【3256】 ○ 吉村 昭 『密会 (1971/04 講談社) ★★★★

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サスペンスが主か、男女の情愛が主か。「男と女の情炎をサスペンス仕立てで書いた小説集」。

『密会』吉村昭 1971.jpg『密会』吉村昭 文庫.jpg 「密会」1959 2.jpg
密会 (講談社文庫) 』/映画「「密会」('59年/日活)
密会 (1971年)

 '58(昭和33)年発表の「密会」から、「動く壁」「非情の系譜」「電気機関車」「めりーごーうらうんど」「目撃者」「旅の記憶」「ジジヨメ食った」、そして'70(昭和45)年発表の「楕円の棺」まで9編を所収。

「密会」1959.jpg「密会」('58年)... 大学教授夫人・紀久子は、夫の教え子である学生との密会中に、思いもかけずある殺人事件を目撃することになる―。作者が「週刊新潮」から依頼されて書いたもので、初めて原稿料を貰ったという作品ですが、短い分、キレがあるサスペンスになっていて、翌年に中平康監督で「密会」('59年/日活)として映画化されました。状況設定が、これも「黒い画集 あるサラリーマンの証言」('60年/東宝)として映画化された松本清張の「証言」('58年)に似ていますが、こちらの方が原作発表が半年早いです。

「動く壁」('62年)... 総理大臣の警護員(ボディーガード)として従事する警察官が、オートバイにはねられて死亡し、その葬儀の模様から物語は始まります。最も若いボディーガードに選ばれた男にとって、任務は名誉や自尊心を満たすものでした。一方で、早朝から夜中まで総理の"動く壁"となり、襲撃者の弾や刃を体で受け、死ぬ覚悟で当たる過酷な仕事であり、緊迫する仕事の傍ら、服役中の夫を待つバーの女と交情するようになります。ラ「動く壁」緒形拳.jpgストには多くの疑惑を残したその死でしたが、「職業的条件反射」といった感じだったでしょうか。'94(平成6)年には緒形拳主演でドラマ化されていますが、個人的には未見です(2021年、「BSフジサスペンス劇場」で再放映されたようだ)。

「動く壁」('94年/フジテレビ)緒形拳

「非情の系譜」('63年)... 子どもの頃、特殊な職業として嫌がっていた葬儀屋と刺青師の息子たちが、それぞれ親の家業を継ぎ、親たちは自分の代限りと思っていたらその子どもたちが望んで仕事を継ぐということになるという皮肉な話。作者は様々な仕事・職業を生業とする人々(その多くが男である)を描いており、中でも医者は長編作品に多く出てきますが、短編小説では、「動く壁」もそうでしたが、世間的に見て"珍しい""あまり知られていない"仕事をする人々を多く描いています。この短編もその代表格ですが、最後に女の刺青師が出てくるのがとりわけ珍しいです。

「電気機関車」('63年)... 生母を亡くして継母と住む「ぼく」が、父に車で連れられて行ったアパートには女の人がいた―。父は後妻と折が合わず、若い女に手を出すが、その女にも今は持て余し気味の感情を抱いているという、そうした複雑な状況を、遊園地を背景に、父と愛人の女の話に敏感に反応する子供の心を通して描いています。そうした設定にはなっていけれども、子供時代の記憶を大人になって呼び起こしているのでしょう。吉行淳之介に、少年が父とその愛人との三人で海に遊ぶ「夏の休暇」('55年)という短編など、こうしたモチーフの作品がいくつかあったのを思い出しました。 

「目撃者」('68年)は新聞記者の巧妙心を描いたもの、「楕円の棺」('70年)は競輪選手の非情な競技人生を描いたもので、これらもある種「職業小説」、「めりーごーうらうんど」('66年)、「ジジヨメ食った」('68年)はある種「恐怖小説」のような作品です。

 講談社文庫解説の金田浩一呂(1931-2011/79歳没)は、中央大学在学中に刑務所の看守の仕事や雑多なアルバイトで生計を立て、卒業後、産業経済新聞社に入社し、夕刊フジの学芸部長・編集委員を歴任、文芸記者として活躍した人で、この短編集を、最初「情事を素材としたサスペンス小説集」としながら、解説の最後に自ら"君子豹変"と称して、「男と女のはかない情炎をサスペンス仕立てで書いた小説集」と言い換えています。

 要するに「サスペンス」がメインか「男女の情愛」がメインかということで、個人的にはどちらも正しいと思いました(サスペンス色の薄いものもあれば、男女の情事がまったく出てこないものもある)。前の方にある作品が良かったでしょうか。それらを中心に、星4つ評価としました。

【1989年文庫化[講談社文庫]】

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