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あの監督がこんな風刺の効いた変わったコメディも撮っていたのかという感じ。
スイスの経済弁護士ヴァルト博士(ウルリヒ・ノエテン)とファッション・デザイナーのシャルロッテ・デー(ジェラルディン・チャップリン)は権力にすべての生きがいを感じる人種で、金融界でも政界でもまともに相手にされてはいなかった。しかし、シャルロッテが抱えるコールガール、ロシア人のイリーナ(エレナ・パノーヴァ)は、権力者たちの寵愛を集めていた。次第に、博士とシャルロッテはそんな彼女に期待と私財をかけ、高級マンションを買い与えるや、彼女に語りかける男たちの機密のやりとりを盗聴しようとする。だが、イリーナは決して機密のやりとりをしようとしない。苛立ったヴァルト博士とシャルロッテは、イリーナに、常連客たちのスパイをするかロシアへ帰るかという最後通牒をつきつけた―。
「ヘカテ」('83年/仏・スイス)を撮ったスイスの映画作家ダニエル・シュミット(1941-2006)の1999年公開作(日本公開は2001年)。ドイツ語劇で、原題は Beresina oder Die letzten Tage der Schweiz 、ビデオタイトルはこれに近い「ベレジーナ スイス最後の日」)。2016年にユーロスペース(シネマヴェーラ渋谷)の《開館10周年記念特集II シネマヴェーラ渋谷と愉快な仲間たち》の【柄本佑セレクション】でリバイバル上映されてましたが、個人的には今回シネマブルースタジオで観ました。
コメディであり政治風刺劇ですが、あのダニエル・シュミットが、こんな風風刺の効いた変わったコメディも撮っていたのかという感じ。政治家、裁判官、警察―そのすべてのトップがみんな利権をむさぼっているという(しかも性的変態ばかり)、まとめて批判の対象になっているところが興味深いです。
結末を知らないで観た方が面白いかと思いますが、一方で、人物相関がわかりづらく、また、ストーリー展開もカットバックがあったり、別次元のストーリがあったりすると思えば、いきなり急展開に話が進むので、後半は飽きさせなかったけれども、何が何だかという印象も少なからずありました。以下は、ネタバレです。
やがて国外退去の通知を受け、絶望したイリーナは、睡眠薬を飲み死を待った。その間に彼女は、自分の一番の客であった元陸軍少尉シュトゥルツェネガー(マルティン・ベンラート)の帽子の裏側に書いてあった秘密の電話番号をダイヤルしてしまう。それによって、かつて秘密軍隊コブラ団にいた老人たちがクーデターを起こし、古いコブラ団のヒットリストに載っていたすべての役人たちを殺害していった。そして偶然にもコブラ団の指揮を取ったことになったイリーナは、昏睡状態から目覚めたのち、アルプスの新しい国、ヘルベチア王国の女王の座につくのだった―。
秘密部隊コブラ団の老人たちが、それぞれコード番号がふられていて、指令を受けてて町内会の連絡網みたいな感じで電話でそれを伝えていくのが面白く、せっかく要人の暗殺に来たのに、ドアの前で律儀に順番待ちしたりしていて可笑しいです。でも彼らは、物語の前半大部分を占める主要登場人物らをテンポよく撃ち殺していき、任務完了、まだ見ぬコード番号0番の指令の発信元を訪ねてみると...。
エレナ・パノーヴァ演じるイリーナが、あまり状況が掴めておらず、ただスイスの市民権を得たいがために政財界の重鎮達の渡り歩き(顧客ではあるが、ほぼ"お友達"感覚で)、でも他人の秘密を漏らすことはしたくないという無垢な(無知ともいえるが)女性を演じていてハマっています。
そのエレーナを大物たちにあてがったのが、ジェラルディン・チャップリン演じる(彼女はフランス語、スペイン語だけでなくドイツ語も話すのか)黒い扇子が胡散臭いシャルロッテで、ラストでは今度はロシア娘ならぬいいキューバ娘を見つけたと、依然、権力志向は衰えていないのが、これまたブラック・ユーモアです。
配給元のユーロスペースによれば、「ベレジーナ」とは、ロシア(現ベラルーシ)の河の名で、1812年ロシア遠征から敗退するナポレオン軍(スイスの傭兵も多数参加)の「ベレジーナの戦い」の舞台となり、スイス・ドイツ語圏ではスイス的英雄主義の代名詞だそうで(この映画でも狂信的な秘密愛国組織「コブラ」の精神として、その歌の一節がクーデター指令の暗号に使われる)、一方で、スイス・フランス語圏で「これはベレジーナだ」と言えば最もひどい災厄を意味する慣用句だそうです。
「ベレジーナ」●原題:BERESINA ODER DIE LETZTEN TAGE DER SCHWEIZ●制作年:1999年●制作国:スイス・ドイツ・オーストリア●監督:ダニエル・シュミット●製作:マルセル・ホーン●脚本:マルタン・シュテール●撮影:レナート・ベルタ●音楽:フカール・ヘンギ●時間:108分●出演:エレナ・パノーヴァ/ジェラルディン・チャップリン/マルティン・ベンラート/ウルリヒ・ノエテン/イヴァン・ダルヴァス/マリナ・コンファロン/ステファン・カート/ハンス・ペーター・コーフ/ヨアキム・トマシュウィスキー日本公開:20001/04●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(22-08-27)(評価:★★★☆)