【3268】 ○ О・ヘンリー (小川高義:訳) 『魔が差したパン― О・ヘンリー傑作選Ⅲ』 (2015/11 新潮文庫) ★★★★ (◎ 「第三の材料」 ★★★★☆)

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どれも面白いが、個人的ベストはシチューを作る話「第三の材料」か。

O・ヘンリー 魔が差したパン.jpg魔が差したパン: O・ヘンリー傑作選III (新潮文庫)

 1904年3月発表の「魔が差したパン」ほか17編を収録(書影は和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』)。

Witches' Loaves.jpgオーヘンリー セレクション 魔女のパン.jpg「魔が差したパン」 Witches' Loaves
 ミス・マーサは40歳で小さなパン屋を営んでいる。結婚運には恵まれず、ずっと独身だったが、ある男性客に興味をひかれていた。男性は清潔感があり、言葉にはドイツ語訛りがあって、決まって古いパンを2個買っていく。あるときミス・マーサは、男性の指に絵の具がついているのを見つけ「きっと貧しい絵描きなのだ」と確信し、確かめるため、店に絵を飾ってみると、案の定、男性はその絵に目を止めて、鋭い洞察力を見せた。ミス・マーサはささやかな心遣いで、男性が買ったパンにバターを忍ばせるが―。製図屋かあ、上手いなあ。市庁舎のコンペとは大きな仕事だった。お節介は悲しい結末になった。直訳して「魔女のパン」という訳もあるが、この訳者がそう訳さなかったのは、主人公の善意がもたらした結末だから(新潮文庫旧版の大久保康雄は敢えて「善女のパン」としている)。

「ブラック・ビルの雲隠れ」 The Hiding of Black Bill
 赤ら顔の男の話。テキサスで仕事を探していたときに、牧場オグデンから声掛けられて羊飼いの仕事にありつくが、ちょうどその頃ブラック・ビルという列車強盗がこの羊牧場一帯に逃げ込んだらしく、保安隊が追っていて、通報者には千ドルの賞金が出るという。牧場を買ったばかりのオグデンこそがブラック・ビルだと男は密告し、保安隊長は彼のポケットから銀行の新札を掴み出す―。なかなか面白い。最後、真犯人はオグデンの嫌疑が晴れたことを言わないではおれなかったのは、盗人のプライドか。1918年に"The Hiding Of Black Bill"のタイトルのまま映画化されている。

「未完の物語」 An Unfinished Story
 ダルシーは、週6ドルの薄給で働く娘。食べる物にもしばしばこと欠くが、ピギーという裕福な男からデートの誘いを受けるが、その時になって。ルシーはピギーと出掛けることをやめる―。どうもこの男は、金に困窮する女の子ばかりを誘い、一夜の快楽を期待して食事やらなにやらを提供するタイプらしい。しかし、いずれ彼女がさらなる空腹に見舞われれば、デートをすることになるかも。一体誰が悪いのか。物語の大部分は過去の出来事で、語り手もすでに死んでおり、生前の行状について神の裁きを控えてるところで、天使が裁きを待っているある一団を彼に指し示し、お前はあの連中の仲間なのか問うというところから始まるという枠組み。

「にせ医者ジェフ・ピーターズ」 Jeff Peters as a Personal Magnet
 にせ医者ジェフ・ピーターズは、ひょんなことから市長の治療をすることになる。しかしそれは実は、市長がジェフを捕まえるための罠だった―。ジェフ・ピーターズとアンディ・タッカーという二人組詐欺師の登場する連作短編集の1作。ジェフは許可なく医療行為をし、現金を受け取ったとかどで現行犯逮捕。金品は警察に渡され、その場は終わるが、金品を受け取った刑事は実は...。相手の裏の裏をかく。

「アイキーの惚れ薬」 The Love-Philtre of Ikey Schoenstein
 リドル家の下宿人マガウアンと薬剤師のアイキーは、ロージーという娘にぞっこん。アイキーは内気な性格で彼女への思いをとじこめ、打ち明けることはできないでいた。ある日、マガウアンは、試してみたい薬があると相談を持ち掛ける。今夜ロージーと駆け落ちして結婚することになったが、彼女の気が変わらないか心配していたのと、彼女の父親が、一緒に外出を許してくれないという。アイキーは2、3時間眠りこける薬を処方し、マガウアンに渡す一方、父親の下宿屋の主人リドルに、マガウアンとロージーの駆け落ちの計画を明かしてしまう。マガウアンはアイキーからみれば恋の略奪者。ロージーが薬で眠らされ、父親のリドルがショットガンを構えて現れれば、アイキーのライバルの失敗は確実だったはずだが、次の日、マガウアンは勝利の笑みを浮かべ、喜びに顔を照らしながらアイキーの手を握る―。マガウアンは直前になって、眠り薬を入れる相手を、目に留まった別の人物のコーヒーに。惚れ薬と言うより眠り薬。

The Whirligig of Life.gifオーヘンリー セレクション 人生は回転木馬.jpg「人生ぐるぐる」 The Whirligigs of Life
 「判事さん、その紙、まだ渡しちゃなんねいよ。まるっきり話は終わってねいもの。あたしにだって権利がある。まずは扶養料をもらわなくちゃ」。離婚が決まりかけたその時、妻のアリエラが判事の手を止めてそう言いだし、2人の離婚は翌日まで延期されることなった―。旧訳(大久保康雄訳)のタイトルは「人生の回転木馬」("Whirligigs"には「風車」のほかに「回転木馬」の意、意味もある)。離婚する、離婚しないの遣り取りの中で、5ドル紙幣が人から人へぐるぐる回っているのに懸けているのが旨い。

「使い走り」 By Courier
 別れることになった男女の間を、少年が伝言を携え行ったり来たりするうちに、男の不倫の嫌疑が晴れて―。結末は見えているけれど、映画の1シーンみたいで良い。愛の誤解は解かれるべきもの。少年は愛のキューピッドか。

「一ドルの価値」 One Dollar's Worth
 判事に、かつて刑を言い渡した男と思われる"がらがら蛇"を名乗る者から娘を殺すとの脅迫状が届くが、彼は取り合わず、娘の恋人で婚約者であるリトルフィールド検事も、鉛製の偽造1ドル硬貨を作った別の男の裁判の準備をする。偽造犯の妻は、自分を救うためにやったことで、許して欲しいと嘆願し、リトルフィールドの恋人も同情的だが、彼は粛々と法の義務を果たすのみと。ある日、リトルフィールドは証拠の偽造1ドル硬貨をもったまま恋人と狩りに行く。そこに殺人予告をした男が現れて銃撃戦に。彼が持っているのは狩りのための散弾銃で、射程が短く圧倒的に不利な状況だった―。ネタバレになるが、1ドル硬貨を加工して、銃弾に仕上げたのだった(そんなに簡単に加工できるのか、また、それが散弾より効果的なのかイメージしにくいが)。「証拠がなくなったので裁判はできません」ということ。

「第三の材料」 The Third Ingredient
 ビッグ・ストアを馘になったヘティは、ビーフシチューが食べたくなり、有り金をはたいて牛肉を買う。ところがジャガイモと玉ねぎがない。同じアパートに住むジャガイモしかない女性画家セシリアと偶然知り合いになり、ジャガイモは手に入れることができたが、「第三の材料」となるタマネギはないものか。そこへ―。面白かった。ヘティは図らずも愛のキューピッドとなった。1908年12月発表で(クリスマス向けか)、1917年に短編映画になっている。

「王女とピューマ」 The Princess and the Puma
 ピューマに襲われたリプリー。野生的な王女ジョセフィアが見事な射撃の腕前でピューマを射止め、間一髪で男を救うが、男はこのピューマは実は愛すべきペットだったと言う。女は男に謝るが―。男女が仕掛ける恋の駆け引きは、女の方が一枚上手だったということ。

「貸部屋、備品あり」 The Furnished Room
 若い男が部屋を探して12軒目で辿り着いた家具・備品付きの部屋には、まさに今自分が探し歩いている女性の痕跡があったかに思えた、しかし、家主の女性の話を聞くと、勘違いのようだ―。今の日本の決まり事だったら、この家主は情報提供義務違反でアウトか。具つきの部屋」という邦題も。

オーヘンリーセレクション マディソン.jpg「マジソン・スクエアのアラビアンナイト」 A Madison Square Arabian-Night
 大金持ちのチャーマーズの下に、ある女の悪評を伝える海外郵便が届く。気分を害した彼は、気分を変えようと、浮浪者を1人呼び寄せ、食事を共にする。突然の招待をさほど驚かないこの浮浪者プルーマーは、「何でも真実を描いてしまう」ことで失業した肖像画家だった。彼の肖像画にはモデルの本性が現れ、しばしば不快を引き起こすのだ。チャーマーズはブルーマーに、海外郵便で届いた写真の女の肖像画を描かせる―。ネタバレになるが、最初に届いた郵便は、海外旅行中の妻に関する報告書で、画家に描かせたのは妻の肖像画。チャーマーズは描いてもらった妻の絵を怖くて見れないが、別の画家に見てもらって疑いが晴れた。一応、ハッピーエンドだが、人間の弱さから来る不安を描いていた作品か。画家チャーマーズはここでは救いの神だが、多くの場合は疫病神になるか。

「都会の敗北」 The Defeat of the City
田舎町の少年ボブ(ロバートの愛称)は都会で成功を収め洗練された紳士になり、冷ややかな印象さえ与える高貴な美人で社交界の花形アリシアを妻にする。アリシアが田舎のロバートの母親の手紙を見て田舎に行きたがったため、ロバートは故郷へ妻を連れて帰ることに。ところが、自然に包まれた故郷に帰り家族と久々に食卓に着いた途端に「社交界の花形で一点の非の打ち所もない前途洋洋の青年実業家ロバート氏」は「そばかすだらけのボブ」に戻ってしまう。大はしゃぎしていたロバートだが、疲れているアリシアを見て、初めて自分がしでかしたことに気づき狼狽する―。思わぬハッピーエンド。ラストの階段のアリシアの言葉がいい。

「荒野の王子さま」 A Chaparral Prince
父親に出された奉公先の石切場で虐げられる11歳の少女レーナ。読みたいグリム童話も読めない。母親に迎えを求める手紙を書くが、その郵便車はが強盗団に襲われる。レーナの手紙を読んだ強盗団の頭領は―。レーナが帰って来れた理由を自信満々に「王子さまに連れられて」と言うのがいい。

「紫のドレス」 The Purple Dress
勤める店が主催する感謝祭のディナーパーティに着ていくためにコツコツとお金をため、大好きな紫のドレスを注文していた娘メイダ。自分や女店員たちの憧れの的である店の主任ラムジーも紫が気に入るはずだと固く信じている。しかし感謝祭の前夜、同じアパートに住む同僚グレースが部屋代の滞納で追い出されそうになっていることを聞き、ドレスの仕立代の残金を全部貸してしまう。紫のドレスが着られないならとパーティに出なかった彼女。仕立て屋に行き、残金を払えないと言うと、この娘が長い間紫のドレスを欲しがっていたことを知っていた彼は「支払いはあとでいいんだよ」とドレスを渡してくれる。紫のドレスを着て彼女は雨降る街へ出る―。これ、日本語オペラになっている。

 ほかに、「新聞の物語(A Newspaper Story)、「シャルルロワのルネサンス(The Renaissance at Charleroi)」 を所収。どれも面白いですが、個人的ベストはシチューを作る話「第三の材料」でしょうか。読んでいて楽しくなる作品でした。

新潮文庫:大久保訳・小川訳 各収録作品
oヘンリー短編集新旧.png

和田誠:イラスト/千葉茂樹:訳 『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション(1~8)』(2007/04~2008/03 理論社)
『オー・ヘンリー』.jpg

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