【1507】 ○ 手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』 (1999/02 実業之日本社) 《人間ども集まれ! (上・下)』 (1968/12 実業之日本社・ホリデーコミックス)》 ★★★★

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単行本化に際してハッピーエンドからアンハッピーエンドに改変。「完全版」では両方が読める。

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人間ども集まれ!』['99年/ 実業之日本社]/ホリデー新書マンガシリーズ(上・下)['68年/実業之日本社]/『人間ども集まれ!(1) (手塚治虫漫画全集)』『人間ども集まれ!(2) (手塚治虫漫画全集)

人間ども集まれ!ges.jpg 東南アジアの独裁国パイパニアでは、人工受精によって人間を大量生産し、兵士に育てる計画が進んでいたが、そのパイパニアへ日本の自衛隊から義勇兵として送られた天下太平は、脱走して捕まり人工受精の研究の実験台にされてしまう。ところが、太平の精子は特殊なもので、彼の精子から生まれた子供は、男でも女でもない第三の性、働き蜂のような無性人間だった。戦争が終わると、医師・大伴黒主とイベント屋・木座神明は、無性人間を使って大儲けすることを企むが、やがて無性人間の中にも反逆する者が出始め、無性人間同士を戦わせる戦争ショーが行われる中、今まで奴隷や兵士として消耗されていた彼らが一斉に立ち上がる―。
     
人間ども集まれ!1.jpg『人間ども集まれ!』.jpg オリジナルは1967(昭和42)年1月から翌年7月にかけて「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に連載されたアダルト向けの作品であり、手塚治虫が珍しくもエロチック・ナンセンスに挑んだ作品とされています。但し、エロチックと言っても手塚流のそれであり、いやらしさはありませんが、一応連載に際しては、小島功の筆致などは参考にはしたようです(自身の従来の筆致ではエロチックさに欠けると考えたのか? 雑誌連載時の筆致と単行本化の際のそれとではタッチが異なる)。

 また、ナンセンスかというと、ギャグは豊富に鏤められていますが、全体としては壮大な人間喜劇(悲喜劇)となっていて、その中で、戦争、差別、性といった問題が批判的に提起されており、やはり手塚治虫は手塚治虫という感じです。そもそも、批判精神の無い漫画など意味がなく、手塚治虫がそんなもの描くために時間を費やすことはあり得なかったのでしょう。

 知る人ぞ知る作品とも言えますが、単行本化される際に、雑誌連載時の後半がかなり削られ、結末も大幅に改編されました。本書(完全版)では、約660ページの内、430ページまでで単行本化された内容が完結した後、第2部として、単行本において改変の大きかったところを中心に雑誌連載時の改変前のオリジナル版を170ページにわたって掲載しています。

手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』1.jpg 更に第3部として、各界の人々からのこの作品に対する論評、思い、漫画などが寄せられています。そのメンバーは、大林宣彦、中島梓、武宮惠子、横田順彌、石上三昇志、夏目房之介、山本貴嗣、米沢嘉博、村上和彦、みなもと太郎、中村桂子(生命誌研究者)など、錚々たるもの。更に、野口文雄氏が、手塚作品におけるセクシュアル表現を、様々な例を挙げて分析しています。

 単行本版は、無性人間は自由を獲得するも、彼らにとって性の無い虚しい世界は永遠に続くという何か突き放したような結末で、しかもかなり唐突に終わりますが、オリジナルである雑誌連載版の結末は、T大教授による起性手術によって無性人間に性がもたらされるという、ある種ハッピーエンドとなっています(旧単行本には全く無い話)。

手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』2.jpg 村上和彦氏は、ハッピーエンドがアンハッピーに書きかえられた原因として、連載中の'67年に、南アフリカバーナード博士による心臓移植手術があり、'68年には、札幌医大・和田教授により日本でも世界で30例目となる手術が行なわれたものの、その手術を受けた患者の多くが、拒絶反応や合併症で数十日から数百日で死亡し、和田教授の患者も死亡したことで、こうした生命医学のテクノロジーに懐疑的乃至ペシミスティクになったのではないかといった考察をしていますが、そうかも知れないし、そうで無いかも知れない―。

 この時期には、ベトナム戦争の激化、紅衛兵事件、金嬉老事件といった様々な暗い時事的イシューがあり、色々な出来事の影響を受けているようにも思います。無性人間が敵味方に分かれて「パイパニア戦争」の戦場に駆り出される場面は、完全にベトナム戦争への風刺であり、「戦争ショー」は筒井康隆氏の「ベトナム観光公社」('67年)にも似ています。但し、結末の書き換えについて手塚治虫自身は、講談社漫画文庫のあとがきで、その頃読んだカレル・チャペックの『山椒魚戦争』の影響があると思っている」としています。

 個人的には、連載時の筆致と単行本のそれとではタッチが異なるのがよく分って興味深かったですが(雑誌連載版の方は急いで描いている感じで、単行本版に比べてベタ塗りが少なく、ペンが掠れている箇所がある。また、連載時のものは小島功の模倣タッチの色合いがより濃い)、ストーリーを改変していない部分も含め、これだけの長編を殆ど全部描き直しているのだなあ。改めて、その仕事の量の膨大さと、質の高さ、木目の細かさに驚かされました。

【1968年単行本(新書)化[実業之日本社ホリデー新書マンガシリーズ(ホリデーコミックス)(上・下)]/1973】年[COM名作コミックス復刊]/1978年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(上・下)]/1995年再文庫化[文春文庫ビジュアル版(上・下)]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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This page contains a single entry by wada published on 2011年7月 9日 23:37.

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