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トラブルは「個人対企業」の関係性で起きている。企業・人事の「正しい」役割とは何かを示す。

心の病が職場を潰す.jpg心の病が職場を潰す (新潮新書 588)岩波明氏.jpg 岩波 明 氏(医学博士・精神保健指定医)

 今や日本中の職場が、うつ病をはじめとする精神疾患によって、混乱させられ、疲弊させられている──。それはいつから、どのように広がったのか。この現状を私たちはどう捉えるべきなのか。基礎的な医学知識を紹介しながら、精神科医療の現場から見える、発病、休職、復職、解雇などの実態を豊富な症例を通して報告―。(版元サイトより)

 本書解説によれば、精神医学の専門家である著者が、勤労者の精神疾患がより身近な問題に浮上している現実を捉え、社会的に解決していくためにまずは正しい知識の理解が欠かせないとの考えのもとに本書を著したとことです。

 第1章「疲弊する職場」では、職場に置いて精神疾患(うつ病)の蔓延が進んでいる状況をデータで示すとともに、生保社員と銀行OLの症例を会社の対応と併せて紹介しており、何れも、こうした事例に対してどう判断しどう対処すればいいのか、会社としても扱いが難しいだろうなあと思われる事例であり、身につまされる思いをしました。

 第2章「その病をよく知るために」では、うつ病の多様性並びに躁うつ病・パニック障害・神経症・統合失調症などのその他の主な精神疾患について解説しています。神経症については更に「強迫神経症」「対人恐怖」「ヒステリー」「PTSD」に分けて解説しています。

 第3章「日本の職場の問題点」では、長時間労働と精神疾患の関係について解説していますが、個人的には、日本は労働者が長時間労働でありながら仕事の疲労度が低い国であるというデータが興味を引きました。つまり日本人は労働への耐性が高く、他国の勤労者より勤勉であるということで(欧米に比べると時間当たりの仕事密度が低いとの指摘もあるが)、著者は、長時間労働などの労働条件の厳しさは、日本の勤労者全体にとって必ずしもマイナスに作用はしていないものの、「耐性が低くパフォーマンスが十分でない人においては、うつ病や過労死のリスクファクターになっている」と言えそうだとしています。

 また、これは以前からの著者の立場ですが、「新型うつ」を"虚像"として捉え、こうした病気の"悪用"による社会的損失の大きさを訴えています。

 第4章「職場に戻れる場合、去る場合」では、精神疾患による休職者の復職の様々な形について述べる中で産業医について触れ、産業医がヒール(悪役)に成り得る―、つまり産業医が企業寄りであるため、主治医による患者本人の復職及びその際の主治医からの就業条件への配慮要請などを聞き入れず「復職不可」と判断するケースがあることなどを指摘しています。

 ここにあるように、リハビリ出勤や「リーワーク」の期間を休職扱いにし、その間に休職期間が経過してしまうというのも、休職者を退職に追い込むための、ある程度出来上がったシステムともとれるのかもしれません。大企業などで単独型の健保組合などは、健保で6割払ってさっさと縁を切りたいと思いがちなのか―と思わせるような事例が出てきます(同じ企業で貢献度によって手厚く保障されたケースも紹介されているが)。

 第4章では、職場におけるハラスメントなどによってうつ病を発症し、退職に追い込まれたケースなども紹介されていましたが、第5章「過労自殺という最悪のケース」では、更に重症となり自殺に至ったケースとして、あの有名な「電通事件」の経緯が詳細に記されています(事例の紹介は何れも丁寧で細かい。共に、労働基準監督署による業業務起因性"否認"が覆ったケース。電通事件の画期的な点は、それが即、民事賠償に繋がったことだろう)。
岩波 明 『心の病が職場を潰す』.jpg
 全体として、過労自殺や労災、休職・復職の判断・取り扱いなどの、企業側の対応、人事業務との接点に意識して触れ、トラブルが「個人対企業」の関係性で起きていることを示唆しているように思いました。

 ほぼこれまでの著者の本に書かれていたりすることではありましたが、企業側の本音により深く斬りこんだ面もありました。人事部門に期待される役割の重要性が増していることを実感する上で、また、その「正しい」役割とは何かを考える上で、人事パーソンは一読しておいてもいいのでは。

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一般社会人が身につけておきたい精神医学の知識。"新型うつ病"を"ジャンクうつ"と断罪。

ビジネスマンの精神科.gif岩波 明 『ビジネスマンの精神科』2.JPG   うつ病.jpg
ビジネスマンの精神科 (講談社現代新書)』['09年] 『うつ病―まだ語られていない真実 (ちくま新書)』['07年]

 タイトルからすると職場のメンタルヘルスケアに関する本のようにも思われ、「中規模以上の企業」に勤めるビジネスマンを読者層として想定したとあり、実際、全11章の内、「企業と精神医学」と題された最終章は職場のメンタルヘルスケアの問題を扱っていますが、それまでの各章においては、うつ病、躁うつ病、うつ状態、パニック障害、その他の神経症、統合失調症、パーソナリティ障害、発達障害などを解説していて、実質的には精神医学に関する入門書です。タイトルの意味は、一般社会人として出来れば身に着けておきたい、精神医学に関する概括的な知識、ということではないかと受け止めました(勿論、こうした知識は、職場のメンタルヘルスケアに取り組む際の前提知識として重要であるには違いない)。

 基本的にはオーソドックスな内容ですが、うつ病の治療において「薬物療法をおとしめ、認知療法など非薬物療法をさかんに推奨する人」を批判し、例えば「認知療法を施行することが望ましい患者は、実は非常に限定される」、「そもそも、認知療法を含む非薬物療法は急性期のうつ病の症状に有効性はほとんどない。かえって症状を悪化させることもある」といった記述もあります(前著『うつ病―まだ語られていない真実』('07年/ちくま新書)では、高田明和氏とかを名指しで批判していたが、今回は名指しは無し。名指ししてくれた方がわかりやすい?)。

 その他に特徴的な点を挙げるとすれば、「適応障害」は一般的な意味からは「病気」とは言えないとしているのは、DSMなどの診断基準で"便宜的"区分として扱われて売ることからも確かに"一般的"であるとしても、「適応障害よりもさらに"軽いうつ状態"を"うつ病"であると主張する人たちがいる。その多くは、マスコミ向けの実態のない議論である」とし、「"新型うつ病"という用語がジャーナリズムでもてはやされた時期があった」と過去形扱いし、「分析すること自体あまり意味があるように思えないが、簡単に述べるならば、"新型うつ病"は、未熟なパーソナリティの人に出現した軽症で短期間の"うつ状態"である。(中略)精神科の治療は必要ないし、投薬も不要である」、「こうした"ジャンクなうつ状態"の人は、自ら病気であると主張し、これを悪用することがある。彼らはうつ病を理由に、会社を休職し、傷病手当金を手にしたりする」(以上、98p-99p)と断罪気味に言っていることでしょうか。

 『うつ病―まだ語られていない真実』には、「気分変調症(ディスサイミア)」の症例として、被害妄想から自宅に放火し、自らの家族4人を死に至らしめた女性患者が報告されていて(これ読むと、かなり重い病気という印象)、うつ病や気分変調症と、適応障害やそれ以外の"軽いうつ状態"を厳格に峻別している傾向が見られ、個人的には著者の書いたものに概ね"信を置く"立場ですが、自分は重症うつ病の"現場"を見てきているという自負が、こうした厳しい姿勢に現われるのかなあとも。

 但し、個人における症状を固定的に捉えているわけではなく、適応障害から「気分変調症」に進展したと診断するのが適切な症例も挙げていて、この辺りの判断は、専門医でも難しいのではないかと思わされました。

 その他にも、「精神分析」を「マルクス主義」に擬えてコキ下ろしていて(何だか心理療法家そのものに不信感があるみたい)、フロイトの理論で医学的に証明されたものは1つもないとし、フーコーやラカンら"フロイトの精神的な弟子"にあたる哲学者にもそれは当て嵌まると(125p)。
 
田宮二郎.jpg 入門書でありながら、所々で著者の"持ち味"が出るのが面白かったですが、
一番興味深かったのは、「躁うつ病」の例で、自殺した田宮二郎(1935-1978/享年43)のことが詳しく書かれていた箇所(72p-77p)で、彼は30代前半の頃から躁うつ病を発症したらしく、テレビ版の「白い巨塔」撮影当初は躁状態で、自らロケ地を探したりもしていたそうですが、終盤に入ってうつ状態になり、リハーサル中に泣き出すこともあったりしたのを、周囲が励ましながら撮影を進めたそうで、彼が自殺したのは、テレビドラマの全収録が終わった日だったとのこと。
 躁状態の時に実現が困難な事業に多額の投資をし、借金に追われて、「俺はマフィアに命を狙われている」とかいう、あり得ない妄想を抱くようになっていたらしい。
 へえーっ、そうだったのかと。

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重症うつ病の"現場"を見てきているという自信が感じられる内容。「うつ病」の怖さを痛感。

うつ病.jpgうつ病―まだ語られていない真実 (ちくま新書 690)岩波 明.jpg 岩波 明 氏(精神科医/略歴下記)

Hemingway.bmpMargaux Hemingway.jpgMargaux Hemingway in Lipstick.jpg 自殺したヘミングウェイが晩年うつ病でひどい被害妄想を呈していたとは知らなかったし、近親者にうつ病が多くいて、彼の父も拳銃自殺しているほか、弟妹もそれぞれ自殺し、孫娘のマーゴ・ヘミングウェイ(映画「リップスティック」に主演)までも薬物死(自殺だったとされてる)しているなど、強いうつ病気質の家系だったことを本書で知りましたが、うつ病を「心のかぜ」などというのは、臨床を知らない人のたわごとだと著者は述べています。
Ernest Hemingway/Margaux Hemingway

 ただし本書によれば、こうした遺伝的気質などによる「内因性うつ病」と、心因的な「反応性うつ病」を区分する従来の二分法は症状面からの区別が困難で、内因性うつ病でも近親者の死など身近な出来事が誘引として発症することがあるため、DSM‐Ⅳではこれらは大うつ病という用語で一括りにされており、一方、軽症うつも、「神経症性うつ病」と従来呼ばれていたのが気分変調症(ディスサイミア)」と呼ぶようになっているとのこと。こうした病名は時代とともに変わるようでややこしい。
 実際、「軽症うつ」という概念は、「大うつ病」「気分変調症」を除く"軽いタイプのうつ病"という意味で最近まで用いられており(時に「気分変調症」も含む)、本書はどちらかと言うと、「軽症うつ」を除くディスサイミア以上の重い症状を扱った本と言えるのでは。

 うつ病(ディスサイミア)の症例として、被害妄想から自宅に放火し、自らの家族4人を死に至らしめた女性患者の例が詳しく報告されていて、うつ病(ディスサイミア)の怖さを痛感させられショッキングであるとともに、その供述があまりに不確かで、(このケースもそうだが)抗うつ剤を大量服用したりして事故に至るケースも多いようで、こうした事件の事実究明の難しさを感じました(この事件についても著者は"失火"の可能性を捨てていない)。

 こうした犯罪と精神疾患の関係も著者の研究テーマであり、そのため著者の本は時に露悪的であると評されることもあるようですが、無理心中事件などの中には、実際こうしたうつ病に起因するものがかなり多く含まれていて、周囲が異常を察知し、また薬の服用を過たなければ防げたものも多いのではないかと改めて考えさせられました。

 現在治療を受けたり通院したりしている人にも自分がどんな治療を受けているのかがわかる様に、抗うつ剤の種別や副作用について専門医の立場から詳しく書かれている一方、素人や専門医でない人の書いたうつ病や抗うつ剤に関する著書の記述の危うさに警鐘を鳴らし(高田明和、生田哲の両氏は名指しで批判されている)、更に、精神科医であっても重症例の臨床に日常的に携わっていない学者先生のものもダメだとしていて、重症のうつ病の"現場"を見てきているという自信とプライドが感じられる内容です。

リップ・スティック.jpg 因みに、冒頭で取り上げられているマーゴ・ヘミングウェイが主演した映画「リップスティック」は、レイプ被害に遭った女性モデル(マーゴ・ヘミングウェイ)が犯人の男を訴えるも敗訴し、やがて今度は妹(マリエル・ヘミングウェイ)も同じ男レイプされるという事件が起きたために、自分と妹の復讐のためにそのレイプ犯を射殺し、裁判で今度は彼女の方が無罪になるというもの。

マーゴ・ヘミングウェイ リップスティック 映画パンフ.jpg あまり演技力を要しないようなB級映画でしたが(マーゴ・ヘミングウェイが演じている主人公は、うつ気味というよりはむしろ神経症気味)、大柄でアグレッシブな印象のマーゴ・ヘミングウェイを襲うレイプ犯を演じていたのが、ヤサ男の音楽教師ということで(「狼たちの午後」('75年/米)で同性愛男性を演じてアカデミー助演男優賞にノミネートされたクリス・サランドンが演じてている)、このキャラクター造型は、今風のストーカーのイメージを先取りしていたように思います。

Killer Fish.jpg マーゴ・ヘミングウェイは、この後、B級映画「キラーフィッシュ」(別題「謎の人喰い魚群」または「恐怖の人食い魚群」、'78年/伊・ブラジル)とかにも出ていますが(劇場未公開、'07年にテレビ放映)、B級映画専門で終わった女優だったなあ。

 彼女が自殺した日は、祖父アーネスト・ヘミングウェイが自殺した日から35年後の、同じ7月2日だったそうです。


リップスティック.jpglipstick.jpg 「リップスティック」●原題:LIPSTICK●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:ラモント・ジョンソン●製作:フレディ・フィールズ●脚本:デヴィッド・レイフィール●撮影:ビル・バトラー●音楽:ミッシェル・ポルナレフ●時間:89分●出演:マーゴ・ヘミングウェイ/クリス・サランドン/アン・バンクロフト/ペリー・キング/マリエル・ヘミングウェイ/ロビン・ガンメル/ジョン・ベネット・ペリー●日本公開:1976/09●配給:東宝東和●最初に観た場所:高田馬場パール座 (77-12-16) (評価:★★)●併映:「わが青春のフロレンス」(マウロ・ポロニーニ)

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岩波明 イワナミ・アキラ
1959昭和34)年、横浜市生れ。東京大学医学部卒。精神科医。医学博士。東京都立松沢病院を始めとして、多くの精神科医療機関で診療にあたり、東京大学医学部精神医学教室助教授を経て、ヴュルツブルク大学精神科に留学。現在、埼玉医科大学精神医学教室助教授を務める。著書に『狂気という隣人』『狂気の偽装』『思想の身体 狂の巻』(共著)、訳書に『精神分析に別れを告げよう』(H.J.アイゼンク著・共訳)などがある。

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