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リアリズム映画であると同時にファンタジー映画に。ほろ苦い結末。
「小さき麦の花」(2022)
2011年、中国西北地方の農村。貧しい農家の四男・ヨウティエ(ウー・レンリン)は、三男ヨウトン(チャオ・トンピン)から厄介者として扱われながら兄の家で暮らしていた。働き者だが未だ独身で、兄は自分の息子の縁談話の前に(世間体を気にして)彼に縁談話を持ち掛ける。相手の女性クイイン(ハイ・チン)は、体に障碍があり、すぐ小便をもらしてしまい、左半身も不自由である。今まで結婚相手もなく、兄夫婦にいじめられて生きてきた。「どう?二人はお似合いよね」と仲介者は兄たちから200元の金を受け取り、本人たちが何も言わないまま、二人の結婚は決まる。村には空き家が目立ち、耕地は荒れていた。ロバ1頭が唯一の財産の新婚夫婦は、空き家に居を構える。農地を耕し、小麦の種を蒔き、野菜を育て、そうして不器用ながらも互いに思いやって慎ましく生きるが、やがて農村改革によって住んでいた空き家を追い出されることになる。立ち退きの補償金を元手にするなどして、二人だけで自分たちの家を建てるが―。
「僕たちの家(うち)に帰ろう」('14年/中国)のリー・ルイジュン(李睿珺)監督による2022年作品で、家族から厄介者扱いされていた男女が夫婦となり、社会の変革などに翻弄されながらも絆を深めていく、第72回「ベルリン国際映画祭」のコンペティション部門に出品されたドラマ映画です(原題は「隐入尘烟」で「埃の中に隠れる」という意味、英題「Return to Dust」は「埃に還る」なので、ほぼ原題に近い)。
時代設定は2011年だそうですが、ほんの10年ほど前とは思えないほどの貧しさ。中国の国内の「格差問題」を如実に示した作品で、ひと昔前なら国家の検閲が入って上映禁止にでもなりそうな内容ですが、ベルリン国際映画祭で絶賛され、中国国内でもレビューサイト「豆瓣(ドウバン)」では平均8.5(10点満点)という高い評価を獲得し、このスター不在の低予算映画映画が、社会現象となるほどの大ヒットを記録したとのこと、特撮の愛国ヒーローものアクションやコメディがヒットの定石になっていた中国映画市場に起きた「奇跡」と言われているどうです。
とにかく徹底したリアリズム。ノーメイク(汚れメイク?)でクイインを演じたハイ・チン(海清)は、もう女優には見えず、このあたりが張藝謀(チャン・イーモウ)の「紅いコーリャン」 ('87年/中国)のコン・リー(鞏俐)などとは異なるところ(コン・リーは"中国版山口百恵"と言われた)。
武仁林(ウー・レンリン)/海清(ハイ・チン)
ヨウティエを演じたウー・レンリン(武仁林)に至っては、映画の舞台となった甘粛省の村で実際に農業に従事している人物だそうで、そのため、一挙手一投足に芝居ではないリアルさがありました。クイイン役のハイ・チンは、本作の出演に当たってウー・レンリンの家に10カ月滞在し役作りに励んだことで、こちらも農民の動作が体にしみ込んでいました。
季節が移って麦が成長し、卵が孵(かえ)り、ヨウティエ、クイインの夫婦の関係も深化していきます。最初はぎこちなかった二人の心の距離が徐々に縮んでいく様が、繊細に描き出されていました。
映像美的にも、先祖に結婚を報告した後、砂丘の頂上に並んで座った二人が会話を交わすシーンや、卵を孵化させる段ボール箱から発せられる光がイルミネーションのように二人の顔を照らすシーン、屋根の上で二人が体を結んで寝るシーンなど、美しい場面をいくつもあり、リアリズム映画であると同時にファンタジー映画にもなっていると思います。
ただし、夫婦を突然襲った悲運を経ての結末はほろ苦いものでした。二人の手作りの家が(日干し煉瓦造りから始めて、手作りで家を建てるというのもスゴいが)ブルドーザーであっけなく壊され、 補償金の1万5000元が支払われますが、それを受け取ったのはヨウティエではなかった―。
何もかも失ったヨウティエはどうなるのかと思ったら、街の文化住宅みたいなアパートでで暮らすことになったみたいで(当局の検閲が入った?)、生きててくれて良かったと思う一方、金よりもロバを欲しがったようなヨウティエが、街で暮らして幸せになれるとはあまり思えませんでした(このあたりも含めての風刺か?)。
特に中国の若者の間でヒットしたようですが、この結末を彼らがどう捉えたのか知りたい気がします。
海清(ハイ・チン)
「小さき麦の花」●原題:隐入尘烟/RETURN TO DUST●制作年: 2022年●制作国:中国●監督・脚本:リー・ルイジュン(李睿珺)●撮影:ワン・ウェイホア●音楽:ペイマン・ヤザニアン●時間:133分●出演:ウー・レンリン(武仁林)/ハイ・チン(海清)/ヤン・クアンルイ(杨光锐)/チャオ・トンピン/ワン・ツァイラン/ワン・ツイラン/シュー・ツァイシャ/リウ・イーフー/チャン・チンハイ/リー・ツォンクオ/ワン・チールー●日本公開:2023/02●配給:マジックアワー=ムヴィオラムヴィオラ●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(23-02-17)((評価:★★★★)