【3231】 ○ 窪 美澄 『夜に星を放つ (2022/05 文藝春秋) ★★★☆

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連作の繋がり方が上手いなあと。最後は「恢復する家族」の物語のように思えた。

IMG_20230531_145526.jpg  第167回「芥川賞」授賞式.jpg
夜に星を放つ』 第167回「直木賞」「芥川賞」受賞の窪美澄・高瀬隼子両氏

 2022(平成4)年上半期・第167回「直木賞」受賞作で、5つの短編か成ります。

【真夜中のアボカド】
 私(綾)は婚活アプリで恋人を探し始めて半年経った頃に、麻生さんという好印象の男性と出会った。麻生さんとならうまくいくかもしれない、そう思ってた矢先にコロナ禍で自粛期間に入った。「アボカドの種から芽が出るかな」と思ったのも、その頃だった。私には双子の妹の弓ちゃんがいたが、彼女は脳内出血で突然亡くなった。ある日、弓ちゃんの恋人だった村瀬くんから連絡が入り、久々に再会することに。そこで私は弓ちゃんもかつてアボカドの種を植えていたことを知る―。

 ストーリーが進むと、主人公(綾)の抱える事情が見えてきます。主人公が抱える過去も、恋の顛末も、(小説的には)さほど珍しいものではないですが、読んでいるうちに主人公に感情移入させられ、最後囚われていた過去から足を踏み出す姿を応援したくなるようにさせているのが上手いところ。それにしても○○はいい加減な男だったなあ(まあ、現実によくあるパターンだが)。

【銀紙色のアンタレス】
 16歳になったばかりの僕(真)は、田舎のばあちゃんの家でこの夏を過ごすことにした。僕は海が大好きで、ばあちゃん家の近くの海で毎日夕方まで遊ぶ。夕暮れの海を眺めていた時、小さな赤ちゃんを抱っこしていた女の人が気になり、声をかけた。僕が遊びに行っているばあちゃんの家に、一泊しに来ていいか?と幼馴染の朝日から連絡が入る。しかし僕は朝日よりも、浜辺で見た女の人が悲しげだったのが気になっている。そんな折、その女の人がばあちゃん家に来ていたのを知って―。

 海で泳ぐことを目的に祖母の家に行った高校生男子(真)が、小さな子供のいる女性を好きになる一方で、主人公を追いかけてやってきた幼馴染の少女(朝日)にも仄かな想いを抱かされる―。失恋二重奏という感じですが、ラストで主人公が海で感じた重力は、彼にとっての人生の重さでしょう

【真珠星スピカ】
 学校でいじめられ保健室登校をしている中学一年生も私(みちる)のもとへ、2カ月前に交通事故で亡くなった母が幽霊として現れる。父親には母親の姿は見えていないらしい。父には母の幽霊が見えているとは言わずに、私は無言の母と家の中で生活していく。私は学校で「狐女」と罵られるなど、いじめの標的にされている。ある日いじめグループの主犯格の女子が、私に対して「この子のそばになんかいる」と言ったことから、クラスメイトの私に接する態度が変わっていき―。

 出たあ、浅田次郎ばりの幽霊譚―という感じですが、直木賞選考委員の三浦しをん氏は「幽霊を、どこまで『(作中において)リアルなもの』と受け取っていいのか、少々判断に迷った」とコメントしていました。担任の船橋先生が「いい人」でありながら、結局みちるがいじめれれる原因みなっている皮肉。保健室の三輪先生が「良い人です、って言われる人って大概悪人だよ」とい冗談まじりで言っているのが真理をついていました。

【湿りの海】
 僕(沢渡)の別れた妻と娘は今、アリゾナに住んでいる。妻の浮気が原因で離婚して、今は日曜の深夜に娘とビデオ通話するだけの関係になっていた。遠くで生活する2人のことを僕は度々思い出し、未練がましい日々を送っている。そんなある日、隣の部屋にシングルマザーと女の子が引っ越してきた。女の子は僕の娘と歳が近く、名前も似ている。僕はやがて日曜に、その二人と公園で過ごすようになる。海に行きたいと嘆く女の子を、僕は車で連れて行く約束をした―。

 離婚した妻が娘を連れてアメリカに行ってから、前に進めないでいる主人公ですが、結局、最後、前に進むことが出来たのは、シングルマザーをはじめとする彼の周囲の女性たちで、主人公は一時いきなり"モテ男"になったけれど、結局、今までの場所に置き去りにされたという感じだったなあ。作者は大人の男性の主人公にはほろ苦い結末を持ってくる傾向がある?

【星の随に】
 小学四年生の僕は、新しいお母さんのことをいまだに「お母さん」と呼べずに「渚さん」と呼んでいた。春に弟が生まれたけれど、僕は弟にも渚さんにもずっとぎこちなくてもどかしい気持ちを抱いている。ある日、僕は家の鍵が閉まっていて、帰れなくなっていた。渚さんが弟を寝かしつけたまま、家を閉め切っていたせいだった。そんな僕の姿を見て、同じマンションに住んでいるおばあさんが夕方まで僕の面倒を見てくれることになった―。

 こういうおばあさんって昔は結構いたような気がします。他のレビューを見ると、これが一番"号泣"させられた話だったとする人もいるようですが、悪くはないけれど、最初の3編ほどではないのでは。


 制約がある状況下(時節柄的には「コロナ禍」)での一筋の希望―という感じで、全体に「コロナ禍」小説といった印象。「山本周五郎賞」受賞作の『ふがいない僕は空を見た』('10年/新潮社)の頃のどろっとした感じは無くなって、ほんわかした作風になっているでしょうか。最初の3編は上手いなっといった感じ。「湿りの海」は結末からして、「星の随に」はモチーフからして、評価と言うより好みが別れるのではないでしょうか。

 直木賞選考は激戦だったようで、選考委員の内、宮部みゆき、林真理子の両氏が◎。普通、強く推す委員が複数いると受賞しやすいのですが、永井紗耶子『女人入眼』は、宮部みゆき、三浦しをん、伊集院静の3氏が強く推したのに落選しており、それは、それ以外の委員に反対意見が多かったためで(4人)、結局、強く反対する人が誰もいなかったこの作品が受賞しているわけです。

 選考委員の桐野夏生氏が「好感を持って読んだ。特に「星の随に」は、私好みだ。どれも上手く、文句のつけようがない」としながらも、「ただ、ギラリとしたものを求める人には、少しシンプルに過ぎるかもしれない」というのが、自分の印象に近かったです。

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