【3299】 ◎ 永井 紗耶子 『木挽町のあだ討ち (2023/01 新潮社) ★★★★☆

「●な行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【548】 長嶋 有 『猛スピードで母は
「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ

ラストは「参った」という感じ。読み終わった後に、もう一度読み返したくなった。

木挽町のあだ討ち1.jpg 木挽町のあだ討ち2.jpg木挽町のあだ討ち

 2023(平成5)年・第36回「山本周五郎賞」、2023(平成5)年上半期・第169回「直木賞」受賞作。

 ある雪の降る夜に芝居小屋のすぐそばで、美しい若衆・菊之助による仇討ちがみごとに成し遂げられた。父親を殺めた下男を斬り、その血まみれの首を高くかかげた快挙は多くの人々から賞賛された。二年の後、菊之助の縁者という若侍が、仇討ちの顛末を知りたいと芝居小屋を訪れ、木戸芸者の一八、立師の与三郎、衣装兼女形のほたる、小道具の久蔵、戯作者の篠田金治と聴き回る。一八は吉原の遊女を母に持ち、かつて幇間の仕事をしていた。役者への振り付けをする立師の与三郎は、元武士で、当時、ある事件を発端に人の道と仕え先や親への忠義の狭間で苦しんでいた。衣装係兼女形の吉澤ほたるは浅間山の大噴火後に孤児となり、火葬場で隠亡に育てられるが、縫物の才を見込まれて芝居衣装を仕立てるようになった。小道具役の久蔵爺さんは、木彫り職人だったが、長屋暮らしの妻との間にできた一人息子を亡くし、失意の底にあったところを看板役者に拾われる。戯作者の篠田金治は元旗本の次男で、芸者遊びが好きな放蕩者だが、芝居の筋書きに興味を持つようになる。彼には後に菊之助との接点となる十も離れた許嫁がいた。それぞれの来し方に辛酸、迷い、悲しみがあり、それを乗り越えてきた物語があり、聞き手の若侍は引き込まれるが―。

 面白かったです。菊之助による仇討ちを軸とした人情噺の連作かと思って読んでいましたが、ミステリー構造になっていたのだなあ。そのことを知らずに読んで、最終章までそれに気づかなかったので、その分、結果的に驚きがあったかもしれません。

 単行本の帯の惹句によっては、ミステリー的要素がある作品だと読む前に分かってしまうものもあり、それもどうかなとも。例えば「直木賞」受賞と帯にあるものには、「このあだ討の『真実』を、見破れますか?」とあり、この時点で半分ネタバレしている印象も受けます。ただ、この頃には、そうした構造の作品であることが人口に膾炙しているだろうとの前提に立っているのかもしれません(実際、このブログでも同じことをしていることになるわけだし)。

 直木賞の選評を見ると、選考委員の林真理子氏が「私は途中までこの仕掛けにまるで気づかなかった」とする一方、宮部みゆき氏は、「私だけでなく、すれっからしのミステリー・ファンなら、この「あだ討ち」の仕掛けと真相はすぐ見当がつきますが、それで全然かまわない」という言い方をしています。山本周五郎賞の選考の時も、伊坂幸太郎氏が「仇討ちの真相自体は読み始めてすぐに見当がついてしまい、どちらかと言えば、読みながら答え合わせをしていく感覚になったため、せっかくなのだから読者を驚かせるための工夫をしてもいいのではないか、ともどかしさはありましたが、それは僕がミステリーを好んで読む人間だからかもしれません」とコメントしています。

 ミステリー構造だと知らずに読んだ分驚きがあったと先に書きましたが、一般読者でも第4章あたりで判ったという人が結構いたようです(作者も意図的にこの辺で種明かししたのかも)。仮に自分がもう少し勘が働いて、これは裏に隠されたトリックがあるぞと見透かして読んだとしても、それはそれで愉しめる作品なのでしょう。その証拠に、読み終わった後に、もう一度読み返したくなりましたから。

 いずれにせよ、ラストは「参った」という感じで、「山本周五郎賞」と「直木賞」のW受賞は納得。タイトルの「仇討ち」の「仇」を平仮名にしているのも旨いです。

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1