【3184】 ◎ 加藤 久仁生 「つみきのいえ (2008/10 ロボット) ★★★★☆

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潜っていく設定が記憶深層に潜っていくこととシンクロ。人間の意識の構造を表象

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つみきのいえ (pieces of love Vol.1)

「つみきのいえ」9.jpg 海面が上昇したことで水没しつつある街に一人残り、まるで「積木」を積んだかのような家に暮らしている老人がいた。彼は海面が上昇するたびに、上へ上へと家を建て増しすることで難をしのぎつつも穏やかに暮らしていた。ある日、彼はお気に入りのパイプを海中へと落としてしまう。パイプを拾うために彼は潜水服を着込んで海の中へと潜っていくが、その内に彼はかつて共に暮らしていた家族との思い出を回想していく―。

「つみきのいえ」3.jpg 加藤久仁生(かとう くにお/1977年生まれ)監督による2008年発表のアニメーション作品(12分)で、加藤監督は、主人公である老人の生活を淡々と描くことで、人生というものを象徴的に表現しようと思ったと語っていますが、老人の自分の過去に向き合う姿勢やその時の情感、人生の中で大切しているものがごく自然に表現されていて良かったです。

「つみきのいえ」2.jpg 加藤久仁生監督は、脚本家の平田研也氏より、地球温暖化が問題になっているのだからそれもアピールすべきというアドバイスを受けたものの、どんな過酷な環境にあっても、人は生きていかねばならない、という自らのイメージを貫い「つみきのいえ」s.jpgたとのこと。変に環境問題アピールとかしなかったことで、展開に普遍性を持たせることができ、味わい深い作品になったように思います。

 主人公が潜水服を着て潜っていくという設定が、かつての思い出の記憶の深層に"潜っていく"という心象と見事にシンクロしているように思いました。たまたまパイプを1つ落っことして、それを拾いにいくうちに...という展開もいいです。

「つみきのいえ」4.jpg もう一つ、この作品のスゴいと思う部分は、主人公と彼が住んでいる「家」との関係が、人間の意識と無意識、現在意識と過去の記憶との関係(よく「氷山の一角」という比喩が用いられるが)をそのまま表象しているように見える点です。人間って今の顕在意識のみで生きているような錯覚に陥りがちですが、その意識の底には、過去のさまざまな経験の記憶があり、それが今の自分の価値観や人生への満足感・不満感を構成しているのだ、だから、これまでの人生は今の自分とは切っても切り離せないものなのだと改めて思わされるものでした。

 そうしたこともあって、中高年の人が観たらじーんとくるのではないかと思いましたが、意外と、中高年に限らず若い人にも人気のある作品であるようです(そうした意味でも普遍性のある作品なのだろう)。

「つみきのいえ」8.jpg テクニカルな面についてですが、最後までそうなのか、途中からCG編集しているのかは分かりませんが、最初は鉛筆描きしているみたいで、ものすごく手間がかかっていそう。でもそれが温かい手作り感を出しています。「頭山」などにも通じるところがありましが、個人的には、「霧の中のハリネズミ(霧につつまれたハリネズミ)」('75年/ソ連)のユーリ・ノルシュテインなどに通じるものがあるように思いました。


アカデミー賞 アニメ 加藤.jpg この作品は、毎年6月にフランスのアヌシーで開催される世界最高峰の「アヌシー国際アニメーション映画祭」で、短編作品に与えられる「アヌシー・クリスタル賞(最高賞グランプリ)」を獲得し、同賞の日本人の受賞は2003年の「頭山」('02年/日本)の山村浩二監督(1964年生まれ)に続いて2人目でした。さらに、この作品で加藤久仁生監督は「アカデミー短編アニメ賞」を日本映画として初受賞しています(日本勢としては、滝田洋二郎監督の「おくりびと」('08年/松竹)の「アカデミー賞外国語映画賞」の受賞とのW受賞だった。「頭山」はかつてノミネートまではいったが、惜しくも受賞は成らなかった)。

 因みに、「アカデミー長編アニメ映画賞」の方は、2002年に宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」('01年/東宝)が受賞していますが、「長編アニメ映画賞」は2001年の第75回アカデミー賞から始まった賞でした(したがって、宮崎駿監督は賞が始まって2回目で受賞したことになる)。

 一方の「アカデミー短編アニメ賞」の方は、1932年の第5回アカデミー賞から始まった賞であり、当初はディズニー作品が圧倒的に強く、近年はピクサー作品がそれにも増して強い(ピクサーは今はウォルト・ディズニー・カンパニーの完全子会社だが)などの偏りはありますが、それでも「長編アニメ映画賞」に比べると圧倒的な歴史を誇ることになり、この作品の受賞は意義深いと思います(加藤久仁生監督は第81回アカデミー賞での受賞なので、賞が始まって77回目での日本人初受賞となる)。

「つみきのいえ」加藤.jpg 加藤久仁生監督は、当時31歳にして「アカデミー賞監督」になったことになりますが、「スタッフ16人で1年がかり。みな頑張ってくれたのに、監督としてまとめきれなかった」「達成感のなさだけが残った」とも述べているようです。こういう人は、何事に関しても目指す極みが高いんだろうなあ。若ければ若いほどそうなのかも。

奥山玲子(おくやま・れいこ).jpg 因みに、加藤久仁生監督の才能を早くに見抜いた人物の一人に、NHK連続テレビ小説「なつぞら」('19年)の主人公なつのモデルとされる奥山玲子(故人)がいて、'04年に別の作家(山村浩二監督?)が国際的な賞を受けたニュースを見て、加藤にも大きな賞を狙うよう促す手紙を送り、それまでに発表していた加藤の作品を褒めてくれるなどしたそうです。こうした良きメンターがいたから頑張れたというのもあるのでしょう。

奥山玲子(1936-2007)

世界アニメーション歴史事典.jpg『つみきのいえ』英語.jpg この作品は、スティーヴン・キャヴァリア著『世界アニメーション歴史事典』('12年/ゆまに書房)にも紹介されています。また、アニメ本編を基に、加藤監督と脚本の平田氏がリメイク・書き下ろしした絵本も刊行されています。

つみきのいえ 英語版
   

「つみきのいえ」10.jpg「つみきのいえ」●仏題:LA MAISON EN PETITS CUBES●制作年:2002年●監督・アニメーション:加藤久仁生●脚本:平田研也●製作:日下部雅謹/秦祐子●音楽:近藤研二●時間:12分●声の出演(日本版):長澤まさみ(ナレーション)●公開:200/10●配給(製作会社):ロボット(評価:★★★★☆)

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