【3264】 ○ かわぐち かいじ 『沈黙の艦隊 (全32巻)』 (1989/12 講談社・モーニングKC) ★★★★

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テーマ性、表現力もさることながら、「原潜国家」というコンセプトがピカイチ。

『沈黙の艦隊』1989.jpg  「沈黙の艦隊」2023.jpg
沈黙の艦隊 (1) (モーニングKC (192))』  映画「沈黙の艦隊」(2023)大沢たかお/玉木宏/江口洋介
沈黙の艦隊 全32巻完結(モーニングKC ) [マーケットプレイス コミックセット]
『沈黙の艦隊』32a.jpg 千葉県犬吠埼沖で、海上自衛隊の潜水艦「やまなみ」がソ連の原子力潜水艦と衝突し沈没、「やまなみ」艦長の海江田四郎二等海佐以下全乗員76名の生存が絶望的という事故の報道は日本に衝撃を与える。しかし、海江田以下「やまなみ」乗員は生存していた。実は、彼らは日米共謀により極秘に建造された日本初の原子力潜水艦「シーバット」の乗員に選ばれており、事故は彼らを日本初の原潜に乗務させるための偽装工作だったのである。アメリカ海軍第7艦隊所属となった日本初の原潜「シーバット」は、海江田の指揮のもと高知県足摺岬沖での試験航海に臨む。しかしその途中、海江田は突如艦内で全乗員と共に反乱を起こし、音響魚雷で米海軍の監視から姿をくらまし逃亡。以降、海江田を国家元首とする独立戦闘国家「やまと」を名乗る。さらに出港時、「シーバット」改め「やまと」は核弾頭を積載した可能性が高い事が発覚する。アメリカ合衆国大統領ニコラス・J・ベネットは、海江田を危険な核テロリストとして抹殺を図る。一方、海江田は天才的な操艦術と原潜の優れた性能、核兵器(の脅威)を武器に、自らの思想を喧伝し実現すべく、「やまと」を駆使して日本やアメリカやロシア、国際連合に対峙してゆくこととなる―。

沈黙の艦隊 全16巻セット 講談社漫画文庫
『沈黙の艦隊』全14.jpg 1988(昭和63)年(44号)から1996(平成8)年まで「モーニング」(講談社)に連載され、1990年に第14回「講談社漫画賞(一般部門)」を受賞した作品。2023年1月時点で紙・電子を合わせ累計発行部数は3200万部というからスゴイことです(初版の巻数は全32巻)。この度映画化され、今年['23年]9月に公開予定だそうです。

 この漫画がヒットした理由として、あとがきで時尾輝彦氏が、 ①日米安保や核など軍事問題から、国『沈黙の艦隊』全8.jpg連、軍産複合体など政治経済までを取り込んだ《高いテーマ性》、 ②「ピンガー」「アップトリム」「急速潜航」「有線魚雷」など軍事的専門用語を随所にちりばめ、さらに、孫子などの古典的戦略家の格言を適度に織り交ぜたセリフの《巧みな表現力》、 ③「原潜国家」「やまと保険」などの荒唐無稽な世界の《縦横無尽な創造力と骨太な構成力》を挙げていますが、要を得ているのではないでしょうか。個人的には③の「原潜国家」というコンセプトがやはり白眉と言うか、ピカイチだと思います。

 先に映画化された福井晴敏『亡国のイージス』('99年/講談社)が、この作品に似ているとよく言われますが、確かに同じ海上自衛隊のパニック映画ですが、『亡国のイージス』のストーリーは映画「ダイ・ハード」('88年/米)がベースで、盛り上がり部分は「ザ・ロック」('96年/米)に近いと言われています。「ザ・ロック」も個人が国家に立ち向かう話ですが、『沈黙の艦隊』みたいな国家に立ち向かう「原潜国家」というコンセプトとなると、これまでも無かったし、今後もちょっと真似できないだろなあという感じでしょうか。

「沈黙の艦隊」ナイフ.jpg ただし、まさに荒唐無稽であり、突っ込みどころも満載。1発しか原爆を持たない原潜国家が何千発もの原爆を有する大国と果たして「対等」に渡り合えるかとか、そうした疑問を抱き始めると物語の枠組みそのものが成り立たないので、そこは、荒唐無稽は荒唐無稽でよしとすべきかも(ほかにも、潜水艦の傷は深海の水圧で艦体が潰れる危険を招くのに、艦長の海江田が艦殻に「やまと」とナイフで刻んでいる点などが変だとされている)。

レッド・オクトーバーを追え!2.jpg 個人的には、トム・クランシー原作の小説『レッド・オクトーバーを追え (上・下)』('85年/文春文庫)で、レッド・オクトーバーが破壊されたとソビエトに確信させるため偽装する場面があって(映画「レッド・オクトーバーを追え!」('90年/米)ではこの部分が描かれていない!)、作者はこれなども参考にしたのではないかなと思っています。

「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフ.jpg「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフ2.jpgロッキー4 01.jpg ソ連の原潜「レッド・スコーピオン」の艦長ロブコフが、「ロッキー4 炎の友情」('85年/米)でドルフ・ラングレンが演じたロッキーの敵役のソ連人ボクサー、ドラゴのキャラそのままなのが可笑しいです(そのドルフ・ラングレンの主演作が、ソ連の特殊部隊兵士の活躍を描いた「レッド・スコルピオン」('85年/米))。
 
 ただ、こうしたお遊びはまだしも、写真家・柴田三雄(故人。もともと「non-no」の専属カメラマンだったのが、なぜか軍事写真家に転じた)の撮った写真を約50点無断でトレースして使ったりして訴訟問題にもなっていて、この騒動が起こるまでトレースが公然の秘密で黙認されてきたことにありましたが、さすがに50点は多すぎ(作者側が全面謝罪・補償した)。

サブマリン707.jpg 他にも、小澤さとる氏の同じく潜水艦漫画の『サブマリン707』や『青の6号』からの盗用もあるようで、ちょっと残念な気がします(『サブマリン707』の潜水艦の戦闘シーンは鮮烈な記憶があり、何となく似ていたシーンもあった気がするが、どの部分が模倣なのかはっきりはしない)。

 映画化については、昨年['22年]2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、問われ続けている問題が「ロシアは核兵器を使うのか」ということであり、ある意味タイムリーなのかもしれませんが、映画化作品自体はあまり期待しすぎない方がいいかもという気もしています(まあ、観に行ければ行くかも)。

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This page contains a single entry by wada published on 2023年6月24日 04:37.

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