿2」は「アニメギャラリー」としてリニューアルオープン。
「バニシング・ポイント」シネマート.png 2023年4月4日「シネマート新宿」

「イージー・ライダー」デニス.jpg「イージー・ライダー」●原題:EASY RIDER●制作年: 1969年●制作国:アメリカ●監督:デニス・ホッパー●製作:ピーター・フォンダ●脚本:デニス・ホッパー/ピーター・フォンダ/テリー・サザーン●撮影:ラズロ・コヴァックス●音楽:ザ・バンド/ザ・バーズ/ホーリー・モーダル・ラウンダーズ/ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス/ロジャー・マッギン/ステッペンウルフ●時間:94分●出演:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/ジャック・ニコルソン/アントニオ・メンドーサ/カレン・ブラック/ルーク・アスキュー/ロバート・ウォーカー・jr/ルアナ・アンダース /トニー・バジル/フィル・スペクター●日本公開:1970/01●配給:コロンビア映画●最初に観た場所:早稲田松竹(17-05-07)(評価:★★★☆)●併映(2回目):「地獄の黙示録」(フランシス・フォード・コッポラ)

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面白かったが重厚さはさほどなかった。映画化でますます浅くなった感じがした『人間の証明』。

『人間の証明』1976単行本.jpg 『人間の証明』1977角川文庫.jpg 『人間の証明』1997カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』講談社文庫.jpg.png
『人間の証明』2004.jpg 『人間の証明』20047カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』2015.jpg 「人間の証明」dvd.jpg 「人間の証明」b.jpg
『人間の証明』['76年/角川書店]/['77年/角川文庫]/['83年/講談社文庫]/['97年/カッパ・ノベルズ]『新装版 人間の証明 (角川文庫)』['04年]『人間の証明 (カッパ・ノベルス) 』['04年]『人間の証明 (角川文庫)』['15年]「人間の証明 角川映画 THE BEST [DVD]」「人間の証明 角川映画 THE BEST [Blu-ray]
「人間の証明」3.jpg

 東京・赤坂にある「東京ロイヤルホテル」のエレベーター内で、胸部を刺されたまま乗り込んできた黒人青年ジョニー・ヘイワードが死亡した。麹町署の棟居弘一良刑事らは、ジョニーを清水谷公園から東京ロイヤルホテルまで乗せたタクシー運転手の証言から、車中で彼が「ストウハ」という謎の言葉を発していたことを突き止める。さらに羽田空港から彼が滞在していた「東京ビジネスマンホテル」まで乗せた別のタクシーの車内からは、ジョニーが忘れたと思われる恐ろしく古びた『西條八十詩集』が発見された。一方、バーに勤めていたとある女性が行方不明になる。夫の小山田は独自に捜索をし、妻・文枝の浮気相手である新見を突き止めるが文枝の居場所は分からなかった。文枝はこの時点で轢死しており、犯人は政治家郡陽平とその妻の家庭問題評論家・八杉恭子の息子・郡恭平だった。恭平は車の運転中、スピンを起こし文枝をはねてしまったのだ。発覚を怖れた恭平は同棲相手の路子と共に遺体を東京都西多摩郡の山林へ隠す。その後路子の勧めで身を隠すため、路子を伴ってニューヨークへ渡った。棟居刑事は「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味すると推理した。また、事件現場であるホテルの回転ラウンジの照明が遠目には麦わら帽子のように見えるため、ジョニーがそれを見て現場に向かったのだと解釈した。また、タクシーから発見された詩集の中の一編の詩が「麦わら帽子と霧積(きりづみ)という地名」を題材としていたことと、ジョニーがニューヨークを去る際に残した「キスミー」という言葉から、捜査陣は群馬県の霧積温泉を割り出した。棟居らが現地に向かうと、ジョニーの情報を知っているであろう中山種という老婆がダムの堰堤から転落死していた。群馬県警は転落による事故と考えていたが棟居らは殺人事件と主張する。棟居らは中山種の本籍のある富山県八尾町へ向かう。そして捜査の中で、八杉が八尾出身であることを偶然発見する。更にアメリカ側からの捜査により、ハーレムに住むジョニーの父親が資産家アダムズの車に飛び込み示談金を得て、ジョニーの渡航費を捻出したことがわかる。父親はその後死亡した。新見によるひき逃げ事件の捜査も進み、現場に残されていた熊のぬいぐるみの所持者が恭平であること、ぬいぐるみに付着していた血液が文枝のものであることが明らかになると、新見は単身ニューヨークへ飛び、恭平からひき逃げと死体遺棄を白状させた。同じ頃、文枝の遺体がハイカーの大学生アベックに山中で発見され、その現場に恭平のコンタクトケースが落ちていたことで、犯人は恭平と断定された。新見から、恭平と路子の身柄が警察へ引き渡された。八杉とジョニーは生き別れた母子だった。ジョニーの父親は八杉と恋人同士であったが、当時は米国軍人と正式な結婚をすることが出来ず、親子3人で霧積温泉へ旅行した後、父親は二歳になるジョニーを連れて米国へ帰国し、日本に残された八杉は勧められるままに郡と見合結婚をした。ジョニーの存在が世間に知れ渡り、過去に黒人と関係を持っていた事実が露見することを恐れた恭子は自分に会いに来日したジョニーを殺害し、事情を知っている中山種も殺していた―。

 作者が、1975年に父を引き継ぎ角川書店社長に就任した角川春樹から、「作家の証明書になるような作品を書いてもらいたい」と依頼されて書いた作品で、1975年に旧「野性時代」(角川書店)で連載されました。1976年・第3回「角川小説賞」受賞作。

 映画監督の押井守氏が対談で、「『人間の証明』というのは松本清張みたいな話じゃん。『ゼロの焦点』とかあの辺の話だよね。戦後に暗い過去があって混血児を生んだ女が、いまはセレブになってるんだけどその息子が会いに来て、結局殺しちゃいましたというさ。これってまるっきり松本清張だよ」と言っていましたが、まさにそうだと思いました(「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味したというところなどは、『砂の器』の「亀田」が「亀嵩」だったというのを想起させる)。

 テンポよく読めて面白く、様々な伏線もちゃんと繋がっていて、文庫の解説で横溝正史が評価し、帯で宮部みゆき氏が推薦しているのも分かります。ただ、松本清張作品ほどの重厚さは感じられなかったでしょうか。戦後の闇市で強姦されかけていた恭子を助けた棟居の父は、米軍兵士たちに袋叩きにあって命を落としていますが、その米軍兵の一人がケン・シュフタン刑事だったというのも、あまりに偶然が過ぎて、ご都合主義的な気がしました(一方で、ケン・シュフタン刑事が混血だったと最後に出てくるが、途中どこにもその説明が無かったのが不可解)。

「人間の証明」03.jpg 1977年、角川春樹事務所製作の第2弾として映画化され、八杉恭子を演じた岡田茉莉子は、角川春樹と作者で直接を出演依頼し、松田優作、ジョージ・ケネディらが日本映画で初めて本格的なニューヨークロケをしたとのこと。映画は途中までは原作に比較的近いですが、原作では棟居とケン・シュフタンの刑事同士接触はなく、棟居(松田優作)がアメリカに行ってケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に会う辺りから急激に原作を外れてしまいます。作者自身は「映像化にOKを出した時点で、嫁に出すようなもの。好きに料理してくれ、という考えです」と言い、原作にはない米国ロケでアクションを繰り広げた松田優作にも感謝していたそうですが...。

「人間の証明」松田ハナ.jpg それにしても原作から外れすぎ、と言うか、いろいろ付け加えすぎて、ますます浅くなった感じ。八杉恭子の息子・恭平(岩城滉一)は 、ヘイワード殺しの犯人を追っていたはずのニューヨーク市警ケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に射殺されるし、息子の死の知らせを受けた八杉恭子は、授賞式の舞台で「あの子は私の生きがいです。 あの子は私の麦わら帽子だったんです。 私はすでに一つの麦わら帽子を失っています。 だからもう一つの麦わら帽子を失いたくなかったんです」という、黒人の息子より恭平の方が大事だったみたいな演説をぶって、最後は霧積まで行って『ゼロの焦点』よろしく自殺するし―。

「人間の証明」岡田.jpg 莫大な宣伝費をかけたメディアミックス戦略の効果で映画はヒットし、実際、観た人の中には感動したという人も少なくなかったようですが、映画評論家からは酷評されました(第51回「キネマ旬報ベスト・テン」では第50位、読者選出では第8位)。「山本寛斎のファッションショーが延々と長すぎる」「松田優作が、テレビドラマのジーパン刑事そのままで何とも異様」等々。小森和子は雑誌の映画評で「日米合作としては違和感のない出来上がり。ただすべてが唐突な筋立て」と述べたように、滅多に悪く批判しない映画評論家までが映画作品としての密度の希薄さを指摘し、特に大黒東洋士と白井佳夫の批判がキツ過ぎ、この二人は角川関連の試写会をボイコットされたそうです。出演した鶴田浩二も映画誌で、「製作に12億かけて宣伝に14億かけるなんて武士の商法じゃない。本来、宣伝費は製作費の1割5分か2割でしょう。これは外道の商法です」と角川商法を批判しました。

「人間の証明」松田.jpg 批判の多さに原作者の森村誠一自身が激怒し、「作品中のリアリティと現実を混同したり、輪舞形式をとった設定をご都合主義と評したりするのは筋違いの批評...映画評論家は悪口書いて、金をもらっている気楽な稼業。マスコミ寄生人間の失業対策事業で、マスコミのダニ」などと映画評論家を猛烈に批判したとのことです。

 いずれにせよ、メディアミックス戦略等で映画業界に1つ革新をもたらしたのは事実だと思いますが、そうしたビジネス上の功績と併せて、角川映画ってこんなものだという質的評価は、良くも悪くも映画「人間の証明」で定まってしまったように思います。

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野性の証明 単行本.jpg「野性の証明」図3.jpg 作者は、『人間の証明』の発表翌年に『野性の証明』を発表、東北の寒村で大量虐殺事件が起き、その生き残りの少女と、訓練中、偶然虐殺現場に遭遇した自衛の二人を主人公に、東北地方のある都市を舞台にした巨大な陰謀を描いた作品でした。こちらも発表翌年に高倉健、薬師丸ひろ子主演で映画化されましたが、大掛かりな分、多分に大味な映画になっていました。結局、高倉健演じる自衛隊の特殊部隊の隊員(味沢岳史)がある集落でたまたま正当防衛的に住民を殺してしまい、いろいろな経緯があって、薬師丸ひろ子演じる集落の生き残りの少女を守りながら、三國連太郎演じる日本のある地方を牛耳ってるボスと戦うというわけのわからない話である上に、映画では誰もが簡単に人を殺し、味沢もまたその例外ではなく、ラストも原作の味沢が細菌に侵されて狂人になってしまうというものではなく、異なる結末になっていました。まあ、とことん駄作にしてしまった感じ。結局は高倉健のカッコ良さも空回りしていて、お金をかけてこうした映画を撮る監督(どちらかと言うと製作者?)の気が知れないです。

「人間の証明」d.jpg「人間の証明」三船.jpg「人間の証明」●英題:PROOF OF THE MAN●制作年:1977年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/吉田達/サイモン・ツェー●脚本:松山善三●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:ジョー山中「「人間の証明のテーマ」)●原作:森村誠一●時間:133分●出演:岡田茉莉子/松田優作/ジョージ・ケネ「人間の証明」長門夏八木勲范文雀.jpgディ/ハナ肇/鶴田浩二/三船敏郎/ジョー山中/岩城滉一/高沢順子/夏八木勲/范文雀/長門裕之/地井武男/鈴木瑞穂/峰岸徹/ブロデリック・クロフ「人間の証明」09.jpgォード/和田浩治/田村順子/鈴木ヒロミツ/シェリー/竹下景子/北林谷栄/大滝秀治/佐藤蛾次郎/伴淳三郎/近藤宏/室田日出男/小林稔侍(ノンクレジット)/西川峰子(仁支川峰子)/小川宏/露木茂/坂口良子/リック・ジェイソン/ジャネット八田/小川宏/露木茂/三上彩子/姫田真佐久/今野雄二/E・H・エリック/深作欣二/角川春樹/森村誠一●公開:1977/12●配給:東映(評価:★★★)「人間の証明」m」.jpg「人間の証明」八田.jpg 「人間の証明」深作.jpg 「人間の証明」長門.jpg
[上]坂口良子(おでん屋の女将)/大滝秀治(おでん屋の客A)・佐藤蛾次郎(おでん屋の客B)
[下]森村誠一(ロイヤルホテル チーフ・フロントマネージャー)/ジャネット八田(ハーレムで写真屋を営む女性・三島雪子...写真提供:吉田ルイ子)/深作欣二(渋江警部補)・長門裕之(なおみ(范文雀)の夫・小山田武夫)

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「野性の証明」●制作年:1978年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/坂上順/遠藤雅也●脚本:高田宏治●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:町田「野性の証明」高倉.jpg義人「戦士の休息」)●原作:森村誠一●時間:143分●出演:高倉健/薬師丸ひろ子/中野良子/夏木勲 /三國連太郎(特別出演)/成田三樹夫/舘ひろし/田「野性の証明」[図3.jpg村高廣/松方弘樹/リチャード・アンダーソン/鈴木瑞穂/丹波哲郎/大滝秀治/角川春樹/ジョー山中/ハナ肇/中丸忠雄/渡辺文雄/北村和夫/山本圭/梅宮辰夫/成田三樹夫/寺田農/金子信雄/北林谷栄/絵沢萠子/田中邦衛/殿山泰司/寺田「野性の証明」3.jpg農/芦田伸介(特別出演)/角川春樹/ジョー山中●公開:1978/10●配給:日本へラルド映画=東映(評価:★★)

田中邦衛(八戸市のバーのマスター)/殿山泰司(八戸市のおでん屋台の主人)
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『人間の証明』... 【1977年3月文庫化[角川文庫]/1977年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/1983年再文庫化[講談社文庫]/1997年再文庫化[ハルキ文庫]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 人間の証明』) ]/2004年再新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「永遠のマフラー」を併録)]】
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『野生の証明』... 【1978年3月文庫化[角川文庫]/1978年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 野生の証明』)]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 野生の証明』) ]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「深海の隠れ家」を併録)]】
『野性の証明『』.jpg 『野性にの証明』文庫.jpg
 
 
  
 
  
 
 
 
 
 
 
 

 
森村 誠一(1933年1月2日 - 2023年7月24日/90歳没)
 
 
吉田ルイ子(1934年または1938年7月10日 - 2024年5月31日/89歳没2024年5月31日、老衰のため都内の介護施設で死去。89歳。
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「作家生活を通して記念碑的な第一作」。若くして冷静に人を見る眼を持っていた。

『会社とつきあう法』0.jpg『悪徳セミナ―』.jpg 『悪徳セミナ―』文2.jpg
会社とつきあう法―サラリーマン悪徳セミナー (1977年) (ゴマブックス) 』['77年]/『サラリーマン悪徳セミナー―悪い奴ほど出世する! (1965年) (イケダ3Mブックス) 』['65年]/『サラリーマン悪徳セミナー (1980年) (角川文庫)

「森村誠一 死去」.jpg 先月['23年7月]24日に90歳で亡くなった森村誠一(1933-2033)の、本人が「私の作家生活を通して記念碑的な第一作」と言っていた著作。

 著者は1933(昭和8)年、埼玉・熊谷市生まれ。熊谷商工高等学校を卒業後、伯父の紹介で東芝系の自動車部品会社にいったん入社するも、そこを辞め、青山学院大学の文学部英米文学科に入学。大学卒業時は就職不況時代であったため、希望したマスコミ業界には就職できず、妻が新大阪ホテル(現リーガロイヤルホテル)の重役の姪だったこともあり、同ホテルに就職。1年後に東京の平河町にオープンした系列都市センターホテルに転勤するも、妻のコネという庇護から逃れるため、その頃オープンしたホテルニューオータニに自力で飛び込み転職、ホテル勤務は25歳から34歳まで通算9年に及んでいます。

 1959(昭和34)年26歳で都市センターホテルに移った際に、アパートの近くの貸本屋に内外の推理小説が集められていたのをきっかけに推理小説の世界に傾倒し、エラリー・クイーンに最も強い影響を受け、また、勤務先のホテルのすぐそば(紀尾井町)に文藝春秋の新社屋ができたことから、梶山季之、阿川弘之、笹沢左保など多くの売れっ子作家が来社するのに刺激を受け、自身も小説を書きたいという気持ちが強くなったそうです。

 1965(昭和40)年32歳で、同年4月から12月まで「総務課の実務」にサラリーマン向けのエッセイを雪代敬太郎の名義で連載(ホテルから副業は禁止されていた)、11月、それを再構成した『サラリーマン悪徳セミナー』('65年/池田書店)が刊行され、それが最初の著作であり、本書の基になっています(後に『サラリーマン悪徳セミナー』のタイトルのまま文庫化された('80年/角川文庫))。

横山白虹・松本清張.jpg 著者の公式サイトによれば、これをホテルの常連客であった元現代俳句協会会長・横山白虹氏に贈呈したところ、松本清張を紹介してもらうことになり、「その際、白虹氏に伴われて、5分間という約束で清張邸に赴いた私を、清張氏は一顧だにせず、白虹氏とばかり話していた。清張氏の注意を惹こうとして、私は清張氏のある作品のホテルの描写にミスがあると言ったところ、清張氏は初めてぎらりと眼鏡越しに私の方へ目を向けて、「どこがどうちがっているのか、言ってみたまえ」と言った。私がその箇所を説明すると、清張氏は奥さんにノートとペンを持参させ、「ホテルのフロントのシステムについて話してくれ」と言った。5分の約束が2時間の取材となって、辞去するとき、清張氏は上機嫌で、私の第1作に60字の推薦文を書いてくださった」とのこと。

横山白虹/松本清張(撮影:森村誠一)著者公式サイトより

 興味深い話です。本の内容はサラリーマン社会の本質を突いているため、現代でも通用するものであり、司馬遼太郎がサンケイ新聞社の記者時代に本名の福田定一名義で書いた『名言随筆 サラリーマン―ユーモア新論語』('55年/六月社、後に『ビジネスエリートの新論語』('16年/文春新書)として新書化)を想起させられました。

『会社とつきあう法』1.jpg ゴマブックスのカバー解説は作家の高木彬光で、「鋭い作家の眼と筆であらわしたサラリーマンの哀歓図、涙あり笑いあり怨念あり、千差万別の生態が見事に描き出されている」と称賛しています。個人的印象としては、非常にロジカルに分かりやすく書かれていると思われ、この作家はもともと文章力と理論構築力があったのだなあと感じたのと、32歳くらいでこれだけ人間を識別する眼を持っていたという、その冷静な洞察力に感心させられました(30代前半の人間が書いたようには思えない)。

 ベストセラー作家として順風満帆の人生を送ったわけではなく、晩年はうつ病になったり認知症を発症したりしていましたが、自分自身に起きたそれらのことをテーマに本を出したりして、ある意味最後まで「作家」だった人かもしれません。

【1980年文庫化[角川文庫(『サラリーマン悪徳セミナー』)]】

   

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切なく美しい物語。漫画であることによって入り込みやすかった。
『五色の舟』近藤.jpg 『五色の舟』宇野.jpg 『五色の舟』近藤・宇野6.jpg
五色の舟 (ビームコミックス)』['14年]『五色の舟』['23年]

 2014年・第18回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」大賞受賞作。

 先の見えない戦時にありながら、見世物小屋の一座として糊口をしのぐ、異形の者たちの家族がいた。未来を言い当てるという怪物「くだん」を一座に加えようとする家族を待つ運命とは―。

 昨年['22年]10月に亡くなった広島県出身の被爆二世作家・津原泰水(1964-2022/58歳没)の幻想短編「五色の舟」(『11 eleven』('11年/河出書房新社)所収)の漫画化作品。原作は、2014年「SFマガジン」700号記念企画「オールタイム・ベストSF」国内短篇部門で第1位となっています。

 切なく美しい物語です。原作者は、見世物一座の惨めさではなく、勇気凛々たる5人を描いたとしています。漫画であることによって入り込みやすかったかもしれません。作者は、「見えないものを捉え、可視化する力」が素晴らしい漫画作家とされていて、原作者もこの漫画化の話があった時はどうせ実現しないと思っていたのが、出来上がったものを見て絶賛しています。

 概ね原作に忠実である一方、終盤の「殺されていたはずの人々」「消し去られていたはずの街」は漫画のオリジナルですが、原作自体にもGHQの総司令官マッカーサーが片腕片脚であるなどのメタバース的要素があり、全体としては原作の雰囲気を損ねてはいないのでは(原作者もその部分について「綿密な調査に基づき活き活きと描かれていることに注目されたい。原作には無い、近藤さんの創意と熱意の賜物だ」としている)。

宇野亜喜良) 『五色の舟』.jpg 原作の所収本は文庫にもなっていますが、今年['23年]、原作者本人の企画立案により、宇野亞喜良氏が18点の挿画を描き下ろし、さらにToshiya Kamei氏による英訳(初訳)を対訳で収録した「ヴィジュアル版五色の舟」とも言える本が刊行されています(書店に並ぶ前に原作者が亡くなったのは惜しまれる)。宇野亞喜良のイメージに引っ張られる感はありますが、宇野亞喜良が好きな人にはいいと思います。

 因みに、昔、花園神社・酉の市の見世物小屋を観ましたが、おどろおどろしい〈蛇女〉とか〈牛女〉の幕絵の前でじりじり待たされる感じは何とも言えないものがありました。結局、〈蛇女〉は「五色の舟」の桜と同様、肌にウロコのペイントをし、細い小さな蛇を飲み込む"普通の人"で、〈牛女〉については、「五色の舟」の清子さん同様"逆関節"の人で、最後に実は「気の毒な身体障碍者です」的なアナウンスがありました。

 昭和50年代以後、未認可状態で身体障害者を舞台に出演させて見世物とする事などに対して取締りが行なわれるようになって見世物小屋が減少し、現在ある認可興行主は大寅興行社1社のみ。それが下記の通り、季節ごとに各地を巡業しているようです。
 5月 ― くらやみ祭(府中市/大國魂神社)
 6月 ― 札幌まつり(札幌市/中島公園)
 7月 ― みたままつり(千代田区/靖国神社)
 9月 ― 放生会(福岡市/筥崎宮)
 10月 ― 川越まつり(川越市/蓮馨寺)
 11月 ― 酉の市(新宿区/花園神社)
 12月 ― 十二日まち(さいたま市浦和区/調神社)。

 1社だけ残っているということは、"残している"ということなのでしょうか。〈角兵衛獅子〉などは、あれも元々は見世物興行的なものだったわけですが、「角兵衛獅子保存会」なんていうのがあったりしますが。

花園神社 酉の市.jpg

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当事者性問題を超えた力や巧みさがあった。ラストは評価が分かれるか。

Iハンチバック.jpg『ハンチバック』.jpg 市川 沙央.jpg 市川沙央 氏
ハンチバック

 2023(平成5)年・第128回「文學界新人賞」、2023(平成5)年上半期・第169回「芥川賞」受賞作。

 井沢釈華の背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲し、歩道に靴底を引きずって歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。両親が終の棲家として遺したグループホームの、10畳ほどの部屋から釈華は、某有名私大の通信課程に通い、しがないコタツ記事を書いては収入の全額を寄付し、18禁TL小説をサイトに投稿し、Twitterの零細アカウントで「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」とつぶやく。幼少期に「背骨の曲がらない正しい設計図に則った人生」の道から外れた釈華は、「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢」だと思う。釈華のもとには、ヘルパーが訪れていた。両親の配慮で、入浴介護は必ず同性のヘルパーが付き添うようにしていたが、コロナ禍の中どうしても人員調整ができず、釈華の了承のもと男性ヘルパーの田中が来るようになった。入浴介護は何事もなく終わったが、その後、急に田中から、釈華が運用しているTwitterの話題をされる。田中は釈華のTwitterアカウントを特定していたのだ。釈華の中絶への興味を知った田中は、そこから思わぬ行動に出て―。

 先天性ミオパチーによる側弯症の主人公は、作者も同様の境遇であり、当事者ということになります。選考員会での圧倒的な推挙を経ての芥川賞受賞です。特に、平野啓一郎、吉田修一、山田詠美、川上弘美の4氏が推しましたが、9人の選考委員の内これだけ◎評価の人がいれば、まあ「決まり!」という感じでしょう。実際、芥川賞受賞作にしては珍しく(笑)読ませる作品でした。

 選評で平野啓一郎氏は「難病当事者としての実人生が色濃く反映された作品だが、健常者優位主義の社会が『政治的に正しい』と信じる多様性に無事に包摂されることを願う、という態度とは根本的に異なり、障害者の立場から社会の欺瞞を批評し、解体して、再構成を促すような挑発に満ちている」とし(◎積極的賛成)、島田雅彦氏は「露悪を突き抜け、独特のヒューモアを醸し出し、悟りの境地にさえ達している」と評しています(○賛成)。一方、松浦寿輝氏は「フェラチオの挿話をはじめ、複雑な層をなしているはずの主人公の心象の、いちばん激しい部分を極端に誇張する露悪的な表現の連鎖には辟易としなくもない」とも(□消極的賛成)。

 こうした選評で少し気になるのは、「当事者小説」であることがどれぐらい議論されたかということですが、選委委員の最終的なコメントを見ると、そのあたりの議論はスルーされている印象も受けます。そうした当事者性問題を超えた力や巧みさがあったということでしょう。その点は個人的に異論は無いのですが、この作品に賞を与えるということが先に決まって、そのためにその議論を意図的にねぐってしまったような気がしなくもないです。

 作者が、「(障害の)当事者の作家がいなかったことを問題視してこの小説を書いた」とし、訴えたかったのは「障害者の場合、文化環境も教育環境も遅れている」ということだとして、「障害の当事者作家」と呼ばれること厭わないという態度表明をしていたことも影響があったのでは、という気もします。

 また、「文學界新人賞」の選考では、ラストシーンについて意見が別れたようで、どちらかというと否定的な意見が目立っていました。村田沙耶香氏は「この部分がなければもっとよかったという気持ちと、この部分がないこの小説に対して読み手が感じる良さはあまりに傲慢なのではないかという気持ち、両方に襲われ、何度読み返しても意見はまとまらなかった」とし、中村文則氏も「本編にあった明確な強度に対し、このわかりにくいラストでは合っていないと感じた」と。他の委員である金原ひとみ、青山七恵、阿部和重の3氏も、ラストには否定的な見解を述べています。

 普通、こうした話は、主人公が夢想するまでで、「そこから先」は行かないものが文芸小説では多い気がするのですが、この作品は「そこから先」に行っているところが衝撃的でした。一方で、ラストの部分は、これはやはり主人公のイマジネーションの世界なのでしょう。個人的には、ちょっと"戻ってしまった"感がありました。この部分を、主人公のさらなる"前進"と解するか、主人公の書く18禁TL小説の単なる延長に過ぎないと解するかで、評価が分かれるもしれません。個人的には露悪的な表現は気にならず(むしろ痛快)、このラストの曖昧さゆえに◎にしませんでした。

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「荒地の家族」の方が好みか(女親より男親の方が感情移入しやすかった?)。

『荒地の家族』.jpg 『この世の喜びよ』.jpg 168回芥川賞3.png.jpg 佐藤厚志氏/井戸川射子氏
佐藤厚志『荒地の家族』 井戸川 射子『この世の喜びよ

 2022(平成4)年下半期・第168回「芥川賞」の「W受賞作」。

『荒地の家族』『この世の喜びよ』.jpg 厄災から12年が経った阿武隈川下流域の町・亘理町。一人親方として造園業を営む坂井祐治は、厄災の2年後に妻・晴美を病気で亡くし、再婚した妻・知加子は流産を経て自分から離れていき、今は自分と会うことを頑なに拒絶している。現在は母・和子と最初の妻との間の息子・啓太との3人暮らし。その息子は12歳、小学校6年生になった。時折甦る生々しい震災の記憶、いつまた暴れるかもしれない海と巨大な防潮堤、建物がなくなった広大な荒地。そして、亡くなった妻の幻影―「(荒地の家族」)。

 「荒地の家族」は、災厄後に妻を亡くし、再婚した妻ともうまくいかず、1人息子と母親の3人で海辺の町で一人親方の仕事(造園業)を営み暮らしている主人公の心情を淡々と描いた作品。主人公に絡むいろいろな登場人物がいますが、同級生の明夫の生き様が主人公と対称的で。印象に残ったでしょうか。芥川賞受賞作には過去にも沼田真佑の『影裏』(2017)など"震災小説"がありますが、『影裏』より良かったでしょうか。佐藤康志(名前が似ている)の『そこのみにて光輝く』(1989)などの小説と似た雰囲気を感じました。


 娘たちが幼い頃、よく一緒に過ごした近所のショッピングセンター。その喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の中学3年生の少女と知り合い、仲良くなったその子を自分の娘のように扱う。少女と言葉を交わすうち「あなた」は、もう子育てを終えた自分の娘たちの幼少期を思い出したり、いつぞやの記憶に不意打ちされたりする―(「この世の喜びよ」)。

 「この世の喜びよ」は子育てを終えた母親が主人公で、その日常と思考が描かれており、子供(少女はヤング・ケアラーだったといことか)が親や大人に対する容赦ない厳しい視線が何とも悲しい一方、ラストは、"あなた"の過去と現在が一つに溶け合い、自己承認的な帰結へ。「この世の喜び」って、終えた子育てを振り返っての想いだとしたら結構ありきたりですが、芥川賞選考員の小川洋子氏が言うように「何も書かないままに、何かを書くという矛盾が、難なく成り立っている」のかも知れず、モチーフよりも技法をどう評価するかなのでしょう。


 その芥川賞選考では、選考委員の内、「荒地の家族」を強く推したのが山田詠美氏と吉田修一氏で、山田詠美氏は「震災を便利づかいしていない誠実さを感じた。そして、同時に、小説のセオリーを知り尽くした書き手だと思った」とし、吉田修一氏は「読後、胸に熱いものが込み上げてきた。フィクション/嘘が必死にもがいて掴みとった本当がここにはあった」としています。

 一方、「この世の喜びよ」を強く推したのは川上弘美氏と奥泉光氏で、川上弘美氏は「あらすじを説明しても、すぐには「すばらしい作品」とは予想できないような気がします」「ところが、いったん読み始めるや、わたしはこの小説の只事の中に引きこまれ、快楽をおぼえ、いつまでも読み終えたくなくなってしまったのです」とし、奥泉光氏は「受賞作たるに十分な技術の練磨があると考えた」としています。

 ともに二重丸が二人いたことから「W受賞」となったわけですが、興味深いのは、「荒地の家族」を強く推した選考委員は共に「この世の喜びよ」をさほど推しておらず、「この世の喜びよ」を強く推した選考委員は共に「こ荒地の家族」をさほど推していない点で、まあ、「非日常の中の日常」と「日常の中の非日常」、「徹底したリアリズム技法」と「意識の流れを二人称で描く技法」と、いろいろな意味で対照的な両作品であるため、むしろ評価が割れて当然なのかもしれません。

168回芥川賞.png
akutagawasyou2.jpg
 個人的には、「荒地の家族」の方が好みですが(女親より男親の方が感情移入しやすかったというのもあるかもしれない)、芥川賞選考委員の平野啓一郎氏が「荒地の家族」について、「候補作中、最も深い感銘を受けた。復興から零れ落ちた人々の生死を誠実なリアリズムで描く反面、スタイル的な新鮮さには乏しく、受賞に賛同したが、本作を第一には推さなかった」としているように、何となく昔読んだ作家の小説を読み返しているような印象がありました。

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原作短編を上手く処理。心理サスペンス映画としてまずまずの出来。

「密会」1959.jpg「密会」0.jpg
密会」[Prime Video]伊藤孝雄/桂木洋子

「密会」3.jpg 大学教授・宮原雄一郎(宮口精二)の妻・紀久子(桂木洋子)は、14歳年上の堅苦しい学者生活を送る夫との結婚生活の味気無さから、毎月自宅で行われる法科学生の集りのメンバーの一人・川島郁夫(伊藤孝雄)と不倫関係に陥っていた。その夜も紀久子は、自宅の近くの林の中で郁夫の激しい抱擁に身を任せていた。その時、突然、二人の目前でタクシー強盗事件が起きる。雲間を漏れた月光に浮んだ被害者の無気味な姿。二人は現場から逃げる。目撃者として警察に出頭すれば二人の不倫も明るみに出る。二人の思考は目まぐるしく回転した。誰かに顔を見られなかったか。紀久子は不安な一夜を過ごす。翌朝、平静を装いつつ夫を送り出す。女中のさよ(千代侑子)が、昨夜の強盗事件を語り、紀久子は悔恨に涙した。一方、郁夫もラジオで強盗事件を知り、さらにテレビで被害者の家族の悲しみと悲惨な生活を知り、唯一の目撃者として捜査に協力すべきだという正義感に駆られる。しかし、紀久子の苦境を思うと、ただ焦躁に悩むだけ。外出から帰った妹の英子(峯品子)の「いま乗ってきたタクシーの運転手、顔にも頭にも傷痕があるの、去年、自動車強盗に遭ったんだって...」という話に、郁夫は堪らず飛び出して紀久子を訪ね、警察に届けようと話す。しかし、紀久子は、それを止まるよう懇願する。翌日、紀久子が郁夫の下宿を訪ねた。「夫に知れたら私は終りよ」―紀久子の言葉に郁夫は、自分との関係が戯れに過ぎなかったことを悟り、黙って外へ出る。小田急線のある駅のホームに立った郁夫を、追ってきた紀久子が認めた。その時、特急列車通過を知らせる駅のアナウンスが―。

 中平康監督の'59(昭和34)年公開作で、原作は、吉村昭の'58年発表の「密会」という10ページにも満たない非常に短い作品。吉村昭の初期作品にはこうした「男と女のはかない情炎をサスペンス仕立てで書いた小説集」(金田浩一呂)が幾つかあり、これもその1つ。状況設定が、これも「黒い画集 あるサラリーマンの証言」('60年/東宝)として映画化された松本清張の「証言」('58年)に似ていますが、こちらの方が原作発表も映画化もそれぞれ約半年早いです。

「密会」012.jpg 原作が短いため、70分くらいの映画とはいえ、じっくり作っている印象。脚本も中平康監督が自分で書き、いかにも小品らしい心理サスペンス映画としてまずまず成功している方だと思います。

 じっくり作っている"部分は、例えば 冒頭の、世田谷の高級住宅地にある熊野神社裏の二人の密会場面のねっとりとした長廻しで、7分くらいものワンカットの愛欲場面となっています(やや冗長か。日活ロマンポルノ的技法の奔り?)。

「密会」女中.jpg そのほか、話の膨らませ方としては、郁夫(伊藤孝雄)がテレビで、容疑者不明のままインタビューに答える遺族の姿を観たりして憔悴していく様を(こんなインタビューって当時あったのか? 今ならアウトだろう)、画学校に通う活発な妹(峯品子)との対比で表しています(加えてこの妹、タクシー強盗に遭ったという運転手の話をあっけらかんとする。当時そんなにタクシー強盗があちこちで横行していたのか?)。

千代侑子

「密会」2.jpg 紀久子(桂木洋子)の方も、無遠慮でがさつな(憎めないけれど)女中さよ(千代侑子)が、近所の野良犬の残酷な交通事故死の模様などを大げさに報告したりして、何ら悪気はなく無自覚に紀久子を心理的に追い詰めていきます。この辺りのプロセスも上手。

「密会」神保.jpg ラストは基本的に原作と同じですが、原作は、現場で電気工事をしていた男の紀久子への「見ていた」との言葉ですっぱり終わり、紀久子が連行されるような場面はありません。原作通りの終わり方でもよかったようにも思いますが、結末を最後まで見せるところは、シャープさがウリの短編小説と、大勢の観客が観る映画との違いでしょう。でも、原作の方がインパクトがありました。

宮口精二/桂木洋子
「密会」宮口.jpg もともと比較的原作に沿った撮り方をする監督が、原作が短いゆえに何か足さなけならないという条件下で、付け加えるとしたらどういったものを付け加えるかをみる上では興味深い作品かも。

サスペンスな女たち.jpg「密会」●制作年:1959年●監督・脚色:中平康●撮影:山崎善弘●音楽:黛敏郎●原作:吉村昭●時間:71 分●出演:桂木洋子/宮口精二/千代侑子/細川ちか子/伊藤孝雄/峯品子/鈴木瑞穂/高野誠二郎●公開:1959/11●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-06-20)(評価:★★★☆)
 
 

 

「ゆいの森あらかわ」吉村昭記念文学館「開館記念企画展 映像化された吉村作品の世界」2017(平成29)年3月26日~7月23日
映像化された吉村作品の世界2.jpg

映像化された吉村作品の世界.jpg

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正統派の抒情文学である原作を見事に映像化。グッときた。

「泥の河「.jpg映画 「泥の河」.jpg  泥の河-2.jpg
泥の河〓81東映セントラル〓 [VHS]
田村高廣/藤田弓子 
小栗 康平 「泥の河」2.png 朝鮮動乱の新特需を足場に高度経済成長へと向かおうとしていた昭和31年の大阪安治川河口が舞台。ある朝、河っぷちの食堂に住む食堂の息子、信雄(朝原靖貴)は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一(桜井稔)に出会う。喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい舟に住んでおり、信雄は泥の河.jpg銀子(柴田真生子)という優しい姉にも会った。信雄の父、晋平(田村高広)は、夜、あの舟に行ってはいけないという。しかし、父と母(藤田弓子)は姉弟を夕食に呼んで、温かくもて泥の河-2-3.jpgなした。楽しみにしていた天神祭りがきた。初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。喜一はランプの油に蟹をつけ、火をつけた。蟹は舟べりを逃げた。蟹を追った信雄は窓から喜一の母(加賀まりこ)の姿を見た。裸の男の背が暗がりに動いていた。次の日、喜一の舟は岸を離れた。信雄は「きっちゃーん!」と呼びながら追い続けた-。

「泥の河」    .jpg「泥の河」  .jpg 宮本輝の原作は'78年刊行の単行本『螢川』に所収。原作の"原色の街"のイメージに反して映画は白黒映画で、それがかえって良く、昭和31年の大阪下町のひと夏をノスタルジックに描いていました。蟹に油を塗って火をつけ遊ぶ2人の少年が、船べりを逃げる蟹を追って眼にしたものは―、ラストの「きっちゃーん」という少年の呼びかけに応えることなく出て行く"船"―等々。
映画 「泥の河」ポスター
泥の河 ポスター.jpg 信雄の父、晋平(田村高廣)には実は前妻がいて、母親(藤田弓子)が父親と結ばれた経緯が信雄を妊娠したことを契機とする略奪婚であり、その前妻が死に目に信雄に会いたがっているので京都の病院まで見舞いに行き、そこで後妻が前妻に謝る―というのは原作には無い設定ですが、その辺りは多分に「螢川」のストーリーを下敷きにしているようです。こうした原作からの改変こそありましたが、夏の強い日差しを表すコントラストの強い画面や、子ども目線でのカメラ位置などの効「泥の河」 加賀.jpg泥の河 加賀まりこ.jpg果的な技巧が窺え、出演者の演技もベテラン、子役ともになかなか良かったです。特にラストはグッときます。登場場面が数カットしかなかった加賀まりこ(当時の加賀まりこは多忙を極め、スケジュールの合間をぬって僅か6時間で彼女の出る全シーンを撮泥の河 映画es.jpg小栗 康平 「泥の河」3.jpgった)が「キネマ旬報助演女優賞」を受賞しましたが、確かに情感たっぷりの堂々たる演技ぶりでした。スティーブン・スピルバーグ5Q.jpg但し、個人的に思うに、一番上手かったのは子役達ではなかったかと(特に、姉弟の姉の方を演じた柴田真生子がいい)。この映画の子役の演技にはスティーブン・スピルバーグも感嘆し、演出の秘密を知ろうとして来日時に小栗康平に面会を求めたそうです。

 第55回「キネマ旬報ベストテン」で第1位に選ばれ、「毎日映画コンクール賞(日本映画大賞)」「ブルーリボン賞(作品賞)」なども受賞しました。個人的にも正統派の抒情文学である原作を見事に映像化しているように思え、「グッときた」作品でしたが、最初に映画の製作発表の記者会見を行った際は取材に来たマスコミは2社だけで、当初は上映館もなかなか決まらず自主上映だったとのとです。

シネマブルースタジオ 小栗康平監督特集(2023)
シネマブルースタジオ 小栗康平監督特集.jpg

泥の河00.jpg泥の河images.jpg「泥の河」●制作年:1981年●監督:小栗康平●脚本:重森孝子●撮影:安藤庄平●音楽:毛利蔵人●原作:宮本泥の河01.jpg輝●時間:105分●出演:田村高廣/藤田弓子/朝原靖貴/桜井稔/柴田真生子/加賀まりこ/殿山泰司/芦屋雁之助/西山嘉孝/蟹江敬三/八木昌子/初音礼子●劇場公開:1981/01●配給:東映セントラル●最初に観た場所:日比谷・第一生命ホール(81-05-22)●2回目:池袋・テアトル池袋(82-07-24)(併映:「駅 STATION」(降旗康雄))●3回目:キネカ泥の河 殿山泰司9.JPG泥の河 芦屋雁之助.jpg1981 泥の河 蟹江敬三.jpg大森(85-02-02) (評価★★★★☆)
殿山泰司(橋下から少年にスイカを投げ与える屋形船の男)/芦屋雁之助(荷車のおっちゃん)/蟹江敬三(巡査)
キネカ大森2.jpg
第一生命館.jpg旧・第一生命ホール(左) 1952年9月15日、第一生命館6Fにオープン、1989年閉館。2001年11月、晴海アイランド・トリトンスクエアに2代目第一生命ホールオープン キネカ大森(右) 1984年3月30日、西友大森店内に都内初のシネコンとしてオープン(3スクリーン)
キネカ大森(2023年1月7日)
キネカ大森l2.jpg

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どれもコンスタントに面白かった。アイロニカルな作品も一定割合を占める。

『人生は回転木馬』sinsyo (2.jpg オーヘンリー セレクション 人生は回転木馬.jpg
人生は回転木馬 (静山社ペガサス文庫 ヘ 3-6) 』『人生は回転木馬 (オー・ヘンリー ショートストーリーセレクション (2))

 O・ヘンリー(1862-1910/47歳没)短編集、和田誠イラスト/千葉茂樹訳の『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』(全8巻)の単行本版で言うと第2弾で、表題作「人生は回転木馬」など8編を所収。

The Whirligig of Life.gif「人生は回転木馬」The Whirligig of Life
 取り上げ済み。一組の夫婦が治安判事のもとに離婚の申し立てにやってきた。手続き費用は5ドル。それを払うとあとは慰謝料すら払えない―。5ドルが行ったり来たりして夫婦が丸く収まる話なので、挿画のどこかに5ドル札を描いて欲しかった気がします。作者没後3か月後の1910年9月刊行の第10短編集『Whirligigs(回転木馬)』の表題作

「愛の使者」By Courier
 取り上げ済み。別れることになった二人の間を行き来する少年―。この千葉茂樹訳では、少年が二人のことを指して言うとき、「あのあんちゃん」「あの姉(ねい)ちゃん」になっていて、これが自然なのかもと思いました(新潮文庫の大久保康雄の旧訳などは、「あの紳士」「あのご婦人」になっていた)。原題の「Courier(クーリエ)」は配達業者などを指し、新潮文庫の新訳(小川高義:訳)などはそのまま「使い走り」 、旧訳(大久保康雄:訳)の方が本書と同じく「愛の使者」でした。翻訳によって雰囲気変わるなあ。

「にせ医師物語」Jeff Peters as a Personal Magnet
 取り上げ済み。にせ医者ジェフ・ピーターズは、ひょんなことから市長の治療をすることになるが、それは市長が仕掛けた罠だった―。これ、芝居にもなっています。新潮文庫の新訳(小川高義:訳)は「にせ医者ジェフ・ピーターズ」、旧訳(大久保康雄:訳)はこちらも本書と同じ「にせ医師物語」。ジェフ・ピーターズの名前があった方がいいでしょうか。そのジェフの方が市長より一枚上手でした。

「ジミー・ヘイズとミュリエル」Jimmy Hayes and Muriel
 テキサスの国境警備騎兵隊に加わった新兵ジミー・ヘイズは、二十歳そこそこのやせた男で、ツノトカゲのミュリエルと片時も離れない。彼の素朴さや剽軽さは皆から愛されたが、戦闘経験はなく、その勇敢さには疑問符がついた。部隊がメキシコ人悪党一味と戦闘をする中、悪党を追ううちに彼は姿を消す。彼はやはり臆病者だったのか。悪党が現れなくなって1年が経ったころ、悪党と思しき三体の骸骨が見つかり、さらにもう一体遺体が―。ツノトカゲが飼い主の勇敢さを証明することになった、というのがいいです。

「待ちびと」To Him Who Wait
慕われながらも結ばれなかった恋の後、ずっと山で世捨て人のような暮らしをする「ハドソン川の世捨て人」ハンプ・エリソン。10年目のある日、彼の元へ金持ちの令嬢が訪れ、恋心を打ち明ける―。二人の女性に慕われながら、すれ違いで二人とも逃してしまった男。こういう人っているかもしれないなあ。

「犠牲打」A Sacrifice Hit
 中編小説「愛こそすべて」書き上げた実績のない作家アレンは、ハースストーン社の編集長が、原稿をさまざまな人に振り分けて読ませ、その感想を聴いて掲載を決めるシステムをとっていることを知っていた。そこで、自分の作品が確実に受けそうな女性スレイトン夫人に自分の小説原稿が回るよう、雑用係の少年に手配するが―。多分、アレンが書いた小説は、ハーレクイン・ロマンスみたいなものだったのでしょう。恋愛至上主義批判と言うより、通俗小説批判か。

「一枚うわて」The Man Higher Up
 毎冬ニューヨークにやって来る詐欺師ジェフが語る、かつての冒険譚。彼は若い押し込み強盗のビル・バセットと、老いた金融詐欺師のアルフレッド・E・リックスと偶然一緒になったが、三人は一文無し。そこでビル・バセットは早速に強盗を敢行し、成果を収め勝ち誇るが、ジェフには強盗というやり口が気に入らなかった。自分はトランプカード詐欺で5千ドルを手にする。そして、鉱山株を買うが、その株はやがて大化けするという―。3人で「悪」を競い合って、結局、自分が一番「下」だったという、可笑しくてちょっと哀しい話。

「フールキラー」The Fool-Killer
 とてつもなくバカなことをしたヤツを殺して歩くという「フールキラー」こと空想上の人物ジェシー・ホームズ。私は、絵描きのカーナーが、百万長者である父親と縁を切っても工場勤めの彼女と結婚すると聞いて、一緒にアブサン・ドリップを飲むうちに「お前はバカだ。ジェシー・ホームズにきてもらったほうがいい」と説教するように。すると、そこに本当にジェシー・ホームズが現れる―。主人公には、自分にしかジェシー・ホームズが見えないと思っていたけれど、実はそうではなかったということ。自分だけが彼がカーナーを殺しに来たと思ってしまって大慌てし、カーナーが主人公の悪酔いを疑ったのは、見えないものが見えているような振舞いについてでなく("私"はそう思っている)、その勘違いの部分についてだったということでしょう。

 どれもコンスタントに面白かったです。「人生は回転木馬」は、これで夫婦の縒りが戻るならばハッピーエンド、「愛の使者」は完全な勿論ハッピーエンドで、「にせ医師物語」は、詐欺師側からみれば成功譚。「ジミー・ヘイズとミュリエル」は切ないけれど、名誉回復という意味では良かった話。「待ちびと」「犠牲打」「一枚うわて」とアンハッピーエンドが続きましたが、「フールキラー」は自分だけが大慌てしたけれど、親子の関係は戻ったからハッピーエンドと言えます。

 8作中3作がアンハッピーエンドですが、アンハッピーエンド作品については、アイロニカルといった方がいいかも。この手の作品も一定割合であるなあと改めて認識しました。

【2023年新書化[静山社ペガサス文庫]】

新潮文庫(小川訳)『О・ヘンリー傑作選(全3巻)』/理論社『オー・ヘンリー ショートストーリーセレクション』(全8巻) 各収録作品
 『オー・ヘンリー ショートストーリーセレクション』 .jpg

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和田誠のイラストが楽しいシリーズの新書化。単行本では第1弾だった密度濃いラインアップ。

『20年後』 静山社ペガサス文庫.jpg  オーヘンリー セレクション 20年後.jpg
20年後 (静山社ペガサス文庫 ヘ 3-3)』['23年]『20年後 (オー・ヘンリーショートストーリーセレクション 1)』['07年]
 和田誠のイラストが楽しい『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』(全8巻)。小学校高学年から読めるような優しい翻訳ですが、"簡訳"ではないようです。単行本の第1弾は、「20年後」など9編を所収。一方、この静山社ペガサス文庫の新書版は、『最後のひと葉』『賢者の贈り物』といった表題作がよく知られているものの次に刊行されています。単行本刊行から約15年を経ての新書化は、2019(令和元)年に和田誠氏が亡くなったことも関係しているのでしょうか。

「20年後」After Twenty Years
 取り上げ済み。街を巡回中の警官が男に声をかける。男は20年ぶりに友人に会うと話す。警官が立ち去ると友人らしき男がやって来るが―。1906年4月刊行の第2短編小説集『四百万』の1編として発表されたもので、それまでもO・ヘンリーは意外な結末を多用していましたが、短編として世界的名声を得た作品はこの「20年後」だそうです。久しぶりに会った旧友同士が、片方は警官に、片方は犯罪者になっていたという"暗い"オチですが、和田誠のイラストが入ると、警官の思いやりがより浮き彫りになって、いい話に思えてきます。

「改心」A Retrieved Reformation
 取り上げ済み。金庫破りのジミーは刑務所を出所するや、早速何件かの金庫破りし、敏腕刑事ベンが捜査に乗り出す。1年後ジミーはある街で銀行頭取の娘と知り合い、真面目に生きていくことを決意する。ジミーは娘の父親と銀行で会うが、その時誤って子供が金庫に閉じ込められてしまう。ジミーは昔の腕を披露し子供たちを助ける。そこにはベンが偶然居合わせていた―。新潮文庫の旧訳(大久保康雄:訳)では「よみがえった改心」でしたが、新訳(小川高義:訳)では「更生の再生」だったので、タイトルだけだと同じ作品と分からないかも。好きなタイプの作品で、ラストのモチーフは「20年後」にも似ているように思いました(こっちの刑事は逮捕しないけれど)。

「心と手」Hearts and Hands
取り上げ済み。客車の美しい女性が座っている席の前に、犯人とそれを護送する保安官が乗り合わせる。女性は、向かいの席の男が昔の知り合いなので声を掛けるが、2人が手錠で繋がれているのを見て驚く。しかし、手錠で繋がれた男が自らの罪を話し、知り合いが犯人護送中の保安官と知って安心する―。警官、刑事、保安官と3つ続けて、捕まえる側の"深情け"話が続いたことになりますが、「20年後」が最も有名だけれど、個人的に好きな順番は、1番「心と手」、2番「改心」、3番「20年後」です。

「高度な実利主義」 The Higher Pragmatism
 私が公園のベンチで声掛けした浮浪者風の男は元ボクサーで、彼の話だと、路上で見知らぬ男を殴り倒したらそれがボクシング・チャンピオンで、一方、リングに上がると、相手の名前に負けて勝てなかったという。あんたも同じようなアマチュア級だろ、勝ち目はないと言われて、私はすぐに電話ボックスに入り、身分の違いから愛を告白できないでいた女性に電話する―。う~ん。こんなのでホントにいいのかなあという気はします。

「三番目の材料」The Third Ingredient
取り上げ済み。ヘティがシチューを作ろうとするが、牛肉しかない。じゃがいもは? たまねぎは?どうやったら手に入る?― 貧しくて食べるのにも苦労する三人の男女が偶然出会い、シチューは完成し、ヘティは図らずも愛のキューピッドとなったという楽しい話で、個人的にはかなり好きな作品の1つです。

「ラッパの響き」The Clarion Call
取り上げ済み。刑事は、今は強盗殺人犯でかつて幼馴染みだった男に千ドルの借りがあり、その引け目で、証拠をつかんだのに逮捕できない。彼はどうしたか―という話。かつての幼馴染み同士が善・悪に道を隔てるという設定は「20年後」と同じえだることに、改めて気づかされます(そう言えば、映画「汚れた顔の天使」('38年)などもそんな感じの設定だった)。新潮文庫の新訳(小川高義:訳)では「高らかな響き」、オムニバス映画「人生模様」('52年)ではそのまま「「クラリオン・コール新聞」。

「カーリー神のダイヤモンド」The Diamond of Kali
 インド探検でヒンズー教の女神カーリー神の額の目のダイヤモンドを手に入れた将軍は、それを奪還しようとする東インド人に狙われているが、牛が傍らにいると、牛は彼らにとって「神聖にして侵さざるべき」存在だから安全だという。そこへ突然"賊"が襲ってくる―。本人たちは、傍らの消火栓を彼らが牛だと思ってくれたお陰で助かったと思っているけれど、実は―という種明かしが楽しいです。ギャングには縄張りというものがあるわけだ。

「バラの暗号」Roses,Ruses and Romance
 詩人のラぺネルは、自分の部屋の庭越しの屋敷の窓に見える美少女に一目惚れで恋い焦がれるが、彼女が窓辺に置く4本のバラの花に、雑誌に掲載された自分の詩との符牒を読み取り、彼女は自分の愛に応えようとしていると―。もう一人の登場人物、詩人の部屋になぜかよくやって来る、詩人から見れば俗物の男サミー、彼がカギで、バラの花は彼にとっての"符牒"だったわけだあ。

「オデュッセウスと犬男」Ulysses and the Dogman
 女房の尻に敷かれ、毎日犬の散歩を日課にしている「犬男」が、ある夜旧友と再会して酒場で飲んでいる内に、辛抱強く耐え抜いて来た不満を大爆発させ―。犬の散歩を義務付けられた男たちを皮肉った話でした。愛犬家の人が読んだらどう思うのだろうか。

 既読だった「心と手」「三番目の材料」がやはり◎で、同じく再読の「改心」「20年後」もよく、かなり密度の濃いラインアップでした(シリーズの単行本刊行時"第1弾"だったのも分かる)。ただ、初読の作品群はややパンチが弱かったかも。小学校高学年でも読んで理解できるという前提のもとに作品を選んでいるようで、ある程度仕方がないかもしれませんが、未読の作品に出合えるというメリットはありました(活字が大きいので年寄りに優しい(笑))。

【2023年新書化[静山社ペガサス文庫]】

新潮文庫(小川訳)『О・ヘンリー傑作選(全3巻)』/理論社『オー・ヘンリー ショートストーリーセレクション』(全8巻) 各収録作品
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O・ヘンリーの代表的短編5編のオムニバスで映画化。安心して観られる。

「人生模様」1952.jpg「人生模様」00.jpg  「人生模様」01スタインベック.jpg
人生模様 [DVD]」O'Henry's Full House (1952) 進行役:ジョン・スタインベック

 「最後の一葉」「賢者の贈物」など、O・ヘンリーの代表的短編5編を原作とする、5人の監督による全5話のオムニバス映画で、進行役を作家のジョン・スタインベックが務めてます。

第1話「警官と聖歌」
「人生模様」10ロートン.jpg 紳士気取りで人の善いルンペン男ソーピイ(チャールズ・ロートン)は、夏は涼しいセントラル・パークで、冬は暖かい留置所で暮らすことにしていた。ある年の冬、彼は仲間のホレス(デイヴィッド・ウェイン)に、留置所に入る秘術を伝授しようとしたが、どうも「人生模様」11モンロー.jpgうまく警官に捕まらない。ソーピイは街の女(マリリン・モンロー)に声を掛けたが、かえって彼女に好意を寄せられ面喰らって逃げ出す始末。ある教会に入り、オルガンの響きに心打たれて、ルンペン渡世から足を洗おうと決心したが―。

 主演のチャールズ・ロートン(「情婦」('57年))がさすがに旨い。レストランでたらふく食べて、食後の葉巻のサービスに堂々と応えているところなどは、偽紳士役が似合う。マリリン・モンローはまだ「グラマーなだけの女優」というイメージしか持たれていなかった頃だが、こうして観るとその演技は悪くない。

第2話「クラリオン・コール新聞」
「人生模様」20.jpg 刑事のバーニイ(デール・ロバートソン)は、迷宮入り殺人事件の犯人をヤクザ者のジョニイ(リチャード・ウィドマーク)だと睨んだ。バーニイとジョニイは幼な友達で、2人は十数年ぶりで再会したのだ。バーニイはジョニイに証拠を突きつけ迫るが、ジョニイはバーニイに昔千ドル貸したことを持ち出した。バーニイはジョニイを一応見逃し、千ドルの工面を考えた。すると町の新聞「クラリオン・コール」が、犯人の名前を通告した者に千ドル出すという懸賞を―。

「人生模様」21.jpg 最後の格闘シーンは要らなかったが、新聞記事で見せる終わり方は旨かった。リチャード・ウィドマークのヤクザ者の役が嵌っている。晩年は大御所的存在だったが、若い頃は、冷やかな笑顔をトレードマークに、murder victims, Richard Widmark2.jpg〈スカンク草井〉.jpgギャング映画の非情な殺し屋、戦争映画の冷徹で人望のない指揮官役などで持ち味を発揮していた人だ。「オリエント急行殺人事件」('74年)で殺人事件の被害者役をやっていた(殺害されても致し方のない男の役なのだが)。手塚治虫の作品にしばしば登場する冷酷な悪役キャラクター〈スカンク草井〉のモデルでもある。

第3話「最後の一葉」
「人生模様」30.jpg 恋人に捨てられた若い女画学生ジョアンナ(アン・バクスター)は、失望し、寒いニューヨークの街を彷徨った末、姉スーザン(ジーンン・ピータース)と一緒に住むアパートに辿り着くと、そのまま病の床に伏す。医師は肺炎と診断し、ジョアンナが生きる希望を取り戻さなければ助からないと言った。彼女は自分の部屋の窓ぎわに生えている蔦にある21枚の葉が、その1枚ごとに彼女の1年間の生命を意味し、最後に残った葉が風に吹き落とされたら、自分は死ぬと思い込んでいる。容態は悪化し、ある朝、蔦も葉も最後の1枚になっ「人生模様」31.jpgた。途方にくれたスーザンは、バーマン(グレゴリー・ラトフ)という自分の才能に自信を失った画家に悩みを訴える―。

 何度も映像化されている話だが、このジーン・ネグレスコ監督作は美術が王女ネフレテリ(アン・バクスター).jpgアン・バクスター3.jpg評価されているようだ。他のカラー作品も観たが、「葉っぱ」がダメなものが多い。白黒が幸いしたかも。アン・バクスターと言えば「イブの総て」('50年)だが、「十戒」('56年)の王女ネフレテリ役や「刑事コロンボ/偶像のレクイエム」('73年)の犯人役も懐かしい。

第4話「酋長の身代金」
「人生模様」40.jpg「人生模様」41.jpg サム(フレッド・アレン)と相棒のビル(オスカー・レヴァント)は、金持ちの子を誘拐して身代金を稼ごうとアラバマの村へやって来た。2人はうまく少年を誘拐する「人生模様」42.jpgことに成功、身代金請求の手紙を少年の両親宛てに出した。ところが、この少年、インディアンの酋長気どりの腕白小僧で2人はほとほと手を焼く。そのうち、両親から手紙が来たが、それには身代金を払わないと言うばかりか、どうしても少年を返したいなら250ドルよこせと書いてあった―。

 元祖「ホーム・アローン」('90年/米)みたいなテイスト。監督はハンフリー・ボガート主演の「脱出」('44年)、「三つ数えろ」('46年)のハワード・ホークスなのだが、あんなハードボイルドを撮っている監督が、こんな喜劇も撮っているのかといういう感じ(でも、この作品の翌年にマリリン・モンローが主演してブレイクした「紳士は金髪がお好き」('53年)やロック・ハドソン主演「男性の好きなスポーツ」('64年)のようなコメディもあったか)。二人組が「ホーム・アローン」調のどたばた喜劇で(「ホーム・アローン」の方がこの作品からヒントを得た?)、これって、このオムニバス映画全体の流れの中でどうなのか(ただし、チャールズ・ロートン主演の第1話も喜劇調ではあった)。

第5話「賢者の贈物」
「人生模様」50.jpg 愛し合う若夫婦デラ(ジーン・クレイン)とジム(ファーリー・グレンジャー)は、貧乏なのでクリマス・イヴが来るのにお互いの贈物を買うことができなかった。デラは出勤するジムを送りながら一緒に街に出、途中で2人はある宝「人生模様」51.jpg石商のウィンドウの前に立ち止まる。ジムは素敵な櫛に目をつけ、これがデラのふさふさした金髪を飾ったらさぞ美くしかろうと考えた。一方デラはプラチナの時計入れを見て、これはジムの骨董的な金の懐中時計を入れるのにふさわしいと思った―。

 役者はそう有名ではないが、ヘンリー・キング監督の演出が旨くいっているのではないか。結末は分かっていても、ラストは泣かせる(ヘンリー・キングは「慕情」('55年/米)など情話ものを得意とする監督だった)。


 演出は多少ムラがあるものの、全体としてはまずますで、これは原作の良さに助けられている部分もあると思います。ただ、原作のテイストをよく伝えているのは役者のお陰かもしれず、昔の俳優は演技が旨かったなあとも思います。「最後の一葉」にしても「賢者の贈物」にしても、ちょっとでも下手な俳優が演じると逆に白けてしまうところ、個々の演技ではしっかり見せて(魅せて)いたように思います。5編とも楽しく、と言うか、原作を読んだ者としては安心して観られました。

「人生模様」ポSU.jpg「人生模様」DVD.jpg「人生模様」●原題:O. HENRY'S FULL HOUSE●制作年:1952年●制作国:アメリカ●監督:(第1話)ヘンリー・コスター/(第2話)ヘンリー・ハサウェイ/(第3話)ジーン・ネグレスコ/(第4話)/ハワード・ホークス/(第5話)ヘンリー・キング●脚本:(第1話)ラマー・トロッティ/(第2話)リチャード・L・ブリーン/(第3話)アイヴァン・ゴッフ/ベン・ロバーツ/(第4話)チャールズ・レデラー/ベン・ヘクト/ナナリー・ジョンソン/(第5話)ヘンリー・キング/ウォルター・バロック/フィリップ・ダン●撮影:(第1話)ロイド・エイハーン/(第2話)ルシアン・バラード/(第3話)ジョセフ・マクドナルド/(第4話)ミルトン・R・クラスナー/(第5話)ジョセフ・マクドナルド●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:原作:О・ヘンリー●時間:117分●出演:(第1話)チャールズ・ロートン/マリリン・モンロー/デヴィッド・ウェイン/(第2話)デイル・ロバートソン/リチャード・ウィドマーク/(第3話)アン・バクスター/ジーン・ピーターズ/グレゴリー・ラトフ/(第4話)フレッド・アレン/オスカー・レヴァント/リー・アーカー/(第5話)ジーン・クレイン/ファーリー・グレンジャー/(進行役)ジョン・スタインベック●日本公開:1953/06●配給:20世紀フォックス(評価:★★★★)

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どれも面白いが、個人的ベストはシチューを作る話「第三の材料」か。

O・ヘンリー 魔が差したパン.jpg魔が差したパン: O・ヘンリー傑作選III (新潮文庫)

 1904年3月発表の「魔が差したパン」ほか17編を収録(書影は和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』)。

Witches' Loaves.jpgオーヘンリー セレクション 魔女のパン.jpg「魔が差したパン」 Witches' Loaves
 ミス・マーサは40歳で小さなパン屋を営んでいる。結婚運には恵まれず、ずっと独身だったが、ある男性客に興味をひかれていた。男性は清潔感があり、言葉にはドイツ語訛りがあって、決まって古いパンを2個買っていく。あるときミス・マーサは、男性の指に絵の具がついているのを見つけ「きっと貧しい絵描きなのだ」と確信し、確かめるため、店に絵を飾ってみると、案の定、男性はその絵に目を止めて、鋭い洞察力を見せた。ミス・マーサはささやかな心遣いで、男性が買ったパンにバターを忍ばせるが―。製図屋かあ、上手いなあ。市庁舎のコンペとは大きな仕事だった。お節介は悲しい結末になった。直訳して「魔女のパン」という訳もあるが、この訳者がそう訳さなかったのは、主人公の善意がもたらした結末だから(新潮文庫旧版の大久保康雄は敢えて「善女のパン」としている)。

「ブラック・ビルの雲隠れ」 The Hiding of Black Bill
 赤ら顔の男の話。テキサスで仕事を探していたときに、牧場オグデンから声掛けられて羊飼いの仕事にありつくが、ちょうどその頃ブラック・ビルという列車強盗がこの羊牧場一帯に逃げ込んだらしく、保安隊が追っていて、通報者には千ドルの賞金が出るという。牧場を買ったばかりのオグデンこそがブラック・ビルだと男は密告し、保安隊長は彼のポケットから銀行の新札を掴み出す―。なかなか面白い。最後、真犯人はオグデンの嫌疑が晴れたことを言わないではおれなかったのは、盗人のプライドか。1918年に"The Hiding Of Black Bill"のタイトルのまま映画化されている。

「未完の物語」 An Unfinished Story
 ダルシーは、週6ドルの薄給で働く娘。食べる物にもしばしばこと欠くが、ピギーという裕福な男からデートの誘いを受けるが、その時になって。ルシーはピギーと出掛けることをやめる―。どうもこの男は、金に困窮する女の子ばかりを誘い、一夜の快楽を期待して食事やらなにやらを提供するタイプらしい。しかし、いずれ彼女がさらなる空腹に見舞われれば、デートをすることになるかも。一体誰が悪いのか。物語の大部分は過去の出来事で、語り手もすでに死んでおり、生前の行状について神の裁きを控えてるところで、天使が裁きを待っているある一団を彼に指し示し、お前はあの連中の仲間なのか問うというところから始まるという枠組み。

「にせ医者ジェフ・ピーターズ」 Jeff Peters as a Personal Magnet
 にせ医者ジェフ・ピーターズは、ひょんなことから市長の治療をすることになる。しかしそれは実は、市長がジェフを捕まえるための罠だった―。ジェフ・ピーターズとアンディ・タッカーという二人組詐欺師の登場する連作短編集の1作。ジェフは許可なく医療行為をし、現金を受け取ったとかどで現行犯逮捕。金品は警察に渡され、その場は終わるが、金品を受け取った刑事は実は...。相手の裏の裏をかく。

「アイキーの惚れ薬」 The Love-Philtre of Ikey Schoenstein
 リドル家の下宿人マガウアンと薬剤師のアイキーは、ロージーという娘にぞっこん。アイキーは内気な性格で彼女への思いをとじこめ、打ち明けることはできないでいた。ある日、マガウアンは、試してみたい薬があると相談を持ち掛ける。今夜ロージーと駆け落ちして結婚することになったが、彼女の気が変わらないか心配していたのと、彼女の父親が、一緒に外出を許してくれないという。アイキーは2、3時間眠りこける薬を処方し、マガウアンに渡す一方、父親の下宿屋の主人リドルに、マガウアンとロージーの駆け落ちの計画を明かしてしまう。マガウアンはアイキーからみれば恋の略奪者。ロージーが薬で眠らされ、父親のリドルがショットガンを構えて現れれば、アイキーのライバルの失敗は確実だったはずだが、次の日、マガウアンは勝利の笑みを浮かべ、喜びに顔を照らしながらアイキーの手を握る―。マガウアンは直前になって、眠り薬を入れる相手を、目に留まった別の人物のコーヒーに。惚れ薬と言うより眠り薬。

The Whirligig of Life.gifオーヘンリー セレクション 人生は回転木馬.jpg「人生ぐるぐる」 The Whirligigs of Life
 「判事さん、その紙、まだ渡しちゃなんねいよ。まるっきり話は終わってねいもの。あたしにだって権利がある。まずは扶養料をもらわなくちゃ」。離婚が決まりかけたその時、妻のアリエラが判事の手を止めてそう言いだし、2人の離婚は翌日まで延期されることなった―。旧訳(大久保康雄訳)のタイトルは「人生の回転木馬」("Whirligigs"には「風車」のほかに「回転木馬」の意、意味もある)。離婚する、離婚しないの遣り取りの中で、5ドル紙幣が人から人へぐるぐる回っているのに懸けているのが旨い。

「使い走り」 By Courier
 別れることになった男女の間を、少年が伝言を携え行ったり来たりするうちに、男の不倫の嫌疑が晴れて―。結末は見えているけれど、映画の1シーンみたいで良い。愛の誤解は解かれるべきもの。少年は愛のキューピッドか。

「一ドルの価値」 One Dollar's Worth
 判事に、かつて刑を言い渡した男と思われる"がらがら蛇"を名乗る者から娘を殺すとの脅迫状が届くが、彼は取り合わず、娘の恋人で婚約者であるリトルフィールド検事も、鉛製の偽造1ドル硬貨を作った別の男の裁判の準備をする。偽造犯の妻は、自分を救うためにやったことで、許して欲しいと嘆願し、リトルフィールドの恋人も同情的だが、彼は粛々と法の義務を果たすのみと。ある日、リトルフィールドは証拠の偽造1ドル硬貨をもったまま恋人と狩りに行く。そこに殺人予告をした男が現れて銃撃戦に。彼が持っているのは狩りのための散弾銃で、射程が短く圧倒的に不利な状況だった―。ネタバレになるが、1ドル硬貨を加工して、銃弾に仕上げたのだった(そんなに簡単に加工できるのか、また、それが散弾より効果的なのかイメージしにくいが)。「証拠がなくなったので裁判はできません」ということ。

「第三の材料」 The Third Ingredient
 ビッグ・ストアを馘になったヘティは、ビーフシチューが食べたくなり、有り金をはたいて牛肉を買う。ところがジャガイモと玉ねぎがない。同じアパートに住むジャガイモしかない女性画家セシリアと偶然知り合いになり、ジャガイモは手に入れることができたが、「第三の材料」となるタマネギはないものか。そこへ―。面白かった。ヘティは図らずも愛のキューピッドとなった。1908年12月発表で(クリスマス向けか)、1917年に短編映画になっている。

「王女とピューマ」 The Princess and the Puma
 ピューマに襲われたリプリー。野生的な王女ジョセフィアが見事な射撃の腕前でピューマを射止め、間一髪で男を救うが、男はこのピューマは実は愛すべきペットだったと言う。女は男に謝るが―。男女が仕掛ける恋の駆け引きは、女の方が一枚上手だったということ。

「貸部屋、備品あり」 The Furnished Room
 若い男が部屋を探して12軒目で辿り着いた家具・備品付きの部屋には、まさに今自分が探し歩いている女性の痕跡があったかに思えた、しかし、家主の女性の話を聞くと、勘違いのようだ―。今の日本の決まり事だったら、この家主は情報提供義務違反でアウトか。具つきの部屋」という邦題も。

オーヘンリーセレクション マディソン.jpg「マジソン・スクエアのアラビアンナイト」 A Madison Square Arabian-Night
 大金持ちのチャーマーズの下に、ある女の悪評を伝える海外郵便が届く。気分を害した彼は、気分を変えようと、浮浪者を1人呼び寄せ、食事を共にする。突然の招待をさほど驚かないこの浮浪者プルーマーは、「何でも真実を描いてしまう」ことで失業した肖像画家だった。彼の肖像画にはモデルの本性が現れ、しばしば不快を引き起こすのだ。チャーマーズはブルーマーに、海外郵便で届いた写真の女の肖像画を描かせる―。ネタバレになるが、最初に届いた郵便は、海外旅行中の妻に関する報告書で、画家に描かせたのは妻の肖像画。チャーマーズは描いてもらった妻の絵を怖くて見れないが、別の画家に見てもらって疑いが晴れた。一応、ハッピーエンドだが、人間の弱さから来る不安を描いていた作品か。画家チャーマーズはここでは救いの神だが、多くの場合は疫病神になるか。

「都会の敗北」 The Defeat of the City
田舎町の少年ボブ(ロバートの愛称)は都会で成功を収め洗練された紳士になり、冷ややかな印象さえ与える高貴な美人で社交界の花形アリシアを妻にする。アリシアが田舎のロバートの母親の手紙を見て田舎に行きたがったため、ロバートは故郷へ妻を連れて帰ることに。ところが、自然に包まれた故郷に帰り家族と久々に食卓に着いた途端に「社交界の花形で一点の非の打ち所もない前途洋洋の青年実業家ロバート氏」は「そばかすだらけのボブ」に戻ってしまう。大はしゃぎしていたロバートだが、疲れているアリシアを見て、初めて自分がしでかしたことに気づき狼狽する―。思わぬハッピーエンド。ラストの階段のアリシアの言葉がいい。

「荒野の王子さま」 A Chaparral Prince
父親に出された奉公先の石切場で虐げられる11歳の少女レーナ。読みたいグリム童話も読めない。母親に迎えを求める手紙を書くが、その郵便車はが強盗団に襲われる。レーナの手紙を読んだ強盗団の頭領は―。レーナが帰って来れた理由を自信満々に「王子さまに連れられて」と言うのがいい。

「紫のドレス」 The Purple Dress
勤める店が主催する感謝祭のディナーパーティに着ていくためにコツコツとお金をため、大好きな紫のドレスを注文していた娘メイダ。自分や女店員たちの憧れの的である店の主任ラムジーも紫が気に入るはずだと固く信じている。しかし感謝祭の前夜、同じアパートに住む同僚グレースが部屋代の滞納で追い出されそうになっていることを聞き、ドレスの仕立代の残金を全部貸してしまう。紫のドレスが着られないならとパーティに出なかった彼女。仕立て屋に行き、残金を払えないと言うと、この娘が長い間紫のドレスを欲しがっていたことを知っていた彼は「支払いはあとでいいんだよ」とドレスを渡してくれる。紫のドレスを着て彼女は雨降る街へ出る―。これ、日本語オペラになっている。

 ほかに、「新聞の物語(A Newspaper Story)、「シャルルロワのルネサンス(The Renaissance at Charleroi)」 を所収。どれも面白いですが、個人的ベストはシチューを作る話「第三の材料」でしょうか。読んでいて楽しくなる作品でした。

新潮文庫:大久保訳・小川訳 各収録作品
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和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション(1~8)』(2007/04~2008/03 理論社)
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短いけれど印象に残る「心と手」が、キレ味という意味でベストか。

O・ヘンリー 最後のひと葉.jpg最後のひと葉: O・ヘンリー傑作選II (新潮文庫)

 1905年10月15日日発表の「最後のひと葉」ほか14編を収録(書影は和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』(理論社))。

オーヘンリー  最後のひと葉.jpg「最後のひと葉」 The Last Leaf
「人生模様」30.jpg スーとジョンジーは芸術家達が集まるアパートの住人で、画家になることを夢見ていた。しかしジョンジーは肺炎にかかり「窓から見える隣の家のつたの葉が落ちる時に、自分も一緒に死んでしまう」と思い込んでいた。スーは同じアパートに住むベ老画家アマンに相談に行く―。あまりに有名な作品であり、オムニバス映画「人生模様(O. Henry's Full House)」('52年)の一話としてアン・バクスター主演で映画化されるなど、何度か映像化されている。作りようで、老画家の自己犠牲にも見えるし、芸術家としてのプライドにも見えてくるのでは。著者45歳の時(1907)に刊行された第3短編集『The Trimmed Lamp(手入れのよいランプ)』に収録された。

「懐かしのアリゾナ」.jpg「懐かしのアリゾナ」D.jpg「騎士の道」 The Caballero's Way
 無法者シスコ・キッドを追うサンドリッジ中尉は、探索の中、キッドの愛人トーニャ・ペレスと親密になる。キッドはある日、その2人の様をサボテンの陰から目撃する。トーニャからサンドリッジに、危険を感じたキッドが彼女の服を着て敵の眼をごまかし、彼女にはキッドの服を着せて標的にしようとしているとの手紙が届く―。1907 年発表作。このストーリーをそのまま使った「懐しのアリゾナ(In Old Arizona)」('28年)という西部劇は、アカデミー賞作品賞を含む5部門にノミネートされ、続編「シスコ・キッド」('31年)が作られたほか、シスコ・キッドというキャラクターは西部の快男児として数々の映画やテレビ・シリ-ズの主人公として登場することになった。

「金銭の神、恋の天使」 God of Money, Angel of Love
 大金持ちのアンソニー・ロックウォールの息子リチャードが一人の女性に恋をした。彼女とはまだほんの少しの顔見知り程度。彼女は数日後に遠くへ行き2年は帰らない。リチャード諦めかけた。父親は、こんなに金があるのに断る女性はいないと言い放つ。息子は彼女と話す機会がないと嘆き、お金では解決出来ないと言う。彼女とは旅立ちの前にほんの2、3分くらいしか話せないのだと。息子の叔母がその時、小さな指輪を恋愛成就のお守りに息子に与え、叔母はお金よりも大切なのは愛だと伝えた。息子はほんの少しでもと彼女に逢いに行き、彼女と逢う。その時、町中で交通渋滞が発生し2時間は動けなくなった。息子は2時間かけて彼女に想いを伝え―。ハッピーエンドの裏に大金が動いていたということ。でも、指輪を落として取りに戻ったら渋滞に遭ったのfで、指輪も一役買っていた(やはり金がすべてではない)というというのがいい。

「ブラックジャックの契約人」 A Blackjack Bargainer
 落ちぶれた元名家のゴーリーは客の来ない法律事務所で飲んだくれる日々。土地から雲母が発見され、その土地を売って金持ちになった田舎の猟師のガーヴィが、ゴーリーの全てを買いに来て、昔からの敵のコルトレーン大佐との〈敵対関係〉も売る。墓の名前を書き換えていいか?と言われてゴーリーは激怒し、ガーヴィを叩き出す。コルトレーンがゴーリーの事務所に来て、そろそろ仲直りしてうちの事業を手伝ってくれと持ちかけ、ゴリーは了承する。2人が馬に乗り、昔のゴリー家の屋敷の前を通ると、ガーヴィが狙っているのに気づき、自分の格好みずぼらしいから大佐のコートと帽子を貸してくれるよう頼む。ゴーリーはコルトレーンの服と帽子を身に着けて1人ガーヴィの銃の前に―。最期に見せた男気。身代わりになった。でも、リス撃ちは唯々人間を撃ちたかったのか? 狂ってる。

「芝居は人生だ」 The Thing's the Play
 18歳の美女ヘレン。美男子フランクとジョンは共にヘレンを好きになるが、紳士協定の末、フランクがヘレンと結婚することに。ジョンは祝福したが、納得してはおらず、式終了後、ヘレンにどこかで一緒に暮らそう、ダメならアフリカへ行くと言う。そこへフランクが乗り込んできて修羅場を迎え、その後2人が殴り合った末に、共にどうなったのかは分からず、時は過ぎる。38歳になったヘレンは、いつ夫が帰ってきてもいいように準備していた。祖母の遺産を相続するも、生活に困ったため空き部屋を貸し出す。そこに部屋を借りたヴァイオリニストのラモンティは、彼女に愛を告白する。彼は昔頭部にけがをして記憶を失い、自分の本当の名も知らないと。さらに、もう一人やって来た別の男は、「覚えていないかな、ヘレン」と言う。実は男はジョンで、フランクは自分が殺してしまったと―。フランクの親友ジョンと浮気してたかのように勘違いされたことが原因か、フランクはいなくなってしまい、20年の歳月の後に、その2人共と再会したという話。ジョンはフランクを殺したと思い込み、そのフランクはケガのためにずっと記憶を喪ったままであったという、結構凝った話。

「心と手」 Hearts and Hands
 東部行きの列車で、愛らしい美人の前に、男前の紳士とむさくるしく陰のある男という、見た目が逆の2人の男が手錠で繋がれた座った。美人と紳士は昔の知り合いのようだった。二人が話し中のところ、様子を窺っていたもう一人の男は、紙幣贋造の7年の罪で刑務所に収監されるところだと自分から言う。紳士は保安官で、犯罪者を移送中らしい。美人は保安官と会話し、その仕事を称え、近いうちに会えないかと言うが、それは出来ないと彼は言う―。面白かった。様子を見ていた客に、自分の利き手に手錠を掛ける保安官がいるかと種明かしをさせるところがいい。僅か5頁。ショートショートの見本のような見事な作品、

「高らかな響き」 The Clarion Call
「人生模様」20.jpg バーニー・ウッズ刑事は、かつて幼馴染みで今は強盗殺人犯のジョニー・カーナンに千ドルの借りがあり、その引け目があるので、証拠をつかんだのに逮捕できない。犯人はいい気になって新聞社を挑発する。新聞社は情報提供者に千ドルの賞金を出すと発表。朝刊でそれを知たった刑事がしたことは―。途中で気づいてもよさそうだが、最後まで読んでナルホド、この手かと。本人の目の前でやるラストがスマート。別訳タイトルは「ラッパの響き」で、ラッパは正確にはクラリオンという高音の金管楽器である。カーナンの完全犯罪の終わりを告げるその音は、勝利のファンファーレでもあるだろう。旧訳(大久保康雄:訳)タイトルは「ラッパのひびき」で、オムニバス映画「人生模様」('52年)の一話として映像化されており、そちらの訳は「クラリオン・コール新聞」。オムニバス映画「人生模様」('52年)の一話として映像化されていて、リチャード・ウィドマークのヤクザ者の役が出ている。

「ピミエンタのパンケーキ」The Pimienta Pancakes

「探偵探知機」 The Detective Detector
 私とセントラル・パークを歩いているエイヴリー・ナイトは、泥棒、辻強盗、殺人者で、ブロードウェイでも殺人はできると豪語、私の目の前で、拳銃で裕福そうな市民を殺害して、その持ち物を奪ってみせた。そして、駆けつけて来た警官に「いま人を殺しました」と言っても、警官は相手にしない。目撃者がいて人相が分かっているし、名刺入れを落としてきたのでナイトの名前と住所も分かっているはず。なのに、待っていても警察を出たはずの探偵はやってこない。その名探偵のはずのシャムロック・ジョーンズ(シャーロック・ホームズのもじり?)は、裏をかくつもりか、手掛かりと正反対の人間(アンドルー・カーネギー)を犯人ではないかと疑って探っている―。警察のダメさ加減を皮肉った話か。トーンが星新一みたいで、和田誠のイラストが似合いそう。

「ユーモリストの告白」Humorist Confessions
 ユーモアセンスが認められ、地元でも有名になり、遂に勤めを辞めてユーモア作家になった私だが、やがてスランプに陥り、ネタ探しをする余り人々にも嫌われ、ある葬儀屋の店内の奥の部屋の静謐さの中でのみ安息を得るようになる―。結局どうなったかというと、今ではこの町で好感を持たれ、軽口をたたいているというハッピーエンド。ユーモアって、根詰めて追求し過ぎると、ゆーもではなくなってしまうどころか、その人間そのものも危うくする?

「感謝祭の二人の紳士」 Two Thanksgiving Day Gentlemen
 感謝祭の日、金のある者は、貧乏な者に食事を振る舞う。その伝統を確固たる者にしようと、毎年同じ場所に集まる二人の紳士がいた。一方は、貧乏暮らしをしている頑固者のスタッフィ・ピート。もう一方は、この9年間、感謝祭の日には必ずピートに好きなだけ食事をさせる老紳士。今年も感謝祭にいつものようにベンチで出会う二人。しかし、今年のピートの状況は少し違った。ベンチに来る前、慈善家の気まぐれで、吐き気のするほど大量の料理を食べさせられていた。そうとは知らぬ老紳士は例年のようにピートを食事に誘う。この「伝統」を絶えさせてはならぬ、とピートも精一杯空腹を装う―。ネタバレだが、結局二人とも病院に担ぎ込まれることになる。ピートは満腹が限界に達しため。老紳士は3日間何も食べてなかったところへ大食いしたため。律儀な2人の憎めない滑稽さ。アメリカ人の"伝統コンプレックス"を揶揄。

「ある都市のレポート」 A Municipal Report
 南部の街ナッシュヴィルの歴史や特徴をガイドブックさながらに紹介しつつ、一ドル紙幣の謎をも織り交ぜて、街のさまざまな人間模様をコミカルに描く―。南北戦争後のアメリカの姿を描いており、無意識ではあっても黒人への人種差別が根強く存在することが窺える。

「金のかかる恋人」A Lickpenny Lover
 デパートのショップガール、メイシーは、ある日来店した男にデートに誘われ、やがてプロポーズされる。自分と結婚すれば人生はずっと続く休暇となり、どこへでも行けると。しかし、コニーアイランドへ行こうと言われ、新婚旅行に遊園地かと呆れ彼の申し出を断る。ところが実は彼は―。思い込みや固定観念とかで縁を逃してしまう話。

「更生の再生」A Retrieved Reformation
 スペンサーの本名はジム・ヴァレンタイン。若くして凄腕の金庫破りだったが、名刑事ベンに捕まった。刑務所出所後も彼は大胆な金庫破りを続けるが、エルモアの地で銀行頭取の娘アナベルに出会い、一目惚れした彼はその地に定住し、靴屋を開業して成功を収める。その上で彼女と接触し、持ち前の社交性を発揮して僅か一年の間に婚約までこぎ着ける。ある日、頭取アダムズが新型金庫を説明している最中に、アナベルの姉の娘が遊んでいて閉じ込められる―。その後は想像がつくかと思われる。スペンサーはジム・ヴァレンタインに戻り、譲り渡すために持参していた自分の道具を並べ、新型金庫を事もなげに破り、女の子を救い出す。そこに、たまたま張っていた名刑事ベンがとった行動は...。「A Retrieved Reformation(よみがえった改心)」という原題で、作者46歳の時(1909.4)に刊行された第7短編集『Roads of Destiny(運命の道)』に収録され、「侠盗ヴァレンタイン(Alias Jimmy Valentine)」('28年)など何度か映像化されている。

 昔、新潮文庫の大久保康雄:訳『O・ヘンリ短編集』(全3巻)を読んで、今回は新訳での読み直しになります(ラインアップは多少異なる)。この巻は、個人的ベストを絞り切れません。良いと思ったのは「騎士の道」「芝居は人生だ」「心と手」「更生の再生」です。「騎士の道」は西部劇。「芝居は人生だ」凝ったストーリー。「心と手」と「更生の再生」は、保安官や刑事の人情がラストに浮かび上がる「二十年後」などと似たモチーフ。短いけれど印象に残る「心と手」が、キレ味という意味で個人的ベストでしょうか。。

新潮文庫:大久保訳・小川訳 各収録作品
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和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション(1~8)』(2007/04~2008/03 理論社)
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個人的ベストは、最後の「車を待たせて」か。「緑のドア」も面白かった。

O・ヘンリー 賢者の贈りもの.jpg賢者の贈りもの: O・ヘンリー傑作選I (新潮文庫)

 1905年12月10日発表の「賢者の贈りもの」ほか16編を収録(書影は和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』)。

オーヘンリー セレクション 賢者の贈りもの.gif「賢者の贈りもの」 The Gift of the Magi
 明日はクリスマスというのにデラの手元に「人生模様」51.jpgあるのは僅か1ドル87セント。これでは愛する夫ジムに何の贈りものもできない。デラは苦肉の策を思いつき実行するが、ジムもまた、妻のために一大決心をしていた―。この作品、クリスマス前発表されている。あまりに有名な作品であり、オムニバス映画「人生模様(O. Henry's Full House)」('52年)の一話としてなど、TV-Mも含め何度も映像化され、オペラにもなり、「ミッキーのクリスマスの贈りもの」('99年)としてディズニーアニメにもなっている。

「春はアラカルト」 Spring à la Carte
 古い下宿に住むサラ。やっとのことで、隣のレストランのメニューの清書タイピストの仕事を得た彼女には、前年の夏、田舎である農夫の若者と恋に落ち「春になったら結婚しよう」と言い合った過去があった―。タイプの打ち間違えが二人を再び引き合わせたという偶然、と言うより「奇跡」に近いか。それでも感動物語に仕上げるところが、この作者の強み。

「ハーグレーヴズの一人二役」 The Duplicity of Hargraves
 娘とワシントンのアパートに暮らす老軍人は元少佐で、回顧録を書いており、近々それを出版して生計費にと考えている。やがて、同じアパートに、役者の卵の感じよい青年が入居する。少佐と娘が気晴らしに劇場に行くと、偶然にもその青年が出演していたが、彼は少佐の振る舞いを完全に模倣した演技で観客の喝采を浴び、少佐は頭にくる。回顧録の進捗が無く、少佐家族は困窮に陥る。例の役者の青年が用立てを申し入れるが、気を悪くしたままの少佐は断る。少佐家族がいよいよ困窮した際に、思いもよらないところから助け舟が―。リアリティに問題がありそうだが、面白かった。

オーヘンリー セレクション 20年後.jpg「二十年後」 After Twenty Years
 ボブとジミー・ウェルズはある場所で20年後に再会する約束をした。ボブが待っていると夜中に巡回中の警察官がやってきて、ボブは西部での成功体験を語る。警察官が去った後、 ジミーと思しき背の高い男が現れ、2人は共に歩き始めるが、明るい場所に出たところでボブは背の高い男がジミーではないことに気づく―。分からないものかなあ。でも、年月は人を変える。法を犯してまでアメリカン・ドリームを追い求めるような人間はよろしくない、ということ。「二十年後」('89年/米)という短編映画になっている。

「理想郷の短期滞在客」 Transients in Arcadia
 避暑地の豪華ホテルに、貴婦人の客がチェックインした。数日後に青年実業家が訪れ、2人は言葉を交わすようになる。自分たちが属しているゴージャスな環境や生活、高い社会的地位や名声について語り合ううちに、2人の間には親近感が芽生え始める。しかし、1週間目のディナーの後で、貴婦人は青年に打ち明ける―。たまに贅沢してみるのもいいかも。"プチ贅沢"ではなく本格的なのを。

「巡査と讃美歌」 The Cop and the Anthem
「人生模様」11モンロー.jpg 冬が近づき、ホームレスのソーピーは冬を快適に過ごすために、刑務所に入ることを計画した。毎年のことである。盗み、無銭飲食、警官への暴行、店のショーウィンドーの破壊。いろいろ試みたが、なぜか警察は逮捕してくれない。疲れて教会に入った。讃美歌が聞こえてきた。その神聖な雰囲気に触発されてか、ソーピーは自分の態度を反省し、真面目に仕事を探すことにした。そして教会を出たところ―。1904年発表。法の無慈悲。オムニバス映画「人生模様」('52年)の一話としてチャールズ・ロートン主演で映像化されていて、マリリン・モンローが出ている。

「水車のある教会」 The Church with an Overshot-Wheel
 4歳になった時に忽然と姿を消してしまった愛娘アグレイア。父親のエイブラム・ストロングは娘を探し続け、母親は心労で亡くなってしまった。エイブラムは、娘がいた頃、水車小屋で小麦粉を挽く仕事を生業とし、作業中はいつも粉挽き歌を歌い、いつも娘と一緒だった。その後、エイブラムは財を築き、古い水車小屋はアグレイアを偲ぶために、そして彼女が住んでいた村人たちが神の恵みを授かるよう教会に改築され、彼は神父となった。また、自分の製品である小麦粉を、災害などで貧窮した人々に無料で配布することにした。何年か後、村のホテルに二十歳のローズ・チェスターという女性が休暇で宿泊していた―。再開物語だとオチは見えていても、パイプオルガンの音が水車の粉を挽く音に重なったというあたりは旨い!と思わせる。

「手入れのよいランプ」 The Trimmed Lamp
 同じ故郷から、都会に出てきた2人の女性。そのひとり、ルーは洗濯屋で地道にお金を稼ぎ背丈のあった男性ダンという恋人を持っている。もうひとりナンシーは、デパートのショップガールとして働き、デパートにやってくる金持ちの男性と玉の輿の結婚を日々狙っている―。幸せを掴んだのは、聖書の「手入れの良いランプ」の喩えにあるように、日頃からランプを手入れするように自分の感性を磨き上げていた女性の方だった。世間の考え、他人の価値観に翻弄され、知らぬうちに他人の価値観の上で行動していると、いつか後悔が残ってしまうだろうという教訓。

オーヘンリー セレクション 千ドルの使い道.jpg「千ドル」 One Thousand Dollars
 ジリアンは使途を報告する義務のある遺産千ドルを受け取る。一生遊んで暮らせる額ではない。面倒くさがり屋の彼は「使途の報告」すら重荷に感じ、叔父の庇護を受けていたミス・ヘイデンに千ドルをそっくりそのまま譲ることに。ところがそれを弁護士に報告に行くと、千ドルの使い方次第では追加の遺産五万ドルを継承できると告げられる。追加遺産の条件は、よいことに使えば自分に五万ドル、ろくでもないことに使っていれば何もなし(五万ドルはミス・ヘイデンに渡る)といもの。頼るものをなくし、特に資産もないとおぼしきミス・ヘイデンに千ドルを贈ることは善行の部類に入るだろう。ジリアンは報告書を読まれる前に「競馬で浪費した」と弁護士に告げて気楽な調子で去っていく―。ジリアンはミス・ヘイデンを心から愛しているのだなあ。自らが損しても、彼女が実質的に幸せになる方を選んだわけだ。しかも、自分の気持ちを伏せて(ある種の美意識?)。

「黒鷲の通過」 The Passing of Black-Eagle

「緑のドア」 The Green Door
 冒険好きな青年ルドルフが夕方通りを歩いていたら、ビラ配りの男がビラをくれる。しかしそのビラは「緑のドア」と書いてあるだけ。試しにもう一回ビラを貰ったらやはり「緑のドア」と。冒険好きなルドルフの血が騒ぎ、近くの建物の中に入ったらそこには緑のドアがあった。ルドルフはそのドアを叩くと 妙齢の女性がドアを開け、彼の姿を見てその場で倒れ込む―。ネタバレになりますが、「緑のドア」が表わしていたのは、ルドルフが入った建物のことではなく、通りの向こうの劇場の演目タイトルで、でも、ルドルフが勘違いして入った建物にも緑のドアあって(ただし、その建物の部屋のドアはすべて緑だった)、要するに、彼が冒険の始まりだと思ったものは彼の壮大な勘違いだったということ。しかしながら、彼の冒険心が一人の女性を救うとともに、新たな出会いを生んだのも事実。

「いそがしいブローカーのロマンス」 The Romance of a Busy Broker
 株式仲買人ハーヴェイ・マクスウェル。"仕事馬鹿"が進んでる彼は、速記者レズリーに気がある。ある日のこと。仕事が立て込んでおり、猛烈に忙しいハーヴェイだったが、ほのかに甘いライラックの香りに我に返り、行動に移る。ハーヴェイの告白は成功するのか―。ほとんど漫画チックな結末。リアリティより皮肉に比重を置いているが、主人公に対する作者の眼は暖かい。

オーヘンリー セレクション 赤い酋長の身に白金.jpg「赤い酋長の身代金」 The Ransom of Red Chief
 悪党のビルとサムは、いかさま土地周旋の元手を得るために、アラバマ州の田舎町の有力者ドーセット氏の息子を誘拐する。ところが、この少年は実はとんでもない腕白坊主で、自分をインディアンの「赤い酋長」と名乗り、ビルをまぬけな白人猟師の「オールド・ハンク」サムをスパイの「スネーク・アイ」と勝手に命名、家から離れた洞窟に連れて来られてもかえって喜ぶ始末。挙句の『赤い酋長の身代金』コミック.jpg「人生模様」41.jpg果てにビルの頭の皮をはごうとする。2人は身代金を期待するがドーセット氏は平然とした様子。二人は身代金の金額を下げて脅迫状を出すが、ドーセット氏からはあべこべに250ドル払えば息子を引き取ると申し出る手紙が届いただけだった。少年の腕白ぶりに恐れをなした悪党達は、ドーセット氏の申し出たとおりの金額を払い、何とか逃げ出すことが出来た―。悪党2人が身代金目的で誘拐した腕白坊主に振り回される愉快な作品。1907年7月6日発表。オムニバス映画「人生模様」('52年)の一話として映像化されているほか、永島慎二によって漫画になっている。

「伯爵と婚礼の客」 The Count and the Wedding Guest
 アンディ・ドノバンは自分の下宿の新たな下宿人コンウェイ嬢を最初は気にかけてなかった。だがある日、喪服を着た彼女に心を奪われ、泣いている彼女を元気づけようとした。彼女は徐々に心を開き、反対する父からようやく許しをもらえた許嫁が死んだことを告げ、写真を見せる。1か月後。彼らは結婚することになった。だがアンディは不安な気持ちでいっぱいだった。そんな彼をみて彼女は自分に許嫁などいなかった、作り話だったと罪の告白をする。アンディは男は彼女の好きな人が自分の尊敬する人ではなかったことに気づき安堵した。写真は許嫁ではなく、彼の尊敬するサリヴァンだったのだ―。写真を見た段階でアンディは彼女のウソに気づいていたことになるが、それを言わないで、彼女が真実を打ち明けるのを待ったということか。優しいね。

「この世は相身互い」 Makes the Whole World Kin
 ある家に侵入した盗賊は、目を覚ました家主の男に「手を上げろ」と命令する。右手を高々と挙げた男に、盗賊は「左手もだ」と要求するが、男の返答は「こっちの手は上がらん。肩にリュウマチがある」。実は盗賊も...。まさに同病相合われるを絵に描いたような話。

「車を待たせて」 While the Auto Waits
 夕方の公園でいつも読書をする美しい女性と、その女性に好意を持ちつつもいつも遠くから眺めている青年パーケンスタッカー。ある日青年は彼女が落とした本を拾い上げ、声を掛けた。彼女は高貴な家柄の人だという。そして、金持ち達の形骸化した贅沢に嫌気がさし、庶民の娯楽を楽しんでいるそうだ。彼女はドイツのとある公国の大公とイギリスの公爵から求婚を受けていると話す。青年は自分の職業をレストランの出納係だと言う。すると彼女は腕時計を覗き、慌てて立ち上がった。青年は彼女の車まで送ろうと申し出たが、ナンバープレートを見られては困るからと断る。しかし、彼女は自分の車を気にも留めず、奥の青年が働いているというレストランに入り、その出納係の席に座った―。車を待たせてたのは誰だったのか、ラストがいい。「While the Auto Waits(自動車を待つ間)」という原題で、作者46歳の時(1908)に刊行された第5短編集『The Voice of the City(都会の声)』に収録されている。

 個人的ベストは、最後の「車を待たせて」でしょうか。タイトルが旨いです。「緑のドア」も面白かったですが、"奇跡的"ととるか、やや偶然が重なり過ぎととるか、微妙なところも。

●0・ヘンリー短編集一覧(刊行年順) ※刊行時年齢
◎生前に刊行された短編集
 第1短編集『キャベツと王様』(Cabbages and Kings, 1904年11月)※42歳
 第2短編集『四百万』(The Four Million, 1906年4月)※43歳
 第3短編集『手入れのよいランプ』(The Trimmed Lamp, 1907年)※45歳
 第4短編集『西部の心』(Heart of the West, 1907年10月)※45歳
 第5短編集『都会の声』(The Voice of the City, 1908年5月)※45歳
 第6短編集『やさしいつぎ木師』(The Gentle Grafter, 1908年11月)※46歳
 第7短編集『運命の道』(Roads of Destiny, 1909年4月)※46歳
 第8短編集『選択権』(Options, 1909年10月)※47歳
  第9短編集『きびしい商売』(Strictly Business, 1910年3月) ※47歳
◎没後に刊行された作品集
 第10短編集『回転木馬』(Whirligigs, 1910年9月)
 第11短編集『てんやわんや』(Sixes and Sevens, 1911年)
 第12短編集『転石』(Roalling Stones, 1912年)
 第13短編集『がらくた』(Waifs and Strays, 1917年)


『Oヘンリ短編集』.jpg 昔、同じ新潮文庫の大久保康雄:訳『O・ヘンリ短編集』(全3巻)を読んで、今回は新訳での読み直しになります。旧訳とは多少ラインアップは異なりますが、ほぼほぼ重なっている感じです。和田誠がイラストを描いている千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション(1~8)』(2007/04~2008/03 理論社)も読み易く楽しいです。

大久保康雄:訳『O・ヘンリ短編集(1)』(1969/03 新潮文庫)
大久保康雄:訳『O・ヘンリ短編集(2)』(1969/03 新潮文庫)
大久保康雄:訳『O・ヘンリ短編集(3)』(1969/04 新潮文庫)
大津栄一郎:訳『オー・ヘンリー傑作選』(1979/11 岩波文庫)
芹澤  恵:訳『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編』(2007/10 光文社古典新訳文庫)
青山  南:訳『O・ヘンリー ニューヨーク小説集』(2015/05 ちくま文庫)
越前 敏弥:訳『オー・ヘンリー傑作集1 賢者の贈り物』(2020/11 角川文庫)
越前 敏弥:訳『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』(2021/03 角川文庫)
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新潮文庫:大久保訳・小川訳 各収録作品
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和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション(1~8)』(2007/04~2008/03 理論社 )
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「●は 萩尾 望都」の インデックッスへ Prev| NEXT ⇒ 【1147】 萩尾 望都 『あぶな坂HOTEL
「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「イグアナの娘」)

母と娘の葛藤と相克。ある意味、作者自身に近い作品でもあるのかも。

『イグアナの娘』1994.jpg『イグアナの娘」3.jpg 「イグアナの娘」ドラマ.png
イグアナの娘 (小学館文庫 はA 21)』['00年] TVドラマ「イグアナの娘」(菅野美穂)
イグアナの娘 (PFコミックス)』['94年]

 青島ゆりこは、長女・リカの出産直後からリカの姿が醜いイグアナに見えてしまい、どうしても愛することができずにいた。一方で、次女・マミは普通の可愛い人間の姿に見えるため、ゆりこはマミを溺愛し、リカにはますます冷たく接する。そしてリカ自身も、鏡に映る自分の姿がイグアナに見えるようになり、そのため母親にも愛されず、恋愛もできない、幸せになれないと思い込むようになってしまう。大学に進学したリカは恋愛し、卒業と同時に結婚し親元を離れ、幸せを実感する。やがて出産したが、自分の子供がイグアナではなく人間の姿に見えることで子供を愛することができないでいた。そのとき、突然の母の訃報を受け実家に戻ったリカは、母の死に顔が自分そっくりのイグアナであることに驚き、ようやく母を許すことができた―。

 「イグアナの娘」は月刊少女漫画雑誌「プチフラワー」(小学館)の'92(平成4)年5月号に掲載された50ページの短編作品で、本作品を表題作とするこの作品集は、他に「カタルシス」「午後の日射し」「学校に行くクスリ」「友人K」を所収。どれも悪くなく、どこか心理小説っぽくどこかファンタジックですが、やはり、「イグアナの娘」のインパクトが飛び抜けているでしょうか。

 母に愛されない娘と娘を愛せない母親の葛藤と相克の物語ですが、そう言えば最近では、湊かなえ原作、廣木隆一 監督の映画「母性」('22年/ワーナー・ブラザース映画)などは似たモチーフだったし、アカデミー賞を席巻した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 ('22年/米)なども詰まるところ母親と娘の相克がベースとなっていたわけで、これっていつの時代にもあるテーマなのだなあと。

 ただし、ある意味、作者自身に近い作品でもあるのかも。実際、作者は「私小説にいちばん近いのは『イグアナの娘』」と長嶋有との対談で語っています。

 作者の場合、2歳で絵を描き、4歳で漫画や本を読み始めたそうですが、母親が「漫画は頭の悪い子が読むもの」と叱るので、漫画を読むのも描くのも親に隠れて行っていて、母親にいつも「勉強しろ」と追いたてられ、成績の悪い子とは付き合うなとか、教科書以外の本は読んではいけないとか、姉や妹と比較されては四六時中怒られていて、成績の良くなかった作者は家にいるのが辛く、漫画家になり上京して独立住まいをするようになってからも、母親に対する反発は心の中に無意識にくすぶり続けたとのことです。

 「最初は自分では気づかなかったのだけど、デビューして2年目ぐらいに『あなたの作品って、いつもお母さんがいなかったり、死んだりするのね』って言われて、『あれそうなのかな?』って。それで、母親を登場させたくない自分の内面心理について振り返り始めたりしました」と本人も語っていて、親との関係を見つめるため心理学を勉強し始め、内なる親から解き放たれるために、'80年に親殺しをテーマにした『メッシュ』の連載を開始し、その流れを引き継ぎ、厳格だった母親との対立を基にして'92年に描いたのが本作品であるとのことです(Wikipediaより)。

 描くことでトラウマから自分を解放したという感じでしょうか。したがって、心理小説っぽい作品集の中でも、心理学的なメタファーが特に効いている作品かと思います(それにしても少女漫画でイグアナとは!)。

「イグアナの娘」ドラマ2.jpg 本作は'96(平成8)年4月15日から 6月24日、テレビ朝日系「月曜ドラマ・イン」枠で「イグアナの娘」として菅野美穂主演で放送されました(全11話)。初回視聴率7.9%と低調だったのが、最終回には番組最高視聴率となった19.4%を記録しており、初回と最終回の視聴率の差が2.45倍と2倍以上を記録した20世紀最後のテレビドラマになったとのことです(一部で話題になっているから取り敢えず観てみたら、意外と面白かったということか)。

「イグアナの娘」ドラマ4.jpg ドラマでは、青島ゆりこ(川島なお美)は実はイグアナ姫で、人間に恋して魔法使いに人間の姿にしてもらったというのは原作と同じですが、なぜ人間に恋したかというと、夫の正則(草刈正雄)がガラパゴス諸島に訪れた際に命を救ったウミイグアナが彼女だったという説明がされていました。原作にはその部分の説明が無く、イグアナ姫がいきなり魔法使いを訪ねて、「人間の王子様」に恋してしまったので人間の女の子にしてほしいとお願いするところから始まります。何故だろう。謎解き的要素を持たせたのか? それにしては、正則がガラパゴスに行ったり、ウミイグアナを救ったりする場面は原作マンがでは最後まで無かったなあ。

「イグアナの娘」●演出:今井和久/新城毅彦●脚本:岡田惠和●音楽:寺嶋民哉●原作:萩尾望都●出演:菅野美穂/岡田義徳/小嶺麗奈/佐藤仁美/山口耕史/小松みゆき/井澤健/榎本加奈子/川島なお美/草刈正雄●放映:1996/04~06(全11回)●放送局:テレビ朝日

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テーマ性、表現力もさることながら、「原潜国家」というコンセプトがピカイチ。

『沈黙の艦隊』1989.jpg  「沈黙の艦隊」2023.jpg
沈黙の艦隊 (1) (モーニングKC (192))』  映画「沈黙の艦隊」(2023)大沢たかお/玉木宏/江口洋介
沈黙の艦隊 全32巻完結(モーニングKC ) [マーケットプレイス コミックセット]
『沈黙の艦隊』32a.jpg 千葉県犬吠埼沖で、海上自衛隊の潜水艦「やまなみ」がソ連の原子力潜水艦と衝突し沈没、「やまなみ」艦長の海江田四郎二等海佐以下全乗員76名の生存が絶望的という事故の報道は日本に衝撃を与える。しかし、海江田以下「やまなみ」乗員は生存していた。実は、彼らは日米共謀により極秘に建造された日本初の原子力潜水艦「シーバット」の乗員に選ばれており、事故は彼らを日本初の原潜に乗務させるための偽装工作だったのである。アメリカ海軍第7艦隊所属となった日本初の原潜「シーバット」は、海江田の指揮のもと高知県足摺岬沖での試験航海に臨む。しかしその途中、海江田は突如艦内で全乗員と共に反乱を起こし、音響魚雷で米海軍の監視から姿をくらまし逃亡。以降、海江田を国家元首とする独立戦闘国家「やまと」を名乗る。さらに出港時、「シーバット」改め「やまと」は核弾頭を積載した可能性が高い事が発覚する。アメリカ合衆国大統領ニコラス・J・ベネットは、海江田を危険な核テロリストとして抹殺を図る。一方、海江田は天才的な操艦術と原潜の優れた性能、核兵器(の脅威)を武器に、自らの思想を喧伝し実現すべく、「やまと」を駆使して日本やアメリカやロシア、国際連合に対峙してゆくこととなる―。

沈黙の艦隊 全16巻セット 講談社漫画文庫
『沈黙の艦隊』全14.jpg 1988(昭和63)年(44号)から1996(平成8)年まで「モーニング」(講談社)に連載され、1990年に第14回「講談社漫画賞(一般部門)」を受賞した作品。2023年1月時点で紙・電子を合わせ累計発行部数は3200万部というからスゴイことです(初版の巻数は全32巻)。この度映画化され、今年['23年]9月に公開予定だそうです。

 この漫画がヒットした理由として、あとがきで時尾輝彦氏が、 ①日米安保や核など軍事問題から、国『沈黙の艦隊』全8.jpg連、軍産複合体など政治経済までを取り込んだ《高いテーマ性》、 ②「ピンガー」「アップトリム」「急速潜航」「有線魚雷」など軍事的専門用語を随所にちりばめ、さらに、孫子などの古典的戦略家の格言を適度に織り交ぜたセリフの《巧みな表現力》、 ③「原潜国家」「やまと保険」などの荒唐無稽な世界の《縦横無尽な創造力と骨太な構成力》を挙げていますが、要を得ているのではないでしょうか。個人的には③の「原潜国家」というコンセプトがやはり白眉と言うか、ピカイチだと思います。

 先に映画化された福井晴敏『亡国のイージス』('99年/講談社)が、この作品に似ているとよく言われますが、確かに同じ海上自衛隊のパニック映画ですが、『亡国のイージス』のストーリーは映画「ダイ・ハード」('88年/米)がベースで、盛り上がり部分は「ザ・ロック」('96年/米)に近いと言われています。「ザ・ロック」も個人が国家に立ち向かう話ですが、『沈黙の艦隊』みたいな国家に立ち向かう「原潜国家」というコンセプトとなると、これまでも無かったし、今後もちょっと真似できないだろなあという感じでしょうか。

「沈黙の艦隊」ナイフ.jpg ただし、まさに荒唐無稽であり、突っ込みどころも満載。1発しか原爆を持たない原潜国家が何千発もの原爆を有する大国と果たして「対等」に渡り合えるかとか、そうした疑問を抱き始めると物語の枠組みそのものが成り立たないので、そこは、荒唐無稽は荒唐無稽でよしとすべきかも(ほかにも、潜水艦の傷は深海の水圧で艦体が潰れる危険を招くのに、艦長の海江田が艦殻に「やまと」とナイフで刻んでいる点などが変だとされている)。

レッド・オクトーバーを追え!2.jpg 個人的には、トム・クランシー原作の小説『レッド・オクトーバーを追え (上・下)』('85年/文春文庫)で、レッド・オクトーバーが破壊されたとソビエトに確信させるため偽装する場面があって(映画「レッド・オクトーバーを追え!」('90年/米)ではこの部分が描かれていない!)、作者はこれなども参考にしたのではないかなと思っています。

「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフ.jpg「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフ2.jpgロッキー4 01.jpg ソ連の原潜「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフが、「ロッキー4 炎の友情」('85年/米)でドルフ・ラングレンが演じたロッキーの敵役のソ連人ボクサー、ドラゴのキャラそのままなのが可笑しいです(そのドルフ・ラングレンの主演作が、ソ連の特殊部隊兵士の活躍を描いた「レッド・スコルピオン」('85年/米))。
 
 ただ、こうしたお遊びはまだしも、写真家・柴田三雄(故人。もともと「non-no」の専属カメラマンだったのが、なぜか軍事写真家に転じた)の撮った写真を約50点無断でトレースして使ったりして訴訟問題にもなっていて、この騒動が起こるまでトレースが公然の秘密で黙認されてきたことにありましたが、さすがに50点は多すぎ(作者側が全面謝罪・補償した)。

サブマリン707.jpg 他にも、小澤さとる氏の同じく潜水艦漫画の『サブマリン707』や『青の6号』からの盗用もあるようで、ちょっと残念な気がします(『サブマリン707』の潜水艦の戦闘シーンは鮮烈な記憶があり、何となく似ていたシーンもあった気がするが、どの部分が模倣なのかはっきりはしない)。

 映画化については、昨年['22年]2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、問われ続けている問題が「ロシアは核兵器を使うのか」ということであり、ある意味タイムリーなのかもしれませんが、映画化作品自体はあまり期待しすぎない方がいいかもという気もしています(まあ、観に行ければ行くかも)。

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大腸がんの実体験をリアルかつ緻密に描く。でも、どことなくほのぼのとした詩情。

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断腸亭にちじょう (1) (サンデーうぇぶり)

『断腸亭にちじょう 』.jpg 2023(令和5)年・第27回「手塚治虫文化賞新生賞」受賞作。

 2019年1月、ステージ4の大腸がんを告知された、ひねくれ漫画家39歳の闘病生活を描いたコミックエッセイ。がんを宣告されてからの不安や絶望感、大病院での検査の連続とひたすら長い待ち時間、抗がん剤の副作用など、作者の実体験による心身の変化を、リアルかつ緻密に描く―。

 小学館「サンデーうぇぶり」にて2021年11月28日より連載開始。昨年['22年]5月に単行本の第1巻(第1話~第10話)、今年['23年]5月第2巻(第11話~第19話)が刊行され、今月[6月]末、第3巻が刊行される予定となっています。

 この作者の漫画、どことなくほのぼのとした詩情があっていいです(第1巻の帯に「私小説ガン闘病記」、第2巻の帯に「詩的ガン闘病記」とある)。こういう雰囲気のがん闘病記って、漫画に限らず今まであまりなかったかも。

 でも作者は、ステージ4の大腸がんであるわけで、精神的にも肉体的にもぎりぎりのところで描いているのだろなあ。実際(詩情があるとは言ったが)切実な内容の作品でもあり、綺麗事はいっさい無いです。抗がん剤治療やその副作用は実に辛そうだし、何にでもすがりたい気持ちからか、代替医療を行う"怪しいクリニック"にも通ったりします。

 絶望し、何かに対して罵りたくなりながらも、一方で、どこか透徹した目で、時にユーモアを交え(かなりシニカルなものが多いが)、最終的に「読ませる漫画」に仕上げているというのは、結構スゴイことかもしれません(もしかしたら、描くことがセラピー的な効果をもたらしているのかも)。

 作者は「手塚賞」の授賞式には来ていましたが、手塚賞の社外選考委員のマンガ家の里中満智子氏(彼女も以前にがんを患った)から激励を受けたとし、「里中さんからエネルギーをビームのように貰いました」と感謝していました。ただし、授賞式の模様を映したネット動画では、選考委員まで会場で紹介されているのに対し、作者については、映像は公開されず、壇上での受賞挨拶は音声のみでした。

 「なんかすごい賞をいただいちゃって。過分な評価をされて、正直悪い気はしないというか、うれしいです」と切り出し、笑いを誘いましたが、大腸がんは肝臓に転移したとのことで、一方で、「連載当初は体調を心配してもらいましたが、放射線治療がうまくいって、手術から3年半がたって、今は健康に問題なく漫画が描けている状況です」と説明していました。

 「連載が続くこと=命が続くこと」みたいな感じになっていますが、何とか「寛解」で終わってほしいマンガです。

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乳がん治療記。強いなあ。「私の体のボスは私」。「あなた」に向けて書いたと。

『くもをさがす』.jpg『くもをさがす』c.jpgくもをさがす

『くもをさがす』p.jpg 2021年コロナ禍の最中、滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、乳がん発覚から治療を終えるまでの約8カ月間を克明に描いたノンフィクション・がん治療記です。

 この本の印象は、帯に推薦文を書いている人が非常に的確に表現しているように思いました。引用させてもらうと、以下の通り。

・思い通りにならないことと、幸せでいることは同時に成り立つと改めて教わったよう。―ジェーン・スー(コラムニスト)

・読みながらずっと泣きそうで、でも一滴も泣かなかった。そこにはあまりにもまっすぐな精神と肉体と視線があって、私はその神々しさにただ圧倒され続けていた。西さんの生きる世界に生きているだけで、彼女と出会う前から、私はずっと救われていたに違いない。―金原ひとみ(作家)

・ 剥き出しなのにつややかで、奪われているわけじゃなくて与えられているものを知らせてくれて、眩しかったです。関西弁のカナダ人たちも最高でした。―ヒコロヒーさん(お笑い芸人)

 著者は、2015年、『サラバ!』で第152回「直木賞」を受賞しているだけあり、文章が上手いし、今回が初のノンフィクション(エッセイは書いている)とのことですが、以前(直木賞受賞前)読んだ著者の小説よりも面白かったかもしれません。

 著者が見て感じたもの―それは恐怖を引き起こすものであるのに、著者はどこまでもそれに凜として向き合っていて、強いなあ、いいなあ、と思いました。乳がんの治療の日々は、本来は辛いはずですが、現地の医師や看護師との遣り取りが関西弁になっているといったユーモラスな仕掛けもあったりします(著者は、あくまで「治療」であるとして、「闘病」という言葉を使わないようにしたという)。

 カナダと日本の治療の違いは興味深かったです。両乳房を摘出したのに、当日退院だなんて凄すぎ。カナダの医療は国民皆保険である上に、原則として患者の自己負担は無いようで、そうしたことと表裏関係にあるのかもしれません。

 因みに、著者は、2012年に結婚、2017年に第1子を出産していますが、2019年12月、2年間の語学留学として家族でカナダ・バンクーバーに転居し、2022年末に帰国し、現在は東京在住とのこと。この本の中では、子どもが体調を崩したことなどがちょっとだけ出てくるぐらいで、この辺りのプライベートなことがほとんど書かれていないのも本書の特徴かも。家族のことより猫のことの方が書かれています(笑)(でも、あとがきにはちゃんと夫と息子への謝辞がある)。

 性格的には根っからの大阪人であるとのことですが、小学5年生まで海外生活だったとのこと。「個」が強いと言うか、確立されている人なのだろなあ。両乳房を切断して即時に「再建しない」と決断したのも、遺伝的要因があることが判明したため予防的に両乳房を切除したという事情があったにしても、「私の体のボスは私」という強い信念があってのことだと思います。

 がん宣告を受けてから日記を書き始め、ほぼ同時進行でこの文章を書いたとのこと。最初は出版の予定はなく、誰に向けて書いているかも分からなかったものが、いつからか、これは「あなた」に向けて書いているのだと気づいた、どこにいるか分からない「あなた」に―というのも良かったです(最初から出版を目指していたのなら、もっとパターナルなものなっていたかも)。

《読書MEMO》
●西加奈子初のノンフィクション『くもをさがす』が28万部突破!「世界一受けたい授業 2時間SP」への出演決定!(2023年9月2日放送)
『くもをさがす』t.jpg

●<西加奈子>乳がん治療経験 「ありたい姿」や幸せのをかたちを捉え直す 桑子真帆アナと「クローズアップ現代」に(2024年1月16日放送)
西 加奈子 クローズアップ現代.jpg

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さらっと読めて、それでいて楽しかった。海外生活経験と大阪の遺伝子の融合。

『ごはんぐるり』.jpg『ごはんぐるり』文庫.jpgごはんぐるり (文春文庫)
『ごはんぐるり』

 2015年に『サラバ!』で第152回「直木賞」を受賞した著者による食エッセイで、「NHKきょうの料理」テキストの2008年10月号から2010年10月号、並びに「NHKきょうの料理ビギナーズ」テキストの2012年2月号から5月号に連載されたものに、大幅に加筆・修正を加えたものです。

 さらっと読めて、それでいて楽しかったです。〈小学生のときカイロで食べた卵かけごはんが、いままでで一番おいしかった〉と言うように、著者は父の赴任先だったイラン・テヘラン生まれで、その後エジプト・カイロに移り、小学5年生まで海外生活だったという経験の持ち主です。

 直木賞受賞作もそうですが、著者の小説は、どこまでがフィクションでどこまでが実際に著者が経験したことか分からない部分があります。もちろん他の作家でもそうしたことは大いにありますが、著者の場合、作者とも重なると思われる主人公のこともさることながら、登場人物として家族のことが書かれていたりして、それが気になって入り込めない部分がありました。

 その点、エッセイの場合は、最初から自分の経験を書いていることがはっきりしているわけで、そんなことを気にせずに読めて良かったです。自分は、著者の小説のあまりいい読み手ではないですが、エッセイとの相性はまずまずいいのかも(もちろん、著者の作品は小説の方が好みという人もいておかしくないが)。

 帰国子女が書いた食エッセイというと、どこかお高くとまっている印象を与えがちですが、〈なぜ大阪のおばさんは、いつもアメちゃん持っていて、絶妙なタイミングで「好きなん選び」と薦めてくるのか〉と言いながら、自身も性格的には根っからの大阪人であることを認めていて、さばけた感じがして好感を持てました。

 一方で、〈小説のなかで出会った未知の食べ物―アップル・ジェリーつき塩ふりクラッカー・グレイヴィーでとろ煮にしたマーモットの肉・そこに種が沈んでいる甘いレモネードとタフィー! それってどんな食べ物?と想像の羽をふくらませた日々〉といった具合に、多くの海外文学作品などから、食に関する記述を引いており、この辺りはさすが作家です。

 著者自らが希望して調理実習したというトルコ、セネガル、ベネズエラ、フィンランドの家庭料理の紹介は楽しかったし、と思えば、コンビニで買ったスナック菓子をがつがつ食べてお腹いっぱいになった話などもあって、食エッセイでこれだけ"幅広い"のは珍しいかもしれません。

 子ども時代の海外生活経験と大阪の遺伝子の融合とでも言うべきでしょうか。飾らずに食オンチを自認していて、〈夢は男子校の寮母になって、とんかつやしょうが焼きをがつがつ食べてもらうこと〉だなんて言っており、読んでいて肩がこらないエッセイでした。

【2016年文庫化[文春文庫]】

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「作品×時系列」という体系に沿った集中インタビュー。小説より面白かったかも。

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大江健三郎 作家自身を語る』['07年]/『大江健三郎 作家自身を語る (新潮文庫)

 今年['23年]3月に亡くなった大江健三郎(1935-2023/88歳没)が2006年、71歳の時に受けたインタビュー集で、作家生活50年を前にして、内容としては主に、これまでの自分の作品を時系列で振り返ったものであり、対話による「自伝」とも言えます(読売新聞映像部によるCS放送の連続番組として収録されたため、このインタビューは全5枚組のDVDになった)。

 2007年に単行本として刊行されましたが、2013年の文庫化に際して、2012年1月から2013年8月にかけて、東日本震災後の深刻な事態と並走しながら文芸誌『群像』に17回にわたって連載した『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』(2013年/講談社)を巡るロングインタビューを増補しています。

 よくあるバラバラのインタビュー集と異なり、「作品×時系列」という体系に沿った集中インタビューであり、読み易く、また、内容的にも貴重なものであり、興味深く読めました(もしかしたら、小説より面白かったかも。面白いから文庫化されたのでは)

 第1章で、自分が作家になるまでを自伝的に語り、以下の章で、作品を6期に分けて振り返るという全7章の校正ですが、改めて6期のうちの後半3期の作品は個人的にはほとんど読んでいないことに気づき、やや愕然としました。でも、世間的にもそうした傾向はあるのではないでしょうか。

 よって、自作への言及は、主に自分が読んだ作品を中心に読むことになりましたが、それでも、その作品が書かれた背景や当時の評価など、ああ、そうだったのかといった気づきはあったように思います。作品論についてここに書いていると「解説の解説」のようになるので書きませんが、個人的にはそれ以外のことでは、海外の作家との交流の思い出を語っているのが興味深かったです。

ペドロ・パラモ iwanami.jpg 例えば、メキシコの『ペドロ・パラモ』という、死んだ人間と生きている人間が同じ村に住んでいるような小説がありますが、メキシコに滞在した際に、作家が来るかもしれないということで連れていかれた店で、隣に座った老人がフランス語で語りかけてきて、「君はメキシコの小説家を知っているか?」と訊かれ「作品なら知っている。本当にいい小説なんだ」と説明したところ、「もしかしたら『ペドロ・パラモ』という小説じゃないか?」と言われ、「そうだ」と言ったら、「自分がその小説を書いた人間だ」と。その老人がファン・ルルフォだったのだなあ(笑)(文庫148-150p)。

 ドイツのギュンター・グラスとも『ブリキの太鼓』の邦訳が出るかで出ないかの頃に知り合っているし(文庫152p)(因みに、大江がノーベル文学賞受賞者を受賞したのは1994年、グラスは1999年)、ル・クレジオを日本ペンクラブの世界大会に招聘する手紙を書いたら、丁寧な返事を貰い、「君の短編が好きだ」と書いてあったけれど、内容から見て安部公房の『壁』のことだったというのが可笑しいです(ル・クレジオは2008年にノーベル賞を受賞)。大江がノーベル賞を貰った時もガルシア=マルケスから、安部公房が受賞すると思ったと率直に言われたと(文庫234p)(ガルシア=マルケス自身は1982年に受賞している)。

 そのほか、なぜ丸いめがねをかけているのかといった質問などもあって、「作家も学者も、だいたい丸いめがねをかけていると(笑)」。折口信夫、柳田邦夫、サルトル、ジョイスとか、と(文庫221p)。こうした遣り取りも結構あるのは聞き手が女性であるせいでしょうか。

 巻末に作家に対する106のQ&Aが付されていて、これもその人柄などが分かって楽しく読めました。井上ひさしのことを天才と評価しているなあ(Q33)。安部公房と一時期絶交したというのは本当だったのだなあ。でも、こちらも天才としてその作品は読んでいると(Q34)。ノーべル賞を受賞して困ったことも困らなくなったこともないと言っています(Q50)。

 全体を通して、こつこつ真面目に努力する人、自分の信念を曲げない人だなという印象を持ちました。でも、やはり、自分の作品の評価は気になるようですが、これは作家なら皆そういうものでしょう。

【3013年文庫化[新潮文庫]】

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作者の前・後期の境目にあり両者を繋ぐ作品。"平面的"から"立体的"になった。

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「万延元年のフットボール」 大江健三郎 純文学書下ろし特別作品 1967年11月』『万延元年のフットボール (講談社文庫)』['71年]『万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)』['88年]

 1967(昭和42)年度・第3回「谷崎潤一郎賞」受賞作。

 英語専任講師・根所蜜三郎と妻・菜採子の間に生まれた子には頭蓋に重篤な障害があり、養育施設に預けられている。蜜三郎のたった一人の親友は異常な姿で縊死した。蜜三郎と菜採子の関係は冷めきり、菜採子は酒に溺れている。蜜三郎の弟・鷹四は60年安保の学生運動に参加後に転向し渡米、放浪して帰国する。米国で故郷の倉屋敷を買い取りたいというスーパー・マーケット経営者の朝鮮人(スーパーマーケットの天皇)に出会い、その取引を進めるためだ。蜜三郎夫婦は、鷹四に、生活を一新する契機にしてはと提案され、鷹四と彼を信奉する年少の星男、桃子とともに郷里の森の谷間の村に帰郷する。倉屋敷は庄屋だった曽祖父が建てたもので、曽祖父の弟は百年前の万延元年の一揆の指導者だった。曽祖父の弟の一揆後の身の上については、兄弟で見解が違う。鷹四の考えでは騒動を収束させるために保身を図る曽祖父により殺されたとされ、蜜三郎の考えでは曽祖父の手を借りて逃亡したと。鷹四は曽祖父の弟を英雄視している。実家には父母は既に亡くなっており、戦後予科練から復員した兄弟の兄・S兄さんは、戦後の混乱で生じた朝鮮人部落の襲撃で命を落としていた。兄弟の妹は知的障害があり、父母の死後に伯父の家に貰われていったが、そこで自殺した。倉屋敷は小作人の大食病の女ジン夫婦が管理している。S兄さんの最期についても兄弟で食い違う。当時幼児だった鷹四は、朝鮮人部落襲撃時のS兄さんの英雄的な姿を記憶しているが、蜜三郎は、S兄さんは、騒動の調停の死者数の帳尻合わせで日本人の側から引き渡され殺された哀れな犠牲者だったと。村はスーパー・マーケットの強力な影響下にあり、個人商店は行き詰まってスーパーに借金を負っている。スーパーの資本で村の青年たちは養鶏場を経営していたが、寒さで鶏が全滅する。その事後策を相談されたことから、鷹四は青年たちに信頼され、青年たちを訓練指導するためのフットボール・チームを結成する。妻の菜採子は、退嬰的に一人閉じこもる蜜三郎から離れ、快活に活動する鷹四らと活動を共にするようになる。鷹四はチームに万延元年の一揆の様子などを伝え、チームに暴力的なムードが高まる。正月に大雪が降り、村の通信や交通が途絶されると、チームを中心に村全体によるスーパーの略奪が起きる。暴動は伝承の御霊信仰の念仏踊りに鼓舞された祝祭的なものだった。鷹四は菜採子と姦淫するようになったが、村の娘を強姦殺人したことから青年たちの信奉を失い、猟銃で頭を撃ち抜いて自殺する。自殺の直前、鷹四は蜜三郎に「本当の事をいおうか」と過去に自殺した知的障害のあった妹を言いくるめて近親相姦していたことを告白する。鷹四の破滅的な暴力の傾向は、自己処罰の感情からきていた。雪が止み、交通が復活した村にスーパー・マーケットの天皇が倉屋敷解体のために現れ、スーパー略奪は不問に付される。倉屋敷の地下倉が発見され、曽祖父の弟は逃亡したのではなく、地下で自己幽閉して明治初頭の第二の一揆を指揮・成功させ、その後も自由民権の流れを見守ったことが判明する。夫婦は和解し、養護施設から子供を引き取り、菜採子が受胎している鷹四の子供を産み育てることを決意、蜜三郎はオファーのあったアフリカでの通訳の仕事を引き受けることにする―。

 今年['23年]3月に亡くなった大江健三郎(1935-2023/88歳没)の長編小説で、作者の数ある作品の中でも最高傑作との呼び声が高く、また、ノーベル文学賞の受賞理由として挙げられた作者の5作品の中でも、特に評価が高かった作品でもあります(実際、ストーリーを振り返るだけで、面白い)。

 この作品を読むに際しては、同じくその5作品の1つである前作『個人的な体験』を先に読むといいと思います。『個人的な体験』の主人公・鳥(バード)も予備校の教員で、少年期よりアフリカに行くという夢を持ち続けていて、子が出生した際に頭部に重篤な障害があることが分かった際も、障害児の親となることから逃避して、アフリカへ行くことを思い描いていましたたが、ある時急に、子どもに手術を受けさせ、子どもを育てようと思い直します。このように、この作品と様々な点で、共通または対照的関係にあると言えます。

 そして、この作品は、『個人的な体験』と並んで(『個人的な体験』のところでもそう書いたが)大江文学の前期と後期の境目にあり、かつ両者を繋ぐ作品である言えます。文芸評論家的に言えば、前期の「人間像の提示」というモチーフが示されなくなり(『個人的な体験』にはまだそれが残っているか)、後期の「世界像の提示」というモチーフが同作から現れ、個人的に言わせてもらえれば作品が"平面的"なのものから"立体的"なものに変化したという印象です。

 ただ、これも言わせてもらえれば、大江文学のピーク時の作品であり(『<死者の奢り』から10年くらいでピークに達したことになるが)、それまで短い期間に何度も作風を変化させてきた作者が、ここに1つの完成形をみたのはいいけれど、その後の作品は、多分にこの作品のリフレイン的要素が強いものが多かったように思います(同じモチーフやテーマが何度も出てくる)。

 この小説が「空想小説」的なモチーフでありながら、一定のリアリティを持って読めるのは、作者の先祖に実際にこの小説に出てくる人物に似たような人がいたこと(長兄をモデルにした予科練帰りの登場人物はその典型)、作者が幼い頃、実家の使用人だった語り部のような老女から明治初期に地元で起きた一揆の話を聞かされていたこと、作者自身が自分の故郷を念頭に置いて、はっきりしたイメージを持ちながら書いていること、などがその理由としてあげられるのではないかということを、作者の死没を契機に、文庫解説並びに『大江健三郎 作家自身を語る』('07年/新潮社、、'13年/新潮文庫)を読み直してでみて思った次第です。

『万延元年のフットボール』.jpg『万延元年のフットボール』単行本.jpg【1971年文庫化[講談社文庫]/1988年再文庫化[講談社文芸文庫]】
 
  
 
「万延元年のフットボール」 大江健三郎 純文学書下ろし特別作品 1967年11月
 
 

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

講談社文芸文庫

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影響を受けている『ラスト・チャイルド』を超える広がりと奥行き(重み)。

『われら闇より天を見る』01.jpg 『われら闇より天を見る』02.jpg uliyaka.jpg
われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー

『われら闇より天を見る』1p.jpg 米カリフォルニア州の海沿いの町ケープ・ヘイヴン。自称無法者の少女ダッチェス・ラドリーは、30年前に自身の妹シシーを亡くした事故から立ち直れずにいる母親スターと、まだ幼い弟ロビンとともに、世の理不尽に抗いながら懸命に日々を送っていた。町の警察署長ウォーカー(ウォーク)は、件(くだん)の事故で親友のヴィンセント・キングが逮捕されるに至った証言をいまだに悔いており、過去に囚われたまま生きていた。彼らの町に刑期を終えたヴィンセントが帰って来る。彼の帰還は町の平穏を乱し、ダッチェスとウォークを巻き込んでいく。そして、ダッチェス姉弟の身に新たな悲劇が降りかかる―。

『われら闇より天を見る』e1.jpg『われら闇より天を見る』e2.jpg 2020年8月原著刊(原題:We Begin at the End)で、2021年「英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞」受賞作。日本では、2022(令和4) 年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外部門)第1位、宝島社・2023(令和5)年版「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位、早川書房・2023年版「ミステリが読みたい!」(海外編)第1位、2023年・第20回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位で、特に、年末ミステリランキングで4年間ほぼ1位を独占状態だった同じ英国ミステリ作家のアンソニー・ホロヴィッツの牙城を崩したのは大きいと思います(因みにホロヴィッツの新作『殺しへのライン』は「週刊文春ミステリーベスト10」第2位、「このミステリーがすごい!」第2位、「ミステリが読みたい!」第2位、「本格ミステリ・ベスト10」第2位)。

 主人公の13歳の少女ダッチェス・ラドリーのタフさが良かったです。言わないでもいい憎タレ口を叩いて、そのお陰でしなくてもいい苦労を抱え込んでいる面もありますが、弟ロビンを守ろうとする気持ちにうたれます(それが結果として逆効果になることもあるが)。いつも弟ロビンの傍に居ようとしますが、肝心な時に傍に居てやれなかったのは皮肉です。

 それと、姉弟を見守り続ける警察署長のウォーク。30年前、15歳だった姉弟の母スター・ラドリーとヴィンセント、今は弁護士になっているマーサ・メイと彼ウォークの4人の幼馴染はいつも行動を共にしており、その思い出から抜けきれない彼ですが、ヴィンセントが誤ってスターの妹シシーを車で轢いた際、ヴィンセントの車の痕跡に気づいて警察に証言したのも彼で、複雑な感情を抱いて生きています。しかも、誰にも秘密にしていますが、パーキンソン病という難病を患っています。

 ダッチェスとウォーク以外にも印象的なキャラクターが多く登場し、姉弟の祖父でモンタナの農場で暮らすハルや、新たな事件の容疑者とされるも否認することもなく、起訴され裁判にかけられても一切を黙秘したままで通すヴィンセントがそれに当たります。ダッチェスに何かと優しく接してくるハルの知人である優しい老婦人ドリー(実は凄惨な過去を抱えている)や、ダッチェスを慕い、彼女とパーティで踊ることを至上の歓びとする黒人少年トーマス(小児麻痺を抱えている)などもそうです。

 物語は邦題からも予測されるように、最後に姉弟にとってのハッピーエンドとなりますが、最後の1行により、それは実にほろ苦い終わり方となっています。加えて、そこに至るまでに、ある者は非業の死を遂げ、ある者は自死の道を選びます。とりわけこの物語を重いものにしているのは、ヴィンセント・キングの存在であり、すべてを諦めたかのように見える彼は、実は贖罪のために生きていたような人物だったのだなあと読後に思いました。

ラスト・チャイルド ポケミス.jpg 作者は、かつてロンドンの金融街でファイナンシャル・トレーダーとして働いていましたが、「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」「英国推理作家協会イアン・フレミング・スチール・ダガー賞」W受賞作である米国ミステリ作家のジョン・ハ―トの『ラスト・チャイルド』(2010年/ハヤカワ・ミステリ)を読んで感動し、成功した弁護士であるハートが、妻子ある身で事務所を辞めて作家になる決断をしたと知り、昇進の道を自ら断って会社を辞め、スペインに移住して執筆に専念、2016年刊の『消えた子供 トールオークスの秘密』(2018年/集英社文庫)で、翌年の「英国推理作家協会ジョン・クリーシー・ダガー賞(新人賞)」を受賞しています。

 そう言えば、『ラスト・チャイルド』も、環境に負けない健気な心意気の少年が主人公で、ミステリと言うより"文学作品"的であり、この『われら闇より天を見る』と共通する要素があるように思いました。因みに、『消えた子供 トールオークスの秘密』も、ギャングに憧れる男子高校生マニーが主人公で、それがこの『われら闇より天を見る』では、中学1年生の女の子が主人公になっているわけです。

 また、作者はジョン・グリシャムやスティーヴン・キングなども愛読したそうで、確かにこの小説にも短いながらも法廷場面があるし、ひとつの町で怪事件が連続して起きる点はキングの小説と似ています。ただし、第1部でケープ・ヘイヴンを舞台にしていたのが、第2部ではモンタナへと舞台が移り、さらに第3部に入るとロードノヴェルの様相を呈してきて、その分広がりがあるように思いました。

 さらには、ヴィンセント・キングのキャラクターに象徴されるような奥行き(重み)もあり、個人的には米国作家であるフォークナー的な雰囲気を感じました。ただし、作者自身はイギリス人作家であるわけで、それがデビュー以来、一貫してアメリカを小説の舞台にしているのは、本人へのインタビューによれば、「アメリカは犯罪小説を書く作家にとって理想的な舞台だから」というのがその理由だそうです。確かに、この物語のスケールの大きさは、イギリスよりもアメリカがその舞台に相応しく、『ラスト・チャイルド』の影響も受けているとは思いますが(ジョン・ハ―トは原著に推薦の辞を寄せている)、個人的には、この作品はその上をいくのではないかと思いました。

《読書MEMO》
●メディア紹介
2022年
・8月16日 讀賣新聞「エンターテインメント小説月評」にて紹介
・8月18日 「北上ラジオ」にて紹介
・8月29日 Web「COLORFUL」にて北上次郎さんによる紹介
・9月1日 Web「翻訳ミステリー大賞シンジケート」にて紹介
・9月8日 「週刊文春」(文藝春秋)2022年9月15日号にて池上冬樹さんによる書評掲載
・9月9日 Web「ジャーロ」の「ミステリ作家は死ぬ日まで、黄色い部屋の夢を見るか?~阿津川辰海・読書日記~」にて紹介
・9月16日 「本の雑誌」2022年10月号にて吉野仁さんによる紹介
・9月17日 日本経済新聞・読書面にて千街晶之さんによる紹介
・10月4日 Web「日刊ゲンダイデジタル」にて紹介
・11月24日 PodCast「Hideo Kojima presents Brain Structure」にて小島秀夫さんによるご紹介
・11月25日 「ハヤカワミステリマガジン」(早川書房)2023年1月号にて「ミステリが読みたい! 2023年1月号 海外篇」第1位
・12月5日 「このミステリーがすごい! 2023年版」(宝島社)にて「このミステリーがすごい! 2023年版 海外編」第1位
・12月8日 CBCラジオ「朝PON」にて大矢博子さんによる紹介
・12月8日 「週刊文春」(文藝春秋)2022年12月15日号にて「週刊文春ミステリーベスト10 2022年海外部門」第1位
・12月10日 朝日新聞にて杉江松恋さんによる紹介

「●ま 松本 清張」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3035】 松本 清張 『霧の旗

推理小説か、女性小説か。「若い女性向け」仕様? でも、面白く読めた。

『波の塔』ノベルズ.jpg『波の塔』文庫.jpg 「波の塔」1960.jpg
波の塔―長編小説 (カッパ・ノベルス (11-3))』『新装版 波の塔 上下巻 セット』 映画「波の塔

0松本 清張 『波の塔』2.jpg10松本 清張 『波の塔』.jpg 司法修習生の小野木喬夫は、観劇中に隣席の女性が気分を悪くしているのに気づき、医務室へ連れて行く。周囲にその女性の同伴者と思われているうちに、小野木は彼女をタクシーで送ることになり、そのまま縁が切れるのを惜しむ気持ちになる。一週間ほど経ち、小野木のもとに、名刺を渡した彼女―結城頼子から電話が来て、夕食の誘いを受ける。検事になった小野木は、その後も自分を誘ってくれた結城頼子を愛するようになるが、彼女からは自分の住所や生活は何も知らされないでいた。彼女の落ちついた動作や身につけている着物は贅沢な環境と人妻であることを推察させ、小野木は何度か頼子の境遇を聞こうとしたが果たせない。一方、小野木の所属する東京地検特捜部は密告からR省の汚職事件を掴んだ。内偵を進める小野木は、思わぬ場面で頼子の素性を知る―

 松本清張が週刊誌「女性自身」の1959年5月29日号から1960年6月15日号にかけて連載した長編小説で、1960年6月に光文社(カッパ・ノベルス)から刊行されています。政界推理小説でありながら、「ミステリ」的要素よりも「女性小説」的要素の方が濃くなっていて、ちゃんと読者ターゲットに合わせているなあという印象です。

 小野木喬夫と結城頼子の恋愛劇に絡めて、女子大を卒業して一人旅の最中、諏訪湖近くの古代遺跡で小野木に会い、以後小野木のことが気になってゆく田沢輪香子と、輪香子の親友の京橋の呉服屋の娘で、人見知りせず思いつくとすぐに行動する佐々木和子という二人組が登場し、この辺りも「若い女性向け」仕様といった感じです。

 本作の連載中、「女性自身」の部数は急上昇し、更には主人公と自分を同一視する読者まで出てきたのか、カッパ・ノベルス刊行後、青木ヶ原樹海に入って自殺する女性が増加し、そのたびに編集部と作者宅に警察から連絡が入ったとのこと、1974年には樹海内で本作を枕にした女性の白骨死体が発見され、自殺者はその後も相次いだそうです。

 結末に関しては、「頼子の自己満足ではないか」「小野木は社会的な指弾も受け職も投げ打ったのに、生きながらの骸ではないか」との批判もあったようですが、作者は「非情に描かなければだめなんだ」と答えたそうです。ただし、ミステリとしても面白く読め、文春文庫では、松本清張記念館監修「松本清張生誕百年記念・長編ミステリー傑作選」の全10作の1つとしてラインアップされています。

「波の塔」01.jpg 中村登監督により1960年に映画化され、結城頼子を有馬稲子、小野木喬夫を津川雅彦、田沢輪香子を桑野みゆきが演じています。

 また、テレビドラマとしては、2012年にテレビ朝日系で「松本清張没後20年特別企画 ドラマスペシャル 波の塔」として沢村一樹、羽田美智子主演で放映されましたが、それが8度目のドラマ化でした。90年代以降は単発2時間ドラマとして放映されていますが、それ以前に、60年代・70年代に連ドラとして4回ドラマ化されています(確かに「昼メロ」枠でやりそうな感じ)。

1961年版「波の塔」フジテレビ系列「スリラー劇場」1月9日 - 4月24日・全16回(主演:池内淳子・井上孝雄)
1964年版「波の塔」NETテレビ系列「ポーラ名作劇場」8月24日 - 11月2日・全13回(主演:村松英子・早川保)
1970年版「波の塔」TBS系列「花王 愛の劇場」8月31日 - 10月30日・全45回(主演:桜町弘子・明石勤)
1973年版「波の塔」NHK「銀河テレビ小説」4月2日 - 5月11日・全30回(主演:加賀まりこ・浜畑賢吉・山口いづみ)
1983年版「松本清張シリーズ 波の塔」NHK「土曜ドラマ」10月15日 - 10月29日・全3回(主演:佐久間良子・山﨑努)
1991年版「松本清張作家活動40年記念 波の塔」フジテレビ系列「金曜エンタテイメント」5月24日・全1回(主演:池上季実子・神田正輝)
2006年版「松本清張ドラマスペシャル 波の塔」TBS系列 12月27日・全1回(主演:麻生祐未・小泉孝太郎)
2012年版「松本清張没後20年特別企画 波の塔」テレビ朝日 6月23日・全1回(主演:沢村一樹・羽田美智子)
「波の塔」tv0.jpg 「波の塔」tv1.jpg

「波の塔」tv2.jpg「波の塔」tv3.jpg

【1960年ノベルズ版[光文社カッパ・ノベルス]/2009年文庫化[文春文庫]】

「●よ 吉村 昭」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1133】 吉村 昭 『星への旅

サスペンスが主か、男女の情愛が主か。「男と女の情炎をサスペンス仕立てで書いた小説集」。

『密会』吉村昭 1971.jpg『密会』吉村昭 文庫.jpg 「密会」1959 2.jpg
密会 (講談社文庫) 』/映画「「密会」('59年/日活)
密会 (1971年)

 '58(昭和33)年発表の「密会」から、「動く壁」「非情の系譜」「電気機関車」「めりーごーうらうんど」「目撃者」「旅の記憶」「ジジヨメ食った」、そして'70(昭和45)年発表の「楕円の棺」まで9編を所収。

「密会」1959.jpg「密会」('58年)... 大学教授夫人・紀久子は、夫の教え子である学生との密会中に、思いもかけずある殺人事件を目撃することになる―。作者が「週刊新潮」から依頼されて書いたもので、初めて原稿料を貰ったという作品ですが、短い分、キレがあるサスペンスになっていて、翌年に中平康監督で「密会」('59年/日活)として映画化されました。状況設定が、これも「黒い画集 あるサラリーマンの証言」('60年/東宝)として映画化された松本清張の「証言」('58年)に似ていますが、こちらの方が原作発表が半年早いです。

「動く壁」('62年)... 総理大臣の警護員(ボディーガード)として従事する警察官が、オートバイにはねられて死亡し、その葬儀の模様から物語は始まります。最も若いボディーガードに選ばれた男にとって、任務は名誉や自尊心を満たすものでした。一方で、早朝から夜中まで総理の"動く壁"となり、襲撃者の弾や刃を体で受け、死ぬ覚悟で当たる過酷な仕事であり、緊迫する仕事の傍ら、服役中の夫を待つバーの女と交情するようになります。ラ「動く壁」緒形拳.jpgストには多くの疑惑を残したその死でしたが、「職業的条件反射」といった感じだったでしょうか。'94(平成6)年には緒形拳主演でドラマ化されていますが、個人的には未見です(2021年、「BSフジサスペンス劇場」で再放映されたようだ)。

「動く壁」('94年/フジテレビ)緒形拳

「非情の系譜」('63年)... 子どもの頃、特殊な職業として嫌がっていた葬儀屋と刺青師の息子たちが、それぞれ親の家業を継ぎ、親たちは自分の代限りと思っていたらその子どもたちが望んで仕事を継ぐということになるという皮肉な話。作者は様々な仕事・職業を生業とする人々(その多くが男である)を描いており、中でも医者は長編作品に多く出てきますが、短編小説では、「動く壁」もそうでしたが、世間的に見て"珍しい""あまり知られていない"仕事をする人々を多く描いています。この短編もその代表格ですが、最後に女の刺青師が出てくるのがとりわけ珍しいです。

「電気機関車」('63年)... 生母を亡くして継母と住む「ぼく」が、父に車で連れられて行ったアパートには女の人がいた―。父は後妻と折が合わず、若い女に手を出すが、その女にも今は持て余し気味の感情を抱いているという、そうした複雑な状況を、遊園地を背景に、父と愛人の女の話に敏感に反応する子供の心を通して描いています。そうした設定にはなっていけれども、子供時代の記憶を大人になって呼び起こしているのでしょう。吉行淳之介に、少年が父とその愛人との三人で海に遊ぶ「夏の休暇」('55年)という短編など、こうしたモチーフの作品がいくつかあったのを思い出しました。 

「目撃者」('68年)は新聞記者の巧妙心を描いたもの、「楕円の棺」('70年)は競輪選手の非情な競技人生を描いたもので、これらもある種「職業小説」、「めりーごーうらうんど」('66年)、「ジジヨメ食った」('68年)はある種「恐怖小説」のような作品です。

 講談社文庫解説の金田浩一呂(1931-2011/79歳没)は、中央大学在学中に刑務所の看守の仕事や雑多なアルバイトで生計を立て、卒業後、産業経済新聞社に入社し、夕刊フジの学芸部長・編集委員を歴任、文芸記者として活躍した人で、この短編集を、最初「情事を素材としたサスペンス小説集」としながら、解説の最後に自ら"君子豹変"と称して、「男と女のはかない情炎をサスペンス仕立てで書いた小説集」と言い換えています。

 要するに「サスペンス」がメインか「男女の情愛」がメインかということで、個人的にはどちらも正しいと思いました(サスペンス色の薄いものもあれば、男女の情事がまったく出てこないものもある)。前の方にある作品が良かったでしょうか。それらを中心に、星4つ評価としました。

【1989年文庫化[講談社文庫]】

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3つの短編を合体した脚本の妙。杉村春子の演技達者ぶりを堪能できる。

「晩菊」1954.jpg「晩菊」03.jpg 晩菊・水仙・白鷺 (講談社文芸文庫).jpg
晩菊 [DVD]」杉村春子/上原謙/望月優子/細川ちか子/有馬稲子『晩菊・水仙・白鷺 (講談社文芸文庫)
「晩菊」09.jpg 芸者上りの倉橋きん(杉村春子)は言葉の不自由な女中・静子(鏑木ハルナ)と二人暮し。今は色恋より金が第一で、金を貸したり土地の売買をしていた。昔の芸者仲間たまえ(細川ちか子)、とみ(望月優子)、のぶ(沢村貞子)の三人も近所で貧しい生活をしているが、きんはたまえやのぶにも金を貸して喧しく利子を取り立てた。若い頃きんと無利心中までしようとした関(見明凡太郎)が会いたがっていることを呑み屋をやっているのぶから聞いても、きんは何の感情も湧かない。しかし、かつて燃えるような恋をした田部(上原謙)から会いたいと手紙を受けると、「晩菊」04.jpg彼女は懸命に化粧して待つ。だが田部が実は金を借りに来たのだと分かると、きんはすぐに冷い態度になり、今まで持っていた彼の写真も焼き捨てる。たまえはホテルの女中をしているが、その息子・清(小泉博)は、お妾をし「晩菊」05.jpgている栄子(坪内美子)から小遭いを貰っている。息子が手に届かない所にいる気がして、たまえは母親としては悲しかった。雑役婦のとみには幸子(有馬稲子)という娘がいて、雀荘で働いていたが、店へ来る中年の男と結婚することを勝手に決めていた。無視されたとみは、羽織を売った金でのぶの店へ行き酔い潰れる。北海道に就職した清は、栄子と一夜別れの酒を飲み、幸子はとみの留守に荷物を纏め、さっさと新婚旅行に出かけた。子供たちは母親のもとを離れたが、清を上野駅へ見送った後のたまえととみは、子供を育てた喜びに生甲斐を覚えるのだった。一方のきんは、のぶから関が金の事で警察へ引かれたと聞いても、私は知らないと冷たく言い捨てて、不動産の板谷(加東大介)と購買予定の土地を見に出掛ける―。

 1951(昭和26)年公開の成瀬巳喜男監督で、林不芙美子(1903-1951/47歳没)が1948(昭和23)年11月から翌1949(昭和24)年にかけて発表した「晩菊」(1948、昭和23年度・第3回「女流文学者賞」受賞)、「水仙」(1949)、「白鷺」(1949)の3の短編を合体させています(1949年は「浮雲」の連載が開始された年でもある)。各短編の主人公は以下の通り。

「晩菊」の主人公"きん"は56歳。19歳の時に芸者になった。昔、田部と恋に落ちた。
「水仙」の主人公"たまえ"はかつては中流家庭にいた。今は連れ込みホテルの女中。作男という息子がいる。 
「白鷺」の主人公"とみ"はかつて三楽で仲居をしていた。今は会社のトイレ掃除。さち子という養女がいる。

「晩菊」06.jpg もともとは別の話だったのを、3人ともかつて芸者仲間だったという設定にし、原作には無いキャラクターの呑み屋を営んでいるのぶ(沢村貞子)が、これもまたかつての芸者仲間という設定で、扇の要のように3人を繋いでいます。それが極めて自然で、まさに脚本の妙と言えます。

 今や色恋より金が第一、でも昔の恋人が訪ねてくるとなると...というきんを杉村春子が演じて巧みです。舞台が本業のせいか映画ではほとんど脇役ばかりなので、小津安二郎が"四番バッター"と評したその演技達者ぶりを堪能できる貴重な主演作品です(そもそも、小津作品も含め、映画でなかなか"四番"に据えられることがない)。

杉村春子(きん)/望月優子(たまえ)
  
「晩菊」カラーポスター.jpg 金満家への道を突き進むきんと、貧乏を嘆くたまえ、のぶの二人を対立構造的に描いていて、しかも後者の二人は共に子どもの問題も抱えています。それが、金の亡者と思われたきんは、昔の恋人に会えるとなると夢心地の気分になり、ところが実際にその彼に会ってみて幻滅、恋人の写真を焼いて過去と決別します(上原謙は「めし」('51年)でも酔っ払う演技をしていたが、ここではそれ以上の泥酔演技をしてる)。一方のたまえとのぶは、あれほど子どものことで気持ちを煩わせ、執着していたにもかかわらず、共に子どもが自分たちから巣立って行ってしまうと、かえって解放感のようなもを味わっているところが面白いと思います。それらがすべて自然に描かれており、もしかして原作を超えているのではとも思った次第です。

「晩菊」ポスター[左上から]有馬稲子/望月優子/沢村貞子/小泉博/細川ちか子[下]上原謙/杉村春子

晩菊・水仙・白鷺 (講談社文芸文庫).jpg 原作の3編は、講談社文芸文庫『晩菊・水仙・白鷺』に所収されています。同文庫には、戦死した夫の空っぽの骨壺に夜の女が金を入れる「骨」ほか、「浮雲」連載に至る円熟の筆致をみせた晩年期の作品「松葉牡丹」「牛肉」など全6篇が収められています。
 
晩菊・水仙・白鷺 (講談社文芸文庫)


林芙美子_02.jpg 林芙美子は1949年から1951年に掛けて9本の中長編を並行して新聞・雑誌に連載しており、私用や講演や取材の旅も繁くして、1951(昭和26)年6月27日の夜分、「主婦の友」の連載記事のため料亭を2軒回ったところ、帰宅後に苦しみ出し、翌28日払暁、心臓麻痺で急逝しています(新聞連載中の「めし」が絶筆となった)。これって、ある種「過労死」でしょう。モーレツなところは、「晩菊」のきんに通じるところもあったのではないかなあ。

林芙美子(1949年4月自宅書斎)
  
  
  

   
  
「晩菊」07.jpgラストでたまえ(細川ちか子)ととみ(望月優子)が、北海道に旅立つたまえの息子を見送る上野の「両大師橋」


「晩菊」●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:林芙美子●時間:97分●出演:杉村春子/沢村貞子/細川ちか子/望月優子/上原謙/小泉博/有馬稲子/見明凡太郎/沢村宗之助/加東大介/鏑木ハルナ/坪内美子/出雲八枝子/馬野都留子●公開:1954/06●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-05-02)(評価:★★★★☆)

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林芙美子の絶筆小説が原作。上原謙、原節子の演技がいい。結末には批判も。

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めし<東宝DVD名作セレクション>」上原謙/原節子

 「あなたは私の顔を見ると『お腹すいた』しか言わないのね」―恋愛結婚をした岡本初之輔(上原謙)と三千代(原節子)の夫婦も、大阪天神の森のささやかな横町に慎ましいサラリーマン生活に明け暮れしている間に、いつしか新婚の夢も色褪せ、些細な事で諍いを繰り返すようにさえなっていた。そこへ姪の里子(「めし」06.jpg島崎雪子)が家出して東京からやって来て、その華やいだ奔放な態度で家庭の空気を一層搔き乱す。三千代が同窓会で家を空けた日、初之輔と里子が家に居るにもかかわらず、階下の入口にあっ「めし」003.jpgた新調の靴が盗まれたり、二人が居たという二階には里子が寝ていたらしい毛布が敷かれていたりして、三千代の心に忌まわしい想像をさえ搔き立てる。そして里子が出入りの谷口のおばさん(浦辺粂子)の息子・芳太郎(大泉滉)と遊び回っていることを三千代はつい強く叱責したりもするのだった。家庭内のこうした重苦しい空気に堪えられず、三千代は里子を連れて東京へ立つ。三千代は再び初之輔の許へは帰らないつもりで、東京で職を探す気にもなっていたが、従兄の竹中一夫(二本柳寛)からそれとなく箱根へ誘われたりもする。その一夫と里子が親しく交際を始めたことを知った折、初之輔は三千代を迎えに東京へ出て来た―。

『めし』19511.jpg 1951(昭和26)年11月23日公開の成瀬巳喜男監督作で、原作は1951年4月1日から7月6日に「朝日新聞」に連載された林芙美子の同名長編小説(タイトルは冒頭の三千代の言葉にあるように、所謂"夫婦の最低限会話"とされる「飯、風呂、寝る」のメシからきている)。同年6月28日の作者の急死により絶筆となり、150回の予定を97回で連載終了(同年11月朝日新聞社より刊行林芙美子_01.jpg)、映画のラストは成瀬監督らによって付与されたものです(監修:川端康成)。後に「稲妻」('52年)、「浮雲」('55年)、「放浪記」('62年)などと続く、林芙美子原作・成瀬巳喜男監督による映画作品の1弾になります。

林 芙美子(1951年6月26日撮影。この夜、容態が急変して急逝した)

 第6回「毎日映画コンクール」日本映画大賞(小津安二郎監督の「麦秋」('51年)とともに受賞)・監督賞・撮影賞・録音賞・女優演技賞(原節子)受賞。第2回「ブルーリボン賞」作品賞・脚本賞(田中澄江)・主演女優賞(原節子)・助演女優賞(杉村春子)受賞。第25回「キネマ旬報ベスト・テン」第2位(同年の第1位は小津安二郎監督の「麦秋」)となっています。

「めし」カラーポスター.jpg「めし」002.jpg 興行的にも成功を収めましたが、やはり原作がいいのでしょう。それと、川端康成の監修によるアレンジが功を奏したとの見方もあるようですが、主演の上原謙、原節子の演技も高い評価を得ています。原節子は当時、一連の小津安二郎作品で「永遠の処女」と呼ばれ「めし」00すぎ」.jpgる神話性を持ったスター女優でしたが、この作品では市井の所帯やつれした女性を演じていて、それがまた良かったし(原節子はこの年に、黒澤明監督の「白痴」と小津安二郎監督の「麦秋」に出演したばかりで、同じ年に黒澤・小津・成瀬作品に主演したことになる)、上原謙の時にコミカルに見える演技も、杉村春子(三千代の母親役。「寝かしておいておやりよ 女はいつも眠たいもんなんだよ!」というセリフがいい)をはじめ脇役陣もみな良かったです。

「めし」005.jpg ただし、この映画に付された独自の結末は(脚本は成瀬巳喜男監督作の常連の田中澄江)、林文学のファンなどからは批判を受けることもあるようです。「女性は好きな男性に寄り添って、それを支えていくことが一番の幸せ」みたいな終わり方になっているため無理も「めし」00大.jpgありません。初之輔が三千代を迎えに東京へ出て来くるところまでは原作もそうなっていますが、三千代がもとの大阪天神の森での生活に戻ることについては、「この夫婦は別れるべきだった」「林芙美子自身は夫婦の離別を結末として想定をしていた」などの意見があります(因みに、作者がどのような結末を想定していたかは不明とされている)。

「めし」10.jpg「めし」09.jpg 原作にも描かれている大阪の名所が数多く登場し、復興期の街の風景をちょっとしたタイムスリップ的観光案内として楽しむという味わい方も出来る作品でもあります(三千代が上京するため、東京の街の様子も見られる)。

「めし」004.jpg 三千代(原節子)の義弟を演じた小林桂樹は当時大映からのレンタルでしたが、翌'52年に東宝映画初代社長・藤本真澄の誘いで東宝と契約し、源氏鶏太原作の「三等重役」('52年)、「続三等重役」('52年)から、引き続き森繁久彌が主役を演ずる「社長シリーズ」('56年-'71年)の全てに秘書役などで出演することになりました(「放浪記」('62年)にも出演)。

小林桂樹(三千代(原節子)の義弟・村田信三)/杉葉子
  
「めし」スチール.jpg「めし」●制作年:1951年●監督:成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:早坂文雄●原作:林芙美子●時間:97分●出演:上原謙/原節子/島崎雪子/杉葉子/風見章子/杉村春子/花井蘭子/二本柳寛/小林桂樹(大映)/大泉滉/清水一郎/田中春男/山村聡/中北千枝子/谷間小百合/立花満枝/音羽久米子/出雲八重子/長岡輝子/浦辺粂子/滝花久子●公開:1951/11●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-20)(評価:★★★★)

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クレージーキャッツの「同窓会」映画なのか、サラリーマンの悲哀を描いた映画なのか。

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「会社物語」安田伸/谷啓/ハナ肇/植木等/犬塚弘/桜井センリ

「会社物語」4.png 花岡始(ハナ肇)は57歳。東京の商事会社で34年間真面目にコツコツと働き続けた万年課長だが、間もなく定年を迎えようとしていた。いまや仕事もさほど忙しくなく、若い部下達もあまり相手にしてくれない。家に帰れば家族間のトラブルがまたストレス「会社物語」5.jpgの種。そんな花岡にとって唯一の心の安らぎは、愛らしく気立てのよい新入社員の由美(西山由美)だけだった。彼女は若いエリートの恋人がいたが、わざわざ花岡のために二人だけの送別会を開いてくれた。退職が近づいたある日、同僚がジャズ・バンド結成の話を持ってきた。若い頃に情熱を傾けたジャズで有志を集めて、コンサートをやろうというのだ。犬山(犬塚弘)、安井(安田伸)、桜田(桜井センリ)、谷山(谷啓)、それに会社の守衛「会社物語」c.jpgをしている上木原(植木等)とメンバーも揃い、花岡は練習に精を出して再び生活に張り合いを取り戻した。そして12月25日にコンサートが始まったが、その時花岡の家では息子が暴れ回っていた。花岡は途中で家に帰り、息子を止めようとしてケガをしてしまう。しかし花岡は再び会社に戻り、コンサートを成功させる。退職の日。花岡は、娘のように親しみを感じていた由美を二股にかけて振った生意気な若いエリートをぶっ飛ばし、会社を後にするのだった―。

「会社物語」2.jpg 1988年の市川準(1948-2008/59歳没)監督作で、定年を間近に控えた主人公のサラリーマンが、退職前に昔のバンド仲間と共にジャズコンサートを企画する話。その「昔のバンド仲間」を演じているのが、「ハナ肇とクレージーキャッツ」のメンバーで、1971年1月に石橋エータローが脱退後、メンバーは各自での活動が多くなり、80年代には各メンバーとも俳優としての存在感が増し、グループとして事実上の解散状態を迎えていたため、久しぶりの「同窓会」的映画と言えます。

「会社物語」6.jpg ただ、冒頭部分でハナ肇が演じる花岡始が、定年を迎えるサラリーマンの悲哀を一身に負っている感じで、矢鱈"重々しい"と言うか"暗~い"印象でした。「えっ、コメディじゃなかったの」という感じです。ストーリー的にも、最後の方に出てくる花岡の息子の家庭内暴力(こっちの方が情緒的なサラリーマンの悲哀よりよほど大きな現実問題ではないか)も解決した風には見えないし、「同窓会」映画ならクレージーらしくもっとも明るくてもよかったのでは。
  
「会社物語」dan.jpg そのくせ、クレージーのメンバーがジャズバーのようなところで「チャーリー・パーカーはいいよね」とかジャズ談義しているシーンがドキュメンタリー風に挿入されていたりして、これって一体、サラリーマンの悲哀を描いた映画なのか、クレージーキャッツの「同窓会」映画なのか、どうもはっきりしなかったように思います(一応、ハナ肇はこの作品で、1988年度・第31回「ブルーリボン主演男優賞」を受賞している)。
    
「会社物語」羽田1.jpg「会社物語」羽田2.jpg 植木等演じる会社の守衛が、実は大邸宅に住み、羽田美智子演じる若妻を侍らせているという設定だけが面白く(羽田美智子はこの年['88年]、'89年日本旅行キャンペーンガールに選羽田美智子 デビュー.jpgばれデビューしたばかりだった)、これとて、植木等が物語の設定に異議を唱えて、彼自身のアイディアで実現したようで、ああ、植木等という人は分かっていたなあ。「逆噴射家族」('84年)のようなコメディから黒澤明監督の「「乱」植木.jpg」('85年)まで出演経験があり、撮られながらもどんな映画になりそうか見えていたのでしょう。

「乱」植木等(藤巻信弘)

「会社物語」9.jpg 花岡にフィリピン出張を命じる常務が伊東四朗だったり(伊東四朗と羽田美智子は、'03年から昨年['22年]までテレビ朝日系で放送された刑事ドラマシリーズ「おかしな刑事」でW主演としてコンビを組むことになる)、花岡をバイトに勧誘するベンチの変な男がイッセー尾形だったり、職場の課員役として木野花や小川菜摘(ダウンタウンの浜田雅功と1989年に結婚)が出ていたり、色んな人が出ているなあと(ジャイアント馬場も本人役で出ている)。

 いずれにせよ、この映画が、メンバー7人が全員出演した最後の「クレージー映画」となりました。以降、下記のように、2023年現在で存命のメンバーは犬塚弘のみとなり、寂しい限りです。

[クレージーキャッツ.jpg  ハナ肇     1930年生まれ・1993年9月10日(63歳没)
  石橋エータロー 1927年生まれ・1994年6月22日(66歳没)
  安田伸     1932年生まれ・1996年11月5日(64歳没)
  植木等     1927年生まれ・2007年3月27日(80歳没)
  谷啓      1932年生まれ・2010年9月11日(78歳没)
  桜井センリ   1926年生まれ・2012年11月10日(86歳没)
  犬塚弘     1929年生まれ・2023年10月26日(94歳没)

 こうして見ると、ハナ肇、石橋エータロー、安田伸が何れも60代前半で亡くなっており、早かったのだなあと改めて思います。

あの頃映画 「会社物語 MEMORIES OF YOU」 [DVD]
「会社物語」d.jpg「会社物語」3.jpg「会社物語 MEMORIES OF YOU」●制作年:1988年●監督:市川準●脚本:鈴木聡/市川準●撮影:小野進●音楽:板倉文●時間:99分●出演:ハナ肇/谷啓/植木等/犬塚弘/安田伸/桜井センリ/石橋エータロー/西山由美(西山由海)/イッセー尾形/鈴木理江子/木野花/小川菜摘/馬渕晴子/羽田美智子/笹野高史/石丸謙二郎/岩松了/近藤宏/堺左千夫/宮部昭夫/余貴美子/ジャイアント馬場/村松友視/伊東四郎●公開:1988/11●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(23-05「会社物語」 12.jpg-14)(評価:★★★)
犬塚 弘
犬塚弘.jpg2023年年10月26日(94歳没)
「ハナ肇とクレージーキャッツ」ベーシストであり最後のメンバー。桜井センリの死去後は、同グループ唯一の存命者であり、唯一、昭和・平成・令和時代と3代に渡って存命していた人物。山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ、NHK連続テレビ小説「本日も晴天なり」「こころ」「おひさま」など数々の映画・ドラマにも出演したが、大林宣彦監督の遺作となった2020年公開の映画「海辺の映画館-キネマの玉手箱」で「俳優」としての活動から引退する意思を明らかにしていた。

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脚本は?だが、昭和30年代前半のサラリーマン世相を描いたものとして貴重。

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「満員電車」ポスター「満員電車 [DVD]」川口浩
「満員電車」2.jpg「満員電車」h4.jpg「満員電車」 3.jpg 茂呂井民雄(もろいたみお)(川口浩)は平和大学を卒業し、駱駝麦酒株式会社に就職した。日本には我々が希望をもって坐れる席は空いてない。訳もなく張り切らなくては、というのが彼の持論。新人研修の日、東北・一関の高校教師となって行く同窓で恋人の壱岐留奈(小野道子)に逢い、二人は軽くキスして別れた(茂呂井はほかに、百貨店の女店員と映画館「満員電車」3.jpgのもぎりの二人の恋人たちにも別れを告げる)。研修が終わると、民雄は関西・尼崎へ赴任した。そこで彼は先輩の更利満(船越英二)から、「健康が第一、怠けず休まず働かず」というサラリーマンの原則を聞かされる。ある日、故郷の父・権六(笠智衆)から母・乙女(杉村春子)が発狂したと知らせてきた。民雄は平和大学生課に月二千円で母の発狂の原因、治療を研究する学生を依頼した。応募したのは和紙破太郎(わしわたろう)(川崎敬三)という精神科医の卵。彼は民雄の父・権六に会い、時計屋の権六が市会議員でもあり、市の有力者で「満員電車」1.jpgあることを利用して、精神病院の設立を約束させる。ある日民雄の許に、県の財政縮小で教職リストラされた留奈が訪ね、生きるために結婚を迫る。しかし、気持はあっても毎月の出費に追われる彼としては断るしかなく、彼女は帰って行く。その後、民雄は膝の痛み止め注射に苦しみ、高熱のため髪が真白になる。そこへ気狂いになったはずの母が訪ねてきて、狂ったのは父だと聞かされる。民雄「満員電車」4.jpgは病院で和紙に会い、父を利用した彼を難詰する。チャンスは利用すべきと「満員電車」d.jpgの「三段跳び」論を振り回す和紙は、三段跳びの勢いが余ってバスにはねられ、止めようとした民雄は電柱に頭をぶつけて昏倒。目覚めると髪は元の黒。看護婦は精神に休養を与えたからだと。しかし尼崎に帰った彼は、1カ月の無断欠勤でクビになっていた。安定所で職を求める彼に小学校の小使いの口。そして、職安の人だかりの中で偶然留奈に逢った彼は、嬉しさの余り結婚を申込むが、既に彼女は別の小使いと結婚していた。ある小学校での入学式に、万国旗をあげる民雄の小使姿があった。が、すぐに彼は、帝大卒を隠していたことがばれてクビになる。彼は母親とバラック小屋に住むことになるも、一念発起してそこで学習塾を開くことを思いつく―。

 1957(昭和32)年公開の市川崑監督の、公開当時は「映画漫画」と呼ばれた風刺コメディ。Amazonのレビューでは、アナーキーでクレージーで「市川崑最高傑作」の一本とする人もいれば、小谷野敦氏にように「見事なまでの失敗作」、「父親から、お母さんが気が〇ったと連絡があり、実は気が〇っているのはお父さんだとか、一夜で白髪になったとか、ホップ、ステップ、ジャンプしたらバスにはねられたとか、くだらなすぎ「満員電車」04.jpgて面白くも何ともない」とする人もいて、個人的には自分も小谷野敦氏の感想に近いです。実は、市川崑と増村保造(助監督)もこの作品を口を揃えて「失敗」と切り捨てていますが、監督からも見捨てられた分、今になってカルト的価値が出てきたのかもしれません。

 明治9年→大正2年→昭和元年→現代と"日本國最高学府"東京帝大に於ける年代別の卒業式の描写から始まって、帝大卒が「超エリート」から「大勢いの中の一人」へと変遷したことを示唆した上で、当時の就職事情やサラリーマン世相、工業化社会・競争社会などを描いたものとしては、映像記録的に貴重かもしれません。当時の社員寮の一部屋の広さってこんなものだったのかとか(テレビや冷蔵庫などの家電はまったくない)、新人研修やホワイトカラーの仕事ってこんな感じだったのかとか、職安はずいぶん混んでるなあ、大病院の混み具合は昔からそうだったのだなあとか、いろいろ気づきがありました。

 映画が公開されたのは1957(昭和32)年3月の高度成長期初期ですが、物語の時代設定は2年後の1959年(昭和34)とされており、この間の世相は、'57年6月まで31か月続いたとされている「神武景気」が終わり、'57年7月から'58年6月にかけて「なべ底不況」が起きているので、この映画で描かれている就職難やリストラは、不況を予感した上でのことだったのかもしれません。

「満員電車」kirin.jpg また、民雄は「駱駝麦酒」株式会社入社後に尼崎工場に赴任しますが、かつて尼崎駅北側には2万7千平方メートル以上の敷地を持つキリンビールの大工場があり、'96年に今の神戸工場(神戸市北区)に移転するまで、映画にも見えるように、煙突が林立する工場と社員寮や社宅が立ち並ぶ企業城下町でした(跡地は今は大型商業施設で、ある調査では「住みやすい街」関西1位となり、若い家族やカップルが住む街となっている)。

 小谷野敦氏が言うように脚本はハチャメチャですが、話はテンポよく進み、ラスト、学歴詐称で用務員をクビになっても、それじゃあ自分で学習塾を起業しようという(東大卒の自分の強みにも合っているし、ボロ屋から出発したとしても、その先に来る受験戦争社会において成功するのでは)、主人公のポジティブな姿勢がコメディの結末としてマッチしており、評価は一応○としました(昭和サラリーマンのドキュメンタリーっぽい要素の"現在価値"も勘案して)。

「満員電車」bs.jpg「満員電車」sugimura.jpg「満員電車」●制作年:1957年●監督:市川崑●脚本:和田夏十/市川崑●撮影:村井博●音楽:宅孝二●時間:99分●出演:川口浩(茂呂井民雄)/笠智衆(その父・権六)/杉村春子(その母・乙女)/小野道子(茂呂井の彼女で教師になった壱岐留「満員電車」[.jpg奈)/川崎敬三(精神科医の卵・和紙破太郎)/船越英二(茂呂井の先輩社員・更利満)/潮万太郎(山居直)/山茶花究(駱駝麦酒社長)/見明凡太郎(本社総務部長)/伊東光一(場場博士)/浜村純(平和大学総長)/入江洋佑(若竹)/袋野元臣(曾根武名夫)/杉森麟(町の歯医者)/響令子(その奥さん)/新宮信子(女歯科医)/葉山たか子(看護婦)/半谷光子(看護婦)/佐々木正時(茂呂井のYシャツを修理する洋服屋)/酒井三郎(既卒者・茂呂井の就職あっせんを断わる学生課長)/葛木香一(小学校校長)/泉静治(教頭)/杉田康(教師)/花布辰男(新人教育講師の工場長)/高村栄一(新人教育講師の営業部長)/春本富士夫(尼崎工場の給与課長)/南方伸夫(人事課長)/宮代恵子(茂呂井の彼女で百貨店の女店員)/久保田紀子(茂呂井の彼女で映画館の女)/直木明(体格の良い男)/志保京助(青白い顔の男)/此木透(無精たらしい男)/志賀暁子(社長秘書)/吉井莞象(大学総長(明治時代))/河原侃二(大学総長(大正時代))/宮島城之(大学総長(昭和時代)/(ノンクレジット)田宮二郎(大学卒業式の場に茂呂井といる同期生)●公開:1957/03●配給:東宝●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(23-04-29)(評価:★★★☆)

《読書MEMO》
田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○丹下左膳餘話 百萬兩の壺('35年、山中貞雄)
○赤西蠣太('36年、伊丹万作)
○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
○暢気眼鏡('40年、島耕二)
○カルメン故郷に帰る('51年、木下恵介)
○満員電車('57年、市川昆)
○幕末太陽傳('57年、川島雄三)
○転校生('82年、大林宣彦)
○お葬式('84年、伊丹十三)
○怪盗ルビイ('88年、和田誠)

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源氏鶏太原作。今で言えば池井戸潤。予定調和の勧善懲悪劇だが面白い。

「青年の椅子」1962年.jpg 「青年の椅子」も.jpg 「青年の椅子」m1.jpg
青年の椅子 [VHS]」石原裕次郎/芦川いづみ

「青年の椅子」出演者.jpg ここ鬼怒川温泉では、日東電機工業のお得意様招待の新年宴会が盛大に行われていた。芸者衆がずらりと居並ぶ前で、ハッピ姿でサービスにつとめる社員たち。舞台で踊り終った大取引先の畑田商会社長・畑田元十郎(東野英治郎)は、同じく大取引先の矢部商会社長の令嬢・美沙子(水谷良重)の隣に腰を据えた。酒癖の悪い畑田は、やがて美沙子にからみ出す。困った彼女は、傍に控えていた日東電機社員・高坂(石原裕次郎)に助けを求めた。最初は躊躇したものの、畑田の「青年の椅子」芦川.jpg態度をみかねた高坂は、思わず畑田を投げ飛ばしてしまう。腐った高坂はビール手に風呂場へ降りて行った。そこで畑田と出会った彼は、畑田から意外なことを聞く。営業部長の湯浅(宇野重吉)を失脚させて社を食い物にしようとする陰謀があるというのだ。「青年の椅子」宇野.jpg先刻の事は水に流して仲直りした二人は、湯浅を守ることを誓い合う。一方、タイピストの十三子(芦川いづみ)と美沙子は高坂に好意を持っていた。面白くないのは十三子に婚約を破棄された営業部員の大崎(藤村有弘)と、美沙子につきまとう矢部商会の専務・田崎(高橋昌也)で、二人は何とかして高坂を馘にしようと企む。さらに田崎は、日東電機総務部長の菱山(滝沢修)と組んで、日東電機を食いものにしようとしていた。菱山一派は行動を開始し、菱山は湯浅に彼の部下の悪事を暴き責任をとるように迫る。辞職しようとする湯浅を引き留めた高坂は、畑田の力を借り巻き返しを開始し、美沙子を慕う矢部商会の木瀬(山田吾一)も高坂に協力を申し込む―。

青年の椅子 [VHS]
「青年の椅子」vh.jpg 1962年4月公開の西河克己(1918-2010)監督作で、原作は源氏鶏太(1912-1985)の1961年6月刊行の同名小説。何だか、今の時代の真山仁か池井戸潤の企業小説みたいです。どちらかと言うと池井戸潤かな。予定調和の勧善懲悪劇ですが面白いです(いつの時代も、こうした分かりやすい企業小説や企業ドラマへの需要はあるということか)。

 田崎が情婦にバーを経営させているという情報を掴んだ高坂がそこへ乗り込むと、菱山、田崎、大崎の面々がたむろしていた。その帰り高坂は愚連隊に襲われる。菱山らの陰謀は紛れもないところとなった。高坂や美沙子らに迫られた田崎は、全てが菱山の企んだことと白状する。高坂は菱山に対峙し、皆の前で彼の陰謀を明かす。菱山と田崎はクビになり、高坂は十三子に結婚を申し込むのだった―。

「青年の椅子」m2.jpg「青年の椅子」p.jpg やはり、ヒーロー裕次郎の特徴は喧嘩が強いこと。愚連隊なんか蹴散らして返り討ちにしてしまいます。それと、何事にも無感情になりがちな今の社会と違って(当時でも言いにくいことは言えない雰囲気はあったと思うが)、素直に感情を吐露する姿も心地よいです。まあ、東野英治郎演じるお得意先の社長の非礼にたまらず相手を投げ飛ばしてしまうも、そのことで却ってその社長との絆が深まるというのは出来すぎた話ですが、そこはコメディということで...。

 宇野重吉が演じる営業部長の湯浅と、滝沢修が演じる総務部長の菱山が、常務(芦田伸介)を挟んで対峙するシーンは、劇団民藝の共同代表同士で見応えがあり、こうした場面が映画を"絞める"ことになっていると思いました。二人の共演は多いけれど(滝沢と宇野は「剛の滝沢、柔の宇野」と称された)、こうしたまともにぶつかり合うシーンはあまりないのではないかと思います。

91石原裕次郎 『青年の椅子』.jpg「青年の椅子」●制作年:1962年●監督:西河克己●製作:水の江滝子(企画)●脚本:松浦健郎●撮影:岩佐一泉●音楽:池田正義(主題歌:石原裕次郎「ふるさと慕情」)●原作:源氏鶏太●時間:93分●出演:石原裕次郎/芦川いづ「青年の椅子」01.jpgみ/芦田伸介/水谷良重/藤村有弘/山田吾一/高橋昌也/谷村昌彦/青木富夫/矢頭健男/小川虎之助/大森義夫/三崎千恵子/宮城千賀子/東野英治郎/滝沢修/宇野重吉●公開:1962/04●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-06)(評価:★★★☆)


石原裕次郎シアター DVDコレクション 75号 『青年の椅子』 [分冊百科]

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裕次郎の日活青春映画の中ではやや異色なのは、芦川いづみの役どころのせい?

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あした晴れるか [DVD]」石原裕次郎/芦川いづみ
「あした晴れるか」000.jpg「あした晴れるか」m3.jpg 秋葉原のヤッチャバ(青果市場)に勤める三杉耕平(石原裕次郎)は写真大学卒で、本職はカメラマン。彼はある日、桜フィルムの宣伝部長・宇野(西村晃)から「東京探検」というテーマで仕事を依頼される。そして耕平の面倒をみる担当として、宣伝部員・矢巻みはる(芦川いづみ)を付けられた。みはるは才女で、耕平にとっては全くの苦手タイプだった。その上バー"ホブーブ"のホステス・セツ子(中原早苗「あした晴れるか」m2.jpgも耕平を追いかけ回し、苦手が二人になる。その夜、宇野に連れていかれたバーで、みはるが愚連隊に因縁をつけられるが、偶然通りがかったみはるの従弟・昌一(杉山俊o0420017915048971131.jpg夫)によって救われる。翌朝、耕平は目を覚まして仰天する。みはるの家に泊ってしまったのだ。みはるには、しのぶ(渡辺美佐子)という美しい姉がいた。しのぶは、美容学研究家の洒落男・下田(庄司永建)に求愛されていた。やがて、耕平の仕事が本格的に始まる。深川の不動尊、佃島の渡船場、旧赤線地帯、野犬抑留場―みはるは一日中耕平の傍に付きながら、彼に惹かれていくのを感じた。ふとしたことから耕平はセツ子の父親・清作(東野英治郎)と知り合う。清作は昔ヤクザだったが今は堅気の生活をしている。しかし六年前に清作がビッコにした人斬り根津(安部徹)という男が清作を探していた。ある日、根津に探し出された清作を、危機一髪、耕平が駆けつけて救ける―。

『あした晴れるか』.jpg '60年10月公開の中平康(1926-1978)監督作で、原作は菊村到(1925-1999)の新聞連載小説。'60年に東京新聞に268回に渡って連載されたものです。『あした晴れるか』('60年/光文社)として同年刊行されていますが、同じ年に映画化もされたことになります。菊村到は、「不法所持」で'57(昭和32)年・第3回「文學界新人賞」、「硫黄島」で'57(昭和32)年上期・第37回「芥川賞」を受賞していますが、個人的イメージとしては西村寿行(1930-2010)とかに近い印象。ビジネス小説も書いていたのかあ(しかもユーモア小説!まあ、ヤクザは出てくるが)。
あした晴れるか―長編小説 (1960年) -』 

o0420017915048875203.jpg「あした晴れるか」 芦川.jpg 全体としては、裕次郎のモテ男はつらいといったお話ですが、テンポが良くて楽しめるのと、どちらかというと可憐な女性の役が多い芦川いずみが、眼鏡をかけたキャリアウーマン風の女性を演じているところが変わったところでしょうか(実は周囲に馬鹿にされないための伊達メガネだったのだが)。

「あした晴れるか」m1.jpg 芦川いずみ演じる矢巻みはるは、中原早苗が演じる元気なホステス・セツ子と、裕次郎が演じる耕平を巡って張り合うし、渡辺美佐子が演じる矢巻みはるの姉しのぶも、政略的な婚約を断ち切り、最後、独り窓に向かって「昨日風吹き、今日雨吹り、明日晴れるか」と落書きし(これがタイトルの由来)、その瞳は耕平にじっと向けられていて―。

 最後は耕平の次々と発表した「東京探検」作品展は人気を呼び、大当りに気を良くした宇野(西村晃)は、この次の企画として「アフリカ探検」を耕平に用意してあると言うのだが、みはる、セツ子に加えて昌一までもが助手として同行することを希望し、さて一体誰が耕平についてアフリカに行くのか...。
「あした晴れるか」 n.jpg「あした晴れるか2.jpg

「あした晴れるか」c1.jpg 芦川いづみの大きな黒眼鏡の役どころのせいもあってか、彼女の出演作品としても、裕次郎の日活青春映画としてもやや異色ですが、肩が凝らずに楽しめるコメディでした。

 最後のヤクザとの乱闘シーンで、裕次郎がメロンを手に、「卸しでも300円する」と言っていますが、時代は1960年なのでかなりの高級品のはず。マスクメロンは、まだ庶民にとっては高嶺の花でした。これを投げつけるシーンには、当時批判があったのではなかったかなあ(因みに、この映画の鑑賞券(前売り券)には、「総天然色 主演:石原裕次郎 芦川いづみ」とあり、価格は「100円」とあった)。
『あした晴れるか』 (c).jpg「あした晴れるか」石原裕次郎/芦川いづみ

「あした晴れるか」 c2.jpg.gif「あした晴れるか」09.jpg「あした晴れるか」●制作年:1960年●監督:中平康●脚本:池田一朗/中平康●撮影:岩佐一泉●音楽:黛敏郎●原作:菊村到●時間:90分●出演:石原裕次郎/芦川いづみ/渡辺美佐子/杉山俊夫/信欣三/嵯峨善兵/高野由美/中原早苗/安部徹/草薙幸二郎/藤村有弘/庄司永建 o0420017915049307194.jpg/殿山泰司/宮城千賀子/西村晃/東野英治郎/三島雅夫●公開:1960/10●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-06)(評価:★★★☆)
      
殿山泰司(中年サラリーマン・植松伊之助。チンピラに絡まれるが耕平に助けられ、共に飲み屋で意気投合する。家庭では女房の尻に敷かれている)
  
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東野英治郎(セツ子の父親・梶原清作。今は花屋だが、かつては博打打ちで、根津(安部徹)が清作の親分を刺したため清作が根津を刺し、そのため根津から恨まれている)

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安部徹(人斬り根津。6年前に清作がビッコにしたヤクザで、最近出所して恨みを晴らすために清作を探している)
  
 
 
 
 
   
●菊村到原作
硫黄島」('59年)/「けものの眠り」('60年)
1硫黄島.jpg 1けものの眠り.png
俺は死なないぜ」('61年)/「夕陽の丘」('64年)
1俺は死なないぜ.jpg 1夕陽の丘.jpg

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芦川いづみ出演2作。タイトル=解題だった「誘惑」。青春メロドラマ「知と愛の出発」。

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誘惑」(1957)千田是也/左幸子/芦川いづみ
「知と愛の出発」000.jpg
「知と愛の出発」(1958)芦川いづみ/川地民夫
「誘惑」p.jpg「誘惑」左.jpg「誘惑」千田.jpg 杉本省吉(千田是也)は銀座の洋品店主。娘の秀子(左幸子)とやもめ暮しで、店の二階を画廊に改造しようと考えていた。洋品店には無愛想で化粧嫌いな竹山順子(渡辺美佐子)がいた。順子は他人の迷感も顧みない貧乏画家・田所草平(安井昌二)にその美貌を指摘されるや、一転してお化粧に専念し、草平を恋するようになる。省吉の画廊が完成する。画廊のお披露目パーティの日に、草平の絵が有名画家の岡本太郎らの目にとまり、彼は一躍有名となり、発表会は連日盛況を極める。秀子は、松山小平「誘惑」芦川9.jpg(葉山良二)の妹・章子(芦川いづみ)のもとに草平の画が4、5点埋れているというので、それを持って章子と画廊に来た。章子を見た省吉は、彼女が初恋の人(芦川いづみ、二役)に瓜二つであることに驚く。その後、彼女はその娘で、初恋の人本人は亡くなったということを知る。順子と草平の結婚式の夜、祝酒に深酔した章子は秀子の家に泊まる。いつしか省吉は章子の寝顔が初恋の人と重なって見える。熱い思いを前に衝動を抑えきれない省吉は、三十年前に果せなかった接吻を章子にする。章子の目には涙が浮んできたが、それは母と省吉の秘密を知っている章子の歓びの涙だった―。

 「誘惑」は1957年公開の中平康監督作。原作は、伊藤整(1905-1969 、伊藤整は個人的には『文学入門』('54年/カッパブックス))を思い浮かべる)が1957年の1月から6月にかけて朝日新聞に連載したもので、7月に『誘惑』として新潮社刊、同年9月にこの映画化作品が公開されているから、連載当時から注目されていたのでしょう。

「誘惑」1.jpg 全体としては、銀座すずらん通りの洋品店を舞台にしたちょっと洒落たコメディです。千田是也が演じる寡夫の父・省吉と、左幸子が演じるその娘・秀子と同世代の仲間たちの恋模様―といった群像劇風ですが、終盤で芦川いづみ演じる小平の妹・章子が登場して、これが省吉の秘められた過去の恋の相手の娘であったところから、ミステリアスな要素も入ってきます。

「誘惑」111.jpg 実は、当の章子は、母がかつて省吉から接吻されることを望んでいたことを知っていて、母に代わって自分が亡くなった母の願いを叶えたということになるのでしょう。そうなると、章子が酒に酔って秀子の家に泊まったのも、寝苦しそうに咳をして省吉に介抱させたのもすべて計画の内だったということになります。つまり、章子は母に代わって省吉を計画的に「誘惑」したわけであり、タイトルが即ち"解題"だったのだなあと思いました(ある意味スゴイね。これ、かなり特殊な心理だと思う。当時、母の望みが叶っていたら、自分は生まれてなかったのではないか)。

「誘惑」岡本.jpg 岡本太郎、東郷青児らが本人役で出ていて(映画.comではそれぞれ山本次郎、西郷赤児の役名になっているが、映画に中では本名で呼ばれていた)、岡本太郎などはしっかり草平の絵を褒める演技していました。その草平の絵が岡「さか屋」岡本風呂.jpg本太郎が描いたっぽいのが可笑しいです。そう言えば、中伊豆の吉奈温泉に「さか屋」という岡本太郎が贔屓にしていた旅館があって、そこには岡本太郎がデザインした風呂があります。個人的には、「さか屋」の向かいにある「東府や」を使うようにしているのですが(庭園が広い。初夏は蛍、秋は紅葉が楽しめる)、「さか屋」も日帰り入浴ができたのではないかと思います。岡本太郎って、「芸術は爆発だ!」から「グラスの底に顔があっても良いじゃないか」まで様々なキャッチで知られているけれど、映画に出て自分の絵を褒めたり、温泉に泊まって風呂をデザインしたり、いろんなことをやってるなあ。

  
「知と愛の出発」p.jpg「誘惑」11.jpg 諏訪湖のほとりの町に住む高校生・綾部桃子(芦川いづみ)は、同級生で病院長の令嬢・川野恵美(白木マリ)と湖に遊びに来たが、恵美の同性愛的な愛撫を拒んだため、ひとり湖の真中にある小さな島に取り残されてしまう。困り果てた桃子を同級生の南条靖(川地民夫)がボートで救ってくれ、桃子は彼と親しくなる。二人は大学進学の夢を語り合った。「知と愛の出発」12.jpgところが桃子の家は経済的に苦しく、寡の父・健司(宇野重吉)は大学進学を諦めろと告げる。女は大学など行く必要が無いという父に反発し、桃子はアルバイトをしてでも大学に行くことを決意する。靖は厳しい父の監視を受けながら、受験勉強を続けていた。桃子への同性愛に破れた恵美は、若い医師・三樹(小高雄二)と遊び、学友であるバーの娘・津川洋子(中原早苗)の家で、夫婦雑誌や実話雑誌を読んで性の世界に興味を抱いていた『知と愛の出発』.jpg。一方、三樹は恵美の若い母・順子(利根はる恵)をも狙っていた。夏休みに桃子と洋子は湖畔のホテルでアルバイトを始める。祭りの夜、桃子と靖は湖のほとりで月光の下、唇を触れ合った。洋子は都会から来た不良青年らに純潔を奪われてしまい、恵美の病院に担ぎ込まれた後、服毒自殺する。桃子は盲腸炎になり、三樹の手術を受けたが、靖の輸血で快方へ向かう。しかし輸血が靖からと知らぬ桃子は、他人の血が体に入ったことに不潔感を覚えた。そして三樹は桃子に迫る―。

『知と愛の出発』 .jpg 「知と愛の出発」は、1958年公開の齋藤武市監督作で、原作は中村八朗(1914-1999)の『知と愛の出発』('58年/小壷天書房)。中村八朗は、1954年まで直木賞候補に挙がること7回の記録を作ったものの最後まで受賞に至らず、1956年頃からは青春小説やジュニア小説をメインに執筆、昭和40年代のジュニア小説ブームの中で、十代を主人公に設定した小説を多く発表したとのこと。かなり人気はあったようで、この作品も刊行と同時に映画化されています。

 青春メロドラマといった感じでしょうか。人物造型もパターナルな印象。純真な主人公は道を踏み外しそうで外さずに、おそらくこの後大学進学(お茶女かあ、優秀なんだ)を目指すだろうし、意地悪な同級生はあくまで意地悪だし、プレイボーイの医師はとことんプレイボーイだし。

「知と愛の出発」芦川.jpg 芦川いづみがのセーラー服姿がよくて(当時22歳だが)、ウェイトレス姿も可憐。これらが見られるだけでこの作品の価値があるという人も結構いるのではないかと思わせます。ただし、この主人公の女性、純潔の証明を自分を犯そうとした医師に求めたり、自分の躰に他人の血が輸血されたことに不潔感を覚えたり、ちょっと今の時代からすると理解しにくい部分もありました。

「芦川いづみ特集」.jpg 神保町シアターでカラーDVD上映。当時コニカラーというシステムでカラー作品として製作公開されましたが、現在では復元が難しく、長らくモノクロでの視聴しか叶わなかったものを、白黒プリントから4Kスキャンを行い、疑似カラーによって復元したもの。 神保町シアターで2015年に「恋する女優 芦川いづみ」特集で上映された際は、当時まだ白黒版での上映でしたが、今回の2023年版「恋する女優 芦川いづみ」特集でカラー上映となりました。

 美しい諏訪湖の自然がカラーで見られるほか、芦川いづみの入浴シーンの肌の色などもまずまず。一方で、室内シーンなどが意図せずにセピア調になってしまっていて色の出がイマイチだったりし、芦川いづみのセーラー服のスカートが風に舞うごとにその色がブルーに見えたり茶色に見えたりして、もう少し色ムラの補正もして欲しかった気もしました。

「誘惑」1957.jpg「誘惑」2.jpg「誘惑」●制作年:1957年●監督: 中平康●製作:高木雅行●脚本:大橋参吉●撮影:山崎善弘●音楽:黛敏郎●原作:伊藤整●時間:91分●出演:左幸子/芦川いづみ/千田是也/渡辺美佐子葉山良二/安井昌二/轟夕起子/中原早苗/殿山泰司/小沢昭一/二谷英明/宍戸錠/(以下、本人役)岡本太郎/東郷青児/勅使河原蒼風/徳大寺公英●公開:1957/09●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-11)(評価:★★★☆)

誘惑 HDリマスター版 [DVD]

日活110年記念 ブルーレイ&DVDシリーズ 20セレクション 知と愛の出発 [カラー復元版] [DVD]
「知と愛の出発」d.jpg「知と愛の出発」●制作年:1958年●監督:齋藤武市●企画:高木雅行●脚本:植草圭之助●撮影:姫田真佐久●音楽:鏑木創●原作:中村八朗●時間:93分●出演:芦川いづみ(綾部桃子)/川地民夫(南条靖)//宇野重吉(桃子の父・綾部健司)/中原早苗(桃子の親友・津川洋子)/白木マリ(同・河野恵美)/小高雄二(医師・三樹)/永田靖(靖の父・南条茂人)/夏川静江(靖の母・南条夏江)/「知と愛の出発」p2.jpg永井智雄(恵美の父、河野病院院長・河野秀樹)/利根はる恵(恵美の妻・河野順子)/廣岡三栄子(洋子の母・津川咲江)/二谷英明(雑誌記者)/清水マリ子(諏訪湖ホテルのアルバイトの少女A)/鎌倉はるみ(同B)/江端朱実(靖の妹・南条春子)/近藤宏(咲江の愛人・吉川)/河上信夫(雑誌記者の上司)/河合健二(記者)/鴨田喜由(バー「ナポリ」の客)/弘松三郎(自動車会社のセールスマン)/長尾敏之助(諏訪湖ホテルの支配人)/阪井幸一朗(ボーイ頭)/小柴隆(バー「ナポリ」の客)/堀江勇(都会の青年)/柳瀬志郎(同)/大須賀更生(同)/須藤孝(記者)/亀谷雅敬(桃子の弟・綾部満)/松原光一(都会の青年)/清水千代子(看護婦)/高田栄子(同)/菅乃梨子(同)/鈴木俊子(同)/佐川明子(同)●公開:1958/06●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-11)(評価:★★★)

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ストーリーはぐちゃぐちゃなになのに面白い。スタイリッシュな「殺しの烙印」。

「殺しの烙印」1967.jpg「殺しの烙印」dvd.jpg「殺しの烙印」01.jpg
日活100周年邦画クラシック GREAT20 殺しの烙印 HDリマスター版 [DVD]」宍戸錠/真理アンヌ/小川万里子
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 殺し屋がランキングされ、すべての殺し屋がナンバー1になろうと鎬を削る世界。ナンバー3の花田(宍戸錠)は、元締めの藪原(玉川伊佐男)から名前を名乗らない謎の男(南原宏治)の護送を依頼され、任務中にナンバー4の殺し屋でスタイリストの高(大和屋竺)とナンバー2を倒し、新たなナンバー2の座を獲得して任務を終える。運転手兼相棒で元ランク入りの殺し屋の春日(南廣)を任務中に失った花田は、「夢は死ぬこと」と語る謎の女・美沙子(真理アンヌ)に迎えられて帰路につく。美沙子は来日「殺しの烙印」 00.jpg中の外国捜査官の男の狙撃を花田に依頼するが、花田は手元を狂わせ、無関係の人物を射殺してしまう。このためにランキング外に転落した花田は、殺し屋の掟として、彼を処刑しに来る殺し屋たちの襲撃を次々と受ける。妻の真実(小川万里子)や美沙子も処刑人のひとりだった。しかし美沙子と花田は互いを愛し合ったために殺し合うことができず、ともに逃げる立場となる。美沙子は殺し屋組織に囚われの身となる。美沙子以外の刺客をすべて倒した花田の前に最後の敵として現れたのは、かつて彼が護送した謎の男だった。この男・大類こそが伝説の殺し屋ナンバー1だった。花田は大類との決闘に臨む―。

「殺しの烙印」11.jpg 鈴木清順監督の1969年作。一応ストーリーは書きましたが、観ている分にはぐちゃぐちゃで、ぐちゃぐちゃなのに面白く、また、全体を通して映像がスタイリッシュでした。しかし、どうしてこんなぐちゃぐちゃなストーリーなのか。

「殺しの烙印」12.jpg まず、1966年に結成された脚本家グループ「具流八郎」によるシナリオ執筆が決まり、中心人物だった大和屋竺が「殺し屋の世界ランキング」というアイディアを立ててハードボイルド・タッチの前半部分を書き、他のメンバーがそれに話を加えていくという方式をとり、また、一部の場面でギャビン・ライアル『深夜プラス1』、リチャード・スターク『悪党パーカー/人狩り』といった小説を参考にしているようです(だから、冒頭は『深夜プラス1』になっている。ただし、途中で話が途切れる)。

「殺しの烙印」ぼ.jpg 作中には小川万里子ら女優のヌードが随所に登場しますが、編集当初はフィルムに直接白い矢印を書き、その矢印が自粛個所を追いかけながら隠すという手法を取ろうとしたのが、この方法は会社から無断でお蔵入りにされ、公開時点で、画面半分を隠すほどの大げさな黒ベタによって塗りつぶされることになったとのことです。このため、鈴木清順監督を含む製作スタッフは、この修正版を「インチキ『殺しの烙印』」と呼んでいたそうで、修正が入っていない「完全版」は東京国立近代美術館フィルムセンター(のちの国立映画アーカイブ)に収蔵され、のちにビデオソフトとしてこの「完全版」復活したそうです(自分がシネマブルースタジオで観たのは"修正版"の方だった)。

「殺しの烙印」水.jpg 本作は公開時、批評家や若い映画ファンに熱狂的に支持されましたが、一方、当時の日活社長・堀久作は完成した作品を観て激怒し、特に、宍戸錠が演じる主人公の殺し屋が、ガス炊飯器の蓋を開け、米飯の炊ける匂いに恍惚とする、という描写が特に気に入らなかったようです(後にこのシーンのためにこの映画は有名になるのだが、元々の意図はCMのパロディだったようだ)。

「殺しの烙印」13.jpg 堀久作は公開翌年1968年の年頭社長訓示において、「わからない映画を作ってもらっては困る」と本作品を名指しで非難し、同年4月に鈴木清順監督に対し電話で一方的に専属契約の打ち切りを通告しました。これらの問題を不服とした映画人や大学生有志による「鈴木清順問題共闘会議」が結成され、映画界を巻き込んだ一大騒動に発展し、鈴木も日活を提訴、1971年に和解が成立しましたが、鈴木は1977年に松竹で「悲愁物語」を監督するまで約10年間のブランクを送ることとなりました。

クエンティン・タランティーノ.jpg 本作はやがて海外で高い評価を得るようになり(クエンティン・タランティーノ、ジョン・ウー、パク・チャヌクらがその影響を認め、ジム・ジャームッシュ、ウォン・カーウァイらが絶賛している)、国内でも再評価されることになりましたが、こうしたことは時々あるパターンだなあという気がします(そして、クエンティン・タランティーノがそれによく噛んでいる(笑))。

真理アンヌ in「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)   
科学特捜隊インド支部・パティ隊1.jpg真理アンヌ2.jpg真理アンヌ3.jpg 真理アンヌは1948年生まれ。父親がインド人で母親が日本人。この作品と同じ年「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)に科学特捜隊インド支部・パティ隊員役で出ています。因みに、「ウルトラセブン」で菱見百合子が演じた「友里アンヌ隊員」の役名は、第1期ウルトラシリーズを企画した金城哲夫(1938-1976/37歳没)が真理アンヌのファンだったことからその名になったとのことです(この人は吉本興業所属の現役)。

「ピストルオペラ」 2001.jpg「ピストルオペラ」9.jpg 鈴木清順監督自身にとっても思い入れのある作品なのか、後に、この作品の"続編"と言うより、殺し屋がナンバーランキングされている世界というモチーフを生かした「ピストルオペラ」('01年/東宝)を撮り、その作品は第58回ヴェネツィア国際映画祭アウト・オブ・コンペ部門正式招待作品となり、同映画祭では「偉大なる巨匠に捧げるオマージュの盾」を受賞しています。

「ピストルオペラ」011.jpg「ピストルオペラ」02.jpg 日本でも多くの人がこの"続編"作品を高く評価しているようですが、個人的には、鈴木清順監督の独自の映像美が横溢している作品だと感じられた一方で(観終わった直後は新鮮さを感じた)、後で考えてみたら、主演の江角マキコと共演の山口小夜子の高身長二人組も、演技しているのかどうかもよく分からない作品でした(江角マキコのセリフが棒読みなのは、下手なのか監督の演出なのか)。結局、「殺しの烙印」よりは落ちるかなという印象です。
  

「殺しの烙印」真理.jpg「殺しの烙印」真理2.jpg「殺しの烙印」●制作年:1967年●監督:鈴木清順●脚本:具流八郎(鈴木清順/大和屋竺/木村威夫/田中陽造/曽根中生/岡田裕/山口清一郎/榛谷泰明)●撮影:永塚一栄●音楽:山本直純(主題歌:大和屋竺「殺しのブルース」)●時間:91分●出演:宍戸錠/南原宏治/真理アンヌ/小川万里子/南廣/長弘/大和屋竺●公開:1967/06●配給:日活●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-03-28)(評価:★★★★)


「ピストルオペラ」2001.jpg「ピストルオペラ」●制作年:2001年●監督:鈴木清順●脚本:伊藤和典●撮影:前田米造●音楽:こだま和文●時間:112分●出演:江角マキコ(皆月美有樹(殺し屋No.3))/山口小夜子(上京小夜子)/韓英恵(少女・小夜子)/永瀬正敏(黒い服の男(殺し屋No.1?))/樹木希林(りん)/ヤンB・ワウドストラ(白人の男(殺し屋No.5))/渡辺博光(車椅子の男(殺し屋No.4))/加藤善博(情報屋の男)/柴田理恵(女剣劇の役者)/青木富夫(劇場の男)/小杉亜友美(ターゲットの女)/上野潤(若い男)/乾朔太郎(渡辺謙作)(ダンスホールの男)/三原康可(殺し屋NO.6)/田中要次(殺し屋NO.7)/加藤照男(殺し屋NO.8)/森下能幸(殺し屋NO.9)/加藤治子(折口静香)/沢田研二(東京駅の男(殺し屋No.2))/平幹二朗(花田五郎(元殺し屋No.1))●公開:2001/11●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-04-16)(評価:★★★)

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PTSDとそこからの立ち直り。存在感が印象に残る宮崎あおい。

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ユリイカ(EUREKA) [DVD]」(2002)役所広司/宮崎あおい/宮崎将

(ユリイカ)01.jpg 九州に住む田村直樹(宮﨑将)と梢(宮﨑あおい)の兄妹は、小・中学生だった二年前に、沢井真(役所広司)の運転するバスで登校中にバスジャックに遭遇した。犯人(利重剛)は刑事の松岡(松重豊)によって射殺されたが、兄妹と沢井以外の乗(ユリイカ)02.jpg客は犯人の銃で殺された。極度のショックを受けた兄妹は引き籠り、その影響で両親は離婚。親権者の父親は無謀運転で事故死し、兄妹は大きな屋敷に二人きりで住むようになった。一方の沢井も不安定になり、家族と揉めた末に、引き寄せられるように直樹たちの屋敷に転がり込む。二年後の夏、兄(ユリイカ)04.jpg妹の従兄の大学生・秋彦(斉藤陽一郎)が屋敷にやって来る。休暇期間中だけ親戚らに送り込まれたのだ。兄妹が全く口をきかず、沢井まで居ることに驚きつつ、同居を始める秋彦。土木作業員として働く沢井の会(ユリイカ)05.jpg社で、事務員の河野圭子(椎名英姫)が殺された。近辺では通り魔殺人が頻発しており、疑われた沢井は一時留置場に拘留される。沢井と直樹たち兄妹はバスジャックの被害者なのに、地域の人々から孤立し白い目で見られている。このまま引き籠っていてはいけないと感じた沢井は、中古の旧式バスを買って改造し、直樹と梢、秋彦を乗せて旅に出る。バスに寝泊りしながら九州を巡る四人。秋彦は、前日に泊まった阿蘇の町で、通り魔殺人が起きたことを知る。犯人は、夜中にバスから出た沢井か直樹ではないのか―。

青山 真治.jpg 昨年['22年]頸部食道がんのため57歳で亡くなった青山真治(1964-2022)監督作で、第53回カンヌ国際映画祭で「国際批評家連盟賞」と「エキュメニカル審査員賞」をW受賞した作品。日本公開は'01(平成13)年ですが、カンヌでの公開は'00(平成12)年5月18日でした。同年5月3日に当時17歳の少年による「西鉄バスジャック事件」が発生していますが、もちろん映画の撮影はその前です(撮影に使用されているのが「西鉄バス」であるというのはすごい偶然)。

(ユリイカ)03.jpg 上映時間は3時間37分と長尺で、ほぼ全編セピアカラーのような映像で、心象風景的なシークエンスも少なからずありましたが、時間の長さをあまり感じさせず、一定の緊張感を維持して観続けることができました(劇場で観られたというのもある)。役所広司に加えて、宮﨑将・あおい兄妹の演技力もあったと思います。兄妹はPTSDで会話ができないという設定でしたが、秋彦役の斉藤陽一郎より梢役の宮﨑あおいの方がその存在感が印象に残りました(兄・宮﨑将は現在俳優をやめているが、役者としては、自分より妹の方が優れていると思っているという発言をしたことがある)。

「ユリイカ」10.jpg 要するに、PTSD(心的トラウマ)とそこからの立ち直りの物語ですが、ほろ苦い結末でもあります。ここから先はネタバレになりますが、結局、連続通り魔事件は心を病んだ直樹の犯行であり、そのことに気づいた沢井は姿を消した直樹を追い、次の殺人を思い留まらせ、付き添って警察に自首させます。そして、残された梢の心を思いやり、バスで海や広大な景色を見せてから家路へと向かう―。

 ただ、あまり伏線にないようなものが無かった気もします。最後に沢井が秋彦のふと漏らした「一線を越えてしまったら隔離した方が周りにとっても本人にとっても幸せなんだよ」との一言に激高して、秋彦を殴った上でバスから路上に追い出してしまうのも、やや自己チュー気味で、共鳴する以前に唐突感を感じました。

 沢井と梢が海を見てから展望台に登るというラストシーンは、ロードムービーの定番的シチュエーションのように思えましたが、悪くなかったように思います。ただ、梢が「お兄ちゃん、見える?」と兄への思いを馳せて言う言葉が、尚のことほろ苦さを増すというか、これから二人が旅しても、新たなトラウマを背負っていくことになるのでは、という気もしなくはありませんでした。

 青山監督自身によって執筆されたノベライズは2000年に角川書店より刊行され、第14回三島由紀夫賞を受賞していますが、個人的には未読です。ただ、こうした実験的なアプローチで撮り切って、観客に映画館に足を運ばせる力量のある作品を生み出せる監督が亡くなったのは残念に思います。また、この作品が劇場であまり上映される機会が無いのも残念です(DVDは2002年に発売され、いったん廃盤となり、2008年に値下げして再リリースされたものの、現在は中古品がプレミア価格になってしまっている)。

(ユリイカ)いm.jpg「EUREKA(ユリイカ)」●制作年:2000年●監督・脚本:青山真治●撮影:田村正毅●音楽:青山真治/山田勳生●時間:217分●出演:役所広司/宮﨑あおい/宮﨑将/斉藤陽一郎/国生さゆり/光石研/利重剛/松重豊/塩見三省/真行寺君枝/でんでん/椎名英姫/中村有志/尾野真千子/本多哲郎(唄人羽(うたいびと はね))●公開:2001/01●配給:サンセントシネマワークス●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-03-19)(評価:★★★☆)

EUREKA ユリイカ(IMDb評価 7.8)

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アカデミー賞を総嘗め。今までアジア系を無視してきたことの反動ともとれるが。

「エブエブ」2022.jpg「エブエブ」08.jpg 「エブエブ」09.jpg
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 」(2022)ミシェル・ヨー
「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」7.jpg
「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」(1997)舞台はホーチミン(サイゴン)、ロケ地はタイのバンコク

「エブエブ」03.jpg 中国系移民のエヴリン(ミシェル・ヨー)は、自身が経営するコインランドリーが破産寸前で、しかも国税局から監査が入り、税金の申告をやり直さなければならなくなったという問題や、頼りにならない夫ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)、反抗的な娘ジョイ(ステファニー・スー)、老齢で車椅子が必要な上に最近ボケてきた父親ゴンゴン(ジェームズ・ホン)といった家族の問題など、数多くのトラブル「エブエブ」06.jpgを抱えていた。疲れ果てた彼女の前にある日、夫に乗り移った"別の宇宙(ユニバース)の夫"が現れ、「全宇宙にカオス「エブエブ」04.jpgをもたらそうとしている強大な悪ジョブ・トゥパキを倒せるには君だけだ」と彼から告げられて、世界の命運を託されてしまう。彼女は"無限の多元宇宙(マルチバース)"に飛び込み、カンフーの達人の"別の宇宙のエヴリン"の力を得て、マルチバースの脅威ジョブ・トゥパキと戦うこととなるが、ジョブ・トゥパキの正体は"別の宇宙の自分の娘"だった―。

トゥモロー・ネバー・ダイ よー.jpg「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」1997.jpg007 ミシェル・ヨー.jpg 2022年制作のダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)監督よる「異次元間アクション映画(通称「エブエブ」)。主演は香港アクシTRUE LIES movie.jpgョン映画の華として活躍し、「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」('97年/英・米)、「グリーン・デスティニー」('00年/中国・台湾・香港・米)でハリウッドに進出したミシェル・ヨー(59歳)で(脚本は当初ジャッキー・チェンが主演を務めることを想定して書かれていたものだった)、共演は「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)で少年役だったキー・ホイ・クァン、「トゥルーライズ」('94年/米)のジェイミー・リー・カーティス(63歳)などです。

「エブエブ」オスカー.jpg どうして今このメンバー?とも思える組み合わせですが、先月['23年3月]発表の第95回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、編集賞の計7部門を受賞し、この3人ともが演技賞を受賞したことになります(主演男優賞は「ザ・ホエール」のブレンダン・フレイザ)。

 アカデミー賞の7部門独占は、今世紀に入って'04年の「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」('03年)の11部門、'09年の「スラムドッグ$ミリオネア」('08年)に次ぎますが、この2作は「エブエブ」のような演技賞の受賞はなく、演技部門における3冠達成は、1951年の「欲望という名の電車」と1976年の「ネットワーク」に次いで3度目、ほぼ半世紀ぶりのこととなります。さらに、編集賞を除く主要6部門制覇は、「或る夜の出来事」「地上(ここ)より永遠に」「カッコーの巣の上で」「クレイマー、クレイマー」「愛と追憶の日々」「羊たちの沈黙」などの持つ最多記録(主要5部門制覇)を抜いて史上初とのことです。

「エブエブ」12.jpg アカデミー賞受賞決定の直後に観ました。そんなスゴイ作品かなあというのはありましたが、話は強引ながらも勢いがあり、乗せられて観てしまいました(フツーに娯楽映画として観たということか)。ミシェル・ヨー演じるエヴリンの、現実生活の苦しさをぶっ飛ばすキレキレのアクションは「グリーン・デスティニー」での彼女を髣髴させ、キー・ホイ・クァンも、一時俳優業から武術指導のアシスタントに転じていただけに、なかなかのアクションでした。共にCGは使っていないそうです(ミシェル・ヨーの小指での腕立て伏せのシーンはCGだと思うが)。

ダニエルズ(.jpg 人生をカオスと捉え、マルチバースの世界にそれを反映させているといった感じでしょうか(監督のダニエルズは「湯浅政明や今敏、宮崎駿などといった、日本のアニメ監督からインスピレーションを受けて作った」とコメントしている)。例えばエヴリンには、カンフーマスターであったり女優として成功するなど別宇宙での彼女が沢山いるといった具合です(ミシェル・ヨーの過去に出演したカンフー映画や、国際的な映画祭での実際の映像などを使っている。映画自体は低予算映画で、2023年・第38回「インディペンデント・スピリット賞 作品賞」を受賞している)。SFのスタイルを借りつつ、女性とマイノリティを励ます映画にもなっています。

ダニエルズ(ダニエル・クワン/ダニエル・シャイナート)

[エブエブ」.jpg 一方で、観終わってみれば、徹底した「現実逃避」映画ともとれ、要は、「母と娘」の関係の解(ほつ)れとその修復という古典的・感情的テーマを、大袈裟なマルチバースという枠組みの中で展開しただけに過ぎなかったという見方もできなくはないと思います(この点が「そんなスゴイ作品かなあ」という印象に繋がる)。

 アカデミー賞で多くの賞を受賞したのは、これまでアジア系の映画がアカデミーであまり評価されておらず、アジア系の俳優にも型通りの役しか与えられなかったことへの反省もあるでしょう。アカデミー賞はその時々で、過去のアンバランスを修正すべく反動形成された受賞がしばしば見られるように思います(偏向しているとの批判をかわし、賞の権威を維持するための調整が優先されがち)。

ミシェル・ヨー0.jpg この作品でアジア人女優として初めてアカデミー主演女優賞を受賞した(エントリーされること自体がアジア人女優初だった)ミシェル・ヨー(楊紫瓊・1962年生まれ)は、その前にゴールデングローブ賞(今年['23年]1月)でも主演女優賞を受賞していて、その時のスピーチで「昨年私は60歳を迎えた」「女性は年齢の数字が大きくなればなるほど、機会に恵まれることは少なくなる」と女性の年齢による機会損失について訴えていましたが、アカデミー賞の授賞式のスピーチでもオスカー像を掲げ、「これは希望と可能性の印です。夢が叶う証です。そして女性のみなさん、『あなたはもう盛りを過ぎた』なんて誰にも言わせてはなりません」と語ったことが、世界的に大きな反響を呼びました。

ミシェル・ヨー.jpg その彼女に、来月['23年5月]のカンヌ国際映画祭のオフィシャルディナーの場にて、「ウーマン・イン・モーション」アワードが授与されることが今月['23年4月]決定しました。2015年に発足した「ウーマン・イン・モーション」アワードは、女性に対するコミットメントや取り組みを称えるもので、アジア人では2019年のコン・リー以来2人目の授賞になります。

カンヌ国際映画祭オフィシャルディナーのフォトコールにて(2023.5.25)。左からフランソワ=アンリ・ピノー、ミシェル・ヨー、パートナーのジャン・トッド Vittorio Zunino Celotto


 彼女はインタビューで、「『グリーン・デスティニー』の頃は、ハリウッド業界はアジア人俳優を認める準備がまだできミシェル・ヨー2.jpgていなかったと思います。作品賞や監督賞はあっても、俳優だけはノミネートされなかった。ジョアン・チェンやコン・リーなど、私より先に活躍していた美しい女優たちは、本来ならアカデミー賞にノミネートされているべきでした。人種のせいなのか? 私はそうだと思います。しつ「グリーン・デスティニー」23.jpgこく言いたくはないですが、ただ『前に進みましょう』と言いたい。いまこそ前進するときです。素晴らしい映画の魅力とは、文化を超え、時代を超え、言語を超えるところにあると思います」と述べています。

ミシェル・ヨー in「グリーン・デスティニー」('00年)

 しつこく言いたくはないとしながらも、これまで偏向(人種差別)があったとはっきり言っている! さらに、自分より先にジョアン・チェン(陳冲・1961年生まれ、「ラストエンペラー」('87年)、「ラスト、コーション」('07年)など)やコン・リー(鞏俐・1965年生まれ、「紅いコーリャン」('87年)、「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)など)らがアカデミー賞にノミネートされるべきだったと言っているところがエライです。

ポリスストーリー3 4」.jpg ミシェル・ヨーは1985年、初主演作「レディ・ハード 香港大捜査線」('85年/香港)でアクション映画に初挑戦、バレエ仕込みの身体表現で激しいカンフーアクションや危険なスタントシーンを演じ、レディ・アクションスターの先駆けとなって、「皇家戦士」('86年/香港)では真田広之と共演、「ポリス・ストーリー3」('92年/香港)でジャッキー・チェンと共演し「走行中の貨物列車の屋根にオートバイで飛び乗る」というスタントを代役なしで演じています(ジャッキー・チェンをして「自分の見せ場を奪われるから競演NG」と言わしめたとか)。「ジェームズ・ボンド」シリーズ第18作「007トゥモロー・ネバー・ダイ」('97年/英米)(公開時タイトルは「トゥモロー・ネバー・ダイ」「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」2.jpg35歳で「ミシェル・ヨー「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」3.jpg」(それまではミシェル・キングまたはミシェル・カーンだった)としてハリウッドへ進出したのは、"満を持して"といった感じだったでしょうか。中国国外安保隊「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」よー.jpg員ウェイ・リンという役柄で、ジェームズ・ボンド役のピアース・ブロスナンと対等に渡り合う「戦うボンドガール」として注目を浴びました。ボンドと一緒に手錠をかけられた「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」ば.jpg状態でビルからジャンプするシーンや、そのままバイクで市中を駆け抜けるシーンは派手で、格闘シーンもよく脚が上がっていてキレキレと言う感じでした。ストーリーは大したことなかったものの、優れたSF・ファンタジー・ホラー作品に送られる「サターン賞」で4つのノミネートを受け、ピアース・ブロスナンが「サターン主演男優賞」を受賞していますが、ミシェル・ヨーの貢献も大きかったのではないでしょうか。


「エブエブ」05.jpg  因みに、この「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で、ミシェル・ヨーより数多くの賞を受賞したのがキー・ホイ・クァンで、ゴールデングローブ賞助演男優賞、アカデミー助演男優賞のほかに、第88回「ニューヨーク映画批評家協会賞 助演男優賞」、第57回「全米批評家協会賞 助演男優賞」、第48回「ロサンゼルス映画批評家協会賞 助演男優賞」など多くの賞を受賞しています。「現実世界の頼りない夫」としてのハリウッド映画における従来のアジア人のパターナルな演技と、「"別の宇宙(ユニバース)の夫"」としてのヒロイックな演技(まるでブルース・リー(!?))の使い分けが際立っていたことが評価されたのでしょう。

ジェームズ・ホン br.jpgジェームズ・ホン.jpg さらに、ボケているのに頑固な父親ゴンゴンを演じたジェームズ・ホンは1929年生まれの今年94歳。ジェニファー・ジョーンズ、ウィリアム・ホールデン主演の香港を舞台とした映画「慕情」('55年)の頃からノンクレジットですが映画に出ており、「砲艦サンパブロ」('66年)のヴィクター・スー役などもありましたが、「ブレードランナー」('82年)のレプリカントの眼球を作っている遺伝子工学者ハンニバル・チュウの役などは、多くの人にとって懐かしいのではないでしょうか(あれから40年かあ)。と言うこキー・ホイ・クァン hフォード.jpgとは、ハリソン・フォードは、この映画に出ているキー・ホイ・クァンと「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)で共演したほかに、ジェームズ・ホンとも「ブレードランナー」で共演したことがあるということか。

ジェームズ・ホン in「ブレードランナー」('82年)


「エブエブ」02.jpg「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」●原題:EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONC●制作年: 2022年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ダニエルズ(ダニエル・クワン/ダニエル・シャイナート)●撮影:ラーキン・サイプル●音楽:サン・ラックス●時間:140分●出演:ミシェル・ヨー/キー・ホイ・クァン/ステファニー・スー(許瑋倫)/ジェイミー・リー・カーティス/ジェームズ・ホン/タリー・メデル/ジェニー・スレイト/ハリー・シャム・Jr/ビフ・ウィフ/スニータ・マニ/アーロン・ラザール/オードリー・ヴァシレフスキ/ピーター・バニファズ●日本公開:2023/03●配給:ギャガ●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(シアター1)(23-03-15)(評価:★★★☆)
ジェイミー・リー・カーティス「トゥルーライズ」から28年
ジェイミー・リー・カーティス.jpg
 
11「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」.jpg「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」●原題:TOMORROW NEVER DIES●制作年:1997年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ロジャー・スポティスウッド●製作:マイケル・G・ウィルソン/バーバラ・ブロッコリ●脚本:ブルース・フィアスティン●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:デヴィッド・アーノルド(主題歌:「トゥモロー・ネヴァー・「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」び.jpgダイ」シェリル・クロウ)●原作:イアン・フレミング●時間:119分●出演:ピアース・ブロスナン/ジョナサン・プライス/ミシェル・ヨー/テリー・ハッチャー/ジョー・ドン・ベイカー/リッキー・ジェイ/ゲッツ・オットー/デスモンド・リュウェリン/ヴィンセント・スキャベリ/ジョフレー・パーマー/コリン・サーモン/サマンサ・ボンド/ジュディ・デンチ●日本公開:1998/03●配給:UIP(評価:★★★☆)

ポリスストーリー3 1992.jpg「ポリス・ストーリー3」●原題:警察故事3/超級警察(英題:POLICE STORY III:SUPER COP)●制作年:1992年●制作国:香港●監督:スタンリー・トン(唐季禮)●製作:ウィリー・チェン/エドワード・タン●脚本:エドワード・タン/フィレー・マー/リー・ウェイイー●撮影:ラム・ウォクワー(アンディ・ラム(林國華))●音楽:ジョナサン・リー(李宗盛)●時間:96分●出演:ジャッキー・チェン(成龍)/ミシェール・キング(ミシェル・ヨー(楊紫瓊))/マギー・チャン(張曼玉)/トン・ピョウ(董驃)/ユン・ワー(元華)/ケネス・ツァン(曾江)/ジョセフィーヌ・クー(顧美華)/ケルヴィン・ウォン(王霄)/フィリップ・チャン(陳欣健)/ロー・リエ(羅烈)●日本公開:1992/12●東宝東和(評価:★★★)

ジャッキー・チェン(香港警察チェン・カクー刑事)・ミシェール・キング(ミシェル・ヨー)(中国人民武装警察部隊ヤン刑事)/マギー・チャン(チェンの恋人メイ)
ポリスストーリー3 5.jpg
ポリスストーリーよー2.jpg

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リアリズム映画であると同時にファンタジー映画に。ほろ苦い結末。

「小さき麦の花」2022.jpg 「小さき麦の花」2.jpg「小さき麦の花」(2022)

「小さき麦の花」3.jpg 2011年、中国西北地方の農村。貧しい農家の四男・ヨウティエ(ウー・レンリン)は、三男ヨウトン(チャオ・トンピン)から厄介者として扱われながら兄の家で暮らしていた。働き者だが未だ独身で、兄は自分の息子の縁談話の前に(世間体を気にして「小さき麦の花」10.jpg)彼に縁談話を持ち掛ける。相手の女性クイイン(ハイ・チン)は、体「小さき麦の花」00.jpgに障碍があり、すぐ小便をもらしてしまい、左半身も不自由である。今まで結婚相手もなく、兄夫婦にいじめられて生きてきた。「どう?二人はお似合いよね」と仲介者は兄たちから200元の金を受け取り、本人たちが何も言わないまま、二人の結婚は決まる。村には空き家が目立ち、耕地は荒れていた。ロバ1頭が唯一の財産の新婚夫婦は、空き家に居を構える。農地を耕し、小麦の種を蒔き、野菜を育て、そうして不器用ながらも互いに思いやって慎ましく生きるが、やがて農村改革によって住んでいた空き家を追い出されることになる。立ち退きの補償金を元手にするなどして、二人だけで自分たちの家を建てるが―。

「小さき麦の花」12.jpg 「僕たちの家(うち)に帰ろう」('14年/中国)のリー・ルイジュン(李睿珺)監督による2022年作品で、家族から厄介者扱いされていた男女が夫婦となり、社会の変革などに翻弄されながらも絆を深めていく、第72回「ベルリン国際映画祭」のコンペティション部門に出品されたドラマ映画です(原題は「隐入尘烟」で「埃の中に隠れる」という意味、英題「Return to Dust」は「埃に還る」なので、ほぼ原題に近い)。

 時代設定は2011年だそうですが、ほんの10年ほど前とは思えないほどの貧しさ。中国の国内の「格差問題」を如実に示した作品で、ひと昔前なら国家の検閲が入って上映禁止にでもなりそうな内容ですが、ベルリン国際映画祭で絶賛され、中国国内でもレビューサイト「豆瓣(ドウバン)」では平均8.5(10点満点)という高い評価を獲得し、このスター不在の低予算映画映画が、社会現象となるほどの大ヒットを記録したとのこと、特撮の愛国ヒーローものアクションやコメディがヒットの定石になっていた中国映画市場に起きた「奇跡」と言われているどうです。

「小さき麦の花」8.gif「小さき麦の花」1.jpg とにかく徹底したリアリズム。ノーメイク(汚れメイク?)でクイインを演じたハイ・チン(海清)は、もう女優には見えず、このあたりが張藝謀(チャン・イーモウ)の「紅いコーリャン」 ('87年/中国)のコン・リー(鞏俐)などとは異なるところ(コン・リーは"中国版山口百恵"と言われた)。

「小さき麦の花」11.jpg 武仁林(ウー・レンリン)/海清(ハイ・チン)

「小さき麦の花」9.jpg ヨウティエを演じたウー・レンリン(武仁林)に至っては、映画の舞台となった甘粛省の村で実際に農業に従事している人物だそうで、そのため、一挙手一投足に芝居ではないリアルさがありました。クイイン役のハイ・チンは、本作の出演に当たってウー・レンリンの家に10カ月滞在し役作りに励んだことで、こちらも農民の動作が体にしみ込んでいました。

「小さき麦の花」7.jpg 季節が移って麦が成長し、卵が孵(かえ)り、ヨウティエ、クイインの夫婦の関係も深化していきます。最初はぎこちなかった二人の心の距離が徐々に縮んでいく様が、繊細に描き出されていました。

「小さき麦の花」6.jpg 映像美的にも、先祖に結婚を報告した後、砂丘の頂上に並んで座った二人が会話を交わすシーンや、卵を孵化させる段ボール箱から発せられる光がイルミネーションのように二人の顔を照らすシーン、屋根の上で二人が体を結んで寝るシーンなど、美しい場面をいくつもあり、リアリズム映画であると同時にファンタジー映画にもなっていると思います。

 ただし、夫婦を突然襲った悲運を経ての結末はほろ苦いものでした。二人の手作りの家が(日干し煉「小さき麦の花」4.jpg「小さき麦の花」5.jpg瓦造りから始めて、手作りで家を建てるというのもスゴいが)ブルドーザーであっけなく壊され、 補償金の1万5000元が支払われますが、それを受け取ったのはヨウティエではなかった―。

 何もかも失ったヨウティエはどうなるのかと思ったら、街の文化住宅みたいなアパートでで暮らすことになったみたいで(当局の検閲が入った?)、生きててくれて良かったと思う一方、金よりもロバを欲しがったようなヨウティエが、街で暮らして幸せになれるとはあまり思えませんでした(このあたりも含めての風刺か?)。

 特に中国の若者の間でヒットしたようですが、この結末を彼らがどう捉えたのか知りたい気がします。

海清(ハイ・チン)
「小さき麦の花」ハイチン.jpg「小さき麦の花」●原題:隐入尘烟/RETURN TO DUST●制作年: 2022年●制作国:中国●監督・脚本:リー・ルイジュン(李睿珺)●撮影:ワン・ウェイホア●音楽:ペイマン・ヤザニアン●時間:133分●出演:ウー・レンリン(武仁林)/ハイ・チン(海清)/ヤン・クアンルイ(杨光锐)/チャオ・トンピン/ワン・ツァイラン/ワン・ツイラン/シュー・ツァイシャ/リウ・イーフー/チャン・チンハイ/リー・ツォンクオ/ワン・チールー●日本公開:2023/02●配給:マジックアワー=ムヴィオラムヴィオラ●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(23-02-17)((評価:★★★★)

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やっぱり日本とは違うなあと思う一方で、あちらでも安楽死には壁があるのだなとも。

「すべてうまくいきますように」1.jpg 「すべてうまくいきますように」2.jpg
「すべてうまくいきますように」ソフィー・マルソー/ジェラルディーヌ・ペラス/アンドレ・デュソリエ
「すべてうまくいきますように」2021.jpg 人生を謳歌していた85歳のアンドレ(アンドレ・デュソリエ)は脳卒中で倒れて体が不自由になり、娘のエマニュエル(ソフィー・マルソー)に人生を終わらせる手助けをしてほしいと頼む。戸惑う彼女は父の考えが変わることを期待しつつも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会と連絡を取り合う。一方、リハビリによって順調に回復するアンドレは積極的に日々を楽しみ、生きる希望を取り戻したかのようだった。しかし、彼は自ら定めた最期の日を娘たちに告げ、娘たちは葛藤しながらも父の決断を尊重しようとする―。

 「焼け石に水」「まぼろし」(共に'00年)などのフランソワ・オゾン監督が、安楽死を巡る父と娘の葛藤を描いたドラマで、原題はTout s'est bien passé(すべてうまくいった)。「まぼろし」「スイミング・プール」('03年)などで同監督と組んだ脚本家エマニュエル・ベルンエイム(1955-2017)による自伝的小説が原作で、オゾン監督のインタビューによれば、彼女の生前に映画化を持ちかけられたもののその時は触発されず、それが彼女が亡くなってから映画化してみようと思ったとのことです。

「すべてうまくいきますように」6.jpg5「すべてうまくいきますように」.jpg 長女エマニュエルを「ラ・ブーム」('80年)のソフィー・マルソー、父アンドレを「恋するシャンソン」('97年)のアンドレ・デュソリエが演じるほか、オゾン監督作「17歳」('13年)にも出演したジェラルディーヌ・ペラスが、父と姉の絆に複雑な想いを抱き嫉妬することもあるが、こうと決めたら真っ直ぐな姉を慕う健気な妹パスカルを演じています(メガネをしていて最初は分からなかった)。

「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ.jpg「すべてうまくいきますように」ハンナ・シグラ.jpg さらに、オゾン監督作の常連シャーロット・ランプリング(「まぼろし」の主演でもあった)がアンドレの妻、エマニュエル姉妹の母を演じ、安楽死を支援する協会から派遣されてくるスイス人女性(ちょっと怪しげ?)を、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「マリア・ブラウンの結婚」('79年/西独)のドイツ人俳優ハンナ・シグラが演じています(年齢を経ていて最初は分からなかった)。

 安楽死という重いテーマを取り上げた映画ですが、最初は安楽死を願う父親と向き合いたがらなかった娘が、いつの間にか"無事に"父親の願いを叶えられるよう奔走しているという、ちょっとコミカルな面もありました。途中から急にサスペンス風になり、果たして当局の追手をかわして、安楽死が認められているスイスに父親を送り届けることができるかハラハラさせるという、こうしたちょっとユーモラスな作りは、この監督ならではと思います。

 娘たちの心境の変化の背景には、欧米社会には死を個人の権利と考える考え方がもともとあって、安楽死のハードルが日本などよりは精神土壌的に低いということがあるのではないかとも思えるし、自国でダメでもクルマで国境を越えて隣国に行けば何とかなるという、物理的なハードルの低さもあったように思います。

 一方で、自殺を大罪とするカトリックの思想がフランス、イタリア、スペインなどラテン系国家にはあり、同じ欧米社会でもプロテスタント系国家との間に格差があって、そのあたりが娘たちが最初は父親の願いを聴こうとしないことにも繋がっているように思いました。やっぱり日本とは違うなあと思う一方で、あちらでも安楽死には壁があるのだなとも思いました。

 同じく安楽死を扱った映画に、クリント・イーストウッド監督の 「ミリオンダラー・ベイビー」 ('04年/米)があり、あの映画も観る側に考えさせる映画でしたが、感動のツボを押さえたハリウッド映画らしい作り方になっていたように思います。一方のこの作品は、死ぬ側である父がブラック・ユーモアを発したりしていて、同じく感動的ではありますが、感動に至るプロセスがヨーロッパ映画的であり、こちらの方が意外とリアリティがあったように思います。

「すべてうまくいきますように」3.jpg 因みに、フランソワ・オゾン監督はゲイであることを公言していますが、この映画のアンドレ・デュソリエ演じる父親アンドレもゲイであり(その元カレが"クソ野郎"と呼ばれていたジェラルドだが、彼もアンドレを愛している)、シャーロット・ランプリング(1946年生まれ)演じる母親はゲイだとわかっていても夫を愛していたから別れなかったという設定のようです(娘ソフィー・マルソーが母がシーロット・ランプリングになぜ別れなかったのか問い詰める場面がある)。シーロット・ランプリングの常に憂いを秘めた表情に、そのあたりの経緯が込められていたでしょうか。

「すべてうまくいきますように」4.jpg「ラ・ブーム」 dvd.jpg ソフィー・マルソー(1966年生まれ)の演技も悪くなかったです。「ラ・ブーム」 ('80年/仏)の少女、「デサント・オ・ザンファー 地獄に墜ちて」 ('86年/仏)の若妻、 「007 ワールド・イズ・ノット・イナフ」 ('99年/英・米)のボンドガールなどを経て、著述業や監督業、社会貢献活動などもやりながら恋愛遍歴も重ね、いつの間にか演技派女優になっていたのか。

ハンナ・シグラ(1943年生まれ)
マリア・ブラウンの結婚」(1079)
「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ2.jpgハンナ・シグラ.jpg「すべてうまくいきますように」●原題:TOUT S'EST BIEN PASSÉ(英:EVERYTHING WENT FINE)●制作年: 2021年●制作国:フランス/ベルギー●監督・脚本:フランソワ・オゾン●製作:エリック・アルトメイヤー/ニコラス・アルトメイヤー●撮影:イシャーム・アラウィエ●音楽:ニコラス・コンタン●原作:エマニュエル・ベルンエイム●時間:113分●出演:ソフィー・マルソー/アンドレ・デュソリエ/ジェラルディーヌ・ペラス/シャーロット・ランプリング/エリック・カラヴァカ/ハンナ・シグラ/グレゴリー・ガドゥボワ/ジャック・ノロ/ジュディット・マーレ/ダニエル・メズギッシュ/ナタリー・リシャール●日本公開:2023/02●配給:キノフィルムズ●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(23-02-17)(評価:★★★★)

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ちょっとしたことから始まる人と人との関係の齟齬。結局、"精霊"って"死神"?

「イニシェリン島の精霊」2022 .jpg「イニシェリン島の精霊」図1.jpg
イニシェリン島の精霊」コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン

「イニシェリン島の精霊」1.jpg 1923年、アイルランドの小さい平和な孤島・イニシェリン島に暮らすパードリック(コリン・ファレル)はある日、親友のコルム(ブレンダン・グリーソン)から突然絶縁を告げられる。「ただお前が嫌いになった」と言い放たれ、長年友情を育んできたはずだった彼が何故突然そんなことを言い出したのか理解出来ないパードリックは、賢明な妹シボーン(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人ドミニク(バリー・コーガン)の力を借りて事態を好転させようとするが、コルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされてしまう―。

 マーティン・マクドナー監督による2022年のアイルランド・イギリス・アメリカ合作。第80回ゴールデングローブ賞で最多7部門8ノミネートされ、作品賞、主演男優賞、脚本賞の3部門を受賞し、米アカデミー賞でも主要部門9部門にノミネートされました(ただし、先月['23年3月]発表の授賞結果では無冠に終わった)。「イニシェリン島の精霊」2.jpg

「イニシェリン島の精霊」3.jpg ブラック・コメディ映画とされていますが、確かに二人のオジサンによる喧嘩はユーモラスでもあり、「陽気な悲劇」と言えるかも。ただし、個人的にはブラックの要素の方が強かった気がします。特に、コルムが実際に自分の指を切り落としてパードリックの家の扉に投げつけたりした辺りから、ホラー的にさえなってきました(指切ってしまったら、楽器の演奏ができなくなって、パードリックとの関係を断ってまでも自分の残りの人生を注ごうとしている音楽創作にも差し障るのでは? そう考えると、ある意味で狂気である)。

「イニシェリン島の精霊」4.jpg ちょっとしたことから始まる人と人との関係の齟齬を描いた作品ともとれます。舞台である架空の島イニシェリン島の対岸のアイルランド本土では内戦の戦火が絶えず、砲撃音が平和な孤島にも聞こえてきますが、評論家と思しき人たちによれば、まさに二人の諍いがその象徴であるとのことです。

 さらには、この物語の時代設定がちょうど今からほぼ100年ほど前であることから、2022年の、そして今も続いているロシアのウクライナ侵攻をも象徴しているとして、メタファー構造の多重性を指摘し、ゆえにこの作品を米アカデミー賞の作品賞授賞最有力候補として絶賛する 評論家がいたりしましたが、そこまで深読みして評価する必要があるのかは疑問です(先述の通り、米アカデミー賞は無冠に終わった)。

 ただし、イニシェリン島における寒空と海の美しさが親友に絶交されたパードリックの冷え切った心と対応しており、また、パードリック=コリン・ファレルの、パードリックが愛するジェニーという名のロバにも喩えられるような間が抜けた喜劇役者的演技と、コルム=ブレンダン・グリーソンのジョン・ウェインみたいな風貌と滅茶苦茶に重厚な演技の対比も良かったです。

「イニシェリン島の精霊」p.jpg 結局、"精霊"って"死神"のことだったのか。実際、その"悪魔"を体現したような老女が出てきて、二つの死を予言し、この辺りはミステリっぽい感じも。二つの死の内の一つはロバのジェニーだったけれど(この映画、ロバだけでなく、カラス、馬、乳牛、ボーダーコリー犬など様々な動物を象徴的に使っている)、もう一つの死は...。

 最後、パードリックがロバのジェニーの敵討ちみたいな感じでコルムの家に火を放ち、ロバと住まいでは経済価値的にバランスが取れないのではと常識では思ってしまいますが、コルムの飼っているボーダーコリー犬は救われたことでコルムはパードリックに礼を言う―という、かなり苦いながらもハッピーエンドみたいな感じになっていて、ロバの値段とか家の値段とかではなく、みんなメタファーなのだろうなあ。

「イニシェリン島の精霊」5.jpg 島の唯一の知性の象徴は、パードリックの妹のシボーン(ケリー・コンドン)なのでしょう(バリー・コーガン演じる風変わりな隣人ドミニクも意外と賢かったが)。パードリックとコルムが芸術の遺産について口論を繰り広げ、無学者のパードリックが口負かされた後、シボーンはコルムが言ったモーツァルトの話は17世紀ではなく18世紀の話だと彼の間違いを冷静に指摘して颯爽と島を去っていきました(コルムの芸術的素養もそれほどのものではないということだろう)。そして、残された男たちはいつまで争いを続けるのか。「戦争は女の顔をしていない」という言葉を思い出しました(やっぱり、この話は戦争のメタファー?)

 個人的には、コルムの人生の限りある残された時間を無駄に使いたくないという気持ちにもっとフォーカスして欲しかった気もしますが、途中からそのコルムが狂気染みてきて、彼に感情移入できなくなったというところでしょうか。

「ヴェネツィア国際映画祭」コリン・ファレル.jpg「イニシェリン島の精霊」ファレル.jpg「ヴェネツィア国際映画祭」コリン・ファレル2.jpg 2022年・第79回「ヴェネツィア国際映画祭」においてコリン・ファレルが「ボルピ杯(最優秀男優賞)」を受賞し(彼はアイルランド人である)、さらにコリン・ファレルは2023年・第80回「ゴールデングローブ賞」において「最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ)」、2022年・第88回「ニューヨーク映画批評家協会賞」において「主演男優賞」、2022年・第57回「全米批評家協会賞」において「主演男優賞」を受賞(ケリー・コンドンも「助演女優賞」を受賞)しています(ケリー・コンドンもアイルランド人、共演のブレンダン・グリーソン、バリー・コーガンも皆アイルランド人である)。

第79回「ヴェネツィア国際映画祭」にて、左からマーティン・マクドナー監督、ケリー・コンドン、コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン。

「イニシェリン島の精霊」6.jpg「イニシェリン島の精霊」●原題:THE BANSHEES OF INISHERIN●制作年: 2022年●制作国:アイルランド・イギリス・アメリカ●監督・脚本:マーティン・マクドナー●製作:グレアム・ブロードベント/ピーター・チャーニン/マーティン・マクドナー●撮影:ベン・デイヴィス●音楽:カーター・バーウェル●時間:109分●出演:コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン/ ケリー・コンドン/ バリー・コーガン●日本公開:2023/01●配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン●最初に観た場所:日比谷・TOHOシネマズシャンテ(スクリーン1)(23-02-05)(評価:★★★☆)

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映画を救った斉藤由貴。雄一と伊織に男女間の距離があったのは近親者的感情のせいか。

「雪の断章-情熱-」1985.jpg「雪の断章-情熱-」01.jpg
雪の断章-情熱-」斉藤由貴/榎木孝明

「雪の断章-情熱-」02.jpg 広瀬雄一(榎木孝明)は、7歳の少女・伊織(中里真美)と出会い、彼女を自分のアパートへ連れ帰った。みなし児だった伊織は、那波家に引きとられたが、酷い使われ方をされていた。人間不信に陥っていた彼女を、雄一は引きとるため那波家を訪ねる。東京に家のある雄一は、仕事で札幌に赴任しており、彼の面倒は家政婦のカネ(河内桃子)が見ていた。カネは反対するが、親友、「雪の断章-情熱-」03.jpg津島大介(世良公則)の励ましもあり、雄一は伊織を育てる決心をする。10年の歳月がたち、伊織(斉藤由貴)は17歳。雄一は伊織に北大を受けさせようとしていた。彼女の高校には、同じく北大を受けようとする那波家の次女・佐智子(藤本恭子)もいた。そして伊織の住む雄一のアパートに、那波家の長女・裕子(岡本舞)が引っ越して来た。裕子の歓迎会がアパートの住人たちによって開かれ、見事な舞踊をみせた彼女は、いったん自室へ引きあげた。伊織がコーヒーを運び、再び裕子の部屋を訪れた時、裕子は死んでいた。青酸で殺されたことが検証され、伊織は重要容疑者として刑事の吉岡(レオナルド熊)につきまとわれる。自室を警察に荒らされ、またカネから、雄一は伊織がひとりの女として成長する時を待っていると言われ、伊織は二重のショックを受ける。そして、雄一に"偽善者"という言葉を吐いてしまう。雄一のフィアンセだという細野恵子(矢代朝子)がアパートを訪れた。恵子は伊織が結婚の障害になっていると告げる。大介の誕生日が来た。大介の部屋に、彼に内緒で花束を持ち込んだ伊織が見たものは、彼女に殺人事件の真相を浮かび上がらせた。伊織は家出し、尾行していた吉岡に補導された。彼女は真犯人を知っていると告げる。迎えに来た雄一は、北大だけは受験しろと言う。大介が伊織を函館へ誘い出した。函館は故郷であり、自分もみなし児であったことを告白する大介。春、伊織は北大に合格した。博多転勤となった大介は、伊織について来てくれと言う。伊織は頷いた。大介が九州へ発つ前日、吉岡が現われ、一生容疑者として汚名を背負って生きる伊織に、真犯人を告白するよう忠告する―。

「雪の断章-情熱-」原作.jpg「雪の断章-情熱-」04斉藤.jpg 「セーラー服と機関銃」('81年)の相米慎二監督(1948-2001/53歳没)のの'85年公開の第7作で、当時売り出し中の斉藤由貴が映画初主演した異色アイドル映画。原作は、二千万円テレビ懸賞小説'75年度佳作入選作品である佐々木丸美(1949-2005/56歳没)の『雪の断章』です(後に「孤児四部作」としてシリーズ化された)。

 相米慎二監督は「翔んだカップル」('80年)で映画初主演の薬師丸ひろ子を使い、「ションベン・ライダー」('83年)で同じく映画初主演の河合美智子を、「台風クラブ」('84年)でこれも映画初主演の工藤夕貴を使って撮っていて、この'85年の「雪の断章-情熱-」の後も、「東京上空いらっしゃいませ」の牧瀬里穂('90年)、「お引越し」('93年)の田畑智子と、アイドルの映画デビュー作を撮っています。ただし、1986年当時、相米監督は、薬師丸ひろ子、河合美智子、斉藤由貴らの若手女優が(一人前の)役者になるために映画をやっているのであって、歌手が歌の合間にやるというのとは別なので、そういう意味では「アイドル映画」など撮影したことなどないと発言しています。

「雪の断章-情熱-」j.jpg しかしながら、今回この作品を観た神保町シアターの特集タイトルが「澤井信一郎と相米慎二―80年代アイドル映画ブームを牽引した二人の映画監督」(左チラシ[上]澤井信一郎「野菊の墓」('81年/東映)松田聖子・桑原正/[下]「雪の断章」('85年/東宝)斉藤由貴・世良公則)というものであったように、これら一連の作品は、一般的には「アイドル映画」と見られているのではないでしょうか。とは言いつつも、この「雪の断章-情熱-」は、それらの中でも異色作かもしれません。

 なぜ異色かというと、映画としては必ずしも成功しているとは言えない作品を、映画初出演・初主演の斉藤由貴がその演技力で救っている印象を受けるためです。普通は新人の拙(つたな)い演技を監督の演出や周囲のベテランで補うのが、アイドル映画のパターンでしょう。原作ももともと、ミステリとしての「謎」の部分よりは、主人公の少女の胸の内で渦巻く感情に重きが置かれていて、斉藤由貴がその部分を上手く表現しており、とても映画初出演とは思えないものでした。もちろん可憐さも兼ね備え、後に"美魔女"と言われる萌芽はこの頃からあったのかと。

 因みに、以下はネタバレになりますが、実は裕子を殺害した犯人は大介で、彼は最後に自殺し、遺書の中で、彼の両親が裕子の父親がもとで自殺を計り、そのための犯行だと告白していました。また、雄一を頼って生きろと伊織に言い残していて、伊織は雄一のもとから出る決心をいったんはしますが、最後は雄一と伊織はお互いの気持を確認し合うのでした。小説で読むと泣かせる話ですが、ストーリーで追っていくと、伏線が無いままラストで急展開した印象も受け、どうかなあという気もしました。雄一と伊織にずっと"男女"としては距離があったのは、保護者的・近親者的感情が両者の間にあったからではないでしょうか。

「雪の断章-情熱-」05屋台.jpg寺田農.jpg 因みに、俳優の寺田農は、相米の監督第2作「セーラー服と機関銃」から遺作「風花」('01年)まで、「東京上空いらっしゃいませ」を除く全ての作品に関わっていて(「お引越し」では、映画本編への出演はないが、メイキングのナレーションを担当し、「魚影の群れ」('83年)、「光る女」('87年)では、クレジットは表記されているが、完成作品では1カットも出演していない)、前作「台風クラブ」では、特殊メイクで老人に扮していましたが、ロングショットのため誰が演じているのかが判別できない出演シーンとなっています。

「雪の断章-情熱-」屋台2m.jpg この「雪の断章-情熱-」では、雄一と大介が伊織の北大合格を祝って3人で祝杯を上げる屋台の親父を演じていて、その親父は元工業デザイナーで、客の写真を撮るのが趣味で、なおかつカセットテープでクラシックをかけるのも趣味で、カセットを裏返しにしたり、3人が決定的な話をしていたらポラロイドで撮って渡したりしますが、それが寺田農だとは最初分かりませんでした(先日観た「あ、春」('98年)ではトラック運転手役をやっていたが、これも事前に言われないと分からない)。寺田農本人によれば、こうした役どころは、俳優が自分で考えて監督に提案して演じていたそうです。

「雪の断章-情熱-」4.jpg

「雪の断章-情熱-」v裏.jpg 尚、相米監督は寺山修司監督の「草迷宮」('79年/仏、'83年/日本)の助監督を務めており、主人公の心情を表すかのように西洋人形や曲芸師のような足長の男が出てくる寺山修司的表現が一部見られましたが、これも観る人にもよると思ますが、個人的には、必ずしも効果的とは言えないように思えました。

「雪の断章-情熱-」●制作年:1985年●監督:相米慎二●製作:伊地智啓/富山省吾●脚本:田中陽造●撮影:五十畑幸勇●音楽:ライト・ハウス・プロジェクト●原作:佐々木丸美●時間:100分●出演:斉藤由貴/榎木孝明/岡本舞/矢代朝子/藤本恭子/中里真美/伊藤公子/東静子/高山千草/中真千子/レオナルド熊/塩沢とき/伊達三郎/斎藤康彦/酒井敏也/加藤賢崇/大矢兼臣/森英治/寺田農/河内桃子/世良公則●公開:1985/12●配給:東宝●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-02-21)(評価:★★★☆)

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山崎努が演じる"父"老人が破天荒で人間臭く面白い。死して後に何かを遺した?

『あ、春』.jpg「あ、春」 斎藤。佐藤.jpg 「あ、春」 佐藤。山崎.jpg
あの頃映画 「あ、春」 [DVD]」佐藤浩市/山崎努/斉藤由貴

「あ、春」02.jpg 一流大学を出て証券会社に入社、良家のお嬢様・瑞穂(斉藤由貴)と逆玉結婚して可愛いひとり息子にも恵まれた韮崎紘(佐藤浩市)は、ずっと自分は幼い時に父親と死に別れたという母親の言葉を信じて生きてきた。ところがある日、彼の前に父親だと名乗る男が現れたのである。ほとんど浮浪者としか見えないその男・笹一(山崎努)を、俄かには父親だと信じられない紘。だが、笹一が喋る内容は、何かと紘の記憶と符合する。しかも、実家の母親・公代(富司純子)に相談すると、笹一はど「あ、春」04.jpgうしようもない男で、自分は彼を死んだものと思うようにしていたと言う。笹一が父親だと知った紘は、無碍に彼を追い出すわけにもいかず、同居する妻の母親・郁子(藤村志「あ、春」 8.jpg保)に遠慮しながらも、笹一を家に置くことにした。しかし、笹一は昼間から酒を喰らうわ、幼い息子にちんちろりんを教えるわ、義母の風呂を覗くわで紘に迷惑をかけてばかり。堪忍袋の緒が切れた紘は笹一を追い出すが、数日後、笹一が酔ったサラリーマン(木下ほうか)に暴力を振るわれているのを助けたことから、再び家に連れてきてしまう。図々しい笹一はそれからも悪びれる風もなく、ただでさえ倒産が囁かれる会社が心配でならない紘の気持ちは休まることがない。そんなある日、笹一の振る舞いを見かねた紘の実家の母・公代が来て、紘は笹一との子ではなく、自分が浮気してできた子供だと告白する。その話に身に覚えのある笹一は、あっさりその事実を認めるが、紘の心中は複雑だ。ところが、その途端に笹一が倒れてしまう。医師(塚本晋也)の診断では、末期の肝硬変。笹一は入院生活を強いられ、彼を見舞う紘は、幼い頃に覚えた船乗りの歌を笹一が歌っているのを聞いて、彼が自分の父親にちがいない、と思うのだった。しばらくして、ついに紘の会社が倒産する―。

「ナイスボール」.jpg「あ、春」06.jpg '98年公開の相米慎二(1948-2001/享年53)監督のホームドラマ的作品で、第73回(1999年度)「キネマ旬報ベストテン」第1位、第49回ベルリン国際映画祭「国際批評家連盟賞」受賞作品。原作は村上政彦『ナイスボール』('91年/福武書店)。証券会社勤務のサラリーマン(佐藤浩市)で、良家の娘(斉藤由貴)と結婚し、一人息子をもうけ、義母(藤村志保)と同居する、そんな主人公の家庭に、5歳の時に死別したと母(富司純子)から聞かされていた父(山崎努)が突然の闖入者としてやって来たという話です。

「あ、春」山崎1.jpg この、山崎努が演じる"父"老人がなかなか破天荒で人間臭く面白いです。末期の肝硬変だとわかって入院生活を余儀なくされた彼と佐藤浩市演じる息子が、病院の屋上で船乗りの歌を歌って親子であることを感じるシーンは、美しかったです。結局、母親・郁子(藤村志保)の証言によれば、血は繋がっていないが、5歳まで一緒にいたため幼児記憶がある、つまり「心の父親」であるということでしょう。

「あ、春」山崎2.jpg その「心の父親」笹一が息を引き取り、紘(佐藤浩市)は死に目に会うことは叶いませんでしたが、笹一のお腹に、彼がこっそり温めて孵化したチャボの雛を見つけます(雛の孵化に失敗するというシチュエーションも用意されていたそうだが、それだと、「あ、春」というタイトルにならないのでは)。紘の会社は倒産しますが(1997年11月に自主廃業した山一証券がモデルか)、紘は既に、笹一のように強く生きていける自信を彼から授かったように見えます。

 ラストの笹一の遺体を荼毘に付した紘たちが、彼の遺灰を故郷の海に船に乗って撒くシーンも良かったです。妻・瑞穂(斉藤由貴)、義母・郁子(藤村志保)、母・公代(富司純子)、笹一の愛人・三林京子の4人の女性が、強風の中、髪を振り乱して散骨している様はなぜか仄々(ほのぼの)とした気持ちにさせられ、ユーモラスでもあります。何となく亡くなった笹一が、紘に限らず後の人々に何かを遺したことが感じられるラストでした。

「あ、春」05.jpg「あ、春」03.jpg「あ、春」富士d.jpg「あ、春」●制作年:1998年●監督:相米慎二●製作:中川滋弘●脚本:中島丈博●撮影:長沼六男●音楽:大友良英●原作:村上政彦「ナイスボール」●時間:100分●出演:佐藤浩市/山崎努/斉藤由貴/藤村志保/富司純子/三浦友和/三林京子/岡田慶太/村田雄浩/原知佐子/笑福亭鶴瓶/塚本晋也/河合美智子/寺田農/木下ほうか/掛田誠●公開:1998/12●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-02-12)(評価:★★★★)

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しんみりさせられた。姉弟関係から家族関係への広がりがあり、山田洋次版より上か。

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おとうと [DVD]」岸惠子/川口浩
「おとうと」0011.jpg 小説家の娘、げん(岸惠子)は、放蕩者に身を落としている弟・碧郎(へきろう)(川口浩)の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。それというのも、父(森雅之)の後妻である厳格なクリスチャンの義母(田中絹代)が子供たちを冷淡に扱うからだった。げんはデパートで万引きの疑いをかけられて激昂して帰宅するが、その話を聞いた碧郎は面白がって悪友たちと窃盗に興じるのだった。しかし、ありとある遊戯に現(うつつ)を抜かす弟にげんは時に怒り、時に愛情をもって接する。そんな日々のなかで、碧郎は肺病を病み、再び回復することのない体になっていった。げんは病気が感染することも恐れず、碧郎の傍らで生き、その傍らで眠る。弟とおのれの腕をリボンでしっかりと結びつけて―。

 1960年公開の市川崑監督作で、1960年度・第34回「キネマ旬報ベストワン」ほか、第15回「毎日映画コンクール 日本映画大賞」、第11回「ブルーリボン賞 作品賞」などを受賞しています。

「おとうと」岸川口.jpg 原作は幸田露伴の次女・幸田文(1904-1990/86歳没)で、1910(明治43)年、文6歳、弟の成豊(しげとよ)3歳の時、母幾美子がインフルエンザで亡くなり、2年後の1912(大正元)年、姉(長女)の歌が若くして亡くなるともに、この年、露伴はキリスト教徒の児玉八代(やよ)と再婚し、さらに、1926(大正15)年、文が22歳の時に、弟・成豊が肺結核で亡くなくなっています。物語では弟・碧郎の15歳から19歳までを描いていますが、それを当時24歳の川口浩が演じていて、その3歳上の姉である主人公のげんを、当時27歳の岸惠子が演じていおり、どちらも原作よりやや年齢がいっている印象はあります。

「おとうと」森.jpg それにしても、森雅之演じる父親が実に無力に描かれているし(幸田露伴ってこんな感じだったのか。まあ、作家にありがちだが)、田中絹代が演じる義母はものすごく嫌味に描かれています。父と義母と子どもたちがそれぞれバラバラな感じで、家族全員が閉塞的な家庭の中で針の筵に座っている感じです。それが最後どうなるかというと、皮肉にも弟・碧郎の死によって家族の気持ちが一つになるという、そういう話だったのだなあ。しんみりさせられました。
 
「おとうと」0.jpg 山田洋次監督が2010年に吉永小百合主演でリメイク作品「おとうと」('10年/松竹)を監督していますが、吉永小百合が演じる姉は成人した娘のいる年齢で、弟は笑福亭鶴瓶が演じており、アルコール中毒と言うか、酒癖が悪くて失敗を繰り返す大人に改変されていました。病に倒れた弟に姉が鍋焼きうどんを食べさせるシーンや、二人がリボンで手をつないで眠るシーンなどは、市川崑監督作品へのオマージュとして山田洋次監督版でも使われていました。

 ただし、それを観た時は、姉弟の結びつきは強く感じましたが、家族全体の結びつきというのは、一応、加藤治子が演じる母親がまだ生きているという設定でしたが、それほど感じませんでした。

 山田洋次版も星4つとしましたが、やや甘かったかな。個人的評価は同じ星4つではあるものの、この市川崑版の方が姉弟関係から家族関係への広がりがあり、やや上のような気がします(幸田文の原作が好きな人はこっちではないか)。

「おとうと」江波.jpg 江波杏子が成豊を担当する看護婦役で出演していましたが、ちらっとしか出ないのに美貌とスタイルの良さが目立ちました。

「おとうと」岸田.jpg「おとうと」田中.jpg「おとうと」●制作年:1960年●監督:市川崑●製作:永田雅一●脚本:水木洋子●撮影:宮川一夫●音楽:芥川也寸志●原作:幸田文●時間:98分●出演:岸惠子/川口浩/田中絹/森雅之/仲谷昇/浜村純/岸田今日/江波杏子●公開:1960/11●配給:大映●最初に観た場所:角川シネマ有楽町(大映4K映画祭)(23-02-07)(評価:★★★★)

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先に海外で評価された作品。反戦映画として「ゴジラ」などより傑作。

「赤い天使」00.jpg
赤い天使 4K デジタル修復版 [Blu-ray]」「赤い天使 [DVD]」若尾文子/芦田伸介/川津祐介
「赤い天使」4K デジタル修復版.jpg「赤い天使」1966.jpg「赤い天使」2.jpg 日中戦争が激しさを増す昭和14年、従軍看護婦として中国・天「赤い天使」1.jpg津の陸軍病院に赴任した西さくら(若尾文子)は、入院中の傷病兵たちにレイプされてしまう。2か月後、前線に送られた西は、軍医・岡部(芦田伸介)の下、無残な傷病兵で溢れる凄惨な現場で働く。そこで、以前自分をレイプした傷病兵の一人・坂元(千波丈太郎)と再会する。瀕死の坂元を診て助かる見込みがないと判断した岡部は、治療を諦め輸血を止めようとするが、西は坂元を救うよう頼み込む。ある時、西はかつて岡部に命を救われた兵士の一人・折原(川津祐介)に会う。手術で腕を失い性行為が「赤い天使」3.jpgできなくなった折原を哀れんだ西は、葛「赤い天使」4.jpg藤の末にホテルで肉体関係を結ぶ。だが翌日、折原は病院の屋上から飛び降り自殺する。その後、過酷な手術に忙殺されているにもかかわらず気丈かつ冷静で、判断力を失わない岡部の姿勢に、西は惹かれていく。しかし、岡部が精神の安定を保つためモルヒネを常用しており、そのため性的不能に陥っていることを知る。岡部は西を伴って、さらに激しい前線へと向かう途中、コレラが蔓延した集落で中国軍に包囲される。そうした極限状況の中、西と岡部は激しく愛し合う。やがて中国軍の総攻撃が始まる―。

『赤い天使』.jpg 増村保造監督の'66(昭和41)年10月公開作で、原作は、映画「兵隊やくざ」('65年-大映)の原作者でもある有馬頼義(1918-1980/62歳没)が雑誌「文藝」の'65(昭和40)年1月号から10月号に連載したもの('66(昭和41)年5月河出書房刊、原作タイトルも同じく「赤い天使」)であるため、連載終了後1年そこそこで映画化されたことになります(有馬頼義は、自費出版した『終身未決囚』で1954(昭和29)年上期・第31回「直木賞」を受賞している)。
赤い天使―白衣を血に染めた野戦看護婦たちの深淵 (光人社NF文庫)』(2017)

「赤い天使」9.jpg 戦争の実態を描いた反戦映画の傑作であると同時に、自分が関わった男性がすべて死んでいくという数奇な運命を辿る西さくらという看護師を中心に据えた女性映画でもあります。川津祐介が演じる、戦禍で両腕を失い、自分でマスターベーションできない折原と性関係を結んでやる従軍看護婦という設定は、いかにも増村保造らしいシチュエーションですが、実はこれ、原作通りです(個人的には、以前にNHKの年末特番「映像全記録TOKYO2020 私たちの夏」(2021年12月30日放送)で顔出しで出ていた障害者専門のデリヘル嬢を想起した)。

「赤い天使」p1.jpg これってポルノ映画のモチーフにもなりそうで、実際、映画公開時映画のキャッチコピーも「天使か娼婦か」。今では、差別的放送禁止用語の「きち○い」「かた○」などの言葉が飛び交うということもあり、テレビでの放送も難しい映画とされていたようです。そうしたこともあってか、国内より海外で先に評価されたとのことです(映画評論家のロブ・シンプソンは、「1960年代の日本が生んだ魅力的な映画の一つであり、反戦映画として「ゴジラ」などより、はるかに直接的なアプローチで主題に取り組んだ作品」と述べているが同感)

 原作と最も異なるのは、原作では西には不定期に性関係を持つ軍部の機密機関に属する相手がいる点であり(この相手とも最初は犯されるような感じで関係を持ったのだが)、彼女は彼をさほど愛しているわけではないですが、次に会える機会を心のどこかで待ち侘びているという設定になっている点でしょうか。映画では、この相手は出てきません(そのことでヒロインに聖性を持たせているのは巧み)。

 激しい戦闘シーンもさることながら、芦田伸介が演じる軍医の岡部が片っ端から負傷兵の手足を切り落とし、それらが積み上げられている凄惨な野戦病院の描写が凄まじかったです。毎日こんな状況の中で仕事していれば、そして精神安定剤代わりにモルヒネを打っていればインポテンスにもなるのも無理ないという感じです。

 岡部が感じている戦地での医療行為に対する虚しさは、折原が西と交わった翌日に自殺したことによく表されており、折原は、仮に国に戻っても故郷には戦死者として知らされ、どこかの施設で飼い殺しにされるのが分かっていて(まるでドルトン・トランボ監督の「ジョニーは戦場へ行った」('71年/米)みたいだが、この邦画の方が5年早い)、それで西との交わりを人生の最期の悦びとして胸に抱き、自死したわけです。

「赤い天使」5.jpg 若尾文子の従軍看護婦としての毅然とした、常に気丈に振舞う姿は良くて(愛人がいる設定は、映画の中で若尾文子が演じる西のイメージにそぐわないと見たか)、岡部に裸になれと言われたり、軍服を着せられ軍靴を履かされて上官と部下の俄か逆転劇を演じさせられたりする場面でも、常にきりっとしているのが良かったです。芦田伸介もカッコ良かった。西が岡部のような年配の男性を尊敬すると同時に好きになる、その気持ちは自然のように思えました。様々な角度から見て傑作であると思います。

「赤い天使」[.jpg「赤い天使」6.jpg「赤い天使」●制作年:1966年●監督:増村保造●脚本:笠原良三●撮影:小林節雄●音楽:池野成●原作:有馬頼義●時間:95分●出演:若尾文子/芦田伸介/川津祐介/赤木蘭子/千波丈太郎/喜多大八●公開:1966/10●配給:大映●最初に観た場所:角川シネマ有楽町(大映4K映画祭)(23-02-07)(評価:★★★★☆)

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森崎東監督によるシリーズ第3作。言われているほどには前の路線を外していないが...。

「フーテンの寅」1970.jpg「フーテンの寅」d.png「フーテンの寅」01.jpg
第3作 男はつらいよ フーテンの寅 HDリマスター版 [DVD]

「フーテンの寅」6.jpg 旅先で病気になってしまい、宿の女中(悠木千帆)に親兄弟があるのか心配された寅次郎(渥美清)は、とらやの人びとの写真を見せ、ついさくらを「奥さん」、満男を「自分の赤ちゃん」、おばちゃん・おいちゃんを「おふくろとおやじ」と見栄を張ってしまう。久々に故郷柴又に帰ってきた寅次郎を見合い話が待っていた。本人もすっかりその気になったが、相手の駒子(春川ますみ)は寅次郎と旧知の仲であり、しかも旦那持だった。寅次郎は、駒子の妊娠も知らずに旦那が浮気したと聞くや、二人の仲を取り持つために一肌脱ぐ。しかし、二人のための結婚式や新婚旅行まがいの宴会やハイヤーの代金をとらやに請求したことが原因で、おいちゃん(森川信)と大ゲンカして「フーテンの寅」o1.pngしまい、いたたまれなくなった寅次郎は再び旅に出る。旅先の伊勢・湯の山温泉で腹を下した寅次郎は、便所を借りに温泉宿・もみじ荘に入り浸り、そこの女将・お志津(新珠三千代)の同情を買って宿に泊めてもらう。未亡人のお志津に惚れ込んた寅次郎は、宿代がないことを理由にもみじ荘に居着くようになり、住み込みの番頭として一生懸命働く。お志津の弟・信夫(河原崎建三)となじみの芸者・染奴(香山美子)との仲を取り持つことに奔走してお志津に感謝され、お志津の小さな女の子を可愛がるあまり風邪を引いてお志津に看病してもらって、寅次郎は有頂天になる。しかし、寅次郎の知らないところで、お志津には再婚を考えている相手(高野真二)がいたのだった―。

 1970年1月公開の「男はつらいよ」シリーズの3作目で、今回は前作に代わって山田洋次監督から、山田洋次監督の助監督出身で(ただし4歳年長)、第1作やテレビ版の脚本にも参加した森崎東が監督し、山田洋次は当時、本作はもういいと思っており脚本(原作)のみ書いています。ただし、山田洋次監督はその後、この森崎東が監督した第3作と、小林俊一が監督した第4作に違和感を覚えて第5作で監督に復帰、以降、最後まで他人に監督させることはなかったことになります。

 森崎東の監督としての個性は山田洋次とは対照的で、薄味(山田)と濃い味(森崎)、柔と剛、洗練さと野暮ったさとはよく言われているところですが、個人的には、原作が山田洋次監督であることもあってか、言われているほどには第1作、第2作の雰囲気を大きく外してはいないように思いました(細部にこだわりを持つ人は、また異なる印象を持つのだろうが)。

「フーテンの寅」倍賞千恵子.jpg ストーリー的には、おいちゃん・おばちゃんが湯の山温泉を訪れた際、寅次郎が働いている宿に泊まり、寅と出会う(さらにマドンナのお志津の存在を知る)という設定になっていて、お志津がとらやを一度も訪れていないことも含め、旅先の寅次郎が中心の話になっており、さくら役の倍賞千恵子の出番は非常に少ないのが特徴でしょうか。

「フーテンの寅」m.jpg あとは、自分なりに"細部"を突き詰めていくと、おいちゃんと喧嘩したり(まあ、これはシリーズの他の作品でもあることが、この回のはかなり激しくやり合い、それが原因で寅次郎は再び旅に出ることになる)、染奴の中風にかかった父・清太郎(花沢徳衛)が元テキ屋であるということで、寅次郎の将来を暗示するかのように見えてしまったりするのがやや暗かったりします。駒子と再び一緒になった夫が、寅次郎からの電話をプツリと切ってしまうあたりもちょっと冷たい感じがしました。

「フーテンの寅」k.jpg 森崎東監督の演出は、シリーズ第4作「新・男はつらいよ」の監督・小林俊一とは相通じるものがあるかもしれません(小林俊一は山田洋次と共にこの作品に脚本参加している)。定番である「寅次郎の失恋」も、山田流では哀愁が漂う切ない雰囲気ですが、森崎・小林流だと、寅次郎の勘違いが際立っていて、可哀そうなのは同じですが、やや乾いた感じでした。暗い部分と明るい部分でバランスをとっていて、結局、前作に比べ「雰囲気を大きく外してはいない」という個人的感想に至ったのですが、観る人によって山田洋次監督版とは「大きく異なる」という人がいても納得です(細部を見ていけば必然的にそういうことになる)。

「フーテンの寅」yuki.jpg「男はつらいよ フーテンの寅」●制作年:1970年●監督:森崎東●脚本:山田洋次/小林俊一/宮崎晃●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●原作:山田洋次●時間:90分●出演:渥美清/新珠三千代(東宝)/倍賞千恵子/香山美子/河原崎建三/前田吟/春川ますみ/三崎千恵子/野村昭子/悠木千帆/佐々木梨里/高野真二/左卜全(特別出演)/佐藤蛾次郎/太宰久雄/晴乃ピーチク/晴乃パーチク/森川信/笠智衆/花沢徳衛●公開:1970/01●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-02-02)(評価:★★★☆)

悠木千帆(樹木希林)/渥美清

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演技達者が揃っていて楽しめる。渥美・倍賞の「男はつらいよ」の前年作。

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あの頃映画 「白昼堂々」」渥美清/藤岡琢也/倍賞千恵子
「白昼堂々」01.jpg ワタ勝こと渡辺勝次(渥美清)は、名の通ったスリだった。しかし、スリ係の刑事・森沢(有島一郎)の説得もあり、堅気になって九州の炭坑で働いていた。ワタ勝は間もなくヤマが潰れたのを機会に、仲間を集めてスリの集団組織をつくり上げた。彼は東京のデパートに狙いをつけ、大仕掛けな万引き計画を立てる。東京に向かったワタ勝は、盗品を捌くために昔のスリ仲間・銀三(藤岡琢也)を口説く。銀三は更生してデパートの警備員となり、女房の春子(三原葉子)は小さいながら洋品店を営んでいた。銀三は一人娘・桃江(大貫泰子)のためにも、ワタ勝の誘いを断るべきだと思いながら、ついに自分の洋品店で盗品を捌くことになった。知恵者の銀三が仲間に加わったことで、万引集団の成果はうなぎ上りに上昇し、それも高級洋品の布地を一巻ごと万引きするという大掛りなものだった。東京、大阪、京都、北海道と、ワタ勝たちは全国を仕事場にしていたが、危「白昼堂々」6.jpgなくなると九州のボタ山集落へ帰るという具合だった。デパート側が警備を強化しても、結局はワタ勝たちの素早さにかなわない。仲間が捕まると、専門の弁護士・坂下(フランキー堺)に処理させるという「白昼堂々」 倍賞 .jpg具合だ。ある日、美人スリ・よし子(倍賞千恵子)が仲間に加わる。ワタ勝も彼女にはぞっこんで、見かねた銀三のとりもちで目出度く結婚する。一方、銀三やワタ勝がすっかり足を洗っていたものとばかり思っていた森沢は、万引集団が二人の手になるものと知って烈火の如く憤り、着々と捜査の輪を狭めていた。そんな時、ワタ勝は仲間があちこちで捕まり、しかも、よし子が仲間四人と名古屋で捕まったと知ってガックリする。盗品の捌きもストックが増え出し、坂下が弁護料を大幅に値上げしてきている時でもあった。思いあまったワタ勝はデパートの売り上げ金二億円を奪うという大胆な作戦を立てる。デパートの警備員をやめた銀三は、その手助けは断ったがやはりなにかと援助する。計画は成功目前で、森沢の炯眼の前にあえなく潰える。銀三とワタ勝は逮捕されたが、二人ともくよくよしなかった。ワタ勝はよし子の手紙を読みながら、刑期の終るのを待っている―。
白昼堂々 (角川文庫 緑 267-3)
「白昼堂々 - 結城昌治. 文庫jpg.jpg 結城昌治(1927 -1996/68歳没)の原作(「週刊朝日」所載)を野村芳太郎が監督した喜劇です。原作は'65(昭和40)年6月から12月にかけて「週刊朝日」に連載され('66(昭和41)2月朝日新聞社刊)、'66(年上期・第55回「直木賞」候補となっています(作者としては「ゴメスの名はゴメス」に次ぐ2度目の候補で、3度目の候補作「軍旗はためく下に」で受賞し、直木賞作家となった)。

 原作は実在のスリ集団に想を得ていますが、この連載後間もなく、そのモデルとなった、北九州から上京した本物の万引き集団13人が検挙されています。作者がその集団の存在を知ったのは、昭和34年に日本橋三越で犯行中にスリ集団が一斉検挙される事件があったのを記憶に留めていたためで、それをヒントに、実際に訪れた北九州の炭鉱地帯の様子から、炭鉱不況とスリ集団を結びつけて小説を構想したとのことで、そうしたら、日本橋三越の事件から6年経って、彼らが再び検挙されたということです。
白昼堂々 (光文社文庫)
「白昼堂々 (光文社文庫).jpg 原作は主に銀三の視点で描かれていますが、原作も映画と同じようなストーリーで、比較的忠実に映像化されているように思いました。ただし、銀三も勝次も最後は捕まってしまうのは同じですが、銀三と勝次はラストで大金を持ってデパート内を逃げ、屋上へ追い詰められて、勝次はすぐに捕まったものの、銀三はアドバルーンに絡まって空高く舞い上がり、紙幣は風に飛ばされてあたりに撒き散らされ(映画「地下室のメロディー」('63年)っぽい)、アドバルーンは下降して木に絡まり、銀三はいったん気を失って、気がついたらその木は刑務所内の敷地に生えていた木だったという喜劇的なオチになっています。

 映画のラストで渥美清演じるワタ勝も藤岡琢也演じる銀三も刑務所内にいながらどこか明るいです(ワタ勝は倍賞千恵子が演じる美人スリ・よし子が現在の"結婚契約"を解消しないとの手紙をくれて大いに嬉しい)。これは、原作では小説内では描かれていませんが、作者の「あとがき的」に、彼らは(仲間を売ることもなく)明るく逞しく生き続けるだろうとしています。

「白昼堂々」生有島.jpg 映画は、渥美清、藤岡琢也と有島一郎の取り合わせなど、演技達者で観ていて楽しいかったです。倍賞千恵子(当時27歳)、生田悦子(当時21歳)も若くて綺麗。共にスリ役で、倍賞千恵子、渥美「白昼堂々 - 渥美倍賞jpg.jpg「白昼堂々」倍賞jpg.jpg清にとっては「男はつらいよ〈シリーズ第1作〉」('69年)の前年の作品になります。渥美清が演じるワタ勝が倍賞千恵子が演じるよし子に求婚するシーンがありますが、この二人を見ているとどうしても"兄妹"のイメージになってしまいます。

「白昼堂々」生田藤岡.jpg「徹子の部屋」生田悦子.jpg 生田悦子は映画デビューが1967年なので、当時まだデビュー3年目。2018年の4月に「徹子の部屋」に出演していて71歳で元気そうだったのが、同年7月に心不全で急逝したのが惜しまれます。
  
「白昼堂々」12.gif「白昼堂々」●制作年:1968年●監督:野村芳太郎●製作:杉崎重美●脚本:野村芳太郎/吉田剛●撮影:川又昂●音楽:林光●原作:結城昌治●時間:99分●出演:渥美清(渡辺勝次)/倍賞千恵子(腰石よし子)/藤岡琢也(富田銀三)/大貫泰子(富田桃江)/三原葉子(富田春子)/有島一郎(森沢刑「白昼堂々」田中.jpg事)/高橋とよ(森沢タツ子)/新克利(寺井刑事)/生田悦子(八百橋ユキ)/田中邦衛(マーチ)/佐藤蛾次郎(野田)/フランキー堺(万引き団のお抱え弁護士・坂下)/穂積隆信(安藤警部)/山本幸栄「白昼堂々 55jpg.jpg(丸山刑事)/三遊亭歌奴(川又の巡査)/「白昼堂々 田中jpg.jpgコント55号・坂上二郎(財布を掏られる男)/コント55号・萩本欽一(ホームレス)●公開:1968/10●配給:松竹●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-02-02)(評価:★★★☆)

田中邦衛(二度にわたる炭坑の爆発で記憶を失ってしまったスリ・マーチ)

「白昼堂々 - 結城昌治2.jpg「白昼堂々 - 結城昌治.jpg【1971年文庫化[角川文庫]/1996年新書化[講談社・大衆文学館]/2008年再文庫化[光文社文庫(結城昌治コレクション『白昼堂々』)]】

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「湿地帯小説」。世間から見捨てられながらも自分の人生を歩んだ少女の生きざま。

「ザリガニの鳴くところ」 1.jpg「ザリガニの鳴くところ」 2.jpg「ザリガニの鳴くところ」 3.jpg
【2021年本屋大賞 翻訳小説部門 第1位】ザリガニの鳴くところ』 映画「ザリガニの鳴くところ」(2022)

「ザリガニの鳴くところ」 0.jpg 2021(令和3)年・第18回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位作品。

「ザリガニの鳴くところ」 4.jpg ノースカロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアはたったひとりで生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女を置いて去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく―。

 動物学者である作者が69歳で初めて執筆した小説で、2018年8月に原著刊行。2019年、2020年と2年連続で「アメリカで最も売れた本」となり、日本でも「本屋大賞」(翻訳小説部門)受賞となりました。年末ミステリランキングでは、3年連続4冠達成のアンソニー・ホロヴィッツの『その裁きは死』の後塵を拝するも、「このミステリーがすごい!」(宝島社)海外篇・第2位、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門・第2位、「2021本格ミステリ・ベスト10」(原書房)第9位、「ミステリが読みたい!」(ハヤカワ・ミステリマガジン)第3位と、各ランンクインしています。

 キャッチは「みずみずしい自然に抱かれた少女の人生が不審死事件と交錯するとき、物語は予想を超える結末へ」。確かに過程のプロットより結末の意外性かと思いますが、ただし、このパターンは日本でも、大岡昇平の『事件』や松本清張原作の映画「黒の奔流」など、形は少し違いますが今までもあるにはありました。

 やはり、この作品の読みどころは、‟ザリガニが鳴く"と言われる(ホントはザリガニは鳴かないらしい)湿地帯の、まさに「湿地帯小説」と言っていいくらいの美しい自然描写と、その中で世間から見捨てられながらも自分の人生を歩んだ少女の(ホタルに喩えることできる動物的な側面もある)生きざま、ということになるのではないかと思います。「本屋大賞」受賞に異存なし、といったところです。

「ザリガニの鳴くところ」 5.gif オリヴィア・ニューマン監督の起用で昨年[2022年]に映画化され、女性監督だからやはり女性映画っぽくなるのだろうと思いましたが、予想どおりでした。原作は、幼いころから事件が起きるまでの少女の歩み(ドラマ部分とも言える)と、事件が起きた後の捜査の進捗や裁判の様子(ミステリ部分とも言える)が、あざなえる縄のように交互に描かれていますが、映画はほとんど少女の生きざまと成人するまでを中心に描いていて、特に、成人してから恋愛の方に重点が置かれています。ただ、それが何だか「学園ドラマ」を観ているような感じで、深まりがないまま話がだらだらと続く印象を受けました。

「ザリガニの鳴くところ」 6.jpg ミステリ部分ももっと描いてほしかったように思います。深夜でもバスは走っているのだなあ(高速バスみたいな路線バスか)。映像で再現する必要はなですが、省き過ぎです。この監督、ミステリには関心がないのかな。

「ザリガニの鳴くところ」 7.jpg 沼地の自然は美しく撮っていて、それはそれで良かったのですが、ドラマ部分含め全体に明るすぎる印象で、少女の沼地での生活や服装、身の回りなども小綺麗すぎて、原作の重くてダークなイメージとの間にギャップを感じました。Amazonプライムで有料視聴したのですが、原作の評価★★★★に対して、映画は評価★★★となりました。

「ザリガニの鳴くところ」8.jpg「ザリガニの鳴くところ」●原題:WHERE THE CRAWDADS SING●制作年:2022年●制作国:アメリカ●監督:オリヴィア・ニューマン●製作:リース・ウィザースプーン/ローレン・ノイスタッタ●脚本:ルーシー・アリバー●撮影:ポリー・モーガン●音楽:マイケル・ダナ●原作:ディーリア・オーウェン●時間:126分●出演:デイジー・エドガー=ジョーンズ/テイラー・ジョン・スミス/ハリス・ディキンソン/マイケル・ハイアット/スターリング・メイサー・Jr/デヴィッド・ストラザーン/ジェイソン・ワーナー・スミス/ギャレット・ディラハント/アーナ・オライリー/エリック・ラディン●日本公開:2022/11●配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(評価:★★★)

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残酷な滑稽さ。「雨」の強烈な大どんでん返しとはまた違ったほろ苦いラスト。

『雨・赤毛』 新潮文庫.jpg『雨・赤毛 モーム短篇集(I.jpg『雨・赤毛  モーム短篇集(I)』.jpg
モーム短篇集〈第1〉雨,赤毛 (1959年) (新潮文庫)』『雨・赤毛: モーム短篇集(I) (新潮文庫)

 白人の殆どいない南サモアの小さな島。島々に荷物や手紙を運ぶ貨物船の船長が停泊のため、ある島のラグーン(珊瑚環礁)に入る。船長は日に焼けた中年の白人で、太っていて、禿げていて、汚い服を着ていた。島で暮らすスウェーデン人のニールソンは、久しぶりに会った白人である船長に、若き日の恋物語を語り始める―。かつて、アメリカ海軍から逃亡した「レッド」と呼ばれる二十歳の赤毛の水兵がこの島に来て、土地の16歳の美しい娘と出会い、二人は恋に落ちた。二人は一緒になり、楽園のように美しい島で無上の幸福の時を過ごすが、2年後、出来心を起こした青年は、騙されてイギリスの捕鯨船に連れ攫われてしまう。残された女は涙に明け暮れ、4カ月後に子どもを死産する。男の音沙汰はない。3年が経った頃、当時25歳のニールソンは、病気療養のために島にやって来て、その美しい娘に見惚れる。周囲も彼との結婚を勧めるが、レッドのことが忘れられない彼女は拒絶する。しかしやがて観念し、ニールソンと結婚するに至る。ニールソンはじめ、自分の愛情によって娘を幸福にすることができると信じていたが、やがてそれが無理だと理解する。彼女から愛されることのないことを悟った彼は、やがて胸の内で彼女を憎むようになる。そして25年の月日が流れた―。今、ニールソンの前にいる船長、禿げた赤毛の頭、酒ぶくれでぶよぶよに太った醜い男は、何故かニールソンに不快感を催させる。「であんたのお名前は?」そう、この船長こそがレッドだった。25年の歳月で美しかった青年は、こんなにも醜い中年男性になってしまっていた。やがて船長は帰る。ちょうどその時、奥から白髪の太った色黒の現地人女性が「今の人は何の用だったの?」と出てくる―。

一葉の震え.jpg 原作は1921年刊行(モーム47歳)の短編集『木の葉の戦(そよ)ぎ』(The Trembling of a Leaf)に「」などと共に収められていた中篇小説です(『木の葉の戦ぎ』は'14年に近代文藝社から初の完訳本が『一葉の震え』として刊行された)。

一葉の震え―「雨」ほか、南海の小島にまつわる短編集』['14年/近代文藝社]
(「レッド」「小川の淵」「ホノルル」「雨」「エドワード・バーナードの凋落」「マッキントッシュ」の6編を所収)

 ネタバレになりますが、老醜の船長が、かつての美男子「レッド」であったことは、話の途中にかなり"仄めかし"があったように思います。ただし、ラストでもう一捻りあって、当事者双方が自分たち自身はそうであると認識しない「再会」があったことになります。

 老いて変わり果てたレッドの存在が明らかになったことによって、切なさを秘めた悲劇であったはずの物語が残酷な様相を帯び、さらにそれに輪をかけるように、もう1人の悲劇の主人公=悲恋物語のヒロインであったはずの女性の、時の流れに抗えなかった今現在の姿が浮かび上がるという、冷酷とも皮肉とも言える結末となります。見方によっては、そこに残酷な滑稽さがあるとも言えます。

 「雨」の強烈な大どんでん返しとはまた違ったほろ苦いラストで、ストーリーテラーとしてのモームの面目躍如といった結末ではないでしょうか(語り手のニールソンが当事者の双方ともに対して事実を明かさないことで、"ほろ苦い"という程度で収まっているとも言える。話していたらどうなっていたか想像するのも、この物語の味わい方の一つかも)。

 もう1つ所収の「ホノルル」という短編も、ある種似たような皮肉な笑いで終わる話で、語り手が出会った陽気で楽天的な小男の船長は、美しい現地人の娘を伴って現れ、自分が陥った超自然的な危機について語り始めますが―。愛する男のために自らの身体をなげうって顧みない娘が、あっさりと他の男と逃げ出してしまうという結末も何とも皮肉です。ただし、訳者の中野好夫が指摘しているように、「雨」「赤毛」に比べると、構成や結末のインパクト等の面でやや落ちるでしょうか。

【1957年文庫化[角川文庫(厨川圭子:訳『赤毛―他六篇』)]/1959年再文庫化[新潮文庫(中野好夫:訳『雨・赤毛―モーム短篇集Ⅰ』)]/1962年再文庫化[岩波文庫(朱牟田夏雄:訳『雨・赤毛 他一篇』)]/1978年再文庫化[講談社文庫(北川悌二:訳『雨・赤毛』)]】

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モデルとされているゴーギャンとの相違点も多い。世界文学の名作でありながら、読み易く面白い。

『月と六ペンス』(文庫).jpg
厨川圭子:訳『月と六ペンス』(1958 角川文庫)/中野好夫:訳『月と六ペンス』(1959 新潮文庫)/龍口直太郎:訳『月と六ペンス』(1966 旺文社文庫)/阿部知二:訳『月と六ペンス』(1970 岩波文庫)/北川悌二:訳『月と六ペンス』(1972 講談社文庫)/土屋政雄:訳『月と六ペンス』(2008 光文社古典新訳文庫)/厨川圭子:訳『月と六ペンス』(2009 角川文庫)/行方昭夫:訳『月と六ペンス』(2010 岩波文庫)/金原瑞人:訳『月と六ペンス』(2014 新潮文庫)
The moon and sixpence (1919 edition) |
The Moon and Sixpence 1919.jpg 作家の私は、夫人のパーティーに招かれたことからストリックランドと知り合う。ストリックランドは証券会社で働いていたが、ある日突然家族を残して消える。私は夫人に頼まれ、パリのストリックランドのもとへ向かうと、駆け落ちしたという女性の姿はなく、一人で貧しい生活を送っていた。話を聴くと、絵を描くために生活を捨てたという。私は彼を批判するが、彼はものともしない。夫人は私からそのことを聞くと悲しんだが、やがてタイピストの仕事を始めて自立してく。その5年後、私はパリで暮らしていた。以前に知り合った三流画家のダーク・ストルーヴを訪れ、彼がストリックランドの才能に惚れ込んでいることを知る。ストルーヴに連れられストリックランドと再会するが、彼は相変らず貧しい暮らしをしていた。それから私は何度かストリックランドと会ったが、その後絶縁状態になっていた。クリスマス前のある日、ストルーヴとともにストリックランドのアトリエを訪れると、彼は重病を患っていた。ストルーヴが彼を自分の家に引き取ろうとすると、妻のブランチは強く反対する。夫に説得されてストリックランドの看病をするうちにブランチは彼に好意を寄せるようになり、ついには夫を棄ててストリックランドに付き添うが、愛情を受け入れてもらえず服毒自殺する。妻の死を知ったストルーヴは、ストリックランドへの敬意を失うことなく、故郷のオランダへと帰って行った。私はストリックランドに会って彼を再び批判したが、その後彼と再会することはなかった。ストリックランドの死後、私は別件でタヒチを訪れていた。そこで彼を知るニコルズ船長に出会い、彼が船乗りの仕事をしていた時のことを聞く。貿易商のコーエンはストリックランドを自分の農場で働かせていたことを話す。宿屋のティアレは彼にアタという妻を斡旋したことを話した。彼の家に泊まったことのあるブリュノ船長は、ストリックランドの家の様子を話した。医師のクートラはストリックランドがハンセン病に感染した晩年のことを語り、彼の遺作は遺言によって燃やされたとしている。私は医師の所有するストリックランドの絵画を見て恐ろしさを感じていた―。
New York: Pocket Books, 1967.
『The Moon and Sixpence 』.jpg 1919年に出版されたサマセット・モームの、言わずと知れた彼の代表作。画家のポール・ゴーギャンをモデルに、絵を描くために安定した生活を捨て、死後に名声を得た人物の生涯を描いています。この小説を書くに際し、モームは実際にタヒチへ赴き、ゴーギャンの絵が描かれたガラスパネルを手に入れたといいいます。「月」「六ペンス」はそれぞれ「聖」と「俗」の象徴であるとか、これまでも何度も言われていますが、そう言えば、両方とも"丸い"形は同じなのだなあと改めて気づいたりしました(気づくのが遅い?)。

 ゴーギャンがモデルであるのは確かですが、ストリックランドとゴーギャンでは相違点がかなり多いというのは以前から指摘されていることです。ストリックランドは英国人ですが、ゴーギャンはフランス人で、ストリックランドは印象派を全く評価しておらず、同世代の画家とも付き合いはないように描かれていますが、ゴーギャンは印象派展に作品を出展しており、ゴッホだけでなく、多数の印象派画家と交流がありました(ストリックランドがタヒチで亡くなっているのに対し、ゴーギャンはマルキーズ諸島で亡くなっているなど、ほかにも多くの相違点がある。 ただし、画家になる前は証券会社で働いているなど、共通点があるのも確か)。

 最初に読んだ時は思いつかなかったのですが、ストルーヴ(この興味深いキャラクターの三流画家は、絵は下手だが、ストリックランドの才能を見抜く眼力はあったということになる)が、そのゴッホをモデルにしているという見方もあるようです(ストルーヴはゴッホ同様にオランダ人)。ただし、ストルーヴは、自らが見出した超絶した才能の前に、その彼に妻を奪われてまでも崇拝の念を抱き続ける、ある種、ドストエフスキーの小説に出てくるような特異な人物として描かれれています。

ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
「我々はどこから来たのか.jpg 最後に語り手である「私」がタヒチで遭遇したストリックランドの遺作は、ゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」がモデルになっているのではないでしょうか(高間大介『人間はどこから来たのか、どこへ行くのか』)('10年/角川文庫)、エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか?(上・下)』('22年/文藝春秋)が共にこの絵からタイトルを取り、表紙カバーにこの絵を用いている)。

 世界文学に名を残す作品でありながら、読み易く、特に後半の「私」がタヒチを訪れて聞くストリックランドの話は、いきいきしていて(時制を後日譚(過去形)からリアル(現在進行形)に戻している箇所がある)面白いといっていいくらい。その面白さの中には、現地の人たちでさえ何の価値も無いと思っていたストリックランドの絵に、後にとんでもない高値が付いたというエピソードも含まれますが、ある意味、芸術的価値でさえ金銭的数字に置き換えられるという、資本主義社会を腐肉っぽく象徴しているようにもとれます。

 ただし、最後にタヒチでのストリックランドのことを夫人に話し終えた「私」の頭には、「彼がアタとの間に儲けた息子が、大海原で船を操っている姿が浮かんでいた」とあり、ロマンチックな終わり方になっています。こうした南洋への憧れは西欧人に根強くあって、たとえば映画の世界ならば、ミュージカル映画「南太平洋」('58年/米)からディズニー映画「モアナと伝説の海」('16年/米)まで連綿と続いているのではないでしょうか。

「月と6ペンス」映画.jpg この作品自体も1942年に、「月と6ペンス」('42年/米)としてジョージ・サンダース主演(ストリックランド役)によって映画化されていますが、ストリックランドが「女というものは犬と同じで、ぶてばぶつほど、罰を受けていい子になる」というようなことを言っていて(原作に実際そのようなストリックランドの言葉がある)、そのセリフが当時の女性たちの反発を猛烈にくらい、ジョージ・サンダースはフェミニストから敵視されたとか。彼は自分は女性を蔑視しておらず、愛犬家でもあることをアピールしたようですが(この人を主人公にした『ジョージ・サンダース殺人事件』という推理小説があるぐらいの当時の人気俳優でもあり、人気があるからこそ叩かれたのかも)。

「月と6ペンス」1942.jpg 映画の方はリアルタイムでストリックランドを追っているので、彼とアタの出会いなども描かれていて、ラブロマンスっぽい印象です(前半はコメディっぽい箇所も多い)。英語版しか観ていないので、評価は保留します。アタを演じているのはエレナ・ヴェルダゴという米国の白人女優で、その後の出演作をみると「南の島でラブハント」('44年)とか「ジャングルの宝庫」('49年)とかそれ風のタイトルの作品が続くので、よほどこの映画の印象が強かったのでしょうか(フランケンシュタイン映画など怪奇映画にも出ている)。
  
House of Frankenstein (1944.jpgElena_Verdugo_1955.jpg Elena Verdugo

House of Frankenstein(1944)
  
『月と六ペンス』(角川文庫)2.jpg【1958年文庫化[角川文庫(厨川圭子:訳)]/1959年再文庫化[新潮文庫(中野好夫:訳)]/1966年再文庫化[旺文社文庫(龍口直太郎:訳)]/1970年再文庫化[岩波文庫(阿部知二:訳)]/1972年再文庫化[講談社文庫(北川悌二:訳)]/2008年再文庫化[光文社古典新訳文庫(土屋政雄:訳)]/2009年再文庫化[角川文庫(厨川圭子:訳)]/2009年再文庫化[岩波文庫(行方昭夫:訳)]/2014年再文庫化[新潮文庫(金原瑞人:訳)]】
『月と六ペンス』(新潮 文庫).jpg

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「ER」の記念すべき第1話。単なる人物紹介でなく、エピソードとの絡め方が見事。

er season1.jpgER 緊急救命室2.jpg「ER緊急救命室」s1.jpg
ER 緊急救命室 I 〈ファースト・シーズン〉 セット1 [DVD]

アンソニー・エドワーズ(マーク・グリーン)
「ER緊急救命室」2.jpg マーク・グリーン(アンソニー・エドワーズ)は、シカゴ近郊クック郡のカウンティ総合病院のER(緊急救命室)チーフレジデントで腕利き内科医。病気やケガ、事故により昼夜問わず患者が搬送され、仮眠もろくに取れず、今日も看護師が目覚まし時計のように夜勤の彼を起こしに来る。その彼は今、私立病院から好条件で誘いを受け、ERを続けるかどうか迷っていた。そんな折帰宅したばかりの看護師長キャロル・ハザウェイ(ジュリアナ・マルグリース)が自殺未遂を起こしてERに担ぎこまれる―。

ノア・ワイリー(ジョン・カーター)
「ER緊急救命室」4.jpg「ER 緊急救命室 1」ka-ta- .jpg "カーター君"が初赴任する「ER」の記念すべき第1話はパイロット版として作られたもので(原題は"24 HOURS") 、本国放映が1994年9月19日、日本初放映が1996マイケル・クライトン.bmp年4月1日(NHK‐BS2)。決して広くはない診療室で撮影しなくてはならず、ステディカムが威力を発揮しています(第1話の撮影は廃院となった病院をスタジオ代わりに撮影しており、それ以降はスタジオにセットを再現して撮影した)。このパイロット版を含む最初の3話は、製作総指揮を務めたマイケル・クライトン(1942-2008/66歳没)自身が脚本を書いています。マイケル・クライトンはハーバード・メディカルスクール(ハーバード大学医学大学院)の出身です。

 朝から工事現場の事故の多くの負傷者が担ぎ込まれ、遺族への死亡宣告、研修に来た女子学生の対応、色仕掛けをしてくる患者、小指のさかむけだけを治療にくる老婦人、車の中で突然産気づいた女性...etc.グリーン先生をはじめ皆がそれらの対応で超多忙です(ステディカムでの撮影が効いていて、ERの日常の慌ただしさが伝わってくる)。

ジュリアナ・マルグリース(キャロル・ハザウェイ)
ER緊急救命室」キャロル.jpg そして、極めつけは、スタッフからの信頼が厚い看護師長(翻訳は婦長)のキャロル・ハザウェイの何の前触れもない自殺未遂。かつてERの小児科医のダグラス・ロス(ジョージ・クルーニー)と付き合っていたが破局し、今は整形外科医と婚約中だったはずだが...。心配そうにキャロルを見守るダグ。この二人の関係はシーズン1の幾つかある重要なストーリーの1つになっていきます。因みに、ダグ・ロスはハンサムなモテ男でプレイボーイ。この第1話ではロス先生は二日酔いでヨレヨレ状態での初登場となるのですが、児童虐待していると疑われる母親に対して心底怒りをぶつける熱血漢でもあります。

「ER緊急救命室」3.jpg 一方、医学部3年の研修生ジョン・カーター(ノア・ワイリー)は今日がER勤務の初日。外科レジデント2年目のピーター・ベントン(エリク・ラ・サル)のもとで、これからさまざまな指導を受けることになりますが、まず、点滴をやるのが初めてということにベントンも呆れ、さらに、ナイフで刺された患者の血を見て気分が悪くなる始末です。
エリク・ラ・サル(ピーター・ベントン)

「ER緊急救命室」5.jpg 自らの不甲斐なさすっかりしょげているところを(このシーンはOPで「ER」op.jpg使われることになる)、優しく励ますグリーン先生。ただ励ますだけなく、「医者には2種類ある。自分の感情を切り捨てるタイプと感情を切り捨てれないタイプだ」「何かあると後者は、治療する側の自分が病気になってしまいそうになる」と、医者の心得まで説いてます。しかしながら、そのグリーン先生もその後、離婚問題で悩まされることになります(司法試験の勉強中の妻との行き違いは、すでにこの第1話で示唆されている)。

 そのカーターを指導する立場のベントン先生は、動脈瘤の患者が危険な状態になり、担当医が誰も手が空かず、レer ベントン.jpgジデントの自分には資格がないのに手術を強行「ER」モーゲンスタン部長.jpg、患者の危機を救い、駆けつけたモーゲンスタン部長(ウィリアム・H・メイシー)から最初は「下手な獣医並み」と貶されるも、最後にはその臨機応変の判断を褒められガッツポーズ(このシーンもOPで使われることになる)。患者の命を救うことを第一信条とするとともに、自信家で上昇志向が強いその性格がすでに表されています。

シェリー・ストリングフィールド(スーザン・ルイス)/シリ・アップルビー(ダリア・ウェイド)
「ER」000.jpg 内科・外科レジデント二年目のスーザン・ルイス(シェリー・ストリングフィールド)は、仕事が忙しく最近、恋人と別れたが、グリーン先生とは相性が良く何でも話せる間柄。性格はサバサバしており、ハッキリものを言うタイプですが、今日「ER」ミゲル・フェラー.jpgはガンの疑いが濃厚な患者(ミゲル・フェラー)から逆に告知を求められるような状況に直面し、これはさすがにキツイ、患者も医者も(その後、米国でも日本でも、告知は医師の「裁量の範囲」から「義務」へという流れになっている)。ルイス先生はその後、問題ある姉に悩まされることになります。

 120分枠とは言え、CMを除くと100分くらいでしょうか。その中に多くのエピソードを並行的に盛り込み(気がつけばすべて24時間のうちに起きたことなのだが)、主要登場人物のキャラクター、置かれている状況、互いの関係を見事に描き出していると思います(単なる人物紹介でなく、ちゃんとエピソードと絡めているのがスゴイ)。

 シリーズ展開では、プロデューサーとして「ザ・ホワイトハウス」と同じジョン・ウェルズが参加していることもあり、アフリカのコンゴにおける貧困や紛争などを描いたり、米国における麻薬や銃問題などを提起していたりします。緊迫した場面の合間にコミカルなエピソードを挿むのも「ザ・ホワイトハウス「と共通しているし、シーズン1の第1話で主要な登場人物のアウトラインを描き切ってしまうのも同じです。因みに「ザ・ホワイトハウス」はシーズン1の第1話が最も面白かったですが、「ER」は、面白さがずっと続くところがすごかったと思います。

ジョージ・クルーニー(ダグラス・ロス)
「ER緊急救命室」ロス.jpg「ER緊急救命室」7.jpgER緊急救命室(第1話)/甘い誘い(120分枠)」●原題:ER:24 HOURS (a.k.a. THE LONGEST DAY (1))(Season 1、Episode 1)●制作年:1994年●制作国:アメリカ●本国上映:1994/09/19●監督:ロッド・ホルコム●脚本:マイケル・クライトン●出演:アンソニー・エドワーズ/ジョージ・クルーニー/シェリー・ストリングフィールド/ノア・ワイリー/ジュリアナ・マルグリース/エリク・ラ・サル/クリスティーン・ハーノス/ウィリアム・H・メイシー/(ゲスト出演)シリ・アップルビー/ミゲル・フェラー●日本放映:1996/04●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★★☆)

「ER緊急救命室」6.jpg「ER」00.jpg「ER 緊急救命室」ER (NBC 1994~2009) ○日本での放映チャネル:NHK-BS2(1996~2011)/スーパー!ドラマTV

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現実世界と作中作との同時進行・両者の交流と一人二役の趣向が楽しめた。

「カササギ殺人事件」0.jpg 「カササギ殺人事件(全6話1.jpg カササギ殺人事件 上.jpgカササギ殺人事件下.jpg
「カササギ殺人事件(全6話)」『カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

「カササギ殺人事件」1.jpg 第1話「名探偵アティカス・ピュント」...「名探偵アティカス・ピュント」シリーズで人気の推理作家アラン・コンウェイ(コンリース・ヒル)が、最新作『カササギ殺人事件』を書き上げて筆を折る。担当編集者スーザン(レスリー・マンヴィル)は、ドイツ出張から帰り週末に早速その原稿を読み進めるが、肝心の最終章が無い。上司であるクローヴァー・ブックス社の社長チャールズ(マイケル・マロニー)を訪ねると、アランが殺害されたとの知らせが彼女を待っていた―。
  
「カササギ殺人事件」2.jpg 第2話「アランの真実」...『カササギ殺人事件』の最終章を捜すべく、スーザンはウッドブリッジを訪れる。近くに住む妹ケイティと久しぶりに再会した後、アランの弁護士や彼の恋人ジェイムズ(マシュー・ビアード)を訪ねるが原稿は見つからない。一方、名探偵アティカス・ピュント(ティム・マクマラン)は、助手のフレイザー(マシュー・ビアード、二役)と共に、サクスビー・オン・エイヴォンを訪れる。パイ屋敷で家主のマグナスが殺されたのだ。ピュントは、メアリの死とマグナスの死に関連があるとみる―。
  
「カササギ殺人事件」3.jpg 第3話「疑惑の連鎖」...チャールズと共にシティワールド社を訪れたスーザンは、クローヴァー・ブックス社の買収の話を進めるために、早くCEOに就く決意を固めてほしいとせかされる。しかし、彼女はアランの消えた最終章と、彼を殺した犯人捜しに夢中だった。一方、ピュントはパイ屋敷で起きた連続死の真相を追っていた。転落死した家政婦メアリは息子ロバートと仲が悪く、パイ屋敷の家主マグナスは、周囲の人たちから恨みを買っていたことも判明する―。
  
「カササギ殺人事件」4.jpg 第4話「パイ屋敷の暗い過去」...約2年前、ケイティは久しぶりにウッドブリッジでアランに遭遇しお茶に誘われる。カフェでアランに心を許した彼女は、家族の話を語りだす。そして現在、今後の身の振り方に迷うスーザンは過去に家族を捨てた父親に会いに行くが、やはり許すことが出来ない。一方、体調が悪化したピュントは、村の診療所に運ばれ、そこでメアリを事故死と判定した医師の話を聞く―。
  
「カササギ殺人事件」5.jpg 第5話「偽りの真相」...スーザンは匿名で送られてきた写真から、恋人のアンドレアス(アレクサンドロス・ログーテティス)がアランの死に関わっているのではと疑い始め、彼に真相を問いただす。一方、ピュントに問い詰められたパイ屋敷の庭師ブレントは、屋敷から盗まれた銀のお宝2点を湖の傍で見つけ、うち一つを骨董品店に売ったと証言。また、ブラキストン一家の住んでいた家を訪れたピュントは、メアリの日記を発見する―。
  
「カササギ殺人事件」6.jpg 第6話「笑顔の別れ」...スーザンは、出版社を突然辞めたジェマイマに会い、新作の原稿は木曜のディナーの席でチャールズが受け取ったのではなく、スーザンが出張でドイツにいた水曜に郵送で出版社に届いていたことを知る。そして、最終作のタイトルが『カササギ殺人事件』でなければならなかった理由を突き止める。一方、ロバートの父親から話を聞いたピュントは、事件の全貌を明らかにする―。 


「カササギ殺人事件(全6話)」 (22年.jpg 「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の各海外部門4冠の達成や、「本屋大賞」翻訳小説部門第1位に選ばれるなどしたアンソニー・ホロヴィッツ原作の推理小説『カササギ殺人事件』を、原作者自身の脚本により映像したものです。

 原作は、上巻が作中作『カササギ殺人事件』(ただし最終章が無い)で、下巻が現実の事件となっているのに対し、このドラマ化作品では、両方の話が糾える縄のように交互に進行し、さらには、名探偵アティカス・ピュントが現実世界にいる主人公スーザンの前に現れて、現実世界のアラン・コンウェイ殺人事件と『カササギ殺人事件』の最終章の謎に挑む彼女に終始ヒントや助言を与え続けるという原作には無い趣向が施されており、これはまた新鮮で楽しめました。

「カササギ殺人事件(全6話2.jpg 名探偵アティカス・ピュント役は、「刑事フォイル」の後半シリーズでに出ていたティム・マクマラン、人気作家アラン・コンウェイ役は、ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」でヴァリス役を演じたコンリース・ヒル、彼の担当編集者ミス・スーザン役は「ザ・クラウン」でマーガレット王女役を演じたレスリー・マンヴィルで、原作がいい上に、この3人の演技が手堅かったように思います。

「カササギ殺人事件(全6話3.jpg 以上3人やスーザンの恋人のアンドレアスなどの重要な役どころは別ですが、その他の多くの役は、同じ俳優が現実の世界の登場人物と作中小説『カササギ殺人事件』の登場人物との二役を兼ねている趣向となっています。例えば、作家アラン・コンウェイの同性の愛人で、彼の相続人となる青年は、『カササギ殺人事件』の中では名探偵ピュントの冴えない助手であり(現実世界の本人は、コンウェイに勝手にモデルにされたことをぼやいている)、また、かつてスーザンとケイティの姉妹を捨て、今は病床にある父親は、『カササギ殺人事件』の中では、殺害されるパイ屋敷の家主といった具合です。この趣向が楽しめました。また、作家アラン・コンウェイが自分の周囲の人物を、その人物の幸不幸に関わらず、勝手に自作の登場人物のモデルにしていたこととも呼応します。

「カササギ殺人事件  (全.jpg こうして改めて映像化作品を観ると、作中作『カササギ殺人事件』の謎解きに比べると、現実世界の方の殺人事件は動機やプロット的にやや弱いかなという感じですが、これ以上求めるのはちょっと贅沢でしょうか(アガサ・クリスティへのオマージュとしての色合いは作中作『カササギ殺人事件』の方において色濃いが、現実世界の方の殺人事件ではあまり感じられない)。

「カササギ殺人事件(全6話)」●原題:MAGPIE MURDERS●制作国:イギリス●本国放映:2022/02/10●監督:ピーター・カッタネオ●原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●時間:270分●出演:レスリー・マンヴィル/コンリース・ヒル/ティム・マクマラン/アレクサンドロス・ログーテティス/マイケル・マロニー/マシュー・ビアード●日本放映:2022/07/09・10●放映局:WOWWOW(評価:★★★★)

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連作の繋がり方が上手いなあと。最後は「恢復する家族」の物語のように思えた。

IMG_20230531_145526.jpg  第167回「芥川賞」授賞式.jpg
夜に星を放つ』 第167回「直木賞」「芥川賞」受賞の窪美澄・高瀬隼子両氏

 2022(平成4)年上半期・第167回「直木賞」受賞作で、5つの短編か成ります。

【真夜中のアボカド】
 私(綾)は婚活アプリで恋人を探し始めて半年経った頃に、麻生さんという好印象の男性と出会った。麻生さんとならうまくいくかもしれない、そう思ってた矢先にコロナ禍で自粛期間に入った。「アボカドの種から芽が出るかな」と思ったのも、その頃だった。私には双子の妹の弓ちゃんがいたが、彼女は脳内出血で突然亡くなった。ある日、弓ちゃんの恋人だった村瀬くんから連絡が入り、久々に再会することに。そこで私は弓ちゃんもかつてアボカドの種を植えていたことを知る―。

 ストーリーが進むと、主人公(綾)の抱える事情が見えてきます。主人公が抱える過去も、恋の顛末も、(小説的には)さほど珍しいものではないですが、読んでいるうちに主人公に感情移入させられ、最後囚われていた過去から足を踏み出す姿を応援したくなるようにさせているのが上手いところ。それにしても○○はいい加減な男だったなあ(まあ、現実によくあるパターンだが)。

【銀紙色のアンタレス】
 16歳になったばかりの僕(真)は、田舎のばあちゃんの家でこの夏を過ごすことにした。僕は海が大好きで、ばあちゃん家の近くの海で毎日夕方まで遊ぶ。夕暮れの海を眺めていた時、小さな赤ちゃんを抱っこしていた女の人が気になり、声をかけた。僕が遊びに行っているばあちゃんの家に、一泊しに来ていいか?と幼馴染の朝日から連絡が入る。しかし僕は朝日よりも、浜辺で見た女の人が悲しげだったのが気になっている。そんな折、その女の人がばあちゃん家に来ていたのを知って―。

 海で泳ぐことを目的に祖母の家に行った高校生男子(真)が、小さな子供のいる女性を好きになる一方で、主人公を追いかけてやってきた幼馴染の少女(朝日)にも仄かな想いを抱かされる―。失恋二重奏という感じですが、ラストで主人公が海で感じた重力は、彼にとっての人生の重さでしょう

【真珠星スピカ】
 学校でいじめられ保健室登校をしている中学一年生も私(みちる)のもとへ、2カ月前に交通事故で亡くなった母が幽霊として現れる。父親には母親の姿は見えていないらしい。父には母の幽霊が見えているとは言わずに、私は無言の母と家の中で生活していく。私は学校で「狐女」と罵られるなど、いじめの標的にされている。ある日いじめグループの主犯格の女子が、私に対して「この子のそばになんかいる」と言ったことから、クラスメイトの私に接する態度が変わっていき―。

 出たあ、浅田次郎ばりの幽霊譚―という感じですが、直木賞選考委員の三浦しをん氏は「幽霊を、どこまで『(作中において)リアルなもの』と受け取っていいのか、少々判断に迷った」とコメントしていました。担任の船橋先生が「いい人」でありながら、結局みちるがいじめれれる原因みなっている皮肉。保健室の三輪先生が「良い人です、って言われる人って大概悪人だよ」とい冗談まじりで言っているのが真理をついていました。

【湿りの海】
 僕(沢渡)の別れた妻と娘は今、アリゾナに住んでいる。妻の浮気が原因で離婚して、今は日曜の深夜に娘とビデオ通話するだけの関係になっていた。遠くで生活する2人のことを僕は度々思い出し、未練がましい日々を送っている。そんなある日、隣の部屋にシングルマザーと女の子が引っ越してきた。女の子は僕の娘と歳が近く、名前も似ている。僕はやがて日曜に、その二人と公園で過ごすようになる。海に行きたいと嘆く女の子を、僕は車で連れて行く約束をした―。

 離婚した妻が娘を連れてアメリカに行ってから、前に進めないでいる主人公ですが、結局、最後、前に進むことが出来たのは、シングルマザーをはじめとする彼の周囲の女性たちで、主人公は一時いきなり"モテ男"になったけれど、結局、今までの場所に置き去りにされたという感じだったなあ。作者は大人の男性の主人公にはほろ苦い結末を持ってくる傾向がある?

【星の随に】
 小学四年生の僕は、新しいお母さんのことをいまだに「お母さん」と呼べずに「渚さん」と呼んでいた。春に弟が生まれたけれど、僕は弟にも渚さんにもずっとぎこちなくてもどかしい気持ちを抱いている。ある日、僕は家の鍵が閉まっていて、帰れなくなっていた。渚さんが弟を寝かしつけたまま、家を閉め切っていたせいだった。そんな僕の姿を見て、同じマンションに住んでいるおばあさんが夕方まで僕の面倒を見てくれることになった―。

 こういうおばあさんって昔は結構いたような気がします。他のレビューを見ると、これが一番"号泣"させられた話だったとする人もいるようですが、悪くはないけれど、最初の3編ほどではないのでは。


 制約がある状況下(時節柄的には「コロナ禍」)での一筋の希望―という感じで、全体に「コロナ禍」小説といった印象。「山本周五郎賞」受賞作の『ふがいない僕は空を見た』('10年/新潮社)の頃のどろっとした感じは無くなって、ほんわかした作風になっているでしょうか。最初の3編は上手いなっといった感じ。「湿りの海」は結末からして、「星の随に」はモチーフからして、評価と言うより好みが別れるのではないでしょうか。

 直木賞選考は激戦だったようで、選考委員の内、宮部みゆき、林真理子の両氏が◎。普通、強く推す委員が複数いると受賞しやすいのですが、永井紗耶子『女人入眼』は、宮部みゆき、三浦しをん、伊集院静の3氏が強く推したのに落選しており、それは、それ以外の委員に反対意見が多かったためで(4人)、結局、強く反対する人が誰もいなかったこの作品が受賞しているわけです。

 選考委員の桐野夏生氏が「好感を持って読んだ。特に「星の随に」は、私好みだ。どれも上手く、文句のつけようがない」としながらも、「ただ、ギラリとしたものを求める人には、少しシンプルに過ぎるかもしれない」というのが、自分の印象に近かったです。

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ほとんど「直木賞作品」みたい。最も恐ろしいのは芦川さん(「猛禽」キャラ?)。

『おいしいごはんが食べられますように』1.jpg『おいしいごはんが食べられますように』P.jpg  『臨死!! 江古田ちゃん(1』 2.jpg
おいしいごはんが食べられますように』『臨死!! 江古田ちゃん(1) (アフタヌーンKC)
第167回「直木賞」「芥川賞」受賞の窪美澄・高瀬隼子両氏
第167回「芥川賞」授賞式.jpg 2022(平成4)年上半期・第167回「芥川賞」受賞作(「群像」2022年1月号掲載)。

 二谷は入社7年目。食べものに対する意識はかなり低い。「カップ麺でいいのだ、別に。腹を膨らませるのは。ただ、こればかりじゃ体に悪いと言われるから問題なのだ」と考えている。押尾は入社5年目。二谷と居酒屋へ行き、「わたし芦川さんのこと苦手なんですよね」と言った。その日は社外研修会があったが、入社6年目芦川は体調不良を理由に欠席していた。二谷「なんか言われたとかされたとか。そうじゃなくて、単にできないのがむかつく感じ?」。押尾「っていうか、できないことを周りが理解しているところが、ですかね」。 二谷「職場で、同じ給料もらってて、なのに、あの人は配慮されるのにこっちは配慮されないっていうかむしろその人の分までがんばれ、みたいなの、ちょっといらっとするよな。分かる」と同調。毎日定時で帰れて、それでも同じ額のボーナスはもらえて、出世はなくても、のらりくらり定年まで働ける......そんな「最強の働き方」をしている芦川が、むかつくような、うらやましいような。でも、ああはなりたくないから、「苦手」なのだった。そこで、押尾は二谷にある提案をもちかける。押尾「それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」。二谷「いいね」―。

 芦川みたいな女性は社内にいるなあという感じで読めて面白かったです。でも、読んでいて、どこが「芥川賞」なんだろうという思いはありました。この芦川という特段取り柄のない(いや、むしろ危険な)女性が総取りするという結末が、単なるエンタメと一線を画しているということかとも。

 でも、そう言えば『コンビニ人間』('16年/文藝春秋)みたいな、女性の生き辛さをユーモラスに描いた作品が芥川賞を獲ったこともあったから、何年かごとのサイクルでこの手の作品が受賞作に選ばれることがあるのかなと思ったりもします。

 芥川賞の選評を見ると、選考委員で松浦寿輝、奥泉光両氏が強く推して、他に強く反対する人がいなかったために受賞した感じです。小川洋子氏が、「最も恐ろしいのは芦川さんだ。その恐ろしさが一つの壁を突き破り、狂気を帯びるところにまで至っていれば、と思う」とコメントしているのが、一番自分の印象に近かったでしょうか。松浦寿輝氏の「打算的な女と煮え切らない男を突き放して見ている作者の視線は冷酷だが、同時にその距離感によって二人を優しく赦している気配もある」との評は、ある意味、穿った見方なのかも。

 山田詠美氏が、「私を含む多くの女性が天敵と恐れる「猛禽」登場!彼女のそら恐ろしさが、これでもか、と描かれる。思わず上手い!と唸った。でも、少しだけエッセイ漫画的既視感があるのが残念」としていて、確かに上手いことは上手いので、自分も○にしておきます(主体性が無い?)。

 個人的には、この小説を読んで、手作りのお菓子を会社に持参してくるかどうかはともかく、何となく思い浮かぶ人がいないことはないです、でも、やはり、男性よりも女性の方が、読んでいて「恐ろしさ」を実感するのではないでしょうか。男は結構、二谷みたいに、芦川を尊敬するのを諦めて、その代わりに寝るといった、いい加減なところがあるのかもしれません。

 芦川みたいな存在はどの会社にも一定割合でいるわけで、それを淘汰するか居続けさせるかは、職場(組織)の問題ではないでしょうか、主人公が会社を辞めたのは正解だと思います(ほとんど「直木賞作品」に対する感想みたい。と言うか、この作品がほとんど「直木賞作品」みたい)。


『臨死!! 江古田ちゃん(1』 .jpg ところで、山田詠美氏の評に出てくる「猛禽」キャラとはどのようなキャラクタなのか? これは、瀧波ユカリ氏の漫画『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)にたびたび現れる「猛禽」というキャラクタラベルであり、主人公の江古田らによれば「走ればころび、ハリウッド映画で泣き、寝顔がかわゆく、乳がでかい」(第1巻5頁)という、世の男性にとって魅力的な諸特徴を備えた一種の「娘」キャラで、「狙った獲物(男性)は決して逃がさない」(第1巻5頁)というところから、鷲や鷹などの猛禽類に喩えられてこの名が付いているそうな。

 因みに、「ぶりっ子」と「猛禽」は別物であり、「ひと昔前に生息していた「ぶりっこ」は 時がたつにつれ 男共に ことごとく本性を見抜かれ絶滅した」が、「新たに誕生した「猛禽」は 我々の予想を はるかにこえる完成度をほこっている」「聞き上手で」「下ネタにも寛容」「ほっとかれてもふくれず」「ブサイクにもやさしい」(第1巻25頁)、「小鳥の声に耳をすまし」(第1巻74頁)、喧嘩を見れば「ショックで立てない」(第1巻117頁)という。

 つまり、「ぶりっ子」は「かわいい子」を演じようとする意図を周囲に感知させてしまっているため破綻キャラとしてしか認知されず、今日では絶滅したが、それに対して「猛禽」は、「かわいい子」を演じようとする意図がその言動に決して現れないということだそうです―漫画って、芥川賞作品を読み解く上で参考になる―と言うか、それ自体が勉強になる(笑)。

「月刊アフタヌーン」(講談社)にて2005年4月号より連載を開始。2014年9月号をもって連載終了。全8巻。
『臨死!! 江古田ちゃん(1)』2.jpg

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「やまゆり園事件」の予言的作品になったことがおぞましいが、事件とは別物でもある。
ロスト・ケア 単行本.jpg ロスト・ケア (光文社文庫).jpg 「ロストケア」長澤・松山.jpg
ロスト・ケア』『ロスト・ケア (光文社文庫)』 映画「ロスト・ケア」(2023)長澤まさみ/松山ケンイチ

 2011年12月、戦後犯罪史に残る凶悪犯に死刑判決が下された。その時、認知症の母を〈彼〉に殺されたシングルマザーの羽田洋子の心によぎった自分は「救われた」のではという思いは何だったか。老人ホーム「フォレスト・ガーデン」の訪問入浴サービスの仕事に携わっていた介護士・斯波宗典はどう思ったか。事件に関わった正義を信じる検察官・大友秀樹の耳の奥に響く「悔い改めろ!」という叫びは何か。話は2006年11月に遡る―。

 2012(平成24)年度・第16回「日本ミステリー文学大賞新人賞」(光文文化財団が主催)受賞作。選考委員の綾辻行人氏は「掛け値なしの傑作」、今野敏氏は「文句なしの傑作」と評し、満場一致での受賞となった作品です(2013年2月刊行)。来月['23年2月]には、前田哲監督による映画化作品「ロストケア」(タイトルに中黒なし)も公開されます。

 介護を廻る様々な問題をえぐりながら、ちゃんとミステリにもなっていました。ある種"叙述トリック"気味ですが、これはこれでありなのでは。ただ、学者肌の刑事の推理によらずとも、これだけ犯行が繰り返されたら早いうちに怪しまれ、犯人は誰だかすぐに判ってしまうのでは?

コムスン問題.jpgコムスン折口2.jpg 2007年の、人材派遣業から多角化したグッドウィル・グループ傘下の介護事業会社で、全国最大手だったコムスンが、訪問介護事業所開設の際、実態のないヘルパーの名前を届け出るなど虚偽申請をし、最終的に事業譲渡・グループ解散に至った「コムソン事件」をモデルにした事件が小説に織り込まれていました(施設介護事業は小説にそれと思しき名が出てくるニチイ学館に譲渡、ワタミも候補に挙がったが選に漏れた。そう言えば、これも、小説にそれと思しき名が出てくるベネッセも、当時から既に介護事業会社を運営していた)。
コムスンの「光と影」日本経済新聞(2007.6.19朝刊)

「やまゆり園事件」.jpg「やまゆり園事件.jpg ただ、この小説が今注目されるのは、2016年7月26日の「津久井やまゆり園」の元職員であった植松聖(事件当時26歳)が入所者45人を殺傷した「相模原障害者施設殺傷事件(やまゆり園事件)」の、予言的作品になっている点ではないかと思います。そのことについて諸々見方はあるかと思いますが、先ずもって、現実にそうした事件が起きたのはおぞましい限りです。

「「津久井やまゆり園」殺害事件から6年」NHK「おはよう日本」(2022.7.26)

 あまり小説と現実をごっちゃにするのも良くないし、問題を投げかけた作者自身も、まさかそうした事件が起きるとは予想はしていなかったと思いますが、現実の事件である「やまゆり園事件」と小説には、①福祉サービスを舞台にした大量殺人事件であること、②加害者が福祉サービスに従事する人間であること、③犯人が確信犯であること、といった共通点があります。

 一方で、小説と現実をごっちゃにするのも良くないというのは、現実の植松死刑囚は実に浅はかな人間で、「障害者なんて生きている価値がない。いなくなれば税金もかからない」と接見に来た記者に嘯いていたそうで、浮いた税金で報奨金をもらい、いずれ釈放してもらう、なんてことも考えていたようです。「真面目な人ほど危うい場合がある」とはよく言われますが、それは、この小説の犯人には当て嵌まっても、植松死刑囚には当て嵌まらないでしょう。

 ただ、そうであったとしても、やはり今回映画化されることになったのは、この現実の事件があったことが大きく影響しているかと思います。

「ロストケア」4.jpg (●2023年2月20日に映画化作品が東京テアトル=日活配給で公開された。前田哲監督と松山ケンイチの構想10年を経ての映画化とのこと(松山ケンイチが先に原作を読んで前田監督に紹介した)。松山ケンイチと長澤まさみは本作が初