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ベテランの日本軍事史研究家が、プーチン戦争の野望と誤算の全貌を解明。

ウクライナ戦争の軍事分析 (新潮新書).jpg
 秦郁彦.jpg 秦 郁彦 氏       なぜ日本は敗れたのか.jpg
ウクライナ戦争の軍事分析 (新潮新書) 』['23年]  『なぜ日本は敗れたのか―太平洋戦争六大決戦を検証する (洋泉社新書y) 』['01年]

 ベテランの軍事史研究家(専門は日本軍事史が専門)が、進行中のウクライナ戦争について、これを「プーチン戦争」と定義し、その野望と誤算の全貌の解明を試みた本です。

 著者は、ヒトラーやスターリンがそうだったように、プーチンといえども軍事作戦の行方を恣意的に操作できるものではなく、ウクライナ戦争の経緯を、「何が起きたのか、なぜそうなったにかを過不足なしに記述する」(ランケ)ことに徹したいと念じたとしています。

 全5章構成の第1章では、ウクライナ戦争がどのように始まったかを、侵攻初期のキーウ争奪戦を中心に分析し、プーチンの「特別軍事作戦」とその誤算について解説しています。

 第2章では、その前史である9世紀から21世紀までの歴史を辿り、第3章では、2022年末までのウクライナの東部と南部戦場の攻防を中心に扱っています。

 第4章では、分野別に、航空戦、海上戦、兵器と技術のほか、米国やNATOの対ウクライナ支援や対露制裁などを概観しています。

第5章では、2023年の年初から4月末に至る戦況を辿り、さらに、和平への道を展望しています。その中では、和平をめざすAからDまで4つのシナリオを示していて、どのシナリオならばの本が存在感を示せる機会があるかまで探っています。

 あとがきによれば、執筆は開戦から2か月ばかりして、リアルタイムで書いたものが、1年後に再読しても古びていないため、一字も直していないとのことです。

 また、この「論考」を、これまで30本以上を寄稿した産経新聞社の「正論」の編集部に送ったところ(著者は'14年に「正論大賞」を受賞している)、担当の論説委員から返事がなく、電話で確認したら「面白くないし、誰もが知っていることしか書いていない」と言われたとのこと、原稿をボツにするしないか、「ボツならば「正論大賞」は返上したい」「勝手もどうぞ」といった遣り取りまであったとのことです。

 新潮新書として日の目を見ることになってよかったですが、日本軍事史が専門の著者が(個人的には著者の『なぜ日本は敗れたのか―太平洋戦争六大決戦を検証する』('01年/洋泉社新書y)』などを読んだ)、90歳にして(著者は1932年12月生まれ)、畑違いとまでは言わないけれど、専門を超えてこうした本を出すというのは稀有なことだと思います。

《読書MEMO》
●目次
第一章 「プーチンの戦争」が始まった
挫折した空挺進攻  「私は首都にふみとどまる」  泥将軍と渋滞の車列  首都正面から退散したロシア軍 ◆コラム◆七二時間目の岐路
第二章 前史――九世紀から二一世紀まで
冷戦終結とソ連解体のサプライズ  クリミア併合の早業  ドンバス戦争の八年  プーチン対バイデン  ロシア軍の組織と敗因  BTGとハイブリッド戦略 ◆コラム◆「さっさと逃げるは......」
第三章 東部・南部ウクライナの争奪
ドンバスへの転進  ドネツ川岸の戦い  南部戦線の攻防  ウ軍反転攻勢の勝利  ロシアの四州併合と追加動員  ヘルソン撤退と「戦略爆撃」 ◆コラム◆「軍事的敗北と破産は突然やってくる」
第四章 ウクライナ戦争の諸相
航空戦と空挺  海上戦  「丸見え」の情報戦  兵器と技術(上)――戦車と重砲  兵器と技術(下)――ミサイルと無人機  ウクライナ援助の波  制裁と戦争犯  罪と避難民  ◆コラム◆「キーウの亡霊」伝説  ◆コラム◆戦車の時代は去ったのか?  ◆コラム◆あるドローン情報小隊の活動  ◆コラム◆使い捨てカイロを支援
第五章 最新の戦局と展望
膠着した塹壕戦の春 今後の戦局とシナリオ 平和への道程は ◆コラム◆ブフレダルの戦い ◆コラム◆ゼレンスキー(コメディアン)対プーチン(スパイ)

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5大決戦を戦術面・戦略面で検証。最後は、原子爆弾vs.風船爆弾という悲劇的滑稽さ。

なぜ日本は敗れたのか.jpg なぜ日本は敗れたのか2.jpg  太平洋戦争六大決戦  上  錯誤の戦場  中公文庫.jpg 太平洋戦争六大決戦  下  過信の結末  中公文庫.jpg  秦郁彦.jpg
なぜ日本は敗れたのか-太平洋戦争六大決戦を検証する(新書y)』 ['01年]/『太平洋戦争六大決戦〈上〉錯誤の戦場 (中公文庫)』『太平洋戦争六大決戦 (下) 過信の結末 (中公文庫)』 秦郁彦 氏

 『昭和史の謎を追う』など斬新かつ公正な昭和史観で菊池寛賞なども受賞している著者が、『太平洋戦争六大決戦』('76年/読売新聞社・'98年/中公文庫(上・下))、『実録太平洋戦争』('84年/光風社出版)として以前に刊行された著作の、後半第2部"エピソード編"を一部削って新書化したもので、オリジナルは四半世紀も前に書かれたということになります。

 第1部で太平洋戦争における日米戦略を概説し、「ミッドウェー」「ガダルカナル」「インパール」「レイテ」「オキナワ」の決戦をとり上げて、作戦の当否や戦力比較、勝敗の分かれ目となった両軍の判断などを分析していますが、あれっ、副題に「六大決戦」とあるのに5つしかない?(第1部は削っていないはずだが...)

失敗の本質  中公文庫.jpg 因みに、よく組織学の本として引き合いにされる戸部良一・編著『失敗の本質』('84年/ダイヤモンド社・'91年/中公文庫))は、この5つに「ノモンハン」を加えた6つをケーススタディしています。本書は、『失敗の本質』のように企業経営論に意図的に直結させるような組織論展開はしていませんが、各決戦の戦況経緯を詳説すると共に、日本軍の戦術の誤り、或いはそれ以前の戦略上の問題点を、組織論的な観点も含め考察しており、「戦争オタク本」「軍事オタク本」とは一線を画しているように思えます。
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

回避行動中の空母「飛龍」.jpg 「ミッドウェー海戦」の敗戦は、空母「赤城」が味方機の着艦を待ってから攻撃に移ろうとして逆に敵機の先制攻撃を受けたことが敗因だ(そこに日本人的感情=仲間意識が働いたことが「失敗の本質」である)とよく言われますが(操縦士の人命ではなく、その選抜的能力に着目すれば、感情論の入る余地はないのだが)、その他のミスや読み違いが数多くあり、それら以前にも作戦意図の共有化や偵察機の索敵機能などに根本的問題があったことがわかります(但し、本書の後に書かれた『失敗の本質』も、基本的な敗因考察においては同じ)。

ミッドウェー海戦で回避行動中の空母「飛龍」(本書には「赤城」とあるが誤りであると思われる)[毎日新聞社]

 著者は、「ミッドウェー海戦」には日本側の数々の失策があったが、それらが無くてもせいぜい「相討ち」だったのではないかとしていますが、ともかく日本は完敗し、これにより日清・日露戦争以来の日本の「不敗神話」は崩壊するとともに、その後のソロモン群島での消耗戦などもあって、開戦時は日本側が優位であった日米両海軍の力関係は、逆転するわけです。
 
その後に続く「ガダルカナル」「インパール」などの決戦は悲惨の極みであり、ガダルカナルでは2万人以上、インパールでは、死者数すらわからないが、おそらく同じく2万人以上の戦力を失っているとのこと。著者の、戦術論的に「まだ戦い方があった」「別のやり方があった」というのはよく分かりますが、結局「ミッドウェー海戦」で全てが決していたような気がします。エピソードの最後にある「風船爆弾」の話があり(日本がアメリカ本土を唯一に直接攻撃したもので、9千発強の風船を発し、300発ほどアメリカに到着したが、爆発したのは28発だけ。死者発生は1件6名で、オレゴン州当地に記念碑がある)、「原子爆弾対風船爆弾という、あまりに悲劇的ながらユーモラスな対照のうちに太平洋戦争は終わった」と締め括っているのが印象的でした。

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「歴史探偵」的趣きの鼎談。歴史の違った見方を教えてくれる。

昭和史の論点.jpg  『昭和史の論点』 文春新書 〔'00年〕 坂本 多加雄.jpg 坂本 多加雄 (1950−2002/享年52)

 雑誌『諸君!』で行われた4人の昭和史の専門家の鼎談をまとめたもの。文芸春秋らしい比較的「中立的」な面子ですが、それでも4人の立場はそれぞれに異なります。

日本史の論点 4氏.jpg 『国家学のすすめ』('01年/ちくま新書)などの著者があり、52歳で亡くなった坂本多加雄は「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーでもあったし、秦郁彦は「南京事件」に関しては中間派(大虐殺はあったとしているが、犠牲者数は学者の中で最も少ない数字を唱えている)、半藤一利は『ノモンハンの夏』('98年/文藝春秋)などの著書がある作家で、保阪正康は『きけわだつみのこえ』に根拠なき改訂や恣意的な削除があったことを指摘したノンフィクション作家です。

坂本 多加雄/秦 郁彦/半藤 一利/保阪 正康

 しかし対談は、既存の歴史観や個々のイデオロギーに拘泥されず、むしろ「歴史探偵」的趣きで進行し、張作霖事件、満州事変、二・二六事件、盧溝橋事件...etc.の諸事件に今も纏わる謎を解き明かそうとし、またそれぞれの得意分野での卓見が示されていて面白かったです(自分の予備知識が少なく、面白さを満喫できないのが残念)。

 昭和史と言っても敗戦までですが、最近になってわかったことも随分あるのだなあと。昭和天皇関係の新事実は、今後ももっと出てきそうだし。

 歴史に"イフ(if)"はないと言いますが、この対談は後半に行くに従い"イフ(if)"だらけで、これがまた面白く、歴史にはこういう見方もあるよ、と教えてくれます。

 その"イフ(if)"だらけを一番に過激にやっているのが秦郁彦で、やや放談気味ではありますが、こうした立場を越えた自由な鼎談が成り立つのは、月刊「文芸春秋」の編集長だった半藤一利に依るところが大きいのではないかと思います。

菊池寛賞 半藤.jpg

秦郁彦氏が1993年に、保阪正康氏が2004年に「菊池寛賞」を受賞していたが、2015年に半藤一利氏も同賞を受賞した。文藝春秋主催の賞で、半藤一利氏は半ば身内のようなものだから、受賞が他の二人より遅れたのではないか。(受賞理由:『日本のいちばん長い日』をはじめ、昭和史の当事者に直接取材し、常に「戦争の真実」を追究、数々の優れた歴史ノンフィクションによって読者を啓蒙してきた)
 

・2015(平成27)年・第63回「菊池寛」賞を受賞し、同時受賞の吉永小百合(左)と言葉を交わす半藤一利氏=2015年12月(共同)

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