【1150】 ○ 山本 周五郎 『青べか物語 (1961/01 文藝春秋新社) ★★★★

「●や 山本 周五郎」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●よ 養老 孟司」【532】 養老 孟司 『バカの壁

現在のディズニーランド付近に昭和初期にあった"ネバーランド"を描いたともとれる作品。

山本 周五郎 『青べか物語』 .jpg青べか物語1.jpg 『青べか物語 (新潮文庫)』 ['64年初版/'08年改版/'18年改版
カバー:安野 光雅

 「浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔干し場と、そして、魚釣りに来る客のための釣船屋と、ごったくやといわれる小料理屋の多いのが、他の町とは違った性格をみせていた」という書き出しで始まるこの物語は、今では東京ディズニーリゾートのある場所というイメージが真っ先に来る千葉県・浦安市の昭和初期の町の様子がモデルになっていて(今とはまさに"隔世の感")、そこに暮らす人々の一見常識外れで無節操に見える振る舞いの底にある、素朴で人情味ある気質や強く生命力に溢れた生き様を30ばかりのエピソードで綴っています。

 蒸気船の発着場所付近に居を構えたことから、町の人から「蒸気河岸の先生」と呼ばれている売れない作家の「私」は、"狡猾"な老人から青塗りの「べか舟」を買わされて最初はそのことを後悔しますが、やがてこの「青べか」で浅瀬や用水堀に出て釣りや昼寝を楽しむようになり、と言って、町の人々に同化するのではなくあくまでも部外者として、そうした個性あふれる地元の人々を定点観察しているようなスタンスです。

30年ぶりに再開して当時を振り返る周五郎氏(左)と吉野長太郎(右).jpg この作品は1960(昭和35)年1月から12月にかけて「文藝春秋」に連載されたもので、この年、作者は57歳。実際に作者が浦安に住んだのは、1924(大正15)年からの3年間、23歳から26歳までの間のことで、町の人から「先生」と呼ばれているけれど、まだ若かったのだなあと。

 文庫版解説の平野謙(1907-1978)が、この作品を「ノン・フィクションとみせかけた精妙なフィクションにほかならぬ」ものとしていますが、確かに登場する人々はむしろ作者の歴史時代小説に出てくる人物に近いかも。
 浦安を「浦粕」、江戸川を「根戸川」と置き換えている時点で、作者自身が既にそのこと(この物語がフィクションであること)を断り書きしているともとれますが、30年前を振り返りながら書いていることから、"ネバーランド"的な理想化が施されていることは、作者自身も自覚していたのではないでしょうか。この作品は昭和37(1962)年に新藤兼人脚本、川島雄三監督、森繁久弥主演で映画化されています。

[上]30年ぶりに再会し当時を振り返る山本周五郎(左)と吉野長太郎(右)(「船宿・吉野屋」のホームページより)

2d49a1246d42c540d75af2ca2bf72683.jpg 浦安を離れて8年後と30年後(昭和35年11月)にその地を再訪した際のことが、最後の「おわりに」「三十年後」にそれぞれ綴られていて、「留さん」という男のその男甲斐の無さを短篇に書いて既に発表していたその本人に8年後に偶然遭って、書かれたものを大事にとってあり「家宝」にすると言われて衝撃を受け、30年後の訪問でその死を知るくだりは、一気にノンフィクション感が高まり、この虚実皮膜の間がこの作品の妙なのかもとも思いました。
 常に「私」を味方してくれた船宿の三男坊の小学生「長」が、船宿の主人になっていたということもさることながら、その、「長」こと長太郎が「私」のことを記憶していなかったということなどからも、同じような印象を抱きました。

 所収の短篇中、平野謙は、「白い人たち」や「朝日屋騒動」などを感銘したものとして挙げていますが、個人的には「白い人たち」には純文学に近いものを感じ(平野謙は"純文学"という概念をある意味否定した評論家でもあるが)、平野謙が特に推してはいない「蜜柑の木」「水汲みばか」「砂と柘榴」「繁あね」「土提の春」「芦の中の一夜」などが好きな作品、平野謙が"反撥"したという「家鴨(あひる)」もいいと思いましたが、やはり一番は「蜜柑の木」かな。登場する夫婦にしたたかさを感じました。
  
「青べか物語」('62年/東宝)監督:川島雄三/製作:佐藤一郎・椎野英之/原作:山本周五郎/撮影:岡崎宏三/音楽:池野成/美術:小島基司/脚本:新藤兼人 (時間:101分/劇場公開:1962/06/配給:東宝)
出演:森繁久彌/東野英治郎/南弘子/丹阿弥谷津子/左幸子/紅美恵子/富永美沙子/都家かつ江/フランキー堺/千石規子/中村メイコ/池内淳子/加藤武/中村是好/桂小金治 /市原悦子/山茶花究/乙羽信子/園井啓介/左卜全/井川比佐志/東野英心

「青べか物語」(1962/06 東宝) ★★★☆
「青べか物語」00.jpg

 【1964年文庫化・2008年・2018年第2版〔新潮文庫〕】

青べか物語 (新潮文庫).jpg.png 《読書MEMO》
●所収33篇
はじめに/「青べか」を買った話/蜜柑の木/水汲みばか/青べか馴らし/砂と柘榴/人はなんによって生くるか/繁あね/土提の春/土提の夏/土提の秋/土提の冬/白い人たち/ごったくや/対話(砂について) /もくしょう/経済原理/朝日屋騒動/貝盗人/狐火/芦の中の一夜/浦粕の宗五郎/おらあ抵抗しなかった/長と猛獣映画/SASE BAKA/家鴨(あひる) /あいびき/毒をのむと苦しい/残酷な挿話/けけち/留さんと女/おわりに/三十年後

青べか物語 [Kindle版].jpg 青べか物語 Kindle版

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1