【3274】 ○ 佐藤 厚志 『荒地の家族 (2023/01 新潮社) ★★★☆ (△ 井戸川 射子 『この世の喜びよ (2022/11 講談社) ★★★)

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「荒地の家族」の方が好みか(女親より男親の方が感情移入しやすかった?)。

『荒地の家族』.jpg 『この世の喜びよ』.jpg 168回芥川賞3.png.jpg 佐藤厚志氏/井戸川射子氏
佐藤厚志『荒地の家族』 井戸川 射子『この世の喜びよ

 2022(平成4)年下半期・第168回「芥川賞」の「W受賞作」。

『荒地の家族』『この世の喜びよ』.jpg 厄災から12年が経った阿武隈川下流域の町・亘理町。一人親方として造園業を営む坂井祐治は、厄災の2年後に妻・晴美を病気で亡くし、再婚した妻・知加子は流産を経て自分から離れていき、今は自分と会うことを頑なに拒絶している。現在は母・和子と最初の妻との間の息子・啓太との3人暮らし。その息子は12歳、小学校6年生になった。時折甦る生々しい震災の記憶、いつまた暴れるかもしれない海と巨大な防潮堤、建物がなくなった広大な荒地。そして、亡くなった妻の幻影―「(荒地の家族」)。

 「荒地の家族」は、災厄後に妻を亡くし、再婚した妻ともうまくいかず、1人息子と母親の3人で海辺の町で一人親方の仕事(造園業)を営み暮らしている主人公の心情を淡々と描いた作品。主人公に絡むいろいろな登場人物がいますが、同級生の明夫の生き様が主人公と対称的で。印象に残ったでしょうか。芥川賞受賞作には過去にも沼田真佑の『影裏』(2017)など"震災小説"がありますが、『影裏』より良かったでしょうか。佐藤康志(名前が似ている)の『そこのみにて光輝く』(1989)などの小説と似た雰囲気を感じました。


 娘たちが幼い頃、よく一緒に過ごした近所のショッピングセンター。その喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の中学3年生の少女と知り合い、仲良くなったその子を自分の娘のように扱う。少女と言葉を交わすうち「あなた」は、もう子育てを終えた自分の娘たちの幼少期を思い出したり、いつぞやの記憶に不意打ちされたりする―(「この世の喜びよ」)。

 「この世の喜びよ」は子育てを終えた母親が主人公で、その日常と思考が描かれており、子供(少女はヤング・ケアラーだったといことか)が親や大人に対する容赦ない厳しい視線が何とも悲しい一方、ラストは、"あなた"の過去と現在が一つに溶け合い、自己承認的な帰結へ。「この世の喜び」って、終えた子育てを振り返っての想いだとしたら結構ありきたりですが、芥川賞選考員の小川洋子氏が言うように「何も書かないままに、何かを書くという矛盾が、難なく成り立っている」のかも知れず、モチーフよりも技法をどう評価するかなのでしょう。


 その芥川賞選考では、選考委員の内、「荒地の家族」を強く推したのが山田詠美氏と吉田修一氏で、山田詠美氏は「震災を便利づかいしていない誠実さを感じた。そして、同時に、小説のセオリーを知り尽くした書き手だと思った」とし、吉田修一氏は「読後、胸に熱いものが込み上げてきた。フィクション/嘘が必死にもがいて掴みとった本当がここにはあった」としています。

 一方、「この世の喜びよ」を強く推したのは川上弘美氏と奥泉光氏で、川上弘美氏は「あらすじを説明しても、すぐには「すばらしい作品」とは予想できないような気がします」「ところが、いったん読み始めるや、わたしはこの小説の只事の中に引きこまれ、快楽をおぼえ、いつまでも読み終えたくなくなってしまったのです」とし、奥泉光氏は「受賞作たるに十分な技術の練磨があると考えた」としています。

 ともに二重丸が二人いたことから「W受賞」となったわけですが、興味深いのは、「荒地の家族」を強く推した選考委員は共に「この世の喜びよ」をさほど推しておらず、「この世の喜びよ」を強く推した選考委員は共に「こ荒地の家族」をさほど推していない点で、まあ、「非日常の中の日常」と「日常の中の非日常」、「徹底したリアリズム技法」と「意識の流れを二人称で描く技法」と、いろいろな意味で対照的な両作品であるため、むしろ評価が割れて当然なのかもしれません。

168回芥川賞.png
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 個人的には、「荒地の家族」の方が好みですが(女親より男親の方が感情移入しやすかったというのもあるかもしれない)、芥川賞選考委員の平野啓一郎氏が「荒地の家族」について、「候補作中、最も深い感銘を受けた。復興から零れ落ちた人々の生死を誠実なリアリズムで描く反面、スタイル的な新鮮さには乏しく、受賞に賛同したが、本作を第一には推さなかった」としているように、何となく昔読んだ作家の小説を読み返しているような印象がありました。

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This page contains a single entry by wada published on 2023年7月29日 17:03.

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