【3290】 ○ 小栗 康平 (原作:李恢成) 「伽倻子のために (1984/11 劇団ひまわり) ★★★☆ (◎ 李恢成 『伽倻子のために (1970/12 新潮社) ★★★★☆)

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在日朝鮮人を主人公とする困難な素材への取り組みは評価されるべき。ただ、やや説明不足か。

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伽耶子のために」[Prime Video]南果歩

「伽倻子のために」夜.jpg 1958年の夏の終わり、大学生だった林相俊(イム・サンジュン)(呉昇一(オ・スンイル))は、北海道の森駅に降り立った。父の親友のジョン・スンチュン(通名・松本秋男)(浜村純)を訪ねるためである。樺太(サハリン)から引き揚げて十年ぶりの再会であった。松本はトシ(園佳也子)という日本人の女性を妻にして、縁日で玩具を売って生計を立てる貧しい暮らしをしていた。そこには、伽倻子(かやこ)(南果歩)という高校生の少女がいた。相俊は樺太での記憶をたどるが、その少女は知らなかった。伽倻子は本名を美和子といい、敗戦の混乱期に日本人の両親に棄てられた少女だ。日本人が棄て、朝鮮人の秋男が拾った少女は、伽倻琴(カヤグム)という朝鮮の琴の名をとって伽倻子と名づけられていた。相俊は解放(日本の敗戦)後、父の林奎洙(イム・キュス)(加藤武)、母の呉辛春(ク・シンチュン)(左時枝)、兄の林日俊(イム・イルジュン)(川谷拓三)らと日本に留まったが、渡日した一世世代と違い、自分が朝鮮人であることを自負するためには、さまざまな屈折を重ねなければならなかった。奎洙はそんな子供たちに絶えず苛立ち、怒鳴り散らすのだった。貧しい東京の下宿生活の中で相俊は、在日朝鮮人二世の存在矛盾と格闘しながら、伽倻子を思い出していた。翌年、早春の北海道で二人は互いに心を通わせた。その秋、突然伽倻子は家を出た。貧しさを嘆く義父、朝鮮人と一緒になったことを悔いる義母、そんな人工的な家庭の中で、伽倻子の混乱は深まる一方だった。ようやく探し当てた道東の小さな町で、相俊は伽倻子に言う。「戦争があちこち引きずりまわしてくれたおかげで、僕たちは出会えた」。そしてその夜、二人は結ばれる。東京での二人の夢のような生活が始まった―。
伽倻子のために』['70年]『伽倻子のために (新潮文庫 り 1-1)』['75年]
「伽倻子のために」単行本.jpg「伽倻子のために」文庫.jpg 原作は、李恢成の同名小説で、因みに李恢成は樺太生まれで、1945年の敗戦後、家族で日本人引揚者とともに樺太より脱出、長崎県大村市の収容所まで行き、朝鮮への帰還を図ったが果たせず、札幌市に住み(このとき、樺太に姉を残留させたことが、その後の作品内でもトラウマとして残っていたことが語られている)、札幌西高等学校から、早稲田大学第一文学部露文科に進学。早稲田大学時代は留学生運動の中で活動していたとのこと(したがって、この作品にも自伝的要素が反映されていることになる)。「泥の河」でデビューした小栗康平監督が、この在日朝鮮人を主人公とする困難な素材に取り組み、3年の歳月をかけて完成させた作品(日本人初のジョルジュ・サドゥール賞(仏)を受賞した作品とのこと)。劇団ひまわりの初の自主製作映画で、手作りの上映でとの監督と製作者からの要望を受けて、1984年11月、エキプ・ド・シネマ(高野悦子支配人)が岩波ホールで上映しました。

 戦後と朝鮮人と日本人と二世。そうしたモチーフに男女の物語を重ねています。結局、主人公の二人は若すぎたということなのでしょう(原作者の実体験?)。伽倻子の義父母に、社会人になり生活力が持てるまで伽倻子を返してくれと言われれば、相俊(サンジュン)は返す言葉もないということになります。それから十年の歳月が過ぎ、相俊が北海道に松本を訪ねたら、トシは悔恨のうちに死んだといい、伽倻子は他の男と結婚したという。松本の老いた姿を、相俊はただ見つめるしかなかったわけです(「知らん。ワシはお前が誰か知らん」と言うのは、わざと相俊を無視している?)。

「伽倻子のために」列車.jpg 打ちひしがれて帰ろうとする相俊は偶然、伽倻子の実家の近くで遊ぶ「伽耶子」という名前の少女に出会いますが、少女の名前が原作では「美和子」でした(映画のラストにあたるこの部分は、原作ではこの少女との出会いがプロローグとエピローグに分かれて出てきて、プロローグの後、1956年に相俊が北海道S市の実家に帰省した際に、父の用事で函館に近いR町を訪ね、そこでクナボジ(おじさん=松本)とその家族、つまり伽耶子と初めて会うところから第一章が始まる)。原作及び映画のラストに出てくる少女が伽倻子の娘であるとして、自分の娘につけた名前が「伽倻子」か「美和子」かで若干メッセージが変わってくると思いますが、自分の娘に自分の名前をつけたという映画の解釈もありかもしれません(「かつての自分の名前」ということか。でも、「伽倻子」の幼名は「美和子」なのでややこしい。最後に出てくる少女が伽倻子の娘であることをわかりやすくするために「伽倻子」という名にしたとも考えられる)。

 日本人として生まれて捨てられて、育ての父が在日コリアンで、育ての母が日本人である伽倻子が日本人と結婚するには、「美和子」として稼ぐしかなかったということでしょうか。確かに、在日コリアンの伽倻子の父も日本人の母も、娘を在日コリアンと結婚させたくなかったというのは原作でも明かされています。一方で、原作の通り少女の名が美和子だとしたら、伽倻子は「伽倻子」のなのまま日本人に稼ぎ、娘に幼名を与えたことになります。分かりやすそうに見えて、原作を一捻りしていることになりますが、原作・映画のどちらの解釈にしても、伽倻子はよその土地へ行ったのではなく、両親の家の近くにいることになるかと思います(映画ではそのことが示唆されているだけだが、原作では、伽倻子は毎日義父の家に身の回りの世話のため通っているとされている)。

 映画は、もう少し説明的であってもよかったのではないかと思います。原作を読んで、初めて知った歴史的事件(数万人の島民が虐殺された1948年の済州島人民蜂起など)や説話的な話(沈清の伝説など)もありました。映画の方はその辺りを端折っているし、原作を読んでいない人は、最初は人物相関を把握するのも難しいかもしれません。そもそも原作も、「美しい抒情と哀しいユーモアをもたたえる」(新潮文庫裏表紙解説)一方で、伽倻子が抱える秘密などのミステリアスな要素を含んでます。

「伽倻子のために」eki.jpg 映画の方は、原作が文芸作品ということを意識して抒情性を重視し、説明的になることを敢えて避けたのでしょうか。確かに、北海道の美しくも冷え切った、そして寂しげな風景は、登場事物の心象風景にも重なるようで、印象に残りました。ただ、原作者もこの作品を観て、これはあくまでも「小栗康平監督の『伽倻子のために』」だとの感想を述べたようですし、個人的にも、原作とは違い世界を見せられているうような印象を受けなくもありませんでした。


[伽耶子のために 発表会.jpg 伽倻子役の南果歩(1964年生まれ)は、桐朋学園短大演劇科在学中に 2,200人の中から選ばれ、この作品が彼女のデビュー作となりましたが、小栗康平監督はオーディションで彼女を見て「まだ高校生で素人だったが、在日朝鮮人夫婦に育てられる日[伽耶子のために 南果歩.jpg本人少女伽椰子の設定にふさわしい雰囲気をもっていた。多分在日コリアンだろうと直感した」と後に語っています。

[左から]原作者・李恢成/小栗康平監督/南果歩[19歳]/呉昇一(オ・スンイル)/園佳也子/浜村純

 南果歩は、2007年放送のNHKの「スタジオパークからこんにちは」内で自身が在日3世であることを[ 南果歩.jpg告白、2012年NHKの「ファミリーヒストリー」に彼女が出演した際の話では、撮影当時、彼女は韓国籍から帰化した直後で、自分の出自について大きな過渡期に立っていたといい、「伽椰子のために」への出演はそれからの生き方を決定した瞬間だったといいます。この番組では、彼女のルーツは中国に1300年の歴史を持つ一族であったことが明かされています(前述のように、物語の設定では「伽倻子」は本名「美和子」という日本人なのだが)。南果歩はその後、乳がんの発見、夫・渡辺謙の不倫によるうつ病、二度目の離婚(最初は辻仁成と)といろいろありましたが、今は「乙女オバさん」をキャッチフレーズ(?)にして元気そうで何よりです。

「伽倻子のために」お.jpg 主人公・相俊を演じた呉昇一(オ・スンイル)は俳優ではなく在日韓国人の彫刻家で、現在はニューヨークで活動中。冒頭の列車内で主人公に語りかける男を演じる殿山泰司も味がありましたが、夜中に地中の音を聞いて回っている男(下水道局の人?)の蟹江敬三が不気味さとユーモラスな奇妙さを併せ持ち、何だか印象に残りました。

南果歩2.jpg「伽倻子のために」●制作年:1984年●監督:小栗康平●製作:砂岡不二夫●脚本:太田省吾/小栗康平●撮影:安藤庄平●音楽:毛利蔵人●原作:李恢成●時間:117分●出演:呉昇一(オ・スンイル)/南果歩/浜村純/園佳也子/加藤武/左時枝/川[伽耶子のために 南果歩3.jpg谷拓三/金福順/趙命善/白川和子/洪多美/ペイ平舜/姜優子/小林トシ江/吉宮君子/呉恵美子/殿山泰司/古尾谷雅人/蟹江敬三/田村高廣●公開:1984 /11●配給:劇団ひまわり.●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-08-29)(評価:★★★☆)

南果歩[1984年/20歳]

『伽倻子のために』...【1975年文庫化[新潮文庫]】

南果歩『乙女オバさん』(2022/02 小学館)表紙画像(撮影/野口貴司)[2021年/57歳]

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