【3192】 ○ アレクセイ・ゲルマン 「フルスタリョフ、車を!」 (99年/ロシア・仏) (2000/06 パンドラ) ★★★★

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ロングカットにモザイク的に組み込まれた細かいエピソード。喧噪と混沌と狂気の連続。

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フルスタリョフ、車を! [DVD]
「フルスタリョフ」1.jpg 1953年、スターリン政権下ソビエトでは不穏な空気が立ちこめていた。モスクワの大病院の脳外科医にして赤軍の将軍でもあるクレンスキー(ユーリー・アレクセーヴィチ・ツリロ)は、病院と家庭と、愛人のところを行き来する毎日を送っ「フルスタリョフ」2.jpgている。そんな中、スターリンの指示の元「フルスタリョフ」3.jpg、KGBはユダヤ人医師の迫害計画である「医師団陰謀事件」を発動する。事態を察したクレンスキーは逃亡を試みるが、すぐに捕らえられ強制収容所に送られ拷問を受ける。しかしそこにはもう一つの陰謀が動いていた。クレンスキーは突然釈放され、山奥の別荘に連れて行かれる。そこにいたのは重い病にふせっているスターリンその人であった。すでに手遅れであることを悟ったクレンスキーは、スターリンに最後の放屁をさせる。家に戻ったクレンスキーは家族の前から姿を消す。10年後、マフィアとゲルマン監督.jpgなってたくましく生き抜くクレンスキーの姿があった―。

 1998年に製作されたロシア・フランス合作映画(日本公開は2000年)で、ロシアの監督アレクセイ・ゲルマンの長編4作目。スターリン体制下の厳しい環境を生き抜いた人物の数奇な運命の物語。ロングカットの中に細かいエピソードがモザイクのように組み込まれた、喧噪と混沌と狂気の連続から成る映画でした。

アレクセイ・ゲルマン監督(1938-2013)

「フルスタリョフ」dvd裏.jpgマーティン・スコセッシ2.jpg 1999年のカンヌ国際映画祭正式出品作で、審査委員を務めたマーティン・スコセッシ監督が、「わけがわからないがすごい」と言ったというのも頷けます(なのに無冠で終ったのは、スコセッシ監督曰く「困ったことになにがなんだかさっぱり理解できなかったのだ。だから他の審査員を説得できなくて」とのこと)。

 説明的に作られてはいないため、先にストーリーの概要を大まかに把握しておいてから観るというのも一つの方法かもしれません。でも、どういうシチュエーションなのかよくわからないまま一度観てみて、わけのわからないまま、そのパワーに圧倒されるだけ圧倒されたうえで、もう一度(今度は少し予習して)ゆっくり冷静に観てみるのもいいかもしれません(DVD化されている)。

 突然画面の奥に登場し、ぶつくさ世迷い言をつぶやく老婦人。映画「シャイニング」でもオマージュの見られた、ダイアン・アーバスの双子の写真のようなユダヤ人姉妹(映画の語り手の幼年時代の姿らしい少年のズボンを無理やりおろして猥褻な悪戯をする)。ベレー帽をかぶり、いつも傘を手にして、何かを嗅ぎまわっている北欧人記者(ユーリ・ヤルヴェット)。室内にひしめく登場人物たちは皆、自分勝手に動き回り、画面は絶えず混沌とした様相を呈しています。

「フルスタリョフ」冒頭.jpg 映画はこうした混沌のまま進んでいくため、時に一体今どこにいるのかさえ分からなくなります。部屋を横切ってゆく人物をカメラで背中から追いかけていく、或いはいつも移動する車の前にカメラを置くといった手法で撮影された画面が、こうした迷宮めいた空間を作り出すことに一役買っています。

 時間の感覚も曖昧で、映画は第一部と第二部とに分かれていますが、その間に実際には一日(あるいは数日?)しか経っていないはずなのに、大変な時間が流れたように感じられます。一方で、エピローグで、冒頭の場面で車を覗いただけで頭を殴られて逮捕されたボイラーマンが、長い投獄状態からやっと釈放されたときのセリフから、10年の年月が流れたことが何とか分かるといった具合です。

「フルスタリョフ」ラスト.jpg 彼は列車の中で再び頭を殴られ、「どうして俺ばっかりこんな目に遭うんだ」とつぶやくのですが、その列車には主人公の将軍&脳外科医クレンスキーが、偶然乗り合わせていて、つるつる頭にウォッカを満たしたコップを載せ、両手に大きなスプリングを持ってバランスを崩さないでいる賭けゲームをしています。列車がやがてカーブにさしかかろうとする瞬間、「くだらねえ」というユーリーの声が聞こえてきたところで、映画は終わっています。家族で田舎にでも疎開するのかなと思ったら、解説を読んだら、今やマフィアのボスとなっていたとのこと。彼は、家族を捨ててまったく別の人生を生きることにしたのかあと、解説を読んで分かった次第です(笑)。

 でも、普通の映画では味わえない、稀有な映像視覚体験でした。冒頭シーンから、クレンスキーがスターリンの最期の診察をするに至るまでの、もう少し詳しいあらすじは以下の通り。"予習"用です。

「フルスタリョフ」少年1.jpg 1953年2月の夜、あるボイラーマンが路上駐車していた車から現れた男たちによって、公園の焼却装置に閉じ込められる。男たちは黙っていないと舌を抜くぞと彼を脅すと、再び車の中に戻る。路上で人が撥ねられ、現場に居合わせた女医のマルメラードワは被害者の男を介抱する。クレンスキー少将の息子リョーシカ(ミハイル・デメンティエフ)の従姉はユダヤ人だが、父が軍に根回しをしていたおかげで、当局の追及を受け「フルスタリョフ」少年2.jpgることなく暮らすことができた。公園で遊ぶ子供たちの中に、赤旗の新聞記事のことをふれて回る少年がいた。少年のことを鬱陶しく思った者たちが少年に暴力を振るう。そこにクレンスキーが割って入り、騒動を納める。自分が院長を務める精神病院にクレンスキーが出勤すると、自分のもとに持ち込まれる様々な問題を次々に問題を片付け、クレンスキーは地下に向かう。そこには彼と同じ顔をして、自分こそが本物のクレンスキーだと訴える男がいた。クレンスキーの家ではリョーシカの成績の悪さが問題視されていた。母親(ニーナ・ルスラノヴァ)に叱られるリョーシカだが、クレンスキーは学業が駄目なら職業学校に進学すればいいと励ます。そこに、ストックホルムにいるクレンスキーの妹から言伝を預かってきたと言う男が来る。しかし、クレンスキーはストックホルムに妹などいないと男を追い出しす。男は秘密警察だった。マルメラードワと患者の男が夜道を歩いていると、車に乗ったマルメラードワの夫、ドミトリィ・カラマーゾフがやってきて、患者の男から旅券を没収するとマルメラードワを連れて行ってしまう。患者は旅券を取り戻そうとするが、返り討ちに遭う。クレンスキーの家に医者や軍人が招かれ、パーティーが催されるが、妻はまるで動物園だと悪態をつく。パーティーを抜け出したクレンスキーは真夜中の病院にやってくる。隠し通路から病院の裏口を出て、門の上で暫し物思いに耽った後、失踪したと思わせる痕跡を残して病院を後にする。そこにトラックに乗った大勢の男たちが病院に押し寄せる。クレンスキーは愛人ワルワーラの家を訪ねて泊めてくれと頼む。クレンスキーの家に秘密警察がやって来て、リョーシカは怯え、捜査員は父親が戻ってきたら電話をしろと言う。結局、クレンスキーは秘密警察に囚われ、ユダヤ人と共に強制収容所へ連行される。そこでクレンスキーは、彼のユダヤ人保護を快く思っていない同胞や、自分たちを虐げてきたロシア人のことを恨むユダヤ人から暴行を受けて苦痛に喘ぐが、秘密警察の捜査員は彼を嘲笑う。護送車両が休憩のために山中で停車していると、そこに軍の上層部の車が通りがかる。軍の上層部の男たちは秘密警察の捜査員を捕え、クレンスキーを解放する。彼は自分そっくりの男が自分に成り変わろうとしていたことを知る。軍の上層部の者たちは秘密警察が仕掛けていった彼の財産の封印を解き、彼を復職させる。復職したクレンスキーは病床に伏したある人物の診察を命じられる。クレンスキーにその人物スターリンのことを「あなたのお父上ですか」と聞かれた秘密警察長官ベリアは、最初「馬鹿な」と答えたあとで、思い直したように、「そうだ、父だ」と言い直す―。

「フルスタリョフ」スターリン.jpg

 因みにこの映画のタイトルのフルスタリョフというのはスターリンお付きのドライバーの名前で、クレンスキーから、危篤状態のスターリンはもう手の施しようがないと知らされたベリアによって家に戻される際に出るセリフです。

●アレクセイ・ゲルマン監督作 「道中の点検」(1971年・ソ連/97分・モノクロ)/「戦争のない20日間」1976年・ソ連/102分・モノクロ)
ゲルマン監督作.jpg
「わが友イワン・ラプシン」(1984年・ソ連/98分・モノクロ(パートカラー)/「神々のたそがれ」(2013年・ロシア/177分・/モノクロ)

「フルスタリョフ、車を!」●原題:Хрусталёв, машину!●制作年:1999年●制作国:ロシア・フランス●監督:アレクセイ・ゲルマン●脚本:アレクセイ・ゲルマン/スヴェトラーナ・カルマリータ●撮影:ウラジーミル・イリネ●音楽:イリーナ・ゴロホフスカヤ●時間:142分●出演:ユーリー・アレクセーヴィチ・ツリロ/ニーナ・ルスラノヴァ/ ミハイル・デメンティエフ/ ユーリ・ヤルヴェット●日本公開:2000/06●配給:パンドラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(21-10-12)(評価:★★★★)

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