【3235】 ○ ウィリアム・サマセット・モーム (中野好夫:訳) 「赤毛」―『雨・赤毛―モーム短篇集Ⅰ』 (1959/09 新潮文庫) ★★★★

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残酷な滑稽さ。「雨」の強烈な大どんでん返しとはまた違ったほろ苦いラスト。

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モーム短篇集〈第1〉雨,赤毛 (1959年) (新潮文庫)』『雨・赤毛: モーム短篇集(I) (新潮文庫)

 白人の殆どいない南サモアの小さな島。島々に荷物や手紙を運ぶ貨物船の船長が停泊のため、ある島のラグーン(珊瑚環礁)に入る。船長は日に焼けた中年の白人で、太っていて、禿げていて、汚い服を着ていた。島で暮らすスウェーデン人のニールソンは、久しぶりに会った白人である船長に、若き日の恋物語を語り始める―。かつて、アメリカ海軍から逃亡した「レッド」と呼ばれる二十歳の赤毛の水兵がこの島に来て、土地の16歳の美しい娘と出会い、二人は恋に落ちた。二人は一緒になり、楽園のように美しい島で無上の幸福の時を過ごすが、2年後、出来心を起こした青年は、騙されてイギリスの捕鯨船に連れ攫われてしまう。残された女は涙に明け暮れ、4カ月後に子どもを死産する。男の音沙汰はない。3年が経った頃、当時25歳のニールソンは、病気療養のために島にやって来て、その美しい娘に見惚れる。周囲も彼との結婚を勧めるが、レッドのことが忘れられない彼女は拒絶する。しかしやがて観念し、ニールソンと結婚するに至る。ニールソンはじめ、自分の愛情によって娘を幸福にすることができると信じていたが、やがてそれが無理だと理解する。彼女から愛されることのないことを悟った彼は、やがて胸の内で彼女を憎むようになる。そして25年の月日が流れた―。今、ニールソンの前にいる船長、禿げた赤毛の頭、酒ぶくれでぶよぶよに太った醜い男は、何故かニールソンに不快感を催させる。「であんたのお名前は?」そう、この船長こそがレッドだった。25年の歳月で美しかった青年は、こんなにも醜い中年男性になってしまっていた。やがて船長は帰る。ちょうどその時、奥から白髪の太った色黒の現地人女性が「今の人は何の用だったの?」と出てくる―。

一葉の震え.jpg 原作は1921年刊行(モーム47歳)の短編集『木の葉の戦(そよ)ぎ』(The Trembling of a Leaf)に「」などと共に収められていた中篇小説です(『木の葉の戦ぎ』は'14年に近代文藝社から初の完訳本が『一葉の震え』として刊行された)。

一葉の震え―「雨」ほか、南海の小島にまつわる短編集』['14年/近代文藝社]
(「レッド」「小川の淵」「ホノルル」「雨」「エドワード・バーナードの凋落」「マッキントッシュ」の6編を所収)

 ネタバレになりますが、老醜の船長が、かつての美男子「レッド」であったことは、話の途中にかなり"仄めかし"があったように思います。ただし、ラストでもう一捻りあって、当事者双方が自分たち自身はそうであると認識しない「再会」があったことになります。

 老いて変わり果てたレッドの存在が明らかになったことによって、切なさを秘めた悲劇であったはずの物語が残酷な様相を帯び、さらにそれに輪をかけるように、もう1人の悲劇の主人公=悲恋物語のヒロインであったはずの女性の、時の流れに抗えなかった今現在の姿が浮かび上がるという、冷酷とも皮肉とも言える結末となります。見方によっては、そこに残酷な滑稽さがあるとも言えます。

 「雨」の強烈な大どんでん返しとはまた違ったほろ苦いラストで、ストーリーテラーとしてのモームの面目躍如といった結末ではないでしょうか(語り手のニールソンが当事者の双方ともに対して事実を明かさないことで、"ほろ苦い"という程度で収まっているとも言える。話していたらどうなっていたか想像するのも、この物語の味わい方の一つかも)。

 もう1つ所収の「ホノルル」という短編も、ある種似たような皮肉な笑いで終わる話で、語り手が出会った陽気で楽天的な小男の船長は、美しい現地人の娘を伴って現れ、自分が陥った超自然的な危機について語り始めますが―。愛する男のために自らの身体をなげうって顧みない娘が、あっさりと他の男と逃げ出してしまうという結末も何とも皮肉です。ただし、訳者の中野好夫が指摘しているように、「雨」「赤毛」に比べると、構成や結末のインパクト等の面でやや落ちるでしょうか。

【1957年文庫化[角川文庫(厨川圭子:訳『赤毛―他六篇』)]/1959年再文庫化[新潮文庫(中野好夫:訳『雨・赤毛―モーム短篇集Ⅰ』)]/1962年再文庫化[岩波文庫(朱牟田夏雄:訳『雨・赤毛 他一篇』)]/1978年再文庫化[講談社文庫(北川悌二:訳『雨・赤毛』)]】

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