【1560】 ○ 手塚 治虫 『空気の底 (1975/05 大都社・ハードコミックス) 《空気の底 (上・下)』 (1971/12 朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス)》 ★★★★

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SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富む短篇集。密度が濃く、楽しめる。

空気の底 大都社 全1巻 1975.jpg   空気の底 上下 1971 朝日ソノラマ.jpg  朝日ソノラマ SUN MILLION COMICS 1978 上・下.jpg
空気の底 (ハードコミックス)』['75年/大都社]/『空気の底全2巻完結』['71年/朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/『空気の底 (1978年) (Sun million comics)』[朝日ソノラマ]

「ふたりは空気の底に」.JPG空気の底.JPG 手塚治虫が'68(昭和43)年9月から'70(昭和45)年4月にかけて青年向け雑誌「プレイコミック」の創刊号から読みきりの形で連載したものを纏めたもので、SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富んでいて、テーマ的にも、人種差別、環境破壊、戦争と核の脅威、生命操作といった時事問題に踏み込む一方で、「性」や「死」といった人間の根源的なものから、人生の皮肉や不条理などにまで及んでいます。

空気の底 (ハードコミックス)』大都社(1975/05/10)
「ふたりは空気の底に」

 当初、朝日ソノラマで単行本刊行され、その後に出たものは、大まかには大都社版、講談社全集版、秋田書店版の3種類があり、自分が持っている「大都社」版は「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「うろこが崎」「暗い窓の女」「わが谷は未知なりき」「嚢(ふくろ)」「処刑は3時に終わった」「バイパスの夜」「猫の血」「蛸の足」「聖女懐妊」「電話」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の15篇を収録しています。

 「玉石混淆」とみる人もいますが、個人的には、作者のストーリー・テラーぶりが何れもよく発揮されているように思われ、作者自身がこの「空気の底」シリーズを気に入っていて、単行本のあとがきで、「『空気の底』に収録されているいずれの作品も長編に成りうる要素を持っている」と言っているのも頷けました。

 でも、やはり短篇向きかな(アンブローズ・ビアスの短篇を想起させられた作品が幾つかあった)。中でも特に個人的に印象に残ったのは、「夜の声」「野郎と断崖」「ロバンナよ」あたりでしょうか。

 「夜の声」...日曜だけ乞食になって道に座るという風変わりな道楽を持つ、やり手の青年社長が、ある日家出した若い女を助け、女は乞食の掘立小屋で生活するようになり、真面目で心が美しい彼女が気に入った青年は、彼女を自分の会社に入社させ、妻にしようと考えるのだが― (人生の皮肉が効いている)。

01野郎と断崖.jpg 「野郎と断崖」...フランス西海岸に「妄想の崖」と呼ばれる切り立った崖が空気の底 野郎と断崖.jpgあり、監獄から脱走した男がこの崖に逃げて来て、通りがかった家族連れを人質に崖下へ逃げるが、崖の上では警官の話し声や、男を説得する警官の声が聞こえる。男は行き場の無い崖中腹から逃げる事も出来ず、家族連れを殺害し、崖の上の警官隊に突入するが― (アンブローズ・ビアスっぽい。「処刑は3時に終わった」の方は、完全にビアス調だった)。

「プレイコミック」1000号記念別冊「空気の底(野郎と断崖)」
  
01ロバンナよ.jpg 「ロバンナよ」...大学時代の悪友を南伊豆に訪ねた手塚治虫は、世間とのつきあいを断った友が、雌ロバを可愛がっていることを知る。その晩泊まった手塚は、友人の妻がロバを殺そうとするのを止空気の底 ロバンナよ.jpgめるが、彼女が言うには、夫は動物の方が好きの変態だと。しかし友人は、自分の実験の失敗によって、妻とロバの心が入れ替わってしまったためだと言う― (ラストで両者の言い分の真偽を考えさせられる面白さ)。

空気の底』[Kindle版]

 因みに、秋田書店版は「処刑は3時に終わった」「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「グランドメサの決闘」「うろこが崎」「暗い窓の女」「そこに穴があった」「わが谷は未知なりき」「猫の血」「電話」「カメレオン」「聖女懐妊」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の16篇を収録していて、大都社のハードコミックス版には、「グランドメサの決闘」「そこに穴があった」「カメレオン」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」の4篇が無く、代わりに、「嚢(ふくろ)」「バイパスの夜」「蛸の足」の3篇が加わっていることになります。

空気の底 2011.jpg 「嚢(ふくろ)」は『ブラック・ジャック』の「ピノコ誕生」とモチーフが重なるのが興味深く、「バイパスの夜」もタクシーの運転手と乗客の遣り取りがサスペンス・タッチで面白く、「蛸の足」はちょっとグロテスクな味付け。

 公害問題が織り込まれている「うろこが崎」のラストもグロテスクであり、「猫の血」の前半部分などになるとそれこそ"梅図かずお風"であったりと、いろんな筆致やトーンが見られるのも、この短篇集の特徴かと思われます。

 全体のトーンが暗いせいもあってか、手塚作品の中ではマイナーな部類かもしれませんが、なかなか密度の濃い短篇集であり、個人的には大いに楽しめました。

空気の底 (手塚治虫文庫全集 BT 143)』講談社 (2011/7/12)

【1971年単行本・1978年改訂[朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/1975年単行本・1985年改訂[大都社ハードコミックス]/1982年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1992年単行本・2007年改訂[秋田書店・手塚治虫傑作選集]/1995年再文庫化[秋田文庫]/2011年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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This page contains a single entry by wada published on 2011年10月20日 00:29.

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