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切なく美しい物語。漫画であることによって入り込みやすかった。
『五色の舟』近藤.jpg 『五色の舟』宇野.jpg 『五色の舟』近藤・宇野6.jpg
五色の舟 (ビームコミックス)』['14年]『五色の舟』['23年]

 2014年・第18回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」大賞受賞作。

 先の見えない戦時にありながら、見世物小屋の一座として糊口をしのぐ、異形の者たちの家族がいた。未来を言い当てるという怪物「くだん」を一座に加えようとする家族を待つ運命とは―。

 昨年['22年]10月に亡くなった広島県出身の被爆二世作家・津原泰水(1964-2022/58歳没)の幻想短編「五色の舟」(『11 eleven』('11年/河出書房新社)所収)の漫画化作品。原作は、2014年「SFマガジン」700号記念企画「オールタイム・ベストSF」国内短篇部門で第1位となっています。

 切なく美しい物語です。原作者は、見世物一座の惨めさではなく、勇気凛々たる5人を描いたとしています。漫画であることによって入り込みやすかったかもしれません。作者は、「見えないものを捉え、可視化する力」が素晴らしい漫画作家とされていて、原作者もこの漫画化の話があった時はどうせ実現しないと思っていたのが、出来上がったものを見て絶賛しています。

 概ね原作に忠実である一方、終盤の「殺されていたはずの人々」「消し去られていたはずの街」は漫画のオリジナルですが、原作自体にもGHQの総司令官マッカーサーが片腕片脚であるなどのメタバース的要素があり、全体としては原作の雰囲気を損ねてはいないのでは(原作者もその部分について「綿密な調査に基づき活き活きと描かれていることに注目されたい。原作には無い、近藤さんの創意と熱意の賜物だ」としている)。

宇野亜喜良) 『五色の舟』.jpg 原作の所収本は文庫にもなっていますが、今年['23年]、原作者本人の企画立案により、宇野亞喜良氏が18点の挿画を描き下ろし、さらにToshiya Kamei氏による英訳(初訳)を対訳で収録した「ヴィジュアル版五色の舟」とも言える本が刊行されています(書店に並ぶ前に原作者が亡くなったのは惜しまれる)。宇野亞喜良のイメージに引っ張られる感はありますが、宇野亞喜良が好きな人にはいいと思います。

 因みに、昔、花園神社・酉の市の見世物小屋を観ましたが、おどろおどろしい〈蛇女〉とか〈牛女〉の幕絵の前でじりじり待たされる感じは何とも言えないものがありました。結局、〈蛇女〉は「五色の舟」の桜と同様、肌にウロコのペイントをし、細い小さな蛇を飲み込む"普通の人"で、〈牛女〉については、「五色の舟」の清子さん同様"逆関節"の人で、最後に実は「気の毒な身体障碍者です」的なアナウンスがありました。

 昭和50年代以後、未認可状態で身体障害者を舞台に出演させて見世物とする事などに対して取締りが行なわれるようになって見世物小屋が減少し、現在ある認可興行主は大寅興行社1社のみ。それが下記の通り、季節ごとに各地を巡業しているようです。
 5月 ― くらやみ祭(府中市/大國魂神社)
 6月 ― 札幌まつり(札幌市/中島公園)
 7月 ― みたままつり(千代田区/靖国神社)
 9月 ― 放生会(福岡市/筥崎宮)
 10月 ― 川越まつり(川越市/蓮馨寺)
 11月 ― 酉の市(新宿区/花園神社)
 12月 ― 十二日まち(さいたま市浦和区/調神社)。

 1社だけ残っているということは、"残している"ということなのでしょうか。〈角兵衛獅子〉などは、あれも元々は見世物興行的なものだったわけですが、「角兵衛獅子保存会」なんていうのがあったりしますが。

花園神社 酉の市.jpg

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母と娘の葛藤と相克。ある意味、作者自身に近い作品でもあるのかも。

『イグアナの娘』1994.jpg『イグアナの娘」3.jpg 「イグアナの娘」ドラマ.png
イグアナの娘 (小学館文庫 はA 21)』['00年] TVドラマ「イグアナの娘」(菅野美穂)
イグアナの娘 (PFコミックス)』['94年]

 青島ゆりこは、長女・リカの出産直後からリカの姿が醜いイグアナに見えてしまい、どうしても愛することができずにいた。一方で、次女・マミは普通の可愛い人間の姿に見えるため、ゆりこはマミを溺愛し、リカにはますます冷たく接する。そしてリカ自身も、鏡に映る自分の姿がイグアナに見えるようになり、そのため母親にも愛されず、恋愛もできない、幸せになれないと思い込むようになってしまう。大学に進学したリカは恋愛し、卒業と同時に結婚し親元を離れ、幸せを実感する。やがて出産したが、自分の子供がイグアナではなく人間の姿に見えることで子供を愛することができないでいた。そのとき、突然の母の訃報を受け実家に戻ったリカは、母の死に顔が自分そっくりのイグアナであることに驚き、ようやく母を許すことができた―。

 「イグアナの娘」は月刊少女漫画雑誌「プチフラワー」(小学館)の'92(平成4)年5月号に掲載された50ページの短編作品で、本作品を表題作とするこの作品集は、他に「カタルシス」「午後の日射し」「学校に行くクスリ」「友人K」を所収。どれも悪くなく、どこか心理小説っぽくどこかファンタジックですが、やはり、「イグアナの娘」のインパクトが飛び抜けているでしょうか。

 母に愛されない娘と娘を愛せない母親の葛藤と相克の物語ですが、そう言えば最近では、湊かなえ原作、廣木隆一 監督の映画「母性」('22年/ワーナー・ブラザース映画)などは似たモチーフだったし、アカデミー賞を席巻した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 ('22年/米)なども詰まるところ母親と娘の相克がベースとなっていたわけで、これっていつの時代にもあるテーマなのだなあと。

 ただし、ある意味、作者自身に近い作品でもあるのかも。実際、作者は「私小説にいちばん近いのは『イグアナの娘』」と長嶋有との対談で語っています。

 作者の場合、2歳で絵を描き、4歳で漫画や本を読み始めたそうですが、母親が「漫画は頭の悪い子が読むもの」と叱るので、漫画を読むのも描くのも親に隠れて行っていて、母親にいつも「勉強しろ」と追いたてられ、成績の悪い子とは付き合うなとか、教科書以外の本は読んではいけないとか、姉や妹と比較されては四六時中怒られていて、成績の良くなかった作者は家にいるのが辛く、漫画家になり上京して独立住まいをするようになってからも、母親に対する反発は心の中に無意識にくすぶり続けたとのことです。

 「最初は自分では気づかなかったのだけど、デビューして2年目ぐらいに『あなたの作品って、いつもお母さんがいなかったり、死んだりするのね』って言われて、『あれそうなのかな?』って。それで、母親を登場させたくない自分の内面心理について振り返り始めたりしました」と本人も語っていて、親との関係を見つめるため心理学を勉強し始め、内なる親から解き放たれるために、'80年に親殺しをテーマにした『メッシュ』の連載を開始し、その流れを引き継ぎ、厳格だった母親との対立を基にして'92年に描いたのが本作品であるとのことです(Wikipediaより)。

 描くことでトラウマから自分を解放したという感じでしょうか。したがって、心理小説っぽい作品集の中でも、心理学的なメタファーが特に効いている作品かと思います(それにしても少女漫画でイグアナとは!)。

「イグアナの娘」ドラマ2.jpg 本作は'96(平成8)年4月15日から 6月24日、テレビ朝日系「月曜ドラマ・イン」枠で「イグアナの娘」として菅野美穂主演で放送されました(全11話)。初回視聴率7.9%と低調だったのが、最終回には番組最高視聴率となった19.4%を記録しており、初回と最終回の視聴率の差が2.45倍と2倍以上を記録した20世紀最後のテレビドラマになったとのことです(一部で話題になっているから取り敢えず観てみたら、意外と面白かったということか)。

「イグアナの娘」ドラマ4.jpg ドラマでは、青島ゆりこ(川島なお美)は実はイグアナ姫で、人間に恋して魔法使いに人間の姿にしてもらったというのは原作と同じですが、なぜ人間に恋したかというと、夫の正則(草刈正雄)がガラパゴス諸島に訪れた際に命を救ったウミイグアナが彼女だったという説明がされていました。原作にはその部分の説明が無く、イグアナ姫がいきなり魔法使いを訪ねて、「人間の王子様」に恋してしまったので人間の女の子にしてほしいとお願いするところから始まります。何故だろう。謎解き的要素を持たせたのか? それにしては、正則がガラパゴスに行ったり、ウミイグアナを救ったりする場面は原作マンがでは最後まで無かったなあ。

「イグアナの娘」●演出:今井和久/新城毅彦●脚本:岡田惠和●音楽:寺嶋民哉●原作:萩尾望都●出演:菅野美穂/岡田義徳/小嶺麗奈/佐藤仁美/山口耕史/小松みゆき/井澤健/榎本加奈子/川島なお美/草刈正雄●放映:1996/04~06(全11回)●放送局:テレビ朝日

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テーマ性、表現力もさることながら、「原潜国家」というコンセプトがピカイチ。

『沈黙の艦隊』1989.jpg  「沈黙の艦隊」2023.jpg
沈黙の艦隊 (1) (モーニングKC (192))』  映画「沈黙の艦隊」(2023)大沢たかお/玉木宏/江口洋介
沈黙の艦隊 全32巻完結(モーニングKC ) [マーケットプレイス コミックセット]
『沈黙の艦隊』32a.jpg 千葉県犬吠埼沖で、海上自衛隊の潜水艦「やまなみ」がソ連の原子力潜水艦と衝突し沈没、「やまなみ」艦長の海江田四郎二等海佐以下全乗員76名の生存が絶望的という事故の報道は日本に衝撃を与える。しかし、海江田以下「やまなみ」乗員は生存していた。実は、彼らは日米共謀により極秘に建造された日本初の原子力潜水艦「シーバット」の乗員に選ばれており、事故は彼らを日本初の原潜に乗務させるための偽装工作だったのである。アメリカ海軍第7艦隊所属となった日本初の原潜「シーバット」は、海江田の指揮のもと高知県足摺岬沖での試験航海に臨む。しかしその途中、海江田は突如艦内で全乗員と共に反乱を起こし、音響魚雷で米海軍の監視から姿をくらまし逃亡。以降、海江田を国家元首とする独立戦闘国家「やまと」を名乗る。さらに出港時、「シーバット」改め「やまと」は核弾頭を積載した可能性が高い事が発覚する。アメリカ合衆国大統領ニコラス・J・ベネットは、海江田を危険な核テロリストとして抹殺を図る。一方、海江田は天才的な操艦術と原潜の優れた性能、核兵器(の脅威)を武器に、自らの思想を喧伝し実現すべく、「やまと」を駆使して日本やアメリカやロシア、国際連合に対峙してゆくこととなる―。

沈黙の艦隊 全16巻セット 講談社漫画文庫
『沈黙の艦隊』全14.jpg 1988(昭和63)年(44号)から1996(平成8)年まで「モーニング」(講談社)に連載され、1990年に第14回「講談社漫画賞(一般部門)」を受賞した作品。2023年1月時点で紙・電子を合わせ累計発行部数は3200万部というからスゴイことです(初版の巻数は全32巻)。この度映画化され、今年['23年]9月に公開予定だそうです。

 この漫画がヒットした理由として、あとがきで時尾輝彦氏が、 ①日米安保や核など軍事問題から、国『沈黙の艦隊』全8.jpg連、軍産複合体など政治経済までを取り込んだ《高いテーマ性》、 ②「ピンガー」「アップトリム」「急速潜航」「有線魚雷」など軍事的専門用語を随所にちりばめ、さらに、孫子などの古典的戦略家の格言を適度に織り交ぜたセリフの《巧みな表現力》、 ③「原潜国家」「やまと保険」などの荒唐無稽な世界の《縦横無尽な創造力と骨太な構成力》を挙げていますが、要を得ているのではないでしょうか。個人的には③の「原潜国家」というコンセプトがやはり白眉と言うか、ピカイチだと思います。

 先に映画化された福井晴敏『亡国のイージス』('99年/講談社)が、この作品に似ているとよく言われますが、確かに同じ海上自衛隊のパニック映画ですが、『亡国のイージス』のストーリーは映画「ダイ・ハード」('88年/米)がベースで、盛り上がり部分は「ザ・ロック」('96年/米)に近いと言われています。「ザ・ロック」も個人が国家に立ち向かう話ですが、『沈黙の艦隊』みたいな国家に立ち向かう「原潜国家」というコンセプトとなると、これまでも無かったし、今後もちょっと真似できないだろなあという感じでしょうか。

「沈黙の艦隊」ナイフ.jpg ただし、まさに荒唐無稽であり、突っ込みどころも満載。1発しか原爆を持たない原潜国家が何千発もの原爆を有する大国と果たして「対等」に渡り合えるかとか、そうした疑問を抱き始めると物語の枠組みそのものが成り立たないので、そこは、荒唐無稽は荒唐無稽でよしとすべきかも(ほかにも、潜水艦の傷は深海の水圧で艦体が潰れる危険を招くのに、艦長の海江田が艦殻に「やまと」とナイフで刻んでいる点などが変だとされている)。

レッド・オクトーバーを追え!2.jpg 個人的には、トム・クランシー原作の小説『レッド・オクトーバーを追え (上・下)』('85年/文春文庫)で、レッド・オクトーバーが破壊されたとソビエトに確信させるため偽装する場面があって(映画「レッド・オクトーバーを追え!」('90年/米)ではこの部分が描かれていない!)、作者はこれなども参考にしたのではないかなと思っています。

「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフ.jpg「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフ2.jpgロッキー4 01.jpg ソ連の原潜「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフが、「ロッキー4 炎の友情」('85年/米)でドルフ・ラングレンが演じたロッキーの敵役のソ連人ボクサー、ドラゴのキャラそのままなのが可笑しいです(そのドルフ・ラングレンの主演作が、ソ連の特殊部隊兵士の活躍を描いた「レッド・スコルピオン」('85年/米))。
 
 ただ、こうしたお遊びはまだしも、写真家・柴田三雄(故人。もともと「non-no」の専属カメラマンだったのが、なぜか軍事写真家に転じた)の撮った写真を約50点無断でトレースして使ったりして訴訟問題にもなっていて、この騒動が起こるまでトレースが公然の秘密で黙認されてきたことにありましたが、さすがに50点は多すぎ(作者側が全面謝罪・補償した)。

サブマリン707.jpg 他にも、小澤さとる氏の同じく潜水艦漫画の『サブマリン707』や『青の6号』からの盗用もあるようで、ちょっと残念な気がします(『サブマリン707』の潜水艦の戦闘シーンは鮮烈な記憶があり、何となく似ていたシーンもあった気がするが、どの部分が模倣なのかはっきりはしない)。

 映画化については、昨年['22年]2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、問われ続けている問題が「ロシアは核兵器を使うのか」ということであり、ある意味タイムリーなのかもしれませんが、映画化作品自体はあまり期待しすぎない方がいいかもという気もしています(まあ、観に行ければ行くかも)。

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大腸がんの実体験をリアルかつ緻密に描く。でも、どことなくほのぼのとした詩情。

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断腸亭にちじょう (1) (サンデーうぇぶり)

『断腸亭にちじょう 』.jpg 2023(令和5)年・第27回「手塚治虫文化賞新生賞」受賞作。

 2019年1月、ステージ4の大腸がんを告知された、ひねくれ漫画家39歳の闘病生活を描いたコミックエッセイ。がんを宣告されてからの不安や絶望感、大病院での検査の連続とひたすら長い待ち時間、抗がん剤の副作用など、作者の実体験による心身の変化を、リアルかつ緻密に描く―。

 小学館「サンデーうぇぶり」にて2021年11月28日より連載開始。昨年['22年]5月に単行本の第1巻(第1話~第10話)、今年['23年]5月第2巻(第11話~第19話)が刊行され、今月[6月]末、第3巻が刊行される予定となっています。

 この作者の漫画、どことなくほのぼのとした詩情があっていいです(第1巻の帯に「私小説ガン闘病記」、第2巻の帯に「詩的ガン闘病記」とある)。こういう雰囲気のがん闘病記って、漫画に限らず今まであまりなかったかも。

 でも作者は、ステージ4の大腸がんであるわけで、精神的にも肉体的にもぎりぎりのところで描いているのだろなあ。実際(詩情があるとは言ったが)切実な内容の作品でもあり、綺麗事はいっさい無いです。抗がん剤治療やその副作用は実に辛そうだし、何にでもすがりたい気持ちからか、代替医療を行う"怪しいクリニック"にも通ったりします。

 絶望し、何かに対して罵りたくなりながらも、一方で、どこか透徹した目で、時にユーモアを交え(かなりシニカルなものが多いが)、最終的に「読ませる漫画」に仕上げているというのは、結構スゴイことかもしれません(もしかしたら、描くことがセラピー的な効果をもたらしているのかも)。

 作者は「手塚賞」の授賞式には来ていましたが、手塚賞の社外選考委員のマンガ家の里中満智子氏(彼女も以前にがんを患った)から激励を受けたとし、「里中さんからエネルギーをビームのように貰いました」と感謝していました。ただし、授賞式の模様を映したネット動画では、選考委員まで会場で紹介されているのに対し、作者については、映像は公開されず、壇上での受賞挨拶は音声のみでした。

 「なんかすごい賞をいただいちゃって。過分な評価をされて、正直悪い気はしないというか、うれしいです」と切り出し、笑いを誘いましたが、大腸がんは肝臓に転移したとのことで、一方で、「連載当初は体調を心配してもらいましたが、放射線治療がうまくいって、手術から3年半がたって、今は健康に問題なく漫画が描けている状況です」と説明していました。

 「連載が続くこと=命が続くこと」みたいな感じになっていますが、何とか「寛解」で終わってほしいマンガです。

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ほとんど「直木賞作品」みたい。最も恐ろしいのは芦川さん(「猛禽」キャラ?)。

『おいしいごはんが食べられますように』1.jpg
『おいしいごはんが食べられますように』P.jpg 『臨死!! 江古田ちゃん(1』 2.jpg 2瀧波 ユカリ.jpg
おいしいごはんが食べられますように』『臨死!! 江古田ちゃん(1) (アフタヌーンKC) 』瀧波ユカリ氏
第167回「直木賞」「芥川賞」受賞の窪美澄・高瀬隼子両氏
第167回「芥川賞」授賞式.jpg 2022(平成4)年上半期・第167回「芥川賞」受賞作(「群像」2022年1月号掲載)。

 二谷は入社7年目。食べものに対する意識はかなり低い。「カップ麺でいいのだ、別に。腹を膨らませるのは。ただ、こればかりじゃ体に悪いと言われるから問題なのだ」と考えている。押尾は入社5年目。二谷と居酒屋へ行き、「わたし芦川さんのこと苦手なんですよね」と言った。その日は社外研修会があったが、入社6年目芦川は体調不良を理由に欠席していた。二谷「なんか言われたとかされたとか。そうじゃなくて、単にできないのがむかつく感じ?」。押尾「っていうか、できないことを周りが理解しているところが、ですかね」。 二谷「職場で、同じ給料もらってて、なのに、あの人は配慮されるのにこっちは配慮されないっていうかむしろその人の分までがんばれ、みたいなの、ちょっといらっとするよな。分かる」と同調。毎日定時で帰れて、それでも同じ額のボーナスはもらえて、出世はなくても、のらりくらり定年まで働ける......そんな「最強の働き方」をしている芦川が、むかつくような、うらやましいような。でも、ああはなりたくないから、「苦手」なのだった。そこで、押尾は二谷にある提案をもちかける。押尾「それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」。二谷「いいね」―。

 芦川みたいな女性は社内にいるなあという感じで読めて面白かったです。でも、読んでいて、どこが「芥川賞」なんだろうという思いはありました。この芦川という特段取り柄のない(いや、むしろ危険な)女性が総取りするという結末が、単なるエンタメと一線を画しているということかとも。

 でも、そう言えば『コンビニ人間』('16年/文藝春秋)みたいな、女性の生き辛さをユーモラスに描いた作品が芥川賞を獲ったこともあったから、何年かごとのサイクルでこの手の作品が受賞作に選ばれることがあるのかなと思ったりもします。

 芥川賞の選評を見ると、選考委員で松浦寿輝、奥泉光両氏が強く推して、他に強く反対する人がいなかったために受賞した感じです。小川洋子氏が、「最も恐ろしいのは芦川さんだ。その恐ろしさが一つの壁を突き破り、狂気を帯びるところにまで至っていれば、と思う」とコメントしているのが、一番自分の印象に近かったでしょうか。松浦寿輝氏の「打算的な女と煮え切らない男を突き放して見ている作者の視線は冷酷だが、同時にその距離感によって二人を優しく赦している気配もある」との評は、ある意味、穿った見方なのかも。

 山田詠美氏が、「私を含む多くの女性が天敵と恐れる「猛禽」登場!彼女のそら恐ろしさが、これでもか、と描かれる。思わず上手い!と唸った。でも、少しだけエッセイ漫画的既視感があるのが残念」としていて、確かに上手いことは上手いので、自分も○にしておきます(主体性が無い?)。

 個人的には、この小説を読んで、手作りのお菓子を会社に持参してくるかどうかはともかく、何となく思い浮かぶ人がいないことはないです、でも、やはり、男性よりも女性の方が、読んでいて「恐ろしさ」を実感するのではないでしょうか。男は結構、二谷みたいに、芦川を尊敬するのを諦めて、その代わりに寝るといった、いい加減なところがあるのかもしれません。

 芦川みたいな存在はどの会社にも一定割合でいるわけで、それを淘汰するか居続けさせるかは、職場(組織)の問題ではないでしょうか、主人公が会社を辞めたのは正解だと思います(ほとんど「直木賞作品」に対する感想みたい。と言うか、この作品がほとんど「直木賞作品」みたい)。


『臨死!! 江古田ちゃん(1』 .jpg ところで、山田詠美氏の評に出てくる「猛禽」キャラとはどのようなキャラクタなのか? これは、瀧波ユカリ氏の漫画『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)にたびたび現れる「猛禽」というキャラクタラベルであり、主人公の江古田らによれば「走ればころび、ハリウッド映画で泣き、寝顔がかわゆく、乳がでかい」(第1巻5頁)という、世の男性にとって魅力的な諸特徴を備えた一種の「娘」キャラで、「狙った獲物(男性)は決して逃がさない」(第1巻5頁)というところから、鷲や鷹などの猛禽類に喩えられてこの名が付いているそうな。

 因みに、「ぶりっ子」と「猛禽」は別物であり、「ひと昔前に生息していた「ぶりっこ」は 時がたつにつれ 男共に ことごとく本性を見抜かれ絶滅した」が、「新たに誕生した「猛禽」は 我々の予想を はるかにこえる完成度をほこっている」「聞き上手で」「下ネタにも寛容」「ほっとかれてもふくれず」「ブサイクにもやさしい」(第1巻25頁)、「小鳥の声に耳をすまし」(第1巻74頁)、喧嘩を見れば「ショックで立てない」(第1巻117頁)という。

 つまり、「ぶりっ子」は「かわいい子」を演じようとする意図を周囲に感知させてしまっているため破綻キャラとしてしか認知されず、今日では絶滅したが、それに対して「猛禽」は、「かわいい子」を演じようとする意図がその言動に決して現れないということだそうです―漫画って、芥川賞作品を読み解く上で参考になる―と言うか、それ自体が勉強になる(笑)。

「月刊アフタヌーン」(講談社)にて2005年4月号より連載を開始。2014年9月号をもって連載終了。全8巻。
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貧乏なりに生活を楽しむ主人公。「ACTミニ・シアター」が懐かしかった。

『大東京ビンボー生活マニュアル』1.jpg 『大東京ビンボー生活マニュアル』2.jpg 『大東京ビンボー生活マニュアル』3.jpg
大東京ビンボー生活マニュアル(1) (モーニングコミックス) Kindle版』『大東京ビンボー生活マニュアル(2) (モーニングコミックス) Kindle版

『大東京ビンボー生活マニュアル』4.gif 東京・杉並区のとある住宅街に建つボロアパート「平和荘」に住む青年「コースケ」と、そのまわりの人達の交流を描いた作品。時はバブル時代の全盛期、そんな時代に、貧乏なりに生活を楽しむコースケとその周囲の、季節感を織り込んだ日常スケッチがメインとなります。

 初出は「別冊モーニングパーティ増刊'86(昭和61)年5月10日号で、『大東京ビンボー生活カタログ』のタイトルで読切が2話掲載された後、「週刊モーニング」本誌にて連載となり、1話完結式で'89年まで連載、その間、'87年2月に単行本の第1巻が刊行されています(最終的に単行本は全5巻に)。

 これ、'80年代当時の"リアルタイム"での話ですが、当時の日本は所謂バブル景気だったわけであって、その中で主人公のコースケは、経済的事情はあるにしても、敢えて「ビンボー生活」を送っているように思います。従って、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」('05年/東宝)の原作である西岸良平の漫画『三丁目の夕日』のようなノスタルジーが感じられるものの、昭和30年代前半が舞台の『三丁目の夕日』とは30年以上、年代の開きがあることになります。

 また、タイトルに「マニュアル」とあるように、「ビンボー生活」に関するウンチク漫画のようになっていて、冒頭にも述べたように、本人がそうした生活を楽しんでいることが窺えます(従って、"格差社会"云々といった流れにはならない)。第6話のタイトルが「東京で9度目の夏が来た」で、大学入学時に田舎から上京しているので、年齢は20代後半と思われますが、いわゆるフリーターであるものの怠け者というわけではなく、ことバイトにあたれば真面目に仕事をこなすといった風です。

 しっかり者の彼女がいることも、主人公が精神的に安定していることの要因であると思われます。この彼女とは、基本的にはつかず離れずの関係で、手をつないだり自転車の二人乗りをする以上の深い様子は描かれていません。この一定の距離感が(不自然と言う人もいるかもしれないが)、主人公にとってはそれが却っていいのかも(主人公は、作者による後日談=目撃情報によれば、その後、第4巻に出てくる天海和尚の寺で寺男になったらしい)。

『大東京ビンボー生活マニュアル shibuya.jpgシネマライズ.bmp 「ビンボー生活」ばかり描かれているかというと、主人公はあまり呑まないのですが彼女が割と呑み助なので、吾妻橋のアサヒビヤホールに行ったり(ここは1988年に取り壊された)、また彼女は芸術家志望でもあるので、彼女にくっついてバブル感溢れる渋谷の街へストリートウォッチングに行ったり、一緒にロードショー館で映画を観たりしています(彼女が買った前売り券でだが)。「東急名画座」ってロードショー館だったなあ。スペイン坂上の「ライズビル」にも行っていますが、この中にあった映画館「シネマライズ」は2016年に閉館しています。

ACTミニシアター9.jpg こうして見ると映画ネタが結構ありますが、個人的に懐かしかったのは、第121話「枕付きオールナイト劇場」でかつて早稲田通り沿いにあった「ACTミニ・シアター」(をモデルとした)と思われる小劇場が描かれていることで、確かに木戸銭を払うと下足札とミルキー飴をくれたし("ご縁がありますように"という意味での5円玉もくれた)、オールナイトの時には座布団枕を貸してくれて、休憩タイムにお茶とお菓子が出たなあと思い出して感動してしまい(笑)、これって、なかなか貴重な"記録"ではないかと思いました。そこで主人公が観る各映画の1シーンも作中に描かれていて(作者の思い入れの深さだろうなあ)、こうしたきめ細かい作画もこの漫画の魅力の1つです。

『大東京ビンボー生活マニュアル』文庫.jpg 単行本が入手しにくい状況ですが全5巻とも文庫化されており、そちらの方は比較的手に入り易いかもしれません(Kindle版もある)。自分も今回、文庫で再読しましたが、第121話などは単行本か拡大画面で読みたいです。

 【1995年文庫化[講談社漫画文庫]】

 

 

第121話「枕付きオールナイト劇場」ACTミニ・シアターと思われる劇場が描かれている(「幕末太陽傳」「めし」「人情紙風船」「隣の八重ちゃん」のオールナイト上映。各映画の1シーンが作中に描かれている)。

 「幕末太陽傳」(川島雄三)... 佐平次(フランキー堺)と高杉晋作(石原裕次郎)の風呂場での会話シーン
 「めし」(成瀬巳喜男)... 初之輔(上原謙)と三千(原節子)の倦怠期にある夫婦の夕餉シーン
 「人情紙風船」(山中貞雄)... ヤクザの子分・猪助(加東大介)が髪結いの新三(中村翫右衛門)を脅すシーン
 「隣の八重ちゃん」(島津保次郎)... 八重子(逢初夢子)と隣の家の東大生・新海恵太郎(大日方伝)
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作者の自伝的長編青春漫画、かつ「劇画」名付け親による「劇画」誕生秘話。面白い。

劇画漂流.jpg劇画漂流  上.jpg 劇画漂流下.jpg 
劇画漂流 上巻』『劇画漂流 下巻

劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット
劇画漂流 [文庫版] コミック 全2巻 完結セット.jpg辰巳ヨシヒロ.jpg 2009(平成21)年・第13回「手塚治虫文化賞大賞」を受賞した辰巳ヨシヒロ(1935-2015/79歳没)の自伝的青春漫画作品で、1995(平成7)年から「まんだらけ」のカタログ誌『まんだらけマンガ目録』の8号から22号まで15話連載され、1998(平成10)年からは新創刊された『まんだらけZENBU』が掲載誌となり、2006(平成18)年に33号で打ち切られ、全48話で連載終了しています(何れも季刊誌で発表され12年にわたる連載だった)。
  
TATSUMI―マンガに革命を起こした男.jpg 「まんだらけ」の編集者で、当時59歳の作者に「劇画」の歴史のようなものを描き残さないかと提案した浅川満寛(1965年生まれ。早稲田大学で美術史を専攻、卒論は「初期つげ義春論」)が、連載中に「まんだらけ」から青林工藝社に移ったこともあり、本書は青林工藝社から刊行されています(後に英語版やスペイン語版も刊行され、2010年度アイズナー賞最優秀アジア作品賞(最優秀実話作品賞)、第39回アングレーム国際漫画祭世界の視点賞受賞。この作品をもとにしたエリック・クー監督による映画「TATUMI―マンガに革命を起こした男」('14年/シンガポール)は、第64回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」正式出品となった)。
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 兄の桜井昌一とともに漫画家を目指す幼少期から始まり、自身の作風を従来の「漫画」と区別するために誕生した「劇画」(辰巳ヨシヒロがその名付け親ということになる)、および「劇画工房」の設立、その後の活動を描いた長編青春漫画です。戦後間もない1948(昭和23)年から始って1960(昭和35)年の安保闘争の時代までを描いたところで終了しています。

 作中では辰巳ヨシヒロは勝見ヒロシ、兄の桜井昌一も本名の辰巳義興ではなく勝見興昌として登場していますが、他の漫画家や出版関係者らは基本的に実名で登場しており、「劇画」誕生秘話として記録的要素の濃い内容となっていますが、事実であるだけに興味深く、また面白く読めます。

劇画漂流 1.jpg 売れるまでは出版社に作品を持ち込んでは断られ、やはり漫画家の世界は競争が激しいなあと思わされましたが、少し売れるようになってくると、今度は最初の方で世話になった出版社ではなくよその出版社のために書くと、前の出版社から圧力がかかるなど、これはこれで大変そう。

 後半は、その所謂かつて世話になった出版社で、辰巳ヨシヒロ自身も短編集『影』の編集長を務めた「八興・日の丸文庫」の山田兄弟と、元日の丸文庫の顧問で「劇画工房」の主要メンバーだった辰巳ヨシヒロ、松本正彦、さいとう・たかを囲い込んで、名古屋の出版社「セントラル文庫」の漫画家兼編集者として短編集『街』を編集した久呂田まさみとの『影』vs. 『街』の"仁義なき戦い"が描かれています。

 本書にもあるように、山田社長と敵対していた久呂田は、日の丸文庫から辰巳らを切り離すため、セントラル文庫の社長に3人を上京させることを提案し、渡された資金を全部飲み代として使い込んでしまう(酒に逃避する性癖だったようだ。酒癖も悪く、酔った席で態度が横柄なさいとう・たかををぶん殴ったりしたそうだ)等の紆余曲折を経て、東京都国分寺市のアパートに居を構えます。これにより、国分寺市は後に多数の劇画漫画家が集まり劇画文化の中心地になりますが、藤子不二雄の『まんが道』(まんがみち)や石ノ森章太郎の『章説 トキワ荘の青春』、映画「トキワ荘の青春」('96年)にも描かれた豊島区椎名町の「トキワ荘」と同時期に、都内の別のところに新進漫画家の拠点があったことはあまり知られていないかもしれません。

 やや中途半端で終わった感じがなくもなく、作者はこの後、自ら貸本マンガの出版に乗り出した勝見ヒロの孤軍奮闘と、つげ義春らとの交流、そして貸本出版界が滅んでいくまでを描きたかったようですが、あとがきによると「まんだらけ」の都合で果たせなかったとあります。この作品で「劇画工房」のメンバーだったさいとう・たかをのことはよく描かれていますが、つげ義春は、トキワ荘をふらっと訪ねる1場面があるだけです。

 因みに、「劇画工房」の当初メンバーは辰巳ヨシヒロ、石川フミヤス、K・元美津、桜井昌一、山森ススム、佐藤まさあき。後にさいとう・たかを、松本正彦も参加しています。K・元美津は1996年没。辰巳の兄・桜井昌一は2003年没で、辰巳はこの作品を桜井へのレクイエムであるとしています。佐藤まさあきは2004年没。松本正彦は2005年没で、「劇画」ではなく「駒画」を創立し、「劇画工房」を去った彼でしたが、その保管していた文書や手紙が本書に多く転載されていて、本書の記録的価値を高めています。

 本書刊行後、石川フミヤスが2014年に亡くなり、そして作者・辰巳ヨシヒロが2015年に、さらにはさいとう・たかをが昨年['21年]亡くなっていて、寂しい限りです。でも、そうした当時のことを訊くことができる人がいなくなっている分だけ本書の価値があると言えるかもしれません。

 因みに、個人的には、辰巳ヨシヒロは自分の卒業高校の大先輩にあたります。

【2013年文庫化[講談社漫画文庫(上・下)]】

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原作ノンフィクションを漫画にしようと思い、それをやってのけたこと自体がすごい。

戦争は女の顔をしていない 1.jpg戦争は女の顔をしていない 2.jpg 戦争は女の顔をしていない 3.jpg  戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫).jpg
戦争は女の顔をしていない 1』『戦争は女の顔をしていない 2』『戦争は女の顔をしていない 3』『戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ.jpg『戦争は女の顔をしていない』014.jpg 『チェルノブイリの祈り』(1997)などの著作により、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家・ジャーナリストであるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ(1948年生まれ)による、第二次世界大戦の独ソ戦に従軍した女性たちの聞き取りがまとめられたノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』(1984)のコミカライズ作品です(小梅けいとが作画を担当し、速水螺旋人が監修)。2019年4月27日からウェブコミック配信サイトComicWalker(KADOKAWA)で漫画の連載が始まり、2020年1月にコミックス第1巻が発売。個人的には、原作を先に読み、続いてコミックを読みました(2021年7月、第50回「日本漫画家協会賞」が発表され、「まんが王国とっとり賞」に本作が選出されている)。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ 6.jpg[戦争は女の顔をしていないil2.jpg 原作は、アレクシエーヴィッチが雑誌記者だった30歳代、1978年から500人を超える女性たちから聞き取り調査を行ったもので、本は完成したものの、2年間出版を許可されず、ペレストロイカ後に出版されています。当時ベラルーシの大統領だったアレクサンドル・ルカシェンコは祖国を中傷する著書を外国で出版したと非難し、ベラルーシでは長らく出版禁止になっていたようです。
戦争は女の顔をしていない

プーチン ルカシェンコ.jpg プーチンやルカシェンコには批判的で、特にベラルーシではその著書は独裁政権誕生以後、出版されず圧力や言論統制を避けるため、2000年にベラルーシを脱出し、西ヨーロッパを転々としたが、2011年には帰国、プーチン・ロシアがウクライナに侵攻し、それをルカシェンコが支持しているという2022年現在においてはどうしているかというと、。2020年に持病の治療のためドイツに出国し、以来ドイツに滞在しているとのこと、今年['22年]5月に74歳になっており、祖国に戻れる日が来るのか心配です。

 『チェルノブイリの祈り』でのチェルノブイリ原子力発電所事故に遭遇した人々の証言も衝撃的でしたが、こちらも強烈です。『チェルノブイリの祈り』が約300人に取材しているのに対し、こちらが約500人に取材していて、実に精力的に話を聞いて回ったことが窺えます。コミカライズに際して、どうエピソードを抽出しどうまとめるか難しいところだったのではないかと思いますが、上手くまとめているように思いました。

 戦線に駆り出された女性たちは、医療・看護・衛生関係者が多かったようですが、飛行士や高射砲の指揮官などもいて、目の前で人の命が一瞬にして奪われていくのを見ており、さらには女性狙撃兵もいて、これは逢坂冬馬氏のべしとセラー小説『同志少女よ、敵を撃て』('21年/早川書房)のモチーフにもなっています。

『戦争は女の顔をしていない (全3巻)』1.jpg コミックを見て思ったのは、アレクシエーヴィッチが30歳代とまだ若かったのだなあと(絵は少し若すぎて20代にしか見えないが)。インタビューを受ける側も、原作を読んだ時はかなり高齢かと思いましたが、まだ50代前半ぐらいの年齢だったのではないかと思います。若い頃の壮絶な体験ということもあり、まったく忘れてはおらず、むしろ話すことができるようになるのに戦後20余年を経る必要があったといった内容の話も多かったように改めて思いました。

 単行本第1巻の帯には、「機動戦士ガンダム」の富野由悠季氏が推薦文を寄稿していますが、小梅けいと氏、速水螺旋人氏との対談では、「この原作の内容をマンガ化するのは、正気の沙汰とは思えない」と言い(帯にも「蛮勇」と書いている)、「戦争を知らない世代だから描ける」のだとまで言っています(特に「小梅世代」を指して言っている)。富野氏が、「あっけらかんと描いていることが、救いだと思います」と述べているのは、それだけコミカライズによって"抜け落ちる"ものも大きいということを言っているのだと思います。

 それでも、この原作ノンフィクションを漫画にしようと思い、それをやってのけたこと自体がやはりすごいことではないかと思います(小梅氏は、いつかこうの史代氏の『この世界の片隅に』のような作品を書いてみたいとの思いはあったようだが)。個人的にも、ビジュアライズされることでイメージに肉付けがされた面があり、原作本と併せて読んで決してがっかりさせられるようなレベルではなかったように思いました。

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原作をハッピーエンドに改変。当初のヒチコックの構想通りの結末も観たかった。

「断崖」1941.jpg「断崖」dvd1.jpg「断崖」dvd2.jpg 『レディに捧げる殺人物語』1987.jpg
「断崖」ポスター(1941)ケーリー・グラント/ジョーン・フォンテイン/「断崖 [DVD]」「断崖 HDマスター [DVD]」『レディに捧げる殺人物語 (あすかコミックス)
「「断崖」0.jpg 社交界の人気者ジョニー・アイガース(ケーリー・グラント)は実は詐欺常習者だったが、その彼が列車で偶然知り合った金持ちの娘リーナ・マクレイドロウ(ジョーン・フォンテイン)と駆け落ちする。リーナはジョニーが無一文であることを知り、仕事を持つことを勧め、その結果彼「断崖」21.jpgは従弟の財産を管理するが、やがてリーナは彼が従弟の財産を使いこんでいることを知り衝撃を受ける。続いて彼は友人のビーキー(ナイジェル・ブルース)を唆かし土地に投資させるが、彼女はジョニーがビーキーの金を自由にした上で「「断崖」22.jpg彼を殺すのではないかと憶測する。ジョニーはパリへ出発するビーキーを見送ってロンドンに行くが、ビーキーはパリで死亡する。リーナはジョニーを疑っていたが、帰宅した彼の口振りから彼女の疑惑はいよいよ深まる。やがてリーナは彼が保険金目当に自分を殺そうとしていると疑い始める。そして彼が友人の殺人小説の著者イソベル・セドバスクから劇毒薬の秘「断崖」23.jpg密を探り出そうとしているのを知り、ますます疑念を深める。その夜、彼女はジョニーの勧める一杯のミルクを飲む気になれず、翌朝母親を訪ねるのだといってジョニーから逃れようとするが、彼はリーナを自動車で送ろうと言い張る。車が危険な個所に近づいた時、彼の乱暴な運転ぶりに堪りかねた彼女は車から飛び降り逃れようとするが、ジョニーに追いつかれてしまう。しかしそこで彼女がジョニーから聞いたのは意外な告白だった―。

「断崖」がけ.jpg アルフレッド・ヒッチコック監督の1941年公開作で、「レベッカ」('40年)に続いてのヒッチコック作品出演となったジョーン・フォンテインが第14回アカデミー主演女優賞を受賞した作品です(第7回「ニューヨーク映画批評家協会賞」主演女優賞も受賞)。原作は、1932年にフランシス・アイルズ(別名アントニー・バークリー)が発表した小説『レディに捧げる殺人物語』ですが、原作ではリーナはジョニーの勧める一杯のミルクを毒入りと分かっていて飲んで死ぬ―つまり、それくらいジョニーのことを愛していたという終わり方になっています。

 この原作通りの終わり方だと、ジョニーは「稀代のワル」ということになりますが、映画会社は、当時37歳、映画デビュー10年目のケーリー・グラントが「赤ちゃん教育」、「ヒズ・ガール・フライデー」、「フィラデルフィア物語」で人気がブレイクしてまだまだ二枚目で売り出したい時期だったので、悪役を演じさせるのはNGとの横槍が入って、こうした温い結末になってしまったそうです。

 ただ、どうなのでしょう、この結末でも、結局はジョニーの賭博中毒や虚言癖は治らないように思われ、本当にハッピーエンドなのか疑わしいです。さらに、とってつけたような結末のため、それまでの彼が犯罪者であるかもしれないといった伏線はそのまま説明されずに残ってしまっている感じがします。ジョニーがパリへ出発するビーキーを見送って自分はロンドンに行ったと言っても、それは彼がそう言っているだけで、パリでビーキーを死に至らしめたと解釈する方が整合性がとれているように思われます。

 ヒッチコックは最初、リナはミルクで毒殺される前に、犯人はジョニーで「私が最後の犠牲者になる」と書いた母親宛ての手紙を書いていて、それをジョニーに投函するよう頼んでいたという形で終わるつもりだったそうです。妻を毒殺したジョニーは、これで財産はすべて自分のものになるのだと、意気揚々と口笛を吹きながら、その手紙を中身を見ないままポストに投函するというラストシーンだったそうで、そっちの方がミステリとしては洗練されているように思います。

「断崖」m.jpg 疑惑の「光るミルク」は豆電球を仕込んで撮影して、観客の視線を集中させるようにしたとのことです。ここまでやっておいて、結末はやや拍子抜けするものであり、いちばん悔しかったのはヒッチコック自身ではないでしょうか。敢えて張り巡らせた伏線部分はそのまま放置して、ジョニーが殺人犯であるという可能性もあるとのニュアンスを残した終わり方にしたのかも。そうなると、結構深い見方のできる映画ということになるかもしれません。

 ただし、一般的には、この映画はハッピーエンドで、リーナの心配はすべて杞憂であり、ジョニーは本当に彼女を愛していたという解釈になるのでしょう。ケイリー・グラントは、本作の後も「汚名」('46年)、「泥棒成金」('55 年)、「北北西に進路を取れ」('59 年)と出演してヒッチコックお気に入り俳優となりますが、この映画で殺人犯役だったとしたら人気もそれほど出なかった? いや、そうでもないのでは。

「断崖」jf.jpg ジョーン・フォンテインの名演(最初はやや野暮ったいが、恋すると『レディに捧げる殺人物語』.jpgどんどん綺麗になっていくパターンは「白い恐怖」('45年)のイングリッド・バーグマンに受け継がれている)と、ケーリー・グラントの軽妙な演技の対比が楽しめ、評価としてはまずまずです。でも、原作乃至は当初のヒチコックの構想通りの作品も観たかった気がします。フランシス・アイルズの『レディに捧げる殺人物語』は鮎川信夫訳で創元推理文庫に収められていますが、漫画家の名香智子(なか ともこ)氏が原作をほぼ忠実にコミック化したとされているもの(「ASUKA」1985年8~9月号連載、1987年刊・2001年文庫化)もあります(これによるとジョニーってリーナの父親も殺していたのかあ)。

「断崖」●原題:SUSPICION●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:サムソン・ラファエルソン/アルマ・レヴィル/ジョーン・ハリソン●撮影:ハリー・ストラドリング●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:フランシス・アイルズ●時間:99分●出演:ケーリー・グラント/ジョーン・フォンテイン/セドリック・ハードウィック/ナイジェル・ブルース/デイム・メイ・ウィッティ/イザベル・ジーンズ/ヘザー・エンジェル/オリオール・リー/レジナルド・シェフィールド/レオ・G・キャロル●日本公開:1947/02●配給:セントラル映画社(評価:★★★☆)

ヒッチコックのカメオ出演シーン(二度ある)
「断崖」ヒッチ.jpg

『レディに捧げる殺人物語』...【2001年文庫化[講談社漫画文庫]】

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アスペルガー、AD/HD、LDに分けてエピソードを紹介しているのが良かった。

毎日やらかしてます。.jpg毎日やらかしてます。2013.jpg 沖田 ×華.jpg
毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』['13年] 沖田×華氏

 「もう帰っていい! 」と怒られれば即座に帰宅!? 予定がひとつでも崩れると1日寝込む!? 職場で、自宅で、オフ会で...自身の周りはいつもハプニングの連続!! さまざま発達障害をもつ沖田×華が、大人になってからの自身と発達障害とのかかわり方、失敗談などを描く笑えるコミックエッセイ!(版元口上より)

「毎日やらかしてます。」.jpg アスペルガー症候群(AS)、学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)などの発達障害を併せ持つという漫画家・沖田×華(1979年生まれ)氏によるコミックエッセイ。初出は「別冊 本当にあった笑える話」 2011年2月号から2014年6月号にかけてで、2012年6月ぶんか社より単行本刊。以降、シリーズ化され、直近の2021年4月発行の『わいわい毎日やらかしてます。』で第8巻になります。

 この〈第1巻〉は、第1章が「アスペルガー編」、第2章が「注意欠陥/多動性障害編」、第3章が「学習障害編」というように分けれていて、その上でそれぞれに関連するエピソードを拾っているので、それぞれの障害の特徴が分かりやすいのがいいと思いました。

 著者は、子どもの頃から障害の可能性を持たれながらも見過されて、大人になってそれが2次障害となって現れ、そこで改めて自分の障害のことを知ったようですが、これってよくあるパターンかと思います。障害に特有の「やらかした」ぶりや「生きずらさ」感がよく描かれていたと思います。

 病気ではなく発達障害であるため、ちょうど人の性格がそれそれぞれ異なるように人によって障害の現れ方が異なったりするわけですが、それを自分やそれと疑われる他人(けっこう身近にいそう)の例を引いて分かりやすく紹介しています。ちゃんとマンガとして読めるようになっているのもいいと思います。

 でも、Amazonのレビューなどを見ると、いいという人も多い一方で、「発達障害だから何でも許されるってもんでもないと思った。全く共感できなかった」「自分にとって不都合なことは全て障害のせいにしている」といったレビューもあり、人によっては抵抗を感じる人もいるのかも。しかしながら、前述の通りシリーズは8巻まで続いてきているので、一定多数の支持は得ているとみていいのではないでしょうか。

 個人的には、マンガって少し"毒"があるのがフツ―だと思います。そうでないと面白くないです(だから、賞を取ったマンガより取らなかったマンガの方が面白いことがある)。

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最初の頃は2メール半と小さくて、ボディの光沢も影も無かった鉄人28号。

『鉄人28号』1.jpg『鉄人28号』1-3.jpg 『鉄人28号』24.jpg
鉄人28号 原作完全版 1 希望コミックス』 『鉄人28号 24 (希望コミックススペシャル)

『鉄人28号』少年.jpg『鉄人28号』終わり.jpg 横山光輝(1934-2004/69歳没)の漫画『鉄人28号』は、月刊誌「少年」の1956(昭和31)年7月号別冊付録として連載が開始され、1966(昭和41)年5月号別冊付録まで続きました。1966年「少年」での人気第1位を続けている中、作者はストーリー展開の限界を感じて漫画の連載を終了していますが、その後繰り返しリメイクが行われ、派生作品が制作されたりしています。

アニメ 鉄人28号2.jpg テレビアニメ版の方は漫画連載が始まって8年目、1963(昭和38)年10月20日から 1966(昭和41)年5月25日までフジテレビ系列で放送され、全84話でした。ただし、一旦終了した後、3か月後に新作13話が放送され、それ等を加えると全97話となります。ただし、こちらも、漫画の連載終了と同じ頃に放送終了していることになります。

『鉄人28号』1-24.jpg 漫画版は、2005年11月より「巨匠・横山光輝『鉄人28号』執筆50周年記念」プロジェクトとして潮出版社と光プロダクションの共同企画の元、コミックス未収録の読み切り8本を加えたこの「原作完全版」の毎月の刊行が始まり、2007年9月に全24巻で完結しています(横山光輝の元アシスタントとコンピュータによる最新技術で痛んでいた原画を復元したとのこと)。

鉄人28号 カッパ・コミックス1.jpg鉄人28号 1 (サンデー・コミックス).jpg 今読み直してみて興味深いのは「鉄人の開発計画」がどのようなものであったかで、連載版とカッパコミックス版の2種類が存在しますが、「原作完全版」はカッパコミックス版ではなく連載版を収めています。太平洋戦争時、日本軍が敷島博士を中心とした開発陣により乗鞍岳の地下の研究所で進めた軍用ロボット開発計画が発端で、1号から26号まで失敗して27号でやっと成功するもこれも実用に至らず、さらに28号の起動実験が行われるが失敗、戦争末期、ロボット研究を諦めた敷島博士らは孤島の秘密兵器工場へ特攻機の研究のため移されるが、研究所を米軍に空爆され、鉄人の真実を知る者はいなくなり、戦争は終わる―。
『鉄人28号(カッパ・コミックス)(1)』['64年]『鉄人28号 1 (サンデー・コミックス) 』['89年]

鉄人27号
『鉄人28号』誕生.jpg『鉄人28号』27.jpg ある日(現在)、敷島邸にギャング団が強盗に押し入ったところへ、鉄人26号を駆使する怪人が現れ、さらに各地でロボットによる強盗事件が相次ぎ、続いて鉄人27号(このときは鉄人28号と思われていた)も登場し、市街地で大暴れします。一方、敷島博士は実は生きていて、乗鞍岳の研究所内で鉄人28号の開発にあたっており、そこへ鉄人27号とギャング団とそれを追う警察が乱入、正太郎(職業は探偵)たちに敷島博士は開発中のロボットを指し、「本物の鉄人28号はあれなんだ」と言う。ただし、本物の鉄人28号も制御不能で、27号と闘ってやっつけた後に暴走する―。

 ということでやっと本物の28号の登場ですが、その後、正太郎がリモコンを手にするのはまたずっと先で、手にした後も、敵にリモコンを奪われたり、それを取り返したりで、このあたりは「ある時は 正義の味方 ある時は 悪魔の手先」という主題歌の通りであることはよく知られているところです。

『鉄人28号』1-2.jpg 気になるのは鉄人の大きさで、光文社文庫「鉄人28号」第11巻に収録されている作者本人の「"昔の漫画"と"今の漫画"」というエッセイでは、「身長が2メートル50センチ」と書かれてい「鉄人28号」アニメ.jpgて、そう大きくなかったようです。実際、漫画版の最初の頃はそれくらいの大きさで、それが大きな相手と戦ううちに次第に大きくなっていったようで、1963年のモノクロアニメ版では10メートルくらいにまでなったようです。さらにその後もリメイクなどに際して巨大化がなされ、2004年のリメイク版アニメでは、担当プロデューサーと監督が横山光輝氏の元を訪問し、その時18メートルに決定したそうです。

『鉄人28号』24-1.jpg 漫画の方は、本編連載終了の10年後の1976年に「月刊少年ジャンプ」に掲載された最後の読み切り作品では、正太郎と敷島博士が鉄人の手に乗って運ばれるシーンがあり、これは「原作完全版」の第24巻に収録されているほか、第24巻の表紙絵にもなっていて、これを見るとゆうに20メートル以上はありそうです(因みに、「原作完全版」の表紙絵は、第1巻からほぼこの大きさで統一されている)。この1976年版に限らず、本編でも最終話の「怪物ギャロン」(1966)の頃には初登場時より鉄人はかなり大きくなっているようにも見えます(本稿上右の「連載終了の挨拶」ではやや元のサイズに近い大きさに戻している感じもするが)。

   第24巻収録「新作鉄人28号 コンピューター殺人事件の巻」(1976)

第1巻収録「鉄人28号」(1956)/第3巻収録「一大決戦」(1957)
『鉄人28号』1-1.jpg『鉄人28号』32.jpg また、鉄人の描かれ方として、当初はボディの光沢と影を描かず、見方によってはゴム製にでも見えるようなタッチが続いていましたが、次第にメッシュ状の影などが描かれるようになり、遂にはボディの光沢と影は必須表現となり、重量感が強調されるようなタッチに変貌を遂げています(これも「原作完全版」の表紙絵は、第1巻から光沢と影のあるボディとなっている)。

 第1巻には前述のとおり鉄人28号が鉄人27号とを取っ組み合いするシーンなどがあるし、初期の鉄人は後の鉄人と顔つきや体つきが違って見えたりすることもあったりして、なかなか興味深いです。また、これは第1巻に限ったことではないですが、同じストーリの中でも鉄人の描かれるサイズがどう見ても変わっているというマニアックな発見もあります。

『鉄人28号』オリジナル版.jpg
復刊ドットコムは2016年から2017年にかけて、「鉄人28号」連載60周年を記念し、雑誌掲載時の体裁を忠実に再現した「鉄人28号《少年 オリジナル版》 復刻大全集」全7ユニットを刊行していた。そして今年['22年]4月から、新たに「鉄人28号《オリジナル版》」が刊行されることになった。これは、その「鉄人28号《少年 オリジナル版》復刻大全集」をベースにしたもので、同じ収録作品を新たな仕様で楽しめるようになっているとのこと。


 

アニメ 鉄人28号 1.jpg「鉄人28号」アニメt.jpg「鉄人28号」●演出:庵原和夫/渡辺米彦/山本功/若林忠雄/上金史朗/瀬古常時/河内功/松木功●脚本:岡本欣三/大野満男●音楽:越部信義(主題歌:西六郷少年合唱団(一部資料ではデューク・エイセス))●原作:横山光輝●出演(声):高橋和枝/矢田稔/富田耕生/久野四郎/加茂喜久/田畑明彦/安藤敏夫/高津杏子/梅屋かおる/浦野光/安田隆/白石冬美/はせさんじ/森山周一郎/永山一夫/藤本譲/兼本新吾/富山敬/坂本新兵●放映:1963/10~1965/05(全84回)●放送局:フジテレビ  

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トキワ荘に集った才能豊かな面々を描くとともに、自伝になっていて、貴重な記録。

『章説 トキワ荘の青春』.jpg

章説-トキワ荘の青春2018.jpg 章説・トキワ荘・春 1981.jpg トキワ荘の青春―ぼくらの1986.jpg   トキワ荘の青春 [DVD].jpg
章説-トキワ荘の青春 (中公文庫)』['18年]/『章説・トキワ荘・春』['81年]/『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代 (講談社文庫 い 43-1)』['86年]/「トキワ荘の青春 [DVD]
章説・トキワ荘・春』['96年]『章説 トキワ荘の春 (石ノ森章太郎生誕70年叢書シリーズ)』['08年]
章説・トキワ荘・春 1996.jpg章説 トキワ荘の春叢書シリーズ) 2008.jpg 石ノ森章太郎(1938-1998/60歳没)が、豊島区椎名町トキワ荘に集まった漫画家との熱き日々を自らの視点から描いたエッセイ。寺田ヒロオ、藤子不二雄(藤本弘・安孫子素雄)、鈴木伸一、森安直哉、つのだじろう、園山俊二、赤塚不二夫、横田徳男、長谷邦夫、水野英子らにまつわる笑いと涙の交友録です。

 '81(昭和56)年9月に刊行された『章説・トキワ荘・春』(講談社)の改題で、著者が生前に「仕掛け的には、順番をこう変えてもいいかもなぁ...」と語っていた記憶を辿り、森プロとの協議で、章立ての順序等が原本より再構成・編集されているとのことです。この間に文庫『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』('86年/講談社文庫)、単行本『章説・トキワ荘・春』('96年/風塵社)、単行本『章説 トキワ荘の春』('08年/清流出版・石ノ森章太郎生誕70年叢書シリーズ)が刊行されていますが、底本が同じなので内容も基本的には同じです(風塵社版の『章説・トキワ荘・春』には、プロローグにまんが版「トキワ荘物語」が加えられている)。

 トキワ荘に集った才能豊かな面々を著者の視点から描いていて、同時に著者の自伝になっています(プロローグと終わりの方に、著者と3歳違いで23歳で亡くなった姉の話が出てくるのが切ない)。しかし、著者は高校生時代から漫画雑誌に連載漫画を画いていたというから、その才能はスゴイ。最初は上京して別の所に住んでいたのが、途中からトキワ荘へ。結局、最後一人になるまでトキワ荘に残った漫画家になりました。

がんばれゴンベ1.jpg 冒頭に挙げたトキワ荘の「青春の仲間たち」では、園山俊二が、『がんばれゴンベ』を「毎日小学生新聞」でリアルタイムで読んだ自分としては懐かしいです。「新漫画党」唯一の大学卒(早稲田大学の漫画研究会出身)でしたが、トキワ荘の「半住人」だったと。結局「がんばれゴンベ」は1958年から1992年まで、通算連載回数は9775回となりましたが、肝臓癌で1993年1月20日に57歳で死去したのが惜しまれます(手塚治虫も石ノ森章太郎も60歳で亡くなっている。漫画家ってどうして長生きしないのか)。

『名画座面白館』赤塚.jpg 石ノ森章太郎の赤塚不二夫、長谷邦夫との交流は、赤塚不二夫の『赤塚不二夫の名画座面白館』('89年/講談社)でも見ることができます。

 そのほかに、手塚治虫はもちろんのこと、高井研一郎高橋留美子つげ義春といった人々も登場し、著者が「一度きりのサラリーマン生活」を経験した「東映動画」では、「天才」の異名を取ったアニメーターの月岡貞夫などとも仕事をしたのだなあ、これは知らなかった。全編を通して貴重な記録でもあると思います。

「トキワ荘の青春」p2.jpg「トキワ荘の青春」4.jpg トキワ荘について書かれた書籍は当事者によるものも含め数多くあり、また、アニメやドキュメンタリー、ドラマなどにもなっていますが、映画では、昨年['21年]四半世紀ぶりにデジタルリマスター版で公開された、市川準(1948-2008/59歳没)監督の「トキワ荘の青春」('96年)があります(「ロッテルダム国際映画祭」招待作品。1996年キネマ旬報ベストテン第7位、読者選出第7位)。

「トキワ荘の青春」11.jpg 映画は、トキワ荘におけるリーダー的存在であった寺田ヒロオが主人公であり、その寺田ヒロオを本木雅弘が演じています。コミカルな描写もありますが、自身が理想とする「子供たちに理想を教える漫画」と、雑誌編集者が要求する「商業主義漫画」との間で思い悩む寺田ヒロオの姿などが描かれていて、全体に盛り上がりを抑えた物静かなトーンの作品となっており、それが、ラストで寺田ヒロオが黙ってトキワ荘を去るという結末に繋がっていきます。

 視点としては、藤子不二雄の自伝的漫画作品『まんが道』(藤子不二雄によるシリーズとしては最長連載作品で、シリーズの連載は'13年に完結するまで43年間続いた)に近いかなという気がしますが(寺田ヒロオを頼もしくて理想的な先輩として描いている)、この映画の原案は、梶井純の『トキワ荘の時代―寺田ヒロオのまんが道』('93年/ちくまライブラリー、'20年/ちくま文庫)です。

阿部サダヲ(藤本弘(藤子・F・不二雄))/鈴木卓爾(安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ))
0フジコフジオ.jpg 当時はまだ無名に近かった自主映画・小劇団関係者で、後年人気スターや映画監督となった俳優が多く起用されていて、安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ)に鈴木卓爾(後に「ゲゲゲの女房」('10年)を監督)、藤本弘(藤子・F・不二雄)に阿部サダヲ(映画デビュー3年目、当時25歳)、石森章太郎にさとうこうじ(映画デビュー作)、赤塚不二夫に大森嘉之、森安直哉に古田新太(映画デビュー翌年・当時31歳)、鈴木伸一に生瀬勝久(映画デビュー作・当時35歳)などを配しています。

「トキワ荘の青春」s.jpg 結局、寺田ヒロオは後に漫画の筆を折ることになり、本書でも著者が「寺さんの"絶筆宣言"はショックだった。漫画がひどくなる。もう書きたくない」というのが理由だったとありますが、やがてトキワ荘時代のメンバーとの交流も絶ったのは謎です(本人は後に病気が原因と語ったという)。晩年は一人自宅の庭の離れに籠って、母屋に住む家族ともほとんど会話しなかったそうで、1992年9月24日に61歳で亡くなっています。

「スポーツマン金太郎」.jpg 映画では、若い新進映画化の台頭に(ただし、石森章太郎・藤子不二雄らが早くに売れっ子漫画家となったのに対し、赤塚不二夫・森安直哉らはなかなか芽が出なかった風に描かれている)、本木雅弘が演じる寺田ヒロオが徐々に時流から取り残されていっているように描写されているともとれます(断定的ではないが)。個人的には、『スポーツマン金太郎』をリアルタイムで読んだ(と言っても「少年サンデー」連載終了後、学年誌に連載されたダイジェスト版の方だが)世代ですが、その頃からこの人の漫画は、ちょっとレトロな感覚があったように思われ、やはり、作風が時代に合わなくなったことが筆を折る理由になったのではないかと思います。

「トキワ荘の青春」赤塚.jpg石森の姉:安部聡子.jpg 因みに、石森章太郎者と3歳違いで23歳で亡くなった姉は、映画にも上京した弟のことを思い遣る女性としてとして登場します(演:安部聡子)
     
映画「トキワ荘の青春」で舞台挨拶する赤塚不二夫(後ろは藤子不二雄Ⓐ氏)['96年/日刊スポーツ」
  

「トキワ荘の青春」m.jpg「トキワ荘の青春」●英題:TOKIWA:THE MANGA APARTMENT●制作年:1996年●監督:市川準●製作:塚本俊雄/里中哲夫●脚本:市「トキワ荘の青春」2.jpg川準/鈴木秀幸/森川幸治●撮影:小林達比古/田沢美夫●音楽:清水一登/れいち●原案:梶井純『トキワ荘の時代』●時間:110分●出演:本木雅弘/鈴木卓爾/阿部サダヲ/さとうこうじ/大森嘉之/古田新太/生瀬勝久/翁華栄/松梨智子/北村想/安部聡子/土屋良太/柳ユーレイ/桃井かおり/原一男/向井潤一/広「トキワ荘の青春」桃井.jpg岡由里子/内田春菊/きたろうメモリーズ・オブ・市川準.jpg神保町シアター.jpg/時任三郎●公開:1996/03●配給:カルチュア・パブリッシャーズ●最初に観た場所:神保町シアター(10-09-13)(評価:★★★☆)

桃井かおり(藤本弘(藤子・F・不二雄)の母)
トキワ荘の青春(1996年).jpg
     
  
【1981年単行本[講談社(『章説・トキワ荘・春』)]/1986年文庫化[講談社文庫(『トキワ荘の青春―ぼくらの漫画修行時代』)]/2018年再文庫化[中公文庫(『章説 トキワ荘の青春』)]】

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映画に纏わる自伝的エッセイ漫画、映画青春記。その時代のシズル感があった。

『名画座面白館』03.jpg『名画座面白館』01.jpg ギターを持った渡り鳥 HDリマスター版.jpg
赤塚不二夫の名画座・面白館』「日活100周年邦画クラシック GREAT20 ギターを持った渡り鳥 HDリマスター版 [DVD]

 赤塚不二夫(1935-2008/72歳没)が自らの映画体験を漫画で描いた本で、1989(平成元)年刊行。1954(昭和29)年頃の江戸川区小松川の化学薬品工場の寮に住み込んで『漫画少年』など投稿を続け、肉筆回覧誌「墨汁一滴」の同人に参加した頃から、その後のトキワ荘に移ってからの期間を中心に、若い頃、お金はなくとも映画を観まくっていた時代に観た映画を漫画で語った、自伝的エッセイ漫画です。

 全13話の各タイトルになっている(メインで取り上げている)映画は、「七人の侍」「狂った果実」「ニッポン無責任時代」「ゴジラ」「独立愚連隊」「唐獅子牡丹」「ギターを持った渡り鳥」「けんかえれじい」「楢山節考」「男はつらいよ」「眠狂四郎殺法剣」。そして、これらに関連するその他多くの映画作品にもふれています。

 特に長谷邦夫(1937-2018/84歳没)や石森章太郎(1938-1998/60歳没)らと映画談義をしている場面が多くありますが、映画に関しては彼らの方が先輩格と言うか理論派の映画マニアであり、談論形式でその言説をそのまま載せたりしているのが素直です。実際、冒頭の「七人の侍」('54年/東宝)などは、長谷邦夫に強く薦められて観に行って、感銘を受けています。三人で雑司ヶ谷の手塚治虫邸を最初に訪ねた時、石ノ森章太郎が16歳、長谷邦夫が17歳、赤塚不二夫が19歳だったとあり、赤塚不二夫が一番年上なわけですが、長谷邦夫や石森章太郎は、映画という面では赤塚不二夫の"師匠"でもあったのでしょう。

『名画座面白館』022.jpg でも、そうした仲間に感化されながらも自分の好みをしっかり持っていて、そのあたりはやはり職業柄、創作者であれば当然かもしれませんが、分かる気がしました。例えば、木下惠介監督などは絶賛の対象であり、「楢山節考」('58年/松竹)を取り上げ、長谷邦夫や石森章太郎らと語り合いながら自らの意見も述べ、舞台仕立てにした部分が見事であるとし、リメイク版の今村昌平の作品「楢山節考」('83年/東映)の土俗的リアリズムは「わしは買わないのだ」と断言しています(個人的にはそれぞれにいいと思うのだが)。

IMG_20220228_050114.jpg ここでは木下惠介監督の「野菊の如き君なりき」('55年/松竹)についても長谷邦夫や石森章太郎らと語り合3人で語り合っていますが、石森章太郎が全体を楕円にしてまわりをボカした手法について指摘すると、長谷邦夫が「昔の懐かしい写真アルバム集みたいな感じを出すためだね」とはっきり言っていて、こういうのに赤塚不二夫自身が教えられたということを、漫画で再現しているという感じでしょうか(切ない映画だった)。

 「ギターを持った渡り鳥」('59年/日活)のところでは、小林旭ファンの「少年サンデー」の記者が出てきて、長谷邦夫も交えて議論し、漫画ならではに構図でシリーズの流れなどを解説していて分かりやすかっ「ギターを持った渡り鳥」3.jpgたです。このシリーズで一番人気が急上昇したのは一昨年['20年]亡くなった"殺し屋ジョージ"こと宍戸錠で、拳銃無頼帖シリーズとか「早射ち野郎」('61年/日活)はその後だったのだなあ。でも、「ギターを持った渡り鳥」のいいところ(切ないところ)はやはり土地(本作は函館市が舞台)の娘・浅丘ルリ子との別れでしょう。浅丘ルリ子がウェットな執着を見せず、「あの人は戻らない」と決めてかかっているのも西部劇の影響でしょうか。

 映画青春記であると共に、読者に対する鑑賞ガイドになっている点が親切です(長谷邦夫や石森章太郎の意見を多く取り入れている分、押しつけがましさがな無い)。また、どういう状況やきかっけでその作品を観に行って、その時の映画館や客席はどうだったのかとかも描かれていたりするので、時代のシズル感がありました。ビデオすらない時代の話。家で一人でNetflixやAmazonプライムで観てしまうと、こういう、映画そのものとそれを観た時の状況がセットで記憶に残るという感触は味わえないのだろうなあ。

「ギターを持った渡り鳥」2.jpg「ギターを持った渡り鳥」1.jpg「ギターを持った渡り鳥」●制作年:1959年●監督:齋藤武市●脚本:山崎巌/原健三郎●撮影:高村倉太郎●音楽:小杉太一郎●原作:小川英●時間:78分●出演:小林旭/浅丘ルリ子/中原早苗/渡辺美佐子/金子信雄/青山恭二/宍戸錠/二本柳寛/木浦佑三/鈴木三右衛門/神戸瓢介/片桐恒男/青木富夫/弘松三郎/伊丹慶治/野呂圭介/近江大介/水谷謙之/高田保/宮川敏彦/ 衣笠真寿夫/原恵子/清水千代子/菊田一郎/倉田栄三/渡井嘉久雄/竹部薫/ 高瀬将敏●公開:1959/10●配給:日活(評価:★★★☆)

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原案も作画もオーディションで決定。「最終回」が2度描かれた。ラストはちょっと寂しい。

8マン 扶桑社文庫1.jpg 8マン 扶桑社文庫1-6.jpg 8マン マンガショップ.jpg エイトマン HDリマスター.jpg
8(エイト)マン (扶桑社文庫 く 2-1)』['95年]『8(エイト)マン 文庫版 コミック 全6巻完結セット (扶桑社文庫)』『8マン〔完全版〕(1) (マンガショップシリーズ) (マンガショップシリーズ 435)』['11年]「エイトマン HDリマスター スペシャルプライス版DVD vol.2<期間限定>【想い出のアニメライブラリー 第33集】」['18年]

8マン マガジン.jpg 『8(エイト)マン』は、平井和正(1938-2015/76歳没)原作・原案、桑田次郎(1935-2020/85歳没)作画によるSF漫画で、講談社の「週刊少年マガジン」に1963(昭和38)年20号から1965(昭和40)年13号まで連載され、テレビアニメ版は1963年11月から1964(昭和39)年12月までTBS系列局で放送されています(テレビアニメ版は「8マン」の「8」がフジテレビの8チャンネルを想起させるので、「エイトマン」とカナカナ表記になった)。

 因みに、この作品は、原案も作画もオーディションで決定されています。「少年マガジン」編集会議で、手塚治虫の『鉄腕アトム』を越えるようなロボット漫画を連載することになり、先にSF作家・平井和正が提出した原案が『鉄腕アトム』とも『鉄人28号』とも異なる、「変身能力」「加速性能」というオリジナリティが受け入れられて採用され(平井和正の漫画原作家としてのデビュー作になった)、続いて講談社の「少年クラブ」で『月光仮面』を連載したことがある桑田次郎が、シャープでスマートな描線だったことから選定されています。

8マン 変身.jpg 8マンはただ弾よりも速く動けるだけでなく。人工皮膚(プラスティック)でどのような顔にも変装でき、関節は伸縮可能で、関節を縮めることによって、女性など小柄な人物にも変装できるという万能ぶりですが(電子頭脳が麻痺して、さち子を思いやるあまりか、そのさち子に変身してしまったこともある(文庫第18マン たばこ.jpg巻・248p))、弱点もあり、電子頭脳は、火炎・高圧電流などの高熱にさらされると力を失ってしまい、小型の予備電子頭脳が肩にセットされているのですが、その際は本来の能力を十分に発揮できません。そこで、ベルトのバックルに、電子頭脳及び超小型原子炉を冷却するタバコ型の強加剤(冷却剤)が仕込んであり、これを吸わないと戦い続けることが出来ないことがままあります(ある意味、科学が、端的に言えば原子力が万能でないことを示唆しているとも言え、「鉄腕アトム」などよりは先駆的かも。さすが平井和正)。

8man たばこ.jpg 丁度、ウルトラマンが戦いが3分を過ぎるとカラータイマーがピコンピコン鳴るのと同じで、こうした弱みのあるところがまた魅力なのでしょう。冷却剤はタバコに似ているらしく、宿敵デーモン博士によって冷却剤をタバコにすりかえられる場面もあるほどでしたが(文庫第1巻・243p)、タバコ型冷却剤に手を伸ばす8マンの姿は、ちょうどタバコ好きの人(と言うかニコチン中毒の人)がタバコを切らした時の状況に、絵的には似てしまっています。そこでアニメ版では、子供が喫煙を真似するといけないとの理由で途中からタバコ型強加剤は使用されなくなり、貯水槽に穴を開けて水をかぶるなどの方法で原子炉を冷却していました(これはこれで周囲に迷惑がかかると思うのだが(笑))。因みに、殉職した刑事の東(あずま)八郎が谷博士の手で8マンになった経緯や、谷博士自身が実はスーパーロボットで、8マンとほぼ同じ姿であることは(最初は8マンもそのことを知らない)、話が進んでいくうちに序盤で明かされます。

 平井和正の原案がいいのは間違いないですが、桑田次郎の線画タッチも素晴らしいと思います。連載が始まった年にテレビアニメ化されたことからも当時の人気が窺えますが(スポンサーがふりかけの丸美屋だったのを憶えている)、漫画連載中に桑田次郎が拳銃不法所持(自殺用に所持していたと言われている。当時は、漫画の描写用と聞いたが)による銃刀法違反で逮捕されたため、連載は急遽打ち切りとなり、打ち切りとなった回(「魔人コズマ」篇の最終回(1965(昭和40)年13号))は、連載当時、桑田の弟子だった楠高治(くすのき・たかはる、1936-2014/78歳没)らが代筆しています。このため、「魔人コズマ」篇は単行本(秋田書店版)に収録されることはなく、長らく幻のエピソードとなっていました。

8マン rumu.jpg しかし、1990(平成2)年に桑田が26年ぶりに最終回を執筆し(ペンタッチが微妙に変わっている)、1989(平成元)年から1990(平成2)年)にかけて、リム出版より完全版(全7巻)が単行本出版され、このときにその最終回も収録されています(代筆版は未収録)。単行本は50万部以売れる大ヒットとなりましたが、余勢をかって出た実写映画化などは失敗し、その影響でリム出版も経営破綻し絶版となりました。

8マン fusou.jpg これを復活させたのがこの扶桑社文庫版で、その第6巻がシリーズの中でも最高傑作とされる「魔人コズマ」篇になります。最後に東八郎こと8マンはさち子に正体を知られ事務所を去る(さち子・一郎の前から姿消す)という寂しい結末になりますが、連載打ち切り直前の回で、すでに東八郎が8マンであるのはほぼ間違いないとさち子が悟るシーンがあり(文庫第6巻・299p)、これが描8マン さち子.jpgかれたのは連載打ち切りが決まる前なので、この部分については最終回を意識しての展開ではないと思われます。もっとも、さち子はかなり早い段階から東八郎はもしかしたら8マンではないかという疑念は抱いてしばしば悩んでいるため、このままずっと話を続けていくつもりだったのかもしれません。

 因みに、'04年刊行のマンガショップ版(全5巻)には楠高治版と桑田次郎版の両方の最終回が掲載されています。桑田次郎版との違いは以下の通りです。

8マン めたこ.jpg●楠高治版「最終回」
・最後に使用した8マンの武器は分からず
・8マンはゴーガンに命令され助ける
・化け物となったコズマが妻ノラを襲うが8マンに助けられる
・コズマは化け物から普通の人間に戻り、コズマ夫妻は警察に捕まる
・事務所に戻るが扉を開けられず立ち去る

●桑田次郎版「最終回」
・8マンがコズマに対して秘密兵器フォノン・メーザーの使用に踏み切る
・8マンが自分の意志でゴーガンを助ける
・化け物となったコズマに妻ノラは殺される
・8マンは両拳からの電撃で化け物となったコズマにとどめを刺す
・事務所に戻らず立ち去る

エイトマン 2.jpg 一方、テレビアニメ版「エイトマン」の方は56話放映され、脚本には半村良、豊田有恒、辻真先らも関わっていて、最高視聴率35.5%(扶桑社文庫による)を記録、視聴率を落とすことなく1964〈昭和39〉年〉12月に終了していて、桑田次郎が拳銃不法所持で逮捕される前に終わっていたことになり、終わり方も、東八郎が事務所を去るとかいうのではなく、普通に終わっています。


エイトマン 1963.jpgエイトマンエ.jpg「エイトマン」●原作:平井和正●キャラクターデザイン・作画:桑田次郎●演出:大西清/佐々木治次●脚本:平井和正/辻真先(桂真佐喜)/半村良/豊田有恒/加納一朗/大貫哲義●音楽:萩原哲晶(主題歌:作詞・前田武彦/作曲・:荻原哲晶/歌・克美しげる●出演(声):高山栄/上田みゆき/原孝之/天草四郎●放映:1963/11~1964/12(全56回)●放送局:TBS
「エイトマンの歌」
作詞:前田武彦
作曲:荻原哲晶
歌:克美しげる

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5巻で100万部! ガリレオがいなかった世界―状況設定がユニーク。

『チ。―地球の運動について―(1)』1.jpg『チ。―地球の運動について―(1)』.jpg  『チ。―地球の運動について―(1)』cvj.jpg
チ。―地球の運動について― (1) (BIG SPIRITS COMICS)

『チ。―地球の運動について―(1)』2.jpg 15世紀前半のヨーロッパのP王国では、C教という宗教が中心となっていた。地動説は、その教義に反く考え方であり、研究するだけでも拷問を受けたり、火あぶりに処せられたりしていた。その時代を生きる主人公・ラファウは、12歳で大学に入学し、神学を専攻する予定の神童であった。しかし、ある日、地動説を研究していたフベルトに出会ったことで地動説の美しさに魅入られ、命を賭けた地動説の研究が始まる―。

 昨年['20年]9月14日発売の「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)42・43合併号から連載中の魚豊(うおと、1997年生まれ)による〈歴史ファンタジー〉漫画で、「マンガ大賞2021」第2位受賞作。先月['21年9月]に単行本第5巻の発売をもって、シリーズ累計部数が100万部を突破したというからスゴイ売れ行きです(その後、2022(令和4)年・第26回「手塚治虫文化賞(マンガ大賞)」受賞)

 第1巻しか読んでませんが、ガリレオがこの世に生まれてこなくて、天動説が正しいとする考え方の支配が維持されたままだったらという状況設定の下、地動説を信じ、命を懸けて地動説を論証しようとする人々の生き様を描いています。

 こうした設定自体が、なかなかユニークだと思いましたが、第1巻で主人公が死んじゃうのですねえ。後、どうするんだろうと思ったら、どんどん次の人というか次の世界に話を繋げていくようです。これって、結構。描く側はたいへんだと思いますが、ちゃんと構想は出来上がっているのでしょう。

 国や宗教の表記がP国とかC教とかになっていることについて、隠す意味が分からないとの声もあるようですが、一方で、あまりにも史実とかけ離れているからそうしたのだろうとの声もあります。おそらく、そうだろうなあ。ガリレオがこの世に生まれてこなくて、天動説が確固たる地位を占めているというところから、もう別世界の話だからなあ。

 となると、この漫画はある種ダークファンタージであり、こうした設定をベースに、閉塞的な思想弾圧状況の中で、真実に近づこうとする時、人はどう生きるかとう問題を投げかけていると言え、そうなると、この漫画に類する(喩えられる)状況はいくらでもあるように思います。

 中高生でもすっと入っていけるような状況設定で、そうしたことを考えさせるっという点では上手いと思いました。ただ、主人公があっさり死んでしまうのが、やや命が軽く描かれているような気もしました(実際、現代よりはずっと命の軽い時代だったとは思うが)。続きに期待したいです。

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孤独死について「早くから考えておきなさい」ということか。インパクトあった。

『ひとりでしにたい (1)』.jpgひとりでしにたい.jpg
ひとりでしにたい(1) (モーニング KC)

『ひとりでしにたい (1)』1.jpg バリバリのキャリアウーマンで生涯独身だった伯母が孤独死。黒いシミのような状態で発見された。衝撃を受けた山口鳴海(35歳独身)は婚活より終活にシフト。誰にも迷惑をかけず、ひとりでよりよく死ぬためにはよりよく生きるしかないと決意する―。

 デビュー作『クレムリン』('10年/講談社)を皮切りに、『きみにかわれるまえに』('20年/日本文芸社)などユニークな作品を多数発表している作者が、今度は「老後」「就活」「孤独死」をテーマとして取り上げた作品で、2021(令和3)年・24回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」受賞作。この第1巻は、「月刊モーニング・ツー」'19年9月号から'20年3月号に連載されたものに当たります。

 最近作『なおりはしないが、ましになる』('21年/小学館)も、自身の発達障害を実録ドキュメンタリー風に扱ったものですが、この『ひとりでしにたい』も、30代後半になった自分自身が、いずれ"一人で死ぬ"かもしれないという漠然とした不安を抱えるようになったのが制作のきっかけで、描きながら、自身の「終活」について考え始めたといいます。

おひとりさまの老後.jpg 独身女性の「老後」や「終活」についてのエッセイ的な考察としては、社会の上野千鶴子氏の『おひとりさまの老後』('07年/法研)があり、75万部のベストセラーとなって「おひとりさま」ブームを巻き起こし、その後も続編的な本が数多く出されています。ただ、それら上野氏の本は、結構、40代より上の年齢層、もっと言えば、夫(妻)に先立たれるかもしれないということが現実味を帯びてきた人などが読んだりしているように思います。
おひとりさまの老後

 早くから考えておくに越したことのないテーマですが、若い内はなかなかそうしたことを考える機会がないのではないかなあ。その点、この漫画は、軽いラブストーリーも入れて、若い人でもすっと入っていける作りになっているように思いました(そこを買われての文化庁メディア芸術祭「優秀賞」授賞なのだろう)。

 とにかく、キャリアウーマンで生涯独身だった伯母が、風呂で湯に浸かったまま亡くなって数日間放置され、発見された時には湯船の中でドロドロの「スープ」になってしまっていたという話が、キャッチ的に凄まじく、インパクトあります。

 主人公がそれを知って、「婚活」を飛び越して「終活」に奔るというのも納得でき、「老後」「就活」「孤独死」がテーマでありながら、「35歳の主人公」という枠組みを上手く作っているように思いました。

 上野千鶴子氏だって、30代や40代のうちから終活を始めることは、決して早過ぎないとは言っていたかと思いますが、そうは言っても若い人はなかなか本気になってそうしたことを考えることはしないという、そうした問題を、「スープになってしまっていた伯母」というエグいエピソードを突きつけることでクリアしている印象を受けました。

 でも、実際、孤独死は増加傾向にあり、東京都区部で発生した孤独死は2018年は5,513件で、うち65歳以上は約7割(3,867件)だったとのこと。風呂場での推定死亡者数は全国で年間約1万9000人で、交通事故の死亡者数が2839人(2020年警察庁発表による)なので、およそ6倍だそうです。

 日頃我々の目につかなけれ新聞記事になることもないだけの話で、実は全然珍しいことでも何でもなくなっているのでしょう。自分も含め、人はもう少しこの問題について考えた方がいいのかも。そうしたことの契機になる漫画です。

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現代の様々な組織にも通用する普遍性があるが、発表当時は政治利用され、その点は看過された?

2015 ジョージ オーウェル 動物農場 角川.jpg 2009 ジョージ オーウェル 動物農場 岩波.jpg 2013 ジョージ オーウェル 動物農場 ちくま.jpg 2017 ジョージ オーウェル 動物農場 ハヤカワ.jpg
動物農場 (角川文庫)』['72年]『動物農場-おとぎばなし (岩波文庫)』['08年]『動物農場: 付「G・オーウェルをめぐって」開高健 (ちくま文庫)』['13年]『動物農場〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)』['17年]
IMG_20210328_115159.jpg動物農場 [DVD].jpg アニマル・ファーム図1.jpg ジョージ・オーウェル.jpg
角川文庫(併録:「象を撃つ」「絞首刑」「貧しいものの最期」)/「動物農場 [DVD]」/石ノ森 章太郎『アニマル・ファーム (ちくま文庫)』['18年]/ジョージ・オーウェル(1903-1950)
Animal Farm (Baker Street Readers) (2021/08)
Animal Farm (Baker Street Readers).jpg マナー農場の動物たちは自分たちをこき使う人間の横暴に怒っていた。飲んだくれの農場主ジョーンズを追い出した動物たちは決起して反乱を起こし、すべての動物は平等という理想を実現するべく「動物農場」を設立、守るべき戒律を定め、動物主義の実践に励んだ。農場は共和国となり、知力に優れたブタがリーダーとなったが、指導者となったブタのナポレオンは、反乱の先導者だった同じブタのスノーボールを追放し、手に入れた特権を徐々に拡大していく。それにより、「理想の農場」は次第に変質してゆく―。

 1945年8月に出版されたジョージ・オーウェル(1903-1950/46歳没)の作品で(原題には岩波文庫訳のように「おとぎばなし」というサブタイトルが付く)、実際に書かれたのは'43年11月から'44年2月までの間でしたが、その内容は、当時は理想の社会と見られていたソ連をあからさまに皮肉った内容であったため、出版社数社に出版を断られたという逸話があります。具体的には、ブタのメージャーはレーニン、ナポレオンはスターリン、スノーボールはトロツキーがモデルであり、当時の人から見ればすぐにピンとくるものであったようです。
ハヤカワepi文庫(2017/01)
IMG_20210328_115145.jpg また、こうしたストーリーの背景には、作者自身が、民兵(伍長)としてファシスト政権と戦うべく戦線へ赴いたスペイン内戦において、人民戦線の兵士たちの勇敢さに感銘を受ける一方で、ソ連からの援助を受けた共産党軍のスターリニストの欺瞞に義憤を抱いたことがあります。作者が入隊したPOUMはトロツキー系の軍隊組織で、ある時期からソ連にとってファシスト軍以上に危険で「粛清」に値する対象とみなされるようになったとのこと(川端康雄『ジョージ・オーウェル』('20年/岩波新書))、要するに、戦争に行ったら後ろ(味方)から弾が飛んできたといった状況だったようです。

 ただし、第二次世界大戦中はソ連は連合国側であったため、英国において批判の対象とするのはタブーだったのが(作者はジャーナリストでもあったが、本書はスターリン体制下のソ連を直接的に取材して書いたものではないことも弱点とされた)、戦後、米ソ冷戦時代に入ってからは、「共産主義は全然ユートピアなんかじゃないよ」という反共キャンペーンに利用されるような形で全面解禁されたとのこと。従って、本はよく売れたものの、それは政治的な絡みで売れているのであって、そうした時期が過ぎれば忘れ去られるだろうとも思われていて、現代の様々な組織にも通用する普遍性があるにも関わらず、その当時はその点は看過されたようです(国際情勢に振り回された作品とも言える)。

ジョン・ハラス&ジョイ・バチュラー
動物農場 アニメ1.jpgジョン・ハラス.jpgジョイ・バチュラー.jpg 反共キャンペーンに利用された一例として、ジョン・ハラス(1912-1995)&ジョイ・バチュラー(1914-1991)監督により1954年にアニメ映画化されていますが(「ハラス&バチュラー」は1940~70年代にかけて、ヨーロッパで最大、かつ最も影響力のあるアニメーションスタジオだった)、この製作をCIAが支援していたことが後に明らかになっています。アニメ「動物農場」は結末が原作と異なっていて、原作では最後まで「非政治的」な「静観主義者」だったロバのベンジャミンが、ここでは親友のウマのボクサーがブタのナポレオンの陰謀によって悲惨な最期を遂げたのを契機に目覚め、リーダーとなって、外部の動物たちの援軍を得て反乱を起こし、ブタたちを退治するというハッピーエンドになっています。

動物農場 アニメ2.jpg動物農場 アニメ4.jpg ハッピーエンドにするのはいいのですが、やや全体的に粗かったかなあという印象で、明らかに大人向けの内容なのに、子どもに受けようとしたのか、動物たちが愛らしい動きを描いた場面がしばしば挿入されていて、そのわざとさしさから逆にCIAが背後にいるのを意識したりしてしまいます(笑)。ただし、宮崎駿監督などはその技術を高く評価していて、'08年、日本でのDVDの発売に先行して「三鷹ジブリ美術館」として配給し、全国各地で上映しています。また、ジョン・ハラスにはアニメーション技法についての多くの著作があり、宮崎駿監督もそれを参考書として読んだとのことです。

『アニマル・ファーム』.jpg)『アニマル・ファーム』obi.png また、漫画家の石ノ森章太郎(1938-1998)がこれを漫画化していて(『アニマル・ファーム』(「週刊少年マガジン」1970年8月23日第35号~9月13日第38号)、'70年初刊)、'18年にちくま文庫に収められています。文庫版は字が小さくて読みにくいとの声もありますが、原作の登場人物のセリフをそのまま引いてきているため、文字数が多くなってしまうことによるもので、原作へのリスペクトが感じられ、また、原作の雰囲気を掴む上でもこのセリフの活かし方は良いと思いました。

石ノ森 章太郎 『アニマル・ファーム』.jpg 最後の方だけ、ちょっと端折った感があったでしょうか。ちくま文庫同録の短編2編(「くだんのはは」「カラーン・コローン」)は要らなかったです。「アニマル・ファーム」のみ最後までしっかり描き切ってほしかったけれど、売れっ子漫画家がいくつか抱えている連載のうちの1つとして描いているので、なかなかそうはいかなかった事情があったのかもしれません。5回の連載でここまで盛り込めれば上出来とみなすべきなのかもしれません(アニメより密度が濃い)。

動物農場 (1954).jpg動物農場 アニメ3.jpg「動物農場」●原題:ANIMAL FARM●制作年:1954年●制作国:イギリス●監督・製作:ジョン・ハラス/ジョイ・バチュラー●製作製作プロデューサー:ルイ・ド・ロシュモン●脚本:ジョン・ハラス/ジョイ・バチュラー/フィリップ・スタップ/ロサー・ウォルフ●撮影:ディーン・カンディ●音楽:マティアス・サイバー●アニメーション:ジョン・F・リード●原作:ジョージ・オーウェル●時間:74分●日本公開:2008/12●配給:三鷹の森ジブリ美術館(評価:★★★)

【1972年文庫化[角川文庫(高畠文夫:訳)]/2009年再文庫化[岩波文庫(『動物農場: おとぎばなし』 川端康雄:訳)/2013年再文庫化[ちくま文庫(開高 健:訳)]/2017年再文庫化[ハヤカワepi文庫(山形浩生:訳)]】

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漫画化作品の中で群を抜く、近藤ようこ版「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」。

桜の森の満開の下 (岩波現代文庫).jpg 夜長姫と耳男 (岩波現代文庫).jpg 桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫).jpg  桜の森の満開の下・夜長姫と耳男 (ホーム社漫画文庫).jpg
桜の森の満開の下 (岩波現代文庫)』『夜長姫と耳男 (岩波現代文庫)』『桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)』(「夜長姫と耳男」所収)『桜の森の満開の下・夜長姫と耳男 (ホーム社漫画文庫)
桜の森の満開の下・白痴 他12篇 (岩波文庫)
桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫).jpg 主人公の山賊が住む鈴鹿の山奥には桜の木がたくさん茂っており、山賊はそれらに対し、理由がわからないまま不安を感じている。ある時、山道を非常に美しい女が通り、山賊は、女と一緒にいた旦那を殺して女を自分の妻にする。妻は都から来たもので、山での生活に何かと不平不満を言う。そして遂には山賊を都に連れて行き生活を始める。都での妻は大変楽しそうだった。山賊に頼んで獲ってきてもらった人の首で、ごっこあそびにふけっていた。対する山賊は次第に退屈になり、同時に妻に嫌気もさし始めたため、山へ帰ろうと決める。その旨を伝えると妻は連れて行ってくれと頼む。しかし妻は、一時ついていくものの、いずれまた都に連れ帰ってこようと考えていたのだ。山賊が妻を負ぶって山へ向かう道中、いつの間にか背中にいたのは鬼だった。襲われた山賊は鬼を殺す。しかしそこにあるのは鬼ではなく妻の死体だった。死体は桜の花びらへと変わり、孤独を知った山賊自らも花びらへと変わって消えてゆくのだった―。

桜の森の満開の下8.jpg 昭和22(1947)年6月、当時40歳の坂口安吾(1906-1955)が雑誌『肉体』創刊号に発表した短編小説「桜の森の満開の下」(さくらのもりのまんかいのした)は、坂口安吾代表作の一つで、「堕落論」と並んで読まれており、傑作と称されることの多い作品です。

 作品の魅力として、全体を通して情景の美しさが溢れるように感じられる点がありますが、これをビジュアル化するとなると、それぞれが既に抱いている美しいイメージがあるだけに、その期待に応えるのはなかなか難しいということになります。

 実際、多くの漫画家や画家が挑戦していますが、原作を読んで固有のイメージが出来てしまった人を満足させるものは少ないかと思います。画風が少女漫画風(BL系・ツンデレ系)になってしまっているものが多いせいもあるかと思います。

桜の森の満開の下 (ビッグコミックススペシャル).jpg そんな中、2009年に小学館のビッグコミックススペシャルとして刊行された近藤ようこ(1957年生まれ)氏の漫画化作品は、さすがベテランと言うか、比較的原作の雰囲気をよく伝えているように思いました。と言うより、相対比較で言えば、群を抜いていると言っていいかもしれません(このタッチが原作にフィットするとすれば、山岸涼子氏なども描けば結構いい線いくのではないか)。

桜の森の満開の下 (ビッグコミックススペシャル)』['09年]

 実は近藤氏が坂口安吾の作品で最初に漫画化したのは2008年の「夜長姫と耳男」で、近藤氏はその企画が決まった時、大好きな安吾を独り占めできるような気がして武者震いしたそうです。一番描きたいと思っていたのは、耳男が江奈子に耳を切られる場面と、高楼につるされた蛇の死体が揺れる場面だったそうで、これだけでも、「夜長姫と耳男」の原作が「桜の森の満開の下」に劣らず凄まじい話であることは窺えるかと思いますが、「桜の森の満開の下」のあらすじを書いてしまったので、「夜長姫と耳男」の方はここでは内容には触れないでおきます。
桜の森の満開の下 (立東舎 乙女の本棚)
桜の森の満開の下 (立東舎 乙女の本棚).jpg 近藤氏の漫画のほかに、立東舎の「乙女の本棚」シリーズで「桜の森の満開の下」の原文を全て載せた上でそれにカラーで絵をつける形での絵本化をしていますが('19年)、絵が、駆け出しの少女漫画家のパターンでこれも自分にとってはイマイチでした。

 同じ少女漫画風ならば、ホーム社漫画文庫の『コミック版 桜の森の満開の下・夜長姫と耳男』('10年)の方がまだ良かったかも。「桜の森の満開の下」の方の漫画は萩原玲二氏、「夜長姫と耳男」の方はタナカ☆コージ氏が描いています。漫画として割り切って読めば、1冊で両方の作品が読めるので、コスパ的にもますまずだったように思います。

 因みに、近藤氏の『桜の森の満開の下』『夜長姫と耳男』は共に2017年10月に岩波現代文庫のラインアップに加わっています(お堅い岩波もその実力を認めた!?)。

『桜の森の満開の下』...【2017年文庫化[岩波現代文庫]】/『夜長姫と耳男』...【2017年文庫化[岩波現代文庫]】

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伝記漫画の傑作。史実を追って丁寧。陰に1人の高校生の協力があった!

IMG_20201118_160831.jpg劇画ヒットラー (ちくま文庫).jpg 『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年).jpg
劇画ヒットラー (ちくま文庫)』['90年]『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年)

『劇画ヒットラー』2.jpg 第二次世界大戦末期のドイツ、ユダヤ人は絶滅収容所行きを逃れるために、屋根裏に隠れて生活していた。同じ頃、パリではレジスタンスの一員が逮捕され、レジスタンス内は密通者がいるのではないかと疑心暗鬼になっていた。それでもなお、ドイツ人は史上希なる独裁者となったアドルフ・ヒットラーに熱狂していた。なぜ、ヒットラーはこれほどにも強大な独裁者となりえたのだろうか―。

『劇画ヒットラー』_01.gif漫画サンデー 劇画 ヒットラー 伝.jpg 水木しげる(1922-2015/享年93)が、画家志望の青年アドルフ・ヒットラーが、いかに政治の道へ進み、独裁者から破滅へ至ったのかを描いた伝記作品。「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に1971(昭和46)年5月8日号から8月28日号まで連載され(連載時のタイトルは「20世紀の狂気ヒットラー」)、ヒットラーを善人とも悪人とも決めつけずに客観的かつユーモラスに描いているのが特徴で、伝記漫画の傑作とされています。

『劇画ヒットラー』_05.gif とにかく記述が史実を追って丁寧であり、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970(昭和45)年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、近藤勇の生涯を描いた『星をつかみそこねる男』もそうでしたが、緻密さはそれ以上と思われます。

 執筆にあたり、構成や資料収集を手伝う協力者・山田はじめがいましたが、ヒットラーに対する彼の考え方が作者は不満で、そこに協力を申し出たのが水木漫画ファンでナチス研究に没頭していた当時高校生の後藤修一(1952-2018)で、彼は小学2年生時からヒットラーに興味を抱いた市井のドイツ近現代史研究者であり、母校の文化祭用に作成した3時間にもわたるスライド・ドキュメンタリー「アドルフ・ヒトラー」を作者に見せる機会を得、これを見て感服した作者が200点以上の資料を彼から借り受け、さらに彼が作者宅に頻繁に通い協力したことで、歴史的事実に忠実で、登場人物の複雑な人間関係を丁寧に紹介した深い内容の作品へになったとのことです。

「ヒトラー~最期の12日間~」ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)
ヒトラー 最期の12日間 2005.jpg0ヒトラー 最期の12日間 011.jpg 特にラストの方の臨場感は圧巻で、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の「ヒトラー~最期の12日間~」('04年/ドイツ・オーストリア・イタリア)と比較してみるのもいいのではないでしょうか。あの映画は(個人的評価は★★★★)、ヨアヒム・フェストによる同名の研究書『ヒトラー 最期の12日間』('05年/岩波書店)、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)が土台となっていましたが、戦局面で追い詰められたヒットラーの狂気を端的に描いていました。一方、この水木版は、劇画のメリットを生かし、情報量が映画を上回るものとなっているように思われ、さらに、ヒットラーのキャラクターにしても、単なる狂人としては描いていません。

 終盤部分だけでなく、ヒットラーの無名時代や彼が政界で台頭していく過程の描き方もいいです。こうしてみると、ヒットラーは、演説が禁止されていたり、政治犯として収監されていたり時期は自らの勢力を減じているけれども、演説の禁止や囚われを解かれると、すぐに遊説して各地の勢力図をヒットラー色に塗り替えていったことが分かり、その演説の力は凄かったのだなあと改めて思いました。

NHK・BS1スペシャル「独裁者ヒトラー 演説の魔力」2020年8月14日再放送
独裁者ヒトラー 演説の魔力1.jpg独裁者ヒトラー 演説の魔力2.jpg ちょうど今年['20年]の8月にNHK・BS1スペシャルで「独裁者ヒトラー 演説の魔力」という番組を放送しており、実際にヒットラー演説を聞いた人々をドイツ各地に訪ね、さらに150万語のビッグデータを分析してその人を惹きつける演説のドナルド・トランプ演説.jpg秘密を探る番組がありました。この中で驚いたのは、番組における「証言者」たる演説を聞いた人々(多くは80歳代後半乃至90歳代で、中には100歳を超える人もいた)のほとんど誰もが、当時ヒットラーの演説に気分が高揚し、好きなロックスターのライブ会場にいるような恍惚感さえ味わったことを、特に臆することなく、むしろ懐かしむように(その身振りを真似るなどして)語っていたことでした(「生演説こそが命」であるというのは、現代で言えば、先の米大統領選の候補者同士の討論会で生の公開討論を望み、リモート討論を拒否したドナルド・トランプがそれに当て嵌まるかも)。

photo_1.jpg NHKは、BSプレミアムで一昨年['18年]から再放送している「映像の世紀プレミアム」シリーズの第18集として、「ナチス狂気の集団」というのを12月12日(土)に放送するようなので(これは今年12月の放送が初放送になる)、これも観なくてはなりません(同シリーズ第9集「独裁者3人の狂気」も良かった。「映像の世紀」は過去に放映されソフト化されているものの中にも「NHKスペシャル 映像の世紀 第4集 ヒトラーの野望」などヒットラー関係の良作が多い)。

NHK・BSプレミアム「映像の世紀プレミアム」第9集「独裁者3人の狂気」2020年8月15日再放送

《読書MEMO》
●NHK BSプレミアム 2018/06/16 「映像の世紀プレミアム 第9集「独裁者 3人の"狂気"」
「 映像の世紀プレミアム  独裁者 3人の

●単行本
『劇画ヒットラー』(実業之日本社、1972年)
『ヒットラー 世紀の独裁者』(講談社、1985年4月)
『豪華愛蔵版 コミック ヒットラー』(講談社、1989年9月)
『復刻版 劇画ヒットラー』(実業之日本社、2003年2月)
『ヒットラー』(世界文化社、2005年8月)
『ヒットラー 水木しげる傑作選』(世界文化社、2012年8月)
『20世紀の狂気 ヒットラー 他』(講談社〈水木しげる漫画大全集〉、2015年11月)

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主人公はトッペイだが、本当の主人公はロックか。複雑な性質の「現代悪」を体現。

IMG_20201107_035731.jpgバンパイヤ 秋田書店 初版.jpg
『バンパイヤ (全3巻)』['68年・'72年/秋田書店・サンデーコミックス]

バンパイヤ  手塚ド.jpgバンパイヤ サンデー.jpg 「週刊少年サンデー」(小学館)及び「少年ブック」(集英社)に連載された手塚治虫の漫画作品で、普段は人間の姿をしているのに、ふとした時に異形へと変身を果たしてしまう種族・バンパイヤを描いたもの。手塚作品の特徴の一つである、メタモルフォーゼを取り上げた代表的な作品の一つです。

20190824バンパイヤ.jpgバンパイヤ 秋田書店 88年版.jpg少年サンデー バンパイヤ新連載号(1966年23号).jpg 第1部は「週刊少年サンデー」にて'66(昭和41)年6月12日号(第23号)から'67(昭和42)年5月7日号(第19号)まで連載され手塚治虫本人がこれまでになく重要な登場人物となっています。第2部は、テレビドラマ放映開始時に、「少年ブック」にて'68(昭和43)年10月号から'69(昭和44)年4月号まで連載されましたが、掲載誌の休刊により未完に終わっています(サンデーコミックス初版で全3巻、手塚治虫漫画全集、サンデーコミックス'88年版で全4巻)。

 第1部は、主人公の少年である立花特平(通称トッペイ)と、その弟チッペイ、バンパイヤを利用して世界制覇を目論む冷酷な少年・間久部緑郎(ロッIMG_20201107_035652.jpgク)を軸に、それらにトッペイの父・立花博士の助手だった女性バンパイヤで「日本バンパイヤ革命委員会」東京支部長の岩根山ルリ子なども絡んで話が展開していきますが、「間久部緑郎」の名から窺えるように、シェイクスピマクベス改版 角川文庫クラシックス.jpgアの「マクベス」がモチーフとなっています(同時にロックは、多くの手塚作品に登場するレギュラー・キャラクターでもある)。したがって、ロックは、知的な判断力を持ちながら、一方で、「マクベス」の"3人の魔女"に相当する"3人の占い師"に自分の行く末を占わせたりしています。ロックは占い師たちに、「あんたは、人間にゃやられないよ」と言われますが、これは「女から生まれた者には殺されない」と言われたマクベスと同じで、さらにロックは、「人間でないものにもやられない」と言われます(裏を返せば、「人間」でも「人間でないもの」でもない、「変身中のバンパイヤ」がロックの天敵となることになる)。

iバンパイヤ 第2部.jpg 第1部のラストでロックの野望は絶たれますが、ロック自身がが滅んだわけではなく、第2部にも彼は登場します。ここでは、江戸時代に現れた化け猫(ウェコ)の逸話や、インドの山猫少年の話(正体は人間の姿になったウェコ)など、オムニバス形式のようなエピソードを挟んで、ウェコとロックの出会いやトッペイとウェコの出会いなどがあざ縄をなうように描かれます。ただし、前述の通り、残念ながら未完に終わっています。

 気になるのは、ルリ子がロックも実は自分たちと同じバンパイヤではないかと言っていることで、おそらくそうなのでしょうが、それがどのような形で明かされるのかが未完のため分かりません。第2部に入って話を拡げ過ぎた印象もありますが、講談社版「手塚治虫漫画全集」刊行の際、最終回配本として、編集部側が「新宝島」の収録を主張したのに対し、作者は、書下ろしの話題作として「バンパイヤ」の完結編を加えることを主張したとのことなので、構想はあったのではないかと思われます(最終的には編集部に押し切られたという)。

 個人的は、やはり、第1部の印象が非常に強く、手塚治虫氏がロックを追いかけてタクシーで東京から山口県の秋吉台に行くところなどは、はらはらしながらも、タクシー代どれくらいかかったのかなあと思いながら読んだ記憶があります。第2部は、話が入り組んでいて、しかも未完であるし、やや印象が薄いでしょうか。

バンパイヤ  テレビ.jpg水谷豊.png テレビ版「バンパイヤ」('68年/フジテレビ、全26話)は、実写とアニメの合成作品で、バンパイヤの変身シーンや変身後の動物になった姿はアニメーションで描いています。トッペイ・チッペイ兄弟の兄トッペイを演じたのは水谷豊('52年生まれ)で、これが事実上のデビュー作であり、そのほかに、渡辺文雄や戸浦六宏といった俳優が出ていました。

バンパイヤ   西郷.jpgバンパイヤ 手塚コメント.jpg ただ、原作には、ロックの同郷の馴染みで、ロックにとっては唯一無二の親友にして、唯一の頭が上がらない相手でもある西郷風介というキャラクターが出てきますが、テレビ版では割愛されています。ロックの人間的一面(それが彼自身の野望の実現には障害にもなるのだが)を示す重要な役回りだったのですが...。

 秋田書店の「サンデーコミック」の表紙カバー見返しで、作者自身は、「バンパイヤは、わたしの恐怖三部作の第一作目にあたります」とし、「第一作を現代物、第二作を品を時代物、第三作を未来物に設定し、この第一作を今までの手塚マンガのカラーからぬけだす糸にしたいと思います」と述べています(因みに、第二作は時代物の「どろろ」で、第三作は直接該当する作は無いのではないかとされている。「手塚マンガのカラーからぬけだす」という意味では、岩根山ルリ子が狼に変身する場面は、手塚作品では初めて女性のヌードが描かれたものであるらしい(鳴海 丈『「萌え」の起源』('09年/PHP新書)))。また、シェイクスピアの「マクベス」が作品の骨組みであることを明かし、「マクベスに、バイタリティーにあふれた現代悪の権化を見る気がします」とも述べていて、それを仮託したのがロックこと間久部緑郎であると。作者はそれにしては第1部のラストが弱いとも自分で言っていますが、同時に、第2部でもロックは姿を見せることを予告しています。

バンパイヤ  rokku.jpg こうして見ていくと、この作品のモチーフはメタモルフォーゼで主人公はトッペイですが、本当の主人公はロックなのかもしれません。彼が具現する「現代悪」は、時に魅力的であったりもします(西郷風介には頭が上がらないといった弱みも含め)。ロックは自分の利益のために他者を利用しますが、主要な登場キャラもまた、彼を頼りにしたり利用したりするわけで、そこが作者の描く「現代悪」の複雑な側面と思われます。テレビ版「バンパイヤ」では、バンパイヤたちが人間と早々に和解し、手を組んでロックと対決するというシンプルな勧善懲悪のストーリーに改変されていて、この辺りは、手塚作品の持つ「毒」を描き切れないテレビの限界でしょうか。まあ、テレビは児童向けなので仕方がないと思いますが、言い換えれば、原作には大人でも考えさせられる要素があるということかもしれません。

ソノシート(朝日ソノラマ) 林 光(1931-2012.1.5)
バンパイヤ ソノシート.jpg林光.jpgバンパイヤ 水谷豊.png「バンパイヤ」●演出:山田健/菊地靖守●制作:疋島孝雄/西村幹雄●脚本:山浦弘靖/辻真先/藤波敏郎/久谷新/安藤豊弘/雪室俊一/中西隆三/宮下教雄/今村文人/三芳加也/石郷岡豪●音楽:司一郎/林光●原作:手塚治虫●出演:水谷豊/佐藤博/渡辺文雄/戸浦六バンパイヤ 水谷豊2.jpg宏/山本善朗/左ト全/上田吉二郎/岩下浩/平松淑美/鳳里砂/嘉手納清美/桐生かおる/市川ふさえ/館敬介/中原茂男/原泉/日高ゆりえ/本間文子/手塚治虫●放映:1968/10~1969/03(全26回)●放送局:フジテレビ

嘉手納清美(岩根山ルリ子)/「バンパイヤ」テーマソング
バンパイヤ 嘉手納清美.jpg 
原泉/日高ゆりえ/本間文子(三妖婆)     変身シーン
バンパイヤ tv 魔女.png 
戸浦六宏(熱海教授)/渡辺文雄(森村記者)
「バンパイヤ」戸浦六宏.jpg 「バンパイヤ」渡辺文雄0111.jpg

【1968・1972年コミック本[秋田書店・サンデーコミックス(全3巻)]/1979年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(全3巻)]/1988コミック本[秋田書店・サンデーコミックス(全4巻)]/1992年コミック本[秋田書店・手塚治虫傑作選集(全2巻)]/1995年再文庫化[秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka(全3巻)]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集(全2巻)]】

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うつ病の原因、症状も多様だが、抜け方は人それぞれ。でも、共通項も。

うつヌケド.jpgうつヌケ.jpg うつぬけges.jpg
うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』['17年]

うつぬけロード.jpg 自身もうつ病を患い、快復した経験をもつ漫画家が、同じ"うつトンネルを抜けた"経験者たちにインタビューを重ねた、それを漫画にしたものです。以前に細川貂々氏の『ツレがうつになりまして。』('06年/幻冬舎)を読みましたが、あっちは配偶者がうつ病になったのに対し、こっちは本人です(自身のこと描いているという点で、系譜としては、昨年['19年]10月に亡くなった吾妻ひでお氏の『失踪日記』('05年/イーストプレス)、『アル中病棟―失踪日記2』('13年/イーストプレス)や、統合失調症の漫画家・卯月妙子氏の『人間仮免中』('12年/イースト・プレス) に近いか)。
うつヌケ2.jpg
 最初に著者自身の「うつ」体験が紹介されており、サラリーマンと漫画家との二足の草鞋で忙しく働いていた著者は、転職を契機ににうつ病に罹ってしまい、医者の「貴方のうつ病は一生もの」との言葉に不信感を抱き、勝手に服薬をやめたり、医者を転々としたりしてますます悪化したとのこと、トンネル脱出のきっかけは、コンビニで見つけた文庫本で、うつ病に罹った精神科医が書いたエッセイだったとのことです。著者は再発と回復を繰り返しながらも、自分の場合は気温の変化が引き金でうつ病になることに気づき、「うつはそのうち完全に治る」と実感するに至りますが、ここまではいわば序章で、以下、著者が会って聞いた、さまざまな人の「うつヌケ」体験談が続きます。

 登場するのは大槻ケンヂ、宮内悠介、佐々木忠、まついなつき(今年['20年]1月に脳梗塞で亡くなったなあ)、内田樹、一色伸幸といった有名人から、OL、編集者、教師と多様な顔ぶれで、こういう人もうつ病になったことがあるのだなあと思わされるし、また、うつ病の症状は人によって様々であり、そこから抜ける契機も人によって様々だなあと改めて思わされました。一方で、個々の「うつヌケ」体験をより大きな括りとして捉えると、そこに共通項も見えてくるように思いました。

 著者は後にインタビューで「漫画のもつ抽象化や擬人化の効果を今回は最大限に使いました。うつヌケした時って本当にモノクロの世界がぱーっと色を取り戻すような感覚なんです」と述べています。

 漫画の特性が活かされて、わかりやすい「うつヌケ」の体験談集になっているっように思われ、本書はベストセラーとなり、一昨年['18年]にはココリコ・田中直樹主演でHulu配信のネットドラマにもなりました。

 本書に関するAmazon.comのレビューなどを見ても高い評価のものが多いですが、ベストセラーの常で、だんだん批判的なレビューも増えてきて、最後は星3つくらいになってしまう...(ただし、本書は、自分がチェックした時点では星4つをキープしていた)。

 批判の1つに、症例が自分に当て嵌まるものがないので役に立たないというのがありましたが、思うにこれは、本書に出てくるいろいろな人たちの症例の多様さからすると、うつ病の症状はそもそも一人一人に固有のものであって、全く同じものは無いという前提に立ち、その中で、何らかの敷衍化することで、自分に応用が可能なものを見出していくしかないのではないかという気がします。これは"考え方"の問題で、先に述べた、「うつヌケ」体験をより大きな括りとして捉えるというのも同じです。

 また、有名人が多く紹介されていることから事前に予想された批判ですが、彼らはもともとアーティストや作家としての特殊な能力を持っている人たちで、その才能があったからこそうつ抜け出来たのであって、そういう才能がない凡人たる自分には参考にならないというものです。自分などは、第一線で活躍している人もかつてうつ病だった時があった、或いは、今もうつと付き合いながら創作活動や社会生活を送っていると思えば、" 元気の素"になりそうな気もするのですが、逆の捉え方をされることもあるのだなあと思いました。これは"考え方"の問題というより"気持ち"の問題であるように思われ、当事者の気持ちにまでは踏み込めないので、これ以上のコメントは差し控えます。

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「大河」の予習が1時間で出来る? 謀反の理由は"概ね"「信長非道阻止説」か。

明智光秀.jpg   金栗四三.jpg 小学館学習まんが人物館 加納 2016.jpg 小学館学習まんが人物館 真田 2016.jpg 小学館井伊直虎の城 2016 .jpg
明智光秀 (小学館版学習まんが人物館)』['19年]『金栗四三 (小学館版 学習まんが人物館)』['18年]『嘉納治五郎 (小学館版学習まんが人物館)』['18年]『真田幸村 (小学館版学習まんが人物館)』['16年]『井伊直虎の城: 今川・武田・徳川との城取り合戦』['16年]
(左から)西村まさ彦、沢尻エリカ、本木雅弘、長谷川博己、門脇麦、
堺正章(2019.6.4 屋代尚則氏撮影)衣装デザイン:黒澤和子
来年の大河「麒麟がくる」.jpg 1996年から刊行されている小学館版の「学習まんが人物館」シリーズの1冊ですが(№66)、来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀の生涯を描いたものであるとのことに合わせての刊行と言えます。因みにこのシリーズでは、今年['19年の]のNHKの大河ドラマ「いだてん」に合わせて、№58『嘉納治五郎』('18年6月刊)、№59『金栗四三』('18年12月刊)が刊行されているほか、'16年の大河ドラマ「真田丸」に合わせて№49『真田幸村』('16年3月刊)が刊行されたりしています(同じ小学館の別のシリーズだが、'17年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」に合わせて『井伊直虎の城:今川・武田・徳川との城取り合戦』('16年11月刊)も刊行されている)。

 ストーリー漫画の体裁をとるシリーズの特徴に沿って、全体は、第1章が「織田信長との出会い」、第2章が「裏切りの戦国の世」、第3章が「一国一城主へ」、第4章が「魔王の家臣として」、第5章が「本能寺の変」というように時系列の流れになっていて、たいへん読みやすく(「大河」の予習が1時間で出来る?)、明智光秀は勿論「いい人」として描かれています(「福知山」の名付け親でもある明智光秀は、丹波では今も愛されているが、領民と一緒に土方仕事までやったとなると、ちょっと作り過ぎか?)

明智光秀 php.jpg小和田哲男.jpg 監修は、大河ドラマ「麒麟がくる」の時代考証を担当している小和田哲男氏であり、同氏の『明智光秀―つくられた「謀反人」』('98年/PHP新書)などを読めば分かりますが、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」(光秀が信長の悪政・横暴を阻止しようとしたという説)を提唱しています。そして、本書も"概ね"その流れで描かれています(「麒麟がくる」もほぼ間違いなくその方向だろうなあ)。

 ただ、巻末の解説で、光秀謀反の動機についての論争の歴史が簡単に書かれていて、以前は「怨恨説」が主流で、そのほかに「天下取りの野望説」などもあったのが、やがて研究者の間で「黒幕説」が浮上し、朝廷、足利義昭、イエズス会などさまざまな黒幕が言われたものの、その黒幕説も最近では減ったのではないかと。代わって注目されてきているのが「四国問題説」(長宗我部元親関与説)で、ほかには「信長非道阻止説」があると(ここでやっと"自説"が登場)しています。

 自説を開陳する場ではないと心得ているのか意外と控えめですが、ただ、漫画のストーリーは"概ね"「信長非道阻止説」だったように思います。"概ね"と言うのは、「四国問題」が結構キーポイントになったような描かれ方もしていたりしたためです。

 さらに信長が光秀を手打ちにする場面もあったりして(これだと「怨恨説」も有りになる)、出典の説明が「江戸時代に書かれたある書物には」としかありませんが、これって『続武者物語』でしょうか? 後世に成立しているため信憑性に著しく欠けるとされるもので、後世の人達がなぜ光秀が信長を裏切ったのか理解できず、そこで「信長に仕打ちを受けた光秀が、激しい憎悪から信長を殺害した」という、分かりやすいストーリーを作り上げたのではないかとされているものです。

 また、謀反の直前に愛宕山で行われた連歌の会(愛宕百韻)で、「ときは今 あめが下知る 五月かな」という天下取りを仄めかすような意味深な歌(発句)を詠んだ場面も出てきます(光秀の息子が訝ってその意に気づく)が、下に(注)として「情景を詠んだだけで、天下を取ろうという意志を込めてはいなかったとも言われている」とあります。謀反の直前に公けの場でわざわざそれを暗示するような言動をとることは考えにくく、小和田哲男氏の考えもこの(注)の見方に近かったのではなかったかなあ。

麒麟がくる 出演者発表.jpg とまれ、漫画同様いろいろと「絵的」に観る側を引き込むような話を(真偽のほどはともかく)ドラマでも織り込んでいくのでしょう。でも、漫画はこうして注釈をつけることで諸説あることが説明できるけれど、ドラマの場合はどうするのだろう? まあ、「大河」が歴史的にほぼあり得なかったようなことをしばしば"再現"してみせるのは、今に始まった話ではありませんが。それより、準主役級の帰蝶役の沢尻エリカが先月['19年11月]、麻薬取締法違反の容疑で逮捕され、川口春奈を代役として撮り直しているとのことで、こちらの方がむしろ前代未聞の事態であり、何かとたいへんそうです。 左端:沢尻エリカ(2019.3.8)

《読書MEMO》
●2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(全44話)。
麒麟がくる 1.jpg麒麟がくる6.jpg夏目漱石の妻2016.jpg 大河ドラマ59作目。「夏目漱石の妻」('16年/NHK、主演:尾野真千子/長谷川博己)、「破獄」('17年/テレビ東京、主演:ビートたけし)の脚本家・池端俊策氏によるオリジナル脚本で、沢尻エリカの逮捕による降板のための再撮影で、2週間遅れで1月19日にスタート、さらに新型コロナウイルスの影響により、途中約3カ月「麒麟がくる」図2.jpgの撮影&放送休止を挟み、1~12月の暦年制としては史上初の越年放送となったが、当初予定の44回分を放映。平均視聴率は関東地区・関西地区とも14.4%で、大河ドラマ初の1桁台を記録し過去最低だった2019年の「いだてん」を大幅に上回わり、「本能寺の変」を扱った最終回の視聴率は関東18.4%、関西18.2%までいった。因みに、堺正章が「架空人物の会」という会を起ち上げ、門脇麦、岡村隆史に「我々は、いつだって消えてなくなっちゃう役なんだから頑張って爪痕を残さないとダメですよ」と言い含めたという楽屋ネタがあるが、堺正章が演じた医師・東庵には、曲直瀬道三(まなせ どうさん)という実在のモデルがいる。

長谷川博巳(明智光秀)
麒麟がくる aketi.jpg【感想】 時代考証担当は小和田哲男氏であり、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」が展開されるこ麒麟がくる 最終回.jpgとは、明智光秀を主役とした初めての大河ドラマであることからも既定路線であったように思う。最近、光秀自身は本能寺には行かなかったという説が浮上しているが、この説はドラマではもちろん採用していない。また、光秀が山崎のに敗れたことも、その後落ち武者狩りで殺害されたことも映像化しておらず、本能寺の変のあと話はいきなり3年後に飛び、実は「明智光秀は生きながらえたのかもしれない」と思わせもする終わり方になっていた。

染谷将太(織田信長)
麒麟がくる nobunaga.jpg 関心をひいたのは、光秀が信長に反旗を翻した要因として、この漫画版同様に「四国問題」における考え方の違いにも触れてはいるものの、本能寺の変の主たる原因は、信長が光秀に「将軍・足利義輝の殺害命令」を下したことにあるという解釈になっていた点で、いくつも説がある謀反の理由の一つに「将軍黒幕説(「鞆幕府推戴説」)」というのもあるが(藤田達生氏など)、これはむしろ「信長非道麒麟がくる nonunaga mistuhide.jpg阻止説」をさらに具体化したものと言えるだろう(「信長非道阻止説」に沿ってドラマ作りするにしても、何か具体的な"非道行為"を示さないと訴求力が弱いとみてこうなったのではないか)。染谷将太演じる信長が、本能寺にいる自分を襲った相手が光秀であると知ったとき、やはりそうかと納得している風なのが、今回のドラマの特徴を象徴している。つまり、その時の信長は、「光秀は自分ではなく将軍の方を選んだのだ」と悟ったということ。全体として、そうした信長と光秀の関係を描いたドラマだったので、山崎の戦いなどは描かず、「信長が亡くなったところで終わり」ということになったのだろう。

眞島秀和(細川藤孝)/佐々木蔵之介(羽柴秀吉)
麒麟がくる 細川藤孝.jpg麒麟がくる 秀吉.jpg もう一つドラマで特徴的だったのは、本能寺の変の二日前くらいに佐々木蔵之介演じる羽柴秀吉に届いた、眞島秀和演じる細川藤孝(本能寺の変の際、上役であり、親戚でもあった光秀の再三の参戦要請を断っている)の手紙によって「秀吉は事前に光秀の謀反を察知していた」とされている点で、そういう俗説はあるものの、事実として歴史には残る話ではなく、これは「明智光秀は生きながらえた」説と同じく、「遊び」のひとつではないか。秀吉が本能寺の変後、すさまじい勢いで京都へ戻り、光秀軍を破る所謂「中国大返し」の行程には無理があると推論されたりし、このような説が生まれやすくなっているが、「中国大返し」の行程は必ずしも非現実的なものではなかった―というのが近年の有力説である。

  
麒麟がくる 2020-2021.jpg「麒麟がくる」op.jpg「麒麟がくる」●脚本:池端俊策/前川洋一/岩本真耶●演出:大原拓/一色隆司/佐々木善春/深川貴志●時代考証:小和田哲男●音楽:ジョン・グラム●衣装デザイン:黒澤和子●出演:長谷川博巳/(以下五十音順)芦田愛菜/安藤政信/石川さゆり/石橋凌/石橋蓮司/板垣瑞生/伊藤英明/井上瑞稀/伊吹吾郎/今井翼/上杉祥三/榎木孝明/岡村隆史/尾野真千子/尾美としのり/風間俊介/片岡愛之助/片岡鶴太郎/加藤清史郎/門脇麦/金子ノブアキ/川口春奈/木村文乃/銀粉蝶/国広富之/小籔千豊/堺正章/佐々木蔵之介/春風亭小朝/陣内孝則/須賀貴匡/染谷将太/高橋克典/滝藤賢一/谷原章介/檀れい/徳重聡/西村まさ彦/濱麒麟がくる 本木雅弘.jpg石橋蓮司・銀粉蝶 麒麟が来る.jpg田岳/坂東玉三郎/ベンガル/本郷奏多/眞島秀和/真野響子/間宮祥太朗/南果歩/向井理/村田雄浩/本木雅弘/山路和弘/ユースケ・サンタマリア/吉田鋼太郎/(ナレーター)市川海老蔵●放映:2020/01~2021/01(全44回)●放送局:NHK
本木雅弘(斎藤道三)/銀粉蝶(羽柴秀吉の母・なか)石橋蓮司(大納言・三条西実澄)

NHK-BSプレミアム特番「本能寺の変サミット2020」2020年1月1日(水) 午後7:00~午後9:00(120分)
本能寺の変サミット2020.jpg

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挿画家・小松崎茂としては珍しい「まんが形式による絵物語」(第1巻のみ)。

宇宙少年隊 (空想科学冒険絵巻小松崎茂絵物語)0.jpg
宇宙少年隊 小松崎_0108.JPG
宇宙少年隊 (空想科学冒険絵巻小松崎茂絵物語)』['13年/復刊ドットコム]

宇宙少年隊 小松崎_0106.JPG 挿画家・小松崎茂の 「空想科学冒険絵巻」の復刻版(全5巻)の第1巻で、1957(昭和32)年に雑誌「少年」に連載された「宇宙少年隊」の「怪人スターマン」編(1月号~6月号連載・全6回)と「海魔ダイラ」編(7月号~12月号・全6回)を所収しています。因みに、第2巻は、1953(昭和28)年から翌年にかけて雑誌「おもしろブック」に連載された「海底王国」(全14回)を、第3巻は、1955(昭和30)年に同誌に連載された「銀河Z団」(全9回)を、第4巻は、1955年から翌々年にかけて「少年」に連載された「大暗黒星雲」(全14話)を、第5巻は、1953(昭和28)年から翌年にかけて雑誌「少年クラブ」に連載された「二十一世紀人」(全14話)を収めていますが、第2巻から第5巻がその名の通り"絵物語"形式なのに対し、この第1巻の「宇宙少年隊」は、コマ割りされ、絵と吹き出しセリフが一体になった「まんが形式による絵物語」となっています(一部、コマ枠外のト書によってストーリーを進めている)。

宇宙少年隊 小松崎_0115.JPG 第1巻「宇宙少年隊」の「怪人スターマン」編は、宇宙少年隊の隊員の和夫と輝彦が、地球侵略を図る遊星ロン宇宙少年隊 小松崎_0111.JPGドゴンの宇宙人の攻撃によって窮地に追い込まれると、いきなり月に住んでいるという"怪人スターマン"が「正義の味方」(自分でそう名乗った)として現れて少年たちを助けてくれ、さらには、少年たちが川で獲ってきたエビガニが「前世紀の怪物」に化けるが、これもロンドゴン星人の仕業で、この放射能で育ったらしいガデスという怪物(前世紀だってこんな生物はいなかったと思うが)も、少年たちがスターマンを呼んで倒してもらうというもの。全部スターマンに負んぶに抱っこですが、スターマンが東海村の原子力研究所に行き、ニュートロンを貰って中性子弾で怪獣を倒すところが、一応、人間とスターマンが協力し合っていることになるのかも。

宇宙少年隊 小松崎_01142.JPG もう一つの「海魔ダイラ」編(原作:木村吉宏)は、少年たちが夏休み旅行で伊豆大島に船で行く途中、突如巨大な宇宙少年隊 小松崎_0113.JPGクラゲの怪物が現れて船を襲い、このダイラと名付けられた怪獣は鋼鉄を喰い荒らす魔物で、原水爆実験で生まれたことがわかり、博士(絶対この手の話に「博士」は出てくる)の助言により、最後はストロンチウム90を撃ち込んで倒すというもの(これもまた毒には毒をもって制すということか)。最後は、「世界は平和をとりもどしたが、原水爆実験がつづく限り不幸な事件はたえないだろう」という博士セリフで終わります(「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)よりずっと以前に「クラゲ怪獣」がいたということか)。

手塚治虫「銀河少年」(昭和28-29年)
銀河少年 手塚.jpg手塚治虫3.jpg 挟み込みの解説によると、漫画家・手塚治虫が昭和28年から29年にか手塚治虫漫画全集未収録作品集(1).jpgけて正調絵物語として「銀河少年」を連載しており、同じようなモチーフで、漫画家と挿絵画家の仕事が入れ替わったようにも見えて興味深いです。ただし、「銀河少年」の方は、途中から「絵ものがたり」の看板を外してコマ割り漫画に移行してしまい、しかも前篇だけで連載終了、後篇は描かれませんでした(国書刊行会から復刻版が出されているほか、『手塚治虫漫画全集未収録作品集①-手塚治虫文庫全集194』('12年/講談社)でも読むことができる。途中で打ち切られ未完のため、「手塚治虫漫画全集」(全400巻)には収録されなかった)。解説でも触れられていますが、小松崎茂は「手塚治虫の絵物語時代」が到来するのではないかと心配していたかもしれません。

 因みに、第2巻の「海底王国」は、H・R・ハガードの小説『洞窟の女王』及びその映画化作品の影響を受けていて、手塚治虫の『ジャングル魔境』もこれに影響を受けています。一方、第3巻の「銀河Z団」は、アンソニー・ホープの『ゼンダ城の虜』の影響を受けていて、手塚治虫の『ナスビ女王』もこれに影響を受けています。また、「銀河Z団」は、手塚治虫の(後に『鉄腕アトム』となる)『アトム大使』の影響も受けているそうで、小松崎茂と手塚治虫が結構"近接"していた時期があったのだなあと。小松崎茂は、自分たちの「絵物語」はやがて衰退して「まんが」にとって代わられ、その「まんが」の旗手が手塚治虫だと考えていたようですが、その予測は当たったと言えます。

宇宙怪獣ドゴラ .jpg 本書を呼んでも、コマ割りながらも絵は迫力があるものの、ストーリーはちょとどうかな(やや破綻気味?)と思う面もありますが、エディトリアルデザイナーのほうとうひろし氏は、手塚治虫のアトムのロボット漫画で快進撃中だった「少年」編集部から(手塚作品とバッティングしないように?)過剰な介入があったのではないかと推察しています。そのためか、小松崎茂自身も当時落ち込みが激しく、そこへ「あなたの絵と絵コンテが欲しい」と自宅に直談判に来たのがあの特撮監督の円谷英二で、この二人の思いが「地球防衛軍」('57年/東宝)として結実したとのこと。そう言えば「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)のドゴラも、『少年サンデー』の怪獣絵物語用に小松崎茂がデザインした怪物のイラストを円谷英二が立体化したものとのことです。

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教養主義へについての議論はあるが、今日に通じる話として読める普遍性がある。

君たちはどう生きるか Mh_.jpg 君たちはどう生きるか  岩波文庫.jpg 君たちはどう生きるか  ワイド.jpg 君たちはどう生きるか (ポプラポケット文庫 日本の名作).jpg 君たちはどう生きるか  マンガ.jpg
君たちはどう生きるか』『文庫 君たちはどう生きるか (岩波文庫)』『君たちはどう生きるか (ワイド版 岩波文庫)』『君たちはどう生きるか (ポプラポケット文庫 日本の名作)』『漫画 君たちはどう生きるか
君たちはどう生きるか_01.jpg 旧制中学二年の主人公のコペル君こと本田潤一は、学業優秀でスポーツも卒なくこなし、いたずらが過ぎるために級長にこそなれないがある程度の人望はある。父親は亡くなるまで銀行の重役で、家には女中が1人いる。コペル君は友人たちと学校生活を送るなかで、さまざまな出来事を経験し、大きな苦悩に直面したりしながらも、叔父さんをはじめ周囲の導きのもと成長していく―。

吉野源三郎.jpgNHK「おはよう日本 けさのクローズアップ~『君たちはどう生きるか』 いま"大人たち"が読む理由」(2017年11月26日(日))
君たちはどう生きるか 岩波文庫.jpg 作者の吉野源三郎(1899-1981)は、編集者・児童文学者・評論家・翻訳家・反戦運動家・ジャーナリストなどの肩書があった人で、岩波新書の創刊(1938年)に携わり、雑誌「世界」の初代編集長なども務めた人物です。本書は1937年8月に山本有三編「日本少国民文庫」の第5巻として刊行された本で、80年の年月を経て2017年下半期にいきなりブームになりました。『日本少国民文庫』の最終刊として編纂者・山本有三が自ら執筆する予定だったのが、病身のため代わって作者が筆をとることになったとされていますが、『路傍の石』で知られる山本有三の教養主義小説(ビルディングスロマン)の系譜を引いている印象があり、苦難を乗り越えて立派な人間になるという主人公の意思の表出は、下村湖人などの作品にも通じるように感じました。

君たちはどう生きるか クロ現代01.jpgNHK「クローズアップ現代~2018 新たな時代へ "君たちはどう生きるか"」(2018年1月9日(火))

君たちはどう生きるか クロ現代20.jpg NHKの「おはよう日本」や「クローズアップ現代」などでも取り上げられて、読む前から話題沸騰といった感じでした。ただ、個人的には、作中で主人公の友人で進歩主義の姉が英雄的精神を強調する場面があるとか、特攻隊員だった若者が出陣前に本書を愛読していたとか聞いていてちょっと敬遠していた面もありましたが、今回のブームを機に実際に読んでみると、各章の後に、その日の話をコペル君から聞いた叔父さんがコペル君に書いたノートという体裁で、ものの見方や社会の構造・関係性といったテーマが語られる構成になっていて、件(くだん)の主人公の友人の姉が登場する章では、叔父さんは「人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ」という、バランスのとれたコメントをしていました。

 むしろ、その前の、「世間には、悪い人ばかりではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が少なくない」というコメントに象徴される、やや"上から目線"的な点が気になるでしょうか。作者は、本書はもともと文学作品として構想されたものではなく、倫理についての本として書かれた(岩波文庫版あとがき)としていますが、『グロテスクな教養』('05年/ちくま新書)などの著者のある高田里惠子氏によれば、本書は、教養主義の絶頂期にあった旧制中学校の生徒に向けて書かれた教養論でもあるとのこと。官立旧制中学の代表格であった東京高師附属中学校(現・筑波大附属中・高)出身の著者により描かれた主人公たちの恵まれた家庭環境や高い「社会階級」に注目し、本書が「君たち」と呼びかける、主体的な生き方のできる(つまり教養ある)人間が、当時は数の限られた特権的な男子であったことを指摘しています。

0『君たちはどう生きるか』.jpg そう言えば、NHK-Eテレの「100分de名著」で、この本をテキストとしてジャーナリストの池上彰氏が学校で出張講義を行っていますが、行った先が武蔵中学・高校ということで、やはり完全中高一貫の超進学校だからなあ(当然、男子校)。そういうのが鼻につく人もいるだろうし、この本を矢鱈推奨している"文化人"っぽい人が鼻につくという人もいるかも。自分も当初はその一人でしたが、読んでみて、思ったほどに抵抗を感じなかったのは、最近こそ格差社会とか言われながらも、戦前と比べれば国民の生活水準もそこそこのレベルで平準化し、大学進学率もぐっと上がったためで、当時のそうした背景を気にしなければ、学校内でのいじめの問題など、今日に通じる話として読める普遍性を持っているせいかもしれません。

斎藤美奈子.jpg そう言えば、ブームになるずっと前に、あの辛口評論の齋藤美奈子氏が、本書を若い人への「贈り物に」と薦めていました(齋藤美奈子氏も岩波文化人の系譜?)。個人的には、確かに若い人に読んで欲しいけれど、「読め」と押しつける本ではないのだろうなあと思います(「贈り物」というのはいいかも。「読んだか」と訊かなければ)。

齋藤美奈子氏

 漫画版も読みましたが、よく出来ていたのではないでしょうか。叔父さんがコペル君に書いたノートがかなりのページ数に渡って引用されていて、本を読んだ気になる? 一方で、コペル君が遊びで早慶戦の実況中継をする箇所などは(当時はプロ野球より大学野球の方がメジャーだった)、今の時代に合わないと思ったのかばっさりカットされています(プロ野球に置き換えるよりはいい)。コペル君が、自らの勇気の無さから、意に反して友人を裏切ってしまった後、どうすればいいか悩む場面で、叔父さんにその答えを示唆される原作よりも、漫画ではどちらかと言うと自ら答えを導き出すニュアンスになっていて、この辺りは原作の欠点と言えばそうとも取れる"説教臭さ"を回避したのでしょうか。このことで、原作を改変していると不満を感じる人もいれば、原作より漫画の方を評価する人もいたりするようです。

 コペル君という綽名のきっかけとなった出来事の話などは良かったです。叔父さんに教えられなくとも、子どもの頃、そうした哲学的、認識論的体験をした人は結構いるのではないでしょうか。その他にも多くの哲学的・倫理学的示唆が叔父さんによってノートを通してなされています。児童文学の名著と言われるものの中には「読み方指導ガイド」みたいのが作られているものもありますが、本書に関して言えば、叔父さんのノートで充分ではないかな。そもそもこの物語自体が「こう読め」というものではなく、極力、自分で読んで、自分で感じたり考えたりするものだろうと思います(と言いつつ、池上彰氏の本を買ってしまったが)。

【1966年新書化[高校生新書(三一書房)]/1982年文庫化[岩波文庫]/1980年再文庫化[ワイド版岩波文庫]/2011年再文庫化[ポプラポケット文庫 日本の名作]】

《読書MEMO》
・人生の意味を知るには、心をうごかされたことの意味を正直に考えること
・見ず知らずの他人にも、生産関係で切っても切れない縁がある
・本当に人間らしい人間関係とは、お互いに好意をつくし、それを喜びとすること
・学問とは、人類の経験をひとまとめにしたもの
・学問を修め、人類がまだ解決できていない問題のために尽力すべき
・「生産する人」と「消費する人」という区別を見落としてはいけない
・過ちを苦しいと感じるのは、正しい道に従って歩こうとしているから

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近藤勇の人生の「空しい」部分をしっかり捉えるとともに、それに対する作者の共感が感じられる。

星をつかみそこねる男 2016 .jpg星をつかみそこねる男 6.jpg 星をつかみそこねる男 s.jpg
 『星をつかみそこねる男 (水木しげる漫画大全集)

水木しげる7.jpg 昨年['15年]11月に満93歳で亡くなった水木しげる(1922-2015)が、「月刊漫画ガロ」(青林堂)の1970年10月号から1972年10月号に連載した作者初の伝記漫画で、'13年6月より順次刊行中の『水木しげる漫画大全集』(全108巻(103巻+別巻5巻)の予定)の第2期配本の1つ(№065)。作者あとがきによれば、近藤勇の一生を描くことになったのは、1968(昭和43)年頃から京王線の調布に住むことになり、付近を散歩していて偶然近藤勇の墓に"面会"したのがきっかけだそうです。

巷説近藤勇20.jpg星をつかみそこねる男 _T.jpg 巻末資料にもある通り、もともと「星をつかみそこねる男」というタイトルで連載されたにも関わらず、最初に1972年に虫プロ商事の「COMコミックス」別冊として1冊にまとめられ(「なぜか(「ガロ」の青林堂ではなく)虫プロから刊行(された)」と文中にあるが、連載中、作者に原稿料すら払えなかったほど当時の青林堂の経営が悪化していたことが原因と思われる)、その際のタイトルは「巷説 近藤勇」(左)で「星をつかみそこねる男」はサブタイトル新撰組風雲録 水木しげる.jpg的に表紙にあったのみでした(背表紙や奥付にはない)。1978年に新人物往来星をつかみそこねる男 1・2.jpg社からハードカバー単行本として出された際のタイトルは「新選組風雲録」(右)でサブタイトルなしです。1986年に講談社KCデラックスより2分冊で刊行された際のタイトルは「新選組夜話 近藤勇」(左)に改題されており、1989年刊行の筑摩書房・ちくま文庫版では「劇画 近藤勇」(左下)となっています。表紙にのみサブタイトル的に「星をつかみそこねる男」とありますが、正式な書名とはなっていません(総扉がないので正式タイトルかどうか不明)。2004年に世界文化社からアリババコミックとして星をつかみそこねる男 ちくま文庫.jpg軽装版が出た際は「新近藤勇 世界文化社.jpg選組 近藤勇」(右)がタイトルで、「星をつかみそこねる男」はやはりキャッチコピー扱いと、今回の全集刊行まで一度も正式タイトルの扱いで刊行されたことがなかったとのことです(厳密に言うと、キャッチコピー的に使用されたことはあっても"サブタイトル"として使用されたことすらほぼなかったことになる)。

劇画近藤勇―星をつかみそこねる男 (ちくま文庫)』['89年]


 全集版のこの回の解説を(解説は毎回執筆者が変わる)自らも『新選組』('00年/PHP文庫)などの作品がある黒鉄ヒロシ氏が担当していますが、この作品の特徴を「徹底して突き放した俯瞰の笑い」としていて、自分も黒鉄氏と同じように感じました。新選組物にありがちな陰惨さを過剰には描かず、むしろ、それを虚無の笑いに転換させているとでも言うか...(黒鉄ヒロシ氏はこの作品について、省略の大胆さもスゴイともしているが、個人的には、よく資料を調べた上でそれを行っているように思えた)。

 新選組において、それまで人気の高かった近藤勇と、そうでもなかった土方歳三の評価が逆転したのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』('64年/文藝春秋)によるところが大きいとされていますが、司馬遼太郎は、主人公の土方歳三を「義に生きた男」の典型として描いているのに対し、近藤勇の方は、最後はただ大名になりたかっただけの「勘違い人間」のように描いています。一方、水木しげるも、「星をつかみそこねる男」というタイトルから窺えるように、近藤勇の人生の「空しい」部分をしっかり捉えていますが、その上で、そうした人物を物語の「主人公」としている点に、司馬遼太郎との違いがあるように思います。

 これについて、全集版付録の「茂鐵新報」によると作者は、自分の体験した戦争ではいいことが一つもなく、多くの人が空しく死んでいき、そうしたことから、空しい内容の話を描くときには熱が入り、成功者の話などは自分は書きたくないとインタビューで語ったそうです(「えすとりあ」季刊3号「水木しげる特集」インタビュー)。つまり、あと一歩のところで成功することが出来なかった近藤勇の空しい人生そのものに、作者は共感を覚えたということです(従って、「俯瞰の笑い」ではあるが「冷笑」ではない)。まさにこの作品のテーマを表す「星をつかみそこねる男」というタイトルがこれまで使われてこなかったのが不思議です。

 因みに、巻末に「幕末の親父」という短編作品が付されていますが(初出は旺文社『中二時代』'72年1月号)、この新選組隊士・吉村貫一郎を主人公とする話は、浅田次郎氏が『壬生義士伝』('00年/文藝春秋)で描き、滝田洋二郎監督によって「壬生義士伝」(03年/松竹)として映画化されてもいて、浅田次郎氏同様、子母澤寛の『新選組物語』(「隊士絶命記」)を参照していると思われます(実際には吉村貫一郎は鳥羽伏見の戦いで行方不明となり、その後どうなったか判っていない)。

【1972年コミックス化[虫プロ商事(COMコミックス『巷説近藤勇』)]/1978年単行本化[新人物往来社(『新選組風雲録』)]/再コミックス化[講談社(KCデラックス『新選組夜話 近藤勇(上・下)』)]/1989年文庫化[筑摩書房・ちくま文庫(『劇画近藤勇』)]/2004年軽装版[世界文化社(アリババコミック『新選組近藤勇』)]/2016年全集版[講談社(『星をつかみそこねる男―水木しげる漫画大全集065』)]】

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ラストの見開きが印象的な「海辺の叙景」。読んだことある作品でも時々読み返したくなる。

李さん一家・海辺の叙景  全集.jpg李さん一家・海辺の叙景 文庫.jpg  1I李さん一家.jpg
つげ義春全集 (4)』/『つげ義春コレクション 李さん一家/海辺の叙景 (ちくま文庫)
青林堂「月刊漫画ガロ」'66年9月号「古本と少女」
「古本と少女」 1966年9月号№25「ガロ」再掲 0.jpg古本と少女.jpg 筑摩書房版の全集の第4巻であり、「月刊漫画ガロ」1967(昭和52)年6月号発表の「李さん一家」、同年9月号発表の「海辺の叙景」など、1965(昭和40)年からから1970(昭和45)年発表の18作品を収め、この内14作品が「月刊漫画ガロ」に発表されたものです。

 作者の「ガロ」初登場作品は「噂の武士」('65年)ですが、その後、少し前の作品をリメイクして、「ガロ」に発表したり「噂の武士」の単行本化の際に加えたりしていて、それらに該当する作品が「古本と少女」('66年)、「不思議な手紙」('66年)、「手錠」('66年)、「蟻地獄」('67年)、「女忍」('66年)などです。「古本と少女」から「噂の武士」にかけてはストーリー主体で、「チーコ」('66年)、「初茸がり」('66年)もその系譜と言えますが、「」('66年)は、背景などに作者特有の幽玄さを帯びているコマがあるのが窺え、とりわけ「沼」は漫画表現における画期的な作品と位置付けられているようです。

 また、「通夜」('67年)は、コミカルな作品ではありますが、前作「初茸がり」の後'66年4月から約1年間、水木しげるのアシスタントをしながら新作は発表せずにいた期間があって、その後に発表された作品ということもあって、水木しげるの描法の影響を色濃く受けているのが興味深いです。それが、やがて、作者独自の描法として確立されていくことになるわけですが、本書で言えば、「通夜」以降、「山椒魚」('67年)、「李さん一家」('67年)、「蟹」('70年)、「峠の犬」('67年)、「海辺の叙景」('67年)の6作品が、その前の作品とまったく筆致の異なっていることが如実に窺えて興味深いです。

海辺の叙景last.jpg 表題作「李さん一家」は後の「無能の人」('67年)にも連なる作風で味わいがありますが(「蟹」は「李さん一家」の続編)、さらなる傑作はもう一つの表題作「海辺の叙景」でしょうか。ラストの見開きが印象に残ります。

 「山椒魚」「通夜」「海辺の叙景」「沼」「峠の犬」「初茸がり」「古本と少女」「チーコ」「噂の武士」は、先にも取り上げた『ゲンセンカン主人―つげ義春作品集』('84年/双葉社)にも所収されている作品ですが、全集の方も文庫化され入手しやすくなったこともあって、改めて手にした次第。つげ義春って、すでに読んだ作品を時折ふっと読み返してしてみたくなる数少ない漫画家です。
「海辺の叙景」

《読書MEMO》
『李さん一家/海辺の叙景―つげ義春全集4』
・古本と少女(1966年9月/12月)...1960年2月発表作品のリメイク
・不思議な手紙(1966年12月)...1959年2月発表作品のリメイク
・手錠(1966年12月)... 1959年8月発表作品のリメイク
・蟻地獄(1967年4月)... 1960年4月発表作品のリメイク
・女忍(1966年12月)... 1961年2月発表作品のリメイク
・噂の武士(1965年8月/1966年12月)..初稿を全面改稿
・西瓜酒(1965年10月)、運命(1965年12月)、不思議な絵(1966年1月)
・沼(1966年2月)
・チーコ(1966年3月)
・初茸がり(1966年4月)
・通夜(1967年3月)
・山椒魚(1967年5月)
・李さん一家(1967年6月)
・蟹(1970年1月)
・峠の犬(1967年8月)
・海辺の叙景(1967年9月)

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前作『失踪日記』を超えているか。糠(ぬか)漬けのキュウリは元のキュウリに戻らない...。

アル中病棟.jpgアル中病棟2.jpg  失踪日記 吾妻 ひでお.jpg
失踪日記2 アル中病棟』(2013/10 イースト・プレス)/『失踪日記』(2005)

 フリースタイル刊行「このマンガを読め!2014」ベストテン第1位作品。

 2013年10月刊行の描き下ろし作品で、サブタイトルは「失踪日記2」。『失踪日記』('05年/イースト・プレス)は、うつ病からくる自身の2回の失踪(1989年と1992年のそれぞれ約4か月間)を描いたものでしたが、もともと作者は1980年代半ばから盛んに飲酒し、「アル中」を自称していたのが、その後'98年には"連続飲酒状態"となり、その年12月26日に妻子に取り押さえられて「アル中病棟」へ放り込まれたとのこと(2回の失踪を挟んだこともあって、一般的なアルコール依存症患者よりも症状の進行が遅かったともとれる)、本篇はそうしたイントロダクションを経て、'99年1月からの「アル中病棟」での生活開始の様子からスタートします。

 前作『失踪日記』は文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞や手塚治虫文化賞マンガ大賞などを受賞した作品ですが、個人的には、作者は自らの経験を漫画として描くことが自己セラピーになっている面もあるのではないかと思ったりもしました。そしたら、本作『アル中病棟』で、しっかりそのことを自覚していた...やっぱり。

 作者一人の失踪と彷徨が描かれている色合いが強い前作『失踪日記』に比べ、本作は、アル中病棟にいる様々な患者や断酒会の参加者らの群像劇の色合いが強く、しかも何れも濃いキャラクターばかりで、その分、作品としてのパワーもアップしているように感じられました。嫌なキャラクターも多く出てきますが、読み終わってみれば何となく皆同じ人間なのだなあという気持ちになれなくもありません(作者自身がどう思っているかはともかく)。

 また、前作は「極貧生活マニュアル」乃至は「お仕事紹介」になっている印象がありましたが、今回は、まさに「アル中リハビリ案内」を兼ねたものとなっており、それでいてギャグも満載、作品としての"昇華度"(完成度)は、前作を超えて高いように思われました。『失踪日記』が出てすぐ本作に取りかかり10年くらいかけて書き溜めたものの集大成であるとのことで、自らの悲惨な体験を作品として昇華するにはやはりそれなりの時間を要するのでしょう。

 ネット情報によれば、作者は'99年春、本作にある3カ月の治療プログラムを終了して退院し、以後、断酒を続けているとのことですが、作中で、アルコール依存症は症状を改善できても完治は不可能であり、それは、糠漬けのキュウリが元のキュウリに戻らないとの同じだとあるのが印象的でした。少しでもアルコールを口にすればまた元に戻るというのは怖いなあと。そういうのを「スリップ」すると言うそうで本書にもさかんに出てきますが、この「スリップ」というのもネットで調べると"Sobriety(酒を飲まない生き方)Loses Its Priority"の略であるとも。単に"滑った"との語呂合わせかもしれないけれど。

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作者が本当にやりたかったのは漫画よりアニメーションであったことを如実に窺わせる。

フィルムは生きている2.jpg  西遊記 1960 poster.jpg 西遊記 [DVD].jpg   悟空の大冒険01.jpg
フィルムは生きている』「西遊記」(1960年)ポスター「西遊記 [DVD]」「悟空の大冒険 Complete BOX [DVD]
函入愛蔵版(装丁・装画:和田 誠
フィルムは生きている.jpg マンガ映画を作ることを夢見て地方から東京に出てきた青年・宮本武蔵は、アニメ制作会社へ入社を申し出るが、アニメ作家・壇末魔から「絵の動きが死んでいる」と評されて叶わず、街頭で似顔絵を描いて暮らしていた。そして、その際に出会った、やはりマンガ映画を目指している佐々木小次郎と意気投合し、同居を始める。2人は共同でマンガ映画を作ろうとしたが、どちらの作ったキャラクターを主人公にするかで対立して喧嘩別れしてしまう―。

フィルムは生きている 手塚治虫.jpg 「フィルムは生きている」は、学研の「中学1年生コース」(1958(昭和33)年4月号~1959(昭和34)年3月号)、「中学2年生コース」(1959年4月号~1959年8月号)に連載されもので、これまでも単行本化されたり文庫に収められたりしていますが、本書では、連載第1回のカラーページ部分を再現し、各回の扉絵も収録され、その他に、作者自身が日本マンガ映画史を辿った「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」なども巻末にあります。装丁・装画は和田誠氏で、和田氏も巻末に「手塚さんとの出会い」という小文を寄せています。

手塚治虫漫画選集5 「フィルムは生きている」.jpg 物語は、武蔵と小次郎の巌流島の決闘に懸けた「アニメ対決」へと向かっていきますが、一方で、後半に武蔵は視力低下に苦しむことになり、この辺りはベートーヴェンの後半の生涯に重ねた味付けになっています。
『手塚治虫漫画選集5「フィルムは生きている」』(1959)

フィルムは生きている (小学館文庫).jpg 武蔵は明らかに作者自身を投影したキャラクターだと思われますが、興味深いのは、一度は200万部の発行部数を誇る雑誌「少年パック」の一番の人気漫画家となった武蔵が、漫画家の"宍戸梅軒"から「マンガ映画を無理に捨てた武蔵は、自分の心を殺したぬけがらだ」と指摘され、漫画を捨ててマンガ映画に打ち込むというストーリーになっている点で、作者が本当にやりたいのはアニメーションであったことを如実に窺わせるものとなっている点です。
フィルムは生きている (小学館文庫)

 実際には作者は、自らのプロダクション創設後も漫画を描き続けますが、それは漫画がアニメーション制作の資金を稼ぐための手段だったのかもしれません。1961年にプロダクション内に動画部を設立、これが後の虫プロダクションになります。

西遊記 1960.jpg 一方、「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」の最後に、東映が「少年猿飛佐助(壇一雄作)」に続いて「西遊記(手塚治虫作)」を製作中であるとありますが、「手塚治虫作」と言いつつ、出来上がった「西遊記」('60年/東映)は、あくまでもそれまでの「白蛇伝」('58年/東映)から次回作の「安寿と厨子王丸」('61年/東映西遊記 1960 2.jpg)にかけての流れの中にあるもので(監督・演出は何れも藪下泰司)、あまり手塚カラーというのが感じらないと言うか、逆にその分、時々「ここは手塚治虫だなあ」と思わせる部分があって、手塚的キャラクター及びその動きの描き方と、当時の東映アニメ調のキャラクター及びその動きの描き方とが全く異質であったことが窺えるものとなっています(但し、実際には手塚治虫は構成のみに関与し、作画には携わっていない)。

悟空の大冒険02.jpg やがて手塚治虫は、「鉄腕アトム」(自らのプロダクションのTVアニメ第1作)の後番組として'67年に「悟空の大冒険」を手掛けることになりますが、やはり、自分のプロダクションで自分の作りたい孫悟空のアニメを作りたいと思ったのではないでしょうか。しかし、手塚治虫のオフィシャルサイトによると、「パイロット版「孫悟空が始まるよー」が悟空が真面目過ぎると子どもたちからの批判を受けて、大幅に設定が改められ、ならば徹底的に不真面目にしてやろうと、スタッフも当時としてはかなり実験的な試みを行い、現代っ子らしいヤンチャ坊主にしたら、今度は「言葉遣いが汚い!」とPTAからの大批判を受けて、放映打ち切りに追いこまれてしまいました」とのことで(放送予定本数は52本だったが39本の放送で終了)、やはりいろいろ苦労はあったようです。

 「西遊記」の仕事を通して手塚が得た教訓は「自分が表現したいことを表現するためには、自分の金で作らなければ駄目だ」ということであったと言われています。しかし、アニメ作りは膨大な人手と手間がかかることから、そのための費用を漫画の仕事によって捻出するという構造は続けざるを得ず、手塚は創作と経営の狭間で常に苦悩し、ある時期ヒット作を生み出しながらも、虫プロダクション(旧)は'73年に倒産します。やはり、当初アニメは、急速に伸びつつも不確実性要素の多い新興ベンチャーのようなものであり、そうした中でテレビ局などは、プロダクションとの関係において自分たちに有利な(危険負担は少なく利益は大きい)契約を結ぶことに注力し、一方のプロダクション側には、そうした交渉ごとのプロというのがいなかったのではないかと思われます。漫画の主人公も苦労しているけれども、現実は現実で、なかなか漫画のようにはいかない面も多かったのではないでしょうか。

「西遊記」1960年2.jpg「西遊記」●制作年:1960年●監督:藪下泰司(演出)/手塚治虫(構成)●製作:大川博●脚本:植草圭之助/手塚治虫●撮影:大塚晴郷●音楽:服部良一●原作:手塚 治虫●時間:88分●声の出演:小宮山清/新道乃里子/木下秀雄/篠田節夫/関根信昭/武田国久/尾崎勝子/白坂道子/巌金四郎/加藤玉枝/川久保潔/風祭修一●公開:1960/08●配給:東映(評価:★★★)
  
悟空の大冒険 03.jpg「悟空の大冒険」●監督:杉井ギサブロー●プロデューサー:川畑栄一●演出:出崎統ほか●脚本:菅野昭彦ほか●音楽:宇野誠一郎●原作:手塚治虫●出演(声):右手和子/増山江威子/野沢那智/愛川欽也/ 滝口順平/近石真介/小原乃梨子/熊倉 一雄/三輪 勝恵/大竹 宏/雨森 雅司/小林 清志●放映:1967/01~09(全39回)●放送局:フジテレビ

【1959年単行本[鈴木出版『手塚治虫漫画選集』第5巻]/1967年再録[「COM」3月号・4月号(『名作劇場』)]/1969年新書化[小学館『ゴールデン・コミックス手塚治虫全集』]/1977年文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/1998年再文庫化[小学館文庫]/2011年再文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/2014年復刻版(函入愛蔵版)[国書刊行会]】

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震災・原発事故に一早く反応した漫画家の一人。プルトニュウムを擬人化した女性像が興味深い。

なのはな 萩尾望都.jpg なのはな nhk.jpg           あの日からのマンガ  しりあがり寿.png
なのはな (フラワーコミックススペシャル)』 NHK「クローズアップ現代」(2014.6.2)より 『あの日からのマンガ (ビームコミックス)

 作者が2011年3月に発生した東日本大震災と、それに続く原発事故に衝撃を受けて発表した幾つかの短編を1冊に纏めたもので、福島に住む少女ナホの物語である冒頭の「なのはな」が'11年8月号の雑誌「flowers」発表と最も早く、この物語の続編の形で宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』のモチーフを織り込んだ巻末の「なのはな―幻想『銀河鉄道の夜』」は、この短編集刊行のための描き下ろし('12年1月)。この2作の間に、'11年末から'12年にかけて雑誌発表された「プルート夫人」「雨の夜 ―ウラノス伯爵―」「サロメ20XX」の3作を挟む全5編から成り立ちます。

福島をテーマにしたさまざまな漫画.jpg 漫画「美味しんぼ」における原発事故による健康への影響を巡る表現が大きな波紋を呼んだ一方で、今、福島を描いた漫画が注目を集めているということで、今月['14年6月]2日放送のNHK「クローズアップ現代」で「いま福島を描くこと~漫画家たちの模索~」という特集を組んでいましたが、山本おさむ氏のグルメ漫画「そばもん」、竜田一人氏の福島第一原発での作業員体験のドキュメント漫画「いちえふ」が作者とともに紹介されていました(竜田氏は個人を特定できないように、との条件の下での登場)。
NHK「クローズアップ現代」(2014.6.2)より

今日のNHKクローズアップ.jpg こうした「原発漫画」の先駆けが、この萩尾望都氏の作品(コレ、個人的には偶々番組で紹介される前に読んでいた)と、番組にゲストとして登場していたしりあがり寿氏の『あの日からのマンガ(Beam comix)』('11年7月刊行)でしょう。
 しりあがり寿氏は朝日新聞夕刊に四コマ漫画の連載を持っていたことで、その連載漫画「地球防衛家のヒトビト」で2011年3月以降リアルタイムで東京からのフクシマなど被災地への想いを発信するともに、コミック誌では独自の前衛コミックの作風のまま、震災や原発を扱った短編を発表し、この単行本では、震災直後の「地球防衛家のヒトビト」の連載を再掲するほか、短編4作、シュール漫画「双子のおやじ」などを収録、加えて、家族で被災地へボランティアへ行った時の朝日新聞への寄稿記事も収めていますが、一方で、氏の他の作品集に見られるような解説やあとがきはなく、作品だけで勝負している感じです。

 しりあがり氏は、大学でメディア表現学の授業を担当するなどして、今年['14年]春の叙勲で紫綬褒章を受章するなど、急速に"文化人"っぽくなってきている印象もありますが、自らが創作者として原発・震災関連の作品をいち早く発表しているだけに、「クローズアップ現代」のこうした特集に出て語るには相応しい人ということになるのかも。個人的にも違和感はありませんでした。
puru-to.jpg 一方の萩尾氏は、2011年、東日本大震災の前に引退を考え、短編数編でフェイドアウトする予定だったのが、震災及び原発事故で引退を延期したとのこと(この人もしりあがり氏に先だって2012年春に少女漫画家では初となる紫綬褒章を受章している)。

 震災で終末を表すものには規制ムードがかかって描けない状況の中、「プルート夫人」「雨の夜 ―ウラノス伯爵―」「サロメ20XX」は放射性物質を擬人化した作品となっていますが、放射性物質や原発を擬人化する手法はしりあがり氏も用いています。

 個人的に興味深く思ったのは、萩尾氏の作品のプルトニュウムを擬人化した女性像などが、作者の普段の少女漫画風の筆のタッチとしてはやや異なり、非常にセクシーに描かれている点で、これは、原子力を理想のエネルギーとして崇めた"男性"原理や「原子力村」を形成した"男性"社会に対する風刺が込められているのかなとも思ったりしました。
「プルート夫人」より

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昭和30年代から40年代にかけての忍者ブームの「牽引役」に。

伊賀の影丸 少年サンデー.jpg伊賀の影丸1.jpg 隠密剣士放送開始50周年記念 甦るヒーローライブラリー.jpg 忍者部隊月光ポスター.jpg 仮面の忍者赤影 (第1巻).jpg
伊賀の影丸 (第1巻) (Sunday comics―大長編忍者コミックス)』/「隠密剣士放送開始50周年記念 甦るヒーローライブラリー 第1集 隠密剣士 傑作選集 デジタルリマスター版 [DVD]」/「忍者部隊月光」ポスター/『仮面の忍者赤影 (第1巻) (Sunday comics)
「週刊少年サンデー」
「週刊少年サンデー」 1966年第6号 2月13日号
年サンデー 1966年2.jpg 『伊賀の影丸』は、漫画家の横山光輝(1934-2004/69歳没)が1961(昭和36)年か'ら1966(昭和41)年に「週刊少年サンデー」に連載して人気を博した作品ですが、個人的にも面白かった(というかハマった)記憶があります。貸本版が復刻されていますが、「少年サンデー」の連載の思い出があり、リアルタイムで読んだのは後半の方でしょうか(影丸は幕府隠密だったんだね)。子ども時代に夢中で読んだ人は多かったと思います。

 司馬遼太郎のところで、1958(昭和33)年に発表された『梟の城』が「昭和30年代の忍者ブームの火付け役にもなった」と書きましたが、漫画では、白土三平の『忍者武芸帳 影丸伝』(1959 -62年)が丁度この頃であり、白土三平はこの後、『サスケ』(1961-66年)、『カムイ伝』(1964 -71年)といった作品を発表していきます(『忍者武芸帳』は'67年に大島渚により原画をそのまま写すスタイルで映画化された)。

 これらを忍者ブームの「火付け役」とするならば、この『伊賀の影丸』は、その後長く続くことになるブームの「牽引役」であったと言えるのではないでしょうか。この漫画によって黒装束に鎖帷子という忍者の視覚的イメージを確立したそうです。
 個々の忍者同士の忍術合戦と伊賀チーム・甲賀チーム(甲賀七人衆)としての駒(コマ)取り合戦の複合というスタイルは、やはり、本作以前に人気のあった山田風太郎の小説『忍法帖シリーズ』の影響なども受けているようですが、一方で、この作品自体も、「仮面ライダー」など後の多くの作品やテレビ番組に影響を与えたようです。

隠密剣士op.jpg隠密剣士2.jpg 忍者ブームを作ったと言えば、当時、「隠密剣士」(1962-65年)というチャンバラ時代劇もありました。大瀬康一(デビュー作は「月光仮面」)演じるヒーローである柳生新陰流の使い手・秋草新太郎は、腹違いの兄が11代将軍・徳川家斉であるという設定。当初は普通の時代物チャンバラ劇でしたが(早稲田大学グリークラブ出身のボニージャックスが主題歌「江戸の隠密剣士22.jpg隠密渡り鳥」を唄っていた)、ある時期からこの秋草新太郎の敵役がすべて忍者になり、剣戟シーンが特撮化していったという経緯がありました。
 この番組の特撮は、今見ると手作り感があってレトロムード満点ですが、当時としてはなかなかのものだったのではないかと思います。海外でも放映されて人気を博し、出演者は放送終了後から何年も経ってからオーストラリアへ海外公演に行っていますが、大瀬康一ら当時の役者たちは、テレビで演じたことと同じことをステージで生で再演することが出来たそうで、オーストラリアでの公演は大好評だったそうです。

忍者部隊月光02.jpg 「隠密剣士」がほぼ"忍者もの"化した時分には、「忍者部隊月光」(1964-66年)という現代版忍者が活躍するアクションドラマまで登場しました。これも人気を博し、オーストラリアでも放映されて、月光役水木襄3.jpg水木襄は、取材に来たオーストラリア人記者に、「今この場で消えて見せてくれ」と言われたそうです。水木襄は後に実業家に転じてスナック経営などをしていたものの、最近になって、'91年に53歳で自殺死していたことが明かされています(遺体の発見された自宅には、自身の出演した作品のポスター等が所狭しと飾られていたという(2010年9月14日付「デーリー東北新聞」))。

 最初の頃はオープニングで、女性隊員・三日月(森槙子)がダムの向こうにいる敵を拳銃で撃つと、リーダーの月光(水木襄)が「バカ!撃つ奴があるか、拳銃は最後の武器だ。我々は忍者部隊だ」と一喝する忍者部隊月光 三日月/銀月 33話.jpg場面があったりもしました。これ、ある種"忍者の美学"でしょうか。デューク・エイセスが唄う山上路夫作詞の主題歌が懐かしいです(「鉄人28号」の主題歌もデューク・エイセス)。主題歌の他にエンディング曲の「忍者部隊のマーチ」というのも良かったです(因みに、月影の殉職、三日月の交代について水木襄はスナック経営者時代に、男女問題による降板であったことを仄めかす証言をしている)。
「忍者部隊月光」(第33話)三日月(森槙子・中央)と銀月(加川淳子・右)の交代シーン

忍者部隊月光.jpg 空をとび 風を切り
 すすみゆく忍者 正義の味方
 姿は見せずに 現れ消える
 弾丸の中も なんのその
 おお 命をかけゆくぞ
 月光 月光 忍者部隊

(山上路夫作詞)

写真中央:水木襄('91年自殺死)
   
「少年忍者風のフジ丸 白土三平.jpg少年忍者風のフジ丸 2.jpg 更に、白土三平(1932-2021/89歳没)の貸本漫画集『忍者旋風』(1959年)や少年マガジン連載の『風の石丸』(1960年)を原作ベースとした「少年忍者風のフジ丸」(1964-65年)などもあって、放映はフ「少年忍者風のフジ丸 TV.jpgジテレビ(CX)」ではなくNET(現・テレビ朝日)。「藤沢薬品工業」の提供だったため「フジ丸」というネーミングになったもので(主題歌の最後に「ふじさわ~、ふじさわ~」という歌詞が入る)、作画は、白土三平の影響を受けたという久松文雄でした(この作品に続く久松氏の作品が、彼の代表作となる「スーパージェッター」('65年))。

仮面の忍者赤影1.jpg仮面の忍者赤影2.jpg 一方、「伊賀の影丸」の横山光輝が原作の「仮面の忍者赤影」(1967-68年)というのもあって、これも「忍者部隊月光」と同じく実写版、イケメンの赤影(坂口祐三郎)が、大凧を操る熟年忍者の白影(牧冬吉)、少年忍者の青影(金子吉延)と共に活躍するというもので、CX系の関西テレビの制作ですが、脚本・音楽等のスタ週刊少年サンデー★1967年 昭和42年 2月26日.jpgッフがTBS系の「隠密剣士」と重なっており、昭和30年代に始まったこの「忍者ブーム」が、昭和40年代前半ぐらいまで続いたことが窺えます。

「少年サンデー」1967年2月26日号

「仮面の忍者赤影」第2部.jpg飛騨の赤影.jpg 漫画版の『仮面の忍者赤影』は、1966(昭和41)年から「週刊少年サンデー」(11月6日号)で連載がスタートし(『伊賀の影丸』の後継連載ということになる)、1966年11月6日号~67年1月15・22日合併号までのタイトルは「飛騨の赤影」だったのが、TV版の放映が決定して1967年1月29日号から「仮面の忍者 赤影」に変わっています(同年5月7日号まで連載)。これも懐かしい漫画ですが、TV版との大きな違いは、赤影自身が少年忍者っぽい点でしょうか。前半部分がTV版でのストーリーに使われたのに対し、タイトルをTV版に合わせた後半部分は漫画版のオリジナル・ストーリーになっており、作者のサービス精神が感じられます(後にアニメ版('87-'88年)も作られた)。 
隠密剣士3.jpg
隠密剣士1.jpg
「隠密剣士」●演出:船床定男/外山徹●製作:小林利雄●脚本:加藤泰/伊上勝●音楽:小川寛興(主題歌:ボニージャックス「江戸の隠密渡り鳥」)●出演:大瀬康一/牧冬吉/勝木敏之/小林重四郎/天津敏/三島謙/石川竜二/灰地順/種村正/梅沢薫/安田隆久/森正樹●放映:1962/10~1965/03(全130回)●放送局:TBS
 
忍者部隊月光o.jpg忍者部隊月光.bmp「忍者部隊月光」●演出:土屋啓之助●製作:梅村幹比古/佐川滉●脚本:西田一夫/高久進/藤川桂介●音楽:渡辺宙明(主題歌:デューク・エイセス「忍者部隊月光」(作詩・山上路夫、作曲・渡辺宙明))●原作:吉田竜夫●出演:水木襄/渚健二/石川竜/山口暁/中山昭二/広川太一郎/森槙子/沖竜次/九重京司/須永恒/国方伝/金沢重勝/大月ウルフ/岡竜弘/原田一雄/松井明和/近藤圭三/浅沼創一/加川淳子/小島康則/山本磯六/手塚しげお/園浦ナミ→/吉田亜矢●放映:1964/01~1966/03(全118回)●放送局:フジテレビ 

風のフジ丸2.jpg「少年忍者風のフジ丸」2.jpg風のフジ丸.jpg「少年忍者風のフジ丸」●演出:白川大作/矢吹公郎/田宮武●原案/木谷梨男/福原宗司●脚本:飯島敬/志原弘/内田弘三●音楽:服部公一●原作:白土三平(第28話まで)●作画/久松文雄●出演(声):小宮山清/芳川和子/山本嘉代子/芳川和子/加藤みどり/伊藤牧子/中川謙二/久富惟晴●放映:1964/06~1965/08(全65回)●放送局:NET(現・テレビ朝日)

仮面の忍者 赤影.bmp0仮面の忍者赤影ges.jpg「仮面の忍者赤影」●演出:倉田準二/山内鉄也/曽根勇/小野登●製作:高田正雄/平山亨/加藤哲夫●脚本:伊上勝●音楽:小川寛興●原作:横山光輝●出演:坂口祐三郎/金子吉延/牧冬吉/里見浩太郎/天津敏/大辻伺郎/汐路章/楠年明/大泉滉/倉丘伸太郎●放映:1967/04~1968/03(全52回)●放送局:関西テレビ

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「マジンガーZ」に先立つ「搭載型(ガンダム型)ロボット」の走りか。

魔人ガロン.JPG  アトム対ガロン.JPG 魔神ガロン 初版 昭和35年 .jpg  
魔神ガロン (サンデー・コミックス)』 『鉄腕アトム 10 (サンコミックス 340)』 『魔神ガロン1』1960(昭和35)年7月5日刊行 秋田書店(A5判)

冒険王「魔神ガロン」.jpg 1959(昭和34)年から1962(昭和37)年まで雑誌「冒険王」('59年7月号~'62年7月号)に連載された手塚治虫の漫画作品で(テレビアニメ化の候補だったが実現しなかった)、作者はこれを自らが初めて描いた「悪魔的なスター」であるとしています。

 ガロンは宇宙からその部品の塊として落ちてきて、それは異星人が、地球人がそれを組み立てることが出来るかどうかを見ることで地球人の知力を試すとともに、それを平和利用することが出来るかどうかも見るために送り込んだもので、異星人は地球人がガロンを悪用すれば地球を攻撃するという考えです。

 ガロンを動かす鍵となる少年ピック(こちらも宇宙から降ってきて、捨て子だと思って拾った田舎の夫婦に育てられる)、ピックと一緒に育ったケン一少年、ガロンの組み立てを行った俵教授の助手・敷島らが地球の滅亡を防ぐため、ガロンの力を狙う悪人らに立ち向かいます。

『魔神ガロン』.JPG 手塚治虫は、1956(昭和31)に月刊誌「少年」で連載が開始された横山光輝の『鉄人28号』('59年にラジオドラマ化)に刺激を受けてこの作品を構想したようですが、「鉄人28号」がリモコンで動くのに対し(操縦型ロボット)、ガロンはピックがその胸の中に入ることによって"正しく"動くという点が大きな違いです。

 「機動戦士ガンダム」('79年)の「ガンダム」のようなロボットを「搭載型ロボット」と呼びますが(「ガンダム型ロボット」と言ってしまった方が分かり良いかも)、ガロンはその走りとも言えます。「ガンダム」以前の「搭載型ロボット」としては「マジンガーZ」('67年/原作:永井豪)、「MASCHINEN KRIEGER」('68年/原作:SFデザイナー・横山宏)などがあり、「機動戦士ガンダム」も「マジンガーZ」の影響を受けていると思われますが、その「マジンガーZ」の8年前に既に手塚治虫は、今で言う「ガンダム型ロボット」を創り上げていたとも言えるかと思います(ピックはいわばガロンの"良心"のような存在であり、「ガンダム」や『PLUTO』('03年/原作:浦沢直樹)に出てくる「モビルスーツ型ロボット」とはやや異なるかもしれないが)。

魔人ガロン 1.jpg ガロンはピックを求めて彷徨い、たまたま温泉旅行に行ったピック一行と初めて合流、浴衣を着て旅館内を歩くという愉快な場面もありますが(身長サイズは結構テキトーに拡縮している?)、一方でピックとはぐれて勝手に暴走することも結構多く、「鉄人28号」の前半部分の、リモコンが敵に渡ったり、正太郎の手に戻ってきたりすることが繰り返される状況と似ています。

 ある意味、「鉄人28号」などよりもずっと頻繁に暴走し、そうしたこともあってか、ラストではピックと共に大渦に巻き込まれて姿を消してしまうのがちょっと気の毒な気もしました。

 サンデーコミックス版はここまでで終わりですが、そうはならないで話が続いていく展開もあって、続きは手塚治虫漫画全集や文庫で読むことができます。但し、筆致がそれまでのものと明らかに異なることから、手塚治虫本人の筆によるものではないと考えられているようです。

 この「ガロン」は、後に『鉄腕アトム』『マグマ大使』にも登場して、主人公たちを窮地に陥れます。

アトム 対 ガロン編 4[.jpg【アトム 対 ガロン編】.jpg 『鉄腕アトム』の「アトム対ガロン」(1962(昭和37)年)では、冒頭で「スパイダー」なる"落書きキャラクター"が「ガロン」の紹介をし、本編ストーリーの方は、宇宙から部品が落ちてくるのは元ストーリーと同じですが、それが異星人同士の戦争の際の何かの間違いで落ちてきてしまったことになっていて、組み立て終わると雷に通電して甦り大暴れするというもので、ピッピは登場せず、ガロンは終始 "怪物"扱いです(その分、ロボットの哀しみを一身に背負っているとも言える)。
鉄腕アトム 《オリジナル版》 復刻大全集【アトム対ガロン編】』['10年]

 ここではガロンは惑星改造用に作られたロボットという設定で、重力の大きさを変える能力を持っており、アトムは手強い "怪物"ガロンを直接的に倒すのではなく、ガロンをけしかけその能力を発揮させてガロンがいる島の引力を小さくさせ、その結果ガロン自身が宇宙空間まで吹き飛ばされてしまうという「物理学的」結末でした。大渦に巻き込まれた次は、宇宙を彷徨うことになったわけで、ガロンがやや気の毒ですが、破壊されなかっただけマシと見るべきか?
 
【1960年単行本化[秋田書店]/1968年コミック版[秋田書店・サンデーコミックス]/1982年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(1997年完結・全5巻)]/1995年文庫化[秋田文庫]/2000年再文庫化[秋田文庫(全3巻)]】

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美しく再現されたカラーページが懐かしい。もしかして「鉄人28号」より強いのではと...。

完全版「鉄のサムソン」.jpg鉄のサムソン1.jpg鉄のサムソン2.jpg鉄のサムソン - 完全版.jpg  横山光輝.jpg 横山光輝(1934-2004/享年69)
鉄のサムソン―完全版』(2010/04 小学館クリエイティブ)

復刻「鉄のサムソン」4巻セット.jpg 1962(昭和37)年から1964(昭和39)年にかけて小学館の学年誌「小学一年生」('62年1月号~'64年8月号)から持ち上がりで「小学四年生」まで連載された横山光輝(1934-2004/享年69)によるロボットSF漫画です。「鉄人28号」から「魔法使いサリー」まで幅広い創作活動をし、「三国志」など中国史モノにも強かった漫画家でした(『三国志』(全60巻)は全巻持っているのだが、なかなか再読できないでいる)。

 この「鉄のサムソン」は1991年に「アップルBOXクリエート」から復刻版(全4巻)が刊行されていたものの、とうに絶版となり入手困難となっていたところ、2010年に「小学館クリエイティブ」から第1部と第2部を復刻し、2冊を一函に収め、複製原画を付録につけた函入りの豪華限定版として刊行されました(同年には『鉄のサムソン』の後連載の『みどりの魔王』も復刻)。

 「完全版」というのは、(雑誌からではなく)原画から"完全再生"したことを指し、元のストーリー自体は「ガイタンクの巻」「第2部:サタン博士の巻」「第3部:海賊ロボットの巻」の通算32回の連載から成っています。

てつのサムソン.jpg 「サムソン」は「鉄人28号」と同様リモコンで少年に操られ、悪と戦う巨大ロボット。なぜその少年「のぼる君」がサムソンを操っているのかというと、近所のマッドサイエンティストから偶々サムソンを譲り受けたということで、完全に少年の個人所有物となっています(因みに「鉄人28号」は、太平洋戦争中に秘密兵器として開発されたものが、戦争が終結して使われずに眠っていたという設定)。まあ、この辺りはかなり緩い状況設定ですが(「鉄腕アトム」の生みの親・天馬博士もマッドサイエンティストと言えばそういうことになる)、動かない時のサムソンは野晒しになっていて何だか寂しそう。個人が格納庫を有するはずもありませんが、メンテナンスは大丈夫なのか? 「小学3年生」1968年8月号(連載第30回) 「てつのサムソン - 横山光輝「光ロボ」と昭和の操縦」より

鉄のサムソン―完全版2.jpg 本書は"完全"と謳うだけに原画から復刻したカラー部分が美しく再現されています。連載時は巻頭にカラーページがあった時と無かった時がありましたが、改めてカラーで見るとほれぼれします(価格も相応に高いけれど)。夕焼け空をびゅーんと飛んでいくサムソンを夢想した子供時代の記憶が甦ってきました。テレビアニメのイメージが浮かぶ「鉄人28号」に対し、こちらは雑誌漫画のイメージで(テレビアニメ化されなかった)、個人的に懐かしい作品です。

 「鉄人28号」の初出は月刊「少年」1956(昭和31)年7月号で、テレビアニメ「鉄人28号」は1963(昭和38)年から1965年まで全83話がフジテレビ系で放送されていますが、そうすると、「鉄のサムソン」の後半部分の連載時期は、「鉄人28号」のアニメ放映の前半部分と重なっていたことになります。「鉄人28号」も強いイメージはありますが、「鉄のサムソン」は自分より遥かに図体のデカい「ガイタンク」と戦って勝ったことで、もしかして「鉄人28号」より強いのではないかと思ったりもしていたことを思い出します。

アニメ 鉄人28号2.jpgアニメ 鉄人28号 1.jpg「鉄人28号」●演出:庵原和夫/渡辺米彦/山本功/若林忠雄/上金史朗/瀬古常時/河内功/松木功●脚本:岡本欣三/大野満男●音楽:越部信義(主題歌:西六郷少年合唱団(一部資料ではデューク・エイセス))●原作:横山光輝●出演(声):高橋和枝/矢田稔/富田耕生/久野四郎/加茂喜久/田畑明彦/安藤敏夫/高津杏子/梅屋かおる/浦野光/安田隆/白石冬美/はせさんじ/森山周一郎/永山一夫/藤本譲/兼本新吾/富山敬/坂本新兵●放映:1963/10~1965/05(全84回)●放送局:フジテレビ

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自分の経験を作品に"昇華"させることにより自らの明日を切り拓いていく(自己セラピー?)。

人間仮免中 卯月妙子.jpg人間仮免中』 失踪日記 吾妻 ひでお.jpg失踪日記』 失踪日記2 アル中病棟.jpg失踪日記2 アル中病棟

 『人間仮免中』は、2012(平成24)年度「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位。

人間仮免中1.jpg 夫の借金と自殺、自身の病気と自殺未遂、AV女優など様々な職業を経験―と、波乱に満ちた人生を送ってきた私は、36歳にして25歳年上の男性と恋をする―。

 '12(平成24)年に刊行された、'02年刊行の『新家族計画』以来10年ぶりとなる作者の描き下ろし作品ですが、単行本刊行時から話題なり、作家の高橋源一郎氏が「朝日新聞」の「論壇時評」(2012年5月31日朝刊)で紹介(推奨)していたり、同時期によしもとばなな氏、糸井重里氏といった人たちも絶賛しており、更には漫画家ちばてつや氏が自らのブログで「ショックを受けた」と書いていたりしました。

『人間仮免中』

 作者の病気とは「統合失調症」であり、衝動的に歩道橋から飛び降り、顔面を複雑粉砕骨折...この作品ではそれ以降のリハビリの日々が描かれていますが、まず思ったのは、動機らしい動機もないままにふわ~と歩道橋から飛び降りて、何の防御姿勢もとらずに顔面から地面に激突したというのが、統合失調症らしいなあと(そう言えば、昨年['13年]8月にマンションから転落死(飛び降り自殺)した藤圭子も、一部ではうつ病と統合失調症の合併障害だったと言われていたなあ)。

 夫の自殺で経済的苦境に陥ったとは言え、いきなりグロ系AV女優の仕事をするなどし、また飛び降りによる顔面骨折で顔がすっかり"破壊"されてしまうなど、経験していることが一般人のフツーの生活から乖離している分、恋愛物語の部分や家族との絆の部分の温かさが却ってじわっと伝わってくる感じでした。

 統合失調症(かつては「精神分裂症」と呼ばれていた)は罹患した個人によって症状が様々ですが、共通して言えるのは「常識」が失われるということであると、ある高名な精神科医(木村敏)が書いていたのを以前に読みましたが、この作品で言えば、病院のスタッフに対する被害妄想意識などがその顕著な例でしょう。統合失調症の一般的な病症についても書かれており、「闘病記」としても読めます。

 但し、Amazon.comのレビューには、読んでいて辛くなるというのも結構あり、身内にうつ病者がいて自殺したという人のレビューで、「精神病の人は自分の事しか考えていません。読んで再度、認識しました」という批判的なものもありました。

『失踪日記』('05年).jpg漫画家の吾妻ひでお.jpg この作品を読んで思い出されるのが、'05(平成17)年3月にこれもイースト・プレスから刊行された漫画家・吾妻ひでお氏の『失踪日記』('05年)で、こちらは'05(平成17)年度・第34回「日本漫画家協会賞大賞」、'05(平成17)年・第9回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」、'06(平成18)年・第10回「手塚治虫文化賞マンガ大賞」を受賞しました。過去に「漫画三賞」(小学館や講談社といった出版社が主催ではない賞であることが特徴の1つ)と言われるこれら三賞すべてをを受賞した漫画家は吾妻ひでお氏のみです(このほかにフリースタイル刊行「このマンガを読め!2006」ベストテン第1位も獲得)。「日記」と謳いつつも"創作"の要素が入っていることを後に作者自身が明かしています。

 『失踪日記』にしてもこの『人間仮免中』にしても、もし作者が自分や周囲の人々の苦しみをストレートに描いていたら、あまりに生々しくなり、ユーモアの要素が抜け落ちて、コミック作品としては成立しなかったのではないかと思われます。『人間仮免中』についてのAmazon.comのレビューには、「意外と悲惨に感じなかった」というのもありましたが、個人的な印象はそれに近く、そうした印象を抱かせるのは"作品化"されていることの効果ではないかと。

 一方で『人間仮免中』の場合、最後はやや無理矢理「感動物語」風にしてしまったキライもありますが、こうしたことからも、作者の場合は創作活動が自己セラピーになっている面もあるのではないかと思われました。大袈裟に言えば、自分の経験を作品に"昇華"させることによって、自らの明日を切り拓いていくというか...。

失踪日記 夜を歩く.jpg 吾妻ひでお氏の『失踪日記』は、うつ病からくる自身の2回の失踪(1989年と1992年のそれぞれ約4か月間)を描いたものでした。1回目の失踪の時は雑木林でホームレス生活をしていて、2回目の失踪の時はガス会社の下請け企業で配管工として働いていたという具合に、その内容が異なるのが興味深いですが、1回目の失踪について描かれた部分は「極貧生活マニュアル」みたいになっていて、2回目は下請け配管工の「お仕事紹介」みたいになっています。

 1回目の失踪で警察に保護された際に、署内に熱烈な吾妻ファンの警官がいて、「先生ともあろうお方が...」とビックリされつつもサインをせがまれたという話は面白いけれど、事実なのかなあ。熱心な吾妻ファンである漫画家のとり・みき氏と1995年に対談した際に、「失踪の話はキャラクターを猫にして...」と言ったら、「吾妻さんが(ゴミ箱を)あさったほうが面白いですよ(笑)」と言われて、その意見も参考にしたとも後に明かしています。
『失踪日記』

 『失踪日記』も、個人的には、自らの経験を漫画として描くことが自己セラピーになっている面もあるのではないかと思うのですが、作者はこの失踪事件から復帰後、今度はうつ病の副次作用からアルコール中毒に陥り、重症のアルコール依存症患者として病院で治療を受けていて(但し、本作『失踪日記』が世に出る前のことだが)、この経験も「アル中病棟」(『失踪日記2-アル中病棟』('13年10月/イースト・プレス))という作品になっています。

 最後ばたばたっと"感動物語"にしてしまった『人間仮免中』よりは、「極貧生活マニュアル」乃至は「お仕事紹介」になっている『失踪日記』の方が、ある意味"昇華度"(完成度)は高いように思われますが、繰り返し"うつ"になってしまうということは、吾妻ひでおという人は根本的・気質的な部分でそうした素因を持ってしまっているのだろうなあと思われる一方で、「アル中病棟」退院後は断酒を続けているとのことで、セラピー効果はあったのか。

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丸尾作品に特徴的なウエット感が無く、スコーンと突き抜けている感じ。

パノラマ島奇談 丸尾末広.jpg  パノラマ島綺譚 光文社文庫.jpg パノラマ島奇談他4編 春陽文庫.jpg 天国と地獄の美女.jpg
パノラマ島綺譚―江戸川乱歩全集〈第2巻〉 (光文社文庫)』['04年]『パノラマ島奇談 (1951年) (春陽文庫〈第1068〉)』(装画:高塚省吾)
パノラマ島綺譚 (BEAM COMIX)』['08年]「天国と地獄の美女~江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」~ [DVD]

 2009(平成21)年・第13回「手塚治虫文化賞新生賞」受賞作。

江戸川乱歩×丸尾末広の世界 パノラマ島綺譚.jpg 「月刊コミックビーム」の2007(平成19)年7月号から翌年の1月号にかけて連載された作品に加筆修正したもの。「エスプ長井勝一漫画美術館主催事業」として、「江戸川乱歩×丸尾末広の世界 パノラマ島綺譚」展が今年(2011年)3月に宮城県塩竈市の「ふれあいエスプ塩竈」(生涯学習センター内)で開催されており(長井勝一氏は「月刊漫画ガロ」の初代編集長)、3月12日に丸尾氏のトークショーが予定されていましたが、前日に東日本大震災があり中止になっています。主催者側は残念だったと思いますが、原画が無事だったことが主催者側にとってもファンにとっても救いだったでしょうか。

 原作は、江戸川乱歩が「新青年」の1926(大正15)年10月号から1927(昭和2)年4月号にかけて5回にわたり連載した小説で、売れない小説家だった男が、自分と瓜二つの死んだ大富豪に成り替わることで巨万の富を得て、孤島に人工の桃源郷を築くというものです。

 光文社文庫版にある乱歩の自作解説(昭和36年・37年)によると、発表当初はあまり好評ではなく、それは「余りに独りよがりな夢に過ぎたからであろう」とし、「小説の大部分を占めるパノラマ島の描写が退屈がられたようである」ともしていますが、一方で、萩原朔太郎にこの作品を褒められ、そのことにより、対外的にも自信を持つようになったとも述べています。

江戸川乱歩名作集 春陽堂.jpg『江戸川乱歩名作集』.jpg 個人的には、昔、春陽堂の春陽文庫で読んだのが初読でしたが、ラストの"花火"にはやや唖然とさせられた印象があります。原作者自身でさえ"絵空事"のキライがあると捉えているものを、漫画として視覚的に再現した丸尾末広の果敢な挑戦はそれ自体評価に値し、また、その出来栄えもなかなかのものではないかと思われました。

 前半部分は、原作通り、主人公がいかにして死んだ大富豪に成り替わるかに重点が置かれ、このトリック自体もかなり無理がありそうなのですが、視覚化されると一応納得して読み進んでしまうものだなあと。

丸尾 末広 (原作:江戸川 乱歩) 『パノラマ島綺譚』1.jpg 但し、本当に描きたかったのは、後半のパノラマ島の描写だったのでしょう。海中にある「上下左右とも海底を見通すことのできる、ガラス張りのトンネル」などは、実際に最近の水族館などでは見られるようになっていますが、その島で行われていることは、一般的観念から見れば大いに猟奇変態的なものです。

 しかしながら、丸尾末広の他の作品との比較においてみると、独特の猥雑さが抑えられ、ロマネスク風の美意識が前面に押し出されているように思いました("妻"の遺体があるところが明智小五郎にバレるところなどは、原作の方が気持ち悪い。丸尾版では、明智小五郎が"ベックリンの絵"なる意匠概念を持ち出すなどして、ソフィストケイトされている)。
丸尾 末広 (原作:江戸川 乱歩) 『パノラマ島綺譚』12.jpg
 でも、やはり、ここまでよく描いたなあ。乱歩が夢想した世界に寄り添いながらも、それでいて、丸尾パワー全開といった感じでしょうか。但し、丸尾作品に特徴的なウエット感が無く、逆に、スコーンと突き抜けてしまっています。個人的には、これはこれで楽しめました。

 光文社文庫版にある江戸川乱歩の自作解説によると、原作は、昭和32年に菊田一夫がこれをミュージカル・コメディに書き換えて、榎本健一、トニー谷、有島一郎、三木のり平、宮城まり子、水谷良重などの出演で、当時の東宝劇場で上演したとのことです。一体、どんな舞台だったのでしょうか。


天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」 [DVD]
天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」.jpg 1977(昭和52)年から1994(平成6)年までテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で17年間33回にわたり放送されたテレビドラマシリーズ「江戸川乱歩 美女シリーズ」(内、天知茂版が1977年から1985(昭和60)年までの25回)の中で、第17話として1982(昭和57)年にジェームス三木の脚色によりドラマ化され江戸川乱歩 美女シリーズ 天国と地獄の美女01.jpgたことがあり(タイトルは「天国と地獄の美女」)、正月(1月2日)に3時間の拡大版(正味142分)で放映されています。明智小五郎役は天知茂、パノラマ島を造成する人見広介役は伊東四朗で(山林王・菰田源三郎と二役)、菰田千代江戸川乱歩 美女シリーズ 天国と地獄の美女02.jpg子(源三郎の妻)役が叶和貴子(当時25歳)、その他に小池朝雄、宮下順子、水野久美らがゲスト出演しています。パノラマ島64 天国と地獄の美女.png自体は再現し切れていないというのがもっぱらの評価で、実際観てみると、特撮も駆使しているものの、ジャングルとか火山とかの造型が妙に手作り感に溢れています(特撮と言うより"遠近法"?)。ただ、逆にこの温泉地の地獄巡り乃至"秘宝館"的キッチュ感が後にカルト的な話題になり、シリーズの中で最高傑作に推す人もいます(叶和貴子は第21話「白い素肌の美女」(原作『盲獣』(実質的には『一寸法師』)('83年)、北大路欣也版第3話「赤い乗馬服の美女」(原作『何者』)('87年)でも"美女役"を務めた)。
図1天国と地獄の美女.png
天国と地獄の美女 叶.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第17話)/天国と地獄の美女」●制作年:1982年●監督:井上梅次●プロデューサ:佐々木天国と地獄の美女95_.jpg孟/植野晃弘/稲垣健司●脚本:ジェームス三木●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「パノラマ島奇譚」●時間:142 分●出演:天知茂/叶和貴子/伊東四朗/荒井注/五十嵐めぐみ/小池朝雄/宮下順子/水野久美/柏原貴/原泉/東山明美/草薙幸二郎/北町嘉朗/松本朝夫/出光元/加瀬慎一/相原睦/渡辺憲悟/本田みちこ/喜多晋平/山本幸栄/小田草之介/加島潤/近藤玲子バレエ団●放送局:テレビ朝日●放送日:1982/01/02(評価:★★★☆)


江戸川乱歩 美女シリーズ3.jpg江戸川乱歩 美女シリーズ2.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(天知茂版)」●監督:井上梅次(第1作-第19作)/村川透/長谷和夫/貞永方久/永野靖忠●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎/井上梅次/長谷川公之/ジェームス三木/櫻井康裕/成沢昌茂/吉田剛/篠崎好/江連卓/池田雄一/山下六合雄●撮影:平瀬静雄●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩●出演:天知茂/五十嵐めぐみ(第1作-第19作)/高見知佳(第20作-第23作)/藤吉久美子(第24作・第25作)/大和田獏(第1作)/柏原貴(第6作-第19作)/小野田真之(第20作-第25作)/稲垣昭三(第1作)/北町嘉朗(第1作・第4作-第9作)/宮口二郎(第2作・第3作)/荒井注(第2作-第25作)●放映:1977/08~1985/08(天知茂版25回)【1986/07~1990/04(北大路欣也版6回)、1992/07~1994/01(西郷輝彦版2回)】●放送局:テレビ朝日


江戸川乱歩作品集III パノラマ島奇談・偉大なる夢 他.jpgパノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション (6).jpg【1951年文庫化[春陽文庫(『パノラマ島奇談 他4編―江戸川乱歩名作集2』)]/1987年再文庫化・2015年改版[春陽堂書店・江戸川乱歩文庫(『パノラマ島奇談 他4編』)]/1987年再文庫化[講談社・江戸川乱歩推理文庫(『パノラマ島奇談』)]/2004年再文庫化[光文社文庫(『パノラマ島綺譚―江戸川乱歩全集第2巻』)]/2009年再文庫化[角川ホラー文庫(『パノラマ島綺譚―江戸川乱歩ベストセレクション (6)』)]/2016年再文庫化[文春文庫(桜庭 一樹 (編)「パノラマ島綺譚」--『江戸川乱歩傑作選 獣』)]/2018年再文庫化[岩波文庫(『江戸川乱歩作品集III パノラマ島奇談・偉大なる夢 他』)]】
パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション (6) (角川ホラー文庫)』['09年]
江戸川乱歩作品集III パノラマ島奇談・偉大なる夢 他 (岩波文庫)』['18年]


●「江戸川乱歩の美女シリーズ」(全33話)放映ラインアップ
(天知茂版)

話数 放送日 サブタイトル 原作 美女役 視聴率
江戸川乱歩シリーズ 浴室の美女.jpg1 1977年8月20日 氷柱の美女 『吸血鬼』 三ツ矢歌子 12.6%
2 1978年1月7日 浴室の美女 『魔術師』 夏樹陽子 20.7%
3 1978年4月8日 死刑台の美女 『悪魔の紋章』 松原智恵子 15.6%
4 1978年7月8日 白い人魚の美女 『緑衣の鬼』 夏純子 14.5%
5 1978年10月14日 黒水仙の美女 『暗黒星』 ジュディ・オング 15.3%
6 1978年12月30日 妖精の美女 『黄金仮面』 由美かおる 14.0%
7 1979年1月6日 宝石の美女 『白髪鬼』 金沢碧 13.0%
8 1979年4月14日 悪魔のような美女 『黒蜥蜴』 小川真由美 15.4%
9 1979年6月9日 赤いさそりの美女 『妖虫』 宇津宮雅代 16.9%
10 1979年11月3日 大時計の美女 『幽霊塔』 結城しのぶ 23.4%
岡田奈々の「魅せられた美女」.jpg11 1980年4月12日 桜の国の美女 『黄金仮面II』 古手川祐子 15.9%
12 1980年10月4日 エマニエルの美女 『化人幻戯』 夏樹陽子 19.5%
13 1980年11月1日 魅せられた美女 『十字路』 岡田奈々 20.0%
14 1981年1月10日 五重塔の美女 『幽鬼の塔』 片平なぎさ 21.6%
15 1981年4月4日 鏡地獄の美女 『影男』 金沢碧 19.7%
16 1981年10月3日 白い乳房の美女 『地獄の道化師』 片桐夕子 20.1%
17 1982年1月2日 天国と地獄の美女 『パノラマ島奇談』 叶和貴子 16.6%
18 1982年4月3日 化粧台の美女 『蜘蛛男』 萩尾みどり 17.6%
19 1982年10月23日 湖底の美女 『湖畔亭事件』 松原千明 16.0%
20 1983年1月1日 天使と悪魔の美女 『白昼夢』(『猟奇の果て』) 高田美和 12.6%
江戸川乱歩シリーズ 禁断の実の美女.jpg21 1983年4月16日 白い素肌の美女 『盲獣』(『一寸法師』) 叶和貴子 13.3%
22 1984年1月7日 禁断の実の美女 『人間椅子』 萬田久子 18.9%
23 1984年11月10日 炎の中の美女 『三角館の恐怖』 早乙女愛 22.4%
24 1985年3月9日 妖しい傷あとの美女 『陰獣』 佳那晃子 24.7%
25 1985年8月3日 黒真珠の美女 『心理試験』 岡江久美子 26.3%
(北大路欣也版)
1 (26) 1986年7月5日 妖しいメロディの美女 『仮面の恐怖王』 夏樹陽子 19.9%
2 (27) 1987年1月10日 黒い仮面の美女 『凶器』 白都真理 17.0%
3 (28) 1987年8月15日 赤い乗馬服の美女 『何者』 叶和貴子 17.9%
4 (29) 1988年5月14日 日時計館の美女 『屋根裏の散歩者』 真野響子 16.4%
5 (30) 1989年8月26日 神戸六甲まぼろしの美女 『押絵と旅する男』 南條玲子
6 (31) 1990年4月14日 妖しい稲妻の美女 『魔術師』 佳那晃子 15.8%
(西郷輝彦版)
1 (32) 1992年7月4日 からくり人形の美女 『吸血鬼』 美保純 15.5%
2 (33) 1994年1月8日 みだらな喪服の美女 『白髪鬼』 杉本彩 13.4%

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性教育がテーマの学園ラブコメディ。悲恋物語でもあり、マリアの成因を辿ると奥が深いかも。

やけっぱちのマリア (全2巻)』.JPG
Iやけっぱちのマリア  全2巻.JPG

やけっぱちのマリア (1) (少年チャンピオン・コミックス)』『やけっぱちのマリア (2) (少年チャンピオン・コミックス)

やけっぱちのマリア0.bmp 父子家庭に育った中学1年生ヤケッパチこと焼野矢八(やけのやはち)は、自分が"妊娠"したような感覚に襲われ、ある日身体からエクトプラズム(生霊)を産む。そのエクトプラズムは、彼の父親の作ったダッチワイフに宿ってマリアと名付けられ、ヤケッパチと同じ学校に通うようになる。マリアは見かけは可愛い少女だが、性格は「産みの親」ヤケッパチ似のやんちゃだった―。

やけっぱちのマリア マリア.bmp '70(昭和45)年4月から11月にかけて「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された作品で、作者自身は「性教育をテーマにした青春もの」としていますが、どこかの地方自治体では、この作品の連載を理由に「少年チャンピオン」を有害図書に指定したところもあったとのことです(この作品自体、永井豪の『ハレンチ学園』のヒ米沢 嘉博.jpgットなどの影響を受けているとされている)。カストリ誌をはじめ戦後のエロマンガを網羅した漫画評論家・米澤嘉博の未完の大著『戦後エロマンガ史』('10年/青林工藝社)では、1970年に手塚治虫が描いた〈性教育マンガ〉として「やけっぱちのマリア」と「アポロの歌」が挙がっていますが(p109)、ということは「エロマンガ」ではないとの認識ではないでしょうか。
米澤嘉博(1953-2006)

 作者は「読者はもっとおおらかだから大丈夫」とみて描き続けたとのことですが、今読んでも、「性教育」の参考書(?)としても古さを感じさせず、さすが医学博士。まあ、トータルで見れば、肩の凝らない学園ラブコメディであり、学校を仕切る「タテヨコ会」のナンバーワン(ボス)が、その学校の女生徒であるというのが面白い設定だと思います。

やけっぱちのマリア ボス.bmpやけっぱちのマリア ナンバー1.bmp ヤケッパチを巡って"ナンバーワン"はマリアと争い、"ナンバーワン"はマリアを「荷造り」して(元々はダッチワイフであるわけだ)網走の刑務所の死刑囚の下へ送ってしまった間、ヤケッパチを誘惑する―その際の中学生である"ナンバーワン"の全裸シーン、と言うより裸になって同級生を誘惑するという設定が、性教育としては"ゆきすぎ"であり、"有害"とされたようです(因みに、ナンバーワンの苗字は雪杉)。

 一方、死刑囚の下に送られたマリアは、その死刑囚に強引に結婚を迫られるという、双方波瀾万丈のストーリーですが、互いに好き合うヤケッパチとマリアの恋は成就に至ることなく、最後はしんみりさせられるようなエンディング(とりわけマリアがちょっと気の毒、と言うか可哀想過ぎる?)。確かにコメディだけれども、ヒトと生霊の悲恋物語でもあります(手塚作品によく見られる「異類恋愛譚」の1パターンともとれる)。

 ヤケッパチの身体の中にエクトプラズムが生じたのは、3歳で母親を亡くした彼が、母性愛への潜在的な飢えから、自らの内部に女性的なものを分身として培っていた結果であるというのが作中の解釈で、「ユングのアニマ」みたいでもあるし、「フロイトのエディプス・コンプレックス」みたいでもあり(作中に「エディプス・コンプレックス」の解説がある)、ヤケッパチのマリアとの別れは、ある意味、彼の成長を象徴するものともとれ、この辺りは意外と奥が深かったかもしれません。

【1971年単行本[秋田書店・少年チャンピオン・コミックス(全2巻)]/1983年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(全2巻)]/1996年再文庫化[秋田文庫]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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普通の高校生が超能力を持ってしまったら...。作者自身も完成度にやや不満があった?

ユフラテの樹.jpgユフラテの樹.JPG   ユフラテの樹2.jpg
ユフラテの樹 (スターコミックス)』['75年] /『ユフラテの樹 (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)』['96年]

 高校の生物研究会の鎌は、伯父・庄之助の所有物であり謎の島とされている「恵法場島」という小島を調査する目的で、夏休みを利用して同級生の大矢、シイ子と共に島を訪れるが、島の住民や動物達の妨害に遭う。3人は島で不思議な大木を見つけるが、死んだはずの鎌庄之助が「超人」として現れ、その「ユフラテの樹」の実にはドルベスチンという物質が含まれていて、食べると「大脳皮質を興奮させ眠っている部分を目覚めさせ知能を発達させる」ため、危険なので食べてはいけないと警告する。東京に帰って学校生活に戻った3人は、大矢が密かに持ち帰った実を、決して食べないという互いの誓いを破って食べてしまい、鎌は念力を持ち、大矢は天才科学者になり、シイ子は天才ピアニストになるが、鎌は念力で、テレビに出ていた犯罪者を殺し、さらに本気で世界征服の野望を抱くようになる―。

 学習研究社の「高1コース」の '73(昭和48)年4月から'74(昭和49)年3月号に連載された作品で、普通の高校生が、未熟な精神のまま突然超能力を身につけたとしたら...という話です。
 
『ユフラテの樹』.JPG 鎌が「ユフラテの実」を食べてしまった理由が超能力を持ちたいというものであるのに対し、大矢はテストでいい成績を取りたいというのが、シイ子は発表会でピアノを上手く弾きたいというのがその理由。共に、さし迫った課題に対して準備不足であるといった切羽詰まった状況によるものである点が、いかにも高校生の日常感覚に近いところで描かれていたように思います。

 でも、主人公の鎌の暴走で(彼は殺人も犯しているわけで)話はどんどん拡大し、この話、当時リアルタイムで読んだのですが、どう決着つけたのだったかなあと思ったら、そういうことだったのかと。
 まあ、夢オチよりはましだけれど、これでも鎌の犯した罪は清算されないだろなあ(でも、罰を下す意味も無くなっているわけだが)。

 一見、教訓的な結末に落ち着いた感もありますが、誰もが意識的・無意識的に持っている願望を衝いている点は、やはり上手いと言えるかも。

 作者自身は、この作品をあまり気に入っていなかったそうで、「全体の構想など全く無いままに連載を始めた」そうですが(並行して何本も連載を抱え、更に「ブッダ」や「ブラック・ジャック」などの大作にとりかかった頃でもあり、忙しかったのか)、自身でも完成度にやはり不満があったのでしょうか。

 但し、予め作品のテーマだけはしっかり定めているように思われ、プロットの鍵となる「超人・鎌庄之助の正体」なども事前に構想済みだったようには思えます。
 
【1975年単行本[大都社スターコミックス]/1983年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1996年再文庫化[秋田文庫]/1999年単行本[秋田書店・サンデーコミックス]/2009年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富む短篇集。密度が濃く、楽しめる。

空気の底 大都社 全1巻 1975.jpg   空気の底 上下 1971 朝日ソノラマ.jpg  朝日ソノラマ SUN MILLION COMICS 1978 上・下.jpg
空気の底 (ハードコミックス)』['75年/大都社]/『空気の底全2巻完結』['71年/朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/『空気の底 (1978年) (Sun million comics)』[朝日ソノラマ]

「ふたりは空気の底に」.JPG空気の底.JPG 手塚治虫が'68(昭和43)年9月から'70(昭和45)年4月にかけて青年向け雑誌「プレイコミック」の創刊号から読みきりの形で連載したものを纏めたもので、SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富んでいて、テーマ的にも、人種差別、環境破壊、戦争と核の脅威、生命操作といった時事問題に踏み込む一方で、「性」や「死」といった人間の根源的なものから、人生の皮肉や不条理などにまで及んでいます。

空気の底 (ハードコミックス)』大都社(1975/05/10)
「ふたりは空気の底に」

 当初、朝日ソノラマで単行本刊行され、その後に出たものは、大まかには大都社版、講談社全集版、秋田書店版の3種類があり、自分が持っている「大都社」版は「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「うろこが崎」「暗い窓の女」「わが谷は未知なりき」「嚢(ふくろ)」「処刑は3時に終わった」「バイパスの夜」「猫の血」「蛸の足」「聖女懐妊」「電話」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の15篇を収録しています。

 「玉石混淆」とみる人もいますが、個人的には、作者のストーリー・テラーぶりが何れもよく発揮されているように思われ、作者自身がこの「空気の底」シリーズを気に入っていて、単行本のあとがきで、「『空気の底』に収録されているいずれの作品も長編に成りうる要素を持っている」と言っているのも頷けました。

 でも、やはり短篇向きかな(アンブローズ・ビアスの短篇を想起させられた作品が幾つかあった)。中でも特に個人的に印象に残ったのは、「夜の声」「野郎と断崖」「ロバンナよ」あたりでしょうか。

 「夜の声」...日曜だけ乞食になって道に座るという風変わりな道楽を持つ、やり手の青年社長が、ある日家出した若い女を助け、女は乞食の掘立小屋で生活するようになり、真面目で心が美しい彼女が気に入った青年は、彼女を自分の会社に入社させ、妻にしようと考えるのだが― (人生の皮肉が効いている)。

01野郎と断崖.jpg 「野郎と断崖」...フランス西海岸に「妄想の崖」と呼ばれる切り立った崖が空気の底 野郎と断崖.jpgあり、監獄から脱走した男がこの崖に逃げて来て、通りがかった家族連れを人質に崖下へ逃げるが、崖の上では警官の話し声や、男を説得する警官の声が聞こえる。男は行き場の無い崖中腹から逃げる事も出来ず、家族連れを殺害し、崖の上の警官隊に突入するが― (アンブローズ・ビアスっぽい。「処刑は3時に終わった」の方は、完全にビアス調だった)。

「プレイコミック」1000号記念別冊「空気の底(野郎と断崖)」
  
01ロバンナよ.jpg 「ロバンナよ」...大学時代の悪友を南伊豆に訪ねた手塚治虫は、世間とのつきあいを断った友が、雌ロバを可愛がっていることを知る。その晩泊まった手塚は、友人の妻がロバを殺そうとするのを止空気の底 ロバンナよ.jpgめるが、彼女が言うには、夫は動物の方が好きの変態だと。しかし友人は、自分の実験の失敗によって、妻とロバの心が入れ替わってしまったためだと言う― (ラストで両者の言い分の真偽を考えさせられる面白さ)。

空気の底』[Kindle版]

 因みに、秋田書店版は「処刑は3時に終わった」「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「グランドメサの決闘」「うろこが崎」「暗い窓の女」「そこに穴があった」「わが谷は未知なりき」「猫の血」「電話」「カメレオン」「聖女懐妊」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の16篇を収録していて、大都社のハードコミックス版には、「グランドメサの決闘」「そこに穴があった」「カメレオン」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」の4篇が無く、代わりに、「嚢(ふくろ)」「バイパスの夜」「蛸の足」の3篇が加わっていることになります。

空気の底 2011.jpg 「嚢(ふくろ)」は『ブラック・ジャック』の「ピノコ誕生」とモチーフが重なるのが興味深く、「バイパスの夜」もタクシーの運転手と乗客の遣り取りがサスペンス・タッチで面白く、「蛸の足」はちょっとグロテスクな味付け。

 公害問題が織り込まれている「うろこが崎」のラストもグロテスクであり、「猫の血」の前半部分などになるとそれこそ"梅図かずお風"であったりと、いろんな筆致やトーンが見られるのも、この短篇集の特徴かと思われます。

 全体のトーンが暗いせいもあってか、手塚作品の中ではマイナーな部類かもしれませんが、なかなか密度の濃い短篇集であり、個人的には大いに楽しめました。

空気の底 (手塚治虫文庫全集 BT 143)』講談社 (2011/7/12)

【1971年単行本・1978年改訂[朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/1975年単行本・1985年改訂[大都社ハードコミックス]/1982年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1992年単行本・2007年改訂[秋田書店・手塚治虫傑作選集]/1995年再文庫化[秋田文庫]/2011年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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事実にフィクションを織り交ぜることで、長編としての完成度が高まった 『総員玉砕せよ!』。

総員玉砕せよ! 1973.jpg 総員玉砕せよ!.jpg    硫黄島からの手紙 dvd.jpg 硫黄島からの手紙   00.jpg
『総員玉砕せよ!!―聖ジョージ岬・哀歌』『総員玉砕せよ! (講談社文庫)』「硫黄島からの手紙 [DVD]」渡辺謙/二宮和也

 '73(昭和48)年8月に講談社より刊行された書き下ろし長編戦記漫画(刊行時タイトルは『総員玉砕せよ!!―聖ジョージ岬・哀歌』、原型は初期の絵巻風作品『ラバウル戦記』)で、作者の戦記モノには、『敗走記』など自らの従軍体験に基づくものと、『白い旗』など戦争史料に基づくものがありますが、ニューブリテン島を舞台に「ラバウル玉砕」を描いたこの作品は、作者自身は'91 年版のあとがきで「90%以上は事実」としています。

 但し、『ラバウル戦記』が殆ど作者の実体験に基づいた記録風の作品であるのに対し、講談社文庫版解説の足立倫行氏によると、この物語で描かれている1回目の"不完全な"玉砕と2回目の玉砕の内、2回目の玉砕は現実には無く、1回目の玉砕を果たせなかった責任を負って将校2名が自決させられたのは事実だそうですが(これは、この作品でも描かれている)、残った将校たちは次の戦闘が無かったために生き延びたとのこと。更には、作者自身は、マラリアで寝込んでいた時に空爆を受け、左腕を失って後方に退き、ラバウル近郊の傷病兵部隊で療養していたため、不完全に終わった最初の玉砕の際にも現地にはいなかったとのことです。

 しかし、この長編作品を書き下ろすに際し(作者の戦記マンガの殆どは短編)、作品中の丸山二等兵に自身を仮託し、自らが所属した部隊の日常と非日常を描くとともに(仲間が鰐に食べられたり、魚が口に飛び込んで死んだりしたというのは"日常"と解すべか"非日常"と解すべきか、ともかく尋常では無い日常なのだが)、その丸山二等兵を"幻の"2回目の玉砕に登場させるなどのフィクションを織り込んでいることは、足立氏が指摘するように、この作品の長編としての成功に繋がっているように思いました。

 結局、当時の南方の島で追い詰められた日本兵達は、悪化する戦況の中で「精神論」を最大の拠り所に戦っていたように思われ、そのため敵前逃走や玉砕の失敗に過敏になり、自らの部隊の士気を維持するために仲間内で処刑を行ったりして"裏切り者"を排除しようとしたのだなあ。「そうしないと示しがつかない」という意識から「示しをつける」ということ自体が目的化してしまうところが日本的であるように思われました。

 責任をとらされて腹を切らされる将校も辛いけれど、兵隊は兵隊で大変。作者は「将校、下士官、馬、兵隊といわれる順位の軍隊で兵隊というのは"人間"ではなく馬以下の生物と思われていた」とし、その実態が作品中にも描かれていますが、「玉砕で生き残るというのは卑怯ではなく、"人間"としての最後の抵抗ではなかったか」と書いています。

水木しげる「総員玉砕せよ」.jpg そもそも、「ラバウルの場合、後方に十万の兵隊が、ぬくぬく生活しているのに、その前線で五百人の兵隊に死ねと言われても、とても兵隊全体の同意は得られるものではない」とも書いており、物語の中で、部下に突入を命じながら「君達の玉砕を見届ける義務がある」といって自身はそこに留まろうとしている内に流れ弾に当たって死んだ参謀も、実際には「テキトウな時に上手に逃げた」とのこと(この部分は事実の改変部分であると作者自身が書いている)。

「総員玉砕せよ!」より

 日本において戦争が映画化され、その悲惨さが描かれることがあっても、こうした部隊内の矛盾が描かれることはあまり無く、国家のために命を落とした人達を英霊として尊ばなければならないという意識の方が優先された描き方になっていることが多いように思います(最近その傾向が強まってきているし、また、そうした意識の強い人が映画を撮っている)。

硫黄島からの手紙2.jpg 最近の映画の中では強いて言えば、太平洋戦争末期の硫黄島攻防の際の日本側最高司令官であった栗林忠道陸軍中将を主人公にした「硫黄島からの手紙」('06年)の中で、そうした軍隊の内部粛清などの非人間的な面も比較的きっちり描いていたように思われますが、これはクリント・イーストウッドが監督した「アメリカ映画」です(ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」、ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」受賞作)。

 栗林忠道が人格者であったことは間違いないと思われ、映画での描かれ方においても、その"悲劇のヒーロー"ぶりが強調され、これもある種ハリウッド・スタイルの作品と言えますが、一方で、軍隊というものを美化せずに、その組織内部の矛盾をも描いている点は、さすがクリントイーストウッド、とも言えるのかも。

 栗林忠道については、家族への手紙全41通を完全収録し、半藤一利氏による詳細な解説と注・年譜を付した『栗林忠道 硫黄島からの手紙』('06年/文芸春秋、'09年/文春文庫)のほか、梯(かけはし)久美子氏による評伝『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道』('05年/新潮社、'08年/新潮文庫)があります。

鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争.jpg 尚、『総員玉砕せよ!』は、NHKスペシャルで'07 年 8 月 12 日に「鬼太郎が見た玉砕」というタイトルで香川照之主演でドラマ化されたものが放映されていますが個人的には未見です。

鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~ [DVD]

「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~」●演出:柳川強●作:西岡琢也弘●撮影:毛利康裕●音楽:大友良英●原作:水木 しげる●出演:香川照之/田畑智子/塩見三省/嶋田久作/榎木孝明/北村有起哉/石橋蓮司/神戸浩/壌晴/瑳川哲朗/木村彰吾/今村雅美/高田聖子/(声)野沢雅子/田の中勇/大塚周夫●放映:2007/8/12(全1回)●放送局:NHK

硫黄島からの手紙1.jpg「硫黄島からの手紙」●原題:LETTERS FROM IWO JIMA●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/スティーヴン・スピルバーグ/ロバート・ロレンツ●脚本:アイリス・ヤマシタ●撮影:トム・スターン●音楽:カイル・イーストウッド/マイケル・スティーヴンス●時間:141分●出演:渡辺謙/二宮和也/伊原剛志/加瀬亮/中村獅童/渡辺広/坂東工/松崎悠希/山口貴史/尾崎英二郎/裕木奈江/阪上伸正/安東生馬/サニー斉藤/安部義広/県敏哉/戸田年治/ケン・ケンセイ/長土居政史/志摩明子/諸澤和之●日本公開:2006/12●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)      中村獅童 in「硫黄島からの手紙」

【1985年単行本[ほるぷ平和漫画シリーズ(25)(『総員玉砕せよ―聖ジョージ岬・哀歌』)]/1991年単行本[講談社・水木しげる戦記ドキュメンタリー(1)]/1995年文庫化[講談社文庫]/2007年ムック版[集英社(SHUEISHA HOME REMIX)』)(『総員玉砕せよ!―戦記ドキュメント』]】

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懐かしい「U結社編」。海中戦の3次元感覚を、漫画の2次元の世界の中で上手く描いている。

サブマリン707 00.jpg  サブマリン707 別冊サンデー.jpg  サブマリン707 完全復刻.jpg  サブマリン707r dvd.jpg
サブマリン707 1 (サンデーコミックス)』['67年]/『サブマリン707 1 完全復刻版 (ラポートコミックス)』['93年]/「サブマリン707R/MISSION:01 [DVD]」['03年]

 太平洋に出没する謎の怪潜を追って出撃する海上自衛隊の潜水艦「707号」は、途中で貨客船の生き残りの3少年を収容する―(「U結社編」)。

サブマリン707 2.jpg 「週刊少年サンデー」に'63(昭和38)年から'65年(昭和40)年まで連載された小澤さとる(1936-)氏による海洋冒険漫画で、当時の男子小学生はこぞってこの作品に没頭し、関連するプラモデル商品などを買い求め、ゴム動力の模型潜水艦を学校の中庭の池などに浮かべて遊んだものでした(ウチの学校だけか?)。

 '77(昭和52)年刊行の「秋田漫画文庫」(全7巻)で再読。いつも誰かしら強敵と海中で戦っていたイメージがありますが、「U結社編」(全51回)、「謎のムウ潜団編」(全42回)、「ジェット海流編」(全8回)、「アポロノーム編」(全20回)、「盗まれた潜水艦編」(全1回)という長短織り交ぜたシリーズ構成だったのだなあと。

「月刊別冊少年サンデー」(怪潜U結社団)

 読み返して最も面白かった(ノスタルジーを掻き立てられた)のは最初の「U結社編」で、敵役のウルフという元ドイツ第三帝国の中尉がなかなか渋く、また、作品中に「ホーミング魚雷」とか「ソナー」とか「フリゲート」といった用語解説が図入りで解説されており、ストーリー展開も本格的な戦記ものの雰囲気を醸しています。

 この時点での「707号」は旧式のオンボロ艦なのですが、潜水艦同士の海中での戦闘というのは、戦闘機同士の空中戦と同じく3次元の世界の戦いであり(この3次元感覚を、漫画という2次元の世界の中で上手く描いている)、707号の艦長・速水とかつての戦友で今は敵であるウルフとの戦いは、「兵力戦」というより「知力戦」になっていて、オンボロ艦が知力で強敵を負かすところがいいです。

 これが、「707号」が新式となり、救出された少年たちが少年自衛官として活躍するようになる「謎のムウ潜団編」以降になると、一気に冒険譚風となり、「謎のムウ潜団編」などには、古代ムウ文明の生き残りの人々が住む海底帝国とかが出てきて、やや子供っぽくなりますが、子供の頃は、この辺りも夢中になって読んだのかもしれません(現時点での星4つの評価は「U結社編」に対して)。

 '67(昭和42)年に秋田書店の「サンデーコミックス」(全6巻)として刊行された際に、すでに雑誌連載時のものから改変が加えられていたようで(その前の連載中の'64年に第1巻が刊行された東邦図書版もあるが絶版で入手困難)、'85(昭和60)年の「秋田コミックスセレクト」での再単行本化も同じ内容、それが、'93(平成5)年にラポートから雑誌連載の「完全復刻版」(全6巻)が出されたということで、やはりカルトなファンがいるのだなあという感じがします。

 '03(平成15)年に「サブマリン707R(Revolution) 」としてアニメ化(2度目)もされていますが(707号の船体が何だか「宇宙戦艦ヤマト」っぽくなっている)、今のようなCG全盛の時代ならば、実写版でも可能ではないかと(アニメにもCGが使われている)。但し、そうなればそうなったで、内容的はやはり大幅に改変されてしまうのだろうなあ、女性とかが登場したりして(原作では"登場人物"と呼べるレベルでの女性は一切登場しない)。

【1967年単行本化[秋田書店「サンデーコミックス(全6巻)」]/1977年文庫化[秋田漫画文庫(全7巻)]/1985年再単行本化[「秋田コミックスセレクト」]/1993年[ラポート「完全復刻版」(全6巻)]】

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単行本化に際してハッピーエンドからアンハッピーエンドに改変。「完全版」では両方が読める。

人間ども集まれ!.jpg人間ども集まれ! es.jpg  人間ども集まれ! bunnko 1.jpg 人間ども集まれ!200_.jpg
人間ども集まれ!』['99年/ 実業之日本社]/ホリデー新書マンガシリーズ(上・下)['68年/実業之日本社]/『人間ども集まれ!(1) (手塚治虫漫画全集)』『人間ども集まれ!(2) (手塚治虫漫画全集)

人間ども集まれ!ges.jpg 東南アジアの独裁国パイパニアでは、人工受精によって人間を大量生産し、兵士に育てる計画が進んでいたが、そのパイパニアへ日本の自衛隊から義勇兵として送られた天下太平は、脱走して捕まり人工受精の研究の実験台にされてしまう。ところが、太平の精子は特殊なもので、彼の精子から生まれた子供は、男でも女でもない第三の性、働き蜂のような無性人間だった。戦争が終わると、医師・大伴黒主とイベント屋・木座神明は、無性人間を使って大儲けすることを企むが、やがて無性人間の中にも反逆する者が出始め、無性人間同士を戦わせる戦争ショーが行われる中、今まで奴隷や兵士として消耗されていた彼らが一斉に立ち上がる―。
     
人間ども集まれ!1.jpg『人間ども集まれ!』.jpg オリジナルは1967(昭和42)年1月から翌年7月にかけて「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に連載されたアダルト向けの作品であり、手塚治虫が珍しくもエロチック・ナンセンスに挑んだ作品とされています。但し、エロチックと言っても手塚流のそれであり、いやらしさはありませんが、一応連載に際しては、小島功の筆致などは参考にはしたようです(自身の従来の筆致ではエロチックさに欠けると考えたのか? 雑誌連載時の筆致と単行本化の際のそれとではタッチが異なる)。

 また、ナンセンスかというと、ギャグは豊富に鏤められていますが、全体としては壮大な人間喜劇(悲喜劇)となっていて、その中で、戦争、差別、性といった問題が批判的に提起されており、やはり手塚治虫は手塚治虫という感じです。そもそも、批判精神の無い漫画など意味がなく、手塚治虫がそんなもの描くために時間を費やすことはあり得なかったのでしょう。

 知る人ぞ知る作品とも言えますが、単行本化される際に、雑誌連載時の後半がかなり削られ、結末も大幅に改編されました。本書(完全版)では、約660ページの内、430ページまでで単行本化された内容が完結した後、第2部として、単行本において改変の大きかったところを中心に雑誌連載時の改変前のオリジナル版を170ページにわたって掲載しています。

手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』1.jpg 更に第3部として、各界の人々からのこの作品に対する論評、思い、漫画などが寄せられています。そのメンバーは、大林宣彦、中島梓、武宮惠子、横田順彌、石上三昇志、夏目房之介、山本貴嗣、米沢嘉博、村上和彦、みなもと太郎、中村桂子(生命誌研究者)など、錚々たるもの。更に、野口文雄氏が、手塚作品におけるセクシュアル表現を、様々な例を挙げて分析しています。

 単行本版は、無性人間は自由を獲得するも、彼らにとって性の無い虚しい世界は永遠に続くという何か突き放したような結末で、しかもかなり唐突に終わりますが、オリジナルである雑誌連載版の結末は、T大教授による起性手術によって無性人間に性がもたらされるという、ある種ハッピーエンドとなっています(旧単行本には全く無い話)。

手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』2.jpg 村上和彦氏は、ハッピーエンドがアンハッピーに書きかえられた原因として、連載中の'67年に、南アフリカバーナード博士による心臓移植手術があり、'68年には、札幌医大・和田教授により日本でも世界で30例目となる手術が行なわれたものの、その手術を受けた患者の多くが、拒絶反応や合併症で数十日から数百日で死亡し、和田教授の患者も死亡したことで、こうした生命医学のテクノロジーに懐疑的乃至ペシミスティクになったのではないかといった考察をしていますが、そうかも知れないし、そうで無いかも知れない―。

 この時期には、ベトナム戦争の激化、紅衛兵事件、金嬉老事件といった様々な暗い時事的イシューがあり、色々な出来事の影響を受けているようにも思います。無性人間が敵味方に分かれて「パイパニア戦争」の戦場に駆り出される場面は、完全にベトナム戦争への風刺であり、「戦争ショー」は筒井康隆氏の「ベトナム観光公社」('67年)にも似ています。但し、結末の書き換えについて手塚治虫自身は、講談社漫画文庫のあとがきで、その頃読んだカレル・チャペックの『山椒魚戦争』の影響があると思っている」としています。

 個人的には、連載時の筆致と単行本のそれとではタッチが異なるのがよく分って興味深かったですが(雑誌連載版の方は急いで描いている感じで、単行本版に比べてベタ塗りが少なく、ペンが掠れている箇所がある。また、連載時のものは小島功の模倣タッチの色合いがより濃い)、ストーリーを改変していない部分も含め、これだけの長編を殆ど全部描き直しているのだなあ。改めて、その仕事の量の膨大さと、質の高さ、木目の細かさに驚かされました。

【1968年単行本(新書)化[実業之日本社ホリデー新書マンガシリーズ(ホリデーコミックス)(上・下)]/1973】年[COM名作コミックス復刊]/1978年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(上・下)]/1995年再文庫化[文春文庫ビジュアル版(上・下)]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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"私小説"的なものを強く感じる。「自分の虚構化」を通して自身が作中人物になってしまった?

近所の景色/無能の人  .jpg 近所の景色/無能の人00_.jpg 無能の人.jpg  無能の人 映画.jpg
つげ義春全集 (8)』(1994/04 筑摩書房)/『つげ義春コレクション 近所の景色/無能の人 (ちくま文庫)』(2009/01)/『無能の人』['87年/日本文芸社]/竹中直人監督・主演「無能の人」(1991)

 1979(昭和54)年発表の「魚石」から1986(昭和61)年発表の「蒸発」まで10作を収めたもので、全8巻(+別巻)の筑摩書房版の全集の第8巻であり、"後期作品"ということになりますが、やはり、この人の作品でしか味わえない、最近の漫画では類型を見出し難い独特の雰囲気があります。

 漫画を読んでいるというより、小説を読んでいるという感じで、最初の「魚石」は、"時代もの"をとの版元の要請に応えるべく描かれ、魚石という不思議な石を巡る江戸時代の話が作中に織り込まれている分"物語"的であり、その後の「近所の風景」('81年)も在日朝鮮人の集落を背景とした"物語"ですが(初期作品「山椒魚」を思い出した)、以降の80年代の作品は、何れも"私小説"的なものを強く感じます。

 「散歩の日々」('84年)のラストの「 自分は売上金を三百円くすねた...」とか、この辺りはまだほのぼのとした雰囲気もありますが、その後の「ある無名作家」('84年)は、内容も暗いけれど、ラストの「ふと子供の頃義父にひどい仕打ちをうけたことを思い出した」というのも、暗いなあ(この暗さがいいのだが)。それに続くのが、「無能の人」('85年)に代表される"石屋シリーズ"です。

 主人公(最近漫画を描かない漫画家)や主人公が接する人々は、うらぶれて半ば世捨て人のように生きていて、但しそれは、人から尊敬されるような高邁な精神生活ではなく、家族を抱え、妻に愛想をつかされたりしながらも、生きる糧を求めながらのかつかつの生活をしているという―、表面的には暗いムードの話が多いのですが、一方で、敢えて時代に追従せず、自我を抑制して淡々と生きる生き方への作者の憧憬のようなものも感じます。

石を売る.jpg 主人公がいきなり「石屋」を始めるとか、かなり浮世離れしている感じもしますが、「石を売る」('85年)、「無能の人」に描かれている"売石業"にしろ、「カメラを売る」('86年)に描かれている中古カメラ屋にしろ、実際に作者が漫画家からの転身を図って試みた"商売"であるとのこと、但し、だからと言って、《主人公=作者》ということになるはずはなく、そこに自分自身の虚構化という作為があることは、作者自身も認めていますが(カメラ屋をやっていた頃の作者の写真を見ると、やけに朗らかで、作中の人物とイメージは異なる)、この作者の場合、自分の生活が本当に作品の主人公みたいになってしまう傾向があるのではないかという気がしなくもないです。

つげ義春全集.jpg 筑摩版の全集は'93年から'94年にかけて刊行されましたが、作者自身は、'87年の「別離」以降は作品を発表しておらず、今日まで長い沈黙を続けており、「無能の人」みたいな生活を送っているのかなあ(この全集も'08年から'09年にかけて全巻文庫化されているので、印税とかは入っているだろうけれど...)。
 
無能の人dvd.jpg 「無能の人」1991年、竹中直人監督・主演で映画化され、これは竹中直人の映画初監督作品でしたが、1991年ヴェネツィア国際映画祭で「国際批評家連盟賞」を受賞し、また竹中直人は、1991年度「芸術選奨新人賞」を受賞しています。

無能の人 [DVD]」出演 : 竹中直人/風吹ジュン/三浦友和
        
 無能の人ド.jpg
 
 【2009年文庫化[ちくま文庫(『近所の景色/無能の人―つげ義春コレクション8』)]】

単行本『無能の人』(1992年/日本文芸社)
無能の人 単行本.jpg《読書MEMO》
『近所の景色/無能の人―つげ義春全集8』
・魚石(1979年11月)...「時代もの」の話が作中に織り込まれている
・近所の景色(1981年10月)... 在日朝鮮人の集落が背景
・散歩の日々(1984年6月)... 2年半の空白期間の後に発表
・ある無名作家(1984年9月)... 作者の創作姿勢が反映されている?
・石を売る(1985年6月)..."石屋シリーズ"の最初の作品
・無能の人(1985年9月)...「無能」ということを意識した"石屋シリーズ"第2作
・鳥師(1985年12月)... 作者が出あった"鳥男"のイメージをもとに創作
・探石行(1986年3月)..."石屋シリーズ"第3作
・カメラを売る(1986年6月) ... "石屋シリーズ"の主人公が骨董カメラを売る話
・蒸発(1986年12月)... 書店主・山井のおき方を漂白の俳人・井月に重ねた作品

「散歩の日々」はCMディレクターの長尾直樹監督、豊川悦司主演、木村多江助演でテレビドラマ化された。

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ストーリーテイリングのしっかりた傑作。民話ブームの先駆け?

ハトよ天まで.jpg ハトよ天まで1.jpg ハトよ天まで 中公文庫コミック版1.jpg ハトよ天まで 中公文庫コミック版2.jpg
手塚治虫作品集〈1〉ハトよ天まで (1975年)』 『ハトよ天まで (1) (手塚治虫漫画全集 (47))』 (全3巻)『ハトよ天まで (1) (中公文庫―コミック版)』『ハトよ天まで (2) (中公文庫―コミック版)

ハトよ天まで.jpg 久呂岳と黒姫山には、それぞれアビルとテングという主がいて争いを続けてきたが、麓の村人たちは、そのとばっちりを受け、飢えと貧困に苦しんでいた。母親と別れ父親に死なれたタカ丸・ハト丸の兄弟は、その両山の狭間にある竜が渕の大蛇・立田姫を育ての親として成長するが、やがてタカ丸は出世を望んで村を出て都へ行き、一方のハト丸は、村に残って村の平和を守ろうとし、それぞれに数奇な人々と出会い、多くの妖怪たちと戦うことになる―。

ハトよ天まで 作品集.jpg '64(昭和39)年11月から'67(昭和42)年1月にかけて「サンケイ新聞」に連載された作品で、全集そのものが完結しなかった文民社の「手塚治虫全集」の第1巻に収録された作品ですが、作者の唯一の「民話絵物語」であるとのことです。
 その前に同紙に'61(昭和36)年から3年間連載していた『オズマ隊長』も「絵物語」作品ですが、これは近未来物語であり、民話的な愛蔵版 ハトよ天まで.jpg作品となると初期の手塚作品には短編も含め殆ど無く、そうした意味では貴重な作品ですが、それだけでなく、ストーリーテイリングのしっかりた傑作として仕上がっています。

 '78年刊行の講談社の「手塚治虫漫画全集」の方の作者の"あとがき"では、"最近になって民話復活のきざしがみえはじめました"とありますが、これは、'75年にTBS系で放送がスタートした「日本むかし話」のことを指していて、「あれは虫プロダクション出身の人が中心になってつくった」と。 ならば、この作品は、約30年続いた長寿番組の先駆け的作品とも言えるのではないかという気もしますが、この作品自体、松谷みよ子氏の名作「竜の子太郎」に刺激を受けて描いたことを正直に告白しています。
ハトよ天まで』 ['90年/文藝春秋]

ハトよ天まで kindle.jpg 様々な妖怪たちの戦い、妖怪と人間の戦い、そして人間同士の争いという縦軸に、育ての母の愛情、兄弟の反目と協力、彼らの人間的成長という横軸を絡ませたストーリーの巧みさは見事で、時に応じて兄弟の敵となり味方となる佐佐木大二郎という合理主義者のキャラクターも、物語に緊張をもたらす意味で効いているように思いました。

 一応の大円団は迎えるものの、事後談においては単なるハッピーエンドに終わらせず、現実の厳しさを忘れないのも、手塚治虫ならでは。
 個人的に懐かしい作品ですが、読み直してみて、子供の頃にはらはらどきどき、或いはわくわくさせられた思いが甦ってきました。

Kindle版(2014)

 【1975年全集版[文民社]/1977年全集[講談社(全3巻)]/1982年手塚治虫選集[ほるぷ社(全2巻)]/1990年中公コミックス愛蔵版・1996年中公文庫コミック版(全2巻)[中央公論社]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]/2014年Kindle版[ 手塚プロダクション(全3巻)]】

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「法律家っちゅうのはお上公認のヤクザなんじゃ!!」 でも、ちょっとやり過ぎ。

カバチタレ!.jpg カバチタレ!.jpg 0ドラマ カバチタレ.jpg 「おくさまは18歳」3.jpg
カバチタレ!(1) (モーニング KC)』「カバチタレ!<完全版> 1 [DVD]」陣内孝則/常盤貴子/深津絵里
カバチタレ! 全20巻完結(モーニングKC ) [マーケットプレイス コミックセット]』「おくさまは18歳(1) [VHS]

mカバチタレ! 全20巻セット.jpg 講談社の漫画雑誌「モーニング」に'99(平成11)年5月から'05(平成17)年まで連載されていた漫画作品。

 広島市にある「大野行政書士事務所」を舞台に、事務所に補助者として入所した若者・田村勝弘の目を通して、その事務所のベテラン行政書士たちが、法知識を駆使した所謂"法テク"で社会的弱者を守っていく姿を描いた物語で、原作は行政書士の田島隆氏、監修は'03年に亡くなった『ナニワ金融道』の青木雄二氏、作画は、『ナニワ金融道』で青木雄二氏のアシスタントを務め、田島隆氏の従弟でもある東風(こち)孝広氏。

 『ナニワ金融道』同様の"濃い"タッチの絵は苦手なのですが、話自体はなかなか面白く、ちょうど自分が行政書士試験を受ける頃に読みましたが、試験勉強にはさほど寄与しなかったものの、いい息抜きになりました。2週間しか勉強せず、その間に漫画など読んでいたわけで、当然の如く試験は落っこちましたが、後で自己採点したら択一は合格ラインだったので(当時、問題の半分近くは一般常識・時事問題だった。その年の合格率4.29%だったとのこと)、翌年また受け直し、一応、有資格者になりました(でもこれ、会社勤めしている限り、殆ど使えない資格だということが後でわかった。むしろ、民法を初勉強する契機になった点で、少しだけでも齧ったメリットはあったが)。

 漫画の登場人物の中には、ヤクザ相手に「法律家っちゅうのはお上公認のヤクザなんじゃ!!」などと啖呵を切って相手を震え上がらせる威勢のいいキャラもいますが、この漫画に出てくる行政書士たちは、やや(弁護士の)職域侵犯気味で、弁護士法72条に抵触していると思われる部分も無きにしも非ずといった感じでしょうか(悪徳弁護士がよく登場する漫画でもあるが)。

 でも、「占有屋」(競売物件の改札日直前に、前家主との間に賃貸契約があったふりをして占有、立ち退き料を詐取する)などという稼業があることは、この漫画で初めて知ったし、読んでいて"社会勉強"になるなあと。最近の漫画で言えば、『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)や『クロサギ』(原案:夏原武、作画:黒丸)なども、"裏社会"を知るという点では同じ系譜と言えるかも。

カバチタレ第1話.jpg 『カバチタレ!』は'02年にTVドラマ化され、フジテレビで1クール放映されましたが、主人公の田村勝弘や栄田千春が女性(常盤貴子・深津絵里)に置き換えられていてどうかなあと思ったけれど、ほどほどに面白く、画面に「心裡留保」とか「供託」とか、解説がテロップ表示されるのが親切でした。

 原作の1巻から5巻ぐらいまでがドラマ化されましたが、深津絵里とこの頃の常盤貴子では、相当に演技力に差があったように思えました。また、'01年、蜷川幸雄演出の舞台「ハムレット」でオフィーリア役で舞台初出演した後、'04年に「光とともに...〜自閉症児を抱えて〜」(日本テレビ)で連続ドラマ初主演を務めることになる篠原涼子も女性警官役で出ていました。

 脚色面では、「置屋から足抜け出来ない哀しい女性の話」が、「常盤貴子が置屋に売り飛ばされそうになるドタバタ劇」(第1話)に改変されているなど、原作のウエット感を極力払拭しようとしているのが窺えました。

カバチタレ. 2002.1.11 - 2002.3.22(フジテレビ系).jpg 番組のタイトルバックからしてフレンチ・ポップス調。キタキマユの唄う主題歌の原曲は、昨年['09年]自死した加藤和彦(1947-2009/62歳没)がプロデ加藤和彦 安井かずみ.jpgュースしたもので(美食家でお洒落で3回結婚していて、自殺なんてしそうもないキャラに見えたが)、妻の安井かず(1939-1994/55歳没)が作詞し(二人でDINKSライフを体現するカップルとか言われていた。バブル以前の話で、庶民には手に届かない世界に思えたが)、加藤和彦が曲を作り(北山修とのコンピで「あの素晴しい愛をもう一度」('71年)など多くの曲を作っているが、サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」('74年)(作詞:松山猛)なども数多くのアーティストによってカバーされてい山田優 in カバチタレ.jpgる加藤和彦が作った曲の1つ)、岡崎有紀が歌った"Do you remember me(ドゥー・ユー・リメンバー・ミー)"('80年)でした(岡崎有紀は"歌える女優"だったなあ)。また、番組のエンディング・タイトルのシルエット・ダンサーは山田優で、ドラマ部分にも出演していて、彼女のドラマデビュー作でした。
山田 優

「おくさまは18歳」3.jpg「おくさまは18歳」2.jpg 因みに、岡崎友紀と言えば何と言っても「おくさまは18歳」('70年~'71年)でしょう。原作は本村三四子のラブコメディ漫画ですが、舞台はアメリカのカレッジ「スイートピー学園」。青年教師のリッキー・ネルソンと女学生のリンダ・ネルソンは結婚していることを隠して学園生活を送っているが、次々に事件に巻き込まれ、秘密がばれそうになるというもの。これを日本の普通の高校の男性教師と女子高校生に置き換えて、当時コメディ演技に関しては未知数だった岡崎友紀と石立鉄男(1942-2007/64歳没)を敢えて起用し、結果的に大ブレークしましたおくさまは18歳 うつみ.jpg。脚本はウルトラマンシリーズの佐々木守他。台詞のメリハリとリズム感を強調して対話のスピードを通常よりも大幅にテンポアップし、30分ドラマに1時間ドラマに相当する分量の台詞を盛り込んだそうです(メインの監督は映画「大怪獣ガメラ」('65年/大映)の湯浅憲明)。うつみみどり(現・うつみ宮土理)演ずる花咲ユメ子が発する「くやしいわ、くやしいわ、なんだかとってもくやしいわ(様々なバリエーションあり)」という台詞も懐かしいです。また、当時18歳の松坂慶子が主人公のライバル役で途中から出演していました。


 「カバチタレ!」に関してはテーマはいくらでもあり、視聴率も20%前後と良かったので、1クールで終わらなくてと思いましたが、今年['10年]1月から、漫画の続編『特上カバチ!! -カバチタレ!2』をドラマ化したものがTBSで放映されています(こちらも1クール放映、視聴率は10%前後と9年前の"元祖"「カバチタレ!」 と比べると約半分しかなかった)。


「カバチタレ!」22.jpgカバチタレ ドラマ.jpgカバチタレs.jpg「カバチタレ!」●演出:武内英樹/水田成英●制作:山口雅俊●脚本:大森美香●原作:田島隆●出演:常盤貴子/深津絵里/山下智久/篠原涼子/陣内孝則/岡田義徳/香里奈/岡田浩暉/田窪一世/伊藤さおり(北陽)●放映:2001/01~03(全11回)●放送局:フジテレビ
  
「おくさまは18歳」1.jpg「おくさまは18歳」dvd.jpg「おくさまは18歳」松坂.jpg「おくさまは18歳」●監督:湯浅憲明ほか●脚本:佐々木守他●原作:本村三四子●出演:岡崎友紀/石立鉄男/寺尾聰/冨士眞奈美/森川信/秋山ゆり/横山道代/うつみみどり(うつみ宮土理)/内田喜郎/北林谷栄/松坂慶子●放映:1970/09~1971/09(全53回)●放送局:TBS

「おくさまは18歳」松坂22.jpg 松坂慶子(当時18歳)


 【2006年文庫化[講談社漫画文庫]】


《読書MEMO》
●加藤和彦 2009年10月16日自殺(62歳没)
加藤和彦.jpg加藤和彦 自死.jpg

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「史記」誕生の背景がわかり易く描かれ、勇将たちの男気がストレートに伝わってくる。

李陵 史記の誕生1.jpg 李陵 史記の誕生2.jpg 李陵 史記の誕生3.jpg 久松文雄1.png
李陵―史記の誕生〈上〉 (コミック人物中国史)』『李陵―史記の誕生〈中〉 (コミック人物中国史)』『李陵―史記の誕生〈下〉 (コミック人物中国史)』['90年] 久松文雄氏(2009)

李陵 ド.jpg 漢の武帝の時代、匈奴との戦いで敵軍の捕虜となった友人の武将・李陵を弁護して武帝の怒りに触れ、宮刑に処せられた太史令・司馬遷は、歴史の真実を書き残すために「史記」を書き始める。一方、最初は匈奴の王・且鞮候(しょていこう)単于からの仕官の誘いを拒んでいた李陵は、誤報により祖国で裏切り者扱いにされて家族を殺され、やがて単于の娘を娶り左賢王となるが、一方、北海(バイカル湖)のほとりには、同じく匈奴に囚われながらも祖国への忠節を貫いた武人・蘇武がいた―。

 「史記」の誕生に纏わる司馬遷、李陵、蘇武などの人物像を描いた、久保田千太郎・作、久松文雄・画の歴史コミックで、オリジナル単行本は'83年10月の講談社刊(全4巻)。

李陵 2.jpg李陵・山月記.jpg この「李陵」の話自体は、中島敦の小説『李陵』でもそのまま取り上げられていて、よく知られているところです。波乱万丈のストーリーですが、大筋において「史記」や「漢書」に書かれて書かれている通りではないでしょうか。

小説十八史略 3.jpg 且鞮候単于の軍事参謀をしていた漢人は李陵ではなく、早々に匈奴側に寝返った李緒で、それが誤って李陵が匈奴軍を指導していると漢の側伝えられ、武帝が李陵が裏切ったと思ったのは「史記」にある通りですが、陳舜臣氏の『小説・十八史略』でも、李緒は漢では無名の軍人で、李将軍と聞けば、漢では李陵のことと思い込むのは当然であろうとしています。

 李陵も李緒に対して好感はもっていなかったようですが、家族を誅殺された憎悪の捌け口が李緒に向けられたのは自然の成り行きかも。但し、『小説・十八史略』では、李緒に直接手を下したのは本書のように李陵ではなく、李陵に同情する誰かであり、以前から李陵の助太刀を申し出る者は何人かいて、その内の誰が李緒を殺ったかということについて李陵は見当がついていたが、単于に問われても、その者を守るためにその名を口にしなかったとあります。

 この事件のために暫く李陵が北方へ引き下がっていたのは、殺された李緒の支持者の中に、彼が取り入った且鞮候単于の母大后がいたためで、その高齢の母親が亡くなり、胡地に戻った李陵は、且鞮候単于の跡をついで単于となった息子の左賢王を補佐するため右校王となる―李陵が捕虜になったのがB.C.99年、一族を殺されたのがB.C.97年、この間に司馬遷の宮刑があり、且鞮候単于の死と左賢王の即位、李陵の右校王就任がB.C.96年、この年、司馬遷が釈放されるなど、短い間にいろいろあったのだなあと。

 戻太子の乱(B.C.91年)というのは親子関係の悲劇だと思いますが、ちょうどそれが起きた頃、李陵は北海で蘇武と再会していたわけで、その蘇武が祖国に帰還したのが、本書では武帝の死(B.C.87年)の直ぐ後になっていて、蘇武の抑留期間は13年とありますが、通説では19年でないでしょうか(李陵が捕虜になる前年のB.C.100年に捕虜となり、漢へ帰還したのはBC81年)。

 司馬遷が、後代に歴史書の手本とされる「史記」を著すことになった背景がわかり易く描かれているとともに、且鞮候単于父子と李陵の男気の通い合い、蘇武とは異なる道を選ばざるを得なかった李陵の苦悩などがストレートに伝わってくるコミックに仕上がっているかと思います。

スーパージェッターモノクロ2.jpgスーパージェッター モノクロ.jpg 久松文雄氏(1943年生まれ)は、手塚治虫のアシスタントとして出発し、アニメ「スーパージェッター」「少年忍者風のフジ丸」「冒険ガボテン島」などの作画で知られる漫画家で、"原作付き"のものを専門にしており、「スーパージェッター」は前番組の「エイトマン」同様、まだ売れっ子になる前のSF作家らが脚本を書き、久松文雄氏が作画したもので(後に久松氏に原作権が認められた)、TV放映と同スーパージェッター2.jpg時期に「週刊少年サンデー」に連載された『スーパージェッター』はアニメのコミカライズであり、また「風のフジ丸」は白土三平の作品がベースとなっていますが、こうした空想科学SFの作画者である一方で歴史物の作画を得意とし、現在は「古事記」の全巻漫画化に取り組んでいます。

「スーパージェッター」●プロデューサー:三輪俊道●構成・監修:河島治之●音楽:山下毅雄(主題歌)作詞・加納一朗/作曲・山下毅雄/歌・上高田少年合唱団●原作:久松文雄●出演(声):市川治/松島みのり/熊倉一雄/田口計/樋口功/中村正/西桂太/中曽根雅夫●放映:1965/01~1966/01(全52回)●放送局:TBS


 【1983年単行本[講談社(『史記5〜8―李陵(中国歴史コミック)(全4巻)』)]/1989年文庫化[講談社(『李陵―史記(スーパー文庫)』)]/1990年単行本[文藝春秋(『李陵―史記の誕生(コミック人物中国史)(上・中・下)』)]/1995年再文庫化[講談社漫画文庫(『史記7〜9―李陵(上・中・下)』)]】

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実質的には伍子胥と范蠡の物語(それぞれに孫子が絡む)。"創作"を含むが面白い。

呉越1.jpg 呉越2.jpg 呉越3.jpg呉越燃ゆ―孫子の兵法〈上〉 (コミック人物中国史)』『呉越燃ゆ―孫子の兵法〈中〉 (コミック人物中国史)』『呉越燃ゆ―孫子の兵法〈下〉 (コミック人物中国史)

 今から2500年前、南方の大国・楚では、奸臣・費無忌が平王に取り入り、忠臣の伍奢と伍尚を謀殺、伍尚の弟・伍子胥は呉へ亡命し、軍師・孫子と共に公子光を助け呉王を刺殺、光は呉王闔廬となり、伍子胥は、闔廬を説得し楚を攻略、平王の墓を暴き復讐を果たす。しかしこの隙に、越の太子・勾践と軍師・范蠡が呉に戦いを仕掛けてきて、反撃を開始した呉軍は越へ侵入するが、范蠡の奇略にあい大敗、闔廬も殺される。越への復讐に燃える呉王夫差と伍子胥は、ついに越軍を破り会稽山に追いつめる―。

 「史記」の「呉越の争い」を描いた、久保田千太郎・作、久松文雄・画の歴史コミックで、オリジナル単行本は'84(昭和59)年6月講談社刊の全4巻。

呉越燃ゆ―孫子の兵法.jpg 後にそれぞれ「春秋五覇」の1人に数えられる呉王夫差と越王勾践が、自国の存亡を賭け、智謀の限りを尽くしたこの争いは、「臥薪嘗胆」の故事でも知られていますが、このコミック物語の前半の主人公は、知勇に優れた武将である呉の伍子胥(ごししよ)で、後半の主役は、名軍師として鳴らした越の范蠡(はんれい)と見ていいでしょう。

 その2人に比べると、伍子胥が仕えた夫差は、臆病なくせに功にはやる若者であり、范蠡が仕えた勾践は、自信家で戦さを好む性格が後に災いしたように描かれており、とりわけ夫差の呉王になってからの暗君ぶりは甚だしく、「西施の顰に倣う」(この故事成語の解説は出てこなかったけれど)で知られる、范蠡から送り込まれた美女・西施(せいし)との愛欲に溺れ、奸臣・伯嚭の讒言に乗せられ、伍子胥を殺してしまいます(伍子胥、無念!)。

小説十八史略 1.jpg 薪の上に練ることで復讐心を失わないようにする「臥薪」は、一般に強い復讐心を表すとされていますが、本書では伍子胥が驕慢な夫差に進言したものとなっており、作家の陳舜臣氏も『小説・十八史略』の中で、夫差の執念の弱さを物語るエピソードと解せなくもないとしています(因みに、勾践の"会稽の恥"を雪ぐための「嘗胆」も、自らの発案ではなく、范蠡の進言によるものとなっていて、勾践にも夫差と同じような意志の弱さがあったことが見てとれる)。

 文藝春秋版は、サブタイトルに「孫子の兵法」とあり、孫子(孫武)自身も活躍しますが、孫子が呉王闔廬や伍子胥を助け、楚を壊滅させたのは史実であるとしても、呉王夫差から死を賜った伍子胥の無念を晴らすべく、越の軍師・范蠡に策を授け、夫差を敗死させたというのは本当なの?

 ただ、全体を通してストーリー的には面白く、孫子の多彩な兵法のごく一部のみしか描かれていないのは不満ですが、田舎に隠遁している時の孫子の恐妻家ぶりとか、再婚して還暦近くなって子をもうけた時の喜びぶりとかは、孫子の意外な側面を見せています(これも"創作"の要素が強いと思えるが)。

 かつての呉王夫差と同じ愚を繰り返そうとしている越王勾践に国の先行きを読み、宰相の位を辞して越を去り、斉国で事業家として成功した范蠡の生き方などは、社長が無能だから自分の会社はダメなのだと思っているサラリーマンなどが読むと、ちょっと考えさせられるかも。

 【1984年単行本[講談社(『史記9〜12―呉越燃ゆ(中国歴史コミック)(全4巻)』)]/1989年文庫化[講談社(『呉越燃ゆ―史記(スーパー文庫)』)]/1990年単行本[文藝春秋(『呉越燃ゆ―孫子の兵法(コミック人物中国史)(上・中・下)』)]/1995年再文庫化[講談社漫画文庫(『史記4〜6―呉越燃ゆ(上・中・下)』)]】

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分かり易さが特長。クリニックで行う「復職支援デイケアプログラム」を紹介。

ササッとわかる「うつ病」の職場復帰への治療 図解大安心シリーズ.jpg     ツレがうつになりまして。.jpg  NHKドラマ ツレがうつになりまして。.jpg  ツレがうつになりまして 映画.jpg
ササッとわかる「うつ病」の職場復帰への治療』 ['09年] 『ツレがうつになりまして。』 ['06年] 「NHKドラマ ツレがうつになりまして。 [DVD]」['09年] 「ツレがうつになりまして。 [DVD]」['11年]

 3構成で、第1章で「うつ病」の基礎知識、第2章で職場復帰プログラムの実際、第3章で復職後の心得等について書かれています。
 テーマがテーマだけに「ササッとわかる」などというシリーズに入れていいのかなという思いも無きにしもでしたが、1テーマ見開きで、各左ページがイラストや図解になっていて、100ページ余りの本、実際よく纏まっているなあという印象です。

 そうした分かり易さという"特長"とは別に、本書の最大の"特徴"は、メディカルケア虎ノ門院長である著者が、自らのクリニックで実施している「復職支援デイケアプログラム」を詳細に紹介している点でしょう。
 うつ病で休職し、復職見込みにある者が会社に「馴らし出勤」するパターンは、企業が用意する復職支援プログラムとして一般的ですが、本書で言う「デイケアプログラム」とは、クリニックに"模擬出勤"するとでも言うべきものでしょうか。
 「馴らし出勤」の間に発生した業務遂行上のミスをどう扱うかとか周囲への負荷の問題などを考えると、こうした専門家に"預ける"というのも1つの選択肢のように思えました。

 但し、こうしたデイケアが受けられる施設数も受容人数も現状では限られているし、その間の費用は会社が一部補助したりするべきかとか、いろいろ考えてしまいます(そもそも「治療」とあるが、医療保険の対象になるのだろうか)。
 ただ、本としては、こうしたデイケアに参加できない人には何をどのように行えば良いかが2章から3章にかけて解説されていて、周囲が本人にどう接すればよいかということも含め参考になるように思えました。

ツレがうつになりまして.jpg『ツレがうつになりまして』.bmp NHKで今年('09年)の春に、漫画家・細川貂々氏の『ツレがうつになりまして。』('06年/幻冬舎)をドラマ化したものを放映していましたが、あれなどは家族(配偶者)が、この本で言うところの"デイケア"的な役割を担った例ではないかなと。

「ツレがうつになりまして。」●演出:合津夏枝/佐藤善木●制作:田村文孝●脚本:森岡利行●音楽(主題歌):大貫妙子●原作:細川貂々「ツレがうつになりまして。」「その後のツレがうつになりまして」●出演:藤原紀香/原田泰造/風吹ジュン/濱田マリ/小木茂光/設楽統(バナナマン)/駿河太郎/黒川芽以/田島令子●放映:2009/05~06(全3回)●放送局:NHK

 原作コミックも読みましたが、うつ病の特徴が分かり易く描かれているとともに、作品としても心温まるものに仕上がっていると思えました。

ツレがうつになりまして。2.jpg あのコミックの"ツレ"さんは、メランコリー親和型の典型例ではないでしょうか。社内でも有能とされるSEで責任感が強い。曜日ごとにどのネクタイをするか、どの入浴剤を使うか、弁当に入れるチーズの種類は何かまで決めているなんて、完璧癖の1つの現われ方なんでしょうね。

 また、うつを内因性・外因性で区分するやり方は、現在では治療的観点からはあまり意味がないとされているようですが、細川氏の夫はやや太った体型で、クレッチマーが言うところの、肥満型≒うつ型気質という類型に当てはまるかも(ドラマでその役を演じた原田泰造はやせ型。うつ型と言うより神経症型か。まあ、痩せている人はうつ病にならないというわけではないけれど、演技がうつのそれではなく、神経症のそれになってしまっているような印象を受けた)。

[ツレがうつになりまして。 ]2.jpg(●2011年、佐々部清(1958-2020/62歳没)監督により宮﨑あおい、堺雅人主演で映画化された。タイトルは同じ「ツレがうつになりまして。」だが、原作は「その後のツレがうつになりまして。」「イグアナの嫁」からもエピソードをとっている。宮﨑あおい、堺雅人とも、TV版の藤原紀香、原田泰造より演技は上手い。宮﨑あおいはNHK大河ドラマ「篤姫」('08年)で主人公の篤姫を演じており(放送開始時の年齢22歳1か月は、大河ドラマツレがうつになりまして 映画2.jpgの主演としては歴代最年少)、堺雅人はTBS「半沢直樹」('13年)でブレイクする2年前である。コミカルなシーンばかりでなく、ツレが自殺未遂するなどのヘビーなシーンもあったが宮﨑あおい、堺雅人とも演じ切っていた。脇(両親役)を大杉漣、余貴美子が固めているのも大きい。宮﨑あおいはこの作品の演技で第24回「日刊スポーツ映画大賞 主演女優賞」、第35回「日本アカデミー賞 優秀主演女優賞」などを受賞(この年の日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞は「八日目の蝉」の井上真央)。この間、宮﨑あおいは'11年の11月に夫で俳優の高岡蒼佑と離婚するのだが、その後、岡田准一と「天地明察」('12年)での共演をきっかけに交際し'17年に結婚している。)

「ツレうつ」2.png「ツレうつ」4.jpg「ツレがうつになりまして。」●制作年:2011年●監督:佐々部清●脚本:青島武●撮影:浜田毅●音楽:加羽沢美濃(主題歌:矢沢洋子「アマノジャク」)●時間:121分●出演:宮﨑あおい/堺雅人/吹越満/津田寛治/犬塚弘/田村三郎/中野裕太/梅沢富美男/田山涼成/吉田羊/大杉漣/余貴美子●公開:2011/10●配給:東映●最初に観た場所:丸の内TOEI1(11-11-03)(評価:★★★☆)

丸の内東映.jpg丸の内toei.jpg丸の内TOEI1(銀座3丁目・東映会館) 1960年丸の内東映、丸の内東映パラスオープン(1992年~丸の内シャンゼリゼ)→2004年10月~丸の内TOEI1・2
      
      
      
      
丸の内TOEI1・2(2022年12月20日撮影)
IMG_20221220_130353.jpg

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4篇の中では、登場人物(ホテルを訪れる客の数)が少ないものの方が良かった。

『あぶな坂HOTEL』.jpgあぶな坂HOTEL.jpgいまのきもち.jpg 中島みゆき「いまのきもち

あぶな坂HOTEL (クイーンズコミックス)』 ['08年/集英社]

 あの世とこの世の間に建つ"あぶな坂HOTEL"。ここにやってくる客達は、心に背負い続けてきた重荷を抱えたまま生と死の狭間でゆたっている。進むべき方向は生か死か―。

 '05(平成17)年末から'07(平成19)年末にかけて雑誌「YOU」に間歇的に発表された"あぶな坂HOTEL"を舞台とする連作「あぶな坂HOTELの人々」「女の一生」「3人のホスト」「雪山へ」の4篇を所収。

 同じ作者の『あぶない丘の家』とは関係無く、中島みゆきの1976年のデビュー作「私の声が聞こえますか」のオープニングの曲(2004年リリース「いまのきもち」のオープニングにも所収)のタイトルからとっていますが、それぞれ短篇というより中篇に近い長さがあり、それなりに楽しめました(新書版で単巻なので気軽に読めるのもいい)。

 「あの世とこの世の境目」とか「吹雪に埋もれたホテル」とか「謎の美貌の女主人」とか、考えてみれば手垢のついたモチーフなのですが、それらを組み合わせて今風に仕上げてしまうところが、大御所の健在ぶりを示しているとでも言えるでしょうか。

 ホテルの中では時間や人々の記憶も錯綜していて、そこから話は色々な展開を見せますが、これで登場人物(ホテルを訪れる客の数)が多過ぎるとドタバタ喜劇みたくなってしまい(「有頂天ホテル」じゃあるまいし)、個人的には、登場人物が少ないものの方が良かったです。

 スキーに打ち込んでいた兄弟の愛情を描いた「雪山へ」(主要"客数"2)は、プロットのひねりが効いていたように思えましたが、親子の愛情がテーマとも言える「女の一生」(客数1)が、まったく予期しなかった展開で("銀乃"っていうのは、言われてみれば昔風の名前だったが)、老女が橋を渡っていくラストにしみじみとした味わいがありました。

 しかし、考えてみれば(そんな真剣に考えるほどのことでもないのだが)、"由良"は何度も死にかけた"銀乃"を追い返しているわけで、裏を返せば、一定の《生殺与奪権》を握っているのだなあと。

死神の精度 文庫.jpg この辺りは、伊坂幸太郎氏の『死神の精度』に出てくる死神こと"千葉"などが殆ど「見届けエージェント」に過ぎなかったのとは違うわけで、ニヒルな死神の"千葉"などよりも、中島みゆき似の"由良"の方がむしろ怖いとも言えるし、"千葉"が現れたら殆どアウトだけど、"由良"ならば、現世に未練があればちょっと現世に帰して貰うようお願いしてみる余地があるとも考えられるか?

伊坂幸太郎 『死神の精度 (文春文庫)

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"ゆったり感"と突き抜けたようなナンセンスが大陸的な「天花粉」。『聊斎志異』的雰囲気。

天花粉.jpg 『天花粉 (希望コミックス)』 ['86年] 天花粉 文庫.jpg 『坂田靖子セレクション (第1巻) 天花粉 潮漫画文庫』 ['00年]

 昔の中国で、雨の日は読書、晴れの日は釣りという日々を過ごしていた1人の男が大魚を釣り上げるが、その大魚は竜になるために高い所へ連れて行って欲しいと男に言い、その願いを聞き、仙人のご馳走になりかけた重い魚を救い出して山頂までしょってきた男が、竜になった魚から貰ったお礼とは―というのが表題作「天花粉」のストーリーですが、突然変身自在のユーモラスな化け物が出てきて大魚の身代わりに仙人の鍋に入ったりしてシュール極まりなく、竜になった魚が「することないから」とまた戻って来て、若者の作ったお粥のご相伴に与ろうとするなど、展開も最後までかなりハチャメチャ、でも、全体を通して大らかでほのぼのしたムードに満ちています。

 その他に、お化けたちが自分達の運営するホテルに人間も泊めてみようと思いたったはいいが、そこはどういう訳か何事においても時間厳守のルールが敷かれていて、たまたま泊まった人間は大変に往生するという「定刻ホテル」や、夜中にパンに曜日の刻印を押す小人達の話「七人の小人」、魔王が自分の宮殿の壁紙の貼り替えに狂奔する「階段宮殿」など、'85(昭和60)年から'86(昭和61)年にかけて雑誌「コミックトム」に発表の全7話を収録。

珍見異聞.gif珍見異聞.2.gif 作者の作品カテゴリーとしては、『バジル氏の優雅な生活』のような英国シリーズや、『闇夜の本』のようなSF・ファンタジー、『珍見異聞』(文庫タイトル『芋の葉に聴いた咄』、『磯の貝に聴いた咄』)のような古典お化けシリーズなどがありますが、本書はそれら色々なものが混ざっている感じで楽しめます。

坂田靖子セレクション (第5巻) 芋の葉に聴いた咄 潮漫画文庫』 『坂田靖子セレクション (第6巻) 磯の貝に聴いた咄 潮漫画文庫

 「天花粉」単体では「古典お化けシリーズ」に近いのかも知れませんが、絵面だけでなく、この鷹揚とでも言うか"ゆったり感"と、突き抜けたようなナンセンスは、やはり大陸的だなあと。
 『珍見異聞』が『宇治拾遺物語』や『今昔物語』に近いとすれば、こちらは『聊斎志異』風とでも言うか(『聊斎志異』も狐の話が最も多く、狐に化かされたというのは日本の昔話の専売特許でも何でもないのだが)。

 作者の坂田靖子氏の作品は遠藤淑子氏などと並んで「全1巻」モノが多いので気楽に楽しめますが、とりわけ短篇集に味のある作品が多いように思います。

 【2000年文庫化[潮漫画文庫(『天花粉―坂田靖子セレクション (1) 』)]】

《読書MEMO》 
・「天花粉」...「コミックトム」(1985年11月号) ★★★★

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主人公を通して滲む時代風刺、創作者の虚無と苦悩、作者の「少女」性への愛着。

「十村十枝子」.jpg人間昆虫記.jpg  人間昆虫記  手塚治虫.jpg  人間昆虫記 大都社1986.jpg 
『人間昆虫記』 (COMコミックス増刊)['72年]/『人間昆虫記 (ハードコミックス)』['86年]/『人間昆虫記 (ハードコミックス)』 ['87年新装版]

人間昆虫記 プレイコミック.jpg 新進作家・十村十枝子の芥川賞の授賞式の日、別の場所で臼場かげりという女が自殺するが、臼場かげりと十枝子はかつて一緒に暮らしていたことがあり、十枝子が受賞した小説は、臼場かげりが書こうとしていた作品の盗作だった。
 十村十枝子は、以前は劇団の花形女優であり、その後グラフィックデザインで世界的な賞を獲っているが、実は彼女は、次々と才能のある人間に接近してはその才能を吸い取り、作品を盗んでは成長していく寄生昆虫のような女だった―。

 '70(昭和45)年5月から翌年にかけて秋田書店の「プレイコミック」('70年5月9日号〜'71年2月13日号)に連載された作品で、前年発表の『IL』と同じく、手塚作品では少数派の成人向けコミックであり、また、どちらかと言うと女性が主人公の作品は「少女」が主人公であることが多い手塚作品の中では、成人女性が主人公であるという点でも珍しい作品ではないでしょうか。

 この作品は第1に、十村十枝子という女性の鮮やかとも言えるほどの徹底したマキャベリスト的生き方を描いたピカレスク・ロマンであり、一方で、彼女は埋まることのない虚無感を常に抱いているわけで、高度成長期の日本の経済至上主義的な時代の空気(登場人物の名前が皆、昆虫をもじったものになっている)と、その裏側にある人々のいくら豊かになっても何となく満ち足りない気分や閉塞感を、旨く風刺的にこの十枝子という女性に託しているように思いました。

 第2に、この十枝子という女性は、芸術家と交際すればその芸術家が生み出す作品を自分で本人よりも先に生み出してしまうわけで、但し、彼女自身の中身は空っぽであり、(作中に連載中に自決した三島由紀夫がちらっと出てくるが)彼女は言わば"芸術作品至上主義者"であり、創作(模倣)に励めば励むほど彼女の自我は希薄になっていくという、これはある意味、作品を量産することを常に求められていた作者も含めた、創作者の虚無と苦悩の想いが込められているような気がしました。

 第3に、成人女性を主人公としたこの作品には、一見すると作者の成人女性に対する潜在的な恐怖心が現れているともとれるものの、十枝子という女性は見かけ上は成熟した大人の女性でありながら、その内面においては亡き母親の蝋人形を作ってそれに甘える「女の子」であり、その点においてはこれもまた「少女」的女性、大人になりきらない女性を主人公にした作品であると言え、手塚作品の主流を外れてはいないような気がし、またそこに、主人公に対する作者の愛着が感じられるように思いました。

『人間昆虫記』より
人間昆虫記 手塚.jpg

ドラマ人間昆虫記.jpgWOWOW・ミッドナイト☆ドラマ「人間昆虫記」2011年7月31日~9月11日[全7話]出演:美波/ARATA/久世星佳/鶴見辰吾/手塚とおる/、滝藤賢一/北村有起哉/中村敦夫/白石和彌/高橋泉

人間昆虫記 wide.jpg【1972年コミックス版[COMコミックス]/1974年コミックス版・1987年新装版[大都社(ハードコミックス)]/1979年文庫化[秋田漫画文庫(全2巻)]/1983年全集[講談社(全2巻)]/1995年再文庫化[秋田文庫(The best story by Osamu Tezuka)]/2007年コミックス版[秋田トップコミックスW]/2012年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集]】

人間昆虫記 (秋田トップコミックスW)』['07年]

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薀蓄やテクニックだけではなく、ドラマ的にも結構面白かったが...。

ドラゴン桜 13.jpg ドラゴン桜 14.jpg ドラゴン桜15.jpg ドラゴン桜16.jpg ドラゴン桜17.jpg ドラゴン桜18.jpg ドラゴン桜19.jpg ドラゴン桜20.jpg ドラゴン桜21.jpg ドラゴン桜 ドラマ1.jpg テレビドラマ「ドラゴン桜」
ドラゴン桜 |モーニングKC [コミックセット])』 (全21巻)

 '03(平成15)年から'07(平成19)年まで講談社の「モーニング」に連載された作品で、'05(平成17)年度・第29回「講談社漫画賞」並びに第9回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」受賞作。'05(平成15)年にTVドラマ化もされましたが、自分にとって直接関わるテーマに思えなくて(画も上手だとは思えないし)第1巻だけ買ってずーっと読まずにいて、ドラマも1度も見ずにいたのが、連載終了を機に全巻まとめ買いして読んでみたら、当初のそれほど期待していなかった予想と違って結構面白かったです。

 主人公の男女2人の高校生は教師・桜木と出会ってひょんなことから受験生としては殆ど"無"の状態で1年後の東大受験を目指すことになり、最初から東大受験のノウハウ、薀蓄がだーっと出てきてやや圧倒されましたが、先月('09年3月)退官した東大の小宮山総長が以前から「知識の構造化」の重要性を説いており、実際、東大の入試問題は、詰め込みの知識ばかりを問うのではなく、それを構造化する"知恵"のようなものを求めているのだということがこのマンガでよくわかりました。

 ただ、どこまで自分の社会人としての勉強法に取り込めるかと思うとやや消化不良気味で、このままテクニック・オンリーで最後までいくのはキツイなあと思いながら、それでも教師・桜木の断定的な物言いと周囲との確執などに引き込まれて読んでいると、後半部分は2人の受験生の精神面の問題に重点が移行し、それがそのまま2人の成長物語になっているという―たまたま選ばれた2人に発奮する要因がそれなりに内包されていたというのがマンガの"お約束ごと"であるにせよ、何故ヒトは勉強するのかといった問題にまで踏み込んでいて、ドラマ的にも良く出来ていると思いました。

 巻が進むにつれて、このマンガの人気が出たせいか、教育関係者に限らず色々な分野の人のアドバイスが挿入されていますが、受験産業の業界人パブリシティみたいなものも少なからずあり、便乗商法ではないかとちょっと邪魔っ気に感じたりもしました。

  '04年に同じく講談社のマンガ雑誌で連載がスタートした『もやしもん』が'08年の「手塚治虫文化賞」(朝日新聞社主催)のマンガ大賞を受賞し、薀蓄マンガは(身内の賞である「講談社漫画賞」を除いては)賞に縁が無いのか思っていたらそうでもないのかと。
 でも『ドラゴン桜』はテーマもテーマだし...と思ったら、既に'04年に「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」の優秀賞を受賞していました(文化庁も"便乗"した?)。

 諦めかけている受験生をやる気にさせるという意味ではいいマンガかも知れませんが(親がやる気になって変な期待を抱いてしまう?)、桜木のような教師に巡り逢えない生徒は多いと思うし、このマンガでやっているのは、学校の授業の時間帯を全て(更に通常の時間帯を超えて)塾講師の講義に置き換えているようなものです。
 そこに作者の学校教育に対する批判が込められているとも言えますが、(文化庁は文部科学省の外局であるけれども)文科省はこのマンガをどう捉えているのだろうか。

 '05(平成17)年にTBSでドラマ化されましたが、連載が完結しないうちのドラマ化であったためか、原作における2人の中心的な生徒の外に何人かの原作に無い生徒の人物造型があって、教師とそれら生徒たちとの人間関係や葛藤が更に前面に出ているため(「金八先生」を意識したのか?)、「受験蘊蓄」的な要素はかなり薄まっています。

ドラゴン桜2.jpgドラゴン桜 ドラマ.jpg「ドラゴン桜」●演出:塚本連平/唐木希浩●制作:遠田孝一/清水真由美●脚本:秦建日子●音楽:仲西匡●原作:三田紀房「ドラゴン桜」●出演:阿部寛/長谷川京子/山下智久/長澤まさみ/中尾明慶/小池徹平/新垣結衣/サエコ/野際陽子/品川徹/寺田農/金田明夫●放映:2005/07~09(全11回)●放送局:TBS 

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イソベン物語。山口六平太と似たキャラ。このマンガで知った「ゴールデン・パラシュート」の意味。

あんたの代理人3.JPGあんたの代理人6.jpg  「ハゲタカ」('07年)_0.jpg
あんたの代理人 【コミックセット】』 (全6巻)ドラマ「ハゲタカ」('07年)柴田恭兵/大森南朋

山口六平太5.jpg 横町の法律事務所で居候弁護士として働いている新米弁護士・真野論平は、ビンボー劇団の役者でもあるが、与えられる役は着ぐるみを着た端役ばかり。そんな論平に舞い込んでくる仕事の相談は、名誉毀損、婚約不履行、遺産相続など様々であり、彼はハートでこれらの問題を解決する!

 小学館の「ビッグコミックスペリオール」の'87年7月の創刊ラインアップで、前年に「ビッグコミック」で連載がスタートした同じ作者の『総務部総務課 山口六平太』が20年以上も連載が続き、コミック本で60巻に迫りつつある今も主人公の山口六平太がずっと同じ年齢や役職であるのに対し、こちらの連載は2年半、論平がイソベンを卒業して独立するところで完結、コミック本で6巻は読み返すのに丁度手頃な感じでしょうか。

 彼の所属事務所が主に扱うのは「民事」案件で(だから"弁護人"ではなく"代理人"なのだが)、論平は人情派弁護士とでも言うか、時に情にかまけて暴走しかねない部分があるのを、飄々とした感じの老弁護士所長がうまくセーブしていて、この両者の師弟的関係にはなかなか味がありました。

 とは言え、結果を見れば、論平が(本人は役者が本職で、それでは食えないから弁護士をやっているという感覚であるにも関わらず)非常に優秀な弁護士であることは明らかなのですが、本人はそうしたことをひけらかしたり人に恩を売ったりすることは無く、この辺りは山口六平太とキャラがよく似ています。

 終わりの方で中小企業のM&Aの話が出てきて、M&Aと言うと何か大企業同士が行うものというイメージがありましたが、実際にはそんなことはなく、頻度としては中小企業の方が多いのかも(大企業だと専門の大手法律事務所が絡むが、中小企業だとこうした街ベンが絡むということになるのか。その場合、弁護士個人の能力に依存する部分が大きくなるが)。

livedoor_top02.jpgハゲタカのNHK版(大森南朋主演).jpg ライブドアとフジテレビのニッポン放送株を巡る経営権取得攻防(今思えば、ほとんど"騒動"と言っていいものだった)があったのが'05年のことであり、このマンガが描かれたのはその15年も前のこと。個人的には「ゴールデン・パラシュート」などというタームはこのマンガで知りましたが(学習マンガのように分かりやすい!)、実際に仕事でそうしたM&Aが絡む話に遭遇することは今や珍しいことではなく、その度にこのマンガのことを思い出しています(そう言えば、真山仁原作ハゲタカ 第2話「ゴールデン・パラシュート」.jpgのNHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」('07年)(主演:大森南朋・柴田恭兵)にもこの言葉、出てきた)。(その後、2018年放送のテレビ朝日「ハゲタカ」(主演:綾野剛)にも第2話のタイトルとして登場。ドラマとしては綾野剛版よりかつての大森南朋版の方がいい。)

テレビ朝日「ハゲタカ」第2話「ゴールデン・パラシュート」
        
ハゲタカ (2007年) NHKs.jpgハゲタカ (2007年) NHK.jpgドラマ ハゲタカ dvd.jpg「ハゲタカ」●演出:大友啓史/井上剛/堀切園健太郎●製作統括:阿部康彦●脚本:林宏司●原作:真山仁●出演:大森南朋/柴田恭兵/松田龍平/栗山千明/中尾彬/宇崎竜童/永島暎子/冨士眞奈美/小林正はげたかード.jpg寛/菅原文太/田中泯/大杉漣●放映:2007/02~03(全6回)●放送局:NHK 「ハゲタカ DVD-BOX
ハゲタカ 菅原文太.jpg
菅原文太(総合電機メーカー「大空電機」代表取締役会長・大木昇三郎)

山口六平太 .JPG《読書MEMO》
高井研一郎2.jpg『総務部総務課 山口六平太』
1986年、「ビッグコミック」にて連載開始し、2016年22号まで連載を続けた。休載はなく2007年7号で500回を迎えた。2016年11月14日に作画の高井研一郎氏が死去したことに伴い、ビッグコミック2016年22号(第731話)を以て連載打ち切りが決定した。


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予定調和だが、それなりに楽しめた。映画の方は「スーパーの女」などと比べるとやはり...。
県庁の星2.jpg  県庁の星 桂.jpg 県庁の星 dvd.jpg県庁の星 織田 柴崎2.jpg  スーパーの女.jpg
県庁の星 (2) (ビッグコミックス)』 (全4巻) 桂 望実『県庁の星』「県庁の星 スタンダード・エディション [DVD]」柴咲コウ・織田裕二 「伊丹十三DVDコレクション スーパーの女

 Y県のエリート県庁職員である野村聡は、民間との人事交流プロジェクトに選ばれ、スーパー富士見堂で1年間の研修を受けることになるが、最初は役員根性・県庁マインド丸出しだった彼が、全く肌違いの民間の仕事を通して変質し、真の"スーパー改革"を実現するに至る―。

 公務員って、民間で言う「出向」のことを「研修」と言ってるみたいですね(「研修(出向)」と言っても、労務提供はしているわけだが、民間の「出向」と異なり、労災の請け元は官公庁のまま)。

 ということで、実質的なマンガの舞台は県庁内では無く、前半部分(1巻・2巻)はスーパーマーケット。後半部分(3巻・4巻)は、スーパーの経営を建て直した彼が、第3セクター赤字テーマパークを"潰す"ために送り込まれますが、前半からの流れで、結果はともかく、彼がどう立ち回るかは大体予想がついてしまいます。

 官庁の上層部や主人公の同期の役人の描き方はパターン化していて、事の展開もかなりご都合主義ですが、それでも、主人公とその教育係であるシングルマザーのパート女性とのやりとりも含め、結構楽しく読めました。"ギャグ的"に面白いというか、テーマパークに赴任した初日、「名刺を猿に配って終了」には思わず噴きました。

県庁の星 ポスター.jpg県庁の星1.jpg '05(平成17)年から'07(平成19)年にかけて「ビッグコミックススペリオール」に連載されたコミックで(桂望実の原作を杉浦真夕が脚色)、連載途中の'06年に織田裕二、柴咲コウ主演で映画化されていますが(実際に制作されたのは'05年。「白い巨塔」などのTVドラマを手掛けた西谷弘の映画初監督作品)、織田裕二って本気で演技してそれが丁度マンガ的になるようなそんな印象があり、こうした作品にはピッタリという感じでした。 柴咲コウ/織田裕二

スーパーの女.jpgスーパーの女2.jpg 但し、スーパーを舞台にした作品では、伊丹十三(1933-1997)監督、宮本信子主演の「スーパーの女」('96年/東宝)があるだけに、それと比べるとインパクトは劣るし、「スーパーの女」が食品偽装問題など今日的なテーマを10年以上も前から先駆的に扱っていたのに対し、「県庁の星」は映画もマンガもその部分での突っ込み度は浅く、特に映画は単なるラブ・コメになってしまったきらいも無きにしも非ずという感じ。

マルサの女.jpgマルサの女 1987.jpg 「お葬式」('84年/ATG)で映画界に旋風を巻き起こした伊丹十三監督でしたが、個人的には続く第2作タンポポ」('85年/東宝)と第3作「マルサの女」('87年/東宝)が面白かったです(「お葬式」と「マルサの女」はそれぞれ第58回と第61回のキネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれている)。「マルサの女」は、山崎努がラブホテル経営者"権藤"を演じていますが、彼が新人として出演した「天国と地獄」('63年/黒澤プロ・東宝)で三船敏郎が演じていた会社社長の苗字も"権藤"でした。巧妙な手口で脱税を行う経営者らとそれを見破る捜査官たちとの虚々実々の駆け引きをテンポよく描いており、ラストに抜けてのスリリングな盛り上げ方はなかなかのものでした。

マルサの女2 三國.jpgマルサの女 .jpg それまであまり世に知られていなかった国税査察部の捜査の様子をリアルに描いたということで社会的反響も大きく、翌年には「マルサの女2」('88年/東宝)も作られましたが、山崎努に続いてこちらも、宗教法人を隠れ蓑とし巨額の脱税を企てようとする"鬼沢"に大物俳優・三國連太郎マルサの女2 dvd.jpgを配し、これもまた脇役陣を含め演技達者が揃っていた感じでした。

 伊丹十三監督は「前作はマルサの入門編」であり、本当に描きたかったのは今作であるという伊丹十三.jpg趣旨のことを後に述べていますが、確かに、鬼沢さえも黒幕に操られている駒の1つに過ぎなかったという展開は重いけれども、ラストは前作の方がスッキリしていて個人的には「1」の方がカタルシス効果が高かったかなあ。監督自身は、高い娯楽性と巨悪の存在を一般に知らしめることとの両方を目指したのでしょう。
伊丹十三(1933-1997/享年64(自死))

お葬式 映画 dvd.jpg 確かに「お葬式」で51歳で監督デビューし、高い評価を得たのは鮮烈でしたが、作品の質としてはお葬式 映画 00.jpg3作目・4作目に当たる「マルサの女」「マルサの女2」の方が密度が濃いように思いました。それが、この「マルサの女1・2」以降は何となく作品が小粒になっていたような気がしたのが、この「スーパーの女」を観て、改めて緻密かつパワフルな伊丹作品の魅力を堪能できた―と思ったら、この「スーパーの女」を撮った翌年に伊丹十三は自殺してしまった。残念。
中央:菅井きん(日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞)(1926-2018.8.10/享年92
伊丹十三DVDコレクション お葬式

企業家サラリーマン.gif 「スーパーの女」の原作は、『小説スーパーマーケット』(『小説流通産業』('81年))で、作者の「安土敏」こと荒井伸也氏は元サミット社長であり、この人の『企業家サラリーマン』('86年/講談社、'89年/講談社文庫)は、海外飲食店グループを指揮する男性と、新しい時代の経営者を目指す女性たちの生き方を描いた作品で、作者が現役役員の時点でこお小説を書いているということもあってシズル感があり面白かったですが、こちらもテレビドラマ化されているらしい。どこかで再放送しないものかなあ。

企業家サラリーマン (講談社文庫)

酒井和歌子(K県知事・小倉早百合)/石坂浩二(K県議会議長・古賀等)
「県庁の星」酒井和歌子石坂浩二2.jpg県庁の星9.jpg「県庁の星」●制作年:2006年●監督:西谷弘●製作:島谷能成/「県庁の星」井川2.jpg亀山千広/永田芳男/安永義郎/細野義朗/亀井修朗●脚本:佐藤信介●撮影:山本英夫●音楽:松谷卓●原作:桂望実「県庁の星」●時間:131分●出演:織田裕二/柴咲コウ/佐々木蔵之介/和田聰宏/紺野まひる/奥貫薫/井川比佐志/益岡徹/矢島健一/山口紗弥加/ベンガル/酒井和歌子/石坂浩二●公開:2006/02●配給:東宝(評価:★★★)

井川比佐志(スーパー「満天堂」店長・清水寛治)
柴咲コウ in「県庁の星」('06年/東宝)/「おんな城主 直虎」('17年/NHK)

県庁の星 柴咲コウ.jpg おんな城主 直虎 .jpg

中央:津川雅彦(1940-2018.8.4/享年78
スーパーの女ド.jpgスーパーの女 9.jpg「スーパーの女」●制作年:1996年●監督・脚本:伊丹十三●製作:伊丹プロダクション●撮影:前田米造/浜田毅/柳島克巳/高瀬比呂志●音楽:本多俊之●原作:安土敏「小説スーパーマーケット」●時間:127分●出演:宮本信子/津川雅彦/三宅裕司/小堺一機/伊東四朗/金田龍之介/矢野宣/六平直政/高橋長英/あき竹城/松本明子/山田純世/柳沢慎吾/金萬福/伊集院光●公開:1996/06●配給:東宝(評価:★★★★)

お葬式 映画01.jpgお葬式 映画 02.jpg「お葬式」●制作年:1984年●監督・脚本:伊丹十三●製作:岡田裕/玉置泰●撮お葬式 大滝435.jpg影:前田米造●音楽:湯浅譲二●時間:124分●出演:山笠智衆 お葬式.jpgお葬式 笠智衆.jpg崎努/宮本信子/菅井きん/財津一郎/大滝秀治/江戸家猫八/奥村公廷/藤原釜足/高瀬春奈/友里千賀子/尾藤イサオ/岸部一徳/笠智衆/津川雅彦/佐野浅/小林薫/長江英和/井上陽水●公開:1984/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋日勝文化 (85-11-04)(評価:★★★☆)●併映「逆噴射家族」(石井聰互)
[左]笠智衆(僧侶)/[下]高瀬春奈(侘助の愛人・良子。侘助もだだをこね、雑木林で性交する)/小林薫(火葬場職員・焼いている遺体が生き返る夢を見ることがあると吐露する)
お葬式 高瀬春奈.jpgお葬式 高瀬春奈2.jpg 「お葬式」小林薫2.jpg

菅井きん in「生きる」('52年)/「ゴジラ」('54年)/「幕末太陽傳」('57年)/「天国と地獄」('63年)/「お葬式」('84年)
菅井きん 生きる .jpg 菅井きん ゴジラ.jpg 菅井きん 幕末太陽傳 南田洋子  左幸子.jpg 菅井きん 天国と地獄.jpg お葬式8e-s.jpg 菅井きん.jpg
Marusa no onna (1987)
Marusa no onna (1987) .jpgマルサの女  .jpgマルサの女AL_.jpg「マルサの女」●制作年:1987年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:前田米造●音楽:本多俊之●時間:127分●出演:宮本信子/山崎努津川雅彦/大地康雄/桜金造/志水マルサの女347.jpgマルサの女 岡田ド.jpgマルサの女 津川.jpg里子/松居一代/室田日出男/ギリヤーク尼ヶ崎/柳谷寛/杉山とく子/佐藤B作/絵沢萠小沢栄太郎 マルサの女.jpg子/山下大介/橋爪功/伊東四朗/小沢栄太郎/大滝秀治/芦田伸介/小林桂樹/岡田茉莉子/渡辺まちこ/山下容里枝/小坂一也/打田親五/まる秀也/ベンガル/竹内正太郎/清久光彦/汐路章/上田耕一●公開:1987/02●配給:東宝
右端:小沢栄太郎
ジョイシネマ3 .jpg新宿ジョイシネマ3.jpg●最初に観た場所:新宿シネパトス (88-03-12)(評価:★★★★)●併映「マルサの女2」(伊丹十三)

新宿シネパトス (1956年3月「新宿名画座」オープン→1987年5月「新宿シネパトス」→1995年7月「新宿ジョイシネマ5」→1997年11月「新宿ジョイシネマ3」)

2009(平成21)年5月31日閉館 

「マルサの女」ポスター
マルサの女 ポスター.jpg

「マルサの女2」三國連太郎/上田耕一
マルサの女2 三國連太郎_1.jpgマルサの女2 .jpg佐渡原:丹波哲郎.jpg「マルサの女2」●制作年:1987年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:前田米造●音楽:本多俊之●時間:127分●出演:宮本信子/津川雅マルサの女2 笠.jpg彦/三國連太郎丹波哲郎/大地康雄/桜金造/加藤治子/益岡マルサの女2」.jpg徹他/マッハ文朱/加藤善博/浅利香津代/村井のりこ/岡本麗/矢野宣/笠智衆/上田耕一/中村竹弥/小松方正●公開:1988/01●配給:東宝●最初に観た場所:新宿シネパトス (88-03-12)(評価:★★★☆)●併映「マルサの女」(伊丹十三)

《読書MEMO》
映画に学ぶ経営管理論2.jpg●松山 一紀『映画に学ぶ経営管理論<第2版>』['17年/中央経済社]

目次
第1章 「ノーマ・レイ」と「スーパーの女」に学ぶ経営管理の原則
第2章 「モダン・タイムス」と「陽はまた昇る」に学ぶモチベーション論
第3章 「踊る大捜査線THE MOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ!」に学ぶリーダーシップ論
第4章 「生きる」に学ぶ経営組織論
第5章 「メッセンジャー」に学ぶ経営戦略論
第6章 「集団左遷」に学ぶフォロワーシップ論
第7章 「ウォール街」と「金融腐蝕列島"呪縛"」に学ぶ企業統治・倫理論

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被爆家族の3代を描く。約100ページしかないのに、長編小説を読み終えたような余韻。

『夕凪の街 桜の国』.jpg夕凪の街 桜の国 (双葉文庫).jpg  夕凪の街 桜の国2.jpg 夕凪の街桜の国1.jpg夕凪の街桜の国
夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

 広島に投下された原爆によって命運を左右された家族3世代を描いた作品で、'03(平成15)年発表の「夕凪の街」、'04(平成16)年発表の「桜の国(第1部)」と書き下ろしの「桜の国(第2部)」の合本ですが、刊行時の反響に違わず、'04(平成16)年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回('05年)手塚治虫文化賞新生賞などを受賞し、'07年には映画化もされました。

 「夕凪の街」は、'55(昭和30)年の広島市の基町にあった原爆スラムを舞台に、少女の頃に被爆した平野皆実(みなみ)という23歳の女性の被爆10年後が描かれ、「桜の国」では、第1部が'87(昭和62)年の春、第2部が'04(平成16)年の夏の東京と広島を舞台に、皆実の弟・石川(旧姓平野)旭の子・七波(ななみ)の小学生時代と28歳のOLになってからの話が描かれています(映画では、「桜の国」第2部を'07年に年代変更して、田中麗奈、麻生久美子が主演)。

 「夕凪の街」の主人公・皆実は、原爆で父、姉、妹を失い、被災地で多くの遺体を乗り越えてきた経験のフラッシュバックとともに、自分は生きていてよいのだろうか、周囲からも死ねばいいと思われているのではないかという思いに悩まされ、優しい男性同僚との恋愛にも一歩踏み込めないでいる中、被爆後遺症が勃発し、離れて暮らしていた弟などが見舞いに来る頃には、既に眼も見えなくなっていますが、この最後の場面が視力を失った主人公に合わせて空白のコマになって内語だけが書かれており、「十年たったけど、原爆を落とした人はわたしを見て『やった!またひとり殺せた』とちゃんと思ってくれとる?」というその言葉は、平和な時代になっても原爆後遺症によってその命を奪われねばならなかった主人公の無念さを表していて痛切な響きがあります。

 「桜の国」の主人公・七波は野球好きの活発な少女ですが、広島出身の母・京花が自宅で血を吐いて倒れているのを発見し、それが母の最期となったという哀しい体験をしています。
 京花がまだ幼い頃の、学生だった七波の父・旭(「夕凪の街」の皆実の弟)との出会いも描かれていて、ああ、彼女も原爆後遺症だったのかなあと。
 その旭も今ではすっかり年をとり、時々家を抜け出て遠出しているようですが、それをボケの始まりではないかと疑った七波は、ある日、家を抜け出した父を尾行すると、彼は広島行きの長距離バスに乗り込んでいた―。

『夕凪の街 桜の国』.bmp 「桜の国」の主人公は七波ですが、その父・旭の負っているものも重い。それに加え、七波の親友であり、弟・凪夫に思いを寄せる利根東子。七波の父を追っての広島行きは、彼女に引っ張られてのことですが、彼女は被爆一家と付き合うことを親から禁じられていて、ここに1つ、被爆者に対する差別というのがテーマとして浮き彫りにされています。

 全体で約100ページしかありませんが、「夕凪の街」の約30ページの執筆だけで1年かけたとのことで、それだけ密度の濃い労作であると言えます。
 「桜の国」に入って登場人物の関係がやや錯綜しますが、注意して読むと「夕凪の街」との様々な相似形やリフレイン的な描写が見られ、単なる感動物語というだけでなく、全体としての緻密な構成の上に成り立っていて、但し、技法が目的化するのではなく(この物語には所謂"オチ"というものが無い-強いて言えば、七波の父・旭が何故広島通いをしていたのかとうのが"オチ"だが)、例えば、旭の娘・七波に対する思いが、姉・皆実へのレクイエムと重なっているというような重層的効果を持たせることで、長編小説を読み終えたような余韻を読者に与えることに繋がっているように思いました。

夕凪の街 桜の国 1.jpg夕凪の街 桜の国 2.jpg「夕凪の街 桜の国」('07年/「夕凪の街 桜の国」製作委員会)
監督・脚本: 佐々部清
出演:田中麗奈/麻生久美子/藤村志保/堺正章/吉沢悠/中越典子


 【2008年文庫化[双葉文庫]】

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佐々木倫子の部分が星3.5で、綾辻行人の部分が星2.5。『オリエント急行の殺人』へのオマージュか。
月館の殺人.jpg 佐々木 倫子 (原作:綾辻行人) 『月館の殺人』.jpg   オリエント急行殺人事件  1974 dvd.jpg オリエント急行殺人事件01.jpg
月館の殺人 上 IKKI COMICS』 『月館の殺人 (下) 』「オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
月館の殺人3.jpg 沖縄育ちの雁ヶ谷空海は、鉄道嫌いの母の影響もあり、未だかつて電車に乗ったことがなかったが、母の死後、弁護士に「母方の祖父が生きていて、財産相続の件でぜひ北海道まで来てほしい」と伝えられ、祖父の待つ月館へ列車で向かうことになり、そのSL《幻夜号》には、祖父の招待客らしい6人の鉄道マニアも乗っていたが、そこで密室殺人事件が―。

 '04(平成16)年12月から翌年にかけて「月刊IKKI」('05年2月号〜'06年6月号)に連載された、『おたんこナース』の佐々木倫子の作画による本格ミステリの漫画化作品(原作・綾辻行人)で、上巻を読んでから下巻にいく間に随分間が空いてしまい(下巻は上巻刊行の約1年後の'06年7月刊行)、そうしたら、下巻に入って状況が随分違っているではないかとやや唖然とさせられました(雑誌連載は読んでないんで)。

 鉄道ミステリと言えば、本書にも出てくる『オリエント急行殺人事件』や『Xの悲劇』が有名ですが、「オリエント急行」とは車両だけ同じでストーリーは違うだろうことは予想に難くないのですが、『Xの悲劇』と似たようなことになるのかなと、一瞬思ったりもして...。

 結局それなりにオリジナリティはあったけれども、前提状況にかなり無理があり、相当「空海」という主人公がボケっとしていないと成り立たないような話にも思えました(雪の中で停止している列車というのは、クリスティの『オリエント急行の殺人』へのオマージュだろうが)。むしろ、鉄道マニアの類型が鉄道に関するマニアックな薀蓄に絡めて面白く描き分けられていて、その部分では最後まで楽しめた感じです。

 Amzon.comかどこかの評で、佐々木倫子の部分が星3.5で、綾辻行人の部分が星2.5という評価があったように思いますが、個人的には全く同感で、装丁などは立派ですが、内容的には、息抜き程度には悪くないといったところでしょうか(『おたんこナース』の単行本同様、大判で読み易いし)。

オリエント急行殺人事件 映画 アルバート・フィニー.jpg コミックであるせいか、読んでいる間ずっとクリスティの原作『オリエント急行の殺人』でなく、シドニー・ルメット監督の映画「オリエント急行殺人事件」('74年/オリエント急行殺人事件 snow.jpg英・米)の方が頭に浮かんでいました(原作を読んだ時はあまり雪のシーンをイメージしなかった?)。アルバート・フィニー(1936-2019)がポワロを演じたほか(アカデミー主演男優賞にノミネートされたが、彼のポアロ役はこの一作きりで、以後、アガサ・クリスティ原作の映画化は「ナイル殺人事件」('78年)、「地中海殺人事件」('82年)、「死海殺人事件」('88年)と全てピーター・ユスティノフがポアロを演じている)、被害者役のリチャード・ウィドマークをはじめ、アンソニー・パーキンス、ジョン・ギーオリエント急行殺人事件 バーグマン.jpgルグッド、ショーン・コネリー(かつらを外して出オリエント急行殺人事件 ショーン・コネリー.jpg演し始めた最も最初の頃の作品ではないか)、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ウェンディ・ヒラー、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル等々が出演したオールスターキャスト映画でしたが、神経質で少しエキセントリックなところがある中年のスウェーデン人宣教師を演じたイングリッド・バーグマンが印象的でした(実はそのキャラクター自体が"演技"だった!)。イングリッド・バーグマンは事件の中心人物的な公爵夫人役を打診されたけれども、この地味な宣教師役を強く希望したそうで、その演技でアカデミー助演女優賞を獲得しています。


オリエント急行殺人事件 2017 00.jpg(●2017年にケネス・ブラナー監督・主演のリメイク作品「オリエント急行殺人事件」('17年/米)が作られた。Amazon.comのレビューなどを見ても評価が割れているが、本国でも賛否両論だったようだ。映画批評集サイトのRotten Tomatoesのサイト側によオリエント急行殺人事件 201700.jpgる批評家の見解の要約は「映画史の古典となった1974年版に何一つ新しいものを付け足せていないとしても、スタイリッシュなセットとオールスターキャストのお陰で、『オリエント急行殺人事件』は脱線せずに済んでいる」となっている。個人的感想も概ねオリエント急行殺人事件 2017 1.jpgそんな感じだが、セットは悪くないけれど、列車が雪中を行くシーンなどにCGを使った分、新作の方が軽い感じがした。旧作にも原作にもないポワロのアクションシーンなどもあったりしたが、最も異なるのは終盤であり、ポワロが事件にどう片を付けるか悩む部分が強調されていて、ラストの謎解きもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模した構図の中でケネス・ブラナーの演劇的な芝居が続く重いものとなっている。旧作は、監督であるオリエント急行殺人事件 2017 l.jpgシドニー・ルメットが、「スフレのような陽気な映画」を目指したとのことで、ポワロの事件解決後、ラストにカーテンコールの意味合いで、乗客たちがワインで乾杯を行うシーンを入れたりしているので、今回のケネス・ブラナー版、その部分は敢えて反対方向を目指したのかもしれない。ただ、もやっとした終わり方でややケネス・ブラナー監督の意図がやや伝わりにくいものだった気もする。)


オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション[AmazonDVDコレクション]
オリエント急行殺人事件  1974 dvd.jpgオリエント急行殺人事件02.jpg「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:1974年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:ポール・デーン●撮影:ジェフリー・アンスワース●音楽:リチャード・ロドニー・ベネット●原作:アガサ・クオリエント急行殺人事件03.jpgリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:128分●出演:アルバート・フィニー/リチャード・ウィドマーク/アンソニー・パーキンス/ジョン・ギールグッド/ショーオリエント急行殺人事件 バコール.jpgン・コネリーヴァネッサ・レッドグレーヴ/ウェンディ・ヒラー/ローレン・バコール/イングリッド・バーグマン/マイケル・ヨーク/ジャクリーン・ビセット/ジャン=ピエール・カッセル●日本公開:1975/05●配給:パラマウント=CIC(評価:★★★☆)
Richard Widmark/Jacqueline Bisset/Vanessa Redgrave
murder victims, Richard Widmark.jpg Jacqueline Bisset、Murder on the Orient Express.jpg 「オリエント急行殺人事件」レッドグレーヴ .jpg
 
   
オリエント急行殺人事件 [DVD]」Kenneth Branagh/Johnny Depp
オリエント急行殺人事件 2017 dvd.jpgオリエント急行殺人事件 20172.jpgオリエント急行殺人事件 2017 deppu.jpg「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ケネス・ブラナー●製作:リドリー・スコット/マーク・ゴードン/サイモン・キンバーグ/ケネス・ブラナー/ジュディ・ホフランド/マイケル・シェイファー●脚本:マイケル・グリーン●撮影:ハリス・ザンバーラウコス●音楽:リパトリック・ドイル●原作:アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:114分●出演:ケネス・ブラナーペネロペ・クルス/ウィレム・デフォー/ジュディ・デンチ/ジョニー・デッ/ジョシュ・ギャッド/デレク・ジャコビ/レスリー・オドム・Jrオリエント急行殺人事件 2017michelle-pfeiffer.jpgMURDER ON THE ORIENT EXPRESS Penélope Cruz.jpgミシェル・ファイファー/デイジー・リドリー/トム・ベイトマン/オリヴィア・コールマン/ルーシー・ボイントン/マーワン・ケンザリ/マヌエル・ガルシア=ルルフォ/セルゲイ・ポルーニン/ミランダ・レーゾン●日本公開:2017/12●配給:20世紀フォックス(評価:★★★)

Michelle Pfeiffer/Penélope Cruz
 
 

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小学校5年生の光君とその周囲。とり上げるべきテーマの多い年代。

光とともに8.jpg  光とともに...全15巻 完結セット.jpg
光とともに... (8)』〔'05年〕 光とともに...全15巻 完結セット』['10年]

 '05(平成17)年5月刊行のシリーズ第8巻(「for Mrs」'04(平成16)年〜'05(平成17)年発表)で、主人公の自閉症児・光君は小学校5年生の冬を迎えています。
 このシリーズの第3巻で光君は小学校4年になり、作者はその後しばらく小学生の彼とその周辺を描き続けていますが、それだけ小学校高学年という年代とそれを取り巻く問題については、とり上げるべきテーマも多いのだと思います。

 このシリーズの良いところは、親や教師が、主人公を通して成長し変化していくのがよくわかるところです。
 周囲にはなかなか変わらない人もいますが、それを単なる善玉・悪玉の物語にせず、われわれをとりまく社会の問題として考えなければならないことを教えてくれるという点でも、優れていると思います。

 療育支援の具体的な方法などもわかりやすく示されていますが、巻が進むにつれて、療育の現況に対する問題提起も出てきて、作者の意欲が感じられます。
 両親も、いろいろな人々の励ましや支援を受けることで、自分の子供のことだけでなく、他者へのまなざしも変化していきますが、その両親の他の子どもへの気遣いがある事件の発見につながり、そこでは施設の閉鎖性、暴力の連鎖、問題事実をやり過ごすネグレクトといった深刻な問題が、善意の内部告発という今日的テーマと併せて描かれています。
 以前作者は「漫画にはいといろと制約がある」という発言をしていましたが、これらの描き方には、作者の描かずにはおれないという思いが感じられます。

 一方で、個性の明確化、友との別れ、異性への意識といったこの年代の子どもの世界や、子の進路を意識し始めた親同士の交流と確執も描かれています。
 一種のリベンジ・ファクターで子を受験に駆りたてる親もいれば、1年先を見通すのもたいへんな障害児の親もいる...。
 作者のそれらを包含するような視線が、そのまま、子もそれぞれに違えば親もそれぞれに違うということを認め合うことの大切さを伝えているような気がします。

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「21世紀」が「20世紀」の"解題"になってない。大風呂敷、拡げてたたまずの感。編集者が作品に口出しするのも良し悪し。

20世紀少年 全巻.jpg21世紀少年下.jpg21世紀少年 上.jpg20世紀少年22.jpg『20世紀少年 22』
映画「20世紀少年」.jpg『21世紀少年 (上・下)』

 '99(生成11)年から'07(平成19)年まで「ビッグコミックスピリッツ」で連載され、「小学館漫画賞」「日本漫画家協会賞」「講談社漫画賞」「文化庁メディア芸術祭優秀賞」などを受賞した作品。'08年には堤幸彦監督により映画化されました('08年公開は全3部作のうち第1部のみ)。

 ケンヂたちが少年時代に遊びで作った「世紀末預言書」の内容が、成長した彼らに現実となって襲いかかり、ケンジとその仲間たちは地球を救うため立ち上がる―。

 話は、ケンヂ達の少年時代('70年前後)と「血の大晦日」('00年)前後を行き来し、そして「ともだち暦」(2015年)にはいり、最終章では『21世紀少年』と改題されていますが、24巻で一つの作品と見てよいものです。

プロフェッショナル仕事の流儀 0701.jpg ストーリーテラーらしい複雑な物語構成と、世界制覇を企む「ともだち」とは何者かという〈大きな謎〉で、ぐいぐい読む者を引っぱっていく力量はさすがで、相変わらず飽きさせません。ところが、気宇壮大であることは結構なのですが、「21世紀少年」と改題までされた結末部分が、実際の"解題"とはなっておらず、「大風呂敷、拡げてたたまず」といった感じで終わってしまっていて、『MONSTER』の読後感のようなカタルシスは得られませんでした。

漫画家・浦沢直樹 氏 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」('07年1月18日放送)

 NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に、'07年1月に作者・浦沢氏が、11月には漫画原作者で浦沢作品の編集者でもある長崎尚志氏が出演していましたが(両方の放送を見ると、長崎氏の浦沢作品に対する関与の度合いの大きさがわかる)、長崎氏に言わせれば、浦沢作品は複雑なことをわかりやすく伝えているのが魅力であり、また、わからないものにこそ人は魅力を感じると―。

長崎尚志.jpg 今回は、「ともだち」とは誰かという謎を敢えて謎のまま残そうとした意図が見てとれますが、これは長崎氏の強い意向ではないだろうかと思いました。ところが、その答えが意外とミエミエなのは、浦沢氏のサービス精神(?)が出てしまったためで、それなのに無理矢理ミステリアスに仕立てようとする、そうした不整合が、ストーリーを収束し切れなかったり、矛盾を生じたりする原因になっているような気もしました。

漫画原作者・長崎尚志 氏 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」('07年11月6日放送)

20世紀少年 一場面.jpg 少年期の壮大な想いや仲間同士の結束・反目というのは、大人になっても無意識に抱えているものかも知れず、それが表面化し再現されるという設定も悪くないのですが、やはり結末が...。

 スティーブン・キングの作品(この人のも、途中から何でもありになってしまうものが多いと思うが)や映画「ターミネーター2」を想起させられる部分がありましたが、読後は、ストーリー(編集者の影響が及ばぶ部分)よりも、作者の自分史に重ねた昭和の時代(万博とか)への郷愁や、昭和漫画(ナショナルキッドとか)に捧げたオマージュの方が印象に残りました(編集者の影響が及ばない部分)。

 編集者が作品に口出しすることの良し悪しを考えさせられます(ましてや、長崎氏は自身が漫画原作者でもある)。良い方向に転ぶ場合が無いとは言えませんが...。

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導入部分がいい。状況設定が昔流行ったST(感受性訓練)と似ている?

11人いる!―SFロマン傑作選.jpg11人いる!.jpg 11人いる!2.jpg11人いる!―SFロマン傑作選 (小学館文庫 (712))』(1976/01 小学館文庫)
11人いる! (小学館文庫)』〔'94年/新編集版〕
11人いる! (フラワーコミックススペシャル 萩尾望都パーフェクトセレクション 3)』('07年/小学館)

 1975(昭和50)年の「別冊少女コミック」9月号~11月号が初出誌。1975(昭和50)年・第21回「小学館漫画賞」(少年少女部門)受賞作(「ポーの一族」と併せて受賞)。

 宇宙の最高学府「宇宙大学」入試の最終試験として、1つの宇宙船につき10人のグループで53日間過ごすという課題が出されるのだが、主人公の乗り込んだ宇宙船には何故か11人いた。爆発事故やウィルス発生などのトラブルが船内で続発するが、それも試験のうちなのか、11人目の誰かの仕業なのかわからない。彼らは互いに疑心暗鬼を抱きながらも、接近し協働して課題をクリアしようとする―。

 小中学生の頃からアシモフ、クラーク、ハインライン、F.ブラウンなどのSFを読みふけったという作者らしい作品で、読者を引き込む状況設定が巧いなあと思いました。

心をあやつる男たち.jpg '60年代から'70年代にかけて企業研修などで流行った「エンカウンターグループ」や「ST(感受性訓練)」などと少し似ていると思いました(しかしあのSTブームは何だったのか。福本博文氏の体験ルポ『心をあやつる男たち』('93年/文藝春秋、'99年/文春文庫)によると死者まで出たとか)。このマンガが発表されたのが'75(昭和50)年ですから、「試験」と「研修」の違いはありますが、作者はその辺りから着想したのではないかと思ったりもしました。

心をあやつる男たち (文春文庫)』['99年]

 この『11人いる!』は『ポーの一族』と併せて小学館漫画賞を受賞していて、『トーマの心臓』などとともに作者の代表作であるには違いないでしょう。11人のキャラクターが限られた紙数の中でよく書き分けられています。ただ、ミステリーにはありがちなことですが、導入部分が素晴らしい分、結末の凡庸さに落差を感じました。

「11人いる! nhk.jpg少年ドラマシリーズ 11人いる!.jpg この作品は、'86年にアニメ映画化されていますが、それ以前、'70年にNHKの少年ドラマシリーズ(1972年~1983年)の一環として全1回40分のドラマとして実写化されたものが放映されており、DVDも発売されています(個人的には共に未見)。

NHK少年ドラマシリーズ「11人いる!」(1977年1月2日放送)脚本:佐々木守 出演: 山城はるか/佐山泰三/吉田次昭/柴崎敏/片岡功/保積ぺぺ/中村俊男/蔵忠芳/山田昌人/三ツ矢雄二/石垣恵三郎/佐藤慶(宇宙大学学長)
11人いる! [DVD]

萩尾望都「11人いる!」ドラマcd.jpg 【1976年文庫化[小学館文庫(『11人いる!―SFロマン傑作選』)]/1978年全集[小学館(『萩尾望都作品集〈13〉』(プチコミックス))]/1986年単行本[小学館]/2007年単行本[小学館フラワーコミックススペシャル]/1994年文庫新編集版[小学館文庫]】

ドラマCD『11人いる! 』

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設定に引き込まれた。「トーマの心臓」より重層的で厚みがある。

ポーの一族.jpgポーの一族 パーフェクトセレクション.jpgポーの一族 74.bmp
ポーの一族 1 (1) (フラワーコミックススペシャル 萩尾望都パーフェクトセレクション 6)』 〔'07年〕/『ポーの一族』(全4巻) 〔'74年〕/小学館叢書 (全3巻)〔'88年〕

 1972(昭和47)年から1976(昭和51)年にかけて発表された萩尾望都の代表的長編作品で、1975(昭和50)年・第21回「小学館漫画賞」(少年少女部門)受賞作(「11人いる!」と併せて受賞)。
 バンパネラの一族として生きるエドガーと、彼により一族に引き込まれたアランの物語で42『ポーの一族 (全5巻)』.jpgすが、14歳の少年のままの美貌を保つ彼らが、18世紀から20世紀のヨーロッパ各地に出没するという設定にまず引き込まれました。

 時代が前後しながら展開される15編のストーリーで、最初はテレビドラマ「タイムトンネル」(古い!)みたいに恣意的に時間移動しているのかと思いましたが、実はそれらがすべて関連付けられていて、謎が徐々に読者に明かされていくという―この構築力は、作者20代前半の作品とは思えないほどのものでした。
 この作品の〈年代表〉を作る熱心なファンもいるようですが、自分はそこまではしないものの、気持ちはわかる...。

 永遠の生を持ちながらも、それは人間の血で贖われていて、それをバラのエキスで"代替可能"としている点はロマンチックですが、結局のところ彼らは正体が人に知られれば迫害される存在であり、一方、彼らが愛する美しい女性たちはやがて老いて死を迎える、いわば時間に蝕まれていく存在である―。
 しかし生身の人間であっても、生きている限りにおいて、思い出としての青春は「今」自分の中に在る、または在ると信じたいもので、エドガーらは、そうした人間の思いを投射した存在に思えました。

トーマの心臓.jpg "少年愛"ものの出始めの時期だったこともあり、15編の中では、ギムナジウムを舞台とした「小鳥の巣」などが好評でしたが、このテーマは『トーマの心臓』でより端的に描かれています。
 個人的にはむしろ、エドガーの妹に対する犠牲的精神が描かれた「メリーベルと銀のバラ」などが良く、全体に『トーマの心臓』よりもテーマが重層的で厚みのある物語だと思います。

 '77年に出た小学館のプチコミックス版「萩尾望都作品集」、'88年に出たこの「叢書版」、'98年に出た「文庫版」、'00年に出た「フラワーコミクッス版」など、みんな話の並べ方が微妙に違うようです。それでも読めるストーリーですが...。

 【1974年コミックス版(全5巻)・1977年コミックス版「萩尾望都作品集」(全4巻)・1988年叢書版(全3巻)[小学館]/1998年文庫化[小学館文庫(全3巻)]/2007年単行本[小学館フラワーコミックススペシャル(全2巻)]】

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自閉症児とその親の歩み。母親の一番苦しい時期を描く第1巻。

光とともに3.jpg戸部 けいこ 『光とともに1』.jpg光とともに1巻.bmp 光とともに 自閉症児を抱えて.jpg
光とともに... (1)』〔'01年〕「光とともに... ~自閉症を抱えて~ DVD-BOX

 '00(平成12)年、女性コミック誌「for Mrs.(フォアミセス)」(秋田書店)にて連載がスタートした、自閉症児とその親の歩みを描いたコミックの第1巻で、主人公の光君の誕生から保育園卒園までを画いています。'04(平成16)年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、'04年にNTV系でドラマ化され話題を呼びましたが(主演は、'01年に蜷川幸雄演出の舞台「ハムレット」でオフィーリア役を演じて"一皮むけた"篠原涼子)、ドラマを見て少しでも関心を抱いた人にはお薦めしたいと思います。

 母親と目を合わせようとしないし、いつまでたっても母親を「ママ」と呼ばないわが子。最初は自分でもわが子のことがよくわからないで困惑する母親。そして、〈自閉症〉という診断にたどり着く―。自閉症だとわかった後も、家族・親戚・周囲の理解がなかなか得られない、そうした母親の一番苦しい時期が描かれています。
NTV系ドラマ「光とともに~自閉症児を抱えて~」 ('04年放映)
光とともに2.jpg光とともに.jpg これを読むと、TVドラマ(母親役は篠原涼子)の方は途中から始まっていることになり(小学校入学の少し前から)、またかなり明るいシーンが多かったような気がします。作者は漫画にはいろいろ制約があるといったことを以前言っており、テレビの場合はなおさらそうでしょう。
出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也

光とともに(戸部けいこ 秋田書店) .jpg わが子との心の繋がりを懸命に模索する母親。光君が初めて母親のことを「ママ」と呼ぶ場面や、さまざまな出来事を経て保育園の卒園式で新たな一歩を踏み出す場面は胸を打ちますが、いずれも作者が取材した事実に基づいているようです。

 続きモノで手をつけるのはちょっと...という人もいるかもしれませんが、この第1巻はこれ1冊でも完結した感動的物語として読めるので、未読の人も手にとりやすいのではないかと思います(もちろん療育に簡単な"終わり"はないのでしょうが)。 

 自閉症という一般の人にはなかなか理解されない障害を、多くの人にわかりやすく知らしめたという意味でも、本書の功績は大きいと思います。

光とともに 篠原.jpg「光とともに~自閉症児を抱えて~」●演出:佐藤東弥/佐久間紀佳●制作:梅原幹●脚本:水橋文美江●音楽:溝口肇●原作:戸部けいこ●出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也/武田真治/鈴木杏樹/井川遥/齋藤隆成/市川実日子/大倉孝二/大城紀代/高橋惠子/渡辺いっけい/金沢碧/福田麻由子/佐藤未来/池谷のぶえ●放映:2004/04~06(全11回)●放送局:日本テレビ

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年代で異なる作風。巻頭アルバムに窺える家庭人と逃亡者の二面性。

ゲンセンカン主人68.JPGゲンセンカン主人.jpg ゲンセンカン主人ku.jpg「ゲンセンカン主人」
ゲンセンカン主人―つげ義春作品集 (アクション・コミックス)

 '66(昭和41)年から'70(昭和45)年発表のつげ作品から12本を選んだもので、巻末に作品リストがあり、そちらは'83年までに発表・刊行されたつげ氏の全作品の年譜になっています。

ねじ式 (1968「月刊漫画ガロ」増刊号)/ (1966「月刊漫画ガロ」2月号)
ねじ式.bmpつげ義春 沼.jpg 本書の最初に出てくる、かの有名な「ねじ式」ほか、「山椒魚」「通夜」「海辺の叙景」「沼」「峠の犬」は、いずれも'66-'68年の作品です(発表誌はいずれも「月刊漫画ガロ」)。

月刊漫画 ガロ つげ義春特集 1968年No.47、1971年No.91.jpg 「沼」('66年)は、背景などはすでにつげ義春特有の幽玄さを帯びているコマがあるのが窺え、内容にも作者らしい叙情性はありますが、登場人物の絵は"永島慎二"風という感じで、「通夜」('67年)は、内容は軽妙ですが、背景絵のタッチがよりつげ作品らしい微細なものになっています。

 「やなぎや主人」('70年)は1年の休筆を経た後の作品。人も背景もリアルで暗いタッチになっています。「初茸がり」「古本と少女」「チーコ」「噂の武士」は、'65-'66年の初期のヒューマンタッチな作品群で、「噂の武士」('65年)は宮本武蔵の偽者を描いた時代物。独特の抒情性は見られず、ストーリー主体です。

「月刊漫画ガロ」つげ義春特集 1968年No.47、1971年No.91

ゲンセンカン主人4.jpgゲンセンカン主人 .jpg 最後の本書表題としても選ばれている「ゲンセンカン主人」('68年)は、極端に暗い作風で、主人公の旅人の顔もリアルになっています。個人的には、この「ゲンセンカン主人」と、休筆後の「やなぎや主人」に最も"つげ作品"らしさを覚えましたが、短い期間に結構作風が微妙に変化してるなあと、改めて感じました(「ゲンセンカン主人」は石井輝男監督により、1993年に同タイトルで映画化されており、内容は「李さん一家」「紅い花」などを含んでいる)。

「ゲンセンカン主人」

 巻頭に作者の写真アルバムがありますが、これだけ見ていても天才作家の「家庭人」と「逃亡者」の二面性が窺え、作品の発表年と対比しながら見るとたいへん興味深いものです(作者は時に、"家庭"に対しても"時代"に対しても、意識的に「逃亡者」であろうとした?)。
 
夏目房之介の漫画学.gif 『夏目房之介の漫画学』('85年/大和書房)の中に、'70年前後のマンガを読み返して、「こんなに疲れるとは思わなかった。水を含んだ雑巾みたいな気分だ」とあり、そのころは、林静一、佐々木マキ、真崎守などを中心に、安保闘争の時代を反映したり極端に前衛的だったりする作品が多かったようですが、「総じて青臭く、独特の過剰さに辟易する」と。そうした中で、「実際、今でも時に読みたいと思うのはつげ義春の旅行ものとか、水木しげるの浮世ばなれした作品ぐらい」と書いてありました。 

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巻末の"自分史"に照らしながら作風の変遷を見ると興味深い。

つげ 義春 『リアリズムの宿』.jpgつげ3039.jpgリアリズムの宿.jpg つげ義春.jpg 
リアリズムの宿―つげ義春「旅」作品集』(1983/07 双葉社) つげ義春 氏

リアリズムの宿 映画02.jpg '67(昭和42)年から'75(昭和50)年に発表されたつげ作品を「旅」というキーワードで括っていますが、傑作揃いで、巻頭のイメージ画も「旅」というテーマに沿って"つげワールド"を展開していて、とてもいいです。表題作「リアリズムの宿」は、その雰囲気を活かした映画にもなりました。

映画「リアリズムの宿」('04年)出演 : 長塚圭史/山本浩司/尾野真千子               

リアリズムの宿1.gif '93年から'94年にかけて筑摩書房から全集も出ていますが(全9巻)、全部揃えるまで出来なくとも、この1冊でかなり「つげワールド」が堪能できるような気がします(書版の大きさにこだわらなければ主要な作品は小学館文庫などでも読める(その後、筑摩版の全集はちくま文庫として文庫化された))。

 本書は作品の発表順に所収されていて、'67年作品が「李さん一家」「紅い花」「西部田村事件」の3作、'68年作品が「長八の宿」「二峡渓谷」「オンドル小屋」「ほんやら洞のべんさん」「もっきり屋の少女」の5作、'70年以降が「蟹」('70年)、「リアリズムの宿」('73年)、「庶民御宿」('75年)の3作であり、いずれも作者の代表作といっていい傑作です。巻末の"自分史"と併せて見ると、'67-'68年がいかに旺盛で充実した創作期であったかがわかります。

「リアリズムの宿」初出1973年11月「漫画ストーリー」(双葉社)

つげ3040.JPGつげ3043.JPG また最後の'70年代の2作「リアリズムの宿」と「庶民御宿」は作風がグッと暗くなっていて、旅人としての主人公の顔つきも、ボサボサ髪の無精ひげになっています。これは、この本には収められていませんが、「ゲンセンカン主人」('68年)「やなぎ屋主人」('70年)にも見られる作風です。ただし、'70年の「蟹」は、「李さん一家」の続編として作風も3年前のものを踏襲しています。

つげ義春全集 4.jpgつげ義春全集 5.jpg では、作品の発表が全く無かった'69年は、一体この人は何していたのでしょうか? "自分史"によれば、'69年は専ら水木しげるの助手としての仕事だけを務め、自作は発表していません。その年を挟む'68年との'70年作品に、異なる作風が交互に(一時的に昔の作風に回帰するかのように)表れていることになります。'70年後半に爆発的な"つげブーム"が起こると、逆に自らは創作から遠ざかり、その後、心身不調とノイローゼを繰り返す寡作の作家となります。

筑摩書房『つげ義春全集 (4)』 李さん一家 他/『全集 (5)』 赤い花 他

03リアリズムの宿.png1リアリズムの宿.jpg
「リアリズムの宿」 2003年映画化(監督:山下敦弘/出演:長塚圭史、山本浩司、尾野真千子)
                               
                         
                                  
  
リアリズムの宿 映画01.jpg「リアリズムの宿」予告

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戦中の玉の井界隈の活気や人情味、猥雑なパワーや哀しさが滲む自伝的作品。

滝田 ゆう 『寺島町奇譚』_l.jpg寺島町奇譚.jpg 滝田ゆう.jpg 『寺島町奇譚』.jpg
寺島町奇譚』ちくま文庫 〔'88年〕滝田ゆう(1932-1990/享年58)
『寺島町奇譚―青林傑作シリーズ3』1976年4月青林堂
『寺島町奇譚 ぬけられます―現代漫画家自選シリーズ5』1971年青林堂
ぬけられます 全1巻.jpg寺島町奇譚 ぬけられます.jpg '68(昭和43)年の「月刊ガロ」12月号より連載された滝田ゆう(1932-1990)の「寺島町奇譚」シリーズは、『寺島町奇譚』、『ぬけられます』(共に'70年/青林堂)として単行本刊行され、復刻版なども出ていますが、本書はそれらを合本化した文庫で、作者の真骨頂である戦前・戦中の玉の井遊郭界隈の郷愁溢れる世界を20篇、600ページ余にわたって堪能できます。

 主人公は色街・玉の井に両親、祖母、姉、そして猫のタマと暮らしている息子キヨシで、家族は母と姉を中心に階下に営業するスタンドバー「ドン」で働いていていますが、キヨシも、粗野でちょっと恐い(でも時に優しい)母に言われて、小学生ながらに掃除をしたりして店を手伝っている―、そうした戦前から戦中にかけての下町の家族の様子が、作者の自伝的要素を入れ、生き生きと描かれています。

 場所が場所だけに、いろいろな人物が店にやってきて、また行き交い、そうした人々の生活や人生の断片を、「よくわからない」なりの子供の目線で描いていて、そこに滲む活気や人情味、猥雑なパワーや哀しさなどが、しっとりした下町の情景と相俟って伝わってきます。

吉行 淳之介.jpg原色の街2.jpg 文庫解説の吉行淳之介は、「滝田ゆう」と「つげ義春」の作品が好きだそうですが、この2人の作品は、劇画とは異なる独立したジャンルで、しいて言えば「文学的雰囲気を持った連続画」とでも言うべきものだとしています。

 寺島町は今の東向島付近で、吉行淳之介は、玉の井が戦後、現在の「鳩の街商店街」(東向島1丁目)まで拡がってきたあたりを舞台に『原色の街』を書いていますが、戦中の玉の井の中心部の様子を、自らの記憶だけを頼りにここまで描いたということに、作者・滝田ゆうのこの街の記憶に対する並々ならない愛着が感じられます。

玉の井.jpg 街の入り口の「ぬけられます」という看板とは裏腹に複雑に入り組んだ路地に、銘酒屋(私娼旅館)の娼婦たちの世界とベーゴマに熱狂する子供たちの世界が同居しているこの不思議な空間も、物語の最後で米軍の攻撃(東京大空襲)を受けて火の海と化すことになります。

 キヨシが疎開先へ向かう汽車の窓から愛惜の念をもって眺める、焼け野原になってしまった住みなれた街の瓦礫の中に、行方不明になったキヨシの愛猫タマを探す立て札が立つラストは、胸に迫るものがあります(因みに、神代辰巳が「赤線玉の井 ぬけられます」('74年)で作品の舞台とした「玉の井」は、昭和33年の売春防止法が施行される直前、つまり戦後のそれである)。

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センセーショナリズム? 暴走気味の主人公の独善が気になる。

ブラックジャックによろしく.jpg                 ブラックジャックによろしくドラマ3.jpg
ブラックジャックによろしく (1)』 〔'02年〕 「ブラックジャックによろしく 涙のがん病棟編 [DVD]」妻夫木聡

立花隆.bmp '02(平成14)年に第1巻が刊行され第6回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」で優秀賞を受賞した(その後、'04(平成16)年・第33回「日本漫画家協会賞」大賞も受賞)このシリーズは、あの立花隆氏が絶賛、氏曰く―、「(この漫画は)いまやコミックを超え、ノンフィクションを超え、文学すら超えて、我々の時代が初めて持った、知・情・意のすべてを錬磨する新しい情報メディアとなった。これからの時代、『ブラックジャックによろしく』を読んで悩み苦しんだことがない医者にはかかるな、と言いたい」と、ものすごい褒めようで、東大での講義素材にも使ったりしていますが、確かに医療現場においてあるかもしれない問題を鋭く突いているなあという感じはします(実態とかけ離れているという現場の声もあったようですが)。

ブラックジャックによろしく1.jpg この第1巻では、研修医の劣悪な労働条件や治療よりも研究を優先する大学病院の内実を抉っていて、続く第2巻で主人公の研修医は、大学病院の面目を潰してまでも患者を市井の名医に診せたりしています(なかなかの行動力)。

ブラックジャックによろしく がん病棟編.bmp 第3巻、第4巻でダウン症の生前告知を通して新生児医療の問題を扱っていて(これは感動しました)、第5巻~第8巻のガン告知の問題を扱っているところまで読みましたが(この部分は'03年にTBS系でテレビドラマ化されたシリーズの中では取り上げられず、翌年の正月にスペシャル版としてドラマ化された)、その後も精神障害とマスコミ報道の問題を扱ったりしているようで、どちらかと言うとジャーナリスティックな(悪く言えばセンセーショナリスティックな)路線を感じます。

 それはそれでいいのですが、主人公の正義感がややもすると暴走的な行動に表れ、主人公の独善に思えてきます。山崎豊子の『白い巨塔』では、この種の"正義感"を揶揄するような描き方がありましたが、この漫画は、「強者は悪者で、善なる者は弱者」みたいな構図の中で、弱者にはどんな非常手段も許される...みたいなを感じがあるのが引っかかります。

Er.jpgER 緊急救命室.jpg 同じ「青臭さ」でも、個人的には、テレビドラマ『ER』初期の研修医時代の"カーター君"みたいな、周囲に対するセンシビリティのあるタイプの方が好きなのですが、多分、立花氏は、自分とは違った視点でこの作品を見ているのだろうなあと。
   
  
  
  
  
ブラックジャックによろしくドラマ2.jpgブラックジャックによろしく471.jpg「ブラックジャックによろしく」●演出:平野俊一/三城真一/山室大輔●チーフプロデューサー:貴島誠一郎●脚本:後藤法子●音楽:長谷部徹●原作:佐藤秀峰●出演:妻夫木聡/国仲涼子/鈴木京香/加藤浩次/杉本哲太/松尾政寿/綾瀬はるか/今井ブラックジャックによろしく  緒形拳2.jpg陽子/伊東四朗/泉ピン子/原田芳雄/笑福亭鶴瓶/吉田栄作/横山めぐみ/浅茅陽子/石橋凌/伊東美咲/藤谷美紀/阿部寛/鹿賀丈史/小林薫/薬師丸ひろ子/三浦友和緒形拳●放映:2003/04~06(全11回)●放送局:TBS

緒形拳(誠同病院長・服部脩)/原田芳雄(心臓外科医・北三郎)/三浦友和(永禄大学付属病院第一外科指導医・白鳥貴久)
ブラック・ジャック誠同病院長・服部脩.jpg ブラック・ジャック 北 三郎.jpg ブラック・ジャック 三浦.jpg
ムック『研修医 英二郎解体新書―ブラックジャックによろしく』(2003/ぴあ)
ブラックジャックによろしく   2.jpg

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「鉄腕アトム/地上最大のロボット」の浦沢流"料理方法"。

PLUTO.jpg  豪華版 PLUTO 1.jpg
PLUTO (1)』〔'04年〕/豪華版〔'04年〕

鉄腕アトム 史上最大のロボット.JPG地上最大のロボット.bmp '03(平成15)年の「ビックコミックオリジナル」誌上での連載開始時から話題を席巻した作品。『MONSTER』('94〜'01年)で「手塚治虫文化賞マンガ大賞」を受賞した浦沢直樹氏が、自らが「最初に読んで感動した漫画」という「鉄腕アトム/地上最大のロボット」('64年)を翻案したもので、浦沢氏は本作で2度目の「手塚治虫文化賞マンガ大賞」と3度目の「文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」を受賞しています。また、宝島社が発行するムックで年度毎にマンガを投票でランキングする「このマンガがすごい!」(オトコ編とオンナ編に分かれている)で、オトコ編の2006年の第1位に選ばれ、フリースタイル刊行「このマンガを読め!2005」ベストテン第1位も獲得しています。

「鉄腕アトム/地上最大のロボット」

 1巻ごとに完結しているわけでなく、連続したストーリーの途中までしか読んでなくて評価をするのは何ですが、面白いし、うまいなあと思いました。「地上最大のロボット」との比較論も巷に溢れており、その中では、「これは浦沢のアトムであり、手塚漫画とは別物」という見方がかなりあるようですが、リメイクとは元来そういうものであるはずだし、監修者である手塚真氏も、事前に「浦沢直樹自身の漫画が見たい」という注文をつけたそうです。

 「地上最大のロボット」を読んで(できれば手元に置きながら)、浦沢直樹がそれをどのように料理したかを楽しみつつ読むのが一番いいのではないかと思います(『鉄腕アトム』全巻、持っています!)。

 パンクチュアル・スーツとかは、ガンダム世代を意識したものなのでしょうか。いろいろと工夫の跡が見えます。『MONSTER』を読んだ人ならすぐに掴めてくる独特の雰囲気はあるかと思いますが、それでも第1巻の巻末のアトム登場の場面には、「こうきましたか」という感じ。ストーリーの大筋が分かっていても、"料理方法"に今後も期待が持てました。

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読んでいる間は24時間"ミステリーツアーのお客様"状態。

MONSTER.jpg MONSTER2.jpg Monster (3).jpg Monster (4).jpg MONSTER 5.jpg MONSTER 6.jpg MONSTER7.jpg MONSTER8.jpg MONSTER9.jpg MONSTER10.jpg 『MONSTER 全18巻セット

 1994(平成6)年から2001(平成13)年にかけてコミック雑誌に連載された浦沢直樹氏の長篇ミステリーコミック。1997(平成9)年・第1回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門(優秀賞)」受賞作、並びに1999(平成11)年・第3回「手塚治虫文化賞(マンガ大賞)」、2000(平成12)年・第46回「小学館漫画賞(青年一般部門)」受賞作。

 独デュッセルドルフのアイスラー病院に勤務する天才外科医ドクター・テンマ(天馬賢三)は、院長の娘との結婚を約し、順風満帆の将来を保障されていた。しかし、利潤優先で人の命を平等に扱わない病院に対し疑問を抱いた彼は、頭を撃たれ病院に担ぎ込まれた貧しい少年の手術を、資産家の手術に優先して敢行したために、自らの将来を棒に振る。だが実は、彼が命を救ったその少年は、大量殺人を繰り返す怪物の心を持っていた―。

 最初は軽い気持ちで第1巻を手に取ったのが、読み終わるまでの間は、仕事していても食事していても頭の中は"ミステリーツアーのお客様"状態で、あっという間に18巻まで読み進み、最後にガーンと壁に激突させられて、しばらくは何がどうだったのかよくわからないという感じ。

 これだけの長編で、かつ密度の濃いストーリーを構築できる人は今までそういないのではないかと思いました。すべての挿話がラストに繋がっていくため、ラストの謎を自分なりに整理してストーリーを遡及していく楽しみもあります。個人的にはロバート・ラドラムの小説を連想したりもしましたが、やはりこの作品はストーリーでもインパクトでも、その高いオリジナリティを認めなければならないものだと思います。
 
MONSTER アニメ.jpgMONSTER アニメ dvd.jpg '04年には日テレ系でアニメ化されていますが、放送時間帯が平日深夜で、それもこの作品らしいかなと思ったりしました(DVDレコーダーが普及がしたせいでもある? どちらかというと、時間のあるときに腰を落ち着けて一気に見たい作品)。
 アニメに限らず、できれば全巻続けて一気に読んだ方がいいタイプの作品であるし、先入観を持たないで読んだ方が楽しめると思います。
   
「MONSTER」●演出:小島正幸●脚本:浦畑達彦●音楽:配島邦明●原作:浦沢直樹●出演(声)木内秀信/小山茉美/佐々木望/能登麻美子/池田勝/磯部勉●放映:2004/04~2005/09(全74回)●放送局:日本テレビ

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赤ん坊に対する素直な驚き、既成概念にとらわれない子育てぶり。

私たちは繁殖している.jpg 内田 春菊 『私たちは繁殖している』1.jpg 内田 春菊 『私たちは繁殖している』.jpg
私たちは繁殖している (Bunka comics)』 〔'94年〕

 1994(平成6)年・第4回「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」受賞作(自伝的小説『ファザーファッカー』と併せての受賞。この年の選者は文化人類学者の中沢新一氏)。

 '94(平成6)年にシリーズの第1巻が刊行され、その後文庫化もされたもので、作者・内田春菊氏と思しめき主人公の出産・子育て奮闘記であり、赤ん坊という生き物に対する驚きの気持ちなどが素直に表現されていて非常に楽しめたし、同じ立場にある女性にとって参考にも励みにもなるではと思いました。

 特に、既成概念にとらわれない子育てぶりは、仕事を持つ女性を勇気づけると思います。
 確かに、一般育児書に書いてあるようなことをすべて働きながらやろうとしても無理で、暗に仕事をやめろと言っているようなものかもしれず、本書はそうしたものへの逞しいアンチテーゼになっていると思えました。

 シリーズの4巻まで単行本で"熟読"しましたが、巻が変わるとパートナーも変わっていたり、流産あり子宮外妊娠ありで、ホントにこの人及びその周辺にはいろいろなことが起こるなあと。

 前年('93年)刊行の小説『ファザーファッカー』は直木賞候補に、さらに『キミオ』で芥川賞候補にもなっているから、やはり"才人"なのでしょう。
 本書(第1巻)は『ファザーファッカー』と抱き合わせで「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞しましたが(その年の選考委員は中沢新一氏ただ1人、この賞は毎年選行委員が変わるシステム)、個人的には、星4つの評価は第4巻ぐらいまでかな、という感じ。
 5巻、6巻と読み進むにつれ、前夫や親戚に対する悪口など、他者に対する異価値許容性の無さが目立ってきて残念です。

 『ファザーファッカー』に書かれていることに因を求めるわけではないですが、著者自身の性格に大きな欠損部分があるようにも思えてくるのが少し哀しい。
 しかし見方を変えれば、彼女は自分自身のトラウマと常に格闘し、新しい家族像というものを模索しているともとれます。

 【2000年文庫化[角川文庫(『私たちは繁殖している イエロー』)]】

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嗜好からくるイメージをここまで物語として膨らませることができるものかと、ちょっと感心。『痴人の愛』と少しダブった。

家畜人ヤプー (1970年)2.jpg 家畜人ヤプー (1970年).jpg 家畜人ヤプー角川文庫版.jpg 『劇画家畜人ヤプー「快楽の超SM文明」編』.jpg
家畜人ヤプー (1970年)』(挿画・装本:宇野亜喜良)/['70年/都市出版社]/『家畜人ヤプー』 角川文庫改訂増補決定版(カバー・イラスト:村上芳正)['72年]/『劇画家畜人ヤプー「快楽の超SM文明」編 (3巻)』['14年/電子書籍版]

 ドイツのとある森の中で、麟一郎とその婚約者クララは謎の飛行船を見つけるが、それは2000年後の宇宙大帝国イースから来て不時着したもので、2人はその飛行船で、白人至上主義、女権主義のイースに連れて行かれる。イースでは、白人が支配層で黒人はみな奴隷、そして日本人はヤプーという"家畜人"の扱いを受けていて、ヤプーは皮膚をはじめとして体を改造され、人間椅子、畜人犬、畜人馬、河童、自慰機械、肉便器などに改造されている―。

奇譚クラブ 昭和33年2月号.png 1956年より『奇譚クラブ』に「ある夢想家の手帖から」というタイトルで連載され、その後断続的に書き継がれた長編小説で、自分が読んだ角川文庫版も、文庫化に際して加筆・修正されたものであるとのこと。

 作者の「沼正三」は正体不明の作家で、現職エリート判事K氏だったという説が有力ですが、自分の社会的立場は伏せる一方で、角川文庫版の巻末に、「捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制されるような境遇に置かれ、性的異常者として復員して来た」と、その嗜好の原因を明かしています。

 自らの性的嗜好からくるイメージをここまで物語として膨らませることができるものかと、嫌悪を超えてちょっと感心してしまうし、ぺダンティックな要素を含んだ文脈や全体の構築力から、作者が相当の知識人であることが窺えますが、『奇譚クラブ』という雑誌が初出であることからもわかるように、「表現すること」自体が目的として書かれたものであるような気もします(同じような嗜好を持った人には評価の対象になり得るだろうが、一般的には、「奇書」と見られているのではないか)。

三島由紀夫.jpg 生前の三島由紀夫がこの作品に強い関心を示し、版元を通じて「沼正三」に会おうとしたらしいですが、三島の全集の"しおり"に「沼正三」が寄稿していて、"沼氏"は編集部と「沼正三」の"仲介役"のフリをして三島に会ったとあります。しかし、この"仲介役"の人物は別に実在していて、時に自ら「沼正三」を名乗り、実際『続・家畜人ヤプー』はこの人の筆によるものらしいというからややこしい(三島は晩年、自分は「沼正三」が誰だか知っていると言っていたそうですが...)。

家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)』 (コミック/全5巻)['99年]
家畜人ヤプー 第1巻.jpg石森章太郎 家畜人ヤプー.jpg かつて石森章太郎が本作を劇画化し、'83(昭和58年)1月に辰巳出版より刊行されていますが(最近では江川達也のものがある)、石森章太郎のものは、ストーリーは原作に忠実ながらも「サイボーグ009」みたいなタッチなので、SFっぽく(元来はSFという形を「借りているだけ」の作品だが)、原作の、あの"肉便器"に尻の皮膚が触れたときのウェットな感覚の描写のようなものは伝わってきません。

劇画 家畜人ヤプー 宇宙帝国への招待編』 石森章太郎・作 ('83年/辰巳出版) 昭和58年1月左開き版(初版)/昭和58年6月右開き版(5版)

 それでも、原作の中にある西洋へのコンプレックスと女性へのコンプレックスの一体化を再認識させられ(文庫解説にある作者の西洋&女性コンプレックスの元となった捕虜体験は、個人的には、会田雄次の『アーロン収容所』を想起させた)、そう言えば谷崎の『痴人の愛』についてもそうした読み解きをする見方があることを思い出しました。 

家畜人ヤプー 改訂増補限定版.bmp 【1970年単行本[都市出版社](挿画:宮崎保之)/1970年改訂増補限定版・1971年改訂増補限定版特別再販[都市出版社](挿画・装本:村上芳正)/1970年単行本・1971年改訂増補普及版[都市出版社](挿画・装本:宇野亜喜良)/1972年改訂増補決定版[都市出版社](挿画・装本:村上芳正)/1972年文庫化(改訂増補決定版)[角川文庫](カバー・イラスト:村上芳正)/1975年初版本愛憎版[出帆社](装幀:勝川浩二/挿画:宮崎保之)/1984年限定愛蔵版[角川書店](画:村上昴)/1991年改訂増補完全復刻版[スコラ](挿画・装本:宇野亜喜良)/1992年最終増補決定版[大田出版(全3巻)](装幀・画:奥村靫正)/1999年再文庫化[幻冬舎アウトロー文庫(全5巻)](カバーデザイン:金子國義)】

『家畜人ヤプー』改訂増補限定版(1971年・都市出版社/挿画・装本:村上芳正) 
                                      
                                            
家畜人ヤプー石森 復刻版.jpg 劇画家畜人ヤプー2.jpg
劇画家畜人ヤプー【復刻版】』『劇画家畜人ヤプー2【復刻版】』 
 
《読書MEMO》
沼正三『家畜人ヤプー』.gif「捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制されるような境遇に置かれ、性的異常者として復員して来た。(中略)以来20余年間の異端者の悩みは、同じ性向を有する者にしかわかるまい。昼の私は人と議論して負けることを知らなかったが、夜の私は女に辱められることに陶酔した。犬となって美女の足先に戯れることが、馬となって女騎士に駆り立てられることが、その想念だけでも快感を与えてくれた。被虐と汚辱の空想の行きつくところに汚物愛好も当然存在した。/祖国が白人の軍隊に占領されているという事態が、そのまま捕虜時代の体験に短絡し、私は、白人による日本の屈辱という観念自体に興奮を覚えるようになって行った。」(角川文庫版627p)

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北の大地を流転した異能の持ち主と身寄りの無い少女の見えない心の絆。読後感がいい。

『白眼子』.JPG白眼子.jpg  白眼子2.jpg
白眼子』(2000/11 潮出版社) 『白眼子 (潮漫画文庫)』 ['06年]

 '00(平成12)年5月から9月に「月刊コミックトムプラス」に連載された作品で、昭和21年の北海道・小樽が舞台。戦災孤児となった少女・光子は、ある姉弟に拾われ一緒に暮らすことになるが、その弟の方は「白眼子」と呼ばれる「運命観相」を生業とする盲目の霊能者だった―。

 で、タイトルからしてホラー物かオカルト物という感じですが、ホラーではないですが確かにオカルティックなモチーフではあります。しかし、そうしたオカルト的関心を超えて、北の大地を転々とした異能の持ち主と、身寄りの無い少女の見えない心の絆を描いた、読後感の良い作品と言えるかと思います。

白眼子3.jpg ストイックで一見とっつきにくそうな「白眼子」に光子が徐々に信頼を寄せるようになる過程が、戦後間もない時代の北海道という背景とともに、うまく描かれていると思いました。途中で新聞記事が出てきて、「えっ、これ、実話?」と一瞬思わせますが、このような霊能力者は、作品の中にもあるように、戦地から帰らぬ出征者の行方を案ずる人や新たな商売や投機を始める人の需要に沿って、当時結構いたのではないだろうか。

 「人の幸・不幸は等しく同じ量」という達観したかのような「白眼子」の言葉が、この作品を読む過程では自然に受け容れることが出来、盲目の「白眼子」から光子がどう"見えた"かということが明かされるラストは、何かグッと心に沁み渡るものがありました。

 光子というコンプレックスの固まりみたいだった少女の成長物語にもなっていて、利己的で世俗的に見えた「白眼子」の姉も、本当のところはいい人だったみたいで、こうしたことも、読後感の良さに繋がっているのでしょう。

 【2006年文庫化[潮漫画文庫]】

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かなり自由に「卑弥呼」像を描いている。ヒミコと諸国の関係が掴め、勉強になる?

青青(あお)の時代 コミック 全4巻.jpg青青の時代0_.jpg青青(あお)の時代.jpg 『青青の時代』潮漫画文庫(全3巻)['04年]
青青(あお)の時代 コミック 全4巻完結(希望コミックス ) [マーケットプレイスコミックセット]

 '98(平成10)年に雑誌『comicトムプラス』(潮出版社)で連載がスタートした作品(1998年5月号~2000年2月号)。南の島で気のふれた祖母を世話しながら暮らす10歳の少女・壱与(イヨ)のもとへ、ある日伊都国から四の王子・狗智日子(クチヒコ)がやってきて、祖母と少女を伊都国へ連れて帰る。伊都国には、「聞こえさま」と呼ばれる大和(ヤマタイ)の巫女王・日女子(ヒミコ)がいて神託で国を治めていたが、少女の祖母は日女(ヒルメ)といい、ヒミコの姉にあたるらしいことがわかる―。

 『日出処の天子』などと同じく古代史ものですが、この作品のヒミコは凋落期にあり、伊都国の方も、男王の死没で王位継承争いが起きていて(この人、こうした血肉の争いをわかりやすく面白く描くのは本当にうまい)、ヒミコは権力抗争の道具になっており、ヒミコはヒミコで、自らの巫女王としての座を守ることに汲々としているという感じ。

 かなり自由に「卑弥呼」像を描いているという感じですが、人間臭い分、『日出処の天子』の厩戸王子(聖徳太子)ほどの清澄な凄みは感じられず、ストーリー的にも、壱与がやがてその後継者となって国を治めるはずですが、壱与を(特殊な能力を持ちながらも)普通の少女のように描いていて、巫女王になるところまでは描かれていないので、やや物足りない感じもしました。

 ラストで壱与は13歳になっていますが、これは壱与が巫女王になった年齢ではないでしょうか。(「卑弥呼以て死す。(中略)更に男王を立てしも、國中服せず。更更相誅殺し、当時千余人を殺す。また卑弥呼の宗女壱与年十三なるを立てて王となし、國中遂に定まる」―『魏志倭人伝』より)。島(沖縄?)に帰っている場合じゃないのでは...。

 でも壱与を助けるクロヲトコ(死体埋葬人)のシビや、王位を狙う狗智日子などのキャラクターの描き方はなかなかよく、最後まで飽きさせず、それなりに厚みのあるストーリーにはなっているように思いました。
 
 一般に「邪馬台国の女王・卑弥呼」という言われ方をしますが、ヒミコは大和連合共通の巫女王であるものの、連合と言っても、統一されておらず、国同士で覇権争いしている、その中の1国である伊都国に居て、伊都国には男王もいるのですが、巫女であるヒミコが次第に権威を増し、伊都国の政治の決定権を握ってしまっているという構図になっています。ヒミコと諸国の関係が掴めるので勉強になる?

 【2004年文庫化[潮漫画文庫(全3巻)]】

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「スーパー歌舞伎」でお馴染みの原作のマンガ化。面白い。「古事記」が身近に。

ミラクルマスター7つの大冒険 パンフレット - コピー.jpg2コナン・ザ・グレート.jpgヤマトタケル1.jpgヤマトタケル2.jpg ヤマトタケル.jpg

ヤマトタケル』(1987/12 角川書店)/コミック版[あすかコミックス(上・下)]「コナン DVDスペシャルBOX」「映画パンフレット「ミラクルマスター-七つの大冒険-」

ス-パ-歌舞伎.jpg '86(昭和61)年12月号から翌年7月号にかけて雑誌「ASUKA」に連載された、ヤマトタケルを主人公とした作者の古代史モノ作品の1つで、原作は、梅原猛が三代目市川猿之助の「スーパー歌舞伎」のために書き下ろしたものです。

スーパー歌舞伎 ―ものづくりノート (集英社新書)

 兄の大碓命(おおうすのみこと)を偶然殺してしまった小碓命(おうすのみこと)は、父天皇に疎まれ、熊襲(くまそ)討伐を命じられる。叔母から貰った「草薙の剣」を携え、熊襲を征した彼は、ヤマトタケルと呼ばれるようになる。さらに今度は蝦夷(えみし)討伐を命じられ、弟橘(おとたちばな)を妻としたタケルは、「草薙の剣」をもって蝦夷を征するが、途中で弟橘を失い、伊吹山で天皇の配下に追い詰められる―。

梅原 猛.jpg これぞまさに日本最古の悲劇的英雄を描く壮大な叙事詩といったところ。こうして見ると、ヤマトタケルの辿った運命はちょっと源義経と似たところがあるあなとか思いつつ、一気に最後まで読みました。ハードカバーに相応しい内容。面白いし、日本神話の勉強にもなります(梅原猛氏の歴史解釈は多分に恣意的であると思われるが)。

梅原 猛(1925-2019

ヤマトタケル (山岸凉子スペシャルセレクション 10) _.jpg この作者にしては珍しく、主人公のタケルがマッチョに描かれてる点が目を引きますが、アーノルド・シュワルツェネッガーとかシルヴェスター・スタローンの写真やビデオを参考にしたとのことです。アーノルド・シュワルツェネッガーの「コナン・ザ・グレート」('82/米)は絶対に参照しているなあ。

 ストーリーの方は、一応は梅原猛の原作を踏襲しながらも、タケルが女装して熊襲の頭領を欺く場面では、タケルの代わりに従者のタケヒコに女装させたりして(タケルをマッチョにしてしまった関係もあるのだろうが)、かなり柔軟に翻案されています。

ヤマトタケル (山岸凉子スペシャルセレクション 10)

 ヤマトタケルには戦争における軍神としてのイメージがあるし、弟橘を初めこの物語における女性の描き方が、男社会における男にとって都合のいい女性像ではないかとの指摘もあります。 弟橘は共同体のために犠牲になる個人、つまり人柱(ひとばしら)の象徴ともとれます。

 いろいろな見方はでき、個人的には梅原猛氏の歴史観そのものにも多々疑念を持っていますが(歴史家ではなく作家と見るべき)、こうして「古事記」を身近に感じることができるメリットというのはそれなりあると思いました。

アーノルド・シュワルツェネッガー コナン.jpgサンダール・バーグマン.png 「コナン・ザ・グレート」('82/米)は、アーノルド・シュワルツェネッガーの映画本格的デビュー作で(映画初出演作は「SF超人ヘラクレス」('69年)のヘラクレス役で、アーノルド・ストロングという名義でクレジットされている)、ジョン・ミリアスとオリバー・ストーンの共同脚本ですが、シュワちゃんは肉体は大いに披露するものの、まともなセリフは少ないです(似たような体格のスタントマンがいなかったため、スタントも自らこなすなどして頑張ったが、ラジー賞の"最低男優賞"になってしまった。一方、共演のサンダール・バーグマンは、ゴールデングローブ賞の年間最優秀新人賞に)。

アーノルド・シュワルツェネッガー(ジョン・ミリアス監督)「コナン・ザ・グレート」(1982)

 なぜ、あのアーノルド・シュワルツェネッガーの本格デビュー作がこのような作品になってしまったかというと、おそらく当時は演技力に関しては全く未知数であったということと(肉体美の方は確かだったが)、そもそも当時この手の古代冒険活劇譚とでも呼ぶべき映画が流行っていたということもあったのではないかと思われBeastmaster [Soundtrack].jpgBEASTMASTER.jpgます。「ジョーイ」('77年)のマーク・シンガー、「カリフォルニア・ドリーミング」('79年)のタニア・ロバーツ主演の「ミラクルマスター 七つの大冒険」('82年/米・伊)などもその類でした。コレ、「桃太郎の鬼退治」みたいな話だったなあ。最初のお供は雉ならぬ鷲と愛犬、途中からフェレットとか加わったりしたけれど。過去にビデオ化はされましたが、その後'06年現在DVD化されていないため、ある種カルト・ムービー化している作品かもしれません。

Beastmaster」[Soundtrack]

コナン DVDスペシャルBOX
コナン・ザ・グレート2.jpgコナン・ザ・グレート3.jpg「コナン・ザ・グレート」●原題:CONAN THE BARBARIAN●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ミリアス●製作:バズ・フェイシャンズ/ラファエラ・デ・ラウレンティス●脚本:ジョン・ミリアス/オリバー・ストーン●撮影:キャロル・ティモシー・オミーラ●音楽:ベイジル・ポールドゥリス●原作:ロバート・E・ハワード「英雄コナン」●時間:128分●出CONAN THE BARBARIAN 1982.jpg演:アーノルド・シュワルツェネッガー/ジェームズ・アール・ジコナン・ザ・グレート マックス・フォン・シドー.jpgョーンズ/サンダール・バーグマン/マックス・フォン・シドー/ベン・デイヴィッドスン/カサンドラ・ギャヴァ/ジェリー・ロペス/マコ岩松●日本公開:1982/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:新宿ローヤル(83-04-30)(評価:★★☆)
マックス・フォン・シドー(オズリック王)

ミラクルマスター 七つの大冒険22.jpg「ミラクルマスター 七つの大冒険」●原題:BEASTMASTER●制作年:1982年●制作国:アメリカ・イタリア●監督・脚本:ドン・コスカレリ●製作:バズ・フェイミラクルマスター7つの大冒険 パンフレット.jpgシャンズ/ラファエラ・デ・ラウレンティス●脚本:ポール・ペパーマン/ シルヴィオ・タベット●撮影:ポール・ペパーマン●音楽:リー・ホールドリッジ●原作:ロバートTanya Roberts BEASTMASTER.jpg・E・ハワード「英雄コナン」●時間:118分●出演:マーク・シンガータニア・ロバーツ/リップ・トーン/ジョン・エイモス/ジョシュア・ミルラッド/ロッド・ルーミス/ベン・ハマー●日本公開:1983/10●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿東急(83-10-16)(評価:★★☆)
映画パンフレット 「ミラクルマスター-七つの大冒険-」 出演 マーク・シンガー/タニア・ロバーツ

タニア・ロバーツ in「カリフォルニア・ドリーミング」('79年)「シーナ」('84年)「007 美しき獲物たち」('85年)
カリフォルニア・ドリーミング タニア・ロバーツ.jpg シーナ タニア・ロバーツ.jpg 007 タニア・ロバーツ.jpg 

昭和31年完成の東急文化会館.jpg新宿東急 ミラノビル -2.jpg新宿東急.jpg新宿東急 1956年(昭和31年)12月、歌舞伎町「東急文化会館」(現・東急ミラノビル)地階にオープン(右写真:1960年ミラノ座新館開業時)→「新宿ミラノ2」2014(平成26)年12月31日閉館。

新宿東急ミラノビル4館(シネマミラノ・ミラノ座・新宿東急・シネマスクエアとうきゅう)2005年8月
新宿ミラノ会館4館 20051.08.jpg

 【1991年コミック版[あすかコミックス(上・下)]/2011年潮出版社[山岸凉子スペシャルセレクション 10]】

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歴史小説ファンで、少女漫画(家)を軽く見ている人に是非読んでもらいたい作品。

日出処の天子 (全8巻).jpg日出処の天子 第1巻.jpg 日出処の天子7.jpg 『日出処の天子 全7巻 (漫画文庫)
日出処の天子/全巻全話1-8完結:山岸涼子全集(あすかコミックスペシャル)角川書店〔マーケットプレイスコミックセット〕

 '80(昭和55)年から'84(昭和59)年まで雑誌「LaLa」連載、'86年に全集に収められ、'94年に文庫化された著者の最大のベストセラーで、'83(昭和58)年度・第7回「講談社漫画賞」受賞作。

 聖徳太子=厩戸王子(うまやどのおうじ)は超能力者で、しょっちゅう体外離脱し、離れたところにいる者の心を操ったり、旱魃の時に高気圧を動かして!雨を降らせたりした。また彼には強烈なマザーコンプレックスがあって女性を愛することができず、蘇我馬子(そがのうまこ)の息子・蘇我毛人(そがのえみし)を同性愛的に愛していたが、毛人が布都姫(ふつひめ)という女性を愛したためにその愛は報われず、厩戸王子は虚無感から狂女を妻に娶る―というスゴイ設定の話。

 漫画史に残ると言われる厩戸王子の漂白されたような透明感のある線描も含め、よくぞ聖徳太子をここまで妖麗な中性的存在(見た目むしろ女性に近い)に描いて"山岸流"に料理したなあという感じです。

 しかし一方、政治ドラマとしてのストーリー展開の方は、政権に絡む複雑な家系の人々を緻密に網羅し、彼らが入り乱れての男社会の権力抗争、権謀術数を史実にほぼ忠実に描いいて、そんじょそこらの歴史時代小説を圧倒する重厚さです。この辺りが、厩戸王子のかなりキワドイ人物像の設定にもかかわらず、この漫画が男性も含め多くの愛読者を得ている所以でしょう。ホントこの作者は、歴史大河小説を書ける力量が充分にあるのではと思わせます。

日出処の天子 完全版 コミックセット_.jpg 厩戸王子のキャラ設定で好悪は分かれるかもしれませんし、池田理代子氏などはこの作品に対する反発から『聖徳太子』(全7巻)を手掛けたともされているようですが(まだそちらは読んでいない)、歴史小説ファンでありながら少女漫画というものを軽く見ている人などには読んでもらいたい作品です。

メディアファクトリー完全版 コミックセット(MFコミックス)

 【1994年文庫化[白泉社文庫(全7巻)]/2003年白泉社ムック版(全7巻)]/2011年メディアファクトリー完全版 コミックセット(MFコミックス)】

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「物語」そのものになろうとする三島の意志を感じた。

三島由紀夫 豊饒の海1 春の雪.jpg奔馬 豊饒の海2.jpg『豊饒の海』/三島由紀夫1.jpg春の雪.jpg 『豊饒の海』/三島由紀夫2.jpg奔馬.jpg
春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)』『奔馬 (新潮文庫―豊饒の海)
「豊饒の海」(全4巻)第1部 『春の雪 (1969年)』 「豊饒の海」(全4巻)第2部 『奔馬 (1969年)
装幀:村上芳正
IMG0豊饒の海.jpgIMG1春の雪.jpg 維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついに結ばれることのない恋。矜り高い青年が、〈禁じられた恋〉に生命を賭して求めたものは何であったか?―大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く―。(『春の雪』―「豊饒の海」第1部)

IMG2奔馬.jpg 今や控訴院判事となった本多繁邦の前に、松枝清顕の生まれ変わりである飯沼勲が現れる。昭和の神風連を志す彼は、腐敗した政治・疲弊した社会を改革せんと蹶起を計画する。しかしその企ては密告によってあえなく潰える... 。彼が目指し、青春の情熱を滾らせたものは幻に過ぎなかったのか?若者の純粋な〈行動〉を描く―。(『奔馬』―「豊饒の海」第2部)

 「豊饒の海」は'65(昭和40)年9月から『新潮』に連載された三島由紀夫の長編小説で、'69~'71年新潮社刊。「豊饒の海」4部作の中では、思弁的な後半2部「暁の寺」「天人五衰」より、より小説らしい「春の雪」「奔馬」の方が親しみやすかったです。三島自身が述べているように、「春の雪」は「たわやめぶり」を、「奔馬」は「ますらをぶり」を描いた作品と言えますが、「春の雪」の完成度が高く、これだけ読んでも充分堪能できます。ただし、ここで終ってしまうと、「今、夢を見てゐた。又、会うぜ。きつと会う。滝の下で」という松枝清顕の言葉が、単なる謎で終ってしまいます。

 「奔馬」に読み進むことで、初めて「転生」というテーマが見えてきますが、同時に、本多繁邦の「見る者」としての視点が「春の雪」に遡及して意識され、更に、両作を通しての作者の視座(感情移入・登場人物との自己同化)の推移が窺える気がしました。

春の雪・奔馬.jpg つまり、「春の雪」では作者は、理知的な本多繁邦(観察者)の視座にいて、「奔馬」では飯沼勲(行為者)に同化しようとしているように思われます。ただし「春の雪」での聡子と一体になる前までの清顕は三島自身でもあり、その後の清顕は、三島がなりたかったけれどもなれなかった「物語」の人物だと思います。

春の雪 新潮文庫  .jpg 傍目には強引とも思える飯沼勲と松枝清顕の繋がりは、三島自身が転生を信じていたわけではなく(三島が「三島由紀夫」以外の者になることを果たして望むだろうか)、むしろそこに、二重の意味で時間を超越し(つまり、過去の欠落を補償し、限られた生を超えて)「完璧な物語」そのものになろうとする三島の意志を感じました。別な言い方をすれば、結局、三島はこの作品で、自分(「作品化された自分」)のことしか書いていないとも言えるかと思います。

 「春の雪」は'05年に行定勲監督によって映画化されており、翌'06年には、「ベルサイユのばら」の池田理代子女史の脚本・構成で劇画化されています。

「春の雪」(2005年)監督:行定勲/主演:妻夫木聡/竹内結子
春の雪 映画.jpg春の雪 映画2.jpg 「春の雪」だけ映画化しても、「原作もさぞかし耽美主義の美しい作品なんだろうなあ」で終わってしまって、四部作を通しての思想的なものは伝わらないのではないかと思いましたが、それまでも何度か「春の雪」単独で舞台化されています。実際、映画を観てみるとまずまずの出来栄えだったように思「春の雪」(2005年).jpgいます(行定勲監督は、三島由紀夫と縁深かった美輪明宏による評価を恐れていたが、美輪明宏に完成した映画を見せたところ絶賛され、何よりもそれが一番嬉しかったと述べている)。勿論、美文調の三島の文体は映画では再現できませんが、李屏賓(リー・ピンビン)のカメラが情感溢れる映像美を演出しています。それと、妻夫木聡や竹内結子は華族を演じるには弱いけれども、若尾文子、岸田今日子、大楠道代といったベテラン女優が脇を固めていたのも効いていたように思います。ただし、150分の長尺でも話を全て収めるのはきつかったようで、松枝家の書生・飯沼を登場させていません(飯沼のキャラを本多に吸収させてしまっている)。

春の雪 (中公文庫)
春の雪 池田.jpg春の雪 20.JPG 劇画版('08年文庫化[中公文庫])の方は、池田理代子氏が「劇画では、清顕や親友の本多などの登場人物の心理描写に文字を使うことができるので、その点においては映画よりわかりやすいかもしれません」と述べていて、確かにそうした利点を生かした構成になっていました。第二部「奔馬」のことを考慮し、飯沼を「けっこう気合を入れて」描いたとのことで、映画公開の直後ということもあってか、映画に対する対抗意識が見られます。三島の美文を高く評価する人の中には映像化されたものに悉くダメ出しする人もいるようですが、個人的には、原作、映画、劇画を比べてみるのも面白いように思います。

 因みに「奔馬」は、「ザ・ヤクザ」('74年/米)、「タクシードライバー」('76年/米)の脚本家ポール・シュレイダーの監督作「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」('85年/米・日)の中の1話として映像化されていますが、この作品そのものが三島家側から日本での公開許諾が得られていないため、現時点['06年]ではなかなか観るのが難しい状況にあります。
Mishima honmaU.jpgMishima honma.jpgポール・シュレイダー (原作:三島由紀夫) 「奔馬」―「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS<」 (85年/米・日) ★★★★(美術:石岡瑛子/「奔馬」主演:永島敏行)


春の雪 2005.jpg春の雪1.png「春の雪」●制作年:2005年●監督:行定勲●脚本:伊藤ちひろ/佐藤信介●撮影:李屏賓/福本淳●音楽:岩代太郎(主題歌:宇多田ヒカル「Be My Last」)●原作:三島由紀夫「豊饒の海 第一巻・春の雪」●時間:150分●出演:妻夫木聡/竹内結子/高岡蒼佑/及川光博/榎木孝明/真野響子/石丸謙二郎/宮崎美子/大楠道代/岸田今日子/田口トモロヲ/山本圭/高畑淳子/中原丈雄/石橋蓮司/若尾文子●公開:2005/10●配給:東宝(評価:★★★☆)
竹内結子(綾倉聡子)/若尾文子(月修寺門跡)/岸田今日子(松枝清顕の祖母)/大楠道代(綾倉家侍女・蓼科)
harunoyuki7.jpg 25日春の雪1.png 30日春の雪 .png 40春の雪 .png

Mishima: A Life in Four Chapters (1985)
Mishima A Life in Four Chapters (1985).jpg「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」●制作年:1985年●制作国:アメリカ・日本●監督:ポール・シュレイダー●製作:山本又一朗/トム・ラディ●脚本:ポール・シュレイダー/レナード・シュレイダー/チエコ・シュレイダー●撮影:ジョン・ベイリー/栗田豊通●音楽:フィリップ・グラス●美術:石岡瑛子●原作:三島由紀夫●120分●出演:●[フラッシュバック(回想)]緒形拳/利重剛/大谷直子/加藤治子/小林久三/北詰友樹/新井康弘/細川俊夫/水野洋介/福原秀雄 [1970年11月25日]緒形拳/塩野谷正幸/三上博史/立原繁人(徳井優)/織本順吉/江角英明/穂高稔 [第1章・金閣寺]坂東八十助/佐藤浩市/萬田久子/沖直美/高倉美貴/辻伊万里/笠智衆<(米国版のみ) [第2章・鏡子の家]沢田研二/左幸子/烏丸せつこ/倉田保昭/横尾忠則/李麗仙/平田満 [第3章・奔馬]永島敏行/池部良/誠直也/勝野洋/根上淳/井田弘樹●米国公開:1985/10●DVD発売:2010/11●発売元:鹿砦社(『三島由紀夫と一九七〇年』附録)(評価:★★★★)

 【1968年単行本・1990年単行本改訂[新潮社]/1973年全集・2001年全集決定版〔新潮社〕/1977年文庫化・2002年改版[新潮文庫]】

IMG3暁の寺.jpg IMG4天人五衰.jpg

《読書MEMO》
決定版 三島由紀夫全集〈13〉長編小説(13)』(「春の雪」「奔馬」所収)
豊饒の海.jpg〈全集巻末付録・執筆過程における新聞インタビューより〉
『豊饒の海』/三島由紀夫.jpg●「〈春の雪〉の第一巻は僕の依然の傾向と同じ作品だ。貴族のみやびやかな恋愛...そういうものが主題だが、第二巻では昭和七年の神風連ともいうべき青年が登場し、(中略)筋はつぶれてもこれだけは入れたいと思う。」(昭和41年8月)
●「一巻ごとに主人公が、違う人物に生まれ変わるんですよ。転生によって時間がジャンプできるから、年代記的な手法を使わなくて済みますしね」(昭和42年7月)
●「...〈春の雪〉は絵巻き物風の王朝文学の再現ですから、初期の〈花ざかりの森〉や〈盗賊〉の系列の延長線上にあるものです。そのあとの〈奔馬〉はいわゆる行動文学で〈英霊の声〉や〈剣〉の集大成。...」(昭和43年12月)
●「私は「豊饒の海」四巻を構成し、第一巻「春の雪」は王朝風の恋愛小説で、いはば「たわやめぶり」あるいは「和魂」の小説、第二巻「奔馬」は激越な行動小説で、「ますらをぶり」あるいは「荒魂」の小説、第三巻「暁の寺」はエキゾティックな色彩的な心理小説で、いはば「奇魂」、第四巻(題未定)は、それの書かれるべき時点の事象をふんだんに取り込んだ追跡小説で、「幸魂」へみちびかれゆきもの、という風に配列し...(昭和44年2月)  

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手塚治虫の歴史物の中では最高傑作。「伊武谷万二郎」のモデルは?
陽だまりの樹 (全8巻).jpg
陽だまりの樹.jpg
 陽だまりの樹1.jpg  陽だまりの樹2.jpg 
陽だまりの樹 全巻セット (小学館文庫)』 (全8巻) ['95年]/小学館ビックコミックス(全11巻) ['83年]/日本テレビ系列「陽だまりの樹」['00年]

陽だまりの樹001.jpg 1981(昭和56)年4月から1986(昭和61)年12月まで「ビッグコミック」に掲載の、幕末を舞台に、蘭学医・手塚良仙の息子の良庵と、府中藩士の伊武谷万二郎の2人の生き方を描いた手塚治虫後期の作品で1983(昭和58)年・第29回「小学館漫画賞」(青年一般部門)受賞作。手塚良庵(後の良仙)は実在の人物で作者の曽祖父にあたる人、主人公の伊武谷万二郎は一応架空の人物とされているようです。

伊佐新次郎.jpg 手塚治虫の歴史物の中では最高傑作の1つではないかと思います。しっかりした時代考証の上に生き生きとした創作を織り込むところは、司馬遼太郎の初期作品などを想起させます。

 米国総領事として下田に逗留したハリスと通訳のヒュースケンの周辺は相当詳しく調べたようです。「唐人お吉」は実在の人物ですが、お吉にハリスの侍妾として仕えるよう説得したのが下田奉行頭取の「伊佐新次郎」という人であるようです。

お吉を説得する下田奉行頭取・伊佐新次郎

陽だまりの樹002.jpg 主人公「伊武谷万二郎」はこの実在の人物をモデルにしたのではないかと思われます。「伊佐新次郎」という人は実際に熱血肌の人だったようです。お吉がハリスに仕えたのは僅かの期間ですが、その後の彼女の運命に大きな影響を与えました(個人的にはその辺りの経緯を、下田の観光バスガイドの話で初めて知った)。

 このシリーズを買うならば、講談社の全集のものより小学館文庫の方をお薦めします。小学館叢書として'88年に刊行された四六判 (全7巻)の文庫化ですが、セピア調の写真入りのカバーが良く、第2巻表紙のスフィンクス像の前での武士たちの記念写真なども珍しいものです。

 個人的には、文庫版第3巻の巻末解説で、横内謙介氏が手塚治虫と三島由紀夫を対比して、両者の共通点と相違点を述べているのがたいへん興味深かったです。

陽だまりの樹 dvd.jpgBS時代劇「陽だまりの樹.jpg 尚、この作品は2000年4月から9月まで日本テレビ系で連続アニメドラマとして放送され(全25話)、第4回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門(テレビシリーズ・長編)で優秀賞を受賞していますが、午前1時近くから始まる深夜放映だったためで、どれだけの人の目に触れたか(全編を通して観たわけではないが、安易にストーリーをいじらず、ほぼ原作通りだったのではないか)。(2012年にNHK・BS時代劇「陽だまりの樹」として実写版が4月6日(金)から放送された(全12話)。配役は伊武谷万二郎が市原隼人、手塚良庵が成宮寛貴。)
陽だまりの樹(八) [DVD]

 因みに、手塚治虫は朝日新聞の「朝日賞」は'87年に受賞していますが、文藝春秋の「菊池寛賞」は受賞していません。共に「作品」ではなく「人」を対象にした賞ですが、この『陽だまりの樹』の連載と並行して連載されていた『アドルフに告ぐ』('83-'85年)が「週刊文春」の連載であったため、「菊池寛賞」受賞かと思われましたが、当時の文藝春秋社社長が「漫画なんかに菊池寛賞をやれるものか」と反対したため実現しなかったそうです。以降は、加藤義郎('88年の受賞)、東海林さだお('97年の受賞)のようにコマ漫画で菊池寛賞を受賞している漫画家はいるものの、ストーリー漫画については、手塚治虫が受賞を逃しているということで、受賞のハードルが高くなってしまったようです(今年['06年]12月にいしいひさいち氏の受賞が発表されたが、いしい氏もコマ漫画家である)(2016年に『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を40年間一度の休載もなく描き続けてきた秋本治氏が受賞した。ただし『こち亀』も一話完結型のギャグ漫画である)

陽だまりの樹 アニメ.jpg「陽だまりの樹」●監督:杉井ギサブロー●脚本:高屋敷英夫/水上清資/川嶋澄乃/大久保智康●音楽:松居慶子●原作:手塚治虫●出演(声):山寺宏一/宮本充/折笠富美子/永井一郎/松本梨香/納谷六朗/大木民夫/堀越真己/幸田直子/三石琴乃/沢海陽子/根谷美智子/家中宏/関智一/郷里大輔/小形満/有本欽隆/くればやしたくみ/前田剛/志村和幸●ナレーション:中井貴一●放映:2000/04~2000/09(全25回)●放送局:日本テレビ

 【1983年コミックス版(全11巻)・1988年四六判(全7巻)・1999年ワイド判(全6巻)[小学館]/1993年全集[講談社(全11巻]/1995年文庫化[小学館文庫(全8巻)]/2008年ビックコミックスペシャル改装版(全6巻)[小学館]/2012年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集(全6巻)]】

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"手塚流ブッダ"と見るべき? 物語としてのエンタテインメント性を評価したい。

ブッダ (第1巻).jpgブッダ 第1巻.jpg ブッダ 第2巻.jpg ブッダ 第3巻.jpg ブッダ 第4巻.jpg ブッダ 第5巻.jpg ブッダ 第6巻.jpg ブッダ 第7巻.jpg ブッダ 第8巻.jpg
ブッダ [成人向け:コミックセット]』 潮出版新社(全8巻)['87年]
ブッダ《オリジナル版》復刻大全集 8』 復刊ドットコム (2014/8/15)
ブッダ《オリジナル版》復刻大全集.jpg '72(昭和47)年から'83(昭和58)年にかけて雑誌連載された、ゴータマ・シッダルタの生涯を描いた物語ですが、子どもにも読めるわかりやすさ、大人も満足できる叙事詩性やメッセージ性、そして誰もが引き込まれる展開の面白さ。ブッダを最後まで悩み苦しむ生身の人間として描いているので、ブッダが身近に感じられます。

 動物にのり移る能力を持つパリア(不可触賎民)出身の少年盗賊タッタ、最愛の母親と共に数奇かつ悲劇的運命を辿ることになるスードラ(賎民)の青年チャプラ、放浪のバラモン(僧)ナラダッタなど、冒頭から様々な人物が登場。中盤においても、予知能力があり自分の死期を知る子どもアッサジや、盗賊からブッダの弟子に転じるアナンダなど、魅力的な登場人物は挙げればキリがありません。作者の創作したキャラクターも多いものの、仏典を基にしたストーリーにうまく溶け込んでいます。

ブッダ.jpg 厳密に言えば、基本的には、"手塚治虫が描くところのブッダ"と見るべきなのかもしれません。悟りを開いたブッダに人々が帰依していく様が、超能力対決のようなエンタテインメント性を交えて描かれている一方、仏法の講釈の部分は、輪廻転生など手塚治虫的なものに集約されている気もしました。ナラダッタの贖罪などにも、作者の生命哲学が強く反映されていると思いました。一方で、解脱したはずのブッダが、なおも悩み続け、ブラフマンの導きを乞うている...でも"手塚治虫が描くところのブッダと見れば、これで良いのではと思います。

 完結まで10年を要した本作は、手塚作品の中で繋がった1ストーリーのものでは最長作品ですが、ストーリーテラーとしての作者の本領が遺憾なく発揮されていて、多くの人にお薦めしたいと思います。
 
『ブッダ (全14巻)』.jpg マンガがサブカルチャーとして注目・評価されるずっと以前に、本作や『火の鳥』が既にカルチャー(教養)の側に入っていた時代があったことを思い出しましたが、個人的にはあえて、物語としてのエンタテインメント性を高く評価したいと思います。

 【1974年コミックス版(全14巻)・1979年B5判(全6巻)・1987年四六判(全8巻)[潮出版社]/1983年全集[講談社(全14巻)]/1992年文庫化[潮ビジュアル文庫(全12巻)]/1998年B6判ソフトカバー[潮ライブラリー(全8巻)]/2011年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT(全7巻)]/2011年新装版[潮出版社(全14巻)]/2014年《オリジナル版》復刻大全集[復刊ドットコム(全8巻)]】

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「死と再生」のループ構造と、ロボットへの"人間"の投射の旨さ。

鉄腕アトム アトム誕生.JPG『鉄腕アトム』 朝日ソノラマ.jpg     鉄腕アトム 1956.jpg     osamu_tezuka.jpg
『鉄腕アトム』 朝日ソノラマ〔'75年〕/光文社['56年]手塚治虫 (1928‐1989)

鉄人アトム.jpg鉄腕アトム 少年付録.jpg '51(昭和26)年4月から1年間にわたり雑誌「少年」(光文社)に掲載された「アトム大使」(第15巻)が"アトム"の初出とされていますが、ただしこれはアトムが脇役の話で、アトムを主人公とした連載は、それに続く「気体人間」からスタートしています(因みに、「アトム誕生」(第1巻)は、このサンコミックス版刊行('75(昭和50)年)に合わせた書き下ろしで、アトムの初出から24年を経ている)。

 「ロボットを主人公にした漫画を」というのは、手塚治虫自身の発想ではなく、編集者側からの要請だったとのことで(予告段階でのタイトルは「鉄腕アトム」ではなく「鉄人アトム」だった)、そうしたものが読者に受け入れられるかどうか、作者自身も疑心暗鬼だったようですが、読者の方はわっとこれに飛びついたというのが'52(昭和27)年のこと、以来、「鉄腕アトム」は作者自身も予期していなかった長期連載となります。

「鉄人アトム」予告 S.27 S.34.10「少年」付録

 雑誌連載で人気を博したアトムは、'63(昭和38)年にTVアニメになり、世界各国でも放映されるようになりますが、主たる"買付け国"であった米国のTV局からカラーの新アニメの要求があったため、アトムは核融合阻止装置を抱えて太陽に突っ込むという終わり方で放映を終えてしまいます。
 後番組は「悟空の大冒険」で、その1年前に米国のTV局のカラー版アニメの要求に応えるかたちで「ジャングル大帝」がスタートしています(この作品は、漫画としてのオリジナル版はアトムより古い)。

鉄腕アトム 1963.jpg「鉄腕アトム」●演出(総監督):手塚治虫●制作:岡田晋吉/中根敏雄/酒井知信●脚本:豊田有恒/本間文幸/柴山達雄/鈴木良武/辻真先/能加平/石津嵐/平見修二/鳥海尽三●音楽(主題歌):作詞・谷川俊太郎/作曲・高井達雄/歌・上高田少年合唱団●原作:手塚治虫●出演(声):清水マリ/勝田久/井上真樹夫/矢島正明/田口計/水垣洋子/坂本新兵/田上和枝/武藤礼子/芳川和子/小宮山清/和田文雄/千葉耕市/横森久/長門勇/渡辺篤史●放映:1963/01~1966/12(全210回)●放送局:フジテレビ

アトム今昔物語.jpg 一方、連載漫画の方は'67(昭和42)年1月から「サンケイ新聞」でもスタートしますが(この間に雑誌「少年」は突然の廃刊に)、アニメの続きを受け、太陽に突入し溶けたアトムがイナゴ星人に拾われ修理されて、ワープして20世紀半ば過ぎの地球に戻ってくるというものです。
 ただし、朝日ソノラマのコミックス版は、オリジナルである雑誌漫画に太陽突入シーンが無いので、不時着したイナゴ星人のロケットの爆発に巻き込まれてタイムスリップし、20世紀の東京に現れるという話になっています(第6〜8巻「アトム今昔物語」)。
 そうした部分的な改変はあるものの、後に刊行される講談社のコミック全集の「アトム今昔物語」(全3巻)よりは、「サンケイ新聞」で連載された方の「鉄腕アトム」のストーリー(これが後に「アトム今昔物語」に改題された)に比較的近いと言えるかと思われます。
 サンケイ新聞版は、朝日ソノラマのコミックス版や全集版とは別に『アトム今昔物語』('04年/メディアファクトリー)として復刻されており、「アトム今昔物語」は少なくとも3つあることになります。

鉄腕アトム.JPG 別巻は、「少年」「サンケイ新聞」連載以外の作品を集めていますが、そこには「アトム還る」('72(昭和47)年)などの太陽突入後のアトムの事後譚があったり、アトムが他の手塚漫画のキャラクターと共演する珍品があったりします(本編でも「アトム対ガロン」(第10巻)などがありますが)。

鉄腕アトム DVD.jpg 注目は「アトムの最後」('70(昭和45)年)で、傑作と評するファンも多いのですが、作者自身は、読み直して嫌な気分がするし、これがアトム作品の最後とは思っていないと言っています。
 「アトム今昔物語」でもアトムは途中で死にますが、それは物語が2003年のアトム誕生の年を迎え、アトムが生きていてはアトムが誕生しないというタイムパラドックスのためであり、「死と再生」のループ構造になっているわけです。

『鉄腕アトム (全21巻+別巻)』 (1975-76 朝日ソノラマ・サンコミックス)

 アニメのアトムは、今ではDVDやCS放送などでかなりを見ることができます。また、'80(昭和55)年と'03(平成5)年にカラー版で復活しましたが、"リアルロボット"にハマったガンダム世代には、あまりに"人間的"なロボットたちは子供心にも非現実的で、今ひとつ受けなかった?

鉄腕アトム 史上最大のロボット.JPG地上最大のロボット.bmp 漫画を読んで感じるのは、むしろある程度大人の方が、その辺りを割り切って見ることができる分、ロボットへの"人間的"なものの投射の仕方の旨さを味わえるのかも知れないと...(漫画自体や背後の世相に対する郷愁も大きいと思いますが)。
 手塚賞漫画家の浦沢直樹が「地上最大のロボット」('64(昭和39)年・第3巻)を翻案してみせたのも(『PLUTO』)、その表れの1つではと思います。・

『鉄腕アトム』 手塚治虫 光文社カッパ・コミックス .jpg【1956年単行本(全3巻)・1958年全集(全8巻)・1964年コミックス版(全32巻)〔光文社〕/1968年全集〔小学館(全20巻)〕/1975年コミックス版(全21巻+別巻)・1978年愛蔵版(全3巻)・1980年カラー版(全12巻)〔朝日ソノラマ〕/1979年全集(全18巻+別巻2)・1987年B6版(全7巻)・1992年コミックス版(全15巻)[講談社]/1995年文庫化〔光文社文庫コミックシリーズ(全15巻)〕/1999年コミックス版(全21巻+別巻2)[秋田書店]/2002年文庫化〔講談社漫画文庫(全13巻)〕/2009年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】
『鉄腕アトム』第1卷第1号 「アトム大使の巻・アトラスの巻」光文社カッパ・コミックス 1964(昭和39)年1月1日発行

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ドストエフスキー小説のような深み。科学的な仮説同士の対決というヤマ場が作者らしい。

きりひと讃歌 COM 上巻.jpg きりひと讃歌 COM 下.jpg きりひと讃歌 大都社ハードコミックス 全3巻.jpg きりひと讃歌 上巻.jpg きりひと讃歌下巻.jpg
きりひと讃歌 上下巻セット (COMコミックス増刊)』['72年/虫プロ商事]/『きりひと讃歌 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット]』['74年/大都社ハードコミックス(上・中・下)]/『きりひと讃歌 (上)』『きりひと讃歌 (下)』['86年/大都社ハードコミックス改訂(上・下)]   "Ode to Kirihito" ペーパーバック版(下右)

ode-to-kirihito1.bmp1きりひと讃歌.jpgきりひと讃歌 54.JPG '70(昭和45)年4月から翌年末にかけて「ビックコミック」('70年4月10日号〜'71年12月25日号)に連載されたかなりシリアスな作品で、白い巨塔、よろめき、万博、レオポンなどの作中の言葉に時代を感じますが、当時としての"現代モノ"です。

 主人公の「桐人(きりひと)」が"モンモウ病"で「犬男」になってしまうところから、当初は「バンパイヤ」の二番煎じではと言われたそうですが、彼が社会から抹殺されかけても「医師」であり続ける点では、2年後に連載開始した「ブラック・ジャック」に近いような気がします(「ブラック・ジャック」よりこちらの方が3年初出が早いが)。

2きりひと讃歌.jpg 医局を追われた桐人の逃避行を助ける「たづ」「麗花」など女性たちが犠牲的存在としてばかり描かれている点や、「万大人」「竜ケ浦」らが同じ病に罹るというややご都合主義的なストーリー展開などが気にならなくもありませんが、桐人の同僚「占部」の原罪的苦悩と贖罪や修道女「ヘレン・フリーズ」の献身などには、ドストエフスキー小説のような深みがあります。

3きりひと讃歌.jpg 波乱万丈の物語の背景に一貫して、医師会の会長選挙を巡る権力抗争の話があり、物語全体の骨格を成していますが、教授会と医師会の違いこそあれ、'66年映画「白い巨塔」の影響を感じます(映画では原作以上に教授選挙に焦点を当てていた)。

 しかし、復讐のため最後の対決が、「正義vs.悪」というパターンを超えて、「ビールス説vs.風土病説」という科学的な「仮説」の真偽を決する対決として表されているところが、科学者らしい発想で作者らしいという気がしました。

 連続した1ストーリーで読み返すのにほどよい長さでありながら、充分な読了感が得られる作品だと思います。
                              
『きりひと讃歌』['74年/大都社ハードコミックス(上・中・下)]
1きりひと讃歌3.jpg 【1972年コミック版[COMコミックス増刊(上・下)]/1974年コミックス版[大都社ハードコミックス(上・中・下)](1986年ハードコミックス改訂[大都社(上・下))]/1977年全集[講談社(全3巻)]/1989年叢書版(上・下)・2000年単行本(全5巻)・2003年単行本(上・中・下)[小学館]/1994年文庫化[小学館文庫(全3巻)]/2008年ビックコミックスペシャル改装版(全2巻)[小学館]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】

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大人でも解けない問題を子どもの前にシンプルな形で提示している。

2ブラック・ジャック.jpgブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス) .jpg          ブラック・ジャック.jpg
ブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス)』['74年] 『ブラック・ジャック 1 [新装版] (1)』秋田書店 〔'04年〕
『ブラック・ジャック (全25巻)』(1974 /秋田書店・少年チャンピオン・コミックス)

 '73(昭和48)年11月から'83(昭和58)年10月まで約10年にわたり「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された医療漫画の元祖で、今だこれを超える医療漫画はないとされている手塚治虫の代表作。'75(昭和50)年度・第4回「日本漫画家協会賞」の特別優秀賞、'77(昭和52)年度・第1回「講談社漫画賞(少年部門)」を受賞しています。

 この作品を発表する前頃の作者は、少年誌の世界では既に古いタイプの漫画家とされ、'73年に自らが経営していた虫プロ商事が倒産、それに続いて虫プロダクション(既に経営者を退いていた)も倒産し、個人的にも巨額の借金を背負うことになったこともあって、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の壁村耐三編集長の「手塚の最期を看取ってやろう」という厚意で始まった連載だったそうですが、この作品で作者は起死回生の大復活を果たすことになります。

ブラック・ジャック2.jpg このマンガがスゴイなあと思うのは、大人でも解けないような問題を、子どもでも読めるシンプルな形で提示しているところで、例えば、第17話の「二度死んだ少年」で、ブラック・ジャックが命を救った少年が結局は死刑になるという話。これを読んだ子どもはどう考えるのでしょうか。「子どもの死刑」など、小説では成り立ちにくい設定かもしれませんが、その点はマンガの利点を活かしていると思います。でも、こうしたテーマに対する答えを出すのは大人にも難しいでしょう。

 テレビアニメ化されましたが、1話当たりが長くなっているため、原作の本筋は変えないものの、"装飾品"が多くなってしまっている感じがします。それと、何だかやたら明るいのです。原作のタッチはもっと暗いし、ストーリーもゲッというようなものもあります(少年チャンピオン・コミックスでも最初のうちは「恐怖コミックス」と銘打っていた)。

瞳の中の訪問者 映画チラシ.jpg瞳の中の訪問者.jpg瞳の中の訪問者 宍戸錠.jpg 後半にいくにつれヒューマンな色合いが強くなりますが、カルト的な楽しみも見出すことも出来ます。例えば第167話の「春一番」は、'77年に脚本・ジェームス三木、監督・大林宣彦で「瞳の中の訪問者」というタイトルで実写版映画化されていて片平なぎさ 新人_.jpg 、'77年に歌手デビューしたばかりのホリプロの"新人"片平なぎさを売り出すためのプロモーション映画ともとれるものでした(「ブラック・ジャック」の実写版は加山雄三と本木雅弘がそれぞれブラック・ジャックを演じたものが知られているが、この作品でブラック・ジャックを演じたのは宍戸錠)。     
瞳の中の訪問者zj.jpg映画チラシ/DVD「瞳の中の訪問者」/サントラLP(廃盤)
瞳の中の訪問者8.gif 劇場公開は1977年11月26日で、同時上映は「昌子・淳子・百恵 涙の卒業式〜出発(たびだち)〜」でしたが、僅か2週間で上映打ち切りになったとのこと。珍品というか、今では一種のカルトムービーのような評価になっているようです。原作と[瞳の中の訪問者.jpgの対比で見ると面白く、結構笑えます(原作の方がずっとマトモ)。3年後に鈴木清純監督の「ツィゴイネルワイゼン」('80年)に出演することになる藤田敏八監督が守衛役で出ていたりして(俳優としては映画初出演)、そうしたカルト的価値を加味すべきか否か、結局自分でも判断がつかず評価不能ということにします(志穂美悦子が意外と可愛い)。

片平なぎさ/藤田敏八/志穂美悦子

「瞳の中の訪問者」図1.jpg「瞳の中の訪問者」●制作年:1977年●監督:大林宣彦●製作:堀威夫/笹井英男●脚本:ジェームス三木●撮影:阪本善尚●音楽:宮崎尚志●原作:手塚治虫 「春一番(「ブラック・ジャック」)」●時間:100分●出演:片平「瞳の中の訪問者」千葉.jpgなぎさ/宍戸錠/山本伸吾/志穂美悦子/峰岸徹/和田浩治/月丘夢路(特別出演)/長門裕之(特別出演)/大林宣彦/(以下、友情出演)千葉真一/壇ふみ/藤田敏八●公開:1977/11●配給:ホリプロ=東宝(評価:★★★?)
0「瞳の中の訪問者」大林1.jpg 大林宣彦(テニス審判)

瞳の中の訪問者81.png   
ピノコ誕生.jpg この新書版(コミックス版全25巻)のほかに、講談社の全集 (全22巻)や秋田文庫(全17巻)などにもありますが、読者クレームなどのため途中で抜いた話もあるようです。ただ、第2巻から登場のピノコも、双子の片割れの「畸形膿腫(きけいのうしゅ)」だったわけで、この話はテレビアニメでも放送開始後1年経ってようやく「ピノコ誕生」というタイトルで放映されましたが...(BJによる"回想"というかたちで)。 

ブラック・ジャックdx.jpg 新書の新装版も刊行中ですが、さらに収録されない作品が出てくるかも。   
講談社 DX版 〔'04年〕

 ピノコについては、この物語を、BJとピノコの恋愛物語(ロリータ愛ということになる)と見る見方もあるようで、ナルホド、ピノコは本当は18歳(18年間、母体内にいた)、だけれども女性というよりは少女、むしろ幼児近い(「人工」の身体という意味では人形にも近い)、こうした女性に成りきらない「女の子」というのは、他の手塚作品でも結構いたことに思い当たります。

ブラック・ジャック 2004 2.jpgブラック・ジャック 2004_.jpg「ブラック・ジャック」●演出:手塚眞●制作:諏訪道彦●音楽:松本晃彦●原作:手塚治虫●出演(声):大塚明夫/水谷優子/富田耕生/川瀬晶子/阪口大助/江川央生/渋谷茂/山田義晴/滝沢ロコ/渡辺美佐/小形満/後藤史彦/佐藤ゆうこ●放映:2004/10~2006/03(全63回)●放送局:読売テレビ

 【1974年コミックス版(全24巻+1巻)・1987年四六判(全17巻)・2001年B6判(全24巻)・2004年新装コミックス版判(全17巻)[秋田書店]/1977年全集・2004年B6判(DX版)[講談社(全22巻)]/1993年文庫化[秋田文庫(全17巻)]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】

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虐待の多様な現実と被虐待児や親などへのケアの重要性を訴える。

凍りついた瞳(め).jpg            親になるほど難しいことはない.jpg
凍りついた瞳(め)―子ども虐待ドキュメンタリー』ソフトカバー版 ['96年]/椎名篤子『親になるほど難しいことはない―「子ども虐待」の真実 (集英社文庫)

 本書はの'94年9月号の雑誌「YOU」に発表され、以降10回にわたって連載されたノンフィクション漫画ですが、描かれている「虐待」問題というテーマは重く、「児童虐待防止法」制定への大きな推進力になったとされるほどの反響を呼びました。

 作者は、本書の元になった椎名篤子氏の『親になるほど難しいことはない』('93年/講談社)という虐待の実態をレポートしたノンフィクションと偶然出合い(たまたま入った喫茶店に置いてあった)、作品イメージが噴出するとともに、この内容を多くの人に伝えねばと、ほとんど"啓示的"に思ったそうです。

 虐待問題に関わった保健婦や医師、ケースワーカーなどの視点から8つのケースが取り上げられ(身体的虐待だけでなくネグレクトや性的虐待も含む)、解決に至らなかったケースもあれば、医師、保健婦、ケースワーカーらの洞察と親や子へのケア、関係機関との連携などにより、母子関係を修復し、子の将来に明るい兆しが見えたものもあります。

 センセーショナリズムに走らず、虐待の背後にあるDVなどの夫婦関係や親自身の養育歴の問題を、家族カウンセリングなどを通してじっくり描き、関係者が、いっそ親子を引き離した方が子のためではと思いながらも、根気よく母親を援助し、母親が愛情を回復することで子供が少しずつ明るくなっていくという話は感動的です。

 親にすべての責任を押し付け、また(女性漫画誌に連載されたということもあるが)親自身がそう思い込むことは問題の解決にならないことをこの漫画は教えてくれ、虐待を受けた子や親などへのケアとその後の支援の必要を訴えています。
 
 しかし一方で、虐待しているという意識さえない"未成熟"な親や、児童相談所の対応の拙さ(本書でも多々出てくる)などのために、子供を救うことができなかったケース(といって親や児相は何か罰を受けるわけではない!)などを考えると、虐待は「犯罪」であるという社会的意識を強化することも大切ではないかと思いました。 

 【1995年愛蔵版・1996年ソフトカバー版{集英社]】

ささやななえこ 2024年6月8日、小細胞肺がんで死去。74歳。
ささやななえこさん死去.jpg

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作家・作品論的視点で「萌え」考察。「美少女」萌えのルーツなど、面白くは読めたが...。

美少女」の現代史.jpg 〈美少女〉の現代史.gif   ルパン三世 カリオストロの城2.bmp ルパン三世 カリオストロの城 3.jpg 『〈美少女〉の現代史――「萌え」とキャラクター』 講談社現代新書 〔'04年〕 「ルパン三世 - カリオストロの城

 〈まんが・アニメに溢れる美少女像はいつ生まれてどう変化したのか?「萌え」行動の起源とは? 70年代末から今日までの歴史を辿る〉という表紙カバー(旧装)の口上が本書の内容をよく要約しているかと思います。「萌える」という言葉に正確な定義はないそうですが、本書では「キャラクター的なものに対して強い愛着を感じる」という意味で用いています。

 まずアニメ好きの女性たちにテレビアニメ「海のトリトン」('72年)を契機に組織的な動きがあったということで、手塚治虫ってここでも関わっているのか!という感じ。ただし、原作(「産経新聞」に'69(昭和44)年9月から'71(昭和46)年12月まで新聞漫画「青いトリトン」として連載。後にアニメに合わせて「海のトリトン」に改題)('15年に「青いトリトン」のタイトルでオリジナル復刻された)に対しアニメ版は雰囲気が多少異なるもので(その一部はウェブ動画でも見ることができる)、放映時はそれほど好視聴率でもなかったようです。忘れかけていた作品だったということもありますが、「萌え」のルーツが、実は少年向けアニメに対する女性たちの思青いトリトン 《海のトリトン オリジナル復刻版》.jpg海のトリトン2.jpg海のトリトン 1.jpgい入れにあったという論旨が新鮮でした(アニメ「海のトリトン」は「機動戦士ガンダム」の富野由悠季が実質的に初のチーフディレクター・監督・絵コンテを務めた作品でもある)。
青いトリトン 《海のトリトン オリジナル復刻版》 1-2巻 新品セット』['15年/復刊ドットコム]/「海のトリトン」('72年/朝日放送・手塚プロ・東北新社)/『海のトリトン 1 (サンデー・コミックス)
不条理日記 SFギャグ傑作集』['79年]
不条理日記 SFギャグ傑作集.jpg 男性が「美少女」に萌えたルーツは、吾妻ひでお(1950-2019/69歳没)(『失踪日記』('05年/イースト・プレス)、『アル中病棟―失踪日記2』('13年/イースト・プレス))の「不条理日記」('78年)で、それに高橋留美子の「うる星やつら」('78年)が続き(この作品、「メゾン一刻」より前のものなんだなあ)、更に宮崎駿監督の劇場用アニメ「ルパン三世〜カリオストロの城」('79年)が続く、とのこと。 

うる星やつら/オンリー・ユー パンフ.jpg 「うる星やつら」の劇場版シリーズ第1作から第3作までを論評すると、第1作「うる星やつら/オンリー・ユー」('83年)は、あらかじめ観客とファンを限定して作られたためマニアックな傾向が強く、良くも悪しくも日本のスラプスティク・アニメの典型のように思えます。続く第2作「うる星やつら2/ビUrusei Yatsura 2:Byûtifuru dorîmâ (1984) .jpgューティフル・ドリーマー」('84年)が一番の出来だと思うのですが、コミックファンの間では、高橋留美子の原作を外れたと憤慨する声もあるようです。第3作「うる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ」('85年)になると、監督が押井守からやまざきかずおに変わったせいか、ウェットなラブ・ストーリーになってしまい、作画のレベルは高いのに、内容的には駄作になってしまったように思います。

シネマUSEDパンフレット『うる星やつら/オンリーユー』☆映画中古パンフレット通販☆「うる星やつら オンリー・ユー」(1983)[A4判] 
Urusei Yatsura 2: Byûtifuru dorîmâ (1984)

「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」 (1984)
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』0.jpg 『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』1.jpg

 「うる星やつら」のテレビアニメ版は'81年から'86年にかけて195回に渡って放映されていますが(スペシャル版も含めると218話)、調べてみると、押井守は劇場版「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」公開翌年の'84年に、第106回放映分をもってTV版の方のチーフディレクター(CD)も降りています(理由は「体力的・精神的な限界」とのこと)。原作がTV放映に追いつかなくなったということもありますが、アニメの方も、CDが変わると(やまざきかずおが引き継いだ)作風が変わるんだなあと思いました。

ルパン三世 カリオストロの城11.jpg 一方、先に劇場映画作品として公開された「ルパン三世〜カリオストロの城」は、ヒロインのクラリス姫が特定のファンの間で非常に人気があるこルパン三世 カリオストロの城.jpgとは聞いていましたが、ルパンはこの「自分も泥棒の手伝いをするから」とまで言う健気なお姫様の想いに応えることなく、笑顔で去って行くわけで、ラストの銭形警部の「ルパンはとんでもないものを盗んでいきました。貴方の心です」という台詞が、臭さを超えてスンナリ受け入れられるほどに、クラリスよりルパンそのものモンキー・パンチ.jpgのカッコ良さの方が個人的には印象に残ったかなあ。
ルパン三世 - カリオストロの城 [DVD]
 原作者のモンキー・パンチ氏(1937-2009/81歳没)はこの映画の試写を観て、「僕には描けない、優しさに包まれた、"宮崎君の作品"としてとてもいい作品だ」と言ったそうですが、宮崎アニメとしての「ルパン三世」の中に自分の作風とは異質の「萌え」のニオイを嗅ぎ付けたのではないでしょうか。

リヒテンシュタイン城.jpgルパン三世カリオストロの城es.jpg「カリオストロの城」のモデルと言われる(諸説あり)リヒテンシュタイン城。ドイツの南西部の都市・シュトゥットガルトの郊外にあり、映画と同じく古代ローマ様式の水道橋がある。
  
ルパン三世 TV第1シリーズ.jpg 「ルパン三世」のテレビアニメ版は、'71~'72年、'77年~'80年、'84年~'85年の3シリーズに渡って放映されていますが、第1シリーズは、当初は大人向けの作品を意向していたのが、当時の視聴者の関心を集めることができず、対象年齢を下げるという路線変更の後に打ち切られたとのこと。

「ルパン三世」TVシリーズ1(1971)

 第1シリーズがローカル局で再放映されるうちに人気がじわじわ出てきて第2シーズンの放映が決まったとのことですが、シリーズの人気を決定付けた第2シーズンはハナから子ども向けで、この第2シリーズ放映中の'77年~'80年の丸4年間の間に、劇場版第1作「ルパン三世~ルパンVS複製人間」('78年)と第2作「ルパン三世~カリオストロの城」('79年)が劇場公開されたということになります。

ルパン三世 ルパンVS複製人間 1.jpg 第1シリーズ当初からのファンの中には、そのやや大人びた雰囲気が好きな層も多くいたようで、劇場版第1作「ルパン三世~ルパンVS複製人間」は、クローン人間をテーマとしたSFチックな壮大なストーリー(低年齢化したテレビ版の反動か。怪人「マモー」に果てしない人間の欲望を感じたこの作品が、個人的には一番面白かった)、それが第2作「ルパン三世~カリオストロの城」で、重厚な物語設定ながらも子どもにも分かり易い話になり(一方で「クラリス萌え」という密かなブームを引き起こしていたのだが)、更に、宮崎駿の推挙により押井守が監督した第3作「ルパン三世~バビロンの黄金伝説」('87年)では「うる星やつら」のようなギャグタッチが随所に見られるという、映画は結局6作まで作られていますが、こちらも監督が変わるごとにトーンがそれぞれに随分と違っている...。(2013年に17年ぶりの劇場版第7作「ルパン三世〜VSコナン THE MOVIE」が作られ、翌2014年に第8作「ルパン三世〜次元大介の墓標」も作られた。尚、TV版の単発スペシャル版は1989年から2013年までほぼ毎年1作のペースで作られ放映されている。)
   
 本書の著者は漫画雑誌の編集長だったせいか、〈文化社会学〉的視点よりも〈作家・作品論〉的視点で書かれていて(だからこそ、タイトルより「口上」の方が、本書内容をよく表していると思う)、その中で作品と受け手の関係を考察しています。著者は「萌え」の背景を、男性が男らしく戦う根拠を失い、女性にそれを向けるも受け入れられず、さらに女性を見るだけの存在となって「純粋な視線としての私」に退行していったと捉えています。

 それなりに面白く読めましたが、ある意味、それほど斬新さを感じない視点である一方、細部においては我田引水と感じられる部分もあります。まんが・アニメ史を俯瞰的によく網羅し解説していると思われる反面、著者の場合、自分の論に沿って事例を集めることは可能だろうという気もします。大塚英志氏などがアニメを論じた本もそうですが、細部を論じれば論じるほど個人的思い入れが反映されやすいのが、このジャンルの特徴ではないかと思いました(このブログの当項においても、個々の作品の方に話がそれたように...)。

海のトリトン題.jpg海のトリトンTriton.jpg「海のトリトン」●演出:富野喜幸(富野由悠季)●制作:ア海のトリトン_500.jpgニメーション・スタッフルーム●脚本:辻真先/松岡清治/宮田雪/松元力/斧谷稔●音楽:鈴木宏昌●原作:手塚治虫「青いトリトン」●出演(声):塩谷翼/広川あけみ/北浜晴子/八奈見乗児/野田圭一/沢田敏子/杉山佳寿子/北川国彦/渡部猛/増岡弘/渡辺毅/塩見龍助/滝口順平/矢田耕司/中西妙子/柴田秀勝●放映:1972/04~09(全27回)●放送局:朝日放送
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Urusei Yatsura 1: Onri yû (1983)うる星やつら オンリーユー(ノーカット版)【劇場版】 [DVD]
Urusei Yatsura 1:Onri yû (1983).jpgうる星やつら/オンリー・ユー.jpg「うる星やつら/オンリー・ユー」●制作年:1983年●監督・脚うる星やつら/オンリー・ユー7.jpg色:押井守●製作:多賀英典●演出:安濃高志●脚本:金春智子●撮影監督:若菜章夫●音楽:小林泉美・安西史孝・天野正道●原作:高橋留美子●時間:80分●声の出演:平野文/古川登志夫/島津冴子/神谷明●公開:1983/02●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★☆)●併映:「うる星やつら2」(押井守)/「うる星やつら3」(やまざきかずお)

うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー4.jpg「うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー」●制作年:1984年●監督・脚本:押井守●製作:多賀英典●演出:西うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー00.jpg村純二●撮影監督:若Urusei Yatsura 2 Byûtifuru dorîmâ (1984)_.jpgうる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー.jpg菜章夫●音楽:星勝●原作:高橋留美子●時間:98分●声の出演:平野文/古川登志夫/島津冴子/神谷明/杉山佳寿子/鷲尾真知大井武蔵野館・大井ロマン.jpg子/田中真弓/藤岡琢也/千葉繁/村山明●公開:1984/02●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★★)●併映:「うる星やつら」(押井守)/「うる星やつら3」(やまざきかずお)
Urusei Yatsura 2: Byûtifuru dorîmâ (1984)/「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー [DVD]」/大井武蔵野館・大井ロマン(1985年8月/佐藤 宗睦 氏)

うる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ16.jpgうる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ0.jpg「うる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ」●制作年うる星やつら3/リメンバー・マイ・ラブ1985.jpg:1985年●監督:やまざきかずお●脚本:金春智子●撮影:若菜章夫●音楽:ミッキー吉野●原作:高橋留美子●時間:90分●声の出演:平野文/古川登志夫/岩田光央/島本須美/京田尚子●公開:1985/01●配給:東宝●最初に観た場所:大井ロマン(85-05-05)(評価:★★)●併映:「うる星やつら」(押井守)/「うる星やつら2」(押井守)
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うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマーl.jpg「うる星やつら」(テレビアニメ版)●チーフディレクター:押井守(1話 - 129話)/やまざきかずお(130話 - 218話)●プロデューサー:布川ゆうじ/井上尭うる星やつら TVテーマソング.jpg一/久保真/稲毛正隆/長谷川優/菊池優●音楽:風戸慎介/安西史孝/西村コージ/星勝/ミッキー吉野●原作:高橋留美子●出演(声):古川登志夫/平野文/神谷明/島津冴子/杉山佳寿子/鷲尾真知子/小原乃梨子/三田ゆう子/上瑤/小宮和枝/玄田哲章/納谷六朗(1932-2014)●放映:1981/10~1986/03(全195回+スペシャル、全214話)●放送局:フジテレビうる星やつら TVテーマソング ベスト」 

ルパン三世 カリオストロの城  LUPIN THE 3RD THE CASTLE OF CAGLIOSTRO  dvd.jpgルパン三世 カリオストロの城12.jpg「ルパン三世〜カリオストロの城」●制作年:1979年●監督:宮崎駿●製作:片山哲生●脚本:宮崎駿/山崎晴哉●作画監督:大塚康生●音楽:大野雄二 ●原作:モンキー・パンチ●時間:98分●声の出演:山田康雄(1932-1995)/島本須美/納谷悟朗(1929-2013)/小林清志/井上真樹夫/増山江威子/石田太郎/加藤正之/宮内幸平/寺島幹夫/山岡葉子/常泉忠通/平林尚三/松田重治/永井一郎/緑川稔/鎗田順吉/阪脩●公開:1979/12●配給:東宝 (評価:★★★☆)
ルパン三世 カリオストロの城 / LUPIN THE 3RD: THE CASTLE OF CAGLIOSTRO

ルパンVS複製人間.jpgルパン三世〜ルパンVS複製人間 poster.jpgルパン三世 ルパンVS複製人間.jpg「ルパン三世〜ルパンVS複製人間」●制作年:1978年●監督:吉川惣司●製作:藤岡豊●脚本:大和屋竺/吉川惣司●作画監督:椛島義夫/青木悠三●音楽:大野雄二●原作:モンキー・パンチ●時間:102分●声の出演:山田康雄/納谷悟朗/小林清志/井上真樹夫/増山江威子/西村晃/(以下、特別出演)三波春夫/赤塚不二夫/梶原一騎●公開:1978/12●配給:東宝 (評価:★★★★)
ルパン三世 ルパン vs 複製人間 [DVD]

「ルパン三世 ルパン vs 複製人間」劇場公開ポスター
   
「ルパン三世」(テレビアニメ版)1971.jpg「ルパン三世」(テレビアニメ版)●監督:(第1シリーズ)大隈正秋/(第3シリーズ)こだま兼嗣/鍋島修/亀垣一/奥脇雅晴ほか●プロデューサー:(第2シリーズ)高橋靖二(NTV)/高橋美光(TMS)/(第3シリーズ) 松元理人(東京ムービー新社)/佐野寿七(YTV)●音楽:山下毅雄/(第2シリーズ)大野雄二●原作:モンキー・パンチ●出演(声):山田康雄/小林清志/二階堂有希子/増山江威子/井上真樹夫/大塚周夫/納谷悟朗●放映:1971/10~1972/03(全23回)/1977/10~1980/10(全155回)/1984/03~1985/12(全50回)●放送局:読売テレビ(第1シリーズ)/日本テレビ(第2・第3シリーズ)

「ルパン三世」(テレビアニメ・スペシャル版)
「ルパン三世 霧のエリューシヴ」(2007)/「ルパン三世 sweet lost night」(2008)
ルパン三世 霧のエリューシヴ.png ルパン三世 sweet lost night.jpg
「ルパン三世 VS名探偵コナン」(2009)/「ルパン三世 the Last Job」(2010)
ルパン三世 VS名探偵コナン.jpg ルパン三世 the Last Job.jpg
「ルパン三世 血の刻印」(2011)/「ルパン三世 東方見聞録」(2012)
ルパン三世 血の刻印.jpg ルパン三世 東方見聞録.jpg
「ルパン三世 princess of the breeze」(2013)/「ルパン三世 イタリアン・ゲーム」(2016)
ルパン三世 princess of the breeze.jpg ルパン三世 2016.jpg

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かなりぶっ飛んだ内容だが、ちゃんと神話や遺跡などをベースにしているようだ。

『暗黒神話』4.jpg
暗黒神話 (1977年) (ジャンプスーパー・コミックス)』『暗黒神話 (ジャンプスーパーコミックス)』['88年]『暗黒神話 (集英社文庫(コミック版)) 』['96年]『暗黒神話 (愛蔵版コミックス) 』['17年]

『暗黒神話』ジャンプ.jpg 中学生の少年・武はある日、父の友人を名乗る男・小泉から「君のお父さんは実は殺された」と告げられる。確かに武には、幼い頃に倒れた父親の傍で泣いている記憶があった。小泉に連れられ父が死んだ場所へ来た武は、おぼろげな記憶を頼りに父の目的地と思しき洞窟を発見。洞窟の奥で武は思いもかけないモノと遭遇しする―。

 諸星大二郎による「週刊少年ジャンプ」1976(昭和51)年20号から 25号に連載された漫画です。少年が辿る数奇な運命を、ヤマトタケル伝説を軸に、古代日本の各神話や遺跡、仏教、果ては呪術やSF要素までを取り込んで描いた、ある意味かなりぶっ飛んだ内容の話です(特に、最後に明かされる"武の正体"には驚いた)。

『暗黒神話』別冊太陽.jpg『暗黒神話』1.jpg それでも初読の時は面白ければいいという感じだったのですが、「別冊太陽」の「太陽の地図帖」シリーズに「諸星大二郎 『暗黒神話』と古代史の旅」('14年/平凡社)というのがあり、それを読んで、一つ一つのモチーフが神話やそれにまつわる実在の遺跡などをベースにしていることが分かり、その博覧強記と取材力、構想力に改めて感じ入った次第です(あまり表に出て来ない作者のインタビューなどもあって貴重)。

『暗黒神話』2.jpg ただし、本作の序盤において、当時類例のなさから重要文化財指定とされていた深鉢形土器をモチーフとした蛇紋縄文土器を登場させていますが、この土器は後に、(土器自体は縄文時代のものだったが)蛇形装飾の把手が推定復元であることが判明し、指定解除となっているそうです。この土器をモチーフに話が進んでいくので困ったものですが、古代史研究の場合、まあ、こういうことも起き得るのでしょう(笑)。
 
徐福2.jpg 1988年版には、「週刊少年ジャンプ増刊」1979(昭和54)年1月号掲載された「徐福伝説」が併収されています。中国の秦の時代、始皇帝に命じられて不老不死の秘薬を得るために東方に渡った徐福の一行が嵐のため日本に流され、中国の文明人が未開の日本を訪れることになるという伝説の図式を背景に、男女の悲恋物語を描いています(こちらも、土器が出てくる一方で、徐福が染色体数と同じ47組の男女を連れ行くというSF的要素もあったりする)。

徐福.jpg ただし、ここで描かれる徐福は、日本で一般に伝わる、呪術や祈祷・薬剤の調合に長け、医薬・天文・占術等にも通じたインテリで、その像などからも窺える温厚な人柄の人物というイメージと違って、どちらかと言うと始皇帝のイメージに近い、暴君的な強面のキャラクターになっています。この点については、作者独自の人物造型なのでしょうか、実際そういうキャラだったという言い伝えもあるのでしょうか。その辺りはよく分からなかったです。

徐福像(和歌山県新宮市)

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正統派ラインアップ。漫画で(起承転結ではなく)「オチ」が愉しめる。

滝田ゆう落語劇場.jpg
滝田ゆう落語劇場 〔第1輯〕 (文春文庫 (302‐1))』『滝田ゆう落語劇場 第2輯 (文春文庫 302-2)』['83年]/『滝田ゆう落語劇場 全 (ちくま文庫 た 11-2)』['88年]/『落語劇場 1巻 (双葉漫画名作館) 』『落語劇場 2巻 (双葉漫画名作館) 』['91年]
滝田ゆう落語劇場 1巻』『滝田ゆう落語劇場 2巻』[Kindle版]
滝田ゆう落語劇場Kindle版.jpg 作家の名作22篇をコマ漫画に仕立てあげた『滝田ゆう名作劇場』('78年/文藝春秋、'83年/文春文庫、'02年/講談社漫画文庫)、野坂昭如の作品を描いた『怨歌劇場』('80年/講談社、'83年/講談社文庫)に続く「劇場シリーズ」第3弾は、落語をコマ漫画にしたものです。

 第1輯は「王子の狐」「素人鰻」「蕎麦の羽織」「夢の酒」「猫の災難」「味噌倉」「死神」など20話、第2輯では「青菜」「狸賽」「二階ぞめき」「包丁」「ぬけ雀」「茶の湯」「あくび指南」「千両みかん」など18話、合計で38編を所収。個人的には内容を知らないものもありますが、落語に詳しい人からすれば、正統派ラインアップではないでしょうか。

滝田ゆう落語劇場3.jpg 読んでいて、これまでのシリーズと違うのは、(「落語劇場」と謳っているので当然だが)元が小説ではなく落語であるということです。そのため、無意識的に起承転結の「結」を求めて読んでいたら(小説を読むという行為はだいたいそうしたものだ)最後に「オチ」が来て「落とされる」というところでしょうか。そうした面白さ、愉快さが、ああ、やっぱり落語だなあと。

東海林さだお.jpg 漫画家でこの手のオチを描く人っていないかなあと思ったら、東海林さだおがいた! あの人はエッセイも、昭和軽薄体と呼ばれる独特なリズム感のある文体だなあ。本書を読んで落語を聴きたくなったというのはフツーでしょうが、東海林さだおのエッセイを読みたくなった、というのはちょっと変わっているかも。

 本書は、'83年にいきなり文庫で、講談社文庫で第1輯、第2輯として出版され(「輯(しゅう)」というのは「集」みたいな意味か)、その後'88年にちくま文庫の全1巻として刊行されていますが、さらに'91年に「双葉漫画名作館」として第1巻・第2巻が刊行されています。

 落語なのでセリフが大事です。読み易さからすると、「双葉漫画名作館」版が単行本サイズであるためお薦め。作者独特の小さな吹き出し(その中になぜか無意味な絵が描かれている)のようなものもあることですし(ただし、絶版のため入手しにくいと思ったら、シリーズでこの「落語劇場」のみKindle版がリリースされた。端末で画面拡大ができるので便利かも)。