【265】 ○ 筈見 有弘 『ヒッチコック』 (1986/06 講談社現代新書) ★★★☆ (○ アルフレッド・ヒッチコック (原作:フランシス・ヒーディング) 「白い恐怖」 (45年/米) (1951/11 ユナイテッド・アーティスツ) ★★★☆/○ 「マーニー(マーニー/赤い恐怖)」 (64年/米) (1964/08 UP) ★★★☆)

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多少マニアックな映画ファンが楽しんで読めるヒッチコック入門書。 

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ヒッチコック』 講談社現代新書 〔'86年〕/筈見 有弘 (1937-1997/享年59)/「白い恐怖 [DVD]」チラシ
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 ヒッチコックぐらい、その多くの作品が日本で見られる外国の監督はいないのではないでしょうか。例えば双葉十三郎『外国映画ぼくの500本』('03年/文春新書)でも、結果として作品数的にはヒッチコック作品が最も多く取り上げられていたし、自分自身も、劇場で見たものだけで20本を超えます(しかもハズレが少ない)。本書はそうしたヒッチコック映画の数々を、ストーリーや状況設定、小道具や出演女優など様々な角度から分析し、よく使われる「共通項」をうまく抽出しています。

『白い恐怖』(1945)2.jpgsiroikyouhu3.jpg  例えば、白と黒の縞模様を見ると発作を起こす医師をグレゴリー・ペック、彼を愛し発作の原因を探りだそうとする精神科医をイングリッド・バーグマンが演じた「白い恐怖」(原作はフランシス・ヒーディングの『白い恐怖』、本国での発表は1927年)では、グレゴリー・ペックの見る夢のシーンで用いられたサルバドール・ダリによるイメージ構成にダリの実験映画と同じような表現手法が見出せましたが(これにテルミンの音楽が被る)、この部分はあまりにストーレートで杓子定規な精神分析的解釈で、個人的にはさほどいいとは思えず、著者も「本来のヒチコックの映像造形とはかけ離れている」としています。

「白い恐怖」より(イメージ構成:サルバドール・ダリ)
    
白い恐怖 イングリッド・バーグマン.jpg  一方、イングリッド・バーグマンがはじめはメガネをかけていたことにはさほど気にとめていませんでしたが、他の作品では眼鏡をかけた女性が悪役で出てくるのに対し、この映画では、一見冷たさそうに見える女性が、恋をすると情熱的になることを効果的に表すために眼鏡を使っているとのことで、ナルホドと(イングリッド・バーグマンはこの作品で「全米映画批評家協会賞」の主演女優賞を受賞)。

 同じ小道具へのこだわりでも、その使い方は様々なのだなあと感心させられました(ただし、眼鏡をかけたイングリッド・バーグマンもまた違った魅力があり、ヒッチコックという人は、元祖「眼鏡っ子」萌え―だったかもと思ったりもして...。

マーニー 01.jpgマーニー 02.jpg 一方、「白い恐怖」と同様に精神分析の要素が織り込まれていたのが「マーニー」('64年)でした(日本では「マーニー/赤い恐怖」の邦題でビデオ発売されたこともある)。ある会社の金庫が破られ、犯人は近頃雇い入れたばかりの女性事務員に違いないとういうことになるが、当の彼女はその頃ホテルでブルネットの髪を洗って黒い染髪料を洗い流すとブロンドに様変わり。よって、その行方は知れない―幼児期の体験がもとで盗みを繰り返し、男性やセックスにおびえる女性マーニーを「鳥」('63年)のティッピ・ヘドレンが演じ(彼女も血筋的にはバーグマンと同じ北欧系)、彼女と結婚して彼女を救おうとする夫を「007 ロシアより愛をこめて」('63年)のショーン・コネリーが演じていますが、夫が妻を過去と対峙させてトラウマから解放する手法が精神分析的でした(夫は単なる金持ちの実業家で、精神分析ではないのだが)。

マーニー bul.jpg 著者はこの映画を初めて観たとき、ブルネットのときは盗みを働き、ブロンドの時は本質的に善であるマーニーから、ヒッチコックのブロンド贔屓もずいんぶん露骨だと思ったそうです。「裏窓」('54年)のグレース・ケリー、「めまい」('58年)のキム・ノヴァクも確かにブロンだしなあ。今まで観たことのある作品もナルホドという感じで、次にもう一度観る楽しみが増えます。
"Spellbound by Beauty: Alfred Hitchcock and His Leading Ladies (English Edition)"
Spellbound by Beauty.jpg 本書179pに、ティッピ・ヘドレンはグレース・ケリーをしのぐほどにクールなブロンド美女で、「生来の内気さを失ったヒッチコックは、彼女に言いよったが、彼女の方では相手にしなかったという噂もある」とありザ・ガール ヒッチコックに囚われた女.jpgますが、実際セクハラまがいのこともしたようです(ヒッチコックによるヘドレンへのセクハラを描いたドナルド・スポトの『Spellbound by Beauty: Alfred Hitchcock and His Leading Ladies』が、2012年に米・英・南アフリカ合作のテレビ映画「ザ・ガール ヒッチコックに囚われた女」としてトビー・ジョーンズ、シエナ・ミラー主演で映像化されていて、2013年にスター・チャンネルとWOWOWで放送されたようだが、個人的には未見)。
     
ヒッチコック アートプリント(Alfred Hitchcock Collage)
ヒッチコック アートプリント.jpg 著者なりの作品のテーマ分析もありますが、「すべてエンターテイメントのために撮った」というヒチコックの言葉に沿ってか、それほど突っ込んで著者の考えを展開しているわけではありません。

 むしろ映像として、あるいは音として表されているものを中心に、ヒッチコックのこだわりを追っていて、映画ファンというのは誰でも多少マニアックなところがあるかと思うのですが、そうしたファンが楽しんで読めるヒチコック入門書になっています。

映画術 フランソワ トリュフォー.jpg 因みに、映画監督のフランソワ・トリュフォーによるヒッチコックへのインタビュー集『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)では、ヒッチコックは、「バーグマンは私の演出を好まなかった。私は議論が嫌だったから、"イングリッド、たかが映画じゃないか"と言った。彼女は名作に出ることだけを望んだ。製作中の映画が名作になるかならないかなんて誰がわかる?」とボヤいています。ヒッチコックは当初バーグマンに特別な感情を抱いていたため、バーグマンとイタリア人監督ロベルト・ロッセリーニとの不倫劇はヒッチコックを大いに失望させたそうで、その辺りがこうしたコメントにも反映されているのかもしれません。ヒッチコックはバーグマンを「白い恐怖」('45年)、「汚名」('46年)、「山羊座のもとに」('49年)の3作で使っていますが、バーグマンとロッセリーニが正式に結婚した1950年以降は使っていません(ヒッチコックがバーグマンに"たかが映画じゃないか"と言ったのは「山羊座のもとに」撮影中のことだが、これはヒッチコックの口癖でもあったらしく、「サイコ」('60年)の主演女優のジャネット・リーにも同じことを言い、「そう、たかが映画よね。たった45秒のシーンのために、監督は8日間カメラを回し、70回カメラアングルを変えたわ」と切り返されたそうだ)。

 しかし、ともあれ、あのヒッチコックが"たかが映画じゃないか"と言ったというのが面白く、この言葉は、山田宏一、和田誠両氏の共著のタイトルになっています(『たかが映画じゃないか』('78年/文藝春秋))。

白い恐怖 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)」「白い恐怖 [DVD]
白い恐怖 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ).jpg白い恐怖 イングリッド・バーグマン/グレゴリー・ペック.jpg白い恐怖.jpg 「白い恐怖」●原題:SPELLBOUND●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:アルフレッド・ヒッチコック●製作:デヴィッド・O・セルズニック●脚本:ベン・ヘクト/アンガス・マクファイル●撮影:ジョージ・バーンズ●音楽:ミクロス・ローザ●原作:フランシス・ビーディング(ジョン・パーマー/ヒラリー・エイダン・セイント・ジョージ・ソーンダーズ)●時間:111分●出演:イングリッド・バーグマン/グレゴリー・ペック/レオ・G・キャロル/ロンダ・フレミング/ジョン・エメリー/ノーマン・ロイド/ビル・グッドウィン ●日本公開:1951/11●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:三鷹オスカー (83-10-22) (評価:★★★☆)●併映:「めまい」「レべッカ」(アルフレッド・ヒッチコック)
マーニー [DVD]
マーニー 1964.jpgマーニー 05.jpg「マーニー(マーニー/赤い恐怖)」●原題:MARNIE●制作年:1964年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ジェイ・プレッソン・アレン●撮影:ロバート・バークス●音楽:バーナード・ハーマン●原作:ウィンストン・グレアム「マーニー」●時間:130分●出演:ショーン・コネリー/ティッピー・ヘドレン/マーティン・ガベル/ダイアン・ベイカー/ルイーズ・「マーニー」ヒッチ2.pngラサム/アラン・ネイピア/マリエット・ハートレイ/キンバリー・ベック/ブルース・ダーン●日本公開:1964/08●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ(評価:★★★☆)

《読書MEMO》
●ヒチコックは「間違えられた男」の話が好き...暗殺者の家・三十九夜・弟3逃亡者・断崖・間違えられた男・泥棒成金・北北西に進路を取れ・フレンジー...
●偏執狂的小道具演出法...
・チキン料理(断崖・ロープ・知りすぎていた男)
・眼鏡をかけた女(弟3逃亡者・北北西に進路を取れ・三十九夜・断崖・白い恐怖・知りすぎていた男)
・イニシャル入りライター(見知らぬ乗客)など

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